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企画されたキャラを小説化してみませんか?vol.3.5

298紅麗:2012/08/24(金) 22:36:32
スゴロクさんの「琴音とスザクと恋バナと」のフラグを拾わせていただきました。
お借りしたのは名前のみスゴロクさんの「火波 スザク」、「火波 アオイ」、「火波 琴音」しらにゅいさんの「トキコ」、akiyakanさんの「都シスイ」
自宅からは「榛名 有依」、「高嶺 利央兎」、「フミヤ」です。

フラグを二つほど…上手く回せているかどうか不安ですが、宜しければ拾ってやってください。




榛名 有依は、扉の前で冷や汗をかいた。

「あ、アタシもしかして今とんでもないこと聞いちゃったんじゃ…。」

この半開きの扉の向こうには四人の人間がいる。
一人は「火波 アオイ」 元々ユウイは彼女に用があって此処へ来たのである。今日一緒に買い物でも行かないか、と誘いに。
もう一人は「都シスイ」、そして「トキコ」それから―――「火波 スザク」…ではなく。彼女の母親。

「え、えぇえ…そんなのあり得るの…?」

今朝登校の際にちらりと見かけただけだが、今日のスザクの様子はおかしい。何が一番気になるって、あの髪の色だ。
スザクと同じクラスのリオトも彼女になんらかの違和感を感じていたらしく休み時間にユウイのクラスへとやってきて
「今日のスザク、色々おかしい。…お淑やかすぎる」と言っていた。

そしてもう一つ、スザクとトキコの関係について。

「な、何あの子「殺す」とか物騒なこと言っちゃってんのー!?
スザクも同じことをって… つ、つまりどういうことなんだよ!」

ごくりと息を飲むと、壁に体を預けた。

「……ど、どうしよう…なんて、アタシが言ってたって仕方ないか…」

取り敢えず、あの話は聞かなかったことにして、彼女達とはいつも通り普通に過ごそう。
うん、それがいい。そうしよう。そうしなければ。

「じゃあ、買い物にも誘わないほうがいっかぁ…大変みたいだし」

アオイの好きなものとか知りたかったんだけどなー、と残念そうに呟き階段を降り始めた、その時だった。

「「いでっ!?」」

「突然」目の前に現れた「何か」と衝突してしまった。ぐわん、と眩暈がする。
無意識のうちに片手を壁へと伸ばしぶつけた頭を押さえた。

「い、一体何が……って、あ…れ…?」

あまりの痛みに「これたんこぶ出来たんじゃないか」と思いながらゆっくりと目を開く。
が、目の前には何もいなかった。
彼女は確かに今、此処で「何か」とぶつかったはずなのだ。それなのに何故…?

「あァくッそ、いってぇ〜〜!!」
「 ! 」

後ろから声が聞こえる。振り返ると赤いフードを被った青年が頭を抱えて蹲っていた。

299紅麗:2012/08/24(金) 22:37:55

「あ、アンタは…って、ああああんまり大きな声出さないでくれ見つかる…!」
「み、見つかるって………ハッ!もしかして不思議なナニか!?」
「待てこのバカ…!行こうとするなって…!」

なんとしてでも「コイツ」は扉から遠ざけなければ。
その一心でユウイは青年の腕を両手でぐいぐいと引っ張る。

「おぉお、離してよ数学少女!「行くな!」と言われたら「行く!」それがおれのポリシィー!
さっき教室で聞いたんだ、『「火波 スザク」の様子がおかしい。いつものボーイッシュな感じが消えてなくなっている。妹の「火波 アオイ」と
友人の「都シスイ」、それから恋人カッコはてな、の「トキコ」を連れて屋上へ上がっていった』って、ネ!聞いたところによると自慢の赤い髪が山吹色に変わっていたんだとか?」
「変なあだ名はヤメロ!っていうかそれデマだから、な…!」
「あっはっはっは、嘘だねぇ。ほんと、君はわかりやすい性格してるよ」

すっと琥珀色の瞳を細める青年。ユウイは寒気を感じて黙り込んだ。
正直恐怖した。いつもこいつは何を考えているかわからない。
目の前の青年がこの学校の生徒やこの世界の住民のことを調べているのは知っている。
これまでに何度もインタビューを受けた(真面目に答えてやったことはないはずなのだが)

一体、何を、どこまで知っているんだ。

「……じゃあ仕方ないから…君に聞こうか数学少女!君はいったい、此処で何を見たんだい?」
「…えっ…、」
「…言えないってことはさぁ…「普通」のことじゃないよねぇ?大丈夫だよ、聞いた情報は誰にも言わないから、ネ!」

やたらと何かを隠し通そうとするユウイに興味を持ったらしい。
能力を使えば簡単にこの場から逃れられるというのに、彼はそれをしなかったのだ。

(ど、ど、ど、…どうしよう…!)

―――「あのこと」を彼に話してしまっていいのか、悪いのかはユウイにはよくわからない。
が、彼に友人のことを話したくはない。ただその思いだけが彼女の心を埋め尽くしていた。





――― 一方、「彼」と数分前まで行動を共にしていた黒猫は、


「あいつ…わたしを置いて能力を使うなんて…うう、これじゃ道がわからないじゃあないか…!」

…そこで、黒猫は思った。

(…そうだ、人間の姿になってしまえば見つかっても「誰だアレ転校生?」程度で済む。女子生徒の制服はさっき見た。
よし…、そうと決まればさっさと変身して「スザク」と「フミヤ」を見つけて此処から逃げ出してやるぞ。ふふん、待っていろ、「火波 スザク」とやら!)

気持ちを固めた瞬間、ぐっと猫の体が大きくなり、耳と尻尾が消えていく。
黒猫の代わりに、黒髪を二つ結びに、細く赤い瞳を持ち、口元までマフラーを巻き、
いかせのごれ高校の制服を身に纏った少女がそこに現れた。

「……はやく…、はやく「スザク」とやらの情報を手に入れて帰りた」
「え…、今猫が、人に…?」
「―――!!」


(しまった―――!)



黒猫と漫画家、学校へ。

300スゴロク:2012/08/25(土) 18:59:53
さっぱり出番のないこの人たちを動かしてみます。プラス一度も動いてないこの人も。
後半の時間軸は琴音が復帰するまでの間を想定。




いかせのごれ高校近辺のある家で、一之瀬 ツバメは頭を抱えていた。

「あぁ〜うぅ〜」

何故かというと、アイデアが出ないから。要するにスランプである。作家ならば誰しも経験するこれは、実際直面するとかなり厳しい。

「弱ったなぁ……締切もうすぐなのに……」

半分ほどまで書き上がってはいるのだが、その先が続かない。この間出かけた取材旅行もほぼ空振りに終わっており、正直ツバメは追い詰められていた。

「ん〜……ぁー……だー……」
「だ、大丈夫ですか先生〜?」

担当編集者の雨里が気遣わしげに声をかけるが、今はそれも耳に入らない。頭の中で思考がグルグル回り、そこから出られなくなっている。
無駄に速い思考速度が、この時ばかりは恨めしく思えた。

(まずいまずいまずいまずい……全然思い浮かばない……どうしよう……)

今書いている話はいつもの絵本ではなく、最近ある雑誌に掲載が決まった小説である。絵本の大反響を受けて二つ返事で快諾したはいいが、いきなりにしてこの有様。本当にヤバかった。

「んぁ〜……」

意味のない声を上げつつ、ぎし、と音を立てて椅子の背もたれによりかかり、逆さまになって雨里を見る。

「雨里ちゃ〜ん……最近何か変わったことな〜い?」
「と、とくには……」

思考の刺激を求めていると察した雨里は早速話に乗ったが、振られた話題に該当する出来事がないのに気づき、申し訳なさそうにそれだけ言った。

「あ、でも……」
「何? 何かあった?」
「いえ、変わったってほどではないんですが……お酒飲んでも、記憶が飛ばなくなったんです」
「あら、それ本当?」

夜見 雨里は以前から酒に弱く、少し飲むとすぐに記憶が飛ぶのが悩みだった。しかし、最近になってそれがなくなったという。

「まあ、飲みすぎたら同じですけど」
「よかったじゃない。今度付き合おうか?」
「お願いします。仕事が終われば、ですけど」

きちんと釘を刺す雨里に、一瞬固まりつつも苦笑するツバメであった。姿勢を戻し、椅子ごと振り返って言う。

「はいはい、わかってるわよ。……記憶の方は?」
「そちらはさっぱり……最近はあの妙な夢も見ませんし」

雨里の抱えていたもう一つの悩みが、眠るたびに見る謎の夢だった。細かい内容は良く覚えていないが、どうもどこかの組織にいたようなイメージがある。しかしそれも、最近になってなくなっている。

「じゃ、調子はいいのね」
「はい。おかげでここ最近は寝つきがよくて」
「快眠出来るのは正直羨ましいわ……」

と、

「……夢?」

ぽつりと呟いたツバメは、親指の爪を噛むようにして思考を回転させ始めた。

301スゴロク:2012/08/25(土) 19:02:05
「そうよ、夢よ……時代設定に合わないなら、そっちを使えば……」
「せ、先生?」
「夢の中……違う、夢を通じて行き来できれば……あぁ、これよ、この展開よ!! 雨里ちゃんありがとう、これで何とかなるわ!!」

どうやらスランプを脱したらしく、先ほどとは打って変わった調子でペンを走らせ始めるツバメ。その姿を見て、雨里は一先ず胸をなで下ろした。

(よかった……これなら心配はなさそうね)

と思った矢先、携帯が鳴った。ディスプレイを見ると、「編集長」と書かれていた。

(あら?)
「はい、もしもし?」
『私よ。夜見君、三鷹先生の調子はどう? 間に合いそう?』
「は、はい。つい今までスランプだったんですが、今は絶好調みたいで」
『それなら安心ね。明日のお昼までに書き上げてもらって』
「はい。……え、明日?」

そうよ、と電話の向こうで声。

『向こうの方から連絡が来てね……締切が繰り上がったの。具体的には明後日』
「えぇっ!?」
『絵本と違って引き伸ばしが効かないから、よろしくね』

心底申し訳なさそうな声を最後に、通話は切れた。呆然とする雨里に、調子が上がる一方のツバメが話しかける。

「? 雨里ちゃん、どうしたの?」
「せ、先生……締め切りの件ですが……」
「ああ、大丈夫よ。明々後日よね? 明後日の昼には一通り書き上がると思うから」
「そ、それが……今編集長から連絡がありまして……明日の昼までに仕上げて欲しい、と」
「…………」

一瞬ぽかん、としたツバメは、次の瞬間、

「……嘘でしょぉぉぉぉっ!!?」

ショックのあまり絶叫していた。

――――その後、一之瀬宅では睡眠・食事返上で机に向かうツバメと、パニックになりかけながらアシに回る雨里の姿があったとか。

302スゴロク:2012/08/25(土) 19:03:32
「ただいまー」
「お帰りなさいませ、京様」

ツバメの修羅場から三日が過ぎた、夜。疲れた体を引きずって帰宅した「編集長」を出迎えたのは、男性用のフォーマルウェアを着用した薄桃色の髪の女性だった。

「鞄はこちらで」
「ありがとう、アン」

鞄を預かるフォーマルウェアの女性―――アン・ロッカー。
疲労を滲ませつつも笑顔の浮かぶ女性―――隠 京。

「アン、今日は?」

京のその問いかけは、何か変わったことは起きていないか、といういつもの確認である。通常ならば「特には」と一言で済むのだが、今日ばかりは違っていた。

「それですが、京様」
「……何かあったの?」

すっ、と京の目線が鋭さを帯びる。それは、彼女がまだ現役だった頃、アースセイバーの一員だった頃の目。
その彼女に、元「怪盗一家」の1人たるアン・ロッカーは答える。

「最近起きている連続殺人事件についてです。犯人と思しき人物がこの周辺で目撃されました」
「……物騒ね」

それは言外に、「それだけじゃないでしょ?」と問うものだった。そして、アンはそれを裏切らない。

「はい。先日、白波氏の自宅前で件の人物による襲撃が起きました。不幸中の幸いというべきか、死者こそ出ませんでしたが、一名ほど重傷。情報屋『Vermilion』と名乗る者達により救助された模様です」
「ヴァーミリオン? 聞かない名前ね」

京は元とはいえアースセイバーに名を連ねた身であり、一線を退いた今でも定期的に情報は入って来る。その彼女が知らない以上、

「アースセイバーでも存在を掴んでなかった、ってことかしら」
「恐らくはそうかと。……それと、『ブラウ=デュンケル』なる人物も確認しました。今の所敵対の様子はないようですが、警戒はしておくべきかと」
「OK。精々注意するとしましょうか」

あっさりと言ってのける京だが、声音に反してその眼は鋭いままだった。元々「保護」要員として数々の能力者に関わって来た彼女は、一度警戒を始めたらそう簡単にはそれを解きはしない。

「それと……夜見 雨里についてですが」
「何かわかった?」

いえ、とアンは小さく首を振る。

「何らかの特殊能力を保持しているのは間違いないのですが、本人は全く自覚がないようです。加えて暴走の形跡もなく、現状での特定は著しく困難です」
「そう……」

京としては、不確定要素を身内に抱えたままという現状がかなりもどかしかった。もし雨里の力が危険なものであったならば……。

「……想像するだに頭が痛いわね。いっそ聖でも呼ぼうかしら……」
「推奨しません。あの男では保護する以前に殺害する可能性があります」
「冗談よ、アン」

苦笑では決してない笑みを投げ、京はそう言って手を軽く振った。



作家とアシと編集長

(そして、解錠師)



クラベスさんより「アン・ロッカー」をお借りしました。こんなんでよかったでしょうか……?

303十字メシア:2012/08/25(土) 22:45:45
フラグを拾わせてもらいます。
紅麗さんから「榛名 有依」「フミヤ」、スゴロクさんから「火波 スザク」(名前のみ)お借りしました。


「あのー…」
「ん?」
「ミ、ミミ…?」

焦りと葛藤に苛まれていたユウイ、その原因であるフミヤの元に、突如現れたのは同級生の悠里 ミミだった。

「おお! メガネちゃんじゃないか!」
「あ、そっちか。こんにちはフミヤさん」
「え、知ってんの?」
「時々インタビュー受けてるから…」
「あー」

意外とされてんだなと思ったユウイ。

「で、えっと……インタビューしてるの?」
「まあね! 火波 スザクについてを!」
「だからそれは…」
「……だったら相談が、あるんだけど…」
「相談?」

固唾を飲む様な顔つきで、ミミはフミヤを見つめる。

「相談というより、取引に近いけど…あの、わたしの秘密を話す代わりに、スザクさんの事については諦めてくれるかな?」
「!?」

ミミの口から出た言葉にユウイは瞠目した。
目が不自由な事以外、ごく平凡な少女にこの男が食い付く様な秘密など、とても思えない。

「え〜……君の秘密が聞けるのはいいけどねえ…」
「お願いします。それに、もうそろそろチャイムが…」
「えっマジ? もうそんなに経ってた?」
「うん。…フミヤさん、お願い!」

頭を下げる(ただ少し方向ズレてる)ミミ。
フミヤは頬をかきながら思案していたが、渋々こう言った。

「仕方ないなー、今回だけは見逃すよ。その代わり」
「分かってるよ。帰り際、学校近くの公園で話すね」
「オッケー! じゃあバイバイ数学少女にメガネちゃん!」
「だから変なあだ名付けんな!」

と突っ込むユウイだったが、フミヤは既にそこからいなくなっていた。

「あ、あれ…?」
「ユウイさん、大丈夫?」
「ミミ。…ありがとう」
「いいよ、ちょっと怖かったでしょ? 面白い人なんだけどなあ…」
「……あのさ、さっきの…」
「わたしの秘密? …ごめんね、フミヤさんにだけ話す約束だから」
「そっか……うん、別にいいよ。ところで何でここに?」
「スザクさん達の後をつけてたの。ほら、スザクさん…いつもと様子違ってたでしょ?」
「やっぱり…か」

現にその理由を知ってしまったユウイだが、他言しないと誓った傍ら、話すことはしなかった。

「もうチャイム鳴るし、早く戻らないと」
「あっ、そうだな」

スザク達にバレないよう、二人はそっとその場から去った。

(…あれ? ミミって視覚障害あるのに、何でここまでついて来れたたんだ…?)


尾行の末に


(一方黒猫は)

「………クロ、はん…どすか?」
「………咲埜子?」

(半妖の娘と鉢合わせしていた)

304えて子:2012/08/25(土) 23:24:43
「情報屋の理由」の外出組サイド。
多分これで自キャラオンリーの話はいったん収まるはず。



『ハヅルー。もう買い物はいいのかい?』
「……ああ。買うべきものは、全て買った…」

買い物メモを見ながら、ハヅルとアーサーは商店街を歩いていた。
食材や日用品の買出しが目的だ。

『ハヅル、そんなに持って重くないかい?僕ら、まだ持てるよ?』
「む………問題ない」

アーサーがそう言うのも無理はなく、ハヅルは洗剤や米、野菜などを詰め込んだ買い物袋をいくつも両腕に提げている。
それに対しアーサーは、文房具や小麦粉など、比較的軽いものばかりだった。(アーサーが子供であるのも理由かもしれないが)

『それにしても今日はたくさん買ったねー』
「…一週間分の食材、だからな…。それに、足りなくなった日用品も…」
『それだけじゃないでしょ?』
「……」
『お菓子の材料もたくさん買ってたもんねー』

アーサーの表情は変わらないが、右手の愛用のパペットがハヅルを覗き込むように見上げる。

『ハヅルのお菓子、美味しいもんね!また何か作ってよ!』
「……ああ。今度は、アーサーの好きなものを作ろうか…」
『本当!?やったぁー!!じゃあね、じゃあね、ガトーショコラ食べたい!!』
「…分かった…。…しかし、今日買ったものだけでは、材料が足りない…」
『えー!?そんなぁー…』
「………そう、拗ねるな。時間があるときに、買い足して……、……………」
『?ハヅルー?』

急にある一点を見つめて立ち止まったハヅルを、不審に思ったアーサーがパペットと共に首を傾げる。

『ハヅル、どうしたんだい?何か気になるものでも見つけたのかい?』
「………………………ああ………」
『?』
「……アーサー」
『ん?どうしたんだい?』
「………悪いが…少し用ができた……すぐ戻るから、待っていてくれ……」
『え?あ、ちょっとハヅルー!!待ってよ、どこ行くんだよー!!!』

アーサーの制止も聞こえているのかいないのか、ハヅルは買い物袋を置くと、何処かへ行ってしまった。

『……何だよもう。変なハヅル』

305えて子:2012/08/25(土) 23:25:29



ハヅルはというと、脇目も振らず走っていた。
一瞬だけだが視界に映った人影が、以前紅が見せてくれた写真の人物の面影を持っている気がしたのだ。
その真偽を確かめるために追いかけたのだが、見かけによらず相手はかなり素早く、体格差もあるはずなのに見失わないようにするので精一杯だった。

狭い路地や人通りのない道を潜り抜け、ようやっと声が届く距離まで追いついたときには、郊外の森の中まで入ってしまっていた。

「………待ってくれ」
「………………」

声をかけると、相手は立ち止まって振り向く。
見開かれた目も、襤褸切れのような服も、手に持たれた鉈も、普通とは言い難い。

だが、ハヅルはその顔に面影を見出した。

「………お前、名は何だ…?」
「…カチナ、は、カチ、ナ。カ、チナシの、カチナ」
「……何をしに行く?」
「…カチナの、めいれい。かん、けいしゃ、ころす」

そう言って踏み出すその進路に、ハヅルはゆっくりと立ちふさがった。

「………ど、け」
「…そうはいかない。人を殺す、と聞いて…むざむざと行かせるわけにはいかない…」
「……じゃま、を、するな」
「……できない、相談だ……。俺は…お前に、用が……」

ある、と言いかけた言葉は、突如振り下ろされた鉈によって遮られた。
咄嗟に身を引いて避けたが、避けきれなかった腕に赤い線が滲む。

「………一緒に来ては、くれないか」
「じゃま、は、しょうが、い。しょう、がいは、てき。てき、は、はいじょ…」
「…話し合い…は、無理のようだな…」

だがしかし、このまま見逃すわけにもいかない。
最近耳にする連続殺人。おそらく目の前の少年が何かしら関係しているのだろう。
物騒な単語を耳にしてハイそうですかと放っておくほど、ハヅルは物事に無関心なわけではない。
止める事ができるなら、それに越したことはない。

それに……彼は、紅の探し人に何らかの繋がりがあるかもしれない。
是が非でも彼を紅に見てもらわなければ。

何とか捕らえて、連れていくことはできまいかと、ハヅルは考えていた。

「…なるべく怪我をさせず、怪我を負わず……か。…力を使わぬという制約では、なかなか骨が折れそうだ…」

ハヅルは少年期のいざこざの際に悪夢を発症しており、自分の体温を金属を溶かせる温度まで急上昇させることができる。
それで相手の鉈を溶かしてしまえば攻撃手段を封じる、楽に捕らえることができそうだが、いかんせんここは森の中。
下手に能力を使っては、高温発火を引き起こし大惨事になりかねない。

しかし、それでも体格差はある。
時間をかければ、捕らえることは可能だろう。

ハヅルは、己を排除対象として定めたらしい少年を、じっと見つめた。


「……カチナ、といったか。すまないが……捕らえさせて、もらう」


情報屋、戦力外兵器と相対す


(その頃、買い物袋と共に置いてけぼりをくらったアーサーは)

『もーーーーーーっ!!ハヅルの馬鹿!!ばぁーーーーーーーーーか!!!!
「すぐ戻る」って言って全然戻ってこないじゃないかぁーーーーー!!!
こんな量の買い物、僕らだけじゃ持って帰れないよーーーーーーー!!!』

(…吼えていた)

306えて子:2012/08/25(土) 23:38:31
>>304-305
追記です。
最後のアーサーはフラグみたいなものです。
誰か助けてあげてください。

自キャラオンリーの話ばかりで申し訳ないっす;

307スゴロク:2012/08/26(日) 12:36:56
>えて子さん
自分のキャラを自在に動かせるのは大事なことだと思いますよ。この板ではそれが基本ですから。
それに、他の作者さんのキャラをお借りする際は、その扱いに注意しなければなりませんし。

……それが出来ていないと、以前別の作者さん(現在離脱中の人です)のキャラの扱いを誤って不興を買った私のようになってしまいますので、くれぐれもご注意ください。経験値を積むのは絶対に必要です。私の轍は踏まないようにお気を付け下さい。


ところでフラグの件ですが、私が拾ってもよろしいでしょうか? 十分気を付けます。

308えて子:2012/08/26(日) 12:52:34
>スゴロクさん
了解です。頑張ります。
やはりお借りする以上はイメージを崩したくありませんからね。

あ、はい。
どうぞどうぞ。

309スゴロク:2012/08/26(日) 14:22:07
>えて子さん
ありがとうございます。(礼
では……。



「あら?」

その日、隠 京はアンを連れて外出していた。ついこの間聞かされた情報屋『Vermilion』なる一団について品定めをすべく―――具体的には彼らの動向と目的を確かめるために―――もっと言えば野次馬根性込みで―――出て来ているのだ。

そんな彼女が目を留め、立ち止まったのは、大量の買い物袋を前に大声を上げる少女の姿だった。

『もーーーーーーっ!! ハヅルの馬鹿!! ばぁーーーーーーーーーか!!!! 「すぐ戻る」って言って全然戻ってこないじゃないかぁーーーーー!!! こんな量の買い物、僕らだけじゃ持って帰れないよーーーーーーー!!!』
「……どうする?」
「見つけた以上、放っておくわけにもいかないでしょう」

いつもの如く真面目なアンの返事を受け、京はその少女に歩み寄る。

「どうしたの、さっきから大きな声出して」
『ハヅルの……っと、すまないね。さっき、仲間に置いてかれたもので』
「そうですか。時に、あなたは?」

アンの問いに答えたのは、少女ではなく、彼女の右手にあるパペットだった。

『おっと、失礼。僕はロッギー、こいつは相棒のアーサー・S・ロージングレイヴさ。よろしく』
「へぇ、喋る人形? 凄いね」
「京様、腹話術だと思いますが」

わかってるわよ、と苦笑する京。やはり、冗談の通じないアンの性格は若干苦手なようだ。

「で……察するに、買い物袋を置いてったその人が全然帰って来なくて立ち往生してる、ってとこ?」
『まさにその通りさ。僕はもちろん、アーサーもこの量は持てないからね。どうしようかと困ってたんだよ』

その結果があの荒れ様、というわけだ。……しかし、

(パニックを起こしても腹話術をやめないって……)
(筋金入りのようですね)

アーサーの奇癖に肩を竦めつつも、京はそれなら、と申し出る。

「持ちましょうか? どうせ今日は暇だし」
『え、いいのかい? それじゃあ、悪いけど頼むよ』
「京様、ここは私が」

ロッギー、というか彼(?)を手に嵌めたアーサーが買い物袋を示し、それに手を伸ばした京を制したアンが素早く袋を取り上げた。
突然の早業に、さっきまで不機嫌そうな表情だったアーサーがぽかん、となる。

「あなたがあまり重いものを持つのは、推奨しません。ましてや、手に提げて歩くものならば、なおのことです」
『? わけありかい? まあ、詳しくは聞かないことにするよ』

ありがとう、と微かに笑む京。
―――彼女は、アースセイバーとして最後に携わった任務で右足の膝から下を失っている。現在はその部分に義足を装着して生活しているのだが、如何せん強度が中途半端で、単に歩くだけならともかく、重量物を持ったり、大きなものを提げてバランスが崩れると簡単に転んでしまう。そのため、アンが独断でより頑丈で、かつ元の足に近い重量の義足をある場所に発注しているのはここだけの話だ。

『あ。でも、ハヅルはどうしよう? 戻ってきた時僕らがいなかったら、困るよねぇ……』
「ご心配なく」

即答で請け負うアン。

「荷物を届けた後、私がここに戻って待ちますので」
「それなら安心ね。アンの仕事は確実だから……」

それじゃあ行きましょうか、と京はアーサーの持っていた文房具などの袋を左手で持ち、

「……えぇ、と、ロッギー君?」
『ん、何かな?』
「代わりと言っては何だけど、後で道教えてくれない? 行きたいところがあるのよ」



京とアンと腹話術



クラベスさんより「アン・ロッカー」えて子さんより「アーサー・S・ロージングレイヴ」名前のみ「虎頭 ハヅル」お借りしました。
最近どうも頭が働かない……。タイトルはしばらくこのパターンで行こうかと思います。

310YAMA:2012/08/26(日) 18:30:36
どうもYAMAです。ゲブラーとミゼロゼが同居してたらかわいいな〜と思って書きました。
名前出てませんがスゴロクさんから「ブラウ=デュンゲル」お借りしました



どことも知れぬ薄暗い部屋、モノクロの双子と黒フードの影は、
疲れを癒すように横たわっていた。

「「お疲れ様、ゲブラー。」」

「あぁ、まさかあそこにあの者がいたとは、予想外だったな」

「ほんとだよ僕らの弱点あっさり見抜いちゃって!」「むかつくことこのうえないよ!」

「御前達の力、あんな弱点があったのか」

「そうだよ?」「だからこの力は無機物と『ボク達』にしか」「使わないんだ」

「そうか、まぁ『妨害』が間に合って良かった、
御前達の能力が『すべて』ばれてしまうと少々まずいかも知れないからな」

「そのことだけどね、」「ボク達はもう」「隠す必要無いみたいなんだよね〜」

「なにっ!?」

「今ピエロから連絡入ってさ」「そろそろ僕らの能力全部晒せって」
「そのために」「適当なとこ」「「『襲いにいけ』って」」(クスクス)

「・・・そう、か」

「じゃ、いってくるよ〜」「あ、ゲブラーはしばらく待機だって!」

「あぁ、気をつけてな」

「そういう心配は」「いらないって!」

言葉を交わし、モノクロの双子は『跳ねるように』消えた

「・・・・・・」

黒フードの影はしばらく黙っていたが、双子の消えた辺りを眺め

「・・・・・・『妖精』、か。まったく私も変わった者と一緒に住んでいるものだ」

ぽつり、とつぶやいた者の視線の先にはタイル張りの床に生えた草やキノコが双つの輪を作っていた。
欧州では、『フェアリーリング』と呼ばれるものである



――――――モノクロの『妖精』――――――

311紅麗:2012/08/27(月) 16:24:14
十字メシアさんの「尾行の末に」に続きます。
お借りしたのは名前のみ込みで十字メシアさんの「御影 咲埜子」、「悠里 ミミ」スゴロクさんの「火波 スザク」、「水波 ゲンブ」akiyakanさんより「都シスイ」しらにゅいさんより「千鶴」本家より「ケイイチ」でした。ありがとうございました。
自宅からは「フミヤ」です。
フミヤのところは一応フラグっぽいもの?を置いておきましたが…特に深くは考えていないので変人さんと話したい!という方はどうぞ拾ってやってください。



(ん〜…ちょっと残念だなぁ。でも、ま、知らないことが知れるのならいいか!)

フミヤは、緑色の手帳を口にくわえながら街を歩いていた。
火波スザクについての情報が得られなかったのは残念だったが、
代わりに悠里ミミの「秘密」とやらを教えてもらえることになった。

(火波スザクについては…まぁ、「ホウオウグループ」辺りが動けば嫌でも知れるだろうし、ネ。
なんだっけ… げんりゅーけん、だっけ? ケイイチのヤツの赤いバージョン、みたいなの)

くわえていた手帳を服にしまいこむと、ばっと手を出して幻龍剣を出す真似をしてみる。もちろん、何も起こらない。
「ばっかみてぇ」 自嘲気味な笑いと共に呟くと、青い空を見上げた。

―――たまにはこういう「日常」らしいのもいいかもしれない。
フミヤが求めているのは「非日常」だが、非日常も毎日毎日毎日毎日起こっていれば日常に変わってしまう。

「だから、日常も悪くはないかな…ねぇ、クロ!」

ばっと両手を広げ笑顔で振り返る。
そこで、フミヤはやっと気付いた。

「………学校に置いてきちゃった…」

振り返ったその先にいたのは、一人の女性。
いかにも怪しい人を見るかのような目付きでフミヤを見た後、足早にその場を去っていった。
どうやら女性はこの辺りで友人と待ち合わせをしていたらしく、手を振りながらもう一人の女性の元へ走っていったかと思うと、すっとフミヤを指差した。

『ネェ、聞いて聞いてー、アタシさっきあのイケメンに話しかけられちゃったー!』
『ウソぉ!まじィ!?いいなぁ、うちも話しかけられたかったー!』

「ってところかなー?あははーおれってばモテモテっ彼女作る気ないけど」

気持ちの悪い裏声を使って、アフレコをしては一人でけらけらと笑い出した。
恐るべきポジティブ思考である。明らかに女性二人は怯えているというのに。

「さぁーって、メガネちゃんとの約束の時間まで何をしようかなぁ」

ううん、思い切ってウスワイヤに不法侵入して…怪我をした「水波 ゲンブ」でも見に行こうか?
それとも、ちぃちゃんとこの世界について語り合うか! ああいや、それじゃあ約束の時間に間に合わなくなっちゃうなぁ。
それともそれとも、あの紅い情報屋さんのところに行ってちょーっと悪戯しちゃうとか…。
だっておれより多くのことを知っていたら悔しいじゃないの。
それとも! ちょっと大胆に、都シスイのそっくりさんについて調べちゃう…とか?

「何故知ってるかって?それはおれがこの世界、大好きだからでーす」

つまり彼は、

「この世界大好きだから知らないことなんて作りたくないんです、どんなことでもいつか調べ尽くしちゃいます、おれが知らないことなんてないようにしてあげる」

等とでも言いたいのだろう。誰に聞かれたわけでもないが。
ホウオウグループとアースセイバーのぶつかり合いも、連続殺人事件も、彼にとっては楽しいものでしかない。
いかせのごれを見渡せるビルの上まで瞬間移動すると、両腕をぐっと伸ばして太陽に翳し、「大好き」と告白してみせた。

…どう見ても変人だ。頭のイカれた人だ。 彼のこの行動を見たとある「人」は、そう思い深い溜め息をついた。

312紅麗:2012/08/27(月) 16:24:49
その頃、いかせのごれ高校の廊下では

「………クロ、はん…どすか?」
「………咲埜子?」

あぁ―――不幸中の幸いとはこのことだろうか。
この学校の生徒に変身中の姿を見られたかと思いぶわっと全身の毛が逆立つような気持ちになったが、目の前に現れた半妖の娘を見てほっと胸を撫で下ろす。
彼女の名前は「御影 咲埜子」フミヤの行きつけのお店、「風月堂」の看板娘だ。
そしてこれは余談だが―――風月堂の苺大福はとても美味しい、らしい。
らしいというのも、クロは風月堂の苺大福を食べたことがないのだ。


――クロも食べるー?はいあーん…なぁんて、あげると思ったー?残念でした、
おれはそこまで優しくありませーん 猫は黙ってそこで丸まって「大福猫」にでもなってな


思い出されたのは、マフゥ、と見せ付けるように苺大福を食す彼の姿。

(お、思い出したら腹立ってきた…… !いや、それよりもだ…)

「や、やっぱりクロはんや…!こんな能力持ってたんやなぁ…」

目を丸くして驚く咲埜子を横目に、クロは黒いマフラーをぐるぐると巻き直す。

「……咲埜子が、どうしてここにいるんだ?」
「新しいお菓子ができたんよ、やから皆に食べてもらいたくて…」
「……、………」
「……?クロはん?」

じっと咲埜子の持っている箱を見つめ、近づくクロ。
すんすんと鼻を鳴らした。

「……もしかして、食べたいん?」
「ぎくっ」
「クロはん、いつもフミヤはんにお菓子取られとるもんね…よっしゃ、今日は特別にクロさんにご馳走したるわ!
もう昼休みも終わってしまうし…私の店行こ、な!」
「い、いいのか…」
「もちろん!クロはん常連さんやもん!」

(これは思わぬ収穫だ…ふふん、そもそもわたしにとって「人の情報」とかどうでもいいことなのだ。ザマあミロ!フミヤ!)

