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【艦これ】五十鈴「何それ?」 提督「ロードバイクだ」【2スレ目】

707 ◆gBmENbmfgY:2020/04/26(日) 23:25:07 ID:tiuIrMIU
※今日はコメント返しだけつかれた
 いつも感想ありがとう。そして投下が遅くてごめんよ

>>700-701
惨劇というかしょーもない感じ
重巡には利己心の塊みたいな子が多いのです

>>702-705
あきつ丸「目的次第ではありますが、軽快な乗り心地や運動を目的にするのであればロードバイクの方が良いであります」

あきつ丸「試乗してみてガチで嵌りそうだと確信できたなら、コンポは105からを選んだ方が後々後悔することもありますまい」

あきつ丸「では授業料にその上乗せする十万とやらをこのあきつ丸に……」

>>706
裏設定故、弟も妹もいてもええかなあと。弟君も妹ちゃんも場合に寄っちゃ出番あるよ。
なんでもできる兄に対しての憧れとコンプレックス拗らせた感じの弟と妹な
提督の兄も姉も叔父も父も母も、それこそ爺さん婆さんまである種のギフテッドで常人とは言い難い連中なので

708以下、名無しが深夜にお送りします:2020/04/30(木) 19:03:43 ID:L/pRf3pk
タバタやってみた
生きてる
ぐぬぬ

709以下、名無しが深夜にお送りします:2020/05/19(火) 21:52:50 ID:47inAopQ
1さんの脚質はなんだろう?

710 ◆gBmENbmfgY:2020/05/30(土) 00:30:27 ID:iZpg.bhQ
※生存報告
 ギリギリ生きてます
 走りたいー、はしれーなーいー
 私はぼっち走行かZwiftばっかりですが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか

>>708
ガチで死ぬレベルまで追い込める人は相当高いヴィジュアライゼーション持ってますね
国内ならどんなレースでも勝てちゃうと思いますハイ

>>709
スプリンターを名乗りたいパンチャーだゾ

711以下、名無しが深夜にお送りします:2020/05/30(土) 11:16:12 ID:QBgktJWk
おつ乙
気長に待ってるよー

712以下、名無しが深夜にお送りします:2020/06/01(月) 02:02:39 ID:jK5rn5Bo
>>710パンチャーなんですね ありがとうございます

713以下、名無しが深夜にお送りします:2020/06/04(木) 19:21:56 ID:8cxPT/OI
そういや>>1って今までGIANTとかMERIDAのロードバイクを出しとらんよな確か
あんま好きじゃない感じなんかな…TCRとか乗ってそうな艦娘おりそうやけどな…ありきたりなんかな

714 ◆gBmENbmfgY:2020/06/04(木) 23:24:10 ID:xiRbNqNQ
※コメ返し

>>713そこに戦艦と言うでっかい艦娘が大好きな艦娘がおるじゃろ?
 んで桜模様のフレームを出したMERIDAってメーカーが似合いそうな大和型がおるじゃろ?

 大好きですね。GIANTとMERIDAは避けて通れない。
 そのありきたりと言うのは誉め言葉ですぜ
 誰もが知ってる、誰かが乗ってる、だからありきたりと言うのは早計よ
 誰もが乗ってるだけの魅力、乗り続けられる信頼、安価で手に入れられる高品質がある
 どっちもいいメーカーです

715以下、名無しが深夜にお送りします:2020/06/10(水) 09:26:36 ID:G5DVrC7w
むしろジャイメリの価格が普通っていうか、そもそもロードバイク界隈の価格設定がおかしいというか…
最近モーターバイクの方に鞍替えしたけど、思い返してみればロードパーツのぼったくりっぷりに呆れるっての呆れないっての

雑誌とかでもやたら高価格のパーツばっか推すし、こういう風潮は早いとこ撤廃しないと新規参入者なんて永遠に来んわな

716以下、名無しが深夜にお送りします:2020/06/11(木) 19:25:58 ID:Iu/gO87M
>>1
どうも、>>713でち
読み直してみるとゴーヤがスクル10K乗ってたでちね…
早とちりしてすまんかったでち

717 ◆gBmENbmfgY:2020/06/16(火) 22:51:45 ID:WKnbAkrw
>>715
【あきつ丸のー、超辛口アドバイス小話ー】

あきつ丸「シビアな話をすると、価格設定はおかしいと言えば全てがおかしいし、おかしくないと言えば全くおかしくないのであります。何せ『高い安いは、買う人が決める』のであります。どんな世界であろうと、これは同じであります」

あきつ丸「巷で転売ヤーが雨後の筍や春先の変質者のようにあちこち生えては絶えぬ理由がそこであります。主観的にクソだと思うものであろうと、別の人にとってはそれが高価であろうと欲しい人は欲しい、安かろうと欲しくない人は欲しくないのです。それを選ぶ自由がある時点で、ぼったくりではありませんな」

あきつ丸「もちろんロードバイクの原価や諸々かかる諸経費を考えれば、成程、確かに高いのでしょう――ですが『それでも売れる』ならばその値段になるのであります。ドイツのCANYONが掟破りの通販限定という離れ技を決め、業界に一石を投じた事例もありましたが、業界は依然として旧態然としておりましょう?」

あきつ丸「何よりも安い自転車は安いのであります。以前にも解説した気がしますが、自転車のホビーユーザーにとって初心者向けのエントリーモデルも、玄人向けのハイエンドモデルも、タイムに圧倒的な差が出ることはない――1分1秒を争うプロ以外にとって大差ないのであります」

あきつ丸「つまり『趣味』であります。趣味とは見栄と自己満足が絡むもの。こだわりがあってしかるべきであります。只の運動と定義されるのであれば、それこそなんでもよろしい。それにいくらお金をかけるかは、それこそ当人の自由な選択でありましょう? あ、妻子持つ輩は家計を圧迫しない程度というのは大前提でありますが……」

あきつ丸「どんな雑誌をご覧になられたかはわかりませんが、高価格のパーツを推す理由も明記されていたのでは? 納得がいかないのであれば、それでいいのでありますよ。その値段に見合う、見合わないというものを決めるのは、前述したとおりに『買う人が決める』ものあります故」

あきつ丸「ただこれだけは――新規参入の有る無しについてのご意見については、はっきりと『否』と言わせていただきたく。くどいようですが、『買う人は買う』のです。スポーツで新規を確保できないメーカーに明日があるとでも? 国内で下火になったとしても、本場は欧米諸国でありますよ? モーターバイクが好きな人。嫌いな人。ロードバイクが好きな人。嫌いな人。両方乗ってる人(>>1とか)――すべて『趣味』であります」

あきつ丸「ただビッグプーリーだとかセラミックベアリングだとか、プロでも効果を実感できるかわからんレベルで費用対効果が微妙な代物を、口が悪くなりますが、雑誌の編集やら国内レースレベルで実績を上げた程度の人が、さも素晴らしいものであるかのように絶賛するのは片腹大激痛でありますな」

あきつ丸「ぶっちゃけアレこそ趣味の領域であります。どノーマルで十分でありますよ? というか絶対実感できないでありましょう。楕円形チェーンリングのホビーユーザーの使用感レビューなども全く怪しいものでありますなあ、あっはっはっは!!」

提督「…………」←ビッグプーリー、セラミックベアリング、共に換装している。

長良「…………」←提督と同じ装備。提督大好き。絶許。

天龍「…………」←楕円形チェーンリング大好き。提督大好き。絶許。

足柄「…………」←同じく楕円使い。提督大好き。そして餓えた狼。

※この後、あきつ丸はみんなにメチャクチャ粛清されました。

718 ◆gBmENbmfgY:2020/06/16(火) 22:58:43 ID:WKnbAkrw
>>716
いいのでちよ。
>>1も結構ヨーロッパに偏ってるなーと思ってはいたのでち。本場で選択肢が多いでちからね。
でもぶっちゃけ鎮守府内でもジャイアント乗りは結構いるんでちよ。
GIANTならぶっちゃけ前述したとおり、戦艦になりたい駆逐艦の子とか、その姉とか、この作品中では世界最強の艦娘と言われてる属性過多なメガネ戦艦とか。
MERIDAなら大和型の目立つの嫌いな方とか、でち公とか。


マジで忙しいでち……。

719以下、名無しが深夜にお送りします:2020/06/17(水) 00:24:10 ID:hGrmtY86
乙なのね


へぇ、ビッグプーリーはマジで知らなかった、ちょっと面白いアイテム
楕円形チェーンリングは理屈としては解るけど、ビンディングペダルの存在も加味すると、小細工の印象
セラミックベアリングかぁ、今世紀初めの頃トライボロジーで世界有数の先生が曰く
「鋼球とは真球度が比較にならないからモノになるか怪しい」なんて言われてたから意外

一昨年くらいには様子見扱いだったディスクブレーキの評価は如何?

720以下、名無しが深夜にお送りします:2020/06/17(水) 18:26:52 ID:B.y9UUKs
乙なのです!
こちらもマジカ(粛清されました)も楽しみにしてます

721 ◆B2mIQalgXs:2020/07/21(火) 22:07:30 ID:aR3mK4xY
※リアルの地獄がひと段落しそうなので書き溜め分だけ週末投下(予定)
 信じられないことに軽巡らがローラー台でタバタしてるだけの内容(嘘はついていない)

>>719
 楕円チェーンリングは足柄をはじめ、短距離TTに限って使う子がいたりする好んで使ったりする予定
 ビッグプーリーはメリットデメリットを天秤にかけた時に、乗り手によって評価がおもっくそ分かれる印象ですね
 セラミックベアリングは、うん……セラミックスピードとかはもう廃人域ですが、スギノあたりを使うなら比較的安価で、微かに効果が実感できるような出来ないような、要はプラセボ的なアレ
 ただ寿命の長さはそこそこ実感できてますので、手間考えると案外イイものかもしれません

>>720
 マジカ……? すけべそうな名前ですが、はて、何の話か

722 ◆gBmENbmfgY:2020/07/21(火) 22:08:25 ID:aR3mK4xY
※うお、また酉忘れてました、こっちですこっち

723以下、名無しが深夜にお送りします:2020/07/21(火) 23:38:28 ID:fPle2Jvc
待ってる

724 ◆gBmENbmfgY:2020/07/26(日) 22:54:25 ID:9zTVXNrU
※ごめんちゃい、明日になりそう。案外乱雑に書いててまとめきれなかったです

725以下、名無しが深夜にお送りします:2020/07/27(月) 10:43:57 ID:V8asdzDs
ええんやで

726 ◆gBmENbmfgY:2020/07/27(月) 21:39:19 ID:N0CujLrM
>>699続き

雲龍(相対する空母の艦載機だけに注意を払っていられない――摩耶が立つ海に、摩耶は必ず『脅威』として存在する)


 雲龍も――そして今や空母の中でも最上位を争う実力者となった瑞鶴でさえ、思い出すたびに震える記憶がある。雲龍は震える指先を誤魔化すように強く握った。

 ありありと思い返すことができる、あの全身を走る悪寒、氷柱が延髄と差し変わったかのような怖気。

 ここに居たくない、居てはならない、恐ろしいことが起こるという――理屈ではない本能に訴えかけてくる恐怖。

 向けられている感情があった。

 それは憎悪によるものではなかった。

 それは怨恨に根差すものではなかった。

 そこには、殺意すらなかった。

 彼女のそれは、ただの純粋な――。


摩耶『――飛行機が、嫌いなんだ』


 かつて彼女が言った言葉を思い出す。

727以下、名無しが深夜にお送りします:2020/07/27(月) 21:49:03 ID:k5mKa02A
全裸気を付け!
ロードバイク提督に、かしーらー、なか!

