したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

食るようです

1名も無きAAのようです:2015/09/01(火) 23:27:37 ID:nzAw85Ys0
世の中には変わった建物が多い。
現在僕の通っている大学なんかその最たるものだったという。
一部のマニアでは熱狂的な人気を持つらしい建築家が手掛けた教室棟の数々は、よく映画やドラマなんかの撮影場所にもなったのだそうだ。
とはいえ素晴らしい建物にも老朽化はやってくる。
僕が入学した頃、まさに工事の真っ最中ですあった。
一部の学生、特にデザイン学科からは元のデザインを尊重した作りにして欲しいという要望も出ていたようだが、それが受け入れられたかどうかは定かではない。
ただ新しく出来上がった建物を見る限り、その意見を汲んでもらえたようには思えなかった。
とにもかくにも僕の大学生活の始まりといえば、灰色の養生シートとキンキンうるさい金属音で彩られることとなった。

日府大学は、とにかく辺鄙なところだった。
元が山だったせいで急な坂道だの階段だのがあちこちにあるし、馬鹿みたいに広いので移動にも時間がかかった。
加えて今までの教室棟は鮮やかな、悪く言えば気違い染みた彩色をしていたものがみんな布に覆われて見分けがつかなかった。
学内に林が点在するせいで見通しが悪かったせいもあり、上級生に場所を聞いても一緒に迷子になってしまうことが多々あった。
知らない人に話せば馬鹿げた話だと思われるだろう。
僕だってそう思っていた。
だけど最初からそういうものだと思っていたら、急激な変化に対応できないのかもしれない、とも思った。

さて前置きは長くなったが、唯一改修工事を免れた棟があった。
三号館こと、「ミカン」と呼ばれている教室棟だ。
あまり目に優しくない黄緑色の屋根と、ベージュが混ざったような橙色の壁が「ミカン」の特徴であった。
一階のロビーには売店とソファーがずらりと並んでいる。
昼休みになると近くの棟から学生たちが押し寄せてきて、ロビーは地獄絵図と化すのが恒例であった。
二階には自習室が、三階と四階には小さい教室が四つずつ作られていて、よくゼミの発表や話し合いなんかに使われているらしい。
まぁそれも昼休みになったら関係ないのだが。
ところで三階のトイレの近くにはもう一つ階段が存在する。
「立ち入り禁止」の札がチェーンでぶら下げられているそこは、きっと屋上に続いているのだろうと今まで興味を持ったことがなかった。
そう、今までは。

219名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:46:07 ID:v37dldgU0
一瞬キョトンとしたあと、くつくつとクーは笑った。

川 ゚ -゚)「たしかに、そうだな」

着物や草履の一式は、モララーさんが用意したものだという。
もちろんレンタルなどではなく、買ったもので今でも部屋の隅に保管してあるらしい。
帯や着物全体に金糸や銀糸が織り込んであるし、正絹でできているというのだから値段はさぞかし高いだろう。

(-_-)(お金持ちのやることはスケールがでかくて怖いな)

川 ゚ -゚)「あいつは育ちがいいせいか、行事にはうるさくてね。必要ないと言っても絶対に折れなかったんだ」

気付けばクーのボウルは空になっていた。
僕のボウルには、まだ肉が数切れ残っていた。
黙ってそれを差し出すと、肉はクーの口へとさらわれていった。

川 ゚ -゚)「ごちそうさま」

(-_-)「お粗末様でした」

残った野菜で僕はもそもそとご飯を食べる。
ついつい話していると、箸が止まってしまうのだ。
それにしたって、いつもよりも食べるスピードが速かった。

(-_-)「ちゃんとご飯、食べてなかったんですか?」

川 ゚ -゚)「……食べたさ」

バツの悪そうな顔で、クーはこう言った。

220名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:46:52 ID:v37dldgU0
川 ゚ -゚)「本当は君にハンバーグを作ってあげたかったんだけど、その肉も食べてしまってね」

(-_-)「ハンバーグ?」

川 ゚ -゚)「そう、ハンバーグ」

クーは目を閉じて、それからなにかを決意したようだった。

川 ゚ -゚)「昔の話を聞いてもらうために、必要なものだった。それが、ちょっとしたトラブルでふいになってしまったんだけども、」

(-_-)「そんなの、いつでも聞きますよ」

川 ゚ -゚)「…………」

(-_-)「僕、さっきから気になってたんです。クーになにがあったのか、どうして手首にそんな傷を負っているのか」

川 ゚ -゚)「……気付いていたよ。見ていて気分のいいものじゃなかったろう?」

(-_-)「僕はそうは思いませんでした」

本心だった。
不愉快でもなく、醜悪なものでもなく。
僕が知らない空白の時間を手にしたかった。

(-_-)「教えてください」

川 ゚ -゚)「…………」

(-_-)「お願いだから」

だから、

(-_-)「クーの地獄を見せてよ」

221名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:47:41 ID:v37dldgU0




君の地獄に恋してる



.

222名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:48:36 ID:v37dldgU0
登場人物紹介

(-_-) 疋田
タバコは臭いから苦手

川 ゚ -゚) 素直クール
タバコは臭くなるから嫌い

爪'ー`)y‐ 鬱田フォックス
タバコを吸うのはクー避けのためである

223名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:49:33 ID:v37dldgU0
おまけ

爪'ー`)「おつかれーっす」

(・∀ ・)「おつかれっす! 持ち場離れてどこ行ってたんすかー?」

爪'ー`)「んー? 道案内的な?」

(・∀ ・)「またお客さん捕まえたんすか! 流石っすね、こんな暇な時に」

爪'ー`)「んーん、違うよ。コインランドリー入ってるビルあんじゃん」

(・∀ ・)「ああ、あの幽霊ビルの」

爪'ー`)「あそこに住んでる子に用事があるんだと」

(;・∀ ・)「…………」

爪'ー`)y‐「それより火くんない?」

(;・∀ ・)「あ、は、はい……」

爪'ー`)y‐「ありがと」

(;・∀ ・)「…………」

爪'ー`)y‐(素直さんに友達、ねえ)

224名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:50:30 ID:v37dldgU0
あけましておめでとうございました

225食べ物メモ忘れてた:2016/01/08(金) 17:15:05 ID:v37dldgU0
>>222
冷しゃぶサラダ
作り方は作中の通り、野菜と肉が同時に食べられる優れもの、ブーンから作り方を教わった

226名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 17:45:43 ID:W7/8/RCc0
久しぶりだなあけおめ
午後十二時半=24時間制でいう12時30分って解釈でいいんかな……? 考えてたら昼か夜かわからなくなってきた

227名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 18:56:24 ID:FmLMEktA0
乙、支援

クーとヒッキー
http://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_1907.png
ドクオ
http://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_1908.png

228名も無きAAのようです:2016/01/13(水) 02:28:32 ID:bUgmObqk0
乙です
食の描写いいな
読んでたらつい食べたくなって冷しゃぶサラダ作ってしまった

229名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 09:53:29 ID:HjtaKTU60
午後七時十三分。
クーの話が始まってから三十分が経とうとしていた。
実の両親に何故か捨てられてしまったこと。
橋の下で一人泣いていたクーを拾ってくれた夫婦のこと。
なのにその夫婦から手酷く暴力をふるわれたこと。
その暴力の跡が、未だに消えないこと。
それに耐えかねて、五歳の時に家出したこと。
約半日放浪した末に、日府市内のとある神社にたどり着いたこと。
そして、そこでモララーさんと出会い助けられたこと。

川 ゚ -゚)「……警察が来るまでの間、モララーはずっとわたしのそばにいてくれた」

淡々と過去を語っていたクーは、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。

川 ゚ -゚)「その間にね、わたしのお腹がぐうぐう鳴りだしてしまってね。とても恥ずかしかったんだけど、でも仕方がなかったんだ、家にいた時はろくに食べさせてもらえなかったから」

(-_-)「そうなんですか……」

川 ゚ -゚)「ああでも、それを聞いたモララーがハンバーガーをくれたんだよ。その時に初めてまともな食事をとれたような気がする」

暗い顔をしていた僕を気遣ってか、クーは明るくそう言った。
だけど僕の心配事は、その内容の悲惨さからくるものではなかった。

(-_-)(授業で見た映像と同じだ)

現実と虚構の間で生きていた少女、S。
両親からの虐待、夏の逃避行、お祭りで出会った少年。
合致する情報があまりにも多すぎた。

230名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 09:54:18 ID:HjtaKTU60
(-_-)(……いや、でも、違うかもしれないし)

この時点ではまだ確信が持てなかった。
しかし、裏付けが取れるエピソードがまだ一つだけ残っていた。

川 ゚ -゚)「――だからね、わたしにとって肉はとても、」

(-_-)「クー」

饒舌に語っていたらしいクーを遮り、僕はじっと彼女を見つめた。
クーは、気まずそうに僕を見返した。

川 ゚ -゚)「……すまない、こんなつまらない話をして」

(-_-)「……つまらなくないよ」

川 ゚ -゚)「そうかな」

(-_-)「むしろ、こんなに大事な話を聞かせてくれてありがたいって思っているんだ」

川 ゚ -゚)「ありがたい、か」

(-_-)「滅多に話せることじゃないでしょう、それを僕に託してくれたんだから」

川 ゚ -゚)「……そういう見方も、たしかに出来るな」

柔らかな声で、彼女はそう言った。

(-_-)「……聞きたいことがあるんだ」

川 ゚ -゚)「…………」

彼女の目から左手首へ、そっと視線を移す。

(-_-)「その手首の傷は、どうしたの」

231名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:04:18 ID:HjtaKTU60
嫌だったら言わなくても、と付け加えかけて僕はやめた。
彼女は自ら袖口を捲って、僕にその傷を見せてきたからだ。

川 ゚ -゚)「モララーに助けられて以来、わたしはずっと彼に頼りっぱなしだった」

何をするにしても、何処に行くにしても、彼がいれば無敵になれる気がしたとクーは語る。

川 ゚ -゚)「わたしはね、何も持っていなかったんだ。生まれも育ちもあんな有様で、何一つとして自分の芯になり得るものがなかったんだ」

(-_-)(それは、クーのせいじゃないのに)

悪いのは彼女の両親なのだ。
生まれた時から彼らが愛情を注がなかったせいで、クーの自尊心や精神はぐちゃぐちゃに踏み潰されてしまったのだ。

川 ゚ -゚)「成りこそ人間の格好をしているが、本当に中身と言えるものはないんだ。生きていたいという意志もなかったんだ」

だけど、と小さく彼女は呟いた。

川 ゚ -゚)「モララーはそれを分けてくれたんだ。わたしに、生きていていいと教えてくれたんだ。遊びにも連れて行ってくれたしたくさんご飯も食べさせてくれた。勉強も教えてくれた、馬鹿なりに彼について行こうと必死になった。他人や生き物は大事に扱うべきだということも学んだ。傷付けてはいけないと、彼は優しいからよくよく教えてくれた」

