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ヤンデレの小説を書こう!@避難所 Part07
272
:
妹はキスを迫る 一話「妹と兄」
◆Dae8xgpN5o
:2017/04/29(土) 22:52:56 ID:35cSQn8E
「おまたせー」
「ああ」
幼馴染とメールのやり取りをしていると、朔がキッチンから帰ってきた。
手にはおぼん。アイスコーヒーが注がれたコップ二つと、クッキーが盛られた皿が載っている。
「どうしたんだ、そのクッキー」
「この前、満(みちる)叔母さんが置いていったんだって」
「ふーん」
ケータイをポケットにしまい、氷が浮かぶコップを受け取る。熱を帯びた手が急速に冷やされた。
「ちなみに、わたしのオススメは苺ジャムのかな。色が綺麗だし美味しいよ」
おぼんを居間中央のテーブルに置くと、朔は再びソファに腰を下ろした。
「そうか」
説明を聞きながら、クッキーが盛られた皿に手を伸ばす。
「じゃあ、これにする」
俺は躊躇わず、チョコクッキーを口に運んだ。甘さが控えめでうまい。
「……お兄ちゃん」
「どうした、食わないのか」
続けて、アーモンドクッキーをつまむ。香ばしい風味が口の中に広がった。
「仕返しにしても、ちょっと意地悪すぎない!?」
「何のことだ」
惚けた態度をとりながら、コーヒーに口を付ける。飲みなれた苦味が喉を通りすぎた。
「別に、オススメされたのを食わなきゃいけない理由はないだろ」
「悪意があるかどうかで、受け止め方に大きな差があるよ!」
お兄ちゃん、最近意地悪だよ。そうぼやきながら、朔もクッキーに手を伸ばす。
「昔は、優しくしてくれたのに」
「昔は、可愛げがあったからな」
皮肉交じりに返す。
朔は、頬を膨らませた。
「もう! 今でも十分可愛いでしょ。……あ、チョコクッキーの方が美味しい」
「人間、外見よりも内面だ。……アーモンドもイケるぞ」
「あれ、わたしが美少女だってのは認めるんだ。……アーモンド美味しい」
「ずいぶんと腐った思考回路だな。……やっぱ、アーモンドだな」
会話をしながらも、俺と朔は順調にクッキーの山を減らしていった。
273
:
妹はキスを迫る 一話「妹と兄」
◆Dae8xgpN5o
:2017/04/29(土) 22:54:35 ID:35cSQn8E
話の流れが変わったのは、皿からクッキーが消えた頃。朔の一言からだった。
「あ、叔母さんで言えばさ。そろそろ、一年だよね」
「一年? ……ああ」
まだ、一年なのか。そう思いながら、俺は口を開いた。
「叔父さんが死んでか」
「うん、あの時は本当に急だったね」
「……そうだな」
約一年前。今日と同じような猛暑日に、満叔母さんの夫である望(のぞむ)叔父さんは交通事故で死んだ。享年三十四歳、早すぎる死だった。
ちなみに、満さんは母方の叔母。望さんは、俺達からして義理の叔父にあたる。いつも、笑顔を絶やさない穏やかな人だった。
「いい人だったよね、叔父さん。わたし達にも優しくしてくれたし」
「ああ」
それゆえに、叔母さんのショックは大きかった。葬式での姿は、今も脳裏に焼き付いている。
涙こそ流していなかったものの、美麗な顔立ちは憔悴しきっていた。長い黒髪にも艶がなく、まともに寝ていないことは一目瞭然。回りの人に支えられて、やっとこの場にいるという
感じだった。それくらい、突然過ぎる叔父さんの死が受け入れらなかったんだろう。
俺は、まともに見ていることが出来なかった。
「あの後、大変だったよね。叔母さん、すっかり弱っちゃって。食事も喉を通らないって感じで」
「母さんも、しょちゅう様子を見に言ってたな」
「そうそう。お婆ちゃんも、心配しすぎて弱っちゃったし。お母さん、あの時は死ぬほど忙しそうだったね」
普段から、母は帰りが遅い。仕事が忙しく、残業もしょっちゅうだからだ。
その上、あの頃は二人の様子を見に行っていた。俺達が眠った後に、帰宅することもザラだった。
「ついには、叔母さんを家に置こうかって段階にもなったしね。いやー、あそこからの回復は本当に奇跡だったよ」
「……時間が経って落ち着いただけだろ」
「そうかな?」
「そうだ」
叔父さんの死から数ヵ月後、叔母さんは徐々に元気を取り戻した。
枯れ枝のような腕に生気が戻り、陰気な隈も消えた。髪にも艶が戻り、笑みも浮かべるように。我が家にも、時々訪れるようになった。
「私には、この回復は不自然に思えるんだけどなー。何か、理由があると思うよ」
「理由?」
「うん、具体的に言うと」
口元を歪め、朔は意地悪げに呟いた。
「新しい男が出来たんじゃないかな」
瞬間、第三球を放った。
274
:
妹はキスを迫る 一話「妹と兄」
◆Dae8xgpN5o
:2017/04/29(土) 22:56:57 ID:35cSQn8E
「いてて。ちょっと、お兄ちゃん。ガチストレートはやばいって」
「黙れ」
額をさする朔を睨みつけた。
右手には、第四球を用意済み。いつでも、投げることが出来る。
「口に出す言葉くらい選べ。言っていい事と悪い事がある」
「いやいや、私そんなに変な事言ったかな?」
「何?」
「だってさ」
けろりとした顔で、朔は話し始めた。
「空いた穴を男で埋めるなんてありふれた話だよ。フィクションでもお馴染み」
「叔母さんが、そんなすぐに切り替える訳ないだろ」
「どうかなー。人間、弱っていると藁にも縋っちゃうからねー」
否定できない言葉が並ぶ。いつの間にか、会話の主導権は向こうに移っていた。
「叔母さん、元々強いタイプじゃないしね。誰か、適当な人を引っかけたかも」
「……根拠のない話は止めろ。叔母さんが、叔父さんの事を簡単に忘れるはずないだろう」
「『忘れ』はしないだろうね。でも、乗り換えるかどうかは話が別だって。人間、一人では生きていけないよ」
「知ったような口を聞くな」
「生意気言いたいお年頃なんだよ。にしても、お兄ちゃん。やけに、当たり強いね。いつもより、風速5mくらい増してるよ」
「内容が内容だから当然だ」
「ふーん、そっか。私はてっきり」
朔はポケットに手を入れ、一枚の写真を取り出した。
「――図星を突かれたのかと思ったよ」
「っ!」
俺と叔母さんが、裸で交あっている写真を。
「いやー、という事はお兄ちゃんそっくりの別人なんだね。いやー、びっくりしたびっくりした。なんて、展開な訳ないよね」
「……ああ」
唇を噛み締めながら、俺は首肯した。
「間違いなく、俺だ。盗撮魔」
「いやー、それほどでも。よく撮れてるよね、この写真。ついつい、自画自賛しちゃうよ。お母さん達に見せたら大変な事になるだろうね」
「俺の顔面が、か」
「そうだね。お兄ちゃんがお父さんに殴り倒されるのは確定。でも、本当にやばいのは叔母さんだろうね。自分の甥に手を出したんだから。絶縁くらいはされそうだね」
「……もう手は切ってある」
「だから?」
口元を歪め、朔が写真を突き立てる。逃げる事は出来ないと強調するように。
俺は、拳を握り締めながら尋ねた。
「お前の望みは何だ」
「望み。そうだな」
顎に指を当て、朔は考える素振りをした。実際は、とっくに答えを出しているだろうが。
「なんで、叔母さんと寝たかを問いただすのも面白そうだね。でも、大体予想できるから却下。後は、私の事を悪く言えない変態だったお兄ちゃんを言葉責めというのも悪くないね。でも、これも却下。わたし、サディストじゃないしね。お兄ちゃんラブの可愛い可愛い妹だから」
「どの口が言う」
「この口が。じゃあ、取り合えず」
この日、俺は知った。無邪気な笑みと、邪悪な笑みが紙一重な存在である事を。
「キスしてもらおうかな」
――続く――
275
:
◆Dae8xgpN5o
:2017/04/29(土) 23:00:38 ID:35cSQn8E
キモウトスレか、こちらに載せるか迷いましたが元ネタを投稿したこちらにしました
それでは
276
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/04/30(日) 00:52:27 ID:bEXVtaaY
gjです
元ネタ……何かわからない……
一瞬ヤンデレ家族のお父さんお母さんかなって思ったけど……
作者名に自信がない。
とにかく久々の投下があって嬉しいです
277
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/04/30(日) 11:22:50 ID:2FbCgFQQ
>>276
タイトルまんまなのに何を言ってるんだおまえは
278
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/05/04(木) 11:38:06 ID:i9yQbdTs
GJ!!!!!!!!!!!
お疲れ様っす!!!!!!!!!!!
279
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/05/04(木) 11:45:52 ID:i9yQbdTs
GJ!!!!!!!!!!!
お疲れ様っす!!!!!!!!!!!
280
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/05/04(木) 11:46:21 ID:i9yQbdTs
連投スマソ
281
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/05/04(木) 11:46:41 ID:i9yQbdTs
>>268
いやー、ヤンデレ四天王とか俺から見たらそんなにヤンデレしてないよあれ。
我妻由乃くらいじゃない?結構ヤンデレなのは。
つかヤンデレ四天王見るより保管庫のやつ見てそっちのがヤンデレ成分多いわ
キモウトキモ姉見てもいいし、2ch 「嫉妬・三角関係・修羅場統合スレ」まとめサイトのSS作品も見てよ。
282
:
◆JzWiMO6jIA
:2017/05/10(水) 05:31:53 ID:cl21xQYs
テスト
283
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/05/19(金) 06:00:29 ID:2ZNXjmP.
漫画でヤンデレといえば、こはるの日々が結構良かった
愛の重いヒロインと主人公がひたすら関係を育む、血を見ない作品は良いものだ
284
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/05/22(月) 01:30:50 ID:KsX846B.
確かに血を見ないやつは良いよなあ。
なんといっても後味が良いし。
でも、物足りない感じもする。
285
:
◆lSx6T.AFVo
:2017/06/15(木) 18:29:10 ID:om9ptE46
お久しぶりです。
保管庫が凍結したということですので、私の作品は『小説家になろう』にて保管します。他者による無断転載ではありませんのでご了承ください。
それでは失礼します。
286
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/06/15(木) 21:14:00 ID:Pu1EMWqg
誰かと思ったら彼女にNOと言わせる方法の人じゃないですか
向こうに載ってるということは続きがまた読めるのかな?