728 ◆gBmENbmfgY:2020/07/27(月) 21:53:01 ID:N0CujLrM

摩耶『断りなくあたしの上を飛ぶ無遠慮さが。クソの代わりに榴弾やら銃弾やらのクソ未満をひり落としていきやがる躾のなさが、人を見下しやがるあの高さも、何もかもがウザったくてしょうがねえ。

   ゴキブリっているよなあ? あいつらも飛びやがるしクソウゼえが、普段は慎ましやかに目のつかねえところにいる。その分別があるだけ上等だ。

   だがアレはダメだ。絶対にダメだ。文字通りにお高く留まってやがる。何様のつもりだ? あたしを誰だと思っている? あたしは――』

 
 ――航空母艦にとって、摩耶という存在は一つの壁である。

 翔鶴型にとっても、雲龍型にとっても、例え一航戦であっても、演習時に摩耶が相手陣営にいた際には相応の工夫が必要だった。

 そして工夫以上に――彼女を知る必要があった。そうだ。摩耶が常に発しているアレは、もはや理屈の埒外にある――。


提督「揃ってるようだな」


 良く通る声に、思考が寸断される。提督の声だ。

 トレーニングルーム内の艦娘達の視線を集め、その波をくぐりながら、提督はトレーニングルーム内の大型モニター前に立った。


提督「さて……予定通り、軽巡クラスと重巡クラス合わせて42名が参加だな。では一斉にタバタ・プロトコル開始――と言いたいところだが」


 ――来た、と。提督が何かを試みようとしていることを予想し、内心であたりを付けている艦娘達が身構える。

729 ◆gBmENbmfgY:2020/07/27(月) 22:02:46 ID:N0CujLrM

提督「覚えているよな? 趣向を凝らすと云った事を。

   御覧の通りギャラリー多いし、何よりマシン台数の都合もある――特定の参加者を応援したい子たちもいるだろうし、グループを分けることにした……」


 その言葉を字面通りに受け取る者は、良くも悪くも古参内には多くない。


提督「軽巡・雷巡・練巡。そして重巡・航巡の諸君。大いに喜べ――君たちに楽しい余興を用意している」


 悪巧みの詳細を語る時の目だった。海戦や演習前の作戦会議……提督が作戦立案する場にしばしば同席する艦娘達――参加者で言えば大淀や香取――はとてつもなく嫌な予感を覚えた。

 大淀はおおよその予想がついていた――答え合わせというよりも、もはや間違い探しの時間である。だが提督が先に語った前置きから、己の予想の大筋に間違いはないと踏んだ。

 香取もまた複数のパターンで予想を付けていたが、その中でもひときわ悪辣なものが来ることを悟った。一方で、まるでわかっていない者もいる。


川内「む」


 ――余興。つまり夜戦だ。ははん、提督ってばわかってるなと川内はまるでわかっていない論理を展開し始めた。

730 ◆gBmENbmfgY:2020/07/27(月) 22:12:33 ID:N0CujLrM

球磨「クマ?」


 ――ひょっとして頑張ったらナデナデしてくれたりするクマ? 球磨が魅力的だからって、人前での御触りは困っちゃうクマぁ……まるでわかっていないのは彼女もである。


提督「ここからの説明は明石が行う」

明石「はい! 皆さん、モニターにご注目です!」


 提督と入れ替わるように明石が艦娘達の前に立つ。彼女が手元の端末を操作すると、背後の大型モニターにいくつかのグラフや記号が表示された。


明石「まず、タバタに参加する軽巡・重巡の皆さんが現在使用している固定ローラー台には、各種計器を取りつけさせていただいています。

   ペダリングパワー、乗り手の体重やギアから計測される速度、そして指先に装着していただく機材からは血中酸素濃度――こうしたデータが各自、私の背後にあるモニターに表示されます! 項目別に!

   20秒間のワーク時の最大・平均心拍数、最大パワー、平均パワー、最大ケイデンス数、平均ケイデンス数などが自動計算されるわけですね!」

大淀(あー……やっぱり)

香取(……ということは)


 二人の予想は的中したが――それは更なる苦痛の到来を意味するものだった。


明石「まあ簡単にいえばですね――タバタ・プロトコルで走破した距離が出る。つまり……順位が出ます!」

731 ◆gBmENbmfgY:2020/07/27(月) 22:49:50 ID:N0CujLrM

 ――空気がひりついたのは云うまでもないことだった。

 その空気を自分が生み出してることに気付いていないのは、もちろん明石である。


明石「(あ、あれ? なんか反応悪いな……)さ、参加者の方々は、今もローラー台でウォーミングアップしている最中で恐縮ですが、一度に計測するのは『六人』です!

   公平を期すためタバタ開始の1分前から提督が名前を読み上げてくださいますので、軽巡・重巡の皆さんはそのまま引き続きアップを続けてくださいね!」

天龍(……明石、あいつ気づいてないんだろうなァ)

龍田(ああ、読めたわ……ロクでもないことだわ。提督ったら本当に、なんて悪辣な事を思いつくのかしら……効果的では、あるのだけれど)


 ――前日に、戦艦達や一航戦らが予想していたことがズバリ的中していた。


提督「これは独り言だが……ご存知の通り、タバタ・プロトコルには8回のセットがある。大型モニターにも表示されるが、各セットごとの順位が参加者全員のお手元にあるサイコンにも表示されるのだ――まるで区間賞のようだね!」

金剛「Oh…………あーあー、そういうことデースか……これはひどいデース」

比叡「? ????? ? お、お姉さまぁー! 比叡、お恥ずかしながらよくわかりません!」

金剛「いい質問デースネ、比叡。分からないことを分からないと言えるのは美徳デース。

   ――このトレーニングはただのタバタ・プロトコルではないのデース! まずはタバタプロトコルのトレーニング内容と目的と達成条件をおさらいしてみまショーウ!

   霧島ぁー! 説明プリーズ!」

732 ◆gBmENbmfgY:2020/07/27(月) 22:52:53 ID:N0CujLrM

霧島「はい。それでは僭越ながら説明させていただきます」


 タバタ・プロトコル。HIIT(High Intensity Interval Training)の一つである、全力運動と僅かな休憩を繰り返すトレーニング方法である。

 このトレーニングは20秒の全力運動と10秒の休息。これを1セットとし、8セットで疲労困憊に至る間欠運動で成り立っている。僅か4分間……明確に言えば3分50秒で完結するシンプルなトレーニングだ。

 目的は心肺能力の向上。有酸素運動エネルギー(長距離走)と無酸素運動エネルギー(短距離・中距離走)の両方にも効果が絶大とされている。

 そしてこのトレーニングだが、応用性が高いことが特徴の一つとして挙げられる。

 運動の種類に『指定が無い』のだ。ダッシュ、水泳、バーピー――そしてロードバイクやエアロバイク。


霧島「さて、ここまでがただのタバタ・プロトコルですが――比叡姉様、ここで提督の言葉……ひいては明石さんの説明に違和感を覚えませんでしたか?」

比叡「え? えーと、ええーと…………あれ? これって別にみんなでいっぺんにやればいいし、なんなら別々でも構わないよね? 何よりもモニターに表示する意味ってないよ? ――だって『競争』するわけじゃないんだし」


 ――まさに比叡の抱いたその疑問は核心を突いていた。


霧島「そう。その『競争』というのがミソです」


 ――タバタ・プロトコルは、自身との戦いと呼ばれることがしばしばある。

 そこには『競争』がないのだ。自らを追い込むトレーニングである。誰彼に勝つ必要はない。そもそも『意味』がないのだ。悪趣味とすら言える。だが本来必要がないはずの、その『競争』の概念を取り入れている。

733 ◆gBmENbmfgY:2020/07/27(月) 22:56:49 ID:N0CujLrM

霧島「まず軽巡・重巡クラスは誰もが並の鍛え方をしておりません。身体も、そして心も。

   この条件下においても間違いなく誰もが『疲労困憊になる』ことはできるでしょう。つまりタバタ・プロトコル自体は成功します。

   ……ですが『出し切れる』のと『ベストを尽くせる』のはまた別の課題なのですよ」


 それを見誤るものは失敗する、と霧島は補足した。


榛名「どういうことです? 榛名もよくわかりませんが……」

霧島「例えばだけれど――仮に比叡姉様の隣で金剛姉様が一緒にスプリントレーニングをするとしましょう。イメージしてみてください、比叡姉様。榛名も自分に置き換えて想像してみて」

比叡「楽しいです!」

榛名「楽しいですね。とっても疲れると思いますが、榛名は大丈夫です!」

霧島「では金剛姉様が『もっともっと速度を出して』と仰ったら?」

比叡「が、頑張ります! 苦しいでしょうけれど! 気合、入れて、行きます!」

榛名「は、榛名は大丈夫です!」

霧島「ですがそんな苦しいところ、金剛姉様は更に速い速度で走っています。それについてこれるよう、もっともっと速度を出すように指示を出されたならば?」

比叡「…………金剛お姉さまはそんなこと言いませんが!! 多分バテバテになっちゃうでしょうけど、しっかり効率考えて走ります! ペダリングとか、フォームとか意識して!」

榛名「榛名も同じです!」

734 ◆gBmENbmfgY:2020/07/27(月) 23:01:09 ID:N0CujLrM

霧島「そう、それが問題なんですよ。さて、タバタの話に戻りますが――タバタに効率は必要ですか?」

比叡「え? そんなの、元々必要ない―――ん?」

榛名「………あ!」


 得心いったように、比叡が頷き、榛名も「ああ!」と声を上げた。


比叡「――な、なるほど! そういうことだったんですか!」

金剛「そうデース! 元々自分を追い込めるだけの全力運動すればOKなタバタプロトコル! ペダリングの効率とか関係ナッシング! 乱暴な言い方をすれば『疲労困憊になれる』のならば、そもそもペダルを回す必要だってありません!

