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【艦これ】五十鈴「何それ?」 提督「ロードバイクだ」【2スレ目】

607 ◆gBmENbmfgY:2020/03/10(火) 23:26:59 ID:mIVCJMso

提督(皐月が俺に直接聞きに来たのは、まァ……セーフと言えるか。せめて多くの気づきの機会を与えてやりたい)


 艦娘が求めるならば、提督は己の持つ全てを授けるつもりでいる。

 新人も古参も区別なくだ。ロードバイクの基本的なテクニックから、レースでの戦略・戦術、ちょっとした戦法に至るまで、その何もかもを。

 ――提督に教わってなかったから負けた。

 そう謗られることを覚悟の上で。


提督「……」

皐月「……? 司令官?」


 思案に耽る様子に気付いたか、訝し気に腕の中で声を上げる皐月に、提督は「なんでもないよ」とかぶりを振った。

 皐月の呼吸が整ったことを確認して、彼女の身体をゆっくりと床に降ろす。


提督「――間を置かずに励め、皐月。レースする時には、カッコイイとこ見せてくれよな」

皐月「う、うん!! 了解だよ!」


 快活に笑って敬礼する彼女の金糸の髪を撫でつけながら、提督は微笑んだ。

608 ◆gBmENbmfgY:2020/03/10(火) 23:40:29 ID:mIVCJMso

 一方その頃、その日にタバタに参加していなかった艦娘達が何をしていたかと言えば――提督の指示のもと、鳳翔に率いられ、とある山岳にいた。

 クライマーやパンチャー脚質の艦娘や、アップダウンの対応力をつけたい子たち、そして一部問題を抱えてた艦娘――主に体重的な意味でだが全員がダイエット成功している――を連れて、彼女は近所の初心者向けの峠にいる。


大和「」

赤城「」

蒼龍「」

翔鶴「」

高雄「」

摩耶「」

鈴谷「」

羽黒「」

望月「」

初雪「」


 死屍累々の有様であった。

 誰もが『酸素を下さい』って顔で疲労困憊の極致にある。

609 ◆gBmENbmfgY:2020/03/10(火) 23:55:41 ID:mIVCJMso

 彼女たちはこそこそダイエット生活を送ることで、元通りのカタログスペックを取り戻した。へっこんだ腹部に喜ぶ彼女たち。


高雄『これで提督の前に出れますよ!』

摩耶『やったな姉貴!』

初雪(あっ)

望月(おい馬鹿やめろ)


 ――だがそれが逆に提督の逆鱗に触れた!

 そう、結局のところ太ったことがバレたのだ。自主的に申し出てくるならまだしもこっそりと己が怠惰だったことの事実を脂肪ごと消滅させようとしたことが提督の勘気に触れたのである。

 軍人のみならず艦娘とて体が資本。まして最古参から古参揃いだったことが提督の怒りを加速させた。それはそれ、これはこれである。

 怠惰に日常を過ごし、腹に慢心を抱え込んだ事実は消えることはない。

 かくして鳳翔に命じての特別トレーニングと相成った。

 なお阿賀野は翌日のタバタ参加予定のため、不参加だ。ホッと安心する阿賀野だったが提督がそんな逃げ道を赦すはずもなく、後日マンツーマン指導が待っている。


武蔵「…………」


 時間はおよそ2時間ほどさかのぼる――アップダウンの対応力を身に付けたい艦娘の一人――同伴する武蔵の顔色は極めて悪かった。

610 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 00:10:03 ID:MMem8xpE

 はしゃいでいるのは中堅どころの艦娘ぐらいである。武蔵を始めとする古参や最古参の顔色は極めて悪い。まるで厳冬期に屋外で放置された腐れ芋の如しである。

 顔色が悪い理由、それはもちろん―――この先頭を曳く存在である。


鳳翔「もうすぐ提督指定の坂道に着きますよ」

龍驤「せやな」


 鳳翔と、龍驤――もう嫌な予感しかしなかった。ここで嫌な予感を覚えない奴は古参じゃない。もしくは長良とか鬼怒とか島風とかだ。

 なお軽空母は脚質問わず強制参加であった。瑞鳳は「ぴよぴよ」とひよこみたいに鳴いて現実逃避していたし、祥鳳は「このロードバイクジャージ、露出が多くて派手じゃないかしら」とトチ狂ったことをほざく有様。

 隼鷹はいつも通り「うひひ」とか「うへへ」とか呟いててとても隼鷹だったし、飛鷹もまたいつも通りしっかりと遺書をしたためてからトレーニングに参加するという念の入れよう。

 千歳と千代田は初夏の陽気で青々と高い空を眺めては「あの空にかかる虹の向こうでまた会いましょう」「うん、千歳お姉」とかやたら私的なことをのたまっている。虹はどこにもかかっていない。

 春日丸は「よいしょ、よいしょ」とペダルをこいでいる。まだ立ちごけが怖いのかビンディングではなくフラットペダルだ。一生懸命であった。

 かくして辿り着いた山岳――斜面の手前で停車した彼女たちは、一様にその坂を見上げ、絶望した。

 前日に現地で指示を出した提督曰く。


提督『――――この激坂(笑)を登って降ってを繰り返しだ。なあに――ほんの勾配12〜15%をたったの800mだ』

鳳翔『なるほど』

611 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 00:12:25 ID:MMem8xpE

 悪魔のような顔をした提督がいたという。


鳳翔「この坂を登って下さい。そうですね、7割から9割ほどの力です。ええっと、え、『えふてーぴー』換算です」

赤城(かたこと!)

加賀(相変わらず、なんとお可愛らしい方……! ですが仰る内容が鬼のそれ)


 ――FTPとは!

 Functional Threshold Powerの略称であり、ペダリングパワーの一つの指数である。

 その数値は「1時間維持できる限界出力」を示し、その数値はW(ワット)数で記される。

 これは絶対的な数値ではない。というのも数値が高いからといって一概に凄いと言えるものではないのだ。高いほど良いのは間違いないが、この数値は乗り手の体重によって大したものではないものに成り下がる。

 例えば体重50kgの乗り手が出す400w。

 例えば体重70kgの乗り手が出す550w。

 さて、凄いのはどちらか? それを測るにはwをkgで割ればいい。

 前者は8.0w/kg。後者は7.85w/kg。つまり1kg当たりの重量に対する出力比が高い前者の方が速く走れることになる。

 ピンと来ない方もいると思われるので補足しよう。

612 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 00:16:41 ID:MMem8xpE

 FTPとは! 「意識がなくなる寸前くらいのギリッギリの限界パワー」で! 「1時間ペダルを回し続けた時」の! 平均パワーであるッ!!

 鳳翔さんはそれを7割から9割出せとの仰せだ。提督の指示とはいえこれはひどい。

 そして続く鳳翔のアナウンスを聞いた艦娘達の顔は一様に引き攣ることになる。


武蔵「ど、どれぐらい走ればいいのかな、鳳翔さん?」

鳳翔「そうですね。2時間程度でいいでしょう」

武蔵(死んだ)


 武蔵は遺書をしたためてこなかったことを酷く後悔した。


赤城(一航戦だって死にます)

加賀(死は免れません)


 赤城と加賀も、各々の微笑と鉄面皮が崩壊気味であった。


鳳翔「だ、大丈夫です。私も坂道はとても苦手ですが、がんばりますからね! それに今日は帰ったら腕を揮いますから――美味しいご飯がみんなを待っていますよ!」


 むんっ! と力こぶを作るポーズで微笑む鳳翔の姿がそこにあった。

613 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 00:21:22 ID:MMem8xpE

加賀(だからこそ死ぬのです。終わったわね)


 ――鳳翔は、坂がめっぽう苦手であった。その鳳翔が死ぬほど頑張るのである。古参にとっては死の宣告に等しい。

 「鳳翔さんが頑張ってるのに、自分は頑張らないのか?」

 そう問いかけられているようなもので――できる訳がなかった。酷い人質作戦もあったものである。提督の思惑通りであった。

 頑張らないとかクソだと思った。そんな不届き千万な艦娘がいたら武蔵が手ずから海の藻屑にするだろう。否、武蔵が手を下すまでもなく、おそらくは――。


龍驤「なんや? なんか文句でもあるんか……おどれら……司令官の命令で指示出しとるウチと鳳翔に……つまり売っとるんか……司令官と、ウチに」


 付き合いの長い軽空母達は言わずもがな――その場にいる艦娘の誰もが、明らかに龍驤の雰囲気が変わったことに気付く。


龍鳳「い、いえいえ、滅相もありません。質問がありまして、よろしいでしょうか」

龍驤「さよか。ええでええで、龍鳳! なんでも聞いてええんやで〜」


 コロコロと殺人鬼と美少女の顔を切り替える龍驤。

 鎮守府において鳳翔と並ぶ最古参であり。

 着任から現在に至るまで一貫して――最強の軽空母である。

614 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 00:36:03 ID:MMem8xpE

龍鳳「こ、このトレーニングの名前と、その目的を教えていただきたく」

龍驤「おお、説明したるでー! 鳳翔が!」

鳳翔「はい! こほん、それではご清聴下さい……トレーニングの名前はえ、えすえふあーるトレーニングです!」

赤城・加賀(尊い)


 一航戦が香ばしくなっているが説明は続く。


鳳翔「激坂を重いギアの高負荷で登ることで、高いトルクで回す能力を獲得するのが目的の『一つ』――と、提督は仰っていました」


提督『このトレーニングにはもう一つ狙いがある。

   呼吸器や循環器系、そしてスポーツにおいてエネルギー供給の要となる身体の代謝と分解能力の改善だ。

   正しく行うことで効率的かつ滑らかなペダリングスキルを身に付け、有酸素運動能力強化に大いに効果がある』


 提督に受けた事前説明を思い出しながら鳳翔が語り終えると、再び質問が上がる。蒼龍だ。


蒼龍「ちゅ、注意点や、その―――制限などはありますか?」

龍驤「あるで」

615 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 00:51:19 ID:MMem8xpE

赤城(あるんですかやっぱり)

加賀(あるのねやっぱり……)


龍驤「このトレーニングはいわば筋持久力トレーニング……低ケイデンスで重いギアを回すことが肝要や。故に速度の下限は問わん。

   ただし…………インナーローは禁止な♪ 最低でもミドル寄りで走れや」


※インナーロー:最も軽いギアの組み合わせ。フロントギアはアウター(重)・インナー(軽)、リアギアはトップ(重)・ロー(軽)で表記される。

 ミドル寄り:この場合「フロントをインナー、リアギアは11速の場合は4速から8速程度のギアを使用しろ」ということである。


瑞鳳「――ぴよ?」


 ――瑞鳳はクライマーである。そしてギア管理を走りの武器とするタイプだ。

 瑞鳳は、おそらくこの中で最も自転車の専門知識が薄い。だが、最もヒルクライムを知っている。坂道を登るのが大好きなのだ。彼女にとっては平地である。『なぜか自分以外が遅くなってしまう平地』なのだ。

 その彼女がインナーローを封じられる。


瑞鳳「……………ぴよ?」

 
 雛鳥を彷彿とさせる顔で硬直する瑞鳳であった。これがエンガノ沖で伝説を打ち建てた栄えある軽空母がしていい顔であろうか。

616 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 00:57:58 ID:MMem8xpE

 だが誰もそれを嗤わなかった。地獄オブ地獄の訓練で名高い一航戦・二航戦でさえ顔色が悪い。

 そして悟る――――あ、これって自転車を動かす筋力の徹底的な底上げが狙いだ、と。鳳翔が言ったとおりであるが、これは特に非力な奴を狙い打ちにしている。まさに坂道での基礎能力を身に付けるのにもうってつけであろう。

 ぶっちゃけSFRトレーニングとはそういうものである。

 ケイデンス40〜60程度でギリギリ回せるギアでひたすら坂を上り続けるという、想像するだけで地獄が垣間見える類の。

 なお提督は2時間を指定したが、これが完全に罠である。


提督『――2時間は無理だ。ケイデンス50〜60ならいいとこ1時間。ケイデンス40〜50程度だと、限界は40〜45分程度だと見ておけ』

鳳翔『? ではなぜ2時間を指定して……――ああ、そういうことですね』

提督『1時間真面目にやればブッ倒れる。武蔵や赤城、加賀……それに飛龍あたりはそれでもやりかねないから君たちで止めろ。根性云々の話じゃなく、膝への負担も大きいから絶対にやめさせるんだ。

   だが他の奴が1時間経過してもまだ走れるようならば、それは――』

龍驤『――サボッてたと判断してええってことやな?』


 日常の練習にも地雷を設置することに勤しむ提督である。これだから地獄鎮守府と陰で言われるのだ。

 かくして説明の後にトレーニングが開始し、冒頭の死屍累々へと至ったのである。

617 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 00:59:48 ID:MMem8xpE

 トレーニングが始まってすぐ、龍驤は思い出していた。


龍驤『なぁなぁキミぃ。これって前に教えてもらったタバタと何がちゃうん? 同じ全身フル稼働の筋トレちっくやん?』

提督『大いに違う。タバタプロトコルは短時間で限界のちょっと上まで『死ねよ』って勢いで急な追い込みかけることで心肺機能と筋力それぞれの上限値をアップさせるのが主な狙いだ。

   が、それを成すために試されるのは心根。

   なんせ本気で取り組んだら本当に死ぬ。こっちの方は少しばかり実戦志向が強めだ』

龍驤『? それって実走やからか? タバタは固定ローラーやもんね』

提督『まあそれもあるんだが、走ってるうちに、すぐ気づくよ……このトレーニングのコンセプトはな――『筋力を上げてトルクで走れ』だ』


 800m――――ロードバイクならばあっという間の距離だろう。全力で飛ばせば1分と掛からない。これが平地であれば。

 それが12%の坂道となれば話はまるで別物になる。


龍驤(た、たったの、800m……そのはず、そのはずや……いつもの、ウチなら、すいすいやぞ、こんなん……け、けど――――)


 ギア管理を制限されることがどれだけ恐ろしいか、それを龍驤は身をもって味わっていた。

 シンプルに『キツい』のだ。

618 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 01:15:46 ID:MMem8xpE

蒼龍(お、重ッ……重ッ、重ぉぉおおおおぉい!!!? し、しかもこの坂、後半にかけて14%に、徐々に、傾斜が、ましてるぅ……!?)


