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企画されたキャラを小説化してみませんか?vol.3.5
398
:
akiyakan
:2012/11/19(月) 00:25:53
人の心は多面体(トラペゾヘドロン)
※本家様より「ホウオウ」、サトさんより「ファスネイ・アイズ(スイネ)」をお借りいたしました!
「――え?」
ベガ達との戦いを終え、状況確認の為に閉鎖区画のブリーフィングルームへ戻ろうとした時、
「それ」は、現れた。
「嘘……」
アッシュに抱き抱えられたサヨリが、思わず声を漏らした。その瞳は、驚愕と畏怖から震えている。
「ホウオウ……様……」
目の前に立つ、漆黒のスーツの長身の男。まるで闇を纏っているかのようなプレッシャーに、アッシュも思わず息を呑む。
(これが絶対者、ホウオウ……! なるほど、絶対を自称するだけの事はある! こうして立っているだけで、凄い迫力だ……!)
まずい、とアッシュは思った。ちら、と彼は思わず背後のスイネに視線を向ける。彼女がここにいると言う事実は、グループ内では隠している事で、ホウオウにさえも知らせていない事だったのだ。
「……ファスネイ・アイズ」
「その名前で呼ぶの、止めて貰えないかしら?」
ホウオウの言葉に、スイネが不快感を露わにした。二人の関係を知らないアッシュは、思わずスイネとホウオウを交互に見比べる。
「いい機会だ。戻って来い、私の下へ」
「嫌だ、と言ったら……? 力付くでも来させるのかしら?」
「…………」
ホウオウは答えない。ただ、アッシュ達の方に彼は近付いて来た。
(っ、どうする!?)
相手は、自分達の組織のトップだ。迂闊な真似は出来ない。このまま、黙って事の成り行きを見守っているのが妥当か。そう思って、アッシュが動かずにいると、
「……何だ?」
ホウオウが訝しげな表情をする。スイネと彼の間に割って入るように、ミツが出てきたのだ。
「ちょ、ミツくん!?」
「み、ミツさん、何をやってるんですか!?」
突然のミツの行動に、アッシュもサヨリも同様を隠せない。そんな二人を尻目に、ミツはじっとホウオウを見つめている。
「……ホウオウ様、彼女は私達千年王国が招いた「客人」です。その上怪我もされていて、現在治療中の身……これ以上は、いくら総帥とは言え無礼だと私は思うのですが」
「……無礼、か。総帥と知っていながら意義を申し立てる、お前はどうなのだ?」
「総帥だからと言って、何もかも許される訳ではないでしょう」
ホウオウの威圧を前にして、しかしミツが怯む様子は無い。二人は怖気付いて動けず、サヨリに至っては今にも泣きだしそうな表情でミツとホウオウを交互に見ている。
ホウオウとミツは、しばらく睨みあうように互いの視線を交差させていたが、やがてホウオウの方が動いた。彼はミツの頭に向かって手を伸ばし――
「――やめろッ!」
その時、廊下中に響き渡る声が上がった。そちらの方へと全員が視線を向ける。
「じ、ジングウさん……」
彼の出現に、サヨリが安心したような声を出した。ジングウはホウオウの傍まで歩み寄ると、ミツに向かって伸ばした手を掴む。
「……総帥、私の部下がした事については謝罪致します、申し訳ありませんでした……ですが、総帥の行動も、いささか軽はずみかと」
「軽はずみ、だと? お前はどうなのだ、ジングウ? 私に黙って、ファスネイ・アイズを匿っていた事は?」
「……それは極秘裏に、彼女を治療する為です。ホウオウグループ内でアースセイバーの戦士を治療していたなど、とても公には出来ませんので」
「何故、ファスネイの治療を行った?」
「――それはてめぇの胸に聞けよ、ホウオウ」
素の表情を見せたジングウに、サヨリがおろおろしている。いくら常に大胆不敵とは言え、相手はホウオウグループの総帥だ。首が飛ぶだけならともかく、命を取られたとしても文句は言えない。
今度は、ジングウとホウオウが睨み合う。
「――……ふん、まぁ、いい」
言って、ホウオウが踵を返した。その背中が見えなくなったところで、ジングウが大きく息を吐いた。見れば、顔中に冷や汗が浮かんでいる。
「はぁ…………! ……こ、今回ばかりは肝が冷えました……!」
「も、もう! ジングウさん、無茶しないで下さいよ!」
「って言うか、ミツくんもミツくんだよ! ホウオウ相手に何考えてるんだよ、君は!?」
「……まぁ、いいじゃないですか」
責める二人を尻目に、ジングウは結果オーライの姿勢を崩さない。それから彼は、スイネに近付いた。
399
:
akiyakan
:2012/11/19(月) 00:26:23
「スイネさん、主治医として言わせて頂きますが……貴女は後、一週間ほどで元通りの身体になります」
「……逆に言えば、後一週間はここにいないといけない、と言う事ね」
「ええ。後はもう、自然治癒に任せても治るレベルにまで回復しているんですけどね……どうします? 私は、強制しませんよ」
ジングウは問う。それに対して、スイネは首を縦に振った。
「やるなら、完全に治したいわ……お願い」
「……そうですか、分かりました。それから、もう一つ」
そう言うと、ジングウはスイネに向かって手を伸ばした。一体何をするのかと周りが見守る中彼は――スイネの胸元を、思いっきり肌蹴させた。
「な、な……!?」
サヨリは驚いて固まってしまっている。アッシュもミツも、同様だ。スイネも驚き、目を見開いたまま固まっている。
露わになったスイネの胸元。女性らしい豊かな膨らみと、白い肌が服の間から覗いている――HとOを組み合わせた、独特の形をした焼印も。それは痛々しく、まるでスイネを汚すように刻まれている。その印を目にした瞬間、ジングウの表情が歪んだ。
「……初めにも聞きました。そして、今だからもう一度聞かせて頂きます。この印、本当にこのままで良いんですね?」
ジングウの行動の意味を悟ったらしい。スイネは頷いた。
「……何時までも、あんな男の呪縛を残す必要は――」
「……呪縛じゃないわ」
ジングウの言葉を遮り、スイネが言う。彼女は、自分の胸に刻まれた印にそっと触れた。
「これは戒め……私がかつてホウオウグループだった証で、そこで罪を重ねた証……周りがどんなに許してくれたって、その事実は変わらない。だから私は、これをあえて残すの」
「……そう、ですか」
ジングウはため息をつくと、スイネの胸元を元に戻した。
「分かりました。それでは――」
「何が分かりましたですかーーーーーーーーーーーー!!!!!」
「ぐほっ!?」
スパーン、と心地良い音が鳴った。サヨリが顔面真っ赤で、ジングウの頭をスリッパではっ倒した音だ。
「さ、サヨリさん、突然何を……」
「何をするって、こっちのセリフですよ! 貴方、スイネさんに何やってんですかーーーーーーー!!」
「な、何って、患者の意思確認を……」
「その為に服脱がす必要あるんですかーーーーーーーーー!!」
バシバシと、サヨリらしからぬ暴力が揮われる。そんな二人の様子をアッシュは「あーあ」と見つめるばかりで、助ける気はこれっぽっちも無いらしい。
「……まぁ、僕らも眼福だったって事で?」
「……ミツはイマイチ、そのガンプクと言うのがよく分からないのですが」
「……いや、ミツくんは一生知らなくていいよ」
さて脱がされた本人は、とアッシュが視線を向けると――意外にも、スイネは口元に手を当てて小さく笑っているところだった。
「どうかしたの?」
「ふふ……あれがジングウだって言うから、何だか可笑しくて」
「確かに。とても二十歳のいい大人には見えないよねぇ?」
ジングウの外見は、死亡した時と同じ状態で再生されている為、十四歳並みの体躯しかない。スリッパでサヨリに叩き回される姿はまるで、姉弟喧嘩する姉と弟のようだ。
「ねぇ、ジングウって本当に悪い人なの?」
「悪い人だよ、すっごく」
「あんな事してるのに?」
「あんな事してるのに」
「……何だか、分からないものね」
「そんなモノだと思うよ、人間ってさ。色んな顔をしてるんだよ。やっぱりその辺は、一緒にいてみないと分からないんじゃないかな」
そう語るアッシュの様子は慣れたもので、ジングウとサヨリの成り行きを見守っている。彼の言う通り「慣れて」いないせいなのだろう。目の前のジングウと、シスイ達が戦っている大悪人ジングウがイマイチ結びつかない。
「……そうね。きっと、そう。人間って、やっぱり複雑な生き物なのね」
これが、自分にとって倒すべき敵だと言う事を感じながら、スイネは呟いた。
400
:
十字メシア
:2012/11/20(火) 02:20:52
旧ジングウの生物兵器達登場の話。
akiyakanさんから「ジングウ」、スゴロクさんから「クロウ」お借りしました。
某日、ホウオウグループ。
一角の廊下を、荒々しい足取りで突き進むクロウ。
向かう先は――。
「おいジングウッ!!!!!」
「何ですか騒がしい。ノックぐらいして下さいよ」
ジングウ率いる千年王国の拠点である、支部施設内の閉鎖区画だった。
「そんな事はどうでもいいッ!! ここに『アイツ』はいるか!!?」
「アイツ?」
「あのウイルス擬きのAIだ!!!!」
「ああ、いますよ。…『エレクタ』」
と、巨大モニターに青い渦の様な光が巻き起こり、構築されていくかの如く、ジャージの上にオーバーオールを着た少年が現れた。
しかし何故か足は途中から途切れている。
《はーいはーい! 呼んだ〜?》
「エレクタ、貴方に用があるみたいですよ」
と、こめかみに青筋を、浮かばせんばかりに顔をしかめているクロウを指差すジングウ。
それを見たモニタの『中』の少年エレクタは、ぱあっと満面に笑みを浮かべる。
《あっ鴉クン! あの音どうだった? 凄いでしょ!? 是非警報用に――》
「お前という奴は…何回言われれば気が済むんだぁぁあああああああああーーーーッ!!!!!!!!」
《うわお》
ありったけの怒声を上げるクロウ。
対してエレクタは、さも驚いたという様な素振りを見せた。
「データを書き換えるわ、コンピュータの誤動作を起こすわ、ここ以外の電子機器の電源を強制的に落とすわ…更に今度という今度は爆音サイレン流すわと、お前は反省という言葉を知らんのか!!!!!!!!」
《知っらなーいよー♪》
「〜〜〜〜ッ!!!!」
「まあまあクロウ、そんなにカリカリしてたら、この子に付き合いきれませんよ」
「そもそもお前がちゃんと視ないからだろうが!!!」
「おや、私に責任があるとでも?」
「大ありだ!!!!!」
クロウが「その方が面白いのに」、とでも言うような態度で返すジングウを盛大に睨み付ける中、当人のAI少年は画面に背を向け、腹を抱えながら震えている。
笑いを堪えているらしい。
…が。
《〜〜〜ッ……ぷっ、あっははははははは!!!!!!!!あははっあは…あはははははははははははははは!!!!!!! ホント、鴉クン…名前通り、くろ、苦労人…っあーっはっはっはっはっはっはっ!!!!!!! もう、笑い止まんない〜死んじゃうって〜〜!!!!》
我慢しきれず、爆笑しだした。
一度切れたクロウの堪忍袋がまた切れかけたその時。
401
:
十字メシア
:2012/11/20(火) 02:21:32
「エ、エレクタ…あまりクロウさんを困らせちゃ駄目だよ…」
奥から現れたのは、白いレースやフリルのついた、ピンクのワンピースを身に纏っている少女。
毛先がロール状になったオレンジの髪に、ピンクのリボンがつけられている。
《ブラン! 別にいーじゃんか〜》
「良くないよ、クロウさん忙しいんだし……あのっ、ごめんなさい」
「……はぁ、お前は関係ないから、気にしなくていい」
「でも…」
「気にするなーっつってんだから、もういいだろ」
「まあ、エレクタの悪戯には少々目に余るものがありますね」
「んー、ほどほどにしときゃ、良いんじゃない?」
今度は二人の少年と一人の少女。
少年の内一人は頭に赤いバンダナを巻き、簡素な小汚ない服を着ている。
片手には何故かボロボロの自転車が。
もう一人は物静かな雰囲気を放つ普通の少年だが、下半身には二本の足は無く、代わりに悍ましく、六本の足のついた奇妙な機械が取り付けられている。
一方少女は、紫の長髪をポニーテールにし、学校の制服の様な着こなしに学ランを羽織っている。
「リキ!」
《それに魎とレンコだ〜元気?》
「元気って、さっき会ったばっかじゃん」
「………エレクタ、あまりクロウに嫌がらせしないでよ。雑音に等しい怒声はもう聞き飽きた」
「雑音で悪かったな」
《ぷくく…雑音だって……》
「お前も笑うな!!」
頭を押さえ、クロウは溜め息を吐く。
「とにかく、もうこんな悪ふざけはするな。分かったか」
《え〜〜〜〜? つまんな〜〜〜〜〜〜い》
「駄々をこねるな。お前は与えられた役割をこなせばいい」
《えー。ぼくちん、鴉クンほど真面目じゃないし〜》
「真面目だろうがなかろうがやれ! ったく…」
その場を去ろうとした時、クロウはふと5人を見渡す。
「あ?」
「どうしました?」
《ん〜?》
「何だ?」
「………?」
それぞれの反応を見せる少年少女達。
「…いや」
『?』
(ドグマシックスズ…ジングウの申し子共、か…)
ドグマの児達
「…しかし、よりによって何故、”最強”の武器がウスワイヤに保護されたのやら……さて、どうしたものでしょうかねえ」
(炎・氷・森・雷の力を宿し少女)
(番型GF−001)
(名をルーン、通称「精霊戦士」 今の名は)
(氷雷森 炎(ヒョウライシン ホムラ))
402
:
akiyakan
:2012/11/20(火) 15:57:03
※サトさんより「ファスネイ・アイズ(スイネ)」をお借り致しました!
「見えた……」
遠くに見えてきた巨大な建物を目にして、スイネは思わず漏らした。彼女が見ているのは、ウスワイヤの施設だ。
「それでは、ミツはここで」
「ええ、ありがとう」
振り返り、ここまで付いて来てくれた従者に例を言う。ミツは「いえ」と言うと、柔らかく微笑んだ。
(……気のせい、かしら)
会った時はまだ、人間味に乏しい様子だった「彼」。しかし今は、控えめだが、こんな風に笑ったりして見せる。
千年王国で、スイネはミツの素性を聞いた。「彼」が普通に生まれた生命ではなく、人工的に生み出された合成人間だと言う事を。
「人形」から「人間」へ。少しずつ、「彼」は成長している。
「それではスイネさん、これからもおそらくベガは貴女を狙ってくると思います……くれぐれも、ご自愛を」
「それは貴方もよ、ミツ」
「そうですね……では、お互いに気を付けましょうか」
その言葉を聞いて、スイネがため息をついた。彼女の様子に、ミツは首を傾げる。
「どうしました?」
「どうしたって……ミツ、貴方自分がどう言う立場か分かっているの……?」
「?」
スイネの言っている意味が分からないのか、ミツは更に首を傾げる。再びスイネはため息をついた。
「私は、アースセイバー。貴方は、ホウオウグループ……私と貴方は敵同士」
そう言うと、スイネは能力を行使した。鎖を具現化させ、飛ばす。鎖は、ミツの首に巻き付いた。
「いずれ、こんな風に戦う日が来るわ……必要以上に慣れ合うのは、お互い為にならないと思う」
それは、スイネからミツへの決別の言葉だった。わざわざ鎖まで使ったのは、その意思をより強くミツに見せる為だろう。自分はお前にとっての敵なのだぞと、分かりやすくする為に。
いつ絞殺されてもおかしくない状態で、ミツは、
「嫌です」
きっぱりと、その決別を拒否した。
「そんなの、ミツは嫌です」
「嫌って……貴方、自分が何を言っているのか分かってるの?」
「分かっています。分かった上で言わせて頂きます……ミツはそんなの嫌です」
「嫌って、そんな、子供みたいに……」
いくら精神が常人より幼いとは言え、ここまで「彼」は幼稚ではなかった筈だ。ミツの反応に、スイネは戸惑う。
403
:
akiyakan
:2012/11/20(火) 15:57:36
「ミツは、スイネさんが好きです。スイネさんと敵になるなんて、そんなの嫌です」
「でも、貴方はホウオウグループで、私はアースセイバーなのよ! どうしたって、敵になるしかないじゃない!」
「……ミツは、嫌です……スイネさんは、ミツの事が嫌いですか?」
「それはっ……!」
スイネは、言葉に詰まった。
好きか嫌いか、で言えば、嫌いじゃない、と答えたところか。その出生故か、何を考えているのか捉え辛いものの、ホウオウグループとは思えないような純真さには、正直好感すら覚える。こんな性格で、何故ジングウの下にいるのか分からない位だ。
本音を言ってしまえば――
「敵になんか……なりたい訳、ないじゃない!」
敵になりたくない。だけど、自分達は敵対する組織に所属している。だったら遠からず自分達は戦い合うしかない。そうなってしまう事が分かっているから、あえて自分から決別しようとしたのに。
「だったら、敵になる必要は無いじゃないですか」
それなのに、あっさりとミツ(あなた)は微笑う。無邪気で、無垢で、純真な眼差しを向ける。
「なりたくないなら、ならなければいい。博士はそういつも言ってます」
「ならなければいいって……ジングウ、貴方にそんな事教えてるの?」
「はい」
「はいって……裏切りとか考えてないの、あの男……」
「……博士は、その気になったら裏切っても構わないと言っています」
「え……」
ミツの言葉が信じられない様に、スイネは「彼」を見た。
「ホウオウグループはともかくとして、千年王国は、博士はそう言うスタンスでやっています」
――裏切りに怯えるようでは駄目だ。裏切られても尚、それを打ち破って前に進む位でなければ、神を超えるなど笑い草だ――
「だからミツ、その気になったら博士を裏切っちゃいます」
「随分あっさりと言い切っちゃうのね……いいの、その……恩、とか?」
「もちろん、感じてない訳じゃないです……でも、博士なら言うでしょうね。『そんなものに引き摺られていたくもない場所に居る位なら、とっとと切り捨ててしまえ』と」
「無茶苦茶だわ……」
無茶苦茶だが……いっそ清々しくすらある。こんな無茶苦茶で清々しい思考に育てられたからこそ、「彼」もまたこんなにも無茶苦茶で清々しい事を言ってのけるのだ。
「何だか、憂鬱になってた自分が馬鹿みたい……」
自嘲する様に、スイネは笑った。
「?」
「何でもないわ、ミツ……ところで貴方、その気になれば裏切っちゃうって言ってたけど、」
「はい」
「だったら……今、私と一緒にウスワイヤへ行く?」
悪戯っぽく笑いながら、スイネが手を差し出す。今度はミツが苦笑いを浮かべた。
「今はまだ……ミツにとって、あそこが居心地いいので」
「そう……残念ね」
スイネは手を下した。
「それでは……元気で」
「ええ」
二人はそろって背中を向け合う。
一人はアースセイバーで、一人はホウオウグループ。
二人の道は交わらない。
だけど――
「――ただいま」
<スイネ、帰還>
(行先は違っていても、心は近くにあると信じてみたかった)
404
:
えて子
:2012/11/20(火) 22:06:16
「エンドレス・ファイア(後編)」から数日後の話。
十字メシアさんより「ブラン」、卍さんより「デルバイツァロスト」、白銀天使さんより「フェンリル」、Akiyakanさんより「AS2(アッシュ)」をお借りしました。
ベガ一行、そして無々世一派の襲来から、数日が経った。
「……………」
ホウオウグループ施設内の廊下を、小さな黒い影が素早く駆けて行く。
大量の包帯を大事そうに抱え、俯き加減に走っていく。
もちろん、その状態で満足に前を確認できるはずもなく、
「きゃっ」
「あ、うわっ」
閉鎖区画の廊下で、曲がってきた人影と派手に衝突した。
「…ご、ごめんなさい!」
「う、ううん……僕も、前、見てなかったから……」
目の前にいたのは、橙色のロール髪と、レースとフリルがあしらわれた桃色の服。
ドグマシックスズの一人、ブランだった。
「あ、えっと……花丸さん?」
「!!………」
向けられる視線に気づいたのか、花丸は咄嗟に外套のフードを目深に被る。
「……ごめんなさい、ブランさん。僕、急いでるので…」
「あ、は、はい……」
すれ違いざまにもう一度、ごめんなさい、と小声で言い、逃げるように走り去った。
「はあ、はあ………」
そのまま全力で走り続け、閉鎖区域の温室区に入ると、壁に背中を預けて倒れそうになるのを堪える。
2、3回深呼吸をして乱れた息を整えると、奥へと歩き出した。
奥では、先の戦闘で大怪我をしたフェンリルが寝そべっていた。
足には包帯が巻かれ、その他にも傷を負った部位には治療が施されている。
フェンリルを見つめ、花丸は外套のフードを外した。いつも身に付けているゴーグルはなく、薄灰色の瞳が揺れる。
ゴーグルは戦闘で破損してしまったため、現在修理に出している。他者の視線を恐れる花丸は、ここ最近フードで顔を隠して生活している。
彼がこうして顔を出す事ができるのは、温室で生活する友人―危険生物達の前だけだった。
「……フェンくん。包帯、替えよう?」
花丸の呼びかけに、フェンリルは一声唸って答えた。
405
:
えて子
:2012/11/20(火) 22:06:46
「……………」
巻かれていた包帯を解くと、傷薬を塗り直し、新しい包帯を丁寧に巻いていく。
昔からやっていたのだろうか、慣れた手つきだ。
その作業を行っている花丸も、服の袖口から見える腕には包帯が巻きつけられている。
「………フェンくん」
包帯をフェンリルの足に巻きながら、花丸はぽつ、と言葉をこぼした。
「デルくん、死んじゃったって………頭にあった中枢が壊れちゃったから、もう直せないんだ……」
フェンリルは、何も言わない。ただ、大人しく手当てを受けている。
「………また、造らない、と………」
花丸の手が、止まった。
唇を噛み締め、涙を堪えている。
「兵器」としての「デルバイツァロスト」は、また新しく造れば何も問題は無い。
しかし、それは一からの創造になる。経験などはまっさらだ、何も覚えてはいない。
「友人」として長く一緒にいた、あの「デルくん」は、二度と戻っては来ない。
その事実が、言葉として発したことによって、花丸に重く圧し掛かった。
「…………………ごめんね…」
しばらくの沈黙の後、絞り出すようにして呟いた。
包帯が巻かれた傷口を、そっと撫でる。
「僕が……あの時、無茶な命令をしていなければ……僕が、君たちを守れるくらいに強ければ……」
堪えきれなくなった涙が、溢れて落ちる。
「フェンくん、こんな怪我、しなくて済んだのに………。デルくんが、死ぬことも、なかったのに………!」
一度決壊した涙腺は、涙を止める術を持たず、次から次へと溢れて流れていく。
慰めるように鼻をすり寄せたフェンリルに、耐え切れなくなったように縋りつく。
「ごめんね、フェンくん………ごめんなさい……ごめんなさい……!!」
肩を震わせながら、嗚咽を漏らす。
そんな花丸に、フェンリルは静かに寄り添っていた。
「……………僕、強くなるよ、フェンくん…」
フェンリルの首筋に顔を埋めたまま、花丸が呟く。
また涙に震えてはいるものの、その声にははっきりとした決意が窺える。
「約束する…。絶対、強くなる…。君たちを守れるくらい……デルくんみたいな子を、もう出さないために……」
フェンリルを抱きしめる手が、少し力強くなった。
獣帝の慟哭、決意
「……あれ、花丸ちゃん?鼻が赤いけど…」
「…アレルギー、です…」
「………ふーん、そう」
406
:
akiyakan
:2012/11/22(木) 21:23:43
ザ・スクール・ライフ 〜銀角のいる風景〜
※しらにゅいさんより「朱鷺子」、スゴロクさんより「火波琴音」をお借りいたしました!
現在時刻、七時半。
始業のベルまでまだ時間の余裕はある。ましてや、バイクで通学となれば尚更の事。
にも関わらず、朝っぱらから爆走する二台の単車があった。
一台は都シスイの。そして、もう一台は――
「――くっ、アッシュ!」
「おっとっと。遅いよ、兄さん?」
シスイより一つ分前に出るようにして、アッシュがバイクを走らせている。シスイも負けじと加速するが、アッシュとの距離はなかなか詰まらない。
「野郎……!」
「遅い遅い。どうせ兄さんの事だから、バイクなんて足代わり程度にしか考えてないんでしょうー?」
「ぐ……」
「その反応は、当たりだね」
朝も早くから繰り広げられるバイクレース。一体どうしてこんな事になったかと言えば、シスイが何時も通りバイクで学校へ行こうとすると、アッシュが待ち伏せしていたのだ。
『アッシュ……!?』
『やぁ、兄さん……どう? 競争しない?』
『何……?』
『能力対決では僕の負けだったけど……果たして、バイクの運転技術で僕に勝てるかな?』
『……馬鹿馬鹿しい』
『……負けるのが怖いのかい、兄さん?』
『――吠え面を見せる事になるぞ、アッシュ?』
『それはこっちの言葉だ、兄さん』
売り言葉に買い言葉。普段温厚なシスイも、どうしてかアッシュにだけは熱くなってしまう。
そして現在に至る。
「くっそ、速い……!」
内心、シスイはアッシュの運転技術に舌を巻いていた。加速の操り方から体重移動まで素人のそれではない。一流のレーサーと比べて遜色無いのではないだろうか、それ程のテクニックだ。シスイも食い下がるが、それでも二人の実力差は大きい。
二つのバイクが駆け抜ける。朝も早くから、周辺住民への配慮も無く。
「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」
407
:
akiyakan
:2012/11/22(木) 21:24:13
――・――・――
「で、一角君負けちゃったんだ?」
「うるせぇ」
休み時間、机の上に突っ伏しているシスイをトキコが突いている。アッシュに負けたのがよほど悔しいらしい。
「もー、みっともないなー。あんなパチモンに負けるなんて」
「うぅ……」
責めるトキコに、シスイは何も言い返せない。敗北は敗北だ。言い訳しないのが都主義。
「……ところで、一角君?」
「何だ?」
「一角君……このクラスと一角君の故郷、後、その……私にもう手を出すな、って言ってくれるたんだよね?」
「うん」
「……じゃあ、何でパチモンはまだ、このクラスにいるの?」
トキコが頬を引き攣らせつつ視線を向ける先には、クラスメイト達と談笑するAS2こと、アッシュの姿が。彼はまるで、何事も無かったかのようにそこに存在していた。
「それなんだけどさ。あいつ、何て言ったと思う? 『僕、兄さんとそんな約束した覚えないけど』だと」
「…………」
「あいつの厚顔振りもいっそ清々しいよな……ってトキコ、ちょっと待て。お前、腕振り回しながらどこへ行くつもりだ」
「何って決まってるでしょ……パチモンの首、引っこ抜いてくるんだよ……」
「落ち着け! こんな白昼堂々からやらかす阿呆がどこにいる!」
「うぅ〜! 一角君離して〜! あいつ、殺せないー!」
「殺すな、殺すな!」
アッシュを殴りに行こうとするトキコと、それを後ろから羽交い絞めにして止めるシスイ。ぎゃあぎゃあ騒ぐ二人の姿を眺めがら、「何をやってるのかしら……」と琴音が不思議そうな顔で見つめていた。
408
:
akiyakan
:2012/11/22(木) 21:24:44
――・――・――
「はい、朱鷺子ちゃん、あーん」
「…………」
昼休み、屋上。
シスイがここで昼食を取るのは慣例である。そして、それを目当てにコバンザメよろしくトキコがくっついてくるのも何時もの事。
何時もなら、この時間はシスイにとって安息の時間であり、トキコにとってはうまい飯にありつけるお楽しみの時間だ。
そう、何時もなら、和やかな時間が――
「…………」
「もう、照れちゃってるのかな? そんな君も可愛いけど」
「…………」
「はい、あーん」
和やかな……あれ?
