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企画されたキャラを小説化してみませんか?vol.3.5
598
:
紅麗
:2013/03/17(日) 01:11:46
「そこのお二人さん、ちょっといいかい?」
話しかけられてしまった。
このまま学校まで全速力で走って逃げることも考えた。
しかし、振り返ってみたときに見えた男性の素顔は、それはそれは優しそうで。
先程の「朝からコスプレをした変な男」という印象は一瞬にして
「ちょっと変な格好しているけど優しそうなお兄さん」という印象に塗り替えられてしまった。
「聞きたいことがあるのだけれど…この辺りでおんなのことおとこのこを見なかったかな?」
「は?」
思わず聞き返してしまった。
アバウトにも程がある。二つ結び〜だとか、金髪の〜だとか、特徴を言うならまだしも
「おんなのことおとこのこを見なかったか?」である。
一体この質問にどう答えろというのか。
「いや、そんな質問されても…」
「…特徴とかないんスか?」
「黒髪…だったような」
曖昧かよ、と二人は同時に心の中でツッコミを入れた。
「そう、だな…今ならきっとキミ達と同じくらいの歳、だろうか」
「最初からそれも言えよ!なんだよ最初の「おんなのことおとこのこ」って!」
「ゆーちゃん、落ち着いて…!」
あまりの段取りの悪さにユズリの短気っぷりが炸裂した。
まぁまぁ、と弟を宥めるユウイ。
「まさか、キミ達なんてことは――」
「ねーだろ、俺そっちみたいな奴知らねーもん」
「アタシも…きっと違いますよ」
「そう、か」
ぐいっと帽子を被り直し、溜め息をつく男性。
「いや、実はね――昔その「おんなのことおとこのこ」に約束をしたんだ」
「…へぇ?」
「『いつか、私の故郷の美しい景色を見せてあげよう』と、ね」
「けれど、それは叶わなくなってしまった。何者かによって、森の「色」が奪われてしまったんだ」
「…色?」
ふと何かに気が付いたようにユズリが声を上げた。
ここ最近学校で噂になっている話を思い出したからだ。
「それってもしかしてさ、「色のない森」のことか?」
「!――そう、かもしれない。そうか、ここではそんな風に呼ばれていたのか」
「じゃあ、そっちはその森から逃げてきた奴、なのか…?」
少し、ほんの少しの間だけだが、男は黙り込んだ。
まるで何かを話したくなかったかのように見えたが――。
「そうだ、私はハーディ。キミ達が話している「色のない森」から出てきた者だ」
「ハーディ、なんだか、外人みてーな名前だな」
「ふふ、そうだね」
薄く笑うと、男――ハーディの帽子についている二つの羽がふわりと揺れた。
「さて、私はそろそろ行こうか すまないね、止めたりして」
「いえ、こちらこそ、力になれなくてすみません」
「っつーかあれだけの情報で探すってのが無りむがが」
ユウイが、弟の生意気な口を片手で押さえた。
「もう会うことはないだろうけれど…じゃあね、学生お二人さん」
「はい、探している人、見付かるといいですね!」
「頑張ってくださーい」
通学路にて
「なー、姉貴」
「なに?」
「「色のない森」なんだけどさ」
「…アタシはやだよ」
「…そーかよ」
――――――――――
『ヤハト!』
「…ミハル」
『ふふっ、今日も此処にいたのね』
「お前も物好きだな。私に会いにくるなんて」
『貴方、温厚そうにみえてかなーり猪突猛進な人だからね。
放っておけないわ。またぼろぼろで倒れてるかもだし』
「………」
『やだ、そんなコワイ顔で睨まないでよ』
「……ハァ、好きにしろ」
599
:
えて子
:2013/03/18(月) 20:40:33
「戦力外兵器からの解放」のその後。自キャラオンリーです。
紅が入院し、情報屋が臨時休業して数日が経った。
「オーナー。見舞いに来ましたよ………って、起きてて大丈夫なんですか」
「あら、長久くん。平気よ、今日は調子がいいの。虎くんたちは?」
「…今日は留守番っす」
ベッドの上で体を起こして微笑む紅に、長久は軽く肩を竦めた。
紅の体の弱さは情報屋のメンバーの中では周知の事実だ。
何度も病院のお世話になってはいるが、不思議と命に関わるまでの悪化はしたことがない。
今回も、危ないと言われていながらも、こうして起きて自分と話していられる程度には回復している。
「…本当に病弱なのに丈夫というか、強運というか、しぶといというか…」
「ふふ、それは褒められているととってもいいのかしら?」
「どちらでもどうぞ」
「じゃあ、そうとっておくわね。ありがとう」
近くにあった椅子に座ると、他愛ない世間話をする。
少しすると、ところで、と紅が顔を近づけてきた。
「…蒼介の様子は、どうかしら?」
「……オーナーが連れてきた時と変わりませんよ。何つーかずっと、糸が切れたみたいにぼおっとしっぱなしで…」
「そう…」
「確かに攻撃とか、暴れたりとか脱走とかはないんでそこは安心なんですけど、何もしてないとまるで置物みたいで…。アーサーなんて『本当に生きてるのか』って言ってましたよ」
「…………」
もう一度、そう、と呟くと、目を伏せた。
「そう簡単にはいかないわよね……。分かっていたことだけど、道は険しいのね」
「…オーナー。あいつ助けたこと、後悔してるんですか?」
長久の問いに、紅は間髪いれず「いいえ」と答えた。
「後悔なんてしてないわ。けど…あの子はどうなのかな、って思って」
「どう、って?」
「あの子の様子を見ていれば…いなくなってから今まで、辛い境遇だったんだって、何となく分かるわ。でも…蒼介がが行方不明になったのは物心つく前。急に顔も知らない私に連れていかれて、よかったのかしらね。今私がしていることは、私の我侭でしょうし、煩わしく思われているのかも」
「………」
「…それでも、私はあの子と一緒にいたいのよね」
「………。だったら、養生して早く退院して、接してやってくださいよ」
「そうね、ごめんなさい」
苦笑しながら謝る紅に、長久も申し訳なさそうな表情で頬をかく。
「いや、別に…。じゃあ、俺は戻ります」
「そう。虎くんたちにもよろしくね」
「よろしくって…どうせまた見舞いに来るんですから」
「ふふ、それもそうね。…気をつけて」
「はいはい」
おかしそうに笑う気配を背に、長久は病室を後にした。
二人の心中
「……まだ、オーナーには言わないほうがいいよな」
「あいつが、“命令”でしか動けないって」
600
:
十字メシア
:2013/03/18(月) 23:12:00
>スゴロクさん
ありがとうございますそして書き上がりました!
お借りしたキャラは、スゴロクさんから「火波 スザク」、ネモさんから「七篠獏也」です。
「一歩前進、帰還の知らせ」の後日かつ「飛翔の前兆」の後日です。
「…とまあ、こういう事だ」
「………」
「突然こんな話をして、混乱させてすまない。しかし先に話しておくべきかと、思ってな」
「いや…獏也さんは悪くないけど…その…」
「?」
何故か汗をダラダラ流しているヒロヤ。
その訳を何となく察した獏也だが、とりあえず何も言わなかった。
そして応接間のドアが開くと。
「む、来たか」
「どうも、獏也さん」
「………」
「佳乃、挨拶」
「…さっさと始めるぞ」
「も〜……」
「ちょっと前まで頭痛が酷かったんですよ。またなったら、たまったものじゃない」
「頭痛?」
「最近なるみたいで…そんなに多くはありませんが」
顔をしかめる佳乃。
その一方。
「……久しぶりね、ヒロヤ」
「………ああ」
ヒロヤを見据える茶髪金眼の少女、アンジェラ。
彼女が、彼の異母姉妹である。
「殺すぞ」
「いやいきなりそれかお前!?」
獏也から粗方話を聞かされたアンジェラは、据わった目で間髪入れずそう言った。
「お前はいっつもいっつもそう!! 周りの言葉を鵜呑みにして同調してばっか!!! 殺したくもなるのは当然だろ!!!」
「それお前だけだっつの! つかオレの言動は――」
「全部間違ってる? ほざけ!! 一辺その口ン中に鉛弾ぶっ込んでやろうかこの脳味噌スカスカド低能!!」
「(カチン)…あぁいいぜやれるもんならやってみな粗暴女!!!」
「言ったな!!」
「待ちなさい二人共! その辺にして銃器をしまって!!」
斎が制止の声を上げるが、この兄妹は全く聞いていない。
二人が引き金に指をかける――その時。
ジャキン!!
『!?』
「…そこまでだ」
二人の間に降り下ろされた鎌。
佳乃だ。
「兄妹喧嘩などした所で、時間を無駄にするだけですよ。…アンジェラ、その為に来た訳では無いのでしょう?」
「……すいません。総元締め様」
「……オレも、悪かった」
銃を仕舞うヒロヤとアンジェラ。
それを見て、斎と獏也は笑みを浮かべた。
「…流石は、総元締め…だな」
「ふふ。この姿を見ると、僕も誇らしく思えます」
601
:
十字メシア
:2013/03/18(月) 23:12:35
「……さて。本題に戻ろう」
「ああ」
「とりあえず、ナオトキ殿の遺言によれば、ヒロヤは守人の一員に入れて欲しい、との事だが……ヒロヤ自身の意思は?」
「……嫌じゃあ、ないけど…いきなりとなると…」
「ふむ……まあ、すぐにとは言いません。気持ちが固まるまで待ちますから」
「…えーと、まあ、ヒロヤさんに関してはそういう事にしといて…アンジェラさんどうします?」
アンジェラを見やる斎。
「そうね、まず家に帰ろうかしら。久しぶりにパパに会えるし」
「そういえばヒロヤ、お前も両親に会わなくていいのか?」
「え?」
「三人の言い分と先程見た『アレ』で、特殊能力者ではない事が事実と判明した今、早く帰った方がいいのでは…」
「確かに…そもそも行方不明者捜索の発端は、ヒロヤさんの父親の申し出ですし」
「親父の?」
「急にいなくなったので早く見つけて欲しいと」
「う……」
言葉を詰まらせるヒロヤ。
そんな兄の姿を見て、アンジェラは「馬鹿…」と溜め息混じりに呟いた。
「帰ったらすぐ謝らないとなあ…」
「そうよ。ママがいない今、私が帰ってくるまで家族はヒロヤだけだったんだから…」
「何? 母親、いないのか?」
「あ……ああ、まあ…」
「…?」
獏也はヒロヤの様子に、一瞬疑問を感じたが、それ以上気にとめようとしなかった。
「それではこのくらいにして…早く帰りますよ。さっきも少し頭痛なったし…相変わらずお茶まずいし(小声)」
「佳乃! すいません…」
「いや、いい。我々も捜索を出来る限り尽力しよう」
「ありがとうございます。ほら、佳乃も」
「………ふん」
「ああもう佳乃! 待ってよ!!」
先に行った佳乃を追いかける斎。
「…じゃあ、獏也さん。オレ達もこれで…」
「ああ。すまなかったな」
「いや、悪いのはこのド低脳だから」
「うっうるせえボケ!」
「はいはいさっさと帰るわよ」
一段落した話
「あ、そうだ。アンジェラ」
「ん?」
「ちょっと頼みがあるんだが…」
「頼み?」
602
:
サイコロ
:2013/03/21(木) 02:45:55
ショウゴとただのウロボロスな夢。
座敷に、壮年の男とその娘が座っている。
どうやらその向かいに、俺はいるらしい。
壮年の男が何かをしゃべる。が、聞こえない。
やがて娘が、壮年の男の話をさえぎり話し始めた。が、聞こえない。
俺は今どんな表情をしているか。わからない。
向かい合っている二人の表情は。わからない。
この謎の空間に意味なんてない。
なぜならもうすぐ、
この夢は終わるから。
男の腹に穴が開く。それでも男はしゃべり続ける。
やがて無残に切り裂かれ、引き裂かれ、指と唇の肉片が残り唇だけが動き続け。
娘の姿が消えてく。それでも娘はしゃべり続ける。
やがて服がその場に落ち。深く深く闇に沈んだ瞳が弾み転がった先からじっと俺を見る。
何を言われているのか。
何を伝えたいのか。
わからない。
わからない。
ただ、予測することはできる。
怨嗟だ。
「なぜ、 。」
「どうして、 。」
そう言っているのだろう。そうに違いない。助けられなかったのは…俺だから。
やがて、部屋が夕焼けに染まる。
そして、部屋が血飛沫に染まる。
ふと正座した自分の手を見ると、朱く紅く赤く染まっている。
「ああ、俺も死んだのか。」
自らに空いた穴を窓のガラス越しに視認した。そして
布団から体を起こすと、丁度リュウザが部屋に入ってきた。
「ショウゴさん、目が…。」
「るせぇ、寝不足なんだよ。」
「そろそろ模擬戦の時間ですよ。大丈夫ですか?」
「ああ。顔洗ってくる。」
「大丈夫かな、目…死んでたけど…」
青年から罪悪の心が消えることはない。
青年から後悔の念が消えることはない。
青年から寂寥の影が消えることはない。
だからこそ。
巧妙に隠蔽しても、消えることはない。
だが彼はまだ気付かない。
殺された人間の過去を見ていては、生きている人間の未来へは進めない。
隠しているために、他人さえも気付かない。
夢の中の世界は、必ずしも現実と一致しない。
「…ニエンテ、どうしたの?」
「…。」
「実験に集中しなさい、次に移るわよ。」
「了承致しました、クルデーレ様。」
過去に囚われていては、生きている人間の未来を変える事は出来ない。
603
:
<削除>
:<削除>
<削除>
604
:
えて子
:2013/03/21(木) 21:58:13
夕重のお話。十字メシアさんから「百々江 想」さんお借りしました。
話に出てくる少年はモブです。
少年は、能力者だった。
狼と化す、能力を持っていた。
制御が不安定なせいか、はたまた能力の特徴であるのか、「黄色くて丸いもの」を見ると、それがテニスボールであれ目玉焼きであれ否応なしに狼となってしまう。
そのため、常に意識していないと学校でも油断するとまるで御伽噺の獣人のような姿になってしまい、誤魔化すのも一苦労だった。
そんな彼が、どうしても学校を休まねばならない時がある。
満月の日だ。
満月の日だけは、朝から晩まで狼の姿になってしまう。どんな対策を講じても、どんなに努力をしても、月が欠けるまで元に戻ることはない。
だから、その日は。
その日だけは、誰にも会わないでいた。
部屋にこもり、鍵をかけ、一日を過ごしていた。
はずだった、が。
何故、満月の夜なのに自分は人の姿でいるのか。
何故、見知った顔に矢を突きつけられているのか。
「……………」
声を出そうとしても、喉の奥でつっかえてしまったように一向に出てこない。
自分を見つめる顔は、どこか楽しそうな薄笑いを浮かべている。
「……夕重、さ、」
「ノンノン。今の“私”は夕重じゃない。強奪者、さ」
ちちち、と指を振って訂正する。
以前の強奪者は不気味な仮面をかぶっているせいか気味の悪い声だったのに、今はそれがない。
少年の沈黙を納得と取ったのか、強奪者は満足げに笑って手を少年の前に突き出す。
その手には、狼の形をした小さな結晶が握られていた。
「これは、もらっていくよ」
夕重と同じ声でそう言うと、ローブを翻して窓枠に足をかける。
「あ」
思い出したかのように呟くと、くるりと振り返って少年を見た。
「今夜のことは話していいけど、私のことは他言無用ね」
一方的にそう言うと、窓から飛び降りる。
少年が我に返り窓辺に駆け寄ったときには、既に人影はどこにもなかった。
結局、彼には強奪者の動機は分からずじまいだった。
605
:
えて子
:2013/03/21(木) 21:58:54
「…………ふあ〜〜〜〜〜、あ、あぁ…」
「弓道士様、眠そうですね…」
「…最近、やけにね。きちんと寝てるはずなのにな……」
翌日、想は一時限目から盛大に船を漕ぎっぱなしの夕重を心配していた。
夕重は夕重で、普段ならありえない時間に襲ってくる睡魔と格闘していた。
「…駄目だこりゃ。ちょっと寝てくる。……自分のことは適当に誤魔化しといて」
「え?弓道士様?」
有無を言わさぬ勢いで立ち上がると、ふらふらとしながら教室を出て行った。
「………あ」
「…………」
廊下を屋上に向かって歩いていると、弓道部の仲間である同級生と会った。
「…また、寝に行くんでスか」
「うん…眠いから」
「…………」
少年は何か言いたげな表情で夕重を見ていたが、チャイムが鳴ったのを聞くと、結局何も言わず慌てて教室へ走っていってしまった。
「………」
夕重は、自分より背の高い同級生を見上げて痛くなった首をさすりながら、屋上へ向かった。
望月の夜と強奪者
(その後、屋上のお気に入りスポットに陣取った夕重は)
(寝転んで3分も経たぬうちにすやすやと眠り始めた)
606
:
紅麗
:2013/03/21(木) 22:47:30
「通学路にて」の続きです。
(六×・)さんより「凪」、「冬也」をお借りしました。
自宅からは「榛名 有依」「榛名 譲」「ハーディ」です。
――――――――――
『キミ達は、人間が好きか?』
「人間…」
「ニンゲン?」
『…お父さんや、お母さんは好きか?』
「「! 大好き!」」
『そうか、じゃあ「ニンゲンじゃないもの」は好きか?』
「………?」
『例えば、私みたいな、さ。ニンゲンじゃないのに、ニンゲンのコトバを話す。
明らかにニンゲンではない力をもっているもの、だ』
「………」
『醜い、とは思わないかい?』
「…むずかしい…。でも、生きてれば、みんな同じだよ」
『…同じ?』
「うん。みんな同じ。人間だって、魚だって、虫だって、みんなおなじよーに生きてる!
人間じゃないからきらい!とか、そんなのダメだよ。生きてることをじゃまする権利なんてだれにもないよ。
だって、この世界に生まれたんだから!」
「…おねーちゃん、何言ってるか全然わかんない」
「うん、あたしも全然わかんない!」
『…不思議な子だな、キミは。』
――――――――――
「だからさ、そいつ、その森から逃げてきたんだって!」
「本当か、ユズリ?その話、怪しさでいっぱいなのだよ」
「で、さ!俺その森に行ってみたいと思ってるんだ!」
「危ないよ、ユズリ君。やめておいたほうがいいって…」
「………」
ユズリは、学校に着くと2年1組の教室で早速あの男「ハーディ」のことを凪、それから凪の弟分冬也に話していた。
ユウイはそんな弟を注意する気力もないのか、その様子をただぼーっと見つめていた。
「色のない森」の話はもう学校中に広まっている。化け物が出る、だとか。警察も手が付けられないでいる、だとか。
彼、「ハーディ」はまだあの「おんなのことおとこのこ」を探しているのだろうか。
出来ることなら手伝ってあげたいと思った。あんなアバウトな情報だけで見付かるわけがないのだから。
「…戻ってこれなくなっても私は知らないぞ?」
「そんなことあるわけねーって!」
「ゆーちゃん」
楽しげに話す弟に声をかけた。
よくはわからないが、今「色のない森」や「ハーディ」のことを聞くのは不快でしかなかった。
とにかくはやく、今朝あった出来事を頭の中から消し去りたかった。
「もう、その話やめてくんない?」
(どうしてだろう)
(気持ち悪くて仕方ない)
友の思いを
――――――――
『綺麗だな』
「え――」
『違う、お前じゃない。その耳飾だよ』
「…私、今ちょっと傷ついたよ? これね、手作りなの。」
『へぇ、こんなものも作れるのか』
「…ほしい?」
『………』
「素直じゃないわね〜、欲しいなら欲しいって言えばいいのに!」
『うるさいな』
「じゃ、今度一緒に作りましょう?きっと、楽しいから。ね?」
『……あぁ。…楽しみにしているよ』
――――――――
607
:
紅麗
:2013/03/21(木) 22:57:47
「友の思いを」の続きです。新作を下げてしまってすみません;;
(六×・)さんより「凪」をお借りしました。
自宅からは「榛名 有依」「榛名 譲」「高嶺 利央兎」です。
―――――――――
『私はね、ニンゲンが大嫌いだったんだ』
「え…どうして」
『自分勝手で、何もかも破壊して…』
「………」
『でも、それは私達ニンゲンじゃないものも、同じだ』
「!」
『そうだな、確かに、皆同じなのかもしれない。この世に生まれれば。生きていれば…』
「うん、そうだよ!」
『君は――あの子によく似ている』
「…あの子――?」
―――――――――
今朝の星座占いは見ていないが、きっと今日の双子座は最下位だったと思う。
授業は毎回当たるし、好きなパンは売り切れるし、部活ではいい一本が入らないし。
朝は妙な旅人と出会うし、弟が「色のない森」のことを言いふらすせいでクラスの皆から質問攻めにあうし。
「疲れた…」
この言葉を発するのは人生何度目だろうか。口から魂が出て行きそうだ。
きっと自分の次の死因は過労死だろうな、と苦笑する。
お風呂上りで濡れた髪を乱暴にタオルで拭きながら自室へと向かう。
その途中で弟、譲の部屋の前を通る。今日は部屋の扉が開けっ放しになっていた。
そこで、部屋の中にあるとある一枚の絵が気になった。
「ゆーちゃんこの絵まだ飾ってたんだ」
壁に掛けられていたのは、ふわふわとした羊が緑の中で元気に走り回っている絵だった。
たしか、自分と弟が幼い頃に父親が描いたものであったはずだ。
そういえば、ユズリが描いて欲しいと父親に頼んだんだっけ。
寝れない寝れない、と弟が号泣していたのを今でも覚えている。
「…でもどうして羊なんだ?」
眠れない時は羊を数えればいい、という話からだっただろうか。
―――いや違う。もっと、もっと違う理由からだ。
『……っ、あの、ね…ひっく、あいたいの…』
『おー、泣くな泣くな、ほら、何に会いたいんだ?とーちゃんが描いてやるから』
「いッ―――!!?」
昔を思い出した途端、頭痛が走った。頭が割れるように痛む。
ごおん、ごおん、と低い音が頭の中で響く。揺らす。
「う………」
きもち、わるい。
はやく、部屋に行ってねてしまおう。
晩御飯はあまり食べなかった。お風呂はいつもより30分ほど長めに入って母親に怒られた。
いつも欠かさずしている木刀の素振り100本も今日は出来なかった。立ち上がる気すら起きなかった。
ユウイの心とは正反対に、空には雲一つなく星が輝いていた。
(どうして、貴方の心はそんなに曇っているの)
(そんなの、しったことか)
明日は土曜日だ。幸い部活もない。よかった、明日は一日中寝ていられる。
そんな喜びに包まれ、ユウイは夢の世界へと誘われていった。
「ここ、は…」
気が付くと、自分は湖の上に一人で立っていた。少し歩くと水の跳ねる音がする。
どうして水の中に落ちないのだろう?此処は、夢か?そうか、夢か。
周りには何もない。ただ、白い空と青い湖が広がっているだけだ。
ぱしゃぱしゃと水の音を立てながら歩いていると、いつの間に現れたのか、遠くに白い人が自分と同じように佇んでいた。
「あなたが、そう――「あなた」、なのね」
白い人――長い白髪に、花の髪飾りを付けた女性は振り返り、ユウイに向かって微笑んだ。
「ごめんなさい、こんなところに呼び出したりして でも、どうしても伝えたいことがあって」
「伝えたいこと?」
「あの人を、ヤハトを救って…!」
「ヤハト?誰だよ、それ」
「お願いよ、私ではどうにもならない。私では…」
「さっきから、なんのことだよ!!」
「あなたしかいないの、彼を救えるのは…」
「………」
「勝手なのはわかってる、でも、あなたの力が必要なの。…お願い、「色のない森」へ――」
「色のない森…」
「大丈夫、私が道案内をするわ」
そこで、世界が、黒く染まった。
608
:
紅麗
:2013/03/21(木) 22:59:30
「ハッ?!」
目を覚まし急いで起き上がって部屋の床を見た。良かった、ただの床だ。湖なんかじゃあない。
(なんだったんだ、さっきの…)
湖、白い女性、ヤハト、色のない、森。
(――――――!)
「……行かなきゃ…!」
夢の中、いや、あれはきっと夢であって夢じゃない。
あの女性が自分に話してくれたことを思い出す。「貴方にしかできないこと」。
自分にしかできないことがあるならば、自分以外に誰がやるというのか。
あれだけ嫌々言っておいて、随分と身勝手な話だと思う。けれど――。
はやく、はやく「あの場所」に向かわなければ。
「ゆーちゃん!」
「あ、姉貴ッ?!なんで竹刀袋…今日、部活休みじゃ」
「行こう――「色のない森」に!」
外に出ると、見覚えのある二人が。
「ユウイ、ユズリッ!」
「凪!リオトも、どうして?!」
「昨日ユズリが言っていたことが気になってな…本当に行ってないか不安になって、来てしまった」
ふ、と凪はクールに笑う。
リオトは何も言わなかったが、きっとユウイの身を案じてここまで来たのだろう。
「――やっぱり、行くのか?」
「…うん、行かなきゃいけない、そんな気がする」
凪は最初こそ納得のいかないような顔をしていたが、やがてユウイの頭をぽん、と叩き。
「なら、私も行こう。噂はただの噂だとは思うが…心配なのだよ」
「! で、でも…」
「いいから。人数は多ければ多い方がいいだろう?」
「……ありがとう、凪――!」
一方、ユズリの方は、外に出てからずっとリオトと睨み合いを続けていた。
「なんで、リオ兄が来てんだよ」
「ユウイのことが心配になったから。じゃ、だめか?」
「あぁダメだね。なんてったって、そっちは」
「おい、二人とも、喧嘩するな」
ギロリと凪が二人に睨みをきかせる。少し、その場の温度が下がったような気がする。
なにはともあれ――頼もしい仲間が増えた。
「…よし、行こう!」
(何があっても、迷わずに進め)
(そう、背中を押された気がした)
振り返らずに
――――――――
『どう、かしら。初めて作ったのだけれど…』
「…悪くない」
『よかったぁ〜!』
「…うまいと、思う」
『えっ…』
「いや…、う、うまい」
『…め、珍しいね、ヤハトが褒めてくれるなんて』
「…うるさいな」
『お母さんにね、教えて貰ったの。私のお母さん、アップルパイ作るのスゴーク上手で――』
「………」
『あっ…ご、ごめんねっ。嫌、だった?このハナシ…』
「…いいや、そんなことはないよ」
『で、も』
「いいから。もっと、そっちの世界の話を聞かせてくれ。」
――――――――
609
:
紅麗
:2013/03/21(木) 23:02:32
ちょっとした小話。
スゴロクさんより「夜波 マナ」をお借りしました。
自宅からは「フミヤ」です
某日・昼 レストラン内
「えー、「色のない森ー」、「色のない森ー」」
(コーヒーを机に置いて、薄汚れた緑の手帳を開く男)
「「色のない森」その名の通り、色が消えて灰色になってしまった森ー、かっこ一部分だけー。
んー、「色のない森」なのに灰色なのはおかしいかー、ま、いいや。」
(独り言が一段落すると、コーヒーを一口飲む)
「で、化け物などが出るといった噂が流れ始めているが真相は定かではなーい。
つーかいないと思うんだよね、個人的に。おれ行った時になんも出なかったし。」
「……うるさい」
「ん?」
「公共の場よ、此処は。静かに…出来ない?」
(パーカーを着た男に話しかける、本を持った青髪の少女)
「あっ、ごめーん読書中だった?」
「………」
(まるで謝る気のない青年、こくりと頷く少女)
「ねぇねぇ君さぁ、「色のない森」って知ってる?」
「……知ってる」
「! じゃあ色々教えて」
「嫌」
(即答)
「ちぇ、ケチ」
「そんなの、知ったところで、何になるというの。……?!」
(ぶー、と唇を尖らせる青年。急に顔色の変わる少女)
「何?どしたの」
「なんでも、ないわ。少し、嫌な予感がしただけ」
「変な子」
「貴方に言われたくはないわ」
「おっじょうさん。お名前は?」
「……夜波マナ」
「おれは風見文也、以後、お見知りおきを」
変人漫画家、レストランへ
610
:
十字メシア
:2013/03/27(水) 19:16:31
メタ的灰音小話。
全員名前なしでしらにゅいさんから「トキコ」「風魔」「イエスマン」「タマモ」、スゴロクさんから「火波 スザク」「ヴァイス」「クロウ」、akiyakanさんから「ジングウ」「都シスイ」「灰炎無道」「りん」、紅麗さんから「榛名 有依」、大黒屋さんから「パラボッカ・アーティ」お借りしました。
<ああ退屈だ。…おや>
<そこにいる君。…そう、君だよ>
<時間があるのなら、この神江裏 灰音の話でも、聞いていかないかい?>
<…うん、よし。じゃあ始めようか>
レゴ・アナザー〜灰色に映るモノ〜
ここ、いかせのごれは実に摩訶不思議な土地。
まず特殊能力なる未知の力が跋扈しているのさ。
その様はまるで特殊能力の繁華街だよ。
こんな物が一人歩きしてるとなっちゃあ、人間の生死が更に揺れ動いてしまう。
厄介な事だ。
まあ神江裏 灰音には関係ないけどね。
あ、そうそう。特殊能力以外にも、妖怪とか、モンスターみたいな奴等とか、本の中でしか存在しないような種族もいるんだよ。
その一つに『怪盗』ってのがいてね。
昔は人を楽しませるエンターテイナー集団だった訳だけど、ちょっと色々あって今ではすっかり、ただの殺人集団に成り下がっちゃったのさ。
で、その怪盗の一人に、自称芸術家の男がいるんだ。
だがセンスはずば抜けてるらしいみたいだよ。
傍観者には全く理解も感動も出来ないけど。
普通に作品を作っていれば、ただのアーティストなんだけど、ところがどっこい。ここはいかせのごれだ。
変人奇人も結構いる訳でねえ。
他人を材料として使う事が多々あるのさ。
困ったもんだよ。
そこで話を少し戻すけど、神江裏 灰音はさっき、「人間の生死が更に揺れ動いてしまう」って言ったよね?
そういう事なんだよ。
…うん? 分からなかったかな。
つまり、特殊能力やそういう変人奇人の存在が有る事で、生死という名の振り子の大きな揺れが中々止まらない、という意味だよ。
無害なものもいるけど。
さて、別の話題に行こう。
君は『カルーアトラズ刑務所』を知っているかな?
その名の通り刑務所で、特殊能力者も収容してるんだけど、他の所よりそれはもう凄惨でねえ。
囚人がどれもタチの悪い極悪人なのは勿論、ほとんどの看守や、あまつさえ所長すら振る舞いが非道かつ横暴。
そのせいで、『地平線の果て』『底無しゴミ箱』なんて呼ばれちゃってるんだよねー。
それと、特殊能力を買われて”裏”の方に横流しされる…そう、人身売買が行われているのさ。
しかもその囚人の行方は誰も知らない…。
所長は実態を知らないみたいだから、救いだと思ってるみたいだけどね。
そして救いという名の外道により、看守の手には札束が乗せられ、笑みを浮かべているだろう。
あ、因みに刑務所の経費だよ。人身売買でまかなってるみたいだから。
611
:
十字メシア
:2013/03/27(水) 19:17:56
あ、大きく話変わるけど。
つい最近まで、『ジャシン』の噂が流れてたんだ。
…おや、知ってるみたいだね。確かに異様に流行っていたから、当然か。
で、そのジャシン――八岐大蛇なんだけど、『百物語組』の妖怪達の奮闘で滅びたんだよ。
…主犯は、姿を眩ましたみたいだけど。
これでめでたし大団円…って訳でも無い。
一番頑張っていた遊女の化け狐に、とても懐いていた小さな少女がいてね。
実はその少女、主犯の策略で生き返った、まさに輪廻の違反者というべき存在だったんだ。
だがいつまでも”在る”訳にはいかず、狐は悲しみ嘆いた。
そんな彼女に少女は、笑ってこう言った。
「バイバイも、さようならも、言わないよ」って。
もう会えないのに、何でだろうね?
傍観者には理解できないや。
…何となく聞くけど、ここって嘘まみれだと思わないかな?