 それは蒼龍もまた同じだ。空母内では低身長、だがやや重めの彼女は、2〜5km/h程度の速度で、錆び付いた歯車のようにのろい動きで坂道を登っていく。


飛龍(すっごく、キツ……い! でも、その分、しっかりペダルを回せば、身に付く……高負荷での、回し方が……!)


 呼吸を乱しつつも、目的に沿ったスキルを身に付けんと意識を集中させるあたりが飛龍が飛龍たる所以である。逆境にあってこそその判断力、観察力が輝く艦娘であった。


加賀(ッ、もう、脚に来ましたか……呼吸も、乱れる。整えながら……速さは、いらないと、そう仰っていましたね。ならば、丁寧、にっ……)

赤城(エネルギーが、エネルギーが、枯渇していく……ほ、補給食を食べてもいいかと、事前に聞いておいて、良かった……)


 二人が取り出したるは間宮印の羊羹だ。もぐもぐして、クラスターデキストリンもたっぷり溶かしたBCAAドリンクもごくごくして、必死にペダルを回し続ける。

 1kgにも満たないボトルの重さすら今は恨めしいと思いながらも、適切な摂取量を心がける当たりは流石の一航戦であった。


武蔵(と、遠い……800mが……そ、それが……永久に思えるぐらい、遠い……と、遠ぉい……と、と……遠ォオオオオオオオオオオ!)

大和(死、死んじゃう、死んじゃうぅ……!!)


 大和・武蔵もびっくりの高負荷である。それでもギアを決して軽くしようとしないのは、連合艦隊旗艦を務めたものの意地か、戦艦としての誇りか、大和型としての自負か、或いはすべてか。

619 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 01:18:26 ID:MMem8xpE
※このSSの欠点はわかってるんだ

 酷く個人的なことになるんだけど、書くと乗りたくなるのよ

 だから深夜帯に書くわけなんだけど、日中に疲れ果ててるとどうにもこうにもならん

 遅い投下で本当に申し訳ないですが、エタるつもりはないので気長に待って楽しんで下されば本望

 早くレースさせてあげたいなあ

620以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/11(水) 09:47:52 ID:RlGjpQx2
乙乙
自分もここ見ると乗り行きたくなる
コロコロでシーズン初めのレースが中止になって寂しい…

621 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 22:52:43 ID:MMem8xpE

初雪(なん、で……初雪、と……望月、だけ……? きょ、今日はもう、タバタ、やってる、のに……き、きつい……だらけてたから、司令官、怒ってるんだ……)

望月(太ったの、隠してた、から、か……ち、ちきしょお……)


 先ほどのタバタ・プロトコルを走り切った中で、この二人だけは更に強制参加だ。提督の名指しである。

 寝正月を過ごしたことを悔やむ二人であったが、実はそれは不正解である。どっちにしろ二人は参加させられていただろう。

 この両名に共通している点がある。ロードレースにおいて、それは島風や雪風が今は持っていない武器になりうるのだ。


提督『ああそうそう――鳳翔、龍驤。初雪と望月には目をかけてやってくれるか』

龍驤『はいよー…………ん? 聞き間違いか? 目を『付ける』、じゃなくて? 目を『かける』?』

提督『聞き間違いじゃあない。目を『かけて』やれ。むしろよく観察してみろ……あの二人に自覚はないだろうが、以前ヒルクライムに同行した時、かなり面白いことをやっていた。

   特に鳳翔はよく見ておくといい。君の抱えている課題の解決策が見つかるかもしれん。クライマーの龍驤にとっても十分に参考に値するほどのことをやっているぞ』

龍驤『ふーん……? ようわからんけど、了解や。バッチシ目をかけとくで!』

鳳翔『は、はい…………?(クライマーとしては、確か特型では磯波ちゃん、睦月型では菊月ちゃんが実力を備えつつあると聞いていましたが……初雪ちゃんと、望月ちゃんを?)』

提督『まァ、タバタ・プロトコル後だからな……膝壊されても困るし、長くても30分程度で上がらせてやってくれ』


 提督の言葉通りだ。二人はまだ自覚していないだろうが、初雪と望月の両名は『休むことが上手い』のだ。

622 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 23:00:51 ID:MMem8xpE

 サボリ癖が……ないという意味ではないが、そうではない。

 力を最小限にとどめるための運動効率――即ち『課題の条件を満たしつつ手を抜く余地があれば必ずそこを見つけ出してサボる』――そんな能力が高いのだ。


鳳翔(…………!? これ、は)

龍驤(なんや、こいつら)


 鳳翔と龍驤は二人の後ろに位置取りし、その動きを観察していた。

 否、それはもはや観察というより――。


鳳翔(こ、これは……休んで、いる? この二人……!! 提示した条件を、きちんと満たしたまま! 休めている!? で、出来るのですか、こんな……?)

龍驤(…………う、巧い。何が上手いって――何もかも巧い)


 ――魅入っていた。

 坂道では、己の脚に嘘を付けない。かつて前述したとおりだ。常に己の体重とロードバイク自体の重量が重くのしかかる。鳳翔も龍驤もそれを知っている。まさに味わっている。

 だがそこで消耗する体力を温存する走り方というものはある。あるのだ。それを実践している者達が、目の前にいる。

 それをそうとは知らず実践している――初雪と望月。ひたすらに無駄を省く――即ち『疲れたくない』という欲求からだ。

623 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 23:02:55 ID:MMem8xpE

鳳翔(提督のペダリングとは違う。純粋なペダリングとしてならば、提督や赤城さん、加賀さん、神通ちゃんに比べればまだ粗がある。

   けれど……下死点における足の脱力を、ダンシング時もシッティング時も完璧に成し遂げています……二人ともが! これに限れば、神通ちゃんを超えているかも……?)

龍驤(つーかライン取りがメチャウマやなおどれら?! よぉ路面を見とるわ……路面のクラックはもちろん、アスファルトの僅かなギャップまで……きっちり躱しとる!?

   それでいて登坂のラインは最短、或いは最も傾斜が楽な場所を選んで……!? 上体を起こして、姿勢も斜面に合わせて変えとる……!)


 環境を認識し、最善を選ぶ――それは雪風の持つ『眼』と同じであったが、発想が違う。使い方が異なるのだ。そして最善に対する認識も違う。

 より速く己を頂上へ連れていくためにではなく、いかにして疲れないように最大を発揮するか。

 似ているようで違う。雪風のそれは残った体力・気力を全て使い潰すためだ。だが初雪と望月はそうではない。坂を登り切った後にまだ続いているコースを見据えているような走り方だった。

 山岳をゴールとするヒルクライムレースならば、雪風の走り方は正しい。

 だが、あくまでも山岳賞が狙いではない、その先にあるポイント賞や優勝を狙っていくレースであれば――。


鳳翔(この二人――化けますね)

龍驤(こんな走り方が、あったんか……!)


 二人は勘違いしていたが、まさに提督の言葉通り、鳳翔と龍驤は初雪と望月から学んでいた。

 何せこの二人は、今もなおサボろうとしている。

624 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 23:07:41 ID:MMem8xpE

初雪(うう、駄目だ。力任せで踏むと、つ、疲れる……踏み抜いちゃ、駄目だねこれ……クランクが0時〜3時のところできっちり力入れて、後はもうぷらーんとさせよう……こっちの方が、疲れない)

望月(うへぇ……足がプルプルしてきたぁ……サドルやハンドルに持たれちゃダメだこりゃ……足の使い方変えよ……上体起こそう……すーはーはー、すーはーはぁーーーーー……あー、少し整ったぞぅ)


 弟子に教わる、とは少し異なるが、鳳翔と龍驤は瞠目した。

 鳳翔はただ耐え忍ぶようにペダルを回し続けるだけだった。

 龍驤は本来の適正ギアに変えられないことに歯がゆい思いをしながら、同じく回していただけだった。


鳳翔(初雪ちゃんも、望月ちゃんも……今、まさに成長しようとしている……! タバタで消耗した二人を参加させると聞いたときはどうかと思いましたが、これが狙いだったのですね。

   そして私への提督の狙いも……二人のこれを見せるため! 私は、坂道が苦手です。こいでも回しても速度が出ない、耐え忍ぶだけの競技だと……こんな走り方があったのですか。

   この二人は、『疲れずにペダルを回す動作』を、知らず習得している……!! 私に足りないものを持っています……!!)

龍驤(やるやないか、この二人……サボリ常習犯の悪ガキどもとしか見とらんかったが……悔しいけど、見習わせてもらう! そんで盗ませてもらうで、そのスキル!!)


 二人の目に火が灯った。その視線を感じ取った初雪と望月は――げんなりとした。


初雪(う、うー……龍驤さんが、見てる……なんですか、初雪、サボりませんよ……? 信用無いのかな……司令官、初雪に、がっかりしちゃったのかな……帰ったら、ちゃんとごめんなさいしよう……許して、くれる、よね……?)

望月(な、なんだよぉ鳳翔さん……ちゃんとケイデンスも維持してるし、ギアだってミドル寄りでやってるじゃんかぁ……ただでさえしんどいのに、プレッシャーまでとか……ホントに司令官、怒ってんだな……嫌われたら、泣きそう)

625 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 23:24:17 ID:MMem8xpE

 なお帰った後に提督に謝ったところ、纏めてぎゅうと抱き締められて幸せいっぱいな顔する二人である。

 だが――提督にとって想定外だったのは。


武蔵(――成程、ああいう走り方が)

大和(取り入れましょう。艦種は違えど、序列も違えど―――彼女たちは私たちの、先輩なのですから)

赤城(加賀さん……あの子たちにできて、私たちにできないことはあってはいけません)

加賀(もちろんです、赤城さん――二航戦は無論、五航戦たちも日に日に練度を上げている……強くなるための糧は、全て喰らいつくしていきましょう)

蒼龍(あー、うん、なるほど…………なんだ、意外と簡単。最初からこうすれば良かったんだね……といってもキツいものはキツいけど、大分マシだ)

飛龍(ッ、私が辿り着いたやり方と、ほぼ同じ……!? いえ、二人の方が上手い……!?)

翔鶴(提示された条件の中で、やれることを探す……私は探していたでしょうか、あの二人のように――――今からでも、遅くはないわよね)


 意識の変化だった。


瑞鳳(そ、そっか……ペダリング改善が、目的なら……試さなきゃ、ね)

祥鳳(ええ、やりましょう……良き技術、素晴らしいやり方は、どんどん取り入れて糧とする――それが私たちの鎮守府の力。私たちの絆なんですから)

飛鷹(ふ、う……どうやら、あの二人のマネすれば、遺書は無駄になってくれるかもね……)

626 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 23:27:00 ID:MMem8xpE
       モン
隼鷹(いい技術もってんじゃねえのおチビども――あたしに寄越しな、ソレ)

高雄(馬鹿め、と言って差し上げますわ……今の私に。そしてそれでいいのよ、と言って差し上げます――これからの私に!)

摩耶(ガキどもより、頭漬かってねえのか私は……ああクソ、クソが! 頭来るぜ! 頭来るけど――あとで褒めてやるよ、初雪ェ! 望月ィ!!)

鈴谷(マジあり得ないし……この鈴谷が、あんなちびっこたちに教わるとか……頭切り替えてかないとダメだねこれは)

羽黒(すごい、すごい……二人とも、戦艦や空母の方々が出来なかったこと、出来てる……!! わ、私だって、やってみせます!)

千代田(あ、あー……なるほど、そういう。それじゃあ――いただきね!!)

千歳(凄いじゃない、あの二人……!!)

春日丸(へひ、はひぃっ……す、すごい。小さな子たちも、あんなに、がんばって……私も、がんばらなきゃ……がんばらなきゃ)


 武蔵も、大和も、そして他の重巡や空母・軽空母達も、この二人を見習いだしたことだろう。

 軍艦としての誇りとは、目下の者を軽んじることに非ず。むしろ正しく評価し、優れた技術を生み出したのならば諸手を挙げて称賛し、受け入れるべきことこそが大器であると認識している。

 提督がまさにそうだった。

 古参・最古参が多いこのメンツで、提督がそうして成長してきたのを、彼女たちは見ている。

 水雷戦隊の運用――駆逐艦や軽巡洋艦に分からないことがあれば積極的に質問し、疑問点を洗い出しては戦術に組み込む。

 空母機動部隊も、連合艦隊も、提督に問われなかった者は一人としていない。そして二度同じことを聞かれることは、一度たりともなかった。

627 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 23:33:12 ID:MMem8xpE

鳳翔(ふ、ふふ――私と貴女のお目付けは、最初からいなかったのかもしれませんね、龍驤さん)

龍驤(せやなぁ……そうかもしれん。んじゃまあ、このやり方を研ぎ澄ませて……行ってみよう!!)


