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【艦これ】五十鈴「何それ?」 提督「ロードバイクだ」【2スレ目】

1 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/13(日) 21:53:56 ID:XmBArZ8Y

※深海棲艦と仮初の和平を以て平和になった世界観における、とある鎮守府での一コマを描くほのぼの系

 艦娘がロードバイクに乗るだけのお話

 実在のメーカーも出てきます

 基本差別はしません

 メーカーアンチはシカトでよろしく


※以下ご都合主義
・小柄な駆逐艦や他艦種の一部艦娘もフツーに乗ったりする(本来適正サイズがないモデルにも適正サイズがあると捏造)
・大会のレギュレーション(特に自転車重量の下限設定)としては失格のバイクパーツ構成(※軽すぎると大会では出場できなかったりする)
・一部艦娘達が修羅道至高天
・亀更新

上記のことは認めないという方はバック推奨。
また、上記のことはOK、もしくは「規定とかサイズとかなぁにそれぇ」って方は読み進めても大丈夫です


【前スレ】

【艦これ】長良「なんですかそれ?」 提督「ロードバイクだ」
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1454251122/

469 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 22:41:00 ID:/sduyqbU

 ニホンで、大切なお友達ができました。いっぱいいっぱい、できました。

 イムヤちゃん、イクちゃん、はっちゃん、まるゆちゃん、ニムちゃん。

 駆逐艦の人たち、軽巡、重巡、軽空母、空母、戦艦の人たち。

 ほかにもいっぱいです。

 だけど、一番の大切なお友達は、やっぱりゴーヤで。

 そんなゴーヤに出会えたのも、ろーちゃんがユーだったときに、ここに来たおかげでした。



 ろーちゃんは、日本にこれて、良かったと思っています。




……
………

470 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 22:43:07 ID:/sduyqbU

【宛名はドイツのビスマルク】

ビスマルク「ユーから……ろーからの手紙は読んだかしら、グラーフ。私が昔、バルト海を暴れまわってた頃に貰ったのよ。私はもちろん日本語だって完璧だから当然読めたんだけど、それがまさか仇になるとは……なつかしいわね……グラーフ? グラーフ?」

グラーフ「ちょっと目から水漏れがな……おまえは平気か、ビスマルク」

ビスマルク「フフ、そりゃあ平気よ――――何せ昨日の夜に読み返したら不覚にも涙ボロッボロで既に枯れ果てたわ!!」

グラーフ「……なるほど、道理で目が赤いわけだな」

アイオワ(堂々と言う事じゃないわゼッタイ)


 ビスマルクの言動はいちいち『スゴ味』があった。


レーベ「この手紙読んでると、ボクも昔を思い出すなあ」

マックス「この戦線ももうじきひと段落―――そろそろ帰らない? 日本へ」






【ユーのもくひょう――つづく】

471 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 22:47:03 ID:/sduyqbU

https://www.youtube.com/watch?v=D2uqpqrYmMY
********************************************************************************

潜特型 潜水空母:伊401改

【脚質】:パンチャー/クラシックスペシャリスト

 ――――ここのポイント、貰い受けるよ!

 【オリョール大サーカス】とか【焦げたしばふ】とか【スズメバチ】とか【素晴らしき晴嵐さん】とか【脱ぎ女】とか多くの異名を持つ。真っ二つ。
 ロードバイクチーム・オリョクルズにおいての役割はマルチプレイヤー。遊撃である。ステージレースにおけるポイントハンターであり、あの手この手でどぼーんとアタックしていく。
 潜水空母としての能力と同様、ロードバイク乗りとしても隙のないマルチプレイヤーかつ、超攻撃的なレース展開を得意とする。
 アタック。アタック。そしてアタック。地形問わず仕掛けてくるあたりが嫌らしい。いい意味で空気を読まないし悪い意味でも空気読まない。
 個人ワンデーレースにおいては自身の勝利を積極的に狙っていくアタッカー――かと思いきや、意外とクレバーで冷静なレース運びをする。
 提督はお兄ちゃん勢。メッチャ甘える。ごきげんようと挨拶するのは、提督の気を引きたいのもある。おしゃま。
 だが羞恥心がなかった。知識もねえ。提督が入浴時に乱入しようとする(故意・事故問わず)未遂を起こした数は数知れず、全艦娘中最多を誇る。
 しおんの着任によって改善――されるといいな、と提督は消極的かつ楽観的な希望を抱いている。思考を放棄した提督はゴミだと教えたはずだがな。
 かつて、蒼き鋼と共に霧の艦隊を撃退した際、海域で発見された艦娘。今はいない潜水艦の少女との間には、確かな友情があった。

【使用バイク①(ポタリング用)】:GIOS REGINA
 ごきげんよう! これがしおいの蒼き鋼! ジオスのレジーナだよ!
 うーん、いいですよね、この深い青! レースでメインに乗るのとは別で、これにはしおい、思わず一目惚れです!
 はい、やっぱり思い出しちゃいますよね、あの子の事!
 ――イオナちゃん、元気かなあ。タカオさんやハルナさんも、きっと元気にやってるよね。
 また……逢えるよね。逢えますよね、提督。

472 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 22:47:36 ID:/sduyqbU


【使用バイク②(レース用)】:Daccordi 80+1(Ottanta Piu Uno・Matt Black/Blue)
 じゃじゃーん! しおいのレース用バイクはこれ! イタリアはダッコルディのおったんた……ええと、お、お、おった、おったん……。
 …………て、提督、読んで?
 …………お、おったんた、ぴう、うの! ですよ! 読めました、へへ……。
 高耐性カーボンを使った、すっごいカーボンフレームなんです!
 ハンドメイドのバイクもいいけれど、そういう老舗が作るカーボンも、いいよね? いいと思います!

********************************************************************************

473 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 22:50:11 ID:/sduyqbU

【お目付け役】


提督「くれぐれも頼んだぞ、はち。イムヤやゴーヤがフォローできないところについては、君の手腕にかかっていると言っても過言ではない。嫌なプレッシャーだとは思うが、よろしく頼んだ」

はち「お任せください、提督が危惧していることは分かっています。このはっちゃんの目が黒いうちは決して――――」


 初夏の陽気。その日、提督はオリョクルズと共にサイクリングを楽しむことになったのだが――。


しおい「はー、暑い暑い……ジャージの前、開けちゃお……あー、風が入ってきてきもち―。良いね、良いと思います!!」

ゴーヤ「確かに暑いでちね……って、しおいィィィイイイ!? なんでおめーインナー着てねえんでちィィイイイイイ!? それで前全開って、羞恥心どこに捨ててきたァアアアア?!」

しおい「はー? 何それ、おいしいのー? 別にいいじゃない、減るもんじゃないよ」

イク「またしおいちゃんの露出癖が出たのぉ! お茶の間にちょっとしたえっちなハプニングをお届けするあざとい作戦なのね!!」

しおい「え、なにそれ? って、あ! 提督だ! おーい、おおーーーい!! 今日は楽しくサイクリングしよーねー!」

ゴーヤ「ギャーーーー!? てーとく、こっち見ちゃ駄目! ダメったらダメでちぃいいいい!!」

イク「ニ、ニム! 早く! 早くモザイク持ってくるのぉおおお!!」

ニム「ゴッドモザイク! ゴッドモザイクはどこ!? しまった、ポタリングで油断してた持ってきてない!」

474 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 22:52:25 ID:/sduyqbU

 しばしば曖昧になるイクのご尊顔を隠すため、ニムはゴッドモザイクを持ち歩いている。


はち(目が黒いうちどころか、まだ目を付ける前のやらかしなんて想定外にも程があるでしょう?)

提督「きゃああああああああああああああああ!?」

はち「ああっ!? 提督が絹を引き裂くような悲鳴を上げながら自主的に記憶を抹消しようと、また岩を!! 見ちゃったんですね!? だから岩を!! 頭で!!」

鬼怒「え、鬼怒呼んだ? 鬼怒を引き裂くとか不穏な単語も聞こえたけどやる気? うっかり殺しちゃうよ?」

まるゆ「うわああああ!? なんでこのタイミングでぇ!? あっちいけ! あっちいけぇ!! 長良型の悪魔!!」


 長良型はナチュラルに精神を追い込んでくる上に、人が嫌がるベストタイミングを狙いすましたかのように突っ込み、進んで嫌なことをする軽巡の鑑である。



 オーリョクールズ
 閑話休題。



提督「全く君には呆れましたよしおいさん」

しおい「ねえ、なんでしおい、正座させられてるの? そして提督、なんで敬語なの? それと大丈夫? 頭から血がいっぱい出てるよ?」

475 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 22:54:30 ID:/sduyqbU

提督「おまえが【ハレンチ学園黙示録】したっつーその事実だけを残して映像記録を抹消したんだよ言わせんなクソ痛い」

しおい(提督が何を言っているのか、しおいはたまにわかりません)


 そろそろ理解してほしい提督と、本気で分かっていないしおい。平行線なのだ。いくら提督がインナーを着ろと言っても、


しおい「ええー? やだよー、暑いもーん」

提督「おだまりなさい。君はまだインナーウェアの重要性や快適性を知らないだけなのです」


 言って、提督はポケットからサッとインナーウェアを取り出した。用意の良い事である。


提督「このノースリーブのメッシュインナーを着なさい。今なら提督からの厚意で本来なら1着のところを3着プレゼント」

しおい「でも、お高いんでしょ?」

提督「プレゼントっつってんだろ」

しおい「タダより高いものはない!」

提督「うまくないぞぉう」

476 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 22:55:53 ID:/sduyqbU

 しおいの説得は、提督にとっても困難であった。

 故に、提督は助っ人を呼んでいた。

 淑女が淑女を心がけぬ、こんな時代に嘆いた淑女を。

 かつて悪鬼と呼ばれ、全ての空母から恐れられた彼女を。


しおい(―――えっ)


 ――その時、鴉が哭いた。

 鎮守府の両脇に茂る林から、けたたましい鳴き声と共に、大量の鴉が空へと逃げていく。


提督「ッ……来てしまったか、我が鎮守府の秘密兵器が……!」

まるゆ「心揺さぶられる響きですね、秘密兵器って!」

しおい「ロマンを感じますよねぇ。いいと思います! しおいも秘密兵器だったし!」

提督「ああ、秘密兵器だ……あまりにも恐ろしすぎて秘密にせざるを得なかった兵器が……!!」

まるゆ「あっ(察し)」

477 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 22:57:28 ID:/sduyqbU

 しおいの説得は、提督にとっても困難であった。

 故に、提督は助っ人を呼んでいた。

 淑女が淑女を心がけぬ、こんな時代に嘆いた淑女を。

 かつて悪鬼と呼ばれ、全ての空母から恐れられた彼女を。


しおい(―――えっ)


 ――その時、鴉が哭いた。

 鎮守府の両脇に茂る林から、けたたましい鳴き声と共に、大量の鴉が空へと逃げていく。


提督「ッ……来てしまったか、我が鎮守府の秘密兵器が……!」

まるゆ「心揺さぶられる響きですね、秘密兵器って!」

しおい「ロマンを感じますよねぇ。いいと思います! しおいも秘密兵器だったし!」

提督「ああ、秘密兵器だ……あまりにも恐ろしすぎて秘密にせざるを得なかった兵器が……!!」

まるゆ「あっ(察し)」

478 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 22:58:12 ID:/sduyqbU

しおい「えっ」


 しおいは知らない。


提督「残念だ、しおい。俺が優しく説得しているうちに、君は素直に耳を傾けるべきだったのだ。

   そも俺もお説教対象となる。俺が悠長に、そのうち羞恥に目覚めるさなんて思って楽観していたのもいけない。共に地獄を見よう」


 しおいはもう、詰んでいたのだ。

 鴉に続いて、次は猫だ。野良である。

 彼らはその存在に対して、道を作るかのように、綺麗に列をなしてごろんと地面に転がった。


提督「小動物が自主的に自らを贄にしろと腹を見せだした……来るぞ……!!

