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企画されたキャラを小説化してみませんか?vol.3.5

498しらにゅい:2012/12/29(土) 12:19:05

「…みく…」
「だめ、っサヤカちゃん、やだぁ…!」
「……ごめ、…も…むり…」
「むりじゃないよぉ、っあきらめちゃだめ、って……!」

 みくは目の前の現実を受け入れたくないように、頭を振り、必死に否定する。
それでもサヤカは止めないどころか、うっすらと微笑んでいた。

「…アタシ、うれしー…よ……だって、…さい、ごに…なかなお、り……でき…たもん…」
「さいごじゃないよ、さいごじゃないって!!」
「……みく…」
「やだ、やだぁ!!」

 こぽ、とサヤカは口から血を吐き出して、苦しそうに噎せる。
その様が痛々しく、冬也は思わず視線を逸らしてしまった。

「サヤカちゃん…っサヤカちゃん…!?」
「おくびょう、ものは…だれ、だって…?」

 みくではない、誰かに語りかけるようにサヤカが呟く。
もうその眼には、誰も映っていなかった。

「…みく、じゃない……アタシ…だよ…。」










臆病者と代償



(…あれ?へんだな。)
(さやかちゃん、こんなにさむかったっけ?)
(…どうして?)
(ゆすっても、おきないよ。)

499しらにゅい:2012/12/29(土) 12:21:52
>>493-498 お借りしたのはクルデーレ、サディコ、ラティオー、モエギ(十字メシアさん)
カイリ(鶯色さん)、汰狩省吾(サイコロさん)、蒼崎啓介、名前のみヴァイス(スゴロクさん)
冬屋(六さん)、名前のみ千羽望、花丸(えて子さん)でした!
こちらからは張間みく、サヤカ、風魔です!

あとがきも含めすんごい長くなってしまった…!

500えて子:2012/12/29(土) 15:41:06
「暗躍のブラウ=デュンケル」の後、「生と死のコントラスト」と同時刻あたりです。
スゴロクさんより「隠 京」、名前のみ「ブラウ=デュンケル」、クラベスさんより「アン・ロッカー」をお借りしました。


「……今頃、アンさんは目的の場所へ着いたのかしら」
「ええ、きっと。寄り道をするような人じゃないし…できるような状況でもなさそうだしね」
「…それもそうね」

アンとブラウが情報屋を出て、しばらく経った。
紅と京は、先程と同じように、ローテーブルを挟んで向かい合って座っている。
アーサーもパペットを抱いたまま何も話さず、静かな空気だけが流れている。

「……………」
「…あの人の話を考えているの?」
「!」

沈黙を最初に破ったのは、京のほうだった。
突然の京の言葉に、伏せられていた紅の目が驚いたように開かれる。

「……そうね」

去り際に告げられた、ブラウの言葉。
「ハヅルを襲った人物が、紅の縁者である」という内容。

ハヅルが戦った人物がどのような相手であるかも分からない今、彼の言葉にどのぐらいの信憑性があるのかは分からない。
しかし、その言葉が嘘やハッタリであるとは、紅には思えなかった。

「……。ねえ、紅さん。聞いてもいいかしら」
「ええ、どうぞ」
「…その、あなたに縁のある人…だったかしら。あなたが情報屋をやっているのって、その人に関係が?」
「………………」

考え込むようなしぐさの後、やや間があって紅が口を開いた。

「……その人か、どうかは分からない。けれど、私は人を探している。そのために情報屋になったの」

そして、何か言われる前にそっと人差し指を口元に当てる。

「…これ以上は、言えないわ。情報屋の端くれとして、個人情報をあまり無闇に話すわけには、ね」
「……そう。ごめんなさい」
「いいえ、こちらこそ」

そこで、会話は途切れた。
また少し、沈黙が訪れる。


そのとき、今まで黙っていたアーサーが口を開いた。

『…ベニー姉さん』
「ん?何かしら、アーサー?」
『…あの人の言うこと、信じるの?』
「…………。100%信用するわけではないけれど…頭から全て否定することもできないわ」
『…そうなんだ…』
「…どうしたの?」
『…怖いんだ』

そう小さな声で言い、俯く。
パペットを持っていないほうの手は、膝の上でぎゅっと握られていた。

『よく分かんない、わかんないけど…あの人、何かとても怖いものを見ている気がするんだ』
「…それは、アーサーの勘かしら?」
『うん…やな感じがする。僕、ベニー姉さんが怖い目にあうの、いやだよ』

アーサー一家と近所づきあいの深かった紅は、アーサーがこの手の勘に鋭いことを知っている。
彼女の“嫌な予感”は、昔からよく当たる。故に、この言葉を考えすぎだと笑い飛ばすことはできなかった。

「…分かったわ。私も気をつける。だから安心して」
『うん…。京姉さんもね。気をつけてね。怖いの、いやだから』
「え、ええ。大丈夫よ」

突然話を振られて驚いたものの、京も頷く。
その様子を見て、やっとアーサーも安心したようだった。

『……ありがとう』


残された者たち


(でも、やっぱり怖いよ)
(どうしてだろう)

501ヒトリメ:2012/12/31(月) 01:21:12
だいぶ今更ですが、>>444「異端の襲来」のあとのおはなしです。
しらにゅいさんより「シロユキ」、名前のみAkiyakanさんより「ジングウ」をお借りしました。
ヒトリメからは「パター」を。
----


他者の笑顔こそが奇術師の全てだ。
奇術師自身の信条であり、生物兵器に許された唯一の望みであり、かれの存在意義である。
雌鶏は卵を産まねばならない。咲かない向日葵は愛されない。
奇術師は、望みを叶えるためにつくられた。

次回公演の準備に追われる舞台裏。
虚空に向かって腕を振ってみる。
その手に剣を持っていないのは、だれも望んでいないからだ。

「パター、何してんだ」
「ううんユキじい、なにもしていないのさ」

望みを叶える兵器が、気づいていない筈がない。
サーカスに来る客が見たいのは、"ただの奇術師"であることを。
新しい居場所の同僚達が望むのは、"生物兵器"ではないことを。
だから奇術師は、兵器として"奇術師"を演じるのだ。

「おい、次公演すぐだぞ。いけるか」
「とうぜんさ!」
「……大丈夫か?」
「なにがだい? そっちこそ、元気がないんじゃあないかい?
 さっきの、えーと、ジングウのせいかな?」
「……あー、大丈夫ならいい」

ただ……それらは、生物兵器を生んだ"望み"の強さには、較べるまでもなく小さかった。
だからその願いたちは、本当の意味では叶えられていなかった。

やはり、奇術師は気付いていないのだ。
塵の願いは気に留まらない。
だがいつか、長い永い時を経て、塵も集まれば星となるだろう。

奇術師は、願いを叶えるためにつくられた。

「……そう、ジングウの願いが、本気じゃあなかっただけさ」
「なにか言ったか?」
「なんでもないよ!ほら、時間だ!」



"サーカスの奇術師"



あの来訪者は、サーカスの奇術師をどう思っただろうか。
変わりつつある兵器を、欠陥ありと棄ておくだろうか。
もしも彼が、奇術師の変化を興味対象として"期待"するなら……。
また一粒、塵は星へ近づくことになるのだろう。

502えて子:2013/01/03(木) 22:06:57
あけましておめでとうございます。新年一発目の小説です。
「臆病者と代償」の屋上サイドです。
十字メシアさんから「クルデーレ」「サディコ」「ラティオー」、しらにゅいさんより「風魔」をお借りしました。


屋上では、一方的な戦闘が繰り広げられていた。

「ぐっ……!!」

サディコ、ラティオー、そしてクルデーレが召喚した魔物たち。
それらの絶え間ない攻撃を、千羽鶴…千羽望はかわし、あるいは防御し続けていた。

「ちっ、しぶてぇ奴だぜ。とっととくたばってくれりゃあいいのによ」

苛立たしげにサディコが毒づくのも無理はない。
既に相当量のダメージが与えられているのにも関わらず、望は倒れないからだ。
殴っても、切り裂いても、傷が瞬時に再生してしまう。
…流石に、右腕を折った時は腕を押さえて呻いていたが。

「…どうやら、自己治癒力を強化する能力者のようですね」
「どうすんだよ。このままじゃ埒があかねー」
「そうでもありませんよ。見てください」

ラティオーが冷静に望を指差す。
細かな浅い傷は既に治っているが、深い傷は治りが遅くなっている。
狼型の魔物に切り裂かれたらしい脇腹は、血も止まっていないのか左手で傷口を強く押さえている。

「…あれがどうしたっていうんだよ」
「お馬鹿。傷の治りが遅くなっているでしょう。つまり長期戦には向いていないということです」
「ばかって言うんじゃねーよ!!…けど、なるほどな。治るよりも早くぶん殴り続けりゃいいってことか!」
「…………。まあ、そうでいいです。それに…」
「っ……?」

急に望の表情が変わった。
右手で口元を押さえ、咳き込んでいる。
実はラティオーは先程カイリの能力を奪い、それを使用しているのだが、望にはそれを知る術はない。
ただ、急な息苦しさに戸惑うだけだった。

「これで、先程までのように防御はできないでしょう」
「へっ、じゃあ遠慮なく!」

動きの鈍った望に向かって、サディコが拳を繰り出す。
その拳は、望の頭を正確に捉えて砕く…


「させねーよ」


…ことはできなかった。

503えて子:2013/01/03(木) 22:08:32
「ぎゃっ!!?」

飛んできた風魔が、横から杖でぶん殴ってサディコを弾き飛ばしたからだ。
ついでに降り立つ際に勢いよく翼を羽ばたかせて風を起こすと、息苦しさの原因は吹き飛び、望は軽く咳き込んでから立ち直った。

「!カザマさん!!あの子は…」
「大丈夫。ちゃんと助けた」
「そうですか…よかった…」

安堵の息を吐く望に、風魔は軽く肩を竦める。
明らかに自分のほうがボロボロであるにも関わらず、見ず知らずの少年の心配をするとは。

「…ほんと、甘ちゃんだな」
「はは…すみません…」
「てめぇっ!!よくもやってくれたな!!!」

サディコの拳が飛んできたが、それはすんでの所で風魔の杖に阻まれた。

「…こっちは引き受けるから、あんたは親玉を」
「……ありがとうございます」

物理攻撃を仕掛けてくるなら杖で打ちすえ、空気に細工をすれば翼を強く羽ばたかせて追い払う。
彼ならば、自分よりもうまく立ち回ってくれるだろう。

望は風魔に軽く会釈すると、クルデーレに向かった。

「なぁに?まだやるつもり?」
「……ええ」

頷く望には、既に傷は見当たらない。

「本気?今のあなたに、私が負けるとでも?」
「………やってみなければ、分かりませんよ」
「分かるわ」

望が数歩近寄った瞬間、クルデーレの手が望の首を掴み、そのまま絞め上げた。
ぐっ、と苦しそうに息を詰まらせるが、それでも首を絞める手の力は緩まない。

「余計な手間をかけさせてくれたわね…それ相応の罰を受けてもらうわよ」
「…………ふ、」

首を絞められ表情を歪める望が、突然苦しげに笑った。

「……何がおかしいの?それとも、狂ってしまったのかしら」
「…いいえ。ただ……僕は、治るだけじゃないんですよ…」

そう言って伸ばされた望の右手が、クルデーレの頬に触れた。

「つ か ま え た」




刹那。

504えて子:2013/01/03(木) 22:09:32
「あぐ――――――――っ!!?」

クルデーレの全身が、激しく切り裂かれた。
咄嗟に手を放して望から距離をとるが、もう遅い。
頬が、肩が、腕が、胸が、脇腹が、脚が、容赦なく切り刻まれて、血を流していく。
骨が悲鳴をあげ、音を立てて破壊される。

「ぐ……」

ついにクルデーレは、膝をついて床に倒れ伏した。
そして、すぐにダメージが目に見えるものだけではないことに気づいた。
体全体が石のように重く、ぴくりと動かすことしかできないのだ。

「……何、を……?」
「…大したことは。僕の負った傷と疲れを、貴女にお渡ししただけです」

その言葉に、クルデーレは疲労で鈍くなる頭をフル回転させて考えた。
おそらく、望には回復能力の他に、傷とかそういうものを他人に移す能力があるのだろう。
それを、あたかも能力で回復したように見せかけて少しずつ蓄積していき、今ここで爆発させたのだ。

しかし、その望も呼吸が荒い。
どうやら、いかな超回復でも失った体力までは回復できないようだった。

「ふ、ふふ……ふふふ…」
「…………」

不気味に笑うクルデーレに、望が何か言おうと口を開いた瞬間、

「――――――てんめえええええええええええええええええっ!!!!!!」
「っ!!」

激昂したサディコが、風魔を押しのけて拳を振り上げ飛び掛かってきた。
望は軽く唇を噛み、なけなしの体力を振り絞ってその拳を避ける。

だが、彼らが戦闘していたのは廃ビルの屋上。
古びて耐久力の落ちたコンクリートが、魔物であるサディコの攻撃、その衝撃に耐えられるはずもない。


サディコの拳が触れた瞬間、限界を迎えた床はその役目を失い一気に崩れ、宙へ飛んだ風魔以外の全てを飲み込んで落ちていった。


冷血と千羽鶴たち


「…無茶しすぎだろ」

(ビルの上空、)
(そうぼやく鴉天狗が一人、取り残されていた)

505スゴロク:2013/01/04(金) 02:43:54
「生と死のコントラスト」の続きです。




「……そうか。お前も色々と大変だったようだな」
「ん、まあね。でも、悪いことばかりじゃなかったよ」

僕がそう言うと、父さんはふっ、と笑った。

「人間、生きていれば色々なことがある。良いことも、悪いこともな」
「うん。今の僕なら、よく分かるよ」

それでいい、と父さん。その顔が、ふと曇った。

「……しかし……」
「?」
「お前も、俺も……こうまで早死にするとはな……」
「…………」

実感がなくて忘れそうだったけど、そうだった。僕は、死んじゃったんだ。

「すまなかったな、綾音。お前には結局、俺は何もしてやれなかった」
「父さん……」
「お前だけじゃない。綾歌にも、琴音にも、俺は何もできなかった。一人で走り回って、挙句がこの様だ。父親失格だな、これでは」

自嘲するようにそう言った父さんに、僕は言った。

「結果はどうあれ、父さんは僕を探してくれたんだろ?」
「だが……」
「なら、それでいいよ。僕にとっては、それで十分さ」

ふと、笑みが浮かぶ。

「こうして話が出来たんだから、それでいいんだ」
「……すまない」
「……少しだけ覚えてるんだ、昔の事。僕達家族を愛してくれた、父さんを……僕は、誇りに思う」

そうして語る僕は、

(……けど、何だ? さっきから、何か聞こえる……)

どこからか、微かに響いて来る声が気になっていた。





「よし……では、始めよう。一人ずつ頼む。少しなら口添えも有効だろう」

ブラウに言われ、まず進み出たのはランカだった。
ある意味、この中でもっとも「綾音」と「スザク」の両方を知る彼女は、眠るその手を取って呼びかける。

「……ねぇ、綾ちゃん。聞こえる? 私だよ、ブランカ。綾ちゃんに出会ってから、私、変われたんだよ? 綾ちゃんが友達になってくれたから、私、誰かとちゃんと話せるようになったんだよ」
「さいです。マスターがこんなに元気になれたのも、元はと言えばスザクさんのおかげですさかい」

追従するように、アズールが声をかける。

「……せやから、どうか戻って来てください。ウチら、スザクさんがおらんようになったら悲しいです」
「そうだよ、綾ちゃん。……ねぇ、聞こえてるなら答えて。わ、私、綾ちゃんがいなくなっちゃうなんて絶対嫌だよ……」

泣きそうな声でそういうランカと入れ替わるように、今度はシュロが口を開いた。

「なぁ、姉貴。覚えてるか? 姉貴たちがアタシを助けてくれた時の事。無茶して死にそうだったのを、さーっと片付けて救ってくれたんだったよな。あれ以来、アタシは姉貴達について行こうって決めたんだ。今度はアタシが姉貴を助けるんだって、そう決めたんだ。……なのに、さぁ。何にも受け取らずに逝っちまうのか? アタシは絶対嫌だよ、そんなの。まだ、あんた達に何にも返しちゃいないんだ。これからなんだ。だから、戻って来てくれよ、姉貴……」

極力平静を保とうとしたものの、万が一を考えてしまったのか声音が沈むシュロ。彼女の肩に手を置きつつ、ゲンブとマナがスザクの前に出る。

506スゴロク:2013/01/04(金) 02:44:49
「……思えば、お前とも長い付き合いだな。最初はあまりにも危なっかしくて、見ちゃいられなかったけどな……最近じゃ、随分と頼れるようになったらしいな」
(?)

何やら、いつもと違う口調のゲンブに違和感を覚えつつ、マナも言う。

「忘れてない、私。あの時、私達を助けに来てくれた日のこと。私を友達だって言ってくれた時のこと、忘れてない。だから、私も助ける。スザク、あなたを。あなたはまだ、死んではいけない。逝ってはいけない。まだ、貴女を必要としている人がいるのだから」
「その通りだ……スザク、お前にはまだやるべきことがある。命を預けるべき相手は既に見つけ、絆を結んだはずだろう? それをふいにするのは俺が許さん。帰って来い、それがお前の義務だ」

さらに、ランカと重ねるようにして手を取るアオイも加わる。

「姉様……わたくしの声が聞こえますこと? 姉様に出会えたあの時ほど、嬉しかったことはございませんわ。会いたい、話したいと、そればかりを願い続けて……とうとういかせのごれまで来てしまいましたわ。家族として受け入れてくださった時は、本当に幸せでした……まあ、色々と失敗もしましたけれど、それでもですわ。……わたくし達は、これからですわ。まだ、この先ずっと、共に生きていくはずではないのですか? そうでしょう、姉様? ……だから……」

ついにこらえきれなくなったのか、アオイが涙声になる。しゃくりあげこそしないが、ぼろぼろ泣きながら、姉の手に縋り付く。

「お願い、だから……帰って来てよ、お姉ちゃん……私、もう一人ぼっちは嫌だよぅ……」

いつもの口調が消え、恐らくは素の部分が遂に表に出る。今、それを指摘する者はここには一人もいないが。
しばしの沈黙が流れた後、意を決したようにシスイが進み出た。

「スザク……俺もここにいるぞ。お前とは、ホントに付き合い長いよな。助けて、助けられて……ウイルスの時とか、スキュアロウとやり合った時は本気で駄目かと思った。けど、お前がいたから、俺は生きて、ここにいることが出来た。だから、今度は俺の番だ。マナがそうするように、今度は俺がお前を助ける。この力を使ってでも」

言うや、シスイはスザクの反対側の手を取ると「天子麒麟」を発動した。その様子を見ていたブラウは、内心で感嘆を覚えていた。

(なるほど……情報では、スザクは「天子麒麟」のオーラによって精神の安定化を起こしていた……現状で効くかは五分だが、上手くすれば……)
「帰って来てくれ、スザク。俺だけじゃない、お前を必要としている人間が、まだたくさんいるんだ。何より、お前はまだ、逝ってしまうには早すぎるだろう?」
「そうだよ、鳥さん」

シスイに続くようにして最後に声をかけたのは、ブラウが内心、シスイと並ぶ本命と見るトキコだった。

「私も覚えてるよ、鳥さん。あの時……私のこと、好きって言ってくれたよね。二番目くらいでもいいから、覚えておいて欲しいって。……順番なんか、つけられないよ。事実は変えられないけど、それでもやっぱり、私も鳥さんが好きなんだから。少なくとも、鳥さんが私を好きなのと同じくらいにはね。……ねえ、まだ約束した時は来てないよ? 鳥さん、嘘は嫌いって言ったよね? だったら、早く帰って来て、また一緒に学校行こうよ! まだ私、鳥さんと何にもしてないんだよ? このまま終わっちゃうなんて、私、絶対に嫌だよ! ねぇ、帰って来てよ、鳥さん……」

口々に呼びかける中、ブラウは一人様子を見ていた。

(……揺らぎが見えるな。今少しか……)
「アン・ロッカー、もうそろそろ出番かもしれん。スタンバイを頼む」
「わかりました」

507スゴロク:2013/01/04(金) 02:45:20
「この声……」
「……どうやら、お前はまだ、逝くには早いらしいな」

父さんがそう言った。けど、僕は迷っていた。
ここにいるってことは、僕は死んだはずだ。死人が戻っていいのか? それに、まだ母さんが見つかってない。あの時、確かに見たんだ。母さんが僕を迎えに来てくれたのを、確かに見たんだ。なら、どこかに母さんもいるはずなんだ。

「けど、僕は……」

何より、僕はここから戻れるのか? それが、大きく心に圧し掛かっていた。
どうしても答えが出せなくて、思わず父さんを見る。
途端、

「――――!」

すとん、と何かが心に落ちた。

「父さん」
「何だ、綾音」
「僕は……帰らなくちゃいけないんだね?」

父さんは、そうだ、とは言わなかった。
違う、とも。

「それは、お前次第だ、綾音」
「選べるの? 僕が?」
「ああ。……見ろ」

父さんがそう言って指差した先には、かすかに光のようなものが見えた。ただ、ここに来てようやく気付いたけど、辺り一面霧が立ち込めていてよく見えない。

「もし、お前が帰らないと決めたなら、そうだな……あの向こうに行けるはずだ」
「そこを通って、僕はどこへ行くの?」
「別の未来へ、だ」

また、しばらくの沈黙が流れた。

「……帰れば、僕は遠からず、あいつと戦うことになる」
「そうだな。お前を『殺した』相手と、戦うだろう」
「それでも父さんは、僕に帰って欲しいんだね?」

何も言わず、父さんはただ笑った。

「これだけは言っておこう。綾音……いや、スザク」
「!」
「もし、お前が帰ることを決めたなら、そうだな……全く新しい選択を出来る可能性はある。約束は出来ないがな。しかし、覚えておけ、スザク。お前がもう一度ここに来ることがあったなら、その時は、他の誰かよりもここを恐れる必要はない」
「父さん……」
「俺を……死んだ人間を意識するな、スザク。今生きている、お前と共に在るものを見ろ。お前が帰ることで、お前はまた、いくつかの大切なものを守ることが出来る。それが、お前にとって有意義なことであるならば……」
「あるならば?」

ふ、と父さんは不敵に笑んだ。

「俺達は、ひとまずここで別れるとしよう」

僕は頷いた。ここから去るにはどうすればいいのか、直感が知っていた。それをすることは、あの日、マナとトキコ、どちらかを選択することを強いられた時に比べれば、何という事はない。でも、ここは暗いけれど温かくて、平穏だ。戻った先には、もしかしたら冷たい、辛いことが待っているかも知れない。
僕は立ち上がった。父さんも立ち上がり、僕を見た。僕も見返し、長い間そうしていた。

「さて……お前はどうする? 綾音」

答えは、決まっていた。

「僕は――――」



「―――――――――――――――」





『さよなら』


(告げられた、別れ)
(それは父へのものか)
(それとも――――――?)


しらにゅいさんより「トキコ」akiyakanさんより「都シスイ」クラベスさんより「アン・ロッカー」(六x・)さんより「アズール」紅麗さんより「シュロ」をお借りしました。

508akiyakan:2013/01/07(月) 12:58:03
※鶯色さんより「ハヤト」、大黒屋さんより「楠原亜音」、そして私からは「都シスイ」です。

 ある日の休日。
 シスイとハヤトの姿は、楠原亜音の経営するレストランにあった。

「あれこれ聞き込んだはいいが……」
「手がかり無しだな……」

 机を一つ占領し、二人は額にシワを寄せていた。机の上には地図やメモ書きなどが乱雑に広げられている。地図には赤ペンで走り書きがしてあり、あちこちに赤い丸印が付けられていた。

「あのさぁ、二人とも……? そう言うのは、ウチじゃなくて、余所行ってもらえるかな……?」
「いいじゃん、店長。ちゃんと金払ってるんだからさ。俺達、客だよ、客? あ、シスイ、ドリンクおかわり?」
「おう」
「悪いけどさ、俺のもくんできてもらえるー?」
「ああ、いいぜ」
「さんきゅー」
「……そりゃ、金払ってくれるのはいいけどさ……アンタらドリンクバーしか頼んでないし、それで二時間もここにいるし……」

 「まぁいいけど」と、諦めた様に亜音はため息をついた。「ごめんなさい」とハヤトは両手を合わせているが、顔は笑っており、悪びれる様子は全くなかった。

「で? 悪ガキ二人で、一体何を企んでるのかしら?」
「企んでる訳じゃないですよ。ちょっと、調べ物してまして」

 亜音の質問に、ドリンクバーから帰って来たシスイが答えた。ハヤトの分を置くと、彼も自分の席に着いた。

「調べ物?」
「そう。店長は、最近町で噂になってる話、知ってる?」
「えっと……双角獣とか、人面虎?」
「んー、それは一昔前のだね……最近変な噂が流行っててさ。と言っても、俺らもつい此間まで知らなかったんだけど……」
「亜音さん、『ジャシン様』って知ってる?」
「ジャシン様? 何、それ?」

 シスイの言葉に、亜音は首を傾げる。彼女は聞いた事が無いようだ。

「えっとここに……ああ、あったあった。亜音さん、これ」
「えっと……? どこかのサイトの写し、これ?」
「そ。いかせのごれの都市伝説とか噂を集めてるサイト、『百本蝋燭』。百物語組が造った、噂を監視するサイトだよ」
「あれま。百物語組って、そんなの作ってたの?」
「はい。噂って案外、馬鹿になりませんから。実際、このサイトのおかげで、何度か超常現象を未然に防いでいますし」
「まぁ、そう言う過去の実績は置いとくとして……これ春美が言うには、「電脳空間内にいる妖怪達があちこち飛び回って、色んな掲示板やサイトに書き込まれている噂や都市伝説を集めて、それを整理してまとめる」なんだとか。まぁ、「噂のWikiサイト」みたいなもんだと思ってもらえれば……」
「つまり、そのサイトを見れば、いかせのごれにある、ありとあらゆる噂や都市伝説が分かるの?」
「そう、そう言う事」
「そこで今、街に出回ってる噂を探してたんです。そしたら……」

 亜音に手渡したコピーをシスイは指差した。紙には、「ジャシン様」と言う言葉が書かれていた。

「……何だか、あんまり良い響きの言葉じゃないね」
「〝邪神〟かもしれないし、〝邪心〟かもしれない。取り敢えず、そう言う名前の噂が今街に広がってる」
「でも、ヘンなんだよなー。『百本蝋燭』で調べたら噂の名前は『ジャシン様』ってあるのに、誰に聞いても噂の名前自体は知らないんだよなー」
「そう? 噂なんてそんなものじゃないの? 人と人との間を伝わっていく内に、伝言ゲームみたいに情報が抜け落ちたり、余計な物がくっついたり」
「その可能性は勿論高いです。十中八九、その類だと俺も思います……でも……」
「でも?」

 亜音はシスイの方を見ながら、問いかけた。しかしシスイは、躊躇うようになかなか口を開かない。

「……俺の直観ですけど、何だか、人為的な物を感じます」
「どんなの?」
「意図的に……噂を歪曲してばら撒いている、そんな気が」
「……それに、どんな意味がある?」
「……分からないです。でも何だか、俺にはそんな気がして……」

509akiyakan:2013/01/07(月) 12:58:34
シスイは申し訳無さそうに顔を伏せる。だが亜音は、シスイの言葉を全く可笑しいとは思っていなかった。むしろ逆だ。彼女は、彼の直観が何かを訴えているのだと考えていた。曲がりなりにも、シスイはアースセイバーの調査員。一般人に交じり、そこに生じる綻びから未然に超常現象や怪奇現象を防ぐのが任務だ。その調査員としての経験が、何かを感じ取っている。亜音には、そう感じられた。

「……まぁ、何をやってもいいけどさ。私はもう、アースセイバーじゃないから。だけど、無理だけはしないでね、二人とも?」
「分かってるよ、店長。そん位」
「俺達、逃げ足なら、誰にも負けない自信があるんだぜ?」
「よく言うわよ、あんた達……」

 本当に、よく言うと、亜音は思う。この二人が『逃げ』を選択した事など、まるでないのだから。

「さてと……ごっそさん、店長。そろそろ俺ら、行くわ」
「会計、お願いします」

 机の上に広げた物を大雑把にリュックに詰めながら、二人は席を立つ。亜音は慌ただしい奴らだ、と苦笑した。

「はいはい……っと、これからどうするの?」
「んと……取り敢えず、この家に行ってみようかと」

 言って、シスイは一枚のメモを渡した。そこには、どこかしらの住所が書かれていた。

「ここに、なんかあるの?」
「ええ。一家心中した家なんですけどね……俺達が調べたところによると、この家、父親だけ死に切れてなかったらしくて」
「で、その生き残りの父親が、死んだ家族を生き返らせる為に、噂に頼って死体集めてたらしいです」
「死体、を?」
「うん。噂通りだと、生贄が九人必要らしいんだけど、父親には人殺しする程の根性は無かったみたいで」
「まぁ、俺は良心がまだあったと信じたいですが……その父親は、病院から死体を盗んでいたのがバレて、窃盗罪で捕まったんですけどね。ただ、事情聴取で、こんな事を言ってたみたいなんですよ」

 ――頼む……娘は出来たんだ! 後、後は妻だけなんだ! 妻だけ! ――

「『娘は出来たんだ』……って……まさか、」
「死者を蘇らせる。そう言う事例は、アースセイバーのアーカイブにもいくつか載ってます……ですが、それはあくまで神代の話。現代で死者が蘇るなんて事例があるとすれば、ナイトメアアナボリズム以外には考えられない」
「だけどもし、本当に死者が蘇るなんて事が起きているなら……この噂は立派な超常現象だ」


 <ジャシンの噂>


「内容がどうあれ、」

「それが超常現象であるなら、」

「俺達アースセイバーが、」

「狩る」

510名無しさん:2013/01/16(水) 07:56:55
 ※しらにゅいさんより「タマモ」、大黒屋さんより「秋山 春美」をお借りしました! 私から「りん」を出しています。

「む……おりん、いかんぞ。またそんなに残して……」

 ――何故妾は、それに気付いてやれなかったのだろうかと、後悔せずにはいられない。

「好き嫌いはいけないぞ。そんなに野菜ばかり食べては……育ち盛りなのだから、ちゃんと肉も食べなければ」

 ――秋山の家に来てからずっと、「りん」は肉を食べていない。口にするのは野菜や米ばかりじゃ。「りん」はただでさえ、細身であるから、もっと肉になる物を食べねばならん。そう思って、何とか食べさせようとするのじゃが……

「な、何も泣く事ないではないか……仕方ないのぅ……よいよい。そこまで嫌がるなら、無理に肉を食べなくとも良い。お主の食べたい物を食べれば……しかし、好き嫌いはいかんから、おいおい直していくのじゃぞ?」

 ――「りん」は、肉を口にする事を頑なに拒んだ。それは徹底していて、間違って口に入ろうものなら吐き出す程に。食べる事を強要すれば、首を振って泣きながら嫌がっていた。

 ――妾は愚かじゃ。何故その様子が、妾には奇異に映らなかったのじゃろう。何故ただの好き嫌いに過ぎないなどと、思ってしまったのだろうか。


 ――・――・――


「おりんちゃんが来てから、大分経ったね」
「ええ、そうですのぅ……」

 庭で遊ぶ「りん」の姿を眺めながら、春美とタマモは話をしていた。

「警察の人達も、まだ見つけられないって?」
「ええ。方々を掛け合って貰ってはいるのですが、おりんの親に関する情報は全く見つからず……」
「そう……」
「申し訳ありません、主……」
「え? ううん、別にいいんだよ? おりんちゃん一人くらい……まぁ、私が良くても、おりんちゃんのお父さんとお母さんはそうじゃないけど……」

 困ったなぁ、と春美は苦笑した。

「もういっその事、おりんちゃんも家の子になっちゃえばいいかな。タマモにも懐いてるみたいだし」
「あ、主。それは……」
「分かってるよ、もちろん冗談。だけど、タマモは正直、それも悪くない、って思ってるんじゃない?」
「う……」

 春美が意地悪そうな笑みを浮かべ、タマモは思わず頬が引き攣った。

 それは確かに、彼女の本音である。本当の親がいるのであるから、あまり情が移ってはいけないとは思っていたが、しかし彼女と「りん」は一時の関係としては長く触れ合い過ぎた。

 タマモの本心を代弁させて貰うなら――「りん」を手放すのが、惜しくなってしまっていた。

「まぁ、その話は置いておくとして……おりんちゃんの偏食は、いい加減直した方がいいよね……」
「あ……」

 春美の眼差しが、少し鋭くなった。十二歳と呼ぶにはあまりにも大人びた顔付きで、彼女は「りん」を見つめている。

 パッと見では、「りん」に変わったところは見られない。しかしよく観察してみると、肌はやや青白く、若干やつれているようにも見える。

「おりんちゃん、一度もお肉食べてないよね?」
「はい……少なくとも、妾が目にしている限りは……」
「育ち盛りなのに、お肉を食べないのは良くないよね……どうしたら食べてくれるかなぁ……?」
「あの嫌がりようは、かなりのものですからのぉ……何か、肉にまつわる事で、トラウマにでもなったのでしょうか……?」
「……鶏をシメるのとか?」

 自分で言って嫌そうな顔をする春美に、思わずタマモは苦笑した。確かに、あれを直接目にするのは、あまり気持ちの良いものではない。かつての日本ではありふれた光景であったのに、随分この国も丸くなったものだ、などとタマモは思った。

「……ところでタマモ。最近この辺り、動物の気配がしない気がすると思うんだけど……」
「……一応、妾もノラも、動物ですが」
「あぁ、うん、そうだけど……そう言うのじゃなくて、野生の動物のね」

 言われてみれば、とタマモは思った。

 ここ数日、寺の境内で一匹も野良猫を目にしていない。それまでは皿に残飯を乗せて置いておけば、すぐに数匹が群がって来たと言うのに、だ。それどころか、雀一羽も見かけていない気がする。まるで、秋山の寺を中心に動物達がいなくなってしまったかのような……そんな感じだ。

「何だか、ヘンな感じがする……タマモも、気を付けてね?」
「はい、分かりました。妾も用心します」

511名無しさん:2013/01/16(水) 07:57:51
 ――・――・――


 ――なぜ、あの瞬間になって気付いたのだろう、気付いてしまったのだろう。

 ――もっと早く気付けば良かったのにと、思わずにはいられない。


 ――・――・――


「む……?」

 布団から「りん」の抜け出る気配に、タマモは目を覚ました。

 おそらくはトイレであろう。そう思い、特に気にも留めなかった。だが、布団を抜け出してから十数分。用を足しているにしては長いと思い、彼女は様子を見に行った。

「……おりん?」

 トイレには、誰もいなかった。「りん」は一体どこへ行ったのか。彼女の匂いを手繰ると、どう言う訳か、「りん」はどうやら庭へ出たらしかった。地面には、小さな足跡が薄らと残っている。

「……こんな夜更けに、履物も履かず……!?」

 寝間着の上に上着だけを羽織ると、タマモは宵闇の中へと飛び出した。

「おりん……どこじゃ、おりん!?」

 冷たい夜気の中に香る、「りん」の匂いを辿って彼女は走る。もし走る彼女を見た者がいたなら、それはさながら人の姿をした獣が駆けているかのように映った事だろう。

 元が狐だけに、タマモの嗅覚は優れている。間もなく、彼女はとある場所へと行き着いた。それは、とある空き地の一角だった。暗がりの中で、小さな体がもぞもぞと動いている。

「はぁ……はぁ……そこにいるのは、おりんか?」

 タマモが呼びかけると、闇の中にいるモノがびくりと反応した。それを見て、タマモはホッと肩を落とす。

「全く……こんな夜中に抜け出して、何をやっておるんじゃ、お主は……遊ぶのなら、日が昇ってからじゃろうて。さ、戻るぞ」

 タマモが手を差し出す。だが、暗がりの中から「りん」は出てこない。

「……っ……!?」

 その様子は、奇妙だった。月に雲がかかっているせいで、「りん」の様子はよく見えないが、彼女は何だか、暗闇の中でもがいているように見える。或いは、何かに怯えて震えているようにも。

512akiyakan:2013/01/16(水) 07:58:21
「何をしておるのじゃ? ほれ、こっちへおいで。妾は怒ってなどおらぬぞ?」

 自分に見つかった事に驚き、怒られるのだと怖がっている。タマモはそう思って、優しげに声をかけた。実際この時、タマモはこれっぽっちも怒ってなどいなかった。ただ、無事に「りん」を見つけられた、その安堵の気持ちだけだった。だから早く彼女を連れて一緒に帰りたいと思っていた。だが、そんなタマモの気持ちとは裏腹に、「りん」はこちらへ出てくる気配が無い。

「……! ……っ!!」
「……お、おりん……?」

 タマモには、「りん」が何かを言おうとしているように思えた。闇の中で、「りん」は必死に声の出ない喉から声を出そうとしている。

 それに――タマモの嗅覚を、とある匂いが刺激した。それは数日前にも、彼女が嗅いだ匂いだ。

 その匂いは、どろりとした鉛の強い――

「待っておれ、おりん。今、妾が――」

 ただ事ではない。そう思って、タマモが暗闇の中に踏み込もうとした。

 その時だった。雲が割れて、空き地に月明かりが差し込んだ。銀色の光が、二人の身体を照らす。

「な――」

 その光景に、タマモは思わず息を呑んだ。

 月明かりの中に浮かんだのは、

「――! ――っ!!」

 今にも泣き出しそうな顔の、「りん」と、

「お……りん……お主……何をやって……」

 その口元を濡らす、赤黒い液体。膨大な量の血液は、「りん」の全身を汚している。

 そして、

 そしてそして、そして――

 彼女の傍に転がっているのは、




 人間の、首、だった。

「――これで八人」

 「りん」の背後に立っていた人物が言った。まるで暗闇と同化しているかのように、男はそこにいる。黒色の法衣。真深く被った網代傘。

「お主は……」
「これで会うのは二度目だな、妖狐」



 <黒が再び朱で染まる>



(その男はまるで、)

(死の使いであるかのように、)

(不吉さを纏って、)

(そこに存在していた)

513akiyakan:2013/01/16(水) 07:59:45
 ※しらにゅいさんより「タマモ」をお借りしました!

