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ヤンデレの小説を書こう!@避難所 Part07

378高嶺の花と放課後 第4話:2018/01/29(月) 22:54:57 ID:1PMdeAh.
高校2年 7月末

「よしじゃあテスト返却するぞ。相澤」

期末テストを終え、テスト返却期間。

喜ぶ者、落ち込む者、悔しがる者、不当に怒る者、様々な者を生んできたテスト返却もこの数学のテスト返却で終わりを迎えようとしていた。

学校で一番見た目が怖いと名高い英語の担当の先生が次々とテストを返却してゆく

一人また一人と緊張した面持ちで教壇へ向かっていく

「次、佐藤」

「ほら太一、呼ばれてるよ」

僕の目の前の席の主こと佐藤 太一はというと、ただひたすらと哀愁を漂わせる者となっていた。

無言でガタッと席を立った太一は猫背のまま教壇へ行き、返却された紙を見るやいなや丸めながら席へ戻ってきた。

「不知火」

そして当然の如く次に呼ばれるのは僕だった。

僕もそっと席を立ち、テストを受け取りに行く。

「不知火、お前どうしたんだ?」

教壇へ着くと強面の英語教師がこう聞いてくるものだから焦ってしまった。

「えっ…、僕何か…しましたか?」

「ほら」

そう言って差し出された紙には3桁の数字が書かれていた。

「お前今回はよくやったじゃないか。この調子で次も頑張れよ」

頑張れよ、と共に僕の背中に衝撃が走った。

どうやら叩かれたようだ。

少しだけ混乱する。

確かに手応えを感じたテストだったがまさか満点を取るとは想像だにしていなかった。

そして席に戻る際、あの少女と目が合う。

彼女は僕にしかわからないように目を細め、微笑んだ。

心の臓が加速する

僕は頭をかきながら自分の席に戻る。

すると前の席の主はくるりと半回転し僕のテスト用紙を引っ手繰った。

「ひゃ、く、て、んだとお〜。遍ぇ!おれっちを裏切りやがってえええ」

太一は僕の両の肩を掴み、揺らす。

「待ってよ、太一。裏切るってなにさ?」

「とぼけんな!俺とお前の勉強できない同盟だろ!」

いつからそんな同盟が組まれていたのだろうか

「だいたいおれっちを裏切って放課後居残り勉強なんてしやがって」

「裏切りもなにも一回誘ったじゃないか」

「誰が好き好んで勉強なんてするか!」

そう言い放つと太一は丸めたテスト用紙を窓の外へ投げた。

「ええぇ…」

まぁたしかに僕も勉強は進んでやろうとは思わないけどさ…

「それにしても遍、ほんと今回全科目軒並みいい点数だよなぁ〜。誰かに教わったりとかしたのか?」

心の臓が跳ねる

確かにその通りだ。

僕は生徒を魅了してやまない高嶺 華に勉強を教わった。

だがその事実を今告げたらどうなるかなんて想像に難くない。

おそらくそんな不埒者はクラス中の、いや学校中の男子生徒に血祭りにあげられるだろう。

「…まっ、それはないか。遍、友達少ないもんな」

どうやら、事実を告げなくて良さそうだ。

その代わりなにか傷つくことを言われたが…

「あー、今回のテストで赤点取ったものは夏休み補修するからな、必ず出席するように」

この一言を英語教師が告げた途端、太一はみるみる萎んでいった。

その姿を見て僕は傷つくことを言ったお返しだと言わんばかりに太一の肩を叩いた。

379高嶺の花と放課後 第4話:2018/01/29(月) 22:56:27 ID:1PMdeAh.

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「えー以上で今学期の最後のホームルームを終わりとする。これから夏休みに入るが羽目を外しすぎるなよ。号令」

「起立ー、礼」

「「ありがとうございましたーーー!!」」

その瞬間、クラスの空気は弾けた。

誰もが待ち焦がれた夏休みの訪れ。

僕もその一員だ。

夏休みを使って様々な本を読みたいし、様々な物語も書きたい。

小説の参考になるような土地巡りもしたい。

とにかくやりたいことが山積しているのだ。

「太一、一緒に帰ろうよ」

「あー、誘ってくれてすまねーがおれっちこの後職員室いかないといけないんだ…」

「そっ、か。じゃあ夏休み、一緒にまた古書店巡りとかで会おうね」

「うん、とりあえずおつかれさまだー遍〜」

「ばいばい、太一」

僕は荷をまとめ一人でこの教室を後にする。

廊下を抜け、昇降口へ向かう。

そういえば、太一のテスト用紙放りっぱなしだけど大丈夫なのだろうか

誰かに拾われ悪戯されかねないのではないか?

そう思った僕は太一のテスト用紙を探しに行くことにした。

「太一の投げた窓は中庭側だから、中庭かな」

中庭と推察した僕は素直に向かうことにした。

中庭へと向かう廊下を抜けたら、めあてのものはすぐに見つかった。

「あった、あっーーー

「俺と付き合ってくれないか?高嶺」

…それは不意だった。

声のする方を見ると、背丈が高く男前な顔の男子生徒と見覚えのある後ろ姿の女子生徒がいた。

間違いない。

高嶺さんだ。

彼女に告白する人が絶えないのは知っていたがいざその現場を見るのは初めてだった。

告白している男子生徒は同性の自分から見ても整った顔をしており、いかにも女子生徒に恋い焦がれそうな風貌をしていた。

その姿を見るとまるで僕は土俵にすら立っていない、そんな気持ちになった

「ごめんなさい、大石くん。気持ちは嬉しいんだけど…」

…僕なんかが告白してどうするのさ

こんなにも格好の良い人が告白して断られているのだ、文学好きなだけの男子生徒が告白したって結果は火を見るより明らかだろう

「どうしてだい?理由を聞きたい」

僕も聞きたい

「私、好きな人がいるの」

「!」

今日はよく心臓が跳ねる

「そっか、じゃあ仕方ない。その人と結ばれることを祈ってるよ」

そう言うと男子生徒は潔く諦め、その場を後にした。

そして僕は気づかなかった。

ここで惚けていたら振り返った彼女と目が合うことを。

「あっ、不知火くん」

「や、やぁ高嶺さん」

「…もしかして見てた?」

「いや、その事故というかなんと言うか…」

「人の告白の覗き見?意外と不知火くんて性格悪いんだね」

今日太一に傷つけられた一言より遥かに深く鋭く胸をえぐる

狼狽える僕を見ると、彼女は吹き出すように笑い出した。

「ふふふ、冗談だよ!そんな顔しないで」

「え?」

「ちょっとついてきてっ」

彼女は僕の手を取ると、勢いよく引っ張っていった。

380高嶺の花と放課後 第4話:2018/01/29(月) 23:00:08 ID:1PMdeAh.

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人の目を盗んで連れていかれたのは屋上だった。

「はぁ、はぁ、なんで屋上?」

「人がいないから?」

僕が聞きたいのはなぜ人のいない場所に連れてこられたのかということだ。

「で、どうしたの。こんなところに連れてきて」

「よく聞いてくれました」

なんだろうか

「もーーーっっっね!鬱憤が溜まっちゃって」

「はい?」

「さて不知火くん、質問です。今日はなんの日でしょうか」

「えーっと、終業式の日?」

「せいかーい。では第2問。明日から何が始まるでしょうか?」

「夏休み…?」

「ピンポーン。2問連続正解。じゃあラスト3問目!夏休みになると男の子が欲しくなるものなーんだ?」

…話が見えてきた気がする。

「…彼女?」

「わっ!全問正解!さすが数学満点者は違うね〜」

「あっ、その節はありがとうございました」

「どういたしまして〜。おほん、それでねっこれがもうここ何日で何人も何人も何人っっっも告白してきてね、も〜私疲れちゃった」

「告白受けるのって疲れるのかい?」

「うん、疲れるよぉ。なんていうか皆んなエネルギーが凄いんだよねぇ…。何度受けてるとこっちが気が滅入っちゃう」

これがモテる人にしかわからない世界なのか

「今日もあと2人告白残ってるんだよねぇ〜」

「え?まだいるの?」

「うん。夏休みになるから慌てて彼女の欲しい人たちが告白してくるの。まぁあんまりこの時期に告白してくる人に真剣な人はいないんだけどねぇ」

真剣じゃない告白なんてあるのか?

「ねぇ不知火くん…」

「?」

「告白…サボっていいかな?」

それはーーーーーー

「だめだ」

「だめ?」

「確かに真剣じゃない人がいるかもしれないけど真剣な人もいるかもしれない。その人の気持ちを踏みにじっちゃあだめだ」

彼女に真剣に告白する人はたぶん、彼女より僕の方が気持ちがわかるはずだ。

僕ならサボられたくない。

「そっか、そっか。うん、うん」

すると彼女は腕を組み、何か納得するように大きく頷いた。

「不知火くんならそういうと思ってた。このままだと私サボっちゃいそうだから不知火くんに頑張れ!って背中押されたかったの」

パンッと両頬に手を当て彼女は気合を入れた。

「よし、じゃああと2人頑張りますかぁ〜」

どうやら僕は彼女から与えられた4問目に正解したようだった。

彼女の力になれたのは素直に嬉しい。

「さてそろそろ時間かな、いかなくちゃ。不知火くんに会えてよかったよ」

「僕の方こそ、力になれてよかった。今回のテストで良い点数取れたのは高嶺さんのおかげだよ」

「あ!…あ〜それなんだけどねー。今回なんでこんなに勉強手伝ったかというと実は私不知火くんにお願いがあってそれを叶えるために必要以上に手伝ったの」

「お願いって…なんだい?」

なんとなく想像はつく。

「夏休み中、不知火くんの書いた物語見させて欲しいのっ!」

お願いポーズをしてくる彼女。

「たぶんそうだろうと思ったよ」

「見せてくれる?」

「これだけ良い点数取らせてもらったんだ。断れるわけがないよ」

「やったぁ〜!じゃあ、はいっ!」

彼女は喜びに顔をみなぎらせるとポケットから携帯を取りだし僕に向けてきた。

381高嶺の花と放課後 第4話:2018/01/29(月) 23:01:32 ID:1PMdeAh.

「なんだい?」

「なにって、ライン。交換しようよ」

ラインってなんだ?

「ごめん高嶺さん。ラインってなに?」

「ええええええええ!知らないのっ!!?」

彼女は信じられないものを見たかのように頓狂な声を上げる

「えっ、そんな常識的なものなの?」

「少なくとも私の生きてきた世界では三角形の内角の和と同じくらい常識的なものだよ…」

「…へ、へぇ〜そうなんだ」

三角形の内角の和と同等の常識をどうやら僕は知らなかったらしい。

「まっ、なんだか不知火くんらしいや。いいよ、代わりにメールアドレスと電話番号で許してあげる」

「なんで代わりに僕の個人情報をおしえないといけないのさ?」

「あのね不知火くん、ラインっていうのはメールや電話みたいな連絡手段なんだよ?よーするに!私は不知火くんの連絡先が知りたいの」

だめ?と小首を傾げる

「だめというか、え?連絡先?僕の?」

「そう、連絡先、不知火くんの」

心の重心の置き場がないようにグラグラ、グラグラと気持ちが揺れる

なにか言おうとしても言葉は舌の根に乗っては飲み込み、乗っては飲み込みを繰り返される

「どっちなの?いいの?だめなの?」

なにやら急かされてるようだ。

「駄目じゃないよ」

典型的なNOが言えない日本人の血が反射的にそう答える。

彼女と連絡先を交換するのはもちろん喜ばしい限りだが。

「僕ので良ければ」

「うん、じゃあここに打ち込んでくれる?」

彼女のしなやかな指先からスマートフォンを受け取り、言われた通り自身のメールアドレスと電話番号を入力する。

「終わったよ」

「わぁ。ありがとう不知火くんっ。私のメールアドレスと電話番号も送っておくね〜」

高嶺さんが携帯に文字を打ち込んだ数秒後に僕の携帯は小刻みに震えた。

そこには見慣れないアドレスから電話番号そして「よろしくね!」と顔文字の書かれたメッセージがあった。

「うん、よろしく」

「あはは、たまにはメールもいいねぇ。ひゃあホントにそろそろ行かなきゃ。ありがとう不知火くん。また夏休みで会おうね」

「またね、高嶺さん」

彼女はかかとを翻し、屋上には僕一人だけとなった。

途端に力が抜け、僕は背中から倒れた。

「…疲れたな」

彼女と関わるといい意味でも悪い意味でも疲れる。

夏休みを迎えた開放感、彼女と別れて得た開放感、そして屋上のひらけた開放感を感じながらしばらく1本の飛行機雲を眺めていた。

382高嶺の花と放課後 第4話:2018/01/29(月) 23:02:46 ID:1PMdeAh.

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ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー


「…まさかこんな風に連絡先を交換するとはね」

終業式が終わったからなのか、それとも彼女と連絡先を交換したからなのかは分からないが兎にも角にも浮き足立っている僕は携帯使用禁止の校則を忘れて、携帯の電話帳欄を眺めながら屋上から階段を下っていった。

「…このまま連絡先を交換した若い男女は惹かれ合うようにして………とはいかないか」

それこそ小説のような話だ。

それにーーーーーー

「好きな人がいるって、そう言っていたからなぁ」

それがもしかすると自分なのではないか?という思想は一度してみたが可能性の天秤にかけたところ、否定要素が無しの方に傾けた。

冴えないただの本好きな生徒。

それが僕、不知火 遍の自己評価だった。

とはいえ、100%自分だという可能性はあり得ないが100%自分じゃないというのを決定付けるものがないのも事実。

まるで宝くじを買って当選結果を待っているかのような可能性の低いものにすがるこの感覚。

もし高嶺の花と付き合えるようになったらどうなるんだろうか?

僕はなにをするんだろう

彼女はなにをしてくれるのだろう

周りはどう思うのだろう

ーーーーー綾音はどう思うのだろう

思考の隙間に義母との会話の記憶が入り込んできた。

確かに綾音はよく懐いてくれてるし、彼女とかできたら少しは寂しがってくれるのかな?

「ははは」

取らぬ狸の皮算用。

その諺が似合う今の自分が少しおかしく感じてしまった。

「どうしたのお兄ちゃん、急に笑って」

「うわっ!綾音びっくりさせないでよ」

今日は本当に心臓が忙しい1日だ

階段を下っていた僕の隣にはいつのまにか妹の綾音がいた

「も〜お兄ちゃんが勝手にびっくりしたんでしょー。あたし悪くないもん」

「いや、まぁ確かにそうだけれども…」

「お兄ちゃん今から帰るの?」

「うん、そのつもりだよ」

僕がそう返答すると綾音はにひっ、と笑い

「じゃあ一緒に帰ろ?」

と誘ってきた。

383高嶺の花と放課後 第4話:2018/01/29(月) 23:03:53 ID:1PMdeAh.