「……琴音さん?」
「はい、なんでしょう?」
「この、独特の、嫌にピリピリした空気感、なんて言うんでしたっけ?」
「これは……トキコさん、照れてるのかしら?」
「いや待って!? あれ、どっかからどう見ても不機嫌ですよ!?」
不機嫌さMAXの能面トキコにこそ遠く及ばないが、それでもトキコが全身から滲み出る不機嫌オーラは凄まじ過ぎる。遠目に見るシスイであるが、空間が歪んでいるのではないかと錯覚してしまった位だ。
「……パチモン。私、一角君のご飯食べたいんだけど」
「僕のでもいいじゃない。むしろ、僕の方がおいしいよ、絶対」
トキコの横に張り付き、箸でつまんだおかずを差し出すアッシュ……傍目に見ればいちゃついているように見えるが、これがそんな甘酸っぱい空気などではない事をシスイは理解している。
「まぁまぁ。そう邪険にしないで。ほら、まずは一口」
あくまでニコニコと人懐っこい笑顔を崩さないアッシュ。そんな彼に根負けするように、トキコは(不承不承と言った様子で)差し出されたおかずを口に運んだ。事の成り行きを見守るべく、その動き一つ一つをシスイは注視している。
数回の咀嚼の後、呑み込む。そうしたトキコの表情は、驚いているようだった。
「……美味しい」
「でしょう?」
「一角君より美味しいって言うのは言い過ぎだけど、同じ位美味しい……やるわね、パチモンの癖に」
「えへへ……」
トキコに罵られるアッシュであるが、彼がそんな事を気にした様子は無い。むしろその表情は、素直な喜びを表している。それがまるで、彼の素の表情であるかのようにシスイには見えた。
「……何だ、普通に笑えるんじゃねぇか」
そう。素直に笑うその姿は、銀色の麒麟でも、千年王国の双角獣でもなく、年相応の、一人の高校生に見えた。
409
:
akiyakan
:2012/11/22(木) 21:25:15
――・――・――
「とーきこちゃーん?」
放課後、トキコが下駄箱で靴を履いていると、どこからともなくアッシュが現れた。
「一緒に帰ろ?」
「イヤ」
「何でさ〜、いいじゃん別に。乗せてくよ?」
「嫌なものは嫌」
「……兄さんとは二人乗りしたくせにさぁ……」
声のトーンが変わり、トキコはハッとなってアッシュの方を見た。しかしアッシュの表情は彼女が予想したようなものではなく――むしろ、寂しそうな表情をしていた。
「……何でそんな事、知ってるの?」
「知ってるよ、知ってるとも。当然さ、当然だとも――僕の大好きな、君の事だから」
真っ直ぐに、アッシュはトキコを見つめてくる。その視線に耐えられなくなったように、トキコは顔を背けた。
「……私、好きな人いるんだけど」
「火波スザクか……何? トキコちゃん、百合趣味?」
「……好きな人を好きって言って、何が悪いのよ」
「いいや、何も悪くないさ」
言って、アッシュはトキコの方に近付いて来た。言い知れぬプレッシャーに、トキコは後ずさる。
「何よ……」
「でもさ、その君の大好きな火波スザクは、今精神が眠っている……心が眠って、別人になっている」
「! 何で、アンタが知ってるの!?」
「……分かるよ。少なくとも、あの火波スザクが、それまでの火波スザクと別人である事ぐらい」
アッシュが更に近付く。トキコは彼から離れようとしたが、彼女の顔のすぐ横にアッシュが手をついて逃げ場を塞ぐ。トキコは背中を下駄箱に押し付けた状態で、正面からアッシュに見つめられる形になった。
「……ちょっと、離れなさいよ……」
「……心の深層部に眠っている火波スザクの本体人格……それが目覚めるまで、一体どれ位かかるだろうね」
「…………」
「その間に――君の心を奪う位、造作も無い」
アッシュの左手がトキコの頬に触れ、それから髪に触れる。嫌いな相手なのに、そんな相手にされているのに――トキコは背筋が、ゾクゾクするのを感じた。
「ちょ……止め……」
「…………」
「う……」
「何だったら、手始めに唇でも貰ってこうかな」
顎に触られ、ぐいとトキコは上を向けられる。強引にでもないのに、トキコはその動きに逆らう事が出来ない。
アッシュとトキコ。顔が近い。体温と体温が伝わり合いそうな程の距離。二人の吐息がぶつかり合い、絡まり合う。
そして――
「――なんちゃって」
べ、と舌を出すと、アッシュはトキコから身体を放した。突然の事に、思わずトキコはきょとんとしてしまう。
「あははは、びっくりした? ドキドキした?」
「こ、この……」
顔面真っ赤になったトキコは、拳を振り上げてアッシュを追う。そんな彼女から、笑いながらアッシュは逃げる。
そんなある日の、夕日の放課後。
410
:
スゴロク
:2012/11/22(木) 22:37:00
「迷子の迷子の」の続きです。ここからちょっと急ぎ足で行きます。
「……それで、結局どうなさいますの?」
思い切り間違い電話をかけた挙句、迷子になって泣きついてきた「メリーさん」を迎えに琴音がストラウル跡地へ向かったのは、つい十数分ほど前の事。一体何をどうやったのか、彼女は目的の相手を伴ってつい先ほど帰宅したところだ。
そして、そんな彼女たちを前に、アオイが発した第一声はそんなものだった。
対する琴音は、連れて帰って来た「メリーさん」にちらりと目線を投げて言う。
「それは、まずこの子から事情を聞かないとね」
「…………」
渦中の当人である「メリーさん」は、見たところ14、5歳くらいの女の子だった。以前は美しかっただろう金髪はすすけ、かかっていたウェーブは乱れてボロボロ。身に着けている服はいわゆる「お人形さん」的な紫基調のゴシックロリータだが、あちこちほつれて無残な状態だ。青色の眼はくすみ、憂いや迷い、そう言ったものがありありと見て取れた。
そんな彼女が、パジャマに着替え直した琴音の横に座り、供された湯呑みで日本茶を啜る光景というのは、かなりシュールなものがあった。琴音の話では、かけて来た時は本気で泣いていたらしいが、今はそう言った様子はなく、割合に落ち着いている。
茶がなくなったのを見計らい、琴音が口を開く。
「それで、あなたは誰なのかしら?」
質問の内容は、基本にしてもっとも重要な誰何の問い。対する「メリーさん」は、怪異としての風格も何もない、全くの素であろう声で応じた。
「あたし、ミレイ」
「ミレイさん、ですわね。……都市伝説を信じるならば、あなたの前身は捨てられたお人形、となりますけれど?」
アオイの問いが疑問形なのは、ひとえにこの地がいかせのごれであるがゆえに。今のこの地では、何が起きても不思議ではない。
イレギュラーが発生する可能性は大いにあった。が、幸か不幸か、ミレイの答えは首肯による肯定だった。
「じゃあ、やっぱりその人達を探して?」
「うん。……あんなに一緒だったのに、大事にするって言ってくれたのに……」
呟くミレイの瞳には、微かだが憎悪が宿っているのがわかった。偽りとはいえ、龍義真精の瞳を持つアオイならば尚更だ。
可愛さ余って憎さ百倍とは言うが、アオイにはそれが痛いほどよく分かった。もし、自分とスザクがその立場にいたならば……。
「そんなことはさせませんわ……姉様はわたくしの……殺してでも……」
「ア オ イ ?」
不意に声をかけられて弾かれるように顔を上げると、満面の笑みを浮かべた琴音が両肘をテーブルについて見つめていた。
「今、何か言ったかしら? 最近耳の調子が悪くてね、私」
「……な、な、何でもございませんわ、母様」
「そう? ならいいわ」
笑顔の裏に羅刹と修羅が潜んでいるのをこれでもかと言うほど感じ取り、冗談抜きで命の危機を感知したアオイは慌てて前言撤回した。それと同時に琴音が発していたプレッシャーが消え、リビングに静穏が戻る。
(あ、あ、あ、危ないところでしたわ……姉様のことになるとすぐにブレーキが壊れるのは、わたくしの悪癖ですわね)
最近物凄い勢いでヤンデレ化が進んでいるのはアオイ本人も自覚しているが、わかっていても治せないのはどうしたものか。ともあれ、そんな場合ではありませんわ、と意識を強引に切り替える。
411
:
スゴロク
:2012/11/22(木) 22:38:13
「……さておき。あなた、捨てられたのはどれくらい前ですの?」
「……よく覚えてない。とっても前だった気がする」
さて、いかせのごれにも妖怪や人外の類は色々と存在する。しかし共通しているのは、百物語組以外はその出自や時期がはっきりしない者が多く、「以前からいた」「外からやって来た」のいずれかに該当することだ。翻って、このミレイは、その特性からしていかせのごれで、しかもごく最近生まれた怪異だ。つまり、怪異としては結構な新参に当たるということになる。
「そうですの……では、これからどうなさいますの?」
どうするもこうするも、前の持ち主を追って復讐するのだろう。正直アオイとしては止めたかったが、「メリーさんの電話」という都市伝説が存在の根底にある以上、それが永続的に達成不可能となればミレイは消えてしまう。人外というのは、その根底に流れる概念に存在を大きく左右され、支配されるからだ。これは、「怪談」「都市伝説」を根源とする百物語組に顕著である。
(「しない」のは平気でも「できない」では消える……ややこしいですわね)
そんなことを思うアオイの心境を知ってか知らずか、ミレイはぽつりと言う。
「……追いかけなきゃ」
「見つけられるの?」
即答で切りこんだのは琴音。「メリーさんの電話」は、持ち主がどこに引っ越そうが確実に探り当てるのが特徴の一つだ。ところがミレイの場合、先ほどの間違い電話でわかるように、全く相手を特定できていない。おまけにかけた相手の家を3回も間違えるというありえないミスを犯しており、しかもそこに至る道がまるで違う。
「…………」
ミレイ自身も自覚しているのか、途端に黙り込んでしまう。そんな状態がどれくらい続いたのか、ぽつりと琴音が口を開く。
「……とりあえず、行動拠点くらい決めたらどうかしら? それがあるないで随分違うと思うけど」
「……でも、どこに行けばいいの?」
言われて顔を見合わせる火波母子(外見姉妹)。いざ考えてみると、思った以上に選択肢が少ない。
秋山神社は駄目だ。キリの件で全員がフル稼働しており、春美も今は動けない。
ウスワイヤとアースセイバーも駄目だ。ミレイの目的と存在原理からして、彼らからすれば拘束対象だ。ここまでしておいて引き渡すのはさすがに気が引ける。
天河探偵事務所……ドリーマーをも擁する異端だが、あそこには超方向音痴の流也がいる。一度外出すれば、連れ戻すのにほぼ全員が出払ってしまう。そんなところにミレイがいけば……多分活動が停止する。
アオイの脳裏に浮かんだのはレストランだったが、あれも駄目だろう。ミレイは動き回るタイプだ、一所にはいられない。
「「…………どうしましょう」」
図らずも呟きが重なる。どこか所在無げにもじもじとしているミレイをよそに、その行き先について頭を巡らせる。
と、
「「!」」
二人同時に在る場所を閃いた。もしかしたら、あそこならぴったりかもしれない。
「……母様。もしや」
「ええ。どうやら、同じことを考えたようね」
こくり、と頷き。
「ランカさんのお宅に預けてはいかがでしょうか?」
迷子の行き先
412
:
ヒトリメ 1/2
:2012/11/23(金) 01:09:25
彼は特別で在りたかった。
元来、彼は目立たない人間であった。
多くの「厨二病患者」がそうであるように、彼もまた、誰かの気を引きたいだけだった。
他者の好意は信じない。こうでもしないと、きっと自分も、なんでもないただの「その他大勢」でしかなくなってしまうのだろう。
彼は特別で在りたかった。この平和な一般的な日常の中の特別に。
厨二発言が目立つのは、それがありえないこと、おかしなことだからである。
彼は知っている。自分もほんとうは、"他者と同じで"そんな力など無い。
皆もそれを知っているから、からかい半分で構ってくれるのだ。
ほんとうは存在しないこと。虚構だからこそ成り立つ特別。
阿久根実良は、誰よりも、"そういった類のもの"を信じてはいないのだ。
"厨二病先輩と「彼ら」"
……ないはずなのだが。
「どういうこと!?実良、何を知っているの!?」
「うおッ」
予想外の反応をいただいた。予想外の人にだ。
胸倉掴んで真剣な面で睨んでくる同級生。彼女はそういうタイプでは無かった筈だが。
「お……落ち着け図書委員長。あまり騒ぐと奴らに感づかれるぞ、"血の契約者"よ――」
「それよ。なんで知ってるの。奴らって?」
「落ち着けと言っている!」
移動教室の帰りに寄った、昼休みの図書室。本棚に押し付けられた背が地味に痛い。
"血の契約者"が何だって?自分はいつものとおり、適当に発言しただけなのだが。
3年目になる”厨二”である。なれたもの、誰かの姿を視界に入れれば、半自動的に言葉を吐く。
……実際には慣れではなく、"能力者察知"能力による言葉であるが、彼自身は知る由もない。
とりあえず、なんとか手を離させて、落ち着かせる。
「……どうした、随分いつもと反応が違うじゃないか。とうとう俺の言葉を信じる気になったか?」
「実良、あなた、まさか最初から……」
「いまさら何を言っている。俺は初めから同じ事を警告し続けていただろう?」
会話がわりと成り立っているんだが大丈夫だろうか。
……いや、委員長は自分の発言を、うまく言えないが……ひとつの興味対象として扱っていた筈だ。
おおかた、会話に乗って俺の話を引き出そうとでもしているんだろう。
そういうことならば、いいだろう。この俺の本領発揮というわけだ。
「俺の話が聞きたいか?聞いてしまえば、貴様も今までのような日常には居られんぞ。それでも――」
「いや何言ってんのあんた」
……。
そうそうこれが普通の反応だ。
「あんた、また変な事言って絡んでたの?」
「変なこととは何だ、"格闘家"。いいとこだったのに」
「いいとこって何よもうちょっと頑張りなさいよ」
「待って海猫、実良は……」
「佑も相手しなくていいから」
毎度ながらひどい扱いである。委員長も聞こうとしているしいいじゃないか。
ともあれ、これが普通の反応だ。
呆れられ誂われツッコまれる。それがいつもの俺の立ち位置である。
車椅子の彼女を睨んでみせる。当然、心底呆れたような表情を返される。よし、彼女はいつもどおりだ。
「というか実良、まだお昼食べてないでしょ?」
「ん?ああ、移動教室から直接来たからな」
「あの子が普通にあんたの席で弁当開けてたけどいいの?」
「……」
413
:
ヒトリメ 2/2
:2012/11/23(金) 01:11:10
「"破壊者"、貴様ッ……!」
「あ、厨二病先輩おかえりー」
「おかえりーじゃあない。俺の領域から離れろ、無垢なる盗掘者め。貴様、俺の居ない時に来るなど……!」
「ちゃんと待ってたじゃないですかー」
「いいからその贄どもを置いて離れろ。それらは貴様の身に余るといつも言って」
「相変わらずですねー。わかりましたよーっと」
自然な流れで弁当箱を持って俺の席を立つ少女から、とりあえず食糧を奪い返す。あ、下段しかない。米しかない。こいつめ。
相変わらずはお互いだ。これで何度目になるか、高頻度で盗掘者はやってくる。俺をからかい、弁当のおかずを目当てに。
尤も、彼女が弁当をもらいにくるのは、彼の所だけではないようだが。
「知ってるんですよー。厨二病先輩、私が貰うようになってから、卵焼きの数増やしてる」
「"貰う"ではない、"奪う"だ。貴様が奪っていくから、自分の分を確保するためにだな」
「つまり増えたぶんは私が食べていいんですよね!」
「待て、別に貴様の行為を赦している訳では……全て喰うな本当に話聞いていたのかッ」
まんぞくしたような顔で弁当箱を返却する少女。
ほんとうに全て食べやがった。ここまで綺麗に食されると逆に気分のいいものが、いや、ないな。許さん。
さっさと退却する彼女を追い、教室の戸を潜り。
「ミラ兄!」
声を掛けられた。
そんなきさくな呼び方をしてくる物好きは、彼くらいしかいない。
「悪いな榛名譲、"鋏"持つ者よ。俺は今忙しい。話は後で……」
「なんだミラ兄、面倒事?手貸すぜッ!」
「……。 いや、やはり後にする。奴程度、いつでも裁きは下せる……」
女の子に弁当取られたからとか言えないし。
このまま追ったところで返って来るものもないし、こんかいはいいだろう。
次こそは報いを受けてもらおう。幾度目かになる決意をしておくことにする。
「ん……王女、貴様も居たか」
「ちょうどそこで会って、いっしょにミラ兄んとこ行こうってなってさ」
「冥闇の使徒様……」
「王女。俺のことは名で呼ぶようにと……」
「やっぱり使徒様は……いえ、せんぱいは、私を王女と呼んでくださるのですね!」
「うん? いつもそう呼んでいるだろう?
エルフの王女、"幻想の錬金術師"、『王女モア』――」
「そうです!私は想なんかじゃない、モアなんです」
「……榛名譲、彼女なにかあったのか?」
「えっ、いつもどおりじゃ?」
「そうか……?何か違和感が……」
王女の顔を眺める。
いつもと同じような会話だが、だからこそ何か違和感がある。
だがたしかに、そういう厨二発言だといわれればそれまでだ。
彼女を慕う後輩もそう言っているし、気のせいなのだろうか。
「まあいい。また魔物討伐の話があるならきかせてもらおう」
「想姐の活躍?俺も聞きたいぜッ!」
「ですから、私は想ではなくてモアですって。ではこの前の任務の話をーー」
……それにしても、何度話してもめずらしいものだ。
厨二発言が目立つのは、それがありえないこと、おかしなことだからである。
皆もそれを知っているから、からかい半分で構ってくれるのだ。
だがどうやら、このふたりは違うようだ。
彼は、この冥闇の使途に、呆れるでも誂うでもなく、懐いているらしい。
彼女に至っては、彼の言葉を信じているらしいのだ。
自分でやっておいて難だが、これの何処が良いのだろうか。
……いや、同じ事だ。
このふたりは、たしかに珍しく特別でもあるが。
他の奴らと同じく、いや他の奴ら以上に。きっとこの関係は、『冥闇の使徒』でしか得られない。
彼らの存在があるかぎり、自分が『冥闇の使徒』をやめることはないだろう。
いつも通り。今まで通りだ。この今の日常が、俺の望みだ。
「せんぱい、どこか行くところだったでしょう? 歩きながら話しましょう」
「悪いな。昼飯を、そう、買おうとしていたんだ」
「ミラ兄、今日昼飯無いんだ?」
「ああ。いろいろあって米だけは在るんだが、さすがに単体は……」
「米だけ……?」
----
厨二病先輩のまわりにいるひとは、ほんものの能力者ばかりなのでした。
というわけで、えて子さんより「佑」、十字メシアさんより「海猫」「想」、しらにゅいさんより「朱鷺子」、紅麗さんより「譲」をお借りしました。自分からは「実良」を。
彼に触れてくれてありがとうございました。
414
:
サイコロ
:2012/11/23(金) 01:42:58
ショウゴのおせっかい
工場に溜息が重なる。
バイクを確認するショウゴとタクミから発せられたものだ。
じろり、とバイクの落ち主であるシスイに冷たい視線が注がれる。
時は少し巻き戻り、放課後。
シスイのバイクの隣に、ショウゴが立っていた。
「よう、元気か」
「あれ…どうしたんすか先輩。」
「いやな、聞いたぜ朝のレースのこと。面白そうな事やってたらしいじゃねーか。」
「な…どうしてその事を」
「まぁまぁ。結果も聞いたぜ、負けたらしいじゃねーか。」
「ぐっ…」
言い訳はせずとっも露骨に渋い顔をするシスイに、ショウゴは続けた。
「どうせお前のことだ、あんまり整備とかもしてないんだろ?バイト先の工場に持ち込んで整備しようぜ。やり方教えっからよ。」
そして今に至る。
「シスイお前最後にエンジンオイル入れ替えたの何時だ?あと、ブレーキフルードも。もしかしてクラッチ板も擦り減ってんじゃねーか?」
「点火プラグもかなり劣化してんなコレ。チェーンは…うわ、ユルユルでサビ入ってんじゃん。よく外れなかったな―これ。」
「タイヤもスプロケットもブレーキゴムももう限界じゃねーか、これでよく走ってたなー。」
ダメ出しのオンパレード。専門用語ばかりで、シスイには2人に怒られているという事以外はちんぷんかんぷんである。
「だ…だって日常の足程度にしか…」
「アホウ!バイクは普通手入れをするもんだ!スクーター以外は大体な!洗車くらいはしてるみたいだけどこのまま走ってたら事故に繋がる所だぞ!」
「うーん、これ全部キチッと手を入れればレスポンスは段違いに変わるだろうなぁ。少なくとも朝のような結果にゃならねぇ。」
「本当っすか先輩!」
「おう、だからお前簡単な整備くらいできるように勉強してけ。工場長、どのくらいかかると思います?」
「人集めて全員でかかりゃ今日中には終わるさ。改造なんてしなくても、部品取替えと調整だけでコイツのフルスペック叩き出してやらぁ。」
「そういうことだシスイ、全部学んでけ。」
「せ…先輩、俺明日テストなんすけど…」
「交通事故に繋がるバイク整備とたかが小テストどっちが大事だ?」
「俺にとっちゃテストのほうが」
「えーいうるさい、必要経費のみにしてやるんだから文句言うな!」
「横暴だー!」
その日、工場の電気が消えることはなかった。
新品近くまでピカピカにされ、細かいセッティングを施されたシスイのバイクが、再びアッシュと相対するのはまた別の話。
415
:
サイコロ
:2012/11/23(金) 01:43:32
というわけで、『ザ・スクール・ライフ 〜銀角のいる風景〜』のおまけ話、的なものを書かせて頂きました。
鶯色さん宅から工場、タクミ、Akiyakanさん宅から都シスイをお借りしましたー。
ちょっと専門的なうんちくの多い話になってしまいましたが。ショウゴはきっとシスイを励ますつもりであったんではないかと。
416
:
akiyakan
:2012/11/23(金) 14:51:04
※しらにゅいさんより「朱鷺子」、「シギ」をお借り致しました!
「おはようー……あれ?」
朝、何時も通りに登校したシスイは、教室に入ってから違和感を覚えた。最初はそれが一体何であるか気付かなかった彼であるが、教室全体を見渡して、それから理由に気付いた。
「トキコ、アッシュは?」
「……何で私に聞くのかな、一角君?」
「いやだってあいつ、教室入ったら真っ先にお前のところ行くじゃん」
「……確かに、そーだけど……でも私、パチモンなんか知らないよ」
どうやら、トキコも知らないらしい。シスイは首を傾げる。
「まぁ、あいつがいない位どうって事ないか……」
どうせ何時もより登校が遅いだけだ。その内ひょっこり現れる。そう思い、シスイは自分の席に着くが――
――その日、アッシュが姿を現す事はついになかった。
――・――・――
「単刀直入に言います。お義父さん、娘さんを下さい!」
「あ゛?」
半眼になりながら、シギは目の前の少年を睨んだ。百戦錬磨の看守長。しかし彼に睨まれても、アッシュの笑顔はビクともしない。
「なんちゃって♪」
「おい、ふざけんなよクソガキ……ああ、お前か。なんか、トキコにやたらちょっかい出してる小僧とか言うのは」
じ、とシギは爪先から頭の上までアッシュを観察する。やはりアッシュは気負った風ではなく、あくまで自然体だ。
「言っておくが、あいつは俺のもんだ。てめぇみたいなガキにくれてやる謂れは無い」
「いいや、違うね。あの子は貴方のものなんかじゃない」
「あ゛? じゃあ、誰のものだって言うんだよ?」
まさか自分のものだとでも言うのか。そんな風にシギが思っていると、アッシュは自分の目の前に人差し指を立てた。
「そんなの、あの子自身のものに決まってるじゃないか」
「…………」
少し、予想外の答えだった。シギはアッシュの姿とダブって、銀髪の薄ら笑いが見えた気がした。
「……ハッ。ジングウとか言ったか。あいつんトコの奴はどいつもこいつも、そんな事言うのか?」
「ただ単に、その子が彼に似ただけよ。聞くところによれば、この子の父親は彼らしいから」
答えたのはアッシュではなく、その足元からだった。シギが視線を下げると、そこには一匹の黒猫が。
「……今喋ったの、そいつか?」
「ええ、そうよ。私はフレイ・ブレアフォレスト。まだ五十年ぐらいしか生きていないけれど、一応は霊猫の一種よ」
「……何でもありなんだな、いかせのごれ」
「まぁね。これ位で眩暈起こしてるようじゃ、いかせのごれで暮らせないよ、シギさん」
「別に暮らすつもりなんか無ぇよ」
どうにも、アッシュと会話しているとペースを乱される事をシギは感じていた。これが彼の「戦術」なのだろう、とも。苦手な相手だ、とシギは内心で舌打ちをした。
「んで……ホウオウグループが何しにここへ? まさか、また新しい実験体でも探しに来たのか?」
「いえ。掘り出し物を探しに来たのは間違い無いですが、今回は別件で」
「別件?」
「ええ」
言って、アッシュは地面を指差した。彼の言わんとしている事に気付いて、シギは怪訝そうな顔をして頭を掻いた。
「お前らな……あんな都市伝説、真に受けてんのか」
「いいえ、大真面目です」
「いや、可笑しいだろ。あんな噂」
シギの語る噂。
それはかつて、ここには軍事施設があり、それを建てたのが旧ドイツ軍、つまりナチスであったと言う事。施設は地下にまで及び、その地下には、ナチスの内部機関である民族遺産管理局が集めた膨大な数のアーティファクトやオーパーツが集められている。施設が無くなった今も、それらは地下に眠っている、と言う噂だ。
<アーネンエルベ>
「さて……まずは入り口を探さないとね、フレイさん?」
「そうね。『悪夢迷宮』、なかなか手強そうだわ」
417
:
えて子
:2012/11/23(金) 21:59:46
アオギリの学校探検話。なぜそうなったかは「いかせのごれ探検〜学校へ行こう〜」を参考。
しらにゅいさんより「玉置静流」、紅麗さんより「アザミ(リンドウ)」をお借りしました。
…『せいふく』の人たちについていったら、変な大きな建物があった。
せいふくの人たちは、みんなあの中に入っていく。
じゃあ、あれが『学校』っていうものなのかな。
アオも、まねしてみた。
でも、学校までは、たくさん歩かないといけない。
広い広い空間がある。
あそこには何があるのかな。そう思って行ってみたけど、何もなかった。
何もないのに、なんでこんなに広く開けているんだろう。
不思議。
「わんっ」
……わん。
アオは知ってる。これは「いぬ」の、鳴き声。
アオの近くに、いぬがいた。
「わんっ、わんっ!」
いぬは、アオを舌でなめてくる。
…どうしていぬって、舌が大きいんだろう。
鏡で見たことあるけど、アオの舌と全然違う。
だれかが、引っ張ったのかな。
「!? ぎゃんぎゃんぎゃんぎゃいん!!!!」
いぬの舌、引っ張ってみたけど、大きくならない。
もう誰かが引っ張ったのかな。だから大きいのかな。
「マサムネ!?」
いぬの舌を引っ張ってたら、建物から誰か出てきた。
顔の色が、わるいね。なんでだろう。
「き、君。いい子だから、その手を放してあげてくれないかな?」
「なんで?」
「何で、って……その子が可哀想だろう?」
出てきたのは、男の人、だった。
『かわいそう』って、なんだろう。
アオには、分からない。
「いけない、ことなの?」
「そう、いけないこと」
「ふーん…」
『いけないこと』は、やっちゃだめ、なんだ。
アオ、教えてもらった。
手を放したら、いぬはどこかに行っちゃった。
どこに行くんだろう。
「あ、マサムネ…!」
男の人はいぬを追いかけようとしたけど、アオのほうを見た。
なんで追いかけなかったんだろう。
「………………。……ちょっと、おいで」
男の人はそう言って、アオをどこかへ連れて行った。
418
:
えて子
:2012/11/23(金) 22:01:42
連れて行かれたのは、白い部屋。
『ほけんしつ』っていうんだって。
あと、男の人はタマキっていうんだって、教えてもらった。
タマキに、ぬらしてしぼったタオルでごしごし拭かれた。
「……いいかい?動物の舌は引っ張っちゃいけないよ?」
「わかった。アオ、もう引っ張らない」
「よし。いい子だ」
タマキは、『わらう』って顔をした。
アオがいい子、だからなのかな。
「君、どこから来たのかな?」
「あっち」
アオが入ってきたところを指差したら、タマキは「いや、そうじゃなくて…」って言ってた。
ちがうの?
「……えーと、じゃあ。お家はどこかな?」
タマキは『わらう』って顔のまま、聞いてきた。
アオのおうちは、ホウオウグループ、だけど。
でも、アオは教えてもらっている。
「……知らない人に、こじんじょうほう、ろうえいしちゃいけないって、言われてる」
「そ、そっか…」
タマキの顔が、ちょっと変わった。
「うーん、どうしよう……」って言ってる。どうするんだろう。
「……そうだ。ちょっといいかな?」
タマキが手を出してきたから、握った。
そうしたら、タマキはそのまま歩いていっちゃった。
アオも、いっしょに。
タマキって人に手を引っ張られて、アオは『しょくいんしつ』って所に行った。
たくさん机がある。けど、
「……人、いない」
「今、授業中だからね」
たくさん机があるのに、座ってる人がすくない。
『じゅぎょうちゅう』だと、人がいなくなるのかな。
「……あれ?タマキ先生じゃないの。どうかした?」
「あ、ワカバ先生。いや、ちょっとこの子を…」
「ん?………わ、可愛い!」
ワカバせんせい、って呼ばれた女の人が、こっちに来た。
頭、なでられた。
「タマキ先生。この子どうしたの?」
「校庭に迷い込んでたんです。放っておくわけにもいかないし…」
「あらら、迷子かなぁ」
タマキとワカバって人は、二人して首をひねっている。
まいご、って何だろう。
「あれ?タマキ先生、ワカバ先生?」
三人でいたら、また一人増えた。
でも、アオ、この人、知ってる。
「アザミ先生。何か迷子の子らしいんだよね」
「迷子?どれど………………………っげ!?」
「あ、リン」
むぐ。
…リンドウに、口を塞がれた。
「ん?アザミ先生、知り合い?」
「あ、あはははははははははは!!し、親戚の子でね!!うん!!」
「へえー、そうなのかい」
ワカバは、似てないねぇ、って言ってる。
『しんせき』って、何だろう。
何で、リンドウは「あざみせんせい」って呼ばれてるんだろう。
419
:
えて子
:2012/11/23(金) 22:02:18
「…………おい」
リンドウが顔を近づけてきた。
アオの肩、ぎゅっと掴んでる。
「…何でてめぇがここにいるんだ」
「アオ、お勉強、しにきた」
「ここはてめぇの来る場所じゃねぇよ、とっとと帰れ」
「なんで?」
「今言っただろうが!ここはてめぇの来る場所じゃ…」
「なんで、アオは来ちゃいけないの?」
「まだここに来るには早ぇんだよ」
「早いと来ちゃいけないの?」
「そうだ」
「なんで早いと来ちゃいけないの?」
「………………こいつめんどくせぇ………」
リンドウ、頭抱えちゃった。
なんでだろう。
「………はー。まあ、いい。この際ここに来た事は目を瞑ってやる。ここではリンドウって呼ぶな。アザミと呼べ。いいな」
「なんで?」
「そういう名前だからだ」
「リンドウじゃないの?なんでアザミなの?」
「ここではアザミなのっ!いいからそう呼びなさい!!」
「はぁい」
リンドウは、学校だとリンドウじゃなくなるんだ。
不思議。
「ごめん、後できちんと言い聞かせておくから…」
「まあまあ、いいじゃないの。それより、お名前アオちゃんっていうの?」
「うん。アオは、アオギリ」
「そっかぁ、アオギリちゃんかあ」
えらいえらい、って、ワカバに頭、またなでられた。
アオ、えらいのかな。えらいって、何だろう。
「でもどうしたら…一人で帰すわけにもいかないし…」
「アザミ先生が帰るときに一緒に連れて帰ればいいんじゃない?」
「えっ」
「それはいい考えですね」
「でもそれまでどこで預かっとくかだよねぇ」
「あ、じゃあ僕が保健室で面倒見ましょうか?」
「ああ、それなら安心だね。タマキ先生面倒見いいし」
「ちょ、ちょっと待って!何で僕が連れてく流れになってるの!?」
「だって親戚の子って言ってたし、そっちの方が彼女も安心するかと思って」
「お家を聞いてみたんですけど、個人情報は言えないって教えてくれないんですよ」
「うぅ……」
タマキとワカバとリンドウ…じゃない、アザミが、何か難しい話をしている。
アオにはよく分からない。
…そうだ、ここは学校の中なんだ。
アオも、お勉強をしてこよう。
『しょくいんしつ』を出ると、長い道がつづいてる。
道を進んでいくと、『かいだん』を見つけた。
上に、のぼれるのかな。いってみよう。
上には、何があるんだろう。
アオ、たくさんお勉強、できるといいな。
アオギリの学校探検〜校舎潜入編〜
「……ん、あれ?」
「どうしたの、ワカバ先生?」
「タマキ先生、アザミ先生。あの子、どこ行ったか知らない?」
「「……………あぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!?」」
420
:
akiyakan
:2012/11/29(木) 09:07:06
幕間 ‐アーネンエルベ‐
カルーアトラズ刑務所、客室。そこに、アッシュとフレイの姿があった。
「それではアッシュ、おさらいです」
椅子の上にフレイがいる。一体どこから取り出したのか、彼女は眼鏡を掛けていた。
「アーティファクトとは何でしょうか?」
「アーティファクトは、不思議な力の宿った道具の事。キリストを突き殺した神殺しに名高い『ロンギヌスの槍』、そしてその血を受けたと言われる『聖杯』なんかはこれに属するよね」
「よろしい。では、オーパーツは?」
「出土した時代とは不相応な高い技術で作られた道具の事。美術品としての付加価値の高い『クリスタル・スカル』や、メキシコ出土の『黄金のジェット機』がそうだよね」
「そうね。アーティファクトとオーパーツ。この二つを合わせて、ジングウは『アーネンエルベ』と呼んでいるわ。ドイツ語で遺産、と言う意味ね」
「余談だけど、りーちゃんの名前も遺産って意味だよね」
「そうね」
「で、そのアーネンエルベがこの刑務所のどこかにある、と?」
「そう言う事になるわね」
カルーアトラズ刑務所。「地平線の果て」、「底無しゴミ箱」と言われるこの場所であるが、ここにはかつて軍事施設が存在していた。その軍事施設を扱っていたのが旧ドイツ軍、今日で言うところのナチスであると言われている。
地理で言えば、カルーアトラズがあるのはアメリカ領だ。そんな場所にナチスが軍事施設を置いておける訳も無く、この話は眉唾もの扱いされている。が、しかし、逆にどこの所属だったのか、と聞かれると、誰にも答えられないのが現実であったりする。軍事施設があったのは間違い無い筈なのに、どこの国なのか判別が付かない。カルーアトラズは、その出自さえ謎が多いのだ。
「さて、と……当面の目標は地下にある『悪夢迷宮』の入り口を見つける事なんだけど……」
「ああ、それなら大丈夫。実はアテあるんだ」
「あら、意外ね? アッシュ、ここに詳しいの?」
「僕はそんなに足を運んだ事無いよ……ただ、ここに知り合いがいるんだ。その知り合いなら、多分地下の入り口を知ってると思う」
「…………もしかして、彼女?」
「当たり」
「……貴方、ほどほどにしておかないと、その内タネナシにされるわよ?」
「ご忠告ありがとうございます。ほどほどに、考えておきます」
人の話を聞いているのかいないのか、よく分からない様子のアッシュに、フレイはため息をついた。
「しかし、何か楽しいな、この任務。まるで宝探しみたい」
「気楽なものね。『悪夢迷宮』に入ったらそんな事言ってられないわよ」
「……まるで、知っているみたいに言うんだね?」
アッシュが問いかけると、「まぁ、それなりに有名だから」とフレイは返した。
「口で説明しても貴方分からないだろうし、中に入ってからその身で体感すればいいわ」
「怖い事言うなぁ。僕死んだら、どうすんのさー」
「貴方、麒麟でしょ? 皇帝特権で、少なくとも夢に取り込まれるような事は無いわ。だからこそ、ジングウも貴方をこの任務に抜擢したのだろうし」
「だからって酷いよー。これで僕、しばらくカルトラ詰めだよ? トキコちゃんに会いたいよー」
大げさにパタパタと両手を振るアッシュを、フレイは無視した。
「……アッシュは、」
「うん?」
「アッシュは何であの子……朱鷺子さんにそんなに執着するのかしら」
「そんなの決まってるじゃないか。僕があの子の事を大好きだからさ」
言って、アッシュは満面の笑みを浮かべる。見る者が見れば、まるで顔に張り付けているだけのような、そんな感想を抱くのが彼の笑い方だが、その笑顔は純粋無垢なものだった。嘘を言っていない、本心の、素の笑みだった。
「それよ。人間らしく生まれた彼女はともかく、貴方はまだ生まれたばかり。身体が大きくなるまで、閉鎖区画内で育ったんでしょう? そんな貴方が、彼女とろくな接点を持っていないのに、朱鷺子さんに好意を持つのは……」
「不自然、かな?」
421
:
akiyakan
:2012/11/29(木) 09:07:42
アッシュは微笑みを浮かべたまま、フレイの言葉を継いだ。
「そうね、不自然よ」
「どうかな……一目惚れ、って言葉があるじゃない? それかもよ。僕は一目で、朱鷺子ちゃんが大好きで大好きで大好きになっちゃったんだ。それなら、納得?」
「自分で『それかも』なんか言っておいて、それで納得って難しい話ね」
「まぁね」
のらりくらりとしていて、捉え所がない。果たして、彼の言っている事がどこまで本当で、どこからが虚像なのかよく分からない。
(全く……ジングウより取っ付きづらいわ、この子)
これが彼のスタイルなのだろう、とフレイは自分を納得させる。これではまるで、バイコーンと言うよりぬらりひょんだ、などと心の中でこっそりとぼやく。
「逆に、僕から質問」
「何かしら?」
「フレイさんと父さんってどんな関係なの? もしかして、恋人同士、とか?」
「あのね……一体この世界のどこに、こんな五十も過ぎた、年老いた老猫と付き合う物好きがいるのよ……」
表面的な、取り繕ったものではない。これは本気だ。本気で彼女は、アッシュの言葉に呆れている様子だった。
「だったら何? 『あの』父さんに好意的に接してくれるレアな人間なんて、マキナちゃんかサヨリさんぐらいだと思ってたけど」
「『あの』、とは、また大した言い草ね。一応とは言え、貴方の創造主(おとうさん)でしょうに……」
「で、何なの?」
「……知り合い、かしら。私としては、あの子は友達だと思ってるんだけど……それは流石に、あの子が迷惑するでしょうし……って、何よ、その顔」
「いやぁ……あの父さんが「あの子」なんて呼ばれるの、なんだか新鮮で」
「才能がいくらあると言ったって、あの子は結局若造(あのこ)よ。たかが二十年生きた位で悟ったみたいに振る舞ったりしちゃってさ……本当に、可愛げが無いんだから」
言いながら、フレイは苦笑を浮かべる。アッシュ達の知らない、過去の、現在の姿になる前のジングウ。そんな彼を、彼女は回想しているのだろう。こうやってジングウが、嫌悪の色も何も無く、純粋に好意が向けられているのを見るのは珍しいと、アッシュは思った。
「フレイさんは、どうしてホウオウグループに?」
「私みたいな化け猫、妖怪だとか、特殊な力を持っている人間だとか。今の社会って、異端、と言うか、世間一般の常識に合わないものは排除するでしょ? 私は、そう言うの大っ嫌いでね。遠慮するのが嫌いなの。正体を隠して、身を潜めて、とか、息が詰まっちゃう。その点、ホウオウグループはそう言うのに寛容だから。それに、世直しがしたかったのよ。私達みたいなのが、もうちょっと生きやすいような世界にね」
「へぇ……」
「ま、結局難しい話だけど。世界を変えるって、やっぱり楽じゃないわ」
言って、ため息をつく。その様子には、軽い調子の言葉とは裏腹に、深い、重みのようなものを感じる。
「正義の反対は悪じゃない、か……」
勧善懲悪。絶対的な悪を正義が滅ぼす。しばしば、特撮や映画で用いられる構図であるが、世界はそんなに単純な構造で出来ていない。作品内で正義、と称されるのは、それが所謂『主人公』の立場がそれであるに過ぎない。人の世の争いは思想と思想のぶつかり合いだ。正義の反対は悪なのではない。もう一つの、相容れない別の思想。即ち、もう一つの正義なのだ。
「みんなは分かってるのかな? ホウオウグループの悪で、救われている人間だっているって事をさ」
誰に問うでもなく、アッシュはそう呟いた。
422
:
akiyakan
:2012/11/29(木) 09:08:33
※しらにゅいさんより「朱鷺子」、紅麗さんより「高嶺 利央兎」、スゴロクさんより「クロウ」をお借り致しました。
『あれ?』
それは、いつかの記憶。
『あんな子供、ここにいたかなぁ……?』
それは、いつかの出来事。
ホウオウグループ支部施設。ほとんど顔を出す事も無いこの場所に、たまたま立ち寄ったトキコは、そこで見慣れないものを目にして首を傾げた。
彼女の視線の先にいるのは、二歳ぐらいの幼子だ。髪の毛が長く、そのせいで目元が隠れてしまっている。手術着らしきものを着ており、幼子特有のおぼつかない足取りで廊下を歩いている。
「りーちゃん……? でも、あの子はもうちょっと大きかったし、髪の毛は緑色だったっけ」
この施設にいる幼子と言えば、真っ先に思い浮かぶのがレリックだ。しかし、トキコの言うようにレリックはもう少し大きい。いくら幼子とは言っても、彼女は人間で言えば十歳位だ。目の前の幼子は、それよりもっと小さい。
疑問と、好奇心。二つの感情に誘われて、トキコは幼子に近付いた。
「こんにちはー!」
「……! ……?」
取り敢えず挨拶してみると、幼子は驚いたようにトキコの方を見た後、不思議そうに首を傾げた。何気ない仕草だが、それすら愛らしく見えるから不思議だ。
「君、名前は?」
「なまえ? えーのこと?」
「えー? それが、君の名前?」
トキコが聞くと、幼子――「えー」はこくん、こくんと頷いた。
(……可愛い……)
舌足らずな声音は柔らかく、耳に優しい。性別は分かりにくいが、おそらくは男だろう。前髪の隙間から覗いた無垢な瞳が、好奇心の色を隠せずにトキコを見つめている。
「よし、えー君! 君は、どこから来たのかな?」
「あっち」
悩む様子も無く、「えー」はそちらを指差す。それは廊下を差しており、トキコはそれが、「向こうから来た」と言いたいのだと察した。
「そうなんだー……誰か、大人の人は一緒じゃないの?」
「おとなのひと?」
「えー」は首を傾げる。どうやら、トキコの言葉の意味が分からないらしい。
「そう、大人の人。大人の人って言うのは……えーと、大人、って、言うの、はぁ……」
自信満々に説明しようと思ったトキコであるが、一瞬の内に説明に窮した。普段使わない頭をフル回転させるも、こんな小さな子供に「大人」とは何であるかを説明しようとしても、使える単語が限られている。未開人に銃とは何ぞや、と説明するようなものだ。否、銃を説明する方がよっぽど簡単だ。
「えっと……その……」
じっと、「えー」はトキコの言葉を待っている。前髪の間から覗く瞳が、何だかプレッシャーを放っているようにトキコは錯覚すらしていた。
何か、何かを言わなければ……! テンパったトキコは、何を思ったか――
「大人とは――お姉さんみたいな人です!」
――胸を張り、あまつさえ腰に両手を当てながら、そんな事をのたまった。
「……うん、わかった」
こくん、と「えー」は頷いた。その従順さが、むしろトキコには居た堪れない。
(誰か……誰か私に、突っ込んで……!)
