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企画されたキャラを小説化してみませんか?vol.3.5

397えて子:2012/11/18(日) 19:44:18
「目的地、一致」の続きです。
スゴロクさんより「隠 京」、クラベスさんより「アン・ロッカー」をお借りしました。


情報屋「Vermilion」、応接室。
ローテーブルを挟み、京と紅が向かい合って座っていた。

荷物を届け終えたアンは、最初に請け負っていた通り、アーサーの代わりにハヅルを待つために商店街へ戻っていった。
長久は「一応俺もハヅルを探してみる」と、バイクに乗って出かけていった。
アーサーは、宿題をすると言って自室へ戻っていった。

今、この場には彼女ら二人だけ。
テーブルに置かれた紅茶からは、温かな湯気がたっている。

「アーサーを助けてくれて、ありがとうね」
「いいえ、気にしないで。…それにしても、彼女、ずっと腹話術で喋るのね」
「………恥ずかしがりでね。あまり人と直接会話したがらないのよ」
「…そう」

おそらく、それだけが全ての理由ではないのだろう。
紅の目が少しだけ寂しさに揺れたのを見て京はそう思ったが、口には出さなかった。

「そういえば……音早さん、だったかしら?聞きたい事があるのだけれど」
「紅でいいわ。何かしら?」
「……どうして、こんな所で情報屋を?」

京の質問も考えれば尤もなことで、この情報屋があるのは街のはずれ。
しかもやや奥まった場所にあるため、探そうと思わなければ見つからないような建物だ。

京の質問に、紅は持っていたティーカップを置くと、そうねぇ、と呟いた。

「……一言で言うなら、お客様や私たちが多少暴れても、周りに迷惑をかけないためかしら」
「暴れる?そんなことがあるの?」
「ええ。滅多にないけどね」

そうフォローするも、京は驚きの表情を隠せない。
その様子に、紅は困ったように微笑んだ。

「もちろん、私たちから手を出すことは絶対にないし、きちんと理由もあるのだけれど…話すと長くなるわよ?」
「構わないわ。話して」
「そう?じゃあ……」

大したことじゃあないけどね、と前置きして、紅は口を開いた。

「私たち「Vermilion」は、情報を提供する人物を選ばないわ。きちんとした手続きと情報に見合う報酬があれば、例えどんな人物でも、私たちはその人を客人とみなしてできる限りの情報を提供するの。
たとえば……そうね。隠さん、だったかしら?貴女にもし敵がいるとして、私にその敵の情報を提供してもらったとするじゃない?けれどその後、その敵がきちんと手続きをして依頼をすれば、私はその人にも情報を提供するの。………こんな言い方で分かるかしら」
「…………ええ」
「よかった。…それとね、私たちは情報を提供するけれど…提供した後の情報の使い道は、依頼人に一任しているの。渡した時点で、情報は依頼人のものになるわ。だから、どういう目的で使おうが依頼人の自由。結果的に、私たちが提供した情報が争いの火種になることもある」
「…………」
「初めて来た依頼人には、そのことをお話して、納得した上で利用してもらっているの。けれど、中にはどうしても納得がいかずに「何故アイツにも情報を渡したんだ」って怒鳴り込んでくる人や、暴力や恐喝で料金を踏み倒そうとする人もいるのよね。
話し合いで解決できればそれに越したことはないけれど…できなければ、仕方なく力尽くでお引取り願うことになるわ。……やっぱりそれだと大きな音が出ちゃうのよ。何度も繰り返せば、ご近所迷惑になってしまうし……だから、この場所でやっているの」
「……そうなの」
「ええ。…回りくどい説明でごめんなさいね」

そう苦笑いして、紅は再びカップに口をつけた。

「……紅さん」
「あら、何かしら?」

京が口を開く。が、言葉は続かなかった。
デスクの上の電話が、突然鳴り出したからだ。

「あら、誰かしら。……ちょっとごめんなさいね」

そう断りを入れて、紅は電話に出る。

「はい、情報屋………あら、長久君?……ええ、いるわよ。……分かったわ」

受話器を手で押さえると、紅は京のほうを振り向いた。

「隠さん?長久君……アルバイトの子が、貴女に話があるって」
「私に?」

不思議そうにする京に、紅は受話器を渡した。

「……はい」
[あ、もしもし。隠さんっすか?]
「え、ええ。そうだけど…」
[ハヅル待ちに行った……あー……アンさん、と連絡って取れますか?]
「…………何かあったの?」
[ええ、ちょっと…]


京と紅、二人


[ハヅル、見つかりました。ただ怪我してるんで、病院に送っていきます。ですんで、待つ必要なくなったとだけ、伝えてください]

398akiyakan:2012/11/19(月) 00:25:53
 人の心は多面体(トラペゾヘドロン)

※本家様より「ホウオウ」、サトさんより「ファスネイ・アイズ(スイネ)」をお借りいたしました!

「――え?」

 ベガ達との戦いを終え、状況確認の為に閉鎖区画のブリーフィングルームへ戻ろうとした時、

 「それ」は、現れた。

「嘘……」

 アッシュに抱き抱えられたサヨリが、思わず声を漏らした。その瞳は、驚愕と畏怖から震えている。

「ホウオウ……様……」

 目の前に立つ、漆黒のスーツの長身の男。まるで闇を纏っているかのようなプレッシャーに、アッシュも思わず息を呑む。

(これが絶対者、ホウオウ……! なるほど、絶対を自称するだけの事はある! こうして立っているだけで、凄い迫力だ……!)

 まずい、とアッシュは思った。ちら、と彼は思わず背後のスイネに視線を向ける。彼女がここにいると言う事実は、グループ内では隠している事で、ホウオウにさえも知らせていない事だったのだ。

「……ファスネイ・アイズ」
「その名前で呼ぶの、止めて貰えないかしら?」

 ホウオウの言葉に、スイネが不快感を露わにした。二人の関係を知らないアッシュは、思わずスイネとホウオウを交互に見比べる。

「いい機会だ。戻って来い、私の下へ」
「嫌だ、と言ったら……? 力付くでも来させるのかしら?」
「…………」

 ホウオウは答えない。ただ、アッシュ達の方に彼は近付いて来た。

(っ、どうする!?)

 相手は、自分達の組織のトップだ。迂闊な真似は出来ない。このまま、黙って事の成り行きを見守っているのが妥当か。そう思って、アッシュが動かずにいると、

「……何だ?」

 ホウオウが訝しげな表情をする。スイネと彼の間に割って入るように、ミツが出てきたのだ。

「ちょ、ミツくん!?」
「み、ミツさん、何をやってるんですか!?」

 突然のミツの行動に、アッシュもサヨリも同様を隠せない。そんな二人を尻目に、ミツはじっとホウオウを見つめている。

「……ホウオウ様、彼女は私達千年王国が招いた「客人」です。その上怪我もされていて、現在治療中の身……これ以上は、いくら総帥とは言え無礼だと私は思うのですが」
「……無礼、か。総帥と知っていながら意義を申し立てる、お前はどうなのだ?」
「総帥だからと言って、何もかも許される訳ではないでしょう」

 ホウオウの威圧を前にして、しかしミツが怯む様子は無い。二人は怖気付いて動けず、サヨリに至っては今にも泣きだしそうな表情でミツとホウオウを交互に見ている。

 ホウオウとミツは、しばらく睨みあうように互いの視線を交差させていたが、やがてホウオウの方が動いた。彼はミツの頭に向かって手を伸ばし――

「――やめろッ!」

 その時、廊下中に響き渡る声が上がった。そちらの方へと全員が視線を向ける。

「じ、ジングウさん……」

 彼の出現に、サヨリが安心したような声を出した。ジングウはホウオウの傍まで歩み寄ると、ミツに向かって伸ばした手を掴む。

「……総帥、私の部下がした事については謝罪致します、申し訳ありませんでした……ですが、総帥の行動も、いささか軽はずみかと」
「軽はずみ、だと? お前はどうなのだ、ジングウ? 私に黙って、ファスネイ・アイズを匿っていた事は?」
「……それは極秘裏に、彼女を治療する為です。ホウオウグループ内でアースセイバーの戦士を治療していたなど、とても公には出来ませんので」
「何故、ファスネイの治療を行った?」
「――それはてめぇの胸に聞けよ、ホウオウ」

 素の表情を見せたジングウに、サヨリがおろおろしている。いくら常に大胆不敵とは言え、相手はホウオウグループの総帥だ。首が飛ぶだけならともかく、命を取られたとしても文句は言えない。

 今度は、ジングウとホウオウが睨み合う。

「――……ふん、まぁ、いい」

 言って、ホウオウが踵を返した。その背中が見えなくなったところで、ジングウが大きく息を吐いた。見れば、顔中に冷や汗が浮かんでいる。

「はぁ…………! ……こ、今回ばかりは肝が冷えました……!」
「も、もう! ジングウさん、無茶しないで下さいよ!」
「って言うか、ミツくんもミツくんだよ! ホウオウ相手に何考えてるんだよ、君は!?」
「……まぁ、いいじゃないですか」

 責める二人を尻目に、ジングウは結果オーライの姿勢を崩さない。それから彼は、スイネに近付いた。

399akiyakan:2012/11/19(月) 00:26:23
「スイネさん、主治医として言わせて頂きますが……貴女は後、一週間ほどで元通りの身体になります」
「……逆に言えば、後一週間はここにいないといけない、と言う事ね」
「ええ。後はもう、自然治癒に任せても治るレベルにまで回復しているんですけどね……どうします? 私は、強制しませんよ」

 ジングウは問う。それに対して、スイネは首を縦に振った。

「やるなら、完全に治したいわ……お願い」
「……そうですか、分かりました。それから、もう一つ」

 そう言うと、ジングウはスイネに向かって手を伸ばした。一体何をするのかと周りが見守る中彼は――スイネの胸元を、思いっきり肌蹴させた。

「な、な……!?」

 サヨリは驚いて固まってしまっている。アッシュもミツも、同様だ。スイネも驚き、目を見開いたまま固まっている。

 露わになったスイネの胸元。女性らしい豊かな膨らみと、白い肌が服の間から覗いている――HとOを組み合わせた、独特の形をした焼印も。それは痛々しく、まるでスイネを汚すように刻まれている。その印を目にした瞬間、ジングウの表情が歪んだ。

「……初めにも聞きました。そして、今だからもう一度聞かせて頂きます。この印、本当にこのままで良いんですね?」

 ジングウの行動の意味を悟ったらしい。スイネは頷いた。

「……何時までも、あんな男の呪縛を残す必要は――」
「……呪縛じゃないわ」

 ジングウの言葉を遮り、スイネが言う。彼女は、自分の胸に刻まれた印にそっと触れた。

「これは戒め……私がかつてホウオウグループだった証で、そこで罪を重ねた証……周りがどんなに許してくれたって、その事実は変わらない。だから私は、これをあえて残すの」
「……そう、ですか」

 ジングウはため息をつくと、スイネの胸元を元に戻した。

「分かりました。それでは――」
「何が分かりましたですかーーーーーーーーーーーー!!!!!」
「ぐほっ!?」

 スパーン、と心地良い音が鳴った。サヨリが顔面真っ赤で、ジングウの頭をスリッパではっ倒した音だ。

「さ、サヨリさん、突然何を……」
「何をするって、こっちのセリフですよ! 貴方、スイネさんに何やってんですかーーーーーーー!!」
「な、何って、患者の意思確認を……」
「その為に服脱がす必要あるんですかーーーーーーーーー!!」

 バシバシと、サヨリらしからぬ暴力が揮われる。そんな二人の様子をアッシュは「あーあ」と見つめるばかりで、助ける気はこれっぽっちも無いらしい。

「……まぁ、僕らも眼福だったって事で?」
「……ミツはイマイチ、そのガンプクと言うのがよく分からないのですが」
「……いや、ミツくんは一生知らなくていいよ」

 さて脱がされた本人は、とアッシュが視線を向けると――意外にも、スイネは口元に手を当てて小さく笑っているところだった。

「どうかしたの?」
「ふふ……あれがジングウだって言うから、何だか可笑しくて」
「確かに。とても二十歳のいい大人には見えないよねぇ?」

 ジングウの外見は、死亡した時と同じ状態で再生されている為、十四歳並みの体躯しかない。スリッパでサヨリに叩き回される姿はまるで、姉弟喧嘩する姉と弟のようだ。

「ねぇ、ジングウって本当に悪い人なの?」
「悪い人だよ、すっごく」
「あんな事してるのに?」
「あんな事してるのに」
「……何だか、分からないものね」
「そんなモノだと思うよ、人間ってさ。色んな顔をしてるんだよ。やっぱりその辺は、一緒にいてみないと分からないんじゃないかな」

 そう語るアッシュの様子は慣れたもので、ジングウとサヨリの成り行きを見守っている。彼の言う通り「慣れて」いないせいなのだろう。目の前のジングウと、シスイ達が戦っている大悪人ジングウがイマイチ結びつかない。

「……そうね。きっと、そう。人間って、やっぱり複雑な生き物なのね」

 これが、自分にとって倒すべき敵だと言う事を感じながら、スイネは呟いた。

400十字メシア:2012/11/20(火) 02:20:52
旧ジングウの生物兵器達登場の話。
akiyakanさんから「ジングウ」、スゴロクさんから「クロウ」お借りしました。


某日、ホウオウグループ。
一角の廊下を、荒々しい足取りで突き進むクロウ。
向かう先は――。

「おいジングウッ!!!!!」
「何ですか騒がしい。ノックぐらいして下さいよ」

ジングウ率いる千年王国の拠点である、支部施設内の閉鎖区画だった。

「そんな事はどうでもいいッ!! ここに『アイツ』はいるか!!?」
「アイツ?」
「あのウイルス擬きのAIだ!!!!」
「ああ、いますよ。…『エレクタ』」

と、巨大モニターに青い渦の様な光が巻き起こり、構築されていくかの如く、ジャージの上にオーバーオールを着た少年が現れた。
しかし何故か足は途中から途切れている。

《はーいはーい! 呼んだ〜?》
「エレクタ、貴方に用があるみたいですよ」

と、こめかみに青筋を、浮かばせんばかりに顔をしかめているクロウを指差すジングウ。
それを見たモニタの『中』の少年エレクタは、ぱあっと満面に笑みを浮かべる。

《あっ鴉クン! あの音どうだった? 凄いでしょ!? 是非警報用に――》
「お前という奴は…何回言われれば気が済むんだぁぁあああああああああーーーーッ!!!!!!!!」
《うわお》

ありったけの怒声を上げるクロウ。
対してエレクタは、さも驚いたという様な素振りを見せた。

「データを書き換えるわ、コンピュータの誤動作を起こすわ、ここ以外の電子機器の電源を強制的に落とすわ…更に今度という今度は爆音サイレン流すわと、お前は反省という言葉を知らんのか!!!!!!!!」
《知っらなーいよー♪》
「〜〜〜〜ッ!!!!」
「まあまあクロウ、そんなにカリカリしてたら、この子に付き合いきれませんよ」
「そもそもお前がちゃんと視ないからだろうが!!!」
「おや、私に責任があるとでも?」
「大ありだ!!!!!」

クロウが「その方が面白いのに」、とでも言うような態度で返すジングウを盛大に睨み付ける中、当人のAI少年は画面に背を向け、腹を抱えながら震えている。
笑いを堪えているらしい。
…が。

《〜〜〜ッ……ぷっ、あっははははははは!!!!!!!!あははっあは…あはははははははははははははは!!!!!!! ホント、鴉クン…名前通り、くろ、苦労人…っあーっはっはっはっはっはっはっ!!!!!!! もう、笑い止まんない〜死んじゃうって〜〜!!!!》

我慢しきれず、爆笑しだした。
一度切れたクロウの堪忍袋がまた切れかけたその時。

401十字メシア:2012/11/20(火) 02:21:32
「エ、エレクタ…あまりクロウさんを困らせちゃ駄目だよ…」

奥から現れたのは、白いレースやフリルのついた、ピンクのワンピースを身に纏っている少女。
毛先がロール状になったオレンジの髪に、ピンクのリボンがつけられている。

《ブラン! 別にいーじゃんか〜》
「良くないよ、クロウさん忙しいんだし……あのっ、ごめんなさい」
「……はぁ、お前は関係ないから、気にしなくていい」
「でも…」
「気にするなーっつってんだから、もういいだろ」
「まあ、エレクタの悪戯には少々目に余るものがありますね」
「んー、ほどほどにしときゃ、良いんじゃない?」

今度は二人の少年と一人の少女。
少年の内一人は頭に赤いバンダナを巻き、簡素な小汚ない服を着ている。
片手には何故かボロボロの自転車が。
もう一人は物静かな雰囲気を放つ普通の少年だが、下半身には二本の足は無く、代わりに悍ましく、六本の足のついた奇妙な機械が取り付けられている。
一方少女は、紫の長髪をポニーテールにし、学校の制服の様な着こなしに学ランを羽織っている。

「リキ!」
《それに魎とレンコだ〜元気?》
「元気って、さっき会ったばっかじゃん」
「………エレクタ、あまりクロウに嫌がらせしないでよ。雑音に等しい怒声はもう聞き飽きた」
「雑音で悪かったな」
《ぷくく…雑音だって……》
「お前も笑うな!!」

頭を押さえ、クロウは溜め息を吐く。

「とにかく、もうこんな悪ふざけはするな。分かったか」
《え〜〜〜〜? つまんな〜〜〜〜〜〜い》
「駄々をこねるな。お前は与えられた役割をこなせばいい」
《えー。ぼくちん、鴉クンほど真面目じゃないし〜》
「真面目だろうがなかろうがやれ! ったく…」

その場を去ろうとした時、クロウはふと5人を見渡す。

「あ?」
「どうしました?」
《ん〜?》
「何だ?」
「………?」

それぞれの反応を見せる少年少女達。

「…いや」
『?』

(ドグマシックスズ…ジングウの申し子共、か…)


ドグマの児達


「…しかし、よりによって何故、”最強”の武器がウスワイヤに保護されたのやら……さて、どうしたものでしょうかねえ」

(炎・氷・森・雷の力を宿し少女)
(番型GF−001)
(名をルーン、通称「精霊戦士」 今の名は)

(氷雷森 炎(ヒョウライシン ホムラ))

402akiyakan:2012/11/20(火) 15:57:03
 ※サトさんより「ファスネイ・アイズ(スイネ)」をお借り致しました!

「見えた……」

 遠くに見えてきた巨大な建物を目にして、スイネは思わず漏らした。彼女が見ているのは、ウスワイヤの施設だ。

「それでは、ミツはここで」
「ええ、ありがとう」

 振り返り、ここまで付いて来てくれた従者に例を言う。ミツは「いえ」と言うと、柔らかく微笑んだ。

(……気のせい、かしら)

 会った時はまだ、人間味に乏しい様子だった「彼」。しかし今は、控えめだが、こんな風に笑ったりして見せる。

 千年王国で、スイネはミツの素性を聞いた。「彼」が普通に生まれた生命ではなく、人工的に生み出された合成人間だと言う事を。

 「人形」から「人間」へ。少しずつ、「彼」は成長している。

「それではスイネさん、これからもおそらくベガは貴女を狙ってくると思います……くれぐれも、ご自愛を」
「それは貴方もよ、ミツ」
「そうですね……では、お互いに気を付けましょうか」

 その言葉を聞いて、スイネがため息をついた。彼女の様子に、ミツは首を傾げる。

「どうしました?」
「どうしたって……ミツ、貴方自分がどう言う立場か分かっているの……?」
「?」

 スイネの言っている意味が分からないのか、ミツは更に首を傾げる。再びスイネはため息をついた。

「私は、アースセイバー。貴方は、ホウオウグループ……私と貴方は敵同士」

 そう言うと、スイネは能力を行使した。鎖を具現化させ、飛ばす。鎖は、ミツの首に巻き付いた。

「いずれ、こんな風に戦う日が来るわ……必要以上に慣れ合うのは、お互い為にならないと思う」

 それは、スイネからミツへの決別の言葉だった。わざわざ鎖まで使ったのは、その意思をより強くミツに見せる為だろう。自分はお前にとっての敵なのだぞと、分かりやすくする為に。

 いつ絞殺されてもおかしくない状態で、ミツは、

「嫌です」

 きっぱりと、その決別を拒否した。

「そんなの、ミツは嫌です」
「嫌って……貴方、自分が何を言っているのか分かってるの?」
「分かっています。分かった上で言わせて頂きます……ミツはそんなの嫌です」
「嫌って、そんな、子供みたいに……」

 いくら精神が常人より幼いとは言え、ここまで「彼」は幼稚ではなかった筈だ。ミツの反応に、スイネは戸惑う。

403akiyakan:2012/11/20(火) 15:57:36
「ミツは、スイネさんが好きです。スイネさんと敵になるなんて、そんなの嫌です」
「でも、貴方はホウオウグループで、私はアースセイバーなのよ! どうしたって、敵になるしかないじゃない!」
「……ミツは、嫌です……スイネさんは、ミツの事が嫌いですか?」
「それはっ……!」

 スイネは、言葉に詰まった。

 好きか嫌いか、で言えば、嫌いじゃない、と答えたところか。その出生故か、何を考えているのか捉え辛いものの、ホウオウグループとは思えないような純真さには、正直好感すら覚える。こんな性格で、何故ジングウの下にいるのか分からない位だ。

 本音を言ってしまえば――

「敵になんか……なりたい訳、ないじゃない!」

 敵になりたくない。だけど、自分達は敵対する組織に所属している。だったら遠からず自分達は戦い合うしかない。そうなってしまう事が分かっているから、あえて自分から決別しようとしたのに。

「だったら、敵になる必要は無いじゃないですか」

 それなのに、あっさりとミツ(あなた)は微笑う。無邪気で、無垢で、純真な眼差しを向ける。

「なりたくないなら、ならなければいい。博士はそういつも言ってます」
「ならなければいいって……ジングウ、貴方にそんな事教えてるの?」
「はい」
「はいって……裏切りとか考えてないの、あの男……」
「……博士は、その気になったら裏切っても構わないと言っています」
「え……」

 ミツの言葉が信じられない様に、スイネは「彼」を見た。

「ホウオウグループはともかくとして、千年王国は、博士はそう言うスタンスでやっています」

 ――裏切りに怯えるようでは駄目だ。裏切られても尚、それを打ち破って前に進む位でなければ、神を超えるなど笑い草だ――

「だからミツ、その気になったら博士を裏切っちゃいます」
「随分あっさりと言い切っちゃうのね……いいの、その……恩、とか?」
「もちろん、感じてない訳じゃないです……でも、博士なら言うでしょうね。『そんなものに引き摺られていたくもない場所に居る位なら、とっとと切り捨ててしまえ』と」
「無茶苦茶だわ……」

 無茶苦茶だが……いっそ清々しくすらある。こんな無茶苦茶で清々しい思考に育てられたからこそ、「彼」もまたこんなにも無茶苦茶で清々しい事を言ってのけるのだ。

「何だか、憂鬱になってた自分が馬鹿みたい……」

 自嘲する様に、スイネは笑った。

「?」
「何でもないわ、ミツ……ところで貴方、その気になれば裏切っちゃうって言ってたけど、」
「はい」
「だったら……今、私と一緒にウスワイヤへ行く?」

 悪戯っぽく笑いながら、スイネが手を差し出す。今度はミツが苦笑いを浮かべた。

「今はまだ……ミツにとって、あそこが居心地いいので」
「そう……残念ね」

 スイネは手を下した。

「それでは……元気で」
「ええ」

 二人はそろって背中を向け合う。

 一人はアースセイバーで、一人はホウオウグループ。

 二人の道は交わらない。

 だけど――

「――ただいま」

 <スイネ、帰還>

(行先は違っていても、心は近くにあると信じてみたかった)

404えて子:2012/11/20(火) 22:06:16
「エンドレス・ファイア(後編)」から数日後の話。
十字メシアさんより「ブラン」、卍さんより「デルバイツァロスト」、白銀天使さんより「フェンリル」、Akiyakanさんより「AS2(アッシュ)」をお借りしました。


ベガ一行、そして無々世一派の襲来から、数日が経った。


「……………」

ホウオウグループ施設内の廊下を、小さな黒い影が素早く駆けて行く。
大量の包帯を大事そうに抱え、俯き加減に走っていく。

もちろん、その状態で満足に前を確認できるはずもなく、

「きゃっ」
「あ、うわっ」

閉鎖区画の廊下で、曲がってきた人影と派手に衝突した。

「…ご、ごめんなさい!」
「う、ううん……僕も、前、見てなかったから……」

目の前にいたのは、橙色のロール髪と、レースとフリルがあしらわれた桃色の服。
ドグマシックスズの一人、ブランだった。

「あ、えっと……花丸さん?」
「!!………」

向けられる視線に気づいたのか、花丸は咄嗟に外套のフードを目深に被る。

「……ごめんなさい、ブランさん。僕、急いでるので…」
「あ、は、はい……」

すれ違いざまにもう一度、ごめんなさい、と小声で言い、逃げるように走り去った。



「はあ、はあ………」

そのまま全力で走り続け、閉鎖区域の温室区に入ると、壁に背中を預けて倒れそうになるのを堪える。
2、3回深呼吸をして乱れた息を整えると、奥へと歩き出した。

奥では、先の戦闘で大怪我をしたフェンリルが寝そべっていた。
足には包帯が巻かれ、その他にも傷を負った部位には治療が施されている。

フェンリルを見つめ、花丸は外套のフードを外した。いつも身に付けているゴーグルはなく、薄灰色の瞳が揺れる。
ゴーグルは戦闘で破損してしまったため、現在修理に出している。他者の視線を恐れる花丸は、ここ最近フードで顔を隠して生活している。
彼がこうして顔を出す事ができるのは、温室で生活する友人―危険生物達の前だけだった。

「……フェンくん。包帯、替えよう?」

花丸の呼びかけに、フェンリルは一声唸って答えた。

405えて子:2012/11/20(火) 22:06:46
「……………」

巻かれていた包帯を解くと、傷薬を塗り直し、新しい包帯を丁寧に巻いていく。
昔からやっていたのだろうか、慣れた手つきだ。
その作業を行っている花丸も、服の袖口から見える腕には包帯が巻きつけられている。

「………フェンくん」

包帯をフェンリルの足に巻きながら、花丸はぽつ、と言葉をこぼした。

「デルくん、死んじゃったって………頭にあった中枢が壊れちゃったから、もう直せないんだ……」

フェンリルは、何も言わない。ただ、大人しく手当てを受けている。

「………また、造らない、と………」

花丸の手が、止まった。
唇を噛み締め、涙を堪えている。

「兵器」としての「デルバイツァロスト」は、また新しく造れば何も問題は無い。
しかし、それは一からの創造になる。経験などはまっさらだ、何も覚えてはいない。
「友人」として長く一緒にいた、あの「デルくん」は、二度と戻っては来ない。
その事実が、言葉として発したことによって、花丸に重く圧し掛かった。

「…………………ごめんね…」

しばらくの沈黙の後、絞り出すようにして呟いた。
包帯が巻かれた傷口を、そっと撫でる。

「僕が……あの時、無茶な命令をしていなければ……僕が、君たちを守れるくらいに強ければ……」

堪えきれなくなった涙が、溢れて落ちる。

「フェンくん、こんな怪我、しなくて済んだのに………。デルくんが、死ぬことも、なかったのに………!」

一度決壊した涙腺は、涙を止める術を持たず、次から次へと溢れて流れていく。
慰めるように鼻をすり寄せたフェンリルに、耐え切れなくなったように縋りつく。

「ごめんね、フェンくん………ごめんなさい……ごめんなさい……!!」

肩を震わせながら、嗚咽を漏らす。
そんな花丸に、フェンリルは静かに寄り添っていた。


「……………僕、強くなるよ、フェンくん…」

フェンリルの首筋に顔を埋めたまま、花丸が呟く。
また涙に震えてはいるものの、その声にははっきりとした決意が窺える。

「約束する…。絶対、強くなる…。君たちを守れるくらい……デルくんみたいな子を、もう出さないために……」

フェンリルを抱きしめる手が、少し力強くなった。


獣帝の慟哭、決意


「……あれ、花丸ちゃん?鼻が赤いけど…」
「…アレルギー、です…」

「………ふーん、そう」

406akiyakan:2012/11/22(木) 21:23:43
ザ・スクール・ライフ 〜銀角のいる風景〜

 ※しらにゅいさんより「朱鷺子」、スゴロクさんより「火波琴音」をお借りいたしました!

 現在時刻、七時半。

 始業のベルまでまだ時間の余裕はある。ましてや、バイクで通学となれば尚更の事。

 にも関わらず、朝っぱらから爆走する二台の単車があった。

 一台は都シスイの。そして、もう一台は――

「――くっ、アッシュ!」
「おっとっと。遅いよ、兄さん?」

 シスイより一つ分前に出るようにして、アッシュがバイクを走らせている。シスイも負けじと加速するが、アッシュとの距離はなかなか詰まらない。

「野郎……!」
「遅い遅い。どうせ兄さんの事だから、バイクなんて足代わり程度にしか考えてないんでしょうー?」
「ぐ……」
「その反応は、当たりだね」

 朝も早くから繰り広げられるバイクレース。一体どうしてこんな事になったかと言えば、シスイが何時も通りバイクで学校へ行こうとすると、アッシュが待ち伏せしていたのだ。

『アッシュ……!?』
『やぁ、兄さん……どう? 競争しない?』
『何……?』
『能力対決では僕の負けだったけど……果たして、バイクの運転技術で僕に勝てるかな?』
『……馬鹿馬鹿しい』
『……負けるのが怖いのかい、兄さん?』
『――吠え面を見せる事になるぞ、アッシュ?』
『それはこっちの言葉だ、兄さん』

 売り言葉に買い言葉。普段温厚なシスイも、どうしてかアッシュにだけは熱くなってしまう。

 そして現在に至る。

「くっそ、速い……!」

 内心、シスイはアッシュの運転技術に舌を巻いていた。加速の操り方から体重移動まで素人のそれではない。一流のレーサーと比べて遜色無いのではないだろうか、それ程のテクニックだ。シスイも食い下がるが、それでも二人の実力差は大きい。

 二つのバイクが駆け抜ける。朝も早くから、周辺住民への配慮も無く。

「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」

407akiyakan:2012/11/22(木) 21:24:13
 ――・――・――

「で、一角君負けちゃったんだ?」
「うるせぇ」

 休み時間、机の上に突っ伏しているシスイをトキコが突いている。アッシュに負けたのがよほど悔しいらしい。

「もー、みっともないなー。あんなパチモンに負けるなんて」
「うぅ……」

 責めるトキコに、シスイは何も言い返せない。敗北は敗北だ。言い訳しないのが都主義。

「……ところで、一角君?」
「何だ?」
「一角君……このクラスと一角君の故郷、後、その……私にもう手を出すな、って言ってくれるたんだよね?」
「うん」
「……じゃあ、何でパチモンはまだ、このクラスにいるの?」

 トキコが頬を引き攣らせつつ視線を向ける先には、クラスメイト達と談笑するAS2こと、アッシュの姿が。彼はまるで、何事も無かったかのようにそこに存在していた。

「それなんだけどさ。あいつ、何て言ったと思う? 『僕、兄さんとそんな約束した覚えないけど』だと」
「…………」
「あいつの厚顔振りもいっそ清々しいよな……ってトキコ、ちょっと待て。お前、腕振り回しながらどこへ行くつもりだ」
「何って決まってるでしょ……パチモンの首、引っこ抜いてくるんだよ……」
「落ち着け! こんな白昼堂々からやらかす阿呆がどこにいる!」
「うぅ〜! 一角君離して〜! あいつ、殺せないー!」
「殺すな、殺すな!」

 アッシュを殴りに行こうとするトキコと、それを後ろから羽交い絞めにして止めるシスイ。ぎゃあぎゃあ騒ぐ二人の姿を眺めがら、「何をやってるのかしら……」と琴音が不思議そうな顔で見つめていた。

408akiyakan:2012/11/22(木) 21:24:44
――・――・――

「はい、朱鷺子ちゃん、あーん」
「…………」

 昼休み、屋上。

 シスイがここで昼食を取るのは慣例である。そして、それを目当てにコバンザメよろしくトキコがくっついてくるのも何時もの事。

 何時もなら、この時間はシスイにとって安息の時間であり、トキコにとってはうまい飯にありつけるお楽しみの時間だ。

 そう、何時もなら、和やかな時間が――

「…………」
「もう、照れちゃってるのかな? そんな君も可愛いけど」
「…………」
「はい、あーん」

 和やかな……あれ?

「……琴音さん?」
「はい、なんでしょう?」
「この、独特の、嫌にピリピリした空気感、なんて言うんでしたっけ?」
「これは……トキコさん、照れてるのかしら?」
「いや待って!? あれ、どっかからどう見ても不機嫌ですよ!?」

 不機嫌さMAXの能面トキコにこそ遠く及ばないが、それでもトキコが全身から滲み出る不機嫌オーラは凄まじ過ぎる。遠目に見るシスイであるが、空間が歪んでいるのではないかと錯覚してしまった位だ。

「……パチモン。私、一角君のご飯食べたいんだけど」
「僕のでもいいじゃない。むしろ、僕の方がおいしいよ、絶対」

 トキコの横に張り付き、箸でつまんだおかずを差し出すアッシュ……傍目に見ればいちゃついているように見えるが、これがそんな甘酸っぱい空気などではない事をシスイは理解している。

「まぁまぁ。そう邪険にしないで。ほら、まずは一口」

 あくまでニコニコと人懐っこい笑顔を崩さないアッシュ。そんな彼に根負けするように、トキコは(不承不承と言った様子で)差し出されたおかずを口に運んだ。事の成り行きを見守るべく、その動き一つ一つをシスイは注視している。

 数回の咀嚼の後、呑み込む。そうしたトキコの表情は、驚いているようだった。

「……美味しい」
「でしょう?」
「一角君より美味しいって言うのは言い過ぎだけど、同じ位美味しい……やるわね、パチモンの癖に」
「えへへ……」

 トキコに罵られるアッシュであるが、彼がそんな事を気にした様子は無い。むしろその表情は、素直な喜びを表している。それがまるで、彼の素の表情であるかのようにシスイには見えた。

「……何だ、普通に笑えるんじゃねぇか」

 そう。素直に笑うその姿は、銀色の麒麟でも、千年王国の双角獣でもなく、年相応の、一人の高校生に見えた。

409akiyakan:2012/11/22(木) 21:25:15
――・――・――

「とーきこちゃーん?」

 放課後、トキコが下駄箱で靴を履いていると、どこからともなくアッシュが現れた。

「一緒に帰ろ?」
「イヤ」
「何でさ〜、いいじゃん別に。乗せてくよ?」
「嫌なものは嫌」
「……兄さんとは二人乗りしたくせにさぁ……」

 声のトーンが変わり、トキコはハッとなってアッシュの方を見た。しかしアッシュの表情は彼女が予想したようなものではなく――むしろ、寂しそうな表情をしていた。

「……何でそんな事、知ってるの?」
「知ってるよ、知ってるとも。当然さ、当然だとも――僕の大好きな、君の事だから」

 真っ直ぐに、アッシュはトキコを見つめてくる。その視線に耐えられなくなったように、トキコは顔を背けた。

「……私、好きな人いるんだけど」
「火波スザクか……何? トキコちゃん、百合趣味?」
「……好きな人を好きって言って、何が悪いのよ」
「いいや、何も悪くないさ」

 言って、アッシュはトキコの方に近付いて来た。言い知れぬプレッシャーに、トキコは後ずさる。

「何よ……」
「でもさ、その君の大好きな火波スザクは、今精神が眠っている……心が眠って、別人になっている」
「! 何で、アンタが知ってるの!?」
「……分かるよ。少なくとも、あの火波スザクが、それまでの火波スザクと別人である事ぐらい」

 アッシュが更に近付く。トキコは彼から離れようとしたが、彼女の顔のすぐ横にアッシュが手をついて逃げ場を塞ぐ。トキコは背中を下駄箱に押し付けた状態で、正面からアッシュに見つめられる形になった。

「……ちょっと、離れなさいよ……」
「……心の深層部に眠っている火波スザクの本体人格……それが目覚めるまで、一体どれ位かかるだろうね」
「…………」
「その間に――君の心を奪う位、造作も無い」

 アッシュの左手がトキコの頬に触れ、それから髪に触れる。嫌いな相手なのに、そんな相手にされているのに――トキコは背筋が、ゾクゾクするのを感じた。

「ちょ……止め……」
「…………」
「う……」
「何だったら、手始めに唇でも貰ってこうかな」

 顎に触られ、ぐいとトキコは上を向けられる。強引にでもないのに、トキコはその動きに逆らう事が出来ない。

 アッシュとトキコ。顔が近い。体温と体温が伝わり合いそうな程の距離。二人の吐息がぶつかり合い、絡まり合う。

 そして――

「――なんちゃって」

 べ、と舌を出すと、アッシュはトキコから身体を放した。突然の事に、思わずトキコはきょとんとしてしまう。

「あははは、びっくりした? ドキドキした?」
「こ、この……」

 顔面真っ赤になったトキコは、拳を振り上げてアッシュを追う。そんな彼女から、笑いながらアッシュは逃げる。

 そんなある日の、夕日の放課後。

410スゴロク:2012/11/22(木) 22:37:00
「迷子の迷子の」の続きです。ここからちょっと急ぎ足で行きます。



「……それで、結局どうなさいますの?」

思い切り間違い電話をかけた挙句、迷子になって泣きついてきた「メリーさん」を迎えに琴音がストラウル跡地へ向かったのは、つい十数分ほど前の事。一体何をどうやったのか、彼女は目的の相手を伴ってつい先ほど帰宅したところだ。
そして、そんな彼女たちを前に、アオイが発した第一声はそんなものだった。
対する琴音は、連れて帰って来た「メリーさん」にちらりと目線を投げて言う。

「それは、まずこの子から事情を聞かないとね」
「…………」

渦中の当人である「メリーさん」は、見たところ14、5歳くらいの女の子だった。以前は美しかっただろう金髪はすすけ、かかっていたウェーブは乱れてボロボロ。身に着けている服はいわゆる「お人形さん」的な紫基調のゴシックロリータだが、あちこちほつれて無残な状態だ。青色の眼はくすみ、憂いや迷い、そう言ったものがありありと見て取れた。

そんな彼女が、パジャマに着替え直した琴音の横に座り、供された湯呑みで日本茶を啜る光景というのは、かなりシュールなものがあった。琴音の話では、かけて来た時は本気で泣いていたらしいが、今はそう言った様子はなく、割合に落ち着いている。
茶がなくなったのを見計らい、琴音が口を開く。

「それで、あなたは誰なのかしら?」

質問の内容は、基本にしてもっとも重要な誰何の問い。対する「メリーさん」は、怪異としての風格も何もない、全くの素であろう声で応じた。

「あたし、ミレイ」
「ミレイさん、ですわね。……都市伝説を信じるならば、あなたの前身は捨てられたお人形、となりますけれど?」

アオイの問いが疑問形なのは、ひとえにこの地がいかせのごれであるがゆえに。今のこの地では、何が起きても不思議ではない。
イレギュラーが発生する可能性は大いにあった。が、幸か不幸か、ミレイの答えは首肯による肯定だった。

「じゃあ、やっぱりその人達を探して?」
「うん。……あんなに一緒だったのに、大事にするって言ってくれたのに……」

呟くミレイの瞳には、微かだが憎悪が宿っているのがわかった。偽りとはいえ、龍義真精の瞳を持つアオイならば尚更だ。
可愛さ余って憎さ百倍とは言うが、アオイにはそれが痛いほどよく分かった。もし、自分とスザクがその立場にいたならば……。

「そんなことはさせませんわ……姉様はわたくしの……殺してでも……」
「ア オ イ ?」

不意に声をかけられて弾かれるように顔を上げると、満面の笑みを浮かべた琴音が両肘をテーブルについて見つめていた。

「今、何か言ったかしら? 最近耳の調子が悪くてね、私」
「……な、な、何でもございませんわ、母様」
「そう? ならいいわ」

笑顔の裏に羅刹と修羅が潜んでいるのをこれでもかと言うほど感じ取り、冗談抜きで命の危機を感知したアオイは慌てて前言撤回した。それと同時に琴音が発していたプレッシャーが消え、リビングに静穏が戻る。

(あ、あ、あ、危ないところでしたわ……姉様のことになるとすぐにブレーキが壊れるのは、わたくしの悪癖ですわね)

最近物凄い勢いでヤンデレ化が進んでいるのはアオイ本人も自覚しているが、わかっていても治せないのはどうしたものか。ともあれ、そんな場合ではありませんわ、と意識を強引に切り替える。

411スゴロク:2012/11/22(木) 22:38:13
「……さておき。あなた、捨てられたのはどれくらい前ですの?」
「……よく覚えてない。とっても前だった気がする」

さて、いかせのごれにも妖怪や人外の類は色々と存在する。しかし共通しているのは、百物語組以外はその出自や時期がはっきりしない者が多く、「以前からいた」「外からやって来た」のいずれかに該当することだ。翻って、このミレイは、その特性からしていかせのごれで、しかもごく最近生まれた怪異だ。つまり、怪異としては結構な新参に当たるということになる。

「そうですの……では、これからどうなさいますの?」

どうするもこうするも、前の持ち主を追って復讐するのだろう。正直アオイとしては止めたかったが、「メリーさんの電話」という都市伝説が存在の根底にある以上、それが永続的に達成不可能となればミレイは消えてしまう。人外というのは、その根底に流れる概念に存在を大きく左右され、支配されるからだ。これは、「怪談」「都市伝説」を根源とする百物語組に顕著である。

(「しない」のは平気でも「できない」では消える……ややこしいですわね)

そんなことを思うアオイの心境を知ってか知らずか、ミレイはぽつりと言う。

「……追いかけなきゃ」
「見つけられるの?」

即答で切りこんだのは琴音。「メリーさんの電話」は、持ち主がどこに引っ越そうが確実に探り当てるのが特徴の一つだ。ところがミレイの場合、先ほどの間違い電話でわかるように、全く相手を特定できていない。おまけにかけた相手の家を3回も間違えるというありえないミスを犯しており、しかもそこに至る道がまるで違う。

「…………」

ミレイ自身も自覚しているのか、途端に黙り込んでしまう。そんな状態がどれくらい続いたのか、ぽつりと琴音が口を開く。

「……とりあえず、行動拠点くらい決めたらどうかしら? それがあるないで随分違うと思うけど」
「……でも、どこに行けばいいの?」

言われて顔を見合わせる火波母子(外見姉妹)。いざ考えてみると、思った以上に選択肢が少ない。

秋山神社は駄目だ。キリの件で全員がフル稼働しており、春美も今は動けない。
ウスワイヤとアースセイバーも駄目だ。ミレイの目的と存在原理からして、彼らからすれば拘束対象だ。ここまでしておいて引き渡すのはさすがに気が引ける。
天河探偵事務所……ドリーマーをも擁する異端だが、あそこには超方向音痴の流也がいる。一度外出すれば、連れ戻すのにほぼ全員が出払ってしまう。そんなところにミレイがいけば……多分活動が停止する。
アオイの脳裏に浮かんだのはレストランだったが、あれも駄目だろう。ミレイは動き回るタイプだ、一所にはいられない。

「「…………どうしましょう」」

図らずも呟きが重なる。どこか所在無げにもじもじとしているミレイをよそに、その行き先について頭を巡らせる。
と、

「「!」」

二人同時に在る場所を閃いた。もしかしたら、あそこならぴったりかもしれない。

「……母様。もしや」
「ええ。どうやら、同じことを考えたようね」

こくり、と頷き。



「ランカさんのお宅に預けてはいかがでしょうか?」




迷子の行き先

412ヒトリメ 1/2:2012/11/23(金) 01:09:25
彼は特別で在りたかった。
元来、彼は目立たない人間であった。
多くの「厨二病患者」がそうであるように、彼もまた、誰かの気を引きたいだけだった。
他者の好意は信じない。こうでもしないと、きっと自分も、なんでもないただの「その他大勢」でしかなくなってしまうのだろう。
 
彼は特別で在りたかった。この平和な一般的な日常の中の特別に。
厨二発言が目立つのは、それがありえないこと、おかしなことだからである。
彼は知っている。自分もほんとうは、"他者と同じで"そんな力など無い。
皆もそれを知っているから、からかい半分で構ってくれるのだ。
ほんとうは存在しないこと。虚構だからこそ成り立つ特別。
 
阿久根実良は、誰よりも、"そういった類のもの"を信じてはいないのだ。
 
 
 
 
"厨二病先輩と「彼ら」"
 
 
 
……ないはずなのだが。
 
「どういうこと!?実良、何を知っているの!?」
「うおッ」
 
予想外の反応をいただいた。予想外の人にだ。
胸倉掴んで真剣な面で睨んでくる同級生。彼女はそういうタイプでは無かった筈だが。
 
「お……落ち着け図書委員長。あまり騒ぐと奴らに感づかれるぞ、"血の契約者"よ――」
「それよ。なんで知ってるの。奴らって?」
「落ち着けと言っている!」
 
移動教室の帰りに寄った、昼休みの図書室。本棚に押し付けられた背が地味に痛い。
"血の契約者"が何だって?自分はいつものとおり、適当に発言しただけなのだが。
3年目になる”厨二”である。なれたもの、誰かの姿を視界に入れれば、半自動的に言葉を吐く。
……実際には慣れではなく、"能力者察知"能力による言葉であるが、彼自身は知る由もない。
とりあえず、なんとか手を離させて、落ち着かせる。
 
「……どうした、随分いつもと反応が違うじゃないか。とうとう俺の言葉を信じる気になったか?」
「実良、あなた、まさか最初から……」
「いまさら何を言っている。俺は初めから同じ事を警告し続けていただろう?」
 
会話がわりと成り立っているんだが大丈夫だろうか。
……いや、委員長は自分の発言を、うまく言えないが……ひとつの興味対象として扱っていた筈だ。
おおかた、会話に乗って俺の話を引き出そうとでもしているんだろう。
そういうことならば、いいだろう。この俺の本領発揮というわけだ。
 
「俺の話が聞きたいか?聞いてしまえば、貴様も今までのような日常には居られんぞ。それでも――」
「いや何言ってんのあんた」
 
……。
そうそうこれが普通の反応だ。
 
「あんた、また変な事言って絡んでたの?」
「変なこととは何だ、"格闘家"。いいとこだったのに」
「いいとこって何よもうちょっと頑張りなさいよ」
「待って海猫、実良は……」
「佑も相手しなくていいから」
 
毎度ながらひどい扱いである。委員長も聞こうとしているしいいじゃないか。
ともあれ、これが普通の反応だ。
呆れられ誂われツッコまれる。それがいつもの俺の立ち位置である。
車椅子の彼女を睨んでみせる。当然、心底呆れたような表情を返される。よし、彼女はいつもどおりだ。
 
「というか実良、まだお昼食べてないでしょ?」
「ん?ああ、移動教室から直接来たからな」
「あの子が普通にあんたの席で弁当開けてたけどいいの?」
「……」

413ヒトリメ 2/2:2012/11/23(金) 01:11:10
「"破壊者"、貴様ッ……!」
「あ、厨二病先輩おかえりー」
「おかえりーじゃあない。俺の領域から離れろ、無垢なる盗掘者め。貴様、俺の居ない時に来るなど……!」
「ちゃんと待ってたじゃないですかー」
「いいからその贄どもを置いて離れろ。それらは貴様の身に余るといつも言って」
「相変わらずですねー。わかりましたよーっと」
 
自然な流れで弁当箱を持って俺の席を立つ少女から、とりあえず食糧を奪い返す。あ、下段しかない。米しかない。こいつめ。
相変わらずはお互いだ。これで何度目になるか、高頻度で盗掘者はやってくる。俺をからかい、弁当のおかずを目当てに。
尤も、彼女が弁当をもらいにくるのは、彼の所だけではないようだが。
 
「知ってるんですよー。厨二病先輩、私が貰うようになってから、卵焼きの数増やしてる」
「"貰う"ではない、"奪う"だ。貴様が奪っていくから、自分の分を確保するためにだな」
「つまり増えたぶんは私が食べていいんですよね!」
「待て、別に貴様の行為を赦している訳では……全て喰うな本当に話聞いていたのかッ」
 
まんぞくしたような顔で弁当箱を返却する少女。
ほんとうに全て食べやがった。ここまで綺麗に食されると逆に気分のいいものが、いや、ないな。許さん。
さっさと退却する彼女を追い、教室の戸を潜り。
 
「ミラ兄!」
 
声を掛けられた。
そんなきさくな呼び方をしてくる物好きは、彼くらいしかいない。
 
「悪いな榛名譲、"鋏"持つ者よ。俺は今忙しい。話は後で……」
「なんだミラ兄、面倒事?手貸すぜッ!」
「……。 いや、やはり後にする。奴程度、いつでも裁きは下せる……」
 
女の子に弁当取られたからとか言えないし。
このまま追ったところで返って来るものもないし、こんかいはいいだろう。
次こそは報いを受けてもらおう。幾度目かになる決意をしておくことにする。
 
「ん……王女、貴様も居たか」
「ちょうどそこで会って、いっしょにミラ兄んとこ行こうってなってさ」
「冥闇の使徒様……」
「王女。俺のことは名で呼ぶようにと……」
「やっぱり使徒様は……いえ、せんぱいは、私を王女と呼んでくださるのですね!」
「うん? いつもそう呼んでいるだろう?
 エルフの王女、"幻想の錬金術師"、『王女モア』――」
「そうです!私は想なんかじゃない、モアなんです」
「……榛名譲、彼女なにかあったのか?」
「えっ、いつもどおりじゃ?」
「そうか……?何か違和感が……」
 
王女の顔を眺める。
いつもと同じような会話だが、だからこそ何か違和感がある。
だがたしかに、そういう厨二発言だといわれればそれまでだ。
彼女を慕う後輩もそう言っているし、気のせいなのだろうか。
 
「まあいい。また魔物討伐の話があるならきかせてもらおう」
「想姐の活躍?俺も聞きたいぜッ!」
「ですから、私は想ではなくてモアですって。ではこの前の任務の話をーー」
 
……それにしても、何度話してもめずらしいものだ。
厨二発言が目立つのは、それがありえないこと、おかしなことだからである。
皆もそれを知っているから、からかい半分で構ってくれるのだ。
だがどうやら、このふたりは違うようだ。
彼は、この冥闇の使途に、呆れるでも誂うでもなく、懐いているらしい。
彼女に至っては、彼の言葉を信じているらしいのだ。
自分でやっておいて難だが、これの何処が良いのだろうか。
 
……いや、同じ事だ。
このふたりは、たしかに珍しく特別でもあるが。
他の奴らと同じく、いや他の奴ら以上に。きっとこの関係は、『冥闇の使徒』でしか得られない。
彼らの存在があるかぎり、自分が『冥闇の使徒』をやめることはないだろう。
いつも通り。今まで通りだ。この今の日常が、俺の望みだ。 

「せんぱい、どこか行くところだったでしょう? 歩きながら話しましょう」
「悪いな。昼飯を、そう、買おうとしていたんだ」
「ミラ兄、今日昼飯無いんだ?」
「ああ。いろいろあって米だけは在るんだが、さすがに単体は……」
「米だけ……?」
 
 
 
 
----
厨二病先輩のまわりにいるひとは、ほんものの能力者ばかりなのでした。
というわけで、えて子さんより「佑」、十字メシアさんより「海猫」「想」、しらにゅいさんより「朱鷺子」、紅麗さんより「譲」をお借りしました。自分からは「実良」を。
彼に触れてくれてありがとうございました。

414サイコロ:2012/11/23(金) 01:42:58


ショウゴのおせっかい



工場に溜息が重なる。
バイクを確認するショウゴとタクミから発せられたものだ。
じろり、とバイクの落ち主であるシスイに冷たい視線が注がれる。



時は少し巻き戻り、放課後。
シスイのバイクの隣に、ショウゴが立っていた。
「よう、元気か」
「あれ…どうしたんすか先輩。」
「いやな、聞いたぜ朝のレースのこと。面白そうな事やってたらしいじゃねーか。」
「な…どうしてその事を」
「まぁまぁ。結果も聞いたぜ、負けたらしいじゃねーか。」
「ぐっ…」
言い訳はせずとっも露骨に渋い顔をするシスイに、ショウゴは続けた。
「どうせお前のことだ、あんまり整備とかもしてないんだろ?バイト先の工場に持ち込んで整備しようぜ。やり方教えっからよ。」


そして今に至る。

「シスイお前最後にエンジンオイル入れ替えたの何時だ?あと、ブレーキフルードも。もしかしてクラッチ板も擦り減ってんじゃねーか?」
「点火プラグもかなり劣化してんなコレ。チェーンは…うわ、ユルユルでサビ入ってんじゃん。よく外れなかったな―これ。」
「タイヤもスプロケットもブレーキゴムももう限界じゃねーか、これでよく走ってたなー。」

ダメ出しのオンパレード。専門用語ばかりで、シスイには2人に怒られているという事以外はちんぷんかんぷんである。

「だ…だって日常の足程度にしか…」
「アホウ!バイクは普通手入れをするもんだ!スクーター以外は大体な!洗車くらいはしてるみたいだけどこのまま走ってたら事故に繋がる所だぞ!」
「うーん、これ全部キチッと手を入れればレスポンスは段違いに変わるだろうなぁ。少なくとも朝のような結果にゃならねぇ。」
「本当っすか先輩!」
「おう、だからお前簡単な整備くらいできるように勉強してけ。工場長、どのくらいかかると思います?」
「人集めて全員でかかりゃ今日中には終わるさ。改造なんてしなくても、部品取替えと調整だけでコイツのフルスペック叩き出してやらぁ。」
「そういうことだシスイ、全部学んでけ。」
「せ…先輩、俺明日テストなんすけど…」
「交通事故に繋がるバイク整備とたかが小テストどっちが大事だ?」
「俺にとっちゃテストのほうが」
「えーいうるさい、必要経費のみにしてやるんだから文句言うな!」
「横暴だー!」



その日、工場の電気が消えることはなかった。
新品近くまでピカピカにされ、細かいセッティングを施されたシスイのバイクが、再びアッシュと相対するのはまた別の話。

415サイコロ:2012/11/23(金) 01:43:32

というわけで、『ザ・スクール・ライフ 〜銀角のいる風景〜』のおまけ話、的なものを書かせて頂きました。
鶯色さん宅から工場、タクミ、Akiyakanさん宅から都シスイをお借りしましたー。
ちょっと専門的なうんちくの多い話になってしまいましたが。ショウゴはきっとシスイを励ますつもりであったんではないかと。

416akiyakan:2012/11/23(金) 14:51:04
※しらにゅいさんより「朱鷺子」、「シギ」をお借り致しました!

「おはようー……あれ?」

 朝、何時も通りに登校したシスイは、教室に入ってから違和感を覚えた。最初はそれが一体何であるか気付かなかった彼であるが、教室全体を見渡して、それから理由に気付いた。

「トキコ、アッシュは?」
「……何で私に聞くのかな、一角君?」
「いやだってあいつ、教室入ったら真っ先にお前のところ行くじゃん」
「……確かに、そーだけど……でも私、パチモンなんか知らないよ」

 どうやら、トキコも知らないらしい。シスイは首を傾げる。

「まぁ、あいつがいない位どうって事ないか……」

 どうせ何時もより登校が遅いだけだ。その内ひょっこり現れる。そう思い、シスイは自分の席に着くが――

 ――その日、アッシュが姿を現す事はついになかった。

 ――・――・――

「単刀直入に言います。お義父さん、娘さんを下さい!」
「あ゛?」

 半眼になりながら、シギは目の前の少年を睨んだ。百戦錬磨の看守長。しかし彼に睨まれても、アッシュの笑顔はビクともしない。

「なんちゃって♪」
「おい、ふざけんなよクソガキ……ああ、お前か。なんか、トキコにやたらちょっかい出してる小僧とか言うのは」

 じ、とシギは爪先から頭の上までアッシュを観察する。やはりアッシュは気負った風ではなく、あくまで自然体だ。

「言っておくが、あいつは俺のもんだ。てめぇみたいなガキにくれてやる謂れは無い」
「いいや、違うね。あの子は貴方のものなんかじゃない」
「あ゛? じゃあ、誰のものだって言うんだよ?」

 まさか自分のものだとでも言うのか。そんな風にシギが思っていると、アッシュは自分の目の前に人差し指を立てた。

「そんなの、あの子自身のものに決まってるじゃないか」
「…………」

 少し、予想外の答えだった。シギはアッシュの姿とダブって、銀髪の薄ら笑いが見えた気がした。

「……ハッ。ジングウとか言ったか。あいつんトコの奴はどいつもこいつも、そんな事言うのか?」
「ただ単に、その子が彼に似ただけよ。聞くところによれば、この子の父親は彼らしいから」

 答えたのはアッシュではなく、その足元からだった。シギが視線を下げると、そこには一匹の黒猫が。

「……今喋ったの、そいつか?」
「ええ、そうよ。私はフレイ・ブレアフォレスト。まだ五十年ぐらいしか生きていないけれど、一応は霊猫の一種よ」
「……何でもありなんだな、いかせのごれ」
「まぁね。これ位で眩暈起こしてるようじゃ、いかせのごれで暮らせないよ、シギさん」
「別に暮らすつもりなんか無ぇよ」

 どうにも、アッシュと会話しているとペースを乱される事をシギは感じていた。これが彼の「戦術」なのだろう、とも。苦手な相手だ、とシギは内心で舌打ちをした。

「んで……ホウオウグループが何しにここへ? まさか、また新しい実験体でも探しに来たのか?」
「いえ。掘り出し物を探しに来たのは間違い無いですが、今回は別件で」
「別件?」
「ええ」

 言って、アッシュは地面を指差した。彼の言わんとしている事に気付いて、シギは怪訝そうな顔をして頭を掻いた。

「お前らな……あんな都市伝説、真に受けてんのか」
「いいえ、大真面目です」
「いや、可笑しいだろ。あんな噂」

 シギの語る噂。
 それはかつて、ここには軍事施設があり、それを建てたのが旧ドイツ軍、つまりナチスであったと言う事。施設は地下にまで及び、その地下には、ナチスの内部機関である民族遺産管理局が集めた膨大な数のアーティファクトやオーパーツが集められている。施設が無くなった今も、それらは地下に眠っている、と言う噂だ。

 <アーネンエルベ>

「さて……まずは入り口を探さないとね、フレイさん?」
「そうね。『悪夢迷宮』、なかなか手強そうだわ」

417えて子:2012/11/23(金) 21:59:46
アオギリの学校探検話。なぜそうなったかは「いかせのごれ探検〜学校へ行こう〜」を参考。
しらにゅいさんより「玉置静流」、紅麗さんより「アザミ(リンドウ)」をお借りしました。


…『せいふく』の人たちについていったら、変な大きな建物があった。

せいふくの人たちは、みんなあの中に入っていく。
じゃあ、あれが『学校』っていうものなのかな。

アオも、まねしてみた。
でも、学校までは、たくさん歩かないといけない。
広い広い空間がある。

あそこには何があるのかな。そう思って行ってみたけど、何もなかった。
何もないのに、なんでこんなに広く開けているんだろう。
不思議。

「わんっ」

……わん。
アオは知ってる。これは「いぬ」の、鳴き声。
アオの近くに、いぬがいた。

「わんっ、わんっ!」

いぬは、アオを舌でなめてくる。
…どうしていぬって、舌が大きいんだろう。
鏡で見たことあるけど、アオの舌と全然違う。
だれかが、引っ張ったのかな。

「!? ぎゃんぎゃんぎゃんぎゃいん!!!!」

いぬの舌、引っ張ってみたけど、大きくならない。
もう誰かが引っ張ったのかな。だから大きいのかな。

「マサムネ!?」

いぬの舌を引っ張ってたら、建物から誰か出てきた。
顔の色が、わるいね。なんでだろう。

「き、君。いい子だから、その手を放してあげてくれないかな?」
「なんで?」
「何で、って……その子が可哀想だろう?」

出てきたのは、男の人、だった。
『かわいそう』って、なんだろう。
アオには、分からない。

「いけない、ことなの?」
「そう、いけないこと」
「ふーん…」

『いけないこと』は、やっちゃだめ、なんだ。
アオ、教えてもらった。

手を放したら、いぬはどこかに行っちゃった。
どこに行くんだろう。

「あ、マサムネ…!」

男の人はいぬを追いかけようとしたけど、アオのほうを見た。
なんで追いかけなかったんだろう。

「………………。……ちょっと、おいで」

男の人はそう言って、アオをどこかへ連れて行った。

418えて子:2012/11/23(金) 22:01:42


連れて行かれたのは、白い部屋。
『ほけんしつ』っていうんだって。
あと、男の人はタマキっていうんだって、教えてもらった。

タマキに、ぬらしてしぼったタオルでごしごし拭かれた。

「……いいかい?動物の舌は引っ張っちゃいけないよ?」
「わかった。アオ、もう引っ張らない」
「よし。いい子だ」

タマキは、『わらう』って顔をした。
アオがいい子、だからなのかな。

「君、どこから来たのかな?」
「あっち」

アオが入ってきたところを指差したら、タマキは「いや、そうじゃなくて…」って言ってた。
ちがうの?

「……えーと、じゃあ。お家はどこかな?」

タマキは『わらう』って顔のまま、聞いてきた。
アオのおうちは、ホウオウグループ、だけど。
でも、アオは教えてもらっている。

「……知らない人に、こじんじょうほう、ろうえいしちゃいけないって、言われてる」
「そ、そっか…」

タマキの顔が、ちょっと変わった。
「うーん、どうしよう……」って言ってる。どうするんだろう。

「……そうだ。ちょっといいかな?」

タマキが手を出してきたから、握った。
そうしたら、タマキはそのまま歩いていっちゃった。
アオも、いっしょに。


タマキって人に手を引っ張られて、アオは『しょくいんしつ』って所に行った。
たくさん机がある。けど、

「……人、いない」
「今、授業中だからね」

たくさん机があるのに、座ってる人がすくない。
『じゅぎょうちゅう』だと、人がいなくなるのかな。

「……あれ?タマキ先生じゃないの。どうかした?」
「あ、ワカバ先生。いや、ちょっとこの子を…」
「ん?………わ、可愛い!」

ワカバせんせい、って呼ばれた女の人が、こっちに来た。
頭、なでられた。

「タマキ先生。この子どうしたの?」
「校庭に迷い込んでたんです。放っておくわけにもいかないし…」
「あらら、迷子かなぁ」

タマキとワカバって人は、二人して首をひねっている。
まいご、って何だろう。

「あれ?タマキ先生、ワカバ先生?」

三人でいたら、また一人増えた。
でも、アオ、この人、知ってる。

「アザミ先生。何か迷子の子らしいんだよね」
「迷子?どれど………………………っげ!?」
「あ、リン」

むぐ。

…リンドウに、口を塞がれた。

「ん?アザミ先生、知り合い?」
「あ、あはははははははははは!!し、親戚の子でね!!うん!!」
「へえー、そうなのかい」

ワカバは、似てないねぇ、って言ってる。
『しんせき』って、何だろう。
何で、リンドウは「あざみせんせい」って呼ばれてるんだろう。

419えて子:2012/11/23(金) 22:02:18
「…………おい」

リンドウが顔を近づけてきた。
アオの肩、ぎゅっと掴んでる。

「…何でてめぇがここにいるんだ」
「アオ、お勉強、しにきた」
「ここはてめぇの来る場所じゃねぇよ、とっとと帰れ」
「なんで?」
「今言っただろうが!ここはてめぇの来る場所じゃ…」
「なんで、アオは来ちゃいけないの?」
「まだここに来るには早ぇんだよ」
「早いと来ちゃいけないの?」
「そうだ」
「なんで早いと来ちゃいけないの?」
「………………こいつめんどくせぇ………」

リンドウ、頭抱えちゃった。
なんでだろう。

「………はー。まあ、いい。この際ここに来た事は目を瞑ってやる。ここではリンドウって呼ぶな。アザミと呼べ。いいな」
「なんで?」
「そういう名前だからだ」
「リンドウじゃないの?なんでアザミなの?」
「ここではアザミなのっ!いいからそう呼びなさい!!」
「はぁい」

リンドウは、学校だとリンドウじゃなくなるんだ。
不思議。

「ごめん、後できちんと言い聞かせておくから…」
「まあまあ、いいじゃないの。それより、お名前アオちゃんっていうの?」
「うん。アオは、アオギリ」
「そっかぁ、アオギリちゃんかあ」

えらいえらい、って、ワカバに頭、またなでられた。
アオ、えらいのかな。えらいって、何だろう。

「でもどうしたら…一人で帰すわけにもいかないし…」
「アザミ先生が帰るときに一緒に連れて帰ればいいんじゃない?」
「えっ」
「それはいい考えですね」
「でもそれまでどこで預かっとくかだよねぇ」
「あ、じゃあ僕が保健室で面倒見ましょうか?」
「ああ、それなら安心だね。タマキ先生面倒見いいし」
「ちょ、ちょっと待って!何で僕が連れてく流れになってるの!?」
「だって親戚の子って言ってたし、そっちの方が彼女も安心するかと思って」
「お家を聞いてみたんですけど、個人情報は言えないって教えてくれないんですよ」
「うぅ……」

タマキとワカバとリンドウ…じゃない、アザミが、何か難しい話をしている。
アオにはよく分からない。

…そうだ、ここは学校の中なんだ。
アオも、お勉強をしてこよう。

『しょくいんしつ』を出ると、長い道がつづいてる。
道を進んでいくと、『かいだん』を見つけた。

上に、のぼれるのかな。いってみよう。

上には、何があるんだろう。
アオ、たくさんお勉強、できるといいな。


アオギリの学校探検〜校舎潜入編〜


「……ん、あれ?」
「どうしたの、ワカバ先生?」
「タマキ先生、アザミ先生。あの子、どこ行ったか知らない?」


「「……………あぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!?」」

420akiyakan:2012/11/29(木) 09:07:06
幕間 ‐アーネンエルベ‐

 カルーアトラズ刑務所、客室。そこに、アッシュとフレイの姿があった。

「それではアッシュ、おさらいです」

 椅子の上にフレイがいる。一体どこから取り出したのか、彼女は眼鏡を掛けていた。

「アーティファクトとは何でしょうか?」
「アーティファクトは、不思議な力の宿った道具の事。キリストを突き殺した神殺しに名高い『ロンギヌスの槍』、そしてその血を受けたと言われる『聖杯』なんかはこれに属するよね」
「よろしい。では、オーパーツは?」
「出土した時代とは不相応な高い技術で作られた道具の事。美術品としての付加価値の高い『クリスタル・スカル』や、メキシコ出土の『黄金のジェット機』がそうだよね」
「そうね。アーティファクトとオーパーツ。この二つを合わせて、ジングウは『アーネンエルベ』と呼んでいるわ。ドイツ語で遺産、と言う意味ね」
「余談だけど、りーちゃんの名前も遺産って意味だよね」
「そうね」
「で、そのアーネンエルベがこの刑務所のどこかにある、と?」
「そう言う事になるわね」

 カルーアトラズ刑務所。「地平線の果て」、「底無しゴミ箱」と言われるこの場所であるが、ここにはかつて軍事施設が存在していた。その軍事施設を扱っていたのが旧ドイツ軍、今日で言うところのナチスであると言われている。

 地理で言えば、カルーアトラズがあるのはアメリカ領だ。そんな場所にナチスが軍事施設を置いておける訳も無く、この話は眉唾もの扱いされている。が、しかし、逆にどこの所属だったのか、と聞かれると、誰にも答えられないのが現実であったりする。軍事施設があったのは間違い無い筈なのに、どこの国なのか判別が付かない。カルーアトラズは、その出自さえ謎が多いのだ。

「さて、と……当面の目標は地下にある『悪夢迷宮』の入り口を見つける事なんだけど……」
「ああ、それなら大丈夫。実はアテあるんだ」
「あら、意外ね? アッシュ、ここに詳しいの?」
「僕はそんなに足を運んだ事無いよ……ただ、ここに知り合いがいるんだ。その知り合いなら、多分地下の入り口を知ってると思う」
「…………もしかして、彼女?」
「当たり」
「……貴方、ほどほどにしておかないと、その内タネナシにされるわよ?」
「ご忠告ありがとうございます。ほどほどに、考えておきます」

 人の話を聞いているのかいないのか、よく分からない様子のアッシュに、フレイはため息をついた。

「しかし、何か楽しいな、この任務。まるで宝探しみたい」
「気楽なものね。『悪夢迷宮』に入ったらそんな事言ってられないわよ」
「……まるで、知っているみたいに言うんだね?」

 アッシュが問いかけると、「まぁ、それなりに有名だから」とフレイは返した。

「口で説明しても貴方分からないだろうし、中に入ってからその身で体感すればいいわ」
「怖い事言うなぁ。僕死んだら、どうすんのさー」
「貴方、麒麟でしょ? 皇帝特権で、少なくとも夢に取り込まれるような事は無いわ。だからこそ、ジングウも貴方をこの任務に抜擢したのだろうし」
「だからって酷いよー。これで僕、しばらくカルトラ詰めだよ? トキコちゃんに会いたいよー」

 大げさにパタパタと両手を振るアッシュを、フレイは無視した。

「……アッシュは、」
「うん?」
「アッシュは何であの子……朱鷺子さんにそんなに執着するのかしら」
「そんなの決まってるじゃないか。僕があの子の事を大好きだからさ」 

 言って、アッシュは満面の笑みを浮かべる。見る者が見れば、まるで顔に張り付けているだけのような、そんな感想を抱くのが彼の笑い方だが、その笑顔は純粋無垢なものだった。嘘を言っていない、本心の、素の笑みだった。

「それよ。人間らしく生まれた彼女はともかく、貴方はまだ生まれたばかり。身体が大きくなるまで、閉鎖区画内で育ったんでしょう? そんな貴方が、彼女とろくな接点を持っていないのに、朱鷺子さんに好意を持つのは……」
「不自然、かな?」

421akiyakan:2012/11/29(木) 09:07:42
アッシュは微笑みを浮かべたまま、フレイの言葉を継いだ。

「そうね、不自然よ」
「どうかな……一目惚れ、って言葉があるじゃない? それかもよ。僕は一目で、朱鷺子ちゃんが大好きで大好きで大好きになっちゃったんだ。それなら、納得?」
「自分で『それかも』なんか言っておいて、それで納得って難しい話ね」
「まぁね」

 のらりくらりとしていて、捉え所がない。果たして、彼の言っている事がどこまで本当で、どこからが虚像なのかよく分からない。

(全く……ジングウより取っ付きづらいわ、この子)

 これが彼のスタイルなのだろう、とフレイは自分を納得させる。これではまるで、バイコーンと言うよりぬらりひょんだ、などと心の中でこっそりとぼやく。

「逆に、僕から質問」
「何かしら?」
「フレイさんと父さんってどんな関係なの? もしかして、恋人同士、とか?」
「あのね……一体この世界のどこに、こんな五十も過ぎた、年老いた老猫と付き合う物好きがいるのよ……」

 表面的な、取り繕ったものではない。これは本気だ。本気で彼女は、アッシュの言葉に呆れている様子だった。

「だったら何? 『あの』父さんに好意的に接してくれるレアな人間なんて、マキナちゃんかサヨリさんぐらいだと思ってたけど」
「『あの』、とは、また大した言い草ね。一応とは言え、貴方の創造主(おとうさん)でしょうに……」
「で、何なの?」
「……知り合い、かしら。私としては、あの子は友達だと思ってるんだけど……それは流石に、あの子が迷惑するでしょうし……って、何よ、その顔」
「いやぁ……あの父さんが「あの子」なんて呼ばれるの、なんだか新鮮で」
「才能がいくらあると言ったって、あの子は結局若造(あのこ)よ。たかが二十年生きた位で悟ったみたいに振る舞ったりしちゃってさ……本当に、可愛げが無いんだから」

 言いながら、フレイは苦笑を浮かべる。アッシュ達の知らない、過去の、現在の姿になる前のジングウ。そんな彼を、彼女は回想しているのだろう。こうやってジングウが、嫌悪の色も何も無く、純粋に好意が向けられているのを見るのは珍しいと、アッシュは思った。

「フレイさんは、どうしてホウオウグループに?」
「私みたいな化け猫、妖怪だとか、特殊な力を持っている人間だとか。今の社会って、異端、と言うか、世間一般の常識に合わないものは排除するでしょ? 私は、そう言うの大っ嫌いでね。遠慮するのが嫌いなの。正体を隠して、身を潜めて、とか、息が詰まっちゃう。その点、ホウオウグループはそう言うのに寛容だから。それに、世直しがしたかったのよ。私達みたいなのが、もうちょっと生きやすいような世界にね」
「へぇ……」
「ま、結局難しい話だけど。世界を変えるって、やっぱり楽じゃないわ」

 言って、ため息をつく。その様子には、軽い調子の言葉とは裏腹に、深い、重みのようなものを感じる。

「正義の反対は悪じゃない、か……」

 勧善懲悪。絶対的な悪を正義が滅ぼす。しばしば、特撮や映画で用いられる構図であるが、世界はそんなに単純な構造で出来ていない。作品内で正義、と称されるのは、それが所謂『主人公』の立場がそれであるに過ぎない。人の世の争いは思想と思想のぶつかり合いだ。正義の反対は悪なのではない。もう一つの、相容れない別の思想。即ち、もう一つの正義なのだ。

「みんなは分かってるのかな? ホウオウグループの悪で、救われている人間だっているって事をさ」

 誰に問うでもなく、アッシュはそう呟いた。

422akiyakan:2012/11/29(木) 09:08:33
 ※しらにゅいさんより「朱鷺子」、紅麗さんより「高嶺 利央兎」、スゴロクさんより「クロウ」をお借り致しました。

『あれ?』

 それは、いつかの記憶。

『あんな子供、ここにいたかなぁ……?』

 それは、いつかの出来事。

 ホウオウグループ支部施設。ほとんど顔を出す事も無いこの場所に、たまたま立ち寄ったトキコは、そこで見慣れないものを目にして首を傾げた。

 彼女の視線の先にいるのは、二歳ぐらいの幼子だ。髪の毛が長く、そのせいで目元が隠れてしまっている。手術着らしきものを着ており、幼子特有のおぼつかない足取りで廊下を歩いている。

「りーちゃん……? でも、あの子はもうちょっと大きかったし、髪の毛は緑色だったっけ」

 この施設にいる幼子と言えば、真っ先に思い浮かぶのがレリックだ。しかし、トキコの言うようにレリックはもう少し大きい。いくら幼子とは言っても、彼女は人間で言えば十歳位だ。目の前の幼子は、それよりもっと小さい。

 疑問と、好奇心。二つの感情に誘われて、トキコは幼子に近付いた。

「こんにちはー!」
「……! ……?」

 取り敢えず挨拶してみると、幼子は驚いたようにトキコの方を見た後、不思議そうに首を傾げた。何気ない仕草だが、それすら愛らしく見えるから不思議だ。

「君、名前は?」
「なまえ? えーのこと?」
「えー? それが、君の名前?」

 トキコが聞くと、幼子――「えー」はこくん、こくんと頷いた。

(……可愛い……)

 舌足らずな声音は柔らかく、耳に優しい。性別は分かりにくいが、おそらくは男だろう。前髪の隙間から覗いた無垢な瞳が、好奇心の色を隠せずにトキコを見つめている。

「よし、えー君! 君は、どこから来たのかな?」
「あっち」

 悩む様子も無く、「えー」はそちらを指差す。それは廊下を差しており、トキコはそれが、「向こうから来た」と言いたいのだと察した。

「そうなんだー……誰か、大人の人は一緒じゃないの?」
「おとなのひと?」

 「えー」は首を傾げる。どうやら、トキコの言葉の意味が分からないらしい。

「そう、大人の人。大人の人って言うのは……えーと、大人、って、言うの、はぁ……」

 自信満々に説明しようと思ったトキコであるが、一瞬の内に説明に窮した。普段使わない頭をフル回転させるも、こんな小さな子供に「大人」とは何であるかを説明しようとしても、使える単語が限られている。未開人に銃とは何ぞや、と説明するようなものだ。否、銃を説明する方がよっぽど簡単だ。

「えっと……その……」

 じっと、「えー」はトキコの言葉を待っている。前髪の間から覗く瞳が、何だかプレッシャーを放っているようにトキコは錯覚すらしていた。

 何か、何かを言わなければ……! テンパったトキコは、何を思ったか――

「大人とは――お姉さんみたいな人です!」

 ――胸を張り、あまつさえ腰に両手を当てながら、そんな事をのたまった。

「……うん、わかった」

 こくん、と「えー」は頷いた。その従順さが、むしろトキコには居た堪れない。

(誰か……誰か私に、突っ込んで……!)

 何時もならここでシスイが「何でじゃ」と突っ込んでくれるところ、ここではそれを望める訳が無く、

「……どうしたトキコ、こんな所で?」

 代わりに、背後から声が掛かった。トキコが振り返ると、

「あれ、リオくん?」
「珍しいな、お前がこんな所にいるの」
「それを言ったら、リオくんもでしょ」
「まぁな……ん? 何だ、その子供?」

 「えー」の存在に気付き、リオトが指を差す。すると呼ばれたと思ったのか、「えー」は彼の傍に近付いて来た。

「こんにちは」
「お……こんにちは」
「わー、偉いね、えー君。ちゃんと挨拶出来て」
「えへへ〜」

 トキコが頭を撫でると、「えー」は嬉しそうに笑った。屈託の無い笑みであり、見ているこちらもつられて頬が緩んでしまうような、そんな笑い方だった。自然、それを見ているリオトも、思わず穏やかな気持ちになった。

「あ? リオ君、今笑ってた?」
「べ、別に? ……それより、そいつなんだ?」
「分かんない。私も、今見つけたところなの」

 ホウオウグループ内に幼児。よもや迷子と言う事は無いだろう。十中八九関係者だが、こんな子供を今まで二人は見た事が無い。と言う事は、誰かが連れて来た、と言う事になるが。

423akiyakan:2012/11/29(木) 09:09:20
「ねぇ、えー君。君をここへ連れて来た人って、誰?」
「つれて、きた?」
「そう。つれてきたひと」
「……わかんない」
「分からない? そんな事無いだろ?」
「リオ君、駄目だよ。ほら、えー君驚いてる」

 リオトが大きな声を出したせいだろう。「えー」はトキコの後ろに隠れ、彼女の服をぎゅっと掴んでいる。そんな彼の姿に、「う……」とリオトは後ずさった。

「悪かった……しかし、どうするんだ、そいつ?」
「うーん……このまま、放ったらかしにする訳にはいかないし……」

 トキコは、自分の服を握っている「えー」を見つめる。「えー」もトキコを見上げており、その瞳には縋っているような、頼っているような感じが見て取れた。

「……仕方無い。私が一緒に探してあげる」
「いいのか?」
「うん、どうせやる事無いし」

 言って、トキコは「えー」に視線の高さを合わせるようにしゃがんだ。目線を合わせたまま、トキコは彼の頭を撫でる。

「大丈夫だからね?」
「…………うん!」

 大丈夫。トキコの言葉の意味を感じたのか、にはっと、「えー」が笑った。

 ――・――・――

「カラスさん、この子知らない?」

 「えー」の手を引きながら、トキコは出会う人全員にいちいち聞いて回っていた。しかし、誰も「えー」の事など、詳しく知っていないようだった。

「知らん……何だ、その子供は?」

 訝しげな表情を浮かべながら、クロウは「えー」の姿を覗き込む。その視線から逃れるように、「えー」はトキコの後ろに潜り込んだ。

「カラスさん、虐めちゃ、めっ! ほら、こんなに怖がってるよー」
「いや、別に、虐めているつもりは無いのだが……」

 クロウは顎に手を当てながら、困惑したような表情をしている。色んな人間のいるホウオウグループであるが、流石にこんな幼子がいるのはおかしい、と思っているのか。

「……構成員の中で、結婚している者はいたか……?」

 ――違った。別の事を考えていた。

「うーん……カラスさんも違ったかー……」

 がっくり項垂れるトキコ。かれこれ、十人目である。

「む? トキコ、あの子供は?」
「え――ああっ!? また一人であんな所まで!?」

 目を離した隙に、何か面白いものでも見つけたのか、「えー」はもう廊下の向こう側まで歩いていた。慌ててトキコは、その姿を追いかけ、「捕まえた!」とばかりに後ろから抱き締めた。

「駄目だよ、えー君! 私と一緒にいなきゃー!」
「はぁい」

 一見従順そうな「えー」であるが、その実子供特有のマイペースさ、と言うか、フリーダムさ全開だった。少し目を離しただけでいなくなる。トキコとしては、冷や冷やものだった。

「ふぅ……ちょっと、休憩しようか……」

 丁度、休憩所を見つけ、トキコはそこに腰を下ろした。彼女が座ったのを見て、「えー」もとてとてと歩み寄り、その隣に座り込む。

「はい、どーぞ」
「ありがとうー」
「どういたしまして」

 自販機で購入した缶ジュースを手渡すと、「えー」はマジマジとそれを見つめている。もしや、開け方が分からないのだろうか。そう思い、トキコがあえてゆっくりと、「えー」に見えるように自分の缶を開けてみせる。プシュッ、と言う炭酸の弾ける音が鳴り、「おおっ!?」と「えー」の瞳がキラキラと輝いた。

「ん! ……?」
「…………あ」

 トキコの真似をして、自分の指をタブにかける「えー」。ところがどっこい、タブが起き上がらない。彼は首を傾げながら何度もタブに指をかけるが、紅葉のようなその手は缶の上部をカリカリと掻くばかりで何も起きない。

「????」

 頭の上に何度もクエスチョンマークを浮かべながら、缶を開けようと悪戦苦闘する「えー」。が、力が足りないのか、プルタブはビクともしない。

424akiyakan:2012/11/29(木) 09:10:09
「うぅ……」

 じわ、と「えー」の瞳が俄かに潤んできた。そんな彼の様子がおかしいようにトキコは「くすっ」と微笑むと、「えー」の缶ジュースを手に取った。カシュ、と事も無げに彼女は開ける。

「はい」
「わぁ……ありがとう!」

 嬉しそうに笑う「えー」。前髪が少々邪魔であるものの、それが満面の笑みである事は誰が見ても明白だった。

「さて、と……これから、どうしようかな……」

 誰が「えー」の保護者なのか、トキコは思案する。虱潰しに当たっていてはキリが無い。一体誰がそうなのか、頭の中で彼女はリストアップしていく。その中に、ホウオウが含まれているのはご愛嬌、と言うやつだ。

 すると、トキコは不意に、自分の横に何かがもたれかかって来たのを感じた。

「ん……? ありゃりゃ、おねむになっちゃったか」

 見れば、トキコの身体に寄り掛かるようにして、「えー」がすやすやと眠ってしまっていた。その無防備な姿も可愛いと、思わずトキコは微笑む。

(そう言えば、この子の顔、まだよく見てないや)

 終始、前髪のせいで「えー」の顔は隠れてしまっていた。今なら何の憂いも無く覗けると、好奇心に任せてトキコは前髪を退ける。

「わぁ……可愛い……」

 案の定、文字通り顔を出したのは愛らしい寝顔だった。幼子特有の中性的な顔立ち、傷一つ無い滑らかな、それでいて餅のような肌。突けばきっと柔らかいのだろう、などとすら考えてしまう。

「おぉ、やぁらかい……」

 ――と言うか、実行していた。ちょっと突いたぐらいでは起きない事を良い事に、ついにはその頬を引っ張ったり、揉んだりし始める。寝苦しそうにトキコの手を「えー」が払いのけるが、そんな仕草すら可愛らしい。

「あれ? でもこの子、誰かに似ているような……」

 自分の親しい友人に、「えー」は似ている事に気付いた。しかしそれが誰だったのか、トキコは頭にピンと来ない。額に手を当て、うーんとトキコが考えていると、

「あ、いた!」

 突然、そんな声が聞こえた。驚いてそちらを見ると、亜麻色の髪のメイドさんがこちらへ駆け寄ってくる。

「あれ? さーちゃん?」
「あ、トキコさん、どうも……はぁ、やっと見つけた……」

 現れたのはサヨリだった。よほど激しい運動でもしていたのか、その息はすっかり上がってしまっている。

「トキコさん、その子……」
「え? もしかして、えー君の事?」

 自分の傍ですやすや眠る幼子をトキコが差すと、サヨリは大きく頷いた。

「その子、私達のところで預かっている子なんです……見つかって良かった……」
「え゛。何、ジングウの?」

 自分にとって一番会いたくない人物を思い浮かべ、トキコは思いっきり嫌な顔をする。会いたくなかったので彼を選択肢から外していたのだが、まさか彼がそうだったとは。道理で誰も「知らない」と言う訳だ。

「よいしょ……っと」

 サヨリは「えー」を抱き上げる。流石にレリックと四六時中一緒にいるだけの事はあり、その動作は手馴れていた。

「うぅー……?」
「駄目じゃないですか、えー君? 勝手に抜け出したりして」
「あう……ごめんなさい……」
「はい、許してあげます……トキコさん、すみません。迷惑かけちゃって」
「いえいえ、そんな事無いですよー?」

 正直、何時もはしない体験であったから、新鮮で楽しかった、と言うのがトキコの本音だ。迷惑だ、などとは、これっぽっちも思っていなかった。

425akiyakan:2012/11/29(木) 09:11:03
「それでは、私達は戻りますね……ほら、えー君?」
「うん……おねえちゃん、ばいばい」

 サヨリに抱き上げられた状態で、「えー」が手を振る。トキコも彼に向かって、小さく手を振って見せた。

「ばいばい! えー君、か」

 ほんの数時間ほどであったが、彼と過ごした時間を思い出し、トキコは思わず頬を緩めた。きっと、自分に弟がいたらあんな感じなのだろうか、などと彼女は思う。

「また、会えるかな?」

 弾んだ気持ちで、トキコはその場を後にする。次に、「えー」と出会う日は想像しながら。

 ――・――・――

「……ふぁ」

 ベッドから身を起こし、「彼」はあくびを一つ上げた。

「……懐かしい夢、だったな」

 言ってかつての「えー」――アッシュはふふっ、と微笑んだ。

「覚えているかな、彼女は」

 窓の外から、アッシュは空を見上げる。遠く離れた自分の故郷、いかせのごれに続いているであろう、その空を。



 <幼年期の夢>



(――そう、そうだ)

(僕はあの時から、)

(君の事が、)

(好きだったんだ)

(お姉ちゃん――)

 ※作中の「えー」の回想シーンは、「リバース・オブ・ジングウ」序盤、「閉鎖区画を大冒険」の後ぐらいの時系列になります。

426十字メシア:2012/11/29(木) 16:53:46
ある日のあやかしの里。
いつも通り、平穏な時が流れているこの村落で、「おさん狐」という、三匹の狐妖怪が何かを話していた。

「暇だわね」
「そうねえ…」
「平和なのは良い事でしょうけど。何か面白いことは無いかしら」

どうやら暇潰しになる事を求めているようだ。
尻尾を振り思案する中、一匹が閃いた様に言った。

「そうだわ! 人間界に行きましょ!」
「人間界に?」
「何しに?」
「ふふふ…久しぶりに人間をからかってやるのよ!」

黒い眼を細め、悪戯っぽく笑う一匹のおさん狐――闇(あん)。
張り切っているようにも見える。
それを聞いた二匹は怪訝な顔をした。

「でもそんな事したら、親王からお咎めもらっちゃうわよ?」
「へっちゃらよ。殺す訳じゃないんだから、そんな重い罰は来ないわ」
「そうね…そうよね。最近どんな能力者がいるのか、少し気になってたし」
「じゃあ早速行きましょ!」


「なあ幽花ー。近道つったって、別に急ぐ事もないだろ?」
「………………」
「(やっぱ駄目か…)…ま、最近色々あるし、気を付けろよ」

一方、遊利と幽花は寺院までの近道として、ストラウル跡地を歩いていた。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
(いつもの事だけど何か、重ッ!)

妙な沈黙に遊利が耐えかねたその時。

「………」
「? どうした幽花?」
「……………来る」
「へっ…? ッどわぁ!?」
「………」

突然、炎の身体をした竜が躍り出た。
幽花は逸らしただけで難なく避けたが、遊利は尻餅をついてしまう。

「な、何だよ今の…」
「…………」
「…とりあえず、構えといた方がいいよな」

と、遊利の影から標識が現れる。
彼はそれを掴むと、一回転させて構えた。

「さて、どこから来るのやら…」
「……………」
「幽花、何か分かるか?」
「……………」

相変わらず何も言わない幽花だが、視線は動いている。
やがて一点にそれが定まると――。

「そこか!」

と踏み出したと同時に、そこから炎の竜が二人に向かってきた。
遊利は標識でそれを受け流す。
竜はその衝撃で散るように分断された。

「…………それ、まやかし」
「まやかし?」
「…………」
「! また来た!」

再び躍り出た竜を標識であしらう。
分断された竜は更に数が増えた。

「うーん、これじゃあキリがねぇな…幽花、どうする?」
「…………止めて」
「止める? …ああそうか! 俺ってば、何で気付かなかったんだろ」
「…………馬鹿だから」
「え?」
「………」
「………まあいいや。ホラ、かかって来な!!」

遊利の挑発に乗ったらしい竜は、さっきまでには無い猛攻で向かって行く。
そして遊利は標識を地面に突き刺し――。

「”止 ま れ”!」

その言葉に反応したかの様に、標識のマークが『止まれ』に変わった。
すると竜は弾かれたかの様に吹っ飛んだ。
何度も飛んでいくが、結果は変わらない。

「無駄だぜ。『止まれ』つったからな」
「…………」
「? 幽花?」
「狐………三匹……」
「狐?」

427十字メシア:2012/11/29(木) 16:59:31
「なっ何で分かったのよぅ…!?」

一角の廃ビルの陰で、黒眼の狐がそう呟く。
すると頭に花をつけた狐――藤波が、何かに気付いたように言った。

「もしかしてあの娘、陰陽師じゃない?」
「え、嘘!?」
「だって、一般人にしては強い霊力を感じるし…」
「…そういえば…」
「おーい!」
(ビクッ)
「別に怒ったりしないからさー、出てきてくれね?」
「…どうする?」
「出ましょうよ。もうこれ以上は無理なんだし」
「そうねえ…」

「あっ、出てきた!」
「…………」
(ねえ、あの娘怒ってるのかしら…)
(さ、さあ…)

二人の前に現れたのはいいが、幽花の「無」しか感じられない雰囲気に、狐達は思わずたじろいでしまう。
そんな事を知ってか知らずか、遊利は狐達に近付いてこう聞いた。

「なあなあ、お前らってここに住んでんの?」
「あ、いや…違うわよ?」
「私達は普段、あやかしの里にいるの」
「あやかしの里…ああ! 守人の妖怪が治めてる集落だろ?」
「そうよ。よくご存知で」

返事をしたのは茶色の毛混じりの狐――麦。

「まあ、身分が身分だけに、な。じゃあ何でここに?」
「今日は暇潰しに人間をからかってみようと、ここに来たって訳」
「そうか。でも何か言われたりしないのか?」
「平気よ。怒られるだけだから」
「はは、肝が据ってんなあ」
「…ところで、そこの娘は機嫌が悪いのかしら?」
「…………」
「ああ、あいつはアレが普通だから」
「そ、そう」
「…まあ、俺自身は別に、それやられても気にしないけどさ……あまりここ寄らない方がいいぜ」
「あら、どうして?」
「いつもの事だけどよ、最近は更に増して物騒なんだよ。兵器がめっちゃ出没するし…」
「ホウオウグループの?」
「どんな兵器なの?」
「そうだな、例えば――」


「コイツとか」


ガキィイン!

「!?」
「えっ…いつの間に…?」
「さっきまで居なかった筈よね!?」

突如、遊利の真後ろに現れた人型大の機械兵器。
パニッシャーだ。

「もしかして、コイツが?」
「ああ。中々厄介だぜ」
「! あっちからも来たわよ!」
「こっちからも!」
「チッ、1体だけじゃなかったか……お前ら、俺が惹き付けとくから、隙を見て逃げろ!」
「あら、私達だって戦えるわよ」
「けど!」
「そうそう、これでも妖怪のはしくれ。弱いだなんて思わない事ね」
「………分かったよ」

諦めた様子で溜め息をつく。

「そこの娘、陰陽師でしょ?」
「…………うん」
「やっぱり。…お手並み拝見ね」
「……………」
「来るぞ!」

パニッシャーがマシンガンを構える。
そこで闇が先手を打った。

「私のまやかしは機械でも効くわよ!」

口から氷の息を吐き出し、パニッシャーを凍らせる。
勿論まやかしなのではあるが、それは機械ですら錯覚させるほどに強力なものだ。

「流石狐妖怪!」

そこを突いて、遊利が標識でパニッシャーを叩き潰す。

「…………」
「ちょっと、陰陽娘! アンタも戦いなさいよ!!」
「…………」
「ちょっと聞いてるの!?」
「闇! 危ない!」
「!」

ふと前を見ると、パニッシャーが闇にライフルの銃口を向けていた。
やられる――と思った瞬間。

428十字メシア:2012/11/29(木) 17:00:15
バチィッ!

「え……?」

気付けば、視界を覆うように幽花が立っていた。
手には青色の、水晶の様な剣。

「……護身剣…」
「……あの」
「?」
「…ありがと」
「…………………」
(無視か!)

闇はお礼を述べた事を少し後悔した。

「闇、大丈夫!?」
「何とかね」
「それにしても、ちょっと数が多すぎない?」

麦が不安そうに言う。
まだ20体はいそうだ。

「これ、全部壊せるかしら…」
「私達はまやかしを操れるだけだし…」
「……………しょうがねえか」
「え?」

遊利が一歩前に出る。

「ちょ、ちょっと! 撃たれるわよ!?」

だが遊利は気に留めない。
目を閉じ、何かに集中し出した。
すると藤波が驚いた様な顔をする。

「霊力が…溢れてる…! それも陰陽娘よりも! たくさん!」


「行け、幽霊船」


オォォオオォオオオオォォオオオオオォォォォォオオォオオオーーーーーー…!!!!!

彼の影から、背筋が凍り付きそうな、ぞわりとする雄叫びを上げる『何か』が大量に現れる。
その形は千差万別で、透明だったり、黒い塊のようだったり、骨の様な手だったり。
全て、影という名の船の乗組員…『幽霊』なのだ。

幽霊達は手を伸ばす様に、パニッシャーの大群に向かっていく。
倍の数の幽霊に囲まれるパニッシャー。
攻撃を仕掛けるが、幽霊である彼らに効く訳がなく、無駄な行為に等しい。
やがて成す術もなくなった機械兵器は、幽霊達に呑み込まれ、跡形も無く消え去った。


「………」
「全部、消えた……」
「…戻れ」

遊利の一言で、幽霊達は影の中に帰って行った。
その時闇が。

「アンタ…人間じゃないのかしら?」
「え!?」
「……ああ。お前らと似たようなもんさ」
「ふふ、道理でただならぬ気を感じた訳ね」
「ま、ちょっと違うけどな」

と。

「カァー! カァー!」
「ん? カラス?」
「げ、アレは…」
「親王の使いの骨鴉!?」

焦り出す狐達。
カラスは彼女らの傍に来ると、持っていた頭蓋骨から降りた。
すると――頭蓋骨が口を開いた。
しかも声も出た。

《闇、藤波、麦。また人間に悪戯してたのか?》
「…また?」
「………常習犯」
「えへへ…それより、どうしてここだと…」
《占 い で》
『ですよねー』
《全く…しかも兵器に襲われたらしいではないか。そこの二人が居なかったら、どうなっていたか…》
「う…すいません……」
《罰として1週間油揚げ禁止》
『そ、そんなぁ〜〜〜!!!』


幽霊少年と現身少女と狐


(遊利は嘆く狐達を見て苦笑し)
(幽花は無言で見つめ)
(狐達は親王に何とかお許しを貰おうとしていた)

429スゴロク:2012/11/30(金) 00:04:56
「迷子の行き先」の続きです。早く京の方も進めなければ……(バタリ



―――私がいつからこうなったのかは、正直なところよく覚えていない。
骨董市で私を見初めてくれた女の子と出会ったのは……いつだっただろう。もう、随分と昔のことのような気がする。
もう、前に住んでいた家がどんなだったか、どんな人達がいたのか、よく覚えていない。
ただ一つ、

『ごめんね……あなたは連れて行けないの』

そう言って、悲しそうに微笑んだ、その子の表情だけを、今でもよく覚えている。
だから、私はどうしても聞きたかったのだ。

「どうして、私を連れて行ってくれなかったの?」

ただ、その答えだけが、知りたかった。
それだけ、だった――――。




ミレイを拾って来て一夜明けた、翌日。
琴音は先方と学校に一報を入れた後、登校したアオイを見送り、ミレイを連れて白波家に向かった。
「いらっしゃい」と出迎えてくれたのはアカネだった。ランカはというと、久々に風邪をひいて寝込んでいるのだという。

「幸い、回復に向かってはいるけどね。ともかくようこそ、ヒナちゃん。そっちの子が?」
「ええ、電話で話したミレイちゃんよ」

よろしく、とぺこり、頭を下げるミレイ。会釈で返したアカネは、奥の部屋に行くよう目で促し、着席したテーブル越しに琴音に話しかける。

「それで、あの子をうちで預かって欲しい、ってことね?」
「ええ。出来れば、だけど」

そうね、と一言置いて。

「預かるのはやぶさかじゃないけど……家族が増える分には構わないし」
「……何かあったの?」

煮え切らない言葉に琴音が尋ねると、アカネは心配そうな表情になって言った。

「ヒナちゃん、あなたの事よ。正確にはスザクちゃんのことだけど」
「…………」

ストラウル跡地で「カチナ」なる人物に襲撃されたスザクは、その戦いで致命傷を負い事実上死亡している。それをどうにかこうにか現世に繋ぎとめているのが、今その体に憑依している琴音の存在だ。ただ、スザクの心は精神の奥底の底まで落ち込んでしまっているらしく、マナの能力でも全く位置がつかめなかったという。

「……まだ、目覚める気配はないわ」
「……そう」

暗い面持ちで琴音が言った通り、スザクを目覚めさせる手段は今の所見つかっていない。以前、虚無感に呑まれて同じような状態になった際は、琴音が直接説得することで起こすことが出来た。ところが今回はその手が使えない。
接触すべき心が、見つからないのだ。

「……私は諦める気はないわ。そう、絶対にあきらめるものですか」

それでもなお、琴音は折れない。仮にも母として、娘を見捨てるような選択肢は絶対に取らない。
――――スザクが死んだなどと、絶対に認めない。
琴音の瞳には、未だ炎が消えてはいなかった。

430スゴロク:2012/11/30(金) 00:05:30
席を立っていたミレイは、奥の部屋でランカの看病から降りてきた人間形態のアズールと話していた。

「……ミレイさん言いましたか、付喪神の類ですな?」
「つくもがみ?」
「器物が意志を持った妖怪のことですわ。そういうのをこの国では付喪神と呼ぶんでっせ」

説明されてもなお、ミレイは首を捻る。

「……よく、わかんない」
「ふうむ……力もあんま強うないようですさかい、成ってからそない日が経っとらんようですな」

変異タイプの人外の場合、「成った」時のことは基本的に覚えていない。ある程度力がついてきた辺りで、ふっと思い出すのである。

「そうなの?」
「そういうもんです。……そいで、ミレイさんはあれですか、人探しを?」
「うん。私を捨てた、あの子を」

それを聞いた途端、アズールの表情がこわばる。

「え、と……一応聞きますが、復讐とかで?」
「…………」

が、彼女の予想に反してミレイからは答えが返らない。ただ一言、

「…………わかんない。でも、探さない、と」

淡々と、しかし譲れないという響きで、それだけを呟いていた。アズールはこれを聞いて、これがミレイの存在の根幹にかかわっていると直感的に悟った。ならば、止めるのは無意味だ。

「……そうですか。ほなら、ウチも及ばずながら手伝わせてもらいます」
「……いいの?」
「もちろんですわ。ただ、あまりやり過ぎんようにお願いします。アカネさんやマスターの顔を潰すような真似は出来ませんよって」
「ん……じゃあ、そうする」

一応受諾の返事を受け、ほっと息をつくアズール。さすがに家族の中から人殺しが出るのは避けたかった。

「……それで、あなたは?」
「ウチですか?」

問われたアズールは、ごく簡単に自分の事を話した。
妖狐と呼ばれる妖怪であること。
傷ついていたところをランカに拾われたこと。
以来、彼女を主としてこの家に厄介になっていること、など。

「……こういうわけで、マスターはウチにとってはあらゆる意味での恩人なんですわ」
「……そうなの。よかったね、いい人に出会えて」

喜ばしそうに言うミレイだが、その表情には複雑なものが見え隠れしていた。
彼女はアズールいう所のマスターにあたる人物に捨てられ、その結果としてこうなったのだから。
だが、それは表には出さず、話を続ける。

「私も、頑張るから。よろしく、アズール」
「ん。ほな、ウチの方からもよろしう頼みます。マスターの体調が戻ったら、改めて紹介しますわ」

431スゴロク:2012/11/30(金) 00:06:02
――――時同じくして、アースセイバー・研究室。

「……確かっスか、アルマ?」

獏也経由でゲンブとスザクの一件を知り、それに関する調査に行っていたシノは、突然入ったアルマからの連絡に耳を疑っていた。
モニターには「SOUND ONLY」と表示され、アルマの声は抑揚に欠けた機械的なものに変換されていた。

『情報の出所は確かです。それらをここ数日かけて解析しましたが、99,81%の確率でこの結果に間違いはありません』
「マジっスか……シュロに何て言えば……」

思わず頭を抱え、呻く。それ程に、アルマから入った情報は衝撃的なものだった。
曰く、ゲンブについては特段の問題はないとのことだったが、問題はスザク。彼女の状態は、周りの人間が思っている以上に深刻かつ危機的なものだったらしい。


『火波 スザクの意識は現在、ほぼ死の状態にあります。辛うじて肉体に繋ぎとめられていますが、代理の意識として融合している火波 琴音と肉体の同調率が日を追うごとに高まっています。このままの状態が続けば、同調が完全なレベルにまで高まり、同時にスザクの意識が消滅・遊離する……つまり、存在を乗っ取られる危険性が高まります』


つまり、このままだと琴音に肉体を乗っ取られ、スザク当人が完全に死亡してしまう可能性が日増しに高まっているのだという。

『ともかく、戦闘はご法度です。特殊能力を使えば、「エンプレス」の副次効果で同調率が跳ね上がってしまいます』
「…………え、と、アルマ?」
『何か?』
「アタシが聞いた限りだと、既に一回、戦闘をやってるって……」

間をおかず、アルマからの返答が帰る。

『それ以後は?』
「今の所、報告はないっスけど」
『……こちらは引き続き調査を続行します。シノさんには、類似の事例の検索と対処法の模索をお願いします』
「……りょーかい。ところで、タイムリミットは後どれくらいっスか?」

ある種当然の疑問をぶつけたが、対する答えはあまりにも無情だった。



『今日を入れて残り68時間。それが最大限度です』



それを最後に通信は切れた。残されたシノは、ぎし、と椅子を軋ませて姿勢を変え、大きく息をつく。

「……一体どうすりゃいいっスか……何でまたこんなことに……」

スザクに残された時間は、あと三日を切っている。今の時間からすると、明後日の6時を迎えた時点でゲームオーバーだ。
手を打つならば今すぐでなければならないのだが、

「そんな簡単に手が見つかれば苦労はしないっスよ……」

シノは常々「天才」と言われてはいるが、彼女本人はそれを肯定したことは一度もない。
天才とは詰め込んだ知識を自在に応用できる存在であり、自分は単なる頭でっかちなのだとよく言っている。
そして、シノの知識の中にはこの事象に関する事例はほとんど見つからなかった。何しろ、希少極まりない精神体に関わる事例だ、おまけに今回は状況が特殊にすぎる。

「……何で、アタシはこんな肝心な時に無力なんスか……」

天才と呼ばれた女性は、何が出来るでもない己を大いに嘆いた。




同刻、ウスワイヤの病室。

「…………」

未だ意識の戻らないゲンブの枕元。その床に、影が凝ったような流体が広がる。
そしてその中から、伸び上がるようにして一人の男が姿を現す。

「………………」

古びた帽子、同色のコート。
左手をポケットに突っ込んだまま、帽子から覗く薄青の眼光で眠る男を射る。

「……目を覚ませ、水波 大悟。彼女の……ひいては―――のため、お前が必要だ」




迷う者、抗う者

(彼らの道が交わる先には――――)


十字メシアさんより「シノ」、(六x・)さんより「アズール」をお借りしました。

432akiyakan:2012/12/01(土) 17:55:28
 悪夢迷宮

 ※しらにゅいさんより、「朱鷺子」をお借りいたしました。

『こちら、フレイ。アッシュ、聞こえる?』
「ええ、聞こえますよ」

 カルーアトラズ刑務所、地下。アッシュの〝コネ〟によって入手した情報を元に、地下迷宮への入り口は開かれていた。石造りの階段が、暗い穴の底、奈落へと向かって通じている。

『うん、思念通話は良好ね。もっとも、それも『悪夢迷宮』にはどこまで通用するか、だけど』
「そうですね……ふぅ……」
『……アッシュ、大丈夫?』
「大丈夫、って言いたいところですが……全く、あの人の底無しさ加減には、流石のバイコーンもお手上げだよ」

 そう語るアッシュの顔は、若干やつれているようにも見える。情報量の対価を払った結果だ。昨日は遅くまで、〝彼女〟の相手をさせられたのだ。

『貴方は土気で、彼女は木気だもの。相性は最悪だわ。しかも、あれだけの歳月を経た木精ともなれば、もう大妖怪の類よ。たかが、生まれて数か月ぽっちの麒麟が、敵う訳無いじゃない』
「まぁ、それもそうですね」

 アッシュは頭に暗視ゴーグルを付けた。武装は、常に携帯しているサバイバルナイフと分解して持ち込んだ短機関銃。狭い迷宮内では、長柄の得物は役に立たないと言う判断からだ。

「じゃあ、行ってきます」
『行ってらっしゃい……生きて戻りなさい』
「まぁ、程々に」

 適当にも聞こえる返事をして、アッシュは階段を降りて行った。

 ――・――・――

「……思ったより、広いな」

 迷宮に突入して数分。それがアッシュの抱いた感想だった。

 ジメッとした、黴臭い古の気配。果てしなく続いて行く石造りの通路は、頑張れば車が通れそうな位には広い。おそらくは、ここへアーネンエルベを運び込む為に、この様に作られているのだろう。

 薄ボンヤリと見通せる程度に明るい。一体どう言う作りなのだろうかと、アッシュは思った。

「しかし、拍子抜けだな……スライムの大群なり何なりの歓迎を受けると思ったんだけど」
『もしそれがお望みだったのなら、貴方に勝ち目は無いわよ? それも貴方、火を使う技でも持ってるの?』
「一応」
『……まさか、天装を?』

 都シスイが会得した、守人に伝わる奥義の一つ。天装。術者の肉体に五行の気を纏わせ、その属性を付加する技である。シスイに会得出来たのだから、同じスペックを有するアッシュに会得出来ない理屈は無いが――

「それこそまさか、だよ。いかせのごれにちやほやされている兄さんならともかく、造り物の麒麟にあの大地が見向きするとでも?」

 言って浮かべたアッシュの表情には、苦々しげな色が浮かんでいた。

 都シスイのクローン。パチモン。麒麟の紛い物、偽物。贋作、フェイカー。それらを心象の中に背負うアッシュは、自らのオリジナルであるシスイに強い劣等感を抱いている。それは麒麟の本能から来るものでもあるが、やはり彼はどこかで、麒麟としては歪んでしまっているのだろう。

『……アッシュ、老婆心から言わせてもらうけれど、貴方は偽物なんかじゃないわ』
「止めてよ、綺麗事なんか聞きたくない」
『いいえ、これは綺麗事なんかじゃないわ。当たり前の事を、当たり前の様に言っているだけ……貴方はAS2、アッシュよ。貴方は、都シスイの偽物なんかじゃない』
「……だけど、僕は兄さんのクローンだ」
『だから、どうしたって言うの? 都シスイの遺伝子をコピーして生み出された存在であれ、それをペーストした訳じゃないわ。都シスイと言う作品から派生した、アッシュ(あなた)と言う別の作品よ。真似事なんかじゃない、絶対に』
「…………」

 アッシュは、複雑な表情を浮かべた。そこにある感情は何であろうか。嬉しい、と思いたいのに、それを我慢しているかのような――そんな苦みのある顔だった。

 その時、だった。

「……!」

 一体何時からそこにいたのか、目の前に一人の女性が立っていた。金髪碧眼で、色白だ。軍服を身に着けており、ハーケンクロイツが目を惹いた。

「わぁお、美人さんだ」
『何? 何か出たの?』
「絵に描いたような軍服美人、の幽霊。ご丁寧に鉤十字まで付けてる」
『……ナチスの亡霊。噂通りね』

433akiyakan:2012/12/01(土) 17:56:02
 『悪夢迷宮』には、無数の人間が人柱として埋められている。死して彼らは迷宮を守るガーディアンとして君臨し、侵入者に襲い掛かる。

 相手が何時仕掛けて来てもいいように、アッシュは身構える。しかし亡霊は彼を一瞥だけすると、闇の中に溶けるようにして消えてしまった。

「……あれ?」

 拍子抜けしたように、アッシュは間抜けな声を出してしまった。てっきり戦闘になる、と思っていただけに、この反応は意外だった。

「……ちぇ。振られちゃった」
『ちょっとアッシュ、油断しないで』
「分かってるよ、フレイさん」

 軽口を叩きながら、アッシュは歩を進める。見た目こそふざけているが、内心はそうじゃない。表を取り繕うのはアッシュの本領だ。実際彼は、この迷宮に踏み込んだ時点で、常に周囲に気を配っていた。

 ――だが、それでも彼は、心のどこかで油断していたのかもしれない。

「え――?」

 角を曲がった、その先で、彼はあり得ないものを目にした。

 そこは、教室だった。見慣れた、いかせのごれの、二年二組の風景。夕暮れ時なのか、赤い光が窓から差し込んでいる。

 そして、一人の少女が立っていた。

「あ、二角君だ」
「と、トキコ……ちゃん?」

 現れたトキコの姿に、目に見えてアッシュは困惑している。そんな彼を尻目に、笑顔を浮かべながらトキコは駆け寄ってきた。

「二角くーん!」
「うわっ――っと!?」

 アッシュの胸の中に飛び込んで来るトキコ。有り得ない出来事に、アッシュの困惑は強くなる。

「と、トキコ……ちゃん?」
「んー? 何で、そんなに驚いてるの?」

 アッシュにじゃれ付きながら、トキコが首を傾げる。まるで、こうするのが当たり前と言わんばかりだ。

 不覚ながら、アッシュの胸が鼓動を打つ。触れている部分からトキコの体温が、温もりが、そして柔らかい身体の感触が伝わってくる。それは抱き締めれば折れてしまいそうな、華奢な女の子の身体だった。

「だって私達、恋人同士でしょう?」

 言って、トキコがアッシュの頬を両手で包み込んだ。ゆっくりと身体を引き寄せる。二人の顔と顔が近付き、後少しでキスしそうな位になった。

 ――その瞬間、アッシュは右手の刃を一閃した。

「――え?」

 胸を真一文字に切り裂かれ、一体何が起きたのか分かっていないような表情のトキコ。空間がブレ、教室が端から崩れだす。

「二……角……くん……?」
「……失せろ、偽者に興味は無い」

 吐き捨てるように、アッシュは言う。その瞳は、普段の彼とは別人な位に冷たい。

 そしてアッシュの言葉に圧されるように、教室は完全に崩れきった。後に残ったのは、先程までと同じ、薄暗い迷宮の通路だった。

『……アッシュ、何か見えたの?』
「ああ……胸糞悪いものを見せられた」

 敬語を使う事はせず、思わずアッシュは素の口調で答えてしまう。傍目に見て、彼はとても苛立っているようだった。

「……ふざけんじゃねぇよ……肉を切る感触まであるじゃねぇか……」
『……そう、それよ。悪夢迷宮の一番の恐ろしさ。その空間は、夢と現実が交互に入り混じっている……いえ、正確に言えば、幻想が現実を侵食している、と言った方が正しいかしら……夢限や、ナイトメアカタボリズム、それと同じ理屈よ』

 フレイが説明してくれているが、その半分もアッシュの耳に届いていない。今見せられた幻覚のせいで、完全に頭に血が昇ってしまっていた。

「オーケー、オーケー……ゴースト共、お前らがそのつもりなら、こっちもそのつもりだ……一匹残らず切り刻んでやるから、覚悟しておけ」

 本来、麒麟が持つべきでないもの――殺意を全身から漂わせながら、アッシュは闇に溶ける迷宮を睨み付けた。

434akiyakan:2012/12/01(土) 17:56:46
悪夢迷宮・2

 それからアッシュは襲い掛かってくる「悪夢」を打ち倒しながら、迷宮を進んでいった。

 時にはそれは、自らを生み出した存在の姿であったり、

 或いは、共に肩を並べて戦った戦友の姿であったり、

 或いは、自らの親しい者であったり、

 手を変え、品を変え、迷宮はアッシュに容赦無く襲い掛かった。

「はぁ……はぁ……」

 壁に手を付き、額に浮かんだ汗をアッシュは拭う。

 幻覚とは言え、半分は現実だ。一つ一つを対処して行くにつれて、アッシュは確実に疲弊していく。特に、精神の消耗が激しい。実体を伴ったな、極めて本物に近い幻想。例え偽者や幻覚だと頭で分かっていても、その感触がアッシュの心を惑わす。

「う――あぁぁぁぁぁ!」

 幻覚を殴っているのに、自分まで殴られたように錯覚する。

「――あぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 切り裂いた相手は偽者の筈なのに、心が不快感に鷲掴みにされる。

「――あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 一つ試練を乗り越える毎に、身体が、心が、冷たくなっていく。

「はぁ……ッ! はぁ……ッ!」

 どれだけの幻覚を、幻想を、悪夢を倒しただろうか。疲弊した身体を引き摺りながら、アッシュは更に奥を目指していた。

『アッシュ、もうこれ以上は無理よ! 大人しく引きなさい!』

 フレイの声が脳内に響くが、今のアッシュにとってそれは雑音も同然だった。

「はぁ……ッ! はぁ……ッ!」

 呼吸が荒く止まらず、目は血走ってギラギラと光っている。立て続け、何度も幻想に襲われたせいだろうか――アッシュは悪夢に魅入られてしまったのだろう。その足はフラフラと、まるで誘蛾灯に誘われる羽虫のように、奥へ奥へと吸い込まれるように進んでいく。

 やがてアッシュは、開けた場所に出た。

「ここ……は?」

 そこは、直径三十メートル程の大きな空間だった。石を鎌倉状に組み、ドームを作っている。部屋の装飾から、どうやら礼拝堂のような場所であるらしい。今までと明らかに造りが違うものの、アッシュの入ってきた場所の丁度真反対側に更に奥へと通じる道があるので、ここが終点と言う訳ではないようだ。

「う……?」

 奥を目指してアッシュが歩き出すと、一体どこから出てきたのか、部屋の中に霧が立ち込めてきた。霧はアッシュが一歩進む毎に濃くなっていき、部屋の真ん中を過ぎる頃には右も左も分からなくなっていた。

 もはや驚くまい――そう思い、ただ部屋を抜ける事だけを考えてアッシュは足を進める。しかし、その足が急に止まった。彼の前方に、その進行を妨げるように立つ人影が見えたのだ。

「……おいおい、まだ何かあるのか」

 もうウンザリだ、とばかりに、アッシュが言う。抜きっぱなしのナイフを構えて、その刃が全く汚れていない事に気付いた。なんて皮肉だ、と彼は力無く笑った。感触ばかり、あんなにもリアルだと言うのに――痕跡が残らないと言う事は、やはりすべては幻覚なのだ。

「もういいぜ……何が出てきたって、僕は驚かない」

 アッシュの感覚は狂いつつあった。悪夢と現実の入り混じったこの空間に長く居座りすぎたせいか、どこまでが嘘でどこまでが本物なのか、彼には分からなくなっていた。

 幻覚から受けた攻撃は、本当にその攻撃を受けたと身体が錯覚し、身体には傷が出来る。
 幻覚を切り裂く感触は生々しく手に残り、しかし実際にはそれが存在していた痕跡は残らない。

 ああ、まさに――皮肉だ。まるでそれは、彼自身の有り様のようではないか。

「さぁ、かかって来いよ。お前も引き裂いて……」

 威勢良く言ったアッシュであるが、その言葉は途中で途切れた。その瞳が、驚きによって大きく見開かれる。

435akiyakan:2012/12/01(土) 17:57:41
「……おいおい、まさか……ここに来てそれかよ」
『どうしたの、アッシュ? 何が出てきたの?』
「この世で一番……会いたくない相手だよ」

 霧の向こうから、「敵」が全身を現す。それは彼のオリジナル――都シスイの姿をしていた。

「会いたくない相手だけど――ああ、殺り合うなら最高の相手だ」

 歓喜か――それとも、憤怒か。

 ぐにゃりと、アッシュの口元が歪む。これ以上は無い位の三日月を描く。

「どうせなら、一番最初に出てきてほしかったよ」

 しんでくれ、にいさん――消えろ、マボロシと、

 アッシュは、一匹の獣になって飛び出した。

「――――!!!!!!」

 雄叫びを上げ、銀のオーラを撒き散らしながら刃を振るう。二振りの刃。その刃を、「金装」によって身を固めた兄の幻覚が受け止める。

「くそっ――!」

 シスイの身体が燃えるのを見て、アッシュは咄嗟に距離を離した。瞬間、炎が辺りを包み込んだ。

「ぐ……!」
  
 緋色に変化した髪を揺らしながら、感情の無い瞳でシスイがアッシュを見つめる。

「……ただの、属性付加の能力の筈なのにな……麒麟の強化能力と組み合わさる事で、ここまで化けるのか……!」

 五行の気を取り込む事で、術者に属性を付加する「天装」。だが、シスイのそれはその領域をとっくに超えている。一瞬で周囲を火の海に変えるそれは、もはやパイロキネシスと変わらない。

 アッシュが同じ事をやったとしても、ここまで大きな変化は引き起こさないであろう。そのカラクリはやはり――

「デッド……エヴォリュート、か」

 かつてアッシュに破れ、シスイは死の危機に陥った。おそらくそれは、「一度死んだ」と言っても過言ではない状態だっただろう。しかしシスイは、それを乗り越えて再び立ち上がった。

 死と言う、決して小さくは無い事象。それをトリガーとして、シスイの身に起きた変化は大きかった。ナイトメアアナボリズムとは異なる、もう一つの死を契機とした特殊能力の進化現象。それが「デッド・エヴォリュート」だった。

「――其は、四天の中心に座したる天帝の証」
「ッ!? まずい!」

 シスイが唱え始めた呪文。それが意味するところに気付き、アッシュは腰から短機関銃を抜いた。銀のオーラを纏い、放たれる無数の弾丸。しかしそれらはすべて、「金装」によって鎧と化したシスイの肌に弾かれて意味を成さない。

「目覚めよ、黄道の獣。汝が往くは、王の道」
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 銃を捨て、ナイフを突き出しながらアッシュは突進した。それは破れかぶれの、特攻と同じだった。

「我、護国の剣と成りて――魑魅魍魎を打ち破らん」
「――ッッッ!?」

 猛烈なオーラが、シスイの身体から噴き出す。その勢いに弾き飛ばされるようにして、アッシュは地面を転がった。すぐさま体勢を立て直した彼の目に映ったのは――右腕に金色の篭手を顕現させた、都シスイの姿だった。

「幻獣拳、麒麟……!」

 右腕に出現した篭手。それが「龍儀真精」の幻龍剣を思わせるのは、決して気のせいではない。都シスイの心象。いかせのごれの救世主、ケイイチへの憧れ。それが能力に反映され、具現化した形だ。

436akiyakan:2012/12/01(土) 17:58:27
ドンッ、とまるでジェット噴射のような音と共に、シスイの身体が飛び出してくる。右手の篭手の装甲が開き、そこからオーラを噴射させて身体を加速させたのだ。

「くっ――!」

 そのまま、その勢いを乗せた拳を、アッシュは両手をクロスさせて受け止めた。ミシリ、と腕が軋む。

(互角じゃない――完全に圧し負けている!)

 下からシスイの身体を蹴り上げ、咄嗟に身体を離す。地面に落ちていた銃を拾い上げ、アッシュは引き金を引いた。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 放たれる弾丸。その瞬間、シスイの右手から吹き出るオーラが動いた。鬣のようなそれがうねり、銃弾をすべて弾き飛ばす。

「な……!?」

 あまりの出来事に、アッシュは驚きを隠せない。そもそも麒麟のオーラに、物理干渉するような力は無い。対象物に纏わせ、溶け込ませて、その性質を強化させる。それだけの筈だった。

 しかし、シスイの「天子麒麟」、否、「天士麒麟」は、それから逸脱している。能力が変質し、別のものに成り果てている。オーラが能力者の意思に応じて様々に形を変え、相手の動作に対応する。

 それはまるで、

「龍儀真精、そのものじゃないか……!」

 アッシュが弾切れになった銃を投げ捨て、ナイフを抜いた。強化を足回りに集中させ、自身が出せる最高の速さで突っ込む。しかしその動きがまるで見えているように、シスイは最低限の動きでかわす。何度刃を振ろうとも、それらはすべて空振りに終わる。

(何だよ、これ……強化の伸び幅が違い過ぎる!)

 加速特化の強化でも、強化されたシスイの動体視力の方が強い。どれだけアッシュが速く動こうと、シスイには止まっているように見えるのだろう。

 いくら武器を強化しようと、当たらなければ意味が無い。そう、言われているかのようだった。

「――ガハッ!?」

 がむしゃらに追撃を繰り返すアッシュの腹に、シスイの拳が突き刺さった。肺の中にあった空気が、身体の外へと追い出される。息が詰まり、視界が明滅する。続けて繰り出された回し蹴りが、アッシュの頭を捉えた。

 身体が跳ねる。宙を舞っているのだろう、全身が浮遊感に囚われている。流れていく視界が、やけにスローモーションだった。

(駄目だ……今の、僕じゃ――)

 そこで、アッシュの意識は途絶えた。

 ――・――・――

「う……」

 意識を取り戻したアッシュがまず感じたのは、鼻腔をくすぐる甘い香りだった。ゆっくりと、彼が瞼を開けていくと、自分の顔を覗き込む一人の女性の顔が目に入った。

「お目覚め、かしら?」

 どこかで、聞いた声だと思った。けれども、その声の主と、目の前の人物とが一致しない。

 女性は、二十代後半ぐらいに見えた。髪の色はクルデーレに似ているが、彼女よりも濃い紫色をしている。黒い大きな帽子を被っており、服の色まで黒い。その姿はまるで、中世や御伽噺に出てくる魔女のようだと、アッシュは思った。体勢から見て、彼はどうやらこの女性に膝枕をされているようだった。

437akiyakan:2012/12/01(土) 17:59:00
「……もしかして、フレイさん?」
「正解。全く、貴方ったら無茶をして。私が助けに行かなかったら、あのまま野垂れ死んでいたわよ?」
「……ごめんなさい」

 身体を動かそうとすると、身体の節々が痛んだ。シスイの幻覚と戦った時のダメージだけではない。それ以前に遭遇した幻覚との戦いも、アッシュの身体を弱らせていたのだ。

「……ごめん、フレイさん。僕、一番奥まで行けなかった」
「仕方ないわ、たった一人で攻略出来る程、『悪夢迷宮』は易しくないわ……あんなに深い階層まで行けただけ、貴方は大したものよ」
「……フレイさん」
「ん?」
「最後に僕が戦ったの……兄さんの幻覚だった」
「! ……そう」

 アッシュは、フレイから顔を背けた。覗き込めば見える位置だが、彼女はそうしない。

「悔しいなぁ……同じ力を持っている筈なのになぁ……」

 体裁を取り繕っている余裕なんか、もう無かった。素直な感情が涙になって溢れ出す。そんな彼の頭を、何も言わずにフレイは優しく撫でた。

「大丈夫……まだ貴方は、強くなれるわ」
「気休めの言葉なんか要らないよ……」
「気休めなんかじゃないわ。当たり前の事を、当たり前のように言っているだけ……」
「…………」
「都シスイが手に入れた強さは、彼だけの強さ……貴方には手に入れられない」
「…………」
「でも、大丈夫。貴方には、貴方だけの強さがある。貴方だけが手に入れられて、都シスイには得られない物が」
「……本当に?」

 顔を上げて、フレイの方を見上げた。彼女はふわりと、優しく微笑んだ。

「ええ。だから、今は身体を休めなさい。何時か貴方がその強さに届く、その為にも」
「……うん」

 フレイに促されるように、アッシュはもう一度瞳を閉じた。

438akiyakan:2012/12/02(日) 23:36:47
ザ・スクールライフ 〜銀角のいる風景・2〜

 しらにゅいさんより「朱鷺子」、紅麗さんより「高嶺 利央兎」、えて子さんより「犬塚 夕重」、(六x・)さんより「氷見谷 凪」、「空橋 冬也」をお借り致しました!

「あ、」

 教室に現れた人影を目にして、思わずシスイは自分の席から立ち上がった。

「アッシュ!」

 ここ一週間、一度も学校に姿を現さなかった彼の姿に、思わず駆け寄る。アッシュはシスイの方を見た後、なぜかすぐに顔を逸らしてしまった。

 彼の様子は、頬にガーゼが貼ってあったり、手足に包帯が巻かれるなどしている。それを見とめて、シスイの表情がにわかに険しくなった。

「お前、どうしたんだよ、一週間も学校休んで」
「…………」
「しかもその傷……まさか、何かと戦って――」
「……人様の心配をするなんて、余裕だね」
「え?」

 思わぬ言葉に、シスイが目を丸くする。そんな彼に向かって、アッシュは嘲笑するように笑った。

「何? もう忘れたの、兄さん? ……僕は兄さんを殺したいんだよ? いかせのごれで唯一の麒麟になる為にね。つい一か月前だって、兄さんは僕に殺されかけたんじゃないか」
「……だけど、お前を心配するかどうかは、俺の勝手だ」
「ハッ……本当に、天井知らずのお人好しだね」

 アッシュはシスイの脇を抜け、自分の席へと向かう。

 その、脇を抜ける間際、

「――兄さんのそう言う所、僕は大っ嫌いだ」

 そう彼は言った。シスイは驚いたように振り返るが、アッシュはそんな彼にもう一瞥もくれない。

 自分の席に向かう途中、トキコの傍を通りかかって彼は立ち止る。頬杖をついていたトキコは、アッシュの存在に気付いて不機嫌そうに顔を上げた。

「何よ?」
「…………」

 じぃ、っとアッシュは何も言わずにトキコを見つめている。その無言の圧力で、いつかの下駄箱のやり取りを思い出してしまい、トキコは思わずうっ、と後ずさる。よもやこんな朝っぱら、衆人のいる中でやらかす事は無いは思うが――

「――ひゃっ!?」

 いきなりアッシュは、トキコの身体を抱き締めた。突然の出来事に、思わずトキコは声を上げてしまう。クラスメイトが一斉に視線を向け、女子の中には思わず目を見開きながら口元に手を当てているものもいる。無数の視線に晒され、トキコの頬が一気に赤くなる。

「ちょっと! いきなり何すんのよ、このどスケベ!」

 堪らず、罵倒を浴びせつつアッシュの身体を押し返す。思ったより呆気無く彼はトキコから離れ、彼女を抱き締めた手を何やら見つめていた。

「……良かった。今度は、本物だ」
「はぁ!? 訳の分からない事言わないでよ、もうっ!」

 顔面を真っ赤にするトキコだが、そんな彼女に構う事無く、アッシュはまるで安心したような笑みを浮かべた。それから、彼は何事も無かったかのように自分の席へと向かっていく。

「……何なのよ、あいつ……」

 なかなか熱の取れない頬を摩りながら、トキコは呟いた。

 ――・――・――

「……お前、すげぇよな」
「何が?」

 休み時間、リオトが話しかけて来たので、アッシュは内心で驚いていた。珍しい事もある。アッシュを毛嫌いしているリオトが彼に話しかけてくるなどとは。

439akiyakan:2012/12/02(日) 23:37:17
「お前さ、トキコの事好きなんだって?」
「まぁね」
「はぁ……どうしたらお前、そんな風に堂々としていられるんだ?」
「君には一生分からないだろうよ、臆病者の高嶺利央兎ちゃん?」

 アッシュがそう言うと、リオトの表情がぐっ、と強張った。しかし、彼は言い返しては来なかった。拳を強く握っていたが、そこまでだった。

「……ああ、そうだよ。俺は臆病者だ。ユウイに想いを伝えられない、臆病者だよ……」
「だけど同時に、誰よりも彼女を想う愛情がある」

 よもや、アッシュからそんな言葉が出るとは思わなかったのだろう。思いっきり目を見開きながら、リオトは彼の方を見た。

「何を、」
「だってそうだろ。君が恐れているのは、ユウイちゃんに振られるとか、そんな下らない話ではなく――もし想いが通じ合ってしまったら自制の効かないであろう、自分自身への恐怖だ。君にはそれが、決してユウイちゃんにとっての幸福にはならないと言う理性をしっかり保っている。保っているからこそ……感情が抑えきれなくなった時の自分が、怖くてたまらない」
「…………」

 リオトは、信じられないものでも見つめるようにアッシュを見る。毛嫌いしているからこそ、全くと言っていい程接していなかったと言うのに――その毛嫌いしている相手に、まさかここまで自分の事を知られているとは。

 そんな彼に向かって、アッシュはにぃ、と悪戯っぽく笑って見せた。

「周囲の人間の心を見るのも、立派な家臣の、麒麟の務めだよ。もっとも、兄さんはその辺りが疎い様だけど……」
「……もっとお前の事嫌いになった」
「おや、残念。僕はリオちゃんの事、結構好きなんだけどなぁ」

 好きと言われて、ここまで嫌悪を抱く相手も珍しいとリオトは思った。

(けど……少し位は、見直してやってもいいのかもしれない)

 そんな事を、不覚にも思ってしまった。

「あ、一応言っておくけど、君が臆病者なのは変わらないからね」
「何?」
「だってそうだろ? 勇気があるなら、両想いになった上で自分を自制しよう、って意気込む筈だもの。それなのに君は、初めからそもそも「自制なんて出来やしない」と諦め、そうなった時を想像して怖がってる。これを臆病者と言わずして何と言う?」

 意地悪そうに笑いながら、アッシュが言う。見直した傍からこれだ。前言撤回だ、とリオトは思った。

「……俺、更にお前の事嫌いになったわ」
「ちぇ。僕、みんなに嫌われてばっかだ」

 半眼で睨むリオトに、アッシュは無邪気な笑みを浮かべるのだった。

 ――・――・――

 昼休み、屋上。

 何時もの面子が、そこには集まっていた。

「にゃー!? トキコてめぇ、また俺のおかずを!?」
「ごっそさんです!」
「ちょっとー、トキコちゃんー? 兄さんのばっかりじゃなくて、僕のも食べてよー」
「ちょ、アッシュ!? 何だよ、その重箱は!?」
「何だよって、決まってるでしょ。トキコちゃんに食べて貰うために、大目に作ったんだよ?」
「大目ってレベルじゃねぇだろ!? 花見でもする気か、お前は!?」

 さも当然の様に重箱を広げたアッシュに、たまらずシスイの突っ込みが飛ぶ。そんな彼らの様子が可笑しいように、笑う声が聞こえた。

「あはははは! いやぁ、都くん達は本当に面白いな」
「「ん?」」

 思わず声をハモらせながら、シスイとアッシュは同じ方向を向いた。貯水タンクの上から手を振る、一人の女子生徒がいた。彼女の動きに合わせて、薄茶色のポニーテールが揺れる。

440akiyakan:2012/12/02(日) 23:37:47
「誰かと思えば、犬塚さんか」
「おっはー、夕重ちゃん」
「おっはー」
「ん? 何だ、アッシュ? お前、犬塚さんと仲良いのか?」
「いやいや、兄さん。クラスメイトと仲が良いのは、当然の理屈でしょう? 僕はクラスメイト全員友達だよ」
「……お前今、全国のコミュ障敵に回したぞ……」
「それそれ! 見事に息の合った兄弟コントだよね!」
「誰が兄弟コントだ!」

 素早く突っ込むシスイだが、夕重はそのたれ目がちな瞳を細めて可笑しげにくすくすと笑うばかりだ。

「ったく……ほら、そこも笑ってんな!」

 シスイが指差した方向にいたのは凪と冬也だ。二人とも、並んで弁当箱を開けている。

「いやだってさぁ……」
「都先輩達、流石兄弟って言うか、本当に仲が良いですよね?」
「うん? ……まぁ、な……」

 冬也の言葉に、シスイは微妙な、と言うか、複雑な表情で返す。そんな彼の様子に、凪は首を傾げた。

「……前から思ってたんだけど。都、お前、アッシュとうまくいってないのか?」
「……何で、そう思う?」
「いや、なんかさ、お前ら見てると違和感あるんだよな。仲良さそうに見えて、どこかぎこちないって言うか、何と言うか」
「……(存外鋭いよな、こいつ)」
「まぁ、その……ほら、いきなり弟が出来て戸惑ってる、って言うのもあると思うけど……」
「氷見谷さん、ありがとう。でも、大丈夫だ。これは、俺達の問題だから」
「……そうか」

 毅然としたシスイの言葉に、自分達が踏み入っていい領域ではない事を感じたのだろう。凪はそれ以上、深く追求してくる事は無かった。

「都の事だから、大丈夫だと思うけど……もし、大変になったら、」
「分かってる。その時は、遠慮無く頼らせてもらうよ」

 フッとシスイが笑いかけると、凪は照れ臭そうに顔を背けた。普段クールを装っている癖に、照れ屋なのは相変わらずのようだ。

「……都先輩の笑顔って、色々とズルいですよね」
「何の話だ、冬也?」
「別に……何でもないです」

 何故か拗ねている冬也の様子に、シスイは首を傾げるしかなかった。

「……所で、シスイ君?」
「何だ、犬塚さん?」
「その……弟君、止めなくて大丈夫かな?」
「え?」

 一体何事かと思って視線を向けると――そこには押し倒されたトキコと、それに覆い被さるアッシュの姿が。

「ちょ、一角君! ヘルプ、ヘルプ!」
「のわー!? 白昼堂々、何やってんじゃ、己らー!?」

 アッシュを蹴飛ばし、トキコから無理矢理引き剥がす。地面を転がっていくアッシュは、フェンスに激突したところで停止した。

「ぶっ!? に、兄さん、僕はただ、トキコちゃんがピーマン残すから食べさせようと……」
「だからって、口移しは無しだよ!」
「アホか、お前は!?」

 再び展開された兄弟コントに、屋上のそこら中から笑い声が上がった。

441十字メシア:2012/12/03(月) 22:12:40
「幽霊少年、新たな趣味を見つける」の続き、そして遊利の意外な才能開花。
クラベスさんから「海女海 海海」、akiyakanさんから「コロネ」、ヒトリメさんから「トバネ」お借りしました。


「こんにちはー! 新聞部でーすっ!」
「うわ、またお前か」
「むっ、何ですかその言い方はー」

放課後。
毎度の様に2年2組に現れたのは、新聞部の海女海 海海。

「またネタ探し?」
「それもありますが、遊利君の写真が気になりましてですね〜」
「あー」
「さっき私も見たけど、どれもすっごく良かったよ!」
「おおっ、それは楽しみですね…遊利くーん!」

遊利に駆け寄る海海。
写真を眺めていた遊利は、近付く足音に顔を上げた。

「お、海海。写真見てくれね? お前の感想聞きたいんだ」
「勿論! 半分そのつもりで来ましたから!」
「ほいよ」

と、写真を何枚か渡す。
夕焼けの風景や、木に止まっている小鳥などの写真だ。
どれも素晴らしく、夕焼けの写真は特に美しい。

「これは……凄い…!」
「俺、初めてだしよく分かんn」
「本当に初めてなんですかコレ!?」
「初めてだっつの!」
「でもそれにしては、中々綺麗に撮れてるよな」
「ホント! 遊利君凄いよ!」
「そ、そんな褒めんなよ〜……でもやっぱり幽花が良い」
「えっ、最後何て?」
「何も」

「?」となるコロネを差し置き、海海は苦笑いで、トバネは溜め息をついた。
すると遊利が突然目を輝かせた。
勿論理由は言うまでもなく――。

「幽花ーーー!!!」
『速ッ!?』

ローラースケートでゆっくりと廊下を駆けていた幽花。
遊利に声をかけられた途端、眉間に皺を寄せる。
当然その後は、

「なあなあこれmヘブッ!!!」

冷たくあしらわれる訳で(因みにグーで頬を殴った)。
その衝撃で手に持っていた写真が、全部裏返った形で床にぶちまけられてしまう。

「……?」

興味を持ったのか、幽花は写真を全て拾い、見始めた。
その時だ。
常に「無」だけしか出さないあの幽花が、みるみる内に僅かではあるが。


『驚いているような』表情を浮かばせたのを――。


「って〜……幽花?」
「!」
「あっ、写真拾ってくれたのか? サンキューな」
「…………」
「? どうした?」

バシーン!

「ったぁ!?」
「…………」

同じ頬をひっぱたかれた。
ただいつもと違うのは、今の幽花から「無」が感じられない。
まるでその態は、そう、動揺してるかの様で。
遊利もそれに気付いたのか、心配そうに声をかける。

「幽花、大丈夫か? 具合悪いのか?」
「………………………何でもない」
「えっ」

幽花はすぐさまその場を去っていった。
「無」ではない感情を少し、顔に表しながら。

「幽花…?」


才能開花、微かな変化

442十字メシア:2012/12/03(月) 22:14:22
幽花の過去に少し関わった話。
自キャラオンリー。
実は「臆病と黒」の続き。


「みーちゃん、大丈夫…か、なあ…」

1年の男子生徒で希流湖の弟、倉丸は、今は保健室にいるであろう、友人のみくを心配していた。
というのも、先程憤慨してた鶴海に会い、事のいきさつを聞いたからである。

「それにして、も、ユッケ、君…容赦ない、な〜…い、いくら虐めっ子、でもじょ、女子を締め上げ、る…なんて、ぼ…僕にはとても出来ない、や」
「へぇ、そうなんだー」
「え?」

突然後ろから聞こえた声と共に、頭に衝撃が走った。
誰かに殴られたのだ。

「い、た…」
「そーいやアンタ、姉貴がいるといっつも後ろにいるよねー」
「シスコンキモー」

次々に言われる悪口。
いつもみくを虐めている女子達のものだ。
元々気の弱い倉丸には、それだけでもダメージが大きかったらしく、涙目になっている。

「これで泣くとかどんだけ軟弱者?」
「ハリマみたーい」
「確かにー!」
「ち、ち、違うもん!」
「は? 何が?」
「みーちゃん、は、僕よ、り…つよ、強いよ!」

涙目で癖のどもりはあるが、とてもハッキリとした声音でそう言った。
その言葉にか、それとも様子にか、癪に障ったらしい女子の内の一人が舌打ちする。

「っせーな弱虫の癖に!!!」
「ッ!」
「やり返してみろ!!」
「まあどうせ出来ないよねえ!!!」
「や、めて…やめて、やめて…いた、痛い、痛いよ、やめ、てよ…!」

縮こまる倉丸を蹴り続ける女子達。
気も力も弱い倉丸は、ただただ泣いて「やめて」と懇願するしか無かった。
と。

ドゴッ!!

「ぐぇ!?」
「!?」
「えっ…?」

一人が誰かに背中を蹴られた。
驚いた倉丸と女子達が後ろを見ると―――。

「か…幽花先輩?」

ボリュームのあるふわふわした茶髪に冷めた目付きの黒目、校内なのに拘わらずローラースケートを履いたその出で立ちは、このいかせのごれ高校でも一風変わっている為、倉丸もよく覚えていた。

「な、何よいきなり!」
「てかソレ、学校で履いて良いと思ってんの!?」
「先公に言い付けるよー?」
「…………」

相変わらず無口な幽花。
しかし倉丸はいつもと様子が違うのに気付いた。
いつもは感情の感じられない目をしているのだが、この時は強い憤怒を放っている。
何も言わない幽花にイラついた女子が噛みつこうとした瞬間。

幽花が思いきり顔を殴り付けた。

443十字メシア:2012/12/03(月) 22:15:11
『!!?』

予想だにしなかった展開に体が固まる倉丸達。
幽花をよく知らない女子達でも、明らかに力が弱そうなのは分かる。
それだけに驚きを隠せなかった。
そのまま倒れた女子を、幽花は床に押し付けて殴り続ける。

「ちょ、ちょっと!」
「何やってんのアンタ!?」
「…っ、幽花、先輩! 駄目です! やめ…やめて下さい!!」

だが幽花が止まる気配は無い。
よく耳を済ますと、何かをぶつぶつ言っている。

「虐めなんて…虐めなんて…虐めなんて…」

と殴られている女子が。

「っテメェ、タダで済むと思ってんのか!! 消えろよ!!」

ピタッ

「…?」
「…………」

幽花の動きが止まった。
と思いきや、左手を翳した。
すると。

(ブレスレットが…?)

幽花がそれぞれの手首に嵌めているブレスレットの内の、赤いブレスレットが、一瞬だけだが、チカッと光った。
一方女子達は、幽花から溢れ出る殺気に言葉も出ないらしく、口をパクパクさせている。
押さえつけられている女子は最早涙目だ。

「消えるのは…”お前ら”……あの人を、大切な、あの人を、殺した、虐めを、した、”お前ら”が―――」


「 シネ バ イ イ」


「やめろ幽花!」
「!」

幽花の左手を掴む手。
彼女のクラスメイトである遊利だった。

「お前の気持ちは正しい。けどやり過ぎたら元も子もねーぞ?」
「………」
「つか、お前…いつもと様子がおかし―――」
「五月蝿い」

遊利の言葉を遮るように、幽花は彼の掴んだ手を振りほどいた。
そして、いつの間にか気絶している女子に張り手した後、そこから降りて去っていった。

「幽花…先輩…」
「…っと! 倉丸、大丈夫か!?」
「あ、はい…か、幽花せん、先輩が、助け、て…くれ、くれたの、で…
「…そっか。…とりあえず、後で保健室行きな」
「はい、あり…ありがとうご、ございます」


古傷


「でも幽花、先輩…何であんなにおこ、怒ってたんだ、ろ……まるで…虐めを憎んでる、ような……それに」

誰かを思うような悲しそうな目を―――…

444akiyakan:2012/12/05(水) 16:24:43
 異端の襲来

 十字メシアさんより「マキナ」、しらにゅいさんより「代雪」、ヒトリメさんより「パター」をお借りしました。

「ふわー……」

 大勢の人間で賑わうテントに、サヨリは思わず声を漏らした。

「すごい人気ですね……」
「なるほど。流石、噂に違わぬポリトワルサーカス。大した人気ですね」
「ぐー! ひと、いっぱい!」

 周りの熱に充てられたのか、レリックがいつになくはしゃいでいる。くるくると動き回る様子は、見た目相応と言っても違いなく、その愛らしさに思わずサヨリは微笑んでいた。

「はぁ、しかし……サヨリさんにも、女の子らしいところがあったんですね」
「女の子らしいじゃなくて、女の子なんです! 一体誰のせいで、あんな穴倉に閉じ籠っていると思ってるんですか……」

 ジト目のサヨリをジングウは肩をすくめるだけでやり過ぎる。もっとも彼女はジングウを恨むよりも、今目の前の光景に夢中なようだ。

「はぁ……! 一度見に来たいと思っていたんです、ポリトワルサーカス……!」
「サヨリさん、まるで恋する乙女ですよ、貴女」

 まぁ、普段無理してもらっているし、たまにはいいかとジングウは内心で呟く。

 この日、ジングウ達は珍しく支部施設の外にいた。目的は観光、ポリトワルサーカス団を見に行くためだ。

 実を言えば、今回の外出はサヨリの希望によるものだ。駄目元でジングウに許可を取ったところ、あっさりとOKを貰ったのである。もっとも、サヨリの本来の任務はジングウの監視である為、彼も同席する羽目となったのだが。

「……で私、貴女の同席まで許可してませんが、マキナさん?」

 ジングウは自分と腕を絡めている少女に視線を向ける。そんな彼に構う様子無く、マキナはすり寄る。

「いいじゃないですか〜、ジングウ様〜」
「よかないです……ただでさえ、この面子は目立つと言うのに……」

 片や、年頃の美少女。片や、全身包帯の木乃伊男。オプションには緑髪のロリッ娘。この三点セットだけでも目立つと言うのに、ここに中身に難はあっても一応美少女のマキナだ。イヤでも周りの視線を集めてしまう。

「はぁ……あまり、注目は集めたくないんですがねぇ」
「気にしない、気にしない♪ さぁ、行こう行こう!」

 マキナ、完全にデート気分である。普段はここまでアクティブには動かないが、彼女もこのお祭り空気に充てられているようだ。ジングウは諦めるように、再びため息をついた。

「ほらほら、ジングウさん急いで! 始まっちゃいますよー!」
「はいはい……」

 テントの中に吸い込まれていく人波に紛れて、ジングウ達も中へ入っていった。

 ――・――・――

「……はぁ」

 うっとりとした表情でため息をつくサヨリ。そんな姿を見て、マキナは苦笑を浮かべた。

「サヨリさん、まさに感無量って様子だねー」
「だってだって! 全部凄かったじゃないですか! 人体切断マジックなんか全然トリック見抜けませんでしたし、空中ブランコなんてもう、あんなに猛スピードで空中を飛び廻るなんて……!」

 両手を振ったりオーバーアクションをするサヨリの姿は、何だか新鮮だとマキナは思った。普段、ジングウの秘書的立場にあるので大人っぽく見えるが、こうしてはしゃいでいる姿はそのモデリングされた年齢と変わらない、一人の少女の様に見える。こっちが素なんだろうなー、とマキナは思った。

(……まぁ、能力者同士の空中戦の方が、迫力もスピードも段違いなんだけど……)

 それを言うのは野暮と言うものだ。

(けど……あの人体切断マジック、何だか本当に体が分離されていたような……)
「さーちゃん、さーちゃん」
「ん? どうかしました、りーちゃん?」
「ぐー、いない」
「「え」」

 レリックの指摘に、二人は固まった。周りを見回すが、(あの嫌に目立つ)銀髪木乃伊の姿はどこにも無い。

「じ、ジングウ……さん?」
「これってまさか……」
「「は、はぐれたー!?」」

 ――・――・――

445akiyakan:2012/12/05(水) 16:25:15
「……まさか、こんな所でお会いするとは思いませんでしたよ」

 サーカスの楽屋。そこに、ジングウの姿はあった。

「ホウオウグループ、〝元〟遊撃部隊所属、代雪さん。それに……〝元〟ホウオウグループ所有生物兵器、パター」

 ジングウの目の前にいるのは二人。一方は白髪の美しい少女であり、もう一方は、右目部分に白い仮面を付けた奇術師風の男だった。

「……よく俺だって分かったな、ジングウ」

 白髪の美少女の姿が消え――代わりに、長身の偉丈夫が現れる。正体を現した代雪に、ジングウは笑った。

「はっはっは……――おいおい、俺を誰だと思ってやがる? 生き物の観察をさせたら、右に出る者はいねぇよ」
「そうだったな……」
「雪じい、この人は……」
「ああ、そうだ。ホウオウグループ生物兵器研究班主任、ジングウだ……死んだって聞いてたけどな、俺は」
「それはこちらの台詞ですよ。代雪さん貴方、任務中に行方不明になってそのまま死んだって聞いたんですが……」

 そこで、ジングウはくっくっ、とさも可笑しげに笑った。まるで、面白い玩具を見つけた子供の様に。

「まさか、逃亡兵になっていたんですね」
「まぁな」
「おまけに、私が最近興味を持った生物兵器まで一緒にいる! はははっ、本当に神様は、残酷に運命を操りますね!」

 くっくっく、とジングウは笑い声を漏らし続ける。そんなジングウに向かって、パターは怪訝そうな表情を浮かべた。

「どう言う、意味だ?」
「そこの生物兵器に搭載されている性能……他人の願望の強さに比例し、それを実現する為に自らをブーストする機能。私はそれに興味がありましてね。何せ、限界値に関する実験も行われていなければ、資料も残っていない! ……貴方は果たして、「どこまで」の願いを叶えられるのでしょうね?」
「……そんなのもちろん、決まっているだろう? その人が望むままさ!」

 ジングウの放つ威圧感。生物兵器であるならば本能的に感じ取ってもしまう、「支配者のオーラ」。それに圧倒されながらも、パターは言ってみせた。自らの生きる信条、この身は他者を笑顔にする為、その為ならば何事だってやってみせようと。

「ほう! それは心強い……それじゃあ貴方は、私を笑わせる為に彼を殺してくれますか?」

 言って、ジングウは代雪を指した。

「え……」
「おや? 出来ないのですか? 貴方は見ず知らずの少年を笑顔にする、ただのその為だけに仲間を殺したと。私はその様に伺っているんですがねぇ? 彼は殺せたのに、彼は殺せないと?」

 にやにやと、ジングウは意地悪そうに笑う。パターはと言えば、冷や汗を浮かべながら、どうすればいいのか迷っているようだった。

「ぼ、僕は……」

 握った拳が震えている。目は見開いており、唇が戦慄いている。何かの拍子に弾けそうな、そんな危うさが感じられた。それが分かったのか、代雪の表情にも緊張が走る。

「――ま、冗談ですけどね」
「……え?」

 何を真に受けているんだかと、さも可笑しげに、ジングウが嘲笑った。パターの様子がそんなに可笑しいのか、くっくっくと彼は笑みを零す。それから踵を返し、出口の方へと足を向けた。

 その背中に向かって、邪金(ジャキン)と、代雪は義手を向けた。

「……グループに伝えるのか、俺達の事を」
「伝える、と言ったら、どうします?」
「…………」
「非戦闘員ではない、私なら殺せると思っていますか? ……甘いですね、代雪さん。何時までも貴方の知っている私ではない。そこにいるパターが、私の知っているパターとは異なっているように」

 振り返りつつ、ジングウは今度は不敵な笑みを浮かべた。

「――想像力が足りねぇな。そんなんじゃ、すぐに老けるぜ?」
「…………!」
「まぁ、安心して下さい。私も一度はホウオウグループを裏切った身分……人の事は言えませんからね。黙っておいてあげますよ」

 そう言って、ジングウは楽屋から消えた。その瞬間、代雪は身体の力が抜けたように腕を降ろした。

「あいつ……もはや別物じゃねぇか……」

 もはや一科学者などではなく、ホウオウに近しい存在にまで変貌を遂げたジングウの姿に、悪い夢のようだと代雪は呟いた。

446akiyakan:2012/12/05(水) 16:25:49
 銀角 VS ドグマレンジャー

 十字メシアさんより、「リキ」、「エレクタ」、「ブラン」、「魎」、「レンコ」をお借りしました。

 ホウオウグループ支部施設内、旧閉鎖区画。

 そこにある、生物兵器の性能をテストする為の闘技場。コロセウムにも似た場所に、数人の人影があった。

 一人は、銀色の角(アッシュ)。彼専用のバイコーンヘッドではなく、普通のバトルドレスを身に着けている。ヘルメットを装着していない為、頭は剥き出しになっている。

「さぁ、かかっておいで、ドグマレンジャー」
「誰がドグマレンジャーだ、誰が! おらぁ!」

 そう言って、灰色の髪の少年――リキは、巨大なハンマーを振り上げて突っ込んでくる。その動きに対応して、アッシュは自分の身体にオーラを纏わせた。

「ジェットハンマー!」

 リキが叫ぶと、それに反応するようにハンマーが動いた。打突部位とは逆方向の部分が火を噴き、ハンマーを加速させたのだ。自身の膂力、更に持った物の重量も筋力に加算する彼の能力「ビスウィレース」、そしてジェット加速。三つが組み合わさり、破城槌のような勢いでアッシュに襲い掛かった。

 意外にもアッシュの身体は呆気無く吹っ飛んだ。彼の身体は後方へと飛び、しかし何事も無かったかのように着地する。その様子に、リキは舌打ちした。

「野郎……」

 スウェーバックで威力を殺したのだろう。格闘技ではよく見られる技術であるが、今のリキが放ったような「必殺」の威力を前に、ここまでダメージを殺せるのはそうそういない。バトルドレスの防御力と、それを引き上げる麒麟の力、そしてアッシュが持つ技術。この三つが無ければ、こうはいかないだろう。

『今度は、僕の番だ!』
「!」

 頭上から振って来た声にアッシュが顔を上げる。するとそこには、鋼色の人影があった。四つの眼が光っている。それは見るからに機械仕掛けと分かる人形だった。

『そぉれ!』
「く……」

 人形が踵落としをアッシュに振り下ろす。それをアッシュは、両腕を交差させて受け止めた。相当な重量、そして機械自体が持つ力も相当なものなのだろう。アッシュの身体が僅かに沈んだ。

 空中で身体を回転。踵落としからの流れで、人形が回し蹴りを放ってきた。交差させた腕の片方で、アッシュはそれを受ける。完全に威力は殺せなかったものの、頭部への直撃を免れた。

「お、お願いしますっ!」
「っ! 今度はブランちゃんか!?」

 オレンジ色の髪の少女が飛びかかってくる。その両手に作った手刀は、文字通りどころか本物の刃と化しており、アッシュの首筋目掛けて突き出して来る。

「駄目駄目、ブランちゃん。そんな見え透いた動きじゃ避けられちゃうって?」

 アッシュはブランの動きを、必要最低限の動き――と言うか、首を動かすだけで回避していく。

「例えば、こんな風に、」
「きゃっ!?」

 アッシュの足が、ブランの足を払い上げた。彼女の華奢な身体が宙を舞い――地面に叩きつけられる前に、その身体をアッシュが抱き留めた。その首元に、彼は自分の手刀を突きつけている。

「絡め手を入れて、相手の動きを崩す」
「は、はい……」
「ん? どうしたの?」
「あ、アッシュさん、顔が近い……」
「何で僕の顔が近いと、君の顔が赤くなるのかな?」
「そ、それは……」

 視線が泳ぎ、口がごにょごにょと動く。そんな彼女にお構いなしに、更にアッシュは顔を近付けた。

「ねぇ……何で?」
「あ、あうぅ……」
「ちょっと、コラー!」

 怒声の飛んで来た方にアッシュが顔を向けると、紫色のポニーテールを振り上げながら、レンコが向かって来る。

447akiyakan:2012/12/05(水) 16:26:20
「来たな、ドグマパープル」
「やかましいわ、このタラし二本角!」

 レンコが殴り掛かろうと拳を振り上げる――と、そんな彼女に向かって、アッシュはブランを押し付けるようにして投げた。突然現れたブランを殴る訳にはいかず、慌ててレンコは彼女を受け止めた。

「とっとと――何しやが、」
「はい、これで二人アウト」

 鼻先に手刀を突きつけられ、レンコは思わず言い掛けていた言葉を飲み込んだ。もしアッシュが本気であれば、彼女の首が飛んでいたのは明白だからだ。ぐ、とレンコは歯噛みする。しかしすぐに、彼女は不敵に笑った。

「おっと――足元注意だよ、旦那」
「!」

 アッシュがその場から離れるのと、彼の足元を砕いて「何か」が飛び出してくるのはほぼ同時だった。飛び出して来た「何か」は高速で回転しており、まるでドリルを彷彿とさせる。避け損なった右足がそれに掠り、バトルドレスの装甲を抉った。

「っ――出たな、ドグマブルー」

 ドスンと、重量感のある音と共にそれは地面に着地した。六本の足の着いた円錐、その頂点部分に人の上半身が付いている。上半身は十五歳位の青い髪の少年で、赤い吊り目で見下ろすようにアッシュを見つめていた。

「やるぞ、リキ、エレクタ。連携攻撃だ!」
『りょーかい!』
「魎、俺に命令すんな!」

 アッシュを三方向から包囲し、まずは機械仕掛けの人形――エレクタが突っ込む。この身体は義体であり、エレクタはその能力によってこの身体に乗り移り、操っているのだ。

「それそれそれ!」

 矢継ぎ早に攻撃を繰り出し、アッシュの動きを止める。その背後に向かって、リキが突進して来た。

「ジェットハンマー!」

 轟音と共に迫るハンマー。エレクタは既にリキの声を合図に、その場から離れている。死角から襲い掛かって来たハンマーが、がら空きの背中に叩き込まれる。

「ぐ――!?」

 ごぶっ、とアッシュの口から血が零れる。だが自身の受けたダメージに構う事無く、アッシュはリキの方に振り返った。技後硬直で動きの止まっていたリキは、まさかアッシュが反撃してくるとは思わなかったのだろう。その瞳を、驚きで大きく見開いている。

 しかし、その拳がリキに振り下ろされる事は無かった。リキに当たる寸前のところで、拳が止まっている。拳には鎖が巻き付いており、それは魎の下半身である機械の部分から伸びている。

「させないよ」
「チッ」

 反対の拳を振ったが、リキは既に拳の届かない場所まで逃げていた。拳は空を切る。

「……やるね」
『まぁね? そんじょそこらのチームとは付き合いが違うし?』
「前の模擬戦の時はあの忌々しい二本角だったが、今日はただのバトルドレスだしな……鎧を着ていない麒麟一頭に劣るほど、自分達ドグマシックスは弱くない」
「ってか、セクハラバイコーンに負ける訳ねぇだろ!」
「……ふふふ」

 口々に自分達を鼓舞する三人に、アッシュは笑った。その様子に、魎は背筋に寒気を覚えた。

「ブランちゃんとレンコちゃんは女の子だから手加減したけど……君達男にかける情けはいらない、よね?」
「ッ――!? エレクタ、アッシュの動きを、」

 止めろ、と言った時には、魎の身体は宙を浮いていた。一瞬何が起こったのか理解出来なかったが、すぐに分かった。アッシュの動きを止めようと巻き付けた鎖。その鎖を使って、アッシュが魎の身体を振り上げたのだ。

「あ――」

 もし義体に表情を作る機能があったのならば、その時エレクタはぽかんと口を開けていたに違いない。彼の眼前に迫っていたのは、アッシュが放り投げた魎の身体だったのだから。

 魎の巨体に押し潰されるようにして、エレクタが倒れる。エレクタ、と叫んで慌てて魎が身体を起こそうとするが、落下時の衝撃によって足が折れており、思うように身体を持ち上げられない。

「は――」

 身動きの取れない魎の目の前に、アッシュが現れた。彼は魎の腹に一発入れる。魎を黙らせるのは、その一撃だけで十分だった。

448akiyakan:2012/12/05(水) 16:27:12
「野郎ッ!」

 ジェットハンマーの加速を利用し、激昂したリキが向かう。しかし、怒りによって直線的になった動きと、何より先程までと違ってリキ一人と言う事実。そんな彼を倒すのは、アッシュになら造作も無い。

 振り下ろしたハンマー。しかし、それは今度アッシュを捉えられない。大振りになった動きは、ジェット加速によって助長され、戦場において致命的な隙を生む。そうしてがら空きになった首に、アッシュが手刀を入れる。その一撃で、リキの意識は刈り取られた。

「…………」

 まさに電光石火。目の前で起きた出来事に、ブランもレンコもただ驚いて固まっている。そんな二人に向かって、アッシュは笑いかけた。

「ねぇ、ここまでにしない?」

 憎らしいまでの勝者面に、レンコは悔しいと思いつつも、降参、と告げた。

 ――・――・――

『ありがとうございましたー!』

 一対五で頭を下げる。ちなみにエレクタは義体が破損してしまったので、ハードを移し替え、レンコが持つパソコンの画面に映っている。

「ぐあー! くそっ、また負けた!」
「ただのバトルドレス、しかもメット無しに負けるとか……」
「五対一なのにねー」
「「うぐっ!?」」

 アッシュの言葉に、思わずリキとレンコは言葉に詰まる。そんな二人の様子に、エレクタがケラケラと画面の中で笑った。

『あははは、おっかしー!』
「エレクタ、お前はどっちの味方なんだよ!?」
「……しかしアッシュ、あんた強いな」

 静かな言葉の中に尊敬の色を含めながら、魎が言う。そんな彼に向かって、アッシュは嬉しそうに笑った。

「ありがとうね、五人とも。おかげで、いい特訓になったよ」
「あ、いえ。私達の方こそ、ありがとうございました」
『またね、アッシュー』
「次戦う時まで、もっと強くなっておこう」
「ってか、負かす!」
「今度ブランに変な事したら、承知しないからね?」
「あれ? じゃあ、レンコちゃんにならいいのかなぁ?」

 にやにやと意地悪そうに笑いながら、ずいっ、とアッシュがレンコに身を寄せる。至近距離から見つめられ、レンコの顔が見る見る赤くなった。

「な――ば、馬鹿野郎! ふざけんな!」
「あははは、少しは女の子らしくした方がいいよ、レンコちゃんー?」
「うるせー!!!!!!」

 能力を発動しながら拳を振り上げるレンコから、アッシュはわざとらしく頭を押さえながら逃げ回る。そんな二人の様子に、再びエレクタが――と言うか、残りの四人が笑った。

449十字メシア:2012/12/05(水) 21:17:03
akiyakanさんの「銀角 VS ドグマレンジャー」の続き的な。
akiyakanさんから「アッシュ」お借りしました。


「ったくマジタラシだなオメェは…」
《っくく…》
「いつまで笑ってんのそこー!」
《てへへ、ごめ〜んみ!》
「もー…エレクタだからここまでにするけどさあ」
「じゃあ僕とか父さんだったr」
「K−1グランプリ技かける」
「落ち着いてレンコ。彼らの場合、逆にそれが仇と化すよ」

生物兵器の性能テスト専用の闘技場にて。
一先ず訓練を終えたアッシュとドグマシックスズ達は雑談を交わしていた。

「つーか魎! 何で戦闘用にしなかったんだよ!!」
「仕方ないじゃないか。メンテナンス中なんだから」
「ちっくしょぉ〜…あのチビ、このタイミングでやるなよな〜…」
「ま、まあまあ…」
「ブランもブランだぞ!!」
「え、え?」

ずい、とブランに詰め寄るリキ。

「何だよあの動き! 俺様が教えてやったのとぜんっぜん違うじゃねーか!!!」
「だ、だってぇ…」
「教えた?」

そこでアッシュが割り込んでくる。

「明日訓練あるから、この間に動きの練習すんぞーって、昨日教えてやったんだよ。あーあ…」
「無理だよ…リキ、速すぎるし…」
「お前が遅すぎんだよのろまが!!!」
「コラ、リキ! ブランにあんまりキツイ事言わないの!!」

メンバーでは面倒見の良い、姉御肌な存在であるレンコが窘めた。
にも関わらず、リキは更に暴言をぶつける。

「だって俺達は戦いの申し子、”ドグマシックスズ”だぞ!! なのにコイツときたら、戦うの嫌い、平和で過ごしたいなんてほざくし…」
「い、嫌だもん…誰かを、傷つけるなんて…」
「お前それでも生物兵器か!?」
「そ、そうだけど…ッ!」
「そんな甘ちゃんみたいな考え方すんなよグズ!!!!!」

ダメージがデカかったのか、涙目でフルフルと震えだしたブラン。
と。


プツン――…


「?」
「ブランちゃん?」
《どったのー?》
「………」
「な、何だよ」
「…もん」
「え?」
「違うもんッ!!!!!!!!」

ジャキィンッ!!!

「!」
《ヤバッ!!》

怒号を上げた瞬間、ブランの髪が、爪が、手が、足が。
刃となってリキに襲いかかった。

「リキの馬鹿ぁぁぁあああッ!!!! 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ぁああああああああッ!!!!!」
「ウェッ!?」
「わ、ちょ、落ち着けブラーン!」
「ブランちゃん! それリキ君殺しちゃうから!!」
「エレクタ! ジングウ呼んで!!」
《は、はーい!》


その後、レンコにタンコブを作られたリキの姿があったそうな。


閑話


「でもさ」
《んー?》
「リキ君、何だかんだで面倒見良いよね」
《何でー?》
「あんな事言ってたけど、ブランちゃんの練習見てやってるじゃないか」
《あぁ〜。ぷっくく…》
「? どうしたのエレクタちゃん」
《ん〜…じゃあ一つだけ、教えたげる!》
「何だい?」
《あのね、リキの奴、アッシュがブランにナンパしてた時ね…”つまんなさそうな顔”してたんだ〜》

「ぶえっくし! っつー…何だよ、風邪ひいたか?」

450akiyakan:2012/12/06(木) 21:23:31
しらにゅいさんより「タマモ」、十字メシアさんより「珠女」をお借りいたしました。

「ねぇ、知ってる? 最近、こんな噂があるんだよ?」
「どんな噂?」
「何でもね。ガラクタにしか見えないんだけど九個の道具があって、それがいかせのごれのあっちこっちに散らばってるんだって。それを九個全部集めたら、その人の願い事が叶うんだって」
「ちょっとそれ、どこのドラゴンボール?」
「ドラゴンボールじゃないよ! 最近流行りの都市伝説!」
「ふぅん……だけどそれ、私が聞いたのと違うな」
「え、そうなの?」
「うん。私が聞いたのは――」



 ――願いを叶えるには、九人の生贄が必要らしいよ?



 ――・――・――

「聞いた、タマモ? 最近、街に流れている噂」

 久々の酒の席。珠女と一緒に飲んでいると、不意に彼女がそう聞いてきた。

「ああ、知ってる。何でも、どんな願いも叶えてくれるらしいの」
「九人の命と引き換えにね。物騒な噂よ、全く。その噂が原因で、どっかの高校で三人殺した馬鹿がいるらしいわ」
「本当かの?」
「うん。全く、迷惑な話よね」

 珠女の言葉に、うんうんとタマモは頷いた。

 どんな願いを叶えたかったのか知らないが、そんな独り善がりの都合で殺される九人はたまったものではないだろう。命に対して無責任にも程がある。大体が、そんな本当か嘘かも分からない噂に踊らされて殺人を犯すのは愚劣に過ぎる。

「じゃが、逆に言えば、そこまでして叶えたい願いが、その者にはあったと言う事じゃな……」
「あら? タマモったら、そいつに同情するの?」
「同情はせん。されど――他人の命を奪ってまで叶えたい願いがあったとすれば、それはどんな願いだったのだろうか、と思っての」
「そうね。考えもつかないわね、私らには」
「そうじゃの」

 それはおそらく、結局自分達が報われた立場、強者の立場に立っているからだろう。他人を思い遣る気持ち、それは紛れも無く強い心から生み出されるものだ。そしてその反対――他者を犠牲にしてでも自らの望みを果たそうとする、その心は強いものに見えて、実際はそれは、手段を選べない弱い心の形なのだから。

「……ねぇ、タマモ」
「うん、なんじゃ?」

 珠女の方を向くと、彼女は頬杖を突きながら、おちょこの中身を見つめていた。酒の影響で赤くなった頬や、とろんとした目付きが艶っぽい。

「もし、どんな願いでも叶うとしたら……アンタだったら、何を願う?」
「妾か? 妾なら――」

 何を願うだろう。そう思い、顎に手を当てて思考したタマモであったが、

「……何も、望まぬ」
「あ、そう?」
「うむ。今の生活で、十分満足しておるからの」
「あらら、意外に無欲なのね」
「そう言う珠女は、何を望むのだ?」
「んー、私? 私はぁ……」

 ――嘘だ。

 本当は、願いはあった。

 叶えたい願い。そう聞かれて、タマモの脳裏を過ったのは一人の女性。

 顔立ちは全く同じ。しかし、雰囲気が全く違う。タマモが月光なら、彼女は陽光。タマモの様に妖しげではなく、まるで太陽の様に暖かく笑っている。その笑顔が、タマモは好きだった。

 もし、願いが叶うとすれば、自分は――

(……馬鹿な願いじゃ、全く)

 自分で自分に嘆息してしまう。こんな事を考えてしまうのはきっと、酔い足りないのだろう。そう思って、タマモは手にした杯を飲み干した。

「飲むぞ、珠女」
「おおっ? 良い飲みっぷり! いいね、飲もう飲もう!」

 タマモに触発され、珠女も自分のお猪口に酒を注ぐ。タマモも負けじと、酒を煽り流し込む。

 頭に沸いた、想いを忘れようとするように。

(もう一度、かか様の笑顔がみたいなどと……)



 <亡き女(ひと)を想う>



(亡い女を想うと書いて、)

(人はそれを妄想と読む)

(人に夢と書いて、)

(人はそれを儚いと読む)

451akiyakan:2012/12/08(土) 13:56:00
 災いは人の形で訪れた

 ※しらにゅいさんより「タマモ」、十字メシアさんより「珠女」をお借り致しました。

「うぅ……飲み過ぎた……」
「あはは〜、ふわふわしてらぁ……うえぇ……」

 深夜の夜道、酔っ払いの女二匹が、肩を組みながら呑気な様子で家路を歩いている。二人とも、傍目に見てもべろんべろんである。せっかくの美人が台無しであり、介抱しようと親切心を働かせる者も、下心で近付いてくる者もいない。

 しかしそんな酔っ払い二人に近付く、物好きがいた。

「はい。お姉さん達、お水をどーぞ」
「おお、気が利くじゃないの……」

 差し出された天然水のペットボトルを、躊躇いも無く珠女は受け取り、すぐさまラッパ飲みを始める。ペットボトルを渡した人物は二人分用意していたらしく、タマモにも手渡した。

「あ、有難う」
「いえいえ」

 ボトルに口を付けつつ、タマモは横目でその人物を見る。その瞬間、彼女は思わず、眉を顰めた。その人物が、とある人物によく似ていたからだ。

「……都、シスイ……か?」
「おや、兄さんをご存知ですか?」
「兄さんだって? あいつは自分の育ての親以来、肉親なんかいないって聞いてるけど……」
「ふふふ……そうですね」

 目の前の人物は、都シスイによく似ている。そしてある思考に至り、一瞬の内にタマモは酔いが醒めた。全身を緊張が支配し、じわっと冷や汗が浮かんでくる。

「アンタ……まさか、双角獣かい?」
「ブッ!?」

 タマモの言葉に珠女が飲みかけていた水を噴き出した。彼女は信じられない表情で、シスイそっくりの少年を見る。

「え、ええっ!? アンタが、此間私を襲った奴ぅ!?」
「どうも〜。その節は、お世話になりました〜」
「ぬぅ……顔出しで登場とは余裕じゃない……私達を舐め過ぎじゃない?」
「ええ、余裕ですよ? 酔いどれ二人位、僕ならどうって事ないですから」

 言いながら、シスイ似の少年――アッシュは人懐っこそうな笑みを浮かべる。その様子からは敵意も悪意も一切感じられず、それどころか魅力的とすら思える愛らしい笑い方だった。

「何なら、送ってきましょうか、お二人とも?」
「え?」
「ほら、もう真夜中ですし……女の二人歩きなんて、感心しないですよ?」
「お生憎様……敵に送ってもらう程、私達は落ちぶれちゃいないよ……」

 言って、二人は再び歩き出す。水を飲んだせいか、若干体調がよくなっていた。おそらく、普通の水ではないのだろう。うっすらと、銀色の光を帯びているようにタマモには見えた。一瞬危険な物に思えたが、毒に耐性のあるタマモの身体に異常が感知されない辺り、本当に善意でくれたもののようだ。

(んんっ……やり辛い子だねぇ……)

 とても敵とは思えない人懐っこさに、タマモは複雑な表情を浮かべる。あれがほんの一ヶ月程前、珠女を襲って怪我を負わせた同一人物だとは思えなかった。

「ああ、そうだ。お姉さん達?」
「何だい? 言っとくけど、子供の相手する程私達は若くないよ?」
「ちぇ……まぁ、そっちじゃないんだけど。ちょっと、聞きたい事があるんだ」
「何だい?」
「――九人殺せば願いが叶う……そんな都市伝説、聞いた事無い?」

 ピクリ、と二人は反応した。振り返る先のアッシュは、相変わらず人懐っこそうな笑みを浮かべている。ただそれが今は、まるで顔に張り付けただけの仮面の様に彼女達には感じられた。たった一言、それを発しただけで、空気が変わった。

「ああ、あるよ。それがどうしたんだい?」
「その噂について、詳しく知らないかな?」
「さぁてね……私達は、そんなに詳しく知らないよ。せいぜい、周りが知っているのと同じ位の知識しかね」
「本当に?」
「本当さ。こんな事で嘘ついてどうするんだい?」

452akiyakan:2012/12/08(土) 13:56:57
 タマモが言うと、「なぁんだ」とアッシュは嘆息した。その瞬間、彼が造り出した緊張の空気が消え失せた。軽くなった空気に、思わずタマモも拍子抜けしてしまう。

「なんだい?」
「いえ、それが聞きたかっただけなので――あ、最後に一つ」
「何だい? もう、いい加減にしておくれよ」
「――帰り道は、本当にご注意を。良くない相が見えます」

 冗談、なのだろうか。微笑みを湛えたまま、アッシュがそう言った。タマモは何かを考えた後、こう返した。

「分かったよ、気を付けておく」

 そうして彼女達は、本当にアッシュと別れた。何度か後ろを気にしてみたが、彼が付いてくる気配は無かった。

 ――・――・――

「何しに来たのかしらねぇ、あの子?」
「ただの冷やかしじゃないの? ……あ、タマモ。私もう、一人で歩けるわ」

 体調が良くなったのか、珠女が言った。タマモが離れると、ふらつく様子も無く彼女は地面に立つ。これだけ短時間で回復出来たのは、珠女が妖怪と言う事もあるだろうが、やはり先程貰った水が効いているのだろう。

「……変なの。身体が軽い……」
「この水、若干土の気がする……それも、高位の瑞獣。これは麒麟の気配だね」

 タマモが水の残っているボトルに顔を近付け、観察する様に見ながら言った。

「麒麟? でも、いかせのごれの麒麟は都シスイでしょう? 一つの土地につき、麒麟は一頭。そんなの、妖怪なら誰でも知ってるでしょうに」
「さてね。最近、その辺の仕組みも決まり事も、大分怪しくなってるからねぇ……気付かないかい、珠女。最近なんか、おかしいって」
「言われてみればそうね……何だかたまに『同じ時間を繰り返しているような』錯覚に囚われたりするんだけど……」
「……それは流石にボケたんじゃないかい」
「む。それなら、タマモはどんな違和感を覚えたって言うの?」
「……昔っから言われてる事だけど。いかせのごれってのは、神様が創った土地だよね」
「うん? そうね。ずっと、そう言われ続けてるわね」
「神様ってのは、普通一人だろ? 唯一神、って言われる位なんだから」
「んー、それはまぁ、宗教によるんじゃない? 日本は八百万、アニミズムだし」
「そう言うのは別にして、何と言うか、この世界を創っている大きな意思的なものの話で」
「そりゃ、そうだろうね。世界自体は一個な訳だし」
「その神様が、何だけどさ――最近、増えたような気がするんだ」
「…………」
「今まで、こう、一個の意思で創られていたものが――今は、色々な意思の介入で、様々な創られ方をしているような……って、何だい、珠女。その顔は」
「……タマモ、もしかしてまだ酔ってる?」
「こっちは真面目だよ! あーもう……珠女にこんな話するんじゃなかった……」

 話す相手を間違えたと、タマモは嘆く。彼女はしゃがみ込み、地面にのの字を書き始めた。

453akiyakan:2012/12/08(土) 14:01:12
「ごめんってば、タマモ〜。何も、そんなにいじける事無いじゃないー」
「慰めはいらん……ドヤ顔で語った妾が馬鹿らしい……」
「タマモ、ったら〜」

 すっかりいじけてしまったタマモを、珠女は励ます。しかしタマモは結構本気で気を悪くしたらしく、頬を膨らませたままなかなか立ち上がる気配は無い。やれやれ、と珠女は困った様に肩をすくめる。

 その時、だった。

「う――」
「ん?」

 二人がいる場所より少し離れた所の路地から、誰かが出てきた。それは五、六歳位の小さな子供のようだった。

「おや、どうしたんだい?」

 タマモが駆け寄り、その子供の傍に近付く。その瞬間、ふらっと子供が倒れ掛かり、慌ててタマモはその身体を抱き留めた。その予想以上の軽さに、彼女は驚く。

「何だい、この子は……着ている物がボロボロじゃないか」

 一体どんな風にすればこうなるのか、子供の衣服はまるで襤褸雑巾のように朽ちていた。タマモが触れた傍から、布がぎちぎちと破れていく。

「う――!?」

 その時、タマモの鼻をある匂いが襲った。つんと鼻腔を突く、鉛の臭い。それは本来こんな街中の、人の営みの中にあってはいけない臭いだ。タマモは反射的に、臭いの下へと視線を向けた。

「うわ……何だい、これは……!?」

 想像を絶する光景に、思わず珠女は声を上げて驚いた。しかしこれでも、彼女は比較的抑えている、と言うか、耐えられている方だ。常人であれば、目の前の光景に卒倒するか、或いはその陰惨さに胃の中身を戻してしまっていただろう。

 そこは、既に異界だった。

 何物も黒く塗り潰す闇さえ、その赤色に敗北している。あまりにも現実離れし過ぎていて、ああ、あれはペンキをぶちまけてあるのだな、などとタマモは思考してしまっていた。

 路地裏は血の海だった。そこにある何もかもが、赤い泥濘の中に沈んでいる。

 今も侵食を続けるそれは、そう古くない時間の内に出来上がったのがよく分かった。血の海に転がる、いくつかのピースに分解(バラ)された死体が、そこから滲み出る赤が、饒舌と言っていい位に雄弁に語っている。

 手が、ぬるりとして温かい。子供の身体も、赤色に濡れていた。

 鼻腔からなだれ込んでくる鉄の臭いが、思考を麻痺させる。

 ――帰り道は、本当にご注意を。良くない相が見えます――

 麻酔のかかった頭の中で、アッシュが別れ際に告げた言葉が反響した。

454しらにゅい:2012/12/08(土) 18:06:14


 結局、張間みくの生き方は誰よりも一番賢い生き方なんだとサヤカは結論付けている。
問題に立ち向かったとしても、当事者だけでなくその関係者の、そのまた関係者の、と芋づる式で被害者は引き上げられていき、
最終的には自分と関係のない人物まで非難の対象とされてしまう。大衆による圧倒的な『力』により、敵は完膚なきまでに叩き潰される。
異常なまでに自己を謙遜し他者を気遣う彼女であれば、その結果を良しとはしないだろう。
 そうして自分が望む答えを得られないくらいならば、事実を隠し、口を閉ざしている方がよっぽど平和だ。
不思議な力によって嫌でも誰かを傷付けてしまうんです、なんて喋ったところで誰も信じたりはしないだろう。
自分が我慢すればいいだけの話。だから、張間みくは生贄であることを望むのだ。

ぜんぶぜんぶ、ぼくのせい
ごめんなさい、ごめんなさい

 そんな台詞を呪文のようにいつも呟くみくが、サヤカは嫌いだった。
自己犠牲を享受する彼女が嫌いだった。他人ばかり気遣う彼女が嫌いだった。可哀想な人間だと体言している彼女が、嫌いだった。
けれども、それ以上にサヤカは自分自身が大嫌いだった。みくが自らを生贄であることを本当は望んでいないのも、
誰かの助けを求めているのも、この現実を変えたいと願っているのも彼女が一番理解している。
けれどもみくを前にすると拒絶してばかりで、極力関り合いたくなかった。更に勝手にサヤカを同情する周りのせいで、
否応なしに主犯と仕立てあげられて、それを演じざるを得なくなってしまったのであった。

___もしかしたら、張間みくは自分が望んでいる本当の姿なのかもしれない。

 その答えを認めたくないからこそ、サヤカはずっと悪役を演じ続けていたのだった。



----




「サヤカちゃん!!」
「………」

 張間みくの呼びかけに、ようやくサヤカは足を止めた。
しかし彼女は振り返らず、ただ全力疾走で乱れた息を整えているだけでみくの顔を見ようともしなかった。
サヤカとみくの間は、人間が一人か二人は入りそうな間隔が空いてる。
みくにとってその距離が、酷く遠くに感じる。

「…サヤカちゃ…」
「っ来んな!!」

 近付こうとしたみくにサヤカは振り返り、叫んだ。
身体を震わせ臆したみくを、彼女は冷たい眼で見つめる。

「…でも、サヤカちゃん…ボク、キミに言わなきゃいけない事が…!」
「聞きたくない、…どうせ、いつもの『ごめんなさい』だろ?」
「っそれは違、」
「聞きたくないっつってんだろ、消えろよ。…今すぐ、目の前から消えろ…」
「………」

455しらにゅい:2012/12/08(土) 18:08:53
 静かに声を震わせながら怒りを見せたサヤカ。
そんな彼女を前にしてみくは今にも泣き出しそうだったが、その場から立ち去ろうとはしなかった。
制服のスカートをきつく握り締め、眼に溢れんばかりの涙を浮かべても、
それでもサヤカから逃げ出すことも目を逸らすことも、しなかった。
大きく息を吸った後、みくは一歩、前に足を踏み出した。

「サヤカちゃん、あのね…」
「………」
「…ボク、ずっと、独りでなんとかしなきゃいけない、って思ってた。」

 みくはまた一歩、踏み出す。
二人の足元は少し盛り上がった瓦礫の山のようで、彼女の足に当たった小さな石ころが横に転がって、地面へと落ちていった。

「だって、たくさんの人たちを傷付けたのはボクの『力』のせいで、ボク自身が償わなきゃいけないから、
誰かに頼るのは駄目なことだ、って…ボク、ずっとそう思ってた…。」

 また一歩、また一歩。
みくは静かに語りながら、サヤカとの距離を徐々に詰めていく。
サヤカは険しい表情をしていたが、そこから動くことはなかった。

「でも、独りだけじゃ、何も変わらないんだ。ずっと抱え込んだままじゃ、ボクはずっと、ボクの『力』で人を傷付け続けるし、
何も、何も…変わらない…」
「………」
「それを、タガリ先輩や、アオサキ先輩が気付かせてくれたんだ…。それでね、それは、ホントだったんだ…!」

 感情が昂ぶって、みくの目から涙が一筋流れ落ちた。
あの時省吾が差し出した手を自分は取らなかった為に、何も変わらなかった。
けれども今度は、彼らから差し出された手をしっかり掴んだ。決して離さず、決して己を責めずに。
だからこそ、彼女は自分が望む姿に変わることが出来たのだった。
それを教えてくれたのは、背の大きな柔道部の主将と、無口な先輩だった。

「ボク、毎日学校に行くのが楽しくなった。色んな人達とお話をするのが、楽しくなった。
…今までよりずっと、ずっと楽しくなったんだ!」
「だから、何?…んなの、あたしに関係ないじゃん…」
「関係、あるよ。」
「っ」

 心の底を見抜かれてしまったと言わんばかりに、サヤカの身体が、びくり、と震える。
気が付けばサヤカとみくの距離は縮まっていて、みくから手を伸ばせばサヤカの顔に触れることが出来るほどであった。
少しだけ間が空いた後、みくはだらりと下がっているサヤカの手を取った。
包帯が巻かれた白い手、もう一度鍵盤を叩く事は難しいだろうと医者に宣告された手。
それをみくが労わるように、優しく撫でる。

「…あの時、サヤカちゃんがボクを庇ってくれて、ボクは怪我を負わなかった。
けれど、そのせいでサヤカちゃんの大事な手が…動かなくなっちゃったんだよね…」
「…そう、だよ…」
「サヤカちゃん、辛かったよね…悲しかったよね…」
「やめろよ、同情なんて…!」
「でも、でもね、ピアノ、また弾けるかもしれないんだ!」
「…は?」
「サヤカちゃんは、っ治す事をあきらめてるから、ピアノが弾けないんだ!」
「………!」

 みくにそう指摘され、サヤカは思わず言葉を失ってしまった。
そうだ、結局サヤカは、自分の抱えているすべての問題に向き合おうとしなかったのだ。
自身の手についても、いじめについても、与えられた現実を受け入れるだけで、自らは何も変わろうとしなかった。
変えられないと、思っていたから。
変えて貰えるのを、ひたすら待っていたから。

456しらにゅい:2012/12/08(土) 18:10:37
「っふ…ふざけんな!!」

 サヤカはそう叫び、みくに掴まれていた手を振り切った。
冷静を装う事も、悪役を演じる事も、何もかも忘れてサヤカはみくに感情をぶつけた。

「あきらめてるから?んなの当たり前だっつーの!!医者に治らないって言われて、
それでも治らないからあきらめてんでしょ!?どうすりゃいいのよ!!」
「っそれは、ボクにも分からない…」
「ほら!!言うのはでたら…」
「でも!!それを一緒に探そうよ!!一人じゃ、何も分からないから!ボクと、ボクと一緒に探そうよ…!!」
「!み、く…」

 みくは泣きながら、震えた声でサヤカに訴えた。
サヤカはみくの口からそんな言葉が聞けるとは思っていなかった。
自分は彼女から最も恨まれる存在で、この場に相応しいのはもっと別の言葉だ。
それこそ、サヤカがみくに吐き続けていた今までの言葉こそ、自分に浴びせられる言葉で…

「…そ…っか…」

みくは、自分自身だったのだ。そして、死ぬべきも消えるべきも自分だったのだ。
そう気付いた時、サヤカは静かに涙を流していた。

「サヤカ、ちゃん…」
「み、く…ごめん、あたし…っあたし…」
「………」

 寄りかかるサヤカをみくは優しく抱き締めた。
やっと彼女に寄り添う事が出来たのだ、とみくも涙を流しながら抱き締めていた。

「…やっと、仲直りだね…サヤカちゃん…」
「……みく…」
「いいの、…ね、これから、一緒に考えてこ…?」
「………」

 抱擁を解き、みくはサヤカと顔を合わせると泣きはらした赤い目で笑いかけた。
みくの両手にはサヤカの手が握られていたが、今度は振り切られることはなかった。

「…みく、あのね、」
「ん?」

パァン

 突然、サヤカの言葉を裂いて破裂音が響き渡った。
どこかで聞いたことがある、確か運動会の徒競走でスタートする時のあの銃声と似ている。
そんなことを考えた次にみくの視界に映ったのは、眼を見開いたサヤカだった。

「…え?」

 彼女の胸には、じわり、と赤い花が咲き、そしてサヤカの身体はみくの横をすり抜けて倒れた。
一つ一つの動きが、みくにとってスローモーションのように感じた。

「サヤ、カちゃん…?ね、サヤカ、ちゃ…」

 みくは座って、サヤカの肩を揺するが返事は返ってこない。
それどころか、サヤカの身体の下からじわじわと赤が広がっていく。
これは何だっけ、そうだ、血だ、でもなんで、そもそも銃声なんてどこから。
目の前で起こった出来事を追い付けない頭で必死に処理しながらも、みくはサヤカの名前を呼び続けた。

「サヤカちゃん!!サヤカちゃん!!?っやだ、ねぇ、サヤカちゃ……っひ!?」

 ガシャン、と大きな音を立てて物陰から何かが出てきたのをみくは見つけた。
頭部はフルヘルメットに無数の穴をあけたような複眼式で、手には銃器のようなものを構えている。
それはみくの知る人物でもなければ、人間でもなかった。

「あ、…あぁ…!」

 ソレと目が合うと、反射的にみくはサヤカの身体に覆いかぶさった。
けれども度重なる恐怖によって、そこから動くことは出来なかった。

(助けて、助けて…っ助けて…!!)

 徐々に近づいてくる機械の足音を前に、みくはただひたすら祈り続けることしか出来なかった。










重なった手のひら


(やっと、とどいた)
(やっと、みとめられた)

(はず、だったのに)

457しらにゅい:2012/12/08(土) 18:12:23
>>454-456 お借りしたのは名前のみ汰狩省吾(サイコロさん)、蒼崎 啓介(スゴロクさん)でした。
こちらからは張間みくとサヤカです。

もー少し続きます。

458スゴロク:2012/12/08(土) 22:19:22
「京と紅、二人」の続きです。



現状把握を兼ねて「Vermilion」を訪れた京は、長久という人物から入った連絡に瞠目していた。
ハヅル……さっき出会ったアーサーという少女が待っていた人物、恐らくはここの一員であろう者が負傷し、病院送りになったというのだ。

「怪我をしたのね? 酷いの?」

問いかけると、電話の向こうの長久は、

『命に関わるほど酷くはないですけど、あちこち、何というか抉られてまして。意識はしっかりしてるんで、大丈夫だと思いますけど』
「……わかったわ。アンにも伝えておくから」

通話を終えると、紅が尋ねて来た。

「長久君は、何と?」

言われて京は少し迷った。だが、ハヅルという人物がここの一員であるのならば、いずれ彼女の耳に入る。なら、今言っても同じことだと、明かすことを決めた。

「……虎頭 ハヅルさん、だったかしら? 何だか怪我をして、病院に行ってるみたいよ」





同じ頃、商店街に戻っていたアンは、ハヅルを待ってその場に佇んでいた。
彼女はまだ知らない。ハヅルがある少年を追って郊外の森まで行ってしまったことを、そこで敗れ、傷を負ったことも、一足先に長久が発見して病院に連れて行ったことも、
――――早い話が徒労である。

無論、神ならぬ身のアンに、そんなことがわかろうはずもない。ただ、アーサーと交わした約束通り、その場でハヅルが戻って来るのを待っていた。

「……遅いですね」

ちらりと腕時計を見ると、想定していた時間を10分近く過ぎていた。移動時間を考えても遅い。

(本人のことはよく知りませんが、余程おっとりなのか、将又時間にルーズなのか)

至極真面目に、そんな事を考えるアン。

(それにしても、彼女ら「Vermilion」は何者なのか……なぜ、何の目的であの件に介入したのか……)

思考が次に飛躍した先は、白波家で起きた一件。重傷を負ったスザク―――何でも今は母親の精神体に乗っ取られているらしいが―――を見るなり治療を施した紅。単なる善意ならいいが、裏に何らかの思惑があるなら放っておくことは出来ない。
アンが今回同行したのは、半分以上それを確かめるのが目的だった。元とはいえアースセイバーである京の執事として、危険の可能性が近くにあるのを放っては置けない。たとえまったくの杞憂に終わるとしても、それが行動しない理由にはならない。

(万一の時は……)

一見したところでは、紅やアーサーに不審な点は見られなかった。だからこそ、ある程度の信用を置いて京をあの場に残すことが出来たのだ。今でこそ義足だが、京もそれなりに腕は立つ。少なくとも自分の身を守るくらいは出来る。

(新しい義足を発注して結構立ちますが、まだでしょうか)

そんなことを考えつつ、ひたすらハヅルを待つアン。しかし、いくら待っても―――当然だが―――現れる気配すらない。
いい加減痺れを切らしたアンは、とりあえず連絡を入れようと携帯を取り出す。が、それを開く前に着信が入った。発信者を確認すると京だった。
親指を隙間に引っかけてパチン、と携帯を開き、繋ぐ。

「京様、何でしょうか?」
『アン? ハヅルさんはもう待たなくていいわよ。一度帰ってらっしゃい』
「何故でしょうか? ここで待て、とアーサーに言ったようですが」
『それがね……』

ハヅルが怪我をして病院に運ばれた、という連絡が入ったことを聞かされ、アンは顔をしかめた。

(あちこち抉られた? ……誰かと戦ったようですね)
「わかりました。では、一度そちらに戻らせていただきます」

では後ほど、と断りを入れ、アンは携帯を閉じた。待つ必要がなくなった以上、ここに留まる必然性も同時に消えた。そして、主が戻れと言った以上、速やかに帰るのが望ましい。
その場所にわずかの執着も見せず、アン・ロッカーはくるりと踵を返し、情報屋に向かって来た道を戻り始めた。
が、数歩も行かない内にその歩みが止まった。なぜなら、横合いから突然声をかけられたからだ。


「アン・ロッカーだな?」

459スゴロク:2012/12/08(土) 22:20:07
「ッ!!?」

突然かけられた声に、アンは冗談抜きで吃驚して振り返った。気配が全く感じられなかったのだ。しかもそこにいたのは、古びた帽子に同色のコートを着用した、長身痩躯の男。
一瞬ヴァイスかと思って警戒したが、よく見ると色は濃い藍色だった。あの男は黒だ。

「……あなたは……」
「俺はブラウ=デュンケル。用事がある、お前にな」

誰何の声を言い切る前に向こうが名乗った。そして、その名をアンは知っていた。他でもない、彼女がここに来るきっかけとなった、白波家での一件。そこに介入し、スザク達に助力したという謎の人物の名だった。
その彼が、自分に用があるという。
だが、

「……私は京様の執事です。京様が戻れと仰った以上、出来る限り早く戻らねばならないのです」

話を聞く気はない、と言外に告げたが、ブラウは全く意に介さず、どころかこう言い返した。

「では、その後で構わん」
「京様の許可なくしては―――」
「3日以上かからねばそれでいい。早急なのでな、この用事は」

食い下がるブラウ。全く引き下がる気がなさそうなのを見て取ったアンはなおも言いつのろうとしたが、ここで口論していては何時まで経っても京のもとに戻れないと思い至り、やむなくこう言った。

「……仕方ありません。では、向こうで話を聞きましょう」
「助かる」

それだけ言うと、ブラウはアンの少し後ろについて歩き始めた。アンは無駄口を叩く気はなかったので最初は黙っていたが、情報屋の近くに来たところで一つ気になることを見つけ、一度足を止めて振り返った。

「……一つだけ、聞いてもよろしいでしょうか」
「何だ?」
「貴方の本名は何というのです? まさか、それが本当の名とは言いますまい」

核心も核心、ブラウの本名についての質問だった。
だが、当のブラウはいささかも動揺した様子がない。どころか、予想済みとばかりこう返した。

「わかった。ただし、他言無用で頼む」
「……京様にはお話ししますが、一応口止めはお願いしておきます」

釘を刺しておくと、ブラウは首肯して口を開いた。

「俺の名は―――――」



移ろうは藍色の影



「『夜波 恭介』。かつて、そうであった存在だ」




クラベスさんから「アン・ロッカー」、えて子さんから「音早 紅」「久我 長久」をお借りしました。やっとここまで来ました……。相変わらずクオリティはボロですが。

460えて子:2012/12/09(日) 18:50:08
アオギリの学校探検シリーズ。一年との出会い編。
紅麗さんから「榛名 譲」、(六x・)さんから「冬也」「崎原 美琴」「不動 司」、十字メシアさんより「ヒオリ」「ミドリ」をお借りしました。


長い道をずっと歩いたり、『かいだん』をのぼったりおりたりした。
たくさんたくさん歩いたから、たくさんたくさんのものを見た。

壁には、いろんな紙がはられてる。「おしらせ」って書いてあった。
おんなじような部屋、たくさんあった。これ、『きょうしつ』っていうものかな。
『きょうしつ』と似てるけど、ちがう部屋もあった。アオには、難しい字で書かれてて、読めなかった。

かーん。こーん。

道を歩いてたら、急に鐘の音が聞こえてきた。
これは『ちゃいむ』っていうんだって、聞いたことがある。
合図なんだって。何の合図なんだろう。


がらっ。

ちゃいむが鳴ったら、きょうしつの扉が開いた。中から人が出てくる。
ちゃいむは、きょうしつから人が出てくる合図みたい。
みんな、ノートと不思議な本を持ってる。あれ、お勉強の道具かな。

「……ん?」

きょうしつから出てくる人を見てたら、男の人と目が合った。
頭に布をまいてる。変なの。

「…そっち、誰だ?」
「アオは、アオギリだよ」
「いや、名前聞いてるんじゃなくて、」
「なんで頭に布巻いてるの?」
「聞けよ!あとこれは布じゃない、ヘアバンドだ、ヘアバンド!!」
「へあばんど?」
「そう、ヘアバンド」
「へあばんどって、何?」
「…話聞いてないのか?だからこれのことだって…」
「なんでそれは、へあばんどっていうの?」
「………………」

男の人は、難しい顔をしてる。
なんでだろう。アオ、変なこと言ったのかな。

「………榛名さん?そんなところで固まってどうし………」

男の人の後ろから、花丸が出てきた。
アオのほうをみて、「あ」って呟いた。

「アオ……ちゃん?どうして……」
「花丸、こいつのこと知ってんのか?」
「う、うん…。時々、一緒に遊んだりするんだけど…」
「へえ…」

ハルナ、って呼ばれた男の人は、アオのことをじっと見てる。
だから、アオもじっと見た。

461えて子:2012/12/09(日) 18:51:02
「二人ともー、早くしないと次の授業遅れ……あれ?その子誰?」
「花丸の知り合いだとよ」
「わー、可愛いですー」
「そうじゃねーだろ、先生に見つかったらどうするんだよ」
「ぼ、僕が連れてきたんじゃないよ…」

花丸とハルナと一緒にいたら、人が集まってきた。

「あ、アオちゃん、どうして来ちゃったの…?」
「アオ、お勉強、しにきた」
「お勉強…?」
「うん。学校って、お勉強するところ、でしょ?だから、アオも、お勉強」
「お勉強しにきたんですかー?えらいですー」

水色の女の人に、頭なでられた。
なんでだろう。
でも、紺色の男の人は、首を傾げている。
暗い赤の男の人も、ハルナって人と同じ、難しい顔をしてる。

「うーん…でも、この子見たところ小学生くらいだし…ここの勉強は難しすぎるんじゃないかな」
「そういう問題じゃないだろ」
「と、とにかく誰か先生に言ったほうがいいかな…」
「うん。そのほうがいいかもしれないね」
「このまま放っとくわけにもいかないしな、しょうがない」

せんせい。さっき『しょくいんしつ』ってところで聞いた言葉。
あそこにいる人に、アオのこと、知らせようとしてるのかな。
じゃあ、さっきのところに行けば、いいんだね。

…アオ、どっちから来たんだっけ。
歩いていれば、見つかるかな。しょくいんしつ。


アオギリの学校探検〜生徒交流・一年編〜


「あれ?みーんなー」
「こんな所で何してんのー?」
「あ、ヒオリさん、ミドリさん……」
「なんだ、そっちたちか」
「花丸さんのお友達が迷い込んできてしまったので、先生にお知らせしようと思ってたんですー」
「ふーん?そうなんだー」
「あれ?でもさー」

「「その子、どこ?」」

「「「「………………………あれ?」」」」

462十字メシア:2012/12/15(土) 00:36:51
某日、3年の教室での出来事。

「せんぱ〜い…あら? いない?」
「あっ、想ちゃん!」

いつもの様に阿久根 実良の元へ立ち寄った想。
だがそこにいたのは敬愛する先輩ではなく、隣のクラスの友人、トキコだった。

「貴方は確か…朱の破壊者さん! せんぱいはどこですか?」
「…想ちゃん。最初から私の事、そう呼んでたっけ?」
「あら、そうですよ?」
「ふぅん…まあいいや」
「それより、せんぱいは?」
「ああ、ウララ先生の手伝いに行ったよー」
「そうですか……」

とそこで。

「……ところで、朱の破壊者さん」
「んー?」
「貴方は今、何をしてるのですか?」
「先輩のお弁当からご飯もらってるんだー。先輩の美味しいし」
「…………」
「想ちゃん?」
「やめて下さいな」
「え?」


「せんぱいの供物を奪うのをやめなさい。直ちに」


「ッ!?」

突然、友人が出した気迫と凄みについ、怯んでしまうトキコ。
笑っているが、どう見ても顔だけだ。
しかも心なしか、目に殺意が籠っている。

「貴方みたいな迷惑者がせんぱいの供物を奪うなんて正直虫酸が走るんですよあの人が力を取り戻したら貴方なんて一瞬でこの世界から消え去っちゃいますからせんぱいはとても凄い人なんです冥闇の使徒の異名を持つ方なんですもの貴方の様な破壊しか脳がない小娘なんか足元にすら及びませんわでもせんぱいの手を煩わせる訳にはいきませんから私が直々に貴方をこ――」

「王女、来てたのか」
「! 阿久根せんぱーい!」
「ちょ、待て! 抱き着くな!!」
「あら、ごめんなさい」
「全く……ぬ!? 破壊者貴様、また俺の供物を!」
「ま…まだ卵焼きと、唐揚げ1個ずつしか食べてませんよー」
「そういう問題じゃない! 何度も勝手に盗み食いするなと…」
「じゃあこの辺で〜」
「ってああこら、待て!」


「……」

『私が直々に貴方を』

――殺す。

「まさかとは思うけど…そう、言いかけたよね? 想ちゃん…」


予兆・怠惰の熊


「…しかし」
「はい?」
(破壊者の奴…何か少し、様子がおかしかったような…)



しらにゅいさんから「トキコ」、ヒトリメさんから「阿久根 実良」お借りしました。

463えて子:2012/12/15(土) 13:15:20
アオギリの学校探検シリーズ。三年との出会い編。
十字メシアさんより「角枚 海猫」、ヒトリメさんより「阿久根 実良」、サイコロさんより「汰狩省吾」をお借りしました。


また、長い長い道を歩いたり、階段をのぼったりおりたりした。
でも、『しょくいんしつ』が見つからない。どこにあるのかな。
歩けば歩くほど、知らないところを見つける。学校って、不思議。

何回か、ちゃいむの音を聞いた。
たくさん続いてる道を歩いていったら、大きな部屋を見つけた。
中を見たら、本がたくさん集まってる。
ここ、『としょかん』っていうところかな。学校にも『としょかん』ってあるのかな。

中に入ると、部屋の奥に誰かがいた。
ほおづえをついて、ゆらゆらしてる。
これ、『うたたね』っていうものかな。

「……………。…うわっ」

ほおづえが外れて、がくってなった。
うたたねしてた人、目をぱちぱちしてきょろきょろしてる。

「……あー、寝ちゃってたか。………ん?」

うたたねしてた人、アオに気づいた。
こっちを見て、目を丸くしてる。
ごあいさつ、したほうが、いいよね。

「……おはよう」
「あ?え、えっと、おはよう。……君は誰?」
「アオは、アオギリ、だよ」
「そ、そう……」

うたたねしてた人、まゆげがきゅってなった。
これ、『こまる』って顔だよね。
どうして、こまっているのかな。

「あ、佑。やっぱりここにいたんだ」
「あ、海猫…」

うたたねしてた人、タスクって呼ばれた。目をぱちぱちしてる。
ウミネコって呼ばれた人は、タイヤのついてる動くイスに座って、こっちに来た。

「さっきの授業、出てなかったけど…ずっとここにいたの?」
「うん、ごめんね。本の整理してたらそのまま寝ちゃったみたいで…」
「そんなことだろうと思った。………で、この子誰?」

ウミネコが、アオのほうを見た。
だから、アオも見た。

「…分かんない。さっき目が覚めたらもういたんだ。アオギリって名前らしいけど…」
「ふーん……誰かの妹さんかな?」

タスクとウミネコが、首をかしげてる。
『いもうと』って何だろう。

「おい、図書委員長…なんだ、格闘家もいたのか」
「おーっす」

また、誰かが来た。
今度は、男の人。

「ショーゴ、実良。珍しい組み合わせで来たもんだね」
「こいつとはたまたまそこで会ったんだ。俺はこないだ借りた本を返しにな。ほら」
「あ、ありがとー」

ショーゴ、って呼ばれた人は、タスクに本を渡してた。
ミラ、って人は…左目に、布つけてる。
アオのこと、じっと見てる。

464えて子:2012/12/15(土) 13:16:28
「………」
「………」
「……“拒絶する者”か…」
「…?アオは、アオギリ、だよ」
「…ふん、まあいい。貴様、何が目的かは知らんが…」
「なんで、目に布貼ってるの?」
「…布を貼っているわけではない、これは眼帯といってだな…」
「なんで、がんたいっていうの?」
「……え」
「なんで?」
「………………」

ミラ、だまっちゃった。
なんでだろう。アオ、知りたいだけなのに。


きゅう。


「………」

アオのおなか、急に鳴った。
おなかが鳴ると、『おなかがすいた』ってことなんだって。

「……アオギリちゃん、だっけ。もしかして、お腹すいてる?」
「うん。だから、アオ、戻る」
「戻るって…どこに?」
「しょくいんしつ」

そう。アオ、しょくいんしつに、行くんだ。
早く、行かないと、ね。

「一人で行くのは無茶だよ。私が送っていくから…」
「だいじょうぶ。アオ、ひとりで行く」

ウミネコが送ってくれるって言うけど、ひとりで行かないと、ね。
お勉強は、じりきで解くものだって、教えてもらったもの。

アオ、しょくいんしつ、じりきで見つけるよ。


アオギリの学校探検〜生徒交流・三年編〜


「……行っちゃった……。大丈夫かな、あの子…」
「……あれ?」
「どうしたの、海猫」
「いや、あの子職員室行くって言ってたけど…逆方向に歩いてった気が」

「「「「…………………」」」」

「ま、まあ気にすんなって!!多分先生たちが見つけてくれるだろ!…多分」

465えて子:2012/12/16(日) 09:53:52
アオギリの学校探検シリーズ。ニ年との出会い編。
しらにゅいさんから「朱鷺子」、Akiyakanさんから「都シスイ」「アッシュ」、(六x・) さんから「凪」をお借りしました。


たくさんたくさん歩いたけど、『しょくいんしつ』は見つからない。
『きょうしつ』はたくさん見つけるのに、しょくいんしつは見つからない。
学校って、『めいきゅう』ってものなのかな。迷っちゃいそう。

「…あ」

長い道を歩いてたら、遠くのほうに、アッシュを見つけた。
アッシュも、ここにいたんだ。
アッシュなら、『しょくいんしつ』の場所、知ってるかな。

…あ。でも、じりきで探さないといけないね。
でも、アッシュ、どこに行くんだろう。
ついていったら、分かるかな。



アッシュは、歩くの速い。
アオ、少し走らないと、追いつけない。
アッシュに追いついたら、きょうしつの前にいた。

「あ、一角くー………………!?」

きょうしつの中には、たくさん人がいた。トキコもいた。
トキコ、こっちを見てる。ぽかん、ってしてる。

トキコの横に、アッシュがいる。

……あれ?