   だけど互いのライバルたちのリザルトが嫌でも目に飛び込んできマース! そんな中で一切ハートが揺らぐことなく、いつも通りのペースで自分のベストを出す、そして出し切ることを両立できマースか?」


 ――無理である。どうしたって意識し合う。ましてかつては海の上で戦友として信頼し合うと同時に、ライバルとして切磋琢磨してきた――同じ艦種のメンバーだ。意識しない方がどうかしている。

 特に1セット目だ。最も足がフレッシュで、パワーが漲っている状態で行うセットが1セット目である。

 つまり誤魔化しがきかない。最大最強を曝け出す。そのパワーが誰彼よりも劣っていたら? 精神への動揺を抑えきれるだろうか? それによって始まる2セット目にどんな影響があるか? ただ全力で回すだけのタバタプロトコルで、出し切りつつも上位の成績に食い込めるだけの効率も求められる。

 そもそも両立することは極めて困難である。

 全力を出す、イコール、自身の最速では断じてない。


霧島「故に考えるべきは提督の狙いです」

735 ◆gBmENbmfgY:2020/07/27(月) 23:04:25 ID:N0CujLrM

 提督に狙いがあるとすれば何か――その答えの一つに、既に辿り着いている者達がいる。


大和「提督は後々、艦種を問わないチームによるレースの開催も視野に入れておられるのでしょう。そう考えたならば、このギャラリーだらけの公開トレーニングにも意味が見いだせます」

武蔵「だろうな。いい機会だ――よく見ておけよ、浜風、清霜」

浜風「ええ」

清霜「わかりました!」


 つまりこの場は――。


伊勢「――絶好のアピールの場ってわけね。私たちの時は、ちょっとばかり派手にやった方がいいかな」

日向「ふむ……となると解せんことがあるのだが。先日は駆逐艦や空母など参加する者の艦種はまちまちだったぞ。今日になって軽巡・重巡を競わせるのは何故だ? 昨日は何故やらなかった?」

扶桑「駆逐艦と空母には新人の子たちもいたからかしら……それだけではないような気も」


 だが、違う視点から意義を見出している者もいる。


山城「本質を見誤ってない? 姉さまも、伊勢と日向も」

736 ◆gBmENbmfgY:2020/07/27(月) 23:07:49 ID:N0CujLrM

山城「まずは8回のスプリントで全力を出し切る。その大前提をクリアしなきゃ。

   それ以外は全て不純よ――まあ尤も」


 軽巡・重巡達の顔を一人一人眺めながら、山城は言う。


山城「……わかってる子は何人かいるみたいだけど、わかってないのもいる。わかってる上で、それを止められない子もいるみたい」


 『ただ出し切る』事を考えるもの。

 『絶対に負けたくない』と思うもの。

 考え方は様々だ。だが見えるものは多くある。


山城「アピールする機会というのは、間違ってないわ。だけど、アピールの方法もね……案外どうにもならないわよ。えげつないわこのトレーニング」


 苦しい時に、人の本質は見えてくる。綺麗なものもあるだろう。汚いものもあるだろう。

 それを見せることを強要するトレーニングだ。だからこそ、山城はそこに一つの真実を見る。


山城「『この人がいれば勝てる』のと……そして『この人を勝たせたい』は、同じようでまるで違うものよ」

737 ◆gBmENbmfgY:2020/07/27(月) 23:11:50 ID:N0CujLrM

 そう、最悪なことにこの場はアピールの場にもなりうる。

 『こんなにも早く走れる』『誰彼よりも速い』

 それをアピールすることで『この人のチームで走りたい』と勧誘に走る者はきっと出てくるだろうし、『この人が敵チームに居たら厄介だ』と探りを入れる者も出てくるだろう。


日向「君ならどんな子をチームに?」

山城「愚問ね。私なら……『一緒に勝ちたい』と思える子と走りたいわ。チームであればそれが必要不可欠かつ最低条件……私が一緒に勝ちたいと思うのはもちろん、西村艦隊のみんなとよ」

伊勢「――あら」

日向「ほう」

扶桑「まあ」


 瞠目して山城を見やる三人に対し、山城は眉をひそめた。


山城「なんですか……姉さまも、二人も……じっと見たりして……ああそうか、私が失言したのね……同じ会社の誰かが起こした不始末のせいで、TVの前の『誰よアンタ』って突っ込みたくなる誰かのように頭下げたり号泣会見を開かなきゃいけないんだわ……不幸だわ……あんな無様を晒すなんて、私なら恥ずかしくて死んだ方がマシだもの……」


 今日も山城は被害妄想が酷いが、それ以上に誰かへのディスが惨い艦娘であった。

 なんか何の根拠もなくよくわからん細胞があるとかないとかほざき、学歴に見合わぬ無学さ、見ている側が情けなくなるほどの矮小さ、性根が腐ってるとしか思えない卑劣さを晒した馬鹿をテレビで見た時も。

738 ◆gBmENbmfgY:2020/07/27(月) 23:14:00 ID:N0CujLrM

 『むしろやってないやつおるんか必要なことならやってもええんよ?』とツッコミたくなるほど多発する政務活動費の不正利用が発覚し、記者会見で無駄に泣き喚き被害者面を晒した挙句、実刑判決喰らってなお未だ被害者面をやめない元議員を見た時も。

 山城は無慈悲に『死ねば』と思った。

 『粗にして野だが卑ではない』――石田禮助(石田礼介)の言葉がある。

 『外見や言動が雑で粗暴、洗練とは程遠いものであったとしても、考え方に一本筋が通っていて、決して卑しい行いや態度をとらない』という意味だ。

 艦娘として生を受けた後に、山城はある出来事がきっかけでこの言葉を知り、酷く感銘を受けた。気骨ある生涯を貫いたその生き様を尊敬している。どこか、『戦艦・山城』を――史実の自身を運用した西村提督に通じる考えだと、大いに共感していた。

 そんな山城に言わせれば『こいつらは粗でなく野でもないが、賢しいだけで自己保身ばかりを考えている。まるで腐肉をシルクで包んでいるかのよう。悪臭を見た目や香料で誤魔化そうとしても、その醜悪さは隠せない。性根が卑しい哀れな生き物よ』だ。物乞いの方がまだ謙虚に生きているとすら言うだろう。

 自分はそうはなりたくないと思った。だから常日頃から己に言い聞かせている。恥じることをするなと、律し続けている。道理のないことを決して迎合しないという態度は、山城の頑なで意固地な悪徳でもあったが、それ以上の美徳でもあった。

 ネガティヴではあるが、ハートとガッツがある。悲観的ではあるが、諦観はなく、絶望に立ち向かう勇気と覚悟がある。

 不幸を嘆くことはあっても、希望と理想の光を掲げた。艤装の欠陥や無力さに溜息をつくことはあっても、それを言い訳にすることはしなかった。決して卑に流されることを善しとしなかったのだ。

 こんな自分を、旗艦として仰いでくれる駆逐艦がいる。不幸を嘆くことなく、まっすぐに笑顔を向けてくれる航空巡洋艦がいる。


日向「ああ、いや……君が言うと言葉に重みがあるなと。この日向、感服した。うん、恐れ入った。そうだな、確かに君の言う通りだ。私も、一緒に勝ちたいと思える子たちと走りたい。なあ、伊勢?」

伊勢「ええ、私もそう思うよ。山城ったら普段は人生どん詰まりみたいな暗い雰囲気してるけど、流石はニシムラセブンの筆頭よね。扶桑も鼻が高いんじゃない?」

扶桑「あ、あまり揶揄わないで、伊勢」

山城「……姉さまが私のことで鼻を高くしてくれない……ああ、私はきっと卑しいんだわ……卑しくて不幸だわ……」

739 ◆gBmENbmfgY:2020/07/27(月) 23:17:58 ID:N0CujLrM

扶桑「ち、違うのよ山城! 姉さま、ちょっと妹が褒められたけど謙虚に受け止めるべきよねって思ったっていうか伊勢が揶揄うからちょっと恥ずかしくなっちゃったって言うかとにかく山城貴女は私の自慢の妹よ!!?」

山城「姉さまに気を遣わせた……死のう……提督との子供を10人ぐらい生んでから死のう……」

伊勢「こんな長期に渡る遠大な自殺計画は初めて聞いたなあ」

日向「今日も山城は愉快だな」

扶桑「貴女には言われたくないわ、日向」


 ――大戦の最中、『ニシムラセブン』と呼ばれた奇跡の艦隊があった。

 スリガオ海峡を抜け、レイテ沖へと突入した少数精鋭部隊。史実においては大敗を喫し、一隻の駆逐艦を除いて海に没した艦隊。

 艦娘としての浮世において、それを覆した。


 ――西村艦隊・旗艦。


 海軍戦艦番付――武蔵・長門に次ぐ、三位。

 最強の航空戦艦。

 『明星』と呼ばれた航空戦艦――それが山城だ。

740 ◆gBmENbmfgY:2020/07/27(月) 23:22:50 ID:N0CujLrM

日向「ははは。しかし山城、一つ抜けてるぞ?

   『この人がいれば勝てる』と『この人を勝たせたい』と『一緒に勝ちたい』以外に、少なくとももう一つはあるだろう?」


 ――『この人に勝ちたい』だ。


山城「…………そうね。それを見極めるんでしょ? 今日。ここで」


 視線を前に向ける。絶景かな――最強と呼ばれた艦隊の精鋭たる重巡・軽巡の歴々が居並ぶ壮観がある。


日向「まあ、黙って見ていよう。良き瑞雲はおらぬものかな」

伊勢「あ、このトンチキの言葉はともかく、黙る前に聞きたいことあったんだった。ねえ、山城。興味があるんだけれど――軽巡クラスの中にはいるかしら。貴女が一緒に走りたいなって思う子」


 軽巡クラス、と伊勢はあえて限定した。重巡クラスには最上がいる故にだろう。


山城「まだ走る前でしょ……これから見定める――と言いたいところだけど」


 一呼吸おいて、山城は言う。

741 ◆gBmENbmfgY:2020/07/27(月) 23:27:40 ID:N0CujLrM

山城「まあ……期待してる子はいるわ……天龍、ね」


 意外な名前が挙がった――と捉えるものは、誰もいなかった。

 日向に至っては納得、それも当然――と言わんばかりに頷き、しかし疑問はあったのだろう。


日向「……君にとって天龍は、一緒に勝ちたいのか、戦力として欲しいだけか? それとも――勝たせたいのか、勝ちたいのか」


 意地の悪い質問だった。日向も自覚があるのだろう。いつもの柔和な笑みに、少し陰りが見えた。


山城「勝たせたい、というタイプね。ズルい子よあの子は。一生懸命やってるのを隠そうとして、隠しきれていない」


 苦笑しながら山城は言う。その言葉に憐れみはなかった。ただ報われて欲しいという、祈るような願いがある。


日向「……無理もないことだろう――なにせ、あいつは」


 見据えた先に、天龍がいる。

 この重巡・軽巡の中で――『ただ一人』だけ眼帯を付けたままロードバイクに跨る彼女を見つめながら云う。木曾は眼帯を付けていない。

 日向は、真っ直ぐな視線を天龍に注ぎながら、痛ましげに云う。

742 ◆gBmENbmfgY:2020/07/27(月) 23:30:25 ID:N0CujLrM


日向「私たちの中で――艦隊でただ一人の、隻眼だ」



 日向がそう呟くと同時、示し合わせたかのように提督が1グループ目の参加艦娘の名を呼ぶ。

 トレーニングが始まる。

 その魁として選ばれたのは。



提督「――天龍」

天龍「おう」


 真っ先に呼ばれた艦娘は期せずして、天龍だった。

743 ◆gBmENbmfgY:2020/07/27(月) 23:31:06 ID:N0CujLrM
※今日はここまでです……明日明後日遅くても週末ごろにはまた見てロードバイク!

744以下、名無しが深夜にお送りします:2020/07/27(月) 23:54:03 ID:1yaQa1IE
乙ー乙ーよくやった!

細かい疑問だけど、>>730
> ペダリングパワー、乗り手の体重やギアから計測される速度
と言っても、スプリントの模擬としては走行抵抗は体重によるタイヤ転がり抵抗よりも風圧抵抗の方が主要素では?
・・・うーむ、ここの明石=サンでは体格とフォームから風圧抵抗を推測計算して
ローラー台の抵抗力を自動補正、みたいな変態技術は、流石にちょっと難しいだろうかねぇ?

