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立ち話・雑談スレッド

308御意見番:2011/03/08(火) 23:16:09
>>305

>僕は「仏法とは」と表現してありますからね

ほぉ〜

>方便品を読むと解りますが世尊は此の法を声聞・辟支仏である舎利弗にしか
>説いてないわけですね。

「此の法」を「仏法」とした場合、

そうなると釈尊は「仏法」を「舎利弗に〝しか〟説いてない」
「〝舎利弗以外が部屋を出て行ってから〟世尊は語り始めています」
ということなのなのかい?



堅皇さんの発言を再掲

>方便品を読むと解りますが世尊は此の法を声聞・辟支仏である舎利弗にしか
>説いてないわけですね。

>舎利弗以外が部屋を出て行ってから世尊は語り始めています。
>更にその舎利弗にですら此の法を説く事を最初はためらった訳です


舎利弗と釈尊の「三止三請」のやりとりは、会座にいる衆生を意識した内容に
なってるでしょ。

舎利弗「今者四衆、ことごとく皆疑い有り、唯、願わくは世尊、この事を敷演したまえ」
釈尊「もし、この事を説かば、一切世間の諸天及び人、皆当に驚疑すべし」

会座の衆生が十如実相の文を聴いて疑いを起こしたがゆえ、その衆生の心を知った
舎利弗が、衆生の疑いを晴らすため、代表して釈尊に教えを懇願し、
釈尊がそれを拒否するやりとりが「三止三請」なわけだろ。

だからこそ、舎利弗が、会座の衆生を代表する「対告衆」としての意義があるわけ
じゃんか。

「舎利弗に〝しか〟説いてない」
「〝舎利弗以外が部屋を出て行ってから〟世尊は語り始めています」は、
五千の上慢に入らなかった会座の衆生を無視した我見だぞ。


何度でも言うけど、法華経の教学を語るならば、法華経開結の読み下し文を
読み直して、経文の基礎知識を身につけなよ。


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