何時もならここでシスイが「何でじゃ」と突っ込んでくれるところ、ここではそれを望める訳が無く、
「……どうしたトキコ、こんな所で?」
代わりに、背後から声が掛かった。トキコが振り返ると、
「あれ、リオくん?」
「珍しいな、お前がこんな所にいるの」
「それを言ったら、リオくんもでしょ」
「まぁな……ん? 何だ、その子供?」
「えー」の存在に気付き、リオトが指を差す。すると呼ばれたと思ったのか、「えー」は彼の傍に近付いて来た。
「こんにちは」
「お……こんにちは」
「わー、偉いね、えー君。ちゃんと挨拶出来て」
「えへへ〜」
トキコが頭を撫でると、「えー」は嬉しそうに笑った。屈託の無い笑みであり、見ているこちらもつられて頬が緩んでしまうような、そんな笑い方だった。自然、それを見ているリオトも、思わず穏やかな気持ちになった。
「あ? リオ君、今笑ってた?」
「べ、別に? ……それより、そいつなんだ?」
「分かんない。私も、今見つけたところなの」
ホウオウグループ内に幼児。よもや迷子と言う事は無いだろう。十中八九関係者だが、こんな子供を今まで二人は見た事が無い。と言う事は、誰かが連れて来た、と言う事になるが。
423
:
akiyakan
:2012/11/29(木) 09:09:20
「ねぇ、えー君。君をここへ連れて来た人って、誰?」
「つれて、きた?」
「そう。つれてきたひと」
「……わかんない」
「分からない? そんな事無いだろ?」
「リオ君、駄目だよ。ほら、えー君驚いてる」
リオトが大きな声を出したせいだろう。「えー」はトキコの後ろに隠れ、彼女の服をぎゅっと掴んでいる。そんな彼の姿に、「う……」とリオトは後ずさった。
「悪かった……しかし、どうするんだ、そいつ?」
「うーん……このまま、放ったらかしにする訳にはいかないし……」
トキコは、自分の服を握っている「えー」を見つめる。「えー」もトキコを見上げており、その瞳には縋っているような、頼っているような感じが見て取れた。
「……仕方無い。私が一緒に探してあげる」
「いいのか?」
「うん、どうせやる事無いし」
言って、トキコは「えー」に視線の高さを合わせるようにしゃがんだ。目線を合わせたまま、トキコは彼の頭を撫でる。
「大丈夫だからね?」
「…………うん!」
大丈夫。トキコの言葉の意味を感じたのか、にはっと、「えー」が笑った。
――・――・――
「カラスさん、この子知らない?」
「えー」の手を引きながら、トキコは出会う人全員にいちいち聞いて回っていた。しかし、誰も「えー」の事など、詳しく知っていないようだった。
「知らん……何だ、その子供は?」
訝しげな表情を浮かべながら、クロウは「えー」の姿を覗き込む。その視線から逃れるように、「えー」はトキコの後ろに潜り込んだ。
「カラスさん、虐めちゃ、めっ! ほら、こんなに怖がってるよー」
「いや、別に、虐めているつもりは無いのだが……」
クロウは顎に手を当てながら、困惑したような表情をしている。色んな人間のいるホウオウグループであるが、流石にこんな幼子がいるのはおかしい、と思っているのか。
「……構成員の中で、結婚している者はいたか……?」
――違った。別の事を考えていた。
「うーん……カラスさんも違ったかー……」
がっくり項垂れるトキコ。かれこれ、十人目である。
「む? トキコ、あの子供は?」
「え――ああっ!? また一人であんな所まで!?」
目を離した隙に、何か面白いものでも見つけたのか、「えー」はもう廊下の向こう側まで歩いていた。慌ててトキコは、その姿を追いかけ、「捕まえた!」とばかりに後ろから抱き締めた。
「駄目だよ、えー君! 私と一緒にいなきゃー!」
「はぁい」
一見従順そうな「えー」であるが、その実子供特有のマイペースさ、と言うか、フリーダムさ全開だった。少し目を離しただけでいなくなる。トキコとしては、冷や冷やものだった。
「ふぅ……ちょっと、休憩しようか……」
丁度、休憩所を見つけ、トキコはそこに腰を下ろした。彼女が座ったのを見て、「えー」もとてとてと歩み寄り、その隣に座り込む。
「はい、どーぞ」
「ありがとうー」
「どういたしまして」
自販機で購入した缶ジュースを手渡すと、「えー」はマジマジとそれを見つめている。もしや、開け方が分からないのだろうか。そう思い、トキコがあえてゆっくりと、「えー」に見えるように自分の缶を開けてみせる。プシュッ、と言う炭酸の弾ける音が鳴り、「おおっ!?」と「えー」の瞳がキラキラと輝いた。
「ん! ……?」
「…………あ」
トキコの真似をして、自分の指をタブにかける「えー」。ところがどっこい、タブが起き上がらない。彼は首を傾げながら何度もタブに指をかけるが、紅葉のようなその手は缶の上部をカリカリと掻くばかりで何も起きない。
「????」
頭の上に何度もクエスチョンマークを浮かべながら、缶を開けようと悪戦苦闘する「えー」。が、力が足りないのか、プルタブはビクともしない。
424
:
akiyakan
:2012/11/29(木) 09:10:09
「うぅ……」
じわ、と「えー」の瞳が俄かに潤んできた。そんな彼の様子がおかしいようにトキコは「くすっ」と微笑むと、「えー」の缶ジュースを手に取った。カシュ、と事も無げに彼女は開ける。
「はい」
「わぁ……ありがとう!」
嬉しそうに笑う「えー」。前髪が少々邪魔であるものの、それが満面の笑みである事は誰が見ても明白だった。
「さて、と……これから、どうしようかな……」
誰が「えー」の保護者なのか、トキコは思案する。虱潰しに当たっていてはキリが無い。一体誰がそうなのか、頭の中で彼女はリストアップしていく。その中に、ホウオウが含まれているのはご愛嬌、と言うやつだ。
すると、トキコは不意に、自分の横に何かがもたれかかって来たのを感じた。
「ん……? ありゃりゃ、おねむになっちゃったか」
見れば、トキコの身体に寄り掛かるようにして、「えー」がすやすやと眠ってしまっていた。その無防備な姿も可愛いと、思わずトキコは微笑む。
(そう言えば、この子の顔、まだよく見てないや)
終始、前髪のせいで「えー」の顔は隠れてしまっていた。今なら何の憂いも無く覗けると、好奇心に任せてトキコは前髪を退ける。
「わぁ……可愛い……」
案の定、文字通り顔を出したのは愛らしい寝顔だった。幼子特有の中性的な顔立ち、傷一つ無い滑らかな、それでいて餅のような肌。突けばきっと柔らかいのだろう、などとすら考えてしまう。
「おぉ、やぁらかい……」
――と言うか、実行していた。ちょっと突いたぐらいでは起きない事を良い事に、ついにはその頬を引っ張ったり、揉んだりし始める。寝苦しそうにトキコの手を「えー」が払いのけるが、そんな仕草すら可愛らしい。
「あれ? でもこの子、誰かに似ているような……」
自分の親しい友人に、「えー」は似ている事に気付いた。しかしそれが誰だったのか、トキコは頭にピンと来ない。額に手を当て、うーんとトキコが考えていると、
「あ、いた!」
突然、そんな声が聞こえた。驚いてそちらを見ると、亜麻色の髪のメイドさんがこちらへ駆け寄ってくる。
「あれ? さーちゃん?」
「あ、トキコさん、どうも……はぁ、やっと見つけた……」
現れたのはサヨリだった。よほど激しい運動でもしていたのか、その息はすっかり上がってしまっている。
「トキコさん、その子……」
「え? もしかして、えー君の事?」
自分の傍ですやすや眠る幼子をトキコが差すと、サヨリは大きく頷いた。
「その子、私達のところで預かっている子なんです……見つかって良かった……」
「え゛。何、ジングウの?」
自分にとって一番会いたくない人物を思い浮かべ、トキコは思いっきり嫌な顔をする。会いたくなかったので彼を選択肢から外していたのだが、まさか彼がそうだったとは。道理で誰も「知らない」と言う訳だ。
「よいしょ……っと」
サヨリは「えー」を抱き上げる。流石にレリックと四六時中一緒にいるだけの事はあり、その動作は手馴れていた。
「うぅー……?」
「駄目じゃないですか、えー君? 勝手に抜け出したりして」
「あう……ごめんなさい……」
「はい、許してあげます……トキコさん、すみません。迷惑かけちゃって」
「いえいえ、そんな事無いですよー?」
正直、何時もはしない体験であったから、新鮮で楽しかった、と言うのがトキコの本音だ。迷惑だ、などとは、これっぽっちも思っていなかった。
425
:
akiyakan
:2012/11/29(木) 09:11:03
「それでは、私達は戻りますね……ほら、えー君?」
「うん……おねえちゃん、ばいばい」
サヨリに抱き上げられた状態で、「えー」が手を振る。トキコも彼に向かって、小さく手を振って見せた。
「ばいばい! えー君、か」
ほんの数時間ほどであったが、彼と過ごした時間を思い出し、トキコは思わず頬を緩めた。きっと、自分に弟がいたらあんな感じなのだろうか、などと彼女は思う。
「また、会えるかな?」
弾んだ気持ちで、トキコはその場を後にする。次に、「えー」と出会う日は想像しながら。
――・――・――
「……ふぁ」
ベッドから身を起こし、「彼」はあくびを一つ上げた。
「……懐かしい夢、だったな」
言ってかつての「えー」――アッシュはふふっ、と微笑んだ。
「覚えているかな、彼女は」
窓の外から、アッシュは空を見上げる。遠く離れた自分の故郷、いかせのごれに続いているであろう、その空を。
<幼年期の夢>
(――そう、そうだ)
(僕はあの時から、)
(君の事が、)
(好きだったんだ)
(お姉ちゃん――)
※作中の「えー」の回想シーンは、「リバース・オブ・ジングウ」序盤、「閉鎖区画を大冒険」の後ぐらいの時系列になります。
426
:
十字メシア
:2012/11/29(木) 16:53:46
ある日のあやかしの里。
いつも通り、平穏な時が流れているこの村落で、「おさん狐」という、三匹の狐妖怪が何かを話していた。
「暇だわね」
「そうねえ…」
「平和なのは良い事でしょうけど。何か面白いことは無いかしら」
どうやら暇潰しになる事を求めているようだ。
尻尾を振り思案する中、一匹が閃いた様に言った。
「そうだわ! 人間界に行きましょ!」
「人間界に?」
「何しに?」
「ふふふ…久しぶりに人間をからかってやるのよ!」
黒い眼を細め、悪戯っぽく笑う一匹のおさん狐――闇(あん)。
張り切っているようにも見える。
それを聞いた二匹は怪訝な顔をした。
「でもそんな事したら、親王からお咎めもらっちゃうわよ?」
「へっちゃらよ。殺す訳じゃないんだから、そんな重い罰は来ないわ」
「そうね…そうよね。最近どんな能力者がいるのか、少し気になってたし」
「じゃあ早速行きましょ!」
「なあ幽花ー。近道つったって、別に急ぐ事もないだろ?」
「………………」
「(やっぱ駄目か…)…ま、最近色々あるし、気を付けろよ」
一方、遊利と幽花は寺院までの近道として、ストラウル跡地を歩いていた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
(いつもの事だけど何か、重ッ!)
妙な沈黙に遊利が耐えかねたその時。
「………」
「? どうした幽花?」
「……………来る」
「へっ…? ッどわぁ!?」
「………」
突然、炎の身体をした竜が躍り出た。
幽花は逸らしただけで難なく避けたが、遊利は尻餅をついてしまう。
「な、何だよ今の…」
「…………」
「…とりあえず、構えといた方がいいよな」
と、遊利の影から標識が現れる。
彼はそれを掴むと、一回転させて構えた。
「さて、どこから来るのやら…」
「……………」
「幽花、何か分かるか?」
「……………」
相変わらず何も言わない幽花だが、視線は動いている。
やがて一点にそれが定まると――。
「そこか!」
と踏み出したと同時に、そこから炎の竜が二人に向かってきた。
遊利は標識でそれを受け流す。
竜はその衝撃で散るように分断された。
「…………それ、まやかし」
「まやかし?」
「…………」
「! また来た!」
再び躍り出た竜を標識であしらう。
分断された竜は更に数が増えた。
「うーん、これじゃあキリがねぇな…幽花、どうする?」
「…………止めて」
「止める? …ああそうか! 俺ってば、何で気付かなかったんだろ」
「…………馬鹿だから」
「え?」
「………」
「………まあいいや。ホラ、かかって来な!!」
遊利の挑発に乗ったらしい竜は、さっきまでには無い猛攻で向かって行く。
そして遊利は標識を地面に突き刺し――。
「”止 ま れ”!」
その言葉に反応したかの様に、標識のマークが『止まれ』に変わった。
すると竜は弾かれたかの様に吹っ飛んだ。
何度も飛んでいくが、結果は変わらない。
「無駄だぜ。『止まれ』つったからな」
「…………」
「? 幽花?」
「狐………三匹……」
「狐?」
427
:
十字メシア
:2012/11/29(木) 16:59:31
「なっ何で分かったのよぅ…!?」
一角の廃ビルの陰で、黒眼の狐がそう呟く。
すると頭に花をつけた狐――藤波が、何かに気付いたように言った。
「もしかしてあの娘、陰陽師じゃない?」
「え、嘘!?」
「だって、一般人にしては強い霊力を感じるし…」
「…そういえば…」
「おーい!」
(ビクッ)
「別に怒ったりしないからさー、出てきてくれね?」
「…どうする?」
「出ましょうよ。もうこれ以上は無理なんだし」
「そうねえ…」
「あっ、出てきた!」
「…………」
(ねえ、あの娘怒ってるのかしら…)
(さ、さあ…)
二人の前に現れたのはいいが、幽花の「無」しか感じられない雰囲気に、狐達は思わずたじろいでしまう。
そんな事を知ってか知らずか、遊利は狐達に近付いてこう聞いた。
「なあなあ、お前らってここに住んでんの?」
「あ、いや…違うわよ?」
「私達は普段、あやかしの里にいるの」
「あやかしの里…ああ! 守人の妖怪が治めてる集落だろ?」
「そうよ。よくご存知で」
返事をしたのは茶色の毛混じりの狐――麦。
「まあ、身分が身分だけに、な。じゃあ何でここに?」
「今日は暇潰しに人間をからかってみようと、ここに来たって訳」
「そうか。でも何か言われたりしないのか?」
「平気よ。怒られるだけだから」
「はは、肝が据ってんなあ」
「…ところで、そこの娘は機嫌が悪いのかしら?」
「…………」
「ああ、あいつはアレが普通だから」
「そ、そう」
「…まあ、俺自身は別に、それやられても気にしないけどさ……あまりここ寄らない方がいいぜ」
「あら、どうして?」
「いつもの事だけどよ、最近は更に増して物騒なんだよ。兵器がめっちゃ出没するし…」
「ホウオウグループの?」
「どんな兵器なの?」
「そうだな、例えば――」
「コイツとか」
ガキィイン!
「!?」
「えっ…いつの間に…?」
「さっきまで居なかった筈よね!?」
突如、遊利の真後ろに現れた人型大の機械兵器。
パニッシャーだ。
「もしかして、コイツが?」
「ああ。中々厄介だぜ」
「! あっちからも来たわよ!」
「こっちからも!」
「チッ、1体だけじゃなかったか……お前ら、俺が惹き付けとくから、隙を見て逃げろ!」
「あら、私達だって戦えるわよ」
「けど!」
「そうそう、これでも妖怪のはしくれ。弱いだなんて思わない事ね」
「………分かったよ」
諦めた様子で溜め息をつく。
「そこの娘、陰陽師でしょ?」
「…………うん」
「やっぱり。…お手並み拝見ね」
「……………」
「来るぞ!」
パニッシャーがマシンガンを構える。
そこで闇が先手を打った。
「私のまやかしは機械でも効くわよ!」
口から氷の息を吐き出し、パニッシャーを凍らせる。
勿論まやかしなのではあるが、それは機械ですら錯覚させるほどに強力なものだ。
「流石狐妖怪!」
そこを突いて、遊利が標識でパニッシャーを叩き潰す。
「…………」
「ちょっと、陰陽娘! アンタも戦いなさいよ!!」
「…………」
「ちょっと聞いてるの!?」
「闇! 危ない!」
「!」
ふと前を見ると、パニッシャーが闇にライフルの銃口を向けていた。
やられる――と思った瞬間。
428
:
十字メシア
:2012/11/29(木) 17:00:15
バチィッ!
「え……?」
気付けば、視界を覆うように幽花が立っていた。
手には青色の、水晶の様な剣。
「……護身剣…」
「……あの」
「?」
「…ありがと」
「…………………」
(無視か!)
闇はお礼を述べた事を少し後悔した。
「闇、大丈夫!?」
「何とかね」
「それにしても、ちょっと数が多すぎない?」
麦が不安そうに言う。
まだ20体はいそうだ。
「これ、全部壊せるかしら…」
「私達はまやかしを操れるだけだし…」
「……………しょうがねえか」
「え?」
遊利が一歩前に出る。
「ちょ、ちょっと! 撃たれるわよ!?」
だが遊利は気に留めない。
目を閉じ、何かに集中し出した。
すると藤波が驚いた様な顔をする。
「霊力が…溢れてる…! それも陰陽娘よりも! たくさん!」
「行け、幽霊船」
オォォオオォオオオオォォオオオオオォォォォォオオォオオオーーーーーー…!!!!!
彼の影から、背筋が凍り付きそうな、ぞわりとする雄叫びを上げる『何か』が大量に現れる。
その形は千差万別で、透明だったり、黒い塊のようだったり、骨の様な手だったり。
全て、影という名の船の乗組員…『幽霊』なのだ。
幽霊達は手を伸ばす様に、パニッシャーの大群に向かっていく。
倍の数の幽霊に囲まれるパニッシャー。
攻撃を仕掛けるが、幽霊である彼らに効く訳がなく、無駄な行為に等しい。
やがて成す術もなくなった機械兵器は、幽霊達に呑み込まれ、跡形も無く消え去った。
「………」
「全部、消えた……」
「…戻れ」
遊利の一言で、幽霊達は影の中に帰って行った。
その時闇が。
「アンタ…人間じゃないのかしら?」
「え!?」
「……ああ。お前らと似たようなもんさ」
「ふふ、道理でただならぬ気を感じた訳ね」
「ま、ちょっと違うけどな」
と。
「カァー! カァー!」
「ん? カラス?」
「げ、アレは…」
「親王の使いの骨鴉!?」
焦り出す狐達。
カラスは彼女らの傍に来ると、持っていた頭蓋骨から降りた。
すると――頭蓋骨が口を開いた。
しかも声も出た。
《闇、藤波、麦。また人間に悪戯してたのか?》
「…また?」
「………常習犯」
「えへへ…それより、どうしてここだと…」
《占 い で》
『ですよねー』
《全く…しかも兵器に襲われたらしいではないか。そこの二人が居なかったら、どうなっていたか…》
「う…すいません……」
《罰として1週間油揚げ禁止》
『そ、そんなぁ〜〜〜!!!』
幽霊少年と現身少女と狐
(遊利は嘆く狐達を見て苦笑し)
(幽花は無言で見つめ)
(狐達は親王に何とかお許しを貰おうとしていた)
429
:
スゴロク
:2012/11/30(金) 00:04:56
「迷子の行き先」の続きです。早く京の方も進めなければ……(バタリ
―――私がいつからこうなったのかは、正直なところよく覚えていない。
骨董市で私を見初めてくれた女の子と出会ったのは……いつだっただろう。もう、随分と昔のことのような気がする。
もう、前に住んでいた家がどんなだったか、どんな人達がいたのか、よく覚えていない。
ただ一つ、
『ごめんね……あなたは連れて行けないの』
そう言って、悲しそうに微笑んだ、その子の表情だけを、今でもよく覚えている。
だから、私はどうしても聞きたかったのだ。
「どうして、私を連れて行ってくれなかったの?」
ただ、その答えだけが、知りたかった。
それだけ、だった――――。
ミレイを拾って来て一夜明けた、翌日。
琴音は先方と学校に一報を入れた後、登校したアオイを見送り、ミレイを連れて白波家に向かった。
「いらっしゃい」と出迎えてくれたのはアカネだった。ランカはというと、久々に風邪をひいて寝込んでいるのだという。
「幸い、回復に向かってはいるけどね。ともかくようこそ、ヒナちゃん。そっちの子が?」
「ええ、電話で話したミレイちゃんよ」
よろしく、とぺこり、頭を下げるミレイ。会釈で返したアカネは、奥の部屋に行くよう目で促し、着席したテーブル越しに琴音に話しかける。
「それで、あの子をうちで預かって欲しい、ってことね?」
「ええ。出来れば、だけど」
そうね、と一言置いて。
「預かるのはやぶさかじゃないけど……家族が増える分には構わないし」
「……何かあったの?」
煮え切らない言葉に琴音が尋ねると、アカネは心配そうな表情になって言った。
「ヒナちゃん、あなたの事よ。正確にはスザクちゃんのことだけど」
「…………」
ストラウル跡地で「カチナ」なる人物に襲撃されたスザクは、その戦いで致命傷を負い事実上死亡している。それをどうにかこうにか現世に繋ぎとめているのが、今その体に憑依している琴音の存在だ。ただ、スザクの心は精神の奥底の底まで落ち込んでしまっているらしく、マナの能力でも全く位置がつかめなかったという。
「……まだ、目覚める気配はないわ」
「……そう」
暗い面持ちで琴音が言った通り、スザクを目覚めさせる手段は今の所見つかっていない。以前、虚無感に呑まれて同じような状態になった際は、琴音が直接説得することで起こすことが出来た。ところが今回はその手が使えない。
接触すべき心が、見つからないのだ。
「……私は諦める気はないわ。そう、絶対にあきらめるものですか」
それでもなお、琴音は折れない。仮にも母として、娘を見捨てるような選択肢は絶対に取らない。
――――スザクが死んだなどと、絶対に認めない。
琴音の瞳には、未だ炎が消えてはいなかった。
430
:
スゴロク
:2012/11/30(金) 00:05:30
席を立っていたミレイは、奥の部屋でランカの看病から降りてきた人間形態のアズールと話していた。
「……ミレイさん言いましたか、付喪神の類ですな?」
「つくもがみ?」
「器物が意志を持った妖怪のことですわ。そういうのをこの国では付喪神と呼ぶんでっせ」
説明されてもなお、ミレイは首を捻る。
「……よく、わかんない」
「ふうむ……力もあんま強うないようですさかい、成ってからそない日が経っとらんようですな」
変異タイプの人外の場合、「成った」時のことは基本的に覚えていない。ある程度力がついてきた辺りで、ふっと思い出すのである。
「そうなの?」
「そういうもんです。……そいで、ミレイさんはあれですか、人探しを?」
「うん。私を捨てた、あの子を」
それを聞いた途端、アズールの表情がこわばる。
「え、と……一応聞きますが、復讐とかで?」
「…………」
が、彼女の予想に反してミレイからは答えが返らない。ただ一言、
「…………わかんない。でも、探さない、と」
淡々と、しかし譲れないという響きで、それだけを呟いていた。アズールはこれを聞いて、これがミレイの存在の根幹にかかわっていると直感的に悟った。ならば、止めるのは無意味だ。
「……そうですか。ほなら、ウチも及ばずながら手伝わせてもらいます」
「……いいの?」
「もちろんですわ。ただ、あまりやり過ぎんようにお願いします。アカネさんやマスターの顔を潰すような真似は出来ませんよって」
「ん……じゃあ、そうする」
一応受諾の返事を受け、ほっと息をつくアズール。さすがに家族の中から人殺しが出るのは避けたかった。
「……それで、あなたは?」
「ウチですか?」
問われたアズールは、ごく簡単に自分の事を話した。
妖狐と呼ばれる妖怪であること。
傷ついていたところをランカに拾われたこと。
以来、彼女を主としてこの家に厄介になっていること、など。
「……こういうわけで、マスターはウチにとってはあらゆる意味での恩人なんですわ」
「……そうなの。よかったね、いい人に出会えて」
喜ばしそうに言うミレイだが、その表情には複雑なものが見え隠れしていた。
彼女はアズールいう所のマスターにあたる人物に捨てられ、その結果としてこうなったのだから。
だが、それは表には出さず、話を続ける。
「私も、頑張るから。よろしく、アズール」
「ん。ほな、ウチの方からもよろしう頼みます。マスターの体調が戻ったら、改めて紹介しますわ」
431
:
スゴロク
:2012/11/30(金) 00:06:02
――――時同じくして、アースセイバー・研究室。
「……確かっスか、アルマ?」
獏也経由でゲンブとスザクの一件を知り、それに関する調査に行っていたシノは、突然入ったアルマからの連絡に耳を疑っていた。
モニターには「SOUND ONLY」と表示され、アルマの声は抑揚に欠けた機械的なものに変換されていた。
『情報の出所は確かです。それらをここ数日かけて解析しましたが、99,81%の確率でこの結果に間違いはありません』
「マジっスか……シュロに何て言えば……」
思わず頭を抱え、呻く。それ程に、アルマから入った情報は衝撃的なものだった。
曰く、ゲンブについては特段の問題はないとのことだったが、問題はスザク。彼女の状態は、周りの人間が思っている以上に深刻かつ危機的なものだったらしい。
『火波 スザクの意識は現在、ほぼ死の状態にあります。辛うじて肉体に繋ぎとめられていますが、代理の意識として融合している火波 琴音と肉体の同調率が日を追うごとに高まっています。このままの状態が続けば、同調が完全なレベルにまで高まり、同時にスザクの意識が消滅・遊離する……つまり、存在を乗っ取られる危険性が高まります』
つまり、このままだと琴音に肉体を乗っ取られ、スザク当人が完全に死亡してしまう可能性が日増しに高まっているのだという。
『ともかく、戦闘はご法度です。特殊能力を使えば、「エンプレス」の副次効果で同調率が跳ね上がってしまいます』
「…………え、と、アルマ?」
『何か?』
「アタシが聞いた限りだと、既に一回、戦闘をやってるって……」
間をおかず、アルマからの返答が帰る。
『それ以後は?』
「今の所、報告はないっスけど」
『……こちらは引き続き調査を続行します。シノさんには、類似の事例の検索と対処法の模索をお願いします』
「……りょーかい。ところで、タイムリミットは後どれくらいっスか?」
ある種当然の疑問をぶつけたが、対する答えはあまりにも無情だった。
『今日を入れて残り68時間。それが最大限度です』
それを最後に通信は切れた。残されたシノは、ぎし、と椅子を軋ませて姿勢を変え、大きく息をつく。
「……一体どうすりゃいいっスか……何でまたこんなことに……」
スザクに残された時間は、あと三日を切っている。今の時間からすると、明後日の6時を迎えた時点でゲームオーバーだ。
手を打つならば今すぐでなければならないのだが、
「そんな簡単に手が見つかれば苦労はしないっスよ……」
シノは常々「天才」と言われてはいるが、彼女本人はそれを肯定したことは一度もない。
天才とは詰め込んだ知識を自在に応用できる存在であり、自分は単なる頭でっかちなのだとよく言っている。
そして、シノの知識の中にはこの事象に関する事例はほとんど見つからなかった。何しろ、希少極まりない精神体に関わる事例だ、おまけに今回は状況が特殊にすぎる。
「……何で、アタシはこんな肝心な時に無力なんスか……」
天才と呼ばれた女性は、何が出来るでもない己を大いに嘆いた。
同刻、ウスワイヤの病室。
「…………」
未だ意識の戻らないゲンブの枕元。その床に、影が凝ったような流体が広がる。
そしてその中から、伸び上がるようにして一人の男が姿を現す。
「………………」
古びた帽子、同色のコート。
左手をポケットに突っ込んだまま、帽子から覗く薄青の眼光で眠る男を射る。
「……目を覚ませ、水波 大悟。彼女の……ひいては―――のため、お前が必要だ」
迷う者、抗う者
(彼らの道が交わる先には――――)
十字メシアさんより「シノ」、(六x・)さんより「アズール」をお借りしました。
432
:
akiyakan
:2012/12/01(土) 17:55:28
悪夢迷宮
※しらにゅいさんより、「朱鷺子」をお借りいたしました。
『こちら、フレイ。アッシュ、聞こえる?』
「ええ、聞こえますよ」
カルーアトラズ刑務所、地下。アッシュの〝コネ〟によって入手した情報を元に、地下迷宮への入り口は開かれていた。石造りの階段が、暗い穴の底、奈落へと向かって通じている。
『うん、思念通話は良好ね。もっとも、それも『悪夢迷宮』にはどこまで通用するか、だけど』
「そうですね……ふぅ……」
『……アッシュ、大丈夫?』
「大丈夫、って言いたいところですが……全く、あの人の底無しさ加減には、流石のバイコーンもお手上げだよ」
そう語るアッシュの顔は、若干やつれているようにも見える。情報量の対価を払った結果だ。昨日は遅くまで、〝彼女〟の相手をさせられたのだ。
『貴方は土気で、彼女は木気だもの。相性は最悪だわ。しかも、あれだけの歳月を経た木精ともなれば、もう大妖怪の類よ。たかが、生まれて数か月ぽっちの麒麟が、敵う訳無いじゃない』
「まぁ、それもそうですね」
アッシュは頭に暗視ゴーグルを付けた。武装は、常に携帯しているサバイバルナイフと分解して持ち込んだ短機関銃。狭い迷宮内では、長柄の得物は役に立たないと言う判断からだ。
「じゃあ、行ってきます」
『行ってらっしゃい……生きて戻りなさい』
「まぁ、程々に」
適当にも聞こえる返事をして、アッシュは階段を降りて行った。
――・――・――
「……思ったより、広いな」
迷宮に突入して数分。それがアッシュの抱いた感想だった。
ジメッとした、黴臭い古の気配。果てしなく続いて行く石造りの通路は、頑張れば車が通れそうな位には広い。おそらくは、ここへアーネンエルベを運び込む為に、この様に作られているのだろう。
薄ボンヤリと見通せる程度に明るい。一体どう言う作りなのだろうかと、アッシュは思った。
「しかし、拍子抜けだな……スライムの大群なり何なりの歓迎を受けると思ったんだけど」
『もしそれがお望みだったのなら、貴方に勝ち目は無いわよ? それも貴方、火を使う技でも持ってるの?』
「一応」
『……まさか、天装を?』
都シスイが会得した、守人に伝わる奥義の一つ。天装。術者の肉体に五行の気を纏わせ、その属性を付加する技である。シスイに会得出来たのだから、同じスペックを有するアッシュに会得出来ない理屈は無いが――
「それこそまさか、だよ。いかせのごれにちやほやされている兄さんならともかく、造り物の麒麟にあの大地が見向きするとでも?」
言って浮かべたアッシュの表情には、苦々しげな色が浮かんでいた。
都シスイのクローン。パチモン。麒麟の紛い物、偽物。贋作、フェイカー。それらを心象の中に背負うアッシュは、自らのオリジナルであるシスイに強い劣等感を抱いている。それは麒麟の本能から来るものでもあるが、やはり彼はどこかで、麒麟としては歪んでしまっているのだろう。
『……アッシュ、老婆心から言わせてもらうけれど、貴方は偽物なんかじゃないわ』
「止めてよ、綺麗事なんか聞きたくない」
『いいえ、これは綺麗事なんかじゃないわ。当たり前の事を、当たり前の様に言っているだけ……貴方はAS2、アッシュよ。貴方は、都シスイの偽物なんかじゃない』
「……だけど、僕は兄さんのクローンだ」
『だから、どうしたって言うの? 都シスイの遺伝子をコピーして生み出された存在であれ、それをペーストした訳じゃないわ。都シスイと言う作品から派生した、アッシュ(あなた)と言う別の作品よ。真似事なんかじゃない、絶対に』
「…………」
アッシュは、複雑な表情を浮かべた。そこにある感情は何であろうか。嬉しい、と思いたいのに、それを我慢しているかのような――そんな苦みのある顔だった。
その時、だった。
「……!」
一体何時からそこにいたのか、目の前に一人の女性が立っていた。金髪碧眼で、色白だ。軍服を身に着けており、ハーケンクロイツが目を惹いた。
「わぁお、美人さんだ」
『何? 何か出たの?』
「絵に描いたような軍服美人、の幽霊。ご丁寧に鉤十字まで付けてる」
『……ナチスの亡霊。噂通りね』
433
:
akiyakan
:2012/12/01(土) 17:56:02
『悪夢迷宮』には、無数の人間が人柱として埋められている。死して彼らは迷宮を守るガーディアンとして君臨し、侵入者に襲い掛かる。
相手が何時仕掛けて来てもいいように、アッシュは身構える。しかし亡霊は彼を一瞥だけすると、闇の中に溶けるようにして消えてしまった。
「……あれ?」
拍子抜けしたように、アッシュは間抜けな声を出してしまった。てっきり戦闘になる、と思っていただけに、この反応は意外だった。
「……ちぇ。振られちゃった」
『ちょっとアッシュ、油断しないで』
「分かってるよ、フレイさん」
軽口を叩きながら、アッシュは歩を進める。見た目こそふざけているが、内心はそうじゃない。表を取り繕うのはアッシュの本領だ。実際彼は、この迷宮に踏み込んだ時点で、常に周囲に気を配っていた。
――だが、それでも彼は、心のどこかで油断していたのかもしれない。
「え――?」
角を曲がった、その先で、彼はあり得ないものを目にした。
そこは、教室だった。見慣れた、いかせのごれの、二年二組の風景。夕暮れ時なのか、赤い光が窓から差し込んでいる。
そして、一人の少女が立っていた。
「あ、二角君だ」
「と、トキコ……ちゃん?」
現れたトキコの姿に、目に見えてアッシュは困惑している。そんな彼を尻目に、笑顔を浮かべながらトキコは駆け寄ってきた。
「二角くーん!」
「うわっ――っと!?」
アッシュの胸の中に飛び込んで来るトキコ。有り得ない出来事に、アッシュの困惑は強くなる。
「と、トキコ……ちゃん?」
「んー? 何で、そんなに驚いてるの?」
アッシュにじゃれ付きながら、トキコが首を傾げる。まるで、こうするのが当たり前と言わんばかりだ。
不覚ながら、アッシュの胸が鼓動を打つ。触れている部分からトキコの体温が、温もりが、そして柔らかい身体の感触が伝わってくる。それは抱き締めれば折れてしまいそうな、華奢な女の子の身体だった。
「だって私達、恋人同士でしょう?」
言って、トキコがアッシュの頬を両手で包み込んだ。ゆっくりと身体を引き寄せる。二人の顔と顔が近付き、後少しでキスしそうな位になった。
――その瞬間、アッシュは右手の刃を一閃した。
「――え?」
胸を真一文字に切り裂かれ、一体何が起きたのか分かっていないような表情のトキコ。空間がブレ、教室が端から崩れだす。
「二……角……くん……?」
「……失せろ、偽者に興味は無い」
吐き捨てるように、アッシュは言う。その瞳は、普段の彼とは別人な位に冷たい。
そしてアッシュの言葉に圧されるように、教室は完全に崩れきった。後に残ったのは、先程までと同じ、薄暗い迷宮の通路だった。
『……アッシュ、何か見えたの?』
「ああ……胸糞悪いものを見せられた」
敬語を使う事はせず、思わずアッシュは素の口調で答えてしまう。傍目に見て、彼はとても苛立っているようだった。
「……ふざけんじゃねぇよ……肉を切る感触まであるじゃねぇか……」
『……そう、それよ。悪夢迷宮の一番の恐ろしさ。その空間は、夢と現実が交互に入り混じっている……いえ、正確に言えば、幻想が現実を侵食している、と言った方が正しいかしら……夢限や、ナイトメアカタボリズム、それと同じ理屈よ』
フレイが説明してくれているが、その半分もアッシュの耳に届いていない。今見せられた幻覚のせいで、完全に頭に血が昇ってしまっていた。
「オーケー、オーケー……ゴースト共、お前らがそのつもりなら、こっちもそのつもりだ……一匹残らず切り刻んでやるから、覚悟しておけ」
本来、麒麟が持つべきでないもの――殺意を全身から漂わせながら、アッシュは闇に溶ける迷宮を睨み付けた。
434
:
akiyakan
:2012/12/01(土) 17:56:46
悪夢迷宮・2
それからアッシュは襲い掛かってくる「悪夢」を打ち倒しながら、迷宮を進んでいった。
時にはそれは、自らを生み出した存在の姿であったり、
或いは、共に肩を並べて戦った戦友の姿であったり、
或いは、自らの親しい者であったり、
手を変え、品を変え、迷宮はアッシュに容赦無く襲い掛かった。
「はぁ……はぁ……」
壁に手を付き、額に浮かんだ汗をアッシュは拭う。
幻覚とは言え、半分は現実だ。一つ一つを対処して行くにつれて、アッシュは確実に疲弊していく。特に、精神の消耗が激しい。実体を伴ったな、極めて本物に近い幻想。例え偽者や幻覚だと頭で分かっていても、その感触がアッシュの心を惑わす。
「う――あぁぁぁぁぁ!」
幻覚を殴っているのに、自分まで殴られたように錯覚する。
「――あぁぁぁぁぁぁぁ!!」
切り裂いた相手は偽者の筈なのに、心が不快感に鷲掴みにされる。
「――あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
一つ試練を乗り越える毎に、身体が、心が、冷たくなっていく。
「はぁ……ッ! はぁ……ッ!」
どれだけの幻覚を、幻想を、悪夢を倒しただろうか。疲弊した身体を引き摺りながら、アッシュは更に奥を目指していた。
『アッシュ、もうこれ以上は無理よ! 大人しく引きなさい!』
フレイの声が脳内に響くが、今のアッシュにとってそれは雑音も同然だった。
「はぁ……ッ! はぁ……ッ!」
呼吸が荒く止まらず、目は血走ってギラギラと光っている。立て続け、何度も幻想に襲われたせいだろうか――アッシュは悪夢に魅入られてしまったのだろう。その足はフラフラと、まるで誘蛾灯に誘われる羽虫のように、奥へ奥へと吸い込まれるように進んでいく。
やがてアッシュは、開けた場所に出た。
「ここ……は?」
そこは、直径三十メートル程の大きな空間だった。石を鎌倉状に組み、ドームを作っている。部屋の装飾から、どうやら礼拝堂のような場所であるらしい。今までと明らかに造りが違うものの、アッシュの入ってきた場所の丁度真反対側に更に奥へと通じる道があるので、ここが終点と言う訳ではないようだ。
「う……?」
奥を目指してアッシュが歩き出すと、一体どこから出てきたのか、部屋の中に霧が立ち込めてきた。霧はアッシュが一歩進む毎に濃くなっていき、部屋の真ん中を過ぎる頃には右も左も分からなくなっていた。
もはや驚くまい――そう思い、ただ部屋を抜ける事だけを考えてアッシュは足を進める。しかし、その足が急に止まった。彼の前方に、その進行を妨げるように立つ人影が見えたのだ。
「……おいおい、まだ何かあるのか」
もうウンザリだ、とばかりに、アッシュが言う。抜きっぱなしのナイフを構えて、その刃が全く汚れていない事に気付いた。なんて皮肉だ、と彼は力無く笑った。感触ばかり、あんなにもリアルだと言うのに――痕跡が残らないと言う事は、やはりすべては幻覚なのだ。
「もういいぜ……何が出てきたって、僕は驚かない」
アッシュの感覚は狂いつつあった。悪夢と現実の入り混じったこの空間に長く居座りすぎたせいか、どこまでが嘘でどこまでが本物なのか、彼には分からなくなっていた。
幻覚から受けた攻撃は、本当にその攻撃を受けたと身体が錯覚し、身体には傷が出来る。
幻覚を切り裂く感触は生々しく手に残り、しかし実際にはそれが存在していた痕跡は残らない。
ああ、まさに――皮肉だ。まるでそれは、彼自身の有り様のようではないか。
「さぁ、かかって来いよ。お前も引き裂いて……」
威勢良く言ったアッシュであるが、その言葉は途中で途切れた。その瞳が、驚きによって大きく見開かれる。
435
:
akiyakan
:2012/12/01(土) 17:57:41
「……おいおい、まさか……ここに来てそれかよ」
『どうしたの、アッシュ? 何が出てきたの?』
「この世で一番……会いたくない相手だよ」
霧の向こうから、「敵」が全身を現す。それは彼のオリジナル――都シスイの姿をしていた。
「会いたくない相手だけど――ああ、殺り合うなら最高の相手だ」
歓喜か――それとも、憤怒か。
ぐにゃりと、アッシュの口元が歪む。これ以上は無い位の三日月を描く。
「どうせなら、一番最初に出てきてほしかったよ」
しんでくれ、にいさん――消えろ、マボロシと、
アッシュは、一匹の獣になって飛び出した。
「――――!!!!!!」
雄叫びを上げ、銀のオーラを撒き散らしながら刃を振るう。二振りの刃。その刃を、「金装」によって身を固めた兄の幻覚が受け止める。
「くそっ――!」
シスイの身体が燃えるのを見て、アッシュは咄嗟に距離を離した。瞬間、炎が辺りを包み込んだ。
「ぐ……!」
緋色に変化した髪を揺らしながら、感情の無い瞳でシスイがアッシュを見つめる。
「……ただの、属性付加の能力の筈なのにな……麒麟の強化能力と組み合わさる事で、ここまで化けるのか……!」
五行の気を取り込む事で、術者に属性を付加する「天装」。だが、シスイのそれはその領域をとっくに超えている。一瞬で周囲を火の海に変えるそれは、もはやパイロキネシスと変わらない。
アッシュが同じ事をやったとしても、ここまで大きな変化は引き起こさないであろう。そのカラクリはやはり――
「デッド……エヴォリュート、か」
かつてアッシュに破れ、シスイは死の危機に陥った。おそらくそれは、「一度死んだ」と言っても過言ではない状態だっただろう。しかしシスイは、それを乗り越えて再び立ち上がった。
死と言う、決して小さくは無い事象。それをトリガーとして、シスイの身に起きた変化は大きかった。ナイトメアアナボリズムとは異なる、もう一つの死を契機とした特殊能力の進化現象。それが「デッド・エヴォリュート」だった。
「――其は、四天の中心に座したる天帝の証」
「ッ!? まずい!」
シスイが唱え始めた呪文。それが意味するところに気付き、アッシュは腰から短機関銃を抜いた。銀のオーラを纏い、放たれる無数の弾丸。しかしそれらはすべて、「金装」によって鎧と化したシスイの肌に弾かれて意味を成さない。
「目覚めよ、黄道の獣。汝が往くは、王の道」
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
銃を捨て、ナイフを突き出しながらアッシュは突進した。それは破れかぶれの、特攻と同じだった。
「我、護国の剣と成りて――魑魅魍魎を打ち破らん」
「――ッッッ!?」
猛烈なオーラが、シスイの身体から噴き出す。その勢いに弾き飛ばされるようにして、アッシュは地面を転がった。すぐさま体勢を立て直した彼の目に映ったのは――右腕に金色の篭手を顕現させた、都シスイの姿だった。
「幻獣拳、麒麟……!」
右腕に出現した篭手。それが「龍儀真精」の幻龍剣を思わせるのは、決して気のせいではない。都シスイの心象。いかせのごれの救世主、ケイイチへの憧れ。それが能力に反映され、具現化した形だ。
436
:
akiyakan
:2012/12/01(土) 17:58:27
ドンッ、とまるでジェット噴射のような音と共に、シスイの身体が飛び出してくる。右手の篭手の装甲が開き、そこからオーラを噴射させて身体を加速させたのだ。
「くっ――!」
そのまま、その勢いを乗せた拳を、アッシュは両手をクロスさせて受け止めた。ミシリ、と腕が軋む。
(互角じゃない――完全に圧し負けている!)