しおい「い、一体、何が――」

479 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 22:59:51 ID:/sduyqbU

https://www.youtube.com/watch?v=OoaD0rOMHCM

竜飛「淑女を心がけない子がいると聞きまして」

しおい「」


 【マッマ】【おかん】【おかあさん】【おっかさん】【マンマ】【ママーーーッ!】。

 うっかりそう呼んでしまった艦娘の割合、なんと八割越え。(青葉通信Vol.34:2015年度)

 彼女を前にした瞬間、全てを悟ったしおい。

 小麦色のしおいの肌が、漂白剤をブチ込まれたかのような驚きの白さに。

 なお武蔵の時も同じだったもよう。


龍鳳「………ちょっとこちらへ」


 龍鳳もついている。

 微笑んでいた。


しおい「や、やだ……やだやだやだやだやだ、やだぁああああああああああ!!!」

480 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 23:01:01 ID:/sduyqbU

 しおいは己が何を間違ったのか分からない。

 だが悟った。本能がそれを悟らせた。

 ――――恐ろしいことが起こる。

 ――――自分は何かとてつもない間違いを犯していて、そのせいでこれからとっても怖い目に合うのだ、と。

【りざると:しおい】

・異性の前で脱がなくなった。

・そもそも野外で脱がなくなった。

・お風呂にどぼーんはする。これはもはや常識。そしてしおいのアイデンティティ。

・だが彼女の小麦色の日焼け跡に変化が。そう――水着の肩紐部分がくっきりと白くなるようになったのだ。


【りざると:提督】

・鳳翔をしばらく「さん」付けで呼ぶことになった。自主的に。

・ガミガミされた時に「そんなに怒らないでくれよ母さん」と思わず母さん呼びしたところ、何故か赤面されてビンタされた。首から上がすっ飛んだかと思った。雑木林に頭からダイブする威力。提督、全治一週間。

・今度、居酒屋鳳翔で飲み食いすることになった。わけがわからないよ。

481 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 23:04:08 ID:/sduyqbU
https://www.youtube.com/watch?v=nlzk_-0tGUk
********************************************************************************

三式潜航輸送艇:まるゆ改

【脚質】:クライマー/ダウンヒラー

 ――――土竜の登坂を見せてあげる。

 艦ダム・マルユトス。【オリョール海の白い悪魔】とか【白い土竜】とか【忍者】とか。最後の異名の由来はそのうちわかる。
 ロードレースにおいては山岳における最強のアシストであり、ヒルクライムレースにおいては文句なしのエースでもある。山岳ゴールではないがコースに超級山岳があり、続く平地などがゴールとなる場合、まるゆ以上のアシストはいおない。
 チームレースでメンバーにまるゆがいるだけで、地獄のような山岳コースも確実かつ最速なヒルクライムをお約束。超頼もしい。(なお苦しくないとは言っていない)
 潜水艦で最も小柄な体型、されど単位時間当たりの最大出力は駆逐艦含め最強という脅威のポテンシャル。これには島風もびっくり。平地を流すような速度で坂を……!?
 思考は固いが、記憶力に優れる。記憶の引き出しを検索する能力が優れており、既存の戦術をなぞるのが上手い。
 読み筋以外の新手に弱いのが弱点と言えば弱点だが、長考の余裕さえあれば最低でも堅実に対応し、うまくいけば打開策を練り上げて見せる。
 ただ本人は勘が鋭い。鋭い故に己の中の戦闘論理とたまに相反するため、上手く歯車がかみ合わないと空回りしてしまう。いわゆる「野生」と「理性」が上手く調和しないのである。
 「嫌な予感がする」とのこと。それなりに虫の知らせがあるらしい。伊19や伊13も同じこと言ったらトラブル確定。未来予知かな? フォース的な? ニュータイプ的な?
 趣味は相撲観戦と将棋、押し花。他の潜水艦の仲間と同じくダイビングを好む。谷風らとは趣味が合う。お相撲さん達はおっきくてかっこいいので好きとのこと。
 たいちょーも一緒に、素潜りどうですか? まるゆ、近代化改修も済ませて練習もして、とっても上手になったんですよ! ちゃんと浮かべますし!
 平地巡航は雪風より少しだけマシってレベル。別に体力無いわけじゃないが、体重と最大出力の都合上、まるゆは絶対的に見ると持続できるパワーが足りない。
 シフトウェイトをうまく使って最大出力以上の絶対的なパワーを引きずり出すのが極めて苦手。平地のアタックとか苛め以外の何物でもないと思ってる。素の体重が軽すぎた。
 見た目通り体重が軽く、華奢で小柄ながらも非常にリズムよく丁寧なペダリングでスルスル坂を上っていく。八割の力を九に見せたり、時に五に見せたりするあたりが業師である。はい! もぐもぐアタックです! 土の中の土竜は正体不明と言いたいらしい。
 平地はとってもとっても苦手。といっても単独で信号なしノンストップで平地巡航35km/hはクリアしている。これでも駆逐艦の運動能力平均値から見てもかなり遅いレベルである。
 集団内にいるなら50km/hを30分ぐらいならイケる大丈夫。
 同じ陸軍出身のあきつ丸とは深い交流があり、気心の知れた友人関係。時折、あきつ丸のやらかしに巻き込まれることもあるが、それを加味しても仲良しである。なおあきつ丸も組手は強い。ダブル烈風拳。モロに喰らうと相手はしばらく飯が食えねえ。そういうことである。
 木曾は憧れの人で大好きである。まるゆにとって木曾は着任当初からヒーローだった。
 既に木曾が幾度とない挫折と難渋を乗り越えた末に改二となり、頼もしくなっていたこともあるが、弱いまるゆをいつも励ましてくれた。だからまるゆは天龍のことも好きだ。だから提督も好きだ。
 大好きがまるっと繋がっていくこの鎮守府が大好きだ。

482 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 23:05:52 ID:/sduyqbU

【使用バイク】:YONEX CARBONEXHR (Graphite)
 はい! まるゆのロードバイクは日本国産、ヨネックスのカーボネックスです!
 え? ヨネックスって言ったら、テニスやバドミントンだろ……って? そんなぁ!?
 すっごく軽くて登坂には最高のフレームなんですよ!
 あ、コンポはカンパニョーロにしました。はい、機械式のスーパーレコードです! やっぱりエルゴパワーがまるゆの手にはしっくりきます。
 日本国産のフレームと合うかなあって心配でしたけど、どうです? カッコよくないですか?
 で、ですよねたいちょー! たいちょーもカッコいいって思いますか! そうですか!

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483 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 23:24:35 ID:/sduyqbU

【もぐもぐ登坂(弱)】

 ――――なおそんなまるゆも、乗り始めはヒルクライムが苦手であった。


まるゆ「はぁ、ふぅ、へひぃ……ぅわぁあん……へとへとだよぉお……」


 特別おかしなことではない。ヒルクライムの技量とは積み上げるものである。

 ヒルクライム初体験時にホビーレーサーの中堅どころを軽く凌駕するテクや結果を残した雪風や阿武隈の方が圧倒的におかしいのである。


まるゆ「……ぅう、たいちょー……ヒルクライムが、どうにもまるゆ苦手で……」

提督「しょうがないにゃあ……(多摩声) んー、今度一緒に走ってみるか。俺の後ろについて、俺の真似しながら走ってみそ」


 そんなこんなで、提督と共に近場の中級者向けの山岳コースまで走ったのだが、


まるゆ(何、この安心感……!?)

提督「呼吸を整えてー、深く吸ってー、吐いてー。あんまり下は見ないことー。アップライトに構えて、胸を張って、息をまた大きく吸ってー」

まるゆ(たいちょーの大きな背中に隠れて、次の坂道が見えない……なのに)

484 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 23:25:27 ID:/sduyqbU

 言われた通り、まるゆはただついていくだけ。駆けあがっているのは、辛さに負けて足を突いてしまったことのある坂道だった。

 それが、どうしようもなく楽になっている。


まるゆ(たいちょーの走るラインに合わせていれば、ただケイデンスだけに気を払ってれば……あっ? ライン取りが変わって……?)


 提督が走るライン取りを変えながら、ちょいちょいと地面を指さすジェスチャーを取る。まるゆがその指先を視線で追えば、


まるゆ(あ! 地面にクラックあったんだ……まるゆ、全然余裕がなくって、気づけなかった)

提督「はい、上を見てー。何が見える?」

まるゆ「えっ、あ―――さ、山頂が!!」


 永遠に続くと思われた坂道が、そのゴールがすぐそこまで。


提督「んじゃラストスパート! ギアを二段上げて、ダンシング開始するぞー。ケイデンスはできるだけ維持しなさい」

まるゆ「あ、はい! えい、えいっ」


 ジャコンジャコンと、小気味よい音を立ててギアが上がる。

485 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 23:26:00 ID:/sduyqbU

 その度に両足にかかる重さは増していったけれど。

 まるゆはもう、山頂がそこにあることを見た。

 心が、軽くなっていくようだった。


提督「さ、立ち上がれ。そろそろお尻も疲れてきちゃったろ?」

まるゆ(あ……まるゆ、ずっと座りっぱなしでペダルを回してたんだ)


 何気ないアドバイスの一つ一つが、まるゆにとっては新鮮で、とても有意義なものだった。


まるゆ(ふぅ、ふぅ……ダンシングって疲れるけれど、座りっぱなしで固まってる筋肉がほぐれる感じがします……そっか、たまにはダンシングを入れないといけないんだ)

提督「そこで力をかけすぎない」

まるゆ「!?」

提督「潜水艦らしく肺活量も中々だ。トルクかける走りもいいが、基本は心拍で走れ。筋力使うのはここぞってところがいい」


 そう言って、まるゆに並走する提督は、優しく微笑みながら、ヘルメットごしにまるゆの頭をぽんぽんと撫でた。

486 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 23:27:17 ID:/sduyqbU

提督「センスあるぞ、まるゆ。ヒルクライム頑張れば、きっとすごい乗り手になれるぜ」


 前を向けば、もう山頂まで100m程度。


提督「牽かれることで、すごく楽に走れただろ? 何よりも気持ちが」


 そうだ。心が軽くなったんだ。その気持ちを、まるゆは覚えている。

 だから、なりたいと思った。


提督「山岳がキツいレースにおいて。山岳では誰もが頼りにする――――そんな子になるのはどうだ?」


 ――そうなりたいと、思ったのだ。


はち「やってみせ、言って聞かせて、させてみて」

ゴーヤ「誉めてやらねば、人は動かじ……まるゆは自分に自信のねー子でち。未知のことについては、特に」

はち「自分で自分の才能に蓋をしてしまいがちですからね。提督に先を越されちゃいましたか」

487 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 23:28:04 ID:/sduyqbU

ゴーヤ「てーとくの手を煩わせちまったでち。罰として今日はゴーヤと一緒にスプリント地獄でちよ、ろー」

ろー「」



 ろーは納得できなかったが口ごたえできなかった。


【もぐもぐ登坂(弱)・完】

488 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 23:28:45 ID:/sduyqbU
※こんなところですね

 次からは別の話(本編か小話)になりマッシュ。

489以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/02(月) 23:39:02 ID:zaz9wW/.
乙なのね!

悩ましい、実に悩ましい!
全部読みたいぞ全部だ!

でもまずは秋月型かな

490 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 23:48:50 ID:/sduyqbU
※秋月型のリクエストが多いのは何故だろう





 何故だろう
 ぼくにはかいもくけんとうがつかない

491以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/02(月) 23:49:28 ID:ZH.B2jyI
乙なのです
朝潮型が読みたいのです

492以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/03(火) 07:18:46 ID:f7e36tGY
吹雪の描写とか見てるとそれだけで
この作者の艦これは安心して読めるって
気持ちにさせてくれるのが良い

……魔法レアトレジャーも余裕できたら再開してほしいね

493 ◆gBmENbmfgY:2019/12/03(火) 21:02:37 ID:hqf5poSc
※ご感想およびリクエストありがとうございます

 秋月型が3票と獲得数最上位なので秋月型にするかな

 ちょっと書けるとこまで書き足して投下していく

 その次当たりに神風型と朝潮型か、もしくは北上さんだ。さらにリクエストあれば前向きに考慮はする。(やるとはいってない)

 なお北上さんがニートになる話は、正しくはニートじゃない。

 大戦が終わった北上さんが燃え尽き症候群になって部屋の隅で膝を抱えて虚空を眺めつづけて一日を終えるという状態が続いたことで、異変に気付いた大井っちがギャン泣きしながら提督に土下座で助けてくださいと懇願する話である

 提督は結婚をはぐらかされたカイザーみたいな顔をしている

494以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/03(火) 22:01:52 ID:.f45OP8w
北病みさんとか最高じゃないか……!
ひょっとして初期艦大井っちだったりするのだろうか?

495 ◆gBmENbmfgY:2019/12/03(火) 23:49:58 ID:hqf5poSc

【6.秋月型トレーニング!】

 初月が鎮守府に着任してから、約半年が過ぎた。

 週に一度、バイキング形式で振る舞われる月曜日の朝食ですら、初月にとっては堪らないひと時だ。


 ――今日も一日がんばるずい!