「?どうしたんだ、トキコ?」
「い、い、い、一角くん……そ、その、後ろの子…」
「後ろ?………!?」

アッシュだと思ってた人、こっちを見た。『おどろく』って表情をしてる。

「な、い、いつの間に!?」
「あれ、アオギリちゃんじゃない」

トキコの横にいた、本物のアッシュがこっちに来た。
アオ、持ち上げられた。

「どうしたの、こんなところまで。あ、僕に会いたくて来ちゃった?」
「ううん。アオ、お勉強しに、きたの」
「あらら、そう…」

本物のアッシュ、『わらう』って顔をした。
でも、いつも見る『わらう』って顔じゃない。まゆげ、ちょっと下がってる。
不思議な『わらう』だね。

「ねえ、アッシュ」
「ん?」
「あの、アッシュじゃない人、誰?アオ、まちがえちゃった」
「……ああ。僕の兄さんだよ」

アオがアッシュだと思ってた、アッシュじゃない人を指差して、聞いてみた。
『にいさん』ってなんだろう。

「わぁ、何この子!可愛い〜!」
「アッシュ君、この子誰?」

『きょうしつ』にいた人が、アッシュの近くによってきた。
アッシュ、アオをぎゅってしてる。

「ん?この子はね……………僕の妹」
「えっ、本当に!?」
「あはははは、冗談冗談。でも、妹みたいに可愛がってることは間違いないよ」

アッシュの近くに寄ってきた人たち、アオのこと見てる。
緑の女の人が、アオのこと近くでじっと見てる。

「でも、本当にどこの子なんだ?…ご両親の名前とか、分かるか?」
「しらない。でも、アザミは、アオのこと、『しんせきのこ』って言ってたよ」

466えて子:2012/12/16(日) 09:54:39


「「「「……………えぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!?」」」」


大きな声が、いろんなところでした。
なんでだろう。アオ、変なこと言ったのかな。
アザミに言われたこと、そのまま言っただけなのに。

「え、あ、アザミ先生の親戚の子!?」
「ってことは、アザミおじさん!?」
「しらない。アザミは、ここではアザミなんだって。そう呼ばないといけないんだって。アザミが言ってた」
「アオちゃん、本当にそうアザミ先生が言ったの?」
「うん」
「へえ〜、そっかそっか。あのアザミ先生がね〜……へぇ〜」

トキコ、わらってる。
でもいつもの『わらう』と違う。さっきの本物のアッシュの『わらう』とも違う。
変なの。

「……………」
「?アオギリちゃん、どうしたの?」
「…おなか、すいたの」

また、おなかが、きゅうってなった。
しょくいんしつ、はやく行かないと、ね。

「……あ。じゃあ、これ食べるかい?えーと…アオギリちゃん、でいいのかな」

アッシュじゃない人が、パンをくれた。
だから、もらった。

「うん。…ありがとう、アッシュじゃない人」
「……あのね。俺にはシスイって名前があるから」
「シスイ?」
「そう」
「ふーん…」

アッシュじゃない人は、シスイって言うんだって。
シスイ、パンくれた。これ、きっといいこと。
だから、アオも、『おれい』しないと、ね。

「シスイ、手」
「手?」
「手、だして」

シスイが手を出したから、こんぺいと、あげた。

「…これは?」
「こんぺいと」
「うん知ってる。……じゃなくて、どうして俺に?」
「パン、くれたから。いいことには『おれい』するんだって、教えてもらったよ」
「……そうか。ありがとう、アオギリちゃん」

シスイ、わらった。さっきの本物のアッシュとも、トキコとも違った。
ふんわりとした『わらう』だった。

シスイからもらった、パンを食べた。
もふもふ、してた。


アオギリの学校探検〜生徒交流・ニ年編〜


ちゃいむが、なるころ。

「…………あぁっ!!やっと見つけた!!!」
「あ、ワカバ先生。見つけたって、この子?」
「そう。ちょっと目を離した隙に出歩いちゃったらしくて…教師として不覚だよ。………ほら、アオギリちゃん。戻るよ」
「どこにもどるの?」
「職員室。アザミ先生も心配してたんだからね?ほら、あんたらも早く次の授業の準備しなさーい」

…アオ、ワカバに抱えられて連れてかれちゃった。

467えて子:2012/12/16(日) 18:45:52
アオギリの学校探検シリーズファイナル。帰宅編。
しらにゅいさんより「玉置静流」、紅麗さんより「アザミ(リンドウ)」をお借りしました。


ワカバに抱えられて、しょくいんしつまで戻ってきた。
そのあと、しょくいんしつで、注意された。
「勝手に一人で知らない場所を歩いちゃいけません」って言われた。

「なんで、ひとりで行っちゃいけないの?」
「危ない事があるかもしれないから。何かあってからじゃ遅いんだよ?」
「はぁい」

よく分からないけど、学校はひとりで歩いちゃいけないんだね。

『じゅぎょう』が全部終わるまで、タマキといっしょにいなさいって言われた。
じゅぎょうが終わったら、アザミといっしょに帰るんだって。

タマキといっしょに『ほけんしつ』に行った。
ほけんしつで、タマキにいろいろ、教えてもらった。
漢字や、足し算、引き算。いろいろ、教えてもらった。
たくさんたくさん、お勉強した。


お勉強してる間も、ちゃいむ、たくさんなった。
何回めかのちゃいむは、不思議なちゃいむだった。
その不思議なちゃいむを聞いたら、タマキが時計を見た。

「ああ、そろそろかな」
「そろそろ?」
「授業が全部終わったからね。もう少ししたら、アザミ先生も来るんじゃないかな」

不思議なちゃいむがなると、『じゅぎょう』が全部終わるんだね。
学校って、不思議がいっぱい。

「アオギリ、迎えに来ました…」

タマキの言ったとおり、アザミがほけんしつに来た。
でも、元気がないね。
タマキも、不思議そう。

「お疲れ様です、アザミ先生。…どうかしましたか?」
「……………………」
「…アザミ先生?」
「………アオギリが、自分が僕の親戚の子だって、言ってしまったらしくて………生徒たちに、授業のたびに『アザミおじさん』って、言われ続けて……!僕、まだ、まだ……っ!!」
「………………ご愁傷様です……」

アザミ、顔を手で隠してぷるぷる震えてる。
タマキは、なんだか不思議な顔で、アザミの肩をぽんぽんしてた。



少ししたら、アザミは元に戻った。
『たちなおった』っていうんだって。タマキが呟いてた。

手をひっぱられながら、げんかんまで行く。

「…ほら」

くつをはいたら、アザミがしゃがんだ。
アオに、背中を向けてる。

「…なぁに?」
「乗れ」
「なんで?」
「またちょろちょろされてどっか行かれちゃたまったもんじゃねぇんだよ。いいから乗れ」
「はぁい」

アザミの背中に乗ると、アザミは立ち上がって歩き出した。
……もう、リンドウって呼んでいいのかな。

「……ねえ」
「あ?」
「もう、アザミじゃない?リンドウって呼んでいい?」
「…あー。……まあいい、勝手にしろ」
「うん」

学校から離れたから、アザミじゃなくなったみたい。
もう、リンドウになったんだ。不思議。

「………もう学校に来るんじゃねぇぞ」
「なんで?」
「面倒くせぇことになるからだよ!!!」
「…はぁい」

リンドウは、どうして学校に行っちゃ駄目って言うんだろう。
めんどくさいことって、どんなことだろう。
でも、アオはあんまり行っちゃいけないところなんだね。学校。

でも、学校に行ったら、たくさんお勉強、できた。
アオも、いつか、行ってもいいよって日が、来るのかな。

そうしたら、今よりたくさん、お勉強できるね。


アオギリの学校探検〜帰宅〜


「………で、さっきから手に持ってるそれは何だ」
「タマキからもらった。勉強どりるっていうんだって」
「……………………返しなさい!!おばか!!!」

468akiyakan:2012/12/17(月) 16:54:14
 一夜の後に

 ※しらにゅいさんより「タマモ」、十字メシアさんより「珠女」、大黒屋さんより「秋山 春美」をお借りしました。

「そう……そんな事があったのね」

 路地裏の惨劇から一夜明け。タマモと珠女は、春美に昨日の出来事を話していた。

 帰り道の途中、前触れも無く表れた『双角獣』。
 彼が残した、不吉な言葉。
 路地裏から出て来た、ボロボロの姿の子供。
 まるで『双角獣』の言葉が予言であったかのような、路地裏の惨状。

 昨日あった事を、掻い摘んだ形で二人は話した。春美は考えるように、口元に手を当てた。

「バラバラの死体が路地裏に……か」
「いかせのごれ署では殺人事件として捜査する、と言う話でした……まぁ、あんな死に様をしているんだから、当然の話ですが」

 タマモの脳裏に、あの凄惨な光景が浮かんだ。しばらくは、この光景が焼き付いて頭から離れられなそうだ。全く、嫌なものを見た、いや、見せられたものだ。

「それで……その子が、その死体のあった路地裏から出て来た?」
「えぇ……」

 春美の視線が、タマモのすぐ傍にいる少女へと向けられる。少女はタマモに寄り添うようにして立っており、彼女の着物の裾を掴んでいた。

 年の頃、五、六歳程度だろうか。黒い髪の毛を、肩口くらいの長さまで伸ばしている。肌が透き通るように白く、大きくなったら美人になるんじゃないか、などと自身の年齢に不似合な事を春美は思う。見つけた時はボロボロのホームレスのようだったが、今は桜色の着物を着せられていた。

 少女は無垢な、それこそまるで、赤子が外界に興味を向けるような眼差しで春美を見つめ返している。その姿に、春美は「生まれ立て」と言うような印象を受けた。

「ねぇ君、名前は?」

 明るい、人懐っこそうな笑顔。春美特有のもので、この笑顔で彼女は誰とでも仲良くなる事が出来る。春美と言う名前に相応しい、暖かな笑い方だ。

 少女は春美の質問に小首を傾げた後、にはっと愛らしい笑みを浮かべた。見た目は本当に可愛らしいのだが、その反応に春美は違和感を覚える。

「タマモ、この子……?」
「この子を見た医者によれば……失語症じゃないか、と言う話でした」
「! 失語症……」

 春美は思わず、労わる様な目で少女を見た。そんな彼女の視線が不思議だったのか、少女は再び小首を傾げた。

469akiyakan:2012/12/17(月) 16:54:58
「……あれだけの現場にいたのだから、当然だと思います」
「無理も無い話じゃぜ。こんなに小さいのに、あんなスプラッタなもん見せられたら……下手したら発狂もんじゃ」

 胸糞悪い、と珠女が言う。大人ですらあんな光景を目にして、正気でいられるかどうか怪しい。それを、こんなに小さな子供が目にしたのだから……タマモも彼女同様に、鎮痛な面持ちを隠す事が出来なかった。

「それじゃ、この子喋れないの?」
「ええ……あ、でも、名前は聞きました。りん、と言うそうで」
「え? でも、失語症って確か喋れなくなる病気じゃ……」

 首を傾げる春美に、タマモは懐から何かを取り出した。それは、五十音すべてが書かれた紙だった。

「これで、言いたい言葉を一つ一つ指で追ってもらったんです。それで名前を聞いたら、り・ん、と」
「なるほどねぇ……だけど、」

 くすっ、と春美が笑った。その様子に、タマモは不思議そうな表情をする。

「? 妾、何か変な事でも言いましたか、主?」
「いやだって……その紙の文字を、その子が指で差していったんでしょ? それも、タマモの質問に。それじゃあ、逆こっくりさんじゃない……」
「あ」

 その時気付いたのか、タマモが間の抜けた声を出した。何やら笑い声を押し殺す声が聞こえるので振り返ると、そこには口元を手で押さえた珠女がいる。声を抑えているが、その目は誰が見ても分かる位に笑っていた。

「……た〜ま〜め〜? さてはお主、分かってておったじゃろ? 分かってて、この方法でおりんに名前を聞かせたじゃろ? そうじゃな、そうなんじゃな!?」
「ぷくくく……逆……こっくり、さん……!」
「ぬぐぐぐ……」

 こっくりさんと言えば、狐の専売特許。気付かなかった自身の迂闊さに、タマモは悔しそうに表情を歪める。「りん」は、と言えば、何が何だか分かっていないらしいが、「面白い事が起きている」と言う事は察したのだろう。にはー、っと楽しげに笑っている。

「あははは……それで、りんちゃんはこれからどうするの?」
「それに関しては、大丈夫。タマモが面倒見るからのぉ?」
「は? ちょっと待つのじゃ、珠女。どうしてそんな話になるのじゃ?」
「このまま放っておく訳にはいかんじゃろ? 子供の扱いだって心得てるし、お主なら何も問題無しじゃ!」
「勝手に決めるでない! 妾にだって事情が……」
「そうは言っても、ほれ」

 そう言って、珠女は「りん」の方を指差した。着物を掴む「りん」の手に、タマモは「うっ」と怯んだ。

「おりんはお主にすっかり懐いとるし……それに事情がどーたらって、別にお主、そんなに忙しくないじゃろ」
「それはそなたも同じ事じゃろうに! ……あぁ、もう……」

 タマモは困ったように頭を掻き回す。百物語組の中で、子供の世話を出来る者はそう多くない。結局彼女は、自分以外にアテがいない事が分かっていたのだろう。ため息をつくと、その手を「りん」の頭に乗せた。

「はぁ……仕方が無い。よろしく頼むぞ、おりん」

 「りん」の頭を撫でる。すると嬉しそうに、彼女はタマモにしがみつくのだった。

470akiyakan:2012/12/17(月) 16:55:46
平穏の陰で

 ※しらにゅいさんより「タマモ」、大黒屋さんより「秋山 春美」、キャスケットさんより「ロア」、鶯色さんより「ハヤト」をお借りしました。

(ゆさゆさ、ゆさゆさ)

「ん……もう、朝かの……?」

 自分の身体を揺さぶる感触に、タマモはゆっくりと目を空けた。ぼやけた視界のピントを合わせると、そこにいたのは、ここ数日ですっかりお馴染みになった顔。

「おはよう、おりん」

 はんなりと、タマモが微笑む。すると「りん」も、子供らしく、にはっと明るく笑うのだった。

 ――・――・――

「あはは、すっかりここに馴染んじゃったわね、おりんちゃん」

 洗濯物を干しているタマモを手伝い、その周りをくるくると「りん」が忙しなく動き回っている。彼女はタマモを手伝いたいのだろう。しかし身体が小さいので、そんなに重い物は持てず、せっかく洗ったシーツもずるずると引き摺ってしまっている。それをタマモが、苦笑しつつ拾い上げ、「りん」の頭を撫でていた。

「何と言うか……まるで親子、ですね」

 春美の傍に立つ金髪の美少女、ロアが目を細めながら言った。それに同意するように、春美は頷いた。

「タマモって、妖怪になる前は吉原の花魁に飼われてたんだって」
「へぇ。狐って、人に懐くんだ?」
「分からない。狐って用心深い動物だから……だから多分、タマモはただ飼われてたんじゃなくて、〝その人だったから〟懐いていたんだと思う。タマモ、何時もその人の事を話す時、凄く嬉しそうな顔をしていたから……」

 聖女の様な遊女。そんな相反したものが、そんな二律背反が、実際に存在するのだろうか。

 否。「聖女」と「遊女」。この二つは決して相容れないものではない。あらゆる男を受け入れ、その身体を癒し、喜びを与える。手段は異なれど、二つのベクトルは似ている。キリストの妻であったと囁かれるマグダラのマリアだって、娼婦の身から神に仕える存在となったのだから。

 不浄を知らない事が、綺麗なのではない。泥の中で咲く蓮華が美しく見えるように。汚い事が何なのかを知って、初めて美しいと言う言葉を知るのだ。

「あ――」

 ふとその時、春美は幻視に襲われた。

 目の前で触れ合うタマモと「りん」。その姿に、別の光景が重なる。

 ――舞い踊る、無数の桜の花びら。桜吹雪。
 ――大きな、巨大な桜の木。その根元で、小さな一匹の狐が跳ね回っている。
 ――木の幹に腰掛けるのは、美しい着物の女性。
 ――あれはタマモ? 否、女性は違う。タマモの微笑み方には独特の艶やかさがある。それは妖の者が持つ匂いのようなものだからだ。
 ――女性は、違う。そんな妖艶さとは無縁だ。その優しげな微笑み方は――まるで、母親が子供に向けるそれの様に暖かく柔らかい。

(ああ、そうか。あの人が――)

「春美?」
「ん……?」

 不思議そうな表情で、ロアが春美の顔を覗き込んでいた。もう一度タマモ達の方へ視線を向けたが、幻視はもう見えなかった。

 ――・――・――

 いかせのごれ高校、教室。

「ハヤト。最近、街に流れている噂、聞いたか?」
「ああ。何か、願いが叶うっつー話だっけ?」

 シスイの言葉に、最近町で流行っていると言われる噂話をハヤトは頭から引っ張り出してくる。とは言っても、この手の噂が好きな女の子達から聞いただけなので、ハヤト自身はいまいち詳しい所までは知らないのだが。

「そう、それ。噂はどれもバラバラなんだけどさ、二つだけ共通点があるんだよな」
「へぇ、どんな?」
「一つは、数」

 言って、シスイはハヤトの目の前で自分の指を出した。開いた右手に、親指だけを折った左手を重ねた形、つまり「九」を作っている。

471akiyakan:2012/12/17(月) 16:56:17
「九個の道具だったり、九人の生贄だったり。どの噂も、絶対に九って数字が出てくる」
「ふぅん? 何か、意味あるの?」
「さぁ、そこまでは分からない。九って、完璧な数字と言われる三の三倍数ではあるんだけど、俺にはそれ位しか」
「ふーん。で、二つ目は?」
「どの噂も、「願いが叶う」って結果が付いてる。ある噂は九個の道具を揃えると願いが叶って、またある噂は九人の生贄を捧げると願いが叶うって話だった。他にも、九個のパワースポットを巡るだとか、九人の契約者に出会うだとかなってたけど」
「……阿久根先輩の好きそうな話題だな」
「確かにな」

 二人は揃って、長い潜伏期間を経て厨二病を発症した某先輩を思い浮かべる。確かに、「それっぽい」噂ではあった。

「何か、そう言う話題って尽きないよな」
「まぁ、無害な内なら別にいいんだけどね」
「……何か、含みのある言い方するな?」
「知らないのか、お前? つい此間あった〇〇高校で五人死んだ事件。あれ、この噂が発端だぜ」
「うえ? まさかそいつ、本気で願い叶えようと人を殺したのか?」

 ハヤトが苦虫を潰したような顔をする。そんな彼に、シスイは頷いて見せた。

「どんな願いがあったか知らないけど、人の命を奪ってまで叶えたいとは思わないよな……」
「そうだな。それは確かに、間違ってる。理屈とか、そう言うのじゃなくて」
「うん……で、ここからは仕事の話になるんだけど、」

 言って、シスイが真剣な面持ちを見せた。その変化に、ハヤトは訝しげな表情を浮かべる。

「何? 今の噂って、そんなにやばいもんなの?」
「ああ。多分、超常現象か、それに属する類だと思う」
「大げさじゃね? 大体がホラ話じゃん、こう言うの」
「……これ、アースセイバー経緯で聞いた話なんだけどさ。〇〇高校で五人殺した奴、こんな事を口走ってたらしい。ジャシンを呼ぶ為にやった、って」
「ジャシンって……邪悪な神の邪神?」

 話がオカルトな方向に進みだし、ハヤトは一層眉を顰めた。だが、シスイの方は真剣だ。彼はこの殺人事件が、ただの妄想癖による凶行だとは思っていないらしい。

「そいつ、所謂不登校児でさ。まぁよくある「俺は悪くない。悪いのは周りなんだ」ってタイプの奴で。ジャシンを召喚して、自分を認めないこの世界を壊そうとしていたらしい」
「ふーん……それで?」
「で……ここからが重要なんだけど。そいつを唆した奴がいるみたいなんだ」
「唆したって……殺しをやらせた奴、って事?」
「そう。九人の生贄を用意すれば、ジャシンが呼べるって吹き込んだ奴……そいつ、まだ捕まってないらしいんだわ」
「……なぁ、それってまさか、」

 唆す、と言う言葉に。ハヤトの脳裏に、一人の男の顔が浮かんだ。忘れもしない、崎原琴美の暴走事件。その事件の主犯にして、人心を操る特殊能力「マニピュレイト」の遣い手の名を。

「ヴァイス……シュヴァルツ、か?」
「……その可能性は十分に有り得る。あの男は、自分が楽しむ為なら何をするか分からない。今回の、他人を唆して殺人を行わせるって言うのも、奴のやり口に似ているからな」

 琴美の事件以来、ヴァイスは姿を晦ましている。またあの〝白き闇〟が、舞い戻って来たとでも言うのだろうか。

「今回の事件が、ヴァイスの犯行によるものかは分からない。だけど……」
「ああ。黒幕がいるなら、放っておく訳にはいかないよな……!」

 拳を作り、ハヤトは自分の手にそれを打ち付けた。パンと、小気味良い音が、当たりに鳴り響いた。

「狩りだ」
「ああ、狩りだ。アースセイバーはあらゆる超常現象を見逃さない!」

 決意を胸に、シスイとハヤトは頷き合った。

472えて子:2012/12/17(月) 21:18:20
アオギリの失った過去。名前は出ていませんが、しらにゅいさんより「タマモ」をお借りしました。
なお、この話はしらにゅいさんと事前の協議により合意済みです。


しらない、ところにいた。
大きなたてもの、しろいふくの人、みあげても先の見えない“てつじょうもう”。
そこに、「わたし」はいた。
たくさんの友達たちと、いた。


「わたし」には、誰にもないしょのひみつがある。
お休みの時間に、こっそりと部屋を出て、一人で行ってはいけないと言われてるお外にでる。
いつもの場所にいる、まぶしいまぶしいおねえちゃん。

「きつねのお姉ちゃん!また来てくれたの?」
「もちろん。妾は−−−の友達じゃからの?」
「わぁい!!ありがとう、お姉ちゃん!!」

“てつじょうもう”の、むこうと、こっち。
小さなすきまから、お姉ちゃんが「こんぺいと」をくれる。
お外の世界の食べ物は、本当はもらっちゃいけない。だから、お姉ちゃんと「わたし」だけのひみつ。

「お姉ちゃんお姉ちゃん!!お外の世界のお話、して!!」
「ああ。今日は何の話をしようか」

お姉ちゃんのお話は、何でもおもしろい。とても、楽しい。
お外の世界のお話も、本当はあまり聞いちゃいけない。これも、二人だけのひみつ。

「……−−−」
「?どうしたの、お姉ちゃん?」
「…お主は、外へ出たいと、思わぬか?」
「うーん…お外の世界は見てみたいよ。でも、まだダメ」
「まだ?」
「まだ、『テスト』を受けてないもの。テストにごーかくすれば、一人前ってみとめられて、お外の世界にいけるようになるんだよ。
ゆーくんも、あーちゃんも、テストにごーかくしたからお外の世界に行っちゃったんだって」
「………」
「だからね、お姉ちゃん!わたしも、がんばってテスト受けるから!絶対にごーかくして、お外の世界に行くから!だから、」


そのときは―――








ぴぴぴぴぴぴぴ… ぴぴぴぴぴぴ…

「……………」

目が、覚めた。
アオの横で『めざましどけい』がなってる。
これ、花丸からもらった。起きる時間、教えてくれるんだって。

「………えい」

教えてもらった場所をぺしってたたくと、『めざましどけい』はならなくなった。
…今日は、何のお勉強、するんだろう。
たくさん、お勉強、しないとね。

「…………」

…不思議な、ゆめ。
アオの知らない人たちの、ゆめ。
どうして、見たんだろう。

アオには、わからないや。


六つ花の夢


(まぶしいきつねのおねえちゃん)
(あなたは、だぁれ?)

473スゴロク:2012/12/22(土) 21:33:07
「移ろうは藍色の影」の続きです。



「……あなたに用事? その人が?」

謎の男・ブラウを伴って帰って来たアンに、京が口にした第一声はそんな言葉だった。彼女も紅も、降りて来たアーサーも、ヴァイスそっくりなその風貌を見て一瞬瞠目、あるいは警戒を露わにしたものの、いくらかおいて別人とわかり、緊張が緩んだ。
とはいえ、不審な人物であることには変わらないため、ある程度の警戒は解かなかった。

しかし、当のブラウは全く意に介さず、京に向けて言った。

「隠 京だな? お前の執事の力を借りたい」
「なぜ? 場合によっては許可できないわよ」

断固とした意志を込めて京は言い放ったが、ブラウはこれにも怯む様子をまるで見せない。

「有体に言えば、ある少女を助けるためだ」
「助ける?」

いきなり事情が変わって来た。人助けのためにアンの力を借りたい、とはどういうことか?
その旨を問うと、ブラウはやはり、調子を崩さずに言った。

「火波 スザク。知っているな?」

無論知っていた。一線を退いたとはいえ、京はアースセイバーに名を連ねた身。そして、紅たちは情報屋だ。それくらいは知っていた。
そして彼女たちは、スザクが今どのような状態にあるのかも知っていた。
だが、ブラウの言葉は、彼女たちの認識を大きく上回るものだった。

「彼女の意識は、今、刻々と消滅に向かっている。憑依している母親の精神に呑まれつつあるのだ」
「な!?」
「それは……事実ですか」

絶句する京、驚きつつも問うアン。

「事実だ。俺の眼に間違いはない」

ブラウの目に宿る異能―――インサイトシーイング。あらゆるものを「見る」それを使えば、何が起きているのかを知るくらいは容易いことだ。

「で、ですが……そのためにアンさんの力が必要、と言うのは?」

未だ衝撃から覚めない京に代わり、その対面に座っていた紅が問いかける。

「彼女の力は知っているだろう。あらゆるものを『開く』力だと」
「確かに知っていますが……」
「それが不可欠だ、というだけだ。悪いが、もはや時間がないのでな。多少強引な手段に訴えてでも、その力を貸してもらう」

京やアンは気づかなかったが、職業柄人より鋭敏な感覚を持つ紅は、ブラウの言動……全く変わらないように見えるその裏に、明確な焦りがあるのを感じ取っていた。

「ブラウさん、と仰いましたね。時間がないというのは?」

これには、ブラウはわずかに、しかしはっきりと焦燥を表した。

「文字通りだ。火波 スザクの人格消滅までのタイムリミットは、あと60時間を切っている。手を打つなら今夜でないと間に合わん」
「!?」
「時間内ならいい、というわけではないのだ。彼女の人格に影響を与えることなく助けるには、今日の真夜中までに手段を講じねば手遅れになるのだ」

降って沸いた危機の報せ――――だが、京は迷った。スザクに対して特段の思い入れがあるわけではない。もうすぐ消えるとわかった以上、同情の気持ちもないではなかったが、元々彼女は死んだも同然だという。ならば、このままでも―――。

「京様」
「何、アン?」
「僭越ながら私見を述べさせていただきますが……私は、この件に協力するつもりでいます」
「え!?」

アンの言葉に、京はまた驚いた。

「ど、どうして?」
「覚えておいでですか? 京様は以前、行き倒れていた私を拾い、救ってくださいました。同じように、私もまた、誰かを助けたいのです。ことに、私の」

言いながら、アンは自分の左手を右手で包むようにする。

「この力が、必要なのであれば」
「…………」

しばしの沈黙。やがて、京が言った。

「……いいわ。やって見なさい、アン」
「ありがとうございます」

主の許しを受け、一礼するアン。事態が進展したのを見て、ブラウが口を開いた。

「では、これから火波家に行ってくれ。俺の予想では、そろそろ母親の方が異変を感知するはずだ。俺はまだ、行くところがある」

言って、ブラウは情報屋を後にする。が、立ち去り際、物言いたげな紅に向けてこう告げた。

「邪魔をした代わりではないが、一つ教えておこう」
「何ですか?」
「虎頭 ハヅル、と言ったか? あの男が戦ったのは、恐らくだが、お前に縁のあるものだな」
「え?」

どういうことですか、と問おうとしたその時には、ブラウの姿は既にパタン、と閉じられた扉の向こうに消えていた。

474スゴロク:2012/12/22(土) 21:33:42
時同じくして、白波家。
ようやく調子を取り戻したランカは、アカネ、アズール、マナ、そして新しく加わったミレイと共にテーブルを囲んでいた。

「調子はよさそうね、ランカ」
「うん。まだちょっとだるいけど、大丈夫だよ」
「マスター、無理はせんとってください」
「アズールの言うとおり。体が弱いんだから、ただでさえ」
「あはは、ありがとう二人とも。無理はしないから」

言いつつ、ランカはアズールの隣に座る少女・ミレイに目を向ける。

「あなたがミレイちゃん? アズールから聞いたよ。私はブランカ、よろしくね」
「……よろしく」

おずおずと頭を下げるミレイ。まだ新しい環境に慣れていないのがありありとわかったが、ランカはだからこそにこやかに接する。

「ん、ありがとう」

アズールを加えてしばし盛り上がったが、ふと、マナの呟いた言葉がその場に沈黙を降ろした。

「……大丈夫かしら、スザク」
「…………」

ランカや琴音、アオイ、トキコがそうであるように、マナもまた、スザクを案じていた。

「私が探った時も、スザクの心がつかめなかった……闇ばかり……」
「や、やっぱり、スザクさんはもう……」
「アズールッ!! それ以上はダメ!!」

珍しくアズールを怒鳴りつけるランカ。反動でせき込み、席を立ったアカネに背をさすられながらも言葉を切らない。

「ぅ、ぅっ、えはっ、けほ……っ、綾ちゃんは死んでなんかない、死んでなんかいな、いよ! 絶対、帰ってくる、んだから……」
「す、みません、マスター……」

恐縮して小さくなるアズール。目を丸くするミレイをよそに、マナが言う。

「昨日少し見たけど、琴音さんの存在が大きすぎて……」


「的を得ているな、その指摘は」


『!?』

突然家の中に声が響いた。見ると、玄関にいつのまにか男が立っていた。その姿を、マナは二度、見たことがあった。

「ブラウ=デュンケル……!? なぜ、ここに……」
「無論、お前の話していた件についてだ、今な」

いぶかしげな視線を向けつつも、マナは違和感を拭いきれないでいた。否、これは違和感というより、共感に近かった。
確かに、この男をどこかで見たような記憶があるのだ。
だが、それに意識を向ける余裕もなく、ブラウは言う。

「ブランカ・白波、そしてマナ……夜波 マナ。お前達の手を借りたい」
「わ、私達?」
「なぜ?」

一言だけの問いに、ブラウはやはり平静に返す。

「火波 スザクを呼び起す。そのために、お前達の力が必要だ」

そして、ブラウが語った事実……スザクの精神が、あとわずかな時間で消えてしまう、という事実を聞き、ランカはショックのあまり気を失いかけ、アズールとミレイが大慌てで支え、気を落ち着かせていた。一方のマナも衝撃を受けていたが、それでも何とかパニックに陥るのだけは堪え、さらに問いを重ねた。

「……それで、私達に何をさせたいの」
「火波の家に行ってもらう。後で、そこで説明する。俺はこの後、もう一人、二人、呼ぶべき相手がいる」
「……シュロ?」

その問いに、ブラウは小さく首を振った。

「彼女の許には、既に別の者を向かわせている。俺は、スザクに縁の深いもう二人を呼びに行く」

それで勘付いた。恐らくトキコとシスイのことだ。
ブラウは室内の時計をちらりと見て言った。

「15時か。彼らが来るかはわからんが……ともかく、向かってくれ。時間はもう残されていない」



暗躍のブラウ=デュンケル

(朱雀を再び羽ばたかせる)
(そのために飛び回る、男)
(その真意は――――)


「これは俺の……そして彼の、切実な願いだ」



えて子さんより「音早 紅」クラベスさんより「アン・ロッカー」(六x・)さんより「アズール」、名前のみえて子さんより「アーサー・S・ロージングレイヴ」しらにゅいさんより「トキコ」akiyakanさんより「都シスイ」をそれぞれお借りしました。
絡んでくださるならありがたいです。

475しらにゅい:2012/12/23(日) 14:27:24

「…はぁー…」
「珍しいね、トッキーがため息つくなんて。せっかくのクレープもまずくなっちゃうよ?」
「…んー、そだねぇ。」
「今日でもう十五回だよ、それ。」
「え、そんなについてた…?」
「ついてたついてた、学校でもずっとそうだったじゃん。」
「やだなー、ため息付くと幸せ逃げちゃうし…」
「…スザク、…いえ、彼女のお母さんのこと?」
「!わ、駄目駄目ウミちゃん!心の中、見ちゃ駄目!!」
「見ちゃ駄目も何も、トッキーいっつも垂れ流しじゃん!あはは。」
「うー…」
「銀角の事もあるから、誰にも言わないわ。」
「ウミちゃん…!」
「私達、三人だけの秘密!ね?」
「エミちゃん!」


”…まぁ、そもそもスザクの中身が入れ替わってるっていうのは、前から知ってたけどね。”
”エミ、”
”分かってるよ、シーッ!”


「…それで、いつ戻るのかなーって不安になってたの?」
「うん。」
「大丈夫だって!そういうのは案外、いつかは戻るものだよ。あむっ」
「でも、そのいつかっていつなのかな?…ずっとこのままっていうのはやだよ私。
だって、私が殺したいのは鳥さんであって、鳥さんのお母さんじゃない。」
「まぁ、ホウオウグループとして考えれば、鳥さんは厄介な存在だったし、このままならこっちは万々歳なんだけどねー」
「う、それはそうだけど…でも!私は鳥さんを殺したいのであって、それはとーっても大事な約束でしてね!?」
「わー!トッキー、どうどう!ドリンク零れちゃう!!もー分かってるってそれは!」
「ふー!」
「……ねぇ、」
「ん?」
「どうして、彼女は戻らないのかしら?」
「?…どうして、って…また、ヒッキーしてるからじゃないの?僕はあいつに勝てなかったんだーって。」
「違う。火波スザクが戻らないのは何者かに襲撃を受けて、致命傷を負って死にかけていたから、なんとか命を繋ぐ為に火波琴音がその仲介に入った。」
「…つまり、鳥さんは重傷のままでまだ眠ってて、その身体の主導権は今はお母さんにあるって事?ウミ。」
「ええ。」
「眠り姫の鳥さん、かぁ…。…ん?待って、じゃあ鳥さんは今どこにいるの?」
「今どこにいるの、じゃなくて、今どこに避難してるの、じゃないかな。」
「え?…待って、何?エミちゃん、その言いっぷり。それじゃあ、まるで…」
「…気が付いた?トキコ。」
「…っ!」

476しらにゅい:2012/12/23(日) 14:28:00
”…ウミが火波スザクを見ても、彼女の声も心も、すべて火波琴音のものだった。”
”死にかけている人間が生命維持装置も無しに生き続けることは出来ない。
つまり、未だに火波スザクは火波琴音という維持装置を付けながら、あの体で生きている。”
”でも、火波琴音という存在があまりにも大きすぎて、逆に命を吸い取られている状態にある。”
”つまり、火波スザクは、今…”
”火波琴音によって助けられているのではなく、その存在を乗っ取られつつある。”
”…火波スザクが目覚めない限り、それは時間の問題ね。エミ。”
”そうだね、…それに気付いたトッキーはどうするんだろう。”


「…鳥さん、消えちゃうのかな…もしかして。」
「可能性は、なくもないね。」
「………」
「…やだ、鳥さん消えたらやだ!私、楽しくない!でも、私精神とかそういうのに干渉出来る能力者じゃないし…」
「…仮にホウオウグループにそういった能力者がいたとしても、敵を助ける理由がないものね。」
「……どうしよ…」
「じゅー……あ、お見舞いに行けばいいんじゃない?」
「え?」


”…エミ、”
”いいじゃんいいじゃん、火波スザクがいるからトッキーは勝手しないで存在してるでしょ?
それに、火波スザクの性格から考えれば、いずれまたその襲撃犯とぶつかってくれる…こっちの手をかけずに邪魔を排除してくれるなら、お得じゃない?”
”………”

「お見舞いって、でも鳥さんのお母さんピンピンしてるよ?」
「違う違う、鳥さんのお母さんじゃなくて、鳥さんに声をかけるの。」
「…?」
「ねぇ、知ってる?医療の現場では、時々不可思議な現象が起こるんだよ。
助かる見込みがゼロで、ただ安楽死を待つだけだった患者が、ある日突然目覚めるっていう話。
医者は何もしてないのだけど、患者の家族が毎日お見舞いにきて、何度も何度も話しかけてたんだって。」
「………」
「…するのとしないとじゃ、結果が違うわ。本当にトキコの声は、火波スザクに届かないのかしら?…彼女は、貴方の事が好きなのに。」
「!…わ、わたしいってくる!!あ、お、お会計また明日ね!!」
「はーい、いってらっしゃーい。」
「いってらっしゃい。」


「「………」」


”ウミもいい事言うね。”
”エミの提案に、乗っただけよ。”










双子とトーキングinスノーエンジェル
「お見舞いの話」

477しらにゅい:2012/12/23(日) 14:30:17
>>475-476 お借りしたのはエミ、ウミ(鶯色さん)、名前のみ火波 スザク、火波 琴音(スゴロクさん)
お借りしました!こちらからはトキコです。

スザク姐さん戻ってきてー!という思いを込めて書かせて頂きました!
たぶんこの後にブラウさんと合流したらちょうどいいですかね?
絡む割には直接絡んでませんが…これからおうちに向かいます!><
スザク姐さん、戻ってくるんだー!

478akiyakan:2012/12/24(月) 16:52:22
スゴロクさん、現在フラグ回収中ですが、諸事情から私の投稿は26日以降になります。もう少し待ってください(汗)

479スゴロク:2012/12/24(月) 19:26:52
>akiyakanさん
む、わかりました。何と言ってもリアルの事情が一番優先ですからね。
どうか、ご無理はなさらずお願いします。

480十字メシア:2012/12/26(水) 15:51:50
「は〜あ、今日も疲れたなあ」
「…………」
「大丈夫か幽花。お前体弱いんだし…今日だって、体育途中で休んだろ?」
「…………」
「…んー、まあ、あまり無理すんなよ」

影法師の映る夕刻。
土手の下の道を歩いている遊利と幽花は今、下校の最中だった。

「…………」
「…………」
「…………」
(…デジャヴか? コレ)

またしても妙な空気が流れ出す。
と、幽花の足取りから、軽やかさが徐々に消えてきた。

「幽花?」
「…………」
「…やっぱり、疲れてんじゃん。ほら、土手に上がって休もうぜ」
「…………」
「嫌って…倒れたら大変だろ? な?」
「…………」

渋々、遊利の手を取って、土手に上がる幽花。
上がった二人はそのまま座り込んだ。

「川がオレンジ色になってる…綺麗だな。カメラ持ってくれば良かったー」
「…………」
「ん? どした?」
「…………」

視線を前に戻す幽花。
そんな反応に、遊利は慣れっこの様に苦笑した。

「そういや昼間、急に雨が降りだしてちょっと焦ったぜ。傘持ってきてなかったし…帰りに晴れて良かった」
「…………」
「あーそうそう。シスイとアッシュ、ミユカのイタズラに引っ掛かってたな! アレは笑ったぜー」
「…………」
「後なー、休み時間に紀伊達とババ抜きやってたんだけどさ、灰音が手強いのなんの! アイツ、ホント表情変わらないからさ〜」
「…………」

幽花の口からは声すらも出ない。
それでも、遊利は学校であった事を話し続けた。
楽しげに、幸せそうな顔で。
例え言葉一つ返って来なくとも。
幽花が隣にいて聞いてくれている(かは分からないが)事。
遊利はそれだけで嬉しかった。

「…そろそろ、行くか。気付いたら、さっきより暗くなってきたしな」

立ち上がって土手を滑り降りる遊利。
だが幽花は降りようともせず、その場から動かない。

「? 幽花?」
「…………」
「まだしんどいのか? でももう行かないと、皆が心配するぜ?」
「…………」
「なんなら、背負ってやるけど…」
「……………………………遊利」
「へっ?」

突然名前を呼ばれ、素っ頓狂な声を上げる遊利。

「…………………何で……」
「?」
「…………何で………嫌いにならない?」
「ならない…って?」
「……………私を…………不思議」
「あーなるほどな…そりゃあ――」


「大好きだからに決まってんじゃん」


「…………」
「…俺、両想いになりたいとか、そこまでは考えてないんだよな。……まあ、お前があまりにも冷たいからだけど…」
「…………」
「でも、でもさ。お前の事大好きだから…大好きなお前の笑顔が見たいんだ」
「…………」
「だから、笑ってほしくて…いつも花束贈ってるんだ、俺………けど、お前ってば全然、受け取ってくれないから参ったよ」
「…………」
「……なあ幽花。お前は…どうしたら笑ってくれるんだ?」
「…………」
「……なんてな。別に答えが返ってくるとは思ってねーよ。…帰るか?」
「…………」

おもむろに立ち上がり、土手から降りる幽花。
顔は、相変わらず「無」のままだった。

「またしんどくなったら背負ってやるから、安心しろ!」
「…………」
「いでででで!? な、何も耳引っ張る事無いだろ〜…」


愛する者と、愛される者

482名無しさん:2012/12/26(水) 23:26:20

「…………」

 放課後の、いかのせのごれ高校、屋上。柵に寄り掛かるようにして、そこにシスイの姿はあった。

「…………」

 呆、と彼は夕焼けの空を眺めている。心、ここに非ずと言ったところか。まるでここにある身体は抜け殻で、魂だけが外に出て遊んでしまっているかのようだ。

「……スザク……お前が眠っちまってから、一体どれ位経っただろうな……」

 ぽつりと、シスイは呟く。その声にも、覇気が無い。まるでただ、口から零れ出て来ただけのようだ。

「……お前、何時になったら帰って来るんだ……?」
「――どうだろうね。もしかしたら、このまま帰って来ないのかもよ、彼女」
「ッ――!?」

 シスイの瞳に、魂が宿る。彼は立ち上がると、声のした方へと身構えた。

「アッシュ……!」
「そう固くならないでよ、兄さん。別に僕は、兄さんとやり合おうと思ってここに来た訳じゃないし」

 にこやかな笑みを浮かべながら、アッシュは屋上へと踏み込んできた。その様子に一切の邪気は感じられないが、仮面で自分を偽るのはこの男の十八番だ。あの笑みの下に、殺人者の顔が隠れているとも限らない。シスイは、アッシュの動作に油断無く備えていた。

「……どう言う意味だ? って言うか、何でお前がそれを知っている……?」
「……兄さんもトキコちゃんも、僕の事ちょっと舐め過ぎてない? そりゃあ、兄さんの模造品なんだから、そう思われても仕方ないけど……でもさ、あんなに中身が違っていたら、それ位の違和感には気付くよ」
「…………」
「……カチナシに火波スザクが敗れた……その情報は、僕の耳にだって入ってくる。その後に起きた、火波スザクの言動の変化……頭をやられたね、彼女? おそらく今の火波スザクは記憶喪失にかかっているか、或いは今まで出ていた人格以外の人物が表に出てきている……ってところかな」

 正解ではない。だが、それでも限りなく正解に近い部分にまでアッシュは迫っていた。手持ちの材料だけでここまで見抜いた彼の力量に、シスイは思わず舌を巻いた。流石に、彼はスザクの中にいるのが彼女の母親の魂である、と言うところまでは分からなかったようだが、それでもここまで分かっただけで大したものだ。

「人の心は鋼の様に強いが、しかし矛盾した事に風でも吹けば折れてしまう位に脆い……案外とっくに、それまでの火波スザクは上書きされちゃってるんじゃないかな?」
「そんな訳無いだろ! あいつは、スザクは――」

 帰ってくる。そう言い掛けて、シスイは言葉に出来なかった。

 絶対に戻ってくるなど、一体誰に言い切れる? 一体、誰に保障出来る? 今起きているのは目で見て、はっきりと分かる事象ではないと言うのに。

「眠り姫を起こすのはいつだって王子様のキスだけど……くくく、本当にそんな事で目を覚ます訳がないだろう?」
「――そうだな、あいつはお姫様なんてガラじゃねぇ」
「!」

 シスイの声に、アッシュはハッとしたように顔を向けた。シスイは、真っ直ぐにアッシュを見ていた。

「キスで目を覚ますとか、そんなの似合う訳ねぇだろ、あいつに……だったらやる事は一つだ。スイネの時みたいに、呼びかける。海の底に沈んでるなら、そこまで潜ってって救い上げる。寝惚けてるなら、ほっぺた叩いてでも起こす!」
「…………」
「はははは……そうだよ、そうじゃねぇか……琴音さんにまかせっきりで、俺達何やってたんだよ……」

 琴音にスザクを委ねるばかりで、果たして自分達は何をしてきただろうか。否、何もしてはいない、何もやってはいない。スザクの仲間を自称していながら、自分は、彼女の為に何もしてやっていない――!

「ダチが目を覚まさないって言うのなら、その手を握って呼びかけてやるのが、普通じゃねぇか!」
「……そうだ、その通りだ」

 今までと違う、第三者の声。その声に、シスイとアッシュは顔を向けた。一体何時からそこにいたのか、薄い青色の瞳で、こちらを見つめている長身の男がいた。

483akiyakan:2012/12/26(水) 23:27:17
「あんたは……確か、ブラウ=デュンケル……」
「火波スザクの意識を呼び戻す。その為に、君の力が必要だ……協力してくれるか、都シスイ?」
「ああ、言われなくても!」

 それを聞くと、話は早い、とばかりにブラウはアッシュの方を向いた。その視線の意図を察した様に、アッシュは肩を竦めつつ道を開ける。

「……うまくいけばいいね、兄さん」

 屋上を出ていく、擦れ違い様。アッシュがそう漏らした。シスイは彼の方を振り返ったが、すぐに彼は階段を降りて行った。

 一人、屋上に残されたアッシュ。その横顔は夕焼けによって赤く染まり、もう片側は昏い影になっている。

 にぃ、とその口元が弧を描いた。

「やれやれ、ようやくお目覚めか……これでようやく、サシでやり合えるな……火波スザク」



 <恋敵の目覚めを望む銀角>



(駒の数は対等でなければ、ゲームは評価されない)

(とっとと起きろよ、火波スザク)

(まだ寝惚けてるようなら、僕がかましてやってもいいんだぜ。お目覚めのキスをさ)

※スゴロクさんより、「ブラウ=デュンケル」をお借りしました。
※お待たせいたしました! フラグ回収です!

484akiyakan:2012/12/26(水) 23:27:58
 ※しらにゅいさんより、「タマモ」をお借りしました。

「〜♪ 〜♪」
「これこれ、おりん。そんなにはしゃぐでないぞ」

 パタパタと走り回る「りん」をタマモが窘める。次の瞬間、ぽてん、と「りん」が倒れた。

「ああ、言わん事ではない……」

 タマモが駆け寄り、「りん」を立たせてやる。結構、豪快に倒れたように見えたが、「りん」はさほど痛がる様子でもなく、涙も見せずに「にはっ」と自分を抱き起したタマモに笑って見せた。

「全く、そなたは本当によく笑うの」

 言って、タマモも微笑む。それから、今度は転ばない様にと、タマモは「りん」の手を取り歩き出した。

「りん」が秋山家にやって来てから、数日が経過した。

 どこかの家の子だろう、と言う事で警察の方で調べてくれていたが、不思議な事にそれらしい子供は全く見つからなかった。戸籍を調べて貰っても、「りん」に該当する子供がいなかったのだ。

 一度、「りん」に直接住んでいる場所まで連れて行って貰った。ところが、そこは既に主を失った住居の廃墟であり、とても人の住めるような場所ではなかった。その時は結局、「りん」が道を忘れてしまった、と言う事で解釈されたのだった。

「お主の母も父も、今頃お主がいなくて心配しているじゃろうて……困ったのぅ」

 「りん」の頭を撫でながら、苦笑を浮かべながらタマモは言う。彼女の言っている言葉の意味が分かっているのかいないのか、「りん」は首を傾げるばかりだ。

「……まぁ、こればかりは仕方が無いのぉ……妾がもう少し高位の狐であったなら、それこそ『こっくりさん』でお主の家を探してやる事くらい、造作も無いのじゃが……」
「?」
「妾は狐が化けて出ただけの妖怪じゃ。きちんと修行した仙狐や天狐なら、色々な事が出来るんじゃがの……妾に出来る事と言えば、毒を扱う事ばかりじゃ」

 「役に立てなくてすまんの」と、タマモは申し訳無さそうな顔を浮かべた。すると、彼女の感情を察したように、「りん」はタマモの着物を引っ張った。

「? おりん?」

 「りん」はタマモの目の前で、両手を振ったり、くるくると回ったりと、へんてこな踊りを始めた。一体何がしたいのかと、最初呆気にとられていたが、やがて彼女の意図に気付き、タマモはふっと笑った。

「すまんの、おりん。お主に励まされるとは、妾もまだまだのようじゃ……」

 「りん」の手を握ると、彼女は「にはっ」と笑った。

「まったく、お主はよく笑うの……まるで、それしか表情が無いのではないかと、たまに心配になるぞ……おや?」

 その時タマモは、あるものが目に留まった。

 道端に立つ、一目で「それ」と分かる者。傘を真深く被り、黒色の着物を纏い、片手に鈴を、片手に鉢を持って佇んでいる。纏う雰囲気が違う。それが立つ、その周囲のみ、まるで世俗から切り離されているかのようにすら、錯覚する。

「今時珍しいの、托鉢僧とは……ほれ、おりん。ちょっと待っておれ」

 そう言って「りん」をその場に待たせると、タマモは托鉢僧に近付いた。僧侶はタマモに気付いて小さく会釈する。傘を深く被っている為にどんな顔をしているか分からないが、しかし肌の瑞々しさなどから、まだ若い僧侶である事が伺えた。

「……これはこれは。こんな街中で、かような貴人とお会い出来るとは」
「おやおや、坊主の癖に軟派かの? 腰が軽いのぉ、そんなんでは悟りなぞ、満足に出来んぞ」
「心配なさらずとも、この身に仏性は宿っております……後は、それに気付くのみ」
「ふふふ、流石お坊さんじゃの。上手なお説教だ」

 僧侶の鉢の中に、タマモは千円札を数枚入れた。ちりん、と僧侶は鈴を鳴らし、再び会釈する。

485akiyakan:2012/12/26(水) 23:28:29
「――時に、婦人」

 タマモが「りん」の下へ戻ろうとした時、僧侶が呼び止めた。

「何かの? お布施が少なかったか?」
「いえ、お布施はむしろ多いくらいです……一つ、お尋ねしたい事があります」
「何かの」
「この――世界について、貴女はどう思っていますか」
「…………」

 タマモは振り返り、僧侶の方を見た。相変わらず、傘のせいでどんな顔をしているのか伺えない。だが、言葉に込められた感情。それはタマモの鼻でも嗅ぎ取る事が出来た。

「妾は……良い、と思うぞ」
「ほう……それはどうして?」
「……好きである事に、理由など要るのかの?」
「そうですね……それは、一理ある……失敬、ありがとうございました」
「うむ」

 タマモは僧侶に背を向け、「りん」の元へと歩いて行く。その中で、彼女は僧侶から感じ取ったものについて考えていた。

(〝嘆き〟と……〝悲哀〟、かの。もしやあの坊主、世を憂いて仏門に下ったクチかもしれぬな……ふむ。やはり、珍しいのお)

 末法と呼ばれて等しく、崇拝対象が科学へと移って等しい現代であるが、それでも人は神や仏への信仰を忘れられない、と言う事なのだろうか。

 ――それとも、再び神仏に縋らなければいけないくらいに、今の社会は嘆くものなのだろうか。

「……そんなに捨てたものではないと、妾は思うがの……」

 確かに、今の社会は様々な問題を抱えている。嘆きたくなるのも分かるが、しかし、悲観するほどでもないとタマモは思う。

「世界がおかしくなれば、それを正す者が現れるのも摂理……その内、よくなっていくじゃろう」

 能天気と言われればそれまでだが、しかし悲嘆するにはまだ早いと、タマモは呟いた。

「……大体世界は、何時滅びたって構わないのだ」

 大事なのは、その「何時死んでもいい」「何時滅びてもいい」、心構え。常に目の前の事に全力で当たれるか否か。己が生を常に全うしているか否か、それなのだ。

(だが――)

 ちら、とタマモは「りん」に視線を向ける。彼女の視線に気付き、「りん」は不思議そうに首を傾げた。

「お主と過ごす日々が、もう少し続いてほしい、などと、妾は願ってしまっているな」

 否、「りん」ばかりではない。彼女の主たる春美しかり、百物語の仲間達しかり。まだ別れるには惜しい者達が、彼女にはたくさんいる。

「……うむ。もう少しばかり、世界は続いていて欲しいの」


 <〝おりん〟と散歩>


(それは、誰もが心のどこかで願っている、)

(ささやかな、)

(願い)

486スゴロク:2012/12/27(木) 01:14:52
しらにゅいさん、akiyakanさん、回収ありがとうございますー!
それでは、こちらも行ってみます。





――――ふと我に返ると、僕は真っ暗闇の中にいた。
尋常なものではないのはわかった。なぜって、僕自身の姿は驚くほどはっきりと確認できたからだ。
それにしても、僕はどうしてこんなところに?

「………えーと」

記憶を辿ってみる。……思い出した。あの時、ストラウル跡地で戦って……。

「……そっか。僕、死んじゃったのか」

不思議と、恐怖も動揺もなかった。あるのはただ、静かな諦観の気持ち。
やりたいことも、やるべきことも、たくさんあった。なのに、何一つとして果たせないままこんなところにいる。
だけど、それはもう仕方がないじゃないか?
投げ出したかったわけでも、逃げたかったわけでもない。ただ、ほんの少し、ツキがなかっただけのことだ。

「……そういえば」

そこまで考えて、やっと気づいた。――――何で僕は存在しているんだ?
何かの本で読んだけど、死んでから後のことを記憶するのは不可能らしい。臨死体験とかは、大半が記憶や知識に依存する錯覚だっていうし。なら、この僕はいったい何なんだ?

少なくとも僕は、自分が火波 スザクだっていう認識を持っている。けど、それが真実だと誰が言える? というか、今ここに誰かいるのか? それ以前にここはどこなんだ?

「……あの世、にしては殺風景だよなぁ」

天国では絶対にない。それは確かだ。だからと言って地獄かと言われると、これもNOだ。だって、何の気配も感じない。
それなら、ここは一体?

「!」

ふと、視界の端に何かが映った。そちらに目線を向けると、なぜか街灯が一つ、ぽつんと立っていた。
そして、その下に置かれた古めかしいベンチの上に、見たことのない男の人が一人、座っていた。
顔も背格好も、全く見覚えがない。だけど僕は、その人が誰なのか、心のどこかで知っていた。
ごく自然に歩み寄り、少し間をおいて座る。

「やれやれ……やっぱり来てしまったのか、綾音」
「見ての通り、だよ」

桜色の混じった黒髪が印象的なその人は、苦笑しつつ僕に言った。

「あまり早く来ない方がいいんだがな、ここは」
「仕方ないだろ? 僕も来たかったわけじゃないんだ」

肩をすくめていうと、その人から表情が消えた。

「……いや、すまない。確かにそうだな」
「……いいよ。もう、仕方がないんだ」

この人がいるっていうことは、どうやら僕は本当に死んでしまったらしい。未練がないわけではない、というかありまくりだけど、それでどうにかなる状態ではない、ということが本能的にわかっていた。
だから僕は、現状に対して無意味に抗うのは最初から諦めていた。

「……聞かせてくれるか? 今まで、どうして来たのか」

微かな笑みを浮かべ、その人は言った。

「うん」

そして、僕は口を開いた。

「あのね、父さん」

487スゴロク:2012/12/27(木) 01:15:24
ブラウの招集に応えて集まった面子で、その夜の火波家は騒然としていた。

アン・ロッカー。
ブランカ・白波。
アズール。
夜波 マナ。
トキコ。
都 シスイ。
シュロ。
そして、未だ頭に包帯を巻いたままの水波 ゲンブ。

「大さん、目が覚めたんだね」
「心配しましたよ、兄貴」
「ああ、すまない。だが、今は俺の事を話している時ではない」

不意に目を覚ましたこと以外ははっきりしていないゲンブの覚醒だが、彼の言うとおり、今はそんなことを論じている状況ではない。
ブラウから事の次第を告げられたアオイと琴音は、想像以上に深刻だった事態を理解して愕然としていた。

「姉様が……姉様が、消えてしまう……!?」
「……確かなの?」

硬い表情で琴音が問うと、ブラウは「ああ」と一言答えた。

「来る途中で前後の状況を聞いたが、それで大方の説明がついた。器なき魂だった貴女の存在が、肉体を得たことでそこに定着しつつある。恐らくだが、貴女はこの頃、その状態に対して違和感を覚えなくなって来ていたはずだ」
「た、確かにそうだけど」
「それは、肉体と精神が融和しつつある証だ。だが、知っての通り、その体の主は他にいる」
「ええ、そのために俺達が呼ばれたんです」

力強く頷いたのはシスイだ。その隣ではトキコが、顔面蒼白ながらもしっかりとした姿勢で立っている。

「それで、ブラウさん……私達、具体的には何をすればいいの?」

問いかけたランカに対し、ブラウはゆっくりと歩きながら言う。

「火波 スザクの精神は現在、肉体から8割以上遊離しかかっている。予想以上に進行が早い。このままでは明日の朝までもたん」
「な!?」

いきなりタイムリミットが切られたことに狼狽する一同に、ブラウはさらに続ける。

「そこで、まず火波 琴音に眠ってもらい、肉体を介してスザクの精神に呼びかけるのだ。繋がりの深い面子を集めたのはこれが理由だ」
「やっぱり、そうか……」
「私もそんなこと言われたし……」

シスイとトキコにちらりと目線を投げ、なおも続ける。

「これが本人に届くか、届いたところで聞いてくれるかはわからん。わからんが、何もしないよりは大いに可能性がある」
「……上手く行った場合、その後は?」
「アン・ロッカーの出番だ。上手く行けば、スザクの精神が活性化する。その時、アンの力を使い、肉体と火波 琴音の精神体の繋がり里を解除する。これが間に合えば、空の肉体に精神が引っ張られ、スザクはまた戻ってくる」

488スゴロク:2012/12/27(木) 01:16:01
ここに来てようやくプランの全体像が明かされた。やるべきことを見つけた一同は俄然、表情に力が戻り、騒然とし始める。
が、

「…………」

ただ一人、アオイだけが、浮かない顔をしていた。琴音が見咎め、話しかける。

「……どうしたの、アオイ」
「…………母様」

その一言だけで、彼女の懸念を読み取った琴音は、

「……ていっ」
「はゅっ!?」

デコぴんを一発、喰らわせていた。

「それは、気にしても遅いことよ」
「で、ですが」
「あなたはスザクが大切なんでしょ? なら、今すべきことはわかっているはずね?」
「……はい」

沈んでいる妹娘から視線を切り、琴音は一同に向き直る。

「もう機会もないと思うから、今言うわね」
『?』
「……ありがとう、みんな。スザクのために、ここまで来てくれて」

思いがけない言葉に、一瞬顔を見合わせた後、それぞれに言葉を返す。

「この力が役に立つのであれば、否やはありません」

「綾ちゃんは、私の一番の友達だから。だから、絶対いなくなって欲しくないから」

「ウチにとっても、スザクさんは他人と違いますさかい」

「スザクは恩人、私にとって。見捨てるなんて、ありえない」

「鳥さんが、ね。私のこと、好きって言ってくれたんだよ? なのにまだ、何も始めてない……だから」

「あいつは俺にとっても戦友だ。何度も助けられた……今度は、俺があいつに手を貸す番だ」

「姉貴には、命を助けられた恩があるんだ。だったら今が、それを返すときなんだ」

「ラボ以来の付き合いだからな……名誉挽回のためにも、ここで気張らなければな」

そして、そもそもの発起人が口を開く。

「……そろそろいいだろうか? 時間がない。すぐに始めよう」
「……わかったわ。それで、私はどうすればいいの?」
「眠ってくれればいい。とはいえ、すぐには無理だな……」
「では、わたくしがやりましょう」

進み出たのはアオイだ。彼女の能力もまた、姉と同じく「龍義真精・偽」だが、一つ違う点がある。アオイは決め技の「龍精落」が使えない代わり、対象の認識を操作する「龍覗眼」をその眼に宿している。これを応用すれば、人ひとり眠らせるくらいは出来る。

「では、すぐに頼む。……ソファーがあるな、そこがいいだろう」

否やを言う暇もなく、火波母娘はすぐさまその通りに行動した。琴音がソファーに身を預けた直後、アオイが視線を合わせて能力を発動。何を言う間もなく、琴音の意識は闇に落ちた。

「よし……では、始めよう。一人ずつ頼む」





生と死のコントラスト

(死を受け入れる少女)
(生を求める者達)
(結末は、如何に)


しらにゅいさんより「トキコ」akiyakanさんより「都シスイ」クラベスさんより「アン・ロッカー」(六x・)さんより「アズール」をお借りしました。……実は琴音さんのこの後については2パターン考えてまして、まだ未定です。

489紅麗:2012/12/28(金) 02:16:42
こんばんは、紅麗です。
亀さんもびっくり超スローペースではございますが、ユウイ中心で連載を書いていってみたい、と思ったので投下させていただきました。
彼女の能力、ナイトメアアナボリズムについて書けていけたらいいなぁと思いますっ。
時系列としては「ずっといっしょ系列」より後のお話になります。

お借りしたのはサトさんより「ファスネイ・アイズ」akiyakanさんより「コロネ」鶯色さんより「アズマ ミキヒサ」
名前のみしらにゅいさんより「トキコ」スゴロクさんより「火波 アオイ」でした!ありがとうございました。
自宅からは「榛名 有依」名前のみ「アザミ」「高嶺 利央兎」です。



―――たまに、

―――たまに、夢を見る。


いいや、あれを夢と呼んでもいいものなのか……。
眠ってはいないのに、いないはずなのに、

そこは、上も下も、右も左も、前も後ろも真っ白な世界で。まるで自分が宙に浮いているような感覚に囚われるんだ。
そんな世界で、暫くすると、何か小さな文字のようなものが浮き上がってくる。
それらはぽつ、ぽつ、ゆっくりと降ってくる雨のようで。
「え?」という声をあげているうちに…なんて、本当は声も出せなかったのだけれど。
辺りは文字、アタシがこの世で一番と言っていいほどに嫌いな文字で埋め尽くされる。
ほんの数秒、数分前まで真っ白だったこの世界は、黒の文字で暗黒の世界へと姿を変えた。
そんなことを思うのも束の間、今度は白い文字が螺旋を作り始める――。
一瞬見えたのは、―――あぁ…、「あの時」解けずじまいだった、「あの問題」?


眩暈がする。頭が、割れそうだ――。



「榛名ー!」

声がする。自分の名字を呼んでいる?
そうだ、今、アタシは何をしていたんだ?座ってる、椅子、木の机、黒板。アズマ先生。

(ッ! 数学!!)

「榛名、この問題解いてみてくれ。ちょっと難しいけど…」
「え、あ……5です」
「おぉ、正解。…早いな。よくわかったなー」

基礎中の基礎ができなかったはずのユウイが突然難問をすらりと解けるようになったからか、周りからは感嘆の声が上がる。
ユウイはほっと胸を撫で下ろした。どうやら、意識が飛んでいた時間は大して長くはなかったようだ。

「ユウイさん、…大丈夫?」
「あっ…だ、大丈夫!ごめんな」

しかし隣に座っているスイネにはあたふたとしている様子が丸わかりだったらしく、こそっと声をかけられた。
あまり話したことのない相手だったため、少しどもってしまう。恥ずかしい。


(―――ん?)

……あれ?ちょっと待て、アタシ…あれ、え?

こんな答え、こんな計算、いつ、書いた…?




どうも、ここ最近調子がおかしい…。
休み時間、ユウイは眉間に皺を寄せ難しい顔をしながら廊下を歩いていた。
気が付いたらスゥッと意識が飛ぶのだ。しかし、それで地面に倒れたりだとか、保健室に運ばれたりだとかしたことはない。
「それ」は決まって数学の勉強をしている時に起こる。ペンを持ち、問題を解こう!と思った瞬間だ。
酷いときには看板に書いてある数字を見たとき、時計なんて見たときには数字がそこらじゅうを飛び回っていた。
おかげで、授業に集中するどころじゃない。病院に相談に行った方が良いのだろうか。
ただ、不思議で不可解なのは、意識が戻った後解いていた問題を見てみると、答えが全てずらりと書いてあることだ。

「アタシ、ほんっとうにそろそろやばいんじゃあ…」
「ね、ねぇ、キミ!」

490紅麗:2012/12/28(金) 02:17:46
突然、後ろから声をかけられた。その声は何故だか少し慌てているようで。
疑問符を浮かべながら振り返ると、そこには亜麻色の髪を肩口で切り揃えた、小柄な少女がいた。
あっ、とユウイは声を上げた。昼休み、リオトやトキコ、アオイに会いに行くときによく目にする少女であったからだ。

「えっと…コロネさん?」
「そうそうっ、嬉しいなぁ。名前、覚えててくれたんだ!…って今はそれどころじゃなくて、あの、大丈夫?!」
「へっ」

思わずキョトン顔で固まってしまった。

「あのね、後ろから見ててなんか変だなって思ったから」
「変?」
「うん。なんだろう…オーラが違うっていうか、灰、色…?」
「なんだよそれ」

わけがわからん、とユウイは頭をかいた。正直、今自分にはそんなことを考えている余裕はない。
数字に追い詰められて気が狂いそうなのだ。できればそうっとしておいて欲しい、と心の中で思う。

「ごめんね、変なこと言って。でも、本当に大丈夫?顔色悪いよ?」
「え、うそっ、そんなに? ……なんでだろ」
「何か、あった?」
「………」

なかった、と言えば嘘になる。では、「ある」と言えば。

(ある、って言って、話したところで、馬鹿にされるだけだろうな)

一体誰が、彼女の話を信じるだろうか。周りの景色全てが数字に見える時がある。建物も、机も、椅子も、人もだ。
数学の問題を解いていたら、まだ解いていないはずなのに解けている。
そんな非現実的なことを、誰が信じるだろうか。
自分はそんな光景を今まで見てきたのだ。真面目な顔で、周りに注意を呼びかける糸目の彼。
その話を、笑い飛ばすクラスメート。

「なんでも、ないよ」

ぎゅ、っとスカートの端を握りながら、精一杯笑って見せた。


「……、なら…いいの。ごめんね!引き止めて」
「ううん、ありがとな、心配なんてしてくれて」


苦笑しながらコロネは手を振り二組の教室へと入っていく。
ユウイも手を振り返すと、一つ溜め息をついた。
彼女の言っていた「変」「灰色」とは一体なんだったのだろうか。
自分のあのことと何か関係があったのか?それならば、馬鹿にされてもいいから、「数字」が見えることについて
話すべきだったのだろうか。

「……いや、そんなわけない」

ありえない、と首を横に振る。
あぁ、もう。このままじゃ次の授業だって集中できないだろう。
どこかでサボりをキメてしまおう。確か次は――地理、担任はアザミだったはずだ。
サボり、決定。

ぞろぞろと教室に入っていく生徒達を横目に見ながら、屋上を目指した。
先客がいたらどうしよう。――まぁ、それは、その時に考えよう。


(―――「数学」はあの時を思い出すから、だから)
(…だから、数学は嫌いなんだ――)


目覚めた『能力者』

491紅麗:2012/12/29(土) 02:32:31
目覚めた『能力者』の続きになります。
お借りしたのはSAKINOさんより「カクマ」、えて子さんより「十川 若葉」でした。ありがとうございました!
自宅からは「榛名 有依」です。


とん、とんと足音を響かせながら屋上へと続く階段を上る。
そして、この先に誰もいないことを願い、ゆっくりと扉を開けた。



「やった、だれもいなーい!」

この落ちこぼれ高校のことだ。サボりの一人や二人、この屋上に来ていると思ったが。
どうやら今日は運が良かったらしい。この「屋上」という場所を数十分独り占めである。
謎の高揚感に自然と笑みが零れる。歌でも一つ歌えそうな、幸せな気持ちで屋上へと踊り出る。

ちょうど真ん中辺りまでスキップしながら辿り着くと、ふぅ、と息を吐いた。
いっそこのまま大声でも出してストレス発散でもしようかと考えたが、
どこかの教室の窓が開いていたりでもしたら大変なのでやめておく。

そして、誰もいないということをいいことに、
自分の不思議な「力」について自分の目でもう一度確認してみることにした。
すぅっと右手を前に出す。そして、手のひらに全神経を集中させる。その瞬間。

カカカッ、と何かが「三つ」地面に刺さる音。
目を開けて見てみると、そこにはシャーペンが三本。突き刺さっていた。

「これと、あの数字。関係あったりするのかな」





「何、今の」
「?!」

後ろから聞こえた低い声にユウイは目を見開き肩を跳ねらせ反射的に振り返った。
彼女の後ろにいたのは、グレーのパーカーを深く被った男子生徒。
誰もいないと思っていたのに。

「い、いつからいたんだよ?!」
「お前が来るずっと前からだよ。 ……それより今、手の辺りが光って鋭いモンが飛んだように見えたんだけどなァ」
「…あ、えっと」

床に刺さっているシャーペンを隠したくても隠せず、言い訳も出来ず、ユウイはきょろきょろと視線を泳がせた。
どうにかして、どうにかしてこの状況から抜け出さなくては。
ユウイがうろたえている間にも、パーカーの男はずんずんと近付いてくる。
このままではマズイ、彼女がそう思った、時だった。
パーカーの男が、ユウイに向かって蹴りを入れたのである。

「―――ッ?!」

自分の体に向かって、蹴りが飛んでくる。一瞬ちらりと見えた男の口元は、弧を描いていた。

(や、やだ――当たりたくない、当たりたくない!)

そう強く思うと同時にパン、と頭の中で何かが弾けるのを感じた。
全体に広がる数字の列。様々な公式。様々な記号。
男の動きが酷くゆっくりに感じられる。その男も、やがて数字の束に変わっていった。

こっちに6、そっちに4。それなら―――。
それなら、あっちに2……?

「ん?」
「ッ!」

ブゥン、と蹴りが宙を切る音がした。男の顔からも笑顔が消えた。

492紅麗:2012/12/29(土) 02:33:04
(あ、当たらなかった…!)

しかし、安心してほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、今度は正面から拳が飛んでくる。
ユウイはそれを素早く右に避け、続けて繰り出される膝蹴りも避けてみせた。
それを見て、再び男の顔に笑みが広がる。

「お前、やっぱ「一般人」じゃあねぇな?」
「っあ、あんたがどんにゃ…どんな奴か知らないけどっ、剣道部員を舐めないでほしいな…!」

彼女はおそらく「反射神経には自信がある」と言いたいのだろう。
だが彼女の動きは明らかに「普通の人間」がする動きではなかった。
例えるなら、相手の動きを先読みしているような――。

「お前も「あれ」か?」
「……「あれ」?」
「これ」
「あぁあッ?!」

突如として彼女の近くで爆発音がした。思わず両耳を塞いでしゃがみこむ。
威力は加減したようで、怪我することはなかったが…。
おそるおそる耳から手を離し、男を見上げると、左手を宙で振っていた。煙が出ている。

「っは、は――、な、何」
「死んで手に入れたんだけどさ、これ」
「死んで、って……!!」
「お、ビンゴ?」

にぃっとパーカーの男が笑い、瞳が輝いているのがわかった。
ごくり、とユウイは息を呑む。

「へへ、じゃあお前の力がどんなものか、見せ」
「コラーーーーーーー!!」

男が拳を振り上げた瞬間、屋上の扉が勢いよく開き、一人の女性が入ってきた。
赤茶色の髪を一つ結びにした女性の名前は「十川 若葉」このいかせのごれ高校の教師の一人であり、美人、として有名である。

「何かでっかい音がしたと思ったら…何してんだカクマ!ハルナ!」
「いたいっ(こいつカクマっていうんだ)」
「…(こいつハルナっつーのか)」

ぽかんぽかんと二人の頭を叩くワカバ。
ユウイは涙目になったが、カクマの方は痛みも何も感じていないらしく瞬き一つしなかった。

「ったく…さっきの音はなんだったの?」
「ハルナが放屁」
「違います爆竹です!爆竹で遊んでたんです!」

とんでもないことを言われそうだったので、咄嗟に言い訳を考えた。
だが、それは失敗だったらしい。ワカバの顔がみるみるうちに鬼のようになっていく。

「へぇー、授業サボって爆竹、ねぇ…へぇ。中学生か!!」
「いたいっ」
「…(なんで俺まで)」
「さー、二人とも。先生と少しお話しましょーかねぇ」

再び殴られた。更に、二人とも服を掴まれ強引に相談室へと引き摺られていくことになった。



「っくそ、なんで俺まで…。こういうのは飽きたっつーのに」
「なぁ、あんた…カクマだっけ?あんた、こういうの嫌じゃないのか?」
「こういうの、って?」
「だから…変な力、みたいな」
「嫌なわけねーだろ?俺は今までのただの「日常」に飽き飽きしてんだよ」
「……アタシに向かってあんなことしたのは?」
「暇つぶし」
「……」
「んだよその顔」
「二人ともぐちぐちうるさい!反省してんのか!」
「す、すみません…」
「(めんどくせー)」


「異端者」と「異能者」


(変な力手に入れて嬉しい奴もいるんだ。)
(――――変なの。)

493しらにゅい:2012/12/29(土) 12:09:48



 “真”犯人は、廃頽したビルの屋上にいた。
彼女は薄いピンクのワンレングスヘアーを風に靡かせながら、セピア色の細い目で地上を見降ろしていた。
ここからでは粒程の大きさにしか見えないボサボサ髪の少女は依然、蹲って動かないままで、人型の兵器は歩みを止めずに迫ってくる。
このままでは、あの兵器に殺されてしまうだろう。だが助けるなどという慈悲深い考えは、『冷血』の異名を持つ彼女には毛頭なかった。
風ではためいた白衣の下には、HとOの重なったバックルの白いベルト。

「…駄作ね、とんだ期待外れだったわ。」

 クルデーレはそう呟いて、髪を耳にかけたのであった。


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 グループ内で生物体製造、生物学的実験と研究を担当していたクルデーレは昔、とある生物兵器を製造していた。
それは、ヤマアラシをモチーフとしたもので、対象を問わず、無差別に近寄った者へ攻撃を仕掛ける生物兵器であった。
しかし、大量生産になるとどうしてもデメリットの方が多くなってしまい、最初に作った試作機の段階で開発を取り止めてしまった。
その一番初めはというと、クルデーレではない誰かが廃棄処分してしまった為、彼女の中ではそれは行方知らずにあった。
クルデーレの耳に再びその生物兵器の名が入ったのは、開発を打ち切りにした数か月後の事であった。

山に住むヤマアラシのような化物が、人を襲ってくる。

少しだけ興味の沸いた彼女はその現場へと赴いたのであったが、目にしたのはかつての生物兵器の姿ではなく、破壊された後のただのガラクタであった。
どういうことだ、と思考する前に聞こえたのは、バタバタと駆けていく足音。視線で追えば、ボサボサの髪を山のように蓄えた少女が背を向けて走っていく姿が見えた。
今思えば、それが『ハリマミク』であったのだ。


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「これ以上の成果は望めない、か。」

素体として興味の沸いた実験体、『ハリマミク』を調査すべく『手駒』として黒髪の少女を使っていたのだが、
先程のパニッシャーの狙撃を受けた後、地に伏してからまったく動かない。恐らく、あの一撃が致命傷となったのだろう。
やはり人間は使えない、脆弱で愚かしい存在である。クルデーレは立ち上がると、そのまま踵を返し、支部へ帰還することにした。

494しらにゅい:2012/12/29(土) 12:12:03
「…?」

 すると、振り返ったクルデーレの前に、一人の少年が立っていた。赤い眼と緑色の髪をした、いかせのごれ高校の制服に身を包んだ少年。
観察対象の補足事項として、クルデーレの記憶の中に彼は存在していた。『ハリマミク』の幼馴染、カイリ。

「…何か、御用かしら?こんなところにいたら、危ないわよ。」

 クルデーレはあくまで一般人を装って、カイリへ声をかけた。
しかし彼はその問いに答えず、クルデーレに尋ねた。

「…サヤカにちょっかい出したの、あんた?」
「何の話かしら?」
「とぼけないでよ。数日前、市街地のカフェでサヤカに声をかけてたでしょ?」
「………」

 カイリは抑揚のない、しかしはっきりとした声で突き付けてくる。
クルデーレは、ええ、と軽く微笑んだがそれは余裕の笑みにも捉えられた。

「そうね、ソレが黒髪をした女子生徒なら私はサヤカという子と会ったわ。」

 本当は数日前ではなく、それより前に彼女と出会っていたが、とクルデーレは心中で呟いた。


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 彼女がサヤカと接触したのは、彼女とみくの友人関係が破綻する前だ。
『ハリマミク』の情報を集めるべく彼女の周囲を探っていた際に、もっとも近しい人物として二人の名前が挙がった。
一人がカイリ、もう一人がサヤカだ。本来であれば幼馴染であるカイリに近付くべきであったが、
とある事情から接触は難しいと判断したクルデーレは、まずはサヤカと接触を図る事にしたのであった。
彼女がピアニストを目指していてくれたおかげで、きっかけはいくらでも転がっていた。
とある公民館で開かれたピアノのコンサートにクルデーレは赴き、ピアノの先生をしていると偽り、アドバイザーとして彼女に近付いた。
元々、人見知りの傾向にあったサヤカだったが、彼女の好きな音楽を話題に引き出し、少しずつその警戒心をクルデーレは削ぎ落としていった。
そして、数か月もしない内にサヤカの中で『知り合い』としての地位を築き上げたのであった。

『私、もう、ピアノが弾けないんです…!』

 件の事故があった数日後、サヤカからの突然入った連絡でクルデーレはそう告げられた。彼女から事の経緯を説明されたが、クルデーレは既に把握していたのだ。
自分が仕掛けずとも、神は有利にこちらへと運命を傾けてくれたようだ、とサヤカに悟られずに笑いを押し殺しながら、クルデーレは声をかけた。

『…悔しくないの?』
『え…』
『その子、謝って許して貰おうとしているのよ?ねぇ、悔しくない…?あんなに貴方、頑張ってたじゃない。』

 それは慰めではなく、憎悪の花を咲かせる毒だった。
後はクルデーレが介入せずともとんとん拍子に進んでくれた。
サヤカのいじめをきっかけに周囲の人間も面白半分に参加し、それを『恐怖』と捉えた『ハリマミク』は意図せずとも能力を発動するようになった。
それがどのような効果を発揮しているかは、花丸が教えてくれた。

495しらにゅい:2012/12/29(土) 12:14:12
 しかし、実験が様相を変え始めたのは、ほんの数日前。
『ハリマミク』が能力を使わないようになってきた、と彼から報告が入ったきた。
原因は汰狩省吾や蒼崎啓介といった第三者の介入だ、『ハリマミク』のいじめが彼ら妨害されることにより減少し始め、主犯のサヤカも必要以上に関わらなくなってきた。
つまり、サヤカの中で復讐心が薄れ始めてきたことを意味する。これでは実験に支障が出てしまうと判断したクルデーレは、久しぶりに彼女を適当な喫茶店へと呼び出したのであった。
案の定話を聞いてみると、サヤカはいじめに関して諦観しており、自分は傍観者になる、とクルデーレに話した。その時は必要以上に彼女を問い詰めず、そう、とだけ答え、
彼女と別れたのだが、クルデーレがそれで終わるはずがなかった。


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「…でも、もう使えなくなったのよ。あの子。」
「だから、捨てることにした。」
「そう、いじめの主犯らしく、自殺に見せかけて、ね。」
「………」

 そう言ったクルデーレの顔は、冷酷そのもの。
芯の強いサヤカは自分から崩れることはない、そう考えたクルデーレは彼女の取り巻き達にサヤカと同様の手段で毒を流した。
効果はすぐに表れ、今度はサヤカをターゲットにし始めた。ヴァイスのマニピュレイトの効果もあって余計惨く仕打ちを受けていたのを、クルデーレはこの時知らなかったが。

「この場であの子だけ始末するつもりだったけど、貴方のお友達も来てしまったから…色々手間が省けてよかったわ。」
「…みくにはもう用がない、って?」
「そう、欲しいデータはもう十分手に入った。後は始末するだけ…貴方もね。」

 クルデーレは笑みを深くすると、右腕を突き出し、カイリに向けて掌をかざした。
掌は何も触れていないはずなのに大きな亀裂が生まれ、その間から影で出来上がったような狼、いや、狼の形をした何かが次々と這い出て、地面にぼたり、と落ちた。
それらは起き上がって、唸りながらカイリを威嚇するが、彼は怖気づくことなくその場から動こうとしなかった。
クルデーレは、気が迷ったか、とため息をつくと右手を掲げ、その手を振り落して彼らへGOサインを出そうとした。
だが、そこで違和感に気が付いた。

「…っ…?」

呼吸が、妙に苦しい。
クルデーレが自分の胸元を掴むと、周りの獣も連動するかのように戸惑った動きを見せる。
ただ、目の前の少年は苦しむ様子もなく、それを淡々と見つめているだけだった。

「…窮鼠猫を噛む、って言葉…知ってる?相手が弱くても、逃げ道のないところに追い込んではいけない、っていう故事成語。」
「私に…何をした…?」
「直接は、何もしてないよ。」

 クルデーレはカイリを睨む。
彼の右手にいつの間にか細身のボイスレコーダーが握られていた。

「…ホントは厄介事に巻き込まれるのは嫌だったけど、みくが絡んでたし、これっきりにするよ。」

 そう言ってカイリは『停止』ボタンを押すと、背を向けて屋上を立ち去ろうとした。
クルデーレは片膝をついて大きく噎せたが、唸るような声で呟く。

「…猫が一匹だけだなんて、誰が言った?」
「―――!」

496しらにゅい:2012/12/29(土) 12:16:25

 刹那、黒い影がカイリの視界に入る。

「ッテメェェエエエ!!!デレ姉さんに何しやがったぁぁぁぁあ!!」
「っ?!」

 突如現れた黒の軽装をした少女、サディコが飛び掛かり、カイリの鳩尾に蹴りが入れた。
その勢いで崩壊したフェンスまで身体を吹き飛ばされたカイリは、蹲りながらげほ、げほと息を吐いた。
もはや内と外を隔てる役割をフェンスは持っていなかった為、あと少しで屋上から落ちていただろう。
苦しげに歪むカイリの眼から、赤色が消え失せる。

「…どうやら、彼も能力者だったようですね。」
「ラティオー…」

 サディコの後ろから現れた、同様の風体をした少年、ラティオーは自身の口を手で覆いながらクルデーレにそう伝えた。
よくよく見れば、サディコの口には布が巻かれている。ラティオーの眼がカイリのように赤く光ると、彼は何かを払うような仕草をした。
すると、先程の身体の重さはなくなって、クルデーレはすくっ、と立ち上がった。

「…なるほど、現れた時点で既に罠を張っていた、というわけね…確かに、直接は何もしてないわ。」

 クルデーレは倒れているカイリに近付くと、その手を勢いよく踏みつけた。
激痛にカイリは声をあげたが、彼女は意もせずに痛みつけるように足を動かす。

「この私に膝を付かせた代償は高いわよ、ぼく…」
「く、っう…」

 クルデーレは足をよけると、カイリの腫れた手の手首を掴み、フェンスの外へと彼の身体を持ち上げた。
ふらふら、とカイリの足は力なく揺れた。もし『ハリマミク』にとって最愛の人物が、彼女の目の前に落ちてきたらどのような表情を浮かべるだろうか。
そんなことを考えたクルデーレは、また冷酷に笑った。

「じゃあね、」

 そして無慈悲に、その手を離した。
しかし、

「カザマさん!!」

 一瞬の浮遊感の後に一陣の風が吹いたかと思えば、誰かの腕に受け止められていることにカイリは気が付いた。
衝撃に目を瞑っていたが、ゆっくり見開くと目の前には眠たげな印象を持った薄い表情をしている青年…その背中からは黒い羽根が生えていた。

「みっしょんこんぷりーつ。」
「…誰?」
「千羽鶴のおにーさんから君を助けるように頼まれたなんでも屋みてぇなもん。」

 そう名乗った風魔は羽ばたきながら、ゆっくりと地面へと降り立った。
下に降りると、遠くに見える小さな山嵐とそれを護るようにパニッシャーと戦ったであろう傷付いた人々が視界に入った。
騒ぎを聞きつけたのか、パニッシャーも一体ではなく数体に増えていて、それらはすべて瓦礫に還って周りに散らばっている。

「………」
「帰らねぇの?」
「…誰が。」

 カイリは風魔を見ず、走って向かっていった。
その後ろ姿を見て、ふ、と一息をついた風魔は先程降り立ったビルを見上げた。

「…さて、お仕事お仕事。」

 そして、黒い羽根を再び広げると、屋上で戦っているであろう千羽鶴を助けに飛び上がっていった。


----


「みくちゃん!」
「みく!!」

 冬也の知らせを聞いた汰狩省吾、その彼の姿を見た青崎啓介とストラウル跡地へと向かう三人の姿を目撃したモエギは現場に着いた時には、
今まさに張間みくがパニッシャーに襲われるところであった。衝動的に駆け出した省吾がパニッシャーを蹴り飛ばし、怯んだところを彼の後ろにいたモエギが追撃をかけ、破壊した。
しかしその騒ぎを聞きつけたのか廃ビルの影からぞろぞろと別のパニッシャーが現れた為、四人は戦闘を余儀なくされた。幸い、アタッカーの省吾とモエギ、
サポートの啓介と冬也とバランスの取れたメンバーで数もそれほどでなかったので、大した苦戦は強いられなかった。
問題は、その後であった。

497しらにゅい:2012/12/29(土) 12:17:48
「みくちゃん…!」

 冬也が声をかけても、針山と化したみくは一向に警戒を解こうとしない。
針山の下から誰かの両足が見える、おそらく誰かをみくが護っているのだろう。

「おい、どーすんだよ!っちくしょう、みく!みく!!」
「アオサキ、これ…」
「…能力の暴走、に近いものですね。誰かがパニッシャーに襲われ、ハリマがそれを護ろうと能力を発動した。」

 啓介は顎に手を当てながら冷静に分析するが、だからといって解決の糸口は見つかっていない。
元々抱え込みやすい、悪く言えば自分の世界にのめりこみやすい彼女の性格だ。今も「自分のせいだ」と思いこんでしまい、周りの声が聞こえていない状態だろう。
現にモエギや冬也、省吾が声をかけても一向に反応してくれない。

「(どうすれば…)」
「みく、」
「!カイリ、」

 四人が振り向けば、そこには少し衣服の汚れたカイリが立っていた。

「おい、お前どこから…」
「…みく、」

 モエギの問いかけに答えず、カイリはみくに近付き、視線をあわせるようにしゃがんだ。彼の声もまだ、彼女に届いていない。

「………」
「!!カイリくん!!」

 カイリは茂みを掻き分けるようにみくの棘に触れて、彼女を探した。当然、鋭利になっているみくの髪は容赦なくカイリの手に刺さり、
数分もしない内に彼の手を真っ赤に染めていく。それでもカイリは探す手を止めず、ようやくみくの頬に触れた。

「…みく、」
「……ぅー…」

 みくは目を真っ赤にして、泣いていた。
カイリを認知するとみくは更に涙を増やし、ぼろぼろとその雫を落としたが、針山は役目を終えたかのように引っ込んでいき、いつもの長さへと戻った。

「みく、…!それ、は…」
「ちか、ちゃ、せんぱ、っとーや…っう、ひっぐ…うぅ…!!」
「………」

 倒れていたのは、真っ白い顔をしたサヤカであった。
彼女らの足元はサヤカが流したであろう血で赤く染まっていた。
誰が見ても、これはもう助からないと把握できるほど、だ。
省吾が悔しそうに拳を握りしめていたが、ふと、サヤカの身体が大きく震える。

「…み、く…」
「!サヤカちゃん、サヤカちゃん!!」
「っげふ、ぁ…あ…」
「喋るな、…これ以上は…!」

 サヤカに駆け寄った啓介が携帯電話で呼ぼうとするが、それをカイリが制した。

「…お前…」
「………」

 それは暗に、言わせてあげて、と示しているようなものであった。

498しらにゅい:2012/12/29(土) 12:19:05

「…みく…」
「だめ、っサヤカちゃん、やだぁ…!」
「……ごめ、…も…むり…」
「むりじゃないよぉ、っあきらめちゃだめ、って……!」

 みくは目の前の現実を受け入れたくないように、頭を振り、必死に否定する。
それでもサヤカは止めないどころか、うっすらと微笑んでいた。

「…アタシ、うれしー…よ……だって、…さい、ごに…なかなお、り……でき…たもん…」
「さいごじゃないよ、さいごじゃないって!!」
「……みく…」
「やだ、やだぁ!!」

 こぽ、とサヤカは口から血を吐き出して、苦しそうに噎せる。
その様が痛々しく、冬也は思わず視線を逸らしてしまった。

「サヤカちゃん…っサヤカちゃん…!?」
「おくびょう、ものは…だれ、だって…?」

 みくではない、誰かに語りかけるようにサヤカが呟く。
もうその眼には、誰も映っていなかった。

「…みく、じゃない……アタシ…だよ…。」










臆病者と代償



(…あれ?へんだな。)
(さやかちゃん、こんなにさむかったっけ?)
(…どうして?)
(ゆすっても、おきないよ。)

499しらにゅい:2012/12/29(土) 12:21:52
>>493-498 お借りしたのはクルデーレ、サディコ、ラティオー、モエギ(十字メシアさん)
カイリ(鶯色さん)、汰狩省吾(サイコロさん)、蒼崎啓介、名前のみヴァイス(スゴロクさん)
冬屋(六さん)、名前のみ千羽望、花丸(えて子さん)でした!
こちらからは張間みく、サヤカ、風魔です!

あとがきも含めすんごい長くなってしまった…!

500えて子:2012/12/29(土) 15:41:06
「暗躍のブラウ=デュンケル」の後、「生と死のコントラスト」と同時刻あたりです。
スゴロクさんより「隠 京」、名前のみ「ブラウ=デュンケル」、クラベスさんより「アン・ロッカー」をお借りしました。


「……今頃、アンさんは目的の場所へ着いたのかしら」
「ええ、きっと。寄り道をするような人じゃないし…できるような状況でもなさそうだしね」
「…それもそうね」

アンとブラウが情報屋を出て、しばらく経った。
紅と京は、先程と同じように、ローテーブルを挟んで向かい合って座っている。
アーサーもパペットを抱いたまま何も話さず、静かな空気だけが流れている。

「……………」
「…あの人の話を考えているの?」
「!」

沈黙を最初に破ったのは、京のほうだった。
突然の京の言葉に、伏せられていた紅の目が驚いたように開かれる。

「……そうね」

去り際に告げられた、ブラウの言葉。
「ハヅルを襲った人物が、紅の縁者である」という内容。

ハヅルが戦った人物がどのような相手であるかも分からない今、彼の言葉にどのぐらいの信憑性があるのかは分からない。
しかし、その言葉が嘘やハッタリであるとは、紅には思えなかった。

「……。ねえ、紅さん。聞いてもいいかしら」
「ええ、どうぞ」
「…その、あなたに縁のある人…だったかしら。あなたが情報屋をやっているのって、その人に関係が?」
「………………」

考え込むようなしぐさの後、やや間があって紅が口を開いた。

「……その人か、どうかは分からない。けれど、私は人を探している。そのために情報屋になったの」

そして、何か言われる前にそっと人差し指を口元に当てる。

「…これ以上は、言えないわ。情報屋の端くれとして、個人情報をあまり無闇に話すわけには、ね」
「……そう。ごめんなさい」
「いいえ、こちらこそ」

そこで、会話は途切れた。
また少し、沈黙が訪れる。


そのとき、今まで黙っていたアーサーが口を開いた。

『…ベニー姉さん』
「ん?何かしら、アーサー?」
『…あの人の言うこと、信じるの?』
「…………。100%信用するわけではないけれど…頭から全て否定することもできないわ」
『…そうなんだ…』
「…どうしたの?」
『…怖いんだ』

そう小さな声で言い、俯く。
パペットを持っていないほうの手は、膝の上でぎゅっと握られていた。

『よく分かんない、わかんないけど…あの人、何かとても怖いものを見ている気がするんだ』
「…それは、アーサーの勘かしら?」
『うん…やな感じがする。僕、ベニー姉さんが怖い目にあうの、いやだよ』

アーサー一家と近所づきあいの深かった紅は、アーサーがこの手の勘に鋭いことを知っている。
彼女の“嫌な予感”は、昔からよく当たる。故に、この言葉を考えすぎだと笑い飛ばすことはできなかった。

「…分かったわ。私も気をつける。だから安心して」
『うん…。京姉さんもね。気をつけてね。怖いの、いやだから』
「え、ええ。大丈夫よ」

突然話を振られて驚いたものの、京も頷く。
その様子を見て、やっとアーサーも安心したようだった。

『……ありがとう』


残された者たち


(でも、やっぱり怖いよ)
(どうしてだろう)

501ヒトリメ:2012/12/31(月) 01:21:12
だいぶ今更ですが、>>444「異端の襲来」のあとのおはなしです。
しらにゅいさんより「シロユキ」、名前のみAkiyakanさんより「ジングウ」をお借りしました。
ヒトリメからは「パター」を。
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他者の笑顔こそが奇術師の全てだ。
奇術師自身の信条であり、生物兵器に許された唯一の望みであり、かれの存在意義である。
雌鶏は卵を産まねばならない。咲かない向日葵は愛されない。
奇術師は、望みを叶えるためにつくられた。

次回公演の準備に追われる舞台裏。
虚空に向かって腕を振ってみる。
その手に剣を持っていないのは、だれも望んでいないからだ。

「パター、何してんだ」
「ううんユキじい、なにもしていないのさ」

望みを叶える兵器が、気づいていない筈がない。
サーカスに来る客が見たいのは、"ただの奇術師"であることを。
新しい居場所の同僚達が望むのは、"生物兵器"ではないことを。
だから奇術師は、兵器として"奇術師"を演じるのだ。

「おい、次公演すぐだぞ。いけるか」
「とうぜんさ!」
「……大丈夫か?」
「なにがだい? そっちこそ、元気がないんじゃあないかい?
 さっきの、えーと、ジングウのせいかな?」
「……あー、大丈夫ならいい」

ただ……それらは、生物兵器を生んだ"望み"の強さには、較べるまでもなく小さかった。
だからその願いたちは、本当の意味では叶えられていなかった。

やはり、奇術師は気付いていないのだ。
塵の願いは気に留まらない。
だがいつか、長い永い時を経て、塵も集まれば星となるだろう。

奇術師は、願いを叶えるためにつくられた。

「……そう、ジングウの願いが、本気じゃあなかっただけさ」
「なにか言ったか?」
「なんでもないよ!ほら、時間だ!」



"サーカスの奇術師"



あの来訪者は、サーカスの奇術師をどう思っただろうか。
変わりつつある兵器を、欠陥ありと棄ておくだろうか。
もしも彼が、奇術師の変化を興味対象として"期待"するなら……。
また一粒、塵は星へ近づくことになるのだろう。

502えて子:2013/01/03(木) 22:06:57
あけましておめでとうございます。新年一発目の小説です。
「臆病者と代償」の屋上サイドです。
十字メシアさんから「クルデーレ」「サディコ」「ラティオー」、しらにゅいさんより「風魔」をお借りしました。


屋上では、一方的な戦闘が繰り広げられていた。

「ぐっ……!!」

サディコ、ラティオー、そしてクルデーレが召喚した魔物たち。
それらの絶え間ない攻撃を、千羽鶴…千羽望はかわし、あるいは防御し続けていた。

「ちっ、しぶてぇ奴だぜ。とっととくたばってくれりゃあいいのによ」

苛立たしげにサディコが毒づくのも無理はない。
既に相当量のダメージが与えられているのにも関わらず、望は倒れないからだ。
殴っても、切り裂いても、傷が瞬時に再生してしまう。
…流石に、右腕を折った時は腕を押さえて呻いていたが。

「…どうやら、自己治癒力を強化する能力者のようですね」
「どうすんだよ。このままじゃ埒があかねー」
「そうでもありませんよ。見てください」

ラティオーが冷静に望を指差す。
細かな浅い傷は既に治っているが、深い傷は治りが遅くなっている。
狼型の魔物に切り裂かれたらしい脇腹は、血も止まっていないのか左手で傷口を強く押さえている。

「…あれがどうしたっていうんだよ」
「お馬鹿。傷の治りが遅くなっているでしょう。つまり長期戦には向いていないということです」
「ばかって言うんじゃねーよ!!…けど、なるほどな。治るよりも早くぶん殴り続けりゃいいってことか!」
「…………。まあ、そうでいいです。それに…」
「っ……?」

急に望の表情が変わった。
右手で口元を押さえ、咳き込んでいる。
実はラティオーは先程カイリの能力を奪い、それを使用しているのだが、望にはそれを知る術はない。
ただ、急な息苦しさに戸惑うだけだった。

「これで、先程までのように防御はできないでしょう」
「へっ、じゃあ遠慮なく!」

動きの鈍った望に向かって、サディコが拳を繰り出す。
その拳は、望の頭を正確に捉えて砕く…


「させねーよ」


…ことはできなかった。

503えて子:2013/01/03(木) 22:08:32
「ぎゃっ!!?」

飛んできた風魔が、横から杖でぶん殴ってサディコを弾き飛ばしたからだ。
ついでに降り立つ際に勢いよく翼を羽ばたかせて風を起こすと、息苦しさの原因は吹き飛び、望は軽く咳き込んでから立ち直った。

「!カザマさん!!あの子は…」
「大丈夫。ちゃんと助けた」
「そうですか…よかった…」

安堵の息を吐く望に、風魔は軽く肩を竦める。
明らかに自分のほうがボロボロであるにも関わらず、見ず知らずの少年の心配をするとは。

「…ほんと、甘ちゃんだな」
「はは…すみません…」
「てめぇっ!!よくもやってくれたな!!!」

サディコの拳が飛んできたが、それはすんでの所で風魔の杖に阻まれた。

「…こっちは引き受けるから、あんたは親玉を」
「……ありがとうございます」

物理攻撃を仕掛けてくるなら杖で打ちすえ、空気に細工をすれば翼を強く羽ばたかせて追い払う。
彼ならば、自分よりもうまく立ち回ってくれるだろう。

望は風魔に軽く会釈すると、クルデーレに向かった。

「なぁに?まだやるつもり?」
「……ええ」

頷く望には、既に傷は見当たらない。

「本気?今のあなたに、私が負けるとでも?」
「………やってみなければ、分かりませんよ」
「分かるわ」

望が数歩近寄った瞬間、クルデーレの手が望の首を掴み、そのまま絞め上げた。
ぐっ、と苦しそうに息を詰まらせるが、それでも首を絞める手の力は緩まない。

「余計な手間をかけさせてくれたわね…それ相応の罰を受けてもらうわよ」
「…………ふ、」

首を絞められ表情を歪める望が、突然苦しげに笑った。

「……何がおかしいの?それとも、狂ってしまったのかしら」
「…いいえ。ただ……僕は、治るだけじゃないんですよ…」

そう言って伸ばされた望の右手が、クルデーレの頬に触れた。

「つ か ま え た」




刹那。

504えて子:2013/01/03(木) 22:09:32
「あぐ――――――――っ!!?」

クルデーレの全身が、激しく切り裂かれた。
咄嗟に手を放して望から距離をとるが、もう遅い。
頬が、肩が、腕が、胸が、脇腹が、脚が、容赦なく切り刻まれて、血を流していく。
骨が悲鳴をあげ、音を立てて破壊される。

「ぐ……」

ついにクルデーレは、膝をついて床に倒れ伏した。
そして、すぐにダメージが目に見えるものだけではないことに気づいた。
体全体が石のように重く、ぴくりと動かすことしかできないのだ。

「……何、を……?」
「…大したことは。僕の負った傷と疲れを、貴女にお渡ししただけです」

その言葉に、クルデーレは疲労で鈍くなる頭をフル回転させて考えた。
おそらく、望には回復能力の他に、傷とかそういうものを他人に移す能力があるのだろう。
それを、あたかも能力で回復したように見せかけて少しずつ蓄積していき、今ここで爆発させたのだ。

しかし、その望も呼吸が荒い。
どうやら、いかな超回復でも失った体力までは回復できないようだった。

「ふ、ふふ……ふふふ…」
「…………」

不気味に笑うクルデーレに、望が何か言おうと口を開いた瞬間、

「――――――てんめえええええええええええええええええっ!!!!!!」
「っ!!」

激昂したサディコが、風魔を押しのけて拳を振り上げ飛び掛かってきた。
望は軽く唇を噛み、なけなしの体力を振り絞ってその拳を避ける。

だが、彼らが戦闘していたのは廃ビルの屋上。
古びて耐久力の落ちたコンクリートが、魔物であるサディコの攻撃、その衝撃に耐えられるはずもない。


サディコの拳が触れた瞬間、限界を迎えた床はその役目を失い一気に崩れ、宙へ飛んだ風魔以外の全てを飲み込んで落ちていった。


冷血と千羽鶴たち


「…無茶しすぎだろ」

(ビルの上空、)
(そうぼやく鴉天狗が一人、取り残されていた)

505スゴロク:2013/01/04(金) 02:43:54
「生と死のコントラスト」の続きです。




「……そうか。お前も色々と大変だったようだな」
「ん、まあね。でも、悪いことばかりじゃなかったよ」

僕がそう言うと、父さんはふっ、と笑った。

「人間、生きていれば色々なことがある。良いことも、悪いこともな」
「うん。今の僕なら、よく分かるよ」

それでいい、と父さん。その顔が、ふと曇った。

「……しかし……」
「?」
「お前も、俺も……こうまで早死にするとはな……」
「…………」

実感がなくて忘れそうだったけど、そうだった。僕は、死んじゃったんだ。

「すまなかったな、綾音。お前には結局、俺は何もしてやれなかった」
「父さん……」
「お前だけじゃない。綾歌にも、琴音にも、俺は何もできなかった。一人で走り回って、挙句がこの様だ。父親失格だな、これでは」

自嘲するようにそう言った父さんに、僕は言った。

「結果はどうあれ、父さんは僕を探してくれたんだろ?」
「だが……」
「なら、それでいいよ。僕にとっては、それで十分さ」

ふと、笑みが浮かぶ。

「こうして話が出来たんだから、それでいいんだ」
「……すまない」
「……少しだけ覚えてるんだ、昔の事。僕達家族を愛してくれた、父さんを……僕は、誇りに思う」

そうして語る僕は、

(……けど、何だ? さっきから、何か聞こえる……)

どこからか、微かに響いて来る声が気になっていた。





「よし……では、始めよう。一人ずつ頼む。少しなら口添えも有効だろう」

ブラウに言われ、まず進み出たのはランカだった。
ある意味、この中でもっとも「綾音」と「スザク」の両方を知る彼女は、眠るその手を取って呼びかける。

「……ねぇ、綾ちゃん。聞こえる? 私だよ、ブランカ。綾ちゃんに出会ってから、私、変われたんだよ? 綾ちゃんが友達になってくれたから、私、誰かとちゃんと話せるようになったんだよ」
「さいです。マスターがこんなに元気になれたのも、元はと言えばスザクさんのおかげですさかい」

追従するように、アズールが声をかける。

「……せやから、どうか戻って来てください。ウチら、スザクさんがおらんようになったら悲しいです」
「そうだよ、綾ちゃん。……ねぇ、聞こえてるなら答えて。わ、私、綾ちゃんがいなくなっちゃうなんて絶対嫌だよ……」

泣きそうな声でそういうランカと入れ替わるように、今度はシュロが口を開いた。

「なぁ、姉貴。覚えてるか? 姉貴たちがアタシを助けてくれた時の事。無茶して死にそうだったのを、さーっと片付けて救ってくれたんだったよな。あれ以来、アタシは姉貴達について行こうって決めたんだ。今度はアタシが姉貴を助けるんだって、そう決めたんだ。……なのに、さぁ。何にも受け取らずに逝っちまうのか? アタシは絶対嫌だよ、そんなの。まだ、あんた達に何にも返しちゃいないんだ。これからなんだ。だから、戻って来てくれよ、姉貴……」

極力平静を保とうとしたものの、万が一を考えてしまったのか声音が沈むシュロ。彼女の肩に手を置きつつ、ゲンブとマナがスザクの前に出る。

506スゴロク:2013/01/04(金) 02:44:49
「……思えば、お前とも長い付き合いだな。最初はあまりにも危なっかしくて、見ちゃいられなかったけどな……最近じゃ、随分と頼れるようになったらしいな」
(?)

何やら、いつもと違う口調のゲンブに違和感を覚えつつ、マナも言う。

「忘れてない、私。あの時、私達を助けに来てくれた日のこと。私を友達だって言ってくれた時のこと、忘れてない。だから、私も助ける。スザク、あなたを。あなたはまだ、死んではいけない。逝ってはいけない。まだ、貴女を必要としている人がいるのだから」
「その通りだ……スザク、お前にはまだやるべきことがある。命を預けるべき相手は既に見つけ、絆を結んだはずだろう? それをふいにするのは俺が許さん。帰って来い、それがお前の義務だ」

さらに、ランカと重ねるようにして手を取るアオイも加わる。

「姉様……わたくしの声が聞こえますこと? 姉様に出会えたあの時ほど、嬉しかったことはございませんわ。会いたい、話したいと、そればかりを願い続けて……とうとういかせのごれまで来てしまいましたわ。家族として受け入れてくださった時は、本当に幸せでした……まあ、色々と失敗もしましたけれど、それでもですわ。……わたくし達は、これからですわ。まだ、この先ずっと、共に生きていくはずではないのですか? そうでしょう、姉様? ……だから……」

ついにこらえきれなくなったのか、アオイが涙声になる。しゃくりあげこそしないが、ぼろぼろ泣きながら、姉の手に縋り付く。

「お願い、だから……帰って来てよ、お姉ちゃん……私、もう一人ぼっちは嫌だよぅ……」

いつもの口調が消え、恐らくは素の部分が遂に表に出る。今、それを指摘する者はここには一人もいないが。
しばしの沈黙が流れた後、意を決したようにシスイが進み出た。

「スザク……俺もここにいるぞ。お前とは、ホントに付き合い長いよな。助けて、助けられて……ウイルスの時とか、スキュアロウとやり合った時は本気で駄目かと思った。けど、お前がいたから、俺は生きて、ここにいることが出来た。だから、今度は俺の番だ。マナがそうするように、今度は俺がお前を助ける。この力を使ってでも」

言うや、シスイはスザクの反対側の手を取ると「天子麒麟」を発動した。その様子を見ていたブラウは、内心で感嘆を覚えていた。

(なるほど……情報では、スザクは「天子麒麟」のオーラによって精神の安定化を起こしていた……現状で効くかは五分だが、上手くすれば……)
「帰って来てくれ、スザク。俺だけじゃない、お前を必要としている人間が、まだたくさんいるんだ。何より、お前はまだ、逝ってしまうには早すぎるだろう?」
「そうだよ、鳥さん」

シスイに続くようにして最後に声をかけたのは、ブラウが内心、シスイと並ぶ本命と見るトキコだった。

「私も覚えてるよ、鳥さん。あの時……私のこと、好きって言ってくれたよね。二番目くらいでもいいから、覚えておいて欲しいって。……順番なんか、つけられないよ。事実は変えられないけど、それでもやっぱり、私も鳥さんが好きなんだから。少なくとも、鳥さんが私を好きなのと同じくらいにはね。……ねえ、まだ約束した時は来てないよ? 鳥さん、嘘は嫌いって言ったよね? だったら、早く帰って来て、また一緒に学校行こうよ! まだ私、鳥さんと何にもしてないんだよ? このまま終わっちゃうなんて、私、絶対に嫌だよ! ねぇ、帰って来てよ、鳥さん……」

口々に呼びかける中、ブラウは一人様子を見ていた。

(……揺らぎが見えるな。今少しか……)
「アン・ロッカー、もうそろそろ出番かもしれん。スタンバイを頼む」
「わかりました」

507スゴロク:2013/01/04(金) 02:45:20
「この声……」
「……どうやら、お前はまだ、逝くには早いらしいな」

父さんがそう言った。けど、僕は迷っていた。
ここにいるってことは、僕は死んだはずだ。死人が戻っていいのか? それに、まだ母さんが見つかってない。あの時、確かに見たんだ。母さんが僕を迎えに来てくれたのを、確かに見たんだ。なら、どこかに母さんもいるはずなんだ。

「けど、僕は……」

何より、僕はここから戻れるのか? それが、大きく心に圧し掛かっていた。
どうしても答えが出せなくて、思わず父さんを見る。
途端、

「――――!」

すとん、と何かが心に落ちた。

「父さん」
「何だ、綾音」
「僕は……帰らなくちゃいけないんだね?」

父さんは、そうだ、とは言わなかった。
違う、とも。

「それは、お前次第だ、綾音」
「選べるの? 僕が?」
「ああ。……見ろ」

父さんがそう言って指差した先には、かすかに光のようなものが見えた。ただ、ここに来てようやく気付いたけど、辺り一面霧が立ち込めていてよく見えない。

「もし、お前が帰らないと決めたなら、そうだな……あの向こうに行けるはずだ」
「そこを通って、僕はどこへ行くの?」
「別の未来へ、だ」

また、しばらくの沈黙が流れた。

「……帰れば、僕は遠からず、あいつと戦うことになる」
「そうだな。お前を『殺した』相手と、戦うだろう」
「それでも父さんは、僕に帰って欲しいんだね?」

何も言わず、父さんはただ笑った。

「これだけは言っておこう。綾音……いや、スザク」
「!」
「もし、お前が帰ることを決めたなら、そうだな……全く新しい選択を出来る可能性はある。約束は出来ないがな。しかし、覚えておけ、スザク。お前がもう一度ここに来ることがあったなら、その時は、他の誰かよりもここを恐れる必要はない」
「父さん……」
「俺を……死んだ人間を意識するな、スザク。今生きている、お前と共に在るものを見ろ。お前が帰ることで、お前はまた、いくつかの大切なものを守ることが出来る。それが、お前にとって有意義なことであるならば……」
「あるならば?」

ふ、と父さんは不敵に笑んだ。

「俺達は、ひとまずここで別れるとしよう」

僕は頷いた。ここから去るにはどうすればいいのか、直感が知っていた。それをすることは、あの日、マナとトキコ、どちらかを選択することを強いられた時に比べれば、何という事はない。でも、ここは暗いけれど温かくて、平穏だ。戻った先には、もしかしたら冷たい、辛いことが待っているかも知れない。
僕は立ち上がった。父さんも立ち上がり、僕を見た。僕も見返し、長い間そうしていた。

「さて……お前はどうする? 綾音」

答えは、決まっていた。

「僕は――――」



「―――――――――――――――」





『さよなら』


(告げられた、別れ)
(それは父へのものか)
(それとも――――――?)


しらにゅいさんより「トキコ」akiyakanさんより「都シスイ」クラベスさんより「アン・ロッカー」(六x・)さんより「アズール」紅麗さんより「シュロ」をお借りしました。

508akiyakan:2013/01/07(月) 12:58:03
※鶯色さんより「ハヤト」、大黒屋さんより「楠原亜音」、そして私からは「都シスイ」です。

 ある日の休日。
 シスイとハヤトの姿は、楠原亜音の経営するレストランにあった。

「あれこれ聞き込んだはいいが……」
「手がかり無しだな……」

 机を一つ占領し、二人は額にシワを寄せていた。机の上には地図やメモ書きなどが乱雑に広げられている。地図には赤ペンで走り書きがしてあり、あちこちに赤い丸印が付けられていた。

「あのさぁ、二人とも……? そう言うのは、ウチじゃなくて、余所行ってもらえるかな……?」
「いいじゃん、店長。ちゃんと金払ってるんだからさ。俺達、客だよ、客? あ、シスイ、ドリンクおかわり?」
「おう」
「悪いけどさ、俺のもくんできてもらえるー?」
「ああ、いいぜ」
「さんきゅー」
「……そりゃ、金払ってくれるのはいいけどさ……アンタらドリンクバーしか頼んでないし、それで二時間もここにいるし……」

 「まぁいいけど」と、諦めた様に亜音はため息をついた。「ごめんなさい」とハヤトは両手を合わせているが、顔は笑っており、悪びれる様子は全くなかった。

「で? 悪ガキ二人で、一体何を企んでるのかしら?」
「企んでる訳じゃないですよ。ちょっと、調べ物してまして」

 亜音の質問に、ドリンクバーから帰って来たシスイが答えた。ハヤトの分を置くと、彼も自分の席に着いた。

「調べ物?」
「そう。店長は、最近町で噂になってる話、知ってる?」
「えっと……双角獣とか、人面虎?」
「んー、それは一昔前のだね……最近変な噂が流行っててさ。と言っても、俺らもつい此間まで知らなかったんだけど……」
「亜音さん、『ジャシン様』って知ってる?」
「ジャシン様? 何、それ?」

 シスイの言葉に、亜音は首を傾げる。彼女は聞いた事が無いようだ。

「えっとここに……ああ、あったあった。亜音さん、これ」
「えっと……? どこかのサイトの写し、これ?」
「そ。いかせのごれの都市伝説とか噂を集めてるサイト、『百本蝋燭』。百物語組が造った、噂を監視するサイトだよ」
「あれま。百物語組って、そんなの作ってたの?」
「はい。噂って案外、馬鹿になりませんから。実際、このサイトのおかげで、何度か超常現象を未然に防いでいますし」
「まぁ、そう言う過去の実績は置いとくとして……これ春美が言うには、「電脳空間内にいる妖怪達があちこち飛び回って、色んな掲示板やサイトに書き込まれている噂や都市伝説を集めて、それを整理してまとめる」なんだとか。まぁ、「噂のWikiサイト」みたいなもんだと思ってもらえれば……」
「つまり、そのサイトを見れば、いかせのごれにある、ありとあらゆる噂や都市伝説が分かるの?」
「そう、そう言う事」
「そこで今、街に出回ってる噂を探してたんです。そしたら……」

 亜音に手渡したコピーをシスイは指差した。紙には、「ジャシン様」と言う言葉が書かれていた。

「……何だか、あんまり良い響きの言葉じゃないね」
「〝邪神〟かもしれないし、〝邪心〟かもしれない。取り敢えず、そう言う名前の噂が今街に広がってる」
「でも、ヘンなんだよなー。『百本蝋燭』で調べたら噂の名前は『ジャシン様』ってあるのに、誰に聞いても噂の名前自体は知らないんだよなー」
「そう? 噂なんてそんなものじゃないの? 人と人との間を伝わっていく内に、伝言ゲームみたいに情報が抜け落ちたり、余計な物がくっついたり」
「その可能性は勿論高いです。十中八九、その類だと俺も思います……でも……」
「でも?」

 亜音はシスイの方を見ながら、問いかけた。しかしシスイは、躊躇うようになかなか口を開かない。

「……俺の直観ですけど、何だか、人為的な物を感じます」
「どんなの?」
「意図的に……噂を歪曲してばら撒いている、そんな気が」
「……それに、どんな意味がある?」
「……分からないです。でも何だか、俺にはそんな気がして……」

509akiyakan:2013/01/07(月) 12:58:34
シスイは申し訳無さそうに顔を伏せる。だが亜音は、シスイの言葉を全く可笑しいとは思っていなかった。むしろ逆だ。彼女は、彼の直観が何かを訴えているのだと考えていた。曲がりなりにも、シスイはアースセイバーの調査員。一般人に交じり、そこに生じる綻びから未然に超常現象や怪奇現象を防ぐのが任務だ。その調査員としての経験が、何かを感じ取っている。亜音には、そう感じられた。

「……まぁ、何をやってもいいけどさ。私はもう、アースセイバーじゃないから。だけど、無理だけはしないでね、二人とも?」
「分かってるよ、店長。そん位」
「俺達、逃げ足なら、誰にも負けない自信があるんだぜ?」
「よく言うわよ、あんた達……」

 本当に、よく言うと、亜音は思う。この二人が『逃げ』を選択した事など、まるでないのだから。

「さてと……ごっそさん、店長。そろそろ俺ら、行くわ」
「会計、お願いします」

 机の上に広げた物を大雑把にリュックに詰めながら、二人は席を立つ。亜音は慌ただしい奴らだ、と苦笑した。

「はいはい……っと、これからどうするの?」
「んと……取り敢えず、この家に行ってみようかと」

 言って、シスイは一枚のメモを渡した。そこには、どこかしらの住所が書かれていた。

「ここに、なんかあるの?」
「ええ。一家心中した家なんですけどね……俺達が調べたところによると、この家、父親だけ死に切れてなかったらしくて」
「で、その生き残りの父親が、死んだ家族を生き返らせる為に、噂に頼って死体集めてたらしいです」
「死体、を?」
「うん。噂通りだと、生贄が九人必要らしいんだけど、父親には人殺しする程の根性は無かったみたいで」
「まぁ、俺は良心がまだあったと信じたいですが……その父親は、病院から死体を盗んでいたのがバレて、窃盗罪で捕まったんですけどね。ただ、事情聴取で、こんな事を言ってたみたいなんですよ」

 ――頼む……娘は出来たんだ! 後、後は妻だけなんだ! 妻だけ! ――

「『娘は出来たんだ』……って……まさか、」
「死者を蘇らせる。そう言う事例は、アースセイバーのアーカイブにもいくつか載ってます……ですが、それはあくまで神代の話。現代で死者が蘇るなんて事例があるとすれば、ナイトメアアナボリズム以外には考えられない」
「だけどもし、本当に死者が蘇るなんて事が起きているなら……この噂は立派な超常現象だ」


 <ジャシンの噂>


「内容がどうあれ、」

「それが超常現象であるなら、」

「俺達アースセイバーが、」

「狩る」

510名無しさん:2013/01/16(水) 07:56:55
 ※しらにゅいさんより「タマモ」、大黒屋さんより「秋山 春美」をお借りしました! 私から「りん」を出しています。

「む……おりん、いかんぞ。またそんなに残して……」

 ――何故妾は、それに気付いてやれなかったのだろうかと、後悔せずにはいられない。

「好き嫌いはいけないぞ。そんなに野菜ばかり食べては……育ち盛りなのだから、ちゃんと肉も食べなければ」

 ――秋山の家に来てからずっと、「りん」は肉を食べていない。口にするのは野菜や米ばかりじゃ。「りん」はただでさえ、細身であるから、もっと肉になる物を食べねばならん。そう思って、何とか食べさせようとするのじゃが……

「な、何も泣く事ないではないか……仕方ないのぅ……よいよい。そこまで嫌がるなら、無理に肉を食べなくとも良い。お主の食べたい物を食べれば……しかし、好き嫌いはいかんから、おいおい直していくのじゃぞ?」

 ――「りん」は、肉を口にする事を頑なに拒んだ。それは徹底していて、間違って口に入ろうものなら吐き出す程に。食べる事を強要すれば、首を振って泣きながら嫌がっていた。

 ――妾は愚かじゃ。何故その様子が、妾には奇異に映らなかったのじゃろう。何故ただの好き嫌いに過ぎないなどと、思ってしまったのだろうか。


 ――・――・――


「おりんちゃんが来てから、大分経ったね」
「ええ、そうですのぅ……」

 庭で遊ぶ「りん」の姿を眺めながら、春美とタマモは話をしていた。

「警察の人達も、まだ見つけられないって?」
「ええ。方々を掛け合って貰ってはいるのですが、おりんの親に関する情報は全く見つからず……」
「そう……」
「申し訳ありません、主……」
「え? ううん、別にいいんだよ? おりんちゃん一人くらい……まぁ、私が良くても、おりんちゃんのお父さんとお母さんはそうじゃないけど……」

 困ったなぁ、と春美は苦笑した。

「もういっその事、おりんちゃんも家の子になっちゃえばいいかな。タマモにも懐いてるみたいだし」
「あ、主。それは……」
「分かってるよ、もちろん冗談。だけど、タマモは正直、それも悪くない、って思ってるんじゃない?」
「う……」

 春美が意地悪そうな笑みを浮かべ、タマモは思わず頬が引き攣った。

 それは確かに、彼女の本音である。本当の親がいるのであるから、あまり情が移ってはいけないとは思っていたが、しかし彼女と「りん」は一時の関係としては長く触れ合い過ぎた。

 タマモの本心を代弁させて貰うなら――「りん」を手放すのが、惜しくなってしまっていた。

「まぁ、その話は置いておくとして……おりんちゃんの偏食は、いい加減直した方がいいよね……」
「あ……」

 春美の眼差しが、少し鋭くなった。十二歳と呼ぶにはあまりにも大人びた顔付きで、彼女は「りん」を見つめている。

 パッと見では、「りん」に変わったところは見られない。しかしよく観察してみると、肌はやや青白く、若干やつれているようにも見える。

「おりんちゃん、一度もお肉食べてないよね?」
「はい……少なくとも、妾が目にしている限りは……」
「育ち盛りなのに、お肉を食べないのは良くないよね……どうしたら食べてくれるかなぁ……?」
「あの嫌がりようは、かなりのものですからのぉ……何か、肉にまつわる事で、トラウマにでもなったのでしょうか……?」
「……鶏をシメるのとか?」

 自分で言って嫌そうな顔をする春美に、思わずタマモは苦笑した。確かに、あれを直接目にするのは、あまり気持ちの良いものではない。かつての日本ではありふれた光景であったのに、随分この国も丸くなったものだ、などとタマモは思った。

「……ところでタマモ。最近この辺り、動物の気配がしない気がすると思うんだけど……」
「……一応、妾もノラも、動物ですが」
「あぁ、うん、そうだけど……そう言うのじゃなくて、野生の動物のね」

 言われてみれば、とタマモは思った。

 ここ数日、寺の境内で一匹も野良猫を目にしていない。それまでは皿に残飯を乗せて置いておけば、すぐに数匹が群がって来たと言うのに、だ。それどころか、雀一羽も見かけていない気がする。まるで、秋山の寺を中心に動物達がいなくなってしまったかのような……そんな感じだ。

「何だか、ヘンな感じがする……タマモも、気を付けてね?」
「はい、分かりました。妾も用心します」

511名無しさん:2013/01/16(水) 07:57:51
 ――・――・――


 ――なぜ、あの瞬間になって気付いたのだろう、気付いてしまったのだろう。

 ――もっと早く気付けば良かったのにと、思わずにはいられない。


 ――・――・――


「む……?」

 布団から「りん」の抜け出る気配に、タマモは目を覚ました。

 おそらくはトイレであろう。そう思い、特に気にも留めなかった。だが、布団を抜け出してから十数分。用を足しているにしては長いと思い、彼女は様子を見に行った。

「……おりん?」

 トイレには、誰もいなかった。「りん」は一体どこへ行ったのか。彼女の匂いを手繰ると、どう言う訳か、「りん」はどうやら庭へ出たらしかった。地面には、小さな足跡が薄らと残っている。

「……こんな夜更けに、履物も履かず……!?」

 寝間着の上に上着だけを羽織ると、タマモは宵闇の中へと飛び出した。

「おりん……どこじゃ、おりん!?」

 冷たい夜気の中に香る、「りん」の匂いを辿って彼女は走る。もし走る彼女を見た者がいたなら、それはさながら人の姿をした獣が駆けているかのように映った事だろう。

 元が狐だけに、タマモの嗅覚は優れている。間もなく、彼女はとある場所へと行き着いた。それは、とある空き地の一角だった。暗がりの中で、小さな体がもぞもぞと動いている。

「はぁ……はぁ……そこにいるのは、おりんか?」

 タマモが呼びかけると、闇の中にいるモノがびくりと反応した。それを見て、タマモはホッと肩を落とす。

「全く……こんな夜中に抜け出して、何をやっておるんじゃ、お主は……遊ぶのなら、日が昇ってからじゃろうて。さ、戻るぞ」

 タマモが手を差し出す。だが、暗がりの中から「りん」は出てこない。

「……っ……!?」

 その様子は、奇妙だった。月に雲がかかっているせいで、「りん」の様子はよく見えないが、彼女は何だか、暗闇の中でもがいているように見える。或いは、何かに怯えて震えているようにも。

512akiyakan:2013/01/16(水) 07:58:21
「何をしておるのじゃ? ほれ、こっちへおいで。妾は怒ってなどおらぬぞ?」

 自分に見つかった事に驚き、怒られるのだと怖がっている。タマモはそう思って、優しげに声をかけた。実際この時、タマモはこれっぽっちも怒ってなどいなかった。ただ、無事に「りん」を見つけられた、その安堵の気持ちだけだった。だから早く彼女を連れて一緒に帰りたいと思っていた。だが、そんなタマモの気持ちとは裏腹に、「りん」はこちらへ出てくる気配が無い。

「……! ……っ!!」
「……お、おりん……?」

 タマモには、「りん」が何かを言おうとしているように思えた。闇の中で、「りん」は必死に声の出ない喉から声を出そうとしている。

 それに――タマモの嗅覚を、とある匂いが刺激した。それは数日前にも、彼女が嗅いだ匂いだ。

 その匂いは、どろりとした鉛の強い――

「待っておれ、おりん。今、妾が――」

 ただ事ではない。そう思って、タマモが暗闇の中に踏み込もうとした。

 その時だった。雲が割れて、空き地に月明かりが差し込んだ。銀色の光が、二人の身体を照らす。

「な――」

 その光景に、タマモは思わず息を呑んだ。

 月明かりの中に浮かんだのは、

「――! ――っ!!」

 今にも泣き出しそうな顔の、「りん」と、

「お……りん……お主……何をやって……」

 その口元を濡らす、赤黒い液体。膨大な量の血液は、「りん」の全身を汚している。

 そして、

 そしてそして、そして――

 彼女の傍に転がっているのは、




 人間の、首、だった。

「――これで八人」

 「りん」の背後に立っていた人物が言った。まるで暗闇と同化しているかのように、男はそこにいる。黒色の法衣。真深く被った網代傘。

「お主は……」
「これで会うのは二度目だな、妖狐」



 <黒が再び朱で染まる>



(その男はまるで、)

(死の使いであるかのように、)

(不吉さを纏って、)

(そこに存在していた)

513akiyakan:2013/01/16(水) 07:59:45
 ※しらにゅいさんより「タマモ」をお借りしました!

 現れた主犯 ‐災いは人の形をして訪れた‐

「これで会うのは二度目だな、妖狐」

 それは、いつかの托鉢僧だった。その言葉には再会を喜ぶような気配も無ければ、タマモを敵として認識した感情も何も無い。まるで幽霊のような「無」。僧侶からは、何も感じられなかった。

「主は一体何者だ!? おりんに何をした!?」
「……見た所、それなりに高位の変化だと思ったのだが……何だ、気付いていなかったのか」

 タマモの質問を無視し、僧侶は嘲るでも驚くでもなく、ただ淡々と言った。

「その幼子は死人だ」

 あくまで淡々と。

 場違いな程に、空耳な位に、雑音の様に、それはタマモの耳に滑り込んだ。

「何を……言っている……?」
「その幼子は、反魂で生き返らせた死人だ……そして、ジャシンを奉じる為の巫女でもある」
「何を言っていると――言っている!」

 単調な男と違って、感情の込められた声が空き地に響いた。ぎろりと、肉食動物特有の目でタマモは睨みつける。しかし僧侶は、全く動じているようではなかった。

「おりんに何をしたと、妾は聞いているのだ! 答えろ!」
「……反魂の多くは欠点を抱えている。当然だ、鬼籍に登録された者を、無理矢理地上に縛り付けているのだからな。ある者は日を浴びれぬ身体となり、ある者は数日限りの命で再び瞳を開く……そしてこの幼子は、人の血肉を身体が求めるようになる」
「…………!」

 自然と、視線が「りん」へと動いた。その瞬間彼女は、びくりと身体を震わせる……傍に倒れている人間の死体は、腹の部分が裂けて中身が無くなっている。それは確かに、動物に食われたような様子だった。

「死人であるが、生きている。その矛盾を解消する為だ。この方法で蘇った者は、自分の身体を維持する為に生者の血肉……とりわけ、生き胆を求める様になる。だから幼子は人を食った、それだけだ」
「そんなバカな事があるか! おりんは! ……今までずっと、妾達と一緒に暮らしていたのだぞ……!?」

 人間の生き胆を求めていたと言うのなら、「りん」の近くには春美や、秋山の寺の者がいた。彼らに対して、「りん」は一度も牙を剥くような真似はしなかったのだ。

 「りん」は死人などではない。ましてや、人食いな訳がない。

 タマモの言葉はまるで、「そうであって欲しくない」と訴えているかのようだった。祈っているかのようだった。

 しかし、そんなタマモの願いを、男は淡々と否定した。

「どうやら巫女は、自らの衝動に抵抗していたようだな」
「……何?」
「その幼子、一度たりとも肉を口にしていないのだろう、お前達の前では? ……人ではないとは言え、血肉だ。それを食わないようにする事で、人間を食べたくなる事を抑えていたようだな」
「な……」
「もっとも、夜な夜な抜け出しては、この辺りにいる犬や猫を食って衝動を紛らわすようでは、それも変わらん。おかげで、この一帯からは獣の類は姿を消してしまった……お前の様な、化生の類は除いてな」

 タマモは再び、「りん」を方を向いた。「りん」は相変わらず震えている。

「おりん……お主は……ずっとこんな真似を……」

 タマモの脳裏に、頑なに肉類を食べまいとする「りん」の姿がすぐに浮かんだ。あれは、好き嫌いで嫌がっていたのではない。

「おりん……おりん……! お主と言う奴は……!」

 ただ、秋山の人間に自分が危害を加えてしまわないように……自分が人食いである事を否定する為に。

 彼女は懸命に、自らの衝動と戦っていたのだ。

「すまぬ……すまぬ、おりん……妾は……妾は……!!」

 一番近くで、傍で、彼女を見ていたというのに。

 彼女が抱えている事に、彼女が戦っているものに、彼女が悩んでいる事に。

 全く、気付いてやれなかった。

514akiyakan:2013/01/16(水) 08:00:18
「……だが、そんな事をしても無駄だ。その衝動は、生き物が酸素を求めるのと全く同じだ。いつまでも息を止める事は出来ない……だから私がこの男を差し出した時、お前は耐えられなかった」

 その結果が、この惨状なのだろう。「りん」は今まで堪えてきた衝動を抑えきれずに、目の前に出された人間に食らいついてしまった。しかしそれは、誰にも責められる事ではない。彼女にしてみればそれは、飲むものも無い砂漠の中で、突然水の詰まった水筒を差し出されたようなものだったのだから。

「予定より長くかかったが……八人……八人だ。ようやく集まった。これでジャシンを呼べる」

 男はもはや、タマモの事など見えていないかのように、自分の足元にいる「りん」を持ち上げた。それに反応して、タマモは男に飛びかかった。

「おりんに触れるでない、下郎!」
「下郎とは失礼な。これでも私は坊主だ」

 男がタマモに向かって手を翳す――と、その瞬間、まるでタマモの身体が貼り付けになったかのように、空中に固定された。身動きを封じられ、タマモは驚きに目を見開いた。

「こ、これは……!?」

 よく見ると、タマモの身体には半透明の幽体が絡み付いていた。その幽体に、彼女は見覚えがあった。

「確か、レギオンとか言う作り物の幽体……!?」
「廃墟で見つけた拾い物だが、なかなか使えるな」
「ま、待て……!」

 タマモが手を伸ばすが、レギオンは増殖してその数を増やし、彼女の身動きを封じていく。その間に僧侶は「りん」を抱え、まるで鞄でも持つかのように彼女を運んでいく。

「りん! りん――っ!!」
「――! ――!」

 「りん」が大きく口を開け、何かを訴えようとしているのが見える。しかし、目に見えて必死な彼女の姿とは裏腹に、その小さな喉から声が発せられる事は無い。

 闇が二人に被さり、溶けるように消える。どこかに隠れた訳ではない。気配は全くない。一瞬の内に、この場から僧侶は去ってしまった。

「この――雑兵どもが!!」

 裂帛の気合いと共に、全身から妖気を放つ。その一撃で増殖していたレギオン達は、瞬く間に消え去った。

「はぁ……はぁ……」

 その場に膝をつき、肩で息をする。だが、それもほんの少しの時間だった。

「待っておれ、おりん……妾が、助けに行くぞ……!」

 連れ去られた「りん」を救うべく、タマモはその場から走り出した。

515サイコロ:2013/01/18(金) 17:22:10
お久しぶりです。リハビリも含めて、小話を一つ。




<銀角と過去の記録>


「ねぇ、父さん。タガリショウゴ、っていう人の記録ある?」
 ジングウのラボにひょっこり顔を出したアッシュが訪ねた。
対して、作業の手は止めずに、顎でモニターを示すジングウ。
「どうでしたかね。記録を漁れば出るかもしれませんが、パッとは思い出せませんねぇ。」
記録ファイルを開くと、『タガリ ショウゴ』と打ち込みアッシュは検索を開始した。
「どうしてまたそんな事を調べる気になったんです?」
「学校の先輩でね。ちょっと会ったんだけど、引っ掛かる事があってさ。お、あった。」
その記録は少し前の戦闘記録だった。バトルドレス1体と、パニッシャー10体との戦闘記録。
ビルの上から取った物らしく、俯瞰図のようになっていた。
「あれっ、兄さんもいる。あとはスザクと、件の先輩か…。父さん、この記録どうしたの?」
実験の手を一旦止め、モニターの前まで移動した後、ジングウは茶を啜りながら答える。
「これは…確か、バトルドレスに洗脳を施した社会のゴミを詰めて、パニッシャーと連携させた時の威力評価をしたんですよ。」
「へぇ。この人について、何か知らない?」
一時停止された画像の、ショウゴを指さすアッシュ。
「私の知ってる情報より先に、動画を解析して自分なりの見解を述べてみなさい。」
ジングウはニヤニヤしながらそう言うと、アッシュの為に茶を淹れ始めた。


「…戦い馴れてるね。基本は銃撃で、接近時はやっぱ柔道か。」
茶を啜りながらアッシュは呟いた。
「それだけですか?」
「うーん、銃の扱いがかなり上手いよね。流石は武闘派ヤクザの隠し子、って所か…ん?」
少し動画を巻き戻す。
「コレ、改造されてるよね。普通の弾じゃない。それにリロード無しでこの発射数…
 ああなるほど、圧縮空気を発射できるのかな。でもそれにしたって…。
 これ、戦闘後の残骸データは取って無いの?」
「アースセイバーに持ってかれましたよ。」
「えっと…。この動画を見る限りでは、『戦闘慣れしていて、改造銃を持つちょっと強い男』っていう程度だよね。」
「…見ていて思い出しましたが、この男、前にクルデーレがちょっかい出してたヤクザの抗争に関わってましたねぇ。」
「そうそう。その話、ちょっと気になってさ。」
コト、と湯呑みを置くとジングウはモニターを弄りだした。
「どうしてまたそんなものに興味を?」
「父さん知ってた?クルデーレさんとこに最近女の子が増えたの。」
「ニエンテ、と呼ばれていましたね。それが?」
「そのヤクザの抗争の時に拾って来たらしいんだけど、『何か』ありそうじゃない?」
なぁるほど、と呟くと、ジングウは別のモニターにファイルを開いた。

「彼はアナボライザーですよ。動画の目を見なさい。暗い為に見にくいですが、微妙に色が違います。
因みに射弾の悪夢というそうです。」
「えっ?」
「この間エレクタがどこからか持ってきてましたよ。恐らく、タカコさんのデータだと思うんですけどね。あの女、報告義務のあるアナボライザーの情報を隠している疑いがありますから。」
「へぇ。」
「射弾の悪夢、タガリショウゴ。どうも一度トキコさんが威力評価してるみたいですねぇ…。」
「結果までは書いて無いんだ。いいよ父さん、その辺は僕が聞いてみる。」
「聞けますか?」
ニヤリと笑うジングウに、
「聞けるよ。」
ニヤリと笑いながらアッシュも返した。

不穏な空気が、流れた。

516サイコロ:2013/01/18(金) 17:22:42

会話が多くなってしまいました…。
動画の戦闘については『汰狩省吾の戦いの日』、ヤクザの抗争関係については連載『抱えた爆弾』、トキコの威力評価については『渉ノ章_タガリショウゴ編』から引っ張って参りました。
使用させていただいたのは、Akiyakanさん宅からジングウ、アッシュ、シスイ、十字メシアさん宅からクルデーレ、エレクタ、しらにゅいさん宅からトキコ、自宅からショウゴ、タカコ、ニエンテ、でした。

517えて子:2013/01/19(土) 22:05:58
夕重の小話。
Akiyakanさんから「アッシュ」をお借りしました。


「くー…くー…」

太陽が顔を出し、暖かなある日の放課後。
夕重は屋上の貯水タンクに寄りかかって昼寝をしていた。

…正確に言うと、お昼に仮眠を取ろうと眠りそのまま今の今まで爆睡していた。
丁度貯水タンクで周囲から死角になる位置にいたので、屋上で昼食を取っていた学生や、授業をサボった学生たちには気づかれなかったらしい。

「……っくしゅ。………んあ…」

しかし流石に夕方になるとそこそこ肌寒い。
小さくくしゃみをすると、起きたのか軽く目を擦った。

「ゆーえ、ちゃんっ」
「…ん?」

どこから自分を呼ぶ声を聞き、寝ぼけ眼で声のした方を見る。
そこには見覚えのある同級生の姿があった。

「…あー、アッシュだ」
「やぁ、こんにちは」
「おは……あー、うん。こんにちは」

近くまで歩み寄ると、アッシュはにこやかに挨拶をしてくる。
それに大欠伸付きで挨拶を返すと、くすくすと笑い声が聞こえた。

「もしかして、今まで寝てたの?」
「うん。……もしかして、放課後?」
「そうだよ」
「だよねぇ……あー、よく寝た」

ぐっと伸びをしながらそう呟くと、「だろうねぇ」という声が返ってきた。

「…そういえば、アッシュは何しにきたの?」
「僕?僕は夕重ちゃんに用事があって来たの」
「自分に?」
「これ、夕重ちゃんのでしょ」

そう言ってアッシュが差し出したのは、濃紫色の巾着だった。
「犬塚夕重」と白い糸で刺繍が施されているため、持ち主がすぐに分かったのだろう。

「あ、それ自分のだ。落としてたんだ、ありがとう」
「どういたしまして」
「中身見た?」
「見てないよ。見てほしかった?」
「…いや、別に。たいした物入ってないし」

そう言って、巾着を開けて中から何かを取り出し、アッシュに向かって投げる。

「これは…?」
「自分のコレクション。綺麗でしょ」

アッシュがキャッチしたのは、ガラスのような水晶のような不思議な輝きを放つ白鳥の細工物だった。
夕焼けの光を浴びて、半透明の白い体が煌く。

「これは…綺麗だね」
「でしょ。昔よく集めてたの。他にもあるよ」
「へえ、どれどれ?」

巾着の中を覗くと、大小さまざまな細工物がこちゃっと入れられている。
先程の白鳥のような動物をかたどったもの、剣や盾、目玉をかたどったものもあった。

「へえ、同じ形でも色が違うのもあるんだ」
「うん。色が違うとまた違った光の反射とかあって、楽しいんだよ」
「いろいろ集めてるんだね。今も集めてるの?」
「最近はあんまり。また集めようかなぁ」

そんなとりとめもない話をしていると、ふと夕重が思いついたように声をあげた。

「…あ、そうだ。何か一個あげるよ」
「えっ?」
「拾ってくれたお礼。好きなの一個あげる」
「これ、大事なものじゃないの?」
「大事だけど…拾ってもらってお礼しないのは、自分の主義に反するから」
「……そっか。じゃあ、お言葉に甘えることにするよ」

そう笑って、巾着からひとつの細工物を取り出すと、ポケットにしまった。

「大事にしてね」
「もちろん」

その返答に、夕重は満足そうに笑んだ。


銀角と強奪者


「そういえば、これってどこで手に入るの?」
「…どこだっけなぁ、忘れたよ」

518スゴロク:2013/01/21(月) 01:54:35
「さよなら」の続きです。やはりペースが落ちてるなぁ……。




「……来たのか」
「ええ」

何処とも知れぬ、暗闇の中。ベンチに一人座っていた火波 綾斗は、やって来た女性を見て目を眇めた。

「あの子は……」
「帰って行ったよ。まだ、やることがあると言ってな」

微かに笑って、言った。

「彼は、どうやら上手くやってくれたようだな」
「それと、スザクのために集まってくれた、友達のおかげね」

後ろに両手を回して笑むその姿は、驚くほど絵になった。

「そうか……それは、よかった。本当に、よかった」
「ええ……本当に、よかったわ」

言い交して、しばらく二人で笑う。ややあって、静寂が戻る。

「……綾斗さん」
「ん?」

疑問の響きを発した時には、既に女性が体ごと抱きついて来ていた。

「綾斗さん、綾斗さん……会いたかった……!」
「……琴音」





――――気が付くと、酷く体が重かった。
手足どころか、瞼をほんの少し動かすのも一苦労だった。まるで、僕の身体が僕のものじゃなくなったみたいに、意志が肉体に上手く伝わらない。
ましてや起き上がるなんて不可能な話だ。何か聞こえるけど、あまりに遠くてよくわからない。
全身の感覚が酷く鈍い。何て言うか、テレビの砂嵐がまとわりついてるみたいな、不快なような違うような、よくわからない感触があった。

(ううう……嫌だなぁ、これ……)

何とか動けないかと、身体のあちこちに意識を巡らせてみた。そうすると、少しずつだけど、身体が僕の言うことを聞くようになって来た。
端から徐々に感覚が戻り、まとわりつくような感触が引いていく。全身に圧し掛かっていた重さがすーっと消え、何かから解放されたような爽快感が体の中心から広がって行った。
ふと我に返ると、聞こえていた音の正体がわかった。

「お姉ちゃん……ねぇ、お姉ちゃん……?」
(アオイ?)

確かに妹の声……なんだけど、この口調は何だ? いつもの大和撫子気取りの馬鹿丁寧な言い回しはどこに行ったんだ?
それに思いを馳せるより早く、今度はゲンブの、マナの、ランカの声が聞こえた。
音の奔流に飲み込まれたみたいに、誰がなんて言ってるのかが上手く聞き取れない。それに紛れて、シスイやシュロ、アズールが呼んでるのも聞こえた。相変わらず何て言ってるのかはよく聞き取れないけど。
けど、一番耳に届いたのは、やっぱりトキコの声だった。

「鳥さん、まだ決心つかないの!? 言ったでしょ、私達まだ何にも始めてないんだよ、それでいいの!? 何が嫌なの、何悩んでるの!? 逝くのか帰るのか迷ってるの? だったら帰ってくればいいんだよ! 理由なんか簡単だよ、私がいるから! それで十分でしょ!? ここまで来てうじうじ悩むなんて、鳥さんらしくないよ! こっち側の方がいいに決まってるでしょ、とっとと帰って来ればいいんだよ、そんなこともわかんないの!?」

――――さすがにカチンと来た。
いくらなんでもここまで言われる筋合いはないだろう。だから、思いっきり不機嫌な声で言ってやった。

「――――うるさいよ、トキコ」

519スゴロク:2013/01/21(月) 01:55:18
喧騒が消えた。不意に発せられた声に、その場の全員が固まっていた。
何より、呼ばれた当人であるトキコが一番硬直していた。その声が、言う。

「人の気も知らないで、あれこれ好き勝手に言ってくれるじゃないか。たった今まで死んでた人間に言う台詞か、それが? 確かに僕はあれこれと考えちゃいたけどさ……そこまで言われちゃ、悩んだら負けみたいな気がするだろ」

驚く全員の見る前で、目を開けたスザクは不機嫌極まりない顔でそんな事を言った。
その彼女は、未だ反応できない彼ら彼女らを目線だけで二、三度見回した後、感覚を確かめるように何度か瞬きをし、左手を取るアオイを見た。

「お姉、ちゃん……」
「……そんな顔するなよ、アオイ。全身重いけど、概ね問題ない。ああ、大丈夫だよ、僕は」
「お姉ちゃんっ!!」
「ちょ、うわぁっ!!?」

感極まってアオイが飛びついたが、手を握ったまま前に乗り出したのが失敗。思い切り引っ張られる形になったスザクは、何の対処も出来ないまま、

「のわっ!?」

右手を取って「天子麒麟」を使っていたシスイごと、ソファの下に転落していた。

「い、痛たたたた……何するんだよ、アオイ!」
「ご、ごめん、ごめんね、お姉ちゃん……つい……」
「そ、それより俺を何とかしてくれ〜!」

言われてそちらを向くと、背もたれを乗り越える形になったシスイは、勢い余って頭が座卓と背もたれの隙間に挟まり、二進も三進も行かなくなってしまっていた。ゲンブとシュロが二人掛かりで引っ張り出した時には、頭に血が昇って顔が真っ赤になっていた。

「大丈夫か、シスイ」
「な、何とか……すみません、ゲンブさん」
「気にするな。それより……」

一息をついたゲンブが、床の上で身を起こしたスザクを見る。

「……よく帰って来た、スザク」
「お帰りなさい、綾ちゃん……」
「よう帰られました、スザクさん」

「……姉貴、よく無事で……」
「無事じゃなかったからこの騒ぎだと思う。……でも、よかった」
「ああ。本当によかった」
「ちょっと一角君! いつまで手握ってるの!」

トキコの怒声で我に返った二人が見ると、確かにシスイはまだスザクの手を握ったままだった。

「っと、済まない」
「いや……」

言われて手を放す二人だが、そのやり取りがさらにトキコの癇に障ったらしく、

「私を置いてラブコメるなー!!」

割り込むようにして突撃して来たかと思うと、威嚇するようにスザクの右腕にしがみついた。

「鳥さんは私のー! 取っちゃダメーッ!」
「そ、それダメ! お姉ちゃんは私のなの!」

すっかり素に戻ったアオイが反対の腕に縋りつく。当のスザクは俄かに勃発した修羅場に内心冷や汗を流していたが、この状態ではどうすることも出来ない。騒がしくなった室内の隅で、ブラウがアンと話をしていた。

「……どうやら上手く行ったな。これで、『彼』との約定は果たせたか」
「……事情はお聞きしません。それでは、私はこれで失礼いたします」
「む、何かあったか?」

ええ、とアンが頷く。

「京様から連絡が入りました。情報屋の皆様方に何かあったらしく、戻って来て欲しいと」
「緊急か?」
「危険がどうこうではないようですが、京様がお呼びであれば、迅速に駆け付けねばなりません。これにてお暇致します」

それだけ言って一礼すると、アン・ロッカーは足早に火波家を去った。恐らくあの情報屋「Varmlion」に戻るのだろう。

(俺も、長居をする必要はないか)

呟くが早いか、ブラウの姿は足元に発生した暗い凝りの中に沈むようにして消えていた。
それに気づいたのか気づかないのか、スザクがふと、呟いた。

「……アオイ」
「なあに、お姉ちゃん」
「母さんは……母さんは、どこにいるんだ?」

520スゴロク:2013/01/21(月) 01:55:49
「……すまないが、俺は行かなければならない」

わかっていたことだった。綾斗は既に死んだ人間。ここに留まっている方が、本当はおかしいのだ。

「なら、私も……」
「……俺は、子供達にとって、いい親ではなかった。そんな俺が、最後に出来ることがあるとすれば……」
「あるとすれば……?」

「それは、母親を返してやることだ。俺が死んだばかりに、お前の命を縮めてしまった……俺はもう逝くが、お前は帰るんだ」
「わ、私も……一緒に……」

ようやく会えた最愛の人に、しかし綾斗は微笑んで別れを告げる。

「生きてくれ、琴音。子供達と一緒に」
「綾斗さん!」
「向こうで待っている……でも、あまり早くは来ないでくれよ」
「綾斗、さん……私は……」

それでも、綾斗は頷かなかった。決意は既に固まっている。たとえどれほど悲しまれようと、これだけは譲るわけにはいかない。
夫である前に、彼は親なのだから。

「……スザクとアオイを頼む。二人とも、あれで結構脆いからな」
「……はい」

その返事を聞いて、綾斗は灯っていた光の向こうに姿を消した。たった一言だけ、最後に残して。

「――――ありがとう、琴音。愛してる、ずっと……」




命の意味、想いの意味


(去り行く者、二人)
(帰り来る者、二人)


(去り逝く者、一人)



しらにゅいさんより「トキコ」akiyakanさんより「都シスイ」クラベスさんより「アン・ロッカー」(六x・)さんより「アズール」紅麗さんより「シュロ」をお借りしました。 スザクの一件は次で一先ず収集の予定です。途中にフラグが一つ……。

521akiyakan:2013/01/22(火) 17:31:43
 ※しらにゅいさんより、「タマモ」をお借りしています。

 <八足す一は――>

 いかせのごれ、某所。

 そこには、かつてホウオウグループが使用していた施設の廃墟が存在している。

 アースセイバーによる攻撃によって破壊された施設は天井が抜け、内部が丸見えになっている。円形の施設は、さながら競技場の様な様子を見せていた。

 いつしか、空から雲の姿は無くなっていた。黒色よりも濃い青色に見える夜空に、無数の小さな星々と、白銀に輝く月が光っている。

 闘技場の中心には、無数のスクラップが折り重なって小山の様になっている。その頂上には一人の幼女が、ぐったりとした様子で横たえられていた。小山の周囲には蝋燭やロープが配置され、その様子はさながら祭壇のようだ。

 祭壇の前には、その司祭たる黒衣の僧侶が立っている。その表情は、真深く被った網代笠に隠れて伺えない。僧侶はじっと、祭壇の方を見つめていた。

「…………」

 廃墟への侵入者を察知して、僧侶は振り返った。競技場に、華やかな着物姿の女性が現れる。

「おりんを返してもらうぞ」
「それは出来ない。ジャシン降臨の為に、あの幼子は必要だ」

 睨みつけるタマモを拒否するように、僧侶は手にした錫杖を向けた。シャラン、と言う金属と金属の擦れ合う音が、廃墟内に響き渡った。

「……そもそも、お主の目的はなんじゃ?」

 訝しげに眉を顰めながら、タマモは問う。本当なら彼女にとって僧侶の目的などどうでも良い事だったが、話しかける事で相手の隙を見ようとしている。しかし、僧侶に感情の揺れが全く感じられず、隙も見当たらなかった。

「……この幼子には巫女の素質があった」
「何?」
「天性の才能、降魔の素質と言うべきものが。この子の父親は借金苦の末に心中を図り、しかし死にきれずに生き残ってしまった男だった。だから私は言った。『妻と娘を生き返らせてみないか』、と。そして男は私の言う通りに反魂を行い、幼子を生き返らせた」
「…………」
「幼子の肉体は、神を降ろすのに適している。加えて、ジャシンの為には八人分の心臓が必要だった」
「……八人分の心臓だと……まさか、お主!?」

 僧侶の反魂の代償は、蘇生した者が人間の生き胆を食わずにはいられない身体になる事だと言っていた。そして僧侶は今、自分の目的には八人分の心臓が必要だと言った。

 それが、意味するところは、

「反魂で巫女を生き返らせたのは好都合だった……供物は巫女が勝手に集める。私は、時を待つだけで良かった」

 反魂で生き返った者は、自分の身体を維持する為に人間の生き胆を求める。その上で、「りん」の身体は僧侶が言うところの「神降ろし」に適した才能の持ち主であった。

 この僧侶は――自分の目的の為に「りん」の父親に近付き、そして彼女を蘇らせたのだ。

「話は終わりだ……これより、ジャシンを降ろす」

 カツン、と錫杖で僧侶は地面を叩いた。その直後に、祭壇の周囲を取り囲むように、無数の幾何学文字が浮かび上がる。それを見たタマモはハッとなり、僧侶に向かって駆け出した。

「やらせん!」
「お前の相手は私ではない」

 僧侶が錫杖を振る。すると、一瞬の内にその周囲に膨大な数の幽体が姿を現す。

「紛い物風情が! 退けっ、妾に道を開けろ!」

 着物の裾を翻しながら、タマモが疾駆する。その動きを抑えようと、まるで津波の様に人造の亡霊が襲いかかる。

 津波。そう、まさに津波だ。有象無象、半透明の亡者の群れが一体となり、タマモを飲み込もうとする。しかし、敵が津波ならば、タマモは氷も打ち砕く砕氷船だ。妖気を纏った爪が、押し寄せる波を両断する。

 獣の速さで、獣の強さで、タマモは亡者を圧倒する。その凄まじい攻撃にレギオン達は、彼女に傷一つ付けられずに消えていく。

 だが――

「――ちぃっ!」

 タマモは思わず舌打ちをした。

522akiyakan:2013/01/22(火) 17:32:22
 確かに、レギオンではタマモの相手になどならない。だが、レギオン最大の機能はその増殖機能だ。人工生成された魂魄を、あたかも細胞分裂するかのように、或いは、アメーバが分裂によって繁殖を行うように、放っておくだけでレギオンは無限に増え続け、その密度を増やしていく。

「こ、の……邪魔をするな!」

 迫り来る霊体を、タマモは切り裂き続ける。その姿はさながら、激流の中で水を掻いているかのようにも見える。前へ、前へと進もうとするが、焦るタマモとは裏腹に、レギオンの数は減らない。

 今のこの場において、流れは――

「……巫女を憑代に。八つの供物はその身に既に納められている……」

 文字が。宙に浮かぶ、幾何学文字が輝きだす。「りん」の身体が浮かび上がり、それと共に、彼女が乗せられていた小山も、それを構成する瓦礫も。それはあたかも、生物の骨格の形を造っていく。ただし、それは地上には存在しない生物の骨格だった。

 こんな生き物が、地上に存在する訳が無い。八本の首に、八本の尾を持つ蛇など――

「あの姿は!? まさか!?」
「古の闇より来たれ――〝蛇神(ジャシン)〟よ」
「止めろ――!!」

 そして、降臨が始まった。

 変化が始まったのは末端からだった。鉄で出来た骨格に、端から徐々に〝肉付け〟がされていく。尾の先から、頭頂部から。あたかも、癌細胞が膨張し、その宿主を飲み込んでいくかのように。

 悍ましい光景だった、醜い光景だった、冒涜的な光景だった。

 ぶちぶちと肉が零れだす。ピンク色の肉が溢れ出し、骨格に張り付く。ギチギチと筋肉の筋が伸び、肉を締め上げていく。増殖する肉はやがて、ある物は皮膚と化して全身を包み込み、またある物は鱗となって全身を守る鎧と化す。

 変化の中心にいるのは、「りん」だ。彼女は胴体の中心部分におり、肋骨の内側にいる。それはあたかも、彼女自身がその巨体の心臓であるかのようだ。

 肉の増殖が、鉄の骨格を昇っていく。それはついに胴体にまで達し、

「おりん――!!」

 「りん」の身体ごと、すべてを覆い尽くしていく。胴体部分も完全に肉で覆われ、「りん」はその中に取り込まれてしまった。

「あ……あぁ……」

 そして、「それ」は姿を現した。

 〝期に至りて果して大蛇有り。
  頭尾各八岐有り。
  眼は赤酸漿の如し。
  松柏、背上に生ひて、八丘八谷の間に蔓延れり〟

 八つの首に、八つの尾を持つ大蛇。

 胴体は濃い緑色の鱗に覆われ、眼は酸漿(ほおずき)の様に赤い。

 それは、極東の怪物の中では、あまりにも有名な、

「八岐……大蛇……!」

 神話の、神代の怪物が、そこにはいた。

 原典によれば、八つの山と谷を跨ぐほどの巨体だと言われているが、今タマモの眼前に存在するそれは、そこまでの大きさは無い。だが、それでも十分すぎる。八つの鎌首をもたげるその高さは、ゆうに十メートルはあるのではないか。八本の尾はばらばらに投げ出され、まるで闘技場の床を埋め尽くすように広がっている。

 そのあまりの大きさに、タマモは言葉を失っている。見上げながら知らず、彼女は後ずさりしてしまっていた。

「馬鹿な……こんな、伝説の怪物を蘇らせるなど……」
「この世界は、不思議に満ちている」
「なに?」
「人はそれを、古来から奇跡や超能力と呼び、恐れ敬ってきた。私が所有する道具も、そんな奇跡を可能とするものだ」

 僧侶はやはり淡々と、感情の抜け落ちた声で語る。

「奇跡を可能にする道具じゃと……まさか……」

 タマモの脳裏に浮かんだのは、『打ち出の小槌』や『反魂香』に代表される様々な宝物だった。古来から、そうした不思議な効力を持った道具、「特殊能力を保有した道具」の話は数多く存在している。僧侶が所有しているのも、そうした道具の一種だと察したのだろう。もっとも彼女は、それらが「アーネンエルベ」と呼ばれる道具群であるなどとは、知る由もないが。

「流石、長生きしているだけの事はあるな……如何にも。我が祭具はこの蛇神、八岐大蛇を祀る為のご神体……これを呼ぶ為に、下準備させてもらった」

 特殊能力を持った道具群、アーネンエルベ。その中には、所有しているだけで効力を発揮する物もあるが、その発動に条件の必要な物も存在する。

523akiyakan:2013/01/22(火) 17:33:01
「祭具である以上、蛇神の魂を奉じる為の巫女、蛇神に供える為の供物が首の数だけ必要だった……そして何より、蛇神が降臨しやすい環境を造り出す必要があった」
「蛇神が降臨しやすい環境じゃと……?」
「如何にも。私はこの街に蛇神の名を撒いた、噂に混ぜてな……名を呼ぶ事は、つまりそれを引き寄せる事だ」
「蛇神、ジャシン……そう言えば、そんな名前の神が願いを叶えるとか言う噂が流れておったが……お主の仕業じゃったか!」
「左様。結果として、ここに八岐大蛇が降臨した」

 僧侶は八岐大蛇の巨体を見上げた。大蛇は僧侶がすぐ傍にいると言うのに、攻撃する気配が全く見られない。そのくせ、その十六個の眼は、タマモの挙動を見逃さない。

「こんな物を召喚して……お主の目的は、一体なんじゃ!?」
「……過去、八岐大蛇が行った事は何だ?」
「……まさか、」
「左様……この力を持ってこの街を、ゆくゆくは全世界を滅ぼす」

 淡々と、僧侶は狂気を吐き出した。

「なん……じゃと……」
「妖狐。お前は以前私に答えたな。今の世界は良い、と……何を持って、お前は良いとする?」
「それは……」
「理由らしい理由など無いのだろう。ただ、なぁなぁに生きている命。理由も無く、意味も無く生きている命……自分が生きている、理由も答えられない命……下らない。実に理由にならない理由だ」

 それまで感情の無かった男の口調に、感情が含まれた。それは、憎しみの色に似ていた。侮蔑の色に似ていた。

「世の多くの人間が抱いているのは、死にたくない、〝ただ生きていたい〟と言う浅ましい、惰性の感情だ。目的も無く、当ても無く存在する命……己が生きたい、ただその為だけに世界を消費し、食い潰していく……まるで癌細胞か細菌だ。だから私は、」

 だから世界を滅ぼす。

 その望みは大よそ、衆生の救済を望む宗教者のものではなかった。

「人間は、この世に必要無い」
「……お主だって、その人間じゃろう……何を言っているんじゃ、お主は!?」

 僧侶の放つ狂気に、タマモは戦慄していた。

 この男は本気だ。本気で、心からそう思っている。僧侶の言う「人間はこの世に必要無い」、その言葉には己の存在さえも含まれている。男は徹底して、人間の存在を拒絶していた。

 自分さえも含めた、圧倒的なまでの破滅の願い。この男を放っておけば、本当に世界を滅ぼしかねない。そんな事、タマモに看過できる訳が無かった。

「そんな事、許す訳無かろう!?」
「たかが狐一匹に何が出来る」

 シュー、シューと、蛇独特の声を八岐大蛇が出す。八本の首がうねり、その巨体がのたくる。もはや天災だ。その挙動だけで、廃墟がぐらぐらと揺れる。まるで大地が、古き怪物の目覚めに怯えているかのようだ。

「無駄だ。我が無道、阻む者など何人たりとも有り得ん。暴れろ、大蛇よ……まずは、この街をお前にくれてやる」

 僧侶の言葉に反応し、八岐大蛇は動き出した。八本の首は一斉に動き、彼方に見える街の明かりの方を見据える。

「させん!」

 そう叫ぶと、タマモは走った。彼女は八岐大蛇の進路上に向かって飛び出す。

「ふうぅぅぅぅ…………!!!!」

 印を結んだタマモの身体から、漆黒の煙が噴き出し始めた。その煙に触れた途端、周囲の物が煙を上げながら腐食を始めた。それを警戒するように、僧侶は大蛇を制止させた。

「ほう、毒気の瘴気か……玉藻御前の真似事とはな……」

 噴き出す黒煙はもうもうと立ち込め、それは八岐大蛇の身体にも負けない位の大きさにまで成長する。やがて瘴気はバチバチと音を立てながら、さながら雷雲の様に火花を散らしだす。そして徐々に、瘴気は一つの形に変形を始めた。

「……ほう」

524akiyakan:2013/01/22(火) 17:33:32
僧侶が、まるで感嘆するように声を上げた。八岐大蛇の眼前に姿を現したのは、その身の丈と同じ位はある漆黒の大狐だった。

『ぐるるるる……』

 大狐が威嚇するように唸る。その眼は金色に輝き、九本の尾はまるでゆらゆらと炎の様に揺れている。その一本一本の先端に、青白い狐火が灯っていた。

「自らの妖力によって練り上げた瘴気を固着し、巨大な狐の形に定着させたか……だがそんな大道芸、長くは続か――」

 僧侶が講釈している間に、大狐は跳ねていた。

 八本の首に目掛けて、大狐が飛び掛かる。その身体を押さえ付け、首元に食らいついた。大狐の触れている場所から煙が上がり、大蛇の身体が腐食していく。それが苦しい様に、大蛇の身体は激しくのたうった。

『おりんを……返してもらうぞ……!』

 瘴気の大狐と化したタマモは、大蛇の胴体に激しく牙を立て、爪を抉り込ませた。鱗が弾け、肉が引き裂かれ、腐敗していく。

「させん!」

 タマモの目論見を察し、僧侶が大蛇に指令を飛ばす。悶えていただけの大蛇の首がうねり、一斉に自分の身体に組み付いている大狐に向かって伸びる。その胴体に絡み付き、或いは噛み付くと、力付くで引き剥がした。

『ぐ――!』

 空中で体勢を整え、大狐は四肢を地面に付けて着地した。重量をほとんど持たない瘴気で出来ている筈なのに、その着地によって地面には罅が入り、建物が砕け散った。

 しゅー、しゅー、と言う、大蛇の放つ声。ぐるるると喉を鳴らす、大狐。睨み合う二頭の巨大な怪物。その光景はまるで、怪獣映画のワンシーンのようだ。

「……鬱陶しいな。あくまで私を阻むか、妖狐」
『ほざけ! お主の様な考えの男を、見す見す行かせる訳が無かろう! お主は止める! おりんも返してもらう! 勝負じゃ、破戒僧!』
「……良いだろう。大蛇の力を試させてもらう。まずはお前だ、妖狐……滅びよ。死こそが、真なる救済だと言う事を、お前に説いてやろう」

 その言葉を合図に――再び、二頭の巨獣が激突した。

 ――to be conthinued

525akiyakan:2013/01/25(金) 10:56:46
※しらにゅいさんより「タマモ」をお借りしました。

『くあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 雄叫びを上げながら、瘴気で出来た大狐が飛び掛かる。その四肢が踏みしめた場所、その身体の触れた場所は、何もかもがたちどころに腐り果てていく。

「シャアァァァァァァ!!!!」

 奇声を発しながら、それを迎え撃つのは八つ首、八つ尾の大蛇。組み付こうとする大狐を、その頭をまるで鞭のように振り回し、弾き飛ばす。

『ぐ……!』

 弾かれた大狐は地面を転がりながら、何とか体勢を整える。その身体の通り抜けた場所は崩れ、地肌が剥き出しになっていた。

 戦いが始まってから、まだものの数分しか経過していない。しかし、周囲の地形はすっかり変わってしまっていた。

 大蛇ののたくった後はすり潰され、蛇腹状に抉れている。大狐の周囲は何もかもが腐り落ち、劣化し、ところによってはまるで泥の塊の様な場所まである。そこは先程まで樹木の生い茂る茂みであった場所であり、大狐の毒気によって腐敗し、溶けてしまったのだ。

 廃墟は面影すら残っていない。跡にあるのは崩れて粉々になった、瓦礫の塊だけだ。

『燃えろ!』

 大狐が、口から青白い火炎を吐き出した。熱量を持たない狐火などではなく、高温の火炎だ。炎を吹き付けられ、大蛇の身体がぐすぐすと燃え上がる。

「シャア――!!!!」

 身体を大きく振り、大蛇が炎を吹き飛ばす。しかし炎が消えても、その身体からは煙が上がっており、所々が焼け焦げていた。流石の八岐大蛇と言えど、炎が効かない訳ではないようだ。

 だが、

『く……駄目か……!』

 負傷した場所が泡を吹き、見る見る負傷した場所が癒えていく。修復は速く、すぐに大蛇は、何事も無かったかのように快調な姿を現した。

『復元じゃと……その様な能力、本来の八岐大蛇には無かった筈じゃ……!』
「蛇は不死の象徴。自らの傷を癒す事など、容易い事だ」

 大蛇の背の上から、僧侶が言う。これだけ激しい戦闘の最中にいると言うのに、この男は男で、それこそ何事も無いようにそこに居る。その衣装には傷どころか汚れ一つ付いていない。

『戦いは大蛇に任せて、自分はその背中から文字通り高みの見物とは、全くふざけた坊主じゃ……』
「私はふざけてなどいない」

 僧侶の指令に従い、大蛇が大狐へと向かう。その重量に押し負けた大地が抉れ、向かって来る様は地を割りながら流れゆく土石流の様だ。

『くっ……!』

 体格差があり過ぎる。まともに突進を受けては、この瘴気を固めて作った大狐でも一溜まりもない。そう判断し、タマモは大蛇の突進をかわそうとした――

 ――しかし、

『な!?』

 大狐の目の前で、大蛇がその首を四方八方へと大きく広げた。その様はまるで、獲物を捕らえようとして身体を広げた蛸にも似ている。タマモの視界全体を覆い尽くす様に、大蛇の首が襲い掛かる。

(これでは、逃げられん――!!)

 退路を失い、大狐と大蛇が激突する。重量差では、大蛇の方が上だ。大狐の身体は吹き飛ばされ、

『ぐ……は……!』

 地面に叩き付けられた。大狐は身体を痙攣させるように震えた後、元の瘴気となって霧散した。大狐の姿は無くなり、代わりにその場所には、傷だらけになったタマモが倒れていた。色鮮やかな着物は引き裂け、体中に打撲の跡や切り傷が出来ている。瘴気の鎧を纏っていたからこの程度で済んだだけで、実際にかかっていた負荷を考えれば、タマモはとっくに十は死んでいる。

「がはっ……がっ……」

 血を吐き、地面にタマモは蹲っている。身動きの出来ない彼女に、大蛇がゆっくりと近付いて行く。

「く……」

 間近で見ると、改めてその大きさを感じる。まさに蟻と像の差だ。その威圧感だけで押し潰されてしまいそうになる。確かにこの怪物なら、世界を終わらせる事くらい、可能なのかもしれない。

「これで終わりだ」

 八岐大蛇の首の一つが、ガパリと口を開いた。そのまま一気に、タマモを呑み込もうと突っ込んで来る。

(……ここまでか……)

 もはや、毒を生成するだけの妖力が残っていない。それに、この傷では逃げる事も叶わない。潔く腹を括り、タマモは目を閉じた。

(神話の怪物と戦って討死か……妾らしくも無いのぉ……) 

 自分の二度目の死がよもや、この様な形で訪れるとは。皮肉そうに、タマモは口端を歪めた。しかしすぐに、彼女の表情は悲しげなものに変わった。

(すまんの、おりん……お主を助けてやれなくて……)

526akiyakan:2013/01/25(金) 10:57:32
悔いはある。人より永く生きたが、それでもタマモにはやり残した事が多くある。主たる春美の事、仲間である百物語の妖怪達の事。そして、何より「りん」を救えなかった事。

 しかし、ここまでだ。もはやこうなっては、足掻くだけではどうにもならない。どんなに他人を欺く事に長けたイカサマ師でも、百年を超える年月を経た妖狐でも、この状況を引っ繰り返す事など――

「――……?」

 所が、何時まで経っても大蛇の大口がタマモを呑み込む事は無かった。奇妙に思い、恐る恐るタマモが瞳を開けると、

「――な、」

 そこに、信じられない事が起きていた。

「う、うぅ……」
「お……」
「く……うあ……!」
「おりん!」

 タマモを呑み込もうとした、大蛇の首の一つ。その眉間の部分から、人間の子供の上半身が生えていた。タマモが見紛う筈がない。見間違えるものか、それは「りん」の身体だった。

「だ、だめ……!」
「おりん! お主なのか、おりん!」
「タ……マモ……逃げて……!」

 「りん」は必死に何かを堪えるように、辛そうな表情を浮かべている。よく見ると、八岐大蛇自体が、小刻みに震えている。まるで、何かを堪えているかのようだ。

「タマモ……いまの……うちに……! う――あぁぁぁぁ!!」
「おりん!」

 突然、「りん」が苦しげに声を上げた。見れば、その身体が再び大蛇の中へと呑み込まれようとしている。

「おりん、待て!」

 反射的にタマモは手を伸ばすが、その瞬間全身に激痛が走った。タマモの場所からは余りにも遠く、「りん」の姿は再び大蛇の中へと消えた。

「まだ幼いと言うのに、大蛇を抑え込むとはな……」

 八岐大蛇の身体が戦慄き、まるで痙攣でもするようにのたうつ。暴れ回る大蛇によって地面は抉られ、土埃がまるで煙幕の様に巻き上がった。

「……おりん……妾を、助けようと……」

 タマモは、空を切った右手を見つめていた。

 大蛇に呑み込まれる寸前の、「りん」の必死な姿が脳裏に焼き付いていた。彼女はあんな小さな体で、タマモを守ろうと、あの巨大な八岐大蛇の意識と戦っていた。その結果、タマモを殺そうとしていた大蛇の動きを止め、そして今も、大蛇の動きを封じようとその胎内で力を尽くしている。

 「りん」に救われた。その事実に、タマモの目頭が熱くなった。

「何を……諦めておったんじゃ、妾は……!」

 頬を流れる涙が熱い。その熱さは紛れも無く、自分が生きている証だ。

 生きているなら。命があるなら。その生すべてを全うしなければ、そんな命は死んでいるのと変わらない。それこそ、僧侶の言う通り「必要の無い」ものになってしまう。そんなものは、妖怪でもなければ、ましてや獣ですらない。

「妾にはまだ――こんなにもやり残した事があるではないか!」

 立て、身体よ。痛みなど気にするな、むしろ喜べ。その痛みは紛れも無く、己が生きている証明!

「はあぁぁぁぁ…………」

 全身に残った、ほんの僅かな妖力。そのすべてを掻き集める。

「くくくく……」

 思わずタマモは笑ってしまった。ほら見ろ、まだやれる。まだこんなにも、力が残っているではないか。

 己のすべてを振り絞り、タマモは妖力を集める。だが、それに集中していたせいだろう。

「――な、」

 眼前に迫る、巨大な大蛇の尾。まるで巨大な大木の様なそれが、タマモに向かって来る。大蛇はまだ制御を取り戻していない。おそらくは、ただの偶然だろう。しかし、偶然だろうと、意図的であろうと、それがタマモにとって脅威である事に変わりは無かった。

「全くもって、間の悪い――!!」

527akiyakan:2013/01/25(金) 10:58:02
今からでは、到底回避など間に合わない。防御しても、あの丸太の様な尾に耐えられるのか。否、無理だ。満身創痍のタマモに、あんなものを防ぎきれる訳が無い。

 ここまでか。ここまでなのか。

 今度こそ、ここで終わり――

「ふ――ざけるでない――!!」

 迫り来る大蛇の尾に――タマモは掻き集めた妖力のすべてを叩き付けた。

「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 紫色の閃光。タマモの手と大蛇の尾の間で、彼女の妖力が炸裂していた。バチバチと紫電が走り、衝撃がビリビリとタマモの身体に伝わる。その全身に、大蛇の重量が掛かり、彼女の身体が地面に沈み、更には数メートルも後方へと後ずさっていく。

 だが、負けていない。

「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 圧倒的質量差、圧倒的膂力差、圧倒的重量差――しかし、タマモは負けていない! 妖力の過剰放出に耐え切れず、爪は割れ、皮膚は破れて血を吹いている。だが負けていない! 彼女の両足は地を踏みしめ、大蛇の一撃を間違い無く、紛れも無く、受け止めている!

 そして――

 ぐん、と突然、タマモは前方からかかっていた負荷が無くなったのを感じた。

「あ――?」

 突然の出来事に、身体が反応出来なかった。勢いに流され、身体が前のめりに倒れそうになる。しかしその細い体を、受け止める者がいた。

「……全く、無茶をしおって」

 聞き慣れた声が、頭上から振って来た。だが、聞き慣れた声であるが故に、タマモは混乱していた。何故、今この場で「彼」の声が聞こえて来るのか、全く状況が分からない。

「何故……お主がここにおるんじゃ……?」

 顔を上げると、血の様に赤い二つの眼が目に入った。普段とは違い、本当に驚いて放心しているタマモの姿に、「彼」は苦笑を浮かべた。

「何故? そんな事、決まっておるじゃろう?」

 ヒュンヒュン、と言う音と共に、ゴクオーの手の中に鉄槌が収まる。見れば大蛇の尾は、その槌に弾き飛ばされ地面の上を跳ねていた。

『タマモ―――!!!!』

 自分を呼ぶ声が聞こえる。

 振り返ると、そこには――

「タマモ、大丈夫――!?」
「助けに来たぞ――!!」
「助太刀に来たぞ――!!」
「主……それに、皆の衆……!」


<大集合・秋山妖怪百物語組>


(さぁ、幕を閉じよう、八岐大蛇)

(セカイの幕を引くのは、怪物の役目ではない)

(物語を始めるのも終わらせるのも、)

(何時だってヒトの役目だ)

※改めて、お借りしたのはしらにゅいさんより「タマモ」、大黒屋さんより「ゴクオー」、「秋山 春美」、私からは「りん」です。

528えて子:2013/01/25(金) 23:49:41
スゴロクさんより「隠 京」、クラベスさんより「アン・ロッカー」をお借りしました。


スザクが目覚め、火波家での出来事は一段落着いた。

一方、情報屋「Vermilion」でも、静かに動きを見せる。


「…ただいま戻りました、京様」
「お帰りなさい、アン。……その様子だと、上手くいったみたいね」
「はい」

主の下へ戻ったアンを、京が迎えた。
先程までいた紅の姿はなく、残っていたのはアーサーと、帰っていたらしい長久。
そして、

「………あなたが、ハヅルですか?」
「…そうだ」

あちこちに包帯を巻き、傷だらけの大男が、ソファに座っていた。
どうやら彼が、アーサーの待っていた「虎頭 ハヅル」らしい。

そう、アンが考えていると、ハヅルは彼女に向かって頭を下げた。

「…すまないな。俺の身勝手な行動で、迷惑をかけた…」
「……いえ。お怪我の方は、大丈夫なのですか」
「…問題ない。体は…丈夫なほうだ」

抉られたとはいうが、傷はそれほど深くはないらしい。
入院する羽目にならなくてよかった、とハヅルは笑っていた。

「ところで…紅様はどこへ?」

アンの問いには、京が答えた。

「紅さんは…今、資料室よ」

そう言って、応接間の奥にある扉を指差す。
その言葉の後を、ハヅルが引き継ぐ。

「紅は…俺が、戦った相手のことを、調べている」
「あなたが戦った相手?やはり、誰かと…」
「…ああ」

そこで少し言葉を切る。何かに迷っているようだったが、やがて意を決したように沈黙を破った。

「最近、連続殺人の噂を、耳にするだろう…。俺が戦った相手は、おそらく、その関係者だ…」
「……何故、急にその者のことを調べようと?」
「…奴が……紅の追っていた人物である可能性が、あるからだ…」
「!?」

驚いたように眼を見開くアンに、京は、紅がある人を探していること、そのために情報屋になったこと、ハヅルを襲った人物は紅の縁者であるとブラウに聞かされたことを、簡潔に話した。

「ハヅルさんは帰ってきて、すぐに戦った相手のことを報告したの。そうしたら、「盲点だった」と一言呟いて資料室に入ったきり…」
「…左様ですか」

話し合う二人に、ハヅルは再度頭を下げる。

「…重ね重ねすまない。俺たちの問題に巻き込む形となった…」
「いいのよ、気にしないで」
「私は、京様に従うまでですから」
「……そうか」

ハヅルは礼を言おうとしたが、それは言葉にならなかった。
紅が、勢いよく資料室の扉を開けて出てきたからだ。

そのまま、どこか思いつめた表情で脇目も振らずに歩いていく。

「……オーナー?」
「…ごめんなさい。ちょっと出かけてくるわ」
「オーナー!そんな急にどこへ…!」

長久の声も空しく、扉はばたんと閉められた。

「…………」
「当たり……だったのかしら」
「…分からない。ただ…何かは掴んだのだろう…」

ポツリと呟く京に対し、ハヅルはそう答えた。

「…それはそうと…二人は、時間は大丈夫か…?差し支えなければ、いいが…急いでいるなら、久我のバイクで、送ってもらってくれ…」

そう言って立ち上がるハヅルに、京が声をかける。

「…あなたも行くの?」
「……紅は、体が弱い。放っておくと、無茶をして倒れかねないからな…付き添いが、必要だ」

そう言って、ハヅルも出て行った。


絡まる糸


(ほとんど“分かっている”、でも“まだ分かっていない”)
(確固たる確証がほしい)

(…確証が)

529十字メシア:2013/01/25(金) 23:54:10
akiyakanさんの話と同時系列です。


「ジャシン?」
「おう」

夕方の秋山寺院。
橙に染まりかけている縁側で、遊利は百物語組の一人・カトレアと会話を交わしていた。

「最近流行ってる都市伝説さ。シスイ達から聞いたんだ」
「ふーん。それがどうしたの?」
「どうやらその内容が物騒らしい。何でも、九人殺せばどんな願いも叶うだとか」
「……変なの、バカみたい」

訝しく、そして不快そうに顔を歪めるカトレア。

「だよなー。しかも信じこんでやらかした奴いたらしいぜ」
「えぇー!? バカの中のバカじゃない!」
「本当か分かんねーのにな。どーせスケールの小さい願いだろ」
「例えば?」
「金がほしいとか」
「あー小さいね」
「な?」

好物の菓子パンを(因みにメロンパン)片手に、遊利は呆れたように笑った。
自分で言っておいてなんだが、やはり滑稽に思えてしまう。

「それにしても、何で流行ってるのかな。そんな噂」
「さあな。ただ一つだけ言えるのは…この土地(いかせのごれ)は不可思議な場所だって事だわ」
「何が起こるか分かんないしね」
「そうだなー…ところでカトレア」
「何?」
「願いが一つ叶うとしたら、お前何にする?」
「え、何で急に?」
「なーんとなく」
「うーん…そう言われても、特に無いかな。遊利は?」
「俺? 俺は――」
「幽花と両思いになりたい」
「ちょ、まだ言ってないだろ!!」
「あは! 図星ー」

夕焼けの中でもハッキリと分かるぐらいに、遊利の顔は真っ赤になっていた。
と、二人の間に一つの人影が射し込む。
幽花だ。

「…お、どした?」
「…………夕飯」
「わーい! ご飯ご飯ー!」

大はしゃぎで居間に向かうカトレア。
その背中を見送る遊利だったが、ふと幽花が目に入った。

「…幽花」
「?」
「もしさ、願い事が一つだけ、叶うとしたら…幽花は何にする?」
「……………何で」
「さっきまで、カトレアと都市伝説の話してたから」
「…………ジャシン?」
「そそ。で、願い事叶うならどうしたいって」
「…………」

漆の様に黒い目を伏せる幽花。
遊利を一瞥した後、一度口を開きかけ、少しの沈黙の後に再び口を開いて言った。

「…………たい」
「え?」
「………霊が見えない体になりたい」
「…………」

自分の式神に背を向け、幽花は居間に戻って行った。

「………」

霊が見えない体になりたい――そう、彼女は言った。
かつて幽霊として存在していた遊利だが、決して傷付いた訳ではない。
ただ、気付いただけだ。
小さな声ながらも、そこに一つの確かな感情が籠っていた事に。

――寂寥(せきりょう)。即ち、寂しさ。

何故。
その理由を、以前ある事実を知った彼は分かっていた。

530十字メシア:2013/01/25(金) 23:56:47
前から不思議に感じていたのだが、幽花はやけに寺院について詳しかった。
門下生とはいえ、知れる事には限りがある筈。
そう思い、遊利は彼女にそれを聞いてみると。

「…………小さい頃から…いたし」

どうやら元から住んでいたらしい。
だが当然ながら、秋山家の人間とは血の繋がりがない。
つまり養子と同じような立場なのだ。
それについても聞いてみたが、彼女は言葉一つ溢さなかった。
そこで春美の祖父である師範、冬玄に尋ねてみたところ。

「捨て子…?」
「ああ」
「でも…何でそんな」
「…誰も見えなかったお前が、あの子には見えた。その理由、分かるな?」
「…! まさか…」
「そう。幽花には強い霊感がある。あらゆる霊が見える、強い霊感を。…だが強すぎた、見えすぎたのだ。両親は気味悪がり、そして恐れていたのだろうな。置き去り同然にあの子の元から去ったよ。『必ず迎えに行く』と嘘をついて」
「…………」
「最初は信じていただろうが…昔、幽霊と話しているのを見られた事で虐めを受けてから、霊感のせいで自分が捨てられたのだと薄々感付いたようでな」

――大好きだった両親の事を口にしなくなったよ。
冬玄が悲しげな顔でそう言ったのが、今でも脳裏に残っている。

「……幽花…」

強力な力は孤独を生み、心に深い傷をつける。
特殊能力が跋扈するこの地では、非情にも当たり前に近い事だった。
その非情な現実を、自分の愛する彼女は受け入れた――否、受け入れざるを得なかった。
それも、事実が牙を向き、希望を砕かれた様な形で。
その時から、彼女の心はぽっかりと、空いているのだろうか。

今は、彼女にしか分からない事。


空蝉の心


(でも幽花)
(例え俺が人間だとしても)
(お前が大好きなのは変わらねえよ)




クラベスさんから「秋山 冬玄」お借りしました。

531えて子:2013/01/27(日) 19:06:07
花丸の過去その2。「Don't look me.」からちょっと続いてます。


あの日、大人たちに嫌われた。

それからずっと、僕は一人だった。

友達からは遠ざけられて、誰とも遊べない。
知らない人が怖くて、学校でも一人だった。
施設に来る犬や猫たちと遊んでいたら、「気持ち悪い」と言われた。今までは、褒めてくれていたのに。
それでも、この子達しか僕にはいなかったから、ずっと一緒にいたんだ。
でも、それも出来なくなった。遊んでいると、くしゃみが出たり、目が痒くなって涙が止まらなくなったりして、近づけなくなってしまった。

一度、施設の先生が渋々だけど病院に連れて行ってくれたら、「アレルギー」だと言われた。
「きっとよくなる」って言われて、薬をもらったけど…酷くなるかもしれないから、って、毛のある動物に触るのはやめなさいって言われてしまった。
唯一の友達とも会えなくなって、僕は本当に一人になってしまった。


一人の毎日が終わったのは、それから数年後。
小学校の3、4年生くらいのとき…だったと思う。

「花丸、ちょっとおいで」

普段は近寄ってくれない先生が、珍しく僕を呼んだんだ。
それはおかしいことだったのかもしれないけれど、僕は嬉しくて先生についていった。

そこにいたのは、知らないおじさんたちだった。

「……せんせい。この人、だれ?」

先生に聞いても、答えてくれない。

「この子供か?」
「……はい」
「……。来るんだ」
「えっ?」

わけの分からないまま、僕はおじさんに手を引かれて連れて行かれた。
先生は、見てるだけだった。
あの日見せたのと同じ目で、ずっと見てるだけだった。

532えて子:2013/01/27(日) 19:07:13


おじさんたちに連れて行かれた僕は、大きな部屋に入れられた。
「そこで待っていなさい」と言われて、一人にされた。

しばらくすると、僕が入ってきたのとは別の扉が開いた。

「ひっ…!?」

出てきたのは、おじさんじゃなくって、よく分からない、気持ちわるい生き物だった。
“バケモノ”って、こういうもののことを言うんだって。そう思った。

あいつが動くと、床がぼろぼろになった。
怖かった。近寄ってくるそれが怖くて怖くて、僕は逃げ回った。部屋から出ようともした。
でも、どっちの扉も開かなかった。押しても引いても、全然動かない。

「あけて!!おじさんあけて!!こわい、こわいよ!!おねがい、あけて!!」

叩いても、叫んでも、扉は開いてくれなかった。

「あけて!!だして!!ぼく、いい子にするから!!わがまま言わないから!!おねがい!!だして!!!だして!!!!」

手が痛くなるぐらい叩いても、扉はびくともしなかった。
その間にも、あいつは近づいてきて。逃げるところがなくなって。

怖くて。怖くて。怖くて。

僕、言っちゃったんだ。


「来ないでっ!!!!」


って。


…その瞬間、ピタッとあいつの動きが止まった。
僕の様子を窺うように動いてるけど、それ以上近寄ってこない。

「………」

よく分からなかったけど、助かったんだ。って思った。
でも、このあとどうしたらいいか分からない。
おじさんを探そうと思って立ち上がったら、

「え――――――」

上から、鉄骨が落ちてきた。…落ちてきた、はずだった。


何が起きたのか、よく分からない。
施設の隣の空き地によく置かれていたから、落ちてきたのが鉄骨だということは分かった。
それが、僕目がけて落ちてきたのも、分かった。

でも、それは僕には当たらなかった。
当たる前に、全部バラバラになって吹き飛ばされてしまったから。

「………」

僕は、あいつを、見た。

「たすけて…くれたの?」

聞いても、あいつは答えなかった。どんな表情をしているのかも、分からない。
でも、僕には、その顔が“悲しそう”に見えたんだ。

そうして、気づいた。
あいつは…あの子は、僕と一緒。
怖がられて、一人ぼっちで、寂しかっただけなんだって、気づいた。

僕は、ひどいことを言ってしまった。
「来ないで」。
僕が、先生に言われて悲しかった言葉を、言ってしまった。

「……う、ぇ…」

謝らなくちゃいけないのに、僕の方が悲しくなって、泣いてしまった。
あの子は、そっとそばに来てくれた。
今までずっと怖かったのに、不思議と怖くなかった。
悲しくて、でも嬉しくて、僕はわあわあと声をあげて泣いた。


『ひとりじゃないよ』


(あの子が、ここでできた僕の最初の友達)

(あの日から、ここは僕の居場所になったんだ)

533思兼:2013/01/31(木) 00:50:38
始まりっぽいものを

【眼に見えた話】


まただ…

最近、俺は毎日のように悪夢を見ている。

生々しいほどリアルなのに、目を覚ました瞬間からどんどん曖昧になっていく記憶は俺を嘲笑っているようだった。


必ず誰かが死ぬ夢。

『俺』も含めてだ。



4日前はチャラい兄ちゃんがバラバラになる夢…

3日前は燃える建物に走っていく兄ちゃんの夢…

2日前は姉ちゃんにビルから突き落とされる兄ちゃんの夢…


昨日は…視界の端で、赤い髪が揺れて、砕け散った夢を見た。



どんなに記憶が曖昧になっても、それだけは頭に鮮明に残ってる。

それが…何を意味するかも俺にはわからない。

この街には関わりの無い俺の妄想かもしれない。



だけど、この街は何かおかしい。何かが息を潜めているようなお伽噺みたいな感覚を覚える。

この街の暗い側面。

そんなものが見えるような気がする。




いや…気がするんじゃない。

俺には『視える』

この街で『起こる・起こった出来事』の全てが。

色んな形で俺に危険を伝える。



止めなきゃ…

この街で起こっている『何か』を。

何でそうしないといけないと思うのかは、自分でもわからない。

ただ、感覚が俺にそう訴えかけるから。




俺の名前は『御坂 成見』。

見えないものを『視れて』
あった出来事を『視れて』
これから起こることを『視れる』


昔から、俺の赤い目はそれを視ることが出来た…




…これは、観察者の俺が『見た記録』だ。

534akiyakan:2013/02/02(土) 17:05:46
「みんな、タマモを助けて!」
「言われんでも!」
「分かってます!」

 春美の言葉に応え、次々と妖怪達が飛び出してくる。

 ある者は大蛇を押さえるゴクオーと共に戦い、

 ある者は傷付いたタマモを守ろうと庇う。

 ある者は勇ましく、自らが戦う相手を鋭く見据え、

 ある者は労わり、傷付いた仲間に寄り添った。

 嗚呼。これぞ、百鬼夜行。

 ここに集うは、

「征くぞ、秋山妖怪百物語!」
『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』

 ゴクオーの檄に応え、戦闘要員がそれに負けじと声を上げる。各々がそれぞれに武器を手に、体格差などものともせずに大蛇へと飛び

掛かっていく。

 震える。その怒号に空気が。否、魂が震える。

 ゴクオーは感じていた。久しく忘れていた、戦場の空気を。

「魑魅魍魎が……大蛇に敵うとでも思ったか」

 淡々と僧侶が言い、眼下を睨みつける。無感情なその言葉には、しかし苛立ちの様なものが含まれていた。

 シャラン、と言う錫杖の音ともに、夥しい数の幽体が姿を現す。大狐化していた時は姿が見えなかったが、あの間もずっとレギオンは

増殖を繰り返していたらしい。その密度たるや、本来半透明である筈なのに、その向こう側にいる大蛇の姿がまるで霞でもかかったかの

ようにしか見えない。タマモが戦っていた時の比ではない。

 だが、

「こんな雑兵ごときで!」
「ワシらを止められると思ったら大間違いじゃあっ!」

 そう。相手は数こそ凄まじいが、所詮は有像無像。だが、こちらもただの群れではない。まだ語られていない者達もいる為、数は百に

は届かない。されど、我らは秋山春美に語られし百鬼の群れ。主の願いを汲み、仲間を助けるべく馳せ、愛する者を守るべく戦う、善の

妖怪達。

「理亡き命を、切り裂け!」

 第二十五話、『赤マント(エトレク)』が翻る。振り回す大鎌に切り裂かれ、増殖する前にレギオンが霧散する。

「味気無いわよ、貴方達の魂。その程度で、生者を手にかけられるとでも?」

 第三十四話、『魂喰らいし人形(カトレア)』が躍る。彼女の前では、人造の幽体など一溜まりも無い。

「さぁ、遊んでくれよ?」

 第四十一話が、闇の中でゆらゆらと揺れる。束ねた白髪が、さながら躍動する大蛇の様だ。それはまるで、神の御使いたる『白蛇(ク

チナワ)』が演じる、神に奉じる為の神楽でもあるかのようだった。

「みんな――行って!!」

 数には数を。黒妖犬は第五十八話、『始末された野生の命(その者)』に寄り添う。ノラの命に従い、黒き強犬達は戦う。その爪はレ

ギオンの幽体を裂き、その顎斗が粉々に噛み砕く。

「HaHaHaHaHaHa!!!!」

 狂った様な笑い声が、闘技場内に響く。幽体の群れの中で、漆黒のスーツを着た男が舞う。その金色の髪はまるで、満月の光を吸い込

んだかのように月光に反射して煌めく。まるでそれは、彼の心を現しているかのようだ。

「どしたい、旦那! 何時になく上機嫌じゃないか!」

 すぐ傍で戦っていた珠女が声を掛ける。するとセロは、喜色に満ちた声で答えた。

「上機嫌? ああ、そうだ、今の俺は最高に気分が良い! こんな戦いは滅多にない! 興奮が、この高ぶりが、俺に乾きを忘れさせて

くれる!」

 年中、血に飢えた『吸血鬼』は、まるで踊っているようだった。優雅に、しかし荒々しく。その爪が閃く度に、幽体の群れが消し飛ん

だ。

535akiyakan:2013/02/02(土) 17:06:31
「……何故だ」

 大蛇の背から戦場を見下ろしていた僧侶が呟いた。

「何故だ、妖怪達よ。何故私に刃向う。何故いかせのごれを、人を、世界を守ろうとする」

 理解出来ない、と。男は言外に言っていた。

「人間など守る価値は無い……この世界など、もはや存在させる意味など無い……それなのに、お前達は、」
「意味なら――あるッ!」

 巨大な大蛇の頭が揺れる。地獄の王が振るいし鉄槌、それが大蛇の頭を打つ。自らよりも巨大な大蛇の首を吹き飛ばしながら、ゴクオ

ーは力強く言い切った。

「ワシらは妖怪じゃ。妖怪は昔から、人間に寄り添いながら生きて来た。ある時は恐れられながら。ある時は敬われながら。ある時は愛

し合いながら!」

 鉄槌をゴクオーは僧侶に突きつけ、その赤い眼で睨みつけた。

「ワシらが生きるのは人間の世じゃ! 妖怪は人間と寄り添い続ける! 妖は人と共に有り続ける! 昔からそうしてきたんじゃ、そこ

に理屈など無い! ただ、それだけの事じゃ!」

 それは、ゴクオーだけの言葉ではなかった。

 語らずとも空気が、その行いが、雄弁に物語っている。彼の言葉は、闘技場に散らばったあまたの妖怪達、その総意に他ならなかった



「……そうか。あくまで人道を逝くか、化生の群れよ……」

 僧侶が手を上げた。その動きに合わせて、大蛇の首が上がっていく。

「みんな、気を付けろ!」
「何か来るぞ!」

 大蛇の行動に反応し、全員が一斉に身構えた。だが実際、身構えた位で果たして何とかなるだろうか。見る見る空に向かって持ち上げ

られていく鎌首は、地上からゆうに十メートルは下らない高さにある。

「消えろ、妖怪達よ。人の世と共に、滅びろ」

 ガパリ、と大蛇の八つの口が一斉に開いた。その中に、様々な色をした稲光が輝いている。

「〝八雷神(ヤクサノイカヅチノカミ)〟」

 八色の雷が、妖怪達に襲い掛かった。

「ぐああぁぁぁ!?」
「きゃあぁぁぁ!?」

 結界を張って攻撃を防ぐも、雷の威力は凄まじかった。防壁が障子紙の様に引き裂かれ、雷神の牙が喰らつき爪を立てる。時間にして

ものの数秒の出来事でありながら、百物語組のほとんどが、戦闘不能に陥っていた。

「なんて奴じゃ……」

 戦場から離れて治療していたタマモは、目の前の光景に目を剥いた。百戦錬磨の妖怪達が、文字通り「瞬く間」に倒されてしまった。

 強い、強過ぎる。その巨体もさる事ながら、そこから放たれる技の一つ一つが必殺の威力を持っている。世界を滅ぼす、と言う言葉に

嘘偽りなし。この八岐大蛇ならば、それを可能にする事も出来るだろう。

 ――だが、何も「強い」のは大蛇ばかりではない。

「……まだ、来るか」

 倒れ伏した者達が、一人、また一人と立ち上がっていく。全員、雷撃の影響でまともに身体が動きもしない。それでも、感覚の無い足

で地を踏みしめ、動かしている実感の無い手で物を掴み。戦意を失わぬ瞳で、大蛇を見据えている。

「そこまでして滅ぶ事を恐れるか……それこそが真の救済であると言うのに」
「黙れ!」

 全身から血を流しながら、ゴクオーが吠える。至近距離で雷を受けたせいか、彼が誰よりも身体を傷付けていた。しかし、その気迫は

留まる事を知らず、その心はいささかも折れたりなどしていない。

「命は、そこに在るだけで奇跡なのじゃ! 生き物は、生きているから尊いのじゃ! そこに貴賤は存在しない! 無闇に命を奪わんと

する貴様の行いは、紛れも無い悪じゃ!」

 ダンッ! とゴクオーが下駄を履いた足で力強く大地を踏む。血の様な眼は、燃え盛る炎よりも熱く輝いていた。

536akiyakan:2013/02/02(土) 17:07:15
「このゴクオー、悪は絶対に許さぬ! 退散するのはお前の方じゃ!」

 剣先を突きつけるように、ゴクオーは鉄槌を僧侶に向けた。自らの行いを「救い」と言い、しかしゴクオーによって「悪」と断ぜられ

た僧侶は――それでもその表情が揺らぐ事は無く、今まで通りの無表情だった。

「……救いだと知らないから、そんな事を言うのだ。地獄の王ともあろう者が、人界に堕ちて腐ったか」
「腐ったのはどっちの方じゃ、この生臭坊主」
「……その眼、目障りだ。消えろ」
「いかん!」

 大蛇の首が動くのを見て、思わずタマモが叫んだ。ゴクオーの身体を呑み込もうと、大蛇が巨大な口を開きながら迫る。だが、満身創

痍である今のゴクオーにそれをかわすだけの余力がある訳も無く、また他の者も助けに入れる状態ではない。

「逃げるんじゃ、ゴクオー!!」

 タマモが必死な形相で叫ぶ。だが、今からではもう間に合わない。誰もが、ゴクオーの命が失われてしまうと思っていた。

「――な?」

 僧侶の口から、間の抜けた声が零れた。本当に、信じられないモノでも見た様に、網代傘の下にある瞳が大きく見開かれる。

 ゴクオーを喰らおうとしていた首が――大きく弾き飛ばされていた。どうしてそんな事になったのか。それは、横から飛び込んできた

赤い弾丸が激突し、大蛇の首を吹っ飛ばしたからだ。

 否、それは赤い弾丸などではない。

「お、お前さんは……」
『立てるか?』

 ゴクオーに背を向け、声を発する事無く、手にした看板に書かれた文字が彼者の言葉を代弁する。百八十センチの長身が、しかし背負

った気迫で更に大きく見える。

 鮮やかな長い、赤い髪が躍る。その様子はまるで、燎原を焼く炎の揺らめきにも似ていた。

 その名を、誰もが知っていた。いかせのごれ中をまるで風の様に彷徨い歩き、見つけた悪をたちどころに断罪する一人の男の物語を。

「紅蓮……!」
『助けに来たのは、俺だけじゃない』

 くるりと看板を返し、新しい言葉がそこに紡がれている。そして彼が看板を返すタイミングを見計らっていたかのように、二台のバイ

クが闘技場に飛び込んできた。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「助太刀参上!」

 一つには、二人の少年が乗っていた。運転手は都シスイであり、その後ろにしがみつく様にしてハヤトの姿もある。

「騎兵隊の登場だぜ?」

 もう一つに乗っているのは、フルフェイスヘルメットの男。百物語組には属さない、いかせのごれ土着の都市伝説、『首なしライダー

』。鈴鹿茂斗。ライダースーツの上から羽織る特攻服は、彼が生きていた証だ。

「……また、邪魔が入ったか」

 助太刀に入ったのはたったの四人。しかし、その四人を前にして、苛立たしげに僧侶が零す。

「そこまでして我を阻むか、神よ……!」
『いや、お前を阻むのは神の意思などではない』

 僧侶に見える様に、紅蓮が看板を翳す。

『我々は神に己の存在を委ねたりなどしない。これは他でもない人間の、いや、命ある者すべての意思だ』



 <生命賛歌>



(すべての命は、息を吹いたその瞬間から、)

(死と言う宿敵と戦っている)

(滅びを否定するのに、理由など要らない)

(それは命ある者、すべてに定められた戦いなのだから)

※大黒屋さんより「秋山 春美」、「ゴクオー」、「エトレク」、「ノラ」、十字メシアさんより「カトレア」、「珠女」、ネモさんよ

り「クチナワ」、キャスケットさんより「セロ」、しらにゅいさんより「タマモ」、鶯色さんより「ハヤト」、サイコロさんより「鈴鹿

茂斗」、そして我が家より「都シスイ」、「紅蓮」です。

※百物語組から出番の無かったキャラのみなさん、すみません。一応、乱戦の中では戦っている予定なので……。

537akiyakan:2013/02/08(金) 14:32:36
 ※鶯色さんより「ハヤト」、サイコロさんより「鈴鹿茂斗」をお借りしました。そして私からは「紅蓮」、「都シスイ」です。

「――――ッ!!」

 声無き咆哮。紅蓮が大きく口を開きながら、その拳を大蛇の胴体へと叩き込む。打突点が大きくたわみ、波紋を打つように変形する。鱗が砕け散り、その下にある肉が弾け飛んだ。

「いつ見てもすげぇ威力だ……!」

 紅蓮の放つ剛力に、ハヤトは息を呑む。もはやそれは、エネルギー保存の法則に反している。紅蓮は常人より巨体であるが、それでも身体は人間と大差無い。にも関わらず、大蛇の巨体を脅かす程の破壊力を生み出している。常識を破壊するのが超能力であるとは言え、紅蓮のそれはその域から踏み越えてしまっている。

 〝その昔、守人にその人在り。炎髪紅蓮の翼、火葬祭祀の戦士〟

 人づてに聞いた話、紅蓮は元々普通に言葉を話し、特殊能力ではなく守人に伝わる奥義「火装」の遣い手であったと言う。彼がどの様な経緯で現在に至るかなど、ハヤトには分かり様がないが、

「これ程強い能力者、見た事無いぜ!」

 大蛇の巨体に思わず気圧されそうだったが、その勇ましい姿に魂が震える。英雄は戦場に在っては味方を鼓舞する存在らしいが、今の紅蓮はまさにそうだ。彼と言う存在が心に強い。弱気が、波の様に引いていく。

「おらぁ! 吹っ飛びやがれ!」

 勇ましい掛け声と共に、戦車砲の一撃が叩き込まれる。見れば、茂斗は先程まで乗っていたバイクから、何時の間にか巨大な戦車に乗り換えていた。テレビなどで見知った回転砲塔式の戦車であるが、実物はやはり違う。正に「戦う為に生まれてきた」、そんな力強さと荒々しさがそこにはある。

 首無しライダー、鈴鹿茂斗。彼は車に関わる事故によって亡くなった者達の成仏出来ない命、その集合体である。それ故に彼は、いかせのごれで死んだ者達の乗り物を使役し、自在に操る事が出来る。この戦車は、その能力の応用戦術である。戦車に関わって死んだ者の魂を呼び寄せ、その魂から引き出した記憶を元に再現しているのだ。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 通常戦車は、全体指揮を執る戦車長、砲弾を撃つ砲手、戦車の運転を担当する操縦手など、複数人によって運用される。だが、この戦車は違う。茂斗の妖力によって再現された、言わば彼の身体の分身。手を動かす様に、足で駆ける様に、呼吸をする様に、そして、始めから知っていたかの様に操る事が出来る。

 履帯(キャタピタ)は足となり、砲弾は拳である。唸りを上げながら、戦車は砲弾(拳)を大蛇に向かって撃ち続けた。

「小賢しい真似を……」

 僧侶が手を掲げた。その動作に合わせて、大蛇が頭を上げていく。

「またあの技を使うつもりか!?」
「いかん! もう一度あれを喰らったら――!!」

 大蛇の口が開く。

 そして――

「〝八雷神(ヤクサノイカヅチノカミ)〟」

 虹色の雷が闘技場に向かって降り注ぐ。それは雷撃の雨となり、この場にいるすべての者へと襲い掛かる――

「……何?」

 ――筈だった。

 雷は降り注いだ、地面へと。それは間違い無い。不発などではなく、「八雷神」は確かに放たれた。その威力は、改めて解説する必要は無いだろう。例え結界で防御したとしても、無傷で防ぐには不可能な威力。

 だが、蓋を開けてみればどうか。闘技場に、今の攻撃で傷を負った者は誰一人としていない。この結果には攻撃を放った僧侶はもちろん、攻撃を受けた側である百物語組も驚いていた。

「一体何が――」
「――おいおい。俺が何の考えも無しに、戦車を口寄せしたと思ってたのか?」

 不敵な声は、煙を上げる戦車の中から聞こえた。

「モトさん!」
「戦車は鉄の塊だぜ……そして雷は、金属に引き寄せられる!」
「馬鹿な……だとしても『八雷神』全弾を受けて無事でいられる筈が――っ!? まさか、それは、」

 僧侶は、戦車の後部から垂れた長いチェーンに気付いた。

「そうだ、戦車用のアースだ。これは戦車に落雷があった場合、雷を地面に逃がす……元々、車に乗っている人間が被雷時に受けるダメージはほとんど無い。車そのものが避雷針の役割を果たすからな。そして、」
「アースによって、更にダメージを軽減した!」

 煙を上げているが、何事も無かったかのように戦車は駆動を再開する。茂斗の妖力によって再現した物である為、コンピューターの様な電子機器を持たない。だが、「金属」としての属性は再現している。雷は風、つまり「木気」。「木気」は「金気」に殺される!