下からシスイの身体を蹴り上げ、咄嗟に身体を離す。地面に落ちていた銃を拾い上げ、アッシュは引き金を引いた。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
放たれる弾丸。その瞬間、シスイの右手から吹き出るオーラが動いた。鬣のようなそれがうねり、銃弾をすべて弾き飛ばす。
「な……!?」
あまりの出来事に、アッシュは驚きを隠せない。そもそも麒麟のオーラに、物理干渉するような力は無い。対象物に纏わせ、溶け込ませて、その性質を強化させる。それだけの筈だった。
しかし、シスイの「天子麒麟」、否、「天士麒麟」は、それから逸脱している。能力が変質し、別のものに成り果てている。オーラが能力者の意思に応じて様々に形を変え、相手の動作に対応する。
それはまるで、
「龍儀真精、そのものじゃないか……!」
アッシュが弾切れになった銃を投げ捨て、ナイフを抜いた。強化を足回りに集中させ、自身が出せる最高の速さで突っ込む。しかしその動きがまるで見えているように、シスイは最低限の動きでかわす。何度刃を振ろうとも、それらはすべて空振りに終わる。
(何だよ、これ……強化の伸び幅が違い過ぎる!)
加速特化の強化でも、強化されたシスイの動体視力の方が強い。どれだけアッシュが速く動こうと、シスイには止まっているように見えるのだろう。
いくら武器を強化しようと、当たらなければ意味が無い。そう、言われているかのようだった。
「――ガハッ!?」
がむしゃらに追撃を繰り返すアッシュの腹に、シスイの拳が突き刺さった。肺の中にあった空気が、身体の外へと追い出される。息が詰まり、視界が明滅する。続けて繰り出された回し蹴りが、アッシュの頭を捉えた。
身体が跳ねる。宙を舞っているのだろう、全身が浮遊感に囚われている。流れていく視界が、やけにスローモーションだった。
(駄目だ……今の、僕じゃ――)
そこで、アッシュの意識は途絶えた。
――・――・――
「う……」
意識を取り戻したアッシュがまず感じたのは、鼻腔をくすぐる甘い香りだった。ゆっくりと、彼が瞼を開けていくと、自分の顔を覗き込む一人の女性の顔が目に入った。
「お目覚め、かしら?」
どこかで、聞いた声だと思った。けれども、その声の主と、目の前の人物とが一致しない。
女性は、二十代後半ぐらいに見えた。髪の色はクルデーレに似ているが、彼女よりも濃い紫色をしている。黒い大きな帽子を被っており、服の色まで黒い。その姿はまるで、中世や御伽噺に出てくる魔女のようだと、アッシュは思った。体勢から見て、彼はどうやらこの女性に膝枕をされているようだった。
437
:
akiyakan
:2012/12/01(土) 17:59:00
「……もしかして、フレイさん?」
「正解。全く、貴方ったら無茶をして。私が助けに行かなかったら、あのまま野垂れ死んでいたわよ?」
「……ごめんなさい」
身体を動かそうとすると、身体の節々が痛んだ。シスイの幻覚と戦った時のダメージだけではない。それ以前に遭遇した幻覚との戦いも、アッシュの身体を弱らせていたのだ。
「……ごめん、フレイさん。僕、一番奥まで行けなかった」
「仕方ないわ、たった一人で攻略出来る程、『悪夢迷宮』は易しくないわ……あんなに深い階層まで行けただけ、貴方は大したものよ」
「……フレイさん」
「ん?」
「最後に僕が戦ったの……兄さんの幻覚だった」
「! ……そう」
アッシュは、フレイから顔を背けた。覗き込めば見える位置だが、彼女はそうしない。
「悔しいなぁ……同じ力を持っている筈なのになぁ……」
体裁を取り繕っている余裕なんか、もう無かった。素直な感情が涙になって溢れ出す。そんな彼の頭を、何も言わずにフレイは優しく撫でた。
「大丈夫……まだ貴方は、強くなれるわ」
「気休めの言葉なんか要らないよ……」
「気休めなんかじゃないわ。当たり前の事を、当たり前のように言っているだけ……」
「…………」
「都シスイが手に入れた強さは、彼だけの強さ……貴方には手に入れられない」
「…………」
「でも、大丈夫。貴方には、貴方だけの強さがある。貴方だけが手に入れられて、都シスイには得られない物が」
「……本当に?」
顔を上げて、フレイの方を見上げた。彼女はふわりと、優しく微笑んだ。
「ええ。だから、今は身体を休めなさい。何時か貴方がその強さに届く、その為にも」
「……うん」
フレイに促されるように、アッシュはもう一度瞳を閉じた。
438
:
akiyakan
:2012/12/02(日) 23:36:47
ザ・スクールライフ 〜銀角のいる風景・2〜
しらにゅいさんより「朱鷺子」、紅麗さんより「高嶺 利央兎」、えて子さんより「犬塚 夕重」、(六x・)さんより「氷見谷 凪」、「空橋 冬也」をお借り致しました!
「あ、」
教室に現れた人影を目にして、思わずシスイは自分の席から立ち上がった。
「アッシュ!」
ここ一週間、一度も学校に姿を現さなかった彼の姿に、思わず駆け寄る。アッシュはシスイの方を見た後、なぜかすぐに顔を逸らしてしまった。
彼の様子は、頬にガーゼが貼ってあったり、手足に包帯が巻かれるなどしている。それを見とめて、シスイの表情がにわかに険しくなった。
「お前、どうしたんだよ、一週間も学校休んで」
「…………」
「しかもその傷……まさか、何かと戦って――」
「……人様の心配をするなんて、余裕だね」
「え?」
思わぬ言葉に、シスイが目を丸くする。そんな彼に向かって、アッシュは嘲笑するように笑った。
「何? もう忘れたの、兄さん? ……僕は兄さんを殺したいんだよ? いかせのごれで唯一の麒麟になる為にね。つい一か月前だって、兄さんは僕に殺されかけたんじゃないか」
「……だけど、お前を心配するかどうかは、俺の勝手だ」
「ハッ……本当に、天井知らずのお人好しだね」
アッシュはシスイの脇を抜け、自分の席へと向かう。
その、脇を抜ける間際、
「――兄さんのそう言う所、僕は大っ嫌いだ」
そう彼は言った。シスイは驚いたように振り返るが、アッシュはそんな彼にもう一瞥もくれない。
自分の席に向かう途中、トキコの傍を通りかかって彼は立ち止る。頬杖をついていたトキコは、アッシュの存在に気付いて不機嫌そうに顔を上げた。
「何よ?」
「…………」
じぃ、っとアッシュは何も言わずにトキコを見つめている。その無言の圧力で、いつかの下駄箱のやり取りを思い出してしまい、トキコは思わずうっ、と後ずさる。よもやこんな朝っぱら、衆人のいる中でやらかす事は無いは思うが――
「――ひゃっ!?」
いきなりアッシュは、トキコの身体を抱き締めた。突然の出来事に、思わずトキコは声を上げてしまう。クラスメイトが一斉に視線を向け、女子の中には思わず目を見開きながら口元に手を当てているものもいる。無数の視線に晒され、トキコの頬が一気に赤くなる。
「ちょっと! いきなり何すんのよ、このどスケベ!」
堪らず、罵倒を浴びせつつアッシュの身体を押し返す。思ったより呆気無く彼はトキコから離れ、彼女を抱き締めた手を何やら見つめていた。
「……良かった。今度は、本物だ」
「はぁ!? 訳の分からない事言わないでよ、もうっ!」
顔面を真っ赤にするトキコだが、そんな彼女に構う事無く、アッシュはまるで安心したような笑みを浮かべた。それから、彼は何事も無かったかのように自分の席へと向かっていく。
「……何なのよ、あいつ……」
なかなか熱の取れない頬を摩りながら、トキコは呟いた。
――・――・――
「……お前、すげぇよな」
「何が?」
休み時間、リオトが話しかけて来たので、アッシュは内心で驚いていた。珍しい事もある。アッシュを毛嫌いしているリオトが彼に話しかけてくるなどとは。
439
:
akiyakan
:2012/12/02(日) 23:37:17
「お前さ、トキコの事好きなんだって?」
「まぁね」
「はぁ……どうしたらお前、そんな風に堂々としていられるんだ?」
「君には一生分からないだろうよ、臆病者の高嶺利央兎ちゃん?」
アッシュがそう言うと、リオトの表情がぐっ、と強張った。しかし、彼は言い返しては来なかった。拳を強く握っていたが、そこまでだった。
「……ああ、そうだよ。俺は臆病者だ。ユウイに想いを伝えられない、臆病者だよ……」
「だけど同時に、誰よりも彼女を想う愛情がある」
よもや、アッシュからそんな言葉が出るとは思わなかったのだろう。思いっきり目を見開きながら、リオトは彼の方を見た。
「何を、」
「だってそうだろ。君が恐れているのは、ユウイちゃんに振られるとか、そんな下らない話ではなく――もし想いが通じ合ってしまったら自制の効かないであろう、自分自身への恐怖だ。君にはそれが、決してユウイちゃんにとっての幸福にはならないと言う理性をしっかり保っている。保っているからこそ……感情が抑えきれなくなった時の自分が、怖くてたまらない」
「…………」
リオトは、信じられないものでも見つめるようにアッシュを見る。毛嫌いしているからこそ、全くと言っていい程接していなかったと言うのに――その毛嫌いしている相手に、まさかここまで自分の事を知られているとは。
そんな彼に向かって、アッシュはにぃ、と悪戯っぽく笑って見せた。
「周囲の人間の心を見るのも、立派な家臣の、麒麟の務めだよ。もっとも、兄さんはその辺りが疎い様だけど……」
「……もっとお前の事嫌いになった」
「おや、残念。僕はリオちゃんの事、結構好きなんだけどなぁ」
好きと言われて、ここまで嫌悪を抱く相手も珍しいとリオトは思った。
(けど……少し位は、見直してやってもいいのかもしれない)
そんな事を、不覚にも思ってしまった。
「あ、一応言っておくけど、君が臆病者なのは変わらないからね」
「何?」
「だってそうだろ? 勇気があるなら、両想いになった上で自分を自制しよう、って意気込む筈だもの。それなのに君は、初めからそもそも「自制なんて出来やしない」と諦め、そうなった時を想像して怖がってる。これを臆病者と言わずして何と言う?」
意地悪そうに笑いながら、アッシュが言う。見直した傍からこれだ。前言撤回だ、とリオトは思った。
「……俺、更にお前の事嫌いになったわ」
「ちぇ。僕、みんなに嫌われてばっかだ」
半眼で睨むリオトに、アッシュは無邪気な笑みを浮かべるのだった。
――・――・――
昼休み、屋上。
何時もの面子が、そこには集まっていた。
「にゃー!? トキコてめぇ、また俺のおかずを!?」
「ごっそさんです!」
「ちょっとー、トキコちゃんー? 兄さんのばっかりじゃなくて、僕のも食べてよー」
「ちょ、アッシュ!? 何だよ、その重箱は!?」
「何だよって、決まってるでしょ。トキコちゃんに食べて貰うために、大目に作ったんだよ?」
「大目ってレベルじゃねぇだろ!? 花見でもする気か、お前は!?」
さも当然の様に重箱を広げたアッシュに、たまらずシスイの突っ込みが飛ぶ。そんな彼らの様子が可笑しいように、笑う声が聞こえた。
「あはははは! いやぁ、都くん達は本当に面白いな」
「「ん?」」
思わず声をハモらせながら、シスイとアッシュは同じ方向を向いた。貯水タンクの上から手を振る、一人の女子生徒がいた。彼女の動きに合わせて、薄茶色のポニーテールが揺れる。
440
:
akiyakan
:2012/12/02(日) 23:37:47
「誰かと思えば、犬塚さんか」
「おっはー、夕重ちゃん」
「おっはー」
「ん? 何だ、アッシュ? お前、犬塚さんと仲良いのか?」
「いやいや、兄さん。クラスメイトと仲が良いのは、当然の理屈でしょう? 僕はクラスメイト全員友達だよ」
「……お前今、全国のコミュ障敵に回したぞ……」
「それそれ! 見事に息の合った兄弟コントだよね!」
「誰が兄弟コントだ!」
素早く突っ込むシスイだが、夕重はそのたれ目がちな瞳を細めて可笑しげにくすくすと笑うばかりだ。
「ったく……ほら、そこも笑ってんな!」
シスイが指差した方向にいたのは凪と冬也だ。二人とも、並んで弁当箱を開けている。
「いやだってさぁ……」
「都先輩達、流石兄弟って言うか、本当に仲が良いですよね?」
「うん? ……まぁ、な……」
冬也の言葉に、シスイは微妙な、と言うか、複雑な表情で返す。そんな彼の様子に、凪は首を傾げた。
「……前から思ってたんだけど。都、お前、アッシュとうまくいってないのか?」
「……何で、そう思う?」
「いや、なんかさ、お前ら見てると違和感あるんだよな。仲良さそうに見えて、どこかぎこちないって言うか、何と言うか」
「……(存外鋭いよな、こいつ)」
「まぁ、その……ほら、いきなり弟が出来て戸惑ってる、って言うのもあると思うけど……」
「氷見谷さん、ありがとう。でも、大丈夫だ。これは、俺達の問題だから」
「……そうか」
毅然としたシスイの言葉に、自分達が踏み入っていい領域ではない事を感じたのだろう。凪はそれ以上、深く追求してくる事は無かった。
「都の事だから、大丈夫だと思うけど……もし、大変になったら、」
「分かってる。その時は、遠慮無く頼らせてもらうよ」
フッとシスイが笑いかけると、凪は照れ臭そうに顔を背けた。普段クールを装っている癖に、照れ屋なのは相変わらずのようだ。
「……都先輩の笑顔って、色々とズルいですよね」
「何の話だ、冬也?」
「別に……何でもないです」
何故か拗ねている冬也の様子に、シスイは首を傾げるしかなかった。
「……所で、シスイ君?」
「何だ、犬塚さん?」
「その……弟君、止めなくて大丈夫かな?」
「え?」
一体何事かと思って視線を向けると――そこには押し倒されたトキコと、それに覆い被さるアッシュの姿が。
「ちょ、一角君! ヘルプ、ヘルプ!」
「のわー!? 白昼堂々、何やってんじゃ、己らー!?」
アッシュを蹴飛ばし、トキコから無理矢理引き剥がす。地面を転がっていくアッシュは、フェンスに激突したところで停止した。
「ぶっ!? に、兄さん、僕はただ、トキコちゃんがピーマン残すから食べさせようと……」
「だからって、口移しは無しだよ!」
「アホか、お前は!?」
再び展開された兄弟コントに、屋上のそこら中から笑い声が上がった。
441
:
十字メシア
:2012/12/03(月) 22:12:40
「幽霊少年、新たな趣味を見つける」の続き、そして遊利の意外な才能開花。
クラベスさんから「海女海 海海」、akiyakanさんから「コロネ」、ヒトリメさんから「トバネ」お借りしました。
「こんにちはー! 新聞部でーすっ!」
「うわ、またお前か」
「むっ、何ですかその言い方はー」
放課後。
毎度の様に2年2組に現れたのは、新聞部の海女海 海海。
「またネタ探し?」
「それもありますが、遊利君の写真が気になりましてですね〜」
「あー」
「さっき私も見たけど、どれもすっごく良かったよ!」
「おおっ、それは楽しみですね…遊利くーん!」
遊利に駆け寄る海海。
写真を眺めていた遊利は、近付く足音に顔を上げた。
「お、海海。写真見てくれね? お前の感想聞きたいんだ」
「勿論! 半分そのつもりで来ましたから!」
「ほいよ」
と、写真を何枚か渡す。
夕焼けの風景や、木に止まっている小鳥などの写真だ。
どれも素晴らしく、夕焼けの写真は特に美しい。
「これは……凄い…!」
「俺、初めてだしよく分かんn」
「本当に初めてなんですかコレ!?」
「初めてだっつの!」
「でもそれにしては、中々綺麗に撮れてるよな」
「ホント! 遊利君凄いよ!」
「そ、そんな褒めんなよ〜……でもやっぱり幽花が良い」
「えっ、最後何て?」
「何も」
「?」となるコロネを差し置き、海海は苦笑いで、トバネは溜め息をついた。
すると遊利が突然目を輝かせた。
勿論理由は言うまでもなく――。
「幽花ーーー!!!」
『速ッ!?』
ローラースケートでゆっくりと廊下を駆けていた幽花。
遊利に声をかけられた途端、眉間に皺を寄せる。
当然その後は、
「なあなあこれmヘブッ!!!」
冷たくあしらわれる訳で(因みにグーで頬を殴った)。
その衝撃で手に持っていた写真が、全部裏返った形で床にぶちまけられてしまう。
「……?」
興味を持ったのか、幽花は写真を全て拾い、見始めた。
その時だ。
常に「無」だけしか出さないあの幽花が、みるみる内に僅かではあるが。
『驚いているような』表情を浮かばせたのを――。
「って〜……幽花?」
「!」
「あっ、写真拾ってくれたのか? サンキューな」
「…………」
「? どうした?」
バシーン!
「ったぁ!?」
「…………」
同じ頬をひっぱたかれた。
ただいつもと違うのは、今の幽花から「無」が感じられない。
まるでその態は、そう、動揺してるかの様で。
遊利もそれに気付いたのか、心配そうに声をかける。
「幽花、大丈夫か? 具合悪いのか?」
「………………………何でもない」
「えっ」
幽花はすぐさまその場を去っていった。
「無」ではない感情を少し、顔に表しながら。
「幽花…?」
才能開花、微かな変化
442
:
十字メシア
:2012/12/03(月) 22:14:22
幽花の過去に少し関わった話。
自キャラオンリー。
実は「臆病と黒」の続き。
「みーちゃん、大丈夫…か、なあ…」
1年の男子生徒で希流湖の弟、倉丸は、今は保健室にいるであろう、友人のみくを心配していた。
というのも、先程憤慨してた鶴海に会い、事のいきさつを聞いたからである。
「それにして、も、ユッケ、君…容赦ない、な〜…い、いくら虐めっ子、でもじょ、女子を締め上げ、る…なんて、ぼ…僕にはとても出来ない、や」
「へぇ、そうなんだー」
「え?」
突然後ろから聞こえた声と共に、頭に衝撃が走った。
誰かに殴られたのだ。
「い、た…」
「そーいやアンタ、姉貴がいるといっつも後ろにいるよねー」
「シスコンキモー」
次々に言われる悪口。
いつもみくを虐めている女子達のものだ。
元々気の弱い倉丸には、それだけでもダメージが大きかったらしく、涙目になっている。
「これで泣くとかどんだけ軟弱者?」
「ハリマみたーい」
「確かにー!」
「ち、ち、違うもん!」
「は? 何が?」
「みーちゃん、は、僕よ、り…つよ、強いよ!」
涙目で癖のどもりはあるが、とてもハッキリとした声音でそう言った。
その言葉にか、それとも様子にか、癪に障ったらしい女子の内の一人が舌打ちする。
「っせーな弱虫の癖に!!!」
「ッ!」
「やり返してみろ!!」
「まあどうせ出来ないよねえ!!!」
「や、めて…やめて、やめて…いた、痛い、痛いよ、やめ、てよ…!」
縮こまる倉丸を蹴り続ける女子達。
気も力も弱い倉丸は、ただただ泣いて「やめて」と懇願するしか無かった。
と。
ドゴッ!!
「ぐぇ!?」
「!?」
「えっ…?」
一人が誰かに背中を蹴られた。
驚いた倉丸と女子達が後ろを見ると―――。
「か…幽花先輩?」
ボリュームのあるふわふわした茶髪に冷めた目付きの黒目、校内なのに拘わらずローラースケートを履いたその出で立ちは、このいかせのごれ高校でも一風変わっている為、倉丸もよく覚えていた。
「な、何よいきなり!」
「てかソレ、学校で履いて良いと思ってんの!?」
「先公に言い付けるよー?」
「…………」
相変わらず無口な幽花。
しかし倉丸はいつもと様子が違うのに気付いた。
いつもは感情の感じられない目をしているのだが、この時は強い憤怒を放っている。
何も言わない幽花にイラついた女子が噛みつこうとした瞬間。
幽花が思いきり顔を殴り付けた。
443
:
十字メシア
:2012/12/03(月) 22:15:11
『!!?』
予想だにしなかった展開に体が固まる倉丸達。
幽花をよく知らない女子達でも、明らかに力が弱そうなのは分かる。
それだけに驚きを隠せなかった。
そのまま倒れた女子を、幽花は床に押し付けて殴り続ける。
「ちょ、ちょっと!」
「何やってんのアンタ!?」
「…っ、幽花、先輩! 駄目です! やめ…やめて下さい!!」
だが幽花が止まる気配は無い。
よく耳を済ますと、何かをぶつぶつ言っている。
「虐めなんて…虐めなんて…虐めなんて…」
と殴られている女子が。
「っテメェ、タダで済むと思ってんのか!! 消えろよ!!」
ピタッ
「…?」
「…………」
幽花の動きが止まった。
と思いきや、左手を翳した。
すると。
(ブレスレットが…?)