夢を見ているような目で、クーは喋る。
僕は黙ってそれを受け止めていた。
ちりちりと、心の片隅ではつまらないという気持ちが燻っていたけど。
それでもクーの過去を知るためには必要な話であった。

川 ゚ -゚)「……だけどある日、絶交されたんだ」

昔からよくクーはいじめられていたらしい。
というのも、養護施設で度々問題を起こしていたからだそうだ。
まあそうだろう。
あの映像の情報を信じるならば、彼女の起こした行動は異常そのものであったからだ。

232名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:05:53 ID:HjtaKTU60
川 ゚ -゚)「モララーに何度か怒られて、大人しく、誰も傷付けないように、普通に生きようと思っていたんだ。なのに」

(-_-)「なのに?」

川 ゚ -゚)「わたしが抵抗しなくなっても、誰もいじめを止めてくれなかった」

(-_-)「…………」

川 ゚ -゚)「モララーだけはずっと助けてくれていた。だけど、わたしが十一歳の時に……」

(-_-)「…………」

川 ゚ -゚)「……モララーのお父さんが逮捕されて」

(;-_-)「えっ……?」

川 ゚ -゚)「知り合いから預かった荷物に薬物が入っていたとかいないとか……。まあ言い方が悪くて申し訳ないけど、親の後ろ盾がなくなった途端に彼もいじめられ始めたんだ」

(;-_-)「……!」

川 ゚ -゚)「それで、もうわたしを庇いきれなくなって彼もいじめに加わりだしたんだ」

いじめはますますエスカレートした。
物が無くなったり罵倒を浴びるのは日常茶飯事だったのが、今度は度々暴力もふるわれるようになった。

川 ゚ -゚)「わたしは一人になってしまった」

クーは誰にも頼ることができなかった。
彼女にとって大人は怖くて恐ろしいものだった。
同級生たちはすべて敵に見えた。
モララーさんは、遠く離れた存在になってしまった。

233名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:06:57 ID:HjtaKTU60
川 ゚ -゚)「わたしは次第に生きる気力を失っていった」

もう何をされてもクーは反応しなかった。
無視しているわけではなかった。
たしかに危害を加えられたり、口に出すのも憚れるようなえげつない罵倒を浴びせられたりもした。
けれどもその実感は、まるでなかった。
すべての事象が、他人事のように見えていたのだという。

(;-_-)(解離、状態……)

川 ゚ -゚)「そんなことが毎日続いていたから時間の流れも狂ってしまったのだけども……。果たしていつだったかなぁ」

いよいよ話は核心へと迫る。

川 ゚ -゚)「モララーに死ねと言われたんだ」

(-_-)(……ああ、)

ぴったりと、符号が合ってしまった。

川 ゚ -゚)「モララーが言うには他のクラスメイトたちが囃し立てていて、それに巻き込まれてしまったようなのだけどね。だけどはっきりと、唯一聞こえたのは彼の言葉だけだったんだ」

(-_-)「…………」

川 ゚ -゚)「だから手首を切ったんだ。薄々いつかこんな日が来るだろうと、そう思って準備していたカッターナイフで」

(-_-)「……死んでいい人なんかいないんですよ」

川 ゚ -゚)「死にたくて死んだというよりは、生きる気力が失われたから死んだだけなのさ」

苦笑いを希釈したような表情で、クーはそう言った。
この違いが君には分かるだろうか?
そんな意味合いを含んでいるような、薄い笑みだった。

234名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:09:02 ID:HjtaKTU60
川 ゚ -゚)「結局死にきれなかった」

(-_-)「…………、」

それでよかったんですよとはなかなか言えなかった。
そんな適当な相槌では、彼女を傷付けてしまう気がしたからだ。

川 ゚ -゚)「その後は病院のお世話になったり、モララーからしこたま謝られて腐れ縁が続いたり、仕事を適当にあてがってもらったり……。色々なことがあったよ」

(-_-)「随分端折りましたね」

川 ゚ -゚)「一度に語っても面白くないからな、こんなつまらない身の上話なんて」

(-_-)「そんなことないです、だって」

川 ゚ -゚)「だって?」

(-_-)「……言ったでしょう、最初に。託してくれたことが嬉しいって」

川 ゚ -゚)「…………」

クーは、一度口を開けた。

川 ゚ -゚)「…………、」

けれども、そのまま再び閉ざしてしまった。
代わりに視線は宙を彷徨い、やがて床へと落ちていった。

235名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:09:50 ID:HjtaKTU60
川 ゚ -゚)「……その、話されて嬉しいという感情にも限度があるじゃないか」

(-_-)「……クーの話ならなんでも受け入れるし、その覚悟もあるよ」

川 ゚ -゚)「君が考えているような話じゃないんだ」

(-_-)「クー、」

川 ゚ -゚)「だってわたしは――」

(-_-)「!」

部屋に、電話の着信音が一つ鳴り響いた。
その音で、クーははっとしたような表情をした。
僕はそれを横目で見ながら、慌ててスマホを取り出した。

(-_-)(貞子かよ……)

ブーンだったらシカトしているのに、なんてタイミングが悪いのだろう。

(-_-)(切ったら後々面倒くさいよなぁ)

きゃんきゃんと噛みついてくる様が容易に想像できる。
小声でクーに謝って、それから通話ボタンを押した。

236名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:10:33 ID:HjtaKTU60
(;-_-)「なんだよ」

川д川「あっ、もしもしお兄ちゃん? 今どこにいるの?」

(;-_-)「どこって……えーっと、友達の家?」

川д川「えー家にいないのぉ?」

むくれた声で、大げさに貞子は騒ぎ立てる。

川д川「お兄ちゃんに会おうとしたらね間違えて違う駅降りちゃったの!」

(-_-)「バカだなお前」

川д川「しかもね、出かける前にお財布チェックするの忘れてたからお金もうないの!」

(-_-)「ほんとにバカだなお前」

川д川「だからー、迎えに来て欲しいのー。ねっ、ねっ、いいでしょおー?」

(-_-)「うーん……」

ちらりとクーを見る。

川 ゚ -゚)「……この話はまた今度にしよう」

どこかホッとしたような表情でそう言うから、僕も黙って頷いた。

(-_-)「わかったよ、迎えに行く」

川д川「ほんとー? よかったあ」

(-_-)「で、今どこにいんの」

川д川「うんとねー、北日府だよっ」

237名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:11:46 ID:HjtaKTU60
(;-_-)「北日府!?」

川д川「そーだよー。……どうかした?」

(;-_-)「いや、友達の家もそこにあるからさ。すぐ迎え行けるわ……」

川д川「ほんとー? じゃああたし待ってるからね! 早く来てよね!」

ぷつり、つー、つー、と電話の切れた音。

(-_-)「はあ、まったく」

ごちながら僕はもう一度クーに頭を下げた。

(-_-)「すいません、うちのバカ妹を迎えに行かなきゃいけなくなって……」

川 ゚ -゚)「気にしないでくれよ」

手早く身支度をし、外へ出る。
ぢか、ぢか、と切れかけの蛍光灯が鳴いている。
老朽化した廊下の雰囲気と相まって、なかなか怖いものに見えた。

川 ゚ -゚)「エレベーターまで送るよ」

背後からそんな声がして、僕は少しホッとした。

川 ゚ -゚)「ボロいビルだからね、何か出そうで嫌だろう」

(-_-)「ははは……」

まして昔死体が隠されていたビルなのだから、怖いはずがなかった。
むしろこんなところに一人で住んでいるクーこそがちょっとおかしいのだ。

238名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:12:52 ID:HjtaKTU60
川 ゚ -゚)「今失礼なことを考えていただろう」

エレベーターのボタンを押しながら、クーはそう言った。
僕は何も言わずに微笑んだ。
一階に降りていたエレベーターが、ゆっくりと上がる。
またあの揺れを体験しないといけないのかと思うと、少し気が滅入る。
が、仕方ない。
がたがたと扉が開き、僕はエレベーターに乗り込んだ。

川 ゚ -゚)「……今日は来てくれてありがとう」

(-_-)「どういたしまして」

会釈する彼女につられ、僕も頭をさげる。
すると、クーは茶封筒を差し出してきた。

川 ゚ -゚)「受け取ってくれ」

(-_-)「でも、」

川 ゚ -゚)「苦学生からは流石に集れないよ」

(-_-)「……、」

たしかに僕は貧乏だけど、後ろめたい気持ちになった。
しかしクーは引かないようだった。

(-_-)「……体調が良くなったら、またご飯食べましょうよ」

川 ゚ -゚)「うん、ありがとう」

239名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:13:50 ID:HjtaKTU60
そそくさと封筒をしまう僕を、クーはじっと見つめていた。
それがまた、情けない気持ちにさせた。

川 ゚ -゚)「そのうち連絡するよ」

クーの指がボタンから離れる。
途端、待ち構えていたように扉はあっという間に閉ざされてしまった。

(-_-)(今度はいつ会えるかな)

早くまた話したい。
その気持ちを、古びた箱の中に置いて僕はビルを後にした。
風俗通りは、とても静かであった。
客も、客引きも、フォックスも、誰もいなかったのだ。
ただ、看板だけが相変わらず明滅している。

(-_-)(その方が都合はいいや)

どうにもああいう、品定めするような視線は好きじゃなかった。
フォックスも、僕のことをあまり良い目では見てないような気がしていた。

(-_-)(根は悪い感じはしないんだけど、ちょっとなぁ)

するすると元来た道を辿り、あっという間に駅に着く。

「お兄ちゃーん!」

と、前方から妹の声がする。

240名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:15:48 ID:HjtaKTU60
ただし人が多すぎて、どこにいるのかすぐにはわからなかった。

(-_-)(あ、いた)

ばたばたと、左手を振りながら彼女はやってきた。

川д川「ほんとにすぐ来てくれた!」

(-_-)「すぐそこだったからな」

川д川「えへへーよかったあ」

(-_-)「というか、こんな時間になんで来たんだよ」

川д川「お泊りしようかなーって」

(-_-)「はあ????」

手にぶら下げたボストンバッグは、そういうことだったのか。

(-_-)「いやお前、学校は?」

川д川「お休み」

(-_-)「そうなのか」

川д川「……にしたの」

(-_-)「サボってんじゃねえよバカ」

ゴチンと一発ゲンコツをくれてやると、貞子は涙目で謝った。

241名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:16:45 ID:HjtaKTU60
川д川「……だってさあ、あたしが悪いけどさ、今まで話することなかったじゃん?」