 むんと両手を握りこぶしの形に固め、自らに言い聞かせるように声を出す初月の姿がある。その名に関する一文字を体現したような初々しさを感じさせるしぐさだった。

 今日も一日が始まる。訓練が始まるのだ。優しくも厳しい、理想的な先輩たちに囲まれ、充実した一日となるだろう。

 慣れというものは恐ろしいものである。よその艦娘がこの訓練に参加した日には、一日を待たず一時間で脱走するか死ぬかする訓練だ。だがこれこそがここの鎮守府にとっての平常運転なのだから、大戦が激化していた時は比較にならない程に辛かったのだろう。推して知れる。

 だからこそいつまでも新人気分ではいられないと一念発起する彼女は、秋月型四番艦・初月だ。怜悧な顔立ちからクールな印象を抱かれがちな彼女はその実、心の内側に熱い情熱を秘める頑張り屋である。

 瑞鶴主導による対空射撃訓練から始まってしまう陰鬱かつ凄惨なはずの月曜日が、この朝食のおかげで待ち遠しさすら感じる曜日になる。

 艦娘や憲兵、鎮守府のスタッフたちでいっぱいになった食堂には列ができる。まだ朝六時だというのに、艦娘も憲兵もスタッフもバッチリカッチリと各々の制服を着こなして、活気に満ちた顔色を輝かせていた。

 思い思いが食器を手に持ち、列を形成している。その始点には、大量の卵と色とりどりの食材が並ぶ移動式の調理台――――その前にはフライパンを持った間宮や伊良湖、そして瑞鳳と鳳翔、たまに提督までもが立っている。

 オムレツやスクランブルエッグ、目玉焼きや卵焼きを焼いてくれるのだ。その順番待ちの列である。

 卵の調理方法を選んだ後、中に入れる具材はリクエストに応えてくれる。そのための背後の大量の食材だ。

496 ◆gBmENbmfgY:2019/12/03(火) 23:51:37 ID:hqf5poSc

 瑞鳳の焼いてくれる卵焼きも人気だったが、提督のオムレツや鳳翔の出汁巻き卵、伊良湖の絶品ふわトロオムレツスフレ、間宮のトロたまベーコン巻きも負けていない。

 特に初月は提督が作ってくれる刻んだタマネギとハム、チーズにトマトを大匙一杯分加えた、中ぐらいのサイズのオムレツが大のお気に入りだった。

 初月好みの焼き加減を熟知しており、それに違うことなく仕上げてくれるので、提督に調理してもらえる日はとてもツイている。

 もちろん今日の初月が並んだのは提督の列だ。今日は一番人気で列が最長である。両隣の鳳翔と間宮がむぅと頬を膨らませているのが見える。両者の視線にどこ吹く風で、いつも通りの笑顔で艦娘たちに料理を手渡していく提督は図太い男であった。

 かくして朝の糧を手に入れた初月。一番先に手を付けるのは、瑞々しい採れたての、色とりどりの野菜で構成された至高のサラダだ。シャクシャクと噛みしめると、わずかに残っていた眠気がスッキリ取れてくる。

 思考と味覚が鋭敏になってきた頃、まだアツアツの提督特製オムレツにナイフを走らせる。

 割ってみれば、期待を裏切らない極上のふわふわとろとろ、中身がこぼれない絶妙かつ究極の焼き加減だ。表面は黄金色のくせに、中には指定した食材がぴったりと収まっている。

 たまらずフォークで掬って口に放り込む。


初月「…………♪」


 初月の頭頂部、その左右から飛び出した髪の房が、ぴこぴこと揺れる。


初月(か、完璧だ……完璧に、僕のイメージした、僕の理想とする、オムレツだ……好きな具材が適当に入った焼き卵じゃない。卵というシルクの帯に、食材という宝石が最も美しい配列でちりばめられている……)


 意外と詩的な初月である。

497 ◆gBmENbmfgY:2019/12/03(火) 23:53:28 ID:hqf5poSc

 意外と詩的な初月である。

 重層の帯が重なり合ったような半熟の卵に絡む、タマネギの食感とジューシィなハムの旨み、芳醇な酸味弾けるトマトと薫るチーズ……混然とした旨みが、舌の上でとろりと解ける。


初月(きっとジ○リアニメの登場人物は、毎日こんなのを食べているに違いない……!!)


 添え物のマッシュルームの肉厚な歯ごたえと風味が口の中をさっぱりさせ、次の一口への欲求をこれ以上なく掻き立てた。

 サクサクの焼き立てクロワッサンをほおばり、もぐもぐと咀嚼した後に、菊月の珈琲を流し込む。

 ごくりと喉を鳴らして嚥下すると、ずっしりとした心地良い重みが胃を満たしていく――――ああ、食べた。いっぱい食べたなあ、と。

 仕上げとばかりに、伊良湖が趣味で作り出したカスピ海ヨーグルトに旬の果物をトッピングしたものを掻きこみ、濃厚なエスプレッソを三口で嚥下すると、初月の気力ゲージは最大限に高まっているという寸法である。

 これだけで『今日も一日頑張るずい!!』という気持ちになれる。週の始まりに欠かせない活力の源であった。

 それは初月のみならず、多くの艦娘達にとってもそうだ。


加賀「――――素晴らしい。今日も朝からやる気がわいてきます」

赤城「はふはふ、おいしいですねぇ……あら、加賀さん、今日は変わり種で納豆オムレツにしてもらったんですけど、これもイケまふよぉ」

加賀「オムレツに、納豆ですか」

498 ◆gBmENbmfgY:2019/12/03(火) 23:55:47 ID:hqf5poSc

 表情こそ変わらないが、加賀は驚きからぱちぱちと瞳を瞬かせた。


赤城「はい。意外とイケます」

加賀「ふむ……成程、私の常識からするとなかなか発想の浮かばない組み合わせです。しかし物は試しと言いますね……ええ、それでは一口頂けますか? 私のチーズとほうれん草のオムレツもどうぞ」

赤城「はい」

加賀「ありがとうございます。では………む、これは、確かに……意外な組み合わせのようで、いえ、思えば納豆に卵を割り入れることもありますね。加熱によりナットウキナーゼが死ぬという話も聞きましたが、おいしいは正義……加熱の有無でここまで違いが……ふむ、ふむ、美味ですね」

赤城「いえいえ、ではこちらも……まあ、これもまたおいひぃれふねぇ……あむ、はぐ……」

蒼龍「あのお二人は本当に美味しそうにご飯食べるなあ」

飛龍「いいじゃない。ごはんが美味しいって、それって幸せってことよ。ね、多聞丸!」

蒼龍(うん、貴女も負けてないけどね飛龍)


 戦艦や空母らは五回ぐらい並び直して大盛おかわりする始末である。

 纏めて調理してもらうようなことはしない。巨大なオムレツや卵焼きは見た目が愚劣である。それに出来立ての方が美味しいから何度でも並ぶのだ。

499 ◆gBmENbmfgY:2019/12/03(火) 23:56:30 ID:hqf5poSc

伊勢「うん、うん、ふふ、おいしいねえ日向」

日向「ああ。空っぽの腹に、力強く染み渡っていく……今日も瑞雲の光をあまねく世界に輝かせようという活力が湧いてくるな」

伊勢「え?」

日向「ん?」


 ロードバイク鎮守府――――衣食住においても比類する鎮守府はそう多くない。とても無碍な話をすれば資金力が違う。

 特に体を資本とする艦娘達へのクオリティ・オブ・ライフ(生の質)への、提督の力の入れようは半端ではなかった。


扶桑「はぁ……今日もスッキリ快眠、訓練の疲労も抜けて、月曜日の朝ご飯はとっても美味しい……幸せね、山城」

山城「扶桑姉さま……油断してはいけません。禍福は糾える縄のごとしと言います」

扶桑「あのね山城……貴女にはもっと前向きに生きて欲しいなって思うの。姉さま思うの。思うのよ……割と本気で。どれぐらい本気かというとスリガオ海峡で敵艦隊をブッ沈滅(ちめ)た時並に」

山城「前向きだからこそ、油断なく一歩一歩を踏み出すのです、姉さま……機雷とは『え、嘘、そこに?』ってところに潜むものです」

扶桑(うん、やっぱりこの子が西村艦隊の旗艦よね。私が支えてあげなきゃ……)

時雨(山城は今日もいつも通りの山城だなあ……うん、今日の月曜モーニングも、いつも通り……美味しいね)

500 ◆gBmENbmfgY:2019/12/03(火) 23:57:56 ID:hqf5poSc

 寝台一つとっても艦娘一人一人にあった寝具を手配、医療施設においても女所帯である鎮守府の体制を鑑みて、女性比率の高い医療スタッフが常勤、作戦開始時から終了までの期間は非常勤スタッフも増える。

 トレーニング施設も充実の一言。都内のジムならば月額数十万円はかかるだろうトレーニング器具や艦娘の身体能力を熟知した一流どころのインストラクターを取りそろえ、科学的なスポーツ療法までもを盛り込んでいる。

 なんせ提督が率先してこの体制を生み出したのである。なお経費は鎮守府の収入で賄っているから大本営の援助金はない。文句を言おうものなら「じゃあウチんとこより劣る施設でウチより戦果上げるか、使った費用に対する効果、即ち戦果を示せ」と返すのが定期である。

 あれこれ難癖付けて異動させ、この鎮守府を慰労施設にしてしまおうという意図が隠す必要もなく見え見えなのだから、提督も怒り心頭である。維持するだけの金も捻出できん癖に人の所有物をねだるあたり、我儘なクソガキよりもタチが悪いと提督は思う。提督はナリだけの大人というのが大嫌いであった。


長門「うむ……やはり朝はプロテインよりもこの素晴らしき朝食よな。やるぞ、やってやるぞ、という気持ちになる」

陸奥(それでも起き抜けにプロテイン飲むわよね貴女。ホエイのプレーンのやつ。まあ、提督も推奨してはいるけれど)


 不足しがちな栄養素はサプリで補うのは今や常識的である。可能な限りは食事で摂取するという点においては実に健全であろう。

 憲兵的にも自分たちの健康維持のためにウルトラOKですってな代物だ。なんせ艦娘らと交流を深めつつ旨い朝食で活力を得られるのだから反対する理由が一つもない。

 艦娘達にとっても、提督以外の男性との会話になれるための、ある種の社会勉強の一環と認識しつつも、純粋に会話を楽しみながら食事をとる。

 提督が前述した台詞通り、かけた費用に対してあげる戦果の割合、即ち利益で考えるととてつもなく高い。使った金は高くつくが、それ以上に利益を出し、利益率が極めて高いとなれば文句のつけようがなかった。

 他の鎮守府の艦娘からも「あそこで建造・ドロップ、あるいは異動できたら日常生活面の充実を150%保証」と言われている。余った50%は想像以上という意味だ。

 そもそもロードバイク鎮守府への異動に当たっては、並の艦娘では達成不可能レベルに厳しい条件がある――――達成できた艦娘は、極僅かな例外を除き、五指で数え切れる。

 しかも無事に異動できたとしても、トレーニングはシャレにならないぐらいキツいのでトントン、むしろややマイナスと言ったところか。

501 ◆gBmENbmfgY:2019/12/04(水) 00:05:56 ID:x9H3IH0c

 そう、マイナスなのだ。それでもマイナスになる。それほどの訓練密度である。

 だがそれも慣れる。慣れるまでが大変で、慣れてしまえば天国だ。ただし、この天国には常に地獄が隣接している――否、ミシン目のように編み込まれているのだ。

 即ち、初月が今立っているのはそのミシン目なのだ。直面している地獄は、


秋月「――食制限をしますよ、初月。一週間の合宿です」

照月「体を締めるわ。イエスと言いなさい、初月」

初月「絶対にノゥ! 奪うのか!? 与えておいて、それを今更僕から奪うのか!!!? 姉さんたち!?」

秋月「はい。今更何かを言えた話ではありませんが、初月――私たちは、貴女を可愛がりすぎました」

照月「うん。甘やかしすぎたよ。ちょっとそのあたり、秋月型が有する力に目覚めてもらうためにも、合宿への参加はマストだからね」

初月「なんて、ことだ……」


 こんな旨いものは食べたことがないと、着任当初は食事のたびに涙を流していた。

 一食二食ぐらいならば粗食はいいだろう。むしろ初月自身が望むところである。事実、秋月・照月は節制と健康を心がけ、贅沢な食事は多くても月に三回程度であった。そちらの方が喜びも大きいという実体験が、初月に「贅沢とはたまに味わうからいいものだ」という実感を与えていた。

 ただ初月の場合問題なっているのは、その頻度だ。毎日である。朝がっつり贅沢したらあと粗食。朝と昼に粗食だったら夜贅沢、といった有様。

 それが一週間……これは立派な罰ゲームであった。一週間ともなればもはや拷問だ。

502 ◆gBmENbmfgY:2019/12/04(水) 00:08:19 ID:x9H3IH0c


 これから初月は、一日に一度の贅沢が許されない。一週間の禁欲生活(食)に入るのだ。

 汗水流して、へとへとになって、さあご飯だ、楽しみだなあ―――――そんなところに脂っ気の少ないお料理。新手の拷問である。それ以外の何物でもなかった。

 タンパク質は脂の滴る肉や魚からではなく、植物性の大豆や、さっぱりとした鳥のササミから摂取することを強いられる。これが先が見えるならいい。一週間後は贅沢なご飯が待ってるという希望があれば耐えられる。

 ―――それを断つ所業だ。鬼! 悪魔! 提督!