断る理由も動機も無い僕はもちろんそれを受け入れた。

「お兄ちゃんテストどうだった?」

「今日初めて満点というものを取ったよ」

「え、満点!?すごいよお兄ちゃん!」

「僕もびっくりしたよ。テストで満点なんて小学生以来だ」

「科目は?」

「英語さ」

「英語で満点かぁ〜。あたしなんて全然だめだめだったよぉ」

その気持ちはわかる。

僕も英語なんてできるイメージがなかったがあの才女に教えてもらった途端に急に理解が進んだのだ。

彼女には教師の才能もあるのではないかと思う。

「でもいいんだ!明日からは夏休みだもんねー!」

「綾音は夏休みには何か予定はあるのかい?」

「うん。久美ちゃんとかとお泊りいこーって話ししたなぁ。あっ、お兄ちゃんも夏休みどこかいこうね」

「綾音はその…夏休みを共にする恋仲の男子とかいないのかい?」

「それって彼氏?…そんなのいないよ」

「ほら綾音可愛いからクラスの男の子達はほっとかないんじゃないか?」

「確かに何度か告白されたけど全部断ってるから」

「綾音ならいてもおかしくないと思ったんだけどな」

「あたしの生活のどこに男の影が見えたってのよ。それに……………彼氏なんてものはいらない」

綾音の顔からはだんだん笑顔が消え、不機嫌な表情をのぞかせてきた。

なんでだ?

「綾音の年頃になると彼氏の1人や2人欲しくなるんじゃあないの?」

「いらないって言ってるでしょ。なに?お兄ちゃん、どうして急にそんなこと聞いてくるの?あたしが邪魔なの!?」

表情だけにとどまらず声を荒げて、怒気を全身で露わにする。

「いやいや、待ってさ。一体どうしてそんな結論に達するのさ」

「だってお兄ちゃん、その彼氏とかいうモノにあたしを押しつけたいからそんなこと聞いてきたんでしょ!違う?!」

「落ち着いて綾音。思考が飛躍しすぎだよ。そんなこと思ってないから」

ここまで怒った綾音も久々に見た。

そんなに綾音にとっては嫌な質問だったのだろうか。

「いいや!そうに決まってる!あたしが鬱陶しいからそうやって!!!」

綾音はもう聞く耳を持たなくなってきている。

「違うよ。純粋に兄として気になっただけだよ。夏休みになったら買い物行ったり海に行ったりするような子がいるのかなって」

「別に…、買い物も海もお兄ちゃんが連れてってくれたらそれでいい…」

それは一般の女子高生が言う台詞にしては如何なものだろうか。

先日、義母さんに言われて気づいたこと。

綾音はいわゆるブラザーコンプレックスという奴なのかもしれない。

確かに僕としては義妹に懐かれてるのは嬉しいけれども、やはりそれはあまり世間では普通のことではないと言うのも事実。

もしブラザーコンプレックスというものが原因で綾音が彼氏を作らないのであれば多少は改善してあげたい。

しかし僕は思っていることとは真逆のことを口走ってしまった。

「…僕でよければいくらでも付き合うからさ、機嫌なおしてよ」

「じゃあ明日、映画見に行こう。それで手を打ってあげる」

「…いいよ」

この時、僕はこの夏休みに少しでも兄離れができるように手伝おうと決意した。

384高嶺の花と放課後 第4話:2018/01/29(月) 23:06:27 ID:1PMdeAh.
以上で投下終了します。第5話ですが、週1ペースは自分にとっては想定以上に早いもので来週はお休みして再来週の月曜に投下予定とします。

385雌豚のにおい@774人目:2018/01/31(水) 15:30:24 ID:pZq/2Vmc
>>342
なろうに投下したらここになろうの垢投下してよ。

386雌豚のにおい@774人目:2018/01/31(水) 15:38:57 ID:pZq/2Vmc
>>384
ぐっちょぶうううう!!

387342:2018/01/31(水) 18:59:35 ID:Z7L9v7ks
>>385
おk
他のジャンルの作品も並行して描き進めてるんでもうちょい時間かかりそうだけど頑張るわ

388雌豚のにおい@774人目:2018/01/31(水) 21:35:41 ID:PuPMqO0I
>>384
ヤンデレ出なくてもこのストーリーだわ
今後の病み具合に期待

389 ◆lSx6T.AFVo:2018/01/31(水) 21:57:29 ID:9dqWhcr.
お久しぶりです。
番外編『元旦の憂鬱、或いは新たな恋心』(後編 1/2)
投下します。

390『彼女にNOと言わせる方法』:2018/01/31(水) 21:59:23 ID:9dqWhcr.
 注目を集めている。決して僕の気のせいではない。すれ違う人たちが皆、僕のことを必ず一瞥するのだ。
 しかも、僕がいるのは元旦のヘビセン。なので、注目の集め方も生半可なものではない。たとえ目を閉じたとしても、向けられる視線の数々には気づくだろう。それくらいには目立っていた。
 思わず、ほくそ笑む。
 来たか。いやぁ、来てしまったか。ついに来てしまったのか、僕の時代! 世間の人々もようやく僕の魅力に気づいたらしい。この衆目の集め方が何よりの証明だ。
 思い返せば、今までは散々な扱いを受けてきた……。
 クラスメイトたちには「まあ、並みだわな。それもギリの並みだわな」と誤った評価を下され、母さんには「容姿云々以前の問題ね。何より性根の悪さが顔に出ているからアウト」と辛辣極まりない暴言を浴びせられた。唯一、Aだけが僕に優しい微笑みを返してくれたっけ……やっぱり、アイツだけは味方なんだな……って、うん? 待てよ。そういえばAって「僕ってカッコいい?」って訊くと、ただ黙って微笑むだけで、具体的な言及は避けていたような……?
 ま、まあいいさ! 何はともあれ、僕が今、脚光を浴びているのは紛れもない事実なのだから!
 確かに、僕はあまりカッコよくないのかもしれない。苦くて不味い蓼なのかもしれない。しかし今や、その蓼がメジャー商品へと成りあがったのだ! 今日から『蓼食う虫も好き好き』の意味は変わるのだ! 今ならば、某アイドル事務所へ応募しても楽々パスできる気がする。アイドルデビューに歌手デビューに俳優デビューにバラエティーデビュー。テレビに引っ張りだこの僕の未来が見える……見えるぞ。ふっはっは!
「サユリもそう思うだろう?」
 と、RPGの仲間よろしくついてくる少女に問いかける。が、反応はない。僕を視界に入れることさえしない。なんだよコイツ、もしかして照れてるのか。憧れが強すぎて直視できないのか。可愛いヤツめ。
 なんて足を止めている間にも、絶えず視線は向けられた。けど、なんでだろうな。どうして皆、僕を見る前にまずサユリを見るのだろうか。そして僕のことを見て「え、マジ?」みたいな顔をするのだろうか。

391『彼女にNOと言わせる方法』:2018/01/31(水) 22:00:11 ID:9dqWhcr.
 デジャブデジャブ。つい数時間前、Aと初詣をした際にも同じようなことがあった気が……。
 いや、もうわかっているんだけどね。
「なんていうか、お前ってやっぱりスゴイんだな……」
 そんな言葉がしみじみと出てしまうくらいには感心していた。
 僕は、今まで学校でのサユリしか知らなかった。だから、彼女が外の世界に出た際に、どのような評価を受けるだなんて微塵も考えたことがなかったけど、こりゃ半端ない。室外施設から、人の多いモール内に来た途端にこれだ。
 実際、サユリの異国めいた容姿は、この雑踏の中でもキラリと光りめいていた。色素が薄く、銀色に輝く髪はもちろんのこと、作り物のように整った容姿もそれに拍車をかけている。僕だって彼女と知己のない一般ピーポーだったら自然と目が引き寄せられていただろう。天晴れのため息だって漏らしたかもしれない。
 再び歩き始める。しばらく歩いて、振り返る。僕のニメートル後ろに、サユリはいる。メジャーで測ったような正確さだった。
「隣を歩いたらどうだ。これだと、まるでサユリが従者みたいだぞ。氷の女王がそれでいいのか」
 けしかけてみるが、背後霊じみた少女は返事をしない。たまたま行く先が一緒なんですよ、みたいな態度をとっている。
 本当に僕は今、サユリと遊んでいるのだろうか。やや不安になる。
 なんてやりとりをしている間も視線は集まってくるのだが、僕はとあることに気づいた。
 皆、見るといってもジロジロと観察するようには見ないで、コソコソと盗み見るように見るのだ。まるで、はっきりと目視することが罪であるかのように。昔、日本ではやんごとなき人を直視すると目がつぶれると考えられていたらしいが、その名残だろうか。

392『彼女にNOと言わせる方法』:2018/01/31(水) 22:00:50 ID:9dqWhcr.
 実際、威厳が違いすぎる。
 さっき僕は、これではサユリが従者に見えてしまうぞ、なんて言ったが、そんな愚かしい間違いをする人は誰もいないだろう。なんというか、オーラが違うのだ。位の高い者だけが持ちうる気品とでもいえばいいのだろうか。年の離れた大人だって、サユリと向き合えば自然と襟を正すに違いない。
 しっかしなー。
 正直、僕に対する視線の無遠慮さには辟易とする。一方的に下賤の輩だと決めつけられているかのような、ありありとした見下しの視線。従者どころか奴隷のように思われているのだろう。Aと一緒にいる時もしんどいが、こっちもなかなか甲乙をつけがたい。
「お前が、あのくそ寒いフラワーガーデンにいた理由がわかったよ」
 きっと、サユリも注目されるのは嫌なのだろう。正直、今の状況は極度のナルシストでもなきゃ肯定的に捉えられない。それに、彼女は容姿だけじゃなくて、別の意味でも注目されている立場なわけだし、気苦労も何かと多かろう。
 結論、視線に関しては気にしないことにした。本日の目標は、とにかく楽しく遊ぶこと。それ以外のことは全てノイズとして処理しよう。
 その時、ぐぅとお腹が鳴った。そういえば、神社で飲んだ甘酒以来、何も口にしていない。昼食もまだだったし、そうだな、とりあえず腹ごしらえがしたい。
「サユリ、今からお昼にしようと考えているんだけど、構わないか」
 返事がないことはわかっているが、一応聞いてみる。コミュニケーションってのはこういう小さなやりとりの積み重ねだしね。
 彼女はYESともNOとも言わなかったが、大人しくついてきているので嫌だというわけではないらしい。
 ならば、向かおう。先人曰く、何をするにもまずは腹ごしらえである。

393『彼女にNOと言わせる方法』:2018/01/31(水) 22:01:26 ID:9dqWhcr.
 国内有数のショッピングモールといえども、フードコートのつくりはさほど変わらない。多種多様のグルメをそろえた店の並びに、開放的なテーブルとイス。仮に食べたいものが異なっていても同席できるというのは、なかなか合理的なシステムだと思う。
 元旦で混み合っているヘビセンだが、昼食のピークは過ぎていたので空席はちらほらと見受けられる。これならば場所取りをする必要もないだろう。
 フードコート内には、全国どころか全世界に展開しているMのマークが特徴的な某ファストフード店があった。僕みたいな懐に余裕のない子どもにも手が届くありがたい値段設定だ。……まあ、最近はちょこちょこ値上げしているけどね。
「僕はハンバーガーにするつもりだけど、サユリはどうする?」
 というか、そもそも食べるのかお昼。なんせサユリはお高い身分のお方だ。「ふんっ。そんな衛生面も十分ではない中で調理された化学調味料たっぷりの怪しいものを、食べられるわけがないでしょう」なんて言いだすかもしれない。
 つーか、コイツ普段何を食べているのだろうか。全く想像がつかない。多分、栄養バランスのとれたオーガニックな食事をとっているのだろうけれど……具体的には……サ、サラダとか? それともスムージー? ……野菜ばっかりだな。庶民の想像力の限界。

394『彼女にNOと言わせる方法』:2018/01/31(水) 22:01:56 ID:9dqWhcr.
 店舗へ向かい、メニューを見る。一番コストパフォーマンスのよさそうなハンバーガーセットを注文した。
「ドリンクはオレンジジュースでお願いします……それと、えーっと」
 と、サユリに視線をすべらせると、彼女が一歩前に踏み出した。
「私も、同じものを」
 小さい、けれど不思議と耳に残る、鈴を転がすような声だった。サユリの声を聞くのは、今日はこれが初めてだった。クルーのお姉さんは、人形じみた美しさの少女にいささか驚いた様子だったが、すぐに気を取り直し「お会計は別々になさいますか?」と訊いた。
「同じでお願いします」
 と言い、肩に下げていたショルダーバッグ(めちゃくちゃ高価そうな)から、長財布(これもまためちゃくちゃ高価そうな)を取り出す。
「な」
 思わず、視線が釘付けになってしまった。
 彼女の長財布には、子どもが持つにはあまりに多すぎる枚数の紙幣が入っていた。しかし、それはあくまで引き立て役にしか過ぎない。僕が目を奪われたのは、黒く輝くカードだった。ブルジョアジーにしか持つことが許されないという、噂のブラックカード……まさか実在したとは。
 戦隊ヒーローを見るようなキラキラとした瞳で、ブラックカードを見つめる。久々に童心に帰っていた。子どものピュアな心を呼び覚ましてくれるとは……さすがブラックカードだぜ。
 だが残念なことに、支払いは現金で済ませていた。クレジット決済はできるみたいなのに……見たかったなー、ブラックカードが使われるところ、見たかったなー。

395『彼女にNOと言わせる方法』:2018/01/31(水) 22:02:29 ID:9dqWhcr.
 サユリは払うものを払ってしまうと、僕の二メートル後ろ、つまり定位置に戻った。クルーのお姉さんはお釣りを手にしたまま戸惑っている。
「おい、サユリ……」
 と、呼びかけても動く気配がないので、とりあえず僕が受け取る。支払いには福沢諭吉大先生を使っていたので、返ってきたのは樋口一葉先生と野口英世と少しの小銭。二人分とはいえ、ファストフードの値段なんてたかが知れているわけで、お釣りはかなりの額になっていた。
「ほら、お釣りだぞ」
 受け取ったお釣りを手渡そうとするが、彼女は受け取る気がないのか、そっぽ向いている。
 もしや一万円札以外の紙幣は入れないと決めているのだろうか。高い財布には小銭入れがついていないというし、それの強化版か? なので、お釣りは駄賃代わりにくれてやると? いや、そんなわけないか。うーん、マジでわからん……意図が読み取れん。
 しかし、だ。
「さすがに、これは受け取れないよ」
 いくら僕が普段からクズだのヒモだの守銭奴だの罵詈雑言を浴びせられているとはいえ、さすがにこれは受け取れない。僕みたいな子どもが貰うにはあまりに多すぎる額だったし、何より僕にだってプライドはある。これではまるで施しを受けているみたいじゃないか。
 それに、奢るという行為は自然と力関係をつくってしまう。奢る者は奢られる者より強くなり、奢られる者は奢る者より弱くなる。僕は、サユリとは対等な関係でいたかった。できるだけ、こういう不純物は取り除いておかなくてはならない。
 なので僕は、彼女にガツンと言うために口を開く。

