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ヤンデレの小説を書こう!@避難所 Part07

478高嶺の花と放課後 第6話 後編:2018/04/01(日) 03:33:21 ID:zRdogdXc
投下します

479高嶺の花と放課後 第6話 後編:2018/04/01(日) 03:35:59 ID:zRdogdXc
高校2年 8月


「んー!お兄ちゃんこれも美味しそうだよ!」

「綾音、たこ焼きはさっき食べたばかりじゃあないか」

夕日と夜空が絵具のように混じった空。

ここ羽紅町の最大の夏祭りがその空の下で行われている。

普段は静かなこの街も夏祭りとなるとどこから湧いてくるのか、とても多くの人々が溢れかえる。

この夏の風物詩ともいえる喧騒に身を投じている。

「えー、あんな量じゃたりないよ。あたしまだまだお腹ぺこぺこなんだから」

毎年、決まりのように綾音とこの夏祭りには訪れている。

いつもなら変わらない祭りの活気に安堵と懐かしさの入り混じった気分になるのだが左半身に感じる違和感がそれを感じることができない。

左腕に絡まる義妹の腕。

家を出た時から今まで解けた試しがない。

こんなことはいつもならしない。

「あっ、じゃがバターもある!一緒に食べようよお兄ちゃん!」

いつもと同じ無邪気さ。

普段と変わらない態度ゆえ僕の左側で起きている異常事態がより深刻に感じてしまう。

さりげなく解こうと試してこともあったが少しでもそれを察知すると途端に締め付ける。

僕が本気で解こうとするものならば綾音は僕の腕を千切れるほど締め付けるのではないかと僅かな恐怖が冷や汗を促す。

この恐怖には身に覚えがある。

海から帰りの電車の時と同じだ。

左側に引っ張られる。

思考から意識を戻すと僕の目の前にソースと鰹節の良い香りのするたこ焼きがあった。

「はい、お兄ちゃん。あーん」

条件反射気味に差し出されたたこ焼きを口に含む。

中に詰まった熱さが口内に広がる。

「どう?」

どう、と聞かれれば熱いとしか言えない。

「すごくあふい」

「あはははっ、本当に熱そうだねお兄ちゃん」

綾音は口の中で必死に冷まそうとしている僕を見て笑う。

その笑顔を見ると安心する。

…そうだ、10年も兄をやっているんだ。

妹の喜ぶ姿を見れば、僕の心はそれに応じて安心するようになっている。

少し僕は難しいことを考えすぎていたのかな。

あまり自覚をしていなかったが僕も案外重症なのかもしれない。

こんなにも妹のことについて悩んでいるのが証拠だろう。

480高嶺の花と放課後 第6話 後編:2018/04/01(日) 03:36:58 ID:zRdogdXc

「さっきのより熱いけどおいしいね」

今は…今だけは純粋に祭りを楽しんでもよいのではないだろうか。

「ねぇ綾音。向こうに金魚すくいあるらしいけどやるかい?」

「うんっ。どっちが多くすくえるか勝負しようよ!」

「もしかして僕が金魚すくい苦手ってこと分かっててその勝負申し込んでる?」

「えへへー、ばれた?」

「勝負してもいいけど罰ゲームだとかは無しにしてね」

「えー!それじゃあ張り合いないじゃん〜」

「張り合いも何も最初から勝負にならないよ」

「んー、じゃあ射的。あの射的で勝負しようよ」

射的か。

あまり綾音も僕もやった記憶がないな。

「分かったよ。でどういう風な勝負にするんだい?」

「んー先に景品取った方が勝ちっていうのは?」

「じゃあそれでいこうか。無駄遣いも良くないから一人三回までにしよう」

「罰ゲームはベタに負けた人は勝った人の言うことを一つ聞く、ねっ」

「待ってよ綾音。罰ゲームはさっき無しってーーー」

「それは金魚すくいの場合でしょー?だめだめ射的は罰ゲームつけるもん」

なんだか騙されたような気がする。

釈然としないまま射的の屋台に引き連れられる。

「射的二人分お願いします!」

「あいよ、一人300円ね」

お金を払い手ぬぐいを頭に巻いたおじさんから銃を受け取る。

「じゃあ勝負だよ、お兄ちゃん!」

「大丈夫かなぁ…」

この後、射的で僕と綾音が勝負することになったが結果は『綾音は実は射的も得意』という新たな事実を知ることになった。

481高嶺の花と放課後 第6話 後編:2018/04/01(日) 03:39:24 ID:zRdogdXc

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…不意の出来事とは、なんとも突然なんだろうか。

『その人』のことは確かにここ数ヶ月の間、思考と感情をしばしば支配していたがだからといって今この時この瞬間は頭の片隅にも置いていなかった。

彼女だ。

高嶺さんだ。

それは射的の勝負を終えた後、綾音の好奇心を針路にしながら人混みを抜けては屋台に寄り人混みを抜けては屋台に寄るを繰り返して僕の頭に休憩という文字が浮かび始めるくらい疲労が溜まってきた頃合いだった。

前方に高嶺の花が現れたのは。

彼女もまたこの祭りに合わせ、その身に浴衣を美しく纏っていた。

とはいえあまりにもの人混み故、向こうがこちらに気づいている気配はなかった。

すっかり頭の中は白紙の上『なんと声をかけるべきか』という文字列だけが書き並んでいた。

とりあえず、と唾を飲み込む。

と同時に彼女についてくるように幾人か現れる。

「待ってよ〜華〜」

小岩井 奏美さんだ。

それだけじゃない。

見覚えのあるクラスメイトたち。

その中には男子もいて…

心臓が軽く握られたような感覚が湧く。

「高嶺って歩くの早いよなぁ」

数人の男子の一人が続いて声をかける。

彼は確か桐生 大地(きりゅう だいち)。

端正な顔立ちで女子とも分け隔てもなく話す、いとも簡単に高嶺の花に触れられる人。

これが僕の彼への印象だ。

「え?そうかなぁ」

彼女は桐生君に対して笑顔で返答する。

ああやっぱりそうなのか。

時々『高嶺さんと桐生君は男女の仲なのでは』と、まことしやかに囁かれることがある。

それに対して僕はというと情けなく否定要素をかき集め平静を装うことしかできなかった。

けれども過去に聞いた高嶺さんに好きな人がいるという事実。

その対象が桐生君なのではないかと何度も考えた。

誰もがお似合いだという。

僕もそう思う。

結局のところ僕の携帯が震えなかったのもそういうことなんだと思う。

夏祭りを共に過ごす友達がいて当たり前、それどころかこれを機に好きな男子を誘うなんて十分あり得る話だ。

ああもう滅茶苦茶だ。

心が原型が分からなくなるほど金槌で叩かれたような気分になる。

「どうしたのお兄ちゃん。顔色悪いよ?」

最低で憂鬱な気分を底からすくい上げたのは妹の綾音だった。

「…あぁそうだね。ちょっとトイレに行きたくなってきたよ」

秘めた想いごと吐き出したくなる。

あぁ妹に心配されるなんて情けない。

己の女々しさを呪う。

こんなことでいちいち傷つくのであれば、さっさと玉砕してしまえばいいのに。

僕を客観的に見る僕がそう囁く。

ああわかってるさ、でも。

ここにきてようやく彼女がこちらに気づき、視線が合う。

僕と彼女の秘密の関係。

それが心の傷跡と同じ数だけ心の絆創膏を貼ってきた。

今だってそうだ。

彼女と目があった、それだけで一憂から一喜へと変わる。

僕はまだ傷をつけられることよりも絆創膏を与えてもらえないことの方に怯え、玉砕せずにいる。

しかし彼女は僕と目があったがいつものように僕にしか分からないように小さく微笑むことはなく、ほんのひと時だけ表情を固めただけだった。

482高嶺の花と放課後 第6話 後編:2018/04/01(日) 03:40:33 ID:zRdogdXc

「お兄ちゃんトイレ行きたかったの?早く言ってくれればよかったのに」

僕は何を期待していたのだろうか。

笑いかけてくれるとでも?

やはり一度吐き出したほうがいいのかもしれない。

そんなことを考えているとスルリと綾音の腕が解ける。

腕が軽くなると同時に少しの痺れが走る。

「じゃあここで待っていてくれないか。トイレに行ったらここに帰ってくるよ」

僕は逃げたくなってその場を後にする。

人混みをかき分ける。

意気地なし、女々しい、情けない。

走る。

自分に悪態の限りを尽くし、どこへ向かっているのかも分からずに進んで行く。

気がついたら周りには人が消えていて、随分と静かな林にたどり着いていた。

歩みを少しずつ緩めていく。

今すぐ吐き出したい、叫びたい。

こんな気分になるなら惚れるんじゃあなかった、と。

でもその言葉は喉に痞えて一向に出てきやしない。

この甘くて苦い想いはいつになったら報われるのだろうか。

しばらく天を仰いでいると少し落ち着いてきた。

確かに今まで何度か諦めようと思ったことがある。

分不相応な恋だと誰よりも自分が分かっているつもりだった。

だから意味もなく自分を卑下し他人を羨望する。

稚拙、あまりにも稚拙。

また自分を卑下する。

でもそうなぜ故未だに諦めてこの想いを放棄しないのか。

いつも、いつも諦めようと思った矢先彼女は僕に希望を見せる。

それに簡単に食いつく。

あとは繰り返すだけ。

それが分かっているのならさっさと諦めるか覚悟を決めろと人は言うだろう。

携帯が震える。

でも、ほら





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差出人 高嶺 華
件名 なし
本文 ふたりで少し話したいから羽紅神社にきてほしいな
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こうやって彼女はいつも僕を金魚のように掬い上げる。

483高嶺の花と放課後 第6話 後編:2018/04/01(日) 03:42:08 ID:zRdogdXc

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連絡を受けそのまま羽紅神社へと向かう。

その道中、考えるのはメールの内容にあった話したいという部分。

一体なんの話をするのだろうか。

とはいえ十中八九僕の小説の話だろうけども。

作者と読者。

僕らの関係はそんな色気のない関係。

それでも良かった。

色気がなくても僕にとっては満たされる関係だった。

ずっと続く高い階段が見えてくる。

羽紅神社の境内に入るための入り口。

あまりにも高い蹴上と段数で運動をするものであれば鍛錬によく使うが一般人にはやや敬遠される階段。

夏祭りの会場からもやや離れていることもあり人がいる気配がほとんどしない。

その月明かりだけが照らす階段が目の前にさしかかる。

この先に高嶺さんはいるのだろうか。

階段に踏み入れる。

数段登っただけで肩が上下するほど険しい。

階段はまだまだ続く。

人生は山あり谷ありと誰かが言った。

人生、なんて長く大きなものではなくてもこの恋も山もあったし谷もあった。

この階段を上った先ははたして山なのか谷なのか。

心臓の鼓動が速くなる。

疲労を感じて足を止める。

振り返ると暗いこの辺りから離れた場所のぼんやりと光る賑わいがよく見えた。

「…そういえば綾音を待たせっ放しだ」

でも年に一度とても賑わう祭りだ。

人混みを理由すれば許してくれるだろう。

石段登りを再開する。

それは高く高く、鈍い疲労が足へと溜まっていく。

なぜ高嶺さんはこんな場所を指定したんだろうか。

そんな疑問が段数を重ねるごとに強くなる。

ようやく終わりが見えてくる。

一歩、一歩交互に足を繰り出し最後の力を振り絞る。

最後の一歩を踏み出した時にはもう僕は疲労困憊だった。

そんな僕を労うかのように彼女そこにいた。

いや正確には彼女と思わしき人物だ。

陽が沈んだのはとうの昔で、辺りを覆う暗闇は数歩先の人物の顔を把握するを困難としていた。

「高嶺さん…?」

本人かどうかの確認のため声をかける。

すると人影は驚いたような仕草をする。

人間違えか?という考えが浮かび始めると同時に返答が得られた。

「し、不知火くん」

今まで聞いたことのないような声色で彼女が今どんな表情をしているのか判断するのは容易ではなかった。

「ご、ごめんね、こんなところに呼び出して。疲れたよ…ね?」

言われてから自分の息が上がっていることに気がつく。

484高嶺の花と放課後 第6話 後編:2018/04/01(日) 03:44:44 ID:zRdogdXc

「あ、あぁこれは僕が普段運動しないからね」

「あのね、不知火くん…えっとこんなところに呼び出してごめんね。疲れたよね」

さっきも同じこと言ってなかったか?