黒猫は心の中で青年に対してあっかんべーをすると、軽い足取りで半妖の娘と共にいかせのごれ高校を後にした。



この「世界」の住人は

313えて子:2012/08/29(水) 07:17:24
「京とアンと腹話術」の続きです。


『ハヅルがどんな奴かだって?』

たまたま出会い、初対面にもかかわらず荷物持ちを手伝ってくれた二人――京とアンと名乗った――に聞かれ、アーサー(とロッギー)は軽く首を傾げた。

「ええ。私たちはその人の事を何も知らないでしょう?待つにしても、少しぐらい知っておいたほうがいいと思ったの」
『うーん、それもそうだね。どんな奴、どんな奴かぁ…』

軽く首を傾げたままうーんと唸る。

「何でもいいわ。外見とか、性格とか」
『そうだねー…見た目はね、すっごく怖いんだ。髪の毛硬いし、背もでっかいし、目つきもむちゃくちゃ悪い』

こーんなんだよ、と目じりを両手で吊り上げてみせる。
子供らしいその仕草に、京とアンは小さく微笑んだ。

『でもね、ハヅルはすごく優しいんだよ。アーサーの勉強も見てくれるし、間違ったことをしたら、何でそれが間違いだったのかを一緒に考えてくれる』
「へえ、そうなの…」
『うん。あ、あと料理がすっごく上手!ハヅルの作るお菓子、とっても美味しいんだ!』

表情はあまり変わらないが、パペットの声の調子がとても高い。
アーサーがハヅルをどれほど慕っているか、想像がつきそうだった。

「…分かったわ。教えてくれてどうもありがとう」
『ううん、どういたしましてだよ』
「……そういえば、アーサーといいましたか」
『うん?アーサーに何か用かい?』
「学校はどうなさっているのでしょうか?」

アンが疑問に思うのも無理はなく、アーサーはまだ10歳。本来なら義務教育真っ只中である。
こんな平日の日中から外を歩いていることは、そうそうないはずだ。
だが、そう聞かれたアーサーは、不機嫌そうな顔をさらに険しくした。

『……アーサーは、学校に行ってない』
「行ってない…?」
『学校には行かなくていいんだ。ベニー姉さんたちが勉強教えてくれるから。しっかり勉強するし、時々テストだってやるんだ。学校と同じみたいに。だから行かなくていいんだもん』
「…………そうですか」

何か事情があると察したのだろう、アンはそれ以上深くは追及しなかった。

「それにしてもずいぶん歩くのね」
『そうかい?もう少しだよ。………あ、あれあれ』

と、ロッギー(を手にはめたアーサー)が、はずれにぽつんと建っているログハウス風の建物を指差す。

「え……?あそこ?」
『うん。今ベニー姉さんに話してくるね!お姉さんたちは後から来て!』

そう言うと、アーサーは走って建物の中に入っていった。
残された京とアンは、建物をぼんやりと見上げる。

「………どうやら、知らず案内をしてくれたみたいね」
「…そのようですね」

程なくして、扉が開く。
中からアーサーと、紅色の髪をした女性が出てきた。

「こんにちは。アーサーから話は聞いたわ。虎くんのかわりにどうもありがとう。
……もし時間があったら、お茶でもどうかしら?ここまで来るの、疲れたでしょう?」

そう言って、女性は微笑んだ。


目的地、一致


スゴロクさんより「隠 京」、クラベスさんより「アン・ロッカー」をお借りしました。

314スゴロク:2012/08/30(木) 21:00:55
「写し鏡と青行燈」の続きです。ミナサイド、ということで。
自キャラのみです。




一応恐怖ものなので、注意です。





カイムとの会話を終えたミナは、元の廃病院の霊安室に戻っていた。
現状の彼女は「心霊スポット」と定義された場所以外では、秋山神社(と、不確定だがストラウル跡地)でないと長時間の実体化が出来ないのだ。とりあえずの用件を済ませた今、ミナに出来ることはここで待機することだけだった。
無論、協力を求められれば全力で支援するつもりだが。

「線路は続くーよー、どーこまーでーもー……♪」

すっかりホコリを被った寝台に座り、空元気を振り絞るように、お気に入りの歌を口遊む。
時間は深夜。春美はさすがにもう休んでいるだろうが、百物語組の仲間達は今なお奔走しているはずだ。古来より、夜こそが怪異のゴールデンタイム。人の目の届かぬ闇こそが、怪異の住まう場所だ。
先人の言に倣いて、「疑心は暗鬼を生ず」と言ふ。

「野ーを超え山越ーえー、谷越ーえーてー♪」

百物語組十三話・「恐れを映す鏡」ミナ。彼女はまさに、それを体現する存在だった。
それは、まさに今という時間で、ここという場所だからこそ、全開に発揮される。

「はーるかな……!?」

その中、自らの領域と化している廃病院全体に感覚を張り巡らせていたミナは、閉ざしたはずの入口が強引に開けられたのに気付き、口をつむいだ。琴音ならすり抜けて来るはずだし、仲間達ならそれぞれの手段で直接ここに入って来る。以前来た姉妹か、とも一瞬思ったが、すぐにそれを打ち消した。人数が多すぎる。最低でも7人。

(まさか……!)

恐れていた事態がついに起きてしまった。肝試しの若者たちが入って来たのだ。インターネットで拡散したデマに引っ張られ、この病院を探検するために。

(ど、ど、どうしよう!?)

ミナは困り果てた。彼女の能力は、本来心霊スポットへのジャンプと、相手の抱く感情を自身に投影し、それを現象として示現させること。だが今はその制御が効かず、相手の抱く「恐怖」のみを投影。さらに、引き起こされる現象は本来精神的な影響(具体的に言うと怖がらせて、竦ませる)にとどまるはずが、物質的な影響力を持つという嬉しくないおまけまでついてしまっている。しかもこの能力、ミナ自身の抱く感情によって暴発するという最悪の欠点が付属している。本来ならばこんなことはないのだが、春美が「語って」いる最中に何らかのアクシデントが発生し、中途半端に具現化した結果がこれだ。さらに悪いことに、ここでの彼女は明確な実体を持ちながら、ふとももの中ほどから下が存在しない。発見されればパニックが起きるのは間違いなく、そうなればそれがミナ自身に投影されて能力が暴発し……。

(に、逃げなきゃ!!)

315スゴロク:2012/08/30(木) 21:01:26
幸いというか、ここが心霊スポットと呼ばれているのはミナがいるからだ。ここに彼女がいない……具体的には他のスポットや神社に行っている間はただの廃墟でしかない。ならば、そのどこかに逃げればいい。
そう決断した彼女は、恐らくもっとも影響の少ない「百物語組」のホームグラウンド・秋山神社に跳ぼうとして、

「!!?」

失敗した。そして、すぐにその原因に気付いた。

「う、嘘……そんな……」

予期せぬ闖入者……その感情が病院全体を渡るミナの感覚に引っかかり、彼女の能力が発動する「場」を作り上げていた。つまり、

(こ、このままじゃ跳べない!!)

その「場」が図らずも壁となり、ミナの転移を阻んでいたのだ。

(あ、ああ……)

追い詰められたミナの前で、

「な、なあ、やっぱりやめないか?」
「馬鹿言うな、ここまで何もなかったんだぜ。後はここでおしまいだ」
「おう……」

霊安室の扉が、きい、と音を立てて開いた。



肝試しに誘われた時は、正直半信半疑だった。
いかせのごれの一角にある廃病院……そこにまつわる噂。

『決して踏み入ってはならない。だが、踏み入ってどうなるかはわからない。なぜなら、そこに踏み入った者は誰ひとり生きて帰っていないからだ』

この手の噂は、大概が誇張されたデマに過ぎない。

(は、馬鹿らしい)

だからこそ、悪友の誘いに乗ってこの廃病院を訪れた。
深夜とあって、中は異様なほど静まりかえり、不気味な雰囲気を醸し出していた。懐中電灯の明かりを頼りに、一歩一歩奥へと進んでいく。言い出しっぺの悪友は先頭をずんずん進んでいき、自分はカメラを持って撮影を担当している。「もし霊が映ったら局へ売り込もうぜ」とはそいつの言だ。

(ある意味正気じゃねえよな、こいつも)

自分はもうある意味開き直っているが、ついてきた5人は怯え、また怖がっている。
だが、予想に反して廃病院では何も起こらなかった。逐一映像も確認しているが、霊も何も映らない。

(見ろ、やっぱデマじゃねえか)

そう。確かに、彼のその愚痴は正しかった。
悪友が、

「おっしゃ、開けるぜ」

そう言って、霊安室の扉を威勢よく開けるまでは。

316スゴロク:2012/08/30(木) 21:02:21
「ひ……!」
「……あ?」


自分を含め、7人全員が一瞬思考停止した。
霊安室の中に、女の子がいた。白いブラウス一枚という扇情的な格好で、おびえた表情で。そして、

「!?」

その足は、ふとももの中ほどから消失し、闇に消えていた。

「ぁ―――」

悪友が目の前の現象を理解できず、声にならない呻きを漏らした、その瞬間だった。霊安室の奥にあった棚が、ガターン!! と音を立てて崩れた。
その音が全員を正気に引き戻し、間をおかずパニックに陥れた。

「うわっ、わ、うわああああ!!」
「出た、出たぁぁぁっ!!」

泡を食って逃げ出す若者たちだったが、階段を駆け上がったところで、

「!! ぎゃああああ!!」

真っ白な顔の女に横から覗きこまれ、恐慌を来すことになった。そして、彼らは無我夢中のまま、入口に走ろうとして、

「ま、待って……うあああ!?」

そこをふっ、と横切った影(実際は偶然通りかかった別の幽霊だったが、この際関係ない)に怯え、上へ上へと走っていった。




(あぁ、あああ……駄目、駄目よ、このままじゃ……)

霊安室のミナは、恐慌を来す若者達に冗談抜きで頭を抱えていた。彼らの抱く恐怖が自身に伝わり、それが制御のできない怪奇現象をまき散らす。今やこの廃病院は、怨念渦巻くこの世の地獄と化していた。それに伴い、ミナの瞳が濁った血の色に染まる。

現象の大半はミナの能力「恐れを映す鏡」による幻影だが、現状それは今の段階での話。若者達がより強い恐怖を抱けば、それは物理的な干渉力を以って彼らに襲い掛かる。
そうなれば――――。

(ど、どうすれば、どうすればいいの!?)

必死に事態を収拾しようと試みるミナだったが、中途半端な今の状態では現象が制御下に入らない。むしろ、その混乱を糧にますます濃密な、さらにリアルな現象を引き起こしていく。

(ダメ……これ以上は、ダメ……!!)

そして、意外とはやく「その時」はやって来た。



この病院には屋上がない。最上階、端の病室に追い詰められた若者達は、完全にパニックに陥っていた。
姿の見えない何かが、さっきから追って来るのだ。そこかしこでラップ音が響き、窓からは誰かが覗きこみ、また入り込み、ドアの隙間から覗く目があり、厨房と思しき場所からは包丁がくるくると宙を舞う。

317スゴロク:2012/08/30(木) 21:02:56
命の危険と未知への恐怖から、彼らは半ば正常な判断力を失いつつあった。それを敏感に察知するミナは、だからこそ怯える。

(ダメ、やめて、お願い)

今、彼らに忍び寄る、最後の怪異に。

(お願い、だから)
「お、おい! 何だあれ!!」

若者の1人が気づいた「それ」は、大穴の空いた壁から伸ばされる、白い手。それが、一番近くにいた若者の襟に伸びる。

(やめて)
「何―――う、わぁっ!?」

彼が気づいた時には既に遅く、凄まじい力で引っ張られ、壁に引きずり込まれていく。そしてそれは、

(ダメ)
「わっ、うわあっ!!」
「や、やめろ!」
「離せ、離してくれ!!」
「い、嫌だ!! まだ死にたくなぃぃぃぃっ!!」

彼ら全員に、容易に波及した。



『やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!』
「ぎああぁぁああぁぁぁああぁぁぁっ!!!!!! ――――――』







全てが終わった時、若者達は一人残らず消えていた。病院内を闊歩していた影達もふっ、と掻き消え、全ての気配が消失する。
後には、いつもと変わらぬ静寂。

「……ぅっ……うぅ……」

そして、すすり泣くミナだけが残されていた。

「どうして……どうして、こんなことに……」

傷つけたくなどない。殺めたくなどない。だからここに逃げ込んだのに。結局、それは意味を成さなかった。
7人。7人も、この一晩でいかせのごれから消えてしまった。

「もう、嫌だよ……何で、こんな目に遭うの……」

やり場のないその思いは、ひたすら自責に向けられ、

「主さんも……どうして、最後まで『語って』くれなかったの……」

春美にまで、及んだ。筋違いだとわかっていても、そう思わずにはいられない。
と、

「……最悪ね」
「!」

318スゴロク:2012/08/30(木) 21:03:47
背後から突然声がした。驚いて跳び上がったが、一瞬おいてその声に聞き覚えがあると気づく。振り向くと姿がない。
それは、

「……トーコちゃん?」
「名答。お久しぶりね、ミナ」

百物語組第六話・「後ろの正面の誰か」トーコ。必ず後ろに現れ、その気にならないと誰にも姿が見えないという特異な能力を持つ彼女は、「神隠し」をモチーフとする百物語の古参組だ。どちらかというと、彼女はミナなどのような「現象そのもの」というより、怪異を「操る」存在に近い。言うなれば「隠し神」か。
そのトーコが、「その気」になったのか、ぐるりと寝台を回り込んでミナの前に現れる。

「どうしたの、こんな時間に……」
「こんな時間だからこそ、よ。夜こそが私の時間だもの」

久しぶりに見たトーコの姿は、以前と変わらぬ着物姿。瞳は墨色。まだ怪異としての力は使っていないようだ。
無表情ながら、その奥に揺蕩う感情をミナは敏感に察する。そして、それがわからないトーコではない。

「……近くを通った時にコロさんから聞いて、何かと思ったら……案の定暴走してたのね」
「…………」

何も言えず俯くミナに、トーコはさらっと言ってのける。

「でも、気にする必要はないわよ。全員無事だから」
「……ぇ?」

唐突な発言に面食らうミナをよそに、トーコの目が血色に染まる。と、今度はまばたき一つの間にその姿が消えた。
と思った次の瞬間には、空間が裂け、そこから7人の若者を一気に抱えたトーコが背中から飛び出してきた。

「わぷっ!?」

そして、滑って転んで下敷きになった。

「と、トーコちゃん!」
「大丈夫……ちょっと、着地を失敗した」

言って立ち上がったトーコは着物のホコリを手で払い、失神している若者達を見る。

「私でなかったら、多分あのままだったでしょうね」
「あ、ありがとう、トーコちゃん……」
「お礼はいいわ。私は、百物語組として仲間を助けただけよ。それよりも」

ここで初めて、トーコの表情が変わる。明らかな不機嫌なそれで、じろり、と若者達を睨む。

「そもそも、こいつらが勝手に入って来たのが原因よ。どうしてくれようかしら……」
「トーコちゃん、乱暴は駄目だよ」
「わかってるわ。……あ、そうだわ」

何か思いついたのか、トーコが顔を上げる。その表情を見て、ミナは目を丸くした。
いつも無表情なトーコが、心底嬉しそうに笑っていたからだ。そしてミナは気づいた。

(悪戯だ……悪戯考え付いた顔だ……!)

そして、その予感にたがわず、若者が持っていたらしいカメラを手に、トーコは非常にいい笑顔で言ってのけた。



「ミナ、私と一緒に神社に来て。こいつら、明日一杯ここに閉じ込めちゃうから」





恐怖と悲哀と悪戯と



「……ところでミナ、前から言おうと思ってたけど」
「?」
「ブラウス一枚はさすがに恥ずかしくない?」
「でも、他にないし……」
「……和服でよかったら、私のを貸してあげるから。もう少しまともな格好しなさい。……まさか、他の人との話し合いにもそれで行ってないでしょうね?」
「え、と……」
「……はぁ」


クラベスさんから名前のみ「カイム」をお借りしました。

319十字メシア:2012/09/03(月) 00:28:51
杠と虚空の出逢い。
クラベスさんから「秋山 月光」(名前なし)お借りしました。


強くなりたい。

ただ、それだけだった。

―――杠殿! いけませぬ!!
―――強くなりたい…強くなりたい…強くなりたい…なりたい…強く……
―――杠殿! その剣を抜かれては…悪霊が主を!!

…そして、私は…剣を……。



「……?」
『目醒めたか』
「………誰」
『俺か? 人間共は”大妖怪”と呼んでいる』
「大妖怪……」

抜かれた剣。
間欠泉の如く溢れ出る悪霊。
私を引きずり込む何本ものの手。
そして―――赤で縁取られた、両目…。

ああ、思い出した。

「…ここから出せ」
『出せ? 出ていけ、の間違いだろう?』
「え?」
『ここは、お前の内の深い深い場所…心層、だ』
「心、層…」

真っ白な、何もない世界。
…これが私の心の世界、と。
”大妖怪”は語り続ける。

『直にこの世界も消える。見ろ』

彼が指差した方を見ると、空間にヒビが走っていた。
少しずつ、少しずつ。
走らせていた。
刹那。

ズキィッ!

「ッ!?」
『悪霊達がお前を仲間にしようとしている』
「私…を…?」

痛みと黒ずんだアザが走る、首の左側と左足の脛を押さえ、抱え込む私。
…が。

ピシッ…ピシッ…
ズキィッ!
ズキィッ!

「ぐぅぁあああッ!!」
『…哀れだな』

ヒビが走る度、体の至るところに痛みとアザが広がる。
それを”大妖怪”は皮肉染みた眼差しを向ける。
私はつい鋭く彼を睨み付けた。

『…何だ』
「何とかしろ」
『…俺がそんな頼みを聞き入れると―――』
「私は強くなるんだ…これで私自身終わりとか許さない……強くなるんだ…強く…強く!!!」

ぶつぶつと呟く私を、彼は珍しげに見つめ出す。

「絶対強くなってやる…強くなってやる…悪霊になろうが絶対に…絶対に……」
『…お前は、強くさえなれば…奴等と同じ存在になってもいいのか?』
「強くなる事…それが私という存在!!!」

吼える様に私は言った。
すると彼は。

『…ッハハハ!』
「何がおかしい」
『意味も理由も無く、純粋に強さを欲しがる人間など、早々いないからな。大抵は誰かを守りたいだの、とにかく快楽に溺れたいだの抜かすものだ……フ、気に入った』


『お前の強さの一部になってやろう』


「…何?」
『お前を仲間にしようとしている悪霊から助けてやるし、窮地に陥ったのならば代わりに戦ってやらなくもない』

「ただし」と付け加え、彼は続ける。

『………封印を、解いた者は、人生を悪霊退治に、捧ぐ事になる。…しかも悪霊がお前に触れすぎた為に、邪気を持つ者を引き寄せる体質に変わった。つまり、お前はその呪縛から永遠に逃れられぬという事…それでもいいか?』
「……ハッ。上等…強くなれるのなら……受け入れてやる! お前もその呪縛も!!」
『……面白い人間だ』

320十字メシア:2012/09/03(月) 00:30:45
「あれからもう5年だな」
『そんなに経っていたのか?』
「妖怪のお前には、時の流れなんて関係ないもんな」

今、私と彼は心層で他愛の無い話をしている。
かつて出会った、この世界で。
一つだけ違うのは、”大妖怪”としか呼ばれていなかった彼が、私が与えた”虚空”という名を持っている事。
思わず印象で名付けちゃったけど、何故か彼はそれを受け入れた。

「…虚空」
『何だ』
「これからも頼むよ」
『…気が向いたらな』


ハクノセカイニテ―業と邂逅―


「だけどお前の気まぐれさには呆れた」
『忘れたのか? 戦って”やらなくもない”と言ったのだ。それに他の人間など知らぬ』
「……とんだ妖怪だな」

321スゴロク:2012/09/19(水) 21:40:52
今回は微妙にメタ視点です。




その日、クロウは珍しくメンバーのところにいた。
理由は全く単純なことで、またも脱走を図ったミーネを連れ戻して来た、というだけのことだ。

「まったく……」

あいつはホウオウグループの自覚があるのか、と嘆息するクロウ。だがその一方、その在り方を許容しつつある自分にも気が付いていた。これは以前ならば絶対にありえなかったことだ。組織の「歯車」を自認するクロウは、世界の合理化に向け、一切の不確定要素を排除しようとしていた。それが、ジングウの復帰を境に少しずつ狂って来ている。

(いや)

それは違う、と自答する。

(狂っているわけではない……そう、これが最善なのだ。少なくとも、今、「ここ」では)

そんな彼に、

「クロウ」
「ん?」

いつの間にか現れたルーツが話しかけて来た。何やら深刻そうな表情をしている。

「ちょっといいか? 話があるんだが」
「……ここでは何だ。外で聞こう」





場所を変えて早々、クロウは切り出した。

「話とは?」
「ああ……俺達のことなんだが」

俺達……即ちホウオウグループ。文脈からその在り方に関する話だと見ぬき、クロウの眉根が自然に寄る。
ルーツは言う。

「俺達……本当にこのままでいいのか?」
「……何を今更」

それこそ今更のように、クロウは平然と返す。

「これでいいのか、ではない。これしかないのだ、俺達にはな。世界を合理化する、それが我々の目的だ」
「それはわかる、それはわかってるんだ。ただ、よぉ」
「……何だ?」

妙に落ち着きのないルーツに、クロウは若干怪訝そうな目を向ける。

「総帥……最近、俺達の方に全然指令を寄越さないだろ?」
「そんなことか……総帥はただ、世界の合理化と並行して、独自の目的を進めておられる。それだけだ」
「いや、それもいいんだ。……俺達、本当に総帥の役に立ってるのか?」

問いの内容が、微妙にルーツの本題からずれている。それを認識しつつも、クロウは律儀に返答する。

「大局的に見れば、役には立っているだろう。少なくとも、何らかの意味がある」
「それなら、いいんだが……」

なおも、ルーツの表情からは疑念が消えていない。それを見て取ったクロウは、眼を鋭く細めて切り出した。

「ルーツ。お前の考えを言ってやろうか」
「な、なに?」
「お前は、俺達がグループから丸ごと斬り捨てられたのではないか……そう思っているのだろう」

322スゴロク:2012/09/19(水) 21:41:42
全く以って図星のようだった。とはいえ、ここまで明確な問いがあれば普通は気づく。
クロウが勘付いたのは、そこではない。

「だが、それは有り得ない。なぜなら、俺達はホウオウグループだからだ。それを切り捨てることは、総帥に取って何のメリットにもならない」

言いながら強引な理屈だ、と思ったが、それ以外に答えが見つからない。それに、クロウ自身、以前から感じていたことがある。

「……しかし、本当の焦点はそこではないかも知れん」
「は?」

唐突な話題転換に目を丸くするルーツだが、クロウは構わず続ける。

「……シュバルツ。おかしいと思ったことはないか」
「おかしい……?」

そうだ、と一言おく。

「我々ホウオウグループは、世間に認められなかった才能の持ち主の集まりであり、ホウオウという男に共鳴した者の集団であり、その数は100に満たない」
「あ、ああ」
「だが、現実はどうだ? ここに常駐しているメンバーは、判明しているだけでも50人を超えている。明らかに、異常だ」
「た、確かに……けどよ、数が増えること自体は悪くねえだろ? アースセイバーも似たようなもんだしよ」
「そこだ」

疑問符を浮かべるルーツに、クロウは言う。

「気づかないか? ここ最近、能力者の確認数が爆発的に増加している。無所属を含めれば300をゆうに超える。しかも、以前はなかった体系の能力や、人間以外の知的存在、挙句には精神生命体まで存在している。いかにここがいかせのごれとは言え、ここまで『手違い』が続発するものか?」
「そ、そりゃあ……」
「幾度となく総帥の悲願を阻んで来た、あの救世主気取りも、我々の前に全く姿を現さない。奴は確かに、いかせのごれ高校にいる。それは潜入メンバーや、他ならぬ俺自身が確認している。だが、いざ事件が起きた時、なぜか奴は動かない。ブラストルの一件の時でさえ、アースセイバーの精鋭が揃い踏みしたというのに、奴やKEAと言った面子は現れなかった。これはどういうことだ?」
「……………」

言葉を失うルーツ。確かに、あの救世主気取り……ケイイチが、ホウオウグループである自分達の前に全く現れない。これは明らかにどうかしている。彼ならば、ホウオウグループが動けばすぐに察知するはず。ましてや、ここ最近はストラウル跡地で異常事態が頻発しているうえ、パニッシャーやガルダの暴走も少なくない。それだけの事態にも拘わらず、なぜかケイイチが現れない。

「答えられまい、ルーツ。……そうだ」


「俺達の歩いている『この場所』は、既に総帥たちの歩く場所とは違って来ている」


衝撃的な事実をさらりと口にするクロウ。さらに、彼は続ける。

323スゴロク:2012/09/19(水) 21:42:47
「お前は知らんだろうが……個人的な知り合いに、『物事の流れを見る』という能力者がいてな。そいつに、今のいかせのごれを見てもらったことがある」
「そ、それで?」
「そいつは仰天して言ったよ」


『なんだ、これは? ……大きな流れが見える……それも二つ? 片方には龍と虎、鳳凰が見える……もう片方には、多くの歪みが見える。これは、なんだ?』


「……つまり?」
「つまり、俺達の道と総帥の道、爆発的に増えた能力者の道とあの救世主気取りの道は、世界という屋根を同じくしながら明確に分かたれている。俺達がホウオウグループとして、アースセイバーの連中とぶつかることはこの先もあるだろう。だが、それは、どちらにとっても現状の維持、あるいは確実だが小さな変化をもたらすに留まるだろう」
「…………」
「そして、総帥は総帥で、あの救世主気取り達とぶつかることになる。それぞれの場所で、それぞれの戦いを続けていくことになる。その先に何が待っているのか、それは俺にはわからない」

だが、と鴉を名乗る男は言う。

「少なくとも、俺達がここにいることには、何らかの意味があるはずだ。この世界に存在する以上、無意味ということはあり得ない」
「………お前は……」

何かを言おうとするルーツを手で制し、クロウは珍しく仏頂面を解く。

「特段、気にし過ぎる必要はない、ということだ。大きな変化が訪れるとするならば、向こうの道からこちらの道へ干渉があるだろう。その時まで、今までどおりのことをやるだけだ」
「……そう、か。さし当り、何をすりゃいい」
「それは……」

言いかけたクロウの耳に、叫び声が聞こえてくる。


「あ、おい! 逃げるなミネルヴァ!!」
「あ〜っはははは〜ッ!」


「…………」
「…………」

盛大に沈黙した後、クロウは握りこぶしを振るわせつつ呟く。

「……あの鳥頭が……今度と言う今度は……!」
「それを言うならお前もそうじゃn」



鴉と闇、世界について語る

(1時間後、そこには)
(無茶苦茶な勢いで雷を落とされるミーネと)
(なぜかボロボロで地面に埋まっているルーツの姿があったとか)



名前のみakiyakanさんより「ジングウ」本家様より「ケイイチ」「ホウオウ」をお借りし、自宅から「クロウ」「シュバルツ」「ミネルヴァ」を出しました。メカは味噌ココアさんより「ガルダ」です。

クロウの話に出てきた能力者は全く設定を考えていません。よろしければどなたか考えてやってくださ(蹴

324十字メシア:2012/10/06(土) 19:11:21
「尾行の末に」の後です。
紅麗さんから「フミヤ」お借りしました。


夕方、某公園にて。
フミヤはある人物を待っていた。

「…あ、来た! こっちこっちー」
「待たせてごめんなさい」
「いいよいいよー。で、早速聞かせてもらっていいかな?」

いつの間にか手には手帳とペンが握られている。
その様子にミミはつい笑ってしまった。

「フミヤさん、本当に子供みたい」
「そうかなー?」
「まあいいや、話すよ。確かあれは―――」


「お祖母ちゃん! 外に行ってくる!」
「あら、あまり遠くに行っちゃ駄目よ」
「大丈夫ー、家の近くだから!」

バタンと勢いよく閉める少女。
当時10歳のミミである。
外に出た彼女は草の上に座り、赤い花を摘み取って花冠を作り始めた。

「お祖母ちゃん喜ぶかな」

ミミは家族である女性をそう呼んでいる。
外見的には母親なのだが、実はその女性は人間ではなく、いかせのごれに古くから生きる妖怪なのだ。
妖怪は寿命が長い。
その為、女性は彼女に自分の事をそう言うように促したのである。
そしてこの事も教えてくれた。
自分はかつて、この森に捨てられていたのだと。
だがミミは顔も知らない実の親を恨む事は無かった。
彼女は優しい祖母が大好きだったから。

「…よし、出来たー!」

完成した花冠を見て満足げにはしゃぐミミ。
そんな中、木々の間に怪しい人影が二つ。

「…アレか」
「ああ、間違いない。大妖怪の『子供』だ」
「しかしその情報は本当か? どう見ても妖怪には見えんぞ…寧ろ人間じゃないか?」
「馬鹿言え、普通の人間なら妖怪と暮らしてる訳無いだろ。とにかく捕獲に取りかかるぞ」
「ああ」

ニヤリと笑う傍ら、彼らの服の胸元に何かが光った。
HとOを組み合わせた、バッジが。

325十字メシア:2012/10/06(土) 19:13:48
「今日のご飯はどうしようかしらね…カレーか、炊き込みご飯か……」

一方、ミミの祖母はレシピ本を見ながら夕食の献立に悩んでいた。

「それにしてもあれがもう10歳、か………ふふ、楽しみだなあ」

拾った時を思い出す祖母。
色々大変だったが、その分たくさん笑った。
自分は妖怪で、ミミは人間。
自分より先に死んでしまう時が来る。
悲しくないと言えば嘘になるが、時間が流れていくのが嫌だという訳でも無かった。
彼女がいつか、笑顔で外の世界に出て、色んな人と出会っていく、その時が待ち遠しくて仕方なかった。

―――泣いちゃうかもしれないけど、心から笑って見送りたい。

その時。

「うわぁぁあああん!!」
「!」
「おとなしくしろ!」

外からミミの泣き声と乱暴な言葉が聞こえる。
窓から覗き込むと、黒服の男二人が縄を片手に、孫娘を傷付けていた。

「お祖母ちゃーん!!」
「妖怪が来ると厄介だな、とっとと行くぞ」
「そうだな…ぐわっ!?」
「うおっ!?」

赤い波動が二人を吹き飛ばす。
放ったのは紛れもない祖母だった。

「私の孫に手を出さないで!!」

と、男のバッジに気付くと、怒りの形相を向け、ミミの手を取る。

「こっち来なさいミミ!」
「ひっく…ひっく…」
「…ッ、化物が……死ね!!!」
「!?」

突如現れた氷柱が祖母とミミに向かってきた。
このままではミミも刺されてしまう―――そう直感した祖母は。

彼女を抱き締めるように庇い、氷柱を自らの背に受け止めた。

「お祖母…ちゃん?」
「っく、ゲホッ…」

咳き込んだ途端、倒れ込む。
それを見たミミは一瞬唖然とするが、次には涙を溜め始めた。

「お祖母ちゃん! お祖母ちゃん死んじゃやだよ!」

―――死んじゃやだ、か…。私の言葉なんだけどねえ。
そう思いながらも、体が中々思うように動かない。
すると。

「任務では殺してもいいと言ってたよな?」
「ああ、相手は大妖怪とその子供…そうした方がいいだろう」
「なんですっ…て……」
「もう一発で死にそうだな、よし…」

再び氷柱が現れる。
血だらけの体、泣き叫ぶ孫、憎たらしいあの印をしたバッジと男の笑み。

「…させないわよ、そんな事……ッ!!!!」

ミミを殺させやしない―――その想いが彼女の体を動かした。

「ミミ、伏せて!」

そう言って彼女を抱き締め、耳を覆う。
すると彼女に変化が起こった。
クリーム色をした長い髪は血を連想させる赤色になり、目は白目が赤く瞳孔が黒い輪と、人間としては有り得ない構造になっている。
更に頭から角が伸び、額にギョロリと不気味な眼球が現れた。
これこそ、彼女の大妖怪としての姿だった。

「消えろ、ホウオウグループ…!」

両目の間から波動の様な赤い丸い閃光が走った。
すると男達の足元から腐蝕した手が現れ、二人を地中に引きずり込もうとし出す。

「うわぁぁああッ!?」
「なっなんだァ!!?」

何とか気味の悪い手から逃れようとするが、手は決して二人を離そうとしない。
ついには頭にまで引きずり込まれた。

『ギャァァアアアアーーーーーーーッ!!!!!』

断末魔の叫びが森にこだまする。
やがて静寂が訪れた。

326十字メシア:2012/10/06(土) 19:15:58
「はぁ…はぁ……」

不気味なその姿は元の姿に戻る。
途端、祖母はまた倒れてしまった。

「お祖母ちゃん…!」
「ミミ、もう大丈夫だよ…怖い人はもういないから…」
「…お祖母、ちゃん、ごめんなさいぃ…」
「あら…何で?」
「だって、外に出なかったら…お祖母ちゃん…」
「あはは、あんたのせいじゃないって…ゲホッゲホッ!」

折角宥めるも、吐血のせいでミミの涙は止まってくれない。

「…ミミ、もうお祖母ちゃん、駄目かもしれない」
「! そんな…そんな!」
「情けない、お祖母ちゃんでごめん、ね……はは、妖怪なのにあんたより、先に、死ぬなん、て、ね……」

言葉が途切れ途切れになっていく。
すると祖母は決心した様に言った。

「ミミ…あんたに、お祖母ちゃんの力あげるわ…」
「え…?」
「私、が、いなくて、も…生きてける、様に…だから…」
「いやだよ! お祖母ちゃんとずっと一緒にいたい!! 一緒にご飯食べたり、勉強教えてもらったり、お風呂入ったり、遊んだり、したいよ…」
「それは私もだよ………」
「…お祖母ちゃん……………」
「……ただ、あんた、はまだ、人間。私みたいな、強い妖怪の力、を、この方法で、受け、取ったら、多分、人間が見えな…く、なる……だから、本当は、したくないけど……もうあんたを、守れないから…」

祖母も涙を流し始めた。
それでも何とか言葉を紡ぐ。

「それでも、いいか、しら…?」
「…………うん。見えなくなっても、きっと寂しくないもん」
「良かった…まあ、逆に妖怪が、見えるよう、に…なるけどさ…」

安心したような声色でそう呟き、ミミの額に触れる。
赤い暖かな光が灯り、しばらくして消えた。

「それと…コレ、も…あげ、る……」

と、首につけていた絹製の金のスカーフをほどき、ミミに手渡した。

「…じゃあ、お祖母ちゃん、さ、き、行くわ……」
「…ふ…ふぇ……」
「なか、ない……あ、たを…みまも、って、あ、げ……から……………ミミ…」


「―――――」


絶命したと同時に吐露された最後の言葉は、風の音に掻き消されてしまった。
だがミミは聞こえたらしく、再び泣き叫んだ。
大きな声で、いつまでも。



「…これで、おしまい」
「まさかお祖母ちゃんが妖怪だったとはねー…ん、ありがと」
「あの、この事は…」
「分かってる分かってる! おれ、聞いた秘密は誰にも言わないからさ!」
「ああ、良かった」