…んー…例えばほら、いかせのごれ高校。
色んな人間がいるんだけど、大体の奴らが自分の素性を隠しているのさ。
特殊能力者だったり、”裏”の人間だったり。
えーと、ウスワイヤとホウオウグループ、知ってる?
…あ、知ってる? なら話は早いというもの。
それに属する人間二人がお互い騙し合ってる訳なんだよ。
知ったらどんな顔するのか、どんな思考になるのか、傍観者としてはちょっと興味あるね。
…一部、既に知ってる人いるけど、それはまあさておき。
ホウオウグループにね、鴉を名乗る男がいるんだけど、その友人…正確に言えば腐れ縁な付き合いの妖怪。
一言で表すなら、「損得感情」って奴だよ。
…え? 漢字が違う? これでいいんだよ。
彼は鴉に似てドライだからね。この言葉がピッタリだ。
因みに彼は鴉天狗という妖怪なんだよ。
類は友を呼ぶって、まさにこの事かもね。
で、他のホウオウグループの人間の話になるけど、冷血を名前にしている女がいるんだ。
それはもう、他の名前が浮かばないってくらい。
それでその女、黒い影の様な、不気味な生物兵器を造ってるんだけど、洗脳とやらが出来るらしい。
その洗脳のやり方はね、人間の心臓辺りに生物兵器を埋め込む様に憑かせるんだよ。
ただ、直接心臓にいるって訳じゃなくて、そう…心。
心を支配するって感じかな。洗脳だし。
また別の人間の話に変わるけど、こいつは中々大物だ。
千年王国という研究チームの主任でね、とても興味深い価値観を持っている。
それも「戦いの火種を巻くことで、優れた人間のみを残し、合理的な世界にする」という価値観。
確かに生き残った人間は優れていると言える。
でも人間だよ? 優れているだけの人間なんて、いる訳ないじゃないか。
まあ理解なんて必要ないかな。
神江裏 灰音はただ傍観してるだけだし。
あ、そうだ。
何ともない閑話だけどいかせのごれ郊外に、まあまあ規模のある賭場があってね。
そこを取り仕切っている女性、とても強いんだ、賭けが。
イカサマなんて、彼女の前では無駄な行為となるのさ。凄いよねえ。
と、まあ、本当に何ともない閑話だけど。
それでこのいかせのごれ、君はどう思う?
……ほう、なるほどね。
神江裏 灰音は、「歪な街」だと言ってみるよ。
こんな場所、他には無いだろう?
この街で育った者の大半は、当たり前を、常識を捨てるのさ。
ん? 捨てなきゃ何かあるのかって?
別に死ぬとかは無いよ。
ただその大半が、そういう人間だって事。
612
:
十字メシア
:2013/03/27(水) 19:18:30
思ったんだけど、ホウオウグループの基地凄いねえ。
要塞レベル並みだよアレは。
あ、そうそう。
さっき言った千年王国の本拠地、支部施設の閉鎖区画にあるんだよね。
主任の名前がアレなんだし、鳥居建てればいいんじゃないかなあ。
後は社と賽銭箱…はいらないか、はは。
でね、その男、かつてグループを裏切ったんだよね。
何か目的あったらしくて、戻ってきたみたいだけど。
”見た”限りじゃあ、グループの技術力を借りたかったぐらいしか、分からないな。
では次はホウオウグループの話でもしようか。
あそこってさ、何か宗教団体…いや、宗教民族って言えばいいのかな?
何かそれっぽく見えるんだよねえ、傍観者的に。
君もそう思わない? あの絶対者への崇拝降り。
神を嫌う者の集まりなのに何だか皮肉だよねー。
後、ウスワイヤと比べて意思がごった混ぜ。
絶対者のカリスマ性だけで出来てるもんだからね。
…今、その崇拝者の一人の恋人を思い出したんだけど、この前白髪だったのが赤い髪になってね。
それでその白髪はね、弱さを切り捨てて強さだけを持とうとした結果だったんだ。
まあ弱さを受け入れたら、本来の髪色に戻った訳だけど…傍観者にはそーゆーの理解出来ないね。
ああ、そうそう。
関係ないけど、四霊って知ってる?
四神とも呼ぶんだけど、その中に『霊亀』というのがいてね。
何でも、吉凶を予知したり強い結界を張ったりする力があるらしい。
今いかせのごれの最東端にいるみたいなんだ。
いつか会ってみたいものだね。
…そうだ、知ってるかもしれないが。
つい最近、ホウオウグループととある集団が戦ってたんだ。
その様はまるで荒廃された戦場だったよ。
中々凄まじいものだ。
その後、その集団はどっか行ったけど…何がしたかったのやら。
宣戦布告……うーん、分からない。
とまあ、ここって色々五月蝿いよね。
止みそうに無い喧騒、散々にも程がある。
いつになったら落ち着くのかな。
いつだったか、身勝手な妄想で友人を殺した少女がいたっけ。
確か、目に…アレはシャーペンだったかな?
それをブスリ、と…ね。
痛々しいものだ。
しかし何であんな凶行に至ったのかなあ。
たかが会話を交わしていただけだろう?
それで殺すものなのかい? 人間とやらは。
うーん、やっぱり理解不能。
痛々しい話はここら辺で、凡庸な話に移ろう。
先程の崇拝者の一人と、その恋人の話だ。
今こそは仲がよろしいお二人だが、前まで恋人は崇拝者を嫌っていたんだ。
理由? さあ? 傍観者に聞くなよ。
ただ崇拝者の様子は前と今とあまり変わらない風景でね。
「待って、ねえ、鳥さん」といった感じで。
何だか笑えないかい?
613
:
十字メシア
:2013/03/27(水) 19:19:08
すっかり大人気のアイドル、君はご存じかな?
…そうそう、あの娘だ。
喝采だらけな彼女だが、色々隠してそうだよね。
自分についてとかさ。
それにしても歌声だけで心を癒すとは。
神江裏 灰音には永遠に出来ないだろうな。
関係脈絡ない余談だが、この前ストラウルを歩いていて、ふと上を見上げたんだ。
そしたらメガホンの生えた鉄塔が見えたよ。
あそこ、誰かいるんだけど、君は分かるかな?
高いところから見ると、人だかりが海の様に見えなくないかい?
アレは見てて地味に飽きないよ。
それでそうやって見てた時にね、あの『白い闇』の道化師を見つけたんだ。
あの男は相変わらず壊れたままだったね。
今日もどこかで誰かを壊してるんだろう。
何が面白いのかなあ。
………ナイトメアアナボリズム。
この単語、知ってるだろう?
でなきゃあここにいない。…まあ、だからウスワイヤやホウオウグループとか知ってる訳だけど。
ん? いきなりそれがどうしたって?
いやね、さっき話した、友人に目をシャーペン刺された少女。
そのナイトメアアナボリズムの力で生き返り、特殊能力を得た訳だけど…彼女は未だに引き摺ってるんだよ。
自分を殺したんだから仕方ないのに。
他にも、似た感情や、それに怯える者もいる。
夜、悪夢を見て眠れない幼子の様に…ね。
彼らの目は常に抱いているのさ。
…その憂いを。
そういや、題名が分からない歌を、一つ歌えるんだ。
また機会があれば、聞かせてあげよう。
え? 今歌わないのかって?
気乗りしないんだ。
それに何の変哲も無い、浅い歌だよ。
そうだ、今思い出したよ。
つい最近まで、学校でいじめってやつが流行ってたんだ。
その時、いじめられていた少女を助けた麒麟が泣いてたんだ。
それも、いじめをしていた奴に怒っていた時に。
まるでそいつらを哀れんでいるみたいでさ。
本当に彼の心理は分からない。
自分の事でもないのに、ましてや加害者をだよ?
…まあ。神江裏 灰音の知った事じゃない。
突然だけど、最近、ある一家の無理心中があったのを知ってるかな?
最初ら辺で話した、ジャシン騒動の中心にいた小さな少女の一家なんだ。
真偽は定かじゃないが、どうやら主犯の策略でそうなったらしい。
しかし何故そうしたんだろうね?
だって、八岐大蛇を召喚するほどの力を持ってる訳だから、少女を洗脳するなり何なり出来た筈だろう?
心が分からないって、たまに傷だよね。
本当にたまにだけど。
……ウスワイヤの人間と、ホウオウグループの人間。
何で自分の意志や想いを曲げずに、捨てずに生きようとするんだろうね。
現実ってやつは、世界ってやつは。綺麗事ばかりで醜く、非情なほど救いなんてほとんど無い。
それが当たり前で、それこそが摂理ってやつなのに何故彼らは、そうするのか。
感情感覚 理解不能 だ。
…さて、また世界を眺めようかな。
神の御姿浮かぶ、この世界を。
真っ暗なこの場所とも、君ともそろそろお別れだ。
それじゃあ また明日――。
614
:
えて子
:2013/03/27(水) 21:50:37
「望月の夜と強奪者」の続きです。
しらにゅいさんから「玉置静流」、鶯色さんから「ハヤト」、Akiyakanさんから「都シスイ」をお借りしました。
おかしい。
夕重は鉛のような瞼と死闘を繰り広げつつ、心の中で呟いた。
ここ最近、夕重は眠くならないことがない。
夜眠れていないわけではない。友人の中ではかなり早寝である夕重は、その生活スタイルを崩すことなく今まで生きてきた。
当然、昨夜もその前も、早々に床についた。
それなのに、まるで一日中起きていたかのように眠い。
確かに今までも授業中に居眠りとかはしたことがあるが、ここまでひどくはなかった。
耐えかねて想に事後処理を押し付けて屋上で睡眠をとったはいいが、さすがにずっと授業をサボるわけにも行くまい、形だけでも出席しなければ。
あぁ、でも、瞼が重い。開けようと思ってもなかなか開かない。
心なしか温かくて柔らかいものに包まれていて、それも瞼を重くしている一因かもしれな………
「!?」
唐突に意識が覚醒した夕重は、今までの瞼の重さも忘れて飛び起きた。
「あ、目が覚めた?」
「………保健室?」
夕重を出迎えたのは、保健医の玉置静流だった。
そこで、初めて夕重は、自分が保健室のベッドで寝かされていたことを知る。
「随分とぐっすり寝てたね。もう下校時刻だよ」
「……げ」
玉置から聞かされた事実に、思わず呟く。
お昼前には戻ろうと思っていたはずなのに、一日中眠ってしまっていたらしい。
サボりどころの話じゃないな、とため息をついていると、ふとある疑問が頭をよぎった。
「……せんせー。何で自分は保健室で寝てるんですか?」
「ハヤトくんたちが連れてきたんだよ」
話を聞いてみると、昼休みに屋上で昼食を取ろうとしたハヤトたちが、屋上で眠り込んでいる夕重を発見。
昼休みが終わる頃に起こそうとしたが、呼べど揺らせど一切反応しない。
これはちょっとやばいんじゃないか、仮に大丈夫にしろここでずっと寝てたら風邪を引くだろうと、保健室に担ぎ込まれた…というのが経緯らしい。
「……うわぁ」
やっちまった、という表情で夕重は肩を落とした。
「大丈夫?具合が悪いのなら、病院に送っていくけど…」
「ん…いや、大丈夫。一日寝てたら、気分よくなったから」
「そう?なら、いいけど…夜はきちんと寝るんだよ?具合が悪くなったら、無理しないでお医者さんに見てもらうこと。分かったね?」
「はーい」
軽く注意を受けると、保健室を出る。
「……あ、鞄」
そのまま普通に帰ろうとしたところで、鞄を持っていないことに気づいた。
すっかり忘れてしまっていたらしい。
寝起きで重い体を引き摺りながら教室へ向かうと、放課後ながらまだまばらに人が残っていた。
「あ」
「…あ」
「よかった、起きたんだな」
「うん」
「犬塚さん、大丈夫?」
「平気」
心配そうに声をかけてくるハヤトとシスイに軽く返事を返して、自分の机から教科書等を引っ張り出して鞄に詰める。
「…今日は何しに来たのか分からなかったな…」
「夕重、今日部活じゃなかったか?」
「あー…………駄目だ、今日は帰って寝る」
会話の間も気を抜くと下がってきそうな瞼と格闘しつつ、「じゃ、明日」と二人に手を振って教室を出た。
「……大丈夫かな、犬塚さん…」
「あいつが部活サボるなんて、重症かもな…」
残された二人は、そんなことを話していた。
615
:
えて子
:2013/03/27(水) 21:51:39
「………まずい」
帰路に着いたはいいが、だんだんと重くなってくる瞼に夕重は危機感を覚えていた。
さすがに道のど真ん中で寝るわけにはいかない。
そもそも一日中寝ていたのにこの眠たさは何だと自問自答しても、答えが出ないどころかまともに考えることもできない。
「………う……」
我慢の限界に達した体は鉛のように重く、足も進まない。
電柱の影に隠れるように寄りかかると、そのまましゃがみこんでしまった。
「………」
その様子を、住宅の屋根の上から観察する人影があった。
人影は、夕重がしゃがみこんだまま動かなくなったのを見ると、ひらりと地面に降り立ち、その近くへと歩み寄る。
まるで他者に見られることを嫌うかのように、フードやマント、ぐるぐる巻きのマフラーで防御した人影の顔を窺い知ることはできない。
人影は、夕重をしばらく見下ろすと、おもむろに声をかけた。
「いつまでそうしているつもりだい?もう動けるんだろう?」
すると、しゃがみこんでいた夕重が顔を上げた。
しかし、その顔にさっきまでの彼女の面影はない。
『それ』は、きゅっと弧を描いて笑った。
「―ああ、“ティミッド”。君の目的を果たしに行く準備は、できているよ」
覚醒の兆候
(その夜、夕重は帰ってこなかった)
(次の日、夕重は学校に来なかった)
(彼女の行方を知る者は、いなかった)
616
:
スゴロク
:2013/03/29(金) 01:38:23
そろそろこの人関連も動かしたいので。何やらえらいことになりましたが、最後にフラグあり、どなたか拾って頂ければ。
火波 スザクを巡る一件が一先ずの収束を見て、数日。
ブラウ=デュンケルが「その男」に遭遇したのは、まったくの偶然が齎した結果だった。
きっかけは、ほんの些細なこと。
以前足を運んだ情報屋に、あの男についての情報が何かないかと尋ねるべく、再び足を向けた矢先のことだった。
「!?」
雑踏の中、自動車がひっきりなしに行き交う道路を挟んで反対側の歩道。その中を、全身黒ずくめという異様な風体でありながら、巧みにその存在を隠蔽して歩く、1人の男。
(まさか)
とは、思った。だが、間違いない。奴だ。視界に姿が過った、その瞬間に感じたあの違和感は、疑いようがない。
確信するや否や、ブラウは行動を起こしていた。
即ち、車道を文字通りに跳び越え、雑踏から起こるざわめきや悲鳴、驚愕の声を一切合財無視、標的たる男の前に降り立つ。
「む」
その男は、目の前の歩道にヒビを入れるほどの勢いで着地したブラウを見て、片方だけ残った生身の眼を眇めた。
「……随分、探したぞ」
「その声……やはりアナタですか。いい加減しつこいですねぇ」
その男―――いかせのごれ史上最悪の愉快犯・ヴァイス=シュヴァルツは、驚愕や動揺ではなく、呆れ果てたような溜息をついて、そう言った。
ブラウにとっては、この遭遇はまさに僥倖、最大のチャンスと言えた。
かつてと言うほどでもない昔、家族をバラバラにした元凶が今、目の前にいるのだ。この男を殺すためだけに、ブラウは放浪して来たのだ。名を失い、姿を失い、妻を失い、息子を失い、娘を失い……その全てを成した男が今、ここにいる。
その男・ヴァイスは、ブラウの放つ殺気が本物であることを感知し、しかし動ぜず、低く嗤う。
「相変わらずですねぇ。しかし、ここでやる気ですか? ワタシは別にかまいませんがね」
「…………」
言われたブラウは、殺気はそのままだが動かない。ヴァイスの言うとおり、ここは一般人が大勢歩いている雑踏の中だ。こんなところで力を振るえば、あらゆる意味で被害は甚大なものとなる。ましてや、ヴァイスの力は人心の操作である。人間の多いここで戦うのは、愚策以前に論外だった。
さらに言えば、それによって困るのは結果的にはブラウのみである。正真正銘の愉快犯たるヴァイスは、人を操り破滅させることに愉楽を見出す狂人だ。言い換えれば、この男は、己以外の存在は、どうなろうと知ったことではないのである。
腹立たしくはあるが、この場において有利なのはヴァイスの方だった。千載一遇のチャンスを棒に振る形となるのはあまりに厳しいが、一般人に被害を齎しては本末転倒、何の意味もない。場所を変える、などという案は使えない。この男がそれに従うわけもない。
(………やむを得んか……!)
忸怩たる思いで、ブラウは撤退を決意する。
が、「白き闇」は、そんな判断を赦しはしない。一言、
「―――皆さん、やってしまいなさい」
617
:
スゴロク
:2013/03/29(金) 01:39:14
「!?」
効果はまさに覿面。ブラウがその意味を把握する一瞬の間隙をついて、ヴァイスは闇に紛れるようにして姿を消す。そして後に残ったのは、わけのわからない奇声を上げながら襲い掛かってくる、無数の通行人たちだった。
「ぬ、ぬおおお!?」
咄嗟、向かって来るうちの一部を「シャットアウト」で隔離したが、焼け石に水だった。鞄に棒切れ、ペットボトルやペンシルなど、普通なら取るに足りないものを武器として、明らかに正気を失った体で襲ってくる。ただ一人、ブラウ=デュンケルという男を否定するために。
(ちいっ!!)
今しも、殴りかかって来た小学生を踏み台に、大きく跳躍して逃走を試みる。が、上げた視線の先にあったものを見て、その足が思わず止まった。
「! いかん……」
その先にあったのは、いかせのごれ高校だった。力ある者もそうでない者も、多くが集ういかせのごれきっての特異点。こんなところにこんな状態で飛び込めば、どんな混乱が起きるかわかったものではない。
(ええい!)
やむなく、ブラウはその位置からちょうど反対、つまり元来た方向へ再度跳躍。群衆の中に飛び込む格好になったが、そこから間をおかずもう一度跳ぶ。
「ぐっ……」
負荷のかかり過ぎた足が悲鳴を上げたが、それに関わっている暇はない。何より、状況が最悪だった。
ヴァイスの「マニピュレイト」は、名の通り人の心を操る能力だ。その特性は、記憶の改竄から認識の操作、思考誘導に行動強制、あるいは判断力や理性など、精神に関することなら何でもやってのける。そしてこれが厄介なのは、解除の方法が非常に限られてくる、ということ。
能力自体を何らかの方法で無効とするか、術者を倒すしかない。
それ以外の方法は、ずばり「操られている人間を気絶させる」こと。認識の操作なら真実を叩きつけることで解除できるが、今回の場合は実力行使に出るしかない。だが、
(数が多すぎる! このままでは……!!)
少なく見積もっても、追って来る人間は200を超えている。おまけにヴァイスはぐるりと視線を巡らせながら能力を使ったらしく、建物の中にいた人間までもが執拗にブラウを追って来る。さらにブラウを追いこんでいたのは、この群衆が完全に正気と判断力を喪失している、という点だった。
迂闊に人の多い方へ逃げれば、群衆と激突して流血沙汰になりかねない。だが、振り切れば振り切ったで、目標を失った群衆が暴走を起こすことになる。ましてやこんな状況では、最悪暴動か何かに発展する危険性も否めない、というかその恐れが大いにあった。必然的に、ブラウは人のいない方、人のいない方へ逃げるしかない。
だが、そんな逃走が長く続くはずもない。
「!! しまっ……」
最後まで口にすることは出来なかった。振り下ろされたジャッキのハンドルが後頭部を直撃し、帽子が吹き飛ぶ。
飛びかけた意識を強引に引き戻したブラウだが、その時には既に遅かった。
「ぎ―――――」
顔を、腕を、足を、腹を。全身のありとあらゆる箇所を殴打され、突き刺され、切り裂かれ、見る見るうちに血にまみれていく。
ヴァイスによって破壊へと誘導された群衆は、それでも容赦も躊躇いもなく、地に伏す男を蹂躙する。
ブラウの意識が途切れ、鼓動が止まるのに、それほどの時間は必要とされなかった。
618
:
スゴロク
:2013/03/29(金) 01:39:46
――――それは、失われた光景。
『恭介さん、もう朝ですよ』
寝坊屋の自分を毎日のように起こしに来てくれた、妻・睦。
『何だよ、とーさんも知らないんじゃないか』
何かと皮肉を口にしていた、実はシスコンの息子・詠人。
『おとーさん、絵本よんで〜』
何かと自分や妻に甘えていた、幼かった娘・マナ。
家族を護ることが、自分の役目だと、そう思っていたし、また事実でもあった。豊かとは言い難かったものの、家族4人での生活は満ち足りたものであったし、それなりに幸せであった。
それを奪った、突如として現れた男。
雨宿りを求めて来たその男は、突然妻を手にかけ、自分の意志を奪って身代わりに使った。追撃して来た詠人―――腕が奇妙な姿に変化していた―――に倒された後は、死を迎えるのを待つのみだった。
だが、自分は生き延びた。姿と名、そして家族を失って。
それ以来、ブラウは只管放浪を続けて来た。全ては家族の仇討ちのために。思わぬ巡り合わせで、この街に来て死んだはずの娘とは再会した。もっとも、明かしてはいないし、顔も姿も変わってしまっている。彼女に気づかれてはいない。
今となっては、少しは話をしておけばよかったかと、少々悔いているが。
痛みも、苦しみも、全ての感覚が異様に遠い。それが、今もなお、遠ざかっていく。
全ての感覚が途切れ、何もかもが闇に呑まれたのは、それからすぐのことだった。
「ようやく片付きましたかね」
とあるビルの屋上。全身を無茶苦茶に破壊され、血まみれで倒れ伏すブラウを見下ろしつつ、指をひとつ鳴らす。
瞬間、眼下でパニックが起きる。返り血を浴び、どす黒く汚れた鞄や棒を持った群衆が、覚えのない状況に判断能力を失い、狂乱しているのである。
見る間にそれは周囲へと伝播し、やがてあちこちから怒号が聞こえ始めた。
「これほどの光景は久しぶりに見ますね。あの時以来ですかね」
脳裏に去来するのは、かつて一つの街を壊滅させた時の、圧倒的な光景。死ぬ、死ぬ、死ぬ、誰も彼もあっさりと死んでいく。
そんな光景が、今起きている惨劇に重なる。
無論のこと、白き闇を名乗る狂気の演出家は、その事について何らの呵責も覚えない。誰が死のうが誰が生きようが、知ったことではない。重要なのは、それが自分にとって面白いか、否か。それだけだ。
そして、この事象は、それなりに面白い部類と言えた。
悲鳴と怒号の交錯するその光景を眺めつつ、ふむ、と顎に手を当てて考える。
「仕込みがなくてはこの程度ですか。やはり、多少の手間と時間はかけねばなりませんね」
良き事例として思い返したのは、いつぞやの星の魔術師の一件。あれは、近年でも滅多にないほど上手く行った舞台だった。
役者を選び、仕込みを入れ、条件を整え、幕を開ける。その手順を踏めば、大体は上手くいく。長年の演出で学んだ、経験則だった。
「基本こそが肝心。常道を外しては、何事も上手く行かないものですね」
いわゆる「奇策」や「妙手」と呼ばれるものは、裏を返せば基準となるものがあればこそ成立する。これも同じ、基本を疎かにしては演出の向上は見込めない。
「次は、もう少し仕込みを増やしてみますかね……」
そんな事を呟く、背後。
「む?」
ざっ、と砂利を踏む音がした。そして、その者が口を開く。
「ヴァイス=シュヴァルツ……」
今一方、狂乱の続く一角。
「こ、これは一体……!?」
「! あそこ、誰か……」
悲劇・惨劇・心鬼劇
(藍色は闇の中)
(黒色は空に近く)
(それぞれに歩み寄るは……?)
619
:
akiyakan
:2013/03/30(土) 22:11:53
人は誰かを愛さずにはいられないのと同様に、誰かを憎まずにはいられない。
感情とは不条理なものである。
悲しいと想う時に涙が出ない。泣きたい時に、しかし心そのものが凍りついている時がある。
反対に、
殺人出来る程の炎を、誰もが胸に抱いている。その身を焼きかねない程の激情を、時には心に抱いている時もある。
誰もが気付いていない。
多くの人間が、己の感情を制御出来ているのだと思い上がっている。
考えてみてほしい。
それは制御しているのではない。
押し殺しているだけなのだ。
認めなければいけない。
人は、誰でも汚れているのだ。
生きるとは、その汚れを認識する事だ。
認めなければいけない。
己が弱い部分と向き合っている人間などいない。
誰もが、己が醜い部分に対して、
見て見ぬ振りをして、騙し騙し生きているのでしかないのだ。
――・――・――
「ねぇ、聞いた? また殺人事件だって」
「いかせのごれも、急に物騒になったねぇ」
「これで何人だっけ?」
「五人だよ、五人。全部アベック狙ってるみたい。一人だけ生き延びたんだって」
「やだ、怖いー」
クラスメイト達の話を、アッシュは自分の席から聞いていた。
ちら、と視線をシスイの方へと向ける。彼もまた自分同様に注意を払っているのが、アッシュには分かった。
(おいおい、兄さん。アースセイバーの出る幕は無いぜ? これは人間の事件なんだからさ)
お節介焼きの彼の性格を考え、彼が一体何を考えているのかをアッシュは思考する。大方今彼は、その連続殺人犯に対する憤りを覚えている事だろう。
(……難儀な性格だよな、兄さん)
「怖い」とか、「許せない」とか。そう思ったところで、そんなものは一過性の感情だ。例えそのような想いを抱いたとしても、それはその場限りだ。すぐに新しい感情に上書きされる。多くの人間が、それを自分に関係のあるものとして捉えないからだ。
所詮、そんなものだ。もし感情が持続する者がいるなら、それは犠牲者に近しい者でしかない。いや、人によっては、例え縁者であってもそのような感情を覚えない者だっているだろう。
文明の発達につれて、人は不感症になってしまった――否、不感症は間違いか。
ただ単に現代人が、かつての人間よりも心が脆くなった。不感になったのは、脆くなった心を守る為なのではないだろうか。
(全く、どうでもいいものまで背負い込んじゃってさぁ……早死にするぜ、そのうち)
都シスイの様に「他人事ではなく、まるで自分の事のように」受け止められる人間は、稀有な存在だと言ってよい。だが果たして、その重みにヒトは耐えられるだろうか。
自分一人立って歩くのがやっとのこの世界で、己の身一つ立たせる事もやっとの人間が、他人の死や悲劇、不幸を背負いきれるものだろうか。許容量を超えると、それは苦痛となってその人自身に負荷をかける。身を裂くような悲しみであったり、重過ぎた愛情であったり、燃え滾る憎悪であったり。
(身の程を知れ、ってやつだよね)
アッシュは、シスイを内心に鼻で嗤った。
終わった出来事を悔めば、それが無かった事になるのか。
亡くなった者を想えば、その者が帰ってくるのか。
ましてや、自分とは何も関係の無い出来事を。
(馬鹿馬鹿しい)
無意味で無価値な行動だ。そう、アッシュは吐き捨てる。
所詮人間は、自分一人の為に生きているのだ。他人の為に動くのは、そいつの為などではなく、「自分がそうしたい」からだ。そうしたいのだと、己が感情が訴え、それによって行動するのだ。
本当の善意など、この世のどこにも無い。誰もがエゴイストなのであり、その行動は結果的に自分のものとして完結する。「誰かの為」だとか、「見返りの無い奉仕」だとか、そんな言葉はすべて絵空ごとにして、自分の行動を美化する為の方便に過ぎないとアッシュは思っていた。
だが、
「…………っ」
ぎゅう、と、アッシュは胸を抑えた。そこが痛むように、彼はシスイから目を背け、苦しげな表情を浮かべる。
(だから僕は……お前を認めたりしない……絶対に……!)
