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crossing of blessing のようです
1
:
◆MgfCBKfMmo
:2013/12/23(月) 19:03:23 ID:n3xO70qA0
ブーン系創作板クリスマス・短編投稿祭参加作品
2
:
◆MgfCBKfMmo
:2013/12/23(月) 19:05:43 ID:n3xO70qA0
1.
12月24日、クリスマスイブ。
日本おいては、必要以上に特別な一日だ。
毎年この日に多大な労力を注ぐ人は大勢いる。家族サービスでも、遊びでも、恋愛でも。
キリストの生誕祭の前日が、これほど文化として肥大し、拡散している国は他にない。
その日は休日であり、しかも本州の全域で深夜から明日の未明にかけて雪になると予報されていた。
これはその日に特別な想いを抱く街の住民がクリスマスイブを十分に堪能でき、
それでいてホワイトクリスマスを望める絶好のタイミングであると言えた。
その街とてそれは同じだった。
市街地では昼間から人で溢れ返り、全体的に明るく朗らかな雰囲気を纏わせており
冬らしい速足な日暮れに包まれても、賑わいは途絶えなかった。
しかしそれでも静かな場所はある。
街外れの教会がその一つだ。
元より植物に囲まれたその建物は、外界から遮断されることで静謐な空間を保っていた。
その教会から、物語は始まる。
3
:
◆MgfCBKfMmo
:2013/12/23(月) 19:06:41 ID:n3xO70qA0
教会ではミサが行われていた。この日のための、特別の歌だ。
教会の有する育児施設の子どもたちが、数週間かけて練習してきていた。
それを前にし、拝聴する人たちが数名いる。
児童の親や友達はもちろん、近隣住民や、本来の意味での祈りを捧げている人まで。
それぞれに考えていることは様々だが、誰もが、何かの幸福を祈っていることに変わりはなかった。
歌の指揮を執っていた神父が、一際大きく振りかぶり
曲は余韻を残したまま、静けさに吸い込まれていった。
(’e’)「本日のミサは今日で終了です」
神父は振り返り、席に座る人々と向かい合った。
児童の親や近隣住民の顔は覚えている。
普段から接することが多いので、神父の記憶新しいのである。
4
:
◆MgfCBKfMmo
:2013/12/23(月) 19:07:42 ID:n3xO70qA0
気になったのは、それ以外の、言わば祈りを捧げている人たちだ。
街の華やかなムードを離れ、敢えてこの教会に足を運んだ人々。
数は多くない。5人。年齢もばらばらだ。
だけどその全員が、どこか思いつめた表情を浮かべていた。
それは、神父にとって意外な光景というわけではなかった。
教会に来る人は多かれ少なかれ悩みを抱えているものだ。
そのような表情も見慣れている。
祈るものは救われる。どんな願いであろうと。
それが神父の信じている唯一のことであった。
だから曲が終わってからも、席を立つよう強制させることなく
祈りの邪魔にならないように、そっと歌い終えた子どもたちに指示を出し、壇上を離れた。
5
:
◆MgfCBKfMmo
:2013/12/23(月) 19:08:41 ID:n3xO70qA0
2.