(-_-)「……うん」

川д川「だから、少しでも今までの関係を変えたいなー的な……」

(-_-)「…………」

川д川「明日の朝になったらちゃんと帰るから、ねっ?」

(-_-)「……帰ったらちゃんと勉強しろよな」

川д川「はあい」

気乗りしていない貞子の返事。
と、同時にぎゅるるとお腹の鳴る音。

(-_-)「飯は?」

川д川「食べてなーい、だってお金ないし」

(-_-)「……適当でいいならなんか作ろうか?」

途端、貞子はにっこりと笑った。

川*д川「いいの!?」

(-_-)「コンビニで弁当買うよか安いしさ」

242名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:17:25 ID:HjtaKTU60
ご飯は炊いていないが、幸い手元にはサトウのご飯がある。
あとは適当なおかずを作れば、少食な貞子の胃袋は満たされるだろう。

川*д川「ごっはん、ごっはん、おっにーちゃんのごっはん……!」

(;-_-)「頼むから大人しくしてくれ……」

スキップしながら券売機へと向かう貞子。
それを追う僕。

(-_-)(こんなこと、昔は絶対ありえなかったのに)

恥ずかしくなりながらも、どこか嬉しい気持ちがこみ上げてきた。

(-_-)(ちゃんとした兄妹みたいだ)

僕は、幸せだった。

243名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:18:21 ID:HjtaKTU60
疋田を見送った後、素直は部屋に戻った。
するとソファーには見慣れた男が座っていた。

川 ゚ -゚)「モララー」

特に驚きもせず、素直はその隣へと座る。

( ・∀・)「ちゃんと話せたのか?」

川 ゚ -゚)「いいや、まだ」

( ・∀・)「なんだ、そうなのか」

川 ゚ -゚)「今日はただ食事を作りに来てくれただけだから」

自分の話をするつもりなんてなかったんだ、と言い訳するように素直は呟く。

川 ゚ -゚)「……それにあと二、三日休めば、屋上にだってきっと行ける」

( ・∀・)「そうやって大事なことを先延ばしにするのがお前のダメなところだよな」

川 ゚ -゚)「うるさい」

くつくつと笑うモララーに、素直はいやに腹が立った。

川 ゚ -゚)「洗い物してくる」

テーブルの上に置かれていたボウルをまとめ、そう宣言すると、

( ・∀・)「何食べたんだ?」

と、モララーも立ち上がった。

244名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:19:01 ID:HjtaKTU60
川 ゚ -゚)「ついてくるな」

( ・∀・)「気になるじゃん」

川 ゚ -゚)「……冷しゃぶだった」

( ・∀・)「おー、いいなぁ」

川 ゚ -゚)「どこまでついてくるつもりなんだ、君は」

( ・∀・)「久々に会ったんだ、話しようぜ」

川 ゚ -゚)「そういう気分じゃない」

台所に金属質の音が響いた。
苛立った素直が、ボウルをシンクの中に放り投げたのだ。

川 ゚ -゚)「なんだか調子がおかしいんだ」

( ・∀・)「……大丈夫かよ」

川 ゚ -゚)「わからない。とても胸騒ぎがする」

( ・∀・)「なんか悪いもんでも食べたんじゃ」

川 ゚ -゚)「ただの豚肉だぞ」

( ・∀・)「いやほら、アレとか」

川 ゚ -゚)「…………」

245名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:20:11 ID:HjtaKTU60
素直の視線は、自然と蛇口へ向かっていった。
ぴちょ、り、ぴちょ、り。
水が、少しずつ落ちている。

川 ゚ -゚)「っ……」

ぎゅぅっと力を込め、蛇口を閉める。
水は、止まった。
それから素直は、空のペットボトルが積まれた床を見た。

( ・∀・)「どうよ?」

川 ゚ -゚)「四本増えてる。ちゃんと使ってくれたんだ」

( ・∀・)「多分な」

川 ゚ -゚)「……そうだな」

調理に関する水は全てミネラルウォーターを使えと言われ、疋田はさぞ困惑しただろう。
もしかしたら、少しくらいは水道水を使っていいじゃないかと思っていた可能性もある。
素直は疋田にその理由を伝えなかった。
疋田もまた、それを聞かなかった。
お互いに、あるいはどちらかが踏み込めば、その理由を話したのかもしれないのに。

( ・∀・)「話せると思うかよ」

モララーは苦笑した。
それにまた素直も、苦い顔をして首を振った。

246名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:22:18 ID:HjtaKTU60
( ・∀・)「流石に話せないだろ、アレは」

川 ゚ -゚)「……もういい、寝る」

( ・∀・)「おーい、洗い物は?」

川 ゚ -゚)「今はその水に触りたくない」

生気のない足取りで、クーは台所を後にした。

( ・∀・)「……意地悪くするんじゃなかったな」

取り残されたモララーは、そうごちた。
ソファーにどさりと倒れこみ、素直は目を閉じた。

川  - )(気分が悪い)

素直は、自分の意思で、ちゃんと動いているはずだった。
そのつもりであった。
が、その体を機械で操作しているような違和感を覚えていた。

川  - )(世界が速く見える)

体と意志とが噛み合わないため、素直は自分の行動を把握するのに一拍遅れを取っていた。
素人撮りしたビデオのように突然場面が転換する視界。
ごうごうと耳の中で吹き荒れるような風。
否、耳鳴り。

川  - )「はー……、はー……、はー……」

素直の呼吸が乱れた。
まるで肺が鞴になってしまって、誰かが勝手にそれを操作しているようだった。

247名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:23:35 ID:HjtaKTU60
川  - )(たすけて、)

かひゅ、と口から息が漏れ、すは、と短く息が舞い戻る。
喉はからからに乾いていた。

川  - )(モララー、)

不規則な呼吸が途切れる隙を狙い、僅かな唾液を飲み込む。

川  - )「もららー、」

努めて冷静に出した声は、拙く震えていた。
そもそもこれが本当に自分の声だったのか、素直の耳は判断できていなかった。
素直はもう一度その名前を呼ぶことにした。

川  A )「モララー、」

声は若干低かった。
陰鬱な印象を与える、男の声だった。

川  - )(ちがう、ドクオはもういない)

鬱田は死んでしまったのだ。
素直が手を尽くしても、彼が蘇ることはなかったのだ。

川  - )(これはわたしのこえじゃない)

素直は再び口を開いた。

248名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:24:25 ID:HjtaKTU60
川  ー )「モララー、」

自然と口角が上がっていた。
あたりを和ませるような、人当たりのいい声だった。

川  - )(やめろ、)

またしても素直の口から、素直ではない声が出た。

川* ー )「モララーくん、」

都合の悪いことに、素直はその声を抑止できなかった。

川* ー )「モララーくん、その子は?」

川  - )(やめろ、)

川* ー )「なあんだ、モララーくんの彼女じゃないんだ」

川  - )(やめろと言っているだろう、)

川* ー )「クー! また会ったね!」

川; - )(やめろ、)

川* ー )「ねえモララー、今度屋上に行かない?」

川; - )(やめろ、)

川* ー )「ほらギコくんが前に言ってたじゃない、「ミカン」に変な小屋があるって」

川; - )(やめろ、)

249名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:25:15 ID:HjtaKTU60
川* ー )「鍵なんか壊しちゃえばいいでしょ? それで新しいのをつけちゃうの!」

川; - )(やめて、)

川* ー )「ごめーん、モララーくん。妹に話したらどーしても行きたいって言うからさぁ」

川; - )(だまって、)

川* ー )「ほら挨拶して、ミセリ」

川; - )「うぁ、」

ようやく出たその呻きは、それこそ本当の声であった。
しかし素直には、それを判断する余裕を持っていなかった。
その声はなおも主導権を握り続けた。

川* ー )「クーって本当は面倒見がいいのね。いつもだまぁってモララーくんの後ろにいるから、子供嫌いかと思ってたの」

川; - )(う、う、ぁ、)

川* ー )「いつも病気しがちで学校行けてなかったし……、ミセリも喜んでたよ。ありがとうね」

川; - )(クソおんなが、)

川* ー )「ミセリ? ああ……。ごめんね、今入院してるの。……ううん! そんなに酷くないのよ、きっとすぐ退院できるわ」

川; - )(しね、)

川* ー )「モララーは進路どうするの? やっぱり会社継ぐの? ……あたし? あたしは卒業したらギコくんと結婚するかなー」

川; - )(おまえのせいで、)

250名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:27:09 ID:HjtaKTU60
川* ー )「うん、もう同棲してるよ! ミセリもギコくんに懐いてるみたいだし……。やっと普通の家族になれたって感じかな」

川; - )(ミセリは、)

川* ー )「…………モララー、クー、」

川; - )(死んで、)

川* ー )「……うん。川で一人遊びしてるうちに、溺れたみたいで」

川; - )(違う、)

川* ー )「……あたしが、そばにいたら」

川  - )(お前が殺したんだ)

その瞬間、素直の心は憎悪を掴んだ。
ぐるぐると体の中を巡る血液が、怒りによって煮えていくのがわかった。
同時に腹の中が、すぅっと冷えていった。
が、

川  ∀ )「君がミセリを殺したんだ」

その声は、素直のものではなかった。

川  ∀ )「君が犯人だったんだ、しぃ」

――ぷつん、と素直の意識は途切れた。

251名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:28:14 ID:HjtaKTU60
かつん、と調理台に卵を一当て。
ぴりりと入った亀裂に両親指を添え、熱したフライパン目掛けて卵を割った。
じゅわわっという音が響き、それはたちまち換気扇によって吸い上げられていった。

(-_-)(今日の僕は人のために料理してばっかりだ)

フライパンの余白にソーセージを三本投入。
それから卵とソーセージに、塩胡椒を少々。
白身におおよそ火が通ってきた。
普通ならここで水をいれるらしいが、僕はそうしない。
蓋をして、弱火にしてしまうのだ。
そうすれば、ぷるぷるとろとろの半熟目玉焼きが出来るのだ。

(-_-)(よし、ご飯もチンしよう)