自分が聞き間違えたんじゃないかと思ってしまうくらい自然に彼女は2度同じことを言った。

「いや、うん。それは大丈夫だよ」

「えっと、なんだろうな。その…えっと、なんて言ったらいいのかな…」

支離滅裂に、滅茶苦茶に喋る彼女。

こんな高嶺さんは見たことがない。

「あはは、ごめんね。なんか頭の中ぐちゃぐちゃで。なんて言えばいいのかわからないの。ううん聞きたいことはあるの」

「高嶺さん落ち着いて。何言ってるのか分からないよ」

「いや、わかってよ」

今度は高圧的な台詞。

今夜の高嶺さんはおかしい。

「あーいやちがうの。こんなことを言いに来たんじゃないの。…ごめんね。自分でもこんな感情になるなんて思ってもみなかったの」

「…なにか嫌なことでもあったのかい」

「嫌…そうだね。それまで嫌なんて思うとは思わなかったけどいざ目の当たりにしたら嫌だったなぁ」

相変わらず何を言っているのか分からないが先ほどよりかは落ち着いたように見える。

「それで、その嫌なことと僕に聞きたいことは関係ありそうな感じかい?」

「…。いやそれは関係なんだけれど、そういえば不知火くんさっき可愛い女の子と腕組んで歩いていたよね。…誰?」

唐突に話題が変わる。

「そんなことって…。いいのかい?なにかあるなら相談乗るけど…」

「いいのいいの嫌なことあったけど大した問題じゃなかったら。それより誰なのあの女の子。気になるなぁ」

「気になるもなにも彼女の名前は不知火 綾音。つまり僕の妹さ」

「いも…うと?」

「随分前に僕に妹がいるって話はしたと思うんだけれどもね。あれがそうだよ」

まぁ確かに大した話でもないし高嶺さんの記憶に残っているかは定かではないが。

「なんだ妹さんなんだ…あはは、全然似てないからびっくりしちゃった。随分可愛らしい子だったから」

『随分可愛らしい子と全然似てない』というのがまるで遠回しに僕の容姿が褒められるものではないと聞こえてしまう。

悲観的にそう捉えてしまうのは想い人に言われたから。

恋というはどうも僕の場合だと思考を正負二極化し、その上で片一方にぶれてゆく。

厭世的になったり、楽天的になったり。

厭世の方にどちらかといえば思考が寄りがちだがそれは生まれ持った気質ゆえのものだろう。

「よく言われるよ。綾音と僕は血が繋がってないんだ。所謂義理の兄妹っていうやつだよ」

「義理?え、義理?」

「そうだね。生まれて来た父親と母親はそれぞれ違うから全く血の繋がってない兄妹になるよ」

「はは…話がちがうなぁ…。あれが義理だったら意味が変わってくるじゃない」

再び高嶺さんは意味不明なことを口にする。

その様子は暗闇で伺えない。

彼女が今どんな表情をしているのか。

それが知りたい。

僕の背後から打ち上げ花火の笛の音が鳴る。

そしてその想いに呼応するかのように火薬は花ひらく。

閃光が走り、暗闇を取り払う。

それまで伺うことのできなかった彼女の表情が浮かび上がる。

「…?」

確かに彼女の表情は見えた。

がしかし、その表情がどんな感情を表しているのか。

それは判断しかねるものであり、表情を見てから時間が経つにつれその顔にノイズが走ってゆく。

花火の鈍音が閃光に遅れて聞こえてくる頃には半分分からなくなっていた。

485高嶺の花と放課後 第6話 後編:2018/04/01(日) 03:49:16 ID:zRdogdXc

「花火…そうかもうそんな時間なのか」

「…。」

返答は得られない。

「不知火くん、その妹さんと兄妹になったのっていつから?」

代わりに疑問が一つ飛んできた。

「…兄妹になったのは綾音が物心つき始めただからもう10年かな」

「10年…か。それならまぁでもそのくらい前なら…」

独り言のように呟きはじめた。

「…そういえばさ、話があるって言ってたけけれども」

「…え?話?…ああそっか話ね。ううん全然大した話があるとかそういうのじゃないの。ただ元気かなーとか、夏休みの宿題終わったかなーとか」

「なんだそういうことかい。僕は元気だし、夏休みの宿題の宿題はまだ終わってはいないけれども終わりが見えてはきたよ」

「終わりが見えてきたって一番油断しやすい時期なんじゃない?見えてきたからって結局最終日に後回ししちゃダメだよ?」

図星だ。

終わりが見えてきたのであと最終日にまとめてやればよいと考えていたのは確かだ。

「はは、まさかそんなことするわけがないじゃあないか」

「うそ。図星なんでしょ。不知火くん分かりやすいからなぁ」

「…そんなにわかりやすかったかい?」

「ふふ、うん。明らか動揺している感じだったもん」

見透かされたからか随分と恥ずかしい気持ちになる。

と同時に彼女がいつもの様子に殆ど近づいていることに気がつき安堵する。

「もう、夏も終わりだね」

「夏はまだ少し続くよ。夏休みが終わるんだよ」

僕の印象として文月の訪れが夏の終焉であり秋の始まりという印象だった。

しかし言われてみれば文月に入ったからといってすぐ気温が下がるわけでもないし、蝉の音が止むわけではないし、木々の葉が紅く染まるわけではない。

「…そして学校が始まるの」

彼女はまた口を開く。

「二学期からもよろしくね不知火くん」

そうだ、また始まるんだ。

いつもの日常が。

たまに混じる非日常が。

あの秘密の放課後が。

「あぁこちらこそよろしくね」

空にまた花ひらく。

「…ねぇ不知火くんもしーーーー」

486高嶺の花と放課後 第6話 後編:2018/04/01(日) 03:51:12 ID:zRdogdXc

ドン。

遅れて轟いた音は高嶺さんの台詞を攫っていった。

「ごめん高嶺さん。花火の音でなんて言ったか分からなかったよ」

「…あー、なら聞かなかったことにしてくれないかな?」

「えぇぇ、気になるじゃあないか」

「だーめ。教えてあーげない」

可愛らしく、愛らしく言う。

惚れた弱みというのは恐ろしいものだ。

「分かったよ、深入りはしないさ。それよりそろそろ戻ってもいいかな?随分と妹を待たせているんだ。高嶺さんも小岩井さんや桐生君達を待たせているんだろう?」

「…あー、うん。そうだね。じゃあ一緒に行こっか」

羽紅神社の入り口は先程登った階段一つ。

ならば出口もそれしかない。

同じく出口へ向かうなら一緒に階段を下るのも当然で、だけれどもそのことなんてちっとも考えてなかったのでこの誘いは少し拍子抜けだった。

「あ、あぁ」

輪郭しか分からなかった影が近づいてくる。

それが人間大になるとようやく彼女が様相
が分かるようになった。

まるでテレビから芸能人が出てきたかのような気分。

高揚する。

浴衣を着つけ後ろ髪を上げてうなじを露わにしているその姿は、いつもよりも強く色香を印象する。

二人の歩調が合ったりちぐはぐになったりしながら階段に踏み入れる。

487高嶺の花と放課後 第6話 後編:2018/04/01(日) 03:52:39 ID:zRdogdXc

「ここの階段、蹴上が随分と高いから気をつけてね高嶺さん」

「ん、気を使ってくれてるの?ありがとう不知火くん」

微笑む。

それが嬉しくて、でもそっぽを向いてしまう。

この想いが悟られないように。

「そういえば今『蹴上』って言ったよね?多分階段の高さのことだろうけどそんな言葉初めて知ったよ」

「珍しい言葉だったかな。本当に余計な言葉だけはよく覚えてしまうんだ、本の虫だとね」

「でもそれって素敵なことだよ」

ますます気分が良くなる。

「お世辞でも嬉しくなってしまうな」

「お世辞じゃないよ」

はっきりと強く言われる。

「私不知火くんにお世辞なんて一回も言ったことないよ。小説だってそう。…不知火くんはちょっと自分を過小評価しすぎだと思うの」

「それはどうも生まれ持った性分だからね…」

この恋も自分で燃やしておいて『叶わない』と水を用意している。

「みんなも不知火くんの小説読めばきっとすごいって言うと思うよ。うんそうだよ、やっぱりみんなに呼んでもらおうよ」

「それは勘弁願いたいかもしれない。高嶺さんしか見せたことないし…」

「えええ!そうなの?」

「あれ?意外だったかい?前にも言ったような気がするけれども」

「んー言われたような言われてないようなぁ…。じゃあ不知火くんの小説は私しか読んだことないってことだよね」

「そういうことになるね」

488高嶺の花と放課後 第6話 後編:2018/04/01(日) 03:53:10 ID:zRdogdXc

「そういうことになるね」

「なんだぁ、そっか。…ならいいや」

「なにがだい?」

「ううんこっちの話。これも忘れて」

「高嶺さん忘れてほしいことばかりじゃあないかい?」

「乙女には秘密は必要なものなのよ?」

「僕のほうはどうやら筒抜けみたいだけどね」

「あぁ、さっきの夏休みの宿題のこと指してる?さっきも言ったけど不知火くん少し分かりやすいのよ」

「弱ったなぁ。そんなに分かりやすい人間だとは自分では思わなんだ」

「分かりやすいってことはその分、不知火くんのことよく知れるってことなんだよ?その分仲良くなれるってこと」

「そんなに親しみのある奴ではないと思うんだけどなぁ」

「だぁかぁらぁ、不知火くん過小評価しすぎよ。そういうところが不知火くんの良くないところね。直したほうがいいと思うよ」

「ははは…、善処するよ」

「でも今日も話せてよかったな。不知火くんのこと分かったし」

「筒抜けだもんね」

「そう。過小評価なところとか、同世代の男子は君付けとか」

桐生くんを口にしたことを思い出す。

「あとは………きゃっ!」

突然、彼女は石段から足を踏み外す。

咄嗟の出来事に僕も反応する。

結果、高嶺さんは階段を転げ落ちることはなかったが僕が彼女を抱きかかえるような体勢になった。

女性特有の体が手や腕から伝い、鼻からは官能的な香りが脳を刺激する。

こんな時に何を僕は考えているんだ…。

「だ、大丈夫かい。高嶺さんっ…」

能天気なことも考えていれたのは一瞬。

慣れない力仕事に彼女を支えていられる限界が近づくのはあっという間だった。

「ご、ごめんね不知火くん」

彼女も落ち着いた足場が取れたのか自力で体制を戻し始めた。

「怪我がなければそれでいいんだけれども」

「…うん怪我はないよ。でもまた一つ不知火くんのこと知れちゃった。いざっていう時の男らしさとか、ね」

「冗談もほどほどにね。今大怪我しかけたんだから…」

「はーい」

その後は無言で二人で階段を降りきる。

「じゃあここら辺で別れよっか」

「あぁそうだね」

「不知火くん」

「?」

「またね」

「うん、また」

名残惜しいがここでお別れだ。

だけれどもまた会える。

僕と彼女の秘密のあの放課後で。

夏休みはもう、終わる。

489高嶺の花と放課後 第6話 後編:2018/04/01(日) 04:03:26 ID:zRdogdXc
というわけで第6話後編投下終了です。物語を書くたび「今回はなんか話のボリューム少な目だなぁ」と思い投下してますがいざ投下してみると段々ボリュームが増えているような増えていないような。マイペースになりますが文章力も精進しつつこれからも投下していけたらなと思ってます。では第7話では会いましょう

490!slip:verbose:2018/04/01(日) 13:47:48 ID:5WmoaB.o
おつ
片鱗が見えてきましたね

491雌豚のにおい@774人目:2018/04/01(日) 22:08:22 ID:enI36B36
おーええやん

492雌豚のにおい@774人目:2018/04/02(月) 02:07:54 ID:5uR/6VR2
ありがとうございました

493雌豚のにおい@774人目:2018/04/04(水) 22:27:47 ID:yJrQpHjQ
2学期が楽しみや
どんどん病んでおくれ

494雌豚のにおい@774人目:2018/04/11(水) 08:17:47 ID:paH71x6s
おつおつー
高嶺さんも妹も病んでくれ〜

495雌豚のにおい@774人目:2018/04/18(水) 19:18:27 ID:B1Wl68T.
おつおつ
久々にこの掲示板来たけどまだ続いてたんだね

496雌豚のにおい@774人目:2018/04/18(水) 21:39:37 ID:0pxBI3/Y
俺も久々に見にきたときビックリした今はなろうが中心だからねー

497雌豚のにおい@774人目:2018/05/05(土) 14:35:26 ID:PajJlJyA
なろうは良い作品全然ないんだよね
あったとしても見つけるのが大変

498名もなき被検体774 ◆qOSv/CKab2:2018/05/11(金) 17:00:26 ID:9b0Vl6L2
トリテス

499雌豚のにおい@774人目:2018/05/14(月) 03:51:22 ID:jy2fhKJo
このスレに投稿してた人とかなろうに進出してるから見てみるのもいいよ。

500雌豚のにおい@774人目:2018/05/26(土) 07:05:40 ID:ZWHXMee.
俺もなろうに一作品だけ投稿してるが、全く閲覧数が増えないな。
誰かに添削してもらうなり感想貰うなりしてみたいものだが、かと言ってリアル友人に見せるわけにもいかない。
俺に文才なんか無いのだと自嘲しつつ、でももうちょっとくらいは好評価が欲しい、みたいな最大公約数的な思いを胸に秘めながら、今日も悶々とした日々を過ごすのさ。

501雌豚のにおい@774人目:2018/05/26(土) 10:57:41 ID:D3iJzvgI
>>500
じゃあここでurlうpしてみて
俺も気になる

502高嶺の花と放課後の中の人:2018/05/29(火) 19:59:40 ID:UMKn57Ho
お久しぶりです。20時から投下します

503高嶺の花と放課後 第7話:2018/05/29(火) 20:00:27 ID:UMKn57Ho
高校2年 9月

「…えー、ーーーでるからしてーーーであり、高校生というのはーーー」

「なぁ遍ー。校長センセの話ってなーんでこんなに退屈で眠くなるんだろうな。ふぁぁ」

「怒られるよ太一、真面目に聞いてないと」

「だいじょーぶ、誰も真面目に聞いてないってば」

「そんなこともないと思うんだけれどもなぁ」

我が羽紅高校の夏休みも終わりそれと伴い当然学校の方も再開し夏休み明け初日の今日、大勢の生徒とともに僕らもまた始業式に出席していた。

空調の整っていないこの体育館はうだるような暑さで、校長先生の話なんて一向に耳に入ってこなかった。

それは僕以外の生徒も同じで、いかに退屈しているのかが顔に表れていた。

「…ねぇ、太一。校長先生の話を文集した本ってあったら面白そうじゃあないか?」

僕自身もそんなくだらないことを考えているくらい退屈していたのは事実であった。

「なんだ遍だって真面目に聞いてないじゃん。まーでもそうだなぁ。それなら読んでみたい気もすっかも」

「不思議なものだよね。僕らはもしかしたら本の中身が見たいんじゃなくて本に書いてある活字を見たいだけかもしれないね」

「それは変な話じゃねーか?それだったら本の内容が良かった悪かったなんて感想が分かれることはありえねーぜ?」

「確かにそれは一理あるね。ならこう結論づけることができるかもね。僕らは黙読は好きだけれど朗読は苦手だとね」

「あぁこの朗読は正直しんどいぜ」

「同意だ」

それにしても注文の多い料理店さながら蒸し焼きに調理されているような錯覚陥るほど暑い。

塩を塗りたくるとなお美味しいってね。

「ははは…、何考えているだ僕は」

体から吹き出す汗が止まらず、制服である白いワイシャツを濡らしていく。

なんだ全身汗だらけなら塩加減もちょうど良いじゃあないか。

あとは誰が僕を食べるんだ?

地ならす巨人か、空飛ぶ龍か、はたまたカニバリズムか。

僕は主菜か?前菜か?デザートかもしれない。

「おい遍大丈夫か?顔色悪いぞ」

「ああ大丈夫大丈夫」

少しぼーっとしてきた。

これで僕が茹で上がったら調理完了だ。

あとは食べ残すなり完食するなり好きにしてくれ。

「大丈夫大丈夫って、明らかにやばくなってきてんぞ。センセにいって保健室行ってこいって」

太一の声がガラス越しのようにこもって聞こえてくる。

「へ?太一今なんて言っーーーー」

その瞬間、視界がぐるっと回転して暗転する。

あれ?僕はとうとう何かに食べられてしまったのかな。

やっぱり食べ残しはできればしてほしくないかな…。

504高嶺の花と放課後 第7話:2018/05/29(火) 20:02:06 ID:UMKn57Ho
…。

………。

目を覚ますと慣れない白い天井まず一番最初に目に飛び込んできた。

次に気がつくのは自分が白い布に包まれていること。

そして最後に気がついたのは頭に感じたひんやりとした感覚だった。

「あっ、目覚ました不知火くん?具合どう?」

その感覚の正体は人の手であり、その人は高嶺さんということ。

「えっ?高嶺さんどうして…というよりここは…」

「不知火くん始業式に熱中症で倒れちゃったんだよ。それで保健室に運ばれて…」

「そうか、ここは保健室なんだね。それで高嶺さんはどうしてここに?」

「ほら私保健係だからね。先生に様子見てこいって言われて来たの。そしたらじきに不知火くんが目を覚ましたんだよ」

「高嶺さんが保健係なんて初めて知ったなぁ…」

「不知火くんの係はなんだっけ?」

「僕は施錠係だよ」

「あー!そういえばそんな係あったね!なるほどねぇ、だから不知火くん放課後いつも居残れるのかぁ」

「帰りが遅くなるから誰もやりたがらないし僕には都合が良かったからありがたい役職だけれどもね。ところで今何時だい?」

「えーっと、もうすぐ12時だよ。今はみんなで文化祭の出し物の会議してるけどもうすぐ帰りのホームルームになるから先生に様子見てこいって言われたんだ。どう?ホームルームにはでれそう?」

「うーん今すぐ戻るのは厳しいけれども少し時間をおけば戻れそうだよ」

「分かった。じゃあ戻って先生にそう伝えておくね」

「ありがとう高嶺さん」

「あの…不知火くんっ」

「どうしたんだい?」

「えっと…その…あの。ぐ、具合!具合のほうはどうかな?」

「少し目眩がしてるけど、なんとか大丈夫だよ」

「あ…そう。よ、よかった!………今はタイミングじゃないでしょう私…」

「なんの話だい?」

「ううん気にしないでっ。こっちの話だから。それじゃあお大事にね不知火くん」

そう言って彼女は静かに保健室を後にしていった。

「高嶺さん、保健係だったのか…」

思い掛けないところで役得をして、熱中症で倒れる前よりもむしろ気分が良くなっている。

それはそれで置いておいて、始業式を終えてこうもすぐに文化祭の出し物の会議が行われるとは夏休み明け初日だというのにもう忙しい。

まぁ今日一日で決めるわけではないがどうやらこの学校は夏休み明けの生徒に肩慣らしの時間も与えるのが惜しいらしい。

「そういえば保健室の先生はいないのかな…」

それらしき人物は見当たらない。

上体を起こしてみると立ち眩みしたように一瞬視界がぶれたが数瞬おいて平衡感覚が元に戻る。

この調子であるならば今すぐ立ち上がるのは少々危険な感じがする、といったところであろう。

ここは一旦深呼吸を入れて体調を整える。

おそるおそるといった調子で両脚をベッドから降ろし僕の体重に耐えうるか少しずつ確認する。

「大丈夫そうだな」

力を入れて立ち上がると僅かに立ち眩みしたがそれもすぐ治った。

立ち上がり保健室を見回ってもそれらしき担当教員が見当たらないので、無断で出ていっても問題ないと勝手に解釈し僕も保健室を後にする。

505高嶺の花と放課後 第7話:2018/05/29(火) 20:02:54 ID:UMKn57Ho

廊下を歩き、階段を上り、廊下を歩き、いつもの教室へとたどり着く。

引き戸を開けそのいつもの教室へ入っていくと全員ではないが半分くらいのクラスメイト達が一斉に僕の方に視線を移し慣れない緊張に襲われる。

途中入室の生徒が本好きの地味な生徒、不知火 遍とわかるや否や再び視線を黒板へと移していった。

僕も体の強張りが解けるとともに合わせて黒板へと視線を移す。

黒板には喫茶店だの、たこ焼きだの、チョコバナナだの模擬店の案らしきものがたくさん書かれていた。

教壇に立っていた担任の太田先生も僕に気がつき声をかける。

「おう、不知火目覚ましたか。大丈夫か?」

「はい、おかげさまで」

「それなら良かった。とりあえず一回目の文化祭の出し物の会議はこんな感じで案が出たからそれだけ把握しといてくれ。ちょうどこの後ホームルームだから席に着きなさい」

「はい」

言われた通り、僕は自分の席に座ると前の席である太一がこちらのほうに体を向けてきた。

「心配したぞ遍。大丈夫大丈夫とかいったそばから倒れやがって」

「心配かけてごめんね。少しやせ我慢が過ぎたと思ってる」

「今度から無茶すんなよな〜」

「肝に命じておくよ」

「で、どうだった?」

「なにがだい?」

「惚けんじゃねーぞ。我が学園のマドンナ高嶺さんのモーニングコールの感想を聞いてるんだよ」

「え?」

「え?じゃねーぞ。全く全男子生徒の憧れの的に優しく起こされてなんにも感想がないわけないだろ」

「あ、あぁ。起こされたっていっても目を覚ましたらそこにいて言伝を預かっただけだから特に何もないよ」

「かー!何にも感じなかった風に言いやがって。このクラスのどれだけの男子がお前のこと羨ましがってたのかわからないのか?」

何も感じなかったわけないじゃあないか。

「本来こんなことなけりゃ高嶺さんと二人きりになれることなんてないんだからなぁ?せっかくのラッキー熱中症をふいにしやがって」

そう、本来彼女と僕は住む世界の違う人間なんだ。

「熱中症はアンラッキーだと思うよ…」

「はい!そろそろホームルーム始めるから私語をやめなさい」

ざわついていたクラスも担任の一声ぴしゃりと鳴り止む。

「夏休み明けて、まだ気分も切り替えられていない生徒もいるかもしれないが夏休みは終わったんだ。しっかり気持ちを入れるように。明日からは本格的に授業も再開するからな」

「「「えーーーー!」」」

「えーーー、じゃない。言ったはずだぞ、気持ちを切り替えなさい。じゃあ今日はここまで。号令」

「起立ー、礼」

「「「ありがとうございました」」」

「気をつけて帰れよー」

クラスメイト達は再びざわめきを取り戻し帰宅の準備に勤しみだした。

目の前の席の太一も鞄を拾い上げ立ち上がる。

「今日は図書委員ないし、一緒に帰るか遍?」

「せっかくの誘いで嬉しいけどさすがに今すぐ炎天下の中歩いて帰れるほど体力回復してないから遠慮するよ」

「ちぇ、生高嶺さんの感想で聞きながら帰ろうと思ったんだけどな。まぁでも本当に体には気をつけろよ?」

「ありがとう。じゃあね太一」

「おう、また明日な〜」

ぞろぞろと出て行くクラスメイトの波に太一も混じっていった。

そうして太一や高嶺さんを含めるクラスメイトの三分の二ほどが出ていったあとのことだった。

僕の教室の引き戸がとてつもない勢いで開かれ騒音が響いたのは。

「お兄ちゃん!大丈夫!!?」

来訪者の正体の我が義妹である綾音は勢いよく僕の席まで走ってきた。

「お兄ちゃん倒れたって聞いてあたし気が気じゃなくて!本当は保健室にお見舞い行きたかったんだけどね!?どうしても行きたいんです!って先生に言ったのに無理矢理止められてて!本当だよ!?それでね!もうあたしとしては一刻も早くお兄ちゃんの容体が知りたくて!知りたくて!やっとホームルーム終わったからこうやってお兄ちゃんのとこにこれたんだけど!それでお兄ちゃん平気?大丈夫?あたしお兄ちゃんが死んじゃったら生きていけないっからぁっ!」