396『彼女にNOと言わせる方法』:2018/01/31(水) 22:03:20 ID:9dqWhcr.
 ……。
 …………。
 ………………。
 ……………………。
 …………………………ん?
 なぜ、僕の舌は動かないのだ? なぜ、僕の手はポケットの方へそろそろと動いていくのだ? これじゃあ、まるでサユリのお釣りをネコババするみたいではないか。くそっ! 心は返したがっているのに、身体が言うことを聞かない! 心は返したがっているのに! 心は返したがっているのに!
「……これは一旦、僕が預かっておこう。返してもらいたかったら、いつでも言うんだぞ」
 ま、一旦預かっておくだけだからさ。貰うわけではないし、問題ないでしょ。一旦、一旦ね?
 ファストフードの名に劣らず、注文した品はすぐに提供された。トレーを持って、近くの空いているテーブルにふたりで座る。
 身体に悪いと言われているジャンクフードだが、身体に悪いものほど美味しいという悲しき法則がある。僕の胃袋は一刻も早くハンバーガーを求めていた。
 早速、ハンバーガーにかぶりつく。いただきますも言わなかった。口内に広がるジャンクな味わいに、僕はフムフムと頷いた。やっぱり安かろう悪かろうは正義である。
 向かい側に座るサユリは、羽織っていた黒のロングコートを脱いで、脇に置いた。そしてショルダーバッグから除菌シートを取り出し、手を拭き始める。意外とその辺は神経質なのかもしれない。新しい一面を知った気がする。
 手を拭き終えると、サユリも僕と同様にハンバーガーを手に取った。そして包装を開け、小鳥がついばむように食べ始める。

397『彼女にNOと言わせる方法』:2018/01/31(水) 22:03:56 ID:9dqWhcr.
 我ながら阿呆だと思うが、僕は彼女の食事をする姿に――見蕩れてしまっていた。
 ファストフードに食べ方も何もないだろうと言われるかもしれないが、あるのだ。いいとこのお嬢さんらしく、サユリの食べ方に気品があった。育ちの良さは食事にあらわれるというが、まさにその通りだった。
 住む世界が違う、とつくづく思い知らされる。同じ学校に通い、同じクラスに属しているというのに、住む世界はこんなにも異なっている。結局のところ、僕は悪目立ちするだけのその他大勢なのであり、サユリは雲の上にいる人なのだ。
 それは、学校における彼女の在り方にも如実にあらわれている。
 サユリは、いつもひとりだった。イジメられているわけでも、シカトされているわけでもない。恐れられている、というのが正しい表現だろう。
 実際、クラスメイトの誰もが――いや、それどころかこの街に住む誰もが――サユリを恐れていた。担任の教師でさえ、彼女の名前を呼ぶ時は声が硬くなる。
 その原因は、サユリがいわゆる地元の名士の子であるからだ。身分制度が廃止された現在、地元の名士という肩書きがどの程度の重さを持つのか、子どもの僕には到底わかり得ない。けれど、少なくとも大人の世界においては強い影響力があるようで、その影響力が子どもの世界にまでじわじわ浸透してきているというわけだ。
 ついたあだ名は『氷の女王』。年齢を考えれば『姫』の方が適当なのだろうけれど、サユリという人物を知ると、どうしても『女王』という言葉が出てきてしまう。彼女は城の中で庇護されるお姫様よりも、平民を統治する女王のほうが相応しい。

398『彼女にNOと言わせる方法』:2018/01/31(水) 22:04:31 ID:9dqWhcr.
 しかし、このあだ名を耳にすることはほとんどない。なぜなら、ある恐ろしい噂があったからだ。
 ――いわく、氷の女王に反抗した生徒は強制的に転校させられる。
 サユリは学校内に秘密警察のような独自のネットワークを張っており、どんなに秘密裡に行動していようと全ては筒抜けだという。彼女の名誉を棄損するような言動と行動をとれば、強制的に他の学校に飛ばされるだけではなく、なんと両親の職まで奪われてしまう。サユリの父親が関与する会社はこの市ではかなりの数にのぼり、娘の報告が上がれば鶴の一声で首切りが決定する。
 己だけではなく、一家までもが路頭に迷う恐怖。故に、彼女の逆鱗に触れないよう、誰もがサユリから遠ざかった。
 確かに、子どもの噂にしては手が込んでいて、いかにも真実っぽく聞こえる。でも。こんなのは全て嘘っぱちだった。
 具体性の高さのためか、学校内では誰もがこの噂を信じているが、よくよく調べてみると穴も多い。転校させられた生徒が本当にいるとのことだったが、その生徒に関しての情報となると途端にあやふやになるし、そもそもリスクとリターンが釣り合っていない。
 公立校において私的な権力を行使するのは、かなりハードルが高い。それこそ斎藤財閥並みのパイプを持っていなければならないだろう。それに、バレた時に失うものが大きすぎる。世間というのは基本的にエスタブリッシュメントを嫌悪しているので、事実が露見した際は連日ワイドショーをにぎわすことになる。そんな事態に陥れば、いくら地元の名士といえども凋落確定。たかが庶民の一家を飛ばすには、あまりにリスクが高すぎる。
 けれど、僕らのような子どものコミュニティにおいては、噂というのはかなりの信憑性を持つ。学校の七不思議に代表されるように、それこそテレビのニュース並みの情報源といっても過言ではない。僕もゲームの裏ワザ関連でどれほど騙されたか……。

399『彼女にNOと言わせる方法』:2018/01/31(水) 22:05:26 ID:9dqWhcr.
 サユリ自身が発するミステリアスな空気も、噂を強化させた。ありえない想定だが、もし彼女が笑顔あふれる元気溌剌な少女であったら、もう少し結果は違ったのかもしれない。荒唐無稽極まりない噂が説得力を持ったのは、サユリ自身の態度も関係していた。
 と、以上のような噂も手伝って、サユリに近づく者は誰一人としていなかった。彼女がいるだけで周囲の空気は緊張感に満ちたものになり、休み時間になれば周りの席はすぐさま空席となった。
 だが、誰もが恐れ、遠巻きに見ることさえも避ける中、ただ一人だけサユリに話しかける向こう見ずな生徒がいた。
 それは誰か。
 僕である。
 そう、唯一の例外は僕だった。教師陣も含め、学校内の誰もが避ける中、僕だけはサユリに話しかけていた。
「○○はすげえよな。あの氷の女王に話しかけられるなんて。恐くないのかよ?」
 クラスメイトからは呆れ半分恐れ半分にこう言われることが多い。その度に、僕はこう言い返していた。
「同じクラスの仲間じゃないか。仲良くするのは当然のことだろう」
 さすが○○くんだな、俺たちみたいな凡愚とは頭から爪の先まで違うよ、まさに人間の鑑だぜ! と称賛されてもおかしくないのに、何故だか白眼視された。僕の主張を真に受けた人は誰もいなかった。いくらなんでも扱いがひどすぎない……?
 さて、それではミスター博愛主義者○○の真っ白な腹の内を明かそう。
 一応、僕だって最初はサユリのことを恐れていた。例の噂を聞いた時は、僕も他の生徒と同様に震え上がったし、そんな恐ろしいヤツと同じ学校に所属してしまった己の不幸を嘆いたりもした。進級して同じクラスになった時は、まさに泡を噴く思いだったっけ。

400『彼女にNOと言わせる方法』:2018/01/31(水) 22:05:59 ID:9dqWhcr.
 けれど、そこは僕である。強い者が現れたのなら、それに立ち向かうでもなく逃げるでもなく、媚を売り適切なポジションを確保する。それが僕のやり方だ。
 しかも、サユリは教師にも怯えられる存在ときている。もし、つながりができれば悪童の僕にも口を出しにくくなるだろう。子どもだけではなく大人にまで強気に出られるなんて……こんなおいしい機会を逃すはずがないでしょう。
 ファーストコンタクトはかなり慎重に行った。プリントを渡すついでにいくつか話しかけたのだ。僕の声は震え、身体も震えていたと思う。サユリの無反応を何らかのメッセージだと曲解し、その夜は布団にくるまりガタガタと震えた。僕たち一家がダンボールハウスで暮らす夢だって見た。
 常に恐怖はつきまとったが、それでもめげずにコミュニケーションをとった。千里の道も一歩から。地道に話しかけていけば、ある種の信頼関係が生まれるに違いないと希望を持った。
 しかし結果からいえば、失敗したと言わざるを得ない。僕と彼女のディスコミュニケーションは時を経ても変わらなかった。そして僕の中にあった下心も、実現の見込みが薄くなるやいなや消えてしまった。こりゃどうしようもないな、と途中で匙を投げたのだ。
 が、当初の作戦が頓挫した後も、僕はサユリに話しかけ続けた。
 理由は……なんだろうか。強いていえば、刺激だろうか。
 僕の一番身近な人とは誰か。そう、Aだ。あの超絶優等生で、どこに出しても恥ずかしくないどころか大絶賛されるAだ。彼女と一緒にいるのはそれなりに楽しいし悪くもないのだが、いかんせん毒がなさすぎる。無毒どころか、消毒する作用だって持ち合わせている。僕がギリギリ小悪党のラインに踏みとどまっているのは、彼女の浄化作用によるところが大きい。

401『彼女にNOと言わせる方法』:2018/01/31(水) 22:06:28 ID:9dqWhcr.
 でも、Aとの関係には刺激がなかった。人間関係ってのは良いところばかりではなく、悪いところだってたくさんある。ケンカだってするし、疎ましく思うことだってある。けれど、Aにはそれがない。僕がどれだけ嫌がらせをしても、無下に扱おうと、怒らない。笑って全てを許容してしまう。これはこれで居心地のいい関係であることは否定できない。けれど、やっぱり負の部分だって必要なのだ。ニーチェ先生だって述べていた。「友であるなら敵であれ」と。テレビで小耳に挟んだだけだから全くニーチェ先生には詳しくないが、けだし金言だと思う。
 人間関係には刺激が必要なのである。なぜ人はバンジージャンプなどの、自らの生命を危険にさらす行為をするのかというと、それは刺激が欲しいからに他ならない。人間関係だって同じだ。薬膳料理ばかりの生活だと、どうしてたってジャンクフードが恋しくなってしまう。クセのある人物と関わってみたいという欲求が、僕の中に生まれるのは自然の流れだった。そして、サユリとのコミュニケーションは僕に多大な刺激をもたらした。誤算だったのは、彼女がスパイスではなく劇薬だったということだが、それはそれでオーケーだった。
 そもそもさ。誰かと仲良くなるのに、特別な理由なんかいらないんだって。思惑ありきで近づいた僕が言うのもなんだけど、たとえサユリに特別な背景がなかったとしても、やはり話しかけていたと思うのだ。だって、こんな面白そうなヤツを放っておけるはずがない。

402『彼女にNOと言わせる方法』:2018/01/31(水) 22:07:33 ID:9dqWhcr.
 ってのが、僕とサユリの関係性。今までは平行線だったが、本日、ようやく線が交わりそうなチャンスに恵まれている。……今のところ交わる気配はないけど。
 なんて考えている間に、昼食を食べ終えた。手持ち無沙汰になったので、サユリの食事姿でも鑑賞する。
 学校の皆からは恐れられ、遠ざけられているサユリだが、こうしてハンバーガーを食べている姿を見ると、僕と同じ人間なのだと実感する。呼吸して、考えて、そしておそらく悩んでいる、僕と同じ人間なのだ。
 張り付けた無表情の奥に、どんな感情が潜んでいるのか、僕にはわからない。けれど結局のところ、人ってのは自分の見たいようにしか人を見ないし、そして見れない。
 それならば、その仮面の奥に喜びを見出すのは罪ではないはずだ。
「もーらい」
 トレーの上のポテトをひとつ、頂戴する。が、サユリは咎めるでもなく、僕がポテトを食べるのを黙って見ている。これを男子連中にやったら戦争になるのに……金持ち喧嘩せずってやつなのかね。
 いっそ、ドリンクに手をつけてやろうか、と考える。間接キスを成立させれば、さしものサユリも頬くらいは染めるかも……うん。ないな。絶対ありえないわ。普通にドリンクには口をつけないで終わりそう。それはあまりに虚しい結末だった。

403『彼女にNOと言わせる方法』:2018/01/31(水) 22:08:08 ID:9dqWhcr.
 と、パクパクとポテトをつまみ続けているうちに、いつの間にか食べ終えてしまった。マズい、サユリはまだ手をつけていないというのに……。無断でセットの一品を完食する。これほどギルティな行為はそうそうない。
 やっちまったなと思ったが、反応を見るために、僕はあえて悪びれぬ様子で「ごちそうさま」と一言投げかけてやった。
 しかしサユリはストローを口につけたまま、感情の読み取れない瞳で、僕のことを見るばかりだった。
 なにこれ無言の非難なの? もしかして好感度だだ下がり? と、食欲に負けた自分を責めそうになるが、そういえば彼女が僕のことをはっきりと見るのはフラワーガーデンでの一幕以来だと気づく。
 胸の中で、小さく何かが跳ね上がる。
 いやいやいやいやいや。何が跳ね上がるだよ。僕は飢えた犬じゃないんだぞ。これしきのことで安易に喜んだりはしない。サユリの一挙手一投足に意味を見いだしていたら、それこそキリがない。
 だけど、僕の頬は緩み、笑い声が漏れ出てしまう。サユリの宝石のように光る青い瞳を覗き込めば、必死で表情を取り繕おうとする少年の姿が拝めただろう。
 ……ま、これはこれで悪くない。この手の照れ恥ずかしさは、普段の生活からは得られないものだから。その希少性に免じて許そうではないか。
「どうしたんだ、じっと僕に熱視線なんか注いで。もしかして惚れたのか」
 なんて軽口を叩いてみるが、彼女はストローを咥えたまま、黙って受け流していた。
 全く、可愛げのないヤツだ。
 僕は肩をすくめ、そしてやっぱり、笑ってしまった。

404 ◆lSx6T.AFVo:2018/01/31(水) 22:10:07 ID:9dqWhcr.
番外編『元旦の憂鬱、或いは新たな恋心』(後編 1/2)
投下終了です。
番外編は次回にて終了になります。その後は再び本編に戻りますので、お付き合いいただければ幸いです。

405 ◆lSx6T.AFVo:2018/01/31(水) 22:11:48 ID:9dqWhcr.
保管庫凍結に伴い『彼女にNOと言わせる方法』は『小説家になろう』にて保管しております。よろしければご覧ください。
それでは失礼します。

406雌豚のにおい@774人目:2018/02/03(土) 23:52:17 ID:bxsoD1iY
>>405
ぐっちょぶです!!

407雌豚のにおい@774人目:2018/02/03(土) 23:56:43 ID:bxsoD1iY
最近職人様がちょこちょこ投稿して下さるから嬉しい

408雌豚のにおい@774人目:2018/02/03(土) 23:57:19 ID:bxsoD1iY
細々とでもいいから続いて欲しい。

409雌豚のにおい@774人目:2018/02/03(土) 23:57:38 ID:bxsoD1iY
ヤンデレは不滅だあ

410雌豚のにおい@774人目:2018/02/04(日) 17:20:49 ID:hNTnrpMw
一般的に、ヤンデレの最終目標って何だろう?

411雌豚のにおい@774人目:2018/02/04(日) 21:08:13 ID:imPDznN.
やはり想い人と結ばれることではなかろうか
泥棒猫を蹴散らし、全ての不安要素を消滅させたあと決定的な意味で想い人と結ばれる
そんな感じ?