538akiyakan:2013/02/08(金) 14:33:24
「あれだけの威力の雷だ、再攻撃には時間がかかる……」

 都シスイが身構える。その身体から、爆発的なまでのオーラが噴き出す。金色のオーラが辺りを照らし、まるで真昼の様な明るさになる。その姿はまるで、大地に落ちた太陽の様だった。

「其は四天の中心に座したる天帝の証ッ!」

 まるでシスイの声に応えるかのように、大地が震える。

「目覚めろ、黄道の獣! お前が往くのは王の道!」

 それは、選ばれし者だけが唱えし呪文。その呪文を持って、

「我、護国の剣と成りて――魑魅魍魎を打ち破らんッッッッ!!!!!!」

 都シスイを、超常の戦士へと変身(か)える!

「来いッ! 幻獣拳ッ!!!!」

 シスイの右腕に、麒麟の頭を模した金色の籠手が形成される。表面の装甲がスライドし、金色のオーラが鬣の様に溢れ出す。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 オーラの噴射エネルギーが、シスイの身体を前へと押し出す。その加速に乗って、シスイは飛び出した。

 大蛇の首が、シスイに襲い掛かる。だが、向かって来る首をシスイは、オーラの噴射を使ってかわし続ける。噴射力は凄まじく、空中にいる状態からシスイを指定方向へと押し出す程だ。もはやジェット噴射に近い。「空中を走り」ながら、シスイは大蛇の身体に向かって走る。

「喰らえっ!」

 シスイの拳が突き刺さり、駄目押しとばかりにオーラの噴射加速を加える。紅蓮の時同様に、シスイの拳が命中した箇所が波紋かクレーターの様に抉れた。更に、衝撃が打撃箇所から大蛇の全身へと広がっていく。

「く、これは!?」

 僧侶の声に焦りの色が混じる。大蛇が苦しそうな声を上げながらのた打ち回った。

「うお!? な、何が起こったんだ!?」
「弱点攻撃だよ、ハヤト」
「え?」
「蛇は水神として祭り上げられる位に「水気」だ。それに対して、俺の力は大地の麒麟、つまり「土気」。五行の法則では、水は土に殺される!」

 タネを明かせば単純なものであるが、実際はそんなに簡単ではない。例え属性の相性で有利でも、不利な属性の力が有利属性よりも勝っていれば、その相性は働かず、パワーゲームに従って逆に滅ぼされる。火勢が強ければ、どんなに水をかけたって消せないのと同じ様に。
 
 だから、僧侶は属性で大蛇が負ける事は無いと思っていた。「八雷神」は思わぬ方法で防がれたが、大蛇は違う。桁が違う。首だけで十メートルはあり、全長ならば三十メートル以上はある。例え「木気」や「土気」を持ち込まれたところで押し返せる。その、筈だった。

 だが、シスイはその不利を押し返した。170cmの体躯で、30mの大蛇に痛撃を与えたのだ!

「く――人造亡霊ども、大蛇を守れ!」

 わらわらと溢れ出したレギオン達が、大蛇を包む様に現れた。百物語組が攻撃を仕掛けた当初よりも数は減っているが、だが決して少ない数ではない。それにこの間も、レギオンは増殖し数を増やしている。

539akiyakan:2013/02/08(金) 14:33:55
「全く……キリが無いな」
「だったら、増殖する暇も無い勢いで、一体残らず潰すだけだ」

 ザッ、と、ハヤトが前に出る。彼は腰に下げた二本の短剣を抜いた。それは何時もハヤトが使っている短剣とは異なっており、刃の中心部分に割れ目が入っており、音叉の様な形をしていた。

「ハヤト、それは……」
「危うく、俺の出番無くなるところだったぜ」

 ハヤトは、額に付けたゴーグルを被る。それも、普段は彼が使わない道具だった。

「――ッッッッッ!!!!」

 自分の目の前で、二本の剣を交差させ、それに向かって思いっきり音波砲をぶつける。音の衝撃波は射線上にいたレギオン達を薙ぎ払ったが、それは大した数ではない。

 むしろ重要な変化は、二本の刃に起こった。

 イィィィィィィィィィィィン

 耳鳴りにも似た音。それはハヤトが持つ刃から発生している。見れば、音叉状の刃が「ブレ」ている。あまりのスピード故にそんな風に見えているだけなのだが、刃が高速で振動していた。

「――行くぜ」

 そう言った次の瞬間には、ハヤトの姿がその場から消えていた。

 それとほぼ同時に――実際はコンマ秒遅れなのだが、そんな事常人に認識出来る訳が無い――レギオンの群れの一角が消し飛んだ。

「な!?」

 僧侶が驚いている間にも、レギオン達は掻き消されていく。何かが高速で動いているのは分かるが、そのスピードの速さに影しか捉えられない。

 やがて、高速で動いていた物体が、一旦動きを止めた。ハヤトだ。

「何匹、何十匹で群れようが、関係無い」

 ハヤトが消える。否、『音速の速さで』レギオン達に切り掛かっている。音速で動く相手に対処出来る訳が無く、レギオン達は一方的に切り捨てられていく。

「おらおらおらおらおらおらおらおらッ!!」

 また、物体が音速を超えて移動すると、俗に言う衝撃波(ソニックブーム)が発生する。ハヤトが動いただけで、その周囲にソニックブームが発生している。切り飛ばされたレギオンだけでなく、ハヤトが「出現した」、ただそれだけで人造の亡霊達が吹っ飛ばされていた。

 通常、音速を超えた物体は発生した衝撃波の威力を受ける。生身で音速突破などそもそも不可能であるが、成功したならばその衝撃波で肉体は傷だらけになる筈だが――ハヤトの身体には、掠り傷一つついていない。

「……すげぇ」

 シスイは、ハヤトの見せる高速移動に息を呑んだ。視力を強化すれば、ハヤトの動きをかろうじて捉えられる。だが、あのスピードで彼に向かってこられたとして、その攻撃をかわせるかと聞かれれば、おそらく回避出来ない。それ程までに、音速は圧倒的だ。

(――俺は今、音になっている)

 ゴーグルに備わった視界の補助を受け、ハヤトの景色は何もかもがゆっくりと動いていた。音速で動いているにも関わらず、外界の動きが遅いのは、それだけハヤトの動体視力が引き上げられている為だ。

 何もかもを置き去りにする、超高速の世界。

 ハヤトの超能力は、自らの死因と同化し、能力として取り込む「ナイトメアアナボリズム」だ。そしてハヤトは、過去に受けた音波兵器の実験によって死んでいる。その結果、彼は破壊効果を持つ音波を放てる様になった。だが、実際はそれだけではなかったのだ。音波とは、即ち「音」だ。ナイトメアアナボリズムは死因と「同化」する。

 即ち、今のハヤトは「音」と「同化」している。

(鳥も、風も――俺には追いつけない……!)

 ソニックブームを巻き上げながら、ハヤトが加速を止める。そこにはもう、亡霊は一体も存在していなかった。

「……まさか、あの亡霊をたった一人で全滅させるとは……」
「ついでに、大蛇にも一発くれてやったぜ」
「!?」

 ハヤトが言うか早いか、大蛇の身体に筋が入り、そこから血が噴き出した。大蛇にしてみればそんなに深くないものの、大きく真一直線に、胴体の横腹を切り裂いている。

 ハヤトが手にしている音叉状の剣。それは、ハヤトの喉から発生した「音波」を吸収し、その威力に応じて刀身を震わせる機構が備わっている。刀身が高速振動する事により、目の細かいチェーンソーの様に対象を切り裂くのだ。

「……強いな。流石は、いかせのごれを守ってきただけの事はある」
「おうよ。その八首蛇も、その内三枚におろしてやるぜ?」
「……出来るものならな」
「なに?」

 ハヤトが訝しげな目で見ていたが、その表情がすぐに驚愕へと変わった。

「んな……!?」

 大蛇の、攻撃を受けて損傷した箇所が泡を吹き、瞬く間に再生していく。

540akiyakan:2013/02/08(金) 14:34:28
「再生か……!?」
「嘘だろ、あの巨体で回復するのかよ……」

 蛇は、不老長寿の象徴であり、輪廻転生や再生も司ると言う。原典の八岐大蛇にそんな能力は無かったが、この大蛇にはその蛇を象徴とする力が備わっている。タマモの毒にさえも屈しない、強力な再生能力が!

「無駄だ。何度打ちかかってこようとも、この大蛇を滅ぼす手段など無い。流水霞を切り裂く鉾が無いのと同じ様にな」
「く……」
「足掻くのは止めろ。大人しく、滅びを受け入れるがいい」
「――霞を切り裂く鉾は無い、か。確かにな」

 声の主は、シスイだった。その口元には、不敵な笑みが浮かんでいる。

「だけど、水の尽きない泉だって無いぜ?」
「……何が言いたい?」
「確かにその大蛇の再生能力は厄介だな……だけど、コンセントを抜かれて、何時まで動けるかな?」
「! お前――」
「もう遅い!」

 そう叫ぶと、シスイは思いっきり地面を叩いた。瞬間、闘技場の地面から光が溢れ出した。それはものの数秒で収まったが、その後には、空中に浮かぶ金色の粒が残っていた。

「これは……」
「暖かい……」

 金色の粒は、仄かな温もりを持っており、それは陽光の暖かさに似ていた。そして光に触れていると、身体に力が漲ってくるような感覚があった。

「……痛みが、消えていく……」
「いや、消えていくだけじゃない……傷が治っている!?」
「これは……天子麒麟の強化能力か!?」

 都シスイの能力、天子麒麟。その効果は、対象を助力・強化するエネルギーを操る事だ。生物の肉体ポテンシャルを引き出す事も、超能力の効果そのものを強化する事も出来る。だが、いくら天士麒麟化して通常時よりも出力が上がっているとは言え、これほど広範囲を強化出来る程の力は無い筈だ。

「麒麟のオーラに混ざっているのは……龍脈の気、か?」
「龍脈って……そうか、そう言う事か!」

 龍脈とは、大地に流れている気の流れの事だ。地球が持つ生命エネルギーの川であると言っても良い。

「く……」
「お前に流れ込んでいる龍脈を封じさせてもらった……これでもう、大蛇は再生出来ない……!」

 そう。八岐大蛇の無尽蔵の力の秘密は、この龍脈だ。大蛇は地面からエネルギーを吸い上げる事で力を回復し、更にそれを攻撃エネルギーに転化し、「八雷神」を放つ為に使用していたのだ。それをシスイは見抜いた。麒麟としての性質が、大蛇に流れ込む龍脈を嗅ぎつけたのだ。

「……再生能力がどうした。そんなものなくとも、」
「俺達を倒せるって?」
「…………」
「滅びこそが救いだかなんだか知らねぇが――命全部で戦っているヤツの強さを舐めるんじゃねぇぞ!」

 シスイの檄に背中を押される様に、膝をついていた妖怪達が立ち上がる。皆、その瞳には再び戦意の炎を、死に抗う生きる者の輝きを宿している!



 <生と死のコントラスト ‐災いは人の形をして現れた‐>



「我が願い、我が悲願。誰にも邪魔などさせぬ」

「この世界を滅ぼしたりなんかさせない! 征くぞ、八岐大蛇!」

541akiyakan:2013/02/08(金) 14:37:07
 ※大黒屋さんより「秋山 春美」、「ゴクオー」、「ソウト」、キャスケットさんより「シーラ」、「セロ」、十字メシアさんより「アゲハ」、「珠女」、サイコロさんより「鈴鹿茂斗」、鶯色さんより「ハヤト」、しらにゅいさんより「タマモ」をお借りしました。

「大蛇よ、力を解放しろ!」

 僧侶が告げると、大蛇の身体に変化が起きた。ミシミシと音を立てながらその骨格が変形し、身体の形が変わっていく。その頭部はもはや蛇ではなく、角を有した龍の様な形となり、眼は一対から二対、四つにまで増えている。身体の節々には宝石にも似た光球が覗いており、鱗の色が変色して緑からまるで血を浴びたような赤色へと変わる。

「何!?」

 八岐大蛇の変貌に、多くの者は思わず気圧された。だが、姿が変わろうがそんな事関係無いとばかりに突っ込む、二人の大きな影があった。

「紅蓮! ゴクオー!」
「たった二人で無茶だ!」

 仲間が呼びかける。だが、その制止で全く止まる事無く、二人は大蛇目掛けて突進していく。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
『――!!』

 変形した大蛇の頭部が迫る。龍脈を断ったと言うのに、大蛇の威圧感は衰えるどころか、先程よりも増しているように見える。

 だが、

「砕けろッ!」

 ゴクオーが鉄槌を振り下ろす。右側から。

『――!!』

 紅蓮が拳を放つ。左側から。

 二人の攻撃を両側から受け、大蛇の首が大きく弾き返された。

 二人は、大蛇の強さやそれがどんな攻撃手段を持っているか、など全く頓着していなかった。その骨や鱗がどれだけ強固だろうが関係無い。その肉がどれだけの耐久力を持っていようが関係無い。

 関係無い――そう、関係無い!

「ッ――みんな!」
『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』

 春美の号令に、百物語組が吠えた。目の前で仲間が、あんなにも巨大な怪物を相手に一歩も退かずに戦っている。それなのに、自分達は何もしないのか? 否、しない訳が無い、せずにいられる訳が無い!

「ゴクオーを援護しろ!」
「百物語組のチームワーク舐めんなあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 四方八方から、大蛇に向かって飛び掛かる。その姿、誰一人として、そこに臆する者はいない。

「雑兵が!」

 薙ぎ払え、と、僧侶が手を振った。瞬間、大蛇の全身に出現した光球から光の帯が放たれた。それはあたかもレーザー光線の様に、大蛇に取り付いていた妖怪達を薙ぎ払った。

「まとめて蒸し焼きにしてくれる!」
「いかん、アレが来るぞ!」

 八つの大蛇の首が持ち上がり、その口が開いていく。その一つ一つに、虹色の光が溢れ出す。その光量たるや、先程の比ではない。その場にいた全員に、緊張が走った。

「〝八――〟」
「やらせん!」

 大蛇の首の一つが、口から煙を吹いてぐらりと揺れた。続けて、その他の首からも煙が、着弾による爆発が起こる。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 茂斗の駆る戦車が、横滑りしながら砲弾を撃ちまくる。的が大きいだけあり、その砲弾は大蛇の身体に吸い込まれる様に命中していく。

「何故だ……」

 大蛇の攻撃は凄まじい。常人離れしたゴクオーや紅蓮、戦車に乗っている茂斗は例外にしても、その他の者達にしてみれば、その巨体そのものが脅威だ。八本の尾から放たれるスイープは一撃で二十人は吹き飛ばせるし、全身の光球から放たれるレーザーのせいで接近もままならない。例え組み付けたとしても、攻撃力の無い者では鱗に傷をつけるのが精いっぱいだ。

 だが、

「何故向かって来る!?」

 それでも、誰一人として、逃げ出そうとする者は、戦いを止める者はいなかった。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 誰もが雄叫びを上げ、

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 誰もが地を踏みしめ、

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 誰もが拳を振り上げていた。

 自暴自棄でも、捨て鉢になっている訳でもない。誰もが生きて帰ろうとしていたし、誰もが大蛇に勝とうとしていた。自分の能力が敵うか否か、そんな事考えていなどいなかった。

 ただ、誰もが心に同じ事を思っていた。



 ―― こんな奴には、負けない! ――



 それは息を吹く者の、生命体としての本能だったのかもしれない。

542akiyakan:2013/02/08(金) 14:37:46
 僧侶はこの世の何もかもを滅ぼし、世界を終わらせようと――殺そうとしている。それは、生命体の在り方とは真逆の願いだ。

 死は、命あるすべての者がいつかは屈しなければならない――だが、その時まで、「約束された敗北」の瞬間、その時まで。産声を上げたその時から、あらゆる生命は、死との長い長い戦いを始めるのだ。誰もが、生まれた瞬間から戦士なのだ。

 ここにある、すべての命が、魂が訴える。まだ約束の時ではない。俺達は、私達は、

「――まだ死にたくない!」

 強大な滅びを前に、それでもここに在る命すべてがそれに立ち向かっていた。全力でぶつかり、拳を振り上げていた。

「大丈夫か!?」
「うん! まだ、戦える!」

 倒れたシーラの身体を、すぐ傍で戦っていたシモンが支える。

「ソウト! 力を貸すよ!」
「ありがとう、アゲハ!」

 負傷したソウトを背負い、変化したアゲハが代わりの足となって駆ける。

「背中は預けたよ、旦那!」
「任せろ!」

 セロと珠女が、背中を合わせながら戦う。

 生命は、生まれた瞬間から戦士だ。だがその戦いは、決して孤独な戦いなどではない。

 生まれたその時には、父と母が傍にいる。

 背が伸びて世界を知れば、その隣には友や恋人がいる。

 父や母となれば、守るべき子供がいる。

 挫けそうになれば、手を差し出して立ち上がらせてくれる誰かがいた。

 怖くて足が前に出なくなった時は、背中をそっと押してくれる誰かがいた。

 傷付けば寄り添って、一緒に泣いてくれる誰かがいた。

 例え力尽きても……それを見送ってくれる誰かがいた。

 一人ではない――そう、我々は一人などではない!

「ぐ……」

 例え死がどれだけ強大な力を持っていたとしても、命は簡単に勝ちを譲ったりはしない。手を携え、寄り添いあって、支え合って、

「最後の瞬間まで――」
「――戦い抜くんだぁ――!!!!!」

 徐々に。動かせないと思えたその巨体が、それよりも小さな命達の攻撃に揺れ始めていた。一人一人の攻撃力など、大した事は無い。再生能力を封じても、一撃一撃で与えられるダメージの量もたかが知れている。それどころか、大蛇の反撃一つでもまともに喰らえば、即死もありうる戦いだ。

 だが恐れず、後退せず、諦観せず、逃走せず。

 生きるとは即ち、前進すると言う事だ。

「おのれ……」

 止まらない前進は、確実に大蛇を追い詰めていた。頑強な鱗はもはや鎧の役割を果たしておらず、その下にある本体にも傷が届いている。大蛇が倒されるのも、時間の問題だった。

543akiyakan:2013/02/08(金) 14:38:22
「諦めろ!」
「お前に世界を滅ぼさせなどしない!」
「調子に――乗るなあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 それまで感情を露わにしなかった僧侶が、激昂の雄叫びを上げた。瞬間、全身の光球からレーザーが放たれ、大蛇に組み付いていた妖怪達を薙ぎ払った。かろうじて光線を避けられた者も、大蛇の身震いに跳ね飛ばされる。

「ぐあっ!?」
「うわっ!?」
「世界は滅ぼせないまでも――貴様ら全員を殺してくれる!」

 大蛇が首を持ち上げ、一斉にこちらへ向けて口を開いた。その直後に、大蛇の眼前に黒い球体が出現した。それは徐々に徐々に大きくなっていく。

「これが何か分かるか……この大地に染みついた怨念だ! 分かるか! 貴様らが平和ボケして生活している足元に、これだけの恨みが宿っているのだ! いかせのごれだけでこれだ! 世界規模で見れば、どれほどの恨みがあるか、貴様らは考えた事があるか!?」

 憎々しげな僧侶の言葉に呼応するかのように、恨みの塊は大きさを増していく。

「こ、こいつは……」
「今までで一番やばいんじゃないか!?」

 恨みの塊は、さながら黒い太陽にも見えた。生命を力強さを象徴する太陽の対極にある死の太陽。見ているだけで、そこに込められた怨嗟の声が聞こえてきそうだ。

「消えろ!」

 漆黒の太陽が襲い掛かってくる。射線上にあるすべてのモノを蒸発させ、朽ち消しながら。

「させるか! ハヤト!」
「おおっ!」

 ハヤトが大きく息を吸い、その背後にシスイが回る。ハヤトの背中に手を翳し、その身体に強化のオーラを流し込む。

「―――――――ッッッッ!!!!!!!!!!」

 放たれた咆哮が、大気を切り裂いて放たれる。まさに音の大砲。指向性を与えられた音の波が、真っ直ぐに黒い塊目掛けてぶつかる!

 怨霊玉 対 音波砲!

 ハヤトの音波砲は、それ単体でビルを破壊する程の威力を持つ。それに、シスイの強化を加えて威力の底上げをしている。

 だが、怨霊玉はその音波砲を受けながら、全く威力を減衰している気配は無い。音の濁流をその身に受けながら、しかしこちらに向かって突き進んでくる!

「駄目だ! 威力が足りない!」
「くそ、このままじゃ……」
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、紅蓮!」

 弱気になる一同を奮い立たせるように、ゴクオーの声が響いた。彼は一直線に、怨霊玉目掛けて走っている。彼が何をしようとしているのか悟ったらしく、その動きに合わせて紅蓮も走り出す。

「何をする気だ、あの二人!?」
「まさか、特攻!?」

 否、そうではない。ゴクオーは大きく振りかぶると、その手に持った鉄槌を怨霊玉目掛けて放り投げる。ゴクオーの怪力によって投擲された鉄槌は、回転しながら飛んでいる。

『――ッ!!』

 その鉄槌に向かって、紅蓮は拳をぶつけた。ゴクオーの力と紅蓮の力が合わさり、鉄槌に更なる加速が加わる。

「突き破れ――ッ!!!!!!!」

 鉄槌が怨霊玉に当たる。高速回転しながら、怨霊玉を抉る。ぶつかり二つのエネルギーの摩擦が、火花を散らした。

544akiyakan:2013/02/08(金) 14:38:53
「無駄だ! 貴様ら数人の力を合わせたところで、この怨恨は止められん!」
「ぐ……うぅぅ……」

 音波砲を撃つハヤトの身体がぐらつき、咄嗟に支える。

「大丈夫か、ハヤト!?」

 音波砲を放っている為、声で答える事は出来ない。しかし、辛そうだ。額に脂汗が浮かんでいる。

 その時だった。自分達を後ろから支えてくれる気配があり、シスイは振り返った。

「大丈夫か!」
「手を貸すぞ!」

 そこには、百物語組が集まっていた。飛び道具の使える者は怨霊玉への攻撃に加わっており、それが出来ない者はシスイらを支え、少しでもダメージを抑える為か結界を張っている。

「ここで我らが負ける訳にはいかない!」
「怨恨に……死者の感情に、今を生きる者が害される事など、あってはいけないのだ!」

 皆、絶望的な状況だが、必死だ。必死に生きようと、死に抗っている。

 そして、

「何!?」

 僧侶の驚愕する声が聞こえた。見れば、鉄槌の当たっている部分を起点にして、怨霊玉の形が少しずつ崩れ始めている。

「あそこだ!」
「みんな、あの鉄槌を狙え!」

 一点突破、否、一点収束。鉄槌を中心に、この場にいるすべての者の力が、想いが、収束していく。

「いけえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「ぶち破れえぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 一つになった想いが、

「ば――」

 死の化身を、

「――馬鹿なッ!?」

 打ち破った。

 漆黒の太陽が崩れる。鉄槌のある場所を中心に、まるで渦を描く様に砕けた。砕けた怨嗟の塊は、すぐに胡散霧散に消えていく。

「ゆけえぇぇぇぇぇぇぇぇ、タマモおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 ゴクオーが叫んだ。その声が合図であったように、怨霊玉が砕けて出来た道を、瘴気を纏ったタマモが駆け抜けていく。瘴気で出来た九尾の狐が走る。

「く……妖狐!」
「今度こそ、おりんを――」

 前足を振る。構成力が弱まっていたのか、その一撃で進行を阻もうとしていた三本の首が切り落とされた。そのままの勢いで、一気に大蛇の胴体に食らいつく!

「――返してもらうぞ!」

 ぶちぶちと皮を引き千切り、肉を掻き分ける。廃材で出来た骨を押しのけ、その内側にある心臓を捉える。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 最後の抵抗とばかりに、心臓から無数の触手が生えてタマモの身体に絡み付こうとした。だが、タマモの纏う瘴気に充てられ、すぐにぐずぐずと腐り落ちて行く。タマモは咥えた心臓を思いっきり引っ張り、胴体と繋がっている最後の管を引き抜いた。

 オォォォォォォォォォォォォ……

 動力源であり、大蛇の魂を現世に繋いでいた楔を失った大蛇は、その身体をもはや維持出来なかった。復元とは真逆の現象が、身体の端から起こる。ぶすぶすと煙を上げながら、大蛇の身体が腐敗を始めていた。

 地響きを上げながら、大蛇の身体が倒れる。肉はすべて塵となって消え、後に残ったのは廃材で構成された骨格だけだ。

 タマモは纏っていた瘴気を解除し、元の姿に戻った。その腕にはしっかりと、「りん」の身体を抱き抱えている。

「……やった」

 誰かが、そう漏らした。堪えきれなくなったように、耐え切れなくなったように。

「ぃ――やったあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 歓声がそこら中から上がる。ある者は手を叩き合い、ある者はお互いを抱き締め合い、喜びを露わにする。

 勝った――そう、勝ったのだ。八岐大蛇に、死の化身に、自分達は勝利したのだ。

 朝日が昇り、大地を照らす。光に追い出されるように、宵闇が消えていく。



 <そして朝日が昇る>



(それはあたかも、)

(ここは死者のいるべき場所ではないと言う、)

(天照大神の言葉にも、)

(思えた)

545スゴロク:2013/02/08(金) 17:02:36
「命の意味、想いの意味」の続きです。そろそろ時間軸整理をすべきですかね。



スザクの問いには、誰も応えることが出来なかった。唯一回答を持つアオイも、それを口に出すことは出来なかった。
母・琴音は精神体。つまり、心だけの生命体だ。それでも今までは、自分のみで存在が完結していたがために、大きな問題は起きずに済んでいた。
それが、スザクの身体に憑依したことで、事情が変わった。

かりそめとはいえ肉体を得たことで、精神体として独立していた存在が、核となる魂のみに還元され、それがためにスザクの魂が弾かれ、存在が乗っ取られつつあった。

今回ブラウが提唱した案は、スザクの魂を呼び覚まして引き戻し、蘇生させるというものだった。……だが、その場合、今度は琴音の魂が弾かれ、肉体から抜け出ることになる。そして、肉体を失った魂がどうなるかと言えば……。

「……お母さんは……」
「…………」

口に出してしまえば、それを認めるようで言えないアオイだったが、スザクも、他の者も、それで事情を察した。行動を開始する直前、わずかにアオイが見せた逡巡の意味と共に。
スザクは何も言わず、しがみついたままのアオイの手を握った。

「…………」

誰も、口を開かない。立っているのに疲れたのか、ゲンブやランカが座り込み、アズールが狐の姿に戻る。
スザクの右腕を抱えたまま、トキコが気遣わしげな目線を向けて言った。

「……ママさん、行っちゃったの?」
「…………そうみたいだ」

聞いて、答えた瞬間、スザクの心に虚脱感が襲い掛かった。母がもういない。その事実が、彼女に少しの寂寥を覚えさせていた。

(母さん……)

カチナに倒され、死んだはずの自分を生かしてくれた母。その彼女がいなくなったということを、スザクは認識



「――――え? ちょっと、どうして?」



―――せざるを得なかったはずが、二階から聞こえてきた素っ頓狂な声に中断を余儀なくされた。スザク当人とアオイは覚えがなかったが、シスイとトキコはその声を知っていた。

「トキコ、今の声って確か……」
「ママさん、だよね……? 屋上で話した時はあの声だったし」

顔を見合わせる二人。見に行った方がいいんじゃないか、とシュロが言いかけた時、声の主が階段を駆け降りて来た。

「これっていったい……あら。スザク、目が覚めたのね」

そこにいたのは、山吹色の髪をした20代後半くらいの女性だった。どことなくアオイに通じる雰囲気を持っており、顔立ちや体形はスザクに良く似ていた。ただ、女性の方は目つきが穏やかで、若干垂れ気味になっており、優しげな印象を与えていた。

「……え、と、どちら様で?」

何とかそう呼びかけたアズールに応えたのは、一瞬早く自失から立ち直ったマナだった。それでも驚愕は隠せなかったが。

「……何と言うか、お久しぶりです、琴音さん」
「マナちゃん? そっか、みんな来てくれたのよね、ありがとう。……それにしてもどうして……」

返事を返して礼を言いつつも、女性――――琴音は首を捻らんばかりに怪訝な様子だった。どうして自分がここにいるのかがさっぱりわかっていない様子だ。
火波姉妹は突然の母の帰還に、喜ぶよりもただ呆気にとられていた。色々と認識が二転三転し過ぎ、反応が追い付いていない。

「……お、お母さん? 何で……」
「アオイ。確か、母さんはいなくなったはずじゃ……?」

それに答えられる人間は、今ここにはいなかった。それなりに場数を踏んだゲンブも、結構な物知りであるマナも、これには回答の術を持っていなかった。何となく気まずい沈黙をどうにかしようと、ランカが口を開いた。

「と、とりあえず、お茶でも飲まない?」
「ブランカ……ここって姉貴の家じゃなかったか?」

546スゴロク:2013/02/08(金) 17:03:16
効果は覿面だった。
ランカが提案するや否や、至極常識的な突っ込みを入れるシュロを横目に琴音とアオイがてきぱきと動き、3分後には人数分のハブ茶が仕上がっていた。ただ、なぜかスザクの分だけはほうじ茶だったが。

「……なんで僕だけ?」
「ごめんね、お姉ちゃん……はぶ茶、さっきので切らしちゃって」
「もうなくなったのか!? ……しょうがないな、後で買い足しとくよ」

いつもと違う、しかしいつもと同じやり取りを交わす姉妹。既にテーブルについた者や、ソファにかけた者も、手に手に湯呑みを取って頭の中を整理しようと努めていた。
混乱極まる沈黙、というおかしな状況を破ったのは、シスイだった。

「琴音さん、聞いてもいいですか」
「私がどうしてここにいるか……ね?」

全くその通りだったので、質問を先取りされたシスイは無言でうなずく。それはこの場の誰もが知りたいと感じていたことであったので、特に反対は出なかった。むしろそんな奴がいたらおかしいが。

「よく覚えてないんだけど……綾斗さんに会ったような気がするわ」
「お父さんに?」
「ああ……じゃあ、やっぱり父さんは行っちゃったのか……」

ぼそりと呟いたスザクに、いつの間にか湯呑みを空にしていたゲンブが話しかける。

「スザク。お前、父親に会ったのか?」
「うん。おかげで僕、本当に自分が死んだと思ったよ。だって、父さんはずっと前に事故で死んじゃったはずだろ?」
「まあ……死んだ人に出会えば、そりゃ幽霊か、さもなければ自分が死んだと思うでしょうなぁ」

微妙な顔で言うアズールをよそに、琴音は首を傾げつつ、思い出し思い出し語る。

「私も一緒に行きたかったけど……あの人は、私に生きて欲しい、って……そうしたら……」
「いつの間にか部屋にいた?」

マナの問いには、一つ頷くことで肯定する。

「それってお母さんと同じ……?」
「んー……でも、アカネさんは体ごと異空間に放り込まれてたんだろ? 琴音さんは一度は死んだわけだし、完全に同じってわけでもないような」
「確かに……ね、またアルマさんに見てもらう?」

これにはゲンブが待ったをかけた。

「それは出来ん。今、奴は俺とスザクを襲った相手についての調査を進めている。現状手が離せん」
「そっか……」
「……だが、検査は必要だ。スザク、明日、ウスワイヤに来てくれ。シノと教官にこの一件の報告をしに行くんだが、そこで2日程時間をもらう」
「……わかった。母さんは?」
「出来れば来てもらいたいところだが」

琴音に目を向けると、「わかったわ、明日ね?」と首肯した。話がとりあえずにでもまとまったのを見計らい、ゲンブは湯呑みをコト、とテーブルに置いて立ち上がった。

「忙しなくて失礼だが、俺はここでお暇させてもらう。報告は速い方がいいのでな。シュロ、お前も来てくれ」
「わかったよ、兄貴」
「シスイ、お前も……」
「すみません、俺は無理です。ちょっと、調べたいことがあるんで」
「何? 何だ」

問うが、シスイはこう返した。

「まだ、不確定なので……能力者絡みか、超常現象絡みか、そうでないのかもまだわからないんです。だから、まずは俺の方から調べを入れて見ようかと」
「そうか……わかった。事が済んだら、簡素にでも報告は仕上げておけよ」

わかりました、とシスイは頷き、次にスザクに目を向ける。

「スザク」
「ん?」
「……また明日、学校でな」
「……ん」

それだけ言うと、足早に火波家を後にした。トキコの「鳥さんは私のだからね!? そこ忘れちゃやだよ!?」と言う叫びを後に引きつつ。

547スゴロク:2013/02/08(金) 17:08:48
全員が帰宅する頃には、すっかり日が暮れていた。お茶の片付けをする琴音を見ながら、スザクは久々に見たような気がする妹と話をしていた。

「それにしてもさ……お前、そんな喋り方だったかな?」
「元々はこうだったんだよ? ツバメ叔母さんのお客さんの真似であんな喋り方してたんだけど、今考えたら何で普通にあんな口調が出来たのかな、って」
「ふぅん……僕は、ああなる前のアオイは知らないからな。何か、今の方が違和感あるというか。その内慣れると思うけど」

今までと異なり、年頃の少女らしい物腰のアオイに若干戸惑いつつ、未だ薄い生還の実感と共に言葉を交わす。
そこへ、片づけを終えた琴音が戻って来た。

「二人とも、明日は学校でしょ? 早く寝なきゃだめよ」
「「はーい」」

図らずも子供のような返事が見事にハモり、思わず顔を見合わせて笑った。





――――時同じくして、ウスワイヤ。

「……以上が今回の経過です」
「そうか……生還したならばいい。だが、これでますます、あの男を放置できなくなったな」

ゲンブからの報告を受けた獏也は、真剣な面持ちでそう呟いた。その内容に心当たりのある、他ならぬ「その男」の報せを持ち込んだ当人であるシュロが尋ねる。

「七篠さん、それってやっぱり……」
「ブラウ=デュンケルだ。敵対行動こそとってはいないが、これからもそうだという保証はない。何より、狙いも目的も大雑把にしかわかっていない。その辺りを明らかにする必要はあるだろう」
「では、七篠教官。この後はどうしますか」

しばし考え、言う。

「警戒はしておけ。次にコンタクトが取れたならば、最低でも目的だけは聞き出してくれ」




窮天勅化

(ひとまずの収拾)
(残された謎)
(それでも、一つ終わった)

(朱雀と玄武もまた、変わった)




しらにゅいさんより「トキコ」akiyakanさんより「都シスイ」クラベスさんより「アン・ロッカー」(六x・)さんより「アズール」ネモさんより「七篠 獏也」紅麗さんより「シュロ」をお借りしました。自キャラは「火波 スザク」「火波 琴音」「火波 アオイ」「ブランカ・白波」「水波 ゲンブ」です。スザク&琴音さん、生還です。スザク関連はもうちょっとだけ続きます。

548えて子:2013/02/13(水) 21:49:36
六つ花シリーズ。
ヒトリメさんより「コオリ」、Akiyakanさんより「ロイド」をお借りしました。


「……♪…………♪」

今日は、おかいものに行ってきた。
こんぺいとがなくなったから、買ってきたの。
こんぺいとは、たいせつ。
だから、いつも持っていたいの。

「おねえちゃん、こんぺいとうのおねえちゃん」
「…コオリ」

歩いてたら、アオ、よばれた。
コオリは、アオのこと「こんぺいとうのおねえちゃん」ってよぶの。

「こんぺいとうのおねえちゃん、なんだかうれしそう」
「うれしそう?」
「うん。いいこと、あったの?」

アオには、『うれしい』が分からない。
でも、いいことなんだね。

「こんぺいと、買ってきた。コオリも、食べる?」
「たべる」


コオリといっしょに、座ってこんぺいと、食べた。

「おいしいね」
「うん。おいしい」

こんぺいとは、おいしい。
コオリといっしょに食べると、もっとおいしい。
何でだろう。不思議。

「…聖なるマリア、我らが母よ…♪」
「?おねえちゃん、そのうたなあに?」
「?……わかんない」

『うれしい』から、歌いたくなったのかな。
なんで、この歌だったんだろう。

「…コオリも、歌う?」
「……うん」

二人で、アオの覚えてる歌を、歌ったの。
不思議な歌。あったかい歌。

「お。二人ともご機嫌だな」
「あ、とらのおじさん」

歌ってたら、後ろから人が来た。
ええと…そう。ロイドってひと。
『みれにあむ』ってところのひと。

「ロイド、どうしたの?」
「ん?いや、特に用ってわけじゃあないんだが…歌が聞こえたからな」
「うた?こんぺいとうのおねえちゃんのうた?」
「アオの歌じゃないよ。アオが覚えてる歌」
「どっちでもいいさ。…なあ、その歌どこで覚えたんだ?」
「知らない。アオ、覚えてた」
「そうか…」

ロイド、そう言ったきりだまっちゃった。
どうしたんだろう。

「…ロイド?」
「とらのおじさん、どうしたの?」
「………ん?いや、何でもない」
「そう」
「…なあ。もう一度、その歌聞かせてくれよ」
「さっきの歌?いいよ」

ロイドは、この歌好きなのかな。
アオは「好き」ってよく分からないけど。

それとも、あったかい歌だから、聞きたいのかな。
不思議。


六つ花の歌−Magdalene Song−


(聖なるマリア、我らが母よ)
(善き者に救いを、悪しき者に罰を)
(マグダラの民に祝福と加護を与えたまえ)

(我ら聖母の御子、悪しき世界を断罪せん)

549えて子:2013/02/14(木) 20:50:48
今日はバレンタインということでそれに即したお話を…と思いましたが思いのほか長くなったのでいくつかに分けます。
お話の中ではずっと14日だと思ってください。

ヒトリメさんから「コオリ」、サイコロさんから「桐山貴子」をお借りしました。


今日は「はっぴーばれんたいん」っていう日なの。
チョコレートをいろんな人に配る日なんだって。

だから、アオも配る。
たくさんの人に配ると、いいんだって。
チョコレート、たくさん必要、だね。


「コオリ、大丈夫?」
「うん、だいじょうぶ」

コオリといっしょに、チョコレートを作る。
先生は、タカコ。

最初は、チョコレートを袋の中に入れてばんばん叩くの。
そうすると、こなごなになって溶けやすいんだって。

「タカコー、こなごなになったよー」
「そう?じゃあ次は…チョコを湯煎で溶かす工程ね」
「ゆせん?」

ゆせんって何だろう。
はじめて聞く言葉。

「コオリ、しってるよ。おゆでとかすの」
「お湯でとかす?………こう?」
「ストーーーーーーーーーップ!!!お湯をチョコに入れるんじゃなくて、お湯の熱でチョコを溶かすの!!」

お湯はあったかいから、チョコレートが溶けるんだって。
お湯を入れるんじゃないんだ。


ゆせんが終わったら、型に入れて『でこれーしょん』して、れいぞうこで固めるの。
固まったら、できあがり。
「おてがる」って言うんだって。

「できたね」
「できたね」
「たくさんできたね」
「たくさんの人にくばれるね」

チョコレートを、きれいな袋とリボンでかざったの。
一番きれいなチョコレートを一番きれいにかざって。

「タカコ、あげる」
「…え、私?」
「お勉強の、お礼。はっぴーばれんたいんなの。ね、コオリ」
「ねっ」
「ね、って言われても…ううん。ありがとうね」

タカコ、もらってくれた。
よかった。


きれいにかざったチョコは、リュックサックの中に入れたの。
たくさんあるから、こうやって持っていくの。
コオリも、お手伝いしてくれるから、いろんな人に配れるね。

「コオリ、じゅんびできた?」
「うん。コオリ、だいじょうぶよ」
「じゃあ、しゅっぱーつ」
「しゅっぱーつ」

チョコレート配りのたびに出るの。
最初はどこに行けばいいかな。


白い二人のバレンタイン〜始まり〜

550えて子:2013/02/15(金) 21:58:26
白い二人のハッピーバレンタイン・その2。
ヒトリメさんから「コオリ」、びすたさんから「ロゼ」、十字メシアさんから「最文 鈴子」「マキナ」、スゴロクさんから「クロウ」、Akiyakanさんから「ジングウ」「サヨリ」「レリック」、紅麗さんから「ミューデ」名前のみ「アザミ(リンドウ)」をお借りしました。


「見つけた人から、あげればいいね」
「うん」

ホウオウグループは、アオとコオリがいる場所。
はっぴーばれんたいんは、お世話になってる人にチョコレートあげると、いいんだって。
だから、グループの人たちに、あげることにしたの。

歩いてたら、ロゼに会った。
ロゼにも、はっぴーばれんたいん、するの。

「ロゼ、ロゼ」
「あら、二人とも。どうしたの?」
「これ、あげるの。こんぺいとうのおねえちゃんとコオリでつくったのよ」
「…私に?」
「うん。はっぴーばれんたいんのチョコレート」
「…そう。ありがとう、嬉しいよ」

ロゼ、『わらう』って顔をした。
『うれしい』とわらうんだね。

「たくさん荷物があるみたいだけど、他にもあげる人がいるの?」
「うん。たくさんの人に、はっぴーばれんたいんするの」
「そうなの。気をつけるんだよ」
「「はぁい」」

ロゼ、これからお仕事なんだって。
だから、さようならした。


次は、モブ子とクロウに会ったの。
二人にも、はっぴーばれんたいんした。
「まあ」「クロウ君には」「いらないだろうけどねえ」って、モブ子は言ってたけど。
何でだろう。

「からすのおじさん、チョコレートきらいなの?」
「……そういうわけではない」
「じゃあ、はい」
「…ああ」

コオリのあげたチョコレート、クロウももらってくれた。
はっぴーばれんたいん、だものね。


次は、千年王国の人たちにはっぴーばれんたいんした。
ジングウと、サヨリと、レリックと、マキナと、…いっぱい。

「おや、私たちにもですか?それはありがとうございます」
「ありがとうございます!ほら、りーちゃんもお礼」
「ありがとー」

みんな『よろこぶ』ってしてくれてるみたい。
よかった。

「ミューデも、どうぞ」
「ありがとう。……あ」

ミューデのチョコ、こおっちゃった。

「…大丈夫。温めれば溶けるから」

ミューデは、あっためたりこおらせたりできるんだね。
不思議。


たくさん配ったけど、まだチョコレートはたくさんあるの。

「いないひとも、いるのね」
「きっと、学校に行ってる人たち、だね」

学校に行ってる人は、帰ってくるまでわたせないね。
どうしよう。

「……とどけにいくのよ」
「うん」

リンドウは学校に来ちゃだめって言ってたけど、いっか。
はっぴーばれんたいん、だものね。


白い二人のバレンタイン〜ホウオウグループ編〜


「がっこうって、どこにあるの?」
「アオ、知ってるよ。こっち」

551紅麗:2013/02/17(日) 03:10:53
「「異端者」と「異能者」」の続きになります。
SAKINOさんより「カクマ」akiyakanさんより「AS2」名前のみ「都シスイ」サトさんより「ファスネイ・アイズ」
名前のみスゴロクさんより「夜波 マナ」えて子さんより「十川 若葉」
自宅からは「榛名 有依」「高嶺 利央兎」「アザミ(リンドウ)」です。



「はい、ゴメンナサイ」
「反省してるならいいけど、今度から気をつけてよ?」
「わかりました…」

 ユウイがあの能力者、「カクマ」と出会った直後のこと。
授業をサボり屋上で争っていた(?)二人は教師である「十川 若葉」に職員室まで連行された。
だが此処、職員室にはカクマの姿はない。どうやら教師の隙を付いて逃げ出したようだ。なんという奴だ。
何故自分だけがこんな風にお叱りを受けなければならないのか。そもそも事の始まりはカクマが攻撃を仕掛けてきたからであって――。
いや、まぁ「サボり」っていうのは否定できないからカクマに対して色々と苛立つのは可笑しい気もするが。
なんとなく、悔しい気持ちがふつふつと湧き上がってきたユウイであった。

「ユウイ、何かあったの?」
「はい?」
「いやー…ちょっと元気なさ気な感じに見えたからさ、悩み事でもあるのかなって」
「あー」

 アザミに顔を覗き込まれる。その時に彼の持っているたくさんの資料が見えた。
それから机上にある紙。それらに書いてあるたくさんの文字、それは全て、彼直筆のものだった。どこかのクラスのテストの答案らしい。
丁寧に丸が振られており、間違えたところには「どうしてそうなるのか」という理由が書いてあった。
もしかして、一人一人の答案をこういう風に丁寧に見ているのだろうか。だとしたら、物凄い気力だ。
本当に生徒思いなんだろう。

「無理しないでね?ユウイが頑張ってるの、みんなわかってるから」
「……、」
「相談ならいつでも乗るしさ」

 まぁ、クラス担任じゃあないけど…。そう言いながらアザミはくしゃりと、困ったように笑って見せた。
その柔らかい笑顔、それから生徒思いな性格に、ユウイはふっと肩の荷が降りるのを感じた気がした。
もしかすると、この人なら、自分の話を信じてくれるかもしれない。
そんな思いが心の中を埋め尽くす。とにかく、このわけのわからない苦しみから逃げ出したかった。
リオトに話をすれば一番いいのかもしれないけれど、リオトにはもう心配はかけたくない。
マナに相談してみようか――? イイヤ、マナにはこの前相談に乗ってもらったばっかりではないか。
確かに味方だとは言ってくれたけれど、それに縋っていては成長しないだろう。
今まで散々迷惑をかけてきたんだ、自分のことは自分で、と強く言い聞かせる。

しかし、だ。今まで人に「依存」し続けてきた人間が、いきなり「自立」するなんて、それは到底無理な話である。
自分が何であるかもわからないなんて、そんなのは嫌だ。誰か、ああもう誰でもいい、この苦しみをわかってもらいたい。
そんな思いが爆発しそうだ。誰でもいいから、疑わずに、笑わずに、馬鹿にせずに、自分の話を聞いて!

「あの…っ、先生、アタシ――!」

552紅麗:2013/02/17(日) 03:13:17
「アザミ先生、教科書忘れていきましたよ」
「え、あぁ――ありがとう。わざわざ届けてくれたんだね」

 ふわり、と視界の端に映りこんできたのは青く美しい髪。
ユウイと同じクラスであるスイネがアザミの忘れ物を届けにきたらしい。ユウイの言葉を遮る様に割り込んで来た為、ユウイは口を噤むしかない。
正直な話、とても邪魔だと思った。やっと、やっと自分はこの苦しみから解放されると思ったのに。

「それじゃ、わたしの用事はそれだけなので。――そうだ、ユウイさん」
「ん?」
「ちょっと話したいことがあるから、一緒に来てくれる?」
「あぁ、うん。スイネさんがアタシに用事って珍しいな」

 しまった、とユウイは思った。どうして頷いてしまったのだろう。
どう考えてもここは「自分の話をアザミに聞いてもらう」ということを優先するべきではないか。
しかし、発した言葉の後半の部分は事実だ。スイネがユウイに用事だなんて本当に珍しい。
ほぼ接点のないこの二人。何かあったといえば一緒に旅行に行ったぐらいだろうか。そこでもあまり話はしなかったが。

「ユウイ、また困ったらおいで?」
「ありがとうございます」

すたすたとスイネが足早に職員室を出て行ってしまったので、ユウイもそれに続いた。



(―――チッ、あいつ…折角の研究材料を)

 静かに職員室の扉が閉じられた後、アザミはゆっくりと自分の椅子に深く腰をかけた。。
聞いたところによると、榛名有依は人間が最も恐れる「致命的な力」がそのまま武器になる能力「ナイトメアアナボリズム」を所持している。
さっきの悩み事はもしかすると、「ナイトメアアナボリズム」が関係することだったかもしれないのに――!
悔しさで思わず素の表情が出そうになるがそれを押し殺し、冷え切ったコーヒーを一気に胃へと流し込む。

「せーんせ、あったかいコーヒー淹れてきましょうか?」
「あぁ、頼むよ」
「全くもー、そんないらいらしないでさァ、もっと気楽にいこうよ、気楽に、ね?」
「――!……あぁ、お前か」

 半ば流し気味に問いに答えたので、気付くのに少し時間がかかってしまった。
へらへらとした口調の主は、2年2組の都シスイと瓜二つの少年、「アッシュ」
だがその性格は全くと言っていいほどに違う。
くつくつと喉を鳴らして笑いながらコーヒーカップを手に取り、机の上にひょいっと乗っかった。

「なぁに?獲物逃しちゃった?」
「まぁ――そんなところだ」

 ナイトメアアナボリズムには未だ謎が多い。
ホウオウグループ内にもアナボライザーはいるが、それでもまだまだ足りない。
より多くのアナボライザーを集め、より多くの研究結果を出す必要がある。
わけのわからない死人達を傍に置くのは少々気味の悪いものがあるが。

「ユウイちゃんねぇ――見たところ、そんな強いもの持ってるようには見えないけど」
「俺もそう思うが、なんせ「死人」だからな。いつ何を起こすかわかったもんじゃねぇ…あいつ、見張れねぇのか?」
「リオ君がいるじゃない」
「あ"ーそうだった」

 アザミ、いや今はリンドウと呼ぶべきか。彼は思わず机に突っ伏した。
そうだ。見張り、なんてレベルじゃない。もはやストーカーとも呼べる奴が近くに存在していた。

「ま、落ち込まずにお仕事頑張って下さいよ、リンちゃん」
「うるせぇ」

その名前で呼ぶんじゃねぇ、とリンちゃんことリンドウは彼の頭を叩いた。

553紅麗:2013/02/17(日) 03:15:26

「あの、スイネさん?」
「何かしら」
「何かしらってアンタがアタシに用事があるって…」
「あぁ あれ。 ごめんなさい、あれは嘘よ」
「はい?」


「嘘ってなんでそんなこと――」
 
 怒りを通り越して呆れの感情さえ生まれた。変わった子だとは思っていたが。
折角の「自分の体に起こっている謎の現象」についてを話す機会が奪われてしまったのだから。

「なんで、ですって?そんなの簡単じゃない。貴方が嫌そうな顔をしていたから、だわ」
「嫌、ってアタシが?」
「だからそうだって言ってるじゃない。どうして聞き返すのよ」
「う――」
「――まぁ 個人的にアイツが好かないっていうのもあるけれど」
「え」
「あぁ ゴメンナサイ、今の発言は忘れてもらえる?」

 両目を閉じながらひらひらと両手を振り溜め息をつくスイネ。
スイネは元々ホウオウグループだ。彼、アザミ――リンドウの姿は見かけたことがあるのだろう。
スイネ――ファスネイ・アイズはホウオウの『所有物』であったため、その存在を知るものは多くなかった。
リンドウがスイネを知らないのも、それが理由だろう。


「あなた、先生が相談に乗るって言ってくれたときどんな気持ちだった?」
「そりゃあ、嬉しかったよ」
「嘘ね」
「そ、そう思ってるなら聞くなよ!じゃなくて、そんな アタシ嫌だなんて」

「自分のしている表情は自分じゃなかなかわかりにくいものよ。
さっきの貴方は明らかに眉間に皺が寄って――目を先生から背けていた。」
「それは嫌なことを思い出したからで」
「じゃあその後片足を一歩分後ろに下げたのは何故かしら
まるで――先生から逃げるような体制をとったのは何故かしら?」

スイネに詰め寄られ、つい息が詰まるユウイ。
視線を、交わすことができない。

「あたし…違う、アタシは、アタシは」
「――わたし、弱い人は嫌いよ」

 今にも泣きそうな表情を浮かべているユウイだったので、一発喝を入れてみたスイネ。
泣かれるのが怖かったのだ。泣かれたら、どう対処していいのかわからない。
しかし逆効果だ。ユウイは下を向いたまま動かなくなってしまった。

「…これだけは言っておくわ。アザミに自分のことを安易に話さないほうがいいわよ」
「え、なんで」

あんなにいい先生なのに、と反論したそうにユウイは顔を上げる。

「――カンよ、カン わたしのカンは結構当たるの」
「カンって」
「とにかく、気を付けて、ってことよ」

ふわり、と青の美しい髪を揺らしてユウイに背を向けた。

「それから、相談事をするなら、もっと別の人がいいと思うわ」

「例えば――そうね、生まれたときからずっと一緒にいる人、とか」
「あ…」
「あなた、何に追い詰められているのかわたしにはわからないけれど…
一人でなんでもしようとすると、いつか必ず潰れるわ。 人に「頼る」っていうことは悪いことじゃないとわたしは思う」

 そこで、ユウイは完全に言葉を失った。
そうだ、いるじゃないか。いつでも支えてくれて、自分の味方で、神様のような存在。
自分が一番、一緒にいて安心できる人たちが。

ぼーっとしていたのか、気付けばスイネはもう階段を上がり終えていた。
慌ててユウイは階段を駆け上がる。

「ちょ、ちょっと待ってよスイネさん!…その、ありがと…」
「その「さん」っていうの止めてもらえる?」
「え、そっちだって「ユウイさん」って呼ぶじゃないか」
「………くっ」
「なんでそんな悔しそうな顔するの」
「煩いわね!早く教室に行くわよ、ユウイッ!」
「……!うん!」



神の子と、


(―――「家族」、)
(わたし、どうしてあの子にあんなことを言ったのかしら)
(ふしぎで、しかたがないわ)

554紅麗:2013/02/17(日) 03:17:34
ユウイ連載に関わるちょっとした会話文を。
SAKINOさんより「カクマ」砂糖人形さんより「ショウタ」名前のみ本家より「ケイイチ」をお借りしました!
自宅からは「浅木 旺花」です。


放課後 いかせのごれ高校・校門前


「なー、知ってるか?オウカ」
「何がー?」
「この近くに「色のない森」ってのがあるんだってよ」
「?なんじゃそりゃー」
「その名の通り「色」がないらしくてなー、その森」
「はー、気味悪いね」

「そ、だから誰も近付こうとしないんだと」
「そりゃそーだよ、僕なら絶対行かない」
「ただ、その森な、昔はすごく綺麗だったらしいよ。所謂デートスポット、みたいな」
「昔ってどれくらい?」


「…………昔」
「……わかんないならわかんないって言えばいいのに」


「で、さ。森の奥には大きな木があって、ついでに祠もあったんだって」
「ふーん、今はどうなってんの?」
「シラネー。人から聞いた話だから」
「まぁ、そうだよねー」


「「あ」」

「今通った人、すっごくいい匂いしなかったか?」
「うん、僕も思った石鹸、みたいな」



「おーおー、二人で何おもしろそーな話してんの?俺も混ぜろよー」
「うわっ、カクマだ。後ろからいきなり声かけないでよ…。
今日は学校来てたんだね。 ケイイチ達と一緒にいないから今日は休みかと思ってたよー」
「(面倒なのに捕まっちゃったなぁ…)「色のない森」って言われてる森があってさ…」
「警察も手つけてないんだよね?やばー」
「ほほぉ〜、…魔物とかいたりして」
「あははー、ないない」
「そんなゲームみたいなことあるわけねーって!」
「ですよねー」


「(実際、そんな感じの見たことあるなんて言ったらダメだよね。
興味本位で行くことになったりとかしたら危ないもん。カクマならやりかねない)」
「(魔物て…ゲームじゃないんだから、ないない。…ない)」
「(「色のない森」、ねぇ…)」


予兆

555スゴロク:2013/02/17(日) 11:06:17
「窮天勅化」の続きです。早く他の人の話に追いつかねば……。
今回akiyakanさん考案の「デッド・エヴォリュート」を使用して見ました。だ、大丈夫かな……。



「おう、来たか」

スザクを巡る一件の翌日。学校から帰宅した姉妹を加えた火波家の3人は、ゲンブの連絡を受けてウスワイヤを訪れていた。
何度か足を運んだことのある姉妹は平然としていたが、琴音は溜息をつきつつしきりにあちこち見回している。

「これがウスワイヤ……」
「母さん、あんまりキョロキョロしないでくれよ」

さっきから何度かスザクが注意しているのだが、その都度生返事で聞き流される。いい加減無駄だと悟ったのか、大きく息を一つつき、それ以後は何も言わなくなった。
歩くこと数分、訪れたのは訓練区画だった。中にいたのは、どこか草臥れたよう印象を持つ、アースセイバーの指導教官にして監督役、七篠 獏也。

「教官、全員そろいました」
「ああ」

4人が挨拶しつつ入室すると、「早速だが」と用件を切り出した。

「今回来てもらったのは、スザク……お前に関する件だ」
「一度死んで生き返ったから、ですか」

そうだ、と首肯する獏也。その脳裏に浮かぶのは、最近起きた似たような事例。

「そのような例となると、さすがに例が僅少なのでな……こちらとしても放っておくわけにはいかん」

言いつつ、獏也はちらりとスザクとアオイの後ろに佇む山吹色の髪の女性に目線を投げる。

「琴音女史に関しても同様だ」
「……まあ、母さんは一度は確定で死んでるわけだしな」
「そういうことだ」

では、と獏也は本題を切り出す。

「スザク、お前にはこれからここでゲンブと模擬戦を行ってもらう。戦闘系の能力所持者である以上、状態の変化が顕著に表れるのは戦いだからな」
「要は最初の時のデータ取りと同じですか……了解」

一言答え、スザクは先に待機していたゲンブと向き合う。それを確認しつつ、獏也は今度は琴音に話しかける。

「ご足労感謝する。手短に言うが、あなたには検査を受けてもらいたい。つまり……」
「通常の人間と今の私、どこがどう違っているのか、ですね」

言おうとした事柄を先取りされて若干面食らったものの、獏也は平静を保ちつつ言う。

「……その通りだ。話が早くて助かる。シノ、案内を」
「了解っす。では琴音さん、こっちへどうぞ」

シノに連れられて琴音が別の場所へ向かったのを見送り、獏也は模擬戦の場に目を戻す。

「む…………」

556スゴロク:2013/02/17(日) 11:06:49
既に戦いを始めていたスザクとゲンブ。だが、獏也の眼に今映るその光景は、かつてのそれとは明らかに違っていた。
ゲンブの方に変化はない。少なくとも、目立ったものは。
だが、スザクの方は明らかに様子が違っていた。以前とはまるで違う。彼女の能力は「龍義真精・偽」という、ケイイチの能力の近縁種だったのだが、獏也の記憶にあるそれとはそこかしこが異なっていた。
真っ先に目についたのは幻龍剣だ。本来あの剣は、龍が口を開いたような柄からエネルギーの刀身を出力し、それが拳に接続されることで振るわれるものだ。だが、今スザクが振るっている剣はそれとは違う。

「何だ、あれは」

柄の形状が違っていた。まるで、真っ赤なクチバシのような形に変わっている。刀身の方も密度が増しているのか、長さが以前より少し伸び、振るわれる軌跡や空を裂く音がより実在感を伴っていた。
次に、時折展開している龍義鏡。あれも本来は丸いエネルギー体であり、ケイイチのオリジナルはエネルギーを、スザクのものは実体を跳ね返す……のだが、今開かれたそれは、楕円の形状を取ったエネルギー場であり、しかも表面に何かしらの模様が刻まれているのが一瞬だけ見えた。そしてそれは、

「!」

全力で振るわれたゲンブの鉄拳を、こともなげに弾きかえしていた。

「……何という防御力だ」

直感だが、今のあれならエネルギーでもある程度防げるようだった。
そして、さっきから見ていて気付いた違和感。
スザクの防御をかいくぐり、ゲンブは何度かその体に攻撃を叩き込んでいる。その都度スザクは吹き飛ばされて壁に叩きつけられるのだが、そこからノータイムで反撃に移行している。いかな特殊能力者と雖も、人体の構造が変わるわけではない。あれほどの勢いで叩きつけられれば、肺の中の空気が逆流して一時行動不能に陥る。最悪、それで意識がなくなっても不思議ではない。
少なくとも、今のように叩きつけられた反動を利用してダッシュをかけることは不可能だ。

「……そうか、あれか」

しばらく見ていて、獏也はスザクの異様な耐久力の正体に気付いた。ようく見ると、スザクの身体の周囲を赤い光のようなものが薄く取り巻いている。
どうやら、あれが攻撃を受けた際の衝撃やダメージを吸収し、スザクまで届かせていないようだ。

「ふむ……シスイの『天子麒麟』のオーラと似たようなものか」

彼の「天子麒麟」は自身の身体能力を爆発的に強化する他、火や風など、自然界の物質を強める働きを持つ。スザクの纏うオーラはそれとは違うものの、自分の強化という点では似ていた。

「防御にのみ特化したオーラ……なるほど、あれは龍義鏡の変形か。それにあの攻撃力……」

こうして見る限り、スザクの戦闘能力は蘇生前と比べて爆発的に跳ね上がっていた。速度、防御力、破壊力、その全てがかつてとは段違いだ。
ただ、それにしてはどうも攻めきれていないようだが。

「……ゲンブもか?」

ここに来てようやく、獏也はゲンブにも変化が生じていることに気付いた。
彼の「羅刹行」は格闘能力を強化するというシンプルながら凶悪なものだったが、それもどうやら変わっているようだ。いや、あれは能力が変わったのではない。

「……新たな特殊能力だと? そんなことが……」

特殊能力がなぜ目覚めるのか、はっきりしたことはよくわかっていない。判明している限りでは、2つの能力を持つ人間の場合、後天的なものでなければ、その両方が一度に覚醒するのが普通だ。しかし、今のゲンブは違う。以前とは違う、新たな力を得ているようだ。

「……防御の強化、か? スザクのものとは比べ物にならんが……」

スザクの剣撃を、ゲンブはさっきから大したダメージも負わずにしのいでいる。受けの姿勢がどうこうの問題ではなく、衣服から肉体まで、その全てが異様なまでの防御力を実現している。

「このデータは後でシノに見てもらうか……そうだな、今の件が片付き次第、アルマにも声をかけるか」

557スゴロク:2013/02/17(日) 11:07:28
「お疲れっす、七篠さん」
「ああ。そちらはどうだった、シノ」

その日の深夜、シノの研究室を訪れた獏也は、開口一番そんな事を尋ねた。
琴音の検査の結果はどうだった、と聞いているのだ。それに対して、シノは意外そうな顔をしつつ返した。

「いや、驚きっすよ。春美ちゃんや百物語組の話だと、あの人何だか能力を持ってたらしいんすけど……」
「……まさか、消えたと?」
「そのまさかっす。アカネさんみたく生体機能として取り込んじゃったわけでもない、完全に特殊能力が消滅してるっす」

俄かには信じがたい話だった。特殊能力はそのメカニズムも根源も様々なものであり、一時的な無力化は出来れど完全な消去は不可能だ。
だが、琴音の持つ「エンプレス」は、シノが見る限り完全に消え失せているようだった。

「むむ……またしても難題か」
「でも、これに関しては記憶の隅にとどめとく程度でいいと思いますよ。今すぐにどうこうってわけじゃないっすし」
「……そうだな。では別の話だが、俺の送ったデータは見てくれたか?」

夕方にスザクとゲンブが行った(途中からアオイも参加した)模擬戦の結果だ。手の空いているメンバーとも何回か戦ってもらったが、シノはそれについて推論と見直しを重ね、こんな結論を出していた。

「ゲンブの方は間違いなく新しい能力っすね。肉体及び身に着けているものの耐久力強化……」
「やはりか。スザクの方は?」

其れに対しては、シノは一拍置いてこう告げた。

「……強化どうこうじゃないっすね。能力自体が様変わりしてるっす」
「では、やはり」

獏也の問いに、ウスワイヤきっての「天才」は頷く。

「彼女の『龍義真精・偽』……あれは、既に別の能力へと進化してるっす」
「やはりそうだったか……」
「アタシの推測なんすけど、このオーラ……」

画面を指差す。示すのは、スザクの身体を覆うオーラ。

「コレ、変質させれば空を飛べるはずっすよ」
「! 飛行能力だと……?」

空を飛ぶ能力者というのは、実は意外なほど少ない。大抵は何かを操り、その副産物として浮遊する。
しかしシノによれば、スザクの新たな力……それは、能力自体が飛行能力を備えているという。
さらに彼女は、驚くべき情報をこの映像とデータ記録から得ていた。

「後、最後の方で戦ったこの子……アオイでしたっけ?」
「ああ、そうだ」
「……何か、この子の能力も変わってるみたいっすよ。今の段階じゃよくわかんないっすけど」
「!?」

これにはさすがの獏也も面食らった。言ったシノ自身、首を捻らんばかりに怪訝な様子だ。
スザクやゲンブはまあわかる。変化、進化に必要なトリガーらしきものはあったのだから。しかし、アオイはどうなのか?
経過を聞く限りでは、彼女はこの一連の事件で目立ったダメージを受けてはいない。そもそも、彼女が戦闘に出ること自体少ない。
なのに、なぜ彼女の能力まで変わるのか?

「………経過観察しかないっすね。これは、今調べてどうにかなる問題ではなさそうっすよ」
「そういうことになるか……やむを得んか」





飛翔の前兆


ネモさんより「七篠 獏也」十字メシアさんより「シノ」名前のみakiyakanさんから「都シスイ」をお借りしました。

558しらにゅい:2013/02/17(日) 18:37:28


「これこれ、おりん。どこへゆく?」

 小さな幼子の手が、妾の手を引っ張る。
おりんは何かを見つけたらしく、その眼をキラキラと光らせ、
早く、早く、と急かすように足を急がせた。
一体、何を妾に見せたいのやら。

「……ほう、これは…」

 おりんが連れてきた場所、そこにはぽつりと桜の木が立っていた。
アカノミに負けず劣らずの黒い幹の巨木は、空を覆い尽くさんとばかりに淡い桃色の染井吉野を咲かせていた。
風が柔らかく吹けば、雪のように花弁がひらひら、と地面へと舞い落ちる。
俗世から切り離されたかのような、実に幻想的な光景であった。

「よく見つけたのぉ、おりん。」

 そう言っておりん頭を撫でれば、彼女は、にはっ、と明るく笑った。
妾とおりんは手を繋ぎながら、その桜の周りを一周する。
桜の天井はどこまでもどこまでも続いていて、時々、妾の頭にぽと、と花弁を落とした。
それを振り払おうと狐の耳を動かしていたら、おりんに目撃されてしまい、妾は誤魔化すように苦笑した。
笑われるかと思ったが、おりんはむしろ表情を固くして、妾にかかろうとする花弁を手で払い除けたのであった。
その頼もしくも妾より背の小さい後姿を微笑ましく眺めていると、つい口元が緩んでしまった。

「おりん、今度はそれを集めておくれ。秋山寺院の皆の手土産にしよう。」

 そう声をかければ、おりんは意気揚々と桜の花びらを集め始めた。
妾はおりんの姿を眺めながら、桜の木の幹に腰掛けた。
彼女ははらはら、と落ちてくる花びらを空で掴もうと、あっちに行って、こっちに行って、
…とぴょんぴょん跳ね回っている。
飛び跳ねる鞠のように、ぽんぽんと。

「…元気じゃのぅ、おりんは。」

 妾の頭に浮かんだのは、赤色に塗れたおりんの姿。
抱き上げた身体は異様に軽く、中身なんて何もないんじゃないかと思わず疑ってしまうほどであった。
どこか"人"から離れたような小さな幼子の姿は、まるで空から舞い降りた天人のようにも思えた。
いや、死人であり、巫女であるおりんならば、むしろ天女と言っても差し支えはないだろうな、
…なんて独りで考え、微笑んだ。

「……ん?」

―…死人であり、巫女である?

「……っ!?」

 血相を変え、木の幹から立ち上がった。
おりんは不思議そうにこちらを見る、…いや、おりんは今、あの男に連れ去られた筈。
妾はそれを追っていたのだ、…ここはどこだ?妾は何をしている?
夢を見ているのか、ならば早く眼を覚まさねば。
早くおりんを追わなければ、妾がおりんを助けなければ!

「無理だよ。」
「な、」

 いつの間にか、目の前にはおりんがいた。
その黒い眼で妾を見上げながら、口元に無邪気な笑みを浮かべている。
…しかし、その口の端が不自然に、ぷつり、と切れる。

「無理だよ、タマモは、救えない。過去も今も、人間を謀り、欺き、騙し、そうして貶めることしか出来なかった畜生が、」

 赤い線が浮かび上がり、耳元まで裂けていく。
顔だけでなく、身体のあちらこちらから傷が浮かび上がり、あの夜のように、おりんの身体を紅く染めていく。

「***を見殺し、契りを破り、地獄に落とした化生の者が、」

 桜の花弁が紅く染まり、妾とおりんの着物に落ちる度にそこを紅く染めていく。
まるで、血が飛び散ったかのように痕を残していく。
嗚呼、やめてくれ、やめてくれ。

「オマエガ、ワタシヲ、タスケルコトナンテ、」

 ぼとぼと、と何かが落ちていく。
目の前にいるのは、おりんであった只の___死体。

「  デ  キ  ナ  イ  。」

 露出した歯牙が、ニヤリ、と妾を嘲笑った。

559しらにゅい:2013/02/17(日) 18:38:11

「っ!?」

 飛び起きれば、そこはどこかの路地裏であった。
まだ日の出を迎えておらず、青白く輝く月が不気味に通りを照らしている。
当然、おりんの姿はどこにも見当たらなかった。

「……おりん…」

 必死に何かを叫んでいた彼女と、夢の中で妾を責めた彼女が重なる。

「………」

 壁を伝いながら立ち上がると、全力疾走をして酷く疲労した身体を引きずり表へと出た。
元々、妾の格好は走るのに適していない。着物は重たく、中の襦袢は汗で肌に張り付いているし、
下駄は鼻緒が食い込んでいて、豆が潰れているのか足袋のあちこちが紅く滲んでいる。
それでも妾はおりんを求め、走った。

『***を見殺し、契りを破り、地獄に落とした化生の者が、』
「っはぁ、…はぁ、っはぁ…!!」

 嗚呼、そうだ、そうだとも。
妾はかか様を見殺しにし、約束を破り、そして地獄に落とした。
妾が小さな頭を捻ればひとつでもふたつでも、何かしら出来たであろうに階段から落ちたかか様を助ける事が出来なかった。
私を理由に誰かを恨んだり、殺したりしてはいけない。
そう、生きている間に約束したかか様との契りを妾は破り、あの遊女も、遣手も、禿も、
忘八も、関係の無い町人も商人も皆皆殺した。
そして、死後の世界でかか様と再会したが、地獄に堕とされる妾を庇い、代わりに彼女が地獄へと堕ちた。
嗚呼、そうだ、そうだとも。
妾は誰も助けられぬ、そればかりか関わった者皆に不幸という毒を移し、最後には殺してしまう最低な毒婦よ。
じゃが、あの子は、助けなければならぬ。否、助けたいのだ。

「っおりん、…っおりん…!!」

 既に下駄はどこかへ脱ぎ捨てた、重い着物も煩わしい部分は破り捨てた。
何を犠牲にしても、誰を犠牲にしても、果てには妾自身を犠牲にしてでも死人である彼女を助けたいのだ。
何故ならば、

「待っておれ、今…っ妾が……『お輪』が、っ助けに行く…!!」


―――おりんは、『妾』だからだ。

560しらにゅい:2013/02/17(日) 18:38:52
----


 本当に、本当の話だよ

 人の恨み辛みから殺された花魁と狐は、死後の世界で再び出会いました
太陽のような彼女は、泣きながら謝った狐の罪をすべて許しました

 けれども、その罪を地獄の王様が許すはずがありませんでした

『殺生、邪淫に妄語、邪見…その獣は量りし得ぬ罪を犯した、許されるべき存在ではない。』

 生きている間に悪い事をしたのだから、当然のことでした
狐もそれは分かっていて、大人しく地獄の王様の元へ行こうとしました
けれども、それを花魁は引き止めたのでした

『お待ちくんなまし、それはわっちが行いんした。…地獄におちるのは、わっちでありんす。 』

 もちろん、彼女は嘘を付いたのです
人を殺したことも、騙したこともありません
狐を庇う為に、初めて罪を犯したのでした

『…それは真か。』
『はい、まことでありんす。』
『………』

 地獄の王様は、花魁を連れて行きました
狐は泣きました、叫びました、噛み付いてでも引きとめようとしました
二人の足取りが止まることは、ありませんでした
そして、花魁は最期に狐にこう言いました

『”お輪”』

 それは、花魁がヨシハラに来る前の名前でした

『今日からそれが、あなたの名前。…あなたが、私よ。』

 そして、花魁と狐は永遠に引き裂かれたのでした










百物語第88話「遊女の狐」





(それは妾と"お輪"しか知らぬ)

(本当に、本当の話だよ)

561しらにゅい:2013/02/17(日) 18:47:55
>>558-560 お借りしたのは「おりん」(Akiyakanさん)、名前のみアカノミ(大黒屋さん)でした!
こちらからはタマモです。

作中の用語を補足として、こっそり下にまとめておきます。










遣手(やりて)
 遊女屋全体の遊女を管理・教育し、客や当主、遊女との間の仲介役。
禿(かむろ)
 花魁の身の回りの雑用をする10歳前後の少女。彼女達の教育は姉貴分に当たる遊女が行った。
忘八(ぼうはち)
 遊女屋の当主。
(上記引用元:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%B1%E9%AD%81)


妄語(もうご)
 仏語で嘘をつくこと。
邪見(じゃけん)
 仏語で因果の道理を無視する誤った考え方。
邪淫(じゃいん)
 仏語であっはんうっふんしたり\アーッ!/すること。

562十字メシア:2013/02/17(日) 21:19:21
会話文のみの自キャラオンリーです;
しかも短い。
守人系列に入る補足的伏線的なお話。


《現人神から生れし三つの命》
《緑の天(そら)。その拳は、あらゆるものに牙を向け、その様はまるで、禍を呼ぶ荒れる風と儚く揺らめく火》
《赤き地。その力は、あらゆる形を見せ、その様はまるで、数多の煌きを見せる金石と数多の命育む土》
《青い海。その目は、慈悲と愛に満ち、その様はまるで、全てを包み込み守る水》
《彼らこそ、守人の始祖―――》


「J.J〜! ご飯出来ましたよ〜」
「うわあっ!? お、驚かさないでよ周さん…」
「あはは、すいません。ところで、何を読んでたのですか?」
「守人の伝承を集めた本だよ。何となく見てたんだ」
「あれ。そんな本、家にあったんですか?」
「みたいだね。…周さん」
「はい?」
「周さんは、守人の起源とかについて、考えた事ある?」
「? いえ…」
「…思ったんだけどさ、そもそも何で守人が生まれたんだろ?」
「そりゃあ…いかせのごれの平穏を守る為―――」
「だけじゃないように思えるよ、ウチは」
「え?」
「何か、それ以上に大きな理由があると思うんだよね…」
「……」
「てか話変わるけど、守人もちょいちょいおかしかったよね、昔から」
「へっ?」
「ほら、差別とか迫害とかあったじゃん。妖怪とか、御津一族とか…」
「ああ…話には聞いてたけど、守人として恥ずかしいよね」
「ま、総元締め様がそいつら全員破門にしたから、マジざまあみろだわ。うひひ」
「あ、まあ、うん…とりあえず、早くご飯食べましょう。冷めちゃいますよ」
「そだねー、食べようか」


閑話・むかしばなし


「で」
「ん?」
「そろそろ皆の所に戻らない?」
「う゛ぇえー…? 騙されて裏切った手前、戻りにくいよぉ」
「まあ……そう、だね…」
「あ、そうだ。話戻すけど」
「はい?」
「さっきの伝承の話に出てきた三人の守人。所詮、伝承だから本当か分からないけど、その人達…」


「全員、不老不死化してるらしいよ」

563えて子:2013/02/17(日) 21:46:02
白い二人のハッピーバレンタイン・その3。あとちょっとだけ続きます。
ヒトリメさんから「コオリ」、紅麗さんから「アザミ(リンドウ)」「高嶺 利央兎」「榛名 有依」、Akiyakanさんから「AS2」、しらにゅいさんから「朱鷺子」、鶯色さんより「エミ」「ウミ」をお借りしました。こちらからは「アオギリ」「花丸」「十川若葉」です。


「ここなの?」
「うん。ここ」

アオとコオリ、学校についた。
アオは、二回目ね。

「コオリ、がっこうっていったことないの」
「アオ、あるよ」
「ほんとう?」
「うん」

最初は『しょくいんしつ』にいくの。
ドアをちょっとだけ開けて、コオリと二人でこっそりのぞいた。
前にアオが来たときにいた人、いるね。

「…リンドウ、いないね」
「チョコレート、あげられないの」
「でも、リンドウに見つかったら、アオたち帰されちゃうよ」
「かえされちゃうの?」
「うん」

「よーく分かってるじゃないか」

「「あ」」

アオたちの後ろに、リンドウがいた。
いつの間に来たんだろう。
リンドウ、『おこる』って顔してるね。
アオたちが、学校にきたからなのかな。

「アオギリ…勝手に学校に来ちゃ駄目だって言ったよね?コオリまで連れてきて何してるのかな?」
「はっぴーばれんたいん、しに来たの」
「はっぴーばれんたいん?」
「チョコレート、くばってるのよ。みどりのおじさんも、はい」
「おじっ……」

リンドウ、チョコもらったままぽかーんとしてる。
どうしたのかな。

「ほかのひとは、どこにいるのかしら」
「きっと、教室」
「きょうしつ?」
「うん。こっち」

リンドウがぽかーんとしてるから、おいてくことにした。
コオリと二人で教室に行くことにしたの。


歩いてたら、教室がいっぱいある長い道についた。
ここには『いちねんせい』っていう人の教室があるんだって。

「おねえちゃん、おねえちゃん。へびのおにいちゃん、いたよ」
「うん」

教室をのぞいたら、花丸がいた。
花丸は、『いちねんせい』なんだね。

あ。花丸、アオたちに気づいてこっちに来た。

「…アオちゃん?コオリちゃんも……今日はどうしたの?」
「はっぴーばれんたいん、しに来たの。はい」
「え、僕に…?」

花丸、『おどろく』って顔をした。
そのまま下向いちゃった。
でも、「ありがとう」だって。『よろこぶ』ってしてもらえたんだね。

「ほかのひとにも、あげるのよ」
「うん。花丸、ばいばい」
「あ、え、えっと、…気をつけて…?」

何にきをつけるんだろう。
変なの。

564えて子:2013/02/17(日) 21:46:41


次は、また別の長い道についた。
ここは『にねんせい』の教室なんだって。

「たくさん、いるの」
「たくさん、いるね」

『にねんせい』の教室には、アオたちが知ってる人、たくさんいるの。

「あれ〜、アオギリちゃん。コオリちゃんも一緒?」
「あ、アッシュ」
「くろいおにいちゃん」

後ろから声をかけられたから、ふりむいたら、アッシュがいたの。

「どうしたの?アザミ先生に見つかったら怖いよ〜?」
「はっぴーばれんたいんなの」
「みんなにチョコレート、くばりにきたのよ」
「へえ、そうなんだ。僕の分もある?」
「うん。はい」

チョコレートをあげたら、アッシュも『わらう』って顔をした。

「ありがとう、アオギリちゃん、コオリちゃん」
「他の人も、いる?」
「いるよ。先生に見つからないうちに、配っちゃいな」
「「はぁーい」」

教室に入って、コオリと二人でいろんな人にチョコを配った。
トキコと、リオトと、エミと、ウミと…たくさん。

「わー!!ありがとう、アオちゃん!コオリちゃん!」
「さんきゅ。丁度腹減ってたんだ」
「ちょっとリオト!もうちょっと味わって食べるとかしなよ、せっかく頑張って作ってくれたのに…」
「おねえちゃんにも、どうぞ」
「え?あ、アタシにも?あ、ありがと」

「私たちにもくれるの?ありがとう!」
「…ありがとう。大事に食べるわね」
「うん」

配ってたら、『ちゃいむ』がなったの。
お休みの時間が終わるんだって、教えてもらった。

「帰らなきゃね」
「かえらなきゃね」
「二人とも、帰り道は気をつけるんだよー!」
「「はーい」」

みんなにも、あげることができて、よかった。
はっぴーばれんたいん、みっしょんこんぷりーと、ね。


白い二人のハッピーバレンタイン〜学校編〜


「…あれ、アザミ先生。今までどこいってたの?」
「……いや、別に……(ここまで探していないって事は、帰ったのか?手間かけさせやがって…)」

565えて子:2013/02/17(日) 21:49:13
>>563-564
タイトルに若干の誤りが。
正しくは「白い二人のバレンタイン〜学校編〜」です。

566しらにゅい:2013/02/18(月) 20:36:04
「…はぁ、最近ロクな夢を見ない…」

にゃあ

「死ぬ夢は必ずしも悪い意味はない、って先生は言うけど…俺の場合、リアルなんだよ…」

にゃあん

「…どうせなら、猫に囲まれる夢とか見てみたいなぁ…」

にゃーん

「そうそう、こんな感じに側から優しく声をかけ…!」

にゃー

「…猫!」

にー!

「あっ、待って!」





----


「はぁ、っはぁ…!確か、ここの…どっかの隙間に入って……あっ、いた!」

にーにー

「…可愛いなぁ、ほら、怖くないよー。こっちにおいでー」

にー

「「にゃーにゃー」」

・・・

「「…ん?」」

・・・

「「!?」」

「(だ、誰だこの人…!?全身黒ずくめだし、見るからに怪しい…!!)」
「………」
「(しかも黙ってこっちを見たまま何も言ってこないし…というか、今の鳴き声、まさかこの人が…)」
「………」
「(な、何か上着の中に手を入れ…!ま、まさかこの人、ヒットマンか何)」


「あれー?イサナくんだー!そんなところで何してるの?」


「「!?」」

「っ!」
「あ!……行った…」
「アサヒさんとこで何してんだろー?…ん?」
「あ…」
「こんにちはー、君はイサナくんの友達?一緒に何か見てたみたいだけど。」
「…いえ、別に……知り合いの、方ですか…?」
「んー、ちょっと前に知り合ったからー……うん、知り合い、友達だね!」
「……はぁ…」
「ところで何を見てたの?……あっ、あの子アサヒさんとこの猫ちゃんだ!」
「アサヒ…さん?」
「そ、犬や猫ちゃんたくさん飼ってるおばあちゃん。ちゃんと首輪付けてるけど、
基本的に放し飼い状態だからねぇあの人…まさかこんなとこまでお散歩してるなんてびっくりしちゃった。
おいでおいでー、チヅルちゃんだよー」

567しらにゅい:2013/02/18(月) 20:36:51

にゃーん

「あ、……いいなぁ…」
「え?」
「っ、コホン…なんでもないです。」
「…。…ね、君名前は?」
「名前?…ナルミ、と言います。」
「ナルミくんね、私チヅル!ねぇねぇ、これから一緒にこの猫ちゃん返しにアサヒさんとこ行かない?」
「え、いや…でも…」
「運が良ければ、お饅頭食べられるかもしれない!ね、いこいこ!君も猫ちゃん好きでしょ?」
「だ、ダメです、知らない人には付いて行ってはダメだって…!」
「?名前を知ったんだから、もう知らない人じゃないでしょ?」
「(アホかこの人!?)そ、それに俺、ほら、気持ち悪いし…」
「気持ち悪い?どこが?」
「だって、………アルビノ、だし…」
「………」
「………」

にー

「……そうかなぁ?私は凄く綺麗だと思うよ?」
「…きれ、い?」
「きっとアサヒさんも、ナルミくんのこと綺麗だと思うよ!ね、ほら行こう!」
「わっ…!」
「今日のおやつはお饅頭だといいな〜♪」
「………」










八十神千鶴と観察者と猫と



「アサヒおばあちゃん、こんにちはー!」
「おやおや、チヅルちゃん。いらっしゃい。…?おや、そっちの子は初めてだねぇ。」
「………」
「えへへー、今できた『友達』です!」

568しらにゅい:2013/02/18(月) 20:40:17
>>566-567 お借りしたのは御坂 成見(思兼さん)、イサナ(鶯色さん)、
笠村 朝陽(えて子さん)でした!
こちらからは千鶴です!

というわけで、ナルミ君と交流させて頂きました!無理矢理拉致っちゃいましたが、
大丈夫でしたでしょうか…!?
あとマセ感を上手く出せたか、うぬぬ…

569十字メシア:2013/02/20(水) 16:20:51
akiyakanさんのタマモ連載の小話です。
akiyakanさんから「りん」、しらにゅいさんから「タマモ」をお借りしました。


「今日もいい天気じゃの、おりん」

秋山寺院。
縁側でタマモと「りん」が日向ぼっこをしていた。

「今日はどこか散歩にいこうか?」
「……」
「おや、寺にいたいのか?」
「……」
「うむ、分かった。ではこの後何をs」
「こらぁああああ!!!!!」

と、突然どこかから怒声が響いた。
そして次の瞬間、縁側の向こうから鼬らしき生き物が、「りん」に向かって飛び込んだ。

「!? 大丈夫か、おりん!」
「きー」
「そうか、良かった…ってちがーう! お前には聞いておらぬ!!」
「き?」

「りん」の腕の中で首を傾げる鼬。
そして次に飛び込んで来たのは――。

「くぉら紫緒嶺(しおね)ー!!!」
「ききっ!?」
「盗み食いするなっていつも言ってんでしょーがぁあああああ!!!!!!」
「ちょっ…ヨシエ!」

タマモは焦った。
この素早い鼬――紫緒嶺は、同じ百物語組の彼女に捕まる事無く逃げ出すだろう。
そうなれば間違いなく「りん」にぶつかってしまう。
そこでタマモは咄嗟に――。

「危ない!」
「ふぼっ!?」

尻尾でヨシエを弾き飛ばす…までは良かったが。

バシャーン!

「あ」

勢いが余り、池に落ちてしまった。


「はーくしょんっ! うー…」
「すまぬヨシエ…もっと加減していれば…」
「いや、タマモさんは悪くないよ。りんちゃんを見てなかった私が悪いのよ」
「しかし…」
「ほらほら気にしない! そもそもの原因はあの鼬なんだし! 見習い陰陽師さんに、どうにかしてもらおうかしら」

噂をすれば影が差す。
その見習い陰陽師、廻が姿を見せた。

「あ、二人共…に、りんか。よしよし」
「廻ちゃん! ちょうど良い所に」
「…まさか紫緒嶺? 急にいのうなっちょば(いなくなった)と思えば…」
「そうなのよー。何とか出来ない?」
「そうかて、わてもあやつの奔放振りには、ほとほと困ってんばにゃ…いつもごますなあ(ごめんなさい)」

しゅんとなる廻。

「…ま、今に始まった事じゃないしのう」
「がばんに(頑張って)、一人前の陰陽師にべさなるけね」
「うむ。お主ならきっと…いや、必ずなれるぞ」
「ありんとね(ありがとう)、タマモ!」

570十字メシア:2013/02/20(水) 16:21:52
タマモが「りん」と縁側に戻ってくると、黒い髪と人間離れした白い肌が目に入った。

「何じゃ。お主か」
「……誰かと思えば。…花魁狐」

振り向いたその妖艶な顔は、赤い隈取と紫の紅で飾られている。
門下生の杠に憑いている大妖怪、虚空だ。

「妾は花魁狐ではない。タマモじゃ」
「…………」
「お主も、ちゃんとした名前があるじゃろう?」
「…名前……」
「そうじゃ、お主を受け入れた陰陽師につけられた……と、そういや杠は…?」

普段、この大妖怪は杠の精神にいる。
それがここにいるという事は、今彼女は彼の精神にいるという事。
「その気になればいつでも杠を殺せる」と、脅した事を聞いたタマモは少し怪しんだが、それは杞憂に過ぎなかった。

「休んでいる。暇だったから、その隙に表に出た」
「そうか。…何故そこまでして、強くありたいと思うのかの…あの娘は」
「知らん、俺には関係ない」
「……ならば」
「?」
「何故彼女に憑こうとした?」
「……退屈しのぎだ」
「本当に?」
「………」
「…ま、これ以上聞いたところで、お主は何も言わぬか」

と、傍らでうつらうつらとしている「りん」の頭を優しく撫でる。
それを虚空はじっと見つめた。

「…何じゃ? 何か珍しいのか?」
「……いや」
「…もしや、お主も撫でて欲しいのか?」
「斬るぞ」
「おお、怖い怖い。とりあえず、それは杠にやってもらえ」

仏頂面の大妖怪に、悪戯っぽく笑うタマモであった。


「………幽花。どいてくれぬか」
「………」

虚空がどこかへ行った後、しばらく縁側でうたた寝をしていた最中、尻尾にどすん、と、何かがもたれた為に目が覚め、振り返って見てみると、風変わりな謎の門下生、幽花が尻尾を枕代わりにしていた。

「幽花や〜…」
「………」
「…困ったもんじゃのう…」

この気まぐれな娘は、いくら言っても聞かなかった。
気持ち良いのは分かるが、これでは動こうと思っても動けない。
と。

「? おりん?」

「りん」が幽花の元に寄ってきた。
幽花と目が合うと、彼女はいつもの笑みを見せる。
すると幽花は、近寄ってきた「りん」の頭をぽんぽんと撫でた。
そしていつもの白いワンピースのポケットを探り、「りん」に何かを差し出す。
桃の飴だ。

「?」
「……やる。食べていい」
「♪」

飴を受けとると、「りん」はまた、いつもの笑みを浮かべた。
それを見たタマモは少し驚いたが、それはすぐに笑顔へと変わった。
そして思わず聞いた。

「幽花」
「?」
「お主は本当は優しいのに、何故周りに…遊利に冷たくする? まるで嫌われたいみたいではないか」
「………………」

無言、とその時。

「あ、幽花! ここにいtいてっ!?」
「…………」
「……幽花、飴玉は投げるものではない」

いきなり遊利に飴玉を投げつけた幽花の行動に、ただ呆れるしかないタマモであった。


タマモと「りん」と

571スゴロク:2013/02/20(水) 18:30:28
あんまり久々過ぎて存在を忘れかけていた(待 この人の話です。



その日、霧波 流也は探偵事務所を後にして出歩いていた。目的地は特に決めていない。
というのも、

「は〜、やれやれ。忙しいったらありゃしねえ」

ここ最近立て込んでいた案件が一段落したからだ。中でも最近一番の大騒ぎだった美琴の一件についての後処理が廻って来たおかげで、ここ数日は寝る暇もなかった。そんなわけで、息抜きを兼ねて散歩に出かけた、というわけだ。

「しっかし、あのブラウって奴は何者だ? ヴァイスの奴とそっくりなカッコしやがって、まぎらわしいったらねえな」

珍しく口調が荒くなるのは、ブラウのことをまだよく知らないためだ。ただ、知っていても胡散臭いのは同じだが。
そんなこんなでぶらぶらと歩いていると、見覚えのある場所に出た。
平原、そしてその真ん中に立つ一本の大木。

「よぉ、アカノミ」

百物語組の顔(?)馴染み、アカノミ。「欲望の巨木」という怪談によって存在を定義された、怪異の中でも際立った異端の一人。

『……あぁ、「東」か。何か久しぶりだね』
「? ……何かあったのか?」

妙に重い声音が気にかかり、何か起きたのかと問うてみる。帰ってきた答えは、彼の仲間の一人であるキリという怪異が消滅した、というものだった。
とはいえ、流也はキリとあまり面識がない。

「うーむ、聞いたことはあるが……そいつが?」
『ああ……。それで……』

さらにアカノミは、少し前にミナから伝えられたことを含め、現在の動向を話した。
具体的には、彼らの主である春美の能力を利用し、百物語の後に現れる最後の怪異としてキリを呼び戻そう、という作戦が進行していること。
その途中で一部のメンバーが仲たがいを起こしたこと。
だが、その位置には「青行燈」なる先客が存在し、先行きが不透明なこと。
それらに関する情報がカイムを通じて謎の男からもたらされたこと。

「……ちょっと来ない間にかなりヤバいことになってるな」
『それだけじゃないんだよ』

続けて語られたのは、同じく百物語組であるタマモと、彼女が拾ったという「おりん」なる女の子を巡る一件。聞き終えた流也は、「むぅ」と唸り腕を組んだ。

「……まさに混沌、ってわけか。色んな勢力が次から次へ出てきやがって、頭が痛えぞ」
『元々いかせのごれ自体にそういう傾向はあるけれど……』
「それにしたってこれは異常だろ。前に話したみたいに、いかせのごれ自体が『アンバランスゾーン』と言えるけどよ、それを差っ引いても現状はどうかしてるだろ」
『それは同感だけどね……』

珍しく疲れたような声音で、「欲望の巨木」は呟いた。

「俺もどうにかしてやりたいが……星の姐さんが此処の所忙しくてな。動くに動けねえ」
『大変なのは「南」と「北」もみたいだよ、「東」』
「は?」

572スゴロク:2013/02/20(水) 18:31:00
同時刻、ウスワイヤ。
データ取りの続きで模擬戦を行っていたスザクは、相手をしていた隊員が退出するのを目で見送りつつ、大きく息をついた。
この新しい力―――ついさっきまたも現れて去ったブラウ曰く「焔天朱鳥」―――にも随分と慣れたが、一番の変化である飛行能力についてはまだまだ訓練の余地があった。

「飛べる能力者って意外と少ないんだよな……誰に聞けばいいんだろう」

思いつつ、頭の中にこれまで出会って来た能力者たちを思い浮かべる。
彼らと出会った時の出来事が次々と頭をよぎる中、ふと彼女の頭を疑問が過った。

「……あれ?」

それは、彼女とゲンブがいかせのごれにやって来た頃。あれから随分と時間が経ち、自分もゲンブも大きくなった。
それは事実だ。だが、そこに当然付随する、もうひとつの事実。

「……今、何年の何月何日だ? 僕がここに来てから、どれくらい経った?」

普段、気にしているはずなのに自然とスルーしている、年月日。計算だけならあれから10年少々経っているはずだが、当時何年だったかが思い出せない。とりあえず今の日付を見ようと携帯を取り出し、開く。

「えーっと……」

ディスプレイに表示された西暦を見て、頭の中でさっと計算――――

「……!?」

――――しようとして、強烈な違和感が襲った。

(……どういうことだ!? この日付から10年前なら、いかせのごれはまだ封じられていたはず……それじゃ、どうして僕はここに!?)
(いや、それよりも高校に入ってどれくらい経った? 今僕は2年生……)
(ちょっと待て、待ってくれ!! あれから4回近く新年を祝った覚えがあるぞ!? どういうことだ、一体どうなって――――)

「!! ッあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!?」

思考が核心に至ろうとした瞬間、スザクを凄まじい頭痛が襲った。割られた頭をさらにハンマーで殴りつけられているような、筆舌に尽くしがたい激痛。呼吸すらままならず、遠のく意識の中に声が響いていた。


―――考えるな。

―――答えは出ない。

―――出す必要はない。

―――然るべき時まで、今を謳歌せよ。



「――――!?」

突然世界が戻って来た。見回すが、誰もいない。
どうやら模擬戦の後、疲れて少し居眠りをしてしまったらしい。

「……少し休むかな」

体をほぐすように動かしつつ、スザクも訓練区画を後にした。

「それにしても飛行能力かぁ……誰に聞こうかな」

――― 一つの事象がリセットされたことは、誰も知らない。


多忙の東、飛翔の南

(彼女の抱く疑問)
(それに答えが与えられることは)
(―――この先も、ない)


クラベスさんより「アカノミ」名前のみ「カイム」「秋山 春美」「キリ」をお借りしました。
スザク関連は「サザエさん時空」ネタです、ハイ。

573えて子:2013/02/21(木) 22:06:55
白い二人のバレンタインシリーズ、完結。短いです。
ヒトリメさんより「コオリ」をお借りしました。


学校を出て、二人であるいた。
公園についたから、二人でひと休み。

「たくさん、配ったね」
「リュック、へちょへちょなのよ」

チョコレート、たくさんつめてぱんぱんだったリュックサック。
たくさんの人にあげたから、中身がなくなってへちょへちょになっちゃった。

「こんぺいとうのおねえちゃん」
「なぁに?」
「コオリ、おねえちゃんにあげるものがあるのよ」
「アオも、コオリにあげるもの、あるよ」
「じゃあ、いっしょにだしましょう」
「うん。せーので、出すのね」

「「せーの」」

はい、って出したの、アオもコオリもチョコレートだった。
アオが、青いふくろで、コオリが、緑のふくろ。

「「……………」」

「おそろいね」
「うん、おそろい」
「おねえちゃん、これあげるの」
「コオリにも、これあげる」

チョコレートをこうかんして、ふくろをむすんでたリボンをほどいたの。
コオリのくれたチョコレート、こんぺいとがでこれーしょんされてた。
アオがコオリにあげたのは、パンダさんの形のチョコレート。

二人で、公園のいすにすわって食べた。

「おいしいね」
「おいしいね」

チョコレート、おいしかった。


白い二人のバレンタイン〜こうかん〜


(こうして)
(白い二人のバレンタインは)
(穏やかに終わったのだった)

574まとめ人:2013/02/22(金) 01:34:12
息抜きを兼ねましてまたもやメタに走りました(ぉぃ


スポットライトの当たらない、舞台袖にて。


「またアナタですか」

「俺の台詞だ。しかし、舞台裏と言うと俺達なのだな」

「いやまったく。未だに表舞台では顔を合わせていないというのに」

「同感だが、今言っても仕方があるまい」

「まぁ、そうですがね」

「まあせっかくだ、また与太話に付き合って行け」

「前後の脈絡がわかりませんが、ま、いいでしょう」




「さて……ついにスザクもDエヴォリュートを手に入れたな」

「細かいようですがデッド・エ『ボ』リュートですので」

「気にするな」

「気にして頂かねば困ります。これの提唱者はakiyakan氏なのですから、キャラクターをお借りする時と同じ対応で頼みますよ」

「むう、それもそうか。ではそちらに倣うとしよう」

「それでお願いします」

「で、そのDエボリュートだが、実は元々スザクに持たせる予定はなかったらしい」

「ほう、それがどういう風の吹き回しでこんなことに」

「元々『逃れえぬ因縁』系列の続きの展開を考えている時にakiyakan氏が『アナザー・ナイトメア・アナボリズム』を投稿されたからな。多少変更を加えた上で、これ幸いと乗っかったわけだ」

「やれやれ。面白そうなものにすぐ飛び付く悪癖は相変わらずですか」

「全くだ。ここまで節操のない阿呆も珍しい」

「で、続きは?」

「実は、琴音が生還したのはこの影響を受けてのことらしい。元々スゴロクは、キャラを不幸にすることは得意でも、死亡退場は大の苦手でな」

「そう言えばあまり人死にが出ませんねぇ。モブはともかく」

「過去話では結構な頻度で被害が出ているがな」

「終わったことと開き直っているのですかね。ところで、当初の想定ではどうなっていたので?」

「うむ。スザクの目覚めと引き換えに消滅、夫と共に『向こう側』へ消える……という展開を用意していたらしい」

「……それ、大丈夫なのですか? 展開どうこうより火波姉妹が」

「お前が他人を心配するとはな。明日は台風が来るかも知れん」

「この時期に何を言いますか。そもそもワタシとて舞台を降りればただの人間です、人の心配くらいは」

「わかったわかった。話を戻すぞ」

「アナタが外したのでしょうが」

「放っとけ。……まあ、さすがに事後のフォローまで書いているといつまで経っても先に進まんからな。いっそのこと呼び戻して、セミレギュラーとして登場させよう、という魂胆らしい。ちなみに能力消失は当初の展開の名残だ」

「確か『エンプレス』でしたか? 対象者をどんな状態からも完全に守るという」

「そう、それだ。実はその能力がどうなったかは既に考えてあるらしい。後はモチベーションの問題だ」

「結局はそこですかね」

「うむ。ちなみに書き始めれば1時間ほどで1本書き上がるというぞ」

「速度が早すぎるでしょう。いくらなんでもそれはガセでは」

575スゴロク:2013/02/22(金) 01:34:55
何で名前の欄が「まとめ人」に……私違うorz

「まあ、それはどちらでもいい。続けるが、実は自宅キャラクターのDエボリュートは全員分考えてあるらしい」

「何と。それは本当ですか」

「事実だ。ただ、あれは条件が条件だからな」

「能力者に敗れて死に至る、もしくは死に瀕する、でしたか」

「そうなる。現在のところ、スザク以外で該当しそうなのは……いないな」

「それがいいでしょう。風呂敷を広げすぎると畳むのが大変ですからね」

「畳むのが惜しくてずるずると話を引き延ばしている、という説もあるがな」

「それを言ったらお仕舞いでしょうが」

「正論だな。ところで話は変わるが、一人一人にイメージソングを設定してあるのは知っていたか」

「……初耳ですが」

「だろうな。俺もついこの間知ったところだ。一部だけ紹介すると、
スザク⇒『まっくら森のうた』アオイ⇒『十六夜月』ゲンブ⇒『英雄』琴音⇒『春の吹く場所で』ランカ⇒『COME to Mind』啓介⇒『ROSET/OSTER PROJECT』
だそうだ」

「……確か啓介さんのISは現在公開停止では?」

「それは言ってやるな」


無頼と狂人、舞台裏にて再び



おまけ・楽屋にて


「お疲れ様〜、綾ちゃん」

「ああ、お疲れ」

「……あれ? アズールはどこ?」

「あー……あいつは(六x・)さんの所の子だからな。こっちの楽屋には来れないよ」

「……(しょんぼり)」

576えて子:2013/02/22(金) 20:42:57
猫の日、というわけで。また白い二人に出張ってもらいました。
ヒトリメさんから「コオリ」、Akiyakanさんから「ジングウ」「ロイド」、スゴロクさんから「クロウ」をお借りしました。


「こんぺいとうのおねえちゃん。きょうはねこさんのひなのよ」
「ねこさんの日?」
「うん。にゃんにゃんにゃん、なんだって」
「ねこさんの日って、何するの?」
「わからないの」
「アオも、わからないの」

「「…………」」

「ねこさんになればいいのかな」
「コオリ、きょうはねこさんもってるのよ」
「アオたちは、どうしよう」
「ねこさんになるのよ」

「「…………」」

「にゃー」
「にゃー」

「おやおや、これは可愛らしい猫さんたちですね」

「ジングウ」「ミレニアムのおにいちゃん」
「お二方も、猫の日にちなんで猫のなりきりを?」
「うん。今日、ねこさんの日なんだって。でも、何をしたらいいのかわからないの」
「だから、おねえちゃんとコオリで、ねこさんになってたのよ」
「それはそれは。……ふむ、では私の手伝いをしていただけませんか?」
「「おてつだい?」」
「ええ。実は私も、今日の猫の日のために張り切って準備をしたのですが、いかんせん一人では実行しても時間が足りそうになくて…」
「たいへん、なの?」
「はい、とても大変です。ですので、あなたたちが手伝ってくだされば、非常に助かるのですが…」
「…おねえちゃん、どうするの?」
「どうしよう」
「でも、こまってるひとをたすけるのは、いいことなのよ」
「いいことは、たくさんやると、いいんだって」

「「…………」」

「アオ、手伝う」
「コオリも、おてつだいするの」
「ありがとうございます」
「何をするといいの?」
「そうですね、では…」

「これを、できるだけたくさんの人につけてあげてください」

577えて子:2013/02/22(金) 20:44:02
*-*-*-*-*-*-*-*



「………何だこれは」

嫌な思い出しか蘇らないデジャヴに、クロウは開いた口が塞がらなかった。

一言で言えば、ホウオウグループの面々に猫耳がついている。
どこへ行っても、誰の頭にも、ぴょこんと可愛らしい猫耳がついている。
しかも耳だけだった前回と違い、今回はご丁寧に尻尾までつけられていた。

そして、猫耳と猫尻尾を無差別につけてまわっているのが、

「にゃーん、にゃーん」
「にゃーん、にゃーん」

揃いの真っ白な猫耳と猫尻尾をつけ、ぽてぽてと駆け回っている、二人の真っ白な子供だった。

「あ、クロウ」
「…お前ら。何だこれは」
「ねこの耳」
「コオリたち、ねこさんなの」
「そんなことは見れば分かる。何故他の構成員にも同じようなものがついてるんだ」

頭痛がしそうな頭を押さえて、クロウは二人に聞いた。
アオギリとコオリは二人で顔を見合わせ、交互に喋りだした。

「きょうは、ねこさんのひなのよ」
「でも、アオたち、何すればいいか、分からなかったの」
「だから、おねえちゃんとコオリで、ねこさんになってたの」
「そうしたら、みんなでねこになったほうがいいって言われたの」
「…誰に」

「ジングウ」「ミレニアムのおにいちゃん」

やはりというか何というか予想通りの答えに、クロウはついに頭を抱えた。
そんなクロウにも、二人の子供は容赦なく猫を勧めてくる。

「からすのおじさんも、ねこさんになるのよ」
「ねこの日だから、ねこさんなの」
「…………」

猫耳と尻尾をつけようとしたが、身長的に届かなかったらしい。
二人はクロウに猫耳と猫尻尾を渡すと、にゃーにゃー鳴きながらどこかへ駆けていってしまった。

「………何だったんだ………」

一人取り残されたクロウは、呆然と立ち尽くしていた。
とりあえず、あとでジングウをしばこうと心に決めた。


白い二人とにゃんにゃんにゃん〜猫の日のぷちいべんと〜


(同時刻、千年王国拠点の閉鎖区域にて)

「…獣帝殿。何頭につけてんだ」
「………放っといてください…」

578思兼:2013/02/22(金) 22:22:05
【見下していた話】

夏休みのある日の昼下がり、俺…御坂 成見は外をふらついていた。


奇妙な感覚、ノイズ、違和感。

その根源を消し去りたくて、俺はこの街を『視る』。俺にまとわりつくこの感覚の正体を暴き、取り除くために。


俺のこの『眼』が視た結果はなかなか奇妙なものだった。

奇妙な『妖怪』なんて奴らの存在。
謎の秘密結社の暗躍。
『超能力者』なる者達の存在。
その陰で起きている争い。

現実離れした出来事だったが、俺の『眼』がそう視たなら、これは夢でも幻でも何でもない現実だ。



…くだらない結果だ。

コンビニでジュースを買い、うだるような暑さを少しでも紛らわすために一口つける。
ああ、暑い上にイライラするなんて最悪な気分だ。

イライラの原因は俺が視たものにある。奇妙な出来事があるのは結構だったが、俺の『眼』はそのついでに余計なものまで拾って見せてくれたのだから。


偽善正義(ギゼン ジャスティス)
絶対意志(ゼッタイ イシ)
思想強制(シソウ キョウセイ)

言葉にするだけで吐きそうだ。俺の大嫌いなものだ。


はん、ホウオウグループ?アースセイバー?知らないね。
俺から見たらただの自己主張・勝手な正義の押し付け合いにしか見えない。


ジュースを一気に流し込む。

その視界の先で、小さな女の子が走って行った。



ああ…カワイソウに。今あそこで起こることを、俺の『眼』は見る。

やれやれと首を振り、空のペットボトルをゴミ箱に投げ入れ、そちら向く。

数十秒遅れて聞こえる急ブレーキの音、何かがぶつかる音、赤い血飛沫の色。耳に響く悲鳴がその結末を告げる。


交通事故だ。不幸な、悲劇的な。



あの子は助からない。俺の『眼』の見た通りの顛末、そして結末も同じ。
変えようとしない限り、俺の視る結末は必ず的中する。

物心ついたころにはすでに俺に備わっていた力。
先に俺が視た超常現象をあっさり信じたのはこれが理由だ。俺自身がそんなオカルトじみた力を持っているんだからな。信じて当然だ。




「…!!…!!」
向こう…路地で声が聞こえた。

ああ、あの『ヒャクモノガタリ』とかいう『妖怪』の集団かな?

この街で起きる不毛な出来事を知る者達(と、俺は理解している)。

秘密組織はともかく、あの妖怪たちには興味がある。何者で何を知っていて、何を思うにか。
くだらない俺の世界を変えてくれるかもしれない。俺は俺の意志だけに従って行動する


しばらく彼らの後を尾行(つけ)て、『観察』してみようかな?
場合によっては…近づいてみよう。

得体の知れないものに対する警戒より、好奇心が勝る。

どうせ、危険なんて事前に『視える』からな。回避なんて容易い。



…さて、視てみようか。人ならざる者達を。



---------
少しだけ、本筋の方々に絡んでみました。

579えて子:2013/02/25(月) 22:11:41
「絡まる糸」の続きです。書きたい展開全部書いたら長くなった…。自キャラオンリーです。
最後のほう、わかりづらいですがフラグです。拾っていただけると幸い。


陽もかなり落ちかけた頃。
紅はストラウル跡地に駆けつけていた。

「はぁ、はぁ、はぁ……ごほっ、ごほ…」

情報屋を飛び出してから今まで、休む間もなく走り回っていたため、かなり体に負担がかかっている。
もともと体が弱い紅にはこの負担は大きく、少しでも躓いたらそのまま倒れてしまいそうだった。

「(でも…立ち止まってはいられない…)」

大きく息を吸っては咳き込む、といったことを数回繰り返したあと、重い足取りで歩き出した。


跡地の中を歩いていると、大きな壁に突き当たった。
古ぼけていながらもいまだ強度を失ってはいないそれには、乾ききった赤黒い染みがべったりと残っている。
おそらく、件の連続殺人の被害者の一人が、ここでやられたのだろう。

「ひどい…。まだ血の臭いがしてきそう…」

思わず口と鼻を覆うと、顔を背ける。

「……でも、ここに来るまであちこちに血痕があった…。…確信はないけど、もしかしたら…」

“探し人”は、この付近によく来るのかもしれない。
そう考えた紅は、もう少し手がかりがないか探してみようと、踵を返した。

そして、すぐにその足を止めた。

「…………」

紅は、突如現れた人物―カチナを見て、硬直した。
虚ろに見開かれた瞳、襤褸切れにしか見えない衣服。
がり、と足を引き摺りつつ、こちらへ歩みを進めてくる。

「…………あ…」

紅は、動けなかった。
恐怖があったのかもしれない、思考が追いつかず、動けなかったのかもしれない。
しかし、それよりも別のものが紅を支配していた。

紅がずっと探していた人物。
幼い頃からずっと大事にしていた写真の子。
目の前の人物は見る影もない有様だが、それでも、紅は長年培った直感で気づいた。

彼こそが、自分がずっと追っていた人物だと。

「……そう、すけ…?」

震える唇から、“探し人”の名を絞り出す。
ぴた、と、カチナの歩みが止まった。

「…………」

そのまま、俯いていた顔をゆっくりと上げて、紅を見る。

「…!!」

その視線に、紅は言葉を詰まらせた。


「………。蒼介…本当に…」

カチナに向かって、もう一度呼びかける。

カチナは、ただ目の前にいる相手を見ていた。
言葉は、聞こえた。遠い昔、聞いたことのある音だった。
だが、何故聞いたことがあるのかも、紅の言葉の“意味”を理解できる思考力も、精神が磨り減った今のカチナには残されていなかった。
判断は、できない。
カチナの視界に映るのは、赤。
滅すべき、標的の、赤。

「………す」
「え?」

「こ、ろ、す」

「!!」

勢いよく振り上げられた鉈が、紅を襲う。

「くっ…!」

咄嗟に体を捻って避けたが、直撃を食らった壁は一瞬で崩れた。
それすらお構い無しに、カチナは次の攻撃準備に移る。

「蒼介、お願い、話を…!っ、ごほ、ごほっ、げほ…」

鉈が地面にめり込んで起きた砂煙で発作を起こし、紅は膝をついて崩れ落ちる。
それでも、カチナが歩みを止める様子はない。
ただ、目の前の相手を抹殺するため、歩みを進める。

「ごほっ…ごほ…」
「こ、ろす。ころす、ころ、す、こ、ろ…」

580えて子:2013/02/25(月) 22:12:36



「させるか…!」

カチナが鉈を振り上げた瞬間、突如背後から首が掴まれ、そのまま後方に放り投げられた。

「!」

いきなりのことに反応できなかったカチナは、そのまま放物線を描いて舞い上がり、少し離れた地面に叩きつけられる。
カチナを投げ飛ばした人物―ハヅルは、その隙に紅を助け起こした。

「…紅、無事か…」
「虎く……ごほ、っ」
「…一人で出歩くなと、いつも言われているだろう…」
「……そうね、ごめんなさい…」
「……。紅…アイツは、“そう”なのか?」

起き上がったカチナを見て、ハヅルがそう問いかける。
紅は何も答えないが、それが肯定の意思表示だと、ハヅルは気づいた。

「………そうか」

ハヅルは立ち上がると、紅から少し距離をあけるようにカチナに近づく。

「こ、ろ、す…ころす、ころす、ころすころすころすころすころす…」

壊れた機械のように繰り返しながら、カチナが一気にハヅルとの距離を詰める。
そして、獣のように跳躍し、頭上から一気に頭をハヅルの頭をかち割る――


「………!?」


――ことはできなかった。

鉈の刃の部分が、ハヅルに触れた部分が、真っ赤に溶けて、流れ落ちたからだ。

「……躊躇いが、ないな…」

困った風にこぼすハヅルは、頭を庇うために掲げられた腕が真っ赤に発光している。ひどい熱量で、近づいただけでも焼けてしまいそうになるのが分かる。
その腕から、溶けた刃がぼたぼたと地面に落ちる。腕にこびりついたものも、まるで泥を落とすかのようにもう片方の手で拭い落とした。

「……もう、お前の武器はない。…諦めて、俺たちと来てくれないか…」
「………カチナ、は、カチナ。めいれい、きく。カチナ、ころす、ころす、ころ、す…」
「…やはり、話し合いは無駄か。分かっていたが…」

唸り声を上げて突進してくるカチナを、身を捻って避ける。
そして、振り上げられた残っていた鉈の柄を掴むと、先程とは比べ物にならないほど全力で投げ飛ばした。

「………!!」

遠心力と摩擦力の減少でカチナの手は鉈からすっぽ抜け、勢いよく吹き飛び、瓦礫の山へ突っ込んだ。
その衝撃で瓦礫が崩れ落ちる。

「虎くん…!」
「…大丈夫だ。アイツは、あの程度で行動不能には陥らない…」

それより、と紅に向き直ると、手を差し伸べる。

「…今日は、もう帰ろう。このままじゃ、紅の方が先に倒れる…」
「でも、虎くん…あの子が……あの子は…!」
「…分かっている。だからこそ、だ。紅がいなければ、彼を助けることは出来ない…」
「………。そうね、ごめんなさい」
「気にするな。……立てるか」
「ええ、大丈夫…」

差し出された手を掴んで立ち上がる。
その瞬間。紅は見てしまった。

崩れる瓦礫の山。

そこからカチナが這い出て、音もなく飛びかかるのを。

牙と爪を振りかざして、ハヅルに飛びかかるのを。


「虎くん!!!」

「!!?」


“彼”との戦い


(紫色の空に)
(鮮血の赤が散った)

581スゴロク:2013/02/25(月) 22:23:54
>えて子さん
私が拾ってもヨロシイでしょうか? せっかくスザクがDエボに至ったので。

582えて子:2013/02/26(火) 06:06:05
>スゴロクさん
どうぞどうぞ。

583スゴロク:2013/02/26(火) 23:43:36
えて子さんの「“彼”との戦い」に続きます。
……よく考えたら時間軸は「飛翔の前兆」の前なのでこのままではスザクが出せなーい!?
なので「飛翔の前兆」の前にこの話を挟む方向で行きます。辻褄? そんなものは後からいくらでも合わせられるわー!!(ヤケ



―――スザクがその場に居合わせたのは、完全な偶然だった。
仲間や友人、恋人(なのか?)の呼びかけで目覚めた後、しばらくは家で家族3人の団欒を楽しんでいた。
が、夕刻も近い頃になって何かが囁いた。

―――奴がいる。

奇妙な予感、否直感に駆られたスザクは、母と妹の制止を無視して家を飛び出し、何かに取り憑かれたかのようにストラウルを目指した。
そしてそこに、「いた」。





「!」

カチナは瞠目した。叩き込んだ一撃が、横から割り込んで来た誰かに遮られたからだ。そしてそれは、以前殺せなかった標的たる、赤。

「っああぁっ!」

だが、それに対して何かを思う前に、細身の体からは想像もできない膂力で瓦礫の中へと再び叩き込まれることになった。
その誰か・スザクは、一撃を受け止めて血を流す右腕を押さえつつ、カチナの消えた瓦礫を睨みつける。

「性懲りもなくまた現れたのか……」
「あ、あなた……」

後ろから当惑したような声がかけられ、振り向く。視界に入ったのは、一組の男女。なぜか、スザクはその二人のうち、赤い女性の方を知っていた。

「……紅さん、だっけ? 情報屋「Vermilion」の」
「え? あなた、どうして私の名前を……」
「……赤い長髪に瞳、その背格好……火波 スザクか?」

大男・ハヅルが誰何の声を放ると、スザクはそれに対して頷くだけで応えた。

「やはりか。だが、なぜお前がこんなところに……」
「! 前ッ!」

紅の叫び声に前を向きなおしたスザクは、再び飛びかかってくるカチナの姿を眼前に見た。

「っ!」

咄嗟に「龍義真精・偽」を発動する――――が、回避も防御も間に合わない。全身の力を込めた一撃を正面から喰らい、スザクは背後にいた紅を巻き込んで大きく吹き飛ばされた。

「うわっ!」
「きゃあああっ!!」
「紅!」

その場で派手に転倒した紅を飛び越える形で、スザクの身体は地面に投げ出されていた。

(なんという力だ)

ハヅルはあらためて、このカチナという存在に脅威を覚えていた。見た目とは裏腹な戦闘力を備えている。侮れる相手ではない。精神はほとんど崩壊しているようだが、それは慰めにもならない。むしろ厄介なだけだと言えよう。
だが、紅が激しく咳き込むのを聞いて我に返った。カチナが今度はこちらに向かって来ている。

「ちぃっ!」

刹那、ハヅルは自らに根付く「悪夢」を発動した。溶け落ちたナタだった金属に手を叩きつけ、掌中で高熱体へと製錬して投げつけた。
が、

「何!?」

投擲された高熱体は、カチナに当たる直前で、何かにぶつかったかのように弾け、霧散していた。
だが、今からでは紅を抱えて逃げることなど出来ない。せめて彼女だけは守らんと、その前に立ちふさがったハヅルは、

「!!」

カチナの後ろから躍り出た、赤い影を見た。

584スゴロク:2013/02/26(火) 23:44:09
――――カチナの一撃を喰らって吹き飛んだ僕は、いつもの癖で瞬時にダメージを計算しつつ、起き上がろうとしていた。
けど、いざその段になって気づいた。

(……痛くない?)

鏡の展開は出来なかった。僕はあいつの一撃をまともに喰らった。にも拘わらず、僕の身体には何の傷もない。見れば、最初に受けた右腕の傷もいつの間にか癒えている。ただ、なぜか傷があった辺りの服が盛大に焼け焦げていたけど。

(どうなってるんだ?)

起き上がって状況を視界に入れるまでの一瞬で、その疑問に対する答えは出た。なぜかは知らないけど、僕はその答えを最初から知っていた。

(これは?)

龍義真精・偽……長い付き合いになるこの力が、目覚めた時を起点に全く異質なものへと変質していた。
とりあえず今わかるのは、手を、いや全身を薄く覆うこの赤い光が、さっきの攻撃から僕を守ってくれたこと。その防御力には限りが――――結構なレベルだけれども――――あるということ。龍精落が使えなくなったということ。そして、幻龍剣も変わったということ。

「っ!」

気合を込めて剣を出してみると、確かに大きく様変わりしていた。鳥のくちばしのような真っ赤な柄、炎が凝った様な非実体の刀身。

(何だ……これが幻龍剣?)

頭をよぎった疑念は、

「!!」

カチナがさっきの二人に襲い掛かったのを見て消し飛んだ。今は戦わなければ!!

「させるかぁっ!」

叫んで飛び出し、斬りかかる。カチナが振り向いた。
あいつには確か、攻撃を無力化する特殊能力があったはず。だけど、そんな力がそう何回も使える訳がない。手数で押して、使い切らせる。
――――けれど、同時に僕は僕自身の声を聞いていた。

(躊躇うな一撃で決めろ何も邪魔できない)

その奇妙な声に操られるように、刃を袈裟懸けに一閃する。それに反応してカチナから不可視のエネルギー弾が放たれ、攻撃を相殺――――しない!!
幻龍―――いや、朱羽剣は、エネルギー弾を豆腐のように切り裂き、カチナの身をざっくりと焼き裂いていた。

「!? がああああ!!」

カチナが明確な悲鳴を上げてのけ反り、大きく跳躍して警戒の姿勢を取る。
一方の僕は、紅さんともう一人の人を後ろに庇いつつ、間合いを測る。今のでわかった。僕の攻撃は、あいつの力ではもう無力化出来ない。

「スザク、さん、あの子は」

紅さんが咳き込み咳き込み、何か言おうとしてるのが聞こえた。あいつと何か関わりがあるみたいだけど、今は聞いている余裕がない。

「すみません、後で! あいつを捕まえます!」

言い置いて駆け出す。見る先では、カチナが叶わないと見たか逃走を図ろうとしていた。
だが、逃がしはしない。逃がすわけにはいかない。ここで逃がしたら、今度はノルンやノアが、アオイが、母さんが襲われないとも限らない。
そんなこと、絶対にさせない。

「くっ!」

だけど、カチナの足は想像以上に速い。僕もさっきから全速力で走ってるのに、全然追いつけない。
このままだと逃げられる!!

(もっとだ……もっと速く、もっと速く走れ、あいつに追いつけ、追い越せ、捉えろ、掴め、跳べ、「飛べ」!!)

本能のようにそう念じた瞬間、

「!!?」

ふわり、と体が浮いていた。

585スゴロク:2013/02/26(火) 23:45:43
「な、何だ、あれは」

状況を見ていたハヅルは驚愕に目を見開いた。逃走するカチナを追いかけていたスザクの身体が、それを覆う光が一瞬だけ赤く明滅したかと思うと、彼女の背に一対の翼が広がっていたからだ。炎のような真っ赤な光で輪郭を象る、不死鳥の翼が。
スザク当人にもこの事態は予想外だったのか、ほんの一瞬だけ速度が鈍る。が、それも本当に一瞬の話。

翼を一打ちして空へと舞いあがったスザクは、建物の残骸を避けて疾走するカチナを上から睥睨しつつ、その先を押さえるように大回りしながら飛行して行く。

「空を飛ぶ、能力、だと……そんなことが……」

情報屋「Vermilion」に所属するハヅルであっても、このような事例は寡聞にして知らなかった。類似の能力は一応あるにはあるが、希少だ。
当のスザクはというと、どうも慣れない飛行に四苦八苦しているらしく、時折バランスを崩して失速しそうになりながら、手足をバタつかせてバランスのとり方を探っている。大丈夫か、と思ったのも少しの間。
しばらくしてコツを掴んだらしく、赤光の翼を羽ばたかせて速度を上げたスザクは、おもむろに体を起こして空中で急停止し、

「うおおおおおお!!」
「!!!?」

赤い剣を振りかぶり、、カチナ目がけて空中から強襲をかけた。カチナは咄嗟に横へと跳躍してそれをかわさんとしたが、スザクは器用にも身体に開店をかけて強引に軌道修正し、

「えぇいっ!!」

地面ギリギリを滑空しつつ、朱羽剣ではなく、勢いを乗せた翼による打撃を叩き込んだ。完全に想定外の一撃を喰らい、カチナが大きく宙を舞う。
もちろんというか、この攻撃にも「相撃ち」は用を成さず、消耗だけが重なる結果に終わった。

「っが、あ゛、ああああ……」

威力が威力だけに「相撃ち」の消耗も相応に大きく、しかも無効化できなかったので事実上生命力の無駄撃ちに終わった形だ。
カチナはもはや受け身を取る余力もなく、地面に叩きつけられて動かなくなった。

「はっ、はぁ、はぁ……やった」

着地し、翼を消して能力を解除し、大きく息をつくスザク。紅の許に戻り、

「すみません、手加減をするほどの余裕はなくて……生きてはいますけど」
「…………いいえ」

紅としては複雑なところだった。スザクは以前と言うほどでもない以前、カチナに「殺されて」いる。
彼女にしてみればカチナは仇敵もいい所だ、全力を出すなというのは酷だろう。
ただ、それでも何かあるのは読み取ってくれたようだが。

「紅さん、あいつは……」

スザクはそう問いかけたが、その瞬間に彼女のポケットから、この場に似つかわしくない明るい曲調のメロディが流れた。

「はい……」

携帯を取り出して通話を繋いだスザクだが、その瞬間に聞こえて来たのは、

『スザク、こんな時間まで何をしてるの? 早く帰ってらっしゃいな』

琴音の声だった。心配と苛立ちが両方乗った複雑な色をしている。

「か、母さん」
『アオイが泣いてるわよ、お姉ちゃんが行っちゃったって』
「すぐに帰る、ちょっと待ってて」

言うとスザクは通話を切り、

「すみません、僕はこれで」
「あ、ちょっと……」

ハヅルが呼び止めたが、スザクはもう振り返ることなく跡地から走り去ってしまっていた。



朱雀、舞う

(生まれ変わって)
(翼を広げて)
(彼女は、空を手に入れた)



「音早 紅」「虎頭 ハヅル」「カチナ」をお借りしました。
終わってみればスザク無双に……ううむ。一応この後どうなっても大丈夫なようにしてみましたが。

586十字メシア:2013/02/27(水) 20:26:10
>スゴロクさん

飛行能力者なんですが、アンジェラを絡ませてもいいでしょうか…?

587スゴロク:2013/02/27(水) 21:46:42
>十字メシアさん
どうぞどうぞどうぞ! 「飛翔の前兆」後でお願いできれば。

588えて子:2013/02/27(水) 22:09:00
「朱雀、舞う」の続きです。
スゴロクさんから名前のみ「火波 スザク」をお借りしました。


「……行ってしまった」

小さくなるスザクの後姿を、ハヅルは呆然と見つめていた。

「…どういう、ことなんだ」

呆然としながらも、ハヅルは今目の前で起きたことについて考えていた。
目の前で、スザクが、飛んだ。オーラを翼にして、だ。
情報屋という仕事柄、能力者のこともよく調べるが、それでも飛翔能力は滅多に御目にかかれない。彼女の例はハヅルも初めて見るタイプのものだった。
調査をするべきかとしばし考えを巡らせていたが、

「ごほ、ごほっ…」
「!紅…」

紅の咳き込む声で我に返った。
慌てて駆け寄ると、そっと背中を撫でる。

「…大丈夫か」
「平気よ…さっきより、だいぶ楽。……それより…」

ふらつきながらもしっかりとした足取りで、カチナの元へ向かう。


カチナは、叩きつけられた時と同じ格好で、地面に倒れ伏していた。
虚ろな目は閉じかけており、唇が微かに動いて言葉にならない言葉を紡ぐ。
もはや指一本動かす力さえ残っていないのだろう、ぴくりとも動くことはない。
スザクによって切り裂かれた傷口からは血がとめどなく流れ、死の足音がすぐそこまで迫ってきていることは、火を見るよりも明らかだった。

「…蒼介…」

傍らに膝をつくと、そっとカチナの手を取って呼びかける。
もはやその呼びかけさえも聞こえないのか、聞こえているが反応を返すことが出来ないのか、カチナは動かぬままだった。

(…ごめんなさい、スザクさん)

心の中で、紅はスザクに謝罪した。
スザクや、前に一度だけ見た彼女の顔立ちのよく似た少女たち――おそらく彼女の家族なのだろう――にとって、カチナは自分や大切なものを死の淵まで追い込んだ、倒すべき憎き相手であるに違いない。

しかし、それと同時に、紅にとっては長年探し続けてきた大切な存在でもあるのだ。

「蒼介は…この子は、死なせない……絶対に死なせるものですか…!」

衣服が血で汚れるのも構わず、紅はカチナの体を抱きしめる。
そして、能力を全力で発動させた。
紅から溢れる淡い光が、収束してはカチナの中へ吸い込まれていく。

「紅!!」

その様子を見ていたハヅルが、大声で紅を止めようとする。

紅の能力は「生命の結晶」。自らの命を結晶化して他人に分け与え、傷や病を癒す力だ。
その分使用者の負担は非常に大きく、今のように一度に大量の命を分け与えてしまえば、使用者自身の回復が追いつかず、命の危機に陥ってしまいかねない。

しかし、紅は能力の発動を止めようとはしなかった。

「…ごめんなさい、虎くん。けど、やめたくないの。一度決めたから、最後までやり抜きたい……今、中途半端に終わらせてしまったら…私、きっと後悔する。死んでしまいたくなるほど悔やむと思うから…」
「紅……。だが、一度にそんなに大量の命を与えては、お前が…」
「…大丈夫。自分がどこまで無茶できるかは…自分がよく知っているわ」

話の最中も、紅は能力の発動を続けている。
先程までのカチナの流血は既に止まり、傷口も塞がっている。
おそらく、失った生命力さえも回復させているのだろう。真っ白だった顔色に、血色が戻ってきた。

589えて子:2013/02/27(水) 22:09:34
「…………」

――――カチナは、不思議な暖かさを感じていた。
初めて感じるような、以前に感じたことがあるような感覚。何かに包まれているような、不思議な感覚。
その感覚が、カチナの内側から囁きかける。

『あなたはもう、殺さなくていいの。苦しまなくていいのよ。だから安心してお眠り』

カチナには、言葉の意味は分からない。
だが、声が聞こえるたび、自分の中から何かが溶けて消えていくのを感じた。
重かったものが、溶けて消えて、軽くなるような感覚。
それが、とても、あたたかく、心地よい。

「………ま、ま……」

呟きは、声にならずに、空に消えた。


「……はぁ、はぁ……はぁ……」

長いようで短い時間が経ち、ようやく紅は能力の発動を止めた。
カチナの胸の傷はほとんど塞がり、傷痕を残すのみとなった。
眠っているようで目は閉じているが、小さな呼吸が聞こえる。心音も弱くはあるが響いており、死ぬことはないだろう。
その様子を見て、紅は安堵したように息を吐く。

「……よかった……」
「…紅、どうするんだ?」

ハヅルが聞いているのは、言うまでもなくカチナの処遇である。

「……連れて帰りましょう」
「…大丈夫なのか」
「大丈夫。…勘だけど、多分もう、さっきみたいに攻撃はしてこないわ」
「……そうか」
「…えぇ。だから、早く……ごほ、ごほっ!」

突然、表情を歪めると、激しく咳き込んだ。
いつもよりも重いらしく、苦しそうに体を丸める。

「紅…!」
「ごほ、だいじょ、うぶ……ごほっ!……ちょっと、無理をしすぎたのかもね…」

力なく笑う紅の顔色は、夕暮れに紛れて分かりづらいがだいぶ悪い。
少量ではあるが吐血したのか、真新しい血も地面に落ちていた。

「……だから言っただろう。…彼を連れ帰ったら、今度は紅が病院に行く番だ」
「………はい」

申し訳なさそうな紅を背負い、カチナを抱えると、ハヅルは跡地を後にした。


戦力外兵器からの解放


(その後、しばらくの間)
(情報屋の扉には「Closed」の看板と)
(「オーナー入院中のため臨時休業中」の張り紙がなされていた)

590えて子:2013/03/03(日) 21:25:56
イベント恒例白い二人シリーズ・ひな祭り編。
ヒトリメさんより「コオリ」をお借りしました。


「コオリ、コオリ」
「どうしたの、こんぺいとうのおねえちゃん」
「ひなまつり、知ってる?」
「うん。おんなのこのおまつり、なのよ」
「うん。アオね、さっき、これもらったの」
「おひなさま?」
「うん、卵のからで作ったんだって。作り方も教えてもらったの。コオリもいっしょに作る?」
「うん。おだいりさまとおひなさま、つくるのよ」



「おねえちゃん。なにがあればいいの?」
「えっと。卵のからと、おりがみと、黒いペンと、のり」
「どうやってつくるの?」
「卵の中身、出さないといけないんだって。こう、針で小さい穴をあけ」

ぐしゃ

「「あ」」

「「…………」」
「しっぱいしちゃったのよ」
「ぎゅってしちゃったのね。もう一度」

ぷすっ ぷすっ

「こんどは、ぐしゃってならなかったのよ」
「成功したね。中身を出したら、水であらって、かわかすの」

じゃー… ばしゃばしゃばしゃ

「どのくらいかわかすの?」
「たくさん。たくさんかわかすとね、かわくの。これ、かわいたもの」
「ほんとう、かわいてるの。このあと、どうするの?」
「顔を、かくの。はい、コオリのペン」
「ありがとう、おねえちゃん」

きゅっきゅっきゅ…

「かけたの」
「かけたの」
「つぎは、どうするの?」
「おりがみと、のりで、ふくをつくるの」
「このままだと、はだかだものね」
「うん。こうやって、ずらして、のりではって、丸めるの」

ぺた… ぺた…

「…できたの」
「できたの」
「かわいいね」
「うん、かわいい」
「かざっておこう」
「きょう、ひなまつりだものね」
「…あ」
「どうしたの、おねえちゃん?」
「おだいりさま、作らないとね」
「そうね。ふたりいっしょが、いいもの」


白い二人とひなまつり


(その日)
(卵の殻で作られた少しいびつな雛人形が)
(グループ内にちょこんと飾られていたとか)

591akiyakan:2013/03/05(火) 19:51:09
※しらにゅいさんより「タマモ」をお借りしました。一応、これでタマモ主人公の連載は終わりです。

「おりん」

 タマモの呼び掛けに、桜の木の下で遊んでいた「りん」は振り返り、笑顔を浮かべながら駆け寄っていく。

「タマモ!」

 タマモに抱き着くと、「りん」は嬉しそうに頭を彼女に押し付けてくる。その様子がおかしいように、タマモは笑った。

「これこれ! ……全く、お前さんは甘えん坊じゃのう」
「えへへ〜」

 タマモに頭を撫でられ、嬉しそうに「りん」は笑う。

「そろそろ日が暮れる。寺へ戻るかの」
「うんっ!」

 夕焼けに染まる街の中で、二人は手を繋いで帰っていく。

 タマモは願わずにはいられなかった。

(出来る事なら――)

 叶うなら、

 このまま、この穏やかな日々が続いてくれる事を。


 ――・――・――


 八岐大蛇との決戦の日。

 秋山寺院は、さながら野戦病院のような有り様だった。

「い、痛い! 痛い――!!」
「春美ちゃん、もうちょっと優しくしてよー!!」
「ご、ごめんね、みんな! ちょっと我慢して!」
「あだだだだだだだ!!!!」

 境内に溢れかえりそうな程の妖怪の群れ。誰もが大なり小なりの怪我をしていた。包帯や治療の跡が痛々しい。

「全く、何だい何だい。さっきまで勇ましく戦ってた奴らが、そんな声出しちゃって……イタッ!?」
「包帯塗れで強がっても、何にもならんぞ、珠女」
「く、くっそぉ……」

 皆傷だらけであるが、その表情は明るい。真夜中の激戦を、誰一人欠ける事無く生き抜き、そして勝ったのだ。一部では、夜が明けたばかりだと言うのに、酒盛りをしている面子まで見られる。

「全く騒々しいのぉ……おかげで、おちおち寝ていられんわい……」

 そんな騒々しい百鬼夜行の群れを、縁側からタマモは苦笑しながら眺めていた。

 その姿も、他の者達と同様に包帯だらけだ。特に彼女は、誰よりも長く大蛇と戦闘していたせいか、その妖力の消耗は激しい。しかし、境内から聞こえて来る活気から元気を分けて貰ったのだろうか、こうして立って歩ける程度には回復したようだった。

「やれやれ、しんどいのぉ……」

 それでも立ちっぱなしは辛い様で、近くの柱に寄り掛かる。

「何なら、肩を貸しましょうか?」
「いやいや、そこまでには及ばんよ――!?」

 タマモはその時、自分の隣にいる人物の姿に目を見開いた。

「お、お主は……」
「お久しぶりですね、狐のお姉さん。よくぞ、あの八岐大蛇を相手に生き残りましたね」
「……麒麟の、紛い物か」
「やだなぁ。もっと洒落た名前で呼んでくださいよ――双角獣(バイコーン)、ってさ」

 そこにいたのは、この事件の始まりに出会った少年――アッシュだった。

「……思えば、今回の一件はお主のあの言葉から始まったようなものじゃ。あの僧侶の背後にいたのは、お主達ホウオウグループか?」
「それに関してはノー、とお答えさせて頂きます」
「どうだかの。敵の言葉の真偽など、ワシらには分からない話じゃ」
「だったら、一言付け加えさせてもらいます。今回の事件の主犯、灰炎無道は、僕らのリーダーであるジングウとは相容れない思想の持ち主です」
「何?」
「貴方達だって見たでしょう……彼の考えは破滅思想だ」
「それを言ったら、ジングウの思想も同じじゃろう」
「いいえ。ジングウの考えは、あくまで生命有りきですよ。そして誰よりも破滅を忌み嫌っている。彼が推し進める進化がまさにそれだ。生物が進化するって事は、それだけ死から、破滅から遠ざかるって事なんですよ。ナイトメアアナボリズムなんか、まさにその典型じゃないですか」

 進化が昇る事なら、

 進化が前進を意味するなら、

 それは確かに、死や破滅とは真逆の事象だ。

592akiyakan:2013/03/05(火) 19:52:05
「まぁ、利用はさせて貰いました」
「何じゃと?」
「彼の思想は気に食わないが、その行動を利用する事は出来る……彼は『火種』として、十二分の働きを見せてくれました」
「火種……そこが分からんの。お主はジングウが生命有りきと言っておきながら、実際はその命を奪うような事ばかりをしておる。いつかお主らがやったウスワイヤの襲撃にしてもそうじゃ。矛盾しているのではないか?」
「いいえ。僕らの行動に矛盾なんかありません」
「なに?」
「生き物が、もっともその命を輝かせるのは何時の瞬間だと思います? どうすれば、生命体がその存在をより高い存在へと高めると思います?」
「……まさか」
「その通り! 命は死に抗う事によってその輝きを高める! 自らの限界を超えようとする時、その存在は更なる高みへと昇る! 都シスイが天士麒麟になったのも! 火波スザクがデッドエボリュートによって新たな力を得たのも! すべては死を跳ねのけ、自らの障害に抗った結果!」

 つまり、彼らは、

「意図的に人間が生命の危機に陥る状況を作り出し、超能力を発現させる、或いは能力を進化させておったのか……!」
「往年の人気漫画に習うなら、『Ecactly』ってところですかね」

 アッシュは愛らしい、魅力的な微笑を浮かべたが、タマモはその背後に濃い闇を感じられた。確かに彼らはあの僧侶とは真逆にいるが、彼らの行いはそれ以上の邪悪さを孕んでいる。

「お主らは……いかせのごれで巫蠱をするつもりか……ワシらは皿の上に載った蟲ではないのだぞ!?」
「ええ。皿の中で殺し合え、なんて言いませんよ。是非とも皆さんには、昇って来て欲しいです。もっともここは皿の上ではなく、壺の中ですが」

 そう言うと、アッシュは庭に降りた。みんな宴会騒ぎに熱中していて、タマモ以外に彼の姿に気付いた者はいない。

「あ、そうだ。一つ言い忘れてました……あの子、どこにいます?」
「……誰の事じゃ?」
「八岐大蛇の巫女にされた、反魂の女の子ですよ。確か……おりん、とか呼んでましたっけ?」
「お主には関係無いじゃろう。この上まだあの子を利用すると言うのなら、妾は黙っておらんぞ」

 タマモの身体から瘴気が漏れ出す。それに当てられ、周囲のものが腐敗していく。消耗して尚もこれだけの力を見せるタマモの様子に、アッシュは感嘆するようにため息をついた。

「流石、大妖怪はケタ外れだ。安心して下さい、僕らはあの子にこれ以上の事は求めません」
「……本当にか?」
「ええ。だって――もうあの子、そんなに長くないですし?」

 その言葉で一瞬、タマモの頭の中は真っ白になった。

「……なん、じゃと?」
「蘇生から半月、ってところですかね。まぁ、持った方じゃないですか? ……あれ? その様子だと気付いてなかったんですか? ……それとも、見て見ぬ振りをしてました? だって、ちょっと考えれば分かる事でしょう。反魂香の効果は有限ですよ。死人がああやって生身を得て生きているだけでも奇跡なのに、そんな奇跡がいつまでも続いてくれる訳無いじゃないですか」

 アッシュの言葉は、呆れているようだった。「貴女ともあろう者が、そんな事にも気付かなったのか」と言わんばかりの口ぶりだ。だが、アッシュの言葉は、タマモの耳に全く入ってこなかった。

「おりんが……死ぬ……?」

 せっかく助けたのに。命懸けで、今度こそ守れたと思ったのに、

 それなのに、

「死ぬ、って言うのは、ちょっと違うんじゃないですか? だって、あの子はもう死んでるじゃないですか」
「それはっ……!!」

 言い返したくても、タマモには言葉が無かった。

 「りん」の存在は、本来在ってはならない奇跡だ。本当なら居ない者が居ると言う奇跡。

 打ちひしがれているタマモを尻目に、アッシュはその場から歩き去って行く。

 タマモは――何も出来なかった。アッシュはホウオウグループの一員なのだから捕らえるべきだっただろうし、何より彼から「りん」の命を長らえさせる方法が聞きだせたかもしれなかった。

 だが、タマモは動かなかった――動けなかった。

 心のどこかで彼女は、この現実に納得してしまっていた。「りん」はここに、現世に居ていい存在ではないのだと。

 突きつけられた現実よりも何もよりも、その「納得」に、彼女は打ち据えられてしまっていた。

593akiyakan:2013/03/05(火) 19:52:35
――・――・――


「すっかり暗くなってしまったのぉ……それと言うのも、おりんが道草して遊ぶからじゃぞ」
「あぅ、ごめんなさい……」
「はっはっは、冗談じゃ、冗談。見ろ、おりん。今宵は満月じゃ」
「うはぁ、キレー! タマモの髪の毛みたい!」
「むむ? 褒めたって何にも出んぞ?」
「あはははー」

 すっかり日が暮れてしまい、代わりに月が街並みを照らす中を、タマモと「りん」は歩いていた。

「タマモ、どうしたの?」
「む? いや、何でもないぞ」
「そう? 何だか、悲しそうな顔をしてたけど……」

 首を傾げる「りん」に、「何でもない」とタマモは返す。

 アッシュに宣告されてから数日。タマモは表向きこそ平静を装っていたが、心中は全く穏やかではなかった。

 誰かに、「りん」の身に起きている事を伝えたかった。その命を長らえる方法も、探したかった。

 だが、これが彼女の選択だった。

(許せ、おりん……)

 すべての者には、それが在るべき居場所がある。生者にはその命を全うする為に現在があり、死者はその命が還る為に死後がある。

 そうだ。死者の手で生者が害される事などあってはならない。それと同じ様に、死者は現世に留まってはならない。

 八岐大蛇を倒した、灰炎無道を否定した自分達に、「りん」の命を肯定する資格など無い。無道を否定しておきながら、「りん」が生きる事を認めるのは、ただの自分の為のエゴに過ぎない。

(何て事じゃ……本当に、妾は……)

 「りん」を追って走っていた、その時の夢の光景が浮かぶ。

 そうだ。彼女自身が言っていた。自分には「りん」を救う事など出来ない、と。

(妾は……妾はなんて、無力なんじゃ……!!)

 人を殺す程の毒を自由に扱える。八岐大蛇と戦うほどの瘴気も持っている。百年以上も生きて多くを見て来た。

 だが、それが何になろうか。何も出来ない。「りん」の為に、彼女は何もしてやれない。こんなちっぽけな少女一人、救ってやる事も出来ない。

「……タマモ?」

 彼女の異変に気付いて、「りん」はタマモを見上げていた。何時の間にか、タマモは泣いていた。頬を伝って、涙が零れる。

「どうしたの? どこか、痛いの?」

 タマモを労わるように、「りん」が彼女を抱き締める。その身体をタマモは抱き返すが、手に力が入らなかった。

「うっぐ……すまぬ、すまぬ、おりん……」
「タマモ、何で泣いてるの? りん、何か悪い事した?」
「違うっ……お主は悪くない……何も、悪くない……!」

 衣越しにも分かる。この子の体温が。死人などではない。今この瞬間、確かに「りん」は生きている。死んでいるが、生きている。その体温が、その感触が、ここにいてくれている実感が、何もかも愛おしかった。

「謝るのは妾のほうじゃ! 妾は、お主の為に何もしてやれない……妾はお主からこんなにもたくさんのものを貰っているのに、お主の為に、何もしてやれん……!」

 「すまぬ、すまぬ」と言いながら、タマモは子供の様に泣きじゃくる。そんな彼女をあやすように、「りん」はタマモの頭を撫でた。

「……ううん。タマモは、りんの為にたくさんくれたよ」
「おりん……?」
「今ね、こうしてタマモとお話し出来るだけで、りんは嬉しいんだよ? 百物語のみんなや春美お姉ちゃんと一緒に遊べるだけで、りんは幸せなんだよ? りんはね、タマモに出会えなかったら、こんな風に出来なかったんだよ?」

 タマモに向かって、「りん」が微笑む。幼い彼女には不釣り合いな、穏やかで落ち着いた微笑。その表情は今まで見た事が無いような笑みだった。

「お、りん……? お主、まさか……」
「タマモ、自分を責めないで。りんはタマモと一緒にいられて、幸せだったよ」

 タマモの手を、「りん」は小さな両手で握った。そしてその手から、ゆっくりと体温が無くなっていく。ハッとしてタマモが彼女を見ると、その身体がゆっくりと透けていくのが見えた。

「そんな……おりん!」
「ごめんね、タマモ……もう私、一緒にはいられないみたい」

594akiyakan:2013/03/05(火) 19:53:11
 足元から、まるで糸が解れるように、金色の光になりながら、「りん」の身体が消えていく。反魂香の効き目が無くなり、現世に仮定構築された肉体が分解されているのだ。魂の器である肉体を失えば、「りん」はもうこの世にはいられない。彼女にとって、これは二度目の死だ。

「お主、自分がもう長くないと知っていて……」
「ごめんね……悲しませたくないから、ずっと黙ってたの……だけど、タマモも気付いてたんだね。流石、九尾の大妖怪!」

 死に際だと言うのに、おどけるように「りん」は言う。それがタマモには、自分を泣いてほしくないと言う「りん」の気遣いなのだと、痛いほど分かった。

「何が……何が九尾の大妖怪じゃ! 妾は……妾は獣じゃ! 一匹の畜生じゃ! 命を奪っても命を守る事は出来ない! 人に化けて人間の振りしか出来ない、卑しい卑しい畜生じゃ!」
「ううん、違う。タマモはね、全然卑しくなんかないよ」

 ほとんど実体の消失した手で、「りん」はタマモの頬に触れた。

「タマモはね、凄く優しいの。優しいからね、亡くしてしまったものをいつまでも大事にしてあげられるんだよ」
「おりん……」
「だからね、その気持ちをもっと、自分と一緒にいてくれるものの為に使って」

 かつて、自分の親を失った時。その命を奪った遊女だけでなく、関係の無い者達の命までタマモは奪ってしまった。
 怒っていた、憎んでいた、恨んでいた、憎んでいた。
 皮肉な話だ。「はは」がタマモへと注いだ愛の分、彼女がタマモを照らした分、その影は濃くなってしまったのだ。
 だが、タマモは陽光が無ければ輝く事の出来ない月などではない。
 彼女には、「はは」から貰った愛情がある。彼女から貰った器がある。タマモもまた、太陽なのだ。「はは」から受け継いだ暖かい陽光が、彼女の中にもあるのだ。

「だってりんは、タマモと一緒に居られて、タマモの傍に居られて、とってもとっても暖かかったんだよ! ……だからね、その暖かさを、色んな人達に分けてあげて」

 「りん」の身体が、もう半分以上消えていた。実体だけならもう無くなってしまっている。半透明のホログラフのように、その身体を掴もうとしても、タマモの手は空を切った。

「おりん……!」
「……泣かないで、タマモ……」

 消える。「りん」の身体が。タマモに向かって浮かべられた笑みも、見えなくなっていく。

 ――バイバイも、さようならも、言わないよ。

 それが、「りん」の最後の言葉だった。

 風に乗って消えていくように、彼女の身体は、光の粒になり、空に向かって昇っていく。昇天していく「りん」の魂を、タマモは涙で滲んだ眼差しで見送っていた。



 <月下昇天>



(人は死ぬ)

(されど、その行いや想いは、現世に残る)

(死は終わりではない)

(肉体は滅びても、その想いは残された者と共にある)

(だから言わない)

(バイバイも、さようならも)

595紅麗:2013/03/17(日) 01:06:26
こんばんは。「神の子と、」の続きの話を投下します。
名前のみサトさんより「スイネ」
自宅からは「榛名 有依」と「榛名 譲」です

――――――――

『っ……、…』

「……ねぇ、羊、さん?」

『!』

「……どうしたの?」

『ふー…、ふー……!』

「けが、したの?」

『寄るなッ…!』

「うっ…」

『は……』

「でも、くるしそうだよ!」

『っ、やめ…』

「ねぇ、――、ばんそうこう、もってる?」
「もってるー!」

『っ、この…』

「うわぁッ?! び、びりびりした…」

『だから、いっただろう』

「っ、」

『な――!?』

「いっ、う」
「おねえちゃん!」

『キミ、何して…!?』

「だって、ほっとけないんだもん!」

『……、』

「でき、たぁっ!ばんそうこうはれたよ!もういたくない?」

『……キミは…』

「えへへ、いたくなったら、ばんそうこう、だよ!」

『…バンソウコウ』

「そ!ばんそうこう!」
「も、へいき?」

『――あぁ、もう、へいきだ』

「「やったー!」」

――――――――


「ゆーちゃん、入るよ」
「だめ。…いやだめっつったろ、なんで入ってきてんだ」

 スイネからアドバイスをもらったその日の夜、榛名有依は弟である榛名譲の部屋へと押し入った。
「だめだ」と言ったにも関わらず、扉を乱暴に開けた姉に「返事聞く気が無いなら聞くなよ」とか
「もっと静かに開けろよ」だとか、いろいろと文句を言いたかったが、面倒くさいのでやめた。
―――まぁ、乱暴に扉を開けた割には、姉の表情が暗い、というのも、理由だったのだが。

「あの、さ。ちょっと話したいことあるんだけど、笑わないで聞いてくれる?」
「どうしたんだよ、姉貴らしくねーな」
「その、ね――アタシ、変なんだ」

変?とユズリは首を傾げる。元々変なのに、何を今更。
なんてことは、言えなかったが。
椅子でくるくると回りながら、姉の話を聞いてみることにする。

「ここ最近ずっと、自分が変なんだ。いる人、物、全部数字に見えたり、シャーペンが出せたり、飛ばせたり
なんでかって深く考えようとすると、頭がガンガン痛むんだ」
「………」
「こんなこと、友達に話したら笑われるだろうしさ、ゆーちゃんに―――?」

ユウイは、途中で話すのを止めた。
いや、止めざるを得なかった。

すとん、と自分の後ろの壁に何かが突き刺さったのである。
ふ、と見てみると、鋏だった。

「―――!?」
「姉貴の「変」ってのは、コレのことか?」

596紅麗:2013/03/17(日) 01:07:12
 気付けばユズリは椅子から立ち上がっており、彼を囲むようにして数本の鋏がふよふよと浮いている。
瞳が灰色に鈍く輝くその姿は、まるで自分のようで。

「もしかして、あんた、も―――?」
「……まさか、姉貴も、なんてねぇ…」

はは、と力無く笑い鋏を消してどすんと床に座るユズリ。
まさか姉まで「殺されて」能力を手に入れているとは思っていなかったのだろう。
自分と同じように「姉も殺されていた」という事実を受け入れたくなかったのかもしれない。

「「死んで」手に入る能力らしいぜ、これ」
「死ん、で……」
「俺は友達の女に殺された。階段から突き落とされて、鋏で、こう…な?」

 左手でVサインを作り、それを腕に宛ててみる。死因を話すのは辛くは無いようだった。
ユウイは、と言えば。まさに何も言えない、の状態。まさか、自分の弟が自分と同じ能力を持っているだなんて。

「そっ、か…前にゆーちゃんが病院に運ばれたのって」
「そ、コレが原因」


「ぶっちゃけ、特殊能力とかには憧れてたけど、ちょっと、精神的にきちぃな。「殺された」っつーのは――」
「て、ことはさ」
「?」
「ゆーちゃんも、友達、殺しちゃってるんだよね…」
「…そう、だな」


「………」

「………」




「…辛くないの?」

「………」



「………」

「…辛ェに決まってんだろ、アホ姉貴…」


(持っていないものを手にしたからといって)

(必ずしも、幸せになれるわけではない)

(……そのことを、私たちは忘れてはいけない)


姉と弟

――――――――――

「くっ…、ここ、は…」

『あぁ、目が覚めたのね!よかった…』

「お前は……?」

『大丈夫。私は何もしないわ。ただ、貴方を助けたいだけ』

「お前、頭が残念なのか…?!今は戦――ッつぅ!」

『ほら、傷に響くでしょう!お願いだから、大人しく…』

「何故、私を助ける…?ただの人間、の、くせに」

『そんなの関係ないわ。困っている人がいたら助ける、当たり前のことよ』

――――――――――

597紅麗:2013/03/17(日) 01:09:21

「姉と弟」の続きです。
自キャラオンリーとなります、すみません…。
「榛名 有依」「榛名 譲」名前のみ「高嶺 利央兎」を登場させました。
「ハーディ」「ヤハト」「ミハル」については話が進んできたら詳細を投下したいと思います。
次からは色んな子をお借りできたらいいな!(`・ω・´)


――――――――――

『キミ達は、どこから来たんだい?』

「えっとねー、遠いところ?」
「今日は家族でお出かけなんだ!」

『…そう』

「ひっつじさんはー、どこからきたの?」

『私も――遠いところから、だ』

「そっかぁー、同じだねー」

『……帰れるような場所では、ないけどね』

――――――――――

「いってきまーす!」
「いっちきやーす」

偶然にも、お互い部活の朝練がなかった榛名姉弟。
鞄を片手に外の世界へと飛び出した。姉弟と言えど、一緒に学校へ登校というのは珍しい。
それなりのお年頃、その上男女なのだからもう少しお互いにお互いを避けててもいいはずなのだが――

「で、あの「能力」のことなんだけどさ…」
「あー、まだ言ってたのかよ、それ」

周りの学生に聞こえないよう、こそこそと話すユウイ。
ユズリは「またか」と頭を掻いた。

「アタシらの他にも、いるのかな」
「――いない、とは言えねぇな」

気のせいかもしれないが、ここ最近妙な事件が多発している気がする。
もしかしたら、それらの事件に巻き込まれたか何かで自分達と同じような能力を持った人々が近くにいるかもしれない。
もちろん、あの「いかせのごれ高校」にも。

「とにかく姉貴の能力、今のとこ誰が知ってんだよ」
「ええと…リオト、かな…?」

やっぱり、とユズリは心の中で舌打ちを打つ。
ユウイの傍に必ずと言っていほどいるのは奴、高嶺 利央兎だ。
これは嫉妬だとかそういう類のものではない。
ユズリは直感でリオトが「危険な人物」であるということをわかっている。
忘れられない、あのこびり付いた血の匂い。奴も特殊な人間であるということは確かだ。

「リオ兄に相談するのはさぁ…」
「………?」
「俺、あんまりよくねぇと――姉貴?聞いてんのか?」
「あれ、なんだろ」

ユウイが前をすっと指差す。その先にあったのは――いや、いたのは、
緑色の服を身に纏った、背の高い男性だった。帽子を深く被りこちらへと近付いてくる。
その男性を一言で表すとするなら「放浪者」または「旅人」だろうか。
とにかく、その男性の服装は普通とはかけ離れていたのである。
二人はコスプレか何かの類だと思い、「こんな朝から」と男性を軽蔑するように見た。

どんどんと男性との距離は縮まる。
変に絡まれたら嫌だ、二人は話しかけられないことを祈りつつ歩く速度を速めた。
しかし、そんな二人の思いも空しく―――

598紅麗:2013/03/17(日) 01:11:46
「そこのお二人さん、ちょっといいかい?」

話しかけられてしまった。

このまま学校まで全速力で走って逃げることも考えた。
しかし、振り返ってみたときに見えた男性の素顔は、それはそれは優しそうで。
先程の「朝からコスプレをした変な男」という印象は一瞬にして
「ちょっと変な格好しているけど優しそうなお兄さん」という印象に塗り替えられてしまった。

「聞きたいことがあるのだけれど…この辺りでおんなのことおとこのこを見なかったかな?」
「は?」

思わず聞き返してしまった。
アバウトにも程がある。二つ結び〜だとか、金髪の〜だとか、特徴を言うならまだしも
「おんなのことおとこのこを見なかったか?」である。
一体この質問にどう答えろというのか。

「いや、そんな質問されても…」
「…特徴とかないんスか?」
「黒髪…だったような」

曖昧かよ、と二人は同時に心の中でツッコミを入れた。

「そう、だな…今ならきっとキミ達と同じくらいの歳、だろうか」
「最初からそれも言えよ!なんだよ最初の「おんなのことおとこのこ」って!」
「ゆーちゃん、落ち着いて…!」

あまりの段取りの悪さにユズリの短気っぷりが炸裂した。
まぁまぁ、と弟を宥めるユウイ。

「まさか、キミ達なんてことは――」
「ねーだろ、俺そっちみたいな奴知らねーもん」
「アタシも…きっと違いますよ」
「そう、か」

ぐいっと帽子を被り直し、溜め息をつく男性。

「いや、実はね――昔その「おんなのことおとこのこ」に約束をしたんだ」
「…へぇ?」
「『いつか、私の故郷の美しい景色を見せてあげよう』と、ね」


「けれど、それは叶わなくなってしまった。何者かによって、森の「色」が奪われてしまったんだ」
「…色?」

ふと何かに気が付いたようにユズリが声を上げた。
ここ最近学校で噂になっている話を思い出したからだ。

「それってもしかしてさ、「色のない森」のことか?」
「!――そう、かもしれない。そうか、ここではそんな風に呼ばれていたのか」
「じゃあ、そっちはその森から逃げてきた奴、なのか…?」

少し、ほんの少しの間だけだが、男は黙り込んだ。
まるで何かを話したくなかったかのように見えたが――。

「そうだ、私はハーディ。キミ達が話している「色のない森」から出てきた者だ」
「ハーディ、なんだか、外人みてーな名前だな」
「ふふ、そうだね」

薄く笑うと、男――ハーディの帽子についている二つの羽がふわりと揺れた。

「さて、私はそろそろ行こうか すまないね、止めたりして」
「いえ、こちらこそ、力になれなくてすみません」
「っつーかあれだけの情報で探すってのが無りむがが」

ユウイが、弟の生意気な口を片手で押さえた。

「もう会うことはないだろうけれど…じゃあね、学生お二人さん」
「はい、探している人、見付かるといいですね!」
「頑張ってくださーい」


通学路にて


「なー、姉貴」
「なに?」
「「色のない森」なんだけどさ」
「…アタシはやだよ」
「…そーかよ」

――――――――――


『ヤハト!』

「…ミハル」

『ふふっ、今日も此処にいたのね』

「お前も物好きだな。私に会いにくるなんて」

『貴方、温厚そうにみえてかなーり猪突猛進な人だからね。
放っておけないわ。またぼろぼろで倒れてるかもだし』

「………」

『やだ、そんなコワイ顔で睨まないでよ』

「……ハァ、好きにしろ」

599えて子:2013/03/18(月) 20:40:33
「戦力外兵器からの解放」のその後。自キャラオンリーです。


紅が入院し、情報屋が臨時休業して数日が経った。

「オーナー。見舞いに来ましたよ………って、起きてて大丈夫なんですか」
「あら、長久くん。平気よ、今日は調子がいいの。虎くんたちは?」
「…今日は留守番っす」

ベッドの上で体を起こして微笑む紅に、長久は軽く肩を竦めた。
紅の体の弱さは情報屋のメンバーの中では周知の事実だ。
何度も病院のお世話になってはいるが、不思議と命に関わるまでの悪化はしたことがない。
今回も、危ないと言われていながらも、こうして起きて自分と話していられる程度には回復している。

「…本当に病弱なのに丈夫というか、強運というか、しぶといというか…」
「ふふ、それは褒められているととってもいいのかしら?」
「どちらでもどうぞ」
「じゃあ、そうとっておくわね。ありがとう」

近くにあった椅子に座ると、他愛ない世間話をする。
少しすると、ところで、と紅が顔を近づけてきた。

「…蒼介の様子は、どうかしら?」
「……オーナーが連れてきた時と変わりませんよ。何つーかずっと、糸が切れたみたいにぼおっとしっぱなしで…」
「そう…」
「確かに攻撃とか、暴れたりとか脱走とかはないんでそこは安心なんですけど、何もしてないとまるで置物みたいで…。アーサーなんて『本当に生きてるのか』って言ってましたよ」
「…………」

もう一度、そう、と呟くと、目を伏せた。

「そう簡単にはいかないわよね……。分かっていたことだけど、道は険しいのね」
「…オーナー。あいつ助けたこと、後悔してるんですか?」

長久の問いに、紅は間髪いれず「いいえ」と答えた。

「後悔なんてしてないわ。けど…あの子はどうなのかな、って思って」
「どう、って?」
「あの子の様子を見ていれば…いなくなってから今まで、辛い境遇だったんだって、何となく分かるわ。でも…蒼介がが行方不明になったのは物心つく前。急に顔も知らない私に連れていかれて、よかったのかしらね。今私がしていることは、私の我侭でしょうし、煩わしく思われているのかも」
「………」
「…それでも、私はあの子と一緒にいたいのよね」
「………。だったら、養生して早く退院して、接してやってくださいよ」
「そうね、ごめんなさい」

苦笑しながら謝る紅に、長久も申し訳なさそうな表情で頬をかく。

「いや、別に…。じゃあ、俺は戻ります」
「そう。虎くんたちにもよろしくね」
「よろしくって…どうせまた見舞いに来るんですから」
「ふふ、それもそうね。…気をつけて」
「はいはい」

おかしそうに笑う気配を背に、長久は病室を後にした。


二人の心中


「……まだ、オーナーには言わないほうがいいよな」


「あいつが、“命令”でしか動けないって」

600十字メシア:2013/03/18(月) 23:12:00
>スゴロクさん
ありがとうございますそして書き上がりました!
お借りしたキャラは、スゴロクさんから「火波 スザク」、ネモさんから「七篠獏也」です。
「一歩前進、帰還の知らせ」の後日かつ「飛翔の前兆」の後日です。


「…とまあ、こういう事だ」
「………」
「突然こんな話をして、混乱させてすまない。しかし先に話しておくべきかと、思ってな」
「いや…獏也さんは悪くないけど…その…」
「?」

何故か汗をダラダラ流しているヒロヤ。
その訳を何となく察した獏也だが、とりあえず何も言わなかった。
そして応接間のドアが開くと。

「む、来たか」
「どうも、獏也さん」
「………」
「佳乃、挨拶」
「…さっさと始めるぞ」
「も〜……」
「ちょっと前まで頭痛が酷かったんですよ。またなったら、たまったものじゃない」
「頭痛?」
「最近なるみたいで…そんなに多くはありませんが」

顔をしかめる佳乃。
その一方。

「……久しぶりね、ヒロヤ」
「………ああ」

ヒロヤを見据える茶髪金眼の少女、アンジェラ。
彼女が、彼の異母姉妹である。


「殺すぞ」
「いやいきなりそれかお前!?」

獏也から粗方話を聞かされたアンジェラは、据わった目で間髪入れずそう言った。

「お前はいっつもいっつもそう!! 周りの言葉を鵜呑みにして同調してばっか!!! 殺したくもなるのは当然だろ!!!」
「それお前だけだっつの! つかオレの言動は――」
「全部間違ってる? ほざけ!! 一辺その口ン中に鉛弾ぶっ込んでやろうかこの脳味噌スカスカド低能!!」
「(カチン)…あぁいいぜやれるもんならやってみな粗暴女!!!」
「言ったな!!」
「待ちなさい二人共! その辺にして銃器をしまって!!」

斎が制止の声を上げるが、この兄妹は全く聞いていない。
二人が引き金に指をかける――その時。

ジャキン!!

『!?』
「…そこまでだ」

二人の間に降り下ろされた鎌。
佳乃だ。

「兄妹喧嘩などした所で、時間を無駄にするだけですよ。…アンジェラ、その為に来た訳では無いのでしょう?」
「……すいません。総元締め様」
「……オレも、悪かった」

銃を仕舞うヒロヤとアンジェラ。
それを見て、斎と獏也は笑みを浮かべた。

「…流石は、総元締め…だな」
「ふふ。この姿を見ると、僕も誇らしく思えます」

601十字メシア:2013/03/18(月) 23:12:35


「……さて。本題に戻ろう」
「ああ」
「とりあえず、ナオトキ殿の遺言によれば、ヒロヤは守人の一員に入れて欲しい、との事だが……ヒロヤ自身の意思は?」
「……嫌じゃあ、ないけど…いきなりとなると…」
「ふむ……まあ、すぐにとは言いません。気持ちが固まるまで待ちますから」
「…えーと、まあ、ヒロヤさんに関してはそういう事にしといて…アンジェラさんどうします?」

アンジェラを見やる斎。

「そうね、まず家に帰ろうかしら。久しぶりにパパに会えるし」
「そういえばヒロヤ、お前も両親に会わなくていいのか?」
「え?」
「三人の言い分と先程見た『アレ』で、特殊能力者ではない事が事実と判明した今、早く帰った方がいいのでは…」
「確かに…そもそも行方不明者捜索の発端は、ヒロヤさんの父親の申し出ですし」
「親父の?」
「急にいなくなったので早く見つけて欲しいと」
「う……」

言葉を詰まらせるヒロヤ。
そんな兄の姿を見て、アンジェラは「馬鹿…」と溜め息混じりに呟いた。

「帰ったらすぐ謝らないとなあ…」
「そうよ。ママがいない今、私が帰ってくるまで家族はヒロヤだけだったんだから…」
「何? 母親、いないのか?」
「あ……ああ、まあ…」
「…?」

獏也はヒロヤの様子に、一瞬疑問を感じたが、それ以上気にとめようとしなかった。

「それではこのくらいにして…早く帰りますよ。さっきも少し頭痛なったし…相変わらずお茶まずいし(小声)」
「佳乃! すいません…」
「いや、いい。我々も捜索を出来る限り尽力しよう」
「ありがとうございます。ほら、佳乃も」
「………ふん」
「ああもう佳乃! 待ってよ!!」

先に行った佳乃を追いかける斎。

「…じゃあ、獏也さん。オレ達もこれで…」
「ああ。すまなかったな」
「いや、悪いのはこのド低脳だから」
「うっうるせえボケ!」
「はいはいさっさと帰るわよ」


一段落した話


「あ、そうだ。アンジェラ」
「ん?」
「ちょっと頼みがあるんだが…」
「頼み?」

602サイコロ:2013/03/21(木) 02:45:55
ショウゴとただのウロボロスな夢。




座敷に、壮年の男とその娘が座っている。
どうやらその向かいに、俺はいるらしい。

壮年の男が何かをしゃべる。が、聞こえない。
やがて娘が、壮年の男の話をさえぎり話し始めた。が、聞こえない。
俺は今どんな表情をしているか。わからない。
向かい合っている二人の表情は。わからない。

この謎の空間に意味なんてない。
なぜならもうすぐ、


この夢は終わるから。


男の腹に穴が開く。それでも男はしゃべり続ける。
やがて無残に切り裂かれ、引き裂かれ、指と唇の肉片が残り唇だけが動き続け。

娘の姿が消えてく。それでも娘はしゃべり続ける。
やがて服がその場に落ち。深く深く闇に沈んだ瞳が弾み転がった先からじっと俺を見る。

何を言われているのか。
何を伝えたいのか。

わからない。
わからない。


ただ、予測することはできる。

怨嗟だ。

「なぜ、         。」
「どうして、       。」

そう言っているのだろう。そうに違いない。助けられなかったのは…俺だから。


やがて、部屋が夕焼けに染まる。
そして、部屋が血飛沫に染まる。
ふと正座した自分の手を見ると、朱く紅く赤く染まっている。

「ああ、俺も死んだのか。」
自らに空いた穴を窓のガラス越しに視認した。そして


布団から体を起こすと、丁度リュウザが部屋に入ってきた。

「ショウゴさん、目が…。」
「るせぇ、寝不足なんだよ。」
「そろそろ模擬戦の時間ですよ。大丈夫ですか?」
「ああ。顔洗ってくる。」
「大丈夫かな、目…死んでたけど…」

青年から罪悪の心が消えることはない。
青年から後悔の念が消えることはない。
青年から寂寥の影が消えることはない。

だからこそ。

巧妙に隠蔽しても、消えることはない。





だが彼はまだ気付かない。

殺された人間の過去を見ていては、生きている人間の未来へは進めない。

隠しているために、他人さえも気付かない。

夢の中の世界は、必ずしも現実と一致しない。




「…ニエンテ、どうしたの?」
「…。」
「実験に集中しなさい、次に移るわよ。」
「了承致しました、クルデーレ様。」



過去に囚われていては、生きている人間の未来を変える事は出来ない。

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604えて子:2013/03/21(木) 21:58:13
夕重のお話。十字メシアさんから「百々江 想」さんお借りしました。
話に出てくる少年はモブです。



少年は、能力者だった。

狼と化す、能力を持っていた。

制御が不安定なせいか、はたまた能力の特徴であるのか、「黄色くて丸いもの」を見ると、それがテニスボールであれ目玉焼きであれ否応なしに狼となってしまう。
そのため、常に意識していないと学校でも油断するとまるで御伽噺の獣人のような姿になってしまい、誤魔化すのも一苦労だった。


そんな彼が、どうしても学校を休まねばならない時がある。

満月の日だ。

満月の日だけは、朝から晩まで狼の姿になってしまう。どんな対策を講じても、どんなに努力をしても、月が欠けるまで元に戻ることはない。

だから、その日は。
その日だけは、誰にも会わないでいた。
部屋にこもり、鍵をかけ、一日を過ごしていた。


はずだった、が。


何故、満月の夜なのに自分は人の姿でいるのか。

何故、見知った顔に矢を突きつけられているのか。




「……………」

声を出そうとしても、喉の奥でつっかえてしまったように一向に出てこない。
自分を見つめる顔は、どこか楽しそうな薄笑いを浮かべている。

「……夕重、さ、」
「ノンノン。今の“私”は夕重じゃない。強奪者、さ」

ちちち、と指を振って訂正する。
以前の強奪者は不気味な仮面をかぶっているせいか気味の悪い声だったのに、今はそれがない。

少年の沈黙を納得と取ったのか、強奪者は満足げに笑って手を少年の前に突き出す。
その手には、狼の形をした小さな結晶が握られていた。

「これは、もらっていくよ」

夕重と同じ声でそう言うと、ローブを翻して窓枠に足をかける。

「あ」

思い出したかのように呟くと、くるりと振り返って少年を見た。

「今夜のことは話していいけど、私のことは他言無用ね」

一方的にそう言うと、窓から飛び降りる。


少年が我に返り窓辺に駆け寄ったときには、既に人影はどこにもなかった。
結局、彼には強奪者の動機は分からずじまいだった。

605えて子:2013/03/21(木) 21:58:54




「…………ふあ〜〜〜〜〜、あ、あぁ…」
「弓道士様、眠そうですね…」
「…最近、やけにね。きちんと寝てるはずなのにな……」

翌日、想は一時限目から盛大に船を漕ぎっぱなしの夕重を心配していた。
夕重は夕重で、普段ならありえない時間に襲ってくる睡魔と格闘していた。

「…駄目だこりゃ。ちょっと寝てくる。……自分のことは適当に誤魔化しといて」
「え?弓道士様?」

有無を言わさぬ勢いで立ち上がると、ふらふらとしながら教室を出て行った。


「………あ」
「…………」

廊下を屋上に向かって歩いていると、弓道部の仲間である同級生と会った。

「…また、寝に行くんでスか」
「うん…眠いから」
「…………」

少年は何か言いたげな表情で夕重を見ていたが、チャイムが鳴ったのを聞くと、結局何も言わず慌てて教室へ走っていってしまった。

「………」

夕重は、自分より背の高い同級生を見上げて痛くなった首をさすりながら、屋上へ向かった。



望月の夜と強奪者



(その後、屋上のお気に入りスポットに陣取った夕重は)
(寝転んで3分も経たぬうちにすやすやと眠り始めた)

606紅麗:2013/03/21(木) 22:47:30
「通学路にて」の続きです。
(六×・)さんより「凪」、「冬也」をお借りしました。
自宅からは「榛名 有依」「榛名 譲」「ハーディ」です。

――――――――――

『キミ達は、人間が好きか?』

「人間…」
「ニンゲン?」

『…お父さんや、お母さんは好きか?』

「「! 大好き!」」

『そうか、じゃあ「ニンゲンじゃないもの」は好きか?』

「………?」

『例えば、私みたいな、さ。ニンゲンじゃないのに、ニンゲンのコトバを話す。
明らかにニンゲンではない力をもっているもの、だ』

「………」

『醜い、とは思わないかい?』

「…むずかしい…。でも、生きてれば、みんな同じだよ」

『…同じ?』

「うん。みんな同じ。人間だって、魚だって、虫だって、みんなおなじよーに生きてる!
人間じゃないからきらい!とか、そんなのダメだよ。生きてることをじゃまする権利なんてだれにもないよ。
だって、この世界に生まれたんだから!」
「…おねーちゃん、何言ってるか全然わかんない」
「うん、あたしも全然わかんない!」

『…不思議な子だな、キミは。』

――――――――――

「だからさ、そいつ、その森から逃げてきたんだって!」
「本当か、ユズリ?その話、怪しさでいっぱいなのだよ」
「で、さ!俺その森に行ってみたいと思ってるんだ!」
「危ないよ、ユズリ君。やめておいたほうがいいって…」
「………」

ユズリは、学校に着くと2年1組の教室で早速あの男「ハーディ」のことを凪、それから凪の弟分冬也に話していた。
ユウイはそんな弟を注意する気力もないのか、その様子をただぼーっと見つめていた。
「色のない森」の話はもう学校中に広まっている。化け物が出る、だとか。警察も手が付けられないでいる、だとか。

彼、「ハーディ」はまだあの「おんなのことおとこのこ」を探しているのだろうか。
出来ることなら手伝ってあげたいと思った。あんなアバウトな情報だけで見付かるわけがないのだから。

「…戻ってこれなくなっても私は知らないぞ?」
「そんなことあるわけねーって!」
「ゆーちゃん」

楽しげに話す弟に声をかけた。

よくはわからないが、今「色のない森」や「ハーディ」のことを聞くのは不快でしかなかった。
とにかくはやく、今朝あった出来事を頭の中から消し去りたかった。

「もう、その話やめてくんない?」

(どうしてだろう)
(気持ち悪くて仕方ない)


友の思いを


――――――――

『綺麗だな』

「え――」

『違う、お前じゃない。その耳飾だよ』

「…私、今ちょっと傷ついたよ? これね、手作りなの。」

『へぇ、こんなものも作れるのか』

「…ほしい?」

『………』

「素直じゃないわね〜、欲しいなら欲しいって言えばいいのに!」

『うるさいな』

「じゃ、今度一緒に作りましょう?きっと、楽しいから。ね?」

『……あぁ。…楽しみにしているよ』

――――――――

607紅麗:2013/03/21(木) 22:57:47

「友の思いを」の続きです。新作を下げてしまってすみません;;
(六×・)さんより「凪」をお借りしました。
自宅からは「榛名 有依」「榛名 譲」「高嶺 利央兎」です。

―――――――――

『私はね、ニンゲンが大嫌いだったんだ』

「え…どうして」

『自分勝手で、何もかも破壊して…』

「………」

『でも、それは私達ニンゲンじゃないものも、同じだ』

「!」

『そうだな、確かに、皆同じなのかもしれない。この世に生まれれば。生きていれば…』

「うん、そうだよ!」

『君は――あの子によく似ている』

「…あの子――?」

―――――――――
今朝の星座占いは見ていないが、きっと今日の双子座は最下位だったと思う。
授業は毎回当たるし、好きなパンは売り切れるし、部活ではいい一本が入らないし。
朝は妙な旅人と出会うし、弟が「色のない森」のことを言いふらすせいでクラスの皆から質問攻めにあうし。

「疲れた…」

この言葉を発するのは人生何度目だろうか。口から魂が出て行きそうだ。
きっと自分の次の死因は過労死だろうな、と苦笑する。
お風呂上りで濡れた髪を乱暴にタオルで拭きながら自室へと向かう。
その途中で弟、譲の部屋の前を通る。今日は部屋の扉が開けっ放しになっていた。
そこで、部屋の中にあるとある一枚の絵が気になった。

「ゆーちゃんこの絵まだ飾ってたんだ」

壁に掛けられていたのは、ふわふわとした羊が緑の中で元気に走り回っている絵だった。
たしか、自分と弟が幼い頃に父親が描いたものであったはずだ。
そういえば、ユズリが描いて欲しいと父親に頼んだんだっけ。
寝れない寝れない、と弟が号泣していたのを今でも覚えている。

「…でもどうして羊なんだ?」

眠れない時は羊を数えればいい、という話からだっただろうか。
―――いや違う。もっと、もっと違う理由からだ。

『……っ、あの、ね…ひっく、あいたいの…』
『おー、泣くな泣くな、ほら、何に会いたいんだ?とーちゃんが描いてやるから』

「いッ―――!!?」

昔を思い出した途端、頭痛が走った。頭が割れるように痛む。
ごおん、ごおん、と低い音が頭の中で響く。揺らす。

「う………」
きもち、わるい。
はやく、部屋に行ってねてしまおう。
晩御飯はあまり食べなかった。お風呂はいつもより30分ほど長めに入って母親に怒られた。
いつも欠かさずしている木刀の素振り100本も今日は出来なかった。立ち上がる気すら起きなかった。
ユウイの心とは正反対に、空には雲一つなく星が輝いていた。
(どうして、貴方の心はそんなに曇っているの)
(そんなの、しったことか)
明日は土曜日だ。幸い部活もない。よかった、明日は一日中寝ていられる。
そんな喜びに包まれ、ユウイは夢の世界へと誘われていった。


「ここ、は…」

気が付くと、自分は湖の上に一人で立っていた。少し歩くと水の跳ねる音がする。
どうして水の中に落ちないのだろう?此処は、夢か?そうか、夢か。
周りには何もない。ただ、白い空と青い湖が広がっているだけだ。
ぱしゃぱしゃと水の音を立てながら歩いていると、いつの間に現れたのか、遠くに白い人が自分と同じように佇んでいた。

「あなたが、そう――「あなた」、なのね」

白い人――長い白髪に、花の髪飾りを付けた女性は振り返り、ユウイに向かって微笑んだ。

「ごめんなさい、こんなところに呼び出したりして でも、どうしても伝えたいことがあって」
「伝えたいこと?」
「あの人を、ヤハトを救って…!」
「ヤハト?誰だよ、それ」
「お願いよ、私ではどうにもならない。私では…」
「さっきから、なんのことだよ!!」
「あなたしかいないの、彼を救えるのは…」
「………」
「勝手なのはわかってる、でも、あなたの力が必要なの。…お願い、「色のない森」へ――」
「色のない森…」
「大丈夫、私が道案内をするわ」

そこで、世界が、黒く染まった。

608紅麗:2013/03/21(木) 22:59:30


「ハッ?!」

目を覚まし急いで起き上がって部屋の床を見た。良かった、ただの床だ。湖なんかじゃあない。

(なんだったんだ、さっきの…)

湖、白い女性、ヤハト、色のない、森。

(――――――!)