幽花がそれぞれの手首に嵌めているブレスレットの内の、赤いブレスレットが、一瞬だけだが、チカッと光った。
一方女子達は、幽花から溢れ出る殺気に言葉も出ないらしく、口をパクパクさせている。
押さえつけられている女子は最早涙目だ。
「消えるのは…”お前ら”……あの人を、大切な、あの人を、殺した、虐めを、した、”お前ら”が―――」
「 シネ バ イ イ」
「やめろ幽花!」
「!」
幽花の左手を掴む手。
彼女のクラスメイトである遊利だった。
「お前の気持ちは正しい。けどやり過ぎたら元も子もねーぞ?」
「………」
「つか、お前…いつもと様子がおかし―――」
「五月蝿い」
遊利の言葉を遮るように、幽花は彼の掴んだ手を振りほどいた。
そして、いつの間にか気絶している女子に張り手した後、そこから降りて去っていった。
「幽花…先輩…」
「…っと! 倉丸、大丈夫か!?」
「あ、はい…か、幽花せん、先輩が、助け、て…くれ、くれたの、で…
「…そっか。…とりあえず、後で保健室行きな」
「はい、あり…ありがとうご、ございます」
古傷
「でも幽花、先輩…何であんなにおこ、怒ってたんだ、ろ……まるで…虐めを憎んでる、ような……それに」
誰かを思うような悲しそうな目を―――…
444
:
akiyakan
:2012/12/05(水) 16:24:43
異端の襲来
十字メシアさんより「マキナ」、しらにゅいさんより「代雪」、ヒトリメさんより「パター」をお借りしました。
「ふわー……」
大勢の人間で賑わうテントに、サヨリは思わず声を漏らした。
「すごい人気ですね……」
「なるほど。流石、噂に違わぬポリトワルサーカス。大した人気ですね」
「ぐー! ひと、いっぱい!」
周りの熱に充てられたのか、レリックがいつになくはしゃいでいる。くるくると動き回る様子は、見た目相応と言っても違いなく、その愛らしさに思わずサヨリは微笑んでいた。
「はぁ、しかし……サヨリさんにも、女の子らしいところがあったんですね」
「女の子らしいじゃなくて、女の子なんです! 一体誰のせいで、あんな穴倉に閉じ籠っていると思ってるんですか……」
ジト目のサヨリをジングウは肩をすくめるだけでやり過ぎる。もっとも彼女はジングウを恨むよりも、今目の前の光景に夢中なようだ。
「はぁ……! 一度見に来たいと思っていたんです、ポリトワルサーカス……!」
「サヨリさん、まるで恋する乙女ですよ、貴女」
まぁ、普段無理してもらっているし、たまにはいいかとジングウは内心で呟く。
この日、ジングウ達は珍しく支部施設の外にいた。目的は観光、ポリトワルサーカス団を見に行くためだ。
実を言えば、今回の外出はサヨリの希望によるものだ。駄目元でジングウに許可を取ったところ、あっさりとOKを貰ったのである。もっとも、サヨリの本来の任務はジングウの監視である為、彼も同席する羽目となったのだが。
「……で私、貴女の同席まで許可してませんが、マキナさん?」
ジングウは自分と腕を絡めている少女に視線を向ける。そんな彼に構う様子無く、マキナはすり寄る。
「いいじゃないですか〜、ジングウ様〜」
「よかないです……ただでさえ、この面子は目立つと言うのに……」
片や、年頃の美少女。片や、全身包帯の木乃伊男。オプションには緑髪のロリッ娘。この三点セットだけでも目立つと言うのに、ここに中身に難はあっても一応美少女のマキナだ。イヤでも周りの視線を集めてしまう。
「はぁ……あまり、注目は集めたくないんですがねぇ」
「気にしない、気にしない♪ さぁ、行こう行こう!」
マキナ、完全にデート気分である。普段はここまでアクティブには動かないが、彼女もこのお祭り空気に充てられているようだ。ジングウは諦めるように、再びため息をついた。
「ほらほら、ジングウさん急いで! 始まっちゃいますよー!」
「はいはい……」
テントの中に吸い込まれていく人波に紛れて、ジングウ達も中へ入っていった。
――・――・――
「……はぁ」
うっとりとした表情でため息をつくサヨリ。そんな姿を見て、マキナは苦笑を浮かべた。
「サヨリさん、まさに感無量って様子だねー」
「だってだって! 全部凄かったじゃないですか! 人体切断マジックなんか全然トリック見抜けませんでしたし、空中ブランコなんてもう、あんなに猛スピードで空中を飛び廻るなんて……!」
両手を振ったりオーバーアクションをするサヨリの姿は、何だか新鮮だとマキナは思った。普段、ジングウの秘書的立場にあるので大人っぽく見えるが、こうしてはしゃいでいる姿はそのモデリングされた年齢と変わらない、一人の少女の様に見える。こっちが素なんだろうなー、とマキナは思った。
(……まぁ、能力者同士の空中戦の方が、迫力もスピードも段違いなんだけど……)
それを言うのは野暮と言うものだ。
(けど……あの人体切断マジック、何だか本当に体が分離されていたような……)
「さーちゃん、さーちゃん」
「ん? どうかしました、りーちゃん?」
「ぐー、いない」
「「え」」
レリックの指摘に、二人は固まった。周りを見回すが、(あの嫌に目立つ)銀髪木乃伊の姿はどこにも無い。
「じ、ジングウ……さん?」
「これってまさか……」
「「は、はぐれたー!?」」
――・――・――
445
:
akiyakan
:2012/12/05(水) 16:25:15
「……まさか、こんな所でお会いするとは思いませんでしたよ」
サーカスの楽屋。そこに、ジングウの姿はあった。
「ホウオウグループ、〝元〟遊撃部隊所属、代雪さん。それに……〝元〟ホウオウグループ所有生物兵器、パター」
ジングウの目の前にいるのは二人。一方は白髪の美しい少女であり、もう一方は、右目部分に白い仮面を付けた奇術師風の男だった。
「……よく俺だって分かったな、ジングウ」
白髪の美少女の姿が消え――代わりに、長身の偉丈夫が現れる。正体を現した代雪に、ジングウは笑った。
「はっはっは……――おいおい、俺を誰だと思ってやがる? 生き物の観察をさせたら、右に出る者はいねぇよ」
「そうだったな……」
「雪じい、この人は……」
「ああ、そうだ。ホウオウグループ生物兵器研究班主任、ジングウだ……死んだって聞いてたけどな、俺は」
「それはこちらの台詞ですよ。代雪さん貴方、任務中に行方不明になってそのまま死んだって聞いたんですが……」
そこで、ジングウはくっくっ、とさも可笑しげに笑った。まるで、面白い玩具を見つけた子供の様に。
「まさか、逃亡兵になっていたんですね」
「まぁな」
「おまけに、私が最近興味を持った生物兵器まで一緒にいる! はははっ、本当に神様は、残酷に運命を操りますね!」
くっくっく、とジングウは笑い声を漏らし続ける。そんなジングウに向かって、パターは怪訝そうな表情を浮かべた。
「どう言う、意味だ?」
「そこの生物兵器に搭載されている性能……他人の願望の強さに比例し、それを実現する為に自らをブーストする機能。私はそれに興味がありましてね。何せ、限界値に関する実験も行われていなければ、資料も残っていない! ……貴方は果たして、「どこまで」の願いを叶えられるのでしょうね?」
「……そんなのもちろん、決まっているだろう? その人が望むままさ!」
ジングウの放つ威圧感。生物兵器であるならば本能的に感じ取ってもしまう、「支配者のオーラ」。それに圧倒されながらも、パターは言ってみせた。自らの生きる信条、この身は他者を笑顔にする為、その為ならば何事だってやってみせようと。
「ほう! それは心強い……それじゃあ貴方は、私を笑わせる為に彼を殺してくれますか?」
言って、ジングウは代雪を指した。
「え……」
「おや? 出来ないのですか? 貴方は見ず知らずの少年を笑顔にする、ただのその為だけに仲間を殺したと。私はその様に伺っているんですがねぇ? 彼は殺せたのに、彼は殺せないと?」
にやにやと、ジングウは意地悪そうに笑う。パターはと言えば、冷や汗を浮かべながら、どうすればいいのか迷っているようだった。
「ぼ、僕は……」
握った拳が震えている。目は見開いており、唇が戦慄いている。何かの拍子に弾けそうな、そんな危うさが感じられた。それが分かったのか、代雪の表情にも緊張が走る。
「――ま、冗談ですけどね」
「……え?」
何を真に受けているんだかと、さも可笑しげに、ジングウが嘲笑った。パターの様子がそんなに可笑しいのか、くっくっくと彼は笑みを零す。それから踵を返し、出口の方へと足を向けた。
その背中に向かって、邪金(ジャキン)と、代雪は義手を向けた。
「……グループに伝えるのか、俺達の事を」
「伝える、と言ったら、どうします?」
「…………」
「非戦闘員ではない、私なら殺せると思っていますか? ……甘いですね、代雪さん。何時までも貴方の知っている私ではない。そこにいるパターが、私の知っているパターとは異なっているように」
振り返りつつ、ジングウは今度は不敵な笑みを浮かべた。
「――想像力が足りねぇな。そんなんじゃ、すぐに老けるぜ?」
「…………!」
「まぁ、安心して下さい。私も一度はホウオウグループを裏切った身分……人の事は言えませんからね。黙っておいてあげますよ」
そう言って、ジングウは楽屋から消えた。その瞬間、代雪は身体の力が抜けたように腕を降ろした。
「あいつ……もはや別物じゃねぇか……」
もはや一科学者などではなく、ホウオウに近しい存在にまで変貌を遂げたジングウの姿に、悪い夢のようだと代雪は呟いた。
446
:
akiyakan
:2012/12/05(水) 16:25:49
銀角 VS ドグマレンジャー
十字メシアさんより、「リキ」、「エレクタ」、「ブラン」、「魎」、「レンコ」をお借りしました。
ホウオウグループ支部施設内、旧閉鎖区画。
そこにある、生物兵器の性能をテストする為の闘技場。コロセウムにも似た場所に、数人の人影があった。
一人は、銀色の角(アッシュ)。彼専用のバイコーンヘッドではなく、普通のバトルドレスを身に着けている。ヘルメットを装着していない為、頭は剥き出しになっている。
「さぁ、かかっておいで、ドグマレンジャー」
「誰がドグマレンジャーだ、誰が! おらぁ!」
そう言って、灰色の髪の少年――リキは、巨大なハンマーを振り上げて突っ込んでくる。その動きに対応して、アッシュは自分の身体にオーラを纏わせた。
「ジェットハンマー!」
リキが叫ぶと、それに反応するようにハンマーが動いた。打突部位とは逆方向の部分が火を噴き、ハンマーを加速させたのだ。自身の膂力、更に持った物の重量も筋力に加算する彼の能力「ビスウィレース」、そしてジェット加速。三つが組み合わさり、破城槌のような勢いでアッシュに襲い掛かった。
意外にもアッシュの身体は呆気無く吹っ飛んだ。彼の身体は後方へと飛び、しかし何事も無かったかのように着地する。その様子に、リキは舌打ちした。
「野郎……」
スウェーバックで威力を殺したのだろう。格闘技ではよく見られる技術であるが、今のリキが放ったような「必殺」の威力を前に、ここまでダメージを殺せるのはそうそういない。バトルドレスの防御力と、それを引き上げる麒麟の力、そしてアッシュが持つ技術。この三つが無ければ、こうはいかないだろう。
『今度は、僕の番だ!』
「!」
頭上から振って来た声にアッシュが顔を上げる。するとそこには、鋼色の人影があった。四つの眼が光っている。それは見るからに機械仕掛けと分かる人形だった。
『そぉれ!』
「く……」
人形が踵落としをアッシュに振り下ろす。それをアッシュは、両腕を交差させて受け止めた。相当な重量、そして機械自体が持つ力も相当なものなのだろう。アッシュの身体が僅かに沈んだ。
空中で身体を回転。踵落としからの流れで、人形が回し蹴りを放ってきた。交差させた腕の片方で、アッシュはそれを受ける。完全に威力は殺せなかったものの、頭部への直撃を免れた。
「お、お願いしますっ!」
「っ! 今度はブランちゃんか!?」
オレンジ色の髪の少女が飛びかかってくる。その両手に作った手刀は、文字通りどころか本物の刃と化しており、アッシュの首筋目掛けて突き出して来る。
「駄目駄目、ブランちゃん。そんな見え透いた動きじゃ避けられちゃうって?」
アッシュはブランの動きを、必要最低限の動き――と言うか、首を動かすだけで回避していく。
「例えば、こんな風に、」
「きゃっ!?」
アッシュの足が、ブランの足を払い上げた。彼女の華奢な身体が宙を舞い――地面に叩きつけられる前に、その身体をアッシュが抱き留めた。その首元に、彼は自分の手刀を突きつけている。
「絡め手を入れて、相手の動きを崩す」
「は、はい……」
「ん? どうしたの?」
「あ、アッシュさん、顔が近い……」
「何で僕の顔が近いと、君の顔が赤くなるのかな?」
「そ、それは……」
視線が泳ぎ、口がごにょごにょと動く。そんな彼女にお構いなしに、更にアッシュは顔を近付けた。
「ねぇ……何で?」
「あ、あうぅ……」
「ちょっと、コラー!」
怒声の飛んで来た方にアッシュが顔を向けると、紫色のポニーテールを振り上げながら、レンコが向かって来る。
447
:
akiyakan
:2012/12/05(水) 16:26:20
「来たな、ドグマパープル」
「やかましいわ、このタラし二本角!」
レンコが殴り掛かろうと拳を振り上げる――と、そんな彼女に向かって、アッシュはブランを押し付けるようにして投げた。突然現れたブランを殴る訳にはいかず、慌ててレンコは彼女を受け止めた。
「とっとと――何しやが、」
「はい、これで二人アウト」
鼻先に手刀を突きつけられ、レンコは思わず言い掛けていた言葉を飲み込んだ。もしアッシュが本気であれば、彼女の首が飛んでいたのは明白だからだ。ぐ、とレンコは歯噛みする。しかしすぐに、彼女は不敵に笑った。
「おっと――足元注意だよ、旦那」
「!」
アッシュがその場から離れるのと、彼の足元を砕いて「何か」が飛び出してくるのはほぼ同時だった。飛び出して来た「何か」は高速で回転しており、まるでドリルを彷彿とさせる。避け損なった右足がそれに掠り、バトルドレスの装甲を抉った。
「っ――出たな、ドグマブルー」
ドスンと、重量感のある音と共にそれは地面に着地した。六本の足の着いた円錐、その頂点部分に人の上半身が付いている。上半身は十五歳位の青い髪の少年で、赤い吊り目で見下ろすようにアッシュを見つめていた。
「やるぞ、リキ、エレクタ。連携攻撃だ!」
『りょーかい!』
「魎、俺に命令すんな!」
アッシュを三方向から包囲し、まずは機械仕掛けの人形――エレクタが突っ込む。この身体は義体であり、エレクタはその能力によってこの身体に乗り移り、操っているのだ。
「それそれそれ!」
矢継ぎ早に攻撃を繰り出し、アッシュの動きを止める。その背後に向かって、リキが突進して来た。
「ジェットハンマー!」
轟音と共に迫るハンマー。エレクタは既にリキの声を合図に、その場から離れている。死角から襲い掛かって来たハンマーが、がら空きの背中に叩き込まれる。
「ぐ――!?」
ごぶっ、とアッシュの口から血が零れる。だが自身の受けたダメージに構う事無く、アッシュはリキの方に振り返った。技後硬直で動きの止まっていたリキは、まさかアッシュが反撃してくるとは思わなかったのだろう。その瞳を、驚きで大きく見開いている。
しかし、その拳がリキに振り下ろされる事は無かった。リキに当たる寸前のところで、拳が止まっている。拳には鎖が巻き付いており、それは魎の下半身である機械の部分から伸びている。
「させないよ」
「チッ」
反対の拳を振ったが、リキは既に拳の届かない場所まで逃げていた。拳は空を切る。
「……やるね」
『まぁね? そんじょそこらのチームとは付き合いが違うし?』
「前の模擬戦の時はあの忌々しい二本角だったが、今日はただのバトルドレスだしな……鎧を着ていない麒麟一頭に劣るほど、自分達ドグマシックスは弱くない」
「ってか、セクハラバイコーンに負ける訳ねぇだろ!」
「……ふふふ」
口々に自分達を鼓舞する三人に、アッシュは笑った。その様子に、魎は背筋に寒気を覚えた。
「ブランちゃんとレンコちゃんは女の子だから手加減したけど……君達男にかける情けはいらない、よね?」
「ッ――!? エレクタ、アッシュの動きを、」
止めろ、と言った時には、魎の身体は宙を浮いていた。一瞬何が起こったのか理解出来なかったが、すぐに分かった。アッシュの動きを止めようと巻き付けた鎖。その鎖を使って、アッシュが魎の身体を振り上げたのだ。
「あ――」
もし義体に表情を作る機能があったのならば、その時エレクタはぽかんと口を開けていたに違いない。彼の眼前に迫っていたのは、アッシュが放り投げた魎の身体だったのだから。
魎の巨体に押し潰されるようにして、エレクタが倒れる。エレクタ、と叫んで慌てて魎が身体を起こそうとするが、落下時の衝撃によって足が折れており、思うように身体を持ち上げられない。
「は――」
身動きの取れない魎の目の前に、アッシュが現れた。彼は魎の腹に一発入れる。魎を黙らせるのは、その一撃だけで十分だった。
448
:
akiyakan
:2012/12/05(水) 16:27:12
「野郎ッ!」
ジェットハンマーの加速を利用し、激昂したリキが向かう。しかし、怒りによって直線的になった動きと、何より先程までと違ってリキ一人と言う事実。そんな彼を倒すのは、アッシュになら造作も無い。
振り下ろしたハンマー。しかし、それは今度アッシュを捉えられない。大振りになった動きは、ジェット加速によって助長され、戦場において致命的な隙を生む。そうしてがら空きになった首に、アッシュが手刀を入れる。その一撃で、リキの意識は刈り取られた。
「…………」
まさに電光石火。目の前で起きた出来事に、ブランもレンコもただ驚いて固まっている。そんな二人に向かって、アッシュは笑いかけた。
「ねぇ、ここまでにしない?」
憎らしいまでの勝者面に、レンコは悔しいと思いつつも、降参、と告げた。
――・――・――
『ありがとうございましたー!』
一対五で頭を下げる。ちなみにエレクタは義体が破損してしまったので、ハードを移し替え、レンコが持つパソコンの画面に映っている。
「ぐあー! くそっ、また負けた!」
「ただのバトルドレス、しかもメット無しに負けるとか……」
「五対一なのにねー」
「「うぐっ!?」」
アッシュの言葉に、思わずリキとレンコは言葉に詰まる。そんな二人の様子に、エレクタがケラケラと画面の中で笑った。
『あははは、おっかしー!』
「エレクタ、お前はどっちの味方なんだよ!?」
「……しかしアッシュ、あんた強いな」
静かな言葉の中に尊敬の色を含めながら、魎が言う。そんな彼に向かって、アッシュは嬉しそうに笑った。
「ありがとうね、五人とも。おかげで、いい特訓になったよ」
「あ、いえ。私達の方こそ、ありがとうございました」
『またね、アッシュー』
「次戦う時まで、もっと強くなっておこう」
「ってか、負かす!」
「今度ブランに変な事したら、承知しないからね?」
「あれ? じゃあ、レンコちゃんにならいいのかなぁ?」
にやにやと意地悪そうに笑いながら、ずいっ、とアッシュがレンコに身を寄せる。至近距離から見つめられ、レンコの顔が見る見る赤くなった。
「な――ば、馬鹿野郎! ふざけんな!」
「あははは、少しは女の子らしくした方がいいよ、レンコちゃんー?」
「うるせー!!!!!!」
能力を発動しながら拳を振り上げるレンコから、アッシュはわざとらしく頭を押さえながら逃げ回る。そんな二人の様子に、再びエレクタが――と言うか、残りの四人が笑った。
449
:
十字メシア
:2012/12/05(水) 21:17:03
akiyakanさんの「銀角 VS ドグマレンジャー」の続き的な。
akiyakanさんから「アッシュ」お借りしました。
「ったくマジタラシだなオメェは…」
《っくく…》
「いつまで笑ってんのそこー!」
《てへへ、ごめ〜んみ!》
「もー…エレクタだからここまでにするけどさあ」
「じゃあ僕とか父さんだったr」
「K−1グランプリ技かける」
「落ち着いてレンコ。彼らの場合、逆にそれが仇と化すよ」
生物兵器の性能テスト専用の闘技場にて。
一先ず訓練を終えたアッシュとドグマシックスズ達は雑談を交わしていた。
「つーか魎! 何で戦闘用にしなかったんだよ!!」
「仕方ないじゃないか。メンテナンス中なんだから」
「ちっくしょぉ〜…あのチビ、このタイミングでやるなよな〜…」
「ま、まあまあ…」
「ブランもブランだぞ!!」
「え、え?」
ずい、とブランに詰め寄るリキ。
「何だよあの動き! 俺様が教えてやったのとぜんっぜん違うじゃねーか!!!」
「だ、だってぇ…」
「教えた?」
そこでアッシュが割り込んでくる。
「明日訓練あるから、この間に動きの練習すんぞーって、昨日教えてやったんだよ。あーあ…」
「無理だよ…リキ、速すぎるし…」
「お前が遅すぎんだよのろまが!!!」
「コラ、リキ! ブランにあんまりキツイ事言わないの!!」
メンバーでは面倒見の良い、姉御肌な存在であるレンコが窘めた。
にも関わらず、リキは更に暴言をぶつける。
「だって俺達は戦いの申し子、”ドグマシックスズ”だぞ!! なのにコイツときたら、戦うの嫌い、平和で過ごしたいなんてほざくし…」
「い、嫌だもん…誰かを、傷つけるなんて…」
「お前それでも生物兵器か!?」
「そ、そうだけど…ッ!」
「そんな甘ちゃんみたいな考え方すんなよグズ!!!!!」
ダメージがデカかったのか、涙目でフルフルと震えだしたブラン。
と。
プツン――…
「?」
「ブランちゃん?」
《どったのー?》
「………」
「な、何だよ」
「…もん」
「え?」
「違うもんッ!!!!!!!!」
ジャキィンッ!!!
「!」
《ヤバッ!!》
怒号を上げた瞬間、ブランの髪が、爪が、手が、足が。
刃となってリキに襲いかかった。
「リキの馬鹿ぁぁぁあああッ!!!! 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ぁああああああああッ!!!!!」
「ウェッ!?」
「わ、ちょ、落ち着けブラーン!」
「ブランちゃん! それリキ君殺しちゃうから!!」
「エレクタ! ジングウ呼んで!!」
《は、はーい!》
その後、レンコにタンコブを作られたリキの姿があったそうな。
閑話
「でもさ」
《んー?》
「リキ君、何だかんだで面倒見良いよね」
《何でー?》
「あんな事言ってたけど、ブランちゃんの練習見てやってるじゃないか」
《あぁ〜。ぷっくく…》
「? どうしたのエレクタちゃん」
《ん〜…じゃあ一つだけ、教えたげる!》
「何だい?」
《あのね、リキの奴、アッシュがブランにナンパしてた時ね…”つまんなさそうな顔”してたんだ〜》
「ぶえっくし! っつー…何だよ、風邪ひいたか?」
450
:
akiyakan
:2012/12/06(木) 21:23:31
しらにゅいさんより「タマモ」、十字メシアさんより「珠女」をお借りいたしました。
「ねぇ、知ってる? 最近、こんな噂があるんだよ?」
「どんな噂?」
「何でもね。ガラクタにしか見えないんだけど九個の道具があって、それがいかせのごれのあっちこっちに散らばってるんだって。それを九個全部集めたら、その人の願い事が叶うんだって」
「ちょっとそれ、どこのドラゴンボール?」
「ドラゴンボールじゃないよ! 最近流行りの都市伝説!」
「ふぅん……だけどそれ、私が聞いたのと違うな」
「え、そうなの?」
「うん。私が聞いたのは――」
――願いを叶えるには、九人の生贄が必要らしいよ?
――・――・――
「聞いた、タマモ? 最近、街に流れている噂」
久々の酒の席。珠女と一緒に飲んでいると、不意に彼女がそう聞いてきた。
「ああ、知ってる。何でも、どんな願いも叶えてくれるらしいの」
「九人の命と引き換えにね。物騒な噂よ、全く。その噂が原因で、どっかの高校で三人殺した馬鹿がいるらしいわ」
「本当かの?」
「うん。全く、迷惑な話よね」
珠女の言葉に、うんうんとタマモは頷いた。
どんな願いを叶えたかったのか知らないが、そんな独り善がりの都合で殺される九人はたまったものではないだろう。命に対して無責任にも程がある。大体が、そんな本当か嘘かも分からない噂に踊らされて殺人を犯すのは愚劣に過ぎる。
「じゃが、逆に言えば、そこまでして叶えたい願いが、その者にはあったと言う事じゃな……」
「あら? タマモったら、そいつに同情するの?」
「同情はせん。されど――他人の命を奪ってまで叶えたい願いがあったとすれば、それはどんな願いだったのだろうか、と思っての」
「そうね。考えもつかないわね、私らには」
「そうじゃの」
それはおそらく、結局自分達が報われた立場、強者の立場に立っているからだろう。他人を思い遣る気持ち、それは紛れも無く強い心から生み出されるものだ。そしてその反対――他者を犠牲にしてでも自らの望みを果たそうとする、その心は強いものに見えて、実際はそれは、手段を選べない弱い心の形なのだから。
「……ねぇ、タマモ」
「うん、なんじゃ?」
珠女の方を向くと、彼女は頬杖を突きながら、おちょこの中身を見つめていた。酒の影響で赤くなった頬や、とろんとした目付きが艶っぽい。
「もし、どんな願いでも叶うとしたら……アンタだったら、何を願う?」
「妾か? 妾なら――」
何を願うだろう。そう思い、顎に手を当てて思考したタマモであったが、
「……何も、望まぬ」
「あ、そう?」
「うむ。今の生活で、十分満足しておるからの」
「あらら、意外に無欲なのね」
「そう言う珠女は、何を望むのだ?」
「んー、私? 私はぁ……」
――嘘だ。
本当は、願いはあった。
叶えたい願い。そう聞かれて、タマモの脳裏を過ったのは一人の女性。
顔立ちは全く同じ。しかし、雰囲気が全く違う。タマモが月光なら、彼女は陽光。タマモの様に妖しげではなく、まるで太陽の様に暖かく笑っている。その笑顔が、タマモは好きだった。
もし、願いが叶うとすれば、自分は――
(……馬鹿な願いじゃ、全く)
自分で自分に嘆息してしまう。こんな事を考えてしまうのはきっと、酔い足りないのだろう。そう思って、タマモは手にした杯を飲み干した。
「飲むぞ、珠女」
「おおっ? 良い飲みっぷり! いいね、飲もう飲もう!」
タマモに触発され、珠女も自分のお猪口に酒を注ぐ。タマモも負けじと、酒を煽り流し込む。
頭に沸いた、想いを忘れようとするように。
(もう一度、かか様の笑顔がみたいなどと……)
<亡き女(ひと)を想う>
(亡い女を想うと書いて、)
(人はそれを妄想と読む)
(人に夢と書いて、)
(人はそれを儚いと読む)
451
:
akiyakan
:2012/12/08(土) 13:56:00
災いは人の形で訪れた
※しらにゅいさんより「タマモ」、十字メシアさんより「珠女」をお借り致しました。
「うぅ……飲み過ぎた……」
「あはは〜、ふわふわしてらぁ……うえぇ……」
深夜の夜道、酔っ払いの女二匹が、肩を組みながら呑気な様子で家路を歩いている。二人とも、傍目に見てもべろんべろんである。せっかくの美人が台無しであり、介抱しようと親切心を働かせる者も、下心で近付いてくる者もいない。
しかしそんな酔っ払い二人に近付く、物好きがいた。
「はい。お姉さん達、お水をどーぞ」
「おお、気が利くじゃないの……」
差し出された天然水のペットボトルを、躊躇いも無く珠女は受け取り、すぐさまラッパ飲みを始める。ペットボトルを渡した人物は二人分用意していたらしく、タマモにも手渡した。
「あ、有難う」
「いえいえ」
ボトルに口を付けつつ、タマモは横目でその人物を見る。その瞬間、彼女は思わず、眉を顰めた。その人物が、とある人物によく似ていたからだ。
「……都、シスイ……か?」
「おや、兄さんをご存知ですか?」
「兄さんだって? あいつは自分の育ての親以来、肉親なんかいないって聞いてるけど……」
「ふふふ……そうですね」
目の前の人物は、都シスイによく似ている。そしてある思考に至り、一瞬の内にタマモは酔いが醒めた。全身を緊張が支配し、じわっと冷や汗が浮かんでくる。
「アンタ……まさか、双角獣かい?」
「ブッ!?」
タマモの言葉に珠女が飲みかけていた水を噴き出した。彼女は信じられない表情で、シスイそっくりの少年を見る。
「え、ええっ!? アンタが、此間私を襲った奴ぅ!?」
「どうも〜。その節は、お世話になりました〜」
「ぬぅ……顔出しで登場とは余裕じゃない……私達を舐め過ぎじゃない?」
「ええ、余裕ですよ? 酔いどれ二人位、僕ならどうって事ないですから」
言いながら、シスイ似の少年――アッシュは人懐っこそうな笑みを浮かべる。その様子からは敵意も悪意も一切感じられず、それどころか魅力的とすら思える愛らしい笑い方だった。
「何なら、送ってきましょうか、お二人とも?」
「え?」
「ほら、もう真夜中ですし……女の二人歩きなんて、感心しないですよ?」
「お生憎様……敵に送ってもらう程、私達は落ちぶれちゃいないよ……」
言って、二人は再び歩き出す。水を飲んだせいか、若干体調がよくなっていた。おそらく、普通の水ではないのだろう。うっすらと、銀色の光を帯びているようにタマモには見えた。一瞬危険な物に思えたが、毒に耐性のあるタマモの身体に異常が感知されない辺り、本当に善意でくれたもののようだ。
(んんっ……やり辛い子だねぇ……)
とても敵とは思えない人懐っこさに、タマモは複雑な表情を浮かべる。あれがほんの一ヶ月程前、珠女を襲って怪我を負わせた同一人物だとは思えなかった。
「ああ、そうだ。お姉さん達?」
「何だい? 言っとくけど、子供の相手する程私達は若くないよ?」
「ちぇ……まぁ、そっちじゃないんだけど。ちょっと、聞きたい事があるんだ」
「何だい?」
「――九人殺せば願いが叶う……そんな都市伝説、聞いた事無い?」
ピクリ、と二人は反応した。振り返る先のアッシュは、相変わらず人懐っこそうな笑みを浮かべている。ただそれが今は、まるで顔に張り付けただけの仮面の様に彼女達には感じられた。たった一言、それを発しただけで、空気が変わった。
「ああ、あるよ。それがどうしたんだい?」
「その噂について、詳しく知らないかな?」
「さぁてね……私達は、そんなに詳しく知らないよ。せいぜい、周りが知っているのと同じ位の知識しかね」
「本当に?」
「本当さ。こんな事で嘘ついてどうするんだい?」
452
:
akiyakan
:2012/12/08(土) 13:56:57
タマモが言うと、「なぁんだ」とアッシュは嘆息した。その瞬間、彼が造り出した緊張の空気が消え失せた。軽くなった空気に、思わずタマモも拍子抜けしてしまう。
「なんだい?」
「いえ、それが聞きたかっただけなので――あ、最後に一つ」
「何だい? もう、いい加減にしておくれよ」
「――帰り道は、本当にご注意を。良くない相が見えます」
冗談、なのだろうか。微笑みを湛えたまま、アッシュがそう言った。タマモは何かを考えた後、こう返した。
「分かったよ、気を付けておく」
そうして彼女達は、本当にアッシュと別れた。何度か後ろを気にしてみたが、彼が付いてくる気配は無かった。
――・――・――
「何しに来たのかしらねぇ、あの子?」
「ただの冷やかしじゃないの? ……あ、タマモ。私もう、一人で歩けるわ」
体調が良くなったのか、珠女が言った。タマモが離れると、ふらつく様子も無く彼女は地面に立つ。これだけ短時間で回復出来たのは、珠女が妖怪と言う事もあるだろうが、やはり先程貰った水が効いているのだろう。
「……変なの。身体が軽い……」
「この水、若干土の気がする……それも、高位の瑞獣。これは麒麟の気配だね」
タマモが水の残っているボトルに顔を近付け、観察する様に見ながら言った。
「麒麟? でも、いかせのごれの麒麟は都シスイでしょう? 一つの土地につき、麒麟は一頭。そんなの、妖怪なら誰でも知ってるでしょうに」
「さてね。最近、その辺の仕組みも決まり事も、大分怪しくなってるからねぇ……気付かないかい、珠女。最近なんか、おかしいって」
「言われてみればそうね……何だかたまに『同じ時間を繰り返しているような』錯覚に囚われたりするんだけど……」
「……それは流石にボケたんじゃないかい」
「む。それなら、タマモはどんな違和感を覚えたって言うの?」
「……昔っから言われてる事だけど。いかせのごれってのは、神様が創った土地だよね」
「うん? そうね。ずっと、そう言われ続けてるわね」
「神様ってのは、普通一人だろ? 唯一神、って言われる位なんだから」
「んー、それはまぁ、宗教によるんじゃない? 日本は八百万、アニミズムだし」
「そう言うのは別にして、何と言うか、この世界を創っている大きな意思的なものの話で」
「そりゃ、そうだろうね。世界自体は一個な訳だし」
「その神様が、何だけどさ――最近、増えたような気がするんだ」
「…………」
「今まで、こう、一個の意思で創られていたものが――今は、色々な意思の介入で、様々な創られ方をしているような……って、何だい、珠女。その顔は」
「……タマモ、もしかしてまだ酔ってる?」
「こっちは真面目だよ! あーもう……珠女にこんな話するんじゃなかった……」
話す相手を間違えたと、タマモは嘆く。彼女はしゃがみ込み、地面にのの字を書き始めた。
453
:
akiyakan
:2012/12/08(土) 14:01:12
「ごめんってば、タマモ〜。何も、そんなにいじける事無いじゃないー」
「慰めはいらん……ドヤ顔で語った妾が馬鹿らしい……」
「タマモ、ったら〜」
すっかりいじけてしまったタマモを、珠女は励ます。しかしタマモは結構本気で気を悪くしたらしく、頬を膨らませたままなかなか立ち上がる気配は無い。やれやれ、と珠女は困った様に肩をすくめる。
その時、だった。
「う――」
「ん?」
二人がいる場所より少し離れた所の路地から、誰かが出てきた。それは五、六歳位の小さな子供のようだった。
「おや、どうしたんだい?」
タマモが駆け寄り、その子供の傍に近付く。その瞬間、ふらっと子供が倒れ掛かり、慌ててタマモはその身体を抱き留めた。その予想以上の軽さに、彼女は驚く。
「何だい、この子は……着ている物がボロボロじゃないか」
一体どんな風にすればこうなるのか、子供の衣服はまるで襤褸雑巾のように朽ちていた。タマモが触れた傍から、布がぎちぎちと破れていく。
「う――!?」
その時、タマモの鼻をある匂いが襲った。つんと鼻腔を突く、鉛の臭い。それは本来こんな街中の、人の営みの中にあってはいけない臭いだ。タマモは反射的に、臭いの下へと視線を向けた。
「うわ……何だい、これは……!?」
想像を絶する光景に、思わず珠女は声を上げて驚いた。しかしこれでも、彼女は比較的抑えている、と言うか、耐えられている方だ。常人であれば、目の前の光景に卒倒するか、或いはその陰惨さに胃の中身を戻してしまっていただろう。
そこは、既に異界だった。
何物も黒く塗り潰す闇さえ、その赤色に敗北している。あまりにも現実離れし過ぎていて、ああ、あれはペンキをぶちまけてあるのだな、などとタマモは思考してしまっていた。
路地裏は血の海だった。そこにある何もかもが、赤い泥濘の中に沈んでいる。
今も侵食を続けるそれは、そう古くない時間の内に出来上がったのがよく分かった。血の海に転がる、いくつかのピースに分解(バラ)された死体が、そこから滲み出る赤が、饒舌と言っていい位に雄弁に語っている。
手が、ぬるりとして温かい。子供の身体も、赤色に濡れていた。
鼻腔からなだれ込んでくる鉄の臭いが、思考を麻痺させる。
――帰り道は、本当にご注意を。良くない相が見えます――
麻酔のかかった頭の中で、アッシュが別れ際に告げた言葉が反響した。
454
:
しらにゅい
:2012/12/08(土) 18:06:14
結局、張間みくの生き方は誰よりも一番賢い生き方なんだとサヤカは結論付けている。
問題に立ち向かったとしても、当事者だけでなくその関係者の、そのまた関係者の、と芋づる式で被害者は引き上げられていき、
最終的には自分と関係のない人物まで非難の対象とされてしまう。大衆による圧倒的な『力』により、敵は完膚なきまでに叩き潰される。
異常なまでに自己を謙遜し他者を気遣う彼女であれば、その結果を良しとはしないだろう。
そうして自分が望む答えを得られないくらいならば、事実を隠し、口を閉ざしている方がよっぽど平和だ。
不思議な力によって嫌でも誰かを傷付けてしまうんです、なんて喋ったところで誰も信じたりはしないだろう。
自分が我慢すればいいだけの話。だから、張間みくは生贄であることを望むのだ。
ぜんぶぜんぶ、ぼくのせい
ごめんなさい、ごめんなさい
そんな台詞を呪文のようにいつも呟くみくが、サヤカは嫌いだった。
自己犠牲を享受する彼女が嫌いだった。他人ばかり気遣う彼女が嫌いだった。可哀想な人間だと体言している彼女が、嫌いだった。
けれども、それ以上にサヤカは自分自身が大嫌いだった。みくが自らを生贄であることを本当は望んでいないのも、
誰かの助けを求めているのも、この現実を変えたいと願っているのも彼女が一番理解している。
けれどもみくを前にすると拒絶してばかりで、極力関り合いたくなかった。更に勝手にサヤカを同情する周りのせいで、
否応なしに主犯と仕立てあげられて、それを演じざるを得なくなってしまったのであった。
___もしかしたら、張間みくは自分が望んでいる本当の姿なのかもしれない。
その答えを認めたくないからこそ、サヤカはずっと悪役を演じ続けていたのだった。
----
「サヤカちゃん!!」
「………」
張間みくの呼びかけに、ようやくサヤカは足を止めた。
しかし彼女は振り返らず、ただ全力疾走で乱れた息を整えているだけでみくの顔を見ようともしなかった。
サヤカとみくの間は、人間が一人か二人は入りそうな間隔が空いてる。
みくにとってその距離が、酷く遠くに感じる。
「…サヤカちゃ…」
「っ来んな!!」
近付こうとしたみくにサヤカは振り返り、叫んだ。
身体を震わせ臆したみくを、彼女は冷たい眼で見つめる。
「…でも、サヤカちゃん…ボク、キミに言わなきゃいけない事が…!」
「聞きたくない、…どうせ、いつもの『ごめんなさい』だろ?」
「っそれは違、」
「聞きたくないっつってんだろ、消えろよ。…今すぐ、目の前から消えろ…」
「………」
455
:
しらにゅい
:2012/12/08(土) 18:08:53
静かに声を震わせながら怒りを見せたサヤカ。
そんな彼女を前にしてみくは今にも泣き出しそうだったが、その場から立ち去ろうとはしなかった。
制服のスカートをきつく握り締め、眼に溢れんばかりの涙を浮かべても、
それでもサヤカから逃げ出すことも目を逸らすことも、しなかった。
大きく息を吸った後、みくは一歩、前に足を踏み出した。
「サヤカちゃん、あのね…」
「………」
「…ボク、ずっと、独りでなんとかしなきゃいけない、って思ってた。」
みくはまた一歩、踏み出す。
二人の足元は少し盛り上がった瓦礫の山のようで、彼女の足に当たった小さな石ころが横に転がって、地面へと落ちていった。
「だって、たくさんの人たちを傷付けたのはボクの『力』のせいで、ボク自身が償わなきゃいけないから、
誰かに頼るのは駄目なことだ、って…ボク、ずっとそう思ってた…。」
また一歩、また一歩。
みくは静かに語りながら、サヤカとの距離を徐々に詰めていく。
サヤカは険しい表情をしていたが、そこから動くことはなかった。
「でも、独りだけじゃ、何も変わらないんだ。ずっと抱え込んだままじゃ、ボクはずっと、ボクの『力』で人を傷付け続けるし、
何も、何も…変わらない…」
「………」
「それを、タガリ先輩や、アオサキ先輩が気付かせてくれたんだ…。それでね、それは、ホントだったんだ…!」
感情が昂ぶって、みくの目から涙が一筋流れ落ちた。
あの時省吾が差し出した手を自分は取らなかった為に、何も変わらなかった。
けれども今度は、彼らから差し出された手をしっかり掴んだ。決して離さず、決して己を責めずに。
だからこそ、彼女は自分が望む姿に変わることが出来たのだった。
それを教えてくれたのは、背の大きな柔道部の主将と、無口な先輩だった。
「ボク、毎日学校に行くのが楽しくなった。色んな人達とお話をするのが、楽しくなった。
…今までよりずっと、ずっと楽しくなったんだ!」
「だから、何?…んなの、あたしに関係ないじゃん…」
「関係、あるよ。」
「っ」
心の底を見抜かれてしまったと言わんばかりに、サヤカの身体が、びくり、と震える。
気が付けばサヤカとみくの距離は縮まっていて、みくから手を伸ばせばサヤカの顔に触れることが出来るほどであった。
少しだけ間が空いた後、みくはだらりと下がっているサヤカの手を取った。
包帯が巻かれた白い手、もう一度鍵盤を叩く事は難しいだろうと医者に宣告された手。
それをみくが労わるように、優しく撫でる。
「…あの時、サヤカちゃんがボクを庇ってくれて、ボクは怪我を負わなかった。
けれど、そのせいでサヤカちゃんの大事な手が…動かなくなっちゃったんだよね…」
「…そう、だよ…」
「サヤカちゃん、辛かったよね…悲しかったよね…」
「やめろよ、同情なんて…!」
「でも、でもね、ピアノ、また弾けるかもしれないんだ!」
「…は?」
「サヤカちゃんは、っ治す事をあきらめてるから、ピアノが弾けないんだ!」
「………!」
みくにそう指摘され、サヤカは思わず言葉を失ってしまった。
そうだ、結局サヤカは、自分の抱えているすべての問題に向き合おうとしなかったのだ。
自身の手についても、いじめについても、与えられた現実を受け入れるだけで、自らは何も変わろうとしなかった。
変えられないと、思っていたから。
変えて貰えるのを、ひたすら待っていたから。
456
:
しらにゅい
:2012/12/08(土) 18:10:37
「っふ…ふざけんな!!」
サヤカはそう叫び、みくに掴まれていた手を振り切った。
冷静を装う事も、悪役を演じる事も、何もかも忘れてサヤカはみくに感情をぶつけた。
「あきらめてるから?んなの当たり前だっつーの!!医者に治らないって言われて、
それでも治らないからあきらめてんでしょ!?どうすりゃいいのよ!!」
「っそれは、ボクにも分からない…」
「ほら!!言うのはでたら…」
「でも!!それを一緒に探そうよ!!一人じゃ、何も分からないから!ボクと、ボクと一緒に探そうよ…!!」
「!み、く…」
みくは泣きながら、震えた声でサヤカに訴えた。
サヤカはみくの口からそんな言葉が聞けるとは思っていなかった。
自分は彼女から最も恨まれる存在で、この場に相応しいのはもっと別の言葉だ。
それこそ、サヤカがみくに吐き続けていた今までの言葉こそ、自分に浴びせられる言葉で…
「…そ…っか…」
みくは、自分自身だったのだ。そして、死ぬべきも消えるべきも自分だったのだ。
そう気付いた時、サヤカは静かに涙を流していた。
「サヤカ、ちゃん…」
「み、く…ごめん、あたし…っあたし…」
「………」
寄りかかるサヤカをみくは優しく抱き締めた。
やっと彼女に寄り添う事が出来たのだ、とみくも涙を流しながら抱き締めていた。
「…やっと、仲直りだね…サヤカちゃん…」
「……みく…」
「いいの、…ね、これから、一緒に考えてこ…?」
「………」
抱擁を解き、みくはサヤカと顔を合わせると泣きはらした赤い目で笑いかけた。
みくの両手にはサヤカの手が握られていたが、今度は振り切られることはなかった。
「…みく、あのね、」
「ん?」
パァン
突然、サヤカの言葉を裂いて破裂音が響き渡った。
どこかで聞いたことがある、確か運動会の徒競走でスタートする時のあの銃声と似ている。
そんなことを考えた次にみくの視界に映ったのは、眼を見開いたサヤカだった。
「…え?」
彼女の胸には、じわり、と赤い花が咲き、そしてサヤカの身体はみくの横をすり抜けて倒れた。
一つ一つの動きが、みくにとってスローモーションのように感じた。
「サヤ、カちゃん…?ね、サヤカ、ちゃ…」
みくは座って、サヤカの肩を揺するが返事は返ってこない。
それどころか、サヤカの身体の下からじわじわと赤が広がっていく。
これは何だっけ、そうだ、血だ、でもなんで、そもそも銃声なんてどこから。
目の前で起こった出来事を追い付けない頭で必死に処理しながらも、みくはサヤカの名前を呼び続けた。
「サヤカちゃん!!サヤカちゃん!!?っやだ、ねぇ、サヤカちゃ……っひ!?」
ガシャン、と大きな音を立てて物陰から何かが出てきたのをみくは見つけた。
頭部はフルヘルメットに無数の穴をあけたような複眼式で、手には銃器のようなものを構えている。
それはみくの知る人物でもなければ、人間でもなかった。
「あ、…あぁ…!」
ソレと目が合うと、反射的にみくはサヤカの身体に覆いかぶさった。
けれども度重なる恐怖によって、そこから動くことは出来なかった。
(助けて、助けて…っ助けて…!!)