川д川「お兄ちゃん、なにか手伝うことあるー?」

(-_-)「大丈夫、いいよ座ってて」

川д川「そーう?」

首を傾げながら僕を見つめる貞子に、僕は頷いてみせた。
気持ちは嬉しいのだが、残念ながら台所が狭すぎた。
二人もここに立っていたら身動きは取れないだろう。

(-_-)「もうすぐ出来るからな」

蓋をそっとずらす。
塩胡椒が溶け込んだ白身。
つやつやの黄身。
軽く焦げ目のついたソーセージ。
その皮は裂けていて、脂がじわわと噴き出していた。

252名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:53:41 ID:HjtaKTU60
(-_-)「よし」

菜箸でソーセージを皿に移す。
目玉焼きも移してしまう。
自慢じゃないけど、箸使いは結構上手な方なのだ。

(-_-)「おっと」

ピーピーと鳴り出す電子レンジ。
が、いかんせん盛り付ける場所がなかった。

(-_-)「貞子ー、これ持ってって」

川д川「はーい」

目玉焼きを乗せた皿を差し出すと、貞子はわぁと小さく声をあげた。

川*д川「すごい美味しそう!」

(-_-)「そーか?」

ただの目玉焼きとソーセージ、誰にでも作れる料理だ。
にも関わらず、貞子はじいっとそれを見つめていた。

(-_-)「……あっちに座ってから落ち着いて見なよ」

川*д川「うんっ」

とてとてと貞子は台所を後にした。

253名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 11:17:22 ID:yK4lo2RI0
支援
しぃ何者だ

254名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 11:26:40 ID:HjtaKTU60
(-_-)(さてと)

レンジの扉を開け、ご飯を取り出す。
一つしかない茶碗にそれを盛り付けて、僕も居間へと移動した。

(-_-)「はいよ」

川*д川「ありがと!」

待っていましたと言わんばかりの貞子に、思わず笑みがこぼれた。
妹は、こんなにも無邪気に笑う人だったんだ。

(-_-)(初めて見た)

川*д川「ねーね、食べていい?」

(-_-)「うん、いいよ」

川*д川「わーい!」

いっただきまーす!と手を合わせ、貞子はソーセージを攫った。

川*д川「っ!!!!」

(-_-)「な、なに、どうしたの?」

川*д川「ううんっ…………、おいしいの……!!」

(;-_-)「……焼いただけだよ、それ」

川*д川「でもすっごくおいしいんだよ、お兄ちゃんのご飯」

(*-_-)「……そっか」

255名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 11:27:20 ID:HjtaKTU60
むしゃむしゃとご飯を口に放り込み、飲み込んで、またソーセージに手をつけて、ご飯を咀嚼して。
一生懸命食べている、という感じがして、ついつい眺めてしまった。
今度は白身に箸がのびた。

川*д川「なんでこんなに綺麗なんだろ……」

(-_-)「綺麗か?」

川*д川「お母さんの作るやつはなんか水っぽいじゃん」

(-_-)「ああ……」

お世辞にも僕の母親は、料理上手だとは言えなかった。
目玉焼きの黄身はかちかちに火が通っているし、水を入れすぎるせいで白身はぐじゅぐしゅになっていた。
しかもそれはまだ食べられるほうの話で、時折底がぶすぶすに焦げていることもあった。
それに関して文句を言うと、問答無用で外に放り出されてしまうから黙って食べる他なかったのだけれども。

川*д川「おいひい……」

(-_-)「ん? ああ、そう、よかった……」

だからこそこうして、そこそこ料理が作れるようになったのだろう。
そのおかげで妹も喜んでご飯を食べてくれている。

(-_-)(そう考えたら悪いものでもなかったのかもしれない)

ふ、と笑いがこみ上げてきた。

川д川「? どうしたの、お兄ちゃん」

256名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 11:28:13 ID:HjtaKTU60
不自然なタイミングで笑ったせいだろう。
貞子は怪訝そうに僕を見つめていた。

(-_-)「なんでもない。水、持ってくるわ」

適当なことを言って、その場から逃げる。

(-_-)(コップもう一個出さなきゃなー)

小さな食器棚を漁ると、一回も使っていないグラスが出てきた。
薄く光を通す白地に、赤い縁取り。
たしかこれは、お酒が飲めるようになった時に使おうと思って買ったものだった。

(-_-)(ま、でもいっか)

川д川「あ、ありがとー」

テーブルにそれを置くと、貞子はすぐに手を伸ばした。
見ればほぼ茶碗は空に近く、皿の上には食べかけのソーセージが一本残っているだけ。

(-_-)(もしかして喉乾いてたのな)

だとすれば悪いことをしてしまったなぁ、なんて思いながら水を飲み始めた時だった。

川д川「……お兄ちゃんは好きな人いるの?」

途端、気管に水が入り僕は盛大に噎せた。

257名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 11:29:23 ID:HjtaKTU60
(;-_-)「水飲んでる時にそういうこと言うなよ」

川д川「ごめんってばー。だって気になっちゃったんだもん」

(-_-)「お前なぁ……」

呆れつつも考える。
好きな人。
恋心。
この人と一緒にずっといられたら、と願いたくなるような人。

(-_-)(クー、かなぁ)

一瞬そう考えて、首を横に振った。
違う。
僕は彼女を助けたいのだ。

(-_-)(これは、恋愛感情とは、違う、ような)

川д川「いないの?」

(-_-)「んー、そうかなぁ」

断定はせず、言葉を濁しておいた。
恋とも言えるような、言えないような。
だけど今は、そうだと認めたくはなかった。

(-_-)「貞子は?」

川д川「……あたしはいるよ」

(-_-)「マジか」

258名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 11:31:28 ID:HjtaKTU60
心なしか貞子の頬が赤く染まった。
どんな人なのか根掘り葉掘りしたくなった。
が、いきなりそういう事を聞くのも無粋な気がした。

(-_-)「頑張れよ」

ただ一言そう言うと、貞子はにへらと笑った。
なんだか柔らかい紙でできた折り鶴のような笑みだった。

川д川「頑張るよ。いつかその人に白無垢着せるんだー」

(-_-)「……いや着るのは貞子のほうだろ」

それともあれか、同性愛者なのだろうか。
だとしたら両親はめちゃくちゃ怒るだろう。
あれは本当に古いタイプの人間で、頭は固い。
いくら可愛がられてきた貞子でも包丁を持って追い掛け回すだろう。

(-_-)(もしそうなっても僕は味方しよう)

そりゃまあ、たしかに、びっくりはした。
だけど彼らのように偏見を持たずに、受け入れてあげたかった。

(-_-)「……貞子は和服似合うだろうなぁ」

七五三の時に撮った写真を僕は思い浮かべた。
当時腰よりも下まであった髪は、美しくまとめ上げられ色とりどりの花が咲いていた。
また、燃えるような赤地の着物には大輪の薔薇が咲いていた。
帯は深緑色で、帯留めは銀糸で出来ていた。
とても素晴らしい着物で、よく似合っていた。
が、着付けが苦しかったのか、貞子はぶすっとした表情をしていた。

259名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 11:32:38 ID:HjtaKTU60
川д川「そうだといいなー」

最後の一口を咀嚼し終え、貞子はぽつりと呟いた。
……ふと、僕自身の七五三は全く祝われていないことを思い出した。
けれどももう、その時代には戻れないのだ。

(-_-)「似合うよ、きっとね」

胸にこみ上げてきた惨めさを、愛想笑いで封じてみせた。

260名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 11:33:32 ID:HjtaKTU60




それぞれの過去には様々な事情がある




.

261名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 11:35:45 ID:HjtaKTU60
登場人物紹介

(-_-) 疋田
いいお兄ちゃんでいたい

川д川 貞子
一線を超えたい

川 ゚ -゚) 素直クール
全てを肯定してもらいたい

( ・∀・) モララー
形が変わったとしてもずっと側にいたい

目玉焼きとソーセージ
先週疋田が特売で買ってきたものの集大成、なお卵の賞味期限はあと二日で切れてしまう

262名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 11:46:50 ID:HjtaKTU60
おまけ

爪'ー`)y‐(さーてそろそろ詰所から出るかぁ)

(;・∀ ・)「あっ、フォックスさん! 今日はこのまま待機でって……」

爪'ー`)y‐「は? なんで?」

(;・∀ ・)「なんかサツがうろうろしてるみたいで……」

爪'ー`)y‐「マジか」

(・∀ ・)「マジです」

爪'ー`)y‐「……ったく、客引きでとっ捕まってもつまんねえし、しゃーねえな」

(・∀ ・)「……誰か通報でもしたんですかね」

爪'ー`)y‐「んなことしたらとんでもねえことになるって、暗黙の了解なのにな」

(・∀ ・)「ほんとですよねえ」

爪'ー`)y‐(誰だ、こんなことをした奴は)

263名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 11:52:23 ID:HjtaKTU60
>>226
昼の十二時ですね
分かりにくくて申し訳ないです

>>227
まさか支援絵をいただけるとは思いませんでした
ありがとうございます!

ちなみにあと1、2回で連載終了します

264名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 15:14:59 ID:hBK0mjFc0
乙乙!毎回じわじわと不安になるな
白無垢……

265名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 17:37:32 ID:wWpPf2UI0
表現が一々美しいな。
貞子の一線越えたいって、やはりそういうことなのだろうか…
続きが楽しみだ、乙

266名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 19:54:52 ID:weDhq4Rs0
最終回期待乙

267名も無きAAのようです:2016/04/12(火) 17:39:02 ID:d5ws4Nc.0
追いついてしもうた……
いろいろと謎が残っていてハラハラするなぁ

268名も無きAAのようです:2016/06/21(火) 09:32:53 ID:OQav4f/g0
まってる

269名も無きAAのようです:2017/02/16(木) 21:57:37 ID:dHKtdF2M0
ご無沙汰してます
やっとこさ最終話の書き溜めに終わりが見えて来たので報告いたします
今月中の完成を目標に明るく楽しく幸せなお話にするので待っててくれてる人は待っててください

270名も無きAAのようです:2017/02/16(木) 22:06:59 ID:kv9ZDcSs0
明るく楽しく幸せなお話とな

271名も無きAAのようです:2017/02/16(木) 23:43:25 ID:7ABT2Z260
待ってる!

272名も無きAAのようです:2017/02/17(金) 20:47:32 ID:mcPbp.tU0
楽しみだ

273名も無きAAのようです:2017/02/17(金) 22:38:12 ID:pfKTxSG.0
続き気になってたから嬉しい!
待ってます!

274名も無きAAのようです:2017/02/23(木) 02:14:04 ID:gN1x53ew0
やったー!!