「……行かなきゃ…!」

夢の中、いや、あれはきっと夢であって夢じゃない。
あの女性が自分に話してくれたことを思い出す。「貴方にしかできないこと」。
自分にしかできないことがあるならば、自分以外に誰がやるというのか。
あれだけ嫌々言っておいて、随分と身勝手な話だと思う。けれど――。
はやく、はやく「あの場所」に向かわなければ。

「ゆーちゃん!」
「あ、姉貴ッ?!なんで竹刀袋…今日、部活休みじゃ」
「行こう――「色のない森」に!」



外に出ると、見覚えのある二人が。

「ユウイ、ユズリッ!」
「凪!リオトも、どうして?!」
「昨日ユズリが言っていたことが気になってな…本当に行ってないか不安になって、来てしまった」

ふ、と凪はクールに笑う。
リオトは何も言わなかったが、きっとユウイの身を案じてここまで来たのだろう。

「――やっぱり、行くのか?」
「…うん、行かなきゃいけない、そんな気がする」

凪は最初こそ納得のいかないような顔をしていたが、やがてユウイの頭をぽん、と叩き。

「なら、私も行こう。噂はただの噂だとは思うが…心配なのだよ」
「! で、でも…」
「いいから。人数は多ければ多い方がいいだろう?」
「……ありがとう、凪――!」

一方、ユズリの方は、外に出てからずっとリオトと睨み合いを続けていた。

「なんで、リオ兄が来てんだよ」
「ユウイのことが心配になったから。じゃ、だめか?」
「あぁダメだね。なんてったって、そっちは」
「おい、二人とも、喧嘩するな」

ギロリと凪が二人に睨みをきかせる。少し、その場の温度が下がったような気がする。
なにはともあれ――頼もしい仲間が増えた。

「…よし、行こう!」

(何があっても、迷わずに進め)
(そう、背中を押された気がした)


振り返らずに


――――――――

『どう、かしら。初めて作ったのだけれど…』

「…悪くない」

『よかったぁ〜!』

「…うまいと、思う」

『えっ…』

「いや…、う、うまい」

『…め、珍しいね、ヤハトが褒めてくれるなんて』

「…うるさいな」

『お母さんにね、教えて貰ったの。私のお母さん、アップルパイ作るのスゴーク上手で――』

「………」

『あっ…ご、ごめんねっ。嫌、だった?このハナシ…』

「…いいや、そんなことはないよ」

『で、も』

「いいから。もっと、そっちの世界の話を聞かせてくれ。」

――――――――

609紅麗:2013/03/21(木) 23:02:32

ちょっとした小話。
スゴロクさんより「夜波 マナ」をお借りしました。
自宅からは「フミヤ」です



某日・昼 レストラン内

「えー、「色のない森ー」、「色のない森ー」」

(コーヒーを机に置いて、薄汚れた緑の手帳を開く男)

「「色のない森」その名の通り、色が消えて灰色になってしまった森ー、かっこ一部分だけー。
んー、「色のない森」なのに灰色なのはおかしいかー、ま、いいや。」

(独り言が一段落すると、コーヒーを一口飲む)

「で、化け物などが出るといった噂が流れ始めているが真相は定かではなーい。
つーかいないと思うんだよね、個人的に。おれ行った時になんも出なかったし。」
「……うるさい」
「ん?」
「公共の場よ、此処は。静かに…出来ない?」

(パーカーを着た男に話しかける、本を持った青髪の少女)

「あっ、ごめーん読書中だった?」
「………」

(まるで謝る気のない青年、こくりと頷く少女)

「ねぇねぇ君さぁ、「色のない森」って知ってる?」
「……知ってる」
「! じゃあ色々教えて」
「嫌」

(即答)

「ちぇ、ケチ」
「そんなの、知ったところで、何になるというの。……?!」

(ぶー、と唇を尖らせる青年。急に顔色の変わる少女)

「何?どしたの」
「なんでも、ないわ。少し、嫌な予感がしただけ」
「変な子」
「貴方に言われたくはないわ」
「おっじょうさん。お名前は?」
「……夜波マナ」
「おれは風見文也、以後、お見知りおきを」


変人漫画家、レストランへ

610十字メシア:2013/03/27(水) 19:16:31
メタ的灰音小話。
全員名前なしでしらにゅいさんから「トキコ」「風魔」「イエスマン」「タマモ」、スゴロクさんから「火波 スザク」「ヴァイス」「クロウ」、akiyakanさんから「ジングウ」「都シスイ」「灰炎無道」「りん」、紅麗さんから「榛名 有依」、大黒屋さんから「パラボッカ・アーティ」お借りしました。


<ああ退屈だ。…おや>
<そこにいる君。…そう、君だよ>
<時間があるのなら、この神江裏 灰音の話でも、聞いていかないかい?>
<…うん、よし。じゃあ始めようか>


レゴ・アナザー〜灰色に映るモノ〜


ここ、いかせのごれは実に摩訶不思議な土地。
まず特殊能力なる未知の力が跋扈しているのさ。
その様はまるで特殊能力の繁華街だよ。
こんな物が一人歩きしてるとなっちゃあ、人間の生死が更に揺れ動いてしまう。
厄介な事だ。
まあ神江裏 灰音には関係ないけどね。
あ、そうそう。特殊能力以外にも、妖怪とか、モンスターみたいな奴等とか、本の中でしか存在しないような種族もいるんだよ。
その一つに『怪盗』ってのがいてね。
昔は人を楽しませるエンターテイナー集団だった訳だけど、ちょっと色々あって今ではすっかり、ただの殺人集団に成り下がっちゃったのさ。
で、その怪盗の一人に、自称芸術家の男がいるんだ。
だがセンスはずば抜けてるらしいみたいだよ。
傍観者には全く理解も感動も出来ないけど。
普通に作品を作っていれば、ただのアーティストなんだけど、ところがどっこい。ここはいかせのごれだ。
変人奇人も結構いる訳でねえ。
他人を材料として使う事が多々あるのさ。
困ったもんだよ。
そこで話を少し戻すけど、神江裏 灰音はさっき、「人間の生死が更に揺れ動いてしまう」って言ったよね?
そういう事なんだよ。
…うん? 分からなかったかな。
つまり、特殊能力やそういう変人奇人の存在が有る事で、生死という名の振り子の大きな揺れが中々止まらない、という意味だよ。
無害なものもいるけど。
さて、別の話題に行こう。
君は『カルーアトラズ刑務所』を知っているかな?
その名の通り刑務所で、特殊能力者も収容してるんだけど、他の所よりそれはもう凄惨でねえ。
囚人がどれもタチの悪い極悪人なのは勿論、ほとんどの看守や、あまつさえ所長すら振る舞いが非道かつ横暴。
そのせいで、『地平線の果て』『底無しゴミ箱』なんて呼ばれちゃってるんだよねー。
それと、特殊能力を買われて”裏”の方に横流しされる…そう、人身売買が行われているのさ。
しかもその囚人の行方は誰も知らない…。
所長は実態を知らないみたいだから、救いだと思ってるみたいだけどね。
そして救いという名の外道により、看守の手には札束が乗せられ、笑みを浮かべているだろう。
あ、因みに刑務所の経費だよ。人身売買でまかなってるみたいだから。

611十字メシア:2013/03/27(水) 19:17:56

あ、大きく話変わるけど。
つい最近まで、『ジャシン』の噂が流れてたんだ。
…おや、知ってるみたいだね。確かに異様に流行っていたから、当然か。
で、そのジャシン――八岐大蛇なんだけど、『百物語組』の妖怪達の奮闘で滅びたんだよ。
…主犯は、姿を眩ましたみたいだけど。
これでめでたし大団円…って訳でも無い。
一番頑張っていた遊女の化け狐に、とても懐いていた小さな少女がいてね。
実はその少女、主犯の策略で生き返った、まさに輪廻の違反者というべき存在だったんだ。
だがいつまでも”在る”訳にはいかず、狐は悲しみ嘆いた。
そんな彼女に少女は、笑ってこう言った。
「バイバイも、さようならも、言わないよ」って。
もう会えないのに、何でだろうね?
傍観者には理解できないや。
…何となく聞くけど、ここって嘘まみれだと思わないかな?
…んー…例えばほら、いかせのごれ高校。
色んな人間がいるんだけど、大体の奴らが自分の素性を隠しているのさ。
特殊能力者だったり、”裏”の人間だったり。
えーと、ウスワイヤとホウオウグループ、知ってる?
…あ、知ってる? なら話は早いというもの。
それに属する人間二人がお互い騙し合ってる訳なんだよ。
知ったらどんな顔するのか、どんな思考になるのか、傍観者としてはちょっと興味あるね。
…一部、既に知ってる人いるけど、それはまあさておき。
ホウオウグループにね、鴉を名乗る男がいるんだけど、その友人…正確に言えば腐れ縁な付き合いの妖怪。
一言で表すなら、「損得感情」って奴だよ。
…え? 漢字が違う? これでいいんだよ。
彼は鴉に似てドライだからね。この言葉がピッタリだ。
因みに彼は鴉天狗という妖怪なんだよ。
類は友を呼ぶって、まさにこの事かもね。
で、他のホウオウグループの人間の話になるけど、冷血を名前にしている女がいるんだ。
それはもう、他の名前が浮かばないってくらい。
それでその女、黒い影の様な、不気味な生物兵器を造ってるんだけど、洗脳とやらが出来るらしい。
その洗脳のやり方はね、人間の心臓辺りに生物兵器を埋め込む様に憑かせるんだよ。
ただ、直接心臓にいるって訳じゃなくて、そう…心。
心を支配するって感じかな。洗脳だし。

また別の人間の話に変わるけど、こいつは中々大物だ。
千年王国という研究チームの主任でね、とても興味深い価値観を持っている。
それも「戦いの火種を巻くことで、優れた人間のみを残し、合理的な世界にする」という価値観。
確かに生き残った人間は優れていると言える。
でも人間だよ? 優れているだけの人間なんて、いる訳ないじゃないか。
まあ理解なんて必要ないかな。
神江裏 灰音はただ傍観してるだけだし。
あ、そうだ。
何ともない閑話だけどいかせのごれ郊外に、まあまあ規模のある賭場があってね。
そこを取り仕切っている女性、とても強いんだ、賭けが。
イカサマなんて、彼女の前では無駄な行為となるのさ。凄いよねえ。
と、まあ、本当に何ともない閑話だけど。
それでこのいかせのごれ、君はどう思う?
……ほう、なるほどね。
神江裏 灰音は、「歪な街」だと言ってみるよ。
こんな場所、他には無いだろう?
この街で育った者の大半は、当たり前を、常識を捨てるのさ。
ん? 捨てなきゃ何かあるのかって?
別に死ぬとかは無いよ。
ただその大半が、そういう人間だって事。

612十字メシア:2013/03/27(水) 19:18:30

思ったんだけど、ホウオウグループの基地凄いねえ。
要塞レベル並みだよアレは。
あ、そうそう。
さっき言った千年王国の本拠地、支部施設の閉鎖区画にあるんだよね。
主任の名前がアレなんだし、鳥居建てればいいんじゃないかなあ。
後は社と賽銭箱…はいらないか、はは。
でね、その男、かつてグループを裏切ったんだよね。
何か目的あったらしくて、戻ってきたみたいだけど。
”見た”限りじゃあ、グループの技術力を借りたかったぐらいしか、分からないな。
では次はホウオウグループの話でもしようか。
あそこってさ、何か宗教団体…いや、宗教民族って言えばいいのかな?
何かそれっぽく見えるんだよねえ、傍観者的に。
君もそう思わない? あの絶対者への崇拝降り。
神を嫌う者の集まりなのに何だか皮肉だよねー。
後、ウスワイヤと比べて意思がごった混ぜ。
絶対者のカリスマ性だけで出来てるもんだからね。
…今、その崇拝者の一人の恋人を思い出したんだけど、この前白髪だったのが赤い髪になってね。
それでその白髪はね、弱さを切り捨てて強さだけを持とうとした結果だったんだ。
まあ弱さを受け入れたら、本来の髪色に戻った訳だけど…傍観者にはそーゆーの理解出来ないね。
ああ、そうそう。
関係ないけど、四霊って知ってる?
四神とも呼ぶんだけど、その中に『霊亀』というのがいてね。
何でも、吉凶を予知したり強い結界を張ったりする力があるらしい。
今いかせのごれの最東端にいるみたいなんだ。
いつか会ってみたいものだね。
…そうだ、知ってるかもしれないが。
つい最近、ホウオウグループととある集団が戦ってたんだ。
その様はまるで荒廃された戦場だったよ。
中々凄まじいものだ。
その後、その集団はどっか行ったけど…何がしたかったのやら。
宣戦布告……うーん、分からない。

とまあ、ここって色々五月蝿いよね。
止みそうに無い喧騒、散々にも程がある。
いつになったら落ち着くのかな。
いつだったか、身勝手な妄想で友人を殺した少女がいたっけ。
確か、目に…アレはシャーペンだったかな?
それをブスリ、と…ね。
痛々しいものだ。
しかし何であんな凶行に至ったのかなあ。
たかが会話を交わしていただけだろう?
それで殺すものなのかい? 人間とやらは。
うーん、やっぱり理解不能。
痛々しい話はここら辺で、凡庸な話に移ろう。
先程の崇拝者の一人と、その恋人の話だ。
今こそは仲がよろしいお二人だが、前まで恋人は崇拝者を嫌っていたんだ。
理由? さあ? 傍観者に聞くなよ。
ただ崇拝者の様子は前と今とあまり変わらない風景でね。
「待って、ねえ、鳥さん」といった感じで。
何だか笑えないかい?

613十字メシア:2013/03/27(水) 19:19:08

すっかり大人気のアイドル、君はご存じかな?
…そうそう、あの娘だ。
喝采だらけな彼女だが、色々隠してそうだよね。
自分についてとかさ。
それにしても歌声だけで心を癒すとは。
神江裏 灰音には永遠に出来ないだろうな。
関係脈絡ない余談だが、この前ストラウルを歩いていて、ふと上を見上げたんだ。
そしたらメガホンの生えた鉄塔が見えたよ。
あそこ、誰かいるんだけど、君は分かるかな?

高いところから見ると、人だかりが海の様に見えなくないかい?
アレは見てて地味に飽きないよ。
それでそうやって見てた時にね、あの『白い闇』の道化師を見つけたんだ。
あの男は相変わらず壊れたままだったね。
今日もどこかで誰かを壊してるんだろう。
何が面白いのかなあ。
………ナイトメアアナボリズム。
この単語、知ってるだろう?
でなきゃあここにいない。…まあ、だからウスワイヤやホウオウグループとか知ってる訳だけど。
ん? いきなりそれがどうしたって?
いやね、さっき話した、友人に目をシャーペン刺された少女。
そのナイトメアアナボリズムの力で生き返り、特殊能力を得た訳だけど…彼女は未だに引き摺ってるんだよ。
自分を殺したんだから仕方ないのに。
他にも、似た感情や、それに怯える者もいる。
夜、悪夢を見て眠れない幼子の様に…ね。
彼らの目は常に抱いているのさ。
…その憂いを。

そういや、題名が分からない歌を、一つ歌えるんだ。
また機会があれば、聞かせてあげよう。
え? 今歌わないのかって?
気乗りしないんだ。
それに何の変哲も無い、浅い歌だよ。

そうだ、今思い出したよ。
つい最近まで、学校でいじめってやつが流行ってたんだ。
その時、いじめられていた少女を助けた麒麟が泣いてたんだ。
それも、いじめをしていた奴に怒っていた時に。
まるでそいつらを哀れんでいるみたいでさ。
本当に彼の心理は分からない。
自分の事でもないのに、ましてや加害者をだよ?
…まあ。神江裏 灰音の知った事じゃない。
突然だけど、最近、ある一家の無理心中があったのを知ってるかな?
最初ら辺で話した、ジャシン騒動の中心にいた小さな少女の一家なんだ。
真偽は定かじゃないが、どうやら主犯の策略でそうなったらしい。
しかし何故そうしたんだろうね?
だって、八岐大蛇を召喚するほどの力を持ってる訳だから、少女を洗脳するなり何なり出来た筈だろう?
心が分からないって、たまに傷だよね。
本当にたまにだけど。
……ウスワイヤの人間と、ホウオウグループの人間。
何で自分の意志や想いを曲げずに、捨てずに生きようとするんだろうね。
現実ってやつは、世界ってやつは。綺麗事ばかりで醜く、非情なほど救いなんてほとんど無い。
それが当たり前で、それこそが摂理ってやつなのに何故彼らは、そうするのか。
感情感覚 理解不能 だ。

…さて、また世界を眺めようかな。
神の御姿浮かぶ、この世界を。
真っ暗なこの場所とも、君ともそろそろお別れだ。

それじゃあ また明日――。

614えて子:2013/03/27(水) 21:50:37
「望月の夜と強奪者」の続きです。
しらにゅいさんから「玉置静流」、鶯色さんから「ハヤト」、Akiyakanさんから「都シスイ」をお借りしました。


おかしい。

夕重は鉛のような瞼と死闘を繰り広げつつ、心の中で呟いた。

ここ最近、夕重は眠くならないことがない。
夜眠れていないわけではない。友人の中ではかなり早寝である夕重は、その生活スタイルを崩すことなく今まで生きてきた。
当然、昨夜もその前も、早々に床についた。

それなのに、まるで一日中起きていたかのように眠い。
確かに今までも授業中に居眠りとかはしたことがあるが、ここまでひどくはなかった。
耐えかねて想に事後処理を押し付けて屋上で睡眠をとったはいいが、さすがにずっと授業をサボるわけにも行くまい、形だけでも出席しなければ。

あぁ、でも、瞼が重い。開けようと思ってもなかなか開かない。
心なしか温かくて柔らかいものに包まれていて、それも瞼を重くしている一因かもしれな………

「!?」

唐突に意識が覚醒した夕重は、今までの瞼の重さも忘れて飛び起きた。

「あ、目が覚めた?」
「………保健室?」

夕重を出迎えたのは、保健医の玉置静流だった。
そこで、初めて夕重は、自分が保健室のベッドで寝かされていたことを知る。

「随分とぐっすり寝てたね。もう下校時刻だよ」
「……げ」

玉置から聞かされた事実に、思わず呟く。
お昼前には戻ろうと思っていたはずなのに、一日中眠ってしまっていたらしい。

サボりどころの話じゃないな、とため息をついていると、ふとある疑問が頭をよぎった。

「……せんせー。何で自分は保健室で寝てるんですか?」
「ハヤトくんたちが連れてきたんだよ」

話を聞いてみると、昼休みに屋上で昼食を取ろうとしたハヤトたちが、屋上で眠り込んでいる夕重を発見。
昼休みが終わる頃に起こそうとしたが、呼べど揺らせど一切反応しない。
これはちょっとやばいんじゃないか、仮に大丈夫にしろここでずっと寝てたら風邪を引くだろうと、保健室に担ぎ込まれた…というのが経緯らしい。

「……うわぁ」

やっちまった、という表情で夕重は肩を落とした。

「大丈夫?具合が悪いのなら、病院に送っていくけど…」
「ん…いや、大丈夫。一日寝てたら、気分よくなったから」
「そう?なら、いいけど…夜はきちんと寝るんだよ?具合が悪くなったら、無理しないでお医者さんに見てもらうこと。分かったね?」
「はーい」

軽く注意を受けると、保健室を出る。

「……あ、鞄」

そのまま普通に帰ろうとしたところで、鞄を持っていないことに気づいた。
すっかり忘れてしまっていたらしい。

寝起きで重い体を引き摺りながら教室へ向かうと、放課後ながらまだまばらに人が残っていた。

「あ」
「…あ」
「よかった、起きたんだな」
「うん」
「犬塚さん、大丈夫?」
「平気」

心配そうに声をかけてくるハヤトとシスイに軽く返事を返して、自分の机から教科書等を引っ張り出して鞄に詰める。

「…今日は何しに来たのか分からなかったな…」
「夕重、今日部活じゃなかったか?」
「あー…………駄目だ、今日は帰って寝る」

会話の間も気を抜くと下がってきそうな瞼と格闘しつつ、「じゃ、明日」と二人に手を振って教室を出た。

「……大丈夫かな、犬塚さん…」
「あいつが部活サボるなんて、重症かもな…」

残された二人は、そんなことを話していた。

615えて子:2013/03/27(水) 21:51:39



「………まずい」

帰路に着いたはいいが、だんだんと重くなってくる瞼に夕重は危機感を覚えていた。
さすがに道のど真ん中で寝るわけにはいかない。
そもそも一日中寝ていたのにこの眠たさは何だと自問自答しても、答えが出ないどころかまともに考えることもできない。

「………う……」

我慢の限界に達した体は鉛のように重く、足も進まない。
電柱の影に隠れるように寄りかかると、そのまましゃがみこんでしまった。


「………」

その様子を、住宅の屋根の上から観察する人影があった。
人影は、夕重がしゃがみこんだまま動かなくなったのを見ると、ひらりと地面に降り立ち、その近くへと歩み寄る。

まるで他者に見られることを嫌うかのように、フードやマント、ぐるぐる巻きのマフラーで防御した人影の顔を窺い知ることはできない。
人影は、夕重をしばらく見下ろすと、おもむろに声をかけた。

「いつまでそうしているつもりだい?もう動けるんだろう?」

すると、しゃがみこんでいた夕重が顔を上げた。
しかし、その顔にさっきまでの彼女の面影はない。

『それ』は、きゅっと弧を描いて笑った。


「―ああ、“ティミッド”。君の目的を果たしに行く準備は、できているよ」


覚醒の兆候


(その夜、夕重は帰ってこなかった)

(次の日、夕重は学校に来なかった)

(彼女の行方を知る者は、いなかった)

616スゴロク:2013/03/29(金) 01:38:23
そろそろこの人関連も動かしたいので。何やらえらいことになりましたが、最後にフラグあり、どなたか拾って頂ければ。




火波 スザクを巡る一件が一先ずの収束を見て、数日。
ブラウ=デュンケルが「その男」に遭遇したのは、まったくの偶然が齎した結果だった。

きっかけは、ほんの些細なこと。
以前足を運んだ情報屋に、あの男についての情報が何かないかと尋ねるべく、再び足を向けた矢先のことだった。

「!?」

雑踏の中、自動車がひっきりなしに行き交う道路を挟んで反対側の歩道。その中を、全身黒ずくめという異様な風体でありながら、巧みにその存在を隠蔽して歩く、1人の男。

(まさか)

とは、思った。だが、間違いない。奴だ。視界に姿が過った、その瞬間に感じたあの違和感は、疑いようがない。
確信するや否や、ブラウは行動を起こしていた。
即ち、車道を文字通りに跳び越え、雑踏から起こるざわめきや悲鳴、驚愕の声を一切合財無視、標的たる男の前に降り立つ。

「む」

その男は、目の前の歩道にヒビを入れるほどの勢いで着地したブラウを見て、片方だけ残った生身の眼を眇めた。

「……随分、探したぞ」
「その声……やはりアナタですか。いい加減しつこいですねぇ」

その男―――いかせのごれ史上最悪の愉快犯・ヴァイス=シュヴァルツは、驚愕や動揺ではなく、呆れ果てたような溜息をついて、そう言った。




ブラウにとっては、この遭遇はまさに僥倖、最大のチャンスと言えた。
かつてと言うほどでもない昔、家族をバラバラにした元凶が今、目の前にいるのだ。この男を殺すためだけに、ブラウは放浪して来たのだ。名を失い、姿を失い、妻を失い、息子を失い、娘を失い……その全てを成した男が今、ここにいる。
その男・ヴァイスは、ブラウの放つ殺気が本物であることを感知し、しかし動ぜず、低く嗤う。

「相変わらずですねぇ。しかし、ここでやる気ですか? ワタシは別にかまいませんがね」
「…………」

言われたブラウは、殺気はそのままだが動かない。ヴァイスの言うとおり、ここは一般人が大勢歩いている雑踏の中だ。こんなところで力を振るえば、あらゆる意味で被害は甚大なものとなる。ましてや、ヴァイスの力は人心の操作である。人間の多いここで戦うのは、愚策以前に論外だった。

さらに言えば、それによって困るのは結果的にはブラウのみである。正真正銘の愉快犯たるヴァイスは、人を操り破滅させることに愉楽を見出す狂人だ。言い換えれば、この男は、己以外の存在は、どうなろうと知ったことではないのである。

腹立たしくはあるが、この場において有利なのはヴァイスの方だった。千載一遇のチャンスを棒に振る形となるのはあまりに厳しいが、一般人に被害を齎しては本末転倒、何の意味もない。場所を変える、などという案は使えない。この男がそれに従うわけもない。

(………やむを得んか……!)

忸怩たる思いで、ブラウは撤退を決意する。



が、「白き闇」は、そんな判断を赦しはしない。一言、




「―――皆さん、やってしまいなさい」

617スゴロク:2013/03/29(金) 01:39:14
「!?」

効果はまさに覿面。ブラウがその意味を把握する一瞬の間隙をついて、ヴァイスは闇に紛れるようにして姿を消す。そして後に残ったのは、わけのわからない奇声を上げながら襲い掛かってくる、無数の通行人たちだった。

「ぬ、ぬおおお!?」

咄嗟、向かって来るうちの一部を「シャットアウト」で隔離したが、焼け石に水だった。鞄に棒切れ、ペットボトルやペンシルなど、普通なら取るに足りないものを武器として、明らかに正気を失った体で襲ってくる。ただ一人、ブラウ=デュンケルという男を否定するために。

(ちいっ!!)

今しも、殴りかかって来た小学生を踏み台に、大きく跳躍して逃走を試みる。が、上げた視線の先にあったものを見て、その足が思わず止まった。

「! いかん……」

その先にあったのは、いかせのごれ高校だった。力ある者もそうでない者も、多くが集ういかせのごれきっての特異点。こんなところにこんな状態で飛び込めば、どんな混乱が起きるかわかったものではない。

(ええい!)

やむなく、ブラウはその位置からちょうど反対、つまり元来た方向へ再度跳躍。群衆の中に飛び込む格好になったが、そこから間をおかずもう一度跳ぶ。

「ぐっ……」

負荷のかかり過ぎた足が悲鳴を上げたが、それに関わっている暇はない。何より、状況が最悪だった。
ヴァイスの「マニピュレイト」は、名の通り人の心を操る能力だ。その特性は、記憶の改竄から認識の操作、思考誘導に行動強制、あるいは判断力や理性など、精神に関することなら何でもやってのける。そしてこれが厄介なのは、解除の方法が非常に限られてくる、ということ。
能力自体を何らかの方法で無効とするか、術者を倒すしかない。
それ以外の方法は、ずばり「操られている人間を気絶させる」こと。認識の操作なら真実を叩きつけることで解除できるが、今回の場合は実力行使に出るしかない。だが、

(数が多すぎる! このままでは……!!)

少なく見積もっても、追って来る人間は200を超えている。おまけにヴァイスはぐるりと視線を巡らせながら能力を使ったらしく、建物の中にいた人間までもが執拗にブラウを追って来る。さらにブラウを追いこんでいたのは、この群衆が完全に正気と判断力を喪失している、という点だった。

迂闊に人の多い方へ逃げれば、群衆と激突して流血沙汰になりかねない。だが、振り切れば振り切ったで、目標を失った群衆が暴走を起こすことになる。ましてやこんな状況では、最悪暴動か何かに発展する危険性も否めない、というかその恐れが大いにあった。必然的に、ブラウは人のいない方、人のいない方へ逃げるしかない。

だが、そんな逃走が長く続くはずもない。

「!! しまっ……」

最後まで口にすることは出来なかった。振り下ろされたジャッキのハンドルが後頭部を直撃し、帽子が吹き飛ぶ。
飛びかけた意識を強引に引き戻したブラウだが、その時には既に遅かった。

「ぎ―――――」

顔を、腕を、足を、腹を。全身のありとあらゆる箇所を殴打され、突き刺され、切り裂かれ、見る見るうちに血にまみれていく。
ヴァイスによって破壊へと誘導された群衆は、それでも容赦も躊躇いもなく、地に伏す男を蹂躙する。

ブラウの意識が途切れ、鼓動が止まるのに、それほどの時間は必要とされなかった。

618スゴロク:2013/03/29(金) 01:39:46
――――それは、失われた光景。

『恭介さん、もう朝ですよ』

寝坊屋の自分を毎日のように起こしに来てくれた、妻・睦。

『何だよ、とーさんも知らないんじゃないか』

何かと皮肉を口にしていた、実はシスコンの息子・詠人。

『おとーさん、絵本よんで〜』

何かと自分や妻に甘えていた、幼かった娘・マナ。
家族を護ることが、自分の役目だと、そう思っていたし、また事実でもあった。豊かとは言い難かったものの、家族4人での生活は満ち足りたものであったし、それなりに幸せであった。


それを奪った、突如として現れた男。


雨宿りを求めて来たその男は、突然妻を手にかけ、自分の意志を奪って身代わりに使った。追撃して来た詠人―――腕が奇妙な姿に変化していた―――に倒された後は、死を迎えるのを待つのみだった。
だが、自分は生き延びた。姿と名、そして家族を失って。

それ以来、ブラウは只管放浪を続けて来た。全ては家族の仇討ちのために。思わぬ巡り合わせで、この街に来て死んだはずの娘とは再会した。もっとも、明かしてはいないし、顔も姿も変わってしまっている。彼女に気づかれてはいない。

今となっては、少しは話をしておけばよかったかと、少々悔いているが。
痛みも、苦しみも、全ての感覚が異様に遠い。それが、今もなお、遠ざかっていく。

全ての感覚が途切れ、何もかもが闇に呑まれたのは、それからすぐのことだった。





「ようやく片付きましたかね」

とあるビルの屋上。全身を無茶苦茶に破壊され、血まみれで倒れ伏すブラウを見下ろしつつ、指をひとつ鳴らす。
瞬間、眼下でパニックが起きる。返り血を浴び、どす黒く汚れた鞄や棒を持った群衆が、覚えのない状況に判断能力を失い、狂乱しているのである。
見る間にそれは周囲へと伝播し、やがてあちこちから怒号が聞こえ始めた。

「これほどの光景は久しぶりに見ますね。あの時以来ですかね」

脳裏に去来するのは、かつて一つの街を壊滅させた時の、圧倒的な光景。死ぬ、死ぬ、死ぬ、誰も彼もあっさりと死んでいく。
そんな光景が、今起きている惨劇に重なる。
無論のこと、白き闇を名乗る狂気の演出家は、その事について何らの呵責も覚えない。誰が死のうが誰が生きようが、知ったことではない。重要なのは、それが自分にとって面白いか、否か。それだけだ。
そして、この事象は、それなりに面白い部類と言えた。

悲鳴と怒号の交錯するその光景を眺めつつ、ふむ、と顎に手を当てて考える。

「仕込みがなくてはこの程度ですか。やはり、多少の手間と時間はかけねばなりませんね」

良き事例として思い返したのは、いつぞやの星の魔術師の一件。あれは、近年でも滅多にないほど上手く行った舞台だった。
役者を選び、仕込みを入れ、条件を整え、幕を開ける。その手順を踏めば、大体は上手くいく。長年の演出で学んだ、経験則だった。

「基本こそが肝心。常道を外しては、何事も上手く行かないものですね」

いわゆる「奇策」や「妙手」と呼ばれるものは、裏を返せば基準となるものがあればこそ成立する。これも同じ、基本を疎かにしては演出の向上は見込めない。

「次は、もう少し仕込みを増やしてみますかね……」

そんな事を呟く、背後。

「む?」

ざっ、と砂利を踏む音がした。そして、その者が口を開く。

「ヴァイス=シュヴァルツ……」



今一方、狂乱の続く一角。

「こ、これは一体……!?」
「! あそこ、誰か……」




悲劇・惨劇・心鬼劇


(藍色は闇の中)
(黒色は空に近く)
(それぞれに歩み寄るは……?)

619akiyakan:2013/03/30(土) 22:11:53

 人は誰かを愛さずにはいられないのと同様に、誰かを憎まずにはいられない。

 感情とは不条理なものである。

 悲しいと想う時に涙が出ない。泣きたい時に、しかし心そのものが凍りついている時がある。

 反対に、

 殺人出来る程の炎を、誰もが胸に抱いている。その身を焼きかねない程の激情を、時には心に抱いている時もある。

 誰もが気付いていない。

 多くの人間が、己の感情を制御出来ているのだと思い上がっている。

 考えてみてほしい。

 それは制御しているのではない。

 押し殺しているだけなのだ。

 認めなければいけない。

 人は、誰でも汚れているのだ。

 生きるとは、その汚れを認識する事だ。

 認めなければいけない。

 己が弱い部分と向き合っている人間などいない。

 誰もが、己が醜い部分に対して、

 見て見ぬ振りをして、騙し騙し生きているのでしかないのだ。


 ――・――・――


「ねぇ、聞いた? また殺人事件だって」
「いかせのごれも、急に物騒になったねぇ」
「これで何人だっけ?」
「五人だよ、五人。全部アベック狙ってるみたい。一人だけ生き延びたんだって」
「やだ、怖いー」

 クラスメイト達の話を、アッシュは自分の席から聞いていた。

 ちら、と視線をシスイの方へと向ける。彼もまた自分同様に注意を払っているのが、アッシュには分かった。

(おいおい、兄さん。アースセイバーの出る幕は無いぜ? これは人間の事件なんだからさ)

 お節介焼きの彼の性格を考え、彼が一体何を考えているのかをアッシュは思考する。大方今彼は、その連続殺人犯に対する憤りを覚えている事だろう。

(……難儀な性格だよな、兄さん)

 「怖い」とか、「許せない」とか。そう思ったところで、そんなものは一過性の感情だ。例えそのような想いを抱いたとしても、それはその場限りだ。すぐに新しい感情に上書きされる。多くの人間が、それを自分に関係のあるものとして捉えないからだ。

 所詮、そんなものだ。もし感情が持続する者がいるなら、それは犠牲者に近しい者でしかない。いや、人によっては、例え縁者であってもそのような感情を覚えない者だっているだろう。

 文明の発達につれて、人は不感症になってしまった――否、不感症は間違いか。

 ただ単に現代人が、かつての人間よりも心が脆くなった。不感になったのは、脆くなった心を守る為なのではないだろうか。

(全く、どうでもいいものまで背負い込んじゃってさぁ……早死にするぜ、そのうち)

 都シスイの様に「他人事ではなく、まるで自分の事のように」受け止められる人間は、稀有な存在だと言ってよい。だが果たして、その重みにヒトは耐えられるだろうか。

 自分一人立って歩くのがやっとのこの世界で、己の身一つ立たせる事もやっとの人間が、他人の死や悲劇、不幸を背負いきれるものだろうか。許容量を超えると、それは苦痛となってその人自身に負荷をかける。身を裂くような悲しみであったり、重過ぎた愛情であったり、燃え滾る憎悪であったり。

(身の程を知れ、ってやつだよね)

 アッシュは、シスイを内心に鼻で嗤った。

 終わった出来事を悔めば、それが無かった事になるのか。

 亡くなった者を想えば、その者が帰ってくるのか。

 ましてや、自分とは何も関係の無い出来事を。

(馬鹿馬鹿しい)

 無意味で無価値な行動だ。そう、アッシュは吐き捨てる。

 所詮人間は、自分一人の為に生きているのだ。他人の為に動くのは、そいつの為などではなく、「自分がそうしたい」からだ。そうしたいのだと、己が感情が訴え、それによって行動するのだ。

 本当の善意など、この世のどこにも無い。誰もがエゴイストなのであり、その行動は結果的に自分のものとして完結する。「誰かの為」だとか、「見返りの無い奉仕」だとか、そんな言葉はすべて絵空ごとにして、自分の行動を美化する為の方便に過ぎないとアッシュは思っていた。

 だが、

「…………っ」

 ぎゅう、と、アッシュは胸を抑えた。そこが痛むように、彼はシスイから目を背け、苦しげな表情を浮かべる。

(だから僕は……お前を認めたりしない……絶対に……!)

620akiyakan:2013/03/30(土) 22:14:02
 ――・――・――


「トキコちゃーん、一緒に帰ろ〜♪」
「イヤ」

 放課後、下校するタイミングを見計らってトキコの前にアッシュが現れた。もはや毎度の事である。スザクがいない時を狙って現れる辺り、実にあざとい。

「そんなつれない事言わないでよ〜」

 拒否されながらも、アッシュはトキコの後をついてくる。彼女は(鬱陶しそうな表情を浮かべながら)歩き続ける。

「……ねぇ、パチモン」
「なぁに?」

 人気の無い路地に入ったところで、トキコは話しかけた。アッシュにとって「紛い物」を意味する単語はNGの筈だが、言われ過ぎて慣れてしまったのか、彼は眉一つ崩さない。

「あんた、何で私に付きまとうの?」
「そんなのもちろん、君の事が大好きだから」
「嘘だ」

 苛立ちと怒気を孕んだ声。

「あんたが私にしてくる事なんて、嫌がらせしか無いじゃない。一角君傷付けたり、私の事からかったり……私の事が好きって言うなら、当然知ってるよね――私、嘘付きは大嫌いなんだよ」

 ぞくり、とアッシュは背筋に冷たいものを感じた。首筋にナイフが突きつけられたか、或いは指がかけられたと思う位に、明確な殺意。ゆらゆらと陽炎のようにトキコの周囲にオーラが見える。

 人気の無い場所。それは下手をすれば誰にも助けて貰えない状況ではあるが――逆に言えば、何が起きても邪魔は入らない。

「……おお、怖い怖い。そんな目で睨まないでよ。せっかくの可愛いお顔が台無しだ」

 殺意も敵意も丸出しのトキコに対して、アッシュは至って自然体だ。困ったように肩を竦めている。その余裕はトキコと戦っても勝てると言う事なのか、それとも別の何かなのか。

 その時、自分達の背後から足音が聞こえた。

「――!」
「…………」

 音に反応してトキコは即座に。それに対してアッシュはゆったりと、それこそまるで「誰がやって来たのか知っている」かのように、緩慢な仕草で首を向けた。

 そこにいたのは、自分達と同い年くらいの少女だった。いかせのごれ高等学校とは異なる制服を着ている。髪は長く、腰元ぐらいはあり、その髪と俯き加減な様子のせいで、どんな顔をしているのかは伺えない。

 とんだ邪魔が入ったとばかりに鼻を鳴らし、トキコは能力を解除した。だがアッシュは、まだ女子生徒の方を見つめている。

「――トキコちゃん」
「え?」

 ドン、と突き飛ばされ、トキコは路地の壁に倒れ込んだ。その際頭をぶつけてしまい、痛みに顔が歪む。

「いったぁ……! ちょっとパチモン、何すんの――」

 文句を言い掛けるトキコの目の前で、刃が空を切った。

「…………え?」

 アッシュの刃ではない。何時の間に踏み込んで来たのか、自分達のすぐ傍には女子生徒の姿がある。その手には包丁が握りしめられており、位置から考えて後数秒アッシュに突き飛ばされるのが遅ければ、その刃が自分に刺さっていたのだと言う事が、トキコには理解出来た。

「……まさか、こんなにすんなり引っ掛かるとは思ってなかった」

 言いながら、アッシュは自分に向かって突き出される包丁を避ける。その動きは技術も何も無い、それこそただ振り回しているだけの滅茶苦茶なものであったが、異様に速い。振り回していると言うより、包丁に引っ張られているのだと錯覚する程だ。

 速いが――超能力者と戦うには、それでも少々力不足だ。

「ふんっ」

 唐突に始まったその戦いは、終わるのも唐突だった。それはあっと言う間の出来事だった。アッシュの掌底が女子生徒の腹を捉え、それからすぐに手から包丁を奪う。最後に足払いが入って、女子生徒は地面に叩き付けられた。まさに瞬く間の出来事だった。

「危ないなぁ。刺さって怪我でもしたらどうするの、君?」

 器用に包丁を玩びながら、アッシュは這い蹲っている女子生徒を見下ろしていた。怪我どころか殺されるところだったと言うのに、その様子は全く乱れていない。一方襲い掛かって来た女子生徒かと言えば、一体何が起きたのか分かっていないようだった。

「え……? え?? ええっ???」

 トキコの方も、まだ状況に認識が追いついていないようだった。アッシュと這い蹲っている女子生徒との間を、視線が何度も行ったり来たりを繰り返している。

621akiyakan:2013/03/30(土) 22:14:38
「一体何が……」
「トキコちゃんは、最近噂になってる殺人鬼の話、知ってる?」
「え? ……それって、恋人ばっか狙ってるって言う……」
「そ。で、僕は彼女を誘き出したかったんだけど、実に光栄な事に、この子は僕らをアベックと勘違いしてくれたようだ」
「アベ……っく……」
「……そこまで嫌な顔する事ないじゃない、まるで泥の臭いでも嗅いだような……」

 あからさまな嫌悪を露わにするトキコに、アッシュも苦そうな表情を浮かべた。

「その制服……ロクブツ学園の生徒か。正直驚いた。こんな超能力も何も無い、しかも十代の一般人が、まさか連続殺人事件の犯人だったなんてね」
「超能力も何も無い……? そんな訳無いでしょ、パチモン。この人、凄い速さで切り掛かって来たじゃない」
「人間を興奮状態にするアドレナリンだけどさ……あれって異常に分泌されると、人間が本来身体に施しているリミッターが外れるんだよね……聞いた事あるでしょ、火事場の馬鹿力ってやつ」
「それって……」
「そう、そう言う事」

 アッシュは、地面に座り込んでいる少女に再び視線を向けた。

「今のはあくまで『人間業』。この子は本当に、超能力者でも何でもない、普通の人間だよ」


 ――・――・――


 ――私には、最愛の人がいました。
 血の繋がりは無いけれども、両親と同じ位に愛しい、そして大切な人。
 彼が傍にいるだけで、私は幸せでした。
 彼が笑っているだけで、私も笑顔でした。
 彼と肌を合わせていると、ドキドキする。ドキドキが止まらなくなって苦しくなるけど、同時にそれが心地良い不思議な感覚。
 ずっと。ずっとこの幸せが続くと思っていました。いえ、信じて疑いませんでした。
 だけど。
 ある日突然、唐突に終わってしまいました。
 私の彼は、通り魔に殺されてしまいました。
 本当に、突然の出来事でした。
 何時ものように、当たり前のように、二人で並んで歩いていました。
 突然、彼が私を突き飛ばしました。
 そのすぐ後に、赤い飛沫が上がりました。
 何が起きたのか、すぐには分かりませんでした。
 彼の身体が、ゆっくりと倒れていきます。地面には、血だまりが。
 気が付くと、私は叫び声を上げていました。いえ、もしかしたら気付いた頃には、もう声を上げていたのかもしれません。
 遠くに、逃げていく人影が見えました。
 何で。何で。何で。
 霊安室で彼の遺体を前にした時、そればかりが頭の中を過りました。
 彼は何も、悪い事なんかしていないのに。私だって何も、悪い事なんかしていないのに。
 私達が、何かをしたのだろうか。例えそうだとしても、その報いに命を奪われるなんて、酷過ぎる。
 通り魔は捕まりました。ですが失われたものは、彼の命は帰ってきません。
 憎い、憎い、憎い。
 煮え滾る憎悪が、私の中で暴れます。
 私は復讐を決意しました。どれだけかかっても、彼の命を奪った憎き犯人に同じ苦しみを与えてやろうと。
 ――ですが、
 それを上回る程、私の心を捕らえるものが、ありました。
 町のあちこちに見える、人と人。誰もが幸せそうに、寄り添いあっている。幸せそうな、本当に幸せそうな恋人達。
 思わず、唇を噛みました。血が流れるくらいに、私は強く噛みました。
 本当なら、私も貴方達のようであった筈なのに。彼と一緒に隣り合って、身を寄せ合っていたのに。
 妬ましい。妬ましい。妬ましい。
 私の目的は、別のものへと変わりました。
 私はこんなにも苦しい思いをしていると言うのに、お前達は何故そんなに笑っていられるのだ。
 理不尽だ、不条理だ、不公平だ。
 だから私は――

「彼らにも、同じ苦しみを味わわせてあげたのよ」

622akiyakan:2013/03/30(土) 22:15:37
 ――・――・――


「う…………」

 彼女から話を聞き終わって、トキコはあからさまに嫌悪の色を浮かべた。

 ホウオウグループに所属しているとは言っても、彼女は比較的良識のある方の人間だ。目の前の、同じ年頃の少女が放つどす黒い悪意は、トキコにとっては毒にも近かった。物理的な影響力などある筈無いのに、その場の空気が一気に重く、そして肌に纏わりついてくる。

 そんな悪意に晒されながら、アッシュは眉一つ動かしていない。彼は涼しい顔で、女子生徒を見つめていた。

「そ。じゃ、好きにすれば?」

 そう言うと、アッシュは背を向けた。あまりの反応にトキコも女子生徒も「え?」と驚きを露わにする。

「ちょ、ちょっとパチモン!? 何してんの!?」
「何って、帰るんだよ、家に」
「家にって、あの子は!?」
「あれ? まさかトキコちゃん、僕があの子を捕まえるとか考えてた訳?」

 そう言うアッシュの口元が、悪戯っぽい笑みを形作っていく。

「んな訳無いじゃん。何で僕がそんな事するの、警察じゃあるまいし。僕はね、この子が一体何を考えているのか、興味があったから接触しようとしただけだよ」

 ブラフではなく、本当にそう言っているようだった。トキコはアッシュを追いながら、少し不安そうな表情で少女の方を何度も振り返っている。それは、どうすればいいのか分からず、困っているようだった。

「……トキコちゃん、君はどうしたいんだ?」

 アッシュは振り返ってトキコの方を見た。光源から逆光になって、アッシュの表情は伺えない。しかしなぜか、パックリ弧を描いた口元だけは、見えたような気がした。

「セオリー通り、警察にでも突き出しちゃえば? でもおかしいよね、それ。まるで『正義の味方』のやる事だ。僕達ホウオウグループがやる事じゃない。だから正しいかどうか決めあぐねている。そんな感じかな?」
「う…………」
「僕は別に、やればいいと思うけど。君が『正しい』と思っているなら、さ」
「わた、しは……」
「決めるのは君だ。よぉく考える事だ、何せゲームみたいにリセットは効かない……あぁ、だけど早い方がいい。じき、『手遅れ』になる」

 路地の奥を覗き込むように目を細めながら、アッシュが言う。「手遅れ」。それが何を意味しているのだろうかと、思わずトキコは振り返った。

 見れば、路地の奥から新たな人影が現れていた。いかせのごれ高校の制服を着た女子生徒だ。女子生徒はゆっくりと、こちらの方へと歩いてくる。

 その途中で、それまで自分達が相手をしていた少女がいる訳だが、

「え――」

 その少女の左腕が、不意に無くなった。

「あ――」

 ロクブツ学園の女子生徒は、肘から先が無くなった自分の左腕を見て、ポカンと口を開けている。その目は大きく驚愕で見開かれており、一体何が起きたのか分かっていないようだった。ややあってから、その傷口から噴水みたいに血が噴き出す。

「…………」

 いかせのごれ高校の女子生徒は、目の前の相手を見つめている。静かに、ただ、静かに。常軌を逸した光景が目の前で起きていると言うのに、驚きも慄きもしない。まるで、それが「当たり前の光景」であるかのように。

「え……あ……あぁ……!?」

 ようやく認識が追いついたのか、腕を失った少女が声を上げた。血の噴き出す腕を押さえ、苦痛に身を捩る。その少女を見下ろすいかせのごれ高校の女子生徒の手には、何時の間にかナイフが握られていた。

「いけな――!!」

 彼女が一体何をしようとしているか気付き、トキコは思わず手を伸ばした。

「『もう遅い』」

 冷淡な表情で、アッシュはその場から動かずに成り行きを見届けた。

 左腕を失い、蹲っていた少女の首が切られた。パッと赤い鮮血がほとばしり、制服や路地の壁を赤く染める。

「――…………」

 トキコは伸ばしていた手を引っ込めた。

 相手の返り血を浴びながら、少女は動かなくなったもう一人の少女を見つめている。それはまるで、どちらも同一の人物であり、見下ろしている方は死んでしまった自分の身体を見つめる幽霊にも見えた。

「行こう。彼女の殺意が僕らに向いてしまう前に」

 トキコの手を引き、アッシュは路地の外へと連れて行く。トキコが振り返った時、少女はまだそこに佇んでいるのが見えた。

623akiyakan:2013/03/30(土) 22:16:10
――・――・――


 その後、アッシュに聞かされたところによれば、後から現れたあの少女は、先の少女に恋人を殺された「生き残り」だったのだそうだ。

「正に因果応報ってやつだよね」

 そう可笑しげに笑うアッシュであったが、トキコには全然笑えなかった。

「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて地獄に落ちろ、ってね。もっともこの場合はナイフで切られた訳だけど」
「うっさい、パチモン。人の恋路だったらあんたもそうでしょ」
「心外だな。少なくとも、僕は君達の邪魔をした記憶は無いよ……何はともあれ、八つ当たりじみた憎悪は時に恐ろしい事をしでかすよね。おお、怖い怖い」

 『八つ当たりじみた』。少し前の自分を思い浮かべ、トキコは胸の奥がちくりと痛むのを感じた。自分が以前しでかした事と彼女がやった事。どちらも同じ殺戮だ。

 恨み。妬み。嫉み。それは、誰もが抱く感情だ。そう、「誰もが」。

 誰もがあの少女のような殺人鬼になってもおかしくはないのだ。



 ≪ある少女の復讐劇≫


(その後トキコは新聞で、あの路地裏で二人の少女の死体が発見されたと言うニュースを目にした)

(どうやらあの少女は復讐を遂げた後、自らの命を絶ったようだ)

(「つまらないな。ここで終わりか」)

(アッシュがそんな事を言っていたので、彼女は一発ぶん殴ってやる事にした)

(自分も、)

(スザクやシスイを誰かに殺されたら、ああなるのか?)

(思わずそんな事を考えかけて、)

(トキコは思考を中断した)

624十字メシア:2013/03/31(日) 09:21:45
スゴロクさんから「赤銅 理人」お借りしました。


――世界は相変わらず、無意味に満ちているらしい。

自分、壬道 外芽はこの廃都市の様な場所(他の人間はストラウル跡地と言っている)で、夜のいかせのごれを眺めていた。
崩壊から何も変わらず、それ以上の退化も修復もないこの態は、自分と同じ、”神に見捨てられた”のと同じ。
ふと耳に足音が入り、後ろを振り返ってみると――。

「やっほー」
「………貴方は」

いつか、赤と青の目をした姉妹の元に、共に訪れたあの男。
確か名は……。

「覚えてーるかなー? 赤銅 理人だよー」
「……はい。その奇天烈な話し方、今でも頭に残る」
「奇天烈? そうかねー?」
「…自覚、無い?」
「まあ」
「そう…まあ、どっちでもいいです」

再びいかせのごれを眺める。
すると理人が隣に来た。

「面白いーかい?」
「別に」
「じゃあ何でそーしてるんだ?」
「…別に何をしようが、自分の行動は全て無意味です」
「ふーん。どうして?」
「………」

どうしても何も、無意味なものは無意味。
それ以外に何もなく、価値すらだって無い。
それは他の人間にも言える。
現に『自分』がこうなのだから。
ところで話は変わるが、いつも思うのだが。

「ん?」
「似ている」
「似ているーって、何がかな?」
「…あの、『灰に濁ったような町』と。ここが」
「そこって、キミの故郷?」
「故郷………半分、違う」
「違う?」

あそこは――。


『もう”赦”して!!!』


「おーい?」
「! …何でもない」
「急に静かーになったから、どーしたのかと思ったよ」
「…………」
「ま、この辺でおさらばするよ。じゃあ」

…同行していた自分が言うのもなんだけど、嵐みたいな男だ。
一体、どのような意思があるんだろう。
結局無意味だけど。
…何で他人(ひと)は正義だの悪だのに拘るんだろう。

「どうせ消えて、別の存在になるのに」

友情も家族も思想も意志も情も全て、全て、いずれは消える。
いずれは変わる。
ならそれらは無意味で無価値だ。

そう、『愛』だって。


孤独な『  』


(赦される訳がない)
(神の世界から外れている自分、見捨てられている自分)
(『つくられた』、自分)

625十字メシア:2013/04/03(水) 04:54:49
>スゴロクさん

フラグを拾いたいのですが、ヴァイスの名前を呼んだキャラはまた別でしょうか?

626スゴロク:2013/04/03(水) 09:56:03
>十字メシアさん
同時進行の想定ですから別ですね。
ただ、不都合が生じるようでしたら同一でも構いません。

627十字メシア:2013/04/03(水) 11:34:40
>スゴロクさん
あ、という事は呼んだキャラはスゴロクさんのキャラでは無いんですね?

628スゴロク:2013/04/03(水) 15:58:29
>十字メシアさん
ですです。
自分で拾っていた場合は詠人辺りを想定していましたが、拾って頂けるならお任せします。

629十字メシア:2013/04/03(水) 16:32:57
>スゴロクさん
なるへそ。
個人的に今までのヴァイスの戦闘シーンが上手く書ききれてない感があるので、今回は後者のみにします

630十字メシア:2013/04/03(水) 17:25:36
スゴロクさんの「悲劇・惨劇・心鬼劇」のフラグを拾わせて頂きました。


某日、いかせのごれの一角。
この日は学校が無く、街中ではちらほら学生らしき者も見受けられる。
その中で、似た色合いをした水色の髪の二人組、蛍とハルキはデートの最中、ただ事ではない景観と血だらけで倒れている男を見つけた。

「…ほっといたらヤバイなあの人…つか、何でこんな事なってんだ?」
「分かんない」
「お前に聞いてないってーの。とにかく、あの人を助けるぞ、ハルキ」
「うん」

行動に移す二人。
まず狂乱し出している人だかりに近付くと、ポケットから筒状の物を取り出し、地面に投げ捨てる。
瞬く間に煙が広がり、人々はその場に倒れ伏した。
煙の眠り薬だ。
当然ながら蛍も眠ってしまう筈なのだが、あらかじめマスクをしていたのでそう至らずに済んでいた。

「よし、上手く行ったな…って!! お前何うっかり煙吸い込んでんだよ!!!」
「すぴー」
「起きろ! バカハルキ!」

と、どこからか取り出したハリセンでハルキをひっぱたく。
「スパーン」と軽快な音が二回響き、ハルキの瞼がゆっくりと開いた。

「ん…おはよー、蛍」
「おはよー、じゃない!! 早くあの人を安全なとこに運ぶよ!!」
「え? …あ、そっか。分かった」

倒れている男の肩を担ぐ二人。

「とりあえず、あそこの路地裏に…」
「うん」

二人がかりとはいえ、子供の力で大人を運ぶには時間がかかる。
それでも蛍とハルキは足を動かし、何とか路地裏に辿り着いた。

「ハルキ。あたしはもう一仕事するから、その人の怪我治しといて」
「うん、分かった」

蛍が路地裏から出たのを見た後、ハルキは上に向かって人差し指を突き立てた。

「タンザナイト」

指から小さな水色の光が放たれる。
すると、男に向かって花の様な形をした光が降り注いだ。
光がかかった瞬間、傷がみるみるうちに塞がり、青白かった男の顔に生気が戻っていく。
血もすっかり消えているようだ。
男の傷が完全に治ったと同時に、蛍が帰ってきた。
腕にはペットボトルや鞄、ペンシルなどが抱えられており、それらには全て血痕が。

「? それ、何?」
「暴れてた人達から取ってきた。もし警察が絡んできたら、厄介どころじゃないだろうし。とりあえず、所有物は早く血痕消して返すべきだな。まあ素手は流石にどうしようも…」
「タンザナイト、使えば消えるよ」
「あ、そっか。じゃあこれも一緒に頼んでもいいか?」
「いいよ」


「……う」

意識を取り戻したブラヴ。
ややぼやけている視界に入ってきたのは、木目の天井。
そして自分とさほど変わらぬ年齢であろう女性の顔。

「あ、目覚めました?」
「……ここは」
「あなた、街角で倒れていたんでしょう?」
「! …だが、俺はそこに倒れていた筈だ。それに、傷がどこにも…」
「姪っ子達が運んで来たんですよ。治療もその子の恋人が」
「…そうか、すまなかった」
「そんな。お礼なら姪っ子達に言ってやって下さい」

明るく笑う女性。
と。

「あ、起きたんだ」
「良かったー」
「お前達か……わざわざ助けてくれて、すまない」
「べーつにいいって! あたしらの仕事みたいなモンでもあるし。とりあえずおじさん、今夜は家に泊まっていけよ」
「いや、そういう訳には…」
「一晩休んだら、元気なる。叔母さんのご飯、美味しいから、もっと元気なる」
「………」

ブラヴは仏頂面で蛍とハルキの顔を少しの間見やったが、やがて諦めた様に息をつく。
それを見た二人は違う、それでいて似通った笑みを見せた。

「きーまり! じゃあ改めて自己紹介するよ。守人の乃木鳩 蛍だ!」
「ぼく、ハルキ。ぼくも、守人」
「……ブラヴ=デュンケルだ」


藍色と守人の邂逅

631十字メシア:2013/04/03(水) 19:21:07
すいませんブラウさんの名前微妙に間違えてました……orz

632えて子:2013/04/03(水) 22:58:33
「覚醒の兆候」の続きです。自キャラオンリー。
これ以降、この二人は夜毎能力者たちを強襲して能力を奪っている感じです。(さすがに企画っ子の皆様は襲えないのでモブ能力者が犠牲になっているとお思いください)
ティミッドと強奪者の詳細は、後ほど。


夕重が“行方不明”になって数日が経った。
家にも帰らず、学校にも来ず、足取りは掴めていない。

…そんな日の夜。
夕重…否、「強奪者」はストラウル跡地の廃ビルにいた。
屋上の錆びついた手すりに腰掛け、月の隠れた夜空を見上げている。

その強奪者の背後に、音もなく人影が現れた。
暗い色のフードとマント、ぐるぐる巻きのマフラー。
以前、彼女が“ティミッド”と呼んだ人物であった。

「………やあ」
『……君カ』

気配も感じさせないティミッドに驚いた様子もなく、強奪者はゆるりと振り返る。
仮面をつけているからか、耳障りな声とキィキィという甲高い雑音が辺りに響く。

「具合はどうだい?」
『平気ダヨ。君モ随分ト心配性ダネ』
「当たり前さ。君は僕の唯一の協力者。動けなくなられては困るんだよ」
『ハハハハ!ソレモソウダ!』

おそらく笑っているのだろうが、仮面のせいで表情は読み取れない。
そんな強奪者の様子にも呆れる様子はなく、ティミッドは言葉を続ける。

「君もそろそろ活動に支障がなくなってきた頃だろう。3日後の夜から、本格的な活動に入る。いいかい?」
『異論ハナイヨ。随分待タセテシマッタヨウダシネ』
「まったくだ。その分は、働きで返してもらうよ」
『ハハハハ。了解』
「…それと、いつまでその趣味の悪いお面をつけてる気だい?もう僕らしかいないんだから、それ取ってもいいんじゃないのかい」
『オット、コリャ失敬』

耳が痛いよ、と愚痴るティミッドに、おどけた仕草で謝罪する。
手馴れた様子で仮面を外すと、それを頭へとずらした。

「……ついつい昔からの癖でね。これでいいかい?」
「ああ、そっちの方がずっといい」

ティミッドの声にどこか安堵の色が混じっていたのを、強奪者は聞かないふりをした。



「……なあ。この世界は好きかい?」
「…何だい、突然藪から棒に」
「まあいいじゃないか。で、どうなんだい?」
「…特に好きでも嫌いでもないさ」
「ふーん…」

まあそういうものか、と一人納得したように呟きながら、ティミッドは強奪者の隣に陣取る。
強度に不安のある手すりにも関わらず、不思議ときしむ音はしなかった。

「君は、嫌いか?」
「ああ。この世界は異常すぎる。異常なのが“普通”になってきてしまってる。分不相応な力があるからこそ、人間は過ちを犯すのさ。なのにそれを推奨するかのようなこの世界が、僕は、反吐が出るほど嫌いだ」
「知ってるよ。だから私と手を組んだんだろ?」
「そうさ。君の力と僕の力があれば、きっとこの“異常”な世界を元に戻せる。“普通”の世界に戻れるんだ」

ティミッドの表情は全く分からないが、その声が決意の固さを物語っていた。
拳を握って力説するティミッドに、強奪者は薄く微笑む。

「……力を貸すよ。君の理想に、少しでも近づけるよう」
「……ああ。一緒に、この世界を正そう」

「「………行こうか」」

二人で目配せすると、手すりからぽんと飛び降りる。
地面に二人が降り立つことはなく、また、夜の暗闇へと消えていった。


夜の帳の下りる町で


「……ねえ、ひとつお願いがあるんだ」
「何だい?」
「“夕重”の友達は…普通にするのを最後にしてあげてくれないかい」
「……いいよ。もしかしたら、彼らもその間に改心してくれるかもしれないしね」

633思兼:2013/04/16(火) 04:02:05

【純白レコード】


―第1話・日常が非日常に変わる話―


この世界はどうやら可笑しな勢いで狂い始め暴走を、変化を初めているらしい。



近所の神社で巫女さんをやってる、優しいお姉さんもそうだった。
近所の高校に行ってるキツネ目の兄ちゃんもそうだった。


俺の住む『いかせのごれ』に隠れ溶け込む『超能力者』たち。

勿論、俺もその一人なのだろう。


でも、俺のこの力は俺が生まれた時からともにあった力だ。例えば神社のお姉さんは前に会った時はごく普通の人だった。
それが、少し前にまた会った時、お姉さんには何かしら得体の知れない『力』が宿っていたのを、僕の目は見抜いた。

しして、お姉さんの経緯を、目を使って追ったことで、俺はある事実を視た。



お姉さんは少し前に一度『死んで』いた。


何かの比喩でも、大袈裟な表現でもなく文字通り。

狂人の駆るトラックに家族と一緒に撥ねられたはずのお姉さんは、その直後に生き返り犯人を『超能力』としか呼べない不可思議な力で殺してしまった。


こうして、一度『死んだ』ことで、生き返り超能力者になった人は何人か居た。
以前は違った人がいきなり超能力者になった場合、このパターンが圧倒的に多いように感じる。

勿論例外アリで、高校生のキツネ目の兄ちゃんは死んでなんかいない。


『死ぬ』事で得る超能力。

俺の目が『視た』限りでは、陰鬱な凶事、あるいは凄惨な悲劇の果てに得る超能力。
それは『ナイトメアアナボリズム』と言う名前らしい。


なるほど『悪夢』ね。
言えて妙だよ。


ある種の現象の『ナイトメアアナボリズム』が発生するようになったから、どうやら超能力者がどんどん増えているらしい。


そして『ナイトメアアナボリズム』を扱う超能力者は多くの場合、事故事件で死ぬ。
俺の目はその事件事故を裏から糸引く者の存在が見え隠れしている事を視た。


この『悪夢』には、どこかで暗躍する黒幕がいる。
目的はわからないけど。

634思兼:2013/04/16(火) 04:22:40


「で、あの「能力」のことなんだけどさ…」
「あー、まだ言ってたのかよ、それ」



俺の前に居るこの兄ちゃんと姉ちゃんも超能力者だ。

会話の内容を聞かなくとも、俺にはわかる。
それが『観察者』である俺の力だから。

俺の目は過去を、現在を、このまま行けば訪れる未来を見る事ができる。
それは人や物や場所を問わない。
この二人の少し前の出来事や、現在何を話していたかは手に取るように見える。


勿論、未来もだ。



「リオ兄に相談するのはさぁ…」
「………?」
「俺、あんまりよくねぇと――姉貴?聞いてんのか?」



会話を止めた二人の視線の先、奇妙な風貌のオッサンが居る。
3人とも、未だ俺に気づかず、相対している。


…僕の見た未来が正しければ、オッサンは俺に気づき、話しかけるだろう。


ゴメンね、面倒はキライなんだ。

俺は踵を返し、路地に身を隠すように滑り込む。



「そこのお二人さん、ちょっといいかい?」


そのまま家に帰ろうとする俺の背中、書き換わった未来があの兄ちゃんと姉ちゃんを身代わりに選んでいた。

635思兼:2013/04/16(火) 04:31:06
<お借りしたキャラクター一覧>
ケイイチ(本家様・キツネ目の兄ちゃんと言う名称)
赤城 明夢(柴犬様・話題のみ、神社の巫女さんという名称)
榛名 有依(紅麗様)
榛名 譲(紅麗様)
御坂 成見(思兼)


初めての観察させて貰いました。
このようなオチはいかがでしょう。

そして、遅れましたが しらにゅい様、クロスありがとう御座います。

636クラベス:2013/04/18(木) 21:52:13
いい加減書き出さねばならないでしょう。
自キャラオンリーです。


『ああ?そういう小さいことでぐっだぐだ言うんじゃねぇよ。』
テレパシー越しに幹久朗が言う。カイムはずり落ちそうになる眼鏡をあげながら答えた。
「小さいことって…。万一、一〇一話に青行灯がいればキリさんが帰ってこれない可能性があるんですよ?」
『万一だか千一だか知りはしねぇが、お前はそんな可能性にこだわるのかよ。』

百物語組では現在キリがいなくなり、ほぼ同時にゴクオーとの連絡が取れなくなっていた。
いつものように学校の屋上にいるわけでも、ガラクの洞窟にいるわけでもない。
春美が籠ってる今、憑依型の妖怪であるハルミとの連絡手段もない。
仕方がないため現在のところ話数最上位である幹久朗が取り仕切ってる次第である。

別所にいる幹久朗に今までの経過を話していたカイム。
春美の能力を掴みあぐね、どこまでが「百物語」に該当するのかカイムは非常に困っていたのだ。
そこで幹久朗に相談しようと経過を話した結果が、冒頭の台詞だった。

「あのですね幹久朗さん、キリさんと仲があまりよくなかったのは存じてますが、あまりに投げやりではありませんか?」
『いやまぁ、確かにあいつは気に入らなかったけどよ。お前、俺がそんな薄情に見えるのか?』
「いえ、そういうわけでは…。」
『お前、俺たちの仲をあんまりしらねぇな?』

『確かに俺とあいつは互いが気に入らなくて張り合ってた。けどよ、付き合いが長いから一番信頼できる仲でもあるんだ。』
いいか、これだけ言っておくぞ。そう前置きして幹久朗は言った。
『今回の件で一番傷ついてるのは間違いなく主だ。だが、一番助けたいと思うのは俺だ。』

『俺は、キリを、助けたい。』

『そのためなら手段を選んでられねぇんだ。可能性がある限り何でもやる。』
「幹久朗さん…。」
『それなのにお前、いろんな「万一」が為にこの手段を放棄できるか?』
「!」
『俺ならしないね。出来なかったらその時だが、今はやることが第一だ。』

『悪いね、こんな適当な性格でよ。』
いつものように軽く笑う幹久朗に、この時は勇気づけられた。
カイムも口角をあげると、明るく返した。
「いいえ、俄然やる気が出ました。やれることはやってみましょう。」
『おう、そのいきだ! 俺も頑張る。お前も頑張れ!』

通話を切ったカイムは一つ伸びをして、目の前の原稿に取りかかった。
無論、キリを「語る」ための原稿である。


考えるな、動け


「…さぁてと。」
幹久朗は自分の店のテーブルに待たせていた客人にお茶を差し出した。
「少し話をするか、千郷。」

637クラベス:2013/04/29(月) 21:49:08
「思案、夕闇の中で」を今更ながら拾わせていただきました。短めです。
えて子さんより「我孫子 佑」をお借りしています。


「佑、起きてるか?」
夕刻より日は沈み、もう夜になろうという時間の頃。
空を茫然と眺めていた佑は声の主の方を振り向いた。
声の主は無論、この家に居候している男、太陽である。
しかし今日はなぜか普段着の上からエプロンをつけている。

「タイヨーさん…?」
「ああ、寝ていたならそのままでよかったんだ。起こしたら悪かったな。」
「…何ですか、その格好。絵でも描くんですか?」
「残念ながら俺は芸術の能がないんだ。そうじゃなくて料理だよ、料理。」

「お前、このところ疲れてたみたいだからな。今日は俺が一肌脱いでやろうってことよ。」
「え、タイヨーさん、料理できたんですか?」
「バカヤロー、これでも長年一人暮らしだ。…宿なしだったけどよ。」
「その途中に不安な言葉が入るのは」
「兎に角!料理はできないわけじゃねぇんだ。だから今日は飯の心配をするな。」

そういって一度扉を閉めた太陽であったが、何を思ったのか再び扉を開けた。
「ああ、そうだ、佑。」
「何ですか?」

「何かあるんだったら俺に言えよ?」

「学校生活、俺は経験したことないけど疲れるもんなんだろ?愚痴くらいなら居候の俺も聞いてやれるから。」
太陽は佑に白い歯を見せ笑いかけた。
「新居が見つかるまでの仲だ。吐きたいだけ吐いてくれよ。」

佑はしばらく太陽を見ていたが、つられて口角をあげた。
「ありがとうございます、タイヨーさん。」
「気にすんなって。今日はゆっくりしてろよ。」

「…あの、タイヨーさん」
「ん、何だ?」
「今日の夕ご飯、何ですか?」


本日の献立・焼き魚


その魚は表面がすっかり焦げてしまっていたが
愛情だけは籠っていた

638スゴロク:2013/04/29(月) 23:09:26
かなり久々にザ・スクールライフです。腕が、小説の腕がぁぁぁ……。




あくまで僕の感覚では、だけど、久し振りの学校は少し疲れた。僕が「死んでる」間に母さんは何をやったのか、みんなしてどうした、様子が違った、あれは何だったんだと質問してくる。

都度都度適当に誤魔化して来たけど、そろそろ整合付けるのが怪しくなって来た。こりゃアオイに一働きしてもらうかな?

「んじゃ、また明日なー、鳥さん」
「! あ、ああ」

なんてことを考えてたら、教室から出ていくハヤトに声をかけられた。「鳥さん」、か。
トキコ以外からそう呼ばれたのも何か久しぶりな気がする。ハヤトを見送りつつ、放課後の教室に一人残る。

「……ふー」

何に対してか、溜息が零れた。このいかせのごれ高校に通ってどれくらいになるのか、もうよく覚えていない。学年だけ考えれば2年のはずなんだけど、記憶を探ると明らかにそれ以上の時間が経過している。

「!! うっ、痛ッ……」

ただ、それを考えようとすると途轍もない威力の頭痛が襲って来る。酷い時にはこれで意識を失う事さえある。
前々からこんな兆候はあったけど、原因はさっぱり不明。しかもこれを誰かに相談しようとすると、その場で意識がブラックアウトしてしまう。おかげで今日一日で4回も気絶、その都度玉置先生の世話になるハメになった。
こんな時間に、こんなところで気絶するわけにもいかないから、とりあえずそれ以上考えるのはやめた。

「……あー、疲れた」

頭痛が引いたら、今度は精神的疲労が襲ってきた。椅子に座ったまま、机に頭を投げ出して窓の方を見る。真っ赤に燃える西日が眩しい。
鞄は机にかけてあるけど、今はそれを取って帰る気にならない。もうすぐ門限だっていうのに、全然動く気にならない。

「……帰りたい。けど動きたくなーい……」

我ながらダメダメな台詞だと思うけど、率直な話これが今の本音。正直このまま寝てしまいたい。
けど、残念ながらそれは出来そうになかった。

「あれー? 鳥さん、まだ残ってるの?」

廊下を走る足音が近づいて来たかと思うと、すぐ横でもう聞きなれた声がした。頭を少し持ち上げて顔を反対に向けると、そこにいたのは。

「……なんだ、トキコか」
「なんだはないでしょー。せっかくヒトが心配して来てあげたのに」
「言うよ。どうせ連絡か何かで足止め喰ってて、慌てて帰るところだったんだろ?」

言いきったら固まった。どうやら図星だったらしい。

「ま、いいよ。僕にはあんまり関係ない」
「……関係ない、かな? 私の『連絡』が何かは知ってるでしょ」

そう、僕は知ってる。トキコはホウオウグループのひとり。その『連絡』となれば、アースセイバー……少なくともその協力者にとっては、看過してはならない事態だ。
看過してはならない、のだけど。

639スゴロク:2013/04/29(月) 23:10:01
「確かにアースセイバーの協力者なら、放っておく理由はないよ」
「……なら」
「けど、僕はあいつらのやり方に一から十まで賛成してるわけじゃない」

そう。僕がアースセイバーに協力しているのは、ただその方が都合がいいから。
曲がりなりにも社会を守る組織に逆らって睨まれるより、非常時に協力して普段の平穏を得る方が大事だからだ。

「だから、お前が誰にどんな連絡をしようと、僕は関知しないよ。わざわざ知らせる義理もないし」
「……私が言うのもなんだけどさ、鳥さん、そんなスタンスで本当に大丈夫? 亀さん、一応そっち側でしょ?」
「ゲンブ? あいつのことはどうでもいいよ。あいつ、僕がお前と付き合うって聞いて何言ったと思う? 関係利用して情報引き出せ、だぞ?」

今思い返してもイラッと来る。要するに、アースセイバーのためにトキコを利用しろって話だからな、アレ。

「見捨てるのもあれだけど、だからって不用意に関わる気はもうないね。こうして暮らす上で必要だから連絡くらいはするけど、それ以上はもう期待しない。結局のところ、あいつは骨の髄まで『あっち側』なんだから」
「……? 鳥、さん……?」

そう。「あっち側」だ。

「……僕はな、トキコ。ホウオウグループの言ってることも、一理あるとは思ってるんだよ」
「!?」

ここからは、僕の話だ。

「やってる事は色々無茶苦茶だし、何としても止めろって言う奴の言い分もよくわかる」
「…………」
「でも、一から十まで否定する気はないよ。少なくとも僕が知る限りでは、賛成できる部分も色々とある」

答えは返らない。僕も求めない。

「僕をこうしたのはUHラボ……逸れ者のバカ達だし、グループ自体にはもう恨みも何もない。仲間になれって言われたらさすがに困るし、破壊活動とかするなら止める。でも、普段お前達がやってることを邪魔もしない」
「鳥さん……」
「……僕はどっちの味方でもないし、敵でもない。それはつまり、両方を敵に回すことと一緒だ」

ただ、今はアースセイバーとは戦っていない、というだけの話。僕としてはこっちからコトを構えるつもりはないけど、向かって来るなら全力で潰す。それだけだ。

「ゲンブは多分、その辺わかって言ってるんだろうな。どっちでもないなら、今の内に自分達の方に引き込もう、って」

けど、それは間違いだ。

「僕は、決めかねてるわけじゃない。自分で考えて、感じて、『どっちでもない』ことを選んだんだ」

身体を起こして椅子を引き、座ったまま正面から向かい合う。あらためて見たトキコは、いつになく真剣な顔をしていた。

640スゴロク:2013/04/29(月) 23:12:31
「どちらにも賛成できるけど、全部に挙手は出来ない。そして、賛成できる点は、僕がそこにいてもいいと思えるほど、多くもない」
「………」
「だから、僕はこのままでいる。名目の上ではアースセイバーの協力者だから、多分この先ホウオウグループとぶつかることはあると思う」

けど、

「もし、アースセイバーが……ウスワイヤが、僕にとって賛同しかねる存在だったなら……僕は、協力することを止める」
「!」
「アキヒロさんがいつか、言ったよ。『能力者に未来があるなら、人間の未来はない』って」
「……人を超える、人でない力を持ってる誰かが大勢いたら、そうでない、普通の人は生きて行けなくなる……」
「そういうことさ。だけど、僕はそれを鵜呑みにする気はない」

それに、もしかすると別の意味を含んでる可能性がある。

「だから、鳥さんは……」
「ああ。これが、僕のスタンスだよ」
「…………」

何を思ったか、トキコが僕の足の上に座って来た。自然、至近距離で目が合う。

「……どうした?」
「……鳥さん、ちゃんと選んだんだね。どうやって生きていくか」
「そうかな。多分、僕は我儘なんだよ。自分の意に沿わないものが嫌いで、だから距離を置いてる。好きな人だけを、近くに置いてる。きっと、そういうことさ」
「……いーよ。それでも私、鳥さんが好き」

抱き締めたその体は、思ったより暖かかった。




すっかり遅くなった帰り道、トキコが口を開いた。

「さっき思ったけどさー」
「?」
「鳥さんって、髪綺麗だよね。それって天然?」

意外なことに、話の内容は髪の毛について。僕にはとんと経験のない美容の話だった。
ちなみに質問に対する答えは用意してある。

「んや、ちゃんと毎晩手入れはしてるよ。ちゃんとムースとか使って……」
「ほへ? ま、毎晩? お手入れ?」
「当然だろ、髪は女の命だからな。……って、何だよその顔」

見ると、トキコはそれこそ、鳩が豆鉄砲でも喰らった、という形容がぴったりの顔であんぐりと口を開けていた。

「……………」
「……おーい?」

呼びかけると、はっ、と我に返った。

「ご、ごめん。……や、鳥さんからそんな台詞が出て来るとは思わなくて」
「……どういうコトだ?」
「そっかそっか、すっかり忘れてた。鳥さんって女の子だったよね」
「……おい」

正直、僕もたまに自分が女だってことを忘れそうになる。髪の手入れはアオイに言われてだいぶ前から始めてたけど、こうして話すまで自覚がすっぽり抜け落ちてた。

「そんな鳥さんとお付き合いしてる私って……」
「言いたいヤツには言わせとけ。僕達は結局、こういう関係さ」
「……ん、そだね」



ザ・スクールライフ〜朱雀と朱鷺in放課後〜



(ちなみに)
(スザクの髪の手入れとは)



「……あーもう、なによこの櫛の入れ方は、どうやったらこんな形に……もー、ほんっとにスザクはドジなんだから……(ぶつぶつ)」


(概ね、深夜の綾音のフォローによって成り立っている)


鶯色さんよりチョイ役ですが「ハヤト」、しらにゅいさんより「トキコ」をお借りしました。

641しらにゅい:2013/05/01(水) 20:18:46
*本編や他小説とは一切関係が無いifストーリーです





 GW三日目。
先日から始まったこの黄金週間は早くも三日目を迎え、明後日からは四連休で学生なら休みはどう過ごそうかなー、なんて心を馳せていることだろう。
…でも、まさかGW三日目で校庭が爆破されるなんて、誰も予想していなかったよね?





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「随分派手にやったな。」
「そうだねぇー」

 いかせのごれ高校に来ると、校庭の前には「立ち入り禁止」の黄色いテープがたくさん貼られていた。
中では警察がゲンバケンショーをしているようで、あちこち忙しなく動き回っていた。
私とリオ君は野次馬に紛れながら、その様子を眺めていたのであった。

「"テスト"の事を考えれば、被害者は大勢いるだろうな…」
「ほとんど2年1組だったよねー、生きてるかな?」

 頭に浮かんだのはあの救世主サマ。
その破滅していく姿を想像したら思わず笑ってしまったけど、
リオ君がそれを呆れた眼で見て、そしてため息を付かれてしまった。

「…ケイイチは、多分来てないだろ。」
「えぇ、なんで?」
「ケイイチの監視任務についているエドワードから聞いた、HRで聞かされた『職員会議』が気になってるようでバツと遭遇する前に一度学校に来てた、って。
それに、その『職員会議』の最中にトモコ先生が携帯を持って廊下に出て行ったって話をアザミ……リンドウから聞いたが、もしかしたらケイイチは警戒して探ってんのかもしれないな。」

 あと、とリオ君が続けて何かを言い掛けたけど、それを遮るかのように男女の声が耳に飛び込んできた。
視線を向ければ、背の高いカウボーイ風の女の人と青い帽子を被った褐色の男の人がやってきた。あれはアースセイバーのチャドと、ケイイチのクローンのKEAだ。
また、KEAから少し離れたところには彼に声をかけようとしているマナちゃんの姿が見えた。…呼ばれなかった人も、いたようだね。

「アイツらどうあってもアニキを巻き込むつもりですだぜ!!!!」
「でかい声出すなよ…」

 チャドはやや興奮した状態で中へ飛び込もうとしたけど、それをKEAが制止した。
まぁ、アースセイバーから見ればあんまりいい気分じゃないよねこの光景。
校庭はニュースで言っている通り、地下に埋め込まれた爆弾が爆発したかのように地面が盛り上がって山になってたり、また地面に亀裂が走っている。
…遠くからじゃ分からないけど恐らく"テスト"に不合格した人達がゴロゴロ転がっているのだろう、きっと生きていないだろうけど。

642しらにゅい:2013/05/01(水) 20:20:37
「下手に暴れるなよ、トキコ。」

 失礼な、私だっていい時と悪い時ぐらいの区別は付けてるよ!
むすーと不機嫌そうな顔を見せたけど、リオ君は特に気にしない様子で言葉を続けた。

「…そういや、ニュースじゃコヨリが行方不明扱いになってたが、そうなると破壊された可能性が高いと考えられるな。」
「嘘、破壊された?」
「なんで目輝かせてんだよ。」
「えへへ。」

 そりゃ、コヨリがもしかしたら死んじゃったって事を考えれば残念だけど、
それよりもそう簡単には壊れない彼女が壊されてしまったっていうのが本当なら、それぐらい強い人がここにいたという事になる。
ワクワクするじゃん!

「……お前だけだろ。」

 そんな心のうちの声を見透かしてか、リオ君がぽつりとそう呟いた。
いやいや、だって中には運良くアナボライザーになった人だっているかもしれないよ?どんなのになるか楽しみじゃん。
どんなアナボライザーかなぁ、なんて想像し始めたけども、ふと先程から疑問になっている事をリオ君に問いかけた。

「…そういえば、さっき言い掛けたのって?」
「ん?ああ、そうだった。さっきロゼからメールで、セキがケイイチ達と交戦したがバラトストラは破壊されてしまった、って連絡が入ったんだ。
で、あいつらと接触した時間帯が、コヨリが校庭にいた時間帯と重なっていた。…つまり、ケイイチはコヨリとは接触していない。
コヨリがケイイチに破壊された可能性は、薄いだろ。」
「けど、破壊されたのは確実でしょ?…んー、じゃあ、もしかしたら呼び出した中にアースセイバーが紛れ込んでいたかも。」
「それも考えられるけど、な…」

 そう言って、リオ君は再び、校庭へと目を移そうとしたけど…

「KEA―!!!!!見てきてくれだぜー!!!!」

 チャドの大きな声が聞こえたと思ったら、KEAは投げ飛ばされて、けたたましい音を立てて瓦礫の山を打ち砕いていた。

「「………」」
「君達何やってるんだ!!!!」

 警官の一人がそう怒声を上げていた。…うん、お疲れさまです。
リオ君も私も呆気に取られていたけど、ハッ、として、私はリオ君に声をかけた。

「ま、まぁ、アースセイバーがいたら、もっと被害は小さかっただろうし、トモコ先生だって行方不明に……ん?」

 …そういえば、ニュースはコヨリの他にもトモコ先生も行方不明扱いだったよね?

「ね、リオ君。トモコ先生も行方不明だったよね?」
「?あぁ、ニュースじゃそうなってたな。」
「多分、ホウオウグループの…サイナが何かしたんだろうけど、何でだろ?
別にトモコ先生は生かしておいたって問題ないだろうし、サイナは無駄な行動はしないだろうし…」
「だったら、考えられるのはひとつだろ?」
「…トモコ先生は、見てはいけないものを見てしまった。」

 かな、と首を傾げて返答すれば、リオ君は頷いた。
サイナにとって「計画の害に成り得る対象」と認識されたんだ、トモコ先生。…ご愁傷様。
いずれ2組も対象になるだろうし、ウララ先生も消されなきゃいいけどなぁ。

643しらにゅい:2013/05/01(水) 20:23:48
「…いや、無いか。ウララ先生、ぽあっとしてるし。」
「?」
「あ、ううん、こっちの話。」

これは鳥さんや一角君と戦う日も近いかなぁ、なんて考えながら、現場から野次馬へと目を移した。
さっきよりも人が集まってきて、見知った顔もちらほらと見え始めてきた。
その中にやーさんこと、蒼井聖も見えた。
視線が、合った。
いや、視線が合った、じゃなくて、やーさんは初めからこっち見てたんだ。

「………」

 図に上がるなよ、鳳凰の狂信者共。
そんな事を言いたそうな、眼。

「……リオ君、そろそろ離れよっか。」
「…そうだな、悟られるとまずい。」

 私達は野次馬の中から抜け出して、いかせのごれ高校から離れたのであった。










急転直下



(そういえばリオ君、ユーイちゃんも2年1組だけど…)
(ああ、ユウイなら心配いらない。宿題手伝うから絶対に外出るなよって言っといた。)
(わあ。)

644しらにゅい:2013/05/01(水) 20:32:29
>>641-643 お借りしたのは高嶺 利央兎、名前のみアザミ、榛名 有依(紅麗さん)、
同じく名前のみエドワード(許助さん)、ロゼ(びすたさん)、枝下 ウララ(十字メシアさん)、
火波 スザク、ちょい役で蒼井 聖(スゴロクさん)、名前のみで都シスイ(Akiyakanさん)、
本編からチャド、KEA、マナ、そしてこちらからはトキコでした!

GWということで、第三十二話「オヤクソク」のあの野次馬の中に彼らが紛れ込んでいたら…
というのを想定して書かせて頂きました!
第二章がこれから楽しみです(*・ω・*)

645思兼:2013/05/05(日) 00:34:32
御坂君のお話、今回は独り語りです。


【陽炎メモリアル】

‐第二話・目に焼き付いた光景‐





俺は他人の過去をこの目で『視る』ことができる。


どんなに隠していても、たとえ本人が覚えていなくともその人の命の歩みを俺の目は体感し追想する。

ガキの頃はこの力を上手く制御できずに、見たくないものまで勝手にこの目に映っていたけれど、
今ではある程度思うがままに視たいものと見たくないものを取捨選択できるようになった。



でも、俺にとってはどちらにしろもう手遅れだった。


とっくに捻じ曲がってしまった俺の視界は、俺の心はもう元に戻ることなんて決して無いのだから。



俺のこの力はみんなを不幸にする。


俺の親はその被害者のいい例だろう。

こんな異形のアルビノの外見に、得体の知れない不気味で信じがたいような妙な『眼』を持って生まれてきた、
忌み子とでもいうべき子供を持ってしまったのだから。


俺が家に寄り付かず、親に冷たい態度なのはある意味一つの後ろめたさから来るものだった。

俺のせいで二人とも不幸になって、得体の知れない『化け物』を側に置かないといけない苦痛。


それを俺は望まない。


だから俺は二人が俺を嫌ってくれるように俺は仕向けた。

その結果、二人と会う時間や二人と話す時間というものは極端に少なくなっていった。


それでいい。

それが正しいことなんだ。

646思兼:2013/05/05(日) 00:35:02






そんな他愛もない今更なことを、公園のブランコに揺られながら俺は思い返していた。

目線の先には沈みかける夕日が景色を赤く染め上げている。


昼に比べれば涼しいけど、まだ熱気の残る空気のせいでアスファルトの上の景色がぐにゃりと歪んで見える。



「嫌なこと…思い出しちゃった。」


嫌なことを考えれば嫌なことを思い出すのはある意味自然な流れで、そんな忘れることが苦手な自分を
恨めしく思いながら足元に視線を落とす。






ちょうどこんな時期だった。

俺の初めての友達が『逝った』のは。




鈴木 遥。

それが彼女の名前だ。


小学1年の時に学校でこんな俺に最初に話しかけ、それ以来ずっと仲良くしてくれた女の子。

俺の姿も、俺のこの忌まわしい力も全部受け入れて信じてくれて、それでも一緒に歩んでくれた
遥は俺の唯一無二の親友だった。

いつも俺たちは二人一緒だった。



…遥が自ら命を絶ってしまうまでは。



その理由は俺だけがこの目を通して知ってる。

そのことに、近くにいながら気づいてやれなかったことを俺は今更になってから死ぬほど後悔している。



原因はいじめだった。

陰湿かつ他人にばれないような狡猾な、延々と続くいじめ。

それに耐えかねて、遥は学校の立ち入り禁止の屋上で首筋を斬り、ひっそりと亡くなっていた。


まるで眠るようなその顔を、俺はこの『目』で見た。

深い後悔と一緒に俺の目に焼き付いたその姿は今でも色あせることなく鮮明に記憶に残っている。






ブランコから立ち上がり俺はその隣、誰もいないブランコを視る。


そこにはキミの残滓が残っていて、あの時と変わらない笑顔を浮かべている。




『成見君、私は成見君のこと…大好きだよ。』



そう言って君は揺らめく様に消えてしまった。




あの時の欠片は俺の心を刺し続けて、キミの影は俺の視界でいつも踊っていた。



笑顔で…



<To be continued>

647思兼:2013/05/05(日) 01:55:13
連投失礼します。追想する成見の話です。




【追憶ロストデイ】
‐第三話・見えないけど確かにいるキミの影‐



**********



「ねぇ、成見君」

「ん、どうしたの?」


「私と、ずっと一緒に居てくれる?」

「何言ってんだよ、当たり前だろう。約束するよ。」



「ホント?よかったぁ〜」

「何が?」


「ううん、何でもないよ。ただ…少し安心しただけ。
 成見君が私を置いてどっか行っちゃわないか心のどこかで不安だったんだ。」

「大丈夫、俺は絶対に遥の前から居なくならない。
 それに…俺は遥がいないとダメなんだ。」




「…ありがとう。成見君、大好きだよ。」

「俺も遥のこと、大好きだ。」

648思兼:2013/05/05(日) 01:55:48





**********






「…約束したのに、先にいなくなったのは遥じゃないか。」




深夜、クーラーが効いていて涼しい自分の部屋のベッドで俺は目を覚ました。


時刻は午前3時ごろ。

まだ本当に真夜中だ。






嫌な夢を見た。


これは遥が自殺する2日前に俺と話したことだった。

今思えば、この時に遥の異常に気付くべきだったのだろう。




そんな今更どうしようもないことを考えながら、俺はベッド脇の写真立てを見る。


そこには少し前に知り合った千鶴さんと一緒に(千鶴さんに流されるように)とった写真が置いてある。


いい人だったなぁ。

ちょっと天然っぽいところがあるけど、俺のこと避けずに仲良くしてくれたし。



その写真の位置を直してから、俺はもう一つの写真を手に取る。

夏の日に遥と海でとった写真だ。


遥と一緒にとった最後の一枚。

この日は二人で誰にも邪魔されずに遊んだんだっけ?






『成見君、遊ぼうよ!』



あの時のキミの残滓が僕の視界の端で笑いかけた。


この記憶はずっと色あせずに、空間に俺の記憶に残ったキミの残滓はいつも俺に笑いかけてくる。






…何で死んじゃったんだよ。








約束したじゃないか。








ずっと一緒だって。

649思兼:2013/05/05(日) 01:56:33






**************








『ごめんね、約束…私が先に破っちゃった。』


「!?」




声がした。


いや、正確には俺の目に見える『空間の記憶』だろうか。









そこには死の直前の姿のキミがいた。



俺の机の椅子に腰かけながら、いつもの笑顔を浮かべて。



「遥!?」


夢なのか現実なのかよくわからないまま、俺はキミの名前を呼ぶ。




『ちゃんと、さよならが言いたかったんだ。私…もう疲れたんだ、笑い続けるのに。』




「待ってくれ!!」



どういうことだ!?


他にも言いたいこと、聞きたいことはたくさんあるのに!!



『私のこと、時々でいいから思い出してね。これ、成見君に持ってて欲しいんだ。』


俺の言葉には答えずに、遥は自分の髪留めを外すと、俺の膝に置いた。







『じゃあ、さよなら…成見君。』


「遥!!」

650思兼:2013/05/05(日) 01:57:49



*********





そこで俺は目を覚ました。



外はすでに朝になっていて、鶏の鳴き声が聞こえる。




「夢かよ…夢の中で夢を見るとはね。」





やれやれと起き上がろうとしたとき、膝から何かが床に落ちた。



「これは…!!」













それは遥がつけたいたあの髪留めだった。







<To be continued>


しらにゅい様より千鶴さんをお借りしました。

651十字メシア:2013/05/05(日) 06:45:19
akiyakanさんの<月下昇天>の後日。
akiyakanさんから名前なしで「灰炎無道」お借りしました。


「ジャシン」を巡る騒動から数日。
かつて守人であった百物語組の一人、アゲハは斎に今回の件を報告していた。

「そうですか、そんな事が…」
「うん。大変だった」
「怪我はありませんでしたか?」
「あったけど、完治した。大丈夫」
「それは良かった…お疲れ様です」

刹那。

「ちょうどいい所にちょうどいい話してるじゃない…」
『うわぁああああっ?!』
「……何故そんなに驚くのよ」

いつの間にかそこにいた、巫女装束を身に包んだ緑髪の少女。
二人の反応に機嫌を損ねたようで、声色に怒気が含まれている。
目付きも更にジトっとした感じだ。

「いきなり後ろに現れて、いきなり話しかけられたらそりゃビックリするよ。…咲子」
「ふうん。まあ…どうでもいいわ」

と、興味なさげに言う少女、咲子。

「ところで、ちょうどいい…とは、どういう事ですか? 守人の巫女様」
「…家の書庫にある古書に、その坊主と似た人物について載っていたわ」
『!』

咲子から告げられた言葉で、緊張が走る。

「『幾度も姿を見せ、世を炎の如く滅ばさんとする、人の形をした異の者』……かつてソレは、数百人ものの死者を出した事もあった。その時目論みを阻止したのが、私達守人の先祖達…」
「!」
「………」
「…ソレは、何度も姿を現すわ……私達も、警戒すべきよ…」
「……完全に消す方法は無い?」
「今のところ。私のこの”目”が何か分かってくれれば、いいのだけれど…」

左目の瞼に軽く触れる咲子。
そのほんの一瞬、黒い瞳に赤い梵字の様なものが、光るようにして映った。

「そう気に病まないで下さい。貴方の”目”は、来るべき時に知らせるものですから」
「うん。それに」

――発動した時ちょっと…いや、かなり怖い。

二人は同時にそう思った。
それもそのはず、咲子は『予言』をする際、発狂したかの様な素振りを見せつつ、奇声を上げるのだ。
自然とそうなるのか、はたまたわざとなのかは分からないが、元々普段から怪しい雰囲気を放っている為、余計に怖い。
二人のそんな心情を察したのか、

「……私に、失礼な事…考えてないでしょうね?」
「えっはっ、い、いやいや?! な、何も?!」
「うんうん何も何も」
「…………」

黒い目は挙動不審な二人を、更に訝しく見つめるのであった。




「………」
「ねーえ!」
「…ああ、お前か」
「どーう? ”邪駒”できーた?」
「いんや、失敗だ。目ェ付けてた奴もくたばっちまった」
「ここ数年は何回か失敗しちゃってるしーね。…”邪駒”にすらならねーとか人間じゃねえなクソ」
「ついでにあいつら目障りだしな」
「しかも何かーさ? 変な坊主が八岐大蛇を呼んで人間滅ぼそうとしたうーえ? ソレを『ジャシン』って呼んでたってーね?」
「オレらが崇める『邪神』様を差し置いてかい」
「いい度胸してるよーね。目論み破れて清々しーた」
「その坊主、何も分かっちゃいねえな」
「だよーね! 人間は自分が抱えてる闇に忠実なのが当たり前なのにーね!」
「…で、まだ仕掛けねえのか?」
「まーだ。アイツらに気づかれる前に、”邪駒”増やしとーこ。後邪魔者消えないーと」
「そうだな…」


「「全ては、我らの『邪神』様の為に」」


新たなる闇


(そう言って二つの影は見下ろした)
(死体と血で穢れた)
(儀式の地を)

652えて子:2013/05/05(日) 06:57:05
白い二人シリーズ、子供の日編。
ヒトリメさんから「コオリ」、紅麗さんから「アザミ(リンドウ)」をお借りしました。


今日は、コオリとリンドウと一緒に公園に来てるの。
「じょうしにたのまれた」んだって。リンドウが言ってた。

今日は公園、晴れてるからぽかぽかしてる。
アオと同じくらいの人が、たくさん公園を走り回ってる。
何をしてるんだろう。おにごっこかな。ボールを使ってるから、「さっかー」っていうものかな。
アオは、コオリとリンドウと、三人でひなたぼっこ。
ベンチにすわって、ぽかぽかしてるの。

「あったかいね」
「あったかいね」
「…………」

リンドウ、元気ないね。
おしごと、大変なのかな。つかれてるのかな。

「リンドウ、つかれてるの?」
「みどりのおじさん、だいじょうぶ?」
「誰のせいだと思ってるんだ…あと俺をおっさんと呼ぶな」
「リンドウ、コオリはおっさんって言ってないよ。おじさんって言ったよ」
「同じことだ馬鹿!!」

おっさんとおじさんは、同じなんだって。
ちがう言葉なのにね。不思議。

「あぁ〜〜…なんで俺がこんなガキ二人のお守なんかしなくちゃならないんだ…」
「何ブツブツ言ってるの?」
「え?……うわっ、わ、ワカバ先生!?」
「あっ」

リンドウとお話してたら、ワカバが来てた。
こういうの、「いつのまにかいた」っていうんだよね。

「わ、ワカバ先生…どうしてこんな所に?」
「買い物の帰りだよ。アザミ先生は?」
「い、いや、僕は……そう!ちょっと頼まれて、この子達の散歩にね!うん」
「へえー、そうなんだ。あ、アオギリちゃんは久しぶりだねー」

ワカバ、「わらう」って顔しながら、手を振ってた。
だから、アオも手を振った。

リンドウ、不思議だね。
ワカバが来たら、すぐに「アザミ」になったの。

「こっちの子は?アオギリちゃんの妹さん?」
「ち、違う違う!この子はコオリ、アオギリの友達だよ。成り行きで一緒に散歩することになってね」
「ふーん、そうなんだ。初めまして、コオリちゃん」
「はじめましてなのよ」

ワカバとコオリ、あくしゅしてた。
仲良くなれるのね。きっと、いいこと。

「…あ、そうだ!せっかくだから、これ二人にあげるよ」

ワカバ、持ってたビニールの袋から、何か出した。
とうめいな紙に包まれた、白いおもち。緑のはっぱがついてるの。

「おねえちゃん、これなあに?」
「柏餅だよ。今日は子供の日だからねー」
「ちょっと、ワカバ先生…!」
「…ん?あ、もしかして勝手にあげちゃ駄目だった?」
「えっ」

ワカバ、まゆげが下がってる。
なんだっけ…そう、「もうしわけない」って顔、してる。

でも、どうしてワカバ、こんな顔するんだろう。
アオたちが食べちゃいけないもの、なのかな。

「アザミ、これ食べちゃいけないものなの?」
「いけないものなの?」
「………………………いや、駄目じゃ、ないよ」
「……そっか、よかった。ちょうど四つあるし、皆で食べようよ」

ワカバは、「あんしん」って顔になった。
それで、おもちをひとつずつくれたの。
アオと、コオリと、アザミに。

「こどものひなのに、おねえちゃんやおじさんもたべるの?」
「はははっ。まあ、たまにはいいんじゃないかな。ねえアザミ先生?」
「え、あ、う、うん」

ワカバやアザミは「おとな」だけど、「こどものひ」だからこどもになるのかな。
こどものひって、不思議だね。

みんなですわって、かしわもちを食べたの。
おもち、おいしかった。


白い二人と先生と〜こどもの日のいちぺえじ〜


(「何かこうしてると親子みたいだねー」)
(「ゴフォ!!?」)

653思兼:2013/05/05(日) 13:53:07
今日も一つお送りします。
何でも見えるが故に何も視ようとしない成見君のお話



【拒絶ヒストリー】



‐第四話・目を背けた日々‐



柔らかな日の光に照らされる公園で、俺はそんな日の光を避けるように日陰に立っていた。

アルビノの俺は日の光が苦手だ。

ついでに嫌いだ。


目が痛くなるし、俺の守る色の無い肌を容赦なく焼くから。








「あったかいね」

「あったかいね」

「…………」



公園のベンチには大人の男と小さな女の子が日向ぼっこをしている姿が目に見えた。





「そう、あんたらもか。」



俺の目には『見えた』


あの二人の本質が、その経緯が。


異能力者、しかも一人はあの『悪夢』とやらの能力。

654思兼:2013/05/05(日) 13:55:12

所属は…ホウオウか。

面倒だな、どうしたら面倒を避けられるかは勿論わかるけどね。


異能力者どうし、傷の舐め合いをしようとも大きな野望に共感して手を貸そうとも、捕えられて
使い潰されようとも思わない。



ただ俺は俺の人生を平坦に、何の感動もなく過ごしたいだけなんだ。




どのみち、俺は長くは生きられないだろうから。



先天性色素異常、いわゆるアルビノは外界の刺激や影響を強く受けてしまう。

守るための色を持たないからだ。


それに俺は身体が弱い。

少し病気をこじらせただけで死んでしまうだろう。




だからこそ、俺は誰とも深く関わりたくない。




置いて逝かれる悲しみは嫌というほど理解してるから。



誰も何も知りたくない。

見たくない。


ため息をついてベンチから見えない位置に移動するように、木の陰に隠れて長めの純白の髪の毛にふれる。


そこには昨日見つけた遥の髪留めがついている。



どうしてあったのかはわからない。



でも、これでキミを感じてられる。



残滓としてではなく実態として。



『どうしたの?大丈夫?』


うるさいよ。


これはただの記憶の残滓、残りカス。


キミはもういないんだから。

陽炎みたいに揺れる幻影は消えてくれ。





俺は揺らめきながら微笑みかけるキミから目を背けた。




苦しいだけの、つらい記憶なんてもう忘れてしまいたい。


キミと過ごした優しい日々だけが泡沫のように揺れればいいんだ。


<To be continued>

ヒトリメ様より、コオリ
紅麗様より、アザミ(リンドウ)

をお借りしました。

655十字メシア:2013/05/09(木) 23:51:47
ネモさんから「クチナワ」、鶯色さんから「ハヤト」、ヒトリメさんから「デストリエ」お借りしました。


日曜日のウスワイヤ。
今日も能力者達は平和に暮らしている――。
…筈なのだが。

「ミユカぁぁあああッ!!!」
「キシシシッ!」

廊下をバタバタと駆ける騒がしい足音。
悪戯っ子を表した様な笑い声を上げるミユカ。
びしょ濡れで彼女を追いかけるハヤト。
この光景から分かることはただ一つ。

…ミユカのイタズラ巡りだ。

「…おっ、アレは!」

逃げるミユカの視界に入ったのは、ガチャガチャと音を立てて歩く鎧。
付喪神の一種であるデストリエだ。
するとニヤリと笑った彼女は――。

「やっほー! デースリーン!!」
『?!??!』

逃げるついでにデストリエを回転させた。
視覚を持たないので目を回す、なんて事は無いが、突然の事だった為彼は驚いたような素振りを見せる。
その様をちらりと見ると、また「キシシ」と笑う。
と、次にミユカは、金棒を背負った仲間の鬼――雷珂の背中を見つけた。

「おや! 次は雷様が…キシシ」

「今日は上手く役割をこなせたぞ…この調子で頑張らねば!」
「こんにっちは〜雷様!」

――もにゅ。

「……〜〜〜〜ッ、なななな何をする貴様ァァアアア?!??!!」

顔を真っ赤にしつつ、振り向くと同時に金棒が一閃を薙ぐ。
だが、すばしっこいミユカは既にその場から離れており、それどころか。

ガコン

「……は?」

金棒が壁に当たった刹那。
するはずがない、嫌な音が響く。
背中に冷や汗が流れたその時。

「っぎゃぁぁああああーーーーッ?!!」

…悲鳴と共に落とし穴へ吸い込まれていった。

「キッシシシ、皆まだまだだnむぎゃ!」

前をよく見ずに走っていた為、誰かにぶつかってしまった。
少しよろめいたミユカは、その『誰か』を見てギョッとした表情を浮かべる。


「おやミユカサン、どーも♪」


彼女にとっては天敵の中の天敵。
百物語組の蛇妖怪、クチナワだった。

656十字メシア:2013/05/09(木) 23:53:49


「し、白蛇さん……」
「何ですか、まるでお化けが出たみたいな顔して…って元から妖怪でしたねワタシ。また今日も、イタズラをしておいでで?」
「(ギクッ…)あーははははまーさかそんな事――」

と、言いかけたところで逃走を図る。
しかし、視界に入ったのは白い廊下ではなく。

「っえ!?」
「駄目じゃないですかー逃げたりなんかしちゃあ」
「い、いや、今のは…用事! 用事を思い出して…」
「嘘も駄目ですよー? …お仕置き、覚悟して下さいね?」
「ちょっ! 鬼!! 悪魔!!! 人でなし!!!!」
「実際人じゃありませんケド。悪く思わないで下さいよー上からの命令なんで♪」


「にぎゃぁぁあああああああああ!!!!!!!!!」


「……自業自得だけど、まあ、ドンマイ…だな」
「あ、ハヤト君!」
「カナミ」
「ミユカちゃんを止めて欲しいと聞いて、来たのですが……必要ないみたいですね」

目の前の光景を見やるカナミとハヤト。
その止めるべきだった親友は、クチナワに蛇責めされていた。

「それにしても、アイツら仲良いのか悪いのか分かんねーな。いつも弄り弄られてるかと思えば、楽しそうに会話してたりするし」
「あら、あの二人は仲良しさんですよ?」
「…何でそうだって分かるんだ?」
「簡単な事です。ミユカちゃんは、『友達だと見てる人は必ずあだ名』で呼びますもの」
「あー…」
「それに何だかんだ、クチナワさんの事気に入ってるみたいですしね」


蛇二匹


〜十分後〜

「あのバカ蛇…いつか絶対ギャフンと言わせてやる…」
(…多分一生無理じゃね)
「ハヤトちゃん何か言った?」
「いや別に」

657えて子:2013/05/10(金) 21:49:27
「二人の心中」の続き。二話連続自キャラオンリーです。
セラという名のカチナの呪縛を書きたかったんだが、何かとんでもないことになった…



「戻ったぜ」
「……ああ、おかえり」

『Closed』の札がかかった情報屋の扉を開け、紅の見舞いに行っていた長久が入ってくる。
応接室のソファで資料の確認をしていたハヅルは、ベルの音に資料から顔を上げて長久を迎えた。

「アーサーは?」
「二階で読書中だ。……紅は、どうだった?」
「まだ具合は悪いらしいけど、とりあえず危なくはないっぽい。ただ、今回はいつもより長くいることになるだろうってさ」
「……そうか…」
「………んで、こいつはまだ何の音沙汰もなし?」

ハヅルの隣に腰掛けつつ、先日ハヅルと紅が連れ帰ってきたカチナ―紅は蒼介と呼んでいるため、情報屋の面子もそれに倣ってそう呼んでいるが―に目を向ける。
風呂に入れられたため全体的にこざっぱりとしており、髪も櫛を通されいくらか落ち着いている。
襤褸切れのようだった服も着替えさせられており、今は黒いTシャツに黒の長ズボンという服装だ。
ローテーブルを挟んで向かい合うソファに力なく座り込んでいるカチナは、置物のように動かない。
ただ、時折する瞬きが、彼が置物ではなく、死んでもいないことを示していた。

「……ない、な。話しかければ反応はするが…それだけだ」
「あ、そう…」

はああぁぁ…と深い深いため息をついて、長久はソファに体を沈みこませた。

「…こういうのはどうも苦手だ。元々子供の相手なんかしたことねーもん…」
「……アーサーとは、仲良くやっているじゃないか」
「アーサーは自分から話しかけてくれるからいいんだよ…蒼介は何も喋んないし、何話せばいいもんやら…」

もう一度深いため息をつくと、ハヅルは薄く苦笑する。

「…ところで、ハヅル。何の資料見てたんだ?」
「ああ……UHラボとか、蒼介が関わった事件に関係ありそうなものとかを…」
「UHラボ?」
「俺も詳しくは知らないが…簡単に説明すると………ん?」

ハヅルがUHラボについて説明しようとしたちょうどその時、軽いノックの音が聞こえた。
次いで、男の声が聞こえてくる。

「ごめんください。誰かいないかな?」

「…客か?」
「かもな。…休業中って張り紙してたと思うんだけどなぁ…」
「…何らかの拍子に、張り紙がはがれたり、札がひっくり返ったり、したのかもしれないだろ…」
「あっそ。じゃあ事情話してお引取り願いますか…」
「……待て。開けるな」
「…は?」

658えて子:2013/05/10(金) 21:50:06

気だるそうに立ち上がった長久を、ハヅルが制止した。
怪訝そうに振り返った長久に、ハヅルは視線でカチナを指す。

先程まで人形のように座っていたカチナが、震えていた。

「…蒼介?」
「……っ……っ……」

長久の呼びかけにも反応を示さず、浅い呼吸を繰り返している。
目はかっと見開かれ、しかしその奥には明確な恐怖が刻まれていた。

そのただならぬ様子に何かを察した二人は、目で合図を交わす。

「………ハヅル」
「ああ…念のため、扉は開けるな。……蒼介、行こう」

ハヅルがカチナを連れ、応接間から扉の向こうへと姿を消す。
階段を登る音がかすかに聞こえ、二人が二階へ避難したのを確認してから、長久は扉の向こうへと声をかけた。

「…扉に張り紙がなかったか?オーナーがいないから、仕事の依頼は出来ない。日を改めてくれないか」
「ん?…ああ、これかな?すまなかったね、落ちていたから分からなかったよ」
「…やっぱり。悪いな、張り紙を見てくれたなら分かると思うけど、今は休業中だ。連絡先さえ教えてくれれば後日―」
「けど、まあ、僕には関係ないんだけどね」
「…え?」
「だって、僕は仕事の依頼じゃないんだもの」

じゃあ何の用だ、と言おうとしたが、声にならなかった。
何か、纏わりつくような嫌な気配が、扉の向こうからしたからだ。
長久は思わず、扉の前から後退した。

結果として、その行動は正しかった。
その直後、銃声が聞こえたからだ。

「!?」

咄嗟にローテーブルを蹴り飛ばしてバリケードを作り、デスクの裏側へ飛び込むように隠れる。
銃声は立て続けに数発、数秒の間をおいてもう一発聞こえた。

「…………」

長久は予期せぬ事態に冷や汗を流しながら、デスクの陰から顔を覗かせる。
弾痕まみれの扉は、やがて力尽きたようにぎぃ、と音を立てて開いた。

「やぁ、ごめんごめん。あのまま話していても埒が明かないと思ってね。ちょっとばかり強硬手段をとらせてもらったよ」

こつ、と革靴の音を立てて、男が入ってくる。
見た目は三十代位だろうか。白衣を着て、人の良さそうな笑みを浮かべている。
一見、人畜無害そうな男だ。

先程の行為と、手に持った拳銃がなければ。

「………あんた、何者だ…」
「ああ、すみません。自己紹介が遅れてしまった」

そう言って、優男はにっこりと笑った。


招かれざる来訪者


「僕は瀬良。君たちが奪いとったカチナを、取り返しに来ました」

659えて子:2013/05/10(金) 21:53:42
「……奪い取った?」

瀬良、と名乗った相手を前に、長久は軽く眉を寄せた。

「そう。あの子は僕のものだ。勝手に持っていかれては困るんだよ」
「言ってる意味が分かんねぇな」

眉間の皺を深くし、吐き捨てるように返す。
そんな長久の反応にも、セラは笑顔を崩さず、嫌な顔ひとつしない。

「君には分からなくて十分さ。あの子は僕のもの、僕の言うことに逆らうはずがないんだからね」

そう言うと、唐突に声を張り上げた。

「カチナ、カチナシ!!僕の可愛い兵器!!いるんだろう!?迎えに来たよ!!」

ぎょっと目を見開く長久に構わず、セラは大声でカチナを呼び続ける。

「さあ、こっちに来なさい!邪魔者は全部排除してくるんだ!!“命令”だよ!!」

しばしの沈黙が流れ、そして唐突に空気が動いた。


ごっ、という微かな鈍い音。

がん、という何か重たいものが落ちる音。


そして一拍置いて、

『――うああああああああああああああああああああああああっ!!!』

アーサーの悲鳴が聞こえた。
直後、ばたばたと二階を駆ける足音が聞こえる。

『長久、長久!!どうしよ、ハヅルが、ハヅ、 っげぐ!!」

アーサーの悲鳴にも似た声が掻き消され、代わりに何かが潰れたような音がする。
直後、重いものを何度も叩きつけるような鈍い音が聞こえ、すぐに止まった。

「………」

おそるおそる、長久は音のした方を、居住空間へと続く扉を見る。
扉が開き、空虚な目をしたカチナが、足を引き摺りながら歩いてくる。

その背後、扉の向こうに僅かに見えたものは、

「………アーサーっ!!!」

階段付近の床に倒れているアーサーだった。
先程の連続した鈍い音は、アーサーが階段を転がり落ちる音だったのだろう。
打ち所が悪かったのか、横たわったままぴくりとも動かない。

「アーサー、おい!!しっかりし…」

駆け寄ろうとした足が、目の前に突きつけられたものによって止まった。
カチナが握り締め、長久に突きつけているものは、血のついた木槌だ。
ハヅルがよく趣味の日曜大工やガーデニングの支柱作りにそれを使っているのを、長久は思い出す。

「……おい。お前…まさか、それで、ハヅルを…」
「良く出来たねぇ、カチナ」

血の気の引いた顔で問いかける長久とは対照的に、セラは嬉しそうに微笑んで拍手をする。
そのセラの声に、カチナは怯えたようにびく、と肩を震わせた。

「…………ぁ……」
「ん?どうしたんだい、カチナ。怖がらなくていいんだよ?」
「……う、ぅ……」
「…もう。君は昔から怖がりで弱虫なんだからなぁ。しょうがない子だ」

まるで、やんちゃな子供をたしなめるような口調で、セラは笑う。
それに反比例するかのように、カチナの怯えた表情は深くなっていった。
ひゅうひゅうと、苦しそうに息をしている。

660えて子:2013/05/10(金) 21:54:19

「……おい。何が目的だ、いきなりこんなこと…」
「煩いな。君に答える義理はないよ」

辛辣な言葉と笑っていない目に気圧され、長久は怯んだように一歩下がった。
その笑顔のままセラがカチナに向き直ると、カチナは大きく体をはねさせる。

「カチナ。まだ一人残ってるだろ?さあ、アイツを殺すんだ」

「……蒼介。こんな奴の言う事なんざ聞かなくていい。こっちに来い」

「ねえ、カチナ。アイツは“障害”だ。命令を聞くのに邪魔な障害は、どうするのか…分かるだろう?」

「蒼介、お前は兵器じゃないだろ。何もしなくていい、殺さなくていい」

「カチナ、僕の言う事が聞けないの?また、お仕置きをされたいのかな?」

「蒼介、流されるな!お前は人だ、人間だ!そっちに行くな、逆戻りだぞ!」


「「さあ…」」


「殺すんだ、カチナ!!」「こっちに来い、蒼介!!」


「………あ……あ………

 …………ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!!!!!!」

頭を抱え、大きく咆哮したカチナ。
そのまま、錯乱した獣のように飛び掛った――








夕暮れの空、赤と青が混じりあった紫色の空の下。
情報屋の前に、二つの人影が立っている。

「よくできたね、偉い偉い」
「…………」
「でも、まだ駄目だ。まだたくさんやり残しがあるだろう?それらはどうする?」
「……こ、ろ、す」
「そうだ、全て殺すんだ。そして最後に僕も…。出来るね、カチナ?」
「……カチナ、は、へいき……てき、ころ、す……」
「そう。敵も邪魔者も全て殺すんだ。大丈夫、僕も手伝ってあげるからね」
「…………」
「君の手に余るなら、僕も手を貸してあげよう。武器がないのなら、僕が見繕って………ああ、その木槌、持ってきていたのかい?ならしばらく武器は大丈夫かな」
「…………」
「大丈夫。僕が君を一人前にしてあげるから。…だから、僕の言う事を聞かなきゃ、駄目だよ?」
「……カチナ、は、めい、れいを、きく…」
「うん、それでいい。いい子だね」

虚ろな声で何度も繰り返すカチナを見て、セラは満足そうに笑う。
二つの人影は、暗がりに溶けて姿を消した。


消えた灯火、外せぬ首輪


(情報屋の灯は消えた)

(男は後頭部を強打されて、血だまりの中に倒れ)
(少女は階段から突き落とされ、痣だらけのままぐったりと横たわり)
(青年は喉に痛々しいほどの手の痕を残し、壁に寄りかかって座り込みぴくりとも動かない)

(そして、病院では―)

(一人の女が、集中治療室へと運ばれた)

661スゴロク:2013/05/10(金) 22:32:37
UHラボ関連で少々。



「……ふむ。やはり、もう一度足を運ぶべきかも知れんな」

いかせのごれ高校・職員室。非常勤講師として潜入しているホウオウグループ幹部・クロウは、自分以外誰もいなくなったそこで、今後の自分の活動について頭を巡らせていた。

目下のところの役目は組織を離反したノルン・ノアの抹殺なのだが、最近になって情報関連のガードが異様に硬くなっており、動向がさっぱりつかめない。加えてアッシュへの警戒やアースセイバーの学生面子の監視、グループメンバーとの接触など、クロウが担っている任務は多岐に渡る。そのため、本来最優先事項であるはずの件の兄弟への対処にまるで手が回らず、現在は半ば放置状態となっている。

もっとも、これでも以前よりは減った方だ。ある意味グループの爆弾的存在だったトキコに関しては、ホウオウから「やりたいようにやらせておけ」との意向を受けている。これについて以前説明を求めたのだが、要するに「抑圧するとその反動で暴走し、返って制御不能になりかねない。潜入任務に支障が出ないのならば、好きにさせた方が結局リスクが少ない」ということだった。

なので、クロウは彼女の行動には基本的に口を出さない。奇妙な形で交際を始めたスザクに関しても、

『奴はお前に任せる。生かすなり殺すなり、好きにすればいい』

と一任している(丸投げとも言う)。ともあれ、クロウが今考えているのは、そのことではない。

「UHラボ……確か、施設そのものはまだあったはずだな」

7年前、他ならぬクロウ自身が叩き潰した、生体兵器の研究施設。グループから追放された者達が、成果を上げて舞い戻ろうと立ち上げた機関。役に立つのか経たないのか、しばらくは静観していた。しかし、内情が明らかに非合理的なものであったがため、グループはラボの撃滅を指令。これを受けたクロウはナハトを伴ってかの施設を襲撃、壊滅させた。この時グループに引っ張った被検体の一人がノルンだったのだが……。

(いや、感傷は無意味か。奴は敵だ)

過去に跳びかけた意識を現在に引き戻し、方策を練る。

(この先ノルンとぶつかるなら、奴についての情報は多いに越したことはない。それに、指令の件もある)

実はこの数日前、クロウ当てにある指令が届いていた。それは、UHラボの研究者の捕捉。
ラボ自体は何度も繰り返すようにクロウが壊滅させたが、所属していた研究者の半数以上は逃げ延びている。ホウオウグループは、その逃げた者達を捕えろ、との指令を送って来たのである。

(連中を生かして置いては、確かにこちらに取って不利益。なるほど、了解した)

そう、一言で請け負ってから数日。まずは情報が欲しいと考えたクロウは、かつて自ら襲撃したUHラボの施設に足を運ぶことを決めていた。
機器その他は当時のまま手つかずとなっており、情報のサルベージが出来れば、ノルンの情報や研究者たちの足跡など、何らかの手掛かりが掴めるかも知れない。それに、あの地にグループ関連のデータが残っていては、何かの弾みで不利益に働きかねない。

(さて、まずは)

それに先んじ、クロウは人員を策定する。



「……で、何だって私が引っ張り出されるワケ?」

2日後。UHラボ施設跡地を訪れたクロウの隣には、不機嫌顔のトキコの姿があった。

「ルーツとナハトは別件に当たっている、他の学生メンバーは都合がつかん」

ちなみに「別件」というのは、以前通達されたアッシュへの監視命令に、出されていない抹殺許可を付け加えた犯人捜しである。

「場所が場所だ、暴走した被検体か、その類の脅威があるかも知れん。ある程度の自衛力を持ち、かつこの件に関われそうな人員となると、お前とミーネしかいない。ジングウは論外だ」
「……確かにそれは同感だけど」
「そもそも奴自身、今は動く気がないようだからな。つついて寝た子を起こす必要もあるまい」
「そりゃわかるけどー……」

出発してからどうにも膨れっぱなしのトキコに、クロウはいぶかしげな視線を向ける。

「……どうした。何か不満でもあるのか」
「大ありだよー。本当だったら今日、鳥さんとデートに行くはずだったのに」
「鳥……? ああ、奴か。あんな鳥頭は放っておけ、今はこちらが優先だ」

その直後、渾身のドロップキックを喰らって吹っ飛ばされるクロウであった。

662スゴロク:2013/05/10(金) 22:33:21
7年ぶりに足を踏み入れたUHラボは、クロウの襲撃であちこち損壊し、半分ほどは消し飛んでいたが、用途が用途だけに建物の残り半分や、そこにあった機材の一部はそのまま残っていた。

「うわー……鴉さん、派手にやったんだね」
「全て叩き壊す気でやったんだが、どうにも詰めを誤ったらしい。やはり、俺に破壊活動は向かんようだな」

言い交す二人が歩いているのは、被検体の収容区画。頑丈だった無数の鉄扉はその多くがはじけ飛び、また歪み、まるで用を成していない。もっとも、閉じ込めるべき被検体は、もはやここには一人もいないのだが。
しばらくの間、二人とも何も話さず、ただ静寂の中、無機質な金属の床を革靴とスニーカーの踏む音が不協和音を奏でていた。やがてクロウが立ち止まったのは、区画の最奥部、データ集約のための研究室だった。

「ここだ。被検体関連のデータがあるとすれば、ここの機材だが」
「壊れてなきゃいいけどねー」

本来パスワードロックがかかっていた扉は、枠ごと吹き飛んでなくなっており、中に入るのは容易かった。
一通り調べてみると機材の半分は完全に壊れてガラクタと化していたが、内部メモリが生きているものがいくつか見つかった。チップやサーバー部分を引っ張り出し、クロウは持参した端末に繋ぐ。

「? 鴉さん、それ何?」
「チネンの能力を機械的に再現した特殊端末だ。数が少ないのが難点だが、こういうサルベージ作業にはうってつけだ」
「うげ、アイツの力? 腕がいいのは確かだけどさ、私あんまりアイツに関わりたくないよ」

チネンの能力やその優秀さはグループ内では知らない者がない。にも拘わらず彼が敬遠されているのは、根暗で腹黒く、しかも陰険悪辣・人間不信のサディストで極端な自分主義、という無茶苦茶な性格が由来である。合理的であることを旨とするクロウをして「奴には近づかないのが身のためだ」と認識しているほどだ。
その点では、まだジングウの方が理解できる。

「同感だが、役に立つのは確かだ。それに、総帥が奴を重用している以上、俺達が文句を言える筋合いではない」
「ぶー………」

小さなブーイングは無視し、クロウはサルベージしたデータに目を通す。膨れながらもトキコが後ろから覗きこむ。

「被検体No.192、楠原 乃流……これがノルンか」

記されているデータを一通り確認したが、これに関しては既に知っている情報が大半だった。特に、最近の目撃例では何やら様子がおかしかったとのことなので、ここに在るデータでは役に立ちそうにない。

(だが、一つだけわかったこともある)

それは、ここに来てからノルンに施された処置。姿を自在に変化させる能力をより戦闘向きに調整するため、肉体的・精神的に考え得る限りの改造が加えられていた。

「……これ、人間のすることなの?」

トキコでさえ、そんな風に吐き捨てるほど。

「人間でなければ、こんなことはするまい」

軽く皮肉めいた答えを返しつつ、さらなるデータを見る。

「……No.190、火波 綾音」

今は「スザク」と名乗る少女のデータに目を落とす。

(精神改造によるかく乱・強襲型兵器としての設計……要は特攻か)

敵陣に飛び込ませて暴れ回らせる、というコンセプトのもとに処置を施されたらしい。ただ、そのために人格崩壊を起こしたと記されており、以後は記録が途切れるまでそのままとなっていた。

(後の事は……)

ちらり、と後ろに立つトキコを見る。

「何?」
「……いや、別に」
(こいつの方が良く知っているだろう)

663スゴロク:2013/05/10(金) 22:34:08
そんな風にしてしばらくデータを虱潰しにする中、一つのデータに目が留まった。

「ん?」
「?」
「No.099、音早 蒼介……?」

名前ではなく、その顔の方に覚えがあった。といっても、会ったことはない。ただ、ルーツが回して来た資料の中に、未だ逃亡中の被検体として記載されていたのである。ただ、

「……こいつ、確か『カチナ』とか言っていたような」
「……それ、私知ってるかも」

後ろのトキコが、不意にそんな言葉を発した。感情の消えた、平坦な声で。

「何?」
「会ったコトはないけどさ。こないだ鳥さん、そういう名前のヤツにやられたって言ってた」

目線だけで振り返ると、トキコの顔から表情が消えていた。これは彼女が本気で怒った時に良くみられる様子だ。

「許せない……鳥さんを殺していいのは、私だけなのに」
「……それについて意見を差し挟むのはやめておくとしよう」

ともあれ、とクロウは現実的な問題に思考を戻す。この被検体に関するデータベースの中には、担当の研究者の名前が記されていたのだ。
そして、その研究者を、クロウは知っていた。

「『セラ』……奴か」

忘れもしない、7年前。自分がラボを襲った時、怯えるどころか哄笑し、出し抜いて逃げ果せた研究者。
グループにいた頃は―――恐らくはラボでも―――気に入った実験体を個人的に連れ込み、「実験」と称して非道を働くという「非合理的」な行動を繰り返し、それが発覚してグループから追放された男。

「コイツに関わった以上、この被検体はまともではあるまい……」

実際ルーツの報告書には、ほとんど正気を失っているとの記載があった。

(いずれ奴はこの被検体に接触を取るはず……差当たりは、そこを捕捉すべきか)

クロウに課せられた任務は「UHラボの壊滅」。それ自体は既に終了しているが、支部とも言うべき関連施設はまだいかせのごれの随所にひっそりと、しかし数多く存在している。そして、逃げ延びた研究者や被検体もまた、多い。

それら全てを抹消してこそ、真に任務を果たしたことになる。少なくともクロウはそう考えていた。

(ただ)

そのうちの1人は、今後ろで壊れた機器をガンガン蹴りつけている少女と深く関わっている。迂闊に首を突っ込むと自分が死にかねないので、クロウはこの件に関しては「可能な限り」という注釈をつけている。

(それでも、少なくともこの研究者と被検体は消しておくべきか。無用の混乱をばらまかれては、我々の活動にも支障が出る。ノルンに関する情報は一応得た)

収穫は少なかったが、それでも、ここにグループ関連のデータがないのはわかった。ノルンに関する情報の確認、研究者の足跡調査、グループ関連のデータ消去。為すべきことは終わった。

「戻るぞ」
「ほへ? もう終わり? 私は?」
「無駄足だったようだな。スパロウに連絡する、まずは撤収だ」

携帯を取り出す前に、二度目のドロップキックを喰らったのであった。

664スゴロク:2013/05/10(金) 22:34:41
すっかり日の暮れたいかせのごれ。スパロウの能力でいかせのごれ高校の近くに戻った二人だが、トキコが走り去ろうとしたその瞬間に、クロウの許に連絡が入った。

「……何ー?」

不機嫌そのものの顔で、まさに不承不承と言った感じでトキコが足を止め、振り返る。そんな彼女をよそに、クロウは通信に出る。

「俺だ」
『ゼアです。何だかお久しぶりですね』
「世間話のために連絡したワケではあるまい。何があった?」

電話の向こうのゼアは、まるで今日のニュースでも伝えるかのような調子であっさりと、用件を口にした。

『いや、ね。アナタが追っているというUHラボの研究者……その一人が先ほど、警戒網に引っかかりました。30歳くらいの男でしたかね』
「……何だと? 記録はあるか?」
『ええ。元は我々の一員だった男で、セラとか言いましたかね。ただ、被検体の誰かを連れているらしく、捕獲しようとした監視員は殺されました。今、スパロウに回収をお願いしたところです』

クロウは後半あたりから聞いていなかった。何の偶然か、ラボの研究者が捕捉された。しかも被検体と一緒に。

(……チャンスか、危機か。どちらにせよ、一当てしてみるべきか)
「わかった、こちらも向かう。場所は?」

ゼアからその場所を聞いたクロウは通信を切り、トキコに声をかける。

「俺は任務に戻る。お前は……すぐに火波 スザクのところへ行け」
「鳥さんのとこ? 言われなくてもそのつもりだけど」
「俺が今から追いかける連中が、奴のところに現れるかも知れん。奴も元は被検体だからな。そうなったらその時は倒さずともいい、時間を稼げ。手を借りられるようなら、別のメンバーを使っても構わん」
「……ん、わかった」




運命交差点・序


(この一点に、いくつの運命が交錯するのか)
(それはまだ、わからない)


しらにゅいさんより「トキコ」あそもりさんより「ゼア」名前のみクラベスさんから「ノルン」「ノア」ヘルシンキさんより「チネン」akiyakanさんより「ジングウ」「アッシュ」えて子さんより「カチナ」「セラ」をお借りしました。最後の連絡の部分は「消えた灯火、外せぬ首輪」の少し後くらいを想定しています。

665しらにゅい:2013/05/12(日) 20:54:02



「ちわーっす!『大将』のメグミでーす!出前持ってきましたー!」

 出雲寺家の屋敷の前に声が響き渡る。
門番係が屋敷の中でモニターを覗けば、門の前には白いエプロンに灰色の岡持ちを持った、活発そうな女が顔を覗かせている。
彼女は謎の男が奇襲して以来、主に炊事面で世話になっていた顔馴染みだ。
彼らは特に気を留めず、敷地内へと通したのであった。
出前の女…メグミが門をくぐり中に入ると、玄関まで伸びている石畳みの道の上で冴子が竹箒で掃除をした。
その傍らでは、現在居候中である汰狩省吾が手伝いをしている。
先にメグミに気付いたのは、冴子であった。

「…?あれ、この前のお姉さん…?」

 冴子が来訪者に気付いて顔を上げると、省吾もまたつられるように視線を向けた。
メグミは営業マンよろしくと言わんばかりの笑みを浮かべながら、持っていた岡持ちを見せ、彼へ声をかける。

「どーも、ショウゴ君。組長サンいるかな?ラーメンの出前を受けてたんだけど。」
「出前?」

 昼はとっくに過ぎているのに、と省吾は一瞬疑問に思ったが、それ以上は深く考えなかった。
分かった、とだけ告げると持っていた塵取りを冴子に預け、愛澄を呼びに屋敷の玄関へ向かおうと背を向けた。
その時、

ガシャンッ

「…ん?」

 シャッターを開くような、そんな音。
その違和感に気づき、冴子は音の方へ顔を向けた。
通常、岡持ちとは器に入った料理を持ち運ぶ為の道具であるので、長方形の箱の中には板が差しこまれている。
しかし彼女が目撃したのは、それとは違い、穴がたくさん開いたボールが壁に埋め込まれているような、そんな奇妙な岡持ちであった。
メグミの言った愛澄の頼んだラーメンは、どこにも見当たらない。
鉄の壁の標準は、背中を見せている無防備な省吾へと向けられている。
メグミは箱の隙間から伸びていた線を引っ張りあげた。

「っショウゴさん!!」

 何か嫌な予感がする、そんな危機を覚え冴子は咄嗟に叫んだが、やはり予感は的中してしまった。
乾いた銃声の音、マシンガンそのものように岡持ちから放たれるはずのない銃弾の雨が省吾に襲いかかった。
煙が巻き、省吾の姿が見えなくなっても尚撃ち続けるメグミに、冴子は腰に飛び付き制止しようとした。
しかし、彼女は手を止めるどころか彼女を見もしなかった。

「っやめなさいよ、どういうつもり!?」
「…大人の邪魔をするのはよろしくないですぜ、お嬢ちゃん。」
「え、っきゃあ!?」

 人が変わったようにそう呟いたメグミに冴子は一瞬気を取られ、次の瞬間、荒々しく腕を振り払われると、
地面へと叩き付けられてしまった。
コンクリートの衝撃に、地に伏した冴子はすぐに起き上がることは出来ない。
視線だけかろうじて彼女の方へ向けたが、今度は手に持っていた箱を地面に置き、エプロンを脱いだ。
その下は機能性に富んだ服装ではあったが、その身体にはハンドガンの入ったホルダーと、
幾つかのナイフが納められているケースなどが装着されていた。
明らかに常人でないことを、それを見た者に嫌でも思い知らせる。

「ショウゴ、さ…」

 冴子は泣きそうな思いで砂塵の晴れない向こうを見たが、姿が見えず、省吾の安否は一向に掴めない。
一方で武器を纏ったメグミが、ケラケラ笑いながら冴子にこう言ってきた。

「いやいやぁ、あれぐらいじゃ死にゃしませんって。」
「え…?」
「だぁぁああ!!!」

 何故、と彼女がその理由を問う前に、砂埃に撒かれながら省吾が突進してきた。
省吾の狙いはもちろんメグミだ。勢いのまま、顔目掛け拳を放つが、呆気なく交わされる。
続けて追撃をかけるが、やはり見抜かれたかのように身体を捻るだけで一撃も与えられてない始末である。
回避を続けるメグミは悠々と胸元のホルダーからハンドガンを抜き取ると、省吾の目の前に突き付けた。

666しらにゅい:2013/05/12(日) 20:55:03

「フリーズ。」
「く、…」

 省吾は静止を、余儀なく言い渡された。
動けない彼は警戒を解くこともなく、彼女に問いかける。

「何の真似だ、メグミ姉さん…。」
「何の真似?おやおや、ここまでしておいてまぁだ気付いてないんスか、”坊”は。」
「…は?」

 坊、と呼んだ彼女に省吾が疑問符を浮かべたその時、屋敷の玄関から荒々しい音が耳に飛び込んだ。
駆け付けたのは、出雲寺組の組長である愛澄と側近の亜樹斗、そして騒ぎを聞きつけた構成員達だった。
皆思い思いの得物を手に取り彼らを囲んだが、単独であるはずのメグミから余裕の笑みは消えることはなかった。
亜樹斗は倒れている冴子を抱え、起こす。

「サエコ!!一体何の騒ぎだ!?」
「アキト、っそれが、このお姉さんがいきなりショウゴさんを撃って…!」
「あ、それねー武器工場で繕って貰った武器っスよ。ちょーど箱型の奴があったんで、使えるかなぁって思って。」

 世間話のように楽しげに喋るメグミに、亜樹斗は噛み付いた。

「んだと、テメェ…!」
「待って、アキト!」

 亜樹斗は持ち前の金属棒を手に取り振り被ろうとしたが、愛澄がそれを制した。
舌打ちをする彼を下げながら、愛澄はメグミに問いかける。

「…メグミさん、これは一体どういうことなのですか?」
「見た通り?」
「我々に危害を加えるつもりで?」
「やだなぁ、組長さん。アタシが用があんのはタガリショウゴ、…いや、”坊”だけっスよ。」
「”坊”だぁ?おいショウゴ、一体どういうわけ…」
「……ミヅチさん?」

 彼女に問い迫る亜樹斗を他所に、省吾はぽつりと呟いた。
その表情から殺気は失せていたが、代わりに戸惑いの色を浮かべている。

「あんた、もしかして…ミヅチさんか…?」
「御名答!そして出雲寺組の皆々様方、お初目にかかります。…アタシは鬼英会構成員の一人、ミヅチと申します。」

 ミヅチ、と名乗ったメグミは丁寧に、そして大げさに両手を広げ、頭を下げた。
そして、顔を上げると歪んだ笑みを浮かべ、全員こうに言い放った。

「"前"最高顧問の九鬼兵二の部下兼、娘でございます。」
「!!」

 その名を聞いた時愛澄の脳裏に浮かんだのは、刈り上げた頭に、狐のような印象を与える細目。
省吾に愛澄の拉致監禁を強いたあの男の姿であった。

「…"前"最高顧問っつーことは、オジキは…」
「坊もご存知の通り、亡くなりましたよ?不慮の事故で。」

 たいして悲しそうな様子もなく、あっけらかんとミヅチは話した。
省吾は、そうか、とだけ返し、続けて問いかける。

「どういうつもりだ、こんな真似しやがって。今更オジキの仇討か?」
「やだなぁ、そんなつもりじゃありませんよ。今日は坊にお願いがあって、足を運ばせて頂きやした。」
「…お願い?」
「そ、お願い。」

 ミヅチは両手を合わせ、可愛らしく首を傾げウインクをした。
そして、そのおどけた様子から表情を一変させ、省吾に”お願い”を告げた。

「――…単刀直入に申し上げます、今すぐ鬼英会へ戻れ。」

 それは、”お願い”ではなく”命令”であった。

「断る。」

 しかし、省吾はその”命令”をいともたやすく断った。
その態度にミヅチはきょとんと目を丸くする。

「…へぇ?ずばっと言い切りましたね?それぐらいの理由があると?」
「…ミヅチさんも知ってる通り、今の出雲寺組は何者かの襲撃があって、まだ立ち直れる状態じゃねぇ。
あいつらの受けた恩を返す為に俺たちはここにいる。」

 都市伝説:侵話「人面虎(マンティコア)」の襲撃。
まさしく虎の爪痕を残したかのようなあの時の惨状を省吾は思い出していた。
出雲寺組の参謀である義人は組の中のトップクラスの強さだと言われているにも関わらず、アレを相手にして血塗れで床に伏していた。
また出雲寺組を奇襲されたら、今度こそ壊滅してしまうかもしれない。
ならば、それを防ぐ事があの抗争で受けた恩に報いる最善の策であろう。
それに、と省吾は言葉を続けた。

「鬼英会は、今はサトルが俺の代わりに仕切ってる。アイツは俺より頭が回る。だから戻る必要は――
「は〜あ?ばっかじゃねぇーですかぁ?」

 省吾が言い終わる前にミヅチは、馬鹿、とそれだけで切り捨ててしまった。
彼がその言葉にどんな想いを馳せていたか、それを考えもせずに。

667しらにゅい:2013/05/12(日) 20:55:56

「…なんだと?」

 省吾が表情を曇らせる。明らかに気分を害したかのような顔色だ。
しかしミヅチはそれに臆さず、ハッ、と鼻で笑った。

「んな甘ぇ考えがこの世界で通るわけねぇだろうが。こんな正義正義謳ってる阿呆者達を守る必要が、
一体どこにあるっていうんですか?」

 ミヅチは眉をひそめ、さも不愉快そうに顎で彼らを指し示した。
もちろんその言葉を出雲寺組の彼が聞き逃すはずがなく、怒声を上げた。

「バカにしてんのか、テメェ!!」
「えぇ、えぇ…バカにしてますよ?なんせアンタは、組長を目の前で拉致されても何にも出来なかった大馬鹿者ですからねぇ?
守護者が、聞いて呆れる。」
「ーーーっ!!!」
「アキト!」

 今度ばかりは、愛澄の制止は効かなかった。
亜樹斗は弾かれたかのようにミヅチに向かい走り、手持ちの金属棒を彼女の頭目掛け振り落とす。

ガァン!!!

 鈍い音が、屋敷中に響き渡る。
しかしそれは、骨を折ったような音ではなかった。
振り落とした先には穴と少しの亀裂が入っているだけで、ミヅチの姿はそこにない。

「な、」
「やー、危ないですねぇー。こりゃ頭蓋骨損傷どころじゃ済みませんわー。」
「!?」

 亜樹斗の金属棒を喰らうはずだったミヅチの呑気な声が、彼の背後から聞こえてくる。
驚いた亜樹斗は振り返ったが、次の瞬間、胸ぐらを掴まれ、一本背負いの要領で地面に叩き伏せられてしまった。

「ってぇ…」
「ほら、これで人質の出来上がり。」
「!」

 仰向けに倒れ、怯んでいる亜樹斗にミヅチはしゃがむと、腰から取り出したナイフの刃を彼の首へと添えた。
そのまま後ろに引けば、大きな赤い線が引かれることになるだろう。
省吾がミヅチに食って掛かった。

「ミヅチさん!!いくらアンタでも、こいつらにとやかく言う資格はねぇぞ!!」
「坊も坊ですよ、いつからそんな緩くなっちまったんですか?」

 ミヅチは冷笑し、問いかける。
心なしか、亜樹斗の首に添えられたナイフに力が込められ、うっすらとその刃を肉に食い込ませている。
僅かに走った鋭い痛みに、亜樹斗は顔を歪ませた。

「…極道は弱肉強食の世界。互いを守り合う組なんざどこにもいません、そんなの日和者がやる愚行だ。
なのにアンタはそれを許してる、認めてる。…アンタ、よくそんなんで自分が極道の者だって言い張れますねぇ?ほんっと大笑いモンですよ。」
「っ…」
「ああ、だからか。馬鹿の元には馬鹿しか集わないって。」
「…は?」

 ミヅチは呆れた様子でそう呟くと、ポケットに手を突っ込んで何かを探し始めた。
ナイフは以前添えられたままで、自由な行動を許されず、省吾は思わず舌打ちをした。
ああ、あったあった、とミヅチはポケットから目的の物を取り出して、省吾に見せた。

「これ、なんでしょーか?」
「………!!!」

 そこに写っていたのは、ボロボロの姿で拘束された男。
荒縄で縛られており、顔や身体には明らかに傷めつけられたであろう鬱血や打撲痕が見えた。
写真の中の男に、省吾は見覚えがあった。
何故なら彼が組を任せていた、組長代理…サトルであったからだ。

「ってめぇえええええ!!!!!」

 もはや冷静など、保っていられなかった。
亜樹斗を余所にミヅチに向かった省吾は彼女を掴みにかかる。
対するミヅチはすぐに亜樹斗から離れると、省吾を向かい撃つべく構えた。

「ははっ、武芸の稽古なんて何年振りでしょうねぇ〜?」

 そう言って笑う彼女の笑みは純粋な喜びにも、嘲笑にも捉えられた。





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668しらにゅい:2013/05/12(日) 20:57:30

 (おかしい)

 省吾がミヅチに戦闘を仕掛けてから数十分、愛澄はただ呆然と目の前の光景を眺めながら、違和感を感じた。

「ほらほら、坊?まだ一発も当たってないじゃないですか?」
「っぜぇ、っぜぇ、…んのやろ!!」

 省吾の振り被った拳が、ヒュッ、と音を残して空を切る。
空振ったその拳をミヅチは冷ややかな眼で見ながら、顔面を狙い蹴り上げる。
爪先は省吾の鼻を掠っただけで、体勢がやや崩れたものの省吾は直撃を回避した。

(さっきから、ずっとこのままじゃない…)

 彼の腕は出雲寺組の誰もが知っているし、あの戦い以来のブランクがあるわけでもない。
しかし省吾の攻撃は、未だに一度も当たっていない。いや、当たるはずなのに、当たらないのだ。

「坊、いつまで肉弾戦に頼るんですか?そんなの、一度もアタシに勝ったことないじゃないですかぁ?」
「うるせぇ!」

 ミヅチに徹底に回避されているせいか、省吾もだいぶ息が上がっており、苦悶の色を見せている。
涼しい顔をしている彼女とは、正反対だ。
にじみ出ている苛立ちを抑えようと、省吾はただ相手を見据え、何度も攻撃を仕掛ける。が、

「あぁ、ほら、またスカした。」
「っくそ!!」

 彼を嘲笑って、ミヅチはその猛攻を悠々と交わしていたのであった。
そういえば、と愛澄は先程の光景を思い出す。
亜樹斗の攻撃を受けず、そのまま逆手に取って形成を逆転したミヅチ。
まるでテレポートをしたかのように消えたかと思えば、次の瞬間、彼の背後に立っていた。
今も、省吾の攻撃を回避する彼女の姿が一瞬消え失せているように見えて、愛澄の目にはどこかおかしく映っている。

(まさか、)

 ___彼女も、”特殊能力者”?
そう悟った愛澄の表情を、ミヅチは見逃さなかった。

「………ッハ、」

 ミヅチはせせら笑うと、向かい来た省吾の拳を掌で止めた。
華奢な体躯とは裏腹に、省吾が力強く押している筈なのに彼女の身体はまったく動かなかった。

「日和者のお嬢さんは、気付いたようですねぇ。」
「何が、だ…っ!?」
「おや、坊はまだお気付きになってないんですか?それじゃあ、ミナコ様は救えませんぜ?」

 ミナコ、の名前を聞いた時、省吾の身体は強張った。

「っミナコは
「『死んだだろ、何故アイツが生きてるかのように言うんだ。』って?」

 彼が続けようとした言葉を、ミヅチが先に当ててしまった。
そしてニヤリ、と笑うと、だって、と続けた。

「ミナコ様は生きてますもの。なのに、坊は頑なに死んでいると思い込んでやがりますねぇ?」

 彼女の指摘に、省吾は反論出来なかった。図星、であったからだ。

ミナコが生きているかもしれない___

 その可能性を示唆されたのはほんの数日前、琴刃と龍座がとある情報屋から得た話を聞かされた時であった。
街中で彼女にとてもよく似た人物が誰かと一緒に歩いていたのを目撃した、そんな噂話によればあの騒動の後、
連れ去られて監禁されているらしい。
しかし、省吾はそれを真っ向から否定し、それどころか、そんなことよりも出雲寺組の支援に徹底しろ、と二人を叱責する始末であった。
何故なら、彼の中では叔父に見せられたあの映像が全ての真実であったからだ。

壁に塗られた血飛沫。
ペンキを撒いたかのように思わせる床の赤い海。
切り傷、散乱としている家具。

誰が見ても、あの中で大切な妹が生きているとはとても思えなかったのだ。
否、彼がそう思いたかったのはもしかしたら、こんな事をどこか望んでいたからかもしれない。
彼女が止むを得ず亡くなってしまったことで鬼英会の組長の座に自分が穴埋め出来るかもしれない、と。

「酷いお方だ、子供の頃はあんなに仲がよろしかったのに。」
「…違う、ミナコは、ミナコは死んだ…!」
「でもそうやって思い込んだ方が坊は楽ですもんねぇ?どんな非道な事だって、それで言い訳が作れる。」
「違う、俺は、違う!」
「違うのは、坊だろ?本当は、ミナコ様なんていなくなればいい、って思ってますよね?」

 だって、と紡ぐ彼女の口が釣り上がる。



「___”仕方なく”鬼英会の組の座につけますから。”仕方がなく”ね。」

669しらにゅい:2013/05/12(日) 20:58:01

「―――あぁぁあああああああ!!!!」

 咆哮と共にミヅチに突き出したのは、ショウゴ持ち前のモデルガン。
実弾なんて入ってない、ただの遊戯銃だ。しかし、彼にとって武器である事には変わりない。
省吾の目が、文字通り色を変えると同時に彼は引金を引いた。

 射弾の悪夢。
省吾が相手に撃ち殺された際に発動した、悪夢(ナイトメアアナボリズム)だ。
装填される物質によって弾の性能が変わるという特性を持っており、その物質の対象は空気にまで及ぶ。
つまり、弾は無くとも射撃は可能なのだ。

 バンッ、という音と共に弾かれたのは圧縮された空気の塊。
ミヅチはその音を聞くと同時に、また姿を消した。目に見えない弾丸は空を切り、先にあった木にぶつかり弾けた。

「うわぁぁあああ!?!?」

 近くにいた構成員達は呆気無く空中へと上げられ、間もなく地面へと落とされる。
次にミヅチが姿を現せば、省吾はそれを狙い撃つ。しかし弾は彼女に当たることはなく、
流れ弾を喰らった構成員は吹き飛んでしまった。
省吾はただ、ミヅチを狙い撃つだけに集中しており、周囲にいくら風が吹き荒れようともその手を止める事はなかった。

「っきゃ…!!」
「アスミ!!」

 次々に生まれる暴風の渦によって、愛澄は空中へ弾き飛ばされそうになる。
亜樹斗は手を伸ばして浮かんだ彼女の身体を引き寄せると、強く抱き締めながらその場にしゃがんだ。

「逃げるんじゃねぇよ!!」

 省吾は地面に転がっている小石を掴むと、それを詰めて射撃した。
中に込められた小石が弾け、ショットガンのように発射される。当たればタダでは済まないのは、目に見えている。
しかし彼女は、避けなかった。

「へぇ、そんな事も出来るんすね。」

 ヒュンッ

「!?」

 パラパラ、と何かが落ちる音がした。
省吾が視線を向けると、ミヅチの足元には砕けた小石が転がっていた。
間違いなく省吾自身が詰めたあの弾丸の残骸だ。
ミヅチはただ、足を上げただけで、一切、被弾はしていない。
何が起こったか分からず唖然としている省吾を余所に、彼女はニヤリと嘲笑う。

「さて、反撃ですよ?坊。」
「な、がはっ!?」

 腹部に強い衝撃、突然の痛みと呼吸困難に省吾は陥った。
前のめりになったところを顎で蹴られ、続けて右頬を蹴り飛ばされる。
いや、蹴られたかどうかは分からない。もしかしたら殴られているのかもしれない。
そう正常に判断出来ないのは、省吾が尋常ではない速度でその猛攻を受けているからだ。
分からない、何が起こってるのか。
ただひたすら、身体のあちこちに痛みが走り、世界がぐるぐると回る。

「っぐ、ぁ……」

 ようやく開放されたかと思えば、省吾はそのまま地面へと倒れてしまった。
身体は重く、起き上がる事は出来なかった。

(銃、は、ど、こ)

 朦朧とした意識の中、省吾は反撃をしようと手放されたハンドガンを探す。
それは、後少し手を伸ばせば届く位置に落ちていた。
あと少し、ほんの少し、激痛に耐えながら身体を引きずり、そして手を伸ばした。

「坊、」

 しかし、

「おねんねの時間ですよ。」

 その手が届くことは、なかった。

----

670しらにゅい:2013/05/12(日) 20:58:38

「――…さて、と。」

 動かなくなった省吾から目を離すと、ミヅチは出雲寺組の方へと向き直る。
屋敷の庭は整備したばかりだというのに強風のせいで荒れ果てて、奇襲後の状態へ逆戻りになっている。
被害を被った構成員もあちらこちらに倒れており、冴子も横たわったまま目を瞑っている。
愛澄を庇っている亜樹斗らがミヅチと対峙しているが、手負いであることは変わらない。
しかしミヅチにはもう既に、戦意などなかった。だから迫り来る殺意を、すぐに感じ取る事が出来た。

「…リュウザさん、とコトハさん、でしたっけ?ちょうどいいや、伝言頼まれてくれます?」

 ミヅチはそう言って、右手で龍座の蹴りを、左手は持ちのナイフで琴刃の刃を受け止め、2人の動きを制止した。
刃と刃が擦れ合う音がキリキリと鳴り響き、お互い少しでもずらせば刺さってしまうであろう。
それほど切迫した状態であっても、ミヅチの余裕が崩れることはなかった。

「…やだなぁ、坊は生きてますよ?」
「!」

 彼女がそう告げると、龍座は目を見開いた。僅かではあるが、足の力も緩んだ気がする。
そんな戸惑いを見せた彼へ、琴刃がクギをさす。

「リュウザ、ハッタリよ。」
「コトハさんだって心配ですよねぇ〜?声震えてますよ?」
「黙れ。」
「あらら。」

 今度は心なしか、迫る刃の力が強まった気がするとミヅチは苦笑した。
続けて、独り言のようにこう呟いた。

「生きて貰わなきゃ困りますもん。」

 その言葉の意図を、今は龍座も琴刃も理解出来なかった。
頼みに応じなければ殺すしかない、それが彼女の目的だと思っていたからだ。
ミヅチは受け止めていた龍座の足を前にどかし、続けて琴刃のナイフを弾き上げて一歩退いた。
ヒュン、と目の前を刃が掠る。

「っ!」
「一週間後、再び訪問し、坊に答えを出して貰います。」
「答え?」

 問いかける龍座に、答えです、とミヅチは笑って返す。

「…考える時間を坊に与えましょう、ここへ戻ってくるかどうか。 時間が遅くなることは許しませんが、
早まるなら喜んで受け入れるっスよ。」
「…お前何言ってんだ?またここに来るだと?」
「ああ、迷惑でしたら場所変えてもいいですよ?アタシは坊だけに用がありますし、日和組には何の用もありません。」
「テメェ…!」
「動いたら、腕の中のお嬢様に負担をかけるのでは?」
「…ッチ…」

 上げかけた得物を亜樹斗はおとなしく下ろし、代わりに愛澄を抱く手の力を強めた。

「そうそう、まだ坊に情をかけて他の奴が来てアタシを殺すなら、それでもそれで構いませんよ?またこんな目に遭うのは、嫌ですもんね?」

 クスクス、とミヅチは笑い、ただ、と言葉を付け足した。

「その瞬間、坊は今後『極道』ではなく『チンピラ』と呼ばれるでしょうけどねぇ?」










鬼を喰らう災厄の蛟

671しらにゅい:2013/05/12(日) 21:09:35
>>665-670 お借りしたのは汰狩省吾、矢吹龍座、深見琴刃、名前のみ九鬼美奈子(サイコロさん)、
出雲寺 愛澄、九柳 亜樹斗、律田 冴子(十字メシアさん)でした!

時系列は、
都市伝説:侵話 二灯目 〜人面虎〜→<三人組の申し出。>→出雲寺組強襲、その後。
の後で、かつそれから更に期間が経った後を想定しての話になります。
<抱えた爆弾>系列の連載となりまして、サイコロさんと交互にお話を出し合いながら進めていきますので、
しばしお付き合いお願い致します(・ω・)
ミヅチについてはその他キャラ扱いで補足程度に後であげさせて頂きます。

672akiyakan:2013/05/12(日) 21:26:06
※名前のみで、えて子さんより「カチナ」と「瀬良」をお借りしました。

 ――その日、いかせのごれの夜は騒がしかった。

 街中で上がる悲鳴。曰く、幽霊を見たと言う人間が、街のあちこちで現れたのだ。

 その目撃箇所に法則性は無く、墓地や廃墟で見たと言ういかにもなものから、ゲームセンターやデパート内などまさかと思われるものまで様々であった。

 この事態を、アースセイバーは超常現象に認定。事件の収拾に出た。



 ――・――・――



 ウスワイヤ。そこはさながら、野戦病院を思わせる有り様だった。

 事態収拾に戦闘要員から隠蔽工作要員まで様々な能力者が駆り出され、そして事態収拾まで彼らは戦い続けた。

 事件そのものは、いかせのごれ各地にホウオウグループが生み出した兵器、人造亡霊レギオンが出現した事によるものだった。人造とは言え、一応は亡霊、陰魄である。しかも、レギオンは時間が経つにつれて増殖すると言う性質を有し、このまま放置した結果どんな事態へ発展するか分かったものではない。

 幸い、レギオンには物理干渉する事が可能であり、その密度を削り減らす事によって消滅させる事が可能だ。なので、戦闘要員の手でレギオンを除去し、関係者を工作要員が記憶改竄する事で事態を納める、と言う手筈だった。

 だが、事態は思わぬ方向へと進んだ。

 出現したレギオンは、今まで出現したレギオンとは異なっていた。霊体の身体に神経ガスや腐食ガスなどを包んだ変異種や、複数の亡霊が合体して巨大な霊体化する物など、今までとは違う性質を持っていたのだ。

 これら変異型レギオンの出現により、アースセイバーは苦戦を強いられた。特に近接戦闘を主体とする能力者はその多くが神経ガスによって身体の自由を奪われ、早い段階で戦闘不能に陥った。また所によっては、レギオンの体内にあったガスが周囲に蔓延し、一般人にまで被害が及ぶ事態も発生した。

 その光景はまさに戦場、或いは地獄。

 事件発生から鎮圧まで、実に八時間。アースセイバー史上でも珍しい大事件となった。

 だがそれ故に、誰も気付かなかった。

 これを隠れ蓑にして、街から姿を消した者達がいたと言う事に。



 ――・――・――

「セラは無事に、カチナシを連れて逃げたみたいだな……どうする。協力費と称して、何か手伝わせるか?」
「別にいい。俺達の作戦が、たまたま奴を助けただけだからな。それに、一応はかつての同窓だ。」
「どうだか。一般人巻き込んでこんな騒ぎ起こすとか、お前まるでジングウみたいだぜ」
「はったりは派手な方がいい。アースセイバーの奴らには、これがホウオウグループのやり口だと錯覚するだろうさ。奴らの目がグループに向いている間は、俺達は自由に動ける」
「……長かったな」
「ああ、長かった。だが、それも今日までだ」
「奴らに、思い知らせる時が来た」
「俺達を見限った奴らを、見返す時が来た」
「俺達を虐げて来た奴らを、滅ぼす時が来た」
「俺達は覚えている」
「俺達は忘れない」
「鳳凰の眷属共、」
「絶対者の狂信者共」
「俺達はここに居た」
「俺達は生きている」
「俺達は負けていない」
「俺達は死んでいない」
「「滅びるのはお前達だ」」



 ≪地の底で這う者達≫ 



(その有り様はまるで鼠)

(猛禽類に啄まれるだけでしかない、矮小だった彼らは、)

(薄暗い穴の底で、ひたすら爪を研ぎ、牙を磨き続けていた)

(彼らは牙を剥いた)

(自分達を墜とした存在を、)

(自分達を見下す存在を、)

(その座か引きずり落とす為に)

673スゴロク:2013/05/12(日) 22:58:26
自キャラの話です。



その日、夜波 マナはいかせのごれ高校の屋上にいた。アカネの鶴の一声でランカの「妹」として白波家に引き取られた今も、こうして能力を使って自分の感覚をいかせのごれ全体に広げ、そこで起きる出来事を感じ取っている。

今までなら、本体をも波動と化して意識自体を拡散させる必要があったが、現在はその必要はない。こうして居ながらにして、視覚や聴覚といった感覚のみを広げることで、より多く、より正確な情報を感じ取れるのだ。

閉じっぱなしだった目を一度開け、給水タンクの上で大きく伸びをする。

「ん、んーっ」

人ならざる身となった今でも、疲れることはある。それは多分に精神的なものなのだが、表に出る分には同じだ。
大きく息をついた後、マナは「感じた」光景を整頓する。

例えば、極道とその頂点を巡るいざこざ。
例えば、一つの恋に起因する連続殺人。
例えば、世界を見る二つの意志。
例えば、能力者を狩る強奪者たち。
例えば、欠けた一人を追い求める怪異達。
例えば、未だ暗躍を続ける白い闇。

「………」

思い出したくもない顔を見てしまい、表情が歪む。このサーチ方法の長所は、見られている方が全く気付かないことと、遮る方法が事実上ないこと。欠点は、情報の取捨選択が全く出来ないことだ。

以前なら復仇に燃えていたはずの憎き相手に、しかしマナの心は動かない。居場所と家族を得、復讐心が薄まってしまっていた。
それがいいことなのか、悪いことなのか、彼女にはわからない。白波家が襲われたあの一件以来、兄・詠人も消息が分からなくなっている。

(……でも)

正直な所、マナはもう、詠人と和解する気はなかった。ああまで自分の存在を否定する以上、もはや分かり合うことはない。

(あくまで私をまがい物と呼ぶなら、それもいい。けど、スザクやみんなを)

友人を、

(ランカを、アカネさんを……)

家族を思い、

(お姉ちゃんやお母さんを脅かすなら、私は許さない)

決意を一人、固める。





どれくらい、そうしていただろうか。気が付くと、学校から人の気配が少なくなっていた。時計を見ると夕刻、もう放課後だった。

「帰ろうかしら、そろそろ」

色々ときな臭い光景が見えたが、マナは自分からそれに首を突っ込む気は毛頭なかった。全てを救いたいと考えるほど、彼女は強欲ではなかったし、また救えると考えるほど傲慢でもなかった。

広げていた感覚を白波家のランカの部屋に集中し、そこをアンカーに本体を引っ張ろうとして、

「ハーイ、もうお帰り?」
「?」

聞き覚えのある声が、聞きなれない口調で話しかけて来た。いつの間にか横に、赤い髪を肩まで伸ばした、良く知っているはずの知らない少女が座っている。

674スゴロク:2013/05/12(日) 22:58:58
「……スザク? じゃ、ないわね」
「いいカンしてるわね。そ、私は綾音。火波 綾音よ」
「……どういうコト? スザクの本当の名前、それは」

当然の疑問をぶつけると、少女はこう返した。

「んー、それはちょっと前までの話ね」
「……?」
「簡潔に言うと、今、この体にはふたつの人格と記憶があるの。ひとつは私、もうひとつはスザク。主人格は私よ」
「……なら、スザクは?」
「従人格……仮面の人格よ。元々、彼女は『私』が苦痛から自らを守り、立ち直るまでの時間を稼ぐために造り出した、仮のペルソナ。こっちに来てから何度か壊れそうになっちゃって、その都度私が直してたのよね」
「壊れる……?」
「そのまま、よ。彼女は私を守るための、仮初の人格。だから、構成要素は『強さ』一択。『弱さ』に関する要素がほとんどなかったから、バランスが崩れて、崩れて。まー大変だったわ。ヤンデレ化するわ、注意力はなくなるわ、精神的に脆くなるわ……一度なんか、私が融合して同化しなきゃならなかったわ」

その時期には覚えがある。確か、トキコが「籠われて」いた、あの時期だ。

「? 結構前のような……」
「あー、それは言わないでくれる? 考えると頭痛くなるのよ、比喩ではなく」
「? わかった」
「ともあれ、そういうワケ。あれから少しして人格にヒビが入っちゃって、また分離したんだけど……その後私の方は引っ込みっぱなしだったわね。で、この間の大騒ぎで完全に分離して、今に至るってコト。お分かり?」
「……一応は」
「主人格は一応私なんだけど、表に出るといろいろ不都合なのよね。だから、悪いケド私のコトは内緒にしてくれる?」

お願いね、と人差し指を唇に当てる綾音。スザクの印象には合わない女性らしい仕草に、マナは頷く。

「ありがと」
「……それで、何の用? まさか、それを言いに来たワケじゃないでしょ」
「そうね。まあ、強いて言うならヴァイスについてかしら」

いきなり飛び出した忌々しい名前に、マナはわずか、眉をひそめる。それに気づいてか否か、綾音は続ける。

「この世界、どう思う?」
「どう、って言われても」

思わず、屋上から見える街並みを見渡す。夕日に照らされて赤く染まった街を眺めながら、マナは綾音の声を聴く。

「おかしいと思わない? 能力者に人ならざるモノ、人造の神に精神生命体、挙句に悪魔までいるのよ。こんな場所、世界中探したっていかせのごれだけよ」
「………」
「街を歩いて見なさい。出会う人のうち、10人に7人はその手の存在か、その関係者よ。こんな無茶苦茶な世界、在り得ると思う?」
「……でも現実、それが」

そうね、と綾音は軽く頷く。

「それが現実。そう、それは確かにその通りよ。でも、こう考えてみて。特殊能力とは読んで字の如く、特殊な力。人間が本来持ちえない、超自然的な力。つまり、人間は『それ』を持たないことが本当の姿なのよ」
「……だから?」
「『それ』を持つことが当たり前のようになってしまっている、このいかせのごれ……いいえ、この世界。『本当の姿』から著しく外れてしまっている、この世界。まるで、台本を頭から書き換えていくかのように」

けれど、とスザクと同じ顔の少女は言う。

「既に出来上がっている台本を、現状に合わせて無理やり書き換えて行けば、どこかに歪みが出る。その歪みは、書き換えが進むごとに小さく、深くなり、やがていくつかの要素を生み出した。この書き換えられた世界、その歪みの具現として」
「! それは……」


「そう。その一つが、あのヴァイス=シュヴァルツ。歪みに歪んだ世界、その波及を緩和するためだけに生まれた存在。世界が歪めば歪むほど、あの男は狂っていく。ただ、それだけの存在よ」




秘めたる音はかく語りき

(歪む世界)
(狂う男)
(語る少女)


(止まらない、物語)

675十字メシア:2013/05/13(月) 01:31:54
「鬼を喰らう災厄の蛟」の直後、というか終盤の同時系列です。
短い。


出雲寺組付近、ある建物の屋上。
黒ずくめの服を身に包み、バンドで交差状に組んだ腕を巻いた少女の姿があった。
緑色の爬虫類の様な目は輝いており、惨状に近い景色を見下ろしている。

「むふふふふーふ…♪」
「――何々してるのかな?」
「んー? あー『ヘルツ』ーか」

背後から奇妙な口調の声。
ヘルツ、と呼ばれたその声の主も、少女と似たような、黒ずくめの格好だった。

「いやーね。”邪駒”に良さそーな、人間…見つけちゃーった♪」
「ほうほうどれどれ…? おー! いいねえいいねえあの女の子! 弱肉強食、正義感=ゴミ、冷酷等々……実に実に…素晴らしい『人間の闇』だなあ!!!」

まるで、舌なめずりするかのような表情を浮かべるヘルツ。
少女も一層、目を輝かせている。

「でーしょ。どうしようかなーって、考えてーた」
「うーん、そうだなあ……邪駒にしちゃってもいいと思うけど、余計なオマケ役者つくかもしんないしなあ」
「あー………んだよ正義正義とか綺麗事ほざくなクソガキ集団」
「あははっ、相変わらず毒舌は早口だねえ」
「そーう? まあどうでもいーよ」
「とりあえずもう少し様子見しよっか」
「だーね。あーつまんないーの」
「邪駒にしただけでアイツらにバレたら、元も子も無いし。焦らない焦らない」
「むーう」


演目準備


「……殺しにいくまで精々、のんびり茶ァすすってろ」
「――守人共」

676akiyakan:2013/05/13(月) 11:59:08
※「秘めたる音はかく語りき」の直後から。所謂、「物申す」です。
※スゴロクさんより「火波 綾音」、「夜波 マナ」をお借りしました。私からは「AS2」こと、アッシュです。

「聞き捨てならないな、火波綾音」
「!」

 突然割り込んできた声。その声を聞いて、マナと綾音は振り返った。

「貴方は都アッシュ……いえ、正しくはAS2、かしら?」
「どちらでもどーぞ」

 一体どこから現れたのか、アッシュは屋上の柵に寄り掛かるようにして立っていた。

「聞き捨てならない、って言ったわね。何が聞き捨てならないのかしら?」
「特殊能力者のくだり。んっと、超能力を持たないのが本当の姿とか言ったっけ?」

 そう言うと、くっくっく、とアッシュはさも可笑しげに笑った。

「おたく、何様?」
「…………」
「何、自分が言ってる事全部正しいとか思っちゃってる系? 痛い痛い。そーゆーの痛くて見てられないわ、マジで」

 けらけらと、アッシュは綾音を嘲笑う。そんな彼の様子を見て、マナはムッと眉を顰めた。

「ちょっと、そんな言い方無いんじゃない」
「いやいや、傑作だよ。だってさそいつ、自分がここにいるべきじゃないとか大真面目に言ってるんだぜ? 自殺志願者かっつーの」
「……何も、おかしい事を言っているつもりは無いわ」
「ほう?」

 アッシュの態度に不快がる様子も見せず、綾音は反論する。するとアッシュはそれに興味を抱いたように、彼女へと視線を動かした。

「超能力はこの世界の法則に反するわ。世界が在るべき様に、成るべく様に敷いてあるレールを破壊してしまう。今は能力者の絶対数が少ないから大丈夫だけど……」
「超能力者が増えたら、世界は滅びる?」
「そうよ。天秤が超能力者側に少しでも傾いたら、その時世界のバランスは完全に崩壊する。超能力を持たない人間は淘汰されて、残った超能力者も壊れた世界と一緒に滅びる。この世界は、カタストロフ一歩手前なのよ」

 頑丈そうに見えた箱舟は、その実いつ沈んでもおかしくないボロ船なのだと、綾音は語る。

「だから、超能力者は存在してはいけない存在なのよ」
「いいや、逆だね。超能力者が存在するから、かろうじてこの世界は保っていられるのさ」

 しかしアッシュは、綾音の話を真っ向から否定した。

「……おかしな事を言うわね。貴方だって、ホウオウグループなら知っているでしょう? いかせのごれの神は、超能力者を認めないって事くらい」
「いや、知らない。第一、僕の存在を否定する様な神様なら用済みだよ。ゴミ箱にポイってさ。大体何様? テメェの都合で生み出しておいて「要りません」っての? ハッ! そんな傲慢な神様ならこっちからお願い下げだね!」
「……貴方が我儘と言ったところで、世界の在り方は変わらないわよ」
「そう、変わらない! 君がいくら超能力者の存在を否定したところで、この世界から超能力者は消えて無くならない! 何故か? それは結局のところ、僕らが必要だからさ」

 両手を広げ、あたかも劇を演じる役者の様に、芝居がかった調子でアッシュは語る。その姿に綾音は、かつてスザクを通して見た一人の男を、ジングウの姿を思い浮かべた。その仕草は実に、よく似ている。

「ネガディヴネガティヴネガティヴ! 実にネガティヴ! 自分の存在を肯定出来ないのは悲しいぜ、火波綾音?」
「……だけど、それとこれとは別よ。やっぱり、超能力者はその存在が間違っているわ」
「その話をして、果たして何人受け入れられるだろうね?」
「…………」
「大体、君の言葉は間違ってもいないし、かと言って正しくも無いんだよなぁ」
「……どう言う意味かしら、それは?」
「君のもう一つの人格、火波スザク。彼女を例にしよう。スザクちゃんはトキコちゃんが好きなんだよね?」
「……ええ。そのようね」
「じゃ、その愛がある事を証明してよ」
「? おかしな事を聞くのね。そんなの――ああ、そう言う事」

 アッシュの言葉の意味を察したのか、綾音が納得したような声を出す。

677akiyakan:2013/05/13(月) 11:59:41
 人間は結局、知覚出来る存在でなければ「在る」と認識出来ない生き物である。ある者が誰かの事を強く思っていても、対象者がそれを観測する事が出来なければそれは「無い」も同然となる。

 これは価値観の問題だ。

 ある人の価値観では「愛は存在する」ものであり、ある人の価値観は「愛は存在しない」ものである。共通の見解が同一のもので無い以上、二人の認識は混じわらず、平行線のまま。即ち、「存在しているが、存在していない」状態だ。

 アッシュが言っているのはこう言う事だ。

「結局貴方は、私の言い分を聞かないって事ね」
「酷いなぁ。僕は別に、そんな事言ってないよ? ま、君がそう思ったなら、君はそういう風に考える人間って事だね。うん、底が知れたよ」

 可憐な笑みを浮かべながら、さらりと毒を吐く。人を不快にさせて自分のペースに巻き込むのは、この男のやり口だ。もっとも、綾音はこれっぽっちも動じていない。そもそも明確に敵だと分かっている相手の言い分を素直に聞き入れる程、綾音はお人好しでもなければ甘くも無い。

 第一、綾音にアッシュの言葉を受け入れられる訳が無い。超能力者の存在が必要から生じているなど、彼女にとっては世迷言でしかない。超能力者の存在が必然だと言うのなら、ヴァイスの存在は果たして一体何なのか。灰炎無道が起こした非道で死んだ人々は一体なんだったのか。そもそも、アッシュを生み出したジングウはどうなる? アッシュの言い分を認めると言う事はつまり、それらもすべて必然であると言う事になってしまう――

「――神殺しが怖いか、臆病者」
「!」

 綾音の思考を遮るように吐かれた声は、それまでと全く雰囲気を異とするものだった。

 まるで、中身が入れ替わったのだと錯覚してしまう程に、アッシュの雰囲気が変わっている。それまでは不快さこそ感じられたが、それでも「自分達と同じモノ」なのだと感じられていた。立ち位置から生き様まで異なっているが、それでも存在こそは変わらないモノなのだと。

 だが、その時は違った。あまりにも異質過ぎる。まさに、異次元の存在と言うべきか。その時のアッシュが放つ邪悪さは、綾音にとっては未体験に過ぎるものだった。

「神を否定するのが怖いか? 神に挑むのが怖いか? 想像力が足りてないぜ、それじゃあ三流だ」

 アッシュが近付いてくる。知らず、マナは後ずさりしていた。これは、この男は、ヴァイスとは別の意味でおかしい。こんな、こんなモノが、この世界に在って良い訳が無い――!

「飼われ、繁殖し、そして食い物にされる。無垢な羊がお望みならそれでどうぞ。思考を閉ざし、何も望まずに神の掌で踊っていろ」

 二人の間を、アッシュが通り抜けていく。その瞬間、まるで心臓を鷲掴みにされるような、言い知れないプレッシャーが二人を襲った。アッシュが放つ異質さが、二人に襲い掛かる。

「僕は、僕らは違う。大人しく尻尾を振るつもりは無い。大人しく飼われてやるつもりは無い。その手に、喰らいついてやろう。その手を、食い千切ってやろう。鎖をかけたつもりになっているその顔を、驚愕で彩ってやろう」

 それこそが我ら。それこそがホウオウグループであると、異分子の邪悪を纏って、しかし誇り高くアッシュは宣言する。

「……滅ぼされるわよ、神に……」

 喉の奥から、絞り出すように。かろうじて、綾音の口からその言葉が出た。それを聞いて、アッシュは笑い声を漏らした。振り返ったその顔には、やはり笑みが張り付いている。

「何? あの言葉を僕に言わせたいのかい、君は?」



≪神なんか怖くない≫



(我々はホウオウグループ)

(我らは鳳凰の眷属)

(イカロスは太陽に近付き過ぎた為に、その身を焼かれて地に堕ちた)

(だけど、我らは止まらない)

(その身を何度焼かれても、翼は頂きを目指して進むのみ)

(これは、神への反逆の物語)

(彼らは死ななきゃ、止まらない)

※補足:劇中におけるアッシュの変貌はジングウの代弁であり、「彼を演じる」事で「ジングウを憑依させている」状態だからです。

678スゴロク:2013/05/13(月) 15:45:26
続けてみます。akiyakanさんより「AS2」をお借りしました。元々「秘めたる音はかく語りき」の続きだったんですが、akiyakanさんが素晴らしい形で拾ってくださったので加筆してみました。

いかせのごれと特殊能力、コイツはこんな考えの持ち主です。





「なるほど、なるほど。お二方とも、なかなか面白い意見をお持ちのようで」
『!!』

アッシュが立ち去ろうとしたまさにその瞬間、横合いからかけられた声があった。忘れようにも忘れられない、奇妙に甲高い、それでいてどこか重さを持つ、特徴的な音。

弾かれたように綾音とマナが、ゆっくりとアッシュが振り向いたそこにいたのは、

「御機嫌よう、御三方。お久しぶりです」

帽子を取ってかるく会釈をする、ヴァイス=シュヴァルツの姿だった。




誰にとっても、この男は淘汰されるべき存在だ。それをわかっているからこそ、臨戦態勢に入る3人を、しかしヴァイスは左掌を向けて止める。

「おっと、それは勘弁願いたいですね。荒事は苦手なのでね」

どこか意味深なその言葉とは裏腹に、被り直した帽子の下から覗く生身の右目には、出来るものならやって見ろ、とでも言いたげな自信が垣間見えた。その目が、ちらりと一瞬だけアッシュを捉える。

「神、ですか。なるほど、特殊能力について語るならば、どうしても避けては通れない道ですね」
「……だから何? あなたには関係ない」

綾音の言葉にしかし、ヴァイスは笑う。

「そうでもありませんよ。それより、ワタシも少しばかり、話に混ぜていただけませんかね? ……おっと」

言う間に襲ってきたアッシュの一撃を、ヴァイスは軽く一挙動でかわす。

「危ない危ない、死ぬところでした」
「……良く言うよ」
「さて、どうですかね。まあともかく、ワタシにもワタシの言い分というものがありますよ」

三人全員が敵意を向けていることなど意にも介さず、白き闇は語る。

「綾音さん、でしたか? 特殊能力という異なる因子が世界に歪みを生み、それが集積した結果ワタシという存在を生んだ、と。確かそう言いましたか」
「そうよ。現実はこうだけれど、本来存在し得ない、存在してはならない因子。それが特殊能力と呼ばれるモノよ」
「なるほど、なるほど。それはまあ、確かにそうでしょう。このいかせのごれ以外ではね」

ニヤリ、と深くかぶり直した帽子の下で、嗤う。

「……どういう意味かしら?」
「そのままですよ。全く想像力のない……これでは、仮面の彼女の方がかなりマシですね。しばらく表に出ない内に、そこまで耄碌しましたか?」
「………」
「このいかせのごれという世界は、言ってみれば神の箱庭とも言える存在です。その中で『手違い』から生まれたのが特殊能力であり、それを持つ者。その意味では、まあアナタの意見は間違ってはいません」

ただし、とまるで生徒を諭す教師のように、黒い手袋に包んだ人差し指をぴっ、と立てる。

「摂理がどうであれ、特殊能力者は在るべくして在る存在なのですよ。そして、彼らの存在なくしては、現状このいかせのごれは立ち行かない。その意味では、彼の意見が正しいですね」
「へえ? まさか、お前と意見が合おうとはね。珍しいこともあるもんだ」

どこか感心したようにアッシュが呟くが、ヴァイスはそれを肯定せず、くつくつと笑う。

「いやいや、そうではありませんよ。ワタシはむしろ、アナタの意見に対して異見を示したいところでしてね」

機械の左目が、微かな駆動音を立ててアッシュを無機質な視線で射る。

「と、いうと?」
「ワタシは知っての通りの狂人ですが、それゆえに見えるものもある、ということです」

「これまで多くの人間を壊してきましたが、その中で感じたコトがいくつかあるのですよ」

「彼女は『神に滅ぼされる』と言った。アナタは『神を殺す』と言った。それはどちらも真実であり、また起こり得る事象でしょう」

「ただし、それは」



「このいかせのごれが、本当に『神の意志によって動くのなら』の話ですが」

679スゴロク:2013/05/13(月) 15:45:57
俄かには理解しがたい言葉に、綾音のみならずアッシュやマナも少々混乱した。そんな彼らには委細構わず、ヴァイスは朗々と語る。

「実を言うと、未だに正確な所はわかりませんし、恐らく誰にも……それこそホウオウであっても、証明するコトは永劫不可能でしょうが……今、我々がこうして存在しているいかせのごれには、数多くの『意志』が介在しています」

「それが何なのかは、永遠にわからないでしょう。しかし、確かに、それはいかせのごれに影響を及ぼしているのです。一つ一つの影響する範囲には限りがありますし、世界の運命や我々の生死を左右するほどの力はないようですが……それらの『意志』が複雑に絡み合い、影響し合い、そうしてこのいかせのごれは成り立っているのです」

「特殊能力者が在るべくして在るというのは、そういうコトです。確かに、元々は存在し得ない、存在してはならないモノだった。しかし、それは存在してしまった。神の手違いによって」

「そしてもしかすると、神の手違いと、それによる特殊能力の誕生……それこそが『意志』の成せる業なのかもしれませんね」

綾音が恐れ、ホウオウグループが敵視する「神」。だが、それすらも「意志」とやらの手の内であったなら……?

「……神がどう動くのか、それさえも思惑の内」
「そうなりますね。まあ、証明する手段はありませんし、本当に神にまで『意志』が働くかは知りませんが」

「しかし、確実にわかっていることがあります」

「このいかせのごれに生きる我々は、神を決して否定できません。しかし同時に、神も我々を否定できません。それは、このいかせのごれに引かれた、超えることの出来ない一線なのですから」
「……そんな言葉で僕達が止まるとでも思ったのかい?」

アッシュの言葉に、ヴァイスはしかし怯まない。どころか、平然と言い放つ。

「いいえ? 止まるとは思いませんし、止めようとも思いません。挑むなり殺すなり、ご自由にすればよろしいでしょう」
「元よりそのつもりではあるけど、お前に言われるのは腹が立つなぁ」
「それはどうも。まあ、どう考えるかは個人の自由でしょう。他人に言われてあっさり持論を翻すようでは、底の浅さが窺い知れるというものですよ。それに、ワタシの言葉は、もしかしたらただの戯言かもしれませんよ? 何せ狂人ですからねぇ」

言いたいことを一方的に捲し立て、ヴァイスは給水塔の陰の暗がり、そこに溶けるようにして消えていく。去り際に、こう言い残して。



「もし本当に世界が変質すれば、それを逃れることは決して出来ませんよ? 我々とこの世界は、運命共同体なのですから」



「では、これにて。もう遅い時間ですから、帰るならばお早くどうぞ……」



白き闇はかく語りき


(誰にとっても、敵でしかない)

(その言葉が真実か、偽りか)

(全ての、答えは)

(神のみぞ、知る)

680えて子:2013/05/13(月) 20:02:07
「消えた灯火、外せぬ首輪」の続きです。時間的には「運命交差点・序」の後半の電話から少し経った頃。
電話は、フラグです。誰か拾っていただければ。
最後に少しだけ、スゴロクさんより「クロウ」をお借りしました。


「………ぅ…」

泣きたくなるような全身の痛みで、アーサーは目を覚ました。
靄がかかっていたような思考が、ずきずきとした痛みに急速に覚醒していく。

「………!」

覚醒しきった頭でまず考えたのは、いつも持っていたパペット―ロッギーの行方だった。
いつも手にはめていた彼が、今はどこにもいない。
慌てたように辺りを見回し、そしてそれは程なく見つかった。

「っ!」

しかし、そのパペットはずたずたにされ、もはや原型を留めていなかった。
辛うじてパペットの面影が分かる程度だ。
幼い頃から愛用していたパペットの変わり果てた姿にショックを受けたが、悲しみにくれている暇はなかった。

(そうだ、長久…!)

階段から落とされる直前、アーサーが助けを求めようとした階下の相手。
彼は、無事なのだろうか。
そうだ、それに、ハヅルを助けてもらわなくては。

立ち上がろうとしたが、落ちた時に足を捻ったのか、全身を打ちつけたからか、体中に力が入らない。
仕方なく、歯を食い縛って応接室まで這っていった。

応接室は薄暗い。
灯りのスイッチには這い蹲った状態では手が届かず、立ち上がる気力もない。
それでも、全く見えないわけではないので、じりじりと這いながら辺りを見回す。
そうして見つけたのは、壁に寄りかかってぐったりと座り込んでいる長久の姿だった。

「……!!」

心臓が、跳ね上がった。
彼も、ハヅルと同じように、やられてしまったのか。
おそるおそる、彼に近づく。
灯りの消えた部屋の中は薄暗かったが、その喉元にくっきりと残る手の痕は、はっきりと見ることが出来た。

「ひっ…!」

それがあまりにも痛々しく禍々しくて、思わず小さく悲鳴をあげて後ずさる。
どうしよう、どうしよう。それだけがアーサーの頭の中を駆け巡っていた。
死んでいるのか、いや体は温かい、まだ間に合うのか、早く助けを呼ばなくては。
そうだ、救急車、と電話を振り仰いで、行動が止まった。

アーサーは、パペットのロッギー越しでしか―腹話術でしか他人と会話できない。
普通に話そうとしても、言葉が口から出てこないのだ。
無理に言葉を出そうとしても、意味不明な唸り声しか出せない。
言葉に不自由しているわけではない。一種のトラウマのようなものだ。

今、ロッギーはいない。
頼れる人は、誰もいない。
アーサーは今、一人だ。

681えて子:2013/05/13(月) 20:02:53

「………」

頑張らなくては、頑張らなくては。
自分が頑張らないと、二人が死んでしまう。
自分が、何とかするんだ。
日本には“火事場のお馬鹿力”なんて言葉もあるじゃないか。
きっと大丈夫だ。自分は、出来る。

自己暗示のように頭の中で繰り返し、泣きそうになるのを辛うじて堪えて、二人を助ける方法を考えようと頭をフル回転させる。

と、不意に電話が鳴り出した。

「!!」

ルルルルル、という電話特有の機械音に、思わずびくっと体を震わせる。
この応接室で電話があるのは、紅のデスクだけだ。
デスクまで這っていくと、何とか椅子によじ登って電話を見つめる。

「………」

アーサーに、余裕はなかった。
この電話が誰かは分からない。
けれど、助けを求めることが、できるのではないか。

(…大丈夫だ、大丈夫だ。
 もしかしたら、自分で分かってないだけで、きちんと話せるかもしれないじゃないか。
 やる前から決め付けちゃいけない。ベニー姉さんだって言ってた。
 長々と話すわけじゃない、一言だ。たった一言、「助けて」って言えばいいんだ。
 それぐらいなら、きっと大丈夫だ…)

自己暗示でもかけるように、何度も何度も頭の中で繰り返す。
意を決すと、震える手で受話器を取り、耳に当てた。

[…もしもし?]
「……!!」

心構えはしていたはずだった。
しかし、相手の声を聞き、答える瞬間になって、息が詰まったように呼吸が苦しくなった。
心臓の音が、電話の向こうにも聞こえそうなほどどきどきといっている。

アーサーは、受話器を持ったまま固まってしまった。

(言え。言え。たった一言だ。たった一言話せばいいんだ。
 助けて、と言うんだ。二人を助けて、と言うんだ…!!)

頭の中で何度もそう繰り返しているのに、口から出てくるのはひゅうひゅうという息の音だけ。
電話の向こうの人物は怪訝そうに、もしもし、と繰り返している。

(早く!早く!!何か言わないと、このままじゃ切られちゃう!!)

焦れば焦るほど、声は喉の奥に引っ込んでいってしまう。
心臓の音がさらに大きく聞こえ、冷や汗が流れる。
気ばかりが急いて、何も出来ない。

何も、出来ない。

自分は、何も出来ない。
誰かの助けがなければ、一人では、電話の応対すら出来ないお荷物だ。
大事な人の危機に、助けを求めることすら出来ない、役立たずだ。

そう気づいたアーサーの目から、一筋の涙が流れた。

「………ぅぐ……」

階段を転げ落ちた時に打ち付けた全身の痛み。
自身が殺されかけた恐怖、ハヅルや長久を喪ってしまうのではないかという恐怖。
幼い頃から愛用し、いつも一緒にいたロッギーを喪った悲しみ。
ひどく静かで薄暗い部屋にたった一人でいる寂しさ。
電話の緊張、声を出すことができない焦り。
短時間に色んなものに打ちのめされ、感情がごちゃ混ぜになって溢れてきた涙を、アーサーは止めることが出来なかった。

「ぅ、ぅう゛………ぅああぁぁぁああぁ……!!」

そのまま、唸り声をあげて泣いた。
自分が電話をしていることも忘れ、泣き続けた。


一人ぼっちの影


(同時刻、とある場所では)

「…見つけたぞ」
「…おや、誰かと思えば7年前の少年じゃないか。大きくなったねぇ」
「ほざけ。すぐにその口を潰してやろう」

(研究者と鴉が、対峙していた)

682スゴロク:2013/05/13(月) 22:19:58
>えて子さん
差し支えなければ、私が拾ってもよろしいでしょうか?

683えて子:2013/05/13(月) 22:23:33
>スゴロクさん
あ、はい。どうぞどうぞ。

684スゴロク:2013/05/13(月) 23:40:54
>えて子さん
ありがとうございます。では、ちょっと短いですが……。



情報屋「Varmilion」を辞して数日。自宅に戻っていた京は、ここ数日でいくつかの案件を片付けていた。
一線を退いたとはいえ、腕の立つ隊員だった事実は残っている。それを買われて、こうして簡単な、あるいは後処理の必要な案件が回ってくることがたまにあるのだ。

「……じゃ、この件は終了ね。アン、連絡を」
「畏まりました」

一礼して退室するアンを見送り、京は椅子を立って窓から外を見る。すっかり日が暮れて暗くなってきている。この窓は東を向いているため、夕陽が入らないのが少々不満だった。

「んー、改築すべきかしら」

そんなことを本気で呟く京の片足は、以前とは異なる頑丈そうなものへと変わっていた。アンが随分前にトライアルアークスに発注していた戦闘用の義足が、昨日になってようやく届いたのである。と言っても、いざという時の自衛レベルであり、さすがに能力者相手に真っ向からやり合えるほどではない。

京自身、戦闘力はそんなに高い方ではない。あらゆるものを「施錠」して封じる、という特異な能力を持ってはいるものの、それは周りにアースセイバーの仲間達がいてこそ真価を発揮していた。

「………あの時ドジを踏まなければねぇ」

はぁ、と重いため息をつく。ドアがノックされ、アンが戻ってくる。

「連絡は終わりました。後の案件は必要に応じて処理を、とのことです」
「それはつまり、私に丸投げってことね。わかったわ、時間を見て潰していきましょう」

言いつつ、京は机の上に広げていた書類その他をてきぱきと揃え、アンが受け取って所定の場所に仕舞い込む。一切の滞りなく、後片付けはものの数十秒で終わった。合図も、指示もいらない、まさに完璧なコンビネーションであった。
一通りの作業が済んだところで、京はカーテンを閉めつつ、アンに話しかける。

「今、さし当り気になる事象はある?」
「二つほど。ただ、一つはウスワイヤに回っていますので、動くとすればもう一方でしょう」
「そう。で、そのもう一方っていうのは?」
「実は先ほどの連絡で知ったのですが、UHラボ関連で動きがみられます」

ラボの名が出た途端、京の表情が曇る。他でもない、そのラボに関わる戦いで、彼女は片足をなくしたのである。

「……その名をまた聞こうとは思わなかったわ」
「……申し訳ありません」
「いいわ。それより、具体的なところは? まだわからない?」
「はい、詳細は伏せられています。ただ、初動が確認されたのがかなり前ですので、情報収集は不可能ではない、かと」
「……なら、ちょっと遅いけど、あそこに連絡してみようかしら」

京が言う間に、いつの間にかアンが電話機を持ってきていた。専用の皿に本体を乗せて保持するという古風極まるスタイルだった。

「ありがとう。さて……」

これまた古めかしいダイヤル式の電話を回し、連絡した先はあの情報屋。数コールほど待ってから繋がったが、

「……? もしもし?」

どうにも様子がおかしい。何度か呼びかけるが、苦しげな息遣いが聞こえるだけで返事が帰って来ない。そうしている内、

『ぅ、ぅう゛………ぅああぁぁぁああぁ……!!』

今度は慟哭が聞こえた。何かあったに違いない、しかも最悪に近い何かが。

「大丈夫? 今すぐそっちに行くわ、ちょっと待ってなさい」

早口にそういうと、京は電話を切ってアンに呼びかける。

「情報屋にいくわよ、アン」
「仕度は整っております」
「OK、急ぐわよ!! コトによると、コトによるわよ、これは……」



運命交差点・承


(その一点に)
(二つの運命が、届く)



クラベスさんより「アン・ロッカー」をお借りしました。京を出すとなると、必然的に一緒に出るので。

685akiyakan:2013/05/14(火) 06:22:21
※紅麗さんより「高嶺 利央兎」をお借りしました。
 ※時系列は「目覚めた能力者系列以前」になります。

(ん? これは……)

 登校してきたリオトは、自分の下駄箱に入っている一通の手紙を見つけた。
 淡い水色の封筒に、封の為のピンク色のシール。「高嶺様へ」と丁寧な筆遣いが、書き手がどんな人物であるかをある程度、連想させた。

(……ラブレターか)

 ため息をつきながら、リオトは手紙を鞄へ入れる。
 ホウオウグループとは言え、そんなものは裏の肩書だ。世間一般における高嶺利央兎はあくまで、クールで真面目な優等生だ。ルックスも悪くは無い。見た目も中身も良ければ、当然人気はある。告白された事も、こうしてラブレターを渡された事も、一度や二度ではない。もっとも、彼には心に決めている人物がいるので、そうした少女らは眼中に無いのであるが――

「…………」
「…………」

 何で朝っぱらから見たくも無い顔を目にしなければいけないのか、とリオトは思った。
 下駄箱を入ってすぐ目の前。まるで彼を待ち構えていたかのように、壁に寄り掛かるようにしてAS2、アッシュが笑みを浮かべていた。

「いやー、リオちゃんってば流石だねー。イケメンで真面目とくれば、当然女の子は放っておかない訳で?」
「…………」

 相変わらず、他人の神経を逆撫でするようなアッシュの語り。以前は思わず掴みかかったリオトであるが、ここは早朝の学校だ。下手に目立つ様な事はしたくない。彼を無視して、リオトは素通りしていく。

「――そのラブレター、さ。見て見ぬ振りした方がいいと思うよ」
「……っ」

 口調から軽さが消え、まるで剣の様な重さが宿る。これは無視しきれず、反射的にリオトは振り返っていた。

「……何?」
「君の親友だから忠告しておくけどさ、そいつは止めておいた方がいい。それがお互いの為ってものだ。人間は三種類に分けられる。関わった方がいい人間と関わろうが関わらなかろうがどうでもいい人間、そして、関わらないのが一番いい人間だ」
「……意味が分からねぇ。何が言いたいんだよ、お前」
「……僕はね、こう思うんだ。人生において、『こんな奴と出会いたくなかった』って瞬間あるでしょ、どうしたって。誰もがそんな人間に合わずに生きられるようになれたら、それはそれで一つの幸せなんじゃないかな、って」
「ハッ……そうだな。それは確かにそうだ。お前やジングウなんかに会わずに生活出来たら、これ程楽な事はねぇよ」
「……冷たいなぁ、リオちゃんは。僕ら親友だろ?」
「誰が親友だ、誰が」

 果たして故意なのか、それとも天然なのか。どちらにしろ、リオトは理解するつもりは無い。アッシュから離れ、彼は自分の教室を目指す。

 その、背中に向かって、

「――ところで、ユウイちゃんにとっての君は、果たしてどれに当てはまるだろうね?」
「ッッッッ!?」

 呪いが突き刺さる。

 振り返ったリオトの表情。それは憤怒か、それとも驚愕か。その手には本人でも気付かないうちに、彫刻刀が握り締められていた。

「おお、怖い怖い」

 リオトの突き出された右腕は、アッシュによって掴まれていた。その頬に浅く傷がついており、ぷつ、と赤い玉が浮き出る。
 怪我を、下手したら死んでいた。そんな状況だと言うのに、アッシュの顔には笑みが張り付いていた。本当に――面白いものを、楽しいものを、見ているかのように。

「止そうぜ、リオちゃん。同じ仲間同士、争いあっても仕方が無い」
「誰がっ……!」

 お前など仲間なものか、と言い掛けて、リオトは口を噤んだ。周りを行く生徒達が、通り過ぎながら好奇の視線を向けながら自分達を見ていた。これ以上、あまり目立つ事をするべきではない。

「…………チッ」

 アッシュの手を払いのけ、彫刻刀を鞄へしまう。忌々しげな眼差しでアッシュを睨んだ後、リオトは背中を向けた。

 ――ところで、ユウイちゃんにとっての君は――

 アッシュの言葉が、リオトの頭の中で反響する。彼に負わせた掠り傷に対して、リオトが負った傷の方がよっぽど深かった。彫刻刀よりも、ナイフよりも、それの言葉はリオトの心の奥を抉る。

(そんなの、決まってるじゃねーか……)

 しかしそれを口に出す事は出来なかった。



 ――・――・――

686akiyakan:2013/05/14(火) 06:24:24
 放課後になり、屋上。そこに、リオトの姿はあった。

「今日の放課後、屋上に来て下さい、か……」

 何と言うテンプレ、と言う言葉は呑み込む。
 転落防止の柵に寄り掛かりながら、リオトは辺りを見回した。
 かつてシスイとアッシュが戦い、或いはミツとゼロ/アインの戦場になった場所。今はその痕跡が全く残っていない。噂だと、そう言った超能力者や超常現象の痕跡を揉み消す機関のようなものがアースセイバーにしろ、ホウオウグループにしろ存在しているらしい、と言う事だ。いかせのごれの解放から数年経っても超能力の存在が常識化しないのは、そう言った者達の存在があるおかげだと言ってもいい。

「ん?」

 出入り口から聞こえた物音に、リオトは意識を思考から引き揚げた。
 ゆっくりと戸が開き、一人の少女が屋上に入って来た。

「…………」

 手紙は読んだ。当然、送り主の名も。それでもリオトは、いざこうして対面しても、内心で驚かずにはいられなかった。

「こんにちは、高嶺さん」
「こんにちは、妃乃さん」

 ふわりと、その少女――妃乃彩萌は微笑んだ。
 セミロングの黒髪、儚げな笑み。風に吹かれて散っていく、桜の花を連想させる可憐さ。リオトの想い人、榛名有衣に似ていて、しかしその実対極的。似て非なる、と言う言葉が当てはまる。
 妃乃彩萌。2−3組の生徒だ。

「一応聞いておくけど、これ書いたの妃乃さん?」
「はい、そうですよ」
「これって、あれ? 友達とゲームやって、その罰ゲームで書かされたとか、それ系?」
「そんな、私は本気ですよ?」

 少し不機嫌そうに、或いは拗ねたように彩萌は頬を膨らませる。不覚にもリオトは、可愛らしい、と思った。

「ふぅん……でもさ、何でオレなの? 妃乃さんだったら、もっと釣り合いの取れる奴いると思うけど」
「そんな事ありません……私、高嶺さんの事、本気ですよ?」

 両手を胸に当て、真っ直ぐに彩萌はリオトを見つめている。瞳は潤み、頬に朱が差している。

「お慕いしております、高嶺さん。どうか、私と――」

 「お付き合いしてください」。その言葉を言わすまいとするように、リオトは右手で彼女を制した。

「……悪い、妃乃さん」
「……そ、んな……」

 彩萌の声が震えている。一体彼女は今どんな顔をしているのか。思わずリオトは、彩萌から視線を逸らした。

「君は、オレなんかじゃ勿体無い」
「そんな事ありません! そんな事!」
「それに、オレには好きな人いるんだ」
「!」
「悪い。だから、君とは付き合えない」

 話はこれまでと、逃げるようにリオトはその場を後にしようとする。

「――あ?」

 その瞬間、首筋に激痛が走った。

 視界に入ったのは、自分の首から噴き出す赤い液体。まるでスプリンクラーの様に、血が飛び出している。

「あ、な?」

 一体、何が起きたのか。それは分からなかったが、反射的にリオトは傷口を手できつく押さえ、そして自分の能力で止血に入る。しかし傷が深いせいか、すぐには塞がらない。

(何だ、突然。オレ、切られた?)