 全員の瞳に火が灯る。いつだって駆逐艦の奮闘が、彼女たちの心に火を点けた。

 小さな体、短い射程、ちょこまかと動き回る敏捷性――だけどいつも不安だった。

 手の届かないところで、沈んでしまうかもしれない。あんな装甲で、敵の攻撃を耐えられるのか。

 そんな子が、今また頑張っている。


 ――――ここで燃えなきゃ、軍艦として恥だと。


 誰もがそう認識したのだ。

 そんなこんなで一時間が経過し――。


武蔵「ま、まだ、だァ……ごっ、ごの、むざじは、まだっ、い、いけるぞぉ……!!」

加賀「が、鎧袖、い、一触、よ……たかが、あと一時間程度……私ならばやれる。やれます……私は、一航戦……ここは、譲れません」

鳳翔(提督の予想通りに!?)

龍驤「はいはい、終わりやでー。最初にいた二時間はな――ウソや」

628 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 23:36:00 ID:MMem8xpE

 その龍驤の宣告に、一同は一瞬凍り付いたように押し黙る。

 そして叫ぶ。

 例の言葉をだ。



 ―――よくも騙したァアアアアアアアアアアア!!!



 その大咆哮は、峠の奥の奥まで、遠く遠く染み渡っていったそうな。



……
………

629 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 23:38:25 ID:MMem8xpE
※提督は嘘をつかないと言ったな

 アレは嘘だ

 騙して悪いが、提督は地雷を設置するのが好きなのだ

 さて、いよいよ合宿初日が佳境。お食事の後は睡眠。

 二日目には、軽巡・重巡ら(一部不参加あり)のタバタ・プロトコルが開始です。

 ただし普通のタバタとはちょっと毛色が違います。そう、いつもいつも提督って奴が悪いんだ。

630以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/12(木) 00:45:53 ID:r0yaSN/w
乙。


あぁうん、全盛期くらいの時期ですら42-26なんて甘えたギアで登坂してたオレには耳が痛い

631以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/13(金) 00:26:19 ID:Q1Y.OFME
バイクに浮気してたけど、このスレ読んでると乗りたくなる……
足も細くなってきたし、さっさとフレーム組み終えて乗ろう

632 ◆gBmENbmfgY:2020/03/13(金) 00:43:41 ID:a0vO2vQc
………
……


 合宿一日目のプログラムは、日の入りと共に完遂された。

 座学においては大淀と明石主催による自転車の整備方法やパンク時の対応、レースにおける基本的なルールや特記事項の説明が行われた。


嵐『すぴすぴ、すやり……』

大淀『てい!』

嵐『ぁぅ』

まるゆ『明石さん、明石さん、まるゆ、シマニョーロという画期的ないいとこどりを考えて――』

明石『そぉい』

まるゆ『ぅゃっ』


 寝てる子や関係のない質問を飛ばす子には、容赦なく二人のチョークが飛んだ。時速120kmぐらいで。


白露『す、すいません大淀さん! 夕立が! ウチの夕立が!!』

時雨『ハンモック持ってきて堂々寝始めてるんだ……ごめんなさい。今日合宿があるのを楽しみにしすぎて、昨日はロクに寝付けなかったんだ……』

大淀『いい度胸してますねこの子……』

633 ◆gBmENbmfgY:2020/03/13(金) 00:45:28 ID:a0vO2vQc

夕立『ぽいちょむにゃむにゃ……ゆらゆらしちゃう……こいのとぅーふぉーいれぶん……よどさんはおに、あくま、きちくめがね……』

大淀(#^ω^)


 大淀のチョークは飛ばなかったが、チョークスリーパーに切り替わった。夕立が激痛で目覚めた後にオチる五秒前のことである。そんな問題があったが、それ以上の問題もあった。


夕張『マイクロロン処理について教えてください』

明石『ほう』

大淀『!?』


 明石がとある話題に食いついてしまったのだ。


大淀『そんなニッチかつ効果が本当に発揮できてるのか、発揮していたとしても実感できないレベルで微妙なものは後です』

夕張『な、なんてこと言うんですか大淀さん!!』

明石『そうですよ! メカニックの立場から言わせていただきますが、選手が乗る機材は少しでも良いものにしたいというこの工作艦魂を――』

大淀『時間外にやって下さい』

夕張『 (´・ω・`)そんなー』

明石『 (´・ω・`)そんなー』

634 ◆gBmENbmfgY:2020/03/13(金) 00:46:38 ID:a0vO2vQc

 大淀のメガネが光り出したあたりで、ようやく全員が真面目に座学に取り組むようになった。補給食を取るタイミングや、練習方法によっての諸注意など、説明しなければならないことは山ほどある。

 その一方、テクニックにおいては一部のバランス感覚に優れた艦娘が講師となって、実演形式で指導していた。


子日『子日うぃりー! Wheelieeeeeeeeeeeee!!!』

若葉『なるほど。これはカッコいい』

初春『惑わされるでない、若葉よ。アレはレースには必要ない技術じゃ。まさに無駄よ。無駄無駄、無駄無駄無駄無駄……』

子日『えー? でもレースで優勝してゴールした後にこれを披露できたら……』

初霜『か、カッコイイわ……!!』

初春『惑わされるなと言っておるーーーーッ!!』


 これぐらいはまだ可愛いものであり、スタンディングスティル(※)練習中に問題は起こった。

 ※スタンディングスティル:自転車のトリックの一つであり、自転車に乗った状態でペダルを回さず静止し、足を地面に着かずにバランスをキープする技である。

 レース技術というよりは、日常的な自転車活用法である。信号待ちなどで使える。そして使えるとカッコイイのだ。

 なおミスってコケると自転車に凄まじいダメージ、そして凄まじい恥ずかしさが同時にやってくる。

 格好悪い上に歩行者や車のスゴイ=メイワクになるので、いい子の提督たちは時間と場所と自らの自転車乗りとしてのスキルの分は弁えなよー!

 そんな練習中のことである。

635 ◆gBmENbmfgY:2020/03/13(金) 00:50:47 ID:a0vO2vQc

 練習用のバイクにまたがって必死にバランスを取り、よたつきながらも『お? コツが掴めてきた?』と口元に笑みが浮かび始めてきた加古の姿がある。

 そんな加古を卯月はキラキラした瞳で見つめている。卯月が懐く数少ない先輩艦娘の一人が加古であった。古鷹や夕張も好きである。その時、悲劇が起こった。


野分『ノワッチ!!』

加古『ぶっはwwwwwwwってうぉあああああ!?』

卯月『か、加古ーーーーっってぴょーーーwwwwwなんwwwだっwwwwぴょんwwwwそれwwwww』


 スタンディングスティル練習中に、いつかの陽炎型シェイクダウン時に開眼したノワッチ乗りが不意打ち気味にお披露目。爆笑した加古、そして加古のみならず被爆した艦娘たちは、尽く横倒しとなった。

 なお左右にマットを敷いての練習だ。大事はない。だが急に難易度が上がった。絶対に笑ってはいけないみたいな空気になってしまったのだ。


日向(耐えろ、堪えるんだ日向……瑞雲を、瑞雲の数を数えるんだ……瑞雲は幾多の海域を私と共に乗り越えてきた戦友……私に勇気を与えてくれる)


 そんな日向のところに、サドルの上に逆立ちしながら自転車を転がす舞風がいっきまーすぅ!!


舞風『あ、日向さん! 上手に乗れてますね。良いですよ、その調子その調子ぃ!』

日向『煽っているのか君は!? って、あっ』


 日向ー、アウトー。

636 ◆gBmENbmfgY:2020/03/13(金) 00:52:58 ID:a0vO2vQc

 マタツマラヌモノヲカイテシマッタ
 閑  話  休  題。

 各艦娘の課題に合わせた練習はつつがなく終了し、各々が大浴場へと向かっていく。

 各々が一日の汗を流しながら訓練の内容を共有し、反省点や得られたものを語り合う。

 以前は艦娘としてのトレーニング内容を語り合っていたが、この日ばかりは誰もがロードバイクのことだけを口にしている。

 一日の汚れを疲れと共に洗い流し、湯船につかり始めた頃には、そんな彼女たちの頭の中は『あるもの』一色になっていた。


 ――――ごはん!


三隈(体の中のグリコーゲンが枯渇しているような……全身の細胞が食べ物を欲しているような心地……ロードバイクに乗るときは少なからず感じていましたが、こんなに明確に食欲が出てきたのは久しぶりです)

古鷹(いっぱい動いたから、とてもお腹が空きましたね……提督にいっぱい補給食を頂いていきましたが、まだお腹空くなんて……あんなに食べたのに)


 ――鎮守府内では食が細い三隈や古鷹ですらそう思う。誰だってそう思う。


清霜「おなかすいたおなかすいたおなかすいたおなかすいた……御夕飯、なんだろう? お肉がいいなあ……」

霞「肉は……どうかしらね。プロのロードバイク選手を意識したメニューって言ってたし……あんまり脂っこいものは出ないと思うわよ?(食べたくないとは言ってない)」

637以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/13(金) 00:57:17 ID:oo31GyXU
ジャストインタイム乙

638以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/14(土) 08:08:20 ID:wB6YwwkE

>>613のRJちょっとリーゼントっぽくなってませんかね

639以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/14(土) 10:40:27 ID:IADL56pY
龍驤はお屋形様勢かな?
立会人やってそう

640以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/14(土) 14:49:59 ID:rHRMzmm2
>>633の夕立の寝言、由良さんも那珂ちゃんも四水戦旗艦だったか


チョークスリーパーがマトモに喉仏に入った時の痛みって独特だよね、デカい鈍痛というか

641 ◆gBmENbmfgY:2020/03/15(日) 23:11:40 ID:sON9gTFc

隼鷹「ロードバイク選手が食う食事ねえ……? 糖質制限だとか脂乗ってるのはダメとか、無味乾燥なモンばっかりなんだろうなあ……今日はあたしらのグループ、メチャクチャ坂道走ったから肉が良いよ肉ぅー!」


 隼鷹が「それと酒」と言わない当たり、その飢餓っぷりは推して知れたものである。他の空母・軽空母も似たり寄ったりで、これからの夕食に各々が思いを馳せていた。

 何にしてもお腹いっぱい食べたいが、それすら叶うかすら分からない。不安げな者、食べられるなら大丈夫と空元気で笑う者、様々であった。

 そんな中、初月は――。


初月「ロードバイク選手が食べてる食事が出るんだろう? 知ってるぞ。僕は知ってるんだ……大丈夫。僕は秋月型だ。清貧なんてへっちゃらへーだ。が、頑張るずい!」


 一人湯船に肩までつかりながら決心を新たにする初月。その両隣では姉二人も神妙にうんうんと頷いた。



 ――が、その期待は大いに裏切られる。初月にとっては良い意味と、悪い意味の両方でだ。



……
………

642 ◆gBmENbmfgY:2020/03/15(日) 23:12:49 ID:sON9gTFc
………
……


http://youtu.be/hpxWvYPgs1E

 かくして食堂へと場面は移る。

 ある艦娘はウキウキ気分で、ある艦娘はげんなりしながら、各々の歩みの軽重は異なっていた、が――彼女たちは忘れていた。

 提督がふるまう料理はハズレなしである、ということ。


提督「今日、鳳翔旗下でSFRトレーニングしたグループと、足柄旗下でスプリントトレーニングしたグループ、こっちの席に座りなさい。

   筋肉を酷使し、グリコーゲンも底をついているであろう諸君らは、これをモリモリ食べなさい。鳳翔も手伝ってくれた逸品揃いゾ」


 それはそれは見事な――料理の数々であったという。


足柄「あら」

清霜「わぁあっ!」

霞「え、嘘っ……!?」

島風「おぅっ!?」

三隈「えっ」

643 ◆gBmENbmfgY:2020/03/15(日) 23:14:27 ID:sON9gTFc

 提督のスペシャリテは本日、このグループにふるまわれた。

 まずは鳳翔旗下・足柄旗下のグループのメニューである。

【肉・魚料理(選択制。もしくは両方も可能)】
・鳳翔特製〜蜂蜜酒の温製酔鶏(酔っ払い鶏)風〜
・ヒラメの蒸し焼き・提督特製豆腐ソース

【サラダ】
・キヌアサラダ〜インゲン水煮・アルファルファ・イチジク・オレンジ・メロンスライス添え〜

【メイン】
・サフランリゾットを用いたラグーとチーズのアランチーニ(シチリア・パレルモ風)

【デザート】
・ヨーグルト(+ハチミツとナッツ)