620
:
akiyakan
:2013/03/30(土) 22:14:02
――・――・――
「トキコちゃーん、一緒に帰ろ〜♪」
「イヤ」
放課後、下校するタイミングを見計らってトキコの前にアッシュが現れた。もはや毎度の事である。スザクがいない時を狙って現れる辺り、実にあざとい。
「そんなつれない事言わないでよ〜」
拒否されながらも、アッシュはトキコの後をついてくる。彼女は(鬱陶しそうな表情を浮かべながら)歩き続ける。
「……ねぇ、パチモン」
「なぁに?」
人気の無い路地に入ったところで、トキコは話しかけた。アッシュにとって「紛い物」を意味する単語はNGの筈だが、言われ過ぎて慣れてしまったのか、彼は眉一つ崩さない。
「あんた、何で私に付きまとうの?」
「そんなのもちろん、君の事が大好きだから」
「嘘だ」
苛立ちと怒気を孕んだ声。
「あんたが私にしてくる事なんて、嫌がらせしか無いじゃない。一角君傷付けたり、私の事からかったり……私の事が好きって言うなら、当然知ってるよね――私、嘘付きは大嫌いなんだよ」
ぞくり、とアッシュは背筋に冷たいものを感じた。首筋にナイフが突きつけられたか、或いは指がかけられたと思う位に、明確な殺意。ゆらゆらと陽炎のようにトキコの周囲にオーラが見える。
人気の無い場所。それは下手をすれば誰にも助けて貰えない状況ではあるが――逆に言えば、何が起きても邪魔は入らない。
「……おお、怖い怖い。そんな目で睨まないでよ。せっかくの可愛いお顔が台無しだ」
殺意も敵意も丸出しのトキコに対して、アッシュは至って自然体だ。困ったように肩を竦めている。その余裕はトキコと戦っても勝てると言う事なのか、それとも別の何かなのか。
その時、自分達の背後から足音が聞こえた。
「――!」
「…………」
音に反応してトキコは即座に。それに対してアッシュはゆったりと、それこそまるで「誰がやって来たのか知っている」かのように、緩慢な仕草で首を向けた。
そこにいたのは、自分達と同い年くらいの少女だった。いかせのごれ高等学校とは異なる制服を着ている。髪は長く、腰元ぐらいはあり、その髪と俯き加減な様子のせいで、どんな顔をしているのかは伺えない。
とんだ邪魔が入ったとばかりに鼻を鳴らし、トキコは能力を解除した。だがアッシュは、まだ女子生徒の方を見つめている。
「――トキコちゃん」
「え?」
ドン、と突き飛ばされ、トキコは路地の壁に倒れ込んだ。その際頭をぶつけてしまい、痛みに顔が歪む。
「いったぁ……! ちょっとパチモン、何すんの――」
文句を言い掛けるトキコの目の前で、刃が空を切った。
「…………え?」
アッシュの刃ではない。何時の間に踏み込んで来たのか、自分達のすぐ傍には女子生徒の姿がある。その手には包丁が握りしめられており、位置から考えて後数秒アッシュに突き飛ばされるのが遅ければ、その刃が自分に刺さっていたのだと言う事が、トキコには理解出来た。
「……まさか、こんなにすんなり引っ掛かるとは思ってなかった」
言いながら、アッシュは自分に向かって突き出される包丁を避ける。その動きは技術も何も無い、それこそただ振り回しているだけの滅茶苦茶なものであったが、異様に速い。振り回していると言うより、包丁に引っ張られているのだと錯覚する程だ。
速いが――超能力者と戦うには、それでも少々力不足だ。
「ふんっ」
唐突に始まったその戦いは、終わるのも唐突だった。それはあっと言う間の出来事だった。アッシュの掌底が女子生徒の腹を捉え、それからすぐに手から包丁を奪う。最後に足払いが入って、女子生徒は地面に叩き付けられた。まさに瞬く間の出来事だった。
「危ないなぁ。刺さって怪我でもしたらどうするの、君?」
器用に包丁を玩びながら、アッシュは這い蹲っている女子生徒を見下ろしていた。怪我どころか殺されるところだったと言うのに、その様子は全く乱れていない。一方襲い掛かって来た女子生徒かと言えば、一体何が起きたのか分かっていないようだった。
「え……? え?? ええっ???」
トキコの方も、まだ状況に認識が追いついていないようだった。アッシュと這い蹲っている女子生徒との間を、視線が何度も行ったり来たりを繰り返している。
621
:
akiyakan
:2013/03/30(土) 22:14:38
「一体何が……」
「トキコちゃんは、最近噂になってる殺人鬼の話、知ってる?」
「え? ……それって、恋人ばっか狙ってるって言う……」
「そ。で、僕は彼女を誘き出したかったんだけど、実に光栄な事に、この子は僕らをアベックと勘違いしてくれたようだ」
「アベ……っく……」
「……そこまで嫌な顔する事ないじゃない、まるで泥の臭いでも嗅いだような……」
あからさまな嫌悪を露わにするトキコに、アッシュも苦そうな表情を浮かべた。
「その制服……ロクブツ学園の生徒か。正直驚いた。こんな超能力も何も無い、しかも十代の一般人が、まさか連続殺人事件の犯人だったなんてね」
「超能力も何も無い……? そんな訳無いでしょ、パチモン。この人、凄い速さで切り掛かって来たじゃない」
「人間を興奮状態にするアドレナリンだけどさ……あれって異常に分泌されると、人間が本来身体に施しているリミッターが外れるんだよね……聞いた事あるでしょ、火事場の馬鹿力ってやつ」
「それって……」
「そう、そう言う事」
アッシュは、地面に座り込んでいる少女に再び視線を向けた。
「今のはあくまで『人間業』。この子は本当に、超能力者でも何でもない、普通の人間だよ」
――・――・――
――私には、最愛の人がいました。
血の繋がりは無いけれども、両親と同じ位に愛しい、そして大切な人。
彼が傍にいるだけで、私は幸せでした。
彼が笑っているだけで、私も笑顔でした。
彼と肌を合わせていると、ドキドキする。ドキドキが止まらなくなって苦しくなるけど、同時にそれが心地良い不思議な感覚。
ずっと。ずっとこの幸せが続くと思っていました。いえ、信じて疑いませんでした。
だけど。
ある日突然、唐突に終わってしまいました。
私の彼は、通り魔に殺されてしまいました。
本当に、突然の出来事でした。
何時ものように、当たり前のように、二人で並んで歩いていました。
突然、彼が私を突き飛ばしました。
そのすぐ後に、赤い飛沫が上がりました。
何が起きたのか、すぐには分かりませんでした。
彼の身体が、ゆっくりと倒れていきます。地面には、血だまりが。
気が付くと、私は叫び声を上げていました。いえ、もしかしたら気付いた頃には、もう声を上げていたのかもしれません。
遠くに、逃げていく人影が見えました。
何で。何で。何で。
霊安室で彼の遺体を前にした時、そればかりが頭の中を過りました。
彼は何も、悪い事なんかしていないのに。私だって何も、悪い事なんかしていないのに。
私達が、何かをしたのだろうか。例えそうだとしても、その報いに命を奪われるなんて、酷過ぎる。
通り魔は捕まりました。ですが失われたものは、彼の命は帰ってきません。
憎い、憎い、憎い。
煮え滾る憎悪が、私の中で暴れます。
私は復讐を決意しました。どれだけかかっても、彼の命を奪った憎き犯人に同じ苦しみを与えてやろうと。
――ですが、
それを上回る程、私の心を捕らえるものが、ありました。
町のあちこちに見える、人と人。誰もが幸せそうに、寄り添いあっている。幸せそうな、本当に幸せそうな恋人達。
思わず、唇を噛みました。血が流れるくらいに、私は強く噛みました。
本当なら、私も貴方達のようであった筈なのに。彼と一緒に隣り合って、身を寄せ合っていたのに。
妬ましい。妬ましい。妬ましい。
私の目的は、別のものへと変わりました。
私はこんなにも苦しい思いをしていると言うのに、お前達は何故そんなに笑っていられるのだ。
理不尽だ、不条理だ、不公平だ。
だから私は――
「彼らにも、同じ苦しみを味わわせてあげたのよ」
622
:
akiyakan
:2013/03/30(土) 22:15:37
――・――・――
「う…………」
彼女から話を聞き終わって、トキコはあからさまに嫌悪の色を浮かべた。
ホウオウグループに所属しているとは言っても、彼女は比較的良識のある方の人間だ。目の前の、同じ年頃の少女が放つどす黒い悪意は、トキコにとっては毒にも近かった。物理的な影響力などある筈無いのに、その場の空気が一気に重く、そして肌に纏わりついてくる。
そんな悪意に晒されながら、アッシュは眉一つ動かしていない。彼は涼しい顔で、女子生徒を見つめていた。
「そ。じゃ、好きにすれば?」
そう言うと、アッシュは背を向けた。あまりの反応にトキコも女子生徒も「え?」と驚きを露わにする。
「ちょ、ちょっとパチモン!? 何してんの!?」
「何って、帰るんだよ、家に」
「家にって、あの子は!?」
「あれ? まさかトキコちゃん、僕があの子を捕まえるとか考えてた訳?」
そう言うアッシュの口元が、悪戯っぽい笑みを形作っていく。
「んな訳無いじゃん。何で僕がそんな事するの、警察じゃあるまいし。僕はね、この子が一体何を考えているのか、興味があったから接触しようとしただけだよ」
ブラフではなく、本当にそう言っているようだった。トキコはアッシュを追いながら、少し不安そうな表情で少女の方を何度も振り返っている。それは、どうすればいいのか分からず、困っているようだった。
「……トキコちゃん、君はどうしたいんだ?」
アッシュは振り返ってトキコの方を見た。光源から逆光になって、アッシュの表情は伺えない。しかしなぜか、パックリ弧を描いた口元だけは、見えたような気がした。
「セオリー通り、警察にでも突き出しちゃえば? でもおかしいよね、それ。まるで『正義の味方』のやる事だ。僕達ホウオウグループがやる事じゃない。だから正しいかどうか決めあぐねている。そんな感じかな?」
「う…………」
「僕は別に、やればいいと思うけど。君が『正しい』と思っているなら、さ」
「わた、しは……」
「決めるのは君だ。よぉく考える事だ、何せゲームみたいにリセットは効かない……あぁ、だけど早い方がいい。じき、『手遅れ』になる」
路地の奥を覗き込むように目を細めながら、アッシュが言う。「手遅れ」。それが何を意味しているのだろうかと、思わずトキコは振り返った。
見れば、路地の奥から新たな人影が現れていた。いかせのごれ高校の制服を着た女子生徒だ。女子生徒はゆっくりと、こちらの方へと歩いてくる。
その途中で、それまで自分達が相手をしていた少女がいる訳だが、
「え――」
その少女の左腕が、不意に無くなった。
「あ――」
ロクブツ学園の女子生徒は、肘から先が無くなった自分の左腕を見て、ポカンと口を開けている。その目は大きく驚愕で見開かれており、一体何が起きたのか分かっていないようだった。ややあってから、その傷口から噴水みたいに血が噴き出す。
「…………」
いかせのごれ高校の女子生徒は、目の前の相手を見つめている。静かに、ただ、静かに。常軌を逸した光景が目の前で起きていると言うのに、驚きも慄きもしない。まるで、それが「当たり前の光景」であるかのように。
「え……あ……あぁ……!?」
ようやく認識が追いついたのか、腕を失った少女が声を上げた。血の噴き出す腕を押さえ、苦痛に身を捩る。その少女を見下ろすいかせのごれ高校の女子生徒の手には、何時の間にかナイフが握られていた。
「いけな――!!」
彼女が一体何をしようとしているか気付き、トキコは思わず手を伸ばした。
「『もう遅い』」
冷淡な表情で、アッシュはその場から動かずに成り行きを見届けた。
左腕を失い、蹲っていた少女の首が切られた。パッと赤い鮮血がほとばしり、制服や路地の壁を赤く染める。
「――…………」
トキコは伸ばしていた手を引っ込めた。
相手の返り血を浴びながら、少女は動かなくなったもう一人の少女を見つめている。それはまるで、どちらも同一の人物であり、見下ろしている方は死んでしまった自分の身体を見つめる幽霊にも見えた。
「行こう。彼女の殺意が僕らに向いてしまう前に」
トキコの手を引き、アッシュは路地の外へと連れて行く。トキコが振り返った時、少女はまだそこに佇んでいるのが見えた。
623
:
akiyakan
:2013/03/30(土) 22:16:10
――・――・――
その後、アッシュに聞かされたところによれば、後から現れたあの少女は、先の少女に恋人を殺された「生き残り」だったのだそうだ。
「正に因果応報ってやつだよね」
そう可笑しげに笑うアッシュであったが、トキコには全然笑えなかった。
「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて地獄に落ちろ、ってね。もっともこの場合はナイフで切られた訳だけど」
「うっさい、パチモン。人の恋路だったらあんたもそうでしょ」
「心外だな。少なくとも、僕は君達の邪魔をした記憶は無いよ……何はともあれ、八つ当たりじみた憎悪は時に恐ろしい事をしでかすよね。おお、怖い怖い」
『八つ当たりじみた』。少し前の自分を思い浮かべ、トキコは胸の奥がちくりと痛むのを感じた。自分が以前しでかした事と彼女がやった事。どちらも同じ殺戮だ。
恨み。妬み。嫉み。それは、誰もが抱く感情だ。そう、「誰もが」。
誰もがあの少女のような殺人鬼になってもおかしくはないのだ。
≪ある少女の復讐劇≫
(その後トキコは新聞で、あの路地裏で二人の少女の死体が発見されたと言うニュースを目にした)
(どうやらあの少女は復讐を遂げた後、自らの命を絶ったようだ)
(「つまらないな。ここで終わりか」)
(アッシュがそんな事を言っていたので、彼女は一発ぶん殴ってやる事にした)
(自分も、)
(スザクやシスイを誰かに殺されたら、ああなるのか?)
(思わずそんな事を考えかけて、)
(トキコは思考を中断した)
624
:
十字メシア
:2013/03/31(日) 09:21:45
スゴロクさんから「赤銅 理人」お借りしました。
――世界は相変わらず、無意味に満ちているらしい。
自分、壬道 外芽はこの廃都市の様な場所(他の人間はストラウル跡地と言っている)で、夜のいかせのごれを眺めていた。
崩壊から何も変わらず、それ以上の退化も修復もないこの態は、自分と同じ、”神に見捨てられた”のと同じ。
ふと耳に足音が入り、後ろを振り返ってみると――。
「やっほー」
「………貴方は」
いつか、赤と青の目をした姉妹の元に、共に訪れたあの男。
確か名は……。
「覚えてーるかなー? 赤銅 理人だよー」
「……はい。その奇天烈な話し方、今でも頭に残る」
「奇天烈? そうかねー?」
「…自覚、無い?」
「まあ」
「そう…まあ、どっちでもいいです」
再びいかせのごれを眺める。
すると理人が隣に来た。
「面白いーかい?」
「別に」
「じゃあ何でそーしてるんだ?」
「…別に何をしようが、自分の行動は全て無意味です」
「ふーん。どうして?」
「………」
どうしても何も、無意味なものは無意味。
それ以外に何もなく、価値すらだって無い。
それは他の人間にも言える。
現に『自分』がこうなのだから。
ところで話は変わるが、いつも思うのだが。
「ん?」
「似ている」
「似ているーって、何がかな?」
「…あの、『灰に濁ったような町』と。ここが」
「そこって、キミの故郷?」
「故郷………半分、違う」
「違う?」
あそこは――。
『もう”赦”して!!!』
「おーい?」
「! …何でもない」
「急に静かーになったから、どーしたのかと思ったよ」
「…………」
「ま、この辺でおさらばするよ。じゃあ」
…同行していた自分が言うのもなんだけど、嵐みたいな男だ。
一体、どのような意思があるんだろう。
結局無意味だけど。
…何で他人(ひと)は正義だの悪だのに拘るんだろう。
「どうせ消えて、別の存在になるのに」
友情も家族も思想も意志も情も全て、全て、いずれは消える。
いずれは変わる。
ならそれらは無意味で無価値だ。
そう、『愛』だって。
孤独な『 』
(赦される訳がない)
(神の世界から外れている自分、見捨てられている自分)
(『つくられた』、自分)
625
:
十字メシア
:2013/04/03(水) 04:54:49
>スゴロクさん
フラグを拾いたいのですが、ヴァイスの名前を呼んだキャラはまた別でしょうか?
626
:
スゴロク
:2013/04/03(水) 09:56:03
>十字メシアさん
同時進行の想定ですから別ですね。
ただ、不都合が生じるようでしたら同一でも構いません。
627
:
十字メシア
:2013/04/03(水) 11:34:40
>スゴロクさん
あ、という事は呼んだキャラはスゴロクさんのキャラでは無いんですね?
628
:
スゴロク
:2013/04/03(水) 15:58:29
>十字メシアさん
ですです。
自分で拾っていた場合は詠人辺りを想定していましたが、拾って頂けるならお任せします。
629
:
十字メシア
:2013/04/03(水) 16:32:57
>スゴロクさん
なるへそ。
個人的に今までのヴァイスの戦闘シーンが上手く書ききれてない感があるので、今回は後者のみにします
630
:
十字メシア
:2013/04/03(水) 17:25:36
スゴロクさんの「悲劇・惨劇・心鬼劇」のフラグを拾わせて頂きました。
某日、いかせのごれの一角。
この日は学校が無く、街中ではちらほら学生らしき者も見受けられる。
その中で、似た色合いをした水色の髪の二人組、蛍とハルキはデートの最中、ただ事ではない景観と血だらけで倒れている男を見つけた。
「…ほっといたらヤバイなあの人…つか、何でこんな事なってんだ?」
「分かんない」
「お前に聞いてないってーの。とにかく、あの人を助けるぞ、ハルキ」
「うん」
行動に移す二人。
まず狂乱し出している人だかりに近付くと、ポケットから筒状の物を取り出し、地面に投げ捨てる。
瞬く間に煙が広がり、人々はその場に倒れ伏した。
煙の眠り薬だ。
当然ながら蛍も眠ってしまう筈なのだが、あらかじめマスクをしていたのでそう至らずに済んでいた。
「よし、上手く行ったな…って!! お前何うっかり煙吸い込んでんだよ!!!」
「すぴー」
「起きろ! バカハルキ!」
と、どこからか取り出したハリセンでハルキをひっぱたく。
「スパーン」と軽快な音が二回響き、ハルキの瞼がゆっくりと開いた。
「ん…おはよー、蛍」
「おはよー、じゃない!! 早くあの人を安全なとこに運ぶよ!!」
「え? …あ、そっか。分かった」
倒れている男の肩を担ぐ二人。
「とりあえず、あそこの路地裏に…」
「うん」
二人がかりとはいえ、子供の力で大人を運ぶには時間がかかる。
それでも蛍とハルキは足を動かし、何とか路地裏に辿り着いた。
「ハルキ。あたしはもう一仕事するから、その人の怪我治しといて」
「うん、分かった」
蛍が路地裏から出たのを見た後、ハルキは上に向かって人差し指を突き立てた。
「タンザナイト」
指から小さな水色の光が放たれる。
すると、男に向かって花の様な形をした光が降り注いだ。
光がかかった瞬間、傷がみるみるうちに塞がり、青白かった男の顔に生気が戻っていく。
血もすっかり消えているようだ。
男の傷が完全に治ったと同時に、蛍が帰ってきた。
腕にはペットボトルや鞄、ペンシルなどが抱えられており、それらには全て血痕が。
「? それ、何?」
「暴れてた人達から取ってきた。もし警察が絡んできたら、厄介どころじゃないだろうし。とりあえず、所有物は早く血痕消して返すべきだな。まあ素手は流石にどうしようも…」
「タンザナイト、使えば消えるよ」
「あ、そっか。じゃあこれも一緒に頼んでもいいか?」
「いいよ」
「……う」
意識を取り戻したブラヴ。
ややぼやけている視界に入ってきたのは、木目の天井。
そして自分とさほど変わらぬ年齢であろう女性の顔。
「あ、目覚めました?」
「……ここは」
「あなた、街角で倒れていたんでしょう?」
「! …だが、俺はそこに倒れていた筈だ。それに、傷がどこにも…」
「姪っ子達が運んで来たんですよ。治療もその子の恋人が」
「…そうか、すまなかった」
「そんな。お礼なら姪っ子達に言ってやって下さい」
明るく笑う女性。
と。
「あ、起きたんだ」
「良かったー」
「お前達か……わざわざ助けてくれて、すまない」
「べーつにいいって! あたしらの仕事みたいなモンでもあるし。とりあえずおじさん、今夜は家に泊まっていけよ」
「いや、そういう訳には…」
「一晩休んだら、元気なる。叔母さんのご飯、美味しいから、もっと元気なる」
「………」
ブラヴは仏頂面で蛍とハルキの顔を少しの間見やったが、やがて諦めた様に息をつく。
それを見た二人は違う、それでいて似通った笑みを見せた。
「きーまり! じゃあ改めて自己紹介するよ。守人の乃木鳩 蛍だ!」
「ぼく、ハルキ。ぼくも、守人」
「……ブラヴ=デュンケルだ」
藍色と守人の邂逅
631
:
十字メシア
:2013/04/03(水) 19:21:07
すいませんブラウさんの名前微妙に間違えてました……orz
632
:
えて子
:2013/04/03(水) 22:58:33
「覚醒の兆候」の続きです。自キャラオンリー。
これ以降、この二人は夜毎能力者たちを強襲して能力を奪っている感じです。(さすがに企画っ子の皆様は襲えないのでモブ能力者が犠牲になっているとお思いください)
ティミッドと強奪者の詳細は、後ほど。
夕重が“行方不明”になって数日が経った。
家にも帰らず、学校にも来ず、足取りは掴めていない。
…そんな日の夜。
夕重…否、「強奪者」はストラウル跡地の廃ビルにいた。
屋上の錆びついた手すりに腰掛け、月の隠れた夜空を見上げている。
その強奪者の背後に、音もなく人影が現れた。
暗い色のフードとマント、ぐるぐる巻きのマフラー。
以前、彼女が“ティミッド”と呼んだ人物であった。
「………やあ」
『……君カ』
気配も感じさせないティミッドに驚いた様子もなく、強奪者はゆるりと振り返る。
仮面をつけているからか、耳障りな声とキィキィという甲高い雑音が辺りに響く。
「具合はどうだい?」
『平気ダヨ。君モ随分ト心配性ダネ』
「当たり前さ。君は僕の唯一の協力者。動けなくなられては困るんだよ」
『ハハハハ!ソレモソウダ!』
おそらく笑っているのだろうが、仮面のせいで表情は読み取れない。
そんな強奪者の様子にも呆れる様子はなく、ティミッドは言葉を続ける。
「君もそろそろ活動に支障がなくなってきた頃だろう。3日後の夜から、本格的な活動に入る。いいかい?」
『異論ハナイヨ。随分待タセテシマッタヨウダシネ』
「まったくだ。その分は、働きで返してもらうよ」
『ハハハハ。了解』
「…それと、いつまでその趣味の悪いお面をつけてる気だい?もう僕らしかいないんだから、それ取ってもいいんじゃないのかい」
『オット、コリャ失敬』
耳が痛いよ、と愚痴るティミッドに、おどけた仕草で謝罪する。
手馴れた様子で仮面を外すと、それを頭へとずらした。
「……ついつい昔からの癖でね。これでいいかい?」
「ああ、そっちの方がずっといい」
ティミッドの声にどこか安堵の色が混じっていたのを、強奪者は聞かないふりをした。
「……なあ。この世界は好きかい?」
「…何だい、突然藪から棒に」
「まあいいじゃないか。で、どうなんだい?」
「…特に好きでも嫌いでもないさ」
「ふーん…」
まあそういうものか、と一人納得したように呟きながら、ティミッドは強奪者の隣に陣取る。
強度に不安のある手すりにも関わらず、不思議ときしむ音はしなかった。
「君は、嫌いか?」
「ああ。この世界は異常すぎる。異常なのが“普通”になってきてしまってる。分不相応な力があるからこそ、人間は過ちを犯すのさ。なのにそれを推奨するかのようなこの世界が、僕は、反吐が出るほど嫌いだ」
「知ってるよ。だから私と手を組んだんだろ?」
「そうさ。君の力と僕の力があれば、きっとこの“異常”な世界を元に戻せる。“普通”の世界に戻れるんだ」
ティミッドの表情は全く分からないが、その声が決意の固さを物語っていた。
拳を握って力説するティミッドに、強奪者は薄く微笑む。
「……力を貸すよ。君の理想に、少しでも近づけるよう」
「……ああ。一緒に、この世界を正そう」
「「………行こうか」」
二人で目配せすると、手すりからぽんと飛び降りる。
地面に二人が降り立つことはなく、また、夜の暗闇へと消えていった。
夜の帳の下りる町で
「……ねえ、ひとつお願いがあるんだ」
「何だい?」
「“夕重”の友達は…普通にするのを最後にしてあげてくれないかい」
「……いいよ。もしかしたら、彼らもその間に改心してくれるかもしれないしね」
633
:
思兼
:2013/04/16(火) 04:02:05
【純白レコード】
―第1話・日常が非日常に変わる話―
この世界はどうやら可笑しな勢いで狂い始め暴走を、変化を初めているらしい。
近所の神社で巫女さんをやってる、優しいお姉さんもそうだった。
近所の高校に行ってるキツネ目の兄ちゃんもそうだった。
俺の住む『いかせのごれ』に隠れ溶け込む『超能力者』たち。
勿論、俺もその一人なのだろう。
でも、俺のこの力は俺が生まれた時からともにあった力だ。例えば神社のお姉さんは前に会った時はごく普通の人だった。
それが、少し前にまた会った時、お姉さんには何かしら得体の知れない『力』が宿っていたのを、僕の目は見抜いた。
しして、お姉さんの経緯を、目を使って追ったことで、俺はある事実を視た。
お姉さんは少し前に一度『死んで』いた。
何かの比喩でも、大袈裟な表現でもなく文字通り。
狂人の駆るトラックに家族と一緒に撥ねられたはずのお姉さんは、その直後に生き返り犯人を『超能力』としか呼べない不可思議な力で殺してしまった。
こうして、一度『死んだ』ことで、生き返り超能力者になった人は何人か居た。
以前は違った人がいきなり超能力者になった場合、このパターンが圧倒的に多いように感じる。
勿論例外アリで、高校生のキツネ目の兄ちゃんは死んでなんかいない。
『死ぬ』事で得る超能力。
俺の目が『視た』限りでは、陰鬱な凶事、あるいは凄惨な悲劇の果てに得る超能力。
それは『ナイトメアアナボリズム』と言う名前らしい。
なるほど『悪夢』ね。
言えて妙だよ。
ある種の現象の『ナイトメアアナボリズム』が発生するようになったから、どうやら超能力者がどんどん増えているらしい。
そして『ナイトメアアナボリズム』を扱う超能力者は多くの場合、事故事件で死ぬ。
俺の目はその事件事故を裏から糸引く者の存在が見え隠れしている事を視た。
この『悪夢』には、どこかで暗躍する黒幕がいる。
目的はわからないけど。
634
:
思兼
:2013/04/16(火) 04:22:40
「で、あの「能力」のことなんだけどさ…」
「あー、まだ言ってたのかよ、それ」
俺の前に居るこの兄ちゃんと姉ちゃんも超能力者だ。
会話の内容を聞かなくとも、俺にはわかる。
それが『観察者』である俺の力だから。
俺の目は過去を、現在を、このまま行けば訪れる未来を見る事ができる。
それは人や物や場所を問わない。
この二人の少し前の出来事や、現在何を話していたかは手に取るように見える。
勿論、未来もだ。
「リオ兄に相談するのはさぁ…」
「………?」
「俺、あんまりよくねぇと――姉貴?聞いてんのか?」
会話を止めた二人の視線の先、奇妙な風貌のオッサンが居る。
3人とも、未だ俺に気づかず、相対している。
…僕の見た未来が正しければ、オッサンは俺に気づき、話しかけるだろう。
ゴメンね、面倒はキライなんだ。
俺は踵を返し、路地に身を隠すように滑り込む。
「そこのお二人さん、ちょっといいかい?」
そのまま家に帰ろうとする俺の背中、書き換わった未来があの兄ちゃんと姉ちゃんを身代わりに選んでいた。
635
:
思兼
:2013/04/16(火) 04:31:06
<お借りしたキャラクター一覧>
ケイイチ(本家様・キツネ目の兄ちゃんと言う名称)
赤城 明夢(柴犬様・話題のみ、神社の巫女さんという名称)
榛名 有依(紅麗様)
榛名 譲(紅麗様)
御坂 成見(思兼)
初めての観察させて貰いました。
このようなオチはいかがでしょう。
そして、遅れましたが しらにゅい様、クロスありがとう御座います。
636
:
クラベス
:2013/04/18(木) 21:52:13
いい加減書き出さねばならないでしょう。
自キャラオンリーです。
『ああ?そういう小さいことでぐっだぐだ言うんじゃねぇよ。』
テレパシー越しに幹久朗が言う。カイムはずり落ちそうになる眼鏡をあげながら答えた。
「小さいことって…。万一、一〇一話に青行灯がいればキリさんが帰ってこれない可能性があるんですよ?」
『万一だか千一だか知りはしねぇが、お前はそんな可能性にこだわるのかよ。』
百物語組では現在キリがいなくなり、ほぼ同時にゴクオーとの連絡が取れなくなっていた。
いつものように学校の屋上にいるわけでも、ガラクの洞窟にいるわけでもない。
春美が籠ってる今、憑依型の妖怪であるハルミとの連絡手段もない。
仕方がないため現在のところ話数最上位である幹久朗が取り仕切ってる次第である。
別所にいる幹久朗に今までの経過を話していたカイム。
春美の能力を掴みあぐね、どこまでが「百物語」に該当するのかカイムは非常に困っていたのだ。
そこで幹久朗に相談しようと経過を話した結果が、冒頭の台詞だった。
「あのですね幹久朗さん、キリさんと仲があまりよくなかったのは存じてますが、あまりに投げやりではありませんか?」
『いやまぁ、確かにあいつは気に入らなかったけどよ。お前、俺がそんな薄情に見えるのか?』
「いえ、そういうわけでは…。」
『お前、俺たちの仲をあんまりしらねぇな?』
『確かに俺とあいつは互いが気に入らなくて張り合ってた。けどよ、付き合いが長いから一番信頼できる仲でもあるんだ。』
いいか、これだけ言っておくぞ。そう前置きして幹久朗は言った。
『今回の件で一番傷ついてるのは間違いなく主だ。だが、一番助けたいと思うのは俺だ。』
『俺は、キリを、助けたい。』
『そのためなら手段を選んでられねぇんだ。可能性がある限り何でもやる。』
「幹久朗さん…。」
『それなのにお前、いろんな「万一」が為にこの手段を放棄できるか?』
「!」
『俺ならしないね。出来なかったらその時だが、今はやることが第一だ。』
『悪いね、こんな適当な性格でよ。』
いつものように軽く笑う幹久朗に、この時は勇気づけられた。
カイムも口角をあげると、明るく返した。
「いいえ、俄然やる気が出ました。やれることはやってみましょう。」
『おう、そのいきだ! 俺も頑張る。お前も頑張れ!』
通話を切ったカイムは一つ伸びをして、目の前の原稿に取りかかった。
無論、キリを「語る」ための原稿である。
考えるな、動け
「…さぁてと。」
幹久朗は自分の店のテーブルに待たせていた客人にお茶を差し出した。
「少し話をするか、千郷。」
637
:
クラベス
:2013/04/29(月) 21:49:08
「思案、夕闇の中で」を今更ながら拾わせていただきました。短めです。
えて子さんより「我孫子 佑」をお借りしています。
「佑、起きてるか?」
夕刻より日は沈み、もう夜になろうという時間の頃。
空を茫然と眺めていた佑は声の主の方を振り向いた。
声の主は無論、この家に居候している男、太陽である。
しかし今日はなぜか普段着の上からエプロンをつけている。
「タイヨーさん…?」
「ああ、寝ていたならそのままでよかったんだ。起こしたら悪かったな。」
「…何ですか、その格好。絵でも描くんですか?」
「残念ながら俺は芸術の能がないんだ。そうじゃなくて料理だよ、料理。」
「お前、このところ疲れてたみたいだからな。今日は俺が一肌脱いでやろうってことよ。」
「え、タイヨーさん、料理できたんですか?」
「バカヤロー、これでも長年一人暮らしだ。…宿なしだったけどよ。」
「その途中に不安な言葉が入るのは」
「兎に角!料理はできないわけじゃねぇんだ。だから今日は飯の心配をするな。」
そういって一度扉を閉めた太陽であったが、何を思ったのか再び扉を開けた。
「ああ、そうだ、佑。」
「何ですか?」
「何かあるんだったら俺に言えよ?」
「学校生活、俺は経験したことないけど疲れるもんなんだろ?愚痴くらいなら居候の俺も聞いてやれるから。」
太陽は佑に白い歯を見せ笑いかけた。
「新居が見つかるまでの仲だ。吐きたいだけ吐いてくれよ。」
佑はしばらく太陽を見ていたが、つられて口角をあげた。
「ありがとうございます、タイヨーさん。」
「気にすんなって。今日はゆっくりしてろよ。」
「…あの、タイヨーさん」
「ん、何だ?」
「今日の夕ご飯、何ですか?」
本日の献立・焼き魚
その魚は表面がすっかり焦げてしまっていたが
愛情だけは籠っていた
638
:
スゴロク
:2013/04/29(月) 23:09:26
かなり久々にザ・スクールライフです。腕が、小説の腕がぁぁぁ……。
あくまで僕の感覚では、だけど、久し振りの学校は少し疲れた。僕が「死んでる」間に母さんは何をやったのか、みんなしてどうした、様子が違った、あれは何だったんだと質問してくる。
都度都度適当に誤魔化して来たけど、そろそろ整合付けるのが怪しくなって来た。こりゃアオイに一働きしてもらうかな?