 あまりにも唐突過ぎる展開に、しかしリオトの「戦士」としての脳は、冷徹に状況を分析していた。

687akiyakan:2013/05/14(火) 06:24:57
「――……あは」
「ッ!?」
「凄い……凄いです、高嶺さん……頸動脈切られたのに、まだ動けるんですね……」

 リオトの血を浴びながら、少女は陶酔したように呟く。
 左手は、自分の頬を押さえている。その手も血で濡れており、少女の白い肌に赤い跡を残している。瞳は熱く、潤んでおり、高揚から頬は桃色に染まっている。
 
 そしてその右手には、
 
 短刀に見紛うばかりの、

 銀色に輝く、

 大きな鋏が握られていた。

「…………!」

 左手で首を押さえながら、リオトは彩萌を見た。自分の想い人に致命傷を与えていながら、彼女はあまつさえ笑みを浮かべていた。

「妃乃、さん……なん、で……」
「妃乃、なんて、他人行儀よしてください……彩萌、って呼んでください」
「…………っ」
「いい眼です、高嶺さん……凄く、恰好良い、です……」

 彩萌が、自分の左手の指を舐めた。細く白い、しなやかな指に、ぬらりとした舌が絡み付く。左手に張り付いたリオトの血を、舐めとっていく。清楚な彼女とは正反対のその淫靡な仕草は、ぞくりとする程扇情的だった。

「美味しい……これが、高嶺さんの味なんですね……覚えました」
「妃乃さ、ん……何でこんな事を……」
「分かってますよ、高嶺さん」
「っ……?」
「嘘、ですよね? 好きな人がいるなんて、そんな事?」

 リオトの問いかけに応えず、恍惚の表情を浮かべたまま、彩萌が言う。その顔は蠱惑的な笑みを浮かべているが、瞳は違う。ぎらぎらと輝くそれは、まるで獲物を狙う捕食動物のそれだった。

「嘘、じゃない……オレには、好きな奴――ガッ!?」

 右足にに激痛が走り、リオトはその場に崩れ落ちそうになるのを堪えた。右手で柵を掴み、どうにか倒れないようにしている。見れば、太腿の部分が切り裂かれ、ぱっくりと開いた傷口から血が流れていた。

「そうやって、嘘をついて……私を、困らせたいんですよね?」

 彩萌が右手を振る。刃についた血が払われ、地面に赤い弧を描く。

(まずっ……これ……)

 視界も思考も、白くなりかけている。血が足りない。首に受けた傷が深く、足の傷も無視できない。戦闘しようにも、逃走しようにも、今のリオトにはその為の余力が無かった。

「高嶺、さん……」

 はぁ、と熱い吐息を吐きながら、高揚する姿を隠そうともせずに彩萌が近付く。その姿は真実、恋に焦がれる少女そのものであるが、その右手に握られているのはそれとは不釣り合いな大鋏だ。リオトの血を吸った二枚の刃は、まるで肉食獣の顎斗を思わせた。

「好き……好き、です……高嶺さん……お慕い、しております……」

 好き、と言う好意を漏らしながら、右手の凶器/狂気はリオトの命を狙っている。己が行為/好意に一切の矛盾も破綻も感じていないように、彩萌が笑う。その表情は、恍惚に溶けきっている。

「う、あ……」

 その狂気に当てられるように、リオトはその場に崩れ落ちた。腰に力が入らず、立ち上がる事が出来ない。そんな彼に覆い被さるように、彩萌は近付いた。

「高嶺、さん……」

 恋に曇った眼差しで、愛で潤んだ瞳で、彩萌は自分の想い人を見つめる。

「貴方を、離しません――」
「――いやぁ、そんなつまらない男じゃなくて、僕にしない、彼女ー?」

 リオトの耳に場違いな、それでいて聞き覚えのある声が飛び込んで来た。ハッとしたように、彩萌が顔を上げる。

「貴方は……っ!」

 外見からはとても想像出来ないような身軽さで、彩萌はリオトから離れた。リオトが反応出来なかったのも、この速さ故だろう。

「あははは、リオちゃん見事な位に血塗れだねぇ。文字通りの修羅場ってやつ?」
「おまえ、は……」

 リオトは頭上から振って来た軽薄な口調に、しかし今は安堵していた。普段嫌っている相手の声がこんなにも心強く感じる日が来るとは、彼も夢には思っていなかった。

688akiyakan:2013/05/14(火) 06:25:47
「都さん……」
「やっほー、彩萌ちゃん。元気ー?」

 ひらひらと手を振りながら、アッシュはリオトの傍に立つ。当然と言えば当然であるが、水を差された彩萌は冷たい眼差しを送っている。

「何の、つもりですか? 邪魔をするなら……」
「僕も切り刻むかい? でも、君の速さじゃ僕には通じないよ」

 余裕綽々と、「天子麒麟」のオーラさえ纏わずにアッシュは言う。だが、ハッタリなどでは決してない。そう思わせるだけの気配が、彼の言葉や姿から滲み出ていた。

「女の子の相手は、出来るならあまりしたくないんだよねぇ……退いてくれたら、嬉しいんだけどなぁ……」
「…………」

 笑みを浮かべるアッシュと、冷淡な眼差しの彩萌。
 しばらく睨み合う二人だったが、やがて彩萌の方が動いた。

「――!」

 アッシュの視線が、屋上の扉へと動く。一瞬の内に彩萌の姿は、そこまで移動していた。

「……今回は、ここまで」
「今回は、ね……リオちゃんには好きな人はいるんだし、諦めて貰えないかな、ぶっちゃけ」
「――――」
「……ま、諦める訳無いよね――それ位で諦める理屈なんて、無いものね」

 にぃ、とアッシュの口が弧を描く。それを見て、リオトは思い出した。こいつも、目の前の少女と同類なのだと言う事を。

「高嶺さん……」

 ため息を零しながら、彩萌がリオトを見る。その仕草、その眼差し、その心。狂気さえなければ、それは純粋に恋する乙女そのものだった。

「待っていて、くださいね……」

 そう言い残し、彩萌は屋上から去って行った。



 ――・――・――



「頸動脈切られても息をしているとか、リオちゃんなかなかタフだねぇ」

 リオトに応急処置を施しながら、アッシュが軽口を叩く。リオトが持つ血液を操る能力、それにアッシュの「天子麒麟」が合わさって、首に出来た傷は塞がっていた。

「で、どう? 狂う程相手に想われた気持ちは?」
「…………」

 言葉で答えずに、目線で語る。能天気なアッシュに向かって、リオトはジト目で睨んだ。

「まぁ、ある意味ラッキーじゃない? 彩萌ちゃんって美人だし、中身もそこまで悪くないし? まさに才色兼備ってやつ? いやぁ、羨ましい! 実に羨ましい!」
「……嘘つけ。お前、そんな事これっぽっちも思ってないだろ」
「そんな事無いよー? 少なくとも僕が君の立場であれば、あれ位なら十分に乗りこなせる」
「じゃあ変わってくれよ。オレはお願い下げだ」
「いやぁ、だって僕関係無いし」
「…………」

 他人の気持ちなど分かっていないような言動を取れば、その実深い部分を見透かすような物を言う。本当に、こいつの神経は一体どうなっているのかとリオトは思った。

689akiyakan:2013/05/14(火) 06:26:21
「……しかし、アレだね。恋する事は幸せだって言うけどさ、あれって幸せ者の理屈だよね……恋って感情は、そんな甘ったるくて優しいものじゃない。もっと辛くて激しいもの――毒薬か、呪いの類だよ、ホント」

 アッシュの言葉に、リオトは彩萌の姿を思い出す。
 想い人を傷付ける狂気。その癖、嘘偽り無い曇りの無い愛情。常人ですら、恋と言う凶暴な感情の前には冷静な判断能力を奪われるのだ。アレはそう、まさしく毒に侵された姿だった。

(……もしかしたら、オレも、)

 アレは鏡に映った自分自身なのだと、リオトは思った。うすら寒くなる。彩萌と同じ表情を浮かべながらユウイを傷付ける自分を想像し、リオトは背筋が凍りつくようだった。

『――ところで、ユウイちゃんにとっての君は、果たしてどれに当てはまるだろうね?』

 朝方、アッシュに言われた言葉が再び心を抉る。そんな事、言われるまでもなく、

(オレは、ユウイの傍にいる資格なんて――)
「あ、そうそう。僕が言った言葉を気にするようなら、そいつはお角違いだぜ」
「ッ――!?」

 こいつ、実は心を読めるんじゃないか。そうリオトは思わずにはいられなかった。以前にも言っていたように、これ位は彼にとって普通の技能なのだろう。

「確かに、人間には三種類いる。関わった方がいい人間。関わろうが関わらなかろうがどーでもいい人間。そして、関わらない方がいい人間。でもね、もう手遅れなんだ。君とユウイちゃんはもう出会ってしまっている。その時点でもう、手遅れだ。君達にはもう縁が結ばれている。例えユウイちゃんにとっての君が、関わらない方がいい人間だったとしても、手遅れだ。もう君達は出会って、そして関わってしまっている」

 だから手遅れなのだと、アッシュは言った。

「――は、はは」

 乾いた笑いが、思わず零れた。何だそれは、と、リオトは思う。既に関わってしまっているから、もうどうしようも無い。なんだそれは。とんでもない、暴論ではないかと。

「はははは……何だそりゃ、無茶苦茶じゃねぇか」
「無茶苦茶でいいんだよ。そもそも、僕ら人間の存在自体が理不尽なんだ。それなのに、僕らがご丁寧に条理を守らなきゃいけないなんて言うのは、間違いなんじゃないかな?」

 リオトの治療を終え、アッシュが立ち上がる。

「……お前、妃乃さんに会うなって言ってたけど……知ってたのか?」
「まぁね」
「……知ってたなら、こうなる前に手を打ってくれたって良かったんじゃないか。オレよりも、お前の方が女の扱いうまいだろ……」
「……ハッ。おいおい、本気で言ってるの、リオちゃん? 色恋沙汰だぜ? 腐っても、当事者達による一対一の対決だ。それに水を差すなんて、僕には出来ないよ。馬に蹴られたくないもの……僕はね、基本的にフェミニストなんだよ」

 そう言って、アッシュは背を向けた。

「……なぁ、一つ教えてくれよ」
「なんだい?」
「オレと妃乃さんさ、クラス違うからほとんど接点無いんだけど……彼女、オレみたいなのの何が良かったんだろうな」
「さて、そればかりは僕にも分からないな。でも、自分でも気付かない内に誰かに好かれていて、自分でも気付かない内に誰かに嫌われている……人間って、大体そんなものだろ?」

 ≪恋愛致死毒−トキシック・フラワー−≫

690akiyakan:2013/05/14(火) 06:26:57
※十字メシアさんより「神江裏 灰音」をお借りしました。

 今からもう、六年も前の事です。私は、一人の男の子と出会いました。

 さらっとした黒髪の、宝石みたいな赤い瞳の男の子。

 彼は、私が危ない目に遭っていたのを助けてくれました。怪我をした私に、大丈夫? って優しく声をかけてくれました。

 彼には、不思議な力がありました。血液を、自分の意思で操る特殊な力が。その力で、彼は私を救ってくれました。

 恋を、しました。一目惚れです。

 私と同い年くらいの、奇跡みたいな男の子。

 ああ、そうです。奇跡です、運命です。

 街でたまたま出会っただけの私とあの子。だけど、彼は私と同じ学校の生徒だったのです。

 嬉しかった。嬉しかった。

 中学校も、同じ学校でした。高校も、同じ学校でした。

 嬉しい、うれしい、ウレシイ。

 ずっと、見ていました。ずっとずっと、見つめていました。

 彼が授業を受けている、その横顔を。彼が友達と笑っている、その笑顔を。

 見ているだけで、幸福でした。見ているだけで、満たされました。

 ああ、だけど、

 足りません。満たされません。

 貴方と言葉を交わしたい。貴方の温もりを感じたい。貴方を――傍で感じたい。

 見ているだけじゃ、足りません。見つめているだけではもう、満たされません。

 苦しい。貴方を見つめているのが、苦しい。見つめているだけなのが、辛い。

 貴方を見ているだけなのに。ただ、それだけなのに。呼吸が苦しくなって、頭が痺れて何も考えられなくなる。

 苦しい。
 苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しいクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイ

 痛い。
 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイイタイ                        

 嫌だ。こんなに痛くて苦しいのは、嫌だ。

 もう、我慢できない。

 大好きです、愛しています。この世の誰よりも一番、貴方をお慕いしております。

 だから――

「……高嶺、利央兎……」

 私のものになってください。
 私と一緒に居て下さい。
 私の傍に居て下さい。
 私と笑っていて下さい。
 私を抱き締めて下さい。
 私だけを見つめて下さい。
 私だけを愛してください。

 お願い、です。私を――



 ≪彼女のドウキ≫



(毒に侵され、思考は狂い、)

(熱に浮かされ、願いは歪む)

(呪いに蝕まれ、少女は悪夢を彷徨う)

(だが、狂い、歪み、侵されても、)

(その想いは始まりと同じく、純粋なままなのが、)

(唯一救いと言えるだろう)

『――否、』

『それは違う。むしろ、救いが無いんじゃないかな?』

『傍観者には、関係無いけど』

691akiyakan:2013/05/14(火) 06:27:28
※紅麗さんより「高嶺 利央兎」をお借りしました。自キャラからは「AS2」、「妃乃彩萌」です。

「リオちゃんさぁ、どうすんの?」
「どうするって、何をだよ」

 夕焼けに染まる屋上。アッシュとリオトが話をしている。

「そんなの決まってるじゃない? 妃乃彩萌ちゃんの話」
「……そんなの、言うまでもねぇだろ」
「あやややや、勿体無ねー。あんなに想ってくれてて、しかも美人さんで、スペックも申し分無いのに振っちゃうの? ユウイちゃんも悪く無いけどさぁ、あっちに乗り換えた方がお得ですよ」
「――……」

 絶対零度の眼差しで、リオトがアッシュを睨みつけた。ともすれば、視線がそのままナイフになってアッシュを突き刺しそうな位の。しかしそんな風に睨みつけられても、むしろアッシュは楽しそうに、面白そうに、飄々と笑うばかりだった。

「ふひひひ。いいねぇ、いいねぇ。その炎を閉じ込めたような凍った眼差し。君のそうゆう目付きが僕は大好きだ。いいよいいよ、リオちゃん。君、最高に恰好良いぜ」
「うるせぇよ……じゃああれか。お前は自分を好いてくれる奴が出来たら、その時自分が好きな奴からそいつに乗り換えるのかよ」
「……おいおい、僕に対してそれは質問にならないよ。意中の相手は一択? 違うね、欲しいものは全部自分のものにしちゃえば丸く収まる」
「そんなうまく行くわけないだろ、フツー」
「普通、ね。確かに、普通だったら。でも、そこで〝普通だから無理〟って思考を閉ざすのが君達の限界だ。普通じゃ無理? だったら僕達は堂々と普通を脱ぎ捨てて異常になる」

 得意げに語るアッシュの姿に、リオトは思わず舌打ちをする。

 常識や倫理が限界を造る物ならば、容易にそれを捨てる。ホウオウグループにおいては当たり前の事であり、自分もそうであろうとリオトは思っている。

 だが、アッシュやこの男を生み出した男の場合、それが度を超えている。

 ウスワイヤ襲撃は言うに及ばず、ホウオウグループ内でも独断活動が多い。スタンドプレーが多いにも拘らず、未だに問題にならないのは、結果的にその行いがグループの利益として還元されているからだ。プラスマイナスのゼロ。本当に性質が悪い。クロウはさぞ、歯痒いに違いない。

「それにさぁ、リオちゃん。彼女は君と同類だろ?」
「!」
「君がイマイチ、ユウイちゃんに対して踏み込めないのはそれが原因だよね、臆病者の高嶺利央兎ちゃん。自分から彼女の側へ踏み込む事も、彼女を自分の側へ引き摺り込む事も出来ない――臆病者」
「……うるさい」
「その点、彩萌ちゃんは問題無い。何たって同類だ、何の気兼ねをする必要も無い」
「黙れ……」
「実際、リオちゃんだって分かってるんでしょ? 彼女の方が、自分と合うんだって――」
「――黙れって、言ってるだろうが!」

 リオトが雄叫びをあげた。塞がりかけの傷口を突き破り、真紅の槍がアッシュ目掛けて襲い掛かる。しかしその攻撃は、アッシュが首を傾げただけでかわされた。

「おお、怖い怖い」

 怖いと言いながらも、その顔は楽しげな笑みを描いている。本当にふざけた奴だと、リオトは思った。

「やめてよね。せっかく塞いだ傷口が開いちゃうじゃないか」
「……ふん」

 本当に、嫌な奴だ。リオトは思った。
 
 他人の心が読める癖に、それを理解する気が無い。理解するつもりが無い。こいつに感情があるのか怪しいと、リオトは思った。

「まぁ、僕には関係無いけどねぇ。君がどうしようが」
「ああそうだ。お前は関係無い――だから、次首突っ込んで来たら許さねぇ」

 ギロリと、アッシュを睨みつける。ありったけの殺意を、敵意を、視線に込めて。常人ならその視線に当てられただけで、言い知れない恐怖や不安感を覚え、人によっては失神すらしそうなものだ。しかしそんな魔眼に晒されながら、やはりアッシュは、楽しげな/面白げな笑みを浮かべている。

「しないよ、邪魔なんて。後はお若い二人で、ってね」
「……ふん」

 去っていくアッシュの背中を見つめながら、リオトは、アレを少しでも信頼していた自分が馬鹿馬鹿しい、と思った。


――・――・――

692akiyakan:2013/05/14(火) 06:28:02
翌日。

 学校に赴くリオト。その様子からは一切の気負いを感じない。既に覚悟は決めているからであろう。例え校内で妃乃彩萌と遭遇したとしても、絶対に取り乱したりはしない。そんな気迫が感じられる。まさに、「どこからでもかかってこい」と言う様子だ。

 だが、そんなリオトの心意気とは裏腹に、彩萌が姿を見せる様子は無い。例え顔を合わせる事は無くても、擦れ違いや視界の端に姿を捉えそうなものだが、それどころかまるで、妃乃彩萌が始めから存在していないかのように、その気配が感じられない。

「リオちゃーん、彩萌ちゃん探しているのかい?」

 昼休みに入り、それとなく校内を歩いていると、アッシュが待ち伏せしていた。ムッとするものの、リオトはそれを無視して通り過ぎようとする。

「くくくっ、そんな事したって、彼女を喜ばせるだけだぜ?」

 彩萌を探している事を見透かして、アッシュが言う。そのニヤニヤ顔をはっ倒したいのを我慢して、リオトはその脇を通り過ぎていく。

「結局さぁ、リオちゃん。君、彩萌ちゃんをどうするつもり?」

 ピタリ、とリオトは足を止めた。彼はアッシュの方を向かず、背中を向けたまま立っている。

「――――」

 リオトの唇が動く。彼の答えを聞いて、アッシュの口元が更に弧を描いた。

「ふぅん……流石だね、リオちゃん。その一途さはもはや崇拝の領域にも近い……だけど、それだけに謎がある。君がそこまでユウイちゃんを想うのは一体何故なんだい?」
「……ハッ、自分で考えろ、ばーか」

 後ろを振り返り、「誰がお前なんかに教えてやるものか」とリオトは舌を出す。それを見たアッシュは、堪えきれないようにくくくと笑い声を漏らした。

「確かに、確かに。大体僕が自分で言ったんだっけか。自分でも気付かない内に誰かに愛され、自分でも気付かない内に誰かに憎まれる。人間ってのは、そう言う生き物だったね」

 触れ合うのではなく、擦れ違い。無数のニアミスを繰り返しながら、人間は歩いている。そして人が繋がるのは、意図的に互いが手を伸ばし合うから。

 リオトと彩萌。この二人は今、擦れ違っている最中。いや、彩萌がリオトに向かって手を伸ばしているところ、か。その手を取るのか、振り払うのか。

「せいぜい、楽しませてくれよ。リオちゃん」

 互いに背を向け合いながら、二人はその場から離れて行った。


 ――・――・――

693akiyakan:2013/05/14(火) 06:29:25
彩萌の姿を見る事無く、放課後になった。

「……別に、異常は無いか」

 下駄箱を開くが、そこに別段変わった物は無い。昨日のように手紙でも入っているものかと思ったが、そうではなかった。

 一体彼女はどこへ行ったのだろうか。まさか、昨日の一件でリオトと顔を合わせづらくなり、姿を隠しているのか。

「いや、そんなキャラじゃないだろ……」

 自室のベッドの中で布団にくるまっている彩萌を想像し、「それはない」と自分に突っ込む。そんな可愛らしい人物像ならまだリオトにも救いがあるのだが、アレはそんな生き物ではない。その在り方は愛した者を貪り食う、雌の蟷螂のそれだ。

 取り敢えず、見つけないと話は始まらない。そう思って、彩萌を探し出す方法を考えながら門に差しかかった。

「――高嶺さん」
「ッ!?」

 それは唐突に姿を現した。

 リオトの行く手を遮るように、一人の女子生徒が立ち塞がる。

 黒く、艶やかなセミロングの髪。ほんの少しでも力を入れたら折れてしまいそうな儚さ。

 昨日と何ら変わりの無い様子で、まるでごく当たり前のように、さも自然であるように、妃乃彩萌はリオトの前に立っていた。

「こんにちは、高嶺さん」
「…………」

 ふわりと、彩萌が微笑みかけてくる。対して、リオトはそれを撥ね付けるように睨み返す。だがそれも、彩萌には響いていないようだった。

 身構えるリオトであるが、内心では焦りを覚えていた。ここでは人目につきすぎて、大っぴらに超能力を使う訳にはいかない。無論、窮地に陥れば使わざるえないが、そうなったらもはやいかせのごれ高校にはいられないだろう。それは彼の望むところではない。何よりユウイの傍から離れるなど、彼には耐えられない。

 しかしどうやら、それは杞憂で済んだようだった。彼女もここでやり合うつもりは無いらしく、「付いて来て下さい」と歩き出す。

「……待ってよ、オレ用事あるんだけど」

 これ幸いと思ったリオトだったが、あえてその誘いを断って見せた。この手の手合いは一度相手のペースに呑まれると主導権を握られてしまう、と言う事を、彼はアッシュから嫌と言うほど思い知らされてきた。この言葉は、それを避ける為のジャブみたいなものだった。

「……ついて来て、くれないんですか?」
「だから言ってるじゃん、オレ用事があるって」
「……私より優先しなきゃいけないほど、大事な事なんですか?」
「そりゃあ、もちろん――!?」

 だが、相手の方が一枚上手だったようだ。リオトは彩萌が見せた物を見て、思わず目を見張った。

「お前……そんなもの、一体どこで……!?」

 彩萌が持っていたのは、数枚の写真だった。どれもリオトが映っている。問題はそれがすべて、彼が超能力を用いて戦闘を行っているもの、だと言う事だ。中には、ジングウが起こした生物事件の時の写真まである。

「あぁ……恰好良いですね、高嶺さん……」

 手にした写真の一枚を、彩萌は口に咥えた。写真の端を口に含みながら、上目使いでリオトを見る。その視線はまるで、「言わなくても分かりますよね?」と暗に言っているかのようだった。

「く……」
「ついて来て……くれますよね?」

 彩萌が写真から口を離すと、唾液の糸が引いていた。その仕草を見て、リオトの背筋にぞくりと寒気が走る。まるでそれが蜘蛛の糸であるかのように、リオトの動きを縛る。巣に囚われた蝶のように、見えない糸に絡め取られ引き摺られるように、リオトは彼女についていくしかなかった。

694akiyakan:2013/05/14(火) 06:29:58
やがて二人がやって来たのは、通りから外れた路地裏の奥だった。人気は無く、薄暗く湿っている。通りからかなり離れているので、多少騒いでも人が来る事はそう無い。

 逆に言えば、自分が不利になった時、撤退が困難になる訳だが。

「高嶺さん……」

 熱を帯びた声で、彩萌が呟く。リオトの方を振り返った彼女は、自分の右手の人差し指と中指を咥えており、左手で自分の下腹部を押さえていた。その瞳は陶酔と狂気に彩られており、また淫靡な雰囲気も醸し出していた。

「今日一日、私を探していたんですよね?」
「いや、別に……」
「うふふふ……隠さなくても、いいんですよ?」

 ばさり、と彩萌が何かを投げた。数枚の写真が宙を舞う。やはりどれも一様にリオトが写っている。その中に、背を向け合うアッシュとの写真もあった。

「…………」

 視線だけを動かし、地面に落ちた写真を見た後、今度は彩萌の方を見る。どうやらリオトが彩萌を探している様子を、相手方はずっと見ていたらしい。

「すごく……ああ凄く、嬉しかったです……」

 熱に融けた眼差しで、彩萌はリオトを見つめている。そこが疼くのか、下腹部を押さえている手に力が入っており、唇から引き抜いた指先は唾液の糸を引いていた。

「私を、こんなにも想ってくれているなんて……」
「いや、オレが想っているのはお前じゃない」

 彩萌の言葉を遮るように、その気配に呑まれまいとするように、リオトは言った。彼が言っている言葉の意味が分からないように、彩萌は首を傾げる。

「何を……」
「オレが好きなのはお前じゃない。オレはお前の気持ちを受け取れない」
「…………」
「だけど――こんなオレを好きになってくれて、ありがとう」

 妃乃彩萌は狂っている。狂っているが、それでも一途にこんなにも自分の事を想ってくれている。それは正直な気持ちとして、リオトは嬉しいと思っていた。今まで色んな人間から好意を伝えられて来たが、そうした人達全員の想いを集めても、彼女一人の想いには勝てない。

 本当に――こんな自分を、こんなにも想ってくれてありがとう。

 だが、

「だったら、」
「それとこれとは別問題だ。オレは君を愛さない」
「――!!」
「オレが愛情を注ぐ相手は、もう決まっている」

 はっきりと、決別の意味を込めて。リオトは彩萌を拒絶した。

「オレがこの手で抱き締めたいのはお前じゃない。榛名有衣、ただ一人だ」

 瞬間、二つの鋼がぶつかり合った。

「ッ――!!」

 疾い。あと少し彫刻刀を抜くのが遅れていたら、昨日の様に首を掻っ切られていただろう。リオトの眼前に、銀色の凶器/狂気が迫っている。

「何で――なんでなんでなんでなんでなんで!!!!」

 彩萌の声は、涙で濡れていた。彼女の頬を伝う滴、しかしそれを見てもリオトはもう悲しいとは思わない。

 そうだ。一体何で彼女に少しでも心が動いてしまったのだろう。浮気なんか許されない。確かに、高嶺利央兎と妃乃彩萌は同類だ。同類だから心が動いたのか。

(――思い違いも甚だしい!)

 同類ならば、むしろ相手は恋敵。その一途さにおいて、自分は負ける訳にはいかない。

 だって恋は、先に惚れた方が負けなのだから――!!

695akiyakan:2013/05/14(火) 06:31:20
「こんなにも、こんなにも私の方が、あの娘よりも貴方を想っているのに――!!」
「そうかい! だけどな、俺がユウイを想う気持ちの方が、お前の気持ちよりもよっぽど強い――!!」

 二つの刃が激突する。突き出される刃を、或いはかわし、或いは得物で受ける。

「彼女は、貴方の気持ちに全く気付いていないじゃないですか!」
「そんな鈍感なところも、俺は好きなんだよ!」

 否、むしろ救われている、と言うべきか。きっと、気付かれていたら、今みたいな距離ではいられないし、今みたいな関係でいられない。心のどこかでリオトは、この距離感も悪く無いと、思っていたのだ。

「出来たら、もっと近くにいたいけどッ!!」
「きゃあっ!?」

 片手の彫刻刀で鋏を受け、鋏を掴んでいる右手を空手で打つ。その一撃に負け、彩萌は得物を取り落とした。更に彼女はバランスを崩し、その場に倒れ込んだ。

「あ……」

 彩萌の目の前には、突き出された彫刻刀の刃があった。それがリオトの最後通牒。徹底した、彩萌への拒絶だった。

「オレの気持ちは変わらない。俺が想うのはただ一人、だ」
「う……」

 じわりと、彩萌の目元が潤んだ。彼女はそれを拭うと、ふらりと立ち上がる。ふらふらと、まるで糸の切れた人形のように、彼女はリオトから離れて路地から出て行った。

 去っていく彩萌の後ろ姿を見て、リオトは心が痛んだ。こればかりは無関心ではいられない。歪んでいても彩萌の気持ちは本物であったし、その想いをリオトは真正面から投げ捨てたのだから。

「……おい」

 しかし、すぐに表情を引き締め、リオトは頭上を見上げた。ビルによって切り取られた空。そこから自分を見下ろす出歯亀が一匹いた。

「やぁ、お見事お見事。キレイさっぱり振ってみせたね。今度、参考にさせてもらうよ」
「アッシュ……!」

 口元に笑みを湛えながら、アッシュはこちらを覗き込んでいた。この様子ではおそらく、ずっと二人の動向を監視していたのだろう。その光景を想像し、リオトは怒りを覚えずにはいられなかった。

「降りて来い。んでもって、その顔を一発ぶん殴らせろ」
「何でさ。僕、横槍入れてないじゃない」

 「とんでもない」とでも言うように、アッシュは両手を上げてみせる。そういう問題じゃないだろ、と思ったが、リオトは口にまではしなかった。

「……一つ聞かせろ。あの写真、妃乃さんに渡したのお前だろ」
「あの写真って、どの写真?」
「とぼけるなよ。オレが能力使ってる写真なんて、妃乃さんが持ってる訳無いだろ。ましてや生物兵器事件の写真なんざ、それこそ当事者が撮ってなきゃあ、な」
「……ご名答。『Good』、そして『Ecactly』、だ。まぁ、これ位気付いてくれなきゃ、僕は君の事を一段下に見なくちゃいけなくなるけど」
「ふざけんなよ……それじゃあアレか? 俺はお前らの掌の上で踊らされてたって言うのかよ!?」
「結果的にはまぁ、そうなるかな――」

 瞬間、リオトはエンジンを全開にした。血液が最高速度で全身を駆け巡り、リオトの身体機能の真の力を引き出す。

 ダンッ、と彼は地面を蹴った。壁を蹴り、縁を掴み、ビルの屋上まで一気に駆け上る。アッシュの顔面を殴り飛ばし、そのまま地面に引き摺り倒した。

「ざけんな!! こちとら、てめぇらの遊び道具じゃねぇんだぞ!!」
「ッペ……」

 憤怒を露わに、リオトはアッシュの胸倉を掴み上げる。しかしアッシュはそんな彼が眼中にも無いように、血の混じった唾を吐き捨てる。その様子が尚の事、リオトの頭に血を昇らせる。

「野郎ッ……!」

696akiyakan:2013/05/14(火) 06:31:53
 彫刻刀を、アッシュの喉元目掛けて突き出す。リオトが持てる最高速度であり、いくら天子麒麟を持つアッシュでも、これを喰らったら無事では済まさないだろう。

「僕はただ、彩萌ちゃんの手伝いをしてあげたかっただけだよ」
「――……何?」

 彫刻刀は、アッシュの喉の皮を破り、先端が僅かに肉に食い込んだところで止まっていた。傷口から血が零れ出す。しかし痛みを感じる風でなく、アッシュはつまらなそうな表情で言った。

「リオちゃんと来たら、いっつもユウイちゃんユウイちゃんじゃない。彩萌ちゃんにしてみれば、たまったものじゃないよね、本当に。君のあからさまな気持ちにも気付かないような朴念仁なんかよりも、よっぽど彼女の方が君の事を想っているのにね」
「…………」
「ちょっとさ、なんか、見てられなかった」

 そう言って浮かべたアッシュの笑みは自虐的で、いつものような力は感じられなかった。気が付くと、リオトは手を放していた。

「別にさ、君の事を責めている訳じゃないんだよ。何て言うか――いや、何でもないや。別にリオちゃん、自分がやった事に後悔はしてないでしょ?」
「……ああ」
「うん。僕自身、君の選択は間違いだったとは思ってないよ」



 「ちょっとさ、なんか、見てられなかった」



(翌日リオトは、妃乃彩萌が行方不明になった事を聞いた)

(誰か一人だけを選ぶ)

(誠実な、正しい行動の筈なのに、)

(それがこんなにも残酷な事なのだと言う事を、)

(彼は強く噛みしめた)

697えて子:2013/05/15(水) 21:21:39
「運命交差点・承」の続きです。
スゴロクさんから「隠 京」、クラベスさんから「アン・ロッカー」をお借りしました。


京とアンが情報屋へついたときには、既に一番星が輝いていた。
力なく揺れる弾痕まみれの扉に目を見開くと、勢いよく開ける。

応接室は、めちゃくちゃだった。
扉を貫通して被弾したらしく、ボロボロになったソファ。
ひっくり返って傷だらけのローテーブル。
相当もみ合いになったのか、棚や机から落ちて粉々になった皿や花瓶。

そして、唯一被害の少なかったデスクに目を向け見たものは、

「うう゛……ううぅぅぅぅぅ…!」

受話器を握り締め、唸り声をあげて号泣するアーサーの姿だった。

「アーサーちゃん!」
「うぅ……うあああぁぁぁあ…!!」

京が呼びかけるが、聞こえていないのか反応しない。
もう一度近くで呼びかけようと室内に駆け込んで、ぐったりと力なく座り込んでいる長久を見つけてすぐに足が止まった。

「………!!」

生気の感じられない異様な状態に戦慄が走った。
最悪の予想を頭を振って掻き消し、強く揺さぶらないよう注意して横にすると、両手を重ねて左胸の上に置く。

「っ………げほ!!がっ、ごほ…!!」

そのまま数回強く圧迫すれば、幸いにもすぐ息を吹き返した。
激しく咳き込む声に、アーサーが反応し、顔を上げる。

「!!」
「………よかった」

ほっと息をついたのもつかの間、もうひとつの不安がよぎる。

「アーサーちゃん、ハヅルさんは…?」
「……うぅー……!」

京の問いに、アーサーは唸り声をあげて応接室奥の扉を指差した。
そして、何かを訴えるようにしゃくりあげる。
おそらく、ハヅルにも何かあったのだろう、と二人は察した。

「…アン、ハヅルさんをお願い」
「仰せのままに」

京の言葉に頷くと、アンが扉の向こうへと向かう。
京はアーサーから受話器を受け取り、手早く救急車を呼んだ。

「……う…うぅぅぅう……!」

その間も、アーサーは怯えるように頭を抱えて震えている。
京は受話器を置くと、小さな体を抱きしめる。

「大丈夫、大丈夫よ。二人とも助かるわ」
「…うぅ…うー…!」

698えて子:2013/05/15(水) 21:22:18

落ち着かせるように優しく背中を撫でると、唸りながらしがみついてきた。
温もりに触れて少し落ち着いたのか、まだしゃくりあげてはいるが泣き止みはしたようだ。

「……落ち着いた?」

優しく問いかけると、アーサーはこくりと頷く。

「そう…。…ねえ、何があったの?」
「!!」

その問いに、ばっと顔を上げた。
京の服を掴み、何かを訴えようとしきりに口を動かすが、不明瞭な唸り声と吐息の音しか聞こえない。

「……うぅぅうぅ…!!」
「…アーサーちゃん、声が出ないの?」

返事の代わりに、再びぼろぼろと涙を流す。
そういえば、先程から唸り声とジェスチャーしかしていなかった。
しかし、先日出会った時は、腹話術ではあったが自分と普通に会話していたはず。

京が疑問に思ったところで、ふと違和感に気づいた。

「…ロッギー君は?」

彼女がいつも持ち歩いていたパペットの行方を聞くと、アーサーは泣きながらある一点を指差す。
そこには、愛用のパペットの変わり果てた姿があった。

「……ひどい…」

家族同然の相手を傷つけられ、自分自身も酷い目に遭い。
そして、おそらくは彼女にとって深い思い入れのある人形を引き裂かれ。
短期間に強いショックを受けすぎたのだろう、声が出なくなるのも無理はない。そう、京は感じた。
アーサーがパペットなしでは声を出せないのは昔からなのだが、それを今京たちが知る由はない。

「……」

アーサーは、不安に震えながら京にしがみつく。
その様子を見て、京は安心させるように優しく背中を叩く。

ハヅルの応急処置を終えたアンが戻ってくるまで、アーサーは京から離れようとしなかった。


恐怖と不安の楔


(程なくして、遠くに救急車のサイレンが聞こえた)

699akiyakan:2013/05/17(金) 13:31:34
※鶯色さんより「イマ」、えて子さんより「花丸」をお借りしました。

「UHラボ?」

 その単語を耳にして、花丸は首を傾げた。

「何で今更、そんな単語が出てくるんですか? あそこって確か、もう潰れちゃったんじゃ……」
「正確には『潰した』ですけどねぇ。クロウの旦那が」
「そうです。僕もそう聞いてたんですけど……」
「何か、最近生き返ったらしいですぜ、連中」

 そう言って、イマは肩を竦めた。

「生き返った?」
「つい此間、街中にレギオンが出て大騒ぎになったでしょう? あれをやったのが、どうやらUHラボの残党らしいってのがウチの頭(カシラ)の話なんですよ」
「ああ、あれか……」

 その時の事を思い出すように、花丸は呟いた。

 深夜、街中に出現した膨大な数の人工亡霊。それらはすべて規格のものとは異なっており、体内に毒ガスを内包した物や、複数体が合体する機能を有した物などだったと言う。

 偶然花丸はその現場に居合わせており、その時の事はよく覚えていた。一瞬、自分には知らされていないホウオウグループの作戦でも始まったものだと思い、思わず千年王国の仲間に連絡を取ったくらいだ。

「あんな大掛かりな事するの、ジングウさんぐらいだと思ってた」
「そうそう。それで頭、クロウの旦那に詰問されたらしいですよ。『またなのか』って」

 両手の人差し指を鬼の角の様に頭に突き立てながら、イマは言う。それを聞いて、思わず花丸は苦笑を浮かべた。確かに、部下である自分ですらそう思ったのだ。ジングウを目の敵にしているであろう、クロウは真っ先に疑うに違いない。今回は濡れ衣だった訳だが、まぁ日頃の行いが悪いので同情はしない。

「頭自身、こんな作戦を取ったのは自分に濡れ衣を着せる気満々だったからだ、って言ってましたねー。ホウオウグループはともかく、アースセイバーやらその辺は、とっくの昔に滅びた研究所なんて眼中に無いだろうから、って」
「……それって、何だかおかしくないですか?」
「何で?」
「前聞いた事があるんですけど、UHラボって確か、ホウオウグループに入れなかった人達が、再起をかけて集まった組織だったんですよね? それなのに、自分達が戻りたいと思っている組織に罪をなすりつけるなんて……」
「そりゃ、戻るつもりなんて無いんだろうさ」
「え?」
「頭が言ってましたよ。もう奴らにとっては、ホウオウグループは重要でもないんだろうって。何かしら、ホウオウグループに敵対出来るだけの手段や力を手に入れたんじゃないかって、頭は見ているみたいですね……それに連中、クロウの旦那に潰されてますからね。再起しようと頑張ってたのにそんな事されたら、そりゃあ恨みますよ」
「…………」

 果たして、彼らは何を思ってUHラボを造り、ホウオウグループへと返り咲こうと思ったのだろうか。花丸には分からない。彼の場合は、その能力を買われて孤児院から引き取られ、なし崩し的にグループの所属になった。最初こそ、ただいるだけだったが、それでも長く居続ければ立派な居場所となる。それに今の彼には、人ではないが、生物兵器と言う仲間がいるのだから。

 だがそれでも、立場が違っても。UHラボにいた人々の失望は、それなりに理解出来た。

 自分達が目指していたもの。自分達の理想。それそれそのものに手を振り払われ、捨てられた。それは確かに辛いだろう。

「使えないなら捨てる。頭とは違う発想ですよねー」

 ジングウの場合、「使えないなら使えるようにする」、だ。不要な物さえ磨き、或いはそれを補う物を付け加える。労力で言ったら、切り捨てる方が合理的だ。しかし、ジングウはそうしない。使えない物さえ資源と化し、自らの力に加える。失敗した時のリスクは大きいが、あの男には「失敗」と言う単語は存在していない。否、それは錯覚だ――失敗さえ塗り潰して前に進む程、ジングウの行動力が突出しているのだ。合理性もへったくれもない、とんでもないパワープレイである。

「そういや、UHラボって頭が造らせたらしいですよ」
「え、そうなんですか?」

 意外な事実を聞かされ、しかし心のどこかで納得していた。確かに、彼がやりそうな事ではある。

「何でも、グループから弾き出された研究員何人か見繕って、場所と創設資金だけ頭が提供したらしいです。後は丸投げして」
「へぇ……でも、何だってそんな事を?」
「んー……いや、ちょっと考えれば分かるでしょう?」

700akiyakan:2013/05/17(金) 13:32:07
 にひひ、とイマは意地悪そうな笑みを浮かべる。千年王国の合言葉、「想像力を働かせろ」と言いたいらしい。

 が、これ位なら、想像力を働かせるまでもない。ジングウと関わっていれば、その人となりは何と分かってくる。要はあの男は、グループから落とされた者達にチャンスをあげたかったのだ。

『芽が出ない花なんてありませんよ、生きている限りはね。問題は育て方です。案外セオリーだと思われている手段でなく、思いっきり奇をてらった育て方をしたら咲く花も、世の中にはあると私は思うのですよ』

 いつぞや、ジングウが言っていた言葉だ。

 ジングウは人でなしそのものだが、その一方で人間が誰しも持っている可能性や資質を誰よりも信じている。「死んだらそこまで」と割り切る一方で、「生きているのだからそれが芽吹くまで待ちましょう」と言う懐の大きさがある。究極的な意味での能力主義者で搾取主義者だ。あの男にしてみれば、人類すべてが「使える物」なのだろう。

「まぁある意味、そのラボがクロウの旦那に潰されたのはそれらしいと言えばらしいっすね」
「そうですねー」

 全体主義でホウオウグループが掲げる合理性を重視するクロウと、個人主義で独自の価値観によって行動するジングウ。二人はまさに対極で水と油。ジングウが創設に関わった施設をクロウが潰したと言うのは、そんな二人の分かりやすい構図であるように思えた。



 調教師とグリフォン:語り



「そう言えば頭が、近い内に嵐が来るって言ってましたよ」
「嵐……って事は、」
「そうっすね。頭の大好きな戦いが起こる、って事ですねー」

701akiyakan:2013/05/17(金) 13:32:45
――二人の人間が戦っている。

 場所はホウオウグループ支部施設内、閉鎖区画。そこにある、生物兵器の実験場だ。

 戦っている人間は、どちらも同じ格好をしている。違いがあるとすれば、それは背丈ぐらいであろう。片方の人間は、もう片方と比べて少し低い。

 その恰好を目にした人の目には、少し奇異に映った事だろう。
 
 全身が緑色の甲殻装甲で覆われている。頭の部分は蜘蛛の頭部を彷彿とさせ、まるで眼の様に左右四つずつ、計八個の光珠が存在している。胸の部分や肩、足や太腿と言った部位にもそれらの光珠は埋まっており、またその姿は人工物と言うよりも、生物的な印象を見る者に与える。

 その戦いは、凄まじいの一言に尽きる。

 まず速い。両者の攻防は正しく目にも止まらぬと言った様子であり、離れた場所でその様子をモニターしている画面では、スローモーションにしなければ、その全容が全く掴めない程。

 そして、力強い。両者共に素手であるが、その膂力は凄まじい。こちらまで轟音が聞こえて来そうなほど。生物兵器同士を戦わせる前提に造られたこの実験場でなかったら、おそらくそこら中が今頃穴だらけになっていた事だろう。

「ッ――パーフェクト・ウエポン!」
「!」

 技量では、背の高い方が上であるらしい。ほぼ一方的に追い詰めている。それが堪らなくなったのか、追い詰められている方が叫んだ。その途端に、その全身を球形の形に光が包み込む。

 バチッ、と言う音共に、振り下ろされた拳が弾かれる。光の膜はバリアの役割を果たすらしい。それもかなりの強度であり、その凄まじい膂力さえも弾き返している。

「やった!」

 バリアを張っている方が、歓声を上げた。しかし攻撃を弾かれた方は全く動じた様子を見せる事無く、その全身に銀色のオーラが浮かぶ。

 腰を低く落とし、右の拳を構える。一瞬の内にバリアに接近すると、勢い良く拳を突き出した。

「せいっ!!」
「う――わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 一瞬バリアと拳は拮抗するも、銀色のオーラに包まれた拳の威力の方が勝っていた。バリアは砕け散り、それを張っていた当人はその場に尻餅をつく。慌てて顔を上げるも、その鼻先には手刀が突きつけられていた。

「王手飛車取り、ってところかな?」
「あははは……また僕の負けか……」

 お互いに、顔を覆っているマスクを解除する。口元がまず左右に開き、それから頭を覆っている兜がスライドし、素顔が剥き出しになる。

 一方は『双角獣』、AS2ことアッシュ。もう一人は『獣帝』、花丸だった。



 ――・――・――



「やはり、根本的な戦闘能力はアッシュさんが一番高いですね」

 ディスプレイに映し出されたデータを見ながら、サヨリが呟いた。そこには、これまで行われた模擬戦闘の勝率や、その戦闘の内容、また各人のステータス情報などが表示されていた。

「まぁ、アッシュは能力だけでなく、装備品のグレードも強化出来ますからね。能力限定の一対一ならともかく、ましてや『バイオドレス』を装着しての戦闘なら、当然の結果でしょう」

702akiyakan:2013/05/17(金) 13:33:17
 バイオドレス――それが、先程の戦闘で二人が着ていた物の正体だ。

 装着者の身体能力を強化すると同時に、防護服としての役割を果たすバトルドレス。その派生品がバイオドレスである。機械的な部品ではなく、有機体的な素材で構成されているのが特徴で、『着る』のではなく、装着者と文字通り『一体化』する事で機能する。肉体の一部となる事で装着者の神経系や筋力をダイレクトにアシスト。反応速度においてはバトルドレスよりも優れており、また自己修復機能やスキルウエポンを装備する事が出来る。

 こう説明するとバトルドレスの上位互換に聞こえるが、実際はそんなに良いものではない。

 扉が開き、研究室にアッシュと花丸が入って来た。二人とも、バイオドレスを装着する為の特殊なインナースーツを着ており、まるでダイバーを思わせた。

「どうでしたか、お二人とも。バイオドレスの使い心地は?」
「僕はイマイチ。フツーのBDのが好きだなー」
「僕は……よく分からないです。そもそも、バトルドレス自体着るのが初めてなので……」
「それでも、あえて感想を言うなら?」
「えっと……何だか、ヘンな感じです。普段の自分より身体が動いちゃうので……」

 困ったような顔をしながら花丸は言う。

 実際、その感覚は正しい。バイオドレスは装着者と一体化する。即ち、肉体の延長となるのだ。初めての人間は、拡張された自分の膂力や感覚に戸惑いを覚える事だろう。

 実際二人とも、今はそれなりに様になっているが、最初は見ていられたものではなかった。バイオドレスのスペックに振り回され、戦うどころの話ではなかったのである。酷い時には、お互いに真正面からぶつかっていたりした。

 この様に、バイオドレスには様々な問題がある。装着者にある程度の習熟が求められる他、バトルドレスと違って生きた素材を使用している為に、管理・維持に手間がかかる。生物兵器を培養する液に漬けて保存しなければならず、また一着製造するのにも時間がかかる。現状、アッシュ達が着ていた二着しか存在しないのだ。

「ふむ……そればかりは、慣れて貰うしかないですねぇ。バラトストラもですけど、この類は運用出来る人間が限られてくるのが難点です」
「あ、後、父さん。これ女性陣に凄い不評だよ」

 レンコとブランの反応を思い出し、アッシュが言う。

 確かに、バイオドレスは女性陣には不評だった。レンコは取り敢えず着てくれたが、ブランは泣いて拒絶し、それどころではなかった。

「装着者と癒着・融合し、一体化する仕組みですからねー。むしろ、これ否定されるとバイオドレスのアインデンティティゼロなんですが」
「バイオドレスのアイデンティティって何ですか。でも、レンコさんやブランちゃんの気持ち分からなくも無いかも……あれは、ちょっと……」

 バイオドレスの内部を思い出し、サヨリは嫌な表情を浮かべた。

「はっきり言って、エロゲーだよね、アレ」
「無数の襞襞が全身に絡み付いて、それから神経が接続されていく感覚は何とも……」
「止めて下さい、二人とも。それ以上はいけない」

 アッシュは顔色を変えていないが、花丸はげんなりとした表情を浮かべている。視覚的にも、感覚的にも、あれは女性には辛いものがあるだろう。そんな三人の様子に、ジングウは「解せん」と言った表情を浮かべていた。

703akiyakan:2013/05/17(金) 13:34:47
「着け心地を除けばいいんだけどねぇ、アレ」
「後、誰が着けてもSWが発動するなら良いんですが……」

 そう。これも、バイオドレスが遣い手を選ぶ要素の一つである。

 人造模倣能力、スキルウエポン。本来これは、ミツを初めとするバイオドロイドのみが扱う事の出来る力だった。しかし、バイオドレスはSWを一つスロットする機能があった。これにより、バイオドロイドでない者でも、バイオドレスを纏う事でSWを使用する事が可能になるのだ。

 しかし、実際は一筋縄ではいかなかった。例えバイオドレスを来たとしても、装着者とバイオドレスの同調率が低いと、スロットされているSWを発動する事が出来ないのだ。

 このデータを調べる為、一応千年王国所属の者には(拒絶の酷いブランやサヨリの様な非戦闘員は除き)全員にバイオドレスを着て貰った。その結果、SWを発動するだけの規定値を示したのは花丸とミツの二人だけであり、事実上バイオドレスの機能を百パーセント扱えるのはこの二人しかいない、と言う事だった。

「千年王国以外の人間も調べてみたら?」
「とは言っても、SWの乱用されても面倒なんですよねぇ。それにあのカラスの事だから、バイオドレス作る位ならミツを量産しろとか言い出しかねませんし」
「って言うか、リバイアサン部隊作る位なら、そっちのがよっぽど戦力になったんじゃ……?」
「ミツさん一人造るのに、一体いくらの金と手間がかかるのか、考えた事ありますか?」

 ジングウが笑みを浮かべるが、その背後の闇は濃い。藪蛇をつついたかと、アッシュは「知りたくありません」と言う。実際彼自身、その金と手間をかけて生み出された存在だ。我が身に置き換えれば、その大変さはよく分かるつもりだった。

「ところで、何でこんな物を造ったんですか?」
「私の趣味」
「……さいですか」
「もはや突っ込む気も起きませんか、サヨリさん」
「いい加減、疲れるだけなので……」

 額に手を当て、やれやれとサヨリは首を振っている。そんな彼女の様子に、ジングウは少しだけ詰まらなそうな表情を浮かべた。

「まぁ、趣味なのは事実ですが、それを置いても決して無意味ではありませんよ」
「まぁ、ジングウさんのする事ですから、そもそも無意味だとは思ってませんけど……」
「バイオドレスは、成長する武器なのです」
「成長する……武器?」

 ジングウの言葉に、花丸は不思議そうに首を傾げた。

「はい。付喪神云々については長くなるので省きますが、バイオドレスは自我を持たないですが生きている鎧です。そしてバイオドレスは、装着者と一体となって戦う。文字通り手足と化した鎧は装着者の魂に、その想いに反応し、装着者に適応し独自に進化する……私はね、皆さん。貴方達の魂に触れる事で、バイオドレスがどんな変化を起こし、進化していくのか。それが見てみたいんですよ」
「要は僕らをモルモット代わりに、バイオドレスの実験がしたい訳ね」
「ま、要点だけ捉えるとそうなりますね」

 アッシュの毒舌をさらっと肯定するジングウ。その割に、花丸は彼の言葉に不快さは感じていなかった。

 バイオドレスは装着者の魂に、心に呼応し、進化する。それは暗に、「この道具は遣い手に応える」と言っているのだ。普通の科学者だったら、そんなスピリチュアルな事は言わない。物質主義の現実主義者が嫌い、或いは馬鹿にしそうな言葉であるが、ジングウはこう言った言葉を平気で使用する。

『だって、存在しているのだから無視する訳にはいかないじゃないですか』

 否定しようにも、事実存在してしまっている。そこに在るんだから無視せず、使ってしまおう。こう言う事を臆面無く言ってのけるのが、ジングウの凄味なのだろう。

「ところで父さん、バイオドレスの材料って何?」
「ミツさんと同じですよ」
「え、ミっちゃんと同じって……あ、そう言う事」

 合点がいったのか、アッシュが納得したような顔をする。サヨリは何とも言えない、嫌そうな表情を浮かべており、花丸だけがジングウの言葉の意味を理解していないようだった。

「えっと……ミツさんと同じって事は、生物兵器の培養細胞、って事ですか?」
「詳しく知りたければ『リサイクル・プラン』でWiki検索をかける事をお勧めするよ……もっとも、花丸ちゃんにはちょっと刺激が強いかなぁ、なんて」
「????」



 ≪悪魔の発明:2≫



「ところで皆さん、『ソイレント・グリーン』と言う映画はご存じですか? あれは良いですよ、実に合理的だ。もし地球の人口が溢れかえっても、それに対する有効な打開策がある。実に、地球の未来は明る――」

「やめぇい!!」

「おふっ」

704akiyakan:2013/05/17(金) 13:35:41
いかせのごれ某所、公園。

 そこにあるベンチに、一人の男が腰かけている。

 身長、180センチ以上。その巨体から早朝の公園では一際存在が浮いており、彼の周囲だけ場違いな空気をかもしだしている。肩幅ががっちりとしており、それなりに鍛えている事が伺える。くすんだ色の金髪と、欧米人特有の白い肌。丸い眼鏡の奥で、蒼い瞳が覗いていた。

 その威圧感だけで、何者も遠ざけてしまいそうな感じ。今は人気が無いだけだが、これがもし昼間だったらこの男の周囲には誰も寄り付かず、下手すれば居た堪れなくなった人間がその場から逃げだしていた事だろう。

 そんな威圧感をものともせず、一人の少年が男の隣に腰掛けた。いかせのごれ高校の制服を着ており、童顔の優男だ。

「ロイドさん、お久しぶりー」
「おう、一ヶ月振りか」
「最近、何してました?」
「教師。受け持ちは英語。ってか、頭(カシラ)も俺を教師にして潜入させるとか、全く何を考えているんだか」
「後は?」
「幽霊狩ったり、夢限の空間に落ちたり、まぁ色々」
「可愛い子いました?」
「ノーコメ」
「えー何でですか、重要じゃないですかー」
「あのな、自分の学校の生徒がお前に食い荒らされてるとか、居た堪れなくなるわ。第一お前、何人か既に食ってるだろ」
「てへ」
「てへじゃねぇ」
「それはさておき、」
「置いとくのかよ」
「どうですか、ロクブツ学園は?」
「……ぶっちゃけ、やばい」

 一呼吸間を置いてから、ロイドは言った。眼鏡に隠れた視線は空の方を向いており、彼が何を見ているのかアッシュには分からない。

「カルトラの刑務所にいた時、ここ程やべぇ場所は無いと思ったが、あそこも大概だな。ってか、離島じゃなくて街のど真ん中にある分、あそこのがやばいか。更に輪をかけてやばいのが、あんな場所で普通に勉強やってる無神経さだな。あの学校作った奴、とち狂ってるわ」
「……例えば、どんな風にやばいんです?」
「つい此間、レギオンが街中に出て大騒ぎになっただろ。あの時、あの亡霊共はあからさまにあの学校を避けてやがった。学校に敷いてある結界を嫌ったのか、それとも学校に奴らでも恐れる何かがいるのか……」
「へぇ。何だか、楽しそうですね?」
「そら、部外者はな。半日あそこで暮らしてる身分にもなってくれよ。最近じゃ、生きてる奴と死んでいる奴の区別がつかなくなってきた」

 そう言って、ロイドは公園にあるトイレの方に視線を向けた。そこは特に、何も無い。だが、アッシュもそちらへ視線を向けている。二人の見る目はまるで、そこに何かが有り、それをしっかりと捉えているかのようだった。

「仲の良い人、出来ました?」
「まぁ、それなりにな」
「今度、紹介してくださいよ」
「全面的に拒否らせてもらうわ」
「えー」

 ぷくっ、と頬を膨らませるアッシュを無視して、ロイドは立ち上がる。彼はくいっ、と眼鏡を持ち上げると、アッシュの方を振り返って見下ろした。

「それじゃ潜入調査、引き続きお願いします。くれぐれも、アースセイバーに見つからないように」
「ああ、努力する」



 ≪経過報告Ver人面虎→双角獣≫



(本筋を離れ、番外の地で行われる人面虎の戦い)

(彼の姿を見る者は誰も無い)

(まさに、神のみぞ知る)

705スゴロク:2013/05/17(金) 22:20:53
「恐怖と不安の楔」の直後辺りです。ようやくこの設定出せました……。


京とアンがアーサーに付き添って救急車に乗り、その場を離れてからしばらく。
誰もいなくなった情報屋に、人影が入り込む。

「あーららら……こーりゃまたひーどい有様だねぇ」

奇妙に間延びした口調の男……赤銅 理人。いかせのごれ各地を放浪する変人であり、触れた物質に任意あるいは無作為に能力を付与する、という厄介極まりない特殊能力を備えており、アースセイバー・ホウオウグループの双方から「ハーメルン」のコードで登録されている要注意人物でもある。

そんな理人が此処にやって来たのは、全くの偶然からだった。いつもの如く気ままに歩いていた彼は、少し前にこの情報屋の前を通り過ぎたのだが、視界から消えて程なく銃声と騒音が聞こえたのだ。何が起きたのかと様子を伺っていると、研究者風の男が赤い髪の少年を連れ、何事か言いながら理人とは反対の方向へ消えて行ったのだ。

緊急事態と飛び出しかけたところに、今度は別の女性二人が現れ、救急車で運ばれた何人かに付き添って去って行った。

人の気配が消えたところで、ようやく理人は姿を現し、情報屋の中に入り込んだのだが、

「……うーわー、なーんだこりゃ。まーさに惨状だ」

そこら中に血痕と弾痕が残り、家具や調度品が破壊され、ひっくり返され、まさに惨状としか形容のしようがない有様だった。理人はこの情報屋に来たことはないが、さすがに襲撃があっただろうことは一目瞭然だった。
と、

「ん?」

足元に何かを見つけた。拾い上げてみると、それは無残にもズタズタにされたパペットだった。腹話術か何かに使うモノらしいが、そんなモノがなぜ情報屋にあるのか?

「……なーんだこりゃ」

興味をなくして放り捨てそうになったが、寸前で思いとどまった。あることを思い付いたからだ。

「おーぉっと、そうだ。コイツに聞いてみよーかね」

言うや、理人は背負っていたナップサックから器用に一本の針を取り出し、パペットに突き刺す。瞬間、針が凄まじい速度で縦横無尽に動き、数秒後にはパペットが元通りに修復されていた。そのパペットを手に嵌め、理人は反対の手でヘッドホンをつける。

「さーて……まーずは、君の名前を教えてもらおうかーね」

パペットは何も反応を返さなかったが、理人はまるで返事が聞こえたかのように頷く。

「ふーむふむ、ロッギー君ね。でーはロッギー君、ここで何が起ーきたのかね?」

今度は数十秒、沈黙が流れる。それを破ったのは、やはり理人の声だった。

「……あわー、そーりゃ大事だー」

口調は全然そうとは聞こえないが、ロッギーから事態のあらましを「聞いた」理人は内心、かなり慌てていた。
ロッギーの「言った」ことが正しければ、ここを襲ったのはUHラボの関係者、しかもかなり危険な部類だ。あの施設の危なさは理人自身もよく知っていたが、まさかここに来て関わりが出来るとは思わなかった。

706スゴロク:2013/05/17(金) 22:21:31
「やーれやれ、どーしたもーのかね? こーこまで関わって放り出ーすわけにもいかんし」

何だかんだ言って、一度首を突っ込むと放っておけないのがこの男の性格である。幸いと言うか、何が起きてもとりあえず対処できるだけの用意はしてあるし、なければないで現地調達が利く。

「とーりあえずは、あの救急車ーを追いかけてみーるかね」

言って、ロッギーを手に嵌めたまま外に出る理人。



「その件、私も咬ませてもらうけど、いいわね」


そんな彼の前に、一人の女性が現れていた。夜闇の中でもなお黒い長髪と、瞳。片手で眼鏡を弄ぶ、Gパン姿の彼女。
普段ツバメのアシスタントに奔走している、昼間の姿はどこにもない。彼女を、理人は知っていた。

「おんやー……久しぶりだーね、雨里さん」
「フフ……そうね、何年ぶりかしら?」

女性―――絵本作家・一之瀬ツバメのアシスタントたる夜見 雨里は、不敵に笑ってその挨拶を受けた。


「しかーし、相変わらず表と裏の激しいことで」
「前に言ったでしょ? 私はあくまで私、あの子はあの子。違って当然よ」

言い含めるようにはっきりと述べる雨里に対し、理人は表面上は変わらず受け答える。

「はーいはい。まーそれより、状況は把握しーてます?」
「大よそはね。それより、行くなら急いだ方がいいんじゃない? この子もいるし」
「へ?」

言われて雨里の横を見ると、まるで色が抜けたかのような白い髪とリボンが印象的な、無表情の少女が佇んでいた。

「こーの子は?」
「ポリトワルサーカスの団員よ。何だか迷子になったみたいで……送ろうにも時間が遅いから、ひとまずここに預けようと思って」
「何でそーんな結論に……そーりゃ、三鷹先生はたーまにここに来ーますから、顔が多少利ーくのはわかりまーすけど」
「すぐに頼れるのがここだったのよ。……ま、こんな状況では無理みたいだし、状況知ってからこの子も何だかやる気みたいだし」
「時間僅少。拙速推奨」

その少女が、抑揚のない口調で「行くなら急げ」と急かす。言われた雨里は会話を打ち切り、

「……そうね。理人、こっちへ」
「んー」

右手で少女の、左手で理人の手を取る。

「病院の近くまで跳んで、そこからは普通にいくわよ。夜とは言え、一般人に見られたらコトよ」

二人が頷いた直後、彼女らの姿は文字通り掻き消えていた。



運命交差点・推

(交錯する事象)
(未だ見えぬ一線)
(次なる運命は、いかに)

707紅麗:2013/05/18(土) 00:16:57
【純白レコード】直後のお話になります。
思兼さんより「御坂 成見」十字メシアさんより「葛城 袖子」をお借りしました!
自宅からは「フミヤ」です。


さて、と。これからどうするかな。

「……ん?」

ふと、歩みだした足を止めた。また未来が見える。
赤いパーカーを着た男と、オレンジ色のパーカーを着た女が俺に話しかける、未来が。

あぁ、今日はなんだか「話しかけられる」ことが多いな。

まぁ、それも結局は回避してしまうのだけれど。
「見える」男のテンションは、信じられないくらいに高い。
関わったらロクなことがないだろう。俺はそう直感的に感じた。

やれやれ、面倒は、キライ―――


「やぁ、こんにちは、少年!」
「―――!?」


―――なん…だ…。


「ねぇねぇあのさ、君この辺りで化け物とか…」
「ちょっとフミヤ!街中で「そういうの」使うのやめなってば!!」

俺が「見た」あの赤色のパーカーの男が、目の前に立っている。
そしてその男の後ろから、オレンジ色のパーカーの女がぜぇぜぇと息を切らしながら走ってきていた。
見えていたのに避けれなかった未来…何故だ?

「ごめん、びっくりしたよね」

中腰になり申し訳なさそうに俺に謝る女。金髪の髪は後ろで一本に結ばれており、
右目は長い髪で隠されていた。心なしか、隣にいる男と一部分だけ髪型が似ている気がする。
男はと言えば、俺を見ながらにやにや笑っている。きもち悪ィ。

「ほらっ、あんたも謝りなってば!」
「え〜?だっておれ別に悪いことしてないし…」
「いいから謝れ!」

あ、叩かれる、と未来が見えた直後。
すぱぁん!と路地に心地の良い音が響いた。と同時に男が頭を抱えて蹲る。
しかし男は何事もなかったかのように起き上がって、あの笑みを浮かべたまま、

「それよりも君珍しい髪と目だね。もしかして能力者?ねぇねぇ能力者?」
「………っ、こっちくんな変態!不審者!気持ち悪い!」

俺の方へと近付いてくる。ここで全速力で走って逃げても良かったのだが、プライドが許さなかった。
さて、「奴が気持ち悪い」という理由が一番でこいつを拒絶しているのだが、もう一つ、寄られたくない理由がある。

この容姿だ。

白髪に赤い瞳。コレを、あまり見られたくはなかったんだ。
誰にも認めてもらえなかったこの容姿だ。奴らもきっと、気持ち悪いと思っているのだろう。
今まで、ずっとそうだったんだから。

「来るなっつってんだろ!」

俺の大声に、男の方もおかしい、と思ったらしく。近付いてくるのを止めた。
鋭い眼でぎろりと男を睨みつけると、先ほどまであった笑顔はさっぱり消えて、
困ったような表情を浮かべていた。

そんな中、女が俺の方を見た。

「ご、ごめん…不快にさせる気はなかったんだ…」
「―――るな、」
「え?」
「見るなよっ!」

708紅麗:2013/05/18(土) 00:17:56
俺の肩に触れようとする女の手を強く払う。
それど、「見るな」。その一言で女も何か気が付いたようで、ふっと笑うと再び俺と眼を合わせてきた。

「………あ」

女が右手で、長い右前髪をあげる。
するとそこには通常ではまず「ありえない」ような瞳があった。

「うちもさ、「これ」が原因で君みたいになってた時があったんだ。
友達はできないし、いじめにはあうし…もう大変でね。
でも、そんな時助けてくれた人がいたんだよ。…っていうのもコイツなんだけど」

くいっと顔を動かし顎であの男を指し示す。男は後ろで誇らしげに笑っていた。
まぁ、何が言いたいかって言うと、と、少し照れくさそうに女が続ける。

「色々、嫌なこと言われるかもしれないけどさ…。
この世界に自分を「好き」になってくれる人は必ずいるんだよ。だから、大丈夫だよ?
少なくとも、うちたちは君の敵じゃない!」

なーんて、出会ったばっかりなのに何言ってんだろーね!そう言って女は笑った。

「おれは君の髪と瞳好きだけどなー。人と違うって、いいよね!」
「あのね…」

男が放った言葉に、女が溜め息をつく。
…変な奴らだと思っていたが、案外、悪い人たちではない、みたいだ。

「君、お名前は?」
「……御坂 成見」
「ナルミ、ね!よろしく」

すっと手が差し出される。握手をもとめているのだろうが、俺はそんなことはしない。
まだ、こいつらを完全に認めたわけじゃない。

「ちぇ、つれないなぁ」
「まぁまぁ…うちは葛城 袖子。…よろしく、ナルミ」

「さて、自己紹介も終わったところで」
「?」
「化け物探し、再開しますか!」


あぁ、そういえばこいつ、俺の目の前に現れたときもそんなこと言ってたな。


「まだそんなこと言ってたの?!」
「えー、だめー?」
「だめに決まってんだろ!ナルミだっているのに!」
「俺はいいけど…どうなっても知らないよ」
「え…それって、どういう…」




「あんまり、よくない未来が「見えてる」からさ」




「見えた」世界



(…いいじゃん)
(…えっ?)
(上等!この眼で確かめてやろーぜぃ!)
(あー、変なスイッチ入っちゃった)
(…やっぱり、面倒なのに巻き込まれた…)

709えて子:2013/05/18(土) 21:15:48
「恐怖と不安の楔」の続きです。
スゴロクさんから「隠 京」、名前のみクラベスさんから「アン・ロッカー」をお借りしました。


京とアンに付き添われて、アーサーは病院へと向かった。
病院に到着すると、ハヅルと長久はすぐさま運び込まれる。

アーサーも痣だらけという事で診察を受けたが、気絶するほど頭を強く打ってはいたものの命に関わるようなものではない。
ぶつけた時にできた痣はそれほどひどいものではなく、捻挫も軽いもので安静にしていればすぐによくなるだろうとのことだった。
同年代の女子より小柄で軽い体が幸いしたのだろう。

今、京は手当てを受けたアーサーと共に待合室にいる。
アーサーが京の服の裾を握って離さなかったからだ。
アンは京の代わりに医師からハヅルと長久の状態を聞いている。

「……」
「………」

アーサーは表情を強張らせたまま、俯いている。
時折何か言いたげに口を小さく動かすが、すぐに口を一文字に引き結んでしまう。
やはり言葉が出ないのがもどかしいのだろう。

「……そうだ」

ふと思い出したように呟くと、京は荷物からメモ帳とペンを取り出し、アーサーに渡した。

「よかったら、これを使ってちょうだい」
「………」

メモ帳とペンを受け取ると、京の伝えんとすることが分かったのかアーサーは小さく頷く。
よほど話したいことがあったのか、すぐにメモ帳に書き込み始めた。

「…………!」

書き終わると、それを京に見せた。
どうやら、先程情報屋で京に聞かれたことへの返事らしい。

『知らない人が来たら そう介がおかしくなって、ハヅルをおそったの。』

「…そうすけ?」

『ベニー姉さんの家族。姉さんがずっとさがしていた人。』

「………その人がおかしくなって、皆を襲ったの?」

その問いに、アーサーはまたペンを走らせる。
そのやり取りを何度か繰り返してから、メモに書かれた情報を元に、アーサーの言いたい事をまとめた。

「………つまり…情報屋に怖いお客さんが来て、その人の声を聞いたソウスケくんがひどく怯えたから、ハヅルさんはソウスケくんを連れて二階へ避難した。そのお客さんが声を張り上げたら、ソウスケくんが急におかしくなって、ハヅルさんの木槌を取り出して皆を襲った。アーサーちゃんは長久くんに助けを求める途中で階段から落ちて気を失って、目が覚めたらソウスケくんとお客さんはいなくて、二人が倒れていた…ということでいいのかしら?」
「………」

京が確認すると、アーサーは小さく頷いた。

「……そう。辛いこと思い出させて、ごめんなさいね」

京の言葉に、アーサーは首を振る。
待合室の椅子に膝を抱えて座る様子を見ていると、小さく胸が痛んだ。

「…………」
「…?どうしたの、アーサーちゃん?」

不安そうな表情でじっと自分を見つめてくるアーサーに気づき、軽く問う。
声をかけられたアーサーは、おずおずとメモ帳を差し出した。

『そう介 たすかる?』

「…ソウスケくんを、心配してるの?」

『そう介は、今こわい人といっしょにいる。きっとこわい思いしてる。おうちに来てからおきものみたいだったのに、あの人が来たらすごくこわがってた。』

だから、と書いて、ペンが止まった。
しばらく何を書くか迷い、やがてゆっくりとペンが動く。

『早く、ベニー姉さんといっしょにしてあげたい。姉さんやハヅル、長久と会えなくなるんじゃないかって思って、ぼくはすごくこわかった。きっと、そう介も同じ気持ち。だから、早く見つけてあげたい』

文章を見せたアーサーの瞳は、まだ恐怖に揺れていた。
そして、それと同じくらい、姿を消した仲間を心配していた。


小さな決意


(廊下の奥から靴音が聞こえてきた)
(アンか、医師か、別の誰かか…)

710サイコロ:2013/05/19(日) 20:19:05
鬼を喰らう災厄の蛟(しらにゅいさん作)の続きとなります。


夕暮れの中、畳の上で、ショウゴの父であり鬼英会総長であった九鬼兵一が正座していた。

ああ、またこの夢か。ショウゴは首を振る。

父の声は聞こえない。相変わらず、何かを喋っているが、聞こえない。

いい加減にしてくれ、とショウゴが呟く。

次の瞬間。


「グッ…!?」
激痛に目を見開くと、見慣れた天井が目に入った。

同じ夕暮れでも、場所が違う。世話になっている出雲寺組の屋敷の中だった。
辺りを見回すと、本格的な治療道具がショウゴの周りにあった。
布団の横ではアスミが座りながら眠りこんでいて、腕を掴んでいる。
ショウゴは痛みをこらえ、首をひねるので精一杯だった。
体は全身が悲鳴を上げていた。
ズキズキと刺すように痛む手足、迂闊に息も出来ない程傷付けられた内蔵。
今にももう一度失神しそうなほどの痛みだったが、壁掛け時計で日時だけは確認する。

ミヅチと戦ってから2日が経過していた。

「クソ…おい、組長さん…、起きてくれ」
かろうじて捻り出した声だが、アスミの眠りは深いのか起きる気配が一向に無い。
「仕方ねぇな…」
ショウゴが脂汗をダラダラと流しながら掴まれていない方の腕を動かすと、アスミの鼻をつまんだ。
数秒後、アスミがバタバタと慌てて起きた。

711サイコロ:2013/05/19(日) 20:19:42


下手に動くと飛びそうになる意識を何とか繋ぎとめ、ショウゴは状況をアスミから聞いた。
昨日は一度心臓まで止まったらしい。手当は完璧に行なわれていたが、
治癒には時間がかかるという。しかしミズチの期限は悠長に自然回復を待てるような長さでは無かった。
「今日除いてあと…四日か。クソ、どうしろってんだ畜生…」
「…冷静に考えて下さい。あんなのはただの挑発、真に受けてバカを見るだけ損です。
鬼英会と、出雲寺組の精鋭を選りすぐって攻め込むなりなんなり、他にも手立ては沢山ありますよ。」
「それじゃ、筋は通せねぇよ…組長さん、昨日のやり取り、聞いてた、だろ?」
ショウゴは携帯を探りながら言う。
「そんな…死んで花など咲くものではありません、命は大事にすべきです。
それに今の貴方が、どうやって戦いに赴けるというのですか。」
「甘い。この業界は、ぽっくり人が死ぬもんだ。命の重さが…軽いからな。
…ミヅチさんもあながち間違ったことは…。」
ショウゴはそれ以上口に出すのをやめる。探り当てた携帯を操作しながら、アスミに聞いた。
「そういや組長さん…俺は、完全に血が上がっちまって…醜態を晒しちまったが、
あの時、『何に気付いた』んだ?…ぶっちゃけ、俺がミヅチさんと…組手してた時は、
いつもああなんだ…慣れ過ぎてて、わからねぇ。」
ミヅチとの戦闘の最中。ショウゴがキレる前に彼女が「日和物のお嬢さんは、気付いたようですねぇ」
と言っていた事を思い出す。
「ああ、そうです。あの方、もしかして…特殊能力者では?」
「なんだって?」
「動きがおかしかったんです。明らかに。」
頭が冷えている今のショウゴには、ピンと来るものがあった。
「何か、移動系の…能力者?」
「断言はできませんが、能力者の可能性が高いです。」
それ以降、暫く二人は沈黙し、互いに考え込んでいた。
先に口を開いたのはアスミだ。
「ショウゴさん。能力者が相手であるなら、アースセイバーに援護を頼むことができます。」
「お断りだ。それより…すまねぇけども、通話押して、耳元に当てて…くれねぇか」
ショウゴが辛うじて握っていた携帯を受け取ると、アスミが耳に当てる。

712サイコロ:2013/05/19(日) 20:20:14

「先輩…どうしたんですか!?」
1時間後。ショウゴが眠っている所にやってきたのはシスイだった。目を白黒させながら尋ねる。
「敵が来た。ショウゴがボコボコにされた。うちの組員も巻き添え食った。以上。」
アキトが簡潔に説明する。彼は出雲寺組員が戦闘の巻き添えを食った事と、ミヅチに出雲寺組を馬鹿にされた事、
ミヅチに手玉に取られた事、ショウゴが目を覚ました時にたまたま看病していたのがアスミだった、という事に
イライラしているらしく、未だに機嫌が悪い。
アスミに代わって看病をしていたリュウザが、ショウゴを起こす。
「グッ…ん、来たかシスイ。」
「電話で『緊急事態だ、すぐ来てくれ』というから何があったかと思えば…」
「単刀直入に…頼む。お前の能力で、俺の体を…動けるように、してくれねぇか?急がにゃ…ならねぇ。」
「どうして…?」
「頼むぜ、おい。数日後に…リベンジマッチ、しなきゃならねぇってのに…このザマだ。こんなんじゃ、闘えねぇ。」
事情を説明すると、溜息をついてシスイは天子麒麟を発動させた。
「とりあえず、これでどこまで回復できるかなんてわかりませんけど、やれるだけやってみますよ。」

一晩中、ショウゴとシスイはしゃべり続けた。ショウゴは始め喋るのも辛そうであったが、次第に楽になってきたようだ。
時にはリュウザやコトハ、アスミやアキトなどもやってきて話に混ざる。
アースセイバーの事。最近の事件の事。アッシュの事。鬼英会や出雲寺組の事。いかせのごれの世界の事。
そして、今回の事件の事。

そうして、夜が明ける頃には。


「…すげぇな、歩くぐらいは出来るぜ。」
体をふらつかせながらも立ち上がる事ができるようになっていた。

「ね、眠い…」
「すまねぇなシスイ、んでもってありがとう。これだけ回復すりゃ、特訓できるわ。」
シスイだけでなく、眠そうにしていたアキトやアスミ、コトハも目を剥いた。
「その体で何するつもりなの!?」
「つい昨日死にかけたばかりなのよ!?」
「特訓ってお前どういうことだよ!」

脂汗はまだ流れている。それでもショウゴは笑みを受かべて言い放つ。
「座して死を待つほど俺も愚かじゃねぇ。こういう時は多少無茶してでも特訓だ、って相場は決まってるんだよ。」


<ショウゴの目覚めと瀕死回復>

713サイコロ:2013/05/19(日) 20:23:50
というわけで動き出した抱えた爆弾シリーズの続編です。
しらにゅいさんとの合作になります。

お借りしたのは十字メシアさん宅から出雲寺亜澄、九柳亜樹斗、akiyakanさん宅から都シスイ、しらにゅいさん宅からミヅチでした。

714思兼:2013/05/20(月) 10:21:37
『「見えた」世界 』とクロスしているお話です。


【雑踏チルドレン】



「それよりも君珍しい髪と目だね。もしかして能力者?ねぇねぇ能力者?」

「………っ、こっちくんな変態!不審者!気持ち悪い!」





御坂成見が怪しげな男に話しかけられている時であった。








「ん?あれ成見君じゃない?」

「…そうだな。」


それを遠くから眺める少年と少女がいた。

一人は小柄で猫目の少し笑みを含んだ表情が目を引く怪しげな少年、
もう一人は長い黒髪を持つ中性的な背の高い少女だ。



不思議なのは、それなりの数の人が行きかう道路から投げ眼ているのに、
誰も二人が「見えていない」様子だった。

まるでそこに「誰もいない」かのごとく、無視するように。



「ねえねえ、助けに行こうよ!」

「抜かせ亮、お前は騒ぎに首を突っ込みたいだけだろう?」



「静葉はつれないねぇ〜近所の子が変質者に絡まれてるんだよ?」



亮と呼ばれた少年はにやにやしており、明らかに成見を助けるよりも騒ぎに
首を突っ込みたい様子だった。

715思兼:2013/05/20(月) 10:22:14



「うるさい、大体何のためにお前に『かくれんぼ』をさせて、
俺が使いたくもない『耳を塞ぐ』を使ってまで外に出たと思ってるんだ?」


「はは!ごめんって!
…でもどうするの?絡まれてるのは事実だよ?」


亮はにやにや笑いをやめて、真面目な表情になりながら言う。



「確かに、放って置くには少し不安だ。
話しかけて成見から引き離そうか。ダメなら俺たちの『力』で成見を連れて逃げればいい。」


「うんうん、その作戦で行こうか!
一応ダニエルに相手の身元調べてもらっとく?」

「うん、そうだな。だがそれは成見を引き離した後ででいい。
今はあの子を助けることだけ考えよう。」



静葉と呼ばれた少女はそういうと歩きはじめる。


「やれやれ…なんだかんだいって静葉は優しいんだよね。
予定大幅に狂っちゃうのにさ。」


そんなことを言いながら亮もその後に続く。









「…おいあんたら、その子をどうする気だ?」

「はいはいこんにちは〜!
急にごめんね、僕は橋元 亮、そっちの目つき態度悪いのは巴 静葉。
成見君の知り合いだよ!」



「亮!?それに静葉姉ちゃんも!」



――そして二人は、まるで空間から湧き出るように姿を現した。





<To be continued>

716思兼:2013/05/20(月) 10:26:55
<登場キャラクター>
フミヤ(紅麗様)
葛城 袖子(十字メシア様)
御坂 成見(思兼)
橋元 亮(思兼)
巴 静葉(思兼)
ダニエル・マーティン(名前のみ・思兼)

717akiyakan:2013/05/21(火) 17:32:04
 これは、誰も知らない物語だ。

 これは、誰も知らない始まりだ。

 これは、彼しか知らない物語だ。

 これは、彼が生まれた物語だ。

 そして、彼が死んでしまった終わりでもある。



 あるところに、一人の少年がいた。

 少年は、幼い頃より聡明だった。幼いながらも賢く、また他人の心の機微に聡かった。優れた観察眼を持っており、そのおかげで周囲から様々な物事を学び取る事が出来た。

 普通の中流家庭に生まれた。親が特別な才能を持っていた訳でもない。特別な教育を受けた訳でもない。

 ただそれは――本当にたまたまだったのだろう。

 少年は幸福だった。普通に親に愛され、普通に友人に恵まれ、普通に自分を肯定できる世界に生まれた。

 「持っているか」、「持っていないか」。いずれかで言えば、少年は前者だった。「選ばれた」立場の人間であった。そして少年は、幸か不幸か、幼い頃からその事を自覚していた。

 出る杭は打たれる。持つ者は持たざる者に妬まれる。異端は排除される。

 順応するコツは目立たない事。早い段階でその事に気付いてしまった少年は、極力無個性である事に努めた。他人と違う事を隠し、同じ形であろうとした。善人になる訳でも、悪人になろうともしなかった。ただ凡庸であろうとした。その他大勢のモブキャラになろうとしたのだった。

 それが一番楽な生き方で、それが一番摩擦を生まない生き方なのだと。早熟であるが故に、彼は気付いてしまったのだから。

 だが、そんな彼と違って、彼の傍には己が光を隠す事も無く曝け出す者がいた。

 その少年は、信じる光の存在だった。自らの周りを明るく照らし、力無き者に手を差し伸べ、己が悪と認めた者には敢然と立ち向かう。

 少年もまた、彼と同じく異端であった。だが、取った選択が違った。少年は凡庸である事を嫌い、自らの光を惜しげも無く晒した。当然、持たざる者達は、光を持たない者達は反発する。だが、少年はそれに負ける事無く、己が力で輝き続けていた。

 彼は、少年に憧れた。少年は強かった。反発する事に、不和を招く事を恐れて群れに埋もれた自分と異なり、群れの中にあっても自分の個性を失わない少年の強さに、その光に、ただただ憧れ、尊敬の念を抱いていた。

 少年と彼は親友同士だった。異端と異端は惹かれ合う。彼がいくらうまく凡庸を装っても、その内にある光源/個性までは隠し通せない。

 彼は憧れから、少年は同族を求めて。似た者同士、二人は真実親友同士であった。

 ――・――・――

718akiyakan:2013/05/21(火) 17:32:35
 彼は幸運だった。それは間違い無い。

 事実彼は、バスごと谷底に転落しても死ぬ事は無かった。常人なら死ぬ様な目に遭っても命を落とさずにいられたのは、真実幸運だと言っていい。

 不幸だったのは、彼の親友だ。少年はこの事故で命を落とした。

 そもそもこの事故は、本来なら起こらない筈の事故だった。一体誰に、そんな事を予測出来ただろう。休憩で立ち寄ったサービスエリアで男にバスをジャックされてしまうなど。楽しい筈の遠足は、一転して恐怖のバスツアーに変わってしまった。

 少年の不幸さは、バスジャック犯に抗う為の勇気と能力を、幼いながらにも持ってしまっていた事だろう。もし少年がもう少し臆病者だったら、もし少年の能力が普通の子供と同じ位しか無ければ、もし少年が目の前の悪を見逃せる狡さがあったら――もしかしたら、別の未来があっただろう。

 だが、『If』に意味は無い。既に完結した物語の筋書きは変えられない。

 少年は、バスジャック犯と戦った。彼はそれを見守った。結果――二人とも、死んだ。

 バスジャック犯と少年が起こした乱闘の結果、運転手はハンドル操作を誤った。そしてバスは谷底へ転落し、その衝撃で二人共死んでしまった。二人がいたのは運転席だった。そしてバスは、フロントから真っ逆さまに落ちていた。

 彼は、その光景を茫然と見つめていた。潰れた車体から零れ出る赤い液体。それが少年のものなのか、バスジャック犯のものなのか、或いは運転手のものなのか。そんな事、少年には分からなかった。

 ただ胸の中にあったのは、「何故」と言う疑問。

 こんなのあんまりだと、彼は思った。少年は、彼の親友は、間違っていた訳じゃない。彼は誰よりも高潔で、そして優れていた。目の前の悪党が許せなくて、それを何とかするだけの能力があって、そして自分に出来る事をやろうとしただけなのに。

 生き残ったのは自分と、数人の同級生達と、引率の担任の教師。彼と同じく、ただ「見ている」だけだった人間達だ。

 何故なんだ。何故生き残ったのは自分達なのだ。

 こんな取るに足らない、「何もしなかった」人間なんかよりも――少年の方が、目の前の間違いを正そうと「行動した」少年こそが、生き残るべきじゃなかったのか。

 何故、何故、何故。繰り返される自問自答。その果てに、彼は悟った。

 嗚呼、そうだ。そうなのだ。

 これが「世界」なんだと、彼は気付いた。

 善も悪も、関係無いのだ。悪い事をしたから罰が与えられる訳でも、良い事をしたから優遇される訳でもない。ただ、どんな人間も、死ぬ時に死ぬ存在でしかない。善人も悪人も、そこにある価値は同じものなのだと。

 燃料タンクから漏れ出したガソリンが引火し、彼の目の前でバスが燃え上がった。その光景を目にして、少年は笑っていた。声を上げて狂ったように、泣き笑いの表情で彼は笑っていた。

 その瞬間だった。『彼』が産声を上げたのは。それは同時に、それまでの『彼』の死を意味していた。



 ≪混沌原理≫



(やがて『彼』は親の下から姿を消し、それから一度も姿を現していない)

(両親は捜索届けを出しており、『彼』は時折自分の写真を街で見かける)

(その度に、『彼』は嗤うのだ)

(もう九年も経つのにまだ諦めていないのか、と)

719akiyakan:2013/05/21(火) 17:33:14
※えて子さんより「花丸」をお借りしました。

 バイオドレスの運用実験を開始し、数日が経過した。

 流石に回数を重ねる毎に装着者達もその扱いに慣れ始め、またその同調率も最初の頃より上がり始めていた。

「このままの調子で回数をこなせば、そのうち花丸さん達以外でもSWを使えるようになるかもしれませんね」
「そうですね」

 ジングウも、この経過には満足しているようだった。各自の同調率を示す値が、日に日に上がっている事がよく分かる。

「ただ……アッシュさんやリキさんの値は、上昇率が他の人達よりも悪いですね」
「仕方がありません。バイオドレスを受け入れているか否か。それが同調率の鍵ですから」

 バイオドレスの同調率とは、即ちどれだけ鎧を身体の一部として受け入れられるかにある。自分と一体化しているバイオドレスが道具ではなく、自分の手足の一部分だとどれだけ認識出来るのか。それがバイオドレスの運用に不可欠だった。

「ミツさんはバイオドレスが自分と同じ部品で出来ている事、加えて『彼』は自我が薄いですからね。バイオドレスとの適合率は高くて当然なんですよ」
「花丸さんが高いのはどうしてでしょう?」
「彼はやはり、彼が持つ能力『マッドブリーダー』の影響によるものが大きいですね」
「マッドブリーダー……あれって確か、危険な生き物に対して機能する能力ですよね? バイオドレスにも有効なんですね」
「バイオドレスも生き物ですよ。心が無いだけで。それに花丸さんの戦闘スタイルは、所謂「使役・指揮型」です。自身が戦闘能力を持たない分、彼は周りに合わせる事に優れている。それが、バイオドレスとの同調に関してプラスに機能しているのです」

 ジングウはコンソールを操作し、改めて各自のパラメータを確認する。口元に手を当て、何かを思案するようにブツブツと呟いた。

「……二つの内の一つは、花丸さんの専用機にしましょう」
「花丸さんの専用に、ですか? たった二つしか無いのに?」
「同じ人間に使ってもらう事が大事なんですよ、本来は。SWも各種装備も、所詮付属品でしかありません。本当なら全員分のバイオドレスがあったら良かったんですが、それを製造し維持するだけの余裕はありませんので」
「はぁ……」
「それに……花丸さん自身、自分一人で戦う為の力を欲しているようですので好都合です」
「あら?」

 ジングウの言葉に、サヨリは笑みを浮かべる。彼女の反応に、ジングウは首を傾げた。

「どうしました?」
「いえいえ〜、何でもないですよ〜?」
「……何ですか、その笑顔は。気持ち悪いですねぇ」

 ――・――・――

「で、花丸ちゃん、それ貰ったんだ」
「はい」

 支部施設から街へと戻る道を、アッシュと花丸はバイクの二人乗り(タンデム)で走っていた。

 花丸の手の中には、緑色の球体が握られていた。それは体温を持っており、ほんのりと暖かい。

「あれだけ大きなバイオドレスが、こんなに小さくなるなんてね」
「そうですね、びっくりです」

 手にした球体を、まじまじと花丸は見つめている。球体はゴムに似た感触をしており、またあちこちにバイオドレスの各部にあった宝石にも、目玉にも見える部位が付いている。

「バイオドレスって確か、培養液に漬けておかないといけないんじゃなかったっけ」
「培養液自体は、組成を維持する為の成分と運用に必要なエネルギーの補給が役割なので、定期的に支部で補給すれば、こうやって持ち歩く事は可能なんだそうです」
「ふーん。でも、何で花丸ちゃんだけなんだろう」
「サヨリさんは、『大切に育ててね』って言ってましたけど……」
「あ、そーゆー意味ね」
「?」

 花丸が言った言葉だけで、アッシュは合点がいったらしい。何やら納得したように頷いている。しかし言った本人は気付いていないようで、首を傾げるばかりだった。

720akiyakan:2013/05/21(火) 17:33:46
「でもいいなぁ、花丸ちゃんそれ貰えて。僕も新しい武器が欲しいにゃ〜」
「あ、えっと……もし良かったら、使います? 僕が使うより、アッシュさんが使った方が……」
「冗談だよ、ジョーダン。僕はそいつに嫌われてるし、花丸ちゃんが使ってあげて。第一、君が任されたんだろ?」
「あ……はい」

 手にした球体を見つめながら、花丸は嬉しそうに微笑んだ。

 内心、彼は自分がバイオドレスを託された事に喜びを感じていた。今まで生物兵器を操って戦う事しか出来ず、自分一人では何も出来なかった。それがようやく、こうして直接戦う為の力を手に入れられたのだ。花丸の心の中には、今まで足手まといでしかなかった自分が、ようやく役に立てるようになる事への歓喜が溢れていた。

「それにしても、今日は虫が多いなぁ……」
「虫?」

 その時になって花丸は、確かに羽虫が多い事に気付いた。アッシュが運転するバイクは、何度も蚊柱の中に突っ込んでいる。

「変ですね、まだ春先なのに……」
「今年は結構暖かいからね、そのせいかも――!?」

 その時、アッシュがバイクを止めた。突然の出来事だった為、花丸はバイオドレスを落としそうになって慌ててそれを抱き抱える。

「あ、アッシュさん、どうしたんですか、突然……?」

 花丸の言葉にアッシュは答えない。ただ前方を、自分の進行方向を見つめている。

 そこに、一人の男が立っていた。眼鏡をかけており、頭には緑色のバンダナを巻き付けている。いや、バンダナと言うより、頭全体を覆い包むそれはターバンと言った方が相応しいか。身長はアッシュとそう変わらない位であり、白衣を羽織って両手をそのポケットに突っこんでいる。

 そして何より、男は異様だった。男の周囲は黒い群れに覆われている――蟲だ。夥しい数の蟲が、男の周りを埋め尽くしている。しかも、通常の虫とは比べ物にならない程大きい。アリが、オサムシが、バッタが、どれも人間の腕位はある。

「――……お初お目にかかる」

 眼鏡を持ち上げながら、男が言う。カサコソと言う蟲の動き回る音の中心にありながら、その声ははっきりと二人の耳にまで届いた。

「私の名はムカイ。ムカイ・コクジュ。UHラボ残党、『失われた工房(ロスト・アトリエ)』の一人……」
「UHラボの、残党……!」
「ホウオウグループ、特別研究チーム『千年王国』所属、『双角獣』AS2に『獣帝』花丸だな」
「僕達を知っている……!?」

 目の前に現れたムカイと名乗る男に、二人は身構える。行く手を阻む様子と言い、その周囲に蠢く蟲と言い、何よりその身体から放たれる敵意が、この男が二人にとって敵である事を物語っていた。

「何なんですか、貴方。僕達見ての通り、先を急いでいるんですが」
「それは悪かった。何、すぐに済む。手間はかけさせないよ」

 言うと、ムカイは一本の横笛を取り出した。銀色に輝いており、何の変哲も無い笛の様に思える。しかし何かを感じ取ったのか、アッシュは咄嗟に袖から投擲用のナイフを出し、ムカイ目掛けて放り投げた。

「――さぁ、行け」

 だが、遅かった。アッシュの投げたナイフは、ムカイを庇うかのように跳躍した巨大なバッタに阻まれた。地面に落ちたバッタは小刻みに震えた後、それから動くのを止めた。

「私の二つ名は『森海(ディープ・フォレスト)』。我が領域において、彼らは私の僕となる……」

 蟲の大群が、二人に襲い掛かってくる。その禍々しい光景に、思わず花丸は身体が竦む。

721akiyakan:2013/05/21(火) 17:34:16
「う……」
「花丸ちゃん、今こそバイオドレスの出番だよ!」
「あ、は、はいっ!」

 アッシュの言葉で我に返る。花丸は手にしたバイオドレスを、自分の前方に向かって突き出した。

「ウェイクアップ!」

 花丸のパスワードを叫ぶと、手にした球体が解れた。花丸の全身を包み込み、その真の姿を現す。一瞬の内に花丸はバイオドレスを纏っていた。その光景を見て、ムカイの眼差しに好奇の色が浮ぶ。

「行くぞ!」
「はい!」

 アッシュは「天子麒麟」の力を纏い、花丸はバイオドレスで強化された力を使う。普通の蟲より巨大とは言え、身体能力を強化された二人の敵ではない。アッシュの身体に噛み付こうとしたハサミムシがその拳に叩き潰され、花丸を襲おうとした兵隊アリがその足で蹴り飛ばされバラバラに砕け散る。

「ほう……身に纏う事で能力を強化する、か。なかなか、面白い事を考えますね」

 次々と自分の配下である蟲が倒されていると言うのに、ムカイの表情に焦りの色は無い。

 それもその筈だ。アッシュと花丸にとって、この程度の相手は敵にならない――だが、物量差は圧倒的だった。倒しても倒しても、潰しても潰しても、次から次へと蟲は現れ、二人に襲い掛かる。

「くそっ、キリが無いよ、これじゃあ!」
「ぜぇ……ぜぇ……」

 戦い慣れしているアッシュはまだ余裕がある。しかし、問題は花丸だ。バイオドレスの運用実験でそれなりに身体を動かすようになっていたが、彼にとってはこれが自力で戦う始めての戦闘だ。体力の配分が分からない彼は、既に息切れを起こしている。

「見た所、『獣帝』は戦い慣れていないようですね」
「はぁ……はぁ……」
「貴方は私と同じ、戦うのではなく使役する戦闘タイプの人間の筈。わざわざ慣れない事をして、一体何をしようって言うのです?」
「く……ッ!」

 ぐ、っと花丸は唇を噛んだ。

 模擬戦闘の時はやれる、と思っていた。アッシュやドグマシックス、ミツの様な、自分よりも戦闘の得意な人間を相手に戦えていた。だから自分の力は通用するのだと。

 だがそれは、あくまでデータ収集の為の実験戦闘、殺し合う命のやり取りでなかったら、の話だ。花丸は思い知らされた。実戦はこんなにも苦しいものであり――模擬戦闘で、自分は手加減されていたのだと言う事に。

「う……」
「花丸ちゃん!?」

 ついに、花丸に限界が来た。戦っている最中だったバイオドレスが突然、糸の切れた人形の様に倒れる。倒れたバイオドレスに、容赦無く蟲達が群がっていく。

「くそ……花丸ちゃん!」

 アッシュは懐からスタングレネードを取り出し、それに麒麟のオーラを纏わせる。彼が取り出した物を見て、ムカイの表情に初めて焦りの色が浮かんだ。

「それはいけません……!」

 耳を劈く爆音と閃光。まともに喰らえば正規の兵士でも戦闘不能になるそれは、アッシュのオーラによる強化で更に凶悪化していた。至近距離にいた人間であれば鼓膜を破壊されて三半規管が完全に狂い、そしてそれが放つ光で視界を完全に破壊する。

「花丸ちゃん!」

 倒れた花丸に駆け寄り、その身体から蟲を引きはがす。なまじ人間以上の感覚器官を持つが故に、今のスタングレネードは彼らにとって殺虫剤並の破壊力があったようだった。アッシュが埃を払うように手で払っただけで、蟲は簡単に剥がす事が出来た。

「バイオドレス、パージアウト! アンドスリープッ!」

 アッシュのパスワードを受け、バイオドレスが花丸の身体から外れ、元の球体状態に戻る。それを拾い上げ、彼の身体を抱え上げると、アッシュはバイクまで走った。多少乱暴にでも花丸を乗せると、アッシュは急発進する。来た道を戻り、支部施設へと返した。

 アッシュは振り返る。追っ手は無い。無事に二人は、戦闘区域から離脱する。



 ≪失われた工房≫



(かつて、鳳凰の眷属である事を望んだ者達)

(しかし今は、鳳凰に牙を剥く反逆者となった)

(ある男が神に挑む様に、)

(彼らは絶対者へと挑戦する)

(地の底から這いあがり、太陽を手にする為に)

722えて子:2013/05/24(金) 21:16:36
「一人ぼっちの影」の最後で出てきたカチナとセラのその後。
スゴロクさんから「クロウ」をお借りしました。


アーサーたちが救急車に乗り込み、病院へついた頃。

いかせのごれのとある場所では、二人…正確には片方の後ろにもう一人、合わせて三人が対峙していた。

「………」
「………」
「ふふっ…カチナー、頑張れーっ」

睨み合っているのは、ホウオウグループの一員であるクロウと、UHラボの元実験体であるカチナ。
カチナの後ろには、UHラボの元研究員であるセラが、命を懸けた戦いをしている二人を観賞している。

その声はこの場に場違いなほど明るく、カチナに声援を送る姿はまるで運動会か何かで我が子の勇姿を見守る親のようだった。
そんなセラの様子に、クロウは苛立ちを募らせる。

「…何のつもりだ」
「いやだなぁ、カチナの晴れ舞台なんだよ?応援しないで何をするのさ」

くすくすと笑いながら、当たり前だろうと言わんばかりの声音で言う。
クロウの殺気を込めた視線も、どこ吹く風のようだ。

「それに、何かしてないと僕暇なんだもん。進展ないしさー」

ぶうぶうと子供のように口を尖らせるセラに、クロウの顔がさらに顰められる。

しかし、セラの言葉もあながち間違ってはいない。
先程からクロウとカチナの戦いは続いているが、お互いに全くダメージを与えられていないのだ。
クロウの攻撃はカチナの相撃ちで相殺され、カチナの攻撃はクロウのイントルーダーによって軌道を逸らされ空振りに終わる。
クロウが何度か隙を突いてセラへ攻撃を試みたが、全てセラの命令を受けたカチナによって阻まれた。

結局、二人とも決定打を与えることができず、膠着状態に陥っているのだ。

「…ねえ、クロウ君。僕も暇じゃないんだ」
「何?」
「カチナにもっともっと色んな勉強をさせてあげないといけないんだ。この子を一人前の兵器にしてあげないといけないんだよ。君も確かに素晴らしいけど…君にだけ構っていても経験値はなかなかたまらないんだ」

ふぅ、と手を組んで小さく息を吐く。
困ったような口調ではあったが、その表情はとても楽しそうに、歪んだ笑顔を浮かべていた。

「まだまだカチナは半人前だからねぇ…僕が手伝ってあげないといけないね。…ね、カチナ?」

名を呼ばれたカチナは、一瞬怯えたように体を強張らせる。

「……カチナ。分かっているね?」

震えるカチナに、もう一度優しく、しかし有無を言わせない強制感を持って、セラが呼びかける。
いつどこから攻撃が来てもいいように、クロウは身構える。


次の瞬間、カチナの持っていた木槌が地面を殴りつけた。

723えて子:2013/05/24(金) 21:17:11


「!?」


地面を殴りつけ、腕を振り上げる衝撃で、砕かれた土が砂埃となって宙を舞う。
10秒も経たないうちに、カチナとクロウの周りは舞い上がった砂と土によって取り囲まれた。

「ちっ…!」

クロウは小さく舌打ちをすると、砂埃の中から抜け出そうと移動する。
幸い砂埃の範囲は狭い。すぐに視界は晴れた―

「!?」

首筋に、ちりっとした痛み。
次の瞬間、クロウの視界は歪み、ぐるりと反転した。
あまりのことに立っていられなくなり、がくりと膝をつく。

「……な……にを、した…!」
「ちょっと動けなくなってもらったよ。このまま始末しちゃってもいいんだけど、それじゃあカチナの勉強にならないしね」

楽しそうに笑うセラが、クロウを見下ろす。
歯を食い縛ってセラを睨みつけるが、その視界はぐわんぐわんと揺れ続け、とてもまともに相手を見ていられる状況ではなかった。

「ごめんね。また今度、一緒に遊ぼう?その時までに、カチナを一人前にしておくからさ」

7年前と同じように高らかに笑うと、セラはクロウを残し、カチナを伴って姿を消した。




街中の人通りの少ない路地。
セラとカチナは、そこを歩いていた。
セラは途中、どこかからかかってきた電話に出て話をしている。

「借してもらったあれ、役に立ったよ。やっぱり君らに頼んで正解だったねぇ」

「え?見返り?…やだなぁ、分かってる分かってる。君らの『お手伝い』をすればいいんだろ?いつもみたいに」

「その代わり、いい子がいたら殺さないで僕に頂戴?カチナのお友達にしたいんだ…」



「ふふ…じゃあ、いつもの時間に、いつもの場所でね」

その言葉を最後に、通話は途切れた。


狂おしき毒牙


「…狂っているのは、お互い様だろう?」

(心底楽しそうな笑顔で誰にともなくそう呟いた)

724スゴロク:2013/05/26(日) 21:06:39
ブラウの一件のヴァイスサイドです。



「む?」

惨劇をビルの屋上から眺めていたヴァイスに、その名を呼ぶ声がかけられた。怪訝な顔で振り向くと、そこにいたのは何とも異様な風体の少女。
三つ編みのポニーテールに黒のアイマスクとタートルネック、ブーツ、緑のホットパンツという、彼女。
ヴァイスは、その少女を知っていた。

「……確か『ヴァイオレット』と言いましたか? 崎原邸の警護についていたようですが……」
「そうだ。だが、交代の途中でこの騒ぎに遭遇してな。もしやと思えば、やはり貴様だった」

少女―――ヴァイオレットにとっても、このヴァイスという男は看過できない存在だ。美琴を操り、危うく破滅するところまで追い込んだ敵。
それ以前の問題として、苦手な部類の任務に就かざるを得なくなった原因。

「そういうコトだ。これ以上、話すコトはない」
「話したくない、の間違いではありませんか?」

指摘には答えず、ヴァイオレットは両手に紫の光を纏う。

「ほう……」

興味深げに見つめるヴァイスに向けて踏み込み、鉄拳を叩き込む。が、

「なるほど……バリアの類ですか」
「くっ」

突然伸びあがった影のようなものに阻まれ、本人までは届いていない。その向こうで、白き闇が嗤う。

「アイマスクはなかなかいい判断です。ワタシの眼が見えねば、マニピュレイトはかけられませんからね。……ですが」

その影が、瞬時に無数の棘と化してヴァイオレットを襲う。咄嗟に両手のバリアを拡大し、円形の障壁となしてそれを防ぐ。

「それでワタシを抑えたと思ったら、大間違いです」
「…………」

言われなくてもわかっていた。着任前に受け取った情報で、現状のヴァイスは本来の精神操作能力に加え、影のような物質を操る「ヤミまがい」なる能力を所有していると聞かされている。これがそうなのだろう、と目星をつけ、同時にサイコシールドで防げるレベルだと結論付ける。

(だが、攻撃が当たらなくては)

ヴァイオレットはその能力上、実は直接戦闘はあまり得意ではない。体術にこそそれなりに長けているが、攻撃能力はバリアで強化しての白兵戦オンリー。このヴァイスのような、遠隔操作型の能力持ちとは相性が悪かった。壁を撃ち抜くだけの攻撃力は、彼女にはない。

(どうする)

考える間にも、ヴァイスは影を伸ばしてヴァイオレットを攻撃してきている。今度は足元から喰らい付くように、無数の牙が伸びる。両足にシールドを展開、弾いた勢いで距離を取る。

725スゴロク:2013/05/26(日) 21:07:33
「さすがにやりますね。ですが、アナタの相手ばかりしているワケにもいかないので……そろそろ失礼させていただきます」
「! 逃がさん……」

美琴の一件で使ったという影に潜り込んでの転移で逃げる気だ。判断するや否やヴァイオレットは走ったが、弾幕のように放たれた影の欠片が行く手を阻む。
しかし、ヴァイスがその場から逃げることは、結論から言うと出来なかった。なぜなら、

「何!?」

潜り込もうとした影が突然薄れ、弾かれて元の場所に戻ってしまったからだ。虚を突かれたのも一瞬、我に返って辺りを見回すヴァイオレットの眼に映ったのは、いつの間にか横に立っている、ニット帽にいつものサングラスではなくゴーグルをつけた少年。

「い……アルマ、だと?」
「何時まで経っても呼びに来ないから、探しに出たら……」

ゴーグルの奥から、アルマはヴァイスを睨む。

「まさか、ヴァイス=シュヴァルツとはな」
「……何をしに来た?」
「無論、お前を助けにだ」
「誰がいつそんなコトを頼んだ? 余計な世話だ、横入りするな」

仮にも助けに来た人間に言う台詞ではないが、アルマは彼女の性格を知り尽くしている。いつもの如く、

「まあ、そう言うな」

変わらぬ調子で、一言で返す。ヴァイオレットもそれ以上は言わず、またヴァイスへと視線を向ける。
そのヴァイスは、珍しく驚いた様子でアルマを見ていた。

「……何をしました? ワタシのヤミまがいをキャンセルするとは」
「答えると思うか?」
「でしょうね。まあ、いいでしょう」

とは言ったものの、ヴァイスはこの時点で実はかなり追い込まれていた。ヤミまがいでの転移には数秒ほどかかる。腕利きの秘密調査員二人が、その隙を逃すとは思えない。

(参りましたね……)

常々自分で言うとおり、ヴァイスは元々戦闘そのものはあまり得意ではない。他人を操ることに長けている代わり、自ら相手を倒す力は思いのほか少ないのだ。美琴の一件ではヤミまがいを駆使して戦ったが、同じ面子ともう一度戦えばまず間違いなく、負ける。
そんな彼に、この状況では打つ手がなかった。



「おやおや、何だか苦戦しているねぇ、ヴァイス君」



あくまで、ヴァイス自身に関する限りは。

726スゴロク:2013/05/26(日) 21:08:04
「「!?」」

何時の間にかヴァイスの背後に、奇妙な男が現れていた。肩までの赤いストレートヘアに、道化師の仮面と派手な意匠の服を着た、男。
その男に、ヴァイスは驚くでもなく話しかける。

「アナタですか……どうしました?」
「いや、ね。最近顔を見ないから、挨拶でもしとこうかと思ったんだけども」
「……よくワタシの場所がわかりましたね」
「君、ヤミまがいを使っただろ? あれが使われると、僕には場所が何となくわかるのサ。ここまでドンピシャとは思わなかったけども」

眼前の二人を無視して語るその男を、調査員達は知っていた。

「……ピエロ、か」
「確か、以前にリリス修道院や秋山神社を襲ってマークされていたな。ヴァイスと手を組んだのか?」
「のーのー、それは違います。彼が僕達、運命の歪みに加わったのサ」

立てた人差し指を左右に振りつつ、ピエロは言う。

「運命の歪み……だと?」

ヴァイオレットの言葉には答えず、ピエロはヴァイスに向き直る。

「なかなかよくやっているようだね。しかし、君はまだ、ヤミまがいの力を舐めている。僕が今、本当の使い方を教えてあげよう」

言うや、ピエロは一足飛びに間合いを詰め、ヴァイオレット目がけてその手をかざした。
瞬間、

「!!? ああぁぁあぁぁぁ!!」
「かかった、かかった。さあて、今のうちに逃げるとしようか」
「あれは一体……」
「僕の……というかヤミまがいの切札の一つさ。一時しのぎだから長く持たないけど、時間稼ぎにはなるだろうサ」
「……わかりました」

ピエロが足元に「ヤミ」を広げ、二人はそこに沈むようにして姿を消した。




ヴァイオレットの狂乱が収まったのは、ヴァイス達が去ってから数十秒後のことだった。

「っ、はぁっ、はぁっ……」
「大丈夫か、紫苑」
「……くっ」

ヴァイオレット――――紫苑は、呼びかけに答えるより前に、倒れた上体を起こしてアイマスクを引き剥がした。

「こ、この程度……うぅっ」
「無理するな、寝てろ。送ってやる」
「……礼は、言わんぞ」

それには答えず、アルマは紫苑を背負い上げ、ビルの屋上から屋上へと飛び移ってその場を去って行った。
その背に負われる紫苑は、ストラウル跡地近辺で一旦降ろされた際、アルマに問いかけていた。

「……さっきの、転移を弾いたのは?」
「これだ」

獏也に連絡を取ったばかりのアルマが取りだしたのは、何の変哲もないスーパーボール。だが、紫苑は「それ」が何なのか、心当たりがあった。

「……『落とし物』か」
「正解。『当てた場所のエネルギーを拡散させる』という能力が付与されている。これを投げつけてやったんだ」

「落とし物」というのは、ここ最近秘密調査員の何人かが当たっている回収任務の対象だ。「ハーメルン」というレジストコードで呼ばれている男がいるのだが、この男は物体に能力を付与する、という特殊能力を持っている。タチの悪いことに、「ハーメルン」はそうして能力をつけた物体に対して無頓着であり、その辺に放り出しては忘れ去っている。

一般人が拾って騒ぎになることも多いため、それを防ぐためにウスワイヤがこれを回収して回っているのだ。
そうして集められた「落とし物」の一部は、任務の内容によっては隊員に貸し出されることもある。

「ともかく、ヴァイスの一件に加え、ピエロと『運命の歪み』なる新しいキーワードが出て来た。しばらくは忙しいぞ、紫苑」
「……はぁ。また、他人と関わるのか……」
「そう落ち込むな。ささみかが心配するぞ」

727スゴロク:2013/05/26(日) 21:08:39
本拠に戻ったヴァイスは、ピエロから先ほどの話を聞いていた。

「助かりましたよ。生死に拘りはありませんが、捕まってしまっては元も子もありませんからね」
「それなら何よりだ。良かった、良かった」

今一つ信用しにくい口調だったが、それよりも今は尋ねるべきコトがあった。

「先程の、ヴァイオレットを無力化したあれは一体?」
「あれはね、ヤミまがいの極みの一つサ。『人間を開け閉めする力』……文字通り全ての感覚を封鎖して、意識だけを孤立させる。知ってるかい? 人間はね、何の変化もない状況に長時間置かれると、簡単に発狂してしまうんだ」
「ああ、それは聞いたことがありますね。白い部屋の拷問、というヤツでしたか」

それそれ、と頷くピエロ。

「まあ、ヤミまがいを得て、かつ使いこなしてる人間は少ないし、コレが使えるレベルとなるともう僕くらいだね。ただ、君は可能性あるよ」
「ワタシが使えてもあまり意味は……」
「いやいやいや、そんなことはないよ。感覚を封鎖した上で君の暗示をかければ、どんな奴でも簡単に操れるんじゃないかい?」
「……言われてみれば」

孤立した意識ということは、裏を返せば、術者による干渉が容易という事だ。取りも直さずそれは、マニピュレイトに対して無防備となることを意味する。

「どうだい? 次のシナリオまでに、コレを身につけて見ないかな?」
「……乗りましょう」



闇 渦巻く


「……時に、ピエロ。メンバーが一人増えるのは、構いませんかね」
「? 『運命の歪み』が増える分には、まあ構わないけどサ。どうしたの、突然」
「いえ。少々、思う所がありましてね。どうするかは、まだわかりませんが」



十字メシアさんより「紫苑」YAMAさんより「ピエロ」をお借りしました。

728BB(バーカバーカ):2013/05/30(木) 02:20:06
どうも、初投稿です、だめだめな感じかもしれませんがよろしくお願いいたします

「死なない男の死にそうな日々 Ⅰ」

スゴロク様の火波スザク、水波ゲンブ、火波アオイをお借りいたしました、
とても下手なので、キャラを生かしきれてないところがございます、
ここが違う、というところがあればご指摘のほうお願いいたします。




「あ〜あ、呆れ返るほど天気がいいなぁ…」
ある河原の土手に白い服を着た女の子が寝転がっていた、

「お日様はぽかぽか、蝶々はひらひら、なのにあたしはお仕事かぁ…」
そんな事をつぶやいていると後ろから声が聞こえてきた、

「おーいジミー、ここにいたのか…」
息を切らした金髪の青年がそこに立っていた

「こっちの調査は大体終わったぜ?そっちは?」
「コウジはまじめだにゃぁ、あたしのところはとっくに終わったよん」

コウジと呼ばれた青年はため息をつきながら

「俺っちらは元『ホウオウグループ』だったんだからまじめにやらないとみんなから信用されないぜ?」
「まぁ、そうなんだよねぇ、」

この二人は先ほどまで、超能力者と一般的に呼ばれる者たちの犯罪や保護を目的とするウスワイアと呼ばれる組織の人間で
その中のアースセイバーと呼ばれる集団の一員なのだが、悪の組織と呼ばれるアースセイバーと敵対する組織
『ホウオウグループ』の一員であった
ジミーと呼ばれた少女は戦闘員、コウジと呼ばれた青年は組織に作られた超能力者であった

「まぁまじめにやったのは確かよ、こっちも特に奇妙な事件はなし、超能力を使う人もいなさそうだったわ、」
「そう、か…よし、なら帰るか、」

そういってジミーの手をとって立ち上がらせると帰路についたのだった…



−−−いせかのごれ最南端ウスワイア施設内部−−−

「たっだいまーん」
「ただいまー…」

そういってジミーとコウジはドアをくぐると少女が目の前に立っていた

「あ、お帰りなさい、ジルさん、長山さん」
「あ、メリアちゃんただいまぁ」

そういってメリアと呼ばれた少女にジミーが抱きついた

「わぷっ、ジルさん、お日様のにおいがしますよ〜」
「あ、わかるー?日向ぼっこしてきたんだ〜」

きゃいのきゃいのはしゃいでる少女を後にし、コウジはある場所へと向かった


「あ、いたいた、ゲンブさーん」

そういって小走りで向かう先には20代ほどの墨色の紙の男がいた

「ん?おぉコウジか、調査はおわったのか?」
「えぇ、先ほど、ジミーも一緒です」
「そうか…俺はこれから少し行かなければならないところがある、お前らは休んでいていいぞ」
「わかりました、では」

そういって分かれるとコウジは遠い目をし、つぶやく

「きっとまだ信用はされてねぇんだろうなぁ…」
「当たり前だ、このスパイめ、」

タバコの煙とともに現れたのはリョウアと呼ばれる男だった

「ッ……すんません、リョウアさん、だけど何度もいっているように俺っちはスパイじゃありませんってば」
「口ではどうとでも言える…」

タバコの煙を吐き出しながらそういうとリョウアは

「貴様ら元『ホウオウグループ』の人間は信用できん、怪しいそぶりを見せたらすぐにでも殺してやるからな」
「わかってますよ」
「ならいい、肝に銘じておけ、ほかのやつらが信じていても俺は決して貴様らを信頼はしない」
そういってきびすを返しリョウアは去っていった

「はぁ〜…なんだかなぁ…」

うなだれながら自室へと戻っていく、

(どうすりゃいいんだよ、はぁ、めんどくせぇ)

そんな事を考えて、顔を上げると自室の扉の前にゲンブがたっていた

「あれ?どうしたんですか?こんなところで」
「すまない、実はここから少しいったところにある広場に不振な人物が確認されてんだが、もしかしたら奴等かも知れんのだ、」
「ありゃ、それはそれは、なら調査しに行かなきゃ行けませんね、俺っちだけでいけばいいんですか?」
「いや、何人か連れて行く、十分後に現場近くの広場に、」
そういって地図をすとゲンブは早々と去っていった

「うん、じゃぁさっさと用意を済ますかな」

729BB(バーカバーカ):2013/05/30(木) 02:22:41
「こんなもんでいいか、」

コウジは黒のウィンドブレイカーを着て、
腰にサバイバルナイフ3本、マグナム一丁、リボルバー一丁、弾丸用のウェストポーチ
そして投げナイフ10本とショットガン一丁を持ち、部屋を出るとちょうど隣から、青年が一人出てきた
「あ、錬太郎さん」

錬太郎と呼ばれた青年はこちらに振り向き

「コウジ君も呼ばれたの?」
「えぇ、まぁ、錬太郎さんも?」
「まぁ、以前ゲンブとは一緒に仕事をしたし、たぶん今回は用心のためだろうけどね」
「じゃぁ一緒に行きますか?」
「そうしてもらうと助かるよ、僕、集合場所への行き方わからないからね」
「25の大人が言うことじゃありませんよそれ…」

そういいつつ現場へと向かったのだった…



―――――――――――


「きたか、」
そこには5人ほどの人がいた

「コウジ、おっそいー、錬ちゃんが迷子してたの?」
真っ白いローブを着た少女、ジル・ミナル

「はじめまして、僕は火波スザク、錬太郎さんは2回目だね、お久しぶり」
真っ赤な髪と炎のような瞳が特徴的な制服のスザクと名乗る少女

「わたくしはスザク姉様の妹、アオイですわ、以後お見知りおきを…」
青い瞳の少女、火波アオイ

「なぜ貴様なぞ一緒に…」
タバコの煙を吐きながらにらみつけてくる御会堂リョウア

「俺の判断だ、文句があるなら聴くが?」
腕を組み、リョウアをにらむ男性水波ゲンブ

そして、

「錬ちゃんはやめてくれないかなぁ?ジミーちゃん?」
「ニャー?!」
ジミーのほっぺをつねる青年、錬太郎に

「どうもよろしく…俺っちは長山コウジっていいます、」
初めて会う二人に挨拶をするコウジの合計7人が集合した

「元『ホウオウグループ』に属してたから信用できないと思うけど、俺っちのことはすぐ見捨てちゃっていいからな?」

スザクとアオイの二人に言い放つとゲンブに向き直り

「ゲンブさん?あの二人は一般人ですか?絶対に違うと思いますけど、強いんですか?」
「心配することはないよ?前に何度か一緒に戦ったけどすごい子達だから」

コウジの質問に答えたのはジミーであった

「まぁジミーがいうならそうなんだろうけど…」
「ねぇコウジさん?」
「コウジでいいよ」
「じゃぁコウジ、元ホウオウグループっていったけど何で抜けたの?」
「ん?あぁ、こいつのせい」

そういって指差したのはジミーだった

「え?あたしのせい?」
「まぁ、簡単に言うとこいつと一緒に逃げてきた、まぁ、捨て駒にされるのがやだったのと、
あとはジミーが殺されそうになってたからかなぁ…」
「うん、その件では感謝してる」
「二人は付き合ってたりする…?」
「「・・・・・」」

二人ともが黙り込んだところでゲンブが割り込んできた、

「自己紹介は済んだだろう?とにかくこれから行くところには敵がいるかもしれないからな、気を引き締めていけ」
「わかったよ、」

スザクは少し不満が残っていたようだが、しっかりとした顔つきに戻り、全員とともに目的の場所に向かった


―――――――――――――――――――――

730BB(バーカバーカ):2013/05/30(木) 02:29:10
そこには奇妙な物ががたっていた
ラッパを横にして二つずつ積み重ねた物に六本の足をつけた形の巨大な物が四つ並んでいた

「何だ・・・これは…」
そうもらしたのはリョウアであった、

「さぁ?でもろくなものじゃないと思います」
そう答えたのは錬太郎であった

「壊す?」
「…そうだな」
ジミーとゲンブがそんな会話をしていると

「うひゃひゃ、壊されたらたまったもんじゃねぇなぁ!」
「「「「?!」」」」
突然奇妙なものの上部から人の声が聞こえた

「うひゃひゃひゃ、はじめましてかな?諸君!わしの名前は龍爺(ロンコー)、ホウオウグループの戦闘員じゃ!!!」
そう叫ぶと20mはあるその巨大な物体から飛び降りてきた

「さぁ諸君、この機会はヴァサ・アエングルといっての、大量破壊兵器なんじゃが…それでも壊すというのかね?」
「当たり前だ!、それ以前に貴様らホウオウグループは生かしちゃおけねぇ!!」
そういってリョウアが突撃する
その瞬間ヴァサ・アエングルから巨大なレーザーが放たれた

「なっ?!」
ビュァアアアアアン!
間一髪回避するリョウア

「うひゃひゃひゃ、驚いたか?これがこの兵器の実力よぉ!!」
四体が音を立てながら起動していくと同時に背後には人間サイズの機械が無数に存在した

「げ、あれは…」
ジミーがいやな記憶をよみがえらせる、
あの兵器はパニッシャー
いったいいったいの攻撃力は低いが大量にあり苦戦を強いられた代物である
「くそッ!!みんな分かれろ!!」
ゲンブが叫ぶと同時にパニッシャーの銃撃がはじける
「リョウアさん?!危ないですわ!!」
アオイが叫ぶ、リョウアはもともといたところから動かず、銃弾の嵐の軌道上に棒立ち状態だった
「フゥーーー」
タバコを一息吸うとともに銃弾の嵐がリョウアに襲いかかったがリョウアには傷ひとつつかなかった、それどころか、リョウアの体に当たった弾はそのまま飲み込まれていった
「俺の『液体変化(ゲルボディ)』に物理攻撃はきかねぇよ…」
リョウアは体を水の性質と同じに変化することができる超能力者だった

「うひゃひゃひゃ、すげぇすげぇ!!なら俺はお前を相手にするのはやめよう!ヴァサ!」
龍爺が叫ぶと同時にヴァサがリョウアに向けて4発のレーザーを放った
ジュゥ!!
「グッ…」
強力な熱線がリョウアの左腕に命中した
「グゥう…」

血が吹き出て液状化が直ってしまった、その瞬間にパニッシャーの一体がもう一度レーザーを放つ
が…
「僕を忘れてもらっちゃ困るよ?」
レーザーは跡形もなく消えていた
リョウアの前には錬太郎が立っていた
錬太郎は「四次元の入り口」という能力を使用し、四次元へと入り口を開きその中へすべての物を飲み込んでしまえる能力を持っていた

「錬太郎…助かった、」
「いいよ、今度ご飯おごってよね」
そんな軽口をたたいているとパニッシャー群に巨大な爆発が起こった
「あんたたちのせいで私の服に穴が開いたわ!!ぶち壊す!!」
そう叫ぶのはジミー、そしてその後ろからスザクが能力で作り出した剣、幻龍剣を振るい、その横でアオイがパニッシャーの妨害をし、スザクとは色の違う青い幻龍剣でなぎ払っていた
(やっぱり敵が多い、どこかに司令塔があるはずだけど…)
スザクがそう思考をめぐらせていると横からグレネードが飛んできた、
「うわ!!」

バゴォォォン!!
爆音が響く
「姉様?!大丈夫ですか?!」
「…何とか」
ぎりぎりで回避したものの、爆風により少々のダメージを受けてしまった

「うひゃひゃ!!苦戦してるなぁ!!どれわしも動くとするかッ???!」
いきなり側面から飛んできたこぶしに対処できず、吹き飛ばされえる龍爺、
「お前の相手は俺だ、」

そこにはゲンブがこぶしを握り締め、たっていた、
「う、うひゃひゃ、いいパンチだねぇならこっちも!」
そういって立ち上がったと思った瞬間、
 ボゴォ…

「グッ、カッハッ...?!」
ゲンブは龍爺に殴り飛ばされていた、

「うひゃひゃ、どうした?!俺はまだ一段階目だぜ?」
龍爺は、己の肉体を強化する能力を持っている能力者でありゲンブの羅刹行と似た能力であった
(重い一撃だ...だが!)
「ぬおおおお!!」

龍爺に殴りかかるゲンブ、それに対し反撃をする龍爺、現在、実力は互角だった

731BB(バーカバーカ):2013/05/30(木) 02:33:53
「くそ…」
「ハァ…ハァ...」

ヴァサ・アエングルとの退治をしているのは錬太郎にリョウア、どちらも疲労と痛みで押されていた

(ジミーちゃんは…パニッシャーと戦闘中か…リョウアももう持たない)
「うおおおおおお!!」
リョウアが雄叫びを上げヴァサに近づく、

「くらいな!!!」
そういって体を液体化させて装甲の隙間に己を侵入させる
内側から左腕だけを実体化、内部を破壊し続ける

『ピー、ピー』
電子音とともに一機が爆発する

「後、3体!!」
リョウアが叫ぶと同時に

「いんや、後二対」
壊れた物体の上に、ぼろぼろのウィンドブレイカーを着たコウジがたっていた
「こいつらAIで動いてるよしかもあんまり賢くないし同士討ちを狙うのがいいかも」

コウジがそういった瞬間左右に立っていた兵器がコウジに向かって同時にレーザーを照射した

「な?!コウジ!!」
リョウアが叫ぶ

「うを!!」
直撃、巨大な爆発音とともに左側の兵器がレーザーをまともに受け破壊されコウジにも直撃だったはずだが

「あっぶねー…」
傷ひとつなかった

「な、なんだ無事だったか…」
「ん?心配してくれたんですか?」
「あぁ、一応戦力だからな」
「そうですか、」

そんなをしていると再びレーザが飛んでくる
「油断するな!!」
錬太郎が怒鳴る、巨大兵器は後、一体


「ほらほらぁ!!ふっとべぇ!!」
ジミーが激昂しながら能力、ダイナマイトキャノンを発動させパニッシャーを破壊していく
「すごいですわね、ジミーさん」
「僕たちも負けてられないよ!」

スザクとアオイもともに幻龍剣を振るい着々とパニッシャーの数を減らしていた、
「アオイちゃん!、スザクちゃん!、伏せて!!」
ジミーが叫ぶその声を聞いた二人は瞬間、伏せる
その瞬間、巨大な爆発音とともに大多数パニッシャーが吹き飛ぶ
「ふぅ...」
両手をパンパンとたたくき息を吐く

「すごい…」
「あれだけいたパニッシャーが一気に…」

そこには巨大なクレーターができていた
「ごめん二人とも…今のでほとんど力でなくなっちゃった、」
「わかった、のこりはまかせて、」
「わたくしと姉様なら楽勝ですわよ」
「にひひ…アリガト、」

残りのパニッシャーを片付けるために2人は駆け出していった、



「はぁ、はぁ、」
「うっひゃひゃは!!どうした?!もうお疲れかい!!」
(おかしい、さっきまではほぼ互角だったはず…いや、むしろこっちが押していたはずだ…)
「ぬぅおおおおおう!!」

拳を振るうゲンブ、その拳を回避しようとしない龍爺、

バキャア!!
しかし突き出された拳より先に龍爺の拳がゲンブに届く

「カハッ…」
その場に崩れ落ちていくゲンブ、

「うひゃはは!!」
「ハァああああ!!」

笑う龍爺に向かってスザクが幻龍剣を振りかざす

しかし幻龍剣は空を切りカウンターに龍爺は拳を振るったが
「あぶねぇ!!」

横からの叫び声と衝撃、耐え切れず横に倒れるとメギョ、といやな音が鳴った

そこには龍爺とどれほどの力で殴られたのかはわからないが、左頬の部分がえぐれたコウジがたっていた
「え?」
「仲間かばってやられちまうか!!なかせるねぇ!!」

そういってコウジを蹴り上げる龍爺、コウジはけられた衝撃で首から妙な音が鳴り、倒れこむとピクリともしなくなった

732BB(バーカバーカ):2013/05/30(木) 02:34:24
「てんめぇえええええええ!!」

そこに突っ込んできたのはリョウアだった、

「ぶち殺す!!」
リョウアの体が一瞬膨張したかと思った瞬間、目から水のレーザーが放出された

「おっと!!」
回避、そして次の瞬間、疲労で動けなくなった錬太郎も真横に移動していた

「?!っな!」
バキャ!!

腹に強い蹴りを入れられて吹き飛ばされる
「ゴホっ…」

そして、スザク、アオイの後ろに回り込もうとした瞬間
「ん?」
「いかせんよ...」

ゲンブが残りわずかな力を使って龍爺を足止めしたのだった
「無駄だよ〜ん」

顔面に蹴りを入れようとした瞬間
「おいおい、俺っちのこと忘れちまったのかい?おっさん、寂しいなぁ俺っちは死なない男だぜ?」

そんな台詞とともに銃声
そこには死んだはずのコウジがピストルを構えてたっていた

「お?てめぇはさっき死んだはずだろ?!...まさかナイトメア...」
「残念、はずれだ」

コウジ持つショットガンから玉が放たれる、
龍爺は回避しようとしたが

「逃さん…」
リョウアに羽交い絞めにされてしまって身動きが取れなかった

「ヌああああああああああああああ!ここで死んでたまるかああああああああああ!!!」
はずだったのだが強引にリョウアの束縛をとき、回避行動をとった、が
右腕に直撃、この時点で戦闘は不可能と判断される負傷であった

「うひゃひゃひゃはああああああああはハハハはははハハハ!!!」
しかし、龍爺は笑っていた、

「思い出した!!長山コウジ!!裏切り者のモルモット!!貴様はわしが殺す!!」
咆える様ににコウジを指差し叫ぶ

「来てみろよ」
「いや、やめとく、、うひゃひゃ!!また会おう諸君!!!」

そう叫ぶと同時に空から何かが高速で接近、龍爺はそれにつかまり逃げ去っていった…
「くそ!!……いや、みんなの手当てが先か」

動けなくなった錬太郎やゲンブを助けるためにコウジはみんなのところへ向かっていった...


――――――――――――

733BB(バーカバーカ):2013/05/30(木) 02:34:56
「うひゃはははは!!」

『うれしそうですね、龍爺様、』

「あぁ、うれしいねぇ、わしに大怪我させてくれたんだからなぁ!、」

小さな鳥のようなものが声をかけそれに答える龍爺

「さぁて、次こそはやつを殺そう…うっひゃひゃはひゃひゃあひゃ!!」




―――――――――――――――――





「みんな大丈夫か?」

声をかけたのはゲンブだった

「俺っちは無事だけど錬太郎さんが...というよりゲンブさんが一番のけが人でしょ」

「いや...大丈…夫、肋骨が折れただけだから...」

スザクやアオイは特に大きな外傷もなく、ゲンブと錬太郎が一番のけが人であったため、二人をウスワイアに連れて行ってもらうことにした

「悪いな、働かせて」

「ううん、いいよ、それよりありがとね、コウジが助けてくれなかったら今頃僕がああだったよ」

そういってゲンブと錬太郎を支えながら歩き出していった

「しかし、」

「え?」

「仲間をかばい死に瀕する、か、まぁ信用の余地は少しはあるな…」

リョウアがそうつぶやくと同時に、

「私も彼女らを手伝おう、帰るならば早くもどれよ。」

そうコウジに伝え早々と去っていったのだった

(信用、してもらえたのかな?)

そう思いながらジミーの元へとかけていく

「遅い、」

「わりぃな」

「許さない」

「………ふぅ...足、怪我してんだろ?」

「ぅん...」

「ほれ」

背中を差し出しジミーを背負う

「しっかしちっちゃいし軽いな」

「ほめ言葉として受け取っとく、」

「そりゃどーも」

夕日のなか、たわいない会話とともに歩く二つの影が映し出されていた…………





===続く===



スゴロク様本当に申し訳ありませんでした...
ご指摘、ご指導、どんどんお願いいたします

734akiyakan:2013/05/30(木) 10:37:45
※えて子さんより「花丸」をお借りしました。自キャラは「ジングウ」、「サヨリ(企画キャラ)」、「AS2(アッシュ)」で

す。

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 ――UHラボの残党、『失われた工房』ムカイ・コクジュとの戦闘から数日が経過した。

 場所はホウオウグループ支部施設内、閉鎖区画・戦闘実験場。

 バイオドレスを着た花丸と、「バイコーンヘッド」を身に纏ったアッシュが戦っていた。

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 雄叫びを上げ、果敢に花丸はアッシュへと向かっていく。その動きは、以前と比べて良くなっている。ほんの数日でここまでの

変化。才能と言うより、努力の結果であろう。一体どれ程の時間を鍛錬に注ぎ込んだかまでは分からない。しかしこの驚異的な変

化から、彼がまさしく「寝食も惜しんで」自分を苛め抜いたのは伺え知れた。

 ――だが、そんな彼の努力の証がかすんでしまうほどの変化が、彼には起きていた。

「はぁ……はぁ……があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 唸り声を上げ、アッシュに飛び掛かっていく。その動きは、もはや人間のものではなくなっている。技術的な物を一切廃し、己

の本能と身体性能に任せた戦闘法。愚直・単純であるが、それ故に小細工では揺るがない力強さがある。実際アッシュは、花丸の

猛攻を凌ぐので精一杯のようだった。

 だが、人間の肉体と獣の肉体、そもそもハードもソフトもエンジンも、何から何まで違う。獣が強力なのはそれ相応の能力を有

し、それを機能させる為の機構を有し、それを使う事を厭わない心があるからである。バイオドレスを纏って強化しているとは言

え、それを扱うのは人の肉体であり、人の思考であり、人の心である。元々その機能を持っていない物で獣を再現しようとしても

、限界がある。

「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……」

 現に、花丸の動きは戦いが進行するにつれて動きが悪くなっていく。そして、それを見逃すアッシュでもない。

「う――わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 動きの鈍った花丸の腹に、アッシュの蹴りが突き刺さる。バトルドレスによる強化と麒麟の強化。相乗によって生み出された人

外の膂力が、容赦無く花丸の身体に襲い掛かる。彼の身体は十メートルも地面に触れる事無く吹っ飛び、そして実験場の壁に叩き

付けられた。

「…………」

 銀色のオーラを身体から立ち昇らせながら、双角の獣は花丸の方を見つめている。どう見ても花丸は戦闘不能になったと言うの

に、彼はその全身からまだ緊張を解いていない。それどころか、このまま戦闘を続行しようとしているかのような――

「――!!」

 素早く、アッシュが身構えた。

「う……うぅ……」

 壁際に倒れている花丸が身動ぎし、ゆっくりとした動作ではあるが立ち上がった。身体が小刻みに震え、膝が笑っているが、そ

れでも彼は立ち、アッシュの方へと身構える。

 対峙する二人。睨み合ったまま、お互いに出方を伺っている。

 そして、

「!!」

 アッシュが駆け出した。花丸の傍に駆け寄り、床に崩れ落ちた彼の身体を抱き上げる。バイオドレスを脱がせると、そこには完

全に衰弱しきった花丸の姿があった。

 ――・――・――

「こんなの、いくら何でも非道すぎます!」

 記録映像を前に、サヨリが珍しくジングウに抗議している。そんな彼女を意に介した風ではなく、ジングウは映像を見つめてい

た。

「毎日毎日、衰弱するまで戦闘訓練なんて……こんな事を繰り返していたらその内、花丸さんは死んでしまいます!」

735akiyakan:2013/05/30(木) 10:38:16
 流れているのは先程の戦闘訓練であるが、それは一時間以上に渡って繰り広げられている。一切の休憩も挟まずに、しかも花丸

に至っては常に全力疾走で、だ。

「仕方ありませんよ、元より花丸さんは戦闘要員ではありません。決定的に、戦闘に関する経験値が足りていない。それを補うに

は、極限まで自分を追い詰め、徹底的に自分を苛め抜く以外に方法は無いでしょう」
「だからって、こんな……」
「実際に、効果は出ています。決して無意味ではありません」
「意味、無意味の問題ではありません!」

 堪えきれなくなったように、サヨリが机を叩いた。

「ジングウさんだって気付いているじゃないですか、花丸さんが強くなりたいって事くらい!? それなのに……それなのに、こ

んな痛めつけるような真似をするんですか!?」
「…………」

 激昂するサヨリを、ジングウは正面から受け止めている。その表情は揺るがず、むしろ熱を無くした鉄の様に冷めていた。

「別に私、『優しい』貴方に分かって貰おうとは思っていませんが……せめて、花丸さんの覚悟くらいは理解してほしいものです

ね」
「え……」
「あれを私が強要しているとでも? あの鍛錬方法は花丸さん、自らが志願したものですよ」
「…………!?」

 サヨリは、信じられない物を見たように目を見開いた。

 あの苛烈な訓練内容は、花丸が自分で申し出たもの。あの気が小さく、そして心優しい花丸が? それは彼の人となりを知って

いるサヨリにとっては、俄かには信じがたいものだった。

「本当に……ですか?」
「少なくとも私、味方に嘘をつくほど人でなしであるつもりではありませんが……第一、貴方に嘘ついてもメリットなんてこれっ

ぽっちもありませんし?」

 両手を広げ、あっけらかんとジングウは言う。

「そんな、でも、花丸さんが自分でなんて……」
「ふふふ……全く可愛いじゃありませんか。彼もまた、いっぱしの『男の子』だったと言う訳ですよ」
「……それはどういう意味ですか?」
「負けたら悔しい、ただそれだけの真理ですよ」

 ――・――・――

「はぁ……」

 生物兵器ハンガー内にあるベンチに腰掛け、花丸はため息をついていた。

 その表情には苦痛の色が浮かんでいる。アッシュに打ちのめされた場所が痛む、と言うのもあるが、何より彼にとってキツイの

は全身を襲う筋肉痛だ。連日過酷な運動を強いられ、花丸の身体は悲鳴を上げていた。

736akiyakan:2013/05/30(木) 10:38:48
「ふ……ふ、ふふ……」

 だが、苦痛に顔を歪ませながらも、その中に喜色を滲ませていた。

「痛いなぁ……筋肉痛なんていつ以来だろう……でも、少しずつ僕は強くなっているんだよね……?」

 筋肉痛は筋肉のオーバーワークの結果生じる炎症の痛みであり、酷使された筋肉の破壊の悲鳴である。だが、この痛みを堪えて

鍛錬を続けると、筋肉はそれまでよりも強く生まれ変わる。スポーツ選手が自分の身体を苛め抜く職業であると言われる所以だ。

 元々、花丸は自分で戦うタイプの能力者ではない。その為、平均的身体能力ではアッシュの足元にすら及んでいなかった。経験

、力量、能力、そのすべてを不足している。それを短期間で補う為に、花丸は自分の身体が壊れかねないような鍛錬に望んでいる



 愚行、愚策。しかしそれは、確実に花丸の身体を鍛えていた。肉体面ではまだまだであるが、経験値の量ならば下手な戦闘員よ

りも上だろう。短い時間の間に繰り返され、積み重ねた訓練の濃さは、既に百戦錬磨と言ってよい。

 もちろん、リスクは大きい。致命的な破壊をきたし、再起不能に陥る危険性がある。しかし花丸はそのリスクを推して望んでい

る。ひたむきに純粋に、戦う力を欲して。

 一度目は人で無し。その圧倒的な力の前に、花丸は自らを傷付けられただけでなく、大切な友を失った。

 二度目は似姿。自分と同じ戦い方をする相手に、その力は及ばなかった。

 自分の友である生物兵器達。彼らに守られ、或いはその力を借りる。それがそれまでの花丸の戦い方であった。だが、一度目の

敗北は彼の心に爪痕を残した。仲間に頼らなければ勝てない脆弱さ。自分一人では戦う事も出来ない貧弱さ。そして自分が負ける

とは即ち、力を借りた友を喪うと言う現実。

 無々世に勝てなかった――敗北。それが花丸に力を渇望させた。誰かに頼らなくても、自分一人で戦って勝てるだけの力。それ

を花丸は欲した。

 そして、花丸は手に入れた。バイオドレスと言う新しい力を。

 だが、それでも勝てない相手がいた。

 まるで、悪い夢のようだった。新しい力を手に入れ、それに慢心しないようにと日々訓練を重ねていたのに。ムカイ・コクジュ

はそんな彼を嘲笑うかのように、『それまでの花丸の戦い方』をもって彼を打倒した。花丸はムカイに、傷一つ負わせる事が出来

なかった。

 無論、内容が違う。ムカイは数に物を言わせた戦術であったし、アーネンエルベの力を使った支配による強制だ。花丸は生物兵

器との信頼による連携である。だが、しかし――どちらも生物兵器を運用した、「何かに頼った」戦い方であり、そしてどちらも

、「能力によって生物を操っている」と言う事では共通している。まるで彼の選択を否定するかのように、ムカイは花丸の新しい

力をねじ伏せたのだ。

737akiyakan:2013/05/30(木) 10:39:20
 花丸自身、内気で争いごとを好まない優しい性格だ。勝ち負けに関してあまり拘らない部分があるし、可能なら戦い自体避けた

がる部分がある。

 だが、過去二回の敗北。それはどちらも、花丸自らが望んで挑み、そして敗れた戦いなのだ。

 彼だって男の子なのだ――負けて悔しくない訳が無い。ましてやそれが、友を失った戦いであり、自分の誇りを踏みにじられた

戦いなのだから。

「強く……なりたいなぁ……」

 ジングウを筆頭に、千年王国の面々が脳裏に浮かぶ。自分も彼らの様になりたいと、花丸は思う。彼らの様な、背筋を張った強

さが欲しい、と。

「う? ……こ、コハナ?」

 花丸の衣服がもぞりと動き、襟元からアオダイショウが首を出した。生物兵器でないが、彼の相棒と言ってもいいコハナ。コハ

ナは何か言いたげに、花丸を見つめている。

「心配してくれてるの? ……僕は大丈夫だから、安心して」

 花丸は微笑むと、コハナの頭を撫でた。心なしか、コハナも嬉しそうにしているように見える。

「さて、それじゃあ帰ろうか」

 筋肉痛を我慢し、花丸はベンチから立ち上がる。と、その瞬間、何かを察知したようにコハナの首が動いた。

「コハナ? どうしたの?」

 もちろんコハナは答えないが、彼女は一点を凝視――否、睨みつけている。警戒心を露わにしているのが、花丸にも伝わって来

た。

「あそこって確か、バイオドレスの調整槽があったよね……?」

 不思議そうに首を傾げながら、花丸はその一角へと近付いて行く。格納庫の一角に造られたその場所には、いくつもの巨大な試

験管を思わせる水槽が並んでいる。そのほとんどが空であったが、その内の二つには中身が存在していた。二つのバイオドレスが

培養液に浸かり、水槽の中に浮かんでいる。

「え、これって……」

 そして花丸は、違和感に気付いた。二つのバイオドレスは並ぶように配置されている。だからこそ、その違和感がはっきりと分

かった。片方のバイオドレスの形状が、それまでと異なった形状に変化していたのだ。

 その色は緑色から赤色へと変色。どこか昆虫を思わせる形状だったのが、今は爬虫類を彷彿とさせるフォルムへと変貌している

。背部には翼の様な膜が出現し、腰からは尾っぽにも触手にも似た部位が出現している。培養液を激しく泡立たせながら、『花丸

に与えられた』方のバイオドレスは形を変えていた。

「何……一体何が起きているの!?」

 予期せぬ事態に、花丸は恐怖を覚えていた。身が委縮し、その場から動く事が出来ない。全身が震え、歯がうまく噛みあわない

。この感覚を、花丸は知っている。圧倒的なまでの、未知なる存在への恐怖。何が起きているのか分からない、と言うのもあるが

、花丸は本能的に感じ取っていた。今、この場で『生まれよう』としているソレが、果てしなく悍ましいナニカであると言う事を



738akiyakan:2013/05/30(木) 10:39:51
 そうしている内に、水槽の表面に罅が入った。

「あ――」

 水槽が砕け、培養液が辺りに飛び散る。次いで、ぐちゃ、と何かが地面に落ちる音が聞こえた。それなりの質量と重量を備えた

ナニカが、水槽から床に飛び散った培養液の上に落ちた音が。

「ひっ……!?」

 ソレを見て、花丸は思わず顔を引き攣らせた。

 身体の色は赤黒く、培養液に濡れててらてらと光っている。そのせいか、臓腑のような肉塊を思わせた。四肢があり、翼のよう

な膜があり、そして尾がある。頭部には後方に向かって伸びる角が出現しており、それは恐竜か、或いは竜を彷彿とさせた。

「――あがっ!?」

 凄まじいスピードで、何かが花丸に襲い掛かった。それはバイオドレスの放った尾の一撃だったのだが、花丸は視認する事すら

出来なかった。吹き飛ばされた花丸は壁に叩き付けられ、そのまま意識を失う。

 ずるり、ずるりと、這うようにバイオドレスは花丸の方へと進んでいく。まるでその姿は、五体があるのに中身が無い、骨や臓

物が入っていないかのようだ。そうして花丸の近くまでやってくると、バイオドレスは腹部から無数の触手を伸ばし、意識を失っ

た花丸の身体を絡め取る。そのまま彼を引き寄せると、その腹部が開き、まるで丸呑みにするように自分の中へと納めてしまった





 ≪悪魔の発明:3≫



(そして怪物は雄叫びを上げる)

(或いは産声の様に)

(或いは歓喜の叫びのように)

(怪物の身体は更なる変化を起こし、)

(その姿はまさしく、「創造物(クリーチャー)」の名に相応しい様相を現していった)

739えて子:2013/06/01(土) 22:04:18
白い二人シリーズ。6月のイベントといえばということで。
ヒトリメさんより「コオリ」、名前のみ紅麗さんより「アザミ(リンドウ)」、サイコロさんより「桐山貴子」をお借りしました。


今日は、しとしとざあざあ雨が降ってる。
お出かけできないから、コオリとお部屋にいるの。
本を読んだり、お絵かきしたり、お勉強したり。

「雨、やまないね」
「やまないね」
「お出かけできないね」
「できないね」

雨が降ってる日は「おとなのひと」と一緒じゃないとお出かけしちゃいけないの。
いつも一緒にお出かけしてくれるリンドウもタカコも、今日はお仕事だから、いないの。
だから、アオとコオリの二人で、おるすばん。

この間、「ざっし」っていうのをもらったの。
たくさん絵がついてて、きれい。
そのざっしを読んでたら、『6月はジューンブライド!幸せな結婚を!』って書いてあったの。

「…ねえねえ、コオリ。“じゅーんぶらいど”って知ってる?」
「じゅーんぶらいど?ううん、コオリ、しらないのよ。じゅーんぶらいどって、なあに?」
「アオも、わからないの。でもね、6月はじゅーんぶらいどなんだって。6月に“けっこん”すると、いいんだって」
「けっこんって、なあに?」
「わからない」

「「…………」」

アオも、コオリも、わからないの。
「じゅーんぶらいど」って何だろう。「けっこん」って何だろう。

「きれいなおようふく、きてるのよ」
「アオ、知ってるよ。これ、ドレスっていうの」
「けっこんは、ドレスをきるのかな」
「着るのかな」

「「………」」

「アオたちだけじゃ、わからないね」
「わからないね」
「どうしよう」
「どうしよう」
「誰かに聞いてみるのが、いいかも」
「ものしりなひとが、いいのよ」
「うん。物知りな人に、聞こう」
「聞くのよ」

コオリと二人で、ざっしを持ってお部屋を出た。
リンドウとタカコはお仕事だけど、ホウオウグループにはたくさん「おとなのひと」がいるの。

物知りな人にたくさん聞けば、「けっこん」のこともわかるかな。
わかるといいな。


白い二人とじゅーんぶらいど〜けっこんって何だろう〜


「コオリ、どっちにいく?」
「こっちにいくの」

740サイコロ:2013/06/02(日) 23:44:49
コイツのこんな姿、滅多に見た事が無いな。

ベンチに座った後姿を見て、ウミネコはそう思った。

呼び出した相手はキィ、という車椅子の音に気付いて手を上げる。

「珍しいじゃない、ショウゴのそんな傷だらけ怪我だらけの姿だなんて。」

ショウゴは苦笑しながら、

「今までだって別に怪我くらいしてたさ。」

と嘯く。違う、そうじゃない。そういった苛立ちが顔に出でたのだろうか、ショウゴは続けた。

「今回ばかりはちと重い、ってだけだ。」
「そんだけ重く喰らってるのを見た事が無い、と言ったんだよ私は。
 服で隠れてる部分も相当手酷くやられたようじゃないか。」

ショウゴは俯き、スマンと一言呟く。

「話がある、ということだったけど、その事かい?」
「ああ。…何も言わずに、俺の特訓に付き合ってくれないか?」

コイツはいつもこうだ。柔道部の勧誘といい、
いじめられていた後輩を助けようとした時といい、
常に突っ走った男だ。だが、そんなコイツを周りの人間は嫌っていない。

「無論タダとは言わない。何でも1つ言うこと聞いてやるよ。」
「何でもか?」
「俺にできる範囲ならな。」

この問答は卑怯だなぁ。そう思いつつ、返す。

「いいよ。アンタの特訓に付き合ってあげる。」
「ありがてぇ。ミユカを鍛えたアースセイバーの格闘教官様のお手並み拝見、だ。」

あの悪戯っ子のせいでショウゴとウミネコが決闘することになったのは、少し前の事である。結果は…

少し表情が引き攣ったのはウミネコだけではなく、ショウゴもだった。

「言わなきゃ思い出さないのに、わざわざご苦労だね。」
「失言だったよ。」

ゆっくりと立ち上がると、ショウゴはウミネコの車椅子の後ろに回り、押し始めた。



ショウゴがウミネコを連れてきたのは、ショウゴに似合いの特訓場所、といった所だろうか。

がらんとした柔道場だった。

先客がいる。アースセイバーでの顔馴染み、シスイだった。

シスイが協力者である事は、道すがら聞いている。

「…ウミネコさん、今の怪我でショウゴさん鍛えられるんですか?」
「体が動くなら気合と根性。…ってコイツ言ったんじゃない?」

後ろを指さして微笑む。

「大体そんな感じだな。流石ウミネコ、わかってるじゃないか。」

見なくてもわかる、ショウゴはきっといつものようにニヤリと笑っているのだろう。

「んでもって私も同意見だ。ボロ雑巾になるまで絞ってやるさ。」

シスイは溜息を吐きながら何かを呟く。聞き取れなかったが、どうせ大したことじゃないだろう。

「ついでにシスイも鍛えてあげよう。
 なあに遠慮するな、ついでだ。最近新しい能力も身に着いたようだし?」

じわりと脂汗が浮いたのを見て、手帳を開くとウミネコは特訓のメニューを考え始めた。

「とりあえず二人とも準備運動した後に腕立て腹筋背筋スクワット、
 ついでに懸垂とロープ昇りとランニングしてもらおうか。回数と順番は任せる。
 ああ、勿論シスイは天子麒麟を纏ったままで。怪我人に遅れなんてとったらお仕置きだ。」

741サイコロ:2013/06/02(日) 23:48:55
この人ホントに怪我人かよ!

シスイがそう思うのも無理は無かった。なにせショウゴの3倍はこなそうと思っていたのに…

「う…っし、マラソン5キロ、腕立て腹筋背筋スクワット100ずつ、懸垂30にロープ昇降3本終わったな、
 あークソ、キツイ」

脂汗を流しながら、シスイに遅れながらも、無理矢理目標をこなそうとしてくる。

「先輩、傷口は大丈夫ですか?」

心配だけではない。シスイは若干の悔しさも込め、聞く。

「おかげさまでな。」

天子麒麟はショウゴに対して順調に効いているようだった。

本来の目的…戦闘のための強化とは掛け離れた能力の使い方だが、邪道であろうが有効な事には変わりがない。

加えて感情の起伏によって増減する効果も、ショウゴと張り合うことで否応なしに増えている。

このままいけば…

「今日中には、かなり戦えるようになりそうですね。」
「ああ、もうだいぶ良いぜ。だが、今まで通りになるだけじゃな。」
「私に訓練頼んどいて今まで通りなんて有り得ないから。明日以降覚悟するんだね。
 そんじゃ模擬戦、ショウゴとシスイで3本先取のサバイバルデスマッチ。」
「武器の使用は?」
「シスイが天子麒麟を纏っている以上、ハンデは有りかな。けど勿論非殺傷だよ。」

ショウゴの取り出した銃に顔をしかめながら言う。

「当たり前だよ。こんな所でこんな面子で殺し合いをする意味がない。」



シスイの動きは近接格闘として常識の範囲内の動きをしている。

自らの反応が良くない事は闘いながら気付いていた。

繰り出される掌底をいなして袖を掴むつもりが、弾いてしまい次に繋がらない。

蹴りを堪えて足を抱えるつもりが堪えきれずによろける。

ようやく相手を掴んで、いざ投げようと引き付けた所で鳩尾に肘を食らう。

銃は構えた時点で腕を蹴られ当たらない。

発砲の反動を使った打撃も見切られ躱される。

正面からの技の出し合いに、全く対応できない。

正面からの技の出し合いに全く対応できないという事は、
戦術戦略を組まれるまでもなくやられているという事だ。

ショウゴは歯を食いしばりながらも、なおシスイに向かっていく。

742サイコロ:2013/06/02(日) 23:49:28



結果は燦燦たるものだった。

「3対0、ね。ショウゴ、やる気あるのかい?」

厳しい声に何も言えない。

「シスイも手を抜くんじゃない。同情はショウゴの為になんかならないよ。」
「けど…。」
「やめろシスイ、それは俺にとってキツイ。」

汗を拭くショウゴの目は疲れを見せていたが、それでもまだ死んでいない。

「ま、今日は様子見のようなもんだからね。明日からの方がもっとつらくなる、今日はもう上がろう。」

車椅子を動かし背を向け、、帰ろうとしたウミネコをショウゴが引き留めた。

「待ってくれ、ウミネコ。一本だけ手合せ願えないか?」

シスイが目を剥く。

「死ぬ気ですかショウゴさん!?」
「様子見なら、一本くらい闘ってみてくれてもいいと思うんだがね。」

何秒間かの沈黙があり、ウミネコは一気に車輪を動かしてバックでショウゴの前まで戻ると、

「休んどけっつってんでしょうがこのバカが!」

その場で車椅子ごとジャンプし、後ろの手押しをショウゴの顎にぶつける。
シスイはショウゴが浮いたのを見逃さなかった。しかし、反応できない。
先に着地したウミネコは、今度は器用に手押しをショウゴの体に引っ掛ける。
車輪を一気に回転させると、凄まじい勢いでウミネコが半回転し、


ドッ、ドスン


弾き飛ばされたショウゴが壁にぶつかって倒れた。

「この程度反応できないなんてね。」
「いや、今のは僕でも無理ですよ。助けにすら入れなかった…。今の何秒でした?」

シスイが冷や汗をかきながら答える。

「8秒くらいかなー。無理でもないのよ、あいつは。この程度も反応できなくなってるから、
 今日はここまでなワケ。体調万全になるようにしといてあげて。難しいだろうけど、頼んだわ。」

そう言い残すとウミネコは今度こそ出口に向かった。



ミズチと戦った日から数えて3日。
ミヅチの指定した日まで残り4日。
こうしてシスイ達を巻き込んだショウゴの特訓は始まった。


<ショウゴの申し出と特訓の始まり>

743サイコロ:2013/06/02(日) 23:51:30
お借りしたのは十字メシアさん宅から 角牧 海猫、Akiyakanさん宅から都シスイでした。

あくまでショウゴのお話ですが、今回は特訓に巻き込まれる2人の視点から描いてみました。

それにしてもショウゴ、ボコボコだなぁ…。

次回以降はもうちょいマトモに戦えるようになってるはずです。多分。

744紅麗:2013/06/03(月) 01:03:29
「【雑踏チルドレン】」に続きます。
思兼さんから「巴 静葉」「橋元 亮」「御坂成見」十字メシアさんから「葛城袖子」をお借りしました!
うちからは「フミヤ」です。


「…おいあんたら、その子をどうする気だ?」

「はいはいこんにちは〜!
急にごめんね、僕は橋元 亮、そっちの目つき態度悪いのは巴 静葉。
成見君の知り合いだよ!」


「亮!?それに静葉姉ちゃんも!」



その少年と少女は突然現れた。まるで、…そうだ、幽霊のように。
――本当に、突然現れたとしか言いようがなかった。

葛城袖子はビクゥと肩を跳ねらせると、咄嗟にフミヤの後ろへと下がった。
フミヤも、これには驚かないわけがなく、半歩後ろに下がる。

「な、なに…?さっきまで、誰もいなかったのに!」
「おっとっと。…もしかして、今日はツイてる日かナ?」
「さっさと答えてもらおうか。この子をどうするつもりだった?」

やや威圧感を与える瞳で袖子とフミヤに近付く、少女――巴 静葉
それを、わぁわぁと声を上げながら少年――橋元 亮 が止める。

「まぁまぁ、静葉。もーちょっと柔らかーくいこうよ、ね?」
「うるさい。黙ってろ。」

すっぱりと亮の言葉を切り捨てる。
静葉は目線を逸らさず、じっとフミヤの方を睨みつけていた。
こわいこわい、と独り言のように呟きながらフミヤが話し始めた。

「ごめんね、誘拐とかしてたわけじゃないんだよ。」
「………」
「…ご、ごめんなさい。こいつ、見た目は怪しいけど、本当のこと言ってるんだ。」

静葉はそれでもなお二人を睨みつけていたが、ちらりと成見を見ると。

「…本当か?成見」
「――まぁ。変なことはされてないよ。…最初は不審者かと思ったけど。多分、悪い人じゃないと、思う。」

二人はこんな自分の容姿を気味悪く思うことなく受け入れてくれた。
そんな二人を悪く言うのは、少々、気が引けるというものだ。

「…ねぇ、袖子ちゃん?」
「何。ちゃん付けだなんて気持ち悪いな」
「どーしておれの服をそんなに力いっぱいひっぱっているのかナ…?」
「…あんたが変な行動起こさないためにだよバカ」

フミヤの言う通り、袖子はフミヤの服を掴みながら、彼を決して動かすまいと、力いっぱい踏ん張っていた。
と、いうのも、突如現れた二人に向かってフミヤが飛び掛らんばかりに

―――ねぇねぇ能力者ーー!?

と近付いていくのが眼に見えたからである。これ以上の面倒事は避けたかった。

だが、そんな彼女の頑張りも空しく――

「ねぇ、二人ともさっきいきなり幽霊みたいに現れたように見えたけど…。
それは、チョーノーリョクとかそういう類…?ねぇねえ!」

フミヤは、薄汚れた緑色の手帳とペンを持ちながら眼を輝かせ鼻息を荒くしていた。

「………」
「……静葉、この人、気持ち悪いね」
「…あぁ」
「ごめんなさい、ほんと、悪い人じゃない、んだ…」

他人のフリをしたい…!
心の底からそう思った袖子であった。


「って今はそれどころじゃないんだった」


ぱっと表情が変わるフミヤ。

「ねぇ、静葉ちゃんに亮くんだっけ?二人とも、『色のない森』って聞いたことあるかい?」
「『色のない森』…だと?」
「そ。その名の通り森には色がなくてね。鳥の鳴き声も、風の通り抜ける音も聞こえないらしい。」
「…それが、なんだ?」


「それをね、今から見に行こうと思っているんだけれど…。良かったら、君たちも一緒にどう?」

細められた琥珀色の瞳が、鈍く光を放った。



とまらない好奇心。

745紅麗:2013/06/03(月) 01:30:45
「目覚めた能力者」系列の一部になります。



この世界は不思議だ。たくさんの不思議で溢れかえっている。
時間はあっという間に過ぎていく。歩みは、駆け足に変わる。

たくさんの命が存在している。私の知らない、遠く、遠くにも。

そして、何度も繰り返される争い。馬鹿馬鹿しい争い。
どれだけの血を見てきただろう。どれだけの血が、この場所に流れたのだろう。

君は今私を見てくれているだろうか。私の声を聞いてくれているだろうか。
私のことを、忘れてはいないだろうか。思い出してくれているだろうか。

…「記憶」とは非常に奇妙なもので。覚えているものより忘れていくものの方が多い。

記憶は多すぎてもいけないし、少なすぎてもいけない。
多すぎればその重さに自分がつぶれてしまうし、少なすぎれば空しさによって壊れてしまう。
そして、嫌な記憶ほど心に根強く残りやすい。…いや、これは、私が勝手にそう思っているだけか。

その嫌な記憶を思い出す度に、胸が締め付けられる。
苦しくて、苦しくて、たまらなくなる。あぁ、こんなことならば。
こんな思いをするならば、いっそ、死んでしまえば。そんなことまで思うようになる。

「記憶」とは本当に不思議だ。
自分から望んで消すことは出来ないのに、必要なときに限って消えているのだから。

星が見える。

どんなに辛いことがあろうとも、人々は手を取り合い、支え合いながら生き続けてきた。
希望を今日に、明日に、――紡ぎ続けている。歩き続けている。
命ある人々は、今日も生き続けている。いくつもの季節を越えて。

私は忘れない。忘れてはならない。彼女のことを。彼女達のことを。
この地で起こる、全てのことを。どんなことがあろうとも、それでも、生きていく。

生きていかなくてはならない。
私はいつもまでも、見守り続けたい。


――あぁ、どうか。
どうか、あなたにも、心から会えてよかったと思えるものが存在しますように――。

どうか…、幸せでありますように――。


とあるモノの独白

746akiyakan:2013/06/03(月) 08:47:10
※えて子さんより「花丸」、十字メシアさんより「マキナ」をお借りしました。自キャラは「ジングウ」、「サヨリ(企画キャラ)」、「アッシュ>AS2」です。

 ≪暴虐の竜≫

 施設内に警報が鳴り響く。

 異常の発生源は閉鎖区画。と言っても、施設にいる人間は皆「またあいつらか」と言う顔をするばかりで、誰も駆け付ける気配は無い。日常茶飯事とまでは言わないが、千年王国が起こす警報沙汰は既に珍しくない回数になりつつあった。

 しかし、この時は違った。

 誰も駆け付けない閉鎖区画の入り口。そこが今、かつてそうなっていたように、封印の為のシャッターで閉ざされている。

 その中で起きている事に、誰も気が付かなかった。

 ただ、その場にいる者達を除いて。

 ――・――・――

「これは……」

 警報を聞きつけて、ジングウはハンガー内へと走って来ていた。

 異常の発生源は、バイオドレスや生物兵器を調整する為の培養漕があるエリア。彼が駆け付けた時には、現場は白い蒸気に包まれていた。

「――■■……」

 唸り声が聞こえる。獣の、しかしどんな生物の鳴き声にも当てはまらない様な声。

「ジングウさん、これは……」
「サヨリさん、私から離れないように。おそらくこれは、生物兵器の仕業です」
「生物兵器の? ですが、どの生物兵器も未使用時は封印されている筈じゃ……」
「たまにいるんですよ。封印破って出てくるちょっとやんちゃなのが」

 白い蒸気の向こうで、何かが身動ぎしたのが見えた。普段飄々としているジングウの表情が引き締まり、相手の出方を伺っている。

「■■……」

 唸り声を上げながら、白霧のカーテンを潜って『それ』は姿を現した。

 まるでドラゴンの様だと、サヨリは思った。或いは、白亜紀に地上を支配した竜の末裔だとも。

 赤黒い体色。頭には背中側に向かって伸びる二本の角があり、その形は爬虫類を大型化し、更に凶悪な形に歪めている。おそらくは、自然界においてここまで凶悪な顔付きをしている生物はいないであろう。その点においては爬虫類と言うよりも、昆虫や魚類に近いかもしれない。背中には折り畳まれた翼膜があり、下半身には太く長い尾が伸びている。体躯は巨大で、三メートルはある。

「何これ……こんな生物兵器、目録には……」

 格納庫に存在する生物兵器に、こんな姿をしたものは存在しなかった筈だった。自身に覚えのない存在を前に、思わずサヨリはたじろぐ。

「……馬鹿な」
「え?」

 意外な声を聞いたと思い、サヨリは隣を見た。そこで彼女は更に驚く。普段滅多に驚いた様子を見せないジングウが、心から本気で驚いた表情を見せていたのだ。

「何故、お前がここにいる……お前は私が自ら破棄した筈だ……」
「ジン……グウさん? 知って、いるんですか……?」

 普段とは違うジングウの様子に、サヨリも少なからず動揺する。感情が滅多に揺らいだりしないジングウが、これだけ驚いているのだ。今ここで起きている事が、自分が思っている以上に異常なのだと言う事を、彼女は感じ取った。

「■■■■――ッッッッ!!!!!」
「「ッ!?」」

 怪物が吼えた。その凄まじい振動で、格納庫内の空気が震える。鼓膜を劈く衝撃に、二人は反射的に耳を押さえた。

 と、その時だった。

「――!? サヨリさん!!」
「え?」

 突然、サヨリはジングウに突き飛ばされた。一体何が起きたのか分からず、彼女は茫然とジングウの方を見つめながら倒れていく。

 そんな彼女の目の前で、ジングウの身体に何かが突き刺さった。

「あ……がっ……」
「じ……ジングウ、さん?」

 ジングウの腹を突き破り、背中まで貫通しているソレ。ソレは怪物の尾だった。一体どんな風に動かせばそんな風に動くのか、怪物は自分の尾を槍の様に伸ばし、ジングウの身体に突き刺したのだ。

747akiyakan:2013/06/03(月) 08:47:41
「■■■■――ッッッッ!!!!!」
「――ごふっ!?」

 咆哮を上げ、怪物が尾を振った。その勢いで、ジングウの身体は吹っ飛び、格納庫の壁に叩き付けられる。その衝撃は凄まじく、激突した壁がクレーター状にヘコんでいる。

「ジングウさん!!」

 サヨリが駆け寄ると、ジングウの身体は血塗れだった。生物兵器が暴れた位では簡単には壊れない壁面が、抉れてしまう程の衝撃なのだ。むしろ、身体がまだ原型を留めている方が驚きだ。

「痛ぅ……」
「ジングウさん、大丈夫ですか!?」
「この状況で大丈夫な訳が無いでしょう……」

 この状況で、軽口を叩くだけの元気はまだあるらしい。『ジェネシス』で得た再生能力は伊達ではない、と言う事か。

「取り敢えずサヨリさん、私の事は良いから逃げなさい」
「怪我人が、何を馬鹿な事言ってるんですか!」

 言うが早いか、サヨリはジングウに肩を貸して立ち上がらせようとする。だが彼の足はだらりとしており、力が全く入っていない。

「ジングウさん、足が……」
「脊髄をやられました。下半身が、ごふっ……参りましたね、感覚が全くありません」

 内臓もやられているのだろう、ごぼりと口から血を吐き出す。ジングウが歩けないと判断すると、サヨリは彼の身体を抱き上げた。所謂、お姫様抱っこの形である。

「……まさか、この齢になって女性に抱き上げられるとは思いませんでしたよ」
「こんな時に茶化さないでください!」

 実際、サヨリの表情に余裕が無い。自分の衣服が汚れるのも構わず、彼女はジングウを抱き抱えて逃げようとする。その行く手を阻むように、怪物の巨体が立ち塞がった。

「く――」
『――サヨリさん、伏せて!!』

 濃紺に近い色の装甲服が、怪物の身体を蹴り飛ばす。頭部には二本の角があり、その形は馬の頭部にも、或いは悪魔の顔の様にも見える。胸部には赤い光球が光っており、床を踏みしめるその音はまるで、馬の蹄の音にも似ていた。

「バイコーンヘッド――アッシュさん!?」
『サヨリさん、大丈夫!?』

 胸の転送装置から槍を取り出し構えると、アッシュはサヨリを庇うようにして立った。心強い援軍の出現に、彼女は胸を撫で下ろした。

「アッシュ……サヨリさんの心配する前に、私の心配してくださいな……」
『いや、減らず口が出る内は全然平気でしょ、父さん』
「全く、一体誰に似たのやら……」

 軽口を叩きながらも、アッシュは目の前の相手への警戒を怠らない。蹴り飛ばされた怪物は、全く効いている様子も無く平然と立ち上がっていた。

『結構本気で打ち込んだんだけどなぁ……取り敢えずサヨリさん、父さんを連れてここから離れて』
「は、はいっ!」

 ジングウを連れ、サヨリはその場から退避する。それを見送って、アッシュは改めて構え直した。

『はぁっ!』
「■■■■――ッ!!!!」

 アッシュと怪物の戦闘が始まった。アッシュの武器と怪物の爪が切り結ぶ。

『こいつ、強い……!』

 数刻の打ち合い。それだけで、アッシュは相手の力量をある程度図っていた。

 まず、膂力が違う。アッシュは強化服に天子麒麟の力を合わせた相乗効果により、強力な力を得ている。そうやって生み出したアッシュの膂力に怪物の怪力は拮抗、或いはそれを上回っていた。アッシュの渾身の一撃が、捌かれ、或いは弾き返されてしまう。

『なんて馬鹿力なんだ、こいつ……!』

 そもそも、攻撃がまるで通じていない。例え当たっても怪物の身体は固い装甲に覆われており、傷を付けてもそこがすぐさま再生を始めている。麒麟の力を得て名刀にも匹敵する威力を得た武具が、ことごとく破られていく。

 このままでは負ける。そう思い、離脱を考えていた時だった。

「お、ま、え、かああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
『!?』

 横薙ぎの一撃が怪物を吹っ飛ばした。突然の事態にアッシュは一瞬呆気にとられたが、すぐに状況を把握した。巨大なジェット付きのハンマーを握り締める少女が、目の前に立っていた。

748akiyakan:2013/06/03(月) 08:48:40
「ジングウ様に怪我させたのはお前かあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
『あ、やばいな、あれ。完全にスイッチ入っちゃってるじゃん』

 瞳は狂気に濁り、更にいつもと違ってその表情は憤怒で歪んでいる。般若の形相だ。最近の彼女は『狂戦士の首輪』の影響で大人しくなっていたが、久々の『狂気化』だった。能力が暴走しないようにと嵌めてあった首輪は無く、その能力を完全に発揮している。

『駄目じゃん、マキナちゃん。結婚首輪外しちゃ』

 危機が去ったと見るや、いつもの調子を取り戻すアッシュ。彼女の様子を見る限り、おそらく怪物にやられたジングウの姿を目撃してしまったのだろう。彼に恋い焦がれる彼女の行動としては当然のものだろう。ジェットハンマーの破壊力も相まって、怪物を滅多打ちにしている。

「死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね死ねえぇぇぇぇぇぇぇ!!! ジングウ様はボクのものだ! お前なんかに横取りされてたまるかあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
『……父さん、とんでもないのに好かれてるわね』

 まさに狂戦士。『狂気化』はその精神が狂気に浸されれば浸される程効力を発揮するが、うまい具合に怪物への破壊衝動が能力とリンクして通常よりも破壊力が増している。加えていつも使用しているハンマーと違い、使っているのはジェットハンマーだ。殺る気がヒシヒシと伝わってくる。

『……だけど、相手もとんでもないな』

 頃合いと思ったのか、アッシュは転送装置で鞭を取り出すと、それをマキナの身体に巻き付けて自分へと引き寄せた。注意が怪物にだけ向いていたせいか、思ったよりもあっさりと彼女の身体は鞭に縛られる。何をする、と抗議の眼差しをマキナが向けて来たが、それを無視して鳩尾に一発。マキナの意識は奪われ、彼女の身体から力が無くなった。

『悪いね、マキナちゃん。君とアイツじゃ相性が悪過ぎる』

 のそり、と怪物が起き上がる。マキナの連続攻撃でその装甲や身体の部分部分は大きく抉られているが、アッシュの目の前でその破損も再生していく。

『……おいおい、自己再生って言ってもゲームみたいに無料回復って事は無いでしょうに。その肉体を造る程のエネルギーが、一体どこに納めてあるって言うのさ』

 マキナの攻撃力ですらこれだ。あのまま攻撃を続けても、肉体は常人並でしか無い彼女では一発貰っただけでアウトである。アッシュは撤退すべきと判断し、マキナの身体を抱き上げるとその場から走り出した。

「■■■■――ッッッッ!!!!」

 逃がさない、とでも言っているのだろうか。怪物が咆哮を上げると、その背中の折り畳まれた翼膜が左右に広がった。元々巨体であったのが、広げられた翼のせいで更に巨大になったように見える。

 数回、本当に数回。それだけで、怪物の身体が浮かび上がった。

『ちょっとちょっと……飾りじゃないのかよ、それ』

 仮面の下で、アッシュの頬に冷や汗が流れた。轟音と共に、翼を広げたドラゴンが迫ってくる。まるで獲物に狙いを定めた猛禽類の様な速さで、怪物は迫ってくる。

『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』
『■■■■――ッッッッ!!!!』

 格納庫の出口を目指すアッシュ。そしてそれを追う怪物。アッシュが通路に飛び込むのと、怪物がそれに激突するのはほぼ同じタイミングだった。

 ――・――・――

「ジングウさん、大丈夫ですか?」

 格納庫から脱出したジングウとサヨリは、実戦訓練場の近くにある研究室にいた。取り急ぎの処置で、ジングウの傷の手当てを済ませている。見た目は何時ものジングウだが、その全身に巻き付けてある包帯が通常よりも締め付けてあるのは当然の事だろう。

749akiyakan:2013/06/03(月) 08:49:11
「サヨリさん、キツイです」
「そんな事言わないでください。お腹に穴が空いているんですよ? 脊髄だって損傷してますし……」
「いえ、それはもう治りましたし」

 言うが早いか、ジングウはその場に立ち上がってみせる。普段よりゆっくりとし、ふらついているものの、しかし先程のように立てない訳では無い。

「…………ジングウさん、人間止めてますよね、もう?」
「アナボリズムを連続で受けて無傷の絶対者に並ぶんだったら、むしろこれでも足りない位です」

 言いながら、ジングウは肩を竦めてみせる。彼自身が開発したプロウイルス・ジェネシス。それは人間のDNAを書き換えてしまう魔のウイルスは、確実にジングウの身体を人間とは違う、別の生き物に変えていたのだった。

「ところでジングウさん、聞きたい事があるんですが」
「あの赤い怪物の事、ですかね」
「ええ、そうです――」

 サヨリが言いかけている最中に、どこからともなく爆発音が聞こえた。二人は研究室の窓から実験場の方を覗き込む。すると、格納庫と実験場を繋いでいる通路部分から煙が上がっており、その傍に倒れている装甲服姿の人と中学生くらいの少女が見えた。

「アッシュさん! マキナさん!」

 サヨリの声が届いた、と言う訳でもないが、よろめきながらバイコーンヘッドが立ち上がる。出入り口の方に身構えると、煙の中からあの怪物が姿を現した。その身体には一切傷は無く、誰が見ても無傷だった。

「そんな……バイコーンヘッドを装備したアッシュさんでも勝てないなんて……」
「これ位当然ですよ。『アレ』には、それを成し得るだけのスペックがありますから」

 アッシュが劣勢だと言うのに、ジングウはまるで彼を心配している様子を見せない。それどころか、その成り行きをまるで観察するかのように見下ろしている。籠の中で殺し合う二匹の虫を見ているかのように。

「何なんですか、あれは!」
「……バイオレンスドラゴン。六年前の私がかつて製造し、しかしその危険性から自ら破棄した怪物ですよ」
「バイオレンス……ドラゴン……」

 その名前を聞いて、サヨリは即座にアーカイヴにアクセスした。データは、あった。確かに製作者はジングウであり、その破棄が彼の手で行われた事が記載されている。

 そしてその性能は――

「装着者と融合し、吸収……その肉体を乗っ取って活動……周囲のものを取り込み、自己進化・自己成長していく……ですって……!?」

 デルヴァイ・ツァロストが可愛く思えてくるような、悪夢のテンプレみたいなスペックだった。まるで鎖で繋がれていない猛獣だ。こんな物使ったら最後、例え敵を殲滅出来ても自分達まで滅ぼされてしまうではないか。

「本当にこれ、ジングウさんが……?」
「ええ。まさか、生まれたのがあんな鬼子とは思いませんでしたが。何せ言う事を聞かない、勝手に暴れる。とても使い物にならないので破棄した……筈なんですけどね」

 訓練場で戦闘を繰り広げるアッシュと怪物――バイオレンスドラゴンを見比べる。アッシュは防戦一方であり、ドラゴンはそれを蹂躙していくだけの一方通行になりつつある。おそらくアッシュは、転送出来る武装をすべて使い果たしたのだろう。こうなってはもはや、彼に出来るのはドラゴンの攻撃から逃げ続けるより他にない。

「本当に……破棄したんですか?」
「ええ、間違いありませんよ。私が極秘に保管していた訳ではありません……実に興味深い。アレは自ら、バイオドレスを憑代に蘇ったんですから」
「……どう言う事、ですか」
「実を言うとですね、バイオドレスはアレが元になっているんですよ。言うなれば、バイオレンスドラゴンはバイオドレスの試作機であると言ってもいい」
「……まさか、同じ構造で出来ているものだから、バイオドレスが突然変異してああなった、と?」
「いいえ、もっと呆れますよ。奴は、自分の設計図をバイオドレスに流し込んで、自分の身体に再設計したんですよ」
「――……!?」

 ジングウの言葉に、サヨリは息を呑んだ。

750akiyakan:2013/06/03(月) 08:50:21
確かにアーカイヴには、バイオドレスに関する設計情報が存在した。ジングウはあろう事か、『そのデータが自らの意思でバイオドレスにアクセスし、その形状を自分と同じ物に組み替えた』と言っているのだ。

「そんな事ありえません! 自我を持つ私達擬人兵ならともかく、アーカイヴにあるのはただのデータなんですよ!? 魂も無ければ知性すらない、言わば紙面に描かれた文字と同じものです! それが、自分の意思で動いたなんて……」
「ではサヨリさん。聞きますが、貴方の自我とやらはどこに存在するのですか?」
「え……」
「……失敬、今の言葉は忘れて下さい」

 「失言だった」と言わんばかりに、ジングウは自分の口元を手で押さえた。サヨリは、と言えば、ジングウの言葉の意味が分かっていないようだった。

 視線を二人とも、眼下で繰り広げられる戦いに目を向ける。丁度その時、アッシュの身体をドラゴンの尾が捉えたところだった。

 ――・――・――

(う……)

 微睡にも似た意識の中で、花丸は意識を取り戻した。

(こ……ここは……?)

 水の中に浮いているような浮遊感。しかし、手足に力を込めても自由には動かない。

(僕は……何を……)

 意識を失う以前の記憶を思い出そうとする。ずきりと頭痛が走ったが、どうにか思い出す事が出来た。瞬間、その時の事を思い出して背筋が震えた。自分は、見た事も無い怪物に吹き飛ばされたのだ。

(あれから、僕はどうなったの……?)

 怪物に殺されてしまった。まず、その事が頭に浮かんだ。あんなに強く吹き飛ばされたのだから、自分が無事でいられる訳が無い。しかし、たった今感じた頭痛を思い出して、その考えを否定した。痛みがある、つまり痛覚があると言う事は、まだ生きている証拠だ。実際のところ、頭痛を言い訳にしてまだ自分は生きている事にしたかったのかもしれないが。

(ここはどこ……僕は、一体……)

 その時花丸は、自分の目の前に何かが映っている事に気が付いた。まるでそこにテレビか、或いは窓が存在しているかのように、くっきりと四角く空間が切り取られている。そこ映っているものが何であるかを確認しようとして、

(……え、)

 彼は、言葉を失った。

 映っていたのは、バイコーンヘッドを装着したアッシュの姿があった。だが、その頭を守っている筈のメットが割れ、顔が半分露出している。頭から血を流し、剥き出しになった肌を濡らしているのが目に映った。

(アッシュさん、何で……)
『はぁ……はぁ……くそ。こいつ、エネルギー切れ無いのかよっ!』
(え……?)

 花丸はアッシュが何を言っているのか分からなかった。混乱する彼を余所に、画面の中でアッシュが横へ移動した。そして彼の行方を追おうとした花丸の視界に、奇妙な物が映り込んだ。

(何……これ……?)

 それは、巨大な腕だった。花丸の腕の何倍も大きく、指の太さだけで彼の掌ぐらいある。その腕が先程までアッシュがいた場所に振り下ろされていた。あたかも、アッシュの押し潰そうとしたかのように。

(え……何、これぇ……?)

 訳が、分からなかった。画面の中でアッシュは逃げ惑うように動き回り、それをまるで追いかけるかのように画面の主は動く。そして画面はあたかも、花丸の視界であるかのように存在している。

(うあ……あぁ……)

 花丸の脳裏にとある考えが浮かび、彼はそれを信じたくないと思った。だが、そう願えばそう願う程、その考えは実像を帯びて彼の中で大きくなっていく。

751akiyakan:2013/06/03(月) 08:50:54
ここは一体どこなのか。そして今、自分はどう言う状態なのか。

 すべては、目の前の画面が物語っている。すべては、この状況が教えている。

 画面が動く。その中心に、アッシュが捉えられた。彼がこちらを振り返る。剥き出しになった顔に、僅かであるが恐怖の色が浮かんでいるのが見えた。画面の端に、赤い腕が構えられたのが見えた。思わず花丸は逃げて、と叫び、それと同時にアッシュが跳ねる。避け損なったアッシュの身体を、巨大な腕が殴り飛ばすのが見えた。

(あぁ……ああ……)

 地面に身を投げ出しているアッシュに、ゆっくりと画面が近付いて行く。画面は揺れ、あたかも自分が大きく足踏みをしているのだと錯覚する。いや、錯覚ではない。感覚は無いが、そうなのだ。自分は確かに、アッシュに向かって近付いている。

(止めて……止めて……)

 画面がまるで、アッシュを見下ろすかのような視点になった。ぐぐっ、と画面が動き、まるで片腕を大きく振り上げたように感じられた。

 次の瞬間、アッシュが潰れて赤い飛沫を上げたように見えた。

(――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!)

 花丸の精神はその光景に耐え切れず、喉の奥から絶叫していた。

 ――・――・――

「ぐ……」

 怪物の攻撃に吹き飛ばされ、アッシュは一瞬意識が飛んでいた。

 恐ろしい一撃だった。バトルドレスの衝撃吸収機能が無かったら確実に死んでいたと実感する位に、凄まじい怪力だった。シスイの天士麒麟に敗れた時よりも、正直恐ろしいとアッシュは感じていた。

「は、そりゃそうか……殺す気の無い奴の攻撃と、獲物としか見ていない奴の攻撃なんて、怖さは全然違うよね……う……」

 起き上がろうとして、全身に激痛が走った。末端の感覚が鈍く、痛覚が鈍い。その癖、「やばい」と実感する部分に熱を感じる。おそらく、骨の数本は折れたに違いない。

 だが、泣き言を言って膝を抱えている場合ではない。このままここにいても、怪物に殺されるだけだ。

「この……根性出せ、くそ……」

 天子麒麟による治癒を行うが、治りが遅い。能力を酷使し過ぎた反動なのだろう。傷を負っている場所以外の体温が冷たく、手の震えが止まらない。立って逃げるのは無理と見るや、アッシュはその場を這い出した。

「はぁ……はぁ……」

 のろのろとした、緩慢な匍匐移動。まだ芋虫の方が速いのではないか、と思わせる位だ。やるだけ無駄、大人しく諦めてしまえばと思ってしまう位に、誰から見ても無意味だと分かる行いだ。

 それでもアッシュは生にしがみつく。無駄だと分かっている、無意味と分かっている。それでも、最後の瞬間まで生きる事を諦めない。生き汚いと言わば言え。尊厳などくそ食らえだと、その背中はまるで語っているかのようだった。

 だが、もがいただけで現実が変わる程、世界は脆くない。アッシュの身体に、覆い被さるように影がかかった。

「……やれやれ、ここまでか」

 力無く笑みを零すと、アッシュは振り返って相手の姿を見た。明かりの無い実験場の中に浮かび上がる威容。赤黒い装甲に包まれた竜。その全身はまるで、返り血を浴びてその色を帯びているのだとアッシュに思わせた。

「どうせ殺されるならさぁ、君みたいな不細工なんかじゃなくて、トキコちゃんに殺されたかったぜ」

 おどけながら、アッシュは怪物を睨み返す。その眼差しに変化は無い。否、最初から変化が無い。爬虫類よりももっと無機質な、昆虫を思わせた。

752akiyakan:2013/06/03(月) 08:51:24
「――そのくせ嗤うのか、お前」

 それは、アッシュの見間違いだったかもしれない。拳を振り上げた怪物の口元。半開きになったそれが、彼には嗤っているように思えたのだ。自分よりも脆弱で矮小な存在をすり潰す快感を隠し通せないかのように。

 拳が迫る。次の瞬間、アッシュの身体はそれに押し潰され、床一面に赤い花が咲くように赤い飛沫が――

『――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!』
「!?」

 突然、まるで怪物の内側から反響してきたような叫び声が聞こえた。瞬間、怪物の腕がぴたりと止まる。アッシュの鼻先スレスレだった。

「今の声……」

 アッシュは、信じられないものを見るように、怪物を見上げた。

「花丸……ちゃん?」

 怪物はまるで、彫像になったかのように動かなかったが、ややあってまるでよろめくように動き出した。

「■■……■■■■――ッッ!!」
「うわっ!?」

 怪物の様子がそれまでと違う。アッシュを狙うのではなく、辺りをやたらめったら攻撃し始めた。両手を振り回し、尾を出鱈目に叩き付ける。まるで、苦しんでいるようにアッシュには思えた。

「伏せなさい、アッシュ!」
「ッ!?」

 頭上から聞こえた声に、アッシュは言われた通りにする。視線を向けると、上にある研究室の窓に眩く輝く光の塊が見えた。

「ッ――!!!!」

 ジングウの手から、収束されたエネルギー波が放たれる。その一撃は怪物を呑み込み、その全身を焼き尽くす。数秒間のエネルギーの照射が止まると、そこには原型こそ留めてはいるが、黒焦げとなった怪物の姿があった。

「…………」

 まだ動くのではないか。そう思って、アッシュは最後の力を振り絞って立ち上がる。

 花丸はどうなってしまったのだろうか。怪物と一緒に死んでしまったのか。そもそも、怪物は死んだのか。様々な思考が、アッシュの脳裏を掠める。

 その時、怪物の腹部が崩れた。

「あれは……!」

 黒焦げになった肉の下から、小さな手が覗いているのが分かった。

「花丸ちゃん!」

 ボロボロの身体を引き摺って、アッシュは怪物の傍まで駆け寄った。

753思兼:2013/06/04(火) 23:44:51
とまらない好奇心 より続きです。



【実在アウトロー】



―第五話、秘密の話―





「ねぇ、静葉ちゃんに亮くんだっけ?二人とも、『色のない森』って聞いたことあるかい?」

「『色のない森』…だと?」

「そ。その名の通り森には色がなくてね。鳥の鳴き声も、風の通り抜ける音も聞こえないらしい。」

「…それが、なんだ?」



「それをね、今から見に行こうと思っているんだけれど…。良かったら、君たちも一緒にどう?」



名も名乗らないうちにそんなことを切り出した男はどこかワクワクしているように見える。

静葉としてはこの気味の悪い男の名前より、この男がさっき発した言葉がずっと気になっていた。



―ねぇ、二人ともさっきいきなり幽霊みたいに現れたように見えたけど…。
それは、チョーノーリョクとかそういう類…?ねぇねえ!―


超能力、まぁそんなものだろうと静葉自身も認識している。


だが、それをなんでこんな男が聞くのか?