 阿賀野が以前ダイエットしていた時に食していたプランであるが、阿賀野の時とは事情が違う。阿賀野には体重が減少し体がみるみる動くようになることの楽しさというモチベーションアップの要素があった。

 初月にはない。だって素晴らしいスタイルをもともと持っているからだ。体だってピンピン動く。

 だが逆らえぬ理由があった。提督、その人自身である。

 他のトレーニングを経て、提督はヘロヘロ状態だ。誰が見たってやせ我慢しているし、生まれたての小鹿のほうがまだガッツがあると思うだろう。

 だから。


初月「ッ――――やってやろうじゃないか!!! この血の一滴、この肉の一片に至るまで、姉さんたちと鶴姉妹に鍛えられたんだ!! 僕の憧れた、あの人達に!! この僕を、秋月型を舐めるな!!」


 なおこの決意は、数分と持たないのは誰もが予想可能であった。

503 ◆gBmENbmfgY:2019/12/04(水) 00:09:09 ID:x9H3IH0c
※かるーく導入編ですね

 秋月達にはお腹いっぱい食べて欲しい欲がある提督は意外と多いのである

504以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/04(水) 00:25:00 ID:KWSyRr02

飯テロでこんな時間なのにお腹が空いてしまった

505以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/04(水) 11:04:45 ID:TfvjDvmI
乙おつー

506 ◆gBmENbmfgY:2019/12/04(水) 23:42:28 ID:x9H3IH0c

 さて、物語は少しばかり前後する――。

 提督は人間である。たまに自信がなくなるとは艦娘たちの言葉だ。古参の艦娘ほど答えに窮し、悩んだ末に「人間だ――多分な!」と、自信たっぷりに自信なさげに答えるという有様。

 そんな提督は最近、ロードバイクで速くなりたい艦娘たちを募って、個人練習なるものを定期的に行っている。

 各人のレベルや脚質、身体能力を加味した上で方針を立てるのだ。得意分野を伸ばす、あるいは苦手分野を無くす、得意分野を作る、苦手分野は捨てる――目的は様々、狙いも様々だが、共通していることはトレーニングを望む艦娘たちの個人個人に方針を立てて、そのトレーニングプランを考えているということ。


提督『懐かしいな。まだウチの鎮守府の規模が100人未満だった頃にはしょっちゅうやってた。こういうのも俺の仕事だったんだよ。やれ砲撃の威力を高めたいとか、命中率上げたいとか回避重視で立ち回りたいとか、いろいろあったなァ』


 鎮守府で正式に雇っているトレーニングスタッフ(艦娘への心理的ストレス軽減を鑑みて女性オンリー)が舌を巻くほどの、艦娘たち一人一人の事が分かっていなければとても立てられないプランを矢継ぎ早に作成し、後学のためトレーニングスタッフたちにも確認してもらい、文句なしに太鼓判を得た後に実施するという念の入れよう。

 とはいえ、これには問題があった。提督の仕事が増える、という点もそうだが、ロードバイクの技量を教え込む人員が、提督以外に居ないという点である。スタッフの中にも少しばかりロードバイクについてかじっている人間はいた。だが提督の経歴を聞いて、誰もが身を退いた。退かざるを得なかった、そんな経歴だったという。

 与えられた計画に乗っとってトレーニングを進める艦娘たちにも、疑問は出てくる。このトレーニングのやり方は? 意図は? そこは提督を信じてるから聞かないけれど発展するにはどうすればいい? そんな質問が飛んできた場合、提督はどうするか。

 ――――時間の許す限り、同行するのだ。主に鎮守府内道路を使ったテクニック講座や、登坂でのスキルにおいては自転車のソフトを用いたローラー台での実演など、その方法は多岐にわたる。

 提督はへとへとだった。体力的な面でも精神的な面でも搾りつくしている。

 そんなタイミングで、今度は初月のトレーニングに付き合ってくれるという。


初月(多くの先輩方が、こいつを尊敬するわけだ。視線が同じなんだ――司令官として、僕たちの上位者として、そこに絶対の線を引いておきながら、それをするりと飛び越えて寄り添ってくれる。同じ嬉しさや悩みを共有してくれる……ああ、これは)

507 ◆gBmENbmfgY:2019/12/04(水) 23:50:30 ID:x9H3IH0c

 戦いの中で寄り添われた艦娘たちは、どれだけ嬉しかっただろう。どれだけ心強かっただろう。それが初月にも理解できる。

 ――堪らない男だと、初月は思った。子供と言っても過言ではない年齢なのに、しっかりとやることは大人だ。初月の目には、提督がとても好ましい男に映った。

 翻って、自分はどうなのだ?

 初月は思う。まだ初月は与えられる側に過ぎない。新人であるなしは関係がない。

 まだ何一つ、提督に返せていないのだ。

 そんな男の傍に立っても見劣りしない存在になるには、どうすればいいのだろう。


秋月「強くなりなさい」

照月「強くなるしかないわよ」


 姉たちが口を揃えてそう言った。初月も同意した。心の底からそう思った。しかし大戦は終わった。既に戦果を挙げられる場所は欧羅巴圏や、亜米利加圏に僅かに残るばかり。

 初月は既に、そこでも戦い抜けるだけの力は有していた。

 ここに所属してからわずかに半年だが、されど半年――――修羅の鎮守府と呼ばれるここに所属する先輩艦娘たちが、惰弱を惰弱のままにのさばらせてくれるはずもなく、初月は相応のトレーニングを積んで強くなっていた。まだレ級はワンパンできないけれど、ワンツーで倒すことぐらいはできる。

 しかし、そうして戦果を上げれば、彼にふさわしい存在になれるだろうか――自覚のない恋心が、初月を悩ませ、考えさせた。考えて考えて――考えても分からなかったので、提督を見ることにした。

 気づいたのだ。彼はロードバイクが、本当に大好きだということが。

508 ◆gBmENbmfgY:2019/12/04(水) 23:54:36 ID:x9H3IH0c
※毎日更新を目指してゆっくり投下していきます。
 こういうコメントは今後なるべく控えます。
 切りの良い節々で差し込みます。
 でも読んでいただいたら感想いただけるとモチベが上がって島風スプリントや夕張スプリントがすこぶります。
 感想はもちろん、この子の話が読みたいといったご要望もあればじゃんじゃん書いてってください。励みになります。

509以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/05(木) 03:30:49 ID:f1Qd.nbI

やっぱ貧乏性の秋月型とか機械オンチっぽいイメージのある神風型とかが人気よね
意外性があってどんなバイク乗ってるか想像がつかない分見てみたくなる

510以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/05(木) 09:48:24 ID:GRmx1vCg
乙おつ
いつも楽しませてもらってます
連載中断してた間も何度も読み返して待ってました
本編の流れ的にはまだまだキャラ紹介や序盤の段階っぽいですが、島風と夕張の時みたいな熱いレースも早く読みたいぞー!

511以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/05(木) 13:48:56 ID:piJCSsYk
>>509
神風おばあちゃんの事を機械オンチとか言っちゃダメだろ!いい加減にしろ!

512 ◆gBmENbmfgY:2019/12/05(木) 22:44:55 ID:Fk1pz5TE

秋月『貴女が知りたいと思った人の為人が知りたいならば、まずはその人の気持ちになって考えなさい』


 当たり前の事。だがその当たり前の何と難しい事かと、初月は改めて姉の偉大さを知った。

 ロードバイクについて教えたり実践して見せる時の提督は、年相応の幼さがにじんで見えた。弱冠19歳という異例の栄達。最速の英雄。全鎮守府の頂点。彼の心が休まるときはいつなのだろうと考えた。

 それがきっと、これなのだろう、と。

 出撃した時の事を思い出す。

 出撃前は母港で集合だ。それぞれが艤装を身に着け、提督からの激励の言葉を水面の上で待つ。

 波止場の上に立ち、海面に集結する艦隊を見下ろす提督の表情は真剣そのもので、そこに笑みはない。生きて帰ってこいと伝えられて、出撃する。

 思い返してみれば――提督は苦しんでいたのではないか。

 そのままだが――着せたくない服を着た少女を見る。そんな目で見ていた。

 だが、今はどうだ?


提督『お、利根! 新しいジャージ、カッコイイじゃないか!』

利根『目の付け所が違うの、提督! 吾輩かっこいい? かっこいいじゃろ! そうじゃろそうじゃろ♪』

提督『ヘルメットもアイウェアもばっちりだ! 筑摩に選んでもらったのか? センスいいなあ』

513 ◆gBmENbmfgY:2019/12/05(木) 22:51:40 ID:Fk1pz5TE

利根『そうじゃろそうじゃろ! 筑摩のせんすは天下一品じゃからな! お揃いで吾輩も筑摩もすーぱーかっこいいのじゃ!』

筑摩『まあ、利根姉さんったら……お褒めの言葉、ありがとうございます、提督。提督から頂いたロードバイクにぴったりあうジャージを選んだつもりです』

提督『ん。楽しんでるようで何よりだ』


 ――楽しんでいるのは、提督のように見えた。

 提督は艤装よりも、私服を好む。

 私服よりも、ロードバイクを楽しんでいる子達を見ると、本当に嬉しそうに笑うのだ。

 何故か、初月はその笑顔を見ているたびに、温かな気持ちと一緒に、悲しい気持ちになってくる。

 それがどうにもわからなかった。

 考えても考えても分からなかったので――今分かっていることを実践しようと思った。

 提督はロードバイクが好きだ。彼の言葉を借りるなら、愛している艦娘たち――――が、己の好きなものを好いてくれるから、余計に嬉しいのかもしれない。

 ならば、提督は――ロードバイクで速く走れる艦娘は、もっと好きになってくれるのではないか?

 初月が辿り着いた答えはそこだ。

 姉たちが自分を合宿で鍛えると言い出したのは、渡りに船だったのかもしれない。

514 ◆gBmENbmfgY:2019/12/05(木) 23:00:25 ID:Fk1pz5TE

 これより初月が参加する合宿名は――――ロードバイク合宿というそのままのネーミングだ。

 一週間の間、ロードバイク漬けのトレーニングを中心に日々を過ごし、食事についてもプロのロードレース選手がツアー中に実際に食しているものと同じ献立で組まれる。

 かくしてへろへろの提督を伴っての合宿が、次の日から幕を開けた。なお昨日までへろへろだった提督は、あっさりばっちり完全に回復していた。

 かくして始まる一つ目のトレーニングは――。


提督「――――おまえたちの最大値を測る」


 まずは実力を確かめようということだろう。この場には多くの艦娘たちが集まっていて、その中の一人に過ぎない初月はそう思ったが、半分は間違っていた。

 実力を測ると同時に、トレーニングにもなる――そんなアクティビティだ。


提督「ローラー台に自転車をセットし――20秒間、全力でこぎ続けろ。その後は10秒のレストタイム(休憩)。終わればもう一度20秒スプリント、10秒のレスト。スプリントとレストを1セットとし、これを8回連続で行う」


 聞いた時、艦娘たちの反応は様々だった。

 新人ほど「そんな簡単でいいの?」と疑問符を頭上に浮かべた。初月もまた疑問に思った側だ。

 中堅の艦娘は「あ、ヤベ」と顔色を悪くした。

 古参の艦娘は「気合入れていかねば」と、まるで戦場に赴く直前のように、口元を引き締めた。

515 ◆gBmENbmfgY:2019/12/05(木) 23:16:12 ID:Fk1pz5TE

 どんなトレーニングなんだろう、そんなに辛いのだろうかと、期待と不安をそれぞれ1:1の割合でカクテルされたものが心の中に満ちている初月の耳に、ある駆逐艦たちのやり取りが聞こえてきた。

 ――タバタ・プロトコル、と。

 話していたのは、天霧と朧だ。そして続く言葉に、初月の心の七割を不安が占拠し始めた。

 ――何人、立って終われるかな、と。

 その言葉の意味を、この時の初月は理解していなかった。誰も彼もが気合を入れた表情をしている。瑞鶴も、翔鶴も、そして――秋月と照月も。

 途端に心に闘志が流れ込み、不安も期待も一切合切を吹き飛ばした。何が何でも『僕は立って終わらせてやる』と決意した。

 このトレーニングの成否は、それが全くの逆だったとも知らず。


 そうして艦娘たちが順番に提督の指示を受けて、トレーニングを終えた頃。

 ――初月は、立って終われた。

 望み通りの結果だった。先ほどまで気合を入れてトレーニングに挑んだ古参の艦娘たちが全員倒れているのに、初月は倒れなかった――倒れることが出来なかったのだ。

 そうだ。倒れてしまうほどに、己を追い込めなかったのだ。

 ――タバタ・プロトコル。このトレーニングの狙いは心肺機能上昇と持久力向上にあるが、8セットから成る『疲労困憊に至る間欠運動』を前提、否、目的とする。

 8セットのトレーニングタイムは合計で僅かに4分。無酸素運動と有酸素運動を交互に行うトレーニング。無酸素運動では常に全力で20秒間。有酸素運動では軽い運動に留める。

516 ◆gBmENbmfgY:2019/12/05(木) 23:23:34 ID:Fk1pz5TE

 だが、この1分20秒の休みが曲者だった。

 休めないのだ。正しくは、『休み切れない』のである。

 20秒間の全力疾走後は、当然全身に疲労がまとわりついている、呼吸は乱れに乱れ、心臓は爆発しそうなぐらいに動悸し、耳元で血管の中で血が走り回る音が聞こえるほどだ。

 それらの疲れは、10秒間の休みによって帳消しに――ならない。心肺は酷使され、脈拍は180を数える。呼吸はいくら吸っても吐いても苦しいばかり。10秒でどうにかなる筈がない。

 そんな状態で、次の全力疾走が始まるのだ――全力で。という言葉を添えられて。
 
 8セットを行ううちに、初月は己の愚かさを知ることになった。

 ――信じられないほど、辛いのだ。レストタイムに入るたびに安堵し、始まるたびに心が擦り切れていく。

 もう足を止めたいと願う。勝手に足から力が抜けていく。だって、苦しいのだ。全力を出すことは苦しい、それは当たり前だと分かっていた。苦しい戦いには慣れている?