6時にミサが終わって数分後、教会から二人の男が歩み出てきた。
若い成人男性と、僅かに疲れた顔をした青年だ。
同じタイミングで出てきたというのもあり、成人は青年を見やった。
すると、どこかで見たことある顔だ。驚いた彼は、声をかけることにした。
( ^ω^)「あれ、君は……」
(´・ω・`)「え? あ、ブーンさん?」
青年の方も、相手の成人、ブーンのことを思い出したようであった。
(´・ω・`)「僕です、ショボンです。ほら、あの喫茶店の」
( ^ω^)「そうだ、ショボンくんだお! こんなところで会うなんて思いもよらなかったお」
(´・ω・`)「こちらこそ、ただのバイト先のお得意さんなのにわざわざ声をかけてくださってありがとうございます」
二人が初めて出会ったのは、ショボンが働く川沿いの小さな喫茶店だった。
たまたまその場でかかっていた音楽の話を、客だったブーンがショボンに持ち出し、そこから店に寄るたびに話をするようになった。
もっとも、ショボンの方は店員として接していたために、ブーンに名前が知られていなかったのである。
今日は教会で会ったが、意識して出会ったわけではない。偶然だ。
(´・ω・`)「こんなことも、あるんですね」
( ^ω^)「おっお、全くだお」
6
:
◆MgfCBKfMmo
:2013/12/23(月) 19:09:41 ID:n3xO70qA0
二人はゆっくりと足を進めた。あんまり急いで歩くと冷気で肌が切れる思いがしたからだ。
教会の敷地を抜けると、街の喧騒が耳に入ってきた。
イブの夜を楽しむ人々の高揚はまだまだ収まりそうにない。
そんな街の様子と、ショボンは随分対照的だと、ブーンは思った。
隣で歩くショボンは、目の端で軽く見やるだけでも疲労しているのがわかった。
はっきりと理由を知っているわけでもないが、その草臥れた雰囲気が伝わってきていたのである。
( ^ω^)「ショボン君はどうして教会に?」
それは疲労の原因に対する婉曲的な質問だった。
ショボンからは、吐息が聞えてきた。
白い靄が浮かび上がるのが、目の端からも伺える。
(´・ω・`)「……僕、受験生なんですよ」
( ^ω^)「大学受験かお?」
(´・ω・`)「はい。でも実は筆記試験の前にVIP大の推薦がありまして。
年が明けたらすぐに面接が待っているんです」
( ^ω^)「そうか。それでそんなに……」
疲れている、と言おうとして口をつぐんだ。
しかし、出かかっている言葉をすでにショボンは察していたらしく
その口から、シャボン玉の割れるような小さな乾いた笑いが発せられた。
7
:
◆MgfCBKfMmo
:2013/12/23(月) 19:10:41 ID:n3xO70qA0
(´・ω・`)「神頼みなんて、そんな大それたものじゃないですけどね。
でも、勉強ばかりしていても手につかない。そんなときなんです。今は」
( ^ω^)「上手くいくことを、僕からも祈ってますお」
(´・ω・`)「ありがとうございます。僕の分まで」
ショボンの口元が緩み、するすると感謝の言葉が述べられた。
その子どもらしい一面を見て、ブーンも自然と安心できた。
また一度、ショボンの吐息。そして漂う白い靄。
その上昇につられた様子で、ショボンがブーンに質問をしてきた。
(´・ω・`)「そういえば、ブーンさんはどうしてお祈りに?」
途端に、ブーンの頬が紅潮する。
喜びのためだ。
8
:
◆MgfCBKfMmo
:2013/12/23(月) 19:11:41 ID:n3xO70qA0
(*^ω^)「……もうすぐ妻との間に子どもが産まれるんだお」
(´・ω・`)「あ、ご結婚なされてたんですね」
(*^ω^)「そうだお」
ブーンは一段と顔を綻ばせ、揚々と話を続けた。
(*^ω^)「まだわかってひと月くらいなんだお。
もう嬉しくて嬉しくて、行けるときはなるべく教会にお祈りに来ているんだお」
(´・ω・`)「ははあ、会社が休みの日を狙って……ですか。熱心で、いいですね」
(*^ω^)「おっお。ありがとうだお」
9
:
◆MgfCBKfMmo
:2013/12/23(月) 19:12:41 ID:n3xO70qA0
全身から楽しさを表すブーンを、ショボンはきょとんとした顔で見つめた。
それからふっと音を漏らし、目を細める。
その顔は、どこか、羨ましがっているように見えた。
(´・ω・`)「それじゃ、僕も元気なお子さんが生まれることを祈っています」
(*^ω^)「ありがとうだお。同じ街で暮らしているのだし、できればいつでも僕の家に会いに来ていいお」
(;´・ω・`)「それはちょっと……大学によるかなと」
そう言った後、ショボンはまた一声笑った。
今度は乾き切っていない、温かみに根付いた優しい笑い声がした。
10
:
◆MgfCBKfMmo
:2013/12/23(月) 19:13:41 ID:n3xO70qA0
やがて、交差点に辿りついた。
( ^ω^)「僕はまっすぐいくお。家もあっちの方だし、繁華街で買い物をする予定があって」
(´・ω・`)「僕は曲がります。今夜はここまでですね」
( ^ω^)「またあの喫茶店で会おうお」
ブーンとショボンが手を振ろうとしたとき、ショボンが「あ」と声を上げた。
(´・ω・`)「雪だ」
( ^ω^)「おー、降るって言ってたお。そういえば」
(´・ω・`)「傘、ささないと」
ショボンはそう言って、さっと手元のものを広げた。
黒い、小さな折りたたみ傘。
(;^ω^)「いやあ、準備がいいお。君は」
ブーンの感心したような声。
この、ブーンとショボンの接触が
とても平和で穏やかな、クリスマスイブの一幕だった。
11
:
◆MgfCBKfMmo
:2013/12/23(月) 19:14:41 ID:n3xO70qA0
3.