745以下、名無しが深夜にお送りします:2020/07/28(火) 11:11:36 ID:hvtz2ckE
乙ー
無理して死にそうな子が出てきそう...

746以下、名無しが深夜にお送りします:2020/07/28(火) 17:57:26 ID:UG78Wpiw
>>743スプリント勝負の話にすりかわっててちょっとなにいってるかわからない
身長体重に脚質差もあるから張り合っても意味ないぞっていう引っかけなのでは?

747以下、名無しが深夜にお送りします:2020/07/28(火) 19:51:42 ID:9vs9riDc

指輪の9割を渡している艦種だから順位が気になってしまう

748以下、名無しが深夜にお送りします:2020/07/28(火) 20:10:06 ID:2Jy2WT7s
山城の株が上がったり下がったり乱高下
きっと彼女の脚質はパンチャーだ

749 ◆gBmENbmfgY:2020/07/29(水) 22:35:18 ID:5pq7tgU2
※ンンンン週末になりそう……
 感想どうもです。案外人おるやん。

>>744
>>746>>744のコメントへの言及? ですよね?)
 その疑問は正しい。そして明石の技術なら可能。そのうちVRというかシミュレーションによる仮想現実レースとかやっちゃう子。チートは即BAN。
 でもこのタバタでは空気抵抗についてはひとつも言及していない。
 つまりそれを加味した測定ではない。単純な出力考えたら体重重い子の方が有利になるのだ。FTP換算、そしてギアの大小は別としても同一の機材を用いたという想定時の順位になります。
 結局のところ提督の狙いはそこだったりします。自分を見失えば一番の目的を見失う。でも他人の存在が自らの力をより強く引き出す要素になり得るなら、大いに利用しろという話。

>>745 いるかもですねw

>>747 軽巡は育てやすいですからね

>>748 山城はいい子ですよ。しょっちゅう死にたがっては孕みたがるおちゃめな一面がありますけど。脚質は、まだナイショです。

750 ◆gBmENbmfgY:2020/08/02(日) 21:31:28 ID:b8S9Ktis

深雪「――――!」


 天龍の名が呼ばれ、真っ先に反応したのは深雪だった。まだタバタプロトコル開始の合図が出ていないにも拘らず、彼女の視線は天龍に釘付けとなった。

 ――あたしは。

 ――深雪様は、どうして強くなろう、なりたいって思ったんだっけ。

 その疑問は一日たった今でも、深雪の心の内側で燻っている。その答えが、天龍を見ていればわかるような――思い出せる気がした。

 次いで駆逐艦たちの多くが沸く。第六駆逐隊の面々は喜色を浮かべて天龍の名を呼んだ。それに呼応するように、多くの駆逐艦が天龍の名前を呼んだ。頑張れ、ファイト、天龍さん出し切って――次々に応援の声が上がり、拍手する者もいる。


初月「っ、と。すごい人気だな、天龍は」

秋月「天龍さんは――『華』のある方ですからね」

初月「はな……?」

照月「見てれば分かるよ。それと――天龍『さん』ね」

初月「あ、ああ」


 初月を見る姉二人の視線には凄みがあった。

751 ◆gBmENbmfgY:2020/08/02(日) 21:43:12 ID:b8S9Ktis
 声援に片手を上げて応える天龍の左目は、眼帯で覆われている。

 駆逐艦たちの拍手や応援の声、その間隙を縫うように、提督の声が滑り込んだ。


提督「木曾」

木曾「ああ!」


 寸毫ほどの間もなく、覇気に満ちた声で応答するのは木曾。今の彼女の右目に、常日頃から装着されている眼帯はない。

 瞼の上から頬にかけて割断するような傷痕が、うっすらと奔っている。


まるゆ「!! 木曾さん! がんばってください!!」

あきつ丸「ファイトでありますよ! 木曾殿!!」

木曾「ああ、見ててくれ」


 口端を吊り上げて不敵に笑う姿に、まるゆとあきつ丸もまた笑みを深めた。

 こうしたやり取りを経ながら、提督の口から次々に1グループ目のタバタ・プロトコルに参加する艦娘達の名が読み上げられていく。

752 ◆gBmENbmfgY:2020/08/02(日) 21:45:15 ID:b8S9Ktis

提督「矢矧」

矢矧「ええ!」


 凛然とした声と引き締まった表情で応答する矢矧。


提督「夕張」

夕張「はい!!」


 力強く声を張る夕張――そして。


島風「――おうっ!!」

長波「座ってろ、島風。ステイだ。見学してんだよあたしらは。アホか」

島風「おっ、ぉぅ……」


 長波に首根っこを掴まれて座らされる島風。

 残る参加者は、二人。その二人は――。

753 ◆gBmENbmfgY:2020/08/02(日) 21:50:05 ID:b8S9Ktis

提督「阿武隈」

阿武隈「はい!」

提督「――北上」

北上「はいな」


 この二人の名が続けて読み上げられた時、部屋の中が一瞬だけ静寂に包まれた。


阿武隈「げ」

北上「にひ」

大井「は?」


 対照的な二人の反応と、隠そうともしない殺意を発し始める大井――これには駆逐艦のみならず、空母や戦艦達の間にもどよめきが走った。


日向「――ほう。あの二人か」


 そんな中で、納得したように薄く笑むのは日向だった。


伊勢「あー、やっぱ気になる? 日向としては」

754 ◆gBmENbmfgY:2020/08/02(日) 21:53:36 ID:b8S9Ktis

山城「……? 阿武隈と、北上? 日向と接点があったかしら?」

日向「日常生活においてはさほど。だが注目はしていた。特に北上はな」

山城「瑞雲使えない子よ?」

日向「君は私を何だと思ってるんだ?」

山城「瑞雲狂いよ」

日向「な、なんだいきなり……そう当たり前のことを褒めないでくれ。照れる」

山城(ただの気狂いかもしれない)


 本気で照れてるのか少し居心地悪そうに体をくねらせ、しかし満更でもなさそうに笑みを深める日向の姿に、山城はとてもシツレイなことを思った。


日向「いや、何。北上は……いいや、あの二人はな? なんというか――私と同じタイプだからだ」

山城「だから瑞雲は積めない子たちよ? 大丈夫? お薬いる?」
    オ ク ス リ
日向「緑と赤と白の瑞雲なら間に合っている」

山城(手遅れだったわ)


 もはや処置なしかと、匙を投げて無視して開始の合図を待とうと思った山城だったが――。

755以下、名無しが深夜にお送りします:2020/08/02(日) 21:56:18 ID:2rZgVk96
何やろ、事故歴から華麗な転身したクチ?

756 ◆gBmENbmfgY:2020/08/02(日) 22:02:06 ID:b8S9Ktis

日向「阿武隈も、北上も、多くの道を選ぶことができる。選択できるだけの贅沢があった。

   阿武隈はいささか遅咲きで、北上は早咲きという違いこそあるものの……二人とも同時にいくつもの道を選びとり、そこで一流と呼ばれるぐらい成長できるほどの才能がある。

   阿武隈は多くを選んだ。全てを半端にせず、苦手の多く得意に変えていった。

   だが、北上が選んだのは一つだけだった。一流ではなく、超一流と呼ばれる存在になることを選んだ。ああいう子は好きだよ」

山城「……へえ(イカレのくせして、見るべきところはしっかり見てるわねこいつ)」

扶桑「――――ああ、言われてみれば確かにそうね。それは北上と貴女にある共通項よ」

日向「まあ、そんな北上の脚質はパンチャー……比較的万能的な脚質で、その一方で阿武隈は登坂の専門家たるクライマー……云いたいことが分かるよな?」

伊勢「ああ、なーる……確かにそう言われると、気になるね」


 どんな走りを見せてくれるのか。

 互いが持っていた主義を捨ててしまったのか。

 その誇りの所在は、今は何処にあるのか。


提督「――1分後に開始だ。10秒前からカウントスタートする」


 提督の言葉に、微かな話し声こそ聞こえるが、観客たる艦娘達の多くが静かになった。

757 ◆gBmENbmfgY:2020/08/02(日) 22:09:01 ID:b8S9Ktis

天龍「よう、矢矧も一緒か。オメーとはあんま仕事で一緒になったこたァなかったな。ま、よろしく頼むわ」

矢矧「は、はい! よろしくお願いします!」

木曾「思えば俺たちが一堂に会して、こうして互いの鍛錬を競うなんてこと、年に一度の体力測定ぐらいのものだったな」

夕張「まあ、お互いにあちこちの海で仕事してたわけだし」

北上「そうだねえ。ねえアブもそう思うよね?」

阿武隈「……あたしに話しかけないでください。気が散ります」


 艦娘達の多くが鎮まったからこそ、どこか緩い――そんな会話がはっきりと初月の耳にも届いた。


初月(……? なんだ? 矢矧や阿武隈はともかく、なんだって彼女らはああも緩い雰囲気で話してる?)


 初月は、雲龍の言葉を思い出していた。

 初月は天龍や五十鈴、鬼怒に注目すべきだ、と。

 だが、天龍をはじめ、半数以上が気の抜けた表情をしているように見える。

 そう、思った矢先だった。開始まで残り30秒を切ったあたりで、異変に気付く。

758 ◆gBmENbmfgY:2020/08/02(日) 22:22:30 ID:b8S9Ktis

初月「―――――え」


 弛緩していた空気が、一気に緊迫していく。

 張り詰めた鋼糸にがんじがらめにされている心地だった。

 己が冷や汗をかいていることに気付き、改めて軽巡たち六名の表情を見る。


初月「っ、あ、ぁ……?」


 漏れた声が震える。誰も彼もが、見たことのない表情をしていた。命を叩きつけられるような迫力が、総身から放たれている。

 座り込んだまま彼女たちを見ていた初月は、凍えるように抱えた膝を強く擦り合わせた。最後の意地とばかりに、視線だけは天龍を捉える。

 天龍の隻眼は、据わっている。ただ前を向いている。一秒ごとに鋭さを増していった。

 初月は知らない。それが彼女たちが、『敵に値するもの』と会敵した時だけに見せる表情であり――命の危機が迫ったときにのみ見せる、鬼気と呼ばれるものであることを。


初月(理解、でき、ない。これは、トレーニングだぞ? それも、砲撃や雷撃じゃあない。艦娘としての鍛錬じゃあない――ロードバイクだ。なのに、なんで、こんな)


 ここを戦場として認識しているかの如き変貌。

 だが初月にとって理解できないそれは、軽巡にとっては疑問に思うことさえない『当たり前』のことだった。それができないものから死ぬ世界に生きており、その世界を生き抜いた。

759 ◆gBmENbmfgY:2020/08/02(日) 22:29:59 ID:b8S9Ktis

 軍人と、アスリートの違いを改めて明文化するのならば、仕事の成果が文字通りの生物的な死に直結するか否かにある。

 しかし、彼女たちは決してスポーツマンを舐めている訳ではなかった。自ら精神を極限状態へ追い込み、肉体のポテンシャルを最大限に発揮するための技術において、スポーツマンはある意味で軍人の遥か上を行く。

 己の名誉、キャリア、積み上げた経験、自負、あらゆるものを力に変えて勝利へと邁進する姿勢は、尊敬に値するものだろう。文字通りのライフワークが、この極限にある。競技の結果に全てを賭けるのが、彼らの生きざまだ。

 我を押し殺すのが軍人ならば。

 我を押し通すのがアスリートなのだ。

 ならば、我を押し殺したままにスポーツに挑んだ軍人は勝利できるのか?