何にせよ楽しみです
287
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/06/17(土) 16:59:16 ID:gjp.RBRo
どこであれ、活動続けてくれるのは嬉しい
できればアカウント名も教えてほしいが
288
:
◆ZUNa78GuQc
:2017/06/18(日) 15:14:29 ID:DXyNWHbs
テスト
289
:
◆lSx6T.AFVo
:2017/06/18(日) 15:17:05 ID:DXyNWHbs
お久しぶりです。
『彼女にNOと言わせる方法』の番外編『元旦、或いは新たな恋心』(前編)を投下します。
290
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/06/18(日) 15:18:08 ID:DXyNWHbs
お正月、ひいては元旦は、日本人のみならず世界中の人々にとって、大きな意味を持たらす日である。
我々日本人は年賀状などという簡易的怪奇文書を全国で十億通以上送りあうし、西洋では卵に装飾を施すという謎行動に走っている。嗚呼、一月一日よ。お前には人を狂わせる魔力でもあるのか。十二月二十四日の魔の手から逃れたと思えばすぐこれですよ。
常日頃、平穏を尊ぶ僕としてはこの手の商業主義的なイベントの数々は好ましくないし、そもそも謙虚さを至上とする我々日本人は、たとい特別な日であろうともなんでもない顔をしていつものように過ごすべきではないだろうか。うん、そうだ。絶対、そうだ。
つまり、僕が何を言いたいかというと――
「初詣、めんどくさい」
「新年早々、阿呆なことを言ってるんじゃありません」
僕がコタツの中で猫のように丸くなりながらそう言うと、母さんは呆れたように天井を仰いだ。
「あんたねぇ、若い内から年寄りみたいなこと言うんじゃないの。子どもは風の子っていうじゃない。雪が降った時の犬みたいに、外で駆け回るのが自然ってものでしょうが」
「こんな寒い日に駆け回ったら、風の子じゃなくて風邪の子になっちゃうよ。そもそもさぁ。最近の子どもはインドア志向なの。家庭での遊びが不足していた昭和時代と一緒にしないで欲しいな」
「……相変わらず口だけは減らないわね。我が息子ながら最高にクズいわ」
議論は終わったと見て、僕は視線をテレビに移したのだが、いきなり画面は真っ暗になってしまう。振り返ると、リモコンを持った母さんが仁王立ちしている。
「新年の行事は大切なのよ。これから新たな一年を迎えるに当たって、初詣に行くことはとっても重要。わかる?」
くっそ、この強情ババアめ。自分の主張が通らないとわかればすぐにこれだ。何が何でも僕を初詣に行かせたいらしい。
こうなってはやむを得まい。作戦変更だ。
「確かに、新年の行事は大切かもしれない……母さんの言うとおりだよ。うん」
「○○……遂にわかってもらえたのね。母さんの想いが通じたのね」
「うん。ということで、母さん。お年玉頂戴」
母さんに向かって手を差し出す。最高にさわやかなスマイルを添えて。
「まさかくれないなんてことはないよね? だって母さんは新年の行事が大切だって言ったもんね。お年玉といえば初詣と同じくらい日本にとって馴染みの深い行事だし、これを忘れちゃ日本人じゃないと言っても過言ではないよね。ほら、母さん。お年玉。お年玉ちょうだいよ。ねぇ? ねぇ? 母さん、ねぇ?」
リモコンを投げられた。顔面に向かって。
291
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/06/18(日) 15:19:28 ID:DXyNWHbs
「ちょ、母さん! 児童虐待だよ、それは」
「うるさい! このクズ! いいから、さっさと準備なさい! 初詣に行くわよ!」
母さんはプリプリ怒りながらそう言うと、コタツのコンセントをひっこ抜いて出て行ってしまった。こうなっては、仕方があるまい。安寧の地を出て、寒く厳しい外の世界に行かなくてはならないのだろう。
でも、やっぱり動く気が起きなくって、未練がましく温もりが残るコタツの中でごろごろと転がっていた。
ピンポーン、と来訪を告げるチャイムが鳴った。母さんが玄関で対応をしているのが、ドア越しに聞こえてくる。そして、リビングに向かう足音が聞こえてきて、
「あけましておめでとう、○○ちゃん」
僕の幼馴染みであるAが入ってきた。だが、いつもの見慣れたAではない。彼女は鮮やかな紅の晴れ着を来ていて、美容院でセットしたであろう髪には、かんざしなんぞが刺さっている。
僕は身体を起こし、上から下までジロジロと観察する。Aは照れくさそうに笑った。
「どうかな、○○ちゃん。似合うかな」
「知らないよ」
僕は鼻を鳴らし、Aから視線を外した。正直、聞く相手が悪い。僕にとってAは、それこそ家族のようなものであり、客観的な評価など下せやしない。誰だって、綺麗に着飾った母親を見ても心を奪われたりはしないだろう。それと一緒。
「全然、似合ってないね。三十点だ」
よく似合っているぜ。なんて言えばスマートなのだろうけど、あまのじゃくな僕にそんなことを期待するのはどだい無理な話なわけで。いつものように憎まれ口を叩いてしまう。
「三十点かぁ」
Aは残念そうに笑った。
その心底残念そうな表情を見て、僕にしては珍しく、ほんのちょびっとだけ良心の呵責を感じたので、
「まあ……あれだ、馬子にも衣裳というし……。それに、何より見せる相手が悪い。僕じゃなくてクラスの男子連中に見せれば絶賛の嵐だろうよ」
僕なりのフォローのつもりだったけれど、Aにはあまり響かなかったみたいだ。彼女はニコニコと笑って、
「あのね、私も一緒に初詣に行くことになったから」
「ああ、そうなんだ。おじさんとおばさんは?」
「もちろん一緒だよ」
「そうかいそうかい。楽しんできんさい」
大きなあくびを一つしてから、再び寝っ転がる。
292
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/06/18(日) 15:20:20 ID:DXyNWHbs
「○○ちゃんは行かないの?」
「僕はパス。外、寒いしね。それにさ、大した宗教心も持たないくせに、ただ慣習に流されて初詣に行くような安易な態度はとりたかないのさ。神社と寺の区別もついていない人が多いこの世の中、生半な気持ちで参拝されたって神様も嬉しかないだろう。仮に行くにしたって、二週間くらい経ったガラガラの神社を好むね」
「じゃあ、私もその時に一緒に行こうかな」
そう言って、Aはコタツの中にもぐりこんだ。野暮ったい晴れ着のせいで、やや窮屈そうだ。彼女の足が、太ももに当たる。
「いやいやいやいや、何を言っているんだ。僕に構わず行けばいいだろう。何のための晴れ着だよ。せっかくのおめかしなんだから、神様にお披露目してこいよ」
「でも、私は○○ちゃんと一緒がいいから」
「…………」
嘆息。
なんつーか……どうしていつもAはこうなのだろう。なんでも僕中心に考えているというか。僕のことをひとりじゃ何もできない、残念なヤツだとでも考えているのだろうか(否定はできない)。断言してもいい、Aは絶対に子供を過保護でスポイルするタイプの親になる。甘々の甘やかしで精神的糖尿病になっちまいそうだ。
――そしてAのこういう態度が、僕にとっては一番堪える。
着付けた晴れ着のレンタル代、美容院でのセット代、果たしておいくら費やしたのかは知らないが、それを惜しいとも思わずに全てを投げ出してしまえる、その態度。
きっと、おじさんとおばさんは困惑顔で娘を説得するだろう。だが、こうなったAが梃子でも動かないのは当然ご承知だ。唐突な娘のワガママを、ただ受け入れる他ない。新年早々に幸先のいいスタートを切るつもりだったのに、出鼻をくじかれることになってしまう。
僕としても、さすがにそれは忍びない。
なので、あー、だの、うー、だの呻きながらコタツの中をゴロゴロ転がり回った挙句、
「わかったわかった! 初詣、行くよ。僕も行けばいいんだろう!」
そう言って立ち上がると、Aは花のようにパァっと顔を輝かして、嬉しそうに手を合わせた。
「ありがとう、○○ちゃん」
だから何に対する感謝なんだって。
293
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/06/18(日) 15:21:15 ID:DXyNWHbs
そして、絶賛後悔中。
僕らが向かったのは、自宅から三十分ほど車を走らせたところにある、この地域で一番有名な神社だった。満車の表記が出された駐車場の中で、幸運にも二台分の空きを見つけ、僕とAの家族は車を停めることに成功した。
境内へと続く長い石造りの階段をのぼり、どでかい朱色の鳥居をくぐると、そこには人人人人人人人人人人人人(以下略)。文字通りの人の海。まさかここまで多いとは思わなんだ。コートを突き破る、肌を刺すような寒さも相まって、僕のテンションは急転直下。恨むぜ、一時間前の僕。
「すごい人だねぇ」
Aはのんびりとした口調で呟く。
「ああそうだなすごい人だなもういいよお腹いっぱいだよ温かい甘酒だけ飲んで帰ろうそうだもう帰ろう」
そう言って踵を返すと、そこには母さんが立ちはだかっていた。くっ……退路は塞がれている。なら前方へと思ったが、そこにも大量の人々。右方と左方も同様。逃げ場はない。なむさん。
仕方あるまい。ちゃっちゃと参拝を済ませてしまおう。
と思って拝殿を見やると、そこには長い行列が出来上がっていた。先頭から順に目で追っていくと、なんと行列は階段の一歩手前まで続いている。何? ここはテーマパークだったの? マスコットキャラクターは神様なのかな?
着いて早々あの列に並ぶのは気が滅入る。それはみんなも同意見だったようで、まずはおみくじでも引こうということになった。そして僕ら一団は人波をかき分けつつ進んでいったのだが、
「あれ?」
気付けば、僕の両親とAの両親がいなくなっている。あたりを見回しても、そこには見知らぬ大人たちしかいない。
「どうやら、途中ではぐれちゃったみたいだね」
Aだけはずっと、僕の隣を歩いていたので離れることにはならなかったみたいだ。
「この人の多さだからなぁ……」
しかし、はぐれたからといって焦りはなかった。あらかじめ、離れ離れになった時のことを想定して、集合場所と集合時間を決めてあったからだ。お互いを探し回る必要はない。
といっても、集合時間まではだいぶ時間があった。この中から親を探し出すのは不可能に近いしなぁ……こうなった以上はしょうがない。
「ふたりでまわるか」
「うん」
Aは嬉しそうに頷いた。
294
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/06/18(日) 15:21:54 ID:DXyNWHbs
おみくじはまず札を引き、そこに書かれた番号の棚からくじを取り出すというシステムだった。僕の引いた札には四番と書かれている。四番ね、どれどれ……うわ、末吉だ。微妙過ぎてコメントしづらい。
『辛く厳しい道のりの中に、小さな希望を見出すべし。流れには逆らうことなく、自らの心の向かう方へと進め。なれば、よい結果が得られるだろう』
基本は、辛くて厳しい年になるらしい。末吉らしく絶望一辺倒というわけではないが、げんなりする。以下、健康や学問など、個別分野の運勢が載っていた。
「おっ」
並みの運勢が続く中、なぜか恋愛運だけはやたらと良かった。待ち人来たる。と、赤い字で印刷されている。
待ち人、ねぇ。
正直、色恋沙汰とは全く縁がない身のため、どうにも信じられない。
僕は、まだ恋を知らなかった。
誰かを好きになったことも、誰かに好かれたこともなかった。そして、別段それを欲したこともなかった。好きだの嫌いだので右往左往するのは馬鹿らしいという冷笑の気持ちもあったし、恋愛というのは大人の嗜好品であり、尻の青い僕にはまだ早いという気持ちもあった。
「Aはどうだった」
と、おみくじを広げている彼女の手元をのぞき込んでみると、
「うげ……」
そこには大凶の二文字があった。最近のおみくじはサービス精神旺盛で、大凶の数をあえて減らしているので、引くことは滅多にないという。それを引き当てるとは……一年のスタートをこの紙切れに託している人だったら、結構へこむ結果かもしれない。
ちなみに僕は、ちょっと羨ましいと思ったり。だって、大凶だぜ? つまり最悪ってことだぜ? アウトローな感じがしてカッコイイじゃないか。少年の心がうずく。少なくとも、末吉なんかよりよっぽどいい。
Aも、あまり気にしている風ではなかった。一通り目を走らせた後、黙っておみくじを折りたたみ、近くの木の枝に結んだ。僕も彼女に倣い、末吉のおみくじも併せて結んでおいた。
さて、それでは本日のメインディッシュ、参拝へ向かうとしよう。
僕とAは最後尾を目指して、群集の中を進んでいく。
「…………」
その間、絶え間のない視線を感じていた。神社に来てからずっとだった。視線は僕に向けられたものではない。隣のAに向けてだ。
295
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/06/18(日) 15:22:38 ID:DXyNWHbs
普段から何かと注目を集めるやつではあるが、今日は一段とすごい。おそらく、晴れ着を着ているせいだろう。容姿との相乗効果によって、魅力が青天井になっているらしい。
衣服というのは、魅力を引き出す補助具のようなものだ。特に、特殊な衣服であると、その効果はより増す。巫女服やナース服を着ている人が魅力的に映るのも、それに拠るところが大きい。
今日のAは、ほのかに化粧もしているせいもあってか、やたらと大人っぽい。僕より三つは年上に見える。小学生どころか、中学生を飛び越えて高校生と言われても違和感がない。
ほら、あそこの中学生らしき男子なんか、Aに見蕩れてしまったせいで袴姿のヤンキーとぶつかってしまい、ひと悶着起こしている。年齢の離れた中高年であってもその魅力は有効なようで、すれ違った後に「まるでお人形さんみたいな子ね」なんて話が耳に届いてくる。
Aがこの手の視線を浴びることは日常茶飯事だ。皆一様に彼女を見て、その可憐さに感心する。
そして――隣に立つ少年に視線を移し、こう言いたげな顔をするのだ。
釣り合わない、と。
人は、何に対しても釣り合いを求める。蝶の隣を飛ぶのは必ず蝶でなくてはならず、決して蛾であってはいけない。たとえ姿かたちは似ていても、それはあくまで偽物、別種なのだから。
「どうして、アイツが」
学校で、死ぬほど聞かされてきた言葉。知るかよ馬鹿、とはねつける強さは持っているが、こればっかりは、どうしたって慣れない。鬱積は、少しずつだが、確実に募っていく。