 現れた主犯 ‐災いは人の形をして訪れた‐

「これで会うのは二度目だな、妖狐」

 それは、いつかの托鉢僧だった。その言葉には再会を喜ぶような気配も無ければ、タマモを敵として認識した感情も何も無い。まるで幽霊のような「無」。僧侶からは、何も感じられなかった。

「主は一体何者だ!? おりんに何をした!?」
「……見た所、それなりに高位の変化だと思ったのだが……何だ、気付いていなかったのか」

 タマモの質問を無視し、僧侶は嘲るでも驚くでもなく、ただ淡々と言った。

「その幼子は死人だ」

 あくまで淡々と。

 場違いな程に、空耳な位に、雑音の様に、それはタマモの耳に滑り込んだ。

「何を……言っている……?」
「その幼子は、反魂で生き返らせた死人だ……そして、ジャシンを奉じる為の巫女でもある」
「何を言っていると――言っている!」

 単調な男と違って、感情の込められた声が空き地に響いた。ぎろりと、肉食動物特有の目でタマモは睨みつける。しかし僧侶は、全く動じているようではなかった。

「おりんに何をしたと、妾は聞いているのだ! 答えろ!」
「……反魂の多くは欠点を抱えている。当然だ、鬼籍に登録された者を、無理矢理地上に縛り付けているのだからな。ある者は日を浴びれぬ身体となり、ある者は数日限りの命で再び瞳を開く……そしてこの幼子は、人の血肉を身体が求めるようになる」
「…………!」

 自然と、視線が「りん」へと動いた。その瞬間彼女は、びくりと身体を震わせる……傍に倒れている人間の死体は、腹の部分が裂けて中身が無くなっている。それは確かに、動物に食われたような様子だった。

「死人であるが、生きている。その矛盾を解消する為だ。この方法で蘇った者は、自分の身体を維持する為に生者の血肉……とりわけ、生き胆を求める様になる。だから幼子は人を食った、それだけだ」
「そんなバカな事があるか! おりんは! ……今までずっと、妾達と一緒に暮らしていたのだぞ……!?」

 人間の生き胆を求めていたと言うのなら、「りん」の近くには春美や、秋山の寺の者がいた。彼らに対して、「りん」は一度も牙を剥くような真似はしなかったのだ。

 「りん」は死人などではない。ましてや、人食いな訳がない。

 タマモの言葉はまるで、「そうであって欲しくない」と訴えているかのようだった。祈っているかのようだった。

 しかし、そんなタマモの願いを、男は淡々と否定した。

「どうやら巫女は、自らの衝動に抵抗していたようだな」
「……何?」
「その幼子、一度たりとも肉を口にしていないのだろう、お前達の前では? ……人ではないとは言え、血肉だ。それを食わないようにする事で、人間を食べたくなる事を抑えていたようだな」
「な……」
「もっとも、夜な夜な抜け出しては、この辺りにいる犬や猫を食って衝動を紛らわすようでは、それも変わらん。おかげで、この一帯からは獣の類は姿を消してしまった……お前の様な、化生の類は除いてな」

 タマモは再び、「りん」を方を向いた。「りん」は相変わらず震えている。

「おりん……お主は……ずっとこんな真似を……」

 タマモの脳裏に、頑なに肉類を食べまいとする「りん」の姿がすぐに浮かんだ。あれは、好き嫌いで嫌がっていたのではない。

「おりん……おりん……! お主と言う奴は……!」

 ただ、秋山の人間に自分が危害を加えてしまわないように……自分が人食いである事を否定する為に。

 彼女は懸命に、自らの衝動と戦っていたのだ。

「すまぬ……すまぬ、おりん……妾は……妾は……!!」

 一番近くで、傍で、彼女を見ていたというのに。

 彼女が抱えている事に、彼女が戦っているものに、彼女が悩んでいる事に。

 全く、気付いてやれなかった。

514akiyakan:2013/01/16(水) 08:00:18
「……だが、そんな事をしても無駄だ。その衝動は、生き物が酸素を求めるのと全く同じだ。いつまでも息を止める事は出来ない……だから私がこの男を差し出した時、お前は耐えられなかった」

 その結果が、この惨状なのだろう。「りん」は今まで堪えてきた衝動を抑えきれずに、目の前に出された人間に食らいついてしまった。しかしそれは、誰にも責められる事ではない。彼女にしてみればそれは、飲むものも無い砂漠の中で、突然水の詰まった水筒を差し出されたようなものだったのだから。

「予定より長くかかったが……八人……八人だ。ようやく集まった。これでジャシンを呼べる」

 男はもはや、タマモの事など見えていないかのように、自分の足元にいる「りん」を持ち上げた。それに反応して、タマモは男に飛びかかった。

「おりんに触れるでない、下郎!」
「下郎とは失礼な。これでも私は坊主だ」

 男がタマモに向かって手を翳す――と、その瞬間、まるでタマモの身体が貼り付けになったかのように、空中に固定された。身動きを封じられ、タマモは驚きに目を見開いた。

「こ、これは……!?」

 よく見ると、タマモの身体には半透明の幽体が絡み付いていた。その幽体に、彼女は見覚えがあった。

「確か、レギオンとか言う作り物の幽体……!?」
「廃墟で見つけた拾い物だが、なかなか使えるな」
「ま、待て……!」

 タマモが手を伸ばすが、レギオンは増殖してその数を増やし、彼女の身動きを封じていく。その間に僧侶は「りん」を抱え、まるで鞄でも持つかのように彼女を運んでいく。

「りん! りん――っ!!」
「――! ――!」

 「りん」が大きく口を開け、何かを訴えようとしているのが見える。しかし、目に見えて必死な彼女の姿とは裏腹に、その小さな喉から声が発せられる事は無い。

 闇が二人に被さり、溶けるように消える。どこかに隠れた訳ではない。気配は全くない。一瞬の内に、この場から僧侶は去ってしまった。

「この――雑兵どもが!!」

 裂帛の気合いと共に、全身から妖気を放つ。その一撃で増殖していたレギオン達は、瞬く間に消え去った。

「はぁ……はぁ……」

 その場に膝をつき、肩で息をする。だが、それもほんの少しの時間だった。

「待っておれ、おりん……妾が、助けに行くぞ……!」

 連れ去られた「りん」を救うべく、タマモはその場から走り出した。

515サイコロ:2013/01/18(金) 17:22:10
お久しぶりです。リハビリも含めて、小話を一つ。




<銀角と過去の記録>


「ねぇ、父さん。タガリショウゴ、っていう人の記録ある?」
 ジングウのラボにひょっこり顔を出したアッシュが訪ねた。
対して、作業の手は止めずに、顎でモニターを示すジングウ。
「どうでしたかね。記録を漁れば出るかもしれませんが、パッとは思い出せませんねぇ。」
記録ファイルを開くと、『タガリ ショウゴ』と打ち込みアッシュは検索を開始した。
「どうしてまたそんな事を調べる気になったんです?」
「学校の先輩でね。ちょっと会ったんだけど、引っ掛かる事があってさ。お、あった。」
その記録は少し前の戦闘記録だった。バトルドレス1体と、パニッシャー10体との戦闘記録。
ビルの上から取った物らしく、俯瞰図のようになっていた。
「あれっ、兄さんもいる。あとはスザクと、件の先輩か…。父さん、この記録どうしたの?」
実験の手を一旦止め、モニターの前まで移動した後、ジングウは茶を啜りながら答える。
「これは…確か、バトルドレスに洗脳を施した社会のゴミを詰めて、パニッシャーと連携させた時の威力評価をしたんですよ。」
「へぇ。この人について、何か知らない?」
一時停止された画像の、ショウゴを指さすアッシュ。
「私の知ってる情報より先に、動画を解析して自分なりの見解を述べてみなさい。」
ジングウはニヤニヤしながらそう言うと、アッシュの為に茶を淹れ始めた。


「…戦い馴れてるね。基本は銃撃で、接近時はやっぱ柔道か。」
茶を啜りながらアッシュは呟いた。
「それだけですか?」
「うーん、銃の扱いがかなり上手いよね。流石は武闘派ヤクザの隠し子、って所か…ん?」
少し動画を巻き戻す。
「コレ、改造されてるよね。普通の弾じゃない。それにリロード無しでこの発射数…
 ああなるほど、圧縮空気を発射できるのかな。でもそれにしたって…。
 これ、戦闘後の残骸データは取って無いの?」
「アースセイバーに持ってかれましたよ。」
「えっと…。この動画を見る限りでは、『戦闘慣れしていて、改造銃を持つちょっと強い男』っていう程度だよね。」
「…見ていて思い出しましたが、この男、前にクルデーレがちょっかい出してたヤクザの抗争に関わってましたねぇ。」
「そうそう。その話、ちょっと気になってさ。」
コト、と湯呑みを置くとジングウはモニターを弄りだした。
「どうしてまたそんなものに興味を?」
「父さん知ってた?クルデーレさんとこに最近女の子が増えたの。」
「ニエンテ、と呼ばれていましたね。それが?」
「そのヤクザの抗争の時に拾って来たらしいんだけど、『何か』ありそうじゃない?」
なぁるほど、と呟くと、ジングウは別のモニターにファイルを開いた。

「彼はアナボライザーですよ。動画の目を見なさい。暗い為に見にくいですが、微妙に色が違います。
因みに射弾の悪夢というそうです。」
「えっ?」
「この間エレクタがどこからか持ってきてましたよ。恐らく、タカコさんのデータだと思うんですけどね。あの女、報告義務のあるアナボライザーの情報を隠している疑いがありますから。」
「へぇ。」
「射弾の悪夢、タガリショウゴ。どうも一度トキコさんが威力評価してるみたいですねぇ…。」
「結果までは書いて無いんだ。いいよ父さん、その辺は僕が聞いてみる。」
「聞けますか?」
ニヤリと笑うジングウに、
「聞けるよ。」
ニヤリと笑いながらアッシュも返した。

不穏な空気が、流れた。

516サイコロ:2013/01/18(金) 17:22:42

会話が多くなってしまいました…。
動画の戦闘については『汰狩省吾の戦いの日』、ヤクザの抗争関係については連載『抱えた爆弾』、トキコの威力評価については『渉ノ章_タガリショウゴ編』から引っ張って参りました。
使用させていただいたのは、Akiyakanさん宅からジングウ、アッシュ、シスイ、十字メシアさん宅からクルデーレ、エレクタ、しらにゅいさん宅からトキコ、自宅からショウゴ、タカコ、ニエンテ、でした。

517えて子:2013/01/19(土) 22:05:58
夕重の小話。
Akiyakanさんから「アッシュ」をお借りしました。


「くー…くー…」

太陽が顔を出し、暖かなある日の放課後。
夕重は屋上の貯水タンクに寄りかかって昼寝をしていた。

…正確に言うと、お昼に仮眠を取ろうと眠りそのまま今の今まで爆睡していた。
丁度貯水タンクで周囲から死角になる位置にいたので、屋上で昼食を取っていた学生や、授業をサボった学生たちには気づかれなかったらしい。

「……っくしゅ。………んあ…」

しかし流石に夕方になるとそこそこ肌寒い。
小さくくしゃみをすると、起きたのか軽く目を擦った。

「ゆーえ、ちゃんっ」
「…ん?」

どこから自分を呼ぶ声を聞き、寝ぼけ眼で声のした方を見る。
そこには見覚えのある同級生の姿があった。

「…あー、アッシュだ」
「やぁ、こんにちは」
「おは……あー、うん。こんにちは」

近くまで歩み寄ると、アッシュはにこやかに挨拶をしてくる。
それに大欠伸付きで挨拶を返すと、くすくすと笑い声が聞こえた。

「もしかして、今まで寝てたの?」
「うん。……もしかして、放課後?」
「そうだよ」
「だよねぇ……あー、よく寝た」

ぐっと伸びをしながらそう呟くと、「だろうねぇ」という声が返ってきた。

「…そういえば、アッシュは何しにきたの?」
「僕?僕は夕重ちゃんに用事があって来たの」
「自分に?」
「これ、夕重ちゃんのでしょ」

そう言ってアッシュが差し出したのは、濃紫色の巾着だった。
「犬塚夕重」と白い糸で刺繍が施されているため、持ち主がすぐに分かったのだろう。

「あ、それ自分のだ。落としてたんだ、ありがとう」
「どういたしまして」
「中身見た?」
「見てないよ。見てほしかった?」
「…いや、別に。たいした物入ってないし」

そう言って、巾着を開けて中から何かを取り出し、アッシュに向かって投げる。

「これは…?」
「自分のコレクション。綺麗でしょ」

アッシュがキャッチしたのは、ガラスのような水晶のような不思議な輝きを放つ白鳥の細工物だった。
夕焼けの光を浴びて、半透明の白い体が煌く。

「これは…綺麗だね」
「でしょ。昔よく集めてたの。他にもあるよ」
「へえ、どれどれ?」

巾着の中を覗くと、大小さまざまな細工物がこちゃっと入れられている。
先程の白鳥のような動物をかたどったもの、剣や盾、目玉をかたどったものもあった。

「へえ、同じ形でも色が違うのもあるんだ」
「うん。色が違うとまた違った光の反射とかあって、楽しいんだよ」
「いろいろ集めてるんだね。今も集めてるの?」
「最近はあんまり。また集めようかなぁ」

そんなとりとめもない話をしていると、ふと夕重が思いついたように声をあげた。

「…あ、そうだ。何か一個あげるよ」
「えっ?」
「拾ってくれたお礼。好きなの一個あげる」
「これ、大事なものじゃないの?」
「大事だけど…拾ってもらってお礼しないのは、自分の主義に反するから」
「……そっか。じゃあ、お言葉に甘えることにするよ」

そう笑って、巾着からひとつの細工物を取り出すと、ポケットにしまった。

「大事にしてね」
「もちろん」

その返答に、夕重は満足そうに笑んだ。


銀角と強奪者


「そういえば、これってどこで手に入るの?」
「…どこだっけなぁ、忘れたよ」

518スゴロク:2013/01/21(月) 01:54:35
「さよなら」の続きです。やはりペースが落ちてるなぁ……。




「……来たのか」
「ええ」

何処とも知れぬ、暗闇の中。ベンチに一人座っていた火波 綾斗は、やって来た女性を見て目を眇めた。

「あの子は……」
「帰って行ったよ。まだ、やることがあると言ってな」

微かに笑って、言った。

「彼は、どうやら上手くやってくれたようだな」
「それと、スザクのために集まってくれた、友達のおかげね」

後ろに両手を回して笑むその姿は、驚くほど絵になった。

「そうか……それは、よかった。本当に、よかった」
「ええ……本当に、よかったわ」

言い交して、しばらく二人で笑う。ややあって、静寂が戻る。

「……綾斗さん」
「ん?」

疑問の響きを発した時には、既に女性が体ごと抱きついて来ていた。

「綾斗さん、綾斗さん……会いたかった……!」
「……琴音」





――――気が付くと、酷く体が重かった。
手足どころか、瞼をほんの少し動かすのも一苦労だった。まるで、僕の身体が僕のものじゃなくなったみたいに、意志が肉体に上手く伝わらない。
ましてや起き上がるなんて不可能な話だ。何か聞こえるけど、あまりに遠くてよくわからない。
全身の感覚が酷く鈍い。何て言うか、テレビの砂嵐がまとわりついてるみたいな、不快なような違うような、よくわからない感触があった。

(ううう……嫌だなぁ、これ……)

何とか動けないかと、身体のあちこちに意識を巡らせてみた。そうすると、少しずつだけど、身体が僕の言うことを聞くようになって来た。
端から徐々に感覚が戻り、まとわりつくような感触が引いていく。全身に圧し掛かっていた重さがすーっと消え、何かから解放されたような爽快感が体の中心から広がって行った。
ふと我に返ると、聞こえていた音の正体がわかった。

「お姉ちゃん……ねぇ、お姉ちゃん……?」
(アオイ?)

確かに妹の声……なんだけど、この口調は何だ? いつもの大和撫子気取りの馬鹿丁寧な言い回しはどこに行ったんだ?
それに思いを馳せるより早く、今度はゲンブの、マナの、ランカの声が聞こえた。
音の奔流に飲み込まれたみたいに、誰がなんて言ってるのかが上手く聞き取れない。それに紛れて、シスイやシュロ、アズールが呼んでるのも聞こえた。相変わらず何て言ってるのかはよく聞き取れないけど。
けど、一番耳に届いたのは、やっぱりトキコの声だった。

「鳥さん、まだ決心つかないの!? 言ったでしょ、私達まだ何にも始めてないんだよ、それでいいの!? 何が嫌なの、何悩んでるの!? 逝くのか帰るのか迷ってるの? だったら帰ってくればいいんだよ! 理由なんか簡単だよ、私がいるから! それで十分でしょ!? ここまで来てうじうじ悩むなんて、鳥さんらしくないよ! こっち側の方がいいに決まってるでしょ、とっとと帰って来ればいいんだよ、そんなこともわかんないの!?」

――――さすがにカチンと来た。
いくらなんでもここまで言われる筋合いはないだろう。だから、思いっきり不機嫌な声で言ってやった。

「――――うるさいよ、トキコ」

519スゴロク:2013/01/21(月) 01:55:18
喧騒が消えた。不意に発せられた声に、その場の全員が固まっていた。
何より、呼ばれた当人であるトキコが一番硬直していた。その声が、言う。

「人の気も知らないで、あれこれ好き勝手に言ってくれるじゃないか。たった今まで死んでた人間に言う台詞か、それが? 確かに僕はあれこれと考えちゃいたけどさ……そこまで言われちゃ、悩んだら負けみたいな気がするだろ」

驚く全員の見る前で、目を開けたスザクは不機嫌極まりない顔でそんな事を言った。
その彼女は、未だ反応できない彼ら彼女らを目線だけで二、三度見回した後、感覚を確かめるように何度か瞬きをし、左手を取るアオイを見た。

「お姉、ちゃん……」
「……そんな顔するなよ、アオイ。全身重いけど、概ね問題ない。ああ、大丈夫だよ、僕は」
「お姉ちゃんっ!!」
「ちょ、うわぁっ!!?」

感極まってアオイが飛びついたが、手を握ったまま前に乗り出したのが失敗。思い切り引っ張られる形になったスザクは、何の対処も出来ないまま、

「のわっ!?」

右手を取って「天子麒麟」を使っていたシスイごと、ソファの下に転落していた。

「い、痛たたたた……何するんだよ、アオイ!」
「ご、ごめん、ごめんね、お姉ちゃん……つい……」
「そ、それより俺を何とかしてくれ〜!」

言われてそちらを向くと、背もたれを乗り越える形になったシスイは、勢い余って頭が座卓と背もたれの隙間に挟まり、二進も三進も行かなくなってしまっていた。ゲンブとシュロが二人掛かりで引っ張り出した時には、頭に血が昇って顔が真っ赤になっていた。

「大丈夫か、シスイ」
「な、何とか……すみません、ゲンブさん」
「気にするな。それより……」

一息をついたゲンブが、床の上で身を起こしたスザクを見る。

「……よく帰って来た、スザク」
「お帰りなさい、綾ちゃん……」
「よう帰られました、スザクさん」

「……姉貴、よく無事で……」
「無事じゃなかったからこの騒ぎだと思う。……でも、よかった」
「ああ。本当によかった」
「ちょっと一角君! いつまで手握ってるの!」

トキコの怒声で我に返った二人が見ると、確かにシスイはまだスザクの手を握ったままだった。

「っと、済まない」
「いや……」

言われて手を放す二人だが、そのやり取りがさらにトキコの癇に障ったらしく、

「私を置いてラブコメるなー!!」

割り込むようにして突撃して来たかと思うと、威嚇するようにスザクの右腕にしがみついた。

「鳥さんは私のー! 取っちゃダメーッ!」
「そ、それダメ! お姉ちゃんは私のなの!」

すっかり素に戻ったアオイが反対の腕に縋りつく。当のスザクは俄かに勃発した修羅場に内心冷や汗を流していたが、この状態ではどうすることも出来ない。騒がしくなった室内の隅で、ブラウがアンと話をしていた。

「……どうやら上手く行ったな。これで、『彼』との約定は果たせたか」
「……事情はお聞きしません。それでは、私はこれで失礼いたします」
「む、何かあったか?」

ええ、とアンが頷く。

「京様から連絡が入りました。情報屋の皆様方に何かあったらしく、戻って来て欲しいと」
「緊急か?」
「危険がどうこうではないようですが、京様がお呼びであれば、迅速に駆け付けねばなりません。これにてお暇致します」

それだけ言って一礼すると、アン・ロッカーは足早に火波家を去った。恐らくあの情報屋「Varmlion」に戻るのだろう。

(俺も、長居をする必要はないか)

呟くが早いか、ブラウの姿は足元に発生した暗い凝りの中に沈むようにして消えていた。
それに気づいたのか気づかないのか、スザクがふと、呟いた。

「……アオイ」
「なあに、お姉ちゃん」
「母さんは……母さんは、どこにいるんだ?」

520スゴロク:2013/01/21(月) 01:55:49
「……すまないが、俺は行かなければならない」

わかっていたことだった。綾斗は既に死んだ人間。ここに留まっている方が、本当はおかしいのだ。

「なら、私も……」
「……俺は、子供達にとって、いい親ではなかった。そんな俺が、最後に出来ることがあるとすれば……」
「あるとすれば……?」

「それは、母親を返してやることだ。俺が死んだばかりに、お前の命を縮めてしまった……俺はもう逝くが、お前は帰るんだ」
「わ、私も……一緒に……」

ようやく会えた最愛の人に、しかし綾斗は微笑んで別れを告げる。

「生きてくれ、琴音。子供達と一緒に」
「綾斗さん!」
「向こうで待っている……でも、あまり早くは来ないでくれよ」
「綾斗、さん……私は……」

それでも、綾斗は頷かなかった。決意は既に固まっている。たとえどれほど悲しまれようと、これだけは譲るわけにはいかない。
夫である前に、彼は親なのだから。

「……スザクとアオイを頼む。二人とも、あれで結構脆いからな」
「……はい」

その返事を聞いて、綾斗は灯っていた光の向こうに姿を消した。たった一言だけ、最後に残して。

「――――ありがとう、琴音。愛してる、ずっと……」




命の意味、想いの意味


(去り行く者、二人)
(帰り来る者、二人)


(去り逝く者、一人)



しらにゅいさんより「トキコ」akiyakanさんより「都シスイ」クラベスさんより「アン・ロッカー」(六x・)さんより「アズール」紅麗さんより「シュロ」をお借りしました。 スザクの一件は次で一先ず収集の予定です。途中にフラグが一つ……。

521akiyakan:2013/01/22(火) 17:31:43
 ※しらにゅいさんより、「タマモ」をお借りしています。

 <八足す一は――>

 いかせのごれ、某所。

 そこには、かつてホウオウグループが使用していた施設の廃墟が存在している。

 アースセイバーによる攻撃によって破壊された施設は天井が抜け、内部が丸見えになっている。円形の施設は、さながら競技場の様な様子を見せていた。

 いつしか、空から雲の姿は無くなっていた。黒色よりも濃い青色に見える夜空に、無数の小さな星々と、白銀に輝く月が光っている。

 闘技場の中心には、無数のスクラップが折り重なって小山の様になっている。その頂上には一人の幼女が、ぐったりとした様子で横たえられていた。小山の周囲には蝋燭やロープが配置され、その様子はさながら祭壇のようだ。

 祭壇の前には、その司祭たる黒衣の僧侶が立っている。その表情は、真深く被った網代笠に隠れて伺えない。僧侶はじっと、祭壇の方を見つめていた。

「…………」

 廃墟への侵入者を察知して、僧侶は振り返った。競技場に、華やかな着物姿の女性が現れる。

「おりんを返してもらうぞ」
「それは出来ない。ジャシン降臨の為に、あの幼子は必要だ」

 睨みつけるタマモを拒否するように、僧侶は手にした錫杖を向けた。シャラン、と言う金属と金属の擦れ合う音が、廃墟内に響き渡った。

「……そもそも、お主の目的はなんじゃ?」

 訝しげに眉を顰めながら、タマモは問う。本当なら彼女にとって僧侶の目的などどうでも良い事だったが、話しかける事で相手の隙を見ようとしている。しかし、僧侶に感情の揺れが全く感じられず、隙も見当たらなかった。

「……この幼子には巫女の素質があった」
「何?」
「天性の才能、降魔の素質と言うべきものが。この子の父親は借金苦の末に心中を図り、しかし死にきれずに生き残ってしまった男だった。だから私は言った。『妻と娘を生き返らせてみないか』、と。そして男は私の言う通りに反魂を行い、幼子を生き返らせた」
「…………」
「幼子の肉体は、神を降ろすのに適している。加えて、ジャシンの為には八人分の心臓が必要だった」
「……八人分の心臓だと……まさか、お主!?」

 僧侶の反魂の代償は、蘇生した者が人間の生き胆を食わずにはいられない身体になる事だと言っていた。そして僧侶は今、自分の目的には八人分の心臓が必要だと言った。

 それが、意味するところは、

「反魂で巫女を生き返らせたのは好都合だった……供物は巫女が勝手に集める。私は、時を待つだけで良かった」

 反魂で生き返った者は、自分の身体を維持する為に人間の生き胆を求める。その上で、「りん」の身体は僧侶が言うところの「神降ろし」に適した才能の持ち主であった。

 この僧侶は――自分の目的の為に「りん」の父親に近付き、そして彼女を蘇らせたのだ。

「話は終わりだ……これより、ジャシンを降ろす」

 カツン、と錫杖で僧侶は地面を叩いた。その直後に、祭壇の周囲を取り囲むように、無数の幾何学文字が浮かび上がる。それを見たタマモはハッとなり、僧侶に向かって駆け出した。

「やらせん!」
「お前の相手は私ではない」

 僧侶が錫杖を振る。すると、一瞬の内にその周囲に膨大な数の幽体が姿を現す。

「紛い物風情が! 退けっ、妾に道を開けろ!」

 着物の裾を翻しながら、タマモが疾駆する。その動きを抑えようと、まるで津波の様に人造の亡霊が襲いかかる。

 津波。そう、まさに津波だ。有象無象、半透明の亡者の群れが一体となり、タマモを飲み込もうとする。しかし、敵が津波ならば、タマモは氷も打ち砕く砕氷船だ。妖気を纏った爪が、押し寄せる波を両断する。

 獣の速さで、獣の強さで、タマモは亡者を圧倒する。その凄まじい攻撃にレギオン達は、彼女に傷一つ付けられずに消えていく。

 だが――

「――ちぃっ!」

 タマモは思わず舌打ちをした。

522akiyakan:2013/01/22(火) 17:32:22
 確かに、レギオンではタマモの相手になどならない。だが、レギオン最大の機能はその増殖機能だ。人工生成された魂魄を、あたかも細胞分裂するかのように、或いは、アメーバが分裂によって繁殖を行うように、放っておくだけでレギオンは無限に増え続け、その密度を増やしていく。

「こ、の……邪魔をするな!」

 迫り来る霊体を、タマモは切り裂き続ける。その姿はさながら、激流の中で水を掻いているかのようにも見える。前へ、前へと進もうとするが、焦るタマモとは裏腹に、レギオンの数は減らない。

 今のこの場において、流れは――

「……巫女を憑代に。八つの供物はその身に既に納められている……」

 文字が。宙に浮かぶ、幾何学文字が輝きだす。「りん」の身体が浮かび上がり、それと共に、彼女が乗せられていた小山も、それを構成する瓦礫も。それはあたかも、生物の骨格の形を造っていく。ただし、それは地上には存在しない生物の骨格だった。

 こんな生き物が、地上に存在する訳が無い。八本の首に、八本の尾を持つ蛇など――

「あの姿は!? まさか!?」
「古の闇より来たれ――〝蛇神(ジャシン)〟よ」
「止めろ――!!」

 そして、降臨が始まった。

 変化が始まったのは末端からだった。鉄で出来た骨格に、端から徐々に〝肉付け〟がされていく。尾の先から、頭頂部から。あたかも、癌細胞が膨張し、その宿主を飲み込んでいくかのように。

 悍ましい光景だった、醜い光景だった、冒涜的な光景だった。

 ぶちぶちと肉が零れだす。ピンク色の肉が溢れ出し、骨格に張り付く。ギチギチと筋肉の筋が伸び、肉を締め上げていく。増殖する肉はやがて、ある物は皮膚と化して全身を包み込み、またある物は鱗となって全身を守る鎧と化す。

 変化の中心にいるのは、「りん」だ。彼女は胴体の中心部分におり、肋骨の内側にいる。それはあたかも、彼女自身がその巨体の心臓であるかのようだ。

 肉の増殖が、鉄の骨格を昇っていく。それはついに胴体にまで達し、

「おりん――!!」

 「りん」の身体ごと、すべてを覆い尽くしていく。胴体部分も完全に肉で覆われ、「りん」はその中に取り込まれてしまった。

「あ……あぁ……」

 そして、「それ」は姿を現した。

 〝期に至りて果して大蛇有り。
  頭尾各八岐有り。
  眼は赤酸漿の如し。
  松柏、背上に生ひて、八丘八谷の間に蔓延れり〟

 八つの首に、八つの尾を持つ大蛇。

 胴体は濃い緑色の鱗に覆われ、眼は酸漿(ほおずき)の様に赤い。

 それは、極東の怪物の中では、あまりにも有名な、

「八岐……大蛇……!」

 神話の、神代の怪物が、そこにはいた。

 原典によれば、八つの山と谷を跨ぐほどの巨体だと言われているが、今タマモの眼前に存在するそれは、そこまでの大きさは無い。だが、それでも十分すぎる。八つの鎌首をもたげるその高さは、ゆうに十メートルはあるのではないか。八本の尾はばらばらに投げ出され、まるで闘技場の床を埋め尽くすように広がっている。

 そのあまりの大きさに、タマモは言葉を失っている。見上げながら知らず、彼女は後ずさりしてしまっていた。

「馬鹿な……こんな、伝説の怪物を蘇らせるなど……」
「この世界は、不思議に満ちている」
「なに?」
「人はそれを、古来から奇跡や超能力と呼び、恐れ敬ってきた。私が所有する道具も、そんな奇跡を可能とするものだ」