提督「筋肉酷使してきた自覚がある奴は、メインより肉・魚を食え。上質のたんぱく質でいっぱいだぞ! ミネラルやビタミンもだ!」

隼鷹「う、うぉおおおおお!? め、メッチャうまそう……!!?」

鳳翔「ふふ、腕によりをかけると言ったじゃないですか」


 かくしてお腹を空空均せた欠食艦娘達は、ほかほかの料理から上り立つ食欲誘る香気に誘われ、アッというまに夕食会は開始された。

644 ◆gBmENbmfgY:2020/03/15(日) 23:17:21 ID:sON9gTFc

隼鷹「う、うめえ……やっべ、うめっ……このスープリ……じゃなかった、アランチーニ? 肉とチーズがゴロンゴロン入ってて、すげえ食い応えあるぅ……染みるぅ……でもグループでメニュ―違うのなんで?」

提督「トレーニングメニューが違うからだ。炭水化物は例外なく摂取してもらうが、筋肉酷使した奴にはタンパク質を多めに取ってもらう。

   足りない分はサプリメントやプロテインから補ってもらうが、なるべくちゃんとした食事でとってもらいたい」

霞「意外ね。ロードバイク選手用の料理っていうから、もっとパサついた鶏ささみに塩ゆでパスタにチーズだけ、みたいなのを想像してたわ」

提督「ステージレースで消耗しまくった選手はひたすら炭水化物でグリコーゲン貯めさせるけどな。お前らにはまだ早いよ」

清霜「このコロッケの中に入ってるお肉、すっごく柔らかくておいしい!!」

島風「うん! おいしいね! ちょっとご飯が少なめ? でも美味しい! いっぱい食べてもっと速くならなくっちゃ!」


 このグループに提供される食事は、PFCバランス的に言えば、たんぱく質を重点的に摂取させようという意図が丸わかりな献立であった。


提督「三隈も筋肉つけような」

三隈「が、がんばりますわ! いただきます!」

提督「おいしい?」

三隈「はい、とっても。疲れた身体に染みていくような優しいお味ですわ」


 本心からそう思っているのだろう。儚げなれど嬉しそうな笑みに、提督も満足げに頷く。ならばよし、と。

645 ◆gBmENbmfgY:2020/03/15(日) 23:20:29 ID:sON9gTFc

提督「さて、本日タバタ参加後に座学、もしくはスケジュール関係上、座学しか参加してない、或いはその後のテクニック講座以外の運動はしてない子達――それと参加してなかったとしても、戦艦はこっちだ」

【肉料理(一択)】
・提督特製〜温製鶏むね肉のトマト生姜煮〜

【サラダ】
・キヌアサラダ〜インゲン水煮・アルファルファ・イチジク・オレンジ・メロンスライス添え〜

【メイン】
・ラグーソース(牛肉のワイン煮込み)かけパスタ

【デザート】
・ヨーグルト(+ハチミツとナッツ)


 選択肢が一部異なる。というかない。一択だ。これに疑問の声を上げるのは、戦艦達である。


伊勢「…………白米、は?」

提督「おまえたちはおパスタ食べろ」

武蔵「あっちの連中が食べてる、ライスコロッケ……アランチーニは?」

提督「ねえよ? 消費カロリー差だ。大体だな武蔵ちゃん、お米は朝とお昼に食べたでしょ?」

武蔵「私をボケ老人の如き扱いするな! 炭水化物!! よこせ!!」

提督「あるだろ? ジャガイモ、パスタ、キヌア(※)が。好きなの選べよ」

646 ◆gBmENbmfgY:2020/03/15(日) 23:22:27 ID:sON9gTFc

大和「こ、米、は……?」

提督「戦艦をこっち呼んだ理由がそれだ――おまえら、米食いすぎだ。朝と昼にな。だからダメ。炭水化物欲しいならキヌアサラダ食え!! たっぷりとな!!」


 ※キヌア:ヒユ科アカザ亜科アカザ属の可食植物。粟(あわ)や稗(ひえ)と同じ雑穀に分類される。

  インカ帝国の時代から存在している食物であり、『チソヤ・ママ』と呼ばれる神聖な食べ物であったという。ママーーーーッ!

  炭水化物を多く含むが、特筆すべきはタンパク質含有量である。なんとおよそ14%。極めて粘性の高いでんぷん質を豊富に含んでいる。粉末にして麺に打ち込むとコシのある麺が作れるゾ。


提督「本日の武蔵の運動量と食事のタイミング、食べた内容、そして補給食の内容……総摂取量から逆算して――食べていいのはこの中からだ。コレ以外はダメ。武蔵は炭水化物取りすぎなので、本来は朝昼でリミットです」

武蔵「パスタはいいのか……? なんで米は、ないんだ……?」

提督「パスタはいいんだよ。白米に比べて血糖値上がりづらいから。武蔵の場合、米は駄目」

武蔵(その白米がないのが痛いんだよぉ……!!)


 戦後、食の欧米化が急速に進んだとされる日本にあって、当然のように武蔵はお米派だった。

 そこに不満がある子は一定数いた。今後は朝昼は好きにお米食べてもいいが、夜は米なしという風に、だんだんと切り替わっていくだろう。金曜のカレー曜日だけは例外的なチートディ扱いだ。

 その説明が終わると、艦娘の多くが納得し、それを受け入れた。まあロードバイクで速くなるためなら文句はないという風に。

 ――だが、一部の例外はいる。その不安要素は――初月だったのだが。

647 ◆gBmENbmfgY:2020/03/15(日) 23:24:34 ID:sON9gTFc

初月(…………? 戦時の一汁一菜すらままならなかった頃に比べれば、十二分に贅沢では?

   …………あ、あれ? 最初は凄く嫌だったけれど、このラインナップなら僕は全然耐えられるが?)


 ――秋月型や雲龍型。何故か彼女たちは個体ごとにある程度の差はあれど、質素倹約が建造・ドロップ時から染みついている。本来なら特型駆逐艦の方が、史実の建造時には世界恐慌とモロに衝突していたため、よほど清貧を強いられていたはずなのにだ。

 艦娘として生を受け、現代の食事事情に一種のジェネレーションギャップというか、カルチャー的ショックを受けることはあれど、質素であることをさほど苦痛と思わないのである。

 そんな不思議な認識の相違があった。

 具体例を挙げるとすれば――初月にとっての粗食とは、後述のような献立のことを言うのだ。


・ふかした吹雪


 以上である。芋である。芋とは吹雪だ。それをふかすんだから戦争ってのは地獄だぜフゥーハハー。

 仮に「今日の夕食はこれだけだよ?」と提督ににこやかに言われて吹雪(芋)を差し出されたならば、大半の艦娘は「提督は私たちの事が嫌いになったんだあ……!!」と悲観に暮れ、芋(吹雪)はふくれっ面を晒して怒るだろうが、少なくとも初月は違う――食べられるものがあるならそれでヨシ! ってな具合である。

 これで満足できないなら「よし魚を釣ってこよう」って発想になるのが彼女だ。後に着任する涼月は自給自足が板についており、家庭菜園――と呼ぶには規模がでかすぎる――を営む山雲あたりとは、姉妹ともども仲良しになるのはまた別の話である。


 さて――得意料理が麦飯に沢庵、芋の味噌汁の初月。カレーや牛缶をこの上ない贅沢品と言う。


 現代人にはピンとこないかもしれないが、当時の日本は戦争云々以前に、その日の食事に困る人間は一定数以上いた。

648 ◆gBmENbmfgY:2020/03/15(日) 23:25:57 ID:sON9gTFc

 戦時中の食糧難の時代は、食糧や調味料が配給制。麦ごはん(米が入っているとは言っていない)が基本である。おかずに使われる食材も品目が乏しい。

 米の代用食としてさつまいも(吹雪)・じゃがいも(吹雪)・水団(すいとん)・草殻・もち草・柏の葉・サトイモ(吹雪)・かぼちゃ――の、葉や茎まで食べるという有様だ。吹雪と吹雪と吹雪が被ってしまった。

 農家であっても米なんかない。政府から供出制度(簡単に言えば米は全部買い上げますよっていう話し。なお強制である)により、軍隊に全部持っていかれるのだ。

 農家以外の家庭も十分な米の配給を受けられない、極めて深刻かつ絶望的な食糧不足の時代である。「お米食べろ? その米がねェんだよ!! 政府が強権揮って持ってくから!!」という有様だ。

 そんな食事がフツーであった。ただしこれは民間人の話であり、軍は除く。これで暴動が起きないどころか、戦時中の民間人は「贅沢は敵だ」なんて言ってるのだから、当時の日本の末期的状況は推して知るべしであろう。

 ――さて、何故かそんな民間の食事事情が何故か記憶に染み付いている秋月型である。

 そら着任当初、初月が提督に提供された料理を食べた時に「こんなうまいものはこの世にない」と言って泣き出すわけである。

 着任から半年が過ぎた初月は、この米のない夕食に耐えられるのかと言えば――。

 
初月(思ってたよりおいしい……この肉の入ったパスタ、すごくおいしい。パスタも見たことない形状……きしめん? に似てる? 未知の味と食感だ……僕、これ好き……好きぃ……♪

   ワインもついてくるのか……1杯だけならいいって言ってたけど、僕はいらないな)


 ワリと余裕であった。幸せいっぱいにラグー(牛赤身肉の煮込み)ソースがかかったパスタを頬張る初月であった。チーズもたっぷりかけちゃうのだ。付け合わせのブロッコリーやサラダもたっぷり食べる。

 頭頂部の髪の房は、朝と同じようにぴこぴこと左右に揺れている。

 少し話は脱線するが、初月の好きな男性のタイプは料理上手な人である。かつ大人だったら最高。理想がほのぼのしているが、提督のせいでかなりハードル高くなっていることに本人は気付いていない。

 何にしても、この料理は初月にとって嬉しい誤算だった。未知の美味なる料理――照月にとってはモチベーションを上げるだけのものだった。

649 ◆gBmENbmfgY:2020/03/15(日) 23:30:02 ID:sON9gTFc

初月「なんだ――これなら僕、全然頑張れるぞ! なあ、姉さんたち――」

秋月「…………」

照月「…………」

初月「? 姉さん? どうしたんだ、そんな辛そうな顔で料理を見て……!?」


 そう、誤算があったとすれば、初月ではない。

 秋月型の――二人の、姉。


https://youtu.be/BIZ-4jUJLk8?t=54

秋月「…………おこめが、食べたいです」

照月「今日は味の濃いものをおかずに、お米が食べたかったなあ……」

初月「!? ね、ねえさん、たち……!?」


 【提督って奴のせいで】悲報――たらふく食べさせた結果がこれだよ【とっくに舌が堕落しているんだッッ】

 そう――姉二人の方が、着任してからの期間が長いため、贅沢品に対する耐性が無くなっていた。

 何せ照月の着任日の時点で、初月の着任日からは一年以上の差がある。秋月に至ってはほぼ丸二年の差……!!

650 ◆gBmENbmfgY:2020/03/15(日) 23:32:22 ID:sON9gTFc

 二人の記憶に呼び起こされるのは、着任した当初から今日に至るまで、提督からふるまわれた料理の数々――春、夏、秋、冬、季節折々の旬の素材を使った料理の数々。初月はまだ着任半年で、初冬から初夏にかけての料理しか知らない。この差はデカい。

 秋月が秘書艦研修に初参加する日――その朝の出来事である。

 顔合わせこそ済んでいたが、食事を通して為人を知ろうと、食堂で鶴姉妹らも含めて朝食を共にした時であった。


秋月『え!? 今日は秋月も銀シャリ(白米)食べていいんですか!?』

提督『きょ、今日『は』って何……?』

秋月『…………? 私が秘書艦としてお勤めする初日だから、お祝いというわけではないのですか?』

提督『え? あ、あのさ君……着任したの、四日前だよね? なんか酷い苛めでも受けてんの……? それまでメシどうしてた……?』

秋月『? いえ、普通に食堂で麦と菜っ葉と沢庵を配給していただいていましたが』

提督『は?』


 ――この時期の秋月は、食堂で好きなものを注文できると知らなかった。秋月にとって食堂とは配給場所である。

 周りの艦娘らがどんなに美味しそうなものを食べていようと、「彼女たちが贅沢品を食べているのは何か特別な日か、もしくは大きな戦果を上げた優秀な艦娘なのでしょう」ぐらいにしか思っていなかった。

 なお着任した秋月に鎮守府内施設の案内をしたのは、立候補した鶴姉妹である。

 自然、提督の殺意は二人に飛んだ。

651 ◆gBmENbmfgY:2020/03/15(日) 23:35:22 ID:sON9gTFc

提督『おい、翔鶴……』

翔鶴『ど、どうしてそんな目で私を見るんですか、提督!? ち、違いますよ……! わ、私も瑞鶴も、ちゃんと説明しました! し、しました! 本当ですぅ!!』

提督『ほんとぉ? ほんとにぃ? おい、二人とも――俺の目を見ろ』

瑞鶴『そこでなんで私に殺気込めた目を向けんの!? ち、違うからね!? なんかこの子、よくわかんないんだけど無駄に清貧気質なのよ!? 自炊もできるっていうから任せてたんだけど、進んでお昼におにぎりと沢庵だけを美味しそうに食べてるの! ほ、本当よ!?』

提督『なにそれ可哀想……あ、あのな、秋月? 別に毎日、白米食べていいんだよ? おかずもね? 度が過ぎる偏食さえなければ、好きなものをしっかり食べて、しっかりトレーニングして、しっかり眠って英気を養っていいんだぞ?』

秋月『え……? す、好きなもの、を……? だって、配給制だから……あ、あれ? そういえば配給おねがいしますって鳳翔さんにお願いしたら、不思議そうな顔をされて、何を食べますかって……え? だから、秋月、たくあんと、麦飯を……麦飯、白米が多めに入ってて、鳳翔さんって優しい人なんだなあって……』


 後に事情を知った鳳翔がほろりと泣き崩れ、秋月に美味しい料理をふるまったのは言うまでもない。


翔鶴『!? そ、そうよ? いえ、違うのよ!? ごめんなさい、私たちの説明が足りなかったみたい……! あのね、秋月――食堂ではね、好きなお料理や定食を頼んでいいの。御品書きにあるものはなんだって頼んでいいのよ?』

秋月『え? あれは高級士官や大活躍をした艦娘、そして空母や戦艦たちのための特別な御品書きではなかったのですか?』

瑞鶴『そんなわけないでしょッッッ!? 艦娘だろうと憲兵だろうと、それこそあんたの言う高級士官だろうと、あそこにある御品書きは好きなもの注文して食べていいのよ!?』

秋月『!?』


 信じられないことを聞いたという目で秋月は提督を見た。鶴姉妹の言葉を疑っているわけではないのだろう。だがそれは秋月にとってあまりにも衝撃的すぎて、現実味がなかったのだ。

 提督は、静かに頷いた。

652 ◆gBmENbmfgY:2020/03/15(日) 23:41:03 ID:sON9gTFc

秋月『ッ、ッ〜〜〜〜〜!! し、司令、ぢれぇ……!!』

提督(な、泣いてる……!? たんとお食べ……?)