Aの隣を歩くとは、こういうことなのだ。
ひとりになりたい、と思った。
296
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/06/18(日) 15:23:35 ID:DXyNWHbs
最後尾についた。
こうして並んでみると、日本人は本当に行列が好きなんだなぁ、と改めて思う。待つ先に得られるものよりも、待つこと自体に意味を見出しているような気がしてならない。行列のできる有名ラーメン店よりも、閑古鳥が鳴く場末の中華料理店を好む人間である僕には、到底理解できぬ価値観だ。
なんて愚痴を早速こぼしてみたが、
「後少しだから頑張ろう、○○ちゃん」
と、諭すような口調でAは言う。ダメな生徒を励ます先生かよ。頭をよしよしとでも撫でられでもしたら、はたき返してやったかもしれない。
それにすし詰め状態なせいか、初詣に来てからというものの、Aとの距離がやたらと近い。離れようと努力はしているのだが、大した距離が空けられない。不快とまでは言わないが、それでもなんとなく嫌な距離感だった。思春期の少年が親族に感じる、羞恥心の入り混じった嫌悪感とでもいうべきか。いや、まだ思春期には程遠いのだけれど。
「おい、もっと離れろよな。色々と近いんだよ」
相変わらず寄せられる視線のこともあって、僕はAの身体を手で押しのけた。だが、しばらくするとまた引っ付いている。磁石でもくっついているのかよ、おい。
「ごめんね、○○ちゃん」
そう申し訳なさそうに言われてしまうと、僕としても強く言い返せない。忍耐力で乗り越えよう。忍耐だ、忍耐。
僕らは牛歩の歩みで進んでいく。
リーダーがいるわけでもないのに、人々は規律よく並んでいる。僕も、空から見れば豆粒の内のひとつでしかないのだろう。ここにいる人たち全員が、何かしらの願いを持っているのだと考えると、不思議な気分になった。
果たして、神様はその願い全てをさばき切れるのだろうか。日本には八百万ほどの神様がいるらしいが、ここの神様は明らかに過当労働だ。ブラック神社だ。神様の世界に、労働基準監督署はあるのだろうか。
「参拝イコール神様への願い事、とは限らないけどさ。初詣に来る人の大半は、神様への感謝を捧げるんじゃなくて、神様にお願いをするために来ているわけだろう。みんな、そこまでして叶えて欲しい願いでもあるんかね」
「どうだろう。たぶん、本気で願いを叶えてもらおうと考えている人は、あまりいないんじゃないかな。朝、○○ちゃんが言ったように新年の行事として、つまり慣習として、ついでにお願いしているんだと思う」
「お願いかぁ。冷静に考えると、見えもしない神様に対してお願いするだなんて、なんとも奇妙な話だよな。僕が無神論者だからかもしれないけれど。そもそも、神様へのお願いってのは、人に対してするのと何が違うんだろうな」
297
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/06/18(日) 15:24:15 ID:DXyNWHbs
僕の疑問を受けて、Aは指を二つ立てた。
「私の意見になるけど、神様へのお願いには二つの形があるんだよ」
「二つ?」
「うん。一つは受験祈願みたいに、基本は自分の実力だけれども、そこにプラスアルファを期待するタイプ。どちらかというと、成就への決意表明という意味合いの方が大きいかもしれないね」
「なるほどねぇ。つまりギャンブルみたいに、全てを運否天賦に任せてしまうわけではないってことか。あくまで自分の力で勝負するのが大前提ってわけね」
「うん。神様にはそのサポートをお願いする形だね」
「ってことは、もう一つは全てを神様に託すタイプってことか。それこそ、さっき言ったギャンブル祈願みたいに」
「賭け事への期待とは、ちょっと違うかもしれないけれど」
と、Aは苦笑する。
「もう一つは、何がなんでも叶えたい願いを持っている人だよ。それこそ、不治の病の根治を願うような、願いがそのまま自己の全てに直結しているタイプ。か細い希望であっても、願いへの糸口になるのなら、すがりたい。そんな人」
拝殿が近づく。神様まで、後もう少しの位置。
「極端な話、願いを叶えてくれるのなら、その対象はなんでもいいんだよ。それこそ――」
その時、僕は拝殿への段差に躓いてしまい、正確にはAの言葉を聞き取れなかった。でも、僕の耳が確かならば、彼女はこう言っていた。
「――たとえ、悪魔でも」
298
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/06/18(日) 15:24:57 ID:DXyNWHbs
ようやく順番が回ってきた。
僕は作法なんかこれっぽっちも知らないので、五円玉を賽銭箱に放り込み、鈴を鳴らして柏手を打った。面倒だったので、目は瞑らなかった。我ながら不信心極まりない。
ふところで温めていた願いの言葉を神様に託し終えたので、後続に順番を譲る。Aは熱心に祈っているようで、まだ両手を合わせていた。
それはおそらく、絵になる光景だったのだろう。
僕の後ろにいた老人は参拝をする前に、まるで芸術品を観賞するような目で、横にいるAを見ていた。
「何をお願いしたんだ?」
たっぷり時間をかけて参拝したAに訊ねてみる。
「私のお願いごとは、いつも決まっているから」
Aが今みたいな迂遠な言い回しをする時は、あまり踏み込んで欲しくない時だ。それでも強く訊けば教えてくれただろうが(彼女の答えは大抵YESだし)、それはしなかった。大して興味はなかったし、それに、誰にだって内心の自由というものはあるだろう。
「○○ちゃんは何をお願いしたの?」
「母さんが年末に買った宝くじが当たってくれってお願いしといたよ。金額は一千万くらい」
僕のあまりに俗すぎる、かつ生々しい金額設定に、Aはちょっと引いていた。うるせーやい。
299
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/06/18(日) 15:25:39 ID:DXyNWHbs
参拝も終わったので、集合場所である鳥居のもとへと向かう。
途中、混雑のせいで前から歩いてきた中年男性とぶつかってしまい、Aの手の甲と触れ合った。
僕はなんとなく、それこそ道端の草をちぎるような気持ちで、Aの手を握ってみた。募らせてきた嫌悪感の裏返しだったのかもしれない。
反応は想像以上だった。
Aは目を見開き、信じられないといった顔をして、僕の顔を凝視した。それは、僕の知らない表情だった。裏の裏まで知り尽くしていたと思っていた彼女の、隠れた一面。
何よりも変化したのは、その瞳だった。黒く澄んだ宝石のような瞳が、血液が滲むように怪しく濁っていく。まるで、限界まで膨らんでいた何かが破裂して、中身が零れて出てしまったかのように。
即座に手を離し、目を逸らす。
「なんだよ、そこまで嫌がらなくてもいいだろう。その……はぐれちゃうと思って手をつないだだけなんだからねっ! 勘違いしないでよねっ!」
後半は冗談っぽく言って誤魔化したが、実を言うと――ほんの少しだけ怖かった。
人が幽霊を恐れるのは何故だろうか。それは、よくわからないからだ。
もし幽霊の存在が科学的に解明され、傾向と対策が組み立てられるようになったら、誰がそれを恐れるだろうか。幽霊への恐怖を担保しているのは、その神秘さにある。神秘のベールが剥がれた瞬間、幽霊はただの現象と成り果てる。
僕が今、Aに対して感じた恐怖も、それと同じだった。彼女が一瞬、わからなくなってしまったのだ。
逸らした目を戻すのが怖い。だけど、Aに恐怖を感じる必要がどこにある? AはAだ。彼女のことは、僕が一番よく知っているじゃないか。大丈夫、恐れる必要は何もない。
ゆっくりと、視線を戻す。
300
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/06/18(日) 15:26:09 ID:DXyNWHbs
「どうしたの、○○ちゃん?」
あれ?
そこに居たのは、いつもの人畜無害な笑みを浮かべたAであった。先ほどの、異様な瞳のAはどこにもいない。
え? なになにこれは? つまり……なんだ? 今のは、ただの僕の見間違いだったのか? Aがいきなり手を握られて驚いたちゃっただけなのを、僕が曲解してしまったのか? それとも大人びた格好のせいで、別人だと錯覚してしまったのか?
は、はは、ははは、恥ずかしい!
僕は頭を抱えて唸った。
枯れ尾花を見てビビッてしまった羞恥をどう説明しましょうか。はい。そうですね、死にたくなりますね。くっ……いっそ殺せ!
僕の悶絶などつゆ知らぬAは、優しい笑顔でそっと手を差し伸べる。
「手、つなごっか。○○ちゃん」
彼女の白い手をまじまじと見つめていると、再び恥ずかしさが込み上げてきたので、手をつなぐ代わりに頭をぺしっとはたいてやった。
「いたい」
Aは困り顔で頭をさすった。
鳥居の真下まで辿り着く。親はまだ来ていなかった。手持ち無沙汰になった時間を、僕は行き交う人々を見てぼんやりと過ごす。
この時になってようやく、新しい年が始まったのだと実感した。
今年は、どんな年になるのだろうか。ふと考える。昨年のように、なんの変化もない単調な日々をただ積み重ねていくのか。学校に行き、休日に遊び、夜に眠る。そんな日々を。
それとも――
Aを見やる。彼女は本殿の方を見ているようだった。僕より一歩分前にいたので、表情まではうかがえない。
――Aはあの時、神様に何を願ったのだろうか。
「あ」
そういえば、まだやっていないことがあった。
A、と僕は名前を呼びかける。
「あけましておめでとう」
振り返ったAは、僕のよく知る、いつもの柔らかな笑みを浮かべていた。その笑顔を見て、これまで募らせてきた鬱積や嫌悪感が全て吹き飛んでしまった。僕とAの関係が変わるはずがない。そう確信できたからだ。
時計を見ると、集合時間まで、まだ少しあった。このまま待ちぼうけしているのも勿体ない。一先ずはそう、この冷えた身体を温める甘酒でも、買ってきましょうかね。
僕は和やかな気持ちで、新年の一歩を踏み出した。
301
:
◆lSx6T.AFVo
:2017/06/18(日) 15:28:03 ID:DXyNWHbs
『彼女にNOと言わせる方法』の番外編『元旦、或いは新たな恋心』(前編)、投下終了します。
302
:
◆lSx6T.AFVo
:2017/06/18(日) 15:29:42 ID:DXyNWHbs
保管庫凍結に伴い、番外編は『小説家になろう』にて保管いたします。よければご覧になってください。
番外編(後編)はなるべく早めに投下しますので、お付き合いいただければ幸いです。
よろしくお願い致します。
303
:
!slip:verbose
:2017/06/18(日) 16:46:45 ID:wxYwK.ew
おちゅ
304
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/06/19(月) 01:27:57 ID:A47z5LXc
>>301
乙です!
305
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/07/12(水) 14:22:52 ID:uCc4lJEE
あっついなあ
306
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/07/27(木) 10:38:33 ID:GuJaCU4w
おやすみプンプンの田中愛子が最高やわー
307
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/08/07(月) 02:32:21 ID:w.T40Jtc
ラノベではない文学作品でヤンデレが出てくる作品はないだろうか
明治でも昭和でもいいし海外小説でもいい
308
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/08/08(火) 21:34:04 ID:4Fr542.E
最近はライトなヤンデレが流行りなのかね
色々読んでるけどまるで理解できん
みんなキチガイ描いてて、みんなそれを喜んでんだよ
しかも壊滅的に面白くない
ここや嫉妬スレみたいな良作を読める場所はもうないな
309
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/08/09(水) 05:25:21 ID:q.dmzLCo
◆lSx6T.AFVoがなろうに投稿してる作品、良いな
構成がしっかりしてて表現も豊かだから読みやすい
そんじょそこらのラノベよりも優れてて、素晴らしい
内容はまぁ、Aさんの天使ぶりに対して、「僕」のなんと小悪でクソ坊主なことか。何度も張り倒したくなる衝動に駆られる
310
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/08/23(水) 00:34:54 ID:o.5ZE98A
彼女にNOと言わせる方法書いてる人ってわたしのかみさま書いてる人と同一人物なのは初めて知ったわ
311
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/08/23(水) 00:36:26 ID:o.5ZE98A
やっぱ保管庫系は廃れていって最近はなろうやその他の小説投稿サイトの方が盛り上がってるなあ。
312
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/08/23(水) 00:44:02 ID:o.5ZE98A
とは言えなろうは深く漁っていくと全然面白い小説とかいっぱいあるのにチートハーレム異世界転生の三拍子揃ってるとまあ大体はランキング入っちゃう環境がなあ。
その三拍子に乗らない人があまり評価されないのはちょっと悲しい。
313
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/08/23(水) 04:56:02 ID:YEG9slfI
確かになろうのランキングに載ってる小説は面白くないうえにテンプレ多いよな
あと個人的には男向け女向けで分けてほしい
314
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/09/23(土) 02:21:36 ID:HrFuNyls
なろうでおすすめのヤンデレ作品ある?
315
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/09/26(火) 03:50:11 ID:s6qjg5KY
猫とワルツをとかどう?