「んじゃ、また明日なー、鳥さん」
「! あ、ああ」
なんてことを考えてたら、教室から出ていくハヤトに声をかけられた。「鳥さん」、か。
トキコ以外からそう呼ばれたのも何か久しぶりな気がする。ハヤトを見送りつつ、放課後の教室に一人残る。
「……ふー」
何に対してか、溜息が零れた。このいかせのごれ高校に通ってどれくらいになるのか、もうよく覚えていない。学年だけ考えれば2年のはずなんだけど、記憶を探ると明らかにそれ以上の時間が経過している。
「!! うっ、痛ッ……」
ただ、それを考えようとすると途轍もない威力の頭痛が襲って来る。酷い時にはこれで意識を失う事さえある。
前々からこんな兆候はあったけど、原因はさっぱり不明。しかもこれを誰かに相談しようとすると、その場で意識がブラックアウトしてしまう。おかげで今日一日で4回も気絶、その都度玉置先生の世話になるハメになった。
こんな時間に、こんなところで気絶するわけにもいかないから、とりあえずそれ以上考えるのはやめた。
「……あー、疲れた」
頭痛が引いたら、今度は精神的疲労が襲ってきた。椅子に座ったまま、机に頭を投げ出して窓の方を見る。真っ赤に燃える西日が眩しい。
鞄は机にかけてあるけど、今はそれを取って帰る気にならない。もうすぐ門限だっていうのに、全然動く気にならない。
「……帰りたい。けど動きたくなーい……」
我ながらダメダメな台詞だと思うけど、率直な話これが今の本音。正直このまま寝てしまいたい。
けど、残念ながらそれは出来そうになかった。
「あれー? 鳥さん、まだ残ってるの?」
廊下を走る足音が近づいて来たかと思うと、すぐ横でもう聞きなれた声がした。頭を少し持ち上げて顔を反対に向けると、そこにいたのは。
「……なんだ、トキコか」
「なんだはないでしょー。せっかくヒトが心配して来てあげたのに」
「言うよ。どうせ連絡か何かで足止め喰ってて、慌てて帰るところだったんだろ?」
言いきったら固まった。どうやら図星だったらしい。
「ま、いいよ。僕にはあんまり関係ない」
「……関係ない、かな? 私の『連絡』が何かは知ってるでしょ」
そう、僕は知ってる。トキコはホウオウグループのひとり。その『連絡』となれば、アースセイバー……少なくともその協力者にとっては、看過してはならない事態だ。
看過してはならない、のだけど。
639
:
スゴロク
:2013/04/29(月) 23:10:01
「確かにアースセイバーの協力者なら、放っておく理由はないよ」
「……なら」
「けど、僕はあいつらのやり方に一から十まで賛成してるわけじゃない」
そう。僕がアースセイバーに協力しているのは、ただその方が都合がいいから。
曲がりなりにも社会を守る組織に逆らって睨まれるより、非常時に協力して普段の平穏を得る方が大事だからだ。
「だから、お前が誰にどんな連絡をしようと、僕は関知しないよ。わざわざ知らせる義理もないし」
「……私が言うのもなんだけどさ、鳥さん、そんなスタンスで本当に大丈夫? 亀さん、一応そっち側でしょ?」
「ゲンブ? あいつのことはどうでもいいよ。あいつ、僕がお前と付き合うって聞いて何言ったと思う? 関係利用して情報引き出せ、だぞ?」
今思い返してもイラッと来る。要するに、アースセイバーのためにトキコを利用しろって話だからな、アレ。
「見捨てるのもあれだけど、だからって不用意に関わる気はもうないね。こうして暮らす上で必要だから連絡くらいはするけど、それ以上はもう期待しない。結局のところ、あいつは骨の髄まで『あっち側』なんだから」
「……? 鳥、さん……?」
そう。「あっち側」だ。
「……僕はな、トキコ。ホウオウグループの言ってることも、一理あるとは思ってるんだよ」
「!?」
ここからは、僕の話だ。
「やってる事は色々無茶苦茶だし、何としても止めろって言う奴の言い分もよくわかる」
「…………」
「でも、一から十まで否定する気はないよ。少なくとも僕が知る限りでは、賛成できる部分も色々とある」
答えは返らない。僕も求めない。
「僕をこうしたのはUHラボ……逸れ者のバカ達だし、グループ自体にはもう恨みも何もない。仲間になれって言われたらさすがに困るし、破壊活動とかするなら止める。でも、普段お前達がやってることを邪魔もしない」
「鳥さん……」
「……僕はどっちの味方でもないし、敵でもない。それはつまり、両方を敵に回すことと一緒だ」
ただ、今はアースセイバーとは戦っていない、というだけの話。僕としてはこっちからコトを構えるつもりはないけど、向かって来るなら全力で潰す。それだけだ。
「ゲンブは多分、その辺わかって言ってるんだろうな。どっちでもないなら、今の内に自分達の方に引き込もう、って」
けど、それは間違いだ。
「僕は、決めかねてるわけじゃない。自分で考えて、感じて、『どっちでもない』ことを選んだんだ」
身体を起こして椅子を引き、座ったまま正面から向かい合う。あらためて見たトキコは、いつになく真剣な顔をしていた。
640
:
スゴロク
:2013/04/29(月) 23:12:31
「どちらにも賛成できるけど、全部に挙手は出来ない。そして、賛成できる点は、僕がそこにいてもいいと思えるほど、多くもない」
「………」
「だから、僕はこのままでいる。名目の上ではアースセイバーの協力者だから、多分この先ホウオウグループとぶつかることはあると思う」
けど、
「もし、アースセイバーが……ウスワイヤが、僕にとって賛同しかねる存在だったなら……僕は、協力することを止める」
「!」
「アキヒロさんがいつか、言ったよ。『能力者に未来があるなら、人間の未来はない』って」
「……人を超える、人でない力を持ってる誰かが大勢いたら、そうでない、普通の人は生きて行けなくなる……」
「そういうことさ。だけど、僕はそれを鵜呑みにする気はない」
それに、もしかすると別の意味を含んでる可能性がある。
「だから、鳥さんは……」
「ああ。これが、僕のスタンスだよ」
「…………」
何を思ったか、トキコが僕の足の上に座って来た。自然、至近距離で目が合う。
「……どうした?」
「……鳥さん、ちゃんと選んだんだね。どうやって生きていくか」
「そうかな。多分、僕は我儘なんだよ。自分の意に沿わないものが嫌いで、だから距離を置いてる。好きな人だけを、近くに置いてる。きっと、そういうことさ」
「……いーよ。それでも私、鳥さんが好き」
抱き締めたその体は、思ったより暖かかった。
すっかり遅くなった帰り道、トキコが口を開いた。
「さっき思ったけどさー」
「?」
「鳥さんって、髪綺麗だよね。それって天然?」
意外なことに、話の内容は髪の毛について。僕にはとんと経験のない美容の話だった。
ちなみに質問に対する答えは用意してある。
「んや、ちゃんと毎晩手入れはしてるよ。ちゃんとムースとか使って……」
「ほへ? ま、毎晩? お手入れ?」
「当然だろ、髪は女の命だからな。……って、何だよその顔」
見ると、トキコはそれこそ、鳩が豆鉄砲でも喰らった、という形容がぴったりの顔であんぐりと口を開けていた。
「……………」
「……おーい?」
呼びかけると、はっ、と我に返った。
「ご、ごめん。……や、鳥さんからそんな台詞が出て来るとは思わなくて」
「……どういうコトだ?」
「そっかそっか、すっかり忘れてた。鳥さんって女の子だったよね」
「……おい」
正直、僕もたまに自分が女だってことを忘れそうになる。髪の手入れはアオイに言われてだいぶ前から始めてたけど、こうして話すまで自覚がすっぽり抜け落ちてた。
「そんな鳥さんとお付き合いしてる私って……」
「言いたいヤツには言わせとけ。僕達は結局、こういう関係さ」
「……ん、そだね」
ザ・スクールライフ〜朱雀と朱鷺in放課後〜
(ちなみに)
(スザクの髪の手入れとは)
「……あーもう、なによこの櫛の入れ方は、どうやったらこんな形に……もー、ほんっとにスザクはドジなんだから……(ぶつぶつ)」
(概ね、深夜の綾音のフォローによって成り立っている)
鶯色さんよりチョイ役ですが「ハヤト」、しらにゅいさんより「トキコ」をお借りしました。
641
:
しらにゅい
:2013/05/01(水) 20:18:46
*本編や他小説とは一切関係が無いifストーリーです
GW三日目。
先日から始まったこの黄金週間は早くも三日目を迎え、明後日からは四連休で学生なら休みはどう過ごそうかなー、なんて心を馳せていることだろう。
…でも、まさかGW三日目で校庭が爆破されるなんて、誰も予想していなかったよね?
----
「随分派手にやったな。」
「そうだねぇー」
いかせのごれ高校に来ると、校庭の前には「立ち入り禁止」の黄色いテープがたくさん貼られていた。
中では警察がゲンバケンショーをしているようで、あちこち忙しなく動き回っていた。
私とリオ君は野次馬に紛れながら、その様子を眺めていたのであった。
「"テスト"の事を考えれば、被害者は大勢いるだろうな…」
「ほとんど2年1組だったよねー、生きてるかな?」
頭に浮かんだのはあの救世主サマ。
その破滅していく姿を想像したら思わず笑ってしまったけど、
リオ君がそれを呆れた眼で見て、そしてため息を付かれてしまった。
「…ケイイチは、多分来てないだろ。」
「えぇ、なんで?」
「ケイイチの監視任務についているエドワードから聞いた、HRで聞かされた『職員会議』が気になってるようでバツと遭遇する前に一度学校に来てた、って。
それに、その『職員会議』の最中にトモコ先生が携帯を持って廊下に出て行ったって話をアザミ……リンドウから聞いたが、もしかしたらケイイチは警戒して探ってんのかもしれないな。」
あと、とリオ君が続けて何かを言い掛けたけど、それを遮るかのように男女の声が耳に飛び込んできた。
視線を向ければ、背の高いカウボーイ風の女の人と青い帽子を被った褐色の男の人がやってきた。あれはアースセイバーのチャドと、ケイイチのクローンのKEAだ。
また、KEAから少し離れたところには彼に声をかけようとしているマナちゃんの姿が見えた。…呼ばれなかった人も、いたようだね。
「アイツらどうあってもアニキを巻き込むつもりですだぜ!!!!」
「でかい声出すなよ…」
チャドはやや興奮した状態で中へ飛び込もうとしたけど、それをKEAが制止した。
まぁ、アースセイバーから見ればあんまりいい気分じゃないよねこの光景。
校庭はニュースで言っている通り、地下に埋め込まれた爆弾が爆発したかのように地面が盛り上がって山になってたり、また地面に亀裂が走っている。
…遠くからじゃ分からないけど恐らく"テスト"に不合格した人達がゴロゴロ転がっているのだろう、きっと生きていないだろうけど。
642
:
しらにゅい
:2013/05/01(水) 20:20:37
「下手に暴れるなよ、トキコ。」
失礼な、私だっていい時と悪い時ぐらいの区別は付けてるよ!
むすーと不機嫌そうな顔を見せたけど、リオ君は特に気にしない様子で言葉を続けた。
「…そういや、ニュースじゃコヨリが行方不明扱いになってたが、そうなると破壊された可能性が高いと考えられるな。」
「嘘、破壊された?」
「なんで目輝かせてんだよ。」
「えへへ。」
そりゃ、コヨリがもしかしたら死んじゃったって事を考えれば残念だけど、
それよりもそう簡単には壊れない彼女が壊されてしまったっていうのが本当なら、それぐらい強い人がここにいたという事になる。
ワクワクするじゃん!
「……お前だけだろ。」
そんな心のうちの声を見透かしてか、リオ君がぽつりとそう呟いた。
いやいや、だって中には運良くアナボライザーになった人だっているかもしれないよ?どんなのになるか楽しみじゃん。
どんなアナボライザーかなぁ、なんて想像し始めたけども、ふと先程から疑問になっている事をリオ君に問いかけた。
「…そういえば、さっき言い掛けたのって?」
「ん?ああ、そうだった。さっきロゼからメールで、セキがケイイチ達と交戦したがバラトストラは破壊されてしまった、って連絡が入ったんだ。
で、あいつらと接触した時間帯が、コヨリが校庭にいた時間帯と重なっていた。…つまり、ケイイチはコヨリとは接触していない。
コヨリがケイイチに破壊された可能性は、薄いだろ。」
「けど、破壊されたのは確実でしょ?…んー、じゃあ、もしかしたら呼び出した中にアースセイバーが紛れ込んでいたかも。」
「それも考えられるけど、な…」
そう言って、リオ君は再び、校庭へと目を移そうとしたけど…
「KEA―!!!!!見てきてくれだぜー!!!!」
チャドの大きな声が聞こえたと思ったら、KEAは投げ飛ばされて、けたたましい音を立てて瓦礫の山を打ち砕いていた。
「「………」」
「君達何やってるんだ!!!!」
警官の一人がそう怒声を上げていた。…うん、お疲れさまです。
リオ君も私も呆気に取られていたけど、ハッ、として、私はリオ君に声をかけた。
「ま、まぁ、アースセイバーがいたら、もっと被害は小さかっただろうし、トモコ先生だって行方不明に……ん?」
…そういえば、ニュースはコヨリの他にもトモコ先生も行方不明扱いだったよね?
「ね、リオ君。トモコ先生も行方不明だったよね?」
「?あぁ、ニュースじゃそうなってたな。」
「多分、ホウオウグループの…サイナが何かしたんだろうけど、何でだろ?
別にトモコ先生は生かしておいたって問題ないだろうし、サイナは無駄な行動はしないだろうし…」
「だったら、考えられるのはひとつだろ?」
「…トモコ先生は、見てはいけないものを見てしまった。」
かな、と首を傾げて返答すれば、リオ君は頷いた。
サイナにとって「計画の害に成り得る対象」と認識されたんだ、トモコ先生。…ご愁傷様。
いずれ2組も対象になるだろうし、ウララ先生も消されなきゃいいけどなぁ。
643
:
しらにゅい
:2013/05/01(水) 20:23:48
「…いや、無いか。ウララ先生、ぽあっとしてるし。」
「?」
「あ、ううん、こっちの話。」
これは鳥さんや一角君と戦う日も近いかなぁ、なんて考えながら、現場から野次馬へと目を移した。
さっきよりも人が集まってきて、見知った顔もちらほらと見え始めてきた。
その中にやーさんこと、蒼井聖も見えた。
視線が、合った。
いや、視線が合った、じゃなくて、やーさんは初めからこっち見てたんだ。
「………」
図に上がるなよ、鳳凰の狂信者共。
そんな事を言いたそうな、眼。
「……リオ君、そろそろ離れよっか。」
「…そうだな、悟られるとまずい。」
私達は野次馬の中から抜け出して、いかせのごれ高校から離れたのであった。
急転直下
(そういえばリオ君、ユーイちゃんも2年1組だけど…)
(ああ、ユウイなら心配いらない。宿題手伝うから絶対に外出るなよって言っといた。)
(わあ。)
644
:
しらにゅい
:2013/05/01(水) 20:32:29
>>641-643
お借りしたのは高嶺 利央兎、名前のみアザミ、榛名 有依(紅麗さん)、
同じく名前のみエドワード(許助さん)、ロゼ(びすたさん)、枝下 ウララ(十字メシアさん)、
火波 スザク、ちょい役で蒼井 聖(スゴロクさん)、名前のみで都シスイ(Akiyakanさん)、
本編からチャド、KEA、マナ、そしてこちらからはトキコでした!
GWということで、第三十二話「オヤクソク」のあの野次馬の中に彼らが紛れ込んでいたら…
というのを想定して書かせて頂きました!
第二章がこれから楽しみです(*・ω・*)
645
:
思兼
:2013/05/05(日) 00:34:32
御坂君のお話、今回は独り語りです。
【陽炎メモリアル】
‐第二話・目に焼き付いた光景‐
俺は他人の過去をこの目で『視る』ことができる。
どんなに隠していても、たとえ本人が覚えていなくともその人の命の歩みを俺の目は体感し追想する。
ガキの頃はこの力を上手く制御できずに、見たくないものまで勝手にこの目に映っていたけれど、
今ではある程度思うがままに視たいものと見たくないものを取捨選択できるようになった。
でも、俺にとってはどちらにしろもう手遅れだった。
とっくに捻じ曲がってしまった俺の視界は、俺の心はもう元に戻ることなんて決して無いのだから。
俺のこの力はみんなを不幸にする。
俺の親はその被害者のいい例だろう。
こんな異形のアルビノの外見に、得体の知れない不気味で信じがたいような妙な『眼』を持って生まれてきた、
忌み子とでもいうべき子供を持ってしまったのだから。
俺が家に寄り付かず、親に冷たい態度なのはある意味一つの後ろめたさから来るものだった。
俺のせいで二人とも不幸になって、得体の知れない『化け物』を側に置かないといけない苦痛。
それを俺は望まない。
だから俺は二人が俺を嫌ってくれるように俺は仕向けた。
その結果、二人と会う時間や二人と話す時間というものは極端に少なくなっていった。
それでいい。
それが正しいことなんだ。
646
:
思兼
:2013/05/05(日) 00:35:02
そんな他愛もない今更なことを、公園のブランコに揺られながら俺は思い返していた。
目線の先には沈みかける夕日が景色を赤く染め上げている。
昼に比べれば涼しいけど、まだ熱気の残る空気のせいでアスファルトの上の景色がぐにゃりと歪んで見える。
「嫌なこと…思い出しちゃった。」
嫌なことを考えれば嫌なことを思い出すのはある意味自然な流れで、そんな忘れることが苦手な自分を
恨めしく思いながら足元に視線を落とす。
ちょうどこんな時期だった。
俺の初めての友達が『逝った』のは。
鈴木 遥。
それが彼女の名前だ。
小学1年の時に学校でこんな俺に最初に話しかけ、それ以来ずっと仲良くしてくれた女の子。
俺の姿も、俺のこの忌まわしい力も全部受け入れて信じてくれて、それでも一緒に歩んでくれた
遥は俺の唯一無二の親友だった。
いつも俺たちは二人一緒だった。
…遥が自ら命を絶ってしまうまでは。
その理由は俺だけがこの目を通して知ってる。
そのことに、近くにいながら気づいてやれなかったことを俺は今更になってから死ぬほど後悔している。
原因はいじめだった。
陰湿かつ他人にばれないような狡猾な、延々と続くいじめ。
それに耐えかねて、遥は学校の立ち入り禁止の屋上で首筋を斬り、ひっそりと亡くなっていた。
まるで眠るようなその顔を、俺はこの『目』で見た。
深い後悔と一緒に俺の目に焼き付いたその姿は今でも色あせることなく鮮明に記憶に残っている。
ブランコから立ち上がり俺はその隣、誰もいないブランコを視る。
そこにはキミの残滓が残っていて、あの時と変わらない笑顔を浮かべている。
『成見君、私は成見君のこと…大好きだよ。』
そう言って君は揺らめく様に消えてしまった。
あの時の欠片は俺の心を刺し続けて、キミの影は俺の視界でいつも踊っていた。
笑顔で…
<To be continued>
647
:
思兼
:2013/05/05(日) 01:55:13
連投失礼します。追想する成見の話です。
【追憶ロストデイ】
‐第三話・見えないけど確かにいるキミの影‐
**********
「ねぇ、成見君」
「ん、どうしたの?」
「私と、ずっと一緒に居てくれる?」
「何言ってんだよ、当たり前だろう。約束するよ。」
「ホント?よかったぁ〜」
「何が?」
「ううん、何でもないよ。ただ…少し安心しただけ。
成見君が私を置いてどっか行っちゃわないか心のどこかで不安だったんだ。」
「大丈夫、俺は絶対に遥の前から居なくならない。
それに…俺は遥がいないとダメなんだ。」
「…ありがとう。成見君、大好きだよ。」
「俺も遥のこと、大好きだ。」
648
:
思兼
:2013/05/05(日) 01:55:48
**********
「…約束したのに、先にいなくなったのは遥じゃないか。」
深夜、クーラーが効いていて涼しい自分の部屋のベッドで俺は目を覚ました。
時刻は午前3時ごろ。
まだ本当に真夜中だ。
嫌な夢を見た。
これは遥が自殺する2日前に俺と話したことだった。
今思えば、この時に遥の異常に気付くべきだったのだろう。
そんな今更どうしようもないことを考えながら、俺はベッド脇の写真立てを見る。
そこには少し前に知り合った千鶴さんと一緒に(千鶴さんに流されるように)とった写真が置いてある。
いい人だったなぁ。
ちょっと天然っぽいところがあるけど、俺のこと避けずに仲良くしてくれたし。
その写真の位置を直してから、俺はもう一つの写真を手に取る。
夏の日に遥と海でとった写真だ。
遥と一緒にとった最後の一枚。
この日は二人で誰にも邪魔されずに遊んだんだっけ?
『成見君、遊ぼうよ!』
あの時のキミの残滓が僕の視界の端で笑いかけた。
この記憶はずっと色あせずに、空間に俺の記憶に残ったキミの残滓はいつも俺に笑いかけてくる。
…何で死んじゃったんだよ。
約束したじゃないか。
ずっと一緒だって。
649
:
思兼
:2013/05/05(日) 01:56:33
**************
『ごめんね、約束…私が先に破っちゃった。』
「!?」
声がした。
いや、正確には俺の目に見える『空間の記憶』だろうか。
そこには死の直前の姿のキミがいた。
俺の机の椅子に腰かけながら、いつもの笑顔を浮かべて。
「遥!?」
夢なのか現実なのかよくわからないまま、俺はキミの名前を呼ぶ。
『ちゃんと、さよならが言いたかったんだ。私…もう疲れたんだ、笑い続けるのに。』
「待ってくれ!!」
どういうことだ!?
他にも言いたいこと、聞きたいことはたくさんあるのに!!
『私のこと、時々でいいから思い出してね。これ、成見君に持ってて欲しいんだ。』
俺の言葉には答えずに、遥は自分の髪留めを外すと、俺の膝に置いた。
『じゃあ、さよなら…成見君。』
「遥!!」
650
:
思兼
:2013/05/05(日) 01:57:49
*********
そこで俺は目を覚ました。
外はすでに朝になっていて、鶏の鳴き声が聞こえる。
「夢かよ…夢の中で夢を見るとはね。」
やれやれと起き上がろうとしたとき、膝から何かが床に落ちた。
「これは…!!」
それは遥がつけたいたあの髪留めだった。
<To be continued>
しらにゅい様より千鶴さんをお借りしました。
651
:
十字メシア
:2013/05/05(日) 06:45:19
akiyakanさんの<月下昇天>の後日。
akiyakanさんから名前なしで「灰炎無道」お借りしました。
「ジャシン」を巡る騒動から数日。
かつて守人であった百物語組の一人、アゲハは斎に今回の件を報告していた。
「そうですか、そんな事が…」
「うん。大変だった」
「怪我はありませんでしたか?」
「あったけど、完治した。大丈夫」
「それは良かった…お疲れ様です」
刹那。
「ちょうどいい所にちょうどいい話してるじゃない…」
『うわぁああああっ?!』
「……何故そんなに驚くのよ」
いつの間にかそこにいた、巫女装束を身に包んだ緑髪の少女。
二人の反応に機嫌を損ねたようで、声色に怒気が含まれている。
目付きも更にジトっとした感じだ。
「いきなり後ろに現れて、いきなり話しかけられたらそりゃビックリするよ。…咲子」
「ふうん。まあ…どうでもいいわ」
と、興味なさげに言う少女、咲子。
「ところで、ちょうどいい…とは、どういう事ですか? 守人の巫女様」
「…家の書庫にある古書に、その坊主と似た人物について載っていたわ」
『!』
咲子から告げられた言葉で、緊張が走る。
「『幾度も姿を見せ、世を炎の如く滅ばさんとする、人の形をした異の者』……かつてソレは、数百人ものの死者を出した事もあった。その時目論みを阻止したのが、私達守人の先祖達…」
「!」
「………」
「…ソレは、何度も姿を現すわ……私達も、警戒すべきよ…」
「……完全に消す方法は無い?」
「今のところ。私のこの”目”が何か分かってくれれば、いいのだけれど…」
左目の瞼に軽く触れる咲子。
そのほんの一瞬、黒い瞳に赤い梵字の様なものが、光るようにして映った。
「そう気に病まないで下さい。貴方の”目”は、来るべき時に知らせるものですから」
「うん。それに」
――発動した時ちょっと…いや、かなり怖い。
二人は同時にそう思った。
それもそのはず、咲子は『予言』をする際、発狂したかの様な素振りを見せつつ、奇声を上げるのだ。
自然とそうなるのか、はたまたわざとなのかは分からないが、元々普段から怪しい雰囲気を放っている為、余計に怖い。
二人のそんな心情を察したのか、
「……私に、失礼な事…考えてないでしょうね?」
「えっはっ、い、いやいや?! な、何も?!」
「うんうん何も何も」
「…………」
黒い目は挙動不審な二人を、更に訝しく見つめるのであった。
「………」
「ねーえ!」
「…ああ、お前か」
「どーう? ”邪駒”できーた?」
「いんや、失敗だ。目ェ付けてた奴もくたばっちまった」
「ここ数年は何回か失敗しちゃってるしーね。…”邪駒”にすらならねーとか人間じゃねえなクソ」
「ついでにあいつら目障りだしな」
「しかも何かーさ? 変な坊主が八岐大蛇を呼んで人間滅ぼそうとしたうーえ? ソレを『ジャシン』って呼んでたってーね?」
「オレらが崇める『邪神』様を差し置いてかい」
「いい度胸してるよーね。目論み破れて清々しーた」
「その坊主、何も分かっちゃいねえな」
「だよーね! 人間は自分が抱えてる闇に忠実なのが当たり前なのにーね!」
「…で、まだ仕掛けねえのか?」
「まーだ。アイツらに気づかれる前に、”邪駒”増やしとーこ。後邪魔者消えないーと」
「そうだな…」
「「全ては、我らの『邪神』様の為に」」
新たなる闇
(そう言って二つの影は見下ろした)
(死体と血で穢れた)
(儀式の地を)
652
:
えて子
:2013/05/05(日) 06:57:05
白い二人シリーズ、子供の日編。
ヒトリメさんから「コオリ」、紅麗さんから「アザミ(リンドウ)」をお借りしました。
今日は、コオリとリンドウと一緒に公園に来てるの。
「じょうしにたのまれた」んだって。リンドウが言ってた。
今日は公園、晴れてるからぽかぽかしてる。
アオと同じくらいの人が、たくさん公園を走り回ってる。
何をしてるんだろう。おにごっこかな。ボールを使ってるから、「さっかー」っていうものかな。
アオは、コオリとリンドウと、三人でひなたぼっこ。
ベンチにすわって、ぽかぽかしてるの。
「あったかいね」
「あったかいね」
「…………」
リンドウ、元気ないね。
おしごと、大変なのかな。つかれてるのかな。
「リンドウ、つかれてるの?」
「みどりのおじさん、だいじょうぶ?」
「誰のせいだと思ってるんだ…あと俺をおっさんと呼ぶな」
「リンドウ、コオリはおっさんって言ってないよ。おじさんって言ったよ」
「同じことだ馬鹿!!」
おっさんとおじさんは、同じなんだって。
ちがう言葉なのにね。不思議。
「あぁ〜〜…なんで俺がこんなガキ二人のお守なんかしなくちゃならないんだ…」
「何ブツブツ言ってるの?」
「え?……うわっ、わ、ワカバ先生!?」
「あっ」
リンドウとお話してたら、ワカバが来てた。
こういうの、「いつのまにかいた」っていうんだよね。
「わ、ワカバ先生…どうしてこんな所に?」
「買い物の帰りだよ。アザミ先生は?」
「い、いや、僕は……そう!ちょっと頼まれて、この子達の散歩にね!うん」
「へえー、そうなんだ。あ、アオギリちゃんは久しぶりだねー」
ワカバ、「わらう」って顔しながら、手を振ってた。
だから、アオも手を振った。
リンドウ、不思議だね。
ワカバが来たら、すぐに「アザミ」になったの。
「こっちの子は?アオギリちゃんの妹さん?」
「ち、違う違う!この子はコオリ、アオギリの友達だよ。成り行きで一緒に散歩することになってね」
「ふーん、そうなんだ。初めまして、コオリちゃん」
「はじめましてなのよ」
ワカバとコオリ、あくしゅしてた。
仲良くなれるのね。きっと、いいこと。
「…あ、そうだ!せっかくだから、これ二人にあげるよ」
ワカバ、持ってたビニールの袋から、何か出した。
とうめいな紙に包まれた、白いおもち。緑のはっぱがついてるの。
「おねえちゃん、これなあに?」
「柏餅だよ。今日は子供の日だからねー」
「ちょっと、ワカバ先生…!」
「…ん?あ、もしかして勝手にあげちゃ駄目だった?」
「えっ」
ワカバ、まゆげが下がってる。
なんだっけ…そう、「もうしわけない」って顔、してる。
でも、どうしてワカバ、こんな顔するんだろう。
アオたちが食べちゃいけないもの、なのかな。
「アザミ、これ食べちゃいけないものなの?」
「いけないものなの?」
「………………………いや、駄目じゃ、ないよ」
「……そっか、よかった。ちょうど四つあるし、皆で食べようよ」
ワカバは、「あんしん」って顔になった。
それで、おもちをひとつずつくれたの。
アオと、コオリと、アザミに。
「こどものひなのに、おねえちゃんやおじさんもたべるの?」
「はははっ。まあ、たまにはいいんじゃないかな。ねえアザミ先生?」
「え、あ、う、うん」
ワカバやアザミは「おとな」だけど、「こどものひ」だからこどもになるのかな。
こどものひって、不思議だね。
みんなですわって、かしわもちを食べたの。
おもち、おいしかった。
白い二人と先生と〜こどもの日のいちぺえじ〜
(「何かこうしてると親子みたいだねー」)
(「ゴフォ!!?」)
653
:
思兼
:2013/05/05(日) 13:53:07
今日も一つお送りします。
何でも見えるが故に何も視ようとしない成見君のお話
【拒絶ヒストリー】
‐第四話・目を背けた日々‐
柔らかな日の光に照らされる公園で、俺はそんな日の光を避けるように日陰に立っていた。
アルビノの俺は日の光が苦手だ。
ついでに嫌いだ。
目が痛くなるし、俺の守る色の無い肌を容赦なく焼くから。
「あったかいね」
「あったかいね」
「…………」
公園のベンチには大人の男と小さな女の子が日向ぼっこをしている姿が目に見えた。
「そう、あんたらもか。」
俺の目には『見えた』
あの二人の本質が、その経緯が。
異能力者、しかも一人はあの『悪夢』とやらの能力。
654
:
思兼
:2013/05/05(日) 13:55:12
所属は…ホウオウか。
面倒だな、どうしたら面倒を避けられるかは勿論わかるけどね。
異能力者どうし、傷の舐め合いをしようとも大きな野望に共感して手を貸そうとも、捕えられて
使い潰されようとも思わない。
ただ俺は俺の人生を平坦に、何の感動もなく過ごしたいだけなんだ。
どのみち、俺は長くは生きられないだろうから。
先天性色素異常、いわゆるアルビノは外界の刺激や影響を強く受けてしまう。
守るための色を持たないからだ。
それに俺は身体が弱い。
少し病気をこじらせただけで死んでしまうだろう。
だからこそ、俺は誰とも深く関わりたくない。
置いて逝かれる悲しみは嫌というほど理解してるから。
誰も何も知りたくない。
見たくない。
ため息をついてベンチから見えない位置に移動するように、木の陰に隠れて長めの純白の髪の毛にふれる。
そこには昨日見つけた遥の髪留めがついている。
どうしてあったのかはわからない。
でも、これでキミを感じてられる。
残滓としてではなく実態として。
『どうしたの?大丈夫?』
うるさいよ。
これはただの記憶の残滓、残りカス。
キミはもういないんだから。
陽炎みたいに揺れる幻影は消えてくれ。
俺は揺らめきながら微笑みかけるキミから目を背けた。
苦しいだけの、つらい記憶なんてもう忘れてしまいたい。
キミと過ごした優しい日々だけが泡沫のように揺れればいいんだ。
<To be continued>
ヒトリメ様より、コオリ
紅麗様より、アザミ(リンドウ)
をお借りしました。
655
:
十字メシア
:2013/05/09(木) 23:51:47
ネモさんから「クチナワ」、鶯色さんから「ハヤト」、ヒトリメさんから「デストリエ」お借りしました。
日曜日のウスワイヤ。
今日も能力者達は平和に暮らしている――。
…筈なのだが。
「ミユカぁぁあああッ!!!」
「キシシシッ!」
廊下をバタバタと駆ける騒がしい足音。
悪戯っ子を表した様な笑い声を上げるミユカ。
びしょ濡れで彼女を追いかけるハヤト。
この光景から分かることはただ一つ。
…ミユカのイタズラ巡りだ。
「…おっ、アレは!」
逃げるミユカの視界に入ったのは、ガチャガチャと音を立てて歩く鎧。
付喪神の一種であるデストリエだ。
するとニヤリと笑った彼女は――。
「やっほー! デースリーン!!」
『?!??!』
逃げるついでにデストリエを回転させた。
視覚を持たないので目を回す、なんて事は無いが、突然の事だった為彼は驚いたような素振りを見せる。
その様をちらりと見ると、また「キシシ」と笑う。
と、次にミユカは、金棒を背負った仲間の鬼――雷珂の背中を見つけた。
「おや! 次は雷様が…キシシ」
「今日は上手く役割をこなせたぞ…この調子で頑張らねば!」
「こんにっちは〜雷様!」
――もにゅ。
「……〜〜〜〜ッ、なななな何をする貴様ァァアアア?!??!!」
顔を真っ赤にしつつ、振り向くと同時に金棒が一閃を薙ぐ。
だが、すばしっこいミユカは既にその場から離れており、それどころか。
ガコン
「……は?」
金棒が壁に当たった刹那。
するはずがない、嫌な音が響く。
背中に冷や汗が流れたその時。
「っぎゃぁぁああああーーーーッ?!!」
…悲鳴と共に落とし穴へ吸い込まれていった。
「キッシシシ、皆まだまだだnむぎゃ!」
前をよく見ずに走っていた為、誰かにぶつかってしまった。
少しよろめいたミユカは、その『誰か』を見てギョッとした表情を浮かべる。
「おやミユカサン、どーも♪」
彼女にとっては天敵の中の天敵。
百物語組の蛇妖怪、クチナワだった。
656
:
十字メシア
:2013/05/09(木) 23:53:49
「し、白蛇さん……」
「何ですか、まるでお化けが出たみたいな顔して…って元から妖怪でしたねワタシ。また今日も、イタズラをしておいでで?」