探偵、デミタスはクリスマスイブに特別な感情を抱くことなどなかった。
彼はまともな民衆の感情とは遠く離れた心持を抱き続けている。人間の心の裏側を覗く仕事ゆえの心持だ。
だから、クリスマスイブを祝うという気持ちもなく、いつもと同じように過ごす日に過ぎなかったのである。
ところが、その年のその日はいつも以上に変わった始まりを迎えた。
良いか悪いかというよりも、強い衝撃を伴った始まりだ。
事務所を開いたのは朝の9時。そこから数分で最初の客が表れた。
油断してソファにくつろいでいたデミタスは、弾けるように立ち上がり、客の顔を見てさらに高く跳び上がった。
爪'ー`)y‐「何を跳ねて回っているんだ。早く依頼を聞いてくれ」
淡々と指摘してきたのは、高級そうなスーツに身を包んだ髪の長い男。
その顔を、デミタスはよく知っていて、だからこそますます動揺した。
(;´・_ゝ・`)「 い、い、今コーヒーを」
爪'ー`)y‐「ああ、どうも。しかしどうしたんだそんなに慌てて。落ちついてくれ」
男の名はフォックス。
この街一番の大富豪、その人である。
12
:
◆MgfCBKfMmo
:2013/12/23(月) 19:15:43 ID:n3xO70qA0
彼が動くところ、必ず金も動くと裏社会では言われている。
そんな彼が出す依頼をこなすことができれば、どんなものだろうと重大な利益となるだろう。
なぜ彼がこんな貧相な探偵事務所を訪ねて来たのか、その真意はわからないが、気にしていても仕方ない。
良い評判でも勝ち得れば、個人営業のこの小さな事務所の重要な収入源となるだろう。
この機会を逃すわけにはいかない。
デミタスはそこまで瞬時に思い至ると、腰を低くしてフォックスをソファへ案内した。
対するフォックスは、若干眉をひそめながらも座り、デミタスに断りもなく灰皿に煙草を擦りつけて息を吐いた。
もちろんデミタスは気にするでもない。
コーヒーは出来上がり、フォックスの前に運ばれる。
話し合いはその香りが立ち込めてから、というのがデミタスの小さな仕事の流儀だった。
しかし残念ながら、フォックスはコーヒーに目もくれず、もう話していいんだなと言わんばかりに急いで口を開いた。
13
:
◆MgfCBKfMmo
:2013/12/23(月) 19:16:40 ID:n3xO70qA0
爪'ー`)「実は、運んでほしいものがあるんだ。これなのだが」
フォックスは手持ちの鞄を開き、折りたたみ傘を取りだした。
コンパクトに折りたたまれた、見たところ何の変哲もないものだ。
(´・_ゝ・`)「……?」
爪'ー`)「傘だよ」
事もなげにフォックスがいうので、それが傘であることは間違いないようだ。
(´・_ゝ・`)「……えっと、それで良いのでしょうか。
そんなに特別なものには見えないのですが」
爪'ー`)「もちろん、普通の折りたたみ傘だ。そう思ってくれていい。
普通の傘として使うこともできるらしいから、もし必要なら安心して使ってくれ」
フォックスは満足そうに言うと、手の上で傘をくるりと一回転させた。
デミタスはそれでも納得しきれてはいなかった。
「らしい」とフォックスが言ったのを聞き逃さなかったからだ。
14
:
◆MgfCBKfMmo
:2013/12/23(月) 19:17:42 ID:n3xO70qA0
折りたたみ傘は誰かからもらいうけたものなのだろうか。
この傘が安全な物という確証は、フォックスにはないのではないのだろうか。
そんな疑惑がどうしようもなく浮かんでしまう。
それが、デミタスの顔にも表れていたのだろうか。
フォックスは徐々にデミタスへ向ける目を細めていった。
その様子をはらはらと見つめるデミタスの顔は引きつり始めた。
爪'ー`)「これについてこれ以上話すわけにはいかない。むやみに巻き込まれたくはないだろう?」
文末の釣り上がりと共に、フォックスの口元も歪んで開かれた。
真っ白な歯の、異様に整った並びの一か所が、どぎつく金色に輝いていた。