徐々に近づいてくる機械の足音を前に、みくはただひたすら祈り続けることしか出来なかった。
重なった手のひら
(やっと、とどいた)
(やっと、みとめられた)
(はず、だったのに)
457
:
しらにゅい
:2012/12/08(土) 18:12:23
>>454-456
お借りしたのは名前のみ汰狩省吾(サイコロさん)、蒼崎 啓介(スゴロクさん)でした。
こちらからは張間みくとサヤカです。
もー少し続きます。
458
:
スゴロク
:2012/12/08(土) 22:19:22
「京と紅、二人」の続きです。
現状把握を兼ねて「Vermilion」を訪れた京は、長久という人物から入った連絡に瞠目していた。
ハヅル……さっき出会ったアーサーという少女が待っていた人物、恐らくはここの一員であろう者が負傷し、病院送りになったというのだ。
「怪我をしたのね? 酷いの?」
問いかけると、電話の向こうの長久は、
『命に関わるほど酷くはないですけど、あちこち、何というか抉られてまして。意識はしっかりしてるんで、大丈夫だと思いますけど』
「……わかったわ。アンにも伝えておくから」
通話を終えると、紅が尋ねて来た。
「長久君は、何と?」
言われて京は少し迷った。だが、ハヅルという人物がここの一員であるのならば、いずれ彼女の耳に入る。なら、今言っても同じことだと、明かすことを決めた。
「……虎頭 ハヅルさん、だったかしら? 何だか怪我をして、病院に行ってるみたいよ」
同じ頃、商店街に戻っていたアンは、ハヅルを待ってその場に佇んでいた。
彼女はまだ知らない。ハヅルがある少年を追って郊外の森まで行ってしまったことを、そこで敗れ、傷を負ったことも、一足先に長久が発見して病院に連れて行ったことも、
――――早い話が徒労である。
無論、神ならぬ身のアンに、そんなことがわかろうはずもない。ただ、アーサーと交わした約束通り、その場でハヅルが戻って来るのを待っていた。
「……遅いですね」
ちらりと腕時計を見ると、想定していた時間を10分近く過ぎていた。移動時間を考えても遅い。
(本人のことはよく知りませんが、余程おっとりなのか、将又時間にルーズなのか)
至極真面目に、そんな事を考えるアン。
(それにしても、彼女ら「Vermilion」は何者なのか……なぜ、何の目的であの件に介入したのか……)
思考が次に飛躍した先は、白波家で起きた一件。重傷を負ったスザク―――何でも今は母親の精神体に乗っ取られているらしいが―――を見るなり治療を施した紅。単なる善意ならいいが、裏に何らかの思惑があるなら放っておくことは出来ない。
アンが今回同行したのは、半分以上それを確かめるのが目的だった。元とはいえアースセイバーである京の執事として、危険の可能性が近くにあるのを放っては置けない。たとえまったくの杞憂に終わるとしても、それが行動しない理由にはならない。
(万一の時は……)
一見したところでは、紅やアーサーに不審な点は見られなかった。だからこそ、ある程度の信用を置いて京をあの場に残すことが出来たのだ。今でこそ義足だが、京もそれなりに腕は立つ。少なくとも自分の身を守るくらいは出来る。
(新しい義足を発注して結構立ちますが、まだでしょうか)
そんなことを考えつつ、ひたすらハヅルを待つアン。しかし、いくら待っても―――当然だが―――現れる気配すらない。
いい加減痺れを切らしたアンは、とりあえず連絡を入れようと携帯を取り出す。が、それを開く前に着信が入った。発信者を確認すると京だった。
親指を隙間に引っかけてパチン、と携帯を開き、繋ぐ。
「京様、何でしょうか?」
『アン? ハヅルさんはもう待たなくていいわよ。一度帰ってらっしゃい』
「何故でしょうか? ここで待て、とアーサーに言ったようですが」
『それがね……』
ハヅルが怪我をして病院に運ばれた、という連絡が入ったことを聞かされ、アンは顔をしかめた。
(あちこち抉られた? ……誰かと戦ったようですね)
「わかりました。では、一度そちらに戻らせていただきます」
では後ほど、と断りを入れ、アンは携帯を閉じた。待つ必要がなくなった以上、ここに留まる必然性も同時に消えた。そして、主が戻れと言った以上、速やかに帰るのが望ましい。
その場所にわずかの執着も見せず、アン・ロッカーはくるりと踵を返し、情報屋に向かって来た道を戻り始めた。
が、数歩も行かない内にその歩みが止まった。なぜなら、横合いから突然声をかけられたからだ。
「アン・ロッカーだな?」
459
:
スゴロク
:2012/12/08(土) 22:20:07
「ッ!!?」
突然かけられた声に、アンは冗談抜きで吃驚して振り返った。気配が全く感じられなかったのだ。しかもそこにいたのは、古びた帽子に同色のコートを着用した、長身痩躯の男。
一瞬ヴァイスかと思って警戒したが、よく見ると色は濃い藍色だった。あの男は黒だ。
「……あなたは……」
「俺はブラウ=デュンケル。用事がある、お前にな」
誰何の声を言い切る前に向こうが名乗った。そして、その名をアンは知っていた。他でもない、彼女がここに来るきっかけとなった、白波家での一件。そこに介入し、スザク達に助力したという謎の人物の名だった。
その彼が、自分に用があるという。
だが、
「……私は京様の執事です。京様が戻れと仰った以上、出来る限り早く戻らねばならないのです」
話を聞く気はない、と言外に告げたが、ブラウは全く意に介さず、どころかこう言い返した。
「では、その後で構わん」
「京様の許可なくしては―――」
「3日以上かからねばそれでいい。早急なのでな、この用事は」
食い下がるブラウ。全く引き下がる気がなさそうなのを見て取ったアンはなおも言いつのろうとしたが、ここで口論していては何時まで経っても京のもとに戻れないと思い至り、やむなくこう言った。
「……仕方ありません。では、向こうで話を聞きましょう」
「助かる」
それだけ言うと、ブラウはアンの少し後ろについて歩き始めた。アンは無駄口を叩く気はなかったので最初は黙っていたが、情報屋の近くに来たところで一つ気になることを見つけ、一度足を止めて振り返った。
「……一つだけ、聞いてもよろしいでしょうか」
「何だ?」
「貴方の本名は何というのです? まさか、それが本当の名とは言いますまい」
核心も核心、ブラウの本名についての質問だった。
だが、当のブラウはいささかも動揺した様子がない。どころか、予想済みとばかりこう返した。
「わかった。ただし、他言無用で頼む」
「……京様にはお話ししますが、一応口止めはお願いしておきます」
釘を刺しておくと、ブラウは首肯して口を開いた。
「俺の名は―――――」
移ろうは藍色の影
「『夜波 恭介』。かつて、そうであった存在だ」
クラベスさんから「アン・ロッカー」、えて子さんから「音早 紅」「久我 長久」をお借りしました。やっとここまで来ました……。相変わらずクオリティはボロですが。
460
:
えて子
:2012/12/09(日) 18:50:08
アオギリの学校探検シリーズ。一年との出会い編。
紅麗さんから「榛名 譲」、(六x・)さんから「冬也」「崎原 美琴」「不動 司」、十字メシアさんより「ヒオリ」「ミドリ」をお借りしました。
長い道をずっと歩いたり、『かいだん』をのぼったりおりたりした。
たくさんたくさん歩いたから、たくさんたくさんのものを見た。
壁には、いろんな紙がはられてる。「おしらせ」って書いてあった。
おんなじような部屋、たくさんあった。これ、『きょうしつ』っていうものかな。
『きょうしつ』と似てるけど、ちがう部屋もあった。アオには、難しい字で書かれてて、読めなかった。
かーん。こーん。
道を歩いてたら、急に鐘の音が聞こえてきた。
これは『ちゃいむ』っていうんだって、聞いたことがある。
合図なんだって。何の合図なんだろう。
がらっ。
ちゃいむが鳴ったら、きょうしつの扉が開いた。中から人が出てくる。
ちゃいむは、きょうしつから人が出てくる合図みたい。
みんな、ノートと不思議な本を持ってる。あれ、お勉強の道具かな。
「……ん?」
きょうしつから出てくる人を見てたら、男の人と目が合った。
頭に布をまいてる。変なの。
「…そっち、誰だ?」
「アオは、アオギリだよ」
「いや、名前聞いてるんじゃなくて、」
「なんで頭に布巻いてるの?」
「聞けよ!あとこれは布じゃない、ヘアバンドだ、ヘアバンド!!」
「へあばんど?」
「そう、ヘアバンド」
「へあばんどって、何?」
「…話聞いてないのか?だからこれのことだって…」
「なんでそれは、へあばんどっていうの?」
「………………」
男の人は、難しい顔をしてる。
なんでだろう。アオ、変なこと言ったのかな。
「………榛名さん?そんなところで固まってどうし………」
男の人の後ろから、花丸が出てきた。
アオのほうをみて、「あ」って呟いた。
「アオ……ちゃん?どうして……」
「花丸、こいつのこと知ってんのか?」
「う、うん…。時々、一緒に遊んだりするんだけど…」
「へえ…」
ハルナ、って呼ばれた男の人は、アオのことをじっと見てる。
だから、アオもじっと見た。
461
:
えて子
:2012/12/09(日) 18:51:02
「二人ともー、早くしないと次の授業遅れ……あれ?その子誰?」
「花丸の知り合いだとよ」
「わー、可愛いですー」
「そうじゃねーだろ、先生に見つかったらどうするんだよ」
「ぼ、僕が連れてきたんじゃないよ…」
花丸とハルナと一緒にいたら、人が集まってきた。
「あ、アオちゃん、どうして来ちゃったの…?」
「アオ、お勉強、しにきた」
「お勉強…?」
「うん。学校って、お勉強するところ、でしょ?だから、アオも、お勉強」
「お勉強しにきたんですかー?えらいですー」
水色の女の人に、頭なでられた。
なんでだろう。
でも、紺色の男の人は、首を傾げている。
暗い赤の男の人も、ハルナって人と同じ、難しい顔をしてる。
「うーん…でも、この子見たところ小学生くらいだし…ここの勉強は難しすぎるんじゃないかな」
「そういう問題じゃないだろ」
「と、とにかく誰か先生に言ったほうがいいかな…」
「うん。そのほうがいいかもしれないね」
「このまま放っとくわけにもいかないしな、しょうがない」
せんせい。さっき『しょくいんしつ』ってところで聞いた言葉。
あそこにいる人に、アオのこと、知らせようとしてるのかな。
じゃあ、さっきのところに行けば、いいんだね。
…アオ、どっちから来たんだっけ。
歩いていれば、見つかるかな。しょくいんしつ。
アオギリの学校探検〜生徒交流・一年編〜
「あれ?みーんなー」
「こんな所で何してんのー?」
「あ、ヒオリさん、ミドリさん……」
「なんだ、そっちたちか」
「花丸さんのお友達が迷い込んできてしまったので、先生にお知らせしようと思ってたんですー」
「ふーん?そうなんだー」
「あれ?でもさー」
「「その子、どこ?」」
「「「「………………………あれ?」」」」
462
:
十字メシア
:2012/12/15(土) 00:36:51
某日、3年の教室での出来事。
「せんぱ〜い…あら? いない?」
「あっ、想ちゃん!」
いつもの様に阿久根 実良の元へ立ち寄った想。
だがそこにいたのは敬愛する先輩ではなく、隣のクラスの友人、トキコだった。
「貴方は確か…朱の破壊者さん! せんぱいはどこですか?」
「…想ちゃん。最初から私の事、そう呼んでたっけ?」
「あら、そうですよ?」
「ふぅん…まあいいや」
「それより、せんぱいは?」
「ああ、ウララ先生の手伝いに行ったよー」
「そうですか……」
とそこで。
「……ところで、朱の破壊者さん」
「んー?」
「貴方は今、何をしてるのですか?」
「先輩のお弁当からご飯もらってるんだー。先輩の美味しいし」
「…………」
「想ちゃん?」
「やめて下さいな」
「え?」
「せんぱいの供物を奪うのをやめなさい。直ちに」
「ッ!?」
突然、友人が出した気迫と凄みについ、怯んでしまうトキコ。
笑っているが、どう見ても顔だけだ。
しかも心なしか、目に殺意が籠っている。
「貴方みたいな迷惑者がせんぱいの供物を奪うなんて正直虫酸が走るんですよあの人が力を取り戻したら貴方なんて一瞬でこの世界から消え去っちゃいますからせんぱいはとても凄い人なんです冥闇の使徒の異名を持つ方なんですもの貴方の様な破壊しか脳がない小娘なんか足元にすら及びませんわでもせんぱいの手を煩わせる訳にはいきませんから私が直々に貴方をこ――」
「王女、来てたのか」
「! 阿久根せんぱーい!」
「ちょ、待て! 抱き着くな!!」
「あら、ごめんなさい」
「全く……ぬ!? 破壊者貴様、また俺の供物を!」
「ま…まだ卵焼きと、唐揚げ1個ずつしか食べてませんよー」
「そういう問題じゃない! 何度も勝手に盗み食いするなと…」
「じゃあこの辺で〜」
「ってああこら、待て!」
「……」
『私が直々に貴方を』
――殺す。
「まさかとは思うけど…そう、言いかけたよね? 想ちゃん…」
予兆・怠惰の熊
「…しかし」
「はい?」
(破壊者の奴…何か少し、様子がおかしかったような…)
しらにゅいさんから「トキコ」、ヒトリメさんから「阿久根 実良」お借りしました。
463
:
えて子
:2012/12/15(土) 13:15:20
アオギリの学校探検シリーズ。三年との出会い編。
十字メシアさんより「角枚 海猫」、ヒトリメさんより「阿久根 実良」、サイコロさんより「汰狩省吾」をお借りしました。
また、長い長い道を歩いたり、階段をのぼったりおりたりした。
でも、『しょくいんしつ』が見つからない。どこにあるのかな。
歩けば歩くほど、知らないところを見つける。学校って、不思議。
何回か、ちゃいむの音を聞いた。
たくさん続いてる道を歩いていったら、大きな部屋を見つけた。
中を見たら、本がたくさん集まってる。
ここ、『としょかん』っていうところかな。学校にも『としょかん』ってあるのかな。
中に入ると、部屋の奥に誰かがいた。
ほおづえをついて、ゆらゆらしてる。
これ、『うたたね』っていうものかな。
「……………。…うわっ」
ほおづえが外れて、がくってなった。
うたたねしてた人、目をぱちぱちしてきょろきょろしてる。
「……あー、寝ちゃってたか。………ん?」
うたたねしてた人、アオに気づいた。
こっちを見て、目を丸くしてる。
ごあいさつ、したほうが、いいよね。
「……おはよう」
「あ?え、えっと、おはよう。……君は誰?」
「アオは、アオギリ、だよ」
「そ、そう……」
うたたねしてた人、まゆげがきゅってなった。
これ、『こまる』って顔だよね。
どうして、こまっているのかな。
「あ、佑。やっぱりここにいたんだ」
「あ、海猫…」
うたたねしてた人、タスクって呼ばれた。目をぱちぱちしてる。
ウミネコって呼ばれた人は、タイヤのついてる動くイスに座って、こっちに来た。
「さっきの授業、出てなかったけど…ずっとここにいたの?」
「うん、ごめんね。本の整理してたらそのまま寝ちゃったみたいで…」
「そんなことだろうと思った。………で、この子誰?」
ウミネコが、アオのほうを見た。
だから、アオも見た。
「…分かんない。さっき目が覚めたらもういたんだ。アオギリって名前らしいけど…」
「ふーん……誰かの妹さんかな?」
タスクとウミネコが、首をかしげてる。
『いもうと』って何だろう。
「おい、図書委員長…なんだ、格闘家もいたのか」
「おーっす」
また、誰かが来た。
今度は、男の人。
「ショーゴ、実良。珍しい組み合わせで来たもんだね」
「こいつとはたまたまそこで会ったんだ。俺はこないだ借りた本を返しにな。ほら」
「あ、ありがとー」
ショーゴ、って呼ばれた人は、タスクに本を渡してた。
ミラ、って人は…左目に、布つけてる。
アオのこと、じっと見てる。
464
:
えて子
:2012/12/15(土) 13:16:28
「………」
「………」
「……“拒絶する者”か…」
「…?アオは、アオギリ、だよ」
「…ふん、まあいい。貴様、何が目的かは知らんが…」
「なんで、目に布貼ってるの?」
「…布を貼っているわけではない、これは眼帯といってだな…」
「なんで、がんたいっていうの?」
「……え」
「なんで?」
「………………」
ミラ、だまっちゃった。
なんでだろう。アオ、知りたいだけなのに。
きゅう。
「………」
アオのおなか、急に鳴った。
おなかが鳴ると、『おなかがすいた』ってことなんだって。
「……アオギリちゃん、だっけ。もしかして、お腹すいてる?」
「うん。だから、アオ、戻る」
「戻るって…どこに?」
「しょくいんしつ」
そう。アオ、しょくいんしつに、行くんだ。
早く、行かないと、ね。
「一人で行くのは無茶だよ。私が送っていくから…」
「だいじょうぶ。アオ、ひとりで行く」
ウミネコが送ってくれるって言うけど、ひとりで行かないと、ね。
お勉強は、じりきで解くものだって、教えてもらったもの。
アオ、しょくいんしつ、じりきで見つけるよ。
アオギリの学校探検〜生徒交流・三年編〜
「……行っちゃった……。大丈夫かな、あの子…」
「……あれ?」
「どうしたの、海猫」
「いや、あの子職員室行くって言ってたけど…逆方向に歩いてった気が」
「「「「…………………」」」」
「ま、まあ気にすんなって!!多分先生たちが見つけてくれるだろ!…多分」
465
:
えて子
:2012/12/16(日) 09:53:52
アオギリの学校探検シリーズ。ニ年との出会い編。
しらにゅいさんから「朱鷺子」、Akiyakanさんから「都シスイ」「アッシュ」、(六x・) さんから「凪」をお借りしました。
たくさんたくさん歩いたけど、『しょくいんしつ』は見つからない。
『きょうしつ』はたくさん見つけるのに、しょくいんしつは見つからない。
学校って、『めいきゅう』ってものなのかな。迷っちゃいそう。
「…あ」
長い道を歩いてたら、遠くのほうに、アッシュを見つけた。
アッシュも、ここにいたんだ。
アッシュなら、『しょくいんしつ』の場所、知ってるかな。
…あ。でも、じりきで探さないといけないね。
でも、アッシュ、どこに行くんだろう。
ついていったら、分かるかな。
アッシュは、歩くの速い。
アオ、少し走らないと、追いつけない。
アッシュに追いついたら、きょうしつの前にいた。
「あ、一角くー………………!?」
きょうしつの中には、たくさん人がいた。トキコもいた。
トキコ、こっちを見てる。ぽかん、ってしてる。
トキコの横に、アッシュがいる。
……あれ?
「?どうしたんだ、トキコ?」
「い、い、い、一角くん……そ、その、後ろの子…」
「後ろ?………!?」
アッシュだと思ってた人、こっちを見た。『おどろく』って表情をしてる。
「な、い、いつの間に!?」
「あれ、アオギリちゃんじゃない」
トキコの横にいた、本物のアッシュがこっちに来た。
アオ、持ち上げられた。
「どうしたの、こんなところまで。あ、僕に会いたくて来ちゃった?」
「ううん。アオ、お勉強しに、きたの」
「あらら、そう…」
本物のアッシュ、『わらう』って顔をした。
でも、いつも見る『わらう』って顔じゃない。まゆげ、ちょっと下がってる。
不思議な『わらう』だね。
「ねえ、アッシュ」
「ん?」
「あの、アッシュじゃない人、誰?アオ、まちがえちゃった」
「……ああ。僕の兄さんだよ」
アオがアッシュだと思ってた、アッシュじゃない人を指差して、聞いてみた。
『にいさん』ってなんだろう。
「わぁ、何この子!可愛い〜!」
「アッシュ君、この子誰?」
『きょうしつ』にいた人が、アッシュの近くによってきた。
アッシュ、アオをぎゅってしてる。
「ん?この子はね……………僕の妹」
「えっ、本当に!?」
「あはははは、冗談冗談。でも、妹みたいに可愛がってることは間違いないよ」
アッシュの近くに寄ってきた人たち、アオのこと見てる。
緑の女の人が、アオのこと近くでじっと見てる。
「でも、本当にどこの子なんだ?…ご両親の名前とか、分かるか?」
「しらない。でも、アザミは、アオのこと、『しんせきのこ』って言ってたよ」
466
:
えて子
:2012/12/16(日) 09:54:39
「「「「……………えぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!?」」」」
大きな声が、いろんなところでした。
なんでだろう。アオ、変なこと言ったのかな。
アザミに言われたこと、そのまま言っただけなのに。
「え、あ、アザミ先生の親戚の子!?」
「ってことは、アザミおじさん!?」
「しらない。アザミは、ここではアザミなんだって。そう呼ばないといけないんだって。アザミが言ってた」
「アオちゃん、本当にそうアザミ先生が言ったの?」
「うん」
「へえ〜、そっかそっか。あのアザミ先生がね〜……へぇ〜」
トキコ、わらってる。
でもいつもの『わらう』と違う。さっきの本物のアッシュの『わらう』とも違う。
変なの。
「……………」
「?アオギリちゃん、どうしたの?」
「…おなか、すいたの」
また、おなかが、きゅうってなった。
しょくいんしつ、はやく行かないと、ね。
「……あ。じゃあ、これ食べるかい?えーと…アオギリちゃん、でいいのかな」
アッシュじゃない人が、パンをくれた。
だから、もらった。
「うん。…ありがとう、アッシュじゃない人」
「……あのね。俺にはシスイって名前があるから」
「シスイ?」
「そう」
「ふーん…」
アッシュじゃない人は、シスイって言うんだって。
シスイ、パンくれた。これ、きっといいこと。
だから、アオも、『おれい』しないと、ね。
「シスイ、手」
「手?」
「手、だして」
シスイが手を出したから、こんぺいと、あげた。
「…これは?」
「こんぺいと」
「うん知ってる。……じゃなくて、どうして俺に?」
「パン、くれたから。いいことには『おれい』するんだって、教えてもらったよ」
「……そうか。ありがとう、アオギリちゃん」
シスイ、わらった。さっきの本物のアッシュとも、トキコとも違った。
ふんわりとした『わらう』だった。
シスイからもらった、パンを食べた。
もふもふ、してた。
アオギリの学校探検〜生徒交流・ニ年編〜
ちゃいむが、なるころ。
「…………あぁっ!!やっと見つけた!!!」
「あ、ワカバ先生。見つけたって、この子?」
「そう。ちょっと目を離した隙に出歩いちゃったらしくて…教師として不覚だよ。………ほら、アオギリちゃん。戻るよ」
「どこにもどるの?」
「職員室。アザミ先生も心配してたんだからね?ほら、あんたらも早く次の授業の準備しなさーい」
…アオ、ワカバに抱えられて連れてかれちゃった。
467
:
えて子
:2012/12/16(日) 18:45:52
アオギリの学校探検シリーズファイナル。帰宅編。
しらにゅいさんより「玉置静流」、紅麗さんより「アザミ(リンドウ)」をお借りしました。
ワカバに抱えられて、しょくいんしつまで戻ってきた。
そのあと、しょくいんしつで、注意された。
「勝手に一人で知らない場所を歩いちゃいけません」って言われた。
「なんで、ひとりで行っちゃいけないの?」
「危ない事があるかもしれないから。何かあってからじゃ遅いんだよ?」
「はぁい」
よく分からないけど、学校はひとりで歩いちゃいけないんだね。
『じゅぎょう』が全部終わるまで、タマキといっしょにいなさいって言われた。
じゅぎょうが終わったら、アザミといっしょに帰るんだって。
タマキといっしょに『ほけんしつ』に行った。
ほけんしつで、タマキにいろいろ、教えてもらった。
漢字や、足し算、引き算。いろいろ、教えてもらった。
たくさんたくさん、お勉強した。
お勉強してる間も、ちゃいむ、たくさんなった。
何回めかのちゃいむは、不思議なちゃいむだった。
その不思議なちゃいむを聞いたら、タマキが時計を見た。
「ああ、そろそろかな」
「そろそろ?」
「授業が全部終わったからね。もう少ししたら、アザミ先生も来るんじゃないかな」
不思議なちゃいむがなると、『じゅぎょう』が全部終わるんだね。
学校って、不思議がいっぱい。
「アオギリ、迎えに来ました…」
タマキの言ったとおり、アザミがほけんしつに来た。
でも、元気がないね。
タマキも、不思議そう。
「お疲れ様です、アザミ先生。…どうかしましたか?」
「……………………」
「…アザミ先生?」
「………アオギリが、自分が僕の親戚の子だって、言ってしまったらしくて………生徒たちに、授業のたびに『アザミおじさん』って、言われ続けて……!僕、まだ、まだ……っ!!」
「………………ご愁傷様です……」
アザミ、顔を手で隠してぷるぷる震えてる。
タマキは、なんだか不思議な顔で、アザミの肩をぽんぽんしてた。
少ししたら、アザミは元に戻った。
『たちなおった』っていうんだって。タマキが呟いてた。
手をひっぱられながら、げんかんまで行く。
「…ほら」
くつをはいたら、アザミがしゃがんだ。
アオに、背中を向けてる。
「…なぁに?」
「乗れ」
「なんで?」
「またちょろちょろされてどっか行かれちゃたまったもんじゃねぇんだよ。いいから乗れ」
「はぁい」
アザミの背中に乗ると、アザミは立ち上がって歩き出した。
……もう、リンドウって呼んでいいのかな。
「……ねえ」
「あ?」
「もう、アザミじゃない?リンドウって呼んでいい?」
「…あー。……まあいい、勝手にしろ」
「うん」
学校から離れたから、アザミじゃなくなったみたい。
もう、リンドウになったんだ。不思議。
「………もう学校に来るんじゃねぇぞ」
「なんで?」
「面倒くせぇことになるからだよ!!!」
「…はぁい」
リンドウは、どうして学校に行っちゃ駄目って言うんだろう。
めんどくさいことって、どんなことだろう。
でも、アオはあんまり行っちゃいけないところなんだね。学校。
でも、学校に行ったら、たくさんお勉強、できた。
アオも、いつか、行ってもいいよって日が、来るのかな。
そうしたら、今よりたくさん、お勉強できるね。
アオギリの学校探検〜帰宅〜
「………で、さっきから手に持ってるそれは何だ」
「タマキからもらった。勉強どりるっていうんだって」
「……………………返しなさい!!おばか!!!」
468
:
akiyakan
:2012/12/17(月) 16:54:14
一夜の後に
※しらにゅいさんより「タマモ」、十字メシアさんより「珠女」、大黒屋さんより「秋山 春美」をお借りしました。
「そう……そんな事があったのね」
路地裏の惨劇から一夜明け。タマモと珠女は、春美に昨日の出来事を話していた。
帰り道の途中、前触れも無く表れた『双角獣』。
彼が残した、不吉な言葉。
路地裏から出て来た、ボロボロの姿の子供。
まるで『双角獣』の言葉が予言であったかのような、路地裏の惨状。
昨日あった事を、掻い摘んだ形で二人は話した。春美は考えるように、口元に手を当てた。
「バラバラの死体が路地裏に……か」
「いかせのごれ署では殺人事件として捜査する、と言う話でした……まぁ、あんな死に様をしているんだから、当然の話ですが」
タマモの脳裏に、あの凄惨な光景が浮かんだ。しばらくは、この光景が焼き付いて頭から離れられなそうだ。全く、嫌なものを見た、いや、見せられたものだ。
「それで……その子が、その死体のあった路地裏から出て来た?」
「えぇ……」
春美の視線が、タマモのすぐ傍にいる少女へと向けられる。少女はタマモに寄り添うようにして立っており、彼女の着物の裾を掴んでいた。
年の頃、五、六歳程度だろうか。黒い髪の毛を、肩口くらいの長さまで伸ばしている。肌が透き通るように白く、大きくなったら美人になるんじゃないか、などと自身の年齢に不似合な事を春美は思う。見つけた時はボロボロのホームレスのようだったが、今は桜色の着物を着せられていた。
少女は無垢な、それこそまるで、赤子が外界に興味を向けるような眼差しで春美を見つめ返している。その姿に、春美は「生まれ立て」と言うような印象を受けた。
「ねぇ君、名前は?」
明るい、人懐っこそうな笑顔。春美特有のもので、この笑顔で彼女は誰とでも仲良くなる事が出来る。春美と言う名前に相応しい、暖かな笑い方だ。
少女は春美の質問に小首を傾げた後、にはっと愛らしい笑みを浮かべた。見た目は本当に可愛らしいのだが、その反応に春美は違和感を覚える。
「タマモ、この子……?」
「この子を見た医者によれば……失語症じゃないか、と言う話でした」
「! 失語症……」
春美は思わず、労わる様な目で少女を見た。そんな彼女の視線が不思議だったのか、少女は再び小首を傾げた。
469
:
akiyakan
:2012/12/17(月) 16:54:58
「……あれだけの現場にいたのだから、当然だと思います」
「無理も無い話じゃぜ。こんなに小さいのに、あんなスプラッタなもん見せられたら……下手したら発狂もんじゃ」
胸糞悪い、と珠女が言う。大人ですらあんな光景を目にして、正気でいられるかどうか怪しい。それを、こんなに小さな子供が目にしたのだから……タマモも彼女同様に、鎮痛な面持ちを隠す事が出来なかった。
「それじゃ、この子喋れないの?」
「ええ……あ、でも、名前は聞きました。りん、と言うそうで」
「え? でも、失語症って確か喋れなくなる病気じゃ……」
首を傾げる春美に、タマモは懐から何かを取り出した。それは、五十音すべてが書かれた紙だった。
「これで、言いたい言葉を一つ一つ指で追ってもらったんです。それで名前を聞いたら、り・ん、と」
「なるほどねぇ……だけど、」
くすっ、と春美が笑った。その様子に、タマモは不思議そうな表情をする。
「? 妾、何か変な事でも言いましたか、主?」
「いやだって……その紙の文字を、その子が指で差していったんでしょ? それも、タマモの質問に。それじゃあ、逆こっくりさんじゃない……」
「あ」
その時気付いたのか、タマモが間の抜けた声を出した。何やら笑い声を押し殺す声が聞こえるので振り返ると、そこには口元を手で押さえた珠女がいる。声を抑えているが、その目は誰が見ても分かる位に笑っていた。
「……た〜ま〜め〜? さてはお主、分かってておったじゃろ? 分かってて、この方法でおりんに名前を聞かせたじゃろ? そうじゃな、そうなんじゃな!?」
「ぷくくく……逆……こっくり、さん……!」
「ぬぐぐぐ……」
こっくりさんと言えば、狐の専売特許。気付かなかった自身の迂闊さに、タマモは悔しそうに表情を歪める。「りん」は、と言えば、何が何だか分かっていないらしいが、「面白い事が起きている」と言う事は察したのだろう。にはー、っと楽しげに笑っている。
「あははは……それで、りんちゃんはこれからどうするの?」
「それに関しては、大丈夫。タマモが面倒見るからのぉ?」
「は? ちょっと待つのじゃ、珠女。どうしてそんな話になるのじゃ?」
「このまま放っておく訳にはいかんじゃろ? 子供の扱いだって心得てるし、お主なら何も問題無しじゃ!」
「勝手に決めるでない! 妾にだって事情が……」
「そうは言っても、ほれ」
そう言って、珠女は「りん」の方を指差した。着物を掴む「りん」の手に、タマモは「うっ」と怯んだ。
「おりんはお主にすっかり懐いとるし……それに事情がどーたらって、別にお主、そんなに忙しくないじゃろ」
「それはそなたも同じ事じゃろうに! ……あぁ、もう……」
タマモは困ったように頭を掻き回す。百物語組の中で、子供の世話を出来る者はそう多くない。結局彼女は、自分以外にアテがいない事が分かっていたのだろう。ため息をつくと、その手を「りん」の頭に乗せた。
「はぁ……仕方が無い。よろしく頼むぞ、おりん」
「りん」の頭を撫でる。すると嬉しそうに、彼女はタマモにしがみつくのだった。
470
:
akiyakan
:2012/12/17(月) 16:55:46
平穏の陰で
※しらにゅいさんより「タマモ」、大黒屋さんより「秋山 春美」、キャスケットさんより「ロア」、鶯色さんより「ハヤト」をお借りしました。
(ゆさゆさ、ゆさゆさ)
「ん……もう、朝かの……?」
自分の身体を揺さぶる感触に、タマモはゆっくりと目を空けた。ぼやけた視界のピントを合わせると、そこにいたのは、ここ数日ですっかりお馴染みになった顔。
「おはよう、おりん」
はんなりと、タマモが微笑む。すると「りん」も、子供らしく、にはっと明るく笑うのだった。
――・――・――
「あはは、すっかりここに馴染んじゃったわね、おりんちゃん」
洗濯物を干しているタマモを手伝い、その周りをくるくると「りん」が忙しなく動き回っている。彼女はタマモを手伝いたいのだろう。しかし身体が小さいので、そんなに重い物は持てず、せっかく洗ったシーツもずるずると引き摺ってしまっている。それをタマモが、苦笑しつつ拾い上げ、「りん」の頭を撫でていた。
「何と言うか……まるで親子、ですね」
春美の傍に立つ金髪の美少女、ロアが目を細めながら言った。それに同意するように、春美は頷いた。
「タマモって、妖怪になる前は吉原の花魁に飼われてたんだって」
「へぇ。狐って、人に懐くんだ?」
「分からない。狐って用心深い動物だから……だから多分、タマモはただ飼われてたんじゃなくて、〝その人だったから〟懐いていたんだと思う。タマモ、何時もその人の事を話す時、凄く嬉しそうな顔をしていたから……」
聖女の様な遊女。そんな相反したものが、そんな二律背反が、実際に存在するのだろうか。
否。「聖女」と「遊女」。この二つは決して相容れないものではない。あらゆる男を受け入れ、その身体を癒し、喜びを与える。手段は異なれど、二つのベクトルは似ている。キリストの妻であったと囁かれるマグダラのマリアだって、娼婦の身から神に仕える存在となったのだから。
不浄を知らない事が、綺麗なのではない。泥の中で咲く蓮華が美しく見えるように。汚い事が何なのかを知って、初めて美しいと言う言葉を知るのだ。
「あ――」
ふとその時、春美は幻視に襲われた。
目の前で触れ合うタマモと「りん」。その姿に、別の光景が重なる。
――舞い踊る、無数の桜の花びら。桜吹雪。
――大きな、巨大な桜の木。その根元で、小さな一匹の狐が跳ね回っている。
――木の幹に腰掛けるのは、美しい着物の女性。
――あれはタマモ? 否、女性は違う。タマモの微笑み方には独特の艶やかさがある。それは妖の者が持つ匂いのようなものだからだ。
――女性は、違う。そんな妖艶さとは無縁だ。その優しげな微笑み方は――まるで、母親が子供に向けるそれの様に暖かく柔らかい。
(ああ、そうか。あの人が――)
「春美?」
「ん……?」
不思議そうな表情で、ロアが春美の顔を覗き込んでいた。もう一度タマモ達の方へ視線を向けたが、幻視はもう見えなかった。
――・――・――
いかせのごれ高校、教室。
「ハヤト。最近、街に流れている噂、聞いたか?」
「ああ。何か、願いが叶うっつー話だっけ?」
シスイの言葉に、最近町で流行っていると言われる噂話をハヤトは頭から引っ張り出してくる。とは言っても、この手の噂が好きな女の子達から聞いただけなので、ハヤト自身はいまいち詳しい所までは知らないのだが。
「そう、それ。噂はどれもバラバラなんだけどさ、二つだけ共通点があるんだよな」
「へぇ、どんな?」
「一つは、数」
言って、シスイはハヤトの目の前で自分の指を出した。開いた右手に、親指だけを折った左手を重ねた形、つまり「九」を作っている。
471
:
akiyakan
:2012/12/17(月) 16:56:17
「九個の道具だったり、九人の生贄だったり。どの噂も、絶対に九って数字が出てくる」
「ふぅん? 何か、意味あるの?」
「さぁ、そこまでは分からない。九って、完璧な数字と言われる三の三倍数ではあるんだけど、俺にはそれ位しか」
「ふーん。で、二つ目は?」
「どの噂も、「願いが叶う」って結果が付いてる。ある噂は九個の道具を揃えると願いが叶って、またある噂は九人の生贄を捧げると願いが叶うって話だった。他にも、九個のパワースポットを巡るだとか、九人の契約者に出会うだとかなってたけど」
「……阿久根先輩の好きそうな話題だな」
「確かにな」
二人は揃って、長い潜伏期間を経て厨二病を発症した某先輩を思い浮かべる。確かに、「それっぽい」噂ではあった。
「何か、そう言う話題って尽きないよな」
「まぁ、無害な内なら別にいいんだけどね」
「……何か、含みのある言い方するな?」
「知らないのか、お前? つい此間あった〇〇高校で五人死んだ事件。あれ、この噂が発端だぜ」
「うえ? まさかそいつ、本気で願い叶えようと人を殺したのか?」
ハヤトが苦虫を潰したような顔をする。そんな彼に、シスイは頷いて見せた。
「どんな願いがあったか知らないけど、人の命を奪ってまで叶えたいとは思わないよな……」
「そうだな。それは確かに、間違ってる。理屈とか、そう言うのじゃなくて」
「うん……で、ここからは仕事の話になるんだけど、」
言って、シスイが真剣な面持ちを見せた。その変化に、ハヤトは訝しげな表情を浮かべる。
「何? 今の噂って、そんなにやばいもんなの?」
「ああ。多分、超常現象か、それに属する類だと思う」
「大げさじゃね? 大体がホラ話じゃん、こう言うの」
「……これ、アースセイバー経緯で聞いた話なんだけどさ。〇〇高校で五人殺した奴、こんな事を口走ってたらしい。ジャシンを呼ぶ為にやった、って」
「ジャシンって……邪悪な神の邪神?」
話がオカルトな方向に進みだし、ハヤトは一層眉を顰めた。だが、シスイの方は真剣だ。彼はこの殺人事件が、ただの妄想癖による凶行だとは思っていないらしい。
「そいつ、所謂不登校児でさ。まぁよくある「俺は悪くない。悪いのは周りなんだ」ってタイプの奴で。ジャシンを召喚して、自分を認めないこの世界を壊そうとしていたらしい」
「ふーん……それで?」
「で……ここからが重要なんだけど。そいつを唆した奴がいるみたいなんだ」
「唆したって……殺しをやらせた奴、って事?」
「そう。九人の生贄を用意すれば、ジャシンが呼べるって吹き込んだ奴……そいつ、まだ捕まってないらしいんだわ」
「……なぁ、それってまさか、」
唆す、と言う言葉に。ハヤトの脳裏に、一人の男の顔が浮かんだ。忘れもしない、崎原琴美の暴走事件。その事件の主犯にして、人心を操る特殊能力「マニピュレイト」の遣い手の名を。
「ヴァイス……シュヴァルツ、か?」
「……その可能性は十分に有り得る。あの男は、自分が楽しむ為なら何をするか分からない。今回の、他人を唆して殺人を行わせるって言うのも、奴のやり口に似ているからな」
琴美の事件以来、ヴァイスは姿を晦ましている。またあの〝白き闇〟が、舞い戻って来たとでも言うのだろうか。
「今回の事件が、ヴァイスの犯行によるものかは分からない。だけど……」
「ああ。黒幕がいるなら、放っておく訳にはいかないよな……!」
拳を作り、ハヤトは自分の手にそれを打ち付けた。パンと、小気味良い音が、当たりに鳴り響いた。
「狩りだ」
「ああ、狩りだ。アースセイバーはあらゆる超常現象を見逃さない!」
決意を胸に、シスイとハヤトは頷き合った。
472
:
えて子
:2012/12/17(月) 21:18:20
アオギリの失った過去。名前は出ていませんが、しらにゅいさんより「タマモ」をお借りしました。
なお、この話はしらにゅいさんと事前の協議により合意済みです。
しらない、ところにいた。
大きなたてもの、しろいふくの人、みあげても先の見えない“てつじょうもう”。
そこに、「わたし」はいた。
たくさんの友達たちと、いた。
「わたし」には、誰にもないしょのひみつがある。
お休みの時間に、こっそりと部屋を出て、一人で行ってはいけないと言われてるお外にでる。
いつもの場所にいる、まぶしいまぶしいおねえちゃん。
「きつねのお姉ちゃん!また来てくれたの?」
「もちろん。妾は−−−の友達じゃからの?」
「わぁい!!ありがとう、お姉ちゃん!!」
“てつじょうもう”の、むこうと、こっち。
小さなすきまから、お姉ちゃんが「こんぺいと」をくれる。
お外の世界の食べ物は、本当はもらっちゃいけない。だから、お姉ちゃんと「わたし」だけのひみつ。
「お姉ちゃんお姉ちゃん!!お外の世界のお話、して!!」
「ああ。今日は何の話をしようか」
お姉ちゃんのお話は、何でもおもしろい。とても、楽しい。
お外の世界のお話も、本当はあまり聞いちゃいけない。これも、二人だけのひみつ。
「……−−−」
「?どうしたの、お姉ちゃん?」
「…お主は、外へ出たいと、思わぬか?」
「うーん…お外の世界は見てみたいよ。でも、まだダメ」
「まだ?」
「まだ、『テスト』を受けてないもの。テストにごーかくすれば、一人前ってみとめられて、お外の世界にいけるようになるんだよ。
ゆーくんも、あーちゃんも、テストにごーかくしたからお外の世界に行っちゃったんだって」
「………」
「だからね、お姉ちゃん!わたしも、がんばってテスト受けるから!絶対にごーかくして、お外の世界に行くから!だから、」
そのときは―――
ぴぴぴぴぴぴぴ… ぴぴぴぴぴぴ…
「……………」
目が、覚めた。
アオの横で『めざましどけい』がなってる。
これ、花丸からもらった。起きる時間、教えてくれるんだって。
「………えい」
教えてもらった場所をぺしってたたくと、『めざましどけい』はならなくなった。
…今日は、何のお勉強、するんだろう。
たくさん、お勉強、しないとね。
「…………」
…不思議な、ゆめ。
アオの知らない人たちの、ゆめ。
どうして、見たんだろう。
アオには、わからないや。
六つ花の夢
(まぶしいきつねのおねえちゃん)
(あなたは、だぁれ?)