 僧侶はやはり淡々と、感情の抜け落ちた声で語る。

「奇跡を可能にする道具じゃと……まさか……」

 タマモの脳裏に浮かんだのは、『打ち出の小槌』や『反魂香』に代表される様々な宝物だった。古来から、そうした不思議な効力を持った道具、「特殊能力を保有した道具」の話は数多く存在している。僧侶が所有しているのも、そうした道具の一種だと察したのだろう。もっとも彼女は、それらが「アーネンエルベ」と呼ばれる道具群であるなどとは、知る由もないが。

「流石、長生きしているだけの事はあるな……如何にも。我が祭具はこの蛇神、八岐大蛇を祀る為のご神体……これを呼ぶ為に、下準備させてもらった」

 特殊能力を持った道具群、アーネンエルベ。その中には、所有しているだけで効力を発揮する物もあるが、その発動に条件の必要な物も存在する。

523akiyakan:2013/01/22(火) 17:33:01
「祭具である以上、蛇神の魂を奉じる為の巫女、蛇神に供える為の供物が首の数だけ必要だった……そして何より、蛇神が降臨しやすい環境を造り出す必要があった」
「蛇神が降臨しやすい環境じゃと……?」
「如何にも。私はこの街に蛇神の名を撒いた、噂に混ぜてな……名を呼ぶ事は、つまりそれを引き寄せる事だ」
「蛇神、ジャシン……そう言えば、そんな名前の神が願いを叶えるとか言う噂が流れておったが……お主の仕業じゃったか!」
「左様。結果として、ここに八岐大蛇が降臨した」

 僧侶は八岐大蛇の巨体を見上げた。大蛇は僧侶がすぐ傍にいると言うのに、攻撃する気配が全く見られない。そのくせ、その十六個の眼は、タマモの挙動を見逃さない。

「こんな物を召喚して……お主の目的は、一体なんじゃ!?」
「……過去、八岐大蛇が行った事は何だ?」
「……まさか、」
「左様……この力を持ってこの街を、ゆくゆくは全世界を滅ぼす」

 淡々と、僧侶は狂気を吐き出した。

「なん……じゃと……」
「妖狐。お前は以前私に答えたな。今の世界は良い、と……何を持って、お前は良いとする?」
「それは……」
「理由らしい理由など無いのだろう。ただ、なぁなぁに生きている命。理由も無く、意味も無く生きている命……自分が生きている、理由も答えられない命……下らない。実に理由にならない理由だ」

 それまで感情の無かった男の口調に、感情が含まれた。それは、憎しみの色に似ていた。侮蔑の色に似ていた。

「世の多くの人間が抱いているのは、死にたくない、〝ただ生きていたい〟と言う浅ましい、惰性の感情だ。目的も無く、当ても無く存在する命……己が生きたい、ただその為だけに世界を消費し、食い潰していく……まるで癌細胞か細菌だ。だから私は、」

 だから世界を滅ぼす。

 その望みは大よそ、衆生の救済を望む宗教者のものではなかった。

「人間は、この世に必要無い」
「……お主だって、その人間じゃろう……何を言っているんじゃ、お主は!?」

 僧侶の放つ狂気に、タマモは戦慄していた。

 この男は本気だ。本気で、心からそう思っている。僧侶の言う「人間はこの世に必要無い」、その言葉には己の存在さえも含まれている。男は徹底して、人間の存在を拒絶していた。

 自分さえも含めた、圧倒的なまでの破滅の願い。この男を放っておけば、本当に世界を滅ぼしかねない。そんな事、タマモに看過できる訳が無かった。

「そんな事、許す訳無かろう!?」
「たかが狐一匹に何が出来る」

 シュー、シューと、蛇独特の声を八岐大蛇が出す。八本の首がうねり、その巨体がのたくる。もはや天災だ。その挙動だけで、廃墟がぐらぐらと揺れる。まるで大地が、古き怪物の目覚めに怯えているかのようだ。

「無駄だ。我が無道、阻む者など何人たりとも有り得ん。暴れろ、大蛇よ……まずは、この街をお前にくれてやる」

 僧侶の言葉に反応し、八岐大蛇は動き出した。八本の首は一斉に動き、彼方に見える街の明かりの方を見据える。

「させん!」

 そう叫ぶと、タマモは走った。彼女は八岐大蛇の進路上に向かって飛び出す。

「ふうぅぅぅぅ…………!!!!」

 印を結んだタマモの身体から、漆黒の煙が噴き出し始めた。その煙に触れた途端、周囲の物が煙を上げながら腐食を始めた。それを警戒するように、僧侶は大蛇を制止させた。

「ほう、毒気の瘴気か……玉藻御前の真似事とはな……」

 噴き出す黒煙はもうもうと立ち込め、それは八岐大蛇の身体にも負けない位の大きさにまで成長する。やがて瘴気はバチバチと音を立てながら、さながら雷雲の様に火花を散らしだす。そして徐々に、瘴気は一つの形に変形を始めた。

「……ほう」

524akiyakan:2013/01/22(火) 17:33:32
僧侶が、まるで感嘆するように声を上げた。八岐大蛇の眼前に姿を現したのは、その身の丈と同じ位はある漆黒の大狐だった。

『ぐるるるる……』

 大狐が威嚇するように唸る。その眼は金色に輝き、九本の尾はまるでゆらゆらと炎の様に揺れている。その一本一本の先端に、青白い狐火が灯っていた。

「自らの妖力によって練り上げた瘴気を固着し、巨大な狐の形に定着させたか……だがそんな大道芸、長くは続か――」

 僧侶が講釈している間に、大狐は跳ねていた。

 八本の首に目掛けて、大狐が飛び掛かる。その身体を押さえ付け、首元に食らいついた。大狐の触れている場所から煙が上がり、大蛇の身体が腐食していく。それが苦しい様に、大蛇の身体は激しくのたうった。

『おりんを……返してもらうぞ……!』

 瘴気の大狐と化したタマモは、大蛇の胴体に激しく牙を立て、爪を抉り込ませた。鱗が弾け、肉が引き裂かれ、腐敗していく。

「させん!」

 タマモの目論見を察し、僧侶が大蛇に指令を飛ばす。悶えていただけの大蛇の首がうねり、一斉に自分の身体に組み付いている大狐に向かって伸びる。その胴体に絡み付き、或いは噛み付くと、力付くで引き剥がした。

『ぐ――!』

 空中で体勢を整え、大狐は四肢を地面に付けて着地した。重量をほとんど持たない瘴気で出来ている筈なのに、その着地によって地面には罅が入り、建物が砕け散った。

 しゅー、しゅー、と言う、大蛇の放つ声。ぐるるると喉を鳴らす、大狐。睨み合う二頭の巨大な怪物。その光景はまるで、怪獣映画のワンシーンのようだ。

「……鬱陶しいな。あくまで私を阻むか、妖狐」
『ほざけ! お主の様な考えの男を、見す見す行かせる訳が無かろう! お主は止める! おりんも返してもらう! 勝負じゃ、破戒僧!』
「……良いだろう。大蛇の力を試させてもらう。まずはお前だ、妖狐……滅びよ。死こそが、真なる救済だと言う事を、お前に説いてやろう」

 その言葉を合図に――再び、二頭の巨獣が激突した。

 ――to be conthinued

525akiyakan:2013/01/25(金) 10:56:46
※しらにゅいさんより「タマモ」をお借りしました。

『くあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 雄叫びを上げながら、瘴気で出来た大狐が飛び掛かる。その四肢が踏みしめた場所、その身体の触れた場所は、何もかもがたちどころに腐り果てていく。

「シャアァァァァァァ!!!!」

 奇声を発しながら、それを迎え撃つのは八つ首、八つ尾の大蛇。組み付こうとする大狐を、その頭をまるで鞭のように振り回し、弾き飛ばす。

『ぐ……!』

 弾かれた大狐は地面を転がりながら、何とか体勢を整える。その身体の通り抜けた場所は崩れ、地肌が剥き出しになっていた。

 戦いが始まってから、まだものの数分しか経過していない。しかし、周囲の地形はすっかり変わってしまっていた。

 大蛇ののたくった後はすり潰され、蛇腹状に抉れている。大狐の周囲は何もかもが腐り落ち、劣化し、ところによってはまるで泥の塊の様な場所まである。そこは先程まで樹木の生い茂る茂みであった場所であり、大狐の毒気によって腐敗し、溶けてしまったのだ。

 廃墟は面影すら残っていない。跡にあるのは崩れて粉々になった、瓦礫の塊だけだ。

『燃えろ!』

 大狐が、口から青白い火炎を吐き出した。熱量を持たない狐火などではなく、高温の火炎だ。炎を吹き付けられ、大蛇の身体がぐすぐすと燃え上がる。

「シャア――!!!!」

 身体を大きく振り、大蛇が炎を吹き飛ばす。しかし炎が消えても、その身体からは煙が上がっており、所々が焼け焦げていた。流石の八岐大蛇と言えど、炎が効かない訳ではないようだ。

 だが、

『く……駄目か……!』

 負傷した場所が泡を吹き、見る見る負傷した場所が癒えていく。修復は速く、すぐに大蛇は、何事も無かったかのように快調な姿を現した。

『復元じゃと……その様な能力、本来の八岐大蛇には無かった筈じゃ……!』
「蛇は不死の象徴。自らの傷を癒す事など、容易い事だ」

 大蛇の背の上から、僧侶が言う。これだけ激しい戦闘の最中にいると言うのに、この男は男で、それこそ何事も無いようにそこに居る。その衣装には傷どころか汚れ一つ付いていない。

『戦いは大蛇に任せて、自分はその背中から文字通り高みの見物とは、全くふざけた坊主じゃ……』
「私はふざけてなどいない」

 僧侶の指令に従い、大蛇が大狐へと向かう。その重量に押し負けた大地が抉れ、向かって来る様は地を割りながら流れゆく土石流の様だ。

『くっ……!』

 体格差があり過ぎる。まともに突進を受けては、この瘴気を固めて作った大狐でも一溜まりもない。そう判断し、タマモは大蛇の突進をかわそうとした――

 ――しかし、

『な!?』

 大狐の目の前で、大蛇がその首を四方八方へと大きく広げた。その様はまるで、獲物を捕らえようとして身体を広げた蛸にも似ている。タマモの視界全体を覆い尽くす様に、大蛇の首が襲い掛かる。

(これでは、逃げられん――!!)

 退路を失い、大狐と大蛇が激突する。重量差では、大蛇の方が上だ。大狐の身体は吹き飛ばされ、

『ぐ……は……!』

 地面に叩き付けられた。大狐は身体を痙攣させるように震えた後、元の瘴気となって霧散した。大狐の姿は無くなり、代わりにその場所には、傷だらけになったタマモが倒れていた。色鮮やかな着物は引き裂け、体中に打撲の跡や切り傷が出来ている。瘴気の鎧を纏っていたからこの程度で済んだだけで、実際にかかっていた負荷を考えれば、タマモはとっくに十は死んでいる。

「がはっ……がっ……」

 血を吐き、地面にタマモは蹲っている。身動きの出来ない彼女に、大蛇がゆっくりと近付いて行く。

「く……」

 間近で見ると、改めてその大きさを感じる。まさに蟻と像の差だ。その威圧感だけで押し潰されてしまいそうになる。確かにこの怪物なら、世界を終わらせる事くらい、可能なのかもしれない。

「これで終わりだ」

 八岐大蛇の首の一つが、ガパリと口を開いた。そのまま一気に、タマモを呑み込もうと突っ込んで来る。

(……ここまでか……)

 もはや、毒を生成するだけの妖力が残っていない。それに、この傷では逃げる事も叶わない。潔く腹を括り、タマモは目を閉じた。

(神話の怪物と戦って討死か……妾らしくも無いのぉ……) 

 自分の二度目の死がよもや、この様な形で訪れるとは。皮肉そうに、タマモは口端を歪めた。しかしすぐに、彼女の表情は悲しげなものに変わった。

(すまんの、おりん……お主を助けてやれなくて……)

526akiyakan:2013/01/25(金) 10:57:32
悔いはある。人より永く生きたが、それでもタマモにはやり残した事が多くある。主たる春美の事、仲間である百物語の妖怪達の事。そして、何より「りん」を救えなかった事。

 しかし、ここまでだ。もはやこうなっては、足掻くだけではどうにもならない。どんなに他人を欺く事に長けたイカサマ師でも、百年を超える年月を経た妖狐でも、この状況を引っ繰り返す事など――

「――……?」

 所が、何時まで経っても大蛇の大口がタマモを呑み込む事は無かった。奇妙に思い、恐る恐るタマモが瞳を開けると、

「――な、」

 そこに、信じられない事が起きていた。

「う、うぅ……」
「お……」
「く……うあ……!」
「おりん!」

 タマモを呑み込もうとした、大蛇の首の一つ。その眉間の部分から、人間の子供の上半身が生えていた。タマモが見紛う筈がない。見間違えるものか、それは「りん」の身体だった。

「だ、だめ……!」
「おりん! お主なのか、おりん!」
「タ……マモ……逃げて……!」

 「りん」は必死に何かを堪えるように、辛そうな表情を浮かべている。よく見ると、八岐大蛇自体が、小刻みに震えている。まるで、何かを堪えているかのようだ。

「タマモ……いまの……うちに……! う――あぁぁぁぁ!!」
「おりん!」

 突然、「りん」が苦しげに声を上げた。見れば、その身体が再び大蛇の中へと呑み込まれようとしている。

「おりん、待て!」

 反射的にタマモは手を伸ばすが、その瞬間全身に激痛が走った。タマモの場所からは余りにも遠く、「りん」の姿は再び大蛇の中へと消えた。

「まだ幼いと言うのに、大蛇を抑え込むとはな……」

 八岐大蛇の身体が戦慄き、まるで痙攣でもするようにのたうつ。暴れ回る大蛇によって地面は抉られ、土埃がまるで煙幕の様に巻き上がった。

「……おりん……妾を、助けようと……」

 タマモは、空を切った右手を見つめていた。

 大蛇に呑み込まれる寸前の、「りん」の必死な姿が脳裏に焼き付いていた。彼女はあんな小さな体で、タマモを守ろうと、あの巨大な八岐大蛇の意識と戦っていた。その結果、タマモを殺そうとしていた大蛇の動きを止め、そして今も、大蛇の動きを封じようとその胎内で力を尽くしている。

 「りん」に救われた。その事実に、タマモの目頭が熱くなった。

「何を……諦めておったんじゃ、妾は……!」

 頬を流れる涙が熱い。その熱さは紛れも無く、自分が生きている証だ。

 生きているなら。命があるなら。その生すべてを全うしなければ、そんな命は死んでいるのと変わらない。それこそ、僧侶の言う通り「必要の無い」ものになってしまう。そんなものは、妖怪でもなければ、ましてや獣ですらない。

「妾にはまだ――こんなにもやり残した事があるではないか!」

 立て、身体よ。痛みなど気にするな、むしろ喜べ。その痛みは紛れも無く、己が生きている証明!

「はあぁぁぁぁ…………」

 全身に残った、ほんの僅かな妖力。そのすべてを掻き集める。

「くくくく……」

 思わずタマモは笑ってしまった。ほら見ろ、まだやれる。まだこんなにも、力が残っているではないか。

 己のすべてを振り絞り、タマモは妖力を集める。だが、それに集中していたせいだろう。

「――な、」

 眼前に迫る、巨大な大蛇の尾。まるで巨大な大木の様なそれが、タマモに向かって来る。大蛇はまだ制御を取り戻していない。おそらくは、ただの偶然だろう。しかし、偶然だろうと、意図的であろうと、それがタマモにとって脅威である事に変わりは無かった。

「全くもって、間の悪い――!!」

527akiyakan:2013/01/25(金) 10:58:02
今からでは、到底回避など間に合わない。防御しても、あの丸太の様な尾に耐えられるのか。否、無理だ。満身創痍のタマモに、あんなものを防ぎきれる訳が無い。

 ここまでか。ここまでなのか。

 今度こそ、ここで終わり――

「ふ――ざけるでない――!!」

 迫り来る大蛇の尾に――タマモは掻き集めた妖力のすべてを叩き付けた。

「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 紫色の閃光。タマモの手と大蛇の尾の間で、彼女の妖力が炸裂していた。バチバチと紫電が走り、衝撃がビリビリとタマモの身体に伝わる。その全身に、大蛇の重量が掛かり、彼女の身体が地面に沈み、更には数メートルも後方へと後ずさっていく。

 だが、負けていない。

「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 圧倒的質量差、圧倒的膂力差、圧倒的重量差――しかし、タマモは負けていない! 妖力の過剰放出に耐え切れず、爪は割れ、皮膚は破れて血を吹いている。だが負けていない! 彼女の両足は地を踏みしめ、大蛇の一撃を間違い無く、紛れも無く、受け止めている!

 そして――

 ぐん、と突然、タマモは前方からかかっていた負荷が無くなったのを感じた。

「あ――?」

 突然の出来事に、身体が反応出来なかった。勢いに流され、身体が前のめりに倒れそうになる。しかしその細い体を、受け止める者がいた。

「……全く、無茶をしおって」

 聞き慣れた声が、頭上から振って来た。だが、聞き慣れた声であるが故に、タマモは混乱していた。何故、今この場で「彼」の声が聞こえて来るのか、全く状況が分からない。

「何故……お主がここにおるんじゃ……?」

 顔を上げると、血の様に赤い二つの眼が目に入った。普段とは違い、本当に驚いて放心しているタマモの姿に、「彼」は苦笑を浮かべた。

「何故? そんな事、決まっておるじゃろう?」

 ヒュンヒュン、と言う音と共に、ゴクオーの手の中に鉄槌が収まる。見れば大蛇の尾は、その槌に弾き飛ばされ地面の上を跳ねていた。

『タマモ―――!!!!』

 自分を呼ぶ声が聞こえる。

 振り返ると、そこには――

「タマモ、大丈夫――!?」
「助けに来たぞ――!!」
「助太刀に来たぞ――!!」
「主……それに、皆の衆……!」


<大集合・秋山妖怪百物語組>


(さぁ、幕を閉じよう、八岐大蛇)

(セカイの幕を引くのは、怪物の役目ではない)

(物語を始めるのも終わらせるのも、)

(何時だってヒトの役目だ)

※改めて、お借りしたのはしらにゅいさんより「タマモ」、大黒屋さんより「ゴクオー」、「秋山 春美」、私からは「りん」です。

528えて子:2013/01/25(金) 23:49:41
スゴロクさんより「隠 京」、クラベスさんより「アン・ロッカー」をお借りしました。


スザクが目覚め、火波家での出来事は一段落着いた。

一方、情報屋「Vermilion」でも、静かに動きを見せる。


「…ただいま戻りました、京様」
「お帰りなさい、アン。……その様子だと、上手くいったみたいね」
「はい」

主の下へ戻ったアンを、京が迎えた。
先程までいた紅の姿はなく、残っていたのはアーサーと、帰っていたらしい長久。
そして、

「………あなたが、ハヅルですか?」
「…そうだ」

あちこちに包帯を巻き、傷だらけの大男が、ソファに座っていた。
どうやら彼が、アーサーの待っていた「虎頭 ハヅル」らしい。

そう、アンが考えていると、ハヅルは彼女に向かって頭を下げた。

「…すまないな。俺の身勝手な行動で、迷惑をかけた…」
「……いえ。お怪我の方は、大丈夫なのですか」
「…問題ない。体は…丈夫なほうだ」

抉られたとはいうが、傷はそれほど深くはないらしい。
入院する羽目にならなくてよかった、とハヅルは笑っていた。

「ところで…紅様はどこへ?」

アンの問いには、京が答えた。

「紅さんは…今、資料室よ」

そう言って、応接間の奥にある扉を指差す。
その言葉の後を、ハヅルが引き継ぐ。

「紅は…俺が、戦った相手のことを、調べている」
「あなたが戦った相手?やはり、誰かと…」
「…ああ」

そこで少し言葉を切る。何かに迷っているようだったが、やがて意を決したように沈黙を破った。

「最近、連続殺人の噂を、耳にするだろう…。俺が戦った相手は、おそらく、その関係者だ…」
「……何故、急にその者のことを調べようと?」
「…奴が……紅の追っていた人物である可能性が、あるからだ…」
「!?」

驚いたように眼を見開くアンに、京は、紅がある人を探していること、そのために情報屋になったこと、ハヅルを襲った人物は紅の縁者であるとブラウに聞かされたことを、簡潔に話した。

「ハヅルさんは帰ってきて、すぐに戦った相手のことを報告したの。そうしたら、「盲点だった」と一言呟いて資料室に入ったきり…」
「…左様ですか」

話し合う二人に、ハヅルは再度頭を下げる。

「…重ね重ねすまない。俺たちの問題に巻き込む形となった…」
「いいのよ、気にしないで」
「私は、京様に従うまでですから」
「……そうか」

ハヅルは礼を言おうとしたが、それは言葉にならなかった。
紅が、勢いよく資料室の扉を開けて出てきたからだ。

そのまま、どこか思いつめた表情で脇目も振らずに歩いていく。

「……オーナー?」
「…ごめんなさい。ちょっと出かけてくるわ」
「オーナー!そんな急にどこへ…!」

長久の声も空しく、扉はばたんと閉められた。

「…………」
「当たり……だったのかしら」
「…分からない。ただ…何かは掴んだのだろう…」

ポツリと呟く京に対し、ハヅルはそう答えた。

「…それはそうと…二人は、時間は大丈夫か…?差し支えなければ、いいが…急いでいるなら、久我のバイクで、送ってもらってくれ…」

そう言って立ち上がるハヅルに、京が声をかける。

「…あなたも行くの?」
「……紅は、体が弱い。放っておくと、無茶をして倒れかねないからな…付き添いが、必要だ」

そう言って、ハヅルも出て行った。


絡まる糸


(ほとんど“分かっている”、でも“まだ分かっていない”)
(確固たる確証がほしい)

(…確証が)

529十字メシア:2013/01/25(金) 23:54:10
akiyakanさんの話と同時系列です。


「ジャシン?」
「おう」

夕方の秋山寺院。
橙に染まりかけている縁側で、遊利は百物語組の一人・カトレアと会話を交わしていた。

「最近流行ってる都市伝説さ。シスイ達から聞いたんだ」
「ふーん。それがどうしたの?」
「どうやらその内容が物騒らしい。何でも、九人殺せばどんな願いも叶うだとか」
「……変なの、バカみたい」

訝しく、そして不快そうに顔を歪めるカトレア。

「だよなー。しかも信じこんでやらかした奴いたらしいぜ」
「えぇー!? バカの中のバカじゃない!」
「本当か分かんねーのにな。どーせスケールの小さい願いだろ」
「例えば?」
「金がほしいとか」
「あー小さいね」
「な?」

好物の菓子パンを(因みにメロンパン)片手に、遊利は呆れたように笑った。
自分で言っておいてなんだが、やはり滑稽に思えてしまう。

「それにしても、何で流行ってるのかな。そんな噂」
「さあな。ただ一つだけ言えるのは…この土地(いかせのごれ)は不可思議な場所だって事だわ」
「何が起こるか分かんないしね」
「そうだなー…ところでカトレア」
「何?」
「願いが一つ叶うとしたら、お前何にする?」
「え、何で急に?」
「なーんとなく」
「うーん…そう言われても、特に無いかな。遊利は?」
「俺? 俺は――」
「幽花と両思いになりたい」
「ちょ、まだ言ってないだろ!!」
「あは! 図星ー」

夕焼けの中でもハッキリと分かるぐらいに、遊利の顔は真っ赤になっていた。
と、二人の間に一つの人影が射し込む。
幽花だ。

「…お、どした?」
「…………夕飯」
「わーい! ご飯ご飯ー!」

大はしゃぎで居間に向かうカトレア。
その背中を見送る遊利だったが、ふと幽花が目に入った。

「…幽花」
「?」
「もしさ、願い事が一つだけ、叶うとしたら…幽花は何にする?」
「……………何で」
「さっきまで、カトレアと都市伝説の話してたから」
「…………ジャシン?」
「そそ。で、願い事叶うならどうしたいって」
「…………」

漆の様に黒い目を伏せる幽花。
遊利を一瞥した後、一度口を開きかけ、少しの沈黙の後に再び口を開いて言った。

「…………たい」
「え?」
「………霊が見えない体になりたい」
「…………」

自分の式神に背を向け、幽花は居間に戻って行った。

「………」

霊が見えない体になりたい――そう、彼女は言った。
かつて幽霊として存在していた遊利だが、決して傷付いた訳ではない。
ただ、気付いただけだ。
小さな声ながらも、そこに一つの確かな感情が籠っていた事に。

――寂寥(せきりょう)。即ち、寂しさ。

何故。
その理由を、以前ある事実を知った彼は分かっていた。

530十字メシア:2013/01/25(金) 23:56:47
前から不思議に感じていたのだが、幽花はやけに寺院について詳しかった。
門下生とはいえ、知れる事には限りがある筈。
そう思い、遊利は彼女にそれを聞いてみると。

「…………小さい頃から…いたし」

どうやら元から住んでいたらしい。
だが当然ながら、秋山家の人間とは血の繋がりがない。
つまり養子と同じような立場なのだ。
それについても聞いてみたが、彼女は言葉一つ溢さなかった。
そこで春美の祖父である師範、冬玄に尋ねてみたところ。

「捨て子…?」
「ああ」
「でも…何でそんな」
「…誰も見えなかったお前が、あの子には見えた。その理由、分かるな?」
「…! まさか…」
「そう。幽花には強い霊感がある。あらゆる霊が見える、強い霊感を。…だが強すぎた、見えすぎたのだ。両親は気味悪がり、そして恐れていたのだろうな。置き去り同然にあの子の元から去ったよ。『必ず迎えに行く』と嘘をついて」
「…………」
「最初は信じていただろうが…昔、幽霊と話しているのを見られた事で虐めを受けてから、霊感のせいで自分が捨てられたのだと薄々感付いたようでな」

――大好きだった両親の事を口にしなくなったよ。
冬玄が悲しげな顔でそう言ったのが、今でも脳裏に残っている。

「……幽花…」

強力な力は孤独を生み、心に深い傷をつける。
特殊能力が跋扈するこの地では、非情にも当たり前に近い事だった。
その非情な現実を、自分の愛する彼女は受け入れた――否、受け入れざるを得なかった。
それも、事実が牙を向き、希望を砕かれた様な形で。
その時から、彼女の心はぽっかりと、空いているのだろうか。

今は、彼女にしか分からない事。


空蝉の心


(でも幽花)
(例え俺が人間だとしても)
(お前が大好きなのは変わらねえよ)




クラベスさんから「秋山 冬玄」お借りしました。

531えて子:2013/01/27(日) 19:06:07
花丸の過去その2。「Don't look me.」からちょっと続いてます。


あの日、大人たちに嫌われた。

それからずっと、僕は一人だった。

友達からは遠ざけられて、誰とも遊べない。
知らない人が怖くて、学校でも一人だった。
施設に来る犬や猫たちと遊んでいたら、「気持ち悪い」と言われた。今までは、褒めてくれていたのに。
それでも、この子達しか僕にはいなかったから、ずっと一緒にいたんだ。
でも、それも出来なくなった。遊んでいると、くしゃみが出たり、目が痒くなって涙が止まらなくなったりして、近づけなくなってしまった。

一度、施設の先生が渋々だけど病院に連れて行ってくれたら、「アレルギー」だと言われた。
「きっとよくなる」って言われて、薬をもらったけど…酷くなるかもしれないから、って、毛のある動物に触るのはやめなさいって言われてしまった。
唯一の友達とも会えなくなって、僕は本当に一人になってしまった。


一人の毎日が終わったのは、それから数年後。
小学校の3、4年生くらいのとき…だったと思う。

「花丸、ちょっとおいで」

普段は近寄ってくれない先生が、珍しく僕を呼んだんだ。
それはおかしいことだったのかもしれないけれど、僕は嬉しくて先生についていった。

そこにいたのは、知らないおじさんたちだった。

「……せんせい。この人、だれ?」

先生に聞いても、答えてくれない。

「この子供か?」
「……はい」
「……。来るんだ」
「えっ?」

わけの分からないまま、僕はおじさんに手を引かれて連れて行かれた。
先生は、見てるだけだった。
あの日見せたのと同じ目で、ずっと見てるだけだった。

532えて子:2013/01/27(日) 19:07:13


おじさんたちに連れて行かれた僕は、大きな部屋に入れられた。
「そこで待っていなさい」と言われて、一人にされた。

しばらくすると、僕が入ってきたのとは別の扉が開いた。

「ひっ…!?」

出てきたのは、おじさんじゃなくって、よく分からない、気持ちわるい生き物だった。
“バケモノ”って、こういうもののことを言うんだって。そう思った。

あいつが動くと、床がぼろぼろになった。
怖かった。近寄ってくるそれが怖くて怖くて、僕は逃げ回った。部屋から出ようともした。
でも、どっちの扉も開かなかった。押しても引いても、全然動かない。

「あけて!!おじさんあけて!!こわい、こわいよ!!おねがい、あけて!!」

叩いても、叫んでも、扉は開いてくれなかった。

「あけて!!だして!!ぼく、いい子にするから!!わがまま言わないから!!おねがい!!だして!!!だして!!!!」

手が痛くなるぐらい叩いても、扉はびくともしなかった。
その間にも、あいつは近づいてきて。逃げるところがなくなって。

怖くて。怖くて。怖くて。

僕、言っちゃったんだ。


「来ないでっ!!!!」


って。


…その瞬間、ピタッとあいつの動きが止まった。
僕の様子を窺うように動いてるけど、それ以上近寄ってこない。

「………」

よく分からなかったけど、助かったんだ。って思った。
でも、このあとどうしたらいいか分からない。
おじさんを探そうと思って立ち上がったら、

「え――――――」

上から、鉄骨が落ちてきた。…落ちてきた、はずだった。


何が起きたのか、よく分からない。
施設の隣の空き地によく置かれていたから、落ちてきたのが鉄骨だということは分かった。
それが、僕目がけて落ちてきたのも、分かった。

でも、それは僕には当たらなかった。
当たる前に、全部バラバラになって吹き飛ばされてしまったから。

「………」

僕は、あいつを、見た。

「たすけて…くれたの?」

聞いても、あいつは答えなかった。どんな表情をしているのかも、分からない。
でも、僕には、その顔が“悲しそう”に見えたんだ。

そうして、気づいた。
あいつは…あの子は、僕と一緒。
怖がられて、一人ぼっちで、寂しかっただけなんだって、気づいた。

僕は、ひどいことを言ってしまった。
「来ないで」。
僕が、先生に言われて悲しかった言葉を、言ってしまった。

「……う、ぇ…」

謝らなくちゃいけないのに、僕の方が悲しくなって、泣いてしまった。
あの子は、そっとそばに来てくれた。
今までずっと怖かったのに、不思議と怖くなかった。
悲しくて、でも嬉しくて、僕はわあわあと声をあげて泣いた。


『ひとりじゃないよ』


(あの子が、ここでできた僕の最初の友達)

(あの日から、ここは僕の居場所になったんだ)