大声で、早口でまくしたてる綾音。

「お、落ち着いて綾音。ただの熱中症だしそんなに騒ぐことじゃあないからね。ほら、クラスの人達も驚いているからさ」

教室に僅かに残っていたクラスメイト達はただただ綾音の勢いに圧倒されているような様子だった。

「他の人なんて知らない!お兄ちゃん死んじゃイヤ!!!」

「だ、だから死なないってば」

大袈裟に泣き噦る綾音が僕の肩に顔を押し付ける様子をクラスメイト達は興味津々に覗き込む。

参ったな、少しばかり恥ずかしい。

しばらくの間、僕は羞恥の中に取り残されながら綾音を落ち着かせることとなった。

506高嶺の花と放課後 第7話:2018/05/29(火) 20:04:01 ID:UMKn57Ho


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夏休みが明けてから数日が経った。

来たる文化祭の話し合いがあること以外は至って夏休み明け前と同じような日々が戻りつつあった。

僕も相変わらず駄文を書き続けていた。

とはいえここ最近はあまり筆が進まないのだが、その原因がなんなのかはわからなかった。

「気分転換しようかな…」

ピタリと筆を動かす手を止めて、書き込んでいたノートを閉じる。

夏休み中は原稿用紙で書いていたがここ最近のスランプを感じ、長らくの間ノートに書くことに慣れていた僕は結局ノートに書くことに落ち着いていた。

夕日が差し込む窓からは幾つかの運動部の掛け声が聞こえる。

屋上でも行って風を浴びてこよう。

そう考えた僕は教室を出て屋上へと向かう。

ここ数ヶ月は自分の中でも異常なくらい筆が進んでいて、それがたった一人の女の子の影響だということも自覚していた。

ならば今回筆が進まないのも彼女の影響なのだろうか。

「いやいや、それはただの八つ当たりだ」

ただの実力不足だと己を戒める。

階段を登りきり屋上への扉を開こうとするが、扉は僕から逃げるように開かれる。

「し、不知火くん!?」

「た、高嶺さん!?」

この女の子は本当にいつも心臓に悪い現れ方をする。

「あ、あはは。こんなところで会うなんて偶然だね…。じゃあ私今日はこれで帰るね」

僕を避けるように彼女は横へ抜けていく時、僕はあることに気がつく。

「待ってよ高嶺さん」

「…」

僕の一言で階段を下る彼女の足が止まる。

「なんで…なんで泣いていたんだい?」

彼女の頬にあった二筋の跡。

それがどうしても気になってこんな質問をぶつけないわけにはいかなかった。

「あはは…泣いてた?そんなことないよ不知火くん」

「…頬に跡がついていたよ」

「!」

僕に指摘された彼女は慌てて制服の袖で頬を強く擦る。

「…いやごめん。人は他人に話したくないことの一つや二つはあるよね。別に無理して話さなくていいんだよ」

「ごめんね不知火くん…」

彼女はたった一言そういって踵を返す。

僕じゃ彼女の力になれないのか、悔しさや悲しさが僕の胸を支配する。

気分転換をしに来たのに台無しな気分になってしまった。

屋上に行けば何か救われるような気がしてドアノブに手をかける。

「不知火くん!」

振り返ると高嶺さんは階段の踊り場から僕を見上げていた。

「…やっぱり少しお話しできないかな?」

「僕で良ければ、よろこんで」

「ありがとう不知火くん」

彼女は再び踵を返し、今度は僕の方へ登ってきた。

彼女が近づいたところで僕も今度こそと屋上の扉を開ける。

扉を開けたその先に踏み入れると、夕日と風が僕を貫いた。

「ごめんね不知火くん、付き合わせちゃって」

「別に平気さ。僕も小説の方が行き詰まっててね、気分転換したかったところなんだ」

「そっかぁ」

寂しい笑顔を浮かべながら高嶺さんは屋上のフェンスまで歩いていく。

507高嶺の花と放課後 第7話:2018/05/29(火) 20:07:38 ID:UMKn57Ho

「…あのね不知火くん。今日…さ、そのまたラブレターをもらったんだけどね。…実はそれは偽物で他クラスの女子達のいたずらだったの」

「…それは、ひどいね」

「手紙に書いてあった通りここに来たらその女子グループがいてね。私を見てなんて言ったと思う?」

今にも泣き出しそうな顔でこちらに問いかける。

そんな顔で聞かれたら何も答えられるわけがないじゃあないか。

「…『本当に来やがった。ちょっとモテるからって調子乗るな』って嘲笑いながら言ってきたの」

「…」

気の利いた言葉をきかせたいのにそいつは一向に僕の口から出てくる様子がない。

「でも別にそれがつらくて泣いてたんじゃないの。…不知火くん。私さ、たまに人から『優しいね』って言われるけどそれは違うの。今日みたいな悪意を向けられたくなくて仕方なく優しい『フリ』をしてるの!私は本当はそういう自分勝手な子なの!今までこういうことのないようにいい顔無理矢理作ってきたのに結局こうなって…」

無理矢理押し込めた感情が爆発し止め処なく僕へと流れ込んでくる。

僕の知らないところで彼女はこんなにも苦しんでいたのか。

「…誰だって自分が一番可愛いと思うのが普通なんじゃあないかな。情けは人の為ならずって言うだろう?だからさ、高嶺さんは間違ってないと思うよ」

「…間違ってない、かぁ。そう言ってもらえるだけでも大分心が楽になるなぁ」

「時々僕らに降りかかる理不尽は黙って飲み込むしかないよ。飲み込みきれなかったらその時は吐き出せばいいさ」

「吐き出す…ね」

彼女はそう呟くとフェンスの方へ向き直し、大きく息を吸った。

「私は!モテたくてモテてるんじゃなーい!!!」

彼女の本心が咆哮される。

508高嶺の花と放課後 第7話:2018/05/29(火) 20:08:31 ID:UMKn57Ho

「はぁ…すっきりしたっ」

「聞く人が聞くと嫌味を覚えそうな台詞だね」

「不知火くんは嫌味を覚えた?」

「いや僕は別に…」

「ふふ…ならいいやっ。好意を寄せられること自体は私も嬉しいし。でもやっぱり初めてお付き合いする人は自分から告白したいなぁ」

「え?高嶺さんまだ誰とも付き合ったことないのかい?」

「そうだよー。なかなか良い人がいなくてねぇ 」

今まで何人もの男たちがこの高嶺の花に手を伸ばしてきたというのに、この花は未だ一人咲き誇っているというのか。

いやしかし、夏休み前の告白の時には好きな人がいるって発言してたけどそれはどうなんだ?

分からない。

「意外だった?」

「ああそうだね」

クスリと一つ彼女は笑みを浮かべる。

「そうだ、不知火くんも何か叫びたいことないの?」

「ははは、それは無いかな」

嘘だ。秘めている叫びたい想いはあるが臆病者の僕は今この時に吐き出すなんてことは到底できるはずがあるまい。

「えー?嘘だぁ」

すっかりばれている。

「本当にないよ」

余裕のない余裕なフリ。

一体どこまで見抜かれているのか分かったものではない。

「まぁ不知火くんがそう言うならそういうことにしてあげる」

悩みを話す側の方がよっぽど余裕がある、なんとも情けない話だ。

まだまだ残暑が続く日々とはいえ、黄昏時にもなれば涼しさを覚えてくる頃になってきた。

風の強いこの屋上では肌寒さも覚えた。

「少し冷えてきたね。そろそろ校舎の中に戻ろうか」

「あっ…」

「どうしたんだい?」

「し、不知火くん。も、もう戻るの?」

「ん?あぁ、僕も風を浴びたら気分転換できたからね」

「あ、あのさ不知火くん。話があるんだけど…」

「話?他にも何か悩み事でもあるのかい?」

「悩みっていうか、ううん。やっぱりなんでもない!忘れてっ」

歯に肉が詰まったような気になるような感じが僕の感情を支配する。

「…なんでもないのならそれでいいんだけれども」

しかし臆病者の僕は彼女に対して自分から掘り下げていく勇気なんてこれっぽっちもなかった。

「私はもう少しここで落ち着いてから帰るね」

「そっか。風邪ひかないようにね」

「ありがとう不知火くん。またね」

屋上の扉を開け校舎の中へ戻る。

扉の閉まる音が校舎の中に響き渡った時、僕は一度振り返る。

そんなことをしても意味はなく、なぜそんなことをしたのかもわからなかった。

体を向き直し階段を下っていき踊り場に足を踏み入れた時、僕はもう一度振り返る。

一度目と変わらない景色がただそこにあっただけだった。

509高嶺の花と放課後 第7話:2018/05/29(火) 20:10:43 ID:UMKn57Ho

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高校2年 10月

窓からは茜色の光が差し込み、校庭からは何やら掛け声を出している陸上部やサッカー部、校内からは各々の練習に励む吹奏楽部の演奏が聞こえてくる放課後。

帰路につく者、部活動に励む者、委員会に勤しむ者にそれぞれ別れたその教室には僕一人において誰一人いなかった。

様々なところから聞こえて来る音のなかで微かにノートに鉛筆を滑らせる音を教室内に響かせる。

一息つけ鉛筆を置く。

ふと斜め前方の先の席を見ると鞄が一つ机に乗ってるのが見える。

「今日も…か」

それを見てこの後起きるであろう出来事が容易に想像できて、思わず呟く。

いや、集中しよう。そう思い再び筆を走らせる。

そうしてどれほど時間が経ったであろうか。5分、10分あるいは1分も経ってないかもしれない。不意に肩をトントン、と叩かれた。来るとわかってても心の臓は悲鳴をあげ、叩かれた肩を跳ね上げてしまった。

振り返る。

そこには教室に差し込む夕陽と相まって美しく映る少女が笑顔でヒラヒラと手を振っていた。

「ごめんね不知火くん。驚かせちゃった?」

「そりゃあもう、高嶺さん。わざとかい?」

「半分、ね」

クスリと笑い悪戯な表情を浮かべる。

「今日も小説書いてたの?」

「答えるまでもないよ。ところでそういう高嶺さんこそ今日も告白かな?」

「答えるまでもないよ」

やや変な口調で彼女は先の自分の台詞と同じ言葉を述べた。

「もしかして真似してる?僕のこと」

「うん、似てた?」

「全然。もう少し練習しないとダメだよ」

「そっか。じゃあもっと不知火くんとお喋りして研究する必要があるねっ」

こういったことを平気な顔して言ってくるところが苦手なんだよなぁ。

そんなことはおくびにもださない。

ただこのままだと気まずくなるので話題を無理矢理変える。

「ところで今日の告白は受けた?」

「ううん。断ったよ」

「そんなにいないもの?いいなぁって想う人」

「そうだねー。でも前にも話したけど私初めて付き合う人は好きになった人に自分から告白するって決めてるからさ」

「高嶺さんてロマンチストだよね。いまだに誰とも付き合ってないというのが信じられないよ」

「なにそれ。私が尻軽女に見えるとでもいいたいのっ?」

わざとらしく頬を膨らませ怒りの感情をこちらに向けてくる。

「いやいや、そこまでは言ってないけどさ。でも高嶺さんほどモテるなら優しい人やかっこいい人なんて選り取り見取りじゃあないか」

「優しい人やかっこいい人ねぇ…。不知火くん私ね。運命の赤い糸って信じてるの。世の中には優しい人、かっこいい人なんていくらでもいるでしょ?でもその中でたった1人自分の相手を選ぶってことはかっこいいだとか優しいとかの測れるものだけじゃなくてなにか自分にしっくりくる人がいると思うの。それが運命の人。そして私はその人と添い遂げたいの」

「やっぱりロマンチストだ」

「茶化さないでよ。案外恥ずかしいんだよ?」

それに、と彼女は付け足す。

「この貞操観念話したの不知火くんがはじめてなんだからね」

「わかったよ。言いふらさないから安心して」

ーーーー運命。
運命か。
運命というと僕こと不知火 遍(しらぬい あまね)がこうやって高嶺 華(たかみね はな)と今この時会話しているのも運命なんだろうか。
方や見る人を魅了してやまない美少女、方や存在感のない冴えない文学少年。
今まで歩んできた道もこれから歩む道も全く違うであろうこの2人の道が今この瞬間交わってるのは運命なんだろうか。

「そういえばーーーーー」

この関係が始まったのいつだったろうか。僕は過去の記憶にさかのぼることにした。

510高嶺の花と放課後 第7話:2018/05/29(火) 20:12:27 ID:UMKn57Ho

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ーーー


「ーーーくん、不知火くん!」

「うわっ」

「うわっ、じゃないよ。急に黙り込んだと思ったら物思いにふけてさ。私まだ話の途中だったんだけどー」

可愛らしく頬を膨らませ、僕に対しての怒りを露わにしている。

「あ、ああごめん。高嶺さんが運命だって言うからさ、僕と高嶺さんの縁も運命なのかなって思い返してみていたんだよ」

「やっぱり不知火くん、私の考えを茶化してるでしょう」

「茶化してなんかないってば」

「で…さぁ、お話の続きなんだけど…。いいかな?」

先ほどの表情とはうって変わり非常に真剣な表情になり僕も少し緊張が走る。

「もちろん構わないさ」

えっと、と彼女は口にし一度ため息をしてから深呼吸をした。

「私ね、その…今日本当は…告白なんて受けてないんだぁ…」

「えっ?」

「あっ、いや違うの!告白の呼び出し自体が無かったってことで告白を無視したとかそういうことじゃないからっ」

まさか告白の呼び出しを無碍にしたのかと思案したがそんなことは無かったようで安心する。

「あぁなんだ、そういうことかい。それで話ってなんだい?」

今度は俯く高嶺さん。恐る恐るといった様子で口を開いた。

「あー、その…さ。私今欲しくてたまらないものがあるの。ずっと前から欲しかったらしいんだけど覚し始めたのは割と最近のことなんだぁ。…自覚してからは欲しいって気持ちがどんどん強くなってもう私我慢できなくなってきて、でも失うのが怖くて…」

肝心な話が少し比喩的な話し方で核が見えてこない。

「えっ…と、もう少しわかりやすく話してくれると助かるんだけども」

「あはは…、告白ってする側はこんなに勇気のいるものなんだね…」

彼女は今一度背筋を直し僕へ改めて向き合う。

「単刀直入に言うと私が欲しいのはね君だよ、不知火くん。だからぁ、…その、私とさぁ…、付き合ってくれない…かなぁ」

普段の姿からは想像もつかない全く余裕のない高嶺さん。

というか、彼女は今なんて言ったんだ?

「今日告白しよう…って決めていたんだけど…なかなか勇気が、その出なくて。ラブレターも10通くらい書いたんだけどどれもなんだか微妙で。あーだこーだしてるうちに放課後だし…」

付き合って欲しい?

「その…付き合って欲しいってのは男女のお付き合いひいては結婚を前提としたお付き合いなんだけど…」

誰と?

「黙ってないでなにか…言って、欲しいんだけど…なぁ」

僕が?

「ねぇなんで…黙っているの?………、!そんな、まさか!?」

まさか

頭が真っ白になり返答に詰まっていると彼女は両手で僕のそれぞれの手首を掴み押し倒してきた。

机や椅子に身体中をぶつけ鈍痛が全身を走る。

511高嶺の花と放課後 第7話:2018/05/29(火) 20:14:38 ID:UMKn57Ho

「わ、わわ、私こうみえて家庭的なんだ!料理とかすごく得意というか未来の旦那さんを想像しながら練習いっぱいしたんだよ?ほら旦那さんの心を掴むならまず胃袋からって言うでしょ!?付き合ってくれたらいっぱいいーっぱい美味しいもの食べさせてあげるし!そうだ!!今度不知火くんにお弁当作ってきてあげる!好きなものと嫌いなもの教えてくれると助かるな!結構料理の腕には自信があるからただ美味しいものだけじゃなくて栄養バランスを考えた不知火くんの体にも気を遣えた料理作れるよ!それに私不知火くんの好みになれるようにどんな努力も惜しまないつもりだよ?この顔が気に入らないなら気に入るまで整形する!目?鼻?口?それとも全部?遠慮なく言ってねなんでもなおすから。癖や性格も不知火くんの好みに絶対になる!それに献身的でもあるの私!結婚したら毎日掃除洗濯炊事してそばで支えてあげる!私運命の旦那さんのお嫁さんになるのが夢なの!だから安心して!あ、でももし不知火くんが主夫をやりたいってことなら私身を粉にして働くよ!たくさん尽くしてあげるしなぁんでもゆーこときぃてあげる。だから!!!付き合ってくださいお願いしますから!!!」

「い、いたいよ高嶺さん」

僕の手首は狂っているとも言える高嶺さんの異常な握力でへし折れそうになっていた。

「そんなこときぃてない!!!付き合ってくれますか?はい?イエス?どっち!!!!????」

「分かった、分かったから!付き合うよ!だから手を緩めて!」

付き合う、僕のその言葉を聞くと彼女はかっと目を見開き僕にすごい勢いで唇を押し付けてきた。

「んっ!??」

「ンハァ、好き、チュ、好き、ンチュ、愛してる。ハァハァ、ずっとこうしたかった。チュ、ひどいよひらぬいくん、ハァ、ンチュ、わらひに、ハァ、ここまでが、まんはへる、ハァ、なんて」

僕の後頭部を両手でしっかり捉えこれ以上ないくらい固く固定されている。

どのくらいの時間僕の唇を貪っていたであろうか、両の手を緩め僕の唇からようやく離れ、僕に馬乗りの形になるように上体を起こす。

二人の唇の間から銀の糸を引かれ、それが夕陽で艶めかしく光る。

「はぁぁぁ、幸せぇ」

頬に手を添え恍惚な表情を浮かべている高嶺さん。

「分からない…なぜ高嶺さんがいつから僕なんかを…」

僕がそう言うと高嶺さんは上体を倒し今度は覆い被さる形となりそのしなやかな両腕、いや両腕だけでなく両脚も僕の体に蔓のように絡みついた。

そしてそっと耳元に口を近づけ囁いた。

512高嶺の花と放課後 第7話:2018/05/29(火) 20:15:52 ID:UMKn57Ho
「『なんか』なんて言わないでぇ…。不知火くんはぁ、良いところいっぱいあるんだから。いつからっていうのは私もわかんない。でも初めて話した時から私は不知火くんには他の人とは違う何かを感じていたよ」

直接伝わってくる女性特有の柔らかさに血流が加速するのを感じざるを得ない。

「でもこの気持ちをはっきり自覚し始めたのはあの夏祭りの日だよ。不知火くんに妹の…綾音ちゃんだっけ?あんなカップル同然みたいな腕の組み方を見せられて勘違いしちゃったよ。正直あの時綾音ちゃんを殺したいほど憎くて仕方がなかったわ。もし彼女だったら殺してたかもね…ふふ。あの場面を見て、不知火くんは私のモノだ!って体が、心が、魂がそう叫んでたんだぁ。まぁでもその時は不知火くんは私はモノじゃなかったけどね。でもこれからは私のモノ。やっぱり不知火くんと私には運命の赤い糸が繋がってるんだよ」

徐々に彼女の四肢が僕の体を締め付けて行く。

「ほんとのほんとのほんとの本当に私の彼氏になってくれるんだよね?あぁぁはぁ嬉しいなぁ。あっそうだ、せっかくカップルになったんだから下の名前で呼び合おうよ。ね、遍?私の名前、言ってみてよ」

「えっと…は、華さん…、…!」

僕が彼女の望むままの台詞を口にしたら途端にその両腕で首を絞められた。

「違うでしょ?『華』でしょ?遍は他人の事敬称つけて呼ぶ癖あるよね。私と遍はもうカップルなんだよ?私はあなたの彼女なんだよ?他人じゃないんだよ?運命の伴侶なんだよ?だったら正しい呼び方があるんじゃないの?ねぇ?はやく。はやく!」