朧(――無理ですね)


 慣れているかのように――事実慣れているのだろう――軽巡たちの変貌を見据えている第七駆逐隊の面々は、各々が過去に思いを馳せた。


朧(タバタはキツいトレーニング。耐えることももちろん大切だと思う。内臓が全部、口から飛び出そうな心地になる。

  けど、問題はそこじゃない。そんなの、あたしは耐えられる。肉体も、精神も、耐えられる。やろうと思えばだけど……だけど……それが海の上か陸の上かで、話が違ってくる)


 だが命懸けが当たり前の軍人の日常において、その当たり前を成り立たせるための前提――――どんな甘ったれでも簡単に燃料にできる死への恐怖や生への渇望を、スポーツの中に見出すことができない。

 ――――だって、死ぬわけじゃない。

 そんな冷めた思いが脳裏をよぎる。それはある意味で強さであり、弱さでもある。

760 ◆gBmENbmfgY:2020/08/02(日) 22:36:19 ID:b8S9Ktis

 死を己のものとすることが常態化しているが故に、それを発揮するための燃料をそこに見つけられない。

 故に朧は思う。無理だと。そして曙もまた思う。多くのものに裏切られ続けてきた駆逐艦は、思う。


曙(ここが海の上なら『危機感』がある……だって、本気でやらなきゃ沈む。死んでしまう。その恐怖がある。それに負けない、死にたくない、自分も、仲間も、死なせるもんかって気持ちが、自然と湧き上がってくる。

  だけど、アタシたち艦娘には、多分本能的な安堵がある。言ってみれば安心感……陸の上にいるとそれが顕著になるのよ)


 曙もまた、それを実感していた。決して口にはしないだろうし、問い詰められても認めはしないだろう。

 だが曙もまた、戦時は『それ』を原動力として戦っていた艦娘の一人だ。

 ――失って溜まるもんか、と。

 もう二度と悔しくて泣いたりするもんか、と。


漣(死ぬことがないって分かってしまう安心感。ああ、それはとても素敵な事ですとも。ご主人様と一緒に掴んだ平和です。何て愛しい!

  ――どっこいそいつがなんて皮肉なのか……こういう遊びの場じゃあ敵になっちゃうんだよねえ)

潮(大戦のときは、こんな苦境なんていくらだって耐えられました。百回だろうと二百回だろうと耐えられました。

  でもそれは――――仲間を護るとか、絶対死んじゃだめだとか、勝ちたいよ、負けたくないよ、みんなとまた笑いあいたいよって気持ちが、あったから。

  ああ、てぃーとくが、言ってた通りだ――――あたしの中で、あの時……『まだ生きたい』って、気持ちがあった。あの時は、あたしの中の全てがそう叫んでた)

761 ◆gBmENbmfgY:2020/08/02(日) 22:42:01 ID:b8S9Ktis

 目に見えて迫る命の危機があった。

 己の。誰かの。

 それが、ない。

 魂が震えない。本能は叫ばない。

 ならば楽かといえば――――逆である。

 乗り越えるために『必死』を要する壁を登るとする。死ぬ覚悟がないと登り切れない、そんな前提のある壁だ。海戦では、その壁を登り切れなければ死を意味していた。

 だが、今は安全ロープがしっかりと己の身体に巻き付いている。堕ちても死ぬことはない。

 登るのに失敗したとしても死ぬわけではない――――だが『死ぬ覚悟がないと登り切れない』という条件だけが変わっていない。

 そこで必死になれぬということは、何を意味するだろうか?


 決して乗り越えられぬという事。


提督「―――開始まで10……9……8……」


 カウントダウンが始まる。

 その解法のいくつかが、すぐにでもわかるだろう。

762 ◆gBmENbmfgY:2020/08/02(日) 22:45:47 ID:b8S9Ktis

提督(わかっただろ? お前たちとは……艦娘とは、軍人とは、真逆なんだ。だが、それは温いって意味じゃない。記録のために『本当に死んでしまうかもしれない』ことを、イカレた理屈でやってのけるのがアスリートだ。

   つまり『馬鹿になれる』んだ。悪い子になれる。どう考えても支離滅裂。だがどれだけか細かろうと、途切れそうなぐらいに頼りなかろうと――そこにたった一筋の道理が通っているのならば。

   アスリートはそれを信じ抜くことができる、言葉通りの『馬鹿げた一念』の強さがある)

提督「――4……3……2……」


 誰もが固唾を飲んで見守った。

 深雪も。

 朝潮も。

 皐月も。

 そして――初月も。


提督「――1」


 軽巡たちが一斉に立ち上がる。

 やるべきことはもう決まっている。

 ただ全力を出す。最初から分かり切っていたことだった。

763 ◆gBmENbmfgY:2020/08/02(日) 22:55:59 ID:b8S9Ktis

 ――オレに有利だ。このテのトレーニングはよ。

 天龍は嘘をつき。

 ――俺、が……俺が胸を張れる、俺は。今も変わらない。日に日に、あの時よりも強くなっている。

 木曾は後悔を思い出し。

 ――何よりも強く。ただ速く。全力で、全開で、全速で――――回す。それだけよ。

 矢矧は覚悟を決め。

 ――私はもう、見失わない。見捨てない。見誤らない。私はただ――私の速さを、疑わない。

 夕張は信念を抱き。

 ――いつも通りだ。あたしは、いつも通りにやってやるだけだよ。

 北上は気負わず。

 ――頭の中が、透き通っていく感じがする。

 阿武隈は征く。


提督「―――――ゼロ」


 かくして、1グループ目のタバタ・プロトコルが開始した。

764 ◆gBmENbmfgY:2020/08/02(日) 22:56:51 ID:b8S9Ktis
※時間切れである

 次回から怒涛ゾ

765 ◆gBmENbmfgY:2020/08/02(日) 23:15:51 ID:b8S9Ktis

 軽/重雷装/練習 巡洋艦:ロードバイク&脚質まとめ(☆マークは今回出走)

 ☆天龍:SCOTT FOIL PREMIUM オールラウンダー(万能型・スプリント能力あり)
 龍田:SCOTT FOIL PREMIUM ルーラー(天龍限定)
 球磨:KUOTA KHAN オールラウンダー(スプリンター寄り)
 多摩:COLNAGO C60 オールラウンダー(万能型・スプリント能力あり)
 ☆北上:WILIER ZERO 6 パンチャー
 大井:WILIER ZERO 6 ルーラー(軽巡最強ルーラー。ただし北上フォロー時限定解除)
 ☆木曾:??? オールラウンダー(万能型・スプリント能力あり)
 長良:PINARELLO DOGMA F8 Carbon T11001K スプリンター(ピュアスプリンター)
 五十鈴:COLNAGO C60 オールラウンダー(万能型・スプリント能力あり)
 名取:BIANCHI OLTRE XR4 ルーラー(という名のTTスペシャリスト)
 由良:BASSO DIAMANTE SV ルーラー(の皮をかぶったTTスペシャリスト)
 鬼怒:WILIER Cento-10-AIR Red スプリンター(TTスペシャリスト寄り)
 ☆阿武隈:COLNAGO V1-r クライマー(ピュアクライマー)
 ☆夕張:BIANCHI Specialissima CV スプリンター?
 川内:DE ROSA PROTOS オールラウンダー/ダウンヒラー(スプリンター寄り)
 神通:DE ROSA KING XS オールラウンダー(万能型・スプリント能力あり)
 那珂:DE ROSA SK オールラウンダー(クライマー寄り)
 阿賀野:TIME SCYLON AKTIV スプリンター(TTスペシャリスト寄り)
 能代:TIME RXRS ULTEAM ルーラー(阿賀野限定)
 ☆矢矧::TIME ZXRS TTスペシャリスト/ダウンヒラー
 酒匂:TIME VXRS ULTEAM World Star オールラウンダー(万能型・スプリント能力有り)
 大淀:Cervlo S5 クラシックスペシャリスト(TTスペシャリスト型)
 香取::BMC Teammachine SLR01 TWO パンチャー/ルーラー(どちらでも通用する万能性)
 鹿島:レース用バイク現状不明・脚質不明

766以下、名無しが深夜にお送りします:2020/08/02(日) 23:23:56 ID:2rZgVk96
乙!

やだ、この軍人とアスリートの比較むっちゃ刺さる

長良型のルーラー組がTTスペシャリスト寄りになってるけど、個人的印象では由良=サンはクライマー寄りだと思ってたのでちょっと意外
まぁ、スプリンターやパンチャーよりはTTスペシャリストとクライマーは遠くないし、そこそこ互換性があるのだろうと納得してみる

767以下、名無しが深夜にお送りします:2020/10/11(日) 20:19:21 ID:pn8bg/nw
更新楽しみだなぁ

768 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:28:00 ID:kmxiKmOo
※おまたせ

769 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:29:04 ID:kmxiKmOo

 タバタ・プロトコルが始まるその寸前。

 ――天龍は、今日もまた嘘をついた。


 〝――オレに有利だ。このテのトレーニングはよ〟


 HIIT――高強度インターバルトレーニングにおいての最大の敵は、常に己自身とされる。

 競う相手はいないからだ。目指すべき目標こそあれ、それはタイムや強度といった記録に過ぎない。

 故にこそ倒すべき敵は、己の内側にしかいない。

 そこに提督は『比較対象』を――『競争』の概念を持ち込んだ。

 記録を競う。

 己自身のものだけではなく、他人との記録をだ。


 勝敗を、優劣を定めるためのものではないトレーニング――それでもあえて順位を出すというのならば、そもそも始まる前から勝敗が分かり切っている。


 ――このメンツなら、確実に矢矧が勝つだろう。山岳ステージならカモなんだけどなァ。


 天龍に並ぶ高身長。そしてTTスペシャリストという高出力・高負荷の全力運動に長ける脚質。

770 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:30:03 ID:kmxiKmOo

 ローラー台という空気抵抗を考える必要がない訓練においては、あの長良や阿賀野にすら迫るかもしれない。


 ――ホント性格悪いぜアイツ。このトレーニングにおいて最悪なのは、てめえのペースを見失うことだ。タチが悪ィのは、この競争はレースみてえにパッと見でわかるもんじゃねえって点だな。


 手元にあるサイコン、これが曲者だ。だから天龍はトレーニングが始まる前の時点で、それを視界に入れないようにした。

 他の艦娘との差が見える。順位として現れる。それによって奮起する者もいるだろう。だが天龍にとっては毒でしかない。


 ――ああ、これがレースなら、劣っているヤツの前にはより速ぇヤツがいるんだろうよ。だがこれはローラー台での記録を出すだけのものだ。


 本来はどれだけの差があるのか、文字通りに『目では見えない』。結果が出るまではわからない。なのに結果が目の前に数値化してしまう。

 それは焦りを生む。それを嫌ったからこそ、天龍は見ないことにした。


 ――見るべきものは、ずっと見えてるよ。


 前述した、軍人とアスリートの違い。

 ここに例外がある。

 命を懸ける必要がないことに、命懸けになれる艦娘がいる。

 できる艦娘がいる。

771 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:31:48 ID:kmxiKmOo

 ここにいるのだ。


 ――このトレーニングが、できない、なら、オレは―――――死んだ方がましだ。


 その一人が天龍であった。最初から全力で、両足に踏力を注ぎ込む。

 ひたすらにこぎ続ける。ひたすらに力を込めて。

 ただそれだけだ。押し寄せてくる苦しみの中で、ただ一念を想う。

 そう己に言い聞かせ、本気にできる。

 天龍は愚かではない。

 だが『必要とあらば馬鹿になれる』類の艦娘であった。


 ――オレが積んだ経験は、乗り越えてきた訓練は、これまで培ってきた身体は――――まさに、『こういうもの』を捻じ伏せるためだ。


 天龍は、些細な物事を大げさに捉える。男勝りな言動が目立つ彼女だが、石橋を叩いて渡る慎重さが備わっていた。


 ――着任した当時のオレには、なかった。


 物事を認識し、捉えたそれを己が内に秘め、煮詰めて、カサカサの屑になるまで苛め続けるのだ。

772 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:32:51 ID:kmxiKmOo

 ――忘れられない思い出がある。


 提督との思い出だ。

 あの日に、天龍は己を定めていた。

 思い返すたびに願い、想い、憂い――胸にこみあげてくるほどの激情がある。



……
………

773 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:33:26 ID:kmxiKmOo

………
……



https://www.youtube.com/watch?v=U1kJ4yX3ATM

 天龍は、この鎮守府において初の軽巡洋艦だった。

 雪風と島風、そして初期艦。

 この三名で出撃した正面海域――そこで邂逅した艦娘である。


 ――オレの名は天龍……フフ、怖いか?