もしかしたらここでも書いてたかもしれないけど
316
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/10/07(土) 23:47:53 ID:e.R4r5yE
>>314
鬱
ソノママチョフ
丸木堂左土
この人たちの作品はおもろい。
317
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/10/07(土) 23:50:35 ID:e.R4r5yE
鬱だったら死に至る病
ソノママチョフなら触媒
丸木堂左土ならひきこもり大戦記
318
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/10/29(日) 23:05:02 ID:ecYNEqSk
年末に近付いていくねえ
319
:
◆ZUNa78GuQc
:2017/11/02(木) 14:18:03 ID:fgdUzpOU
test
320
:
◆lSx6T.AFVo
:2017/11/02(木) 14:19:54 ID:fgdUzpOU
お久しぶりです。
『彼女にNOと言わせる方法』の最新話が完成しました。
題名は、番外編『元旦の憂鬱、或いは新たな恋心』(中編)です。
それでは投下します。
321
:
◆lSx6T.AFVo
:2017/11/02(木) 14:22:07 ID:fgdUzpOU
地獄のようだった初詣を、無事、終えることに成功した。
常に毒の沼状態だった神社を抜け出せたものの、HPゲージは真っ赤で点滅状態。試合後のボクサーのようにグロッキーな僕を、横から支えたのはAだった。
「大丈夫?」
今日は何かと密着する機会が多く、僕としてはすぐにでもひっぱがしたかったのだが、後ろでAの両親が優しく見守っている手前、そんなことはできそうにない。
しょうがないので、二人で石段を下りる。
意趣返しのつもりで容赦なく体重を預けてみるが、不平不満は一切でてこない。晴れ着姿で何かと動きづらいだろうに、我慢強いやつだ。
なので、僕はほとんどAにおぶさるような体勢になっていた。そのおかげか、ゴリゴリ削られていたHPも回復傾向にあった。
危なかった。後少し滞在時間が伸びていたら、僕はおそらく棺桶の中にいただろう。いや、神社だから燃やされて灰になっていたのか。でも神道って火葬だけじゃなくて土葬もあった気がする。ってことはゾンビになるリスクもあったわけか。おそろしや、おそろしや。
Aの家族とは駐車場で別れた。これから親戚のところへ行くのだという。
Aはニコニコスマイルで僕に手を振っていたが、無視して車に乗り込んだ。後部座席でシートベルトを締め、ようやく胸を撫で下ろす。
ふぅ、やっとアウェイでの戦いから解放されたぞ。これでホームに帰れる。早くコタツの中で、のんびりお正月番組でも視聴しよう。見たい特番はたくさんある。お笑い、スポーツ、バラエティ等々。どのチャンネルにしようか悩んじゃうな、へへへ。
「まだ、帰らないわよ」
エンジンが稼働し、父さんが車を軽快に走らせた直後、助手席に座る母さんがそんなことを言った。
「ん? 母さん、今、なんて言ったのかな?」
「だから、まだ帰らないって。今からヘビセンに行くんだから」
ヘビセンとは、この地域で最大の規模を誇る複合型ショッピングモールのことである。郊外の広大な土地を余すことなく使用した、全国的に見ても最大規模のショッピングモールであり、他県から訪れる人も少なくないと聞いている。僕も、友だちとちょっとした遠出を楽しむ時はよくヘビセンを訪れる。
「どうしてヘビセンに?」
「あのね、ものすっごくお得な福袋セールがやってるのよ!」
福袋。それはメインとなる目玉商品に売れ残った商品を抱き合わせ、少しでも高く売るという古来より行われてきた商法のことを指す。お得なんてのただの売り文句であり、実際は体のいい在庫処理に過ぎないというのに、なぜか消費者は愚かにも踊らされてしまう。これもまた元旦の魔力なのかね。
「わかった、付き合うよ」
「あら、ずいぶんと物分かりがいいのね。てっきり、またごねるのかと思ったわ」
「僕は契約更改に臨むオフシーズンの野球選手ではないからね。提示された条件には唯々諾々と従うのさ」
僕は学んだのだ。運命(母さん)に対して、人はただ頭を垂れるしかないのだと。それに、もし反対でもしたら車から放り出されかねない(過去経験あり)。
けれど、気が重いのもまた事実。Aの車で一緒に帰ればよかったかも、と思う。彼女ならば、きっと聖母のような笑みを浮かべて歓迎してくれるだろう。そして家に着いた後は、至れり尽くせりの扱いで僕をもてなしてくれたに違いない。
322
:
◆lSx6T.AFVo
:2017/11/02(木) 14:23:29 ID:fgdUzpOU
――だけど。
一瞬、脳裏によぎる初詣での一幕。握った手の感触。怪しく濁りゆく瞳。僕の知らない、もう一人のA。
「…………」
わかっている。あれは、僕の見間違いに過ぎない。晴れ着姿で大人びてしまった彼女に、どこか他人を感じてしまったのだ。
親しい間柄であると、しばしばこういうことが起きる。たとえば、一番の親友が自分の知らない人と仲良くしているのを見ると、どことなく不安になるものだ。それは嫉妬というよりも、知り尽くしていると思っていた人の、知らない一面を見てしまったことに起因する。築き上げていた人物像が揺らげば、誰だって不安になる。普段は優しい人が怒った時に恐怖が倍増するのは、その揺らぎに基づく。
でも、だからって心配することはない。新しい一面を知ったのなら、その度に修正していけばいいのだ。それは終わりのないプラモデル作りみたいなもので、ちょこちょことカスタマイズを続けて、その時に応じた人物像を築き上げればいい。
――もっとも、時には、設計そのものの変更を余儀なくされることもあるのだろうけど。
赤信号に捕まり、車は緩やかに停止する。シートに深くもたれかかり、窓の外を見る。
空には太陽が昇っている。しかし、僕の視界の真ん中には、ちょうど電柱がそびえ立っていて、その姿は見えなかった。誰にでも平等に降り注ぐ光が、僕にだけ与えられない。
なんてことのない光景だ。でも、僕には何かの兆候のように見えた。
ヘビセンが近づいてくると、明らかに道路の混雑が目立ってきた。大小様々の乗用車は、のろのろと亀の歩みで公道を進んでいく。
初詣の混雑を抜け出したと思ったら、今度は初売りセールの混雑だ。せっかくの初詣だってのに、自宅でのんびり過ごすという選択肢はないのだろうか。せっかくの休みだし出かけよう! みたいな世間の風潮は無くすべきだと僕は主張したい。
結局、駐車場に車を停めるまで丸々一時間を消費した。
車を降りて、大きく伸びをする。冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んで、肺に溜まった車内の淀んだ空気を吐き出す。うん。気分スッキリ。
「じゃ、僕は行くから」
と言って立ち去ろうとすると、母さんに首根っこを掴まれた。ぐえっと喉が絞まり、ヒキガエルみたいな声が出る。
「な、なにをするんだ母さん。僕は鵜飼いの鵜じゃないんだぞ!」
「いやいや、なに勝手に行動しようとしているのよアンタは。一緒に行きましょうよ」
「嫌だ」
ちょっと食い気味に返答する。
323
:
◆lSx6T.AFVo
:2017/11/02(木) 14:24:15 ID:fgdUzpOU
母さんの買いものに付き合うのはまっぴらごめんだった。女の買いものは長いというが、母さんもその例に漏れず、マイホームでも購入するのかってくらい時間をかける。付き合わされる側からしたら、たまったものではない。親の買い物にニコニコと付き合えるほど、僕は孝行息子ではないのだ。
それにさ、家族と一緒にいるところを同級生に見られるのは、どことなく小っ恥ずかしいだろう? 今日は人も多いし、その危険性はかなり高い。故に、僕は単独行動をするのだ。証明終了。QED。
「○○のどこに同級生に見られて恥ずかしいなんて思う繊細さがあるのよ」
即否定される。その通りなので何も言い返せない。
母さんは片眉を吊り上げ、渋い顔をする。
「別行動していたら、合流するのが難しくなるでしょ。今日は元旦ですごい混んでいるんだから、大人しく付き合いなさい」
「問題ないよ。その辺はフィーリングでどうにかするから」
誰にでも経験あるだろうけど、ショッピングモールなどで別行動をしている際に、特に示し合わせていなくとも、なんとなく合流できてしまうことが多い。お互いがお互いの行動パターンを熟知しているのが原因なのだろう。
「それに、もし首尾良くいかなかったらインフォメーションセンターに行くから」
この年にもなって迷子の呼び出しをしてもらうのは、一般的には恥ずかしいことなのかもしれない。が、僕はそんなこと微塵にも思わない。使えるものはなんでも使う。それが僕のポリシー。
母さんはまだゴチャゴチャと言っていたけれど、耳をふさいでスタコラさっさと駆けていった。
三十六計逃げるに如かず、ってね。
ヘビセンは、まさにお正月ムードだった。
モール内に足を踏み入れると、暖房の効いた空気が僕をお出迎えしてくれた。コートのボタンを外しながら辺りを見ると、周囲がお正月的な要素で満たされていることに気づく。
新年を祝う門松をはじめ、鏡餅や謹賀新年のしめ縄もあちらこちらで飾られている。天井のスピーカーからは箏と尺八の音色が流れていて、曲はもちろん春の海。うむうむ、このテンプレートな正月感。たまりませんな。
この手の商業施設の節操の無さはスゴイ。ほんの一週間前までは、門松の代わりにクリスマスツリーが置かれ、春の海の代わりにジングルベルが流れていたかと思うと、その変わり身の速さには舌を巻くしかない。商魂たくましいよ、全く。
モール内は多くの人で賑わってはいるものの、敷地面積が広いため息苦しさは感じない。先ほどの神社に比べたら、不快感は雲泥の差だ。
やはり人口密度って大事だと思う。満員電車ほど非人道的な乗り物はないよ。脳内でドナドナの歌が流れるもの。子牛の気持ちになるもの。
324
:
◆lSx6T.AFVo
:2017/11/02(木) 14:25:08 ID:fgdUzpOU
さて、それじゃあ僕も行動を開始しますかね。
別行動を申し出たのは方便ではない。僕は僕で見たいものがあった。それは、これから懐に入るであろうお年玉の支出先である。
子どもにとって、正月の一大イベントとは初詣ではない。ましてや、おせちでもお雑煮でも福笑いでも羽子板でも凧揚げでもない。それはお年玉である。というか、お年玉以外のイベントは全部オマケである。
賃金労働が禁じられている子どもにとって、貨幣の入手機会はさほど多くない。毎月のお小遣いを除けば、お年玉はほとんど唯一無二のチャンスだ。今年のクリスマスプレゼントに商品券を願い、そして失敗した身にとっては、公明正大に現金がもらえるお年玉ほどありがたい行事はない。ビバ、お正月。
ポケットからポチ袋を取り出す。新年の挨拶をした際に、Aの両親から受け取ったものだ。早速、中身を確認。
おぉ……相変わらずA家は羽振りがいい。うちの両親とは大違いだ。今度、改めてお礼を言っておこう。
一瞬、膨らみに膨らんだAへの借金について思い出す。あいつに借りたおカネ、どのくらいあったっけ? でも……まあ、借金返済は次の機会でいいだろう。うん。Aも、返すのはいつでもいいって言ってたしね。急ぐ必要はないって。それに無利子だしね、うん。
浮かんだ思いは、うたかたの如く消え去った。
しっかし、今年は直接お年玉を手渡してくれて本当に助かった。去年までは、お年玉は全て一旦母さんに預けて、必要に応じて引き出すというシステムを採用していた。けれど、母さんにお年玉を預けると、なぜかいつも金額が目減りしているのだ。あれかな? マイナス金利でも適用されているのかな? 消費を活発化させたいのかな? いや、そんなわけねえだろ。
案内板を見つつ、目的の場所まで歩いていく。目指すのは、玩具やゲーム機などが販売しているゾーンだ。僕も現代っ子らしくゲーム好きなので、毎年、お年玉はゲーム関連に使うことが多い。
その道中、とある雑貨屋で目を引くものがあった。
それは、なんとも形容しがたい奇怪なぬいぐるみだった。基本はヘビをモチーフにしているのだが、あまりにリアリスティックなデザインのうえ、そこに無理やり幼児向けアニメキャラクターのようなポップさを付け加えているため、色々と破綻していた。一言で表すのなら、キモカワイイからカワイイを取り除いたキマイラだった。
思わず、ぬいぐるみに足が引き寄せられていく。どれどれ……商品名は『非公認キャラクターヘビセンくん』か。さてお値段の方はっと……うわっ。お値段ウン万円? 誰が買うんだこんなもん。
と、呆れ半分でヘビセンくんを眺めていたのだが、その手前にキーホルダーサイズのものがあった。小さくなれども、その異様さは健在で、まがまがしい邪神のオーラを放っている。値段もワンコインとお手頃なものになっていた。
しばし逡巡し、購入することにする。ギフト用にラッピングしてもらい、雑貨屋を出た。
一応弁明しておくと、別に僕はトチ狂っていない。確かに、狂気に片足でも突っ込んでいなければ絶対に買うことはないであろうキーホルダーだけれど、だからこそ使い道はある。
購入理由はただ一つ、Aへの嫌がらせである。
アイツのことだ。きっとプレゼントを受け取れば、雪が降った時の犬のように喜び回ることだろう。しかし包装を開けてみれば、現れるのは小さき邪神。喜びの山から悲しみの奈落へと急転直下。Aの笑顔も凍りつくに違いないぜ、へっへっへ。
325
:
◆lSx6T.AFVo
:2017/11/02(木) 14:25:58 ID:fgdUzpOU
それからは、適当にゲームを物色した。クリスマスプレゼントと初売りのダブルパンチにより、お目当てだった最新ゲーム機は入荷未定。仕方がないので、ゲームソフトの目星をつけるなどして時間を潰した。
と、ここまでは順調に買い物を楽しんでいたのだが、暖房のせいで少し頭がボーッとしてきた。
コートを車に置いてこなかったのは失敗だった。母さんから逃げることばかり考えていて、その暇がなかったから仕方がないのだけれど。
火照った身体を冷やすため、一度モールの外へ出ることにする。
ヘビセンは大きく分けて、室内施設と室外施設の二つが存在する。