ホッとして笑うミミ。

「……それにしても、その人」
「?」
「本当にメガネちゃんの事大事だったんだね、捨て子だし妖怪なのに」
「ちょ、それは聞き捨てならないよ!」
「はは、ごめんごめん。じゃあねー」

公園から去るフミヤ。
手を振った後、ミミは暫くそこで空を眺めていた。

「……お祖母ちゃん」

目尻から落ちる一筋の涙。
だが顔に悲しみの色は無い。
風で小さく揺れた金のスカーフが、仄かに光った。


大妖怪の祖母と人間の孫娘

327スゴロク:2012/10/06(土) 20:42:01
大分間が空きましたが「琴音とスザクと恋バナと」の続きです。




「…………」

いかせのごれ高校の校門付近に佇んでいたブラウ=デュンケルは、屋上に向けていた視線を外すと、そのまま何処へともなく歩き去った。
先ほどまで彼が見ていたのは、先日関わった内の二人と、その関係者らしきもう二人。そして、その背後、全員の死角にいたもう一人。

(百物語組、とやらか……)

ブラウの能力「絶対透視(インサイトシーイング)」。あらゆるものを意のままに「見る」ことが出来る力だ。
その力を以ってすれば、対象がどこに隠れようと、どれほどにかく乱しようと、関係なく場所を捕捉できる。それは今しがた見た、「必ず背後に現れる」というような能力であっても関係はない。
ただ、だからと言って万能ではない。

(…………やはり、見えんか)

しばらくあちらこちらに視線を彷徨わせた後、嘆息する。ブラウがいかせのごれにいるのは、実の所とある男……要するにヴァイスを探すためなのだが、これが全く引っかからない。「インサイトシーイング」の弱点は、壁一枚しか透かせないこと、射程限界距離があること、そして「ここにいる」と大雑把にでもわからなければ精度が格段に落ちることだ。その意味では、常に神出鬼没、居場所を悟らせないあの男はブラウにとって天敵とも言える。

(だが、逃がすわけにはいかん)

右手で帽子をかぶり直したブラウは、その下から鋭い目線を何処かに向け、雑踏の中に姿を消した。





「うあ゛ー……疲れたぁぁ……」
「ゴメンね、面倒かけて」

放課後。生徒達が下校して人のいなくなった教室で、トキコは思いきり机にのびていた。その横に立つ琴音が、申し訳なさそうに詫びる。事実を言うならば、午後の授業は壊滅だった。何しろ、その授業というのがこともあろうに体育だったからだ。

現状、琴音の身体能力はそのままスザクのものである。ゆえに成績は悪くないはずなのだが、

『きゃあぁっ!?』
『ちょ、鳥さーん!?』
『い、今物凄い勢いでクラッシュしたけど……』
『大丈夫かしら……?』

琴音自身のカンが鈍りに鈍っていたために体がついて来ず、高跳びでは派手にポールに激突し、

『えぇぃっ!? ……あら?』
『か、母さ……姉様!? なぜバットがこっちに飛んできますのーっ!?』
『火波さん、今日はどうしたんだろう……調子悪いし、言葉遣いも何か……』

ソフトボールではバットの方を振り飛ばし、その都度トキコとアオイがフォローに奔走。しかも、更衣室は更衣室で、いつもの如くのガールズトークが始まったのだが、これにも琴音はついていけなかった。世代が一つ違う上に、スザクとは性格も嗜好もまるで異なる。これでは対応が効くはずもなく、下手を打つ前に二人で先手を打って答える、という方法で何とか切り抜けたのである。

328スゴロク:2012/10/06(土) 20:42:34
「ほ、本当に……母様、一刻も早く元に戻る方法を探しませんと……」
「そ、そうね。このままだと二人もシスイ君も持たないし……」

何より、スザクが心配だった。今は琴音がいるために命を繋いでいるが、今彼女が離れてしまったらどうなるかは不明だ。
最悪、そのまま死亡することもあり得る。

「ドジっ娘は鳥さんの専売特許のはずなのにー……ママさんまでそうなのー?」
「そんなことない……はずなんだけど。ドジなのはどっちかって言うと綾斗さんだったわ」
「父様ですの?」

ええ、と頷き、どこか懐かしげな顔をする琴音。今は亡き夫、スザクとアオイの父親である火波 綾斗。大恋愛で駆け落ち同然の結婚を果たした、今でも愛してやまぬ伴侶。

「私のために何かしようと、いつも張り切って、でも失敗ばかりで……」

時に苦笑で、時に慨嘆で、失敗を受け止めた綾斗。しっかりしているようでどこか抜けている、それでいてこうと決めたら一直線なその性格は、本当にスザクに……綾音に似ている。

「鳥さんのお父さん、かぁ……」

話を聞くトキコの脳裏に浮かぶのは、自身の父親・シギの顔。
何だかんだで一応の和解には漕ぎ着けたが、正直それでも悪印象は拭えない。何しろ性格が性格、職場が職場だ。おまけにスザクやスイネ、廻り巡って最後にはマナまで巻き込み、ヴァイスまで関わってくることになったあの一大事は、率直に言って悪夢に近かった。最後の最後に思わぬ幸運―――と言っていいはずだ―――が舞い込んだのは事実だが。

「…………」

そこまで思考が及んだところで、ふと琴音を見る。

「………むー」

そこにいるのは、スザクの体を借りた彼女の母、琴音だ。そうわかっていても、やはり「鳥さん」の顔で他の誰かのことを惚気られるのは、正直言っていい気分はしない。というか面白くない。

「……でも……」

ふと、その琴音の表情が陰る。

「母様……?」
「……子供達が生まれて、本当に幸せだったわ。こんな日々が続いていくのだと、そう思っていた……なのに、あの日……」

琴音の脳裏をよぎるのは、スザク……否、綾音が姿を消した、あの日。綾斗とボール遊びをしていて、外に飛び出したボールを取りに行ったきり、帰って来なかった長女。

「……綾音がいなくなってから、綾斗さんは必死になって探し続けたわ。でも、手掛かり一つ見つからなかった。……その挙句……」

そして、記憶は「その日」に至る。

329スゴロク:2012/10/06(土) 20:43:09
『はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……』

病院から連絡を受けた琴音は、ひたすらに廊下をひた走っていた。迷惑そうに睨む者も多かったが、それどころではない。
飛び込んで来た連絡は、琴音に取ってあまりにも信じがたい、そして到底受け入れられないものであったからだ。

扉を開け、部屋に飛び込む。

『……綾斗、さん……?』

暗く冷たい、その部屋―――霊安室に横たわるのは、白い掛布で顔と体を覆われた、誰か。
震える手で顔の覆いを取り除けると、そこにあったのは、眠っているようにも見える夫の顔。
――――だが。

『嘘、ですよね……こんな……』

彼がそれに答えることは、二度とない。
―――琴音の下に飛び込んで来た一報は、簡単に言うとこのようなものだった。


『ご主人が交通事故で亡くなられました』


ハンマーで頭を殴られたかのような、というのはまさにその時の琴音の心境だった。綾斗は交差点を渡る途中、無謀運転のトラックに撥ね飛ばされて即死だったらしい。トラックは逃げたらしいが、琴音にとってはどうでもよかった。
今、目の前に夫がいる。物言わぬ姿で。

『綾斗さん……綾斗、さん……!』

認識がようやく現実に追いついた瞬間、

『――――ぅああぁぁあぁぁぁぁ……っ!!』

感情が、一気に決壊した。



それからの琴音は、ほとんど生ける屍のような状態だった。娘どころか夫まで失い、生きる気力をほぼ完全に喪失していた。
それでも最後の一線だけは越えずに済んだのは、次女・綾歌の存在ゆえ。自分までいなくなったら、彼女は一人になってしまう。その事実だけが、辛うじて琴音を繋ぎ止めていた。

だが、そんな状態が長続きするはずもない。
心身ともに疲弊しきった琴音は、間もなくして体調を崩し、残される綾歌と行方の知れない綾音、二人の娘を案じながらこの世を去った――――はず、だった。

「……もしや、それで……」
「気が付いたら、私は誰にも見えない、心だけの存在になっていたわ。どうしてなのかはわからないけれど、ね」

自分の存在が誰にも気づいてもらえない、というのはかなりのショックだったが、それでも娘を守る力がある、ということだけはわかった。綾歌を陰ながら守りつつ、時に何が出来るでもない我が身を恨みもしたが、ともかくここまでやって来たのだ。
綾歌が旅行先で、双子の姉―――スザクと名乗っていた綾音と再会するまでの6年間を。

「もしかして、ママさんがこっちに来たのって、その時?」
「綾歌……今はアオイね。この子が転校する時に、一緒について来たのよ。ツバメがちょっと心配だったけど、この子たちには代えられなかったし、ね」
「ああ……」

何やら納得したような表情でつぶやくアオイ。反対にトキコは「?」と疑問符を浮かべる。

330スゴロク:2012/10/06(土) 20:43:46
「ツバメ……って?」
「あら、スザク辺りから聞いてない? 一之瀬 ツバメ、私の妹よ。私が死んでからはアオイの世話をしてくれたんだけど……何て言うか、結構ズボラでね、あの子」
「ええ。掃除も片づけも下手なことこの上……この下? ありませんでしたから」
「あー……もしかして、蒼さんが全部やってたんだ?」
「ご名答ですわ」

ともあれ、と琴音は話を切り上げる。

「見つけて、再会した……まではよかったけど、スザクがこの有様では、ね……」
「早く、姉様を起こして差し上げなければなりませんわね」



琴音、その想い


(その頃、秋山神社)

「ただいま。琴音さんの様子を見てきました」
「お帰り。それで、どうだった?」
「……何だかややこしいことになってるみたいです、ハイ」



しらにゅいさんより「トキコ」名前のみ「シギ」サトさんより名前のみ「スイネ」akiyakanさんより名前のみ「都シスイ」をお借りしました。むぅ、腕が落ちている……。

331紅麗:2012/10/07(日) 00:00:15
フミヤの過去(?)について。
十字メシアさんより「葛城 袖子」をお借りしました。
自宅からは「フミヤ」です。

「ふん、ふん、ふ〜〜〜ん」

上機嫌で鼻歌を歌いながらアパートの階段を一段一段、ゆっくりと上る。
片足でとんっ、と上ってみたり、後ろ向きで上ってみたり。
人が来たらどうするつもりだろうか。

「フミヤ、」

最後の一段を上り終えると、背後から声がした。
それはとても、聞き覚えのある声で。
たしかこの声を最後に聞いたのはいつだっただろうか?
あの学校の中だったような気がするし、昨日の夕方頃だったような気がしなくもない。
は、とフミヤは小さく笑う。

「また、そんな変人みたいなこと…」
「おれが既に『変人』だってこと、知ってるくせに」

ねぇ袖子?と、ポケットに突っ込みながらくるりと振り返る。
そこにいたのは金髪ポニーテールに、オレンジのパーカーを着た少女だった。
その彼女の右目は長い前髪で隠れている。

「ったく、君も物好きだよね。おれに自分から近づいてくるの君ぐらいだよ。…なんで?」
「……何で、って…それは、」
「あ、君の心」
「黙れ!」

袖子はダッシュで階段を上りフミヤに近づき、左手で彼の右腕を掴んだ後、
口に思いっきり、力いっぱい右手を押し付ける。
パシィ!という乾いた音が響き渡った。

「いっ!もが、もがが!」
「黙れ、黙れ黙れ!」
「〜〜〜〜〜!」

もう言わないし!何も言ってないし!ギブ!ギブギブ!息!

と言わんばかりに彼女の腕を叩く変人。
思いっきりその変人を睨みつけた後、頬を少しだけ抓って両手を離した。
フミヤが「乱暴だなぁ…」とまた何か小言を言おうとしたが、
物凄い剣幕で睨まれたため、口を噤んだ。

「…お前、まだ調査とか、ストーカーとかやってるの?」
「ストーカーだなんて人聞きの悪い!…まぁでも、間違ってないかなぁ」

否定しないのかよ…と心の中で呆れ気味にツッコミを入れる袖子。

「…ずっと前から思ってたけど、いつからそういうこと始めてるの?
うちと会った時には既にそういうキャラだったよな?」

袖子の問いに暫し黙り込むフミヤ。

そして薄汚れた壁に体を預けて、

「そうだなぁ、おれがこういうことを始めたのはー…」

332紅麗:2012/10/07(日) 00:02:30
おれ、風見文也がこんな「いかせのごれ調査」なんて馬鹿げたことをやり始めたのは
確かええと…自分でも覚えてないのよねーごめんねー。
でも、多分、きっと、おそらく、中学生の頃だったような気がするな。

おれだってオトコノコでね、…何笑ってんの?
スキな子、というモンが出来たんだよ。初恋だったかなあ。

それでおれは数ヶ月アタックし続けついに告白をしたわけです。
―――結果?ははー、わかってる癖にねぇ。

もちろん、答えはNOだったさ。「フミヤ君のことはとそういう風に見れない」って。
でも「これからも、仲良くしたい、これからも一緒に遊んだりしよう」って言われたのさ。
そりゃあ嬉しかったよ。すっごく嬉しかった。そんなこと言ってもらえると思ってなかったんだ。

けどね、その子、裏ではおれのこと「気味が悪い」だとか、
まぁ、そういうことをがんがん言ってたわけさ。

傷ついたっていうよりも、なんだろう。どうして嘘ついたのって感じでサ。
それからだ。おれが「おれ」に関わる色んなことを気にするようになったのは。

こいつはおれのことどう思っているのか、とか。
そいつはおれのことどう思っているのか、とか。
あいつはおれのことどう思っているのか、とか。
おれのことを考えているのはどいつだ、とか。
君はおれのことどう思っているのか、とか。

だから、おれはおれに関する色んなことを調べつくそうって決めた。

まず最初は簡単なものだったんだ。
相手が「こう思っているだろう」ってことを全部手帳に書いていってね、
自分の「悪い」ところを直していって、とかやってたらだんだん自分がわからなくなってきて。
おれってなんなんだろうな、とか思ったりとかして。
それから先生の授業を、関係のない雑談を。それから、周りの子の話。
勉強を聞きに職員室に入り浸って、先生同士の会話を。
期末、中間、実力、様々なテストの結果を。

自分の視界に入るものを。全部、全部、全部。

そうしてたら、手帳とペンを持ってないと発狂しかねない体質なんかになっちゃって。
元々絵を描いたりするのが好きだったから美術部に入ったりして。
休みの日なんてそれこそ暴れて周りのもの壊しそうだったから、
手を動かしていられる漫画なんかを描いてみたり。

それが段々快感になってきて、あぁ、こんなものがあるんだとか、
あんなものがあるんだとか思い始めて。
ホウオウグループだとか、ウスワイヤだとか、アースセイバーだとか。
「正義」だとか「悪」だとか。

「そしたらね、もっともっともっともっといろんなことを知りたく…」
「…一つだけ、」
「?」

文也が頬を紅潮させながら語っているところで、袖子が口を挟んだ。
前髪が小さく揺れ、緑の斜視が見える。

「…お前がそうやっていつもいつも笑っているのは、演技?」

フミヤは、笑顔のまま固まった。

「…そーかもねぇ、とりあえず笑ってれば悪い印象は抱かれないと思って
昔のおれが貼り付けたんじゃあないの。もう癖なんだよ癖!アホらしい!」

徐々に余裕がなくなりつつあるのか、片手で頭を押さえながら声を張り上げる。
そんな彼の前で彼女は淡々と告げる。

333紅麗:2012/10/07(日) 00:08:18
「あんたは…本当に「此処」が好きなんだって、会う度に思う。
いいことだと思うよ、うちは。一つのことに夢中になれるって。まぁやりすぎるとアレだし、
さすがに膝でスライディングした時はビビッたけど…。でも…フミヤ、」

怖いんだろ?

「……は…?」

フミヤの顔から笑顔が消え、表情が完全に凍りついた。
それでも、彼女は続ける。

「「好き」だからこそ、「知らない」のが怖いんだ。「知らない」ことに恐怖してるんだ」

目の前の青年は口を閉じたまま何も言わない。
金髪の少女は続けた。

「「知らない」を必死に埋めようとしてる。「知らない」ところで、自分がどう思われているのか
全くわからないから。それを無くそうとしてる」

「…そうだ、あんたは、……本当は、や――――?!」

ドンッ、と体に強い衝撃が走る。
それから数秒置いてから、自分が「階段の上の方で、斜めに立っている」ということに気付く。
そして更に数秒を置いて、自分が「フミヤに壁に叩きつけられ、胸倉を掴まれて宙に浮いている」ということに気付いた。

胸倉を掴むフミヤの手は、少し震えているようにも見えた。
それが怒りからなのか、悲しみからなのか、それとも他の理由からなのかはわからなかった。
ただ、青年は今までに見たことのないような目で自分を睨みつけていること。
はやくこの状況から抜け出さなければ、ここから落ちて怪我をする、ということだけがはっきりとわかる。

「ふ、み、落ち…っ、は、…くるし…い…」

胸倉を掴まれたこと、そして「落ちる」という焦りが袖子の呼吸を乱す。
はやくはなして、落ちる、落ちる、落ちる―――!!

「…確かにね、間違っちゃいない、…いないだろう、けど、」

ぎりぎりと拳に力を入れる。袖子は「落ちたくない」という思いで、
不安定な体制のままフミヤの腕を掴んでいた。

「これ以上、おれのことを語るな。…本当の自分が見つかっちゃうから」

言い終わると同時に、袖子を引っ張り上げ、放り投げるようにして手を離した。
フミヤの隣に尻餅を付いた袖子は、息を乱し、俯きながら掴まれた部分を両手で押さえていた。

「…よかった、おとなしくなって。それ以上話したら君のその右目に
ペンか何か突き刺してかき回してやろうかと思ってたけど」
「……っふ、うぅ…」

我慢の限界だったのか、ついに泣き出してしまった。
さすがのフミヤもこれにはぎょっとする。それから、自分の発言について少し反省。
どう考えても女子に向かって放つ言葉ではなかった。
いつもの笑顔で、彼女の隣にしゃがみ込む。

「…ちょ、ちょっと、何泣いてんのさ!冗談だってばー、ネ!」
「……大、丈夫…ごめ…ん、…」

無言でこくこくと頷く親友。とても大丈夫そうには見えない。

「…たく、もう!ほら、おれの家入ってなよ!」
「え…」
「お詫びに何か美味しいもの買ってきてあげるから!」
「そ、そんなのい」
「いいから!!」
「うあ!?」

半ば強制的に袖子を自分の家へ押し込み、大急ぎでドアを閉める。
そして階段を二段飛ばしで駆け下りた。夕陽でオレンジに染まる街。
早足で近くの店を目指しながら、苦笑した。
彼の体もまた、彼女と同じようにかたかたと震えたままだ。

「……は、はは…何、やってんだろ、おれ」

ペンを突き刺すとか、突き落とすとか、
できるはずもないくせに。
興味はあるが、さすがに、それは。

「……「知らない」のが「怖い」…か」

ひたすら体に「震えるな」「震えるな」と命令を送りながら、足を動かし続けた。


(おれは、思っていたよりも臆病者らしい)


青年が見た瞳

334十字メシア:2012/10/07(日) 23:17:07
ミミの祖母の話。


「…ふう」

いかせのごれのとある森の奥深く。
大きなガラクタ達を前に、一人の女性がそこに立っていた。

「今日はやたらと数が多かったわね…」

血を思わせる赤色をした長い髪、黒い輪の瞳に赤目、横に伸びた鬼の様な角、額から覗く不気味な眼球。
その姿はまさしく、妖怪と呼ばれるそのものだった。

彼女の名前は、紅花。
守人に属する古の大妖怪である。

「よう。お疲れ」
「小鳥丸」

同じ妖怪で守人の青年―――小鳥丸が声をかける。

「ホウオウグループの奴ら、飽きもしないでよく作るよな」
「そうね」
「ま、オレらが全力を出せばこんなモン、敵じゃねーし」
「でもこちらだって負傷者はおろか、死者まで出てるわよ?」
「うぐ…」

最もな指摘に小鳥丸は言葉を詰まらせる。
一方、紅花は溜め息をついてこう言った。

「だから人間は外せと言ってるのよ…妖怪より弱い癖に」
「まーだそんな事言ってんのか? ったく…」
「そりゃあ、貴方は愛しの恋人のお陰でそう感じてないでしょうよ」
「…冷やかすか嫌味を言うかどっちかにしろよ」

ジト目の小鳥丸。

「人間なんて、弱いし愚か者ばかりだし、何よりすぐ死んでしまうじゃないの」
「いや、確かにそうだがな…」
「たったの数十年しか生きられない人生の、どこが良いのかしら。それでも馬鹿みたいに、懸命に生きてる人間の気持ちは本当に理解できないわね」

ふいと顔を背け、紅花はその場から去った。


「はぁーあ。神も神よ。何であんな貧弱な生き物作ったのかしら」

愚痴りながら帰路を歩く紅花。
と。

ウェエン ウェエン

「…? 赤子の泣き声…?」

不審に思った紅花は、泣き声が聞こえる方へ向かう。
案の定、まだ生まれたばかりであろう赤子が泣き続けていた。

「捨て子…愚かな事をするわね」

泣き止まない赤子を見下ろしながら、彼女はポツリと呟いた。

(まあ私には関係ないわ)

そのまま歩き出す紅花。
しかし数歩歩いた所で足を止める。

「…………」

赤子はまだ泣いている。

「……仕方ないわね」

赤子の元へ戻り、それを抱き上げる。
そして揺すってあやしてみた。

「よしよし、よしよし…」

頭を撫でたりもしながらしばらくあやすと、やがて赤子はすやすやと寝息をたて始めた。
それを見て紅花はホッと一息をつく。

「とりあえず、家に帰りましょうか」

335十字メシア:2012/10/07(日) 23:17:49
翌日。

ウェエン ウェエン

「あら、どうしたの。お腹すいたの? それともおしめ?」

突然泣き出した赤子の元へ駆け寄る。
おしめを見たが、特に漏らしていなかった。

「そういえばおむつもミルクも無かったわね……他の守人に色々聞こうかしら。ちょっと恥ずかしいけど」

トントン

「あら…はーい」
「よう山姥よ」
「……その呼び方はやめてナオトキ。言っておくけど、私は山姥じゃないわよ」
「はっはっは。そんなに怒らなくてもいいだろう、可愛い顔が台無しだ」
「殴るわよ」
「はっはっは、どうどう」

急に紅花の元へ訪れた老人、ナオトキ。
実はヒロヤとアンジェラの祖父に当たる人物なのである。

「…おや、お前。子供がいたのか」
「ああ、違うわ。昨日捨てられていたのを拾ったのよ」
「なんだ。お前、世話の仕方も分からんのに拾ったのか?」
「うぐ…だって、放っておく訳にはいかないでしょ…」
「まあ確かにそれは正しい。で…用件なんだが、緊急に会合が開かれる事になってな。今すぐ来てくれんか?」
「ええ、分かったわ。ただ…」
「連れてきてもいいぞ。どうせ、他の者に世話の仕方を教えてもらおうと、思っていたのだろう?」
「………」

図星だ、と言わんばかりの表情で睨む紅花。
余談だが、その会合で赤子の事で弄られたのは言うまでもない。


「はあ…全く、大妖怪をからかうなんて。これだから人間は…」

月光りだけの明かりで薄暗い家の中で、紅花は呆れ気味に呟いた。
傍らには、揺りかごの中ですやすやと眠る赤子。

「………」

(ところで紅花、名前は決まっているの?)
(いや、別に…)
(あら、早く決めなさいよ)
(そんなに慌てる事でも無いでしょ)
(いーや! 拾って育てていくって決めたからには、ちゃんと名前をつけてあげないと!)
(う………)

「ああ言われたけど、簡単に決まる訳無いじゃない…」

眉間を押さえて唸る。

「んー………」

ふと赤子を見つめる。
気持ち良さそうに、すやすやと寝息をたてるその顔を見て、紅花は閃いた様な顔を浮かべた。

「…そうだ、この子の名前は―――」


「『ミミ』ぃ?」

翌日。
小鳥丸とナオトキが家に訪れてきた。

「そ、良い名前でしょ?」
「………お前、ネーミングセンス無いんだな」
「何ですって!?」
「まあまあ…紅花、由来はあるのか?」
「…昨日ね、この子の寝顔見て可愛いなって思ってさ。だから名前も可愛い方がいいかなって」
「なるほど。いいんじゃないか?」
「えー…」

不満そうな顔の小鳥丸。
一方で紅花は、はにかみながらも笑っていた。
すると赤子、ミミがキャッキャッと笑い出す。

「おや」
「お前のネーミングセンス笑ってんだよ、きっと」
「どつきまわすわよ」
「おー怖い怖い」
「ったく…」

顔は呆れているものの、赤子を見る目は優しい。
それを見た二人も微笑んだ。

「…どんな子になるんだろうな」
「さあ。…この子が大きくなるまでは、なにがなんでも守らないとね」

「今日から、あんたはわたしの家族だもの」

336十字メシア:2012/10/07(日) 23:18:23
「おばあちゃん、絵本よんで!」
「あら、あんたまだ起きてたの?」
「だってねむれないもん」
「もう…しょうがないわねえ」

あれから数年。
「ミミ」と名付けられた赤子は健やかに成長し、5歳になっていた。
そして変わった事がもう一つ。
血の様に赤い長髪はクリーム色に、目も普通の黒一色になっている。
額の不気味な目も、鬼の角も無い。
紅花はまだ幼いミミを怖がらせないように、人間に変化していたのだ。

「これでおしまい…あら」

絵本を読み終えた時、ミミは既に夢の中に旅立っていた。
紅花はその頭を微笑みながら一撫でし、絵本を棚にしまう。

「…前まで絵本なんて置かなかったのにねえ」

しみじみと呟く紅花。
そして以前ナオトキに言われた言葉を思い出す。

『変わった? 私が?』
『ああ。ミミを拾うまで、全く笑う事なかったろ』
『そういや…そうかもしれない』
『確かに紅花、以前と比べて丸くなったな』
『何よ、冷たかったとでも言いたいの?』
『まあまあ。何にせよ、良い変化だな』

「…笑ったの、いつ振りかしらね」

妖怪は寿命が長い。
ゆえに記憶があやふやになってしまうのはよくある。

「全く、何故今まで笑わなかったのかしら」

一人クスクス笑う。
その後ろで幼い子供は、幸せそうな寝顔をしていた。


「おばあちゃーん! 遊ぼー!」
「まだご飯食べてないでしょ」
「やだー! 遊ぼー!」
「ダメ、我慢しなさい。本当に遊んであげないわよ」
「むう…」

頬をふくらませ、壁を背に座って絵本を読み始めたその姿に、紅花は思わずに苦笑いする。

「おっと、鍋見なきゃ」
「ごはんなーに?」
「シチューだよ」
「ホント!? やったぁー!」

昼食が好物だと分かった途端、満面の笑みでぴょんぴょん跳ね出すミミ。
コロコロ変わるその表情に、紅花は顔を綻ばせずにいられなかった。
彼女は気付いているのだろうか。
自分もそうなっている事に。

「早くごはんたべよー!」
「ったく、現金ねえ。さっきまで遊びたい遊びたい言ってたのに」
「そ、それはいーでしょ!」
「はいはい」

ぷぷっと吹き出しつつ、シチューをかき混ぜる。
家の中は、美味しそうな匂いと、温もりとで満たされていた。

337十字メシア:2012/10/07(日) 23:19:02
その夜、紅花は眠るミミの傍らで物思いに耽っていた。
数年前まで、人間も世界も何もかも好きになれず、ただただ、流れに身を任せて生きていた自分。
生に執着してはいないが、かといって死のうとも思った事は無い。
これからずっとそうだと思っていた。

赤子と、ミミと出会うまでは。

「不思議なものだね」

そう、呟いた。
神が定めたのか、それとも元からそう決められていたのか。
とにかく、この出会いは自分を大きく変えた。
それは確かだ。

「人間なんて、すぐ死んでしまう弱くて愚かな生き物だと思ってたけど…」

だがそれは違った。
そう、思いながら愛しい孫娘(少し引っかかる表現だが妖怪なので)の頭を優しく撫でる。

「命は短くても、誰かと出会い、絆を作り、思い出を紡ぐ事で、永く残るものがある」

「そして短いからこそ、大切なものをたくさん作れる、見つけられる。」

「弱いからこそ、悩んで傷つきながらも、懸命に強くなろうとする」

「愚かだからこそ、それと向き合い、努力する事が出来る」
「そして何より」

そこで一間置いて言った。

「暖かな、幾千ものの色になれる心を持っている―――」

優しい微笑みで、ミミを見下ろす紅花。
最初こそ夜泣きやら何やらで悪戦苦闘し、拾わなきゃ良かった、誰かに託せば良かったなどと思った事すらあった。
だがある日のこと。

『おばーちゃん』
『ん、何…?』
『はい』
『? 花…?』
『おばーちゃんにあげるっ』
『………』
『…いらない?』
『……ありがとう』
『…! えへへ』

幸せに満ちたその笑顔を見て、紅花の心に暖かな波が流れ込んでくる。
気付けば、右手は小さな小さな命の頭を撫でていた。

(人間って、こんな風に笑えるのか)

それからミミの成長と伴い、彼女もまた変わっていく。
笑顔の数も、増えていった。
少しずつ人間を理解していった。
そこでようやく分かった。
自分は人間の儚さ、弱さ、愚かさしか見ず、それを非難していた事を。
それがあるから、人間の心の美しい色が見えてくるというのに。

「…あんたは、いつか誰かと結ばれて、子供生んで、幸せに暮らして、それで死んじゃうんだろうね」

でも大丈夫、この世界を愛せるようになったから。
そう思いながら、紅花はミミに言った。

「ミミ、私の孫になってくれてありがとう」


愛を見出だす話




(愛してるよ)

338十字メシア:2012/10/30(火) 22:10:56
新キャラ二人の小話。
しらにゅいさんから「トキコ」、紅麗さんから「高嶺 利央兎」お借りしました。


「ねーねーリオくん」
「何だ?」
「あそこにいるのってユーリくんだよね?」
「ああ、遊利だな。間違いなく」
「何であんなに落ち込んでるのかなー?」
「…さあ」

某日いかせのごれ高校、2年2組の教室。
トキコとリオトは、隅で塞ぎ込んでいる遊利を見てそんな会話をしていた。

「やっぱりアレだよねー?」
「だろうな」
「とりあえず聞いてみよっか、ユーリくーん!」
「…何だよ、トキコ」

トキコに呼びかけに遊利が顔を上げる。
あまり良い表情ではない。

「いやーすっごい落ち込んでたからさー。…もしかして、幽花ちゃんに冷たくされた〜?」
「……………うん、バットで殴られた」

楽しげな声のトキコとは反対に、更にトーンが低くなった遊利。
いつもの事ではあるが。

「なあトキコ…それとリオト」
「んー?」
「?」
「想いに応えてくれるかは置いといてさあ…せめて、どうしたら幽花が笑ってくれると思う?」
「笑う…?」
「そーいや幽花ちゃん、いつも無表情だよね!」
「うん…とりあえず、さ。笑ってくれたら、俺嬉しいんだけどな…」
「フラれてもか?」
「う…それはキツいけど」

リオトの言葉に声を濁す遊利。
そこでトキコが。

「それにしてもユーリくん凄いね〜。何回も冷たくされてるのに、全く諦めようとしないし」
「悪く言えばストーカーだな」
「お前に言われたかねえ」
「はあ!? オレはストーカーじゃねえから!!」
「まあまあ、ユーイちゃん大好きなのは周知だし」
「おま、トキコ!!」

噛みつくリオト。
トキコは面白がってるようで、満面にあどけない笑みを浮かべている。

「…まあ、確かにな。別に惚れるところなんて―――」
「あるよ!!!」

といきなり声を荒げる遊利。
トキコとリオトは突然の事に面食らった顔をした。

「だって滅茶苦茶可愛いじゃん!! それに優しいところだってあるし!!! 笑ったら絶対絶対ぜーーーったい可愛いって!!!」
「可愛いのはともかく、優しい…のか?」
「おう! この前、帰り道で小さい子が泣いててさ、幽花が慰めてたんだ。いつも人避けてるけど、本当は冷たい訳じゃ無いんだよ!」
「へえー…あの幽花ちゃんが…」
「それに…その……」
「ん?」
「あーやっぱ何でもない! とにかく俺! 幽花じゃないと駄目なんだよ!!」
「それだけ惚れてんのな」
「そりゃ幽花可愛いs」
「「あーはいはいもういいよ」」
「何だよ二人してその反応!?」


幽霊少年の片想い事情


(まさか誰からも見えなかった幽霊の自分を、唯一見つけて救ってくれたとか、言えないよなあ…)

339しらにゅい:2012/11/01(木) 21:25:41
「トリックオアトリート!お菓子くれなきゃ…」
「はい、」
「いたず、え?」
「お菓子だろ?トキコ。」
「……あのドジっ子鳥さんがまさか用意周到だなんて…」
「ドジっ子は余計だ。」
「あだっ!」
「あーっ!おいしそーなお菓子!しゅざくっち、私にもちょーだい!」
「あ、ごめん…今トキコに渡したので最後だった…」
「えっ………」
「…ののちゃん、そんな眼で見たってこれは渡さないんだからね!」
「えー!!トキちゃんのケチ!頂戴ー!」
「だめー!」
「やー!!」
「…やれやれ…」
「ハッピーハロウィーン!」
「あ、ハヤト。」
「よーっす、鳥さん。…あの二人は相変わらずなんだな。」
「まぁ、ね…ハヤトもお菓子をせがみにきたクチか?」
「いや、暇だから遊びに来た系。自習なんてやることないしなー」
「やることないって、もうすぐ定期テストだろ?その勉強は…」
「アーアーキコエナーイ。」
「キコエマセーン。」
「………いつの間に戻って来たんだ…トキコ…」
「あっ!ところで知ってる?今年のハロウィンって何かが起こるらしいよ!」
「何かが?」
「何かってなんだよ?」
「んー、なんだろ…」

---

「"何か"が起こるハロウィン、かぁ………隣のクラスのコウスケあたりが、
ハロウィンコスプレしたムチムチプリンのおねーさんが〜とか言い出しそうだねぇ。」
「…やたら具体的じゃねーか、覗いたのか?」
「それはウミの専売特許!私じゃな…」
「エミ、」
「ん?……あー、あーあー、なぁーるほど。」
「な、なんだよ?」
「魔女のコスプレしたユーイちゃんはさぞや可愛いだろうねー?」
「ぶっ…!?ば、んなこと考えてねーよ!!」
「…男ね、リオト…」
「やめろそんな眼で見んな!なんか見下されてる気分になる!!」

---

「…なんかあそこ楽しそー、浮気?浮気?ユーイちゃんに言ってやろー」
「やめておけトキコ、ユウイだけじゃなくてリオトにまで怒られるぞ…」
「人の不幸でメシウマ!」
「こら。」
「で、結局何が起こるんだ?」
「知らないよー、私だって人が話していたのを聞いてただけだし。」
「アバウトな…」
「あーでも、ここ最近はイベントがある度に何か起こってるっぽいな。」
「?僕は初耳だぞ、そんな話。」
「あっれ?鳥さん知らねーの?前のクリスマスだとサタンが現れたって…」
「サ、サタン…!?悪魔じゃないかそれ!!」
「どっかの宗教団体が召還しちまったんじゃねーの?確かその時、ミユカが『捕まえてくる!』って躍起になってたような。」
「……いや、止めようよそこは…」
「なんか楽しいことが起こればいいなー!お菓子がたくさん降ってくるとかー」
「トキコらしい発想だな。」
「あっ、一角くん!ハッピーハロウィー……何そのマジックだらけの顔。」
「……ここ来る時、赤緑の二人にトリックオアトリートって言われてこうなったんだよ…」
「どんまい。」
「しかも油性ペンとか…」
「Oh」
「いつもよりイケメンだぜシスイ!」
「るっせー!…はぁ、もう今日はこれ以上厄介事が起こらないで欲し…」


「きゃー!!」
「な、なんだあれー!?」


「「「「………」」」」


「……と、隣から…?」
「隣はケイイチ達のクラスだよな?…一体何が…」
「わー!何あのカボチャー!」
「「カボチャ!?」」










みんなでトーキングin教室
「ハロウィン」





「…でかいカボチャかー、そういやカボチャの煮物、残ってたっけ…」
「ハヤトー!?現実逃避してる暇あったら早く逃げろォォオオ!!」

340しらにゅい:2012/11/01(木) 21:28:14
>>339 お借りしたのは火波 スザク(スゴロクさん)、緑音ののか(樹アキさん)、
ハヤト・エミ・ウミ(鶯色さん)、高嶺利央兎・名前のみ榛名有依(紅麗さん)、
名前のみミユカ(十字メシアさん)、名前のみコウスケ(本家)でした!