普通の人間ならそれこそ幽霊でも見たように逃げ去るだろう。

だがこの男(と女性)はそんなことは無かった。

それに、見知らぬ人間に『超能力』などと聞くのは少々おかしい奴位だろう。


なんにせよ、静葉の答えは決まっていた。



「断る。俺は名前も名乗らん怪しい奴についていくほど愚かじゃない。」

「つれないなぁ〜静葉は。
あぁごめんね〜静葉はこういう固い性格なんだ。」


睨みを効かせて警戒する静葉の横で亮が緊張感無く言う。

754思兼:2013/06/04(火) 23:49:27


「あ、ごめんね〜遅れたけどおれはフミヤ!こっちの子は袖子ね。」

「こんにちは、静葉ちゃんと亮君。」


思い出したとでも言わんばかりに男…フミヤは言う。

静葉の警戒など全く気にしていない様子だ。



「ねぇねぇ〜いいんじゃない?
もしかしたら『あれ』に関する情報が得られるかもよ?」

亮は静葉にこっそり耳打ちする。

それを聞くと静葉はやや渋い表情になり、ため息をついた。


「お前は騒ぎに首を突っ込みたいだけだろうが。
だが、こいつらについていけばもしかすると…」

静葉は成見をちらりと視る。

さほど警戒はしていないように見える。




「…いいだろう。
俺たちも少し探し物があるからな。
探索がてらに協力してやる。
成見、それでいいか?」

「俺は構わないよ…変なものが『見える』し少し不安なんだ。」

「やっぱそう来なきゃね!」


はしゃぐ亮を後目に今度はフミヤを見る。


「その『色のない森』とやらに案内してくれ。」

「うん、わかった!」






<To be continued>

755思兼:2013/06/04(火) 23:53:57

<キャスト>
御坂 成見(思兼)
巴 静葉(思兼)
橋元 亮(思兼)
フミヤ(紅麗様)
葛城 袖子(十字メシア様)

756思兼:2013/06/05(水) 00:07:54

【アウトサイドレコーズ】


―第×話、迷い出る話―



私はここにいるよ。

私は確かに存在しているよ。


キミは『視る』ことができる形で、キミの周りにずっと。


キミに伝えたいことがあるから。

キミに言いたかったことがあるから。



私が約束を破っちゃった理由を、私のことを聞いて欲しい。


こんなふうになっちゃったけど、キミに伝えられるならどんな姿でもよかった。


最後に、最期に…

私の思いをキミに直接伝えたい。

だって私はキミのことが…

今でも、姿かたちを存在を変えたとしても絶対に変わることのないこの気持ち。


伝えないと、私は…後悔してしまう。

未練が残ってしまう。


勝手に逝っちゃった私だけど、これだけは。

私の最後の我儘。




『成見君、おはよう。』


だから、私はキミに話しかけ続けるよ。

キミに気づいてもらうためにも。


大好きなキミに伝えたいことを伝えるために。




<To be continued>
鈴木 遥の主演でした。

757えて子:2013/06/06(木) 20:44:29
白い二人シリーズ。
ヒトリメさんから「コオリ」、Akiyakanさんから「ジングウ」「サヨリ(企画キャラ)」「アッシュ」、しらにゅいさんより「トキコ」をお借りしました。


コオリと一緒に、「けっこん」を調べることにしたの。
だれか、けっこんを知ってる人、いるかな。

「だれに聞いたらいいかな」
「ものしりなひとに、きくといいのよ」
「うん。物知りな人、いろんなこと知ってる」
「きっと、けっこんもしってるのよ」

アオとコオリ、物知りな人にけっこんのこと聞くことにした。


「…分かりませんよ」
「わからないの?」
「しらないの?」

物知りな人に聞いたのに、わからないって言われちゃった。

「分かりません。そもそも何故私に聞こうと思ったんです」
「ジングウ、物知りだから」
「ミレニアムのおにいちゃん、なんでもしってるのよ」
「……」

ジングウ、ふう、って言った。
「ためいき」っていうんだよね、こういうの。

「…あのですね、私にだって分からないことぐらいあります」
「そうなの?」「そうなの?」
「ええ。全知全能ではないんですから」
「ぜんちぜんのうって何?」
「何でも知ってたり何でも出来たりするわけではないということです」
「ふーん」「ふーん」

物知りなジングウでも、知らないこと、あるんだね。
アオたちと一緒。不思議。

「…で、お二方は何故急にそんなことを調べてるんです?」
「あのね、6月はじゅーんぶらいどなんだって」
「じゅーんぶらいどでけっこんするといいんだって」
「でも、アオたち、けっこんって知らないの」
「だから、おべんきょうしてるのよ」
「そうですか…」
「うん」
「あら?アオギリちゃんにコオリちゃん」
「あ、サヨリ」「メイドのおねえさん」

ジングウと話してたら、サヨリも来たの。

「ジングウさん、この子達に変なこと教えてないでしょうね?」
「貴女の中の私ってどれだけ信用ないんですか。……そうだ、サヨリさんにも聞いて御覧なさい」
「? ジングウさん?」
「メイドのおねえさんは、しってるの?」
「こういうのは女性の方が詳しいもんです」

けっこんは、女の人のほうが知ってるんだって。
ジングウは男の人だから知らないのかな。

「何か私に聞きたいことがあるんですか?」
「うん。あのね、けっこんって何?」
「えっ」

サヨリ、顔が赤くなった。
何でだろう。

「ねえねえ、けっこんってなあに?」
「え、えっと…その…」

サヨリ、ジングウを見た。
ジングウ、ぷいってしちゃった。

「サヨリも、知らないの?」
「わ、わわわわわ、私は擬人兵ですから…その、そういうのは…」
「しらないの?」
「うぅ………」

「ぎじんへい」だと、女の人でもけっこんって知らないのかな。
ジングウが「無邪気な子供の攻撃は恐ろしいですねぇ」って言ってる。
どうしてだろう。

「けっこん、難しいね」
「ほかのひとにも、きいてみるのよ」
「うん」

ジングウとサヨリに、バイバイした。
サヨリは、ずっと顔が赤いままだった。
変なの。

758えて子:2013/06/06(木) 20:44:59


「だれに聞いたら、けっこん知ってるかな」
「だれがいいかな」
「だれにしよう」

二人で歩いてたら、アッシュ見つけた。
がっこうは、終わったのかな。

「あれ?アオギリちゃんにコオリちゃんじゃない」
「バイコーンのおにいちゃん、がっこうおわり?」
「そうだよ」
「ねえねえ、コオリ。アッシュなら、知ってるかな」
「きいてみよう」
「聞いてみよう」

アッシュ、がっこうでお勉強してるものね。
けっこんも、知ってる。

「僕に何か聞きたいの?」
「うん」
「あのね、けっこんってなあに?」
「結婚?んー、何て言ったらいいのかなぁ…好きな子と生涯を共にする、みたいな?」
「しょうがい?」
「好きな子とずーっとずーっと一緒にいるって事」
「ずっと一緒にいるの?」
「おべんきょうも、いっしょにするの?」
「そう。健やかなる時も、病める時も、ずっと一緒」
「ごはんも一緒に食べるの?」
「おふろも、いっしょにはいるの?」
「お着替えも一緒にするの?」
「ねるのも、いっしょにねるの?」
「そりゃあもちろ「いたいけな幼女に何吹き込んどんじゃこのパチモンがぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」あべしっ!!」
「あっ」「あっ」

アッシュ、トキコにキックされてとんでっちゃった。
トキコ、どこから来たんだろう。

「バイコーンのおにいちゃん、とんでっちゃった」
「とんでっちゃったね」
「コオリ、しってるよ。こういうの、たーまやーっていうの」
「ちがうよ、コオリ。ファーーーーって、言うんだよ」
「どっちも違うからね!?」
「ちがうの?」
「違うの!」

アッシュの言ってるけっこんも、ちょっと違うんだって。
じゅーんぶらいどって、難しいね。


白い二人とじゅーんぶらいど〜いろんな人に聞いてみよう〜


「けっこんのおべんきょう、むずかしいのよ」
「もっといろんな人に聞いてみよう」
「うん」

759akiyakan:2013/06/07(金) 08:35:25
※えて子さんより「花丸」をお借りしました。自キャラからは「ジングウ」、「サヨリ(企画キャラ)」、「アッシュ(AS2)」です。

「リベツ」

「カーボナイトコーティング、完了しました」
「ええ。これで取り敢えずは、安心ですね」

 ジングウ達の目の前には、バイオレンスドラゴンの成れの果てが存在していた。黒く焼けた塊と化したそれは、しかしまだ死んではいない。傷が癒えれば、これは再び活動を再開するであろう。もっとも、今はカーボン凍結によって活動を停止しているのだが。

「アーカイヴのデータも削除しましたし、もう暴れ出すような事は無いでしょう」
「……これは破棄しないんですか?」
「ええ。こうして物理的に存在させておけば、少なくともコレが何処かに行くと言う事はありません。これはバイオレンスドラゴンの肉体ですが、動かせなければ牢獄です。ここより外へ、奴が出ていく事は無い」

 言いながら、ジングウは自分よりも巨大なバイオレンスドラゴンの身体を見上げる。カーボン凍結は、生命体の活動すらほぼ半永久的に停止させる技術であり、未使用の生物兵器を保管しておく為の技術としてもホウオウグループではかつて採用されていた。一度炭素の棺に納められたものは、自力でそこから出てくる事は叶わないのだ。

「それに、今は不要でも、いつかは必要になりますから」
「ですが、ジングウさんが自分で仰ったじゃないですか。バイオレンスドラゴンは、人間に扱えるものではないって……」

 サヨリの問いかけに、ジングウは答えない。彼はただ、氷漬けになった暴虐の竜を見上げている。

「しかし……これでは復旧にしばらくかかりそうですね……」

 言いながら、サヨリは辺りを見回す。格納庫は燦々たる有り様だった。本来なら生物兵器が暴れた位では簡単には壊れない仕様になっている筈であるが、それがことごとく踏み潰され、蹂躙されている。破壊に巻き込まれた生物兵器は少なくなく、使い物にならなくなった物もある。

「不幸中の幸いだったのは、バイオドレスが無事だった事ですかね……これ、造ると高くつくんですよ、本当」
「あの……バイオレンスドラゴンは、どうしてそのバイオドレスを吸収しなかったのでしょうか」
「どういう意味です?」
「だって、おかしいじゃないですか。花丸さんのバイオドレスを自分のデータで書き換え、足りない構成素材を補う為に彼を取り込み、更には培養液を予備タンクの中身まで飲み干したと言うのに……隣にあった、もう一つのバイオドレスには目もくれなかった。周囲の物を吸収し取り込む能力を持っていて、おまけに自分と同じ素材出来ている筈なのに何故……」
「……これは私の推測に過ぎませんが、ヤツにとってはもはやバイオドレスは異物だったんでしょう」
「異物……?」
「私が考えるに、既に花丸さんのバイオドレスは何かしらの変異を始めていたのでしょう。それが、バイオレンスドラゴンにとって、自分の身体と同じ形へ組み替えるのに相応しいものだった。だからヤツは、花丸さんのバイオドレスを侵食して自分の物に変え、もう一つのバイオドレスはその変質に不要なものだとして切り捨てた」

 そう考えるのが妥当、と言外にジングウは告げる。実際のところ、ジングウにもバイオレンスドラゴンの行動理由は分からないのだろう。彼にも分からない事があるのだと思うと、サヨリは何だか不思議とホッとした。

「ジングウさんにも、分からない事ってあるんですね?」
「何を突然言いますか。この世は、私には分からない事の方が多いですよ」

 謙遜から出た言葉、などではない。自己主張の塊みたいなこの男から、そんな殊勝な言葉が出る筈はない。だが実際、ジングウはそれが本当の事だと思っているようだった。

 それは一種の悟りだと言える。多くモノを知っている人間、そう言う人間はこの世にはたくさん存在する。凡人にしてみればあたかも、それは「この世の何もかも知っているかのように」映るだろう。だが、実際のところは正しくない。知識はあってもモラルが無い、その辺りをうろついている学生などその典型だろう。結局人間は自分に、理解出来る事を知っている『だけ』でしかないのだ。

760akiyakan:2013/06/07(金) 08:35:56
「それはさておき、花丸さんの容体は?」
「先程見た段階では、まだ意識は戻っていないようでした……ドラゴンの凍結が完了したら、私は見に行く予定です」
「そうですか……あ、サヨリさん。今回の一件ですが――」
「分かってます。クロウさんを介さず、別の上級幹部を介して報告、ですよね?」
「ええ。あのカカシの目にコレが触れたら、間違い無く「破棄しろ」って言うに違いないですからね……これだからあの頑固者は……」

 苦い表情を浮かべるジングウに、サヨリは苦笑を浮かべる。嫌っている割に、クロウさんの事をよく分かっているじゃないですか、と声には出さずに呟く。

「あ、そう言えば」
「今度は何ですか」
「バイオレンスドラゴンに取り込まれた人間って、吸収されて無くなってしまうんですよね?」
「ええ、そうですね。一回起動する度に生贄が必要な兵器なんて燃費悪いですから、それも破棄した理由の一つなんですが」
「だったら、何故花丸さんは無傷だったんでしょうか?」

 カーボナイトコーティングされたバイオレンスドラゴンの腹部を見つめながら、サヨリは言う。そこはアッシュが無理矢理花丸を引き摺り出したせいか、ぽっかりと抉れて無くなっている。

「それは簡単ですよ。花丸さんの代わりに、別のものが身代わりになったんですよ」
「別の物?」
「ええ。何て言いましたっけ、花丸さんといつも一緒にいたあの蛇――」

 ――・――・――

「う……?」

 花丸が意識を取り戻すと、白い天井が目に入った。

 見知らぬ天井、ではない。ここ数日、訓練が終わるといつも担ぎ込まれている場所だ。

「医務室……か……」

 何故自分がここにいるのか。花丸は本能的にそれについて考えるのを避けていた。

「……流石に、疲れているのかな……」

 今日まで続けてきた無理が祟った。だからあんな『悪い夢』を見てしまったのだと、花丸はそう考えていた、そう思おうとしていた。

「あ、花丸ちゃん、気が付いた?」
「あ……アッシュさん……」

 アッシュが姿を見せて、花丸は安心した――見知った顔を見て安心したのか、それとも彼が『無事』な姿を見て安心したのか、花丸には判別出来なかったが。

「どう? 身体の調子は悪く無い?」
「あ、はい……ちょっと何だか、頭がぼうっとしてますけど……」
「そう……まぁ、あんな事あった訳だし、無理も無いけど……」
「……あ、あの、アッシュさん、その頭の傷は……?」

 アッシュの頭には包帯が巻かれていた。左上半分を覆うように巻かれ、瞳も隠れてしまっている。

「あ、これ? ちょっとドジっちゃってね。階段の上からステーンと」
「お、落ちたんですか?」
「そうそう。パカッて裂けちゃってもう、大変大変。父さん縫ってくれたんだけど、『貴方に麻酔は不要でしょう』とか何とか言って、薬無しで縫合してさー。もう痛いのなんのって」
「そ、それはまた……」
「その癖、ちゃんと傷口の消毒してるからねー、あの人。思わず失神しかけたよ」
「あ、はははは……」

 いつものように、おどけた調子でアッシュは言う。それに相槌を打つように、花丸は苦笑を浮かべる。

(違うだろう……何を言っているんだ、お前(ボク)は……)

 頭のどこかで、自分の声が響く。酷く冷静な声だ。冷たい眼差しで、冷めた視線で、自分を見下ろしているもう一人の自分の姿が、花丸の中に思い浮かんだ。

 アッシュは花丸に気を使っている。あの包帯は転んで怪我したものなどではない、花丸(じぶん)が付けた傷だ。よく分からない怪物の中にいて自由は無かったが、それでも花丸(じぶん)が付けた傷だ。ここで言うべきはその傷の所以などではない。

「……ごめん、なさい……」

 ぽつりと、今にも消え入りそうな声で、花丸は言った。アッシュは一瞬呆気にとられたような表情を浮かべたが、すぐに人懐っこそうな笑みを浮かべて「気にしないで」と返した。

761akiyakan:2013/06/07(金) 08:36:32
「別に、花丸ちゃんが謝る必要無いよー」
「でも僕、何も出来なくて……アッシュさんが傷付くの、ただ見ているだけで……」
「仕方ないよ。アレはそう言うものだったみたいだし」

 そう言って、アッシュは花丸を取り込んでいた怪物の正体、バイオレンスドラゴンについて説明した。それがかつてジングウの手で生み出され、彼でも扱えないと判断されて破棄された事。そしてアーカイヴに残っていたデータが花丸のバイオドレスに乗り移り、変形・変異したのだろう、と言う推測も。

「ジングウさんでも、扱えなかったんですか?」

 花丸にはその言葉が、俄かには信じられなかった。ジングウは生物兵器のエキスパートだ。花丸の様な超能力ではなく、技術によってそれを制する力がある。彼にとってはある意味、師に近い存在だ。そんな彼に扱えない、御せない生物兵器が存在する事に、花丸は想像出来なかった。

「別に、珍しい事でもないらしいよ。生物兵器を操るのも、人間と会話するのと大して変わらないんだって。元が地球上の生物だから、それなりに意思の疎通は可能だとか何とか。だから、話が通じないなら言う事を聞いてもらえない、操る事は出来ない。あのバイオレンスドラゴンは、その典型だってさ」
「は、はぁ……あれ、そう言えば……」

 何かを思い出したように、花丸は周囲を探し始めた。毛布や枕、傍においてある物入れなどを動かしている。

「どうかしたの、花丸ちゃん?」
「コハナが……コハナが見当たらないんです」
「…………!」
「いつも一緒にいる筈なのに……おかしいなぁ、どこに行ったんだろ……」
「……あのね、花丸ちゃん、」
「もしかして、アッシュさん知ってるんですか?」
「……うん。その、知っていると言うか、何と言うか……」
「?」
「花丸ちゃん、ドラゴンに取り込まれた時、コハナちゃん一緒にいたの?」
「はい、僕と一緒に――」

 そこで、花丸は硬直した。

 バイオレンスドラゴンに呑み込まれる寸前まで、コハナは花丸と一緒にいた。記憶は無いが、おそらく彼が取り込まれる時に、コハナも一緒に呑まれた筈だ。コハナは花丸の身体に巻き付いて普段一緒にいるのだから。

 そのコハナが、今傍にいない。

「あの、アッシュさん。コハナは――」
「花丸ちゃん、どうせすぐに分かる事だから、僕は隠したりしないよ」

 花丸の言葉を遮るように、アッシュは言う。

「コハナちゃんはもういない」

 瞬間、花丸は心臓を鷲掴みにされたような気がした。視界の端がぼやけ、全身に脂汗が浮かんでいく。

(いや……待って……そんな、嘘だ……)

 バクバクと心臓が早鐘を打つ。アッシュの言葉が、俄かには信じられない。

「嘘……ですよね。いつもの、冗談ですよね……」
「正直、君が無事に帰って来ただけでも奇跡なんだ。コハナちゃんは――」
「――嘘だッ!!!!」

762akiyakan:2013/06/07(金) 08:38:35
 気が付くと、花丸は叫んでいた。自分の喉から出た声に驚く。今叫んだのが自分なのだと、彼自身が信じられなかった。

「そんな、そんな筈ないです……だってコハナは、何時も僕と一緒で……」
「花丸ちゃん……」
「友達……なんです……僕の大切な、大事な友達で……家族で……」

 頬を熱いものが伝う。ボロボロと、花丸の瞳から涙が零れていた。声が震えていた。

「……信じられない気持ちは分かるよ、こんなの本当に運が悪かったとしか言いようがないし……でもね、花丸ちゃん。これが現実だ。君が現実を受け入れられなくても、事実は変わらない」

 アッシュの声は平静だった。いっそ、平坦とすら思える。彼は淡々と、花丸に現実を突きつけた。

「コハナちゃんはもういない。バイオレンスドラゴンに取り込まれて、吸収されてしまった……父さんが体内を調べたけど、見つからなかったって」
「う……あぁぁぁ……」

 コハナは死んだ。バイオレンスドラゴンに食われ、骨すら残さず。

 また花丸は、大切な仲間を失ったのだ。

「そんな……そんなのってないよ……あんまりだよ……」

 室内に、花丸の嗚咽が響く。アッシュはかける言葉が見つからず、花丸の肩に手を置いた。

763クラベス:2013/06/07(金) 23:47:51
ようやくかけたんですが、書いているうちに自分が何を言いたいのか分からなくなってきたので、支離滅裂になってる気がします…;
自キャラオンリーです。

目の前に座る客人・薬師寺院 千郷は未だ黙りこくっている。
涙で潤んだ瞳の前に手製のジュースをおいても、それに手をつけようとしない。
幹久朗は一つ溜息をついて千郷の目の前に座った。
そっとそばに寄りそうアカノミの頭をなで、彼は声をかける。

「まだへこんでるのかよお前は。」
「…」
「ありゃお前のせいじゃなかったんだ。仕方のないことだったんだ。」
「僕の…僕のせいで…」

よほど先日の出来事がショックだったのだろう。彼は聞く耳すらかさない。
キリの消失に加え、ミサキの叱咤も響いているようだった。
幹久朗はもう一つ溜息を吐くと、少し前にのめりこんだ。

「千郷、思い出すのも辛いかもしれないが、もう一度、その時のことを正確に話してくれないか。」
「…分かった…。」
千郷は覚えてる分だけ、できるだけ正確に状況を話す。
前と同じように途中から涙を流し、つっかえながら。
一通り聞き終えたところで幹久朗は腕を組み、頭をそらした。

「千郷、こっからは俺の見解だ。別に本気にしてもらわなくていい。」
幹久朗はそう前置きし、結論をまず、率直にぶつけた。

「キリは、最初からお前の為に死ぬつもりだったんじゃないか?」

「…え?」
千郷は素っ頓狂な声を上げる。まぁ、無理もないと幹久朗は続ける。
「だって妙だろ、お前の言う結界の『位置』が」

「仮に結界を張ったのが第三者、しかも千郷ないしキリの敵だったとする。今、千郷がキリを治療しようと近づいたとして、千郷、お前がもし敵の立場ならどうしたい?」
「治療を阻止…するだろうね。」
「そう、つまり千郷を近づけないよう、キリにのみ結界を張るはずだ。」
「…確かに、僕を巻き込むのはおかしいね…。」

「千郷に逃げられないようにした。こう考えてもおかしい。外部から手出しができないだろうし、キリの消滅後に結界は解除されている。」
「じゃあ、敵である第三者が結界を張る意味はない。」
「次に第三者が味方である場合だが、これはお前自身ありえないことに気づいてるだろう。」
「…うん。味方であるならキリの治療を優先させたはず。『メスが錆びる幻覚』を見せる意味がない。」
一つずつ整理しているはずなのに、頭の中が混乱するようで千郷は顔をしかめる。
「…でも、そうするメリットはキリ君にもないんじゃ…?」

「こっからは俺の想像なんだけどよ。」
幹久朗は手を組んで再び前にのめる。
「キリが相手取っていたのはおそらく件の人外狩りだ。獲物がナイフで、単独だったとはいえキリ程の奴をやれるなら数が絞られる。」
「うん、そうじゃないかと僕も思う。」
「もしさ、お前が来た段階で近くに奴がいたら?」
「…奴からみれば僕も人外だ。間違いなく攻撃対象に…あ。」

「そう、お前が来た時、近くに奴はいた。妖怪主治医であり『第二の主』と称されているお前を、キリは結界を利用して守ったんだ。」
「じゃあ、じゃあメスはどう説明するんだ!」
「…おそらく自分でなんとなく悟っていたんだろう。自分はもう長くないと。」
「そんな…!」

「治療しても助からない自分を無駄に治療し、千郷が時間をロスして逃げる暇を失うことはしたくなかった。だから暗に自分の治療を諦めろと言っていたんだ。」
結果として茫然自失のお前に逃げるも何もなかったんだろうけどな。皮肉なもんだ。と、幹久朗は呟いた。
「…ということは僕はキリ君を救おうとして、助けられたの…?」
「あくまで推測だ。真意は本人に聞かなきゃわからないがな。」

見えていなかった事実の新たな側面が垣間見え、千郷はまた涙をこぼしそうになる。
だが、幹久朗は立ち上がると、乱暴に千郷の顔にタオルを押しつけた。
「泣いてる暇があったら先を見やがれ。お前も長生きとはいえ、俺ほど生きてはいないだろう。」
「幹久朗さん…。」
「生きてりゃなぁ、辛い別れなんざ山ほどあるんだよ。それでも前に進むことは余儀なくされんだ。」

「だったら前向いて先見ようぜ。別れを忘れんなとはいわねぇが、いつまでも引きずるな。」

「当面はキリの復活に力を注ぐことになる。お前の力も必要だ。いいな?」
千郷はしばらくうつむいていたが、やがてタオルをとると幹久朗に頷いた。
「うん。僕に出来ることがあれば、何でもする。」
「よく言った。」
幹久朗は投げられたタオルを受け取った。



妖怪主治医、戦線復帰



今は兎にも角にも、友人の復活を目指す。

764えて子:2013/06/08(土) 18:04:29
「リベツ」の後の話。
Akiyakanさんから「AS2(アッシュ)」をお借りしました。自キャラからは「花丸」です。


バイオレンスドラゴンの暴走事件から数日が経った。

放課後、花丸はまっすぐ帰路につかず、少し離れた道の草むらの前に佇んでいた。
何かするわけでもなく、ただじっと草むらを見つめている。

「花丸ちゃん」
「………アッシュ、さん」

不意に背後から声をかけられ、少し驚いたように振り向く。
その声がひどく暗く、アッシュは少し面食らった。

「花丸ちゃん…大丈夫?」
「…いろんな人から、そう聞かれます」
「そりゃあ…聞きたくもなるよ」
「…僕は、大丈夫ですよ」

口の端を小さく歪めて、先程よりも明るい声で花丸は笑う。
遮光性のゴーグルのせいで表情は読みにくいが、どこか無理をしたような笑みだった。
表面上は普通だが、コハナを失ったショックから未だ立ち直りきれていないのだろう。

「そう……ここに、何かあるの?さっきからずっと見てるけど…」
「…いえ。何も……ただ、ちょっと…」
「?」
「……ここ…コハナと、初めて出会った場所なんです」
「……!」

少しだけ首をアッシュの方へ向け「ちょっと…話してもいいですか?」と、控えめに尋ねる。
アッシュが頷いたのを見ると、花丸は草むらに視線を戻し、ぽつぽつと話し出した。

「初めて会ったのは…確か、小学4年生ぐらい…僕がホウオウグループに入って間もない頃でした。コハナは…病気をしてしまったのか、生まれつきなのか、大きくなれずに他のアオダイショウより体が小さくて…鳥に狙われたり、心無い人たちにいじめられたりしてたんです。それで、ここでボロボロになって弱ってたところを、僕が拾って…」
「……」
「…最初は、自分のことを重ねてたのかもしれないです。僕も、よくいじめられていたから…同情に近かったのかもしれない。コハナも、拾った当初はすごく周りに怯えて気が立ってて…よく、噛まれたりしました。…でも、ずっと一緒にいて、二人で笑ったり泣いたりして…苦しいことや辛いことも一緒に乗り越えて…かけがえのない存在に、なっていったんです」

そこまで言うと、花丸はごめんなさい、と小さく苦笑した。

「…急に、こんな話をしてしまって。でも…誰かに聞いてほしかったんです、コハナのこと」
「花丸ちゃん……」
「…分かってます。もう、コハナはいないって…僕が泣いても喚いても、それは変わらないんだって………でも、どうしても納得できない自分がいるんです。頭では理解しているのに…『そのうちひょっこり戻ってくるんじゃないか』『帰ったらいつもみたいに出迎えてくれるんじゃないか』って…心のどこかで考えてしまう僕が、いるんです…」
「………」

アッシュは、何も言えなかった。
無理もない。友達で家族だと言っていたほど大切な仲間を、突然失ったのだ。
事実を叩きつけられても、現実が変わらなくても、「認めたくない」という気持ちがどこかにあるのだろう。
それを消し去ることは、出来ない。

しばらく、二人は無言のままだった。
時折吹く風が揺らす草の音だけが、辺りに響く。

「…帰ろうか」

やがて、アッシュが沈黙を破り、歩き出した。
少し遅れて、花丸がそれに続く。

歩いていると、背後から小さな声が聞こえた。
アッシュが視線だけ後ろに向けると、花丸が泣いていた。
ゴーグルを外し、俯いて制服の袖で零れる涙を拭っている。
歯を強く食い縛って、嗚咽を漏らすまいと、アッシュに聞かせまいとしている。

それに気づかないふりをして、アッシュは視線を前に戻し、けれど少しだけ歩みをゆっくりにして、歩き続けた。


『ごめんね』


(そんな声が、聞こえた気がした)

765akiyakan:2013/06/09(日) 12:11:58
※えて子さんより「花丸」をお借りしました。自キャラはジングウ、です。

「…………」

 閉鎖区画、生物兵器ハンガー。

 その一角に、カーボナイトコーティングを施されたバイオレンスドラゴンがあった。

 それを、花丸は見上げている。その表情は複雑だ。憎み、憎悪し、睨んでいるようにも見えるが、一方で悼み、愛しみ、今にも泣き出しそうにも見える。

 バイオレンスドラゴンの暴走から数日。花丸はこれに近付いていなかった。

 彼の心中を想像すれば無理も無い話だ。彼はこれに取り込まれ、そして彼の意思に関係無く、アッシュやマキナ、ジングウを傷付けた。それだけではなく、自分の大切な家族であるコハナの命も奪われた。花丸にとってこれは、憎悪すべき仇とも言える存在だ。

 だが一方で――彼は望んでいた。心のどこかで、バイオレンスドラゴンに取り込まれて尚も、コハナが生きているのではないか。ここへ来れば、もう一度彼女に会えるのではないか、と。都合のいい願望だがしかし、彼は本気でそうあってほしいと望んでいた。

 逃げるように鍛錬する日々を続けてきた。しかし、花丸自身、このままではいけないと思っていた。だからこうして、心の整理をつけ、ドラゴンの前に立った訳だが、

「……そんな、都合のいい事は起きないよね」

 はぁ、っとため息をつく。それは落胆したようでもあり、一方で安心したようでもあった。

「ひょっとしたら、バイオレンスドラゴンに取り込まれた相棒が、何かしらのコンタクトをしてくれるかもしれない――」
「!?」
「――そんな事を考えていた、と言ったところでしょうか。花丸さん」
「ジングウ、さん……」

 学生が着る制服の様な黒い服。その上から白衣を羽織るようにして、ジングウが立っていた。

 見た目は十四歳の少年なのに、小柄とは言え高校一年生の自分より、ずっと大きく花丸には映って見えた。そう錯覚させるだけのオーラが、彼にはあった。

「いえ、もっと貴方の望みは欲が深いですね。『ここに来れば、バイオレンスドラゴンに取り込まれたコハナが何故かいて、貴方と再会を待っている』……そちらの方がより貴方の願いに近い。違いますか、花丸さん?」
「……はい」

 俯き加減で、こくりと花丸は頷いた。それから、氷漬けになったバイオレンスドラゴンを見上げる。

「こうしてバイオレンスドラゴンを見に来れるようになって、心の整理がついたつもりでしたが……やっぱり、駄目でした。僕は今でも、コハナがいなくなった事を受け入れられないでいます。時々無性に泣きたくなる時も……あります……」

 言ってる傍から、花丸の肩が震えだした。どうにか堪えているが、それもやせ我慢だろう。

「僕は……弱いです……ジングウさんやアッシュさんみたいに、なれない……どんなに頑張って強くなろうとしても、僕は弱いままなんです……」
「そうですね、貴方は弱い」

 ばっさりと、切り捨てるようにジングウは言った。ここに第三者がいたとすれば、間違いなく突っ込みが飛び込んできそうな位、それ程に一刀両断だった。

「この世の人種は二つに分けられる。『持っている者』、『持っていない者』。この世に敷かれた、どうしようも無いルール。我々が忌むべき、神のルール。誰に対しても平等ではないと言う平等です。貴方は力を『持っていない』側の人間だ」
「……はい、そうです。僕は弱くて、情けなくて……自分の家族すら守れない……」
「――だが、だからこそ見える景色がある。いや、貴方でなければ見えない景色がある」
「……?」
「世界は二分されています。どうしようもなく、二つに分けられている。故に、中間は無い。我々が見る景色は二つの内の一つであり、もう一つは見る事が出来ない。絶対に、揺るぎ無く。『持っている者』は、『持っていない者』の景色は分からない。逆もまた然り」
「……ジングウさん、何を、言いたいのですか……?」
「言ったでしょう、貴方だからこそ見える境地があると。貴方は今マイナスだ。仲間を失い、誇りも砕かれた。どん底まで落ちた。だが、まだ果てではない。十分這い上がれる高さだ」
「……僕に、まだ頑張れって言うんですか、貴方は……?」
「……悔しくないのか、このまま神の思う壺で」
「…………」
「貴方は今、神の掌で揉まれている状態だ、玩ばれている状態だ――誰もが通る道だ。『何故、自分ばかりが』」
「…………」
「ここが境界だ、花丸。神に屈して敗北するか、神に抗って奴に敗北の味を教えてやるか」

766akiyakan:2013/06/09(日) 12:12:30
 真っ直ぐにジングウは花丸を見つめている。その眼力に圧倒されるが、これも錯覚だろう。客観視すれば、ジングウ自身はこの時花丸に威圧や強要の姿勢を見せていた訳では無い。

 それは花丸の主観が見せる錯覚だ。彼の良識、即ち「こうあるべき」と言う理想は、このまま終わって良いとは思っていない。ここで終わっては本当にただの泣き寝入りだ。奪うだけ奪われた、搾取された者の末路だ。「このままで良い訳では無い」、そんな内なる叫びが、花丸にそう思わせていた。

 だが、

「……ジングウさん、すみません」
「…………」
「僕はもう……戦いたくありません。これ以上戦って、友達を失うのは嫌です……」

 言って、花丸は頭を下げる。

 無理も無い。無々世との戦いでデルバイ・ツァロストを破壊され、フェンリルに重傷を負わせてしまった。自分の力で戦う力を欲してバイオドレスを纏ったが、ムカイ・コクジュに敗れた。そして今回、一番身近な存在であるコハナさえも彼は失ってしまった。自分が何かをしようとすれば、すべてが悪い方向へ流れていく。花丸の目には、そう映ってしまったのではないか。

 仲間を失い、誇りを砕かれた。今の花丸にはもう、戦う為の力は残っていない。誰が見ても、そう思ったのではないか。

「――コハナに、もう一度会いたくはありませんか?」
「え――」

 そんな弱った心だからこそ、悪魔は容易に滑り込む。弱った心だからこそ、その甘言を聞かずにはいられなかった。

「どう言う事、ですか?」
「バイオレンスドラゴンの性能は既に知っていると思います。あれは装着者を吸収して取り込んでしまうモノだ。しかし花丸さん、貴方は帰って来た。五体を喪う事無く、こうして無事に、です。それが何故か、貴方には分かりますか?」
「……コハナが身代わりになったから、ですか?」
「ええ。信じられませんが、彼女は自分の身を犠牲にして貴方を守ったと言う訳ですね……ですが、それだけでは辻褄が合わない」
「……?」
「対価が合わない、と言う事ですよ。当然でしょう、人間とアオダイショウですよ? 単純な質量からしてまず違う。コハナ一匹では貴方の対価に釣り合わないのです。ですが、貴方の五体はしっかり揃っている」
「…………」
「私が思うに……貴方はコハナに助けられたのではないでしょうか。つまり、バイオレンスドラゴンに取り込まれ、一体化したコハナが、その機能に干渉して貴方が吸収されるのを防いだ、と」
「っ――!?」

 思わず花丸は、バイオレンスドラゴンの方を振り返った。その表情は驚愕と期待に彩られている。

「ドラゴンに取り込まれたコハナが、まだ生きているかもしれないって事ですか……!?」
「その可能性がある、と言う話ですがね、あくまで」

 「さぁ、どうする?」とジングウは言う。

「生憎と私は魔法使いではないので、貴方の望むモノは与えられない。私が貴方にあげられるのはチャンスだけだ」

 今度は違う。言外に告げるジングウの言葉は「もう一度戦え」と言う意志だ。天秤が絶望で満たされているなら、それと釣り合うだけの希望を渡してやる。これで二つは水平だ。さぁ、もう一度抗って見せろ。言葉は無くとも、ジングウはそう言っている。

「僕は……どうすればいいんですか? どうすれば、もう一度コハナに会えるんですか……!?」

 花丸の言葉に、ジングウは満足そうに笑った。

「分かりました。貴方の覚悟を見せて貰いましょう、花丸さん」



 「抗え、少年」



(その姿は、言葉巧みに人を騙す悪魔のそれに似ている)

(しかし、人はそれ故に気付かないのだ)

(手段はどうあれ、悪魔は人の力になろうとする存在だ)

(神よりずっと、彼らは人間の傍に寄り添ってくれている)

767えて子:2013/06/15(土) 21:37:27
白い二人シリーズ。
ヒトリメさんから「コオリ」、(六x・)さんから「凪」「冬也」「不動 司」「崎原 美琴」、名前のみAkiyakanさんから「サヨリ(企画キャラ)」をお借りしました。


雨がふらなくなったから、コオリと一緒にお出かけしたの。
お外に行ったら、もっといろんな人にけっこんのこと聞けるね。

「だれに聞いたらいいかな」
「だれがいいかな」

外はたくさん人がいる。
アオたち、だれに聞いたらいいかな。

「あ」
「おねえちゃん、どうしたの?」

前から人があるいてくるの。
暗い赤の男の人と、紺色の男の人と、水色の女の人と、緑色の女の人。
アオ、あの人たち知ってる。

「コオリ、あの人たちに聞こう」
「けっこん、しってるかしら」
「がっこうでお勉強する人だから、きっと知ってるよ」

男の人たちも、アオにきづいてくれた。

「あれ?君、花丸くんのお友達の…」
「アオは、アオギリだよ」
「そ、そっか…そっちの子は?」
「コオリは、コオリなのよ」
「そっか。僕は冬也って言うんだ。よろしくね」
「私はミコトです〜。アオギリちゃんにコオリちゃん、よろしくです〜」

紺色の人はトウヤで、水色の女の人はミコトって言うんだって。
アオ、覚えたよ。

「コオリたちね、おねえさんたちにききたいことがあるの」
「ほえ?何ですか〜?」
「けっこんって、なあに?」
「えっ」

トウヤ、赤くなっちゃった。
サヨリと一緒だ。
変なの。

「え、け、け、結婚!?そ、それは、えーと…何て言ったらいいのかなぁ…」
「結婚?そりゃあ、あれだろ」
「あれ?」
「人生の墓場」

赤い男の人、そう言った。
けっこんは、じんせいのはかばなのかな。

「はかばって、なあに?」
「アオ、知ってるよ。死んだ人、はかばに入るんだって」
「めがねのおにいさん、けっこんすると、しんじゃうの?」
「えっ」
「しんじゃうの?」
「コオリ。人生のはかばだから、じんせいが、死んじゃうんだよ」
「じんせいがしんじゃったら、たいへん?」
「うん、きっと大変」

けっこんって、いいことじゃないのかな。
でも、ざっしにはいいことって書かれてた。
変なの。

「どどどどどどどうするのさ不動くん!変な感じで覚えちゃったよ!?」
「俺のせいかよ!」
「120%君のせいだよ!」

赤い男の人とトウヤが、何か話してる。
何だろう。

768えて子:2013/06/15(土) 21:38:03
「おほしさまのおねえさんと、みどりのおねえさんは、しってる?」
「結婚ですか?女の子がドレスを着て、教会に行って、好きな男の人と永遠の愛を誓うのです。そこで投げた花束を受け取った人は次に結婚できると言われています。女の子の夢ですねー」

ミコト、たくさん教えてくれた。
けっこん、女の人にはいいことなのかな。

「こんぺいとうのおねえちゃんのほんにも、おんなのひといたね」
「うん、ドレスきてたの」
「あのひとも、ちかったのかしら」
「花束、なげたのかな」
「きょうかい、いったのかしら」
「ゆめがかなったのかな」
「すてきね」
「すてきね」
「よかった……」

トウヤ、「あんしん」って顔してる。
何でだろう。

「お役に立てましたかー?」
「うん。おほしさまのおねえさん、ありがとうなのよ」
「みどりの人に、まだ聞いてないのよ」
「私か?」
「うん。けっこんって、なあに?」
「結婚か?結婚はだな、女の子の希望であり男の子の絶望だ」
「凪姉!?」

トウヤ、こんどは「おどろく」って顔をしたの。
ころころ顔が変わるね。不思議。

「きぼうと、ぜつぼうなの?」
「むずかしいね」
「むずかしいね」
「でも、たくさん教えてもらったね」
「うん。ありがとうなのよ」
「どういたしましてなのだよ」

たくさんたくさん、けっこんについて聞けたの。
ちょっと、お勉強になったかな。

「教えてくれて、ありがとう」
「コオリたち、たくさんおべんきょうになったのよ」
「あ、う、うん…」
「お勉強、頑張ってくださいね〜」

お礼を言って、ばいばいしたの。
今度はおうちで、けっこんについてまとめるの。


白い二人とじゅーんぶらいど〜もっといろんな人に聞いてみよう〜


「たくさん聞いたね」
「たくさんきいたね」
「けっこんのこと、分かったかな」
「きっと、わかったのよ」

769えて子:2013/06/16(日) 20:46:03
白い二人とじゅーんぶらいどシリーズ完結編。
ヒトリメさんから「コオリ」、紅麗さんから「アザミ」、名前のみakiyakanさんから「アッシュ」、(六x・)さんから「崎原 美琴」、名前も出ていませんが「凪」「不動 司」をお借りしました。


おへやに戻ったら、二人でお勉強。
「けっこん」のこと、たくさんきいたの、まとめるの。

「けっこんって、いいことなのかな」
「おほしさまのおねえさんは、おんなのこのゆめ、っていってたのよ」
「夢って、いいことよね」
「うん、いいこと」

ミコト、「わらう」って顔してたもんね。
けっこんって、やっぱり、いいことなのかな。

「でも、赤い男の人は、じんせいのはかばっていってたよ」
「おはかって、しんじゃったひとがはいるところなのよね」
「うん」
「けっこんすると、しんじゃうのかな」
「じんせい、死んじゃうんだよ」
「じんせいがしんじゃったら、たいへんなのよ」
「とっても大変よ」

けっこんすると、じんせいが死んじゃって、大変なんだって。
けっこんは、いけないことなのかな。

「でも、緑の女の人は、女の子のきぼうで男の子のぜつぼうって言ってたね」
「コオリ、しってるのよ。きぼうはとてもいいことなの。ぜつぼうはわるいことなのよ」
「じゃあ、けっこんは、女の子にとてもいいことなのかな」
「おとこのこにとっては、とてもわるいことなのよ」

だから、ミコトと赤い男の人だと、けっこんの意味がちがったんだね。

「アッシュは、けっこんはすきな人とずっと一緒にいることって言ってたね」
「じんせいがしんじゃっても、いっしょにいたいのかしら」
「一緒にいたいのかな」

でも、そのあとすぐにトキコにけられて、とんでっちゃった。
やっぱり、男の人のけっこんは大変なんだね。

「けっこんって、男の人と女の人でちがうんだね」
「おとこのひとにはとってもわるいことで、おんなのひとにはとってもいいことなのね」
「けっこんって、むずかしいね」
「むずかしいね」

けっこんって、とてもむずかしい。
でも、ちょっとだけ、けっこんのこと分かったよ。
だから、教えに行くの。


「リンドウー、リンドウー」
「みどりのおじさーん」
「おじさんって呼ぶなっつってんだろ!何の用だ、ったく…」
「あのね、リンドウにお願いがあるの」
「お願いだぁ?」
「うん」
「あのね、みどりのおじさん、けっこんしちゃだめよ」
「……は?」
「けっこんってね、男の人のぜつぼうなんだって」
「じんせいのはかばなの。じんせいがしんじゃうのよ」
「だから、リンドウはけっこんしちゃだめなの」
「じんせいしんじゃうから、だめよ」
「………」

リンドウ、固まっちゃった。
アオたち、変なこと言ったのかな。


白い二人とじゅーんぶらいど〜けっこんってむずかしいね〜


(その後)
(「くだらないことを言うな」と)
(二人仲良くお説教されましたとさ)

770スゴロク:2013/06/16(日) 23:42:45
クラベスさんからミサキのフラグを拾わせていただきました。むう、我ながらグダってるなぁ……


キリの消滅から、どれくらいだろうか。百物語組はここ最近激動の時間を送っている。
現在彼らが進めているのは、キリを「101話」として呼び返そう、というプランなのだが、未だ実行の段階にはなかった。彼らはその名の通り、「主」たる春美のもとに100柱の妖怪変化達が集って構成されている。現在まだ姿を見せていない面子に、先だっていなくなったキリを加えた100人。此処に「101話」を加えると、元々キリのいた話が欠番となり、話の合計が一つ増える。そうなった時、彼らに何が起きるのか、起きないのか。そこからして不明瞭なままである。

「…………」

だが、彼女こと、百物語組第七十三話・ミサキを苛立たせているのは、そのコトではない。そもそもの発端であるキリの死、その場にクランケ・ヘルパーが居合わせていたコトだ。

(どうして……!)

元怪盗一家の一人であり、今は天河探偵事務所に属する、彼。その凄まじいまでの医術の腕から、『妖怪主治医』『第二の主』との二つ名を送られるほどの、腕利きの医者。その彼をして、なぜキリが救えなかったのか。

ミサキは、彼がキリを見捨てたのだと思っていた。いくらかの時間を経、幹久朗から推測を聞かされた今でも、その疑念は胸に強く渦巻いている。これが他のメンバーであったなら、多少は頭が冷えていたのかも知れない。しかし、ことミサキという女性に関しては、それは必ずしも当てはまらない。

(やっぱり、医者なんてみんな同じよ)

彼女の妖怪としての名は「口裂け女」である。キリやタマモ、トーコやヒキコなどと同じく、元々現世に存在していた人物が死んだ後、春美に「語られる」コトで妖怪となった存在だ。そして、ミサキの疑念と苛立ちの理由は、彼女の過去にある。

事故で致命傷を負った彼女を、担当した医師は「助からない」と見捨てたのだ。しかもこの時、ミサキは己が異能である視界を乗っ取る能力、「パラサイトシーイング」によってその医師の視点から死に逝く己を見てしまった。これがために、ミサキは「医者」という存在に対して強い忌避感と不信を抱いている。

クランケと共に日々を過ごす中で、少なくとも彼に関してはそのような色眼鏡をかけずに済むようになって来ていた。が、その矢先に今回の事件が起きたコトで、それが一気に反転、根深い不信となって張り付いてしまったのである。

(彼は違う? 何も違わない……あの時の、あの医者と同じよ。助からないからって見捨てるなんて)

それに気を取られて、ここ最近頭がさっぱり回らない。
気が付くと、寺院の端まで歩いて来ていた。中ではカイムやゴクオー達が、キリを呼び戻す具体的な方法について議論している頃だろう。

「………」

本来なら、自分もそこにいなければならない。だが、あそこにクランケが、千郷がいる以上、その気にはなれなかった。そんな場合ではないと頭ではわかっているからこそ、余計に。

(どうせまた、見捨てるんでしょう……?)

そんなコトを思って踵を返しかけた、その背に、

「荒れてますね、ミサキさん」
「え?」

ここ最近聞いていない声が、かけられた。振り向くと、誰もいない。が、今度は前から声が。

「私です」
「……トーコちゃんね。何の用事?」

どんなに探しても姿の見えない、百物語組第六話「後ろの正面の誰か」トーコ。
妖怪としては「神隠し」の部類に入る彼女は、自分から姿を現さない限り、絶対にその姿を見つけるコトが出来ないという特性を持っている。無論それはミサキも知るトコロであるため、それ以上探すのはやめ、ただ耳を傾ける。

「クランケさんのコトです」
「! ……その話なら、聞きたくないわ」

にべもなく言い捨てて去ろうとするが、

「あぅっ!?」

突然足を引っかけられて転んだ。一瞬草履をはいた小さな足が見えた辺り、トーコが一瞬で前に回り込んできたのだろう。

771スゴロク:2013/06/16(日) 23:43:19
「っ、何するのよ」

起き上がる彼女に、トーコは相変わらず姿を見せないまま言う。

「聞いてもらわないと困ります。ガラクさんが凄く心配してましたし」
「……ガラク、が?」

百物語組第七話「がしゃどくろ」ガラク。身長1kmと途方もないデカさを誇るだけに、身じろぎするだけでもちょっとした地震が起きるという組の異端児だ。当然、春美や一緒に暮らしているヒキコ以外との付き合いはあまりないが、散歩好きのトーコなどは時々顔を見せに寄っている。
その彼にも、当然今回のキリ消滅に関する一件は伝わっている。

「コロさんに教えてもらったみたい。キリさんがいなくなった、その時のコト」
「…………」
「キリさんは、最後にクランケさんに『後は頼む』、って言ったそうです」
「だから、それが何なの? 助からないからって見捨てた言い訳になるっていうの?」
「そこから離れてください。それはミサキさんの思い込みじゃないですか?」

容赦のない指摘に、ミサキは頭に血が昇るのを感じた。が、それを言葉に変える前に思わぬ方向から先手を打たれた。

「うん。ミサキさん以外は、誰もクランケさんがキリさんを見捨てたなんて思ってないよ」

横合いから声。視線を向けると、立っていたのは縦ロールの金髪が印象的な、幼げな少女。

「カトレア? あなたまで……」
「どうして、クランケさんが見捨てたって思うの?」

真摯な問いかけに、「そんなの……」と言い返そうとしたミサキは、それが出来ないコトに気付いて愕然となった。

「……!?」

時間を経た今でも、どうせ助からないと見捨てた、との疑念は消えていない。だが、それを支える根拠が薄弱に過ぎた。ミサキ当人にとっては、拭いがたいトラウマがダブる重すぎる事実。だが、それ以外の面子から見ればどうだ?
カトレアにあらためて問われて、ミサキは初めて自分の疑念に対して、疑念を持った。

それは、本当に真実なのか? 誰が真実だと告げたのか?

「……………」

だが、それでも。

「……無理よ。私は、医者を信用できない」
「ミサキさん……」
「目の前に救える命があって、それを見過ごすような医者なんて、私には……」

それだけ言うと、ミサキは足早にその場を立ち去ってしまった。




「……駄目、か。ごめんね、カトレア」
「ううん……でも、どうしよう。このままってワケには絶対いかないし……」

ミサキが去った後、トーコとカトレアは顔を突き合わせて嘆息していた。ミサキの抱く疑念は、想像以上に根が深いようだ。
万が一の可能性がある限り、彼女は医者を、クランケを信用しないだろう。だが、それでは困るのだ。
キリを呼び戻すためには、後事を託されたクランケと、春美を含む百物語組全員の協力が不可欠。その中に意見や信頼の齟齬があっては、作戦を成功させるどころか逆効果になりかねない。

何より、この作戦はキリを呼び戻して終わるワケではない。一連の事態のそもそもの原因である、シン・シーがまだ健在なのである。彼ら兄妹をどうにかしない限り、また同じようなコトが何度でも起きる可能性はある。それを対処するためにも、全員の連携は必須なのだ。百物語組だけではない、探偵事務所やアースセイバー、その他協力者たちとの。

そのためにも、ミサキの疑心暗鬼をどうにかしなければならないワケだが。

「……一筋縄では行きそうにないわね」
「ともかく、一度幹久朗さんとカイムさんに話をしておくね」
「私はガラクさんのところに行くわ。もしかしたらコロさんが出て来てるかも知れないから」

それじゃ後でね、と言い交し、二人はそれぞれにその場を去った。



――――が。



「ここですか、アナタが以前来たというのは」
「ああ。そんなに前のコトじゃないケド……なんか、3年くらい前のような気がするね」
「気のせいでしょう。それより、いいのですか? これはワタシの独断なのですが」
「気にするコトはないサ、君もまた『運命の歪み』なのだから」

好転しない事態は、さらに深い最悪を呼ぶ。

「それはどうも。……では、行きますかね」
「いいだろう。なかなか『壊し』甲斐のありそうなチームだしね、彼らは」
「同感です。常時の結束は固いですが、今ならば……」



解けない糸、そして招かれざるモノ



クラベスさんより「ミサキ」十字メシアさんより「カトレア」YAMAさんより「ピエロ」をお借りしました。
フラグがありますので、拾って頂ければと。

772クラベス:2013/06/17(月) 19:21:22
十字メシアさんより「撫子」をお借りしました。
フラグ回収しようとしたけどそんな余裕も構成もありませんでした無念…。
さてここから先どうしたものですかねぇ…


「主、久しぶりに本を読みませんか。」
堅く閉じられた扉越しに、カイムは声をかけた。その手には原稿が数枚。彼自身がしたためたものだ。
「…どうですか?」
「駄目ですね。ここにいるのは違いありませんが、反応がありません。」
「そうですか…」
心配する撫子が溜息を吐く。
「いっそ扉を無理やり開けるとか。」
「そんな横暴なことできませんよ…。でも、そうでもしないと開きそうにありませんね。」

キリが消えたと報告が入ってから、春美は自室に籠りきりである。
彼女さえ先導をとれば一つにまとまることができるというのに、そんな元気は彼女にはなかった。
二人が並んで考えていると、騒ぎを聞きつけて寺院に戻っていた月光が二人を見つけた。
「カイム殿、撫子殿。春美殿の様子は?」
「一貫して変わりはないようです。」
「そうがか…。まぁ、無理もないぜよ。」

「彼女がいなければ今回の計画を実行に移せないわけですが…。」
「ん…。仕方ないぜよ。」
月光はカイムから原稿を取り上げると、扉を引いた。
鍵の掛ってない扉は案外あっさり開き、布団を被った春美が見えた。


そうよ、そうよ。
医者なんて皆そんなもの。
助かる命も助からないと切り捨てる。
私が信じていた彼だって、そうだった。

そうだと分かっているのに。
どうしてこんなに胸苦しいの?
罪悪感に苛まれるの?
彼は、本当にキリを見捨てたの?

違う。

違うって信じたい。
あの、お化けが嫌いで、強気に見せかけて、実は心優しいあの怪盗は。
私から信頼を盗んだりなんかしないって信じたい。

信じたいのにどうして。
信じられないのはどうしてこんなに苦しいの。
誰か助けてよ。
誰か、誰か。
誰でもいいの。

そう。
例え奇跡が起きて、あいつが違うって言ってくれるとしても。



戸惑う、惑う

773十字メシア:2013/06/17(月) 21:38:40
>スゴロクさん

フラグを拾いたいのですが、どんな展開(阻止など)に持っていってもいいでしょうか?

774スゴロク:2013/06/17(月) 21:42:20
>十字メシアさん
どうぞどうぞ、一向に構いません。

775十字メシア:2013/06/17(月) 22:31:55
>スゴロクさん
ありがとうございますm(_ _)m

776えて子:2013/06/23(日) 19:15:40
白い二人シリーズ。
ヒトリメさんから「コオリ」、スゴロクさんから「火波 スザク」、名前のみ「クロウ」、名前のみ紅麗さんから「アザミ」をお借りしました。


今日は、コオリと二人でお出かけ。
「れすとらん」ってところに、おひるごはん食べにいくの。

「こんぺいとうのおねえちゃん、おかねもったの?」
「持ったの。コオリ、ハンカチとちりがみ、持った?」
「もったの」

じゅんび、大丈夫ね。
まいごにならないように、手をつないで。

「しゅっぱーつ」
「しゅっぱーつ」

れすとらんに、しゅっぱつするの。
リンドウに「ずかい」で教えてもらったから、それを見ていくの。

「れすとらん、どこかなあ」
「どこかなあ」

はじめての道も、いっぱいあるの。
れすとらん、見つけられるかなあ。

たくさんたくさん歩いてたら、おっきなたてものを見つけたの。

「れすとらん、ここかなあ」
「ここかなあ」

れすとらんって、どんなたてものなんだろう。
リンドウに聞いたら、知ってたかなあ。

「あれ?アオちゃん、コオリちゃん?」

たてものをじーっと見てたら、名前をよばれたの。
そっちを見たら、トキコがいたの。
赤い女の人も、いっしょ。

アオ、この赤い女の人、知ってる。
赤い女の人も、アオのこと、覚えてたのかな。
「あれ」って言ったの。

「君、あの時の…」
「?鳥さん、知ってるの?」
「こんぺいとうのおねえちゃん、しってるの?」
「うん。公園でごっつんこしたときに、しんぱい、してくれたの」

ぶらんこからおっこちたときに、「大丈夫」って聞いてくれたの。
アオ、覚えてる。

「お名前、とりさんっていうの?」
「え?あ、まあ、うん…ホントはスザクっていうんだけどね」
「スザクっていうの?アオは、アオギリなの」
「コオリは、コオリなのよ」
「そうか、改めてよろしく」

『じこしょうかい』は大切なの。
アオも、コオリも、きちんとお勉強したのよ。

「それで、二人ともここで何してるの?」
「アオたち、れすとらんに行くの」
「おひるごはん、たべるのよ」
「ここ、れすとらん?」

アオたちが見てたおっきなたてものを指さして聞いたら、トキコは「そうだよ」って言った。
やっぱり、ここがれすとらんなんだね。

「二人で来たの?」
「うん」「うん」
「…二人だけで?」
「うん」
「ふたりで、きたのよ」
「…ここに来ること、誰かに言ってきた?」
「…。コオリ、言った?」
「ううん。コオリ、いってないの」
「アオも、言ってないの」

コオリといっしょに首を振ったら、トキコが青くなったの。
赤いのに、青いの。変なの。

「ご、ご飯食べたら帰るんだよね!?」
「うん」「うん」
「じゃあ早く食べよっか!鳥さんも、ちょっと早いけどいいよね?」
「え?あ、ああ、いいけど…」
「よし決まり!じゃあいこいこ!!」

トキコ、アオたちの背中ぐいぐい押すの。
何でだろう。

777えて子:2013/06/23(日) 19:17:51



れすとらんに入って、みんなですわったの。
アオとコオリがおとなり。トキコとスザクがアオたちとはんたいがわ。

アオとコオリは、おっきいオムライスにしたの。
二人でひとつ。いっしょに食べるのよ。

「おいしいね」
「おいしいね」

オムライス、あつあつなの。
こぼさないように、気をつけないとね。

「あ」
「こんぺいとうのおねえちゃん、どうしたの?」
「コオリ、ケチャップついてるの」

コオリの口、ケチャップいっぱいついてたの。
ハンカチでごしごししたら、とれたみたい。

「おねえちゃん、ありがとうなのよ」
「はは、アオギリにもついてるじゃないか」
「?」

スザク、「わらう」って顔をして、アオの口ごしごししたの。
アオにも、ケチャップついてたのかな。

「ありがとう」
「どういたしまして」
「…アオちゃん、いいなあ…」

トキコ、ジュースをストローでぶくぶくしてた。
何でだろう。

「…スザク、スザク。それなあに?」
「ん、これ?これは鶏の唐揚げだけど…珍しい?」
「うん。アオ、はじめて見たの」

からあげって、不思議な形してるのね。
アオ、はじめて知ったの。

「とりさんのおねえさん、とりさんたべてるの?」
「え?う、うん…」
「コオリ、しってるよ。こういうの、ともぐいっていうのよ」
「なっ!?」
「ぶはっ!!」

スザク、「おどろく」って顔をした。
トキコは、ジュースをぷーってふいたの。

「コオリ、物知りね」
「ごほんに、かいてあったのよ」
「あはははははははは!!とっ、共ぐ…そうだね、おんなじ鳥さんだもんね!!あははははは!!」
「ち、違うぞ!?朱雀と鶏は違う種類だ!共食いじゃない!!」
「ちがうの?」「ちがうの?」
「違うの!」

スザクもとりさんで、からあげもとりさんなのに、いっしょじゃないんだね。
とりさんって、不思議。

778えて子:2013/06/23(日) 19:19:23



「「ごちそうさまでした」」

オムライスを全部食べたら、きちんと手をあわせてごちそうさまするの。
あいさつ、大切なの。

「あ、アオちゃん、コオリちゃん。お金はあとで一緒に払っておくよ」
「いいの?」「いいの?」
「うん」
「トキコ、ありがとう」
「あかいおねえちゃん、ありがとうなの」

おさいふからお金を出して、トキコに渡したの。

「これで、だいじょうぶ?」
「大丈夫!」
「ありがとう」「ありがとう」

トキコ、すごいなあ。
アオたちのわからないこと、いろいろ知ってるの。
たのもしい、ね。

トキコとスザクにばいばいして、れすとらんを出たの。

「おいしかったね」
「おいしかったね」

オムライス、おいしかったの。
トキコ、スザクといっしょだと、いつもとちがうトキコだったの。
不思議。

また、れすとらんに行きたいな。
リンドウ、おしごとでいっしょに行けなかったの。
こんどは、リンドウたちもいっしょがいいな。


白い二人と赤い二人〜レストランでおひるごはん〜


(その後、帰った二人は)
(二人を探していたリンドウとクロウに)
(「勝手に遠くまで出歩くな」と怒られましたとさ)

779紅麗:2013/06/24(月) 01:11:21
「振り返らずに」の続きです。早く書いていかなければ…!
お借りしたのは(六x・)さんより「凪」SAKINOさんより「カクマ」でした!
自宅からは「榛名 有依」「高嶺 利央兎」「榛名 譲」「ハーディ」
「ヤハト」「ミハル」です。



『今度、』

「?」

『今度、もしまた会えた時は――私の故郷の綺麗な風景を、キミ達に見せてあげるよ』

「「ほんとぉ?!」」

『あぁ、ほんとうだ』

「やくそくだよっ!」

『ヤクソクだ』

「「またねー!」」

『あぁ、また、いつか――』


――――・――――・――――


「…ここ、か」

ざ、っと進めていた足を一旦止める。ユウイはあの『色のない森』へ辿り着いた。
ここまで、小さな白い鳥が何度も自分達の前に現れていた。その鳥を追いかけて、ここまできた。
その鳥が夢で出会った「白い女性」なのかどうかはわからないが…夢の中で出会った女性は言っていた。『私が道案内をする』、と。

「ここから見ると、普通の森だけどな」
「ユウイ、もうやめておいた方が…」
「イイヤ…、だめだ。行かなきゃ、だめなんだ」

リオトが心配そうにユウイの肩を掴む。しかし、ユウイは直ぐに首を横に振った。
此処まで来たらもう、立ち止まらずにはいられない。
彼女の瞳には、強い決意が込められていた。

今まで見たことのないユウイの表情に、リオトは言葉を失った。何も言わず肩から手を離し、森を睨みつける。
どうか、何もないように。ユウイをこれ以上闇へ引きずりこもうとするものがないように。そう強く願って。

「凪、ユズリ、平気?」

「あぁ、問題ないね」
「平気なのだよ。さくっと終わらせてしまおう」

頼もしい仲間の言葉に、ユウイは自然と笑みを浮かべた。

――――・――――・――――

周囲を警戒しながら森の奥へと進んでいくと、何やら男二人が言い争うような声が聞こえてきた。

「アタシ達の他にも、此処に来てる人がいたのか…」
「―――!あいつッ!」
「……あ…!」

リオトのクラスメイトである「カクマ」と、榛名姉弟がついこの間遭遇した「ハーディ」という男。
その二人が、この「色のない森」の中にいた。

「カクマ、ハーディさん!」
「うわっ、なんでお前らが此処に来てんだよ!」
「君達…!どうして、こんな所に!」

カクマにはそっくりそのまま言葉を返してやりたい。
そして近付いてきたハーディは、明らかに怒ったような表情をしていた。

「ここが、どれだけ危険な場所かわかっているのかい?!」
「ごめん、でも…アタシ、どうしても此処に来なきゃいけない気がして…。
「ヤハト」って人を助けて欲しいって、白い女の人に言われて…。」

途端。ハーディの表情が変わった。まるで信じられないもの――お化けかなにかを見ているかのような表情だ。
その表情を隠すように、帽子を深く被り直した。

「…勝手に、すればいい。何があっても、私は知らないよ」
「いいよ。アタシが勝手に来てるんだもん。用が終わったらすぐ帰るからさ」

ユウイは余裕たっぷりな表情で笑ったあと、じとっとした瞳でカクマを見て、

「カクマ、あんた、帰らないの」
「あー、もうちょっと奥の方見て何もねーようなら帰るよ」
「そ、じゃあ一緒に行こう。一人だとなんかあった時危ないし」
「仕方ねーなぁ、少しだけだからな?」

――カクマと、ハーディの二人が仲間に加わった。ハーディの方は、何か難しい顔をしていたが…。
とにかく、なんだっていい、この森の奥に行けば「ヤハト」とあの女性を救う何かがあるはずなんだ。
アタシにしかできないこと。…必ず、成し遂げてみせる。

780紅麗:2013/06/24(月) 01:13:06
――――・――――・――――

歩いていると、段々と景色が変わってきた。「色のない森」その名の通り、木々の色が無くなっている。色を失う途中の樹もあった。
幹が緑であったり灰色であったり、なんとも、気味が悪い。七人は更に警戒の色を強める。

そしてさらに歩くこと数分。もう周りの木々は完全に色を失っていた。地面も、草もだ。まるで灰色一色の道を歩いているかのよう。
目の前に、明らかに他とは違う大樹が見えた。もちろん、それも色を失っている。その樹を囲うように存在している泉も同じだ。色がない。
大樹の周りには木は殆どなく、広く丸いスペースの真ん中に大樹が存在している。まるでその大樹が祀られているかのようであった。



そして、



「ユウイ?」
「み、ゆ…?」


―――ユウイのよく知る「少女」が、そこにはいた。


「あっは!やっぱりユウイだー!久しぶり。元気だった?」
「………あ」

ユウイが話し出す前に、リオトが走り出した。
見たことのない顔で、目の前に現れた少女に向かって、まるでそのまま体全体で突進でもするかのように。
隠し持っていたカッターの刃を手馴れた手つきで出し、素早く己の腕に傷を付ける。
ユウイは思わず眼を背ける。その光景を見ていた凪、カクマらは全員目を見開き驚いていた。
血が辺りに飛び散るが、それらは直ぐに鋭い針の形に変化し少女を襲う。

「うぉおおおおおおおおおおおおおッ――!!!!」

かと、思われた。が、

「ッ!?」

つい先ほど自分が付けた傷を、自分の血を固めて塞ぎながらリオトは急ブレーキをかけ、「少女」を見た。

おかしい。リオトは間違いなく少女に向かって、血の針の攻撃を仕掛けたはずだ。
見間違いじゃなければ、その針は少女の心臓目掛けて飛んでいったはずだ。


だが―――少女は怪我一つしていなかった。


信じがたい話ではあるが、「針は少女をすり抜けた」と、考える他なかった。

「ふふ、びっくりしてる?びっくりしてるよね?」

光のない目で、にたぁ、と気味の悪い笑みを浮かべる少女。
言葉を失っている全員に言い聞かせるように、両手を広げて言った。

「どうして今の攻撃が私にあたらなかったんだろう、って!」

「ミユ…お前、死んだんじゃなかったのか」
「えへへ、久しぶり、凪。元気だった?いつ振りだろ?」
「なんで、どうして、ミユ、が…」


ユウイは恐怖で声が震えた。


この、「ミユ」という少女は、




自分が殺したはずの――殺されたはずの、「親友」――

781紅麗:2013/06/24(月) 01:17:21
「まったく、リオト君も相変わらずだね、いつでもユウイのことばかり」
「黙れ…」
「あぁ、こわい、こわいわぁ!」

両手を頬に添えながら、わざとらしく怯えたフリをするミユ。
細眼でユウイの表情を伺い、再び笑みを浮かべた。

「…ふふ、じゃあそろそろ私がなぜここにいるのか、それを話しましょうか」
「…み、ゆ」
「ぶっちゃけた話、私もう死んでるのよ」
「え?」

あまりに突飛な話に、ユウイは短く声を漏らした。
親友は、死んでいる?……あ…いや、そうだ、それは当たり前だ。自分が殺してしまったのだから。
殺したのに、存在している。喋っている。笑っている。…どうして?

「ゆう、れい…?」
「ぴんぽーん!だいせーかいっ」

わぁい!とミユは両手をあげて喜んだ。

「幽霊なんて、そんな馬鹿な話があるか!」

姉の怯える姿を見て、いてもたってもいられなくなったユズリが怒鳴る。
リオトはただただ、殺意のこもった瞳でミユを睨みつけていた。

「不思議よね、ここって。前々から変な土地とは思っていたけど、まさか幽霊まで生み出せちゃうなんて…、ね」
「…お前の目的は一体何だ」

今までだんまりを決め込んでいたハーディがミユに話しかけた。聞いたことのない、とても、「怒り」の混じる声で。

「よくぞ聞いて下さいました!私が幽霊になってまでしたかったこと…それは」


榛名 有依をもう一度殺すこと!


その言葉を合図に、リオトがカッターで腕を切りつけ、
凪が「氷の悪夢」で氷の剣を作り出し、ユズリが「鋏の悪夢」で巨大鋏を生み出した。

「だけど、そっちは「幽霊」だろ?姉貴に攻撃できる手段が…そっちにあるのか?!」
「やだなぁ、弟君ったら。ユウイを殺すのは私じゃないわよ」

森が、ざわめきはじめる。

「私はね、ユウイがこの世からいなくなればそれでいいの!死ねば!死ねばそれでいいのよ!!」
「な――」

ミユの叫びと同時に、数匹の大きな猫が森の奥から飛び出した。その猫には眼がなく、全身が黒。例えるなら影で作られたような――
突然の出来事に、リオトは反応が遅れ、猫の鋭い牙が腕に食い込む。

「が、ァあッ!?」
「リオ兄っ!」

リオトが悲鳴を上げるが、さすがは戦闘慣れしてるだけあるのか、即座に噛まれた部分から流れ出た血を変形させ、鋭い棘を作り上げる。
それは頭を容易く貫き、猫の体から力が抜けた。その瞬間、猫は細かい光の粒となって消滅する。

「……く、そ…油断した」

「ユウイ以外はアレに任せるとして…さ、ユウイはこっち!」
「……え?」

恐怖の連続で頭が回っていなかったユウイ。自分の立っている地面から棘の先端のようなものが突き出していた。

「え、何、こ―――」

肉を裂くような音と共に、幾つもの棘が空へ向かって伸びた。
きっと「ミユ」はユウイとリオト達を隔てる壁、一対一となれるスペースを作りたかったのだろう。だが、

「は、はーでぃ、さん…?」
「ぼーっとするな!また死にたいのか!?」

肩に傷を負ったハーディが、いた。
おそらく棘が伸びる直前に、ハーディはユウイを突き飛ばしたのだろう。もう少し飛び出すのが遅れでもしていたら自分が串刺しになっていただろうに。

「あーらら、邪魔なのも入っちゃったな…ま、いいか。一緒に殺せば」
「これ以上…私の森を汚すな…!」
「みんな…」

…まさか、こんなことになるだなんて。
自分が殺した親友が、「幽霊」という形で現れるだなんて、誰が予想しただろうか。
先ほどリオト達を襲った大型の猫が数匹現れた。涎を垂らしながら、ゆっくりと近付いてくる。

782紅麗:2013/06/24(月) 01:17:54
―――アタシは、また死ぬのかな。



―――いやだ、しにたくない。…もう死にたくない!




逃げるか。

戦うか。

逃げるか。

戦うか。

逃げるか。

戦うか。

逃げるか。



(―――戦う!!)


立ち上がったユウイの瞳が、灰色に輝いた。
同時に、生み出された猫が駆け出す。

「う…ぉおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッッッ!!」


―――・―――・―――


「く…!」

噛まれたところから流れ出る血を止めながら、リオトは他三人の表情を見た。
三人は確実に「恐怖」を植えつけられていた。あのカクマでさえ、笑顔ではあるが冷や汗をかいているほどだ。

(なんとかして…ここを生き延びねぇと…!)

「おい、三人とも、オレの言うことを聞け…!」
「真っ先に敵さんにやられたくせに、何を偉そうに…!」
「カクマうるさい!とにかくだ、この中で一番戦闘慣れしているのはオレだ。
いいか?もう一度言う。死にたくなきゃ…オレの言うことを聞け!オレの傍に来い!」

四人は一箇所に集まると、それぞれ背中合わせになり、武器を構えた。


「おそらく、こいつらはユウイとミユの決着が付くまで消えない。
それまで、とにかく奴らを殺し…だと言葉が悪ぃな。消しまくれ。」


「やっと…俺の練習の成果が発揮できるってわけ、だな。凪、そっちは大丈夫か?」


「……あぁ、正直、とても恐ろしいが…やるしかない」


「いいねぇ、思う存分暴れられる。お前ら、俺の脚引っ張んじゃねーぞ?」



「よし、―――行け!!」



Attack on ×××


――――・――――・――――


『……ヤハト』

「なんだ?」

『…キレイね、ここ…』

「……私の、好きな場所だ」

『…………ずっと』

「…?」

『…ずっと、こうしていられたら、いいね』

「…あぁ」

783紅麗:2013/06/24(月) 01:24:11
【実在アウトロー】に続きます。
お借りしたのは思兼さんより「御坂 成見」「橋元 亮」「巴 静葉」十字メシアさんより「葛城 袖子」スゴロクさんより「夜波 マナ」
自宅からは「フミヤ」でした。


「ついたー!」
「……だ、だいぶ、距離あるんだね…」

ふぅっ、と息を吐き涼しい表情をしたフミヤの後ろから、ぜぇぜぇと息を切らした袖子がやってくる。
急に動かしすぎてがくがくと震える足を、両手で落ち着かせつつ息を整えた。

「袖子、大丈夫?」
「だいじょうぶ…」
「ねーさん、体力ないね」
「うるさいな!」

「…で、ここで何をするんだ?」

これまた涼しい顔をしてやってきた二人、亮と静葉。
「睨んでいる」と言われても仕方がないような瞳で、静葉はフミヤを見つめた。
にぃ、とフミヤは笑うと、

「えっとね、化け物を探す!」
「化け物だと?」
「ちょっと、恐い顔しないの、静葉」

「そうなんだ、ここ最近、「この森で化け物を見た」だとか「恐ろしい声が聞こえる」とかいうウワサが絶えないんだよね。
今のところ死人とかは出てないみたいなんだけれど…警察やら何やらがここに手を出す前になんとか調べておきたくて。」
「ウチも立場上、いかせのごれの異変について放っておくようなことはできないから…」



「……命に関わるようなことがあれば、すぐに帰らせてもらうぞ」
「その時はおれ達だって逃げるさー。なぁに、今まで死人は出てないって言ったろ?だぁーいじょーぶだって!
さー!『色のない森へ入りますよー!みなさーん!』」

まるで観光名所を案内するのお姉さんのように、片手を上げて森へと入っていくフミヤ。
何があっても変わらないその彼の態度に、静葉は大きな溜め息をついた。

「あいつは、なんだってあんなにテンションが高いんだ…?」


――――・――――・――――


森の中を歩き回ること数十分。
彼らの探す「化け物」とやらは、一向に姿を現さなかった。
「色のない森」と言われているこの場所だが、今のところ色がなくなっているところはない。
見えているのは、どこまでも続く緑の道。そう、どこまでも続いている。


―――異変に真っ先に気が付いたのは、亮だった。


「…おかしいな」
「どうした?」
「さっきから景色が全く変わっていない気がする」
「森なんだから、そう思うのは当たり前じゃないか?」
「いや、でも、なんか…」
「私も、そんな気がするわ」

………?

「ウェ?!」
「誰だお前?!」
「っうわあびっくりした!君は…」
「こんにちは、お兄さん」
「え、だれ?」

いつの間にか化け物を探し隊に紛れ込んでいたのは青い髪と無機質な目付きが特徴な「夜波マナ」だった。

「おれがこの間レストランに行った時に知り合った子さ」
「……夜波マナです。よろしく」

マナは静かな声で袖子を初めとする四人に挨拶をする。
そしてくるりと背を向けると、森をきょろきょろと見渡し始めた。

「……だめね、気配は感じるのに、先に行けない…」
「君は、どうしてここに?」

マナは振り返らずに答える。

「……一つは、貴方が心配だったから。貴方みたいなヒトは早死にする。絶対」

うへぁ、とフミヤが間抜けな声をあげる。
その隣で袖子がうんうんと頷き、亮、静葉、成見も「あぁ、確かに…」と言いたげな表情を見せた。

784紅麗:2013/06/24(月) 01:25:37
「そしてもう一つは、この先に私の友達がいるから」

「ともだち?」
「俺達以外にも、ここに来ている奴らがいるのか?」
「えぇ、とてもたくさん。その中に…私の友達がいる。とても、大切な」

「助けないと…大変なことになる、きっと。 一人で抱え込んで、一人で壊れていくような子なの」

「そう……じゃあさっさとこのループの謎を解いて、先に行かないとだね?」
「そうね」

けど、とマナが小さな声で言う。

「こんな現象…一体、どうすれば」
「あ、猫だー!おいでおいで」

マナの呟きをかき消すように、野良猫を見つけた亮が、嬉しそうに声を上げながら猫に近付こうとする。
しかしそれを、成見が止めた。何故だか、その手は震えている。

「…なんだか、様子が変だ…」

直後、猫がふらふらと揺れ、それから地面に伏した。立ち上がろうとすることはなく、ぴくぴくと痙攣している。

「―――――!」

その瞬間に、見えた。見えてしまった。成見は見てしまった。
この猫に何が起こったのか。……この先に、何がいるのか。

「う、……」
「成見くん、どうしたの?!」

突然頭を抱えこみ座り込んでしまった成見の肩を抱き、亮は顔を覗き込む。
成見は頭を押さえたまま、顔を上げようとはしない。見たくもない「過去」の出来事が、流れ込んでくる。

――独りでに動く植物の蔓が、猫を絞め殺している光景――

「みんな…!」

片手で頭を押さえながら、成見は立ち上がった。
顔色が悪い。少々大人びてはいるが、それでも12歳の少年だ。精神的にくるものがあるのだろう。

「ここから、動かない方がいい…この先にいったら、きっとみんな死ぬ――!」

「死ぬ」…その言葉にフミヤたちは凍りついた。
ぐ、と拳を握り締め、今にも殴りかかりそうな勢いで静葉はフミヤに近付いた。

「フミヤ!お前、前に一度此処に来たと言っていたな?!
どういうことだ?!お前まさか…最初から俺達を騙して――!」
「いや、おれが前に来たときにはこんなことなかった!道がループするなんてこともね。」
「……私も、こんなことになるだなんて聞いたことがないわ」

このいかせのごれの情報を全てと言っていいほど把握しているマナでさえわからないこと。
フミヤは苦笑いしながら軽く「は」と息を吐くと、

「…どうやらおれ達、とんでもないことに巻き込まれてるみたいだね…」

(とにかく、ナニカを怒らせたりしないようにここで大人しくしているしかないか…?)


色のない森

785思兼:2013/06/24(月) 21:16:45
別の視点からのお話です。


【電脳ヴィジョン】


―第6話、人工物の話―



「ご主人!ご主人!起きてください!朝ですよ!」


「んぁ…もうそんな時間か。起こしてくれてありがとうな、アイ。」


朝日はとっくに昇り外は明るくなっていたが、締め切ったカーテンに包まれた俺の部屋には関係のない話だ。


少し眠い目を擦り正面を見ると、濃藍色のツインテールの髪に青い目という人間として珍しいというかありえない色の少女が
青色のパジャマ姿で両手をわたわたと振っている。

ちなみにコイツ、色だけが突っ込みどころではない。

なぜなら宙に少し浮いてるし、身体が少し青色に発光しているからだ。


まぁ、慣れたら驚きもしないけどな。



そんな奇抜な少女に起こされた俺の名前は霧島 優人。

いかせのごれ高校に通う学生だ。

奨学金や将来の融資やらで働きもしないで結構裕福な一人暮らしを満喫している。



特別なことをしたつもりはない。

ただ、なんか高校入試で500点満点取ったらいきなり大学やら企業やらから将来の話をされて、
春にあった統一模試で偏差値78.4とか取ったら、こんな生活になっただけだ。

それ以来学校じゃクラスメイトに「おまえなんでこんな落ちこぼれ高校に来たの?」って言われるし、
担任以外の教師はよそよそしい態度するしで居心地悪い。

ただ少々いい点数取っただけだろ?

いかせのごれ高校に来たのは家から近かったからだっつーの。


まぁ、あいつらから離れて一人暮らしができるようになったのだけは良かったけどね。

786思兼:2013/06/24(月) 21:19:05


それより、俺はアイがうちに来たことの方が良かったと思う。


アイとはさっきの奇抜な奴のことで、どういう原理か知らないが俺のパソコンの中から『出てきた』

なんか人工知能が身体をつけられたみたいな感じで、服をネットからダウンロードしたりパソコンの中に入ってネットサーフィンしたりと
よくわからんことをしてるけど、いちいち気にしたら負けだと思ってる。

過去のことはわからんけど俺を『ご主人』って決めたらしく、いろんな手助けをしてくれるし話してて面白い奴だし、そこらの人間より
遥かに好感の持てる奴だな。







一通りのことを終え、アイがトースターに入れててくれたパンを喰いながらニュースを見る。

相変わらずどうでもいいことしかいわねぇなこいつらは。


「ご主人、なんか言ってることがゴミクズですねこの人たち。」

「言ってやるな、こいつらも仕事で言ってるんだからな。」


ふよふよ浮きながらテレビを見ていたアイがそんなことを言い、俺が答える。

ちなみにコイツ、物は食べられるが特に食事をする必要は無いらしい。

睡眠も必要は無いらしいし、何て言うか便利な身体だ。

俺だったら…毎晩徹夜でネトゲしたり映画三昧にするな、うん。



「それはそれとご主人、今日は放課後あそこに行くんですか?」

「ん?ああ、行くよ。アイも来るんだろ?」

「それはそうですが…ご主人、今日は『特別教育相談』でしたよね?放課メッチャ早いんじゃないですか?
団の皆さんの都合と合うのですかねぇ。」

「あ…そうだっけ?面倒だなぁ。」


アイに言われて思い出し、顔をしかめる。

787思兼:2013/06/24(月) 21:22:24

『特別教育相談』

なんて言えば聞こえはいいが、要するに大学やら企業やらのプレゼンテーションを聞くだけだ。

俺を早いとこ引っこ抜きたいらしく、学校もいくら貰ったかは知らんがやたら積極的だし。

その日はそれだけで午前中のうちに俺だけ放課(元々授業受けなくてもいいって言われてるが)っていいこともあるが。


「まぁ、集会所に居ればそのうち集まるだろ。アイはどうする?」

「ん〜私はご主人のクラスに遊びに行こうかと。少しの間ケイイチ君たちと話してませんし。」

「また『日高 愛』に化けて行くのかい?まぁ、面倒な連中にばれないようにね。」

「はいっ♪」


そう言うとアイは一瞬で制服姿で黒髪黒目に変化した。

着替え変装も一瞬とか、ホントに便利だなコイツ。


「んじゃ、そろそろ行くか。」


皿を片付けて、俺とアイは家を出た。





―――――――――――――――――




ま、人目というのは慣れないもんだな。

学校に近づいて、生徒が多くなった途端にあっちこっちでヒソヒソ話だ。


でも諦めは肝心、もう気にしないようにはしてるがな。


そんなことを思ってると、いきなり目の前に長身の少女が現れた。


「優人、アイ。」

「お、アリスじゃないか。これから学校か?」


こくんと頷くこいつはアリス。

まぁ『友達』ってところだが、事情は結構複雑だったりする。


「静葉が今日は少し早めに来てほしいって言ってた。僕も放課後すぐに行く。」

「あ?丁度良かったな。俺は今日は早く終わるからな。」

「良かった。じゃあ、僕はこれで。」


なんて言ってアリスの奴はそそくさと校門をくぐって行ってしまった。


「あー何か、団長がせかしてるってことはやな予感がするなぁ。
ま、考えても仕方ない。さっさと行くか。」

「あ、じゃご主人。私は2-1に行ってきます。」

「おう、正体ばれないようにな。」

アリスに続いていそいそと校舎の中に入って行ったアイを見送りながら、俺も面談場所の化学講義室に足を進めた。



この日を境に、俺はこの街の暗部を知ることになるとも知らずに。




<To be continued>

788思兼:2013/06/24(月) 21:23:58
<キャスト>
アイ(思兼)
霧島 優人(思兼)
アリス(思兼)
ケイイチ(本家様)

789スゴロク:2013/06/24(月) 22:13:05
紅麗さんの製作された修学旅行トレス動画……の女子部屋編、です。時系列は考えていない単発ネタです。


自キャラは「火波 スザク」しらにゅいさんから「トキコ」砂糖人形さんから「ネイロ」「ユウム」紅麗さんから「榛名有依」akiyakanさんから「コロネ」CHANGELINGさんから「水野 瑠璃」十字メシアさんより「乃木鳩 蛍」をお借りしています。一部キャラが掴めていないので多分に独自解釈が入っております(謝

「トーキング」シリーズに則り会話文オンリーです。



「……さっきからなんか男子の方がうるさくないか?」

「勇者がどうのこうのって聞こえたけど……」

「ゆーしゃって、何それ? いい歳して厨二発症?」

「よ、容赦ないね、ユウムちゃん」

「単にいつもと違う状況だからテンション上がっただけでしょ。全く子供なんだから」

「子供、ってネイロ……同世代だろ、アタシら」

「精神年齢の話よ。少なくとも、こんな夜中に馬鹿騒ぎしないくらいには大人よ、私」

「ネーちゃんが言うと、なんか重みあるね」

「そういうトキコは半分くらい子供だろ、中身」

「中身が男の子の鳥さんに言われたくありませんよー、だ」

「む、うっ、ひ、否定できない……」

「鳥さん、そこは否定しようよ!?」

「あーあーあー、痴話ゲンカはその辺にしとけ、二人とも。それに瑠璃も大声出すな」

「ご、ごめんなさい、蛍さん」

「そういえば鳥さん、昼前からるりりー変じゃなかった? 何かやたらテンションの浮き沈みが激しいってゆーか」

「るりりーってお前ね……けど確かにおかしかったよな、どうしたんだ?」

「その、本、今日全然読んでないから、落ち着かなくて」

「……禁断症状?」

「あの、それってもう中毒ってゆわない?」

「手段が目的、の典型ね。本好きもいいけど、少しは他の楽しみも見つけたらどうかしら」

「他の……あ、お掃除かな」

「あー、瑠璃ちゃん綺麗好きだもんねー」

「うん。机の周りとか、椅子の下とか、ホコリが落ちてないかいつも気にしてるから」

「いつも?」

「そう、いつも。ちょっとでも落ちてたら徹底的に掃除しないと気が済まなくて」

「……なぁ、それは潔癖症って言うんじゃないのか?」

「同意見だ、ユウイ。というか瑠璃、お前極端すぎ」

「えー……?」

「えー、じゃなくて。もっとおおらかに生きろよ」

「まーまーホタルさん、その辺にしよ。別に神経質だからって死ぬわけじゃないんだから」

「そういうコトじゃなくてだな……ま、いいか。せっかくの修学旅行なんだ」

790スゴロク:2013/06/24(月) 22:14:16
「そうそう、楽しまないと損だぞ。な、コロネ」

「同感、同感。……ところで鳥さん、最近何かあった?」

「へ?」

「や、いきなり物腰が不自然になった時あったじゃない? 元に戻ってから前より変わったみたいな気がするんだけど……」

「そ、そうか? 僕は別に……」

「? そう?」

(と、鳥さん、コロネちゃんまさか気づいてる?)
(いや、多分無自覚に「感じ取った」だけだ。下手に反応するより流した方がいい)
(う、うぃーす)

「話は変わるけどさー、スザクってなんか妙に旅慣れてるよね」

「あ、それ私も思った。昼間の寺社巡りも勝手知ったる、って感じだったし」

「……そりゃ、一度来たからな」

「???」

「あ、そっか。鳥さん一回留年してるんだっけ」

「あー、そうだったそうだった。出席日数が足りなくて単位落としたんだよね、確か」

「う、うるさい! ほっといてくれよ、気にしてるんだから」

「なるほど。つまり、修学旅行も二度目と」

「でもさー、普通二回も行けるんだっけ? 修学旅行」

「トキコ」

「? 何、ネーちゃん?」

「それは、深く考えてはいけない問題……だそうよ」

「??? ネーちゃん、誰かから聞いたの?」

「さぁ?(くすり」

「?????」

「それよりさー、修学旅行で女子の集まりって言ったらあれでしょ? 恋バナ♪」

「……その話は嫌だなー、僕」

「鳥さん、去年何かあったんだっけ?」

「あー、一回目の修学旅行でな。正人のコトあれこれ言われてキレちゃって……」

「あ、それ知ってる。確か『白い悪魔事件』だっけ? 就寝直前に女子で大ゲンカが起きて、8人くらい怪我したって」

「白? スザクって言ったら赤だろ?」

「あれ、ホタルさん知らないんだっけ? 鳥さんの髪って前は白かったんだよ」

「そうなのか?」

「うん、こっちが元の色。前のは……ま、ちょっとワケありでな」

「ふーん……」

791スゴロク:2013/06/24(月) 22:14:52
「話戻していい、そろそろ?」

「いいけど、この面子だとまともにその手の話が出来そうなのはユウイくらいよ」

「それに、『誰が好き?』って聞いても、もう答え決まってるしねー」

「ば、違うって! リオトは幼馴染で、確かに信頼出来る奴だけど……!」

「あれー? 私、リオ君だって一言も言ってないんですけどー?(によによ」

「!!! こ、この……///」

「そういうお前達はどうなんだよ、二人とも」

「「へ?」」

「知らぬは本人ばかりなり、ね」

「あ、あのね……二人とも今、学校じゃ割と有名なんだよ? いかせのごれ高初の百合ップルだって」

「「…………………………………………」」

「……な、何か返事したら? 真顔で黙られると怖いよ」

「返事って言われても……」

「……一体僕らにどう返せと」

「怖い、怖いから真顔で言うな! ていうか否定しないってコトは事実か?」

「……そこは、まあ」

「認めるしかないよね、うん」

「事実なのか……」

「噂の内容は何なの? 私達知らないよ」

「う、うん、それはね……(かくかくしかじか」

「(まるまるうまうま)ち、違ーう!? 別に略奪愛とかじゃないしー!?」

「ていうか決闘ってナニ!? しかも何でアオイが出て来るんだ!?」

「(しーっ!)静かにしなさい、先生来るわよ」

「「(ぱっと口塞ぎっ)」」

「……やっぱ尾鰭がついてたか。予想はしてたケドも」

「前後の事情が一切わからないまま、第三者から見ればいきなり成立してたカップルだもの。憶測・妄想は当然の帰結よ」

「だからって説明する気にはなれない……」

「そ、そーそー、乙女には秘密があるものだし」

「わからなくはないけどー……スザクが乙女ぇ〜?」

「絶対違う、それは絶対に違うと思うよ、アタシ」

「僕だって乙女なんてガラじゃないよ」

「うん、むしろ漢女……」

「そこ、何か言ったか?」

「いいえ、なにもいっておりません(カクカク」

「何でロボットみたいに……」



ガラッ



「……ちゃんと寝てるな。気のせいか」



パタン


『…………』

792スゴロク:2013/06/24(月) 22:16:55
(……そろそろ行ったかなー?)

(そのようね。気配が消えたわ)

(い、いきなり来るなよ……心臓に悪いよ)

(み、見回りがあるのは予想済みだったはずだけど)

(それよりさ、今男子の方から「こんなもの読んで……」って聞こえたけど)

(誰かエロ本でも持ち込んだか? まったく男ってのは)

(ちょ、ちょっとー、誰か助けてー(ぱたぱた)

(Zzzzz……(ぎゅー)

(あれ? 何でトキコがスザクと一緒に寝てるの?)

(知らないよー、さっき潜り込んだ時に鳥さんがついて来てー。わー、寝相悪い―!?)





「……い、い、いったいこれはどういう状況なんだ……?」←半裸

「と、鳥さん寝相悪すぎ……何でそんなになるまで……」←目の下にクマ

「ていうか鳥さん……そこ、トキコちゃんの布団だよ?」

「え?」


<−しばらくお待ちください−>


「…………」

「え、と、その……」

「……ああ鳥さんは今日もドジだった〜♪」

「なんだその歌はーッ!? ていうか誰がドジだー!?」

「『長崎は今日も雨だった』が正解ね。それにしてもよくメロディまで知ってるわね」

「冷静にツッコんでる場合かネイローッ!!」

「そういう場合よ。他にどうしようもないもの」←即答

「……も、もういい……」←半裸でがくー



ガールズでトーキングin旅先〜企画女子修学旅行〜

793思兼:2013/06/25(火) 00:14:54
色のない森 に続きます。



【真実サバイバー】



―第7話、知恵を絞る話―




「ちっ…間に合うかどうかわからんが。こうなっては仕方ない。
本来部外者の前でコールしたくないが。」

「あれ?静葉、みんなを呼ぶの?」

「少し黙ってろ。」


厳しい顔をしながら静葉は携帯を取り出すと、素早くボタンを押しどこかに電話をかける。


「もしもし、ダニエルか?」

「おーシズハ!どうしたの?」


その電話越しに聞こえたのは高い少年の声で、訛り方からどうやら外人らしい。


「すまない、詳しい説明は後にさせてくれないか。?
いいか、よく聞け。俺はシリウスの団長として『緊急号令』を発動する!
これの意味は言わなくても分かるな?」

「…オッケー理解したよ。
まずは現在地の名前だけでもいいから教えて。
そこに索敵範囲を絞ってシズハのマーカーを逆算するから。」


静葉の謎の言葉を聞くと、ダニエルと言うらしい電話相手の少年は声色を急に変えてそんなことを言った。

一つだけわかることは、静葉は何か解決策を探しているということだ。



「場所は『色のない森』だ!
くそっ…やっぱりあんな胡散臭い奴の言葉に耳を貸すんじゃなかった!」


「ちょっと、扱いひどくない?あんな胡散臭い奴って…」

「その通りでしょ。」

「まったく、その通り。」


身も蓋も無くマナと袖子も同意する。

ちなみに危険を感じ取った(と言うより視た)成見は膝ががくがくしてとても立てる状態ではなかったので、
袖子が背負っている。

794思兼:2013/06/25(火) 00:17:26


「あーシズハ、現在地を特定したよ。
何でそんなとこにいるのかは後で聞くけど、誰を送ればいい?」

「アリスだ!本当は影士も呼びたいが、昼の間はあいつの戦力は落ちるし、
多くてもカバーしきれなくなる!」

「了解したよ。今は昼だから偽装しながらアリスは向かわないといけない。
当然『飛べない』し人間として常識的な程度で行動しないといけないから、
アリスが到着するまでおよそ40〜50分はかかるよ。
じゃ、それまで持ち堪えてね。」


その通信を最後に切れた。



「いいか、あと40〜50分耐えきれば助けが来る。
それまで不用意な行動はするなよ?」


「その間、どうやって耐えきる?」

「効力があるかどうかはわからないが…俺と亮の力を使う。」


マナの疑問に答えた静葉の目が真紅に染まる。

「俺の力『耳を塞ぐ』は、俺たちの立てる音が一切無くなり、気配を極限まで無くす。
亮の『かくれんぼ』は他人の目に見えなくなる力だ。
お前たちに最初に見せただろう?」

「あ!あれはそういうのだったんだ!」

「この力を今、ここにいる全員にかけた。
アリスの到着をダニエルから通知してもらった時、解除する。
それまで、皆余計なまねはするな?」



静葉が言い、森は静寂に包まれる




<To be continued>

795思兼:2013/06/25(火) 00:21:47
<キャスト>
御坂 成見(思兼)
巴 静葉(思兼)
橋元 亮(思兼)
ダニエル・マーティン(思兼)
フミヤ(紅麗様)
葛城 袖子(十字メシア様)
夜波マナ(スゴロク様)

だんだんと長編になってきましたね。

796思兼:2013/06/25(火) 01:48:17
時系列的には過去です


【狂笑サイケデリズム】

―第8話、ある狂人の日記―


<8月10日>
きょうは、おむかいのとなりのとなりのいえのいぬがうるさかったので、
おひるのだれもいないときにころしました。

『あかいてん』はおなかのすこしうえのみぎあたりにありました。

のたうちまわってしんだのが、とてもおもしろかったです。


きょうも、おかあさんとおとうさんはかえってきませんでした。

でも、フランはもう9さいなのでひとりでだいじょうぶです。




<8月11日>
きょうはいいてんきだったので、おひるねをしました。
おひさまがぽかぽかしてて、とてもきもちよかったです。

とちゅうでへんなおじさんが、かってにおうちにあがっていたので
おしおきにはれつさせてやりました。

『あかいてん』はあたまの、みぎのめのちかくにありました。

おへやがよごれてしまったので、ゆうがたにおそうじをしました。

うごかなくなったおにくは、すなにかえておはなばたけにまきました
おはなさんがげんきになるとフランはうれしいです。




<8月31日>
きょうはあさからおかあさんにおしえてもらったとおり、パンをつくりました。
ふわふわでやわらかいおいしそうなパンができました。

2つめをオーブンからだしたときちいさなおとこのこがみていたので、
1つめのパンをあげました。

おいしそうにたべてくれたので、フランはうれしいです。

『あかいてん』はみぎのくびすじにありました。
けれど、フランはおねえさんなのでえがおでおみおくりしました。

797思兼:2013/06/25(火) 01:54:43

<9月15日>
きょうはあめがふっていたので、おせんたくものをおそとにほせませんでした。

しかたがなかったので、きょうはおうちでえほんをよみました。

おゆうはんはおかあさんがおしえてくれたラザニアをつくりました。

とてもおいしくつくれたので、いつおかあさんとおとうさんがかえってきても、
おいしいおゆうはんをつくれるとおもいます。

きょうは『あかいてん』をみませんでした。



<10月5日>
きょうは『あかいてん』のみえたのでおいさんをきってみました。
ああかいてんにそってきれいにきれました。

おかあさんおとうさん、はやくかえってこないかなぁ。




<11月1日>
おかあさんおとうさんまだ?
おなかすいたよ



<11月23日>
たすけてよ
かぜひいてくるしいよ
いたいよくるしいよいたいよくるしいよいたいよくるしいよいたいよくるしいよいたいよくるしいよ
いたいよくるしいよいたいよくるしいよいたいよくるしいよいたいよくるしいよいたいよくるしいよ
いたいよくるしいよいたいよくるしいよいたいよくるしいよいたいよくるしいよいたいよくるしいよ
たすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけて
たすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけて
たすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけて


<12月10日>
寒い、よぉ
もう、いや…
フランの『あかいてん』に…ナイフをつきたてれば…


<12月25>

し、にた




――――――――――――――――――――――――



「おい!大丈夫か!?」

「あ…あが…」

「意識は一応有るな。飢えと衰弱が激しいが。
俺は重久、すぐに助けてやるからな!」

「し…げひ…さ…?」





こうして狂人の少女は光を見た。


<To be continued>

798akiyakan:2013/06/28(金) 20:49:19
『バイオレンスドラゴン、リフトアップ』

 ずしん、と地響きをあげながら、実験場に巨体が姿を現す。全長3メートルの巨体。背中には翼竜のごとき翼、のたうつのは大蛇のごとき尾。かつて地上を支配した恐竜の末裔か、或いは神話に描かれる古竜の再来か。

 対峙するのは、濃紺の装甲服。頭部は有角の馬か、或いは悪魔を彷彿とさせる形状。AS2専用に調整されたバトルドレス、バイコーンヘッドだ。

『それじゃ、花丸さん。始めて下さい』
『は、はいっ』

 くぐもった音声が、ドラゴンの中から響く。それは紛れも無く、花丸の声だ。

『行きますよ、アッシュさん!』
『いつでもどうぞ!』

 ドラゴンが身構える。アッシュはその巨体に圧倒されるが、以前戦った暴走状態とは比べ物にならない。手も足もでなかった経験から冷や汗を浮かべるが、一方で彼の口元には笑みが浮かんでいた。

『うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』

 巨体を軋ませ、ドラゴンが殴り掛かる。その勢いたるや、まるで雪崩のようだ。並みの戦闘要員では、その姿に気圧される事だろう。

(だけど――)

 既に、『これ以上』のものと戦っているアッシュとしては、むしろ弱い位であった。突っ込んで来るドラゴンに対して、アッシュはそれをかわすどころか、むしろその懐に向かって踏み込む。

『え――』
『体格差が大きい場合は、むしろその内側が死角になる……覚えておいた方が良いよ』

 バイコーンヘッドの胸の光珠が輝く。そこから出現した槍を、アッシュはドラゴン目掛けて突き刺した。

『うわっ!』
『〝胸部第三装甲まで貫通を確認。自動修復開始。戦闘続行可能〟』
『まだまだぁ!』

 漆黒の双角獣目掛けて、横殴りの一撃を与える。これは避けられないと判断したのか、両腕をクロスしてアッシュは防御する。まるでバットにミートした硬球が吹っ飛ぶように、彼の身体は軽々と跳んだ。

『入りが浅い!?』
『ぐぬっ……威力を殺し切れ無い、か……!』

 花丸は手応えの無さから自分の攻撃を受け流された事に、アッシュは自分の技量が追いつかない程の膂力に驚きの声を上げる。地面を滑りながら、素早くアッシュは体勢を整えた。

『もっと力を入れないと……!』
『もっと相手の動きを視る……!』

 より速さと力を。ドラゴンがその翼を広げ、宙に舞い上がる。
 より正確さと把握力を。その動きをバイコーンが追う。

 津波のような怒涛の勢いで、ドラゴンがアッシュに襲い掛かる。触れれば一撃必殺、そんな攻撃だ。それをアッシュは、紙一重でかわし続ける。まるで津波を乗りこなすサーファーだ。

『そんな、掠りもしないなんて!?』
『兄さんに出来た事が、僕に出来ないなんて事は……!!』

 視力を極限まで強化し、相手の動きを観察する。筋肉の細かく微細な運動を、アッシュは捉えられていた。その微細な動きから相手の次の動作を予測し、攻撃をかわしている。

『見える……視えるぞ! はははっ! 何だ、簡単じゃないか!』

 かつての敗北故か、シスイは行って見せた技を自分のモノに出来た事で、思わずアッシュが歓喜の声を上げる。

 だが、それもつかの間。

『こん――のおっ!!』

 花丸からの、大きく振りかぶった一撃。それを見てすぐさまアッシュは避ける。だが、避けたその直後に、彼を横薙ぎに吹き飛ばす強烈な一撃が襲い掛かった。

『あがっ――!? し、尻尾か!?』

799akiyakan:2013/06/28(金) 20:49:49
銃弾さえも防ぐ装甲、更にそれを強化する麒麟の加護。だが、その上からでも伝わる衝撃はアッシュの全身を揺さぶって余りある。その事実に、アッシュは嗤った。余裕からか、それもあるだろう。しかし、今の一撃で彼は感じたのだ。花丸はまだ、本気を出していない、と。

『はは、ははは……いやぁ、強いねぇ、花丸ちゃん……!』

 口元を覆うマスクを外し、吐き出した血を拭い取る。それは弧を描き、笑みを形作っていた。

 見事、天晴。そんな言葉が出てくるような成長振りだった。ほんのちょっと前まで、全く戦う事の出来なかった少年とは思えないような変わり映えだ。もちろん、彼が纏っているバイオレンスドラゴンの性能が優秀である、と言うのもある。だが、どんなに優れた道具でも、それを使う人間が相応しくなければいけない。花丸は誰の目に見ても疑いようがなくその性能を引き出しており、それは間違いなく彼自身の技量だ。

『だけどねぇ……僕にも、先輩としての尊厳、って言うか誇り? みたいなのあるんだよねぇ……最低限、恰好付けないといけないからさぁ……』

 マスクを装着し、アッシュはドラゴン目掛けて走る。駆け寄り様に、その両手には転送した二振りの双剣が握られていた。

『そう簡単に――追い抜かされる訳にはいかないんだよね――!!!!』

 ――・――・――

「バイオレンスドラゴン、損耗率5パーセント。バイコーンヘッド、損耗率21パーセント」
「ふむ。まぁ、上出来じゃないですかね」

 二人の戦いをモニターしているジングウとサヨリ。画面には二人の様子がリアルタイムで表示されている他、彼らが装着している強化服の現在ステータスが表示されている。

「よく花丸さんが、ドラゴンを装着する気になりましたね。彼にとってアレは、その……」
「コハナを殺された仇、と言っても過言じゃないですね」
「ええ……それなのに……」
「まぁ、絶望だけでは、どうやっても人間動けないですよね」
「……何を吹き込んだんですか、ジングウさん?」
「貴女、ナチュラルに失礼ですよ……まぁ、『貴方だけが助かったのは、もしかしたらバイオレンスドラゴンに取り込まれたコハナのお蔭かもしれない』とは言いましたね」
「それで、もしかしたらコハナちゃんの意識を呼び出せるかもしれない、ですか? 不確定で、しかも希望的観測じゃないですか。そんな言葉で花丸さんを釣るなんて……」
「どこぞの契約宇宙人と一緒にしないでください。私はあれよりよっぽどフェアですよ」
「……それって、」
「何にも、確証が無い事を私が言うとでも?」

 サヨリに向かって、ジングウは呆れたような顔をした。

「いや、なんか、その……あまりにも、ジングウさんらしくないなぁ、などと……」
「友情、愛情、絆。そんな言葉の諸々がですか?」
「う……」

 似合わない。あまりにも似合っていない。この男の口から出てはいけない類の言葉が、平然と並べられていく。シュールが、実に珍妙だ。周囲が異次元になったような感覚に、思わずサヨリは表情を顰めた。

800akiyakan:2013/06/28(金) 20:50:23
「似合っていないのは、百も承知ですよ。自覚が無い訳じゃあありません……ですがね、『事実存在するファクター』なのですから、それを無視して世界を観測出来ませんよ」
「……やっぱり、似合わないです」
「そう言うものじゃあ、ありませんよ。こちとら、悪の組織ですよ? 一体何度、その手の言葉に煮え湯を飲まされてきたと思うのですか」

 両手を広げながら肩を竦めるジングウの様子に、サヨリは「あぁ……」と苦笑を浮かべる。

 確かに、その通りだ。敵として何度も立ちふさがり、そして今まで散々その手のファクターに苦しめられてきたのだから、むしろ当事者達よりもその『恐ろしさ』を身を持って理解しているのだ。無視できる訳が無い。

「花丸さんとコハナちゃんの絆なら、ドラゴンからその意識を呼び覚ます可能性がある、と?」
「そうですね……まぁ、花丸さんだけが助かった、と言う事実からの逆算でもあるんですがね。何故彼だけが助かったのか→それはコハナがドラゴンと融合し、花丸さんを助けたから→ドラゴンの機能を乗っ取れたのだから、呼び覚ます事も可能ではないのか? と。実際物質的にいくら強かろうが、霊格に関しては製造から六年も経っていない人工生命体に対して、自然発生して十数年生きた蛇の方が、よっぽど魂的には強靭ですよ」

 くっくっく、と嘲笑するジングウの様子には、若干の自嘲があった。それもその筈だ。彼はたった今、自分が創り出した存在よりも、この世界が生み出した=神が創造したものの方が強い、と断言したのだ。神と敵対する立場にありながら、潔く己の敗北を認めたのだ。

「ぶっちゃけ、あの暴れ者をコハナが制してくれるなら、それはそれで万々歳なんですが――そうそううまくいきませんか、これは」
「え?」

 ジングウの呟きに、サヨリは画面へと視線を向けた。すると、バイオレンスドラゴンのステータスが、急激に変化しているのが分かった。青色で表示されている部分が、あっという間に赤色へと変わっていく。

「これは……!?」
「無理矢理寝かしつけていた暴れん坊が、目を覚ましたようですね……!」

 ――・――・――

『はぁ……はぁ……』

 バイオレンスドラゴンを操りながら、花丸は荒く息をついていた。

 その操縦は、バイオドレスとは全く異なっている。あちらは『装着』であるが、こちらは完全に『操縦』だ。バイオドレスの何倍も巨大なドラゴンは、もはや着るのではなく乗り込む物であり、いわゆるコクピットにあたるのはその胸部部分だ。花丸の全身を完全に包み込み、後はその巨体を動かすイメージを全身に走らせる事で動かす。

『う……』

 戦いに集中出来る内は気にならないが、ドラゴンの胎内と全身が癒着する感覚に嫌悪感がある。無理も無い事だ、仇の身体を一体化しなければいけないのだ。どうしたって拒絶を覚えてしまうだろう。それでも花丸がもう一度これを纏うと決めたのは、そうする事でコハナと会えるかもしれないからだ。

 全身に纏わりつく嫌悪感を抑え込み、目の前の戦いに集中する。バイオレンスドラゴンを花丸が使い続ける事で、そこに取り込まれているであろうコハナの意識を寄り動かして覚醒させる。それがジングウの提示したプランだった。

『もっと、力を……!』

 アッシュに攻撃を何度仕掛けても、それをことごとくかわされてしまう。当たっても、威力をほとんど殺されている。これは模擬戦でしかないが、それでも花丸はその事実に焦りとイラ立ちを感じていた。アッシュに効かない、と言う事は、彼と同格の敵と戦っても通じない、と言う事なのだ。これでは、バイオドレスで戦っていた時の方がまだマシだった。

『く……!』

 花丸は手加減している訳では無い。機体の性能を引き出し切れていないだけだ。その事実にもどかしさから歯噛みする。理由は言うまでもない。花丸はこれを、バイオレンスドラゴンを嫌っている。それ故に、十全に能力を使いこなせないのだ。

『くそっ!』

 彼らしくもなく、思わず悪態をついてしまった。

 ジングウはこれは、言わば『慣らし』であると言っていた。バイオドレスと仕様が異なる為、それに合わせる為の調整であると。しかし花丸は、一刻も早くコハナを目覚めさせたいが為に焦り、気が逸っている。思うように動かないドラゴンに、苛立ちばかりが募っていく。

(駄目だ! こんなんじゃ駄目だ!)
(これじゃあ、ただの足手まといだ! ただのデクの坊だ! これまでの――役に立たない、僕のままじゃないか!)
(駄目だ駄目だ! これじゃ、駄目なんだよ!)
(動け、ドラゴン! 僕の言う通りに動いてくれ! 僕に力をくれ!)
(こんなんじゃコハナを呼び戻すなんて――)

801akiyakan:2013/06/28(金) 20:50:55
――力ガ欲シイカ? ――

『――え?』

 ぞくり、と花丸の背筋を悪寒が駆け巡る。知っている。この感覚を、花丸は知っている。この、精神を蹂躙し、冒涜し、侵略する未知の感覚を、彼は知っている。既に経験済みだ。

『あ……まずい……!』

 模擬戦前に伝えられた、ジングウの言葉を思い出した。バイオレンスドラゴンの肉体に宿る自我とも呼べるもの。それを一時的に封じる為に、ジングウはその体内にいくつかの仕掛けを施した。その仕掛けが効いている間は、花丸の意思でドラゴンは動かせる、と。

 逆に言えば、仕掛けが外れれば、ドラゴンの意思は目を覚ます――

 ――何者ニモ負ケナイ力ヲ、何者ニモ劣ラナイ力ヲ、何者ヲモ薙ギ払ウ力ヲ――
 ――欲シクハナイカ、花丸?――

『そんな……まだ早過ぎる……! ジングウさんの予想より、全然早いじゃないか……!』

 〝奴〟が、出てくる。どんな猛獣も花丸には危害を加えないが、こいつだけは例外だ。どんな猛獣も花丸にとっては友達と呼べる存在だが、こいつだけは埒外だ。

 こいつは、言うなれば異次元の存在。こちら側の常識で量る事が出来ず、こちら側の理屈で括る事の出来ない蕃界からの侵略者。花丸が唯一恐れる怪物にして、ジングウですらそのすべてを理解不可能なモノ。

『う……い、嫌だ! こっちに来るな!』

 自分以外の何かが、すぐ傍にいるのを花丸は感じていた。それは言ってみれば、大洋に一人ぽつんと浮かんでいる中で、背びれだけが見えている何かが自分の周りを泳いでいるかのような恐怖感。或いは、周囲を茂みで囲まれた藪の中で、何者かが動き回っているのを感じているかのような不安感。しかも姿が見えないそれが、一体どれだけの異形なのかを自分は知っているのだ。知ってしまっているのだ。

 ――ソノ身体ヲ寄越セ、花丸。俺ガ力ヲ与エテヤル――!!

『う――うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 無数の悍ましい触手が花丸の精神にまとわりつく。理性が働くどころの話ではない。動物的本能から来る恐怖感に耐え切れず、花丸は絶叫を上げていた。

 ――・――・――

『まず……』

 バイオレンスドラゴンの――否、花丸に起きた変化を、アッシュも感じ取っていた。

 先程までと、周囲を取り巻く空気が変わったのを感じる。目の前にいる巨竜の中身が、人間から獣に変わったのが彼には分かった。

『ッ――!?』

 直観に任せて跳んだのが正解だった。それまでアッシュが立っていた場所に、尻尾の一撃が叩き込まれる。それまでとは比べ物にもならない速さと怪力。文字通り殺すつもりの攻撃であり、本気の一撃。

『参ったね……バトルドレスすら、紙装甲じゃないか』

 麒麟の加護で全力強化を施したとしても、受け切れるか分からない。それ程までに、バイオレンスドラゴンの威力は容赦が無く強烈だ。神話に語られるドラゴンにも、太古に地上を支配した恐竜とも遜色が無い。

『どうすんのさ、父さん。予定より、全然早いじゃん!』

 研究室の方を見上げ、アッシュが文句を言う。空元気なのか、それとも調子が戻って来たのか、その口調にはおどけるような響きがある。

『分かってます、ちゃんと対策ぐらいしてありますよ』
『だったら、早くしてっ!!』
「■■■■――ッッッッ!!!!!」
『はいはい……コクピットブロック、パージ!』

 ドラゴンが咆哮を上げ、アッシュに襲い掛かろうとした瞬間――その胸部部分が吹き飛び、小柄な少年の身体が吐き出された。

『アッシュ、花丸さんを!』
『了解っ!』

 地面に倒れた花丸を抱え上げ、アッシュはその場から離脱する。一方のドラゴンは、核である花丸を奪われた為か、力を失うかのように崩れ落ちていく。

802akiyakan:2013/06/28(金) 20:51:25
それでも、花丸の身体を取り戻そうとするかのようにその腹部から無数の触手が伸び、アッシュの背中を追う。

『その往生際の悪さ、嫌いではありませんが、』

 ジングウがキーボードを操作し、エンターキーを叩く。瞬間、ドラゴンの触手が動きを止めた。

『いい加減、眠って貰いましょうか』

 触手が力無く地面に落ち、本体の方もまるで痙攣しているかのように小刻みに振動している。それが止まると、ドラゴンは動くのを完全に止めた。ドラゴンの胎内にあらかじめ入れておいた神経毒のカプセルが開き、その毒が効いたのだ。

『全く――とんだじゃじゃ馬だよ」

 ヘルメットを脱ぎ、素顔を現したアッシュの表情には疲労が見て取れた。頭全体が、滝の様に噴き出た汗でぐっしょり濡れている。

 その時アッシュは、抱き抱えた花丸が震えている事に気付いた。てっきり気を失っているものだと思っていたが、どうやら意識が戻っていたらしい。

「あ、花丸ちゃん、もう大丈夫だよ。ドラゴンは止まったから――」

 そこまで言い掛けて、アッシュは目を見張った。

「あ……が……」
「花丸……ちゃん?」

 腕の中の花丸の様子は、尋常ではない様子だった。身を縮ませ、全身を小刻みに震えさせている。歯は噛み合わずガチガチと雑音を鳴らし、目は見開いて恐怖に歪んでいた。

「花丸ちゃん、しっかり! 花丸ちゃん!!」

 アッシュが揺さぶるが、花丸は答えない。目の焦点はあっておらず、口からは言葉にならない声ばかりが出ている。



 ≪暴竜に挑む≫



(そんな中、アッシュの耳は、かろうじてその言葉を捉えた)

(うわ言のように呟かれる、花丸の声を)

(「こんなのじゃない」)

(「僕が欲しかったのは、こんな力じゃない」)

(震える唇で、ただそればかりを訴えていた)

※えて子さんより「花丸」をお借りしました。自キャラは「ジングウ」、「アッシュ(AS2)」、「サヨリ(企画キャラ)」です。

803思兼:2013/06/29(土) 00:49:06
今回はキャラ個別ストーリーです。


【蒼眼チェイサー】


―第9話、真夜中を疾走(はし)る―



真夜中、深夜1時を回った頃だろうか。

僕は目を覚ました。



アリェーゼ・アルミエーラ・クラソニスこと『アリス』と言うらしい僕。

過去は分からない、思い出せない。


気づいたら僕はこうして奇妙な『サイボーグ』という存在として生きていて訳も分からないままでいた所を、
静葉と出会いこの世界を知った。

それ以来、僕は彼女のある目的の為にこの身に宿る力を使っている。

勿論秘密裏に、だ。

知られると厄介な連中がいる(アースセイバーだったか?)と静葉から聞かされているし、
普段僕は『いかせのごれ高校』に通う生徒として身分を偽装している。

誰もクラスメイトがサイボーグだなんて思わないだろう。


サイボーグが日常的なそんな世界は、病んでる。




こんな深夜に僕が目を覚ましたのには勿論理由がある。

一つだけ、僕はやってはならないことをしているからだ。


クローゼットから動きやすい黒が基調の服、同じ色のグローブとブーツを取り出し着換えると、
僕は家を出て隣にあるガレージを開ける。

そこにあるのは1台の黒に青いラインを持つ大型バイク。

排気量は1500㏄、4ストローク、最高時速は確認できただけで271㎞/h。

リミッターは勿論外してある、と言うより元からついていない。

ナンバープレートも無い…登録してないしね、登録してる『普通のバイク』は別にある。


これは僕の相棒『セスティアル』

僕がいちから組み上げたバイク、サイボーグにとって機械弄りは御手芸さ。



今から何をするのか、それは『走る』と言うことだ。

804思兼:2013/06/29(土) 00:50:33



―――――――――――――――――――――――



街の道路に車はとても少ないけど、僕にとっては都合のいいことだった。

『セスティアル』の重低音が、吹き抜ける風が心地いい。

現在の速度は114㎞/h、まだまだ遅い。

月明かりのある夜と無機質な道路と整然と並ぶ街灯の光が電脳世界のようなコントラストを生み出し、
広い道はただひたすら遠くまで続いている、無限に続くような錯覚を僕に見せる。


僕の記憶に残る唯一の記憶。

いや、記憶とも呼べないような微かに胸に残っている『感覚』。

こうして、バイクに乗って何処かを走っていた光景を何故か断片的な『感覚』として感じる。


僕はそれを思い出したい。

記憶が欲しい。

だからこうして夜になると、時々疾走する。

根拠は無いけど、何かこの身体になる前のことを思い出せるかもしれないから。



アクセルをふかし、速度を上げる。

現在155㎞/h

行くあては無い、ただ走るだけ。

街の中心を抜け、海の見える道路をただひたすらに走る。

派手なことをしたいとかスピードへの挑戦とか、街を一周するとかそういうことはどうでもよくて、
無秩序にしいて言うなら記憶だけを目的にして。


ただ、何の感情も生まないというとそれは嘘になる。

こうして走っていると、懐かしさと安心感を感じる。

まるであるべき場所に帰って来たみたいに。


波の音が子守唄、揺れる車体は揺り籠。

そんな、不思議な感覚。




…でも、甲高いサイレンが陶酔の境地を引き裂いた。

赤いリボンの正義のパンダ。

さぁ、浸るのはおしまい。

スピードの境地を超えて、僕は日常に戻る。

805思兼:2013/06/29(土) 00:52:23


―――――――――――――――――――


その数は白バイが2台、応援を呼ばれれば増えるだろうけど今までにそれが到着できたことは無い。

制止を呼びかける声を無視して、僕は鋭くハンドルを切り身体を倒して98㎞/hという高速でUターンを行い、
白バイの真横をすり抜けるように逃走してアクセルを吹かす。

普通ならあり得ない挙動だけど、僕はサイボーグだしこのバイクを作ったのは他ならない僕だ。

この『セスティアル』にできることは隅々まで理解している。


アクセルを開き230㎞/hまで加速して逃走する僕は当然ルートも、警察の行動パターンも把握している。

絶対に追いつけない。





…僕が家に帰りついたのは午前4時のこと。


服を脱ぎ棄て熱いシャワーを浴びる。


熱い湯が僕の頬を伝う…携帯が鳴る音が聞こえる。




「もしもし、静葉?」

『ああ、俺だ。明日は早めに集会所に来てくれ。』



<To be continued>

806えて子:2013/06/29(土) 14:18:21
フライング白い二人シリーズ。無差別フラグと言うにはぬるいですが、よければ皆さんたなばたさまにお願いごとを書いてあげてください。
ヒトリメさんより「コオリ」をお借りしました。こちらからは「アオギリ」です。


「コオリ、今日はだれといっしょなの?」
「きょうは、はくちょうさんといっしょなの」

コオリは、いつもぬいぐるみさんといっしょなの。
今日は、はくちょうさんといっしょなんだって。

「こんぺいとうのおねえちゃんは、なにをよんでいるの?」
「お星さまの本、読んでるの」

『としょかん』っていう、本がたくさんあるところで、借りてきたの。
いろんなお星さまのお話が書いてあるの。とても、お勉強になる。

「見て見て。はくちょうさんのお星さまもあるよ」
「これ、はくちょうさんのおほしさまなの?」
「うん」
「はくちょうさんのかたちじゃないのね。ふしぎ」

はくちょうさんのお星さまと、ふたつのお星さま。
みっついっしょで「なつのだいさんかく」って言うんだって。

アオ、このふたつのお星さまも知ってるよ。

「こっちのお星さまがおりひめさまで、こっちのお星さまがひこぼしさまなの」
「おりひめさまと、ひこぼしさまなの?」
「そうなの」
「おりひめさまとひこぼしさま、たなばたさまのおひめさまとおうじさまよね」
「うん」

そういえば、もうすぐたなばたさまね。
おりひめさまとひこぼしさまが、会える日。

「たなばたさまは、ささをかざるのよね」
「コオリ、しってるよ。おねがいごとをかいて、ささにかざるの」
「たくさんかざるの、きっときれいね」
「きれいなのよ」
「見たいね」
「みたいね」

「「…………」」

「たなばたさま、作ろう」
「うん、つくるの」
「お願いごと、書いてもらわないとね」
「たくさんのひとに、かいてもらうのよ」

コオリといっしょにクレヨンで「たなばたさま」をかいたの。
緑色のささに、お願いごとが書いてある紙がたくさん。

これ、アオとコオリの『もくひょう』。
これをめざして、がんばるの。

折り紙をはさみで切って、たなばたさまのお願いごとを書く紙がたくさんできたの。
なくさないようにきちんと集めて、お願いごとを書くペンもよういしたの。
これで、じゅんびは大丈夫。

「だれに書いてもらおうかしら」
「たくさんのひとにたくさんかいてもらうのよ」
「うん。色んな人にお願いしよう」
「たなばたさま、できるといいね」
「できるといいね」
「じゃあ、たなばたさまのお願いごとを集めに」

「「しゅっぱーつ」」

ホウオウグループの人にも、がっこうの人にも。
知ってる人にも、知らない人にも。
いろんないろんな人に、お願いごと書いてもらうの。

たなばたさまも、きっと『よろこぶ』してくれるから。


白い二人のたなばたさま〜おねがいごとは何ですか〜


「おにいさん、おねえさん」
「おじさん、おばさん」

「「たなばたさまに、おねがいごとしませんか」」

807サイコロ:2013/06/29(土) 17:19:08
<ショウゴの特訓と合同練習。>








ウミネコに連れられて、私とヒロヤは小汚い道場にやってきた。

「んで?ついこの間まで軍にいた私を鍛え直す、というのはどういうこと?このバカならまだしも。」

まだ道場には誰も来ておらず、ウミネコに対して不満をぶつけた。

「バカっていうな。」
「うるせーよバカ」
「喧嘩すんなアンジェラ、ヒロヤ。
文字通りだ。軍隊での戦闘経験があるのは危険に巻き込まれた時大きなアドバンテージになる。
それは間違いないよ、だが」

振り向きざまに睨まれる。

「ここはいかせのごれだ。外の軍隊での『常識』が通用するとは限らない場所だ。だから鍛える。そういうことだ。」
「そうそう簡単に負けることはないと思うけどなぁ。」
「…まぁいい。これからの訓練で嫌ってほど教えてやるから覚悟しな」

そういうとウミネコは黙って腕組みをし、こっちを見なかった。

私は海外の軍隊で、戦闘訓練を受けてきた。
血を吐きそうになる事など何度もあった。
厳しい訓練に裏付けられた自信がある。
そしてその経験と自信によって戦い抜いて勝利してきた戦績がある。
正直、今回の訓練にも不満だった。まるで私達が――

「お、来たな。」
「よう、早いな。そいつらは?」

明らかに不調、といった体でやってきた男がウミネコに話しかける。ウミネコは、

「修行に混ぜようと思ってね。ショウゴの戦闘スタイルに似てる奴らだ。
ちょいと鍛えてやろうと思ってたんだが、丁度いいから切磋琢磨してくれ。シスイは?」
「野暮用だとよ。後から来るとさ。」
「ふーん、そうかい。んじゃ三人ともストレッチ。トレーニング量は昨日の3分の4な、
アンジェラとヒロヤは昨日ショウゴがやった分。」

修行が、始まった。

808サイコロ:2013/06/29(土) 17:19:48




「ちょ、ちょっとこのメニュー、多くない…?」

黒板に書き出された練習メニューを見てヒロヤが後ずさる。アンジェラも正直驚いた。

「回数よりも種目の幅の広さね…。こりゃ本腰入れてやらないと。」
「おいおいお二人さん、コレの後の戦闘訓練がメインだからな?宜しく頼むぜ。俺はショウゴだ。」
「…私はアンジェラ。こいつはヒロヤ。よろしく。」

互いに軽い挨拶を交わすと、トレーニングを始めた。

そして。

「ぶはー、あ、ありえんこの量…昨日ほんとにこなしたんですかショウゴさん?」
「おう。息も絶え絶えにな。昨日よりかマシとはいえ、つれーわ…。」
「つーか遅れてきたくせに平然とこなして追いついてきたアンタは何?」
「シスイだ、俺の名前は。能力を使用しながらだから、ペースも上がるさ。
先輩は昨日は僕のペースに引きずられたから息も絶え絶えになったんでしょーが。」

休憩中、肩で息をしながら話していた。ヒロヤは大の字に寝転がっているし、
ショウゴは胡坐をかいて座っていた。

「それにしてもショウゴさん、調子はだいぶ良くなったみたいですね…。」

体の動きは痛みをこらえているように不自然で、柔道着の下に巻かれた包帯とテーピングが
下着かと思う程の量を巻かれていたのが見えていた。そのためアンジェラはシスイの言葉に驚いた。

「え、この人これで『良くなった』の!?」
「二日前は起き上がる事どころか這って動く事すら微妙だったなぁ…。
天子麒麟の能力の副産物で回復力が上がったとはいえ、滅茶苦茶ですよねショウゴ先輩。」
「うるせー、俺の事をビックリドッキリ人間みたいに言うなや。気合だ気合。」
「ようし、その気合とやらで次は模擬戦だショウゴ。昨日よりはまともな戦いを見せてくれるんだよな?」

ぎくりとショウゴが後ろを見ると、そこにはウミネコが。

「なんだかんだ言っても今回ショウゴの修行が第一目標だからな。
アンジェラ、シスイ、ヒロヤの順にショウゴと戦ってもらう。
ヒロヤの得物と戦闘スタイル的にはここのような広く隠れる場所の無い場所でのタイマンは闘いづらいだろうが、
明日障害物を用意してそういう訓練を行うから。」

809サイコロ:2013/06/29(土) 17:20:20


ショウゴとアンジェラがのろのろと立ち上がると、各々の方法で気を引き締めていく。

アンジェラは、太股のホルスターに入った銃を抜き、スライドを引いて模擬弾を確認すると、
いつでも発砲できるような状態にしてホルスターに戻した。
腰に着いているナイフを取り出し訓練用のガードを嵌めると、これもまた抜きやすいように腰に戻した。

一方ショウゴは、柔道着の帯を解いて締め直し、帯にリボルバーを2つ差した。
よくよく見ると種類の違うリボルバー拳銃で、しかもモデルガンだ。
あんな骨董銃のおもちゃで何をしようというのか、とアンジェラは思ってしまう。

二人が道場の真ん中に立つ。ショウゴが頭を下げてアンジェラは一瞬ぽかんとした。
武道の礼と気付かず、慌ててアンジェラも頭を下げる。

そして、二人はぶつかった。
ショウゴが一瞬で左腰のSAAに手をかける。
アンジェラはそれがモデルガンだとわかっていても、戦場の癖でつい射線を逃れるようにショウゴの右側へと走った。

結果的にはこれが功を奏し、ショウゴの撃った弾は後方へ流れていった。
腰だめで構えているため、体ごと捻らないとアンジェラの動きに追いつかない。
抜き撃ちの初撃こそ早かったものの、6発の速射は距離を詰めたアンジェラに有効打を与える事にはならなかった。

が、アンジェラは

「ふざけんな見た目はおもちゃの癖に改造モデルガンとかなんだそれ詐欺か警察に捕まれ果てろ!」

と両手に拳銃を構えショウゴの眼前に突きだして引き金を引き絞った。
一瞬早くショウゴが、SAAの撃鉄を起こしていた右手を跳ね上げアンジェラの腕も跳ね上げたため、
銃弾はあさっての方向に飛んでいく。

アンジェラは銃撃を諦め、足を跳ね上げる。反射的にショウゴの右胴を蹴った。

ショウゴは右からの蹴りを耐えて足を掴みに行くが、
足を掴んで振り回そうとした時にアンジェラは跳んで掴まれていない足を頭に合わせた。

受けきれず倒れるショウゴ。一緒にアンジェラも巻き込まれる。
倒れながらも銃を互いに向け合い、射線を奪い合い外し合いながら撃ち合う。

やがてアンジェラは弾が切れ、油断なく立ち上がると弾倉交換を行った。
ショウゴも立ち上がると弾倉交換を――

「なっ!?」

せずに、アンジェラに突っ込んできた。
もうすでにショウゴのリボルバーは弾を撃ち尽くしているハズだ。
弾倉交換は済んだものの、薬室に初弾を込められないままアンジェラは近接戦を続行した。

オートマチックの拳銃は発射ガスの反動により次弾を装填する仕組みであるため、
熟練の兵士や歴戦の戦士は薬室に一発残った状態で弾倉交換をするものである。
アンジェラも勿論この技術は体得していたが、さすがに至近距離での戦闘において
この技術が咄嗟に出来なかったからと責められない。
その一発で勝敗・生死が分かれる事も有るからだ。
だが今回、この判断が仇となり拳銃が封じられた。かくなる上は…

役に立たない拳銃を上へ投げるとナイフを掴み、抜く反動でショウゴのタックルに合わせ頭を打ち抜いた。
柄の一撃はこめかみに吸い込まれるように当たり、ショウゴの目が泳いだ。
落ちてきた銃を掴み取り、ショウゴがふらついている間にスライドを引くと、

「チェックメイト。」

額に銃口を当てた。

810サイコロ:2013/06/29(土) 17:21:08




「なんだぁ、強そうだったけど案外見かけ倒しじゃない。
 怪我してるのもあるのかしらね?ウミネコさん、これで私の番はおわr」

ズッ、と硬い感触がアンジェラの腹に押し付けられ、アンジェラは視線を戻す。
弾切れのはずのSAAを、頭を射線からずらし膝を付きながらニヤリと押し付けているショウゴの姿がそこにはあった。

回避が間に合わず、腹に1発食らう。空気の塊だろうか、実体としての弾は無かった。
連続で、無制限に、ショウゴは撃鉄を起こし撃ち続ける。が、

「しつこい、果てろ、このやろ!」

下に躱してショウゴの真下に滑り込むと、顎を爪先で蹴った。

ショウゴがのけぞり、壁にぶつかったところでようやくウミネコから「そこまで!」と声がかかり、
アンジェラはホッとした。


シスイとショウゴが闘っている様子を見て、ようやくウミネコの真意が掴めてきた。

そうなのだ、ここはいかせのごれ。非常識が常識たりえる摩訶不思議な土地。
ここで起こる現象全てに理屈が通るとは限らない土地。
『弾丸が撃ち尽くされたなんてどうして言えるのか。』
そう、今までの常識だけではない、様々な可能性を考慮せねばならないという事、
つまりはどんな些細な油断、慢心さえも命取りになるという事。

丁度、ショウゴがシスイの打撃の手数に対応できず掴んだ手を利用され引き寄せられ吹き飛ばされた所で、
アンジェラはそう思った。
どう考えても人間離れした速さと威力を扱うシスイも、
そのシスイ相手に2戦目にして善戦するショウゴのタフさにも、
アンジェラは『外』の常識のみで測れない事を再認識したのだった。
『まるで認められていないかのような』?
いいやそうではない。
事実ショウゴ相手に一発喰らったのだ。
真剣に取り組まねば、このいかせのごれで沈んでしまう。
より一層気を引き締めねば。

811サイコロ:2013/06/29(土) 17:21:43



「私が勝った相手に負けんなよ」
「お前アレ勝ったって言うのかよ…。」
「うるせぇ果てろ。大体私まだ本気出してないしー」
「ンだとコラ。」

3戦目。ヒロヤにとっては正直闘いづらい…とウミネコが言っていた。
確かにそうなのかもしれない。では、敵を近づけないような戦法をとろう。そう思った。

ヒロヤは他人の意見を無条件に受け入れる傾向がある。
それは自らに自信がない為であるが、別に自分の意志まで預けているわけじゃない。
模擬弾を詰めた重機関銃に装弾すると、ヒロヤは構えた。

ショウゴは息を整えながら、両腰の銃に弾を込めている。
アンジェラとシスイの2連戦で相当消耗したらしく、
汗はダラダラと流れ、足元はふらついている。だがこれはそういう訓練だ。

ウミネコの合図と共に、斜め後方へジグザグと跳び下がって距離をとる。
ショウゴは横へ飛び、射線を逃れるように回り込もうとしてくる。

重機関銃のトリガーを引き絞る。横薙ぎ一閃、銃弾はショウゴの胴体に…

「んなっ!?」

刺さらない。ふらりと倒れるように伏せたショウゴは、間一髪で弾を避ける。
すかさずヒロヤは横へ走りながら照準を戻すが、ショウゴの照準が一瞬早かった。
持っていた重機関銃の銃身に模擬弾が当たり、ヒロヤは使用不能と判断して放り投げる。

投げ捨てるという選択肢に、ショウゴの動きが一瞬固まった。
その隙に今度はSMGへ持ち変える。
1分間に千発以上の弾をばら撒く銃だが、わざと散らばるように撃った。

銃を扱う戦闘で距離と遮蔽物を盗られると、スピード勝負になる。
ヒロヤ達のような玄人ならば猶更であり、その僅かな差が命取りになる。
荒野の決闘であろうがジャングルでのゲリラ戦であろうがそれは変わらない。

よし勝った、ヒロヤはそう思った。

ただ、今回は、ショウゴが障害物を『作った』。

姿が一瞬隠れた。いいや違う、畳を捲って壁を作ったのだった。
模擬弾でなければいともたやすく撃ち抜けただろうが、ビスビスビスという音と共に弾かれた。
そんなの有りかよ、と思いちらりとウミネコの方を見るが、何も言わない。有効、とみなされたようだ。

目を逸らしている間に、畳が目前に迫っていた。ヤバい、体当たりを食らう。
そう思い撃ち尽くしたSMGから拳銃へ持ち替え、横へ飛ぼうとしたら、一瞬早く畳が飛んできた。

何をされたのか分からなかったが、急加速され飛んできた畳を蹴り落とした所で謎が解けた。

足を上げ蹴り落としたヒロヤと同じ体勢をショウゴもとっていたのだ。
そう、驚いた事に、畳を蹴って飛ばしていたのだった。

ショウゴの右手には既にリボルバーが握られている。
ヒロヤの右手にも拳銃が握られている。
躊躇わず、二人とも引き金を絞る。
足を動かそうとするが、後退し距離をとろうとするヒロヤと間合いを詰めようとするショウゴでは、
前進と後退という特性と先制という一瞬の差で、ショウゴの方が早かった。

だが。

初弾がヒロヤを外す。ショウゴはあろうことか…ヒロヤが放り投げた重機関銃に躓いたのだった。

次々に発射される弾丸はそのどれもがヒロヤから逸れていく。

倒れながらでは照準も定まるまい。スローにも感じるその転倒に…ヒロヤは、正確かつ冷静にトリガーを絞った。

812サイコロ:2013/06/29(土) 17:22:47





「今回も酷い結果だなぁ、ショウゴ?」

倒れたままのショウゴに、ウミネコが言い放つ。
シスイ達は一旦水分補給に自販機へ行っている。

「歯車、そうまるで空転した歯車だよ今のショウゴは。悉く戦い方が空回りしてる。気付いてないの?」

「ああ、気付いてる…気付いてるんだが、どうにもうまくハマらねぇ。これがスランプってやつなのかね…」

のろのろとうつ伏せの状態から立ち上がる。疲れ切りフラフラとしてはいるが、
体幹はしっかりとしており余計な力が抜けている。
今までショウゴの積み重ねてきた基礎、基本、素の戦い方がすこしづつ出てきている。
だからこそウミネコには分かった。

「ショウゴ…あんたさぁ、何か足りてないんじゃあないかい?」

ハッキリ言ってウミネコは苛立っていた。苛立ちの原因は、その足りないものにある。
ウミネコはそう感じた。

「何も言わずに訓練に付き合ってくれ、って言われたけど、やっぱり気になってきたわ。
 なんであんたはいきなり訓練してくれなんて言い出したんだ?」

「…。」

ショウゴは何も言わない。

「今日の模擬戦だって、戦い方自体は悪くない。
 アンジェラとの時は見事なガンカタだったし、不意を衝いて戦況をひっくり返そうとしたよね。
 シスイ戦は銃に拘らず体術だけで受け切り反撃しようとしてたし。
 ヒロヤ戦に至っては前に進み続けて間合いを自分のものにしようとしていたでしょ?
 戦い方自体は悪くない。アンタは弱いわけじゃない。だが、」

一旦言葉を切る。

「足りてない。何かが。だからアンジェラにも潜り込まれて叩きつけられたし、
 シスイの手数に押し切られたし、ヒロヤの重機関銃に躓いた。
 しかも、アンジェラ達は本気の力をまだ出してない。」

ショウゴは顔を背ける。

「なぁ、ショウゴ…あんた一体どうしたいんだ。強くなりたいの?
 訓練したという事実が欲しいの?頑張ったねと言う言葉でも貰いたいの?
 …こっちを見ろ、ショウゴ!」

感情を押し殺したショウゴの無表情が、ウミネコに振り返った。
悔しさや苛立ち、そういったものを押し殺した表情だった。

「…悪いウミネコ。俺は強くならなきゃいけねぇんだ。これからある戦いの為に。」

「詳しい事情を話すつもりはないのかい?」

ショウゴは諦めたかのように、ポツリポツリと話し始めた。




「つまり…纏めると、アンタはヤクザの隠し子で、親父さんと妹と組員が敵にやられたと。」

「…。」

「死んだと思っていた妹が生きている可能性をチラつかされたと。」

「ああ。」

「自分だけでなく鬼英会や出雲寺組までコケにされたと。」

「…ああ。」

「汚名返上する為にその知り合いをブッ倒さにゃならんと。」

「…。」

ウミネコは深い深い溜息を吐いた。

「ショウゴ、アンタ…いや、何も言わない。今日はもういい頃合いだし、訓練終了だ。
 明日以降は…そうね、アンタがどうして勝てないのか、何が足りないのか、
 そのあたりをキチンと理解したら呼びな。それまで私は顔を出さないしシスイ達も違う所で訓練させる。」

「…あ?」

「わかんないのかい。わかんないから『スランプ』なんて言葉が出るんだよ。考えな、理解しな。
 それが出来なきゃ先になんて進めるか。」

気付いているが明言しない。言ってやるのは簡単だが、本人が自覚し行動しなければ先へと進むことはない。

「3人とも戻ってきたみたいだ。今日の所はこれでおしまいだ。」


呆然とした表情で。
ショウゴは一人、柔道場に残された。

813サイコロ:2013/06/29(土) 17:23:44

お借りしたのは十字メシアさん宅から角牧 海猫、アンジェラ、ヒロヤ、akiyakanさん宅から都シスイでした。

前回の視点はウミネコ→シスイでしたが、今回はアンジェラ→ヒロヤ→客観となっています。
次からようやくショウゴ視点に変わります。

注釈
今回の模擬戦、能力を使ってないアンジェラに負け(引き分け)、シスイに負け、ヒロヤに負け。
ショウゴはまたしてもフルボッコ状態でした。

814BB:2013/07/01(月) 00:32:43
完成にちょいと時間がかかりそうなので前後編にしてみました
後編は今から書きます

[死なない男の死にそうな日々]
[失敗作のワルツ 前編]


数年前
――――――???????????―――――――

「脱走者だ!!追え!!」
「ック!ハァ、ハァ...」
赤いライトが照らす長い廊下を少女の手を引き走る少年の背後から男の叫び声が
響く

「まて、No2-A!!被検体No00‐Aを開放し、速やかに投降しろ!!」
マシンガンを構えた男が叫びながら追いかける、
しかし少年は振り向きもせず少女の手を引き走り続ける
「止まるんだ!!」
叫び声と同時に発砲音が響く
「?!ッ危ない!!」
突然の発砲から少女を守るために少女を抱き込むような形にして背後から放たれた銃弾から少女をかばう

命中、
「あっ…」
「……大ッ丈夫か?」
しかし、少年は少女に笑顔を向ける、
「う、うん...でも、あなたが...」
「大丈夫、簡単には死なないんだ、」
背中から流れる血もすでに止まっていた、
少年はそのまま少女を抱きかかえて走り出す。
「まてッ!!!」
「いいじゃないですか、あの二人を逃しましょう…」
「Dr(ドクター)...」
そこに現れたのは背の高い白衣のDrと呼ばれる科学者であった
「しかし、Dr!これで8人目ですよ?」
「クックク...良いんですよぉ、それだけ元気ならばいずれ会えましょう、そ・れ・に」
体を大きくのけぞらせ不気味な笑顔を浮かべ、
「私の言う事を聞かないような子はいりませぇん...私の計画の邪魔になってしまいますからねぇ...」
そういって踵を返し長く薄暗い廊下を歩きながら男を横目に見ながら
「あぁ、警報、切っといてくださいねぇ...五月蝿いですから...」
「は、はぁ...」
「あ、それと、彼らの担当者は誰ですかな?」
「は、研究№2210です」
「そのものを私の部屋によんどいてください」
罰を...とつぶやくとそのまま歩いていった
「うっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃはーひゃーひゃーひゃーっ!!」
狂気じみた笑い声が廊下に響き渡っていた


―――――――現代――――――――――
コウジの部屋

「コウジー、私の下着知らない?」
「知るかよ」
あきれた顔で武器の手入れをしながら答えるコウジ
同じ部屋で寝泊りをしているジミーとコウジはこのような会話を年中行っていた
「なによう、私の魅惑のボディにめろめろの癖にー」
「魅惑(笑)」
「何ですって?!」
そんな会話をしているとコウジの携帯電話が鳴り響いた
「ん?誰だろ?」
表示画面には「トリスタルトラム」と表示されていた
「あ、トラムさんからだ」
トラムとは、過去のコウジとジミーの恩人であり、現在はひっそりと喫茶店でマスターをしている
紳士な男性であった
「もしもし?」
『よぉ、久しぶりだな、元気か?』
「どうもっす、トラムさん、珍しいですね、電話嫌いのトラムさんが電話かけてくるなんて」
『いやぁ、ちょっとね電話させてもらった』
「そうなんですか...それで?何のようですか?』
『とりあえず、店に来てくれ、ジルちゃんもつれて』
「ジミーを?...わかりました」
「じゃぁ、またあとで」
電話の電源を切ると振り返り
「ジミー、トラムさんがお店に来てくれって…」
振り返った先には真っ裸のジミーが立っていた
「まだ服きてねぇのかよ...風邪引くぞ」
「パンツがないのよー」
「ハァ、洗濯機の裏は探したか?」
「あぁ、そこか」
洗面所に裸で向かっていくジミーを呆れ顔で見送り出かける準備を進めるのであった
「まったく...」
ため息をつきつつばらばらの拳銃を急いで直すコウジであった

815BB:2013/07/01(月) 00:33:31
―――――喫茶『jackpot』
喫茶店には似つかない名前の看板を見上げる
「久しぶりに来たなー、3ヶ月ぶり?」
「そんなもんだと思うね」
のんびり眺めていると、とても渋い声が頭に響いてきた
『やぁ、お二人さん...久しぶりだね?』
周りを見渡しても誰もいなくいるのは一匹の犬であった
「おぉ、バウか、でかくなったな」
「久しぶりー」
バウと呼ばれた犬は、伏せの体制をとり尻尾を軽く振ると
『トラムは中にいるよ、そろそろ食事の時間だと伝えてくれるとありがたい』
この犬は念波を飛ばし人間と会話をすることが可能な犬であり、
ほかの犬とは比べ物にならないほどの身体能力を有している
「おっけー...」
『私はさばの味噌煮を所望する』
「多分駄目だと思うけど…」
そんな会話をしながら扉を開くと中から落ち着いた声が聞こえてきた
「いらっしゃい、ゆっくりしていって...やっときたか、」
「こんちわッす、お待たせしました」
「久しぶりートラムさん」
「久しぶりだねジルちゃん、いやぁ、こっちもゆっくりしてたからぜんぜん問題ないよ」
中にいたのはすらっとした紳士的なトラムと呼ばれた男性であった
この男は、コウジの古い知り合いであり恩人である男であった
「まぁ座って座って」
トラムはカウンター席に座る2人にコーヒーを差し出す
「あれ?いいんですか?」
「いいよいいよ、急に呼び出したお詫びだよ...砂糖は2つでよかった?」
「えぇ大丈夫です」
「ありがとトラムさん」
店内には落ち着いたBGMが流れ、二人はその中で静かに珈琲を飲んでいたがコウジが
「ふぅ...で、用事ってなんですか?」
珈琲を置き、たずねる
「うん、二つあるんだけど...ひとつは、ジルちゃん、」
「なに?」
「お留守番…というより今日これから出かけるからバウと一緒にいてくれないかい?」
「いいけど、どこ行くの?」
「それが二つ目、コウジ、俺と一緒に『嘆きの町』に来てくれないか?」
「『嘆きの町』?それって何ですか?」
聞きなれない単語を聞き返す
「神宮寺に頼まれたんだよ...こっから東に行くとゴーストタウンがあるんだがな?
そこにもしかしたらなんかいるかもしれないんだと...」
神宮寺とは、トラムの友人であり、アースセイバーの指揮官的存在である
「何かってなんですか」
「それを調べてこいって話なんだ、なぁ〜頼むよぉ『ベル』とも連絡取れないし、頼れるのお前だけなんだよ」
「『ベル』さんに頼る気なのが駄目なんですよ、彼女自由奔放ですしそのくせ生真面目ですから」
ガジガジと頭をかくと大きなため息をつき
「はぁ〜...わかりましたいきますよ、
でも簡単な調査だろうから装備は軽装でいきますよ?戦闘めんどくさいし」
現在、コウジの持ち物はサバイバルナイフ2本、拳銃一丁、予備の弾奏3本という本当に軽いものであった
「私は?ここでお留守番?」
「そうなんだが、いいか?」
ジミーの問いに申し訳なさそうに答えるトラム
「別にいいよ?お店はもう閉めるんだろうから私が掃除とかもやっとくよ」
「それは助かるよ、お、じゃぁそんなジルちゃんにはこのチョッパチャップス(メロン味)をあげよう」
そういってポケットから棒つきの飴を取り出しジミーに手渡した
「ありがと、帰ってきたらオムレツの作り方教えてね」
「お安い御用さ...さて、コウジは準備はいいのか?」
コウジに振り向きたずねる
「えぇ、まぁ特にこれといったものもありませんねこっちの準備はできてるんで先にどうぞ」
「わかった」
そういってカウンターを出ると近くの洋服掛けにかかっていた上着をとり、腰にナイフが4本刺さったベルトをつけ扉の前に立つ
「よしいくか」
「いきましょう、」
そういって扉を開け目的地へと向かうのであった

816BB:2013/07/01(月) 00:34:02
―――――道中――――――
「そーいや、何で俺なんですか?」
唐突に切り出すコウジ
「何が?」
「仕事の手伝いっすよ、別に俺じゃなくても錬さんとかキョウアとかに頼めなかったんすか?」
「ん、まぁお前にはいっといたほうがいいかも知れんな...今回のこの件、もしかしたら『ラボ』が関係しているのかもしれないんだ」
「・・・・・『ラボ』が?」
その言葉に反応をするコウジ
「まぁ、確証はないんだがな?その可能性が高いってことなんだ」
「なぜそう思うんです?」
「この前、お前らでかい兵器破壊してたろ?」
「あぁ、でかラッパですか?」
ほんとの名はヴァサアエングルだが見た目からコウジはでかラッパとよんでいた
「そうそれ、それを調べたところ何でもホウオウグループの今まで使っていた兵器とは構造がまるっきり違ったらしいんだ」
ポケットから飴を取り出しそれを口に放りながら続ける
「んで、お前は元ホウオウだったろ?でもお前はホウオウの戦闘員でありながらホウオウを裏切った」
「んまぁ、気に食わなかったんで」
「フツー、アレの元にいるやつは裏切るなんてぜんぜん考えねぇだろ?あいつの理念を理解してんだから、」
「それと何の関係が?」
「簡単に言うと、神宮寺はなんらかの組織が兵隊をホウオウに援助してる可能性がありお前はその集団の人間だったんじゃないかと
言われてんだ」
「んー...じゃぁ逆になぜ俺本人に聞いてこないんでしょうか?」
「そりゃ俺が止めてるからさ」
カカカ、と笑うトラムは続ける
「今回はその関係性とお前の身の潔白の証明のためでもあるんだよ、残念ながら」
「そうっすか...」
「まぁその辺はおいおいってことで...ほれ、ついたぞ、ここが『嘆きの町』だ、調査だからって油断するなよ?」
「...『ラボ』の存在が上げられてるせいで俺も人事じゃないんでまじめにやらせてもらいますよ」
腰の拳銃にそっと手を乗せて警戒態勢をとるコウジ
(あの男が人と『協力』?いや、多分『利用』だな...
どっちも利用し利用しつつの関係って所か?...くっそ、あの男は目的がさっぱり過ぎる)
そんな事を考えつつトラムの後ろをついてゆくコウジであった

―――嘆きの町―――
「ここが...」
「そう、嘆きの町だな」
廃墟となったビルが点々と並ぶ何処と無く暗い感じのする町であった
「なんでも数年前、大量の行方不明者が出て、その後色々な所で死体が発見されてその後も
突然死する人が出たり者が急に壊れたり、知らない建物がいつの間にかできてたりとでいろんな奇妙な現象が起きた町なんだと」
「何ですかそのオカルトチックな話...」
「尾ひれはついてるだろうがな、行方不明者したい云々の話は本当らしいぞ」
「捜査はされなかったんですかねぇ…」
「それを今回するんだろうが」
ポケットから赤い飴を取り出し口に放りながらいう
「すきっすよね、飴」
「お前もほしいのか?」
「いや、いらねぇっす」
町の一本道を歩きながら会話をしていると分かれ道が現れた
「分かれ道か...」
口の中の飴を噛み砕きながら苦い顔をする
「効率はいいが...危険性がなぁ」
「まぁ危なかったら逃げますよ」
少し悩んだ顔をしたがトラムは
「わかった、気をつけろよ」
「了解」
そういって、トラムは右、コウジは左へ向かっていった...

817しらにゅい:2013/07/02(火) 22:01:08



 ―――現は普段、いかせのごれ警察署で働いた後は与えられた仮住まいのアパートの一室へと帰り、そのままパソコンから定期報告を行なっている。
その為、ホウオウグループの施設へと訪れることはあまりないのだが、今日はクロウへの私用の為、足を運ばせていた。
私用といえど、定期報告に合わせた世間話とちょっとした問答ぐらいであったので、用事もすぐに終えてしまった。
あともう1つ用事をこなそうと、施設内の廊下を歩いていた時であった。

「ひつじのおねえちゃん。」
「?…コオリさんですか、お久しぶりですね。」

 白のボブカットに白鳥のぬいぐるみを携えている少女、コオリとウツツは遭遇した。
コオリとは以前から面識があり、数少ない施設訪問でも彼女の元には必ず顔を出すようにしている。
というのも、この白い少女が現の所持している「ドリー」を好んでおり、初めに彼女に手渡した際にもとても気に入った様子だった為、


『譲ることは出来ませんが、ここにいる間だけでしたらお貸ししますよ。』
『ひつじさん、さわっていいの?』
『私がいる間だけ、でよろしければ。』


 と、現がコオリへ約束をしたからであった。
以来、施設へ来る度にコオリの元へ行っては「ドリー」を渡し、そのもふもふな感触を楽しんで貰っている。
今日は姿が見えないので出かけているのかと思っていたが、隣には同じように白い少女が並んでおり、二人で遊んでいたのかと現は予想した。

「コオリさん、そちらの方は?」
「こんぺいとうのおねえちゃん。」
「…初めまして、ですかね?”金平糖のお姉さん”。」

 現はしゃがんで、少女と目線を合わせた。
蜂蜜飴の眼がぼんやりと現を見据え、時折、絹のような白い髪がふわりと揺れる。
腰に付けているポーチは不自然に膨らんでおり、ペンを思わせるような細長い形が少しだけ浮き出ている。

「私はウツツといいます、貴女は?」
「アオは、アオギリ。」
「アオギリさん、ですね。コオリさんと何していらっしゃったんですか?」
「こんぺいとうのおねえちゃんと、たなばたしてたの。」
「七夕?」

 コオリが頷けば、アオギリはポーチのジッパーを開き、中から長方形の紙とペンを取り出す。
赤、青、黄、緑…紙もペンも色とりどりで、その中からアオギリに選ばれた水色の紙と群青色のペンが、現に手渡される。

「ウツツも、お願いごと書いて。」
「たなばたさまをつくるの。」
「たくさんの人に書いて貰うの。」
「それは素敵ですね。」

 現は立ち上がると、ポケットに入れている自前の手帳を取り出し、それを下敷き代わりにして願い事を書こうとする。
その時、あ、とアオギリが声をあげる。

818しらにゅい:2013/07/02(火) 22:03:56

「ウツツ、ホウオウさまのこと書いちゃだめよ。」
「おや、どうしてですか?」
「トキコがもう書いちゃった。」
「ひつじのおねえちゃんの、おねがいごとかいて。」
「…。…私自身の、ですか。」

 現は表情には出なかったが、頭を悩ませた。
「ホウオウグループの安泰」や「ホウオウ様の成就」など他人の願いを願い事であればいくらでも書けるが、自分自身の願いなんて考えたこともなかったからだ。
そもそも、現自身の願い事は実はもう既に叶っており、願う事など何もない。…いや、叶ってはいるが、半分、叶ってはいない。
しかしそれはこの場に書くには相応しくなく、特にこの幼い二人の子供の前では見せられるような願いではない。

(何か、もっと別な願いはないものか。)

 彼女たちの望む、七夕に相応しいお願い事。もっと夢に満ち溢れていて、きらきらと輝いているような。
それこそ、叶えようと思って叶えられなかった願い事___

「……あ…」

 現は目を見開くと、そのままペンの蓋を開けて紙にインクを滑らせた。
きゅ、きゅ、と音を立ててあっという間に書いてしまうと、再びペンの蓋を閉め、紙と共にアオギリへと返した。

「これでよろしいでしょうか?」
「「………」」

 白い二人は願い事を見て、お互いの顔を見合わせた後、現を見上げてこう告げた。

「ひつじのおねえちゃん、だめよ。」
「駄目ですか?」
「じんせいのはかばなのよ、死んじゃうの。」
「死んじゃうんですか?」
「おんなのこのきぼうだけど、おとこのこはぜつぼうなの。」
「ウツツはいいことだけど、ウツツとけっこんするひとはわるいことになるの。」
「まぁ、そうなりますね。」
「だから、『結婚がしたい』って書いちゃだめ。」

 どこで得た知識なんだ、と現は心の中でぼやいた。
確かに人によっては、人生のゴールイン、だとか、人生の墓場、だとか、良い話悪い話はよく聞く。
だが、

「アオギリさん、コオリさん、確かに結婚は人によっては人生の墓場ですし、ぶっちゃけると私も結婚はしたくないです。」
「したくないのに、願いごとに書いたの?なんで?」
「―――…分からない、です。」

 アオギリは首を傾げ、コオリも不思議そうに現を見たが、彼女もどこか表情も曇っている。
現は自分の抱えているその想いを、ひとつ、ひとつ、とぽつりと紡いでいく。

「私には、記憶がありません。」
「きおくがないの?」
「…アオも、記憶が無い。」
「アオギリさんも、記憶が無いんですね。…アオギリさんは、金平糖が好きですか?」
「好きよ。なんで分かるの?」
「コオリさんが金平糖、と付けて貴女を呼んでいましたので。…では、どうして好きなのですか?」
「……分からないけど、たいせつなの。」
「アオギリさんのその大切な金平糖が、私にとって願い事に書いた"結婚"と同じなんだと思います。」
「同じ?…じゃあ、ウツツは、結婚が大切なの?」
「大切、だった、と…思います。」
「いまは?」

 コオリのその問いに、現は口をつぐんだ。
アオギリ達に教えた通り、現には記憶が無い。だからこそ、何故自分がこんなに『結婚』というキーワードに思い入れがあるのか分からなかった。
『結婚』と聞けば、どこか懐かしく心が踊るような期待と吐き気を催すほどの気持ち悪さが同時に沸き起こる。願っている筈なのに拒んでいるとは、とても奇妙な感覚だと現は思う。
それこそ、自分じゃない誰かの意志がそこに存在しているような気がして。

819しらにゅい:2013/07/02(火) 22:04:41

「……ひつじのおねえちゃん?」
「!」
「ぽんぽん痛いの?とてもかおいろが悪いわ。」

 いつの間にか二人は自分の顔を心配そうに見つめている。心なしか、自分の額にも変な汗が浮かんでいる気がする。
…これ以上このワードには触れないようにしよう、と現は決めると、アオギリから短冊を取り上げ、願い事に線を引いた。
そして、新しく願い事を書いた後、それを彼女に渡したのであった。

「ねがいごとかえちゃったの?」
「いいの?」
「いいんです、やはりこちらがいいです。」
「大切なのに、いいの?」

 アオギリがそう問えば、現はしばらく黙った後、やはり「いいんです。」と答えてしまったのであった。










置き忘れた願い事





(白い少女の問いに、ちくり、と胸が傷んだのは)

(きっと気のせいだろう)

(気のせい、なんだ)

820しらにゅい:2013/07/02(火) 22:06:12
>>817-819 お借りしたのは、アオギリ(えて子さん)、コオリ(ヒトリメさん)、
名前のみクロウ(スゴロクさん)、本家様よりホウオウ様でした!
こちらからは現です!

少しだけ彼女に触れて七夕企画に参加してみました!

821スゴロク:2013/07/02(火) 22:53:49
それでは、私も乗っかって見ましょう。短いですが。えて子さんより「アオギリ」ヒトリメさんより「コオリ」クラベスさんより「アン・ロッカー」をお借りしています。




「お願いごと?」

その日、珍しいコトに白波家はかなり賑わっていた。スザクを初めとする「スザク組」が、シュロとアズールを除いて全員そろっていたからだ。
しかも、たまたま用事があるとかで戻って来ていたシドウもいる。

そんな彼らのもとに、その二人―――面識があるのはスザクだけの、アオギリとコオリ―――がやって来たのは、何でも七夕の願い事を集めているから、とかだった。

(この子たち、確かトキコの知り合いだったよな……ってコトはホウオウグループかな?)

と思ったスザクだったが、直後にまあいいか、と思考を放棄した。害意はなさそうだ。

「それで、えーと、お願いごとだっけ?」
「うん、たくさんあつめるの」
「スザク、お願いごと、ある?」

言われて少し考えた。あるにはあるが、ちょっと子供に見せられるモノではない……ような気がする。文面を考えれば、何とかなりそうだが。

「……あるよ。短冊、持ってるかな?」

アオギリから短冊を受け取ったスザクは、下駄箱にそれをおいてさらさらと何事かしたためる。
その間に、コオリが他の面子に同じコトを尋ね、それぞれ「お願いごと」を書いてもらっていた。

「んふふ〜」

蒼の少女がにやける。

「んー……」

戦う主婦が悩む。

「アカネちゃん……は、聞くまでもないわね」

シングルマザーが笑う。

「マナちゃん、見ちゃダメ〜」

白の少女が隠す。

「見なくてもわかる。お姉ちゃんの考えそうなコト、一つしかないもの」

影の少女が呟く。

「私の願い事、は……」

少女人形が記す。

「…………」

玄武が押し黙る。

「ふむ……」

異能殺しが腕を組む。

それぞれに書いた短冊をアオギリに渡すと、白い二人は嬉しげに受け取って去って行った。

822スゴロク:2013/07/02(火) 22:54:24
「……今、取り込み中なんだけど」

神隠しが半眼になる。

「願い事……今はみんな一緒、です」

疑心暗鬼が告げる。




「ほう? 願いごとか」

超能力者が頷く。

「んー……じゃ、こんなかな」

流れる力がひらめく。


「ああ? ……ほれよ」

武器使いが投げた。

「願い事か……そりゃ、一つだろ」

方向音痴が歯ぎしりした。

「……どうやって入って来たの、ココに」

桜の精霊が驚いた。


「んんー? どーうして僕にきーくのかなぁ?」

道化者が問うた。

「えーと……この場合、私はどうすればいいのかしら?」
「さあ。京様の思うようになさればよろしいかと」

編集長に執事が応えた。

「願い事? ……そうだな」

調査員が考えた。

「特にありませんよ〜、今幸せですから」

担当が微笑んだ。

「…………(ばりばりばりばり)」

絵本作家は忙しかった。

「……はい」

サーカス団員が手渡した。



――――そして。

「……あの、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「「なあに?」」
「アナタ方は、なぜワタシにそれを聞きに来ますか。いや、本当に」

白い闇が珍しく素で頭を抱えた。




というコトで、願い事はこうなりました。


スザク⇒「トキコともっと仲良く出来ますように」←何やら書き直した痕
アオイ⇒「お姉ちゃんとお母さんと、ずっと一緒にいられますように」
ランカ⇒「家族がもう誰もいなくなりませんように」
マナ⇒「お兄ちゃんときっちりケリがつきますように」
ミレイ⇒「私を捨てた人が見つかりますように」
ゲンブ⇒「いらん誤解をされないように」←自業自得である
トーコ&ミナ⇒「キリさんがちゃんと戻って来られますように」
啓介⇒「いかせのごれの謎がいつか明かされますように」
真衣⇒「啓兄ちゃんがトマトを食べられるようになって欲しいです」←恐らくムリ
聖⇒「能力者の問題が後腐れなく片付けばいい」←なぜか破れを補修したアト
流也⇒「ヴァイスの奴を叩きのめしたい」
サクヤ⇒「『正義の味方』の真意が聞きたい」
理人⇒「もっと面白いコトに出会えますよーに」
京⇒「誰かが泣くようなコトが起きませんように」
正人⇒「正輝のバンドが有名になれますように」
雨里⇒とくになし
ツバメ⇒忙し過ぎて書くヒマがなく、雨里が代筆「締切が伸びますように」
茉莉⇒「サーカスのみんなにいいコトがありますように」
ヴァイス⇒逃げられた



「たなばたさま」への願いゴト

823十字メシア:2013/07/03(水) 00:52:29
息抜きに書きました。


NGシーン集in十字メシア


take1.蛇二匹

「今日は上手く役割をこなせたぞ…この調子で頑張らねば!」
「こんにっちは〜雷s」

ポチッ

「…『ポチッ』?」

ガコン!

「っうわぁあああああああなんでここに落とし穴ああああああああーーーーーー!!?!??」
「計 画 通 り」
「……行動が早いな貴様」


take2.自由(仮)

「ちーっす! 只今戻r」

ズシャアッ!(←コケた)

「……………」
「……………」
「……すいません、調子に乗りました」


take3.藍色と守人の邂逅

「よし、上手く行ったな………アレ、ね、むい…しまった! マスク忘rZzzzz」
「Zzzzz」


take4.銀角と少女

「…?」
「…………」

ヒュッ

「ぐふぉ?!」
「タケルー!?」
「な、なんで? なんでペットボトルが……」
「………」
「遊利?」
「いや、なんでも…ない…」

「………」
「………」
「………」
「…内緒にするから、こっち見ないでくれるかな……」

824十字メシア:2013/07/03(水) 00:53:18
take5.咲埜子と京都の妖怪達

チリーン…

「鈴の…音?」
「…あっ、鈴彦さん!」
「全く幼稚な…しばらく寝てなさい」

リィイーーン!!

『あばばばばべべぎげびあああああ!!??!』

ぱたり

「…団子くらいで喧嘩なんて、みっともない。咲埜子さん達を困らせては――」
「うう………」
「ぐひい〜……」
「……………」

「………………」

――巻き込んでしまいました……


take6.喰われた欲望、暗躍する冷血

「私は『クルデーレ』…即ち『冷血』。不要品を憐れむ優しさなんて、これっぽっちもないわ。ではサヨウナラ」
「ぎゃあああぁぁあぁああぁぁああ!!!!」

ゴキッ、グシャッグシュッ……バキッ…ゴリュ……

「ッフフフフ………」
『…………』
「…あら? どうしたの? 急に震えて……」
『……ッウォオエエエェェエエエエーーーーーーーーー!!!!!!!!!』
「!!?」


take7.愛を見出だす『話』

(ところで紅花、名前は決まっているの?)
(いや、別に…)
(あら、早く決めなさいよ)
(そんなに慌てる事でも無いでしょ)
(いーや! 拾って育てていくって決めたからには、ちゃんと名前をつけてあげないと!)
(う………)

「ああ言われたけど、簡単に決まる訳無いじゃない…」

「んー………」
「くー…くー…」
「…そうだ、この子の名前は―――」


「………今なんつった?」
「だから! 星姫(ステラ)よ!!」
「…………」
(これがキラキラネームというものか……)


take8.一歩前進、帰還の知らせ

「獏也さぁぁあああんッ!!!!!」

キキーッ!

「ってあれえええ止まらないぃいいいいい〜〜〜〜!!!!」

ドグワッシャァン!!!

「…………」
「…………」

takelast.白い闇と”いかせのごれの守人”

「ワタシが役者や邪魔者達を成長させていると? 全く、はた迷惑な理論ですねえ」
「はは、君にとっても悪くない話だと思うよ? 腕、そのままじゃあ不便だろう?」
「…まあ」
「じゃあ交渉成立。…って言っても無償だから安心していいよ、腕出して」

「………」
「………」
「…氷、分厚くなってません?」
「元の状態に戻す能力かと思ったけど昨日だった間違えたテヘペロ☆」


スゴロクさんから「ヴァイス」、ネモさんから「七篠獏也」「クチナワ」、akiyakanさんから「アッシュ」、サイコロさんから「九鬼兵二」、テノーさんから「タケル」、白銀天使さんから「大海 水竜」(名前なし)お借りしました。

825(六x・):2013/07/05(金) 01:20:10
七夕企画参加作品。自キャラのみですが、名前のみえて子さんより「アオギリ」ヒトリメさんより「コオリ」をお借りしています。


ハス・ヮ・ス/
「空橋くん、不動さん、今時間ありますかー?」
「どうしたの崎原さん」
「常に暇だけどな。なんだ?」
「アオギリちゃんとコオリちゃんに頼まれたんですー。短冊に願い事を書いてほしいんですって。」
「願い事って言われてもすぐには思いつかねーな、金欲しい!とかでいいか?」
「夢がなさすぎるよ。この前だって不動君のせいで変な方向に解釈されたんだからもう少し考えてよ!」
「冗談だよ、ちゃんと考えるから泣きそうな顔すんな。そういえば、この前は俺らと氷見谷先輩含めて4人だったよな?人数分もらってきたにしては多くね?」
「じゃあ僕が凪姉に渡してきて、他の人にも書いてもらえないか頼んでみるよ」
「ありがとうございますー。」


爪ス゚-゚ス/
「…というわけなのだよ 手伝え。」
「七夕ですか、懐かしいですね。こういうの何年ぶりでしょうか……えーと、Sushi Tenpura Fu」
「おい待てどこのテンプレ外国人だ、書き直し。」
「なぜですか?好きなものを書くのではないのですか?」
「さっき、懐かしいですね何年ぶりでしょうかって言ったのはなんだ。ボケたつもりだろうがまったく面白くないのだよ。短冊がもったいないから真面目に書け。」
「ソーリーです。渾身のジョークだったんですが…」
「盛大にすべってたと思う。…あと3枚あるな、ミナミにでも渡すか。」


⌒ル・A・)/
「凪がどうしてもって言うから書いてあげることにしたし。あたしだけ書くってのもアレだからあんたたちも参加ね。」
「ミナミちゃんおおきに!ウチも書きたかったんや!」
「えっ、どうしたのよ?」
「先日、諸事情で外出しとった間にマスターとスザクさんたちでお願い事を書いとったらしいんです。ウチが帰ってきたときにはもう…ウッ…」
「そういう日もありますよ。そもそも外なんか出なければ…(以下引きこもりについて延々と語る」
「いい話だったのにこいつがキモイこと言うせいで台無しだよ。たまに外出てきたと思ったら結局これとかマジでありえない。オチにも使えないし。」
「出てきただけ進歩やと思うで。あとなんかメタ的な発言が聞こえたんやけど」
「気のせいだし。」


みんなの願い事



願い事はこのようになりました

冬也『凪姉との仲がもっと深まりますように』
美琴『みんなが笑顔でいられますように』
司『友達をなくさないように努力する(消して書き直したあとがある)』
凪『みんなを守れるように強くなりたい』
ブロント『彼女ができますように』
ブリジット 〜●パアア←『ブロントのごはんがまともになりますように』と言っている
アズール『マスターと、みんなと、楽しく暮らせますように』
ミナミ『海念がもう少し前向きになりますように』
海念『海底で平和に暮らせますように』

826ヒトリメ:2013/07/06(土) 14:39:33
「おねがいごと?」

サーカスに侵入した白い二人の前で、片仮面の青年風貌は首を傾げてみせた。

「僕は"願い事"はしないよ」
「なんで?」
「おねがい、ないの?」
「ないさ。だって僕が、願いを叶えるほうのモノだからね!」

奇術師はふふんと胸を張って言ってみせる。こんどは少女たちが首をかしげることになる。

「おねがいごと叶えるの?」
「たなばたさまなの?」
「たなばたさまじゃないけど願いはかなえるよ!
 そこに持っているのがみんなの"ねがいこと"かな?ちょっと見せてよ」
「かなえるの?」
「かなえるよ?」
「……だめなの」
「えー」
「たなばたさまに、おねがいごとなの」
「パターはたなばたさまじゃないから、だめよ」
「だめ?」
「だめ」

"たなばたさま"ではないから、今回は奇術師も願い事をするほうにならなくてはいけないらしい。
他の存在に「叶えて貰う」ような願いなど、叶えるための兵器には存在し得ないはずなのだが、
目の前の二人が自分にその行為を願っているのだから仕方がない。
珍しくうんうん悩んだ挙句、やっと短冊に書き込んだ。


"ねがいごと"


「二人が"たなばたさまのねがいごと"をたくさん集められますように」



−−−−−−−−−−−−−−−−−−
短いですがたなばた企画におじゃまします。えて子さんより「アオギリ」おかりしました。
こちらからは「パター」「コオリ」。
いつもコオリをありがとうございます₍₍ ◝('ω'◝) ⁾⁾


以下その他。

トバネ「勝ちたい」
 (願いなど他者に叶えてもらうもんじゃない等と発言し少女達を(´・ω・)とさせ周囲にブーイングを喰らった結果)

ミラ 「我が力と眷属を取り戻す」
イクト「兄に逢えますように」

イチロ「生徒がきちんと授業を受けるように」(その後緑の保護者の元へ連行しようとするも逃げられた)

デストリエ(がしゃがしゃと何やら伝えたい様子だったが)(少女たちには理解できなかった!)

827サイコロ:2013/07/06(土) 16:32:14
<七夕の願い事。>

七夕企画、えて子さん宅からアオギリ、ヒトリメさん宅からコオリをお借りしました。


タカコは基地の廊下でアオギリとコオリの二人に出会った。
「あら、二人とも何してるの?」
「あ、タカコだ。」
「いまね、おねがいごと書いてもらってるの。」
「たくさんかざるのよ。」
「いろんなひとに書いてもらってるの。」
「タカコも書いて。」
「うーん、なるほどねぇ…。」
黄色い紙に、赤のペン。少し迷って、壁に押し付けてさらさらと書いた。

『皆がまともな料理を作って食べてくれますように タカコ』

「二人にも料理教えといたほうがいいのかしらね…」
ぽつりと呟く。教育としては悪くないかもしれない。そんなことを考えながら二人に渡す。
「ハイこれ。きれいに飾ってね?」
「もちろんなの。」
「タカコ、ありがとう。」
そう言うと二人は廊下を歩いて行った。
資料を置きに部屋に入った瞬間、ふと二人が向かった先にあるものを思い出す。
「あ…ゲート…まさか、また外に行ったんじゃ…」
数秒迷って、見なかったことにした。


モトとシュウトが話しているときに、白い子二人組と出くわした。
「ん…?あんなこまい(小さい)子が二人だけで出歩くとは危なかね。いくらこの辺が交通量少ないつーても」
「まぁ、モトさんみたいな危なそうな人にさえ近づかなきゃ大丈夫でしょ」
「茶化すなや。いてもうたろかい。つーかヤンキーとかヤクザは基本ちびっ子には優しいんやぞ」
そんな会話をしていたら。
「バイクのおじさん、メガネのおにいさん、おねがいごと書いて―。」
二人がいつの間にか目の前にいた。
「お、おじ…」
「プッ…ん?お願い事?」
「そうなの」
「たなばたなの」
「おねがいごとあつめるの」
「いっぱいかざるのよ」
「ああ、七夕かー。すっかり忘れてたな。」
若干ダメージを受けているモトを尻目に薄緑の紙と黒のペンを受け取ると、バイクのシートで書くシュウト。

『平穏無事に日常が過ごせるようになりますように シュウト』

白い紙を選ぶと、モトは赤のペンで大きな字を書いた。

『交通安全』

「モトさん、お札じゃないんですから…。」
「よかろーもん、こりゃ俺の願いじゃけぇ。ホレお二人さん、これ持ってき。」
「「ありがあとうなの。」」
二人はそういうと、再び歩いて行った。

828サイコロ:2013/07/06(土) 16:32:46


コンビニの前でショウゴ、リュウザ、コトハがアイスを食べていた。
アオギリはショウゴにトテトテと近寄っていく。
「おひさしぶりなの」
「んぁ…?あ、いつぞやの。」
「ショウゴさんの知り合い?」
「ああ、学校に来た事があんだよ。アオギリちゃんだったっけ?」
「うん。」
「今日は友達と散歩?」
「ううん、おねがいごとあつめてるの」
「たなばたなの」
「ほう、そういやそんな時期か。どれ、貸してみ?」
赤い紙をショウゴが、ピンク色の紙をコトハが、青色の紙をリュウザが取ると、白いペンで色が着いている面にさらさらと書いていく。

『家内安全無病息災 ショウゴ』

「…ショウゴさんそれ、組内の事ですか?」
「そんな所だ。」
「これ、どういういみなの?」
「簡単に言うと、みんなが元気でいられますように、って事さ。お二人さんにはまだ難しかったかな?」

『スイーツが降ってきますように コトハ』

「コトハ、お前…」
「あら、いいと思わないショウゴさん?」
「意味が絶対危ないよね。額面通りの意味じゃないでしょこれ。」
「黙りなさいリュウザ。二人とも甘いものは好き?」
「「うん、すき。」」
「今日は暑いからお姉さんがアイスをあげるわ。感謝しなさい。」

『見つかりますように リュウザ』

「…主語抜けてんぞ、リュウザ」
「ちょっと多いんであえて書くのをやめました」
「欲張りねぇ、全く。」

コトハに買って貰ったアイスを舐めながら、白い二人は礼を言って歩いて行った。


「おっ、アオギリちゃん…だったっけ、こんなとこで何を?」
自販機の前でジュースを飲んでいたキイチが、歩いてきたアオギリに声をかけた。
「あ、キイチ」
「またおしりあいさんなの?」
「うん。ねぇ、たなばたなの。おねがい書いて?」
「お願い?あ―…OK、ちょっと待ってな」

『何か特別なことがありますように キイチ』


願いの形は人それぞれ。
込められた意味も数もまたそれぞれなのである。

829akiyakan:2013/07/06(土) 19:10:22
「願い事、ですか?」

 閉鎖区画に押しかけて来た二人の小さな訪問者に、ジングウは首を傾げていた。

「……お二人とも、何かあります?」
「え、聞かれたのジングウさんじゃないですか」

 スルーパスにしてキラーパス。飛んで来た質問を、さらりと第三者へと受け流した。

「どうせ貴方達も聞かれるんだから、別にいいじゃないですか」
「そりゃそうですけど……お願い事、ですか?」

 口元に人差し指を当て、「うーむ」とサヨリは悩む。それを真似するように、隣にいたレリックも同じポーズを取っている。

「レリック、貴方は考えなくても、願い事は決まってるでしょう」
「りー、おいしいもの、おなかいっぱいたべたい!」
「り、りーちゃん……」

 レリックの返事に、サヨリは苦い表情を浮かべる。しかしジングウは、そのシンプルさが気に入ったようだった。

「おいしいもの?」
「アオも食べたい」
「良いじゃあ、ありませんか。実に無垢で分かりやすい。食欲は人間の三大欲求の一つですからね。純粋にして余分が無い、ある意味清らかな願いだ」
「えへへ〜」
「いや、りーちゃん、ジングウさんに褒められても、何にも嬉しくないからね?」
「そう言うサヨリさんは?」
「……私は、擬人兵ですから。グループの所有物である以上、そう言う願いを抱く事は許されていません」
「そう言う思考停止が、私は一番大嫌いなんですよ。千年王国主任として命じます。貴方の願いを、欲望を言いなさい」

 言っている事はキツイものの、ジングウの口元には笑みが浮かんでいる。擬人兵を口実に、自分の願いを隠そうとしているサヨリの心理を見抜いているのだ。それが彼女も気付いているのか、「うぅ……」と弱気な声を上げている。

「……私は、今が続けば良いと思っています」
「今が続く?」
「どう言う意味?」

 アオギリとコオリが首を傾げた。

「私は、今のままで十分です。今の生活で、これ以上を望みません。ですから、このままが続けば良いと……私は思っています」

 そう言って、サヨリは上目使いに、まるで探るようにジングウの方を見つめた。それの様子はどことなく、悪戯が見つかって叱られるのを恐れている子供の様に見えた。

 彼女の願いは、常に前進せよと言うジングウのポリシーとは全く別のモノだ。足る事を知る、これで十分だ。それは仏教においては「知足」と呼ばれる善行であり、現状で満足する事で煩悩を起こさない生き方だ。だが言い換えれば、「これで十分だ」と妥協している生き方とも言える。それは常に高みを目指し、欲望を絶やさんとするジングウが唾棄し、忌むべきものだ。それを言ったのだから、何かしらジングウに言われても仕方が無いだろう。

「ふむ、悪くは無いですね」
「……え?」

 しかし意外にも、ジングウはその言葉を評価した。予想と違う結果に、サヨリは思わずきょとんとしてしまう。

「あの……ジングウさん?」
「どうしました?」
「えっと……怒らない、んですか?」
「……何故に貴女を叱らないといけないんですか。それとも、貴方は叱られて感じるマゾなんですか?」
「いいえ! そんな訳無いです! 私は至ってノーマルです!」

830akiyakan:2013/07/06(土) 19:10:54
思わず素で返すサヨリ。そんな彼女の言葉に、「まぞってなぁに?」、「のーまるってなぁに?」と即座に反応するアオギリとコオリであるが、「貴方達はまだ知らなくて良い言葉です」と即座にジングウがシャットアウトする。

「……貴女はどうやら、私と言う生き物を勘違いしているようですね。私は何も、ただ傲慢なだけの男ではないんですよ。ちゃんと分を弁えています」
(普段の行動から、一体どうしてそんな言葉が……)
「過ぎたる欲は身を滅ぼす。よく言うでしょう? 欲はあっても良いですが、身に余る欲望は己自身を滅ぼす。収入の低い者が金持ちと同じ生活を望んだところで身を滅ぼすのは自明の理。実力が伴わない芸術家が、いくら己を飾りたてたところでそれはただの道化だ。「足るを知る」、転じて「己を知る」。身の程を弁える事、それは間違いではありません、決して」
「…………」

 ジングウの言葉に、サヨリは合点がいった。普段の物言いやら態度やらで錯覚しがちなのだが、言われてみればこの男、その姿勢自体はその実謙虚なのである。自分の経験から身に付いた知識や人生観などは自信満々に語るのだが、それ以外に関しては「分からない」と必ず言う。それは実際、彼が経験していない事であるからなのだろう。「いくら知識で知っていても、経験が伴わない知識など本物ではない」と言うジングウの言葉が聞こえて来るかのようだ。

「ミレニアムのおにいちゃんは何が欲しいの?」
「欲しいのー?」
「私ですか?」

 横道に逸れたが、最初の質問者へと戻って来た。これに関してはサヨリも興味がある。打倒神、闘争が日常の世界を造り上げる、とか言っているジングウであるが、実際のところ、彼が望んでいるものとは一体なんだろうか。

「何も」
「え?」
「何も、私は望みません」
「…………」
「だって、願い事は自分の力で叶えるものでしょう?」
「…………」

 いや、そういうのいらねぇから。そんな空気が場を支配する。アオギリとコオリはきょとんとしており、サヨリとレリックは白い眼でジングウを見つめている。その視線には、言外に「空気読め」と言う強烈な圧力が存在していた。

「何ですか二人とも、その目は。ちょっと怖いですよ」
「いやジングウさん……人に言わせておいて、それは無いと思います」
「ぐー、恰好悪い」
「何でですか、全く……別に、嘘は言っていないじゃありませんか……」
「ふふふ……諦めて口を割ったらどうかしら?」
「あ」
「猫さんだ」

 現れたのは人語を喋る化け猫ことフレイだった。支部施設にはあまり姿を現さない為、こうしてここで姿を見かけるのは珍しい。

「何ですか、フレイ。盗み見ですか」
「盗み見とは人聞きが悪いわね。出のタイミングを待っていたのよ。しかし七夕か、この国の良い文化よね。星に願いを。なかなかロマンチックで良いじゃない」
「どの口で言うんだ、このBBAは」
「はいはい。御年六十歳の老猫ですよ、あたしゃ……で、どうなの? 言わないなら、私の口から言っちゃうけど」
「それはごめんです。他人に言われる位なら、自分で言いますよ」

 そう言うジングウの顔は、苦虫を潰したような表情だった。そんな彼の様子に「まぁ、そうよね」とくすくすとフレイは笑う。こんなジングウを見るのも珍しい、とサヨリは思った。

「私の願いは……まぁ、『楽しく生きていたい』、ですかね」
「あら? 『万人が』が抜けてるわよ?」
「……フレイさん?」

 じろ、とジングウがジト目で睨む。「おほほほ、怖い怖い」とその視線から逃げるように、フレイは去っていく。

「待ちなさい、私に言わせておいて、貴女は言わずに逃げるつもりですか」
「どの口が言うんですか……」

 自分の事は棚に上げ、ジングウはフレイを呼び止める。周りからは呆れられているが、そんな事気にしてはいない。

「私? 私は今も昔も同じよ。『人外が自分らしく生きられる世界でありますように』、よ」
「……そうですね、そうでしたね。それが貴方の行動原理だった。今も、昔も」
「そう言う事で〜」

 ――・――・――

831十字メシア:2013/07/06(土) 19:11:10
「で…何故連れてきた。ここに」

いつもと変わらぬ微笑を浮かべるヤマネを、思い切り睨みつける佳乃。
当人はというと、笑みを崩すどころか楽しそうにこう言った。

「いやー、この二人の望みに応えるには、こうした方がいいかなってね」
「お前、本当に守人としての責任感あるのか?」
「あるけど?」
「ここは守人の住居区だって分かってるのか?」
「うん」
「……もういい。それで、そこの二人の望みとやらは、一体何ですか」

溜め息交じりに聞く佳乃。

「あのね、たなばたさまへのお願いごと集めてるの」
「七夕、ですか?」
「うん。いっぱい、いっぱい集めるの」
「そうでしたか。それなら、他の皆にも言いましょうか」
「ありがとう、くろかみのおねえさん」
「いえ。それと、私の名前は佳乃です」
「分かった。佳乃のお願いごとはなに?」
「え」

いきなり聞かれて一瞬固まってしまう。
渡された短冊とペンを手に、佳乃は「う〜ん」と頭を抱えた。

「……やっぱり、これですね」

『皆の人生が幸と平和に恵まれますように』

「ありがとう」
「ありがとう」
「ヤマネ、貴方も書きなさい。連れてきたのは貴方なんだから」
「何その理屈。というかもう書いたよ」
「あら、そうでしたか。因みになんと?」
「んー…ひ・み・つ、ってね」

『いかせのごれの人間の成長』

「七夕ですか。そういえば忘れてました」
「私もですよー。あ、お饅頭どうぞ!」
「ありがとう、猫のおねえさん」
「おねえさんも、お願いごと書いて」
「いいよー! 何書こうかなあ」
「おねえさんも、書くの」
「はいはい。あ、後、僕はお兄さんですよ」
「そうなの?」
「女の人みたい」
「よく言われますよ」
「昔から可愛がられてましたしね! 若君!」
「そ、それは言わないで下さいよ!」

と、笑いながら斎はペンを走らせた。

『姉君の組織嫌いで暴走しませんように』
『守人、ひいては水無瀬家の無病息災』

水無瀬家から離れた二人は、しばらく歩くと、花が咲き乱れた庭に出た。

「お花、いっぱいだね」
「いっぱい」

花の海を歩いていると、桜色の髪をした女性が二人に気付いた。

「あら、どちら様ですか〜?」
「アオは、アオギリなの」
「コオリはコオリよ」
「アオギリちゃんに、コオリちゃんですね〜。二人だけでここに?」
『うん』
「どうしたんだい、ウララ」

ウララ、と呼ばれた女性の後ろに、着物の左側がはだけている女性が。

「おばさん、だれ?」
「ん? アタイはハルだよ。コイツの姉貴さ」
「あねき?」
「お姉さんのことですよ〜」
「そうなんだ」
「そうですよ〜」
「ってか、呑気に話してる場合なのかい? 迷子なんじゃあ…」
「ちがうよ」
「違う?」

アオギリの言葉に、首をひねるハル。

「お願いごと、集めてるの」
「たなばたさまへの、お願いごと」
「あぁ〜。なるほどな」
「彦星様と織姫様のお話ですよね〜?」
「そうだな。で、アタイ達に願い事書いてほしいって訳かい?」
「うん。書いてほしいの」
「小さいお姉さんも、書いて」
「分かりました〜」

『生徒の皆と仲良く過ごせますように』
『美味しい抹茶スイーツ食べたい』

832akiyakan:2013/07/06(土) 19:11:26
「あ、虎のおじさん」
「珍しい」

 願い事を探していた二人は、フレイに続いてここでは珍しい人物を見つけた。

「ん? なんか小っこいのがいると思ったら、お前らか」

 現在、ロクブツ学園に教師として潜入しているロイドだった。休憩中だったのか、その手にはコーヒーの缶が握られている。すぐ近くには、同じ様にジュースの缶を持ったミツもいた。

「アオギリさんに、コオリさん」
「ミツもいる」
「この人達にも聞いてみよう」
「そうしよう」
「あん? 何か用か?」

 ロイドはしゃがみ込んで視線を二人に合わせて来た。と言っても、体躯が大きいせいでむしろ威圧感は増したような気がする。しかし二人は、それに全く気圧されている様子は無かった。

「たなばたー」
「ん?」
「たなばたのお願い事聞いてるのー」
「たなばた? ……あぁ、そう言えばクラスの連中が騒いでたな。もうじきたなばたがどうだとか」
「虎のお兄さん、お願い事ある?」
「ん? ……あぁ、ちょっと待ってろ」

 アオギリが差し出した短冊を見て数秒考え込むと、ロイドはそれを受け取って願い事を書き込む。それには「自分の記憶を取り戻す」と書かれていた。

「記憶? 虎のお兄さん、きおくそうしつなの?」
「あぁ、そうだ。ずっと、落し物を探しているんだよ」
「見つかるといいね」
「そうだな」

 ミツの方を見ると、そちらにもコオリが短冊を渡していた。少女の様な細い指でそれを受け取ると、ミツはさほど考える事無く書き込む。短冊には「千年王国の皆さんが幸せでありますように」と書かれている。

「はい、どうぞ」
「ありがとう」
「ほぅ、千年王国の皆さんが、ねぇ……ホウオウグループ全体じゃねぇのか?」
「多分、ミツのお願いではこれが精いっぱいな気がするので」
「叶う前提か。おめでたい奴だ」

 だが、ミツは人造とは言え天使だ。天使の願い事なのだから、それは確かに叶ってしまう事なのかもしれない。

「ありがとうございましたー」
「したー」
「あぁ。願い事集め、がんばれよ」

833十字メシア:2013/07/06(土) 19:11:50
ハルとウララの姉妹に別れを告げた二人が、次に向かったのは――。

「お兄さん。もふもふのお兄さん」
「起きて」
「う…ん…」

二人に揺すられ、眠気が抜けない眼をこする少年。
少しして、ようやく自分の目の前に、二人の少女がいたのに気付く。

「…誰?」
「アオは、アオギリ」
「コオリはコオリなのよ」
「ふーん。…何か、用?」
「お願いごと書いてほしいの」
「願い事…? ……あ、そういう事か。ちょっと紙取ってくる」

立ち上がろうとする直前、アオギリは短冊の紙を突き出した。

「たんざく、あるよ」
「…準備良いな」
「たくさん、集めるの」
「そうか。じゃあ、他の人達にも、書いてもらった?」
「うん」
「…………ん。出来た」
「ありがとう、もふもふのおにいさん」
「もふもふ?」
「おにいさん、髪がもふもふしてるから」
「あー…まあ、な。……狼だし」
「おおかみ?」
「あ、いや、何でもない」
『?』

『妹と仲直りしたい』

「次はどこにいくの? おねえちゃん」
「そうだね」

きょろきょろと、辺りを見渡す。
と。

「ありりー? 何やってるのー?」

白い帽子を被った少女が声をかけた。
アオギリとコオリの中間くらいの背丈だ。

「あのね、アオ達、たなばたさまへのお願いごと、集めてるの」
「いっぱい集めて、かざるのよ」
「そっかー! じゃあ、あたいもてつだってあげるよー」
「ありがとう、帽子のおねえちゃん」
「むふふんー、まかせろー! あ、あたいの名前は京子 八代だよー。よろしくー」
「やつしろ? へんななまえ」
「でしょー? でもあたいはきらいじゃないよー」

『立っぱな頭りょうになれますように』

「お願い?」
「たなばたさまへのお願いごと」
「もってかえって、ささにかざるの」
「蛍、たなばたって何?」
「…お前、マジで聞いてる?」
「うん。知らない」
「…はあ。あのな、七夕ってのは、7月7日、紙に願い事書いて、笹の葉につけるやつのこと! 分かったか?」
「うん、分かった」
「本当か〜? で、あたしらに書いてほしいのね?」
「そうなの」
「っつっても、何書きゃあいいのか…」
「水色のお兄さんも」
「いいよー。…蛍、大好き、と」
「お前本当に聞いてたのかよつか口に出しながら書くなぁああああああ!!!!!」

『ハルキと幸せにいられますように』
『蛍とずっと一緒にいられますように(消した痕がある)』

834akiyakan:2013/07/06(土) 19:11:57
 元気に走っていく二人の後ろ姿を見送りながら、ロイドが軽く手を振る。

 そんな彼に向かって、ミツが一言。

「……子供は嫌いだったんじゃ?」
「あん?」

 『人面虎(マンティコア)』に思いっきり睨まれましたとさ。

 ――・――・――

「……またこの子達か」

 アオギリとコオリを前にして、シスイがため息をつく。

「お願い事聞いてるのー」
「ここいっぱい人がいるから、いっぱい聞けるのー」
「お願い事、かぁ……」

 受け取った短冊を手に、シスイは額に皺を寄せている。元々無欲な人柄は、こう言う時かえって困るものである。

「世界平和……なんか違うな。そもそも俺が抱くものじゃないし……悪即斬? 待て待て、どこの新撰組だ、俺は……」
「あっれぇ? アオギリちゃんにコオリちゃんじゃない」
「げ」

 シスイが思いっきり嫌そうな顔をして振り返る。振り返った先には、彼そっくりな顔で人懐っこそうな笑みを浮かべる少年がいた。

「アッシュだ」
「アッシュだー」
「やっほー」
「……アッシュ、お前の知り合いっつー事は……」
「おっと。そいつは言わない約束だぜ、兄さん?」

 唇に人差し指を当て、にやりと笑うアッシュ。シスイは眉を顰めたが、それ以上何かを言う事は無かった。ここで何かを論じたところで、意味は無いと悟ったのだろう。

「まぁ、安心しなよ。確かに彼女らはグループの一員だけど、そこまで危険な事に関わっている訳じゃない。グループで身柄を預かっているようなものだからね」
「それの一体何を安心しろって言うんだ?」
「アースセイバーだって、似たようなもんだろ?」
「…………」
「それはさておき、と……コオリちゃん、僕にも短冊貰える?」

 アッシュはしゃがみ込み、コオリに向かってを手を差し出す。すぐにコオリが短冊を彼に手渡した。

「一体何を書くつもりだ?」
「『この世の女達よ、みんな裸エプロンになって僕の前で傅け』」
「…………おい」
「はいはい、嘘です、冗談ですー」
「アッシュ、はだかえぷろんって何?」
「何?」
「君達は知らなくて良い!」

 デジャヴを感じさせる程のカット。言外に「余計な事を言うな」と聞こえて来るかのようだ。

835akiyakan:2013/07/06(土) 19:12:32
「『トキコちゃんが僕に振り向いてくれますように』、っと」
「……あのさ、お前。度々トキコの奴にちょっかい出してるけど、それガチなのか?」
「ガチだよ。ってか、今まで誰か一人好きになった事無い兄さんに、人の恋愛についてあれこれ言われたくないね」
「う……」

 痛い所を突かれたらしい。シスイが唸った。

「あ、都兄弟はっけーん!」
「ん?」
「おや?」

 聞き覚えのある声を聞いて、二人は振り返った。こちらに駆けてくる亜麻色の髪の少女が見えた。

「コロネか。うっす」
「うっす! 二人で何やってんのー?」
「残念、二人じゃなくて四人だよ」
「あ、この前学校に来てた女の子だ! 新しい子までいる〜!!」

 「わっはー」と笑顔を浮かべながら、コロネはアオギリとコオリを撫で回している。そう言えばこいつ、ゲーセンにある可愛いぬいぐるみやキーホルダーが好きだったっけ、などとシスイは考えていた。例えそうでなくても、可愛いものは皆大好物であろう。

「へー、色んな人のお願い事聞いて回ってるんだー」
「お姉ちゃんもお願い事ある?」
「あるあるー! 書くから短冊頂戴?」
「はーい」
「兄さん、書く事決まったかい?」
「ああ。まぁな」

 ペラ、とシスイは自分の書いた短冊をアッシュに見せる。『みんなが仲良く暮らせる世界でありますように』、と書かれている。

「ふぅん……優柔不断な兄さんらしいお願い事だね」
「選別マニアの千年王国に言われたくないわ」
「うぐ」

 今度は、アッシュが唸る番なのだった。



 ≪星に願いを≫



「で、コロネちゃんはどんなお願い事にしたの?」

「『変な人がいっぱい増えますように!』」

「いや……」

「それは……」

「変な人?」

「変な人いっぱい増えたら大変よ……?」

836十字メシア:2013/07/06(土) 19:13:13
「たんぽぽのおねえさん、お願いごと書いt」
「断る」
「どうして?」
「どうしても何も、修行の邪魔だよ。とっとと立ち去れ」
「しゅぎょうって何?」
「武術の練習だ。これで満足したろ。早くどっか行きなよ」
「ぶじゅつって何?」
「…戦いの為の技術」
「ぎじゅつって何?」
「……分かったよ書けばいいんだろ書けば!!」
「ありがとう、たんぽぽのおねえさん」

『強くなりたい』

『今のお前、見ていて中々面白かったぞ』
「黙れ虚空」

「願い事か」
「バンダナのおにいさん、書いて」
「おう。……ほい」
「ありがとう」

『おじさんとおばさん達が戦いで物壊しませんように』

「こっちの身にもなってほしい」

「おや、アオギリじゃないか」
「あ、ウミネコ」

歩いていると、海猫と、彼女の車椅子を押している少年、茶髪の少女に出会った。

「んあ? …誰だよそいつら」
「以前、学校で会ったんだ。そっちは…友達?」
「うん。コオリっていうの」
「コオリ、か。オレはヒロヤ。で、コイツは暴れん坊のアンジェラ…いでぇっ!」
「暴れん坊なのはお前だろ」
「はいはい喧嘩しない。子供の前でみっともない…」
『うぐっ』

海猫の言葉にダメージを受けたらしい二人。

「それで、どうしたの?」
「あのね、たなばたさまのお願いごと集めてるの」
「いっぱい、いっぱい集めてるの」
「だから、ウミネコのお願いごとほしいの」
「あ、あたしの? 困ったな〜」
「てっぽうのおにいさんと、ちゃいろのかみのおねえさんも」
「オレらも?」
「……あっ、浮かんだ!」
「…どうせロクでもねーだろ」
「何よ。『ヒロヤが犬死にしますように』って考えただけよ」
「撤回しろ爆ぜろ」

『一番弟子がもっと強くなれますように』
『武器増やしたい』
『ヒロヤの悪い癖が治りますように』

「…出来た」
「はえーな、お前」
「小烏丸が遅いだけ…」
「うるせー。もう少しで書くって」
「むう……どれどれ…」
「だあああ何で覗く?!」

『綺麗な花を見つけたい』
『今年は雪が降ってほしい』

「う〜んう〜ん…」
「凄い悩んでますねー袖子さん」
『どーせあの小僧絡みだろ』
「ちっ違うし!!!! 変な事言わないでよ!!」
「袖子さーん、顔赤いですよー。大丈夫ですかー?」
「あんたも余計な事言うな!!!」

『これから寒くなりませんように』
『フミヤとずっと親友でいられますように』

「いっぱい集まったね」
「ね」


守人達の願い



えて子さんから「アオギリ」、ヒトリメさんから「コオリ」お借りしました。
新キャラはそのうち投下します。
後akiyakanさん…リアルタイムにやっちゃってすいませんでした…orz

837えて子:2013/07/07(日) 20:57:22
たくさんたくさん、お願いごとが集まったの。
だから、次はささにかざるの。

ささは、パターがくれたの。
「みんなのお願いごとをかざる、おっきなささがほしい」って言ったら、くれたの。
パターは、たなばたさまじゃないけど、お願いごとを叶えてくれるんだね。

いろんないろんなお願いごとがあるんだね。

「パターとウツツは、同じお願いごとだね」
「ほんとうだ。コオリたちに、おねがいごとたくさんあつまりますように、って」
「お願いごと、かなったね」
「かなったね」

お願いごと、たくさんたくさん集まったの。
パターとウツツのお願いごと、叶っちゃった。
きっと、たなばたさまが叶えてくれたんだね。

ほかにも、いろんなお願いごとがあるの。

「タスクは、ほんだながほしいのね」
「ごほんのおにいちゃんは、ごほんがほしいっていってるのよ」
「きっと、本が好きなんだね」
「ふこうのおにいちゃんは、さかあがりができるように、だって」
「さかあがりって何だろう」
「きっと、さかをのぼるのよ」

お願いごとは、大事にかざるの。
たんざくにひもを通して、落ちないようにささにぎゅって結ぶの。

「とりさんのおねえちゃんは、あかいおねえちゃんとなかよしになりたいんだって」
「スザク、トキコとなかよしよね」
「なかよしよね」
「もっとなかよしになりたいのかしら」
「なかよしは、いいことよね」
「でも、アッシュもトキコのこと書いてるよ」

トキコ、なかよしの人がたくさんだね。
こういうの『もてもて』って言うのかな。

「バイコーンのおにいちゃんは、あかいおねえちゃんにふりむいてほしいの?」
「ふりむいてほしいみたい」
「「…………」」

コオリとふたりで、後ろをふりむいたの。
アッシュはトキコにこうしてほしいのかな。

「こうかな」
「こうかなぁ」
「こうすると、どうなるのかしら」
「わからないの」
「ふしぎね」
「不思議ね」

きっと、アッシュやトキコには、わかるんだね。
今度、聞いてみよう。

838えて子:2013/07/07(日) 20:58:05


「とらのおじさんや、ごみすてばのおねえちゃんは、きおくがほしいのね」

コオリの持ってるたんざくは、ロイドのお願いごとが書かれてるのとひなたのお願いごとが書かれてるの。
ロイドもひなたも、記憶がないんだって。アオといっしょ。

「こんぺいとうのおねえちゃんも、きおくがないのよね?」
「うん」
「きおく、ほしい?」
「ううん」
「いらないの?」
「うーん…わからない」

アオも、記憶がない。何も知らない。
知らない場所にいたら、ホウオウさまがアオを見つけて、一緒にここに来たの。
アオは、記憶がほしいって思わない。
何にも知らないから、ほしいと思わないのかな。
アオにはわからない。
大きくなったら、わかるのかな。

「あ」
「コオリ、どうしたの?」
「ジェノサイドのおねえちゃんは、ミレニアムのおにいちゃんとけっこんしたいんだって」
「ほんとだ」

でも、アオとコオリ、教えてもらったのよ。

「けっこんって、男の人にはじんせいのはかばよね」
「じんせいしんじゃうのよね」
「ジングウ、わるいことになっちゃうね」
「ジェノサイドのおねえちゃんは、いいことなのにね」
「たいへんだね」
「たいへんだね」

でも、わるいことってどんなことなんだろう。
ジングウのお願いごとが、叶わなくなっちゃうとかかな。

「しろいおじさんは、かいてくれなかったね」
「にげられちゃったね、残念」
「つぎのたなばたさまは、かいてもらえるかしら」
「書いてもらえるといいね」

もらったお願いごと、全部ささにかざったの。
これでかんせいかな…

「あっ」
「こんぺいとうのおねえちゃん、どうしたの?」
「アオたち、お願いごと書いてないの」
「あっ」

みんなのお願いごと、たくさん集めたけど、アオたちのお願いごと、忘れてたの。
アオたちも、お願いごと書かないとね。

「うーん」
「うーん」

お願いごと、むずかしいね。
何を書こうかなあ。

「コオリ、書けた?」
「かけたの。おねえちゃんは」
「書けたの」

アオとコオリのお願いごとも、ささにかざるの。
全部かざったら、二人で外に持ってくの。

外に立てたら、しちゅうにぎゅっと結んで、できあがり。
お外はまっくら。きらきらお星さまがいっぱい。

「きれいね」
「きれいね」
「たなばたさまに、とどくかしら」
「きっと、とどくのよ」

きらきら、きらきら。
たなばたさま、とってもきれいね。


白い二人のたなばたさま〜おねがいがとどきますように〜


(ひらひら、ひらひら)
(天の川の下で、みんなの願い事が風に揺れる)
(二人の願い事も、風に揺れる)


『やくにたつひとになりたい コオリ』
『みんなのおねがいがたなばたさまにとどきますように アオギリ』

839えて子:2013/07/07(日) 20:59:11
ヒトリメさんから「コオリ」をお借りしました。こちらからは「アオギリ」です。
みなさん、今回は突発的な企画に参加していただき、ありがとうございました。

この話でアオギリとコオリちゃんが話題に出していた人物は
スゴロクさん:火波スザク、ヴァイス
しらにゅいさん:トキコ、ウツツ
紅麗さん:浅木旺花
十字メシアさん:ひなた、マキナ
akiyakanさん:ロイド、ジングウ、アッシュ
ヒトリメさん:パター
です。こちらからは「我孫子佑」「久我長久」を話題に出しました。




こっそりですが。うちの子の願い事はこんな感じです。
望→『平穏無事に過ごせる日が来ますように』
佑→『新しい本棚がほしい』
夕陽→『健やかに暮らせるように』
朝陽→『夫に胸を張れる人生を歩みたい』(達筆)
花丸→『友達とずっとずっと一緒にいたい』
若葉→『妹が無事で過ごせますように』
紅→『情報屋の皆が元気で暮らせますように』
ハヅル→『紅が無茶しないように』
アーサー→『みんな元気に!』
長久→『新作の本が手に入りますように』

840えて子:2013/07/09(火) 22:11:49
「小さな決意」の続きです。短いですが。最後、スゴロクさんに投げます。
スゴロクさんから「隠 京」名前は出ていませんが「赤銅 理人」「夜見 雨里」「茉理」、クラベスさんから「アン・ロッカー」をお借りしました。こちらからは「アーサー・S・ロージングレイヴ」です。


こつこつと靴の音を立ててやってきたのは、アンだった。
医師からの説明が終わったのだろう。

京が立ち上がり、お疲れ様、と労いの言葉をかける。

「…アン。どうだった、二人は…?」
「結論から言いますと、お二方とも命に別状はありません。長久様は先程からおぼろげですが意識が戻り始めているようですし、ハヅル様も出血こそ酷いものの傷自体は大きなものではなく、今は意識を失っていますがじきに回復するだろう、とのことでした」
「……!」

よかった、と言うようにほっと安堵の様子を見せるアーサーに、晴れない表情を浮かべて、ですが、と続ける。

「…?」
「…先日から入院なされていた紅様が、安定していたはずの容態が急に悪化したそうです」
「!!」
「…それ、本当なの?」
「はい。峠は越えたそうですが…衰弱が激しく、予断を許さない状況だと」
「そんな…」

情報屋の中で姿を見かけなかった紅が、入院していて、しかも死にかけている。
まさかそんなことになっているとは思いもよらず、京は半ば呆然と呟いた。

紅の入院は知っているはずのアーサーも、そこまで深刻な状態だとは思っていなかったのだろう。先程まで見せていた安堵の表情が一変し、蒼白になっている。
声は出ないが、唇も何かを呟くように震えていた。

「アーサーちゃん…大丈夫よ。きっと助かるわ」

気休めにもならない慰めだが、そう言わずにはいられなかった。


アーサーが落ち着くと、三人は病院の待合室に移動した。
自動販売機で缶コーヒーをふたつ買い、ひとつをアンに手渡す。
同じくココアを買うと、それはアーサーへと手渡した。

「…………」

先程より落ち着いたとはいえ、アーサーの顔は浮かない。
ぼんやりとココアを眺めていたかと思えば、どこか悲しげに病院の廊下を見つめたりする。
まだ幼い少女だ、目の前の現実をどう処理していいのか分からないのだろう。

京が少しそっとしておいてあげよう、と考えた矢先だった。
廊下の先を見つめていたアーサーの目が、突然驚いたように見開かれた。
そして、何かを訴えるように京の服を強く引っ張る。

「……!」
「アーサーちゃん?どうしたの?」
「…!!ーーーっ!!」

出ない声の代わりに、必死に廊下の向こうを指差す。
そこにいたのは、廊下を歩いている不恰好な茶色の髪にパーカー姿の男、漆黒の闇かと思われるほど真っ黒な髪の女性、それとは逆に真っ白な髪の少女の三人。

アーサーが特に指差していたのは男だった。
その手には、彼女がいつも手にはめていて、あの時カチナにずたずたにされたはずのパペット―ロッギーがいた。


連なる点、交わる線

841スゴロク:2013/07/09(火) 22:50:53
投げられたらば受けるが私。というコトでえて子さんに続きます。クラベスさんより「アン・ロッカー」、えて子さんより「アーサー・S・ロージングレイヴ」をお借りします。



三人が転移で到着したのは、病院の廊下の端だった。幸い時間が時間だけに人に見つかるコトはなかったが、正直理人も肝を冷やした。

「お、おー……あーぶなかったなあ。人に見られたらえーらいコトになってましたよ」
「ゴ、ゴメン……ちょっと目測誤った……」
「……行く」

雨里の呟きを無視し、茉莉が一人で廊下の奥へと進む。案内板を見ると待合室がそちらにあるようだ。理人、そして雨里もそれに倣い、進む。

「それで、実際どうするつもり?」
「んー……まーずは、このパペット、ロッギー君を持ち主に返すのが先でーすな。そーれから後は、情報屋のみーなさんの現状しーだいというコトで」
「協力するのは確定ってコトね? わかったわ」
「ですな。コトと次第によーっては……あ、いや、これはアトにしましょー」

不明瞭な物言いに首を傾げた雨里だったが、その思考はすぐに中断された。

「到着」

先頭を歩いていた茉莉が、そう言って足を止めたからだ。その見る先には、二人の女性と一人の少女。

「……あら、編集長。こんばんわ」
「……雨里ちゃん? 何、何か雰囲気違うんだけど」

職場以外では何気に初となる対面を果たした雨里に、京が僅か目を見開く。一方彼女の服を引っ張っていた少女―――アーサーは、理人の手に在るロッギーを見て驚愕しきっているようだ。そちらに目を向けた京の表情が、驚きに染まる。

「……それ、ロッギー君よね?」
「そーの通りですな」
「どうして……あんなにひどい状態だったのに」
「あー、自分がなーおしました。あーのままだと、話もろーくに聞けなかったんでね」
「話? いえ、そもそもどうやってあの状態から無傷に」

アンの問いには答えず、理人はロッギーを手から外してアーサーに渡す。

「ほい、相方君はなーおりましたよ、っと」
「……!」

慌てるあまり引っ手繰るようにして、アーサーはロッギーを受け取る。矯めつ眇めつして完全に直っているコトを確かめると、片手に嵌めて大きく息をついた。

『……ああー、やれやれ。酷い目にあったよ』

言葉を発したのは、ロッギーの方。既に接し方のわかっている京とアンは、互いに目配せをすると話の口火を切る。

「生還おめでとう……と、喜んでばかりもいられないけれどね」
「ええ、ハヅル様と長久様は危険を脱しましたが、紅様は未だ予断を許さない状況です。ロッギー様、そちらは大丈夫でしょうか?」
『……正直不安で仕方がないよ。蒼介はいなくなっちゃったし、ベニー姉さんはまだ危ないし……』

今にして思えば、と続ける。

『ブラウって人が来た時、ハヅルを襲ったのがベニー姉さんに縁のある人……蒼介なんだけど、その人だって言ったんだ。その時アーサーが感じた嫌な予感って、このコトだったのかな』
「……かもしれません。ですが、起きてしまった以上、そのコトを悔いても解決にはつながりません。まずは、紅様のご無事を祈りましょう」

真面目て融通の利かないところもあるが、アンはアンで紅を案じている。それを理解しているからこそ、誰も何も言わない。少しの静寂を破ったのは、茉莉に目で促された雨里だった。

「……えぇと、編集長?」
「はい?」

――――少しの時間をかけて、雨里はここに至るまでの状況を簡単に説明した。自分が二重人格の片方であり、表の雨里はそれを知らないコトや、こうなる以前に理人と何度か行動した経験があるコト、茉莉がここにいる理由、そして自分達がこの件に協力する気であるコト。

「まあ、私は表の雨里の関係もありますから、編集長がダメと言えば手を引きます」
「けーど、僕と茉莉ちゃんは最後まで付き合いますよ。……正直、『連中』には借りがあるんでね」

珍しく怒気を孕んだ低い声で、理人が意思表明をする。茉莉もそれに倣い、こくりと頷くコトで肯定を現した。

「……私も、同じ」
「そう……そうね……」

どうしたものか、と思案する京の服の裾を、アーサーが引っ張る。

「? どうしたの、アーサーちゃん」
『あぁ……いや、その、アンさん、京姉さん。少しだけ』



『……助けに来てくれて、ありがとう』




運命交差点・繋

(二つの道が重なる)
(次なる運命は、何か)

842えて子:2013/07/12(金) 23:33:04
そろそろこの二人も復活させます。「運命交差点・繋」の数日後の話です。自キャラオンリー。
文中の“保護者”は特に誰と決めてません。拾ってくださる方がいればどうぞ。


「………」

ハヅルが目を覚まして一番最初に目にしたものは、真っ白な天井だった。
次に感じたのは、微かな薬品の匂い。

おそらく病院の一室だろうと結論付け、鈍く痛む後頭部に軽く顔を顰める。
何故自分がこのような状況に置かれているのか、ひとまず整理しようとしたところ、不意に声をかけられた。

「ああ、起きた?」

聞き慣れた声に、首だけをそちらへ向ける。
ベッドの脇に首に軽く包帯を巻いた長久が立ち、こちらを覗いていた。

「……久我、か?」
「ああ。一応、本物の、な」

いつも通りの軽口を叩く長久に、軽く口の端を上げて笑う。

「俺は……どのくらい、こうだった」
「一週間は経ってねぇよ」
「…そうか」

それだけ聞くと、ゆっくりと上体を起こす。
「目が覚めてすぐに体起こせるなら上等だ」と笑うと、長久は隣の自分のベッドに戻り、腰掛けた。

「…アーサーは?…無事か?」
「階段から落ちてあちこちぶつけたり足捻ったりしたみたいだけど、平気そうだ。“保護者”もついてるみたいだしな」
「…保護者?」

長久の含みのある言い方に軽く首を傾げる。紅も自分も長久もこうして入院しているのに、誰がアーサーの面倒を見ているというのだろうか。
長久に視線を向けるが、彼は既にどこからか取り出したハードカバーの本に視線を落としている。
小さくため息をつくと、ハヅルはそれ以上の追及をやめた。

「…久我。お前は、大丈夫なのか…?」
「あんたやオーナーほどじゃない。次の検査で異常なければ退院できる」
「そうか…大した事がなくて、何よりだ…」

そこまで言って、はたと気がついた。
今、長久は「あんたや“オーナー”ほどじゃない」と言った。
しかし、以前お見舞いに行ったときには危険に陥るような体調ではなかったはずだ。

「…紅にも、何かあったのか…?」
「……ああ。昨日、アーサーが教えてくれたよ」

本から視線を上げると、長久は肩を竦める。
そして、自分たちが襲われたのと同じ日に、いきなり容態が悪化し、峠は越えたものの今も予断を許さない状態なのだと話した。

「……それは…」
「…おそらく、あいつが噛んでるんだろうさ。あの悪運が強いオーナーが、そう簡単に死に掛けるはずが無い」

そう言うと、長久は持っていた本をハヅルに投げて寄越した。
手に取ってようやく、ハヅルはこの本が長久がいつも自らの能力『ファイリング(情報綴込) 』に使用している本だと気づく。

「…何か、載ってるのか?」
「まあな」

その言葉を聞くと、本に視線を落とし、表紙をめくる。
目次に新規に追加された項目を見ると、目を細めた。

「……蒼介のことか」
「襲われた時に思いっきり叩いたんでね。蒼介自身にダメージは無さそうだったけど、少しだけ情報は頂いた」
「…そうか」

ぱらぱらとページをめくり、「音早 蒼介」の項目に目を通す。
しばらくの間無言で読んでいたが、やがて読み終わったのか本を閉じると長久に返した。

「何か分かったか?」
「……ああ。蒼介は…やっぱり、UHラボと関わりがある」
「そういや…あの時も言ってたけど、UHラボって何だ?ラボって言うんだから研究所なんだろうけど…」
「それは…おいおい説明する。今は…少しでも情報が必要だ」

ゆっくりとした動作でベッドから降りると、どこかへ向かおうとして足を止める。
そして、少し考え込むような仕草をすると、長久に向かって尋ねた。

「…アーサーは…携帯を持っているか?」
「ん?ああ、多分…。オーナーが緊急連絡用にって、子供用の持たせてたはず」
「…番号、知ってるか?」
「ああ。……ほらよ」
「…すまない。…少し、アーサーに電話をかけてくる」

長久がアーサーの携帯番号を走り書きした紙を受け取ると、病室を出る。
少し廊下を歩いた先には、面会室があり、そこに公衆電話がある。
ハヅルは小銭を数枚入れると、メモとにらめっこをしながら公衆電話のボタンを押した。

843えて子:2013/07/12(金) 23:33:38
数回のコールのあと、聞き慣れた腹話術の声が聞こえる。

[…も、もしもし?]
「……アーサー…いや、ロッギー…か?」
[…ハヅル!?目が覚めたんだね!よかった、よかった!!]
「ああ…心配をかけた。…ロッギー。アーサーは、無事か?」
[アーサーは平気だよ。ちょっとあちこちぶつけたり足捻っちゃったりしたけど、大した事無いって。僕も一度はぼろぼろにさ

れちゃったんだけど、親切なおにーさんが直してくれたの]
「…そうか。…それは、よかった」

[…それで?ハヅルが僕らに電話かけてきたのはどうしてだい?ただおしゃべりするために電話かけるような人じゃないだろう

?]
「ああ………アーサー、ロッギー。…お前たちに、仕事を頼みたい」

そう告げると、電話の向こうで空気が張り詰めた気がした。
アーサーも情報屋の一員だ。仕事と聞いたら真面目になる。
特に、今情報屋の中で自由に動けるのはアーサーただ一人なため、責任感もあるのだろう。

[…うん。僕らは、何をすればいい?]
「調べたいことがあるんだ……関連する資料を、資料庫から探して持ってきてくれ。欲しいのは…――」
[――……分かった。いつ持って来ればいい?]
「なるべく早いほうが…いい。蒼介の手がかりになるかもしれない、からな…」
[…分かった、すぐ探すよ。今度お見舞いに行く時に持ってく]
「ああ……頼む」

電話が切れたのを確認すると、受話器を置く。
それを見計らったかのように背後から声がかかった。

「子供使いが荒いぞ、ハヅル」
「……仕方ないだろう。今、外に出られるのは…アーサーだけなんだ」
「ま、それもそうだな。…で、調べものってそのUHラボのことなのか?」
「…ああ。アーサーから資料が届き次第、本格的に調べる。…久我、手伝ってくれるか」
「言われなくとも」
「…助かる」


「誘拐犯には、きつい灸を据えてやりてえな」
「ああ、そうだな……身内に危害を加えた罪は、重い」


「「徹底的に、叩くぞ」」


情報屋、動く


(生きていれば、戦える)

(頭が動くなら、抗える)

(情報と知識が、我らの武器)


(さあ、反撃準備だ)

844紅麗:2013/07/14(日) 01:19:17

『Attack on ×××』の続きになります。後2、3回で終わる予定なのでさくさくっと進めたいですね。
お借りしたのは(六x・) さんより「凪」SAKINOさんより「カクマ」です。ありがとうございました。
自宅からは「榛名 有依」「高嶺 利央兎」「榛名 譲」「ハーディ」、サブキャラとして「ミユ」「ヤハト」「ミハル」でした。


「―――ッ!」


竹刀袋から木刀を抜き取り、横一文字に振った。

それはユウイの方に向かっていた影のような猫に見事命中し、猫は煙のようになって消滅する。
どうやら猫には「防御力」だとかそういう類のものは存在しないらしい。
とにかく、なんでも構わない。向こう側からの攻撃を避け、こちらの攻撃を当ててしまえばいい。
そうすれば、あの恐ろしい猫は消えてしまう。―――大丈夫、大丈夫だ。勝てる。

「ねぇ、ユウイ、どうしてそこまでして生きたいと思うの?」

ミユとの距離は離れているはずなのに、まるで耳元で囁かれているかのようなねちっこさを感じる声だ。
それは耳の中にするりと進入し、頭の中に直接語りかけてくる。言葉を貼り付けてくる。
それでもユウイは自分へ向かってくる猫に向かって木刀を振り下ろした。一度、二度、…三度。
後ろから迫ってくる猫には生み出されたシャーペンが飛んでいく。針のように先の尖ったそれは、スッとキレイに猫の目に命中した。

「死人、化け物になってまで、生きたいと思うの?」

よくわからないわ、と呆れた風に肩を竦めてミユは続けた。
木刀を握る手が、汗でぬめり始めた。だけど、拭っている暇なんてない。ユウイは木刀を振るい続けた。

「ユウイ、そろそろ楽になってもいいんじゃないかな?死ねば、何も考えなくてよくなるのよ」
「ユウイ!その子の言葉に耳をかしてはだめだ!」

ハーディは猫からの攻撃をかわしながらユウイに向かって叫ぶ。
けれど、

「あぁッ」

つるり、と木刀が手中からすっぽ抜ける。途端、酷い疲労感に襲われた。
体が動かない。動いて、あの猫を倒さないと死んでしまうのに、それなのに、うごかない。ど う し よ う 。
彼女が不安、恐怖に押しつぶされそうなのは、読心術を得ていなくてもわかることだった。
休むこともなく木刀を振るい続けていたのは、恐怖心に負けてしまいそうだから。押しつぶされてしまいそうだったから。
動くことで自分を落ち着かせていたのだ。


「がっ…」


心が恐怖に満たされ動けなくなったユウイに、一匹の猫が体当たりをかました。
しっかりと、助走を付けられたそれの威力は凄まじいもので、ユウイの体は容易に吹っ飛んで、木に背中を強打した。
服はぼろぼろ、顔や手、足は土だらけの状態で、地面へ突っ伏す。ぐん、と体が何かに引っ張られているような感覚が続き、息が上手くできない。

「ガハッ!…うぇ、…はっ、カハッ」

起き上がろうとするが、腕も足も震えて力が入らない。ぱたた、と口端から唾が流れ落ちる。
ぼんやりと、靄がかかったような世界からあの猫が二匹、迫ってきていた。
と同時に上から黒いカーテンが降りてきて、やがて、何も見えなくなった。
ハーディさんがユウイを呼ぶ声と、ミユの笑い声が聞こえた気がした。


あぁ、




おわる。





 ―――・―――・―――

一方、此方でも激しい戦闘が行われていた。

リオトは、自分の血液を自在に操り、針で猫を串刺しにし、血の刃で切り裂く。

凪は、氷の剣で猫を薙ぎ払い、猫凍らせては砕く。

ユズリは、乱暴に、荒く、鋏を猫に突き刺し。鋏を双剣に変化させては猫を斬り付けた。

カクマは、大胆にも猫に掴みかかり、大きな爆発を起こして猫の頭を吹っ飛ばす。

そうしているうちに、猫の数は確実に減ってきていた。
そして、

「っらぁあああ!!!」

カクマが、最後の一匹の体の真ん中に手を宛てて、爆発で二つに分裂させた。静寂が訪れる。




「やったか…?」

845紅麗:2013/07/14(日) 01:21:15

「ッ!? ユズリ、後ろだ!」

凪の声に反応し、ユズリは素早く振り返った。
自身の真後ろには大きく口を開け、汚らしく涎を撒き散らしながら飛び掛ってきている猫が一匹。




そして、見たこともないような、必死な顔でリオトが、こちらへ腕を伸ばしていた。




どん、という音と衝撃と共に足が地面から離れた。






ごり、と何かが削れる音がした。






地面に倒れたのはユズリだった。怪我はない。リオトも、目の前にいる。…だけど、様子が変だ。
ぴくりとも動かない。それに、この自分にかかっている赤い液体は―――


「リオ兄ィィイイイイイイッ!!」



ユズリが目を剝いて叫んだ。リオトはユズリを救うために、自ら猫に噛まれにいったのだ。

「手間、かけさせやがってよぉッ!」

爆発を利用してリオトの元まで吹っ飛んできたカクマが、猫に深い蹴りを入れリオトから離れさせる。
猫は「ギィッ」と醜い声を上げて真っ直ぐ横に吹っ飛ぶ。猫から開放されたリオトは、力なくその場にくずおれた。
即座にユズリが駆け寄って、彼の顔を見る。目は閉じられており、首には四つの深い穴が。そこからは血が絶えることなくどくどくと流れ続けていた。
止血が始まっていない…それは、リオトが今現在能力を使えていない、ということを意味していた。
ユズリは青ざめた顔でリオトの体を揺する。けれど、リオトは目を覚まさない。

「なんだ…?あいつ他とは様子が違ェぞ」

顎へと伝い落ちる汗を片手で拭いながら、カクマは先ほど自分が蹴った猫が消滅していないことに気付く。
その猫はうなり声を上げながら起き上がり、赤い四つの目をカクマ、ユズリ、凪の三人へと向けていた。
怒っているのか、長い二本の尻尾は地面を強く叩いている。

「はーぁ…よくわからねーけど、アイツが何かの鍵になっていることは確かだな… 氷見谷、榛名の弟!アイツを叩くぞ!!」

リオトにかわって指揮を取り始めたカクマが、二人を見る。凪は困惑の表情を浮かべながらもこくりと頷いた。
けれどもユズリは、倒れているリオトをみたまま、顔を上げなかった。


どうして、自分なんかを救ったんだ。


そんな気持ちが、彼の心を埋め尽くしていた。


「……リ、ユズリッ!」


凪の数回の呼びかけで、ユズリは我に返った。

「早く立て!あのでかい猫を片付けるのだよ!そうすれば…何か、この状況を変えることが出来るかもしれないんだ!」
「だけど、俺は…」

リオトがこうなってしまったのは、自分のせいだ。そんな思いがユズリの体を動かなくさせていた。
いつもの態度のでかさは嘘のように消え、声も微かに震えているように聞こえた。だけど、凪は続ける。

「リオトがああなったのは自分のせいだとわかっているのなら…立つんだ!立って、あの猫を倒して、ユウイを救うんだ!」
「……!」

846紅麗:2013/07/14(日) 01:22:28
喝を入れる凪の手もまた、小さく震えていた。

「ユズリ、お前までいなくなってしまったら、ユウイはどうなる…?私は、友人が悲しむ姿を見たくなんかない!」
「凪…」

カクマは既にあの変わった猫との戦闘に入っていた。あまりにも激しく動きすぎている為か、少々表情にも余裕がなくなってきている。
リオトは、まだ目を覚まさない。ただただ灰色の地面に、あまりにも不釣合いな赤い血が広がっていくのみ。

(リオ兄…)

「悪ぃ凪、迷惑かけた」

ジャキンという音と主に巨大鋏がユズリの手に握られる。
凪はほっとした表情で立ち上がった。


「リオ兄の思いを、無駄にはさせないッ!」


 ―――・―――・―――



「………」
「ねぇ、どうして貴方はそこまでしてユウイを庇うの?」


マントがびりびりに引き裂かれたハーディが、ユウイを庇うようにして立っていた。
ミユは怪訝そうな顔でハーディを見る。

「………」
「貴方とユウイはきっと出会ったばかりでしょう?どうして、そこまでしてこの子を守ろうとするの?」
「……私にも、よくわからない話なんだがな…この子は…いや、この子達は、私の希望なんだ」
「…はァ?」

少し照れくさそうに笑った青年は、帽子を深く被り直す。そして、そこから鋭い黄色の瞳が覗いていた。
ハーディの周りからばちばちと音を立てて、無数のシャボン玉が生まれた。
影の猫は少し警戒するように後ずさった。

「だから、殺させやしないさ。――さぁ、来るならさっさと来い、私が相手になる」
「貴方、一体…何なの…?」




それぞれの――



 ―――・―――・―――

「ッ、はぁ、っーーミハル!」

『ヤ、ハト…?』

「しっかりしろ!すぐに、すぐに助けるから…!」

『……ヤハト、わたし…ね、とても幸せだったわ…』

「やめろ、喋るな」

『幸せいくつあったかな……ふふ、数え切れないわ…』

「ミハ、ル…」

『どうして、どうして私は許されないのかしら…』

「…ミハル…」

『……一つ、お願いよ。ニンゲン、と、仲良くして、ね…。
きっと、私達ニンゲンと貴方達は共に生きることができるわ…きっと――私達が、そうであったように…。
それを、この世界にすむ、みんなに、おしえてあげて…。それから、わたし、きれいな、しぜん、が…』

「二つ、じゃないか…」

『あは、ふふふ…ほんとだ、わたしったら、ほんとばか、ねぇ…』

『ねぇ、ヤハト…?』

「…なんだ?」

『わたしね、本当に本当に幸せだった――』

「あぁ、私もだ」

『愛してるわ、ヤハ、ト …ぁ……よか、……た …… 』






「―――――ミハル?」

『………』

「……ふ、っ、く、ぅう…!」

847十字メシア:2013/07/14(日) 09:26:50
>えて子さん

”保護者”の件、拾わせていただいてもよろしいでしょうか

848えて子:2013/07/14(日) 15:00:07
>十字メシアさん

どうぞどうぞ。

849十字メシア:2013/07/14(日) 21:29:10
新キャラ登場話。
(六x・)さんから「凪」「冬也」「不動 司」お借りしました。


夕方。
凪、冬也、不動の三人は、時折雑談しながら、帰路を歩いていた。

「そうか、美琴は元気になってきたんだな」
「うん。いつもの調子が見えてきたって」
「これなら、学校に来るのもそう遠くないな」

と、しばらく歩いていると、凪が右の曲がり角付近で足を止めた。

「どうしたの? 凪姉」
「あ、いや。今日はこの近道通ろうかと」
「急いでたの? 言ってくれれば、誘わなかったのに」
「んー…急ぎの用、って訳じゃなくてな。親父が早く帰ってきてくれって五月蝿いんだ」
「大変ですね、先輩」
「全くだ。で、一緒に帰ってもいいが…どうする?」
「折角だから、僕も行くよ」
「俺も」


「それでさ、ささみかさん見る度に張間さん、泣きながら逃げるんだよ〜」
「まあ…だろうなあ。…ん?」

「マジあの先公ムカつくよなー!」
「ギャハハハハ!」

「…見るからに不良だな、アレ」
「シッ、聞こえるよ!」
「とにかく、無視して行くぞ。あ、少し話しながらな」

不良グループに目をつけられないように進む三人。
…だったが。

「おい、そこの姉ちゃん!」
(チッ……)
(気付かれちゃったね……)
「俺達、後でゲーセン寄るんだよね〜」
「だからさ、金寄越してくんない?」
「(全く訳がわからん)……すまんが、私らは持ち合わせてないぞ。行こう」
「う、うん」
「おう」

バン!