苦しい、息ができない、まるで彼女の想いに溺れているようだ。

「は、華」

「はーい、華だよぉ」

首を絞めていた同じ人物とは思えないような甘えた態度で頬で胸を擽る。

いつまで経っても頭と心の整理がつかない。

そんな僕の頬に彼女はそっと口づけふたたび起き上がる。

「そうとなれば早速明日にでもみんなに私の彼氏って遍を紹介しなきゃ」

紹介?誰に?いやまてよ

「た、高嶺さん。ちょっとまって!」

「高嶺さんって誰かなぁ??その呼び方ほんとに嫌だからやめてくれないかな?」

再び僕の喉元へ手を伸ばす。

「ご、ごめん華!それよりみんなに紹介ってのはできればやめて欲しいのだけれども…」

「は?なんで?」

仮に僕と彼女が付き合ってるなんて噂が出回ればどんなことになるかは想像に難くない。

「華はその…ほら可愛いからさ、その彼氏ってなると目立つから僕としては困るというか…」

高嶺の花を射止めたとなればたくさんの男子生徒からやっかみを受けてしまうのは明瞭であろう。

しかし僕のそんな理由も聞きやしないうちに『可愛い』という言葉を聞き入れた途端、彼女は自分の頬に両手を当て顔を赤くする

「え、可愛い?えへへ、ありがとっ。遍もかっこいーよっ。大好き!」

「あ、うん。それでみんなに内緒にしてほしい件なんだけれども…」

「へ?うん、いーよいーよ!内緒にしたげるっ!でも…放課後は我慢できないよ?」

「う、うん。放課後その、いつも通りでいいから」

「いつも通りぃ?違うでしょ?これからはいつも以上だよ。だって…」

この子は一体誰なのだろうか。

「私達は運命の恋人なんだから」

自分が今どんな気持ちを抱いているのかすら全く分からなくなっていたがただ一つ言えるのは、僕が彼女に惚れていたという感情なんてこの時すっかり忘れていたということだった。

513高嶺の花と放課後 第7話:2018/05/29(火) 20:23:34 ID:UMKn57Ho
以上で投下終了です。

気がついたら最後に投下してから2ヶ月経ってましたお久しぶりです。7話程かけてやっと1話冒頭の回想が終わりました。長かったでしょうか?よくわかりません。こんなに投下遅れたのは単純にモチベーションの問題です。ヤンデレというコンテンツが大好きなのですが個人的な需要に対して供給が足りずそのような環境から生まれた不満感から物語を書きなぐってます。少しでもこのコンテンツの発展に貢献できたらと思ってます。8話も一応ある程度書いてあるので近いうちに投下したいと思ってます。ではまた

514雌豚のにおい@774人目:2018/05/30(水) 00:14:25 ID:R7QGAe2Y
>>513
乙乙。楽しみにしてるので更新待ってます

>>501
URLなら>>423に貼ってあるぞ
一日あたりのPVは1桁〜2桁という弱小アカウントだ
「文章力が高いですね」という感想が来たものの、やはり文章力と面白さというものは相関関係には無いんだなと実感する

515雌豚のにおい@774人目:2018/05/30(水) 06:04:58 ID:rLdGrGXQ
>>513
GJでした

>>514
まともに更新してないんだからPV一桁は当たり前
むしろユニーク1305人でブクマ19ってことは
70人弱に一人がブクマしてくれてるから悪い数字じゃない希望を持つべき
宣伝や更新が圧倒的に不足してると思われる

内容についていうとタイトルとあらすじで軽いノリの作品期待したのに
プロローグでわけがわからんゲーテの言葉を読まされてその時点でドン引き
その後も厨二としか思えん主人公の独白が延々続いてついていけなくなった

でも頭を冷やして二度目読み直したら意外といけた
というか面白かった
てことで最初のゲーテがいらないんじゃないかと思われる
あれで面食らう人多いだろ

ついでに言うとルビ振りすぎ
よほど難しい漢字ならともかくこのぐらい読めるわ!って感じで山ほどふられてるから気がそがれる
全部削除してもいいレベルで邪魔にしかなってない

厳しい意見だけど書いてみました
「誰に何と言われようと俺は好きな文章を書く!」
って考えならいいけど、
「PV少ないわ、弱小だわー」って愚痴ってるから個人的意見で言ってみました
気を悪くしたらごめんな

516雌豚のにおい@774人目:2018/05/30(水) 23:45:48 ID:IXMlv7ow
>>513
いつも楽しみにしてます!GJです!

>>514
URL貼られたときからブクマいれて楽しく読んでます!
なろうでファンタジー抜きで更新頻度少な目ってなると
どんな内容でも表に出ないからしょうがない
具体的な感想は>>515が代弁してくれてると思う

517514:2018/05/31(木) 00:09:14 ID:LOU4JdNY
>>515-516
ありがとう
批判を真摯に受け止めて、改稿しようと思う
取り敢えずアドバイス通りにゲーテは削ろう。自分がよく読む海外の翻訳小説だと、この手の偉人の引用を冒頭に取ってつけるスタイルが頻出してるから、それを真似てみた
でもあまり拘りもないので、邪魔と言うなら消しておく

だけどルビは削らない
性癖なのか強迫観念なのか分からんが、自分はルビが少ないと何故か不安感を覚える人種だから
このひなんじょにもルビふりきのうがついていたらいいのに

主人公が厨二に見えたのなら、まさしく作者の意図通りだな
因みに「面白かった」「楽しく読」めたというのは、どの辺りだろうか。そういった能力を伸ばしていきたい

518雌豚のにおい@774人目:2018/06/03(日) 20:43:13 ID:SHb.F.ig
これ最初の述懐みたいなの、内容に関係あるのか? 思えない。ヤンデレ好き狙ってんなら、最初に、お?って思わせろ

519514:2018/06/04(月) 03:20:43 ID:iD5uIX3c
>>518
ふむ。特に何も考えずに、頭の中にふと思い浮かんだイメージをそのままテキスト化して出来たプロローグだが、確かにヤンデレとはあまり関係ないな
書き直すよ

ヤンデレ作品が少ないので、「それなら俺が書いてやるわ」といきり立って投稿した作品だけど、やはり書いた本人でも出来が悪いと思う
文才が欲しい。誰かくれ

520名もなき被検体774 ◆b4YHTloFXY:2018/06/04(月) 08:12:24 ID:hGgZXkZA
テスト

521雌豚のにおい@774人目:2018/06/13(水) 16:14:49 ID:C8oWQNcA
>>519
一つ言えることは
おまえの小説は面白いけど、おまえ自身はウザい
かな

だけどおまえのウザさも小説の面白さに反映されてるみたいだし
もう思うまま突き進めばいいだろ

522雌豚のにおい@774人目:2018/06/28(木) 00:37:10 ID:FHRfi.q6
>>521さん
少し言葉選んだ方がいんじゃね?

小説の感想聞いてんのにお前自身はウザイとか全く関係ねえしそのウザさが小説面白くしてるってんなら言う必要もねえじゃん。

人格否定だからねその発言。気をつけてな。

>>519
あんま気にすんなよ。
でも、>>515さんみたいな意見は指摘を見る限りしっかり読んでくれてるからとても貴重だと思います。
ヤンデレ1つ取っても人それぞれ好みのシチュエーションも違うからシナリオは自分の好きな様に書いていいと思います。

応援してるよ

523雌豚のにおい@774人目:2018/06/29(金) 11:17:54 ID:bYnTMqNY
テスト

524高嶺の花と放課後 第8話:2018/06/29(金) 11:22:35 ID:bYnTMqNY
高校2年 10月

早朝。

夏が過ぎ去り秋になったこの季節だと少し肌寒さを覚える時間だ。

日課である弁当を作り終えた僕は珍しく誰もまだ起きていない不知火家を出るや否や面を食らうこととなった。

「おはよう、遍」

凜とした佇まいで玄関前に居たのは高嶺 華、僕の彼女であった。

僕の姿を確認するやいなや微笑みながら挨拶をしてきた。

「…おはよう。待ち合わせの場所ここじゃあなかったよね?」

つい先日のこと兎にも角にも恋仲となった僕らだがやっかみを恐れた僕が提示した『放課後のみ』、という関係に不満を覚えた彼女は代わりに誰もいない早朝の登校を共にするという条件を提示してきた。

それならばと了承した僕だったが前日のメールでのやりとりで決めた待ち合わせ場所とは違う場所に彼女が現れたものだから面を食らうのは少々仕方のないことだった。

「うんっ。でもね、1秒でも早く遍に会いたくて来ちゃった」

その台詞に歯が浮くのを感じざるを得ない。

「たか…華に僕の住所教えたことあったかい?」

「前に遍にこっそりついていったことがあるから知ってたんだぁ」

「そ、そうなんだ」

時々顔を覗かせる彼女の非常識。

鮮やかな絵画に付着した汚れのように彼女のその非常識は高嶺 華という像よりも遥かにそれは強く印象を焼き付ける。

ついこの間まで邂逅するだけで心弾ませた彼女と恋仲になったというのにも関わらず未だ手放しで喜べないでいる理由がそこにある。

「じゃあいこっか」

閑静な住宅街に二人の足音が鳴り始める。

しばらくの間二人の間に会話はなく静寂が訪れていたが、趣味も境遇も似つかない僕らならば話題の提供に困るのも当然のことだった。

そもそもの話僕自身、あまり人と話すのが元々不得手ということもある。

だからこの静寂を打ち破るのは彼女が先というのも当然のことだった。

「私たち本当に恋人に…なったんだよね?」

「え…あぁそうだね。どうしたんだい急に」

「だって遍、放課後じゃないとイチャイチャしちゃダメって言うんだもん。酷いよ」

了承したとはいえ未だに不満には思っているらしく、口を尖らせる。

「我儘を言っているのは重々承知しているさ、でも僕ら男子の間では華は可愛くて有名だからそうなると僕も目立ってしまうんだ。あまり目立つのは苦手でね」

「…もっかい言って」

「え?」

「もう一回。可愛いって。そう言って」

「か、可愛い」

改めてその部分を切り取られてあげられると羞恥心が込み上がってきた。

我ながらなんて気障な台詞を口にしたのだろうか。

彼女は満足げな表情を浮かべるとそっと僕の左腕に抱きついてきた。

「今はそれで許してあげる」

脳がショート寸前だ。

「そ、そういえば文化祭。僕らのクラスは喫茶店になったね」

恥ずかしさに耐えられず無理矢理話題を変える。

「そうだねぇ。遍はどの役割担当したいか希望はあるの?」

「僕は看板製作とか担当できたらいいなとは思っているけども」

開催まであとひと月を切っているのであるのだが喫茶店、ということのみ決まっているだけで役割担当は決まっていない。

「じゃあ私もそうするっ。そうすれば遍にイチャイチャまではいかなくてもお話はできるしね」

なんとなくだがそう言うと思っていたが、そんなことは口にはしない。

「喫茶店かぁ…。そうだ遍、また『歩絵夢』行こうよ。陽子さんになら私たちのこと報告していいでしょう?」

「え?まぁたしかにそれは構わないけれども…」

どうして一体全体彼女はそこまでして周囲に僕らの関係を示したがるのかが分からなかった。

「でも華は多分、接客の係につかされるんじゃあないかなあ」

「えぇぇ、何でよぉ」

自分がどれほどの人望美貌があるのか一体把握しているのであろうか?

「僕はそっちの方が向いていると思うし、それに僕だけじゃあない。クラスのみんながそう思ってるんじゃあないかな」

「嫌よ、私遍と一緒にいたい」

「ははは…そこまでするほど僕と一緒にいて楽しいのかい?」

「うん。でも楽しいとかだけじゃないよ。全てが私に噛み合う感覚があるの。この世で最も一緒にいて落ち着く人だよ」

「未だに信じられないよ、たか…華と付き合ってるなんて」

「わたしだって嬉しすぎて信じられないくらいだよ」

するりと僕の腕から離れると一息吸って彼女は続けた。

「末長く、よろしくね」

なぜだか分からないけれどもその一言で背筋が凍る感覚が僕を貫いた

525高嶺の花と放課後 第8話:2018/06/29(金) 11:23:51 ID:bYnTMqNY


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「えええ!華ちゃん看板製作やるのぉ!?」

一先ず何事もなく授業を終え、帰りのホームルームになる直前のこと。

クラスメイトの女子たちが何やら騒ぎ出した。

「絶対華ちゃんは接客のほうがいいよ」

「私接客とかやったことないし…、向いてないよー」

如何にも謙虚な態度で真意を覆い隠す高嶺さん。

「絶対絶対絶対向いてるってぇ」

「私もそう思うよ〜〜」

「そんなことないってばぁ」

やいのやいのと騒ぎ立てる女子生徒達の声に黙って聞き耳をたてる者、聞いていないフリをしつつも耳だけはしっかり向けている者様々だが大半の男子生徒達が意識を割いていた。

そんな見ていて少々おかしな状況を変えたのは担任の太田先生の入室だった。

「ほら騒いでないで放課後のホームルームやるぞー」

自由の時間を体現していた生徒達は各々を席へと徐々に戻ってゆく。

「それで今日のホームルームなんだがなぁ。文化祭の役割分担を素早く決めたいと思う。うちのクラスは喫茶店をすることになったがそれを決めるのに時間がかかりすぎてしまったみたいでな、残された時間が少ないんだ。では早速決めていくぞ」

太田先生は白のチョークを手に持つと手早く分担される役割とその定員を書き込んでゆく。

その手で書かれた最初の役割は問題の『看板製作係』と3という数字であった。

「…では第一志望の役割の時に手を上げてくれ。まずは看板製作係な。これが第一志望のものは挙手」

やはりというべきなのかその定員を遥かに超える人数の生徒が手を挙げる。

その中にはもちろん高嶺さんもいる。

彼女はチラと一度僕の方へと視線を移す、たったそれだけのことだが彼女の意図は容易に汲み取れる。

僕も静かに手を挙げる。

「おお…思ったより人が多いなぁ。でもちゃっちゃと決めてしまいたいからジャンケンで決めようか」

太田先生は握りこぶしを宙へ挙げる。

それにつられるように僕たちも握りこぶしを宙へと挙げた。

526高嶺の花と放課後 第8話:2018/06/29(金) 11:24:59 ID:bYnTMqNY
「勝った人だけ残りなさい。ではいくぞ。最初はグー、じゃんけん…」

僕は握りこぶしを開いた、先生は握りこぶしを開かなかった。

運良く僕は勝利することができたようだ。

「おお、ちょうど三人残ったのか」

周りを見渡すと握りこぶしを開いた人物は僕を除いて二人しかいなかった。

「じゃあ看板製作係は桐生、小岩井、不知火の三人で決まりだな」

その中に彼女は含まれておらず彼女はただまっすぐ前を見つめながら拳を握り続けていた。

「じゃあ早速だが3人は集まって後ろで話し合っててくれ。では次は装飾係が第一志望のものー」

言われるがままに僕は席を立ち上がり教室の後ろへと向かう。

高嶺さんが少し気になる。

「よ、残念だったな!」

意識をほかに取られている僕の肩を叩いてきたのは同じ看板製作係の桐生 大地(きりゅう だいち)くんだった。

端正な顔立ちで女子生徒からの人気も高い。

これが僕の桐生くんへの印象。

「ざ、残念ってなんのことだい?」

「そのまんまの意味だよ。高嶺の花と一緒になれなくて残念、ってね」

夏祭りの時にみっともない嫉妬を向けていた手前、いざ対面すると苦手意識が全身を縛り上げた。

「な、僕は別に高嶺さんが希望していたからってこの係を希望したわけではないさ」

「でも高嶺が参加したいって意向はちゃっかり聞いてたんだな」

聞き耳を立てずとも僕はすでに今朝からその意向は知っていた

そう言いかけるが寸のところで止める。

527高嶺の花と放課後 第8話:2018/06/29(金) 11:26:59 ID:bYnTMqNY

「そういう桐生くんはどうなんだい?」

「俺?俺はもちろん彼女目当てさ」

心臓に冷や水がかけられる。

この感覚何週間ぶりだろう、しばらく前まではよく彼女に与えられていた感覚によく似た感覚だ。

僕が言葉に詰まっていると桐生くんは頬を釣り上げ笑い声をあげる。

「あははは!うそうそジョーダンだよ。そんなマジになるなって。俺彼女いるしなっ」

面を食らう。

「よろしくな不知火」

「ふたりとも〜遅くなってごめんねぇ〜〜」

遅れてやってきたのは小岩井 奏美(こいわい かなみ)さん。

穏やかな女子生徒であり、高嶺さんの仲の良い友達。

これが小岩井さんへの印象。

「おう、小岩井も来たし早速どういうふうに進めていくか決めようか」

「うん、そうだね〜」

桐生くんは流れるように場を仕切り出した。

素直にこういう一面を凄いと思うし羨ましくも思う。

僕がそういうことができるイメージはあいにくだが浮かばないから。

「んじゃまずこん中で絵、描けるやついるか?」

僕は右に左に一度ずつ首を振る。

「わたし少しなら描けるよ〜〜」

「お、助かる!俺もあんまし絵は得意じゃないからな。じゃあ小岩井は下書き頼まれてもいいか?」

「うん、いいよ〜〜」

桐生くんは場を仕切れる、小岩井さんは絵が描ける。

じゃあ僕は?