「(ギクッ…)あーははははまーさかそんな事――」
と、言いかけたところで逃走を図る。
しかし、視界に入ったのは白い廊下ではなく。
「っえ!?」
「駄目じゃないですかー逃げたりなんかしちゃあ」
「い、いや、今のは…用事! 用事を思い出して…」
「嘘も駄目ですよー? …お仕置き、覚悟して下さいね?」
「ちょっ! 鬼!! 悪魔!!! 人でなし!!!!」
「実際人じゃありませんケド。悪く思わないで下さいよー上からの命令なんで♪」
「にぎゃぁぁあああああああああ!!!!!!!!!」
「……自業自得だけど、まあ、ドンマイ…だな」
「あ、ハヤト君!」
「カナミ」
「ミユカちゃんを止めて欲しいと聞いて、来たのですが……必要ないみたいですね」
目の前の光景を見やるカナミとハヤト。
その止めるべきだった親友は、クチナワに蛇責めされていた。
「それにしても、アイツら仲良いのか悪いのか分かんねーな。いつも弄り弄られてるかと思えば、楽しそうに会話してたりするし」
「あら、あの二人は仲良しさんですよ?」
「…何でそうだって分かるんだ?」
「簡単な事です。ミユカちゃんは、『友達だと見てる人は必ずあだ名』で呼びますもの」
「あー…」
「それに何だかんだ、クチナワさんの事気に入ってるみたいですしね」
蛇二匹
〜十分後〜
「あのバカ蛇…いつか絶対ギャフンと言わせてやる…」
(…多分一生無理じゃね)
「ハヤトちゃん何か言った?」
「いや別に」
657
:
えて子
:2013/05/10(金) 21:49:27
「二人の心中」の続き。二話連続自キャラオンリーです。
セラという名のカチナの呪縛を書きたかったんだが、何かとんでもないことになった…
「戻ったぜ」
「……ああ、おかえり」
『Closed』の札がかかった情報屋の扉を開け、紅の見舞いに行っていた長久が入ってくる。
応接室のソファで資料の確認をしていたハヅルは、ベルの音に資料から顔を上げて長久を迎えた。
「アーサーは?」
「二階で読書中だ。……紅は、どうだった?」
「まだ具合は悪いらしいけど、とりあえず危なくはないっぽい。ただ、今回はいつもより長くいることになるだろうってさ」
「……そうか…」
「………んで、こいつはまだ何の音沙汰もなし?」
ハヅルの隣に腰掛けつつ、先日ハヅルと紅が連れ帰ってきたカチナ―紅は蒼介と呼んでいるため、情報屋の面子もそれに倣ってそう呼んでいるが―に目を向ける。
風呂に入れられたため全体的にこざっぱりとしており、髪も櫛を通されいくらか落ち着いている。
襤褸切れのようだった服も着替えさせられており、今は黒いTシャツに黒の長ズボンという服装だ。
ローテーブルを挟んで向かい合うソファに力なく座り込んでいるカチナは、置物のように動かない。
ただ、時折する瞬きが、彼が置物ではなく、死んでもいないことを示していた。
「……ない、な。話しかければ反応はするが…それだけだ」
「あ、そう…」
はああぁぁ…と深い深いため息をついて、長久はソファに体を沈みこませた。
「…こういうのはどうも苦手だ。元々子供の相手なんかしたことねーもん…」
「……アーサーとは、仲良くやっているじゃないか」
「アーサーは自分から話しかけてくれるからいいんだよ…蒼介は何も喋んないし、何話せばいいもんやら…」
もう一度深いため息をつくと、ハヅルは薄く苦笑する。
「…ところで、ハヅル。何の資料見てたんだ?」
「ああ……UHラボとか、蒼介が関わった事件に関係ありそうなものとかを…」
「UHラボ?」
「俺も詳しくは知らないが…簡単に説明すると………ん?」
ハヅルがUHラボについて説明しようとしたちょうどその時、軽いノックの音が聞こえた。
次いで、男の声が聞こえてくる。
「ごめんください。誰かいないかな?」
「…客か?」
「かもな。…休業中って張り紙してたと思うんだけどなぁ…」
「…何らかの拍子に、張り紙がはがれたり、札がひっくり返ったり、したのかもしれないだろ…」
「あっそ。じゃあ事情話してお引取り願いますか…」
「……待て。開けるな」
「…は?」
658
:
えて子
:2013/05/10(金) 21:50:06
気だるそうに立ち上がった長久を、ハヅルが制止した。
怪訝そうに振り返った長久に、ハヅルは視線でカチナを指す。
先程まで人形のように座っていたカチナが、震えていた。
「…蒼介?」
「……っ……っ……」
長久の呼びかけにも反応を示さず、浅い呼吸を繰り返している。
目はかっと見開かれ、しかしその奥には明確な恐怖が刻まれていた。
そのただならぬ様子に何かを察した二人は、目で合図を交わす。
「………ハヅル」
「ああ…念のため、扉は開けるな。……蒼介、行こう」
ハヅルがカチナを連れ、応接間から扉の向こうへと姿を消す。
階段を登る音がかすかに聞こえ、二人が二階へ避難したのを確認してから、長久は扉の向こうへと声をかけた。
「…扉に張り紙がなかったか?オーナーがいないから、仕事の依頼は出来ない。日を改めてくれないか」
「ん?…ああ、これかな?すまなかったね、落ちていたから分からなかったよ」
「…やっぱり。悪いな、張り紙を見てくれたなら分かると思うけど、今は休業中だ。連絡先さえ教えてくれれば後日―」
「けど、まあ、僕には関係ないんだけどね」
「…え?」
「だって、僕は仕事の依頼じゃないんだもの」
じゃあ何の用だ、と言おうとしたが、声にならなかった。
何か、纏わりつくような嫌な気配が、扉の向こうからしたからだ。
長久は思わず、扉の前から後退した。
結果として、その行動は正しかった。
その直後、銃声が聞こえたからだ。
「!?」
咄嗟にローテーブルを蹴り飛ばしてバリケードを作り、デスクの裏側へ飛び込むように隠れる。
銃声は立て続けに数発、数秒の間をおいてもう一発聞こえた。
「…………」
長久は予期せぬ事態に冷や汗を流しながら、デスクの陰から顔を覗かせる。
弾痕まみれの扉は、やがて力尽きたようにぎぃ、と音を立てて開いた。
「やぁ、ごめんごめん。あのまま話していても埒が明かないと思ってね。ちょっとばかり強硬手段をとらせてもらったよ」
こつ、と革靴の音を立てて、男が入ってくる。
見た目は三十代位だろうか。白衣を着て、人の良さそうな笑みを浮かべている。
一見、人畜無害そうな男だ。
先程の行為と、手に持った拳銃がなければ。
「………あんた、何者だ…」
「ああ、すみません。自己紹介が遅れてしまった」
そう言って、優男はにっこりと笑った。
招かれざる来訪者
「僕は瀬良。君たちが奪いとったカチナを、取り返しに来ました」
659
:
えて子
:2013/05/10(金) 21:53:42
「……奪い取った?」
瀬良、と名乗った相手を前に、長久は軽く眉を寄せた。
「そう。あの子は僕のものだ。勝手に持っていかれては困るんだよ」
「言ってる意味が分かんねぇな」
眉間の皺を深くし、吐き捨てるように返す。
そんな長久の反応にも、セラは笑顔を崩さず、嫌な顔ひとつしない。
「君には分からなくて十分さ。あの子は僕のもの、僕の言うことに逆らうはずがないんだからね」
そう言うと、唐突に声を張り上げた。
「カチナ、カチナシ!!僕の可愛い兵器!!いるんだろう!?迎えに来たよ!!」
ぎょっと目を見開く長久に構わず、セラは大声でカチナを呼び続ける。
「さあ、こっちに来なさい!邪魔者は全部排除してくるんだ!!“命令”だよ!!」
しばしの沈黙が流れ、そして唐突に空気が動いた。
ごっ、という微かな鈍い音。
がん、という何か重たいものが落ちる音。
そして一拍置いて、
『――うああああああああああああああああああああああああっ!!!』
アーサーの悲鳴が聞こえた。
直後、ばたばたと二階を駆ける足音が聞こえる。
『長久、長久!!どうしよ、ハヅルが、ハヅ、 っげぐ!!」
アーサーの悲鳴にも似た声が掻き消され、代わりに何かが潰れたような音がする。
直後、重いものを何度も叩きつけるような鈍い音が聞こえ、すぐに止まった。
「………」
おそるおそる、長久は音のした方を、居住空間へと続く扉を見る。
扉が開き、空虚な目をしたカチナが、足を引き摺りながら歩いてくる。
その背後、扉の向こうに僅かに見えたものは、
「………アーサーっ!!!」
階段付近の床に倒れているアーサーだった。
先程の連続した鈍い音は、アーサーが階段を転がり落ちる音だったのだろう。
打ち所が悪かったのか、横たわったままぴくりとも動かない。
「アーサー、おい!!しっかりし…」
駆け寄ろうとした足が、目の前に突きつけられたものによって止まった。
カチナが握り締め、長久に突きつけているものは、血のついた木槌だ。
ハヅルがよく趣味の日曜大工やガーデニングの支柱作りにそれを使っているのを、長久は思い出す。
「……おい。お前…まさか、それで、ハヅルを…」
「良く出来たねぇ、カチナ」
血の気の引いた顔で問いかける長久とは対照的に、セラは嬉しそうに微笑んで拍手をする。
そのセラの声に、カチナは怯えたようにびく、と肩を震わせた。
「…………ぁ……」
「ん?どうしたんだい、カチナ。怖がらなくていいんだよ?」
「……う、ぅ……」
「…もう。君は昔から怖がりで弱虫なんだからなぁ。しょうがない子だ」
まるで、やんちゃな子供をたしなめるような口調で、セラは笑う。
それに反比例するかのように、カチナの怯えた表情は深くなっていった。
ひゅうひゅうと、苦しそうに息をしている。
660
:
えて子
:2013/05/10(金) 21:54:19
「……おい。何が目的だ、いきなりこんなこと…」
「煩いな。君に答える義理はないよ」
辛辣な言葉と笑っていない目に気圧され、長久は怯んだように一歩下がった。
その笑顔のままセラがカチナに向き直ると、カチナは大きく体をはねさせる。
「カチナ。まだ一人残ってるだろ?さあ、アイツを殺すんだ」
「……蒼介。こんな奴の言う事なんざ聞かなくていい。こっちに来い」
「ねえ、カチナ。アイツは“障害”だ。命令を聞くのに邪魔な障害は、どうするのか…分かるだろう?」
「蒼介、お前は兵器じゃないだろ。何もしなくていい、殺さなくていい」
「カチナ、僕の言う事が聞けないの?また、お仕置きをされたいのかな?」
「蒼介、流されるな!お前は人だ、人間だ!そっちに行くな、逆戻りだぞ!」
「「さあ…」」
「殺すんだ、カチナ!!」「こっちに来い、蒼介!!」
「………あ……あ………
…………ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!!!!!!」
頭を抱え、大きく咆哮したカチナ。
そのまま、錯乱した獣のように飛び掛った――
夕暮れの空、赤と青が混じりあった紫色の空の下。
情報屋の前に、二つの人影が立っている。
「よくできたね、偉い偉い」
「…………」
「でも、まだ駄目だ。まだたくさんやり残しがあるだろう?それらはどうする?」
「……こ、ろ、す」
「そうだ、全て殺すんだ。そして最後に僕も…。出来るね、カチナ?」
「……カチナ、は、へいき……てき、ころ、す……」
「そう。敵も邪魔者も全て殺すんだ。大丈夫、僕も手伝ってあげるからね」
「…………」
「君の手に余るなら、僕も手を貸してあげよう。武器がないのなら、僕が見繕って………ああ、その木槌、持ってきていたのかい?ならしばらく武器は大丈夫かな」
「…………」
「大丈夫。僕が君を一人前にしてあげるから。…だから、僕の言う事を聞かなきゃ、駄目だよ?」
「……カチナ、は、めい、れいを、きく…」
「うん、それでいい。いい子だね」
虚ろな声で何度も繰り返すカチナを見て、セラは満足そうに笑う。
二つの人影は、暗がりに溶けて姿を消した。
消えた灯火、外せぬ首輪
(情報屋の灯は消えた)
(男は後頭部を強打されて、血だまりの中に倒れ)
(少女は階段から突き落とされ、痣だらけのままぐったりと横たわり)
(青年は喉に痛々しいほどの手の痕を残し、壁に寄りかかって座り込みぴくりとも動かない)
(そして、病院では―)
(一人の女が、集中治療室へと運ばれた)
661
:
スゴロク
:2013/05/10(金) 22:32:37
UHラボ関連で少々。
「……ふむ。やはり、もう一度足を運ぶべきかも知れんな」
いかせのごれ高校・職員室。非常勤講師として潜入しているホウオウグループ幹部・クロウは、自分以外誰もいなくなったそこで、今後の自分の活動について頭を巡らせていた。
目下のところの役目は組織を離反したノルン・ノアの抹殺なのだが、最近になって情報関連のガードが異様に硬くなっており、動向がさっぱりつかめない。加えてアッシュへの警戒やアースセイバーの学生面子の監視、グループメンバーとの接触など、クロウが担っている任務は多岐に渡る。そのため、本来最優先事項であるはずの件の兄弟への対処にまるで手が回らず、現在は半ば放置状態となっている。
もっとも、これでも以前よりは減った方だ。ある意味グループの爆弾的存在だったトキコに関しては、ホウオウから「やりたいようにやらせておけ」との意向を受けている。これについて以前説明を求めたのだが、要するに「抑圧するとその反動で暴走し、返って制御不能になりかねない。潜入任務に支障が出ないのならば、好きにさせた方が結局リスクが少ない」ということだった。
なので、クロウは彼女の行動には基本的に口を出さない。奇妙な形で交際を始めたスザクに関しても、
『奴はお前に任せる。生かすなり殺すなり、好きにすればいい』
と一任している(丸投げとも言う)。ともあれ、クロウが今考えているのは、そのことではない。
「UHラボ……確か、施設そのものはまだあったはずだな」
7年前、他ならぬクロウ自身が叩き潰した、生体兵器の研究施設。グループから追放された者達が、成果を上げて舞い戻ろうと立ち上げた機関。役に立つのか経たないのか、しばらくは静観していた。しかし、内情が明らかに非合理的なものであったがため、グループはラボの撃滅を指令。これを受けたクロウはナハトを伴ってかの施設を襲撃、壊滅させた。この時グループに引っ張った被検体の一人がノルンだったのだが……。
(いや、感傷は無意味か。奴は敵だ)
過去に跳びかけた意識を現在に引き戻し、方策を練る。
(この先ノルンとぶつかるなら、奴についての情報は多いに越したことはない。それに、指令の件もある)
実はこの数日前、クロウ当てにある指令が届いていた。それは、UHラボの研究者の捕捉。
ラボ自体は何度も繰り返すようにクロウが壊滅させたが、所属していた研究者の半数以上は逃げ延びている。ホウオウグループは、その逃げた者達を捕えろ、との指令を送って来たのである。
(連中を生かして置いては、確かにこちらに取って不利益。なるほど、了解した)
そう、一言で請け負ってから数日。まずは情報が欲しいと考えたクロウは、かつて自ら襲撃したUHラボの施設に足を運ぶことを決めていた。
機器その他は当時のまま手つかずとなっており、情報のサルベージが出来れば、ノルンの情報や研究者たちの足跡など、何らかの手掛かりが掴めるかも知れない。それに、あの地にグループ関連のデータが残っていては、何かの弾みで不利益に働きかねない。
(さて、まずは)
それに先んじ、クロウは人員を策定する。
「……で、何だって私が引っ張り出されるワケ?」
2日後。UHラボ施設跡地を訪れたクロウの隣には、不機嫌顔のトキコの姿があった。
「ルーツとナハトは別件に当たっている、他の学生メンバーは都合がつかん」
ちなみに「別件」というのは、以前通達されたアッシュへの監視命令に、出されていない抹殺許可を付け加えた犯人捜しである。
「場所が場所だ、暴走した被検体か、その類の脅威があるかも知れん。ある程度の自衛力を持ち、かつこの件に関われそうな人員となると、お前とミーネしかいない。ジングウは論外だ」
「……確かにそれは同感だけど」
「そもそも奴自身、今は動く気がないようだからな。つついて寝た子を起こす必要もあるまい」
「そりゃわかるけどー……」
出発してからどうにも膨れっぱなしのトキコに、クロウはいぶかしげな視線を向ける。
「……どうした。何か不満でもあるのか」
「大ありだよー。本当だったら今日、鳥さんとデートに行くはずだったのに」
「鳥……? ああ、奴か。あんな鳥頭は放っておけ、今はこちらが優先だ」
その直後、渾身のドロップキックを喰らって吹っ飛ばされるクロウであった。
662
:
スゴロク
:2013/05/10(金) 22:33:21
7年ぶりに足を踏み入れたUHラボは、クロウの襲撃であちこち損壊し、半分ほどは消し飛んでいたが、用途が用途だけに建物の残り半分や、そこにあった機材の一部はそのまま残っていた。
「うわー……鴉さん、派手にやったんだね」
「全て叩き壊す気でやったんだが、どうにも詰めを誤ったらしい。やはり、俺に破壊活動は向かんようだな」
言い交す二人が歩いているのは、被検体の収容区画。頑丈だった無数の鉄扉はその多くがはじけ飛び、また歪み、まるで用を成していない。もっとも、閉じ込めるべき被検体は、もはやここには一人もいないのだが。
しばらくの間、二人とも何も話さず、ただ静寂の中、無機質な金属の床を革靴とスニーカーの踏む音が不協和音を奏でていた。やがてクロウが立ち止まったのは、区画の最奥部、データ集約のための研究室だった。
「ここだ。被検体関連のデータがあるとすれば、ここの機材だが」
「壊れてなきゃいいけどねー」
本来パスワードロックがかかっていた扉は、枠ごと吹き飛んでなくなっており、中に入るのは容易かった。
一通り調べてみると機材の半分は完全に壊れてガラクタと化していたが、内部メモリが生きているものがいくつか見つかった。チップやサーバー部分を引っ張り出し、クロウは持参した端末に繋ぐ。
「? 鴉さん、それ何?」
「チネンの能力を機械的に再現した特殊端末だ。数が少ないのが難点だが、こういうサルベージ作業にはうってつけだ」
「うげ、アイツの力? 腕がいいのは確かだけどさ、私あんまりアイツに関わりたくないよ」
チネンの能力やその優秀さはグループ内では知らない者がない。にも拘わらず彼が敬遠されているのは、根暗で腹黒く、しかも陰険悪辣・人間不信のサディストで極端な自分主義、という無茶苦茶な性格が由来である。合理的であることを旨とするクロウをして「奴には近づかないのが身のためだ」と認識しているほどだ。
その点では、まだジングウの方が理解できる。
「同感だが、役に立つのは確かだ。それに、総帥が奴を重用している以上、俺達が文句を言える筋合いではない」
「ぶー………」
小さなブーイングは無視し、クロウはサルベージしたデータに目を通す。膨れながらもトキコが後ろから覗きこむ。
「被検体No.192、楠原 乃流……これがノルンか」
記されているデータを一通り確認したが、これに関しては既に知っている情報が大半だった。特に、最近の目撃例では何やら様子がおかしかったとのことなので、ここに在るデータでは役に立ちそうにない。
(だが、一つだけわかったこともある)
それは、ここに来てからノルンに施された処置。姿を自在に変化させる能力をより戦闘向きに調整するため、肉体的・精神的に考え得る限りの改造が加えられていた。
「……これ、人間のすることなの?」
トキコでさえ、そんな風に吐き捨てるほど。
「人間でなければ、こんなことはするまい」
軽く皮肉めいた答えを返しつつ、さらなるデータを見る。
「……No.190、火波 綾音」
今は「スザク」と名乗る少女のデータに目を落とす。
(精神改造によるかく乱・強襲型兵器としての設計……要は特攻か)
敵陣に飛び込ませて暴れ回らせる、というコンセプトのもとに処置を施されたらしい。ただ、そのために人格崩壊を起こしたと記されており、以後は記録が途切れるまでそのままとなっていた。
(後の事は……)
ちらり、と後ろに立つトキコを見る。
「何?」
「……いや、別に」
(こいつの方が良く知っているだろう)
663
:
スゴロク
:2013/05/10(金) 22:34:08
そんな風にしてしばらくデータを虱潰しにする中、一つのデータに目が留まった。
「ん?」
「?」
「No.099、音早 蒼介……?」
名前ではなく、その顔の方に覚えがあった。といっても、会ったことはない。ただ、ルーツが回して来た資料の中に、未だ逃亡中の被検体として記載されていたのである。ただ、
「……こいつ、確か『カチナ』とか言っていたような」
「……それ、私知ってるかも」
後ろのトキコが、不意にそんな言葉を発した。感情の消えた、平坦な声で。
「何?」
「会ったコトはないけどさ。こないだ鳥さん、そういう名前のヤツにやられたって言ってた」
目線だけで振り返ると、トキコの顔から表情が消えていた。これは彼女が本気で怒った時に良くみられる様子だ。
「許せない……鳥さんを殺していいのは、私だけなのに」
「……それについて意見を差し挟むのはやめておくとしよう」
ともあれ、とクロウは現実的な問題に思考を戻す。この被検体に関するデータベースの中には、担当の研究者の名前が記されていたのだ。
そして、その研究者を、クロウは知っていた。
「『セラ』……奴か」
忘れもしない、7年前。自分がラボを襲った時、怯えるどころか哄笑し、出し抜いて逃げ果せた研究者。
グループにいた頃は―――恐らくはラボでも―――気に入った実験体を個人的に連れ込み、「実験」と称して非道を働くという「非合理的」な行動を繰り返し、それが発覚してグループから追放された男。
「コイツに関わった以上、この被検体はまともではあるまい……」
実際ルーツの報告書には、ほとんど正気を失っているとの記載があった。
(いずれ奴はこの被検体に接触を取るはず……差当たりは、そこを捕捉すべきか)
クロウに課せられた任務は「UHラボの壊滅」。それ自体は既に終了しているが、支部とも言うべき関連施設はまだいかせのごれの随所にひっそりと、しかし数多く存在している。そして、逃げ延びた研究者や被検体もまた、多い。
それら全てを抹消してこそ、真に任務を果たしたことになる。少なくともクロウはそう考えていた。
(ただ)
そのうちの1人は、今後ろで壊れた機器をガンガン蹴りつけている少女と深く関わっている。迂闊に首を突っ込むと自分が死にかねないので、クロウはこの件に関しては「可能な限り」という注釈をつけている。
(それでも、少なくともこの研究者と被検体は消しておくべきか。無用の混乱をばらまかれては、我々の活動にも支障が出る。ノルンに関する情報は一応得た)
収穫は少なかったが、それでも、ここにグループ関連のデータがないのはわかった。ノルンに関する情報の確認、研究者の足跡調査、グループ関連のデータ消去。為すべきことは終わった。
「戻るぞ」
「ほへ? もう終わり? 私は?」
「無駄足だったようだな。スパロウに連絡する、まずは撤収だ」
携帯を取り出す前に、二度目のドロップキックを喰らったのであった。
664
:
スゴロク
:2013/05/10(金) 22:34:41
すっかり日の暮れたいかせのごれ。スパロウの能力でいかせのごれ高校の近くに戻った二人だが、トキコが走り去ろうとしたその瞬間に、クロウの許に連絡が入った。
「……何ー?」
不機嫌そのものの顔で、まさに不承不承と言った感じでトキコが足を止め、振り返る。そんな彼女をよそに、クロウは通信に出る。
「俺だ」
『ゼアです。何だかお久しぶりですね』
「世間話のために連絡したワケではあるまい。何があった?」
電話の向こうのゼアは、まるで今日のニュースでも伝えるかのような調子であっさりと、用件を口にした。
『いや、ね。アナタが追っているというUHラボの研究者……その一人が先ほど、警戒網に引っかかりました。30歳くらいの男でしたかね』
「……何だと? 記録はあるか?」
『ええ。元は我々の一員だった男で、セラとか言いましたかね。ただ、被検体の誰かを連れているらしく、捕獲しようとした監視員は殺されました。今、スパロウに回収をお願いしたところです』
クロウは後半あたりから聞いていなかった。何の偶然か、ラボの研究者が捕捉された。しかも被検体と一緒に。
(……チャンスか、危機か。どちらにせよ、一当てしてみるべきか)
「わかった、こちらも向かう。場所は?」
ゼアからその場所を聞いたクロウは通信を切り、トキコに声をかける。
「俺は任務に戻る。お前は……すぐに火波 スザクのところへ行け」
「鳥さんのとこ? 言われなくてもそのつもりだけど」
「俺が今から追いかける連中が、奴のところに現れるかも知れん。奴も元は被検体だからな。そうなったらその時は倒さずともいい、時間を稼げ。手を借りられるようなら、別のメンバーを使っても構わん」
「……ん、わかった」
運命交差点・序
(この一点に、いくつの運命が交錯するのか)
(それはまだ、わからない)
しらにゅいさんより「トキコ」あそもりさんより「ゼア」名前のみクラベスさんから「ノルン」「ノア」ヘルシンキさんより「チネン」akiyakanさんより「ジングウ」「アッシュ」えて子さんより「カチナ」「セラ」をお借りしました。最後の連絡の部分は「消えた灯火、外せぬ首輪」の少し後くらいを想定しています。
665
:
しらにゅい
:2013/05/12(日) 20:54:02
「ちわーっす!『大将』のメグミでーす!出前持ってきましたー!」
出雲寺家の屋敷の前に声が響き渡る。
門番係が屋敷の中でモニターを覗けば、門の前には白いエプロンに灰色の岡持ちを持った、活発そうな女が顔を覗かせている。
彼女は謎の男が奇襲して以来、主に炊事面で世話になっていた顔馴染みだ。
彼らは特に気を留めず、敷地内へと通したのであった。
出前の女…メグミが門をくぐり中に入ると、玄関まで伸びている石畳みの道の上で冴子が竹箒で掃除をした。
その傍らでは、現在居候中である汰狩省吾が手伝いをしている。
先にメグミに気付いたのは、冴子であった。
「…?あれ、この前のお姉さん…?」
冴子が来訪者に気付いて顔を上げると、省吾もまたつられるように視線を向けた。
メグミは営業マンよろしくと言わんばかりの笑みを浮かべながら、持っていた岡持ちを見せ、彼へ声をかける。
「どーも、ショウゴ君。組長サンいるかな?ラーメンの出前を受けてたんだけど。」
「出前?」
昼はとっくに過ぎているのに、と省吾は一瞬疑問に思ったが、それ以上は深く考えなかった。
分かった、とだけ告げると持っていた塵取りを冴子に預け、愛澄を呼びに屋敷の玄関へ向かおうと背を向けた。
その時、
ガシャンッ
「…ん?」
シャッターを開くような、そんな音。
その違和感に気づき、冴子は音の方へ顔を向けた。
通常、岡持ちとは器に入った料理を持ち運ぶ為の道具であるので、長方形の箱の中には板が差しこまれている。
しかし彼女が目撃したのは、それとは違い、穴がたくさん開いたボールが壁に埋め込まれているような、そんな奇妙な岡持ちであった。
メグミの言った愛澄の頼んだラーメンは、どこにも見当たらない。
鉄の壁の標準は、背中を見せている無防備な省吾へと向けられている。
メグミは箱の隙間から伸びていた線を引っ張りあげた。
「っショウゴさん!!」
何か嫌な予感がする、そんな危機を覚え冴子は咄嗟に叫んだが、やはり予感は的中してしまった。
乾いた銃声の音、マシンガンそのものように岡持ちから放たれるはずのない銃弾の雨が省吾に襲いかかった。
煙が巻き、省吾の姿が見えなくなっても尚撃ち続けるメグミに、冴子は腰に飛び付き制止しようとした。
しかし、彼女は手を止めるどころか彼女を見もしなかった。
「っやめなさいよ、どういうつもり!?」
「…大人の邪魔をするのはよろしくないですぜ、お嬢ちゃん。」
「え、っきゃあ!?」
人が変わったようにそう呟いたメグミに冴子は一瞬気を取られ、次の瞬間、荒々しく腕を振り払われると、
地面へと叩き付けられてしまった。
コンクリートの衝撃に、地に伏した冴子はすぐに起き上がることは出来ない。
視線だけかろうじて彼女の方へ向けたが、今度は手に持っていた箱を地面に置き、エプロンを脱いだ。
その下は機能性に富んだ服装ではあったが、その身体にはハンドガンの入ったホルダーと、
幾つかのナイフが納められているケースなどが装着されていた。
明らかに常人でないことを、それを見た者に嫌でも思い知らせる。
「ショウゴ、さ…」
冴子は泣きそうな思いで砂塵の晴れない向こうを見たが、姿が見えず、省吾の安否は一向に掴めない。
一方で武器を纏ったメグミが、ケラケラ笑いながら冴子にこう言ってきた。
「いやいやぁ、あれぐらいじゃ死にゃしませんって。」
「え…?」
「だぁぁああ!!!」
何故、と彼女がその理由を問う前に、砂埃に撒かれながら省吾が突進してきた。
省吾の狙いはもちろんメグミだ。勢いのまま、顔目掛け拳を放つが、呆気なく交わされる。
続けて追撃をかけるが、やはり見抜かれたかのように身体を捻るだけで一撃も与えられてない始末である。
回避を続けるメグミは悠々と胸元のホルダーからハンドガンを抜き取ると、省吾の目の前に突き付けた。
666
:
しらにゅい
:2013/05/12(日) 20:55:03
「フリーズ。」
「く、…」
省吾は静止を、余儀なく言い渡された。
動けない彼は警戒を解くこともなく、彼女に問いかける。
「何の真似だ、メグミ姉さん…。」
「何の真似?おやおや、ここまでしておいてまぁだ気付いてないんスか、”坊”は。」
「…は?」
坊、と呼んだ彼女に省吾が疑問符を浮かべたその時、屋敷の玄関から荒々しい音が耳に飛び込んだ。
駆け付けたのは、出雲寺組の組長である愛澄と側近の亜樹斗、そして騒ぎを聞きつけた構成員達だった。
皆思い思いの得物を手に取り彼らを囲んだが、単独であるはずのメグミから余裕の笑みは消えることはなかった。
亜樹斗は倒れている冴子を抱え、起こす。
「サエコ!!一体何の騒ぎだ!?」
「アキト、っそれが、このお姉さんがいきなりショウゴさんを撃って…!」
「あ、それねー武器工場で繕って貰った武器っスよ。ちょーど箱型の奴があったんで、使えるかなぁって思って。」
世間話のように楽しげに喋るメグミに、亜樹斗は噛み付いた。
「んだと、テメェ…!」
「待って、アキト!」
亜樹斗は持ち前の金属棒を手に取り振り被ろうとしたが、愛澄がそれを制した。
舌打ちをする彼を下げながら、愛澄はメグミに問いかける。
「…メグミさん、これは一体どういうことなのですか?」
「見た通り?」
「我々に危害を加えるつもりで?」
「やだなぁ、組長さん。アタシが用があんのはタガリショウゴ、…いや、”坊”だけっスよ。」
「”坊”だぁ?おいショウゴ、一体どういうわけ…」
「……ミヅチさん?」
彼女に問い迫る亜樹斗を他所に、省吾はぽつりと呟いた。
その表情から殺気は失せていたが、代わりに戸惑いの色を浮かべている。
「あんた、もしかして…ミヅチさんか…?」
「御名答!そして出雲寺組の皆々様方、お初目にかかります。…アタシは鬼英会構成員の一人、ミヅチと申します。」
ミヅチ、と名乗ったメグミは丁寧に、そして大げさに両手を広げ、頭を下げた。
そして、顔を上げると歪んだ笑みを浮かべ、全員こうに言い放った。
「"前"最高顧問の九鬼兵二の部下兼、娘でございます。」
「!!」
その名を聞いた時愛澄の脳裏に浮かんだのは、刈り上げた頭に、狐のような印象を与える細目。
省吾に愛澄の拉致監禁を強いたあの男の姿であった。
「…"前"最高顧問っつーことは、オジキは…」
「坊もご存知の通り、亡くなりましたよ?不慮の事故で。」
たいして悲しそうな様子もなく、あっけらかんとミヅチは話した。
省吾は、そうか、とだけ返し、続けて問いかける。
「どういうつもりだ、こんな真似しやがって。今更オジキの仇討か?」
「やだなぁ、そんなつもりじゃありませんよ。今日は坊にお願いがあって、足を運ばせて頂きやした。」
「…お願い?」
「そ、お願い。」
ミヅチは両手を合わせ、可愛らしく首を傾げウインクをした。
そして、そのおどけた様子から表情を一変させ、省吾に”お願い”を告げた。
「――…単刀直入に申し上げます、今すぐ鬼英会へ戻れ。」
それは、”お願い”ではなく”命令”であった。
「断る。」
しかし、省吾はその”命令”をいともたやすく断った。
その態度にミヅチはきょとんと目を丸くする。
「…へぇ?ずばっと言い切りましたね?それぐらいの理由があると?」
「…ミヅチさんも知ってる通り、今の出雲寺組は何者かの襲撃があって、まだ立ち直れる状態じゃねぇ。
あいつらの受けた恩を返す為に俺たちはここにいる。」
都市伝説:侵話「人面虎(マンティコア)」の襲撃。
まさしく虎の爪痕を残したかのようなあの時の惨状を省吾は思い出していた。
出雲寺組の参謀である義人は組の中のトップクラスの強さだと言われているにも関わらず、アレを相手にして血塗れで床に伏していた。
また出雲寺組を奇襲されたら、今度こそ壊滅してしまうかもしれない。
ならば、それを防ぐ事があの抗争で受けた恩に報いる最善の策であろう。
それに、と省吾は言葉を続けた。
「鬼英会は、今はサトルが俺の代わりに仕切ってる。アイツは俺より頭が回る。だから戻る必要は――
「は〜あ?ばっかじゃねぇーですかぁ?」
省吾が言い終わる前にミヅチは、馬鹿、とそれだけで切り捨ててしまった。
彼がその言葉にどんな想いを馳せていたか、それを考えもせずに。
667
:
しらにゅい
:2013/05/12(日) 20:55:56
「…なんだと?」
省吾が表情を曇らせる。明らかに気分を害したかのような顔色だ。
しかしミヅチはそれに臆さず、ハッ、と鼻で笑った。
「んな甘ぇ考えがこの世界で通るわけねぇだろうが。こんな正義正義謳ってる阿呆者達を守る必要が、
一体どこにあるっていうんですか?」
ミヅチは眉をひそめ、さも不愉快そうに顎で彼らを指し示した。
もちろんその言葉を出雲寺組の彼が聞き逃すはずがなく、怒声を上げた。
「バカにしてんのか、テメェ!!」
「えぇ、えぇ…バカにしてますよ?なんせアンタは、組長を目の前で拉致されても何にも出来なかった大馬鹿者ですからねぇ?