275名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 18:33:54 ID:BMATtBqk0
今夜か遅くても明日明後日に最終話投下します
長らくお待たせしました

276名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 18:52:20 ID:pWjMwLrU0
待った甲斐があった

277名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:29:55 ID:BMATtBqk0
夢を見た。
那由他阿僧祇の和室にただ一人、正座している子供の夢。
姿はとても小さく、顔は俯いているので様子は分からない。
その佇まいは、銅像のようだった。
身動ぎ一つせず、実は精巧に作られた人形であると言われても
納得してしまう程に、生気のない子供であった。
普通であれば、走り回って遊びたがるような年頃に見える。
まして和室には、大人の姿は見えない。
では、なぜ動かないのか。
理由を鑑みて、はたと気付く。
子供は、着物を着ていた。
赤い着物だ。
業火にも見える、血色の赤だ。
着物には、大輪の薔薇が咲き乱れている。
黄金や桃色、浅葱に藤色。
目がくらむほど花は鮮やかで、だというのに、不気味だ。
ああ、そうか。
これは、別れ花だ。
死者への手向けとして、棺桶に身をやつす花々だ。
これからその人と共に燃やされてしまう、儚い花だ。
だってほら、その長い黒髪にも花は、編み込まれている。
きっと子供は死者に違いない。
納得、確信。
同時に、何故そう思ったのだろうと疑問を感じる。
その時、子供は微かに身動いだ。
体を舐める炎のように、布はゆうらり赤を揺らす。
赤。
思い出す。
僕は、思い出す。

278名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:30:38 ID:BMATtBqk0
(-_-)(貞子)

これは、七五三だ。
写真で何度も見たじゃないか。
端午の節句、誕生日、七夕、年の瀬。
僕にはそういった行事と縁を持つことがなかった。
だから、これは僕の記憶ではない。
朝早くから叩き起こされて不機嫌になったのは貞子だ。
近所の美容室からやって来たおばさんに、髪の色艶を褒めてもらえたのは貞子だ。
曽祖母の代から引き継がれて来た着物を着たのは貞子だ。
化粧品特有の粉っぽい臭いに顔をしかめたのは貞子だ。
写真屋さんが遅刻したために、一人で和室に取り残されたのも貞子だ。

(-_-)(僕は、何もしてもらえなかった)

お祝いなんて、してもらったことがない。
あの家の中で僕は、いないも同然であった。
貞子ばかりが持て囃されて、僕はいつも隠れるように生きていて。

(-_-)(そうだ、僕は影の子供だった)

そして、影から出ることのできなかった子供だ。
はたと思い出して、怒りとも絶望ともつかない熱が、僕の腹を抉る。
痛みはない。
しかし、刺されたように熱かった。

(-_-)「僕は、要らない子供だった」

何度だって受け入れて来た事実だ。
自覚した当初は気が狂いそうな程に孤独をしみじみと感じ取ってしまった。

279名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:31:34 ID:BMATtBqk0
だけどもう、それを飲むことには慣れているはずだ。
だからいちいち動揺することもない。
それなのに、

(-_-)(どうして、こんなにも胸が痛いのか)

置物のごとくそこに配置されている赤。
髪に寄せられた花々。
金太郎飴のごとく延々と引き伸ばされた室内の暗さ。
それが、僕を狂わせている原因らしかった。
平常心で見られる色といえば、帯だけ。
蕩かした闇色の中に、少しずつ抹茶を混ぜ合わせたような深緑色。
それだけが僕の好きな色だった。
そして、唯一僕が選ぶことの出来た色だった。

(-_-)(――――選ぶことの出来た色……?)

何かが狂っていた。
僕の認識が、それは違うと言っていた。
齟齬が発生している。
直ちに修正しなくてはならないと。

(-_-)(どこがおかしい?)

直すべき箇所はただ一つ。
七五三の主役は貞子であって、僕ではない。
僕ではないのだから、帯を選んだのは僕ではない。
選んだのはきっと貞子か母さんだろう。
だって貞子を可愛がっていたのは母さんだから。

280名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:32:30 ID:BMATtBqk0
母さんは、男じゃなくて女の子が欲しかったから。
欲しかったから、でも、

(-_-)(どうして)

僕は、無意識に子供と距離を詰めていた。
足を動かした覚えはない。
部屋が縮んでいた。
畳の繊維一つ一つが消失し、それを埋めるようにして、距離を詰めているのだ。
逃げてしまいたかった。
僕は、ここにいてはいけないのだ。
僕は、男だ。
紛れもなく男だ。
息が詰まる。
もう、子供は間近に迫っていた。
動けない。
僕も、子供も。

( _ )「君、は……」

誰なんだ?
声に出さぬうちに、子供はゆっくりと面を上げる。
僕は、見てしまうのが怖かった。
はっきり言うなら思い出したくなかった。
その子の顔を、きっと僕はよく知っていた。
何度も写真で見たことがあるから。
母さんや、貞子が見せてきたから。

281名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:33:12 ID:BMATtBqk0
だけど僕は、一度もその写真を見たことがない。
自力で見たことはない。
見たくなかったから。
見てしまったら、だって……。
声が漏れる。
掠れた声だ。
散々暴れまわったものの、結局何一つとして解決出来ず、
啜り泣くことしかできなかった声だ。
下腹部を、汗ばんだ手が撫で付けた。
僕の手ではない。
細くて柔い、華奢な作りをした指だ。
くすぐるようにして、僕の腹を撫でていた。

「起きた?」

バカみたいに甘ったるくて、聞いている方までバカになりそうな声が聞こえてきた。

「起きてるんでしょ?」

ぎ、と爪が右の腹に食い込んだ。
大した痛みではないはずなのに、
これ以上彼女を無視してはならないと脳は学習していた。

(; _ )「ひっ……」

媚びの代わりに、悲鳴が一つ飛び出した。
閉じたままにしておきたかった目が、はちはちと浅く瞬いた。

282名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:33:52 ID:BMATtBqk0
川ー川「おはよぉ、お兄ちゃん」

緩やかに笑んで、貞子は腰を揺らした。

ぱちゅ、ぱちゅ、

間抜けな音が、忌屋に響く。
結合部はかろうじて、お互いのスカートに隠れているので見ずに済んだ。
しかしどういう事になっているのかは、ここ数日の間に
嫌というほど覚え込んでしまった。

(; _ )「うっ、くぅぅ……」

脊髄か腰のあたりに、蛇がうねっているような感覚。
快楽に限りなく違い苦痛だ。
湿っぽい布団に、出来る限り臀部を埋め込むようにして、
なんとか逃れたいと考えていた。

川ー川「お兄ちゃん」

熱っぽい声が、耳へと寄せられる。

川ー川「すき」

我慢しないで、という甘言と共に耳を噛まれる。
くすぐったい。
同時に、疼きが酷いものへと変化していく。
情けない声を我慢していた口を緩めるには、十分すぎる刺激だった。

283名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:34:36 ID:BMATtBqk0
女のような声を出して、僕は手を振り上げる。
かしゃ、かしゃ、と鉄の擦れる音。
手錠。
墓参りを目当てに来たというのに、着いて早々に僕は殴られた。
そして気付いた時には、手も足も枷をつけられて、
どこにも行けないような風体にされていた。
分かっていても、抵抗を止めることはできない。
義理とはいえ、僕と貞子は兄妹なのだ。
なのに、こんな……。

川ー川「我慢しなくていいよ」

わざとらしい女の声に、今度こそ我慢が効かなくなった。

(; _ )「い、ゃ……ぁ、あ……っ!」

がくがくと痙攣する腰。
貞子の奥深くを突き上げるようにして、射精した。
尿意を我慢出来ずに漏らしてしまった時と同じ種類の絶望感。
しかも、避妊していない。

川*д川「いっぱい出たね、お兄ちゃん」

泣きそうになっている僕を尻目に、貞子は嬉しそうに呟いた。

川*д川「ふふ」

貞子は、スカートを捲りあげる。
今度こそ、セックスしてしまったのだという証拠をまざまざと見せつけられてしまった。

284名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:35:19 ID:BMATtBqk0
貞子は惜しむように、僕の腰から立ち上がる。
赤く擦れ、柔らかくなった僕の性器。
それが、貞子の性器から、ゆっくり、ゆっくり、撫でるように、抜ける。
視界が涙で滲む。
何度見ても慣れないし、慣れたくない光景だ。
気持ちが悪かった。
僕は、貞子とは普通の兄妹でいたかった。
だけど貞子の方は、そうは思っていないらしかった。

川*д川「あは、」

壊れたような嬌声。
その後に一拍置いて、ごぽと貞子のそれから、溢れ出る精液。

川ー川「……泣かないでよ、お兄ちゃん」

そっと貞子が寄り添う気配がして、唇にキスが落とされる。

(; _ )「おまえ、おかしいよ……」

思わず飛び出た言葉は、何度言ったことか。
それでも貞子の心には、ちっとも響かないことを知っている。

川*д川「大丈夫だよ、お兄ちゃん」

そっと腰に腕が回された。

川*д川「もうあの家には、お兄ちゃんの敵はいないよ」

285名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:36:06 ID:BMATtBqk0
自分がどれだけ僕のことを好きなのか、両親に説得したこと。
本来であれば従兄弟同士なのだから、交わってもなんら問題はないこと。
当然ながら祖父は大反対したものの、相手は寝たきりであるから、
排除するのにそう時間は掛からなかったこと。
包み隠さず、僕のために尽力したのだと貞子は何度でも語る。
その内容がどれほど僕の心を軋ませるのか、気付かぬままに。

川*д川「ねーえ、いい加減泣かないでよ」

困ったように呟いて、貞子は涙を舐める。

川*д川「そんなに嫌?」

(; _ )「いや、……」

嫌だよ、と小さく呟く。
家の事も、貞子の事も、何もかもが嫌だった。

(; _ )「……家に帰して」

川*д川「お兄ちゃんの家は、あの家だけだよ」

剥き出しになったままの性器に、貞子はそっとスカートの裾を被せた。

川*д川「……じゃあさ、何が気に入らないの?」

(; _ )「ぜん、ぶ……」

そっと下腹部に視線を移し、ぞっとするような気持ちで言葉を吐く。

286名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:36:51 ID:BMATtBqk0
(; _ )「服も、やだ」

川*д川「えー、かわいいじゃん」

(; _ )「やだ」

川*д川「よく似合ってるよ、セーラー服」

改めて声にされると、羞恥によって呻き声が上がる。
最悪な服装だった。

川*д川「大体さ、お母さんも酷いよね」

貞子の手が、僕のスカーフを弄ぶ。
蛇のように光る左手は、非常に恐ろしかった。

川*д川「女の子が欲しかったから、お兄ちゃんのこと女装させてたなんてさ」

(; _ )「…………」

みし、と歯が軋む。

川*д川「それなのに、わたしを引き取ったらもうお兄ちゃんのこと
    要らないって邪険にするなんて、ねぇー」

擦り寄ってくる貞子を、僕は退けてしまいたかった。
この山を降りて、二度と近付かない。
家も早急に引っ越す。
だけど、本当に出来るのだろうか。

287名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:37:41 ID:BMATtBqk0
川*д川「でも大丈夫だよ、お兄ちゃん」

太ももをなぞる指を、反射的に挟み込もうとする足。
それすらも叶わない状況。

川*д川「今までの事もぜぇーんぶ、謝るって、お母さん言ってたから」

だからお家に帰ろ?
妹は、甘ったるく、語りかけてきた時だった。

川д川「……」

長い前髪の隙間から、貞子は窓を睨みつけた。

(; _ )「なに、」

川д川「……誰か、そこに立ってたの」

ひそと小声を落とし、貞子は立ち上がる。
窓には、障子戸が貼られている。
それをほんの少し開けて見るも、人の気配はないらしい。
しかし、貞子は未だに警戒を緩めていない。
そもそもここは私有地で、親族以外には誰が見たって獣道にしか
見えないような場所を通ってたどり着く、言わば昔ながらの墓地だ。
さらに貞子の開けた窓から察するに、今は真夜中らしい。
こんな時間帯に、人影が見えた。
となると、やっぱり尋常じゃないものを感じる。

288名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:38:24 ID:BMATtBqk0
.