デミタスは身震いして、小動物の痙攣のような頷きで応えた。
フォックスがそれに対し、大らかな動きを伴って満足を示す。
そのまま流れるような手つきで煙草に手をかけた。
爪'ー`)y‐「この折りたたみ傘を、ある男性に渡してほしいんだ。
今夜5時に、街外れの教会に行ってくれ。ミサが行われているんだ。そこにホームレスの男がいるはずだからそいつに渡せ。
白地に青いストライプ、Rのワッペンがついた帽子が目印だ」
あまりにも簡単な仕事の内容には驚きを隠せなかった。
しかし驚いたままでいるわけにもいかず、デミタスはすぐさま胸ポケットからメモ帳を取り出して書きとめた。
こうして、デミタスは本日の仕事を得、莫大なる契約金を約束した。
もう他の仕事を請け負うつもりはない。簡単な仕事だ。失敗することは考えられない。
フォックスが去った後、煙草の残り香を感じながら事務所の扉を閉め、「休業」の立て札を掛けた。
15
:
◆MgfCBKfMmo
:2013/12/23(月) 19:18:41 ID:n3xO70qA0
自分の幸運を感じ、デミタスはにやにやしながら半日を過ごした。
市井の人々とは全く別種の昂揚感。それを楽しんでいたら、時間はすぐに流れてくれた。
例の折りたたみ傘は一応手に持っていった。その方が楽だったからだ。
日が暮れてから教会に辿りつき、傘を足元に置いて席に座った。
一人ひとり入ってくる人々の中から、ホームレスの男を探すのにデミタスは熱中した。
ミサを歌っている子どもたちの関係者はみな若々しく、身なりも整っていたので、
ホームレスがそこに混ざればかなり浮いて見えると予想された。
ほどなくして、デミタスのイメージしていた人物像にぴたりと一致する人物が現れた。
/ ,' 3
確かにみすぼらしい男だ。
本当にこんな人間がフォックスと面識のある人物なのかという微かな不安もあったが、
そのホームレスがしっかりと例の青白帽子を被っていたので、確信をもつことができた。
16
:
◆MgfCBKfMmo
:2013/12/23(月) 19:19:43 ID:n3xO70qA0
それから先、デミタスは真剣な顔つきで正面を見ていた。
別に聖歌隊に興味があったわけでも、悩み事があったわけでもない。
もう仕事が完遂されるのは決まったことなのだから、とタカをくくり、金の使い道をひたすら考えていたのである。
歌が終わってからは、ホームレス風の男を注視していた。
万が一ということもあり、慎重に声をかけることにしていたので、彼が動き出すまで待っていたのである。
ホームレス風の男は手を力強く握って、額につけ、目を閉じていた。
真剣に祈っているようであり、本来ならその姿の方がこの場ではふさわしいのだと今更のようにデミタスは感じた。
結局ホームレス風の男が立ちあがったのは、教会の中にほとんど人がいなくなってからだった。
あまりにも急に歩きだすものだから、デミタスの方が反応が遅れてしまった。
慌てて足元に置いておいた傘に手を掛け、足早に進み始める。
しかし、焦りすぎたせいだろうか、途中で一人の青年と派手にぶつかってしまった。
(;´・_ゝ・`)「のわ!」
うつぶせに倒れ込んだデミタスの視界が暗くなる。床に接触したせいだ。
手のひらは開かれ、反射的に顔を覆ってしまった。
(;'A`)「あ、す、すいません」
ぶつかった青年の声がする。彼も同時に倒れたが、デミタスより先に起きたようだ。
17
:
◆MgfCBKfMmo
:2013/12/23(月) 19:20:42 ID:n3xO70qA0
(´+_ゝ-`)~゜「ええい、どっかいけ。ちくしょう」
(;'A`)「あ、は、ははい」
おどおどしたその青年は、裏返りそうな声で答えて、そのまま出口へと行ってしまった。
後ろ姿を、デミタスは冷たく見送る。
それから、折りたたみ傘のことを想いだして、すぐに身の回りを確認した。
幸い傘はすぐそばに転がっていた。まだ使っていない真っ黒な傘。
それを握って、デミタスもまた急いで出口へと向かっていった。