室内施設は近未来的なデザインの、スケルトン感あふれるいかにも今風で瀟洒なデザインなのだが、室外施設は真逆の時代に遡る。近代ヨーロッパをモチーフとしていて、レンガ敷きの遊歩道やガス灯をイメージした街灯などで場を彩っている。テナント側もそれに合わせて、店内をレトロに装飾していた。
外に出ると、いつの間にか空は分厚い雲に覆われていて、辺りは薄暗くなっていた。街灯に明かりがつくのも時間の問題だろう。
春や秋には多くの人々で賑わう室外施設も、今はまばらにしか人がいない。身も凍るような季節のせいだろう。冬には営業しないのか、近くにあるクレープ屋台には『CLOSED』の札が下げられていた。
コートのボタンをとめてから、ぶらぶらと散歩を始める。
さすがヘビセン。デザイン関係には結構お金をかけているようで、ちょっとした小物もかなり精巧につくられている。行き交う人々が欧米人だったら、本当にヨーロッパに来たと錯覚してしまいそうだ。某ランドもかくやというクオリティではないだろうか。いや、某ランドに行ったことないんだけどね……。地方はツラい。
鼻歌混じりに歩いていると、遠くの方でまっ平らな土地が見えてきた。拡大予定の土地なのだろうか。奥の方には豊かな森林があることから、伐採して開拓した土地だということが見て取れる。
326
:
◆lSx6T.AFVo
:2017/11/02(木) 14:26:43 ID:fgdUzpOU
僕はその光景を見て、ヘビセンのとあるいわくを思い出した。
元々この土地は、市主導で自然公園をつくるはずのものだったという。だが、突如判明した重役の献金問題で話がこじれ、計画は頓挫してしまった。
そこで手を挙げたのが斎藤財閥だった。この国に住む者ならば誰もが知っている、ゆりかごから墓場まで僕らの生活にコミットする、あの大財閥だ。
市も非難の的となってしまった土地を持て余しており、斎藤財閥の提案は渡りに船だった。莫大な経済効果を主張することによって積み重なったマイナスイメージを払拭できると目論んだ市は、斎藤財閥に積極的に協力した。財閥側もそれに合わせて間断なく広告を展開し、市民も喉元すぎれば熱さ忘れるというやつで、市への不満よりも新たな商業施設への期待の方が勝ってしまった。
それからは全てがトントン拍子だ。着工から完成まであっという間に終わり、国内有数の商業施設が誕生した。
けれど、事の発端となった汚職事件を仕組んだのは斎藤財閥ではないかともっぱら噂されている。
元々、この土地は幹線道路が近くに通っているため、商業的な価値は非常に高かった。けれど市有地であることから、大財閥といえどもおいそれとは手が出せない。仮に手に入れることができたとしても、高額のカネが必要になるのは自明だ。市有地であること、地価が高額であること、この二つがネックになっていた。
しかし汚職事件が起きた後は、全てが一変した。
斎藤財閥は悲願の土地を二束三文で購入できたうえに、市との強いパイプまで手に入れてしまった。まさに一石二鳥。美味しいとこ尽くしである。
これで疑うなという方が無理だ。大人の世界に疎い子どもにだって、おかしいことがわかる。
が、この一件の厄介なところはそこではない。厄介なのは、結果として斎藤財閥が多くの市民に感謝されたという点である。
自然公園とショッピングモール。レジャーの少ない地域において、どちらがより多くの市民を喜ばせるかは想像に難くない。そのうえ、オマケに莫大な経済効果までついてきた。長年赤字続きだった市の財政は黒字に好転し、互いに万々歳。ウィンウィンの結果になった。
偏見抜きに見るのなら、斎藤財閥は正しいことをしたのだろう。経過は正しくなくとも、結果は正しかった。
でも、それでも僕は、それを正しくないと考える。そして、そう考える僕は正しいのだと信じている。
なぜなら――いつだって大人の汚いやり方にNOを突きつけるのが、子どもの役割だからだ。
327
:
◆lSx6T.AFVo
:2017/11/02(木) 14:27:35 ID:fgdUzpOU
ずいぶんと長い間、歩いていたらしい。ヘビセンの外れにあるフラワーガーデンにまでたどり着いていた。立地的な悪条件も重なってか、ちらほら見られた人影が、ここでは全く見られない。
身体の火照りはとうに収まっていたが、せっかくなので観賞することにする。生憎と僕には、花を愛でるような心も、美しいと思うような感受性も持ち合わせていなかったが、貧乏性だけは持っていた。とにかく元を取ろうとする態度は母さん譲りだろうか。嫌なところだけ遺伝してしまったな……。
入口のフラワーアーチをくぐると、一面に広がっているのは白い花畑だった。
冬に咲く花は、白が多いのだろうか。それとも単に雪景色をイメージしているだけか。花壇に刺さっている札を見ると、種類自体は違っているのだが、見た目はどれも似たように映る。たとえば、このクリスマスローズという花も花弁が白い。というか、名前のもう過ぎ去ってしまった感が強い。……今だけは元旦ローズと名乗ってもいいんだぞ。
フラワーガーデンは円形になっていて、順路としては時計回りに進んでいくみたいだった。矢印に従って歩いていく。
そして気づいたのだが、どうやらここは迷路チックに設計してあるようで、歩いていて中々おもしろい。途中、行き止まりにぶつかって悔しい思いをした。僕みたいな芸術性のない人間でも楽しめるような仕組みになっているのはありがたかった。
そんな感じで花壇迷路を楽しみながら、時計の針でいうてっぺん、十二のところまで進んだ。
その一部分に、背の高い生垣に囲まれた休憩スペースがあった。
この突き刺すような寒さの中、足を止めてのんびり休んでいたら凍え死ぬだろう。順路からも離れた場所にあったので、そのままスルーするのが利口な判断だった。
だが、僕の足は不思議とそこに引き寄せられていく。その歩調はまるで、花の蜜に惹かれる蝶のようで、僕はこの間ほとんど無意識だった。
後から考えても、この時の行動はうまく説明できない。例の貧乏性が発動したのか、それとも身体が一時の休息を欲していたのか。理由はいくらでも挙げられるが、なんせ初詣の後だ。もしかしたら、超常的な力によるものなのかもしれない。
詩的な表現が許されるのならば――それはきっと、神様の導きだったのだ。
休憩スペースはさほど広くなかった。ベンチが四つと、自動販売機が二つ。それと――ベンチに腰かける少女が一人。
328
:
◆lSx6T.AFVo
:2017/11/02(木) 14:29:01 ID:fgdUzpOU
僕は最初、それをヒトだと認識できなかった。
違う次元の存在、たとえば絵画の中にいた人物が、何かの拍子で現実の世界に現れてしまった。そうとしか考えられなかった。この光景を額縁で囲えば、そのまま美術館に展示できるだろう。
顔の造りについては、僕の拙いレトリックでは表現できそうにないので割愛する。ただ、先ほどのヨーロッパの街並みに相応しい容姿とだけ言っておこう。彼女の青い瞳が、それを象徴している。
そして、何よりも鮮烈な印象を与えるのが髪だった。おそらく元は黒色なのだろうが、色素が非常に薄いため、銀色に輝いて見える。もし彼女がショートボブではなく、Aのような長い髪であったら、その印象はさらに強まっただろう。
と、呼吸することを忘れていたせいか、喉の奥からヒュッと高い音がでた。放心状態から立ち直り、口から飛び出ていた魂を慌てて元に戻す。
くっ、なんたる失態。男子たるもの、女子に見蕩れるなんてことはあってはならぬのに。たとえ気になる女子を目の前にしようとも「うっせーブス!」と悪態をつくのが男子なのに。僕の軟弱者めっ!
頭を左右に振り、気を取り直すと、少女の元へ歩き出す。
「よう」
手を挙げて挨拶する。が、無視された。聞こえなかったのかと思い、もう一度挨拶する。が、無視。もう完璧なまでの無視。視線を向けることさえしない。
あまりの徹底した無視っぷりに、一瞬、僕が幽霊になってしまったんじゃないかと勘違いしそうになる。けれど、そんな映画じみたドンデン返しはありえないわけで。
ハァ、と盛大にため息。
「相変わらずだな、サユリ」
この色々な意味で人間離れした少女の名はサユリ。僕のクラスメイトだった。
「こんなところで会うとは奇遇だな。学校外で会うのは初めてじゃないか」
と、手始めに会話のボールを投げてみるが、当たり前のように無視される。投げられたボールを目で追うことすらしない。もしかしたら、キャッチボールという遊びを知らないのかも。でも、別に知らなくても言葉のキャッチボールには影響しないよな……まあ、いつものことだから気にはならんが。
329
:
◆lSx6T.AFVo
:2017/11/02(木) 14:29:42 ID:fgdUzpOU
今一度、人形の如き少女を観察する。
学校では基本的に派手やかな服装が禁止されているので、プライベートでおめかしするタイプの生徒もいるが、サユリはそうでもないらしく、いつも通りの装いだった。
膝下まで伸びる黒のロングコートを羽織り、白のセーターとオセロ調のロングスカートで上下を固めている。黒いタイツに包まれた脚の先には、これまた黒のショートブーツがあった。一見するとシンプルな服装だが、ファッションに疎い僕でも高級だとわかる代物ばかりで、おそらく今年のお年玉の総額は、彼女の履くショートブーツの片方にも満たないだろう。
外出先でクラスメイトと会ったからといって、特に感じるものはない。が、相手はサユリだ。レア度でいえば、集団からはぐれてしまったメタリックなスライムくらいはある。僕としてはそれが新鮮で、結構テンションが上がっていた。
「新年あけましておめでとう。終業式以来だけど、元気にしてたか」
無視。
「僕は全く元気がでなくてね。ほら、いかんせん冬だからさ、雪でも積もらなきゃ外で遊ぶ気も起きないよ。この調子じゃ、今年も寝正月確定かな」
無視。
「寒い日が続くし、できれば温泉地でゆっくりしたいんだけどね。僕の家は財布のヒモが度外れにキツくて、旅行のひとつにも行かせやしない。たまったもんじゃないよ」
無視。
「もしサユリにどこか旅行に行く予定があるのなら、ぜひ僕を帯同させてくれ。個人的にはハワイ辺りをオススメしたい。芸能人だって、年末年始になるとやたらとハワイに行くだろう?」
無視。
「寒い季節には暖かい場所へ、暑い季節には涼しい場所へ行くのが、生物としての正しい行動だよ。渡り鳥だって、そうしているんだし、人間もそうするべきさ。僕も風の向くまま気の向くまま、自由に生きたいよ」
無視。
無視。無視。
無視。無視。無視。
うーん、この気持ちのいいくらいのディスコミュニケーション。新年になっても変わらない対応で安心する。もう塩対応どころじゃないね、岩塩だよ、岩塩対応だよ。
好きの反対は嫌いではなく無関心というが、全く以てその通りだと思う。立て板に水の僕に対して、サユリはその水も凍らせてしまうくらいの絶対零度。この凍傷しかねないほど冷え切った空気に、並大抵のやつは耐えきれないだろう。僕みたいな酔狂じゃなきゃ、近寄ることさえできないはずだ。
330
:
◆lSx6T.AFVo
:2017/11/02(木) 14:30:22 ID:fgdUzpOU
さて、ここらが潮時だろう。
新年の挨拶は済ましたわけだし、これ以上せっかくの元旦に水を差すこともない。人間関係は常に引き際が大事であり、ましてや一筋縄ではいかないサユリみたいな変化球が相手なら、なおさら慎重に対処せねばならない。
「それじゃあ、サユリ。また新学期に」
別れの挨拶とともに手を振るが、案の定、無視。肩をすくめて、歩き出す。
フラワーガーデンに対する関心はとうに薄れていたので、残り半分は足早に進む。その間も、誰かと遭遇することはなかった。
もしかして、あの氷の女王がここを貸し切って無人にしているんじゃ……と、バカげた想像が頭をよぎるが、そんなバカげた想像を一蹴できないのが、彼女の恐ろしいところである。
フラワーガーデンを出た。室内施設へ戻るため、先ほど通った道をとんぼ返りする。
その途中、前方からとある家族がやってきた。
父親と母親、それに子供が二人の四人家族だった。子供は男の子と女の子の二人組であり、背丈も同じくらいなので、どちらが年長であるのかは判別つかない。仲良く手をつないで、笑顔で何かを言い合いながら歩いている。両親はその横で何も言わずに、ただ微笑みながら子どもたちを見ていた。
その家族とのすれ違いざま、なんとなく名残惜しい気持ちになって振り返ると、視界の隅にフラワーガーデンが映った。
そして、あることに気付き、心が揺さぶられた。
――サユリは、ひとりきりなのだ。
彼女は、いつからあのベンチに座っているのだろうか。僕みたいに誰かと一緒に来て、たまたま単独行動をしているという感じではない。友だちと待ち合わせているという線は、もっとありえないだろう(そもそもあのサユリに友人がいるのかすら疑わしい)。おそらく、サユリはたったひとりでここに来て、たったひとりでフラワーガーデンのベンチに座っている。
元旦に、ひとりきり。
それ自体は、別に珍しい話じゃない。現に今も、ヘビセンではたくさんの大人が働いている。生活が年中無休かつ二十四時間化した現代において、元旦に子どもがひとりでいるのは決して稀有なことではない。特に、サユリの親御さんの特殊性を考えると、新年はかなり忙しいはずだ。
331
:
◆lSx6T.AFVo
:2017/11/02(木) 14:32:57 ID:fgdUzpOU
けれど、問題はそこじゃない。
サユリは孤高の人だ。孤独ではなく孤高。この違いは非常に大きい。己の矜持を失わずにひとりでいることの難しさは、孤独になるまいと必死にもがく者が多い世の人々を見ればよくわかるだろう。
社会からも集団からも一定の距離を置き、なによりも静謐を愛する少女。それがサユリなのだ。
では果たして、以上のようなパーソナリティを持つ人が、ひとりで過ごす場所として、ヘビセンを選ぶだろうか。否。ヘビセンのように明るくて騒がしい場所は、最も忌み嫌うはずだ。しかも元旦によって、ヘビセンは喧噪の坩堝と化している。それは魚が水中よりも地上を選ぶようなものだった。
なら、なぜサユリはヘビセンに、しかも、暖かくて賑やかなモール内ではなく、寒くて寂しい外れの場所に――
ああ、やめろ。
僕は今、愚かしい想像をしている。同情と憐憫が結び付いた、お涙ちょうだいのストーリーだ。仮に、それが当たっていたとして、なんだというのだ? 僕がサユリに手を差し伸べるのか? 氷の女王を憐れむ平民。なんてバカバカしい!