 ――もう二度と言えない。

 終わってみれば、初月は疲労困憊の状態にあった。肩で息をしている。頭はクラクラしたし、胸の中で弾む心臓は痛いぐらいに血液をポンプしている。


 だが、瑞鶴と翔鶴、秋月と照月は違った。

 8セットを終えた後、ローラー台に設置した自転車から崩れ落ちるように地面に倒れ、大の字で寝転がる――瑞鶴と照月。

 ハンドルにもたれかかり、もう二度と顔を上げたくないとばかりにぐったりしている――翔鶴と秋月。

517 ◆gBmENbmfgY:2019/12/05(木) 23:24:14 ID:Fk1pz5TE
>>516ミス

518 ◆gBmENbmfgY:2019/12/05(木) 23:24:54 ID:Fk1pz5TE

 その内の休みは合計で1分20秒。実際に全力を出しているのは、僅かに2分40秒に過ぎない。

 だが、この1分20秒の休みが曲者だった。

 休めないのだ。正しくは、『休み切れない』のである。

 20秒間の全力疾走後は、当然全身に疲労がまとわりついている、呼吸は乱れに乱れ、心臓は爆発しそうなぐらいに動悸し、耳元で血管の中で血が走り回る音が聞こえるほどだ。

 それらの疲れは、10秒間の休みによって帳消しに――ならない。心肺は酷使され、脈拍は180を数える。呼吸はいくら吸っても吐いても苦しいばかり。10秒でどうにかなる筈がない。

 そんな状態で、次の全力疾走が始まるのだ――全力で。という言葉を添えられて。
 
 8セットを行ううちに、初月は己の愚かさを知ることになった。

 ――信じられないほど、辛いのだ。レストタイムに入るたびに安堵し、始まるたびに心が擦り切れていく。

 もう足を止めたいと願う。勝手に足から力が抜けていく。だって、苦しいのだ。全力を出すことは苦しい、それは当たり前だと分かっていた。苦しい戦いには慣れている?

 ――もう二度と言えない。

 終わってみれば、初月は疲労困憊の状態にあった。肩で息をしている。頭はクラクラしたし、胸の中で弾む心臓は痛いぐらいに血液をポンプしている。


 だが、瑞鶴と翔鶴、秋月と照月は違った。

 8セットを終えた後、ローラー台に設置した自転車から崩れ落ちるように地面に倒れ、大の字で寝転がる――瑞鶴と照月。

 ハンドルにもたれかかり、もう二度と顔を上げたくないとばかりにぐったりしている――翔鶴と秋月。

519 ◆gBmENbmfgY:2019/12/05(木) 23:33:02 ID:Fk1pz5TE

 見れば、初月以外の新人、新人上がりの多くは、倒れ切れていなかった。

 それでも、全員が出来ていないわけではなかった。

 吹雪型――浦波は見事にやり遂げていた。

 綾波型――天霧もそうだ。

 神風型――達成できたのは旗風だけだ。

 誰もがこのトレーニングの真意を知り、悔し気に俯いていた。俯くだけの余裕がある自分が、初月も悔しかった。

 どうしてだ。なんでだ?

 初月は自問自答する。姉たちに教わったように。

 ――身体能力なら、僕はこの中で特別劣っているわけじゃない。瞬発力、持久力に優れる天霧や浦波には及ばないだろう。

 だけど、旗風は達成できている。

 僕よりも身体能力では、間違いなく下と断言できる旗風がだ。

 どうしてこうなるんだろう。

 悔しさで頭の中が真っ赤になった思考で考えたが、答えは出なかった。

 酷い敗北感で、初月の心は千々に乱れた。

520 ◆gBmENbmfgY:2019/12/05(木) 23:38:44 ID:Fk1pz5TE

 ――僕は、駄目な奴なのだろうか。


 そんな思考が脳裏をよぎった。

 慌てて首を振って考えを払拭させる。諦める思考に陥りそうになっていたのを自覚した。

 深く呼吸する。浅く呼吸する。出し切れなかったため、次第に呼吸と共に思考は落ち着いてきた。

 冷静になって考える。

 ――僕にはなくて、旗風や天霧、浦波には、僕にはない何かがあった。

 そう考えることにした。ではそのないものはなんだろう?

 そればかりは、どうしてもわからなかった。

 達成できなかった他の新人たちも同じことを考えているのだろう。一様にむっつりと押し黙り、思案に耽る。

 そんな折だった。提督が声をかける。


 ――何が何でも達成してやるって意志が、足りなかった。正しくはその達成してやるって気持ちを燃やし続ける術を知らんのだ、おまえたちは。


 言葉に冷たいものはなかった。だけど、僕はその言葉が痛かった。自分には根性がないんだと、口先ばかりの奴なんだと、言われた気がした。

 涙がこぼれそうになった。こんなんじゃ、こんな様じゃあ、あいつの傍にはいられない。立つことなんてできない。

521 ◆gBmENbmfgY:2019/12/05(木) 23:47:44 ID:Fk1pz5TE

 そんな初月の内心を見透かしていたわけでは――ないのだろう。だが続く言葉には、確かな糧があった。


 ――今感じている『それ』だ。『それ』だって燃料になるんだぜ。


 今感じている思い――憤怒、悲哀、後悔、情けなさ、不甲斐なさ、無力感。


 ――そいつをもう二度と味わいたくないっていうのもまた、燃料だ。

 ――そして達成できたときに何を得られるのかを考えろ。


 僕は、達成できなかった。考えるより先に、達成できた人たちを見た。

 瑞鶴も照月姉さんも、まだ苦しそうだった。翔鶴も秋月姉さんも、まだハンドルにもたれかかったまま動かない。

 だけど、声が聞こえた。苦しげだけど、嬉しそうな声だった。


 ――これで、一航戦にまた近づけた。

 ――赤城さん、加賀さんの……一航戦の先輩たちの背中は、私たちが守るんです。

 ――これで、朧先輩に負けない。

 ――比叡さんも、霧島さんも、護り抜ける強さを、掴むまでは。

522 ◆gBmENbmfgY:2019/12/06(金) 00:00:49 ID:V/II/Ac.

 初月は唖然とした。

 だけど、否定してはいけないものだと思えた。何の事情も知らない初月が、訳知り顔で『そんな理由』などと言ってはいけないことだと思った。

 並々ならぬ何かがそこにあるのかもしれない。あるいはないのかもしれない。

 誇りなのか、安いプライドなのかはわからない。


 ――お前たちには、そんな苦しい思いをしてまで勝ちたいという欲がない。心に闇を飼っていない。飼いならせていない。


 言って、提督は新人たちから視線を切り、古参の艦娘たちに――――新人と同じく、達成できなかった古参の艦娘に―――向ける。

 視線の先には、朝潮と深雪と皐月がいた。

 彼女たちが今『茫然自失』の状態にあることは、遠目に見る初月にも分かった。


 ――お前たちは今日、自分に負けたんだ。強かったかもしれない自分か、弱かったかもしれない自分に。そんな自分に勝ちたいなら、悪い子にならなきゃならない。いい子のままじゃあ、勝てないんだよ。


 びくり、と三者の肩が震えた。大きな瞳には涙が浮かんでいたが、気丈にも上を向いて、決して溢れないようにと、悲痛な表情で歯を噛み締めているのが、初月には見えた。

 初月は――――僕はこの時に気づいたんだ。

 強くなるためには、目的がいる。どうして強くなりたいのかという、明確な理由がいる 強くなるという大きな目的と、それを達成するための質なり量なりを伴う理由が必要なんだと。

523 ◆gBmENbmfgY:2019/12/06(金) 00:07:57 ID:V/II/Ac.
※ミス修正
>>518
×:苦しい戦いには慣れている?

  ――もう二度と言えない。
○:苦しい戦いには慣れている? 誰の言葉だっただろう。

  少なくとも僕には――もう二度と言えない。

524 ◆gBmENbmfgY:2019/12/06(金) 00:11:30 ID:V/II/Ac.
※キリ良しとする。前哨戦終了。

 合宿は続く。初月には強くなるための燃料が足りない。

 強くなりたいという願いはいくらあってもいい。大きなものが一つでもいい。

 だけどそれを絶対に達成してやるんだもんげ!という燃料をどっから持ってくるかという話。

 照月がフラグ立てたろ。アレだ。秋月型が持つ能力をイカせ。

 という次回予告で続きは明日。またの投下をお楽しみに。


 タバタきついよ。死んじゃうぐらいきついよ。自分の性根と向き合えるよ。初心者から玄人までお勧めだよ。死んじゃうけど。

525以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/06(金) 02:01:29 ID:MbbpBIi.
おつ

526以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/06(金) 08:28:18 ID:cVx1tL3c

トレーニングの段階で熱さが伝わってきそうな展開
メンタル面でも鍛えにいくのかな

527以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/06(金) 23:27:11 ID:eqwkHPVQ
だもんげを読んだ瞬間心のギアが三つくらい落ちた
してやられたぜ

528以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/08(日) 01:48:04 ID:p6c8m0Qw
オレの中ではロードバイク提督は空自の官品息子説が半ば確定してしまったのだが、作者様的にはソレが創作の邪魔にならないか少し心配ではある


現状あんまり関係無いけど、オレが個人的に知ってるリアル提督こと「海自隊員の艦これ提督」で最も階級が高いヒトは、確か空自の官品マンだったな

529 ◆gBmENbmfgY:2019/12/08(日) 03:22:41 ID:zDNbxelo

>>528
※そのうち落ち着いたら過去を小出しにしていこうと思っていましたが、少しだけバラします。(つーか以前>>1が書いたSSで晒したネタをちょいちょい拾い集めて繋げた設定を流用している)

 そういうのが嫌な人は次のレスをスルー推奨。

530 ◆gBmENbmfgY:2019/12/08(日) 03:27:06 ID:zDNbxelo

 致命的なネタバレを伏せてバラしますと、老舗料亭の次男坊という設定だったりする。叢雲の舌はこれで陥落した。五人兄弟。

 十歳以上年の離れた跡取りの兄(料亭の跡取り。こと料理に関しては提督以上のスキル持ち。ただし超がつくコミュ障。嫁がいる)、七歳年上の姉は製薬会社の社長(すんげえ蓮っ葉なお姉さん。すげえ美人だがメシマズ。提督に対しブラコン気味)、双子の妹が一人、六歳離れた妹が一人(カワイイ)の構成。

 提督はいわゆるギフテッド。同時にタレンテッド。提督の兄と姉も提督ほどではないがギフテッド。そのおかげで親の理解があったという幸運に恵まれ、姉の同伴で幼少時からイギリスで生活、その後ドイツ。行く国のメシがことごとくマズい。そして姉のメシがマズい。提督はまず料理を覚えた。

 かくして非営利活動法人のギフテッド養成機関で専用のカリキュラムを組まれてすくすく成長。当時の担当教員や機関長からの評価は歴代最高。そらイムヤも『何でもできる人』だという。

 「極めて多才。興味を示した分野はもちろん、示さない分野でも高レベルの結果を残す。八種の多重知能全てにおいて均衡の取れた万能のギフテッド。

 創造力の分野においても卓越しており、好奇心旺盛で知識に貪欲、高度な思考能力を備え、既得権益を淘汰することなく新たなビジネスモデルを展開していくバランス感覚に優れる。

 高いリーダシップあり。他のギフテッドの少年少女らの中でもひときわ高い能力を持ち、リーダーシップを発揮。たまに愉快犯。扇動者になる危険性あり。

 ソーシャル・スキルにおいて特に稀有な能力を有しており、道を誤まれば新興宗教立ち上げてヤベー教祖になりそう。それと身体能力マジパナイ。ぶっちゃけ人間じゃないっすわあの子」

 これが教育者の言うことかよ。マジブリカッス。だが合ってるぞ流石だグレートブリテン。ある意味不変のコロンビア。マルチプレイヤー。スペシャリストにしてジェネラリスト。子供の頃から色々ビジネスに手を伸ばしており、不労所得いっぱいのガチな高等遊民である。

 そら天才の島風やら雪風、イムヤ、まだ掘り下げてない他の天才艦娘たちの気持ちが痛いぐらい理解できるわけである。

 競える人間がいない、理解してくれる人がいない、孤独感を感じる、自分以外の人間が馬鹿に見える――それがたまらなく辛いことだというのを実体験で知っている。

 なお叔父の方が自衛隊関係者。ただし陸自。なお空挺教育隊のエリートのもよう。フィジカル・メンタルにおいて無敵を誇る。未だ現役。アホみてえに優秀な叔父。

 もちろんロードバイクやらモーターバイクを始め、サバイバーな趣味を教えたのはこの叔父の仕業。提督が真っ向のステゴロ勝負で勝てない数少ない人類。

 環境が人を作るというが、そういう点では誰よりも恵まれているガチート。なお上記のネタバレでも全然致命的なネタバレは含んでいないので、行間を読んで想像するのもよいのではないかと。

531 ◆gBmENbmfgY:2019/12/08(日) 03:33:17 ID:zDNbxelo

 僕にはきっと、それがない。すぐに気づいた。トレーニングが終わった後、僕は動けなかった。

 だけど――朝潮と深雪と皐月は、すぐに動き出していた。申し合わせたかのように三者はトレーニングルームの飲食スペースに移動し、プロテインを飲んだ。アミノ酸、電解質、炭水化物を含んだサプリメントも摂取した。

 僕はまだ、提督に言われた言葉がぐるぐると頭の中をめぐって、動く気力すら湧き上がってこなかったのに、彼女たちはすぐに切り替えた。

 黙々とストレッチをしつつも、その瞳に決意の火を灯す者、己が信頼し尊敬する艦娘に教えを乞う者、再び己を追い込みはじめる者。

 行動は三者三様、しかし彼女たちには悩んだり落ち込んだりするよりも先に、やるべきことがあると分かっている。
 
 
 ――僕に、あるのだろうか。できるのだろうか。強くなりたいという思いを次々に作り出し、燃やし続けることが。


 そんな不安を抱えたまま、全員の計測が終わった。今日のデータをもとに、提督が次の日のトレーニングメニューを考案するという。


 ――初月、体が冷えるわ。ひとまずプロテイン飲んで、柔軟しましょう。


 呆然とする僕の肩を叩いて誘ってくれたのは、瑞鶴だった。

 乱れた心拍と呼吸を整え終わったのだろう。秋月姉さんと照月姉さん、そして翔鶴も合流した。

532 ◆gBmENbmfgY:2019/12/08(日) 03:45:48 ID:zDNbxelo

 ――基本的に、ねっ? 負けず、嫌い、なの、よっ……私に、限らずっ、艦娘ってっ、そう、いう、もの……よっ。


 長座体前屈で筋肉をほぐしながら、瑞鶴はそう語り出した。


 ――まあ、艦娘に限らずとも、多かれ少なかれ負けたくないって気持ちはあるものよ。誰にだってそう。


 同意するのは、翔鶴だった。言われてみれば当たり前の事なのだろうけれど、初月には意外に思えた。いつもおっとりとして、上品な彼女にも、そんな気持ちがあるのだろうか、と。