 提督との初対面で、彼女は大仰にのたまった。

 完全な悪手であった。何せこの時期の提督は――。


『それで凄んでるつもりならば、笑わせる』


 ――恐ろしかった。

774 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:34:31 ID:kmxiKmOo

『怖さがない。薄い。温い。飢えがない……つまり敵じゃねえってことだよお嬢さん。何が天龍だトカゲに改名しろクソザコ弱トカゲ』


 ――ぴえっ!?


 小柄な少年としか見ていなかった彼から発せられる、凄まじい覇気。

 これは彼が極めて沸点が低く、最も尖っていた時期であり――天龍にとっては、本来なら思い出したくもない過去だった。余りの怖さに悲鳴を上げて腰を抜かしてしまった苦い記憶。

 雪風と島風、そして初期艦は苦笑いと共に証言する。あれは、とても酷かったと。


『走るぞ。おまえの体力をまず見る』


 ――えっ。


『外に出ろ』


 ――い、いや……施設の案内とか、鍛錬なら海上での砲撃訓練、とか、は?


『ついてこいクソザコ弱トカゲ』


 ――は、話聞けよ、てめっ―――!? は? なんだこの力、おまっ、ちょ―――すげえちからだ!?

775 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:36:05 ID:kmxiKmOo

 引きずられるように――事実引きずられていた――訓練場に連れ出されては基礎、基礎、基礎に次ぐ体力トレーニング。

 終わった頃にはもう指一本動かせないぐらい疲弊していた。

 なのに、同じメニューを難なくこなした提督は、数分で呼吸を整えた挙句にこう言った。


『次は座学だ。駆逐艦率いて海に出たけりゃ全部覚えろ』


 またしても引きずられた。もう抵抗する気力も無ければ、指一本動かす力も残っていなかった。

 涼やかささえ感じさせるほど、疲労を感じさせない声だった。天龍にとっては絶句の一言である。

 思えば、この時期の提督は焦っていたのだろう。正しく深海棲艦との勢力差を理解し、艦娘達の未熟さを把握していたからこその焦り。

 それが付け焼刃に過ぎないものであれ、彼は『現実』を踏みしめながらも、『次』へと活かしていけるような鍛錬を、艦娘達に課していた。

 それも思い返せば、という話だ。当時の天龍にとっては地獄でしかなく『なんて鎮守府に着任しちまったんだオレは』と己が不幸を嘆いたこともあった。


 ――だが、それもほんの数日の事だった。


『乗組員――――つまり妖精とコミュニケーションを取れ』


 提督の命令に、粛々と従う。たったの数日ではあるが、逆らってもまるでいいことがない事を体験済みであったし――何よりも。

776 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:38:37 ID:kmxiKmOo

『――反応速度。そして作業の並列処理。それには必ず限界がある。それを補うためだ』


 提督の指導は、的確だった。そこにはかならず意味があったのだ。

 提督としての最低条件にある『妖精が見えること』。その中でも歴代最高レベルの適正を持つ彼は、いち早く艦娘を強くするための術を理解していた。


 手足のように艤装が動く。

 誘導した敵を撃つために、居て欲しい位置に、駆逐艦たちがいる。


 提督の差配は、神がかっていた。


 その頃には『いけ好かない脳筋チビ』という印象が、『頭が切れる上に艦娘たち一人一人に根気よく向き合う強い少年』という印象に代わっていた。

 何よりもハートがあった。海を平和にするという強い意志を嫌でも感じ取れた。だからこそ、天龍もまた奮起した。

 天龍はすぐに頭角を現した。他の軽巡洋艦が着任しても、いつだって天龍が海のフロントラインに立っていた。

 鎮守府正面海域を突破したのは、天龍率いる水雷戦隊の、輝かしい戦果だった。まだまだ小さな一歩だったけれど、この鎮守府の魁として、その水雷戦隊の旗艦を務めたことは、天龍にとってはたまらなく名誉なことだった。

 この時の天龍の『両目』には、未来への期待に満ちていた。



 これは、天龍の黄金の記憶。

777 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:40:57 ID:kmxiKmOo

 これは、天龍の黄金の記憶。

 多くの駆逐艦たちから慕われた。教えを請いに来てくれる。

 満ち足りた日々だった―――微かな違和感はあったものの。

 誰にも言えない不安はあったものの。

 そこには、天龍にとって掛け替えのない栄光の日々だった。




 その輝きが陰りを見せたのは、鎮守府発足からわずか一ヶ月――沖ノ島海域を突破した後、すぐのことだった。



……
………

778 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:42:37 ID:kmxiKmOo

………
……


https://www.youtube.com/watch?v=m5gelOM43Co


『――あ、れ?』


 ある日、違和感に気付く。あれは確か、鎮守府正面海域を突破した頃だった。

 最初はただの気のせいだと思った。

 別のある日、違和感は異変となっていて。

 その時もまさかそんな筈はないと思った。


 更に別のある日――認めた頃には、もう駄目だった。


 認めるのが早かったらどうにかなっていたわけではなかったけれど――天龍の左目に、異変が起こっていた。


 ――ある一定以上の距離を置くと、砲撃が当たらない。


 避けられるはずだった攻撃に被弾する。

779 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:44:19 ID:kmxiKmOo

 目標との距離を見誤る。

 航行中に、舵取りがブレる。

 些細なことから、致命的なことまでが、一気に噴出した。


『う、うそだ、うそだ……おい、妖精ども。どうなってんだよ……おい。何とか言えよ。なあ』


 ――左目が。

 これまで見えていたはずの左目が、見えなくなっていた。

 変調はあった。

 異変はあった。

 だけどある日、シャッターを下ろすように、ばつりと。

 天龍の左目から、光が失われた。


『なん、で』


 見えない。見えない。何も見えない。

 天龍の左目を覆う眼帯は視力補助のための艤装だ。

780 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:44:58 ID:kmxiKmOo

 彼女の元々低かった視力を強化し、常人と変わらぬ視力を齎した――彼女が着任して一ヶ月の間だけは。

 だが、その補助機能がもう働いていない。その故障を疑い訪れた明石の工廠で、天龍は現実を知った。

 ――明石の診断の結果から言えば。

 涙と鼻水塗れになった明石が語った言葉が、今も忘れられない。


 ――もう、天龍の左目は、二度と光を捉えることはないと。


 地震が起こったのかと思った。床が抜けたのだと、天龍はそう誤認した。

 だって足元が崩れ、膝が折れたのだ。

 だから、転んでいるのは、自分だけだと気付いたのは――。


『なんでだ?』


 どうやって自分の部屋へ戻ったかは分からない。


『どうしてオレだけ……? だ、だって、これから、これから、だって、提督が……みんなが。オレは、水雷戦隊の、旗艦、で、なのに――』


 沖ノ島を――南西諸島防衛線を突破した。いよいよ北方海域に挑むと、誰もが意気込んでいた。

781 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:45:43 ID:kmxiKmOo

 だけど。


『お、オレにだって、オレにだって……左目、あれば……オレだって、やれるんだ……やれるんだ』


 なのに。


『やれる、のに……なんで、おれ、おれの左目、なんで……みえない……?』


 なんで。


『みえ、ない。みえないよ……見えないよぅ、見えないよぉおお……!!』


 視力の良し悪しは天性のものだ。実績を残し、活躍する多くのアスリートたちに共通するのが、この視力の良さだ。


『なんで、なんでぇ……?』


 海上砲撃戦においては――――艦娘としては語るまでもない。残酷なまでのハンディである。

 己の弱さに嘆いた日を思い出す。

 提督に課されたトレーニングを、黙々とこなしていた日々を思い出す。

782 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:46:40 ID:kmxiKmOo

 すがるのは『そこ』だった。

 それしかないと思った。


 ――正面海域を突破した頃には、既に天龍は左目に違和感を覚えていた。

 それでも、黙々と訓練をした。提督には、打ち明けなかった。

 だけど、提督が言う――天龍が目に不調を感じた、まさにその日のうちのことだった。


『――天龍。おまえ、左目をどうかしたか』


 心臓が止まるかと思った。動揺が顔に出さないように精一杯で、なんといって誤魔化したかも覚えていない。

 ――視界が、霞む。だけど、言えない。言えるもんか。前線から下げられるなんて、いやだ。

 怖がりながら、訓練した。

 ――無用物にされるのは、いやだ。憐れまれるのは、いやだ……。

 怖くて怖くてたまらなかった。だから訓練をする。

 ――提督に、捨てられるのは、いやだぁ……!!

 なのに、提督が信じ切れなかったから、怖いままだった。目の不調を隠し続けた。

783 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:51:23 ID:kmxiKmOo

 だけど、もう何も見えなくなってしまった。


(目が見えない艦娘なんて、ただのお荷物だ……オレはきっと、解体される)


 だけど鍛えた。鍛えて、鍛えて、鍛え続けて――虚勢を張った。

 明石には口止めを頼んだ。土下座して訴えた。泣きながら彼女は、それは駄目だと言った。

 彼女を攻めるのはお門違いだ。こんな状態の艦娘が海に出たところでいい的になる――天龍とてそれは承知だった。

 ――何かを叫んで、天龍は鎮守府から飛び出した。鎮守府正門を預かる憲兵の制止すら振り切って。

 いつか提督に連れて行ってもらった外の世界――もう半分しか見えない街へと。


 これは天龍の、錆び付いた記憶。

 いつか泡沫となって消えて欲しいと、夢であってほしいと思った記憶だ。

 己の惨めさに、泣き喚いた記憶。

784 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:53:38 ID:kmxiKmOo

https://www.youtube.com/watch?v=7L4N4GGbwzM

 夜の街を走る。あてどなく走る。

 提督に鍛えられ、自主訓練だって怠らなかった。だから走れた。いつまでだって走れる気がした。

 だけど、目に見える世界は、やっぱり半分で。


 強くなるんだ。

 ――違う。

 オレが一番強いんだ。

 ――違う。嘘だ。

 本当に強くなれるのだろうかと、そんな疑問を抱き続けながらも、誰に知られることもなく、海に沈んで錆び付き、朽ちていく未来が待っているのではないかと、そんな不安から眠れぬ夜が続いた。

 夢の中で提督が言う。

 ――目が見えない? そうか、じゃあさようならだな天龍……これまでご苦労さん。


(いやだ……いやだ、いやだ!!)