473
:
スゴロク
:2012/12/22(土) 21:33:07
「移ろうは藍色の影」の続きです。
「……あなたに用事? その人が?」
謎の男・ブラウを伴って帰って来たアンに、京が口にした第一声はそんな言葉だった。彼女も紅も、降りて来たアーサーも、ヴァイスそっくりなその風貌を見て一瞬瞠目、あるいは警戒を露わにしたものの、いくらかおいて別人とわかり、緊張が緩んだ。
とはいえ、不審な人物であることには変わらないため、ある程度の警戒は解かなかった。
しかし、当のブラウは全く意に介さず、京に向けて言った。
「隠 京だな? お前の執事の力を借りたい」
「なぜ? 場合によっては許可できないわよ」
断固とした意志を込めて京は言い放ったが、ブラウはこれにも怯む様子をまるで見せない。
「有体に言えば、ある少女を助けるためだ」
「助ける?」
いきなり事情が変わって来た。人助けのためにアンの力を借りたい、とはどういうことか?
その旨を問うと、ブラウはやはり、調子を崩さずに言った。
「火波 スザク。知っているな?」
無論知っていた。一線を退いたとはいえ、京はアースセイバーに名を連ねた身。そして、紅たちは情報屋だ。それくらいは知っていた。
そして彼女たちは、スザクが今どのような状態にあるのかも知っていた。
だが、ブラウの言葉は、彼女たちの認識を大きく上回るものだった。
「彼女の意識は、今、刻々と消滅に向かっている。憑依している母親の精神に呑まれつつあるのだ」
「な!?」
「それは……事実ですか」
絶句する京、驚きつつも問うアン。
「事実だ。俺の眼に間違いはない」
ブラウの目に宿る異能―――インサイトシーイング。あらゆるものを「見る」それを使えば、何が起きているのかを知るくらいは容易いことだ。
「で、ですが……そのためにアンさんの力が必要、と言うのは?」
未だ衝撃から覚めない京に代わり、その対面に座っていた紅が問いかける。
「彼女の力は知っているだろう。あらゆるものを『開く』力だと」
「確かに知っていますが……」
「それが不可欠だ、というだけだ。悪いが、もはや時間がないのでな。多少強引な手段に訴えてでも、その力を貸してもらう」
京やアンは気づかなかったが、職業柄人より鋭敏な感覚を持つ紅は、ブラウの言動……全く変わらないように見えるその裏に、明確な焦りがあるのを感じ取っていた。
「ブラウさん、と仰いましたね。時間がないというのは?」
これには、ブラウはわずかに、しかしはっきりと焦燥を表した。
「文字通りだ。火波 スザクの人格消滅までのタイムリミットは、あと60時間を切っている。手を打つなら今夜でないと間に合わん」
「!?」
「時間内ならいい、というわけではないのだ。彼女の人格に影響を与えることなく助けるには、今日の真夜中までに手段を講じねば手遅れになるのだ」
降って沸いた危機の報せ――――だが、京は迷った。スザクに対して特段の思い入れがあるわけではない。もうすぐ消えるとわかった以上、同情の気持ちもないではなかったが、元々彼女は死んだも同然だという。ならば、このままでも―――。
「京様」
「何、アン?」
「僭越ながら私見を述べさせていただきますが……私は、この件に協力するつもりでいます」
「え!?」
アンの言葉に、京はまた驚いた。
「ど、どうして?」
「覚えておいでですか? 京様は以前、行き倒れていた私を拾い、救ってくださいました。同じように、私もまた、誰かを助けたいのです。ことに、私の」
言いながら、アンは自分の左手を右手で包むようにする。
「この力が、必要なのであれば」
「…………」
しばしの沈黙。やがて、京が言った。
「……いいわ。やって見なさい、アン」
「ありがとうございます」
主の許しを受け、一礼するアン。事態が進展したのを見て、ブラウが口を開いた。
「では、これから火波家に行ってくれ。俺の予想では、そろそろ母親の方が異変を感知するはずだ。俺はまだ、行くところがある」
言って、ブラウは情報屋を後にする。が、立ち去り際、物言いたげな紅に向けてこう告げた。
「邪魔をした代わりではないが、一つ教えておこう」
「何ですか?」
「虎頭 ハヅル、と言ったか? あの男が戦ったのは、恐らくだが、お前に縁のあるものだな」
「え?」
どういうことですか、と問おうとしたその時には、ブラウの姿は既にパタン、と閉じられた扉の向こうに消えていた。
474
:
スゴロク
:2012/12/22(土) 21:33:42
時同じくして、白波家。
ようやく調子を取り戻したランカは、アカネ、アズール、マナ、そして新しく加わったミレイと共にテーブルを囲んでいた。
「調子はよさそうね、ランカ」
「うん。まだちょっとだるいけど、大丈夫だよ」
「マスター、無理はせんとってください」
「アズールの言うとおり。体が弱いんだから、ただでさえ」
「あはは、ありがとう二人とも。無理はしないから」
言いつつ、ランカはアズールの隣に座る少女・ミレイに目を向ける。
「あなたがミレイちゃん? アズールから聞いたよ。私はブランカ、よろしくね」
「……よろしく」
おずおずと頭を下げるミレイ。まだ新しい環境に慣れていないのがありありとわかったが、ランカはだからこそにこやかに接する。
「ん、ありがとう」
アズールを加えてしばし盛り上がったが、ふと、マナの呟いた言葉がその場に沈黙を降ろした。
「……大丈夫かしら、スザク」
「…………」
ランカや琴音、アオイ、トキコがそうであるように、マナもまた、スザクを案じていた。
「私が探った時も、スザクの心がつかめなかった……闇ばかり……」
「や、やっぱり、スザクさんはもう……」
「アズールッ!! それ以上はダメ!!」
珍しくアズールを怒鳴りつけるランカ。反動でせき込み、席を立ったアカネに背をさすられながらも言葉を切らない。
「ぅ、ぅっ、えはっ、けほ……っ、綾ちゃんは死んでなんかない、死んでなんかいな、いよ! 絶対、帰ってくる、んだから……」
「す、みません、マスター……」
恐縮して小さくなるアズール。目を丸くするミレイをよそに、マナが言う。
「昨日少し見たけど、琴音さんの存在が大きすぎて……」
「的を得ているな、その指摘は」
『!?』
突然家の中に声が響いた。見ると、玄関にいつのまにか男が立っていた。その姿を、マナは二度、見たことがあった。
「ブラウ=デュンケル……!? なぜ、ここに……」
「無論、お前の話していた件についてだ、今な」
いぶかしげな視線を向けつつも、マナは違和感を拭いきれないでいた。否、これは違和感というより、共感に近かった。
確かに、この男をどこかで見たような記憶があるのだ。
だが、それに意識を向ける余裕もなく、ブラウは言う。
「ブランカ・白波、そしてマナ……夜波 マナ。お前達の手を借りたい」
「わ、私達?」
「なぜ?」
一言だけの問いに、ブラウはやはり平静に返す。
「火波 スザクを呼び起す。そのために、お前達の力が必要だ」
そして、ブラウが語った事実……スザクの精神が、あとわずかな時間で消えてしまう、という事実を聞き、ランカはショックのあまり気を失いかけ、アズールとミレイが大慌てで支え、気を落ち着かせていた。一方のマナも衝撃を受けていたが、それでも何とかパニックに陥るのだけは堪え、さらに問いを重ねた。
「……それで、私達に何をさせたいの」
「火波の家に行ってもらう。後で、そこで説明する。俺はこの後、もう一人、二人、呼ぶべき相手がいる」
「……シュロ?」
その問いに、ブラウは小さく首を振った。
「彼女の許には、既に別の者を向かわせている。俺は、スザクに縁の深いもう二人を呼びに行く」
それで勘付いた。恐らくトキコとシスイのことだ。
ブラウは室内の時計をちらりと見て言った。
「15時か。彼らが来るかはわからんが……ともかく、向かってくれ。時間はもう残されていない」
暗躍のブラウ=デュンケル
(朱雀を再び羽ばたかせる)
(そのために飛び回る、男)
(その真意は――――)
「これは俺の……そして彼の、切実な願いだ」
えて子さんより「音早 紅」クラベスさんより「アン・ロッカー」(六x・)さんより「アズール」、名前のみえて子さんより「アーサー・S・ロージングレイヴ」しらにゅいさんより「トキコ」akiyakanさんより「都シスイ」をそれぞれお借りしました。
絡んでくださるならありがたいです。
475
:
しらにゅい
:2012/12/23(日) 14:27:24
「…はぁー…」
「珍しいね、トッキーがため息つくなんて。せっかくのクレープもまずくなっちゃうよ?」
「…んー、そだねぇ。」
「今日でもう十五回だよ、それ。」
「え、そんなについてた…?」
「ついてたついてた、学校でもずっとそうだったじゃん。」
「やだなー、ため息付くと幸せ逃げちゃうし…」
「…スザク、…いえ、彼女のお母さんのこと?」
「!わ、駄目駄目ウミちゃん!心の中、見ちゃ駄目!!」
「見ちゃ駄目も何も、トッキーいっつも垂れ流しじゃん!あはは。」
「うー…」
「銀角の事もあるから、誰にも言わないわ。」
「ウミちゃん…!」
「私達、三人だけの秘密!ね?」
「エミちゃん!」
”…まぁ、そもそもスザクの中身が入れ替わってるっていうのは、前から知ってたけどね。”
”エミ、”
”分かってるよ、シーッ!”
「…それで、いつ戻るのかなーって不安になってたの?」
「うん。」
「大丈夫だって!そういうのは案外、いつかは戻るものだよ。あむっ」
「でも、そのいつかっていつなのかな?…ずっとこのままっていうのはやだよ私。
だって、私が殺したいのは鳥さんであって、鳥さんのお母さんじゃない。」
「まぁ、ホウオウグループとして考えれば、鳥さんは厄介な存在だったし、このままならこっちは万々歳なんだけどねー」
「う、それはそうだけど…でも!私は鳥さんを殺したいのであって、それはとーっても大事な約束でしてね!?」
「わー!トッキー、どうどう!ドリンク零れちゃう!!もー分かってるってそれは!」
「ふー!」
「……ねぇ、」
「ん?」
「どうして、彼女は戻らないのかしら?」
「?…どうして、って…また、ヒッキーしてるからじゃないの?僕はあいつに勝てなかったんだーって。」
「違う。火波スザクが戻らないのは何者かに襲撃を受けて、致命傷を負って死にかけていたから、なんとか命を繋ぐ為に火波琴音がその仲介に入った。」
「…つまり、鳥さんは重傷のままでまだ眠ってて、その身体の主導権は今はお母さんにあるって事?ウミ。」
「ええ。」
「眠り姫の鳥さん、かぁ…。…ん?待って、じゃあ鳥さんは今どこにいるの?」
「今どこにいるの、じゃなくて、今どこに避難してるの、じゃないかな。」
「え?…待って、何?エミちゃん、その言いっぷり。それじゃあ、まるで…」
「…気が付いた?トキコ。」
「…っ!」
476
:
しらにゅい
:2012/12/23(日) 14:28:00
”…ウミが火波スザクを見ても、彼女の声も心も、すべて火波琴音のものだった。”
”死にかけている人間が生命維持装置も無しに生き続けることは出来ない。
つまり、未だに火波スザクは火波琴音という維持装置を付けながら、あの体で生きている。”
”でも、火波琴音という存在があまりにも大きすぎて、逆に命を吸い取られている状態にある。”
”つまり、火波スザクは、今…”
”火波琴音によって助けられているのではなく、その存在を乗っ取られつつある。”
”…火波スザクが目覚めない限り、それは時間の問題ね。エミ。”
”そうだね、…それに気付いたトッキーはどうするんだろう。”
「…鳥さん、消えちゃうのかな…もしかして。」
「可能性は、なくもないね。」
「………」
「…やだ、鳥さん消えたらやだ!私、楽しくない!でも、私精神とかそういうのに干渉出来る能力者じゃないし…」
「…仮にホウオウグループにそういった能力者がいたとしても、敵を助ける理由がないものね。」
「……どうしよ…」
「じゅー……あ、お見舞いに行けばいいんじゃない?」
「え?」
”…エミ、”
”いいじゃんいいじゃん、火波スザクがいるからトッキーは勝手しないで存在してるでしょ?
それに、火波スザクの性格から考えれば、いずれまたその襲撃犯とぶつかってくれる…こっちの手をかけずに邪魔を排除してくれるなら、お得じゃない?”
”………”
「お見舞いって、でも鳥さんのお母さんピンピンしてるよ?」
「違う違う、鳥さんのお母さんじゃなくて、鳥さんに声をかけるの。」
「…?」
「ねぇ、知ってる?医療の現場では、時々不可思議な現象が起こるんだよ。
助かる見込みがゼロで、ただ安楽死を待つだけだった患者が、ある日突然目覚めるっていう話。
医者は何もしてないのだけど、患者の家族が毎日お見舞いにきて、何度も何度も話しかけてたんだって。」
「………」
「…するのとしないとじゃ、結果が違うわ。本当にトキコの声は、火波スザクに届かないのかしら?…彼女は、貴方の事が好きなのに。」
「!…わ、わたしいってくる!!あ、お、お会計また明日ね!!」
「はーい、いってらっしゃーい。」
「いってらっしゃい。」
「「………」」
”ウミもいい事言うね。”
”エミの提案に、乗っただけよ。”
双子とトーキングinスノーエンジェル
「お見舞いの話」
477
:
しらにゅい
:2012/12/23(日) 14:30:17
>>475-476
お借りしたのはエミ、ウミ(鶯色さん)、名前のみ火波 スザク、火波 琴音(スゴロクさん)
お借りしました!こちらからはトキコです。
スザク姐さん戻ってきてー!という思いを込めて書かせて頂きました!
たぶんこの後にブラウさんと合流したらちょうどいいですかね?
絡む割には直接絡んでませんが…これからおうちに向かいます!><
スザク姐さん、戻ってくるんだー!
478
:
akiyakan
:2012/12/24(月) 16:52:22
スゴロクさん、現在フラグ回収中ですが、諸事情から私の投稿は26日以降になります。もう少し待ってください(汗)
479
:
スゴロク
:2012/12/24(月) 19:26:52
>akiyakanさん
む、わかりました。何と言ってもリアルの事情が一番優先ですからね。
どうか、ご無理はなさらずお願いします。
480
:
十字メシア
:2012/12/26(水) 15:51:50
「は〜あ、今日も疲れたなあ」
「…………」
「大丈夫か幽花。お前体弱いんだし…今日だって、体育途中で休んだろ?」
「…………」
「…んー、まあ、あまり無理すんなよ」
影法師の映る夕刻。
土手の下の道を歩いている遊利と幽花は今、下校の最中だった。
「…………」
「…………」
「…………」
(…デジャヴか? コレ)
またしても妙な空気が流れ出す。
と、幽花の足取りから、軽やかさが徐々に消えてきた。
「幽花?」
「…………」
「…やっぱり、疲れてんじゃん。ほら、土手に上がって休もうぜ」
「…………」
「嫌って…倒れたら大変だろ? な?」
「…………」
渋々、遊利の手を取って、土手に上がる幽花。
上がった二人はそのまま座り込んだ。
「川がオレンジ色になってる…綺麗だな。カメラ持ってくれば良かったー」
「…………」
「ん? どした?」
「…………」
視線を前に戻す幽花。
そんな反応に、遊利は慣れっこの様に苦笑した。
「そういや昼間、急に雨が降りだしてちょっと焦ったぜ。傘持ってきてなかったし…帰りに晴れて良かった」
「…………」
「あーそうそう。シスイとアッシュ、ミユカのイタズラに引っ掛かってたな! アレは笑ったぜー」
「…………」
「後なー、休み時間に紀伊達とババ抜きやってたんだけどさ、灰音が手強いのなんの! アイツ、ホント表情変わらないからさ〜」
「…………」
幽花の口からは声すらも出ない。
それでも、遊利は学校であった事を話し続けた。
楽しげに、幸せそうな顔で。
例え言葉一つ返って来なくとも。
幽花が隣にいて聞いてくれている(かは分からないが)事。
遊利はそれだけで嬉しかった。
「…そろそろ、行くか。気付いたら、さっきより暗くなってきたしな」
立ち上がって土手を滑り降りる遊利。
だが幽花は降りようともせず、その場から動かない。
「? 幽花?」
「…………」
「まだしんどいのか? でももう行かないと、皆が心配するぜ?」
「…………」
「なんなら、背負ってやるけど…」
「……………………………遊利」
「へっ?」
突然名前を呼ばれ、素っ頓狂な声を上げる遊利。
「…………………何で……」
「?」
「…………何で………嫌いにならない?」
「ならない…って?」
「……………私を…………不思議」
「あーなるほどな…そりゃあ――」
「大好きだからに決まってんじゃん」
「…………」
「…俺、両想いになりたいとか、そこまでは考えてないんだよな。……まあ、お前があまりにも冷たいからだけど…」
「…………」
「でも、でもさ。お前の事大好きだから…大好きなお前の笑顔が見たいんだ」
「…………」
「だから、笑ってほしくて…いつも花束贈ってるんだ、俺………けど、お前ってば全然、受け取ってくれないから参ったよ」
「…………」
「……なあ幽花。お前は…どうしたら笑ってくれるんだ?」
「…………」
「……なんてな。別に答えが返ってくるとは思ってねーよ。…帰るか?」
「…………」
おもむろに立ち上がり、土手から降りる幽花。
顔は、相変わらず「無」のままだった。
「またしんどくなったら背負ってやるから、安心しろ!」
「…………」
「いでででで!? な、何も耳引っ張る事無いだろ〜…」
愛する者と、愛される者
482
:
名無しさん
:2012/12/26(水) 23:26:20
「…………」
放課後の、いかのせのごれ高校、屋上。柵に寄り掛かるようにして、そこにシスイの姿はあった。
「…………」
呆、と彼は夕焼けの空を眺めている。心、ここに非ずと言ったところか。まるでここにある身体は抜け殻で、魂だけが外に出て遊んでしまっているかのようだ。
「……スザク……お前が眠っちまってから、一体どれ位経っただろうな……」
ぽつりと、シスイは呟く。その声にも、覇気が無い。まるでただ、口から零れ出て来ただけのようだ。
「……お前、何時になったら帰って来るんだ……?」
「――どうだろうね。もしかしたら、このまま帰って来ないのかもよ、彼女」
「ッ――!?」
シスイの瞳に、魂が宿る。彼は立ち上がると、声のした方へと身構えた。
「アッシュ……!」
「そう固くならないでよ、兄さん。別に僕は、兄さんとやり合おうと思ってここに来た訳じゃないし」
にこやかな笑みを浮かべながら、アッシュは屋上へと踏み込んできた。その様子に一切の邪気は感じられないが、仮面で自分を偽るのはこの男の十八番だ。あの笑みの下に、殺人者の顔が隠れているとも限らない。シスイは、アッシュの動作に油断無く備えていた。
「……どう言う意味だ? って言うか、何でお前がそれを知っている……?」
「……兄さんもトキコちゃんも、僕の事ちょっと舐め過ぎてない? そりゃあ、兄さんの模造品なんだから、そう思われても仕方ないけど……でもさ、あんなに中身が違っていたら、それ位の違和感には気付くよ」
「…………」
「……カチナシに火波スザクが敗れた……その情報は、僕の耳にだって入ってくる。その後に起きた、火波スザクの言動の変化……頭をやられたね、彼女? おそらく今の火波スザクは記憶喪失にかかっているか、或いは今まで出ていた人格以外の人物が表に出てきている……ってところかな」
正解ではない。だが、それでも限りなく正解に近い部分にまでアッシュは迫っていた。手持ちの材料だけでここまで見抜いた彼の力量に、シスイは思わず舌を巻いた。流石に、彼はスザクの中にいるのが彼女の母親の魂である、と言うところまでは分からなかったようだが、それでもここまで分かっただけで大したものだ。
「人の心は鋼の様に強いが、しかし矛盾した事に風でも吹けば折れてしまう位に脆い……案外とっくに、それまでの火波スザクは上書きされちゃってるんじゃないかな?」
「そんな訳無いだろ! あいつは、スザクは――」
帰ってくる。そう言い掛けて、シスイは言葉に出来なかった。
絶対に戻ってくるなど、一体誰に言い切れる? 一体、誰に保障出来る? 今起きているのは目で見て、はっきりと分かる事象ではないと言うのに。
「眠り姫を起こすのはいつだって王子様のキスだけど……くくく、本当にそんな事で目を覚ます訳がないだろう?」
「――そうだな、あいつはお姫様なんてガラじゃねぇ」
「!」
シスイの声に、アッシュはハッとしたように顔を向けた。シスイは、真っ直ぐにアッシュを見ていた。
「キスで目を覚ますとか、そんなの似合う訳ねぇだろ、あいつに……だったらやる事は一つだ。スイネの時みたいに、呼びかける。海の底に沈んでるなら、そこまで潜ってって救い上げる。寝惚けてるなら、ほっぺた叩いてでも起こす!」
「…………」
「はははは……そうだよ、そうじゃねぇか……琴音さんにまかせっきりで、俺達何やってたんだよ……」
琴音にスザクを委ねるばかりで、果たして自分達は何をしてきただろうか。否、何もしてはいない、何もやってはいない。スザクの仲間を自称していながら、自分は、彼女の為に何もしてやっていない――!
「ダチが目を覚まさないって言うのなら、その手を握って呼びかけてやるのが、普通じゃねぇか!」
「……そうだ、その通りだ」
今までと違う、第三者の声。その声に、シスイとアッシュは顔を向けた。一体何時からそこにいたのか、薄い青色の瞳で、こちらを見つめている長身の男がいた。
483
:
akiyakan
:2012/12/26(水) 23:27:17
「あんたは……確か、ブラウ=デュンケル……」
「火波スザクの意識を呼び戻す。その為に、君の力が必要だ……協力してくれるか、都シスイ?」
「ああ、言われなくても!」
それを聞くと、話は早い、とばかりにブラウはアッシュの方を向いた。その視線の意図を察した様に、アッシュは肩を竦めつつ道を開ける。
「……うまくいけばいいね、兄さん」
屋上を出ていく、擦れ違い様。アッシュがそう漏らした。シスイは彼の方を振り返ったが、すぐに彼は階段を降りて行った。
一人、屋上に残されたアッシュ。その横顔は夕焼けによって赤く染まり、もう片側は昏い影になっている。
にぃ、とその口元が弧を描いた。
「やれやれ、ようやくお目覚めか……これでようやく、サシでやり合えるな……火波スザク」
<恋敵の目覚めを望む銀角>
(駒の数は対等でなければ、ゲームは評価されない)
(とっとと起きろよ、火波スザク)
(まだ寝惚けてるようなら、僕がかましてやってもいいんだぜ。お目覚めのキスをさ)
※スゴロクさんより、「ブラウ=デュンケル」をお借りしました。
※お待たせいたしました! フラグ回収です!
484
:
akiyakan
:2012/12/26(水) 23:27:58
※しらにゅいさんより、「タマモ」をお借りしました。
「〜♪ 〜♪」
「これこれ、おりん。そんなにはしゃぐでないぞ」
パタパタと走り回る「りん」をタマモが窘める。次の瞬間、ぽてん、と「りん」が倒れた。
「ああ、言わん事ではない……」
タマモが駆け寄り、「りん」を立たせてやる。結構、豪快に倒れたように見えたが、「りん」はさほど痛がる様子でもなく、涙も見せずに「にはっ」と自分を抱き起したタマモに笑って見せた。
「全く、そなたは本当によく笑うの」
言って、タマモも微笑む。それから、今度は転ばない様にと、タマモは「りん」の手を取り歩き出した。
「りん」が秋山家にやって来てから、数日が経過した。
どこかの家の子だろう、と言う事で警察の方で調べてくれていたが、不思議な事にそれらしい子供は全く見つからなかった。戸籍を調べて貰っても、「りん」に該当する子供がいなかったのだ。
一度、「りん」に直接住んでいる場所まで連れて行って貰った。ところが、そこは既に主を失った住居の廃墟であり、とても人の住めるような場所ではなかった。その時は結局、「りん」が道を忘れてしまった、と言う事で解釈されたのだった。
「お主の母も父も、今頃お主がいなくて心配しているじゃろうて……困ったのぅ」
「りん」の頭を撫でながら、苦笑を浮かべながらタマモは言う。彼女の言っている言葉の意味が分かっているのかいないのか、「りん」は首を傾げるばかりだ。
「……まぁ、こればかりは仕方が無いのぉ……妾がもう少し高位の狐であったなら、それこそ『こっくりさん』でお主の家を探してやる事くらい、造作も無いのじゃが……」
「?」
「妾は狐が化けて出ただけの妖怪じゃ。きちんと修行した仙狐や天狐なら、色々な事が出来るんじゃがの……妾に出来る事と言えば、毒を扱う事ばかりじゃ」
「役に立てなくてすまんの」と、タマモは申し訳無さそうな顔を浮かべた。すると、彼女の感情を察したように、「りん」はタマモの着物を引っ張った。
「? おりん?」
「りん」はタマモの目の前で、両手を振ったり、くるくると回ったりと、へんてこな踊りを始めた。一体何がしたいのかと、最初呆気にとられていたが、やがて彼女の意図に気付き、タマモはふっと笑った。
「すまんの、おりん。お主に励まされるとは、妾もまだまだのようじゃ……」
「りん」の手を握ると、彼女は「にはっ」と笑った。
「まったく、お主はよく笑うの……まるで、それしか表情が無いのではないかと、たまに心配になるぞ……おや?」
その時タマモは、あるものが目に留まった。
道端に立つ、一目で「それ」と分かる者。傘を真深く被り、黒色の着物を纏い、片手に鈴を、片手に鉢を持って佇んでいる。纏う雰囲気が違う。それが立つ、その周囲のみ、まるで世俗から切り離されているかのようにすら、錯覚する。
「今時珍しいの、托鉢僧とは……ほれ、おりん。ちょっと待っておれ」
そう言って「りん」をその場に待たせると、タマモは托鉢僧に近付いた。僧侶はタマモに気付いて小さく会釈する。傘を深く被っている為にどんな顔をしているか分からないが、しかし肌の瑞々しさなどから、まだ若い僧侶である事が伺えた。
「……これはこれは。こんな街中で、かような貴人とお会い出来るとは」
「おやおや、坊主の癖に軟派かの? 腰が軽いのぉ、そんなんでは悟りなぞ、満足に出来んぞ」
「心配なさらずとも、この身に仏性は宿っております……後は、それに気付くのみ」
「ふふふ、流石お坊さんじゃの。上手なお説教だ」
僧侶の鉢の中に、タマモは千円札を数枚入れた。ちりん、と僧侶は鈴を鳴らし、再び会釈する。
485
:
akiyakan
:2012/12/26(水) 23:28:29
「――時に、婦人」
タマモが「りん」の下へ戻ろうとした時、僧侶が呼び止めた。
「何かの? お布施が少なかったか?」
「いえ、お布施はむしろ多いくらいです……一つ、お尋ねしたい事があります」
「何かの」
「この――世界について、貴女はどう思っていますか」
「…………」
タマモは振り返り、僧侶の方を見た。相変わらず、傘のせいでどんな顔をしているのか伺えない。だが、言葉に込められた感情。それはタマモの鼻でも嗅ぎ取る事が出来た。
「妾は……良い、と思うぞ」
「ほう……それはどうして?」
「……好きである事に、理由など要るのかの?」
「そうですね……それは、一理ある……失敬、ありがとうございました」
「うむ」
タマモは僧侶に背を向け、「りん」の元へと歩いて行く。その中で、彼女は僧侶から感じ取ったものについて考えていた。
(〝嘆き〟と……〝悲哀〟、かの。もしやあの坊主、世を憂いて仏門に下ったクチかもしれぬな……ふむ。やはり、珍しいのお)
末法と呼ばれて等しく、崇拝対象が科学へと移って等しい現代であるが、それでも人は神や仏への信仰を忘れられない、と言う事なのだろうか。
――それとも、再び神仏に縋らなければいけないくらいに、今の社会は嘆くものなのだろうか。
「……そんなに捨てたものではないと、妾は思うがの……」
確かに、今の社会は様々な問題を抱えている。嘆きたくなるのも分かるが、しかし、悲観するほどでもないとタマモは思う。
「世界がおかしくなれば、それを正す者が現れるのも摂理……その内、よくなっていくじゃろう」
能天気と言われればそれまでだが、しかし悲嘆するにはまだ早いと、タマモは呟いた。
「……大体世界は、何時滅びたって構わないのだ」
大事なのは、その「何時死んでもいい」「何時滅びてもいい」、心構え。常に目の前の事に全力で当たれるか否か。己が生を常に全うしているか否か、それなのだ。
(だが――)
ちら、とタマモは「りん」に視線を向ける。彼女の視線に気付き、「りん」は不思議そうに首を傾げた。
「お主と過ごす日々が、もう少し続いてほしい、などと、妾は願ってしまっているな」
否、「りん」ばかりではない。彼女の主たる春美しかり、百物語の仲間達しかり。まだ別れるには惜しい者達が、彼女にはたくさんいる。
「……うむ。もう少しばかり、世界は続いていて欲しいの」
<〝おりん〟と散歩>
(それは、誰もが心のどこかで願っている、)
(ささやかな、)
(願い)
486
:
スゴロク
:2012/12/27(木) 01:14:52
しらにゅいさん、akiyakanさん、回収ありがとうございますー!