 ――ええ。それは誰にでもある。誰だって負けたくないのよ。だけどそこから『どうするのか?』……それは人によって異なるわ。


 秋月の言葉で思い出すのは、やはり先ほどの三人の事だ。朝潮と、深雪と、皐月。


 ――飛び越えられなかったハードルにまた挑むのもいい。諦めるのもいい。諦めた、負けた、と。そう認めることができるなら。折り合いをつけることができるならね。


 照月はそこに「だけど」と付け加える。


 ――それを認めないのは、駄目よ。『最初から戦っていない』とか『本気でやっていなかったから』とか『自分は駄目なやつだから』とか……そんな理屈で自分を誤魔化すなら、もう駄目よ。


 その言葉に、初月は背筋に氷柱を突きこまれたような恐怖を覚えた。

533 ◆gBmENbmfgY:2019/12/08(日) 04:00:48 ID:zDNbxelo

 図星だった。トレーニング直後に脳裏をよぎった『僕は、駄目な奴なのだろうか』という考え。

 必死に否定しようとしたけれど、その考えは少しずつ、初月の心を侵していった。軋みを上げる心の内側の感覚が、次第に鈍くなっていく。

 そこに、滑り込んでくる言葉がある。


 ――だから照月はこう言うわ。『そんなことはないよ』と。その人が駄目にならないうちに。


 じわりと少しずつ腐っていくような感覚が走る心に、確かな震えを感じた。


 ――小さな勝利を積み上げる。大きく勝つことを知る。それを知ることで、『負けたくない』という気持ちが強まる。障害が発生した時、闘争か逃避かを選択する。自然な在り方です。健全と言えますね。知性を備えた生物は、選択していくことによって強くなる。誰かが言った言葉だったかしら。


 続く翔鶴の言葉もまた、小さく、しかし確実に心を揺らす。


 ――負けることは怖いわよね。私だって怖いわよ。だって負けるのって嫌だもの。悔しいもの。不甲斐ないって思うもの。でもね、初月。それ以上に怖い事ってあるのよ。 


 立ち上がった瑞鶴は、真剣な面立ちで言う。


 ――冷たくなっていくこと。自分の中に確かにあった情熱が、崩れ落ちていくこと。強くなりたいと誓った自分を、嘘つきにすること。

534 ◆gBmENbmfgY:2019/12/08(日) 04:15:46 ID:zDNbxelo

 鼓動が熱を持った。初月は己の内側で、『それ』が跳ねる音を聞いた。

 思い出したことがある。

 いくつもの思い出があった。

 着任した時の事。提督との初顔合わせの時、酷く緊張していたことを思い出す。

 姉と再会したこと。右も左もわからない初月に、姉たちは張り切って鎮守府を案内してくれた。

 その時に鶴姉妹に抱き締められたこと。二人とも本当に嬉しそうに、初月との再会を喜んでいた。

 そして、共に訓練に励んだこと。充実した日々だった。訓練は辛く厳しかったけれど、それでもあの時の初月は、一度だって弱音を吐かなかった。


『海を平和にするんだ。皆で笑い合うんだ』


 そんな気持ちが、確かに胸の内側で燃えていた。

 その時の熱とは異なる、確かな熱が心の内側で燃えている。

 ――ここにあったんだと、心が叫ぶ。


「あ」

535 ◆gBmENbmfgY:2019/12/08(日) 04:20:28 ID:zDNbxelo

 すとんと、二つの事が理解できた。

 終戦後、初月がどこか漫然と日々を過ごしていた時だった。遠く、雷鳴のように聞こえる声があった。


『――見つけた!! これだよ!! 提督!! これだった!! 私が欲しかったのは!! これだった!!』


 その声に導かれ、出逢ったものがある。


『ッ……おッ、りゃあああああああああああ!!!』


 雷鳴のような声が、幾度も聞こえた。


『――――な、んです、か、あれは……?』


 窓の外には、初月の知らない乗り物を駆る、島風と夕張の姿があった。


『し、知らない。し、新兵器?』


 姉二人も知らないその乗り物は、銀輪を携えた漆黒の馬と青緑の馬だった。

536 ◆gBmENbmfgY:2019/12/08(日) 04:46:59 ID:zDNbxelo

『おお……!! アレは凄いな、姉さん!』


 あれを見た時の興奮を、今でも覚えている。あんなにも速く、大地を駆け抜けることができる乗り物があるのかと思った。


 ――僕も、あれに乗ってみたい。


 始まりは、そんな単純な欲求だった。

 それが提督から与えられた時のことも思い出す。ぴかぴかのフレームだった。これが今日から自分の者になると思うと、心が弾んだ。

 一日中、飽きもせず乗り回して、体中のあちこちが痛くなって、姉たちと笑いあったことを覚えている。

 それに乗った人たちが集まって、誰が一番速いかを競うレースがあると知ったときの興奮を覚えている。

 個人レースもあれば、チーム編成でのレースがある――それを知った時のことを。

 初月は、覚えている。


 ――ああ、そうだ。僕は、僕は……僕がやりたいことは。譲れないことは……。


 それを思い出して、初月はぎゅうと強く左胸を押さえた。掌に伝わる鼓動は、熱く、そして速かった。

537 ◆gBmENbmfgY:2019/12/08(日) 04:47:46 ID:zDNbxelo

 ――それでもはき違えて欲しくないことがあります。艦娘の本分は、海上での戦いにこそある。


 初月の思考に、秋月の言葉が割り込んだ。とても優しい声だった。


 ――貴女が今感じていること、想像はできる。だけど、正確なところはわからないの。


 そうだ。初月はまだ一度も伝えていない。呆然としていたところに姉と鶴姉妹に話しかけられて、ただ伝えられる言葉を聞いていただけだった。

 何がしたいのか。

 どうしたいのか。

 その意思を、伝えていない。

 初月は自分が甘ったれていたことを自覚する。

 手を差し伸べられるのを、待っていたのだ。助けてあげると、言ってほしかったのだ。浅ましくも。女々しくも。

 初月はそんな自分に、腹が立った。

538 ◆gBmENbmfgY:2019/12/08(日) 04:48:55 ID:zDNbxelo

 ――どうしたいの、初月。これは趣味に過ぎない。本気でやろうと、手を抜いてやろうと、どっちだっていいのよ。


 諦める、と言えば、きっとそれでもいいと言ってくれるのだろう。

 どうもしたくないなんて、誤魔化そうとすれば、きっとすぐにバレてしまうのだろう。

 怒られるのかもしれない。

 悲しまれるのかもしれない。

 呆れられてしまうかもしれない。

 ……見捨てられてしまうかも、しれない。

 それはとてもイヤだった。

 だけど、それよりもずっとずっとイヤなことがある。


 ――……ロードバイクで、速くなりたい。レースに出たい。ぼ、僕は―――。


 胸から、熱があふれ出た。言葉が閊(つか)えた。行き場を失った熱量が、瞳から火のように溢れ出して、ぼろぼろと零れ落ちた。

 それでも熱は失われなかった。次々に胸の内側に溢れ出す熱が、大粒の涙となっていく。

 未だ心に燃えているこの熱を、もう失いたくなかった。誤魔化したくなかった。

539 ◆gBmENbmfgY:2019/12/08(日) 04:52:32 ID:zDNbxelo

http://www.youtube.com/watch?v=BIZ-4jUJLk8

「姉さんたちと、ロードレースに出て、優勝したい……みん、など、いっじょ、に……はじりだい、でず……それを、あ、あぎらめだぐ、ない……」


 悔しかった。提督に言われた言葉が辛くて、苦しくて、それでもあの三人みたいにすぐに動けなかった自分は『負けた』と思ったのだ。

 ――だけど負けたという思いから目を逸らした。僕は駄目な奴なんだと、姉さんたちに思われたくなくて。

 ――悔しくなんてないと、自分に嘘をつこうとした。

 だけどもう駄目だった。抑えられなかった。誰が好きとか、何を失いたくないだとか、もう関係なかった。


「僕を、鍛えて、ぐだざい……おねがいじまず、おねがい、じまず」


 ――ロードバイクが、好きなんだ。

 提督が好きだったからじゃなかった。

 初月自身が、既に惹かれていた。

 呆れたように―――だけど瑞鶴は、優しく笑った。翔鶴と同じ笑みだった。


「ちゃあんと言えるし、泣いちゃうぐらい悔しいなら――――そこにあるじゃない。貴女の燃料」

540以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/08(日) 14:44:40 ID:KO6M2MQ6
いっぱい更新されてる!
レースはまだ先かな

541以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/08(日) 23:18:47 ID:6ORMXbQA
やっぱ胸熱な台詞は良いな
乙です

542 ◆gBmENbmfgY:2019/12/09(月) 23:52:07 ID:y4axZzL6
※忘年会、を、わすれて、た
今のテンションだと邪神系列のしか書けないので明日明後日あたりにどうか、どうか……

543以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/10(火) 20:25:43 ID:ugT8qspg
待ってる

544以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/10(火) 21:31:21 ID:VlYsF7RQ
>>1のおかげでクロスバイクを買って自転車にハマって今日ピナレロの17年式GAN S アルテグラを新車で買ったわ

>>1本当にありがとう

545 ◆gBmENbmfgY:2019/12/12(木) 23:28:38 ID:uvs5v5VM
>>544
おお、おめでとうございます! 私のSSの影響で買ってくれたと言われるとすごくうれしいです。こちらこそありがとう。
初のロードバイクでPINARELLO GAN S ULTEGRAとはお目が高い。レースもロングライドもイケちゃいますな。
世界中で高評価な東レのカーボンt700を使用、安心と信頼のスレッド式BB、そして所有欲を満たしバッチリ変速が決まるアルテグラ。
素晴らしい選択だと思います。
艦娘でGAN Sに乗せる予定の子がすでにいたりしますのでお楽しみに。

546 ◆gBmENbmfgY:2019/12/12(木) 23:29:53 ID:uvs5v5VM

………
……


 同日同刻、同鎮守府の異なる場所においても、初月が願ったように、他の艦娘達も同じことを願った。

 ロードバイクで速くなりたい、と。

 弱い自分に負けたくない、と。

 強い自分ですら上回る自分になりたい、と。


吹雪「――ありますよ」


 こともなげに、深雪の姉……吹雪はそう言った。己の限界を超える方法は、確かにあるのだと。

 深雪は、その言葉を信じた。否応なく信じられた。

 何故ならば――誰あろう吹雪こそが、その限界を次々に越えてきた艦娘だからだ。

 それは深雪のみならず、彼女の経歴を知る誰もが認めるところだった。その軌跡は決して華やかではなかったかもしれない。だが、深雪は知っている。

 決して才能があるとは言えない吹雪は、人よりも多く失敗した。時に涙を流し、時に辛酸を舐めることもあったが、それでも一切腐ることなく、できることを探し、見つけ、挑み、失敗し、成功し、弛まずに歩み続けた。

 深雪はそれを知っている。恥ずかしくて本人に言うことはできなかったけれど、いつだって尊敬している姉だった。

547 ◆gBmENbmfgY:2019/12/12(木) 23:47:35 ID:uvs5v5VM

 吹雪は変わらない。自らを衒うことなく、極端に卑下することもなかった。ありのままの自然体で、いつだって一生懸命だった。

 それでも雪風や島風すら上回る駆逐艦最多の出撃数、誰よりも多くの海を越えてきた経験は、確かな自負となって吹雪の中で根付いている。確かな背骨が、真っ直ぐに彼女を立たせている。

 その吹雪が言うのだ。同情でもおためごかしでもない。深雪の瞳を真っ直ぐに見つめる瞳には、真実だけがあった。


吹雪「耐久力や強さ、そしてスピード……あらゆるものには物理的な限界というものがあるよね。それは人間でも、もちろん私たち艦娘にもそれはある。

   だけどね、深雪ちゃん――『自分の事を自分以上に知ってる人』がいないと思うのは大間違いだよ?