533思兼:2013/01/31(木) 00:50:38
始まりっぽいものを

【眼に見えた話】


まただ…

最近、俺は毎日のように悪夢を見ている。

生々しいほどリアルなのに、目を覚ました瞬間からどんどん曖昧になっていく記憶は俺を嘲笑っているようだった。


必ず誰かが死ぬ夢。

『俺』も含めてだ。



4日前はチャラい兄ちゃんがバラバラになる夢…

3日前は燃える建物に走っていく兄ちゃんの夢…

2日前は姉ちゃんにビルから突き落とされる兄ちゃんの夢…


昨日は…視界の端で、赤い髪が揺れて、砕け散った夢を見た。



どんなに記憶が曖昧になっても、それだけは頭に鮮明に残ってる。

それが…何を意味するかも俺にはわからない。

この街には関わりの無い俺の妄想かもしれない。



だけど、この街は何かおかしい。何かが息を潜めているようなお伽噺みたいな感覚を覚える。

この街の暗い側面。

そんなものが見えるような気がする。




いや…気がするんじゃない。

俺には『視える』

この街で『起こる・起こった出来事』の全てが。

色んな形で俺に危険を伝える。



止めなきゃ…

この街で起こっている『何か』を。

何でそうしないといけないと思うのかは、自分でもわからない。

ただ、感覚が俺にそう訴えかけるから。




俺の名前は『御坂 成見』。

見えないものを『視れて』
あった出来事を『視れて』
これから起こることを『視れる』


昔から、俺の赤い目はそれを視ることが出来た…




…これは、観察者の俺が『見た記録』だ。

534akiyakan:2013/02/02(土) 17:05:46
「みんな、タマモを助けて!」
「言われんでも!」
「分かってます!」

 春美の言葉に応え、次々と妖怪達が飛び出してくる。

 ある者は大蛇を押さえるゴクオーと共に戦い、

 ある者は傷付いたタマモを守ろうと庇う。

 ある者は勇ましく、自らが戦う相手を鋭く見据え、

 ある者は労わり、傷付いた仲間に寄り添った。

 嗚呼。これぞ、百鬼夜行。

 ここに集うは、

「征くぞ、秋山妖怪百物語!」
『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』

 ゴクオーの檄に応え、戦闘要員がそれに負けじと声を上げる。各々がそれぞれに武器を手に、体格差などものともせずに大蛇へと飛び

掛かっていく。

 震える。その怒号に空気が。否、魂が震える。

 ゴクオーは感じていた。久しく忘れていた、戦場の空気を。

「魑魅魍魎が……大蛇に敵うとでも思ったか」

 淡々と僧侶が言い、眼下を睨みつける。無感情なその言葉には、しかし苛立ちの様なものが含まれていた。

 シャラン、と言う錫杖の音ともに、夥しい数の幽体が姿を現す。大狐化していた時は姿が見えなかったが、あの間もずっとレギオンは

増殖を繰り返していたらしい。その密度たるや、本来半透明である筈なのに、その向こう側にいる大蛇の姿がまるで霞でもかかったかの

ようにしか見えない。タマモが戦っていた時の比ではない。

 だが、

「こんな雑兵ごときで!」
「ワシらを止められると思ったら大間違いじゃあっ!」

 そう。相手は数こそ凄まじいが、所詮は有像無像。だが、こちらもただの群れではない。まだ語られていない者達もいる為、数は百に

は届かない。されど、我らは秋山春美に語られし百鬼の群れ。主の願いを汲み、仲間を助けるべく馳せ、愛する者を守るべく戦う、善の

妖怪達。

「理亡き命を、切り裂け!」

 第二十五話、『赤マント(エトレク)』が翻る。振り回す大鎌に切り裂かれ、増殖する前にレギオンが霧散する。

「味気無いわよ、貴方達の魂。その程度で、生者を手にかけられるとでも?」

 第三十四話、『魂喰らいし人形(カトレア)』が躍る。彼女の前では、人造の幽体など一溜まりも無い。

「さぁ、遊んでくれよ?」

 第四十一話が、闇の中でゆらゆらと揺れる。束ねた白髪が、さながら躍動する大蛇の様だ。それはまるで、神の御使いたる『白蛇(ク

チナワ)』が演じる、神に奉じる為の神楽でもあるかのようだった。

「みんな――行って!!」

 数には数を。黒妖犬は第五十八話、『始末された野生の命(その者)』に寄り添う。ノラの命に従い、黒き強犬達は戦う。その爪はレ

ギオンの幽体を裂き、その顎斗が粉々に噛み砕く。

「HaHaHaHaHaHa!!!!」

 狂った様な笑い声が、闘技場内に響く。幽体の群れの中で、漆黒のスーツを着た男が舞う。その金色の髪はまるで、満月の光を吸い込

んだかのように月光に反射して煌めく。まるでそれは、彼の心を現しているかのようだ。

「どしたい、旦那! 何時になく上機嫌じゃないか!」

 すぐ傍で戦っていた珠女が声を掛ける。するとセロは、喜色に満ちた声で答えた。

「上機嫌? ああ、そうだ、今の俺は最高に気分が良い! こんな戦いは滅多にない! 興奮が、この高ぶりが、俺に乾きを忘れさせて

くれる!」

 年中、血に飢えた『吸血鬼』は、まるで踊っているようだった。優雅に、しかし荒々しく。その爪が閃く度に、幽体の群れが消し飛ん

だ。

535akiyakan:2013/02/02(土) 17:06:31
「……何故だ」

 大蛇の背から戦場を見下ろしていた僧侶が呟いた。

「何故だ、妖怪達よ。何故私に刃向う。何故いかせのごれを、人を、世界を守ろうとする」

 理解出来ない、と。男は言外に言っていた。

「人間など守る価値は無い……この世界など、もはや存在させる意味など無い……それなのに、お前達は、」
「意味なら――あるッ!」

 巨大な大蛇の頭が揺れる。地獄の王が振るいし鉄槌、それが大蛇の頭を打つ。自らよりも巨大な大蛇の首を吹き飛ばしながら、ゴクオ

ーは力強く言い切った。

「ワシらは妖怪じゃ。妖怪は昔から、人間に寄り添いながら生きて来た。ある時は恐れられながら。ある時は敬われながら。ある時は愛

し合いながら!」

 鉄槌をゴクオーは僧侶に突きつけ、その赤い眼で睨みつけた。

「ワシらが生きるのは人間の世じゃ! 妖怪は人間と寄り添い続ける! 妖は人と共に有り続ける! 昔からそうしてきたんじゃ、そこ

に理屈など無い! ただ、それだけの事じゃ!」

 それは、ゴクオーだけの言葉ではなかった。

 語らずとも空気が、その行いが、雄弁に物語っている。彼の言葉は、闘技場に散らばったあまたの妖怪達、その総意に他ならなかった



「……そうか。あくまで人道を逝くか、化生の群れよ……」

 僧侶が手を上げた。その動きに合わせて、大蛇の首が上がっていく。

「みんな、気を付けろ!」
「何か来るぞ!」

 大蛇の行動に反応し、全員が一斉に身構えた。だが実際、身構えた位で果たして何とかなるだろうか。見る見る空に向かって持ち上げ

られていく鎌首は、地上からゆうに十メートルは下らない高さにある。

「消えろ、妖怪達よ。人の世と共に、滅びろ」

 ガパリ、と大蛇の八つの口が一斉に開いた。その中に、様々な色をした稲光が輝いている。

「〝八雷神(ヤクサノイカヅチノカミ)〟」

 八色の雷が、妖怪達に襲い掛かった。

「ぐああぁぁぁ!?」
「きゃあぁぁぁ!?」

 結界を張って攻撃を防ぐも、雷の威力は凄まじかった。防壁が障子紙の様に引き裂かれ、雷神の牙が喰らつき爪を立てる。時間にして

ものの数秒の出来事でありながら、百物語組のほとんどが、戦闘不能に陥っていた。

「なんて奴じゃ……」

 戦場から離れて治療していたタマモは、目の前の光景に目を剥いた。百戦錬磨の妖怪達が、文字通り「瞬く間」に倒されてしまった。

 強い、強過ぎる。その巨体もさる事ながら、そこから放たれる技の一つ一つが必殺の威力を持っている。世界を滅ぼす、と言う言葉に

嘘偽りなし。この八岐大蛇ならば、それを可能にする事も出来るだろう。

 ――だが、何も「強い」のは大蛇ばかりではない。

「……まだ、来るか」

 倒れ伏した者達が、一人、また一人と立ち上がっていく。全員、雷撃の影響でまともに身体が動きもしない。それでも、感覚の無い足

で地を踏みしめ、動かしている実感の無い手で物を掴み。戦意を失わぬ瞳で、大蛇を見据えている。

「そこまでして滅ぶ事を恐れるか……それこそが真の救済であると言うのに」
「黙れ!」

 全身から血を流しながら、ゴクオーが吠える。至近距離で雷を受けたせいか、彼が誰よりも身体を傷付けていた。しかし、その気迫は

留まる事を知らず、その心はいささかも折れたりなどしていない。

「命は、そこに在るだけで奇跡なのじゃ! 生き物は、生きているから尊いのじゃ! そこに貴賤は存在しない! 無闇に命を奪わんと

する貴様の行いは、紛れも無い悪じゃ!」

 ダンッ! とゴクオーが下駄を履いた足で力強く大地を踏む。血の様な眼は、燃え盛る炎よりも熱く輝いていた。

536akiyakan:2013/02/02(土) 17:07:15
「このゴクオー、悪は絶対に許さぬ! 退散するのはお前の方じゃ!」

 剣先を突きつけるように、ゴクオーは鉄槌を僧侶に向けた。自らの行いを「救い」と言い、しかしゴクオーによって「悪」と断ぜられ

た僧侶は――それでもその表情が揺らぐ事は無く、今まで通りの無表情だった。

「……救いだと知らないから、そんな事を言うのだ。地獄の王ともあろう者が、人界に堕ちて腐ったか」
「腐ったのはどっちの方じゃ、この生臭坊主」
「……その眼、目障りだ。消えろ」
「いかん!」

 大蛇の首が動くのを見て、思わずタマモが叫んだ。ゴクオーの身体を呑み込もうと、大蛇が巨大な口を開きながら迫る。だが、満身創

痍である今のゴクオーにそれをかわすだけの余力がある訳も無く、また他の者も助けに入れる状態ではない。

「逃げるんじゃ、ゴクオー!!」

 タマモが必死な形相で叫ぶ。だが、今からではもう間に合わない。誰もが、ゴクオーの命が失われてしまうと思っていた。

「――な?」

 僧侶の口から、間の抜けた声が零れた。本当に、信じられないモノでも見た様に、網代傘の下にある瞳が大きく見開かれる。

 ゴクオーを喰らおうとしていた首が――大きく弾き飛ばされていた。どうしてそんな事になったのか。それは、横から飛び込んできた

赤い弾丸が激突し、大蛇の首を吹っ飛ばしたからだ。

 否、それは赤い弾丸などではない。

「お、お前さんは……」
『立てるか?』

 ゴクオーに背を向け、声を発する事無く、手にした看板に書かれた文字が彼者の言葉を代弁する。百八十センチの長身が、しかし背負

った気迫で更に大きく見える。

 鮮やかな長い、赤い髪が躍る。その様子はまるで、燎原を焼く炎の揺らめきにも似ていた。

 その名を、誰もが知っていた。いかせのごれ中をまるで風の様に彷徨い歩き、見つけた悪をたちどころに断罪する一人の男の物語を。

「紅蓮……!」
『助けに来たのは、俺だけじゃない』

 くるりと看板を返し、新しい言葉がそこに紡がれている。そして彼が看板を返すタイミングを見計らっていたかのように、二台のバイ

クが闘技場に飛び込んできた。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「助太刀参上!」

 一つには、二人の少年が乗っていた。運転手は都シスイであり、その後ろにしがみつく様にしてハヤトの姿もある。

「騎兵隊の登場だぜ?」

 もう一つに乗っているのは、フルフェイスヘルメットの男。百物語組には属さない、いかせのごれ土着の都市伝説、『首なしライダー

』。鈴鹿茂斗。ライダースーツの上から羽織る特攻服は、彼が生きていた証だ。

「……また、邪魔が入ったか」

 助太刀に入ったのはたったの四人。しかし、その四人を前にして、苛立たしげに僧侶が零す。

「そこまでして我を阻むか、神よ……!」
『いや、お前を阻むのは神の意思などではない』

 僧侶に見える様に、紅蓮が看板を翳す。

『我々は神に己の存在を委ねたりなどしない。これは他でもない人間の、いや、命ある者すべての意思だ』



 <生命賛歌>



(すべての命は、息を吹いたその瞬間から、)

(死と言う宿敵と戦っている)

(滅びを否定するのに、理由など要らない)

(それは命ある者、すべてに定められた戦いなのだから)

※大黒屋さんより「秋山 春美」、「ゴクオー」、「エトレク」、「ノラ」、十字メシアさんより「カトレア」、「珠女」、ネモさんよ

り「クチナワ」、キャスケットさんより「セロ」、しらにゅいさんより「タマモ」、鶯色さんより「ハヤト」、サイコロさんより「鈴鹿

茂斗」、そして我が家より「都シスイ」、「紅蓮」です。

※百物語組から出番の無かったキャラのみなさん、すみません。一応、乱戦の中では戦っている予定なので……。

537akiyakan:2013/02/08(金) 14:32:36
 ※鶯色さんより「ハヤト」、サイコロさんより「鈴鹿茂斗」をお借りしました。そして私からは「紅蓮」、「都シスイ」です。

「――――ッ!!」

 声無き咆哮。紅蓮が大きく口を開きながら、その拳を大蛇の胴体へと叩き込む。打突点が大きくたわみ、波紋を打つように変形する。鱗が砕け散り、その下にある肉が弾け飛んだ。

「いつ見てもすげぇ威力だ……!」

 紅蓮の放つ剛力に、ハヤトは息を呑む。もはやそれは、エネルギー保存の法則に反している。紅蓮は常人より巨体であるが、それでも身体は人間と大差無い。にも関わらず、大蛇の巨体を脅かす程の破壊力を生み出している。常識を破壊するのが超能力であるとは言え、紅蓮のそれはその域から踏み越えてしまっている。

 〝その昔、守人にその人在り。炎髪紅蓮の翼、火葬祭祀の戦士〟

 人づてに聞いた話、紅蓮は元々普通に言葉を話し、特殊能力ではなく守人に伝わる奥義「火装」の遣い手であったと言う。彼がどの様な経緯で現在に至るかなど、ハヤトには分かり様がないが、

「これ程強い能力者、見た事無いぜ!」

 大蛇の巨体に思わず気圧されそうだったが、その勇ましい姿に魂が震える。英雄は戦場に在っては味方を鼓舞する存在らしいが、今の紅蓮はまさにそうだ。彼と言う存在が心に強い。弱気が、波の様に引いていく。

「おらぁ! 吹っ飛びやがれ!」

 勇ましい掛け声と共に、戦車砲の一撃が叩き込まれる。見れば、茂斗は先程まで乗っていたバイクから、何時の間にか巨大な戦車に乗り換えていた。テレビなどで見知った回転砲塔式の戦車であるが、実物はやはり違う。正に「戦う為に生まれてきた」、そんな力強さと荒々しさがそこにはある。

 首無しライダー、鈴鹿茂斗。彼は車に関わる事故によって亡くなった者達の成仏出来ない命、その集合体である。それ故に彼は、いかせのごれで死んだ者達の乗り物を使役し、自在に操る事が出来る。この戦車は、その能力の応用戦術である。戦車に関わって死んだ者の魂を呼び寄せ、その魂から引き出した記憶を元に再現しているのだ。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 通常戦車は、全体指揮を執る戦車長、砲弾を撃つ砲手、戦車の運転を担当する操縦手など、複数人によって運用される。だが、この戦車は違う。茂斗の妖力によって再現された、言わば彼の身体の分身。手を動かす様に、足で駆ける様に、呼吸をする様に、そして、始めから知っていたかの様に操る事が出来る。

 履帯(キャタピタ)は足となり、砲弾は拳である。唸りを上げながら、戦車は砲弾(拳)を大蛇に向かって撃ち続けた。

「小賢しい真似を……」

 僧侶が手を掲げた。その動作に合わせて、大蛇が頭を上げていく。

「またあの技を使うつもりか!?」
「いかん! もう一度あれを喰らったら――!!」

 大蛇の口が開く。

 そして――

「〝八雷神(ヤクサノイカヅチノカミ)〟」

 虹色の雷が闘技場に向かって降り注ぐ。それは雷撃の雨となり、この場にいるすべての者へと襲い掛かる――

「……何?」

 ――筈だった。

 雷は降り注いだ、地面へと。それは間違い無い。不発などではなく、「八雷神」は確かに放たれた。その威力は、改めて解説する必要は無いだろう。例え結界で防御したとしても、無傷で防ぐには不可能な威力。

 だが、蓋を開けてみればどうか。闘技場に、今の攻撃で傷を負った者は誰一人としていない。この結果には攻撃を放った僧侶はもちろん、攻撃を受けた側である百物語組も驚いていた。

「一体何が――」
「――おいおい。俺が何の考えも無しに、戦車を口寄せしたと思ってたのか?」

 不敵な声は、煙を上げる戦車の中から聞こえた。

「モトさん!」
「戦車は鉄の塊だぜ……そして雷は、金属に引き寄せられる!」
「馬鹿な……だとしても『八雷神』全弾を受けて無事でいられる筈が――っ!? まさか、それは、」

 僧侶は、戦車の後部から垂れた長いチェーンに気付いた。

「そうだ、戦車用のアースだ。これは戦車に落雷があった場合、雷を地面に逃がす……元々、車に乗っている人間が被雷時に受けるダメージはほとんど無い。車そのものが避雷針の役割を果たすからな。そして、」
「アースによって、更にダメージを軽減した!」

 煙を上げているが、何事も無かったかのように戦車は駆動を再開する。茂斗の妖力によって再現した物である為、コンピューターの様な電子機器を持たない。だが、「金属」としての属性は再現している。雷は風、つまり「木気」。「木気」は「金気」に殺される!

538akiyakan:2013/02/08(金) 14:33:24
「あれだけの威力の雷だ、再攻撃には時間がかかる……」

 都シスイが身構える。その身体から、爆発的なまでのオーラが噴き出す。金色のオーラが辺りを照らし、まるで真昼の様な明るさになる。その姿はまるで、大地に落ちた太陽の様だった。

「其は四天の中心に座したる天帝の証ッ!」

 まるでシスイの声に応えるかのように、大地が震える。

「目覚めろ、黄道の獣! お前が往くのは王の道!」

 それは、選ばれし者だけが唱えし呪文。その呪文を持って、

「我、護国の剣と成りて――魑魅魍魎を打ち破らんッッッッ!!!!!!」

 都シスイを、超常の戦士へと変身(か)える!

「来いッ! 幻獣拳ッ!!!!」

 シスイの右腕に、麒麟の頭を模した金色の籠手が形成される。表面の装甲がスライドし、金色のオーラが鬣の様に溢れ出す。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 オーラの噴射エネルギーが、シスイの身体を前へと押し出す。その加速に乗って、シスイは飛び出した。

 大蛇の首が、シスイに襲い掛かる。だが、向かって来る首をシスイは、オーラの噴射を使ってかわし続ける。噴射力は凄まじく、空中にいる状態からシスイを指定方向へと押し出す程だ。もはやジェット噴射に近い。「空中を走り」ながら、シスイは大蛇の身体に向かって走る。

「喰らえっ!」

 シスイの拳が突き刺さり、駄目押しとばかりにオーラの噴射加速を加える。紅蓮の時同様に、シスイの拳が命中した箇所が波紋かクレーターの様に抉れた。更に、衝撃が打撃箇所から大蛇の全身へと広がっていく。

「く、これは!?」

 僧侶の声に焦りの色が混じる。大蛇が苦しそうな声を上げながらのた打ち回った。

「うお!? な、何が起こったんだ!?」
「弱点攻撃だよ、ハヤト」
「え?」
「蛇は水神として祭り上げられる位に「水気」だ。それに対して、俺の力は大地の麒麟、つまり「土気」。五行の法則では、水は土に殺される!」

 タネを明かせば単純なものであるが、実際はそんなに簡単ではない。例え属性の相性で有利でも、不利な属性の力が有利属性よりも勝っていれば、その相性は働かず、パワーゲームに従って逆に滅ぼされる。火勢が強ければ、どんなに水をかけたって消せないのと同じ様に。
 
 だから、僧侶は属性で大蛇が負ける事は無いと思っていた。「八雷神」は思わぬ方法で防がれたが、大蛇は違う。桁が違う。首だけで十メートルはあり、全長ならば三十メートル以上はある。例え「木気」や「土気」を持ち込まれたところで押し返せる。その、筈だった。

 だが、シスイはその不利を押し返した。170cmの体躯で、30mの大蛇に痛撃を与えたのだ!

「く――人造亡霊ども、大蛇を守れ!」

 わらわらと溢れ出したレギオン達が、大蛇を包む様に現れた。百物語組が攻撃を仕掛けた当初よりも数は減っているが、だが決して少ない数ではない。それにこの間も、レギオンは増殖し数を増やしている。

539akiyakan:2013/02/08(金) 14:33:55
「全く……キリが無いな」
「だったら、増殖する暇も無い勢いで、一体残らず潰すだけだ」

 ザッ、と、ハヤトが前に出る。彼は腰に下げた二本の短剣を抜いた。それは何時もハヤトが使っている短剣とは異なっており、刃の中心部分に割れ目が入っており、音叉の様な形をしていた。

「ハヤト、それは……」
「危うく、俺の出番無くなるところだったぜ」

 ハヤトは、額に付けたゴーグルを被る。それも、普段は彼が使わない道具だった。

「――ッッッッッ!!!!」

 自分の目の前で、二本の剣を交差させ、それに向かって思いっきり音波砲をぶつける。音の衝撃波は射線上にいたレギオン達を薙ぎ払ったが、それは大した数ではない。

 むしろ重要な変化は、二本の刃に起こった。

 イィィィィィィィィィィィン

 耳鳴りにも似た音。それはハヤトが持つ刃から発生している。見れば、音叉状の刃が「ブレ」ている。あまりのスピード故にそんな風に見えているだけなのだが、刃が高速で振動していた。

「――行くぜ」

 そう言った次の瞬間には、ハヤトの姿がその場から消えていた。

 それとほぼ同時に――実際はコンマ秒遅れなのだが、そんな事常人に認識出来る訳が無い――レギオンの群れの一角が消し飛んだ。

「な!?」

 僧侶が驚いている間にも、レギオン達は掻き消されていく。何かが高速で動いているのは分かるが、そのスピードの速さに影しか捉えられない。

 やがて、高速で動いていた物体が、一旦動きを止めた。ハヤトだ。

「何匹、何十匹で群れようが、関係無い」

 ハヤトが消える。否、『音速の速さで』レギオン達に切り掛かっている。音速で動く相手に対処出来る訳が無く、レギオン達は一方的に切り捨てられていく。

「おらおらおらおらおらおらおらおらッ!!」

 また、物体が音速を超えて移動すると、俗に言う衝撃波(ソニックブーム)が発生する。ハヤトが動いただけで、その周囲にソニックブームが発生している。切り飛ばされたレギオンだけでなく、ハヤトが「出現した」、ただそれだけで人造の亡霊達が吹っ飛ばされていた。

 通常、音速を超えた物体は発生した衝撃波の威力を受ける。生身で音速突破などそもそも不可能であるが、成功したならばその衝撃波で肉体は傷だらけになる筈だが――ハヤトの身体には、掠り傷一つついていない。

「……すげぇ」

 シスイは、ハヤトの見せる高速移動に息を呑んだ。視力を強化すれば、ハヤトの動きをかろうじて捉えられる。だが、あのスピードで彼に向かってこられたとして、その攻撃をかわせるかと聞かれれば、おそらく回避出来ない。それ程までに、音速は圧倒的だ。

(――俺は今、音になっている)

 ゴーグルに備わった視界の補助を受け、ハヤトの景色は何もかもがゆっくりと動いていた。音速で動いているにも関わらず、外界の動きが遅いのは、それだけハヤトの動体視力が引き上げられている為だ。

 何もかもを置き去りにする、超高速の世界。

 ハヤトの超能力は、自らの死因と同化し、能力として取り込む「ナイトメアアナボリズム」だ。そしてハヤトは、過去に受けた音波兵器の実験によって死んでいる。その結果、彼は破壊効果を持つ音波を放てる様になった。だが、実際はそれだけではなかったのだ。音波とは、即ち「音」だ。ナイトメアアナボリズムは死因と「同化」する。

 即ち、今のハヤトは「音」と「同化」している。

(鳥も、風も――俺には追いつけない……!)

 ソニックブームを巻き上げながら、ハヤトが加速を止める。そこにはもう、亡霊は一体も存在していなかった。

「……まさか、あの亡霊をたった一人で全滅させるとは……」
「ついでに、大蛇にも一発くれてやったぜ」
「!?」

 ハヤトが言うか早いか、大蛇の身体に筋が入り、そこから血が噴き出した。大蛇にしてみればそんなに深くないものの、大きく真一直線に、胴体の横腹を切り裂いている。

 ハヤトが手にしている音叉状の剣。それは、ハヤトの喉から発生した「音波」を吸収し、その威力に応じて刀身を震わせる機構が備わっている。刀身が高速振動する事により、目の細かいチェーンソーの様に対象を切り裂くのだ。

「……強いな。流石は、いかせのごれを守ってきただけの事はある」
「おうよ。その八首蛇も、その内三枚におろしてやるぜ?」
「……出来るものならな」
「なに?」

 ハヤトが訝しげな目で見ていたが、その表情がすぐに驚愕へと変わった。

「んな……!?」

 大蛇の、攻撃を受けて損傷した箇所が泡を吹き、瞬く間に再生していく。

540akiyakan:2013/02/08(金) 14:34:28
「再生か……!?」
「嘘だろ、あの巨体で回復するのかよ……」

 蛇は、不老長寿の象徴であり、輪廻転生や再生も司ると言う。原典の八岐大蛇にそんな能力は無かったが、この大蛇にはその蛇を象徴とする力が備わっている。タマモの毒にさえも屈しない、強力な再生能力が!

「無駄だ。何度打ちかかってこようとも、この大蛇を滅ぼす手段など無い。流水霞を切り裂く鉾が無いのと同じ様にな」
「く……」
「足掻くのは止めろ。大人しく、滅びを受け入れるがいい」
「――霞を切り裂く鉾は無い、か。確かにな」

 声の主は、シスイだった。その口元には、不敵な笑みが浮かんでいる。

「だけど、水の尽きない泉だって無いぜ?」
「……何が言いたい?」
「確かにその大蛇の再生能力は厄介だな……だけど、コンセントを抜かれて、何時まで動けるかな?」
「! お前――」
「もう遅い!」

 そう叫ぶと、シスイは思いっきり地面を叩いた。瞬間、闘技場の地面から光が溢れ出した。それはものの数秒で収まったが、その後には、空中に浮かぶ金色の粒が残っていた。

「これは……」
「暖かい……」

 金色の粒は、仄かな温もりを持っており、それは陽光の暖かさに似ていた。そして光に触れていると、身体に力が漲ってくるような感覚があった。

「……痛みが、消えていく……」
「いや、消えていくだけじゃない……傷が治っている!?」
「これは……天子麒麟の強化能力か!?」

 都シスイの能力、天子麒麟。その効果は、対象を助力・強化するエネルギーを操る事だ。生物の肉体ポテンシャルを引き出す事も、超能力の効果そのものを強化する事も出来る。だが、いくら天士麒麟化して通常時よりも出力が上がっているとは言え、これほど広範囲を強化出来る程の力は無い筈だ。

「麒麟のオーラに混ざっているのは……龍脈の気、か?」
「龍脈って……そうか、そう言う事か!」

 龍脈とは、大地に流れている気の流れの事だ。地球が持つ生命エネルギーの川であると言っても良い。

「く……」
「お前に流れ込んでいる龍脈を封じさせてもらった……これでもう、大蛇は再生出来ない……!」

 そう。八岐大蛇の無尽蔵の力の秘密は、この龍脈だ。大蛇は地面からエネルギーを吸い上げる事で力を回復し、更にそれを攻撃エネルギーに転化し、「八雷神」を放つ為に使用していたのだ。それをシスイは見抜いた。麒麟としての性質が、大蛇に流れ込む龍脈を嗅ぎつけたのだ。

「……再生能力がどうした。そんなものなくとも、」
「俺達を倒せるって?」
「…………」
「滅びこそが救いだかなんだか知らねぇが――命全部で戦っているヤツの強さを舐めるんじゃねぇぞ!」

 シスイの檄に背中を押される様に、膝をついていた妖怪達が立ち上がる。皆、その瞳には再び戦意の炎を、死に抗う生きる者の輝きを宿している!



 <生と死のコントラスト ‐災いは人の形をして現れた‐>



「我が願い、我が悲願。誰にも邪魔などさせぬ」

「この世界を滅ぼしたりなんかさせない! 征くぞ、八岐大蛇!」

541akiyakan:2013/02/08(金) 14:37:07
 ※大黒屋さんより「秋山 春美」、「ゴクオー」、「ソウト」、キャスケットさんより「シーラ」、「セロ」、十字メシアさんより「アゲハ」、「珠女」、サイコロさんより「鈴鹿茂斗」、鶯色さんより「ハヤト」、しらにゅいさんより「タマモ」をお借りしました。

「大蛇よ、力を解放しろ!」

 僧侶が告げると、大蛇の身体に変化が起きた。ミシミシと音を立てながらその骨格が変形し、身体の形が変わっていく。その頭部はもはや蛇ではなく、角を有した龍の様な形となり、眼は一対から二対、四つにまで増えている。身体の節々には宝石にも似た光球が覗いており、鱗の色が変色して緑からまるで血を浴びたような赤色へと変わる。

「何!?」

 八岐大蛇の変貌に、多くの者は思わず気圧された。だが、姿が変わろうがそんな事関係無いとばかりに突っ込む、二人の大きな影があった。

「紅蓮! ゴクオー!」
「たった二人で無茶だ!」

 仲間が呼びかける。だが、その制止で全く止まる事無く、二人は大蛇目掛けて突進していく。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
『――!!』

 変形した大蛇の頭部が迫る。龍脈を断ったと言うのに、大蛇の威圧感は衰えるどころか、先程よりも増しているように見える。

 だが、

「砕けろッ!」

 ゴクオーが鉄槌を振り下ろす。右側から。

『――!!』

 紅蓮が拳を放つ。左側から。

 二人の攻撃を両側から受け、大蛇の首が大きく弾き返された。

 二人は、大蛇の強さやそれがどんな攻撃手段を持っているか、など全く頓着していなかった。その骨や鱗がどれだけ強固だろうが関係無い。その肉がどれだけの耐久力を持っていようが関係無い。

 関係無い――そう、関係無い!

「ッ――みんな!」
『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』

 春美の号令に、百物語組が吠えた。目の前で仲間が、あんなにも巨大な怪物を相手に一歩も退かずに戦っている。それなのに、自分達は何もしないのか? 否、しない訳が無い、せずにいられる訳が無い!

「ゴクオーを援護しろ!」
「百物語組のチームワーク舐めんなあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 四方八方から、大蛇に向かって飛び掛かる。その姿、誰一人として、そこに臆する者はいない。

「雑兵が!」

 薙ぎ払え、と、僧侶が手を振った。瞬間、大蛇の全身に出現した光球から光の帯が放たれた。それはあたかもレーザー光線の様に、大蛇に取り付いていた妖怪達を薙ぎ払った。

「まとめて蒸し焼きにしてくれる!」
「いかん、アレが来るぞ!」

 八つの大蛇の首が持ち上がり、その口が開いていく。その一つ一つに、虹色の光が溢れ出す。その光量たるや、先程の比ではない。その場にいた全員に、緊張が走った。

「〝八――〟」
「やらせん!」

 大蛇の首の一つが、口から煙を吹いてぐらりと揺れた。続けて、その他の首からも煙が、着弾による爆発が起こる。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 茂斗の駆る戦車が、横滑りしながら砲弾を撃ちまくる。的が大きいだけあり、その砲弾は大蛇の身体に吸い込まれる様に命中していく。

「何故だ……」

 大蛇の攻撃は凄まじい。常人離れしたゴクオーや紅蓮、戦車に乗っている茂斗は例外にしても、その他の者達にしてみれば、その巨体そのものが脅威だ。八本の尾から放たれるスイープは一撃で二十人は吹き飛ばせるし、全身の光球から放たれるレーザーのせいで接近もままならない。例え組み付けたとしても、攻撃力の無い者では鱗に傷をつけるのが精いっぱいだ。

 だが、

「何故向かって来る!?」

 それでも、誰一人として、逃げ出そうとする者は、戦いを止める者はいなかった。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 誰もが雄叫びを上げ、

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 誰もが地を踏みしめ、

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 誰もが拳を振り上げていた。

 自暴自棄でも、捨て鉢になっている訳でもない。誰もが生きて帰ろうとしていたし、誰もが大蛇に勝とうとしていた。自分の能力が敵うか否か、そんな事考えていなどいなかった。

 ただ、誰もが心に同じ事を思っていた。



 ―― こんな奴には、負けない! ――



 それは息を吹く者の、生命体としての本能だったのかもしれない。

542akiyakan:2013/02/08(金) 14:37:46
 僧侶はこの世の何もかもを滅ぼし、世界を終わらせようと――殺そうとしている。それは、生命体の在り方とは真逆の願いだ。

 死は、命あるすべての者がいつかは屈しなければならない――だが、その時まで、「約束された敗北」の瞬間、その時まで。産声を上げたその時から、あらゆる生命は、死との長い長い戦いを始めるのだ。誰もが、生まれた瞬間から戦士なのだ。

 ここにある、すべての命が、魂が訴える。まだ約束の時ではない。俺達は、私達は、

「――まだ死にたくない!」

 強大な滅びを前に、それでもここに在る命すべてがそれに立ち向かっていた。全力でぶつかり、拳を振り上げていた。

「大丈夫か!?」
「うん! まだ、戦える!」

 倒れたシーラの身体を、すぐ傍で戦っていたシモンが支える。

「ソウト! 力を貸すよ!」
「ありがとう、アゲハ!」

 負傷したソウトを背負い、変化したアゲハが代わりの足となって駆ける。

「背中は預けたよ、旦那!」
「任せろ!」

 セロと珠女が、背中を合わせながら戦う。

 生命は、生まれた瞬間から戦士だ。だがその戦いは、決して孤独な戦いなどではない。

 生まれたその時には、父と母が傍にいる。

 背が伸びて世界を知れば、その隣には友や恋人がいる。

 父や母となれば、守るべき子供がいる。

 挫けそうになれば、手を差し出して立ち上がらせてくれる誰かがいた。

 怖くて足が前に出なくなった時は、背中をそっと押してくれる誰かがいた。

 傷付けば寄り添って、一緒に泣いてくれる誰かがいた。

 例え力尽きても……それを見送ってくれる誰かがいた。

 一人ではない――そう、我々は一人などではない!

「ぐ……」

 例え死がどれだけ強大な力を持っていたとしても、命は簡単に勝ちを譲ったりはしない。手を携え、寄り添いあって、支え合って、

「最後の瞬間まで――」
「――戦い抜くんだぁ――!!!!!」

 徐々に。動かせないと思えたその巨体が、それよりも小さな命達の攻撃に揺れ始めていた。一人一人の攻撃力など、大した事は無い。再生能力を封じても、一撃一撃で与えられるダメージの量もたかが知れている。それどころか、大蛇の反撃一つでもまともに喰らえば、即死もありうる戦いだ。

 だが恐れず、後退せず、諦観せず、逃走せず。

 生きるとは即ち、前進すると言う事だ。

「おのれ……」

 止まらない前進は、確実に大蛇を追い詰めていた。頑強な鱗はもはや鎧の役割を果たしておらず、その下にある本体にも傷が届いている。大蛇が倒されるのも、時間の問題だった。

543akiyakan:2013/02/08(金) 14:38:22
「諦めろ!」
「お前に世界を滅ぼさせなどしない!」
「調子に――乗るなあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 それまで感情を露わにしなかった僧侶が、激昂の雄叫びを上げた。瞬間、全身の光球からレーザーが放たれ、大蛇に組み付いていた妖怪達を薙ぎ払った。かろうじて光線を避けられた者も、大蛇の身震いに跳ね飛ばされる。

「ぐあっ!?」
「うわっ!?」
「世界は滅ぼせないまでも――貴様ら全員を殺してくれる!」

 大蛇が首を持ち上げ、一斉にこちらへ向けて口を開いた。その直後に、大蛇の眼前に黒い球体が出現した。それは徐々に徐々に大きくなっていく。

「これが何か分かるか……この大地に染みついた怨念だ! 分かるか! 貴様らが平和ボケして生活している足元に、これだけの恨みが宿っているのだ! いかせのごれだけでこれだ! 世界規模で見れば、どれほどの恨みがあるか、貴様らは考えた事があるか!?」

 憎々しげな僧侶の言葉に呼応するかのように、恨みの塊は大きさを増していく。

「こ、こいつは……」
「今までで一番やばいんじゃないか!?」

 恨みの塊は、さながら黒い太陽にも見えた。生命を力強さを象徴する太陽の対極にある死の太陽。見ているだけで、そこに込められた怨嗟の声が聞こえてきそうだ。

「消えろ!」

 漆黒の太陽が襲い掛かってくる。射線上にあるすべてのモノを蒸発させ、朽ち消しながら。

「させるか! ハヤト!」
「おおっ!」

 ハヤトが大きく息を吸い、その背後にシスイが回る。ハヤトの背中に手を翳し、その身体に強化のオーラを流し込む。

「―――――――ッッッッ!!!!!!!!!!」

 放たれた咆哮が、大気を切り裂いて放たれる。まさに音の大砲。指向性を与えられた音の波が、真っ直ぐに黒い塊目掛けてぶつかる!