412雌豚のにおい@774人目:2018/02/04(日) 22:26:02 ID:zGQu3XCQ
人(キャラ)の数だけヤンデレがあり、それに応じて目的はみんな違ってみんないい、そんな気もする。

413雌豚のにおい@774人目:2018/02/05(月) 00:37:17 ID:ejjJNKBM
好きな人と結ばれたいっていう気持ちは誰でも持ってるけど、
一般人とヤンデレの違いは、その気持ちを成就させるに至るプロセスにあるんだろうか?

414高嶺の花と放課後の中の人:2018/02/05(月) 14:16:17 ID:joop/CBk
こんにちは。ただ今高嶺の花と放課後 第5話執筆中なのですが、少しお話があって来ました。その話の前に前置きが2つあります。
①この物語はタイトルの通りメインヒロインは高嶺の花こと 高嶺 華でサブヒロインが主人公の義妹 不知火 綾音となっています。これは1人のヤンデレが暴走するより2人のヤンデレが衝突するほうが個人的に描きやすいと判断したからです。
②お気付きの方もいるかもしれませんが当作品ではあまり細かいキャラクターの容姿を限定するような表現はあえて書いてません。これは読み手に好きな容姿を当てはめて欲しいという考えに基づいたものです。

そこで本題なのですが書いている僕自身、あまりメインヒロインとサブヒロインのキャラクター(性格)の極端な区分けができていないと感じており衝突させる場合、極端に違うタイプのキャラクター同士をぶつけたいと考えています。

415高嶺の花と放課後の中の人 続き:2018/02/05(月) 14:22:18 ID:joop/CBk
そこでサブヒロインである綾音を敬語妹に変えて物語を1から書き直すわけではありませんが1話から修正版を投下したいと考えはじめました。もちろん物語の大筋は変わりません。それについて賛成か反対か1人でもいいので聞きたいです。ご協力お願いします。

416雌豚のにおい@774人目:2018/02/07(水) 22:09:31 ID:MmQ4/IvA
>>415
個人的には反対です
創作物としてキャラ設定がある事は理解してますが、どうにも敬語キャラはあまりリアリティを感じず話があまり入ってこないからという理由になります

417雌豚のにおい@774人目:2018/02/09(金) 01:45:56 ID:gOikafQo
一般人とヤンデレの違いは愛の深さしかない。

だから当然目標も違うと思う。
ただ付き合うとかただ結婚するんじゃなくてある意味融合するのが目標だと思う。

ある意味の融合っていうのは唯一無二の対になる事だね。

418雌豚のにおい@774人目:2018/02/09(金) 01:47:20 ID:gOikafQo
ヤンデレは結ばれるっていう浅い関係ではなく想い人との融合が目標\_(・ω・`)

419雌豚のにおい@774人目:2018/02/09(金) 01:49:27 ID:gOikafQo
>>415
敬語だとリアリティないっていうのはちょっとわかる気がする。
だから口癖とか口調を変えてみるのはどうですか?

420雌豚のにおい@774人目:2018/02/09(金) 01:54:44 ID:gOikafQo
>>415
口調や口癖をしっかりと作りこめば容姿の説明がなくても人物像ってのは浮かんで来ると思います。

普段の言葉使いでも荒かったり柔らかい言葉使いや腰の低い喋り方高慢ちきな喋り方

そこに口癖とかを入れていけば結構人物像もそれぞれ変わって来ると思います。

421雌豚のにおい@774人目:2018/02/09(金) 01:59:31 ID:gOikafQo
>>415
賛成です。
現時点でその方向で進めた方が書きやすいと仰っているのでその方向で書けば完結させやすいし、書きやすい方向で書けばアイデアを尽きることがあまりないと思うからです。

422高嶺の花と放課後の中の人:2018/02/09(金) 02:18:21 ID:xRAhmeOw
みなさん大変な貴重な意見ありがとうございます。みなさんの意見を見て色々考えました。敬語妹に変えたいと最初は思っていたのですが、それは自分の表現力の足りなさを誤魔化そうとしている安直な考えなのではないかと思いはじめました。まだ物語は始まったばかりですし、皆さんの大好きなヤンデレも引き出せてません。そもそも私が勢いだけで書いてるが故に人物像が浅くなっているということを痛感しました。それらを反省し、もっと人物に命を吹きこめるよう頑張るという結論に達しました。まだまだ未熟者ですが皆さんに楽しんでもらえるような文章を書けるようにこれからも邁進していきたいと思ってます。今後の予定ですが、予定通り第5話は3日後の月曜日に投下します。そして今抱えているこの問題も改善していこうと思っているで今後ともよろしくお願いします。

423雌豚のにおい@774人目:2018/02/09(金) 04:38:23 ID:ngapnPbE
>>116>>118の者だが、なろうにアカウントを作ってみた
プロローグだけ書いた
これからぼちぼち書き溜めることにする

ttps://ncode.syosetu.com/n1907eo/

424雌豚のにおい@774人目:2018/02/10(土) 03:00:41 ID:melwfpp.
>>422
あんまり思い悩まない程度にかいて下さればいいと思いますぞ!
執筆頑張ってください

425雌豚のにおい@774人目:2018/02/10(土) 03:06:33 ID:melwfpp.
>>423
覗いてみるデイ

426雌豚のにおい@774人目:2018/02/10(土) 03:09:49 ID:melwfpp.
>>423
そのURLコピペしてぐぐったけど複数の小説出てきたぞい。
出来れば題名も言ってくれるとありがたい

427雌豚のにおい@774人目:2018/02/10(土) 03:12:50 ID:melwfpp.
>>423
もしかして>>385の人だったりして

428雌豚のにおい@774人目:2018/02/10(土) 06:48:42 ID:0wHlBW06
>>422
結局はヤンデレ好きの同士の集まりなんだからもっと気楽にいきましょうよ
応援してます

429雌豚のにおい@774人目:2018/02/10(土) 11:53:43 ID:pIo2RUt2
最近同一IDでやたら連投してる人は
IDを知らずに自演失敗しているのか
衝動に任せて書き込んでるだけなのか
どっちにしても、書き込む前にちょっと落ち着くようにしとけ

430雌豚のにおい@774人目:2018/02/10(土) 13:07:22 ID:Oq4U5H7.
URLをコピペしてぐぐったとか書いてるから色々と慣れてないだけだろ
悪気はなさそうだしあまり突っ込んでやるなよ

431423:2018/02/10(土) 17:59:37 ID:PPQGCUHw
>>425-427
URLをググったっていう行動の意味がよく分からないけど、実際に試してみるとこの小説しかヒットしなかったぞ
それはともかく、見てくれてありがとう
今はプロローグだけだが一週間以内に次話を投稿する予定だ

432雌豚のにおい@774人目:2018/02/11(日) 00:26:14 ID:/OrkB/Hs
連投してしまってごめんなさい。
スマホでここ覗いてるんだけどURLが途中までしか表示されてなくて、URLが青く表示されてないからサイトに飛べないんだー。これ俺だけなのかな

433雌豚のにおい@774人目:2018/02/11(日) 00:34:13 ID:/OrkB/Hs
だからURLをコピペしてぐぐったけどだめだった。題名を言いたくないなら大丈夫だよ。余計なことを言ってしまって申し訳ない。

434!slip:verbose:2018/02/11(日) 11:32:36 ID:53xV4qpg
chmate導入すれば解決するぞ

435雌豚のにおい@774人目:2018/02/11(日) 12:13:07 ID:43zXnL1w
いや、頭にhつければ良いだけやぞ

436雌豚のにおい@774人目:2018/02/11(日) 23:11:32 ID:JaHHFnfU
>>435
出来た!ありがとう!

>>434
解答ありがとう!

437高嶺の花と放課後 第五話:2018/02/12(月) 15:44:57 ID:/GCmFoJk
投下します

438高嶺の花と放課後 第5話:2018/02/12(月) 15:46:02 ID:/GCmFoJk
高校2年 8月

『夏休み』

それは年に一度訪れる長期休暇であり、学生を名乗るものであれば誰でも謳歌する。

僕とて例外ではない。

授業がないという日々は僕にたくさんの読書と執筆と、それと少しばかりの綾音の付き添いという時間をもたらしてくれる。

ここ数日は地域の図書館に通い、気になった本を片っ端から借りて読んでいる。

そして感性が刺激されるたび僕の執筆欲が高まり、欲求を満たすように書きなぐる。

そんな日々を繰り返していた。

そんな日々を繰り返していたからか、僕にとって『海』というのは少々退屈なものだった。

妹の綾音とその友人たちの付き添いという形で僕は今、海にいる。

「久美ちゃんたちと海に行くことになったの。お兄ちゃんも行こうよ」

今日という日の始まりはその一言だった。

「誘ってくれたのは嬉しいけど、綾音が友達と海に行くのに僕が付いて行くのもおかしくない?」

「そんなことないよ。久美ちゃんだって弟連れてくるって言ってるし。ね、いこうよ」

いくつか断る文句でも考えたが、結局のところ妹に甘い僕は兄離れさせる気もなく承諾してしまった

その件もあり海に行くことになったが潮風で本を痛ませたくなかった僕は本を持ってきていなかった。

故に退屈さというものが増していた。

「はぁ」

一粒のため息をつくと、人影が僕を覆っているのに気づいた。

「えい」

棒のようなもので殴られ、犯人を尊顔するために振り向く。

「そんな危ないものを人に振り下ろしちゃダメだよ、綾音」

僕のそんな注意も聞いているのか聞いていないのか、

「お兄ちゃんもやろうよ、スイカ割り。きっと楽しいよ?」

気にもせず、僕をスイカ割りに誘ってきた。

「久美ちゃん達はどうしたの?」

「お兄ちゃんを誘ってくるって言って待っててもらってる」

「僕は遠慮するから綾音たちで楽しんできなよ」

「遠慮って、お兄ちゃんさっきも泳ごうってあたしが誘った時に遠慮してたじゃない。いいからスイカ割りやろうよ」

「僕はここで静かに海を眺めるだけで十分楽しんでるよ」

「さっきまで死んだ魚のような顔してた人がそんなこと言ったって説得力ないよ?」

死んだ魚って…そこまで僕は退屈にしていたように見られていたのだろうか。

「ほんっとお兄ちゃんは本の虫なんだから…ほらほら、ここで腐っててもしょうがないから行こう!久美ちゃんたちも待ってるよ」

一体この強引さは誰の遺伝なんだろうか。

そんなことはさっぱりもわからないまま義妹に引きつられた。

439高嶺の花と放課後 第5話:2018/02/12(月) 15:47:15 ID:/GCmFoJk

しばらくずるずると引きずるように連れられると見知った顔の3人がそこにいた。

「みんなお待たせー。お兄ちゃん連れてきたよ」

「待ってたよん、あやねん。とは言っても弟君がいるから私は大して気にして無いけどねん」

「はなせよ、姉貴!うっとうしい!」

「この2人と待たされた私の気持ちも考えてほしいものだな」

綾音の友人、瀬戸 真理亜(せと まりあ)と鈴木 久美(すずき くみ)、そしてその弟の鈴木 晴太(すずき はれた)の3人がそこに待っていた。

瀬戸 真理亜はれっきとした女の子であるが今日初めて会った時、男子と間違えた。

非常に中性的な見た目な上、中性的な声、装いをしていたため勘違いをしてしまった。

申し訳ない勘違いをしたと謝ったが当の本人は「気にしていない。むしろそう思われるようにしているから平気だ」と告げてきた。

余計な詮索は控えたが、本人がそう言うならつまりそういうことだろう。

鈴木 久美は綾音から何度も話に出てくる友人で、かなり親しい友人だと見受けられる。

実際、後者でも何度か綾音と一緒にすれ違ったことがある。

自他共に認めるブラザーコンプレックスの持ち主で弟の鈴木 晴太に目がないという。

それは今日、ほんの少し関わっただけでもひしひしと伝わってくるものだった。

そしてその重い愛情を受け止めているのが鈴木 晴太。

中学3年生でちょうど思春期やら反抗期やら差し掛かる時期の男の子だ。

それ故、姉の重い愛情に強めに反発しがちのようだ。

「あははーごめんねー、お兄ちゃんがいやだーって駄々こねるからさぁ〜」

「綾音。僕は嫌だなんて言ってないし、駄々もこねてないよ」

「うっそだぁ。少なくともあたしには駄々こねてるようにしか見えなかったよ」

「いやそれは…」

心情を簡単に読み解かれたことが少々腹に立ったので僕も躍起になって反抗しようとする。

「あー、兄妹喧嘩は後にしてスイカ割り。始めないか?」

僕の反撃を中断したのは瀬戸 真理亜だった。


「そうそうあやねん、わたし早くスイカ食べたいよん」

鈴木 久美も賛同する。

僕はその様子を見て、出し掛けた刀を鞘に納めるように舌の根に乗った反論を飲み込んだ。

「そうだね、皆んな待たせてごめん。スイカ割り始めようか」

「よしじゃあスイカ用意しなきゃね。久美ちゃん、真理亜。ちょっとこっちきて手伝ってほしいことがあるの」

「分かった」

「おっけーん」

綾音が2人に手伝いの要請をし、女子高生3人はせっせとスイカ割りの準備を始めた。

そして僕と晴太くんの2人がその場に残る形となる。

妹の友達の弟、もしくは姉の友達の兄。

そんなほとんど他人同然の関係の僕らに沈黙の空間が流れる。

本来なら年上の僕が気を利かせるべきなのだろうがあいにくそのような気の利いたことができるのであれば、もう少し友人が多い人生だろう。

気不味い時間が流れる。

しかし永遠に続くかと思われた沈黙は年下の彼が破った。

「センパイって大人っすね」

「ん?」

いきなりそんな一言で沈黙が破られると思ってなかったのと、なぜそんなことを言ってきたのかがわからなく思わず聞き返してしまった。

「いや、さっき口論になりかけた時に真理亜さんが静止したじゃないっすか。その時にセンパイは嫌な顔せずになんだか落ち着いた表情で自分に気持ち抑えたの見てなんとなくそう思ったんす」

「僕が大人だって?いやいや、全然そんなことないよ。僕だって大人になりたくて必死にもがいてるただの学生さ」

「でも俺から見たら大人っすよ」

晴太くんは少し恥ずかしそうに頬をかく。

「俺、センパイみたいに大人っぽくなりたいんす。だから、その…さっきの態度見て見習いたいなって素直にそう思いました」

それは単純に口論しても無駄だということを10年間の経験からおおよそ分かってたからという理由なのだが、訂正するほどのことでもないので僕も野暮なことは言わない。

「お兄ちゃんー、晴太くんー準備できたよ〜」

準備を終えたらしい綾音たちは余った男2人を呼んだ。

「さ、呼ばれたことだし行こうか」

「そうっすね」

440高嶺の花と放課後 第5話:2018/02/12(月) 15:48:14 ID:/GCmFoJk
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ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー


帰りの電車。

水平線の彼方から差し込む茜色の光が車内を強く照らし、大きな影を作る。

あれから存分に遊んだ僕らは皆疲れ切って僕を除く4人がすっかりと寝入っていた。

寝過ごすわけにもいかないので、僕もうつらうつらとしながらもなんとか睡魔に抵抗をしていた。

とはいえ、人間の三大欲求の一つに抗うのは容易ではなく意識を手放そうとする。

その時だった、僕の携帯が震えたのは。

あまりメールなどもしないので携帯が振動することに慣れていない僕は冷水を浴びたように目が覚めた。

予感が走る。

送られてきたメールの主は、高嶺 華。

まさか。

本当に夏休みに連絡してくるなんて思っても見なかったので、予想外の出来事に胸が高鳴る。

しかし肝心のメールの内容が不可解なものだった。

というより無かった。

つまり白紙の文章を送りつけられたわけだ。

誤送信と思った僕は第二通を待つことにした。

そしてそれは5分ほど間が空いた後に送られてきた。

ただし白紙で。

これで白紙の文章を送ってきたのは2度目となる。

二度あることは三度ある。

それから間も無く三通目の白紙のメールが送られてくる。

ただでさえ眠いというのに不可解なメッセージにより思考が停止する。

三通のメールを見返す。

だがどれも白紙で件名すら、無い。

これ以上考えても仕方がないので『どうしたの?』と返信し、素直に答えを聞くことにした。

返信が来る。



ーーーーーーーーーー
差出人 高嶺 華
件名 なし
本文
明日、羽紅図書館に12時に来てください。

ーーーーーーーーーー



眠気が吹き飛んだ。

想い人に誘いの連絡が来たのだ。

意識が覚醒せずにはいられなかった。

「でもじゃあーーー」

最初の三通の白紙のメールはなんだったのだろうか。

歯と歯の間に食べ物が詰まったようなあのきになる感覚。

明日にでも聞いてみようか。

441高嶺の花と放課後 第5話:2018/02/12(月) 15:49:11 ID:/GCmFoJk

「ん…」

隣で寝ていた綾音が目を覚ます。

「あと…何駅?お兄ちゃん…」

起きたとはいえまだ眠いのか、瞼は半分すらも開いていない。

「あと3駅で羽紅駅だよ。まだ大丈夫だけど、もう少ししたらみんなを起こさなきゃね」

「…そっか」

綾音はわずかに開いていた瞼を下ろし、僕の肩へと寄りかかって腕を絡める。

すぐ隣の髪から漂う微かな潮の匂いが今日の思い出を再度胸に焼き付ける。

「…ねぇ、お兄ちゃん」

「ん?」

「…楽しかった?」

「もちろん楽しかったさ」

「…よかった。好きな読書がさせてあげれなくて申し訳ないって思ってたから」

「そんなこと…気にしなくてもいいのに」

「私はね、すっごく楽しかった。またお兄ちゃんと海に行きたい」

「…」

綾音のブラザーコンプレックスを改善したいと思っている手前、僕はそれを簡単には同意できず、ただ黙っていることしかできなかった。

「…ねぇ、お兄ちゃん」

「ん?」

「ずっと。ずぅっと一緒に、いよう…ね」

そのセリフを最後に綾音は完全に魂が抜けたように眠ったのを、肩にのしかかる重さの変化で感じた。

ひとつため息をこぼす。

「…参ったな」

今まで当たり前だったそれはひどく歪で、意識しなければ歪とも気がつかなかったくせにもしかしたら取り返しのつかないところまで歪んでいるのかもしれない。

いざとなった時、僕は綾音を突き放すような真似ができるのだろうか。

否、このままではできないだろう。

結局のところ僕は綾音に寄りかかられていることに愉悦を感じているのかもしれない。

だからこそこんなにも困り、悩んでいるのだろう。

本当に綾音を思うのであれば、僕が多少の嫌な思いをするのは避けられないのだろう。

覚悟をせねば。

僕は昨日までの自分と決別する手始めに、右腕に絡まった綾音の腕を解こうとする。

「…あれ?」

解けない。

腕を引き抜こうとしても絡まった腕をどかそうとしてもそれは強く反発し、むしろより固く絡みつく。

「…綾音、起きてるの?」

…返事はない。

一筋の汗が頬を伝う。

本能で感じる恐怖がそこにある。

二本の腕からつたわる意志。

まるで僕による兄離れを全力で拒否することを表しているその様。

「…まさか、ね」

逃がさない。

そう綾音に言われているような気がしてならなかった。

442高嶺の花と放課後 第5話:2018/02/12(月) 15:52:10 ID:/GCmFoJk

ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー


海に行った翌日、いつも通り僕は羽紅図書館へ向かった。

ただしいつもと違うのはそこに待ち人がいるということ。

指定された時間より30分早く着いたのだがその人はもうすでにそこで待っていた。

麦わら帽子に白いワンピースを着飾った彼女はそれだけで周りの目をひいていた。

「もう来てたんだ高嶺さん。おはよう」

「…」

彼女は無言で僕を見る。

というより睨んでいる。

「ど、どうしたの?」

「…不知火くんはさぁ、私と夏休み前になんて約束したんだっけ?」

「えっ、と僕の小説を読ませる約束をしました」

彼女の剣幕に思わず丁寧語になる。

「ずっと連絡待ってたんだけど?」

「い、いやほとんど毎日図書館に通って本読んだり書いてたりしてたから忙しくて」

「その割には顔赤いね?日焼けでしょ。海にでも行ったんだ」

「それは昨日たまたま妹に誘われて…」

「不知火くんは私から連絡しなければ約束忘れようとしてたでしょ」

「まさか、そんなつもりはないよ!」

「私ずっと待ってたのにな…」

「それは…ごめん高嶺さん。どうすれば許してくれるんだい?」

すると彼女は人差し指を僕の目の前で立てる。

「紅茶一杯奢ること。そして約束を守ること。これで許してあげる」

「分かったよ。でも、僕あまり気の利いた紅茶が出せるところ知らなくて。高嶺さん知ってる?」

僕が提示された条件を飲んだこと確認すると彼女はこの日初めて柔らかい表情を浮かべた。

「うん知ってるよ。不知火くんの知らない店」

「もしかして駄洒落かい?」

「面白いでしょ?」

「はは、それはどうかな…。とりあえずそこに行こうか」

「そうだね。じゃあ着いてきて」

高嶺さんが僕を先導する。

しばらく無言で歩いていたが、その静寂は彼女の方から終わらせてきた。

「…まったく、本当に待ってたんだよ?」

「それは申し訳なかったよ」

「なのにちゃっかり海で遊んでるんだ、か、ら」

そう言って彼女は三度、僕の頬に指を指す。

ピリッとした痛みが三度、走る。

「いたっ、痛いってば高嶺さん」

「お仕置きよ。私との約束をほったらかして海になんて遊びに行くから」

「面目無い。色んなことに夢中になっちゃって…いや、これはみっともない言い訳だね。僕さあんまり友達いないから誘い下手というか、そのどうやって高嶺さんを誘ったらいいのか分からなかったんだよ」

好きな子の前なら格好悪いところを見せたくない。

これは一般男児であれば皆思うところだろう。

僕だってそうだ。

でも今は誘い下手や友人が少ないという格好悪い所を素直に認めてでも嘘をつきたくないという気持ちが優ってしまった。

「…じゃあまずは私を誘うことに慣れてもらわなくちゃ」

「へ?」

「…あっ、ここだよ」

自分でも恥ずかしいことを言った自覚があるのか彼女は軽く赤面しながら、自分らの目的地であろう喫茶店『歩絵夢(ぽえむ)』を指差す。

そんな姿も絵になる。

改めて目の前の人の美しさを実感させられる。

443高嶺の花と放課後 第5話:2018/02/12(月) 15:55:17 ID:/GCmFoJk

彼女が店に入るのを見て、惚けていた自分にやっと気付き慌てて背中を追う。

中に入るとそこは珈琲と煙草の匂いが混ざり、独特の香ばしさが漂う空間だった。

店内にはジャズが流れ、マスターは来店した僕らに目もくれず珈琲を入れていた。

「あっ、ここの2人席が空いてるよ。ここにしよっか不知火くん」

高嶺さんのこの様子を見るとどうやらファミレスのように席案内するわけではないようだ。

「ここにこんな喫茶店があったなんて知らなかったな」

「結構路地に入り組んだ所だからねぇ。私も友達に教えてもらったんだぁ、どう?」

「独特の匂いがするけど、うんそうだね。でも落ち着くよ。いい所だね」

「でしょー?不知火くんならきっとそう言ってくれると思ったぁ」

先ほどまでの拗ねた表情はなく、その屈強な笑顔に僕の気持ちまで穏やかになる。

「私は頼むもの決まってるけど、不知火くんメニュー分かんないでしょ?はいどうぞ」

そう言うと比較的小さくかつ手作りのメニューが手渡される。

「不知火くんは何飲むの?」

「珈琲を飲もうと思ったんだけど、なんか思ってたメニューの内容と違って戸惑っている」

てっきりホットコーヒーやらアイスコーヒーなんて書いてあるメニューを想像してたのに、そこに記されてたのはキリマンジャロだとか、マンデリンだとか珈琲豆の種類が記載されていた。

「あーわかるかも。いきなりコーヒー豆の種類見せられてもどれがいいかなんてわからないよねぇ」

「生まれてこの方、珈琲豆の種類なんて気にしたことなかったな」

「あら、華ちゃんじゃない。いらっしゃい」

「あっ、陽子さん!」

突然高嶺さんに声をかけたのは、どうやらこの店の店員のようだった。

「お洒落な麦わら帽してたから最初誰だか分からなかったけど華ちゃんだったのね。可愛いわね、似合っているわ」

「そ、そうですかね」

えへへ、と頬を紅潮させ嬉しそうに笑う。

その様子を母性溢れた眼差しで見ていた女性店員は僕に気づくと、こちらも優しい眼差しでこちらを見つめてきた。

「それで、きみは?華ちゃんのお友達?」

「あっ、はい。高嶺さんと同じクラスの不知火 遍といいます」

「そう遍くんね。なかなか珍しい名前をしてるわね。私は八千代 陽子(やちよ ようこ)よ。私の名前『よ』が続くからフルネームじゃ言いづらいでしょ、ふふ。気安く下の名前で呼んで大丈夫だから。っとそうだ、二人とも注文は決まってる?」

「私はアイスミルクティーだけど、不知火くんは?」

「えっと僕、あまり珈琲豆に詳しくないのですがお勧めってありますか?」

「そうねぇ、珈琲って色々個性があって人によって合う合わないがあるんだけど…、これなんかどうかしら。比較的飲みやすいものだと思うのだけれど」

「じゃあこれのホットで」

「『グァテマラ』のホットね。以上かしら?」

「「はい」」

「分かったわ。じゃあゆっくりしていってね」

陽子さんはそう言うと厨房へと向かって言った。

「不知火くん、コーヒー好きなの?」

「ん?そうだね、好きだよ。飲むと落ち着く」

「へぇ〜大人だなぁ」

「高嶺さんは珈琲嫌いなの?」

「うん、苦くて飲めないや。だから私は甘くて美味しい紅茶がいいなぁ」

「だからアイスミルクティーね。そうだ、僕の小説だったね。いま書いてる短編小説はまだ書き終わってないから僕が以前書いた作品を持ってきたんだけどどうかな?」

「え?前に書いたやつ?うん読みたい読みたい!」

「高嶺さん、恋愛小説好きそうだったから過去に書いたやつでそれに絞って持ってきたんだ」

僕は手持ちの紙袋からいくつかノートを取り出す。

「ただまぁ、あまり期待しないでほしいかな。結構今より未熟な頃に書いた作品も多いからさ」

「未熟な頃の不知火くんの文章も見てみたいなぁ。成長過程っていうか、どんな風に作風が変わっていくのかその様子も知りたい」

全くこの人は相変わらずこっちが恥ずかしくなることを言ってくる。

「あれ?もしかして不知火くん照れてる?」

悪戯な笑みを浮かべこちらを見てくる。

「そりゃあそんなこと言われたら照れるさ」

調子が狂う。

やっぱり苦手だ。

「じゃあはいこれ。たぶん今日持ってきたやつの中では一番古い作品だと思う」

「ありがとー。そういえばふと思ったんだけど不知火くんっていつから小説書いてるの?」

444高嶺の花と放課後 第5話:2018/02/12(月) 15:57:31 ID:/GCmFoJk

「んー、小さい頃から軽く書いてたこともあるからはっきりとした時期は分からないけど多分中学2年生の時からかな」

「じゃあもう3年くらい書いてるのかぁ、すごいね。なんだか不知火くんの初作品読んでみたくなっちゃった」

「それこそ一番見られたくないやつだから是非とも遠慮させていただきたいな…」

「お待たせしました。グァテマラのホットとアイスミルクティーよ」

僕らの頼んだ品を陽子さんが運んできてくれた。

「わぁありがと陽子さん。私喉乾いちゃってて、外も暑いし」

「確かにこの頃は一段と暑いわね。遍くんはホットコーヒーで良かったの?」

「え?あ、はい。お店の中冷房効いてるし、僕としてはこっちの方が好みです」

「そう、なら良かった。コーヒーはお代わり無料だからいつでも言ってね」

「え〜、コーヒーだけずるーい。ミルクティーもお代わり無料にしてよ」

やや拗ねたような表情をする高嶺さんをよそに運ばれてきた珈琲に一口つける。

ーーーーーー美味しい。

家で飲むインスタントものとは大違いだ。

いや比べること自体が間違ってると思うほどにそれだけ香りや味わいが良いものだった。

「あれ?不知火くんお砂糖もミルクも何も入れないの?」

「うんまぁ、普段からあまり入れないかなぁ」

「え〜、苦くて私なら絶対飲めないなぁ」

「まぁ華ちゃん、ミルクティーお代わり無料してーって駄々こねるほどお子様だもんね」

「そ、そんな言い方してないよ陽子さん!」

「ははは」

随分と脚色された陽子さんの物真似が面白く、僕もつい笑ってしまった。

僕は二口目を口につける。

445高嶺の花と放課後 第5話:2018/02/12(月) 15:58:47 ID:/GCmFoJk

「ところでさぁ、…二人は交際しているのかしら?」

「え!?」

「っ!?」

二口目を嚥下しかけたところでこのとんでもない質問をしてきたものだから珈琲が気道に入りむせてしまった。

「げほっ、げほっ」

「だ、大丈夫?不知火くん」

大丈夫じゃあない。

ものすごく痛い。

「もー、陽子さんが変なこと言うから不知火くんむせちゃったじゃない」

「あれ?じゃあお付き合いしてないんだ」

「そうだよ!不知火くんは小説家目指してて私がお願いして作った小説読ませてもらってるの!」

「あら小説?ほんとだ。遍くん、結構面白い趣味を持っているわね」

「けほっ、ありがとうごさまいます」

「不知火くん大丈夫?」

「ちょっと…喉が痛いかも」

「待っててね、今お水持ってくるわ」

陽子さんが一旦この場を後にする。

「ご、ごめんねー不知火くん。もー陽子さん変なこと言うから困っちゃうよねー」

彼女は恥ずかそうに笑う。

「はは、っそうだね」

まったくなんて爆弾を落としてくれたんだ陽子さん。

むせた痛みとこのいたたまれない空気という二重苦。

「お待たせ遍くん。はいお水」

「ありがとうございます」

受け取った冷水を嚥下する。

「どう?」

「すこしマシになりました。ありがとうございます」

「いやいや、変なこと聞いちゃった私が悪いのよ。あっ、それと…」

すると陽子さんはそっと僕の耳元まで口を寄せた。

「…私は応援してるからね」

「へ?」

「ではごゆっくり〜」

「あっ、陽子さん!不知火くんに何言ったの〜?」

高嶺さんの静止もきかず陽子さんは去っていった。

あの人、最後の最後まで爆弾を落としていくな。

応援してるとはつまり僕の気持ちに気付いているわけで…

僕が分かり易すぎるのか、それとも彼女が鋭いのか。

できれば後者であることを願う。

ふと気がつくと目の前の可憐な少女はややむくれた表情でこちらを見ていた。

「な、なんだい?」

「むーなんて言ったか気になる。教えてよ不知火くん」

教えられるわけがない。

「ごめん、黙秘ってことでいいかな?」

「えー気になる!いいじゃん教えてよー」

「いや、大したことじゃあないんだ。うん」

「じゃあ教えてよーねぇいいじゃんー」

その後ーーー

あの手この手と陽子さんの耳打ちを聞き出そうとする高嶺さんをかわし続け、興味の的を僕の小説へと無理矢理変えることができたのは一杯目の珈琲が冷めた頃だった。

446高嶺の花と放課後 第5話:2018/02/12(月) 16:00:27 ID:/GCmFoJk

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ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー



高嶺さんに僕の小説を読んでもらっている間、昨日海に行って書けなかったこともあり半ば筆先で紙に暴力を振るうように小説を書き殴っていた。

それが一旦落ち着いたので一息いれる。

「ふぅ」

「すごい集中力。すっかりコーヒー冷めてるわね、お代わりいるかしら?」

丁度陽子さんが僕の一息を見たのか、そんな気を遣ってきた。

「いただきます」

カップに残った冷えた珈琲を一気に飲み干す。

そして陽子さんは空いたカップを慣れた手つきで受け取る。

「それで、華ちゃんもよく読むわね」

「んぁ?あぁ、うん。だって不知火くんの小説すごく面白いんだよ。普段本読まない私もすごく引き込まれる」

「だってさ、少年」

陽子さんはそう言って僕の背中叩く。

「あはは…」

そんな返事に困るようなことされても空笑いしかできない。

「今、お代わり持ってくるから待ってて」

厨房へ行く陽子さんを目で追っていた高嶺さんは不意に僕の方へと視線を戻す。

視線が合ったに羞恥を感じた僕は、ひねり出すように話題を出す。

「小説どうだった?」

「ん?さっき言った通りだよ。すごく面白かったよ」

想い人に言われたからとか関係なく、単純に物語を賞賛してくれることに喜びを感じざるを得ない。

「でも…」

「?」

「なんだろ、夏休み前に見せてくれたあの物語と比べると何かが足りない気がする…」

「何か…」

それはきっと高嶺さんが僕に与えてくれたものだ。

でもそんなことは言えない。

言えるはずが、ない。

僕は結局、彼女を高嶺の花と遠ざけて眺めるだけの臆病者。

447高嶺の花と放課後 第5話:2018/02/12(月) 16:01:42 ID:/GCmFoJk

「ふふ、まぁ素人読者の感想だからあんまり気にしないでね?」

「いや、そういうなんとなくの感想を聞けるだけでも嬉しいよ」

カチャ、と目の前に珈琲が置かれる。

「はい、どうぞ。コーヒーのお代わり」

「ありがとうございます」

少し忙しくなってきたのか、今回は陽子さんは立ち話せずすぐにその場を後にした。

ひとくち口につける。

「ねぇ不知火くん」

「なんだい?」

「コーヒーおいしい?」

「美味しいよ」

「じゃあ…ひとくち飲もうかな…」

「え?」

僕を見つめる瞳。

要は僕のこの珈琲を一口分けて欲しいという意。

「だめ?」

「だめっていうか、別に構わないけど…。少し砂糖とミルク、入れようか」

珈琲に角砂糖一つとミルクを少々入れる。

それを攪拌(かくはん)し、受け皿ごとカップをまっすぐ差し出す。

「ありがとう、不知火くん」

彼女はカップを受け取るとそれをわざわざ半回転し飲む。

僕が口をつけたカップをまっすぐ差し出しそれを半回転して口をつけたらそれは…

「あっ…」

そんなことは気にする様子なく彼女は一口珈琲を口に含む。

「うぇ〜、やっぱり苦い」

苦味に耐えられないのか両目をつむって舌先を出す。

間接キス。

その事実が先程珈琲に砂糖とミルクを攪拌したように、僕の心に動揺と羞恥が撹拌する。

年頃の女子高生なのに間接キスを気にしないのか?

それともこんなことを気にする僕が稚拙なのか?

「ははは…やっぱり苦かったかぁ」

苦いのは僕の笑いの方だ。

「うん苦かったよぉ。だけど…嫌じゃなかったなぁ」

「え?」

嫌じゃないのは珈琲の方か、間接キスの方か。

真意が聞きたくて反射的に聞き返した。

「…これからはコーヒー。ちょっとずつ飲んでみることにするよ」

「あ、あぁ珈琲ね」

ほっとしたのかがっかりしたのか

二律背反な感情が心を支配する。

「…嫌じゃないんだ、私」

「ん?何か言ったかい?」

「ううん、なんでもない。それよりもすっかり日が暮れちゃったね」

448高嶺の花と放課後 第5話:2018/02/12(月) 16:02:41 ID:/GCmFoJk

「あれ?もうそんな時間なの?」

この喫茶店は路地裏に店を構えていることもあり昼間も外は暗くて気がつかなかったが確かによく見てみると日が暮れているのがわかる。

どうやら執筆に思ったより大きな時間を割いていたらしい。

「そうだねぇ。そのコーヒー飲み終わったらそろそろ帰ろうか」

「分かったよ、今飲むから少し待ってておくれ」

「ふふ、そんなに慌てなくても大丈夫だよ」

カップの持ち手が利き手に戻るように半回転すれば再び間接キスをすることになる。

やや不自然だが僕は半回転せずそのまま飲むことにした。

慣れない甘みが口に広がる。

「あっ…」

「どうしたんだい?」

「う、ううん。なんでもないよ」

そう言って彼女は少し寂しさを感じるような笑みを浮かべる。

「そうだ不知火くん。今日読みきれなかった分持ち帰ってもいいかな?」

「あぁ構わないよ」

「ありがとう。そしたら全部読んだらまた今度返すね」

今度は寂しさなど感じない笑み。

実に心惹かれる。

踊る心を鎮めるよう珈琲を一気に飲み干す。

砂糖と間接キスの甘さで胸焼けしそうだ。

「おまたせ。じゃあ僕が先行って会計してくるよ」

「あっ、私の紅茶代…」

「え?僕の奢りでしょ。いいよ僕が払うさ」

「あれ冗談だったんだけどなぁ…。でもお言葉に甘えちゃおうかな」

伝票を手に取る。

「じゃあその紙袋ごと小説持って行っていいからね」

そのまま僕はレジまで歩いていった。

「お会計?」

近くにいた陽子さんが声をかけてくる。

「はい」

「分かった。いまいくわ」

僕から伝票を手渡しで受け取るとこれも慣れた手つきでレジを打ち込む。

「合計1300円ね。会計別にする?」

「いえ、まとめてで大丈夫です」

「そうデート代は男の子が払わなきゃだもんね」

「い、いやそういうのじゃあっ…」

「あはは、ごめんごめん。ついからかいたくなってね。それにしても随分集中して書いてたわね」

「そう…ですね。あんまり自覚なかったんですけど、雰囲気とか珈琲とかでいつもより集中できたのかもしれません」

「ねぇ、今度機会があったら私にも読ませてくれないかしら?」

「僕のでよければ是非お願いします」

「ありがとう楽しみにしてるわ。じゃあこれお釣りね。ありがとうございました」

「ごちそうさまでした」

高嶺さんはもうすでに外へでていたので僕もそのまま店の外へ出る。

外へ出た瞬間、夏の湿った暑い空気が肌に張り付く。

「おまたせ高嶺さん」

「よかったでしょ、ここ」

「そうだね。また来たいと思ったよ」

「じゃあそうだなぁ。…来週。来週のこの日にまたここで会おうよ。それまでにちゃんとこれ。読んでくるから」

彼女は紙袋を手に掲げる。

「分かった。それまでに僕も執筆の方進めておくよ」

「じゃっ、帰ろっか。来週の約束はほったらかさないでよ〜」

「ちゃんと約束守るよ」

僕ら二人は喫茶店の前から歩みを進める。

ふと気になって振り返る。

なんだか僕はこの喫茶店が大事な場所になるような、そんな気がした。

「どうしたの不知火くん?」

「あ、あぁなんでもないよ」

夏休みはもうすぐ半ば。

来週の今頃には折り返しだ。

だけど…僕の夏休みはまだ始まったばかりな気がする。

449高嶺の花と放課後の中の人:2018/02/12(月) 16:04:38 ID:/GCmFoJk
以上で投下終了します。第6話は再来週の月曜投下予定とします。

450雌豚のにおい@774人目:2018/02/13(火) 01:35:48 ID:b8mPsj8g
>>449
乙です
妹がなかなかイイ傾向にあるね。逆にもう一人の方がどうやって病んでくのかに期待です

451雌豚のにおい@774人目:2018/02/14(水) 15:19:36 ID:5bezfqV2
乙です
毎回楽しみにしてます

452雌豚のにおい@774人目:2018/02/15(木) 01:49:20 ID:neb9n4h2
GJです

453高嶺の花と放課後の中の人:2018/02/26(月) 23:58:30 ID:/756lkJU
すみません。個人的に忙しく第6話がまだ完成していません。本日投下予定だった第6話は明日投下に延長します。

454高嶺の花と放課後の中の人:2018/02/27(火) 23:18:12 ID:WKrbv4dg
投下します

455高嶺の花と放課後 第6話 前編:2018/02/27(火) 23:18:48 ID:WKrbv4dg
高校2年 8月

高嶺さんに自作の小説を読んでもらうという行為は僕の執筆に良い影響が与えられている。

第一に他人の感想を聞くだけでも修正所や表現の適切不適切が見えてくる。

第二に彼女には楽しんでもらいたいという感情が内容を今まで以上に洗練されたものにしようという意欲が働くのだ。

それ故あまり今までは内容を書いては消して書いては消してを繰り返さなかった僕もそれを繰り返すようになり、直筆小説を書くものもノートから適している原稿用紙へと最近移行してみた。

要は丸めてゴミ箱に捨てるというあれだ。

実際には現在喫茶店『歩絵夢(ぽえむ)』
で執筆しているので丸めてゴミ箱へ放るなんてことはしない。

しないがボツ用の紙袋を持ってきたのでその中にすっと入れる。

「ふぅ」

「不知火くん。苦戦してるね」

そんな僕の様子を見てか少し心配そうな表情をする高嶺さん。

「そうだね。なんだか今までは書きたいように書いて満足してたんだ。でも今はそれを読む人がいる。だからそんなやり方してたって駄目かなって思ったんだ」

「私はいいと思うけどなぁ」

「妥協が許されないって気づいただけさ。僕がこの道で生きていくのであればそれ相応の覚悟と努力が必要という当然のことにね。高嶺さんのおかげだ」

父親を説得できなかった理由も今となってはわかる気がする。

「えっ、私なんにもしてないよ」

「いや高嶺さんが僕の小説を読んでくれているおかげで他人に読ませるという意識を持ちながら話を書くようになったんだ。当たり前な話、小説って他人に読んでもらうものなんだから今まで意識しなかったってのもおかしな話だけどね」

「そう言われるとなんだか嬉しいなぁ、不知火くんの役に立ててる感じがして。そういえば不知火くんは夏休みの宿題はどう?終わった?」

筆が止まる。

456高嶺の花と放課後 第6話 前編:2018/02/27(火) 23:19:28 ID:WKrbv4dg

「あー、…それは今一番聞きたくない言葉だな」

「やっぱり。不知火くん真面目そうな顔して意外と勉強疎かにしがちだよねぇ」

「残念ながら文学青年が皆真面目と思ったら大間違いだよ」

「でも不知火くんはやる時はちゃんとやる人って私知ってるよ。期末試験勉強も頑張ってたもんね」

「それは、いやそれこそ高嶺さんのおかげだよ。あれだけ懇切丁寧に教えてくれれば誰だってできるようになるさ」

「私でよければ新学期始まったらまた教えてあげる」

「新学期迎えるためにもそろそろ夏休みの宿題やらないといけないなぁ」

「うん、それがいいと思うよ」

「…そうだ。さっきのことでもうひとつ話しがあるんだ」

「どうしたの?」

「実は僕、小説家になることに父親から反対されていてね」

「えっ」

彼女が真剣な表情へと切り替わる。

「僕もあれよこれよと説得を試みているんだけどなかなか首を縦に振ってくれないんだ。どうしたものかと僕も悩んでいたんだけどね、最近なぜ父が認めてくれないのかわかってきた気がするんだ」

「どういうこと?」

「ここでさっきの話と繋がるんだけど今まで僕は一人でしか文学の世界に浸っていなかった。けどこれを仕事にするのであれば一人じゃ当然駄目でどこか僕は小説家を将来の夢としてただ漠然と眺めていたんだ。もう高校生だ。将来の夢を見るのはいいけどそれまでの道はそろそら具体的に考えないといけない年頃だと思うんだ」