途端にみっともない劣等感に苛まれる。

「それじゃあ色塗りは俺と不知火で協力してやる感じになるのかなぁ」

「あの〜」

恐る恐るといった感じで声をあげる小岩井さん。

「どうした?」

「絵は少し描けるけど字は下手なの〜」

「あれ、そうなの?こういう大きい看板の文字だから字の上手い下手というよりかは絵の上手い下手かだと思うけどなぁ」

「でも上手な人が下書きを書いた方がいいと思う〜」

「そっか。んじゃ不知火、お前書いてみる?」

「え?」

「いやぁ、申し訳ないんだけど俺も字は下手なんでさ」

「えっと…それじゃあ僕も自信があるわけじゃあないけどやってみるよ」

仕事が与えられる分には有難い。

役立たずにはなりたくないという思いもあり承諾をする。

「あとはいつ作業するのかって話だけど委員会とか部活とか入ってるやついる?」

今度は小岩井さんも一緒に首を左右に振る。

「まぁ俺はサッカー部あるけど多分頼めば休ませてもらえるしとりあえず三人でサクッと放課後に作業するか」

「桐生くん部活ある日は部活をやってもいいんだよ〜〜」

「いや、二人にやらせて自分だけ部活やるってのも申し訳なくて多分練習に集中できないし大丈夫だ」

「え〜いいのに〜〜」

「まーまー気にすんなって。それにそんなに練習したけりゃ別の係立候補してたしな」

少しだけ悪戯な笑みを浮かべる桐生くん。

「不知火もそんな感じでいいよな?」

「うん、それで異論はないよ」

「うしっ、それで決まりだな。他の係の方も決まったみたいだぞ」

黒板の方へ視線を向けるとどうやらそのようであった。

「おーとりあえず全員の係決まったから看板製作の三人も席に戻って来てくれ」

太田先生の言う通りに僕らはそれぞれの席へと戻っていく。

528高嶺の花と放課後 第8話:2018/06/29(金) 11:29:08 ID:bYnTMqNY

「ひとまず係の振り分けが終わったわけだが手の空いてる人は積極的に作業している人の手伝いをするようになー」

クラスメイトたちの先生のボランティア催促への不満は「えー」という二文字が表現していた。

「同じクラスメイトなんだから助け合いは大事だぞ。あまり文化祭まで残り時間もないし今日のホームルームはここまでにする。号令」

号令係の元、僕らは一連の動作を行う。

「「「ありがとうございました」」」

クラスメイト達が散り散りになる中で自然に僕ら看板製作係の三人は再び集まると、太田先生も僕らの元へと歩いてきた。

「看板製作はこの三人でよかったよな?」

「「はい」」

返事をしたのは僕と桐生くん。

「それでなんだがなぁ、看板の材料は用務員室にあるんだ。私はこれから会議だから手伝えないのだが大丈夫か?」

「大丈夫ですよ、俺たちで取ってくればいいんですよね?」

「ああ、ありがとう。ただ看板の板は少々重たいので気をつけること」

「了解です。そんじゃ不知火は俺と看板運ぼう。小岩井は持ち運べそうな小物を頼むよ。それでも運びきれなかったら何度かに分けて運ぼう」

「わかったよ〜」

「う、うん」

桐生くんはリーダーシップを発揮し滞りなく物事を運んでいっている。

これが桐生 大地。

僕の彼女に、高峰さんに本来ふさわしい器の男子生徒。

同じ男として劣等感と尊敬を感じざるを得ない。

いや、こうやっていつも惨めな気持ちになるのは僕の悪い癖だ。

僕は桐生くんになれやしないし、その逆も然り。

それを個性というのではないか、そう自分に言い聞かせる。

「後は三人ともよろしくな。あまり遅くならないように作業しなさい。それと怪我をしないようにな」

「「「はい」」」

太田先生はそう言い残すと少し忙しない足取りで教室を後にした。

「さてと、俺らも用務員室に行くかぁ」

「そうだね」

僕らも用務員室へ材料を受け取りに教室を後にしようとする。

「かなみぃ〜!」

「わ〜〜」

529高嶺の花と放課後 第8話:2018/06/29(金) 11:30:15 ID:bYnTMqNY

振り返ると小岩井さんを後ろから高峰さんが抱きついていた。

「ひどいよー奏美。私も看板係やりたかったのにぃ」

「そんなこといったってじゃんけんだから仕方がないよ〜〜」

「ずるい〜」

側から見ると女子生徒達のコミュニケーションといった感じであった。

だが一瞬、刹那とも呼べるその短い瞬間に高峰さんの両の眼は僕を捉える。

「『私たちの仲なんだから看板係を辞退して私と一緒の係になってくれたってよかったじゃん〜』」

普通の人が聞けばただの仲の良い友達へと向ける言葉に聞こえるだろう。

だが違う。

きっと今の台詞は僕に向けたものだ。

「え〜〜、辞退してもみんなが混乱するだけだよぉ〜」

「えー、そうかなぁ」

今度の高峰さんの両の眼は瞬間ではなくゆっくりと確実に僕らを、僕を捉える。

まるで蛇に睨まれた蛙。

「ねぇ二人ともそう思うよねぇ?」

「いやぁ小岩井はなんも悪かねぇだろ。恨むんだったらじゃんけんに勝てなかった自分を恨むんだなー」

「あーひどい!そんな言い方ないんじゃない桐生君?」

「だって事実じゃんか。な、不知火?」

「い、いやぁどうだろうね…」

僕に聞かないでくれ。

「ふぅん…。…看板係はこの三人なんだよね?」

「そうだけどそれがどうしたん?」

「だったらさ、私も看板係手伝うよ。どうしても看板製作やりたいのっ」

やっとここで彼女の目的に気がついた。

高峰さんは築こうとしているのだ、僕と彼女の『表』の関係を。

「いいけど高峰は自分の仕事とか大丈夫なのか?」

「私は結局接客係になったし当分は仕事とか練習とかないから大丈夫だよ」

「そっか、ならまぁお言葉に甘えようかな」

「華も手伝うんだ〜、わ〜い」

「じゃあよろしくね?奏美、桐生君…」

高峰さんは一人一人目を合わせ名を呼びそして最後に僕に目を合わせ

「…不知火君」

聞き慣れたはずなのに随分と久しく感じるその呼称を僕へと言い放った。

530高嶺の花と放課後 第8話:2018/06/29(金) 11:31:49 ID:bYnTMqNY

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「んーもう6時か。そろそろ切り上げるか」

用務員室から材料を受け取り2時間程作業を進めたところで桐生くんは作業の終了を切り出した。

「ほんとだ〜すっかり暗くなってるね〜」

「先生にも遅くなるなって言われてるし頃合だろ」

高峰さんが手伝いを申し出たその後、何人かの男子生徒も手伝いを申し出ていた。

しかし効率が悪くなるからと桐生くんはそれらを拒否した。

「とりあえず片付けられるものは片付けて板は後ろの方に置かせてもらおう」

「分かったよ」

僕ら四人は作業の後始末をこなしてゆき看板製作の初日を終えた。

「よしっ、とりあえずお疲れさん。明日もこんな感じで作業進めよう」

「は〜い」

「うん」

「はーい」

僕らが返事をすると桐生くんは気まずそうな表情を浮かべ一瞬言葉に詰まったような様子のあとそのまま続けた。

「それとだな、高峰。明日からは手伝わなくていいぞ」

「…え?」

「いや高峰が手伝ってると男子たちがこぞって手伝いを申し出てくるんだよ。看板製作ってそんな大人数でやるものじゃないし、かといって高峰だけ手伝うってのも不公平な話だろ?」

「そん…な、わたしはっ」

「なんと言おうとダメだ。これはクラスの男子たちのためでもあるからな」

ギリィ

歯軋りの音が僕らの鼓膜を揺らすとその後彼女はひったくるように自分の鞄を手に取り教室素早く出ていった。

「…まさか高峰があんなに怒るなんてな。思ってもみなかった」

「華どうしたんだろう〜」

桐生くんと小岩井さんは唖然とした表情を浮かべる。

突然、右ポケットに入っている携帯電話が震える。

送信者と要件を想像するのは難しくない。

「わたし後を追いかけてみるね〜。二人とも今日はお疲れさま〜」

「おうお疲れ様。高峰にあったら一言謝っておいてくれ」

「わかった〜。ばいば〜い」

小岩井さんも小走りで教室を後にした。

531高嶺の花と放課後 第8話:2018/06/29(金) 11:32:51 ID:bYnTMqNY

「ふぅ…。悪かったな不知火」

「え?」

「いや高峰を追い出すような形にしちゃったからな。好きなんだろ?高峰のこと」

「へ?いやっ、別に僕は!」

思ってもみなかったことを言われ僕の脳はぐるりと一回転する。

「ははは別に隠さなくてもいいって。というか作業中あれだけ高峰のこと見てたら誰でも気づくよ」

赤面する。

筒抜けになるほど高峰さんのことを見ていたという事実とその事実をまったく知り得ていたなかった自分の愚かさによる羞恥心で胸がいっぱいになる。

「応援してやりたい気持ちもあるけどよ、でもそれはフェアじゃないだろ。程度に差はあれあいつに想いを寄せている男子は大勢いるんだから」

「…たとえ彼女と一緒に作業していても僕はきっと一歩も踏み出すことはなかったと思うよ」

「そんなネガティヴになるなって。フェアじゃないなんてかっこつけて言ったけどさ、ようはあいつをめぐって喧嘩とか、いがみ合いとかそういうのをうちのクラスでして欲しくないってことさ」

「どういうことだい?」

「どういうこともなにも折角同じクラスになった仲間だなら皆んなが皆んなを大切に思える、そんなクラスで高校生を終えたいんだ。…綺麗事だよな」

桐生くんは少し恥ずかしそうに笑う。

どうやら立派なのは容姿や能力だけではなく、志もそのようだ。

「桐生くんは凄いや。本当によく周囲を見ているんだね。僕は自分自身だけで精一杯だ」

「いやいやそんな大層なことじゃねーって。ただクラスメイトが仲良しこよしして欲しいっていうただの我が儘だからな」

「ならそれは素晴らしい我が儘だね。…僕はそう思う」

「なんかそう言われると照れるな…。恥ずかしいから誰にもいうなよ?」

今度はどうやら彼に羞恥心を抱かせられたようだ。

先ほどの反撃できたような気がして小さな自分が大きく満たされる。

「言わないよ」

「おうさんきゅ。あとは戸締りなんだけどそういや施錠係って誰だっけ?」

僕はポケットから教室の鍵を取り出して桐生くんの前にかざした。

「僕だ」

「お、そうだったのか。じゃあこれで教室の戸締りはできるな」

「戸締りは僕がやっておくから桐生くんは先帰ってても大丈夫だよ」

「遠慮すんなって。別に手伝うくらい平気さ」

「遠慮なんかしてないさ。戸締りの他にも用事があるからね。少し時間がかかると思うから先に帰ってもらえた方が僕としては助かるんだ」

「あぁそういうことなら、…分かった。それじゃあ後はよろしく頼むな」

「うん」

「また明日な、不知火」

「お疲れ様、桐生くん」

彼は鞄を肩にかけると軽い足取りで教室を出ていき残されたのは僕一人となった。

静寂が教室を包むと途端に疲労が押し寄せてきた。

作業、慣れないコミュニケーション、それらが思っていた以上に僕には負担になっていたようだ。

要領の悪い自分に自嘲の笑いを浮かべながら自分の席へと座る。

532高嶺の花と放課後 第8話:2018/06/29(金) 11:34:16 ID:bYnTMqNY
そういえば、と先ほど震えた携帯電話の中身を確認する。

ーーーーーーーーー
差出人 高嶺 華
件名 なし
本文 教室に残ってて

ーーーーーーーーー

たったそれだけの文章だった。

それを確認し携帯電話を折りたたむと背後から突然誰かに抱きしめられる。

「遍…」

誰かに、なんて思ったが少し考えればそれが高嶺さん以外にありえることはないということに気がついた。

「華…小岩井さんが君のこと心配して追いかけていったよ」

「知ってる。でも今はあなたを感じる方が大切なの」

僕を抱き寄せる腕の力が徐々に強まってゆく。

「どうして?どうしてなの?私は遍とただ一緒にいたいだけなのに」

その時肩に伝わる湿った感覚が彼女が泣いているということを僕に教えた。

「ねぇ遍?わたしのこと…すき?」

「え?」

「わたしまだ一回も聞いてない、遍の気持ち」

僕の気持ち。

僕は彼女のことをどう思っているのだろうか。

確かに僕は彼女に恋がれていた。

じゃあ今は違うのかという質問に対しては僕はNOと答えるが一つ言えるのが彼女への気持ちが少し変化していることだ。

それはなぜなんだろう。

怒りを構わず友人たちにぶつける所を見たから?

違う。

僕の住所を尾行して割り出したことを言われたときか?

違う。

彼女に暴力的な告白をされたときから?

…多分もっと前、今ならわかる。

夏祭りの時の別人のような彼女を見てから僕はきっと彼女を慕う気持ち以外の気持ちが芽生え始めたんだ。

あまりに恋い焦がれたから僕はありもしない手前勝手な『高嶺の花』を想像し空想し妄想していた。

彼女だって人間だ、時には泣いたりもするし怒りもする。

理想を、虚像を勝手に作り上げ僕は本当の彼女のことを理解しようとしてなかったのではないだろうか。

僕を締め付ける腕の力が一層強まる。

「好きだよ」

「!」

「でも僕は華のこと全然分かってないみたいだ。だから少しずつでいい。知りたいんだ、華のこと」

これが僕の今の気持ち。

きっと混乱しているだけだ。

彼女ほど魅力的な女性はそうはいないしきっとそれほどの女性が僕なんかと恋仲になってくれることなんてもう一生ないだろう。

「…嬉しい。私も好き、愛してる」

ちゃんと彼女と向き合おう。

心の底から君を愛せるように。

533高嶺の花と放課後 第8話:2018/06/29(金) 11:34:54 ID:bYnTMqNY

ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー


「わぁ、小岩井さん絵上手だね」

「えへへ〜、そうでもないよ〜」


ねぇどうして?


「どれどれ?うお本当に上手いな!」


私は誰よりもあなたのことを求めているのに


「二人とも大げさだよ〜〜」

「不知火の書いた字も綺麗だしなんだかんだおれらの看板の完成度かなり上の方じゃないか?」

「ははは、僕の字はそんなに褒められるほどのものじゃあないと思うよ」


彼の字が綺麗なことくらい私はずっと前から知っている


「ううん〜、不知火くんは字綺麗だよ〜〜」

「…なんだか小岩井さんの気持ちが少しわかった気がするよ」


彼の瞳に私は映っていない


「なんだよ?小岩井の気持ちって」

「あんまり褒められるとなんだか気恥ずかしいってことさ」


その照れた表情も


「なんならもっと褒めてやろうか?」

「そろそろ勘弁願いたいかな…ははは」


その困ったような笑顔も私のものなのに


「二人とも〜おしゃべりはそこまでにして作業しようよ〜〜」

「ああ、ごめんごめん」


なんで私じゃない人に向けているの?


「そうだ!今日作業に使えそうな道具持ってきたんだった。ちょっと二人とも作業進めといてくれ」

「分かったよ」

「分かった〜」


なんで私はここまで我慢しなきゃいけないの?


「さてと、じゃあ絵のほうまたお願いするよ小岩井さん」

「まかせて〜」


ねぇ…


「じゃあ僕はもう少し修正できそうなところをやってみようかな」

「うんよろしくねぇ〜」


どの面下げてそこに、私の愛する人のそばにいるの


「あ!揺らさないでよ小岩井さん」

「あはは〜ごめんね〜〜」



…奏美?

534高嶺の花と放課後 第8話:2018/06/29(金) 11:42:04 ID:bYnTMqNY
以上で投下終了します。なんとか6月中に投下できてよかったです。9話は何も手をつけてないのでまたしばらく時間が空くと思います。ではまた

535雌豚のにおい@774人目:2018/06/29(金) 16:05:57 ID:fYIMChao
お疲れさまです
今回も面白かったです
楽しみに待ってます!!

536雌豚のにおい@774人目:2018/06/30(土) 11:16:36 ID:bH8lxD0Y
乙です! 凄く面白い展開になってきてる
更新が楽しみです

537雌豚のにおい@774人目:2018/07/01(日) 01:46:16 ID:pgb5fiNU
嫉妬はヤンデレの醍醐味だよね
小岩井さんがあまり傷めつけられないことを祈る

538 ◆lSx6T.AFVo:2018/08/13(月) 19:24:58 ID:6gtm5gpM
テスト

539彼女にNOを言わせる方法:2018/08/13(月) 19:29:49 ID:6gtm5gpM
 目的もなく、炎天下の中を歩くのは阿呆のすることだ。
 子どもは外で遊びましょう! と喧伝する社会が一時的にメガホンを下げる季節に、難破船のように漂っている僕は間違いなく阿呆だし、ましてやオールがあるのに手に取ろうとさえしないのは擁護のしようがない。
 誰かが打ち水でもしたのだろう、コンクリートの道路は黒く濡れてテラテラと光っている。しかし、暑さ対策のための打ち水はかえって湿気が増す結果となり、涼しさより暑さに与する結果となった。
 いつもバウバウ吠えてくる、山本さん家のジョン(ゴールデンレトリバー♂)も夏バテのせいか、舌をベロンと出し、出勤前の父さんのような濁った瞳で明後日の方向を見ていた。室外犬と室内犬の格差に想いを馳せながら、いつもおっかなびっくり通る山本さん家の前を堂々と通り過ぎる。
「今年は例年以上の暑さです」
 今朝のニュースでは、そう言っていたっけ。でも、あの手のうたい文句って毎年言っている気がする。仮に一年で一℃上がっているとしたら二十年後には二十℃上がることになり、日本の夏の平均気温は五十℃近くになる。そしたら日本がチョコレートみたいにドロドロに溶け落ちるだろう。街路樹も、道路も、信号機も、家の塀も、無論、僕も。ドロドロと、チョコレートみたいに、ドロドロと……。
「だみだ……」
 暑さのせいで突飛な想像しかできなくなっている。ただでさえ空っぽな頭なのに、なけなしの知性にさえ見放されてしまったら何が残る。今の僕の頭を叩いたら木魚みたいな音が鳴るだろう。
 暑さでふらりと身体が傾き、支えを求めた右手が、白いガードレールに触れる。
「ギャッ!」
 真夏のトラップの一つ、卵焼きが焼けそうなほど熱せられたガードレールにまんまと引っかかってしまった。僕は右手に息を吹きかけながら、痛みと熱さを誤魔化すためにぐるぐるとその場を回った。
 こういう不意打ちじみた不幸は、あらゆる意欲を削いでいく。僕はしゃがみ込み、地面に向かって鬱積の息を吐く。
「ハァ……」
 何をやっているんだ僕は。
 太陽が、ジリジリと剥き出しの首元を焼く。熱射というストローが脳天に刺さり、体中の水分を吸い取っていく。
 熱中症で亡くなる人は、存外多いと聞く。そのことを考えると、今の状況はゆるやかな自殺と言っても差し支えはない。
 なら、なぜ僕は死のうとしているのか。こうして虚しさと格闘している時でさえ、日陰を選ぼうとしないで、真っ白な熱地帯を選ぶのはなぜなのか。
 わからない。
 わかっているけど、わからなかった。
「今日は、一日中甲子園を見る予定だったのにな……」
 股の下をアリの隊列が這っている。虫の死骸をどこかへ運んでいた。僕は顎から滴り落ちる汗を落として、アリどもを混乱に陥れた。八つ当たりをするにはあまりに矮小な対象で、かえって自分の小ささを強く自覚する結果となったが、それでも僕は汗を落とした。