 提督の焼いた一夜干し縞ホッケは肉厚で、脂と旨味たっぷりだった。焼き加減も絶妙で、外はカリッ、中はフワトロ、かつ味わいは期待通りのジューシィさ。噛み締めるほど塩気と共にグルタミン酸が染み出してくるようだった。

 添えられた大根おろしもまたたっぷりだ。贅沢に――贅沢に!――醤油を垂らして味の変化だってできるし、吹雪たっぷりの御味噌汁までついてきて、何よりご飯と吹雪汁はお代わりだってできる! 当たり前だ!

 ほろほろのホッケの切り身を咀嚼しながら熱々のご飯を頬張ると、味の奔流が口の中で爆発した。やがてそれは収束し、後にはとろけるような旨みが噛み締めたご飯の甘味と混然一体となって、舌に残るものはもはや幸せだけになる。

 秋月の瞳からは笑顔のままに涙がとめどなくあふれてきた。

 秋月は『お腹がいっぱいということはなんと幸せなことなんだろう』と思った。この食事事情を護るために、秋月は護国魂を燃やした。護らねば、このご飯を。

 後に『魔弾の射手』とか『マリアナ沖の守護天使』とか『防空女帝』とか『五航戦最強の盾』とか称される最強の防空駆逐艦――海軍駆逐艦ランキング七位・『覇天』の秋月。

 その強さの原動力が美味しいご飯だったなどと誰が知るだろう――鎮守府の古参はワリと知ってる。

653 ◆gBmENbmfgY:2020/03/15(日) 23:42:50 ID:sON9gTFc
※秋月型ったら、また泣きながらご飯食べてりゅ……

 次は照月よー。そしていよいよ2日目の軽巡・重巡タバタよー

 もちろんSFRやスプリントトレーニング参加した子は疲労が残ってる状態よー

 それでもきっちり追い込むのよー。走れー、わー、提督の鬼ー

 ご期待ください

654以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/16(月) 05:44:47 ID:388gFuSQ

洋食珍事府みがある

655以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/16(月) 12:07:05 ID:9RZyP8T2
GCNJapanのYouTubeチャンネルでやってた土井ちゃんおすすめの朝食メニューがなかなか良さそうだったなぁ

656以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/16(月) 12:51:13 ID:uOm7.DOI
作者は芋に、いや吹雪に何か恨みでも?w

657以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/16(月) 14:20:50 ID:QR.83U5s
思いがけず日本の食の歴史だった

658 ◆gBmENbmfgY:2020/03/16(月) 23:47:49 ID:bite6EM2
>>654
 まだそれを覚えていてくれた人がいるとは……ベースはこっちだったりする

>>655
 アレいいですよね。ロングライド前の食事とか。パスタ+塩コショウ+チーズは結構うまい

>>656
 >>1のリアル艦これは吹雪と始まったんだゾ。
恨み? まさか! 愛だよ! 

>>657
 ブッキーは戦時も大人気だ。だってお芋は蒸しても焼いてもみそ汁の具にもなる。
 だから焼き吹雪も蒸し吹雪も吹雪汁も大好きだ

659 ◆gBmENbmfgY:2020/03/16(月) 23:51:48 ID:bite6EM2

 そして照月である――前回の反省点から、鶴姉妹と先任たる秋月は、食堂の使い方を間違いなく、過不足なく、完璧に、照月に教えた。

 照月もまた涙をぽろぽろ零しながら食堂で美味しいご飯に舌鼓を打った。薄切りの牛肉を鳳翔手製の割り下で作ったすき焼きは、すわ天上の食べ物かと茫然自失するほどのおいしさで『いつか、いつか涼月や初月にも食べされてあげたい』と強く願った。秋月姉、タッパーウェアどこー?

 その巡り合える日が必ず来る。その日までに生きねばならない。彼女たちが沈んだ海に、迎えに行かねばならない。そう――生きて、強くあらねばならない。かくして鎮守府に着任した二人目の防空駆逐艦の力が目覚めた。

 ―――秋月型が持つ力とは、食事の力。清貧を至上とする彼女たちが初めて出会った現代の食文化。飽食だ無駄だといくら声高に叫ばれようと、圧倒的美味の前では無駄無駄の無駄である。

 そこから何を得るのか。秋月は『ご飯を護る。つまり国を護る』という極めて高いモチベーションを得た。そう、食事の幸せをモチベーションに変え、何かを成すのが秋月型が目覚めた力。

 ――集中力の持久・瞬発が、共にズバぬけている。一瞬を無限に、無限が一瞬に感じるほどの長く短い時間の中で、月の輝きは決して途絶えず欠けぬように、その光を照らし続ける。

 雲霞の如く迫りくる敵艦載機。その軌道を読み切り、砲撃を放ち、射撃を放ち、通過すべきところに置くように撃つ。当たるのは当然、当たらば堕ちるは必然、即ち防空駆逐艦の本懐なり――と真面(マジ)で言ってのけるが、秋雲型の流儀である。

 照月もまた『いつか妹たちと美味しいご飯を食べる。鳳翔さん、すき焼き、美味しゅうございました……!!』という夢を、己が強くなって生き延びることを達成することで成し遂げようとした――必要なものは、圧倒的な力。力。力だ!! 何千、何万と、鶴姉妹の元で対空射撃訓練を繰り返した。

 秋月の異名に肖った『光弾の射手』と称される照月は、誰からも異論を赦さぬ防空駆逐艦へと成長し、至った姿こそが――――海軍ランキング十三位・『紅天』の照月。 

 これには提督も青空笑顔。このままエンディングの流れでもおかしくないほどにパーフェクトであった。

 だが無情にも、悲報は届く。意外なことに、その悲報の語り手が、雪風であった。


雪風『し、しれえ!! 照月ちゃんが、照月ちゃんが――――お風呂場で、石鹸で髪を洗ってました!!!』

提督『』


 これには流石の提督も求婚をはぐらかされた時のカイザーのような顔で、握りしめた万年筆を縦に粉砕した。

660以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/17(火) 00:52:20 ID:sJ7xkR9k


芋≡総て吹雪では勿体無いだろ、白雪ちゃんがサトイモだったり峯雪ちゃんがヤマノイモだったり深雪様がコンニャクイモだったりすべきでは?

あと秋雲オメー、過去の型式不詳を逆手に取ってネームシップ立ち上げたな?

661 ◆gBmENbmfgY:2020/03/17(火) 23:11:18 ID:aRODnWyE

 提督と共に執務に励んでいた大淀と、工廠での開発結果報告のために訪れていた明石も口を押さえて驚いた。

 共に激務の最中にあったが、思わず手を止めて雪風を問い詰める大淀と明石。


明石『せ、石鹸? 石鹸って、せっけんよね?』

雪風『せ、石鹸です』

大淀『しゃ、シャンプーは? リンスは? コンディショナーは?』

雪風『雪風もそう聞いたら『なにそれ』って言われました』

島風『島風も見てたんだけど……むしろこの子の常識が『なにそれ』って感じだった』


 偶然、雪風と共にその衝撃映像的な現場に居合わせた島風も、神妙な顔で頷くばかりである。


提督『ッッ…………しま、った』


 提督は己のやらかしを悟った。

 秋月型には何故か――何故か!――戦時の民間人の生活をそのままサクッとスライドさせて記憶に埋め込んでいるかのようなちぐはぐさがあった。それは秋月が着任する以前から、ある程度は分かっていたことだ。

 と言うのも、秋月型にとどまらず、艦娘にはしばしば見られる特徴であった。

 建造された工廠が関西の方面ではないのに関西弁を話す艦娘や、東京方面でないのに江戸っ子口調だったり、名前から連想される動物をモチーフにしたような特徴的な語尾で会話をしたりと、艦娘とは摩訶不思議な存在だキソ。

662 ◆gBmENbmfgY:2020/03/17(火) 23:24:04 ID:aRODnWyE

 その奇妙な固定観念は食事関係のみに留まらない。むしろ留まっているとどうしてそう思ったのだろう。

 艦娘は着任当初が特に常識の差異が顕著であり、どこか現代的な常識と噛み合わない部分がある。鎮守府で時を過ごしていれば、先輩艦娘達からの指導もあり自然と学んでいくのだろうが、座学としてきちんと教わるのと環境から受動的に学んでいくのとでは習熟度合いはまるで違ってくる。

 それをうまくかみ合わせるための教育体制を整えるのも提督の仕事であった。

 だが生憎と――着任から一年と四ヶ月が経過した頃――照月が着任した当時の提督は、『サーモン海域チキチキ蹂躙作戦(副題:戦艦レ級eliteの内臓がボロンとまろび出るよ! 何色かな?)』という大仕事が佳境に入り、頭脳の大半が深海棲艦絶対殺すマンと化していた。

 常識や道徳、情操教育などを後回しにしたうぬが不覚よ。無理やりに改造手術を施しておきながら、洗脳を後回しにするヌケサクな悪の秘密結社の如きマヌケっぷりである。

 そんな殺すマンな脳味噌が冷静さを取り戻した瞬間、提督の脳裏に雷撃的に駆け抜けた記憶がひとつある――かつて提督が戦時の民間人の生活や風俗をまとめた書記をテキトーに速読で流し読みした時の事だった。


提督『せ――洗髪の頻度か……!!』

大淀『あっ』

明石『あっ』


 その提督の一言で、大淀と明石の二人もまた察した。二人ともに、かつての教え子をビデオで見た時の安西先生みたいな顔だったという。

 なんやかんやと幅広い知識を持つ二人である。

 洗髪頻度が高くなり始めたのは、日本では戦後からだったという。

663 ◆gBmENbmfgY:2020/03/17(火) 23:29:29 ID:aRODnWyE

 聞いて驚け、むしろおののけ。


 1950年ごろまで、日本人の洗髪頻度は『月に平均2回』だ。


 『日』ではない。『月』だ。マメな人でも週に1回程度だったというから、現代人からすれば鳥肌が立つレベルであろう。

 なお比較対象として、平安時代で年1回。江戸時代では多い人で月1〜2回であったという。バッチイか? バッチイに決まってる。

 『江戸っ子は綺麗好きだった』なんてフレーズでピンと来る人もいるかもしれないが、その綺麗好きで知られる江戸時代においてすら、多くてもそんなもんなのだ。

 悲しいことにそこから「まるで成長していない……!!」のが当時の日本である。現代から過去へ転生なんてやるもんじゃねえとお判りいただけるだろう。その英知でこの不潔っぷりを何とかして見せろ!!

 なるほど、戦時は食糧難だったのだろう。その日に喰らうおまんまにありつければマシな方であったのは間違いない。

 だがそれは食料だけか? 勿論否だ。あらゆる物資が規制され、手に入りづらくなる。


 ――じゃあ石鹸は?


 答えはシンプルだ――食事より悲惨である。洗濯用を含む家庭用石鹸は『油脂性』だ。当然のように政府から規制対象――配給制となった。

 こうした物資不足は戦局の悪化と比例して下降の一途を辿る。国内で配給される石鹸は、石鹸成分がわずか30%、粘土や陶土が70%を占めるという、もはやこれは石鹸なのか芸術家気取りの陶芸家が叩き割った駄作の破片なのか判然としないものとなる。

 香料? 色素? ああ? 入ってねえよんなモン。しかもこの石鹸、入浴用と洗濯用の『兼用』である。地獄か? 地獄であろう。

664 ◆gBmENbmfgY:2020/03/17(火) 23:32:27 ID:aRODnWyE

 配給という名の地獄の時期を乗り越え――戦後の経済的急成長の陰には、こうした文化的な成長もあった。


 さて、ここに一つの命題がある。


 ――そんな時代の常識が、女の子の形にモールドされ、さながら型抜きのように『ポンッ』と海の上に放り出されたとしよう。


 こんにちは! 私、照月です!!


 ――そんな子をお風呂に入るのを勧めたとしよう。


 どうする?











 どうなる?