   案外、自分で思ってるよりもずっとずっと高い能力があるもの。当の本人が気づいていないだけで、深雪ちゃんもそうだよ」

深雪「……根性論、か?」

吹雪「うーん、それがないわけじゃあないんだけど……それを言っちゃうと、ホラ」 


 吹雪は苦笑いしながら深雪の背後を指さした。釣られるように深雪が振り返ると、果たしてそこには根性なんて欠片もなさそうなのがいた。

 初雪だ。初雪は先ほどのタバタ・プロトコルで見事に結果を出していた。単純な出力だけならば、吹雪型でも最高の結果を叩き出していた。

 そんな初雪はゲームをしている。据え置きハードでの格闘ゲームだ。対戦相手は叢雲であるが、その優劣は一目瞭然である。


初雪「なぁにその甘えた攻撃……本気出していいのよ叢雲?」

叢雲「ア、アンタ、この叢雲様を煽って……!?」

548 ◆gBmENbmfgY:2019/12/12(木) 23:53:10 ID:uvs5v5VM

 淡々と処理を行うように淀みなくスティックとボタンを操作する初雪に対し、叢雲の表情は必死であった。

 程なくして、叢雲の本日初めてとなる「きぃいいいいい」という叫び声が上がった。勝敗は、もう見るまでもなかった。


初雪「ハチュユキィ、ウィン」

叢雲「く、き、ぎぎぎ……も、もう一度よ! もう一度勝負!」

初雪「頭まで槍女と化した叢雲に初雪が負ける理由はかけらもないし……」


 ぎゃあぎゃあと喚きながらTVゲーム――鳳翔や磯波が言うところのぴこぴこ―――に興じる彼女たちは、とても楽しそうであった。

 ひとしきりその様子を眺めた後、深雪は吹雪へ向き直った。

 苦虫をかみつぶしたような顔だった。別に勝負していたわけではないが、深雪は思った。

 ――あたしはあんなのにすら劣るのか、と。


吹雪「深雪ちゃんがさっき言ってた根性論……初雪ちゃんにあると思う?」

深雪「ハハッ、ナイスジョーク」

吹雪「あるよ」

深雪「あるのかよ!!」

549 ◆gBmENbmfgY:2019/12/12(木) 23:56:32 ID:uvs5v5VM

 猛烈にツッコミを入れる深雪に、助け船を入れるのは白雪だった。


白雪「健全な精神は健全な身体に宿れかし、という言葉がありますね。そう、誤用されまくっているあの言葉です。

   正しくは『健全な精神は健全な身体に宿れかし』です。

   意味するところは『健全な精神は健全な体に宿るべきなのになあ』という願望というか、そうあれかし、そうあるべきという意味なんですよ」

叢雲「デキムス・ユニウス・ユウェナリスだったかしら? パンとサーカスで有名な?」

白雪「この白雪と格ゲーしながら会話するとか余裕ぶっこいてますねその余裕を撃たせていただくし……!!」


 二度目の「きぃいいいいいい!」が響いた。


白雪「……誤用された原因は大体、世界大戦で主要各国が上げたスローガンのせいですが、まあそれは置いておくとして――」

深雪「あたしは……鍛え方、足りねえのか?」

白雪「う、うーん、そっちのネガティブ思考になっちゃいますか、深雪ちゃんは」

叢雲「鍛えは足りてるけれど、単に頭が悪いのよアンタの場合」


 いつの間にか叢雲が深雪の横に仏頂面で立っていた。振り返った先では、初雪がうつぶせのまま倒れ伏していた。恐らく槍女に槍されたのだろう。ぴくりとも動かなかった。

550 ◆gBmENbmfgY:2019/12/12(木) 23:57:33 ID:uvs5v5VM
※助け船入れるってなんだよ脳味噌邪神かよ

 助け船を出すだよね。出す方が邪神っぽい気がしてきた。ので今日はここまで。

551以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/13(金) 07:22:53 ID:zBKJ3Lds

それにしても秋月姉妹や鶴姉妹が
身体中から色々なもの排出しつつゼエゼエしている空間に出くわしたら
絶対正気や理性失う自信あるわ

552 ◆gBmENbmfgY:2019/12/13(金) 20:26:07 ID:YTX8C94c
※先日の投下で誤字脱字誤記多すぎて死にたくなったので投下し直していいですかダメっすかそうすか

>>548
×:初雪「頭まで槍女と化した叢雲に初雪が負ける理由はかけらもないし……」
○:初雪「頭まで槍女と化した叢雲に初雪が負ける要素はかけらもないし……」

>>549
×:白雪「健全な精神は健全な身体に宿る、という言葉がありますね。そう、誤用されまくっているあの言葉です。
○:白雪「健全な精神は健全な身体に宿れかし、という言葉がありますね。そう、誤用されまくっているあの言葉です。

×:白雪「この白雪と格ゲーしながら会話するとか余裕ぶっこいてますねその余裕を撃たせていただくし……!!」
○:初雪「この初雪と格ゲーしながら会話するとか余裕ぶっこいてますねその余裕を撃たせていただくし……!!」


今日は頑張って投下しよう。

>>551
その反応はきっと健康的な男子としては健全ですが、きっと>>551が望む描写はどっかの邪神に満たされたSSの方にあると思うんだ

553 ◆gBmENbmfgY:2019/12/14(土) 00:02:18 ID:39liyFfo

 そして深雪も動けなくなった。膝をついて五体投地だ。いつもの深雪ならば馬鹿呼ばわりされた怒りで叢雲に噛みついているところだったが、タバタを達成できなかったのが殊の外堪えていたらしい。


吹雪「叢雲ちゃん、言い方」

叢雲「何よ。本当の事じゃない? できるはずのないことをやろうとして、当たり前のように達成できなくて、当たり前の事なのに落ち込む。馬鹿以外のなんだっていうの?」

深雪「た、達成できないのが当たり前なんてわけねえだろ?」

叢雲「――いいえ、少なくとも今のアンタには達成不可能よ。さっき白雪が言ったのとは別に、原因はいくつかあるけれど……まずアンタ、司令官の言うことを鵜呑みにして、馬鹿正直に全力でやりすぎたんだもの」

深雪「………どゆこと? だって全力でやらなきゃ意味がねえトレーニングだろ? そんぐらいあたしだって知ってる……やったことだって、ある」


 深雪とて最古参の一人だ。大戦時から提督が指導するトレーニングの中にはタバタ・プロトコルはもちろん、様々なHIIT(High Intensity Interval Training)が含まれていた。

 そのやり方は提督から艦隊旗艦たちへと伝えられており、軽巡たちも非常にこのトレーニングを好んでいたし、深雪たちが所属する三水戦――川内もまた頻繁に訓練へ取り入れていた。

 名取率いる五水戦――皐月が所属する水雷戦隊もそうだ。神通らが率いる二水戦――朝潮もまた、それを好んだ。だが三者ともに、自転車では失敗した。

 深雪も、皐月も、朝潮も、それらを全て達成してきた。だからこそ、今回の失敗はショックだったのだ。


叢雲「自転車でタバタやるのは今回が初めてだったでしょ?」

深雪「そりゃそうだけどよ。結局のところやることは同じだろ!? 全力で20秒間体を動かして、10秒休む! あたしはちゃんとやったぞ? やって、やったけど…………8本目のラストで、全力出せなくなっちまった、けど」


 言葉を紡ぐごとに、深雪の気勢が萎れていく。その一方で、叢雲は頭痛を抑え込むようにこめかみを揉んだ――呆れたのだ。深雪が自信なさげに言ったことの、あまりの凄さにである。

554 ◆gBmENbmfgY:2019/12/14(土) 00:11:39 ID:39liyFfo

 なのに当の深雪が、どれだけ凄まじいことをしているのか、気づいていないのだ。

 吹雪もまた気付いていた。白雪も。そして初雪もだ。磯波は深雪と同じグループ枠でタバタ・プロトコルに参加していたため、おそらく気付いていなかっただろう。


叢雲「だからアンタは馬鹿なのよ。いえ、司令官の言葉を借りれば『いい子』なのよ」

深雪「いい子じゃ、駄目だって……だ、だけど」

叢雲「そう。司令官がトレーニング後に言ってたでしょ――『いい子』のままじゃあ、勝てないって」


 深雪は目に見えて落ち込んだ。意味が分からなかった。分かったことは一つだけだ。司令官が言うなら、きっと自分はいい子なのだろう、と。だけどそれじゃ勝てないという。

 ならば悪い子になろうと思う。だけどその方法が分からない。自分がどうしていい子と呼ばれてしまったか、その原因が分からないからだ。手を抜く、というのはきっと違うと思う。それじゃあトレーニングは、本当に達成できなくなってしまうからだ。


初雪「呆れた――じゃあぶっちゃけ初雪がもう答えの一つを教えてあげるんだけど……」


 ピクリとも動かなかった槍女に槍された被害者・初雪がむっくりと起き上がり、深雪にダウナーな雰囲気のままに告げる。


初雪「あのさ、深雪。朝潮も皐月もそうだったけどさ……タバタやってたときはひたすらに『踏む』ペダリングしか、してなかったじゃん?」

深雪「…………え? 駄目なのかあれ?」

叢雲「この、馬鹿……できるわけないでしょ。むしろできるギリギリまでやってのけたアンタは凄いのよ、あんな馬鹿丸出しの手法で!」

555 ◆gBmENbmfgY:2019/12/14(土) 22:46:29 ID:39liyFfo

 全力、と提督は言った。これが『いい子』にとっての罠なのだ。吹雪たちが推測するに、恐らくは提督が意図的に伏せた罠である。

 その全力とはその時折のセットで出せる全力の事を指しており、別にペダルの回し方、使っていい筋肉については指定していない。

 だが『己と戦うタイプ』の乗り手は、更に自分を追い込む。

 即ち使える筋肉すら特定して、自身を追い込んでいくのだ。

 朝潮も、皐月も、深雪も、見事にその罠に嵌ったのだ。だがもし分かっていたとしても、おそらく同様の結果になっただろう。

 この三人には、ロードバイクにおいて共通する欠点がある。

 ――――ペダリングが凄まじく下手という点だ。三名共に、ペダリング時に重要となる引き足を活用できていない。

 ペダルをひたすらに踏み続ける。クランクを引き上げる際にも力を籠め続け、あっという間に呼吸は乱れ体力は目減りし、ライディングポジションも崩れ、生簀で餌をねだる鯉の如くに口をパクパクし始めるのだ。

 正しい姿勢で正しいペダリングが出来ないというのは、それだけで余計な体力を消耗する要因となる。


吹雪(まあ、だからこそ本当の意味で全力すぎて、正しい意味ではタバタ・プロトコルを行えているんだけれど……それをどうにかしないと、ロードバイクで速くなるという目的には届かないよ)


 吹雪はそれをあえて口にしなかった。言わない方が深雪の成長につながるという確信があったのだ。

 吹雪自身もペダリングは上手くない。むしろ下手な部類に入る。

 だからこそ、吹雪は工夫する。亀の歩みであっても、己の成長を諦めることはしない。

 クランクのひと回しひと回しを丁寧に。新雪の野を征くがごとく、己の両脚に、そして足のみならず、自らの肉体の動きに集中して、その反復動作を馴染ませる。

556 ◆gBmENbmfgY:2019/12/14(土) 23:20:41 ID:39liyFfo

吹雪「それにね、深雪ちゃん。深雪ちゃん、レストの時にちゃんと休めてた?」

深雪「や、休めてたよ。ちゃんと、次の20秒間で走れるように、必死こいて息を整えてたさ」

吹雪「その時に考えてたことを当てようか? 『はやく呼吸を整えなきゃ』とか『こんなに苦しいのに次の20秒間を走り切れるんだろうか』とか、焦ったり不安に思ってた。そんなところじゃない?」

深雪「…………!」


 驚きのあまり言葉が出てこない様子で、深雪は硬直した。まさにその通りだったからだ。


吹雪「それは休めてないよ、深雪ちゃん」

深雪「吹雪は、違う……のか? そんな不安は、なかったの、か?」

吹雪「私がレストの時に考えていたのは、少し違うかな。私はただひたすらに体を楽にできるように姿勢を整えたり、今自分の身体でどこが一番疲弊しているのか探ったり、次のセットではこうやって足を回そうとかイメージしながら、正しいペースで息を吸って吐いて――ただひたすらに回復することに『集中』してたの」

深雪「そ、それ、あたしのと、なんか違うのか?」

初雪「そりゃあ違うよ」

白雪「全然違います」

叢雲「そういうのはオタついてるって言うのよ」

深雪「おめーらあたしにセメントだな!? つーか磯波よぅ!? さっきから黙ってねえで深雪様を助けてくれよ!? 弾幕薄いよ!? 何やってんの!?」

磯波「ごめんなさい。今、浦波ちゃんのマッサージで忙しいから、深雪ちゃんはまた後で……」

557 ◆gBmENbmfgY:2019/12/14(土) 23:28:34 ID:39liyFfo

 うつぶせにマットに倒れ、息も絶え絶えに喘ぐ浦波と、その浦波の身体を跨ぎ、四肢を献身的に揉み解す磯波に、流石の深雪も押し黙るほかなかった。

 浦波はタバタ・プロトコルが終わった瞬間に、支えを失った丸太のように横倒れとなった。

 横で監督役としてついていた軽巡が受け止めたため大事なかったが、それが深雪の劣等感をますます煽ったのは言うまでもない。

 深雪も本当は気付いていた。吹雪が前述したとおりだ。

 「今のあたしには、決定的に集中力が欠けている」と。


 ――集中するということ。

 ――精神と肉体は、密接に影響を及ぼし合っているということ。


 先ほど白雪が言いかけた、そして言いたかったことの真意はそこにある。

 そして初雪もだ。深雪がタバタ・プロトコルに失敗した答え―――その「『一つ』を教えてあげる」と前述したのはそこだ。

 肉体と精神のバランス。

 心ばかりが先行していては、肉体はついてこない。逆も然りなのだ。精神が肉体の在り方を正しく認識し、それに応じて肉体を動かさねばならない。それこそが健全な精神と健全な肉体の理想的な在り方なのだ。

 深雪が失敗した原因は、ペダリングだけに非ず。

 何に集中すべきなのかを見定める判断力。そしてその集中をどうやって持ってくるか。どうやったらそれをより強く深く、そして長く維持できるのか。

 目的を定め、その目標を達成するための手段として、自身が何をどうすべきかを選択し、それに没頭する力。それが集中力だ。

558 ◆gBmENbmfgY:2019/12/15(日) 23:46:10 ID:CfDvoho.