教会の中にはもう、児童の関係者しか残っていなかった。
出口では、修道士たちに声を掛けられた。
どうも聖歌隊に対するアンケートを取っていたらしい。
デミタスはそれに答える気などさらさらなかったが、職業柄その名簿欄にはさっと目を向けておいた。
順番から言って、さっきの青年の上に書かれたものがホームレスの男のものだと推察したのだ。
男の名は荒巻スカルチノフだとわかった。
18
:
◆MgfCBKfMmo
:2013/12/23(月) 19:21:40 ID:n3xO70qA0
(´・_ゝ・`)「荒巻スカルチノフさん」
教会を出て、とぼとぼ歩く男を見つけるや否や、そう声をかけた。
人は自分の名前が耳に入るとつい声のした方を向いてしまう。
ホームレスの男もそれは同じであり、反射的にデミタスへ、きょとんとした表情を向けてくれた。
(´・_ゝ・`)「フォックスさんに依頼された者です」
依頼主の名前を最初に行ったおかげで、スカルチノフの不審そうな表情はすぐに解けた。
/ ,' 3「ああ、そうじゃったな。そういえば」
スカルチノフは木の枝が折れるような頷き方をし、デミタスをぎょっとさせる。
デミタスの挙動については、スカルチノフはまったく意に介する様子が無かった。
/ ,' 3「よくわしの名前を知っておったの」
しゃがれた声で、疑問を呈する。
(´・_ゝ・`)「ええ、まあ。それより、渡すものがありますよ」
19
:
◆MgfCBKfMmo
:2013/12/23(月) 19:22:42 ID:n3xO70qA0
そう言うと、スカルチノフは一際大きな感嘆を漏らした。
/ ,' 3「そうじゃろう、そうじゃろう。はようくれ」
目をぎらつかせて、骨ばった手を振るわせる老人。
デミタスはやはりただならぬ気配を感じていたが、依頼通り素直に片手を差し出した。
折りたたみ傘はそこに握られていたはずだったからだ。
(´・_ゝ・`)「これを……ですね」
取り出した傘に、スカルチノフは歩み寄る。
しかし、その手が傘に触れる前に、デミタスは息をのんだ。
勢いづけて、ついさっとそれを持ち上げてしまう。
スカルチノフは淀んだ目を見開いて呆気にとられる。
/ ,' 3「なんじゃ? どうした?」
20
:
◆MgfCBKfMmo
:2013/12/23(月) 19:23:42 ID:n3xO70qA0
(;´・_ゝ・`)「い、いえ! それが、その……」
デミタスの視線は、抱えあげられた傘に向いていた。
(;´・_ゝ・`)「ええと、おかしいなー、なんて」
焦りはすぐに言葉に現れた。
老人の咎める視線が突き刺さってくる。
それでもデミタスの目は動かない。
まっすぐ傘を見ている。
小さくて黒いのは確かだが、妙なストラップがついていた。
その異様さに気付いたと同時に、計り知れない恐怖がデミタスを一挙に包み込むこととなった。
21
:
◆MgfCBKfMmo
:2013/12/23(月) 19:24:41 ID:n3xO70qA0
4.
青年、ドクオにとってクリスマスイブの平和と穏やかさは苛立ちの元でしかなく
むしろ積極的に忌避すべきものとして認識されていた。
教会の席に座り、心を癒すはずの子どもたちの清らかな歌声を聞きながら
その心の奥底ではどす黒いこの世を呪う想いが悶々と立ち込めていたのである。
そもそもの発端は一週間前、冬休みに入ったばかりのあることだった。
大学生になったばかりの彼は、地元であるこの街に帰省した。
幼少期から慣れ親しんでいる人たちとの再会を果たし、
大学の殺伐とした雰囲気に未だにぎこちない感触を持つ彼は、思い出に浸ったままそれなりに楽しい年末を迎えるはずだった。
その楽しみの、一番重要な要素は、幼馴染であるワタナベの存在だった。
ドクオが彼女と出会ったのは、彼が幼稚園のときだ。
小さい頃は男女の隔てなく一緒に遊び、10代になるころにはなぜだか無性に避けたくなり
高校生になってようやく彼女が魅力ある容姿と性格を有していることに気付いた。