540彼女にNOを言わせる方法:2018/08/13(月) 19:32:35 ID:6gtm5gpM
「アンタ、Aちゃんと何かあったの?」
 僕が地獄の業火へ歩みだす前の、夏の朝方。リビングで光る汗を振りまく高校球児たちを見ていると、母さんが唐突にそんなことを訊いてきた。
 テレビ画面ではちょうど、えぐるような内角のストレートにのけぞる打者がアップで映し出されていた。気分としては、僕もほとんど彼と変わらなかった。
「別に」
 そっけなく返事をしてから、失敗したなと後悔する。これでは、ほとんど何かあったと言ってるようなものではないか。もっと僕らしく、おちゃらけた感じで対応すればよかったのに。近すぎる距離ゆえに、かえって裏目に出てしまった。
 舌打ちしたい気持ちをこらえて、試合中継に集中する。でも、母さんの一言がノイズとなって、内容が全く頭に入ってこない。以前から注目していた投手が、一五〇キロを連発して球場は大盛りあがりだというのに、僕の心は冷蔵庫に入れられたみたいに、徐々に熱を奪われていく。
「何があったのかは知らないけれど、さっさと謝っちゃいなさいよ。どうせ、百パーセント○○が悪いんだから」
 事の顛末なんてちっとも知らないくせに、最初から僕を悪者扱いするのはどうなのか。僕への信頼感がなさすぎる。というよりも、Aへの信頼感が強すぎる。彼女が誤りを犯すはずがないという、城塞のような信頼感をひしと感じる。
 そして、悔しいことに全く母さんの言う通りだった。
 わかりきっていることを改めて指摘されるほど腹の立つことはない。僕は華々しい奪三振ショーを繰り広げるテレビ画面を黒くして、乱暴にリビングを出る。
「ちょっと、出かけてくる」
 足を鳴らしながら階段をのぼり、二階の自室から帽子を取ってきて、玄関で靴を履いていると、母さんがリビングから出てきて、さらに一言付け加えた。
「Aちゃんは優しい子だから、アンタが謝らなくてもきっと許してくれるでしょう。でも、それに甘えちゃダメよ」
 叱るようにではなく、淡々と言っているのは、なるべく子どもの領域には踏み込まないという母さんの心遣いだろう。ありがたい配慮だが、子どもの内面を知り尽くしている親への、ぬめりとした気持ち悪さを感じて、殊更乱暴に外へ出た。
 ドアを閉めると、熱気と湿気が社交ダンスをしながら僕の元へやってきた。一緒に楽しく踊りましょう、てな具合にくるくる回転している。ディス・イズ・猛暑日。今日も日本は暑かった。
 そのまま回れ右したい気持ちに駆られたが、暑さという点では家の中もさして変わらなかった。クーラー選手との再契約はまだまだ先みたいだし、それに飛び出してばかりでノコノコ戻るのは体裁が悪い。家出少年がその日のうちに帰宅するような情けなさといいますか……。
 行くか、戻るか。その逡巡が足元に出てしまい、不本意ながらダンスのステップを踏んでいるみたいになってしまった。羞恥を足の裏に張り付けて、我が家の敷居を抜け出す。
 道路に出て、そのままあてのない旅路に出ようとする直前、ちらりと隣の家を見る。
 が、錆びたネジのように中々首が動かなかったので、ぎこちなく足を動かして正面に見据えた。

541彼女にNOを言わせる方法:2018/08/13(月) 19:33:15 ID:6gtm5gpM
 僕の家よりも、一回り大きくて、一世代新しい家。人の気配はなかった。車もなかった。雨戸は閉ざされていなかったが、カーテンはピッタリと閉ざされていた。
 長く家を空けているのは明白だった。今なら空き巣入り放題だな、なんて思う。なんなら僕が入ってやろうか。クーラーを盗み取り、我が家に冷房の恩恵を取り戻すのだ。
「はっは……」
 浮き輪の栓を抜いたような、気の抜けた笑いが漏れ出る。あまりに僕っぽくない笑い方だったので、腰に手を当てて、さらに大きく笑ってみる。
「わっはっは」
 かえって虚しさが増したのは言うまでもない。苦々しく口元を歪め、路辺の小石を蹴り上げながら、灼熱の道を独歩する。
 現在、A一家はヨーロッパへ旅行に行っていた。期間は二週間。複数の国を周遊する予定らしい。
 出発は、ちょうど『あの日』の翌日だった。いつもなら、ご丁寧に出発の挨拶をしてくるであろうAが、何も言わずに出発していった。その事実が、結構こたえていた。
 出発の日を思い出す。
 僕はじっと自室のベッドに伏せて、索敵するかのように首を振る扇風機を凝視し、じんわりと発汗していくのを肌に感じながら、階下の電話が鳴るのを待っていた。
「お土産のリクエスト、訊くの忘れちゃってたよ」
 なんて、朗らかな声を電話越しに聞くのを期待していた。
 朝に開けておくのを忘れていた黄色いカーテンが、時折、思い出したように風に膨らみ、日の光が頬のあたりを照らすのを感じながら、階下の電話が鳴るのを待っていた。
 しかし、電話は鳴らなかった。
 そして一日、二日と経つが、未だに静寂は続いてる。
 母さんは、まるで僕とAがケンカしているかの如く言っていたが、断じて違う。そもそも、彼女とケンカをするなんて不可能なのだ。
 ケンカというのはつまるところ、意見の相違から始まる。
 たとえば本日の昼食を決める際に、一方が「カレーを食べたい」と主張し、もう一方が「ラーメンを食べたい」と主張したとする。そして、どちらかが妥協しなければ対立関係が生じ、いわゆるケンカに発展する。
 けれども、僕と彼女が対立関係になったことは一度もなかった。ただの一度も、だ。
 無論、意見が食い違ったことはある。なんせ品行方正の超優等生の少女と、要注意人物のレッテルが貼られた悪ガキの組み合わせだ。それも当然のことだろう。
 根っからの善人のAは、僕の目に余る非行を度々たしなめた。非常にもってまわった言い方で、「〜しろ」という命令形ではなく「〜したほうがいいと思う」という提案の形で、なんとか正しい方向に誘導しようとした。
 それを聞き入れることもあれば、撥ねつけることもあった。そして撥ねつけた場合、折れるのは必ず彼女だった。つまり、最終的には必ず「YES」が約束された八百長試合みたいなもので、これでは対立するわけがない。
『Aとケンカしている状態を想像してみよ』
 という問は、
『四角い円を想像してみよ』
 というくらい難題なのだ。

542彼女にNOを言わせる方法:2018/08/13(月) 19:33:54 ID:6gtm5gpM
 では、ケンカでないとしたら、今の状態はなんなのか。
 こんな風に、じわじわと喉元を締め上げられるような、息苦しい関係性になったことは過去になかった。参照すべき事例がないため、僕はどう動くべきなのかわからず、スリープ状態のPCよろしく待機するばかりだった。
 解決するためには、あの日の出来事は何を意味するのかを、しっかりと考えなければならないのだろう。そして多分、やろうと思えば、その正体を突き止めることは可能だった。
 でも、できなかった。正直、恐かった。
 バラエティ番組でよく見られる、何が入っているのかわからない箱に手を突っ込むような恐怖感があった。もしかしたら、その中には大量のムカデが這っているのかもしれない。そう考えただけで、躊躇してしまう。そんな向こう見ずな勇気は、僕の中にはなかった。
 けど、これでは互いの溝は深まるばかりだ。なんとかしなくてはいけない。が、なんとかする方法がわからない。時間は粛々と時計の針を進め、夏はさらに勢いを増していく。
 そして、何より――僕はまだ自分に嘘をついている。最も本質的な問題から目を逸らしている。けれど、自分から動こうとはせず、何か超越的な力で万事が解決することを望んでしまっている。奇跡ってやつが偶然ポケットの中に入り込むような、天から神様がやってきて「えいっ」と指を振って万事解決するような。
 そんなこと、有り得ないというのに。

 そして真夏の路上に戻る。
 アリの隊列は既に去り、道路に残っていた汗の黒い斑点も蒸発してしまった。
 暑さ対策にかぶっていた野球帽を脱ぎ、髪に溜まった水分をワイパーみたいに手で跳ね除ける。体感、一リットル分の汗はかいた。でも飲み物はない。自動販売機を頼るにも小銭がない。ゲームオーバー。残機ゼロ。
「……うん」
 決めた。
 やっぱり帰ろう。
 今更、体裁の悪さなんか気にするもんか。どうせ、僕にはプライドらしいプライドなんてない。母さんの白い目に耐えながら観戦する甲子園も悪くないだろう。今の僕に必要なのは心の糧よりも身体の糧だ。
「うっし」
 さあ帰ろうと立ち上がった時だった。
「ん?」
 遠くの路地に、何かがいる。棒のようにひょろ長く、それでいて奇妙に揺れている、メトロノームを思わせる物体だった。
 目を細める。
 最初は陽炎か蜃気楼かと思ったが、それにしてはシルエットがハッキリとしている。それに、ユラユラと左右に揺れる姿にはどこか見覚えがあるような……。
 好奇心が鎌首をもたげ、UMAを見つけた探検隊のような慎重さでそろそろと近づいていくと、
「やあやあ、キミは僕のクラスで一番頭が良くて、委員長も務めている近藤くんではないか」
「……いきなり現れるなり、どうして説明口調なんですか」
 我が級友である近藤くんは、心底げんなりとした声と共に僕を睨んだ。歓迎感はゼロだった。ここが京都ならお茶漬けを出されているだろう。

543彼女にNOを言わせる方法:2018/08/13(月) 19:34:14 ID:6gtm5gpM
「しょっぱい対応をしないでおくれよ。僕と近藤くんの仲じゃないか」
「いや、ぼ……ゴホン。おれたち、別に仲良くないでしょう」
「何を言いますか。夏休みに近藤くんと会えるだなんて、給食にアセロラミルクが出てくるくらい嬉しいよ」
「アセロラミルクって……それは、うーん」
 思いのほか嬉しさのレベルが高かったせいか、リアクションに困っていた。紙スプーン負けするほどカチカチに冷えたアセロラミルクが給食に出てきたら、そりゃ誰だって嬉しい。
「会うのは終業式以来だけど、元気にしてた?」
「少なくとも、今は元気じゃありませんね……暑さにはだいぶ弱いものでして……」
 そう言いながら、ハンカチで額を拭う。同年代だとは思えない堂の入った仕草だったが、実際は老け込んだ印象の方が強く残った。なんていうか、疲れたサラリーマンっぽい。気苦労が多いのかしら。
「気苦労なら現在進行形で増えていますけどね」
 まあ、この暑さだ。気苦労が増えるのも無理ないだろう。うん。
 こうやって親し気に話しかけている間も歩みは止まらず、彼はフラフラと前へ進んでいく。
 僕は横にピッタリと並んで帯同し、
「近藤くんは一体全体どこへ向かっているんだい? もしかしてラジオ体操の帰り?」
「ラジオ体操の時間はとっくに過ぎてますよ」
 その口ぶりからすると、毎朝参加しているらしい。さすが優等生。
「今は、学校に向かっているんです」
「学校?」
「はい」
 ……嗚呼、クラス一の秀才も酷暑でおかしくなってしまったらしい。
「近藤くん……夏休みに学校はやっていないよ」
「は?」
 半ギレだった。
「わかっていますよ、ぼ……ゴホン。おれはキミと違ってバカじゃないですから」
 本当に残念な生き物を見るかのような冷めた目で僕を見る。すごいな、出会ってまだほんのちょっとしか経っていないのに評価がどんどん下げられていく。このままだと終業式の時に渡された通信簿以下になりそうだ。
 たしかに、彼が背負っているのは黒のランドセルではなくてカジュアルなリュックだった。
「なら、ウサギ小屋の様子でも見に行くのかい? 近藤くんって、生き物係だったっけ」
「いえ、夏期講習に行くんです」
「かきこーしゅー?」
 夏期講習。僕にとっては異国の言葉並みに馴染みのない単語だが、その意味くらいは辛うじて知っている。しかし、学校という場所とうまく結びつかなかった。普通、夏期講習っていえば学習塾なんじゃないの?

544彼女にNOを言わせる方法:2018/08/13(月) 19:36:24 ID:6gtm5gpM
「○○くんの言うことにも一理ありますがね」
 汗でずれたメガネの位置を調整しながら、彼は説明を始めた。
 近年、学生の教育格差は著しく拡大している。
 何も難しい話でなく、単純に教育にはおカネがかかるからだ。財布に余裕がない家庭は言うまでもなく、余裕がある家庭であっても親の教育方針によっては行けない場合がある。「勉強なんて家でやればいいでしょ」の一言で学習塾への道は閉ざされ、自律的な子どもでない限り成績は下降していき、両者の差は広がっていく。
 だが、この際に無視されている存在がある。そう、学校だ。
 れっきとした教育機関であるのに、そのクオリティに期待する者は極めて少ない。学校はあくまで集団生活の基礎を学ぶところ、もしくは友達をつくって遊ぶところであり、それが世間から下されている評価だ。まさか学校の授業だけでお受験に成功すると考えている人は、生徒も含め一人もいないだろう。中には学習塾の授業を優先して学校を休むリアリストもいるらしい。
 しかし、その現状に「待たれい!」と声を上げる若手教師がいた。
 たしかに、お坊ちゃんお嬢さまが通うような有名私立校と比べると、公立校の授業は質が低いかもしれない。けれど、授業の質が教師の質の低さを意味するわけではない。見ておれ私立の衆、公立校の意地を見せてやる!
 ってな経緯で、夏休みに自主的に夏期講習を開いたのだという。
 いやぁ、暑い。じゃなくて熱いね。今時、珍しい熱血教師だ。
「せっかくの夏休みだってのに、奇怪な先生もいたもんだね。大人しく自宅で休んでいればいいものを。僕だったら休日に働くだなんて、絶対にしないなぁ」
「何を言っているんですか。夏休みであっても、先生たちは学校に来て仕事をしていますよ」
「え? ほんと? だって何やってるの。授業はないじゃないか」
「それは……詳しくは知りませんが、きっと色々と雑務があるのでしょう」
 物知りの近藤くんでも知らないみたいだった。春休み、夏休み、冬休み、長期休暇の間、先生たちは何をしているのか。生徒にとっては永遠の謎である。
 答えられなかったのを恥と捉えたのか、彼はわざとらしく七三の髪をかきあげ、夏期講習に話を戻す。
「もちろん、学習塾に比べるとクオリティは落ちますがね。人の手も全然足りていませんし、テキストだって十分じゃない。でも、先生も丁寧に教えてくれますし、なにより一円だっておカネをとらない。参加者からはなかなか好評ですよ」
 わざわざ自分の時間を削ってまで開講しているのだ。やる気なら満ち溢れているだろう。勉強というのは本人の意欲が最も重要だが、教える側の意欲もそれに次いで重要である。
 いつの間にか、足を止めていたらしい。近藤くんは歩くスピードを落として、怪訝そうに後ろを見る。
 ちょうど、僕たちの横を白い乗用車が通り過ぎた。排気ガスのにおいを残して消えていく、金属の塊をぼんやりと眺め、呟く。

545彼女にNOを言わせる方法:2018/08/13(月) 19:36:46 ID:6gtm5gpM
「僕も行こうかな夏期講習」
「え」
「え」
「今、なんて……」
「いや、だから僕も夏期講習に行こうかなって……」
「…………」
 近藤くんの足が完全に止まった。横に流していた前髪はすっかりと垂れ、彼の眉毛を覆っていた。その眉が、滑らかな動きで上下に揺れ動き、その下の瞳は大げさなほど見開かれている。
「……○○くん、ちょっとついてきてもらえますか」
「あ、え、ちょっとっ」
 グイっと力強く僕の手を引き、近くの公園にまで連れていった。そして東屋で僕を寝かせると「ちょっと待っていてください」と離れ、水で濡らしたハンカチを持ってきた。
「首のつけ根に当てるように。あと、これを飲んでください。麦茶です。本当ならスポーツドリンクの方がいいんですが」
「……近藤くん。僕、別に熱中症じゃないよ。めちゃくちゃ元気だよ」
「いけないな。意識が朦朧しているみたいですね。救急車を呼ばないとダメかもしれません」
「おい、近藤」
 その四角い銀フレームのメガネをへし折ってやろうか。
 僕は上半身を上げ、差し出された麦茶を奪い取り、ぐいと飲み干す。
「別にいいだろう。夏期講習に行ったって。こちとらやることなくてヒマなんじゃい!」
「ですが……あの○○くんが……知能指数が銀行の金利並みにしかない○○くんが……念のためもう一度訊きますが、正気ですか?」
 もちろん、僕は正気じゃなかった。血迷っていなきゃ、せっかくの夏休みを勉学に費やすなんて無益な真似をするわけがない。
 ――けれど、『あの日』からずっと苛まれている、吐瀉物が喉元までせり上がって、常時そこに留まっているような不快感をどうにかするには、毒でも煽らなきゃならんだろう。つまりは気付け薬。ショック療法だ。
 でも、そんな弱音は口が裂けても言えないから、
「劣等生がやる気を出すのは、ドラマなんかじゃ王道のストーリーだろう」
 冗談のオブラートに包むことにする。
 近藤くんは納得いかない様子で腕を組んでいたが、呆れたようにため息を吐いて、僕の手の水筒の蓋を回収する。
「いつかはかき消えるロウソクの炎のようなやる気ではありますが、それでもやる気であることに変わりはありません。まあ、応援しますよ」
「こ、近藤くん……」
 一瞬、感動しかけるけど、これ遠まわしに僕ディスられてない? おかしいな。優等生というのは劣等生がやる気を出すと喜ぶものではないのか。スクールでウォーズするものではないのか。
「優等生は劣等生を嫌うものですよ。努力しない人たちを、どうやって好けばいいんですか」
 あくまで近藤くんはドライだった。
 クラス委員長とは思えない博愛精神の欠如っぷりだったが、この蒸し暑い季節には、そのくらいのドライさがちょうどいいのかもしれない。
 なんちって。