ちなみにこちらもご覧頂けるとより面白くなるかも?
http://www.nicovideo.jp/watch/sm12598625

341スゴロク:2012/11/02(金) 01:16:50
かなーり久々。「琴音、その想い」の続きです。新キャラ出ます。




ズタボロの一日をどうにか切り抜けた琴音とアオイは、精神的疲労を(主にアオイが)抱えつつ、何とか自宅に辿りついていた。
今はちょうど夕食を片付けたところだ。

「今日はお疲れ様、アオイ」
「本当ですわ……」

労いの言葉に対する返事は、明確な不満の表れ。常時ならば「いいえ、お気になさらず」と穏やかに返す彼女が、テーブルに伸びながらぼそり

と呟いた辺り、その疲労が尋常でないことが伺える。
それだけに、さすがにそれは琴音にも見ればわかる。

「ごめんなさいね、迷惑かけて」
「母様のせいではありませんわ。姉様を殺そうとした、あの者の仕業ですもの……」

身を起こしたアオイの、その手が強く握りしめられる。俯き加減の瞳には、怒りと、それを塗りつぶさんほどの憎悪。

「……無茶は駄目よ、アオイ」
「……承知しておりますわ」

静かな母の一言に、込み上げた憎悪を何とか呑み込んだアオイは、一拍をおいてそう返した。

(無理もないわね……)

アオイのスザクに対する思い入れは、通常の其れでは断じてない。
何をするにも、どこへ行くにも、彼女の隣には常にスザクがいた。正確には、スザクの隣に彼女がいた、というべきか。
存在を知って以来、会いたいと願い続け、ついにいかせのごれまで飛んできてしまった。
アオイが姉に対して抱いている感情。それは、世間一般で言うと、

(恋、よねぇ……やっぱり)

その一言に尽きた。トキコに対して異様に嫉妬を燃やしているのがその証拠の一つだ。バレンタインの時もそうだったが、あれは、通常の姉妹

のそれでは絶対になかった。ましてや、密かに作っていたチョコレートの文字。

(あれはさすがにマズかったわね、綾歌)

さすがにこれ以上言及するとまずくなりそうな気がして、琴音は思考をそこで打ち切った。あらためて意識を、席を立つ次女に向ける。
今は落ち着いているが、ストラウル跡地で瀕死のスザクを発見した時は、それこそパニックを通り越して泣き喚いていたらしい。

(早く、何とかしてあげないと、ね)

今はまだ、スザクの心に呼びかける方法を模索している段階だ。ゲンブも未だ意識が戻らない以上、直ちにできることは正直言ってない。
あるとするならば、それは二人の娘を守ること。

(それだけは、絶対に折らないわ)

改めて琴音が、そう決意した矢先。

342スゴロク:2012/11/02(金) 01:17:30
TRRRR、

「あら」

珍しく、自宅据え付けの電話が鳴った。いつもならスザクかアオイの携帯にかかって来るので、実際問題これは非常に珍しい。
もしもし、と受話器を取った琴音が尋ねる一方で、アオイが眉を寄せる。

「……おかしいですわ……公共機関でしたらゲンブさん経由のはずですし、我が家の電話番号を知っている人は、今の所……」

そんな彼女をよそに、琴音の耳に届いたのは、何とも意外過ぎる言葉。


「私、メリーさん。今、ゴミ捨て場にいるの」


「……はい?」

予想だにしないフレーズに、思わず頓狂な声を上げる琴音。が、彼女が何か言う前に電話は切れてしまった。
ツー、ツー、と切断音を鳴らす受話器を見つめ、ぱちくり、と目を瞬かせる琴音。

「母様? どちら様ですの?」
「……メリーさん、って言ってたかしら」

答えを聞いたアオイもまた、瞠目する。

「はて? メリーさん、と言えば確か……」
「都市伝説、だったかしら。でも、確かあれって……?」

言う間に、今度はスザクの携帯が着信を告げる。画面を見ると「発信者非通知」となっている。
予想でき過ぎる流れを思い浮かべつつ、琴音は「もしもし?」と応対する。聞こえたのは案の定、

「私、メリーさん。今、郵便局の近くにいるの」

それだけ言うと、またも通話は切れる。普通なら少しばかり動揺するところだが、琴音は驚くでもなく、片手でパタン、と携帯を閉じる。

「アオイ、確かその話って」
「ええ。だんだん場所が近づいてきて、最後には『あなたの後ろにいるの』ですわ。そして、振り向くと殺される、という」
「あらら。戦闘態勢が必要かしら?」

全く緊張感のない二人。通常の人間がこの状況に置かれたならばパニックに陥っただろうが、あいにくここはいかせのごれであり、二人は特殊

能力者。しかも琴音は、こうなる前は日常的に妖怪や都市伝説の化身と接していたのだ。もはやこれでは驚かない。

「まあ、それは家の前に来てから考えると致しましょうか」

アオイがそういうが早いか、今度は家の電話が鳴る。はいはい、と琴音が出ると、

「私、メリーさん。今、橋の上にいるの」
「橋?」

返事は無論なく、即座に通話が切れる。

(セオリー通りならだんだん家に近づいているはず……でも、郵便局まではいいとして、そことうちの間に橋なんてあったかしら?)

通学路を思い返しつつ首を捻る琴音だが、そうこうしている間にまたしても電話が鳴る。

「私、メリーさん。今、大通りにいるの」
「大通り、ね……」

通話が切れたところで、琴音は背後のアオイに呼びかける。

「アオイ、この辺の地図ないかしら」
「地図ですの? それでしたらわたくしが持っておりますわ」

343スゴロク:2012/11/02(金) 01:18:25
言って、部屋に戻るアオイ。ほどなくして持ってきたのは、地図の印刷された下敷き。
受け取って目を落とした琴音は、「……変ね」と呟く。

「ゴミ捨て場がどこかはわからないけど、郵便局⇒橋⇒大通りとなると、うちへのルートから微妙にズレてるわ……」

言う間に5度目の着信。今度はアオイが出てみる。

「私、メリーさん。今、学校の前にいるの」

言うだけ言ってまたも通話が切れる。受話器を持ったまま振り返り、アオイは母に「学校の前、だそうですわ」と伝える。
言われた琴音は、ますます眉を寄せて考え込む。

「学校ってことは、十中八九いかせのごれ高校よね……どうなってるの? 明らかにうちには向かってないわよ」
「都市伝説では、確かに少しずつ家に近づいてくる、となっておりましたが……」

親子で言い交している間に、6回目の着信。顔を見合わせた後、アオイが口を開く。

「……都市伝説を信じるならば、今回か、次辺りで家の前に来るはずですわ」

言って、今度は携帯を開いて繋ぐ。聞こえてきた内容は予想通り、

「私、メリーさん。今、あなたの家の前にいるの」

だった。通話が切れた後、アオイは振り返って、

「……来ましたわ」

と神妙な面持ちで告げた。琴音は無言でうなずき、幻龍剣を伸ばして臨戦態勢に入る。アオイもそれに倣いつつ、両目の異能を起動する。
そして、意を決して玄関の扉を開く。琴音は壁に背を預け、アオイの背後を警戒する。
都市伝説の通り、そこには誰もいない。そして、7回目の着信がスザクの携帯に入る。

「…………」

ゆっくりと通話を繋ぎ、琴音は尋ねる。

「もしもし?」



「私、メリーさん。今、あなたの後ろにいるの」



都市伝説ではここで終わっているがこれは現実だ。弾かれるように飛びのいた琴音は、その場で一回転して幻龍剣で薙ぎ払った。
が、全く手ごたえがない。アオイの方を見るが、彼女に何か起きた様子もなく、ひたすら首を傾げている。

「…………あら?」

ここに来てようやく、琴音はどこにも「メリーさん」がいないことに気付いた。アオイも怪訝な面持ちだ。

「……いません、わね」
「どうなってるのかしら? 電話自体はうちにかかって来てたのに……」

揃って首を傾げていると、8回目のベルが鳴る。顔を見合わせ、琴音が受話器を取って見る。

「私、メリーさん。ちょっと間違えちゃったけど、あなたの家の前にいるの」
「……いませんわよ?」

聞き耳を立てていたアオイは、開けっ放しの玄関から外を見ていたのだが、誰かが来た様子はない。
だが、それが電話の向こうに聞こえたのか、「え?」と呆気にとられたような声が帰り、直後に通話が切れた。
と思うと、1分ほどしてまたまたまたまた電話がかかって来た。

「はぁ……」

いい加減うんざりした気分になりつつ、琴音が出る。玄関に目を向けつつ、耳を澄ます。

「私、メリーさん。今、あなたの家の」
「前には誰もいないわよ?」

言い切る前に否定。琴音の見る先には、夜の闇に閉ざされた通りと、街灯の明かりがあるだけで、誰もいない。
電話の向こうの「メリーさん」は驚愕の気配を残して通話を切ってしまい、それ以上の会話は出来なかった。

「……いったいどこにいるのかしらね、あの子は」

ここまで来ると、警戒を通り越して心配になってくる。命を狙って来る相手なのに、いいのだろうか、とも思うが。
しかし、それからぱったりと電話が止み、待てども待てどもかかってくることはなかった。

344スゴロク:2012/11/02(金) 01:18:58
次の電話がかかって来たのは、二人が風呂から上がって就寝準備に入った頃。

「……何でこんな時間に」
「向こうは一種の物の怪ですもの、夜がゴールデンタイムですわ」

眠い目をこすりつつ、琴音が電話に応じ、「もしもし?」と呼びかける。が、今度は様子がおかしい。

「私、メリーさん。…………」
「……?」

今どこにいるか、というフレーズが続かない。しかも耳を澄ませてよく聞いて見ると、何やらしゃくり上げているような声が聞こえる。

(…………まさか?)

あり得ない、と思いつつ、琴音は向こうのアクションを待つ。しばらくして聞こえて来たのは、



「道がわかんないよぅ……迎えに来てぇ……」



冗談抜きでひっくり返った。都市伝説のメリーさんと言えば、少しずつ近づくことで恐怖を与える存在だ。
それが道に迷った挙句泣きついて来るとは、どういうことか。

「……とりあえず、話くらいは聞かせてもらうけど、いい?」
「わかったよぅ、わかったから、早くぅ……」
「はいはい。で、どこにいるのかしら?」


「今、ストラウル跡地にいるの……」


今度は呆れるのを通り越して脱力した。本当に何でもアリだ、あの場所は。

(サイキックマスター、だったかしら……本当に面倒なものを残してくれたわね)

思いつつ、着かけていたパジャマを脱ぎ捨て、とりあえず制服に戻る。

「母様? どちらへ行かれますの?」
「……道がわかんないって泣いてるから、迎えに行って来るわ。正直、このままほっとくと後々面倒なのよ、経験上」



迷子の迷子の

(メリーさん)
(……ホントにいいのか、そんなんで)



しらにゅいさんから名前のみ「トキコ」をお借りしました。メリーさんについては後日上げます。

345akiyakan:2012/11/07(水) 20:05:03
 目覚めろ、黄道の獣よ

※スゴロクさんより、「水波 ゲンブ」をお借りしました!

「ハァ……ハァ……!」

 ウスワイヤにある、アースセイバー専用の訓練場。
 そこに、対峙する二人の男がいた。

 一人はゲンブ。そして、もう一人は――

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 金色のオーラを纏い、雄叫びを上げながらシスイが突撃する。しかし、その動きに何時ものキレはない。

「ふんっ!」
「ぐ――っ!?」

 百戦錬磨のゲンブに、そんな動きが通用する筈もなく、シスイの身体はあっさりとカウンターを決められ、軽々と吹っ飛ばされる。

「ぜぇ……ぜぇ……っ!」

 しかし、攻撃を決めたゲンブは辛そうだった。頬を大粒の汗が伝い、床の上に染みを作る。体力は常人とは比べ物にならない筈の彼の肩が上下し、いかにも苦しげであった。

「ガッ……ゴホッ、ゴホッ……ッ!!」

 倒れこんだシスイが何度も咳き込む。胸を掻き毟り、全身を小刻みに震わせている。ゲンブよりも消耗しているのは、誰が見ても分かる状態だ。

 しかし、

「ッ――!?」

 ゲンブが目を見開く。弱々しく動作で、震えも全く収まっていなかったが、それでもシスイが立ち上がったからだ。

「まだ……続けるつもりか……」
「ぜぇ……ぜぇ……」

 ゲンブの言葉にシスイは答えない。自らの能力によって赤く染まった瞳がギラギラと光っていて、その輝きが肯定の意思を示していた。

 しかし、一歩足を踏み出すのが精一杯だった。がくん、と膝から力が抜け、その場にシスイは再び倒れこんだ。

「う……」
「無理だ、シスイ。もうその体じゃ動けん」

 倒れた身体で尚も起き上がろうと、シスイの爪が床を掻く。しかし震えの止まらない四肢には、全く力が入らなかった。

「もう勘弁してくれ、俺も正直きついし」
「ぐ……」
「……負けた事が悔しいのは分かるし、強くならないといけないのは分かるけど……こんな事をしても、自分の身体を悪戯に傷付けるだけだぞ」
「…………」

 ゲンブの言葉に、シスイは歯噛みをする。行き場の無い抑えるかのように、拳を硬く握り締める。



 アッシュに敗れてから一ヶ月。シスイは、強くなろうとがむしゃらに喘いでいた。

346akiyakan:2012/11/07(水) 20:05:36
「…………」

 放課後のいかせのごれ高等学校、屋上。沈んでいく夕焼けを、シスイは呆と眺めていた。

 あの日、戦闘によって破壊しつくされた屋上の修復は既に完了していた。名残すら、その場所に見られない。

 だが、ここで、間違いなく、

 都シスイは自らのクローン――もう一人の麒麟に敗れたのだ。

 気が付くと、彼は自分の胸に触れていた。アッシュに切り裂かれた傷だ。

(……塞がってない)

 「天子麒麟」の力により、シスイは常人の数倍傷の治りが速い。現に、ナイフで深く抉られた傷跡も、今は完全に塞がっていた。しかしシスイは、その塞がったはずに傷に、未だに疼きを覚える事がある。

 疼きを覚える度、脳裏に浮かぶのはあの男――AS2、アッシュの姿だった。

「…………くっ……!」

 完敗だった。

 自分に武器は要らない。己に武器は要らない。相手を傷付けていると言う実感を、相手の命を奪っているのだという経験を残す為の空手。意地を張り、それが非効率的な事だと理解しながら、それが自らの能力を活かせていないと気付きながら、非武装を貫いてシスイは戦いを続けてきた。

 そんな彼を嘲笑うかのように、もう一人の麒麟は武器を使ってきた。

 麒麟の加護を受けた武装。その威力は絶大だった。ただのナイフですら、掠っただけで肉を絶ち、直接触れれば岩さえもバターのように切り裂く。これこそが「天子麒麟」の、全力の力だと言わんばかりの圧倒的暴力。その前に成す術も無く、都シスイは銀色の角に敗れた。

(俺は――)

 このままでいいのかと、シスイは悩んでいた。

 武器を使うアッシュ。彼と同じ立場に立つには、自分も武器を使えばいい。ただ、それだけの話だ。だが、しかし、それを行うと言う事は、今まで愚直に守り続けてきた非武装と言う自らのスタイルを捨てると言う事だ。

 勝つ為に信念を捨てるか。

 誇りを守って再び負けるか。

 どちらを選ぶべきか。そんなの、考えるまでも無い。

(奴に勝つには――)

 ――自分も武器を使うしかない――
 ――信念を捨てるしかない――

347akiyakan:2012/11/07(水) 20:06:09
「……シスイくん?」

 気付いた時には、見知った顔がシスイを覗き込んでいた。夕焼けに、亜麻色の髪が照らされている。

「コロネ……」
「最近、ずっとここにいるね」
「…………」
「何か、考え事?」

 コロネの表情には、シスイを気遣う色がある。彼女は薄々、シスイが何かを抱えていると言う事に気付いていたのだ。

「……なぁ、コロネ」
「うん?」
「俺、この前喧嘩したんだ」
「! ……へぇ……なんか、意外。シスイくん、喧嘩とかそう言うのしなさそうだし」
「まぁな…………恥ずかしながら、負けちまった」
「……そう」
「負けたままは悔しいし、俺はそいつに勝たなきゃいけない理由がある……だけどな、そいつ滅茶苦茶強ぇんだ。ナイフとか色々使うんだけど」
「む? 武器使ってるの、その人? なんか、ズルくない?」
「喧嘩(たたかい)で卑怯だなんだ、言ってる場合じゃないだろ? 相手が武器を使うなら、自分も武器を使えばいいだけの話なんだし……でさ、俺がそいつに勝つ為には、武器を使わなきゃいけない」
「…………」
「でも、武器を使ったら――それは今まで、素手で戦う事を信条として来たそれまでの俺を捨てる事になる」
「……!」
「それでも、そいつに勝つ為にはそれしかないなら……信条を捨てて、俺も武器を使うべきだろうか?」

 その時シスイは果たして、どんな顔をしていたのだろうか。コロネが息を呑み、目を大きく見開いたのが彼には見えた。彼女は何かを考えるように額に指を当て、難しそうな表情を浮かべ――と言っても、「むむむ」などとわざとらしく悩んでいるような表情だったが――それから目を開けると、シスイを真っ直ぐに見つめた。

「本当に、武器を使わないと勝てないの、その人?」
「え?」
「シスイくんは強いよ。喧嘩してるところは見た事無いけど、でも強いって分かるよ。それから、すっごく優しい」
「お世辞なんか要らない……実際問題俺自身がいくら強くたって、そいつには武器を使わないと勝てないんだ……」
「何でそうやって決め付けるの? ――武器ならもう、そこにあるじゃない」
「え?」

 ドン、とコロネがシスイの胸を叩いた。突然の事に、彼は驚いて目を見開く。

「心。誰よりも優しいシスイくんの心は、何時だって誰かの痛みを共有しながら歩いてきた。他人の痛みを自分のものにしながら、そうやって自分を鍛えてきたキミの心が――どんな武器が相手だって折れる訳無いもの」

 ニコリ、とコロネが笑った。

「相手が武器を使っているからと言って、自分まで武器を使う必要は無いよ。シスイくんはシスイくんのままが一番良いと思うよ、私は」
「――――」

 シスイは少しの間、驚いたような表情を崩さなかったが、やがてふっと表情を和らげた。憑き物が落ちた、何時もの都シスイの顔が、そこにはあった。

「……ありがとうな、コロネ。なんか、掴めた気がする」
「どういたしまして! ……あ! だからと言って、喧嘩は駄目だよ! 一番いいのは、その人と仲直りする事なんだから! 子供でも分かるじょーしき!」
「ああ、うん。分かってる、分かってる」
「うに〜、絶対分かってない〜!」

 憤慨するコロネの横を、シスイが通っていく。

「本当に、ありがとな」

 すれ違い間際に聞こえたその言葉が、コロネにはとてもむず痒く感じられた。

 自分も屋上から出ようと、振り返った時、

「――え?」

 コロネは、見た。

「し、シスイくんっ!」
「え?」

 突然呼び止められ、シスイは振り返った。彼が視線を向ける先には、困惑したような表情のコロネが立っている。

「どうかした?」
「え、えっと、その……ううん、何でもない!」
「……?」

 コロネの態度にシスイは首を傾げるが、それほど気にも留めずに彼は屋上から出て行く。

「…………」

 コロネは、見た。シスイの姿と重なるように、一本の角を持つ雄々しい獣の姿を。

「何だったんだろう、今の……?」

348akiyakan:2012/11/07(水) 20:07:13
 続けて二本目。正直これは賛否両論な内容だと思いますが、あえていきます。

※鶯色さんより「イマ」、びすたさんより「バードウォッチャー」をお借りいたしました!

 ストラウル跡地――

 住む者無き、廃墟の群れ。それはまるで、この地にかつて生活の営みの墓標であるからのように立ち並んでいる。

 その奥に立つのは、金色の角を持つ麒麟――都シスイ。

「……来た」

 遠くから近付いて来た人影に、シスイは顔を上げる。

 現れたのは銀色の角を持つ麒麟――アッシュ。

 シスイの姿を見とめると、アッシュにはにやりと不敵に笑った。

「こんな場所に呼び出して、どう言うつもりだい、兄さん?」
「負けっぱなしは性に合わないんでな……お前を倒しに来た」
「……あはははははっ」

 シスイの言葉を聞いて、アッシュは無邪気に笑う。

「すごいね、兄さん。この前僕にコテンパンにやられたくせに、僕を倒す? ……撤回するなら今のうちだよ」

 顔は笑っているが、目は全く笑っていない。隙さえあれば、このままシスイの首を狙って飛び掛ってきかねない――それほどまでの殺意が、瞳の中で光っている。

「今なら、逃げてもいいよ?」
「……俺が勝ったら、」

 不遜な態度を取るアッシュを無視し、シスイは言葉を続ける。そんな彼にむっとアッシュは表情を歪めたが、それも一瞬の事ですぐに元通りになった。

「万が一にもあり得ないけど……何? 兄さんが勝ったら、どうすればいいの?」
「俺が勝ったら、二年二組と蓬莱山から手を引け……んでもって、トキコから離れろ」
「……手を引けってのは分かるけどね……朱鷺子ちゃんから離れろって? おいおい、僕は彼女が大好きなんだ。一体兄さんに何の権限があって、そんな事を言えるって言うんだい?」

 あっけらかんと、「自分は全く悪くない」とでも言いたげにアッシュは語る。

「第一さ……そんな口約束、僕が守ると思ってるの、兄さん?」
「お前が守るんじゃない……〝俺が守らせる〟んだよ」
「――?」

 威圧的なシスイの口調。その様子に、アッシュは違和感を覚える。彼の知っている都シスイは、誰が相手であろうとそんな声、そんなしゃべり方をする男ではなかった筈だ。

「――まぁ、いいさ」

 しかしアッシュは、そんな違和感はすぐに思考の片隅へ追いやる。右腕の袖を捲くると、そこに付けている腕時計に触れた。

「〝転送〟」

 その言葉を言った瞬間、アッシュの身体が光に包まれる。その光が消失すると――そこに立っていたのは、二本の角を持つ、漆黒の装甲に身を包んだ「双角獣(バイコーン)」の姿だった。

「後悔させてあげるよ、身の程を教えてあげるよ、兄さん。都市伝説・侵話が一人、この双角獣に刃向かった事をね」
「ご託はいいからかかって来いよ――麒麟の紛い物」
「――本当に、死にたいみたいだね」

 次の瞬間、金色と銀色のオーラが二人の身体から噴き出し、ぶつかり合う。エネルギーとエネルギーの衝突が暴風を起こし、周囲の瓦礫を巻き上げた。

 廃都を舞台に、二頭の王獣が再び向かい合う。それはまるで、歪んだ鏡写しであるかのようだった。

 ――・――・――

349akiyakan:2012/11/07(水) 20:07:44
「始まりましたね」

 バードウォッチャーから送られてきた戦闘映像を眺めながら、ジングウがポツリと呟いた。

「……武装してませんね、彼」

 映像の中、以前と変わらず徒手空拳で戦うシスイの姿に、サヨリが言う。その表情には、僅かながら困惑の色が混じっていた。

「負けますよ、彼。同じ能力者同士、でもアッシュさんはバイコーンヘッドを着ていて、更に無数の武器を持っている……生身で、能力しか使っていないシスイさんじゃ……」
「普通なら、そう思うでしょうね」
「……? ジングウ、さん?」

 ジングウの様子に、サヨリは首を傾げる。

 この時のジングウはとても冷静だった。彼がこんな風になる時は、そう……何かを観察している時だ。事実、彼の目線は画面から全く離れない。

「都シスイだって愚かじゃない。何かしら、勝算を持ってあの場にいる筈です――武器無しで、バイコーンヘッドを破る方法を」
「それは、一体……?」
「……生き物が進化をするのは、何故か分かりますか」
「え?」

 質問に質問を返され、サヨリは一瞬戸惑う。しかし、すぐに彼女は思考を切り替え、考え込むと、

「……死を回避する為、ですか?」
「そうですね、極論を言えば。その内容は、変化した環境に適応する為だったり、天敵を撃退する為の手段であったり、自らの種を絶やさないようにする方法だったりする訳ですが――どうすれば、進化は起きるのでしょうね」
「それは……」

 サヨリは考えるものの、今度は思いつかなかった。実際のところ、簡単に思いつくようなら今頃、そこら中で色んな生き物が進化しているだろうし、それが正しいのだろうけれども。

「既に、超能力を得る、と言う形で人類から一段階上の存在へと進化している超能力者が――もし、その能力を持ってしても回避出来なかった死と遭遇した時……その時、一体何が起こるのでしょうね」

 その視線は――やはり、目の前の映像に注がれたままだった。

 ――・――・――

350akiyakan:2012/11/07(水) 20:08:14
「どうした、兄さん!? 全く歯応えが無いじゃないか!」

 アッシュの放った拳が、シスイを捉える。まるでトラックでもぶつかってきたような衝撃に、シスイの身体は吹き飛ばされ、遥か後方にあった廃ビルへと突っ込んだ。

 巻き上がる砂埃と破片。一拍置いて、老朽化した建物にその衝撃は止めだったらしく、ガラガラと音を立てながら崩れ落ちた。

「――おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッ!!」

 砂埃を吹き飛ばしながら、金色のオーラを纏ったシスイが飛び出してくる。その衣服は、既にボロボロだった。

(――おかしい)

 自分の優勢を信じて疑わないアッシュだったが、少しずつ違和感を覚えていた。

(何十回と殴っている筈なのに――何でこいつ、〝傷一つ〟ついてないんだ!?)

 戦闘開始から今に至るまで、アッシュの攻勢一方、シスイの防戦一方だった。無理も無い話で、身体能力を強化するバイコーンヘッドで武装をしている分、どうしたって基礎値で言えばアッシュの方が遥かに有利だ。攻めに入りたくても、その能力差がシスイを前に進ませてくれない。ただひたすらに、一方的に殴られ、蹴られると言う状況が続いていた。そんな状態を、シスイの着ているボロボロのいかせのごれ高等学校の制服が物語っている。

 だが、しかし、

 ボロボロになっているのは衣服ばかりで、都シスイ自身には全くと言っていい程傷が付いていない。これはあまりにもおかしい。アッシュの拳は鉄筋コンクリートさえもベニヤ板のように打ち破り、その蹴りは鉄骨さえも飴のようにへし折るのだ。そんな暴力を立て続けに受けて生きている事が、ましてや掠り傷一つ負っていない事実は、あまりにも辻褄が合わない。

 攻撃をかわされている? ……否、そんな筈は無い。アッシュの五体に伝わる感触は、確実に対象を捉えている。錯覚なら話は別だが、間違いなくアッシュの攻撃はシスイに当たっている。

 当たっている筈なのに――

「何でだ!? 何で効いてないんだよ――ッ!?」

 堪え切れなくなった様に、アッシュが叫んだ。

 地面の上に倒れ込んだシスイが、ゆっくりと身を起こす。もはや、その上半身を覆い隠す物は何も無く、素肌を外気に曝け出している。泥や埃で薄汚れているものの――その肌にはやはり、傷らしい傷は全く見当たらなかった。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 バイコーンヘッドの胸の部分にある紅玉が輝き、そこから長柄の斧が飛び出してくる。それを両手で握り締めると、アッシュは勢い良く振り上げた。斧が、銀色のオーラに包まれる。

「死ね――ッ!!」

 アッシュが斧を、シスイの脳天目掛けて振り下ろす。それに対して、シスイは自分の右腕を上げた。

 ギンッ、と、金属と金属がぶつかり合う音が、辺りに鳴り響いた。

「……嘘だろ」

 マスクの内側で、アッシュは驚愕の表情を浮かべていた。

351akiyakan:2012/11/07(水) 20:09:09
「何だよ、その右腕!?」

 アッシュの視線の先にあるのは、斧を受け止めたシスイの右腕だった。そこには、今まではそこに無かった筈の物が出現していた。

 それは篭手だった。指先から肘まで覆い包む、金色の篭手。手甲の部分からは、角を彷彿とさせる赤い突起物が伸びている。それはまるで、麒麟の頭の形によく似ていた。

「――其は、四天の中心に座したる天帝の証」

 シスイの口から、言葉が紡がれる。

 それはまるで、呪文を唱えているかのようだ。

「目覚めよ、黄道の獣。汝が往くは、王の道」

 シスイが、ゆっくりと顔を上げる。その瞳と視線があった瞬間、アッシュの背筋にぞくりと寒気が走った。

「我、護国の剣と成りて――魑魅魍魎を打ち破らんッ!!」

 言葉が結ばれると同時に、シスイの身体をオーラの量が勢いを増す。腕を包む装甲が開き、そこからより質量の濃いオーラが塊となって溢れ出す。それはまるで、麒麟の鬣を髣髴とさせた。

「ぐあっ!?」

 装甲から噴き出したオーラに押され、アッシュの握っていた斧が弾き飛ばされる。

「何だよ、それ……!?」

 アッシュは、震えが止まらなかった。それは、恐怖から来るものではない。何か、圧倒的なものを遭遇してしまった時に出る――名状しがたい、歓喜にも似た震えだった。

「そんなの、僕は知らないぞっ!!」

 胸の紅玉から武器を転送。二振りの刀を呼び出し、シスイに切りかかる。

 だが、

「〝金装〟」

 シスイが短く言葉を呟く。すると次の瞬間、シスイの髪の色が黒から灰色へと変化していった。肌の色も、褐色に近い色へと変わっていく。

 シスイの身に起きた変化に遅れる形で、アッシュの刃が彼に届いた。その刃は、シスイの身体を切り裂く事無く――薄皮一枚にめり込み、止まっていた。

「何……!?」
「〝火装〟」

 驚くアッシュを尻目に、シスイは刀を振り払うと、今度は別の呪文を呟く。今度は髪がオレンジ色に染まっていき、肌は普段の肌色に近い色合いへと変化する。

 シスイの右腕が炎に包まれる。その炎拳を、彼は思いっきりアッシュの胸に叩きつけた。

「炎――槌ッ!」

 衝撃がまず、アッシュの背中から突き抜ける。斜線上にあった瓦礫や地面が抉られ、スコップで削られたように真っ平らに成る。それから遅れて、アッシュの身体が吹っ飛んだ。

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!?!!??」

 バイコーンヘッドが、漆黒の装甲が、「天子麒麟」による強化を受けているにも関わらず、まるでボロ布のように破壊されていく。チタン製の装甲は罅割れ、特殊繊維を何層にも組み合わせて紡がれたインナースーツが引き千切られる。内臓機関は焼き切られ、火花を散らすコードはまるで血管のようだ。

 装甲を剥ぎ取られ、生身になったアッシュが地面に叩きつけられる。その全身には火傷が出来ていた。

「ば、馬鹿な……!? 何で僕が……この双角獣が、生身の相手に……!?」

 自分の身に起きた出来事が信じられないのか、アッシュが震える声で言う。

352akiyakan:2012/11/07(水) 20:09:39
「生身じゃねぇよ」

 アッシュの傍まで歩み寄り、その姿をシスイは見下ろしていた。

「俺が一人で戦っているとでも思ったか、アッシュ? ……自然と、大地と協力する。それが本来の麒麟の戦い方だ。森羅万象を味方につけた俺に、たった一匹の獣であるお前が敵う訳無いだろ」
「…………!」

 シスイの言葉に合点がいったのか、しかしその事実が信じられないようにアッシュが目を見開く。

「ふ、ふふふ……確かに、全く道理だね……でも、ずるいや兄さん。大自然で武装するとか、そんなの」
「お前に言われたくない――ッ!?」

 その時、シスイ目掛けてどこからともなく炎の塊が飛んで来た。咄嗟に彼はそこから飛び退り、その攻撃をかわす。攻撃をかわしたシスイの頭上を、何かが横切った。

「な――グリフォン!?」

 鷹の頭部と翼、そして獅子の身体。神話に出てくる鷲獅子そのものの生き物が、アッシュのすぐ傍に降り立つところだった。

「よぉ、アッシュさん。見事にぼろっくそやられましたなぁ?」
「イマさんか……まぁね。兄さんを甘く見てた」

 グリフォンが軽い口調でアッシュに声をかけた。そのやり取りで、彼らが仲間同士なのだとすぐにシスイは察し、身構える。

「おおっと、兄ちゃん? 別にオレは、アンタとやり合う為に飛んできたんじゃないですぜ? オレの目的は、ここに転がってる銀角の麒麟なんですよ……っと」

 言いながらグリフォン――イマは、アッシュの身体を咥えると放り投げるようにして自分の背中に乗せる。雑に乗せたため、アッシュは危うく落ちそうになるが、本人がよじ登る形でそれは免れる。