 怨霊玉 対 音波砲!

 ハヤトの音波砲は、それ単体でビルを破壊する程の威力を持つ。それに、シスイの強化を加えて威力の底上げをしている。

 だが、怨霊玉はその音波砲を受けながら、全く威力を減衰している気配は無い。音の濁流をその身に受けながら、しかしこちらに向かって突き進んでくる!

「駄目だ! 威力が足りない!」
「くそ、このままじゃ……」
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、紅蓮!」

 弱気になる一同を奮い立たせるように、ゴクオーの声が響いた。彼は一直線に、怨霊玉目掛けて走っている。彼が何をしようとしているのか悟ったらしく、その動きに合わせて紅蓮も走り出す。

「何をする気だ、あの二人!?」
「まさか、特攻!?」

 否、そうではない。ゴクオーは大きく振りかぶると、その手に持った鉄槌を怨霊玉目掛けて放り投げる。ゴクオーの怪力によって投擲された鉄槌は、回転しながら飛んでいる。

『――ッ!!』

 その鉄槌に向かって、紅蓮は拳をぶつけた。ゴクオーの力と紅蓮の力が合わさり、鉄槌に更なる加速が加わる。

「突き破れ――ッ!!!!!!!」

 鉄槌が怨霊玉に当たる。高速回転しながら、怨霊玉を抉る。ぶつかり二つのエネルギーの摩擦が、火花を散らした。

544akiyakan:2013/02/08(金) 14:38:53
「無駄だ! 貴様ら数人の力を合わせたところで、この怨恨は止められん!」
「ぐ……うぅぅ……」

 音波砲を撃つハヤトの身体がぐらつき、咄嗟に支える。

「大丈夫か、ハヤト!?」

 音波砲を放っている為、声で答える事は出来ない。しかし、辛そうだ。額に脂汗が浮かんでいる。

 その時だった。自分達を後ろから支えてくれる気配があり、シスイは振り返った。

「大丈夫か!」
「手を貸すぞ!」

 そこには、百物語組が集まっていた。飛び道具の使える者は怨霊玉への攻撃に加わっており、それが出来ない者はシスイらを支え、少しでもダメージを抑える為か結界を張っている。

「ここで我らが負ける訳にはいかない!」
「怨恨に……死者の感情に、今を生きる者が害される事など、あってはいけないのだ!」

 皆、絶望的な状況だが、必死だ。必死に生きようと、死に抗っている。

 そして、

「何!?」

 僧侶の驚愕する声が聞こえた。見れば、鉄槌の当たっている部分を起点にして、怨霊玉の形が少しずつ崩れ始めている。

「あそこだ!」
「みんな、あの鉄槌を狙え!」

 一点突破、否、一点収束。鉄槌を中心に、この場にいるすべての者の力が、想いが、収束していく。

「いけえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「ぶち破れえぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 一つになった想いが、

「ば――」

 死の化身を、

「――馬鹿なッ!?」

 打ち破った。

 漆黒の太陽が崩れる。鉄槌のある場所を中心に、まるで渦を描く様に砕けた。砕けた怨嗟の塊は、すぐに胡散霧散に消えていく。

「ゆけえぇぇぇぇぇぇぇぇ、タマモおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 ゴクオーが叫んだ。その声が合図であったように、怨霊玉が砕けて出来た道を、瘴気を纏ったタマモが駆け抜けていく。瘴気で出来た九尾の狐が走る。

「く……妖狐!」
「今度こそ、おりんを――」

 前足を振る。構成力が弱まっていたのか、その一撃で進行を阻もうとしていた三本の首が切り落とされた。そのままの勢いで、一気に大蛇の胴体に食らいつく!

「――返してもらうぞ!」

 ぶちぶちと皮を引き千切り、肉を掻き分ける。廃材で出来た骨を押しのけ、その内側にある心臓を捉える。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 最後の抵抗とばかりに、心臓から無数の触手が生えてタマモの身体に絡み付こうとした。だが、タマモの纏う瘴気に充てられ、すぐにぐずぐずと腐り落ちて行く。タマモは咥えた心臓を思いっきり引っ張り、胴体と繋がっている最後の管を引き抜いた。

 オォォォォォォォォォォォォ……

 動力源であり、大蛇の魂を現世に繋いでいた楔を失った大蛇は、その身体をもはや維持出来なかった。復元とは真逆の現象が、身体の端から起こる。ぶすぶすと煙を上げながら、大蛇の身体が腐敗を始めていた。

 地響きを上げながら、大蛇の身体が倒れる。肉はすべて塵となって消え、後に残ったのは廃材で構成された骨格だけだ。

 タマモは纏っていた瘴気を解除し、元の姿に戻った。その腕にはしっかりと、「りん」の身体を抱き抱えている。

「……やった」

 誰かが、そう漏らした。堪えきれなくなったように、耐え切れなくなったように。

「ぃ――やったあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 歓声がそこら中から上がる。ある者は手を叩き合い、ある者はお互いを抱き締め合い、喜びを露わにする。

 勝った――そう、勝ったのだ。八岐大蛇に、死の化身に、自分達は勝利したのだ。

 朝日が昇り、大地を照らす。光に追い出されるように、宵闇が消えていく。



 <そして朝日が昇る>



(それはあたかも、)

(ここは死者のいるべき場所ではないと言う、)

(天照大神の言葉にも、)

(思えた)

545スゴロク:2013/02/08(金) 17:02:36
「命の意味、想いの意味」の続きです。そろそろ時間軸整理をすべきですかね。



スザクの問いには、誰も応えることが出来なかった。唯一回答を持つアオイも、それを口に出すことは出来なかった。
母・琴音は精神体。つまり、心だけの生命体だ。それでも今までは、自分のみで存在が完結していたがために、大きな問題は起きずに済んでいた。
それが、スザクの身体に憑依したことで、事情が変わった。

かりそめとはいえ肉体を得たことで、精神体として独立していた存在が、核となる魂のみに還元され、それがためにスザクの魂が弾かれ、存在が乗っ取られつつあった。

今回ブラウが提唱した案は、スザクの魂を呼び覚まして引き戻し、蘇生させるというものだった。……だが、その場合、今度は琴音の魂が弾かれ、肉体から抜け出ることになる。そして、肉体を失った魂がどうなるかと言えば……。

「……お母さんは……」
「…………」

口に出してしまえば、それを認めるようで言えないアオイだったが、スザクも、他の者も、それで事情を察した。行動を開始する直前、わずかにアオイが見せた逡巡の意味と共に。
スザクは何も言わず、しがみついたままのアオイの手を握った。

「…………」

誰も、口を開かない。立っているのに疲れたのか、ゲンブやランカが座り込み、アズールが狐の姿に戻る。
スザクの右腕を抱えたまま、トキコが気遣わしげな目線を向けて言った。

「……ママさん、行っちゃったの?」
「…………そうみたいだ」

聞いて、答えた瞬間、スザクの心に虚脱感が襲い掛かった。母がもういない。その事実が、彼女に少しの寂寥を覚えさせていた。

(母さん……)

カチナに倒され、死んだはずの自分を生かしてくれた母。その彼女がいなくなったということを、スザクは認識



「――――え? ちょっと、どうして?」



―――せざるを得なかったはずが、二階から聞こえてきた素っ頓狂な声に中断を余儀なくされた。スザク当人とアオイは覚えがなかったが、シスイとトキコはその声を知っていた。

「トキコ、今の声って確か……」
「ママさん、だよね……? 屋上で話した時はあの声だったし」

顔を見合わせる二人。見に行った方がいいんじゃないか、とシュロが言いかけた時、声の主が階段を駆け降りて来た。

「これっていったい……あら。スザク、目が覚めたのね」

そこにいたのは、山吹色の髪をした20代後半くらいの女性だった。どことなくアオイに通じる雰囲気を持っており、顔立ちや体形はスザクに良く似ていた。ただ、女性の方は目つきが穏やかで、若干垂れ気味になっており、優しげな印象を与えていた。

「……え、と、どちら様で?」

何とかそう呼びかけたアズールに応えたのは、一瞬早く自失から立ち直ったマナだった。それでも驚愕は隠せなかったが。

「……何と言うか、お久しぶりです、琴音さん」
「マナちゃん? そっか、みんな来てくれたのよね、ありがとう。……それにしてもどうして……」

返事を返して礼を言いつつも、女性――――琴音は首を捻らんばかりに怪訝な様子だった。どうして自分がここにいるのかがさっぱりわかっていない様子だ。
火波姉妹は突然の母の帰還に、喜ぶよりもただ呆気にとられていた。色々と認識が二転三転し過ぎ、反応が追い付いていない。

「……お、お母さん? 何で……」
「アオイ。確か、母さんはいなくなったはずじゃ……?」

それに答えられる人間は、今ここにはいなかった。それなりに場数を踏んだゲンブも、結構な物知りであるマナも、これには回答の術を持っていなかった。何となく気まずい沈黙をどうにかしようと、ランカが口を開いた。

「と、とりあえず、お茶でも飲まない?」
「ブランカ……ここって姉貴の家じゃなかったか?」

546スゴロク:2013/02/08(金) 17:03:16
効果は覿面だった。
ランカが提案するや否や、至極常識的な突っ込みを入れるシュロを横目に琴音とアオイがてきぱきと動き、3分後には人数分のハブ茶が仕上がっていた。ただ、なぜかスザクの分だけはほうじ茶だったが。

「……なんで僕だけ?」
「ごめんね、お姉ちゃん……はぶ茶、さっきので切らしちゃって」
「もうなくなったのか!? ……しょうがないな、後で買い足しとくよ」

いつもと違う、しかしいつもと同じやり取りを交わす姉妹。既にテーブルについた者や、ソファにかけた者も、手に手に湯呑みを取って頭の中を整理しようと努めていた。
混乱極まる沈黙、というおかしな状況を破ったのは、シスイだった。

「琴音さん、聞いてもいいですか」
「私がどうしてここにいるか……ね?」

全くその通りだったので、質問を先取りされたシスイは無言でうなずく。それはこの場の誰もが知りたいと感じていたことであったので、特に反対は出なかった。むしろそんな奴がいたらおかしいが。

「よく覚えてないんだけど……綾斗さんに会ったような気がするわ」
「お父さんに?」
「ああ……じゃあ、やっぱり父さんは行っちゃったのか……」

ぼそりと呟いたスザクに、いつの間にか湯呑みを空にしていたゲンブが話しかける。

「スザク。お前、父親に会ったのか?」
「うん。おかげで僕、本当に自分が死んだと思ったよ。だって、父さんはずっと前に事故で死んじゃったはずだろ?」
「まあ……死んだ人に出会えば、そりゃ幽霊か、さもなければ自分が死んだと思うでしょうなぁ」

微妙な顔で言うアズールをよそに、琴音は首を傾げつつ、思い出し思い出し語る。

「私も一緒に行きたかったけど……あの人は、私に生きて欲しい、って……そうしたら……」
「いつの間にか部屋にいた?」

マナの問いには、一つ頷くことで肯定する。

「それってお母さんと同じ……?」
「んー……でも、アカネさんは体ごと異空間に放り込まれてたんだろ? 琴音さんは一度は死んだわけだし、完全に同じってわけでもないような」
「確かに……ね、またアルマさんに見てもらう?」

これにはゲンブが待ったをかけた。

「それは出来ん。今、奴は俺とスザクを襲った相手についての調査を進めている。現状手が離せん」
「そっか……」
「……だが、検査は必要だ。スザク、明日、ウスワイヤに来てくれ。シノと教官にこの一件の報告をしに行くんだが、そこで2日程時間をもらう」
「……わかった。母さんは?」
「出来れば来てもらいたいところだが」

琴音に目を向けると、「わかったわ、明日ね?」と首肯した。話がとりあえずにでもまとまったのを見計らい、ゲンブは湯呑みをコト、とテーブルに置いて立ち上がった。

「忙しなくて失礼だが、俺はここでお暇させてもらう。報告は速い方がいいのでな。シュロ、お前も来てくれ」
「わかったよ、兄貴」
「シスイ、お前も……」
「すみません、俺は無理です。ちょっと、調べたいことがあるんで」
「何? 何だ」

問うが、シスイはこう返した。

「まだ、不確定なので……能力者絡みか、超常現象絡みか、そうでないのかもまだわからないんです。だから、まずは俺の方から調べを入れて見ようかと」
「そうか……わかった。事が済んだら、簡素にでも報告は仕上げておけよ」

わかりました、とシスイは頷き、次にスザクに目を向ける。

「スザク」
「ん?」
「……また明日、学校でな」
「……ん」

それだけ言うと、足早に火波家を後にした。トキコの「鳥さんは私のだからね!? そこ忘れちゃやだよ!?」と言う叫びを後に引きつつ。

547スゴロク:2013/02/08(金) 17:08:48
全員が帰宅する頃には、すっかり日が暮れていた。お茶の片付けをする琴音を見ながら、スザクは久々に見たような気がする妹と話をしていた。

「それにしてもさ……お前、そんな喋り方だったかな?」
「元々はこうだったんだよ? ツバメ叔母さんのお客さんの真似であんな喋り方してたんだけど、今考えたら何で普通にあんな口調が出来たのかな、って」
「ふぅん……僕は、ああなる前のアオイは知らないからな。何か、今の方が違和感あるというか。その内慣れると思うけど」

今までと異なり、年頃の少女らしい物腰のアオイに若干戸惑いつつ、未だ薄い生還の実感と共に言葉を交わす。
そこへ、片づけを終えた琴音が戻って来た。

「二人とも、明日は学校でしょ? 早く寝なきゃだめよ」
「「はーい」」

図らずも子供のような返事が見事にハモり、思わず顔を見合わせて笑った。





――――時同じくして、ウスワイヤ。

「……以上が今回の経過です」
「そうか……生還したならばいい。だが、これでますます、あの男を放置できなくなったな」

ゲンブからの報告を受けた獏也は、真剣な面持ちでそう呟いた。その内容に心当たりのある、他ならぬ「その男」の報せを持ち込んだ当人であるシュロが尋ねる。

「七篠さん、それってやっぱり……」
「ブラウ=デュンケルだ。敵対行動こそとってはいないが、これからもそうだという保証はない。何より、狙いも目的も大雑把にしかわかっていない。その辺りを明らかにする必要はあるだろう」
「では、七篠教官。この後はどうしますか」

しばし考え、言う。

「警戒はしておけ。次にコンタクトが取れたならば、最低でも目的だけは聞き出してくれ」




窮天勅化

(ひとまずの収拾)
(残された謎)
(それでも、一つ終わった)

(朱雀と玄武もまた、変わった)




しらにゅいさんより「トキコ」akiyakanさんより「都シスイ」クラベスさんより「アン・ロッカー」(六x・)さんより「アズール」ネモさんより「七篠 獏也」紅麗さんより「シュロ」をお借りしました。自キャラは「火波 スザク」「火波 琴音」「火波 アオイ」「ブランカ・白波」「水波 ゲンブ」です。スザク&琴音さん、生還です。スザク関連はもうちょっとだけ続きます。

548えて子:2013/02/13(水) 21:49:36
六つ花シリーズ。
ヒトリメさんより「コオリ」、Akiyakanさんより「ロイド」をお借りしました。


「……♪…………♪」

今日は、おかいものに行ってきた。
こんぺいとがなくなったから、買ってきたの。
こんぺいとは、たいせつ。
だから、いつも持っていたいの。

「おねえちゃん、こんぺいとうのおねえちゃん」
「…コオリ」

歩いてたら、アオ、よばれた。
コオリは、アオのこと「こんぺいとうのおねえちゃん」ってよぶの。

「こんぺいとうのおねえちゃん、なんだかうれしそう」
「うれしそう?」
「うん。いいこと、あったの?」

アオには、『うれしい』が分からない。
でも、いいことなんだね。

「こんぺいと、買ってきた。コオリも、食べる?」
「たべる」


コオリといっしょに、座ってこんぺいと、食べた。

「おいしいね」
「うん。おいしい」

こんぺいとは、おいしい。
コオリといっしょに食べると、もっとおいしい。
何でだろう。不思議。

「…聖なるマリア、我らが母よ…♪」
「?おねえちゃん、そのうたなあに?」
「?……わかんない」

『うれしい』から、歌いたくなったのかな。
なんで、この歌だったんだろう。

「…コオリも、歌う?」
「……うん」

二人で、アオの覚えてる歌を、歌ったの。
不思議な歌。あったかい歌。

「お。二人ともご機嫌だな」
「あ、とらのおじさん」

歌ってたら、後ろから人が来た。
ええと…そう。ロイドってひと。
『みれにあむ』ってところのひと。

「ロイド、どうしたの?」
「ん?いや、特に用ってわけじゃあないんだが…歌が聞こえたからな」
「うた?こんぺいとうのおねえちゃんのうた?」
「アオの歌じゃないよ。アオが覚えてる歌」
「どっちでもいいさ。…なあ、その歌どこで覚えたんだ?」
「知らない。アオ、覚えてた」
「そうか…」

ロイド、そう言ったきりだまっちゃった。
どうしたんだろう。

「…ロイド?」
「とらのおじさん、どうしたの?」
「………ん?いや、何でもない」
「そう」
「…なあ。もう一度、その歌聞かせてくれよ」
「さっきの歌?いいよ」

ロイドは、この歌好きなのかな。
アオは「好き」ってよく分からないけど。

それとも、あったかい歌だから、聞きたいのかな。
不思議。


六つ花の歌−Magdalene Song−


(聖なるマリア、我らが母よ)
(善き者に救いを、悪しき者に罰を)
(マグダラの民に祝福と加護を与えたまえ)

(我ら聖母の御子、悪しき世界を断罪せん)

549えて子:2013/02/14(木) 20:50:48
今日はバレンタインということでそれに即したお話を…と思いましたが思いのほか長くなったのでいくつかに分けます。
お話の中ではずっと14日だと思ってください。

ヒトリメさんから「コオリ」、サイコロさんから「桐山貴子」をお借りしました。


今日は「はっぴーばれんたいん」っていう日なの。
チョコレートをいろんな人に配る日なんだって。

だから、アオも配る。
たくさんの人に配ると、いいんだって。
チョコレート、たくさん必要、だね。


「コオリ、大丈夫?」
「うん、だいじょうぶ」

コオリといっしょに、チョコレートを作る。
先生は、タカコ。

最初は、チョコレートを袋の中に入れてばんばん叩くの。
そうすると、こなごなになって溶けやすいんだって。

「タカコー、こなごなになったよー」
「そう?じゃあ次は…チョコを湯煎で溶かす工程ね」
「ゆせん?」

ゆせんって何だろう。
はじめて聞く言葉。

「コオリ、しってるよ。おゆでとかすの」
「お湯でとかす?………こう?」
「ストーーーーーーーーーップ!!!お湯をチョコに入れるんじゃなくて、お湯の熱でチョコを溶かすの!!」

お湯はあったかいから、チョコレートが溶けるんだって。
お湯を入れるんじゃないんだ。


ゆせんが終わったら、型に入れて『でこれーしょん』して、れいぞうこで固めるの。
固まったら、できあがり。
「おてがる」って言うんだって。

「できたね」
「できたね」
「たくさんできたね」
「たくさんの人にくばれるね」

チョコレートを、きれいな袋とリボンでかざったの。
一番きれいなチョコレートを一番きれいにかざって。

「タカコ、あげる」
「…え、私?」
「お勉強の、お礼。はっぴーばれんたいんなの。ね、コオリ」
「ねっ」
「ね、って言われても…ううん。ありがとうね」

タカコ、もらってくれた。
よかった。


きれいにかざったチョコは、リュックサックの中に入れたの。
たくさんあるから、こうやって持っていくの。
コオリも、お手伝いしてくれるから、いろんな人に配れるね。

「コオリ、じゅんびできた?」
「うん。コオリ、だいじょうぶよ」
「じゃあ、しゅっぱーつ」
「しゅっぱーつ」

チョコレート配りのたびに出るの。
最初はどこに行けばいいかな。


白い二人のバレンタイン〜始まり〜

550えて子:2013/02/15(金) 21:58:26
白い二人のハッピーバレンタイン・その2。
ヒトリメさんから「コオリ」、びすたさんから「ロゼ」、十字メシアさんから「最文 鈴子」「マキナ」、スゴロクさんから「クロウ」、Akiyakanさんから「ジングウ」「サヨリ」「レリック」、紅麗さんから「ミューデ」名前のみ「アザミ(リンドウ)」をお借りしました。


「見つけた人から、あげればいいね」
「うん」

ホウオウグループは、アオとコオリがいる場所。
はっぴーばれんたいんは、お世話になってる人にチョコレートあげると、いいんだって。
だから、グループの人たちに、あげることにしたの。

歩いてたら、ロゼに会った。
ロゼにも、はっぴーばれんたいん、するの。

「ロゼ、ロゼ」
「あら、二人とも。どうしたの?」
「これ、あげるの。こんぺいとうのおねえちゃんとコオリでつくったのよ」
「…私に?」
「うん。はっぴーばれんたいんのチョコレート」
「…そう。ありがとう、嬉しいよ」

ロゼ、『わらう』って顔をした。
『うれしい』とわらうんだね。

「たくさん荷物があるみたいだけど、他にもあげる人がいるの?」
「うん。たくさんの人に、はっぴーばれんたいんするの」
「そうなの。気をつけるんだよ」
「「はぁい」」

ロゼ、これからお仕事なんだって。
だから、さようならした。


次は、モブ子とクロウに会ったの。
二人にも、はっぴーばれんたいんした。
「まあ」「クロウ君には」「いらないだろうけどねえ」って、モブ子は言ってたけど。
何でだろう。

「からすのおじさん、チョコレートきらいなの?」
「……そういうわけではない」
「じゃあ、はい」
「…ああ」

コオリのあげたチョコレート、クロウももらってくれた。
はっぴーばれんたいん、だものね。


次は、千年王国の人たちにはっぴーばれんたいんした。
ジングウと、サヨリと、レリックと、マキナと、…いっぱい。

「おや、私たちにもですか?それはありがとうございます」
「ありがとうございます!ほら、りーちゃんもお礼」
「ありがとー」

みんな『よろこぶ』ってしてくれてるみたい。
よかった。

「ミューデも、どうぞ」
「ありがとう。……あ」

ミューデのチョコ、こおっちゃった。

「…大丈夫。温めれば溶けるから」

ミューデは、あっためたりこおらせたりできるんだね。
不思議。


たくさん配ったけど、まだチョコレートはたくさんあるの。

「いないひとも、いるのね」
「きっと、学校に行ってる人たち、だね」

学校に行ってる人は、帰ってくるまでわたせないね。
どうしよう。

「……とどけにいくのよ」
「うん」

リンドウは学校に来ちゃだめって言ってたけど、いっか。
はっぴーばれんたいん、だものね。


白い二人のバレンタイン〜ホウオウグループ編〜


「がっこうって、どこにあるの?」
「アオ、知ってるよ。こっち」

551紅麗:2013/02/17(日) 03:10:53
「「異端者」と「異能者」」の続きになります。
SAKINOさんより「カクマ」akiyakanさんより「AS2」名前のみ「都シスイ」サトさんより「ファスネイ・アイズ」
名前のみスゴロクさんより「夜波 マナ」えて子さんより「十川 若葉」
自宅からは「榛名 有依」「高嶺 利央兎」「アザミ(リンドウ)」です。



「はい、ゴメンナサイ」
「反省してるならいいけど、今度から気をつけてよ?」
「わかりました…」

 ユウイがあの能力者、「カクマ」と出会った直後のこと。
授業をサボり屋上で争っていた(?)二人は教師である「十川 若葉」に職員室まで連行された。
だが此処、職員室にはカクマの姿はない。どうやら教師の隙を付いて逃げ出したようだ。なんという奴だ。
何故自分だけがこんな風にお叱りを受けなければならないのか。そもそも事の始まりはカクマが攻撃を仕掛けてきたからであって――。
いや、まぁ「サボり」っていうのは否定できないからカクマに対して色々と苛立つのは可笑しい気もするが。
なんとなく、悔しい気持ちがふつふつと湧き上がってきたユウイであった。

「ユウイ、何かあったの?」
「はい?」
「いやー…ちょっと元気なさ気な感じに見えたからさ、悩み事でもあるのかなって」
「あー」

 アザミに顔を覗き込まれる。その時に彼の持っているたくさんの資料が見えた。
それから机上にある紙。それらに書いてあるたくさんの文字、それは全て、彼直筆のものだった。どこかのクラスのテストの答案らしい。
丁寧に丸が振られており、間違えたところには「どうしてそうなるのか」という理由が書いてあった。
もしかして、一人一人の答案をこういう風に丁寧に見ているのだろうか。だとしたら、物凄い気力だ。
本当に生徒思いなんだろう。

「無理しないでね?ユウイが頑張ってるの、みんなわかってるから」
「……、」
「相談ならいつでも乗るしさ」

 まぁ、クラス担任じゃあないけど…。そう言いながらアザミはくしゃりと、困ったように笑って見せた。
その柔らかい笑顔、それから生徒思いな性格に、ユウイはふっと肩の荷が降りるのを感じた気がした。
もしかすると、この人なら、自分の話を信じてくれるかもしれない。
そんな思いが心の中を埋め尽くす。とにかく、このわけのわからない苦しみから逃げ出したかった。
リオトに話をすれば一番いいのかもしれないけれど、リオトにはもう心配はかけたくない。
マナに相談してみようか――? イイヤ、マナにはこの前相談に乗ってもらったばっかりではないか。
確かに味方だとは言ってくれたけれど、それに縋っていては成長しないだろう。
今まで散々迷惑をかけてきたんだ、自分のことは自分で、と強く言い聞かせる。

しかし、だ。今まで人に「依存」し続けてきた人間が、いきなり「自立」するなんて、それは到底無理な話である。
自分が何であるかもわからないなんて、そんなのは嫌だ。誰か、ああもう誰でもいい、この苦しみをわかってもらいたい。
そんな思いが爆発しそうだ。誰でもいいから、疑わずに、笑わずに、馬鹿にせずに、自分の話を聞いて!

「あの…っ、先生、アタシ――!」

552紅麗:2013/02/17(日) 03:13:17
「アザミ先生、教科書忘れていきましたよ」
「え、あぁ――ありがとう。わざわざ届けてくれたんだね」

 ふわり、と視界の端に映りこんできたのは青く美しい髪。
ユウイと同じクラスであるスイネがアザミの忘れ物を届けにきたらしい。ユウイの言葉を遮る様に割り込んで来た為、ユウイは口を噤むしかない。
正直な話、とても邪魔だと思った。やっと、やっと自分はこの苦しみから解放されると思ったのに。

「それじゃ、わたしの用事はそれだけなので。――そうだ、ユウイさん」
「ん?」
「ちょっと話したいことがあるから、一緒に来てくれる?」
「あぁ、うん。スイネさんがアタシに用事って珍しいな」

 しまった、とユウイは思った。どうして頷いてしまったのだろう。
どう考えてもここは「自分の話をアザミに聞いてもらう」ということを優先するべきではないか。
しかし、発した言葉の後半の部分は事実だ。スイネがユウイに用事だなんて本当に珍しい。
ほぼ接点のないこの二人。何かあったといえば一緒に旅行に行ったぐらいだろうか。そこでもあまり話はしなかったが。

「ユウイ、また困ったらおいで?」
「ありがとうございます」

すたすたとスイネが足早に職員室を出て行ってしまったので、ユウイもそれに続いた。



(―――チッ、あいつ…折角の研究材料を)

 静かに職員室の扉が閉じられた後、アザミはゆっくりと自分の椅子に深く腰をかけた。。
聞いたところによると、榛名有依は人間が最も恐れる「致命的な力」がそのまま武器になる能力「ナイトメアアナボリズム」を所持している。
さっきの悩み事はもしかすると、「ナイトメアアナボリズム」が関係することだったかもしれないのに――!
悔しさで思わず素の表情が出そうになるがそれを押し殺し、冷え切ったコーヒーを一気に胃へと流し込む。

「せーんせ、あったかいコーヒー淹れてきましょうか?」
「あぁ、頼むよ」
「全くもー、そんないらいらしないでさァ、もっと気楽にいこうよ、気楽に、ね?」
「――!……あぁ、お前か」

 半ば流し気味に問いに答えたので、気付くのに少し時間がかかってしまった。
へらへらとした口調の主は、2年2組の都シスイと瓜二つの少年、「アッシュ」
だがその性格は全くと言っていいほどに違う。
くつくつと喉を鳴らして笑いながらコーヒーカップを手に取り、机の上にひょいっと乗っかった。

「なぁに?獲物逃しちゃった?」
「まぁ――そんなところだ」

 ナイトメアアナボリズムには未だ謎が多い。
ホウオウグループ内にもアナボライザーはいるが、それでもまだまだ足りない。
より多くのアナボライザーを集め、より多くの研究結果を出す必要がある。
わけのわからない死人達を傍に置くのは少々気味の悪いものがあるが。

「ユウイちゃんねぇ――見たところ、そんな強いもの持ってるようには見えないけど」
「俺もそう思うが、なんせ「死人」だからな。いつ何を起こすかわかったもんじゃねぇ…あいつ、見張れねぇのか?」
「リオ君がいるじゃない」
「あ"ーそうだった」

 アザミ、いや今はリンドウと呼ぶべきか。彼は思わず机に突っ伏した。
そうだ。見張り、なんてレベルじゃない。もはやストーカーとも呼べる奴が近くに存在していた。

「ま、落ち込まずにお仕事頑張って下さいよ、リンちゃん」
「うるせぇ」

その名前で呼ぶんじゃねぇ、とリンちゃんことリンドウは彼の頭を叩いた。

553紅麗:2013/02/17(日) 03:15:26

「あの、スイネさん?」
「何かしら」
「何かしらってアンタがアタシに用事があるって…」
「あぁ あれ。 ごめんなさい、あれは嘘よ」
「はい?」


「嘘ってなんでそんなこと――」
 
 怒りを通り越して呆れの感情さえ生まれた。変わった子だとは思っていたが。
折角の「自分の体に起こっている謎の現象」についてを話す機会が奪われてしまったのだから。

「なんで、ですって?そんなの簡単じゃない。貴方が嫌そうな顔をしていたから、だわ」
「嫌、ってアタシが?」
「だからそうだって言ってるじゃない。どうして聞き返すのよ」
「う――」
「――まぁ 個人的にアイツが好かないっていうのもあるけれど」
「え」
「あぁ ゴメンナサイ、今の発言は忘れてもらえる?」

 両目を閉じながらひらひらと両手を振り溜め息をつくスイネ。
スイネは元々ホウオウグループだ。彼、アザミ――リンドウの姿は見かけたことがあるのだろう。
スイネ――ファスネイ・アイズはホウオウの『所有物』であったため、その存在を知るものは多くなかった。
リンドウがスイネを知らないのも、それが理由だろう。


「あなた、先生が相談に乗るって言ってくれたときどんな気持ちだった?」
「そりゃあ、嬉しかったよ」
「嘘ね」
「そ、そう思ってるなら聞くなよ!じゃなくて、そんな アタシ嫌だなんて」

「自分のしている表情は自分じゃなかなかわかりにくいものよ。
さっきの貴方は明らかに眉間に皺が寄って――目を先生から背けていた。」
「それは嫌なことを思い出したからで」
「じゃあその後片足を一歩分後ろに下げたのは何故かしら
まるで――先生から逃げるような体制をとったのは何故かしら?」

スイネに詰め寄られ、つい息が詰まるユウイ。
視線を、交わすことができない。

「あたし…違う、アタシは、アタシは」
「――わたし、弱い人は嫌いよ」

 今にも泣きそうな表情を浮かべているユウイだったので、一発喝を入れてみたスイネ。
泣かれるのが怖かったのだ。泣かれたら、どう対処していいのかわからない。
しかし逆効果だ。ユウイは下を向いたまま動かなくなってしまった。

「…これだけは言っておくわ。アザミに自分のことを安易に話さないほうがいいわよ」
「え、なんで」

あんなにいい先生なのに、と反論したそうにユウイは顔を上げる。

「――カンよ、カン わたしのカンは結構当たるの」
「カンって」
「とにかく、気を付けて、ってことよ」

ふわり、と青の美しい髪を揺らしてユウイに背を向けた。

「それから、相談事をするなら、もっと別の人がいいと思うわ」

「例えば――そうね、生まれたときからずっと一緒にいる人、とか」
「あ…」
「あなた、何に追い詰められているのかわたしにはわからないけれど…
一人でなんでもしようとすると、いつか必ず潰れるわ。 人に「頼る」っていうことは悪いことじゃないとわたしは思う」

 そこで、ユウイは完全に言葉を失った。
そうだ、いるじゃないか。いつでも支えてくれて、自分の味方で、神様のような存在。
自分が一番、一緒にいて安心できる人たちが。

ぼーっとしていたのか、気付けばスイネはもう階段を上がり終えていた。
慌ててユウイは階段を駆け上がる。

「ちょ、ちょっと待ってよスイネさん!…その、ありがと…」
「その「さん」っていうの止めてもらえる?」
「え、そっちだって「ユウイさん」って呼ぶじゃないか」
「………くっ」
「なんでそんな悔しそうな顔するの」
「煩いわね!早く教室に行くわよ、ユウイッ!」
「……!うん!」



神の子と、


(―――「家族」、)
(わたし、どうしてあの子にあんなことを言ったのかしら)
(ふしぎで、しかたがないわ)

554紅麗:2013/02/17(日) 03:17:34
ユウイ連載に関わるちょっとした会話文を。
SAKINOさんより「カクマ」砂糖人形さんより「ショウタ」名前のみ本家より「ケイイチ」をお借りしました!
自宅からは「浅木 旺花」です。


放課後 いかせのごれ高校・校門前


「なー、知ってるか?オウカ」
「何がー?」
「この近くに「色のない森」ってのがあるんだってよ」
「?なんじゃそりゃー」
「その名の通り「色」がないらしくてなー、その森」
「はー、気味悪いね」