説得できなかったのも当たり前だったのかもしれない。

「…立派だね。不知火くん」

彼女は唇端を僅かに釣り上げたのち、紅茶をすする。

「そんなに立派に考えてる高校生なんてそういないよ?私だって将来の夢は漠然と考えてるだけだもん」

「高嶺さんも将来の夢あるのかい?」

「あるよ」

ただ真っ直ぐこちらを見つめてきた。

やや羞恥がこみ上げてくる。

「…内緒だけどね〜」

聞かせてもらえないのか。

少々がっかりする。

「でも…不知火くんなら近々教えることになるかもね」

「近々教えるってどういうことだい?」

「それも内緒だよ…」

静かに微笑み、唇に人差し指を当てる。

あまりの可憐さに胸が少し締め付けられるような気分になる。

この胸の苦しさを原稿用紙へとぶつけようとするが、何も言葉が綴れない。

「…今日はもう帰ろっか」

「え?」

「不知火くん夏休みの宿題まだなんでしょ?あんまり私が長い間拘束しても悪いからさ。それに今は私の将来の夢が気になってしょうがないだろうし、ね?」

すっかりバレている。

気遣いもさせている己に情けなさすら感じてきた。

「そうだね。まだ読み終わってない分は持って帰ってもいいからね」

「ありがとう不知火くん」

伝票を持ちお互いの料金を支払い、『歩絵夢』を後にする。

葉月も後半。

茅蜩(ひぐらし)の音がただ黄昏に鳴り響いていた。

457高嶺の花と放課後 第6話 前編:2018/02/27(火) 23:20:55 ID:WKrbv4dg

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ーーー


後半に差し掛かった夏休みの平日の昼下がりのことだった。

「お、に、い、ちゃ、ん!」

夏季休暇の課題に悪戦苦闘しているとノックをするなんて概念がとうに捨て去られてしまった僕の自室に綾音が入ってきて後ろから抱きついてきた。

「どうしたの、綾音」

「お兄ちゃんってぇ、明後日ひま?」

「明後日って…土曜日か。んー別段、予定はないよ」

僕が予定のないと伝えると綾音の目が爛々と光る。

「じゃあさっ、二人でお祭りいこうよお祭り」

其れは別に構わないーーーー

つい反射的にそう告げようとする。

高校生にもなって兄と二人で夏祭りに行きたいと言う妹は多分、普通じゃない。

だが兄離れさせたいといっても僕も綾音と喧嘩したいわけではないしむしろ仲良くしたいと望んでいるが故、これがどうしてなかなか難しい。

予定がないと言った手前、面と向かって断る勇気もないし別の人を誘うように誘導できないものか。

「綾音は友達とかとは行かないのかい?ほら久美ちゃんとかこないだの真理亜ちゃんとか」

「久美ちゃんも真理亜も誘ったんだけど二人とも予定あるって断られちゃった」

「ほかにも友達とか誘いたい人はいないのかい?」

「んー、いないかな。…普通の女の子はお兄ちゃんと会わせたくないし…」

義妹の顔が一瞬歪む。

「え、今なんて言ったの?」

すぐ元の笑顔へ戻る。

458高嶺の花と放課後 第6話 前編:2018/02/27(火) 23:21:41 ID:WKrbv4dg

「ううんなんでもないよ。ねぇっ、それよりも行こうよ〜お祭りぃ」

「うーん、でもなあ…」

「…なんでそんなに渋るの?」

「渋っているわけじゃあないんだけどね…」

「…じゃあ何?それともお兄ちゃんあたしと行きたくないの?」

いままで聞いたことのないような底冷えするような声。

妹ではないナニカがそこにいる感覚。

一筋の冷や汗が滴れる。

「ど、どうしたんだい。綾音と行きたくないなんてこれっぽっちも思ってないさ」

「嘘。いつものお兄ちゃんなら二つ返事で了承してくれるもん」

確かに二つ返事しそうになったのは事実だ。

あぁ、断る理由が浮かばない。

異様な雰囲気を醸し出す綾音を前に誘いを受ける以外選択肢は残されていなかった。

「…ふぅ、分かったよ。明後日ね」

「やったぁ!お兄ちゃん大好き!」

僕が承諾するや否や再び強く抱きついてきた。

「ところでお兄ちゃん、もしかして夏休みの宿題やってるの?」

「夏休みも残り少なくなってきたしそろそろやんないとと思ってね。綾音は進捗の方はどうなんだい?」

「うう、わかってるくせに…。いじわる」

「まぁ僕も毎年夏休みの終わりにまとめてやってたから気持ちはわかるけどね」

「あーあ、あたしもあと一年早く生まれてればお兄ちゃんと一緒に同じ宿題できたのになぁ」

「そうなると日付的に綾音は僕の義姉になるわけだ」

「え?あ、そっか。あたしがお姉ちゃんかぁ」

「ははは、それはなんだか想像できないな」

「なんで笑ってるのよお兄ちゃん!あたしだってそうなればしっかりお姉ちゃんつとめるもん」

「その時は宜しく頼むよ。でも今回の人生では綾音は僕の妹だ。それは変わらない」

綾音の頭に手を乗せる。

「あっ…」

そう変わらない。

僕はこれからもできる限り綾音にはやれることはやってあげたいけど、並行して兄離れもさせなければならない。

この矛盾した目標を達成できるのはいつになることになるのか。

「…そうだ!お兄ちゃんも宿題やってることだし私もお兄ちゃんに宿題を教えてもらおっと」

「本当に分からないところなら教えるのもやぶさかではないけど、勉強得意じゃないしそもそも僕の宿題もあるから全部教えることはできないよ」

「わかってるってぇ。あたし宿題とってくる!」

脱兎のごとく自室に戻る綾音。

「そんなに慌てなくてもいいんだけどな…」

それにしても夏祭りか…。

来るはずもないのに期待してしまう。

自惚れているのは分かっている。

僕は震えない携帯をどこか期待を持って横目で見ていた。

送られてくるはずもない誘いの宛てを。

459高嶺の花と放課後 第6話 前編:2018/02/27(火) 23:22:22 ID:WKrbv4dg

ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー


「あら遍くん、甚平似合うわね」

約束の土曜日の夕刻。

夏祭りに向けて甚平に着替えた僕に義母が話しかけてきた。

「せっかくの夏祭りだし形から入るのもいいかなって思ってね」

「誰と行くのかしら。…もしかして前に言ってた女の子?」

好奇心旺盛な顔を覗かせる。

「ち、違うよ。いつも通り綾音と行ってくる」

綾音、という名を出した途端に義母の顔が固まる。

「そう…またあの子ね」

「ま、まぁ兄妹仲良いっていうのは良いことでしょ?」

「そうなんだけどねぇ…あなたたちの場合仲良過ぎて逆に不安になるのよ。それにあまりこういうことも言いたくないんだけどあなたたちは血が繋がってないから…。遍くんには『そういう気』はないからいいけど綾音の方はどうかしら…」

そういう気?

まさか男女の仲に発展することを危惧しているのか?

綾音にそういう気持ちが?

「そんな…まさかあり得ない」

あまりにも突飛な発想に思わず本心が口から溢れる。

「私もそう思うのだけど血が繋がってないから絶対にありえないとも言えないのよね。もしそうなってしまえば義理とはいえ兄妹だからその分障害が多いと思うの。だからその道に向かって欲しくないっていうのが私のちょっとした我儘」

「…心配しなくても大丈夫だよ母さん。僕には『そういう気』は無いし、綾音にだってきっと無いよ」

「そうかしら…」

「心配しすぎというか考えすぎだよ。確かに義理だけどもう十年も前から家族なんだ。血の繋がりはなくても綾音は正真正銘僕の妹だ」

「あの子が遍くんと家族になったのも5歳の頃だからほとんど物心つく頃だし確かに可能性で言ったら遍くんよりかはありえない話なのかもしれないわね」

「…僕もなんとか少しずつ兄離れできるようにしてるからさ、義母さんもそんなに心配しないで。きっとこういうのは時間が解決してくれるよ」

「…そうね、あの子も恋の一つや二つすれば自然と兄離れするわよね」

「うん」

「あれ?お兄ちゃんとお母さんそんな廊下で何話してるの?」

460高嶺の花と放課後 第6話 前編:2018/02/27(火) 23:22:57 ID:WKrbv4dg

噂をすればなんとやら。

浴衣姿に着替えた綾音が背後から現れた。

「た、たいした話じゃないさ。人混みには気をつけろとかそういう話」

聞かれていた、のか?

「そっか、ならいいんだ。おまたせお兄ちゃん!じゃあ行こっか」

笑みが崩さないまま僕の元まで来てそのまま手を引いていく。

「いってらっしゃい。二人とも気をつけるのよ」

「いってきます」

心配そうな義母に挨拶をしたのは僕だけだった。

玄関を抜けると綾音は僕の甚平の裾を千切れそうなくらいの力で引っ張る。

「ど、どうしたの綾音?千切れちゃうよ」

「うるさい」

刹那、誰が発したか分からなくなるほどの冷たい声。

もちろん綾音以外ありえない。

たった一言でも憤怒が伝わってくる。

「な、なんでそんなに怒っているんだい?」

「ママとお兄ちゃんが兄離れとかくだらないこと言ってたからに決まってるじゃん…っ」

やはり聞いていたのか。

「確かに最近お兄ちゃんあたしの誘いを二つ返事しなくなったなって思ってたけど裏でママとあーゆーこと話してたんだね。許せない…」

「ごめん、でも僕は綾音が心配で…」

「心配?なにが心配だっていうの!?」

「綾音はさ、よく僕と遊んでくれているけど他に遊ぶ友達がいないのかなって心配になるんだよ。多分ないとは思うけどいじめにあってないかとかそういう風にね」

「…なんだそんなこと。あたしがお兄ちゃんと遊ぶのはそれが楽しくて一番幸せだからだよ。友達だっているしいじめにもあってないよ」

「そっか」

「じゃあいいよね?」

「ん?」

「お兄ちゃんの心配してることなんかなにもないんだからこれからもお兄ちゃんと一緒にいるからね」

「いや、でも…」

「何?他にもなんか理由でもあるの?」

言われて気づく。

そこまでして綾音を兄離れさせる理由はなんだろうか。

僕はムキになっているだけなのか?

「…ない、かな」

「ならいいでしょ。お兄ちゃん今後一切そういう意味のないことはやめてよね」

その言霊には肯定しか許されないような圧があった。

「あーイライラしたぁ、今もイライラしてるけど…。イライラした分この後沢山甘えさせてもらうからね」

「あ、あぁ」

すると綾音の腕が蛇の如く僕の腕に絡みついてくる。

片腕から感じる柔らかな感覚。

ゾッとした。

今まで想像だにしなかった疑問。

いやそんなことがあるわけがない。

綾音に『そういう気』があるわけがないんだ。

461高嶺の花と放課後 第6話 前編:2018/02/27(火) 23:26:37 ID:WKrbv4dg
以上で投下を終了します。昨日も書いたんですけど個人的に忙しくなかなか書く時間ないしは物語を構想する時間が取れない日が続き今回は第6話を前編後編に分割することになりました。少々雑な仕上がりになってしまったのですが分割した分後編は一週間後の来週の月曜投下予定とします。

462雌豚のにおい@774人目:2018/02/28(水) 23:12:41 ID:Y3VnZWAI

楽しみにしてるよ

463雌豚のにおい@774人目:2018/03/03(土) 17:27:05 ID:DKl6Xqqc
ノン・トロッポまだー?

464雌豚のにおい@774人目:2018/03/09(金) 01:51:49 ID:t0MJxmoY
たしかノン・トロッポって修羅場三角関係スレの作品じゃなかったかな?

465雌豚のにおい@774人目:2018/03/10(土) 02:35:47 ID:flJxVGyQ
とほほ…

466雌豚のにおい@774人目:2018/03/10(土) 03:07:06 ID:NQKD6c.Q
ノン・トロッポ面白いよね続き俺も気になる

467 ◆lSx6T.AFVo:2018/03/13(火) 18:43:42 ID:IkdBVfNI
お久しぶりです。
番外編『元旦の憂鬱、或いは新たな恋心』(後編 1/2)
投下します。

468彼女にNOを言わせる方法:2018/03/13(火) 18:44:44 ID:IkdBVfNI
 昼食を済ませてからは、ふたりでヘビセンを巡った。
 特に、行き先があったわけじゃない。目に入った店に入って、物色して、気になるものがあったら、それを話の種に談笑をする。なんてことはない。普通のウインドウショッピングだ。ま、談笑といっても僕が一方的に話すだけで、サユリは返事ひとつしなかったけれど。それは傍目から見れば、遊んでいるとは言い難い光景だっただろう。
 けれど、これがなかなか愉快なのだ。
 確かに、サユリは一言だって言葉を発しないし、表情も変わらない。けれど、全くの無反応というわけではなかった。
 たとえば、ペットショップへ行った時のことだ。ヘビセンのペットショップはフロア丸々ひとつを使った大きなもので、扱っている動物の種類もかなりの数にのぼり、ちょっとした動物園のような体をなしていた。
 犬と猫が並ぶケースの前を歩いていると、それまで二メートルの距離を保ってついてきていたサユリが初めて足を止めた。そして、丸くなって眠るネコを無表情のままじっと見つめ、声をかけてもなかなか動こうとしなかった。逆に、爬虫類を取り扱っているゾーンではヘビやイグアナやトカゲを見もしないで通り過ぎて、僕がボールパイソンなるヘビを見ている時も、終始あらぬ方向を見ていた。
 それ以外の場所でも、たとえばゲームセンターへ行った時は、けたたましい電子音とサイケデリックな電光に目をしばたたかせていたし、婦人服を専門としている店では、自分の着ている服とマネキンの着ている服を見比べていたりした。
 ってな調子で、電子顕微鏡を使って覗かなければ判別つかないような微細な変化だったけれど、それでも感情の欠片くらいは感じられた。無論、全部僕の気のせいだという可能性も捨てきれない。僕が見たいように彼女を見ているのかもしれない。
「サユリ、僕といて楽しいか」
 そう訊いてみるが、反応はゼロ。けれども、相手は氷の女王。仮につまらなかったとしたら、わざわざこうやって僕についてくることもないはず。
 それなら、それでいいじゃないか。少なくとも、僕は楽しいと感じている。なら、せめてその一欠片分くらいは、サユリだって楽しいと感じているのだ。そんな勘違いをしたって、罪ではないだろう。
 だから、僕は目一杯楽しむ。そもそも誰かの気を使いながら楽しむなんて芸当、僕にできるはずがないしね。こんな性格だと、将来苦労しそうだけどね……。

 広大なヘビセンを練り歩くには体力がいる。しかも、元旦で混雑極まりないヘビセンとくればなおさらだ。初詣でのダメージもまだ癒えていなかったので、さすがの僕といえども足が疲れてきた。
 男子から言うのは情けないと思ったが、「疲れたからどこかで休もう」とサユリに提案することにした。

469彼女にNOを言わせる方法:2018/03/13(火) 18:45:26 ID:IkdBVfNI
 だが、突如わき出た泣き声に僕の意識はなべて持っていかれた。
 驚いて声のする方を見ると、おもちゃ売り場の近くでひとりの女の子が泣いていた。年のころは幼稚園児くらいだろうか。幼い子がするような、タガが外れた感じで泣きわめいているため、声量はかなりのものだった。この時ばかりは、この女の子の方が背後にいる銀色の少女よりも目立っていただろう。
 僕に限らず、行き交う人々は一様に驚いた顔をして泣き叫ぶ女の子を見ていた――が、声をかける者は誰一人としていなかった。こんなに多くの人がいるのにだ。
 これぞ現代の生む病、無関心。触らぬ神に祟りなしが公然のルールと化した世界において、火中の栗を拾う真似は誰だってしたくない。
 その光景は、ある人々にとってはけしからんと義憤に駆られるものだったろう。けれど、一方的に彼らを責め立てるのはフェアではない。多少の擁護は必要だ。
 通り過ぎて行く人たちだって、できれば女の子を助けたいに違いなかった。が、現代社会において人助けをするのはリスクが高い。それがためらいにつながっているのだ。
 たとえば、とある成人男性が女の子を心配して声をかけたとしよう。「大丈夫?」なんて優しい声色で、百パーセントの善意によって接したとしよう。
 始めから最後までその様子を見ていた人は、良い人だなと素朴に感心するだろう。けれど、途中から見ていた人にとってはどうか。その場面だけを切り取ってしまえば、まるで成人男性が女の子を泣かせているように見えるのではないだろうか。しかも、その人が母親だったとしたらどうなるか。自分の娘が号泣していれば正常な判断は下しにくくなる。優しき成人男性は一気に犯罪者へと仕立て上げられてしまうかもしれない。
 善意が悪意に転換させられてしまう恐怖は、誰だって理解している。だから、声をかけられない。黙過する彼らが悪いのではなく、人助けにリスクが伴ってしまう現代社会が異常なだけだ。
 しかし、そう嘆いたところで女の子が泣き叫んでいる現状が変わるわけではない。
 やれやれ、と肩をすくめる。
 自他とも認める小悪党の僕であっても、これを見過ごすのはちょっとばかし忍びない。子どもを助けられるのは、また同じ子どもなのである。少なくとも大人が助けるよりは不審の目で見られまい。
 こういうのはガラじゃないけど、誰もいないのなら僕が行くしかないか。たまには周囲に良い人アピールをして好感度を上げておくのは悪手ではないし。
 そう思って、女の子に近づこうと足を踏み出した時――僕よりも早く、駆け出す影がひとつ。銀色の髪を揺らし、青い瞳をきらめかせ、少女は女の子の元へと一直線に駆けていく。
 僕は、その人が誰なのか、一瞬わからなかった。今までの無表情を捨て去り、心配そうに眉根を寄せる少女が、あの氷の女王さまだと信じられなかったのである。
 女の子の背をなでながら、ポケットから取り出したハンカチで涙をぬぐってやっていた。耳元で何かをささやくと、癇癪玉のように泣き叫んでいた女の子も徐々に平静を取り戻していき、ひっくひっくと喉を鳴らしながら、途切れ途切れに言葉を呟き始めた。彼女はうんうんと頷きながら、女の子の話を聞いている。