その気づきはやがて異性としての好意として発展するのだが、それには裏がある。
ドクオは新しい交友関係を築くことが苦手だった。異性となどなおさらである。
誰かと付き合うにしても、そこには大きな壁があり、乗り越えるほどの勇気は持ち合わせていなかった。
周りの人たちが異性と交流を深めていくのと比例して、ドクオの疎外感も深まっていった。
22
:
◆MgfCBKfMmo
:2013/12/23(月) 19:25:41 ID:n3xO70qA0
大学生になって多少は頑張ってみた。自分なりに積極的に人と接触し、会話し、盛り上がった。
しかしその盛り上がりは、一般的な大学生としてあまりにもささやかなものであり、
その事実をふいに悟ったドクオは強烈な諦めの気持ちに覆われた。
やがてその気持ちの下に一つの確信が生まれた。
自分はもう、すでに仲良くなっている人の中から恋人を探すしかないのではないか。
その確信が示した唯一の選択肢こそがワタナベだった。
冬休みになればかつての友人たちが帰郷する。
ワタナベもそのうちの一人である。
休みに、故郷へ行けば、彼女が待っている、彼のことを構ってくれる可能性のある異性としての彼女が。
ドクオの頭の中ではそういう筋道が立っていた。
帰郷への憧れ、そしてその核にあるワタナベへの熱い想いは日に日に増した。
気持ちは表にあらわれ、顔つきをにこやかにしたが、得体の知れない笑みほど怪しいものはなく
大学での彼へと振りかかる交流の契機は続々と途切れた。
つまるところ、彼は孤独になり、寂寞のために精神がどんどんすり減っていった。
23
:
◆MgfCBKfMmo
:2013/12/23(月) 19:26:41 ID:n3xO70qA0
寂しさに対抗すべく、彼はワタナベへの想いをますますエスカレートさせていった。
冬休み早々に帰郷したドクオは、かつての友達が一人ひとり帰ってくるのを楽しみながら
ワタナベがやってくるそのときへ胸を焦がし続けていた。
ワタナベが帰ってきたとき、ドクオは駅のホームまで迎えに行った。
彼女を連れ、友達の開くホームパーティへと招待する段取りとなっていたのである。
かつて仲良く遊んでいたからこそできる親密な行いに、ドクオは一人、臆すこともなくにやけ続けていた。
从'ー'从「ごめーん、遅くなったー。
なるべく長く彼氏と一緒にいたかったのー」
降りたったワタナベが口にした言葉は、ドクオの思考に鋭い爪を立てて切り裂いた。
(;'A`)「あ、お、おう……そうなんだ」
顔を軋ませながらも、ドクオはあらん限りの力を絞って、
その幸福な気持ちの崩壊を彼女に伝えることなく彼女を友達の家へエスコートした。
友達に囲まれるワタナベを見つめながら、ドクオは独り心の中で、自暴自棄にならなかった自分を小さく賞賛した。
その一方で、黒い感情が身体の中を沸かせ、虚しさを刺激した。
24
:
◆MgfCBKfMmo
:2013/12/23(月) 19:27:41 ID:n3xO70qA0
パーティで芽生えた黒い感情は急速な成長を遂げた。
クリスマスイブを迎える頃には特大になり、呪いとなった。
その矛先は、ワタナベと、その彼氏だ。
教会で、ミサを聞いている間、ドクオの頭の中はそのことでいっぱいにだった。
何度も頭で思い描いていた復讐を遂げるため、彼は決意を固めようと想い、神頼みをしていたのである。
教会から出る時、あまりに勢いよく駆けていたので、脇から出てくる鼻の高い男とぶつかってしまった。
謝罪の言葉はひどくぶっきらぼうなものとなってしまったが、いたしかたなかった。
彼は焦っていた。ミサが思いのほか時間のかかるものだったからだ。
彼女たちは今夜待ち合わせをしているはずだった。そこまでいくのに、数十分の時間がある。
今から走ればぎりぎり、待ち伏せする時間を作ることができるだろう。
やってやる。ドクオは一言、心で叫び、教会の敷地外へと足を踏み出した。
25
:
◆MgfCBKfMmo
:2013/12/23(月) 19:28:43 ID:n3xO70qA0
5.