「そ、だから誰も近付こうとしないんだと」
「そりゃそーだよ、僕なら絶対行かない」
「ただ、その森な、昔はすごく綺麗だったらしいよ。所謂デートスポット、みたいな」
「昔ってどれくらい?」


「…………昔」
「……わかんないならわかんないって言えばいいのに」


「で、さ。森の奥には大きな木があって、ついでに祠もあったんだって」
「ふーん、今はどうなってんの?」
「シラネー。人から聞いた話だから」
「まぁ、そうだよねー」


「「あ」」

「今通った人、すっごくいい匂いしなかったか?」
「うん、僕も思った石鹸、みたいな」



「おーおー、二人で何おもしろそーな話してんの?俺も混ぜろよー」
「うわっ、カクマだ。後ろからいきなり声かけないでよ…。
今日は学校来てたんだね。 ケイイチ達と一緒にいないから今日は休みかと思ってたよー」
「(面倒なのに捕まっちゃったなぁ…)「色のない森」って言われてる森があってさ…」
「警察も手つけてないんだよね?やばー」
「ほほぉ〜、…魔物とかいたりして」
「あははー、ないない」
「そんなゲームみたいなことあるわけねーって!」
「ですよねー」


「(実際、そんな感じの見たことあるなんて言ったらダメだよね。
興味本位で行くことになったりとかしたら危ないもん。カクマならやりかねない)」
「(魔物て…ゲームじゃないんだから、ないない。…ない)」
「(「色のない森」、ねぇ…)」


予兆

555スゴロク:2013/02/17(日) 11:06:17
「窮天勅化」の続きです。早く他の人の話に追いつかねば……。
今回akiyakanさん考案の「デッド・エヴォリュート」を使用して見ました。だ、大丈夫かな……。



「おう、来たか」

スザクを巡る一件の翌日。学校から帰宅した姉妹を加えた火波家の3人は、ゲンブの連絡を受けてウスワイヤを訪れていた。
何度か足を運んだことのある姉妹は平然としていたが、琴音は溜息をつきつつしきりにあちこち見回している。

「これがウスワイヤ……」
「母さん、あんまりキョロキョロしないでくれよ」

さっきから何度かスザクが注意しているのだが、その都度生返事で聞き流される。いい加減無駄だと悟ったのか、大きく息を一つつき、それ以後は何も言わなくなった。
歩くこと数分、訪れたのは訓練区画だった。中にいたのは、どこか草臥れたよう印象を持つ、アースセイバーの指導教官にして監督役、七篠 獏也。

「教官、全員そろいました」
「ああ」

4人が挨拶しつつ入室すると、「早速だが」と用件を切り出した。

「今回来てもらったのは、スザク……お前に関する件だ」
「一度死んで生き返ったから、ですか」

そうだ、と首肯する獏也。その脳裏に浮かぶのは、最近起きた似たような事例。

「そのような例となると、さすがに例が僅少なのでな……こちらとしても放っておくわけにはいかん」

言いつつ、獏也はちらりとスザクとアオイの後ろに佇む山吹色の髪の女性に目線を投げる。

「琴音女史に関しても同様だ」
「……まあ、母さんは一度は確定で死んでるわけだしな」
「そういうことだ」

では、と獏也は本題を切り出す。

「スザク、お前にはこれからここでゲンブと模擬戦を行ってもらう。戦闘系の能力所持者である以上、状態の変化が顕著に表れるのは戦いだからな」
「要は最初の時のデータ取りと同じですか……了解」

一言答え、スザクは先に待機していたゲンブと向き合う。それを確認しつつ、獏也は今度は琴音に話しかける。

「ご足労感謝する。手短に言うが、あなたには検査を受けてもらいたい。つまり……」
「通常の人間と今の私、どこがどう違っているのか、ですね」

言おうとした事柄を先取りされて若干面食らったものの、獏也は平静を保ちつつ言う。

「……その通りだ。話が早くて助かる。シノ、案内を」
「了解っす。では琴音さん、こっちへどうぞ」

シノに連れられて琴音が別の場所へ向かったのを見送り、獏也は模擬戦の場に目を戻す。

「む…………」

556スゴロク:2013/02/17(日) 11:06:49
既に戦いを始めていたスザクとゲンブ。だが、獏也の眼に今映るその光景は、かつてのそれとは明らかに違っていた。
ゲンブの方に変化はない。少なくとも、目立ったものは。
だが、スザクの方は明らかに様子が違っていた。以前とはまるで違う。彼女の能力は「龍義真精・偽」という、ケイイチの能力の近縁種だったのだが、獏也の記憶にあるそれとはそこかしこが異なっていた。
真っ先に目についたのは幻龍剣だ。本来あの剣は、龍が口を開いたような柄からエネルギーの刀身を出力し、それが拳に接続されることで振るわれるものだ。だが、今スザクが振るっている剣はそれとは違う。

「何だ、あれは」

柄の形状が違っていた。まるで、真っ赤なクチバシのような形に変わっている。刀身の方も密度が増しているのか、長さが以前より少し伸び、振るわれる軌跡や空を裂く音がより実在感を伴っていた。
次に、時折展開している龍義鏡。あれも本来は丸いエネルギー体であり、ケイイチのオリジナルはエネルギーを、スザクのものは実体を跳ね返す……のだが、今開かれたそれは、楕円の形状を取ったエネルギー場であり、しかも表面に何かしらの模様が刻まれているのが一瞬だけ見えた。そしてそれは、

「!」

全力で振るわれたゲンブの鉄拳を、こともなげに弾きかえしていた。

「……何という防御力だ」

直感だが、今のあれならエネルギーでもある程度防げるようだった。
そして、さっきから見ていて気付いた違和感。
スザクの防御をかいくぐり、ゲンブは何度かその体に攻撃を叩き込んでいる。その都度スザクは吹き飛ばされて壁に叩きつけられるのだが、そこからノータイムで反撃に移行している。いかな特殊能力者と雖も、人体の構造が変わるわけではない。あれほどの勢いで叩きつけられれば、肺の中の空気が逆流して一時行動不能に陥る。最悪、それで意識がなくなっても不思議ではない。
少なくとも、今のように叩きつけられた反動を利用してダッシュをかけることは不可能だ。

「……そうか、あれか」

しばらく見ていて、獏也はスザクの異様な耐久力の正体に気付いた。ようく見ると、スザクの身体の周囲を赤い光のようなものが薄く取り巻いている。
どうやら、あれが攻撃を受けた際の衝撃やダメージを吸収し、スザクまで届かせていないようだ。

「ふむ……シスイの『天子麒麟』のオーラと似たようなものか」

彼の「天子麒麟」は自身の身体能力を爆発的に強化する他、火や風など、自然界の物質を強める働きを持つ。スザクの纏うオーラはそれとは違うものの、自分の強化という点では似ていた。

「防御にのみ特化したオーラ……なるほど、あれは龍義鏡の変形か。それにあの攻撃力……」

こうして見る限り、スザクの戦闘能力は蘇生前と比べて爆発的に跳ね上がっていた。速度、防御力、破壊力、その全てがかつてとは段違いだ。
ただ、それにしてはどうも攻めきれていないようだが。

「……ゲンブもか?」

ここに来てようやく、獏也はゲンブにも変化が生じていることに気付いた。
彼の「羅刹行」は格闘能力を強化するというシンプルながら凶悪なものだったが、それもどうやら変わっているようだ。いや、あれは能力が変わったのではない。

「……新たな特殊能力だと? そんなことが……」

特殊能力がなぜ目覚めるのか、はっきりしたことはよくわかっていない。判明している限りでは、2つの能力を持つ人間の場合、後天的なものでなければ、その両方が一度に覚醒するのが普通だ。しかし、今のゲンブは違う。以前とは違う、新たな力を得ているようだ。

「……防御の強化、か? スザクのものとは比べ物にならんが……」

スザクの剣撃を、ゲンブはさっきから大したダメージも負わずにしのいでいる。受けの姿勢がどうこうの問題ではなく、衣服から肉体まで、その全てが異様なまでの防御力を実現している。

「このデータは後でシノに見てもらうか……そうだな、今の件が片付き次第、アルマにも声をかけるか」

557スゴロク:2013/02/17(日) 11:07:28
「お疲れっす、七篠さん」
「ああ。そちらはどうだった、シノ」

その日の深夜、シノの研究室を訪れた獏也は、開口一番そんな事を尋ねた。
琴音の検査の結果はどうだった、と聞いているのだ。それに対して、シノは意外そうな顔をしつつ返した。

「いや、驚きっすよ。春美ちゃんや百物語組の話だと、あの人何だか能力を持ってたらしいんすけど……」
「……まさか、消えたと?」
「そのまさかっす。アカネさんみたく生体機能として取り込んじゃったわけでもない、完全に特殊能力が消滅してるっす」

俄かには信じがたい話だった。特殊能力はそのメカニズムも根源も様々なものであり、一時的な無力化は出来れど完全な消去は不可能だ。
だが、琴音の持つ「エンプレス」は、シノが見る限り完全に消え失せているようだった。

「むむ……またしても難題か」
「でも、これに関しては記憶の隅にとどめとく程度でいいと思いますよ。今すぐにどうこうってわけじゃないっすし」
「……そうだな。では別の話だが、俺の送ったデータは見てくれたか?」

夕方にスザクとゲンブが行った(途中からアオイも参加した)模擬戦の結果だ。手の空いているメンバーとも何回か戦ってもらったが、シノはそれについて推論と見直しを重ね、こんな結論を出していた。

「ゲンブの方は間違いなく新しい能力っすね。肉体及び身に着けているものの耐久力強化……」
「やはりか。スザクの方は?」

其れに対しては、シノは一拍置いてこう告げた。

「……強化どうこうじゃないっすね。能力自体が様変わりしてるっす」
「では、やはり」

獏也の問いに、ウスワイヤきっての「天才」は頷く。

「彼女の『龍義真精・偽』……あれは、既に別の能力へと進化してるっす」
「やはりそうだったか……」
「アタシの推測なんすけど、このオーラ……」

画面を指差す。示すのは、スザクの身体を覆うオーラ。

「コレ、変質させれば空を飛べるはずっすよ」
「! 飛行能力だと……?」

空を飛ぶ能力者というのは、実は意外なほど少ない。大抵は何かを操り、その副産物として浮遊する。
しかしシノによれば、スザクの新たな力……それは、能力自体が飛行能力を備えているという。
さらに彼女は、驚くべき情報をこの映像とデータ記録から得ていた。

「後、最後の方で戦ったこの子……アオイでしたっけ?」
「ああ、そうだ」
「……何か、この子の能力も変わってるみたいっすよ。今の段階じゃよくわかんないっすけど」
「!?」

これにはさすがの獏也も面食らった。言ったシノ自身、首を捻らんばかりに怪訝な様子だ。
スザクやゲンブはまあわかる。変化、進化に必要なトリガーらしきものはあったのだから。しかし、アオイはどうなのか?
経過を聞く限りでは、彼女はこの一連の事件で目立ったダメージを受けてはいない。そもそも、彼女が戦闘に出ること自体少ない。
なのに、なぜ彼女の能力まで変わるのか?

「………経過観察しかないっすね。これは、今調べてどうにかなる問題ではなさそうっすよ」
「そういうことになるか……やむを得んか」





飛翔の前兆


ネモさんより「七篠 獏也」十字メシアさんより「シノ」名前のみakiyakanさんから「都シスイ」をお借りしました。

558しらにゅい:2013/02/17(日) 18:37:28


「これこれ、おりん。どこへゆく?」

 小さな幼子の手が、妾の手を引っ張る。
おりんは何かを見つけたらしく、その眼をキラキラと光らせ、
早く、早く、と急かすように足を急がせた。
一体、何を妾に見せたいのやら。

「……ほう、これは…」

 おりんが連れてきた場所、そこにはぽつりと桜の木が立っていた。
アカノミに負けず劣らずの黒い幹の巨木は、空を覆い尽くさんとばかりに淡い桃色の染井吉野を咲かせていた。
風が柔らかく吹けば、雪のように花弁がひらひら、と地面へと舞い落ちる。
俗世から切り離されたかのような、実に幻想的な光景であった。

「よく見つけたのぉ、おりん。」

 そう言っておりん頭を撫でれば、彼女は、にはっ、と明るく笑った。
妾とおりんは手を繋ぎながら、その桜の周りを一周する。
桜の天井はどこまでもどこまでも続いていて、時々、妾の頭にぽと、と花弁を落とした。
それを振り払おうと狐の耳を動かしていたら、おりんに目撃されてしまい、妾は誤魔化すように苦笑した。
笑われるかと思ったが、おりんはむしろ表情を固くして、妾にかかろうとする花弁を手で払い除けたのであった。
その頼もしくも妾より背の小さい後姿を微笑ましく眺めていると、つい口元が緩んでしまった。

「おりん、今度はそれを集めておくれ。秋山寺院の皆の手土産にしよう。」

 そう声をかければ、おりんは意気揚々と桜の花びらを集め始めた。
妾はおりんの姿を眺めながら、桜の木の幹に腰掛けた。
彼女ははらはら、と落ちてくる花びらを空で掴もうと、あっちに行って、こっちに行って、
…とぴょんぴょん跳ね回っている。
飛び跳ねる鞠のように、ぽんぽんと。

「…元気じゃのぅ、おりんは。」

 妾の頭に浮かんだのは、赤色に塗れたおりんの姿。
抱き上げた身体は異様に軽く、中身なんて何もないんじゃないかと思わず疑ってしまうほどであった。
どこか"人"から離れたような小さな幼子の姿は、まるで空から舞い降りた天人のようにも思えた。
いや、死人であり、巫女であるおりんならば、むしろ天女と言っても差し支えはないだろうな、
…なんて独りで考え、微笑んだ。

「……ん?」

―…死人であり、巫女である?

「……っ!?」

 血相を変え、木の幹から立ち上がった。
おりんは不思議そうにこちらを見る、…いや、おりんは今、あの男に連れ去られた筈。
妾はそれを追っていたのだ、…ここはどこだ?妾は何をしている?
夢を見ているのか、ならば早く眼を覚まさねば。
早くおりんを追わなければ、妾がおりんを助けなければ!

「無理だよ。」
「な、」

 いつの間にか、目の前にはおりんがいた。
その黒い眼で妾を見上げながら、口元に無邪気な笑みを浮かべている。
…しかし、その口の端が不自然に、ぷつり、と切れる。

「無理だよ、タマモは、救えない。過去も今も、人間を謀り、欺き、騙し、そうして貶めることしか出来なかった畜生が、」

 赤い線が浮かび上がり、耳元まで裂けていく。
顔だけでなく、身体のあちらこちらから傷が浮かび上がり、あの夜のように、おりんの身体を紅く染めていく。

「***を見殺し、契りを破り、地獄に落とした化生の者が、」

 桜の花弁が紅く染まり、妾とおりんの着物に落ちる度にそこを紅く染めていく。
まるで、血が飛び散ったかのように痕を残していく。
嗚呼、やめてくれ、やめてくれ。

「オマエガ、ワタシヲ、タスケルコトナンテ、」

 ぼとぼと、と何かが落ちていく。
目の前にいるのは、おりんであった只の___死体。

「  デ  キ  ナ  イ  。」

 露出した歯牙が、ニヤリ、と妾を嘲笑った。

559しらにゅい:2013/02/17(日) 18:38:11

「っ!?」

 飛び起きれば、そこはどこかの路地裏であった。
まだ日の出を迎えておらず、青白く輝く月が不気味に通りを照らしている。
当然、おりんの姿はどこにも見当たらなかった。

「……おりん…」

 必死に何かを叫んでいた彼女と、夢の中で妾を責めた彼女が重なる。

「………」

 壁を伝いながら立ち上がると、全力疾走をして酷く疲労した身体を引きずり表へと出た。
元々、妾の格好は走るのに適していない。着物は重たく、中の襦袢は汗で肌に張り付いているし、
下駄は鼻緒が食い込んでいて、豆が潰れているのか足袋のあちこちが紅く滲んでいる。
それでも妾はおりんを求め、走った。

『***を見殺し、契りを破り、地獄に落とした化生の者が、』
「っはぁ、…はぁ、っはぁ…!!」

 嗚呼、そうだ、そうだとも。
妾はかか様を見殺しにし、約束を破り、そして地獄に落とした。
妾が小さな頭を捻ればひとつでもふたつでも、何かしら出来たであろうに階段から落ちたかか様を助ける事が出来なかった。
私を理由に誰かを恨んだり、殺したりしてはいけない。
そう、生きている間に約束したかか様との契りを妾は破り、あの遊女も、遣手も、禿も、
忘八も、関係の無い町人も商人も皆皆殺した。
そして、死後の世界でかか様と再会したが、地獄に堕とされる妾を庇い、代わりに彼女が地獄へと堕ちた。
嗚呼、そうだ、そうだとも。
妾は誰も助けられぬ、そればかりか関わった者皆に不幸という毒を移し、最後には殺してしまう最低な毒婦よ。
じゃが、あの子は、助けなければならぬ。否、助けたいのだ。

「っおりん、…っおりん…!!」

 既に下駄はどこかへ脱ぎ捨てた、重い着物も煩わしい部分は破り捨てた。
何を犠牲にしても、誰を犠牲にしても、果てには妾自身を犠牲にしてでも死人である彼女を助けたいのだ。
何故ならば、

「待っておれ、今…っ妾が……『お輪』が、っ助けに行く…!!」


―――おりんは、『妾』だからだ。

560しらにゅい:2013/02/17(日) 18:38:52
----


 本当に、本当の話だよ

 人の恨み辛みから殺された花魁と狐は、死後の世界で再び出会いました
太陽のような彼女は、泣きながら謝った狐の罪をすべて許しました

 けれども、その罪を地獄の王様が許すはずがありませんでした

『殺生、邪淫に妄語、邪見…その獣は量りし得ぬ罪を犯した、許されるべき存在ではない。』

 生きている間に悪い事をしたのだから、当然のことでした
狐もそれは分かっていて、大人しく地獄の王様の元へ行こうとしました
けれども、それを花魁は引き止めたのでした

『お待ちくんなまし、それはわっちが行いんした。…地獄におちるのは、わっちでありんす。 』

 もちろん、彼女は嘘を付いたのです
人を殺したことも、騙したこともありません
狐を庇う為に、初めて罪を犯したのでした

『…それは真か。』
『はい、まことでありんす。』
『………』

 地獄の王様は、花魁を連れて行きました
狐は泣きました、叫びました、噛み付いてでも引きとめようとしました
二人の足取りが止まることは、ありませんでした
そして、花魁は最期に狐にこう言いました

『”お輪”』

 それは、花魁がヨシハラに来る前の名前でした

『今日からそれが、あなたの名前。…あなたが、私よ。』

 そして、花魁と狐は永遠に引き裂かれたのでした










百物語第88話「遊女の狐」





(それは妾と"お輪"しか知らぬ)

(本当に、本当の話だよ)

561しらにゅい:2013/02/17(日) 18:47:55
>>558-560 お借りしたのは「おりん」(Akiyakanさん)、名前のみアカノミ(大黒屋さん)でした!
こちらからはタマモです。

作中の用語を補足として、こっそり下にまとめておきます。










遣手(やりて)
 遊女屋全体の遊女を管理・教育し、客や当主、遊女との間の仲介役。
禿(かむろ)
 花魁の身の回りの雑用をする10歳前後の少女。彼女達の教育は姉貴分に当たる遊女が行った。
忘八(ぼうはち)
 遊女屋の当主。
(上記引用元:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%B1%E9%AD%81)


妄語(もうご)
 仏語で嘘をつくこと。
邪見(じゃけん)
 仏語で因果の道理を無視する誤った考え方。
邪淫(じゃいん)
 仏語であっはんうっふんしたり\アーッ!/すること。

562十字メシア:2013/02/17(日) 21:19:21
会話文のみの自キャラオンリーです;
しかも短い。
守人系列に入る補足的伏線的なお話。


《現人神から生れし三つの命》
《緑の天(そら)。その拳は、あらゆるものに牙を向け、その様はまるで、禍を呼ぶ荒れる風と儚く揺らめく火》
《赤き地。その力は、あらゆる形を見せ、その様はまるで、数多の煌きを見せる金石と数多の命育む土》
《青い海。その目は、慈悲と愛に満ち、その様はまるで、全てを包み込み守る水》
《彼らこそ、守人の始祖―――》


「J.J〜! ご飯出来ましたよ〜」
「うわあっ!? お、驚かさないでよ周さん…」
「あはは、すいません。ところで、何を読んでたのですか?」
「守人の伝承を集めた本だよ。何となく見てたんだ」
「あれ。そんな本、家にあったんですか?」
「みたいだね。…周さん」
「はい?」
「周さんは、守人の起源とかについて、考えた事ある?」
「? いえ…」
「…思ったんだけどさ、そもそも何で守人が生まれたんだろ?」
「そりゃあ…いかせのごれの平穏を守る為―――」
「だけじゃないように思えるよ、ウチは」
「え?」
「何か、それ以上に大きな理由があると思うんだよね…」
「……」
「てか話変わるけど、守人もちょいちょいおかしかったよね、昔から」
「へっ?」
「ほら、差別とか迫害とかあったじゃん。妖怪とか、御津一族とか…」
「ああ…話には聞いてたけど、守人として恥ずかしいよね」
「ま、総元締め様がそいつら全員破門にしたから、マジざまあみろだわ。うひひ」
「あ、まあ、うん…とりあえず、早くご飯食べましょう。冷めちゃいますよ」
「そだねー、食べようか」


閑話・むかしばなし


「で」
「ん?」
「そろそろ皆の所に戻らない?」
「う゛ぇえー…? 騙されて裏切った手前、戻りにくいよぉ」
「まあ……そう、だね…」
「あ、そうだ。話戻すけど」
「はい?」
「さっきの伝承の話に出てきた三人の守人。所詮、伝承だから本当か分からないけど、その人達…」


「全員、不老不死化してるらしいよ」

563えて子:2013/02/17(日) 21:46:02
白い二人のハッピーバレンタイン・その3。あとちょっとだけ続きます。
ヒトリメさんから「コオリ」、紅麗さんから「アザミ(リンドウ)」「高嶺 利央兎」「榛名 有依」、Akiyakanさんから「AS2」、しらにゅいさんから「朱鷺子」、鶯色さんより「エミ」「ウミ」をお借りしました。こちらからは「アオギリ」「花丸」「十川若葉」です。


「ここなの?」
「うん。ここ」

アオとコオリ、学校についた。
アオは、二回目ね。

「コオリ、がっこうっていったことないの」
「アオ、あるよ」
「ほんとう?」
「うん」

最初は『しょくいんしつ』にいくの。
ドアをちょっとだけ開けて、コオリと二人でこっそりのぞいた。
前にアオが来たときにいた人、いるね。

「…リンドウ、いないね」
「チョコレート、あげられないの」
「でも、リンドウに見つかったら、アオたち帰されちゃうよ」
「かえされちゃうの?」
「うん」

「よーく分かってるじゃないか」

「「あ」」

アオたちの後ろに、リンドウがいた。
いつの間に来たんだろう。
リンドウ、『おこる』って顔してるね。
アオたちが、学校にきたからなのかな。

「アオギリ…勝手に学校に来ちゃ駄目だって言ったよね?コオリまで連れてきて何してるのかな?」
「はっぴーばれんたいん、しに来たの」
「はっぴーばれんたいん?」
「チョコレート、くばってるのよ。みどりのおじさんも、はい」
「おじっ……」

リンドウ、チョコもらったままぽかーんとしてる。
どうしたのかな。

「ほかのひとは、どこにいるのかしら」
「きっと、教室」
「きょうしつ?」
「うん。こっち」

リンドウがぽかーんとしてるから、おいてくことにした。
コオリと二人で教室に行くことにしたの。


歩いてたら、教室がいっぱいある長い道についた。
ここには『いちねんせい』っていう人の教室があるんだって。

「おねえちゃん、おねえちゃん。へびのおにいちゃん、いたよ」
「うん」

教室をのぞいたら、花丸がいた。
花丸は、『いちねんせい』なんだね。

あ。花丸、アオたちに気づいてこっちに来た。

「…アオちゃん?コオリちゃんも……今日はどうしたの?」
「はっぴーばれんたいん、しに来たの。はい」
「え、僕に…?」

花丸、『おどろく』って顔をした。
そのまま下向いちゃった。
でも、「ありがとう」だって。『よろこぶ』ってしてもらえたんだね。

「ほかのひとにも、あげるのよ」
「うん。花丸、ばいばい」
「あ、え、えっと、…気をつけて…?」

何にきをつけるんだろう。
変なの。

564えて子:2013/02/17(日) 21:46:41


次は、また別の長い道についた。
ここは『にねんせい』の教室なんだって。

「たくさん、いるの」
「たくさん、いるね」

『にねんせい』の教室には、アオたちが知ってる人、たくさんいるの。

「あれ〜、アオギリちゃん。コオリちゃんも一緒?」
「あ、アッシュ」
「くろいおにいちゃん」

後ろから声をかけられたから、ふりむいたら、アッシュがいたの。

「どうしたの?アザミ先生に見つかったら怖いよ〜?」
「はっぴーばれんたいんなの」
「みんなにチョコレート、くばりにきたのよ」
「へえ、そうなんだ。僕の分もある?」
「うん。はい」

チョコレートをあげたら、アッシュも『わらう』って顔をした。

「ありがとう、アオギリちゃん、コオリちゃん」
「他の人も、いる?」
「いるよ。先生に見つからないうちに、配っちゃいな」
「「はぁーい」」

教室に入って、コオリと二人でいろんな人にチョコを配った。
トキコと、リオトと、エミと、ウミと…たくさん。

「わー!!ありがとう、アオちゃん!コオリちゃん!」
「さんきゅ。丁度腹減ってたんだ」
「ちょっとリオト!もうちょっと味わって食べるとかしなよ、せっかく頑張って作ってくれたのに…」
「おねえちゃんにも、どうぞ」
「え?あ、アタシにも?あ、ありがと」

「私たちにもくれるの?ありがとう!」
「…ありがとう。大事に食べるわね」
「うん」

配ってたら、『ちゃいむ』がなったの。
お休みの時間が終わるんだって、教えてもらった。

「帰らなきゃね」
「かえらなきゃね」
「二人とも、帰り道は気をつけるんだよー!」
「「はーい」」

みんなにも、あげることができて、よかった。
はっぴーばれんたいん、みっしょんこんぷりーと、ね。


白い二人のハッピーバレンタイン〜学校編〜


「…あれ、アザミ先生。今までどこいってたの?」
「……いや、別に……(ここまで探していないって事は、帰ったのか?手間かけさせやがって…)」

565えて子:2013/02/17(日) 21:49:13
>>563-564
タイトルに若干の誤りが。
正しくは「白い二人のバレンタイン〜学校編〜」です。

566しらにゅい:2013/02/18(月) 20:36:04
「…はぁ、最近ロクな夢を見ない…」

にゃあ

「死ぬ夢は必ずしも悪い意味はない、って先生は言うけど…俺の場合、リアルなんだよ…」

にゃあん

「…どうせなら、猫に囲まれる夢とか見てみたいなぁ…」

にゃーん

「そうそう、こんな感じに側から優しく声をかけ…!」

にゃー

「…猫!」

にー!

「あっ、待って!」





----


「はぁ、っはぁ…!確か、ここの…どっかの隙間に入って……あっ、いた!」

にーにー

「…可愛いなぁ、ほら、怖くないよー。こっちにおいでー」

にー

「「にゃーにゃー」」

・・・

「「…ん?」」

・・・

「「!?」」

「(だ、誰だこの人…!?全身黒ずくめだし、見るからに怪しい…!!)」
「………」
「(しかも黙ってこっちを見たまま何も言ってこないし…というか、今の鳴き声、まさかこの人が…)」
「………」
「(な、何か上着の中に手を入れ…!ま、まさかこの人、ヒットマンか何)」


「あれー?イサナくんだー!そんなところで何してるの?」


「「!?」」

「っ!」
「あ!……行った…」
「アサヒさんとこで何してんだろー?…ん?」
「あ…」
「こんにちはー、君はイサナくんの友達?一緒に何か見てたみたいだけど。」
「…いえ、別に……知り合いの、方ですか…?」
「んー、ちょっと前に知り合ったからー……うん、知り合い、友達だね!」
「……はぁ…」
「ところで何を見てたの?……あっ、あの子アサヒさんとこの猫ちゃんだ!」
「アサヒ…さん?」
「そ、犬や猫ちゃんたくさん飼ってるおばあちゃん。ちゃんと首輪付けてるけど、
基本的に放し飼い状態だからねぇあの人…まさかこんなとこまでお散歩してるなんてびっくりしちゃった。
おいでおいでー、チヅルちゃんだよー」

567しらにゅい:2013/02/18(月) 20:36:51

にゃーん

「あ、……いいなぁ…」
「え?」
「っ、コホン…なんでもないです。」
「…。…ね、君名前は?」
「名前?…ナルミ、と言います。」
「ナルミくんね、私チヅル!ねぇねぇ、これから一緒にこの猫ちゃん返しにアサヒさんとこ行かない?」
「え、いや…でも…」
「運が良ければ、お饅頭食べられるかもしれない!ね、いこいこ!君も猫ちゃん好きでしょ?」
「だ、ダメです、知らない人には付いて行ってはダメだって…!」
「?名前を知ったんだから、もう知らない人じゃないでしょ?」
「(アホかこの人!?)そ、それに俺、ほら、気持ち悪いし…」
「気持ち悪い?どこが?」
「だって、………アルビノ、だし…」
「………」
「………」

にー

「……そうかなぁ?私は凄く綺麗だと思うよ?」
「…きれ、い?」
「きっとアサヒさんも、ナルミくんのこと綺麗だと思うよ!ね、ほら行こう!」
「わっ…!」
「今日のおやつはお饅頭だといいな〜♪」
「………」










八十神千鶴と観察者と猫と



「アサヒおばあちゃん、こんにちはー!」
「おやおや、チヅルちゃん。いらっしゃい。…?おや、そっちの子は初めてだねぇ。」
「………」
「えへへー、今できた『友達』です!」

568しらにゅい:2013/02/18(月) 20:40:17
>>566-567 お借りしたのは御坂 成見(思兼さん)、イサナ(鶯色さん)、
笠村 朝陽(えて子さん)でした!
こちらからは千鶴です!

というわけで、ナルミ君と交流させて頂きました!無理矢理拉致っちゃいましたが、
大丈夫でしたでしょうか…!?
あとマセ感を上手く出せたか、うぬぬ…

569十字メシア:2013/02/20(水) 16:20:51
akiyakanさんのタマモ連載の小話です。
akiyakanさんから「りん」、しらにゅいさんから「タマモ」をお借りしました。


「今日もいい天気じゃの、おりん」

秋山寺院。
縁側でタマモと「りん」が日向ぼっこをしていた。

「今日はどこか散歩にいこうか?」
「……」
「おや、寺にいたいのか?」
「……」
「うむ、分かった。ではこの後何をs」
「こらぁああああ!!!!!」

と、突然どこかから怒声が響いた。
そして次の瞬間、縁側の向こうから鼬らしき生き物が、「りん」に向かって飛び込んだ。

「!? 大丈夫か、おりん!」
「きー」
「そうか、良かった…ってちがーう! お前には聞いておらぬ!!」
「き?」

「りん」の腕の中で首を傾げる鼬。
そして次に飛び込んで来たのは――。

「くぉら紫緒嶺(しおね)ー!!!」
「ききっ!?」
「盗み食いするなっていつも言ってんでしょーがぁあああああ!!!!!!」
「ちょっ…ヨシエ!」

タマモは焦った。
この素早い鼬――紫緒嶺は、同じ百物語組の彼女に捕まる事無く逃げ出すだろう。
そうなれば間違いなく「りん」にぶつかってしまう。
そこでタマモは咄嗟に――。

「危ない!」
「ふぼっ!?」

尻尾でヨシエを弾き飛ばす…までは良かったが。

バシャーン!