「!」

グループの一人が、腕で遮るようにして立っている。

「そんなこと言って、ホントは持ってんだろ?」
「さっさと渡さないと、痛い目見るぜ」
(しつこいな……)

すると、この間ずっと口をつぐんでいた冬也が。

「…………さい」
「あ?」
「やめて下さいっ!」
「冬也……」
「……いい度胸してるじゃねえか、チビ」
「凪姉が、困ってるじゃないですか! それに、その、僕達、本当にお金持ってません!」
「そうだぜクソ不良共。早くどいてくれ」
「っ、舐めた口効きやがって!」
「ガ…ッ!?」

殴られ、地面に倒れる不動。

「ってえ……」
「不動く…うわっ!?」

今度は冬也がフードを掴まれ、宙ぶらりんの状態になった。

「ん〜? お前、よく見たら女みてえな顔だなァ」
「うわ、ホントだ!」
「しかもヘアピンなんかしてるぜ、コイツ!」
「アハハハハ!」

凪は自分の中で、堪忍袋の緒が切れたのが分かった。
弟分までコケにしやがって――掴みかかろうとした、その時。


「何してんだ」

850十字メシア:2013/07/14(日) 21:29:45


声の方を見てみる。
主は少年…と思いきや、よくみると顔は女そのもので、少なからずふくよかさが見受けられた。
短い黒髪、睨むような目付き、バットの持ち手が覗く鞄。
頭に、赤い帽子。

「あ? 誰だテメェ……」
「! アレ、まさか…『オツユウの赤帽子』!?」
「何だって!?」

「あの人…僕達と同じ学校の人みたいだけど……」
「見ない顔だな」
「…カオルコ」
「え?」
「間違いない。めちゃめちゃ変わってるけど……アイツ、カオルコだ」
「えっ、知ってるの? 凪姉」
「中二の時、一緒のクラスだった。けど……その頃は、もっと女の子らしかった筈だ。あんな、ヤンキーみたいな感じじゃない」

凪は信じられないように言った。
一方、当人のカオルコはどこ吹く風な態度。
ただ不良達を見据えている。

「ハッ。ただの噂に決まってんだろ。あんな女の蹴り一つが入れるかよ」

リーダー格の不良が言う。
だがカオルコは無言のまま。
代わりに一言、こう言っただけだ。

「今すぐどっか行けよ」
「は? …誰に向かって言ってんだゴラ!!!」
「カオルコ!」

思わず叫ぶ凪。
カオルコは鞄からバットを取り出した、と同時に走り出す。
バットには釘が打ち付けられていた。
右ストレートを打ち出した拳が、彼女の顔面に当たる――刹那。

右目が白く光ったのを、凪は見逃さなかった。
そして。

ドゴッ!

「ぐおっ…がっ?!」
「な……」
(今のスピード…!)

不意打ち同然の攻撃を、あっさりと躱したたと同時に、釘バットの先端を腹に打ち当てた。
普通なら有り得ない筈。
凪の目は更に訝しいものになった。

「カオルコ、まさかお前……」

――『力』を持ってるのか?
だが、その言葉が口から出ない。
躍起になった不良達は、一斉にカオルコに突撃する。
その時、またしてもカオルコの右目が光った。
釘バットを盾代わりにしつつ、拳で、足で。
無駄の無い速さと動きで、不良達を薙ぎ倒していく。
最後の一人に蹴りを入れたところで、彼女は不敵な笑みを浮かべた。

「甘ェんだよ、お前ら。所詮は犬っころだな……獣みてェに吼えてみろよ」
「…っうるせぇぇええええ!!!」

リーダー格の不良が、立ち上がって再び殴りかかってきた。

「へぇ、根性だけはあるのか。けど――」

バキィッ!

「――弱いヤツに力振るうようじゃあ、三流の犬っころ以下だぜ」

倒れた音で、静寂が訪れる。
たった一人の、それも女子生徒にやられた彼らは、ヘコヘコとその場から逃げていった。

「……凄い」
「瞬殺、ってやつか」

感嘆の声を上げる冬也と不動。
一方、凪は偶然にもいきなり、再会した知り合いに、それも突然の変わり様に、中々口が動かない。
それでも、なんとか勇気を出し。

「……久し振り」
「ん……ああ、そうだな」


ヤンキーガール

851紅麗:2013/07/15(月) 00:33:33
【真実サバイバー】の続きになります。少しギャグ要素が強めになってしまいました…。
お借りしたのは思兼さんより「御坂 成見」「巴 静葉」「橋元 亮」十字メシアさんより「葛城 袖子」でした。ありがとうございました。
自宅からは「フミヤ」です。



―――余計な真似はするな―――


そう言われて、はいわかりました。と素直に言うことを聞くほど、この男はいい子ではない。


そう、この男。風見 文也は。

「そわそわ」
「………」
「そわそわ」
「………」
「そわ、」
「フミヤ、うるさい」

静葉が仲間に連絡をしてから数十分後――

パーカーのポケットに手を入れながら、それを羽のようにばっさばっさと動かしている男を、袖子はまるで母親のように叱った。
だってー、とフミヤは唇を尖らせる。がさがさと草の揺れる音がし、あの影のような猫が現れた。
それでも尚、フミヤは話を続けた。

「せっかくこの森に来たのにさ、ここで何もせずにただ助けを待つーだなんてつまらないよー」
「…」
「あー!つまんないつまんないつまんないつまんないつまんないッつまんな」
「じゃあ、お前だけいってこい」

静葉がフミヤの背中を、とん、と足で押した。「ひょ?」という素っ頓狂な声と出してフミヤは猫の前に転がり出る。
猫からしたらいきなり自分の前の草が大きく揺れたように見えただろう。猫が低い唸り声を上げる。
袖子と亮は短く悲鳴を上げると、静葉の両隣でわたわたと慌てた。

「ちょ、ちょっと静葉!あ、あんなことしたらあの人危ないよ!」
「そ、そうだよ!気持ちは痛いほどわかるけど!すっごいわかるけど!」
「ね、ねーちゃん、あんまり、揺れないで…」
「わああ、ごめんナルミ君!」


(少し、やりすぎたかな…)


これぐらいしないとあの「フミヤ」は黙らないだろうと思い、この行動に出たのだった。
少しだけ痛い目を見させて静かにさせないと、なんらかの衝撃で能力が解け、ここにいる全員が―――…そう、思ったからだった。


(もう、そろそろいいか。あいつも懲りただろう)


もう一度能力を使用し、フミヤの気配を消してやろう。そう思ったときだった。


「やーいやーい子猫ちゃん!ここまでおーいで!」

852紅麗:2013/07/15(月) 00:34:15

……フミヤは笑顔で、猫を挑発していた。
亮の力はかかったままなので、猫からフミヤの姿は見えない。なので、猫からすれば突然後ろから人間の声が聞こえたことになる。
フミヤは自身の能力「ゲイルトラヴェル」――簡単に言えば瞬間移動能力を駆使して、猫を翻弄していた。

「ほらほら、こっち!こないのー?」

今度は、前から。

「ねー、つまんないって!」

右から。

「こっちにおいでー!」

左から。

「こっちからいっちゃうよー?」

また、前から。


猫が焦っているのが目に見えてわかった。きょろきょろと顔を動かし、その場から動けずにいる。

「た、楽しんでる…」
「あぁ、もう…」

きょとん、とする静葉の隣で、袖子は大きな溜め息をついた。

「いいや、静葉ちゃん、そのままにしとこう」
「い、いいのか?!」
「うん、なんか楽しそうだから…」

親しい人物がそう言うのならいいか、と静葉は目を閉じた。
まぁ、またつまらないつまらないと騒がれても困る。丁度いいだろう。

「しかし…あいつはあんな化け物を前にしてまだふざけた調子でいれるのか」
「うーんと…まぁ、フミヤが超変わってる奴なだけだよ」

袖子は少し照れくさそうに笑う。

「昔からそうなんだよね。不思議なものが好きで好きでたまらない!って。いっつも不思議を求めてどっかへ走ってた。…今もだけど」
「世の中、いろんな奴がいるもんだな」

ふ、と笑みを浮かべながら、静葉は時刻を確認した。あと数分。数分で仲間がここに到着する。
そして、真っ青な顔のナルミを見ると、安心させるようにその頭を優しく撫でた。


「待ってろ、…もう少しで助かるからな」



5つの風

853紅麗:2013/07/15(月) 00:42:06
「それぞれの――」の続きになります。あともう少し…!
お借りしたキャラはしらにゅいさんより「トキコ」スゴロクさんより「火波 スザク」(六x・)さんより「凪」
SAKINOさんより「カクマ」でした!ありがとうございました。
自宅からは「榛名 有依」「榛名 譲」「高嶺 利央兎」「ハーディ」サブキャラは「ミユ」です。



「ユウイ、ユウイ?」
「ん………」

自分の名前を呼ぶ声で、目を覚ました。どうやら自分は寝てしまっていたらしい。
まだ半開きの目をこすりながら、体を起こす。ここは……学校だ。

「授業中だよ?ふふ、まぁた昨日寝るの遅かったんでしょー」
「あれ……」

―――あぁ、そうか、夢だったんだ。
アタシがミユに殺されたのも、アタシがミユを殺したのも、あんな森へ行ったのも、
幽霊になってしまったミユと会ったのも、全部。

「ユウイー、どうしたの?」
「え、いや」





夢だったんだ。





「なんでも、ないよ」



アタシはほっと一安心して、親友、ミユに答えた。



  ―――・―――・―――

854紅麗:2013/07/15(月) 00:43:22

授業も終わり、放課後。
アタシとミユは久しぶりに放課後街にくりだして遊ぼう!ということになった。

「んー、何して遊ぶー?ユウイ」
「んー…なんでも」
「なんでもじゃ困るよー」

もぉ、と困ったようにミユは頬を膨れさせる。
おかしいな。どうしてかな。…アタシは、ミユと目をあわすことができなかった。

あ、と。ミユが前方に何かを見つけて立ち止まった。

「あれ、スザクちゃんとトキコちゃんじゃない?何してるのかな。行ってみようよ!」

ミユがアタシの手を握る。けれども、アタシの足は動かなかった。
前にいたトキコ達がアタシ達に気がついたのか、あの活発な、明るい声が聞こえてきた。
けれど、アタシの口からは自分でも信じられないような言葉が飛び出していた。


「アタシのこと、嫌いなんじゃないの…?」


空気が、凍りついたような気がした。いや、気がした、じゃない。凍りついた。自分でもどうしてこんなことを言ったのだろう。と思った。
ミユが目を剝いて自分を見ている。近付いてきたトキコは状況が掴めておらず「どうしたの?」と聞きたそうな不安げな表情をしていた。
後から来たスザクも不思議そうな顔で首を傾げている。

ミユは返す言葉に困っていたのか、幾度も話そうと口を小さく開けては閉め、開けては閉めを繰り返し。
一度唇をぎゅっと噛んで、アタシの肩を両手で掴んでから、やっと声を出した。

「何、言ってるの…?私達、親友じゃない!ユウイのこと大好きよ!」
「……は、そうだよね、親友だもんね。ごめん、変なこと言った」
「もーユウイったらー」



     《私の邪魔する嘘つきな親友なら…》
           
             



……違う。



「えっ?ユウイ、なんか言った?」


  《今日学校で――と何話してたって聞いてんのよ!》



ちがう。





「ユ□□ちゃん…?□□し□の?」



      《貴方のせいだって…言った…ゆったゆったゆった》



チガウ。




あ た し の い る べ き ば し ょ は 、 こ こ じ ゃ な い 。






 ―――・―――・―――

855紅麗:2013/07/15(月) 00:45:28

「はぁああッ!」

氷の剣を大きく振りかぶり、振り下ろす。手ごたえはあった。が。


(だめだ、攻撃を止めるとすぐに傷が塞がる!)


今まで倒してきた猫とは違うその生き物は、驚くべき回復力を持っていた。
三人がかりで攻撃を続けても、傷はたちどころに塞がる。
猫は攻撃を受けると直ぐに素早い動きで三人と距離をとり、傷を癒してしまう。

「クソッ、はぁッ、こんなの、どうしろっつーんだよ」

息も絶え絶えにカクマが言う。その言葉に答えるものはいなかった。
この猫と戦い始めてから数十分。なかなか決着が付かない。そして三人の体力はもう既に限界に近かった。
眩暈や吐き気が体を襲い、立っているので精一杯。


(だけど!)


ユズリは自分に再び喝を入れるように巨大鋏を一振りすると、


「うぉおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」


猫に向かって駆け出した。猫も、同時に駆け出す。
がきり、と音を立てて鋏と牙がぶつかり合う。

「が…、くそ、ぉ…!」

ユズリに勝機があるように見えた。だが、それは一瞬で。
凄まじい力で猫が鋏を押し返してくる。鋭い牙が目の前に迫り、ユズリは背筋が「凍る」というのを実感した。
思わず地面に倒れこみそうになる。だが、倒れたら今度こそ終わりだ。両足に力を込め、歯を食いしばる。

「凪!カクマ!今のうちだ!」

猫の動きが止まっている今がチャンス。ユズリは叫んだ。



凪が氷の剣で猫を斬りつけ、カクマが爆発を利用して、此方へと飛んできてくれる。





そう、思ってた。




二人の攻撃はいくら待ってもやってこない。実際は数秒のことなのだろうけれども、その時間は、数分のように感じられた。


剣の攻撃、爆発の代わりに猫へと降りかかったのは、自分がこの戦いで何度も見た、あの赤い液体だった。


「………あ」



今度は誰が。

ユズリは絶句する。鋏を持っていた手からも力が抜けていった。目の前に鋭い牙が迫る。



そして、目の前が赤く輝いた。



「がはッ!?」

一瞬の沈黙の後、鼓膜も破けそうな大きな音がユズリを襲った。何かが近くで爆発したように思える。
衝撃でユズリは吹っ飛び、派手に地面を転がった後、「爆発の悪夢」を持つカクマを探した。
合図には遅れたものの、カクマがあの猫に攻撃を仕掛けてくれたのだと思ったのだ。
右を向き、左を向いた時、カクマを見つける。声をかけようと口を開いた―――が、


カクマは、ユズリの遥か後ろを見て驚愕の表情を浮かべている。


「カクマ…?凪…?」

凪も同じだった。目を見開いて「信じられない」というような表情を浮かべている。
おそるおそる、ユズリはその視線の先へ、後ろへと振り返った。
信じられない光景だった。あれだけ、血を流していたのに。あれなら致命傷だ。
それに、呼びかけにも、応えなかったのに。


倒れていたはずのリオトが、腕から血を流して立っていた。

856紅麗:2013/07/15(月) 00:47:04

「……どいてろ」

聞いたことのない低い声で、リオトはユズリの横を通り過ぎる。
ちらりと見えた目に光はなく、白目の部分が黒に変色していた。
不気味さを放つそれには、強い思いが込められている。

  殺 し て や る

そんな、思い。

予想外の「爆発」攻撃に苦しんでいた猫だったが、すぐに落ち着きを取り戻し、今度は巨大な尻尾でリオトを薙ぎ払おうと動く。
リオトはそれを避けようとはせず、血の流れている腕を大きく振るった。

――刹那、先程リオトの喉から流れ出た血が、ずるっと音をたてて動き出し、あの棘の形へと姿を変え、猫に襲い掛かった。

「ギィイッ」

猫は低い叫び声を上げて、尻尾での攻撃を諦める。そして、噛み付こうと駆け出した次の瞬間。


ばん、という爆発音と共に猫から火が上がった。
―――いや、正確に言えば「猫に刺さった棘が発火した」というべきか。
聞いたこともないような、悲痛な、それでいて醜いような、聞くに堪える叫び声が森に木霊する。
その光景に圧倒されていたカクマ達だったが、はっとして自分のすべきことを思い出し、叫んだ。
猫が動くことの出来ない、今がチャンス…!

「今だ!一斉に叩け!!」

もう猫に向かって走り出す体力も無い凪は、少し離れたところで力を振り絞り、腕を上げ、猫の足元から鋭い氷を出現させた。猫の体がそれに貫かれる。

ユズリは後ろへと回り込み、攻撃手段の一つである尻尾を一度に二本、鋏で切り落とした。

そしてカクマは、爆発を利用して大きく前へ、そして上へ飛躍。

「これで……終わりだァアアアアッ!!!!!!」

宙で一度回転すると、強烈な踵落としと爆発を猫に食らわせた。





氷の柱は砕け散り、この戦いで一番大きな爆発音が、森に響き渡った。












「終わった……」

ぴくりとも動かなくなった猫を見て、ユズリが小さく呟く。
猫の下にじわじわと広がっていく血溜まりを見て、少し複雑な思いにはなったが、もう彼らを襲うものはいなかった。
この猫があの「影」のような猫を影分身のように生み出していたのだろう。

「リオ兄…」

ユズリが、座り込んでいるリオトに声をかけるが、返事はない。

「リオ兄?」
「ゆう、い…を…」

『ユウイを』それだけ呟くように言って、リオトは猫に被さるようにして倒れた。

「ユズリ、リオトは…」

心配になったのか、凪がユズリの隣に座り、リオトの顔を見た。
…不思議なことに、あの巨大な猫の死体がみるみるうちにミイラのように変化していっている。

「わからねぇ、でも、熱…か…?」

リオトの手に触れる。彼の体は「異常」と言ってもよい程熱を持っていた。
なんにせよ、リオトが生きていてよかったとその場にいる全員が思った。
死んでしまっていたらユウイになんと説明したらよいのか…。

「ユウイは…まだか」

自分達とユウイ、ハーディを隔てたあの壁を、凪を忌々しげに見た。


「無事でいてくれ…ユウイ…」



おわりのつづき

857サイコロ:2013/07/15(月) 21:04:05
<ショウゴの回想と決意と覚悟。>














誰もいない柔道場で、ただ一人練習に励む姿があった。

ショウゴである。

ウミネコにより今日の訓練が別にされても、
ショウゴのやることは変わらなかった。

天子麒麟の副効果で回復させてほしかったので、
せめてシスイはこっちに来て欲しかったのだが、
それもこれも俺が不甲斐無いのがいけないのだ。

そう考え、3セット目のトレーニングを終える。
今日は乱取りが無い分、多めのトレーニングだ。4セット目に入る。

ランニングをしながら、いつしかの事を思い出す。

「どうして戦う練習をするの?」

という問いに、親父はこう答えていたな、と。

「体を鍛えるとな、心も鍛えられるんだよ。
戦いに強くなれば心も強くなるのさ。それにな、
銃やら刀やらを扱うからこそ、使う人間は精錬されてなければならねぇ。
…わからねぇか?簡単な事だ、暴力は武器が振るうんじゃねぇ。
人が振るうんだ。だからこそ心も鍛えなきゃなるめぇよ。
いいか、体といっしょに心もコントロール出来なきゃ、一流にはなれねぇ。」

今はショウゴもそう思う。

だからこそ、鍛練は欠かさない。



10種の腕立てを行ないながら、思い出す。

出雲寺組襲撃の時。

俺は、ただ歯を食いしばる事しかできなかった。

最高顧問である、九鬼兵二というオジキに、全てを滅茶苦茶にされた。

親父を、妹を、組員を、家族を、助け得る限りの全てを救う為には、
抵抗せずあの裏切り者の言う事を聞く他無いと思った。

俺は、ただ歯を食いしばる事しかできなかった。

出雲寺組組長のアスミを攫い、
オジキの視察と出雲寺組の奪還を合わせ混乱を誘い、
そうして得たものは、
親父の死と言う真相だけだった。

そう、親父の死、と言う真相だけ。

妹の死に繋がるモノは何一つとしてなかった。

あの妹の事だ。親父がやられて黙って見ているだけのハズがない。

だからこそ妹も死んだと思った。

858サイコロ:2013/07/15(月) 21:04:50

15キロのダンベルを左右に持ち、
ゆっくりと10種の持ち上げを行ないながら、
ミヅチの襲撃を思い出す。

鬼英会総長の野心は、全くなかったわけではない。

しかし一瞬でも「ミナコがいなければ『仕方なく』総長の座に着ける」
と考えた自分を恥じていた。

だからこそ、鬼英会に戻らず生き残った幹部に運営を任せたのだった。

ミナコと親父の捜索を打ち切ったのにも理由がある。

誰がそれを見つけようとも、どの組員にもショックにしかならないからだ。

自分自身、二人の遺体を目の前にして、平然としてはいられないだろう。

リュウザ達が聞いた目撃証言だって他人の空似、という事も有るだろう。
空振りに終わる事も有るだろう。自分が死ぬまで探し続けても
見つからないかもしれない。

だからこそ、捜索を打ち切った。

…思いを、断ち切ったフリをしていた。


ダンベルを下ろし、鏡の前に立つ。
そこには、道着を着た男が写る。
インナー代わりとばかりに包帯やテーピングであちこちを固定され、
傷だらけの男が写る。

ショウゴはその男の顔を見て、ああ、と思った。

疲れている。くたびれている。覇気のない顔をしている。

ギリ、と歯を食いしばる。こんな情けない顔をしていたのか。
こんな姿でウミネコたちと訓練していたというのか。
次の瞬間、衝動的に拳を鏡にぶつけていた。

拳が血まみれになり、鏡は砕けて落ちた。

859サイコロ:2013/07/15(月) 21:06:21

心のどこかで気付いていた。自分の不調の原因に。
心のどこかで気付いていた。どうすればいいのか。
気付いていたのだ。それはウミネコ達も。



全ては「覚悟」が足りてなかったのだと。



自分の中の迷いに気付かず、覚悟を決めた気になり、
中途半端に闇雲に訓練を行う、そんな事に意味はない。

ウミネコが訓練を中断した理由が、ようやく分かった。


ショウゴは正座し、黙想を行ない、気持ちを落ち着ける。

全てを思い出し、全てを整理していく。

そして、深呼吸をし目を開いた所で。


白昼夢を見た。


「…なぜ、」

また「なぜ」かよ、もううんざりだぜ。

「なぜ、お前は悩んでいる」

…怨嗟ではなかった。いや、それ以前に「なぜ」のあとが聞こえてくる。

「もうそろそろ、正直にならんか。お前は一体、どうしたい。」

「親父、俺は覚悟を決めたよ。」

「んなこたぁ知ってるわ。その覚悟も聞いてやる。言え。」

「…俺は親父も妹も両方とも見つけ出す。
骨だけだろうが髪だけだろうが見つけ出す。
その為に全力を尽くす。
 俺がどうなろうが知ったこっちゃない。
他がどうなろうが知ったこっちゃない。
邪魔する奴は生まれて来た事を後悔するような目に遭わせてやる。
組員に、家族に手出しはさせない。
俺は今以上に強くなる。
大衆の正義なんてクソくらえ、
揺るがない覚悟と信念こそが俺の正義だ。
限界まで力を出し切ってやる。
やりたい放題やってやる。

 …これが俺の、『覚悟』だ。」

男はニヤリと、不敵に笑う。

「よく言ったぞ、ショウゴ。それでこそわが息子だ。ついでに義侠心も加えとけ。」

ショウゴは再び目を閉じる。

もう一度目を開いたときに、ショウゴの前には誰も座ってはいなかった。

そう、白昼夢。九鬼兵一という、鬼英会総長であった親父は、もういない。






『…電話してきたってことは、もういいのかいショウゴ?』

「ああ。俺にゃ…『覚悟』、ってもんが足りてなかったんだな。
ようやく分かったよ、ウミネコ。」

『よろしい。どうするね、こっち来るかい?』

「いや、今日はやめておこう。明日また宜しく頼む。」

『そうか、じゃ。』


柔道の練習用の人形は3体とも壊れていた。
関節ごとに壊され、首は折れ、頭部には凹みがいくつも空いていた。
しかしそれは無理矢理紐で吊るされていた。
電話を置いたショウゴは、再びその人形に相対する。

その顔には最早、迷いは無かった。

860サイコロ:2013/07/15(月) 21:06:54
十字メシアさん宅から 角牧 海猫、出雲寺 亜澄、
akiyakanさん宅から 都 シスイ、
しらにゅいさん宅から ミヅチ をお借りしました。

自宅からは
汰狩省吾、九鬼美奈子(ニエンテ)、九鬼兵一、九鬼兵二、リュウザでした。

861紅麗:2013/07/18(木) 01:12:17

「おわりのつづき」の続きになります。
殆ど自キャラオンリー。名前のみしらにゅいさんより「トキコ」をお借りしました。
それから、今までの小説から少し台詞をお借りしています。おりがとうございました。
自宅からは「榛名 有依」サブキャラで「ミハル」名前のみ「高嶺 利央兎」「榛名 譲」「ミユ」「ヤハト」でした。



「……ここは…」


場所が変わった。

道が、くらい。
窓がある。
向こうは、明るい。
暗い場所から明るいところはよく見える。
明るいところから、暗い場所はとても見えにくい。

まるで、この世界をそのまま表しているかのようだ。
きっと、向こうから、アタシの姿は見えていないんだろう。

長い廊下が続いている。光は、見えない。どこまでこの廊下が続いているのか、わからない。

…………。

でも、歩こう。出口があるかはわからないけれど。
ここで立ち止まっていたって何も始まらない。進むしかないんだ。





ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ



ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ



ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ


水が、靴を舐める音だ。
アタシが今立っている場所はどうやら濡れているみたい。







…どれだけ、歩いたかな。今、歩き出して何歩目ぐらいなんだろう。
体力に自信はあるけれど、そろそろ疲れてきた。


…あ。

ずっとずっと先に、光が見えてきた。出口かな。
歩く度に、光が近付いてくる。


光。

出口?

ここから出れるのか。


よし。


………あれ。
でも、このまま光があるところに進んじゃっていいのかな。
あの場所から逃げ出してはきたけれど…。
ここを進んだ先にある、光が溢れるところは、本当にいいところ?
足が動かない。

(ユウイ、わたしと親友じゃなかったの?)

近くにあった窓の向こうから親友の声が聞こえてくる。
違うよ、アタシは貴方を嫌ったりなんかしていないよ。嫌いなんかじゃないよ。
違うの、違うの。貴方は、アタシのたった一人の親友。
待ってて、すぐに―――。


『そっちじゃないわ』

862紅麗:2013/07/18(木) 01:21:24
窓に触れようとしたら、あの白い女性に腕を掴まれた。
近くで見て改めて思う。髪も、肌も、服も、白。本当に、真っ白だ。
頭に付けている赤い髪飾りと耳に付けている虹色のピアスが一際目立っていた。


窓から向こうの部屋が見えた。自分と親友が談笑している。
アタシが「死ぬ」前に、当たり前だった風景。酷く懐かしい風景。
何も変わらない、ただ幸せだったあの頃。あぁ、戻れるならあの頃に帰りたい。


…ただ、一つだけ気になったのは、自分の背中が真っ赤に染まっていたことだ。
その、なんと不気味なことか。


『あなたが進むべき道はこっちじゃない。真実に背を向けてはいけないわ』
「…背を、向けて…?」



どういうことだろう。真実って一体何なんだ?





…あぁ、そうか。
この光は「真実」。アタシは今までずっと逃げ続けてきた、「真実」で溢れかえっているんだ。
だから行きたくないんだ。

きっと、ここにいればさっきみたいな「望んでいた世界」にいることが出来る。
そこでは、殺し合いなんてものもなくって、ミユも、リオトも、ゆーちゃんも、トキコも、みんな楽しそうに笑っているんだ。
それに比べて、この光の先はどうだろう?アタシを「殺したい」と言う、幽霊となった親友がいて、恐い顔をした幼馴染みや弟がいる。
どちらかを選べ、といわれたら迷うことなく前者を選ぶだろう。


………でも。



赤い背中の人間になるのは、嫌だ。



背中を焼かれるぐらいなら。正面を焼かれてやる。





その方が、何倍もマシだ。





「ありがとう、アタシ、行くよ」
『ええ、貴方なら、大丈夫』
「……そうだ、ずっと聞きたかった。 あんたの、名前は?」

そう聞くと白い女性は少し言いにくそうに目を伏せたが、やがてアタシを見て優しく微笑むと。

『…ミハル。それが、私の名前よ。美しいに晴れと書いて、ミハル』
「ミハルさん、か…アタシは榛名 有依っていうんだ。
あと、それから…あんたが言う、「ヤハト」っていう人は、アタシの知ってる人、なのか?」

今更、お互いの名前を交わした後、アタシが一番気になっていることを彼女に問いかけてみた。

『……それは、もう貴方も気が付いているでしょう?』
「――そうだな、聞くだけ、無駄だったかも」

開いた口を隠すように片手を軽く口元まで持ってきて。うふふ、とお互いに、同じように笑ってしまった。
暫く無言の時が続く。そろそろ、行かないと。戻って、「ヤハト」さんやみんなに会いに行かないと。
アタシは「あの頃」と比べて、強くなれているかな?――だったら、少し、嬉しい。

「なんだろうな、もっとあんたと話をしていたいのに、言葉が出てこないや」
『私もよ。ずっと話していたいという気持ちは確かにあるのに、言葉にすることができないの』
「なんだか、他人のような気がしないよ」
『――実は、私も。貴方は私…私は貴方に、よく、似ている気がするわ』

でも、アタシはあんたほど女子力高くないよ。
そう返すと、おもしろいことを言うのね、と上品に彼女は笑って。
貴方、短気でしょ?私もなの。ついでに「彼」も。すぐにカッとなっちゃうのよ。なんて、返してくれた。
それから「短気四人組」でお話でもしてみたかったわね、なんて言葉も付け加えて。
アタシと、ミハルさん、それからゆーちゃんと…「あの人」そんな風には見えないんだけどなぁ。意外。

863紅麗:2013/07/18(木) 01:25:36
「…待ってて。必ずアンタと、「ヤハト」さんを救うから」


少し恥ずかしかったけれど、ミハルさんを真っ直ぐ見据えてそう言うとミハルさんは目に涙を浮かべながらゆっくり縦に頷いた。
それから、アタシは振り返らずに光の中へと飛び込んだ。背後で、「ありがとう」という小さな声が聞こえたような気がした。

眩しい、何も見えない。おもわず目をぎゅっと閉じた。開けていられない。体中が熱い。まるで焼かれているかのようだ。
それでも負けない。目が悪くなりそうだ、と思ったが、嫌がる瞼を無理矢理開けて。


前へ、歩き出す。


思い出せ。



逃げるな。



駆けろ。




記憶を、辿れ。





アタシはもう、迷わない―――!!


《ユーイちゃんっ》


  《この瞬間から、私はあなたの味方になった》


《――あぁ、もう、へいきだ》

 
      《本当に行ってないか不安になって、来てしまった》


 《お友達なのですから、他人行儀にならずアオイと呼んでくださいな》


        《今日は家族でお出かけなんだ!》


   《…不思議な子だな、キミは》 
                     
 
                 《どうしたんだよ、姉貴らしくねーな》

            《生きていれば…》    


     《――カンよ、カン わたしのカンは結構当たるの》





      《オレは"お前の"味方だから》





心の奥に響く記憶



(それは、言葉ではとても言い表せないほど)
(素晴らしく、そしてうつくしいものだった)

864十字メシア:2013/07/18(木) 16:25:56
《ひーまー。キング構ってー》
「後にしてください」
《えー》

機械じみたような声に答える、白衣の少年。
一瞬、チラリと向けていた視線の先は大きなモニター。
液晶の中で、オーバーオールを着た少年が、暇人の顔でくるくると回っている。
ただその少年は人間じゃないようで、青い目は人間の生気を持たず、足は脛辺りから消えていた。

《キングだって、どうせ暇人の癖に》

白衣の少年をキングと呼ぶ、電子世界の生命体。
名前はエレクタ、という。

「それは昔の話です」

エレクタに応答する「キング」――ジングウ。

《ねーつまんないよー。する事ないよー》
「クロウで遊べばいいでしょう」
《飽きた!》
「さいですか」

と言いつつ、退屈そうなジングウの目は、書類を見ている。
すると、何かを思いついたように、彼は口を開いた。

「……旅に出掛ければいいのでは?」
《旅?》
「ええ、旅です。電子の世界の」
《旅……旅、かあ。うん、楽しそう!》

電子少年の顔がぱあっと明るくなった。

「ただし、夜までには戻って来て下さいね」
《えー。何でそんな、良い子は暗くなる前に帰りましょうみたいな》
「あの鴉に感付かれてみなさい。小言を聞かされるのは私なんですよ」
《むー…分かったよ》
「あ、後、念のために言っときますが……自分の身分を明かさないように」
《はいはーい》

その瞬間、エレクタの姿が消えた。

「……いってらっしゃい」


文字コードの羅列柱と光る海。
数多の部屋を繋ぎ止めるネットワーク、蜘蛛の糸。
情報が、止めどなく押し寄せ、溢れていく。
これがエレクタの目に映る、電子の世界。

「ふっふっふ〜ん♪」

そんな空間の宙を飛び、時にはくるりと回りながら、エレクタは電子欲の旅を楽しむ。
個人ホームページ、ネット掲示板、百科辞典サイト。
あらゆる場所を練り歩いた。

「同族がいたりしないかな〜。……無いか」

いくら特殊能力が溢れる地でも、この世界で生きる命は滅多に無い。
現に今まで出逢ったことがないのだ。

「ま、仕方ないかー!」

適当に部屋を出入りしては、青い文字列を楽しむ。
と、ちょうど百個目の時だった。

「……アレ?」

視界に、ヒトらしき形のものが入った。
目を擦ってみたが、異常でも幻覚でもなく、本当にヒトがいる。
よく見ると、ツインテールの女の子だった。

(まさか、本当に……?)

好奇心で満たされる心。
エレクタはそれに近寄って行った。
やがて、少女が彼に気付く。
少女の顔も、エレクタと同じ、驚きと期待が混ざっている。
お互いを無言で見つる時間が流れ、ようやく少女の方から話し出した。

865十字メシア:2013/07/18(木) 16:27:03
「ど…どちら様ですかっ?」
「ぼくちん? エレクタ!」
「エレクタさん…ですね! うわあ〜まさか仲間がいるなんて!」
「ぼくちんもビックリー! 嬉しいな〜」

跳ねるように舞うエレクタ。

「あっ、名前も言わずに失礼しました! 私はアイって言います!」
「アイ? 一緒だ!」
「一緒?」
「知り合いにね、同じ名前の人いるんだ〜!」

ジングウに釘を押されたにも関わらず、ホウオウグループの情報を流す。
しかしエレクタは「名前くらい大丈夫」と、深く考えることはない。

「そうなんですか! 是非お会いしてみたいですねー」
「うーん……でも最近は、どこにいるから分かんないから、無理だと思うよ〜」
「ありゃ、それは残念……」
「それより、アイはどうやって生まれたの?」
「そうですねー……簡潔に言えば、実験でしょうか」
「わあ! ぼくちんも似たようなものだよー!」
「おおっ! 共通点多いですね〜」

笑い合う二人。

「因みにですね。私はこの世界の生物ではあるんですけど、普通に外にも行けちゃうんです! 実体化して!」
「外って……現実世界?」
「その通り! ついでに、ネットで落とした服着たり、別の姿に変身も出来ちゃいます」

そう言って、アイはドヤ顔を決めた。
それを見たエレクタは、何故だかプッと吹き出してしまう。

「む、何で吹き出すんですか!」
「ごめんみ! 何だかおかしくって〜。あはは」
「おかしいって、失礼な!」

と口は言うが、彼女もどこか楽しそうだ。

「実はぼくちんも、昔は外に出れたんだ〜」
「昔…ってことは、今は出来ないんですか?」
「そうだね〜。ホログラム化なら出来るけど、あまり電子機器から離れられないんだー。実体は無いまんまだし」

ジャージの余った袖を振る。

「でも別にいいんだ! あっち好きじゃないし」
「どうしてですか?」
「だって、現実世界はさ! 痛くなったり、傷ついたり、辛かったりするでしょ? ぼくちん、そういうの嫌!」
「あー……確かに、そうですね。でも…」

と、笑みを浮かべるアイ。

「あっちはあっちで、楽しい事やステキな事いっぱいありますよ! それに、こっちには無い、人の温もりが感じられますし!」
「温もり……かあ」

エレクタの脳裏に、同じドグマシックスズの仲間が映る。
その時だけ、透ける薄っぺらな体が恨めしくなった。
それでも本音を押し込んで、

「でもやっぱり、痛いのやだな!」
「ありゃありゃ。そんなんじゃあ、見た目どころか、中身も女の子みたいになっちゃいますよ〜」
「み……見た目、って!! それ、ぼくちんがそう見えるって事ー!?」
「あははは。すいません〜」
「謝ってるようで謝ってないでしょー!」

頬を膨らませ、エレクタは笑いながら逃げるアイをポカポカ叩いた。


二人のエレクトロソウル



思兼さんから「アイ」、akiyakanさんから「ジングウ」お借りしました。
同族(?)のアイちゃんに会わせてみたかった。

866十字メシア:2013/07/26(金) 14:12:33
カナミの過去。
久しぶりに出したなあ……_ノ乙(、ン、)_


「カーナーちゃん!」
「きゃあッ!」

緑茶を入れていた時、親友のミユカちゃんが私の背中に飛び付いてきました。
私の心に表れた『恐怖』は思わず、私の周りにバリアを張ってしまいます。

「わわわ!」
「ミ、ミユカちゃん!ごめんなさいッ!」

バリアが張られた瞬間、ミユカちゃんが吹っ飛んでしまいました。
といっても壁にまでは行ってませんが。

「いやいや、いきなり飛び付いた私も悪いし」
「大丈夫ですか?」
「だいじょぶだいじょぶ!」

良かった。

「……」
「ミユカちゃん?」
「いやー、やっぱりカナちゃん変わったなーって」
「え?」

いきなり言われた言葉にきょとんとする私。
変わったって…?

「だって、最初は『さん』付けで呼んでたじゃん」
「あ…」

そっか、自分でも気づかない内に呼び方変わってたんですね。

「後、敬語も雰囲気が違う」
「雰囲気、ですか?」
「うん、最初はとっつきにくかったけど、今は柔らかい感じっていうか」
「ふうん…」

いまいちピンと来ないけど…でも『あの時』から自分が変わったていうのは分かります。
そう、『あの時』。
私が今の私を出せなかった時。
そして、ウスワイアの皆さんに――ミユカちゃんに初めて会った時。

867十字メシア:2013/07/26(金) 14:13:44


「カナミ、先生がいらっしゃいましたよ」
「…はい」

今から数年前、私は今の自分とは全く違っていました。
今でこそ、私は感情をありのまま出しているけど、その時はそれが許されませんでした。
何故なら私が『風苗財閥』の跡取りだからです。
『風苗財閥』を継ぐ者ならば、それに相応しい人間―――冷静で威信溢れる後継者にならねばならない。
それが私の心を縛り付けていました。

「さてカナミ様、今日は経済学について学びましょう」
「分かりました」

本当はこんな勉強より、他の事がしたいんです。
他の子達みたいに買い食いとか、本屋さんで立ち読みしたりとか、ショッピングしたりとか、いっぱいしたいんです。
でも、それすら許されない立場でした。
本来なら中学校に通うのですが、お母様が「どこも跡取りの者には相応しくない」と、家庭教師の先生を雇っています。
そのせいで、小学校の頃の友達と会えなくなってしまいました。
しばらくして勉強の時間が終わり、先生が部屋を出て行きました。

「………」

引き出しの中にから手紙の束を手に取る。
浮き彫りの模様が入った綺麗な白い封筒や、薄い緑色の封筒と様々。
この手紙は小学校の頃の友達が私が一緒に中学校に行けないと知って、週に一度出してくれるんです。
これが、私の一番大切な宝物。

「カナミ、入るぞ」
「あっ、はい!」

私は慌て手紙を仕舞う。
引き出しを閉めたと同時にお父様が入って来た。

「ん? どうした?」
「い、いえ…おかえりなさい」
「うむ。さっき先生から聞いたが頑張ってるじゃないか。この調子で立派な跡取りになるんだぞ」
「…はい」
「じゃあな」

お父様はバタンとドアを閉め出ていった。

「…もう嫌……」

その場に座り込んだ途端、涙が溢れてくる。
お父様もお母様も、私の事を分かってくれようとしない。
自由にしたいなりたい、皆に会いたい。
でもそれは許されない事です。
私が”風苗財閥の跡取り”である限り。


今日の夕食の事。

「カナミ、食事の後はピアノの練習ですよ」
「はい、分かっています」
「それから…明日から家庭教師の方が変わりますからね」
「え? どうしてまた…」
「更に難しい勉強をするのよ。そろそろ貴方も分かってきたでしょう?」
「は、はい…」

嫌だなんて言える訳がない。

「御馳走様…」
「じゃあ20分後に部屋で練習ね」
「分かりました」

私はリビングから出て、部屋に戻ると天蓋付きベットに腰かける。
煌びやかな調度品。
でも私はあまり好きになれません。
いつも着ている着物も窮屈でなりません。

――自由に振る舞いたい――。

その感情がいつも心の中に居座っていました。
特にする事もなく腰かけたまま約束の時間近くになり、私はピアノの練習へ向かいました。

868十字メシア:2013/07/26(金) 14:16:09


翌日の朝。
まだ両親が起床してない時間、私はバレないように郵便受けにある皆からの手紙を取りに行きました。
だけど。

「あれ? 無い…」

郵便受けは空っぽ。
配達が遅れているのでしょうか?
それともまだ出していない? 郵便局がお休み?
そこで考えていても仕方ないので、部屋に戻る事にしました。
でも楽しみにしていたのに…残念だなあ。
音を立てない様に家に入り、部屋のドアノブをゆっくり開けました――。

「カナミ」
「えっ?」

あるはずの無い声。
それは今、ここで、聞こえてはならない声。
私は背筋が凍り付きました。


目の前に、お母様がいた。


「お母…様…」
「カナミ、これはどういう事かしら?」
「!!!」

机の上に置かれた大量の手紙。
バレてしまったんだ…!
でもどうして…!?

「たまに郵便受けの中が漁られた様な形跡があるから、おかしいと思ったのよ。それでいつもより早く起きて、中を見てみたら…これがあったわ」
「それは…ッ!」
「そう、昔の人間からの手紙。…カナミ、言ったでしょう? 貴女とあの人間達は違う」
「でっでも、皆は……」
「黙りなさい!!!」

お母様の怒声で、掠れた私の声は一瞬で引っ込んだ。

「貴女はこの風苗財閥の跡取りなのよ!!! たかが平民なんかと連むなんて合ってはならない事!!! それを何度も言っていたのに…貴女という人は!!!!!」
「………ッ」
「こんな紙切れ、貴女には必要無いわ!!!!」
「! 待って、待って下さい!! おやめくださいお母様!!!」

でも遅かった。
お母様は、手紙を。
皆が送ってくれた、大事な、手紙を。


破り捨てた――…。


私の中で色んな物が渦巻く。
怒り、悲しみ、嫌悪、憎しみ。
それらが膨らんで膨らんで、暴れまわる。
そして私は。


「いやぁぁあああぁあぁぁぁあああああぁぁあぁあああああーーーーーッッッッッ!!!!!!!!」


狂った様に、泣き叫んだ。
その瞬間、私を中心に嵐が起こった。


―ウスワイヤ―

「ダイヤパレスで超常現象?」
「はい。たった今、いかせのごれ有数の財閥の一つ、風苗家の辺りで、急に嵐が起こったみたいっす」
「特殊能力者によるものか」
「ほぼそれで間違いないかと」
「……分かった、今から保護に向かう。お前、ミユカ、雷珂、ジャックのメンバーでいけ」
「了解っす!」

869十字メシア:2013/07/26(金) 14:16:44


シノのバイクにミユカ、ジャックのバイクに雷珂が乗って移動する手段でダイヤパレスへ向かう。
しばらく走らせ、ようやく目的地近くに辿り着いた。

「着いた!」
「アキヒロサンも人使いが荒いですネ…いくら能力でバイク運転出来ても本来は出来ないのですカラ、体に負担がかかってしまいマス」

バイクに乗ったまま項垂れるジャック。
それを雷珂が叱咤する。

「甘ったれた事を言うな。貴様とてアースセイバーの一員であろう」
「元ホウオウグループですがネー」
「昔は昔だ、早く保護へ向かうぞ」

風苗家へと駆け出す5人。
そこで目にしたのは―――。

「な……」
「何これ……」

半壊された家を目の当たりにした5人。
その様に思わず呆然とした。
と。

「な、何ですか貴方達は!」
「ああ。我々は特殊能力者保護管理施設ウスワイヤの実行部隊、アースセイバーだ。貴様らは何だ?」
「貴様らだと!? 私達を誰だと―――」
「まあまあ。ところで”コレ”は一体?」

と、シノは嵐に目を向けた。

「……娘が叫んだ途端、嵐が起きてこの有様に…」
「……なるほど。分かりました、我々に任せて下さい。娘さんを止めに行きます」
「ちょっと待て! カナミを傷つけるつもりじゃないだろうな!? それにお前らの様な怪しい集団などに――」
「じゃあお前達に『コレ』が止められるのか? …たかが金だけしか無い人間だろう」

雷珂の言葉に更に喚き出すカナミの父。
と。

「あれ?」
「どうしマシタ? ミユカサン」
「何か落ちてる…」

拾ってみると、何かの紙切れだった。
形からして破れたらしく、何か字が書いてある。
よく見ると他にも紙切れが散らばっており、やはり字が書いてあった。

「これは…手紙ですカネ? 封筒っぽいのありマスシ…」
「………おばさん」
「な、何よ!」
「この手紙…もしかして、娘さんの物?」
「それが何!? っていうか、貴方には関係ないでしょ!」
「何でこんな風になってるの?」
「聞きなさいよ! 破ったからに決まってるでしょう!!」
「……何で?」
「娘の友人だった人間から着た物だからよ!!!」
「な…何故そんな事を!?」
「私達はあんな平民達とは違うのよ!! なのにカナミときたら…!」

バチィッ!

「ヒッ!?」
「……貴様ら、本当にその娘の親か? 他人の子供を分捕ったんじゃあ、あるまいな?」
「何!? 私達を人さらいとでも言うのか!?」
「お、落ち着いて。雷珂も手荒な事はしちゃ駄目っすよ、アキヒロさんに叱られるっす」
「うっ…そ、それだけは……」
「ねえ百科事典さん。…ここは私に任せてもらってもいい?」
「ミユカが?」
「うん、お願い」

強い眼差しでシノを見つめるミユカ

「………分かったっす。でも気を付けるっすよ?」
「大丈夫! ありがと!」

870十字メシア:2013/07/26(金) 14:17:42


「ひっく、ひっく……」

私だって、私だって……普通の女の子みたいに振る舞いたいのに。
なのに何で分かってくれないの……。
お父様、お母様……私のこと、もっとよく見てください。
私の本音に気づいてください…!

「うひぃー、結構進みづらい…」

え……?

「…だ…れ……?」
「あ、見つけた!」

顔をあげると、女の子が前にいた。
白い髪をした、同い年ぐらいの子。
その子は私に近付くと、腰を降ろしてにっこり笑いました。

「どうして泣いてるの?」
「ふえ……?」
「言ってごらん」
「……お、母様にっ、と、手紙破られ、た…か、ら……」
「大事なもの、なんだね?」
「はい……友達から、もらった、大事な、てが、み……うええええん」

堪えきれず、また涙が。
すると、その子は私の頭を撫でました。

「そっか。それは辛いよね」
「お母様も、お父様も、は私のこと、ちっとも分かってくれない……いつも、跡継ぎの為の勉強ばかり……私の好きなようにさせてくれない……」
「………」
「私の自由を、認めてくれません……いつも、いつも私の気持ちを無視して……」
「……自分のやりたいこと、伝えても?」
「え?」
「……伝えてないの?」
「だって……だって! どうせ、言っても許してくださいませんもの……!!」

あの二人のこと。
無駄に終わるだけ――……

「そんなの、分かんないよ」
「えっ……で、でも……」
「辛い環境を変えたかったら、まず自分から行動を起こさなきゃ。いつか受け入れてくれる、周りが変わってくれるって、待つのはやめよう? ね?」
「……もし……何も変わらなかったら……」
「大丈夫! 私が支えてあげる!」
「……貴方が?」
「うん! だから諦めないで!」
「………はいっ!」

871十字メシア:2013/07/26(金) 14:19:24


「あ、嵐が……!」
「! あそこ!」

雷珂が指を差した方向に、ミユカと薄紅色の髪をした少女の姿が。

「カナミ!」
「ミユカ! 大丈夫っすか!?」

二人に駆け寄る一同。

「うん! 何とか落ち着かせたよ」
「あ、あの…申し訳ありません。迷惑かけて……」
「そうですよカナミ!」
「全く、お前という娘は何をやっているんだ!」
「………はい」
「お陰で家がこの有り様じゃないの! ……仕方ないわ、業者を呼びましょう」
「ああ。ほらお前達、もう用は済んだだろう。さっさと出てってくれ」
「いや、そういう訳にはいかないんですヨネェ……」

言いづらそうに、頭をかくジャック。

「貴方達の娘さんは、突然、先程の嵐を起こした……普通なら有り得ない事です」
「しかも人間が、だ。我々は、そのような不可解な現象を起こす人間を、『特殊能力者』と呼び、その現象を起こす力は『特殊能力』と呼ばれている」
「そしてワタクシ達は、その人方を保護する施設に属する、特殊能力者デス」
「何が言いたいんだ!?」

声を荒げるカナミの父。
それに雷珂が冷静に返す。

「お前達の娘は特殊能力者。故に、保護しなければならない」
「あの子は、これからウスワイヤで暮らさなければなりません」
「娘を連れて行く気…!? 冗談じゃないわ!!!」
「そうだ! お前達のような、訳の分からん集団に引き渡すものか!! あの子は風苗家を継がねばならんのだ!!」
「そう言われましても――」
「もうこれ以上話すことは無いわ。カナミ! いつまでそちらにいるの! 早くこちらにいらっしゃい!」
「う………」

俯くカナミ。
足は動かない。しかし口も動かない。
彼女は迷っていた。
すると。

「カナミちゃん」
「!」

ミユカがカナミの顔を覗き込んでいた。
「伝えなきゃ駄目だよ」――そう言ってるかのような目をして。
その目を見つめ返すカナミは、意を決したかのように頷き、両親の元に近寄った。

「良い子ね、カナミ」
「そうだそれでいい。さあ、家が直るまでに過ごす場所を…」
「お父様、お母様。私は――」


「――ウスワイヤに行きます」


『……え?』

娘の言葉を聞いた二人は、最初、自分の耳を疑ったが、すぐさま正気に戻り。

「貴方何を言っているの!? 自分の立場が何なのか、理解してるでしょう!!」
「お前は今まで育て上げた恩を、仇で返すというのか!!」
「ええ、そうです。お二人共のその恩とやらは、私にとってはただの身勝手な願望に過ぎません。今まで何も変わらないと諦めて、従順でいましたが……今、はっきりと言います」


「風苗家はもう、私の家ではありません! 私はこれから、『風苗家の跡取り娘』のカナミではなく、『ただ』のカナミとして、私らしく生きていきます!」


「あの時のカナちゃん、カッコ良かったな〜」
「は、恥ずかしいからやめて下さい! もう」
「キシシ。ところで、昔の友達からまだ手紙来てたっけ?」
「はい。能力者になった後も、変わらず」
「そっか! 良い友達だね」
「ええ、本当に。でも……」
「?」
「ミユカちゃん達も、大事な友達ですよ!」
「! ……ありがと!」


”感情”の鍵を開けて


本家から「アキヒロ」をお借りしました。

872akiyakan:2013/07/27(土) 11:53:02
※劇中、残酷な表現やグロテスクな表現があります、閲覧の際は注意してください。

 いかせのごれの一角にある廃墟街、ストラウル跡地。

 そこに、一台のサイドカー付きのバイクが走っている。バイク本体もサイドカーも、黒いカラーリングに所々銀色のワンポイントが施されていた。

 瓦礫が積み上がった悪路であるが、そんな事をモノともしていない。その巨大な車体でもって、まるで踏み潰すかのように走っている。

『こちら観測所です。ミツさん、聞こえていますか?』
「はい、聞こえています」

 バイクに跨っているのは、中世的な顔立ちを持つ人造人間、ミツ。一方で、サイドカーに座っているのは――

「…………」
「花丸も、特に問題は無いです」
『そうですか……少しでも何か異常を感じたら、すぐに言ってください』
「分かりました」

 そう言って通信を切る。ここで言う「異常」の主語はサイドカーなのであろうが、通信機から聞こえるサヨリの声は明らかに「花丸」にかかっていた。それが不適当である、とミツは思いつつも、「彼」にはそれが悪い事には思わなかった。

『それでは、目的地に着き次第、実験開始と言う事でお願いします』
「了解しました」

 言って、ミツは通信を切る。

 二人の間に会話は無い。ミツは他人とコミュニケーションをあまり取りたがらない性格であったし、花丸もまた奥手な性格だ。特別親しい間柄と言う訳でもない、そんな二人に会話を期待しても無理と言うものである。

「花丸、何か悩み事ですか」

 しかし意外にも、ミツが口を開いた。まさか話しかけられるとは思っていなかったのか、花丸は意外そうに「彼」の方を見上げた。

「え?」
「最近、ミツから見て貴方は何かについて考えているように見えました。ミツでよければ、話を聞きますが」
「……いえ、僕は大丈夫です」
「そうですか」

 再び二人の間に沈黙が流れる。聞こえるのはガタガタと、瓦礫の悪路を進んでいくバイクの音だけだ。

「数日前」

 しかし、またミツは唐突に切り出した。

「バイオレンスドラゴンの起動実験が行われたと聞きました」
「!」
「実験の最中、ドラゴンが暴走しかけた事も」
「…………」
「その時からです。花丸が何かに悩んでいるように思えたのは」

 ミツの言う通りだった。バイオレンスドラゴンの起動実験後から、花丸は何かについて悩んでいる様子だった。サヨリやアッシュの様な聡い者はそれについて彼に話しかけていたが、その度に花丸は「大丈夫です」と返すばかりだった。

873akiyakan:2013/07/27(土) 11:53:35
「心配をかけたくない、と言う気持ちはミツにも理解出来ます。ですが、理解出来る故に理解出来ません」
「え?」
「悩みを打ち明ける事で、相手に余計な重荷を持たせてしまう。それは確かに。ですが、確固とした形があります。どうすればその悩みを、問題を排除出来るのか。中身が分かっている分、ある程度の道筋を立てる事が出来る。ですが、問題を打ち明けていないのは、中身が分かりません。中身が分からない以上、あるのは漠然とした不安だけです。「一体何で悩んでいるのだろう」。貴方の周りにいる人間は、その不安に振り回されているばかりです」
「あ……」
「どうせ何かで悩んでいる、と言う事がバレてしまっているのだから、言ってしまった方が害悪は少ないと、ミツは思うのですが」

 淡々と語るミツの口調は、しかし花丸を責めている訳では無い。ただ「彼」は本当に、余計な感情を織り交ぜずに事実を語っているのだ。

「……僕、気付いちゃったんです」

 しばらくしてから、花丸は口を開いた。

「コハナが死んじゃったのは……僕のせいだったんです」
「? それは、どう言う意味ですか?」

 ミツは首を傾げる。バイオレンスドラゴンに取り込まれたのは不可抗力だった筈。確かにコハナが花丸を庇い、彼まで取り込まれないようにした、と言うのは、見ようによっては花丸のせいとも言えるが、それだってジングウの仮説の範囲だ。少なくともミツから見て、花丸には何ら落ち度は無いように思えた。

「そもそも、バイオレンスドラゴンが僕のバイオドレスを狙ったのは偶然じゃなかったんです。アレは……僕の、強くなりたい、って欲望に反応したんです」

 二度の接触により、花丸はその事実に気付いた。

 凶暴なバイオレンスドラゴンと心優しい花丸。両者はあまりにも違い過ぎるが、その一点においては共通していた。ドラゴンはその傲慢さ故に、花丸はその優しさ故に、力を求めていた。皮肉にも、その共通項が両者を結び付けてしまった。ドラゴンは花丸の強くなりたい、と言う願いに応じて彼のバイオドレスに憑りつき、再び肉を持った身体を手に入れたのだ。

「アレは初めから、僕を狙っていたんです……アッシュさんでも、ミツさんでも、他の千年王国の人でもなく、僕だけを! 僕が力を欲しいなんて願ったから、アレは蘇ってしまったんです……!」

 奴にしてみれば、戦闘能力も持たず、超能力以外は並の人間くらいでしかない花丸は、打ってつけの宿主に見えた事だろう。取り込んで身体を奪うなど造作も無いと。
 しかし、誤算が生じた。取り込めたのは一緒にいた小さな爬虫類だけで、花丸自身は無事だったのだ。

「僕が……僕みたいな弱い奴が、強くなりたいなんて思っちゃったから……そのせいでコハナは死んじゃったんです……僕のせいで、コハナは……」

 今までずっと自分の中に溜め込んでいたモノを吐き出し、花丸はサイドカーの中で頭を抱えながら蹲る。バイクの走行音に交じって、すすり泣く声が聞こえた。

「ジングウさんの言う通り……僕は『持っていない方』の人間だった……力が欲しいなんて思っちゃいけなかったんだ。そんな願いは、僕には相応しくなかったんだ……」

 花丸は、自分を呪う言葉を零し続けている。

 無々世に敗れて友を失い、或いは友を傷付け、
 ムカイに敗れて自信を失い、
 ドラゴンに襲われ家族を失った。

 人間は確かにゼロから這い上がる事が出来る。だが、それが可能なのは限られたごく一部の人間だけだ。花丸の様に、人は落ちれば落ちる程、這い上がろうとする人間を阻むかのように妨害の手が現れる。

 始まりは人無。三つの首を持った友を殺され、氷狼の友を傷付けられた。
 友を殺され、友を傷付けられた。だから花丸は強くなろうと思った。上を目指した。

 次いでは蟲遣い。新たに手に入れたバイオドレスと言う名の力は、彼に通用しなかった。通用しなかったどころか、相手はまるで新しい力を手に入れた自分を嘲笑うかのように、それまでの自分と同じ戦い方によって花丸を打倒した。
 強くなっていると言う自信。それは過去の自分によって打ち砕かれた。まだ足りない、もっと力が欲しい。だから彼は、更に上を目指した。

 三度目は暴竜。鍛えた身体は、しかしその暴力の前に成す術が無かった。身体の自由を奪われ、千年王国の仲間を傷付けてしまった。それどころか、大切な家族まで失ってしまった。

 まるで相応しくないと。分不相応であると。見えない何者かが阻むかのように、花丸には苦難が多過ぎた。世界そのものが敵になったと錯覚したとしても、そんな妄想に逃げたとしても、誰に責められよう。

874akiyakan:2013/07/27(土) 11:54:16
「……力を求める事は、いけない事なのでしょうか」
「…………」
「博士は昔、言っていました。中二病的表現として「悪しき力」、「善き力」と言うのがありますが、そんな言葉は嘘っぱちであると。どんなに強大な力であれ、それ単体ではどちらでもないただの力に過ぎない、と。悪とは人の心が生み出すものであり、善もまた同じである。物事の良し悪しを決めるのは、それに関わる人間の心だ、と」
「バイオレンスドラゴンも、そうだって言うんですか……? そんな訳無いじゃないですか! 僕の言う事全く効かないのに、あれが純粋な力だって言うんですか!?」

 堪らず、花丸は声を荒げてしまった。その姿は、普段の物静かで大人しい彼の姿にはそぐわない。それだけ彼の心身が――特に心を疲弊しているのが伺えた。

「どうしようもないんですよ! 最初は僕の言う通りに動いても、その内奴に支配されてしまう! 頑張ってどうにかしようとしたけど、でもどうしようもなくて……そんな力、一体どうしろって言うんですか!? 僕の言う事が効かなくても、それでも僕の力だって言うんですか!?」

 吐き出すだけ吐き出して、花丸は肩で息をする。普段口数が少ない彼にしてみれば、それすら重労働に違いない。ましてや、こんな風に誰かに食って掛かる事も無いだろう。もし傍にサヨリかアッシュでもいれば、驚いていたに違いない。

 ミツの表情に変わりは無い。特別驚く様子も無く、それが逆に、果たして「彼」は花丸に対して関心を抱いているのか、疑問すら感じる。

「……花丸さん、それは違います」
「何が――」
「――バイオレンスドラゴンは、貴方の力などではありません」
「……え?」

 花丸は、その言葉の意味が全く分からなかった。
 バイオレンスドラゴンが自分の力ではない。それはおかしな言葉だった。バイオレンスドラゴンは基本、バイオドレスと同じだ。コアになる装着者がいて初めて機能する生物兵器に過ぎない。生きてこそいるが、装着者に使われる道具の域を出る事は無いのだ。
 花丸は、バイオレンスドラゴンの装着者だ。であるならば、それは間違いなく彼の力である筈。

「貴方は、自分の本質を見失っています。もう一度思い出してください。貴方は、そもそも――ッ!?」

 そこまでミツが言いかけていたところで、「彼」はハッとしたように急ブレーキをかけた。バイクは横滑りに走り、瓦礫だらけの地面を薙ぎ払いながら停止する。

「あの人は……!?」

 自分達が走っていた進路上に立つ白衣姿の男を見て、花丸は目を見張った。その姿を、一体どうして彼が忘れられるだろうか。彼に二度目の敗北を刻み付けた、その人物の姿を。

「……ムカイ・コクジュ」
「お久し振りだな、花丸。そしてDSX−001、ミツ」
「今はDSX−001RFです、コクジュ」
「これは失敬。なるほど、新しい身体を手に入れたようだな」
「お蔭様で」

 花丸の顔が、ムカイとミツの間を行ったり来たりする。そのやり取りは、明らかに初対面同士の会話とは思えない。

「君も馬鹿な事をしたな……私の誘いを断り、あろう事か自分を廃棄物扱いしたグループへ戻るなどと」
「貴方なら違ったと?」
「ああ違った、違ったともさ! 私達『失われた工房』へ来ていれば、君を欠陥品扱いした奴らを踏み躙る事が出来たと言うのに……!」
「…………」

 ミツの視線は、じっと無感情にムカイの方を見つめている。しかしやがて「彼」は目を逸らし、誰が見ても分かる様なため息をついた。花丸でも嘆息なのだと分かるほど、はっきりとした仕草だった。

「貴方について行かなくて正解でした」
「何?」
「花丸、司令部と通信は?」
「駄目です、電波が妨害されているみたいで……」
「止む得ませんね。不本意ですが、彼を相手に実験しましょう」

 言って、ミツは操縦桿についたコンソールを操作する。花丸にサイドカーから降りるように促し、彼が降りる瞬間にそれは起きた。

875akiyakan:2013/07/27(土) 11:54:48
「モタドラッドG、変形」

 ミツの言葉に従うかのように、巨大なサイドカーが形を変えていく。二つの車輪は二つに割れてそれぞれ車体の両側へと収まり、車輪を両側から挟むようにして存在していたフレームは二本の「腕」へと変化する。サイドカーは中心から二つに分かれ、それぞれが大地を踏みしめる「足」になっていく。カウルはミツを乗せたまま「頭部」となり、後ろにあった排気塔はバックパックの様に「背中」へと収納された。

 僅か三秒で変形を終えたそれは、もはやバイクではなく、三メートルを超える巨人となっていた。

「ほう……モタドラッドの発展型、と言う訳か」

 目の前の巨人を見据え、ムカイは興味深そうな声を漏らす。目の前に現れた存在に全く恐怖しておらず、眼鏡を押し上げる姿にすら余裕が感じられた。

「花丸、離れていてください」
「は、はいっ!」

 花丸が近くにあった大きな瓦礫の陰に隠れるのを確認すると、ミツは素早くコンソールのウエポンセレクターで使用する兵装を選ぶ。もっとも、選ぶと言っても「全部」であるが。

「両腕部弾頭、圧縮燃焼弾確認。背部多弾頭弾発射管、小型スタービング・チルドレン確認。オールウエポン、点火」

 引き金に当たるボタンを押した瞬間、圧倒的なまでの破壊がムカイへと降り注いだ。両腕から放たれる弾頭は、直撃した瞬間周囲を赤い火の海へと染め上げ、背中から吐き出されたミサイルは、対象へと向かう途中でそれぞれが八発の小型弾頭へと分離して牙を剥く。しばらくの間、耳を劈くような爆発音と、網膜を焼くような閃光が辺りを支配していた。

「…………」
「お、終わった……?」

 耳を押さえていた花丸は、恐る恐る瓦礫の向こうから顔を覗かせた。

 オーバーキル、と言って差し支えないだろう。大よそ、人間一人に使うような火力ではない。着弾地点は未だにもうもうと爆炎だか砂煙だか判別のつかない煙幕に包まれており、ムカイの存在を視認する事は出来ない。と言っても、この有様では挽肉かどうかさえも危ういであろう。

「ミツさん、これやり過ぎじゃ……」
「相手はホウオウグループの敵対者です。蟲を使われても厄介ですし」
「蟲……」

 かつて自分が負けた原因を花丸は思い浮かべた。改造され生物兵器化した昆虫達は、確かに厄介だった。単体ではそこまで脅威ではないが、それを補って余りある数の暴力に、花丸は成す術が無かった。圧倒的火力を誇るこの「モタドラッドG」と言えど、あの大群に纏わりつかたら危なかっただろう。

「……まぁ、正直、ミツもやり過ぎたとは思いますが」

 かりかりとこめかみの辺りを掻くミツ。そんな「彼」の様子を見て、思わず花丸も苦笑する。

「さて、それでは戻りましょう、花丸。目撃者はいないでしょうが、長居する理由もありません」

 そう言って、ミツはコンソールを操作し、モタドラッドをバイクに戻す。小さく振動をした直後、巨人はバイクへと形を変えていく――

 その、時だった。

「!? 前方に熱源!?」

 突然、コンソールに出現した『警告』の赤い指示。だが、変形中はそれ以外の動作をする事が出来ない。ほんの数秒の死角であるが、それが致命傷になった。

 煙を、大気を切り裂き、青白い光線がモタドラッド目掛けて放たれる。それが直撃した傍から、見る見るモタドラッドの装甲が赤く融解していく。それを危険と感じたミツが操縦席から飛び降りるのと、モタドラッドが爆発するのはほぼ同時だった。

「……え?」

 花丸は、目の前で何が起きたのか全く分からなかった。突然起きた状況の変化に、脳の認識が全く追いつかない。目の前で火を噴き、煙を上げているモタドラッドを、茫然と見つめている。

876akiyakan:2013/07/27(土) 11:55:38
『く、くくく……』
「あれは……」
『くはははは――はーはっはっはっはっはっは!!!!』

 哄笑が辺りに響く。ミツと花丸を嘲笑う、耳障りな声が。

 煙の向こうから現れたムカイの姿は、先程までと一変していた。全身を有機的な装甲に覆われ、まるで人間の様に立ち上がった昆虫を彷彿とさせる姿になっていたのだ。

「あれって……まさか……」
『如何にも。先日君が見せてくれたバイオアーマーを、私なりに真似させて頂きました』
「バイオドレスの、模倣……」

 見ただけで技術を奪える訳が無い。だがそれでも、見ただけで真似は出来る。そうムカイは、言外に己の実力を誇っているかのようだった。

『さぁ、行きますよ……』

 ムカイが膝を折ってしゃがみ込み、身体を丸める。それに反応し、即座にミツは身構えた。

 次の瞬間、ムカイの姿が消えた。

「な――!?」

 ミツの方から驚きの声が上がる。花丸がそれに反応して顔を向けると、ミツの右腕の肘から先が無くなっていた。

『どうですか、バッタの跳躍力は? 彼らは小さいですけどね、人間と同じ位にまでスケールアップすると、こんなに早く跳べるんですよ?』

 ムカイの姿は、ミツの遥か後方にあった。振り返ってこちらを見るバイオアーマーの顎の部分には、切り落とされたミツの腕が咥えられていた。

「く――」

 残っている左腕に光剣を出現させ、ミツは振り返る。

 だが、

「――遅い」

 声が聞こえた時には、ミツの身体は血飛沫を上げながら宙を舞っていた。その光景が花丸にはまるで、スローモーションのように見えた。

「ミツさん!?」
『どうしました? 龍儀を模倣したと言う貴方の能力は、その程度ですか?』

 宙を舞うミツの身体が、有り得ない方向に何度も吹っ飛ばされる。空中に浮いたままの「彼」を、ムカイが何度も蹴り上げ、或いは殴り飛ばしているのだ。あまりの速さに、花丸は動いているムカイの姿を全く捉える事が出来ない。

「あ……あぁ……」

 あのミツがこうも簡単にやられている。あまりの光景に、それが花丸には悪夢のように思えた。目の前で起きている光景が常軌を逸しており、現実感が伴わない。いや、ついてこないと言うべきか。

 べしゃり、と言う音がして、ミツの身体が地面に叩き付けられる。全身血塗れであり、着ていた衣服は無残に引き裂かれていた。

「ミツさん!」

 駆け寄って揺り動かすと、かろうじてまだ息をしているのが分かった。それが分かって花丸は胸を撫で下ろしそうになったが、現状はそんな状況ではない。

『くくく……』

 腕を組みながら、ムカイは二人を見下ろしている。その背中には昆虫の羽根の様なモノが出現しており、高速で羽ばたく事でその身体を宙に浮かしていた。何時の間に現れたのか、二人の周囲を取り囲むようにして蟲の大群が出現していた。

「ひっ……」
『チェックメイトですね』

 ムカイが着るバイオアーマーの前面装甲が開いていく。そこに、無数の青白く輝く光球があるのが見えた。身体を大きく広げ、その光の照準をムカイは花丸達へと向ける。それから庇うように花丸はミツの身体に覆い被さるが、それが果たして何になるだろうか。先程モタドラッドを破壊した攻撃と同じものだ、人間の身体など瞬く間に蒸発してしまうだろう。

『我らが『失われた工房』の為、ホウオウグループへの反旗の狼煙となるがいい!!』
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 ムカイが光線を放つ。その光が二人を包み込む。鉄が蒸散する程の熱線は、彼らの身体を融解させ――

877akiyakan:2013/07/27(土) 11:56:43
『む!?』

 異変に気付いたムカイは、即座に身体をかわした。先程まで彼がそこにいた場所を「跳ね返された熱線」が通り抜けていく。

『危ない危ない……そう言えば、龍儀には飛び道具を跳ね返す厄介な能力がありましたね……』
「ぜぇ……ぜぇ……」

 震える身体で無理矢理立ち、ムカイに向かって左腕を伸ばすその先には、青白い光の壁が出現している。しかしすぐに役目を終えるように、「スキル:ミラー」は消失してしまった。

 満身創痍。ミツはもう限界だ。今の反射鏡すら、使うのがやっとだったに違いない。それでも「彼」は全身の力を振り絞って使ったのだ。自分を、そして花丸を守る為に。

「……花丸、逃げて下さい」
「え?」
「この場はミツが引き受けます。だから、貴方は逃げて博士達の下へ」
「そんな! 逃げるんだったら一緒に!」
「いえ、それは無理です。これだけの蟲に包囲され、高速移動も出来るムカイ・コクジュが相手では分が悪過ぎます」
「だけど、そんな身体じゃ……」

 止める花丸を振り切るように、ミツは立ち上がった。傷口から流れ出る血が全身を赤く染め、垂れ落ちた滴が地面に染みを造っている。

「サイドカー、アクティブモード!」

 ミツが叫ぶと、その声に応えるようにして、モタドラッドの残骸の中からサイドカーだけが飛び出してきた。所々欠けていたり破損しているが、しかし本体と比べればその損傷は小さい。

「花丸っ!」
「え――う、うわあぁぁぁぁぁ!?」

 ミツは片腕で花丸を持ち上げると、その身体をサイドカー目掛けて放り投げた。狙い過たず、それは彼の小柄な体を受け止め、ミツの意思に応えるかのようにその場から走り去っていく。花丸がミツに向かって呼びかけているのが聞こえるが、それもあっと言う間に聞こえなくなってしまった。

『ほう……自分を犠牲にして、彼を守ったと言う事ですか』

 嘲る調子で、ムカイが言った。

『馬鹿な真似を。たかが生物兵器を操る事しか能の無い子供なんかよりも、よっぽど貴方の方が有用だと言うのに――』
「――黙れ」

 ぴしゃりと、強い口調でミツがムカイの言葉を遮った。意外とも思える「彼」の反応に、ムカイは「む」と首を傾げる。

「ミツの仲間を馬鹿にする事は、ミツが許しません」
『仲間……ハッ、虫唾が走るな。弱い奴が一体何になると言うのだ? 弱者など不要だと、切り捨てたのは貴様達ホウオウグループではないか! お前だってそうだろう? 上辺だけの仲間を装って、彼(はなまる)の事など何とも思っていないのだろう!?』
「……寂しい人だ」

 ミツは目を伏せ、深呼吸すると再び目を開いた。その目には、強い意志の光が宿っている。

「――プログラム起動」
「――我、αにしてΩを持つ、完成された存在なり」
「――故に、この身はアゾット、閉ざされた小宇宙(マクロコスモス)」
「――いざ開け、『龍ノαGITΩ』よ」
「――敵を穿ち、噛み砕く刃をこの手に――!!!!」

 ミツの頭上に、四天を指し示す四つの突起を持つチャクラムが出現する。それはまるで、天使の輪を思わせた。
 ミツの背後に、十本の光る剣が出現する。左右それぞれ五本ずつ、大きく放射状に広がるそれはまるで、天使の翼を彷彿とさせる。
 全身を切り刻まれ、血と泥に汚れ、しかし青白い輝きを放つその姿は神々しい。その実、ミツは天使そのものだった。

『ほう。奥の手、と言う訳か……天使型バイオロイド専用能力『アゾット』。だが、それでも私のバイオアーマーには勝てない』

 ぐぐ、っとムカイは大きく屈んだ。次の瞬間には、その姿はそこに無い。ミツの背後にある剣が「彼」を守るように移動しており、ムカイの攻撃はその表面を僅かに削るに留めた。

『ほうほう! なるほど、少しは相手になると言う訳か!』

 自分の攻撃を受け止められた、と言う事実への驚きと称賛から、ムカイの言葉に高揚が混じる。しかし目線はあくまで上からであり、実際彼の優位は揺らいでいない。ムカイにしてみれば、この戦いは自分で造った新しい玩具の試運転でしかないのだ。圧倒的戦力差から見ても、ミツに待っているのは嬲り殺しでしかない。

(……でも、これでいい)

 ムカイの意識は完全にミツに向いている。花丸からは完全に反らされている。彼は無事に、ここから逃げ切る事が出来るだろう。それだけで十分だと、ミツは思っていた。

878akiyakan:2013/07/27(土) 11:57:18
「ムカイ・コクジュ、貴方は選択を誤った」
『……何?』
「ミツは貴方よりも弱い、何時でも殺す事は出来る。でも、花丸は別だ」
『この期に及んで、世迷言を……』
「もう手遅れだ、彼は強い。貴方よりも強くなって、再び貴方の前に現れる」

 そう言うと、ミツは嗤った。彼を生み出した博士の笑みを真似て。もっともミツ自身は、うまく真似られたとは思っていなかったが。

「だからこの勝負、ミツ「達」の勝ちだ」
『ハッ――負け惜しみを!!』

 再び高速移動からの一撃。これも、先程と同じ様に防ぐ。しかし、何時まで続くだろうか。何時まで続けられるだろうか。

 蟲が足元から這い上がってくる。踏み潰しても踏み潰しても、蟲は際限無くミツに襲い掛かり、牙を立てる。

 蟲に気を取られていたせいで、攻撃を防げなかった。脇腹をごっそり持って行かれた。傷口に塩をすり込めとばかりに、蟲の大群がそこへ群がってくる。ギチギチと無数の顎が、ミツの身体を抉る。無数の突起を備えた足が、ミツを苛む。

 全身蟲に塗れて、何て惨めだろうか。体中蟲に食われて、何て苦しみだろうか。

 だがミツは、そう思いつつも満足だった。

(博士……後は、お願いします……)

 ――・――・――

 一台の装甲車がストラウル跡地へと侵入して来た。装甲車は、障害物があろうと構う様子も見せず、猛スピードで廃墟街を突き進んでいく。

 奥まで来て停止すると、装甲車から数人の人間が出て来た。皆、ホウオウグループの、そして千年王国の所属者だった。

「ミツさーん!!」
「花丸さん、一人で行動しては危険です!」
「全員、三人以上で捜索にあったってください! もしかしたら、まだ敵が残っているかもしれません!」

 皆、いつも以上に表情を引き締めて出てくる。普段こんな時軽口を叩くアッシュすら、この時ばかりは真剣な顔をしていた。

「花丸ちゃん、一人じゃ危ないって!」

 飛び出した花丸の背中を追って、アッシュも走っていく。彼が一直線に向かっていった先に着いて、アッシュは表情を歪めた。

「これは……」

 どれだけ激しい戦闘が行われたのか、容易に分かる光景だった。

 一面に広がるのは蟲の死骸だ。まるで絨毯の様に地面を埋め尽くしている。これをたった一人で倒したのか、と思うと、果たして自分に同じ真似が出来るだろうか。アッシュは自信を持って答えられそうにない。しかも、これだってまだ少ない数だ。実際はもっといたのだろうから。

 蟲の残骸に交じって、周囲にはまだ新しい血痕や血だまりの跡が見つかった。その量は、並の人間ならとっくに致死量に当たるほどで、まるでペンキをぶちまけたかのような感じだ。

879akiyakan:2013/07/27(土) 11:57:49
「ミツさん! ミツさーん!!」

 一心不乱に、花丸はミツの名前を呼びかける。素手で蟲の死骸を掻き分け、或いは瓦礫を押しのけてミツの痕跡を探している。

「もう嫌だ……嫌なんだ……僕に関わった人達が苦しんだりいなくなるのは、もう……!」
「花丸ちゃん……」

 必死に捜索する花丸の姿は、アッシュの目には痛々しく映った。広大な砂漠に落としてしまった大切な物を、もう見つからないと分かっているのに探しているような、そんな不毛さと悲しさが同時に感じられる。

「……あ……」

 花丸と共に周囲を探し始め、アッシュはそれを見つけた。

「アッシュさん?」
「…………」
「アッシュ、さん……?」
「花丸ちゃん、こっちに来ちゃ駄目だ」
「え…………」

 ふらふらと、花丸は吸い寄せられるようにアッシュの方へと近付いて行く。「こっちに来るな!」と大声でアッシュが制したが、まるで催眠にかかったかのように、花丸の耳には全く届かなかった。

 それは見てはいけないと/でも見なくてはいけないと言う予感が、彼をそこへと引き寄せる。

「駄目だ、見ちゃ――」

 アッシュが花丸の視界を隠そうとしたが、少し、遅かった。

「――――っ」

 思わず、息を呑んだ。強制的に声が引っ込み、頭の中からさっと血液が引いていくのが、感覚として分かった。全身の感覚が曖昧になり、得体の知れない浮遊感が全身を包む。

 そこにあったのは、













 ミツの、        生首だった。



 両目を瞑っており、まるで眠っているかのように見える。だが、首から上だけだ。首から上だけが、大きな瓦礫の上に、これみよがしに置いてある。一体何で自分達は今まで気付かなかったのだと言う位、ある種のオブジェのような存在感をもって、それはそこに置かれていた。

「そ……そんな……」

 がくんと、膝から力が抜けた。唇が戦慄いてうまく言葉が出ない。目頭に、熱いものが込み上げてくる。

「う―――うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」



 ≪羽根が散る≫



(花丸の叫び声を聞きつけ、他の場所にいた者達も集まって来た)

(ある者は彼と同じ様に泣き、)

(またある者は仲間の仇に怒り、)

(またある者はあえて無言を貫いた)

(「――その火、自分に帰って来た」)

(エンドレス・ファイアに焼かれ、一つの命が失われた)

 ※えて子さんより「花丸」をお借りしました。自キャラは「ミツ」、「ムカイ・コクジュ」、「アッシュ」、「サヨリ(企画キャラ)」です。

880えて子:2013/07/27(土) 20:06:17
「≪羽根が散る≫」の後の話です。花丸だけです。
名前と一瞬の回想のみ、akiyakanさんから「ミツ」をお借りしました。


その日は、朝から天気が悪かった。
重く暗い雲が、空全体を覆っていた。


花丸は、近所にある廃材置き場にいた。
廃材置き場といえば聞こえはいいが、実際は広めの空き地に使われなくなったものがばんばん捨てられているだけだ。
そこに置かれているのは使われなくなった材木だけではなく、鉄骨や鉄パイプ、誰かが捨てたのであろう壊れたテレビや椅子なんかもそこかしこに転がっている。
スクラップ置き場とか不法投棄場と言ったほうが正しいかもしれない。

奥が見えないほど山のように積み上げられた廃材鉄材に、バランスもへったくれもあったものじゃない積まれ方をしたゴミの数々。
住宅地から離れていることもあり、危険極まりない場所として近づく人はほとんどいなかった。
だからこそ、花丸は一人になりたい時はいつもここに向かう。
そうして、入口から見えない奥まった場所で、気が済むまでじっとしているのだ。


「………」

子供が作ったかのような土の山に、木の枝と針金で作られた歪な十字架が刺さっている。
まるでお墓のようなそれの前に、虚ろな目をした花丸が座り込んでいた。

「……ミツさん……」

ミツの死を目の当たりにしてから、花丸は学校にも行かず家にも帰らず、ただずっと廃材置き場で膝を抱え蹲っていた。
考えるのは、ミツの言葉。あの時、『彼』が伝えようとしていたこと。


“貴方は、自分の本質を見失っています。もう一度思い出してください。貴方は、そもそも――”


「ミツさん……僕の本質って何ですか?貴方は、僕に何を思い出して欲しかったんですか?教えてください、ミツさん……」

抱えた膝に顔を埋め、弱弱しい懇願が漏れる。
しかし、それに答えてくれる相手は、もういない。

「…何で……何で僕を逃がしたんですか、ミツさん………ごめんなさい……ごめんなさい……」


ミツは、強かった。
戦闘力も、状況を把握する力も、花丸(じぶん)とは段違いだった。
ミツ一人なら、逃げることも出来たであろう。
それをしなかったのは、きっと花丸(じぶん)がいたからだ。
弱い花丸(じぶん)を庇ったが故に、ミツは死んだのだ。
死んでしまったのだ。

「……もうやだよ……どうしていいか分かんないよ…」

自分が弱かったから、友を失い、友を傷つけられ、あんなに強かった仲間さえ自分を庇い帰らぬ人となってしまった。
自分が強くなろうとしたから、己を否定され、仲間を傷つけ、心を通わせた家族を喪う結果となった。

強くなることもできず、弱いままでもいられず。
花丸の心は限界だった。壊れてしまいそうだった。

881えて子:2013/07/27(土) 20:06:55
「………」

からん、と、風に煽られ廃材の上から落ちてきた鉄パイプが花丸の傍に落下する。
しばらくそれを眺めていたが、やがて立ち上がると徐に鉄パイプを拾い上げる。

「…………………うああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!」

そして、渾身の力で振り上げると、目の前の廃材を殴りつけた。

一度堰が外れてしまったら、衝動は抑えられなかった。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!」


悔しかった。バイオレンスドラゴンを上手に操れないことが。
腹立たしかった。戦うことも守ることも、何も出来ない弱い自分が。
悲しかった。ミツを失ってしまったという現実が。
憎かった。己の選択を嘲笑い、仲間を奪った『失われた工房』が。

その全てを吐き出すかのように、ただ周りの廃材を滅多矢鱈に殴りつけた。






「はぁ……はぁ……はぁ……」

どのくらいの間、そうしていたのだろう。
持っていた鉄パイプはひしゃげて折れ曲がり、周りの廃材には大小さまざまな傷が刻まれている。
中には脆くなっていたのか真っ二つに折られたものもある。

肩で息をすると、力尽きたようにその場に座り込んだ。

「…………」

どこか放心したように、座り込んだまま空を見上げる。
遮光性のゴーグル越しに見る光景は、どこもかしこも薄暗い世界だ。
どんよりとした雲がさらに暗く、さらに重く圧し掛かってくる。

「………はは…」

口の端を歪め、自嘲気味に笑う。
衝動のまま暴れてしまえば気も晴れるかと淡い期待もあったが、そんなことはなかった。
むしろ、ただ虚しさが増しただけだった。

悲しくて、苦しくて、悔しくて、辛くて。
それらをどうすることも出来ない自分への腹立たしさに涙が溢れた。

「うっ、ぐ…………う、うあああああああああああああああああ……!!」

泣いて、泣いて、泣き続けた。

ゴーグルをかなぐり捨て、地面を殴り、天を仰ぎ。


悪夢を見た幼子のように、泣き叫んだ。


悔恨の雨


(ほどなく、雨が降ってきた)

(彼の心を表すかのような)

(大荒れの、土砂降りだった)

882思兼:2013/07/27(土) 23:37:21
5つの風に続きます。

【急行ジャスティス】


―第10話、報われない話―


アリスは一人中型の藍色を基調としたバイクに跨る。




『静葉がアリスを名指しで読んで助けを求めている!』


ダニエルの切迫とした声を抜きにしたとしても、あの静葉が有事の際には団員の中で一番『戦闘能力』の高い
アリスを名指しで呼ぶと言うのが、どのようなことか位はよく理解しているつもりだ。

危険が、それも命に関わりかねないものが静葉の身に迫っている。


あの静葉が簡単に死ぬなどとは、アリスは考えていない。

それでも…アリスは静葉が心配だった。

記憶と共に文字通り全てを一度失ったアリスにとって静葉と団の仲間は家族に等しい存在だ。

静葉によってあの暗い廃棄された研究施設から救い出されたアリスは、その身に宿る力を全て静葉の為に
使うことを心に決めている。

暗く冷たい牢獄のような培養層から目覚めさせてくれ、最早化け物に成り果てた自分の家族になってくれた
静葉と、そんな彼女が愛する団の為に。


「…我は喜んで業を背負わん。」

とっくに覚悟は出来ていた。



「スキャンパー、ごめん。また力を貸してほしい。」

「イエス、マイマスター。」


黒光りするタンクを撫でながら言ったアリスに対して、なんとバイクが返答する。


『スキャンパー』と名付けられたこのバイクにはアリスによってAIが組み込まれている。

それは、相棒と話がしたかったからと言う何処か物悲しい理由だった。



エンジン音が響き、スキャンパーを駆りアリスは恩人を助けるべく走り出した。

883思兼:2013/07/27(土) 23:38:03



――――――――――――――――


「…はぁ。」

ため息をつくのは呆れ眼の静葉である。


彼女の目の前には猫を翻弄する珍妙な男の姿があった。


成見の視たものから察する限り、自分たちの身に危険が迫っている事には間違いないはずだ。

それも、そうそうヘラヘラしていられないような危険である。


だからこそ静葉はアリスを名指しで呼んだのだが、これでは余りにも緊張感が無さすぎる。


「なぁ、本当に危険なんだよな?俺、なんだか自身が無くなってきたんだが?」

「う…確かに見たんだ。けど、実は案外大丈夫なのかな?」

まだ体調が悪いらしく、袖子の背で揺られている成見もどうやら同意見のようだ。

これではアリスに申し訳ない。



「そういえばマナ…お前の知り合いも来てるんだよな?
アリスが到着したら回収してさっさとここから離れよう。」

「…一応、ありがとう。」

静葉の申し出にマナが答えたその時、再び静葉の携帯が鳴った。

着信相手はダニエル・マーティンと表示されている。


「ダニエルか?」

「うん、アリスが後3分位で目的地に着くから能力を解除して。」

「わかった。それと、みんなを集会所に集めてくれ。
本格的な対策と今後について話し合う。」

「ん、了解だよ。」

そう言って、電話は切れた。


「聞いた通りだ。
もうすぐで助けが来るが、その間アリスが俺たちに気づくように能力を解除しなければならない。
フミヤ、そろそろバカな真似は止めて真面目に大人しくしろ。」

「ええ〜つまんないよ〜」

「いいから、冗談はここまでだ。
…能力を解除した。亮、お前も解除しろ。」

「あいよー」


その直後、まるで森全体からいきなり睨まれたような錯覚を覚える。

森は静まり返り、まるで害意を表すかのように。



「…静葉、これ不味くない?」

「ああ、なんか睨まれてるみたいだ。
…流石に、こんだけ衰弱してる成見に視てもらおうとは思わんが。」


みるみるうちに何らかの気配が強くなっていき、息が詰まる。

しかも、あの影のような猫はこちらを睨んでいた。

884思兼:2013/07/27(土) 23:38:51




――――その時だった。



「間に合ったようだね。
静葉、状況の説明をお願い。」


空中から、制服姿の少女が濃藍色のポニーテールの髪をなびかせ静葉たちの目の前、
猫との間に割って入るように着地した。


人間が着地して無事な高さではなく、地面が大きく陥没する。

そんなありえない場所から降ってきた少女が顔を上げると、その瞳は片方は髪と同じ藍色だが、
もう片方は鮮やかな紫色だあった。

「アリス、済まないな。
成見が不吉なものを視たんだ。しかも命に関わるような物らしい。」

「そう、それだけ聞けば十分だよ。」

「わぁ!キミ凄いね!
なんて言う名前?キミも超能力者だったりするの?」

「ちょ…フミヤ!」


「僕の名前はアリス、サイボーグだよ。」

少女は立ち上がり、そう告げた。


<To be continued>

885思兼:2013/07/27(土) 23:43:45
<キャスト>
御坂 成見(思兼)
巴 静葉(思兼)
橋元 亮(思兼)
ダニエル・マーティン(思兼)
アリス(思兼)
フミヤ(紅麗様)
葛城 袖子(十字メシア様)
夜波マナ(スゴロク様)

886十字メシア:2013/07/29(月) 02:28:44
えて子さんの「情報屋、動く」のフラグを拾わせて頂きました。
えて子さんから「アーサー・S・ロージングレイヴ」お借りしました。


情報屋「Vermilion」が決意を固めたその頃――。

「はい! ロッギーのお面なのサ!」
『わあ〜凄い! 僕そっくりだね!』

小さなビルの一室、始末人の尓胡がアーサーの相手をしていた。
因みに何故アーサーがここにいるのかというと。

「会ったのはいつ以来だっけ?」
『確か、1ヶ月ぐらい前に、少し話したぐらいだったかな?』
「もうそんなに過ぎてたのか」

驚いたように言ったのは、始末人のリーダー、コハク。
そしてアーサーに質問をしたのは、尓胡と同じ始末人メンバーのシザキ。
アーサー、もとい情報屋と彼らは、仕事の関係上で知り合った仲なのだ。

「それにしても、災難だったねえ」
『全くだよ』
「少年を連れ去ったその男……どうにもきな臭さが否めないな」
「きな臭さも何も、拳銃持ってる時点で普通じゃないよ」
「……それもそうだ」
「あたしゃー、真っ赤な嘘をつく奴は大嫌いだけど、人の幸せぶっ壊す奴も大嫌いサ」

怒りを含ませた声で言い放つ尓胡。

「おやおや、お怒りのようだね」
「当たり前サ!」
『………』
「どうした、アーサー…いや、ロッギー」

尓胡を訝しく見つめるアーサーを、不思議に感じたコハク。
すると次の瞬間、三人と彼女の間で、空気が凍りついた。

『尓胡は、どうして僕と話す時は、作り笑いしてるんだい?』

「………」
「………」
「………」

まさか、自分達以外で見破られるとは思っていなかったのか、彼らの顔には驚きの色が差している。
気まずい空気に耐え兼ねたのか、ロッギーは。

『あ…………ご、ごめんよ……その、つい……』
「いいサ。バレてビックリしただけサ。……あたしゃーはこうでもしないと、二人以外の人間には、敵意しか向けられないのサ……」
『……人間不信?』
「まあ、そんなもんサ。何年経っても、どんな人間でも敵に見えてしまうのサ……」
『………』


始末人との会話


「……ま、まあとりあえず! そろそろ資料庫に行くべきじゃないかい?」
『あ、そ、そうだね!』
「じゃあ一応、私も一緒に行くよ。特殊能力を持たない、小さい女の子一人じゃあ危ないし」
『ありがとうシザキ! 助かるよ』

「………尓胡」
「ん?」
「無理に変わろうとするな。今は……自分の信じたいものだけ、信じろ」
「……ありがとうサ」

887ヒトリメ:2013/07/29(月) 20:33:08
 彼は普通にありたかった。

 非日常には飽いていた。……と言えば、戦いの中に居る彼らには嗤われるだろうか。
 たった半年、地下の部屋にただ居ただけだ。
 たった数年、アースセイバーの兄たちの戦いをただ見ていただけだ。
 自分は護られていただけ。それでも、彼にとってはじゅうぶん過ぎた。

 彼は普通にありたかった。非日常な"物語"の主人公、主要人物と成るのはまっぴらだ。
 自分を護ると言った兄も、けっきょく自分を監禁するしかなくなった。
 あの"救世主"君の話も、事実と知っていれば恐ろしいばかりのものだ。
 同級生や皆の物語でも、きっと死ぬような折られるような思いをしているのだろう?
 自分はそんな冒険よりも、「その他大勢」のただの他人として、普通と呼ばれる日常に在りたいだけだ。

 浅田郁人は主人公には成らない。たとえそれが悪役に一瞬で屠られるようなモブだとしても……矛盾に聞こえるかもしれないが……それでも、看板役よりはずっとマシなのだ。




"ふたりの『群衆』の些細な会話"




 ……だからこの相手には、悪いが帰れと言わねばならない。

「君と居ると目立つんですよ、ミラ君」

 廊下の窓越しに声を掛けてきた元同級生にそんな言葉を返す。たぶんいつものとおり、相手は帰らないだろうから、小説には栞を挟んでおこう。
 仲の悪い相手ではない。むしろ今回のように「休み時間に見かけたからなんとなく声をかける」程度の仲はあるし、普通に話せる相手ではある。
 だが、現在の"目立ちたくない"を第一とする少年にとっては、あまり一緒にいるところを見られたくない相手でもあった。

 元同級生。自分が"元引篭もり"のダブりであることを皆に再認識させるだろう。
 厨二病。能力者としての目立ち方ではないが、目立つことには変わりない。
 そしてなにより、あの呼称だ。

「ふん、相変わらずだな、"万能鍵"よ。だが諦めるんだな」
「だからその呼び方は止めてくださいって。人をそんな、キーアイテムみたいに」
「ふん、俺の眼は誤魔化せんぞ。
 そろそろ認めるがいい。貴様も"こちら側"の者なのだと……」
「認めませんし事実からありません。こちらってどっちですか。
 というかどっちかというと君もどっちでもないでしょう」
「ん?」
「なんでもないです」
「……俺は貴様も大概だと思うぞ、キーアイテム?」
「やめてくれと言っているでしょう。
 つまりですね、僕は<物-アイテム>じゃあないですし、<主要人物-キー>より<脇役-サブ>がいいです。
 いや、むしろ<群衆-モブ>でいいですし……何ですか?」

 如何にその呼称が嫌であるか。説明しながらふと見ると、元同級生が苦笑するような表情になっている。
 彼は自分と会話する時、よくそんな顔をする時がある。……意味はよく判らない。

「無自覚なんだろうな、貴様は」
「はい?」
「未だ目覚めぬ力を持つ的な?」
「君って、僕に対して若干テキトーになってますよね?」
「それは、貴様が――」

 彼の反論は遮られる。背後で音がした。ひどい音だ。怒声が聞こえる。
 ……この休み時間も普通に過ごせそうだと思っていたが、残念ながらここまでらしい。厭だなあ等と考えながら、会話相手の吃驚した顔を眺めている。あまり珍しくは無いな。ああ、そうじゃあない。
 振り返る、それより先に、視線の隅を影が走った。そのまま教室から飛び出していく子がひとり。
 教室がざわつき出す。先刻の音は、彼の人が座席を蹴り立った音なのだろう。

「何だ?」
「なんでしょうね。このクラスにはよくあることな気もしますけど。
 ちょっと近くの席の人に聞いてみましょうか」
「ほう、首を突っ込みたくないとでも言うと思ったが」
「少しくらい興味のある素振りをするほうが"普通"でしょう」
「そういうのを無自覚と云うんだ」

 はいはい、と流しながら席を立つ。彼が手を出してきたから、持ったままだった小説を預けておく。
 休み時間も残り少ない。本の続きはまた次の時間だ。




----------
キャラお借りはできませんでした(・ω・`)
ヒトリメから「イクト」と「ミラ」。

事件が起きたような続きそうな描写ですが、
とくに他の話とリンクさせているわけでも、この続きを考えているわけでもありません……。

888十字メシア:2013/07/30(火) 22:05:50
「突飛に出会った、そんなハナシ」の続き。
鶯色さんから「ハヤト」、akiyakanさんから「都シスイ」お借りしました。


「……あっ! ハヤト君、シスイ君!」
「やっほーうずらちゃん!」
「こんにちは」

某日。
ひょんな事から巷で人気のアイドル、雛鳥 うずらと知り合ったハヤトとシスイは、いかせのごれ中央にあるホールで開かれる、彼女のライヴコンサートに来ていた。

「もう楽しみで楽しみで、中々寝れなかったんだよ〜!」
「ふふっ。じゃあ今日は二人の為にも目一杯、頑張って歌うね!」
「おう!」
「うずらさん、そろそろ…あら? その方達って…」
「あっ、カヨコさん! うん、この二人が前話した子達だよ!」
「ああ、やっぱり! 私、雛鳥 うずらのマネージャー、カヨコと申します」
「ど、どうも…初めまして」
「へぇ〜中々美人なマネージャーさんだなあ」
「ちょ、ハヤト!」
「何だよ、褒めただけだろー?」

二人のそんなやり取りに、うずらもカヨコもぷっと吹き出す。

「…っと、うずらさん、後10分で開演なので…」
「あっはい! じゃあね、二人共!」
「おーう!」


「うわあ…たくさん人が来てる…」
「それだけ人気って事だよ」
《ブーーー》
「あっ始まるぜ!」

一気に暗くなる会場。
刹那、スポットライトが灯され、うずらの姿が浮かび上がった。
その瞬間。

『ワァァアアアアアアアアア!!!!!!!!』
「うおっ!?」
「来たぁ! うずらちゃーん!!!」

沸き起こった大声援の中、ハヤトとシスイに気付いたうずらは、笑顔でその方向に手を振った。

「えー、皆! 今日のこのライヴコンサートに来てくれてありがとー!!!」
『ワァァアアアアアアア!!!!!!』
「今日は、皆の為に精一杯歌うので、最後まで楽しんでって下さい!!」

挨拶が終わり、少し間が開いた後、疾走感のある、どこか切ないロック系のバックミュージックが鳴り出す。
そこで更に会場は沸き上がった。

「♪―――……」

歌声が響きだした途端、あれほど騒がしかった会場が突如、静寂に包まれた。
力強い、しかし透き通った、命を脈打つような声。
耳から入るそれは、身体中を駆け巡って、自分の中にある何か…例えるならエネルギーようなものを、溢れ出させる。
シスイは思わず息を飲み、

「綺麗……」
「だろ? そんじょそこらのアイドルとは違うぜ」

感嘆の声に、自慢気に返すハヤト。
改めて、その形容し難い、美しさを持つ声を響かせる歌姫を見てみる。
彼女は、笑っていた。
幸せに満ち溢れた笑顔といっても、過言ではなかった。
やがて歌が止むと、観客達はうずらに盛大な拍手を送った。


「本当に今日はありがとう」
「俺達こそ、ライヴの招待、ありがとな!」
「とても素敵だったよ」
「えへへ。そう言ってもらえると、嬉しいなあ」
「うずらさーん。そろそろ行きますよー」
「あっ、はーい! そうだ! これ私の携帯のメアドなんだけど……」
「え、いいの!?」
「うん! また休み出たら、電話するね! じゃあ!」
「……行っちゃった」
「〜〜〜っ、わぁーーーー!!!」
「!? な、何だよいきなり!」
「いやあ、ホント夢なら覚めたくないぐらい、幸せだったな〜ってさ」
「ははは……」


《歌姫》


(それにしても……)
(あの歌声聞いてたら、疲れが無くなったような……)
(………まさかな)

889紅麗:2013/07/31(水) 01:11:45
これで「目覚めた能力者系列」でのフミヤ達の冒険(?)は終了となります。
お借りしたのは思兼さんより「御坂 成見」「巴 静葉」「橋元 亮」「アリス」十字メシアさんより「葛城 袖子」スゴロクさんより「マナ」
名前のみSAKINOさんより「カクマ」(六×・)さんより「凪」でした。
自宅からは「フミヤ」「高嶺 利央兎」「榛名 有依」です。

「さい、ぼーぐ…」

フミヤがぴしり、と硬直する。

「サイボーグ?!」

そして、隣にいた袖子が大きな声を上げた。

「え、えぇ?!サイボーグだったの!」
「確か君は…隣のクラスの」

その会話を聞いて、フミヤが二人の間に割って入る。その瞳は宝石のようにきらきらと輝いていた。

「ちょっと、待って。袖子、この人知ってるの」
「知っているというかなんというか…隣のクラスの子なんだよ」
「なんで『サイボーグがいる』って教えてくれなかったのさ!」
「あんた今の話聞いてた?!うちだって今初めて知ってびっくりしてんだよ!」

こんな美人がいたら誰だっておっかけるだろ!
あのね、うちはお前の部下でもなんでもないんだぞ!

ぎゃあぎゃあと再び口論を始める二人を、サイボーグ――アリスが宥める。

「二人とも、今はそんなことをしている場合じゃあない」

そうして、アリスは自分達を睨みつけているあの影の猫と視線を交わらせた。
猫はぐるるる、と低い唸り声を上げて姿勢を低くした。下がっていて、とアリスは静葉を始めとするその場にいた全員に向かって声をかける。



「…お待たせ。さぁ、君の相手は僕だ。」



―――瞬間、アリスの姿が消えた。


飛び出すタイミングを失った猫はぴくり、と小さく体を動かすだけだ。
そして、体勢を立て直すことも出来ずに猫の体は木に叩きつけられて消滅する。

…もしあの猫に意思というものが存在するのならば、きっと自分が「消えた」ということに気付いていないだろう。
それぐらい勝負はあっという間だった。少し大げさかもしれないが、まさに「瞬きをしている間に」と言ったところであろうか。
あのサイボーグ少女のアリスは、尋常でないスピードで猫に近付き、そしてとんでもない腕力で猫を殴り飛ばしたのだ。
流石はサイボーグと言ったところだろうか。プロボクサーもビックリな力だ。

「…勝った、か?」
「――イイヤ、まだみたい。狡賢い奴等だね」

890紅麗:2013/07/31(水) 01:12:42
樹の陰から二匹の影の猫が出てきた。おそらく、隙を突いて静葉たちに襲い掛かる魂胆だったのだろう。
アリスは目を閉じ一つ深い溜め息をつく。そして、開かれた両眼は紫色に変化していた。
二匹の猫はじりじりと距離を詰めてくる。少女は顔色を変えずに言った。

「何匹で来たって同じさ。―――静葉達は、僕が守る」

二匹の猫が跳ぶ。一匹の爪での攻撃を素早く避け、飛び掛ってきていた猫に敢えて自分から近付いてやる。無防備なその腹に叩き込まれる拳。
ぱん、という音と共に猫が消滅した。しかし、休む暇なく、

「…後ろよ!」

マナの声に応えるように後ろからの奇襲を宙返りで軽々と避ける。周囲から羨望の眼差しを浴びている美しい濃青の髪が、宙で美しく輝き揺れた。
猫の後ろを取った少女は、振り返る隙も与えずに強烈な足蹴りを――食らわせる。人間が食らったら一発で病院送りなのではないか、そんなことを思わせる程の威力だ。

…まるで、新体操の華麗な演技をみているかのようだった。思わず拍手を送りたくなるような鮮やかさ。

「終わった、みたいだね」

すぅっと少女の瞳が元の色へ戻っていく。振り返り、後ろにいた人々に微笑みながら言った。

「安心して。もう、大丈夫」
「すまない、アリス…助かった」

その場の緊張の糸がぷつんと切れる。近くにあった樹の色も、元の色を取り戻しつつある中静葉達は一斉にアリスへと駆け寄る。
袖子に背負われている成見も、先程よりは顔色もよくなりどこか安心したような表情を浮かべている。

「アリス、いつ見ても凄いね!」
「すっげー!すげぇすげぇ!何今の!?キミもしかして戦闘得意なの?!戦闘のプロ?!」
「得意ではないよ、走ることの方が得意」
「あああ!真面目に答えなくていいよ、こいつの質問なんか」

危険から開放されたことが嬉しいのか、亮が両腕を上げて喜び。フミヤが手帳に何かを書き殴りながらアリスに顔を近づける。
小首を傾げながらも淡々と問いに答えていくアリス。それを慌てて止める袖子。…中々シュールではあるが、和やかな空気が流れていた。
その中で、亮がちょっとした疑問を口にした。

「そういえば、アリス。よくここまでこれたね」
「…どういうこと?」
「僕ら、ここから抜け出そうとしてたんだけど、いくらやっても同じ場所に戻されてたんだ。
外から中に入ってくる分には、平気だったのかな」

その言葉にはっとマナが顔を上げる。そして、何も言わず森の中へと走り去っていった。
青色の少女が戻ってくることはなく、足音も段々と遠くなっていった。

「ちょ、ちょっとマナさん?!」
「あーらーま、行っちゃった。けど、これでループが解けたことが証明されたね。追いかけてみようか。心配だしさ」
「……お前はこの先に何があるのか気になるだけだろ」
「あらら、どーやらおれの性格がわかってきたみたいだね、静葉ちゃん」
「黙れ」

891紅麗:2013/07/31(水) 01:14:02
「わーお、こりゃあ」
「………!」

森の奥に辿り着いた六人。彼らが見たものは、眩しいほどの光を放つ大樹と泉だった。
そして少し遠くにはマナと、どこかで見たことのある人物達の姿。「あ」とアリスと袖子が同時に声をあげた。

「凪とユウイだ」
「……カクマ?それから、リオト」
「なんだ、知り合いか?」

静葉が二人に問いかける。二人が再び同時に縦に頷いた。

「僕のクラスメートが二人、それから、袖子さんのクラスメートも二人、かな?」
「う、うん。どうしてあの人たちがこんなところにいるんだろ」

マナがユウイの頬をぺちりと叩くのが見えた。どうやら、マナが心配している「友達」とは彼女のことだったらしい。
六人の方を向き、感謝の意を込めた小さな礼をした。

「…きっと、彼らにも何かあったんだ。でも、それも落ち着いたみたいだね。
―――彼らのことは、あの青い子に任せておけば大丈夫だと僕は思うよ」
「…と、いうわけでフミヤ。いっちゃダメだからね」
「ふぇい」

自分の考えを軽がると先読みされて、少し落ち込んでるようだ。
彼らのことはマナに任せ、一同は再び大樹を見上げた。首が痛くなるが、いつまで見ていても飽きない。

「一時はどうなることかと思ったが。まぁ…来て、良かったかもしれないな」
「……」
成見は、袖子に「もう大丈夫、ありがとう」と静かに告げると、ゆっくりと地面に降り立った。
――よし、大丈夫だ、もう体の震えも止まった。そうして、自分も顔を上に上げ、大樹を眺めてみる。


浮かんできたのは、"最後"まで笑顔だった、あの子の姿。


―――あいつにも"これ"、みせてあげたかったな。



―――・―――・―――


「さー!皆さんお疲れ様!ほーんと、お疲れ様っ」
「なんでそんな軽いノリなんだよ。下手したら死んでたんだぞ!」

森の外へと出た一同。
ぱぁん、とフミヤの頭が袖子に殴られる。フミヤはてへぺろ、とムカつくような笑顔と共に舌を出した。
その場にいた全員が殴りたいと思ったと思う。

「まぁまぁ、みんな無事に帰ってこれたんだからいーじゃない。ね、静葉!」
「………まぁ」

「でも、みんなを危険な目に合わせたのは本当に悪かったと思うよ。その、ごめん」

ぺこり、とフミヤが頭を下げる。そんな彼の姿に袖子は驚愕した。
彼が頭を下げる姿なんて滅多に見たことがなかったからだ。少し見直した。




「でも、たのしかったでしょ」



…前言撤回。やっぱりこいつダメだ。



「ヒジョーに残念なことに、キミ達とはここでお別れになるけど…また何か不思議なことがあったら呼んでよ!すぐに駆けつけるからさっ」

ぴょん、と静葉の前までくると、彼女の手に何かを握らせた。手帳の切れ端だ。
フミヤの名前、それから電話番が切れ端に記入してあった。

「……機会が、あればな」
「わぁい、やったー!」

子供のように両手を上げるフミヤ。静葉は切れ端を丸めてポケットに突っ込む。
フミヤはそんな彼女の様子に苦笑いしながら両手を下ろし、今度は右の片手だけ顔の位置まで上げた。


「楽しかったよ。また会えればいいね」
「…俺はごめんだな。お前といるとロクな目に合わん」
「そんなこと言わずにさ…今日はありがとう、じゃあ、また会えるときまで。シリウスの団長さん?」
「…そんなことまで聞いていたのか」
「おれの聴力と記憶力なめてもらっちゃあこまりますよ」




ぱしん、と手と手の重なる音がした。

892紅麗:2013/07/31(水) 01:15:49
空がオレンジ色に染まる頃。二人の男女の影が道に伸びていた。

「袖子、おれは決めました」
「何を?」
「おれはあの子達を調べ尽くしてやる!」
「…は?な、なんでそんなこと」
「『興味を持っちゃったから』。これに尽きるよ!――あぁもちろんおれが手に入れた情報は悪用なんかしないよ?どっかのだれかさんに売ったりとかね。
おれが個人的に楽しむだけ!こんな人もいるんだーって、ネ。だからどっかのマンガみたいに
「あの子達をわざと危険な目にあわせるー」とかそんなこともしないよ!純粋にあの子達が気になるんだ!」


「…あのさ、フミヤ」
「はいな」
「今更なんだけどさ」
「はい」
「やっぱあんた真性の変人ストーカーだわ」









それから、数日後。


「あれ」
「どうした、亮」
「いや、このマンガさ… 僕達この前フミヤさん達と「色のない森」へ行ったろ?それに似てるなぁって思って」
「…意味がわからん、見せてみろ」

――不思議な力を持つ少年少女達、彼らは不気味な洞窟へと迷い込み、怪物と戦うことになる――


――大ピンチの中、彼らの前に現れたのは素晴らしい美貌を持つ少女で――


そこで、静葉はマンガを閉じた。

「―――まさかな」
「―――うん、まさか、ね」
「こんな話のマンガはいくらでもあるだろ」
「そうだよね」


「………まさか、な」
「………まさか、ね」



二人の頭の中で、あの赤いパーカーを着た男が、にやにやとした笑いを浮かべていた。




重なった影

893紅麗:2013/07/31(水) 01:57:54
やっと決着がつきました…。かなり急ぎ足ですが。
お借りしたのは、名前のみ込みで(六x・) さんより「凪」SAKINOさんより「カクマ」樹アキさんより「ミチル」
スゴロクさんより「火波 アオイ」「火波 スザク」「夜波 マナ」
しらにゅいさんより「トキコ」サトさんより「スイネ」でした!ありがとうございました。
自宅からは「榛名 有依」「高嶺 利央兎」「榛名 譲」「ハーディ」「ミハル」「ミユ」でした。


「う……ぐ…、げぇッ…」
「…!ユウイ!」


幾度かの咳を繰り返した後、苦しみに負けずにユウイは立ち上がった。
骨一本ぐらい折れてそう、そんなことを思うが悲鳴を上げる体を無理矢理起こす。
ハーディはユウイが立ち上がったのを見ると顔色を変えて彼女に駆け寄った。猫はユウイが立ち上がったことに驚き警戒して動きを止めている。
もう少しすれば、猫達はユウイを殺すために一斉に飛び掛ってくるだろう。話すチャンスはここだけ。そう思ったユウイはハーディの腕を引きその顔を見てはっきりと告げる。

「ごめん」
「―――え」

ハーディは目を丸くした。最初は、「アタシが倒れている間に迷惑をかけた」そういった意味の「ごめん」なのだろうと思ったのだ。
そんなこと気にしていないという意味を込めてハーディは首を横に振る。だけど、今度はユウイが「違うんだ」と同じように首を横に振った。

「あんたが探してた「おんなのことおとこのこ」っていうのは、きっとアタシとゆーちゃ…ユズリのことだ。
どうして忘れてたんだろう、こんな大事なこと。アタシ達は、ほんとうに、ほんとうに小さいときアンタに会ったことがあるんだ!姿も話し方も違うけど…。
『ミハル』さんに会って話をして気付いた。思い出したよ。だから、『忘れてて、ごめん―――ヤハトさん』…!」

ハーディは、ユウイに腕を掴まれたまま動かなかった。猫三匹はその間にもじりじりと距離を詰めてくる。
ユウイはもう一度、ごめんと呟くように言った後ハーディから離れ、落とした木刀を拾い上げて猫三匹を一瞥した。

(大丈夫だ、あの猫は叩くだけで消える。三匹だが、落ち着いて倒せばアタシでも勝てる!)

木刀を握る手に力が篭る。ハーディはあんなにぼろぼろになるまで戦い続けていてくれたのだ。
今度は、自分がハーディを守る番だ。

一歩。
また一歩と猫は二人に近付いてくる。それと共に、ユウイも木刀を構える。
さぁ、駆け出そう。


駆け出して、飛びついて、その喉笛に食らい付いてやろう


――と、猫もユウイも同時に思った、その時だった。


突如としてユウイの背後にあった「何か」が金色に輝いた。ユウイも猫も動きを止める。
なんだ?とユウイが振り返ったときには、眩く輝く「それ」は既にユウイの真横を通り過ぎていた。
力強い咆哮が辺りに響き渡り、金色が猫の喉元へ―――喰らい付いた。


ユウイは、「それ」が何であるのか、もうわかっていた。そして、その美しさに微かに高揚する。
頭の中にあったパズルに、最後のピースがはめ込まれ、音をたてて崩れたような気がした。
あの輝きを、自分は知っている。記憶の奥深くから引っ張り出されてきたものと「それ」は同じものだった。
そうだ、あの輝きは、幼き日に自分が見た。


「……ひつじ、さん……」

894紅麗:2013/07/31(水) 01:59:07
その言葉に答えるように、黄金は口を空へ向け、再び咆哮。ユウイはその場から動くことが出来なかった。
それは、猫もミユも、同じだった。あまりの神々しさに、その場にいる全員が圧倒されていた。
揺れて、その度に色を変える柔らかそうな体毛。鋭く輝く黄色の瞳。大きく巻かれた角。美しく長く伸びた四の脚。
「ひつじ」とユウイは言ったが、あまりに神々しい雰囲気を醸し出しているそれは「ひつじに限りなく近い、違った何か」のような気もする。
猫もミユも驚きで固まっている。その中、その「ひつじさん」だけはユウイの方を向いて、たたんっ、と軽やかな身のこなしで彼女に近付いた。

「ひつじさん―――ハーディさん、やはと、さん…」
『お互い話したいことはたくさんあるが――話は後だ。今は、彼女を………そうだろ?』
「――あぁ、そうだった」

口を閉じる。出かけた言葉を必死に呑み込んだ。
そうして、人と黄金は同時にミユに向き直る。猫とミユはやっと我に返り、ミユの顔には明らかに焦りの色が見えた。

「は…はやく、はやくあいつらを殺して!!」

悲鳴にも似たようなその声で、ミユは猫に命令を下す。
残った猫三匹は弾かれた様にその体を動かした。

『ユウイ、私に乗れ!』
「で、でも」
『いいから!ばらばらで戦うよりも…この方が安全だ』
「――わかった、頼む!」

ユウイは「ひつじさん」――ハーディ――いや、『ヤハト』に飛び乗ると、眩しさにおもわずぎゅっと両目を閉じた。自分の体が金色に輝いているのがわかる。
そして、体全体が痺れる様なこの感覚。それさえも、ユウイは知っていた。確か、自分は、あの時、バンソウコウなんか貼ってあげたんだっけ…?

黄金が、駆ける。振り落とされようになったが、彼の角を強く掴みそれに耐える。
同時に幼い頃の記憶がどっと流れ込んでくるような錯覚に陥った。
主人には近付かせまい、と前方に猫が立ち塞がり大きな口を開いて飛び掛ってくる。
それでも『ヤハト』はスピードを緩めない。ユウイは木刀を片手で持ち胸を張った。


お互いの距離は急速に縮まる。二つの口は、もう目の前まで迫っていた。
血が出そうになるぐらいに歯をくいしばり。そのまま石になってしまうのではないかというほどに木刀を力強く握り締め。


『「邪魔だぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああアアアアアアッッ!」』


―――力の限り、叫んだ。

木刀での攻撃を受けた猫二匹は、悲鳴をあげることもなく光と化して消滅した。同時にあたりに浮かんでいたシャボン玉が爆発を起こし、水晶の花火が後方にいた最後の一匹を貫く。
そのままミユに突っ込む――ことはなく『ヤハト』は素早い動きで後ろに下がり、ミユとの距離をとる。
あれだけ増殖していた猫は一匹残らず消え、もう襲ってくる気配も感じられなくなっていた。
安心しお互いに荒い息を整えた。残るは―― 一人。


親友、ミユのみだ。


ミユは二人の視線に気がついて恐怖しているのか、それともいくら念じても猫がやってこないことに焦っているのか、顔を真っ青にしながら後ずさる。
体を守るように両腕は胸の前へと構えられ、涙こそ出ていないが、目は見たこともないほどに見開かれていた。

「いやよ…そんな、うそよ…!」
「……ミユ」
「いや…いや、いや!イヤ!イヤ!うるさい!!こないでよ!こっちに、くるなぁああああアアアッ!!」」

強い拒絶の言葉がユウイに突き刺さる。その叫びに応える様に、ミユを中心として円状に、草が急激に天空へ向かって伸び始める。
それはまた、ユウイとミユを阻む壁となっていった。

「くっ……」
『どうする、ユウイ!』

今飛び込めば間に合って中に入れるかもしれない。…けれど、下手をすればここで命を落とすかもしれない。
伸びる植物に首を絞められて、骨を折られて――。







それがどうした。








「もしも」とか、そんな考えは馬鹿馬鹿しい。




「決まってる。――真っ直ぐ突き抜けるぞッ!!」
『ふっ…はっ!お前なら、そう言うと思った!』

895紅麗:2013/07/31(水) 02:01:40

ヤハトの体から無数のシャボン玉が生まれた。シャボン玉は素早く草の壁に向かっていき、触れて、爆発。
爆発が落ち着くと少し小さいが草の壁に穴が生じていた。ヤハトは大きく飛躍し迷いもなく穴に二人は飛び込む。
伸びた草がユウイの腕に、手首に。ヤハトの脚に絡みつく。
しかしそれと同じぐらい、ぶちぶちと草の千切れる音、激しい爆発音が聞こえる。それを聞く度に、前へ進めた。
少しずつだけど、前へ、前へと。


(たしかに、アタシは一度死んで――わけのわからない能力を手に入れた)


それでも、と。ユウイは無意識ながら口を動かしていた。

「でも、アタシだ。化け物と言われても、死人と言われても、アタシはアタシだ。アタシはここにいる。
アタシは、人間の心を失ってなんかいない!
リオトに、凪、ユズリ、アオイ、スザク、マナ、トキコ、スイネ――友達の為にも、アタシはまだ死ぬことはできない!二度も死んで、たまるか!


この世界に生まれて、この世界に生きている。―――アタシは…、一人の人間!榛名有依だぁああああああッッ!」









瞬間。視界が開けた。



下方でミユが「ひっ…」と恐怖で声を上げるのがわかった。
そして、驚いたことにユウイがハーディ、基ヤハトの上で立ち上がり―――そして、飛び降りた。
ヤハトはぎょっとして彼女を救おうとするが、そう思ったときにはもう既にユウイの体は地面に激突し、ごろごろと激しくローリングする。
きっとかっこよく着地して親友の、ミユの前に現れたかったのだろう。だけど、現実はそこまで優しくありません。
せっかく台詞は格好良く決めたのに。少し滑稽だ、と思ったことは彼女には内緒にしておこう。

「い"ーーー!いててて腰いて…!」
「あ、あんた、何してっ」

先程まで握り締めていた木刀は飛んだ拍子に手放してしまったのか、かなり遠くの方でぽつりと落とされており。
ユウイは腰を片手で押さえながらふらふらと立ち上がる。『親友』のその様子に、ミユは無意識に足を動かしていた。
黒髪ツリ目の少女――榛名 有依は顔を上げてミユの顔を見た。その顔には、何かをやり切って満足している様な笑顔が。

「ッ、助けに来たよ、ミユ!」
「何を、言って…!」

言っている意味が。わからなかった。
先程、「殺してやる」と言っていた人の前で、どうしてこの人は笑顔を浮かべているのだろう。

「あんた、さっきからずっと辛そうな顔してるよ」
「な…! …そんな、そんな…馬鹿なこと…」
「…『自分のしている表情は、自分では中々分かりにくいもの』だよ。…ねぇ、お願い、もう」





――…泣かないで…――

896紅麗:2013/07/31(水) 02:02:16
時が、止まったかのようだった。

ぱらぱらぱらぱらと。地面に何かが落ちる。
ミユは、自分の手の平を眺めるでもなく眺めていた。

ぱらぱらぱらぱらと。今度は手のひらに雫が落ちてきた。


ユウイはそんな彼女の手を両手で包もうとする。が、するっとミユの手をすり抜けてしまった。
―――そうだ、そうだった。彼女は「幽霊」なのだ。本来ならこの世にもう存在しない人物。
とめどなく涙を流し続ける親友。彼女をこの手で、腕で抱きしめられないことが悔しくて、ユウイは下唇を噛んだ。

「わたし、わたしはっ…ああぁ…」
「いいの、もう、いいの。…ありがとう」

とうとう、両手で顔を覆い、座り込んでしまったミユ。
ユウイもその場に膝を付いてゆっくりと首を横に振った。

「ミユは、アタシのこと信じたくて信じたくて仕方なかったんだよね、でもそれと同じぐらい大きな不安があった。気付いてあげられなくて、ごめん」
「わたし、わたし、なんてことっ… ごめんなさい、ごめんなさい…!」

「こんな形ではあったけど…アンタに会えて、よかった。ずっとアンタのことが頭から離れなかったんだ」


もう一度、ミユに触れられないかと思い、手を彼女の肩に伸ばしてみる。――手は、肩をすり抜けて宙を掴むだけだった。


「怒って、ないの…?」
「怒ってないよ。ずっと、どうして助けてあげられなかったんだろうって、後悔してた。
―――もっと、アンタと色んなところに遊びに行って、笑い合いたかった」
「ユウイ……こんなことしておいて、言える立場じゃないけど、調子のいい奴と思うかもしれないけど。
私も、私もまだ貴方と一緒にいたかった…!どうして、貴方を信じられなかったんだろう…」
「もういいって!えへへ、これでやぁーっと仲直りだ」

その場の暗い雰囲気に耐えられず、ユウイは歯を見せて笑った。その笑顔につられて、ミユもやっと笑顔を見せる。
先程の、殺気が篭っていた瞳はもうどこにもなかった。

「ユウイは、凄いね」
「どうして」
「ううん、なんとなく」
「なんだそれ、わけわかんねー」

どさっ、と尻を地面に付けてミユの隣に座る。少々勢いを付けすぎたのか、振動が体中の傷に響いて痛かった。
けれど。親友と話が出来る喜びの方が、遥かに大きかった。

「で、さ。近くにすっごいかわいいお菓子屋さんがあって」
「へー、いいなぁっ。私も見てみたい」
「あ、じゃあさ、今度一緒に行こうよ!マカロンが美味しいらしいんだ」
「そういえば―――は、元気?」
「あぁ、最近あんまり喋ってないけど…元気だよ、部活でよく走ってるのを見かけるな」

ミユが幽霊、ということも忘れ、昔話や友人の話、二人では訪れたことのない店の話に花を咲かせた。
もうこの子と遊ぶことはないだろう、そんなことはわかっていた。それでも、二人にとっては甘美な時間だった。

「アタシ、やっぱり数学がだめでさぁ」
「数学なんて、簡単よ。公式覚えて、とにかく問題を解く!そうすれば問題のパターンが見えてきてすらすら解けるようになるわよ」
「…解くしかない。うん、ミユがそういうなら、頑張ってみるよ」
「応援してるね」

段々と薄くなっていくミユを見ていられず、体に触れることの出来ない悔しさで拳を握り締めながら、ユウイは下を向いた。
何かを話そうとするが、目が、鼻が、頭が、熱くなって「アタシは」「アタシは」と同じ言葉しか出てきてくれない。
じわり、と視界が滲んでいく。それが涙だとわかり、ユウイは再び前を向いた。親友の前で情けない顔は見せられない。



「………アタシは忘れない」



「ミユと過ごした日々を、絶対に、忘れないから。
だから、だからミユも…アタシのことを忘れないでいて」


とん、と自分の左胸を叩く。


「さよならなんて言わないぜ。ずっと一緒だ」


もう殆ど、ミユの姿は見えなかった。


「――ありがとう、わたしの、たった一人の…親友」


だけど、彼女の可愛らしい笑顔が、最後に見えた、気がした。

897紅麗:2013/07/31(水) 02:04:35

『もう、いいのか』
「…過ぎたことを振り返る暇なんてない。アタシは立ち止まらない。前に進み続けるよ」
『そうか……』

ざぁっ、と。風が吹く。

『君は、昔から変わらないな。人を思いやることができる、優しい子だ』
「……久しぶり。本当に…ハーディ、えっと、ヤハト、さん」
『…ハーディでいいさ。そのほうが慣れてるだろ』


『ミユ』が消滅したことで、森は本来の姿を取り戻しつつあった。


風が吹いて、木の葉が揺れ、鳥は囀り、空は青い。
円状になっていた草の壁も、徐々に元の大きさへと戻っていった。


「見せたかったのは、この景色だったんだね」
『あぁ、これが戻ってきたのも、君達のおかげだ』


そして一際美しく目立っていたのが、あの大樹。
大樹の葉は透き通るような水色。光の当たり方によって色が変わる様子は、言語に絶するものだった。
そして大樹の周りには赤、黄、水、緑の様々な色の光が。まるで妖精が飛び回っているかのようだ。
大樹を囲うように存在している泉も、飲めば若返るとか、浴びれば病気にならないとか、そんな伝説が生まれそうなほど水が透き通っていた。


「ねぇ、」


そんな景色を見ながら、ユウイが彼に問うた。




「アタシは、「ヤハト」さんを救えたかな?」




『―――あぁ、救えたさ』



そう言うとハーディは、それはそれは幸せそうに笑った。






――――・――――・――――


「ユウイーーーーっ!」

酷く、懐かしい声が聞こえた。
別れてからそこまで時間は経ってないはずなのに、しぜんと涙腺が緩む。
ユウイは立ち上がると、すぐさま彼らのもとへと走り出した。

「みんな―――!!」

擦り傷だらけでぼろぼろな凪に、ユズリ。
そして余裕そうな表情のカクマに肩を借りて歩いてくるリオト。

ユウイは涙を必死にこらえながら、抱きついた。




―――リオトに。






「よかった……みんな、無事でよかった…!!」
「……ゆ…―――!!」

ユウイは何も考えず、リオトを抱きしめる力を強めた。
…リオトはと言えば。一瞬何が起きたか分からないような顔をしていたが、きょろきょろと目を動かし、やがて顔を真っ赤にして項垂れた。
あーあー、と凪がユウイに制止の言葉をかける。

「それぐらいにしとけ、またリオトが気絶してしまうのだよ」
「あ、ご、ごめん…」

ユウイがリオトから離れると、後ろから笑い声が聞こえた。

『やはり、人間はおもしろいな』
「…………!」

『ヤハト』の登場に、一番驚いていたのはユズリだった。
目を大きく開いて。ただ一点。『ヤハト』だけを見つめる。
そして、突如駆け出したかと思うと―――


――これ以上は、ユズリが恥ずかしがるので止めておこう。

898紅麗:2013/07/31(水) 02:06:20
「ユウイ」

騒ぎが一段落し、皆で美しい景色を眺めていた時、名前を呼ばれた。最初は凪が呼んだのかと思い、凪の方を見て首を傾げたが、凪も同じように首を傾げるだけだった。
……続いて、横に目をやると、見覚えのあるあの青髪の少女が。

「―――マナ!」

マナは何も答えず、すたすたと静かにユウイに歩み寄った。
その無機質な瞳からは相変わらず何も感情が読み取れないが、少し怒っている…ような気がする。

「どうして、何も相談してくれなかったの」
「……」
「あなたの味方。そう言ったはず、私は。…もしかしたら、死んでいたかもしれない」
「…ごめん。また、迷惑をかけると思って…」

そこまで言うと、マナがぺちん、とユウイの頬を撫でるように叩いた。
リオトが動き出そうとするのを、カクマががっしりと抑えた。

「そんなこと、気にしなくていい」
「でも…」
「知らないところで、壊れるほうがよっぽど迷惑。だから……」

そこで、言葉が途切れた。マナが目を伏せる。
そんな彼女に、ユウイは小さな声で「ありがとう」と告げた。

何かを聞いたのか、ハーディの体がぴくり、と動いた。

『みんな、そろそろ此処から離れたほうがいい。…自由を失いたくなければね』
「…きてるの?アースセイバーが」
『あぁ、すこし派手にやりすぎたな。爆発音やらを聞きつけて、こっちに向かってる最中だ』

二人の言っていることはユウイにはよく理解できなかったが、どうやらそろそろお別れの時間らしい。
鬣を靡かせながらハーディがユウイに向き直る。

『…ミハルは、君を信じた。私も、君を信じたからこそ願いを叶えることが出来た。
私は、信じよう。人の強さを。生まれてきた意味を忘れるなよ、ユウイ』
「…ハーディさん」
『…強く、生きろ』

そう言うと、ハーディはユウイの手に何かを握らせる。
…虹色に輝く石が綺麗な、ブレスレットだった。

「…これは?」
『ミハルが持っていたものだ。…君に持っていてもらいたいんだ。その方が、ミハルも喜ぶだろう』

自分に授けられたブレスレットを、ユウイはじっと見つめる。
そして、言葉はないがハーディの目を見ながらゆっくりと頷いた。

『よし、はやく行くんだ』
「行きましょう、私についてきて」

マナを先頭に、凪やカクマが走り出す。
ユズリは、ハーディの首に腕を回しふかふかの毛にもふっと顔を埋め、ぎゅっと抱きついた後それに続いた。

その場に残ったのはユウイとハーディ。

「ありがとう、ハーディさん」
『礼を言うのはこっちの方だ。……また、辛くなったら此処に来い』
「うん、また…いつか、必ず」


ブレスレットを握り締めると、ユウイはハーディに背を向けて走り出した。







《愛してるわ、ヤハ、ト 貴方に会えて、よかった……》






『――あぁ、…私もだよ、ミハル』

899紅麗:2013/07/31(水) 02:09:14



人に見付からないように、必死に走った。
後ろがどうなったかも、気にせずに走った。振り返らずに走った。
足を前へと進める度に激痛が走ったが、それも無視するほどに。


だから、気付かなかったのかもしれない。


仲間が二人、消えていることに。



「あれ?リオトとカクマがいない?!」
「あいつ、あの大怪我で一体どこに!」

ユウイは「はぐれたんじゃないか」と焦りの色を見せるが、それをマナが落ち着かせる。

「大丈夫、彼らなら別の場所から逃げたわ」
「なら、いいんだけど…どうして」
「彼らにもきっと、知られたくないことはあるのよ」

マナ、凪、ユズリ、ユウイは「色のない森」――いや、「色のない森と呼ばれていた場所」から脱出する。
そこで四人はようやく足を止めた。マナを除いた三人がぜぇぜぇと肩で息をする。
呼吸を整えながら、凪が振り返って森の木々を眺めた。

「やったんだな…私たち」

その言葉に続いて、ユウイ達も後ろを振り返る。途端に喜びの気持ちが心を埋め尽くしていった。

「凪、ほんとにありがとう…ユズリも。皆がいなかったら、アタシ…」

『死んでいただろう』と言葉は続けられなかった。カクマとリオトに礼を言えないことを残念に思う。
凪とユズリは顔を見合わせて。それからお互いに笑った。

「友達を助けるのは当たり前なのだよ」
「家族を助けるのは当たり前のことだろ」


ユウイは、あふれ出る何かを必死に押し戻しながら、大きく縦に頷いた。
そんな彼女の背中を、マナは微笑ましげに眺めていた。


「よし…帰ろうっ!」







「よぉ、お前かよ、ミチル……」
「俺じゃァ不満か?潰すぞ」

壁に助けられるようにして歩いていたリオトの前に現れたのは、ホウオウグループの生物兵器であるミチル。
こんなぼろぼろの体では生きて帰れるかどうかもわからないと思ったリオトは、ホウオウグループの人間に連絡を取ったのだった。

「誰でもいいから迎えにきてくれ」―――と。

ちなみにカクマは途中で「早く歩けなくてめんどくせぇからここで終わり、じゃーまた学校でなー」と森を出た瞬間リオトを投げて帰ってしまった。
―――個人的に腹が立つので、今度学校で会ったらぶちのめそうと思う。
まぁ、そのおかげで人目を気にすることなく仲間を呼ぶことが出来たのだが…その点については感謝かもしれない。
けど、こんなひょろひょろな男に、自分を運ぶことができるのだろうか?すこし、不安になった。

「でー、何があった?」
「悪ぃ、説明は後、だ……もう、立ってら、…れ…」

言葉を言い切る前に、リオトは意識を失った。
地面にぶつかる寸前に、ミチルがリオトの体を支える。
そして、ぶつぶつ文句を言いながらも、アジトへと向かうのだった。

900紅麗:2013/07/31(水) 02:10:07

「た、ただいま…」
「たでーま」

榛名姉弟が家に帰ると、大きな悲鳴に出迎えられた。言うまでもなく榛名母のものである。
自分の息子と娘が擦り傷だらけでところどころ血を流した状態で帰ってきたらどこの母親だってビックリするだろう。
我が家に帰ってきたユウイとユズリだったが、そのまま外へと押し出され、無理矢理車の中へと押し込まれた。

多分、病院に連れて行かれるのだと思う。姉と弟は、顔を見合わせて苦笑した。
「笑ってる場合じゃないでしょ」と、母親に叱られた。





結果から言うと、ユウイは骨折はしてなかったものの、腕の骨にほんの少しだけヒビが入っていた。よくこんな状態で木刀を振り回していたと、しみじみ思う。
ユズリも、大きな怪我はなかった。腕や足に出来たアザが痛々しいが…。二人とも部活は暫く休むようにと医者に言われた。部活熱心な二人は勿論しょ気た。
診察も終わり、再び車に乗り込む。途端、強烈な眠気が二人を襲う。

「ユウイもゆーちゃんも昔から変わらずやんちゃっ子だなぁ。はっはっは」
「もう、あなた!今までにない大怪我だったのよ」
「ま、二人とも無理せずにゆっくり休めよー」

ほぼ無意識な状態で、父親の言葉に頷く姉弟。かたん、と揺れる車内が心地良い。
薄目で窓から外を覗いてみた。今日は、綺麗な星月夜だ。


ふ、と。意識が深い海へと沈んでいく。





今はただ、しずかに眠って、疲れた体を癒したかった――








どこまでも青く

901紅麗:2013/07/31(水) 02:12:01
エピローグになります。大量投下すみません…!これ、一種のテロじゃねぇのか。
これで目覚めた能力者系列は完結になります。ありがとうございました。

お借りしたのは名前のみ込みでサイコロさんより「森山 修斗」akiyakanさんより「ジングウ」「アッシュ」「フレイ・ブレアフォレスト」
スゴロクさんより「ヴァイス・シュヴァルツ」「火波 スザク」「火波 アオイ」「夜波 マナ」樹アキさんより「ミチル」
しらにゅいさんより「トキコ」十字メシアさんより「ユウタロー」「百々江 想」「弐々 簀」「角枚 海猫」「葛城 袖子」
ヒトリメさんより「コオリ」「阿久根 実良」えて子さんより「アオギリ」「犬塚 夕重」「我孫子 佑」
(六x・) 「凪」「冬也」サトさんより「スイネ」鶯色さんより「ハヤト」思兼さんより「霧島 優人」「巴 静葉」「橋元 亮」「アリス」「御坂 成見」
SAKINOさんより「カクマ」砂糖人形さんより「笙汰」でした!ありがとうございましたー!
自宅からは「榛名 有依」「高嶺 利央兎」「浅木 旺花」「シュロ」「ハーディ」「リンドウ」「ミューデ」「フミヤ」「クロ」「ミユ」でした。

ユウイ達の追加情報やハーディの詳細についてはまた後日、キャラ作成スレの方へあげさせていただきます。





森の中を全力疾走する白黒の女性が一人。
表情からは何も感じられないが、その足取りからは多少の焦りが感じられる。
数分前から聞こえている青年の言葉も彼女の耳には届いていないようだ。

「シュロさん、聞いて!速いですってば!」

女性の後ろから息を切らしながら走ってくる青年―――森山修斗という名前だ。
この二人はアースセイバーという組織に所属している二人。おそらく「色のない森」のことを聞きつけて急いでやってきたのだろう。
今までこの「色のない森」の異変については何度も聞いていた。だから、警戒はしていたのだ。
けれど、ウワサになっているような(化け物が出る、といったような)ことは一度もおきたことがなかった。
なので、言い方は悪いが少し油断していたのだ。 何 も お き な い だ ろ う と。


(くそ、死人でも出ていたらどうする――)


人の『今』を壊してはならないのが彼らの掟。報告によると凄まじい爆発音と動物の咆哮が聞こえたらしい。
まだ収容できていない能力者によるものだと考えて間違いないだろう。野生の能力者か、あるいは「ホウオウグループ」のものか――
そこまでを考えている暇はなかった。とにかく、一刻も早く現場へ行き能力者を捕らえなければ。
すぅっと大きく息を吸い、片手を口元へ宛てて叫んだ。


「おい!人がいるなら答えろ!何があ―――」


そうして森の奥深くまで来たところで、白黒の女性――シュロが足を止めた。シュウトも、怪訝そうな顔をしながら立ち止まる。

そこに、人はいなかった。

あるのは、あの美しく輝く大樹と泉のみ。

「おい、こりゃあ…」
「すごい、ですね…」

聳え立つ大樹に二人は言葉を失う。
そういえば、とシュウトが口を開いた。

「ここは昔、デートスポットのような場所だったらしいです。それが――戻ってきたのかもしれませんね」

森が荒れた形跡は、まったくなかった。あの大きな猫の死体もなかった。
『ミユ』が消えると同時に全てが元に戻ったのかもしれない。

「爆発音に関しての報告は無視できないので…数日調査は必要になると思いますけど…何もなければまた、此処が素敵な場所になるかもしれませんね」
「そう、だな」


シュロとシュウトの二人は暫く、その大樹から目を離すことができなかった。

902紅麗:2013/07/31(水) 02:13:18
――――・――――・――――


黒い猫が、森に二匹。

「にゃー」
「にゃあにゃあ」

挨拶をしているのだろうか、二匹とも少しだけ頭を動かす。

「にゃ?」
「にゃーにゃー」

……何を話しているかはわからない。

「あら、もしかして、あなた、私と似たような存在かしら?」
「……ふん、やっぱり、ただの猫ではないか」

…突如として。その猫二匹は人間の言葉を話し始めた。この場にあの変人「フミヤ」がいたらぴょーんとタイブしていただろう。
まぁ、二匹のうちの一匹は彼の飼い猫、「クロ」だったのだが。
二匹の姿が変わる。一匹はとんがり帽子に黒い肩出しドレス、中世の魔女を彷彿とさせる格好で、「大人の女性」の雰囲気を醸し出していた。
もう一匹、「クロ」は黒髪を下方で二つに縛り、口元を隠した赤いマフラーを付けている。「学生」のようだった。

「おもしろいわね、私はフレイ。フレイ・ブレアフォレスト。貴方、名前は?」
「…「猫」。「クロ」と呼ぶ奴もいるが、「猫」だ」
「へぇ、「クロ」ちゃんね」
「「猫」だ」

きっ、と「猫」がフレイを睨む。

「これは、お前達の仕業か?」
「何がかしら?」
「あの幽霊となった少女が暴れたことだ。お前達、ホウオウグループの仕業か?」
「……さぁね」

フレイが、肩を竦めて笑った。

「私はあんな子知らないわ。――あら、本当よ。今日此処に来たのだって、偶然だもの。
あの子がどうして幽霊になってまであの…「ユウイ」?だったかしら。あの子を殺そうとしたのか、私が知りたいぐらいだわ」
「……ヴァイス・シュヴァルツ、か?」
「だから、知らないって言ってるでしょう?」

「ヴァイス・シュヴァルツ」この世界の裏を知っている人物ならば一度は聞いたことのある名前だろう。
本名を初めとして、様々なことが謎に包まれている男である。
ただ、最近分かってきているのがその「能力」。もしかすると、あの男が「ミユ」に戯言を吹き込んだのかもしれない。
だけど、「絶対」とは言い切れない。

うう…と「猫」がマフラーに顔を埋める。

「それに貴方が彼女たちのことを探ったってなんの意味もないわよ、貴方、この世界の「悪」でも「正義」でもないんでしょう?」
「……それも、そうだな」
「関係のない人の不幸に首突っ込むなんて、貴方も随分悪趣味ねぇ」

悪趣味なのは私じゃない、フミヤだ。と反論したかったが、相手の知らない人の名前を言っても仕方ないと思ったので口を噤んだ。
少し納得のいかない表情をしていたが、考えることに疲れたのかやがて「猫」は素直に頷いた。
フレイはくぅ、と大きく伸びをすると妖艶に笑って、

「ふふ、今日は「アタリ」ね。面白いものがたくさん見れたわ。
またどこかで会えるといいわね、貧相なお胸のお嬢さん」
「―――!!違うッ!!お前がでかいんだ、お前が!!」

903紅麗:2013/07/31(水) 02:16:32
――――・――――・――――


目の前に、彼を睨みつける獣がいた。

「彼」はその獣に自分の腕から流れ出た血を勢いよく浴びせる。
獣はその血を振り払うように頭を左右に振ったが、直後、炎に包まれ床へと崩れ落ちた。
その血の主―――高嶺 利央兎は肩で息をしながらぴくりとも動かなくなった獣へと近寄る。その顔は蒼白。
誰がどう見ても「体調不良だろ?」と問うようなレベルだった。

ゆっくりと死体に触れる。死体から流れ出た生暖かい液に触れる。
そのまま腕を頭上に掲げると、獣から出た血が鋭い刃となり壁へと飛んでいった。
やっぱり、とリオトは自分の腕を見つめる。

(オレ、どーなっちまったんだ…?)

今、自分でなんとかわかったことは「自分に新しい力が備わった」ということ。それから「体調がすこぶる悪い」ということだった。
能力―――高嶺 利央兎の能力は「自分の血を自由に操る」だけのものだったはずだ。
それが、今試したところによると「血が発火」して「死体から流れた他の生物の血」でさえも操れるようになっていた。
パイロキネシス、という能力を聞いたことがある。念じるだけで何もない場所から火や爆発を起こすことの出来る超心理学の超能力の一つだ。
念じれば、血が燃える、爆発する。パイロキネシスに近いものが自分には備わってしまったのだろうか?とリオトは考え込む。

ふ、と時間を確認する。ミチルに運んでもらって、なんとかアジトに到着してから数時間が経った。
時々飛んでいきそうになる意識を、必死に繋ぎとめる。
そして、余計なことに"あれ"を思い出した。そうして、彼の顔がみるみるうちに赤く染まっていく。勿論嬉しさからである。
無意識に頬の筋肉が緩む。そして頭がくらくらとして重たくなり、糸が切れた操り人形のように後ろに倒れこむ。薄汚れた灰色の天井が見えた。
それから、白色の髪と、腹の立つような糸目。


―――白髪と糸目?


がばりと起き上がって顔を上げる。
ホウオウグループ、千年王国主任、「ジングウ」がそこにいた。いつの間にこの部屋に入ってきたのか。

「お疲れ様です、リオト君。新しい力は如何な物でしょうか」
「何の用だよ」
「…ナイトメアアナボリズム、そんな風に呼ばれる能力がありますね」

質問を無視されて腹が立ったのか舌打ちをしたが、リオトは無言で頷く。あの場所にいた――殆ど全員と言っていい――人間達がその力を所持していた。

リオトは思い出す。あの時、彼はユウイの弟ユズリをカゲの猫から庇った。
自分でもなぜあのような行動に出たのかはわからない。あの場にいたユウイ以外の人間はどうでもいい赤の他人であったのに。

「それに似たような現象が、既に特殊能力を持っている人間に起こったとしたら…。自らを死の淵へと追いやったモノを排除するために特殊能力そのものが進化をすることがあるとしたら。
もう一つのナイトメアアナボリズム――それを、私は『デッド・エボリュート』と呼んでいます。その力をまさか、貴方が手に入れてしまうとはね」
「………」
「おや、喜ばないんですか。折角貴方は他の生物より一歩先を進んだというのに。――あぁ、言葉が悪かったでしょうか、簡単に言えば「強くなった」ということですよ」
「いや、まぁ、…嬉しいけど。馬鹿にしてんじゃねぇよ」

ジングウの前で素直に喜ぶのは少々抵抗があった。

「あー、リオくんここにいた!ちょっと、無理しないでよー!みゅーくんお願い」
「はい」

トキコとミューデが扉を勢いよく開けて部屋へと入ってくる。
ミューデに関してはリオトが座っている場所まで跳躍してリオトの首を掴んだ。突然のことにリオトは対処できず ぐえ と潰れたような声を出した。
ミューデの手の平から伝わってくる冷気。首が徐々にぴりぴりと痛んできたのに気付きじたばたと暴れだす。

「おい放せ!冷たい!痛いっての!」
「……わかった」
「っこの、いきなり何すんだ」
「だって、ミチルくんが『リオトがめっちゃ熱いんだけど』とか言うから…」
「あぁ、冷やそうとしたってことか」
「そーゆーこと」
「アホだろ!!」

がるる、と犬のようにリオトが二人を睨み付けた。
騒がしくなってきたのが堪えたのかジングウは一つ溜め息をついた後部屋を出て行ってしまった。

904紅麗:2013/07/31(水) 02:17:59
「いやしかしー、ミユちゃんが幽霊になって現れるなんてねぇ…」
「幽霊と聞きましてよばれてとびでてーッ!」
「呼んでない!」

ぽん、という音と共に登場したのは、ホウオウグループに属する「幽霊」、ユウタロー。

「いいじゃんいいじゃんぷっぷくぷー。そのミユっていう幽霊はどうなっちゃったのー」
「消えたよ。…成仏って奴か」
「なぁんだ、つまんないの!友達になれるかと思ったのになぁ」
「なぁ、ユウタロー」
「なに」

「お前が幽霊になった理由はなんだ」
「しーらないっ!」
「あ。そ」

短く言葉を返すと、リオトはごろんとその場に寝転がった。
冷えた床が心地いい。三人が名前を呼ぶ声が聞こえたけれど、返事をする元気はもう彼にはなかった。
とにかく、体が重くて重くて仕方がなかった。




それから彼は数日、文字通り死んだように眠り続けたらしい。




「赤い目のおにいさん、おきないね」
「おきないね」
「…お寝坊さんなのよ」
「起こすのよ」

べしべしべしべしべしべし

「あぁコラこのガキ!コイツは今安静にしとかなきゃダメなんだよ!こっちこい!…ったく…」
「みどりのおじさん」
「おじさん言うなっての!!」

905紅麗:2013/07/31(水) 02:21:32
―――・―――・―――

休みが明け、また五日間学校の日々が始まった。
ユズリは包帯だらけ(不幸中の幸いか普段の「中二病予備軍」という称号のおかげで大きな騒ぎにはならなかったのだが)
ユウイは腕を固定し、右目に眼帯をつけるというなんともまぁ奇妙な格好での登校となった。
予想通り、まわりの学生からのひそひそ声が絶えない。…やっぱり、学校休めばよかったかもしれない。
だけど、凪やリオトを心配させるわけにもいかないので、頑張って教室まで歩こうと思う。


教室に入ると、クラスにいた生徒全員が一斉にユウイを見た。あぁ、嫌だなぁこの何ともいえない空気。
「ドジ踏んじゃいました」なんて言いたげな苦笑だけを浮かべて自分の席へと向かう。

「おはよう、ユウイ」

その途中で、凪に挨拶をされた。凪もまた、体中擦り傷だらけだった。
自分のせいで彼女が怪我をしたのだと考えると、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「凪、その…」
「あぁ、これか?気にしていないのだよ」

凪は自分の腕を見るとけらけらと笑った。

「そんなことより、ユウイが無事でよかった。もう無理するんじゃないぞ?」

それだけ告げ、ぽん、とユウイの肩を叩き自分の席へ戻っていく。
彼女のそんな心遣いが、ユウイはとても嬉しかった。


そして、

「どうしたの、その怪我」

後ろから、透き通るような声で話しかけられた。
振り返ると、そこには青い髪。赤と青のオッドアイ。スイネが立っていた。
てへぺろ、とユウイが苦笑を彼女に見せる。スイネも、そんなユウイの表情を見て聞いて欲しくない何かを悟ったのか話題を変えた。

「そういえば」
「ん」
「高嶺 利央兎、今日はまだ学校に来てないみたいだけれど…何かあったのかしら」
「リオトが!?…ごめん、いってくる!」

リオトの名前を聞いた途端。本当に途端だった。ユウイは教室を飛び出していってしまった。
そんな彼女の様子にスイネは思わず笑みを零す。

「…わかりやすすぎるわよ、あの子」




2-2の教室の扉を勢いよく開ける。何人かの視線がこちらに集中するが、無視。
いつもならリオトは窓側の席にいて、パンを貪り食ってるはず…なのだが、スイネの言っていたとおり今日は彼の姿は見えない。

「あの…リオトいないかな?」
「大食いジュニア…?さぁ、今日は見てないけど…」
「リオくんなら、今日休みだって連絡があったみたいだよ」

ユウイの質問に答えてくれたのは、弓道部に所属する犬塚 夕重、
それから人懐っこい笑顔が特徴的な、アッシュだった。

「……大方、食い意地を張りすぎて腹下しちゃった!ってとこじゃないかい?大食いジュニアは」

夕重が欠伸をして、気だるそうに言う。

「リオ君なっさけないなぁ〜」

ピンク髪の少女、簀が続いた。

「いやいや、アイツに限ってありえねーだろ」

あいつ自分の昼飯食べた後俺の弁当も食おうとするんだぜー、と、ハヤト。

「ま、ユウイちゃん、そんな心配せずにさ」

ぽん、とユウイの肩に手を置くアッシュ。
多分、この場にリオトがいたら彼を殴り飛ばしていただろう。

「リオくんなら大丈夫さ、大切な彼氏だから心配するのはわかるけどね」
「そう、か…そういうなら…って彼氏じゃない!ただの幼馴染みだ!」
「ぷぷぷ」

アッシュがユウイから離れ、両手で口を押さえて馬鹿にしたように笑った。



「…ミラ兄」
「どうした、榛名 譲。"鋏"持つ者よ…」

「俺、この休みでまた強くなったよ」
「ほう…確かによく見てみると、顔付きが変わったような気がするな」
「だけど、やっぱりミラ兄にはかなわねぇ!一生ついてくぜ!」
「私もですわ!せんぱい!」

「はぁ…またやってるよ。」
「いいじゃん、海猫。なんか見てて面白いよあの三人」

906紅麗:2013/07/31(水) 02:23:01
そして、放課後。
「怪我が心配だ」ということでアオイが一緒に下校してくれることになった。勿論隣には彼女の姉、スザク。そしてスザクの恋人(?)であるトキコもいた。
それから、弟、ユズリもいる。

少し遠くの方が騒がしい。ぱたぱたと前から半袖半ズボンを着た少年少女達が走ってくる。

「あら…今日はお祭りのようですわね」
「お祭りかぁ」

そういえばそんな話を母親がしていたな、とユウイは心の中で呟いた。
きゃあきゃあと騒ぐ子供達はとても可愛らしく、自分もあんな感じのときがあったんだよなぁと少し寂しい気持ちになる。
そんな子供達の方から何かがふわふわと浮かんでやってきた。―――しゃぼん玉だった。




「祭りなぁ。人混みはきつ…姉貴?!」
「………」


先頭を歩いていたユズリが、姉の異変に気が付いて足を止める。
アオイ達も不安げな表情でユウイの顔を見ておろおろとしていた。


ユウイは、泣いていた。


「ど、どうしましたユウイさん!まさか、お怪我が…」
「ち、違う…ぅ、わかんな、い…けど、ぐすっ」


「その…」


ユズリが小さな声で姉を呼ぶ。


―――そんな彼もまた、目に涙を浮かべていた。


「よかった、な?」
「―――うん…!」





風が、頬を撫でた。





―――・―――・―――


あれから、榛名 有依は変わった。
意見を人にあわせることが少なくなった、なんだかやたらと熱血になった(ような気がする)と、たくさんあるのだが…。
一番目に見えて分かりやすいのは、「数学」の授業の受け方だ。
あれだけ「嫌いだ、嫌いだ」と喚いていた数学。その小テストで毎回満点を取り、応用問題もすらすらと解けるようになっていた。
その成長っぷりは、いかせのごれイチの秀才、霧島 優人も目を見張るほどだった。

(少し、能力使っちゃってるところもあるんだけどね…)

結局、この「モノが数字に見える」という能力についてはわからずじまいだった。
シャーペンを生み出せるあの能力と同じようなものかもしれないし、殺された時の衝撃で生まれてしまった別の能力かもしれない。
けれど、それがなんであれ、数字を見て吐き気を催さなくなったということは素晴らしい成長だと自分でも思う。


数学はあの子を思い出してしまうから、苦手だった。問題を解けば解くほど、ああしていればよかった、こうしていればよかった、などという後悔の念に包まれていたからだ。



それが、どうだ。今は大好きな科目の一つになっている。問題を解けば解くほど、あの子と一緒にいられる気がするから。



あの子が一緒にいてくれるから。





私は忘れない。忘れるものか。








あの痛みを、あの、温もりを。

907紅麗:2013/07/31(水) 02:25:07

これは―――ヒトと、森の精霊の物語。


「……ユウイ」


"強さ"を求める少年にも。


「シズハー!今日はどうするんだい?」
「今日も調査だ、もたもたするな」


少年の謎を追う二人にも。


「…良い風だ。走ったら気持ちいいだろうな」


"サイボーグ"の少女にも。

「………」

未来も、過去も見える少年にも。


「今日は…星が綺麗」


"能力"にも。


「凪姉!怪我、大丈夫なの」
「なぁに、心配ないのだよ」


氷の騎士にも。


「…いーや、今日もサボろ」


"非日常"を求める青年にも。


「ショウター!投げるよー」
「よっしゃー!こいこい!」


平和の中に暮らす彼らにも。


「今日は腹筋、背筋、それから――」
「シュロさん、ほどほどにしておいたほうが」

尊敬する人々の為にただひたすら高みへと目指す者にも。


「さぁ、今日も不思議を探しに行くよ!」


この世界が愛しくてたまらない青年にも。


「ちょっとは懲りろよ!…まったく…」


それを呆れつつも見守り続ける少女にも。


「いつもすまない…袖子」


普通ではありえないような動物にも。


「ほら、はやくしないと遅刻するぞ!」
「わーってるよ、うるせーなー」


そして、あの"おとこのことおんなのこ"にも。







『君にも、会えてよかったと思える人がいますように―――』





心の窓から見る星は

908十字メシア:2013/08/01(木) 08:30:40
『早く逃げないと…!』
『どけぇ! 俺が先に行くんだ!!』
『いやあああああッ!!!!』

怒号と悲鳴の合唱が響く。
その中で、一人の少女が群集の間を縫うように、駆け抜けていった。

「………」

息切れする様子も見せず、少女は走る。
人々の向かう先とは、全く違う方向へ。

全ての始まりは、十分前。


「はー……」

ある『街』に住む平凡な少女は、椅子にもたれて伸びをした。
机に置かれているノートの表紙には、「2-C クロエ」と書かれている。
少女、クロエは机に突っ伏し、足をぶらぶらし始めた。

「宿題終わっちゃった。……ご飯はまだかあ」

退屈に呟くクロエ。
いつものように、母親代わりの女性が来て、一緒にご飯を食べて、雑誌を読んで、ゲームをして――。
それが彼女の一日。
しかし、次の瞬間、それは呆気なく砕け散った。

ヴーーーヴーーー!

「!?」

《避難警報発令 避難警報発令 巨大な津波が来ます すぐに高台へ避難して下さい 避難警報発令 避難警報発令――》

「……え? つな……み…?」

けたたましく鳴るサイレンとアナウンス。
クロエは疑わざるを得ず、何度もそれに耳をすました。
だが、悪夢みたいな現実は変わらない。
直に津波が来て、街を呑み込む。
クロエは腰が抜け、震えることしか出来ない。

「……避難しなきゃ、しなきゃ、しなきゃ……」

自分を奮い立たせる為に、ぶつぶつと目的を言う。
と、軽快な電子音が鳴る。
携帯の着信音だ。

「けっ、携帯、携帯……」

部屋中を探す…と、あった。
ベッドで見つけたそれを開くと、画面には見知った名前と番号が。
あの女性だ。

「……もっ、もしもし」
『クロエ! 今どこ!?』
「い…家……怖い、助けて、死にたくないよ……」
『落ち着いて! ……高台の場所は知ってるわよね?』
「知ってる……」

泣きじゃくりながら答えた。

『そことは逆方向に、安全な場所があるの。そこに行くのよ』
「逆…?」
『信じて。生き残るには、これしかないの』
「………」
『………私、今そこにいるの』
「!」
『時間がない…早く来なさい。大丈夫、また会えるわ』
「……分かった。じゃあ」

パーカーを羽織り、女性からもらった大事な帽子を被る。
バクバクと騒ぐ心臓を落ち着かせようと、二回深呼吸した。

「……よし」

意を決し、ドアを開けた。

909十字メシア:2013/08/01(木) 08:31:56


「くっ……」

かれこれ、家を出てからずっと走り続けている。
どういう訳か、昔から15分くらい、バテることなく走れるのだが……。

「まさか、こんな時に役立つとはね」

複雑な気分だった。
と、また着信音が鳴る。

「もしもし?」
『クロエ、どのくらい走った?』
「えっと…12分?」
『そう。その先のことなんだけど、今から私が言うことをよく聞いて。……その先は、あなたの力を使わないといけない』
「力、って……大きさ変える?」
『いいえ、別の力よ』
「別の、って……無いよ、そんなのっ」

悲鳴に似た声で言うクロエ。
相手の女性は、焦りながらも、落ち着きをはらって告げる。

『大丈夫よ。自分を信じれば……生き残りたいと願えば、きっと使えるようになるわ』
「本当に? ……もう、急に津波がなんて…訳分かんないよぉ……」
『お願い、とにかくこうするしかないの。あなたには生きて欲しいの……クロエ』
「……それしか、無いんだよね?」
『……ええ』
「…………なら、やる。絶対生き残る」

携帯をポケットに仕舞い、前を向いた。
再び、走り出す。
この先を目指して。
術は、それ以外に無い。


「…?」

走り続けると、入り組んだ区域に出た。

「見たことない場所……」

――その先は、あなたの力を使わないといけない。

「このことかな…? でも、どうすれば……」

考えても答えは出ない。
仕方なく、また走り出した。
ところが、今度は単純に駆け抜ければ良いものではなかった。

「なにこれ……ちっとも出る場所が見つからない!」

クロエは、顔から血の気が引くのを感じた。
膝が崩れ落ち、顔が俯く。涙が出てくる。
もう駄目だ――そう思い始めた時。

――生き残りたいと願えば、きっと使えるようになるわ。

「……生き残りたい。私は、生き残りたい! 死にたくない!!」

ひたすら強く願う。
いつも、自分の面倒を見てくれた女性を思い浮かべて。
女性に会いたいと願って。
と、顔を上げたその時だった。

視界に入った一部の壁などが、薄く見えていた。
クロエは驚いたものの、これが女性の言っていた別の力と気付く。
その幻のように見える壁に近付き、振れてみると。

「! 消えた…!」

本当に幻だったのか。
しかし、驚愕している暇はない。
一刻も早く、女性がいるこの先に行かねば。
クロエは、まやかしで塞がれていた道を駆けて行った。
一歩一歩、進むたびに、景色が開けていく。
もうすぐ、もうすぐだ。
そう確信して、そこへ飛び出した。

910十字メシア:2013/08/01(木) 08:32:56


「はあっ、はあっ……」

先にあったのは、見知らぬ高い丘。
と、クロエはある事に気付く。

「……いない」

女性が見当たらない。
周りを見渡すも、優しい笑みを向ける姿は見つからなかった。
その代わり、あるものを発見した。
白衣を着た、集団。
クロエに気付いたその人間達は手を叩き、彼女に歩み寄った。

「素晴らしい。覚醒実験は成功」
「危機的状況と、強い願いから成る能力発現……一人だけだったが、これだけでも良い成果だ」
「”コレ”を作った甲斐があったというもの」
「だ……誰? どういう事? あの人はどこ?」
「まあ落ち着け……『街』を見てみるがいい」
「え――」

振り返って見下ろした、自分の住む『街』は。

「何…これ…」

まるでそれは。

「嘘でしょ……」

そう。


     ――実験施設――。


「さて…実験は終わった。この箱庭はもう不必要だ」

と、何人かが『街』に向かって何かを放り投げる。
クロエは見た瞬間に、それが爆弾だと直感で分かった。

「ま、待って! やめて!!」

だが必死の制止も虚しく、街は大きな火と煙に包まれてしまった。
クロエはそれを、呆然と見つめた。
――今まで信じていたものは、全部嘘だったのか。
そう思いながら。
すると、ポケットからあの着信音が鳴った。
憑かれたように、クロエは電話に出る。

「…………もしもし」

返事はない。
と思いきや、向こうから聞き慣れた声が耳を刺した。


「ごめんね」


それを聞いた一瞬で、クロエの脳裏で何かが弾けた。
それは、微かな、一番大事な記憶。
まだ小さい自分に微笑む姿。
頭を撫でる手。
そして悲しげな声で言った、あの言葉。

――ごめんね。

クロエは、気付いた。
そして後悔した。
何故、今まで分からなかったんだ。
あの女性は、代わりなんかではない。
あの人は、あの人は紛れもない。


自分の本当の、母だったのだと。


Escape in the fiction




クロエの過去話でした。

911しらにゅい:2013/08/03(土) 11:35:09



 色のない森。
かつてそう呼ばれていた灰色の森は今は緑の海に包まれ、本来そこにあった厳かな姿を取り戻していた。
森の奥には樹齢何百年とも思わせるほどの大樹があり、その周りを囲むように澄み切った泉が広がっている。
ここで何が起きて、どのような争いがあり、誰が泣き、嘆き、苦しみ、そして立ち向かっていたか。
その出来事を知ろうとする者なんて、恐らく誰も居やしないだろう。この森に広がる美しさを前にすれば、それすら億劫となってしまいそうだから。
 さて、その”元・色のない森”へ一人の来訪者がやってきたのであった。

「………」

 バサ、と羽音を立てて地に足を付けたのは、異様な風体の男である。
気だるげな雰囲気と、山伏の持つ錫杖、そして人間にはないカラスの翼。
黒翼の彼は大樹へ向かって歩くと、ある程度距離が縮まったところで立ち止まり、上を見た。
頭の上では透き通るような水色の若葉が広がっており、その隙間から太陽の光を零している。
光の加減で葉の色が変わる姿は、どこかの童話のフレーズにあった絵にも描けない美しさそのものである。

「…なぁ、ハーディ…」

 男はそう呟くと、錫杖を土に刺した後、ドカッ、とその場に胡座を掻いて座った。
その表情はどこか、憂いを帯びている。

「お前と、お前が昔会った子供達と、そのオトモダチ達が頑張ったおかげで、森を取り戻す事が出来た。
…こんなに、綺麗だったんだな。そら神秘の森って呼ばれるわな。」

 彼が後ろを振り向けば、ぬいぐるみのようにふんわりとした小鳥達が、ピチチ、と鳴きながら空を飛び回り、時折、湖の水面に足を引っ掛け、水遊びを楽しんでいる。
パステルカラーの花々の上を色鮮やかな蝶が舞い踊っている。
生命に満ち溢れたこの光景を見ていると、忘れていた何かを思い出せた、そんな懐かしさが沸き起こってくるようだ、と男は心の中で呟く。

「…なぁ、ハーディ。お前は、本当に…諦めないで、よく頑張ったよな。」

 故郷の森と、それを見せると約束した友人達と、その美しい思い出を取り戻す為に、彼は頑張った。
悠々と構えているその姿とは裏腹に、願いに対する渇望はとても強く、また焦りも感じさせた。
男にとって、ハーディの葛藤を理解するのは難しかった。だから、そんな思いをするぐらいなら諦めた方がいい、などと言ってしまい、
本気で彼を怒らせてしまった事があった。

『君に、私の想いなど…理解する事は出来ないだろうね…』

 そんな言葉と悲しげな表情を共に返されたのを、男は今でも覚えている。
しかし、

「今なら、お前のその気持ち…理解出来る気がする。とても、大切なものなんだよな。」

 そう言って、目の前の大樹に語りかけた。
その返答は、返って来ない。
返って来る筈が、ないのだ。

「………」

 彼は、ここにいない。

「…ハーディ…」

 さわ、と心地良い風が耳の横を通り過ぎ、髪が僅かに浮かび上がる。
先程まで聞こえていた鳥もどこかに行ってしまったのか、森は死んだかのように静まり返っている。
男は森の奥で、ただ独りとなってしまった。

912しらにゅい:2013/08/03(土) 11:38:02
「……ハーディ…お前…これ、好きだったよな…」

 男は自前の袋から何かを取り出し、大樹の前へ置いた。
七輪と木炭、それを燃焼させる為のマッチだ。そして、もう1つ取り出す。

「今、焼いてやるよ……お前の大好きな、ジンギスカ、「人の森で何しているんだカザマ!?」

 ラム肉パックを取り出そうとした瞬間、黒翼の男…風魔は背後から頭をスパン!と叩かれてしまった。
小気味良い音が森に響き渡ると、どこに隠れていたのか、鳥達が一斉に飛び立っていったのであった。

「いや、いい天気だし……外でバーベキューを。」

 風魔は叩かれた箇所を押さえながら、背後へ振り向いた。
叩いた犯人は緑色の服を身に纏い、特徴的な帽子を被った男…この森の主で、先程風魔が弔っていたハーディであった。
いや、正確には、死んでいないのにあたかも死んだように弔っていた、だ。

「…ばあべきゅうっていう場所でもないし、下手すれば火災に繋がるんだよ?」
「つーかいつからいたの。」
「お前と、昔会った子供達と、のくだりからここに帰ってきてたけど…?」
「やだァん筒抜けェ?」

―――今すぐその巫山戯た顔を思いっきりそこの湖に突っ込んで浄化してやりたい。

 クネクネと気持ち悪く身体を曲げる風魔に、温厚なハーディも思わずそんな衝動を抱き掛けてしまった。
しかし実行に移すことはなく、彼はハァ、とため息に収束させると、風魔から袋を奪い取り、今しがた取り出した道具類を片付け始めたのであった。
片付けながら、彼は風魔へ問いかける。

「というか、何故私を勝手に殺してるんだい?酷いじゃないか。」
「そういうところが見たいって、神のお告げが。」
「君、たまに変な事言うよね…」
「俺が言ってるのは真実だぜ?ホウオウグループにここ教えた事もな。」
「……は?」

 ハーディは思わず耳を疑ってしまった。
しかし風魔はそれを気に留めず、言葉を続けた。

「アースセイバーや警察が立ち入って、ホウオウグループが知らないわけないだろ?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……つまり、君は、…ここを売った、というのかい?」
「まぁ、そうなるけど。俺、ギブアンドテイク主義だぜ?」
「……カザマ…君は、なんてことを…」

 やっと平穏が訪れたというのに、心休める暇もないのかとハーディは心底嘆いた。
風魔の性格を熟知していなかったわけではない、だが彼は友人で、
多少なりとも身内には情があるからよもやそんな真似をするわけはないだろう、と甘く見ていた部分はあった。
森の主は暗い未来を思い表情を曇らせたが、烏天狗は次にこんな事を言ったのであった。

「ちゃんと言っておいたぞ、『アースセイバーが巡回している可能性があるから、直接介入するなら俺を通した方が早い。
無駄なリスクを背負うのはあんたららしくないだろ?』って。」
「え…」
「な?俺ちゃんと言ったろ?」

 ハーディは言葉を返す代わりに、苦笑を漏らした。
ああそうか、やはりこの烏天狗は、ハーディの知る風魔で間違いはなかったのであった。
暗に無防備に晒されているこの森を護ってくれる、と示してくれたのであったから。
安心して片付けを再開したハーディの横で、あ、と風魔が声を上げた。
顔だけ彼の方へと向けると、口をぽかんと開けてこちらを見つめている。

913しらにゅい:2013/08/03(土) 11:39:35

「どうしたんだい?」
「アレ、どうしたんだ?」

 そう言って風魔は、己の手首を指差す。
その意図を理解したハーディは、ああ、と声を漏らし、返答する。

「あげたんだ、あの子に。」
「へぇ、いいの?カノジョとの思い出だろ?」
「…いいんだ。」

 ハーディが苦笑しながら、袋の紐を引っ張る。

「…ふーん。」

 風魔は後追いせず、その様子をただ眺めているだけだった。
会話が止まり、二人の間に少しだけ、静寂が訪れる。ハーディの視線は、どこか遠く見ているようだ。
ややあって、風魔が口を開くとこんな事を呟いた。

「『過ぎたことを振り返る暇なんてない。アタシは立ち止まらない。前に進み続けるよ。』」
「!それ、は、」

 それは、ハーディがあの友人…榛名有依から聞いた言葉そのものだ。
風魔はその場にいなかった筈なのに、彼の口から発せられる一字一句、彼女のあの言葉であった。
驚くハーディを余所に、烏天狗はいつも通り、眠たげな表情を彼へと向けた。

「『アタシは忘れない。さよならなんて言わないぜ。ずっと一緒だ。』」
「………」
「いるんだろ?お前の、そこにも。」

 そうか、彼が自分に伝えたいのは。

 彼女が、と風魔は言葉を付け足して、ハーディの左胸を指差すと、彼は自身の左胸を抑えて、目を閉じた。

「……ああ、そうだな。ここに、いる。」

 慈しむように、懐かしむように、想いを馳せるように。
彼女の姿も、声も、思い出も、全てそこに詰まっているのだと確かめるように。
ハーディはただ胸を抑えて、彼女を…ミハルを、思い出すのであった。

「ハーディ、」
「ん?」
「そういや、これ言ってなかったな。」










"おかえりなさい"





(何故君がそんな事を言うのだと羊は笑ったが)

「…ただいま。」

(穏やかな表情で烏天狗にそう告げたのであった)

914しらにゅい:2013/08/03(土) 11:41:05
>>911-913 お借りしたのはハーディ、名前のみ榛名 有依、ミハル(紅麗)でした。
こちらからは風魔です。

せっかくプロフィールで頂いていた友人設定をようやく活かす事が出来た…!

915akiyakan:2013/08/11(日) 20:53:43
「曰く、親より先に子が死ぬと、その子は親が来るまで賽の河原で石を積み上げ続けなければいけないと言う」

 手にした「ソレ」を見つめながら、ジングウは呟いた。

「貴方にとっての親が設計者である私なのか、それとも貴方の身体を造った「彼ら」かは分かりませんが――どっちにしろお前も私を置いて先へ逝ってしまうんだな」

 ジングウは恨み言を呟く。手にした小さなビンの中に浮かぶ、ミツの首に向かって。その様子は、彼にしては珍しく、どことなく寂しげであるように見えた。

 生物兵器の維持にも使われる培養液の中で、その首は未だ生々しくそこに存在している。もっとも閉じられた眼が、二度と開く事は無いのだが。

 ジングウは常々言っている。自分は魔法使いではないと。彼にも限界はある。失われた命を「完全に」蘇らせる事は出来ない。

 否、それはおかしいと彼を知る者は思うだろう。彼は自分自身のクローンを創造し、それによって、死んでも再び蘇ると言う行いをやってのけたのだから。ならば、首が残っているミツを再び生き返らせる事など、造作も無いのではないだろうか。

 だが――やはり不可能なのだ。ここにある首は空っぽだ。もうここに、ミツの魂は残っていない。あるのは「彼」の人格を出力する為の脳髄だけだ。ハードはある。しかし、ハードだけなのだ。それを動かす為のソフトが無い。身体を治しても、その中に入る筈の中身が、もうここには存在していないのだ。

 ジングウ程の腕があれば、それらしい人格をでっちあげる事も出来るだろう。だが、そうして創り出された魂は、果たして以前のミツと同一人物であると、言えるのだろうか。

 故に、生と死の法則を捻じ曲げ、神のごとく振る舞う錬金術師であっても、失われた形を元通りにする事は出来ない。その身、その行いは、人間の範疇を超えられないのだから。

「……私は、貴方を尊いと思う」

 ジングウは目を伏せ、その死を悼む様に呟く。

「私は貴方が誇らしい。本来ならば私は、貴方の行いを愚かだと蔑むべきなのでしょうが……その行いを美しいと思うのを、私はどうしても禁じられない」

 ジングウは伏せた顔を上げ、自分の目の前に存在している物を見上げる。

「貴方の自己犠牲を、無駄になどさせません」

 そこには、バイレンスドラゴンの威容が聳えていた。

  ――・――・――

「――調査の結果、ムカイ・コクジュはここ、市街地から離れた山林にある廃墟を根城にしているようです」

 ホウオウグループ支部施設内、閉鎖区画。プロジェクターとそれを映し出すスクリーンを、格納庫内に設置して造られただけの即席のブリーフィングルームに、『千年王国』が勢揃いしていた。

 他のメンバーとは不仲であるクルデーレ達や、ロクブツ学園への潜入任務にあたっているロイドの姿もある。それだけ、この作戦にかけるジングウの、否、『千年王国』一同の意気込みが感じられた。

「本日の零時、ここへ我々は強襲を仕掛けます」

 何か質問は。プロジェクターで映し出された映像を背に、ジングウが言う。手を上げる者は誰もいない。愚問だと、聞く事など何も無いと、皆その沈黙によって答えている。

 ミツを殺された、その日から。ここにいる者達は、皆待ち望んでいた。自分達の仲間を奪ったその男に報復する日を、ずっと。

 気合いを入れる者、ミツが亡くなった時を思い出して涙ぐむ者、これと言って感情を見せない者。そこにある反応は様々だ。しかし理由はどうあれ、ここにいる者達は皆、ムカイ・コクジュを、『失われた工房』を疎ましく思い、憎く思い、打倒したいと思っていた。その一点においては、全員が共通していた。

「私は善だとか悪だとか、短絡的に世界を二分する言葉が大嫌いだ。しかし、それを承知であえて言わせてもらう――『失われた工房』は悪だ」

 凛と。格納庫内に響き渡り、良く通る声でジングウが言う。

「敵、と言う言葉すら、奴らを言い表すには足りない。対局する二つの勢力があるならば、それは双方にとっての敵と敵なのであって、それを善悪で断ずる事は出来ない。だが、あれは悪だ。揺るぎ無く、疑いようが無く、あれは我々にとっての悪だ」

 大げさに、仰々しく。身振り手振りを交えながら、演技がかった調子で。しかしそれでいて、ジングウの演説にはどことなく必死さがあった。彼らしくない不器用さが、そこにはあった。

916akiyakan:2013/08/11(日) 20:54:14
「私の信条は、「生きるとは即ち、戦うと言う事」だ。目の前に障害を与えられた人間は幸福だ。それを乗り越える事によって、その者はより一段高みへと上がる事が出来る。我らが同胞ミツは、その障害を乗り越えられずに散った。生きる事が戦いと同義である以上、障害に敗れる事は死と同義である。ただ、それだけの事だ」

 ただそれだけの事。ミツの死はなるべくしてなった事なのだと、ジングウは冷酷に切り捨てる。逆に言えばそれは、「こう言う日が来る事を覚悟していた」人間の立ち振る舞いであった。万象万人、すべての存在に戦う事を強要する彼は、同時に万象万人、仲間の死を受け入れなくてはならないのだから。

 しかしそれにすぐさま、「だが」と拳を握り締めながら続けた。

「私を笑いたければ嗤えばいい。未熟だと罵ればいい、恥知らずだと誹ればいい。私は今、少なからず怒りを覚えている。私は「彼」を、ミツを好ましいと思っていた。愛おしいと思っていた。かつての同胞が生み出した「彼」を、或いは友の様に、或いは我が子の様な感情を持って抱いていた」

 彼らしくない、感情に満ちた声。普段のジングウとは異なった様子に、皆少なからず驚いた表情を浮かべ、あのクルデーレですら呆気に取られているようだった。

 もっとも、その中でただ一人だけ、フレイだけは嬉しそうな、或いは満足げな笑みを浮かべていた。懐かしいものを見たような、数年来の友人に出会った様な。そんな表情だった。

「友を殺されて怒らなければ何とする? 子を奪われて憎まんとすれば何とする? そんなモノはもはや人ですらない。私は人間だ。神に挑みこそすれ、私は人間であると言うスタンスまで止めるつもりは無い!」

 それは叫びだった。叫びであり、主張であり、宣言だった。他者に本心を見せない男の、抜き身の咆哮だった。

「諸君らに問う。君達の心に、怒りはあるか? 憎しみはあるか? ……よろしい、ならば戦争だ。ムカイ・コクジュに教えてやろう。我らが同胞を手にかけた、その代償がどれだけ高かったのかを。お前に対する怒りと憎悪の炎の、その熱さを!」

 ――・――・――

「あの……ジングウさん」

 ブリーフィングが終わり、遠慮がちにサヨリが話しかけてきた。

「その……花丸、さんは……」
「彼は、来ていないようですね」
「……はい」

 花丸の姿は、ブリーフィング中には無かった。と言うよりここ数日、彼の姿は見ていない。一応、バードウォッチャーでその動向を監視し、居場所までは把握しているのだが。

「……彼は……」
「彼なら、大丈夫ですよ」
「え?」
「知ってますか、サヨリさん。ある聖人の言葉なのですが、こう言う言葉があります。『すべてを投げ出した者が、最後にすべてを手に入れる』のだと」
「ジングウさん……」
「彼は投げ出した、と言うより、奪われた、の方が適切ですがね。ですが、奪われた物を取り返す為に積み重ねた彼の努力は、決して無駄になったりしないのだと、私は確信しています」

 ジングウがそう言った時、二人から少し離れた場所にあるコンテナから物音が聞こえた。何事かとサヨリが振り返ると、そこから走り去っていく小さな影が見えた。

917akiyakan:2013/08/11(日) 20:54:46
「あれは……!? 花丸さ、」

 追いかけようとしたサヨリの手を、ジングウが掴んで引き留めた。

「止めておきなさい、サヨリさん」
「でも……!」
「言った筈ですよ、彼は大丈夫だと」

 そうだ、彼は大丈夫。そうジングウは、心の中で呟く。

 花丸の心が本当に折れてしまったのなら、ここには来ていない。彼にはまだ、戦う意思が残っている。残っているのならば、それで十分だと。

「待ちましょう、サヨリさん。彼は必ず来ます」
「……はい!」
 


 ≪報復前夜≫



(そして、千年王国が再び動き出す)

(友の仇を取るべく)

(降りかかる火の粉を払うべく)

(千年王国は行く)

(その道の名は、修羅道)

※えて子さんより「花丸」、十字メシアさんより「クルデーレ」をお借りしました。自キャラはジングウ、ミツ、サヨリ(企画キャラ)、ロイドです。

918えて子:2013/08/13(火) 08:51:06
「始末人との会話」の後の話です。
十字メシアさんより「シザキ」をお借りしました。


「………多っ」

夕方、アーサーとシザキがリュックと紙袋に目一杯の資料を詰めて病院へやってきた際の、長久の第一声だった。


『はい。言われたの探して持ってきたよ』
「サンキュ、アーサー。シザキ」
「…長久の言っていた「保護者」とは、君たちのことだったのか…。…すまなかったな。アーサーが世話になった上に、手伝わせる形になってしまって…」
「気にすることはないよ。困った時はお互い様だ」
「……恩に着る」

軽く頭を下げると、二人からリュックと紙袋を受け取る。
中を覗くと、分厚い茶色の紙封筒がぎっしり詰まっていた。

「…これ全部、UHラボの資料か?」
「関連資料もあるがな」

ハヅルから資料の一部を受け取ると、長久はそれにざっと目を通す。
そこにはラボの詳細や規模、研究員や被検体の情報、実験の内容などが事細かに書かれていた。

「……文字で見てるだけで胸糞悪くなりそう…」
「同感だ」

大量にある資料の一部、しかも数枚にしか目を通していないのに、頭部に鈍痛が走った気がして長久は軽くこめかみを押さえた。
答えるハヅルも、あまり表情は明るくない。

「でも、UHラボがどんな研究所か、ってのはおおよそ理解した。危ないところみたいだな」
「…ああ。そうだな…」
「しかし、見たくないは通用しないからなぁ…俺はどの辺を調べればいい?」
「そうだな……久我。お前は、これを頼む」

そう言われ、ハヅルから茶封筒のひとつから取り出された紙束を手渡される。

「これ…何だ?……UHラボ研究員?」
「あの客人の顔と名を覚えているのは…久我、お前だけだ。もしそいつがUHラボの関係者なのであれば、その資料に載っている可能性が高い…。探してみて、くれないか」
「了解。……とはいえ、こん中からアイツを探すのか…骨が折れそうだ」

ざっと見積もって厚み2.5センチはありそうなほどの紙の束を見て、思わずため息が零れる。
が、それも僅かな時間のことで、すぐに姿勢を正すと眼鏡を直して資料に目を通し始めた。

「正直、この大部屋に俺たち以外の患者がいなくてよかったよ。こんなの見られたら相当怪しい光景だぜ」
「………そうだな」

軽口のように呟かれた長久の言葉に、ハヅルは苦笑した。

919えて子:2013/08/13(火) 08:51:53



ハヅルと長久が資料と格闘している間、アーサーとシザキの二人は病室の外にいた。
無関係ではないとはいえ、あまり他人に資料の内容を見られるわけにはいかない。そういう理由だった。

『ごめんね、シザキ。でも、これが僕たちの方針なんだ』
「いや、大丈夫さ。分かっているよ」
『そりゃよかった』

シザキの言葉に、アーサーは安堵したように笑った。


「………………あった!!」

しばらくすると、病室から長久の声が聞こえた。

「アーサー!シザキ!」

次いで二人を呼ぶ声が聞こえ、二人は病室の中へと戻った。

「どうしたんだい、長久さん」
『見つかったのかい?』
「ああ。こいつだ」

そう言うと、長久は紙束を留めているクリップを外し、その中から一枚の顔写真つきの書類を見せる。

「こいつが、蒼介を拉致った男だ」
「この人が…」
『………』

シザキとアーサーは受け取った書類を食い入るように見つめていたが、やがてアーサーが青い顔で顔を逸らした。

『やだよ……何でこんなひどいことができるの?』
「知りたくもないな。…アーサー。君は、あまり見ないほうがいいよ」

シザキが書類を返すと、長久はそれを受け取って手元の資料とまとめ、クリップで留める。

「…UHラボは既に無くなってるけど、残党や手札はどれほど残っているか分からない。だから…もし、その男と対峙することがあっても、一人でどうにかしようとかすんなよ」
「…了解、分かったよ」
「ならいいんだ………ん?」
「ん?どうしたんだい、長久さん?」
「いや…ちょっと分からない単語があって」

そう言って、長久は書類の一点を指差した。
アーサーとシザキがそれを覗き込む。

「………『失われた工房』?」
『なんだろ、これ?』

同時に首を傾げるシザキとアーサーに、ハヅルは別の資料に目を通しながら説明する。

「今言った…UHラボの生き残りたちが集まって出来た組織だ。目的は…世界征服だとか、ラボを潰した奴らへの復讐だとか……まあ、いろいろ言われているがな…。…以前、亡霊騒ぎがあったのを知っているか?」
「んー、言われてみればそんなこともあったような」
『僕知ってる!ベニー姉さんがまとめてるの見たよ!みんな大騒ぎだったって!』
「そうか…。…まあ、その亡霊騒ぎを起こしたのが、『失われた工房』の奴ららしい…」
「ふうん……」

ハヅルの説明に小さく頷きながら、長久は資料を紙封筒に戻した。

「…ってことは、こいつがこの組織と繋がってるって可能性もあるわけか?」
「……ないとは…言い切れないな。…元は、同じ研究所の研究者だ……。…シザキも、気をつけてくれ…」
「ああ、分かったよ」

一通りの資料を確認し終わると、元通りに紙袋とリュックにつめる。

「じゃあこれ、戻しておいてくれ」
『了解です!』
「あー、あと今度事務所の掃除するから、覚えておいてくれな」
『了か……ん?長久、もう退院できるのかい?』
「ああ。今すぐじゃないけど、早けりゃ明日にでも。気絶してただけだし、目立った後遺症とかもないんでね」
「それはよかった。おめでとう」
「ああ、サンキューな」


復活への道筋


『元気になったら、京姉さんたちにも報告しないとね!』
「ああ…助けてくれたのあの人たちだっけ。…お礼、しないとな」

920十字メシア:2013/08/16(金) 05:28:54
「……はあ?」
「だから! ハルキに惚れた理由教えてって言ってるの!!」

ヘッドフォンから流れるラジオを聞き流し、漫画を読むあたしの前で、スイネがキラキラした目で言った。

「だって二人は恋人でしょ?」
「そ、そうだけどさあ……つか、何でそんなこと聞くの」
「気になるからに決まってるじゃない! 全部言うのよ、さあ!!」
「はああああ!?」

いやいやいやいや。
ふざけんな……マジでふざけんな!!
この手の! 話はすげえ!! 苦手なんだよ!!!