デミタスは電話に耳をつけ、じっと待っていた。
やがて、繋がった電話先から、フォックスの余裕のある声が聞こえてくる。
爪'ー`)y‐「どうした? 男とは会えなかったのか?」
(;´・_ゝ・`)「いえ、スカルチノフさんとは確かに会えたんですが、
実は、あの折り畳み傘……誰かに持っていかれてしまったようでして」
爪;'ー`)y‐「……なんだと」
声色に焦りが乗っかっている。
さすがのフォックスといえども、予想外の事態なのだろう。
これはますます気まずい、デミタスは唾を飲んで話を続けた。
(;´・_ゝ・`)「だからその、取り返した方が、いいんですよね」
その質問はほとんど意味がないだろうと、言いながら自分に駄目出しをしていた。
取り返さなくてもいいものならば、こんな依頼がくるはずない。
爪'ー`)y‐「……お前が、巻き込まれても構わないなら、放っておいていいぞ」
だから、その返事がきたときは聞き間違いかと思った。
静かな、意外な言葉に、デミタスは目を見開いて「本当なのですか」と返した。
爪'ー`)y‐「ああ、本当だ」
(;´・_ゝ・`)「 そうですか、しかし巻き込まれるとは……?」
26
:
◆MgfCBKfMmo
:2013/12/23(月) 19:29:41 ID:n3xO70qA0
放っておくかどうかは、その事の大きさ次第だ。
デミタスは慎重に、恐れを抱きながらも質問した。
爪'ー`)y‐「ふむ、どうやら言わざるを得ないらしいな」
フォックスはそう呟いた。
デミタスの耳に、溜息の音が届く。
一層、デミタスは真剣に耳を傾けた。
もし人の命や、大きな事件に巻き込まれるほどのことならば
自分はどうにかしてでもあの折り畳み傘を探さなければならないだろう。
爪'ー`)y「あの傘はな、爆弾なんだ」
(´・_ゝ・`)「……は?」
あまりにも想像の範囲を越えていた答えに、デミタスは恐怖を忘れ、失礼に捉えられかねない感嘆を漏らす。
27
:
◆MgfCBKfMmo
:2013/12/23(月) 19:31:00 ID:n3xO70qA0
爪'ー`)y‐「とある科学者が道楽で作り出したものを私が知人から頂いたのさ。
今夜10時に爆発する。威力こそ低いが、騒ぎにくらいはなるだろう」
(;´・_ゝ・`)「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」
デミタスは慌てて、見えもしないのに身振り手振り交えながら口を挟んだ。
(;´・_ゝ・`)「爆弾って、何を言ってるんです、本気なのですか?」
爪'ー`)y‐「ああ、本気だとも」
フォックスは迷いなく告げる。デミタスは心底わけがわからないと内心喚きながら首を振り、話を続けた。
(;´・_ゝ・`)「本当だとして、それじゃあ、まさか私を犯罪に巻き込ませる予定だったんですか!?」
爪'ー`)y‐「設置するのはスカルチノフの役目だし、君は罪に問われる予定ではなかったよ。
スカルチノフは自分が全ての罪を背負うと約束していたんだ。
とはいえ、今その折り畳み傘を持っている人はそんな約束知る由もないだろうが」
その言葉が、デミタスに暗い想像をさせる。
28
:
◆MgfCBKfMmo
:2013/12/23(月) 19:31:59 ID:n3xO70qA0
このまま爆弾が爆発したら、傘の所有者は間違いなく教会のことを話すだろう。
例え爆発で死んだとしても、その知り合い筋からにあたればその人が教会にいたのことがバレる。
そうしたら、元の所有者であるデミタスと傘を取り違えたことにも辿り着くだろう。
結果としてデミタスが犯罪に加担したことが明白となる。
本来爆弾運びの事実は、スカルチノフが闇に葬るはずだったのだ。
それが、イレギュラーの発生でデミタスをも巻き込まれることになった。
自分を無罪にするためには、傘を取り戻すしかない。
(;´・_ゝ・`)「じゃあ、なんで私を巻き込んだんだ!