「ちょっとイマさん、僕怪我人なんですけど……」
「そん位で根を上げる程ヤワに出来てないでしょーよ。紛い物とは言え、麒麟なんだからさぁ」

 イマの言葉にアッシュはむすっとするが、彼は全く気にした様子ではない。

「じゃあな、兄ちゃん。縁があったら、また会いましょうぜー」

 大気を掻いて、グリフォンの巨体が舞い上がる。それは瞬く間に空高く昇っていくと、すぐにシスイの視界から去って言った。

「勝った……か」

 そう呟くと、緊張の糸が切れたように彼はその場にへたり込んだ。右腕の篭手は消え、髪と肌の色も何時もの色に戻る。

 アッシュの命を奪いこそしなかったが――誰が見ても分かる位に、この戦いはシスイの圧勝だった。

 ――・――・――

353akiyakan:2012/11/07(水) 20:10:12
「サヨリさん。今の映像、ちゃんと記録しましたか?」
「はい、ちゃんと記録しました」
「よろしい」

 サヨリの言葉に、ジングウは満足そうに頷く。それに対して、サヨリは怪訝そうな顔をしている。

「ジングウさんは――分かっていたんですか、初めから?」
「さて、何のことでしょう?」

 サヨリの言葉に、ジングウはそう嘯く。

 それで彼女は確信した。ジングウは、負けると分かっていて、あえてアッシュを向かわせたのだと。

「……シスイさんは、一体何を使っていたのですか?」
「天装……守人に伝わる奥義の一つですよ。五行の属性、火、水、木、金、土を術者に付加する、ただそれだけの技術なんですけどね……麒麟の強化能力と組み合わさる事で、ここまで強力になるとは思いませんでしたが」
「それは知っています……ですが、あの右腕。あんなの、天子麒麟の能力には無い筈です」

 サヨリの指摘に、ジングウはニヤリと笑う――まるで、よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりの表情だ。

「ナイトメアアナボリズム……それは自らを殺した死因に対する適応能力を目覚めさせ、そして自らの死因を更なる外敵を排除する手段としてその身に同化させる現象……もしそれと似たような現象が、既に特殊能力を持っている人間に起こったとしたら?」
「既に……特殊能力を持っている人間に……?」
「ええ――自分に備わった特殊能力を持ってしても排除出来ず、自らを死の淵に追いやった存在……それを倒せるように、特殊能力が変質、或いは進化する事があるとすれば?」

 ――それは、もう一つのナイトメアアナボリズム。

「私はその現象を、こう呼んでいます」

 ――アナザー・ナイトメア・アナボリズム――

 それは、もう一つの悪夢。

354akiyakan:2012/11/09(金) 19:54:20
スナーク狩り

「――急いで、みんな!」

 いかせのごれ某所。人気の無い街外れを、三つの人影が走っている。

 異様な三人組だった。一人は半透明の子供であり、一人は包帯塗れ。三人目に至っては、両腕が鳥の翼のようになっている。

「ヒトリッ!」

 包帯を巻いた少女が叫ぶ。その声に応えるように鳥人間は頷くと、自分達が走っている方向とは逆方向を向き、その両腕を大きく振る。

 ――サラテュードウィンド!――

 不気味な風が吹き荒れる。三人を追跡していた人影が、その風に吹き飛ばされまいと踏ん張っている。それらは全員、漆黒のライダースーツとフルフェイスのヘルメットを装着している。

「はあぁぁぁぁぁぁ!!」

 敵が体勢を崩した瞬間を狙い、包帯の少女が飛び掛る。右腕に巻いた包帯を引き剥がすと、腐敗した黒い肌が剥き出しになる。

 腐敗した右手がヘルメットに触れた――その瞬間、ぐしゃりとヘルメットが溶け落ちた。溶けたヘルメットの下から、のっぺりとした坊主頭と、その中心にある赤い無機質な単眼が露になった。

「こんのぉッ!」

 剥き出しになった敵の脳天目掛けて、少女が鉄パイプを振り下ろした。ゴキン、と言う鈍い音を立て単眼の首はへし折れ、その場に倒れて動かなくなった。

『ヘルちゃん、ヒトリさん、逃げて!』

 半透明の子供が叫んだ。その声を受けて、すぐさま包帯の少女と鳥人間は物陰に隠れる。二人が耳栓を付けるのと、半透明の少女が息を吸い込むのはほぼ同時だった。

『――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

 もし、この場において少女の声を聞いた者がいたとすれば、それを「無音な爆音」であると認識したであろう。なぜなら、音を認識する前に鼓膜が破壊されてしまっているからだ。故に、音が鳴っている事が分かっていても、それが音であると感じる事は出来ない。

 音の衝撃波が吹き荒れる。凄まじい振動波が射程範囲内の物を襲い、無差別に破壊していく。ガラスは一瞬の内に砕け散り、コンクリート製のビルの壁面に亀裂が走る。

『はぁ……はぁ……!』

 衝撃波の通り過ぎた後に、動く者は無い。所々にライダースーツの姿が見えたが、全員身体を小刻みに痙攣させて起き上がる気配は無い。

「アビ、行くよ!」
『うん!』

 三人が逃走を再開すると、一体どこに隠れていたのか、新たなライダースーツ達が現れてそれを追いかけていく。

 逃走戦にして、追跡戦……その終わりは、見えなかった。

 ――・――・――

「アビ、追って来てる?」
『ううん、いない。撒いたみたいだよ、ヘルちゃん』

 物陰に隠れて三人組――無々世一派のアビ、ヘルラ、ヒトリは息をついた。よほど激しい逃走劇だったのだろう、思念体であるアビも含めて全員が肩で息をしていた。

『あのバイクスーツの人達って……』
「ウスワイヤを襲撃した、千年王国の兵隊と見て間違いないね」
『何でそんな人達に襲われないといけないのかなぁ……私達、そんなに嫌われるような事……』
「……いっぱい、やってきてるね」

 自分で言って鬱になっているが、それは彼らで選んだ道だ。

 無々世一派。無々世と言う一体の「人無(ひとでなし)」を中心とした集団であり、「永遠なる平和な世界」を作り出す事を目的としている。
 彼らは自らの目標の障害となる存在すべてを不要なものとして捉えており、それ故にあらゆる組織から危険視されている一派だ。それ故に、無々世一派を快く思っていない者達は多い。しかし、

355akiyakan:2012/11/09(金) 19:54:51
「でも無々世、千年王国は警戒しなくていいって、言ってたのに……」
「事情が変わったんだよ」
『!?』

 自分達ではない声が、三人の頭上から降って来た。反射的に顔が上の方を向く。

 両側が壁に挟まれた路地。夜空が切り取られている。その空を覆い隠すように、建物の外壁に巨大な影が張り付いていた。

「――!」

 ヒトリが自分の腕から羽を数本引き抜き、その影目掛けて投げた。羽はダーツのように標的目掛けて飛ぶが、当たったのは外壁だけだった。影は獣ような速さで動き、今度は路地の出口を塞ぐ様に立ち塞がった。

「大きい……!」

 街灯の明かりに照らし出された姿は、長身の男だった。くすんだ金色の髪を肩先ぐらいにまで伸ばしており、縁の丸い眼鏡の奥で緑色の瞳が覗いている。何故かヘルラには、その瞳がまるで肉食獣の目であるかのように思えた。

「お前は……!?」
「……都市伝説・侵話が一灯」
『都市伝説・侵話!? それって――』

 アビの言葉に対する回答を示すように、男は脇に抱えたマスクを被った。犬歯の長い、サーベルタイガーの頭を模したマスクだ。

「人面虎(マンティコア)。それが俺に与えられた別名だ」

 マスクの瞳が――肉食獣の眼が光る。本物の人食い虎と対峙しているかのような錯覚を、三人は感じた。

「都市伝説……確か、百物語組や、出雲寺組を襲ったって言う……!」
『千年王国の所属だったんだ……』

 人面虎は、三人に近付きながら右腕に巻き付けた皮製のバンドを引き千切る。機械性の義手が、剥き出しになった。

「……何が目的なの、アンタ達?」
「自分達の組織の邪魔になる存在を潰す……お前達が何時もやっている事と同じだろう」
「ううん、違う……確かにそんな風に見えるけど……無々世が言ってた。『お前達に他の組織を潰す気なんて全く無い』って」
「…………」
「考えてみれば分かる事だった……ウスワイヤ襲撃事件の時だって、ジングウはバトルドレスを戦わせるばかりで、他にもあった筈の手札を使おうとはしなかった……百物語組を襲撃した事件もそれから音沙汰無いし、出雲寺を襲った時も怪我はさせても命までは取らなかった」
「……随分と詳しいんだな。まぁ、敵対勢力について知っていても、不思議ではないか」
「あんた達、一体何なの!? 潰す気なんか全く無くて、悪戯に暴力を撒き散らすばかり! そんな事をして、一体何の為に――」
「――合理的な、世界の創造の為、ですよ」
「……え?」

 ヘルラの言葉に割って入ってきたのは、新たな登場人物だった。人面虎の背後から現れたのは、外套に身を包んだ小柄な人影。巨大な人面虎の体躯と並び立つと、巨人とホビット位の対格差を感じてしまう。

「あなた達、無々世一派は『永遠なる平和な世界』を目指しているんですよね」
「え……ええ、そうよ。差別も暴力も無い、平和な世界の創造……それが無々世の名の下に集まった、私達の目標だもの」
「平和……確かにいい言葉ですね。争いの無い、穏やかな世界……」

 小柄な人影は、どうやら男であるようだった。それも若い、少年の声だ。

 少年の言葉に偽りは無いのだろう。その響きには、平和と言う言葉への憧れ、そして共感する響きがある。ジングウのよくやる芝居がかった口調などでは決して無い。

「僕もそれは、いい事だと思います。だけど――」
「俺達の頭(かしら)に言わせれば、それはまやかしだ」

 少年の言葉を、人面虎が取り次いだ。マスクの下から覗く口元が皮肉そうに嘲笑(わら)う。

「何?」
「平和であると言う事は、即ち競争が起きないと言う事だ。競争が起きないと言う事は、つまり上を目指さないと言う事だ……人類がどうやってここまでやって来たのか。それは競争が存在したからだ、向上心があったからだ」
「そして、平和と言う言葉は向上心を殺す。向上心が無くなったら、人はゆっくりと腐っていく」
「「争いがあるからこそ、人はここまで来る事が出来た」」

「「「ッ――――!?」」」

 アビも、ヘルラも、そしてヒトリも。背筋に悪寒を覚えた。目の前に立っている二人が――まるで彼らが喋っているのではなく、ジングウが喋っているかのように錯覚したからだ。

356akiyakan:2012/11/09(金) 19:55:45
「俺達、都市伝説:侵話は、一人一人が蝋燭を持っている。戦いの火種になる蝋燭をな。それを、各組織へ撒き散らし、火勢を大きくする……つまり、火付け役って事だ」
『火付けって……何の為に?』
「そんなの、戦争を起こす為に決まっているだろう?」

 人面虎が再び嘲笑う。そんなの、分かりきった事ではないか、と。

「ジングウさんが言う合理的な世界って言うのはね……争いの絶えない世界なんだよ。戦いが永遠に続く修羅の世界……それが、あの人の望む理想」
「……馬鹿げてる。そんなの、ただの地獄じゃないの!」
「かもしれない、あまりにも苛烈な世界だ。だけどそれ故に怠惰は許されない。誰もが前に進む事を、前進する事を、今より良い存在になる事を強いられる世界」
「まさに、弱肉強食の理論だな。もっとも、頭はこの言葉が嫌いでな。どちらかと言えば、適者生存の方が適当か」

「「「…………!!」」」

 三人は、ただ息を飲むしなかった。

 永久に争いの無い世界を目指す無々世に対し、
 永遠に争いの続く世界を目指すジングウ。

 間逆だ。千年王国は、無々世一派が目指す道と、間逆の道を歩んでいる。そしてその内容に、イカれているとすら三人は思った。

「そんなの――」
「やらせる訳が無い、ってか?」

 ジャキリ、と人面虎の右腕が変形した。瞬時に、機関銃のような形へと変わる。鋼が放つ凶暴な輝きに、ヘルラはごくりと生唾を飲み込んだ。

「主張はご自由に。だけどな、どんなに正しくても、力が無ければその主張は通らないんだよ」
『ヘルちゃん――!!』

 ヒトリが、ヘルラを庇う様にして立った。たがしかし、それが一体何になると言うのだろう。機関銃の弾丸は、人間の身体などたやすく貫き抉る。人一人が身を挺したところで、その圧倒的破壊力を防ぐ事など叶わない。ましてや、人面虎の右腕に内臓されているのは細かい針のような弾丸を高速で撃ち出す千本機関銃(ニードルガン)だ。

 人面虎が引き金を引いた、その数秒後。待っているのは、二人分の挽肉に変えられたヘルラとヒトリの姿――

 ――の、筈だった。

「ロイドさん!」

 人面虎の隣に立っていた少年が声を上げた。人面虎本人はと言えば、苦痛にその表情を歪めている。見ればその右腕は……煙を上げながら、まるで爆発でもしたみたいに、ボロボロに破壊されていた。

「なるほど、これが『危険因子化(ハザードファクター)』か……一度食らってみないと、どう言うものか分からないものだな」

 人面虎が顔を上げる。その視線は、三人の背後に向けられていた。

「な、無々世……」

 一体いつの間にそこへ現れたのか、そこには十二歳位の少年が立っていた。亜麻色の短い髪の毛に、虚ろな瞳。まるでその瞳は虚空へと続く穴のように深い。この世の何もかもに絶望した人間の瞳は、こんな風になるのかもしれない。

 無々世一派の中心人物、「人無(ヒトデナシ)」無々世その人だった。

357akiyakan:2012/11/09(金) 19:56:17
「くくく……頭から頼まれたんで代わりに言うぜ……『ようやく会えたな』」
「…………」

 無々世は、無感動に自分達の「敵」を見つめている。彼が一体何を考えているのか、同じ「仲間」である筈のアビ達ですら、その心中は全く理解出来なかった。

「……撤収だ。行くぞ、『獣帝(ビーストマスター)』」
「は、はいっ!」

 それまでの執拗さと打って変わり、人面虎と少年は踵を返す。もっとも、敵対者に無々世が容赦する筈も無く、その腕が彼らに向けて上がる。

「〝危険因子化(ハザードファクター)〟」

 ビシリ、と両側の壁面に亀裂が走った。次の瞬間には、それが砕け、二人目掛けて落石となって降り注いだ。

 轟音、そして砂埃。それらが視界を埋め尽くす。一瞬の出来事に、三人は息を呑んだ。

「……逃げられた」

 ポツリ、と感情の欠落した声で無々世が言った。ただ、目の前に起きた出来事に対する結果だけを彼は述べていた。

『へへーん! 一昨日来やがれなのよー!』

 敵を退けられた事がよほど嬉しいのか、未だ晴れない砂埃に向かってアビがアッカンベーをする。

(……違う)

 しかし、ヘルラとヒトリは違っていた。二人は浮かない表情で顔を見合わせる。

(奴らはとっくに、目的を達成している……)

 ――ようやく会えたな――

 人面虎を通じてジングウから放たれた言葉が、ヘルラの中で木霊する。
 
 そうだ、初めから彼らは言っていた。「潰す気なんて始めから無い」と。都市伝説達が襲ってきたのは他でもない――無々世を、彼女達のリーダーを引き摺り出し、表舞に挙げる事だ。

 轟々と、何かが音を立てて燃えているような――そんな気が、ヘルラにはしてならなかった。

※十字メシアさんより、「椏弥」、「綜留羅」、「悲鶏」、「無々世」、えて子さんより「花丸」をお借りいたしました!

358しらにゅい:2012/11/11(日) 15:10:42


 いかせのごれの雑踏から少し外れると、鬱蒼とした小さな森がある。
その中には古びた屋敷が建てられており、もう長い間誰かが再びそこに住み着いたことはない。
その為、屋敷は雨風やそこを棲家とする獣のせいで荒れ果てて、お化け屋敷同然の外観になっている。
とても人が住めるような場所ではない、と誰が見てもそう思うだろう。
しかし、そんな廃屋に向かう為に森の中を歩く青年がいた。
彼の外見は二十代から三十代ぐらいで身軽な服装をしており、背中には長い筒状のケースを背負っていた。
また、両手にはたくさんの白い袋が抱えられており、隙間から葱や大根がはみ出している。
屋敷の前に辿り着くと、彼は荷物を一旦地面に置き、重く古びた扉を開いた。

「ナナセ様!ヤマトがただいま戻りました!」

 青年は元気よく声を上げると、荷物を再び手を取り、屋敷の中へと進んだのであった。

 青年の名前はヤマト。
「永遠なる平和の世界」を願う、無々世一派の一人である。
元々、UHラボに被検体として存在していたのだが、数年前のとある騒動によりUHラボは崩壊。
その際に負った怪我で瀕死になっていたところを、無々世に拾われ、以降彼を主と慕い、
身の回りの世話や護衛を務めている。彼らの拠点として存在しているこの古屋敷も先に述べた通り、
以前はとても人が住めるような状態ではなかったが、ヤマトが率先して整備清掃を行ったおかげで、
完璧、とまではいかないが、それなりに内装も綺麗になった。また、メンバーの中にはヤマトと同様に、
食事を必要とする者もいるので、こうして買い物に行き、彼らの食事を作っている。

「…ナナセ様、いらっしゃらないのですか?アビ様、ヘルラ様、ヒトリ様ー?」

 ヤマトは首を傾げつつ、廊下を歩きながら、彼らの名前を呼んだ。
いつも帰ってくれば、真っ先に椏弥が飛びついて菓子をねだってくるのに、今日に限っては音沙汰も無い。
もしや、自分が留守の間に彼らに何かあったのだろうか。主や他のメンバーの力を知らないわけではないので、
それが杞憂だと分かっているものの、それでもヤマトに一抹の不安がよぎった。
廊下の角を右に曲がったところで、横にずらりと並ぶ部屋の中で一つだけ灯りが灯っている部屋を見つけた。
その扉の前に辿り着くと、彼はまた荷物を置いて、扉をノックした。
返事は、ない。

「………」

 ヤマトは背中にある自らの武器の存在を確かめつつ、静かに部屋の中へと入った。
しかし真っ先に視界に飛び込んできたのは、彼が敬愛する者達の姿であった。

359しらにゅい:2012/11/11(日) 15:18:44

『あっ、ヤマトだー!おかえりなさい!』
「アビ様!それに、皆様いらっしゃったのですね。」

 声を上げた椏弥、続けて壁に背中を預けて座る悲鶏、本を開きながらこちらを見る綜留羅、
そして窓際で椅子に座りながら本を読んでいる無々世、とヤマトは全員の姿を確認し、安堵した。

「図書室にいらっしゃるなんて、珍しいですね。」
「グー」
「…皆様で調べもの、ですか?」
『ねぇー、ヤマト!お菓子は!?』
「あぁ、廊下に置いてある荷物の中にあります…が、もうお夕飯の時間ですので、お菓子は食事の後に。」
『えー!いま、いーまー!』
「ナナセ様、今日のお食事はいかが致しま…?」

 駄々をこねる椏弥に苦笑をしつつ、ヤマトは主に声をかけようとしたが言葉を止めた。
無々世の表情はいつも通り無表情で、本を読んでいる。
それだけの事だが、違和感がそこにあるのをヤマトは理解した。
しかし、彼に声をかけたところで『自分に関わりのある』事でない限り、教えてくれないのも、
ヤマトは知っている。ので、この場で聞くのはやめておこうと彼は判断したのであった。

「……ヘルラ様、すいませんが荷物を運ぶのを手伝って頂いてもよろしいでしょうか?」

 突然、名前を呼ばれて綜留羅はビクッ、と肩を震わせたが、ヤマトと視線が合うと小さく頷いて、
彼に連れられて廊下へと出て行った。


----


「…ヘルラ様、何かあったのですか?」
「え…」

 暗い廊下を二人で並び歩きながら、ヤマトは綜留羅に問いかけた。
彼女は、すぐには言い出せなかった。余計な心配をかけたくない、という彼女の親切心もあったし、
今日に関して深く考えたり詮索すべきではない、と彼女なりに判断していたからだ。
伝えたところで、主想いのヤマトならもしかしたら、件の奴らに特攻するかもしれない。
しかし、その主想いだからこそこうして心配しているのであって、伝えるべきかもしれない。
でも、と綜留羅は考えれば考えるほど、思考が複雑に絡み、話すべきか否か迷ってしまった。

「…心配なさらずとも、私はナナセ様の望まない行動は致しませんよ。」

 そんな彼女を見透かしてか、ヤマトはそう言って優しく微笑んだ。
彼の言葉を聞いて、それでも綜留羅は少しだけ迷ったが、意を決し、ヤマトに今日の出来事について全てを伝えた。
話を聞いてる最中、やはりヤマトの表情は険しかった。

360しらにゅい:2012/11/11(日) 15:27:20

「そんなことが、あったのですね…」

 都市伝説・侵話。
それについて、ヤマトも知らないわけではなかった。
学生の間で噂になっている双角獣(バイコーン)、出雲寺組を襲撃した人面虎(マンティコア)、
特に後者に関しては出雲寺組の被害も尋常ではなかった事から、ヤマトは少なからずとも警戒していた。
もっとも、不在時に急襲されてしまったのでそれも無意味に終わってしまったが。
無々世一派の中で誰も怪我をしていなかったのは幸いだった。
しかし、彼らを護る為にわざわざ主を動かしてしまった事がヤマトにとって痛感であった。
拾われたあの日、自分は無々世の『盾』になると固く誓った。それなのに、その『盾』もなしに、
敵の前に立たせてしまったことを、恥と言わずなんと呼ぼうか。
自分がその時、その場にいたら。
その悔しさからか、袋から取り出した葱をヤマトは強く握り締めてしまい、パキ、と折れてしまった。


「…ヤマトさん…」
「あ、…す、すいません…!これは刻んでタッパにでも…!」

 傍らにいた綜留羅が暗い声でそう呼んだので、ヤマトは慌てて葱を仕舞おうとする。
しかし、綜留羅はヤマトの予想とは別の事について脅えていたのであった。

「私、怖いです…」
「ヘルラ、様…?」

 その彼女の表情は、明らかに哀を帯びていた。

「今まで、こういうことはなかったわけじゃないです…でも、今日は、そんなのと、違って…」
「………」
「争いのある世界が、正しいだなんて…考えてません、けど…私達…私達、は…!」

 綜留羅は、カタカタ、と震え、自らの身体を抱き締める。
そんな彼女を見て、ヤマトは綜留羅に近づくと優しく頭を撫でた。

「そうですね、争いのある世界が正しくはありません。永久に平和が続く世界…それがナナセ様の願う世界です。」
「………」
「私は、そのナナセ様の願う世界を護る為にここにいるんですよ、ヘルラ様。」
「…ヤマトさん…」

 自分を見上げてくる綜留羅に向けて、ヤマトは再び微笑んだ。

「私は、貴方方をあらゆる害から護る盾です。ですから、ご安心してください。
貴女に哀しいお顔は、似合いませんから。」










人無の『盾』


(何が起ころうとも、ただ俺は護るだけだ)

(貴方方の信じる世界を)

361しらにゅい:2012/11/11(日) 15:29:34
>>358-360 お借りしたのは無々世、椏弥、綜留羅、悲鶏(十字メシア)さんでした。
こちらからはヤマトです。

時系列的にはスナーク狩り後のお話です。
ヤマトについては後々詳細を上げさせて頂きますー

362十字メシア:2012/11/11(日) 17:27:16
akiyakanさんから「都シスイ」、鶯色さんから「ハヤト」お借りしました。


「ああもう…私のバカ!」

いかせのごれ中央。
賑やかな通りで、一際騒がしい声が連なっていた。
それは一人の少女を追いかける人だかりによるものだった。
そもそも事の発端は10分ぐらい前のこと――。

『カヨコさーん』
『あ、ハイ。何ですか?』
『今日はもう予定ありませんよね?』
『そうですね。あ、スイパラ通いですか?』
『えへへ…』
『別に構いませんよ。ただ…バレないように気を付けてくださいね』
『分かってまーす。じゃ!』

茶色い髪に水色の目、モテても何ら可笑しくない顔立ち、そして一般人にしては見慣れぬ服。
彼女――雛鳥 うずらは所謂「アイドル」という人間だった。
まだデビューしてから日が浅いにも関わらず、ライブはいつも満員御礼なのは勿論、グラビア写真集を出版したり、
色んな雑誌からインタビューを申し込まれたりと、今いかせのごれで話題の少女なのだ。
容姿や人の良さも人気の秘訣だが、何よりもその「歌声」が魅力的だという。
そんな彼女の趣味は、休日や仕事終わりにスイパラへ通うことだった。

『今日は何食べようかな〜…プチケーキ10個かな? それかモンブランとフルーツタルト…ううん、迷っちゃう!』

『ねえ…あの人…』
『まさか…』

『……?』

周りの人がうずらを見ては、ヒソヒソ何かを言っている。
うずらは何故なのか分からなかったが、ショーウィンドウに移っている自分を見た途端、その訳を理解した。
今の自分は普通の格好をしているが、それ以外は全く変わっていない。
つまり、それは。

『…あ』

――変装するの忘れてたぁぁああああああ!!!!!


そして今に至る。
普段ならファンの声に応える彼女だが、今は仕事終わりの時。
せめて休日やその時だけはゆっくりしてたいし、普通の女の子でいたい――それが彼女の本音。
走りまくるうずらだが、ファンの足音が止むことはない。

(どうしよ〜!)


「はぁー食った食った!」
「やっぱ店長のとこの料理は美味いな」
「だな! 今度連れて行こうぜー」

街道を会話しながら歩いているハヤトとシスイ。
店長こと楠原 亜音のレストランからの帰りのようだ。

「そうだな。まだ一度も行ったことない奴とかさ」
「おう! …っても、知り合いで結構行った事ある奴いるよな」
「あ、そういえば確かに…ん?」
「? どうしたシスイ」
「あれ…」

とシスイが指差した方向には、大勢の人に追われる少女が。
するとその少女を見たハヤトは――。

「えっ、ちょ、マジかよ! アレうずらちゃん!?」
「うずらちゃん?」
「シスイ知らねぇの!? 最近めっちゃ人気出てるアイドルなんだよ!!! うわ、まさかお目にかかれるとか…!」

すっかりミーハー状態のハヤト。

「…でも、何か困ってないか?」
「んー、そういや…」
「もしかしたら、ファンの人から逃げてるのかも」
「……よし、シスイ! うずらちゃんを助けに行くぞ!」
「え!?」

突然の言葉に驚くシスイ。

「だってうずらちゃん困ってんだろ? それに本人と話せるチャンスだし…!」
(結局それが目当てだろ!)
「ほら早く行くぞ!」
「あっ、ちょっと待てよ!!」

363十字メシア:2012/11/11(日) 17:29:37

「はあ…はあ……」

未だファンを撒けずにいたうずら。
体力もあまり残っていない。

「もう最悪〜…!」

万事休す、かと思ったその刹那。

「うずらちゃん!」
「ッ!?」

別の方から自分を呼ぶ声。
思わず身構えたが、追いかけてくるファンとはちょっと様子が違っている。

「こっち! ファンの人がまだ来ないうちに!」
「え…」
「早く!」
「うっ…うん!」

藁にもすがる思いで曲がり角に逃げ込むうずら。
そこにいたのは、黒髪の少年と頭にバンダナを巻いた少年の二人。

「あ、あの…」
「ついてきて!」
「え…あっはい!」

二人の少年に言われるがまま連れられるうずら。
すると次第にファンの足音が遠のいていくのが分かった。
最後に路地裏に逃げ込むと、完全にそれは無くなった。

「ふう…何とか撒けたな!」
「ああ」
「あ、の………あ、ありがとう――」

ございます、と言いかけた時。

「うっひゃあー!! ホントにホントにホントに本物だーーー!!!!」
「ふひゃっ!?」
「おいハヤト! 声が大きいって!」
「あ、わりぃ。つい興奮して…」

ハヤト、と呼ばれた少年が頭をかく。
そのやりとりを見て、うずらは思わず噴き出した。

「君、ハヤト君っていうんだね。そっちの子は?」
「ああ、シスイだよ。俺のダチ」
「へえ、友達なんだ。いいなあ…」
「?」
「周りに、同年代の子が中々いないから…ちょっと寂しくて」
「そっかぁ…」
「あ、でもアイドル活動は大好き! 特に歌!」
「ああそうそう! 俺うずらちゃんのCD持ってるぜ!!」
「え、ホント?」
「ホントホント! うずらちゃんの声大好きなんだよー!!」
「わあ…嬉しいな、ありがとう!」

ハヤトの言葉に思わず笑みが零れるうずら。

「そんなに良いのか?」
「あれ、シスイ君は聞いたことないのかな?」
「あっ、ご、ごめん。俺、ちょっとそういうの…あまり興味ないというか」
「ううん、いいよ。気にしないで」
「でもマジでうずらちゃんの声いいぜ! 今度CD貸すよ!」
「え、いや…」
「いいから聞いてみろって!」
「わ、分かったよ…あ、そうだ!」

シスイが突然声をあげた。

「折角だから、その子店長の店に連れてったら?」
「おっ、それいいな!」
「店長?」
「知り合いの人がレストランを経営してるんだ」
「料理すっげーうめぇぜ!!」
「へえ…実は私、スイパラ行くとこだったんだけど…今日はそこでスイーツ食べようかな!」
「よっしゃ! そうと決まれば行くぜー!!」
「ま、待てよハヤト! ファンに見つからないように…」

364十字メシア:2012/11/11(日) 17:30:42
「う〜ん…美味しい〜!」
「だろー?」

無事店長のレストランに着いた三人。
うずらは注文したチョコレートパフェを幸せそうに頬張っていた。

「今日は最悪、と思ったけど…本当はラッキーな日だったのかも! ハヤト君、シスイ君。ありがとう!」
「いいっていいって! 俺はうずらちゃんに会えただけでもラッキーなのに、こうして話せるなんて…!」
「落ち着けってハヤト」
「まあ、あたしもラッキーといえばラッキーだよ。まさか、あの人気アイドルがうちの店に来るなんてね」

カウンターでそう言って、イタズラっぽく笑う亜音。
それにつられてうずらも笑う。

「あの、よろしければ今度ライブに来ませんか?」
「え、うずらちゃんの!?」
「うん。お礼として、特別に無料招待してあげる!」
「マジで!?」
「マジ! あ、店長さんもいかがですか? 店の人もご一緒に…」
「いや、あたしらはいいよ」
「え、いいんですか店長」
「うん、二人で楽しんできといで」
「いよっしゃあ!! 楽しみにしてるぜー!!!」
「ちょ、ハヤトはしゃぎすぎ…」


突飛に出会った、そんなハナシ

365えて子:2012/11/12(月) 22:20:43
鶯色さんより「イマ」さんお借りしました。


千年王国の拠点、ホウオウグループ支部施設内に存在する閉鎖区画。
その一画に、不思議と植物が生い茂っている区域がある。

「…………」

そこにやってきた花丸は、脇目も振らずにその区域へ足を進める。
芝生に足を踏み入れると、草が踏まれた音を察知したのか、奥から影が現れた。

「……ただいま、みんな」

集まってきたのは、大小さまざまな動物たちや生物兵器たち。
行き場がなく拾ってきた動物たちや、処分されかけた生物兵器を引き取って、この区域で世話をしている。
今日も学校帰りにスーパーで餌を買い、食事などの世話をしていると、

「はーなまーる、さんっ」
「わっ!?」

突然、軽い声とともに背後からのしかかるように体重がかけられ、勢い余って前につんのめった。
何とか体勢を立て直して慌てたように後ろを振り向くと、体重をかけた犯人を見て少しだけ声を曇らせる。

「……イマさん。いきなり体重かけるの、やめて」
「すんませーん。こうしたら、花丸さん潰れるかと思ってw」
「…やめて」

千年王国の構成員で、生物兵器でもあるイマが、花丸にのしかかりながらニカッと笑った。
元からの性格か、ホウオウグループ製の生物兵器であるため能力の影響を受けやすいのか、彼は花丸によくちょっかいを出す。

「なあ花丸さん、埋めていいっすか」
「ダメ」
「えーwいいじゃないっすか、ちょっとぐらいー」
「ダメなものはダメ」
「えぇー」
「えぇ、じゃないの。我慢して」

隙あらば自分を埋めてこようとするイマを軽く押して離れさせると、木に寄りかかって座り込む。
そこで初めて、今は花丸が泥だらけであることに気づいた。
制服の上着も丸めて抱えられており、白いシャツにはところどころ靴跡らしきものも見受けられる。

「花丸さん、どーしたんすかソレ」
「……何でもないよ。知らない人たちに、蹴られただけ」
「何でまた」
「…さあ。僕が気に食わなかったんじゃないかな。生意気で」
「ふーん…」
「…だってあの人たち、この子をいじめようとしてたんだもん。だからついカッとなって…」
「この子?」

よくよく見ると、丸められた上着の中には、何かが包み込まれているようだった。
その中から顔を出したのは、

「キキィーーーーッ!!」

「………………何すかこれ」
「サル。多分、外国の種かなぁ……何処かで飼われていたのが逃げたのか、捨てられたのか……」
「キィッ!!!ギーーッ!!!」
「……むっちゃ暴れてますよ」
「…警戒してるんだよ。僕のことも怖いみたいだし……」

花丸の腕の中にいたのは小柄で細身のサルだった。
余程暴れたのだろう、そう呟く花丸の顔やゴーグルは引っかき傷だらけだ。
両手なんかは、現在進行形で新しい引っかき傷や噛み傷が増えていっている。

「逃がしてやりゃーいいんじゃないすかね、それ」
「うん……そのほうがいいのかもしれないけど…この子も怪我してるし、それが治るまでは…。また心無い人たちに襲われないとも限らないし…」

自分のほうがはるかに傷だらけだろうに、サルの心配をする花丸に、イマは軽く肩を竦めた。

「お人好しっすね、花丸さん」
「………僕が優しいのは、動物たちだけだよ」

暴れ疲れたのか大人しくなったサルを撫でながら、花丸はそっと微笑んだ。


調教師とグリフォン


「で、その上着、ボロボロっすけどどうするんすか」
「……どうしよう…」

366akiyakan:2012/11/13(火) 21:52:10
 擬人はかく語りき

 ※えて子さんより「花丸」、十字メシアさんより「クルデーレ」、「サディコ」、「ラティオー」、「マキナ」をお借りいたしました!