守護者が、聞いて呆れる。」
「ーーーっ!!!」
「アキト!」
今度ばかりは、愛澄の制止は効かなかった。
亜樹斗は弾かれたかのようにミヅチに向かい走り、手持ちの金属棒を彼女の頭目掛け振り落とす。
ガァン!!!
鈍い音が、屋敷中に響き渡る。
しかしそれは、骨を折ったような音ではなかった。
振り落とした先には穴と少しの亀裂が入っているだけで、ミヅチの姿はそこにない。
「な、」
「やー、危ないですねぇー。こりゃ頭蓋骨損傷どころじゃ済みませんわー。」
「!?」
亜樹斗の金属棒を喰らうはずだったミヅチの呑気な声が、彼の背後から聞こえてくる。
驚いた亜樹斗は振り返ったが、次の瞬間、胸ぐらを掴まれ、一本背負いの要領で地面に叩き伏せられてしまった。
「ってぇ…」
「ほら、これで人質の出来上がり。」
「!」
仰向けに倒れ、怯んでいる亜樹斗にミヅチはしゃがむと、腰から取り出したナイフの刃を彼の首へと添えた。
そのまま後ろに引けば、大きな赤い線が引かれることになるだろう。
省吾がミヅチに食って掛かった。
「ミヅチさん!!いくらアンタでも、こいつらにとやかく言う資格はねぇぞ!!」
「坊も坊ですよ、いつからそんな緩くなっちまったんですか?」
ミヅチは冷笑し、問いかける。
心なしか、亜樹斗の首に添えられたナイフに力が込められ、うっすらとその刃を肉に食い込ませている。
僅かに走った鋭い痛みに、亜樹斗は顔を歪ませた。
「…極道は弱肉強食の世界。互いを守り合う組なんざどこにもいません、そんなの日和者がやる愚行だ。
なのにアンタはそれを許してる、認めてる。…アンタ、よくそんなんで自分が極道の者だって言い張れますねぇ?ほんっと大笑いモンですよ。」
「っ…」
「ああ、だからか。馬鹿の元には馬鹿しか集わないって。」
「…は?」
ミヅチは呆れた様子でそう呟くと、ポケットに手を突っ込んで何かを探し始めた。
ナイフは以前添えられたままで、自由な行動を許されず、省吾は思わず舌打ちをした。
ああ、あったあった、とミヅチはポケットから目的の物を取り出して、省吾に見せた。
「これ、なんでしょーか?」
「………!!!」
そこに写っていたのは、ボロボロの姿で拘束された男。
荒縄で縛られており、顔や身体には明らかに傷めつけられたであろう鬱血や打撲痕が見えた。
写真の中の男に、省吾は見覚えがあった。
何故なら彼が組を任せていた、組長代理…サトルであったからだ。
「ってめぇえええええ!!!!!」
もはや冷静など、保っていられなかった。
亜樹斗を余所にミヅチに向かった省吾は彼女を掴みにかかる。
対するミヅチはすぐに亜樹斗から離れると、省吾を向かい撃つべく構えた。
「ははっ、武芸の稽古なんて何年振りでしょうねぇ〜?」
そう言って笑う彼女の笑みは純粋な喜びにも、嘲笑にも捉えられた。
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668
:
しらにゅい
:2013/05/12(日) 20:57:30
(おかしい)
省吾がミヅチに戦闘を仕掛けてから数十分、愛澄はただ呆然と目の前の光景を眺めながら、違和感を感じた。
「ほらほら、坊?まだ一発も当たってないじゃないですか?」
「っぜぇ、っぜぇ、…んのやろ!!」
省吾の振り被った拳が、ヒュッ、と音を残して空を切る。
空振ったその拳をミヅチは冷ややかな眼で見ながら、顔面を狙い蹴り上げる。
爪先は省吾の鼻を掠っただけで、体勢がやや崩れたものの省吾は直撃を回避した。
(さっきから、ずっとこのままじゃない…)
彼の腕は出雲寺組の誰もが知っているし、あの戦い以来のブランクがあるわけでもない。
しかし省吾の攻撃は、未だに一度も当たっていない。いや、当たるはずなのに、当たらないのだ。
「坊、いつまで肉弾戦に頼るんですか?そんなの、一度もアタシに勝ったことないじゃないですかぁ?」
「うるせぇ!」
ミヅチに徹底に回避されているせいか、省吾もだいぶ息が上がっており、苦悶の色を見せている。
涼しい顔をしている彼女とは、正反対だ。
にじみ出ている苛立ちを抑えようと、省吾はただ相手を見据え、何度も攻撃を仕掛ける。が、
「あぁ、ほら、またスカした。」
「っくそ!!」
彼を嘲笑って、ミヅチはその猛攻を悠々と交わしていたのであった。
そういえば、と愛澄は先程の光景を思い出す。
亜樹斗の攻撃を受けず、そのまま逆手に取って形成を逆転したミヅチ。
まるでテレポートをしたかのように消えたかと思えば、次の瞬間、彼の背後に立っていた。
今も、省吾の攻撃を回避する彼女の姿が一瞬消え失せているように見えて、愛澄の目にはどこかおかしく映っている。
(まさか、)
___彼女も、”特殊能力者”?
そう悟った愛澄の表情を、ミヅチは見逃さなかった。
「………ッハ、」
ミヅチはせせら笑うと、向かい来た省吾の拳を掌で止めた。
華奢な体躯とは裏腹に、省吾が力強く押している筈なのに彼女の身体はまったく動かなかった。
「日和者のお嬢さんは、気付いたようですねぇ。」
「何が、だ…っ!?」
「おや、坊はまだお気付きになってないんですか?それじゃあ、ミナコ様は救えませんぜ?」
ミナコ、の名前を聞いた時、省吾の身体は強張った。
「っミナコは
「『死んだだろ、何故アイツが生きてるかのように言うんだ。』って?」
彼が続けようとした言葉を、ミヅチが先に当ててしまった。
そしてニヤリ、と笑うと、だって、と続けた。
「ミナコ様は生きてますもの。なのに、坊は頑なに死んでいると思い込んでやがりますねぇ?」
彼女の指摘に、省吾は反論出来なかった。図星、であったからだ。
ミナコが生きているかもしれない___
その可能性を示唆されたのはほんの数日前、琴刃と龍座がとある情報屋から得た話を聞かされた時であった。
街中で彼女にとてもよく似た人物が誰かと一緒に歩いていたのを目撃した、そんな噂話によればあの騒動の後、
連れ去られて監禁されているらしい。
しかし、省吾はそれを真っ向から否定し、それどころか、そんなことよりも出雲寺組の支援に徹底しろ、と二人を叱責する始末であった。
何故なら、彼の中では叔父に見せられたあの映像が全ての真実であったからだ。
壁に塗られた血飛沫。
ペンキを撒いたかのように思わせる床の赤い海。
切り傷、散乱としている家具。
誰が見ても、あの中で大切な妹が生きているとはとても思えなかったのだ。
否、彼がそう思いたかったのはもしかしたら、こんな事をどこか望んでいたからかもしれない。
彼女が止むを得ず亡くなってしまったことで鬼英会の組長の座に自分が穴埋め出来るかもしれない、と。
「酷いお方だ、子供の頃はあんなに仲がよろしかったのに。」
「…違う、ミナコは、ミナコは死んだ…!」
「でもそうやって思い込んだ方が坊は楽ですもんねぇ?どんな非道な事だって、それで言い訳が作れる。」
「違う、俺は、違う!」
「違うのは、坊だろ?本当は、ミナコ様なんていなくなればいい、って思ってますよね?」
だって、と紡ぐ彼女の口が釣り上がる。
「___”仕方なく”鬼英会の組の座につけますから。”仕方がなく”ね。」
669
:
しらにゅい
:2013/05/12(日) 20:58:01
「―――あぁぁあああああああ!!!!」
咆哮と共にミヅチに突き出したのは、ショウゴ持ち前のモデルガン。
実弾なんて入ってない、ただの遊戯銃だ。しかし、彼にとって武器である事には変わりない。
省吾の目が、文字通り色を変えると同時に彼は引金を引いた。
射弾の悪夢。
省吾が相手に撃ち殺された際に発動した、悪夢(ナイトメアアナボリズム)だ。
装填される物質によって弾の性能が変わるという特性を持っており、その物質の対象は空気にまで及ぶ。
つまり、弾は無くとも射撃は可能なのだ。
バンッ、という音と共に弾かれたのは圧縮された空気の塊。
ミヅチはその音を聞くと同時に、また姿を消した。目に見えない弾丸は空を切り、先にあった木にぶつかり弾けた。
「うわぁぁあああ!?!?」
近くにいた構成員達は呆気無く空中へと上げられ、間もなく地面へと落とされる。
次にミヅチが姿を現せば、省吾はそれを狙い撃つ。しかし弾は彼女に当たることはなく、
流れ弾を喰らった構成員は吹き飛んでしまった。
省吾はただ、ミヅチを狙い撃つだけに集中しており、周囲にいくら風が吹き荒れようともその手を止める事はなかった。
「っきゃ…!!」
「アスミ!!」
次々に生まれる暴風の渦によって、愛澄は空中へ弾き飛ばされそうになる。
亜樹斗は手を伸ばして浮かんだ彼女の身体を引き寄せると、強く抱き締めながらその場にしゃがんだ。
「逃げるんじゃねぇよ!!」
省吾は地面に転がっている小石を掴むと、それを詰めて射撃した。
中に込められた小石が弾け、ショットガンのように発射される。当たればタダでは済まないのは、目に見えている。
しかし彼女は、避けなかった。
「へぇ、そんな事も出来るんすね。」
ヒュンッ
「!?」
パラパラ、と何かが落ちる音がした。
省吾が視線を向けると、ミヅチの足元には砕けた小石が転がっていた。
間違いなく省吾自身が詰めたあの弾丸の残骸だ。
ミヅチはただ、足を上げただけで、一切、被弾はしていない。
何が起こったか分からず唖然としている省吾を余所に、彼女はニヤリと嘲笑う。
「さて、反撃ですよ?坊。」
「な、がはっ!?」
腹部に強い衝撃、突然の痛みと呼吸困難に省吾は陥った。
前のめりになったところを顎で蹴られ、続けて右頬を蹴り飛ばされる。
いや、蹴られたかどうかは分からない。もしかしたら殴られているのかもしれない。
そう正常に判断出来ないのは、省吾が尋常ではない速度でその猛攻を受けているからだ。
分からない、何が起こってるのか。
ただひたすら、身体のあちこちに痛みが走り、世界がぐるぐると回る。
「っぐ、ぁ……」
ようやく開放されたかと思えば、省吾はそのまま地面へと倒れてしまった。
身体は重く、起き上がる事は出来なかった。
(銃、は、ど、こ)
朦朧とした意識の中、省吾は反撃をしようと手放されたハンドガンを探す。
それは、後少し手を伸ばせば届く位置に落ちていた。
あと少し、ほんの少し、激痛に耐えながら身体を引きずり、そして手を伸ばした。
「坊、」
しかし、
「おねんねの時間ですよ。」
その手が届くことは、なかった。
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670
:
しらにゅい
:2013/05/12(日) 20:58:38
「――…さて、と。」
動かなくなった省吾から目を離すと、ミヅチは出雲寺組の方へと向き直る。
屋敷の庭は整備したばかりだというのに強風のせいで荒れ果てて、奇襲後の状態へ逆戻りになっている。
被害を被った構成員もあちらこちらに倒れており、冴子も横たわったまま目を瞑っている。
愛澄を庇っている亜樹斗らがミヅチと対峙しているが、手負いであることは変わらない。
しかしミヅチにはもう既に、戦意などなかった。だから迫り来る殺意を、すぐに感じ取る事が出来た。
「…リュウザさん、とコトハさん、でしたっけ?ちょうどいいや、伝言頼まれてくれます?」
ミヅチはそう言って、右手で龍座の蹴りを、左手は持ちのナイフで琴刃の刃を受け止め、2人の動きを制止した。
刃と刃が擦れ合う音がキリキリと鳴り響き、お互い少しでもずらせば刺さってしまうであろう。
それほど切迫した状態であっても、ミヅチの余裕が崩れることはなかった。
「…やだなぁ、坊は生きてますよ?」
「!」
彼女がそう告げると、龍座は目を見開いた。僅かではあるが、足の力も緩んだ気がする。
そんな戸惑いを見せた彼へ、琴刃がクギをさす。
「リュウザ、ハッタリよ。」
「コトハさんだって心配ですよねぇ〜?声震えてますよ?」
「黙れ。」
「あらら。」
今度は心なしか、迫る刃の力が強まった気がするとミヅチは苦笑した。
続けて、独り言のようにこう呟いた。
「生きて貰わなきゃ困りますもん。」
その言葉の意図を、今は龍座も琴刃も理解出来なかった。
頼みに応じなければ殺すしかない、それが彼女の目的だと思っていたからだ。
ミヅチは受け止めていた龍座の足を前にどかし、続けて琴刃のナイフを弾き上げて一歩退いた。
ヒュン、と目の前を刃が掠る。
「っ!」
「一週間後、再び訪問し、坊に答えを出して貰います。」
「答え?」
問いかける龍座に、答えです、とミヅチは笑って返す。
「…考える時間を坊に与えましょう、ここへ戻ってくるかどうか。 時間が遅くなることは許しませんが、
早まるなら喜んで受け入れるっスよ。」
「…お前何言ってんだ?またここに来るだと?」
「ああ、迷惑でしたら場所変えてもいいですよ?アタシは坊だけに用がありますし、日和組には何の用もありません。」
「テメェ…!」
「動いたら、腕の中のお嬢様に負担をかけるのでは?」
「…ッチ…」
上げかけた得物を亜樹斗はおとなしく下ろし、代わりに愛澄を抱く手の力を強めた。
「そうそう、まだ坊に情をかけて他の奴が来てアタシを殺すなら、それでもそれで構いませんよ?またこんな目に遭うのは、嫌ですもんね?」
クスクス、とミヅチは笑い、ただ、と言葉を付け足した。
「その瞬間、坊は今後『極道』ではなく『チンピラ』と呼ばれるでしょうけどねぇ?」
鬼を喰らう災厄の蛟
671
:
しらにゅい
:2013/05/12(日) 21:09:35
>>665-670
お借りしたのは汰狩省吾、矢吹龍座、深見琴刃、名前のみ九鬼美奈子(サイコロさん)、
出雲寺 愛澄、九柳 亜樹斗、律田 冴子(十字メシアさん)でした!
時系列は、
都市伝説:侵話 二灯目 〜人面虎〜→<三人組の申し出。>→出雲寺組強襲、その後。
の後で、かつそれから更に期間が経った後を想定しての話になります。
<抱えた爆弾>系列の連載となりまして、サイコロさんと交互にお話を出し合いながら進めていきますので、
しばしお付き合いお願い致します(・ω・)
ミヅチについてはその他キャラ扱いで補足程度に後であげさせて頂きます。
672
:
akiyakan
:2013/05/12(日) 21:26:06
※名前のみで、えて子さんより「カチナ」と「瀬良」をお借りしました。
――その日、いかせのごれの夜は騒がしかった。
街中で上がる悲鳴。曰く、幽霊を見たと言う人間が、街のあちこちで現れたのだ。
その目撃箇所に法則性は無く、墓地や廃墟で見たと言ういかにもなものから、ゲームセンターやデパート内などまさかと思われるものまで様々であった。
この事態を、アースセイバーは超常現象に認定。事件の収拾に出た。
――・――・――
ウスワイヤ。そこはさながら、野戦病院を思わせる有り様だった。
事態収拾に戦闘要員から隠蔽工作要員まで様々な能力者が駆り出され、そして事態収拾まで彼らは戦い続けた。
事件そのものは、いかせのごれ各地にホウオウグループが生み出した兵器、人造亡霊レギオンが出現した事によるものだった。人造とは言え、一応は亡霊、陰魄である。しかも、レギオンは時間が経つにつれて増殖すると言う性質を有し、このまま放置した結果どんな事態へ発展するか分かったものではない。
幸い、レギオンには物理干渉する事が可能であり、その密度を削り減らす事によって消滅させる事が可能だ。なので、戦闘要員の手でレギオンを除去し、関係者を工作要員が記憶改竄する事で事態を納める、と言う手筈だった。
だが、事態は思わぬ方向へと進んだ。
出現したレギオンは、今まで出現したレギオンとは異なっていた。霊体の身体に神経ガスや腐食ガスなどを包んだ変異種や、複数の亡霊が合体して巨大な霊体化する物など、今までとは違う性質を持っていたのだ。
これら変異型レギオンの出現により、アースセイバーは苦戦を強いられた。特に近接戦闘を主体とする能力者はその多くが神経ガスによって身体の自由を奪われ、早い段階で戦闘不能に陥った。また所によっては、レギオンの体内にあったガスが周囲に蔓延し、一般人にまで被害が及ぶ事態も発生した。
その光景はまさに戦場、或いは地獄。
事件発生から鎮圧まで、実に八時間。アースセイバー史上でも珍しい大事件となった。
だがそれ故に、誰も気付かなかった。
これを隠れ蓑にして、街から姿を消した者達がいたと言う事に。
――・――・――
「セラは無事に、カチナシを連れて逃げたみたいだな……どうする。協力費と称して、何か手伝わせるか?」
「別にいい。俺達の作戦が、たまたま奴を助けただけだからな。それに、一応はかつての同窓だ。」
「どうだか。一般人巻き込んでこんな騒ぎ起こすとか、お前まるでジングウみたいだぜ」
「はったりは派手な方がいい。アースセイバーの奴らには、これがホウオウグループのやり口だと錯覚するだろうさ。奴らの目がグループに向いている間は、俺達は自由に動ける」
「……長かったな」
「ああ、長かった。だが、それも今日までだ」
「奴らに、思い知らせる時が来た」
「俺達を見限った奴らを、見返す時が来た」
「俺達を虐げて来た奴らを、滅ぼす時が来た」
「俺達は覚えている」
「俺達は忘れない」
「鳳凰の眷属共、」
「絶対者の狂信者共」
「俺達はここに居た」
「俺達は生きている」
「俺達は負けていない」
「俺達は死んでいない」
「「滅びるのはお前達だ」」
≪地の底で這う者達≫
(その有り様はまるで鼠)
(猛禽類に啄まれるだけでしかない、矮小だった彼らは、)
(薄暗い穴の底で、ひたすら爪を研ぎ、牙を磨き続けていた)
(彼らは牙を剥いた)
(自分達を墜とした存在を、)
(自分達を見下す存在を、)
(その座か引きずり落とす為に)
673
:
スゴロク
:2013/05/12(日) 22:58:26
自キャラの話です。
その日、夜波 マナはいかせのごれ高校の屋上にいた。アカネの鶴の一声でランカの「妹」として白波家に引き取られた今も、こうして能力を使って自分の感覚をいかせのごれ全体に広げ、そこで起きる出来事を感じ取っている。
今までなら、本体をも波動と化して意識自体を拡散させる必要があったが、現在はその必要はない。こうして居ながらにして、視覚や聴覚といった感覚のみを広げることで、より多く、より正確な情報を感じ取れるのだ。
閉じっぱなしだった目を一度開け、給水タンクの上で大きく伸びをする。
「ん、んーっ」
人ならざる身となった今でも、疲れることはある。それは多分に精神的なものなのだが、表に出る分には同じだ。
大きく息をついた後、マナは「感じた」光景を整頓する。
例えば、極道とその頂点を巡るいざこざ。
例えば、一つの恋に起因する連続殺人。
例えば、世界を見る二つの意志。
例えば、能力者を狩る強奪者たち。
例えば、欠けた一人を追い求める怪異達。
例えば、未だ暗躍を続ける白い闇。
「………」
思い出したくもない顔を見てしまい、表情が歪む。このサーチ方法の長所は、見られている方が全く気付かないことと、遮る方法が事実上ないこと。欠点は、情報の取捨選択が全く出来ないことだ。
以前なら復仇に燃えていたはずの憎き相手に、しかしマナの心は動かない。居場所と家族を得、復讐心が薄まってしまっていた。
それがいいことなのか、悪いことなのか、彼女にはわからない。白波家が襲われたあの一件以来、兄・詠人も消息が分からなくなっている。
(……でも)
正直な所、マナはもう、詠人と和解する気はなかった。ああまで自分の存在を否定する以上、もはや分かり合うことはない。
(あくまで私をまがい物と呼ぶなら、それもいい。けど、スザクやみんなを)
友人を、
(ランカを、アカネさんを……)
家族を思い、
(お姉ちゃんやお母さんを脅かすなら、私は許さない)
決意を一人、固める。
どれくらい、そうしていただろうか。気が付くと、学校から人の気配が少なくなっていた。時計を見ると夕刻、もう放課後だった。
「帰ろうかしら、そろそろ」
色々ときな臭い光景が見えたが、マナは自分からそれに首を突っ込む気は毛頭なかった。全てを救いたいと考えるほど、彼女は強欲ではなかったし、また救えると考えるほど傲慢でもなかった。
広げていた感覚を白波家のランカの部屋に集中し、そこをアンカーに本体を引っ張ろうとして、
「ハーイ、もうお帰り?」
「?」
聞き覚えのある声が、聞きなれない口調で話しかけて来た。いつの間にか横に、赤い髪を肩まで伸ばした、良く知っているはずの知らない少女が座っている。
674
:
スゴロク
:2013/05/12(日) 22:58:58
「……スザク? じゃ、ないわね」
「いいカンしてるわね。そ、私は綾音。火波 綾音よ」
「……どういうコト? スザクの本当の名前、それは」
当然の疑問をぶつけると、少女はこう返した。
「んー、それはちょっと前までの話ね」
「……?」
「簡潔に言うと、今、この体にはふたつの人格と記憶があるの。ひとつは私、もうひとつはスザク。主人格は私よ」
「……なら、スザクは?」
「従人格……仮面の人格よ。元々、彼女は『私』が苦痛から自らを守り、立ち直るまでの時間を稼ぐために造り出した、仮のペルソナ。こっちに来てから何度か壊れそうになっちゃって、その都度私が直してたのよね」
「壊れる……?」
「そのまま、よ。彼女は私を守るための、仮初の人格。だから、構成要素は『強さ』一択。『弱さ』に関する要素がほとんどなかったから、バランスが崩れて、崩れて。まー大変だったわ。ヤンデレ化するわ、注意力はなくなるわ、精神的に脆くなるわ……一度なんか、私が融合して同化しなきゃならなかったわ」
その時期には覚えがある。確か、トキコが「籠われて」いた、あの時期だ。
「? 結構前のような……」
「あー、それは言わないでくれる? 考えると頭痛くなるのよ、比喩ではなく」
「? わかった」
「ともあれ、そういうワケ。あれから少しして人格にヒビが入っちゃって、また分離したんだけど……その後私の方は引っ込みっぱなしだったわね。で、この間の大騒ぎで完全に分離して、今に至るってコト。お分かり?」
「……一応は」
「主人格は一応私なんだけど、表に出るといろいろ不都合なのよね。だから、悪いケド私のコトは内緒にしてくれる?」
お願いね、と人差し指を唇に当てる綾音。スザクの印象には合わない女性らしい仕草に、マナは頷く。
「ありがと」
「……それで、何の用? まさか、それを言いに来たワケじゃないでしょ」
「そうね。まあ、強いて言うならヴァイスについてかしら」
いきなり飛び出した忌々しい名前に、マナはわずか、眉をひそめる。それに気づいてか否か、綾音は続ける。
「この世界、どう思う?」
「どう、って言われても」
思わず、屋上から見える街並みを見渡す。夕日に照らされて赤く染まった街を眺めながら、マナは綾音の声を聴く。
「おかしいと思わない? 能力者に人ならざるモノ、人造の神に精神生命体、挙句に悪魔までいるのよ。こんな場所、世界中探したっていかせのごれだけよ」
「………」
「街を歩いて見なさい。出会う人のうち、10人に7人はその手の存在か、その関係者よ。こんな無茶苦茶な世界、在り得ると思う?」
「……でも現実、それが」
そうね、と綾音は軽く頷く。
「それが現実。そう、それは確かにその通りよ。でも、こう考えてみて。特殊能力とは読んで字の如く、特殊な力。人間が本来持ちえない、超自然的な力。つまり、人間は『それ』を持たないことが本当の姿なのよ」
「……だから?」
「『それ』を持つことが当たり前のようになってしまっている、このいかせのごれ……いいえ、この世界。『本当の姿』から著しく外れてしまっている、この世界。まるで、台本を頭から書き換えていくかのように」
けれど、とスザクと同じ顔の少女は言う。
「既に出来上がっている台本を、現状に合わせて無理やり書き換えて行けば、どこかに歪みが出る。その歪みは、書き換えが進むごとに小さく、深くなり、やがていくつかの要素を生み出した。この書き換えられた世界、その歪みの具現として」
「! それは……」
「そう。その一つが、あのヴァイス=シュヴァルツ。歪みに歪んだ世界、その波及を緩和するためだけに生まれた存在。世界が歪めば歪むほど、あの男は狂っていく。ただ、それだけの存在よ」
秘めたる音はかく語りき
(歪む世界)
(狂う男)
(語る少女)
(止まらない、物語)
675
:
十字メシア
:2013/05/13(月) 01:31:54
「鬼を喰らう災厄の蛟」の直後、というか終盤の同時系列です。
短い。
出雲寺組付近、ある建物の屋上。
黒ずくめの服を身に包み、バンドで交差状に組んだ腕を巻いた少女の姿があった。
緑色の爬虫類の様な目は輝いており、惨状に近い景色を見下ろしている。
「むふふふふーふ…♪」
「――何々してるのかな?」
「んー? あー『ヘルツ』ーか」
背後から奇妙な口調の声。
ヘルツ、と呼ばれたその声の主も、少女と似たような、黒ずくめの格好だった。
「いやーね。”邪駒”に良さそーな、人間…見つけちゃーった♪」
「ほうほうどれどれ…? おー! いいねえいいねえあの女の子! 弱肉強食、正義感=ゴミ、冷酷等々……実に実に…素晴らしい『人間の闇』だなあ!!!」
まるで、舌なめずりするかのような表情を浮かべるヘルツ。
少女も一層、目を輝かせている。
「でーしょ。どうしようかなーって、考えてーた」
「うーん、そうだなあ……邪駒にしちゃってもいいと思うけど、余計なオマケ役者つくかもしんないしなあ」
「あー………んだよ正義正義とか綺麗事ほざくなクソガキ集団」
「あははっ、相変わらず毒舌は早口だねえ」
「そーう? まあどうでもいーよ」
「とりあえずもう少し様子見しよっか」
「だーね。あーつまんないーの」
「邪駒にしただけでアイツらにバレたら、元も子も無いし。焦らない焦らない」
「むーう」
演目準備
「……殺しにいくまで精々、のんびり茶ァすすってろ」
「――守人共」
676
:
akiyakan
:2013/05/13(月) 11:59:08
※「秘めたる音はかく語りき」の直後から。所謂、「物申す」です。
※スゴロクさんより「火波 綾音」、「夜波 マナ」をお借りしました。私からは「AS2」こと、アッシュです。
「聞き捨てならないな、火波綾音」
「!」
突然割り込んできた声。その声を聞いて、マナと綾音は振り返った。
「貴方は都アッシュ……いえ、正しくはAS2、かしら?」
「どちらでもどーぞ」
一体どこから現れたのか、アッシュは屋上の柵に寄り掛かるようにして立っていた。
「聞き捨てならない、って言ったわね。何が聞き捨てならないのかしら?」
「特殊能力者のくだり。んっと、超能力を持たないのが本当の姿とか言ったっけ?」
そう言うと、くっくっく、とアッシュはさも可笑しげに笑った。
「おたく、何様?」
「…………」
「何、自分が言ってる事全部正しいとか思っちゃってる系? 痛い痛い。そーゆーの痛くて見てられないわ、マジで」
けらけらと、アッシュは綾音を嘲笑う。そんな彼の様子を見て、マナはムッと眉を顰めた。
「ちょっと、そんな言い方無いんじゃない」
「いやいや、傑作だよ。だってさそいつ、自分がここにいるべきじゃないとか大真面目に言ってるんだぜ? 自殺志願者かっつーの」
「……何も、おかしい事を言っているつもりは無いわ」
「ほう?」
アッシュの態度に不快がる様子も見せず、綾音は反論する。するとアッシュはそれに興味を抱いたように、彼女へと視線を動かした。
「超能力はこの世界の法則に反するわ。世界が在るべき様に、成るべく様に敷いてあるレールを破壊してしまう。今は能力者の絶対数が少ないから大丈夫だけど……」
「超能力者が増えたら、世界は滅びる?」
「そうよ。天秤が超能力者側に少しでも傾いたら、その時世界のバランスは完全に崩壊する。超能力を持たない人間は淘汰されて、残った超能力者も壊れた世界と一緒に滅びる。この世界は、カタストロフ一歩手前なのよ」
頑丈そうに見えた箱舟は、その実いつ沈んでもおかしくないボロ船なのだと、綾音は語る。
「だから、超能力者は存在してはいけない存在なのよ」
「いいや、逆だね。超能力者が存在するから、かろうじてこの世界は保っていられるのさ」
しかしアッシュは、綾音の話を真っ向から否定した。
「……おかしな事を言うわね。貴方だって、ホウオウグループなら知っているでしょう? いかせのごれの神は、超能力者を認めないって事くらい」
「いや、知らない。第一、僕の存在を否定する様な神様なら用済みだよ。ゴミ箱にポイってさ。大体何様? テメェの都合で生み出しておいて「要りません」っての? ハッ! そんな傲慢な神様ならこっちからお願い下げだね!」
「……貴方が我儘と言ったところで、世界の在り方は変わらないわよ」
「そう、変わらない! 君がいくら超能力者の存在を否定したところで、この世界から超能力者は消えて無くならない! 何故か? それは結局のところ、僕らが必要だからさ」
両手を広げ、あたかも劇を演じる役者の様に、芝居がかった調子でアッシュは語る。その姿に綾音は、かつてスザクを通して見た一人の男を、ジングウの姿を思い浮かべた。その仕草は実に、よく似ている。
「ネガディヴネガティヴネガティヴ! 実にネガティヴ! 自分の存在を肯定出来ないのは悲しいぜ、火波綾音?」
「……だけど、それとこれとは別よ。やっぱり、超能力者はその存在が間違っているわ」
「その話をして、果たして何人受け入れられるだろうね?」
「…………」
「大体、君の言葉は間違ってもいないし、かと言って正しくも無いんだよなぁ」
「……どう言う意味かしら、それは?」
「君のもう一つの人格、火波スザク。彼女を例にしよう。スザクちゃんはトキコちゃんが好きなんだよね?」
「……ええ。そのようね」
「じゃ、その愛がある事を証明してよ」
「? おかしな事を聞くのね。そんなの――ああ、そう言う事」
アッシュの言葉の意味を察したのか、綾音が納得したような声を出す。
677
:
akiyakan
:2013/05/13(月) 11:59:41
人間は結局、知覚出来る存在でなければ「在る」と認識出来ない生き物である。ある者が誰かの事を強く思っていても、対象者がそれを観測する事が出来なければそれは「無い」も同然となる。
これは価値観の問題だ。
ある人の価値観では「愛は存在する」ものであり、ある人の価値観は「愛は存在しない」ものである。共通の見解が同一のもので無い以上、二人の認識は混じわらず、平行線のまま。即ち、「存在しているが、存在していない」状態だ。
アッシュが言っているのはこう言う事だ。
「結局貴方は、私の言い分を聞かないって事ね」
「酷いなぁ。僕は別に、そんな事言ってないよ? ま、君がそう思ったなら、君はそういう風に考える人間って事だね。うん、底が知れたよ」
可憐な笑みを浮かべながら、さらりと毒を吐く。人を不快にさせて自分のペースに巻き込むのは、この男のやり口だ。もっとも、綾音はこれっぽっちも動じていない。そもそも明確に敵だと分かっている相手の言い分を素直に聞き入れる程、綾音はお人好しでもなければ甘くも無い。
第一、綾音にアッシュの言葉を受け入れられる訳が無い。超能力者の存在が必要から生じているなど、彼女にとっては世迷言でしかない。超能力者の存在が必然だと言うのなら、ヴァイスの存在は果たして一体何なのか。灰炎無道が起こした非道で死んだ人々は一体なんだったのか。そもそも、アッシュを生み出したジングウはどうなる? アッシュの言い分を認めると言う事はつまり、それらもすべて必然であると言う事になってしまう――
「――神殺しが怖いか、臆病者」
「!」
綾音の思考を遮るように吐かれた声は、それまでと全く雰囲気を異とするものだった。
まるで、中身が入れ替わったのだと錯覚してしまう程に、アッシュの雰囲気が変わっている。それまでは不快さこそ感じられたが、それでも「自分達と同じモノ」なのだと感じられていた。立ち位置から生き様まで異なっているが、それでも存在こそは変わらないモノなのだと。
だが、その時は違った。あまりにも異質過ぎる。まさに、異次元の存在と言うべきか。その時のアッシュが放つ邪悪さは、綾音にとっては未体験に過ぎるものだった。
「神を否定するのが怖いか? 神に挑むのが怖いか? 想像力が足りてないぜ、それじゃあ三流だ」
アッシュが近付いてくる。知らず、マナは後ずさりしていた。これは、この男は、ヴァイスとは別の意味でおかしい。こんな、こんなモノが、この世界に在って良い訳が無い――!