 即ち、己の心の火を―――提督が言うところの『燃料』を―――モチベーションを向上・維持するための引き出しが、深雪には足りていない。それが最大の要因と言っても過言ではなかった。


吹雪「集中力を鍛えるということ、高めた集中力を維持できるということ、それは己のパフォーマンスを引き出すことに繋がります。本番で緊張して実力が発揮できないなんてことはよく聞くでしょう? というか、体験がある筈です」


 吹雪の丁寧な説明を受け、深雪は頷いた。覚えがある。今でも覚えていることだった。

 深雪がまだ鎮守府に着任して、さほど時間が経っていない頃の時だ。

 今の新人たちは、しっかりと座学や訓練で実力の下地を作ってから実戦投入――表向きは平和なためあくまでも遠征や資材調達の体ではあるが――されている。

 深雪たちの時は、それはなかった。必要最低限な情報を与えられ、軽巡に率いられ、海に飛び出し、敵と戦う。それほどまでに情勢は悪化の一途を辿っていた。沖ノ島を突破するまでの一ヶ月間の内に着任した艦娘達は、皆そんなものだった。

 初陣となる深雪はその日、まるで緊張はしていなかった。むしろ浮かれていた。生前は果たせなかった実戦だ。意気軒高で海へと飛び出した。

 だけど、そんな気分は続かなかった。海に出てしばらくして、同伴の艦娘達の様子がおかしくなった。深雪と同様、今回が初陣となる駆逐艦たちだ。

 単縦陣が――陣形が乱れだす。それに檄を飛ばそうと口を開いて、深雪は声が出ないことに気付いた。喉がカラカラだった。

 持たされた水筒で水分を補給しようとした。だけど、どうにもうまく蓋が開かないのだ。

 深雪が、自分の指先が震えていることに気付いたのは、その時だった。

 艦娘とは大雑把に言えば――人の血と肉と骨でできた身体に、艤装の補助が入った存在。ベースは艦なのか、それとも人なのか。いずれにせよ、艦艇だった頃には存在しなかった感触と心がそこにある。

 ――出来上がったばかりの心が叫ぶのだ。怖いと。死にたくないと。戦いに赴く前は、あんなにも戦いたかったのに。

 気づけば深雪は、他の随伴艦たちと同様に、カチカチと歯を鳴らせて、涙でにじむ視界のまま、朧げな航海をしていた。後悔しながらだ。

559 ◆gBmENbmfgY:2019/12/15(日) 23:57:55 ID:CfDvoho.

 とても戦える状態ではなかった。だが敵は待たず、確実に航海の先に待ち受けている。そして敵が迫って――――それでも深雪は、いま生きている。

 実戦とスポーツの違いが明確に存在するとすれば。軍人と一般人の違いを、あえて明文化するのならば。その答えの一端は、そこにある。

 記者会見で、試合前の選手が言う――『命懸けで戦う』と。同じく言う――『全力を尽くす』と。

 その言葉は、軍人はもちろん、艦娘の心には響かない。

 『お前ら、負けても死ぬわけではないだろう? その死はキャリアや選手としての寿命って意味だ』

 『私たちは違う――私たちは負けたら死ぬんだ。死ぬんだよ。本当に』

 蔑んでいたわけじゃない。ただ羨ましかった。そういうことができるのが平和なんだって、信じられた。取り戻さなきゃと思った。そのときはそう思ったが――その羨んだ存在に、今の深雪は届かない。

 初月もそうだったが、深雪もまたそうだった。大戦時は『海を平和にしたい、静かな海を取り戻したい』という一念があった。執念と言っていい。

 提督から発せられるその意思が、艦娘達にも伝播した。何が何でも己でそれを成し遂げて見せるという覚悟を感じたのだ。それが自らの力を高め、信じられないほどの力をひねり出した。


深雪「みんなは、何を燃料にしてんだ?」

吹雪「燃料……集中する時のモチベーションって事だよね? 私はもちろん、楽しむことかな」

深雪「なるほど」


 深雪はしっかりとメモした。――芋い、と。

560 ◆gBmENbmfgY:2019/12/15(日) 23:58:38 ID:CfDvoho.

白雪「より自分を高めたいって欲求ですね。乗り始めの頃はあちこち体が痛くなって、10kmも走ったところでお尻が痛くなっちゃったりしたけれど、だんだん走れるようになる、速くなってるって言う実感は嬉しいものです」

深雪「なるほどなるほど、あんがと」


 深雪はしっかりとメモした。――意識高い系、と。


初雪「達成感以外に何がある? ダルいしツラいことでもさ、できずに終わるのとできて終わるのじゃあ、その後の気持ちに違いが出てくるし……初雪はやればちゃんとできる子だって、ちゃんと証明したいし」

深雪「すげえ納得した」


 深雪はしっかりとメモした。――意外とストイック、と。


叢雲「私以外の速いヤツはどいつもこいつも脚攣ってしまえという気持ち」

深雪「前から思ってたけど、やっぱり叢雲ってヤベーやつだな」


 深雪はしっかりとメモした。――叢雲はヤベーやつ、と。


深雪「………天龍、は?」

初雪「天龍、好きだよね……深雪は」

白雪「お世話になった人だものね。深雪ちゃん、すごく懐いていましたし。川内さんが妬けちゃうなあなんて茶化すように言ってましたね」

561 ◆gBmENbmfgY:2019/12/16(月) 00:05:25 ID:dYxR59vA

叢雲「その天龍がどうやってるのか知りたいなら、明日トレーニングルームに行けばいいじゃない――――今日私たちがやったタバタ、明日は軽巡と重巡の方々がやるそうよ」


 ――軽巡。つまり、天龍も参加するということだ。


吹雪「深雪ちゃんの心の燃料が、「負けたくない」ってだけなら、いい勉強になると思う。見ているだけできっと、深雪ちゃんに伝わってくるものがある筈」

初雪「ん。初雪も川内さんがどうやってクリアするのか見てみたい」

白雪「私もです」

深雪「そっか……天龍が、走るのか」


 呟きながらも、深雪の意識はとても似てはいるが、別のところに集中していた。

 深雪の初陣の時。あの時、何があったのか、あまり覚えていなかった。必死に戦ったことは覚えている。駆逐艦一隻を撃破する戦果を上げて、意気軒昂に鎮守府に帰還したころまで、時間が飛んでいる。

 ――どうして、という言葉が頭にリフレインする。


深雪(あの時、この深雪様はどうして強くなりたいと思ったんだろう―――)


 その一端、あるいはすべてが、明日わかる。深雪がロードバイクで速くなりたいという目的を達成するための、燃料は何なのか。その燃料を燃やしつくすほどの火は何なのか。

 それが分かるのが、明日の軽巡洋艦・重巡洋艦が実施するタバタ・プロトコルで判明する。

562 ◆gBmENbmfgY:2019/12/17(火) 00:13:49 ID:cSOC.1m2

………
……


 ――いい子のままじゃあ、勝てないんだよ。


 司令官に言われた言葉がぐるぐると頭の中で廻っている。

 朝潮は自分という存在が真っ白になっていくような、得も言えぬ虚脱感に包まれていた。

 皐月や深雪もまた悔しがり、落ち込んでいたのは何となく覚えていた。

 けれど、朝潮は分かっていた。呼吸を整え、体をほぐし、再びロードバイクにまたがっていても、鬱屈とした心地は晴れない。

 朝潮は分かっていた。


 ――司令官が仰ったあのお言葉は、きっと私にだ。

 ――私に『だけ』向けられていたんだと。


 朝潮の認識は、間違ってはいない。単なる被害妄想というわけではない。概ね間違ってはいない。

 実際のところ提督は、その言葉のほとんどを朝潮に向けて放っていた。

 だが――肝心な受け手である朝潮が、言葉の真意を勘違いしていた。あえて提督がそれを言わなかったこともある。朝潮本人が気づかねば意味がないと判断したのだろう。

563 ◆gBmENbmfgY:2019/12/17(火) 00:20:45 ID:cSOC.1m2

 それに気付くことができたならば、朝潮は信じられないほどの成長を遂げると、期待を――否、確信していた。


朝潮(だって、朝潮は……私は、あの言葉を、昔も言われたことが、あった……司令官にも、そして――)


『そんな『いい子』は戦場では通用しませんよ』


 ――厳しい顔立ちで叱責する神通さん。そして。


『あんたさ……融通が利かなすぎだよ。『いい子』なのは結構だけど、それだけじゃ疲れない? あたしにはさ、なんかさ……あんたが酷く余裕のない奴に見えるよ』


 ――心配そうに朝潮に構ってきた、敷波にも。


朝潮(お三方とも、きっと清濁を併せて呑むことの重要さを、私に諭してくれていたのだと思う)


 正義のみを受け入れるのは狭量なのだと。悪徳を受け入れられる器を持たねばならないのだと。そう説かれていたのだと思う。

 朝潮は優秀な艦娘だ。座学においても、訓練においても、この鎮守府における水準以上の成績を残している。

 だが、演習や実戦で、まるで結果が振るわなかった時期があった。

564以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/17(火) 00:25:30 ID:hOag6kpE
朝潮ちゃん!

565 ◆gBmENbmfgY:2019/12/17(火) 00:27:20 ID:cSOC.1m2

 ある演習の総評で、朝潮は名指しで神通にとがめられたことがある。

 二班に分かれた二水戦の模擬演習結果――もちろん朝潮は惨敗した。


神通『立ち回りが素直すぎます。基本に忠実で、教本通りであることは否定しません。

   実に素晴らしい――素晴らしく愚かです。教わったことをなぞるのみ。それをなぞることの難しさはあるでしょう。
 
   ですが朝潮。貴女にとってそれは『とても簡単』でしょう? 楽な方へ楽な方へという考えです』


 その言葉の意味が、言われた時には理解できなかった。

 だって、正しいことは正しい事じゃあないか――そう思った心を、言葉にして言い返せない自分が、とても惨めに思えた。

 神通の言葉の意味を正しく理解できたのは、しばらく経ってからのことだ。

 妹たちが、どんどん強くなっていった。

 座学でも、訓練でも、そして演習でも。

 朝潮は勝てない艦娘だと言われたこともあった。


朝潮(ああ、そうだ……私は、『何も考えていなかった』んだ。勉強して、砲撃や雷撃の訓練を頑張って……だけど、私には人の心が分からない)


 目標があっても、そこに至るまでの道筋はいつも一本道だった。それは明確に道が見えているという意味ではない。たった一つの事しかしていない、それ以外にやれることをしらないのだ。

566以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/17(火) 00:33:38 ID:GgJjZJWo
神通=サンだって、根はそういう真面目一辺倒だろうに
潜った地獄の数の差か、ソレとも蕨の死が「扉を開けて」しまったのか

567 ◆gBmENbmfgY:2019/12/17(火) 00:36:29 ID:cSOC.1m2

 ――北上さんとは、大違いだ。北上さんはいくつも枝分かれした岐路で、己の道を『それのみ』と選び取った。

 ――朝潮は、私は……自分がこうなりたいという願望はあっても、ただ我武者羅にやるばかりだった。

 ――それ以外に道はないのか、探そうともしなかった。何も考えていなかった。なりたい自分が、わからない。

 明確なヴィジョンがないのだ。かつて香取の授業で行われた『将来の自分』というテーマの作文で、朝潮は目指すべき目標だけは書けたが、自分がどうなりたいのかだけは、ついに書けなかった。

 言われたことをやる。言われたことをやり遂げる。言われたことだけは、教わったことだけは、できた。きっと誰よりもできたという自負がある。

 それでも、言われなかったことは? 教わらなかったことは? 初めて相対する物事に、どうやって取り組めばいい?

 失敗と敗北を繰り返した。それを経験していれば、未知は既知となる。だが再び新しいことに遭遇してしまえば、朝潮はあっけなく敗北した。

 そして今回もまた、朝潮は失敗した。

 だから、聞きに来たのだ――神通に。


神通「――貴女は常に気を張っています。常在戦場を問うのであれば素晴らしい事です。ですが日常生活においてのそれは、ただの注意力散漫です」


 朝潮は膝をついた。今日も神通の言葉は的確に朝潮の小さな腎臓を狙い打つキドニーブローである。流石だ、と朝潮の表情が苦悶に満ちる。


神通「対潜哨戒任務においては実に頼もしいの一言なのですが、そうして普段から集中力を常に垂れ流していると、いざという時にはからっぽで使えないでしょう?」


 朝潮は立ち上がった。今日も神通の言葉は下げてから上げてくる。長良型とは一味違うフォロー溢れた素晴らしい上司の鑑であった。長良型なら下げた後に奈落へ落としてくるという徹底的というか容赦のなさがある。流石だ、と朝潮は口元をへの字にして、再びむんと神通へ向き直る。

568以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/17(火) 02:28:14 ID:I0y3/rdk
長良型の方が神通さんより辛口なのか意外だ


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