546彼女にNOを言わせる方法:2018/08/13(月) 19:37:07 ID:6gtm5gpM
 一旦、家に帰ることも考えたが、母さんとの冷戦じみたやり取りを思い返すと、どうにも気が進まなかったので、このままついていくことにした。筆記用具については貸してもらえばいいだろう。
 それから五分ほど歩くとスクールゾーンの路面標示が見えてきて、さらに三分ほど歩くと交通安全の標語が書かれた看板と、経年劣化が著しい校門が見えた。
 夏休みの学校は、まるで違う建物に見えた。慣れ親しんでいるはずのものが全く違う様相を示す様は、録音した自分の声を聞いた時のようだった。
 考えてみると、活気のない学校というのは妙ちきりんだ。グラウンドが賑わう体育や昼休みの時間は言うに及ばず、全てのクラスが教室に収まって粛々と授業を進めている時間であっても、ヤカンの蓋がカタカタと震えるような妙な騒がしさがあるものだ。
 が、今は何の音もしない。駐車場に先生たちの車が停められていなきゃ、無人だと思ったかもしれない。
 校門を跨ぐのに、抵抗があった。他のクラスに入る時の抵抗を、十倍強くした感じ。「あなたは余所者?」と校舎から問いかけられているようだった。
 近藤くんは僕の躊躇にも気付かぬ様子でさっさと進んでいく。二の足を踏んでいる暇はなかった。置いてかれないように、慌てて横に並ぶ。
「ねぇ、本当に中に入っても大丈夫なのかな。怒られないかな」
 と、あわや訊ねそうになったほどだ。もし本当に訊いていたら、鼻で笑われていただろう。あぶねー。
 昇降口は閉まっているというので、教職員用の入口から中にはいる。赤い絨毯が目に眩しく、靴をほっぽり出すと、フミフミと踏んで感触を楽しんだ。
「あ」
 そこで気づいたのだが、上履きは終業式の日に持って帰っていた。
「どうしよう」
 お隣さんに意見を仰ぐと、
「あれを使えばいいんじゃないですか」
 と、来客用の茶色いスリッパを指差す。
「あれって、生徒が使っていいの」
「さあ。文句を言われたら、事情を説明すればいいでしょう」
 どうでもよさそうな顔つきで、リュックの中から上履きを取り出している。
 ……この野郎。他人事だと思いやがって。もし先生に怒られたら全ての罪を近藤くんになすりつけようと決めた。近藤くんが履いていいって言うから履きましたー。僕は悪くありませんー。
 夏期講習は二階の教室で行われているとのことなので、近藤くんを先頭に二人で廊下を進む。
 履き慣れないスリッパは、上履きに比べるとクッション性に乏しく、直に廊下に触れている感じがした。

547彼女にNOを言わせる方法:2018/08/13(月) 19:37:29 ID:6gtm5gpM
「おっと」
 道中、何度か脱げそうになり転びかけた。いつも履いている上履きだって、踵を潰して履いているからこのスリッパとそう変わらないのに、履きやすさは天と地の差だった。なんでだろう。不思議だ。
 階段を登ると、遠くからワイワイと騒ぎ声がしてきた。ようやく見いだした普段の学校らしい要素に、少しだけホッとする。通ってきたのが空っぽの教室ばかりだったから猶更だった。
「あそこです」
 近藤くんの指差す先には『4ー2』の札があった。夏期講習を企画した熱血教師が受け持つ教室とのこと。
 近藤くんは背中からリュックを下しながら、四年二組の教室のドアを横に引く。
 ドア付近にはちょうど下級生とおぼしき生徒が近くで二人歓談していて、近藤くんの姿を認めると、
「おはようございます!」
 大きな声で元気よく挨拶した。ほう、中々礼儀ってものをわかっているじゃないか。
「はい、おはようございます」
 と、近藤くんが、ついぞ僕には見せなかった爽やかな笑顔で挨拶を返した。あら、そんな顔もできるのね。その爽やかさをもうちょっとだけ僕にも割り当てて欲しかったなぁ……。
 と、二人の生徒は背後にいる僕に気付くと、困惑した顔をして、助けを求めるように近藤くんを見た。
「挨拶は必要ないですよ。明日にはいなくなってるでしょうから」
 ぐぬぬ、ナチュラルに毒吐くな……まあ、事実だから言い返せないが。この気まぐれが明日には消えてなくなっていることは、僕も想定済みだった。
 教室には十五名ほどの生徒がいた。学年はバラバラで統一感がない。一番前の席にいる最下級生とおぼしき子は、明らかに高すぎるイスに座っていて足をブラブラさせている。僕たち子どもの数年間は案外大きいんだなと再確認する。
 これから追加で増えるのかもしれないが、思っていたよりずっと小規模だった。どれほど宣伝していたのかは知らないが、なにも夏休みに勉強したくないのは僕だけじゃないみたいだ。
「席は自由に座ってくれて構いませんが、なるべく黒板近くでお願いしますよ。あまり離れた席に座られると、授業の効率が悪くなるので」
 わかったよ、と返事をしようと開けた口が――固まった。
 ざっと教室内を確認していた眼球が、ある色を捉えたからだ。
「……○○くん? どうしました? あんぐり口を開けて。阿呆っぽく見えるから止めた方がいいですよ」
 近藤くんの言葉は、すでに耳に入っていなかった。
 僕の視界は急に狭くなり、教室の隅、窓際後方の席に集中された。
 ――銀色だった。
 夏風に揺れるカーテンから、断続的に一条の光が差し込み、キラキラと冗談みたいに煌めく銀色があった。顔は窓の外に向けられているので、表情は伺えない。けれど、僕があの銀色を見間違えるはずがない。
 どうして、ここに。
 止まっていた心臓が動き出し、新鮮な血液が送り出されていくのがわかった。それで気付いた。僕は、今まで死んでいたのだと。そして今、生き返ったのだと。
『あの日』からずっと抱え込んできた憂いや悩みが、全て溶けだしていくのを感じる。そして、最後に残るのは、赤くて熱い、純粋な感情。
「○○くん?」
 いよいよ心配しだした近藤くんが、長い身体を折り曲げて僕の顔を覗き込む。視界の銀色が遮られたおかげで、手放しかけていた正気を取り戻す。
 開けっ放しの口を、ワニのように勢いよく閉じて、緩まないように噛み締める。
 はやる気持ちを必死で抑え込みながら、僕は近藤くんに向かって笑いかけ、平静を装って返答した。
「何を言っているんだ、近藤くん。僕は明日からも参加するつもりだぜ」

548 ◆lSx6T.AFVo:2018/08/13(月) 19:42:24 ID:6gtm5gpM
第三話、投下終了です。
保管庫凍結に伴い『彼女にNOと言わせる方法』は『小説家になろう』にて保管しております。作者名は『丸木堂左土』です。そちらの方もご覧になってくれると大変嬉しく存じます。
それでは失礼します。また、よろしくお願いいたします。

549雌豚のにおい@774人目:2018/09/07(金) 01:30:24 ID:0x8h/Vxk
>>548

もう一個の方も楽しみにしてますよ
早くヤンデレ妹出てきて欲しくてうずうずしてる

550雌豚のにおい@774人目:2018/10/09(火) 08:45:59 ID:ZBYMbj.k
最近過疎気味だなぁ

551雌豚のにおい@774人目:2018/10/10(水) 05:49:35 ID:Os2h4ZJk
常々思ってる疑問が
ヤンデレ作品って、たいていヒロイン側が誘惑や懇願、監禁、脅迫、投薬、策略などを用いて男と肉体関係を結ぶという展開が多い

でももし男側がヒロインに興味がなくて、どんな手段を講じたところで一切勃たなかった場合、どんな展開になるんだろう?

552雌豚のにおい@774人目:2018/10/10(水) 12:32:25 ID:vbl7ws32
本人から一旦手を引いて盗撮盗聴近辺への引っ越しで見守ってるよ系にシフトするってのがふと思い浮かんだ
僅かな痕跡を結びあわせて主人公が気づく、その反応にヒロインはやっと反応してくれたと喜んで突撃して惨劇になって欲しいという個人的な願望

553雌豚のにおい@774人目:2018/10/11(木) 00:12:22 ID:n3toFzC2
>>551
ここの保管庫にそういう作品は実際あったぞ
作品名は伏せるが

554雌豚のにおい@774人目:2018/11/10(土) 16:11:21 ID:kliQu1a6
高校時代の夢を見た
伊藤静みたいな声で長い髪の美少女がいて、その子は学年で一番可愛かった
ある日、その子に屋上に呼び出されて告白されたんだけど
「ゴメン俺人付き合い苦手なんだ」
と言って断ったら、その日から女の子はストーカーになって
クラスで仲良くしてた女子たちが次々と行方不明になったり、小さい頃から世話になってた従姉のお姉ちゃんが不慮の事故で死んだり
ストーカーちゃんのせいで自分の周りの人たちが一人また一人と消えていって、最終的に地球には俺とストーカーちゃんの二人だけしか残らなくなって
二人で盗んだマウンテンバイクに乗ってすっかり荒れ果てた道路を走りつつ、腹が減ったら無人のスーパーで缶詰めを漁り
おしっこや精子を出したくなったらストーカーちゃんをオナホみたいに使って排泄し、眠くなったらそこらの民家でベッドを無断拝借し
そんな感じで日本中を旅する夢を見た

あ、ちなみに犬吠岬のあたりで起きました
空は夕焼けに染まってて、人足途絶えた本州最東端の灯台はすっかりうらさびれたようにぽつんと佇んでた
灯台のそばには展望館があって、中には市役所の待合室みたいに素っ気ないホールがあって
今夜はここで寝ようかって言ったらストーカーちゃんはウンって頷いて、鍋に海水を入れてレトルトカレーを突っ込んでキャンプ用のバーナーで温っため始めた
「寒いな」「うん、11月だからね」
「誰もいないな」「うん、私がみんな殺したからね」
「眠くなってきた俺」「まだカレーできてないよ」
「でも眠い」「そっか。じゃあこっちおいで」
ってなって、一緒に毛布をかぶりながらストーカーちゃんの膝枕で横になったら目が覚めた

555雌豚のにおい@774人目:2019/01/12(土) 16:25:50 ID:69ugTcAM
あけおめ

556雌豚のにおい@774人目:2019/02/03(日) 13:59:55 ID:3FoByxQ.
wikiがいつのまにか更新されてるんだが

557雌豚のにおい@774人目:2019/02/03(日) 22:35:46 ID:4qybuBDY
本当だ
復活か?

558雌豚のにおい@774人目:2019/02/05(火) 20:47:41 ID:LV2B/2v.
管理者さんがTwitterで要望ある?って言ってwiki更新してって頼んだの。単発だろうけど管理者さんの気持ちだよ。素直に喜んどこう。

559雌豚のにおい@774人目:2019/03/09(土) 03:31:49 ID:MtiKQBCc
また過疎ってるなぁ

560雌豚のにおい@774人目:2019/03/09(土) 19:17:52 ID:Dq4nadNI
これまでのヤンデレ作品は、安直にナイフを振りかざして主人公やライバルヒロインを刺すような作品が多過ぎた
これからは武器の使用や戦闘をしない作品に出てきて欲しい
ライバルを脅迫や嫌がらせで舞台から蹴落とし、主人公を徐々に外堀から埋めて、いつの間にかヒロインの座に座ってるようなヒロインがいい

561雌豚のにおい@774人目:2019/03/13(水) 02:42:17 ID:iFTNcjeo
>>560
ある意味ときメモ4の都子やな

562雌豚のにおい@774人目:2019/03/22(金) 06:25:33 ID:kI/MIGdQ
この間、久々に服屋さんに行った
そこで改めて自分のファッションセンスの無さを思い知った

こういう時、自分のことを好いてくれてるヤンデレの女の子がいたら
センスの良い服をチョイスしてくれるだろうなあ、と思いました

563雌豚のにおい@774人目:2019/04/11(木) 02:34:25 ID:akpM4aoY
令和になってもここは過疎か

564雌豚のにおい@774人目:2019/04/24(水) 13:59:27 ID:byJ71imc
まだなってねえよ

565雌豚のにおい@774人目:2019/04/30(火) 09:00:00 ID:dzzuHPqA
有言実行というか自分に制約を課すためにひとこと。平成が終わる前に「高嶺の花と放課後」9話投下します

566雌豚のにおい@774人目:2019/05/01(水) 00:44:19 ID:IbSBsqwI
>>565
全裸待機でカゼ引きそうだぜ!

567雌豚のにおい@774人目:2019/05/01(水) 20:44:47 ID:AhFWEESE
申し訳ないです、思ってたより忙しく作業が捗りませんでした。平成のうちに投下できませんでしたが令和初の投下できるよう鋭意執筆中です。しばしお待ちを

568雌豚のにおい@774人目:2019/05/08(水) 00:24:48 ID:gUcE0e3c
応援しています

569 ◆Mw9cKmAG9k:2019/06/02(日) 20:49:25 ID:Tydw7VIs
テスト

570 ◆lSx6T.AFVo:2019/06/02(日) 20:49:50 ID:Tydw7VIs
テスト

571 ◆lSx6T.AFVo:2019/06/02(日) 20:50:27 ID:Tydw7VIs
お久しぶりです。
『彼女にNOと言わせる方法』第四話を投稿します。

572『彼女にNOと言わせる方法』:2019/06/02(日) 20:51:10 ID:Tydw7VIs
 黒い衣服を身に纏った彼女は、椅子をわずかに窓の方へ向け、姿勢よく座っていた。視線と意識は窓の向こうにあるようで、教室内のささやかな喧噪には反応を示していない。
 何を見ているのか気になって、彼女の背中越しに外の景色を見る。
 けれど、そこにはのんびりとした速さで流れる入道雲以外には何もなく、スロー再生の映像みたいに変化に乏しい光景だった。変化の激しい車窓からの眺めならまだしも、特別面白みのない学校のグラウンドに意識を向ける意味はあるのかしらん。
 それとも――ヒトのいる教室よりかは、ノロマな自然の機微のがまだマシとでもいうのか。
 仮に僕の想像が当たっていたとしたら、それは随分とさみしい考えだった。まあ、らしいっちゃらしいのだけど、たまには人情の良さを知るべきじゃないかね。
 やれやれ。では、この愛の伝道者たる僕が、人間の素晴らしさというものを教授してやるとしますか。
 ニヤケる頬を指で揉みつつ、最初にかけるべき言葉を模索する。
 無難なのは、間違いなく挨拶だろう。万国共通、会話のとっかかりとしてこれ以上のものはない。歯ブラシのCMが似合いそうな爽やかスマイルで挨拶すれば、誰だって悪い印象は抱くまい。
 でも、それじゃあ普通すぎて印象に残らない気がする。挨拶なんて誰でもするわけだしなぁ。せっかくの好機を無難に消費してよいものだろうか。
 ……それなら。
 ムクムクと湧き起こるイタズラ心が、耳元でささやきかける。
「見たくはないか? ワッと背後から脅かして、キャッと女子みたいに叫ぶサユリを」
 ……た、たしかに。でも、そんなイタズラをしたら嫌われてしまうんじゃ……あと、サユリは女子みたいじゃなくて実際に女子なんだけど。
「何を言う。親しい間柄でなくては、イタズラはできないだろう。つまり、イタズラという行為は友好の証なのだよ。さあ、不安になっている心は追いやって、さっさと彼女を驚かしてやれ。あの氷の表情が幼げに怯える瞬間をゲットできれば、今後百年はからかえるぞ」
 ……オーケー。そこまで言うのなら従おうじゃないか、僕。じゃなかったイタズラ心くん。卵が先かニワトリが先か問題はとりあえず脇に置いてね。そう、これは命令されて仕方なくやるのだ。しゃーない、しゃーない。
 気配を殺し、猫のように足音を消し、そろそろと接近していく。
 サユリが僕に気づいている様子はなかった。つまり、先手を打てる状況。RPGなんかでもそうだけど、先制攻撃が成功すれば場は有利に働く。
 脳内に浮かぶは、羞恥に顔を赤らめるサユリ。しかし、あまりに現実とかけ離れたそのイメージは、手のひらに乗った粉雪のようにすぐ溶けてしまう。それだけ無表情がデフォルト化されているということだが、その分、それ以外の表情にはレアリティが生まれる。
 こりゃいいものが見られそうだぞ。
 にっしっし、と内心ほくそ笑んだのが失敗だった。
 油断は足元にあらわれた。
 そろりそろりと爪先を立てるように歩いていたため、未だ履き慣れぬスリッパがつるりと滑ってしまい、靴飛ばしの如く前方に飛んでいった。
 弾丸のように解き放たれたスリッパは、彼女の座るイスの側面を軽く叩き、窓の外に向けられていた意識が逆方向に切り替わり――先手を打たれたのは僕の方だった。
 青い瞳が、黒い瞳を射抜く。サユリの小さな顔の造りの中でも、とりわけ瞳には魔術的な力があり、思わず目を逸らしそうになる。

573『彼女にNOと言わせる方法』:2019/06/02(日) 20:51:42 ID:Tydw7VIs
 が、押し切られそうになる直前、なんのこれしき! と土俵際でなんとか踏ん張る。グッと眉間に皺を寄せ、睨みつけるように見返す。
 結果、互いに見つめ合う状態が生じた。
 見つめ合うだなんていうと、いかにもラブロマンスな感じがするが、僕とサユリの間にあるのは、まるでサムライの果し合いのような殺伐とした緊張感であった。まだ刀は抜いちゃいないが、さながら鍔迫り合いのような様相で、青と黒がせめぎあい拮抗していた。
 けど、いかんせん僕が足を滑らせた姿勢のまま硬直しているもんだから、マヌケな感じがするのは否めない。微妙な角度で上げたままの片足は早速プルプルし始めているし……って、あ、もうダメ。
「へぶしっ」
 すってんころりんと尻もちをついた拍子で、被っていた帽子がずり落ち、ひさしの部分が視界を覆った。
 勝負アリ。
 青の勝利。黒の敗北。
 完。
 …………。
 ……認めようじゃないか。第一ラウンドは僕の負けだ。ついでに、罠を仕掛けようとしていた者が、ポカした時の情けなさも受け入れよう。
 醜態はさらした。けれど、まだリカバリーは効く。
 思い出せ。当初の作戦を。そう、爽やかな挨拶だ。政治家の選挙ポスターのようなうさんくさい……じゃなかった歯ブラシのCMが似合いそうな爽やかな挨拶だ。爽やかな挨拶……爽やかな挨拶。
 顔半分を覆い隠していた帽子を脱ぎつつ、笑顔の準備のためゆっくりと口角を上げ、
「意外とおバカちゃんみたいだな」
 ニヤリと小バカにするような笑みを浮かべた。
「いつも教室のすみっこで読書しているくせに、夏期講習なんぞに頼らなければ授業についていけないのか。頭いいですオーラ出してるだけの、なんちゃってインテリキャラだったのか。まったく、キミのような劣等生のせいで僕たちはゆとり世代だなんだのって何かと低く見られているんだぞ。世代の足を引っ張っている自覚はあるのかね」
 欧米人のように大げさに肩をすくめてみせるが、サユリは何も言わなかった。
 目をそらさずに、じっと僕のことを見ている。
「な、なんだよ」
 怒っているのかと思ったが、違った。
 よく見ると、いや、よく見ずとも、変化らしい変化は何もなかった。それどころか、喜怒哀楽の全てを感じなかった。表情筋が死んでいるんじゃないかと思うくらい、何もない。若干、瞬きの回数は多いような気がしたが、おそらく気のせいだろう。
 素材の粗いシャツを着たような、ぞわぞわとした感覚に背中を掻く。
 彫像だって、見る角度によっては微笑んでいるようにも怒っているようにも見える。けれど、サユリの場合はどの角度から見ても、『無』しか読み取れなかった。まるで、白紙の絵本を読んでいるようで……。
「つまらぬやつだ」
 転がっていたスリッパを足で引っかけて回収し、隣の席に座る。
 サユリはしばらく僕の横顔を見ていたが、興味を失くしたのか、再び窓の外に視線を向けた。
 ハァ、とため息を吐く。
 サユリの無反応に、少なからず落胆していた。
 僕の中には、夏期講習といういつもと異なる空間での思いがけない再会に昂る気持ちがあった。だから、その百分の一くらいは、彼女も同じ気持ちを共有してくれればと期待していたが、どうやら人頭がひとつ増えた程度の認識しかないらしい。
「はあああぁぁぁぁぁ」
 隣にも聞こえるような大仰なため息を吐くが、反応はなかった。