「ジングウさん、クオさんってどんな人だったんですか?」
「ん?」

 とある資料を眺めていて、私はそんな事をジングウさんに聞いていました。

「クオ……随分懐かしい名前が出てきましたね。どうしたんです?」
「いえ……これを読んでいたら、何だか気になってしまって……」

 言って、私が持っていた資料をジングウさんに見せると、彼は納得したように何度も首を縦に振りました。それは、人工神に関する資料だったのです。

「クオは……〝三倍尊者〟は、優秀な男でしたよ」
「人工神を物質から創造するのではなく、魂魄から創造しようとしたんですよね?」
「ええ。「存在しない」事を神の本質であると捉えていた彼は、出来るだけその本質に近い形で人工神を創造しようとしたのです。そしてその追求の果てに、プログラムによって構成された電脳生命を雛形にして、人工神のソフト――VEG‐1を彼は創造しました。こと、ソフトウェア開発において、彼はホウオウグループ内でも一、二を争う存在だったと言えるでしょう」
「ジングウさんより?」
「彼と私では専門分野が違います」

 私がからかうように言うと、ジングウさんにさらりと流されてしまいました。たまには、ムキになったりするジングウさんも見てみたいものだけど、なかなか手強いや。

「優秀、だったんですけどね……私と言う競争相手を失って、自らの命を絶ったそうです……全く、愚かな事を」

 言って、ため息をつく。何だかその横顔が、少し寂しそうに見えたのは気のせいでしょうか。

「ライバル……だったんですか?」
「いえ、そんな可愛げのある関係じゃありませんでしたよ。向こうが一方的に突っかかってきただけです」

 この、ひねくれ屋さんの本音は、私には全然分からない。だけど、二人は決して浅くは無い関係同士だった事は分かった。

「さて、と……書類の整理はこれ位にして、夕食にしましょうか」
「はい」

 私達は手早く資料をまとめると、資料室を後にする。向かうはここ、元生物兵器研究員用の食堂だ。

「おお、やってるやってる」

 自動扉を開けると、既に食事が始まっていた。

367akiyakan:2012/11/13(火) 21:52:48
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!? りーちゃんちょっと、それ僕のお肉ー!!」
「むぐむぐむぐむぐ」
「こら、りーちゃん? 駄目だよ、人のお皿の物にまで手を出しちゃ――って聞いちゃいないね……それ、僕のなんだけど……」
「……いかん。このままだと、レリックに食い尽くされてしまう……」

 ……訂正します。食事じゃないですね、これ。

 大テーブルに並べられた、おいしそうな食べ物の数々……それを、りーちゃんが触手を伸ばして手当たり次第に食べています……あの娘が生物兵器なのは分かっていますが、あの小さな身体のどこにあれだけの量が収まっているのでしょうか。

「花丸ちゃん、りーちゃん止めて! お得意の猛獣慣らしで!」
「無理ですよ、アッシュさんー!! この子、猛獣とかそう言うレベルじゃないですもんー!!」
「……まぁ、幸い肉はまだたくさんある」
「それも、食い尽くされかねない勢いだけどねー……」

 ちら、とロイドさんとアッシュさんが、部屋の隅に山積みになっている肉の塊に目をやる。小山ほどの肉がそこにはあるのですが確かに、りーちゃんの食べっぷりを見ていたらそれもすぐに無くなってしまいそうです……

「おーい、そこの衆。こっちに混ざらないかー?」

 ロイドさんが手招きをするのは、クルデーレさん達です。しかし彼女達は何時も通りで、精神的にも物理的にもこちらへ歩み寄ってくる気配はありません。

「気安く姉さんに声かけんな、虎ヤロー!」
「そう言いなさんなよ。あれだぜ、俺だって一応生物兵器なんだぜ? 君らと同じ」
「てめぇはどっちかって言うと、改造人間じゃねぇか!」
「うわ、差別されたよ。ちょっとティオくん、そいつ口悪いぞー?」
「…………」

 相変わらず取り付く島の無い人達です……うぅ、同じ千年王国なんだから、もう少し仲良くしたっていいのにぃ……

 その一方で、むしろべったりなのが……

「ジングウ様〜!」

 下手すれば押し倒しかねない勢いで突っ込んでくるメイドッ娘。それをジングウさんはさらりとかわし、メイドは両手に大皿を持ったままボディスライディングして滑っていく……何時もの事ですがマキナさん、何やってるんですか、貴女は……

「見事なバランス感覚です、マキナさん。両手に料理を持ったまま地面を滑っていったのに、皿からソース一滴零れていないとは」
「当たり前だよ〜。ジングウ様の為に愛を込めた料理だよ? 食べてもらうまではオシャカにする訳が無いじゃないか〜」
「……あの、これ、突っ込んでいいんですよね?」

 まるで鉄壁の要塞のようになびかないジングウさんと、それでもめげずにアタックを繰り返すマキナさん……何時も通りの風景ですが、その「何時も通りさ」に、不思議と癒されます。

「おや? マキナさん、また腕上げましたか?」
「ええー、本当に? いつもの社交辞令じゃなくて?」
「こんなところで嘘ついてどうするんですか……ふむ、スパイスの利かせ方が上手です」
「えへへへ……何だか、照れちゃうなぁ……」

 ……珍しい。ジングウさんが、他人の良い所を普通に褒めている。

「……ところで、ジングウ様? 何か、身体に変わったところある?」
「と、言いますと?」
「例えば、身体の一部が急に大きくなったり、こうムラムラしてきたりとか」
「……私に毒の類が通用するとでも?」
「ってぇぇぇぇぇぇ!? ジングウさんの料理に何を盛ったんですか、マキナさんっ!?」

 せっかく人が和んでいたのに、すぐこの展開ですか! 油断も隙もあったもんじゃない。ここにはりーちゃんとか、小さい子供だっているんですよ! 

「残念ですがマキナさん、ジェネシスの保菌体である私に薬の類は通用しません。毒素は残らず分解され、私の血肉になります」
「おおぉ……知らなかった、ジングウ様どくタイプだったんだ……」
「ついでに言ったら、はがねタイプでもあります」
「あ、だからじめんタイプである麒麟に負けたんですね」
「そうそう……って、何言わせるんですか」

 知りませんよ、乗ったのは貴方でしょう。

368akiyakan:2012/11/13(火) 21:53:29
「所で皆さん。いかがですか、植肉樹『ベヘモット』のお味は?」

 ジングウさんが食堂にいる全員に呼び掛ける。すると、真っ先に反応したのは何とクルデーレさん達だった。彼女達が一斉に何かの札を上げて――ってあれ、喉自慢とかで見かける採点札じゃないですか。しかも札には、一様に「0」の文字が。

「不味いわね。油が乗りすぎよ」
「同じく! 肉が硬い!」
「同じく。味が淡白過ぎます」
「これはこれは、厳しいですね」

 辛辣な感想を頂く一方、「美味しいよね?」、「いや、普通に美味だろ」、「はい、おいしいです」、「もぐもぐ」と言う感想がこちらでは……クルデーレさん達、一体何と食べ比べしたんでしょう……

「……でも、大量生産を前提とした食肉としては、十分じゃないかしら」

 あ、でも、褒めるところは素直に褒めるんですね(隣でサディコちゃんが「ええっ!?」って顔してるけど)……そう言うところは大人だなぁ、と思います。

「ところで主任? いい加減、教えてもらってもいいんじゃないかしら」
「何の事です?」
「とぼけないで。この『ベヘモット』を製造した理由よ」

 はい。ここでそろそろ、植肉樹「ベヘモット」について説明させて頂きます。

 このべヘモット、見た目は普通の動物肉ですが、実際は植物から出来ています。水と土で育ち、根から葉っぱまで全部食べられます。ただし、構成成分はブタ肉とほとんど同じです。ジングウさんお得意の生物工学の賜物らしいんですが……一体、どう言う仕組みしているんでしょうか、これ。

 まぁ、端折って説明すれば、ベヘモットは「畑で育てられるブタ肉」なんです。しかも、成長速度は普通の作物より全然早い。大体、二週間位で収穫可能な状態になるんです。現在試験的に、閉鎖区画内にある温室の一部を使って栽培しています。

 なぜ、こんな物を作ったのかと言えば、

「そんなの、分かり切った事でしょう……?」

 言いながら、ジングウさんが視線を向けたのは……まるでブラックホールのように料理を平らげていく幼女。ジングウさんの言わんとしている事に気付いたらしく、珍しくクルデーレさんの頬が引き攣った。

「ただでさえウチ、大喰らいが揃ってますからね……レリックの食い扶持ぐらいなんとかしないと、烏(クロウ)が五月蝿いんですよ」
「……まぁ、そう言う事にしておくわ」

 何だか、クルデーレさんは完全に納得していないみたいです……流石に深読みし過ぎだと思うけどなぁ。

「……たまには、こう言うのもいいなぁ」

 食堂内を見渡して、私はそんな事を思いました。まるで、そう。世間にもあるような、普通のパーティーみたいで。とても、悪の組織の中で起きてるワンシーンとは思えないくらい穏やかで、和やかで。

 ウスワイヤやアースセイバーは私達の事を徹底して悪だと決めつけています。それについては否定しませんし、ジングウさんならむしろ肯定すらするでしょう。それでこその我々だ、とか何とか言っちゃって。

 だけど――悪い事だと分かっていて、それでもこの道を進んでいるのは、それでも成し遂げたいものが、それでも手に入れたいものがあるからなんです。

 自分が信じたものを、迷い無く信じて突き進む。

 その行い自体はきっと、間違いなんかじゃないと、私は思います。

 そんな皆さんが、私は大好きです。

 だから私は、これからもついて行きます。

 この、ホウオウグループの、この、千年王国に。

369十字メシア:2012/11/14(水) 19:51:03
akiyakanさんから「アッシュ」お借りしました。


「こんにちはー」

いかせのごれ高校の廊下にて、二人。
アッシュはとあるクラスメイトと交流を図っていた。
そのクラスメイトとは――。

「…………」

2年2組でも一線を画する変わり者、空蝉 幽花である。
話しかけられてもいつも通り沈黙を保つ彼女だが、アッシュは構わず続けた。

「確か…幽花ちゃん、だよね?」
「…………」
「前から話しかけようかなーって、思ってたんだ」
「…………」
「さっき見たけど、ローラースケート上手いね」
「…………」
「そういや、いつも遊利君のアタック冷たく返してるよね」
「…………」
「そんなに彼が嫌い? 何かあったの?」
「…………」
「他人の恋愛事情に首突っ込むつもり無いけど、あんまりやり過ぎるのもどうかなー」
「…………」

無、無、無。
彼女の顔も、空気も、声も、「無」のままで変わらない。
流石のアッシュも耐えかねず、こう言った。

「ねえ、何か言いなよ。折角話しかけたのに」
「………… !」

と、そこでようやく幽花に動きが見られた…のだが。

ガシッ
バサバサァ コンッ
ゴトッ カラカラ…

何を思ったのかいつもやる奇行のひとつ、ゴミ箱を逆さにする行動に出た。
話に聞いていたとはいえ、アッシュはどう反応すればいいのか分からない。
満足したのか、幽花はアッシュの隣に戻り再び窓の外を見始めた。

「……あのー、幽花ちゃん?」
「…………」
「……ん?」

そこでアッシュは幽花が何を見ているのかに気付く。
いつも彼女に花束を贈っている遊利だった。

「なーんだ、遊利君見てたんだ。でも嫌いじゃなかったっけ?」
「…………」
「…サッカーかな? それにしても遊利君上手いね。球技得意って言ってたし」
「…………」
「…………」

と。

『ってー!!』
『大丈夫か遊利!?』
『思いっきりつまずいたな…』
『カッコわりぃ〜』
『う、うるせー! ちょっとドジっただけだろ!』

「あちゃー、シュート失敗かあ」
「…………」


「………………ドジ」

370十字メシア:2012/11/14(水) 19:51:35
「えっ?」

思わず隣を見るアッシュ。
確かに今、隣から声が聞こえた。
間違いなく幽花だ。
チャンスと見た彼は再び話しかける。

「ねえ幽花ちゃん、今何か言った?」
「…………」
「言ったよね? ドジって」
「…………」
「まあ、確かにそうだけど、失敗なんて誰にも――」
「…………さい」
「え……今何て?」


「……さっきから”独り言”うるさい」


「……………はい?」

期待していたアッシュは自分の耳を疑った。
独り言を言った覚えなど無いのだが。

「いや、あの…僕、君に話してたんだけど」
「……独り言」
「いや独り言じゃないってば」
「……一人で喋ってるし」
「君が返事しないからだろ?」
「……独り言だし」
「…………」
「…………」

再び沈黙。
すると幽花はアッシュの元から離れ出した。
しかしひっくり返したゴミ箱の近くで止まり、ペットボトルを拾うと。

「…?」
「…………」

窓を開けて豪速球並みの早さで外に投げた。
そして。

『へぶぁあッ!?』
『ゆ、遊利ー!!』
『大丈夫かー!?』
『ってか、何でいきなりペットボトルが!?』
『あー…多分、幽花じゃね?』
『ま、またか…』
『とりあえず、たまちゃんのとこに連れてこー』

「……幽花ちゃん、今のはちょっと…」
「…………」
「あがぁッ!?」

何故か顔面に飛び蹴りされた(しかもローラースケート)。

「てて…幽花ちゃん、僕遊利君じゃないんだけど…」
「…………」
「……まあ、僕は別に怒りはしないけどさ、遊利君は勿論、あまり他の人にこういう事しちゃ駄目だよ?」
「…………」

分かったのか分かってないのか。
幽花はそのまま何処かへ行ってしまった。
一人残されたアッシュは。

「あーあ、あまり話せなかったなあ………ま、いっか!」

と、含みのある笑みを浮かべた。


銀角と少女


「でも何か、千年王国にいてもおかしくないぐらい変わった子だなー。………ゴミ箱、片付けよ…」

371えて子:2012/11/14(水) 20:35:43
花丸の過去。彼が人の視線を怖がる理由。


幼い頃から、不思議と動物に好かれる性質だった。
赤ん坊の時は、施設の前に捨てられていた僕を守るように何羽もの鳥が寄り添っていたらしいし、自分の周りに動物が寄って

こない日はほとんどなかったように思える。
近所の飼い主以外に懐かないひどく気難しい犬だって、僕にだけはよく懐いていて、飼い主を少なからず驚かせた。
施設のほかの子供たちはそれをすごいと言ってくれた。大人たちも「花丸は動物たちと仲良しだね」と褒めてくれた。

嬉しかった。…あの日までは。






それは、小学校に上がる少し前だったと思う。
卒園する子たちを祝って、みんなで近くの広場へ遠足に行った。
みんなでお弁当を食べたり、原っぱを駆けて遊んだり…
そんなことをしているうちに、縄張りに入ってしまったのだろう。
スズメバチの大群に襲われてしまった。

子供たちは泣き叫んで逃げ回るし、大人たちは子供たちを庇うように抱きかかえて、阿鼻叫喚ってこのことを言うんだろう。
だけど、僕は不思議と怖くなかった。不思議と、このハチたちとは分かり合えると、そう思った。

「だめっ!!」

みんなを庇うようにハチたちの前に手を広げて立ちふさがると、ハチたちは止まってくれた。

「ごめんなさい、みんなをおどろかせるつもりじゃなかったの。あなたたちにめいわくかけないから、ぼくたちをいじめない

で」

たしか、そんな感じのことを言ったんだと思う。
ハチたちは、少しの沈黙の後、みんな巣へ戻っていった。

子供たちは「花丸、すごい」って言ってくれた。
けど、大人たちは違った。

僕のことを、まるで忌まわしいものでも見るかのように見ていた。
何でそんな目をするのか、僕には分からなかった。
だから、いつものように褒めてもらおうと、頭を撫でてもらおうとして近付いたら、


「来ないで、化物!!!!」

372えて子:2012/11/14(水) 20:36:14





…それから、僕の生活は変わった。
みんなと関われなくなった。

みんなは僕と遊ぼうとしてくれているのに、大人たちがそれを許さない。
みんなを何処かへ遠ざけてしまう。

大人たちは、僕を嫌う。
僕に話しかけてくれない。
僕を褒めてくれない。
僕を見てくれない。

たまに向けられるのは、あの時の、目だけで。


いやだよ。

どうして?

どうしてそんな目で僕を見るの?

いやだ。

いやだ。

いやだ。

みないで。

ぼくを。

みないで。

みないで。

こわい。

こわい。

こわい。

いやだ。




― ソンナメデ ボクヲ ミナイデ ―


Don't look me.


(そして、彼は目を覆った)
(幼い子供の、かくれんぼのように)

373akiyakan:2012/11/14(水) 21:05:01
 神の子と擬人の語るところ

 ※サトさんより「スイネ」をお借りしました!

 ホウオウグループ支部施設、閉鎖区画。その一室はまるで、病室のようなレイアウトになっていた。一面真っ白に塗られており、清潔さが保たれている。入った瞬間に、その清浄さが分かる位だ。

 部屋の主は、ベッドの上から窓の外を眺めていた。部屋は閉鎖区画内の植物園と隣接しているらしく、窓からはまるで熱帯雨林のような光景が見えていた。

 部屋の扉をノックする音が鳴った。部屋の主は窓からそちらへ視線を移し、「どうぞ」と言う。その声はまるで、鈴の音を鳴らすような綺麗な響きだった。

「失礼します」

 入って来たのはサヨリだった。彼女はベッドの上の人物を認めると、優しく微笑みかける。

「お身体の具合は如何ですか、スイネさん?」
「ええ。大分良くなりました」

 そう言って少女――スイネも微笑み返す。それだけで、殺風景な病室が華やかになるから不思議だ。

「もう少しで帰れますから……あとちょっとの辛抱ですからね」
「…………」

 脈を取るサヨリの姿を、スイネはじっと見つめている。その視線に気付いて、サヨリは首を傾げた。

「どうかしました?」
「……不思議だな、って思って」
「え?」
「私、アースセイバーの所属で、ホウオウグループとは敵なのに……そのホウオウグループで治療を受けてる。その上、治療してくれる相手は職場の同僚と同じ名前で――姿形は、もう居ない友人そっくりって言うのがね……」
「……コヨリさんと、サヨリさん、ですか」

 サヨリ――ここで言うのは、アースセイバーの方の、だ。そして、彼女の正式採用機であるコヨリ……どちらも、既に亡き存在だ。そしてCYR−X002、通称『サヨリ』は――偶然とは言え、その一方の名を持ち、もう一方の容姿を持って存在している。それは確かに、二人を知っているスイネにしてみれば奇妙な話だった。

「私は、どちらも知りません。そちらのサヨリさんはアースセイバーでしたし、コヨリさんはいかせのごれ高校に潜入していましたからね……ですが、良いご友人だったと言う事は分かります」
「……ありがとう」

 スイネがミツの手で連れられてからずっと、サヨリは彼女の看護を行っていた。体調管理はもちろんの事、空いている時間は小まめに顔を見せ、話し相手にもなっていた。スイネは最初、もはや故人である二人の要素を持つサヨリに戸惑っているようだったが、今ではすっかり打ち解け、ほとんど友人同士と言って差し支えないような関係になっていた。

「……VEG−1、か」
「え、何?」
「いえ……スイネさんを襲った人工神の製造コードです。つい此間、資料を整理していたら見つけまして」
「そう……それが、彼女の本当の名前なのね」

 そっと呟くと、スイネは自分の右胸に触れた。ここで受けた治療のおかげで、少しずつそこに留まっている痛みは治まりつつあった。

「疑似・ナイトメアカタボリズム……ジングウさんは、彼女の能力をそう言っていました」
「ナイトメア……カタボリズム?」
「はい。本来はドリーマーと呼ばれる人達の固有能力らしいのですが……何でも、夢を現実に反映させるのだとか」
「夢を、現実に……」

374akiyakan:2012/11/14(水) 21:05:32
 サヨリの言葉に、それは言い得て妙だと、スイネは思った。

 ベガの能力は対象者に幻覚を見せる類だったが、彼女のそれはそれに留まっていなかった。「現実を侵食する幻想」。ベガの幻覚によって受けたダメージは、実際のダメージとして反映される。あの時、かつての自分の姿になったベガに、スイネは幻龍剣を具現化させて突き立てた。それはもちろんベガに手傷を負わせたが、彼女に傷付けた場所と同じ場所に自分もダメージを負った。過去の姿とは言え、「スイネを傷付けた」と言う幻想。それが具現化した結果が、スイネ本人にも影響されてしまったのだ。

「ベガは……まだ私を狙っているのかしら」
「おそらくは。彼女の使徒の言葉を借りるなら、まだ貴方達の因縁は途切れていないみたいですね」
「……元々は、優しい人だったらしいですよ」
「え?」
「まだ彼女に身体が無かった頃、ジングウさんはベガさんと話した事があるらしいです。その頃の彼女は、自分の創造主のライバルにも尊敬の念を想う、そんな女性だったらしいです」

 ―― 私は主を殺したジングウを、
    図らずもジングウの産物となったお前を、
    この世のすべてを破壊(こわ)したい! ――

 あの時、ベガが言った言葉がスイネの中で反響する。サヨリの言うベガは、その時の彼女とはあまりにも違い過ぎる。一体何が、彼女をあんな風に変えてしまったのか。

 スイネもベガも、人工神と呼ばれる存在だ。しかし、その道は異なっている。片や、虚空の中に生きる意味を与えられ、片や愛を知っていたが為に狂ってしまった。

 自分は救われ、しかし彼女は、

(助けて、あげたい……)

 グッと、胸の前で拳を握る。あの時は振り払われてしまった手。だけど今度は、何回振り払われたって伸ばしてみようと思う。

 自分が救われたのだから、同じ人工神である彼女も救えない道理は無い筈だから。

 そう思った、その時だった。

「っ、何!?」

 辺りに鳴り響くサイレンと警報が、異常事態の発生を告げる。

「こちら、サヨリです。アッシュさん、聞こえますか?」

 驚くスイネを尻目に、慣れた様子で冷静にサヨリがどこかへ電話を掛けている。普段とは違う凛とした姿に、思わずスイネは感心してしまった。

「この警報は何ですか……え? パニッシャーが?」
『はい。五十機近くが、正面ゲートに押し寄せて……それから……」
「え? ハンガーの機動兵器が、勝手に作動してる?」
『はい。搭乗者がいないのに、次々に動き出して……まるで、見えない誰かが操っているみたいに』
「分かりました。対処はそちらでお願いします」
『分かりました』

 サヨリは携帯電話を閉じると、スイネの方へと向き直った。

「現在、この施設は何者かからの襲撃を受けています。この閉鎖区画は施設の奥に面しているので安全だとは思いますが、念の為スイネさんにはここから移動していただきます。いいですね?」
「ええ、分かったわ」

 サヨリに肩を貸してもらいながら、スイネは車椅子へと乗り移る。もう車椅子無しでも歩ける位に回復したものの、急いで移動する分にはこの方が効率がいい。

「……サヨリ」
「何ですか?」
「嫌な予感がする……気を付けて」

 スイネがそう言うと、彼女が不安を感じていると思ったのか、安心させるようにサヨリは柔らかく微笑んだ。

「大丈夫ですよ。貴方達が自分の仲間を信頼しているように、私達も仲間を信じているんですから」

 サヨリの言葉に、スイネも頷く。しかし、胸の不安は拭われない。

 ズキンと、胸の傷が疼く。

(まさか――)

375akiyakan:2012/11/14(水) 21:07:53
ネメシス、強襲

※十字メシアさんより「領根 眞代」、「樹利亜」、紅麗さんより「高嶺 利央兎」、サトさんより「ファスネイ・アイズ(スイネ)、白銀天使さんより「人工悪魔サタン」をお借りいたしました!

 ホウオウグループ支部施設、正面ゲート。

 そこでは、激しい戦闘が行われていた。

「くそっ、キリが無い!」

 押し寄せる機械兵の群れに、誰ともなく毒づいた。

 破壊しても破壊しても、際限無く現れるパニッシャーの群れ。無数の複眼が、まるで獲物に集団で群がる蟻を彷彿とさせた。

「嫌ぁっ! もう、嫌ぁー!」
「眞代、根を上げている場合じゃないわよ……」

 魔術で支援を行っていた眞代が、敵の多さに弱音を上げる。そんな彼女を叱咤するのは、同じ魔術遣いである樹利亜だ。

「無理よ、無理ぃ! こんなの、数が多過ぎるわよ!」
「無理でもやるのよ……ほら、他の構成員だって頑張ってるんだから」

 見渡せば、何人か彼女らと一緒にパニッシャーと戦う人影が見える。だがそれも眞代の瞳には、大挙して押し寄せるパニッシャーの群れには心細く映った。

 すると突然、ズンと地面が揺れた。

「っ――今度は何……?」

 振動はどうやら、建物内部で発生しているようだった。時折奥の方から、何かが爆発するような音が聞こえてくる。

「中はどうなっているの……?」

 ――・――・――

 施設内、機動兵器ハンガー。

 戦いは、施設内でも行われていた。

「くそ、これまずいんじゃないか……?」

 格納庫内で横倒しになった無数の機動兵器群の間を駆け抜けながら、リオトは思わず舌打ちをした。

 リオトが走り抜けた後を、炎の帯が追跡する。余程の高温なのか、機動兵器の装甲がぐにゃりと融解していた。

 物陰に身を潜めながら、リオトは自分が戦っている相手を確認する。それは、格納庫のすぐ天井近くを漂っていた。

「嫌な相手だ……」

 一見すると、それは人間のように見える。しかし、頭からは二本の角が生え、背中からはコウモリの羽に似た翼が生えている。その周囲を取り囲むようにして、六つの龍の頭の形をしたユニットが円を描いていた。

 人工神とは逆の発想から生み出された、破壊の化身。人工悪魔、サタン。

 それが、リオトが戦っている相手の正体だった。

 サタンがリオトの存在に気付き、六つのユニットを飛ばして来た。ユニットはそれぞれがまるで意思を持っているかのように飛び、リオトを包囲する様に向かってくる。

「まずい!」

 リオトは血相を変え、その場から飛び出した。と、それから遅れるようにして、彼が隠れていた場所を六つの炎の帯が襲う。ドラゴン・ユニットから発射された火炎であり、直撃箇所はまるでマグマの様に溶けていた。

「くそ……」

 じわりと、リオトの額に嫌な汗が浮かぶ。

 炎に照らされた天井から、人造の悪魔は無感情な瞳でリオトを見下ろしていた。

376akiyakan:2012/11/14(水) 21:08:23
 ――・――・――

「はぁ……はぁ……」

 スイネが乗る車椅子を押して、サヨリは廊下を走っていた。本来はマナー違反であるものの、この緊急事態でそんな悠長な事を言っていたら命がいくつあっても足りない。

「サヨリ、一体何が起きているの?」
「どうやら、この施設がどこかから襲撃を受けているようなのです!」
「襲撃? アースセイバー?」
「いえ、どうやら彼らとは違うみたいですが……」

 壁が小刻みに振動し、遠くから爆発や叫び声のようなものが聞こえる。一体何が起こっているのか、彼女にはさっぱりだったが、

(似てる……)

 かつて自分達、千年王国がウスワイヤを襲撃した時。あの時の状況と今が、非常に似ていると彼女は思った。

 もっとも、今襲われているのは自分達だ。敵の正体は全く不明だが、ホウオウグループを相手にここまでやれるのだから、相当力を持った存在なのだろう。

 もはや、この施設内はすべてが戦場だ。戦闘能力を持たない自分と、手負いのスイネがうろついていていい状態ではない。そう思い、サヨリは閉鎖区画の避難シェルター目指して走る。

「見えた!」

 シェルターの入り口が視界に入り、思わずサヨリは声を上げる。残り数メートルの距離を駆け抜けようとして――

「――御機嫌よう」

 その途中にある脇道から、ゆっくりと、優雅に、一人の女性が姿を現した。

「え?」

 その姿を認め、サヨリは車椅子を停止させる。スイネは女性の姿を見て大きく瞳を見開き、息を呑んだ。

「どうして、貴女が……」
「どうして? 決まっているでしょう、ジングウとその関係者をすべて消す為ですわ」

 そう言って金髪碧眼の美女――ベガは微笑った。その笑みは冷たく、それでいて研ぎ澄まされた刃物のように美しかった。

「まさか、この施設を攻撃しているのは……」
「ええ。私と、その協力者達ですわ……もっとも、利害の一致から一時的に手を結んだだけに過ぎませんけれども」
「……本当に……ジングウさんが、憎いんですね……」

 ぼそり、とサヨリが呟いた。その声にハッとして、スイネが顔を上げる。そこには、唇を真一文字に結んだ彼女の顔があった。

 キュ、と床を鳴らしながら、車椅子が反転する。そして脇目も振らずに、サヨリはもと来た道を走り出した。

「逃げられるとでも?」

 二人の視界を霧が覆い隠す。周囲の景色が霧の中に溶けていくように見えなくなり、その変化に思わずサヨリはブレーキをかけた。

「これは……」
「あの時と同じ……!?」
「そう、その通り……これで、貴方達は籠の鳥と言う訳です」

 あくまで優雅に、ゆっくりとベガが歩み寄ってくる。彼女が歩く度に、その長い金色の髪が揺れる。

「さぁ、ファスネイ・アイズ。まずは貴女ですわ……死になさい。神は一人で十分よ」

377akiyakan:2012/11/15(木) 14:14:11
 エンドレス・ファイア(前編)

※十字メシアさんより「領根 眞代」、「樹利亜」、「無々世」、「椏弥」、「綜留羅」、「悲鶏」、鶯色さんより「イマ」、え

て子さんより「花丸」、しらにゅいさんより「大和」、紅麗さんより「ミューデ」、「高嶺 利央兎」、サトさんより「ファスネ

イ・アイズ(スイネ)」、卍さんより「デルバイツァロスト」、白銀天使さんより「フェンリル」、「人工悪魔サタン」をお借り

いたしました!


 ホウオウグループ支部施設、正面ゲート。

 拮抗していた戦況が、

「きゃっ」
「うわっ」

 少しずつ、傾きつつあった。

 ホウオウグループとは言え、生身の人間である。長時間の戦闘が身体に与える負担は想像に難しくない。その一方で、敵は疲れ

を知らず、恐れも知らない機械人形の群れだ。物量戦を仕掛けられれば、どちらが有利になるのかは明白だ。

「う、うぅ……」
「眞代、しっかり!」

 魔術で攻防に渡る支援を行っていた眞代と樹利亜の二人であるが、そもそも魔術は精神力を擦り減らす繊細な作業だ。油断が即

、死に繋がるこの状況での連続使用で、二人は完全に参ってしまっている。

 その上、そんな二人に追い打ちをかけるようにして現れたのが、

「……嘘でしょ」

 ズン、とそれが一歩足を踏み出す毎に大地が揺れる。積み上げられたパニッシャー達の亡骸を踏み潰し、蹴散らしながら、それ

はゆっくりと姿を現した。

「ギルギガント……!」

 全長十メートルの巨躯。その頭部は鎧兜の様な形をしており、単眼が覗いている。特殊な兵装の類は持たないが、その巨体その

ものが相手を薙ぎ払う為の武器として存在する鋼鉄の巨人。

 それが真っ直ぐと、施設を目指して進んでくる。

「ま、まずい……!」

 咄嗟に、樹利亜は周囲を見渡した。迎撃に当たっていた所属員達は全員無事であるが、樹利亜達同様に疲れの色が見える。おま

けに、パニッシャー達はまだキリ無く押し寄せて来ており、それを防ぎながらギルギガントの進行を阻止するのは不可能だった。

「も、もう終わりだぁ……」

 腰の力が抜けたように、眞代がその場にへたり込む。そんな彼女の背後の空間が、大きく揺らいだ。

「ッ――眞代、逃げて!」
「へ?」

 間の抜けたような返事をする眞代の背後に、ステルスモードを解除したパニッシャーが現れた。彼女に狙いをつけ、パニッシャ

ーは腕の銃口を向ける。

 咄嗟に術を行使するが――間に合わないと、樹利亜は思った。

 しかし、

「うおらあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 突然の怒声。その直後に、パニッシャーの頭部がひしゃげ、地面を転がりながら殴り飛ばされていく。

「ッ〜〜痛ッてぇ……カタ過ぎんだよ、あのデク人形……」

 代わりに、眞代の背後に立っていたのは一人の男だった。くすんだ赤毛と、体中にある手術痕が特徴的だ。おそらくパニッシャ

ーを殴り飛ばしたであろう右手を、プラプラと振っている。

「あ、え?」
「お、おっす! 大丈夫っすか、怪我してない?」
「あ、はい。大丈夫、です……」
「そっか、良かった、良かった」

 にか、と歯を見せながら男――イマが笑った。

「アンタ、確か千年王国の……」
「いえーっす。自己紹介したいところだけど、そんな暇無さそうだな」

 イマがギルギガントを見上げる。このやり取りの間も、それは施設への針路を取り続けていた。

378akiyakan:2012/11/15(木) 14:14:43
「花丸くーん、出番だ、ぜっ!」

 パチン、とイマが指を鳴らす。すると、

「――デル君、重力波!」

 止まらない巨人の歩みが、止まった。まるで、見えない何かに上から押さえられているかのように、その上から大きな圧力がか

かっている。

「フェンくん、コールドボイス!」

 勇ましい狼の雄叫びが周囲に木霊する。地面は凍りつき、その咆哮の射線上にいたパニッシャー達が次々に氷漬けになっていく



 三つの頭を持ち、三つの磁場を操る三頭犬(ケルベロス)――デルバイツァロスト。
 白銀の毛並を持ち、その雄叫びによってあらゆるモノを凍てつかせる狼――フェンリル。

 そして、二頭の生物兵器を操るのは、

「花丸……くん?」

 二頭の間に立つ小さな影を見つけ、眞代が目を丸くする。外套をはためかせながら巨大な獣に並ぶその姿は、しかしその二頭に

も負けない雄々しさを放っている。普段とはあまりにも違い過ぎる同級生の姿に、樹利亜も驚いていた。

「あのお方こそが、俺達千年王国が誇る『獣帝(ビーストマスター)』様だぜ!」

 二人は振り返り、そして再び驚かされる。そこにいたのは、変身を終えてグリフォンの姿になったイマだった。

「さぁ、行くぜ! 機械の兵隊さん達よぉ! 手加減なんかしてやらないぜぇ!」

 翼を広げ、イマが宙を舞う。彼の吐き出した火球がパニッシャー達を吹き飛ばし、粉々に粉砕していく。

「行くよ、デルくん、フェンくん」

 花丸が呼びかけると、それに応えるように二頭が低く唸った。花丸がフェンリルの背中に跨ると、二頭はその場から風のように

駆け出した。

 デルバイツァロストの電磁場が、パニッシャー達の計器を狂わせる。回路がショートし、次々に機能を停止させていく。
 フェンリルが吠える。その咆哮に触れたものすべてが凍りついていく。氷像と化したパニッシャー達は、次の瞬間にはフェンリ

ルの前足が放つ一撃に薙ぎ払われ、木端微塵になっていく。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 フェンリルの背の上で、花丸も吠える。その雄叫びに応えんとするように、二頭も吠える。