最初からスカルチノフに爆弾を持たせればいいじゃないか」
爪'ー`)y‐「仕方ないだろう。その男には家がない。
爆弾を安全に保管できる保証はない。
私は自分に疑いをかけられたくないため、教会には行けない」
爪'ー`)y‐「となれば、私との間で運び屋の役割を果たす人が必要だったのだよ。
失礼ながら、君の事務所は最近経営不振だと伺っていたのでね。
君ならばきっと、疑うより先に請け負ってくれると信じていたよ」
29
:
◆MgfCBKfMmo
:2013/12/23(月) 19:33:02 ID:n3xO70qA0
デミタスは電話に伝わらないように低く呻いた。
この街の金の流れの全てに介入できる、それがフォックスだ。
デミタスの事務所の話もその筋から聞いていたに違いない。
フォックスはただ、断らない確率が高いという理由だけで、デミタスに依頼しにきたのだ。
それが今朝の真相だったのである。
電話はフォックスによって切断された。
デミタスはそのことに気づくのにも時間がかかるほど呆然としていた。
/ ,' 3「ほいで、どうするんじゃ?」
気の抜けた声をスカルチノフにかけられ、歯噛みする。
元々このホームレスが全て背負い込むはずだったのに、俺はただ巻き込まれただけなのに
何をのほほんと質問しているんだ。
そんな苛立ちを、押し殺して、返答した。
(´・_ゝ・`)「傘を取り戻す。
おい、スカルチノフさん。あんたもあの爆弾のこと知ってたんだろ?元々責任はあんたにあるんだ。
このままじゃ私が巻き込まれる、協力してくれよ」
/ ,' 3「ほっほ。いいじゃろう。
私とて他の人など巻き込みとうない。死ぬときに余計な連れなど要らんわ」
30
:
◆MgfCBKfMmo
:2013/12/23(月) 19:34:00 ID:n3xO70qA0
飄々とした口振りから発せられる不穏な言葉。
デミタスの苛立ちは薄れ、代わりに寒気が現れた。
得体の知れないものへの寒気。
(|!´・_ゝ・`)「なんだ、じいさん。
あんたあれで死のうとしてたのか?」
/ ,' 3「そうじゃよ。
ちょっとした悩みでな、フォックスに相談したらあの爆弾のことを教えてくれたんじゃ。あれで街の一角を破壊する計画をな。
あいつにはいろいろ貸しがあるからの。最期に一発弾けて返してやろうと思ったんじゃ」
言い終えて、スカルチノフは再び「ほっほ」と笑いを続けた。
動機とか、目的とか、そういうのがぼんやりとした説明だったが
老人の異様さを前に、デミタスは聞く気になれなかった。
それから2人は教会へと戻ることにした。
傘を持って行ってしまった人間の目処をつけるためだ。
その戻り道の最中、雪が降り始めたが、2人にはつくづくどうでもいいことだった。
31
:
◆MgfCBKfMmo
:2013/12/23(月) 19:34:59 ID:n3xO70qA0
教会の敷地を歩き抜け、入口を叩くと、神父が顔を出して不思議そうな視線を向けてきた。
しかしその口が開く前に、デミタスがすぐ話を切り出した。
(´・_ゝ・`)「実は私の傘を間違えた人がいましてね。
もし覚えていたら、誰が持っていったのか、教えてもらいたいのです」
爆弾のことにさえ触れなければ、質問するのは簡単だ。動機も理にかなっている。
デミタスは淀むことなくそう質問することができた。
神父も納得したようで、「それは大変だ」と大らかに頷いてくれた。
(’e’)「幸いにも、あなたの他に傘を待ってきていた人は2人しかいませんでした。
なので、よく覚えております。出る時に書いてもらったアンケートの名簿を持ってきましょう。
そこに、今夜来てくださった方々の名前が書いてあるはずです」
程なくして、名簿を持ってきた神父はそこの名前のち、二つを順番に差した。
(’e’)「傘を持っていたのは、こちらのショボン様、そしてこちらのドクオ様です」
2人より随分上にショボンの名前があり、スカルチノフのすぐ下にドクオの名前にあった。
状況に即して言えば、ショボンが出て、スカルチノフ、ドクオ、デミタスの順に出ていったのだろう。
32
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◆MgfCBKfMmo
:2013/12/23(月) 19:35:59 ID:n3xO70qA0
そのときふいに、デミタスは、帰り際でぶつかった青年のことを思い出した。
名簿を参考にすれば、あのひょろ長い幸薄そうな青年がドクオだったのだろう。
そして、自分と確かに接触したという事実は、傘を取り違える可能性を高めてくれる。
神父はショボンとドクオの向かっただいたいの方角までも教えてくれた。
神父に礼をいい、2人は再度教会の敷地を踏んで外へと向かう。
ふと見上げた先に十字架があり、まるで自分を責めているようで、デミタスは心穏やかではいられなかった。
(´・_ゝ・`)「私はドクオという男の後を追う。一番怪しいと思うからな。
しかし一応のことがあるから、スカルチノフさんはショボンの方をお願いする」
/ ,' 3「あいよ。まあ、面倒になったら携帯に連絡するかもしれんがの」
(´・_ゝ・`)「最近のホームレスは携帯持ってるのか」
/ ,' 3「これもフォックスさんからのもらいもんじゃよ。
付き合いが長いんじゃ。いろいろあるんじゃよ」
ひらひらと似合わない電子機器をなびかせながら、スカルチノフが愉快そうににやけていた。
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