 悪夢を振り払うように走る。走って、走って、走り抜いて――――それでも、不安は消えなかった。

785 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:56:57 ID:kmxiKmOo

 夜通し外を走り回って、空が白み始めた頃――気づけば天龍は、鎮守府へ戻ってきていた。

 全身に疲労がまとわりついている。喉はカラカラで、もう汗の一滴も出てこない。

 だけど倒れることさえできなかった。こんなにも鍛えてもらったのに、この強さをもう発揮できないのだ。


『――なあ、提督。オレ、どうすれば、いいんだ……?』


 独白ではない――鎮守府の入り口には、提督が立っていた。

 どれだけそうしていたのだろう。季節はまだ春の終わりとはいえ、夜通し立ち続けていたのかもしれない。

 提督は答えなかった。

 ただ、その口から紡がれる言葉はあった。


『――天龍型軽巡洋艦一番艦・天龍は、先天的に左目に障害を抱えている』

『…………』


 天龍は、驚かなかった。

 来るべき時が来た、と。そう認識した。

786 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:58:23 ID:kmxiKmOo

『他の鎮守府からも多く報告が上がっている。それらを統合して大本営が出した結論はこうだ。

 〝工廠での建造、海上での邂逅を問わず、天龍型軽巡洋艦一番艦・天龍は、多くが最初から左目の視力を失っている個体と、左目の視力が著しく低い個体に分かれる。極稀に正常な視力を備えている者もいる〟

 だがその結末は同じだった――報告に上がっている限りでは、長くとも1か月以内に左目の不調を覚え、程なくして視力を失う……と』


 ――ああ、そうなのか。他人事みたいにそう思った。

 もう自分の運命はそこに収束されている――そう思って、もう膝を着いてしまおうと思った時、その言葉が耳朶を打った。


『本当らしいな――この報告を受けたのは二週間ほど前だが』

『…………え』


 ――知っていたならば、どうして。

 それは怒りではなかった。

 当惑があった。

 知っていたのだったら、どうして。

 ――どうして、オレを前線に出した?

 捨て駒か? いや、違う。

787 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:02:34 ID:kmxiKmOo

 ――だったらどうして、オレを強くしてくれた?


『時間がかかってすまんな。片目のハンデをどう埋めるか、資料をまとめてた』


 その言葉が、嘘にしか聞こえなかった。

 だから枯れた喉を酷使して、提督を詰った。

 嘘だ、嘘つき、そんな希望を持たせるな――オレがどんな思いで過ごしてきたか、何も知らないくせに。


『ああ、知らねえ』


 ――そうだ、知るわけがない。提督は何度も天龍に目に不調はないかと聞いていた。

 ――嘘つきは、オレのほうだ。

 だけど、もう止められなかった。提督を責める言葉が、次から次へと湧き上がっては溢れ出す。

 そんな甘い言葉言ったって、どうせ役立たずになったオレを解体するんだろう、と。


『…………? ――片目が無くなったから、諦めるのか?』


 至極当然のように言ってのけるこの少年は、心底不思議そうな顔で首を傾げた。

788 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:04:39 ID:kmxiKmOo

 頭に血が昇った――その顔を殴りつけてやろうと掴みかかろうとして――。

 ――?

 提督が、目を瞑っていることに気付く。

 甘んじて受け入れようという態度だろうかと思った。だがそれは違っていて――。


『……右手を俺の左肩へ向かって伸ばしている』

『!?』


 まさに提督の左肩を掴もうとしていた右手が、驚きに止まる。

 だが、それも一瞬のことだ。薄目を空けてみているに違いない。馬鹿にしている。

 だが、次いで提督は天龍に背を向けた。


『おい、トカゲ。なんかポーズとってみ?』

『え?』

『ポーズだ――やれ』

『あ、ああ』

789 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:11:26 ID:kmxiKmOo

 もう慣れ親しんだ命令口調に、染みついた習性のように、言われたとおりにポーズをとってしまった。

 驚いたのは、そこからだった。


『――右足を上げて、左手の親指と人差し指で輪を作っているな』

『……!!』


 的中された。まさかと思う。どこかで誰かが見ていて、提督に伝えているのかと思ったが――彼はイヤホンの類を耳につけていない。

 また別のポーズをとる。


『右手はグーか。そんで今度は右足を後ろに下げて、重心を深く取っている。ヨーイドンの姿勢だな――違いがあるとすれば、後ろ手に隠した左手はチョキを模ってるってところか』

『!?』

 提督には――見えている。天龍にとっても、仮にどこからか覗き見している人間がいたとしても、そこまではわからない筈だった。

 なのに、何故提督はわかる?


『天龍』


 提督が振り返り、目を開く。真っ直ぐに天龍の瞳を見上げながら、彼は言う。

790 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:16:07 ID:kmxiKmOo

 提督が振り返り、目を開く。真っ直ぐに天龍の瞳を見上げながら、彼は言う。

 ――恐らくは二人きりの状況においては初めて、彼は彼女を天龍と呼んだ。


『俺は、諦めたくないと叫ぶことができる奴には、いくらだって力を貸す。相応の代金は頂くけれどな』


 そう言って、微笑んだ。天龍が見たことのない笑顔だった。

 何故か、涙が零れた。

 もう、彼を疑えなかった。いつだって彼は、天龍に話しかけるときに、その目を見るのだ。

 たった一つしかない目を、彼の両目が見据えている。


 ――オレは、解体されないのか?


『しねえよバカ。するかよ阿呆。俺が手塩にかけて育てた『大事なお前』を、なんだって俺が解体せにゃならん?』


 また一つ、涙がこぼれた。役立たずになった左目でも、涙は出てくるんだと思った。

 鼻がツンとした。


 ――それで、代金は?

791 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:19:19 ID:kmxiKmOo

 先ほどの話だ。提督は何かを望んだ。その何かがなんであれ、天龍は縋りたいと思った。

 例え彼が望むのが、自分の体であったとしてもだ。

 だけど。次に紡がれた彼の言葉で、そんな己の邪推が、酷く薄汚れたものだと理解してしまった。


『俺が望むものはいつだって――勝利だ。高えぞ、かはは』



 とうとう、天龍は泣き喚いた。泣き喚きながら、しゃくりあげながら、言葉を紡ぐ。


『で、でい、どぐ……すで、ないで』

『だから捨てねえよ』

『いやだ、やだ、ずっど、ごごに、いだい……』

『いりゃあいいさ』

『あ、あ、あ……』


 だって、天龍はまだ、返答していなかったからだ。

 提督の問いに。

792 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:22:26 ID:kmxiKmOo

https://www.youtube.com/watch?v=3L1DEvzsftw


『あぎらめだぐ、ない……!! オレ、まだ、戦いだい、よぉ……』


 膝を着いた。すがるように、少年の域を出ない彼の膝に抱き着いた。

 ――無要物になるのは嫌だ。

 ――捨てられるのは嫌だ。

 ――あんたのところにいたいんだ。

 ――オレはもっと、戦えるんだ。

 この少年の――この男の元で働きたいんだ。

 泣きじゃくりながら、何度も何度もそう訴えた。

 訴える度、提督は「うん」とか「ああ」とか、優しい声を響かせながら、天龍の背中を撫でてくれた。

 その願いは、彼が先ほど言った通り――。


『おうよ――そんじゃあ代金は後払いでいいぜ。まずは風呂入って飯食って寝ろ! 起きたら特訓するぞ、特訓!!』


 快活に笑う彼は、天龍にとってまるで太陽のようだった。

793 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:23:13 ID:kmxiKmOo

 ――忘れられない思い出がある。

 これから何年、何十年と時が過ぎようと。

 例え果てのない地獄の坩堝に身を堕とそうと。

 決して忘れられない、忘れてはならない思い出が――ここから始まった。


 ――北方海域への進撃は、とある事件によって一時的に中断される。

 ここからおよそ半年――戦いのない日々が訪れた。


 そんな日もまた、朝から走っていた。

 並走する影がある。


 提督だ。


『な、んっ、でっ……!!』

『あぁん? 質問か? 走り終わってからにしろや――天龍』


 疑問は山ほどあった。思わず疑問の呻きだけが出た。

794 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:24:28 ID:kmxiKmOo
 視力についての問題解決しようというのに、どうしてまた走り込みから始まるんだよとか。

 前々から思ってたがなんで艦娘の全力ダッシュ20本に余裕でついて来てんだよテメエとか。

 それ以前に――どうして提督が一緒になってくれているのかとか。


『おまえの視力の問題を解決するには、高い集中力を必要とする。その下地を作ってるわけだな。なぁに、すぐ身につくよ?

 ――……ちょっと頭おかしくなるぐらいドギツいけど身につくよ……身につけるまでやるからそら身につくわ……かはは。

 だからまずは走り込みだ。頭使うと妙に疲れる経験ってないか? 集中してる時ほど顕著だ。そして集中は疲れてる時、心が弱った時ほど底をつきやすい。

 では集中力を正しく身に付けるにはどうすればいいと思う? 集中力の持続力、回復力を減らすには?

 そう――まずは体力付けるんだよ。座学で教えることもあるけど、当面はダッシュな。こういう走り込みは基本中の基本だ。おまえには基本マスターになってもらう。

 俺が一緒に走るのは俺のトレーニングがてらだ。余裕でついていけるのは俺が提督だからだ。提督とは俺のことであり、俺が提督だ。最強とは俺のためにある言葉だと理解しろ』

(心を! ナチュラルに! 読みつつ! 煽んなや! テメエ!!)
 