「あ」

勢いが余り、池に落ちてしまった。


「はーくしょんっ! うー…」
「すまぬヨシエ…もっと加減していれば…」
「いや、タマモさんは悪くないよ。りんちゃんを見てなかった私が悪いのよ」
「しかし…」
「ほらほら気にしない! そもそもの原因はあの鼬なんだし! 見習い陰陽師さんに、どうにかしてもらおうかしら」

噂をすれば影が差す。
その見習い陰陽師、廻が姿を見せた。

「あ、二人共…に、りんか。よしよし」
「廻ちゃん! ちょうど良い所に」
「…まさか紫緒嶺? 急にいのうなっちょば(いなくなった)と思えば…」
「そうなのよー。何とか出来ない?」
「そうかて、わてもあやつの奔放振りには、ほとほと困ってんばにゃ…いつもごますなあ(ごめんなさい)」

しゅんとなる廻。

「…ま、今に始まった事じゃないしのう」
「がばんに(頑張って)、一人前の陰陽師にべさなるけね」
「うむ。お主ならきっと…いや、必ずなれるぞ」
「ありんとね(ありがとう)、タマモ!」

570十字メシア:2013/02/20(水) 16:21:52
タマモが「りん」と縁側に戻ってくると、黒い髪と人間離れした白い肌が目に入った。

「何じゃ。お主か」
「……誰かと思えば。…花魁狐」

振り向いたその妖艶な顔は、赤い隈取と紫の紅で飾られている。
門下生の杠に憑いている大妖怪、虚空だ。

「妾は花魁狐ではない。タマモじゃ」
「…………」
「お主も、ちゃんとした名前があるじゃろう?」
「…名前……」
「そうじゃ、お主を受け入れた陰陽師につけられた……と、そういや杠は…?」

普段、この大妖怪は杠の精神にいる。
それがここにいるという事は、今彼女は彼の精神にいるという事。
「その気になればいつでも杠を殺せる」と、脅した事を聞いたタマモは少し怪しんだが、それは杞憂に過ぎなかった。

「休んでいる。暇だったから、その隙に表に出た」
「そうか。…何故そこまでして、強くありたいと思うのかの…あの娘は」
「知らん、俺には関係ない」
「……ならば」
「?」
「何故彼女に憑こうとした?」
「……退屈しのぎだ」
「本当に?」
「………」
「…ま、これ以上聞いたところで、お主は何も言わぬか」

と、傍らでうつらうつらとしている「りん」の頭を優しく撫でる。
それを虚空はじっと見つめた。

「…何じゃ? 何か珍しいのか?」
「……いや」
「…もしや、お主も撫でて欲しいのか?」
「斬るぞ」
「おお、怖い怖い。とりあえず、それは杠にやってもらえ」

仏頂面の大妖怪に、悪戯っぽく笑うタマモであった。


「………幽花。どいてくれぬか」
「………」

虚空がどこかへ行った後、しばらく縁側でうたた寝をしていた最中、尻尾にどすん、と、何かがもたれた為に目が覚め、振り返って見てみると、風変わりな謎の門下生、幽花が尻尾を枕代わりにしていた。

「幽花や〜…」
「………」
「…困ったもんじゃのう…」

この気まぐれな娘は、いくら言っても聞かなかった。
気持ち良いのは分かるが、これでは動こうと思っても動けない。
と。

「? おりん?」

「りん」が幽花の元に寄ってきた。
幽花と目が合うと、彼女はいつもの笑みを見せる。
すると幽花は、近寄ってきた「りん」の頭をぽんぽんと撫でた。
そしていつもの白いワンピースのポケットを探り、「りん」に何かを差し出す。
桃の飴だ。

「?」
「……やる。食べていい」
「♪」

飴を受けとると、「りん」はまた、いつもの笑みを浮かべた。
それを見たタマモは少し驚いたが、それはすぐに笑顔へと変わった。
そして思わず聞いた。

「幽花」
「?」
「お主は本当は優しいのに、何故周りに…遊利に冷たくする? まるで嫌われたいみたいではないか」
「………………」

無言、とその時。

「あ、幽花! ここにいtいてっ!?」
「…………」
「……幽花、飴玉は投げるものではない」

いきなり遊利に飴玉を投げつけた幽花の行動に、ただ呆れるしかないタマモであった。


タマモと「りん」と

571スゴロク:2013/02/20(水) 18:30:28
あんまり久々過ぎて存在を忘れかけていた(待 この人の話です。



その日、霧波 流也は探偵事務所を後にして出歩いていた。目的地は特に決めていない。
というのも、

「は〜、やれやれ。忙しいったらありゃしねえ」

ここ最近立て込んでいた案件が一段落したからだ。中でも最近一番の大騒ぎだった美琴の一件についての後処理が廻って来たおかげで、ここ数日は寝る暇もなかった。そんなわけで、息抜きを兼ねて散歩に出かけた、というわけだ。

「しっかし、あのブラウって奴は何者だ? ヴァイスの奴とそっくりなカッコしやがって、まぎらわしいったらねえな」

珍しく口調が荒くなるのは、ブラウのことをまだよく知らないためだ。ただ、知っていても胡散臭いのは同じだが。
そんなこんなでぶらぶらと歩いていると、見覚えのある場所に出た。
平原、そしてその真ん中に立つ一本の大木。

「よぉ、アカノミ」

百物語組の顔(?)馴染み、アカノミ。「欲望の巨木」という怪談によって存在を定義された、怪異の中でも際立った異端の一人。

『……あぁ、「東」か。何か久しぶりだね』
「? ……何かあったのか?」

妙に重い声音が気にかかり、何か起きたのかと問うてみる。帰ってきた答えは、彼の仲間の一人であるキリという怪異が消滅した、というものだった。
とはいえ、流也はキリとあまり面識がない。

「うーむ、聞いたことはあるが……そいつが?」
『ああ……。それで……』

さらにアカノミは、少し前にミナから伝えられたことを含め、現在の動向を話した。
具体的には、彼らの主である春美の能力を利用し、百物語の後に現れる最後の怪異としてキリを呼び戻そう、という作戦が進行していること。
その途中で一部のメンバーが仲たがいを起こしたこと。
だが、その位置には「青行燈」なる先客が存在し、先行きが不透明なこと。
それらに関する情報がカイムを通じて謎の男からもたらされたこと。

「……ちょっと来ない間にかなりヤバいことになってるな」
『それだけじゃないんだよ』

続けて語られたのは、同じく百物語組であるタマモと、彼女が拾ったという「おりん」なる女の子を巡る一件。聞き終えた流也は、「むぅ」と唸り腕を組んだ。

「……まさに混沌、ってわけか。色んな勢力が次から次へ出てきやがって、頭が痛えぞ」
『元々いかせのごれ自体にそういう傾向はあるけれど……』
「それにしたってこれは異常だろ。前に話したみたいに、いかせのごれ自体が『アンバランスゾーン』と言えるけどよ、それを差っ引いても現状はどうかしてるだろ」
『それは同感だけどね……』

珍しく疲れたような声音で、「欲望の巨木」は呟いた。

「俺もどうにかしてやりたいが……星の姐さんが此処の所忙しくてな。動くに動けねえ」
『大変なのは「南」と「北」もみたいだよ、「東」』
「は?」

572スゴロク:2013/02/20(水) 18:31:00
同時刻、ウスワイヤ。
データ取りの続きで模擬戦を行っていたスザクは、相手をしていた隊員が退出するのを目で見送りつつ、大きく息をついた。
この新しい力―――ついさっきまたも現れて去ったブラウ曰く「焔天朱鳥」―――にも随分と慣れたが、一番の変化である飛行能力についてはまだまだ訓練の余地があった。

「飛べる能力者って意外と少ないんだよな……誰に聞けばいいんだろう」

思いつつ、頭の中にこれまで出会って来た能力者たちを思い浮かべる。
彼らと出会った時の出来事が次々と頭をよぎる中、ふと彼女の頭を疑問が過った。

「……あれ?」

それは、彼女とゲンブがいかせのごれにやって来た頃。あれから随分と時間が経ち、自分もゲンブも大きくなった。
それは事実だ。だが、そこに当然付随する、もうひとつの事実。

「……今、何年の何月何日だ? 僕がここに来てから、どれくらい経った?」

普段、気にしているはずなのに自然とスルーしている、年月日。計算だけならあれから10年少々経っているはずだが、当時何年だったかが思い出せない。とりあえず今の日付を見ようと携帯を取り出し、開く。

「えーっと……」

ディスプレイに表示された西暦を見て、頭の中でさっと計算――――

「……!?」

――――しようとして、強烈な違和感が襲った。

(……どういうことだ!? この日付から10年前なら、いかせのごれはまだ封じられていたはず……それじゃ、どうして僕はここに!?)
(いや、それよりも高校に入ってどれくらい経った? 今僕は2年生……)
(ちょっと待て、待ってくれ!! あれから4回近く新年を祝った覚えがあるぞ!? どういうことだ、一体どうなって――――)

「!! ッあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!?」

思考が核心に至ろうとした瞬間、スザクを凄まじい頭痛が襲った。割られた頭をさらにハンマーで殴りつけられているような、筆舌に尽くしがたい激痛。呼吸すらままならず、遠のく意識の中に声が響いていた。


―――考えるな。

―――答えは出ない。

―――出す必要はない。

―――然るべき時まで、今を謳歌せよ。



「――――!?」

突然世界が戻って来た。見回すが、誰もいない。
どうやら模擬戦の後、疲れて少し居眠りをしてしまったらしい。

「……少し休むかな」

体をほぐすように動かしつつ、スザクも訓練区画を後にした。

「それにしても飛行能力かぁ……誰に聞こうかな」

――― 一つの事象がリセットされたことは、誰も知らない。


多忙の東、飛翔の南

(彼女の抱く疑問)
(それに答えが与えられることは)
(―――この先も、ない)


クラベスさんより「アカノミ」名前のみ「カイム」「秋山 春美」「キリ」をお借りしました。
スザク関連は「サザエさん時空」ネタです、ハイ。

573えて子:2013/02/21(木) 22:06:55
白い二人のバレンタインシリーズ、完結。短いです。
ヒトリメさんより「コオリ」をお借りしました。


学校を出て、二人であるいた。
公園についたから、二人でひと休み。

「たくさん、配ったね」
「リュック、へちょへちょなのよ」

チョコレート、たくさんつめてぱんぱんだったリュックサック。
たくさんの人にあげたから、中身がなくなってへちょへちょになっちゃった。

「こんぺいとうのおねえちゃん」
「なぁに?」
「コオリ、おねえちゃんにあげるものがあるのよ」
「アオも、コオリにあげるもの、あるよ」
「じゃあ、いっしょにだしましょう」
「うん。せーので、出すのね」

「「せーの」」

はい、って出したの、アオもコオリもチョコレートだった。
アオが、青いふくろで、コオリが、緑のふくろ。

「「……………」」

「おそろいね」
「うん、おそろい」
「おねえちゃん、これあげるの」
「コオリにも、これあげる」

チョコレートをこうかんして、ふくろをむすんでたリボンをほどいたの。
コオリのくれたチョコレート、こんぺいとがでこれーしょんされてた。
アオがコオリにあげたのは、パンダさんの形のチョコレート。

二人で、公園のいすにすわって食べた。

「おいしいね」
「おいしいね」

チョコレート、おいしかった。


白い二人のバレンタイン〜こうかん〜


(こうして)
(白い二人のバレンタインは)
(穏やかに終わったのだった)

574まとめ人:2013/02/22(金) 01:34:12
息抜きを兼ねましてまたもやメタに走りました(ぉぃ


スポットライトの当たらない、舞台袖にて。


「またアナタですか」

「俺の台詞だ。しかし、舞台裏と言うと俺達なのだな」

「いやまったく。未だに表舞台では顔を合わせていないというのに」

「同感だが、今言っても仕方があるまい」

「まぁ、そうですがね」

「まあせっかくだ、また与太話に付き合って行け」

「前後の脈絡がわかりませんが、ま、いいでしょう」




「さて……ついにスザクもDエヴォリュートを手に入れたな」

「細かいようですがデッド・エ『ボ』リュートですので」

「気にするな」

「気にして頂かねば困ります。これの提唱者はakiyakan氏なのですから、キャラクターをお借りする時と同じ対応で頼みますよ」

「むう、それもそうか。ではそちらに倣うとしよう」

「それでお願いします」

「で、そのDエボリュートだが、実は元々スザクに持たせる予定はなかったらしい」

「ほう、それがどういう風の吹き回しでこんなことに」

「元々『逃れえぬ因縁』系列の続きの展開を考えている時にakiyakan氏が『アナザー・ナイトメア・アナボリズム』を投稿されたからな。多少変更を加えた上で、これ幸いと乗っかったわけだ」

「やれやれ。面白そうなものにすぐ飛び付く悪癖は相変わらずですか」

「全くだ。ここまで節操のない阿呆も珍しい」

「で、続きは?」

「実は、琴音が生還したのはこの影響を受けてのことらしい。元々スゴロクは、キャラを不幸にすることは得意でも、死亡退場は大の苦手でな」

「そう言えばあまり人死にが出ませんねぇ。モブはともかく」

「過去話では結構な頻度で被害が出ているがな」

「終わったことと開き直っているのですかね。ところで、当初の想定ではどうなっていたので?」

「うむ。スザクの目覚めと引き換えに消滅、夫と共に『向こう側』へ消える……という展開を用意していたらしい」

「……それ、大丈夫なのですか? 展開どうこうより火波姉妹が」

「お前が他人を心配するとはな。明日は台風が来るかも知れん」

「この時期に何を言いますか。そもそもワタシとて舞台を降りればただの人間です、人の心配くらいは」

「わかったわかった。話を戻すぞ」

「アナタが外したのでしょうが」

「放っとけ。……まあ、さすがに事後のフォローまで書いているといつまで経っても先に進まんからな。いっそのこと呼び戻して、セミレギュラーとして登場させよう、という魂胆らしい。ちなみに能力消失は当初の展開の名残だ」

「確か『エンプレス』でしたか? 対象者をどんな状態からも完全に守るという」

「そう、それだ。実はその能力がどうなったかは既に考えてあるらしい。後はモチベーションの問題だ」

「結局はそこですかね」

「うむ。ちなみに書き始めれば1時間ほどで1本書き上がるというぞ」

「速度が早すぎるでしょう。いくらなんでもそれはガセでは」

575スゴロク:2013/02/22(金) 01:34:55
何で名前の欄が「まとめ人」に……私違うorz

「まあ、それはどちらでもいい。続けるが、実は自宅キャラクターのDエボリュートは全員分考えてあるらしい」

「何と。それは本当ですか」

「事実だ。ただ、あれは条件が条件だからな」

「能力者に敗れて死に至る、もしくは死に瀕する、でしたか」

「そうなる。現在のところ、スザク以外で該当しそうなのは……いないな」

「それがいいでしょう。風呂敷を広げすぎると畳むのが大変ですからね」

「畳むのが惜しくてずるずると話を引き延ばしている、という説もあるがな」

「それを言ったらお仕舞いでしょうが」

「正論だな。ところで話は変わるが、一人一人にイメージソングを設定してあるのは知っていたか」

「……初耳ですが」

「だろうな。俺もついこの間知ったところだ。一部だけ紹介すると、
スザク⇒『まっくら森のうた』アオイ⇒『十六夜月』ゲンブ⇒『英雄』琴音⇒『春の吹く場所で』ランカ⇒『COME to Mind』啓介⇒『ROSET/OSTER PROJECT』
だそうだ」

「……確か啓介さんのISは現在公開停止では?」

「それは言ってやるな」


無頼と狂人、舞台裏にて再び



おまけ・楽屋にて


「お疲れ様〜、綾ちゃん」

「ああ、お疲れ」

「……あれ? アズールはどこ?」

「あー……あいつは(六x・)さんの所の子だからな。こっちの楽屋には来れないよ」

「……(しょんぼり)」

576えて子:2013/02/22(金) 20:42:57
猫の日、というわけで。また白い二人に出張ってもらいました。
ヒトリメさんから「コオリ」、Akiyakanさんから「ジングウ」「ロイド」、スゴロクさんから「クロウ」をお借りしました。


「こんぺいとうのおねえちゃん。きょうはねこさんのひなのよ」
「ねこさんの日?」
「うん。にゃんにゃんにゃん、なんだって」
「ねこさんの日って、何するの?」
「わからないの」
「アオも、わからないの」

「「…………」」

「ねこさんになればいいのかな」
「コオリ、きょうはねこさんもってるのよ」
「アオたちは、どうしよう」
「ねこさんになるのよ」

「「…………」」

「にゃー」
「にゃー」

「おやおや、これは可愛らしい猫さんたちですね」

「ジングウ」「ミレニアムのおにいちゃん」
「お二方も、猫の日にちなんで猫のなりきりを?」
「うん。今日、ねこさんの日なんだって。でも、何をしたらいいのかわからないの」
「だから、おねえちゃんとコオリで、ねこさんになってたのよ」
「それはそれは。……ふむ、では私の手伝いをしていただけませんか?」
「「おてつだい?」」
「ええ。実は私も、今日の猫の日のために張り切って準備をしたのですが、いかんせん一人では実行しても時間が足りそうになくて…」
「たいへん、なの?」
「はい、とても大変です。ですので、あなたたちが手伝ってくだされば、非常に助かるのですが…」
「…おねえちゃん、どうするの?」
「どうしよう」
「でも、こまってるひとをたすけるのは、いいことなのよ」
「いいことは、たくさんやると、いいんだって」

「「…………」」

「アオ、手伝う」
「コオリも、おてつだいするの」
「ありがとうございます」
「何をするといいの?」
「そうですね、では…」

「これを、できるだけたくさんの人につけてあげてください」

577えて子:2013/02/22(金) 20:44:02
*-*-*-*-*-*-*-*



「………何だこれは」

嫌な思い出しか蘇らないデジャヴに、クロウは開いた口が塞がらなかった。

一言で言えば、ホウオウグループの面々に猫耳がついている。
どこへ行っても、誰の頭にも、ぴょこんと可愛らしい猫耳がついている。
しかも耳だけだった前回と違い、今回はご丁寧に尻尾までつけられていた。

そして、猫耳と猫尻尾を無差別につけてまわっているのが、

「にゃーん、にゃーん」
「にゃーん、にゃーん」

揃いの真っ白な猫耳と猫尻尾をつけ、ぽてぽてと駆け回っている、二人の真っ白な子供だった。

「あ、クロウ」
「…お前ら。何だこれは」
「ねこの耳」
「コオリたち、ねこさんなの」
「そんなことは見れば分かる。何故他の構成員にも同じようなものがついてるんだ」

頭痛がしそうな頭を押さえて、クロウは二人に聞いた。
アオギリとコオリは二人で顔を見合わせ、交互に喋りだした。

「きょうは、ねこさんのひなのよ」
「でも、アオたち、何すればいいか、分からなかったの」
「だから、おねえちゃんとコオリで、ねこさんになってたの」
「そうしたら、みんなでねこになったほうがいいって言われたの」
「…誰に」

「ジングウ」「ミレニアムのおにいちゃん」

やはりというか何というか予想通りの答えに、クロウはついに頭を抱えた。
そんなクロウにも、二人の子供は容赦なく猫を勧めてくる。

「からすのおじさんも、ねこさんになるのよ」
「ねこの日だから、ねこさんなの」
「…………」

猫耳と尻尾をつけようとしたが、身長的に届かなかったらしい。
二人はクロウに猫耳と猫尻尾を渡すと、にゃーにゃー鳴きながらどこかへ駆けていってしまった。

「………何だったんだ………」

一人取り残されたクロウは、呆然と立ち尽くしていた。
とりあえず、あとでジングウをしばこうと心に決めた。


白い二人とにゃんにゃんにゃん〜猫の日のぷちいべんと〜


(同時刻、千年王国拠点の閉鎖区域にて)

「…獣帝殿。何頭につけてんだ」
「………放っといてください…」

578思兼:2013/02/22(金) 22:22:05
【見下していた話】

夏休みのある日の昼下がり、俺…御坂 成見は外をふらついていた。


奇妙な感覚、ノイズ、違和感。

その根源を消し去りたくて、俺はこの街を『視る』。俺にまとわりつくこの感覚の正体を暴き、取り除くために。


俺のこの『眼』が視た結果はなかなか奇妙なものだった。

奇妙な『妖怪』なんて奴らの存在。
謎の秘密結社の暗躍。
『超能力者』なる者達の存在。
その陰で起きている争い。

現実離れした出来事だったが、俺の『眼』がそう視たなら、これは夢でも幻でも何でもない現実だ。



…くだらない結果だ。

コンビニでジュースを買い、うだるような暑さを少しでも紛らわすために一口つける。
ああ、暑い上にイライラするなんて最悪な気分だ。

イライラの原因は俺が視たものにある。奇妙な出来事があるのは結構だったが、俺の『眼』はそのついでに余計なものまで拾って見せてくれたのだから。


偽善正義(ギゼン ジャスティス)
絶対意志(ゼッタイ イシ)
思想強制(シソウ キョウセイ)

言葉にするだけで吐きそうだ。俺の大嫌いなものだ。


はん、ホウオウグループ?アースセイバー?知らないね。
俺から見たらただの自己主張・勝手な正義の押し付け合いにしか見えない。


ジュースを一気に流し込む。

その視界の先で、小さな女の子が走って行った。



ああ…カワイソウに。今あそこで起こることを、俺の『眼』は見る。

やれやれと首を振り、空のペットボトルをゴミ箱に投げ入れ、そちら向く。

数十秒遅れて聞こえる急ブレーキの音、何かがぶつかる音、赤い血飛沫の色。耳に響く悲鳴がその結末を告げる。


交通事故だ。不幸な、悲劇的な。



あの子は助からない。俺の『眼』の見た通りの顛末、そして結末も同じ。
変えようとしない限り、俺の視る結末は必ず的中する。

物心ついたころにはすでに俺に備わっていた力。
先に俺が視た超常現象をあっさり信じたのはこれが理由だ。俺自身がそんなオカルトじみた力を持っているんだからな。信じて当然だ。




「…!!…!!」
向こう…路地で声が聞こえた。

ああ、あの『ヒャクモノガタリ』とかいう『妖怪』の集団かな?

この街で起きる不毛な出来事を知る者達(と、俺は理解している)。

秘密組織はともかく、あの妖怪たちには興味がある。何者で何を知っていて、何を思うにか。
くだらない俺の世界を変えてくれるかもしれない。俺は俺の意志だけに従って行動する


しばらく彼らの後を尾行(つけ)て、『観察』してみようかな?
場合によっては…近づいてみよう。

得体の知れないものに対する警戒より、好奇心が勝る。

どうせ、危険なんて事前に『視える』からな。回避なんて容易い。



…さて、視てみようか。人ならざる者達を。



---------
少しだけ、本筋の方々に絡んでみました。

579えて子:2013/02/25(月) 22:11:41
「絡まる糸」の続きです。書きたい展開全部書いたら長くなった…。自キャラオンリーです。
最後のほう、わかりづらいですがフラグです。拾っていただけると幸い。


陽もかなり落ちかけた頃。
紅はストラウル跡地に駆けつけていた。

「はぁ、はぁ、はぁ……ごほっ、ごほ…」

情報屋を飛び出してから今まで、休む間もなく走り回っていたため、かなり体に負担がかかっている。
もともと体が弱い紅にはこの負担は大きく、少しでも躓いたらそのまま倒れてしまいそうだった。

「(でも…立ち止まってはいられない…)」

大きく息を吸っては咳き込む、といったことを数回繰り返したあと、重い足取りで歩き出した。


跡地の中を歩いていると、大きな壁に突き当たった。
古ぼけていながらもいまだ強度を失ってはいないそれには、乾ききった赤黒い染みがべったりと残っている。
おそらく、件の連続殺人の被害者の一人が、ここでやられたのだろう。

「ひどい…。まだ血の臭いがしてきそう…」

思わず口と鼻を覆うと、顔を背ける。

「……でも、ここに来るまであちこちに血痕があった…。…確信はないけど、もしかしたら…」

“探し人”は、この付近によく来るのかもしれない。
そう考えた紅は、もう少し手がかりがないか探してみようと、踵を返した。

そして、すぐにその足を止めた。

「…………」

紅は、突如現れた人物―カチナを見て、硬直した。
虚ろに見開かれた瞳、襤褸切れにしか見えない衣服。
がり、と足を引き摺りつつ、こちらへ歩みを進めてくる。

「…………あ…」

紅は、動けなかった。
恐怖があったのかもしれない、思考が追いつかず、動けなかったのかもしれない。
しかし、それよりも別のものが紅を支配していた。

紅がずっと探していた人物。
幼い頃からずっと大事にしていた写真の子。
目の前の人物は見る影もない有様だが、それでも、紅は長年培った直感で気づいた。

彼こそが、自分がずっと追っていた人物だと。

「……そう、すけ…?」

震える唇から、“探し人”の名を絞り出す。
ぴた、と、カチナの歩みが止まった。

「…………」

そのまま、俯いていた顔をゆっくりと上げて、紅を見る。

「…!!」

その視線に、紅は言葉を詰まらせた。


「………。蒼介…本当に…」

カチナに向かって、もう一度呼びかける。

カチナは、ただ目の前にいる相手を見ていた。
言葉は、聞こえた。遠い昔、聞いたことのある音だった。
だが、何故聞いたことがあるのかも、紅の言葉の“意味”を理解できる思考力も、精神が磨り減った今のカチナには残されていなかった。
判断は、できない。
カチナの視界に映るのは、赤。
滅すべき、標的の、赤。

「………す」
「え?」

「こ、ろ、す」

「!!」

勢いよく振り上げられた鉈が、紅を襲う。

「くっ…!」

咄嗟に体を捻って避けたが、直撃を食らった壁は一瞬で崩れた。
それすらお構い無しに、カチナは次の攻撃準備に移る。

「蒼介、お願い、話を…!っ、ごほ、ごほっ、げほ…」

鉈が地面にめり込んで起きた砂煙で発作を起こし、紅は膝をついて崩れ落ちる。
それでも、カチナが歩みを止める様子はない。
ただ、目の前の相手を抹殺するため、歩みを進める。

「ごほっ…ごほ…」
「こ、ろす。ころす、ころ、す、こ、ろ…」

580えて子:2013/02/25(月) 22:12:36



「させるか…!」

カチナが鉈を振り上げた瞬間、突如背後から首が掴まれ、そのまま後方に放り投げられた。

「!」

いきなりのことに反応できなかったカチナは、そのまま放物線を描いて舞い上がり、少し離れた地面に叩きつけられる。
カチナを投げ飛ばした人物―ハヅルは、その隙に紅を助け起こした。

「…紅、無事か…」
「虎く……ごほ、っ」
「…一人で出歩くなと、いつも言われているだろう…」
「……そうね、ごめんなさい…」
「……。紅…アイツは、“そう”なのか?」

起き上がったカチナを見て、ハヅルがそう問いかける。
紅は何も答えないが、それが肯定の意思表示だと、ハヅルは気づいた。

「………そうか」

ハヅルは立ち上がると、紅から少し距離をあけるようにカチナに近づく。

「こ、ろ、す…ころす、ころす、ころすころすころすころすころす…」

壊れた機械のように繰り返しながら、カチナが一気にハヅルとの距離を詰める。
そして、獣のように跳躍し、頭上から一気に頭をハヅルの頭をかち割る――


「………!?」


――ことはできなかった。

鉈の刃の部分が、ハヅルに触れた部分が、真っ赤に溶けて、流れ落ちたからだ。

「……躊躇いが、ないな…」

困った風にこぼすハヅルは、頭を庇うために掲げられた腕が真っ赤に発光している。ひどい熱量で、近づいただけでも焼けてしまいそうになるのが分かる。
その腕から、溶けた刃がぼたぼたと地面に落ちる。腕にこびりついたものも、まるで泥を落とすかのようにもう片方の手で拭い落とした。

「……もう、お前の武器はない。…諦めて、俺たちと来てくれないか…」
「………カチナ、は、カチナ。めいれい、きく。カチナ、ころす、ころす、ころ、す…」
「…やはり、話し合いは無駄か。分かっていたが…」

唸り声を上げて突進してくるカチナを、身を捻って避ける。
そして、振り上げられた残っていた鉈の柄を掴むと、先程とは比べ物にならないほど全力で投げ飛ばした。

「………!!」

遠心力と摩擦力の減少でカチナの手は鉈からすっぽ抜け、勢いよく吹き飛び、瓦礫の山へ突っ込んだ。
その衝撃で瓦礫が崩れ落ちる。

「虎くん…!」
「…大丈夫だ。アイツは、あの程度で行動不能には陥らない…」

それより、と紅に向き直ると、手を差し伸べる。

「…今日は、もう帰ろう。このままじゃ、紅の方が先に倒れる…」
「でも、虎くん…あの子が……あの子は…!」
「…分かっている。だからこそ、だ。紅がいなければ、彼を助けることは出来ない…」
「………。そうね、ごめんなさい」
「気にするな。……立てるか」
「ええ、大丈夫…」

差し出された手を掴んで立ち上がる。
その瞬間。紅は見てしまった。

崩れる瓦礫の山。

そこからカチナが這い出て、音もなく飛びかかるのを。

牙と爪を振りかざして、ハヅルに飛びかかるのを。


「虎くん!!!」

「!!?」


“彼”との戦い


(紫色の空に)
(鮮血の赤が散った)

581スゴロク:2013/02/25(月) 22:23:54
>えて子さん
私が拾ってもヨロシイでしょうか? せっかくスザクがDエボに至ったので。

582えて子:2013/02/26(火) 06:06:05
>スゴロクさん
どうぞどうぞ。

583スゴロク:2013/02/26(火) 23:43:36
えて子さんの「“彼”との戦い」に続きます。
……よく考えたら時間軸は「飛翔の前兆」の前なのでこのままではスザクが出せなーい!?
なので「飛翔の前兆」の前にこの話を挟む方向で行きます。辻褄? そんなものは後からいくらでも合わせられるわー!!(ヤケ



―――スザクがその場に居合わせたのは、完全な偶然だった。
仲間や友人、恋人(なのか?)の呼びかけで目覚めた後、しばらくは家で家族3人の団欒を楽しんでいた。
が、夕刻も近い頃になって何かが囁いた。

―――奴がいる。

奇妙な予感、否直感に駆られたスザクは、母と妹の制止を無視して家を飛び出し、何かに取り憑かれたかのようにストラウルを目指した。
そしてそこに、「いた」。





「!」

カチナは瞠目した。叩き込んだ一撃が、横から割り込んで来た誰かに遮られたからだ。そしてそれは、以前殺せなかった標的たる、赤。

「っああぁっ!」

だが、それに対して何かを思う前に、細身の体からは想像もできない膂力で瓦礫の中へと再び叩き込まれることになった。
その誰か・スザクは、一撃を受け止めて血を流す右腕を押さえつつ、カチナの消えた瓦礫を睨みつける。

「性懲りもなくまた現れたのか……」
「あ、あなた……」

後ろから当惑したような声がかけられ、振り向く。視界に入ったのは、一組の男女。なぜか、スザクはその二人のうち、赤い女性の方を知っていた。

「……紅さん、だっけ? 情報屋「Vermilion」の」
「え? あなた、どうして私の名前を……」
「……赤い長髪に瞳、その背格好……火波 スザクか?」

大男・ハヅルが誰何の声を放ると、スザクはそれに対して頷くだけで応えた。

「やはりか。だが、なぜお前がこんなところに……」
「! 前ッ!」

紅の叫び声に前を向きなおしたスザクは、再び飛びかかってくるカチナの姿を眼前に見た。

「っ!」

咄嗟に「龍義真精・偽」を発動する――――が、回避も防御も間に合わない。全身の力を込めた一撃を正面から喰らい、スザクは背後にいた紅を巻き込んで大きく吹き飛ばされた。

「うわっ!」
「きゃあああっ!!」
「紅!」

その場で派手に転倒した紅を飛び越える形で、スザクの身体は地面に投げ出されていた。

(なんという力だ)

ハヅルはあらためて、このカチナという存在に脅威を覚えていた。見た目とは裏腹な戦闘力を備えている。侮れる相手ではない。精神はほとんど崩壊しているようだが、それは慰めにもならない。むしろ厄介なだけだと言えよう。
だが、紅が激しく咳き込むのを聞いて我に返った。カチナが今度はこちらに向かって来ている。

「ちぃっ!」

刹那、ハヅルは自らに根付く「悪夢」を発動した。溶け落ちたナタだった金属に手を叩きつけ、掌中で高熱体へと製錬して投げつけた。
が、

「何!?」

投擲された高熱体は、カチナに当たる直前で、何かにぶつかったかのように弾け、霧散していた。
だが、今からでは紅を抱えて逃げることなど出来ない。せめて彼女だけは守らんと、その前に立ちふさがったハヅルは、

「!!」

カチナの後ろから躍り出た、赤い影を見た。

584スゴロク:2013/02/26(火) 23:44:09
――――カチナの一撃を喰らって吹き飛んだ僕は、いつもの癖で瞬時にダメージを計算しつつ、起き上がろうとしていた。
けど、いざその段になって気づいた。

(……痛くない?)

鏡の展開は出来なかった。僕はあいつの一撃をまともに喰らった。にも拘わらず、僕の身体には何の傷もない。見れば、最初に受けた右腕の傷もいつの間にか癒えている。ただ、なぜか傷があった辺りの服が盛大に焼け焦げていたけど。

(どうなってるんだ?)

起き上がって状況を視界に入れるまでの一瞬で、その疑問に対する答えは出た。なぜかは知らないけど、僕はその答えを最初から知っていた。

(これは?)

龍義真精・偽……長い付き合いになるこの力が、目覚めた時を起点に全く異質なものへと変質していた。
とりあえず今わかるのは、手を、いや全身を薄く覆うこの赤い光が、さっきの攻撃から僕を守ってくれたこと。その防御力には限りが――――結構なレベルだけれども――――あるということ。龍精落が使えなくなったということ。そして、幻龍剣も変わったということ。

「っ!」

気合を込めて剣を出してみると、確かに大きく様変わりしていた。鳥のくちばしのような真っ赤な柄、炎が凝った様な非実体の刀身。

(何だ……これが幻龍剣?)

頭をよぎった疑念は、

「!!」

カチナがさっきの二人に襲い掛かったのを見て消し飛んだ。今は戦わなければ!!

「させるかぁっ!」

叫んで飛び出し、斬りかかる。カチナが振り向いた。
あいつには確か、攻撃を無力化する特殊能力があったはず。だけど、そんな力がそう何回も使える訳がない。手数で押して、使い切らせる。
――――けれど、同時に僕は僕自身の声を聞いていた。

(躊躇うな一撃で決めろ何も邪魔できない)

その奇妙な声に操られるように、刃を袈裟懸けに一閃する。それに反応してカチナから不可視のエネルギー弾が放たれ、攻撃を相殺――――しない!!
幻龍―――いや、朱羽剣は、エネルギー弾を豆腐のように切り裂き、カチナの身をざっくりと焼き裂いていた。

「!? がああああ!!」

カチナが明確な悲鳴を上げてのけ反り、大きく跳躍して警戒の姿勢を取る。
一方の僕は、紅さんともう一人の人を後ろに庇いつつ、間合いを測る。今のでわかった。僕の攻撃は、あいつの力ではもう無力化出来ない。

「スザク、さん、あの子は」

紅さんが咳き込み咳き込み、何か言おうとしてるのが聞こえた。あいつと何か関わりがあるみたいだけど、今は聞いている余裕がない。

「すみません、後で! あいつを捕まえます!」

言い置いて駆け出す。見る先では、カチナが叶わないと見たか逃走を図ろうとしていた。
だが、逃がしはしない。逃がすわけにはいかない。ここで逃がしたら、今度はノルンやノアが、アオイが、母さんが襲われないとも限らない。
そんなこと、絶対にさせない。

「くっ!」

だけど、カチナの足は想像以上に速い。僕もさっきから全速力で走ってるのに、全然追いつけない。
このままだと逃げられる!!

(もっとだ……もっと速く、もっと速く走れ、あいつに追いつけ、追い越せ、捉えろ、掴め、跳べ、「飛べ」!!)