ふ、

と、電気が消えた。

川;д川「っ」

暗闇の中で息を飲む気配がした。
部屋の中は真っ暗だ。
虫の鳴く音だけがいやに響いている。
立ち上がった貞子は、電気のスイッチを押したらしい。
灯りは付かない。

川д川「外だ……」

呟いた貞子は、ふらふらと歩みを進める。

(; _ )「……貞子?」

視界から完全に消えた妹を呼ぶも、返事はない。
あんなにも疎んでいた存在が、いざ居なくなると心細いものがある。
現金さに呆れつつも、四肢を拘束されているのだから
仕方がないものだろうと己を慰めている時だった。

289名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:38:56 ID:Dbi99sWQ0
支援だ

290名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:39:09 ID:BMATtBqk0
川;д川「ひっ……!」

甲高い悲鳴が、玄関口から響いた。

(; _ )「貞子っ……?」

首を持ち上げるも、景色はやはり変わらない。
そのうち、木をたたき割るような音まで聞こえてきた。

川;д川「やっ、やだ!!」

来ないでよ、と叫ぶ声に僕はいよいよ焦りを感じる。
これはひょっとして……、

(; _ )(誰かがここに侵入しようとしている?)

音から察するに、斧かなにかで扉を破壊しにかかっているのではないか。
だとすれば、危ないのは貞子である。

(; _ )(どうしよう……)

僕は何もできない。
いや、何もしなくていいのではないのか。
相手が何者なのかわからない。
もしかしたら警察なのかもしれない。
友達とも連絡を取ることが出来ずに、
ずっと放置してしまったし、その線もあり得る。
僕を助けに来たのかもしれない。

291名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:40:06 ID:BMATtBqk0
(; _ )(警察であってほしい)

希望的観測にも程がある。
意図的に停電をさせて、扉を破壊して突破して来る相手が警察のはずがない。
だけど、それ以外の相手であれば目的が読めない。
そうなるとなおのこと怖い。
祈るように、僕は推測に縋っていた。
しかしそれすらも、慌てて部屋へと逃げ込んだ貞子によって壊されてしまう。

川;д川「やばいよ、あいつ」

頭おかしいよ、と言う視線は未だ玄関口を見つめている。
彼女は何を見てしまったのか。
問いかけても、その答えが返って来ることはなかった。
独占するように、おもちゃを取り上げられないように、貞子は僕を抱き寄せていた。
まるで、侵入者の目的が僕にあるかのように。
扉が大破する音。
蹴りによって部屋を踏破するような気配。
引きずられる鉄製の何か。
暗闇に慣れてきた目は、ようやく相手の姿を捉えることが出来た。
細い人影だ。
あれだけの破壊音を出したとは思えない、燃えさしのような人影。

292名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:41:55 ID:BMATtBqk0
川;д川「……なんなの、あんた」

威嚇するような貞子の声。
抱き寄せられる僕。
からからに乾いた喉が、はくはくと息を飲み込む。

「――――」

相手は、僕を見つめていた。
灯りなど無くても分かるほどに、視線が突き刺さる。
貞子のことなど視界に入っていないようだった。

川д川「お兄ちゃんは、渡さない」

明確な反抗の意思。
しかし、それは一瞬で終わった

「ぎゃっ」

悲鳴とともに、貞子は彼方への飛んでいく。
黒い人影は、僕に背を向けて貞子へとのしかかる。
体を殴打する音が複数回、忌屋に響いた。

「枷の鍵はどこにあるのかな、疋田貞子」

穏便かつ平坦な声。
馴染み深く、ここ最近聞くことの出来なかった声に
似ていて、しかし男の声にも思えた。

293名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:42:38 ID:BMATtBqk0
「な、なんなのあんた……」

「質問の意味が分かっていないようだな」

さめざめとしたその声は、今度こそ聞き間違いようのないものだった。

(;-_-)「クー!」

呼び掛けるも、返事はない。
相変わらず、妹を殴っている音だけが響く。

「高校にも行かず、家にも帰らず、この二週間ずっと兄上を監禁していたとはね。
 なかなかの趣味をお持ちだよ、このお嬢さん」

「ああ、全く。君の言う通りだよ」

「あんた……」

「だけど、君は彼女に対して過ちを犯した」

「誰と話して、い ゙っ……!?」

「君は疋田くんの嫌がる行為をした」

「やめっ……」

294名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:43:29 ID:BMATtBqk0
「君は疋田くんの人生を狂わせた」

「ぅあっ!」

「君はわたしを殴った」

「や、やめ、あやまるから……」

「人を襲う時には躊躇っちゃいけないんだよ、お嬢さん」

「あっぁがっ」

「このように、報復を受ける事もあるからね」

「もっとも、そんな事をしないほうがいいに決まっている。そうだろう?」

「ははっ、違いない」

「いぎゃっぎゃべめっ」

「やめないよ」

「あ ゙っぎっ」

水のような音と咳き込む声が混じり始めて、
次第にそれすらも聞こえなくなった。
そして、人影はようやく立ち上がった。

295名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:44:44 ID:BMATtBqk0
川 ゚ -゚)「すまない、疋田くん。迎えが遅くなったね」

久しぶりに見た彼女は、やはり冷静であった。

(;-_-)「あの……妹は……」

川 ゚ -゚)「まだ息はしているんじゃないかな、多分」

言いながらも、クーは憤慨していた。

川 ゚ -゚)「彼女の事は一切気にしなくていい。君は被害者だ。
     わたしはそれを助けに来ただけのこと。
     ……ボルトクリッパーを持って来るから、もう少しだけ待っててくれ」

呆然とした僕を置いて、クーは一人闇の中へと姿を消した。

(;-_-)「……貞子?」

しんと静まり返った暗闇から、答えは返ってこない。
ぴくりと動く気配すらもない。
クーはさっき、なんと言った?
まだ、息はしているんじゃないかな。多分。
ということは、これから先は死んでしまうのかもしれない。
かろうじて呼吸があるだけで、徐々に弱り果ててしまうのではないか。

296名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:45:57 ID:BMATtBqk0
そんなの、

(;-_-)「……あんまりだよ」

僕は、貞子が嫌いだ。
どう考えても常軌を逸している。
だけど狂っているのは、

(;-_-)(クーも、同じだ)

恐ろしかった。
震えが止まらなかった。
だからクーが戻ってきて、手錠を壊している間も、
僕は口をきくことが出来なかった。
どうやってここまでたどり着いたのか。
なにをきっかけにして彼女が動いたのか。
時折聞こえた男の声は、一体何者なのか。
何も、聞けなかった。

川 ゚ -゚)「よし、帰ろう」

クーは何事もなかったかのように、僕の手を引く。
僕もそれに倣って、立ち上がる。
何かが壊れようとしていた。
僕の中で培われてきたクーに対する信頼が、ひしゃげつつあった。

(-_-)(僕はこの人を信じていいの?)

一歩、また一歩と、僕は外の世界へと近付く。

297名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:46:37 ID:BMATtBqk0
本当にそうなのだろうか?
確かに僕は狂った妹から解放されたはずだ。
けれども、その先に待ち構えている友人は、正常なのだろうか。
木片を踏みつけながら、僕は考える。
足は遅々として進まなかった。
それが、いけなかったのだろうか。
背中が燃えるように熱く感じられた。

(; _ )「あ――――」

肺から、息が全て吐き出された。
衝撃は一度のみならず、二度三度と繰り返される。
瞬間、僕はクーの手を握り締めて崩れ落ちた。
妹の笑い声が聞こえる。

川#д川「ざまーぁ見ろ!!!!」

上擦った声に、クーが掴みかかる気配がした。

「お前、お前……なんてことを……」

298名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:47:29 ID:BMATtBqk0
悲しむような、焦るような、声。
壁へと何度も叩きつけられる、妹の哄笑。
包丁の落ちる音。
窓へと叩きつけられる妹。
ガラスと障子戸をばら撒きながら外へと転がる妹。
長い黒髪を振り乱し、怒り狂うクー。
四肢をだらりと伸ばした妹を、墓場へと擦り連れるクー。
コーキング剤のついた拝石を、片手でこじ開けるクー。
妹は気付く。
自分がどこに閉じ込められようとしているのかを。
手足をばたつかせる妹を、唐櫃へと押し込めるクー。
真っ逆さまに、妹は落ちていく。
そして何事もなく、拝石によって蓋がなされる。
今は、その土だらけの手が、僕を支えていた。

川 ゚ -゚)「疋田くん、疋田くん」

複数箇所穴が空いてしまった僕は、きっともう助からないだろう。
体はとても寒々しく、視界には白と黒の影がちらついている。
今から下山しても、間に合うはずがなかった。
それに、助かろうという気持ちもほとんど失われていた。
だって、

( _ )「……生きていたってしかたがないよ」

生まれてからずっと嫌な目にあって、少しだけ友達には恵まれて、
だけど家のことを全部相談できるような間柄じゃなし、
僕を必要としてくれる人間は、きっといないんだ。

299名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:48:27 ID:BMATtBqk0
先生たちにとって、僕は大勢いる生徒の中の一人で、きっと悲しくは思わない。
ブーンだって、友達が多いし、彼女もいるし、僕のことなんか忘れてしまう。