470彼女にNOを言わせる方法:2018/03/13(火) 18:46:42 ID:IkdBVfNI
 こんな状況だというのに、僕は初めて見る感情豊かなサユリに心を奪われていた。
 いつもの能面のような無表情も、それはそれで彼女の無機質な魅力を増幅させるものではあった。けれど、これは段違いだ。今の彼女は人形ではなく、ひとりの生きた人間だった。結局のところ、人が愛せるのは人形ではなくて、同じ血の通った人間なのだ。そう考えを改めるくらいには感嘆していた。
 女の子が話しを終えると、切羽詰まったようなサユリの青い瞳が、僕に向けられた。ふたりを取り囲むようにできていた大きな人だかりの中で、たったひとり、僕だけが、女王さまに認識される権利を得ている。
「この子、迷子になったみたいなの」
 迷子の女の子と、それを助ける少女。構図としては、それが正しいのだろう。
 しかし、なぜだろうか。なぜ、泣いている女の子よりもずっとずっと――サユリの方が迷子に見えたのだろうか。
 加わっていた取り巻きから離れて、僕は中心へ歩み寄る。
 言外に助けを求められているのは明らかだった。こうやって同級生の女子に頼られるのは気分がいい。男子ってのは、いつだって女子に頼られたいという願望を持っているからだ。ならば、ここはカッコよくその期待に応えてやるとしよう。
 僕はニヤリと笑い、
「餅のことは餅屋に任せりゃいいのさ」
 と、言ってやった。
 元旦だけにね、と一言付け加えるのを我慢したのは、我ながらえらいんじゃないかしらん?

「迷子のお知らせです。……ちゃんが、現在インフォメーションセンターにて保護者の方をお待ちしております。服装は、上が赤いセーターで……」
 館内に響き渡る放送を聞いて、作戦の成功を確信する。音量も十分だったし、必死になって探している親御さんが、この放送を聞き逃すはずがない。時期に女の子を迎えにやって来ることだろう。
 ……いや、わかってるよ? 助けるとか豪語しときながらあっさり他に頼っちゃうんだ……みたいなツッコミをくらいそうなことくらい。そりゃ必死にヘビセンを探し歩き回って、女の子と親を再会させる方が絵面的にも美しいだろうよ。でもさ、世の中は適材適所で回っているの。僕は泥臭いドラマよりも無味乾燥のリアルを選ぶのさ。はい、自己弁護終わり。
 肝心の当事者は今、係りのお姉さんからもらったアメ玉を舐めながら、大人しくセンター内のイスに座っていた。涙はすでに乾いていて、今ではその跡も残っていない。

471彼女にNOを言わせる方法:2018/03/13(火) 18:47:22 ID:IkdBVfNI
 僕とサユリはインフォメーションセンターからやや距離を置いたところで並んで立っていた。
 やるべきことはやったのだし、そのまま立ち去ってもよかったのだが、氷の女王さまが動こうとしなかった。なら、従者は従うしかない。ま、事の顛末を見守る義理がないでもないし、最後まで付き合ってやるのはやぶさかでない。
 それにしても――と、先ほどの光景を思い返す。
 僕は今まで、サユリは何もしない人だと思っていた。眼前で何が起きようと、冷え切った目をして黙って通り過ぎるような、良くも悪くも他者に干渉しないタイプ。私は関わらないから、お前も関わるな。それを地で行く人なのだと決めつけていた。
 が、実際は違った。彼女は張り付いた仮面を引きはがし、感情をあらわにして、救いの手を差し伸ばした。
 しかしながら、それは慈愛というよりも痛切な感じがして、ただその映像を見たくない一心で急いでチャンネルを切り替えるような、痛々しい切迫さがあった。助けたいから助けたというよりも、助けざるを得ないから助けたというような。
 一体全体、何があれほどまでにサユリを急き立てたのだろうか。
 僕の興味が彼女の内面へと向かいかけた時、視界の中の女の子がはじかれたようにイスから飛び出し、両手を前に突き出した姿勢のままどこかへと走っていった。
 その先には、同じように女の子へ向かって走り出している女性の姿があった。そのままふたりは抱きしめ合い、眩しい笑顔で互いに何かをささやき合っている。その姿は人ごみに紛れつつも、はっきりと輝いて浮かび上がっていた。
 これにて一件落着。
 フッ……また善行をしちまったぜ。やっぱり僕って良いヤツなんだなと再認識。もう小悪党は卒業しちゃってさ、明日から善良な少年を自称してもいいんじゃないかな。
 そう思わない? と、第三者の意見を仰ごうと、隣の少女に訊ねようとし――止めることにした。下手に声をかけて、この表情を変えてしまうのはあまりに惜しかったからだ。
 果たして、小さく口角を上げただけのこの表情を笑顔と称していいのかはわからないが、今日はこれが拝めただけでも外出の価値があったといえよう。
 親子が手をつないで立ち去っていくのを見届けると、サユリはふらりと歩き出した。どうやら、本日はこれにてお開きらしい。
「サユリ」
 僕は上着のポケットからラッピングされた袋を取り出し、振り向いた彼女に向かって下手で投げる。両手でキャッチしたそれを、サユリは不思議そうに確認している。
「今日、付き合ってくれたお礼だ。また、学校で会おうな」
 そう言って手を振った。
 返事くらいは期待したのだが、彼女は受け取ったものをショルダーバッグにしまうと、ショートボブの銀色を揺らしながら人波に消えていった。愛嬌を遠い彼方へと置いてきたようなしょっぱい対応だった。

472彼女にNOを言わせる方法:2018/03/13(火) 18:47:45 ID:IkdBVfNI
「愛想のひとつくらい振りまいたって、なんも減りやしないのに……」
 呆れて呟くが、人に懐かない気まぐれな猫を相手にしていると思えばまあ面白い。
「それにしても……」
 プレゼントするモノをミスった気がしてならない。家に帰った後、袋から飛び出てくる邪神を見て、サユリはどんな反応をするのだろうか。
 好感度がだだ下がりになってブレイクアップしないよね? 僕、転校させられたりしないよね? アレって本当にただの噂だよね? 路頭に迷ったりしないよね?
「ま、いいか」
 それに、そろそろ父さんと母さんに合流しなきゃだし。つっても、また歩き回るのは面倒だしなぁ。せっかくだし、ついでに僕も迷子の呼び出しをしてもらおうかな。
 と、何気なくズボンのポケットに手を突っ込んだ時、
「あ」
 指先に、くしゃりとした紙の感触。それは大変触り心地がよくって、長方形の形をしているようだった。そして、奥には丸くて硬い金属の感触が……。
「……ま、いいか」
 うん。いいのだ。きっと、これでいいのだ。
 善良な少年の名は返還しよう。そう心に決めて、僕はインフォケーションセンターへ歩き出した。

 正月三が日が終了した。社会も緩やかに日常を取り戻しつつあり、玄関先をにぎわしていた門松も徐々に姿を消していた。
 今朝は、父さんが半ギレで「世の中おかしい。休みが少なすぎる。世の中おかしい」とブツブツ呟きながら出勤していたっけ。なんと憐憫漂う背中だっただろうか……思い返しただけで涙がちょちょぎれる。
 思えば、父さんからは仕事の愚痴しか聞かされていないな。普通、僕ぐらいの年齢の子に対しては、仕事に対して夢を抱かせるようなことを言うのが親としての務めだろうに。将来の夢に『不労所得で生きたい』と書くようになったのは、間違いなく父さんの影響だろう。ああ、ずっと子どものままでいたいなぁ。扶養されていたいなぁ。
 なんてことを、リビングのコタツで温まりながら考えていた。
 特番ばかり放送していたテレビ番組も元に戻ってしまったので、今は大して興味もない情報番組をダラダラと見ていた。この手の情報番組はバラエティ色が強いので、堅苦しいニュースが苦手な僕でもそれなりに見られる。
「あ」
 芸能人の不倫騒動から切り替わり、画面いっぱいにヘビセンが映し出された。テロップには『全国のショッピングモール特集』の文字が躍っている。

473彼女にNOを言わせる方法:2018/03/13(火) 18:48:15 ID:IkdBVfNI
 地元施設が全国地上波で放映されるのはなんだかテンションが上がる。「ヘビセンが映っているよ」と、掃除中の母さんに声をかけるが、大して興味がないのか、ちらりとテレビを一瞥しただけで掃除機を動かす手は止まらなかった。
 最近よくテレビに出ているお笑い芸人が、ヘビセンのグルメ事情をリポートしていた。前に僕が行ったフードコートではなくて、ちょっとグレードが上がるレストラン街の方だった。
 ほう、ボリュームたっぷりのアメリカンステーキとはな。焼肉みたいな小分けに切り分けた肉もいいけど、こういうガッツリとした一枚肉もよいものだ。
 なんて思いながら見ていると、さあこれから食べますよというところでCMに入ってしまった。
 一気に興が削がれ、ゴロンと仰向けに寝っ転がる。天井から釣り下がる電灯のヒモを見て手を伸ばしてみるが、届くはずもなく宙を掴む。緩やかな脱力感が、じんわりと身体に浸透していく。
 ふと、閉じた唇から言葉が漏れていた。
「……早く、学校が始まらないかな」
 やかましく駆動していた掃除機が止まった。首を曲げると、母さんがわなわなと震えながら僕を見ている。
「○○!」
 手に持っていた掃除機を投げ出して、僕の元へと駆け寄る。そして額に手を当て「熱はないみたいだけど……」と深刻な顔をしてベタベタ触診を始めた。
「おいおいおい、待ってくれよ母さん。別に体調は悪くないのだけど……」
「嘘おっしゃい。病気かなんかで頭がおかしくなってなきゃ、○○が早く学校が始まって欲しいだなんて宣うはずがないもの」
 そんなことあるわけ……と、否定しかけて、否定できないことに気づく。
 母さんの言うとおりだった。どうしてこの僕が、常日頃から文部科学省に更なるゆとり教育の徹底化を求めているこの僕が、早く学校に行きたいだなんて呟いていたのだ? 気でも触れたか? いや、僕は正常だし、体調もすこぶる万全だ。病院の敷居を跨がせてもらえないような超健康優良児だ。
 なのに、どうして早く学校に行きたいだなんて。しかも、それが口先などではなく――本心から、心の奥底からそう思ってしまっている事実と、果たしてどう向き合えばいいのか。
「あわわわわ」
 マズイ。これはマズイぞ。アイデンティティが崩壊する! 僕という存在が揺らいでしまう! おい、そこ。くだらないとか言うな。僕にとっては死活問題なんだぞ!
「どうしよう、母さん。もしかしたら僕……良い子になっちゃうかもしれない」
「大丈夫、それだけは絶対にありえないから安心しなさい」
 あ、そっすか。そこだけは変わらないんですね。上部は揺れても、土台が揺らがないのなら安心だぁ。即座にアイデンティティを確保できてしまったよ。
 とはいっても、唐突に浮かんだ悪ガキらしからぬ思考に頭が痛くなった。僕はフラフラとした足取りで二階の自室に戻り、ベッドに寝転がって先ほどの発言の真意を考えた。
 しかし、思索のスコップでちっぽけな脳みそを掘り続けても、答えは出てこなかった。

474彼女にNOを言わせる方法:2018/03/13(火) 18:48:35 ID:IkdBVfNI
 とっぷりと夜は更ける。
 僕は熱々の湯船につかり、「あー」とオッサンじみた息を吐き出した。一気に身体の力が抜け、腕を広げ、足を延ばした。そして顔を上げると、ちょうど天井から水滴が落ちてきて額に当たった。それで何か閃くかと期待したが、空っぽの脳内には何も生まれてきやしなかった。
 未だに、疑問の答えは見つかっていなかった。
 心境の変化が訪れたのはいつ頃なのだろうか。大晦日あたりまでは、学校なんか行きたくない、もっと休みが欲しいと嘆いていた気がする。ということは、心変わりは新年になってからなのか。
 さりとて、ここ最近は特に変わった出来事もなかったはず。昨日は友人たちと川辺で凧揚げをしただけだし、一昨日に関しては一日中テレビを見ている怠惰っぷりだった。特別なことといえば、せいぜいAと元旦に初詣に行ったくらいで……。
 脳裏をちらついた銀色に、鼓動が早まった。
「え」
 って、おい。鼓動が早まるだって? んなアホな。それじゃあ、まるで僕がサユリに……。
 カチリ、と何かがハマった感触がした。錠にカギが差し込まれた時のような、パズルのラストピースを埋めた時のような、不足していたものが充足していく感触。
「いや、そんなバカな……」
 認めたくなくて、そんなはずはないと否定してみるけれど、かえって頭の中は銀色でいっぱいになっていき、僕の体温は急上昇していく。
 これは風呂につかっているせいだと思い、頭から冷や水をぶっかけてみるが体温はちっとも下がらない。
 空になった風呂桶を持ったまま棒立ちになっていると、ゆくりなく初詣に引いたおみくじの結果を思い出した。
『辛く厳しい道のりの中に、小さな希望を見出すべし。流れには逆らうことなく、自らの心の向かう方へと進め。なれば、よい結果が得られるだろう』
 上に大きく印字された末吉の文字と、凡な結果が並ぶ個別分野の運勢。その中で、やたらと良かった恋愛運と『待ち人来たる』の朱い文字。
 おい、これって、まさか、いや、本当に。
 ――僕、サユリに惚れてしまったのか。

475 ◆lSx6T.AFVo:2018/03/13(火) 18:51:59 ID:IkdBVfNI
投下終了です。
今回にて番外編は終了で、次回からまた本編へ戻ります。
また、保管庫凍結に伴い『彼女にNOと言わせる方法』は『小説家になろう』にて保管しております。よろしければそちらの方もご覧になってください。
それでは失礼します。

476雌豚のにおい@774人目:2018/03/14(水) 22:50:30 ID:.onXWKhQ
ぐっちょぶ!
お疲れ様です

477高嶺の花と放課後の中の人:2018/04/01(日) 02:26:46 ID:zRdogdXc
お久しぶりです。年度末でいろいろ忙しく思ってる以上に時間が取れず投稿が遅れました。落ち着いてきましたのでまた再開したいと思います。まずは第6話後編ですがもうすぐ書き終わりそうなので書き終わり次第投下します。


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