本能のようにそう念じた瞬間、

「!!?」

ふわり、と体が浮いていた。

585スゴロク:2013/02/26(火) 23:45:43
「な、何だ、あれは」

状況を見ていたハヅルは驚愕に目を見開いた。逃走するカチナを追いかけていたスザクの身体が、それを覆う光が一瞬だけ赤く明滅したかと思うと、彼女の背に一対の翼が広がっていたからだ。炎のような真っ赤な光で輪郭を象る、不死鳥の翼が。
スザク当人にもこの事態は予想外だったのか、ほんの一瞬だけ速度が鈍る。が、それも本当に一瞬の話。

翼を一打ちして空へと舞いあがったスザクは、建物の残骸を避けて疾走するカチナを上から睥睨しつつ、その先を押さえるように大回りしながら飛行して行く。

「空を飛ぶ、能力、だと……そんなことが……」

情報屋「Vermilion」に所属するハヅルであっても、このような事例は寡聞にして知らなかった。類似の能力は一応あるにはあるが、希少だ。
当のスザクはというと、どうも慣れない飛行に四苦八苦しているらしく、時折バランスを崩して失速しそうになりながら、手足をバタつかせてバランスのとり方を探っている。大丈夫か、と思ったのも少しの間。
しばらくしてコツを掴んだらしく、赤光の翼を羽ばたかせて速度を上げたスザクは、おもむろに体を起こして空中で急停止し、

「うおおおおおお!!」
「!!!?」

赤い剣を振りかぶり、、カチナ目がけて空中から強襲をかけた。カチナは咄嗟に横へと跳躍してそれをかわさんとしたが、スザクは器用にも身体に開店をかけて強引に軌道修正し、

「えぇいっ!!」

地面ギリギリを滑空しつつ、朱羽剣ではなく、勢いを乗せた翼による打撃を叩き込んだ。完全に想定外の一撃を喰らい、カチナが大きく宙を舞う。
もちろんというか、この攻撃にも「相撃ち」は用を成さず、消耗だけが重なる結果に終わった。

「っが、あ゛、ああああ……」

威力が威力だけに「相撃ち」の消耗も相応に大きく、しかも無効化できなかったので事実上生命力の無駄撃ちに終わった形だ。
カチナはもはや受け身を取る余力もなく、地面に叩きつけられて動かなくなった。

「はっ、はぁ、はぁ……やった」

着地し、翼を消して能力を解除し、大きく息をつくスザク。紅の許に戻り、

「すみません、手加減をするほどの余裕はなくて……生きてはいますけど」
「…………いいえ」

紅としては複雑なところだった。スザクは以前と言うほどでもない以前、カチナに「殺されて」いる。
彼女にしてみればカチナは仇敵もいい所だ、全力を出すなというのは酷だろう。
ただ、それでも何かあるのは読み取ってくれたようだが。

「紅さん、あいつは……」

スザクはそう問いかけたが、その瞬間に彼女のポケットから、この場に似つかわしくない明るい曲調のメロディが流れた。

「はい……」

携帯を取り出して通話を繋いだスザクだが、その瞬間に聞こえて来たのは、

『スザク、こんな時間まで何をしてるの? 早く帰ってらっしゃいな』

琴音の声だった。心配と苛立ちが両方乗った複雑な色をしている。

「か、母さん」
『アオイが泣いてるわよ、お姉ちゃんが行っちゃったって』
「すぐに帰る、ちょっと待ってて」

言うとスザクは通話を切り、

「すみません、僕はこれで」
「あ、ちょっと……」

ハヅルが呼び止めたが、スザクはもう振り返ることなく跡地から走り去ってしまっていた。



朱雀、舞う

(生まれ変わって)
(翼を広げて)
(彼女は、空を手に入れた)



「音早 紅」「虎頭 ハヅル」「カチナ」をお借りしました。
終わってみればスザク無双に……ううむ。一応この後どうなっても大丈夫なようにしてみましたが。

586十字メシア:2013/02/27(水) 20:26:10
>スゴロクさん

飛行能力者なんですが、アンジェラを絡ませてもいいでしょうか…?

587スゴロク:2013/02/27(水) 21:46:42
>十字メシアさん
どうぞどうぞどうぞ! 「飛翔の前兆」後でお願いできれば。

588えて子:2013/02/27(水) 22:09:00
「朱雀、舞う」の続きです。
スゴロクさんから名前のみ「火波 スザク」をお借りしました。


「……行ってしまった」

小さくなるスザクの後姿を、ハヅルは呆然と見つめていた。

「…どういう、ことなんだ」

呆然としながらも、ハヅルは今目の前で起きたことについて考えていた。
目の前で、スザクが、飛んだ。オーラを翼にして、だ。
情報屋という仕事柄、能力者のこともよく調べるが、それでも飛翔能力は滅多に御目にかかれない。彼女の例はハヅルも初めて見るタイプのものだった。
調査をするべきかとしばし考えを巡らせていたが、

「ごほ、ごほっ…」
「!紅…」

紅の咳き込む声で我に返った。
慌てて駆け寄ると、そっと背中を撫でる。

「…大丈夫か」
「平気よ…さっきより、だいぶ楽。……それより…」

ふらつきながらもしっかりとした足取りで、カチナの元へ向かう。


カチナは、叩きつけられた時と同じ格好で、地面に倒れ伏していた。
虚ろな目は閉じかけており、唇が微かに動いて言葉にならない言葉を紡ぐ。
もはや指一本動かす力さえ残っていないのだろう、ぴくりとも動くことはない。
スザクによって切り裂かれた傷口からは血がとめどなく流れ、死の足音がすぐそこまで迫ってきていることは、火を見るよりも明らかだった。

「…蒼介…」

傍らに膝をつくと、そっとカチナの手を取って呼びかける。
もはやその呼びかけさえも聞こえないのか、聞こえているが反応を返すことが出来ないのか、カチナは動かぬままだった。

(…ごめんなさい、スザクさん)

心の中で、紅はスザクに謝罪した。
スザクや、前に一度だけ見た彼女の顔立ちのよく似た少女たち――おそらく彼女の家族なのだろう――にとって、カチナは自分や大切なものを死の淵まで追い込んだ、倒すべき憎き相手であるに違いない。

しかし、それと同時に、紅にとっては長年探し続けてきた大切な存在でもあるのだ。

「蒼介は…この子は、死なせない……絶対に死なせるものですか…!」

衣服が血で汚れるのも構わず、紅はカチナの体を抱きしめる。
そして、能力を全力で発動させた。
紅から溢れる淡い光が、収束してはカチナの中へ吸い込まれていく。

「紅!!」

その様子を見ていたハヅルが、大声で紅を止めようとする。

紅の能力は「生命の結晶」。自らの命を結晶化して他人に分け与え、傷や病を癒す力だ。
その分使用者の負担は非常に大きく、今のように一度に大量の命を分け与えてしまえば、使用者自身の回復が追いつかず、命の危機に陥ってしまいかねない。

しかし、紅は能力の発動を止めようとはしなかった。

「…ごめんなさい、虎くん。けど、やめたくないの。一度決めたから、最後までやり抜きたい……今、中途半端に終わらせてしまったら…私、きっと後悔する。死んでしまいたくなるほど悔やむと思うから…」
「紅……。だが、一度にそんなに大量の命を与えては、お前が…」
「…大丈夫。自分がどこまで無茶できるかは…自分がよく知っているわ」

話の最中も、紅は能力の発動を続けている。
先程までのカチナの流血は既に止まり、傷口も塞がっている。
おそらく、失った生命力さえも回復させているのだろう。真っ白だった顔色に、血色が戻ってきた。

589えて子:2013/02/27(水) 22:09:34
「…………」

――――カチナは、不思議な暖かさを感じていた。
初めて感じるような、以前に感じたことがあるような感覚。何かに包まれているような、不思議な感覚。
その感覚が、カチナの内側から囁きかける。

『あなたはもう、殺さなくていいの。苦しまなくていいのよ。だから安心してお眠り』

カチナには、言葉の意味は分からない。
だが、声が聞こえるたび、自分の中から何かが溶けて消えていくのを感じた。
重かったものが、溶けて消えて、軽くなるような感覚。
それが、とても、あたたかく、心地よい。

「………ま、ま……」

呟きは、声にならずに、空に消えた。


「……はぁ、はぁ……はぁ……」

長いようで短い時間が経ち、ようやく紅は能力の発動を止めた。
カチナの胸の傷はほとんど塞がり、傷痕を残すのみとなった。
眠っているようで目は閉じているが、小さな呼吸が聞こえる。心音も弱くはあるが響いており、死ぬことはないだろう。
その様子を見て、紅は安堵したように息を吐く。

「……よかった……」
「…紅、どうするんだ?」

ハヅルが聞いているのは、言うまでもなくカチナの処遇である。

「……連れて帰りましょう」
「…大丈夫なのか」
「大丈夫。…勘だけど、多分もう、さっきみたいに攻撃はしてこないわ」
「……そうか」
「…えぇ。だから、早く……ごほ、ごほっ!」

突然、表情を歪めると、激しく咳き込んだ。
いつもよりも重いらしく、苦しそうに体を丸める。

「紅…!」
「ごほ、だいじょ、うぶ……ごほっ!……ちょっと、無理をしすぎたのかもね…」

力なく笑う紅の顔色は、夕暮れに紛れて分かりづらいがだいぶ悪い。
少量ではあるが吐血したのか、真新しい血も地面に落ちていた。

「……だから言っただろう。…彼を連れ帰ったら、今度は紅が病院に行く番だ」
「………はい」

申し訳なさそうな紅を背負い、カチナを抱えると、ハヅルは跡地を後にした。


戦力外兵器からの解放


(その後、しばらくの間)
(情報屋の扉には「Closed」の看板と)
(「オーナー入院中のため臨時休業中」の張り紙がなされていた)

590えて子:2013/03/03(日) 21:25:56
イベント恒例白い二人シリーズ・ひな祭り編。
ヒトリメさんより「コオリ」をお借りしました。


「コオリ、コオリ」
「どうしたの、こんぺいとうのおねえちゃん」
「ひなまつり、知ってる?」
「うん。おんなのこのおまつり、なのよ」
「うん。アオね、さっき、これもらったの」
「おひなさま?」
「うん、卵のからで作ったんだって。作り方も教えてもらったの。コオリもいっしょに作る?」
「うん。おだいりさまとおひなさま、つくるのよ」



「おねえちゃん。なにがあればいいの?」
「えっと。卵のからと、おりがみと、黒いペンと、のり」
「どうやってつくるの?」
「卵の中身、出さないといけないんだって。こう、針で小さい穴をあけ」

ぐしゃ

「「あ」」

「「…………」」
「しっぱいしちゃったのよ」
「ぎゅってしちゃったのね。もう一度」

ぷすっ ぷすっ

「こんどは、ぐしゃってならなかったのよ」
「成功したね。中身を出したら、水であらって、かわかすの」

じゃー… ばしゃばしゃばしゃ

「どのくらいかわかすの?」
「たくさん。たくさんかわかすとね、かわくの。これ、かわいたもの」
「ほんとう、かわいてるの。このあと、どうするの?」
「顔を、かくの。はい、コオリのペン」
「ありがとう、おねえちゃん」

きゅっきゅっきゅ…

「かけたの」
「かけたの」
「つぎは、どうするの?」
「おりがみと、のりで、ふくをつくるの」
「このままだと、はだかだものね」
「うん。こうやって、ずらして、のりではって、丸めるの」

ぺた… ぺた…

「…できたの」
「できたの」
「かわいいね」
「うん、かわいい」
「かざっておこう」
「きょう、ひなまつりだものね」
「…あ」
「どうしたの、おねえちゃん?」
「おだいりさま、作らないとね」
「そうね。ふたりいっしょが、いいもの」


白い二人とひなまつり


(その日)
(卵の殻で作られた少しいびつな雛人形が)
(グループ内にちょこんと飾られていたとか)

591akiyakan:2013/03/05(火) 19:51:09
※しらにゅいさんより「タマモ」をお借りしました。一応、これでタマモ主人公の連載は終わりです。

「おりん」

 タマモの呼び掛けに、桜の木の下で遊んでいた「りん」は振り返り、笑顔を浮かべながら駆け寄っていく。

「タマモ!」

 タマモに抱き着くと、「りん」は嬉しそうに頭を彼女に押し付けてくる。その様子がおかしいように、タマモは笑った。

「これこれ! ……全く、お前さんは甘えん坊じゃのう」
「えへへ〜」

 タマモに頭を撫でられ、嬉しそうに「りん」は笑う。

「そろそろ日が暮れる。寺へ戻るかの」
「うんっ!」

 夕焼けに染まる街の中で、二人は手を繋いで帰っていく。

 タマモは願わずにはいられなかった。

(出来る事なら――)

 叶うなら、

 このまま、この穏やかな日々が続いてくれる事を。


 ――・――・――


 八岐大蛇との決戦の日。

 秋山寺院は、さながら野戦病院のような有り様だった。

「い、痛い! 痛い――!!」
「春美ちゃん、もうちょっと優しくしてよー!!」
「ご、ごめんね、みんな! ちょっと我慢して!」
「あだだだだだだだ!!!!」

 境内に溢れかえりそうな程の妖怪の群れ。誰もが大なり小なりの怪我をしていた。包帯や治療の跡が痛々しい。

「全く、何だい何だい。さっきまで勇ましく戦ってた奴らが、そんな声出しちゃって……イタッ!?」
「包帯塗れで強がっても、何にもならんぞ、珠女」
「く、くっそぉ……」

 皆傷だらけであるが、その表情は明るい。真夜中の激戦を、誰一人欠ける事無く生き抜き、そして勝ったのだ。一部では、夜が明けたばかりだと言うのに、酒盛りをしている面子まで見られる。

「全く騒々しいのぉ……おかげで、おちおち寝ていられんわい……」

 そんな騒々しい百鬼夜行の群れを、縁側からタマモは苦笑しながら眺めていた。

 その姿も、他の者達と同様に包帯だらけだ。特に彼女は、誰よりも長く大蛇と戦闘していたせいか、その妖力の消耗は激しい。しかし、境内から聞こえて来る活気から元気を分けて貰ったのだろうか、こうして立って歩ける程度には回復したようだった。

「やれやれ、しんどいのぉ……」

 それでも立ちっぱなしは辛い様で、近くの柱に寄り掛かる。

「何なら、肩を貸しましょうか?」
「いやいや、そこまでには及ばんよ――!?」

 タマモはその時、自分の隣にいる人物の姿に目を見開いた。

「お、お主は……」
「お久しぶりですね、狐のお姉さん。よくぞ、あの八岐大蛇を相手に生き残りましたね」
「……麒麟の、紛い物か」
「やだなぁ。もっと洒落た名前で呼んでくださいよ――双角獣(バイコーン)、ってさ」

 そこにいたのは、この事件の始まりに出会った少年――アッシュだった。

「……思えば、今回の一件はお主のあの言葉から始まったようなものじゃ。あの僧侶の背後にいたのは、お主達ホウオウグループか?」
「それに関してはノー、とお答えさせて頂きます」
「どうだかの。敵の言葉の真偽など、ワシらには分からない話じゃ」
「だったら、一言付け加えさせてもらいます。今回の事件の主犯、灰炎無道は、僕らのリーダーであるジングウとは相容れない思想の持ち主です」
「何?」
「貴方達だって見たでしょう……彼の考えは破滅思想だ」
「それを言ったら、ジングウの思想も同じじゃろう」
「いいえ。ジングウの考えは、あくまで生命有りきですよ。そして誰よりも破滅を忌み嫌っている。彼が推し進める進化がまさにそれだ。生物が進化するって事は、それだけ死から、破滅から遠ざかるって事なんですよ。ナイトメアアナボリズムなんか、まさにその典型じゃないですか」

 進化が昇る事なら、

 進化が前進を意味するなら、

 それは確かに、死や破滅とは真逆の事象だ。

592akiyakan:2013/03/05(火) 19:52:05
「まぁ、利用はさせて貰いました」
「何じゃと?」
「彼の思想は気に食わないが、その行動を利用する事は出来る……彼は『火種』として、十二分の働きを見せてくれました」
「火種……そこが分からんの。お主はジングウが生命有りきと言っておきながら、実際はその命を奪うような事ばかりをしておる。いつかお主らがやったウスワイヤの襲撃にしてもそうじゃ。矛盾しているのではないか?」
「いいえ。僕らの行動に矛盾なんかありません」
「なに?」
「生き物が、もっともその命を輝かせるのは何時の瞬間だと思います? どうすれば、生命体がその存在をより高い存在へと高めると思います?」
「……まさか」
「その通り! 命は死に抗う事によってその輝きを高める! 自らの限界を超えようとする時、その存在は更なる高みへと昇る! 都シスイが天士麒麟になったのも! 火波スザクがデッドエボリュートによって新たな力を得たのも! すべては死を跳ねのけ、自らの障害に抗った結果!」

 つまり、彼らは、

「意図的に人間が生命の危機に陥る状況を作り出し、超能力を発現させる、或いは能力を進化させておったのか……!」
「往年の人気漫画に習うなら、『Ecactly』ってところですかね」

 アッシュは愛らしい、魅力的な微笑を浮かべたが、タマモはその背後に濃い闇を感じられた。確かに彼らはあの僧侶とは真逆にいるが、彼らの行いはそれ以上の邪悪さを孕んでいる。

「お主らは……いかせのごれで巫蠱をするつもりか……ワシらは皿の上に載った蟲ではないのだぞ!?」
「ええ。皿の中で殺し合え、なんて言いませんよ。是非とも皆さんには、昇って来て欲しいです。もっともここは皿の上ではなく、壺の中ですが」

 そう言うと、アッシュは庭に降りた。みんな宴会騒ぎに熱中していて、タマモ以外に彼の姿に気付いた者はいない。

「あ、そうだ。一つ言い忘れてました……あの子、どこにいます?」
「……誰の事じゃ?」
「八岐大蛇の巫女にされた、反魂の女の子ですよ。確か……おりん、とか呼んでましたっけ?」
「お主には関係無いじゃろう。この上まだあの子を利用すると言うのなら、妾は黙っておらんぞ」

 タマモの身体から瘴気が漏れ出す。それに当てられ、周囲のものが腐敗していく。消耗して尚もこれだけの力を見せるタマモの様子に、アッシュは感嘆するようにため息をついた。

「流石、大妖怪はケタ外れだ。安心して下さい、僕らはあの子にこれ以上の事は求めません」
「……本当にか?」
「ええ。だって――もうあの子、そんなに長くないですし?」

 その言葉で一瞬、タマモの頭の中は真っ白になった。

「……なん、じゃと?」
「蘇生から半月、ってところですかね。まぁ、持った方じゃないですか? ……あれ? その様子だと気付いてなかったんですか? ……それとも、見て見ぬ振りをしてました? だって、ちょっと考えれば分かる事でしょう。反魂香の効果は有限ですよ。死人がああやって生身を得て生きているだけでも奇跡なのに、そんな奇跡がいつまでも続いてくれる訳無いじゃないですか」

 アッシュの言葉は、呆れているようだった。「貴女ともあろう者が、そんな事にも気付かなったのか」と言わんばかりの口ぶりだ。だが、アッシュの言葉は、タマモの耳に全く入ってこなかった。

「おりんが……死ぬ……?」

 せっかく助けたのに。命懸けで、今度こそ守れたと思ったのに、

 それなのに、

「死ぬ、って言うのは、ちょっと違うんじゃないですか? だって、あの子はもう死んでるじゃないですか」
「それはっ……!!」

 言い返したくても、タマモには言葉が無かった。

 「りん」の存在は、本来在ってはならない奇跡だ。本当なら居ない者が居ると言う奇跡。

 打ちひしがれているタマモを尻目に、アッシュはその場から歩き去って行く。

 タマモは――何も出来なかった。アッシュはホウオウグループの一員なのだから捕らえるべきだっただろうし、何より彼から「りん」の命を長らえさせる方法が聞きだせたかもしれなかった。

 だが、タマモは動かなかった――動けなかった。

 心のどこかで彼女は、この現実に納得してしまっていた。「りん」はここに、現世に居ていい存在ではないのだと。

 突きつけられた現実よりも何もよりも、その「納得」に、彼女は打ち据えられてしまっていた。

593akiyakan:2013/03/05(火) 19:52:35
――・――・――


「すっかり暗くなってしまったのぉ……それと言うのも、おりんが道草して遊ぶからじゃぞ」
「あぅ、ごめんなさい……」
「はっはっは、冗談じゃ、冗談。見ろ、おりん。今宵は満月じゃ」
「うはぁ、キレー! タマモの髪の毛みたい!」
「むむ? 褒めたって何にも出んぞ?」
「あはははー」

 すっかり日が暮れてしまい、代わりに月が街並みを照らす中を、タマモと「りん」は歩いていた。

「タマモ、どうしたの?」
「む? いや、何でもないぞ」
「そう? 何だか、悲しそうな顔をしてたけど……」

 首を傾げる「りん」に、「何でもない」とタマモは返す。

 アッシュに宣告されてから数日。タマモは表向きこそ平静を装っていたが、心中は全く穏やかではなかった。

 誰かに、「りん」の身に起きている事を伝えたかった。その命を長らえる方法も、探したかった。

 だが、これが彼女の選択だった。

(許せ、おりん……)

 すべての者には、それが在るべき居場所がある。生者にはその命を全うする為に現在があり、死者はその命が還る為に死後がある。

 そうだ。死者の手で生者が害される事などあってはならない。それと同じ様に、死者は現世に留まってはならない。

 八岐大蛇を倒した、灰炎無道を否定した自分達に、「りん」の命を肯定する資格など無い。無道を否定しておきながら、「りん」が生きる事を認めるのは、ただの自分の為のエゴに過ぎない。

(何て事じゃ……本当に、妾は……)

 「りん」を追って走っていた、その時の夢の光景が浮かぶ。

 そうだ。彼女自身が言っていた。自分には「りん」を救う事など出来ない、と。

(妾は……妾はなんて、無力なんじゃ……!!)

 人を殺す程の毒を自由に扱える。八岐大蛇と戦うほどの瘴気も持っている。百年以上も生きて多くを見て来た。

 だが、それが何になろうか。何も出来ない。「りん」の為に、彼女は何もしてやれない。こんなちっぽけな少女一人、救ってやる事も出来ない。

「……タマモ?」

 彼女の異変に気付いて、「りん」はタマモを見上げていた。何時の間にか、タマモは泣いていた。頬を伝って、涙が零れる。

「どうしたの? どこか、痛いの?」

 タマモを労わるように、「りん」が彼女を抱き締める。その身体をタマモは抱き返すが、手に力が入らなかった。

「うっぐ……すまぬ、すまぬ、おりん……」
「タマモ、何で泣いてるの? りん、何か悪い事した?」
「違うっ……お主は悪くない……何も、悪くない……!」

 衣越しにも分かる。この子の体温が。死人などではない。今この瞬間、確かに「りん」は生きている。死んでいるが、生きている。その体温が、その感触が、ここにいてくれている実感が、何もかも愛おしかった。

「謝るのは妾のほうじゃ! 妾は、お主の為に何もしてやれない……妾はお主からこんなにもたくさんのものを貰っているのに、お主の為に、何もしてやれん……!」

 「すまぬ、すまぬ」と言いながら、タマモは子供の様に泣きじゃくる。そんな彼女をあやすように、「りん」はタマモの頭を撫でた。

「……ううん。タマモは、りんの為にたくさんくれたよ」
「おりん……?」
「今ね、こうしてタマモとお話し出来るだけで、りんは嬉しいんだよ? 百物語のみんなや春美お姉ちゃんと一緒に遊べるだけで、りんは幸せなんだよ? りんはね、タマモに出会えなかったら、こんな風に出来なかったんだよ?」

 タマモに向かって、「りん」が微笑む。幼い彼女には不釣り合いな、穏やかで落ち着いた微笑。その表情は今まで見た事が無いような笑みだった。

「お、りん……? お主、まさか……」
「タマモ、自分を責めないで。りんはタマモと一緒にいられて、幸せだったよ」

 タマモの手を、「りん」は小さな両手で握った。そしてその手から、ゆっくりと体温が無くなっていく。ハッとしてタマモが彼女を見ると、その身体がゆっくりと透けていくのが見えた。

「そんな……おりん!」
「ごめんね、タマモ……もう私、一緒にはいられないみたい」

594akiyakan:2013/03/05(火) 19:53:11
 足元から、まるで糸が解れるように、金色の光になりながら、「りん」の身体が消えていく。反魂香の効き目が無くなり、現世に仮定構築された肉体が分解されているのだ。魂の器である肉体を失えば、「りん」はもうこの世にはいられない。彼女にとって、これは二度目の死だ。

「お主、自分がもう長くないと知っていて……」
「ごめんね……悲しませたくないから、ずっと黙ってたの……だけど、タマモも気付いてたんだね。流石、九尾の大妖怪!」

 死に際だと言うのに、おどけるように「りん」は言う。それがタマモには、自分を泣いてほしくないと言う「りん」の気遣いなのだと、痛いほど分かった。

「何が……何が九尾の大妖怪じゃ! 妾は……妾は獣じゃ! 一匹の畜生じゃ! 命を奪っても命を守る事は出来ない! 人に化けて人間の振りしか出来ない、卑しい卑しい畜生じゃ!」
「ううん、違う。タマモはね、全然卑しくなんかないよ」

 ほとんど実体の消失した手で、「りん」はタマモの頬に触れた。

「タマモはね、凄く優しいの。優しいからね、亡くしてしまったものをいつまでも大事にしてあげられるんだよ」
「おりん……」
「だからね、その気持ちをもっと、自分と一緒にいてくれるものの為に使って」

 かつて、自分の親を失った時。その命を奪った遊女だけでなく、関係の無い者達の命までタマモは奪ってしまった。
 怒っていた、憎んでいた、恨んでいた、憎んでいた。
 皮肉な話だ。「はは」がタマモへと注いだ愛の分、彼女がタマモを照らした分、その影は濃くなってしまったのだ。
 だが、タマモは陽光が無ければ輝く事の出来ない月などではない。
 彼女には、「はは」から貰った愛情がある。彼女から貰った器がある。タマモもまた、太陽なのだ。「はは」から受け継いだ暖かい陽光が、彼女の中にもあるのだ。

「だってりんは、タマモと一緒に居られて、タマモの傍に居られて、とってもとっても暖かかったんだよ! ……だからね、その暖かさを、色んな人達に分けてあげて」

 「りん」の身体が、もう半分以上消えていた。実体だけならもう無くなってしまっている。半透明のホログラフのように、その身体を掴もうとしても、タマモの手は空を切った。

「おりん……!」
「……泣かないで、タマモ……」

 消える。「りん」の身体が。タマモに向かって浮かべられた笑みも、見えなくなっていく。

 ――バイバイも、さようならも、言わないよ。

 それが、「りん」の最後の言葉だった。

 風に乗って消えていくように、彼女の身体は、光の粒になり、空に向かって昇っていく。昇天していく「りん」の魂を、タマモは涙で滲んだ眼差しで見送っていた。



 <月下昇天>



(人は死ぬ)

(されど、その行いや想いは、現世に残る)

(死は終わりではない)

(肉体は滅びても、その想いは残された者と共にある)

(だから言わない)

(バイバイも、さようならも)

595紅麗:2013/03/17(日) 01:06:26
こんばんは。「神の子と、」の続きの話を投下します。
名前のみサトさんより「スイネ」
自宅からは「榛名 有依」と「榛名 譲」です

――――――――

『っ……、…』

「……ねぇ、羊、さん?」

『!』

「……どうしたの?」

『ふー…、ふー……!』

「けが、したの?」

『寄るなッ…!』

「うっ…」

『は……』

「でも、くるしそうだよ!」

『っ、やめ…』

「ねぇ、――、ばんそうこう、もってる?」
「もってるー!」

『っ、この…』

「うわぁッ?! び、びりびりした…」

『だから、いっただろう』

「っ、」

『な――!?』

「いっ、う」
「おねえちゃん!」

『キミ、何して…!?』

「だって、ほっとけないんだもん!」

『……、』

「でき、たぁっ!ばんそうこうはれたよ!もういたくない?」

『……キミは…』

「えへへ、いたくなったら、ばんそうこう、だよ!」

『…バンソウコウ』

「そ!ばんそうこう!」
「も、へいき?」

『――あぁ、もう、へいきだ』

「「やったー!」」

――――――――


「ゆーちゃん、入るよ」
「だめ。…いやだめっつったろ、なんで入ってきてんだ」

 スイネからアドバイスをもらったその日の夜、榛名有依は弟である榛名譲の部屋へと押し入った。
「だめだ」と言ったにも関わらず、扉を乱暴に開けた姉に「返事聞く気が無いなら聞くなよ」とか
「もっと静かに開けろよ」だとか、いろいろと文句を言いたかったが、面倒くさいのでやめた。
―――まぁ、乱暴に扉を開けた割には、姉の表情が暗い、というのも、理由だったのだが。

「あの、さ。ちょっと話したいことあるんだけど、笑わないで聞いてくれる?」
「どうしたんだよ、姉貴らしくねーな」
「その、ね――アタシ、変なんだ」

変?とユズリは首を傾げる。元々変なのに、何を今更。
なんてことは、言えなかったが。
椅子でくるくると回りながら、姉の話を聞いてみることにする。

「ここ最近ずっと、自分が変なんだ。いる人、物、全部数字に見えたり、シャーペンが出せたり、飛ばせたり
なんでかって深く考えようとすると、頭がガンガン痛むんだ」
「………」
「こんなこと、友達に話したら笑われるだろうしさ、ゆーちゃんに―――?」

ユウイは、途中で話すのを止めた。
いや、止めざるを得なかった。

すとん、と自分の後ろの壁に何かが突き刺さったのである。
ふ、と見てみると、鋏だった。

「―――!?」
「姉貴の「変」ってのは、コレのことか?」

596紅麗:2013/03/17(日) 01:07:12
 気付けばユズリは椅子から立ち上がっており、彼を囲むようにして数本の鋏がふよふよと浮いている。
瞳が灰色に鈍く輝くその姿は、まるで自分のようで。

「もしかして、あんた、も―――?」
「……まさか、姉貴も、なんてねぇ…」

はは、と力無く笑い鋏を消してどすんと床に座るユズリ。
まさか姉まで「殺されて」能力を手に入れているとは思っていなかったのだろう。
自分と同じように「姉も殺されていた」という事実を受け入れたくなかったのかもしれない。

「「死んで」手に入る能力らしいぜ、これ」
「死ん、で……」
「俺は友達の女に殺された。階段から突き落とされて、鋏で、こう…な?」

 左手でVサインを作り、それを腕に宛ててみる。死因を話すのは辛くは無いようだった。
ユウイは、と言えば。まさに何も言えない、の状態。まさか、自分の弟が自分と同じ能力を持っているだなんて。

「そっ、か…前にゆーちゃんが病院に運ばれたのって」
「そ、コレが原因」


「ぶっちゃけ、特殊能力とかには憧れてたけど、ちょっと、精神的にきちぃな。「殺された」っつーのは――」
「て、ことはさ」
「?」
「ゆーちゃんも、友達、殺しちゃってるんだよね…」
「…そう、だな」


「………」

「………」




「…辛くないの?」

「………」



「………」

「…辛ェに決まってんだろ、アホ姉貴…」


(持っていないものを手にしたからといって)

(必ずしも、幸せになれるわけではない)

(……そのことを、私たちは忘れてはいけない)


姉と弟

――――――――――

「くっ…、ここ、は…」

『あぁ、目が覚めたのね!よかった…』

「お前は……?」

『大丈夫。私は何もしないわ。ただ、貴方を助けたいだけ』

「お前、頭が残念なのか…?!今は戦――ッつぅ!」

『ほら、傷に響くでしょう!お願いだから、大人しく…』

「何故、私を助ける…?ただの人間、の、くせに」

『そんなの関係ないわ。困っている人がいたら助ける、当たり前のことよ』

――――――――――

597紅麗:2013/03/17(日) 01:09:21

「姉と弟」の続きです。
自キャラオンリーとなります、すみません…。
「榛名 有依」「榛名 譲」名前のみ「高嶺 利央兎」を登場させました。
「ハーディ」「ヤハト」「ミハル」については話が進んできたら詳細を投下したいと思います。
次からは色んな子をお借りできたらいいな!(`・ω・´)


――――――――――

『キミ達は、どこから来たんだい?』

「えっとねー、遠いところ?」
「今日は家族でお出かけなんだ!」

『…そう』

「ひっつじさんはー、どこからきたの?」

『私も――遠いところから、だ』

「そっかぁー、同じだねー」

『……帰れるような場所では、ないけどね』

――――――――――

「いってきまーす!」
「いっちきやーす」

偶然にも、お互い部活の朝練がなかった榛名姉弟。
鞄を片手に外の世界へと飛び出した。姉弟と言えど、一緒に学校へ登校というのは珍しい。
それなりのお年頃、その上男女なのだからもう少しお互いにお互いを避けててもいいはずなのだが――

「で、あの「能力」のことなんだけどさ…」
「あー、まだ言ってたのかよ、それ」

周りの学生に聞こえないよう、こそこそと話すユウイ。
ユズリは「またか」と頭を掻いた。

「アタシらの他にも、いるのかな」
「――いない、とは言えねぇな」

気のせいかもしれないが、ここ最近妙な事件が多発している気がする。
もしかしたら、それらの事件に巻き込まれたか何かで自分達と同じような能力を持った人々が近くにいるかもしれない。
もちろん、あの「いかせのごれ高校」にも。

「とにかく姉貴の能力、今のとこ誰が知ってんだよ」
「ええと…リオト、かな…?」

やっぱり、とユズリは心の中で舌打ちを打つ。
ユウイの傍に必ずと言っていほどいるのは奴、高嶺 利央兎だ。
これは嫉妬だとかそういう類のものではない。
ユズリは直感でリオトが「危険な人物」であるということをわかっている。
忘れられない、あのこびり付いた血の匂い。奴も特殊な人間であるということは確かだ。

「リオ兄に相談するのはさぁ…」
「………?」
「俺、あんまりよくねぇと――姉貴?聞いてんのか?」
「あれ、なんだろ」

ユウイが前をすっと指差す。その先にあったのは――いや、いたのは、
緑色の服を身に纏った、背の高い男性だった。帽子を深く被りこちらへと近付いてくる。
その男性を一言で表すとするなら「放浪者」または「旅人」だろうか。
とにかく、その男性の服装は普通とはかけ離れていたのである。
二人はコスプレか何かの類だと思い、「こんな朝から」と男性を軽蔑するように見た。

どんどんと男性との距離は縮まる。
変に絡まれたら嫌だ、二人は話しかけられないことを祈りつつ歩く速度を速めた。
しかし、そんな二人の思いも空しく―――


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