( _ )「くーだって、そうでしょう?」

そうだって言ってほしかった。
生きる意味がなかったら、僕の人生全部ムダだったって分かったら、
どんなに幸せなことだろう。
だってそれは、僕に嫌な思いをさせてきた人たちの行いも、
全部全部ムダで何一つ実りのあるものではなかったって言えるでしょう。

( _ )(だから、僕のことなんか要らないって言ってよ)

なのに、

川 ゚ -゚)「いいや」

クーは、首を振る。

川 ゚ -゚)「君は、数少ないわたしの友人だ」

(  ∀ )「それもかけがえのない友人さ」

声が、ふたつ、聞こえる。
クーの声。
男の声。

300名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:49:18 ID:BMATtBqk0
川 ゚ -゚)「ああ、死ぬな……」

絶望したように、クーは僕を抱き寄せる。

川 ゚ -゚)「……わたしを置いて行くな」

いつもと同じ無表情であるのに、はらはらと目からは雫が落ちている。
綺麗だ、と不覚にも見とれてしまった。

川 ゚ -゚)「どうして、君も死んでしまうんだ……」

( _ )「……ごめ、ん、ね」

少しずつ、言葉を吐き出す。
いよいよ意識が途切れつつあった。
それでも、不思議と怖くはない。
自棄になって周りを突っぱねても、やはり僕は怖かった。
だけど、看取ってくれる人がここにいる。

( _ )「くー、」

川  - )「……なんだ」

( _ )「ぼく、ね、えいじっていうの」

川  - )「えいじ、」

301名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:50:12 ID:BMATtBqk0
( _ )「影の、子って、かいて、ね、えいじ」

僕は、嗤う。
こんな名前をつけた親を、嘲笑う。

( _ )「女のこが、ほしかったんだよ」

どうしても、欲しかったんだね。
おんなの子に、なって、ほしかったんだ。
きっと。

( _ )「だから、きらいななまえでさ」

だれにもよばれたことのない名前。
母にすら、えいこと呼ばれ続けていた。
ほんとうの名前なのに、本当じゃないようななまえ。

( _ )「でも、くーには、おしえたくなっちゃった」

川  - )「……えいじ」

くーは、はじめてぼくをよんでくれている。

302名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:50:54 ID:BMATtBqk0
( _ )「うん」

しあわせだ。

川  - )「えいじ」

それだけで、まん足だよ。

( _ )「……ん」

川  - )「えいじ」

( _ )「……」

川  - )「……わたしを、ひとりにしないで」

( _ )「」

川  - )「えいじ」

( _ )「」

303名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:52:26 ID:BMATtBqk0
疋田からの言葉は、もう返っては来なかった。
死んでしまった。
そう悟りはしても、素直は状況を飲み込めずにいた。
獣のような慟哭が、夜山に響く。

川  - )「一緒にいよう」

涙を零しながらも素直は、疋田の体を抱き寄せた。
体はまだ、仄温かい。

川  - )「ずっとだ」

( _ )「」

川  - )「ずっと、そばにいてほしいんだ」

( _ )「」

川  - )「この気持ちを、どうか分かってくれよ」

疋田の耳へ、素直の口は吸い寄せられていく。

川  - )「いいだろう?」

なんとかして肯定を引き出さんとする、執心。

( _ )「」

物言わぬ屍体。

304名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:54:09 ID:BMATtBqk0
川  - )「辛いことも、悲しいことも、痛いこともなし、だ」

( _ )「」

そうして、幾許かの時間が過ぎ、

川  - )「全部わたしが守るから」

( _ )「」

川  - )「居てくれるな?」

素直は、

( _ )「   」

川  - )「…………よかった」

ようやく理解へと漕ぎ着けた。
鼻をすすりつつ、素直は立ち上がる。

川 ゚ -゚)(早急に事を進めなくてはならない)

時刻は十時を少し回った頃。
田舎とはいえ、この周囲には畑が多いことはフォックスから聞いている。
農作業は存外早くから行われるものとして
心得ている素直は、明け方までに作業を終わらせる事を目標とした。

305名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:55:08 ID:BMATtBqk0
まず素直は、土だらけの手を洗うことにした。
万が一の事を考えていた素直の爪は、深爪寸前にまで切り揃えられている。
シンクを借り、持参した紙石鹸で何度も手を洗った。
その次に、素直は疋田の被服を取り払った。
赤い血に染まったセーラー服にスカート。
たったそれだけを身に付けて、疋田は凌辱に耐えていた。

川 ゚ -゚)(こんなことなら、もっと早くに打ち明ければよかった)

己が本性を曝け出すことに対して、素直は常に恐れを抱いていた。
鬱田。
モララー。
素直に深く関係した男達は、必ず不幸になる。
素直が深く人付き合いをしないように、
他人を忌避していた理由はそこにあった。

川 ゚ -゚)(まさか、わたしの全てを知る前に死んでしまうなんてな)

自嘲を浮かべつつ、疋田を抱えた素直は、風呂場へと急いだ。
簡易的な作りではあるものの、広さは十二分にある。
浴槽に疋田を折り入れ、素直は車へと戻る。
脚立、LED製のランタン、マジックテープで自作した幅広のバンド、大型のクーラーボックス、
蓋のできるバケツ、キッチンツールを入れた鞄、着替え、その他細々とした道具などなど。
常人が一括で持ち運ぶにはあまりにも多すぎる荷物量である。
しかし、現在の素直は男のそれを凌駕する力を発揮していた。

306名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:55:55 ID:BMATtBqk0
もとより、素直は自身を鬼であると信じていた。
両親は、生粋の鬼。
その両親の両親も、恐らくは鬼。
であれば、自身ももちろん鬼である。
鬼であるから、人の手には余る存在。
ゆえに人からは常に嫌われる役で、その道理に矛盾は存在しなかった。
多くの媒体で、鬼というものはそういうものだと学習していたからだ。
しかし、中には奇特な人間もいた。
それが鬱田であり、疋田であり、モララーであった。

川 ゚ -゚)(皆、いい奴だった)

ランタンを灯し、風呂場に脚立を立てる。
その山の部分に疋田の腰を乗せ、
特製のバンドによって脚立の足に足首を固定した。
次はナイフを持ち出し、首、脇、大腿の動脈を切断。
だらだらと流れる血を眺める素直の脳内では、

川 ゚ -゚)(この速さでは小一時間必要だろうな)

血抜きに要する時間を弾き出していた。
かといってその間にやる事がないわけではない。
剃刀とシェービングクリームを取り出すと、疋田の頭へと満遍なく塗りつけた。
頭髪を剃る為である。
人間の髪の毛は蛋白質から出来てはいるものの、食用には適さない。
胃酸にも溶けず、そのまま残ってしまう可能性は十分にあった。
なので、素直は綺麗に頭を剃り上げてしまうのだ。
脚立から反り返った半身から、でろりと手を投げ出している疋田。
見る者によっては不気味に思える光景だが、やはり素直は何も感じることはない。

307名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:56:43 ID:BMATtBqk0
何より、解体するのはこれが二度目であった。

川 ゚ -゚)(初めての時は流石に手が震えていたけれども、慣れるものだな)

あの時。
素直がモララーに誘われ、椎名、ミセリ、房木と食事を取っていた時代。
椎名が、房木と同棲を始めてしばらく経った頃。

川 ゚ -゚)(夏だった)

それも晩夏。
ちょうど今頃の時期であった、と素直は振り返る。
椎名ことしぃは、介護関係のコースを取っていた、と記憶は主張していた。
面倒見のいい女性で、同時に苦労も多くしてきたらしいと風の噂に聞いていた。
幼い頃に父を亡くし、後に母は再婚。
その新しい父との間に出来た妹、ミセリ。
ドラマのテンプレートであれば、両親ともにミセリのことばかり可愛がってしまい、
連れ子であるしぃは疎まれて当然、といった流れであろう。
実際はそんな事などなく、仲睦まじく暮らしていたらしい。
けれども不幸なことに、しぃの両親は、揃って事故により死亡。
たった二人、半分ずつ血を分けた姉妹のみが取り残されてしまったのだ。
しぃ本人も進んで口にしたわけではないが、子供二人だけで生きるのには
大変な苦労を強いられたのであろう。
その代わりに、互いを疎んだり、憎しみ合うような関係にはならずに済んだ。
不仲という言葉とは程遠い位置にいる姉妹。
それが、椎名姉妹であった。
とはいえ、問題が何一つないわけではなかった。

308名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:57:25 ID:BMATtBqk0
ミセリは、昔から体が弱かった。
モララーの談では、しょっちゅう小学校からしぃへと連絡が入っていたという。
十中八九、その電話はミセリの具合が悪いという内容で、
時折しぃは動揺のあまり泣き出してしまうことが多々あった。
度々そのような場面を素直が目にした時もある。
が、素直は気の利いた一言を掛けることが出来なかった。

川 ゚ -゚)(大丈夫だと言えるのは、わたしが当事者ではないからだ)

それは、あまりにも無責任な一言のように思えた。
しかし、房木は違った。
絶妙にして的確な、しぃが恐らく欲しているであろう言葉を、
房木は差し出すことが出来た。

川 ゚ -゚)(あの二人がいつの間にか付き合っているなんて、
     わたしは全然気が付かなかった)

頭髪を剃り終えた素直は、今度は眉や髭へと着手した。

川 ゚ -゚)(ミセリ)

十歳の、小さな女の子。
体の発育は遅く、低学年だと言われても信じてしまうような
背の低さがミセリの特徴であった。
ミセリは人見知りが激しく、口下手な素直と会話を交わした覚えはなかった。
しかしモララーや房木が相手であれば、年相応の反応を見せていた。
透明なガラス一枚を隔てて、素直はミセリを臨んでいた。
そこに憎しみはなく、素直は可愛いと考えていた。

309名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:58:43 ID:BMATtBqk0
川 ゚ -゚)(ただ、わたしに子守は向かない)

素直に出来ることといえば、ミセリが喜びそうな菓子を時々与えるだけであった。
その時ばかりはあのミセリも、照れたように笑って礼を言うのだ。

川 ゚ -゚)(……ミセリ)

疋田に向かって、素直は放水した。
まつ毛すらも一本も残さずに、黒々とした糸は排水溝へと追いやられていく。
男にしては、疋田は体毛の少ない方だった。
性器周りもすっかり剃り落とされていて、素直は心地のいい気分に浸っていた。
時計を見ると、十一時を回っていた。

川 ゚ -゚)(そろそろか)