それでは、こちらも行ってみます。
――――ふと我に返ると、僕は真っ暗闇の中にいた。
尋常なものではないのはわかった。なぜって、僕自身の姿は驚くほどはっきりと確認できたからだ。
それにしても、僕はどうしてこんなところに?
「………えーと」
記憶を辿ってみる。……思い出した。あの時、ストラウル跡地で戦って……。
「……そっか。僕、死んじゃったのか」
不思議と、恐怖も動揺もなかった。あるのはただ、静かな諦観の気持ち。
やりたいことも、やるべきことも、たくさんあった。なのに、何一つとして果たせないままこんなところにいる。
だけど、それはもう仕方がないじゃないか?
投げ出したかったわけでも、逃げたかったわけでもない。ただ、ほんの少し、ツキがなかっただけのことだ。
「……そういえば」
そこまで考えて、やっと気づいた。――――何で僕は存在しているんだ?
何かの本で読んだけど、死んでから後のことを記憶するのは不可能らしい。臨死体験とかは、大半が記憶や知識に依存する錯覚だっていうし。なら、この僕はいったい何なんだ?
少なくとも僕は、自分が火波 スザクだっていう認識を持っている。けど、それが真実だと誰が言える? というか、今ここに誰かいるのか? それ以前にここはどこなんだ?
「……あの世、にしては殺風景だよなぁ」
天国では絶対にない。それは確かだ。だからと言って地獄かと言われると、これもNOだ。だって、何の気配も感じない。
それなら、ここは一体?
「!」
ふと、視界の端に何かが映った。そちらに目線を向けると、なぜか街灯が一つ、ぽつんと立っていた。
そして、その下に置かれた古めかしいベンチの上に、見たことのない男の人が一人、座っていた。
顔も背格好も、全く見覚えがない。だけど僕は、その人が誰なのか、心のどこかで知っていた。
ごく自然に歩み寄り、少し間をおいて座る。
「やれやれ……やっぱり来てしまったのか、綾音」
「見ての通り、だよ」
桜色の混じった黒髪が印象的なその人は、苦笑しつつ僕に言った。
「あまり早く来ない方がいいんだがな、ここは」
「仕方ないだろ? 僕も来たかったわけじゃないんだ」
肩をすくめていうと、その人から表情が消えた。
「……いや、すまない。確かにそうだな」
「……いいよ。もう、仕方がないんだ」
この人がいるっていうことは、どうやら僕は本当に死んでしまったらしい。未練がないわけではない、というかありまくりだけど、それでどうにかなる状態ではない、ということが本能的にわかっていた。
だから僕は、現状に対して無意味に抗うのは最初から諦めていた。
「……聞かせてくれるか? 今まで、どうして来たのか」
微かな笑みを浮かべ、その人は言った。
「うん」
そして、僕は口を開いた。
「あのね、父さん」
487
:
スゴロク
:2012/12/27(木) 01:15:24
ブラウの招集に応えて集まった面子で、その夜の火波家は騒然としていた。
アン・ロッカー。
ブランカ・白波。
アズール。
夜波 マナ。
トキコ。
都 シスイ。
シュロ。
そして、未だ頭に包帯を巻いたままの水波 ゲンブ。
「大さん、目が覚めたんだね」
「心配しましたよ、兄貴」
「ああ、すまない。だが、今は俺の事を話している時ではない」
不意に目を覚ましたこと以外ははっきりしていないゲンブの覚醒だが、彼の言うとおり、今はそんなことを論じている状況ではない。
ブラウから事の次第を告げられたアオイと琴音は、想像以上に深刻だった事態を理解して愕然としていた。
「姉様が……姉様が、消えてしまう……!?」
「……確かなの?」
硬い表情で琴音が問うと、ブラウは「ああ」と一言答えた。
「来る途中で前後の状況を聞いたが、それで大方の説明がついた。器なき魂だった貴女の存在が、肉体を得たことでそこに定着しつつある。恐らくだが、貴女はこの頃、その状態に対して違和感を覚えなくなって来ていたはずだ」
「た、確かにそうだけど」
「それは、肉体と精神が融和しつつある証だ。だが、知っての通り、その体の主は他にいる」
「ええ、そのために俺達が呼ばれたんです」
力強く頷いたのはシスイだ。その隣ではトキコが、顔面蒼白ながらもしっかりとした姿勢で立っている。
「それで、ブラウさん……私達、具体的には何をすればいいの?」
問いかけたランカに対し、ブラウはゆっくりと歩きながら言う。
「火波 スザクの精神は現在、肉体から8割以上遊離しかかっている。予想以上に進行が早い。このままでは明日の朝までもたん」
「な!?」
いきなりタイムリミットが切られたことに狼狽する一同に、ブラウはさらに続ける。
「そこで、まず火波 琴音に眠ってもらい、肉体を介してスザクの精神に呼びかけるのだ。繋がりの深い面子を集めたのはこれが理由だ」
「やっぱり、そうか……」
「私もそんなこと言われたし……」
シスイとトキコにちらりと目線を投げ、なおも続ける。
「これが本人に届くか、届いたところで聞いてくれるかはわからん。わからんが、何もしないよりは大いに可能性がある」
「……上手く行った場合、その後は?」
「アン・ロッカーの出番だ。上手く行けば、スザクの精神が活性化する。その時、アンの力を使い、肉体と火波 琴音の精神体の繋がり里を解除する。これが間に合えば、空の肉体に精神が引っ張られ、スザクはまた戻ってくる」
488
:
スゴロク
:2012/12/27(木) 01:16:01
ここに来てようやくプランの全体像が明かされた。やるべきことを見つけた一同は俄然、表情に力が戻り、騒然とし始める。
が、
「…………」
ただ一人、アオイだけが、浮かない顔をしていた。琴音が見咎め、話しかける。
「……どうしたの、アオイ」
「…………母様」
その一言だけで、彼女の懸念を読み取った琴音は、
「……ていっ」
「はゅっ!?」
デコぴんを一発、喰らわせていた。
「それは、気にしても遅いことよ」
「で、ですが」
「あなたはスザクが大切なんでしょ? なら、今すべきことはわかっているはずね?」
「……はい」
沈んでいる妹娘から視線を切り、琴音は一同に向き直る。
「もう機会もないと思うから、今言うわね」
『?』
「……ありがとう、みんな。スザクのために、ここまで来てくれて」
思いがけない言葉に、一瞬顔を見合わせた後、それぞれに言葉を返す。
「この力が役に立つのであれば、否やはありません」
「綾ちゃんは、私の一番の友達だから。だから、絶対いなくなって欲しくないから」
「ウチにとっても、スザクさんは他人と違いますさかい」
「スザクは恩人、私にとって。見捨てるなんて、ありえない」
「鳥さんが、ね。私のこと、好きって言ってくれたんだよ? なのにまだ、何も始めてない……だから」
「あいつは俺にとっても戦友だ。何度も助けられた……今度は、俺があいつに手を貸す番だ」
「姉貴には、命を助けられた恩があるんだ。だったら今が、それを返すときなんだ」
「ラボ以来の付き合いだからな……名誉挽回のためにも、ここで気張らなければな」
そして、そもそもの発起人が口を開く。
「……そろそろいいだろうか? 時間がない。すぐに始めよう」
「……わかったわ。それで、私はどうすればいいの?」
「眠ってくれればいい。とはいえ、すぐには無理だな……」
「では、わたくしがやりましょう」
進み出たのはアオイだ。彼女の能力もまた、姉と同じく「龍義真精・偽」だが、一つ違う点がある。アオイは決め技の「龍精落」が使えない代わり、対象の認識を操作する「龍覗眼」をその眼に宿している。これを応用すれば、人ひとり眠らせるくらいは出来る。
「では、すぐに頼む。……ソファーがあるな、そこがいいだろう」
否やを言う暇もなく、火波母娘はすぐさまその通りに行動した。琴音がソファーに身を預けた直後、アオイが視線を合わせて能力を発動。何を言う間もなく、琴音の意識は闇に落ちた。
「よし……では、始めよう。一人ずつ頼む」
生と死のコントラスト
(死を受け入れる少女)
(生を求める者達)
(結末は、如何に)
しらにゅいさんより「トキコ」akiyakanさんより「都シスイ」クラベスさんより「アン・ロッカー」(六x・)さんより「アズール」をお借りしました。……実は琴音さんのこの後については2パターン考えてまして、まだ未定です。
489
:
紅麗
:2012/12/28(金) 02:16:42
こんばんは、紅麗です。
亀さんもびっくり超スローペースではございますが、ユウイ中心で連載を書いていってみたい、と思ったので投下させていただきました。
彼女の能力、ナイトメアアナボリズムについて書けていけたらいいなぁと思いますっ。
時系列としては「ずっといっしょ系列」より後のお話になります。
お借りしたのはサトさんより「ファスネイ・アイズ」akiyakanさんより「コロネ」鶯色さんより「アズマ ミキヒサ」
名前のみしらにゅいさんより「トキコ」スゴロクさんより「火波 アオイ」でした!ありがとうございました。
自宅からは「榛名 有依」名前のみ「アザミ」「高嶺 利央兎」です。
―――たまに、
―――たまに、夢を見る。
いいや、あれを夢と呼んでもいいものなのか……。
眠ってはいないのに、いないはずなのに、
そこは、上も下も、右も左も、前も後ろも真っ白な世界で。まるで自分が宙に浮いているような感覚に囚われるんだ。
そんな世界で、暫くすると、何か小さな文字のようなものが浮き上がってくる。
それらはぽつ、ぽつ、ゆっくりと降ってくる雨のようで。
「え?」という声をあげているうちに…なんて、本当は声も出せなかったのだけれど。
辺りは文字、アタシがこの世で一番と言っていいほどに嫌いな文字で埋め尽くされる。
ほんの数秒、数分前まで真っ白だったこの世界は、黒の文字で暗黒の世界へと姿を変えた。
そんなことを思うのも束の間、今度は白い文字が螺旋を作り始める――。
一瞬見えたのは、―――あぁ…、「あの時」解けずじまいだった、「あの問題」?
眩暈がする。頭が、割れそうだ――。
「榛名ー!」
声がする。自分の名字を呼んでいる?
そうだ、今、アタシは何をしていたんだ?座ってる、椅子、木の机、黒板。アズマ先生。
(ッ! 数学!!)
「榛名、この問題解いてみてくれ。ちょっと難しいけど…」
「え、あ……5です」
「おぉ、正解。…早いな。よくわかったなー」
基礎中の基礎ができなかったはずのユウイが突然難問をすらりと解けるようになったからか、周りからは感嘆の声が上がる。
ユウイはほっと胸を撫で下ろした。どうやら、意識が飛んでいた時間は大して長くはなかったようだ。
「ユウイさん、…大丈夫?」
「あっ…だ、大丈夫!ごめんな」
しかし隣に座っているスイネにはあたふたとしている様子が丸わかりだったらしく、こそっと声をかけられた。
あまり話したことのない相手だったため、少しどもってしまう。恥ずかしい。
(―――ん?)
……あれ?ちょっと待て、アタシ…あれ、え?
こんな答え、こんな計算、いつ、書いた…?
どうも、ここ最近調子がおかしい…。
休み時間、ユウイは眉間に皺を寄せ難しい顔をしながら廊下を歩いていた。
気が付いたらスゥッと意識が飛ぶのだ。しかし、それで地面に倒れたりだとか、保健室に運ばれたりだとかしたことはない。
「それ」は決まって数学の勉強をしている時に起こる。ペンを持ち、問題を解こう!と思った瞬間だ。
酷いときには看板に書いてある数字を見たとき、時計なんて見たときには数字がそこらじゅうを飛び回っていた。
おかげで、授業に集中するどころじゃない。病院に相談に行った方が良いのだろうか。
ただ、不思議で不可解なのは、意識が戻った後解いていた問題を見てみると、答えが全てずらりと書いてあることだ。
「アタシ、ほんっとうにそろそろやばいんじゃあ…」
「ね、ねぇ、キミ!」
490
:
紅麗
:2012/12/28(金) 02:17:46
突然、後ろから声をかけられた。その声は何故だか少し慌てているようで。
疑問符を浮かべながら振り返ると、そこには亜麻色の髪を肩口で切り揃えた、小柄な少女がいた。
あっ、とユウイは声を上げた。昼休み、リオトやトキコ、アオイに会いに行くときによく目にする少女であったからだ。
「えっと…コロネさん?」
「そうそうっ、嬉しいなぁ。名前、覚えててくれたんだ!…って今はそれどころじゃなくて、あの、大丈夫?!」
「へっ」
思わずキョトン顔で固まってしまった。
「あのね、後ろから見ててなんか変だなって思ったから」
「変?」
「うん。なんだろう…オーラが違うっていうか、灰、色…?」
「なんだよそれ」
わけがわからん、とユウイは頭をかいた。正直、今自分にはそんなことを考えている余裕はない。
数字に追い詰められて気が狂いそうなのだ。できればそうっとしておいて欲しい、と心の中で思う。
「ごめんね、変なこと言って。でも、本当に大丈夫?顔色悪いよ?」
「え、うそっ、そんなに? ……なんでだろ」
「何か、あった?」
「………」
なかった、と言えば嘘になる。では、「ある」と言えば。
(ある、って言って、話したところで、馬鹿にされるだけだろうな)
一体誰が、彼女の話を信じるだろうか。周りの景色全てが数字に見える時がある。建物も、机も、椅子も、人もだ。
数学の問題を解いていたら、まだ解いていないはずなのに解けている。
そんな非現実的なことを、誰が信じるだろうか。
自分はそんな光景を今まで見てきたのだ。真面目な顔で、周りに注意を呼びかける糸目の彼。
その話を、笑い飛ばすクラスメート。
「なんでも、ないよ」
ぎゅ、っとスカートの端を握りながら、精一杯笑って見せた。
「……、なら…いいの。ごめんね!引き止めて」
「ううん、ありがとな、心配なんてしてくれて」
苦笑しながらコロネは手を振り二組の教室へと入っていく。
ユウイも手を振り返すと、一つ溜め息をついた。
彼女の言っていた「変」「灰色」とは一体なんだったのだろうか。
自分のあのことと何か関係があったのか?それならば、馬鹿にされてもいいから、「数字」が見えることについて
話すべきだったのだろうか。
「……いや、そんなわけない」
ありえない、と首を横に振る。
あぁ、もう。このままじゃ次の授業だって集中できないだろう。
どこかでサボりをキメてしまおう。確か次は――地理、担任はアザミだったはずだ。
サボり、決定。
ぞろぞろと教室に入っていく生徒達を横目に見ながら、屋上を目指した。
先客がいたらどうしよう。――まぁ、それは、その時に考えよう。
(―――「数学」はあの時を思い出すから、だから)
(…だから、数学は嫌いなんだ――)
目覚めた『能力者』
491
:
紅麗
:2012/12/29(土) 02:32:31
目覚めた『能力者』の続きになります。
お借りしたのはSAKINOさんより「カクマ」、えて子さんより「十川 若葉」でした。ありがとうございました!
自宅からは「榛名 有依」です。
とん、とんと足音を響かせながら屋上へと続く階段を上る。
そして、この先に誰もいないことを願い、ゆっくりと扉を開けた。
「やった、だれもいなーい!」
この落ちこぼれ高校のことだ。サボりの一人や二人、この屋上に来ていると思ったが。
どうやら今日は運が良かったらしい。この「屋上」という場所を数十分独り占めである。
謎の高揚感に自然と笑みが零れる。歌でも一つ歌えそうな、幸せな気持ちで屋上へと踊り出る。
ちょうど真ん中辺りまでスキップしながら辿り着くと、ふぅ、と息を吐いた。
いっそこのまま大声でも出してストレス発散でもしようかと考えたが、
どこかの教室の窓が開いていたりでもしたら大変なのでやめておく。
そして、誰もいないということをいいことに、
自分の不思議な「力」について自分の目でもう一度確認してみることにした。
すぅっと右手を前に出す。そして、手のひらに全神経を集中させる。その瞬間。
カカカッ、と何かが「三つ」地面に刺さる音。
目を開けて見てみると、そこにはシャーペンが三本。突き刺さっていた。
「これと、あの数字。関係あったりするのかな」
「何、今の」
「?!」
後ろから聞こえた低い声にユウイは目を見開き肩を跳ねらせ反射的に振り返った。
彼女の後ろにいたのは、グレーのパーカーを深く被った男子生徒。
誰もいないと思っていたのに。
「い、いつからいたんだよ?!」
「お前が来るずっと前からだよ。 ……それより今、手の辺りが光って鋭いモンが飛んだように見えたんだけどなァ」
「…あ、えっと」
床に刺さっているシャーペンを隠したくても隠せず、言い訳も出来ず、ユウイはきょろきょろと視線を泳がせた。
どうにかして、どうにかしてこの状況から抜け出さなくては。
ユウイがうろたえている間にも、パーカーの男はずんずんと近付いてくる。
このままではマズイ、彼女がそう思った、時だった。
パーカーの男が、ユウイに向かって蹴りを入れたのである。
「―――ッ?!」
自分の体に向かって、蹴りが飛んでくる。一瞬ちらりと見えた男の口元は、弧を描いていた。
(や、やだ――当たりたくない、当たりたくない!)
そう強く思うと同時にパン、と頭の中で何かが弾けるのを感じた。
全体に広がる数字の列。様々な公式。様々な記号。
男の動きが酷くゆっくりに感じられる。その男も、やがて数字の束に変わっていった。
こっちに6、そっちに4。それなら―――。
それなら、あっちに2……?
「ん?」
「ッ!」
ブゥン、と蹴りが宙を切る音がした。男の顔からも笑顔が消えた。
492
:
紅麗
:2012/12/29(土) 02:33:04
(あ、当たらなかった…!)
しかし、安心してほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、今度は正面から拳が飛んでくる。
ユウイはそれを素早く右に避け、続けて繰り出される膝蹴りも避けてみせた。
それを見て、再び男の顔に笑みが広がる。
「お前、やっぱ「一般人」じゃあねぇな?」
「っあ、あんたがどんにゃ…どんな奴か知らないけどっ、剣道部員を舐めないでほしいな…!」
彼女はおそらく「反射神経には自信がある」と言いたいのだろう。
だが彼女の動きは明らかに「普通の人間」がする動きではなかった。
例えるなら、相手の動きを先読みしているような――。
「お前も「あれ」か?」
「……「あれ」?」
「これ」
「あぁあッ?!」
突如として彼女の近くで爆発音がした。思わず両耳を塞いでしゃがみこむ。
威力は加減したようで、怪我することはなかったが…。
おそるおそる耳から手を離し、男を見上げると、左手を宙で振っていた。煙が出ている。
「っは、は――、な、何」
「死んで手に入れたんだけどさ、これ」
「死んで、って……!!」
「お、ビンゴ?」
にぃっとパーカーの男が笑い、瞳が輝いているのがわかった。
ごくり、とユウイは息を呑む。
「へへ、じゃあお前の力がどんなものか、見せ」
「コラーーーーーーー!!」
男が拳を振り上げた瞬間、屋上の扉が勢いよく開き、一人の女性が入ってきた。
赤茶色の髪を一つ結びにした女性の名前は「十川 若葉」このいかせのごれ高校の教師の一人であり、美人、として有名である。
「何かでっかい音がしたと思ったら…何してんだカクマ!ハルナ!」
「いたいっ(こいつカクマっていうんだ)」
「…(こいつハルナっつーのか)」
ぽかんぽかんと二人の頭を叩くワカバ。
ユウイは涙目になったが、カクマの方は痛みも何も感じていないらしく瞬き一つしなかった。
「ったく…さっきの音はなんだったの?」
「ハルナが放屁」
「違います爆竹です!爆竹で遊んでたんです!」
とんでもないことを言われそうだったので、咄嗟に言い訳を考えた。
だが、それは失敗だったらしい。ワカバの顔がみるみるうちに鬼のようになっていく。
「へぇー、授業サボって爆竹、ねぇ…へぇ。中学生か!!」
「いたいっ」
「…(なんで俺まで)」
「さー、二人とも。先生と少しお話しましょーかねぇ」
再び殴られた。更に、二人とも服を掴まれ強引に相談室へと引き摺られていくことになった。
「っくそ、なんで俺まで…。こういうのは飽きたっつーのに」
「なぁ、あんた…カクマだっけ?あんた、こういうの嫌じゃないのか?」
「こういうの、って?」
「だから…変な力、みたいな」
「嫌なわけねーだろ?俺は今までのただの「日常」に飽き飽きしてんだよ」
「……アタシに向かってあんなことしたのは?」
「暇つぶし」
「……」
「んだよその顔」
「二人ともぐちぐちうるさい!反省してんのか!」
「す、すみません…」
「(めんどくせー)」
「異端者」と「異能者」
(変な力手に入れて嬉しい奴もいるんだ。)
(――――変なの。)
493
:
しらにゅい
:2012/12/29(土) 12:09:48
“真”犯人は、廃頽したビルの屋上にいた。
彼女は薄いピンクのワンレングスヘアーを風に靡かせながら、セピア色の細い目で地上を見降ろしていた。
ここからでは粒程の大きさにしか見えないボサボサ髪の少女は依然、蹲って動かないままで、人型の兵器は歩みを止めずに迫ってくる。
このままでは、あの兵器に殺されてしまうだろう。だが助けるなどという慈悲深い考えは、『冷血』の異名を持つ彼女には毛頭なかった。
風ではためいた白衣の下には、HとOの重なったバックルの白いベルト。
「…駄作ね、とんだ期待外れだったわ。」
クルデーレはそう呟いて、髪を耳にかけたのであった。
----
グループ内で生物体製造、生物学的実験と研究を担当していたクルデーレは昔、とある生物兵器を製造していた。
それは、ヤマアラシをモチーフとしたもので、対象を問わず、無差別に近寄った者へ攻撃を仕掛ける生物兵器であった。
しかし、大量生産になるとどうしてもデメリットの方が多くなってしまい、最初に作った試作機の段階で開発を取り止めてしまった。
その一番初めはというと、クルデーレではない誰かが廃棄処分してしまった為、彼女の中ではそれは行方知らずにあった。
クルデーレの耳に再びその生物兵器の名が入ったのは、開発を打ち切りにした数か月後の事であった。
山に住むヤマアラシのような化物が、人を襲ってくる。
少しだけ興味の沸いた彼女はその現場へと赴いたのであったが、目にしたのはかつての生物兵器の姿ではなく、破壊された後のただのガラクタであった。
どういうことだ、と思考する前に聞こえたのは、バタバタと駆けていく足音。視線で追えば、ボサボサの髪を山のように蓄えた少女が背を向けて走っていく姿が見えた。
今思えば、それが『ハリマミク』であったのだ。
----
「これ以上の成果は望めない、か。」
素体として興味の沸いた実験体、『ハリマミク』を調査すべく『手駒』として黒髪の少女を使っていたのだが、
先程のパニッシャーの狙撃を受けた後、地に伏してからまったく動かない。恐らく、あの一撃が致命傷となったのだろう。
やはり人間は使えない、脆弱で愚かしい存在である。クルデーレは立ち上がると、そのまま踵を返し、支部へ帰還することにした。
494
:
しらにゅい
:2012/12/29(土) 12:12:03
「…?」
すると、振り返ったクルデーレの前に、一人の少年が立っていた。赤い眼と緑色の髪をした、いかせのごれ高校の制服に身を包んだ少年。
観察対象の補足事項として、クルデーレの記憶の中に彼は存在していた。『ハリマミク』の幼馴染、カイリ。
「…何か、御用かしら?こんなところにいたら、危ないわよ。」
クルデーレはあくまで一般人を装って、カイリへ声をかけた。
しかし彼はその問いに答えず、クルデーレに尋ねた。
「…サヤカにちょっかい出したの、あんた?」
「何の話かしら?」
「とぼけないでよ。数日前、市街地のカフェでサヤカに声をかけてたでしょ?」
「………」
カイリは抑揚のない、しかしはっきりとした声で突き付けてくる。
クルデーレは、ええ、と軽く微笑んだがそれは余裕の笑みにも捉えられた。
「そうね、ソレが黒髪をした女子生徒なら私はサヤカという子と会ったわ。」
本当は数日前ではなく、それより前に彼女と出会っていたが、とクルデーレは心中で呟いた。
----
彼女がサヤカと接触したのは、彼女とみくの友人関係が破綻する前だ。
『ハリマミク』の情報を集めるべく彼女の周囲を探っていた際に、もっとも近しい人物として二人の名前が挙がった。
一人がカイリ、もう一人がサヤカだ。本来であれば幼馴染であるカイリに近付くべきであったが、
とある事情から接触は難しいと判断したクルデーレは、まずはサヤカと接触を図る事にしたのであった。
彼女がピアニストを目指していてくれたおかげで、きっかけはいくらでも転がっていた。
とある公民館で開かれたピアノのコンサートにクルデーレは赴き、ピアノの先生をしていると偽り、アドバイザーとして彼女に近付いた。
元々、人見知りの傾向にあったサヤカだったが、彼女の好きな音楽を話題に引き出し、少しずつその警戒心をクルデーレは削ぎ落としていった。
そして、数か月もしない内にサヤカの中で『知り合い』としての地位を築き上げたのであった。
『私、もう、ピアノが弾けないんです…!』
件の事故があった数日後、サヤカからの突然入った連絡でクルデーレはそう告げられた。彼女から事の経緯を説明されたが、クルデーレは既に把握していたのだ。
自分が仕掛けずとも、神は有利にこちらへと運命を傾けてくれたようだ、とサヤカに悟られずに笑いを押し殺しながら、クルデーレは声をかけた。
『…悔しくないの?』
『え…』
『その子、謝って許して貰おうとしているのよ?ねぇ、悔しくない…?あんなに貴方、頑張ってたじゃない。』
それは慰めではなく、憎悪の花を咲かせる毒だった。
後はクルデーレが介入せずともとんとん拍子に進んでくれた。
サヤカのいじめをきっかけに周囲の人間も面白半分に参加し、それを『恐怖』と捉えた『ハリマミク』は意図せずとも能力を発動するようになった。
それがどのような効果を発揮しているかは、花丸が教えてくれた。
495
:
しらにゅい
:2012/12/29(土) 12:14:12
しかし、実験が様相を変え始めたのは、ほんの数日前。
『ハリマミク』が能力を使わないようになってきた、と彼から報告が入ったきた。
原因は汰狩省吾や蒼崎啓介といった第三者の介入だ、『ハリマミク』のいじめが彼ら妨害されることにより減少し始め、主犯のサヤカも必要以上に関わらなくなってきた。
つまり、サヤカの中で復讐心が薄れ始めてきたことを意味する。これでは実験に支障が出てしまうと判断したクルデーレは、久しぶりに彼女を適当な喫茶店へと呼び出したのであった。
案の定話を聞いてみると、サヤカはいじめに関して諦観しており、自分は傍観者になる、とクルデーレに話した。その時は必要以上に彼女を問い詰めず、そう、とだけ答え、
彼女と別れたのだが、クルデーレがそれで終わるはずがなかった。
----
「…でも、もう使えなくなったのよ。あの子。」
「だから、捨てることにした。」
「そう、いじめの主犯らしく、自殺に見せかけて、ね。」
「………」
そう言ったクルデーレの顔は、冷酷そのもの。
芯の強いサヤカは自分から崩れることはない、そう考えたクルデーレは彼女の取り巻き達にサヤカと同様の手段で毒を流した。
効果はすぐに表れ、今度はサヤカをターゲットにし始めた。ヴァイスのマニピュレイトの効果もあって余計惨く仕打ちを受けていたのを、クルデーレはこの時知らなかったが。
「この場であの子だけ始末するつもりだったけど、貴方のお友達も来てしまったから…色々手間が省けてよかったわ。」
「…みくにはもう用がない、って?」
「そう、欲しいデータはもう十分手に入った。後は始末するだけ…貴方もね。」
クルデーレは笑みを深くすると、右腕を突き出し、カイリに向けて掌をかざした。
掌は何も触れていないはずなのに大きな亀裂が生まれ、その間から影で出来上がったような狼、いや、狼の形をした何かが次々と這い出て、地面にぼたり、と落ちた。
それらは起き上がって、唸りながらカイリを威嚇するが、彼は怖気づくことなくその場から動こうとしなかった。
クルデーレは、気が迷ったか、とため息をつくと右手を掲げ、その手を振り落して彼らへGOサインを出そうとした。
だが、そこで違和感に気が付いた。
「…っ…?」
呼吸が、妙に苦しい。
クルデーレが自分の胸元を掴むと、周りの獣も連動するかのように戸惑った動きを見せる。
ただ、目の前の少年は苦しむ様子もなく、それを淡々と見つめているだけだった。
「…窮鼠猫を噛む、って言葉…知ってる?相手が弱くても、逃げ道のないところに追い込んではいけない、っていう故事成語。」
「私に…何をした…?」
「直接は、何もしてないよ。」
クルデーレはカイリを睨む。
彼の右手にいつの間にか細身のボイスレコーダーが握られていた。
「…ホントは厄介事に巻き込まれるのは嫌だったけど、みくが絡んでたし、これっきりにするよ。」
そう言ってカイリは『停止』ボタンを押すと、背を向けて屋上を立ち去ろうとした。
クルデーレは片膝をついて大きく噎せたが、唸るような声で呟く。
「…猫が一匹だけだなんて、誰が言った?」
「―――!」
496
:
しらにゅい
:2012/12/29(土) 12:16:25
刹那、黒い影がカイリの視界に入る。
「ッテメェェエエエ!!!デレ姉さんに何しやがったぁぁぁぁあ!!」
「っ?!」
突如現れた黒の軽装をした少女、サディコが飛び掛かり、カイリの鳩尾に蹴りが入れた。
その勢いで崩壊したフェンスまで身体を吹き飛ばされたカイリは、蹲りながらげほ、げほと息を吐いた。
もはや内と外を隔てる役割をフェンスは持っていなかった為、あと少しで屋上から落ちていただろう。
苦しげに歪むカイリの眼から、赤色が消え失せる。
「…どうやら、彼も能力者だったようですね。」
「ラティオー…」
サディコの後ろから現れた、同様の風体をした少年、ラティオーは自身の口を手で覆いながらクルデーレにそう伝えた。
よくよく見れば、サディコの口には布が巻かれている。ラティオーの眼がカイリのように赤く光ると、彼は何かを払うような仕草をした。
すると、先程の身体の重さはなくなって、クルデーレはすくっ、と立ち上がった。
「…なるほど、現れた時点で既に罠を張っていた、というわけね…確かに、直接は何もしてないわ。」
クルデーレは倒れているカイリに近付くと、その手を勢いよく踏みつけた。
激痛にカイリは声をあげたが、彼女は意もせずに痛みつけるように足を動かす。
「この私に膝を付かせた代償は高いわよ、ぼく…」
「く、っう…」
クルデーレは足をよけると、カイリの腫れた手の手首を掴み、フェンスの外へと彼の身体を持ち上げた。
ふらふら、とカイリの足は力なく揺れた。もし『ハリマミク』にとって最愛の人物が、彼女の目の前に落ちてきたらどのような表情を浮かべるだろうか。
そんなことを考えたクルデーレは、また冷酷に笑った。
「じゃあね、」
そして無慈悲に、その手を離した。
しかし、
「カザマさん!!」
一瞬の浮遊感の後に一陣の風が吹いたかと思えば、誰かの腕に受け止められていることにカイリは気が付いた。
衝撃に目を瞑っていたが、ゆっくり見開くと目の前には眠たげな印象を持った薄い表情をしている青年…その背中からは黒い羽根が生えていた。
「みっしょんこんぷりーつ。」
「…誰?」
「千羽鶴のおにーさんから君を助けるように頼まれたなんでも屋みてぇなもん。」
そう名乗った風魔は羽ばたきながら、ゆっくりと地面へと降り立った。
下に降りると、遠くに見える小さな山嵐とそれを護るようにパニッシャーと戦ったであろう傷付いた人々が視界に入った。
騒ぎを聞きつけたのか、パニッシャーも一体ではなく数体に増えていて、それらはすべて瓦礫に還って周りに散らばっている。
「………」
「帰らねぇの?」
「…誰が。」
カイリは風魔を見ず、走って向かっていった。
その後ろ姿を見て、ふ、と一息をついた風魔は先程降り立ったビルを見上げた。
「…さて、お仕事お仕事。」
そして、黒い羽根を再び広げると、屋上で戦っているであろう千羽鶴を助けに飛び上がっていった。
----
「みくちゃん!」
「みく!!」
冬也の知らせを聞いた汰狩省吾、その彼の姿を見た青崎啓介とストラウル跡地へと向かう三人の姿を目撃したモエギは現場に着いた時には、
今まさに張間みくがパニッシャーに襲われるところであった。衝動的に駆け出した省吾がパニッシャーを蹴り飛ばし、怯んだところを彼の後ろにいたモエギが追撃をかけ、破壊した。
しかしその騒ぎを聞きつけたのか廃ビルの影からぞろぞろと別のパニッシャーが現れた為、四人は戦闘を余儀なくされた。幸い、アタッカーの省吾とモエギ、
サポートの啓介と冬也とバランスの取れたメンバーで数もそれほどでなかったので、大した苦戦は強いられなかった。
問題は、その後であった。
497
:
しらにゅい
:2012/12/29(土) 12:17:48
「みくちゃん…!」
冬也が声をかけても、針山と化したみくは一向に警戒を解こうとしない。
針山の下から誰かの両足が見える、おそらく誰かをみくが護っているのだろう。
「おい、どーすんだよ!っちくしょう、みく!みく!!」
「アオサキ、これ…」
「…能力の暴走、に近いものですね。誰かがパニッシャーに襲われ、ハリマがそれを護ろうと能力を発動した。」
啓介は顎に手を当てながら冷静に分析するが、だからといって解決の糸口は見つかっていない。
元々抱え込みやすい、悪く言えば自分の世界にのめりこみやすい彼女の性格だ。今も「自分のせいだ」と思いこんでしまい、周りの声が聞こえていない状態だろう。
現にモエギや冬也、省吾が声をかけても一向に反応してくれない。
「(どうすれば…)」
「みく、」
「!カイリ、」
四人が振り向けば、そこには少し衣服の汚れたカイリが立っていた。
「おい、お前どこから…」
「…みく、」
モエギの問いかけに答えず、カイリはみくに近付き、視線をあわせるようにしゃがんだ。彼の声もまだ、彼女に届いていない。
「………」
「!!カイリくん!!」
カイリは茂みを掻き分けるようにみくの棘に触れて、彼女を探した。当然、鋭利になっているみくの髪は容赦なくカイリの手に刺さり、
数分もしない内に彼の手を真っ赤に染めていく。それでもカイリは探す手を止めず、ようやくみくの頬に触れた。
「…みく、」
「……ぅー…」
みくは目を真っ赤にして、泣いていた。
カイリを認知するとみくは更に涙を増やし、ぼろぼろとその雫を落としたが、針山は役目を終えたかのように引っ込んでいき、いつもの長さへと戻った。
「みく、…!それ、は…」
「ちか、ちゃ、せんぱ、っとーや…っう、ひっぐ…うぅ…!!」
「………」
倒れていたのは、真っ白い顔をしたサヤカであった。
彼女らの足元はサヤカが流したであろう血で赤く染まっていた。
誰が見ても、これはもう助からないと把握できるほど、だ。
省吾が悔しそうに拳を握りしめていたが、ふと、サヤカの身体が大きく震える。
「…み、く…」
「!サヤカちゃん、サヤカちゃん!!」
「っげふ、ぁ…あ…」
「喋るな、…これ以上は…!」
サヤカに駆け寄った啓介が携帯電話で呼ぼうとするが、それをカイリが制した。
「…お前…」
「………」
それは暗に、言わせてあげて、と示しているようなものであった。
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