僕とサユリの間には、常にある一線があった。僕は彼女にちょっかいをかけつつも、その一線だけは絶対に越えなかった。だからこそ彼女は僕を排除しようとせず、無関心の範疇に置いたのだろう。
君子危うきに近寄らず。その言葉に従い、大人しくモール内に戻るべきなのだ。
だというのに――僕はノコノコとフラワーガーデンへと戻ってきていた。
サユリはひとりでベンチに座っていた。寒気で白くなった息を吐き、微かにあごを上げ、ぼんやりと曇天を見上げている。先ほどはあれほど美しいと感じた光景が、今では違って見えた。
もう一度、彼女の前に立つ。僕の存在にはとうに気付いているはずだが、視線が向けられることはなかった。構わず、話しかける。
「あー……そのだな。さっきは言いそびれたんだが、実を言うと今、訳があってひとりでヘビセンをフラフラしていてね。なんというか、どうにも退屈なんだ。だから……良かったら一緒に回らないか」
歯切れの悪い口調に、怖気が走った。なんだ、この歯に厚着をさせたような僕らしからぬ口調は。もっとサラッと、僕らしく誘えばいいだろう。
誤魔化すように、慌てて続ける。
332
:
◆lSx6T.AFVo
:2017/11/02(木) 14:34:56 ID:fgdUzpOU
「見たところ、サユリも今、ひとりなんだろう? なら、ちょうどいいじゃないか。出かけた先で友人と出会い、流れで遊ぶなんて、ありふれたことだぜ。あ、そもそも僕とキミが友人と呼べる関係じゃないなんて野暮なツッコミはするなよ」
言葉は、重ねれば重ねるほど軽くなっていく。水を水で薄めたような、希釈化された会話。いや、会話ですらないのか。一方通行的な、虚しい通知だ。
「ゲームだって、ひとりでやるよりも友だちと対戦している方が盛り上がる。日常における遊びだって同じだ。鬼ごっこだって、缶蹴りだって、ひとりじゃできない。ひとりでする遊びよりも、みんなでする遊びの方が多いのは、まさにそれが理由であって……」
話が脱線しかけている。本当なら、一緒に遊ぼうの一言で十分だったのに、無理に意味を付け加えようとするから冗長になり、軽薄になっていく。わかっている。わかっちゃいるが……。
なしのつぶてだった。サユリは心底興味がないらしく、曇天を眺め続けている。何が面白いのか、僕も試しに見上げてみるが、コンクリート色の形の悪い綿菓子が空に広がっているだけで、こんな陰気な空を長時間眺めていたら気が滅入ってくる。
僕は、この空模様にすら負けているのだ。そう考えると、なんだかむかっ腹が立ってきて、僕は無理やり彼女の視界の中に入り込んだ。
「サユリ、僕は冗談じゃなくて本気で言っているんだ」
青い瞳が、初めて僕に向けられる。
彼女の認識の対象になること自体、これが初めてのことだった。そして、氷もかくやという冷たい瞳から読み取れたのは――明確な拒絶だった。好意の欠片もない、ただただ辛辣な厭悪。
何かが割れるような音がした。陶器を割ってしまった時のような、もう元に戻らないのだという、諦観の念を誘うあの音が。
――やってしまった。
これで、僕と彼女の関係は決定的に変わってしまった。
サユリはもう、僕が話しかけることを許さないだろう。今までは雑音として処理されてきたが、その内面にまで踏み込んでくるというのなら話は別だ。
冷たい風が吹きすさぶ。その風は、僕と彼女の間に決定的な亀裂が生まれてしまったことを知らせる合図だったのかもしれない。
僕がとるべき行動はただ一つだ。このまま回れ右して、彼女の前から去るのだ。そして新学期が始まった後は、他の生徒がしているように、遠巻きに見て、恐れていればいい。
元々、サユリに固執する理由はさしてなかった。失っても別に痛くはない関係性であり、なりふり構わず取り戻そうとするほどの情熱は、当然生まれない。あってもいいけど、なくてもいい。その程度なのだ。
333
:
◆lSx6T.AFVo
:2017/11/02(木) 14:37:31 ID:fgdUzpOU
だから――だからこそ、僕はニヤリと笑う。そして図々しくも、サユリの隣に腰かけた。
サユリが僕を睨む。見るのではなく、睨む。おお、恐い恐い。ちびってしまいそうだ。
「なんだよ、その目は。別におかしなことは言ってないだろう。クラスメイトとウインドウショッピング。実に自然な話じゃないか。それともあれか、もし誰かに見つかって噂されたら恥ずかしいとでも言うのか? わっは。おいおい、氷の女王がそんなこと気にするのかよ」
僕の本質とは何か。言うまでもない。アイアム小悪党。サユリとの関係にヒビが入ってしまったというのなら、それを修復するのではなく、いっそ徹底的に壊してしまうべきだ。一度崩れた積み木を、再度積み直す根気が僕にあるとでも?
そもそもさ。僕みたいなクズに、サユリの心情を慮りながら優しくフォローするなんて芸当ができるはずないでしょ。さっきのやりとりを見てみなよ。あまりの僕らしからぬ感じにサブいぼが立ったでしょ? 僕が誰かに優しくするなんて無理無理無理無理。成績表に『性格に難あり』と書かれた男だぜ?
「ま、僕としては嬉しい話ではあるけどね。なんたって地元の名士の娘とお近づきになれるんだ。うまい具合に事が運んで玉の輿に乗れれば、僕も権力者の仲間入りかね」
この一言は、クリティカルだった。今までとは、明らかに場の空気が変わる。隣から感じる怒り――いや憤怒と言ったほうが適切かもしれない――により、ひりつくような緊張感が生まれていた。青いはずの彼女の瞳が、赤く染まって見えた。
家族の話が、サユリにとって最もセンシティブなものであることは、なんとなく気づいていた。絶対に越えてはならない最終防衛ラインを越えたのだ。
さすがの僕も、恐怖する。氷の女王の名は伊達じゃない。相手は同学年の女子だというのに、射すくめられただけで泣きそうになる。この年でこの威圧感を出せるのは、やはり只者ではないということなのだ。彼女はやはり、女王だった。
だけど僕は、あえて微笑みかける。
「僕は、キミを憐れんでいる」
この一言は、不意打ちになったらしい。ほんの一瞬のことだったが、サユリの青い瞳にさざ波が起きた。
虚を突くことに成功したことを悟った僕は、一気に畳みかける。
「だって、そうだろう? 元旦なのに親類と過ごさない、友人とも過ごさないだなんて、なんとも泣かせる話じゃないか。そりゃ憐れみたくもなるさ」
堰を切ったように、言葉は溢れ出す。
334
:
◆lSx6T.AFVo
:2017/11/02(木) 14:40:16 ID:fgdUzpOU
「しかもさ、よりにもよってこんな寂しい場所にひとりでいるんだぞ? 笑っちまうぜ。不幸なワタシかわいそうアピールするクラスの女子かよ。感傷に浸るってんなら誰にも見られないところでひとりでやっていればいいんだ。ズバリ推理してやろう。キミは寂しかった。今日、何か事件があったんだろう。おそらく、家庭の事情によるものだ。サユリの家はいかにもややこしそうだからな。そしてその事件が、珍しく氷の女王に寂しいという感情を思い出させた。寂しくて、寂しくて仕方がなくなった。ひとりでいるのは耐えきれない。だから人の多いところへ行こう。雑踏の中にいれば、なんとなくひとりじゃない気がするからな。けれど、いざ来てみたらそこにいるのは元旦で浮かれて幸せそうな人たちばかりだ。キミはかえって辛くなってしまった。傷ついた時に求めるのは、他人の幸福じゃなくて他人の不幸だからね。こんな幸せオーラが充満した場所には耐えきれない。一刻も早く立ち去ってやる。でも、立ち去ったらまたひとりになってしまう。寂しくなってしまう。だから完全に立ち去ることもできず、折衷案を採用した。寒くて寂しいフラワーガーデンに逃げ込むという折衷案をね。そんなところだろう」
僕は何を言っているのだろうか。
最初は、相手の家のベルを鳴らし、顔を出したところでアッカンベーして逃げるくらいのつもりだった。ささいな反撃ができればそれで十分だった。
なのに、今は相手の家に土足で入り込むばかりか、口角の泡を飛ばして喚き散らしている。明らかに、僕は興奮していた。けれど、その興奮の原因は何なのだろうか。わからない。ただ、一時の感情ではないことは確かだった。常日頃からサユリを見てきて、ずっと感じていたことが、積もりに積もって、今、噴出している。
「勘違いするなよ。たしかに、僕はサユリを憐れに思ったからこそ、こうやって戻ってきて、遊びに誘った。けど、それはあくまできっかけで、第一の理由じゃない。僕が声をかけたのは、もっと単純明快な理由からさ」
そりゃそうさ。僕みたいな阿呆に難しく考える頭があると思うのか。僕の行動理念はいつだってシンプルだ。快か不快かの二項しかない。そして快なら向かうし、不快なら避ける。そして今、快の予感があるからこうしている。
ベンチから立ち上がり、サユリの真正面に立って、手を差し出す。
「僕はサユリと遊びたい。だから、一緒に遊ぼうぜ」
335
:
◆lSx6T.AFVo
:2017/11/02(木) 14:41:58 ID:fgdUzpOU
だって、そうだろう? この際立った個性を持つサユリと遊ぶだなんて、いかにも楽しそうじゃないか。同じようなやつらで集まって、ワイワイするのも確かに楽しい。だけど、それはぬるま湯に浸かっているようなもので、心地は良いが刺激はない。
サユリは僕みたいな凡百とは感性も価値観も百八十度異なっている。予測不可能な相手と遊ぶのは、きっと楽しいのだ。
サユリはじっと、僕のことを見つめていた。意外にも、その瞳には先ほどの憤怒は感じられず、凪のように静かだった。けれど、そのせいで感情らしい感情が読み取れず、何を考えているのが全くわからない。緊張する。
サユリが立ち上がる。曇り空の中でも輝く銀色の髪が、清流のように流れる。
心臓が一際、大きく脈打つ。
そして彼女は僕の手を――掴むことなく、そのまま横を通り過ぎて行った。
差し出した手は、虚しく空を掴む。
そりゃそうだ。
氷の女王が平民と戯れるわけがない。身分を越えての交流など夢想に近く、シンデレラのような物語は現実では成立しない。
そんなことはわかっていた。わかってはいたが、やはり遊びの誘いを断られるのは、ちょっとだけ悲しい。
がっくりと肩を落とす。
でも、満足だった。これでよいのだと胸を張って言える。腹の中を洗いざらいぶちまけられたのは爽快だったし、いい学びにもなった。今回の一幕は、甘酸っぱい青春の一ページに記録されるのだろう。
へっくしょい、と大きなくしゃみをする。長い間外にいたせいで、ちょっとシャレにならないくらい身体が冷えていた。このままじゃ風邪をひく。気持ちを切り替えて、早くヘビセンの中に戻ろう。
そうして振り返ると――そこにはサユリが立っていた。二メートルほど離れた辺りで、コートのポケットに手を入れて立っている。
……?