浴槽の上に、蓋を取り付ける。
忌屋の中に放置されていた風呂の蓋である。
幸いにもあまり使われた形跡はない。
しかし、本来これはまな板ではない。
どうしても不潔さを取り除くことが出来ず、素直はアルコール消毒をした。

川 ゚ -゚)(気休めだな)

それでも、無いよりはマシだと素直は判断した。

川 ゚ -゚)「よい、しょ」

幾分か軽くなった疋田を、その上へと横たえる。
まず、頭を外す必要があった。

310名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:59:26 ID:BMATtBqk0
川 ゚ -゚)「これだ」

分厚い刃を備えた、肉切り包丁。
ずしりとした重みが、素直の手によく馴染んだ。

川 ゚ -゚)「せーのっ」

ダン。
一太刀で、首がごろりと落ちた。
髄液が、とろとろと頚椎より漏れ出した。
蓋から包丁を引き抜いた素直は、指へと髄を馴染ませた。

川 ゚ -゚)「……うん」

髄液は、未だにたらたらと滴っている。
素直はそこへと口付けるようにして、髄液を貪った。
仄かに冷えた、甘い髄液。
果実や砂糖のそれとは違う、複雑にして儚い甘さだ。
塩をかけたわけでもないのに、わずかにだし汁のような味もする。
間違いなく、この瞬間しか味わえない代物であった。

川 ゚ -゚)「…………」

口の周りを拭うと、赤い汁が付着していた。
人体の六割は水で出来ている。
そして血抜きをしても、組織中に含まれている体液全てを絞ることはできない。
出来たとしても、旨味が逃げ出してしまうのは明白である。

311名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:01:59 ID:BMATtBqk0
とはいえのんびり作業をしている暇はない。
外では秋を感じさせる涼しい風が吹いているとはいえ、気温はまだ高い
しかも、ここは長らく使われていなかったと見える風呂場。
衛生的とは言えない環境だ。

川 ゚ -゚)(手早くいこう)

切り離した頭を、バケツの中へとしまう。
持参した氷で周りを埋めるようにすれば、保存と同時に血抜きにも役立つ。
脳は、脂質と水で出来ている。
一般的に水を多く含む食品は、痛むのが早い。
脳も例外ではなく、さらに脂も混じっているともなれば、
水によって脂が酸化して味は落ちてしまう。
ならばやはり、腐敗を抑える為には加熱か冷蔵、
どちらかの手段を取らなくてはならないのだ。

312名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:02:41 ID:BMATtBqk0
川 ゚ -゚)(どうしても頭は血が残りやすいからなぁ)

クーラーボックスではなく、あえて氷の溶けやすいバケツにしたのは
そういった理由も含んでのことである。

川 ゚ -゚)「性器かぁ……」

はっきり言って、男性器は食用に適さないと素直は記憶していた。
男性器に骨というものはない。
海綿体に血が集うことで、男性器は硬さを維持することができるのだ。
その海綿体はというと、加熱するとゴムのように固くなってしまう。
とてもではないが、食べられるようなものではない。

川 ゚ -゚)(それでも食べてしまったけれどもね)

一方焼いた睾丸は、砂肝にも似た食感で、にんにくと粉末のガラスープとともに
漬け込んでから焼くと、とても良いアテになるのだ。

川 ゚ -゚)「生で食う、か」

これも同じく、頭部を入れたバケツの中へと放り込む。
ちょうど満杯となった為、素直は蓋を閉じることにした。

川 ゚ -゚)「皮だ、皮」

肉切り包丁をしまい、次に取り出したのは小ぶりのナイフである。
皮を剥ぐことに特化したナイフだ。

313名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:05:07 ID:BMATtBqk0
川 ゚ -゚)「まずは首から……」

喉、胸、腹、恥骨。
薄く線を引くようにして、ナイフで軽く撫ぜていく。
力を込めすぎると、横隔膜や臓器に傷をつけてしまう。
部位によっては内包している液体が肉へとこびり付き、味が落ちてしまう。
だからこそ慎重に作業しなくてはならなかった。

川 ゚ -゚)(相手が抵抗しないと楽だ)

しぃの皮を剥いだ時は、随分と苦労したと素直は回想していた。
大の字に縛り付けてはいたのだが、腰や肩を浮かせることは出来た。
それが存外に、作業の邪魔になることを素直は考えきれていなかった。

川 ゚ -゚)(今後もし、そのような機会があった時には
     関節を外してから臨んだ方がいい)

作業はスムーズに進んでいく。
軽く引っ張った皮と筋肉の間に、滑らせるようにしてナイフを入れていく。
脂肪の多い箇所は、ナイフを使わずとも引っ張れば剥がれていく。
初回はその要領を得ていなかった。
脂肪だらけになったナイフは、切れ味がひどく落ちてしまった。

川 ゚ -゚)(研げばいいだけの話だけどね)

そり、そり、とナイフの擦れる音が浴室に響く。

314名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:05:48 ID:BMATtBqk0
川 ゚ -゚)(生皮を剥がされるってどんな気持ちなのだろう)

スカリフィケーション、という施術がある。
図案の通りに火傷や皮を剥ぎ、人為的にケロイドを
作り出すことで成立する、いわば刺青の親戚だ。
しかし医療行為として認められていないので、麻酔を使うことは許されていない。

川 ゚ -゚)「どんな気持ちか聞けば良かったな」

( ・∀・)「死人に口なしってやつだね」

背後より突然現れたモララーに、素直はさして驚くこともなく頷いた。

川 ゚ -゚)「ショック死してしまうくらいだから、相当に痛かったのだろうとは思う」

( ・∀・)「そりゃな」

笑いながらも、モララーは諭すように言う。

315名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:06:37 ID:BMATtBqk0
( ・∀・)「半分以上生皮剥がされたらたまったもんじゃねえだろ」

川 ゚ -゚)「しかし、それだけの事をされても仕方がないほどにあいつは外道だった」

無論、しぃのことである。
両親を亡くして以降、彼女はミセリを虐待し続けていたのだ。
それも巧妙な手口で、周囲の同情を集めながら。

( ・∀・)「頭がおかしくなってたのさ」

川 ゚ -゚)「違いない」

せせら笑う素直に、モララーは表情を曇らせた。

( ・∀・)「……もっと早く気付いていればな」

川 ゚ -゚)「悔やんでも仕方がないさ」

景気良く皮を引き剥がしながら、素直は回想する。
ミセリが死んだのは、八月の終わる直前で、
同時に房木としぃが同棲し始めた頃でもあった。
ミセリはその日、川遊びに行くと言って家を出た。
一人では危ないから、必ず友達と一緒に行きなさい、と声をかけたのは房木である。
元来より房木は面倒見のいい男であった。
素直自身も偏った食生活について、何度か指摘を受けたことがある。
無論、それを聞き入れるような素直ではないが、
房木の言葉は歯切れよく、不愉快に思うことは一度もなかった。

316名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:07:58 ID:BMATtBqk0
また房木は大の子供好きで、ミセリのことも
年の離れた妹か何かだと思って接している節があった。
しぃの本性とは対照的に、勿体無いくらいの善性に満ちた男。
それが、房木ギコであった。
ミセリが出かけた後、二人はちょうどドライブへと出かけた。
行き先はショッピングモールで、一時間ほど買い物をしていた時だった。
ミセリらしき子供が一人で、川に入って流されて行ったと警察から連絡が来たのだ。
目撃者はミセリの通う学校の同級生と、その母親。
人違いだろうとは言えない状況であった。
二人は慌てて川へと向かった。
日府市と叢作市の間を隔てる県内最大規模の水源、設楽川。
その川辺には警察と消防の車両が集い、規制線の向こうで、
小さなサンダルを揃えられているのが見つかった。

ミ,,゚Д゚彡『……まるで、自殺じゃないか』

思わず呟いた房木の言葉に、しぃは崩れ落ちたという。
結局、遺体は翌々日になって見つかった。
下流域にある葦原に引っかかっていたという膨脹した水死体は、
ミセリだと判断できるほどの特徴を備えているようには思えなかった。
その後、ミセリの死は自発的なものではなく、事故として処理がされた。
遺書は見つからず、彼女も明確に遊びに行くと
姉に告げていたのだから、当然といえば当然であった。

317名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:08:49 ID:BMATtBqk0
川 ゚ -゚)「水、死は、苦し、い、死に方、なの、に、なぁ!」

皮を引きつつ、素直は呟く。

( ・∀・)「まあね」

同意しながらも、モララーは言葉を紡ぐ。

( ・∀・)「希死念慮を抱いてる人間にとっちゃ、
       そこらへんにあるもの全てが自殺の道具に見えるものだよ」

しかし、ミセリはまだ幼かった。
最寄駅は家から遠く、線路の類も全くない。
わざわざ轢死するために、歩いて向かうのもバカらしいというものであろう。
また小柄であるために、首を吊りたくても縄を掛ける場所まで背が届く事はない。
薬局へ行っても、やはり子供相手に劇薬を売ってくれる道理もない。
となるとやはり、家のすぐ近くを流れる川へと身を投じるのが、
ミセリにとっての最適解だったのだろう。

川 ゚ -゚)「……君が説明してくれた理由も、わたしには理解できない」

理由。
自殺の動機。
モララーとこの話を蒸し返す度に、説明されてきた事由。

318名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:09:30 ID:BMATtBqk0
( ・∀・)「俺の話は信用ならない?」

川 ゚ -゚)「納得と理解は同じじゃないってことさ」

モララーの推理であれば、辻褄は合う。
しかし、だからと言って何故そんな事をと思わずにはいられないものだ。
畢竟、素直はミセリに死んでほしくなかったのだ。

( ・∀・)「何度でも説明するけどさ」

ぴち、と素直の頬に脂肪が飛んだ。
横目で眺めながらも、モララーの顔色が変わる事はない。

( ・∀・)「房木に姉ちゃんを取られたような気がして悔しかったんだよ」

川 ゚ -゚)「虐待していたクソ女のことがそんなに大事かね」

あらかた皮を剥ぎ終えた。
一息吐く暇もなく、腹と胸を裂く。
使う道具はキッチンバサミだ。
胸骨と肋骨間を通る骨は、軟骨で出来ている為に、ナイフで力を込めて
臓器を傷付けるよりも、ハサミの方がより合理的に肉を断つことができるのだ
性器を切り取った股間から喉に掛けて、布を切るように、ハサミは肉を切った。
軟骨を切除した後は、肋骨を開く。
横隔膜に包まれた臓器から、空気が抜けるような音がする。
妙な音だ。
日常生活を送る際には、絶対に聞くことのない音。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板