665 ◆gBmENbmfgY:2020/03/17(火) 23:35:47 ID:aRODnWyE

https://youtu.be/yv23BDV_jH4

照月『こんな柔らかくてきれいで、泡立ちが良くて、すごくいい香りのする石鹸で髪を洗えるなんて……!!』

雪風『』

島風『』


 ――あんのじょう、こうなりました。

 雪風はダムを破壊されたビーバーのようなご尊顔を晒し、島風は顔面を迷路にしたアザラシのごとき変顔で硬直した。

 嬉しそうに石鹸で髪を洗い始める照月を止めるどころか、流石の二人も茫然と見ているしかなかったという。絶句とはこのことだ。

 視界の中でキュゥキュゥと、不思議な音が聞こえてくる。それは照月の髪から奏でられる音――キューティクルが死んでいく断末魔である。

 なおその光景を見ていたのは、雪風と島風だけではない。


綾波『…………』


 大浴場の湯船に浸かりながら南無妙法蓮華経を唱えていた綾波が声を失った。

 アルカイックな笑みを浮かべたまま、しかし流石にショックを受けていたのか、左右の手は来迎印と摂取不捨印を結びながら硬直していた。

 その鼻から一筋の血が流れた。理解が追いつかない。なんだ? 一体何が起こっているのだ? どうすればよいのだ? レ級を片手間で肉塊にする彼女だって、困ることぐらいあった。

666 ◆gBmENbmfgY:2020/03/17(火) 23:40:52 ID:aRODnWyE

夕立( ゚Д゚)


 そして綾波の隣で同じく湯船につかりながら、玩具のアヒルで遊んでいた夕立もまたそれを見た。


夕立( ゚д゚ )


 こっちみんな。

 夕立は半笑いと驚愕を絶妙にミックスした形容しがたい表情のまま、あっちこっち見ていた。

 夕立は自由奔放なわんこ気質である。アクティブで常に動き回っている忙しない彼女は、この時、完全に自分を見失っていた。


吹雪「ふー…………」


 そんなことを知る由もない吹雪は、一人静かにサウナでぽかぽかとふかし芋風味になっていた。

 駆逐艦の最上位勢が揃いも揃ってこのダメっぷりであるが、さもありなん。

667 ◆gBmENbmfgY:2020/03/17(火) 23:46:19 ID:aRODnWyE

 そして照月は執務室に呼び出され――。


照月『毎日髪を洗わせていただけて、照月は幸せですよ! ちょっと贅沢しすぎですかね、うひひ♪』

提督&大淀&明石『OTZ』

照月『提督と大淀さんと明石さんが挫けた!? そ、そんなに経済がひっ迫していたのですか……!? 私、なんてことを……!?』


 明石と大淀は挫けたというより、無力感からの五体投地であったという。照月の言葉が更に彼女たちを打ちのめし、やがて鎮守府の好感度を上げるがごとくうつぶせに倒れ伏した。


提督『ちくしょう、ちくしょう……!!』


 提督は純粋なDOGEZAだ。キューティクルを殺してしまったことへの罪悪感が並の乙女より強い男であった。

 着任より一年と四ヶ月――彼はまだまだ未熟であった。

 新任の艦娘向けのマニュアルはおろか、鎮守府内のあらゆる施設のマニュアルが徹底的に見直されたことは言うまでもない。


提督『おのれ深海棲艦……!!』


 そして深海棲艦への怒りを燃やす。全ての経験を、あらゆる苦汁を、『全て敵のせいだ』と闘志に変換していると言えば聞こえはいいが、ただの八つ当たりであった。ただし誰にも迷惑をかけない八つ当たりである。だって相手は深海棲艦だもの。

668 ◆gBmENbmfgY:2020/03/18(水) 00:08:40 ID:gTTQmrQ6

 閑話休題――そういう意味であれば、初月は非常に良い時期に鎮守府に着任したと言えよう。

 共にソロモンでやらかした綾波の『世紀末迷子事件』や、夕立の『伝説のスーパー白露型事件』といった諸々の問題の当事者にならなかったし、とっくに戦艦レ級eliteの内臓は無事に海の藻屑と化した後に南方海域は攻略(蹂躙)済みである。鎮守府内のあらゆる施設は充実の一途を辿り、新任艦娘への教育制度も日々バージョンアップしつつも骨子は完成していた。


秋月『いいですか初月――髪を石鹸で洗ってはいけません』

照月『その通りよ初月――そして食堂は配給場所じゃあないわ』

初月(姉さんたちは一体、何を言っているのだろう)


 時に怪訝な目で見られようと秋月と照月は挫けなかった。あの悲劇を知ってるからだ。身をもって。

 今や二人は食堂で堂々と季節のランチ(10食限定)を注文してしまうし、なんと大浴場ではシャンプーで髪を洗うのだ! 文化的!

 洗髪後にトリートメントは欠かさないし、タオルドライ後のヘアオイルは入念に、しかもドライヤーまでかける! ブルジョワ的!

 お出かけ時にはUVケアで髪と肌を守るし、おしゃれ着だって部屋の桐たんすに10着も入ってる! おしゃれ!

 だがそんな二人は今や、


秋月「……」

照月「……」


 どこか暗い雰囲気で夕食のパスタを食む。初月には理解不能である。こんなにおいしいのに、一体全体どこが不満なのかと。

669以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/19(木) 15:06:43 ID:Xu0npiGI
>>1のために吹雪の参考画像を拾って来た
http://dec.2chan.net/60/src/1584592848576.jpg

670以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/19(木) 18:38:48 ID:.LpDOef6
>>669
なんてすけべなんだ

671以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/19(木) 21:44:07 ID:xN0mqGo6
今後の新規着任者には女子力講習を受けさせなきゃならないな
鎮守府にて最強の女子力って誰? 陸奥? それとも提督?

672 ◆gBmENbmfgY:2020/03/19(木) 22:57:06 ID:/zDhuaTg
>>669 >>670
これはとてつもなくすけべな吹雪ですね。マジカル味を感じる。

>>671
>鎮守府にて最強の女子力って誰? 陸奥? それとも提督?
女子力の定義によるかなあ……。
ここの陸奥は自己管理や自分磨きという意味だと非常に熱心でフレキシブル。紛れもなく天才だがそれを嫌味に感じさせない柔軟な立ち振る舞いができる。
極めて優等生。提督とかいうバグみたいな存在を知ったせいか、高飛車や高慢とは無縁。第三砲塔の調子もいい。
慢心に過信に油断で一度天狗っ鼻を叩きおられて成長した赤城・加賀とはタイプが異なる。調和を大事にしつつも、恋愛で一歩先を行けるしたたかさがあります。強さと弱さの使い分けが上手い。
提督が大型二輪免許(一発)取ったときにしれっと隣でご一緒に取得(一発)してたりする。機を見るに敏、そして妖艶で意味深。これには潮や如月も憧れる。なるほど、女子力高い子です。
ただしこの鎮守府における女子力の定義を提督基準にすると誰も勝てないというオチな。髪型変えた? 香水変えた? リボン変えた? 艤装のオイル変えた? 髪1mm切った? やだこのひとこわい。ヘタなホラーよりホラー。

管理能力って意味の女子力ならダントツが二人います。大淀と足柄です。

大淀は他者への管理能力が極めて高い。なんでもできちゃう。管理職の鑑。手が長いのだ。まさに痒い所に手が届くマルチプレイヤー。パーフェクト軽巡の異名は伊達ではない。全ての艦娘に同時に指揮が出せますけどってレベル。
大淀旗下にいる限り、どんな時でもまず間違いなく不調になることはない。ただし新人への教育は苦手。むしろ絶対にダメ。その子がぶっ壊れる。提督が親潮の教導に大淀は有り得ないと言ってた理由がこれ。
ある一定レベルに達した駆逐艦を複数に教導するというなら問題なし。その集団のレベルに合わせられる。が、マンツーマンだと考えすぎてダメになる。大淀には凡人の気持ちが分からない。

ここの足柄は自己管理においては大淀以上にズバ抜けて完璧です。他者への管理も範囲は狭いが、手が行き届く範囲内では最高水準。
メタ的な話で言えば、決戦の日程をあらかじめ通達しておくと自身含め、自身の部隊の艦娘達のCOND値をMAXにしておいてくれる。そら長良や球磨が懐くわけよ。
提督、皆のCOND値MAXにしておいたわよ! これには提督も心がキュンとする。
なのに飲み会だとからあげに勝手にレモンかけてマヨネーズ添えて、いつの間にか大量に揚げたカツまで添えてくるのが足柄。これには提督も殺人鬼みたいな顔する。

だが海軍の公的なパーティ(海軍の将校やエリートが集う堅苦しい場)に連れていく際に、艦娘を一人選ぶという状況があったとしよう。
提督が迷わず声をかけるのは――。

――飛鷹か隼鷹です。

ギャグでもなんでもなくこの二人が最有力候補。高水準で教養を身に着けている戦艦勢もこれには悔し涙。
だってここの飛鷹と隼鷹、一般教養や語学、社交性、マナー、政治、ダンスまでこなせるもの。化粧に着付けも完璧ですよ。酒さえ、酒さえ……。

673以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/19(木) 23:22:18 ID:TH4Ozf5.
前もって与えておいたら自爆だから、ご褒美としてぶら下げておけば完璧ってことですね

674以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/20(金) 01:51:25 ID:zmc9N/p2
同じ天才同士大淀とイムヤってマンツーマンの相性いいのかしら

675以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/20(金) 07:51:40 ID:LVx2BqDE
潜水艦は対潜軽巡が嫌いでち

676 ◆gBmENbmfgY:2020/03/22(日) 01:55:36 ID:5AoOO.k.

提督「明日の朝はグレインブレッド出すからな。あとハチミツと豆乳混ぜた奴にミューズリーを一晩漬けたやつ」

千代田「げ」

提督「オムレツとかはいっぱい食べていいよ」

秋月「グレインブレッド、かあ……」

照月「ミューズリーかぁ……」

初月「あっ」


 初月はその二つを食べたことがない。だが姉二人の表情でなんとなく察した。

 グレインブレッド:ドイツ風雑穀パン。あの黒っぽいヤツ。察して。カロリー欲しいならそこにヌテラ(チョコクリーム。超高カロリー)をべっとりして喰らうがよい。意外とイケるよ。

 ミューズリー:未調理の加工穀物にドライフルーツやナッツをブチ込んだやつ。味? 味とか以前にまず『硬い』。

 牛乳や豆乳、ヨーグルトなどで一晩漬けおきしとくと比較的柔らかくなって、比較的美味しく食べやすい。食べ応えもある。所謂一つのキュケオーン。お通じも良くなっちゃう。

 タンパク質に不満があるなら、そこに蜂蜜代わりのバニラ味プロテインや、蜂蜜そのままにプレーン味のプロテインをブチ込めばよい。味はお察しだ。マズくはないがウマくもない。

 朝からロングライドしちゃうって時の朝食の選択肢に入るだろう。


提督「それと補給食な。間宮と伊良湖にレシピ渡したから、外を走る奴は鎮守府を出立前に忘れず受け取るようにしましょう」

677 ◆gBmENbmfgY:2020/03/23(月) 23:08:40 ID:mWYLMsow

 提督レシピによる間宮・伊良湖謹製の補給食――今は羊羹だけだったが、次第にバリエーションが増えていく。


提督『試作したから食べてみろ、間宮、伊良湖。まずバナナワッフル、こっちはジャム挟んだくるみゴマクッキー。こっちはバナナとナッツ類を挟んだクッキーサンド。

   それとチーズ入りのライスケーキに、これはドライフルーツたっぷりのグラノーラバーだ』

間宮『あら、おいしい! これ、おいしいですよ提督!』

伊良湖『本当に美味しいです! これ、お菓子として出しても――』

提督『食ったな?』

間宮・伊良湖『えっ』

提督『今……間宮が二つ食べた、その何気ないバナナワッフルのカロリー、400kcal超えてるぞ。伊良湖の方は一つだったがな……チョイスが拙かったね。そのチーズ入りライスケーキに至っては700kcalを超える凄いヤツだ』

間宮・伊良湖『』

提督『食ったならば走る。これはロードバイク乗りの常識! 食ったら乗る! 乗らぬなら食うな! そして乗ったら食って良し!! これがルール!