 その姿は正しく――『獣帝』。かつて『獣の王』と呼ばれたジングウの、それ以上の生物兵器遣いだった。

「ッ!?」

 パニッシャーを一掃し、最後に残ったギルギガントも重力場で押し潰した後、花丸はその存在に気が付いた。

 折り重なり、積み上げられた機械の屍の山。その上に、五人の人影の姿がある。

「あれは……」

 それに気付いたらしく、樹利亜が目を細めて覗う。

 一人は、半透明。思念体の幼女。その叫びはあらゆるモノを破壊する。
 一人は、包帯。半死人の少女。その悲哀は命無きすべてのモノを腐敗させる。
 一人は、翼。有翼の青年。その羽ばたきはあらゆるモノの繋がりを断つ。
 一人は、護法。人無の盾。その意思は彼が守らんとするすべてのモノを守る為に在る。

 そして、最後の一人。

 万象に絶望し、終わり無き平和を願って人を止めた男。

「無々世……!」

 瓦礫の上に立つ五人は無々世一派。こんなところにいると言う事は、その目的は明白だ。

「行くぞ、皆」

 無々世が短く、簡潔に、ただ必要な事だけを述べる。その言葉に従い、無々世を先頭にして他の四人は付き従う。

 永久の平和を求める者と、永遠の戦いを求める者。

 ここに、二者は再び相対する。

379akiyakan:2012/11/15(木) 14:15:26
 ――・――・――

「ぜぇ……ぜぇ……」

 熱い。まるでサウナのようだと、リオトは思った。

 格納庫は火の海の様相だった。サタンの攻撃を避け続けているうちに火の手が広がり、全体に広がってしまった結果だ。床一面

溶岩のような有様であり、所々に元々機動兵器だったであろう残骸が足場を作っている。

 その足場の上を駆け回りながら、リオトは逃げるのに精一杯だった。

 空中から放たれる、サタンからの攻撃。反撃をしたくても、リオトの能力ではそこまで届かない。

「くそっ……!」

 一体何回攻撃をかわしただろうか。格納庫が変化しても、敵は涼しい顔だ。能面のような表情で、リオトを見つめている。

 その時、サタンが手をかざした。今までに無い動きに、思わずリオトは相手の手を注視する。その手に、光が集まりだした。

「なっ!?」

 危険を察知したリオトが跳ぶ。そしてそれまで彼がいた場所を、極太のレーザーが通り抜けていく。レーザーは格納庫の壁面を

易々と貫き、その断面はまるでガラスのようになっていた。

「冗談だろ……!?」

 六つのドラゴン・ユニットが持つ火炎だけでも厄介だと言うのに、この上このレーザー。リオトの頬が思わず引き攣る。

 そんな彼を休ませまいと、ドラゴン・ユニットが襲い掛かってきた。リオトはそれを避けようとして、

「な――しまっ……」

 高温に晒され、脆くなっていたのだろう。彼の立つ足場が崩れた。体勢が崩れ、ユニットが放つ火炎は避けられたが、その身体

は溶岩と化した地面へと投げ出される。

「ッ――」

 思わず、目を瞑る。だが何か、柔らかいモノが彼の身体を掬い取った。

「ふぃっしゅ!」

 舌足らずな声が、リオトの耳に届く。一体何が起きたのか、目を開けるとリオトの身体は、薄緑色の触手に絡め捕られていた。

「これは……」

 触手の伸びる先を目で追うと、そこにいたのは一人の幼女だった。彼女の着るメイド服の間から、無数の触手が生えていた。幼

女は、サタンの空けた穴から格納庫を覗き込むようにして立っている。

「リオト、大丈夫?」

 灼熱地獄のような状況にあって、その声は異様な程涼しげだった。金髪の少年が、幼女と一緒に格納庫の中を覗いている。

 幼女は千年王国が『保有』する人型生物兵器、レリック。金髪の少年は千年王国所属構成員、ミューデ。

「うわ、格納庫めちゃくちゃじゃないか……」

 ミューデは臆した様子もなく、穴から格納庫の中へと飛び込んだ。煮え滾る熔鉄に触れた瞬間、ジュと言う音が聞こえるが、彼

は全く
気にしていない。足元から炎が伝わり全身が火に包まれるが、それでも彼は全く熱がったり、苦しそうにはしていなかった。

「これ。やったの、君?」

 ミューデはゆっくりと炎の海を渡り、サタンと対峙する。人工の悪魔は答えず、ただ新しく出現した敵を見下ろすだけだ。

「困るなぁ、こんなにしちゃって。誰が片付けると思ってるの?」

 場違いな、場違いすぎる程、冷静な声。しかしリオトは、その声音に怒気が含まれているのを聞き逃さなかった。

「ホウオウグループはね、ホウオウ様の持ち物なんだ……ここにあった機動兵器もね、全部ホウオウ様のものだったんだよ?」

 ミューデの視線が、キュッと細く、鋭くなった。人工悪魔を、彼は睨みつける。

「弁償しろよ、命全部で」

 ――・――・――

380akiyakan:2012/11/15(木) 14:15:58
 ジングウの指示を受け、アッシュはサヨリ達と合流すべく、スイネのいる病室を目指していた。この襲撃がベガによって行われ

ていると以上、スイネの身も危険だと感じたからだ。

 同じ事を考えていたのだろう。途中で出会い頭になったミツと合流し、二人は廊下を走る。

 そんな二人を遮って、

「――また会えたね、ミツ」
「ッ!」

 立ちはだかったのは、中世的な顔立ちの少年だった。どことなく、その雰囲気はミツに類似している。

「ゼロ……」
「――はぁい。私もいるわよ?」
「……これが噂の、もう一人の人造天使か……」

 目の前でくるくる変わるゼロ/アインの姿に、アッシュが身構える。すると、それを制するようにミツが前に出た。

「……? ミツ、くん?」
「この二人の相手は、ミツが努めます。ですから、アッシュはスイネさん達のところへ」
「! ……オーケイ。皆まで聞かないよ」

 あえて「サヨリ」ではなく「スイネ」と言ったミツに含みを感じたのか、アッシュが悪戯っぽく笑う。

「行かせるとでも――」
「――思って?」

 駆け出したアッシュを遮るように、鋏状のエネルギーブレードをゼロが構える。そんな二人の間に割って入るように、ミツもエ

ネルギーブレードを出現させ、ゼロの身体を押さえる。

「行って!」

 ミツの言葉に、アッシュは首肯だけして廊下を走り抜けて行く。その後ろ姿が無事に見えなくなると、ミツは『二人』から距離

を取った。

「――あら、男前になったじゃない、ミツ。自分は足止めに徹して、お友達に行ってもらうなんて」
「…………」
「――本音は、自分が駆け付けたいところなんだろう?」

 ゼロの言葉に、ミツは答えない。ただその顔先に、スキル:ソードの刃を突きつけるのみだ。

「……分からないな。だって、君の恋はどうしたって実らない」
「――だって、貴方は男でもなければ女でもないもの」
「――陰も陽も持たない、不完全な天使。不完全な生命」
「そんな君が――誰かを愛せるとでも?」

 ゼロ達の言葉は嘲る訳でも、貶している訳でもない。ただ有り様を、ミツと言う存在の現実のみを述べている。

 そんな『彼ら』に対して、ミツは、

「……愛せます」
「! ……へぇ?」
「確かに、ミツは作り物です。原型になる細胞から何まで、全部が人の手で作られた模造品です……ですが、」

 右手で刃を突きつけたまま、ミツは空いている左手で自分の胸を叩いた。

「ここにあるモノは、ここに入っている心は、ここにある気持ちは――それだけは作り物じゃない。博士のものでなければ、グル

ープの所有物でもない……他でもない、ミツのものです」
「……ふふふ。ちょっと前までは、本当にお人形さんみたいだったのにね」

 アインが笑う。その様子は、無邪気とさえとる事が出来る。彼女は純粋に、ミツの様子に面白がっているようだった。

「いらっしゃいな、ミツ――今度は、僕達の力を見せてあげるよ」

 ゼロが手招きをする。それに応じるでもなく、ミツは廊下を蹴った。

381akiyakan:2012/11/15(木) 14:17:06
 ――・――・――

「……あら、貴女が相手をしてくれるのかしら?」

 ベガの前に立つ、一人の女性。背中まで伸ばしたストレートの髪が、ふわりと揺れた。

「サヨリ……!?」
「スイネさん。ここは、私に任せて下さい」

 言いながら、彼女は頭に付けたヘッドドレスを外した。その瞳には、決意のようなものが感じ取れる。

「貴女、確か戦闘能力なんて持たない、それこそ、本当に人間を真似ただけのお人形さんだと聞いていたのだけれども……あの男

にそっちの方まで身体を許したのかしら?」
「上品な口調の割に、言ってる事が低俗ですよ……初めに言っておきますが、私とジングウさんはあくまで『人と道具』です。下

種の勘繰りなんて、止めてください」
(そう言う割に、サヨリってなんだか、ジングウの事気にしてるわね……)

 戦闘の緊迫感の中、場違いにもスイネはそんな事を考えてしまった。口調は静かだが、何だかサヨリがムキになっているように

、彼女には見えたのだ。

「だったら、どうやって私の相手をするのかしら?」
「そうですね……それではせいぜい、擬人兵としての能力を、最大限に活用させて頂きます」

 言って、サヨリの身体が動いた。

「ッ――!?」

 右ストレートを、身体を捩ってベガがかわす。その表情は驚きを露わにしていたが、それはスイネも同じ事だった。

「速い!?」

 常人では到底捉えられないような動きで、サヨリが矢継ぎ早に攻撃を繰り出す。素人と侮っていたせいか、ベガは防戦一方だ。

「ど、どう言う事ですの……? ただの擬人兵が、どうしてここまで?」
「知ってますか、ベガさん……人間って、無茶をすれば大抵の事が出来ちゃうんですよ?」

 サヨリの拳を受け止め、ベガが後ろへ後ずさる。彼女を殴りつけたサヨリの身体からは、白い煙が上がっていた。

「あの煙……まさか!? サヨリ、駄目よ! 下がって!」
「そう言う訳にも――いかないんですっ!」

 サヨリの動きの秘密――それは所謂、火事場の馬鹿力と言うやつだ。彼女は自らにかけられているリミッターを解除する事で、

その全性能を開放している。その辺りは人間と同じだ。当然、身体にかかる負荷を無視した全開駆動である為、反動作用は大きい

。処理しきれない程の熱が体内に蓄積し、オーバーヒートを引き起こす。サヨリの身体から上がる煙は、そのせいだ。

「ジングウさんにっ……頼まれたんです! 何かあったら、私がスイネさんを守る様にと!」
「私の事なんていいじゃない! 私、貴方達の敵なのよ!」
「ええ、そうですね……だけど、貴女を守れと言う命令があります。擬人兵なら、それに従わなきゃダメでしょ?」
「だからって……!」

382akiyakan:2012/11/15(木) 14:19:37
 スイネの制止を無視し、サヨリは尚もベガに挑む。最初は押していたサヨリであるが、限界を無視した駆動のツケがすぐにやって来た。攻撃を仕掛けようと踏み込んだ瞬間、ベキンと何かが折れたような音が聞こえた。

「え――?」

 バタン、とその場にサヨリの身体が倒れ込む。彼女は、自分の身に何が起きたのか気付いていなかったが、離れた場所で見ていたスイネには分かった。過剰な負荷に耐え切れず、サヨリの右腕と左足の関節が壊れたのだ。

(嘘、こんなに早く……!?)
「無様ですわね……そこで這い蹲ってなさい」

 倒れたサヨリの横を、ベガは抜けていく。だが、

「……その手を放しなさい」

 サヨリは無事な方の左手を伸ばし、ベガの足を掴んでいた。こちらも限界が近く、関節が軋んでいるのが彼女には分かった。しかし、サヨリは離さない。身体を引き寄せ、肩ごとその足に組み付いた。

「スイネさん、逃げて!」

 サヨリが声を上げる。一方のスイネは、戸惑っていた。

「何で、サヨリ……?」
「ベガさんから逃げて! 今の貴女じゃ、この人に勝てない!」
「そうじゃなくって! ……何で貴女が、私にそこまでしてくれるの!?」

 何でそんなに命令に拘るのか。このままだと、自分の存在すら危ういのに、である。スイネには理解出来なかった。

「そんなにあの男の――ジングウの命令が大事なの!?」
「い――いいえっ! ここで私が命令を無視したって、あの人は何も言わないでしょう……!」
「だったら、何で……!?」
「だって――私達、友達じゃないですか」
「…………!」
「友達を助けるのに、それ以上の理由がいりますか……?」

 サヨリが、スイネの方を見て微笑んだ。

「貴女、邪魔よ。燃えなさい」
「う――あ、あぁぁぁぁぁぁ!!」

 ベガが一瞥した途端、サヨリが苦しみだした。火など見えないのに、まるで全身を炎で包まれているかのようにもがいている。幻覚の炎を見せられているのだと、すぐにスイネは気付いた。

「止めなさい!」

 咄嗟にスイネは鎖を具現化させて投げる。しかしその鎖は、ベガが右手を振っただけで掻き消されてしまった。

「貴女の能力も私の能力も、その実、性質は同じもの。本来形を持っていないモノを実体化させる、そう言う力です。ならば、対策の立て様はあると言うもの」
「そんな……」

 ベガが右手を動かす。すると、空中に一本の槍が出現した。おそらくはスイネにのみ見えている、幻想の槍だろう。ベガはその槍を手に取った。

「この前のお返し……もう一度、貴女の胸に穴を空けて差し上げますわ」
「っ――!」

 かつてスイネが感じた、「死の感触」。それが再び迫っているのを肌で感じ、彼女の表情が強張った。

「す、スイネさんっ……逃げて……っ!」

 幻覚の炎に焼かれながら、サヨリは何とかそれだけ声を出す。その声に押されるようにして、スイネは――

「――冗談」

 恐怖に歪みそうになるのを堪えながら、凄絶に笑った。

「サヨリ、貴女が言ったのよ……友達だから、助けるんだって」
「そう……じゃ、死になさい」

 ベガの投げた槍と、スイネの放った鎖が交錯する。

 スイネの放った鎖は、先程同様にベガに掻き消されてしまった。だが槍は、スイネ目掛けて飛ぶ。空気を裂きながら。

 そして――

「……え?」

 唐突に、空中で消失した。代わりに、スイネの目の前には、彼女に背を向けて立つ一人の少年がいた。

「シ……スイ……?」

 思わずそう声が漏れたが、違う。その背格好はよく似ているが、それは彼であって彼ではない。

 それは、もう一人の麒麟。

「貴女がベガか」
「如何にも……なるほど。確かにこれは影写しね、オリジナルと」
「兄さんと比べるのは止めてもらえません? あくまで、そう、僕は僕だ」

 言って、少年の顔が傾いた。僅かだが、その横顔がスイネに見える。幼さを持つが、その顔立ちは都シスイとよく似ていた。

「サヨリさん……大丈夫ですか?」
「ええ……助かり、ました……」
「いえ。助かったのはむしろ僕の方です。おかげで、間に合った」

 それから、視線をベガの方へと戻す。

「その人を返してもらいますよ……彼女がいないと、美味しいコーヒーが飲めないんです」

 言って少年――アッシュは両手の拳を構えた。

 ――to be Conthinued

383スゴロク:2012/11/15(木) 16:21:52
しらにゅいさんから「風魔」をお借りしました。時間軸はakiyakanさんの「ネメシス、強襲」のちょっと前を想定。
最後はフラグです。



その日、クロウはとある公園にいた。
立て込んでいた調査を片付けていたのと、もう一つは単に考えることがあったからだ。
それは、

(ノルンとノア……いい加減、何とかせねばならんが)

優先事項が山ほどあって延び延びになっている、あの兄弟の処理である。居場所も能力も掴んでいる、戦えば勝つことは出来る。しかし、実行に移す最良のタイミングがどうにもつかめない。何度か見計らっては攻撃を試みたが、その都度機を逸している。

(さて、どうするのが最善か)

あの二人に思う所がないわけではない。だが、宣戦布告の時に言った通り、それは何の関係もない。ただ、離反者を処理する。その任務を確実にこなすことが、重要だった。
ベンチに座り込んで一人思考の海に没頭するクロウに、話しかける者がいた。

「よう、何してんだ」
「……お前か」

目だけで振り返ったそこに立っていたのは、二十代ほどの青年。表情が薄く、どこか眠たげな印象を持った男。
その男に、クロウは言う。

「色々と考えることがある。それよりもカザマ、お前は何をしている」

カザマと呼ばれた男は「俺か」と抑揚に乏しい声で言う。

「まあ、色々だ」

このカザマと言う男は、人間ではない。人外の一つである鴉天狗だ。クロウが家庭崩壊の影響で放浪していたころに知り合い、以来何かとこうして顔を合わせる機会が増えた。遠慮のない性格でトラブルを呼ぶことも多々あるが、元々過度の干渉を嫌うクロウはその辺りの被害をこうむったことは一度もない。

彼が普段何をしているかと言うと、実はわからない。どこにいて、何をしているのかが決まっていない、風のような男である。
そしてカザマには、もう一つ特筆すべき事項がある。それは、

「それより、だ」

微妙に声の調子が変わる。それを聞き逃さなかったクロウは、顔ごとそちらへ向き直って続きを促す。

「何だ」
「こないだ言った二つの流れだがな……あれの詳細がわかったぞ」
「ふむ?」

カザマの能力。それは、物事の流れを見るというものだ。特に時間や世界など、明確な実体を持たないものに対して強く働く。
それがどのように見えるか、それがどれほど理解できるかは本人のみぞ知る。

彼が今言っているのは、以前クロウに伝えた、「いかせのごれが、二つの大きな流れにわかれている」というものだった。だが、今度はその詳細が理解できたという。内容によっては大きく動くか、と内心警戒しつつ、クロウはその内容に耳を傾ける。

「いや、な。俺自身、こいつを見たときは何のことかわからなかった。だが、やっと理解できた」
「つまり、なんだ」
「つまり、だ」


「前に言った二つの流れ……それとは別に、もう一つの流れを見つけたんだよ」

384スゴロク:2012/11/15(木) 16:22:25
唐突に言及された「第三の流れ」。その意味するところに思い至らず、怪訝そうな顔をするクロウに、カザマはさらに言葉を重ねる。

「龍と虎、鳳凰を擁する第一の流れ……そして、多くの歪みを擁する第二の流れ。第三の流れは、どちらかっていうと第一の流れに近い……や、ほとんど同じだったな」
「わからんな。ならば、同じことではないか?」
「違うな。流れが分かたれているってことは、明確な違いがあるはずなんだよ」

そして、鴉天狗は言う。

「よーく見てみたらな、第一の流れと第三の流れは……簡単に言うと、事象のズレが見えた」
「事象のズレだと?」
「おう。たとえば、第三の流れにおいて、特異点が混乱に飲み込まれている。だが、第一の流れにおいてはそんなことはない。これだけでもずいぶん違うだろう」

確かにそうだ。特異点―――クロウも非常勤として潜入しているあの高校は、異様なほど多くの能力者が、教師・生徒・関係者問わず集まる傾向がある。それがないとあるとでは、たしかにだいぶ違うだろう。

「第一の流れ・第二の流れと、第三の流れは、源流を辿れば一点に収束してる。しかし、それが途中で第一と第三に分かれ、第一の方からさらに第二が分岐している」
「……交わることのない可能性、というわけか?」

そういうことになるのかね、と首を傾げつつも言うカザマ。彼もここまでしか理解できていないのだろう。
そんな彼をよそに、クロウは一人黙考する。

(確かに……俺もここ最近は総帥の姿を見ていない。ルーツに言った通り、やはり歩く道が分かたれているのだろう。だが、総帥の行く道とほぼ同一の流れというのは、どういうことだ? 俺達に別の可能性があったというのか?)

思い起こされるのは、いかせのごれ高校で潜入任務に就いていた「コヨリ」。どういう経緯かは知らないが、彼女は既にこの世にいない。ふと思い至り、彼女が連絡を絶った時期をカザマに伝え、その辺りを比較するよう頼む。
困惑しながらもその通りにしたカザマは、「これがどうしたんだ」とまたも首を傾げる。

「その時期、いかせのごれ高校は、第三の流れではどうなっている?」
「ふう、む……その辺りに渦みたいなもんが見えるな。こっちはそんなことないんだが」

やはり、と心中で得心する。

(カギとなるのは俺達の存在か……恐らく、何もなければ第三の流れがそのまま主導権を握ったのだろうが、俺達という存在がいくつもの歪みを生み、それが流れを二つに分け、さらに世界が安定を求めて分岐した片方をさらに分けた……そういうことだろうか)

このいかせのごれ自体が、パラレルワールドに近いもう一つの流れと並行している、ということだ。つまりクロウの認識で行くと、

・第一の流れ(ホウオウとケイイチ達が戦っている流れ)
・第二の流れ(クロウ達が主に関わる流れ)
・第三の流れ(本来主導のはずだった流れ)

となる。第一・第二と第三が、いわゆるパラレルの関係にあるのだろう。ただ、カザマの主観をクロウが整頓しただけなので、これが正解である可能性は実は不確定なのだが。

「納得したか? 俺はそろそろ行くが」
「ああ、世話になった」

一通りの情報を得たところでカザマと別れたクロウだったが、公園を出ようとしたところで「ん?」と怪訝な声を出したカザマに振り返る。

「どうした?」
「いや……こっちの流れに、何やら揺れみたいなものが見えたんだが。たった今だな」
(揺れ?)

カザマの見る流れは、つまり世界の流れがほとんど。そこに渦や揺れがあるという事は、なにがしかの大きな出来事が起きているということだ。現状、そこで何が思い当たる?

(……一度支部に戻るか。その後――――)

思いかけて、

「む」

突然携帯が鳴った。画面を見て発信者を確認し、通話に出る。

(何かあったのか?)




鴉と鴉天狗

(彼の許に入った連絡とは―――)

385十字メシア:2012/11/16(金) 23:37:55
「全ての序章」の続き。
前に投下した「愛を見出だす『話』」含め、これから「話」がつく自小説は全て守人の物語の連載です。
ネモさんから「七篠 獏也」お借りしました。


「えっと…保護されているとはどういう事ですか?」

獏也に「ある物」と行方不明者の捜索を依頼する為、ウスワイヤに訪れた水無瀬一族の頭領、水無瀬 斎は彼の言葉に耳を疑った。

「そのままの意味だ。…ヒロヤは特殊能力者と判断、保護された」
「そんな、まさか。彼に特殊能力は無かった筈! それに基本守人は――」

そこで言いかけた時、斎は何かに気付いたらしくハッとする。

「ああ、そういえばナオトキ様…彼にはまだ言っていなかったのか…」
「ナオトキ?」
「ヒロヤさんの祖父です。能力者ではありませんでしたが、第一世代でもトップクラスの強さでした」
「ふむ…しかし、彼は自分が特殊能力者である事を認めていたが…」
「何ですって?」
「最初こそ拒否はしていたが、すんなりと」

その言葉に斎は呆気に取られた。

「いくら自身が守人なのを知らないとはいえ何故…そもそも保護に至った訳は?」
「アースセイバーの者が、任務で窮地に陥った際に彼に助けられたのが…その時の強さが異常で半端無かったという」
「確か…ナオトキ様は彼らに自らの技術を全て伝授したと、父上が…」
「…彼ら?」

斎の言動に違和感を感じた獏也。

「ああ。実はヒロヤさんには、腹違いの妹がいまして…」
「妹?」
「ええ、お母様が外国の方なのでハーフという事なんですが…今は修行としてとある軍にいます。彼女は自身が守人なのは知っていますけど…」
「? 何故妹だけが?」
「まだ幼い頃、ナオトキ様の行動が気になった彼女が独断で調べ、白状させたとの事です」
「…中々気が強い妹だな」
「ヒロヤさんともよく喧嘩してたそうで」

苦笑混じりに言う斎。
獏也も釣られて微笑を浮かべた。
が、穏やかな空気はここで一変する。

「獏也さぁぁあああんッ!!!!!」

アースセイバーの知恵袋、シノがただ事ではない様子で応接室に転がり込んできた。

「どうしたシノ。何をそんなに慌てている」
「じっ実は今………」


「守人の頭さんが…ここに来てるっす……」

386十字メシア:2012/11/16(金) 23:38:49
「…………」
「か…佳乃…が……今…こ…こ…に…!?」

驚きを隠せない二人。
特に斎は恐怖もあるのか、開いた口が塞がらない。
…本当に『兄妹』なのか。
『姉弟』の間違いではないのか。

「で、いいい今、ど…どど、どこに……」
「ここですよ」

とドアの向こうから、僅かな怒気を含ませた声と共に、守人の総元締め・弓流山 佳乃が姿を現した。
それを見た斎は思わず跳ね上がる。

「か…佳乃……ど、どうしてここに…」
「ええ、用件があったので水鏡で連絡取ろうとしたのですが、何故か出てこないので直接実家にお伺いしたのです」

〜数十分前・水無瀬家にて〜

「あっ姫君! お帰りなさいませ!!」
「久しぶりですね、猫子」
「はい! あっ、すぐに旦那様と奥様を…」
「いえ、今日は兄君に用があるのです」
「えっ、い…斎、様で…すか? で、ですがそれなら水鏡で…」
「出ませんでした。だから直接お伺いに…兄君は?」
「あ、えと……い、いろは館に行きましたよ! 前に修繕を頼んだ着物を取りに行くとかで…」
「ほう…実はここに来る前にそちらに行きましたが、兄君はいませんでしたよ?」
「え………」
「もう一度聞きますが…どこに行った?」
(ヤバい!! 敬語抜けてる!!!)
「どうした? 答えられない事では無い筈だが?」
(ヒィィイイイ!!!)


「…で、白状させた所…ここに行ったと」
「…猫子………」
「……守人の女性は皆気が強いんだな」

そう呟いた獏也を一瞬だけ睨み付け、再び斎に視線を戻す。

「それで…何故こんな所にいる? 信用する価値の無いこんな組織に」
「あ、いや、えと、その」
「答 え ろ」
「わわわわわ分かったから! 分かったからーーー!!」
「よし」

佳乃の威圧感にとうとう根負けした斎。
獏也はそれをいたたまれない様な気持ちで見ていた。

387十字メシア:2012/11/16(金) 23:39:22
「……ウスワイヤの方に、『ある物』と行方不明になっているメンバーの捜索を依頼しようと…」
「何?」
「だって、うちには攻撃系の能力者の割合が多いじゃないか! …独断な行動だったのは反省するけど」
「…まさか兄君も同じ考えだったとは」
「えっ?」
「…不本意ではありますが、ちょうど私もそれを、ウスワイヤに依頼しようと思っていたのですよ」
「え…ええっ!?」

意外な妹の言葉に驚愕する斎。
獏也も彼と同じ事を思ったらしい。

「で、でも…何故貴女がそんな…?」
「いくらウスワイヤが嫌いでも、分別はついてますし、現実もちゃんと見てます。…本当は頼むどころか来たくもないがな」

ポツリとタメ口早口かつ、明らかに不機嫌な声色でそう呟いたのを、斎は聞き逃さなかった。
気疲れなのもあってか、呆れ気味に掠れた笑い声を上げる一方で、獏也は、とりあえず以前の様な、剣呑な事態にはならない事に一安心する。

「ああ、後もう一つ」
「?」
「アンジェラがいかせのごれに帰国するそうです」
「アンジェラが!?」
「噂をすれば影が刺す…とはまさにこの事か」
「? 何の事だ?」


「……………この部屋を焼き尽くしたい所だが、まあ、本人が認めてしまったのなら仕方ない」
(いや認めてなくても駄目だから!!!)

相変わらず物騒な妹の発言に、斎は冷や汗をダラダラ流すが、当人は知ってか知らずか話を続ける。

「えー…まあ、後日面会をお願い出来ませんか? アンジェラを連れて行きいので」
「了承した。それでいかせのごれに帰国する日は?」
「たった今通達が来たから、早くても3日ぐらいだろう。また追って連絡する」
「分かった。…後一つ聞いても良いか?」
「?」
「何でしょうか?」
「ヒロヤについてだが…何故彼はあそこまで他人の言葉を鵜呑みにする?」
「と言いますと?」
「…時々、戦闘任務に行かせているのだが、その時チームメンバーからよく『自分達の言う事ばかり聞き入れる』『すぐ主張や意見を変える』と聞かれているのだが…何か心当たりは?」
「ふむ………確か、アンジェラがいかせのごれを離れる前、『ヒロヤの「自分の言動は全部間違ってる」っていう考えが気に食わなくて大喧嘩した』と言っていたな…」
「自分の言動は全て間違い…か…なるほど」
「…まあ、詳しい話はまた面会で、という事で」
「ああ、分かった。こちらも後で伝えておく」


一歩前進、帰還の知らせ


「ところで、二人の両親は今も健在か?」
「え、ヒロヤさんから何も聞いてませんか?」
「いや、何も」
「……………忘れるとか、バカか…」

388十字メシア:2012/11/17(土) 23:57:13
未使用キャラ発掘に書いてみました。
クラベスさんから「海女海 海海」、テノーさんから「タケル」、白銀天使さんから「シェス」「大海 水竜」、お借りしました。


「おーい、おーいユっくんー」
「どうだー白奈」
「んー全くダメっ」
「そうかー…」

昼下がりの2年2組。
白奈、水竜、タケル、シェスの四人は、またもや死にかけの遊利を立ち直らせるのに苦心していた。

「折角バスケに誘おうかなと思ったのになー。やっぱ無理か」
「遊利君をここまで虐めるなんて、許せない! 一度懲らしめた方が…」
「いや、それは絶対やめてくれ………ガクッ」
「あっ生き返った」
「でもまた死んだな」
「で…でも大丈夫よ遊利君! きっとそのうち、いいことあるよ!」
「…花受け取ってくれないのに?」
「そ、それは…」
「バットで殴られたり顔面蹴られたり豪速球で何か投げられたり机逆さにされたり『ウザい』言われたり迷惑メール転載送信されたり背中蹴られたりローラースケートでスピード出したままラリアットされたr」
「もうやめとけ!!! それ以上言ったら本気でお前のライフ0になるぞ!!!!」

まるで地獄を見たかの様な目で自虐的にブツブツ言う遊利に、水竜は思わず制止のツッコミを入れた。
そんな空気に突如現れたのは。

「ちわーっ! 新聞部でーす!」

新聞部所属のオカルトマニア、海女海 海海だ。

「うわ、出た」
「ちょっと、何ですかー。人をお化けみたいに」
「でもホントにお化けみたいだよー。神出鬼没っていうのかなっ?」
「白奈ちゃんまで…まあ、神出鬼没は認めますけど」
「それで何の用なの?」
「ネタ集めってやつですよ〜。…ところで、またですか? アレ」

と、遊利を指差す海海。
それに四人は同時に「うん」と頷く。

「そろそろ諦めて、新しい恋でも探したらどうですかねえ?」
「ヤダ」
「こういう時はハッキリ拒否するんだな」
「でもまた死んだね」
「あはは…まあ、いつまでも落ち込むのは良くないですよ〜。気分転換にスポーツすればいいじゃないですか、いつもみたいに」
「今はそんな気分じゃない……」

と、そこで遊利が少し顔を上げた。

「? 何ですか?」
「お前、いつもカメラ持ってんな」
「そりゃあ相棒ですから!」
「でもそんなに使ってないよね?」
「うっうるさい! 今に凄いモノ撮ってみせますからね!!」

腕をブンブン振る海海。
…やかんの蒸気音が聞こえそうだ。

「……んで何撮ってんの?」
「まあ主に超常現象の瞬間ですね!」
「超常現象って…そんなポンポン起こるモンじゃないだろー?」
「い!え!い!え! ここ、いかせのごれでは日常茶飯事かってぐらいあるんですよ〜!? 特にストラウル!」
「おま、ストラウルって…いつもそんな所行ってんのかよ」
「危なくない? 超常現象以前に、建物ボロいから崩れやすいから…」
「大丈夫ですよ〜! 今まで下敷きになった事無いんで!」
「いやそういう問題じゃない」
「…写真、か…」
「!! もしや新聞部加入ですか了解しましたぁあああ!!!」
「聞けよ。まだ写真しか言ってねぇし」

遊利の言葉を耳にした海海が物凄い勢いで食い付く。

「俺も写真撮るの、やってみよっかなーって…」
「へ〜お前が?」
「んだよタケル、その目は」
「でも何か意外っていうかねー、遊利が写真に興味持つなんて」
「うん」
「お前らなあ……何か、分かんねーけど、面白そうだなと、ふと…」
「まあでも、楽しい事に変わりないし、やってみたら良いと思いますよ〜!」
「そうだな…うん、やってみるか!」


幽霊少年、新たな趣味を見つける


「でもカメラ結構高いよねっ?」
「最低1万以上はするよ」
「ウェ!? じゃあ花束のお金削らなきゃいけないのかよ…!?」
「いや普通に大丈夫だろ。どんだけ使ってんだ」

389akiyakan:2012/11/18(日) 11:48:32
エンドレス・ファイア(後編)

「……ふむ」

 爪先から頭の天辺までベガはアッシュの姿を眺める。その舐めるような眼差しに、アッシュは訝しげな表情を浮かべた。

「貴方……良いわね。私のものになりません?」
「はい?」
「前から思っていたのですわ、麒麟が一頭手元に欲しいと……その銀色の毛並、私の髪の色に合うと思うのだけれども」
「大変、魅力的な話ですが、」

 ドン、っとアッシュの身体が銀色のオーラに包まれる。

「生憎と、もう心に決めている人がいるんです。僕はね、遊んでも浮気はしない主義なんですよ」
「あらあら、振られてしまいましたわ」

 アッシュが床を蹴り、一瞬で距離を詰める。彼から突き出された拳を、ベガは易々と受け止めた。

「スイネちゃん!」

 アッシュが叫ぶ。その瞬間、彼が一体何を自分にして欲しいのか察し、スイネは鎖を飛ばす。その先にいるのは、床の上に転がっているサヨリだ。

「えいっ!」

 鎖をサヨリに巻き付け、思いっきり自分の元へと引き寄せる。少々乱暴な救出方法であるが、この際贅沢など言ってはいられない。

「……スイネさん、ありがとうございます」
「お礼を言うはこっちよ、サヨリ……私の為にありがとう」
「いえ、どういたしまして」

 サヨリが笑う。その身体はオーバーヒートの影響によってまだ熱を持っており、まるで熱病にかかったように熱かった。

「大丈夫?」
「ええ、放っておけばその内なんとかなります。後でジングウさんに直してもらわないといけないけど……アッシュさんが来てくれましたから」

 サヨリが視線をアッシュの方へ向け、それにつられてスイネもそちらの方に視線を向ける。そこでは、先程サヨリが繰り広げた時よりも激しい攻防戦が行われていた。

「……何だか、複雑な気持ち」
「え?」
「だって……あそこで戦っているのは、私の友人を傷付けた張本人だもの」
「あ……」

 スイネの視線は、じっとアッシュの背中に注がれている。アッシュが動く度に、背中程の長さまで伸ばされた黒髪が揺れる。彼のオリジナルだったら、あの髪の毛は紐で束ねられ、まるで尻尾のようになっていた筈だ。

 スイネの仲間、都シスイ。その都シスイの遺伝子情報から生み出され、彼に瀕死の重傷を負わせた人物。AS2、アッシュ。そのアッシュが今、自分達を守る為に戦っている……やはり、複雑だった。

「――ふっ!」

 そんなスイネの心情など知る由もなく、アッシュの戦いは続く。何時の間に取り出したのか、彼の両手にはサバイバルナイフが握られていた。

「物騒な物を持っているのね、貴方」
「まぁね。兄さんと違って、僕武器はちゃんと使うタイプだから」
「そう……厄介ですわね。私の能力も、貴方には効きが悪いですわ」

 そう言えば、とベガの言葉を聞き、スイネは思った。

 ベガの能力は、相手に幻覚を見せるタイプのもの。本人にしか見えない、その実本物としか思えないような幻覚を見せる、ある種の万能性と全能性を秘めた能力だ。しかしどう言う訳か、先程からアッシュが幻覚に苦しめられているような様子は無い。効きが悪い、と言う言葉から察するに、使っていない訳ではないようだが。

「皇帝、特権……」
「え?」
「王に相対できるのは王族のみ……麒麟を始めとした、一部の能力に付加されている機能です……天子麒麟の能力者は、自分よりも位階(クラス)の低い能力者からの幻覚や変化の能力、「対象者を改変する」能力が効かないんです」
「対象者を改変する……それで、ベガの能力が効いていないって事?」
「ええ……ですが……」

 不安げな表情で、サヨリはアッシュの方を見つめている。

390akiyakan:2012/11/18(日) 11:49:58
 サヨリの懸念事項は、アッシュが自然発生の麒麟ではなく、人為的に生み出された人造の麒麟である事だ。「天子麒麟」の能力性能こそ、オリジナルと同格であるが、位階に関しては別問題だ。人造であるが故に、アッシュの位階は通常の麒麟よりも低く位置付けられている。人造、と言う点に関してはベガも同じであるが、彼女は人工とは言え「神」だ。位階は「王」より上に当たる。

「仕方が無いですわ……奥の手を、使わせて頂きます」

 言って、ベガが手を翳した。その手元に、光が集まっていく。

(何、あれ……?)