 後にこの走り込みにも意味があったことを、天龍は知る。片目での運動に慣れるためだった。

 提督のトレーニングへの知識は、その道の専門家もかくやとばかりに深く、そして分かりやすいものだった。

 提督が作った【ビジョントレーニング】――視覚機能を高めるためのトレーニングは、尋常のものではない。

 各スポーツ界のアスリートたち、彼らが専門とする競技によってトレーニング内容が変わるように、それは艦娘である天龍専用と言っても過言ではないほど綿密に調整されている。

795 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:28:32 ID:kmxiKmOo

 資料を読み進める度、ページをめくる天龍の指先が震えた。

 ――これなら。

 ――これなら。

 ――これならば! と。

 まずはダブルボールリフトトレーニング……両手を左右に限界まで広げ、両手に持ったボールを同時に上へ向かって投げ、左右の手で同時にキャッチするトレーニングから始まった。

 最初は困難を極めた。左目が見えない。左手側のボールを掴むことができない。


『かはははは――馬鹿め。なんで艤装つけて海の上でやらせてると思ってんだ。馬鹿め。艤装補助を活用しろ。天龍という艦の乗組員たる妖精たちとの視界をリンクさせろ。馬鹿め。

 コツが掴めないようなら、後で龍驤にアドバイスを貰え。話は通してあるから後でいけ。それと大事なことを言い忘れたが天龍―――このヴァカめ』


 十秒に一回は馬鹿めの罵声が飛んだ。背後で佇む高雄――当時は秘書艦――は何故か提督が馬鹿めという度に嬉しそうな顔をした。ありゃきっとすけべだと天龍は確信した。概ねその通りだった。

 絶対にできる、という確信に満ちた声での罵倒は、不思議と辛い思いをするどころか、鬱屈とした気分すら忘れさせられた。先日、提督が目を瞑り背を向けたまま天龍がどんなポーズをとっているかを当てたのは、何のことはない――提督の周囲にわらわらいる妖精や、天龍に纏わりついている妖精たちが、それを教えただけのことだった。

 だが――自らの周りに侍る妖精たちはおろか、他の艦娘についている妖精にまで指示を出し、意識を共有し、情報を交換するなど、当時の天龍にとっては有り得ないことだった。

 この頃、妖精たちの活用方法についての第一人者は、鳳翔であった。

 『鳳翔』という軽空母の乗組員――妖精たちを用いることで何ができるのか、何ができないのか。それを誰よりもよく知っている。

 提督や鳳翔のアドバイスを元にやってみたそれは、劇的なまでに天龍の周辺視野を大きく広げた。最初から、提督の妖精と会話しろという命令には、意味があったのだ。

796 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:32:32 ID:kmxiKmOo

 今となっては走りながらでもダブルボールリフトトレーニングができる。そしてこのトレーニングと並行して、別のトレーニングも課された。一つや二つではない。


『よし、尻尾を切り離す暇もなく轢き潰されたトカゲみたいになってる天龍型トカゲ――そのまま聞け。動体視力について、だ。

 まず先日の座学のおさらいだ。動体視力には二種類ある。DVA動体視力と、KVA動体視力だ』


 DVA動体視力――横方向または上下方向に動くものを見る動体視力。メジャーどころで言えばサッカーやバスケットボールだ。他の選手の動きを見ながら縦横無尽に動くボールを捉えるための視力。

 KVA動体視力――遠方から手前に向かって迫ってくる物質を、外眼筋を使わずに捉える動体視力。飛んでくるボールや自動車・バイク、そして自転車の運転時に用いられるものだ。


『そして静止視力。これも鍛えろ』


 次々と与えられる課題を、黙々とこなす。

 もう提督のことを疑わなかった。何一つ疑う余地はなかった。

 だって、この人は目を見てくれるのだ。

 天龍の目を。


『見るというのはこういうことだ――お前の睫毛の数が何本か、教えてやろうか?』


 日に日に、違和感が違和感でなくなっていく。片目であることを受け入れて、それでも残っていた違和感が消えていく。

797 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:33:06 ID:kmxiKmOo

 距離感が掴める。

 己の死角を、妖精たちが知らせてくれる。

 フィジカルな側面が物を言う戦闘において、戦略戦術戦法を除く、個に求められる能力とは、筋力―――――とは少し違う。

 目の良さ。

 視力の強化。

 視力には一口で言っても様々な種類がある。

 跳飛性、瞬間視、追従性――――ひたすらに眼を鍛えた。


『俺が人類でもまれに見る天才でよかったな。おまえって世界で一番運のいい天龍だぞ』


 そんな冗談みたいなことを本気で言う少年に、天龍も笑い返す。笑える余裕が、できていた。


『死角を無くせ。素の右目の視力も強化していくぞ。トレーニングのやり方はな――』


 訓練の時は真剣そのものだった。天龍が分からないところを徹底的に、わかるまで教えてくれる。

 彼にも、彼の仕事があるはずなのに――そう思ったのは、訓練が始まってから一月経ってからのこと。

798 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:37:43 ID:kmxiKmOo

 大本営からお達しが来た。

 ――忘れられない思い出がある。

 これは、耐えがたい屈辱と、深淵よりも深く天よりも高い崇拝と、湧き上がる情熱の記憶だ。

 大本営からのお達しは、以下の通りだった。


 ――そんな砲撃の当たらない艦娘に時間と資材を割くのはやめ、後方任務に当たらせろ。


 ああ、そうだった。急に、現実に引き戻されるような思いがした。

 天龍はその場に同席していた。モニター越しの指示だ。提督よりも階級の高い海軍のお偉いどころが揃っている。

 解体しろ、とまで言わない当たりは温情なのだろう。この鎮守府の天龍――つまりオレは多大な戦果を挙げている。

 後方勤務ならできるだろうから、そこに従事させてはどうかという、大本営からすれば、まさに温情そのものであった。

 だが――提督は言う。 


 ――僅かばかりの猶予と機会を。こいつには才能が有ります。

 ――お疑いであればこそ、なにとぞ機会を――演習の結果にて結果を出します。

 ――今後の、海軍全体における天龍についての可能性を、必ずや示してみせます。

799 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:38:22 ID:kmxiKmOo

 提督が嘘をついた。天龍は察した。才能が有る、と言った。

 ――嘘だ。

 天龍は今でもそう思っている。アレは間違いなく嘘だったと、そう思っている。

 この言葉が、今でも天龍の心を救うと同時に傷つけてもいた。

 だが否定できない。提督は海軍全体の天龍、といった。つまり天龍たるオレが成果を上げれば、他の鎮守府の天龍達の扱いも良くなるということで。


 ――提督は、そんなところまで考えていた。

 会議が終わった。暗くなったモニター群を前に、うつむいたまま黙ってしまうオレに、提督は言う。


『ぁあん? なんだショボくれた顔しやがって――俺は嘘をついた覚えはねえよ』


 提督に問い詰めた時、彼は真剣な表情で言った。加えてこうも言った。

 だがふっと表情を緩ませて、悪戯がバレた子供のようなばつの悪そうな顔で、言ったのだ。


 ――でもまあ、嘘つきでもいいか。


 天龍にとって、その言葉は今でも重い。どうしようもなく重いのだ。

800 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:39:02 ID:kmxiKmOo

 はじめて、自分の名前を呼んでくれたひと。

 最初は若い上にチビなくせしてなんておっかない奴なんだと、苦手に思った。

 挑発に乗せられ、なにくそと努力を続けた。多くの敵を倒し、鎮守府では後任の軽巡洋艦や駆逐艦たちの訓練を見てやる日々――とても忙しかったが、楽しかった。うまく使われてるような気分で少しだけ腹が立ったけれど、頼られていると思った。

 ――嬉しかった。

 気が付けば、もう気安く互いを呼び合う仲になっていた。歯に衣着せずに本音をぶつけ合うことができるようになっていた。心地良い男だと、理解していた。

 だけど、目が見えなくなって。未来が途絶えたような絶望に満ちた畔に迷い込んだ天龍に、手を差し伸べてくれた。

 ――嬉しかったんだよ、提督。

 そんな彼が、嘘をつこうとしている。

 嘘をつかれることが、悲しかったのではない。


 ――悔しかった。


 ――くやしかったんだよ、提督……すごく、くやしかったんだ。おまえが、おまえがバカにされるのが、くやしかった。


 ――オレの提督はすごいんだ。天才なんだ。かっこいいんだ。

 ――そんなひとが、オレのためなんかに頭下げている。

801 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:39:47 ID:kmxiKmOo

 ――忘れられない思い出がある。

 これは憤怒の記憶だ。


 今まさに提督を嘘つきにしようとする自分の弱さが、何よりも憎かった。

 最強を謳った。

 自分が一番強いんだと、何も知らなかったくせに。

 結果が偶然ついてきただけなのに、そうやって吹き続けた。

 無知な自分の言葉を真剣に受け止めてくれたのは、提督で。

 その言葉は、天龍自身が信じていないものなのに。


(オレは……オレ、は)


 ――何をやっていた? 何を思った?

 それでも、まだ怖かった。

 こんなに信じて貰っているのに。自分では諦めている己の価値を、こんなにも大切に思ってくれているのに。

 心が怖じている。

802 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:40:29 ID:kmxiKmOo

 心が怖じている。

 この期待に応えられなかったらどうしよう。

 頑張っても頑張っても、それでも右目まで見えなくなってしまったらどうしよう。

 この人に失望されてしまったらどうしよう。


『お、オレ、オレ、は―――』


 嘘をついていたんだ、と。

 本当は一番強くなんてないんだ、と。

 喉元までせり上がってきたその言葉を、ギリギリで飲み込んだ。

 言えなかった。

 言える筈がなかった。

 だって、それを認めてしまったら。


 ――提督を、嘘つきにしてしまうじゃないか。


 血がにじむほどに唇を噛んで、出かかった言葉をギリギリで嚥下した。

803 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:41:26 ID:kmxiKmOo

https://www.youtube.com/watch?v=1ErwgLxBNL0

 心に火が灯る。

 天龍の始まりはここだった。


『おわる、もんか……』


 ――忘れられない思い出がある。

 誓約の記憶だ。


『おわって、たまるか』


 もう未来を思い悩むのはやめた。それよりも怖いことがあった。

 『提督を、嘘つきにしたくない』。


 ――そいつを本当にしちまおうぜ。完全犯罪ってヤツだな。


『オレは最強だ』

804 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:42:05 ID:kmxiKmOo

 いつしか、天龍は、再びそう嘯くようになった。

 天龍の目は、燕を捉えた。

 それはやがて、雄大な空を行く艦載機を捉えた。

 そしてついに砲弾をも。

 死角からの砲撃すら感知し、捕らえ、それを野太刀で切り払うことすら可能とした。

 張り詰めた糸のように、常に意識を研ぎ澄ませた。肌に感じる風の温度、湿度、感触の変化を如実に察した。

 それでも察知できないところは、頼もしい乗組員たちが――妖精たちが補ってくれた。

 提督が呟いたことを、天龍は知らない。もしも天龍の両目が揃っていたならば、島風並みの動体視力と、雪風並の観察力を両立していただろうと。

 意味のないことだ。

 いずれ龍へと至るまで。


『オレは最強なんだ』


 そう嘯き続けた。

 天龍は、己の意地を貫き続けた。

 たとえそれが、短い栄光であったとしても、彼女はそこに立っていた。

805 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:44:14 ID:kmxiKmOo

 ・ ・  ・  ・ ・
 一年、否、半年程度ではあったが――確かに彼女は『そこ』にいたのだ。


『最強でなくちゃ――いけないんだ』


 最強の誉れを体現する、水雷戦隊の長として。

 弱みなんて、見せられなかった。

 鎮守府が興って、一年余り。

 それ以降の時期に着任した艦娘の誰もが知っている。

 『最強の軽巡洋艦は誰か?』

 単騎ならば長良であり、水雷戦隊を率いさせれば神通が最強だと、誰もが言うだろう。

 だがこうも言うだろう――今は、と。

 最古参の駆逐艦たちは、言うだろう。

 その当時において単騎でも、誰かを率いても――最強の代名詞は二水戦旗艦であり。

 そしてその二水戦旗艦を張っていた――即ち、彼女こそが。

 最強を謳い、最強として謳われた古き鋼、始まりの軽巡洋艦。

806 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:45:39 ID:kmxiKmOo

 現・軽巡ランキング最下位。

 だが、『元』一位。

 この鎮守府外においてはどこの鎮守府においても最強を名乗ることに不足はない。


『ったりまえだろ――オレが一番、強えんだからよ』


 初代・二水戦旗艦。

 『最強最古』の軽巡洋艦――天龍。



……
………


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