574『彼女にNOと言わせる方法』:2019/06/02(日) 20:52:06 ID:Tydw7VIs
 やや背の低い椅子にもたれかかり、ふと前を見ると、近藤くんが黒板近くの席を指差して「ここに座れ」とジェスチャーしていた。どうやら、僕の視力を慮って前に座るよう気遣ってくれているみたい。けど、大丈夫だよ近藤くん! 僕の視力は両方とも二・○だからね! 前に座る必要はないよ!
「違いますよ。そこに座っていたら監視しづらくなるでしょう」
 声に出された。
 というか、監視ってなんだ。まるで僕のことを授業の邪魔をする悪ガキみたいに見ちゃってさ……授業中におふざけをしたことなんて今まで一度も……いや、一度くらいはあったかなぁ。なんなら二度くらいあった気もする。まあ、一度や二度も変わらないって。
 それより、反省会だ。
 さっきの僕の態度はなんだ。爽やかな挨拶はどこへいった。イジワルしたって嫌われるだけなのに、夜ベッドの上で後悔に身悶えするって理解しているのに、なぜ裏腹なことばかりするのだ。
 いつもこうだった。頭ではダメだってわかっているのに、心が云うことを聞かない。サユリと顔を合わせれば、口から出るのは皮肉ばかりで、好感度が上がりそうなことは何一つ言えてない。しかも、その原因がちっともわからないときてる。
 嗚呼、我が心情は複雑怪奇哉!
 ぐいっと重心を後ろに移し、さらに椅子の角度を急にする。
 首を垂らし、天井を見上げる。
 出鼻はくじかれたが、今の状況がチャンスであることは違いない。夏期講習という特殊空間の中なら、クラスメイトの畏まった視線もないし、いつもより気兼ねなく話しかけられるだろう。仲良くなるには絶好のシチュエーションだ。
 それにさ。楽天家の僕にゃあネガティブシンキングは似合わない。ヘラヘラ笑って、ヘラヘラこなすのが僕ってもんでさ。ってなわけでポジティブシンキング。失敗は成功の母ちゃんってね。
 ってな風に決意を新たにしていると、
「みんな、おはよう!」
 音量調整をミスったテレビを思わせる声にひっくり返りそうになる。下腹部に力を入れて、椅子を元の位置に戻す。教室前方を見ると、右手をあげて颯爽と登場してきているのは、ジャージ姿の若い男性教師だった。
 教壇の前を陣取り、白い歯をキラリと輝かせて、再度「おはよう!」と挨拶した。メンソールの香りが漂いそうな爽やかさに目が染みる。うーむ、あれが模範解答か。どちらにせよ、僕には無理だったな。
「さあ、今日も一日がんばって勉学に励むとするか! ところでみんな、熱中症で倒れる人が一番多い場所はどこか知っているかな」
 最初は世間話から入るタイプらしい。脈絡のない質問ではあったが、主に下級生を中心にハイハイと勢いよく手が挙がる。
「グラウンド!」
「公園!」
「海!」
「山!」
「体育館!」
 と、様々な意見が出てきた。最後に回答した生徒の「どうして全校集会の時だけ、校長先生の話は長くなるんですか」という質問に、教室内がドッと沸いた。
 ジャージ姿の教師は苦笑して、
「それは先生も知りたいところだなぁ。ここだけの話、あの長ったらしいご高説にはウンザリしていてね……おっとっと、これは黙っておいてくれよ」
 と、教室内の笑いを誘い、
「では、答えを発表しようか。越中症で倒れる人が一番多い場所は果たして何処なのか……正解はね、意外なことに自宅なんだ。どうしてかというと、慣れ親しんだ場所だと安心しちゃって水分補給などの暑さ対策を怠ることが多くなるからなんだ。特に、クーラー嫌いな人だとそのリスクは高まるね。というわけでだ、夏期講習の間は喉が渇いていなくても定期的に水分補給は行うこと。そして、気分が悪くなったらすぐに先生に言うこと。この二点は絶対に守ってくれ。でないと……」
 教室内をぐるっと見渡していた先生の視線が、すみっこに座る僕を捉えた。
「……でないと、こんな風に幻覚が見えたりする場合もあるからな」
「先生、お気持ちはわかりますが、○○くんは幻覚じゃありませんよ」
 一番前の席に座る近藤くんが冷静に指摘した。
 ……おかしいな。この先生とは担当の学年も違うし、接点はないはずなんだけどな。なぜ僕の人となりを把握しているのだろうか。
「どう思う、女王さま」
 と、隣に聞いてみるが、いつものような塩々の塩対応で塩漬けされてしまいましたとさ。
 ちゃんちゃん。

575『彼女にNOと言わせる方法』:2019/06/02(日) 20:52:30 ID:Tydw7VIs
「俺は嬉しいぞ! ○○!」
 目の前までやってきた先生はグワッと声を上げ、ガシッと手を掴んだ。
 おお、熱い熱い。サウナが擬人化して歩いてきたのかと勘違いしたよ。あと、手を握る力が強すぎて僕の手が真っ白になっているんだけども。痛い痛い。
「学校一の悪ガキも、ようやく勉学の素晴らしさに気づいてくれたか。しかも、わざわざ貴重な夏休みを使ってまで参加してくれるだなんて……俺は、俺は嬉しいぞ!」
「当り前じゃないですか、先生。勉学は人生の選択肢を増やすだけではなく、人生そのものを豊かにしますからね。学ばざる者、成長せざるですよ。あ、これ、たった今閃いたんですけど」
「いい言葉だ!」
 冷めた近藤くんとは違って、ジャージ先生は大いに喜んでくれた。さすがは熱血教師。スクールでウォーズできるタイプらしい。「今からあの夕陽に向かってうさぎ跳びだ!」とか言いだしかねない熱血っぷりだったので、僕のヒザのためにもこれ以上薪をくべるのはやめておこう。
 夏期講習は、いわゆる講義スタイルではなくて、自習に近いスタイルであった。基本は、各々が持参したドリルやらプリントやらにひとりで取り組み、わからない問題にぶつかったらハイと手を挙げて質問する個別指導に近い形態。まあ、学年がバラバラだから同一のテキストを使えないし、これが一番合理的なのだろう。
 けれど、圧倒的に教え役が足りていなかった。講師を務めているのはジャージ先生と近藤くんなのだが、あがっている手の数に対して、処理する側が少なすぎる。高難易度のモグラたたきをやっているような感じで、手はあがれどもさがることはほとんどなかった。教育には時間がかかり、だからこそコストが高いのだなぁと学習塾の意義を再確認。
 仕方あるめぇ。なら、高学年である僕が教えるしかないじゃないか。
 ちょうど近くに、おずおずと手をあげている気弱そうなメガネちゃんがいた。僕は彼女へと近づき、
「やあやあ、その様子だとわからない問題があるみたいだね……って、恐がらないで怯えないで。僕はただ手助けをしにきただけさ。どれどれ、今やっているのは算数か。それでわからない問題は……ああ、分数の足し算ね。こんくらい楽勝、楽勝。いいかい? 分数の問題を解くには、まず下の数字をそろえる必要があってね、だからこうしてやればちょちょいのちょいと……ん? なぜに? どうして正解と違うんだ! ちゃんと下の数字はあわせて約分もしたのに! おかしい、印刷ミスだろ絶対!」
「余計なことはしないでください」
 ポコン、と近藤くんが丸めた教科書で頭をはたいてくる。
「○○くんが人に教えられる立場ですか。どのような理由であれ、せっかく夏期講習に参加したのですから、まずは自分の勉強に集中してください。はい、これ夏期講習用のプリントです。ぜひ使ってください」
 と、渡されたプリントの右上には、『一年生用』の文字が書いてあった。
「言わないでください。何も、言わないでください。○○くんが今、何を言いたいのかはよーくわかっています。なので、先に返事をしておきましょう。いいですか? 勉学において最も重要なのは基礎です。積み木でつくったお城を想像してみてください。土台がしっかりとしていれば容易には崩れませんが、スカスカで数が足りてなければ指で押すだけで崩れてしまいます。それだけ基礎は重要ってことです。なのに、キミたち勉強ができない人というのはやたらと基礎をバカにするし、真面目に取り組もうともしません。もし不服に思っているのなら、まずはその一年生向けのプリントを完全に解いてください。一問の間違いもなくです。文句はそれからでお願いします。以上」
 といって、反論の余地も与えないまま、他の生徒の元に行ってしまった。
 正論かもしれないが、いくらなんでもこれはないだろう。『5+7=』とかあるぞ。さすがの僕でもこれを間違えることはない。全く、近藤くんはすぐに僕をバカにして。
 不満はあったが、せっかくならば実力で見返したかった。僕の完璧な回答を見れば、さしもの彼も見直すに違いない。ふふーん、ぐうの音も言わせてやらんぞ。
 てなわけで自分の席に戻り、プリントにとりかかろうとしたが、鉛筆がないことに気づく。そいや、手ぶらで来たんだっけか。
 隣を見る。サユリは持参したテキストを使って勉強をしていたが、僕の視線に気づき手を止めて見返した。何か御用? とでも言うかのように少しだけ首をかしげている。
「鉛筆を貸してくれないか」
 今度は無視されなかった。どうやら、クラスメイトに文房具を貸し出すくらいの良心は持ち合わせていたらしい。ペンケースからまだ真新しい鉛筆二本と消しゴムを取り出して、僕に手渡す。

576『彼女にNOと言わせる方法』:2019/06/02(日) 20:52:54 ID:Tydw7VIs
「ありがとう。終わったら返す」
「あげる」
 もらってしまった。どういうことなのだろうか。鉛筆の一本や二本くれてやろうというブルジョワの慈善か。それとも僕が使った鉛筆は二度と使いたくないという生理的な嫌悪感か。後者だったら軽く死ねるな……。
 きちんと礼を言うべきだったが、口から出たのはまたしても、
「受け取っておいてやろう」
 尊大極まりない感謝であった。
 ……うん。心を入れ替えるためにも勉強しよう。
 と、先の尖った芯を紙面に書きつける直前、待てよと思って鉛筆をチェック。あらゆる角度から観察し、その質感を確かめる。念のため、鼻を近づけて香りも調べる。しかし何の変哲もない、ただの鉛筆であった。
「ハッ」
 視線を感じ、隣を見ると、相も変わらずサユリがこちらを見ていた。
「ち、違うんだぞ。僕は何かしらの用具を使う際は、用心深くチェックするのが常であってだな。それがたとえ鉛筆の一本であろうともだ。だから決して、お金持ちが使っている鉛筆ならば高級品に違いない、もしかしたら高価で売れるんじゃないかとか、横流しして小遣い稼ぎをしようだとかは考えてないぞ」
 サユリは何も言わなかった。が、内心ではどう考えているのかは計り知れない。せっかくの善意を金銭に変換しようとする浅ましい男子と思われているのかもしれない。その通りだからなんも言えねぇ……。
 プリントは順調に進んだ。一年生向けのものだから当然なのだけれど、久々に味わう鉛筆が止まらない感覚に、時間の流れを忘れてしまった。
 気づけば、昼になっていた。夏休みの間はチャイムが鳴らないらしい。そのせいで全く気付かなかった。
「それじゃあ、午前はこれでおしまい。午後に備えてしっかり休んでおくように。先生は職員室にいるから何かあったら来るように」
 ジャージ先生はニカッと歯を出して授業を締めると、キビキビした動きで去っていった。
 授業が一区切りついた時の、凝り固まった空気が一斉に弛緩していく感じは夏期講習でも変わらないらしい。
 生徒たちはワイワイと声を出しながら机を寄せ合っている。
「さて、お昼休みか。今日の給食は何かな、近藤くん?」
「夏休みに給食室が動いているわけがないでしょう……」
 弁当の包みを片手に持った近藤くんがさらりと否定。
「なら僕はどうすればいいのさ。お腹ペコペコなんだけれど」
「一旦、家に帰ればいいんじゃないですか。たしか、○○くんの家はそんなに遠くなかったでしょう」
「あの灼熱地獄の中に戻れと言うのか。しかも、今は最も勢い増す真っ昼間だぞ。僕のことをピラミッドの石材を運ぶ奴隷かなんかだと勘違いしているんじゃないのか」
 ぶーたれる僕の言葉をスルーして、分厚い参考書を脇に置き、弁当の包みを広げ始める。僕の扱いに慣れてきた感が出てきている。悪い兆候だな……。
「まあ、昼食は置いとくとしてだ……近藤くん。その……あいつはどこいったの。なんか見当たらないけど」
 あいつ? と、彼は一瞬、目を細めたが、すぐに「ああ」と納得したように呟き、
「昼休みは、いつも中庭にいるみたいですよ」
「中庭? 暑くないのかな」
「大丈夫じゃないですか。あそこは木陰がありますし、校舎間の隙間風もよく吹いていますから……というか、かえってこの教室よりも涼しいかもしれません」
 と、視線を上げた先には、申し訳程度に備えられた壁扇風機が二台。税金不足の波は教室にまで及んでいた。世知辛い世の中ですな。
「ありがとう、近藤くん。それじゃあ一緒に中庭へ行こうか」
「何を言っているんですか。ぼ……おれは昼休みの時間はここで参考書を見ながらゆっくり勉強すると決めているんです。お断りしますよ」
「バカチンが!」
 バンッと軽く机を叩く。
 近くで島をつくっていた下級生たちが、目をパチクリさせながら僕と近藤くんを見た。そっちには「なんでもないよー」と笑顔で手を振ってから、こっちには鬼の形相で向かう。
「キミはそれでもクラス委員長か! 昼休みに一人寂しく過ごしているクラスメイトを放っておくというのかね。クラスの輪の中に入れないはぐれ者は仲間ではないとでも言うつもりか。許せんよ、僕は!」
「いえ、彼女の場合はむしろ望んでそうしていて……それに、おれが一緒に行く意味ありますか?」
「そうか。つまり、キミはそういうヤツなんだな。クラスで孤立する生徒を我関せずと見て見ぬ振りをする日和見主義者なんだな。嘆かわしい。これ以上、嘆かわしいことはないよ。クラス委員長なのに、クラス委員長なのに、クラス委員長なのに!」
 肩書き連呼は結構効いたらしい。「……よく回る口ですね」と悪態をつくものの、逡巡する様子を見せた。

577『彼女にNOと言わせる方法』:2019/06/02(日) 20:53:17 ID:Tydw7VIs
 彼自身が言ったように、僕一人で行ってもいいのだが、これも何かの縁だ。食事ってのはたくさんの人がいた方が賑やかで美味しく感じられるものだし、何より、近藤くんはサユリを恐れない、数少ない貴重な人材だ。
「何をなすべきか。クラス委員長の近藤くんにはわかるんじゃないかな」
 ダメ押しの追加点を叩き込むと、彼はこれみよがしに大げさなため息を吐き、開けたばかりの弁当の蓋を閉める。
「行っても、嫌がられるだけだと思いますよ」
 一足す一は二ですよ? みたいな感じで言われてしまった。
 まあ、その時はその時だ。何事も始めてみなきゃわからぬだろう。

 学校で最も人気のあるスポットといえばグラウンドだ。広大な敷地で鬼ごっこをするもよし、縄跳び台で二重飛びの練習をするのもよし、登り棒に登ってモンキー気分を味わうのもよしのなんでもあり。特に人気なのは昼休みで、ドッジボールコートの陣地取りはいつも熾烈を極めている。
 グラウンドとは対照的に、中庭はあまり人気がない。花壇やビオトープがあるためボール遊びは禁止されているし、あるものといえば傷んだ百葉箱と図画工作の授業で作られた傾いたベンチが数個だけ。僕も、たまにサルビアの蜜を吸いに来るくらいで、中庭にはほとんど来たことがなかった。
 だからか、馴染みのない場所で近藤くんとふたりで歩くのは奇妙な感じがして、道中はあまり会話がなかった。額にじんわりと浮かぶ汗を、ハンカチで丁寧にぬぐう彼の姿を横目で見つつ、中庭の中心へと歩いていると、ほどなくサユリを見つけた。
 数十年前の卒業生が埋めたという記念樹の下で、彼女は足を崩して座っていた。
 服が汚れることにあまり頓着がないのか、レジャーシートの類は敷いておらず、芝生の上に直に座っていた。いくら綺麗に整備されているとはいえ、彼女の着ている服の値段を考えれば心配になってしまう。
「おうい、サユリ」
 今度は奇襲攻撃に失敗しないように、遠くの方から大声で呼びかける。
「ひとりぼっちでご飯を食べているなんて、寂しいやつだな。どれ、この愛の伝道者たる僕が一緒にご飯を食べてやろうではないか。なんだなんだ反応が薄いな、おい。なんなら感謝の拍手のひとつでもするか」
 どの口が言うのやら、と近藤くんが小声で呟き、
「御相伴に預かってよろしいでしょうか」
 難しい顔をして、殊更丁寧な口調で訊ねた。
 サユリは僕たちを拒否しなかった。いや、正確には黙認したというべきか。僕らが芝生の上に座るのを一瞥すると、つつましい昼食を再開させた。
 彼女の昼食は実にシンプルだった。ブロック型の栄養食品。ミネラルウォーター。以上。貧相と言い換えてもいい。
 特に衝撃だったのはミネラルウォーターだった。同年代で市販の水を買うヤツを初めて見た。
 だって水だぜ? 蛇口ひねればいくらでも出てくるじゃん。炭酸のジュースとかのが絶対に美味しいし、買うにしてもせめて緑茶とか紅茶だろう。
「なんつーかさ……ランチタイムの楽しみにしちゃあ、ちょっとしょぼすぎない? 普通さ、お金持ちのお弁当っていえばさ、何段にも積み重なった重箱とかじゃないの。でっかい海老とか入ってる感じの。それじゃお腹減らない?」
 と否定こそしたが、一番残念なのは弁当箱すら持っていない僕なのかもしれない。
 すがるような目をして近藤くんを見る。


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