   さあおまえたちの分のロードバイクも納車したぞ!、鎮守府回りを5周して来い! それでカロリー消化できるだろうよ!』

間宮(は、はめられたぁ……)

伊良湖(提督さん、こういうことするから……もぉ。一緒に走りたいなら、そう仰っていただければいいのに……)


 そんな内心の間宮も伊良湖も、嬉しそうだった。裏方で食事を作り続ける日々を送る二人にとって、提督と過ごせるのは朝や昼、夕食時のキッチンでの仕事がメインだ。

678 ◆gBmENbmfgY:2020/03/23(月) 23:32:56 ID:mWYLMsow

 もっと提督と触れ合いたいという想いは、二人にもあった。なんのことはない。少し迂遠ではあるが、提督からの間宮・伊良湖へのポタリングのお誘いである。勿論望むところだった。

 かくしてロードバイクに魅入られた間宮と伊良湖ものめり込むようになっていき、二人もまたロードバイク合宿への参加が決定した。

 上手い食事、適切なトレーニング、上質な休息プランもついてくる。後に如月の女子力を木っ端みじんに破壊する、提督の女子力が炸裂する日は近い。

 具体的には睦月型とポタリングした日に起こる。それとは関係のない悲劇もだが――さておきだ。


提督「――明日の朝一は軽巡洋艦、重雷装巡洋艦、練習巡洋艦、重巡洋艦、航空巡洋艦に、タバタプロトコルを実施してもらう」


 その言葉に、長良を始めとする参加予定者の操るカトラリーの動きが、ぴたりと止まった。

 皆一様に動きを止め、提督に視線を向ける。

 不敵に笑みを浮かべる者。楽しみで楽しみで仕方ないと笑い声をあげる寸前の者。

 いつも通りの気負わぬ表情で佇む者。いつも以上に闘志に満ちたオーラを纏っている者。

 緊張と困惑と不安に、身を縮こませる者。泰然自若として表情が読めぬ者。

 多種多様な在り方で提督を見つめる彼女たちに、提督は言う。


提督「少しばかり趣向を凝らしている。各々、励めよ。俺もずっと見ている――ロードバイクとはいえ、トレーニングとはいえ、お前たちのカッコいいところを間近で見れるのは嬉しい。とても楽しみにしている」


 ――提督は、すごく楽しそうだった。それを見て、艦娘達も笑った。

679以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/24(火) 18:02:31 ID:Ev4Xl2uo
「少しばかりの趣向」とやらによって笑顔が苦悶に歪む未来が見える気がする……
乙です

680 ◆gBmENbmfgY:2020/04/06(月) 23:02:51 ID:sEhcdCmI

 言葉は違えど。場面は違えど。表情は違えど。空気は違えど。

 軽巡は、雷巡は、練巡は、誰もが気付いていた。

 駆逐艦たちの多くが気付いていないことに、彼女たちは一人の例外もなく気付いている。

 海の上での戦いではない。レースとは陸の上で行われる競技だ。深海棲艦を斃すという共通目的の果てには、同じ勝利があった。辿る道筋は違っても、至るべき終点は同じだという確信があった。

 それが今はない。

 楽しそうに笑う提督の表情には、どこか出撃を命じる時に通じる真剣さがあって、更には一抹の弱々しさがあった。

 この中の誰かが沈むわけではない。それでも――負ける者は出てくるのだと。

 だからだろう。提督が少しだけ、寂しそうに見えた。

 いつも自信満々で、元気という概念が人の皮をかぶって歩いているような彼が、年相応の青年に見えた。

 ――だから、艦娘達は笑ったのだ。

 各々が、提督を安心させようとする笑みを浮かべた。


 提督の通達をもって、合宿一日目はこれにて終了。

 だがそれでも、艦娘の中の一部の聡い者は気付く。


長門(……不純、とは言うまい。難渋を乗り越えてこそ、我ら提督旗下の艦隊、そしてその艦娘たる)

681 ◆gBmENbmfgY:2020/04/06(月) 23:03:25 ID:sEhcdCmI

武蔵(相棒よ――タバタプロトコルに、競争の概念を盛り込む気か?)


 長門と武蔵は、示し合わせたかのように、ほぼ同時にその予想に至った。長門はどこか確信を持っているようだった。

 答え合わせは明日と、言葉にすることこそなかったが――。


陸奥(やりかねないわね……軽巡クラスは普通のタバタなら、それこそ新人の鹿島ちゃんだってやり切れるでしょうけど……そうなると辛いかもしれないわね)

大和(矢矧は……気付かないでしょうね。気付かないなら気付かないでいいのですが、懸念されるのは気づくタイミングです。よりにもよってタバタ中だと、取り返しがつかなくなるかもしれない)


 陸奥と大和もまたそれを想定した。ありえない話ではない。だからこそ沈黙し、指摘することはなかった。

 もし彼女たちの予想が合っていれば、提督はそれを直前に告げられた際での対応力や心の強さをも量っている。知らせれば台無しともなりかねない。だからこその沈黙だ。


霧島(……流石は司令。駆逐艦らとは違い、私の分析が正しいならば、それはより軽巡・重巡クラスに相応しい、順当なステップアップを経た課題と言えます)


 霧島も同じ分析の元、それに辿り着く。ただし好意的にだ。より強くなるという点において、それは一切の支障はない。

 勝つということは強いということ。負けたということは劣っていたということ。そしてその敗北をバネに強くなってきた古参とは違い、中堅や新人上がりは未だそれを知らない。

 それを乗り越えてこそ歴戦となる。敗北から得られるものなどないと突っぱねるならそれまでのことだ。霧島は軽巡・重巡らが現在どのような成長を――あるいは退化しているのかを、見極めたかった。


日向(……なるほど、己との戦いだけではなく、他との戦いもか。さては、いや、やはりというべきか――提督、君は航空戦艦だな……?)

682 ◆gBmENbmfgY:2020/04/06(月) 23:04:00 ID:sEhcdCmI

 発想は上記五名と同じだが結論がイカ○トンチキ。


山城(えっぐいこと考えてるに違いないわあの人だもの……そうなると、ああ、不幸ね最上……私の不幸が貴女に感染ったのかしら)


 最上の不幸は自前だ。


龍驤(タバタは自らの限界に挑む。つまり自分との戦いや……もしも、そこに競わせる要素を入れるなら、どう受け止めるかがキモやな。なんせ脚質の違いで、結果は天と地ほどまで開くでぇ? 脚質によっちゃ負けても負けやない)


 龍驤の想像通りのタバタプロトコルが実施されたならば、確実に劣るものが出てくる。だがその劣るものは気付かなくてはならない。

 ――劣っているからこそ、レースでは優勝できる可能性もあることを。


赤城(……どんな趣向をこらそうと、やることは変わらない。変わらないのです。それに気づけぬ者は負ける。

加賀(けれど、それに気づけずとも勝つ者がいたとすれば――)


 それはきっと、一つの超越者だろう。

 一つの頂点に立つものだろう。

 一航戦のように。

 もし、そんな艦娘が出てきたならば、加賀は、そして赤城は――。

683 ◆gBmENbmfgY:2020/04/06(月) 23:04:33 ID:sEhcdCmI

 そんな参加する軽巡・重巡らの決意、観客として見学する戦艦や空母達の思惑。

 異なる思惑や想念を胸に、鎮守府の夜は更けていった――。

684以下、名無しが深夜にお送りします:2020/04/06(月) 23:19:39 ID:9lIkQxlI
ドキドキ(*´∇`*)
いつも楽しみにしてます
乙!

685以下、名無しが深夜にお送りします:2020/04/07(火) 23:14:22 ID:XysF9/4A
続きがめちゃくちゃ楽しみです

686 ◆gBmENbmfgY:2020/04/07(火) 23:44:14 ID:0fDHyAmI

………
……


 各々が期待と不安を胸に秘めながらも、夜の夢を超えて朝日を迎えた。

 食事を手早く済ませた初月は、自身の姉妹、そして鶴姉妹や雲龍たちと共に足早に鎮守府内トレーニング施設へと向かう。

 本日行われるタバタ・プロコトルの公開練習――初月が考えてみればそうそうたるメンバーが集っている。

 鎮守府の最古参から、中堅までが勢ぞろいだ。軽巡・重巡クラスには現状のところ、新人に当たる者が限られている。

 軽巡洋艦/重雷装巡洋艦/練習巡洋艦――24名、全員参加。

 重巡洋艦/航空巡洋艦――ドイツへ長期遠征中のプリンツ・オイゲンおよびザラとポーラ、3名を除いた18名参加。

 ドイツで提督の教育資料・スケジュールを元にサラトガやグラーフ・ツェッペリンらを擁する艦隊指導に当たるのはビスマルクだ。

 そのビスマルク艦隊に所属している重巡……ザラとポーラは新人だ。

 タバタ・プロトコルに本日参加するのは、鹿島を除けば全員が中堅以上。

 その鹿島も先日、彼女の姉の香取から出された課題――妹贔屓を抜きにした難問の数々――をクリアし、及第点を十分に上回る優秀な成績を収めたという。そう、相手の砲口へのスナイパーショットを習得したのだ。


鹿島『おそらにとんでるちょうちょのむれを、いまならすべてちょうのしがいにかえられる』


 少しばかり強化しすぎた影響でひらがなしか喋られなくなったが、やがて元通りになるだろう。妹贔屓など入れるどころか、むしろ香取の教導は香取に対し苛烈極まるものだった。

687 ◆gBmENbmfgY:2020/04/07(火) 23:44:51 ID:0fDHyAmI

………
……


 各々が期待と不安を胸に秘めながらも、夜の夢を超えて朝日を迎えた。

 食事を手早く済ませた初月は、自身の姉妹、そして鶴姉妹や雲龍たちと共に足早に鎮守府内トレーニング施設へと向かう。

 本日行われるタバタ・プロコトルの公開練習――初月が考えてみればそうそうたるメンバーが集っている。

 鎮守府の最古参から、中堅までが勢ぞろいだ。軽巡・重巡クラスには現状のところ、新人に当たる者が限られている。

 軽巡洋艦/重雷装巡洋艦/練習巡洋艦――24名、全員参加。

 重巡洋艦/航空巡洋艦――ドイツへ長期遠征中のプリンツ・オイゲンおよびザラとポーラ、3名を除いた18名参加。

 ドイツで提督の教育資料・スケジュールを元にサラトガやグラーフ・ツェッペリンらを擁する艦隊指導に当たるのはビスマルクだ。

 そのビスマルク艦隊に所属している重巡……ザラとポーラは新人だ。

 タバタ・プロトコルに本日参加するのは、鹿島を除けば全員が中堅以上。

 その鹿島も先日、彼女の姉の香取から出された課題――妹贔屓を抜きにした難問の数々――をクリアし、及第点を十分に上回る優秀な成績を収めたという。そう、相手の砲口へのスナイパーショットを習得したのだ。


鹿島『おそらにとんでるちょうちょのむれを、いまならすべてちょうのしがいにかえられる』


 少しばかり強化しすぎた影響でひらがなしか喋られなくなったが、やがて元通りになるだろう。妹贔屓など入れるどころか、むしろ香取の教導は鹿島に対し苛烈極まるものだった。

688 ◆gBmENbmfgY:2020/04/07(火) 23:45:52 ID:0fDHyAmI
※疲れている。少しずつ行きたいですね

689以下、名無しが深夜にお送りします:2020/04/08(水) 00:46:39 ID:C3CFpNNc
乙です


あやや、物欲クイーンが人格フォーマットされかけてら

690 ◆gBmENbmfgY:2020/04/08(水) 23:35:06 ID:fI9aLRlo

 鹿島に本格的な指導を開始する際に、香取はこんな話をしたという。


香取『私の名である香取、その由来は香取神宮……軍神たる経津主(フツヌシ)を祭る神社です。

   軍神とは戦勝や武運長久の祈願を聞き届ける神――もちろん私は神ではありません。はいそうですかと結果のみを与えることはできない。

   強くなりたいと願う者には、強くなるための試練を与える者でありたい』

鹿島『香取姉……! はい!』


 香取の言葉に感動する鹿島だった。私の姉はこんなにも立派な理念を持つ教育者の鑑なんだと、鎮守府のみんなや提督に自慢したくなるほどに。


香取『では試練を与える者として――まだ生まれたての殻のついたヒヨコに過ぎない新人の艦娘を正しく教え導くためには、練習巡洋艦には何が必要だと思いますか?』


 香取の問いかけに、鹿島はうんうん唸って頭を悩ませた。


鹿島『…………あ、愛?』


 熟慮した結果、そう答える。

 この答えに、香取はにっこりと笑みを浮かべた。花開くような笑みだった。

691 ◆gBmENbmfgY:2020/04/08(水) 23:46:26 ID:fI9aLRlo

http://youtu.be/SoCMIuYwC_A

香取『大間違いです――強さですよ』

鹿島『えっ』


 なんだか空気がおかしくなった。鹿島はこの教導を姉妹の絆を深める、もっとこう姉妹水入らずというか朗らかなイベントだと思っていた……もちろん大間違いである。

 香取の教導は、提督からの評価が極めて高い。誉め言葉として『何事も卒なくこなす』ことができる艦娘に鍛え上げる上では最適解の一人だろう。ただし、香取自身には個々の秘められた才能を見出すほどの才気はない。

 香取自身は、地力の人であり、努力の人だ。大淀とは違うベクトルで優秀なのだが、乱暴な言い方をすれば大淀が大天才とすれば、香取は秀才止まりである。

 そんな香取が行う指導の主旨は『出来ないことを無くす』ことに尽きる。苦手だろうと普通だろうと優秀だろうと関係ない。とにかく普遍的に水準に至らせるのだ。

 まず指導する対象に全力でマウントを取りに行くことから始まる。どちらが上で、どちらが下か。視線だけで見下す側と、這いつくばって仰ぎ見る側を決めねばならない。

 だから見せつけるのだ――香取自身は全てを一定水準以上にこなすことができることを。そのベンチマークを示し、分からせるのだ。身体と精神にだ。

 この提督評においては『とても優しい教導』であるが、もちろん実際に彼女から教導を受けた艦娘からは悲鳴にも似た歓喜の声が上がった――本当に悲鳴だったという説もある。後に着任する海防艦たちが震えあがる地獄の教導だ。


香取『愛? 友情? 努力? なるほど、育めばよろしい――勝った後にです。勝つためには何が要りますか? 勝つ方法を教えるには何が必要ですか?