「飼われ、繁殖し、そして食い物にされる。無垢な羊がお望みならそれでどうぞ。思考を閉ざし、何も望まずに神の掌で踊っていろ」
二人の間を、アッシュが通り抜けていく。その瞬間、まるで心臓を鷲掴みにされるような、言い知れないプレッシャーが二人を襲った。アッシュが放つ異質さが、二人に襲い掛かる。
「僕は、僕らは違う。大人しく尻尾を振るつもりは無い。大人しく飼われてやるつもりは無い。その手に、喰らいついてやろう。その手を、食い千切ってやろう。鎖をかけたつもりになっているその顔を、驚愕で彩ってやろう」
それこそが我ら。それこそがホウオウグループであると、異分子の邪悪を纏って、しかし誇り高くアッシュは宣言する。
「……滅ぼされるわよ、神に……」
喉の奥から、絞り出すように。かろうじて、綾音の口からその言葉が出た。それを聞いて、アッシュは笑い声を漏らした。振り返ったその顔には、やはり笑みが張り付いている。
「何? あの言葉を僕に言わせたいのかい、君は?」
≪神なんか怖くない≫
(我々はホウオウグループ)
(我らは鳳凰の眷属)
(イカロスは太陽に近付き過ぎた為に、その身を焼かれて地に堕ちた)
(だけど、我らは止まらない)
(その身を何度焼かれても、翼は頂きを目指して進むのみ)
(これは、神への反逆の物語)
(彼らは死ななきゃ、止まらない)
※補足:劇中におけるアッシュの変貌はジングウの代弁であり、「彼を演じる」事で「ジングウを憑依させている」状態だからです。
678
:
スゴロク
:2013/05/13(月) 15:45:26
続けてみます。akiyakanさんより「AS2」をお借りしました。元々「秘めたる音はかく語りき」の続きだったんですが、akiyakanさんが素晴らしい形で拾ってくださったので加筆してみました。
いかせのごれと特殊能力、コイツはこんな考えの持ち主です。
「なるほど、なるほど。お二方とも、なかなか面白い意見をお持ちのようで」
『!!』
アッシュが立ち去ろうとしたまさにその瞬間、横合いからかけられた声があった。忘れようにも忘れられない、奇妙に甲高い、それでいてどこか重さを持つ、特徴的な音。
弾かれたように綾音とマナが、ゆっくりとアッシュが振り向いたそこにいたのは、
「御機嫌よう、御三方。お久しぶりです」
帽子を取ってかるく会釈をする、ヴァイス=シュヴァルツの姿だった。
誰にとっても、この男は淘汰されるべき存在だ。それをわかっているからこそ、臨戦態勢に入る3人を、しかしヴァイスは左掌を向けて止める。
「おっと、それは勘弁願いたいですね。荒事は苦手なのでね」
どこか意味深なその言葉とは裏腹に、被り直した帽子の下から覗く生身の右目には、出来るものならやって見ろ、とでも言いたげな自信が垣間見えた。その目が、ちらりと一瞬だけアッシュを捉える。
「神、ですか。なるほど、特殊能力について語るならば、どうしても避けては通れない道ですね」
「……だから何? あなたには関係ない」
綾音の言葉にしかし、ヴァイスは笑う。
「そうでもありませんよ。それより、ワタシも少しばかり、話に混ぜていただけませんかね? ……おっと」
言う間に襲ってきたアッシュの一撃を、ヴァイスは軽く一挙動でかわす。
「危ない危ない、死ぬところでした」
「……良く言うよ」
「さて、どうですかね。まあともかく、ワタシにもワタシの言い分というものがありますよ」
三人全員が敵意を向けていることなど意にも介さず、白き闇は語る。
「綾音さん、でしたか? 特殊能力という異なる因子が世界に歪みを生み、それが集積した結果ワタシという存在を生んだ、と。確かそう言いましたか」
「そうよ。現実はこうだけれど、本来存在し得ない、存在してはならない因子。それが特殊能力と呼ばれるモノよ」
「なるほど、なるほど。それはまあ、確かにそうでしょう。このいかせのごれ以外ではね」
ニヤリ、と深くかぶり直した帽子の下で、嗤う。
「……どういう意味かしら?」
「そのままですよ。全く想像力のない……これでは、仮面の彼女の方がかなりマシですね。しばらく表に出ない内に、そこまで耄碌しましたか?」
「………」
「このいかせのごれという世界は、言ってみれば神の箱庭とも言える存在です。その中で『手違い』から生まれたのが特殊能力であり、それを持つ者。その意味では、まあアナタの意見は間違ってはいません」
ただし、とまるで生徒を諭す教師のように、黒い手袋に包んだ人差し指をぴっ、と立てる。
「摂理がどうであれ、特殊能力者は在るべくして在る存在なのですよ。そして、彼らの存在なくしては、現状このいかせのごれは立ち行かない。その意味では、彼の意見が正しいですね」
「へえ? まさか、お前と意見が合おうとはね。珍しいこともあるもんだ」
どこか感心したようにアッシュが呟くが、ヴァイスはそれを肯定せず、くつくつと笑う。
「いやいや、そうではありませんよ。ワタシはむしろ、アナタの意見に対して異見を示したいところでしてね」
機械の左目が、微かな駆動音を立ててアッシュを無機質な視線で射る。
「と、いうと?」
「ワタシは知っての通りの狂人ですが、それゆえに見えるものもある、ということです」
「これまで多くの人間を壊してきましたが、その中で感じたコトがいくつかあるのですよ」
「彼女は『神に滅ぼされる』と言った。アナタは『神を殺す』と言った。それはどちらも真実であり、また起こり得る事象でしょう」
「ただし、それは」
「このいかせのごれが、本当に『神の意志によって動くのなら』の話ですが」
679
:
スゴロク
:2013/05/13(月) 15:45:57
俄かには理解しがたい言葉に、綾音のみならずアッシュやマナも少々混乱した。そんな彼らには委細構わず、ヴァイスは朗々と語る。
「実を言うと、未だに正確な所はわかりませんし、恐らく誰にも……それこそホウオウであっても、証明するコトは永劫不可能でしょうが……今、我々がこうして存在しているいかせのごれには、数多くの『意志』が介在しています」
「それが何なのかは、永遠にわからないでしょう。しかし、確かに、それはいかせのごれに影響を及ぼしているのです。一つ一つの影響する範囲には限りがありますし、世界の運命や我々の生死を左右するほどの力はないようですが……それらの『意志』が複雑に絡み合い、影響し合い、そうしてこのいかせのごれは成り立っているのです」
「特殊能力者が在るべくして在るというのは、そういうコトです。確かに、元々は存在し得ない、存在してはならないモノだった。しかし、それは存在してしまった。神の手違いによって」
「そしてもしかすると、神の手違いと、それによる特殊能力の誕生……それこそが『意志』の成せる業なのかもしれませんね」
綾音が恐れ、ホウオウグループが敵視する「神」。だが、それすらも「意志」とやらの手の内であったなら……?
「……神がどう動くのか、それさえも思惑の内」
「そうなりますね。まあ、証明する手段はありませんし、本当に神にまで『意志』が働くかは知りませんが」
「しかし、確実にわかっていることがあります」
「このいかせのごれに生きる我々は、神を決して否定できません。しかし同時に、神も我々を否定できません。それは、このいかせのごれに引かれた、超えることの出来ない一線なのですから」
「……そんな言葉で僕達が止まるとでも思ったのかい?」
アッシュの言葉に、ヴァイスはしかし怯まない。どころか、平然と言い放つ。
「いいえ? 止まるとは思いませんし、止めようとも思いません。挑むなり殺すなり、ご自由にすればよろしいでしょう」
「元よりそのつもりではあるけど、お前に言われるのは腹が立つなぁ」
「それはどうも。まあ、どう考えるかは個人の自由でしょう。他人に言われてあっさり持論を翻すようでは、底の浅さが窺い知れるというものですよ。それに、ワタシの言葉は、もしかしたらただの戯言かもしれませんよ? 何せ狂人ですからねぇ」
言いたいことを一方的に捲し立て、ヴァイスは給水塔の陰の暗がり、そこに溶けるようにして消えていく。去り際に、こう言い残して。
「もし本当に世界が変質すれば、それを逃れることは決して出来ませんよ? 我々とこの世界は、運命共同体なのですから」
「では、これにて。もう遅い時間ですから、帰るならばお早くどうぞ……」
白き闇はかく語りき
(誰にとっても、敵でしかない)
(その言葉が真実か、偽りか)
(全ての、答えは)
(神のみぞ、知る)
680
:
えて子
:2013/05/13(月) 20:02:07
「消えた灯火、外せぬ首輪」の続きです。時間的には「運命交差点・序」の後半の電話から少し経った頃。
電話は、フラグです。誰か拾っていただければ。
最後に少しだけ、スゴロクさんより「クロウ」をお借りしました。
「………ぅ…」
泣きたくなるような全身の痛みで、アーサーは目を覚ました。
靄がかかっていたような思考が、ずきずきとした痛みに急速に覚醒していく。
「………!」
覚醒しきった頭でまず考えたのは、いつも持っていたパペット―ロッギーの行方だった。
いつも手にはめていた彼が、今はどこにもいない。
慌てたように辺りを見回し、そしてそれは程なく見つかった。
「っ!」
しかし、そのパペットはずたずたにされ、もはや原型を留めていなかった。
辛うじてパペットの面影が分かる程度だ。
幼い頃から愛用していたパペットの変わり果てた姿にショックを受けたが、悲しみにくれている暇はなかった。
(そうだ、長久…!)
階段から落とされる直前、アーサーが助けを求めようとした階下の相手。
彼は、無事なのだろうか。
そうだ、それに、ハヅルを助けてもらわなくては。
立ち上がろうとしたが、落ちた時に足を捻ったのか、全身を打ちつけたからか、体中に力が入らない。
仕方なく、歯を食い縛って応接室まで這っていった。
応接室は薄暗い。
灯りのスイッチには這い蹲った状態では手が届かず、立ち上がる気力もない。
それでも、全く見えないわけではないので、じりじりと這いながら辺りを見回す。
そうして見つけたのは、壁に寄りかかってぐったりと座り込んでいる長久の姿だった。
「……!!」
心臓が、跳ね上がった。
彼も、ハヅルと同じように、やられてしまったのか。
おそるおそる、彼に近づく。
灯りの消えた部屋の中は薄暗かったが、その喉元にくっきりと残る手の痕は、はっきりと見ることが出来た。
「ひっ…!」
それがあまりにも痛々しく禍々しくて、思わず小さく悲鳴をあげて後ずさる。
どうしよう、どうしよう。それだけがアーサーの頭の中を駆け巡っていた。
死んでいるのか、いや体は温かい、まだ間に合うのか、早く助けを呼ばなくては。
そうだ、救急車、と電話を振り仰いで、行動が止まった。
アーサーは、パペットのロッギー越しでしか―腹話術でしか他人と会話できない。
普通に話そうとしても、言葉が口から出てこないのだ。
無理に言葉を出そうとしても、意味不明な唸り声しか出せない。
言葉に不自由しているわけではない。一種のトラウマのようなものだ。
今、ロッギーはいない。
頼れる人は、誰もいない。
アーサーは今、一人だ。
681
:
えて子
:2013/05/13(月) 20:02:53
「………」
頑張らなくては、頑張らなくては。
自分が頑張らないと、二人が死んでしまう。
自分が、何とかするんだ。
日本には“火事場のお馬鹿力”なんて言葉もあるじゃないか。
きっと大丈夫だ。自分は、出来る。
自己暗示のように頭の中で繰り返し、泣きそうになるのを辛うじて堪えて、二人を助ける方法を考えようと頭をフル回転させる。
と、不意に電話が鳴り出した。
「!!」
ルルルルル、という電話特有の機械音に、思わずびくっと体を震わせる。
この応接室で電話があるのは、紅のデスクだけだ。
デスクまで這っていくと、何とか椅子によじ登って電話を見つめる。
「………」
アーサーに、余裕はなかった。
この電話が誰かは分からない。
けれど、助けを求めることが、できるのではないか。
(…大丈夫だ、大丈夫だ。
もしかしたら、自分で分かってないだけで、きちんと話せるかもしれないじゃないか。
やる前から決め付けちゃいけない。ベニー姉さんだって言ってた。
長々と話すわけじゃない、一言だ。たった一言、「助けて」って言えばいいんだ。
それぐらいなら、きっと大丈夫だ…)
自己暗示でもかけるように、何度も何度も頭の中で繰り返す。
意を決すと、震える手で受話器を取り、耳に当てた。
[…もしもし?]
「……!!」
心構えはしていたはずだった。
しかし、相手の声を聞き、答える瞬間になって、息が詰まったように呼吸が苦しくなった。
心臓の音が、電話の向こうにも聞こえそうなほどどきどきといっている。
アーサーは、受話器を持ったまま固まってしまった。
(言え。言え。たった一言だ。たった一言話せばいいんだ。
助けて、と言うんだ。二人を助けて、と言うんだ…!!)
頭の中で何度もそう繰り返しているのに、口から出てくるのはひゅうひゅうという息の音だけ。
電話の向こうの人物は怪訝そうに、もしもし、と繰り返している。
(早く!早く!!何か言わないと、このままじゃ切られちゃう!!)
焦れば焦るほど、声は喉の奥に引っ込んでいってしまう。
心臓の音がさらに大きく聞こえ、冷や汗が流れる。
気ばかりが急いて、何も出来ない。
何も、出来ない。
自分は、何も出来ない。
誰かの助けがなければ、一人では、電話の応対すら出来ないお荷物だ。
大事な人の危機に、助けを求めることすら出来ない、役立たずだ。
そう気づいたアーサーの目から、一筋の涙が流れた。
「………ぅぐ……」
階段を転げ落ちた時に打ち付けた全身の痛み。
自身が殺されかけた恐怖、ハヅルや長久を喪ってしまうのではないかという恐怖。
幼い頃から愛用し、いつも一緒にいたロッギーを喪った悲しみ。
ひどく静かで薄暗い部屋にたった一人でいる寂しさ。
電話の緊張、声を出すことができない焦り。
短時間に色んなものに打ちのめされ、感情がごちゃ混ぜになって溢れてきた涙を、アーサーは止めることが出来なかった。
「ぅ、ぅう゛………ぅああぁぁぁああぁ……!!」
そのまま、唸り声をあげて泣いた。
自分が電話をしていることも忘れ、泣き続けた。
一人ぼっちの影
(同時刻、とある場所では)
「…見つけたぞ」
「…おや、誰かと思えば7年前の少年じゃないか。大きくなったねぇ」
「ほざけ。すぐにその口を潰してやろう」
(研究者と鴉が、対峙していた)
682
:
スゴロク
:2013/05/13(月) 22:19:58
>えて子さん
差し支えなければ、私が拾ってもよろしいでしょうか?
683
:
えて子
:2013/05/13(月) 22:23:33
>スゴロクさん
あ、はい。どうぞどうぞ。
684
:
スゴロク
:2013/05/13(月) 23:40:54
>えて子さん
ありがとうございます。では、ちょっと短いですが……。
情報屋「Varmilion」を辞して数日。自宅に戻っていた京は、ここ数日でいくつかの案件を片付けていた。
一線を退いたとはいえ、腕の立つ隊員だった事実は残っている。それを買われて、こうして簡単な、あるいは後処理の必要な案件が回ってくることがたまにあるのだ。
「……じゃ、この件は終了ね。アン、連絡を」
「畏まりました」
一礼して退室するアンを見送り、京は椅子を立って窓から外を見る。すっかり日が暮れて暗くなってきている。この窓は東を向いているため、夕陽が入らないのが少々不満だった。
「んー、改築すべきかしら」
そんなことを本気で呟く京の片足は、以前とは異なる頑丈そうなものへと変わっていた。アンが随分前にトライアルアークスに発注していた戦闘用の義足が、昨日になってようやく届いたのである。と言っても、いざという時の自衛レベルであり、さすがに能力者相手に真っ向からやり合えるほどではない。
京自身、戦闘力はそんなに高い方ではない。あらゆるものを「施錠」して封じる、という特異な能力を持ってはいるものの、それは周りにアースセイバーの仲間達がいてこそ真価を発揮していた。
「………あの時ドジを踏まなければねぇ」
はぁ、と重いため息をつく。ドアがノックされ、アンが戻ってくる。
「連絡は終わりました。後の案件は必要に応じて処理を、とのことです」
「それはつまり、私に丸投げってことね。わかったわ、時間を見て潰していきましょう」
言いつつ、京は机の上に広げていた書類その他をてきぱきと揃え、アンが受け取って所定の場所に仕舞い込む。一切の滞りなく、後片付けはものの数十秒で終わった。合図も、指示もいらない、まさに完璧なコンビネーションであった。
一通りの作業が済んだところで、京はカーテンを閉めつつ、アンに話しかける。
「今、さし当り気になる事象はある?」
「二つほど。ただ、一つはウスワイヤに回っていますので、動くとすればもう一方でしょう」
「そう。で、そのもう一方っていうのは?」
「実は先ほどの連絡で知ったのですが、UHラボ関連で動きがみられます」
ラボの名が出た途端、京の表情が曇る。他でもない、そのラボに関わる戦いで、彼女は片足をなくしたのである。
「……その名をまた聞こうとは思わなかったわ」
「……申し訳ありません」
「いいわ。それより、具体的なところは? まだわからない?」
「はい、詳細は伏せられています。ただ、初動が確認されたのがかなり前ですので、情報収集は不可能ではない、かと」
「……なら、ちょっと遅いけど、あそこに連絡してみようかしら」
京が言う間に、いつの間にかアンが電話機を持ってきていた。専用の皿に本体を乗せて保持するという古風極まるスタイルだった。
「ありがとう。さて……」
これまた古めかしいダイヤル式の電話を回し、連絡した先はあの情報屋。数コールほど待ってから繋がったが、
「……? もしもし?」
どうにも様子がおかしい。何度か呼びかけるが、苦しげな息遣いが聞こえるだけで返事が帰って来ない。そうしている内、
『ぅ、ぅう゛………ぅああぁぁぁああぁ……!!』
今度は慟哭が聞こえた。何かあったに違いない、しかも最悪に近い何かが。
「大丈夫? 今すぐそっちに行くわ、ちょっと待ってなさい」
早口にそういうと、京は電話を切ってアンに呼びかける。
「情報屋にいくわよ、アン」
「仕度は整っております」
「OK、急ぐわよ!! コトによると、コトによるわよ、これは……」
運命交差点・承
(その一点に)
(二つの運命が、届く)
クラベスさんより「アン・ロッカー」をお借りしました。京を出すとなると、必然的に一緒に出るので。
685
:
akiyakan
:2013/05/14(火) 06:22:21
※紅麗さんより「高嶺 利央兎」をお借りしました。
※時系列は「目覚めた能力者系列以前」になります。
(ん? これは……)
登校してきたリオトは、自分の下駄箱に入っている一通の手紙を見つけた。
淡い水色の封筒に、封の為のピンク色のシール。「高嶺様へ」と丁寧な筆遣いが、書き手がどんな人物であるかをある程度、連想させた。
(……ラブレターか)
ため息をつきながら、リオトは手紙を鞄へ入れる。
ホウオウグループとは言え、そんなものは裏の肩書だ。世間一般における高嶺利央兎はあくまで、クールで真面目な優等生だ。ルックスも悪くは無い。見た目も中身も良ければ、当然人気はある。告白された事も、こうしてラブレターを渡された事も、一度や二度ではない。もっとも、彼には心に決めている人物がいるので、そうした少女らは眼中に無いのであるが――
「…………」
「…………」
何で朝っぱらから見たくも無い顔を目にしなければいけないのか、とリオトは思った。
下駄箱を入ってすぐ目の前。まるで彼を待ち構えていたかのように、壁に寄り掛かるようにしてAS2、アッシュが笑みを浮かべていた。
「いやー、リオちゃんってば流石だねー。イケメンで真面目とくれば、当然女の子は放っておかない訳で?」
「…………」
相変わらず、他人の神経を逆撫でするようなアッシュの語り。以前は思わず掴みかかったリオトであるが、ここは早朝の学校だ。下手に目立つ様な事はしたくない。彼を無視して、リオトは素通りしていく。
「――そのラブレター、さ。見て見ぬ振りした方がいいと思うよ」
「……っ」
口調から軽さが消え、まるで剣の様な重さが宿る。これは無視しきれず、反射的にリオトは振り返っていた。
「……何?」
「君の親友だから忠告しておくけどさ、そいつは止めておいた方がいい。それがお互いの為ってものだ。人間は三種類に分けられる。関わった方がいい人間と関わろうが関わらなかろうがどうでもいい人間、そして、関わらないのが一番いい人間だ」
「……意味が分からねぇ。何が言いたいんだよ、お前」
「……僕はね、こう思うんだ。人生において、『こんな奴と出会いたくなかった』って瞬間あるでしょ、どうしたって。誰もがそんな人間に合わずに生きられるようになれたら、それはそれで一つの幸せなんじゃないかな、って」
「ハッ……そうだな。それは確かにそうだ。お前やジングウなんかに会わずに生活出来たら、これ程楽な事はねぇよ」
「……冷たいなぁ、リオちゃんは。僕ら親友だろ?」
「誰が親友だ、誰が」
果たして故意なのか、それとも天然なのか。どちらにしろ、リオトは理解するつもりは無い。アッシュから離れ、彼は自分の教室を目指す。
その、背中に向かって、
「――ところで、ユウイちゃんにとっての君は、果たしてどれに当てはまるだろうね?」
「ッッッッ!?」
呪いが突き刺さる。
振り返ったリオトの表情。それは憤怒か、それとも驚愕か。その手には本人でも気付かないうちに、彫刻刀が握り締められていた。
「おお、怖い怖い」
リオトの突き出された右腕は、アッシュによって掴まれていた。その頬に浅く傷がついており、ぷつ、と赤い玉が浮き出る。
怪我を、下手したら死んでいた。そんな状況だと言うのに、アッシュの顔には笑みが張り付いていた。本当に――面白いものを、楽しいものを、見ているかのように。
「止そうぜ、リオちゃん。同じ仲間同士、争いあっても仕方が無い」
「誰がっ……!」
お前など仲間なものか、と言い掛けて、リオトは口を噤んだ。周りを行く生徒達が、通り過ぎながら好奇の視線を向けながら自分達を見ていた。これ以上、あまり目立つ事をするべきではない。
「…………チッ」
アッシュの手を払いのけ、彫刻刀を鞄へしまう。忌々しげな眼差しでアッシュを睨んだ後、リオトは背中を向けた。
――ところで、ユウイちゃんにとっての君は――
アッシュの言葉が、リオトの頭の中で反響する。彼に負わせた掠り傷に対して、リオトが負った傷の方がよっぽど深かった。彫刻刀よりも、ナイフよりも、それの言葉はリオトの心の奥を抉る。
(そんなの、決まってるじゃねーか……)
しかしそれを口に出す事は出来なかった。
――・――・――
686
:
akiyakan
:2013/05/14(火) 06:24:24
放課後になり、屋上。そこに、リオトの姿はあった。
「今日の放課後、屋上に来て下さい、か……」
何と言うテンプレ、と言う言葉は呑み込む。
転落防止の柵に寄り掛かりながら、リオトは辺りを見回した。
かつてシスイとアッシュが戦い、或いはミツとゼロ/アインの戦場になった場所。今はその痕跡が全く残っていない。噂だと、そう言った超能力者や超常現象の痕跡を揉み消す機関のようなものがアースセイバーにしろ、ホウオウグループにしろ存在しているらしい、と言う事だ。いかせのごれの解放から数年経っても超能力の存在が常識化しないのは、そう言った者達の存在があるおかげだと言ってもいい。
「ん?」
出入り口から聞こえた物音に、リオトは意識を思考から引き揚げた。
ゆっくりと戸が開き、一人の少女が屋上に入って来た。
「…………」
手紙は読んだ。当然、送り主の名も。それでもリオトは、いざこうして対面しても、内心で驚かずにはいられなかった。
「こんにちは、高嶺さん」
「こんにちは、妃乃さん」
ふわりと、その少女――妃乃彩萌は微笑んだ。
セミロングの黒髪、儚げな笑み。風に吹かれて散っていく、桜の花を連想させる可憐さ。リオトの想い人、榛名有衣に似ていて、しかしその実対極的。似て非なる、と言う言葉が当てはまる。
妃乃彩萌。2−3組の生徒だ。
「一応聞いておくけど、これ書いたの妃乃さん?」
「はい、そうですよ」
「これって、あれ? 友達とゲームやって、その罰ゲームで書かされたとか、それ系?」
「そんな、私は本気ですよ?」
少し不機嫌そうに、或いは拗ねたように彩萌は頬を膨らませる。不覚にもリオトは、可愛らしい、と思った。
「ふぅん……でもさ、何でオレなの? 妃乃さんだったら、もっと釣り合いの取れる奴いると思うけど」
「そんな事ありません……私、高嶺さんの事、本気ですよ?」
両手を胸に当て、真っ直ぐに彩萌はリオトを見つめている。瞳は潤み、頬に朱が差している。
「お慕いしております、高嶺さん。どうか、私と――」
「お付き合いしてください」。その言葉を言わすまいとするように、リオトは右手で彼女を制した。
「……悪い、妃乃さん」
「……そ、んな……」
彩萌の声が震えている。一体彼女は今どんな顔をしているのか。思わずリオトは、彩萌から視線を逸らした。
「君は、オレなんかじゃ勿体無い」
「そんな事ありません! そんな事!」
「それに、オレには好きな人いるんだ」
「!」
「悪い。だから、君とは付き合えない」
話はこれまでと、逃げるようにリオトはその場を後にしようとする。
「――あ?」
その瞬間、首筋に激痛が走った。
視界に入ったのは、自分の首から噴き出す赤い液体。まるでスプリンクラーの様に、血が飛び出している。
「あ、な?」
一体、何が起きたのか。それは分からなかったが、反射的にリオトは傷口を手できつく押さえ、そして自分の能力で止血に入る。しかし傷が深いせいか、すぐには塞がらない。
(何だ、突然。オレ、切られた?)