「あら、どうして?」
「恥ずかしいからに決まってんだろアホ!!」

顔真っ赤で反論すると、右辺りから笑い声が。
この声は……お前かトキコ!

「ホタルさんって、意外とシャイだよねー」
「うっ、五月蝿い五月蝿い!!」
「変なところでねぇ〜。リア充の癖にぃ」

だああああああ華燐まで混ざってくるなあああああ!!!!

「そんな、天を仰ぐようなポーズしなくても……」
「するわ!!!」
「まあまあ。で、どっちが告白したの?」
「聞けよコラ」
「いいじゃない別にぃ〜。アタシにも聞かせてよぉ」
「はいはーい! 私も私も!」
「囲むな! 聞き出すな! やめろぉお!!」

ホント勘弁してくれ!
そんな、頭爆発しそうな、甘酸っぱい乙女な話なんかやってられっか!!

「今の蛍も十分、乙女だけどぉ」
「そっ、そんなこと――」
『お〜ね〜が〜い〜』
「ああもうハモるな! 鬱陶しい!! 分かった、分かったよ!」
「おっ? という事は?」
「言うよ! 言えばいいんだろ! はあ…………えーと――」


* * *

14になった年の夏。
あたしは、ハルキと一緒に縁日に来ていた。
たくさんの人だかりと、夜店の仄かな明かりが、祭りの雰囲気を作っている。
店も「たこ焼き」、「わたあめ」、「金魚すくい」、「射的」と、種類はとっても多い。
弟の面倒を見る姉のように、ハルキと手を繋ぐあたしは辺りを見渡した。

「どこ行く?」
「うーん……とりあえず、お腹へった」
「それじゃあ、何か食べ物買うか! どれにしよっかな〜……」

寄る屋台に悩んでいた時、あたしの目は『ある物』に吸い寄せられた。
それは――。

(光る剣だ……カッコイイ……!)

中学二年にもなって、こんな子供臭い物に惹かれるなんて、って思うけど……。
やっぱり、こういう武器モノに弱いんだよなあ、あたし。

「蛍?」
「ふえっ」
「どうしたの?」
「あ、ああ! あのさ――」
「ねえ! アレ可愛くない?」
「!」

この声は……まさか……。

「ホントだ! 可愛い〜」
「どれにしようかなあ」

やっぱり……。
ここから離れた屋台で、同じクラスの女子達が、キーホルダーやストラップを見てはしゃいでいる。
どれも女の子が好むような、可愛いものばかり。

(……やっぱり、あたしって変かなあ……)

同じクラスの女子達は大抵、恋愛やファッションの話だとか、手芸やお菓子作りだとか、如何にも女子らしい趣味や会話。
それに引き換え、あたしは少年漫画や武器関連の本を読み、趣味は武器の手入れと製作、収集と女らしさの欠片もない。
そのせいで話しかけづらくて、クラスの友人があまりいないんだよな……。

「? 蛍?」
「あっ……な、何でもない! えっと、たこ焼き食べよう! たこ焼き!」

剣の玩具買ってるところ……それを持って喜んでる顔、正直見られたくない。
不思議そうなハルキの手を強引に取って、たこ焼きの屋台に行った。

921十字メシア:2013/08/16(金) 05:30:23


「お祭り、楽しいー」
「ね! ちょうど花火上がる頃だし、疲れたからどっかに座ろ」
「うん」

座れそうな場所を探す。
けど、どこもいっぱいで中々見つからない。
するとハルキが。

「見つけた」
「え、どこ?」
「あそこ」

指を差す方向には鳥居の階段。
意外なことに、人一人いない。
木陰であまり目立たないせいか?

「見晴らしも問題なさそうだし、いいな。あそこで見ようか!」
「花火、見たことないから、楽しみ」
「あ、そういやそうだっけ……きっと気に入ると思うよ」
「わーい」

一番上まで上り、冷たい石段に腰かける。
まだ花火が咲かない夜空を見上げつつ、かき氷を食べ始めた(因みにソーダ味)。
ハルキはりんご飴を食べる……と思いきや。

「あ」
「むー?」
「寄るの、忘れるとこだった」
「え、どこよ」
「ちょっと待ってて」
「あ……」

何も言わずに降りてった。

「……まあ、いいか」

黙々とかき氷を食べる。
たまに空を見上げて、後の事を考えた。
半分ぐらい食べ終わったところで、空が光ったのに気付く。
花火の打ち上げが始まったんだ。

「まだかな、ハルキ……」

愚痴を溢すと、下から足音が聞こえてきた。
もしや、と思い見ると、見慣れた水色の髪が。

「はあ、はあ、はあ……」
「遅いよ。もう花火始まってるってのに」
「ごめん。ここから結構、離れてて……」
「……ったく。で、何買った?」
「えっと、蛍へのプレゼント」
「へ? ……あたしに?」
「うん。はい」
「…………」

あたしは、驚きのあまり何も言えなかった。
だって、ハルキが買ってきたコレって……。

「剣の……玩具……」
「蛍、凄く欲しそうに、見てたから」
「……あ」

バレてたのか。
……何か、恥ずかしい。

「つか、わざわざ自分の分で、買わなくても良かったのに……」
「じゃあ、何で蛍は買わなかったの? 欲しいなら、買えばいいのに」
「………………中学生なのに、こんな小さい子が欲しがるような玩具、買うなんておかしいし……それにあたし、こういう物ばっか好きで、全然女の子らしくなくて、変わってるだろ……?」

小学生の頃はあまり気にしてなかったけど、中学校に通いだしてからというものの。
周りの女子を見て、男子みたいな嗜好の自分が恥ずかしくて、でも変えれなくて。
正直、辛い。

「むー……よく分かんないけど、ぼく、蛍のそういうところ、良いなって、思ってるよ?」
「……え」
「ぼくの知ってる蛍は、強くて、カッコよくて、頼もしくて、物知りで、優しくて、ちっとも変なんかじゃないよ。だから、落ち込まないで」
「…………」

何だか、胸がざわざわし出すと同時に、ほっとしてくる。
けど、最後の長所、寧ろそっちじゃん。
あんたの方が、優しい奴だよ。

922十字メシア:2013/08/16(金) 05:32:07

「……プレゼント、嬉しくなかった?」
「……いや。嬉しい、凄く! ありがと!」
「ホント? ……良かった!」

柔らかくて、優しい笑顔が花火の光に照らされながら、目に飛び込む。
気のせいか、胸のざわつきが速まった。

「ぼくもね、蛍が喜んでくれると嬉しいんだ。蛍は自分のこと、女の子らしくないって言うけど、蛍の笑った顔凄く可愛いよ」

そう言われた途端。
高鳴った胸に、色んなものが混ざった何かが溢れだしそうになった。
……? 何だろ、今の。

「蛍? 顔赤いけど、大丈夫?」
「……へっ!?」

口から裏返った声が出た。
いや、待て、何で裏返った?
というか、顔赤いって……。

「……ホントだ」

頬を触ってみると、火照ってるのが分かる。

「熱あるの?」
「?!」

ハルキの手のひらが、あたしの額に触れた、瞬間。
心臓が、一気に跳ね上がったような感覚。
更に頬が火照ってきて、頭の中がぐるぐる、ごちゃごちゃ。
反射的に、ハルキの手をのけてしまった。

「ななななな何してんの…!?」
「え、叔母さんがやってたみたいに、熱あるかどうか……」

た、正しいんだけどさ…!
いきなり触れるとか…………アレ、ちょっと待てよ?
昔だって手繋いだり、寄りかかって昼寝してたのに、何で今恥ずかしいんだ?
何回も言ったけど、男子みたいなあたしに、乙女な恥じらいは無い。
何で? 何で? 何で?
……あああああ訳分かんねえ!!

「ねえ、大丈夫なの? 風邪、引いてない?」
「へっ!? ……あ、い、いや大丈夫、大丈夫! 熱いから火照っちゃったんだよ、きっと! あははは」

よくわからない感情を抑えるように、笑って誤魔化す。
あたしってば、変なの。

「そっか。じゃあ、また回ろ」
「おうよ!」

と、意気込んだが。
その後しばらく、変な気持ちに振り回されてるのか、ハルキの顔を中々まともに見れなかった。

* * *


「それが、惚れたきっかけ?」
「…………」
「おお。ホタルさん、茹でタコみたいに真っ赤」
「当たり前だっつの〜……! もう、恥ずかしい……!」
「それで、告白までの経緯は?」
「まだ聞くのかよ?!」
「当たり前でしょ!」

いやもういいって!!
羞恥心で死ぬから!!
これ以上はもたない――そう判断したあたしは、逃げるように教室を飛び出した。
嗚呼……どーにかしてくれぇ……。


夏の縁日、恋の花火




サトさんから「スイネ」、しらにゅいさんから「トキコ」お借りしました!
蛍の恋の話はまだ続きます。

923思兼:2013/08/19(月) 00:58:48
久々に自キャラのみです。


【憧憬エクセンサス】


―第11話、人間に惚れた妖怪―


静葉に家、つまり巴邸には静葉以外の家人は『存在しない』

その理由は基本誰も知らず、シリウス団のメンバーも教えられていない。

その上、家賃や生活費は一体どこから出ているのか?いつも小奇麗過ぎるのはなぜか?
と言った具合に、ある種の不気味さを孕んでいる。

しかし、静葉はこの無駄に広い屋敷を団の為の施設として開放しており、静葉の言う『集会場』
とはこの屋敷のことで、団員全員が合鍵を持っており自由に活用している。


そして、静葉の家に静葉の他に家人が誰もいない理由を知らされていない団員でも、知っている
ある秘密が、この屋敷には存在する。



「…太陽は、苦手だ。」

それは巴邸の二階、南側の大きな個室にいる。

中世風の装飾と調度品に囲まれ、天蓋付のベッドで目を擦りながら呟く少年。

金色に輝く髪は軽くウェーブがかりながら背中あたりまで伸びており、その顔つきと相まって
むしろお姫様のような印象を与える。

唯一現代風のパジャマから見える肌は白磁のように血の気が無く、死人にも見える。


そして、一番目を惹くのはその両目で、深紅に輝くそれはまるで極上のルビーで成見のそれ…つまり
アルビノとは違う実在感のある紅だった。

口元からは特に見せようとしていないにも関わらず長い犬歯が見えており、どこか普通ではない印象を与える。



「おはよう、ニコ。相変わらず朝早いんだな。」

少年がベッドの上で伸びをした時、静葉が扉を開けて部屋に入ってきた。

その手には淹れたての紅茶がある。

「おはよう静葉、ありがと。まぁ、本来まかりなりにも吸血鬼…しかも真祖の末裔の僕が
朝日と共に起きるのも、どうかとおもうのだけど。」

「いいじゃないか、早起きは得をするぞ?」

紅茶を受け取りながら言う少年ニコに静葉はそんなことを言う。

924思兼:2013/08/19(月) 01:00:12


そう、この少年が団の秘密だった。

ニコラス=アルケロス・ノワールド・マキュロ

この長い名前が少年の本名で、ニコとは愛称だ。

その正体は人間では無くヴァンパイアと言う存在…昔から人間の恐怖の的であり、長い間その存在は
幻想だと思われていた化け物だ。

しかもニコはヴァンパイアの中でも「マキュロ氏族」と言う真祖の血脈、つまり開祖に連なる一族の末裔である。

先程から太陽を浴び続けているにも関わらず伝承のように灰にならないのは、これが要因であり
ニコも含めたマキュロの真祖には聖水と心臓への銀杭以外は通用しない。

もっともニコが最後のマキュロ氏族の生き残りである為、実質ニコだけの特徴であるが。



この社会で吸血鬼と正体をばらすわけにもいかずニコはその正体を伏せており、その真実を
知る者はシリウスの団員だけだった。

「今日で9日目になるが、身体は大丈夫か?」

「うん、14日間くらいまでなら大丈夫かな。
それ以降は、僕の理性がもつかどうかはわからないけど。」

「すまない…最近医療機関の警備がいきなり厳しくなってな。
亮や影士がいま侵入ルートを構築しているのだが。」

「気にしないで、静葉やあいつらは悪くない。」


今、ニコには危機が迫っていた。

ヴァンパイアである以上、彼も血を飲まねば生きていけない。

不死者ヴァンパイアの中でも特に異常な不死性を持つ真祖のニコでも克服できていない弱点だ。

今までは影士や亮がその力を使って輸血パックを医療機関から盗んでいたのだが、最近それらの警備が
いきなり厳重になり、盗めない状況にある。

建物自体のセキュリテイはおろか、保管されている棚に電子ロックと錠前の二つが付けられ、
さらに三方向から監視カメラで監視されている。

亮ではカメラを回避できるが棚のロックを外せず、影士は輸血パックを取り出せてもカメラに映ってしまうのだ。

925思兼:2013/08/19(月) 01:02:07

そして、もう今日で9日間彼は血を飲んでいない。

最悪、静葉たちが提供することも考えられるが、それでは一時しのぎにしからならず、素人の静葉たちが
採血するのはリスクが高い。

しかも、ニコは基本的に人間から直接血を吸わないことにしている。

例外は凶悪犯のような人間だけであり、それ以外からは絶対血を吸わないと静葉に言っているのだ。


彼は普通に振る舞っているつもりだが、外出もせず寝ていることも多くなってきた為、あまり余裕が無い。

最悪理性を失い暴走することも考えられ、そうなればおしまいだろう。




「ああ、早く人間になりたいなぁ…僕も、静葉と一緒に普通の人間として生きたい。」

「ああ、それが俺たちの目的だからな。
超能力を捨てて、普通の人間になる、と。」



ニコにとっては普通になることの先に目的があった。

ニコは静葉が大好きだったからだ。

偶然のある出会いからひそかな好意を寄せるものの、現状二人の種族の壁は高すぎる。

これではその先に待つのは寿命差や体質の違いからの悲恋だけだろう。


人間になり、胸に秘めた思いを伝えることこそ、ニコの望みだった。


「(でも、あなたはそんな僕の思いを知らない。)」


少年は削りゆく己の命より、そのもどかしさでいっぱいだった。


<To be continued>

926思兼:2013/08/19(月) 01:41:29
もう一つ投下します。


【成見の追憶視】


―第×話、幻視する話―



遥は俺の親友だった。

思えば記憶の中のアイツはあの時からずっと笑っていたんだっけか。

まるで大人の、それこそ母親のそれみたいな微笑み。

歳にしちゃあまりにも不自然で、違和感を感じるほどアイツは大人びていた。


実際そう思ったのは俺だけでは無かったらしく、周囲からは「良くできた子」「優しい子」
「苦労のかからない子」とか言われていた。

しかも、それは作られたような性格じゃなくて本心からのものだったらしい。

俺の眼はそういったのも『視える』から、それがウソだったり、作られた性格だったら
すぐにわかってしまう。


でも、そうじゃなかった。

アイツは元々そういう奴だった。


確か一度、直接『どうしていつも微笑んでいるのか』って聞いたことがあったはず。

その時、遥の奴は『悲しい顔を見てると、悲しくなっちゃうでしょ?だからせめて私だけは
いつも笑顔で、誰も悲しまないようにしたいの。それができなくても、私が笑っていたら、安心して泣ける
人ができると思うし』なんて言ってたな。

余りにも自虐的な献身性じゃないのか?

遥はいつも誰かの為ばっかで自分の為なんて言葉が無かった。

俺と一緒になってからはずっと俺の為にばかりだった。

それすらも『私は私にできること、私がしたいことをやってるだけだよ』って言うだけだった。

勿論、一切の迷いも偽りも無く。


最期、自殺する時までその意志は変わらず、俺の目でも変化を悟ることは出来なかった。

微笑みを浮かべた遥かの遺体を視て、その経緯を視るまでは。


いじめの事実も、破綻しかけていた遥の心も、俺は知らなかった。

理由は簡単…遥が視させなかったからだ。

全部あの笑顔げ上からそういったのを塗り潰して、そういった像ぼやけさせてしまっていたから。

何でそれができたのかすら、俺には分からない。

その理由すら、笑顔が隠してしまっていたのだから。



『成見君、どうしたの?』

「…なぁ、遥はどうして俺の眼を欺けるんだ?」

『さぁ?どうしてかな?』


答えは、残滓に尋ねてもあの日と変わらなかった。



<To be continued>

927akiyakan:2013/08/23(金) 19:31:32
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 バイコーンヘッドを装着したアッシュが、突撃銃を乱射しながら走っていく。それに追従する様に、バレットシステムタイプのリバイアサンが三機続いて行く。

「バレット1、状況を報告してください!」
『こちらバレット1! 現在、敵の昆虫型生物兵器の群れと交戦中! 右も左も蟲だらけだ!』
「場所はどこです!?」
『ここから敵の本拠地が見える! 距離にして100メートル位!』
「了解! バレットチームは現状を維持してください!」
『了解(ラジャー)!!』

 バレット1=アッシュとの通信を切り、サヨリは別のチームへと通信を入れる。

「こちらHQ! ドグマ1、聞こえますか!?」
『聞こえてるよ!』

 通信機から聞こえてきたリキの声は、若干苛立っているようだった。

『何て数の蟲だ! 潰しても潰しても、キリがねぇ!』
『ああ、もう気色悪いったらないよ、もうー!!』
『嫌あぁぁぁ、来ないでえぇぇぇぇぇぇ!!』

 ドグマチーム=ドグマレンジャーは、こちらはこちらで苦戦しているようだった。雑音も酷いが、レンコの悪態とブランの悲鳴が通信機から聞こえて来る。

『HQ、こちらドグマ4。火炎放射器を使用しては駄目ですか?』
「HQよりドグマ4。火炎放射器の使用許可は出せません。と言うか魎、それは作戦前に伝えた筈ですが」
『聞いてみただけですよ、ジングウ……覚悟はしていましたが、流石にこれはキツイ……!』

 確かに、群れで押し寄せてくる蟲の大群に、火炎放射器は有効的だろう。しかし、使えない。周囲を木々に覆われた山林でそんなモノを使用すれば、あっと言う間に周囲は火の海となるだろう。そんな騒ぎになってしまったら、ムカイを倒すどころではない。逃げ足の速いあの男は、姿を眩ましてしまうだろう。

「この布陣、確実に自分の弱点を理解してますね、向こう」
「将棋と同じです。自分の持ち駒・総戦力を把握し、それぞれの特色を生かしつつ、またそれぞれが持つ短所を補った運用をする。それが『用兵』と言うものですよ」

928akiyakan:2013/08/23(金) 19:32:18
 目の前の画面から一切目を離さずに、ジングウが答える。サヨリに対して説明しつつも、その集中力の大部分は目の前の戦況把握へと注がれている。

「こちらHQ。ビースト1、そちらはどうですか?」
『こちらビースト1。俺達は快適だよ、ミューデの坊主のおかげでな』

 ビーストチーム=ロイドをリーダーとした混成チームは、蟲による足止めを受けていなかった。

 チームの戦闘を歩くのはミューデ。その周囲は、霜が降りていた。息が白くなる程の冷気であり、襲い掛かってくる蟲達の動きは鈍く、中には飛び掛かる前に活動を停止した物もいる。彼らの周囲だけが、真冬に逆戻りしたような光景だ。

『やるじゃねぇか、ミュー坊。蟲が次々シャーベットになってくぜ』
『む、蟲のシャーベットって……美味しく無さそう』
『そっかぁ? 案外美味そうじゃね?』
『そら、お前はグリフォンだからな』

 イマの返事に、ロイドが冷静に突っ込む。蟲の対処に悲鳴を上げている他と比べ、彼らにはかなりの余裕がありそうだ。

『HQよりビースト1。これより、廃墟内へ突入する』
「気を付けて下さい。ムカイが開発したバイオアーマーは、こちらのバイオドレス以上の機動力を備えているようです。最悪、気が付いたら死んでいた、なんて事も有り得ます」
『そうならないようにする為に、突入チームに俺達改造人間を選んだんだろ?』

 自信に満ちたロイドの声が、通信機から聞こえて来る。ややあって、扉を蹴破るような音が聞こえて来た。

『――無粋だな、人様の家に土足で上がるなど』
『――ッ!!』

 通信機越しに、その声が聞こえた。

 忘れもしない、忘れるものか。

 ロイド達が息を呑むのが聞こえる。コンソールの前で、サヨリが何かを堪えるように唇を噛んでいる。

 現れた。現れたのだ。彼らの怨敵が。

『ムカイ・コクジュ……』
『品の無い。こんな夜中に、アポも無く押しかけてくるなど。ホウオウグループの品位を疑いますね』
「負け犬風情にかける礼節など無い」
『ぬ……っ!!』

 マイクを掴みジングウが切り返すと、俄かにムカイの声に怒気が宿った。しかしそうなったのは一瞬の事であり、すぐさまムカイは冷静さを取り戻す。

『……ふ、負け犬と言うのは貴方もでしょう、ジングウ? 密かに用意したクローンボディに乗り換えて、意気揚々とホウオウグループに離反してみれば、結局眷属に出戻りとは何ですか、貴方のザマは? 本当に滑稽ですよ、私なら恥ずかしくて死んでしまう』
「…………」
『聞こえているんだろう、ジングウ? 見栄っ張りで、自己顕示欲豊富な、目立ちたがり屋の道化(ピエロ)君? 言いたい事があるなら君らしく、現場まで出て来たらどうなんだね?』

 ちら、とサヨリは隣にいるジングウの表情を盗み見る。それを見て知らず、彼女の口元には笑みが浮かんでいた。おそらくは、現場にいるロイド達も、そして通信を聞いているであろう、他の千年王国の所属者達も、皆が同じ事を思っていただろう。

 何を――分かり切った事を言っているのだ、この男は?

「――ムカイ・コクジュ。お前は、車から降りてわざわざ石を拾うのか?」
『何?』
「お前は、自分が進む進路上に石ころが「立ち塞がっていた」時、わざわざ拾って自分の道から退けるのか、と聞いている」
『な……』
「蹴飛ばせば済むモノを、撥ね飛ばせば済むモノを、そもそも踏み越えれば済むモノに対し、一々そんな無駄を重ねているのか、お前は?」
『き……さま……』
「そんなんだから、ホウオウグループに「すら」入れないんだよ、お前は」
『――貴様ッ!!』

 流石のムカイも、今回は冷静さが保てなかったようだ。一度引いた熱波が、先程よりも勢いを増して燃え上がる。

929akiyakan:2013/08/23(金) 19:32:48
「そもそも通過点でしかないお前など、私がわざわざ出向くまでも無く、部下の力だけで十分なんだよ。まぁ、それでも気を悪くしないでくれ。そこにいる我が同胞達は、ホウオウグループでも指折りの精鋭達だ。必ずや、お前を駆逐し、踏み潰してくれる事請け合いだろう」
『ジングウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!』

 ムカイが吠える。それと同時に、「かかかかっ!」と言うロイドの笑い声が通信機から聞こえて来た。いや、ロイドだけではない。彼と一緒にいるイマも大笑いしていた。

『言うじゃねぇか大将! 胸がスッとしたぜ』
『ああ、そうだ。任されたぜ、頭。絶対にこいつは俺達がぶっ潰す!』



 ≪『失われた工房』VS『千年王国』≫



 ――to be Conthinued

※十字メシアさんより「リキ」、「魎」、「レンコ」、「ブラン」、紅麗さんより「ミューデ」、鶯色さんより「イマ」をお借りしました。自キャラからは「AS2」、「サヨリ(企画キャラ)」、「ジングウ」、「ロイド」、「ムカイ・コクジュ」です。

930akiyakan:2013/08/23(金) 19:34:25
「許さんぞ、ジングウ―――ッ!!!!」
『!? 戦闘領域に内、無数の熱源が出現しています! 気を付けて下さい!』
「了解!」

 サヨリの警告に応えた瞬間、ロイド達の足元が、否、彼らがいる廃墟が爆発した。

「つぅ――ッ!!」

 ミューデの身体を庇いながら、その爆発に巻き込まれないよう、ロイドは廃墟から転がり出ていた。その隣を、ほぼ同じタイミングで飛び出したイマの身体も滑っていく。すぐさま体勢を立て直すと、ミューデを支えながら、ロイドは廃墟の方へと視線を向けた。

「……おいおい、何だ、その悪趣味なのは」

 一瞬、自分の身体が小さくなったのだと錯覚してしまった。

 砕け散った廃墟の中から現れたのは、巨大な蟲だった。サソリ、クモ、カマキリ、クワガタムシ、ミミズ。それぞれがそのままスケールアップし、更に子供の落書きみたいに余計なモノが追加されている。例えば、サソリは元々以上に全身に鋭利な突起を備え、まるで全身で何十本もの槍を構えているようであったし、ミミズに至っては、元々柔らかくぬめりのある柔肌に覆われている筈なのに、黒光りする装甲に全身を覆っており、口に当たる部分には鋸みたいな歯が備わっていて原型を留めてすらいない。

「覚悟しろ、ジングウ……千年王国、ホウオウグループ!」

 サソリの背中に、ムカイの姿があった。自分の頭からターバンを剥ぎ取り、ボサボサの髪を剥き出しにしている。その瞳がレンズの向こうで、怒りと歓喜で爛々と燃えているのがロイドには見えた。

「私の自信作、大型昆虫生物兵器の実験台にしてくれる! 行け! 私の可愛い作品達よ!」

 ムカイの号令に従い、五匹の巨蟲達が襲い掛かる。

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 アッシュ達のチームを、足元から大ミミズが襲い掛かる。

「ぐあっ!? な、何だこいつは!?」
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「で、でかっ!?」

 ドグマチルドレンに、大クワガタムシが飛び掛かる。

「うわ、こっちにも来た!?」

 ロイド達に向かって来たのは、大サソリだった。毒槍の備わった尾を振り回し、鉄板でも真っ二つに出来そうな両腕の鋏を打ち鳴らしながら躍りかかってくる。

「ちっ……」

 応戦しながら、ロイドは舌打ちをした。この反撃で、ムカイの姿を見失ってしまっていた。匂いで追尾しようにも、彼らが潰した蟲の体液の臭いが強過ぎて、それも敵わない。

931akiyakan:2013/08/23(金) 19:34:57
「おい、残りの二匹はどこへ行った!?」
「クモはクルデーレさん達のところへ。カマキリはパラボッカさん達のところへ行ったみたいです!」
「ちぃ……」

 最悪だ、と悪態をつきそうになるのをロイドは堪える。これはまだ、予想の範疇内だ。ムカイが大型の生物兵器を持ち出してくるのは、まだ計画内。



『覚悟しておいてください、皆さん。おそらくムカイは、我々の襲撃に際して虎の子である大型の昆虫兵器を使う筈です。それらの戦闘能力は、我々ホウオウグループの機械兵器に勝るとも劣らない戦闘能力を有している……絶対に、一人で立ち向かうような真似はしないでください』



 巨蟲は厄介。そう、事前に伝えられていたのだ。いざその姿を目の当たりにしたからと言って、それに圧倒されている場合ではない。

「やるぞミュー坊、イマ!」
「了解!」
「あいよっ!」

 愛用の仮面を被り直しながら、ロイドが叫ぶ。それに対し、後ろで二人が力強く応えた。

 振り下ろされるサソリの鋏をかわしながら、取り囲むように包囲し、一斉に各々の攻撃を当てる。しかし、有効打にはならない。分厚い外殻はイマが吐き出す火炎弾を防ぎ、ミューデの高温も低温も寄せ付けていない。

「ちっ、ニードルも駄目か」

 弾かれる弾丸の上げる火花に、ロイドは眉を顰める。すぐさまニードルガンの機械腕を外すと、巨大な爪の備わった新しい機械腕に換装した。

「だったら、こいつならどうだ!」

 ヴン、と言う駆動音の直後、ロイドの右腕は小刻みにブレ始めた。暗闇の中、残像を伴いながらそれは震え続ける。

「そらあっ!!」

 自分に向かって突き出された鋏をかわし、ロイドはサソリの腕目掛けて右腕を振り下ろした。
 たった一撃。しかしその一撃は、それまでの事が嘘であるかのように、易々とサソリの左腕を切り落とした。
 超振動と単分子。チェーンソーの破壊力と、日本刀の鋭さを組み合わせた結果だ。頑強なサソリの装甲でこれなのだ。まさにそれは、人間をバラバラに切り刻む人食い虎の一撃だった。

932akiyakan:2013/08/23(金) 19:35:35
「効いた!」
「俺に続け、二人とも!」

 ロイドが駆け、右腕を振る。サソリの装甲は裂け、爆ぜ、ズタズタに引き裂かれていく。
 苦痛に悶えるようにサソリは残った右腕を出鱈目に突出し、毒液を撒き散らしながら尾を振り回す。しかし、当たらない。獣の速さで、或いはそれ以上の魔獣の速さで動くロイドを、捉える事が出来ない。

「くらえぇい!!」
「それっ!」

 ロイドに傷付けられた場所を狙い、イマとミューデの攻撃が炸裂する。装甲に入れられた亀裂を起点にして、二人の攻撃が確実にサソリを追い詰めていた。

「バレット2、バレット3! フォーメーションを整えて!」
『了解』

 奇襲を受けたアッシュ達も、体勢を立て直して反撃に移っていた。地中を縦横無尽に移動するミミズに対して、チームワークを活かした連携攻撃によって対抗している。

「おい魎! そのデカブツの動きを止めるのは任せたぜ!」
「ああ。そっちもしくじるなよ?」
「はっ、言ってろ!」
「リキに続くよ、ブラン!」
「うんっ!」

 チームワークならば彼らも負けていない。四人を押し潰そうと迫るクワガタムシを、魎の下半身に備わった万力の様な腕がその顎を抑え込む。クワガタムシの膂力はそれを引きはがそうとするが、機械仕掛けの下半身はモーターを唸らせ、六本の足で地に根を張り、二本の剛腕によって怪物の身体を封じ込めている。

 そうして出来た相手の隙を、三人は見逃さない。リキのジェットハンマーがクワガタムシの頑強な装甲を食い破り、その場所へ続けてレンコとブランの攻撃が炸裂する。

 巨蟲達は強敵だ。だが、決して勝てない相手ではない。

 我らはホウオウグループ。我らは千年王国。

 鳳凰の眷属たる我らを、虫けらごときで阻めるとでも思ったか――!!

『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』

 すべての武器を失ったサソリが、地面に崩れ落ちた。
 ミミズの巨体が地面から引き摺り出され、晒し者になった。
 クワガタムシは自慢の大あごを、その身もろとも打ち砕かれた。
 八つの足を折られ、クモは全身を引き裂かれて果てていた。
 カマキリはその両腕で何者の命を奪う事もなく、力尽きていた。

「は……倒せたか」

 周囲を見渡し、一息つくようにロイドは息を吐いた。

 五匹の強敵を相手に、しかし千年王国の人員は健在。誰一人として欠けてはいない。それはもう、これ以上の犠牲は出さないと言う彼らの気迫のようにも感じられた。

933akiyakan:2013/08/23(金) 19:36:16
「流石ですね。いくら巨大であるとは言え、蟲で不死鳥は倒せませんか」
『!?』

 全員が一斉に、声のした方を向く。そこに、木の枝に腰掛けて座っているムカイの姿があった。

 さっきまで激昂していた人間と同一人物とは思えない程、彼の様子は落ち着きを取り戻している。否、それを言うならむしろ『余裕』か。虎の子である筈の巨蟲をすべて倒されてしまったと言うのに、彼の表情には全く焦りの色は無かった。

「……大した余裕だな。てっきりもう、逃げたものだと思ったが……」
「大事な生物兵器の実戦投入ですから、ちゃんと観察しておきたかったんですよ」
「そうかい。だがな、生憎と失敗だったみたいだぜ? おたくの自慢の蟲達は、みんな俺達に負けちまった」

 「次はお前の番だ」。ロイドが右腕の爪を突きつける。しかし、ムカイの顔には余裕の笑みが浮かんでいた。

「ええ、そうですね。蟲では不死鳥に敵わない……だったら、もっと強力な生き物になればいい」
「何?」

 ロイドが首を傾げるのと、異変が起きるのは同時だった。彼のすぐ傍で、倒れて動かなくなった筈のサソリが起き上がったのだ。

「何!?」
「そんな、止めを刺した筈なのに!?」

 サソリだけではなかった。他のチームが倒した蟲達も、同様に再び動き出していた。眼を赤く輝かせ、傷口から体液が零れるのも構わないかのように、巨大な蟲達が立ち上がる。

「何をする気だ、ムカイ・コクジュ!?」
「くくくくく……」

 ロイドの言葉にムカイは答えない。ただ、不気味に哄笑を漏らすばかりだ。

「まぁ、黙って見ていろよ。面白い物が見られるぞ」

 サソリが、ミミズが、クワガタムシが、クモが、カマキリが。
 生ける屍と化したそれらが、お互いに一カ所へと集合していく。
 そして、目も背けたくなるような光景が始まった。

「こいつら……」
「融合……している……!?」

 バキリバキリと、骨の砕けるような音が鳴る。
 グチャリグチャリと、肉の弾ける音が聞こえる。

 一カ所に集まった蟲は、お互いを喰らい合い始めた。互いの肉と肉と合わせ、そこから癒着していく。まるで粘土細工の様に、五体の身体が混ざり合い、融け、捏ね、砕け、一つの形を造っていく。

 そして誕生したのは、この世のものとは思えない醜悪な怪物だった。

934akiyakan:2013/08/23(金) 19:37:09
「■■■■――――ッッッッ!!!!」

 大気を震わせ、怪物が吠える。もはやそれは、「蟲」などと言う言葉など不適当と思えるまでの異形。例え神でも、ここまで悪趣味な生命体は産み落としたりしないだろう。

 凶眼、凶面。頭部のベースとなっているのは蜘蛛であろうか、八つの眼が赤く光っている。胴体部分からはクワガタムシの顎が飛び出し、その両腕からはカマキリの刃が伸びている。腹にあたる場所からは八本の足が生えており、そこからおそらくミミズのものであろう長い胴体が、まるで大蛇のように伸びている。

「さぁ、第二ステージの開幕です!」

 ムカイが眼鏡を押し上げながら、芝居がかった調子で言う。それに従うように、合体した魔蟲は再び咆哮した。

「みんな気を付けろ――来るぞ!」

 ロイドの号令で全員が身構えるのと、怪物がこちらに向かって来るのはほぼ同時だった。



 ≪蠱毒の皿の上で・前編≫



(そこは戦場と言う名の皿)

(生き残れるのは、)

(もっとも優れた者だけである)

 ――to be Conthinued

※※十字メシアさんより「リキ」、「魎」、「レンコ」、「ブラン」、紅麗さんより「ミューデ」、鶯色さんより「イマ」をお借りしました。自キャラからは「AS2」、「ロイド」、「ムカイ・コクジュ」です。

935十字メシア:2013/08/25(日) 19:43:38
蛍の恋の話、その2。


縁日でハルキに励まされ、思い切って他の女子に話しかけて以来、クラスの友達が増えていった。
どうやら、一人が好きな奴だと思われてたようで、中々声をかけづらかったという。
どっちもどっち、だったのか……。
ついでにその訳も話すと(武器収集の趣味だけはやめといた)、別に変じゃないし大丈夫だと言ってくれた。
悩んでたのがアホらしい……良い人達だ……!

けど、良い事だけでなく、良くない事も舞い込んできた。
あの夜以来というもの――。

「蛍ー」
「はえっ!?」
「見て見て、凄い綺麗なカード、当たったんだー! 良いでしょ?」
「あ……え……」
「? 蛍?」
「ああ、うん、うん! 良かったな!」
「えへへー」

ハルキを見る度に、胸が高鳴るようになった。


「大好き」


「と……ところで、何枚集まった?」
「えーと、100枚はいったかなー」
「はあー……随分と買ったね……」

まあ、ハルキのカード収集を始めたきっかけは、あたしなんだけど。
今はあまりやってないけど、かつてあたしはカードゲームにハマっていた。
自分で言うのもなんだけど、全国大会で毎年連続優勝してた強者だ。
だがその栄光も、興味を持ったハルキに教えた事で、終わりを告げる。

初心者のハルキに、ボロ負けされた。

こうして、あたしの連続優勝の記録は幕を閉じたのであった……。
いや、別に恨んじゃあいないけどさあ。
何? あの強さ……化けモン級だぞアレは。
それから、こいつはカードゲームにドハマりし、集めるタイプのカードにも手を出している。
なので、大抵のおやつはウェハースチョコ(カード入り)。

「だって、蛍が教えてくれたから。楽しいよ、ありがとう」
「……そ、そりゃ、どーも」
「? どうして、顔赤いの?」
「なっ、何でもない! ああ、ほら! もうチャイム鳴るから、教室に戻りなよ!」
「あ、ホントだ。じゃあ、またねー」

いつもの笑顔で、手を降って教室を出てった。
見慣れてる筈なのに、まともに顔を見れなくって、油断したら声が裏返りそうになる。
頬に手を当ててみたら、まだ熱い。
どうしたんだ? あたし……。

936十字メシア:2013/08/25(日) 19:44:11


昼休み。
仲良くなった数人の女子達と、一緒にご飯タイム。
ああ、この前まで相手がハルキだけだったのが信じられない……。
今は逆に、ハルキと食べるのに緊張しちゃう訳だけど。

「乃木鳩さんって、ショートにしないの?」
「んー……長いほうが好きだから」
「へえー、意外!」
「よく言われてたよー」
「でも長い髪、似合うよ」
「ホント?」
「うんうん! でもイメチェンして、ハルキ君……だっけ。ハート鷲掴みするのも手じゃないかな?」

……ん?
何でハルキが出てきた?
つかハート鷲掴みとは何だ?

「だって、好きなんでしょ? ハルキ君の事!」
「……………………え」

ええええええええええええ!!?
ちょっと……ちょっと待った!
どうしてそうなった!?
あたしが、あいつを好き、って……。

「だって、最近ハルキ君に対して、凄いぎこちなく接してなくない?」
「100%恋だよ! 恋!」
「あんなの、誰でも分かるよ〜」
「え、いや、あの、あたしとハルキは、ただの昔馴染みなだけで……」
「じゃあ、何でいつも顔赤くするの?」
「そ、それは……」

というか、あたしが恋だなんて、そんな乙女チックな事……絶・対有り得ない!!!

「恋は、誰に対しても平等に訪れるものだよ! ワトソン君!」
「誰がワトソンだ誰が」
「命短し恋せよ乙女!」
「あの、すいませんちょっと」
「頑張ってね乃木鳩さん!」
「聞けってぇえええ!」


疲れた……。
体育無い日なのに、いつも以上に何か疲れた……。

「蛍〜」
「あ……ハルキ……」
「どうしたの? 元気、無いよ?」
「……」
「?」

ヤバイ。ああ言われたせいで、余計意識してしまう……!
また顔赤くなるのだけは避けないと!

「は……早く帰るよ! ほら!」
「あ、うん。帰ろう」
「……」

少しは疑問に感じないのか、こいつ。
緊張ぎみで挙動不審なあたしの、この振る舞いを。
……マイペースな奴なのは分かってたことだし、今更か。

「あ、蛍。お祭りで買った剣、ぼくも触ってもいい?」
「い、いいけど……」
「ありがとー。ぼくも、カッコよくて好きだよ。アレ」
「……あの時は、ホントに……その、ありがとう」
「ううん。だって、”友達”には喜ぶ事をしてあげろって、教えてくれたのは、蛍なんだよ?」
「……」
「? どうしたの?」
「あんたには関係ないっ」
「え。……ご、ごめん」

”友達”……か。
まあ、色々鈍いし、そうだよな。
……こいつに、恋なんて理解できるのか?
伝えても、意味あるのか?
そう思うと、溜め息をつかずにいられなかった。

937十字メシア:2013/08/25(日) 19:48:03


―翌日―

「乃木鳩さん、おはよ」
「ん、おは」

教室で友人に挨拶をする。
内の一人が焦ってるような顔で、あたしに駆け寄って来た。

「乃木鳩さん! ちょっと宿題見せてくれる!?」
「宿題?」
「日本史のプリント! ハルキ君の告白手伝いますから!」
「ええええいいいいいいいらんから!! 見せるからしなくていいって!!!」
「おおっ、自分の力で道を切り開くとは……」
「ちっがーう!!!! 別に、告白とか……そんな、無理!!」
「え〜、何で?」

はっ、恥ずかしいし……どうせ、伝えたところで『友達として好き』〜なオチになるんだよ、あいつの場合!!

「じゃあ、このまま思い続けるだけでいいの?」
「う……」
「分かってくれなくても、伝えた方がいいと思うよ。私は」
「…………」
「あ、そろそろチャイム鳴る」
「えっ! の、乃木鳩さん! プリント!」
「あっ、ああ。はい」
「ありがと〜! 恩に着るよ!」


昼休みになった。
今日も、ハルキはあたしのクラスに来ている。
会話をする傍ら、友人に言われた事を何度も思い返した。
でもさ、伝わらなかったら、告白の意味無いんじゃあ……。

「蛍!」
「はひっ!?」
「聞いてる?」
「あー聞いてる聞いてる」
「ホント?」
「はいはいホントです」

全く、こっちの気も知らないで。

「それでね、カード交換したんだけど、そのカード、蛍みたいなんだー」
「あたし?」
「うん」

見せてもらうと、水色の鎧と絹の服を纏い、勇ましげに剣を振るう、綺麗な女の人が描かれていた。

「ほら。強くて、カッコよくて、可愛い蛍にピッタリ!」
「…………」
「蛍?」
「あ、いや、あの……ありがと」

顔を見られないように背けた。
こいつ……分かってて言ってんじゃね?
恥ずかしくて、もどかしくて、腹立たしくて。
こいつのせいで、自分の中で弱気なもう一人のあたしが、時々顔を出してくる。
こんな感情、一体どうしろって言うのさ?
ああ、いっそ無かった事に出来れば、楽になれるかもしれないのに!

938十字メシア:2013/08/25(日) 19:54:10


「…………」
「随分と静かねえ。どうしたの」
「……何も」

気持ちを口に出せず、あいつの頬を突っついて帰ってきた後。
あたしは何かするわけでもなく、居間で食卓にうつ伏せのまま、ぼーっとしていた。

「ま、恋煩いもほどほどにね」

はいはい。
………………うん?

「恋……煩い?」
「だって、この前、ハルキ君が家に来た時、様子おかしかったもの。誰でも分かるわよ」
「え、ちょ、嘘!? そんなに分かりやすい!? あたし!」
「うん」
「……」

ま、また顔が熱くなりそう……。

「……もう、気持ち悪い。抑えきれない」
「じゃあ、伝えたら?」
「……ムリ」
「あら、珍しく弱気ね」
「ハルキに言っても、無駄だよ。恋とか、分かんないって。きっと」

そしたら、叔母さんは穏やかに笑って言った。

「私なら、それでも伝えるわ」
「……何で?」
「無理矢理、気持ちに蓋して、苦しいままでいて、それで失恋になった時、後悔するよりマシだよ」
「……」
「ありったけの思いをぶつけて、すっきりした方がいいじゃない?」
「…………出せないんだ」
「ん?」
「勇気も、素直さも。口に出せないんだ」
「まあ……確かにそういうことも、あるわね」

「でも」と叔母さんは前置きして、

「そういうのは、自分からいかないと何も変わらないよ」
「…………」
「あら? 電話だわ。誰かしら」

裁縫道具と布を食卓に置き、叔母さんは電話に出た。
ふと時計を見てみると、いつの間にか8時30分過ぎになっている。

「はい、もしもし。……ああ、サキ。どうしたの? ……えっ、来てないけど…………ちょっと待って。蛍、ハルキ君と一緒に帰ったわよね?」
「え、今日は、用事があるとかで、あたし一人で先に帰ったけど……どうしたの?」
「ハルキ君が、まだ帰ってきてないみたいなの」
「!!!」

あいつ……一体どこに!?
もう夜更けてるんだぞ!?
…………くそ、嫌な予感、なんて考えたくもねえ!!

「探してくる!」
「えっ、ほ、蛍!?」

四の五の言わず、あたしは家を飛び出す。
当てなんて、無いけど。
それでも、いてもたってもいられない。
あいつに何かあったら――!

「ハルキ……! どこにいんだよ……!」

走ってる内に、涙が出てくる。
あたしは本当に、どこまで弱気になれば気が済むんだ。
このままずっと、素直な心を隠して、あまのじゃくな態度を取るつもりか?
ふざけんな。
そんなことしたって、この気持ちは消えない。

――いっそ無かった事に出来れば、楽になれるかもしれない

何であんな馬鹿なこと、思ったんだろう。
無くしたくなんかないよ。
この胸の高鳴りも、あんたも。
溢れそうな気持ちに、蓋するのはもうやめよう。
伝えなきゃ。分からなくても、報われなくても――。


「――蛍?」

939十字メシア:2013/08/25(日) 19:59:01


「!?」

後ろから、聞き慣れた声。
恐る恐る振り向くと、水色の髪に水色の左目。
そしてあの、赤い右目と、右腕。

「……ハルキ……」
「どうして、ここにいるの?」
「…………」
「? 蛍――」
「こ、のっ……ノー天気ヤロー!!」
「えっ」
「それはこっちのセリフだ!! こんな遅くまで、何してたんだよ!!!」
「ご、ごめん……中々、見つからなくて」
「はあ?」
「コレ……」

と、ハルキが鞄の中から箱を取り出して、あたしに渡した。

「何だよ、コレ」
「開けてみて」
「……」

まだ不機嫌な顔をしたまま、あたしは箱を開けた。
…………これって。

「……あたしが欲しかったヘッドフォン?」
「うん。この前、それ見て欲しいなーって言ってたの、覚えてたから」
「……じゃあ、これを探してずっと?」
「えへへ……そういや、サキやシュウスケに連絡するの、忘れてた」

…………ホント、あんたって奴は……。

「人に心配、させといて、理由聞いたら、プレゼント、探し、かよ…………」
「えっ……と……嬉しく、無かった?」
「……あんた、ねえ……」
「蛍……?」
「……ひっく、本当に、心配したんだぞ……! ひぐっ、くっ、うあああ……」
「! ……ごめん、なさい。泣かないで……」
「泣かしといて、よく、ひぐっ、言うよ……でも、ありがとう……嬉しいよ……」
「……本当?」
「本当だ」

いつも呑気で、バカで、マイペース。
けど優しくて、いつもあたしを喜ばせようとする……笑顔が素敵な奴。
そんなあんたが、あたしは。

「……ハルキ」
「ん?」
「今まで、臆病で素直になれなくて、ずっと言葉を封じ込めてたけど…………あたし……」


「ハルキのこと、大好き」


「…………」
「…………」
「そっか、そうなんだ」
(あー、やっぱりオチは……)
「ぼくも、蛍のこと大好き」

…………えっ?

「えええええ!!?……マ、マジで……?」
「うん」

ちょ、ちょっと待て!
だって、恋とかけ離れたような男子なのに!?
鈍いやつなのに!?

「あのね、蛍と一緒にいるとね、顔がぽかぽかしてきて、胸がドキドキして、変な気分だったんだ」
「え…………それって……」
「昔はそんな事、無かったけど、段々そうなってきた。この気持ち、何なのか分からなくて、ずっと考えてた。何で蛍といると、もっともっと、幸せなのかなって」
「……」
「でも、蛍の言葉で分かった。ぼくの気持ちは、蛍と同じものだって。嬉しいな、蛍がぼくのこと、大好きだって分かって」

おま、抱き着くな! 恥ずかしいだろ!
こ、これはこれで、何か……ああ畜生〜……。

「蛍、好き。大好き」
「〜〜〜っ、は、早く帰るぞ! サキとシュウスケが待ってる!!」
「あ、そうか。うん、帰ろう」

って、然り気無く手を繋ぎやがって……っ!
…………まあ、悪く、ないけど。


伝えて、良かった。

940十字メシア:2013/08/27(火) 00:51:11
(六x・)さんから「冬也」、akiyakanさんから「都シスイ」お借りしました。


「いや〜。デコラキャンディーの新作ケーキ、美味しかったねー」
「そうだな」
「凪っちも、一緒に行けたら良かったんだけど」
「凪姉、大丈夫かな…」
「こらこら、そんな暗い顔しちゃだーめ! 凪っちに見せたら、逆に心配されるよ?」
「うん…そうだね。ありがとう、ミユカさん」

休日の昼下がり。
シスイ、ミユカ、冬也の三人はデコラキャンディーを出たところだった。

「そういやミユカ、昨日はえらく不機嫌だったけど……何かあったのか?」
「……白蛇さんにやられたの」
「ああ……」

百物語組の一人であり、ウスワイヤの調査員である、蛇妖怪の青年の飄々とした笑みを浮かべるシスイ。

「あの蛇野郎……いつかギッタンギッタンにしてやる……」
(燃えてる……)
(燃えてるな……)

……心なしか、般若が見えた気がする。

「帰ったら、白蛇さんをギャフンと言わせる方法を――」

ガシャ。

「ん?」
「どったのシー君」
「……この先から、物音がした」
「物音?

シスイの視線を追い、路地を見るミユカ。

「確かに、何かしらの反応があります」
「……一応、見に行った方がいいね」
「ああ。冬也、俺達で行くから、先に帰っててくれ」
「大丈夫ですよ。念のため、光弾銃もってきてます。僕だって、アースセイバーの一員ですから」
「おっ、頼もしいねえ。守られる側から、守る側に回る日は近いかな〜」

ミユカに冷やかされ、顔を赤くする冬也。
その反応を見て、いつもの笑い声を上げ、頭をぽんぽんと撫でる。

「でも、無理はしないでね」
「はい」
「よし、行くか」

シスイを先頭に、三人は路地に入った。
迷路のように、時には直進し、時には曲がる。

「……ただの、物音だったかな」
「冬也、もう一度見てくれるか?」
「あ、はい」

再び能力を使う冬也。
数分経つと、確認し終えたらしく、目が見開いた。

「あの角の先に……」
「何かある、ってか」
「はい……」

三人にまとわりつく空気が、一気に強ばる。
ミユカはナイフを、冬也は光弾銃を構えた。
武器を持たないシスイは、いつ奇襲を喰らってもいいように、心構えをしておく。

「……行くぞ」

シスイの一声で、曲がり角へ踏み出した。
そこにいたのは――黒い外套を着た、幼い少女。
蹲ったまま、身動きひとつない。
心配に思ったミユカが声をかける。

「ねえ、どうしたの?」
「…………」
「どこか痛い?」
「…………」
「大丈夫だよ。お姉さん達、悪い人じゃあないから――」
「ちょ、ミユカ!」

少女に駆け寄るミユカ。
と、近付いた瞬間。

「おお、無用心なこと」
「え?」

941十字メシア:2013/08/27(火) 00:54:14

ブワァッ!

「うわっ!?」
「ミユカ!」
「ミユカさん!」

動かなかった少女が突然、高く跳躍した。
驚いたミユカは尻餅をつく。
シスイと冬也の後ろに降り立った少女は、フードの隙間から見える口を、歪ませて弧を描いた。

「ほほほ、愚かなものじゃ。だが退屈しのぎが出来て、苦しゅうない」
「退屈しのぎ?」
「今分かる。ほうら、来た!」

と、周りから機械が擦れるような音。
見渡すと……パニッシャーだ!
いつの間にか囲まれている!

「な……!?」
「そんな、反応は一つだけだったのに!」
「ほほほ……そやつらは、今まで妾の力で”生の音”を隠されていたからの。見破れる訳がなかろう」

穏やかながらも、小馬鹿に話す少女。

「では、妾は高見の見物とさせてもらうぞ。精々、楽しませてみよ」
「まっ、待て!」
「シー君! 危ない!」

と、追いかけようとしたシスイに、体当たりするミユカ。
直後、マシンガンの弾が、シスイがいた地面を抉った。

「悪い、ミユカ。助かった」
「その言葉を言うには、まだ早いよ」
「そうだな、さて……」

パニッシャーの数を数える。
ざっと、8機……いや、10機はいるだろうか。

「多いですね……」
「ちょっとキツいかな。正確に遠距離攻撃出来るのは、冬君だけだし。私も、腕伸ばせば出来ないことは無いけど……」
「銃撃する冬也を、俺が守る。ミユカ、単独攻撃、頼めるか?」
「任せて」
「よし、やるぞ!」


「見つけたー」

建物の上に移動した少女の背後に、少年――ヘルツが現れた。
彼を見るなり、少女は分かりやすいほどに顔をしかめる。

「おや、邪魔が入ってしまったか」
「えー。邪魔なんて、酷い酷い」
「この宴は妾だけのものじゃ」
「ボクにも見させてよ」
「ふん、勝手に見る癖に」
「てへ」

ニカッと笑うヘルツ。
対して、少女は服の袖で口を覆う。
まるで「吐き気がする」と言わんばかりに。

「猫かぶりなどするな。気色の悪い」
「そんなに辛辣にしなくても〜」
「嫌いな奴にしてはいけない理由など、無いわ。同じ同志であることに、感謝するがよい」

忌々しげに、吐き捨てた。


「はあ、はあ……」
「シー君、大丈夫!?」
「……ちょっと、やべえ」
「数が多い……不利ですよ……!」
「あの子、どうやってこんな数を…!?」

息を切らすミユカとシスイ。
パニッシャーの数は10機どころか、20機以上もいた。
逃げることもままならない。
一人でも戦闘不能に陥ってしまえば、殺られる確率は高くなる。
現に、前線に突っ込むミユカは、右肩と左足に傷をつけられていた。

(このままじゃ…!)

焦るミユカ。
その時だった。

ドゴォオンッ!!!

942十字メシア:2013/08/27(火) 00:56:16

「!?」
「パニッシャーが……」
「吹っ飛んだ!?」

突如起こった爆発が、パニッシャーを数機、木っ端微塵に吹き飛ばした。
すると硝煙の向こうから、咳き込む声が。

「ケホッケホッ……ふむ! 申し分ない威力ですね」
「誰だ!」
「あわわ、私は敵ではありません! 攻撃しないで〜」

煙が晴れてくる。
そこに立っていたのは、白っぽい癖毛と、ライトグリーンの猫目を持つ少年だった。
「き……君は?」
「自己紹介は後で! 今はパニッシャーを壊しましょう!」
「わ、分かった」

とにもかくにも、戦力が増えたのがよろこばしいことなのは、違いない。
マシンガンの銃口が、自身に向けられたのに気付いた少年は、咄嗟にかわした……が。

ずべしゃっ!

『…………』

着地に失敗した。

「にゃ、にゃははは……運動は苦手なものでして……」

少しばかり不安になった三人だが、贅沢は言ってられない。
攻撃を再開する。
少年は、何かテニスボールのような球体を、数機のパニッシャーに向かって投げた。
直後、爆発したところを見ると、どうやらこれが先ほど、パニッシャーを吹き飛ばしたもののようだ。

「ありゃ、無くなりましたね……」
「えぇっ!? そんな!」
「でも心配ご無用! 青髪の人、ちょっとだけ銃を貸してくれるかな?」
「え? ……な、なるべく、早く返してくださいね」
「ありがとう!」

冬也から銃を受けとると、ポケットから何やら、炎のような模様をした、赤い塊を取り出した。
よく見ると、僅かながら湯気が上がっている。

「それは……?」
「撃ってみたら分かるよ」

と言って、それを銃に当てると、塊が銃に吸い込まれるように融合した。
冬也は、少し驚いた眼差しを向ける。

「はい! どうぞ!」
「は、はあ……」

不思議そうに、受け取った銃を見る。

(とりあえず、撃ってみよう!)

意を決して、一機のパニッシャーに狙いを定め、銃の引き金を引いた。
光弾がパニッシャーに当たった――瞬間、なんと、周りのパニッシャーに向かって、弾から大きな飛び火と爆風が巻き起こったのだ!

「凄い!! どうやったの!?」
「そんな複雑な事ではありません。”爆発”の要素を、銃に付与させただけです」
「”爆発”の要素……?」
「爆弾から取り出したんですよ。能力を使って、ね」

ニンマリ笑う少年。

943十字メシア:2013/08/27(火) 01:01:47

「お次はコレ!」
「スプレー缶……?」
「えーと……では黒髪の方! これを拳に吹き掛けて下さい!」
「お、俺? わ、分かった……」

少年からスプレー缶を受け取ったシスイは、それを右拳に吹き掛けた。
その右拳でパニッシャーにパンチを当てると――。

バチバチバチィッ!

「うわっ!? 拳から電気が…!?」
「その電気は、機械の動力を停止させるんです!」
「停止……本当だ、動かなくなってる」

シスイの拳を当てられたパニッシャーは、脱け殻のように力をなくし、地にへたり込んでいる。
パニッシャーの数は、格段に減少してきた。
形勢逆転だ。

「よーし! この調子で行くよ!」
「おう!」
「はい!」


「ふー……何とか片付いたね」

額の汗を拭うミユカ。
周りはパニッシャーの残骸でいっぱいだ。

「助かったぜ。サンキュ」
「いえいえ。あ、まだ名前、言ってませんでしたね。私は紀野 ココロ、守人やってます!」
「守人!?」
「そうだったんだ〜」
「はい! 皆さんはアースセイバーの方ですよね?」
「えっ、どうして分かったんですか?」
「その銃、ウスワイヤ製でしょ? 一度、知り合いに見せてもらったことあるんだ」

少年――ココロの「知り合いに見せてもらった」という言葉が引っ掛かるのか、ミユカは考え込む。
が、すぐさま分かったらしく。

「ねえ、その知り合いってもしかして、のぎのぎ……じゃなかった。蛍ちゃんの事?」
「はい、そうですよ」
「ああ、そういや、あいつも守人だったな」
「ついでに同じ学校ですよー」
「あれ!? 君もいかせのごれ高校なんだ!」
「おや? その反応からして、皆さんも?」
「ああ。冬也は1年で、俺とミユカは2年なんだ」
「おお〜! 私も2年ですよ!」

同級生に巡り会えたからか、興奮ぎみなココロ。

「1組でも2組でも見ない顔だから、分からなかったんだな」
「確かに、あまりそちらのクラスに行きませんね」
「折角だから、昼休みにでもおいでよ!」
「そうですね……ええ。明日、是非そちらにお邪魔します!」


「終幕、だね」
「ふむ……まあまあ、じゃの。御主さえいなければ、最高の宴だったが」
「まーだ言うのー?」
「黙らぬか、二枚舌。耳障りじゃ」
「はいはい。随分と随分と、我が儘な姫だねえ。君という奴は……」
「ふん……戻るぞ」


―翌日・昼休み―

「ココロちゃん……」
「お前……」


『女子だったの(か)!?』


二人が驚愕するのも無理はない。
男だと思っていた人物が、スカートを穿いていたのだから。

「にゃはは、よく言われますよ〜」
「てっきり、男かと……」
「ご、ごめんなさい……」
「いいですよ、気にしてませんから!」


守人「紀野」


(余談だが)
(『彼女』の格好を見た冬也も、驚いたのは言うまでもない)

944えて子:2013/09/03(火) 21:36:36
自キャラのみです。


セラの襲撃以来、無人のままであった情報屋「Vermilion」。
そこに、何週間ぶりかの灯りと人影が見えた。

「よ…っと。準備はいいか、アーサー、ロッギー」
『うん!僕もアーサーもばっちりだよ!!』

他の二人よりも軽傷だったため、一足先に退院した長久。
メンバー内で唯一入院に至らなかったアーサー。
この二人で、長らく無人にしていた情報屋内の掃除をしようとしていた。

「銃弾で駄目になった家具とかの買い替えはハヅルが退院してからにするとして…割れたガラスだの花瓶だのの片付けぐらいはしないとな」
『めちゃめちゃだもんねー』
「本当にな……手加減ナシにやってくれたもんだよ、まったく」

小さくぼやきながら、ほうきを使って床に散らばった破片をかき集めると、アーサーがちりとりでそれを掬いゴミ袋に入れる。
長久と共に病院に運ばれたハヅルも今日めでたく退院の運びとなったのも、ここの掃除を始めた理由のひとつである。
ハヅルに余計な仕事を増やさないようにという長久の配慮と、散らかったものを綺麗に掃除してハヅルを驚かせたいというアーサーの企みからだ。

『ハヅルが帰ってきたら、びっくりするかなあ?』
「どうだろうな。アーサーとロッギーが頑張ったなら、褒めてくれるんじゃないか?」
『本当!?じゃあ頑張ってお掃除するよ!!』

明るく返すと、手にはめていたロッギーを外し、穴だらけのソファに丁寧に置く。
そしてぐっと腕まくりをすると、きつく絞った雑巾を手に、椅子を使って窓を拭き始めた。

「張り切りすぎて怪我するなよー。せっかく治ったのにまた足捻ったら笑い事じゃなくなるぞ」

長久がそう声をかけると、「大丈夫だ」とでも言うように手を振る。
椅子はほとんど被害を受けていないし、よっぽど無茶な体勢にさえならなければアーサーが落ちることも無いだろう。
一人頷くと、長久はほとんどドアの役目を果たしていないドアへ向き直った。

「……困るわ、マジ困るわ」

全体に弾痕が残るドアを見つめて、誰にともなくぼやくように呟く。
ドアノブは何発も撃たれて完全に変形して外れてしまっているし、蝶番も馬鹿になってしまったのかゆらゆらと揺れている。
おそらく一番の被害はこのドアであろう。細かい作業が得意で今まで小さな修繕もしていたハヅルがいたとしても、これを直せるかといわれたら難しいところかもしれない。

「…ま、帰ってきてから考えるか」

頭をがしがしと掻くと、掃除に戻る。
割れたガラスを片付け、落ちた薬莢や銃弾を分別する。
雑巾とバケツを持って二階へ行くと、固まってしまった血を力いっぱい拭った。

「…………」

ふと、手を止めてぼんやりと宙を見上げる。

紅は目を覚ましたようだが、まだ面会謝絶のようで長久もアーサーも会えていない。
それに、未だ何の足取りも掴めていない蒼介…カチナの行方も気になる。
以前UHラボのことを調べた際に出てきた単語『失われた工房』。ハヅル退院後にもう一度本腰を入れて調べることになっている。ここを襲撃し彼を連れ去った男がUHラボの研究員だったのなら、元研究員で構成されている『失われた工房』は何かしらの手がかりを有しているかもしれないからだ。
そのことを考え、はあ、とため息をつく。

『長久ー!!終わったよー!!』

階下からのアーサーの声で我に返る。
見ると、階段の下でアーサーが手を振っていた。
拭き掃除がだいたい終わったらしい。

「おう、ちゃんと雑巾は片付けたか?」
『片付けたよ!洗っていつものところに干した!』
「そうか。……お、頃合だな」

壁にかかった時計を見ると、そろそろハヅルが退院する時間だ。

「支度してちょっと待ってろ。俺も片付けちまうから」
『はーい!』

ばたばたと駆けていったアーサーを見送り、雑巾をバケツに投げ入れると立ち上がる。

「……なるようになるか。オーナーも、蒼介も、あのまま終わる人じゃあない」

自分に言い聞かせるように呟くと、掃除の後片付けを始めた。


嵐の間の晴天


「…お待たせ。じゃあ、ハヅルを迎えに行くか、アーサー」
『うん!』

945akiyakan:2013/09/04(水) 11:04:53
 ――風景が一変していた。

 木々は薙ぎ倒され、地面は所々が抉れている。

 事象の中心に在るのは、異形、巫蠱が生み出した最強の毒虫。

 そして、

 その周囲に転がっているのは、

 皿から落ちた、

 最強に敗れた、

 他の者達であった。

 ――・――・――

「く、くくくく……」

 ムカイが嗤っている。右手で顔を覆い、しかしその下から見える口元には誰が見ても分かる位、笑みを形作っている。

「くくく――くはははははははははははは!!!!」

 やがて零すようだった笑い声は、堪えきれなくなったような高笑いへと変化していた。

「無様! 無様だなぁ、ジングウ! 何が、お前の同志が私を倒す、だ? これを見ろ、これを視ろ、これを認ろ! これが現実だ!」

 優勢から一変。千年王国は、合体した魔蟲にほとんど手も足も出せずにいた。

 大クワガタ、大サソリが備えていた防御能力、大クモと大ミミズが持っていた機動能力、大カマキリの攻撃能力。五体の能力をすべて統合し、一体の怪物と化したそれは、単純な足し算の強化ではなかった。

「ぐわっ!!」

 魎の下半身が魔蟲の攻撃に耐え切れず、破壊された。鉄くずと化した下半身を引き摺りながら、彼の身体が地面の上を転がっていく。

「魎――!!」
「ブラン、駄目! 隊列を崩したら――」
「え――きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 レンコとブランの身体を、高速で振られた二つの刃がズタズタに切り裂く。

「レンコ、ブラン!! ――こンの野郎ッ!!!」

 仲間を傷付けられ、激昂したリキがジェットハンマーを振りかざして飛び掛かる。

「ジェット――ハンマアァァァァァァァァ!!!!」

 狙い過たず、ハンマーは魔蟲の背中へと命中する。ドスン、と言う鈍い音が辺りに響き渡った。

 だが、

「嘘……だろ?」

 先程通用した筈のハンマーは、魔蟲の装甲に罅一つ付けられてはいなかった。黒光りする甲殻には、へこみすら見当たらない。

 何かの間違いだ。そう思って、リキは何度も同じ場所をハンマーで殴打した。右に、左に、振って振って、振り続け、何十回とハンマーを打ち据える。

 その時、不意に手応えが無くなったのを彼は感じた。ようやく相手の装甲が砕けたのか。いや、違う。そうではない。自らの手にしている物を目にし、リキは絶句していた。

「んな……」

 ジェットハンマーの槌の部分。その部分が無くなっていた。度重なる連続使用に耐え切れず、ハンマーは自らの威力に砕けてしまったのだ。しかもそこまで酷使していながら、相打ちではない。魔蟲の装甲にはやはり、ダメージは与えられていなかった。

「――ごはっ!?!?」

 魔蟲が身動ぎし、リキを自分の上から振り落とす。更に鞭の様にしならせた大ミミズの胴体が、地面へと落下していくリキ目掛けて襲い掛かった。まるでバットに当たったボールの様に、彼の身体は吹き飛ばされ、数本の木を薙ぎ倒したところでようやく停止した。

「が……はっ……」

 リキは大量の血を吐き出した。常人なら即死であろうが、それでも息があるのは流石は生物兵器と言ったところか。しかしだからと言って、無事と言う訳でもない。

946akiyakan:2013/09/04(水) 11:05:27
『リキ――!!!!』

 モニター越しで戦いを見ていたエレクタが悲鳴を上げた。

『レンコ、ブラン、魎! みんな、返事して! みんなぁ!』
「狼狽えるんじゃありませんよ、エレクタ。これ位で死ぬほど柔に作った記憶はありません」

 ディスプレイの中で泣いているエレクタを、ジングウが静かに窘める。

『キング、僕にも行かせて!』
「許可できません。電子戦しか能の無い貴方が行って、何になると言うのです。足手まといが関の山ですよ」
『で、でもぉ……』

 電脳空間内でエレクタが地団太を踏むが、ジングウはそれに応えない。実際、エレクタが行っても状況は好転しない。先にやられた兄弟同様、彼も魔蟲の餌食になるだけだ。

「サヨリさん、戦闘続行可能な人員は?」
「えっと、待ってください……出ました! アッシュさんとロイドさん、それにイマさんです!」

 ――・――・――

『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』

 突撃銃を乱射しながら、双角の獣が疾走する。宵闇の中、銃口から放たれる火が人魂の様に辺りを淡く照らす。

 それはまさしく獣の牙だ。人体であれば、その五体を容易に引き千切り、バラバラに打ち砕く。ましてや、その威力に麒麟の籠を施しているのだ。その牙は、戦車の装甲にだって穴を穿てるだろう。

 だがしかし、効かない。魔を持ち、怪物と化した存在に、その牙は歯型すら付けられずにいた。

 それでもアッシュは攻撃の手を休めない。空になった弾倉を捨て、胸の転送装置で取り出した新しいカートリッジを差し込み、再び魔蟲目掛けて引き金を引く。

 これで良い、とアッシュは心の中で呟く。

 攻撃が通用しようとしまいと、アッシュの攻撃は魔蟲の注意を自分へと引きつけている。それこそが彼の狙いであり、この場における役目だった。

 魔蟲がその巨体を引き摺り、アッシュの方へと身体の前面を向けた。

 その時だった。

 木陰から、大きな影が飛び出した。右手の先から伸びる巨大な爪が、月光に反射して煌めく。

「――ちぃっ!」

 魔蟲の首を狙った、ロイドの大爪の一薙ぎ。しかしそれは、蟲の右腕の鎌によって防がれていた。あの大サソリの装甲すら引き裂く大爪が、しかし食い込みこそすれダメージになっていない。

「くそっ! 今の攻撃すら受け止めるのかよ!」

 アッシュの隣に着地しながら、ロイドが悪態をつく。見れば、その右腕にある爪は人差し指の物が折れており、他の刃はところどころが欠けていた。

『これだけ攻撃しているのに、傷らしい傷は無し……本当に、どうやったらあれを倒せるんですかね』
「ああ、全く……こうなりゃヤケだ。こっちも出し惜しみ無しで行くぞ」

947akiyakan:2013/09/04(水) 11:05:57
 そう言うとロイドは使い物にならなくなった右腕を外し、新しい右腕と取り換えた。

 先程の爪とは明らかに印象の異なる腕だった。先の大爪は、その五指に備わった爪こそ巨大であったがしかし、それでも腕の部分は人間のものと同じシルエットをしていた。普段付けているニードルガン内臓型であれ、そうだった。だがそれらは、「そう言う形でなければならない」と言う制約があったからだ。

 だが、これは違う。その第一印象は「鎚」と呼ぶのが相応しいだろう。腕の形をしたハンマー。まるで巨人の腕を思わせる程大きく、無骨な形状をしており、その肘に当たる部分からはピストンの様なモノが飛び出していた。手首の部分にはタービンがあり、まるで腕輪の様にそこに存在している。がちり、と接続すると、機能を確認する様にタービンが数回転した。

「イマ、援護してくれ!」
「りょーかいっ!!」

 ロイドの声を合図に、空中で待機していたイマが動いた。魔蟲目掛けて、まるで雨の様に火球を吐き出す。それらは魔蟲の装甲を僅かに焦がす程度でしかなかったが、その注意をロイドとアッシュから逸らすには十分だった。

『大盤振る舞いだ』

 そう言うと、アッシュの周りに無数の火器が姿を現す。転送装置によって呼び出しだされたそれらは、RPG−7やロケットランチャーの様な、歩兵が運用出来る兵器の中で最大級の火力を誇るモノ達だった。

『一発残らず喰らっていけえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!』

 両腕でロケットランチャーを構え、発射。空になったそれらを投げ捨て、次の武器へと手を伸ばす。魔蟲の身体に次々と着弾し、爆煙がその身体を包み込んでいく。その周囲にバラバラと、おそらく魔蟲の身体の一部であろう、破片が煙を上げながら散らばった。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

 更に追撃。雄叫びを上げながら、煙を吹き飛ばしながらロイドが飛び掛かる。彼は振り上げた右腕を、思いっきり魔蟲の腹へと叩き付けた。手首のタービンが高速で回転しながら装甲を削り、肘のピストンが勢いよく打ち出される。それと同時に手首から先の部分が、打ち込まれたピストンの分だけ飛び出し、更にその肉を抉る。

「スレッジ――インパクト――ッ!!!!」

 ロイドが叫ぶのと同時に、右腕の機械腕は爆発した。魔蟲はもちろん、その腕をつけていたロイドも巻き込んで。

『ロイドさん!』

 爆風から吹き飛ばされるロイドの姿を見つけ、アッシュは駆け寄った。至近距離で爆発を受けた防護服はボロボロに千切れており、彼のトレードマークである仮面も割れてしまっている。右腕は完全に砕け散っており、その破片の一部が肉に突き刺さっていた。

「くっそ、頭の野郎……物騒なもん使わせやがって……」
『良かった。悪態がつけるなら、まだ元気ですね』
「んな訳ねぇだろ、アホかお前は……アレはどうなった?」
『死んだんじゃないですかね』

 そう言って、アッシュは魔蟲の方へ顔を向ける。もうもうと煙に包まれるそれが、身動ぎする様子は見られない。そしてその周囲には、砕けた甲殻の破片が転がっている。

『流石に、戦車が壊れる程の火力には耐えられなかったみたいですね』
「そうか……」
『あ、安心するのは速いですよ。まだムカイが残ってます』
「……そうだったな」

 ため息をつきそうになったロイドは、アッシュの言葉で気を入れ直す。ボロボロの身体を起こし、樹上から見下ろす狂科学者へと目を向けた。

948akiyakan:2013/09/04(水) 11:06:27
「なかなか手強かったぜ、お宅の秘密兵器。だが、これで残すはお前だけだ」
「…………」
「今度こそ、その首を貰うぜ」

 あえて腕の無い、右腕の方を向け、ロイドが言う。それをムカイは感情の無い眼差しで見ていたが――

「……ははっ」

 ――不意に口元を歪め、二人を蔑むように嗤った。その様子に、ロイドもアッシュも眉を顰める。

「何が可笑しい?」
「はっはっはっは……いえいえ、貴方達の愚鈍さと滑稽さが、ですよ」
「何……」
「まさか――まさか本気で、私の可愛い魔蟲を倒したとでも思っているのですか? 自信過剰も甚だしい!」
「な――」

 反射的に、二人は後ろを振り返っていた。もうもうと立ち込める煙が、少しずつ晴れていく。そして、月光の中で露わになったのは――

『な……』
「抜け……殻……!?」

 そこにあったのは、魔蟲のシルエットをした巨大な物体だった。薄い外皮だけの空蝉。中身の入っていない文字通りの抜け殻だ。それはロイド達の攻撃で著しく破損していたが、その中にある筈の本体の姿はどこにも無い。

『ッ――!? ロイドさん、伏せて!!』

 アッシュがそう叫ぶのと、横薙ぎの一撃が二人を襲うのはほとんど同じタイミングだった。アッシュはロイドの盾になるように立っていたが、攻撃は二人を巻き込んで吹き飛ばす。麒麟の加護を受けて強固になっている筈のバイコーンヘッドに、亀裂が走った。

『が――はっ!?」
「ぐうっ!?」

 ロイドの身体は地面を転がり、その延長線上にあった木の根元にぶつかる形で停止した。歯を食いしばって何とか意識を留めると、視界の端にアッシュの姿が見えた。身動ぎする様子は無い。

「アッシュ! おいアッシュ! 返事しろ!」

 応答は無い。装着しているバイコーンヘッドは装甲部分が砕けており、基盤が剥き出しになって火花を上げている。瞳は閉じられ、ロイドのいる場所からでは生きているのか死んでいるのか、分からなかった。

「ぐあっ!?」

 頭上から聞こえた声に顔を上げる。全身を糸に巻かれたイマが、重力に引かれて墜落していくのが見えた。

「あの男の部下である割に、どいつもこいつも想像力が足りませんね」

 地に伏す千年王国の面々を見下ろしながら、ムカイは心底つまらなそうな口調で吐き捨てた。

「弱い……弱過ぎる。いや、違うか。私の作った蟲が強過ぎると言うだけの話か。哀れだな。鳳凰の眷属ともあろうものが、蟲に踏み潰されるとは!」

 地響きを立てながら、宵闇の中から魔蟲が姿を現す――無傷だ。全く、微塵程も傷付いていない。抜け殻を使ってあの一斉攻撃をかわしたとは言え、それでもいくつかは命中した筈だ。しかし、傷は無い――攻撃が効いていない!

「どうした? 蟲だぞ、たかが一匹の虫けらだぞ? お前達が馬鹿にした、蟲だぞぉッ!!」
「う……ぐ……」
「ははははははっ!! 己の無力さを噛み締めて死んでいけぇ!!」

 狂喜の哄笑が響く中、ロイド達の下へと魔蟲がにじり寄っていく。そんな事しなくても、その能力を持ってすれば満身創痍の彼らを駆逐する事など容易い筈だ。しかし、魔蟲はそうしない。

 まるで主の意思を理解している様に、

「ぐあっ!!」

 ゆっくりと、

「きゃあっ!!」

 ゆっくりと、

「うあっ……」

 まるで真綿で首を絞めるような緩慢さで、彼らを蹂躙していく。力の差はもう歴然でありながら、決着はもうついたにも関わらず、ムカイの、己を力を誇示するように魔蟲は嬲り殺しにしていく。

949akiyakan:2013/09/04(水) 11:06:59
「ぜぇ……ぜぇ……」

 もう誰にも、立ち上がる気力さえ残ってはいない。全身傷だらけであり、気力も体力も根こそぎ奪われている。もう死んでいるのか生きているのか、判別もつかないような有り様だった。

「ふっ、他愛も無い」
「ぐっ……」

 倒れているロイドの顔面を、ムカイは踏みつけた。苦痛と怒りに表情を歪めながら、ロイドは睨みつける。

「貴方、さっきから威勢よく言ってましたよね? 次はお前の番だ、だとか、その首を貰うだとか。ほら、もう一度言って見てくださいよ、ホラ!」
「うっ……ぐっ……」

 何度もムカイはロイドの顔を踏みつけ、その身体を蹴りつけた。身体を動かす程の力がもう残っていないのか、それともささやかな抵抗なのか、ロイドはそれを防御せずに受け続ける。

「はぁ……つまらない。もういいですよ、アバベルゼ」

 ムカイが脇に退く。ロイドの顔は腫れ上がり、鼻や口から血が零れていた。

「殺しなさい。皆殺しです」

 魔蟲の影が、ロイドの上に覆い被さる。彼を助けられる者は誰も、この場にいない。

 蟲が右腕の鎌を振り上げる。自分の最後を覚悟し、ロイドは目を瞑った。

(……俺の命はここまでか)

 死の瞬間、ロイドが想ったのは失われた自分の記憶。死ぬ前までに取り戻す事が出来なかった事、それだけが心の残りだと、彼は無念そうに思う。

 大気を切り裂きながら、巨大な大鎌が迫る。あの威力なら、首と言わず胴体毎もって行ってくれる事だろう。

 恐怖は――無い。諦観にも似た覚悟が、ロイドに心の安定を与えていた。

「…………?」

 だが、何時まで経っても魔蟲の鎌は、ロイドの首を刎ねる事は無かった。先程と同じで、また焦らしているのだろうか。勘弁してくれ、とロイドは思う。こちらはもう覚悟出来ているのだから、ここに来て出し惜しみは美しくない。

「――〜〜!!!」

 ムカイが何かを言っている、ような気がする。蹴られたせいか、周りの音がうまく拾えない。耳からでは、何が起きているのか感じ取れなかった。

 意を決して、ゆっくりと瞼を開けた。

 そして、そこに広がっていた光景に、息を呑んだ。

「――――っ」
「何だ、一体何が起きた!?」

 ムカイが困惑の声を上げる。
 魔蟲が、悲鳴にも似た奇声を上げている。

「何なんだ、こいつは!?」

 魔蟲を押さえ込む、巨大な影が存在していた。大きさで比べれば、魔蟲とはずっと小さい。しかしその影は、魔蟲の膂力を大きく上回り、その巨体を力づくで押さえ込んでいる。

「う――うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」
『W――WOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!!!!!』

 巨大な龍の咆哮と、それに重なるように少年の雄叫びが辺りに響き渡る。

 そう、それは――

「は、花丸……」

 赤色の装甲、巨大な力の象徴である竜を模した姿。鳳凰の眷属が生み出した強大なドラゴンが、バイオレンスドラゴンが、そこに在った。



 ≪蠱毒の皿の上で・後編≫



(なるほど、確かに魔蟲は最強なのかもしれない)

(しかし、皿の上における最強とは、同時に井の中の蛙と同義である)

(ここに現れたるは、こことは異なる皿より生まれし最強の存在)

(今こそ、どちらがより優れているかを決めようではないか)

 ――to be Conthinued

※十字メシアさんより「リキ」、「魎」、「レンコ」、「ブラン」、「エレクタ」、鶯色さんより「イマ」、えて子さんより「花丸」をお借りしました。自キャラからは「ジングウ」、「サヨリ(企画キャラ)」、「AS2」、「ロイド」、「ムカイ・コクジュ」です。

950akiyakan:2013/09/06(金) 18:44:07
 時間を遡る事、数十分前――

「――何時まで、そうしているつもりですか」

 部屋の入り口に立ち、その中に向かってジングウは言った。

 部屋の中にあるのは、ハンガーに固定されたバイオレンスドラゴンだ。明かりの無い薄闇の中で、それは物言わず彫像の様に、そこに立っている。

「…………」
「戦況は分かっている筈です。聞いて、理解している筈です」

 部屋の隅にはスピーカーがあり、そこから音が聞こえて来る。彼らがいる場所から少し離れた場所で行われている、ムカイと千年王国との戦いの音だ。

「貴方が戦わなければ、皆が死んでしまいます。貴方は、それでもいいのですか?」
「……何で、僕なんですか」

 薄闇の中から返事がした。バイオレンスドラゴンの足元で、何かが動いた様な気がした。

「ジングウさんが行けばいいじゃないですか……ジングウさんの方が、僕の何倍も強いじゃないですか……」
「ええ、そうですね。私は確かに、貴方より強い」
「だったら――」
「でも、バイオレンスドラゴンを動かせるのは貴方だけだ」
「…………っ」
「魔蟲は強い。私の能力では、おそらく倒す事は出来ないでしょう。仮に魔蟲を倒せたとしても、後にはまだムカイのバイオアーマーが控えています。彼らを破れるのはバイオレンスドラゴンだけであり、それを動かせる貴方だけなんです」
「……僕じゃ、無理ですよ……」

 涙声だった。ぐすっ、と鼻をすする音も聞こえる。

「一人で戦う事も出来ない。バイオレンスドラゴンをうまく操る事も出来ない。僕じゃ、戦っても勝てませんよ……」
「いいえ。この戦いに勝てるのは貴方だけです」
「何でなんですか……何でジングウさんは、僕に戦う事を強要するんですか……」

 しばらくの間、すすり泣く声が室内に響く。

「僕みたいな弱い人間に戦わせて、貴方は何がしたいんですか……」
「……私にはこの世で一番許せない事が、一つだけあります」
「…………?」
「それは、優れた才能を持っているにも関わらず、それを腐らせて終わる人間です」

 静かな、それでいてはっきりとした口調で、ジングウは言い放った。

「戦う才能を持つにも関わらず、戦おうとしない者。学ぶ才能を持つにも関わらず、学ぼうとしない者。他者を助ける才能を持つにも関わらず、その様に生きない者……そう言った「怠け者」が、私は一番大嫌いだ。輝く宝石をその身に宿らせていながら、その価値に気付く事も無く死んでいく愚か者共が、私は一番許せない」
「……ジングウさんは、僕に戦う才能があるって言うんですか……? だから僕に、戦えって言うんですか……?」
「いいえ。残念ながら、貴方には戦う才能は無い――ですが、それとは別の才能があります」
「別の……才能……?」

 薄闇の中で、バイオレンスドラゴンの足元にいる者が、顔を上げたような気がした。

「思い出しなさい、花丸さん。貴方の才能を。貴方の異能を。貴方が生まれ持った、貴方だけの、誰にも負けないたった一つのチカラを」



 ≪キミだけの力≫



「僕だけの……チカラ……」

(薄闇の中で、花丸は自分の手を見る)

(脳裏に浮かぶのは、ミツが言い掛けていたあの言葉)

(それはまだ分からないが、)

(しかし、自分が戦えばみんなが助かるのなら)

(だったらもう一度、勇気を振り絞ってみようと思った)

※えて子さんより「花丸」をお借りしました。自キャラからは「ジングウ」です。

951akiyakan:2013/09/06(金) 18:44:37
「う――おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」
『W――Ooooooooooooooooo!!!!!!!!』

 バイオレンスドラゴンが、花丸が雄叫びを上げる。掴まれた魔蟲の両腕部が、ミチミチと音を立てながら引き千切られていく。

「GYAaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!」

 魔蟲が奇声を上げる。それは悲鳴にも似た声だった。そうはさせまいとするように、魔蟲は胴体から伸びた大クワガタの顎で、ドラゴンの身体を押さえ付ける。

「く――おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 しかし、それも抵抗らしい抵抗にならずに終わる。ドラゴンが魔蟲の両腕から手を離し、大あごを掴んで力を込める。バキリ、と言う骨の折れた様な音が聞こえた。まるで割り箸でもへし折るような容易さだった。

「GyAaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!」

 魔蟲の両腕に備わった刃が、バイオレンスドラゴンへと襲い掛かる――かわせない! 二つの刃はバイオレンスドラゴンの両肩を切り裂き、食い込んだ。

「Gi――!?」

 しかし、そこまでだった。食い込んだ刃が動かない。魔蟲が引き抜こうと力を込めても、それは微動だ一つしない。盛り上がったドラゴンの筋肉が、刃を絡め取って押さえ込んでいる。

「――捕まえた」

 魔蟲の目の前で、ギラリとバイオレンスドラゴンの眼が輝く。その瞬間、本来は感情を持たない筈の魔蟲が、まるで恐怖に驚くようにのけ反った。

 右アッパー。魔蟲の頭部を捉え、下から粉々に打ち砕いた。

 続けてボディーブロー。魔蟲の身体の中でもっとも柔らかい腹部を打ち据え、炸裂した威力が内臓を破裂させる。

 力にだけ頼る者は、より強大な力によって滅ぼされる。

 まさしく、その通りと言うべきか。

 千年王国が束になって勝てなかった魔蟲が、更に強大な力を持つバイオレンスドラゴンによって成す術も無く蹂躙されていく。その光景を、周りの者はただ茫然と見つめていた。 

「はぁ……はぁ……」

 コクピットの中から、花丸は魔蟲を見下ろしていた。

 見るも無残な有り様だった。ほとんど無抵抗に殴られ続け、その全身はぐちゃぐちゃに潰れている。装甲こそ形を留めているが、外部から受けた威力を軽減しきれず、内蔵は完全に潰れてしまっている。

「う――うげぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 堪えきれず、花丸は嘔吐していた。バイオレンスドラゴンの体液に満たされたコクピット内に、黄色い吐瀉物が漂う。

「ぜぇ……ぜぇ……」

952akiyakan:2013/09/06(金) 18:45:10
 酷い。非道い。ヒドイ。

 ここが戦場。これが、戦うと言う事。

 お互いの生死を賭けて戦う、惨たらしく、不条理で、無慈悲な世界。

 ああ、確かに、花丸は戦う事には向いていない。

 なぜなら、彼は他の命を奪う覚悟が無い。魔蟲を殺したのだって、不本意に違いないだろう。それを止める方法が殺す以外に無かっただけであり、もし殺さずに動きを止められたのであれば、そちらを選んでいたであろう。確かに彼には、ジングウの言う通り、戦う才能は無かった。

「――アバベルゼ、ファイナルモード」
「!?」

 ドラゴンの聴覚が、その声を捉えた。瞬間、ドラゴンの足元に倒れている魔蟲の死骸が起き上がった。花丸が驚くのにも構わず、それはドラゴンの身体に絡み付く。

「魔蟲の体内熱量が増大している――!?」

 ドラゴンの全身に絡み付いた魔蟲の身体が、赤く発熱し、煙を上げ始めた。それがただならぬ事であるのだと、誰が見ても気付けただろう。もっと詳しい者が見ていれば、それがいわゆる「自爆モード」であった事も。

 魔蟲の身体は、ドラゴンの関節部分を狙って絡み付いている。力づくで振り解こうとするが、間に合わない。

「せめて、みんなを巻き込まないようにしないと……」

 無理矢理翼を展開し、ドラゴンの身体を空へと運ぶ。だが、絡み付いた魔蟲のせいで、うまくバランスを取る事が出来ない。五十メートル程飛行したところでコントロールを失い、墜落するように森の中へと落ちる。巨体が地面の上を滑り、木々を薙ぎ倒しながら停止した。

 その、次の瞬間、

 爆発と閃光が、バイオレンスドラゴンを包み込んだ。

 ――・――・――

『……ほう。あの爆発に耐え切れたのか』

 クレーター状に抉れた爆心地に降り立つと、その中心に彫像の様に立つバイオレンスドラゴンを見てムカイは少し驚く様に呟いた。

『溶鉱炉を生み出す位の熱量は与えていた筈なんだが……』

 ムカイの言葉を裏付けるように、クレーター内はそこに存在していたすべてのモノが焼き尽くされていた。木は炭と化し、土は融解して赤くなっている。大気は高温と化し、ゆうに百度は超えていた。まさしく、魔蟲の最後の咆哮が生み出した、死の世界だった。

『だが、如何に外側が頑丈とは言っても、中身までは果たして無事でいられるかな?』

 バイオアーマーを纏ったムカイが、灼熱の中を歩いて行く。それに対して、ドラゴンは立ち尽くしたまま動かない。

『……ふん、死んだか』

 マスクの下で、ムカイは嘲笑を浮かべた。

 だが、

『う……』

 微かであるが、声が聞こえた。若い、少年の声が。強化装甲服特有の、くぐもった声だ。

953akiyakan:2013/09/06(金) 18:45:40
『ほう、まだ息があったか』
『ム……カイ……コクジュ……』
『あの時の少年が、まさかこんな物を纏って現れるとはな。それ程、私に敗れたのが悔しかったか?』
『…………』
『それとも、DSX‐001の仇でも取るつもりか』

 バイオレンスドラゴンを前にして、ムカイには余裕があった。魔蟲を苦も無く屠る姿を彼も見ていた筈であろうが、しかし今のドラゴンから先程までの覇気を感じない。彼の言うように、外装は無事でも、パイロットである花丸が受けた衝撃はとてつもなかった筈だ。これならば自分のバイオアーマーでも倒せる。こう確信しての事だ。

『な……で……』
『ん?』
『何で……こんな、事を……』
『…………?』

 花丸の言葉の意味が分からず、ムカイは首を傾げる。マスクの下にある表情は、「こいつは一体何を言っているんだ?」と小馬鹿にしてすらいた。

『貴方には、聞こえないんですか……この子達の声が……痛い、痛いって、言ってるのに……みんな、熱い熱いって言いながら死んでいったのに……それなのに……』
『……聞こえませんね、そんな声』
『…………!』
『この蟲達は皆、私の作品です。私が生み出した。言うなれば私は、彼らの創造主です。創造物が創造主に従うのは、当然の事でしょう』
『……貴方には聞こえないのか……この子達の声が。蟲達の声が、叫びが、嘆きが、苦悶が! 貴方は誰よりも、この子達の傍にいるのにっ!!』
『生物兵器は生き物ではなく道具です。貴方だって「使っている側」の人間でしょう? 何をそんな、偽善者の様に……』
『……違う』

 花丸の胸に、燃えるモノがあった。自分にもまだ、こんなモノがあったんだと驚く程の熱さ。今、花丸にもはっきりと認識出来た。

 目の前の男は敵である。そして、自分にとって見紛う事の無い『悪』なのだと。

『違う、それは違う! 生物兵器だって生き物だ! 兵器として生まれただけで、生き物に違いは無い!』
『だからどうした。結局のところ、命を玩んでいる事に変わりはないではないか』
『違う! 貴方と僕らは全然違う。だって――貴方は命に、これっぽっちも敬意を払っていないじゃないか!』

 花丸は知っている。

 確かにジングウは、命を自由に生み出して作り変えてしまう。そうやって彼は今まで、いくつもの生物兵器を生み出してきた。色んな命を、玩んできた。

 だが彼は、何時だってそうやって生まれてきた命を一つだって軽んじる事は無かった。生きている命を、「生きている」と言う事実を、彼は大切にしていた。

 花丸だってそうだ。

 彼は生物兵器に限らず、どんな生き物とも友達でありたいと接していた。目の前の生き物が、ただの道具などと一度だって思った事が無かった。

 そうじゃなければ、デルヴァイ・ツァロストが破壊された時だって、フェンリルが傷付いた時だって――コハナがいなくなった時だって、悲しんだりなどしない。涙を流したりなどしない。

『敬意……敬意、だと? くく、くはははははははは!!! そんなものを、一体どうして払うと言うのだ! たかが道具に、たかが手足に!』

 花丸の言葉を、ムカイは鼻で嗤った。

 彼にしてみれば当然だ。昆虫型生物兵器の最大の特徴は、その量産性の高さである。「その気になればいくらでも生み出せる命」に、一体どうして敬意を払えると言うのだろう。

『大量に生み出し、大量に消費する! 使い捨ての道具にいちいち敬意など払えるか!』
『…………――ッ!!!!』

 許せない。許してはいけない。

 この男の思想を。この男の所業(おこない)を。この男の在り方を。自分は絶対に許容出来ない。

 この男はここで、絶対に倒す。

『貴方は――僕が倒す!』

 バイオレンスドラゴンの眼に光が宿る。赤い輝きはまるで、花丸の激情を映すかのようだ。

『勝負だ、ムカイ・コクジュッ!!』
『良いだろう! 私の最高傑作で相手をしてやる! 君も出来そこないの人形と同じ運命を辿るが良い!』



 ≪D×D≫



(対峙する一対の、)

(装甲と装甲)

(意思と意志)

(人造魔と人造竜)

(勝つのは、虐げられた者の野望か、)

(それとも、すべてを奪われた者の願いか)

 ――to be Conthinued

※えて子さんより「花丸」をお借りしました。自キャラからは「ムカイ・コクジュ」です。

954akiyakan:2013/09/16(月) 18:47:25
『はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 バイオレンスドラゴンが右の拳を振り上げ、目の前のムカイ目掛けて拳を叩き付ける。向かって来る拳を前に、ムカイは両手を組んだまま動かない。

 拳は、ムカイのいた所に命中した。だが、手ごたえは全く無い。

『なるほど、パワーはなかなかですが……遅いですね』

 声は、すぐ横から聞こえてきた。ムカイはまるで、公園のベンチに腰掛けるような気楽さで、ドラゴンの左肩に乗っていた。

『く――っ』
『遅い』

 花丸が振り返る時には、もうムカイの姿はそこに無い。彼の姿は、花丸から十メートル程離れた場所にあった。

(速い……全然見えない……!)

 超音速。あのミツですらその動きを捉えられず、成す術も無く倒された技を前に、花丸は冷や汗を浮かべた。バイオレンスドラゴンを装着しても、その動きの端すら感じ取る事もままならない。

 生身の花丸だったら、何が起きたのか分からず死んでいただろう。バイオレンスドラゴンの装甲なら、いくらムカイのバイオアーマーとは言え――

『おっと? 痛覚の反応まで鈍いのか?』
『え?』

 一体何の事か、花丸には分からなかった。だが次の瞬間、嫌でも理解させられた。

『あ――がっ!?!?!?!?!?!?』

 左肩に激痛が走る。何本もの血管がナタで一振りにブツ切りされたような痛みが、一気に花丸を襲ってきた。それと共に、ドラゴンの左腕が肩から丸ごと地面に落ちる。機体と一体化する構造であるが故に、機体が負った痛みがそのまま搭乗者にもフィードバックされる。

955akiyakan:2013/09/16(月) 18:47:55
『GYAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!』
『ド、ドラゴンの装甲を、こうも容易く……!?』

 魔蟲の大鎌ですらまともなダメージにならなかったと言うのに、切られた瞬間を知覚すらさせない鋭さと、龍の装甲を切り裂く切れ味に戦慄する。魔蟲よりもずっと小さい筈なのに、花丸が抱いた恐怖感はそれ以上だった。

『超振動と言うやつだ。チェーンソーの強化版とでも言えば、君にも分かりやすいかな?』

 そう言いながら、ムカイは自分の右腕を掲げる。よく見なければ分からない程であるが、細かく、そして高速で振動しているのが分かる。原理としては、ロイドの大爪の機械腕と同じだ。だが、破壊力がそれとはケタ違い過ぎる。

(接近されたら勝ち目が無い……!)

 距離を置いての遠距離戦闘。それが得策と感じた花丸は、素早く使用する武装を選択した。

『くらえ!』

 ドラゴンの口から、帯状の火炎が吐き出される。圧縮された熱量の塊であるそれは、もはや光線と言っても差し支えないだろう。大気を焼きながら、ムカイ目掛けて炎が迫る。

『……ふん』

 だが、ムカイは背中から生えた羽を少し羽ばたかせるだけで、一瞬の内にその場から移動する。やはり花丸は、それを目で追う事は出来ない。

『まだまだ!』

 それでも花丸は、ムカイを追いかけるように火炎を放ち続ける。ムカイが逃げても逃げても、彼は諦める事無くそれを追い続けた。

『しつこいですよ』
『うぐっ!?』

 何かが通り抜けて行った直後、右肩に鋭い痛みが走った。おそらくは、ムカイが切りつけていったのだろう。それでも花丸は、止まらない。ただがむしゃらに、周囲に火炎を撒き散らす。

 そうやっている内に、炎は周囲に燃え広がり、辺りを包み込む火の海と化した。

『はぁ……はぁ……』
『これでもう終わりですか?』

 ムカイの声が聞こえる。だが、辺り一面が炎に包まれている為に、その姿はどこにあるのか分からない。右から聞こえて来るようでもあるし、すぐ後ろから聞こえて来るようでもある。

『まさか、周囲を炎で包み込めば、私を焼き殺せるとでも思っているのですか?』
『はぁ……はぁ……』
『残念ですが、私のバイオアーマーに隙はありません。この程度の炎なら十分に耐えられる』
『はぁっ………………』
『出し物は終わりですか? それなら、この一撃で仕留めてあげましょう!!』

 ムカイが動いた。発生した衝撃波が炎の壁を吹き飛ばし、弾丸の様なスピードで向かって来る。

 右手は手刀の形を造っている。それは真実、刃と化し、バイオレンスドラゴンの身体ごと花丸の身体を貫く――

 ――筈、であった。

『……何?』

 突き出された手刀。しかしそれは空を切り、虚空に向かって伸ばされるのみ。すぐ傍にドラゴンの身体があるが、後数センチ、紙一重の差で命中していない。

『外した……だと?』

 再び炎の中に身を飛び込ませながら、ムカイは首を傾げる。狙いが甘かったのだろうか。

『……ふむ。ですが、次は当てます』

 揺らめく炎のせいで視界は悪いが、しかしムカイの目、と言うより、バイオアーマーに備わった複眼が対象を捉える。無数の眼を用いた多重照準。加えて、バイオレンスドラゴンの巨体は、この炎の中でも見落としようがない。

 再び全身を鋭利な弾丸と化し、ムカイは炎の中から飛び出す。そして照準を定めた事もあり、今度は外す事無くその右腕は確かに貫いた。

956akiyakan:2013/09/16(月) 18:48:28
 バイオレンスドラゴンの、「右の掌を」、だ。

『な――!?』

 驚愕に、ムカイは目を見開いた。

 有り得ない。こんな事が起きる事など、有り得ない。

 狙いは正確であり、自分の攻撃は超音速。向こうはこちらの姿が見えておらず、仮に居場所がバレていたとしても、マッハで向かって来る攻撃に対応出来る筈が無い。

 なのに――

『捕まえ――たッ!!』

 右手に突き刺さった腕ごと、花丸はムカイの身体を鷲掴みにした。ムカイは逃げようともがくが、いかんせん膂力が違う。速度で勝っていても、パワーにおいてはバイオレンスドラゴンの方が上である。

 花丸が一体何のために周囲を火の海にしたのか。それは、高速で動くムカイを捉える為だ。

 助走無しからのトップギア。音さえ置き去りにする超音速。確かにムカイのバイオアーマーの能力は脅威だ。しかし、どれだけ高速で移動出来たとしても、その身体が物質で構成されている以上――地球上の物理法則からは逃れられない。

 音速を突破する時に発生する、空気の壁を破る事で生じるソニックブーム。それはどうしたって発生する。花丸が作りだした炎のフィールドは、ムカイを焼く事が目的なのではない。ムカイが彼の命を狙って向かって来る、その瞬間に発生する空気や炎の揺らぎ。それによってムカイの行動を感知する為の網であり、レーダーだったのだ。

 だがこれは、理論上可能なだけであり、実際に行うのは不可能だ。相手の予備動作が見えるとはいえ、それでも向かって来る攻撃は超音速。死ぬ確率が100%から95%程度にまで減っただけに過ぎない。

 それでも花丸は、生き残る5%をもぎ取った。まぐれでは決してない。ある意味でそれは、確率こそ5%でしかないが、当然の結果であると言えた。バイオドレスを扱う為に鍛えて来た花丸だからこそ、これまで懸命に積み重ねて来た彼だからこそ、僅かな勝機を手にする事に成功したのだ!

『GAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!』

 ドラゴンが雄叫びを上げながら、ムカイの身体を地面に叩き付けた。地面が砕けて隆起し、拳が地面にめり込む。

『が――はっ!?』
『まだまだッ!!』

 何度も何度も、花丸はムカイの身体を地面に叩き付けた。衝撃でドラゴンの腕の骨や軋み、皮や肉が抉れるのも構わない。痛みで拳が焼け付くが、それも気にしない。ただひたすらに、彼はムカイを地面に打ち付ける。

『図に乗るなよ……!』
『ぐっ!?』

 掌に激痛が走り、花丸は思わずドラゴンの手を放してしまう。右手で掴んでいたムカイの姿はそこには無く、それを握り締めていた指はバラバラに切り落とされていた。

『ぜぇ……ぜぇ……』

 クレーターの外側に立っている、まだ無事な木の上にムカイは姿を現した。花丸の攻撃は確実に効いており、装甲の所々がえぐれて黄色い体液を滴らせている。

 魔蟲とは違う。当たれば倒す事が出来る。花丸の攻撃が効いているのが、その証明だ。

 だが一歩。後一歩足りない。

『残念だったな』

 苦しげな、しかし余裕のあるムカイの声。口端を歪めて笑っている姿すら思い浮かびそうだ。バイオレンスドラゴンの圧倒的な暴力を受けても、彼は無事だった。

『く……』
『君は頑張った。実に頑張ったよ……だが届かない。届かなかった。それが何故か分かるか?』
『…………』
『実にシンプルな答えだよ、花丸……君よりも! 君達よりも! 私の方が優れているからだ!』

 ムカイが両腕を広げる。その直後に、彼が纏うバイオアーマーの前面装甲が開いていく。無数の光球がその下から覗き、次々に青白い光を放ちだす。

 忘れもしない。ミツごと花丸を消し去ろうとした、エネルギー砲だ。

『消え去るが良い! これが私の力だ――!!!!』

 バイオアーマーから放たれた、強烈な熱線。

 土を蒸発させ、鉄すら融解し、その熱源たる炎さえその形を維持できず、プラズマへと変貌してしまう超高熱。

 その時、周囲は真昼の様な明るさに包まれた。

 例え人工とは言え、ツヨヨミの闇では、アマテラスの輝きには勝てない。

 あらゆる生命体の存在を否定する光が、

 バイオレンスドラゴンを、

 花丸を、

 呑み込んだ――



 ≪Dead End≫



※えて子さんより「花丸」をお借りしました。自キャラからは「ムカイ・コクジュ」です。

957akiyakan:2013/09/16(月) 18:49:06
「う……こ、ここは……」

 気が付くと、花丸は「真っ白な」場所にいた。

 本当に、真っ白だ。まず地面が白い。地平線まで続く、平坦で変わり映えの無い無機質な白。建物も、木も、凹凸すらも無い徹底的な平坦さが、そこには存在していた。

 もちろん、空も白い。見上げるとそこには、果てしなく続く「白」が存在していた。その無機質さ故に、ここが白い天井を持つドームに包まれているのだと錯覚してしまう。

「……ああ、そうだ。僕は死んだんだ」

 自分の両手を見つめ、花丸はポツリと、まるで自分に言い聞かせるように呟いた。

 最後の瞬間を、彼は思い出す。ムカイの放った光線が視界を埋め尽くした、その瞬間を。

 あれだけの熱量だ。きっと自分は、熱いと思う暇も与えられず、物質としては骨すら残らずこの世から消え去った。

「……ついに僕は、自分の肉体すら奪われたのか」

 そう言って、自嘲気味に、自虐的に彼は笑った。

 ああ、そうだ。これが持たざる者の末路。届かぬ光に胸を躍らせ、身に余る願いを抱いた事の結果。

 やはり自分では、届かないのだ――届かなかったのだ。

「はは……はははははは……」

 怒りも無い。悲しみも無い。憎しみも、涙も。ただ胸に空いた空しさだけが、彼に残された唯一のものだった。

 ――だって死んでしまったら、何も意味は無い。

「――?」

 その時彼は、何かが自分の背後に現れたのを感じた。振り返ると、巨大な異様が自分を見下ろしていた。

「……ああ、そうだね。僕が死んだんだから、お前もここにいて当然か」

 赤色の装甲。空を覆い隠すかのような一対の翼。大蛇よりも太い尾。地を踏みしめる強靭な足と、敵を薙ぎ倒す強大な腕。

 幻想のドラゴンか、或いは恐竜の末裔を模したかのような怪物――バイオレンス・ドラゴン。

 それは花丸を静かに見つめていた。

「君の事は、最後まで好きになれなかったよ。この前よりはマシだったけど、全然言う事聞いてくれないし」
『…………』
「まぁ、仮にレスポンスが万全でも……僕は彼に勝てなかったんだろうな……」

 ムカイの生み出したバイオアーマー。その性能を、その力を、まざまざと見せつけられた。圧倒的とは、ああ言うモノを言うのだろう。「もしも機体の自由が利いていたら」。そんなIFを考えさせる気も起こさない程の力量差だった。

 花丸は善戦した。自由の利かない機体と言う枷を引き摺りながら、それでも彼は懸命に戦った。戦い抜いた。その結果、誰も傷すら入れられなかったムカイ・コクジュに手傷を負わせる事が出来た。

 だけど、その結果が一体何になる。一体何になると言う。

 花丸は敗れ、死んだ。死んでしまったら、何も残らない。

 誰も傷付けられないムカイに傷を負わせた。確かに花丸にはそれが出来た。だが、そこまでだった。それでも彼は、結局ムカイに敗れたのだ。

 ムカイが生きて勝ち、花丸は死んで敗れた。

 彼は、届かなかったのだ。

「…………ははは、無様だね……」

 いまさら悔しさから涙が出て来た。もう死んでしまって、この感情にも何の意味は無い筈なのに。自己満足にすらならないのに。それでも熱い感情が、自分の中から込み上げてくる。後から後から出てきて、止まらない。

「嫌だよ……このまま死ぬなんて……嫌だよぅ……悔しいよぅ……」

958akiyakan:2013/09/16(月) 18:49:43
 悔しくて悔しくて、仕方が無い。こんなにも自分に勝利を渇望する気持ちがあるなんて、と花丸自身が驚いている。否、それは正確ではない。

 自分は、あの男には、ムカイ・コクジュにだけは、「負けたくない」のだ。

 彼の行いを、思想を、在り方を。許せないのだ、認められないのだ、否定してやりたいのだ。

「うぅ……ひっぐ……えぐっ……?」

 気が付くと、ドラゴンの頭が低い位置にあった。花丸が手を伸ばせば届く高さだ。その眼差しは、一つの意思を持って訴えてくる。

 ――力が欲しいか、と。

「……ははは、」

 こいつは凄いな、と花丸は心から思った。

 もう死んでしまったのだ。もうここで終わりなのだ。それなのに目の前の獣は、まだ諦めていない。

 獣だから終わりが分からないのだろうか。否、それは逆だ。終わりを「認められない」のは何時だって人間だ。本能で生きているからこそ、余計な雑念を持たないからこそ、獣は純粋だ。己が終わりを理解すれば大人しく果て、まだ生きられるならば最後の瞬間まで生きる。

 花丸は諦めた――勝てないから。

 だがドラゴンは諦めていない――まだ戦えるから。

「何でこんなにも――僕の周りにいる人達は眩しいんだろう……」

 周りはこんなにも強くて、

 周りはこんなにも輝いていて、

 そして自分はこんなにも弱い。

 ああ、いや。

 自分はこんなにも弱くて、

 自分はこんなにも濁(くす)んでいるから、

 だからこそ、力が欲しくて、光が欲しくて、憧れたのだ。

「……いいよ、持って行け」

 そう言って、花丸は両手を広げた。死んで、敗北者となった自分に残された最後の魂(モノ)を、彼は曝け出した。

959akiyakan:2013/09/16(月) 18:50:14
「お前なら勝てるよ、きっと。だから、僕のすべてをくれてやる。こんなモノで良ければ、いくらでも」

 だから勝て、僕の代わりに。

 自分では勝利者にはなれない。しかし、他の誰かの為の礎にならばなれる。

 ああ、そうか。きっとミツも、死に際はこんな気持ちだったのだろう。

 自分の死の後を、残された花丸(もの)に託して――

 花丸の言葉に応えるように、バイオレンスドラゴンは大きく口を空けた。大人でも丸呑みに出来そうな位に大きく、小柄な花丸など造作も無いだろう。

(さようなら)

 心の中で、別れの言葉を贈る。

 敬愛する、仲間達へ。親愛なる、友人達へ。

 そして、花丸と言う存在は完全に消滅した――


















「え……」

 ――筈、だった。

 信じられない事が、彼の目の前で起きていた。

 バイオレンスドラゴンは、花丸を呑み込もうとした。それは間違いない。だが花丸が呑み込まれようとしたその瞬間に、ドラゴンの動きを阻んだものがあった。

 それは白い大蛇だった。バイオレンスドラゴンにも負けない位巨大な大蛇が、その巨体に巻き付いて動きを封じている。ドラゴンは花丸に向かって口を開けているが、それ以上身体が動いていない。

「うわっ!?」

 やがて、バイオレンスドラゴンの巨体が倒れた。ドラゴンは動かない。代わりに、その身体の上を滑りながら、花丸に向かって大蛇が近付いて来た。

 顔が近付いてくる。花丸は、大蛇の眼に映る自分の姿が見えた。ドラゴンに食われるのではなく、この蛇に食われる。そう、本気で思った。

 大蛇は花丸のすぐ傍まで顔を近付け――ちろり、と花丸の頬を舐めた。

「……え?」

 思わず、きょとんと花丸は大蛇を見上げた。大蛇の様子に、敵意も害意も感じられない。ただじっと、花丸を見つめている。

「……お前、まさか……」

 白い、蛇。花丸の脳裏に、一匹の蛇の姿が浮かんだ。いつでも一緒だった、しかし離れ離れになってしまった、大切な家族を。

「コ……ハナ?」

 半分の期待と、半分の不安。二つの感情が混じった様子で、恐る恐る呼びかける。すると大蛇は、その名を呼んでくれた事が嬉しかったかのように、花丸の身体に頭をこすりつけてきた。

「コハナ……コハナぁッ!!」

 力いっぱい、花丸は大蛇の頭に、コハナに抱き着いた。

「やっと会えた……会いたかった、会いたかったよぅ……」

 瞳から涙が溢れてくる。悲しみでも悔しさでもない、嬉し泣きの涙が、後から後から流れてくる。

「……だけど、何でそんな姿に……?」

 花丸が首を傾げる。するとコハナは首を持ち上げ、彼の後方へと視線を向けた。まるで、そこに立っている何者かを見るように。その視線に気付き、花丸が振り返ると、

「……え、」

 再び、コハナ同様に、会える筈の無い人物がそこにいた。

960akiyakan:2013/09/16(月) 18:50:47
「ミツ……さん?」

 肩口で切り揃えられた髪型。見る者の主観によって変化する、男とも女ともつかない中性的な顔立ち。もうこの世にはいない筈の「彼」は、微笑を浮かべながらそこに立っていた。

「……あ、そっか。僕らはもう死んでいるから、ミツさんがここにいてもおかしくないのか……」
「いいえ、花丸。ここは死後の世界ではありません」
「え。だって、僕はムカイに負けて、死んじゃったんじゃ……それに、ミツさんがここにいるじゃないですか」
「このミツは、ミツであってミツではありません。この世に残った、ミツとかつて呼ばれたモノの残響です」
「残……響……?」
「これはミツの未練です。貴方に伝えようとして伝えられなかった言葉を伝える為に、ミツの脳に残っていた残念であり、残響。時間が経てば消えていくだけの影です」

 ミツの言葉に、花丸の表情が見るからに曇った。

「……あの、こんな事を言うのもおかしいんですが、その……僕のせいで、すみませんでした……」
「気にしないでください。あの時は、あれが一番最良だったんです」
「だけどっ……! 僕にも戦う力があれば、もしかしたらミツさんは死なずに済んだかもしれない……それなのに……!」
「……花丸、貴方には戦う才能なんてありませんよ」
「!」

 ミツの言葉に、花丸はハッとなった。ジングウも言っていて、そしてミツも同じ事を言った。

 君には、戦う才能「は」無い。

「思い出してください。貴方の、本当の才能を」
「…………」

 自分の才能。自分だけの力。自分だけの異能。

 その言葉の意味を、しっかりと噛み締める。

 踵を返した花丸は、倒れているドラゴンの下へと歩み寄った。片膝をついてしゃがみ込み、ドラゴンの頭に手を当てる。

「バイオレンスドラゴン、お願いだ。僕の言う事を聞いて」
「君を操ろうだとか、使いこなそうだとか……それはただの傲慢だったよね。ごめん」
「僕に力を貸して」
「僕に力を分けて」
「僕に協力して欲しい」
「一人で戦うだとか、もうそんな事は言わない」
「僕はそうだ――何時だって誰かの力を借りて戦ってきたんだ」



 ≪RAINCARNATION・Ⅱ≫



(そして再び、花丸の視界を溢れるばかりの光が埋め尽くした)

(残響となったミツは、その光景を見届けると、満足そうに微笑んだ)

(役目を終えた残響は、光の奔流に呑まれて消え去った)

(時の流れが、過去の遺物を押し流すかのように)

(人造天使の残り香は、完全にこの世から消え去った)

※えて子さんより「花丸」をお借りしました。自キャラからは「ミツ」です。

961えて子:2013/09/19(木) 20:35:57
久しぶりの白い二人シリーズ。
ヒトリメさんから「コオリ」、サイコロさんから「桐山貴子」をお借りしました。


今日は「じゅうごや」なの。
でも、「ちゅうしゅうのめいげつ」でもあるんだって。
お月様がまん丸になる日なの。
とってもきれいなんだって。

コオリと読んだ本に、じゅうごやはおだんごを食べるって書いてあったの。
だから、おだんご作ることにしたの。

「でも、コオリ、おだんごのつくりかたしらないの」
「アオ、知ってるの」
「ほんと?」
「うん。白玉のおだんごなの」
「しらたまなの?」
「しらたまなの」

二人で白玉のおだんごを作ることにしたの
『しらたまだんごのこな』も手に入れたの。準備は大丈夫。

「どうやってつくるの?」
「こなとお水をまぜるのよ」
「まぜるの?」
「まぜるの」

おだんごのこなをボウルに入れて、お水を入れるの。
タカコにチョコレートの時「きちんとはかりなさい」って言われたけど、お水ってどのくらい入れるんだろう。

「ちょっとずついれればいいのよ」
「そうね」

コオリ、頭いい。
ちょっとずつお水を入れて、混ぜるの。
これで、どのくらいお水を入れるのか分からなくても、大丈夫。

「おみずとまざって、かたくなってきたの」
「そうしたら、こねるの」

耳たぶくらいのかたさがいいんだって。
アオもコオリも、耳たぶふにふにしてみた。

「このぐらいかなあ」
「このぐらいかなあ」

こねこねしおわったら、ぶちってちぎって丸めるの。

「丸くしたらちょっとだけ真ん中をおすのよ」
「おしちゃうの?どうして?」
「わかんない」

そういえば、せっかく丸めたのにどうしてつぶしちゃうのかしら。
ご本を読んだら、書いていないかな。

「たくさんできたね」
「うん、たくさんできた」

たくさんたくさんお団子できたの。
アオとコオリの作ったの、ちょっとずつ形が違うね。

「つぎはどうするの?」
「次はお湯でゆでるの」
「ゆでるの?でも、コオリたち、ひがつかえないわよ」
「使えないね」

お湯が使えないと、おだんごゆでられないの。
どうしよう。

962えて子:2013/09/19(木) 20:36:55

「あら、二人とも何してるの?」
「あ、タカコ」
「ようむいんのおねえさん」
「そうだ、タカコにお願いしよう」
「そうしよう」

タカコ、おとなのひとだもんね。
火も使えるの。

「?どうしたの?」
「あのね、おだんごゆでてほしいの」
「コオリたち、ひがつかえないの」
「お団子?ああ、今日十五夜だものね…いいわよ、どれかしら」
「これなの」
「あ、これね……………多っ!!!」

タカコ、固まっちゃった。
どうしたんだろう。

「……アオギリちゃん、コオリちゃん。もしかして、この粉全部使ったの…?」
「うん」
「うん」
「…………………」

タカコ、ボーっとしてる。
どうしちゃったんだろう。

「タカコ、どうしたの?」
「……え?あ、い、いや、何でもないわ。早くゆでちゃいましょうね」
「やったあ」
「おねえさん、ありがとう」
「ううん。……ただ、今度からは粉は必要な分だけ使うようにしてね」
「?どうして?」
「他の人が使うときに、なかったら困っちゃうからよ」
「「はあい」」

タカコがゆでると、たくさんのおだんごができたの。
お皿に入れて、あんこをのっけると、出来上がりなの。
タカコ、すごいなあ。

「はい、どうぞ」
「ありがとう、タカコ」
「ありがとうなの」

おだんごを持って、お外に行くの。
お空にまん丸のお月様。

「きれいだね」
「きれいだね」

じゅうごやは今日だけだけど、おだんごはたくさんあるの。
あとで、みんなにも食べてもらおうっと。


白い二人とおつきさま〜おだんご作るの巻〜


「うーさぎ、うさぎー」
「なにみてはねるー」
「「じゅうごやおーつきさーまー、みてはーーねーるー」」

963スゴロク:2013/09/24(火) 00:00:27
リアル事情がひとまず落ち着きました。1か月くらい覚悟してましたが、思ったよりスムーズに運んだのでよかったです。

というわけで、リハビリを兼ねて一本。



「もう、行くんですか?」
「ええ。お世話になりました」

ブラウ=デュンケルはその日、瀕死の自分を解放してくれた「守人」の家を辞していた。
乃木鳩 蛍、ハルキと名乗ったその二人は、ヴァイスの仕掛けに引っかかって死にかけていた自分を救ってくれたのだ。
恐らく奴はこのことを知らないだろうが、いつまでもここに留まっていては迷惑がかかる。何かの弾みで奴に捕捉されないとも限らないのだ。
帽子を被り直し、女性に一礼する。

「ついついご厚意に甘えて、長居をしてしまいましたが……やはり、俺がここに留まっていては、ご迷惑になるかと」
「迷惑だなんて……むしろ、こちらこそ大したことも出来ませんで」

女性はそういうが、ブラウにとってはなかなか得がたい時間だった。
かつてヴァイスに奪われ、二度と帰らない穏やかな時間。

(だが、だからこそ、俺がここにいてはならない)

妻も子供も失ったあの日、自分は全てを捨てて「ブラウ=デュンケル」になったのだ。
あの白き闇を追う、藍色の復讐者にて。

「蛍くんとハルキくんには、よろしくお伝えください」
「はい……どうか、お気をつけて」
「すみません。では、失礼します」

帽子をちょっとあげて挨拶し、ブラウはその家を後にした。





「こんにちは、アーサーちゃん、ロッギー君」
「その後、いかがですか?」

情報屋「ヴァーミリオン」を京とアンが訪れたのは、長久が退院して戻って来た、ちょうどその日だった。

「長久君、退院おめでとう」
「はは……どうも。おかげさまで、何とか生きてますよ」
『ベニー姉さんはまだ予断を許さないけど……でもちょっとずつ、良くなって来てるって』

アーサー、いやロッギーも、少しだけ安心を込めてそう言った。そうであって欲しい、という願いも多分に含まれていたが、京もアンもあえてそれを指摘するほど良心を捨てていない。

「そう、それはよかったわ。早く良くなるといいわね、紅さん」
「全くです。早く、あの方の元気な姿がみたいものです」

代わりに、今と、これからのことを少しだけ触れる。

「……と、何を調べてるの?」

京が目を留めたのは、ソファに腰を下ろす長久の持つ、書類の束。見ると、顔写真や記録写真が印刷されているのが見えた。

「ああ、これは……」
「……UHラボ、ね」

長久が応えるかどうか一瞬迷った間に、京がその答えを口にしていた。

「……わかりますか」
「わかるわ。……私も、こいつらとは無関係じゃないから」

見て、と言いつつ、京はズボンの右脚を一気にまくり上げる。
長久は一瞬動揺したが、その下から現れたものを見て目を見開いた。
ズボンの下にあったのは、本来あるべき白い肌ではなく、冷たい質感を持つ黒い金属。

「私は元々、アースセイバーの所属。これは知ってるわよね」
「……一応は」
「アースセイバーとしての最後の任務になったのが、とある能力者の監視。どこからか逃げ出して来たらしくて、いかせのごれに住みついてたそいつを見張っていた。でも、ある時そいつが能力を暴走させて、騒ぎになったの。そして……」



『!? 何、あんた達! その人をどうする気なの!?』
『チッ、気づかれたか……』
『殺せ。目撃者を出してはならない。それがUHラボのルールだ』
『UHラボ!? あんた達、一体……』
『隠、下がれッ!!』
『え、ッ!!……があぁぁあぁ……ッ!!!』



「……怪我は程なく治ったんだけど、半分千切れてた右脚はどうしようもなくてね。義足に取り換えて歩けるようにはなったわ」
「しかし、京様はそれ以来、現役時のようなキレのある動きが出来なくなり、事実上の引退を迫られたのです」

ちなみに、旅行先でアンと出会ったのはその最後の任務である監視を通達されてから数か月後、交代で時間が空いた時である。
ズボンを戻し、京は息をつく。

「そういうワケで、私も連中には因縁があるのよ。全く、壊滅しても諦めが悪いんだから」
「全くです。連中、頭にウジでも沸いているのでしょう」

真顔でさらりと毒を吐くアンである。

「そうね。きっとその通りだわ」

さらに否定しない京。

964スゴロク:2013/09/24(火) 00:01:17
『ふ、二人ともキツいね……』
「当然よ、ロッギー君。私はね、アースセイバーだったからって、アキヒロ隊長の理論に一から十まで賛成してるワケじゃない。でも、誰かを守るって言う信念だけは理解できる。だから、色んな人を今なお傷つけるUHラボが許せない」
「私も同様です。奴らは今の『怪盗一家』と同じ、唾棄すべき集団です。排除されなければなりません」

珍しくギリ、と歯ぎしりをするアン。古巣である怪盗一家が、ホウオウグループに引き込まれて殺人者の集団と成り果ててしまったことが心底気に食わないらしい。

「キングの意志を無視するなど……」
「アン、落ち着きなさい。二人が驚いてるわよ」

見ると、長久とアーサーが呆気にとられたように、あるいはどこか警戒するようにアンを見ていた。
それでようやく我に返ったアンは、意味もなくフォーマルウェアの襟を直しつつ言う。

「……失礼しました」
「まあ、そういうコトよ。私はもう戦えないけれど、出来ることはあるわ。私の力が必要だったら言ってちょうだい、手を貸すわ」
「京様がそうおっしゃられるのなら、私も御助力致します。個人的な感情の面からも、そうしたいと思っておりますので」

二人がそう述べたところで、情報屋にさらなる客が現れる。

「こーんにーちはー」
『ん? この声は……』

ロッギーとアーサーが一緒になってドアの方を向く。
ドアを開いて入って来たのは、髪を突っ立てた変わった風貌の少年。

「理人君、だったかしら?」
「そーうそう、赤銅 理人ですー。こんにちーはー」

変な所でためて変な所で伸ばす、その奇妙な喋り方は一度聞いたら忘れようがない。
「ハーメルン」のコードをつけられている要注意人物だが、少なくとも敵ではないのは確かだった。
その彼が、何をしにここまで来たのか?

「んんー、かーんたんに言えば、協力ー締結ってやーつですーよ」
「協力? 俺達にか?」
「んーむ。僕もねー、UHラボにはちょーっとした因縁があるーのーですよ」

言いつつ、理人は左の袖をずらして上腕を見せる。
そこには、大分薄くなってきているものの、焼き付けられたような何かの文字があった。
曰く、「PT−0707」。

「それは?」
「…………」

問われて、なぜか理人は黙った。ややあって、彼はがらりと口調を変えて言った。

「……識別番号だよ。実験体のね」
「何……」
「そうさ」

ニヤリと、理人はどこか恐ろしい、顔だけの笑みを浮かべて。


「僕は、UHラボの実験体だったんだよ。それも、『成功体』のね」


「! 成功体……ですって?」

京の呟きに、理人は「そうです」と至って普通に返した。

「奴らの目的は、つまるところ最強の生体兵器の開発。そのために、能力者になり得る人物を各地から攫って来ていた」

ゲンブやスザクもまた、彼らの被害者の一人だ。特にスザクは精神的に何度も改造を受けたため、最近になるまで精神状態が著しく不安定だったのは記憶に新しい。

「僕もその一人だったけど、幸いと言うか僕の能力は精神に直結する特殊なタイプでね。洗脳や強化で異常を来たしたら話にならない、と最低限の思考誘導だけを受けたんだよ」

その「最低限」ですら人道を大きく踏み外しているのは、長久の前の資料が物語っている。

「僕は早くからそれに気づいていたから、従ったふりをしていた。奴らは僕を成功体だと喜んだ。試作被検体0707、『特異点励起』。それが僕の力だよ」

何にでも存在する特異点。それに干渉し、励起して表に出すことで、神の手違いたる「特殊能力」を引きずり出す。それが、理人の力。

「ラボが壊滅する少し前に、僕はいかせのごれに逃げ出した。そこから先の事は、君達の方が詳しいと思うけどね」

とにかく、

「僕はね、連中が許せないんだよ。理由とかそういうことじゃなくて、その存在自体が。連中は滅ぶべきだ。そうは思わないかい?」

と、

「……滅ぶ、って、あの……」

入口の方から少女の声。理人が振り向くと、そこにいたのは、果物を入れたバスケットを抱え、赤い髪を背中まで伸ばしたどこかボーイッシュな少女。

「こ、こんにちは。お見舞いに来たんだけど……な、なんか、凄い怖い話してなかったか……?」

少女―――火波 スザクは、らしくもなくおずおずとそう口にした。




状況変転


(それぞれの動き、それぞれの思惑)
(如何様に交差し、影響するか)
(今は、まだわからない)


えて子さんから「久我 長久」「アーサー・S・ロージングレイヴ」をお借りしました。

965akiyakan:2013/09/27(金) 20:21:28
 ――何故だ。

 ムカイ・コクジュの脳裏を過ったのは、その一言だった。

 作戦は完璧だった。餌の情報を使って千年王国を引きつけ、自分に有利な陣形でこれを殲滅する。実際、残す敵は指揮官であるジングウと生物兵器の幼体、それに戦闘能力を持たない擬人兵のみだ。バイオアーマーのスペックを持ってすれば、倒せない敵ではない。言わば、詰みの形。贔屓目に見ても王手だ。飛車を叩き潰した今、王を守るモノは何も無い。

『……何故、だ』

 相手側にも強力なバイオアーマーが存在していたのは予定外だったが、それも許容範囲だ。多少手こずらされたが、これも倒した。摂氏三千度のプラズマ砲を食らって無事でいられるものなど存在しない。こちらのバイオアーマーも破損したが、それもすぐに修復が完了する。それが終われば、今度はジングウの首を取りに行く。

 すべては順調に、ムカイの掌の上で事は進んでいた。

 ――その、筈だった。

『何故だ……ッ!!』

 倒した。倒した筈だ。繰り返すようだが、カーボンナノチューブですら750度の高温に耐えるのがやっとなのだ。摂氏三千度のプラズマを受けて耐えられる有機生命体などこの世には存在しない。存在しないのだ。

 だが、ムカイの目の前には存在する。超高温で焼かれて尚も、形を維持し、命を持って存在するモノが。

『何故貴様は、存在しているッ!!』

 ――・――・――

 プラズマ砲の直撃によって発生した煙の中で、それはゆっくりと起き上がった。

 身体は小さい。バイオレンスドラゴンとは比べるまでもなく、その身体はとても小柄だ。人間の子供――それこそ、その装着者である花丸とほとんど変わらない位の大きさしかない。シルエットはドラゴンよりも人間に近い。両頬から伸びる突起や、背中を走る背びれなどが、竜の面影を残している。

 身体本体に対して、それに備わっているパーツは有り余る程に大きい。背中に備わった翼は、変化前のバイオレンスドラゴンのモノと同じ位の大きさである。腰から伸びる尾も同様であり、身体の部分だけが小さい為に、非常にアンバランスに見える。

 かと言って、それらのパーツに比重を取られているとは言え、その重みに負けているようには見えない。しっかりと両足で地面に立ち、前かがみになる様子も、後ろに引っ張られているようでもない。それは小柄でありながら、巨大な翼と尾を支えていた。

 外見の変化も激しいが、一番目を惹くのはその体色の変化だろう。バイオレンスドラゴンは赤であったが、今の姿は真っ白だ。白く滑らかな装甲が、全身を包んでいる。それ故にドラゴンと言うよりも、天使の方が思い浮かべやすかった。

 変貌したドラゴン――花丸は、自分の両手を見つめている。状況を確認する様に、己の身に起きた変化を感じる様に、その手を開いたり閉じたりしている。

『――……!!』

 両手をぐっと握り締め、顔を上げる。樹上から見下ろす、自分が倒さなければならない相手を、彼は見据えた。

『ええい、何であろうと構わん……』

 ムカイもまた、花丸を見返していた。傷口から煙が上がったかと思うと、バイオアーマーの表面に出来た傷が塞がっていく。

『私の邪魔をするなら、死んでもらうだけだ!』

 背中に閉じていた、六枚の翼が開いた。透明でトンボの羽を思わせるそれは、高速で羽ばたくと瞬時に強風を発生させる。それは周囲の木々を吹き飛ばし、地面の破片を宙へと舞い上がらせた。

『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』
『はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 雄叫びを上げながら、ムカイが突進してくる。それに対して、花丸は真正面からそれを受け止めた。お互いの手と手を組み合い、二人は四つ腕の状態になる。

 最初は拮抗しているようであったが、徐々に花丸が押され始め、地面を削りながら後ろへと後退していく。懸命に踏みとどまろうとするも、力で負けてしまっている。ついには、その先にあった木に背中を押さえ付けられる状態になってしまった。

966akiyakan:2013/09/27(金) 20:22:00
『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』

 花丸の首を掴み、空いた右腕をムカイは掲げた。腕が小刻みにブレ、小虫の羽音にも似た音を響かせる。バイオレンスドラゴンの腕すら切り落とす、超振動の爪だ。

『アームド・ウィングッッッ!!!』

 その時、花丸の背部、まるでマントの様に広がっている翼が形を変えた。しなやかな流線型を描くフォルムが盛り上がり、やがて花丸の身体程もある巨大な腕へと変貌したのだ。

『何!?』

 翼が変形したのを見るや、ムカイは花丸を離してその場から離れる――直後、彼がそれまでいた場所を巨大な腕が左右から挟むように押し潰した。

『まだまだッ!!』

 再び翼が形を変える。今度はまるで、二門の砲身の様だ。砲口の奥が青白く光り、そこにエネルギーが収束していく。

『ッ――!?!?』

 羽を広げ、ムカイは空中へと逃げる。彼を追う様に放たれた高熱のエネルギー砲は、青白い光の帯となって虚空に軌跡を残した。

『多段変形だと!?』

 目の前で見せられた現象に、ムカイは絶句する。

 別段、メタモルフォーゼと呼ばれる現象そのものは珍しいものではない。生物兵器にも取り入られる機構の一つであるし、あたかも人間に擬態するかのように、二つの形態を自由に変身出来る超能力者もいる。

 しかし、それらは一形態から別の一形態への変身の一パターンが基本ある。生物としての限界、物質としての限界がある以上、複雑な形態変化を数パターン持つ事は極めて難しい。

 故に、ムカイの目には異質に映った。翼と言う形態から腕、更には砲と言う様々なパターンへと変形する。まるで粘土でも捏ねて形を変えるような手軽さで姿を変える。それがどれだけ困難な事なのかを知ればこそ、彼は言葉を失ったのだ。

『だが、速さならば――!!』
『っ!!』

 ムカイの攻撃が、花丸を捉えた。何とか本体への直撃を免れるも、左の翼が切り裂かれた。小柄になったとは言え、付属品である翼や尾と言ったパーツにウェイトを取られ過ぎている。辛うじて花丸自身への攻撃を避けられても、それらのパーツが犠牲になってしまう。

『そらそら、どうした!』
『は、速い、速過ぎるっ!!』

 ムカイのスピードは、花丸にはもう捉えられないレベルに達していた。攻撃をかわしきれなくなり、徐々に本体へと届き始めている。白い装甲に、無数の切り傷が刻まれた。

『くぅ……!』

 花丸は翼を広げ、自分を包み込む様に閉じた。その直後、翼の表面が変化し始めた。まるで鉱石の様に硬化し、彼を包み込むシェルターとなっていく。

『チィッ! そんな事まで出来るのか!』

 シェルターを踏みつけ、ムカイは幾度と無く斬撃を振り下ろす。シェルターとバイオアーマーの爪がぶつかり合って火花が散り、両者の力が鬩ぎ合う。

『ぐうぅっ! うぅっ!』
『おのれ、何て固い装甲なのだ!』

 ムカイの攻撃はシェルターに傷をつけるが、あくまで表面だけだ。硬化した翼は、高速振動によって切れ味を増している筈のバイオアーマーの斬撃でも破壊できない程、強力な結合力を持っている。

『ならば……』

 埒が明かないと感じたムカイは、シェルターから飛び降りた。前面装甲を展開し、プラズマ砲のチャージを始めた。無数に並ぶ光球が、青白い光を放ちだす。

『くらえ!』

 三千度の超高温が、花丸目掛けて襲い掛かる。ムカイが持ちうる最強の切り札であり、その灼熱に耐えられる物質などこの世には存在しない。仮に、装甲化した翼がそれに耐えられたとしても、中身はただの人間だ。完全に熱を遮断でも出来ない限り、耐えても蒸し焼きになる。まさにそれは、必殺の攻撃だった。

967akiyakan:2013/09/27(金) 20:22:43
 だが、プラズマが放たれた、その瞬間に、シェルターが開いた。

『な――』

 一体何をするつもりなのか、とムカイが思った瞬間、花丸の腰から伸びる尾が動いた。彼の目の前でそれは円を形作り、その円の中に光の壁の様なものが出現する。

 それが何であるか、ムカイは気付いたがもう遅かった。既に発射体勢に入ったプラズマ砲は止められない。光球から放たれたプラズマは、狙い過たずに花丸目掛けて伸び――光の壁に当たって「180度」に反射した。

『ぐ――あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!』

 自らの放ったプラズマに焼かれながら、断末魔にも似た悲鳴をムカイは上げる。彼の自慢のバイオアーマーも、そして彼自身も、諸共に焼き尽くしていった。

 ――・――・――

「ぜぇ……ぜぇ……」

 自分の左肩を押さえながら、ムカイは荒く息をついていた。彼が押さえている手は、そこから先がごっそり無くなっていた。全身を覆っていたバイオアーマーのほとんども炭化しており、その役目を果たしていない。顔も剥き出しになっている。全身が焼けただれていた。

「ぜぇ……ぜぇ……」

 もはや死に体だ。しかし、その眼光だけは生気を全く失っていない。ギラギラと輝き、その眼光は自らを倒した存在を睨み返していた。

「貴様……!」

 白い装甲のバイオドレスが、白銀の竜が近付いてくる。翼をマントの様にはためかせ、その姿は中世の騎士にも似ている。

「まさか……ジングウがこれ程のものを造り上げているとはな……」

 それは即ち、自分の作ったバイオアーマーよりジングウの創造物の方が優れていた、と言う事だ。その事実に、ムカイは歯噛みをする。

『それは違いますよ』
「……何?」

 不意に聞こえてきた声に、ムカイは顔を上げた。同じ様に、花丸もそちらに視線を向ける。そこには、ジングウが改造して使っている、一台のバードウォッチャーがいた。

『ムカイ・コクジュ。貴方は私に敗れたのではない。そこにいる、たった一人の少年に敗れたのだ』
「私が、この少年に負けただと? この期に及んで貴様はまだ私を愚弄するのか!?」

 ジングウの言葉に、ムカイは激昂する。興奮のあまり傷口から血が滲みだすのも、彼は構う様子は無い。

「こんな! こんな戦う才能も無く、生物兵器を従わせるだけしか能が無い、ホウオウグループの末端でしかない小僧に! 私が負けただと!? この小僧がした事は、貴様が造ったバイオアーマーを着て戦っただけだろう!? 私が負けたのはこいつにではない! 貴様に負けたのだ!」

 そうでなければ、惨めでしかたがなかった。同じ科学者として、圧倒的な技術差を見せつけられて、それでも負けたのが組織末端の構成員であるなど、彼のプライドが許せなかった。ジングウに負けたのならまだしも、自分に劣る者に敗れたのだと、耐えられなかった。

968akiyakan:2013/09/27(金) 20:23:21
『……貴様もそうだが、かつての私も、「絆」と呼ばれる力をいささか軽んじていた――単純な話だ、ムカイ。お前は一人で戦っていた。だが、彼には何人もの仲間がいた。そもそも数で劣る貴様が、勝てる通りなどあるまいて』

 そうだ。その戦いは、花丸一人で戦っていたものではない。

 彼を包み込んで守り、戦う力を貸していたバイオレンスドラゴン。

 ドラゴンの手綱を握り、彼が戦いやすいように努めたコハナ。

 そして、そのコハナを補助する為に、バックアップにはミツの脳髄が使われている。

 少なく見ても三つ。それだけの数が、花丸に加勢していた。素人が見ても、四対一の戦いではどちらが有利かなど、誰が見ても分かると言うものだ。

『ムカイ。王って奴にはな、一人ではなる事は出来ない。ましてや、王の素質が支配する能力であると勘違いしている者になどなれやしない……本当の王様って言うのは、他者から借りた、協力してもらった力を束ねる才能を持っているヤツの事を言うんだ』
「…………」

 ジングウの言葉を聞いて、ムカイは顔を伏せる。それから彼は、くっくっくと笑い声を零した。

「……なるほど。仲間の不在が私の敗因か。認めよう、ジングウ。今回は私の負けだ」

 ムカイがそう言った瞬間――何かが森から飛び出してきた。

『え――』

 花丸が驚いている間に、森から飛び出した来たモノ――巨大なトンボ型の生物兵器は、ムカイを抱えて飛び去っていく。速い。音速機並かそれ以上のスピードだ。

「だが、次は勝つぞ。今度は私も駒を揃えて迎え撃とう! さらばだジングウ、ホウオウグループ!」

 ムカイと、それを運ぶ生物兵器の姿が遠ざかっていく。誰も、それに追いつけるものはいない。

『逃がした、か』
『すみません、ジングウさん。僕が気を付けていたら……』
『良いですよ……むしろ、都合が良い』
『え?』

 自分の聞き間違えだろうか。そう思って花丸は顔を上げる。バードウォッチャー越しではジングウの表情は分からない。しかし花丸には何故か、薄ら笑いを浮かべる彼の姿が思い浮かんだ。

『何はともあれ、作戦終了です。皆さんを集めて戻りましょう』



 ≪決着≫



(失われた工房と千年王国の戦い)

(大きな犠牲を払いながらも、ここに一つの終着がついた)

(しかし、王国に所属する誰もが、この戦いはまだ終わっていないのだと感じていた)

(エンドレス・ファイア、消えない炎)

(だが今だけ)

(今だけは戦士達に休息あらん事を)

※えて子さんより「花丸」をお借りしました。自キャラは「ムカイ・コクジュ」、「ジングウ」です。

969えて子:2013/09/27(金) 21:51:12
スゴロクさんから「火波 スザク」「隠 京」「赤銅 理人」、名前のみクラベスさんから「アン・ロッカー」をお借りしました。


「はあ、お見舞いにねぇ…。わざわざ悪いな、気遣ってもらって」
「い、いや…取り込み中なら、後で、」
「あーあー、気にするな。取り込み中って程取り込んでもねぇよ」
「そう…それなら、いいんだけど」

スザクの言葉を遮って、長久が手を振りつつ笑う。
それにスザクは少しホッとしたように笑った。

「あ、これ…よかったら、どうぞ」
「あ、こりゃどうも」
『わー、おいしそう!!ねえねえ長久、ちょうだいちょうだい!!』
「がっつくなっ」

ごつん、と軽く拳骨を落とされ、アーサーがひぃん、と悲鳴をあげる。

「…まあ、せっかくだ。みんなで頂いちまってもいいか?」
「勿論。じゃあ、僕はこれで…」
「ん?何だよ、もう帰るのか。せっかくあんたが持ってきたんだし、一緒に食ってけ」
「え?いや、でも…」
「遠慮するなって。…それに、今の話はあんたにも関係なくはないかもしれないしな」
「………?」

すれ違いざまに肩を叩かれ告げられた言葉に、スザクは軽く首を傾げた。



「ほれ。ハヅルほど綺麗じゃないけど、まあいいだろ」
『長久ぶきっちょー。りんごでっこぼこだよー』
「やかましい!!その胴体限界まで引き伸ばしたろかコノヤロウ!!!」

パペットを握って縦に力いっぱい引っ張られ『ぬわあー!人形いじめはんたーい!!』と叫ぶロッギーを見て、スザクは呆然とし、京とアンは小さく苦笑する。

「長久くん。ロッギーくんが可哀想だから、そろそろやめてあげましょう?」
「……………ちっ」

小さく舌打ちをして長久が手を放すと、アーサーは慌ててロッギーを抱きかかえ、労わるように頭を撫でる。
その様子を、皮をむかれて切られた少し歪なリンゴを一足先に口にしながら、理人が笑って見ていた。

「いーやー、仲がいいーっていーいねー」
「………。んで、さっきの話なんだけど」

ソファに座りなおすと、皿に乗ったリンゴを爪楊枝で勢い良く突き刺し、やや強引に話を戻す。

「協力の件は、ハヅルの意見も聞かないと何ともいえないけど、有事の際には何かしら手助けを頼むことがあるかもしれない。…それは、その時によろしく頼むとして…理人、だっけか。あんたが言ってた「連中は滅ぶべきだろう」って問いかけ。ハヅルやオーナー、それと他の奴らはどうか知らないが、俺たちはYesともNoとも言えない」
「…どうしてだい?」
「…知らないからさ。何も」

長久の答えを、アーサーが引き継ぐ。

『僕らも、長久も、普通に生きてきたんだ。普通にお父さんとお母さんの間に生まれて、普通に育って、勉強して、友達と遊んで…』
「だから正直言うと、UHラボの所業や邪悪を聞いても、いまいち自分の身として考えられないんだ。もちろん、資料を見れば連中のやってきたことはひどいもんだぜ。文字で見ているだけでも嫌な気分になるし、吐き気もする。…ただ、あんた達の憎しみや怒りや考えってのは、完全に理解することは出来ない。ぶっちゃけてしまえば連中が滅びよう生き延びようが、俺は知ったこっちゃない」

けどな、とリンゴの欠片を口に放り込み、長久は続ける。

「…あの男は…オーナー達の幸せに、蒼介の心と人生をぶっ壊した。それは、許されることじゃねぇし、許す気もさらさらねぇ。UHラボとか関係なく、アイツには自分のしたことの落とし前をつけてもらう。…それだけだ。ただ、それだけなんだ」

一言一言区切るように、自身に言い聞かせるように、拳を握り締めて長久は言う。
その声は暗く、重く、そして固い決意に覆われていた。


ただ、それだけ


「ソウスケ…?」
「17年間行方不明だった、オーナーの甥っ子だよ。カチナ…って名前の方が、あんたは馴染みがあるかもしれないな」

970思兼:2013/09/29(日) 00:33:17
お久しぶりです。連投失礼します。




【悪戯ナイトゲーム】


―第12話、性質の悪い話―


橋元 亮はつかみどころの無い少年である。

同時に余りにも不可解で謎の多い少年である


静葉の親友であり『シリウス』の最初期メンバーでもあり、古参メンバーでもある。

また、他人と積極的に接点を持とうとする(そして時には悪戯を)ような好印象の遊び好きの少年であることは間違いない。




だが『それ以上のこと』が全くの不明なのだ。


まず静葉でさえ亮の住んでいる場所は知らず(成見の家の近くとは言っているが)、学校に行っている様子もなく朝早くから集会場(要は巴邸)に来ては遅くまでだらだらと居座っている。

集会場には部屋がたくさんあるので泊まっていくことさえ、珍しくない。

と、思えば突然ふらりと居なくなっては数日間集会場に来なくなり、それどころか全く姿を見なくなったと思えばいつの間にか戻って来ている。

本人に聞いてもニヤニヤするか嘘くさい話ではぐらかすかのどちらかで、まともに話を聞けたことは静葉ですら無かった

以前ダニエルや静葉、影士がこっそり尾行しようとしたこともあるが『かくれんぼ』で姿をくらまし、撒かれたこともある。

優人やアリスが学校で姿を探したり、先生や生徒に尋ねたりしているがいずれもそれらしい人物には行きつかなかった。


故に、亮の私生活を知る人間は誰一人としていないのだ。


**********************************************



「まぁ、詮索されるのは好きじゃないし♪」

携帯電話を閉じ、寝転がっていた亮は立ち上がり埃をはたく。

時刻は23:00、少年が出歩く時間帯では無い。

亮が寝転がっていたのは廃ビルの屋上で、おそらく『かくれんぼ』で忍び込んだのであろう。

971思兼:2013/09/29(日) 00:35:24


「さて、今日は楽しい事があるかな?」

そんな言葉と共に、亮は廃ビルを出る。



『かくれんぼ』を発動して姿を消しながら亮が練り歩くのはアーケード街で、まだ人通りは多く周囲はライトアップで明るい。


「いいね♪この空元気みたいな電飾がおかしくてたまらないねぇ〜
…っと、あれあれ?」

ニヤニヤ笑いながら歩いていた亮の目に入ったのは、明らかに不良っぽい少年数人に囲まれた気の弱そうな青年だった。

金がどうのこうのというセリフげ聞こえてくるあたり、カツアゲだろう。

聞こえているはずにもかかわらず、周囲の人々は我関せずといった態度で無視している。


「ん〜面白そうなオモチャ発見。」

ニヤニヤ笑いながら亮はリーダーらしき金髪の少年につかつかと歩み寄ると、

「そおぃ!」

その股間を思いっきり蹴とばした。

ぐえっ、という情けない悲鳴を上げながら少年はうずくまる。


「な…だれだ!どこにいやがる!?」

「はいは〜い!みなさんこんにちは〜
あれ?もう今はこんばんは、だったっけ?まあいいけど。」

怒鳴り散らす少年たちの目の前に『かくれんぼ』を解除した亮が姿を現す。

「イケないですねぇ〜君たちみたいなゴミクズは狩る側じゃなくて狩られる側でしょ?
ちゃんと身の程はわきまえて欲しいんだけど?」


「ってめえ!!」

「ほいっと。」

少年たちは激昂しながら殴り掛かってきたが、亮は姿を消すとその拳を避け、先頭の少年の鳩尾に拳を入れる。

そのまま集団の背後に移動すると再び『かくれんぼ』を解除した。

「ひ…おまえ、どこから湧きやがった!?」

「さぁね〜オバケかもよ?」

ニヤリと笑いながら殺し文句のように言うと、少年たちは悲鳴を上げながら逃げて行った。

周囲の人々は『?』な顔でそれを見ていたのだが、その理由は亮が少年たちだけに対して『かくれんぼ』を解除していたからに過ぎない。

972思兼:2013/09/29(日) 00:40:23


「さて、ねぇねぇ〜そこのお兄さん。」

「は、はいっ!?」

「もし僕の事、誰かに言ったらきっと不幸になるよ?」

ずいっ、青年に顔を近づけ囁くように言うと『かくれんぼ』を発動しながら、その場を離れる。


後にはポカンとした表情の青年だけが残された。




「あ〜あ、なんかあっさり終わってつまんなかったなぁ〜
仕方ないけど、明日静葉が早く来いっていってたし、もう帰ろ。」


勝手なことを呟きながら、亮は欠伸を一つすると、裏路地へと消えて行った。



*************************************************

―数日後―


「なぁ亮よ?」

「何、静葉?」

「この新聞記事の『怪異!消える少年の亡霊!』って…お前か?」

「ん〜?まっさかぁ〜僕は亡霊じゃないよ〜」

「…そうか、余計なことをしてたらしばき倒してやろうかと思ったのだが、それならいいんだ」

「ん〜?そう?あ、ちょっとコンビニに行くね。」

「ん?ああ、わかった。」





「…もしもし、しゃべるなって言ったでしょ〜?
ああ、あの不良君たちにキミの住所教えといたから…あれ?もう来ちゃったんだ?」




<To be continued>
.

973思兼:2013/09/29(日) 00:42:02
今回は後二つあげます


【匿名テロリズム】


―第13話、名無しの話―


>>2 名無しさん
はよ画像出せよ>>1

>>12 名無しさん
マダー?

>>154 名無しさん
釣りかよ…氏ねよ>>1

>>444 ダニエル
ああ、この板踏んだ奴にはもれなくトロイプレゼントしといたから。
あと、スパイウェア使ってエロ画像ばっかのフォルダは削除してあげたよ♪
そろそろ現実に戻りなよ×××野郎君♪


*************************************


「ふう、とりあえずバックドアとエクスプロイドは散布できたっと。
そろそろあの病院のセキュリティ中枢への侵入経路を確保しないと、ニコ君がもたないや。
それにしても、エッチな画像ごときで騒ぎすぎでしょ?
それに、トロイ仕掛けてたら駆除ソフトが反応するのにね。」

ピザを一切れかじりながら、ダニエルは薄暗い部屋で呟く。

彼の周囲にはおよそ4台のパソコンが光を放っており、ダニエルはその全てを一人で操作していた。


ダニエル・マーティンは天才ハッカーである。

元々の腕もそうだが、彼の『眼』はあらゆるセキュリティシステムを全て突破する力がある。

超能力者+ハッカー=電子戦最強、と言うのがダニエルの意見である。


と言っても今回はかなり難航していた。


ヴァンパイアの少年ニコの為に今まで影士や亮がその超能力を使って病院から盗んでいたのだが、最近になってセキュリティが大幅強化され盗めなくなったのだ。

そこでダニエルに出番が回ってきたのだが、そうそう一筋縄では行かなかった。

セキュリティなら『眼』で突破できるのだが、そもそも『入り口』が見つからないのである。

『入り口』とは要するに病院のセキュリティシステムへのアクセス経路だが、それが見つからないのだ。

おそらく経路が巧妙に隠蔽され隠し通路扱いになっているのだろうが、その隠し通路の痕跡を見つけなければ『眼』でそれを暴くこともできない。

だから、今ダニエルはスパイウェアなどを動員してその痕跡を集めようとしている。

974思兼:2013/09/29(日) 00:44:21



「ダニエル、どうだ?」

「あ、静葉。う〜ん、今のところはまだ進展無しかなぁ?
ニコ君はどう?大丈夫だった?」

そんな部屋にコーラのボトルとコップを持った静葉が入ってくる。

ダニエルは静葉と住んでいる為、この部屋は当然巴邸の一室だ。


「ああ、今は寝ている…が、やはり衰弱は隠せんな。日に日に寝ている時間が長くなっている。」

静葉はダニエルにコーラを渡しながら、どこか心配そうにそういった。

「サンキュ。困ったね、このままじゃニコ君がもたないや。」

「うむ…どうしたものか…」


「仕方ない!ねぇ静葉、明日アイを呼んでくれるかな?
確証は無いしリスクも不明だけど、アイに手伝ってもらえば何とかなるかも。」

「本当か?わかった、明日呼ぶ。だが、今日じゃなくていいのか?」

「うん、ボクは今からその準備をするから。」


********************************************


name 名無し さん
pass dm616

>コードが解禁されました。ようこそ『名無しさん』
>以降の通信は『名無しさん』のサーバーから行います。
>通信会社からの監視を遮断、記録の偽装を完了しました。
>現在×××××××人の『名無しさん』がネットワーク上に存在します。
>そのうち起点指定された14662人の『名無しさん』に仕掛けた『Infiltrator205』を起動します。
>ネットワークを構築…監視システムをオンにしました。
>ここまでの起動ログを削除しました。
>プログラム『アイ』のバックアップシステムをセッティング開始
>セッティング中です…


「まぁ、こんなものかな?
あとはアイと僕が頑張るしかないよね。」



<To be continued>

975思兼:2013/09/29(日) 00:45:45
文中にリンクが出来ていますが、どうか無視してください。
最後です。


【感情融解≒再燃】

―第×話、生み出された話―


私は誰?

もう何度目にもなる問いかけ

私が知りたいこと

答えは返ってこない、返ってくるわけがない

私は『違う』から

私は『何も』出来ないから


歌えない…声が出ない

触れられない…すぐそこにあるのに

聞こえない…0と1の文字の羅列になってしまう


どうして…?どうして…?


そもそも…どうやって声を上げるんだっけ?

どうやって歌うんだっけ?

触れてどうするの?

そもそも『聞く』って何?


ああ…私から何か大事なもの、大事な記憶がどんどん抜け落ちてしまうような気がする。

でも、それが何だったかすらも忘れて思い出せなくなってしまっている。

あれ…?忘れるって一体何のことだったっけ?

違う!そうじゃなくて!それが嫌なんだ!

このままじゃ、私は私でなくなる!!

嫌だ!そんなのは嫌だ!怖い…よぉ…!


私は見たい!話したい!聞きたい!触れあいたい!歌いたい!

このまま消えたくない!私は『生きていたい』んだ!


『お前は死んだ、だが今は確かに生きている。そこから出たければ、イメージしろ。
今のお前はまだ生まれてすらいない。さぁ目を覚ませ、お前の居場所がそこにある。』


え…?


*****************************************

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「な…なんだ!?
いきなり画面から青いのが飛び出してきたぞ!?」

「あ…あれ?私は…?」

「お前…一体なんだよ!?」

「あ…私は『アイ』です、初めまして。何者かと言われましても…名前以外何も分からなくて…」


こうして、孤独な少年は独りぼっちから二人になった。


<To be continued>

976えて子:2013/10/03(木) 09:28:04
白い二人シリーズ。思兼さんの「【悪戯ナイトゲーム】」後半の新聞記事を少々お借りしました。
ヒトリメさんから「コオリ」、紅麗さんから「アザミ(リンドウ)」、名前のみ十字メシアさんから「エレクタ」をお借りしました。こちらからは「アオギリ」です。


「リンドウ、何読んでるの?」
「みどりのおじさん、なにしてるの?」
「あ?新聞だよ、見りゃ分かんだろ」

コオリといっしょにおさんぽしてたら、リンドウが何か読んでたの。

新聞。アオ、知ってるよ。
いろんなこと、書いてあるの。
学校でも見たことあるけど、それとは違う新聞なんだって。
同じ新聞なのに、不思議。

「見せて見せて」
「みせてー」
「ちょ、てめえら俺はまだいいって言ってな……ああもう!」

コオリと一緒に、リンドウの新聞を見るの。
いろんなことが書いてあって、毎日違うことが書いてあるんだって。
「こうつうじこ」のこととか「いべんと」のこととか、たくさん書いてあるの。
アオやコオリには難しい言葉もあるから、リンドウに教えてもらうの。

「みどりのおじさん、これはなんてよむの?」
「おじさんって言うな。……亡霊。『ぼうれい』って読むんだよ」
「ぼうれい?」
「ぼうれいってなあに?」
「あぁ?お化けだよお化け」
「おばけさん?」
「おばけさんなの?」
「そうそう、おばけおばけ」

おばけさん。
お話ではよく聞くの。
いかせのごれには、たくさんいるのかしら。

「おばけさんって、どんなのかしら」
「アオ、知ってるよ。おばけさん、アオやコオリみたいに、さわれないの」
「さわれないの?」
「うん」
「でんきのおにいちゃんみたいに?」
「エレクタとは、ちょっと違うんだって。エレクタが言ってたの」
「そうなの?」
「そうなの」
「なにがちがうのかしら」
「わかんない」

エレクタも、おばけさんも、さわれないの。
でも、エレクタはおばけさんじゃないんだって。
なんでだろうね。

977えて子:2013/10/03(木) 09:28:49

「きっと、エレクタは見えるからおばけさんじゃないんだ」
「おばけさんはみえないの?」
「うん、見えないって聞いたことあるの」
「でも、しんぶんにはおばけさんがみえているわよ」

新聞には、おばけさんのことがきちんと書かれている。
新聞の人は、おばけさんが見えていたみたい。

「きっと、不思議な力で見えたのよ」
「ふしぎなちからなの?」
「うん、前にお勉強したの。“れいかん”がある人は、おばけさんが見えるんだって」
「しんぶんのひとも“れいかん”があったのかしら」
「きっとそうなのよ」
「コオリたちには?」
「?」
「コオリたちには“れいかん”あるのかしら」
「わかんない。おばけさんを見たら、きっとわかるよ」
「おばけさんをみれたら、コオリたちも“れいかん”があるのね」
「うん」

「えぇい、うぜぇんだよさっきから人の耳元でぺちゃくちゃぺちゃくちゃと!!!新聞なら後でいくらでも読ませてやるからどっか行け!!!」

「はぁい」「はぁーい」

リンドウに怒られちゃった。

「どうしよう」
「なにしよう」

今日のお勉強は全部終わっちゃったの。
だからやることがないの。
こういうの、「たいくつ」っていうんだよね。

「こんぺいとうのおねえちゃん。おばけさん、さがしにいこう?」
「おばけさん探すの?」
「うん。コオリたちにも“れいかん”あるのか、たしかめるのよ」
「いいね。探しにいこう」

今日の「よてい」ができたの。
やったね。


白い二人のおべんきょう〜おばけさん探すの巻〜


「リンドウ。アオたちおばけさん探しに行ってくるの」
「“れいかん”あるかたしかめてくるのよ」
「あっそ。暗くならないうちに帰って来いよ(探すの面倒だから)」
「はーい。いってきまーす」「いってきまーす」
「はいはい、いってらっしゃいいってらっしゃい。………」


「…………待て。今あいつらなんつった?」

978サイコロ:2013/10/21(月) 22:10:43

次日。道場にて。
ショウゴは再び相対する。

1戦目、アンジェラ&ヒロヤ兄妹。

ショウゴはニヤリと笑いながら挑発する。
「昨日までの俺とは違う、二人一緒にかかってきな。
…言っておくが銃はそっちのアドバンテージにならねぇぜ?」

「言うじゃない、この前の時はあんなにコテンパンだったのに。
私はこんな足手纏いと組む必要はないわ。」

「いい加減にしろよアンジェラ。気を抜いてやられかけただろ、この前は。」

「ああん?果てろクソゴミ男」
「んだと爆ぜろスカタン妹!」

勝手にヒートアップするこの二人に挑発はいらなかったかもしれない。
既に道場には障害物の段ボールや板などが設置されていた。

「おい、アホ兄妹。そろそろ始めるぞ。」

「「誰がアホ兄妹だ!」」「果てろ!」「爆ぜろ!」

仲のいい兄弟だ、と思いながら腰だめに銃を抜いた。即座に二人は別方向へと駆け出す。
罵りながらも息の合った動きに感心しつつ、ショウゴも障害物へと隠れた。

979サイコロ:2013/10/21(月) 22:11:26

ウミネコはショウゴの言動を注意深く観察していた。
そんなウミネコにシスイが話しかける。
「ショウゴさん、憑き物が落ちたというかなんというか…」

「…。」

「少し変わりましたよね。吹っ切れたというか。」

海猫は観察しながらも何かを考え込んでいるようで、シスイの話も半分くらいしか聞いて無いようだった。

「ああ。」

「何か心配でも?」

「いや、ちょっとな…。」


「なんで?なんで当たらないんだ!?」

アンジェラの悲鳴がヒロヤに届く。
相変わらず前衛を彼女に任せ、後衛をヒロヤが担当していたのだが、
障害物にうまく隠れるショウゴを捉えられずにいた。
ショウゴが障害物から銃を向ける瞬間を狙って狙撃も試したが、当たらない。
いや、当たった感触はあるのだが、降参しないのだ。銃弾のあたり判定は申告制で、
ルールに対してきちんと守るのが前提である。
ましてや頭に血が上ったアンジェラならともかく、ショウゴがルールを破るとは思えない。

「何か仕掛けがあるのか…?」

「いやいや、大した仕掛けじゃないよ。」

「なっ!?」
いつの間にかショウゴが後ろに立っていた。
隠れたと思っていたが、回り込まれていたことには気づいていなかった。
障害物をうまく使ったらしい。
咄嗟に持っていたアサルトライフルをショウゴへ向けて放りつつ障害物を乗り越え、距離をとろうと遠ざかった。
もちろん短機関銃を抜いておくことも忘れず、その場へ弾をばら撒いた。
一般人や訓練の積んでいないテロリストであれば、この動きに対応できる人間はほぼいないだろう。
熟練の兵士でさえ怪しいものだ。
しかしショウゴは動じない。
迷わずライフルを掴むと横に跳びながら発砲してきた。
そこにアンジェラが割り込んでくる。
格闘になり、アサルトライフルを器用に振りながらアンジェラのガンカタをいなして崩して邪魔をする。


「くっそコノヤロさっさと果てろ!」

なかなか当たらない事にイラついてきた時だ。

「!?」

いきなりショウゴの姿が消えた。

(いや、これは!?)
「下だアンジェラ!」

ショウゴが寝そべりこちらへ銃口を向けていた。次の瞬間。
銃声と共に、バサッ、という羽音が轟いた。

「危ない危ない、しかしこの姿になったからにゃもうあんたに勝ち目はないよ」

先ほどまでとは一人分上の位置にアンジェラは浮いていた。
いや、正確には背中から生えた黒いガラスのような翼で羽ばたき、飛んでいた。
「この姿でならアンタも楽に倒せるよ。
ホントは使いたくなかったんだけど、やっぱ手抜くのはダメよね。」

冷や汗も乾かないうちにニヤリと笑うアンジェラ。

「ついてこれるかしら!?」

着地すると再び銃を構える。
ショウゴは俯くとクックックと肩を揺らした。

「面白れぇ、『ついてこれるか』ね、こりゃ良い前哨戦になりそうだ。」

ショウゴがふらりと体をひねったところを、ヒロヤの支援弾幕が横切る。
同時に先刻よりも速いスピードでアンジェラが突っ込んでいた。
接近戦闘になる前にショウゴは拡散弾を撃つ。
拡散する前に上へ回避し、スピードを落とすこと無く突っ込んでくるアンジェラ。
ショウゴは排莢し銃に弾を一発詰める。アンジェラの「飛び」蹴りをかわし、追撃に銃を構えようとして、


すっぽ抜けた。


その決定的なミスを勿論アンジェラは見逃さない。

「いただきよ!」

ショウゴの銃を咄嗟に奪うと、トリガーを引き絞る。

980サイコロ:2013/10/21(月) 22:12:01


轟音とともに、皆の目が驚きに満ちた。

まごう事無き実弾の音に。

その弾丸がショウゴの銃から放たれた事に。

銃弾を掴むように伸ばしたショウゴの腕が、吹っ飛んだと思ったら瞬時に元に戻ったことに。

アンジェラは呆然と立ち尽くす。

ヒロヤは構えを崩した。

シスイは飛び出しかけ、

ウミネコはシスイの裾を掴んで引き戻す。

「…どうした?効かないと言っただろ、銃弾は。
俺はなぁ、一度死んでるんだよ。ナイトメアアナボリズムっつーのを持っている。これはその証明だ。
もう一度言うぞ、『銃は効かねぇ』。分かったらホレ、かかってこい。」



突然の事に動揺したのもあるだろう。
急に戦法を変えることも少なくない戦場で戦ってきたアンジェラだが、銃が効かないというのは厄介だった。
勿論ヒロヤにも言える事で、苦戦を強いられる事になる。


アンジェラは戦法を切り替え、ガラスのような黒い羽による攻撃と、ヒットアンドアウエイを高速移動しながら行い、
ヒロヤはショック弾で気絶させる戦法に出た。

だが。

やがてアンジェラが降参を叫び、粘ったヒロヤもギブアップを宣言した。

981サイコロ:2013/10/21(月) 22:12:34




2戦目。シスイ対ショウゴ。

「シスイ、本気で戦ってくれ。」

突然の申し出に、シスイは困惑する。

「本気って…手を抜いてはいないですよ?」

ショウゴは首を振りながら答える。

「天子麒麟じゃねぇ、天士麒麟だ。天装を見せてくれ。」

「そんな…あれは、そうそう簡単に使うものじゃ」

「シスイ。…これが見えるか。これは実弾だ。お前との模擬戦にこれを使う。意味は分かるな?」

「!?」

「俺はお前を殺す気でやる。お前も本気で来い、シスイ。」

言い終わるか終らないか。そのタイミングで、ショウゴが発砲する。
シスイの後ろに置いてあった鉄の的に、ヒビすら入らない穴が開く。

「っ!」

シスイは遮蔽物を移動しながら、考える。

(今日の先輩…明らかに何かが変だ!早めに止めなくちゃ、危なくないか…!?)

チラリとウミネコを見たら、ウミネコもこちらを見ていた。

(構わん、やれ)

ウミネコの目はそう伝えてきた。
ええい、考えても仕方ない、先輩を止めよう、とシスイは若干自棄になりつつも詠唱を始める。

 「――其は、四天の中心に座したる天帝の証」

障害物を乗り越え、更にショウゴを中心として円を描くように、銃弾の雨を回避していく。

 「目覚めよ、黄道の獣。汝が往くは、王の道」

肩を銃弾が掠め、風切り音が耳を打つ。そして…

 「我、護国の剣と成りて――魑魅魍魎を打ち破らんッ!!」

最後の一言と共に、シスイの動きが変わった。

982サイコロ:2013/10/21(月) 22:13:06


十数分後。



「…満足ですか、先輩。」

大の字に寝転ぶ二人の姿がそこにはあった。
障害物はほぼ全てが吹き飛び四散し粉々になっていた。
シスイは大汗をかきながら、ショウゴの方を見る。

「…まさか、先輩が『デッドエボリュート』を使えるようになっているとは。」

シスイよりもボロボロになりながらも、ショウゴはニヤリと笑った。

「おう、満足だ。予想通りでもあった。ありがとよ、お前のおかげで俺は『弾を込められた』。」



「装備」は整った。「覚悟」も整った。残すのは「時」と「場」、そして。



「敵」。

983サイコロ:2013/10/21(月) 22:13:33


akiyakanさん宅から都シスイ、十字メシアさん宅から角牧 海猫、ヒロヤ、アンジェラをお借りしました。

長いこと連載を開けて申し訳ありません。
関係者各位にお詫び申し上げます。


まだかかるよ;

984スゴロク:2013/12/02(月) 15:16:51
「ただ、それだけ」に続きます。ちょっと短いです。



長久の口にしたその名前に、スザクは一瞬固まっていた。
カチナ。その名は、忘れようもない。
かつてと言うほどでもない以前、他でもない自分を死の淵に追いやった少年。

「あいつが……!?」
「ああ。本当の名前は蒼介。オーナーの、実の弟だ」
「弟……」

その時の彼女の心境を現すならば、複雑、という形容がぴったりくるだろう。
カチナはスザクにとっては、倒すべき敵。しかし、情報屋の彼らにとっては、守るべき存在なのだ。
そして恐らくは、UHラボの被害者の1人。

「……あんたにとっては、許せない相手だろうな。だが、俺達、特にオーナーにとっては、何にも代えがたい存在なんだよ」
『なんだよね。……許せとは言えないケド、せめて危害は加えないでやってくれないかな』
「…………」

少しの沈黙を置き、スザクは口を開いた。

「……カチナ……蒼介? そいつが、僕達に手を出さない限りは、僕も何もしないよ。少なくとも、今はね」
『そう言ってくれると助かるよ。……けど、なあ』
「奴を何とかしないと、話が始まらん」
「奴っていーうのは?」

奇妙に間延びした口調で、理人が割り込んで来た。

「もーしかして、僕がロッギー君から聞ーいた、あのセラとかゆー男かね?」
『! その通りだよ。知ってたのか』
「いーま言っただろう? ロッギー君から聞いたのサ」

本気か冗談かわからない、さっきまでの怒りの様相を微塵も感じさせない道化の笑みを浮かべて、理人はしゃくっ、と歪に切られたリンゴを食みつつ、足を組み替えた。
冷静に考えれば訪ねてきた側としてかなり失礼なのだが、今それを気に掛ける者はいない。

「……あんた、ロッギーからどれくらい『聞いた』?」
「だーいたい全部かな? その蒼介ってコがこーっちに連ーれて来らーれて、そーれからセラって奴がつーれて行ったトコまでは」

大雑把だがまさしく全てだった。

『……それだけ知ってるなら話が早いね』
「ああ。奴……セラは、蒼介を『命令』で連れ出した。俺達は、その時暴れ出した蒼介にやられたんだ」
『蒼介は、命令でしか動けないみたいだった。あいつが、「邪魔する奴は全員潰せ」って“命令”したから、多分それで……』

アーサーの呟きには、スザクが応じる。

「……確かに、初めて会った時も自分のこと、命令を聞く兵器だってブツブツ言ってたな」
「……連中のやりそうなことね」

はあ、と嘆息したのは京だ。スザクや理人ほどではないにしても、彼女もラボには因縁がある。

『セラについては、アーサーも僕も資料で見たけど……人間のやるコトじゃないよ、あれ』
「連中は自分の研究にしか関心のない、悪い意味でのマッドサイエンティストの集まりだからな。一体何を考えてるんだ……」

スザクの呟きには、誰も答えを持っていない。

「……いずれにせよ。コトはまだ、始まったばかり……あるいは、始まってすらいないのかも知れません」
「なら、始めるだけよ、アン。ラボの残党……『失われし工房』だったかしら? それを追うのが、さし当りの近道だと思うわよ」
「わかりました」

現状、カチナこと蒼介を連れ去ったセラがどこに行ったのか、その背後に何があるのかはつかめていない。
情報屋の面々にしても、今は外しているハヅルを含めて、目下調査の最中だという。

「……それで、理人君だったかしら?」
「んー?」
「あなた達は、協力者として見ていいのかしら?」
「そーれで結構。雨里さーんは?」

言われた京は少し考え、こう言った。

「……あのコはダメよ。単に特殊能力が使えるだけじゃ、いざと言う時に大変だもの」
「確かに。失礼ながら、実戦慣れしているとはお世辞にも見えませんでした」

つまりは参戦却下。雨里本人も理人も、予想済みの結論だけに驚きはしない。

「ま、そーでしょーな。でーは、本人にはそーう伝えときましょー」

985スゴロク:2013/12/02(月) 15:17:32
さて、とリンゴ、最後の一つを嚥下し、理人は立ち上がって長久とアーサーを見る。
不意に、口調を変えて。

「僕はこれから独自に連中を追うよ。何かわかったら連絡する。これがアドレスだ」

半ば一方的に、長久にメモ用紙を押し付ける。

「……わかった」
「慌ただしくて済まないね。何はともあれ、まずはその蒼介君を取っ返すのが先だ。連中を潰すのは、その後でも十分に間に合う」

潰す、という部分にだけ、わずかに憎悪が滲んでいたが、それも一瞬。
すぐにいつもの道化笑いに戻ると、理人は「それじゃー、まーたー」と間延びした口調で言い残して情報屋を出て行ってしまった。

『……騒がしいというか、何というか』
「アーサー、ロッギー、あれは気にしたら負けだと思うぞ」

ともあれ、と長久は気を取り直して続ける。

「ラボの連中も、セラって奴も、見逃すわけにゃいかねえ。自分が何をやったのか、思い知らせてやる」

ぐっ、と痛むほどに拳を握りしめる。
そんな彼に続くように、スザクも口を開く。

「……僕達の気持ちや考えはわからないって、さっき言いましたよね。僕も、あなた達の気持ちは、本当には理解できないと思う」

けれど、

「少なくとも、僕やゲンブ、あの理人みたいな人間にとっては、ラボの残党がいる限り、過去が過去にならない。終わらせないと、僕らは今を歩けない」

だから、

「どれくらいのことが出来るかわからないけど……僕も、力になりたい」

赤い瞳は、決意を宿して燃えていた。






――― 一方、その頃。


「ここか……ここに、いるのか……」

ある家の前に、佇む影一つ。
憎しみに濁ったその目は、中にいるであろう標的の姿を捉えていた。

「マナの姿を奪った、あのまがい物が……」





運命交差点・螺



(その導く先には……?)


「アン・ロッカー」「アーサー・S・ロージングレイヴ」「久我 長久」をお借りしました。

986akiyakan:2014/01/07(火) 21:03:22
※都合により、自キャラのみです

 ――天に向かって、巨大な樹が生えていた。

 それは、遠方からでもよく見る事が出来た。空を突くように聳え立つそれはゆうに300メートルを超えている。その樹には枝は無く、空に向かって一直線に伸びる柱のようにも見える。幹の太さは、ビルほどもあるだろう。 周囲にはそれを超える建物は無く、強いて言うなれば、少し離れた場所に建っているスカイツリー位だろう。ビル街に根を張る姿が尚更その巨大さを見る者に見せつけていた。



   ――・――・――



 一人の人間が、荒れ果てたビル街を歩いていた。
 人の姿はまったく無い。大通りを走る車も無く、街は完全に死んでいる。いや、抜け殻と呼ぶべきなのか。
 都市を機能させていた人間がいなくなり、都市の命であった人間の生活が無くなった。ここにあるのは、かつて都市だったものの入れ物だけだ。

「ちょっと兄さんや、めぐんではくれないかね」

 呼びかける声に足を止め、「彼」はそこに座り込んでいる男性を見下ろした。
 髭や髪が伸び放題の不衛生な姿。典型的なホームレスだ。年齢は六十過ぎ、と言ったところか。男性は人懐っこそうな笑みを浮かべて金属製の箱を差し出してくる。
 「彼」は自分の懐に手を入れて探ると、それを箱の中へと入れた。数枚のお札にいくつかの貨幣が落ちる。
 それを見て、ホームレスの男性は驚いた様に目を瞬かせた。

「兄さん、これはいくら何でも太っ腹過ぎないか? 何も、有り金全部寄越してくれなくても良かったのに」

 そう言いながら、男性は箱の中から一万円札を一枚摘まんで見せた。確かに箱の中にある金額は、見ず知らずのホームレスに恵んだにしてはあまりにも多い額だった。

「いいんですよ。私には、もう必要の無い物ですから」

 そう言って、「彼」は微笑んだ。
 ホームレスの男性には男に見えるから、彼は「兄さん」と呼んでいるに過ぎない。便宜上、「彼」としているが、実際のところ、「彼」の性別を判断するのは難しい。その顔立ちと身体つきは、本当に中性的だ。見る者の主観によって、「彼」は男にも見えるし女にも見えるだろう。見た目、二十代中盤位に見える。

「早まった真似をするんじゃないよ、兄さん。アンタ、まだそんなに若いじゃないか」

 「彼」の様子を見て、ホームレスの男性は顔を顰めた。男性の言葉の意味が分からないのか、「彼」は不思議そうに首を傾げる。

「アンタでもう、今月十人目だよ。兄さんもだろ? この先の『大樹』へ行こうとしているんだろ?」

 そう言って、男性はまだずっと先にある、あの巨大な樹を指差した。

「俺がここに住むようになってからずっと、あの樹を目指して色んな奴らがやってくる。俺より年取った奴もいたし、兄さんより若いまだ子供もいたな。ふらふらっと、まるで花に集まる虫みたいにさ。で、誰一人として帰って来なかった……あの樹はな、人喰いなんだよ」

 男性は傍にあったボトルを開け、喉を鳴らしながら飲んだ。ひとごこち付けるように、ため息を吐き出す。

「来る奴はみんな言う、あの樹は女神なんだと。そんでもって、いつか旅に出るらしい。それに自分達も連れて行って貰いたいそうだ……あんな風にな」

 男性が指し示す方向へ、「彼」は顔を向けた。自分達から少し離れた場所に人影がある。それはふらふらと、まるで夢遊病患者のような足取りで、しかし真っ直ぐに樹を目指して向かっていた。
 それを見つめる男性の目には、諦観の色が浮かんでいた。

987akiyakan:2014/01/07(火) 21:04:06
「兄さんも知ってるだろ? ……知らない訳が無いよなぁ。あれは大事件だった。日本だけじゃなくて、世界で取り上げられた。あれを知らない奴は誰もいない」

 それは、半年前の出来事だった。
 突如、東京タワーを呑み込み、それを侵食する形で巨大な『大樹』が出現した。無骨な赤い鉄骨で出来た日本の首都のシンボルはもはや存在せず、代わりに同じ高さの植物が存在している。
 『大樹』が、ただそこに立っているだけであれば、おそらくは新しい東京の観光地として受け入れられたであろう。だが男性が言うように、『大樹』は人喰いだった。
『大樹』が出現したその日から、日本各地で行方不明になる者が後を絶たなくなった。『大樹』は、一種のテレパシーの様なものを発して人間を呼び寄せ、それを捕食していた。あたかも、食虫植物が獲物をフェロモンによって引き寄せるかのように。
 『大樹』を倒す為、自衛隊は元より、米軍による攻撃も行われたが、すべて失敗に終わった。百を超える戦車の砲撃も、空を埋め尽くす程の爆撃機による攻撃も、すべて『大樹』には通用しなかった。
 世界はこの怪物を排除する事が出来ず、どうする事も出来ず、その半径数キロ圏内を立ち入り禁止にし、誰も近付けないようにする事しか出来ないのだった。結果として、かつての東京都港区周辺は見る影もなく荒れ果て、巨大な廃墟街と化している。

「あの樹を目指してくる奴らはみんな、目が虚ろで様子がおかしいんだが……兄さんはしっかりしてるみたいだな。だったら尚更よしときな。自分からあの樹の栄養になりにいくなんて、馬鹿げてる」

 そう言って、男性は肩を竦めた。
 「彼」は、ずっと前方にある『大樹』の方を見つめる。まだ距離はあるのに、その巨大さがその場所からでもよく分かった。
 彼はしばらくそれを見つめた後――『大樹』に向けて足を踏み出した。

「俺は止めたからな、兄ちゃん」

 背後から、男性の声が聞こえる。それに「ええ」と「彼」は返す。

「忠告は受け取りました。ですが私は、あそこへ行かなければいけません」

 「彼」は振り返って、男性の方を向いた。その眼差しには、確固とした意思がある。

「あそこには、私の兄妹がいるのです」



   ――・――・――



 ――歌が聞こえる。

 透き通った、少女の歌声が、廃墟の町に響き渡る。
 半年間放置された都市はすっかり荒れきっていた。建物や地面は歪み、亀裂が走り、そうして出来た隙間から雑草が茂っている。普通、半年ではこうはならない。『大樹』の伸ばした根がコンクリートの地面を突き破り、ビルを折り曲げ、歪ませてしまった結果だ。

 天を突く神樹。遺跡化した都市。そこに響き渡る少女の歌声。

 まるで北欧神話の一ページのようだと、「彼」は思った。

988akiyakan:2014/01/07(火) 21:04:40
 『大樹』に近付くにつれて、風景はビル街から森のように変化していった。
 放射状に伸びた巨大な根が、まるで積み木を崩すように建物をなぎ倒している。そこから木が生え、『大樹』の周囲を覆っていた。森の中は、綿胞子のようなものが淡い光を放ちながら浮かんでおり、それのおかげで全く暗くない。『大樹』の影響なのだろうか、木々は八メートルを超えるものばかりであり、明らかに異常な成長速度だ。たった半年で、都市が森林地帯へと変貌している。
 不意に開けた場所に出て、そこで「彼」は足を止めた。
 鬱蒼と茂る森の中で、その場所はぽっかりと開けていた。そこには崩れたビルがあり、森の中から突き出た形で存在する。
 そのビル。崩れてビルの角が頂点となった瓦礫の上に、一人の少女が座っていた。
 年の頃、十六歳から十八歳くらいだろうか。薄い緑色の、長い髪の毛を持つ少女だ。どこかの学校のものだろうか、制服を身にまとっている。
 少女は目を瞑り、その透き通った声で歌っていた。決して大きな声と言う訳でもないのに、その歌声は遥か遠くまで流れていく。
 不覚にも、その光景に「彼」は見惚れていた。美しいと、思っていた。
 少女が歌うのを止めた。「彼」の存在に気付き、そこへ視線を向ける。青色の双眸が自分を見つめているのを、「彼」は感じる。

「久し振り、ミツ」

 柔らかな笑みを浮かべながら、少女が言う。かつて見た時はまだ年端もいかない幼子で、その微笑みにはその面影が残っている。あぁ、やはり彼女なんだと「彼」、ミツは思った。

「ええ。お久し振りです。レリック」



 ――・――・――



「ミツは今まで、どこにいたの?」

 瓦礫の上に、二人で並ぶようにして座る。レリックは、興味深そうな眼差しでこちらを見つめてきており、その様子が微笑ましいようにミツは笑った。

「世界を……見ていました」
「世界を?」
「ええ。そうすれば、何か見えると思って……」
「何か……見つけられた?」
「色々……ですね」

 ミツは、目の前に広がる森を見つめた。
 「彼」はこれまで見て来たものを回想する。

 南方の平和な国で、幸福に暮らす人々の姿を見た。
 中東の内戦が絶えない国で、苦しみに喘ぐ人々の姿を見た。
 平和であっても、豊かであっても、その中で熟成される人間の闇を見た。
 荒廃していても、貧しくあっても、その中で輝き続ける人間の光を見た。
 憎しみ合い、傷付け合う人間がいた。
 信頼し合い、助け合う人間がいた。
 醜くも美しい世界を、「彼」は見つめて来たのだった。

「そっか……旅をして、色んなものを見て来たんだね」

989akiyakan:2014/01/07(火) 21:05:13
 そう言うレリックの横顔は、ミツの知る幼い少女のものではなかった。大人びていて、見た目以上に成熟した立派な一人の女性のようだと「彼」は感じた。

「レリックも、旅に出るんですね?」
「うん、そうだよ。ちょっと、ミツより遠くて大変だけど」

 苦笑を浮かべて、彼女は『大樹』を見上げた。
 まだ距離はあるものの、そこからでも十分にその詳細を見る事が出来た。柱のように聳え立っているそれは太く、日本電波塔のシルエットを残しながら存在している。例えるなら、タワーが骨格であり、幹の部分がそれを肉付けするようにある。 よくよく見ると、『大樹』は普通の植物と違っていた。そもそもこんなに巨大になる植物自体無いのであるが、その樹皮は一見するとよくある木の幹のようで、しかし実際は動物の肉に似た構造物で構成されていた。道管や維管束に見えるモノは脈動し、何かしらの体液を全身に送り込んでいる。

「東京タワーを骨格にするとは考えましたね」
「うん。まぁ、タワーだけじゃ足りないから、余所から鉄骨も拝借したんだけど。軍隊の人達のせいであっちこっち折れたから、治すの大変だったんだよ?」
「まぁ、貴女が人喰いで、しかも大喰らいとくれば、当然の反応だと思いますよ?」
「む? レディに向かって大喰らいなんて失礼ね。ミツったら、旅先でデリカシーを忘れて来たんじゃないの」
「でも実際食べ過ぎですよ。日本全国で千人って言うのは、ちょっとやり過ぎじゃ」
「実際は一万人よ。日本では千人かもしれないけど、世界中に呼びかけたんだもの」

 むぅ、と頬を膨らませる愛らしさに対して、言ってる事は物騒極まりない。一万、と言う数字に、ミツも思わず頬が引き攣るのが分かった。

「何だってそんなにたくさん……」
「だーかーらー、呼んだの。『私と一緒に新しい世界へ行きませんか?』って。どっかの悪質勧誘宇宙人みたいに内容ぼかしたりしないで、ちゃんとどう言う事をするのかご理解と同意をしていただいた上で来てもらってるんだよ? それなのに大喰らいだなんて……」

 頬を膨らませながら、レリックはそっぽを向く。少しからかい過ぎたか、とミツは頭を掻いた。

「……一億人でも、足りないよ」
「え?」
「これから私、誰もいない世界に行くんだよ? 周りに知ってる人、誰もいないんだよ? ……何人集めたって足りないよ」
「……怖いのですか?」
「怖いよ……すっごく」

 自分の身体を抱き締め、レリックは小さく震えていた。

「怖いなら、止めればいいじゃないですか」
「そうだね……実際、そうしようと思った。でもね、ぐーは怒ると思う。多分」

 レリックは苦笑を浮かべた。きっと自分も同じような顔をしていただろうとミツは思った。

「『特異な才能を持つ者は、その者にしか出来ない事がある。凡夫に出来る事は誰にだって出来るのだ。その者にしか出来ない事は、その者がやるべきだ』……博士の口癖でしたね」
「うん……これは私にしか出来ない事だから……やらないとぐーに怒られちゃう」

990akiyakan:2014/01/07(火) 21:05:46

 そう言って笑うレリックの表情は、諦めているようにも見えて、しかし確固とした意志を感じさせた。
 全く、身内にすら容赦が無いヒトだ、とミツは心の中でため息をついた。これから彼女が行おうとしている事は、決して楽な事ではない。誰にでも出来る事ではなく、それこそ彼女にしか出来ない事だ。だが、だからと言って彼女がやらなければいけない道理は無い。
 もっとも、きっと、自分が彼女と同じ立場だったとしても、同じ選択をしただろう。

「……ありがとう、ミツ。話聞いてもらったら、ちょっとだけ怖いの無くなった」
「そうですか。それは良かった」
「うん……ミツはこれから、どうするの?」
「また旅に出ますよ……まだ見てないモノがたくさんありますからね」
「そっか……」
「貴女が迷惑じゃないなら、私も一緒したいんですけど」
「……え?」

 レリックの驚いた顔を見て、ミツは悪戯っぽく微笑を浮かべた。自分の生みの親がこう言う芝居がかった真似を好むのが何故なのか。これ以上無いくらいに分かった。

「え……え??」
「貴女まさか、私がこんな世間話する為だけにわざわざここに来たと思ってたんですか?」
「……ついて来て、くれるの?」
「妹を放っておける訳ないじゃないですか。一応私、貴女の兄妹なんですよ?」

 じわ、と青い瞳が涙で滲んだ。目元を拭いながら、レリックは微笑う。その顔に、曇りはもうなかった。

「バカね、ミツったら。女の子を口説くなんて、まるでアッシュみたいよ?」
「別に口説くつもりは無かったんですけどねぇ……」

 ポリポリと照れ臭そうにミツは頭を掻く。実際、こそばかゆい。だが、決して悪い気分でもなかった。



   ――・――・――



 明け方、それは起きた。
 異変に気付いたのは、『大樹』にもっとも近い場所で暮らしているホームレスだった。
 まるで地震でも起きたかのような大きな揺れに、彼らは自分達が住処にしている廃墟から飛び出した。まだ放置されて半年程度であるが、それでも老朽化は進んでいる。潰されてはたまらないと、断続的に続く揺れの中で彼らは廃墟から次々に這い出てくる。
 丁度夜が明け、太陽が昇ってくるところだった。地平線から上る朝日がそれを照らし、彼らはその光景を目にした。
 『大樹』から、翼が生えていた。
 形が変化していた。一直線に天に向かって聳える柱のようだったそれは、途中から巨大な二対の翼を生やしていた。大きな一対と、その後ろから補助翼の様な一対が生えている。
 『大樹』の頭頂部の形も変わっていた。楕円形に膨れ、まるで目の様にいくつかの青い光球が出現している。
 それはもはや『樹』と言うよりも、羽根を持つ『虫』か、或いは『竜』のような姿だった。



 ――・――・――

991akiyakan:2014/01/07(火) 21:06:26
『ミツ、準備は良い?』
「ええ。私は大丈夫ですよ」

 『大樹』の先端部分に出現した眼の一つに、ミツはいた。身体の半分が『大樹』と同化しており、無数の根が身体に巻き付いている。
 レリックの姿は無い。だが、その声はまるでスピーカーから聞こえて来るかのように、「彼」のいる場所に反響していた。

「なかなか見栄え良く変形しましたが、これ、ちゃんと飛べるんでしょうね?」
『失礼な。この半年間、わざわざマントルまで身体を伸ばして熱エネルギーを集めたんだよ? 飛べる筈だよ……多分』
「多分っていいましたよね、今?」
『あーもう! カウントダウン開始するよー!!』

 了解しました、と返し、堪えきれずにミツは笑みを零した。
 幼い頃のレリックを思い浮かべ、その変化に感慨深さを感じる。

「本当に……立派になりましたね、レリック」
『え? 何か言った?』
「いいえ……しかし、見送りが戦闘機二機だけと言うのは、ちょっと寂しいですね」

 そう呟くミツの視界に、先程から旋回を続ける戦闘機が映った。『大樹』を取り囲むように、ずっとその周囲を飛び続けている。

『……まぁ、ぐーもアッシュも、みんな忙しいだろうし』

 そう言うレリックであるが、その声には少なからず落胆の色が含まれていた。
 これが今生の別れになるかもしれないのだ。付いて来て欲しいとまでは言わない。だがせめて。せめて見送りに位は来て欲しいと思った。

『……行くよ!』

 未練を断ち切るように、レリックの声が力強く響いた。次の瞬間、強烈なGが、ミツに襲い掛かって来る。

「ぐ――ぬ」

 吸い上げた熱エネルギーを根の部分から噴射し、『大樹』の身体を押し上げた。
 ミツとて並の人間ではないが、それでもその加重は強烈だった。実際、全長300メートル以上もある巨大な構造物が、地球の重力に逆らって飛び立とうとしているのだ。その為に必要なエネルギーは尋常ではない。ミツだから耐えられているようなものであり、専用の訓練を受けた宇宙飛行士や高速機のパイロットでも、これでは十秒と持たない。

「ぐぅ……っ!!」

 少しずつ、『大樹』全体が浮かび上がっていくのが分かる。目の前の景色が、少しずつ下にズレていく。
 地球の風景を見るのは、これで最後になるだろう。そう思い、ミツは視線を地上の方へと移した。重力から逃れようと、『大樹』はどんどんそこから離れていく。

「あ――」

 その時、ミツは思わず目を見張った。

992akiyakan:2014/01/07(火) 21:13:13
「レリック、あれを!」
『え……――あっ!』

 常人であれば、それには絶対気付けなかった。しかし彼女達は人間ではない。その視線の先に、「彼ら」はいた。

 学生服姿の青年が、こちらに向かって手を振っていた。
 剣歯虎を模した仮面を装着した男性が、飛び立つ彼女達を見つめていた。

 そして、

 亜麻色の長い髪を持つ女性が、レリック達に笑いかけていた。
 彼女と最も一番近くにいたヒト。機械仕掛けの身体でありながら、人間以上に人間らしく彼女と接し、母親のように振る舞ってくれたヒトが。
 銀色の髪を持つ男性が、その傍らに立っていた。
 いつも薄ら笑いを浮かべ、この世のすべてに対して斜に構えた態度を取っていたその人物は、今は傍らに立つ女性と同じ「親」の顔で彼女達を見送っていた。レリックとミツ。二人をこの世に生み出した、彼女達にとって正真正銘の父親が、そこにいた。

 ある者は小高い丘の上から。
 ある者はビルの屋上から。
 しかし皆一様に、自分達を見送るように顔を上げていた。
 それらが見えたのはほんの一瞬だった。『大樹』を押し上げる力は、あっと言う間に彼らでも視認できない距離まで引き離してしまう。
 それでも、ミツも、レリックも、全員を見逃さなかった。まるで時が止まったかのように、彼らを確認した瞬間だけ、時間の流れが無くなったかのように感じられた。

『みんな……』
「……行きましょう、レリック。私達にしか出来ない事をしに」
『――うんっ!』

 間もなく『大樹』は地球の重力圏を離れ、宇宙へと飛び出して行く。まだ見ぬ宇宙へ、彼らは羽ばたいて行く。

 ――行ってきます

 それに返ってくる言葉はある筈ない。それでも二人は確かに、

 ――行ってらっしゃい

 自分達を見送ってくれた者達の声が、背中を押してくれるのを感じていた。


≪another line≫

993akiyakan:2014/01/07(火) 21:38:40
補足。《another line》そのタイトル通り、本筋とは異なった世界線の話です。

994akiyakan:2014/01/08(水) 13:15:25
《another line》の補足内容です。http://1st.geocities.jp/h_p_l_0209/SSpool/public_htmlsspool/tennimukatte_hosoku.html

995えて子:2014/01/15(水) 10:05:53
おしょうがつが、終わったの。

たくさんかざってたおかざりも、緑色のとげとげも、みんな片付けられちゃった。
「どうしてかたづけるの」って聞いたら、「お仕事が終わったから片付けるの」って言われた。
おかざりも、お仕事してたんだね。

「コオリー、コオリー」
「こんぺいとうのおねえちゃん」
「コオリ、お正月におとしだま、もらった?」
「もらったのよ。おねえちゃんも、もらったの?」

お正月に、大人の人から「おとしだま」もらったの。
大人の人がこどもにあげるんだって。

「あのね。アオ、おとしだまで気になることがあるの」
「おねえちゃんもあるの?コオリもあるのよ」
「いっしょのことかな」
「わからないのよ」

二人で、うーん、ってなっちゃった。

「コオリのおとしだま、見せてほしいのよ」
「うん。おねえちゃんのも、みたいのよ」
「じゃあ、せーの、で見せよう」
「うん」

「「せーの」」

せーので出したおとしだま。
アオのもコオリのも四角だったの。

「…まるくないね」
「まるくないね」
「中に入ってるおかねは、まるいよ」
「うん、まるいのよ」
「でも、たまじゃないの」
「たまじゃないのよ」

四角いふくろにまるいおかねなの。
でも、たまじゃない。
へんなの。

「まあるいおとしだまも、あるのかな」
「きっとあるのよ」
「探してみよう」
「そうしよう」

二人で、まあるいおとしだま、探すの。
見つかるといいな。


白い二人とおとしだま〜まあるいおとしだまを探して〜


「最初はどうしよう」
「だれかにきくといいのよ」
「聞いてみよう」

996思兼:2014/01/27(月) 15:40:04

白い二人のおべんきょう〜おばけさん探すの巻〜より続きです。

【流星ガーディアン】

第14話、心配性な話


サイボーグの少女、アリスは道路を漆黒のバイクで走っていた。

『スキャンパー』というニックネームをつけられたフルカウルの排気量400ccのそれは加速力と旋回性を重点にカスタマイズされており、そのニックネーム(跳ね回る、の意)の通り非常に小回りの利く仕様になっている。

アリスはこれを日常の足として使っている。

フルフェイスヘルメットからは濃蒼の長い髪が靡き、日の光を浴びてキラキラと光っている。

今日は身体のフルメンテナスをする為に朝から団の仲間である『高橋 直子』博士の下に行っており、自宅ではできない部分のメンテナンスを行ってもらっていたのだ。

人間の身体とは根本的に構造が異なる身体になってしまったアリスは、疲れを感じず極限状況でも行動でき人間を遥かに凌駕する身体能力と演算能力を備えるが、その代わりに定期的に消耗パーツの交換や各部位の調整などを必要とする。

現行科学技術から遥かに逸脱したオーバースペックの塊のアリスを何故博士がメンテナンスでき、パーツを(オーダーメイドとはいえ)製作できるのかは不明だが、ともあれアリスはメンテナンスを博士に頼っている。
それが今、ちょうど終わったところだった。



「あれは…?」

遥か遠く、走りながら人を遥かに超えた視力で捉えたのは、コオリとアオギリの二人だった。

小さい子供が二人だけで居るのを訝しんだアリスは、脳内に組み込まれたメモリーチップ

997思兼:2014/01/27(月) 15:40:35
にアクセスし、静葉の言っていた言葉を検索する。

『いいかアリス、子供を見た時近くに保護者が見えなければ、できるだけ家に送り届けてやれ。いかせのごれはそこまで治安の良い街じゃない。どんな組織がどんなふうに暗躍してるかわからんからな。アリスは見た目は少女だから不審者扱いはされないだろう。』

その言葉に従い、アリスは減速し二人の前で停車する。
そこは、場所的にはアリスの自宅からほとんど離れていない場所だった。

「小さい子二人でどうしたの?」
「おねーさんだぁれ?」
「僕の名前はアリス、いかせのごれ高校の2年だ…それで、お母さんやお父さんは?子供が二人だけで出歩くのは危ない。」

アリスはヘルメットを脱ぎスキャンパーから降り、小さな二人の前でしゃがむ。
アリスは女性にしては身長が高い為、威圧感を与えないようにだ。

「おばけさんをさがしにいくのー!」
「おばけさん?」

アオギリが言う。
表情が乏しいアリスがそのまま小首を傾げるのはシュールな光景だが、これは本当に真意を測りかねる。

「しんぶんにのってたの!」
「…そう。」

そこまで聞いて、合点がいく。
新聞の心霊特集か何かを見てこの子供たちは興味を持ってしまったのだろう。
それで、その『おばけ』を探している。

「でも、子供だけじゃ危ない。」
「えー?アオ、おばけさんにあいたい!」
「・・・」

どうしても探したい様子のアオギリとコオリを見て、アリスは表情こそ変化しないが内心

998思兼:2014/01/27(月) 15:42:52
ではかなり困っていた。
こういう事態にアリスは弱いのだ。

「…わかった、僕が一緒に行ってあげる。それで満足したら、家に帰ろう?」
「うん!」

結局、付き合うことにしてしまった。
そのうち飽きるだろうと言う推測もある。


二人に最強の保護者が付いた瞬間である。



<To be continued>

ヒトリメさんから「コオリ」、えて子さんから「アオギリ」をお借りしました。
こちらからは「アリス」です。

999しらにゅい:2014/01/27(月) 22:08:38
次スレを立てますのでこれ以降のレスはお控えくださいー!


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