   ――強さ以外に何があると? 弱いものから教わることはありません。教わろうとも思いません。その無様さや軟弱さから察することはあれど、弱者から教わることなど何一つとして在りはしない。

   弱者が強者に教えることができるなどと、発想そのものが烏滸がましい。そうは思いませんか?』

鹿島『』

692 ◆gBmENbmfgY:2020/04/08(水) 23:53:19 ID:fI9aLRlo

 ――誰だ?

 鹿島は香取がどこかへ行ってしまったような錯覚を覚えた。目の前にいるこの『ワレハ悪魔・鬼畜メガネ……コンゴトモヨロシク』とか言いそうな仲魔は一体誰だと。

 不可思議な現象によってメガネのレンズが光って見える。その向こうにある筈の瞳がどんな色をしているのかが、鹿島からは見えない。

 
香取『繰り返します――練習巡洋艦に必要なものはまず強さです。新人と一口に言っても様々な艦娘がいます。

   気性の荒い者、気弱な者、自らの力量を見誤る者、ハネッかえり……どれも一筋縄ではいきません。

   故に最初に理解させ、発揮させるのです――自らの力の臨界を。その程度の臨界では、練習巡洋艦にすら届かないということを。

   そしてこれも繰り返し言います。貴女が理解するまで何度だって言いましょう――弱きものに教わることなど何もありはしない。強くあらねば誰もついてこない。言うことを聞かない』

鹿島(ポケモンのバッジの話だよね?)


 鹿島は現実逃避し始めた。理解できるけど理解したくなかった。

 何を理解したくなかったかと言えば、もちろんこの後の論理の帰結だ。

 鹿島は――残念というか、喜ばしい事というべきか、香取とは違うタイプだった。どちらかと言えば大淀に近いタイプ――天才型だ。

 つまり、分かるのだ。

 見えるのだ。

 どんなオチが自分に降りかかってくるのかが、分かってしまう。

693 ◆gBmENbmfgY:2020/04/09(木) 00:12:20 ID:R.8Ops8g

http://youtu.be/mGypt9C0YP0

 即ち、このような――。


香取『鹿島……貴女もまた私と同じく鹿島神宮より由来する名を持つ艦娘。鹿島神宮の祭神――軍神たる建御雷神(タケミカヅチ)の如くあれ。

   強くありたい、強くなりたい、勝利したい、負けたくない――そんな艦娘たちの願いをオールサポート。ただしまずはどちらが上か理解してもらうぞ、という具合ですね。

   繰り返します――我々は練習巡洋艦。練習とは同等以上でなくては強くなれないもの。貴女にはまずその強さを体験してもらうことから始めましょう』

鹿島『えっ』


 香取は一振りの大太刀を構えていた。駆逐艦たちが震えながらに語るところの、通称『絶対マウント取る構え』だ。普段なら切っ先を喉元に突き付けて殺気を飛ばし、駆逐艦が尊厳喪失するところで終わりだが――香取は実は、とてもすごく浮かれていた。

 鹿島が着任したことを誰よりも喜んだのは、香取であった。この子は絶対強くしなきゃと思っていたのだ。そして先日、提督から鹿島への教導許可が下りた。

 本当に嬉しかった。でも妹だからと言って手心は加えない。身内に甘いなどと噂が立てば、それは香取のみならず鹿島にとっても傷になる。

 だから鹿島が尊厳喪失してもやめるつもりはなく、怯えて竦んでガチガチ歯を鳴らして命乞いするまでやる所存であった。成程、完璧な理論だ。トラウマになる可能性があるってことを無視すればの話だがな。


香取『ええ、もちろんこれは実戦を想定してのただの模擬戦――鹿島、貴方も抵抗して構いませんよ? ――全部無駄だと分からせますので。大丈夫、貴方の姉さんは―――とても強いですよ?』

鹿島『お慈悲!!!』


 ねえよンなモン。トラック諸島の北西75kmあたりに捨ててきたわ。

694 ◆gBmENbmfgY:2020/04/09(木) 00:18:22 ID:R.8Ops8g

香取『いざぁ』

鹿島『ぎゃああああああああああああああああああ』


 このような無惨な訓練の末、鹿島は強さを手に入れた。色々失ったけれど手に入れたものがある。

 おめでとう、鹿島もまた修羅の仲間入りだ。Bキャンセルはできない。

 カトリネェーー!!
 閑話休題。


 さてそんな香取と鹿島、そして他の軽巡・雷巡・重巡・航巡は先にトレーニング施設に入っており、


初月「もう軽巡と重巡クラスの人たちはアップを始めているみたいだが――ずいぶんと観客が多いな」


 大和と武蔵。長門と陸奥。

 金剛四姉妹に、扶桑姉妹。伊勢姉妹。

 現時点で鎮守府に着任済みの日本の戦艦が、全員がローラー台の周囲に陣取っている。駆逐艦たちもいっぱいだ。

 軽空母の面々も勢ぞろいしていた。二航戦の蒼龍・飛龍の姿もある。水母――秋津洲や、補給艦・速吸もプロテインや各種サプリメントをテーブルに広げている。

 そしてローラー台では既に、タバタプロトコルを行う軽巡勢・重巡勢が各々ウォーミングアップを始めていた。

695以下、名無しが深夜にお送りします:2020/04/09(木) 20:30:06 ID:8d6pruo2
むーざん むーざん
きちくめーがねの かーこいもの

696 ◆gBmENbmfgY:2020/04/19(日) 23:54:07 ID:y7CQfZ/g

照月「それだけ注目を集めているということよ。軽巡・重巡の方々は古参・中堅揃い……長く鎮守府に在籍しているだけ交流も広いし、戦艦や空母の方々も気にするでしょう」

秋月「提督が仰っていた言葉も気になりますしね」


 初月は昨夜の提督の言葉を思い出す――少しばかり趣向を凝らしている、と言っていた。

 惹かれなかったかと言えば嘘になる。初月自身は達成できなかったタバタ・プロトコルに、提督は何か別の要素を付け加えようとしている。

 それによって難易度が上がることはあっても、きっと下がることはないだろう。参加する当の軽巡・重巡クラスはひしひしと感じているのだろう。だからこそ入念にアップしている。

 提督の無茶振りは、慣れたものだ。その無茶を無理にしないために、彼女たちもまたベストを尽くす。提督は無茶を振る。やれると思っているからだ。無理は振らない。出来るわけがないからだ。


初月(…………なんだか、いいな。こういうの。凄くいい雰囲気だ。僕は、個々の鎮守府に拾われて、本当に良かったと思える)


 ――ごはんも美味しいし、とは口に出さなかった。着々と秋月型の才能が芽吹き始めている初月である。


天城「ううん、でもやはり駆逐艦の子たちが多い……比率を考えればそれも当然ですが、まあ納得ですか。

   昨日とは違い、本日は軽巡・重巡クラスがそろい踏み……多くの駆逐艦たちにとって直属の上司に当たる人が走るのです」

初月「……なるほど、それもあるのか。そういう意味では、僕は――」


 初月は防空駆逐艦という、対空火力特化型の駆逐艦だ。その特殊性ゆえに通常のカリキュラムとは少し異なる研修を受けていた。

697 ◆gBmENbmfgY:2020/04/19(日) 23:55:38 ID:y7CQfZ/g

 全ての駆逐艦を始め、新人たちには必須となる共通科目こそ変わらないものの、多くの駆逐艦たちはまず天龍や龍田の元で基本的な教育を受ける。


初月「天龍と龍田以外の軽巡の方とは、あまり接点がなかったか」


 艤装の完熟訓練、乗組員妖精の活用方法、海上での航海練習、それらは演習や座学を通じて学ぶ。トレーニングも余念がない。

 新人は特に必要最低限のスタミナをつけるため、筋トレと有酸素運動を交互に行う。プロテインやサプリメントも専門のインストラクターがついての徹底管理だ。

 その後、天龍・龍田の報告から見出された適正を元に提督が仮配属を決め、以後はその隊を取りまとめる軽巡洋艦・重雷装巡洋艦・練習巡洋艦の教育方針に基づく研修が始まる。

 初月が知っている限り、配属先は以下の通りだ。どこも一筋縄ではいかない、くせの強い艦娘たちの集まりである。

 第一水雷戦隊――阿武隈旗下。

 第二水雷戦隊――神通・能代・矢矧旗下(一部の軽巡・駆逐艦が臨時旗艦を務めることあり)。

 第三水雷戦隊――川内旗下(名取が第五水雷戦隊旗艦兼任・夕張が臨時旗艦を務めることあり)。

 第四水雷戦隊――那珂・由良旗下(長良・木曾が臨時旗艦を務めることあり)。

 第五水雷戦隊――名取旗下(長良は臨時旗艦を務めることあり)。

 第六水雷戦隊――夕張旗下。

 第十一水雷戦隊――酒匂旗下(長良・多摩・天龍・龍田がフォローとして随伴する)。

 特設水雷戦隊――北上・大井・五十鈴・鬼怒旗下(いわゆる作戦時の特殊編成部隊であり、対潜特化や雷撃特化・対空特化など再編されることしばしば)。

698 ◆gBmENbmfgY:2020/04/20(月) 00:00:56 ID:VU.6VtrU

 その他の遊撃部隊や戦隊を担当している球磨や多摩、長良や阿賀野らにつくこともあれば、配属先の水雷戦隊の研修の一環で一時的に他の部隊へ預けられることもある。

 重巡が仕切る戦隊、そして長良が仕切る戦隊――果ては空母や戦艦付きの護衛艦も。

 前述の香取による練習遠洋航海などもそれに当たる。

 そして前述の通り、防空駆逐艦として特殊な立場にある初月は――。


瑞鶴「この公開タバタ・プロトコル練習で、初月が見るべき艦娘は誰か、わかるわよね」

葛城「最強の防空戦力は貴女たち秋月型と――――もう一つ」


 二人の空母が視線を向ける先は、ウォームアップ中の重巡洋艦のグループだ。

 誰もが輝くような威と圧を発するその中で、ひと際研ぎ澄まされた刃のような気を発している者がいる。

 最強の防空重巡洋艦――。


初月「摩耶、か」

秋月「摩耶先輩と言いなさい」

照月「それと朧先輩や秋雲先輩――野分と舞風もよ。今日は走らないけれど、あの四名は一航戦付の護衛艦なのだから。ご挨拶もそのうちね」

初月「は、はい。姉さんたち」

699 ◆gBmENbmfgY:2020/04/20(月) 00:08:05 ID:VU.6VtrU

瑞鶴「…………まあ、摩耶についてはそこまで真剣に見る必要はないかもしれないけれど」

初月「えっ」

瑞鶴「摩耶に関しちゃ特にね。あの人はなんていうか……しょーもないもの見れると思うわよ。あんまり参考にならないからね」

雲龍「…………まあ、そうでしょうね。天龍や五十鈴ちゃん、鬼怒ちゃんあたりがいいんじゃないかしら」


 あまり会話に入ってこない雲龍さえ同意する。

 初月は言葉の真意が掴めず、やや不満げな表情を見せたが――すぐにわかるだろう、と誰も説明しなかった。

 防空重巡洋艦・摩耶。

 彼女が着任したのは鎮守府発足から一ヶ月の間。即ち最古参の一人である。

 そこからずっと一位だったわけではない。

 だが今や不動の一位だ。『着任から半年』でその地位を確立し、以後はその王座を占有している。

 ――それは初月も知っている。だからこそ、先ほどの不満げな表情は、「僕は彼女に届かないと、劣っていると判断されたのか」という誇りを傷つけられたことによるもの。

 だが嫌でも理解するだろう。海の上でなくとも、陸の上での、ただのトレーニングを見ているだけでもわかるだろう。


雲龍(――摩耶。あの人はあらゆる意味で規格外すぎる)

700以下、名無しが深夜にお送りします:2020/04/20(月) 15:41:05 ID:0rzDDx0k
乙です


摩耶様が何やらかすのやろか、まさかイージスシステム?

701以下、名無しが深夜にお送りします:2020/04/21(火) 01:26:59 ID:l5t5RNwA
>しょーもないもの見れると思うわよ。
惨劇の予感……

702以下、名無しが深夜にお送りします:2020/04/24(金) 10:12:49 ID:uZR/0WPQ
10万円入ったらちょっと上乗せしてクロスバイクかエントリーモデルのロード買えるなぁ……とか思い出した僕を止めてください……

703以下、名無しが深夜にお送りします:2020/04/24(金) 16:25:35 ID:rBEivq2Y
ageちゃうような人は勝手にすれば良いと思います

704以下、名無しが深夜にお送りします:2020/04/24(金) 19:15:05 ID:I6gXLFyw
むしろこのスレならばあきつ丸辺りが煽るパターンでありますな

705以下、名無しが深夜にお送りします:2020/04/25(土) 15:08:55 ID:Qchepn3g
>>702
クロスバイクを買ったところですぐにロードバイクが欲しくなる。

エントリーロードを買うのがいいと思いますよ。

706以下、名無しが深夜にお送りします:2020/04/26(日) 14:30:44 ID:L3MOPnDI
前スレのログを見返して気付いたのだが、球磨をブラッシングしてる時に「弟がいる」ということになってたけど、>>530では妹が二人で弟いないな?
まぁ提督の実家設定そのものが裏設定に近いモノのようだし、別にあんまり問題無いか


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