あまりにも唐突過ぎる展開に、しかしリオトの「戦士」としての脳は、冷徹に状況を分析していた。
687
:
akiyakan
:2013/05/14(火) 06:24:57
「――……あは」
「ッ!?」
「凄い……凄いです、高嶺さん……頸動脈切られたのに、まだ動けるんですね……」
リオトの血を浴びながら、少女は陶酔したように呟く。
左手は、自分の頬を押さえている。その手も血で濡れており、少女の白い肌に赤い跡を残している。瞳は熱く、潤んでおり、高揚から頬は桃色に染まっている。
そしてその右手には、
短刀に見紛うばかりの、
銀色に輝く、
大きな鋏が握られていた。
「…………!」
左手で首を押さえながら、リオトは彩萌を見た。自分の想い人に致命傷を与えていながら、彼女はあまつさえ笑みを浮かべていた。
「妃乃、さん……なん、で……」
「妃乃、なんて、他人行儀よしてください……彩萌、って呼んでください」
「…………っ」
「いい眼です、高嶺さん……凄く、恰好良い、です……」
彩萌が、自分の左手の指を舐めた。細く白い、しなやかな指に、ぬらりとした舌が絡み付く。左手に張り付いたリオトの血を、舐めとっていく。清楚な彼女とは正反対のその淫靡な仕草は、ぞくりとする程扇情的だった。
「美味しい……これが、高嶺さんの味なんですね……覚えました」
「妃乃さ、ん……何でこんな事を……」
「分かってますよ、高嶺さん」
「っ……?」
「嘘、ですよね? 好きな人がいるなんて、そんな事?」
リオトの問いかけに応えず、恍惚の表情を浮かべたまま、彩萌が言う。その顔は蠱惑的な笑みを浮かべているが、瞳は違う。ぎらぎらと輝くそれは、まるで獲物を狙う捕食動物のそれだった。
「嘘、じゃない……オレには、好きな奴――ガッ!?」
右足にに激痛が走り、リオトはその場に崩れ落ちそうになるのを堪えた。右手で柵を掴み、どうにか倒れないようにしている。見れば、太腿の部分が切り裂かれ、ぱっくりと開いた傷口から血が流れていた。
「そうやって、嘘をついて……私を、困らせたいんですよね?」
彩萌が右手を振る。刃についた血が払われ、地面に赤い弧を描く。
(まずっ……これ……)
視界も思考も、白くなりかけている。血が足りない。首に受けた傷が深く、足の傷も無視できない。戦闘しようにも、逃走しようにも、今のリオトにはその為の余力が無かった。
「高嶺、さん……」
はぁ、と熱い吐息を吐きながら、高揚する姿を隠そうともせずに彩萌が近付く。その姿は真実、恋に焦がれる少女そのものであるが、その右手に握られているのはそれとは不釣り合いな大鋏だ。リオトの血を吸った二枚の刃は、まるで肉食獣の顎斗を思わせた。
「好き……好き、です……高嶺さん……お慕い、しております……」
好き、と言う好意を漏らしながら、右手の凶器/狂気はリオトの命を狙っている。己が行為/好意に一切の矛盾も破綻も感じていないように、彩萌が笑う。その表情は、恍惚に溶けきっている。
「う、あ……」
その狂気に当てられるように、リオトはその場に崩れ落ちた。腰に力が入らず、立ち上がる事が出来ない。そんな彼に覆い被さるように、彩萌は近付いた。
「高嶺、さん……」
恋に曇った眼差しで、愛で潤んだ瞳で、彩萌は自分の想い人を見つめる。
「貴方を、離しません――」
「――いやぁ、そんなつまらない男じゃなくて、僕にしない、彼女ー?」
リオトの耳に場違いな、それでいて聞き覚えのある声が飛び込んで来た。ハッとしたように、彩萌が顔を上げる。
「貴方は……っ!」
外見からはとても想像出来ないような身軽さで、彩萌はリオトから離れた。リオトが反応出来なかったのも、この速さ故だろう。
「あははは、リオちゃん見事な位に血塗れだねぇ。文字通りの修羅場ってやつ?」
「おまえ、は……」
リオトは頭上から振って来た軽薄な口調に、しかし今は安堵していた。普段嫌っている相手の声がこんなにも心強く感じる日が来るとは、彼も夢には思っていなかった。
688
:
akiyakan
:2013/05/14(火) 06:25:47
「都さん……」
「やっほー、彩萌ちゃん。元気ー?」
ひらひらと手を振りながら、アッシュはリオトの傍に立つ。当然と言えば当然であるが、水を差された彩萌は冷たい眼差しを送っている。
「何の、つもりですか? 邪魔をするなら……」
「僕も切り刻むかい? でも、君の速さじゃ僕には通じないよ」
余裕綽々と、「天子麒麟」のオーラさえ纏わずにアッシュは言う。だが、ハッタリなどでは決してない。そう思わせるだけの気配が、彼の言葉や姿から滲み出ていた。
「女の子の相手は、出来るならあまりしたくないんだよねぇ……退いてくれたら、嬉しいんだけどなぁ……」
「…………」
笑みを浮かべるアッシュと、冷淡な眼差しの彩萌。
しばらく睨み合う二人だったが、やがて彩萌の方が動いた。
「――!」
アッシュの視線が、屋上の扉へと動く。一瞬の内に彩萌の姿は、そこまで移動していた。
「……今回は、ここまで」
「今回は、ね……リオちゃんには好きな人はいるんだし、諦めて貰えないかな、ぶっちゃけ」
「――――」
「……ま、諦める訳無いよね――それ位で諦める理屈なんて、無いものね」
にぃ、とアッシュの口が弧を描く。それを見て、リオトは思い出した。こいつも、目の前の少女と同類なのだと言う事を。
「高嶺さん……」
ため息を零しながら、彩萌がリオトを見る。その仕草、その眼差し、その心。狂気さえなければ、それは純粋に恋する乙女そのものだった。
「待っていて、くださいね……」
そう言い残し、彩萌は屋上から去って行った。
――・――・――
「頸動脈切られても息をしているとか、リオちゃんなかなかタフだねぇ」
リオトに応急処置を施しながら、アッシュが軽口を叩く。リオトが持つ血液を操る能力、それにアッシュの「天子麒麟」が合わさって、首に出来た傷は塞がっていた。
「で、どう? 狂う程相手に想われた気持ちは?」
「…………」
言葉で答えずに、目線で語る。能天気なアッシュに向かって、リオトはジト目で睨んだ。
「まぁ、ある意味ラッキーじゃない? 彩萌ちゃんって美人だし、中身もそこまで悪くないし? まさに才色兼備ってやつ? いやぁ、羨ましい! 実に羨ましい!」
「……嘘つけ。お前、そんな事これっぽっちも思ってないだろ」
「そんな事無いよー? 少なくとも僕が君の立場であれば、あれ位なら十分に乗りこなせる」
「じゃあ変わってくれよ。オレはお願い下げだ」
「いやぁ、だって僕関係無いし」
「…………」
他人の気持ちなど分かっていないような言動を取れば、その実深い部分を見透かすような物を言う。本当に、こいつの神経は一体どうなっているのかとリオトは思った。
689
:
akiyakan
:2013/05/14(火) 06:26:21
「……しかし、アレだね。恋する事は幸せだって言うけどさ、あれって幸せ者の理屈だよね……恋って感情は、そんな甘ったるくて優しいものじゃない。もっと辛くて激しいもの――毒薬か、呪いの類だよ、ホント」
アッシュの言葉に、リオトは彩萌の姿を思い出す。
想い人を傷付ける狂気。その癖、嘘偽り無い曇りの無い愛情。常人ですら、恋と言う凶暴な感情の前には冷静な判断能力を奪われるのだ。アレはそう、まさしく毒に侵された姿だった。
(……もしかしたら、オレも、)
アレは鏡に映った自分自身なのだと、リオトは思った。うすら寒くなる。彩萌と同じ表情を浮かべながらユウイを傷付ける自分を想像し、リオトは背筋が凍りつくようだった。
『――ところで、ユウイちゃんにとっての君は、果たしてどれに当てはまるだろうね?』
朝方、アッシュに言われた言葉が再び心を抉る。そんな事、言われるまでもなく、
(オレは、ユウイの傍にいる資格なんて――)
「あ、そうそう。僕が言った言葉を気にするようなら、そいつはお角違いだぜ」
「ッ――!?」
こいつ、実は心を読めるんじゃないか。そうリオトは思わずにはいられなかった。以前にも言っていたように、これ位は彼にとって普通の技能なのだろう。
「確かに、人間には三種類いる。関わった方がいい人間。関わろうが関わらなかろうがどーでもいい人間。そして、関わらない方がいい人間。でもね、もう手遅れなんだ。君とユウイちゃんはもう出会ってしまっている。その時点でもう、手遅れだ。君達にはもう縁が結ばれている。例えユウイちゃんにとっての君が、関わらない方がいい人間だったとしても、手遅れだ。もう君達は出会って、そして関わってしまっている」
だから手遅れなのだと、アッシュは言った。
「――は、はは」
乾いた笑いが、思わず零れた。何だそれは、と、リオトは思う。既に関わってしまっているから、もうどうしようも無い。なんだそれは。とんでもない、暴論ではないかと。
「はははは……何だそりゃ、無茶苦茶じゃねぇか」
「無茶苦茶でいいんだよ。そもそも、僕ら人間の存在自体が理不尽なんだ。それなのに、僕らがご丁寧に条理を守らなきゃいけないなんて言うのは、間違いなんじゃないかな?」
リオトの治療を終え、アッシュが立ち上がる。
「……お前、妃乃さんに会うなって言ってたけど……知ってたのか?」
「まぁね」
「……知ってたなら、こうなる前に手を打ってくれたって良かったんじゃないか。オレよりも、お前の方が女の扱いうまいだろ……」
「……ハッ。おいおい、本気で言ってるの、リオちゃん? 色恋沙汰だぜ? 腐っても、当事者達による一対一の対決だ。それに水を差すなんて、僕には出来ないよ。馬に蹴られたくないもの……僕はね、基本的にフェミニストなんだよ」
そう言って、アッシュは背を向けた。
「……なぁ、一つ教えてくれよ」
「なんだい?」
「オレと妃乃さんさ、クラス違うからほとんど接点無いんだけど……彼女、オレみたいなのの何が良かったんだろうな」
「さて、そればかりは僕にも分からないな。でも、自分でも気付かない内に誰かに好かれていて、自分でも気付かない内に誰かに嫌われている……人間って、大体そんなものだろ?」
≪恋愛致死毒−トキシック・フラワー−≫
690
:
akiyakan
:2013/05/14(火) 06:26:57
※十字メシアさんより「神江裏 灰音」をお借りしました。
今からもう、六年も前の事です。私は、一人の男の子と出会いました。
さらっとした黒髪の、宝石みたいな赤い瞳の男の子。
彼は、私が危ない目に遭っていたのを助けてくれました。怪我をした私に、大丈夫? って優しく声をかけてくれました。
彼には、不思議な力がありました。血液を、自分の意思で操る特殊な力が。その力で、彼は私を救ってくれました。
恋を、しました。一目惚れです。
私と同い年くらいの、奇跡みたいな男の子。
ああ、そうです。奇跡です、運命です。
街でたまたま出会っただけの私とあの子。だけど、彼は私と同じ学校の生徒だったのです。
嬉しかった。嬉しかった。
中学校も、同じ学校でした。高校も、同じ学校でした。
嬉しい、うれしい、ウレシイ。
ずっと、見ていました。ずっとずっと、見つめていました。
彼が授業を受けている、その横顔を。彼が友達と笑っている、その笑顔を。
見ているだけで、幸福でした。見ているだけで、満たされました。
ああ、だけど、
足りません。満たされません。
貴方と言葉を交わしたい。貴方の温もりを感じたい。貴方を――傍で感じたい。
見ているだけじゃ、足りません。見つめているだけではもう、満たされません。
苦しい。貴方を見つめているのが、苦しい。見つめているだけなのが、辛い。
貴方を見ているだけなのに。ただ、それだけなのに。呼吸が苦しくなって、頭が痺れて何も考えられなくなる。
苦しい。
苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しいクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイ
痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイイタイ
嫌だ。こんなに痛くて苦しいのは、嫌だ。
もう、我慢できない。
大好きです、愛しています。この世の誰よりも一番、貴方をお慕いしております。
だから――
「……高嶺、利央兎……」
私のものになってください。
私と一緒に居て下さい。
私の傍に居て下さい。
私と笑っていて下さい。
私を抱き締めて下さい。
私だけを見つめて下さい。
私だけを愛してください。
お願い、です。私を――
≪彼女のドウキ≫
(毒に侵され、思考は狂い、)
(熱に浮かされ、願いは歪む)
(呪いに蝕まれ、少女は悪夢を彷徨う)
(だが、狂い、歪み、侵されても、)
(その想いは始まりと同じく、純粋なままなのが、)
(唯一救いと言えるだろう)
『――否、』
『それは違う。むしろ、救いが無いんじゃないかな?』
『傍観者には、関係無いけど』
691
:
akiyakan
:2013/05/14(火) 06:27:28
※紅麗さんより「高嶺 利央兎」をお借りしました。自キャラからは「AS2」、「妃乃彩萌」です。
「リオちゃんさぁ、どうすんの?」
「どうするって、何をだよ」
夕焼けに染まる屋上。アッシュとリオトが話をしている。
「そんなの決まってるじゃない? 妃乃彩萌ちゃんの話」
「……そんなの、言うまでもねぇだろ」
「あやややや、勿体無ねー。あんなに想ってくれてて、しかも美人さんで、スペックも申し分無いのに振っちゃうの? ユウイちゃんも悪く無いけどさぁ、あっちに乗り換えた方がお得ですよ」
「――……」
絶対零度の眼差しで、リオトがアッシュを睨みつけた。ともすれば、視線がそのままナイフになってアッシュを突き刺しそうな位の。しかしそんな風に睨みつけられても、むしろアッシュは楽しそうに、面白そうに、飄々と笑うばかりだった。
「ふひひひ。いいねぇ、いいねぇ。その炎を閉じ込めたような凍った眼差し。君のそうゆう目付きが僕は大好きだ。いいよいいよ、リオちゃん。君、最高に恰好良いぜ」
「うるせぇよ……じゃああれか。お前は自分を好いてくれる奴が出来たら、その時自分が好きな奴からそいつに乗り換えるのかよ」
「……おいおい、僕に対してそれは質問にならないよ。意中の相手は一択? 違うね、欲しいものは全部自分のものにしちゃえば丸く収まる」
「そんなうまく行くわけないだろ、フツー」
「普通、ね。確かに、普通だったら。でも、そこで〝普通だから無理〟って思考を閉ざすのが君達の限界だ。普通じゃ無理? だったら僕達は堂々と普通を脱ぎ捨てて異常になる」
得意げに語るアッシュの姿に、リオトは思わず舌打ちをする。
常識や倫理が限界を造る物ならば、容易にそれを捨てる。ホウオウグループにおいては当たり前の事であり、自分もそうであろうとリオトは思っている。
だが、アッシュやこの男を生み出した男の場合、それが度を超えている。
ウスワイヤ襲撃は言うに及ばず、ホウオウグループ内でも独断活動が多い。スタンドプレーが多いにも拘らず、未だに問題にならないのは、結果的にその行いがグループの利益として還元されているからだ。プラスマイナスのゼロ。本当に性質が悪い。クロウはさぞ、歯痒いに違いない。
「それにさぁ、リオちゃん。彼女は君と同類だろ?」
「!」
「君がイマイチ、ユウイちゃんに対して踏み込めないのはそれが原因だよね、臆病者の高嶺利央兎ちゃん。自分から彼女の側へ踏み込む事も、彼女を自分の側へ引き摺り込む事も出来ない――臆病者」
「……うるさい」
「その点、彩萌ちゃんは問題無い。何たって同類だ、何の気兼ねをする必要も無い」
「黙れ……」
「実際、リオちゃんだって分かってるんでしょ? 彼女の方が、自分と合うんだって――」
「――黙れって、言ってるだろうが!」
リオトが雄叫びをあげた。塞がりかけの傷口を突き破り、真紅の槍がアッシュ目掛けて襲い掛かる。しかしその攻撃は、アッシュが首を傾げただけでかわされた。
「おお、怖い怖い」
怖いと言いながらも、その顔は楽しげな笑みを描いている。本当にふざけた奴だと、リオトは思った。
「やめてよね。せっかく塞いだ傷口が開いちゃうじゃないか」
「……ふん」
本当に、嫌な奴だ。リオトは思った。
他人の心が読める癖に、それを理解する気が無い。理解するつもりが無い。こいつに感情があるのか怪しいと、リオトは思った。
「まぁ、僕には関係無いけどねぇ。君がどうしようが」
「ああそうだ。お前は関係無い――だから、次首突っ込んで来たら許さねぇ」
ギロリと、アッシュを睨みつける。ありったけの殺意を、敵意を、視線に込めて。常人ならその視線に当てられただけで、言い知れない恐怖や不安感を覚え、人によっては失神すらしそうなものだ。しかしそんな魔眼に晒されながら、やはりアッシュは、楽しげな/面白げな笑みを浮かべている。
「しないよ、邪魔なんて。後はお若い二人で、ってね」
「……ふん」
去っていくアッシュの背中を見つめながら、リオトは、アレを少しでも信頼していた自分が馬鹿馬鹿しい、と思った。
――・――・――
692
:
akiyakan
:2013/05/14(火) 06:28:02
翌日。
学校に赴くリオト。その様子からは一切の気負いを感じない。既に覚悟は決めているからであろう。例え校内で妃乃彩萌と遭遇したとしても、絶対に取り乱したりはしない。そんな気迫が感じられる。まさに、「どこからでもかかってこい」と言う様子だ。
だが、そんなリオトの心意気とは裏腹に、彩萌が姿を見せる様子は無い。例え顔を合わせる事は無くても、擦れ違いや視界の端に姿を捉えそうなものだが、それどころかまるで、妃乃彩萌が始めから存在していないかのように、その気配が感じられない。
「リオちゃーん、彩萌ちゃん探しているのかい?」
昼休みに入り、それとなく校内を歩いていると、アッシュが待ち伏せしていた。ムッとするものの、リオトはそれを無視して通り過ぎようとする。
「くくくっ、そんな事したって、彼女を喜ばせるだけだぜ?」
彩萌を探している事を見透かして、アッシュが言う。そのニヤニヤ顔をはっ倒したいのを我慢して、リオトはその脇を通り過ぎていく。
「結局さぁ、リオちゃん。君、彩萌ちゃんをどうするつもり?」
ピタリ、とリオトは足を止めた。彼はアッシュの方を向かず、背中を向けたまま立っている。
「――――」
リオトの唇が動く。彼の答えを聞いて、アッシュの口元が更に弧を描いた。
「ふぅん……流石だね、リオちゃん。その一途さはもはや崇拝の領域にも近い……だけど、それだけに謎がある。君がそこまでユウイちゃんを想うのは一体何故なんだい?」
「……ハッ、自分で考えろ、ばーか」
後ろを振り返り、「誰がお前なんかに教えてやるものか」とリオトは舌を出す。それを見たアッシュは、堪えきれないようにくくくと笑い声を漏らした。
「確かに、確かに。大体僕が自分で言ったんだっけか。自分でも気付かない内に誰かに愛され、自分でも気付かない内に誰かに憎まれる。人間ってのは、そう言う生き物だったね」
触れ合うのではなく、擦れ違い。無数のニアミスを繰り返しながら、人間は歩いている。そして人が繋がるのは、意図的に互いが手を伸ばし合うから。
リオトと彩萌。この二人は今、擦れ違っている最中。いや、彩萌がリオトに向かって手を伸ばしているところ、か。その手を取るのか、振り払うのか。
「せいぜい、楽しませてくれよ。リオちゃん」
互いに背を向け合いながら、二人はその場から離れて行った。
――・――・――
693
:
akiyakan
:2013/05/14(火) 06:29:25
彩萌の姿を見る事無く、放課後になった。
「……別に、異常は無いか」
下駄箱を開くが、そこに別段変わった物は無い。昨日のように手紙でも入っているものかと思ったが、そうではなかった。
一体彼女はどこへ行ったのだろうか。まさか、昨日の一件でリオトと顔を合わせづらくなり、姿を隠しているのか。
「いや、そんなキャラじゃないだろ……」
自室のベッドの中で布団にくるまっている彩萌を想像し、「それはない」と自分に突っ込む。そんな可愛らしい人物像ならまだリオトにも救いがあるのだが、アレはそんな生き物ではない。その在り方は愛した者を貪り食う、雌の蟷螂のそれだ。
取り敢えず、見つけないと話は始まらない。そう思って、彩萌を探し出す方法を考えながら門に差しかかった。
「――高嶺さん」
「ッ!?」
それは唐突に姿を現した。
リオトの行く手を遮るように、一人の女子生徒が立ち塞がる。
黒く、艶やかなセミロングの髪。ほんの少しでも力を入れたら折れてしまいそうな儚さ。
昨日と何ら変わりの無い様子で、まるでごく当たり前のように、さも自然であるように、妃乃彩萌はリオトの前に立っていた。
「こんにちは、高嶺さん」
「…………」
ふわりと、彩萌が微笑みかけてくる。対して、リオトはそれを撥ね付けるように睨み返す。だがそれも、彩萌には響いていないようだった。
身構えるリオトであるが、内心では焦りを覚えていた。ここでは人目につきすぎて、大っぴらに超能力を使う訳にはいかない。無論、窮地に陥れば使わざるえないが、そうなったらもはやいかせのごれ高校にはいられないだろう。それは彼の望むところではない。何よりユウイの傍から離れるなど、彼には耐えられない。
しかしどうやら、それは杞憂で済んだようだった。彼女もここでやり合うつもりは無いらしく、「付いて来て下さい」と歩き出す。
「……待ってよ、オレ用事あるんだけど」
これ幸いと思ったリオトだったが、あえてその誘いを断って見せた。この手の手合いは一度相手のペースに呑まれると主導権を握られてしまう、と言う事を、彼はアッシュから嫌と言うほど思い知らされてきた。この言葉は、それを避ける為のジャブみたいなものだった。
「……ついて来て、くれないんですか?」
「だから言ってるじゃん、オレ用事があるって」
「……私より優先しなきゃいけないほど、大事な事なんですか?」
「そりゃあ、もちろん――!?」
だが、相手の方が一枚上手だったようだ。リオトは彩萌が見せた物を見て、思わず目を見張った。
「お前……そんなもの、一体どこで……!?」
彩萌が持っていたのは、数枚の写真だった。どれもリオトが映っている。問題はそれがすべて、彼が超能力を用いて戦闘を行っているもの、だと言う事だ。中には、ジングウが起こした生物事件の時の写真まである。
「あぁ……恰好良いですね、高嶺さん……」
手にした写真の一枚を、彩萌は口に咥えた。写真の端を口に含みながら、上目使いでリオトを見る。その視線はまるで、「言わなくても分かりますよね?」と暗に言っているかのようだった。
「く……」
「ついて来て……くれますよね?」
彩萌が写真から口を離すと、唾液の糸が引いていた。その仕草を見て、リオトの背筋にぞくりと寒気が走る。まるでそれが蜘蛛の糸であるかのように、リオトの動きを縛る。巣に囚われた蝶のように、見えない糸に絡め取られ引き摺られるように、リオトは彼女についていくしかなかった。
694
:
akiyakan
:2013/05/14(火) 06:29:58
やがて二人がやって来たのは、通りから外れた路地裏の奥だった。人気は無く、薄暗く湿っている。通りからかなり離れているので、多少騒いでも人が来る事はそう無い。
逆に言えば、自分が不利になった時、撤退が困難になる訳だが。
「高嶺さん……」
熱を帯びた声で、彩萌が呟く。リオトの方を振り返った彼女は、自分の右手の人差し指と中指を咥えており、左手で自分の下腹部を押さえていた。その瞳は陶酔と狂気に彩られており、また淫靡な雰囲気も醸し出していた。
「今日一日、私を探していたんですよね?」
「いや、別に……」
「うふふふ……隠さなくても、いいんですよ?」
ばさり、と彩萌が何かを投げた。数枚の写真が宙を舞う。やはりどれも一様にリオトが写っている。その中に、背を向け合うアッシュとの写真もあった。
「…………」
視線だけを動かし、地面に落ちた写真を見た後、今度は彩萌の方を見る。どうやらリオトが彩萌を探している様子を、相手方はずっと見ていたらしい。
「すごく……ああ凄く、嬉しかったです……」
熱に融けた眼差しで、彩萌はリオトを見つめている。そこが疼くのか、下腹部を押さえている手に力が入っており、唇から引き抜いた指先は唾液の糸を引いていた。
「私を、こんなにも想ってくれているなんて……」
「いや、オレが想っているのはお前じゃない」
彩萌の言葉を遮るように、その気配に呑まれまいとするように、リオトは言った。彼が言っている言葉の意味が分からないように、彩萌は首を傾げる。
「何を……」
「オレが好きなのはお前じゃない。オレはお前の気持ちを受け取れない」
「…………」
「だけど――こんなオレを好きになってくれて、ありがとう」
妃乃彩萌は狂っている。狂っているが、それでも一途にこんなにも自分の事を想ってくれている。それは正直な気持ちとして、リオトは嬉しいと思っていた。今まで色んな人間から好意を伝えられて来たが、そうした人達全員の想いを集めても、彼女一人の想いには勝てない。
本当に――こんな自分を、こんなにも想ってくれてありがとう。
だが、
「だったら、」
「それとこれとは別問題だ。オレは君を愛さない」
「――!!」
「オレが愛情を注ぐ相手は、もう決まっている」
はっきりと、決別の意味を込めて。リオトは彩萌を拒絶した。
「オレがこの手で抱き締めたいのはお前じゃない。榛名有衣、ただ一人だ」
瞬間、二つの鋼がぶつかり合った。
「ッ――!!」
疾い。あと少し彫刻刀を抜くのが遅れていたら、昨日の様に首を掻っ切られていただろう。リオトの眼前に、銀色の凶器/狂気が迫っている。
「何で――なんでなんでなんでなんでなんで!!!!」
彩萌の声は、涙で濡れていた。彼女の頬を伝う滴、しかしそれを見てもリオトはもう悲しいとは思わない。
そうだ。一体何で彼女に少しでも心が動いてしまったのだろう。浮気なんか許されない。確かに、高嶺利央兎と妃乃彩萌は同類だ。同類だから心が動いたのか。
(――思い違いも甚だしい!)
同類ならば、むしろ相手は恋敵。その一途さにおいて、自分は負ける訳にはいかない。
だって恋は、先に惚れた方が負けなのだから――!!
695
:
akiyakan
:2013/05/14(火) 06:31:20
「こんなにも、こんなにも私の方が、あの娘よりも貴方を想っているのに――!!」
「そうかい! だけどな、俺がユウイを想う気持ちの方が、お前の気持ちよりもよっぽど強い――!!」
二つの刃が激突する。突き出される刃を、或いはかわし、或いは得物で受ける。
「彼女は、貴方の気持ちに全く気付いていないじゃないですか!」
「そんな鈍感なところも、俺は好きなんだよ!」
否、むしろ救われている、と言うべきか。きっと、気付かれていたら、今みたいな距離ではいられないし、今みたいな関係でいられない。心のどこかでリオトは、この距離感も悪く無いと、思っていたのだ。
「出来たら、もっと近くにいたいけどッ!!」
「きゃあっ!?」
片手の彫刻刀で鋏を受け、鋏を掴んでいる右手を空手で打つ。その一撃に負け、彩萌は得物を取り落とした。更に彼女はバランスを崩し、その場に倒れ込んだ。
「あ……」
彩萌の目の前には、突き出された彫刻刀の刃があった。それがリオトの最後通牒。徹底した、彩萌への拒絶だった。
「オレの気持ちは変わらない。俺が想うのはただ一人、だ」
「う……」
じわりと、彩萌の目元が潤んだ。彼女はそれを拭うと、ふらりと立ち上がる。ふらふらと、まるで糸の切れた人形のように、彼女はリオトから離れて路地から出て行った。
去っていく彩萌の後ろ姿を見て、リオトは心が痛んだ。こればかりは無関心ではいられない。歪んでいても彩萌の気持ちは本物であったし、その想いをリオトは真正面から投げ捨てたのだから。
「……おい」
しかし、すぐに表情を引き締め、リオトは頭上を見上げた。ビルによって切り取られた空。そこから自分を見下ろす出歯亀が一匹いた。
「やぁ、お見事お見事。キレイさっぱり振ってみせたね。今度、参考にさせてもらうよ」
「アッシュ……!」
口元に笑みを湛えながら、アッシュはこちらを覗き込んでいた。この様子ではおそらく、ずっと二人の動向を監視していたのだろう。その光景を想像し、リオトは怒りを覚えずにはいられなかった。
「降りて来い。んでもって、その顔を一発ぶん殴らせろ」
「何でさ。僕、横槍入れてないじゃない」
「とんでもない」とでも言うように、アッシュは両手を上げてみせる。そういう問題じゃないだろ、と思ったが、リオトは口にまではしなかった。
「……一つ聞かせろ。あの写真、妃乃さんに渡したのお前だろ」
「あの写真って、どの写真?」
「とぼけるなよ。オレが能力使ってる写真なんて、妃乃さんが持ってる訳無いだろ。ましてや生物兵器事件の写真なんざ、それこそ当事者が撮ってなきゃあ、な」
「……ご名答。『Good』、そして『Ecactly』、だ。まぁ、これ位気付いてくれなきゃ、僕は君の事を一段下に見なくちゃいけなくなるけど」
「ふざけんなよ……それじゃあアレか? 俺はお前らの掌の上で踊らされてたって言うのかよ!?」
「結果的にはまぁ、そうなるかな――」
瞬間、リオトはエンジンを全開にした。血液が最高速度で全身を駆け巡り、リオトの身体機能の真の力を引き出す。
ダンッ、と彼は地面を蹴った。壁を蹴り、縁を掴み、ビルの屋上まで一気に駆け上る。アッシュの顔面を殴り飛ばし、そのまま地面に引き摺り倒した。
「ざけんな!! こちとら、てめぇらの遊び道具じゃねぇんだぞ!!」
「ッペ……」
憤怒を露わに、リオトはアッシュの胸倉を掴み上げる。しかしアッシュはそんな彼が眼中にも無いように、血の混じった唾を吐き捨てる。その様子が尚の事、リオトの頭に血を昇らせる。
「野郎ッ……!」
696
:
akiyakan
:2013/05/14(火) 06:31:53
彫刻刀を、アッシュの喉元目掛けて突き出す。リオトが持てる最高速度であり、いくら天子麒麟を持つアッシュでも、これを喰らったら無事では済まさないだろう。
「僕はただ、彩萌ちゃんの手伝いをしてあげたかっただけだよ」
「――……何?」
彫刻刀は、アッシュの喉の皮を破り、先端が僅かに肉に食い込んだところで止まっていた。傷口から血が零れ出す。しかし痛みを感じる風でなく、アッシュはつまらなそうな表情で言った。
「リオちゃんと来たら、いっつもユウイちゃんユウイちゃんじゃない。彩萌ちゃんにしてみれば、たまったものじゃないよね、本当に。君のあからさまな気持ちにも気付かないような朴念仁なんかよりも、よっぽど彼女の方が君の事を想っているのにね」
「…………」
「ちょっとさ、なんか、見てられなかった」
そう言って浮かべたアッシュの笑みは自虐的で、いつものような力は感じられなかった。気が付くと、リオトは手を放していた。
「別にさ、君の事を責めている訳じゃないんだよ。何て言うか――いや、何でもないや。別にリオちゃん、自分がやった事に後悔はしてないでしょ?」
「……ああ」
「うん。僕自身、君の選択は間違いだったとは思ってないよ」
「ちょっとさ、なんか、見てられなかった」
(翌日リオトは、妃乃彩萌が行方不明になった事を聞いた)
(誰か一人だけを選ぶ)
(誠実な、正しい行動の筈なのに、)
(それがこんなにも残酷な事なのだと言う事を、)
(彼は強く噛みしめた)
697
:
えて子
:2013/05/15(水) 21:21:39
「運命交差点・承」の続きです。
スゴロクさんから「隠 京」、クラベスさんから「アン・ロッカー」をお借りしました。
京とアンが情報屋へついたときには、既に一番星が輝いていた。
力なく揺れる弾痕まみれの扉に目を見開くと、勢いよく開ける。
応接室は、めちゃくちゃだった。
扉を貫通して被弾したらしく、ボロボロになったソファ。
ひっくり返って傷だらけのローテーブル。
相当もみ合いになったのか、棚や机から落ちて粉々になった皿や花瓶。
そして、唯一被害の少なかったデスクに目を向け見たものは、
「うう゛……ううぅぅぅぅぅ…!」
受話器を握り締め、唸り声をあげて号泣するアーサーの姿だった。
「アーサーちゃん!」
「うぅ……うあああぁぁぁあ…!!」
京が呼びかけるが、聞こえていないのか反応しない。
もう一度近くで呼びかけようと室内に駆け込んで、ぐったりと力なく座り込んでいる長久を見つけてすぐに足が止まった。
「………!!」
生気の感じられない異様な状態に戦慄が走った。
最悪の予想を頭を振って掻き消し、強く揺さぶらないよう注意して横にすると、両手を重ねて左胸の上に置く。
「っ………げほ!!がっ、ごほ…!!」
そのまま数回強く圧迫すれば、幸いにもすぐ息を吹き返した。
激しく咳き込む声に、アーサーが反応し、顔を上げる。
「!!」
「………よかった」
ほっと息をついたのもつかの間、もうひとつの不安がよぎる。
「アーサーちゃん、ハヅルさんは…?」
「……うぅー……!」
京の問いに、アーサーは唸り声をあげて応接室奥の扉を指差した。
そして、何かを訴えるようにしゃくりあげる。
おそらく、ハヅルにも何かあったのだろう、と二人は察した。
「…アン、ハヅルさんをお願い」
「仰せのままに」
京の言葉に頷くと、アンが扉の向こうへと向かう。
京はアーサーから受話器を受け取り、手早く救急車を呼んだ。
「……う…うぅぅぅう……!」
その間も、アーサーは怯えるように頭を抱えて震えている。
京は受話器を置くと、小さな体を抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫よ。二人とも助かるわ」
「…うぅ…うー…!」
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