 光が凝固し、拡散する。光が消え去った後にあったのは、

「剣……?」

 一振りの、大きな剣だった。まるでガラスで出来ているかのような、透明に透き通った刃。身の丈ほどもあるその剣を、ベガはまるで重みを感じていないように軽々と振る。

 その美しい刀身を目にした瞬間、スイネは背筋に寒気を感じた。

「いけない――その剣とまともにやり合わないで!」

 直観に突き動かされるままスイネは叫んだが、アッシュがベガに向かって踏み込む方が速かった。

 ベガが剣を振る――やはり重さは無いのか、指揮棒でも振っているかのように軽やかだ。自分に向かって振り下ろされた刃を受けようと、アッシュがサバイバルナイフを構える。

「無駄ですわ――幻想の刃を受け止める術が、この世にあると思い?」

 ザン、と肉を断つ音が聞こえる。ベガの振るった刃はサバイバルナイフを切り割り、そのままの勢いでアッシュの身体を右肩から袈裟掛けに切り裂く。

「が……はっ……!?」
「アッシュさんー!!」

 鮮血が飛び散る。サヨリの悲鳴が、廊下中に木霊した。

 ――・――・――

 火の海と化したハンガー内。

 そこで、人工悪魔との新たな戦いが行われていた。

「ふっ……はっ……」

 火の海をミューデが駆け抜ける。その動きを追尾し、ドラゴン・ユニットが追う。

 体温を自由に操るのがミューデの能力だ。これにより、燃え盛る業火の中であっても彼は自由に活動する事が出来る。しかし、それでも能力を行使する肉体は人間のものだ。ユニットが吐き出す一千度の火炎が直撃したら、一溜まりもない。

 ユニットが吐き出す火炎をかわしながら、ミューデは逃げ続ける。その彼の逃げ道を塞ぐように、三基のユニットが現れた。

「!?」

 ミューデの表情に、驚きと恐怖の色が浮かぶ。ユニットの口が開き、その中に炎の輝きが見えた。

「――みゅーーーーーーーーーーー!!!!」

 幼子の声が、格納庫内に響き渡る。無数の触手が伸び、それらが真横からユニットに突き刺さった。ユニットは火花を上げ、それから爆発する。

 炎の海に浮かぶ、瓦礫の島。その上に、両手から触手を伸ばして立つレリックの姿がある。ミューデは彼女に向かって親指を上げた。それに応えるように、レリックはぶんぶんと両手を振り回す。

「む、無茶苦茶だな……」

 炎の海の中、火達磨になりながら走り回る少年。触手を伸ばし、暴れ回る幼女。竜の頭の形をしたユニットを操る、人造の悪魔。

 さながら、怪獣大戦争だった。

「みゅーーーーーーーーーーーー!!!!」

 レリックが叫び、触手を伸ばす。その先にあるのはサタンの姿だ。だがサタンは無表情のまま、自分に向かって伸びてくる触手を火炎放射で焼き払う。

「――隙あり」

 サタンの注意がレリックに向いた隙に、その背後にミューデが回り込んでいた。触手を命綱の代わりにして、天井まで登って来たのだ。

 両腕に火炎を纏い、彼は手刀を振り下ろす。その一撃で、サタンの翼は切り落とされた。

391akiyakan:2012/11/18(日) 11:51:03
「――!」

 ここに来て初めて、サタンの表情に変化が現れた。僅かな変化であったが、驚いているようにリオトは思えた。飛行能力を失ったサタンは墜落し、瓦礫の上に落ちる。

 天井のミューデを見上げ、サタンが手を翳した。その手に、光が収束していく。だが光線が発射されるよりも早くその腕に、レリックの触手が絡みついた。

「みゅーーーーーーーーーーーーー!!!!」

 一体その身体のどこにそんな力があるのか、レリックが思いっきりサタンを放り投げる。サタンの身体が触手に引かれるまま、放物線を描いて頭から火の海に突っ込んだ。

「みゅみゅ、みゅーーーーーーーー!!!!」

 そのままレリックは、サタンを引き摺りまわした。ガリガリとコンクリートの削れる音が聞こえる。幼子のえげつない攻撃に、リオトは思わず「うわぁ……」と声を漏らしていた。

「レリック!」
「みゅーーーーー!!!!」

 ミューデの声に応え、レリックがサタンを放り投げる。引き摺り回されたせいで、その身体は傷だらけになっていた。

「おぉぉぉぉぉぉ……」

 ミューデの身体が、炎に包まれた。「ヴェクセルライブ」による体温操作で、自分の身体を発火させたのだ。

「たあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 天井を蹴り、飛んで来るサタンに向かって飛ぶ。高速で飛んで来たサタンの胸に、ミューデの跳び蹴りが突き刺さる。

「がはっ」

 血を吐くような声が聞こえた。ミューデとサタンはもつれ合うようにして火の海に落ちる。

「ミューデ、大丈夫か!?」

 リオトが呼びかけると、むくりと起き上がる人影が見えた。ミューデだ。すぐにレリックが触手を伸ばし、彼を瓦礫の上にまで引き上げる。

「悪い。俺、何も出来なかった……」
「仕方無いって。リオトの能力じゃ、炎やら何やら、どうにも出来なかっただろ。俺も、レリックがいなかったら危なかった」
「にゅふふふ〜」

 ミューデが頭を撫でると、レリックが気持ち良さそうに目を細めた。とても一戦終わらせたとは思えない二人の様子に、リオトも表情を柔らかくする。

「取り敢えず、これからどうする?」
「正面ゲートへ行こう。無々世が現れたらしい」
「無々世一派が!?」
「ああ。花丸とイマさんに行ってもらったけど、相手はあの『危険因子化(ハザードファクター)』だ。戦力は多いに越した事は無い」
「よし、分かった。それじゃあ――」

 そこまで言い掛けたところで、リオトの視界にあるものが映り込んだ。炎に包まれながら、それは起き上がり、そしてこちらに「手を向けている」。

「う――?」

 避けろ、と叫んだが間に合わなかった。レリックは、その身に何が起きたのか分かっていないようだった。

 光線が放たれた。リオトはただ、目の前でレリックの左半身が消滅したのを、見ている事しか出来なかった。

 ――・――・――

 正面ゲート。

「う、うぅ……」

 何とか起き上がろうとするが、眞代の四肢には力が入らなかった。彼女の視界の端に、自分と同じ状態になっている樹利亜の姿が見えた。

「で、でたらめ……何なのよ、あの能力……」

 今だ、戦いの繰り広げられている方へと顔を向ける。そこでは、フェンリルに跨る花丸の姿があった。

「ぜぇ……ぜぇ……」

 花丸の姿は、もうボロボロだった。服の所々が千切れ、破れ、血の汚れらしいものも見て取れる。彼が乗るフェンリルも同様であり、特に足回りがズタズタに引き裂かれている。

 二人が戦っているのは、無々世一派の三人。無々世とアビ、ヘルラだ。こちらは傷一つ見当たらない。

「フェンくん、コールドボイス!」

 花丸の命令に従い、フェンリルが吠える。だが、

「――!!!!!!!!!!!!!!!」

 フェンリルの咆哮とは別の叫び声。それが、すべてを凍てつかせるフェンリルの咆哮を掻き消してしまっていた。声の主は叫びの能力、「クレイジークライ」の持ち主、アビだ。

「くっそ……!」

 花丸はフェンリルを走らせた。直接的な攻撃を仕掛けようと、無々世達に向かって突っ込む。

「……危険因子化(ハザードファクター)」

 だが、無々世が手を翳し、それだけ短く呟く。その瞬間、地面を踏んだフェンリルの足元で変化が起きた。

「ッ――フェンくん!?」

 ギャウ、と犬のような鳴き声をフェンリルが上げた。その足に、パニッシャーの残骸が突き刺さっていた。見れば、無々世達が立つ瓦礫の山の周辺が、まるで針山のように鋭利な突起が立ち並ぶ様子に変貌していた。

392akiyakan:2012/11/18(日) 11:51:34
「危険因子化……ここまで強力だなんて……」

 離れた場所に、デルバイツァロストが横たわっている。その頭部はすべて、まるで内側から破裂したように潰れていた。「危険因子化」によって頭の中に入っている磁界をコントロールする装置が誤作動を起こし、それによって自壊を招いたのだ。

 自分の周囲にあるものを危険なモノに変えてしまう能力、「危険因子化」。離れて戦おうにも、アビの能力がある為にそれも許されない。

「イマさん……」

 イマの火球なら。そう思って思わず花丸は彼の名を呟く。しかし彼は今、ヒトリと大和を相手にしていた。

「く……この……!」

 グリフォンの姿で宙を舞うイマ。だがその動きに追従し、ヒトリが攻撃を仕掛けてくる。ぴたりとまるで張り付くように向こうは飛行してくる為に、火球を放ちたくても放つ事が出来ない。その上、変身時の巨体では小回りが利かず、機敏に動くヒトリを捉えられない。

「ちっ!」

 相性の悪さを感じ、変身を解いて地面に降りる。だが、それを狙って大和が襲い掛かった。

「はあっ!」
「こ、こいつ!?」

 身体強化系の能力者なのか、大和の拳は改造人間であるイマから見ても「重い」一撃だった。その上、その動きはとても素人のものとは思えない程、洗練している。特殊な訓練を受けている訳ではないイマの動作で追いつけるものでもなく、瞬く間に追い詰められる。

「野――郎!!」
「!」

 イマの頭が、メキメキと音を立てて鷲の形に変化する。そのまま彼は、零距離から大和に向けて火球を吐き出した。避けられる訳も無く、大和はその攻撃をもろに受ける。

 吹き飛ばされ、地面を転がっていく大和。だが、

「……おいおい、ウソだろ……」

 イマの表情が引き攣った。服こそ焼け焦げていたが、何事も無かったかのように大和が起き上がったのだ。立て続けにイマが火球を放つも、大和は飛来してくる火球をすべて腕で砕き、或いは手刀で叩き割っていく。

「く、っそ……」

 大和だけでも厄介だが、敵は彼だけではない。大和と二人で挟み込むようにして、ヒトリも身構えている。

 空中に逃げてもヒトリに捉まり、地上においては大和に抑えられる。

(やられた……こいつら、自分達の相性に応じて、戦う相手を変えてやがる……!)

 無々世の「危険因子化」は強力だ。しかし、効果範囲内でなければ効力を持たない。その性質上、射程範囲外からの攻撃に弱い。だから、魔術による遠距離攻撃を持つ眞代と樹利亜を真っ先に封じ、同じく火球による遠距離攻撃を持つイマを無々世から離した。フェンリルの咆哮はアビの「クレイジークライ」で相殺。そうなれば、花丸には近接戦闘しか無い。

 対して、イマはグリフォン形態による空中戦能力を持つが、身体が巨大化する為小回りが利かない。それに対し、ヒトリは融通が利く。ぴったり張り付いて戦えば火球に襲われる心配は無い上、イマは白兵戦による反撃も出来ない。かと言って地上に降りれば大和――火球にさえ耐える身体を武器に、近接戦闘でイマを封じる。

「やべぇな……頭の言う通りになっちまった……」

 イマの脳裏に、ジングウの言葉が蘇る。

 ――月並みな言葉ですが……どんな能力にも相性が存在します。完全無欠に見える特殊能力にも、絶対に勝てない相手が存在する。あの龍義真精すらそうです。いいですか、くれぐれも自分と相性の悪い相手とは戦わない事です。そう言う相手と当ったら、迷わず逃げて下さい――

「いや、リーダー……逃げられないですわ、これ」

 ジリジリと距離を詰めてくる大和とヒトリを前に、イマは冷や汗が浮かんだ。

 ――・――・――

 施設内、格納庫。

「う……」

 火の海に浮かぶ島の上で、リオトは倒れていた。

「くそ……サタンの奴、まだこんな力が……」

 リオトの視線の先では、炎の海の中で戦うサタンとミューデの姿があった。

「くぅっ!」

 全身に炎を纏いながら、ミューデが何度も殴りかかっている。だがそれらの攻撃を、サタンは全く意に介していないようだった。顔面に入ろうと、腹に突き刺さろうと、人造の悪魔はミューデに向かってくる。

「ぐ……」

 リオトは身体を起こし、レリックの方を見た。光線で左半身を消滅させられたレリックは、その身体を丸めて動かない。おそらく、死んではいない。だが、自己修復を行っているのだろう。その為に身動きが取れないのだ。

「はぁ……はぁ……! ミューデ……!」

 ミューデは追い詰められている。このままでは、彼が倒れるのも時間の問題だ。

393akiyakan:2012/11/18(日) 11:52:04
「くそ……」

 リオトは、激痛の走る身体を無理矢理起こす。

 何か、手は無いか。そう思い、リオトは記憶を探る。

(何でもいい。この状況を打破出来るならば、どんな手段でも)

 そう思い、思考を巡らせ――その結果浮かんだのは、ある日のユウイとのやり取りだった。

『血液って、車で言うところのガソリンみたいだよね』
『そうか? 何か、イマイチ想像出来ないんだけど』
『えっと、血液が身体の中を駆け巡って、身体を動かす為に必要な栄養素や酸素を送っている訳でしょ? ガソリンだって、車を動かす為に必要な燃料をエンジンに送っている訳だからさ』
『あー、なるほど。確かに、そっくりだな』

 血液と、ガソリン。その仕組みが、似ているのならば、

「……やって、みるか……!」

 我ながら、随分と恐ろしい事を考えていると思う。もし失敗すれば、自分の身体はどうなってしまうのだろう、とも。それでも、やるしかない。やらなければ、生き残る可能性途絶えてしまう。

 だったら、やる以外の選択肢は無い。

「う――おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 リオトの能力は血液操作。自分の体内を流れる血液を自由自在に操る事が出来る。ならば理屈の上では、「全身の血流を操る事」だって可能な筈。

「ぐ、う、うぅ……!!」

 視界が明滅する。心臓が爆発しそうな位に早鐘を打ち、激痛が起こる。正常時を超える速さで全身の血液を送り込んでいるのだから、必然的にその負荷は全身、特にそれを送り込むポンプたる心臓にかかる。思わず蹲りそうになりそうな痛みを堪え、リオトは全神経を血液の流れに注ぐ。

「お……ご……」

 死ぬ、死んでしまう。このままでは自分は。そんな恐怖が何度もリオトが襲う。だが、止められない。血流のコントロールがまだ完全に出来ていない。このままでは身体に振り回されてしまう。それでは駄目だ。身体を、血液を、完全に自分の支配下に置かなければ。

「ぐあっ!」

 炎の海から、ミューデが吹き飛ばされてきた。その身体は瓦礫の上を転がっていき、リオトの傍までやって来る。そして彼を追うようにして、ゆっくりとサタンが島の上に上がって来た。

「リオト……逃げろ……」

 ミューデが声を掛けるが、リオトは耳に入っていないのか、その場から動かない。彼はその場に立ち尽くすばかりだ。

「リオト……!」

 ミューデが彼の足に手を伸ばして揺さぶる。だがやはり、リオトは反応しない。

 サタンが手を翳した。その手に、光が収束していく。

「リオトぉっ!」

 ミューデの、叫ぶような声が、悲鳴のような声が響いた。

 その瞬間――リオトの姿が消えた。

「――え?」

 突然の出来事に、ミューデは何が起きたのか分からない。彼の視線の先では、サタンの顔面を殴り飛ばすリオトの姿があったのだ。

「り、リオト!?」

 まさに瞬間移動。一体何時の間にそこまで移動したのか、あまりの速さに全く気付けなかった。

「…………!」

 リオトの姿が再び消える。今度は、よろめくサタンの背後に現れた。その背中に、思いっきり回し蹴りを叩き込む。

 そして――

「お――おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ!!

 打撃の暴風。四方八方からリオトの拳や蹴りが、サタンの身体を襲いかかる。しかも、その一撃一撃が尋常な威力ではない。ミューデがいくら殴っても傷付かなかった身体がひしゃぎ、抉れ、破壊されていく。

「終わりだッ!」

 最後の一撃が、サタンの顔面に叩き込まれる。その一撃が完全に、人造の悪魔の頭蓋を砕いたのをミューデは見た。破壊され尽くされたサタンはよろめき、後ろから炎の海へと落ちて行く。サタンの動力炉が壊れたのだろう、少し間を置いてから爆発が起こった。

「う――」

 やがて、力が抜けたようにリオトがその場に倒れた。友人が見せた突然の力に、ミューデはただその姿を茫然と見つめているしかなかった。

394akiyakan:2012/11/18(日) 11:53:09
 ――・――・――

「が……あ……」

 傷口を抑え、アッシュが蹲っている。それをベガが見下ろしている。

 「天子麒麟」により、傷の修復は始まっている。だが流れ出た血液が、床を赤く染めていた。

「何だ……その剣は……!?」

 息を荒げながら、アッシュがベガを見上げる。彼女はその鼻先に、その透明な刃を突きつけていた。

「夢想剣……とでも言えばよろしいかしら? 私の能力で創り上げた、幻想の剣ですわ」
「馬鹿な……実体化する程の幻覚なんて、そんなの……」
「まさに、夢限のようですわね?」
「! ……なるほど、元はドリーマーよりもたらされた技術だったっけ……性質を同じにする貴女が使えても、おかしくはないって事か……」

 言って、アッシュはゆっくりと立ち上がった。呼吸は整っており、傷も塞がっている。だが、完全に塞がった訳ではないのだろう。あくまで、応急処置が済んだに過ぎない。

「さぁ……行きますわ」

 ベガが踏み込む。紙一重でその斬撃をかわすアッシュだが、ベガの剣は易々と廊下の壁を切り裂いた。

「何て切れ味なの、あの剣!?」
「……幻覚で出来ているから、結果が先行しているんです……」
「え?」
「ベガさんの幻覚は、突き詰めていくと現実を歪めて、自分の望む結果を押し付けるんです……だから、あの剣には初めから「切れた」と言う結果が備わっている。あの剣で切られてしまったら、どんな物質であっても結果に従って切り裂かれるしかないんです……」
「そんな……」

 普通に切り裂かれた辺り、「天子麒麟」に備わっているらしい皇帝特権も効果を発揮していないのだろう。防ぐ手段も無く、アッシュは逃げに徹するしかない。

「く……」
「どうしたんですの? 先程までの威勢はどちらへ?」

 壁際まで、アッシュは追い詰められていた。もはや、逃げ場は無い。

「もう一度聞きますわ……私のモノになりません? 今なら、許して差し上げますわ」
「…………」
「そう……残念ですわ」

 ベガが剣を振り上げ、思わずアッシュが顔を背ける。しかし、その刃が振り下ろされる事は無かった。

「く……ファスネイ・アイズ!」
「はぁ……はぁ……やっぱり、これを創るのは疲れるわね……!」

 忌々しそうにベガが振り返る。そこには、スイネが創りだした純白のユニコーンがいた。

「行きなさい!」

 スイネの命令に従い、ユニコーンが角を振り上げて襲いかかる。ユニコーンの角と、ベガの夢想剣がぶつかりあった。

「物質ならともかく、思念体を切り裂くのは難しいようですわね……!」

 それまで恐るべき切れ味を発揮していた夢想剣だが、スイネのユニコーンは例外のようであった。ユニコーンの角は刃を受け止めても折れる事は無く、そのままベガの剣戟と切り結んでいる。

「よし、これなら――」
「――残念ですが、同じ幻想遣いとしては、私の方が一枚上手でしてよ?」

 ベガが手を翳す。その瞬間、彼女に向かって突進していたユニコーンが一瞬で掻き消された。

「そんな……これでも駄目なの……!?」

 スイネの表情に悲壮の色が浮かぶ。必殺の手も破られ、もう彼女に戦う術は無い。

「……そんな事無いよ」

 それは、アッシュの声だった。何時の間にか、彼はベガの背後に立っていた。

「ッ!? 何時の間に……!?」
「後ろからで卑怯だけど……悪いね」

 ベガが振り返るよりも先に、その背中にアッシュの拳がめり込んだ。ベガは苦しそうに咳き込みながら、その場に崩れ落ちる。

「ご自慢の夢想剣はどうしたんだい? 何時の間にか、手元から無くなってるけど」
「く……」
「…………あれだけ強力な剣だ。能力のリソースを大幅に取られてると思ったよ。剣を出したままじゃ、スイネちゃんの能力を無効化出来ないんだろ?」
「……よく、気付きましたわね」
「まぁね」

 そう言って、アッシュはスイネに向かってウインクしてみせた。

(……やっぱり、何だか複雑……)

 それでもスイネは、ぎこちないながらも笑みを浮かべていた。アッシュの人懐っこさがそうさせたのか、それとも彼の姿にシスイの面影が見えたのか。彼女には、よく分からなかった。

 その時突然、壁が吹き飛んだ。赤い光が通り抜けていく。

「く――これは!?」
「い、一体何が……!?」

 身をかがめ、衝撃にアッシュは耐える。スイネも吹き飛ばされまいと、車椅子に掴まった。

395akiyakan:2012/11/18(日) 11:53:42
「ベガ様――――!!!!」

 吹き飛んだ壁の穴から、中性的な顔立ちの少年が飛び込んできた。ゼロだ。普段、冷静沈着な彼らしくもなく、その表情には焦りの色が大きく浮かんでいた。

「ご無事ですか、ベガ様!?」
「ええ……助かりましたわ、ゼロ」

 ゼロに肩を貸してもらい、ベガが立ち上がる。キッとゼロは、憎しみに満ちた表情でアッシュを睨みつけた。

「よくも……!」
「そんな顔しないでよ。一応女性だから手加減したんだよ?」

 言って、アッシュはくるくると掌の上でサバイバルナイフを玩ぶ。どうやら刃物を持っていたにも関わらず、あえて素手で殴ったらしい。

「スイネさん」

 ゼロが空けた穴から、ミツが出て来た。

「! ミツ……」
「大丈夫でしたか?」
「ええ、私は大丈夫よ」
「そうですか……」

 言って、ミツはフッと微笑んだ。優しげな、人間味のある微笑い方だった。何時もの「彼」らしくないなどと、スイネは思ってしまった。

「――あらあら、ゼロ? 囲まれちゃったわよ」
「――仕方ないね……それじゃ、使おうか」

 そう言った瞬間、空気が変わった。それを察知して、アッシュ達は身構える。

「――プログラム、起動」
「――コード『比翼のαGITΩ』を起動」

 その呪文を唱え終わった直後に、ゼロが「二人」に増えた。いや、よく見ると片方は髪が長く、また顔立ちもこちらはどちらかと言えば女性的だ。そう、こちらはアインだ。二人で一つの筈のゼロとアインが、別々で存在しているのだ。

「な!?」

 驚く周りを尻目に、アインが動いた。右手に「アイン・リッター」の光の弓を出現させ、それを天井に向ける。そして番えた光の矢を放った。放たれた矢は光の光線と化し、一息で天井を撃ち抜く。

「ゼロ、ベガ様を!」
「分かっている!」

 ベガをゼロとアインが、両側から挟むようにして支える。二人の背中にはそれぞれ形の違う翼が片翼ずつ備わっており、それが羽ばたくと三人の身体が浮かび上がった。

「それでは皆様……御機嫌よう」

 そう言い残すと、三人は天井に空いた穴から飛び出して行った。その速力は凄まじく、瞬く間にその姿は空の向こうに見えなくなった。

「逃げられた、か……」

 ――・――・――

 ホウオウグループ支部施設、正面ゲート。

 ホウオウグループ側で、そこに立っている者は誰もいなかった。花丸も、イマも、倒れたまま動かない。まだ息はあるようだが、意識は完全に無くなっているようだった。

 無感情な瞳で、無々世はそれを見つめている。止めを刺そうとしたのか、その手を向けて――

「――来た」

 何かに気付いたように、その手を下した。視線を向けた先にいるのは、包帯に全身を包んだ一人の男。黒い学ランにも似た服の上から、白衣をマントのように羽織っている。

「……ジングウ」
「その辺りで手を引いてくださいよ、無々世。その人達は私の大事な部下なんですから」

 無々世の戦闘能力など全く意に介していないように、ジングウは悠然と歩み寄って来る。あまりの自然さ、あまりの余裕。その姿は不気味にも見え、思わずアビ達は無々世を守るようにして身構えた。

「ジングウ、一つ、聞きたい」
「はい、何でしょう?」
「戦い。永久、続く、世界。それが、お前の理想?」
「ええ、そうですね」
「だが、その望み、結果、これ」

 言って、無々世は周囲を見渡した。あるのは、荒涼とした瓦礫と残骸の山。そして、倒れ伏す何人もの人。

「お前、戦い、望んだ。戦い、作る為、沢山火を撒いた――その火、自分に帰って来た」
「…………」
「戦いの炎、自分、周り、何もかも焼き尽くす。炎、どんなに苦しくても消えない。炎、止まらない。それでもお前、戦いを望むか?」
「――ああ、そうだ。それが俺の望む合理的な世界の姿だ」

 ジングウの口調が、そして雰囲気が変わった。目元から冷笑が消える。鋭い目付きで、ジングウは無々世を見返していた。

396akiyakan:2012/11/18(日) 11:54:12
「強さも弱さも、善も悪も、良いも悪いも、すべて同じ価値のものでしかない。比べるのも馬鹿な話だ。人よ、善行を積め、さすれば救われん……そんな訳ない。ならば、なぜこれだけの悪行を行う私は何故裁かれずに残っているのだ? ……答えは簡単だ。善い者が救われる訳でも、悪い者が裁かれる訳でもない……ただ、存在するべき者が存在するべくして存在している。この世界は、そう言う場所なのだ」

 ジングウが語る、この世の真理。それに、無々世は黙って耳を傾ける。

「なればこそ、私は戦いと言う「ふるい」を用意した。ふるいにかけられ、生き残る者は生き残るべくして生き残る。そうして「ふるい」にかけられた者達だけが残った世界こそ、優れたモノだけが存在し、無駄の省かれた合理的な世界だ……平和など、無駄を増やすばかりの非合理でしかない!」

 真っ向からジングウは、無々世の理想を否定した。その言葉を聞いても、無々世の表情は揺るがない。

「……やはり、お前と我、相容ない」

 くるりと、無々世は踵を返した。

「無々世様!? よろしいのですか!?」

 今なら、ジングウ一人。倒せない事は無いと思ったのだろう。大和が言う。しかし、無々世は首を振った。

「ジングウ、強い。我、相性、悪い。我、勝てぬ」
「そんな……」

 大和自身、無々世がジングウに負けるなどとは思っていないのだろう。彼は複雑な表情でジングウの方を見る。ジングウはと言えば、ポケットに手を入れたまま、無々世達の方を見ている。

「今、退く。いずれ、我ら、再び、戦う……相応しい、場所で」

 そう言って、無々世はジングウの方を見た。その視線に、ジングウも視線を持って返す。

「次、会う時。我、お前の、理想、否定する」
「そうですか……それならその時は、私が貴方の理想を否定する時でもありますね」

 ――次に会う時まで、首を洗って待っていろ――

 言外に二人は、そう言葉をぶつけ合っていた。

 ――・――・――

 轟々と、燃える。

 燃える、燃える、燃える。何もかも飲み込んで。

 火を付けた者の手さえも焼いて。

 消えない、消えない。炎は消えない。

 争いが争いを呼び、戦いが戦いを呼び、憎しみが憎しみを呼ぶ。

<ジングウ……君が望んだのは、本当にそんな世界なのかい?>

 世界のどこかで傍観者が、返事も望まずにそんな事を呟いた。

※十字メシアさんより「領根 眞代」、「樹利亜」、「無々世」、「椏弥」、「綜留羅」、「悲鶏」、「神江裏 灰音」、鶯色さんより「イマ」、えて子さんより「花丸」、しらにゅいさんより「大和」、紅麗さんより「ミューデ」、「高嶺 利央兎」、サトさんより「ファスネイ・アイズ(スイネ)」、卍さんより「デルバイツァロスト」、白銀天使さんより「フェンリル」、「人工悪魔サタン」をお借りいたしました!

397えて子:2012/11/18(日) 19:44:18
「目的地、一致」の続きです。
スゴロクさんより「隠 京」、クラベスさんより「アン・ロッカー」をお借りしました。


情報屋「Vermilion」、応接室。
ローテーブルを挟み、京と紅が向かい合って座っていた。

荷物を届け終えたアンは、最初に請け負っていた通り、アーサーの代わりにハヅルを待つために商店街へ戻っていった。
長久は「一応俺もハヅルを探してみる」と、バイクに乗って出かけていった。
アーサーは、宿題をすると言って自室へ戻っていった。

今、この場には彼女ら二人だけ。
テーブルに置かれた紅茶からは、温かな湯気がたっている。

「アーサーを助けてくれて、ありがとうね」
「いいえ、気にしないで。…それにしても、彼女、ずっと腹話術で喋るのね」
「………恥ずかしがりでね。あまり人と直接会話したがらないのよ」
「…そう」

おそらく、それだけが全ての理由ではないのだろう。
紅の目が少しだけ寂しさに揺れたのを見て京はそう思ったが、口には出さなかった。

「そういえば……音早さん、だったかしら?聞きたい事があるのだけれど」
「紅でいいわ。何かしら?」
「……どうして、こんな所で情報屋を?」

京の質問も考えれば尤もなことで、この情報屋があるのは街のはずれ。
しかもやや奥まった場所にあるため、探そうと思わなければ見つからないような建物だ。

京の質問に、紅は持っていたティーカップを置くと、そうねぇ、と呟いた。

「……一言で言うなら、お客様や私たちが多少暴れても、周りに迷惑をかけないためかしら」
「暴れる?そんなことがあるの?」
「ええ。滅多にないけどね」

そうフォローするも、京は驚きの表情を隠せない。
その様子に、紅は困ったように微笑んだ。

「もちろん、私たちから手を出すことは絶対にないし、きちんと理由もあるのだけれど…話すと長くなるわよ?」
「構わないわ。話して」
「そう?じゃあ……」

大したことじゃあないけどね、と前置きして、紅は口を開いた。

「私たち「Vermilion」は、情報を提供する人物を選ばないわ。きちんとした手続きと情報に見合う報酬があれば、例えどんな人物でも、私たちはその人を客人とみなしてできる限りの情報を提供するの。
たとえば……そうね。隠さん、だったかしら?貴女にもし敵がいるとして、私にその敵の情報を提供してもらったとするじゃない?けれどその後、その敵がきちんと手続きをして依頼をすれば、私はその人にも情報を提供するの。………こんな言い方で分かるかしら」
「…………ええ」
「よかった。…それとね、私たちは情報を提供するけれど…提供した後の情報の使い道は、依頼人に一任しているの。渡した時点で、情報は依頼人のものになるわ。だから、どういう目的で使おうが依頼人の自由。結果的に、私たちが提供した情報が争いの火種になることもある」
「…………」
「初めて来た依頼人には、そのことをお話して、納得した上で利用してもらっているの。けれど、中にはどうしても納得がいかずに「何故アイツにも情報を渡したんだ」って怒鳴り込んでくる人や、暴力や恐喝で料金を踏み倒そうとする人もいるのよね。
話し合いで解決できればそれに越したことはないけれど…できなければ、仕方なく力尽くでお引取り願うことになるわ。……やっぱりそれだと大きな音が出ちゃうのよ。何度も繰り返せば、ご近所迷惑になってしまうし……だから、この場所でやっているの」
「……そうなの」
「ええ。…回りくどい説明でごめんなさいね」

そう苦笑いして、紅は再びカップに口をつけた。

「……紅さん」
「あら、何かしら?」

京が口を開く。が、言葉は続かなかった。
デスクの上の電話が、突然鳴り出したからだ。

「あら、誰かしら。……ちょっとごめんなさいね」

そう断りを入れて、紅は電話に出る。

「はい、情報屋………あら、長久君?……ええ、いるわよ。……分かったわ」

受話器を手で押さえると、紅は京のほうを振り向いた。

「隠さん?長久君……アルバイトの子が、貴女に話があるって」
「私に?」

不思議そうにする京に、紅は受話器を渡した。

「……はい」
[あ、もしもし。隠さんっすか?]
「え、ええ。そうだけど…」
[ハヅル待ちに行った……あー……アンさん、と連絡って取れますか?]
「…………何かあったの?」
[ええ、ちょっと…]


京と紅、二人


[ハヅル、見つかりました。ただ怪我してるんで、病院に送っていきます。ですんで、待つ必要なくなったとだけ、伝えてください]


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