これは……どう受け止めたらいいんだ? あれか? 僕のような平民ごときに動かされるのは癪だから、まずはお前から動けということか? いや、それならそれでいいんだけどさ……。
なるべくサユリの方を見ないようにして、休憩スペースを出る。しばらく歩いて、振り返ってみる。二メートルほどの距離を置いて、サユリが立っている。
「…………」
試しに、サユリの方へ一歩踏み出す。すると、サユリが一歩分離れた。もう一度、サユリの方へ踏み出す。もう一度、サユリが離れる。踏み出す。離れる。踏み出す。離れる。
一定の距離を置いて、僕らは向き合っている。
「ははは……」
乾いた笑いとともに、頭を掻く。
何が決定打となったのかはわからない。
だが、人は誰しも一万回に一回くらいは向こう見ずな気まぐれを起こすものだ。そして、今回がその一回なのだろう。それを僥倖と捉えるべきなのか、それとも新たな災難と捉えるべきなのか。
ただ、
「RPGの仲間かよ」
という僕のツッコミを、彼女が理解できたのかはわからない。
なぜなら、サユリはいつものように無反応だったからだ。
「にべもないなぁ」
苦笑して、歩き出す。
彼女がついてこれるように、なるべく歩調を緩やかにして。
336
:
◆lSx6T.AFVo
:2017/11/02(木) 14:43:46 ID:fgdUzpOU
投下終了します。
保管庫凍結に伴い、作品は『小説家になろう』にて保管させていただきます。
よろしくお願いいたします。
337
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/11/12(日) 13:24:14 ID:abKULGPA
おつです
第二のヤンデレヒロインかな
当て馬にしては存在感あるし
今後も楽しみにしてます
338
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/11/17(金) 02:49:42 ID:9g6gdaQY
Σd=(・ω-`o)グッ♪
お疲れ様ですー!
339
:
雌豚のにおい@774人目
:2017/12/07(木) 00:19:48 ID:UACesNsI
2017年も終わるねえ
340
:
雌豚のにおい@774人目
:2018/01/07(日) 02:33:36 ID:EKsr426Q
もう誰もいねえのかな
341
:
雌豚のにおい@774人目
:2018/01/07(日) 02:33:48 ID:EKsr426Q
悲しいねえ
342
:
雌豚のにおい@774人目
:2018/01/07(日) 04:59:01 ID:4.INIenU
俺がいるぞ!
今まで小説なんて書いたことのない人間だが、今度ヤンデレ作品をなろうに投下する予定
343
:
雌豚のにおい@774人目
:2018/01/08(月) 21:18:03 ID:pQx57MJ6
テスト 投下します
344
:
高嶺の花と放課後 第1話
:2018/01/08(月) 21:19:45 ID:pQx57MJ6
高校2年 10月
窓からは茜色の光が差し込み、校庭からは何やら掛け声を出している陸上部やサッカー部、校内からは各々の練習に励む吹奏楽部の演奏が聞こえてくる放課後。
帰路につく者、部活動に励む者、委員会に勤しむ者にそれぞれ別れたその教室には僕一人において誰一人いなかった。
様々なところから聞こえて来る音のなかで微かにノートに鉛筆を滑らせる音を教室内に響かせる。
一息つけ鉛筆を置く。
ふと斜め前方の先の席を見ると鞄が一つ机に乗ってるのが見える。
「今日も…か」
それを見てこの後起きるであろう出来事が容易に想像できて、思わず呟く。
いや、集中しよう。そう思い再び筆を走らせる。
そうしてどれほど時間が経ったであろうか。5分、10分あるいは1分も経ってないかもしれない。不意に肩をトントン、と叩かれた。来るとわかってても心の臓は悲鳴をあげ、叩かれた肩を跳ね上げてしまった。
振り返る。
そこには教室に差し込む夕陽と相まって美しく映る少女が笑顔でヒラヒラと手を振っていた。
「ごめんね不知火くん。驚かせちゃった?」
「そりゃあもう、高嶺さん。わざとかい?」
「半分、ね」
クスリと笑い悪戯な表情を浮かべる。
「今日も小説書いてたの?」
「答えるまでもないよ。ところでそういう高嶺さんこそ今日も告白かな?」
「答えるまでもないよ」
やや変な口調で彼女は先の自分の台詞と同じ言葉を述べた。
「もしかして真似してる?僕のこと」
「うん、似てた?」
「全然。もう少し練習しないとダメだよ」
「そっか。じゃあもっと不知火くんとお喋りして研究する必要があるねっ」
こういったことを平気な顔して言ってくるところが苦手なんだよなぁ。
そんなことはおくびにもださない。
ただこのままだと気まずくなるので話題を無理矢理変える。
「ところで今日の告白は受けた?」
「ううん。断ったよ」
「そんなにいないもの?いいなぁって想う人」
「そうだねー。でも前にも話したけど私初めて付き合う人は好きになった人に自分から告白するって決めてるからさ」
「高嶺さんてロマンチストだよね。いまだに誰とも付き合ってないというのが信じられないよ」
「なにそれ。私が尻軽女に見えるとでもいいたいのっ?」
わざとらしく頬を膨らませ怒りの感情をこちらに向けてくる。
「いやいや、そこまでは言ってないけどさ。でも高嶺さんほどモテるなら優しい人やかっこいい人なんて選り取り見取りじゃあないか」
「優しい人やかっこいい人ねぇ…。不知火くん私ね。運命の赤い糸って信じてるの。世の中には優しい人、かっこいい人なんていくらでもいるでしょ?でもその中でたった1人自分の相手を選ぶってことはかっこいいだとか優しいとかの測れるものだけじゃなくてなにか自分にしっくりくる人がいると思うの。それが運命の人。そして私はその人と添い遂げたいの」
「やっぱりロマンチストだ」
「茶化さないでよ。案外恥ずかしいんだよ?」
それに、と彼女は付け足す。
「この貞操観念話したの不知火くんがはじめてなんだからね」
「わかったよ。言いふらさないから安心して」
ーーーー運命。
運命か。
運命というと僕こと不知火 遍(しらぬい あまね)がこうやって高嶺 華(たかみね はな)と今この時会話しているのも運命なんだろうか。
方や見る人を魅了してやまない美少女、方や存在感のない冴えない文学少年。
今まで歩んできた道もこれから歩む道も全く違うであろうこの2人の道が今この瞬間交わってるのは運命なんだろうか。
「そういえばーーーーー」
この関係が始まったのいつだったろうか。僕は過去の記憶にさかのぼることにした。
ーーーー「高嶺の花と放課後」
345
:
高嶺の花と放課後 第1話
:2018/01/08(月) 21:22:14 ID:pQx57MJ6
高校1年 6月
朝。この時期になってくると日の出の時間が早くなり、また日が昇ると嫌でも目が覚めてしまう体質である僕の起床はとても早いものだ。
そんな時間から支度し学校へ向かおうとしても早すぎるしまだ開いているかすら定かではない。
だから。自分用の朝食と弁当を作るのが日課となっていた。
最初は執筆に影響が出ないように恐る恐る慎重に使っていた包丁もいまではなんて事もない。
弁当があらかた完成する頃にはだんだん外も明るくなっていた。
時計の短針が6、長針が12の数字を指す頃になると母が起きてきた。
「おはよう」
「おはよう」
簡単な挨拶。だけれどもこの砕けた挨拶をするのにはしばし難儀だった頃があった。
母といっても義理の母、血の繋がった父との再婚相手だ。
父と母は物心がつくのと同時期に離婚した。
理由は母の育児放棄だったらしい。
仕事から帰るたび衰弱する僕を見て怒りに震えた父が離婚届をつきつけ、僕を引き取った。
今でもたまに酒に酔った父が「あいつはろくでもない女だった」と愚痴を零すところを聞く。
それを聞くたび血の繋がった母親という唯一のものが貶されてることと「ろくでもない」血が僕に流れていることを思うといささか複雑な気持ちになった。
そんな半分「ろくでもない」血で出来ている僕だがそれでも父は最大の愛を持って育ててくれた。
しかし、男手一つで育児と仕事をこなすには偉大な父でもどうやら無理だったようで小学3年のときに今の義理の母、旧姓 反町 妙子(そりまち たえこ)と再婚した。
妙子さんもシングルマザーという父と同じような境遇に立たされていた。
互いが互いを必要として、しかし愛というより利害が一致したからというような感じ再婚したのだ。
妙子さんの連れ子、綾音は1歳年下の女の子だった。
子供といえ馬鹿ではない。愛の少ない再婚というのは薄々感じていたし、妙子さんが僕を心からは歓迎していないのも感じていた。
だからこそ妙子さんの反感を買わないよう、なるたけ良い子でいるようにし礼儀を重んじていた。
挨拶も「おはよう」ではなく「おはようございます」、感謝の言葉も「ありがとう」じゃなく「ありがとうございます」
そんな緊張がはりつめていた日々だったが、綾音だけは僕を歓迎してくれた。
「わたしね!あやねっていうの!おにーちゃんはあまねっていうんでしょ?私たち似ているね!」
うん
似た者同士だ僕らは、名前も境遇も。
綾音と僕はすぐに仲良くなり他所の兄妹よりたくさん遊んだし、たくさん喧嘩した。
そんな僕らをみて父と妙子さんは「本当の」家族になる気になったのだろう。
父は綾音に、妙子さんは僕にお互いの子と同様に愛を注ぐようになった。
そこからようやく僕ら不知火家というものが始まったーーー
346
:
高嶺の花と放課後 第1話
:2018/01/08(月) 21:24:11 ID:pQx57MJ6
「ねぇ、剛さんともう一度話し合ってみない?」
不意に義母は口を開く。
剛は父の名だ。
「僕にはあるけど向こうはどうだろうな…」
料理ともう一つ僕が続けてきた物書き。
同世代の奴らにはどうやら退屈に見えるらしい文学の世界に僕は魅力された。
いつからかその文学の世界を自らの手で作り上げたいと思いひたすら駄文を書き続けて来た。
やはりというか書き続けていくうちに物書きで将来食べて行きたいと思うのは僕にとっては必然であったけれども、父がそれを良しとしないのだ。
頭ごなしに否定するつもりはなかったらしいが、小説家という一握りしか生きていけない世界に大切な息子を送るのは不安であった父とこればかりは譲れないと柄にもなく熱くなってしまった僕は激しい口論になってしまった。
それが昨夜のこと。
父も愛情ゆえなのだとおもうが、ややその愛情が強すぎると感じてしまうのは反抗期と言われる時期だからなのだろうか。
「剛さん、遍くんが心配でついあんなこと言ってしまったのよ」
本心ではないのよ、そう義母が話して来たがそんなものは僕もよくわかっていると少し苛立ってしまった。
ただ数瞬、間をおいて何も悪くない義母に苛立ちを感じている自分が情けなく感じてた。
「それはわかってるさ。でもこのままじゃ2人とも冷静に話し合いなんてできないからお互いに考える時間が必要と思ってるから話し合うとしても少し間をあけたほうがいいんじゃないかなって僕は思ってる」
先の苛立ちを義母に少しでも悟られないうちにたった今出来上がった弁当を包みかかとをさっさと翻した。
「じゃ、いつも通り綾音の分もここに置いてあるから綾音に持って行かせてね」
「もう学校行くの?」
「今日は日直で早めに行きたいんだ」
本当は日直ではないが嘘も方便だ。
「そう、じゃあ気をつけてね?」
「うん、いってきます」
手に持っていた弁当箱を鞄にしまい手短に着替え、革靴に足を通す。
「おにいちゃん、もーいくのー?」
目を覚ましたばかりなのか目をはっきりと開いてない義妹の綾音が背後から声をかけてきた。
「わたしもすぐ支度していくから一緒に行こー」
「そんな慌てなくても綾音は自分のペースで学校来なって。朝ごはんも作ってあるからさ」
いつもなら綾音を待っても良かったが昨夜の口論で少々父と顔を合わせづらいので父が起きる前にさっさと学校に行ってしまいたいのだ。
「おにいちゃん、まっーーーー」
おそらくまってくれとでもいったのだろうがあいにくぴしゃりと閉めたドアによってそれは最後まで聞こえなかった。
時刻は6時半頃。人々が動き出し始める時間に僕は地元の高校、羽紅高校(はねくれない)に向かって歩き始める。
綾音も羽紅高校で今年入学したばっかりだ。僕はというとこの制服を袖を通し始めて2年といったところ。
綾音が僕と同じ高校に受かってから2ヶ月だが綾音はやたらと僕と一緒に登校したがる。
実を言うと綾音はとんでもなく朝に弱い人間なのだが。
彼女の兄を始めてからもう10年は経ちそうだが朝の弱い綾音がなにをそんなに早起きしてまで一緒に登校しようと考えるのか、まったくわからなかった。
347
:
高嶺の花と放課後 第1話
:2018/01/08(月) 21:26:50 ID:pQx57MJ6
ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
ー
通い慣れた道、そこを30分ほど歩くとたどり着いた。
下駄箱で靴を変え、教室に向かったがいつも通りまだ誰一人教室にいなかった。
いつも通りの教室でいつもの通りの習慣を始める。
習慣といってもなんてことはないただの読書だ。
今読んでいる本は『顔の消えた世界で』という本で盲目の少女と過去の火災で顔の皮膚に大火傷を負った少年の純愛小説だ。
盲目の少女は先天性で目が見えないのだが、その顔は美しく心も美しい少女。
火傷負った少年はその風貌により周りから敬遠されがちで、やや卑屈なのだ。
今読んでる章は困っている少女をたまたま助けたことがきっかけで少年と少女の運命の歯車が回り出すとでもいったところか。
ーーーーーのめり込む、本の世界に。落ちて行く、現実から。
人は集中している時周りの音が消えると言うが僕の場合読書がそれにあたる。
僕の感覚としては水中に潜るような感覚。
潜水に息継ぎが必要なのと同様、この集中した読書も息継ぎが必要だ。
切りが良いところで本にしおりを挟み閉じる。
するとクラスメイトたちの大音量の話し声が一斉に耳に届いた。
どうやらホームルームが始まる間近まで読み更けていたみたいだ。
ちらと眼を前に向けると双眸と目が合う。
「やぁ、おはよ!」
「おはよう」
「相変わらず遍は集中力すごいよな。何度も話しかけてんのに一切聞こえてないなんて。あれ?もしかしてわざと?」
「わざとじゃないけど気分を害したなら謝るよ。でも太一だって読書しているときは話しかけても反応ないし集中力あるのはお互い様じゃないか?」
「いんや、おれっちの場合は微かに聞こえてるけどわざと無視してる」
苦笑する
「あれわざとなのかい?ひどいなぁ」
「でもおれっちの場合は遠くから聞こえるけど本読んでるときはその声がどうでもよく感じちゃうんだよなぁ。いま世界観味わってんだから邪魔すんなってな。そういった意味では集中とは違う気がするぜ」
「それもまた一つの集中なんじゃないかってぼくは思うけどね」
「ま、そういう好意的な解釈してくれんなら助かるわ。ちなみに遍はなに読んでたんだ?」
「ああ、これ?これは『顔が消えた世界で』ていう盲目の少女と顔に火傷おって醜い顔になった少年の恋愛小説さ」
「なんだかおもしろそうだな、それ。作者は誰?」
「池田秋信って人。あんまり有名な人でもないけどこの人の文書はボキャブラリーが多くて僕は好きだよ」
キーンコーンカーンコーン
ホームルームの開始の合図のチャイムが鳴る。
「それさ、読み終わったら貸してくんね?」
担任が入ってきたところを見てやや早口で彼は言う。
「いいよ」
僕も手短に返答する。
348
:
高嶺の花と放課後 第1話
:2018/01/08(月) 21:37:05 ID:pQx57MJ6
佐藤 太一(さとう たいち)
僕の数少ない友人の一人だ。
とても明るい性格で、僕と同じ読書という趣味を持っている。
一見すると彼は本を読むより体を動かすのが好きそうだが、実のところ運動音痴で体育が嫌いだという。
「えーっとじゃあ、今日は特に連絡事項はないがしっかりと授業を受けるようにな」
担任はそう言い残すとそそくさと教室を出て行った。
「連絡事項がなけりゃあ教室に来なければいいのになぁ。遍もそう思わない?」
「ははは、まぁでもしっかりと『ない』ってことを伝えにくるあたりあの先生も真面目だよね、って太一?」
なんだか彼はニヤニヤしながら僕にこっそり耳打ちしてきた。
「いま高嶺さんと目が合った」
………
「は?」
「いんやぁ、学校一の美少女と名高い高嶺さんと目が合うなんて今日のおれっちはツイてるなぁ〜」
「えええと、…それだけ?」
「それだけとはなんだそれだけとは!見てみろよあの顔!」
と彼は僕の両の頬をつかみ無理矢理向きを変える。
高嶺 華(たかみね はな)が友人と談笑している姿があった。
学校一の美少女と名高いと太一は言っていたがそれは大袈裟でもなんでもないことは一目見ただけでわかる。
その美しい容姿は何人いや何十人もの男子達を虜にし、それだけではおそらく反感を買ってしまう女子達にもその持ち前の性格の良さで同性にも好かれるというある意味人間の終着点とも言えるべき存在。
これで成績も学年トップクラスなんだからここまで完成されているともはや笑ってしまう。
一年の頃は彼女とは別のクラスだったがその名は交流が狭い僕でも高校入学してすぐに届いた。
実際に廊下ですれ違うとその人間美は確かに心が奪われそうになった。
そんなこんなで太一と同じクラスで友達になった一年であったが二年になりクラス替えもあったがまた同じクラスになった。
と同時に。
高嶺さんとも同じクラスになった。
当然のことクラスの男子達はおもむろに喜びを表現していたし太一もそうだし、僕もそれなりに喜んだ。
とはいえもう2ヶ月だ。美人は3日で飽きるという。でもまぁしかし飽きるという言い方はないかもしれないが彼女がクラスメイトという事実に対してそろそろいい加減慣れる頃合いではあるはずだ。
というか僕は慣れた。
なのに太一はいまだに目が合っただのどうのこうので一喜一憂してる。
いや太一だけではないか。クラスメイトの男子たちは皆そんな感じだ。
僕がおかしいのか?
「いや〜毎日毎日眼福だなぁ。そう思わない?」
「2ヶ月も見てればさすがに慣れない?」
「お前は綾音ちゃんていう高嶺さんと引けもとらない可愛い妹がいるからありがたみがわからないんだよ!」
「いやまぁ確かに綾音は兄の目から見ても可愛いけどそれとこれは別じゃないか?」
「なにが兄の目から見ても可愛いだぁ!?惚気るのもいい加減にしやがれ!」
「いやなんでそんなに怒るの?おかしくない?」
「はぁ…所詮人は失わないとありがたみがわからない生き物か」
「いや、なんの話?」
「お前がどれだけ恵まれてるかって話だ」
「意味がわからないよ」
太一の理不尽な憤りを受けて今日もなんだか賑やかな1日になりそうだなと、そう思った。
ーーーーー放課後。
担任は連絡事項をさっさと伝え朝と同様にそそくさと教室を出て行った。
「いやぁ今日も授業が終わったなぁ〜。それじゃ遍、おれっち今日も図書委員の仕事あるからまたな!」
「うん、また明日」
太一は図書委員会に所属している。理由はもちろんその読書好きからだ。
そして僕はというと図書委員には所属していない。
理由は僕の放課後のほとんどの時間は自作の小説の執筆と読書で忙しいからだ。
度々太一には図書委員に誘われるが僕は何かと理由をつけて断っている。
太一は僕が小説を書いてることを知らない。
僕自身もあまり知られたくないので教えてない。
要するに怖いのだ。他人の感想が。
物書きで生きていきたいと考えてるくせして本当に情けない部分だがいつかは克服せねばと考えている部分でもある。
教室にしばらく残りクラスメイトたちがいなくなったのを確認すると僕はおもむろに1つのノートを取り出す。
表紙には『世界史』と書かれたそのノートを広げるとそこには文字の羅列があった。
これが僕の小説。僕の物語。
349
:
高嶺の花と放課後 第1話
:2018/01/08(月) 21:42:52 ID:pQx57MJ6
さてと、今日も物語を綴っていくか。
放課後の教室1人で小説を書く。これはもう去年からの習慣だ。
耳をすませば運動部の掛け声や吹奏楽部のバラバラな練習音が聞こえる。
それらを聞きながら小説を書くのが僕はとても好きなのだ。
鉛筆を走らせるのが楽しくなってゆく。
小説を書いてる時も周りの声は聞こえづらくなってゆくが読書のときにような全く聞こえなくなるようなことはない。
僕が書いてる小説は恋愛小説だ。
僕は基本的に恋愛小説が好きで、よく読んだりもしている。
今描いているのはお金のない男子大学生が通っている喫茶店の定員の女の子に一目惚れするという話だ。
おそらく題材としては何にも面白みや新鮮味はないだろう。
それは僕も分かっている。でもまずは1つ奇を衒った作品ではなく、つまらない題材の面白い小説を作り上げて見たかったのだ。
物語はいま大学生と定員が連絡先を交換するところに差し掛かっている。
ここは僕も面白い部分だと思って筆を加速させようと一息入れなおす。
一息入れなおしたからだろうか。
無意識にチラと右に眼を向けると双眸と目が合った。
なんだか朝も似たような経験があった。
しかし朝の時とは明らかに違う、目が合った人物が異性だったということ。
それもとびきり可愛らしい女の子、高嶺 華。
それだけで僕がパニックになる理由は充分だった。
「わぁぁ!!!」
「きゃっ」
僕の驚愕により彼女にも驚愕が伝染してしまったようだ。
「あ、あ、ご、ごめんなさい高嶺さん。驚かしてしまって」
「ううん、ごめんね不知火くん?私の方こそ驚かしちゃったよね?」
「えええと、どうしたの?」
我ながら偏差値の低い質問だと即座に思った。
「えーっと私、自分で言うのも恥ずかしいんだけど今日、告白のために呼び出されていて教室にかばん置いたまま校舎裏で受けてそれが終わって教室に戻ってきたら不知火くんがいて、勉強してるのかなー偉いなーっと思って近くまで寄って後ろから覗き込んでたらこうなっちゃった」
えへへ、と彼女は後頭部に手を当てる。
近くだって?とんでもない!顔と顔がすぐ隣にあったんだぞ?恋人同士みたいな距離だったぞ?彼女のパーソナルスペースは一体どうなっているんだ?!
内心僕はパニックになっていたが僕の口は思っていたよりかは利口だった。
「あのさ、高嶺さん。見た?」
閲覧の事実の有無の確認。
「うん。あっ、もしかして…」
見られたくないものだった?
その言葉を続けようとしたが気まずさからか言葉に詰まったというような彼女。
「うん、そのもしかして」
「ご、ごめんね?そんなつもりはなかったんだ!なんの勉強してるか気になっただけで…!」
まずい。彼女が罪悪感を感じ始めている。
「えっともういいんだよ。見られちゃったものは仕方ないし」
「ごめん…」
さらにしょんぼりと彼女は萎れた。
つくづく気の利かない男だな、と自分を卑下した。
「確かにさ、あんまり見られたくないものだったけどいつかは人に見せないといけなかったしいいきっかけになったと思うよ、うん」
「見せないといけないって、不知火くんもしかして…」
「うん、そのもしかして」
ふふ、と彼女が笑う。
小説家という職業を馬鹿にされたと僕は解釈してしまい少し不快感を表す表情をしてしまった。
「あ、違うの!その夢がおかしいんじゃなくて同じ会話繰り返してなんだか面白くておかしいなっておもっただけで…!」
どうやら僕は誤解したようだ。
でもこんなに学校のアイドルに謝らせてばかりだといつか背中を誰かに刺されそうなので僕も彼女の機嫌をとることにする。
「確かにそうだったね」
そういって愛想笑いをした。
350
:
高嶺の花と放課後 第1話
:2018/01/08(月) 21:44:01 ID:pQx57MJ6
「それにしても私のクラスに作家さん志望がいたんだねぇ」
「意外だったかい?」
「なんていうか不思議。あの作家さんと同じクラスだったんだよーって将来起こるってことでしょ?」
まるで僕が作家として大成することを信じて疑わない様子だ。
「いやいやいや、僕がまだ作家として売れるとは限らないし…」
「ううん、私はそう思う。だって私普段あまり本は読まないけど今の不知火くんの文章はすごくひきこまれたもん!」
初めて他人に見せた作品が褒められた。これほど嬉しいことはない。
「世辞でも嬉しいよ。ありがとう高嶺さん」
「あ!信じてないなぁ?」
「いやいや、信じてるよ」
「ならよろしい。じゃ、せっかくのところ邪魔してごめんね?私はもう帰るから」
「またね高嶺さん」
そう言うと彼女は少し驚いたような顔した後、笑みを浮かべ
「またね!不知火くん!」
と別れの挨拶を返してくれた。
彼女が教室を出て行きその姿がやがて見えなくなると僕は1つ大きな溜め息と共に、背もたれに体を預けた。
「…何が慣れただよ」
わずかな会話。しかしそのわずかな間でもすでに僕は彼女に心惹かれてしまっていた。
自分の胸に手をあてがってみる。
鼓動が痛いくらいうるさい。
ああそうか、彼女に告白する連中てのはこんな気持ちなのか。
初めて味わう感覚に戸惑いながらも僕の小説に足りない何かを補ってくれるものとも感じ、おもむろに僕は筆をとり、走らせた。
ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
ー
すっかりと日が落ちた頃にようやく僕の集中が切れた。ここまで長く集中していたは初めてかもしれない。
すばやく片付けた僕はこの学校を後にした。
今日の余韻に浸りながらふらふらと歩くこと30分、僕は帰宅した。
「ただいま」
おかえり、とリビングから義母の声が聞こえてきた。
「今日はよく書いたなぁ」なんてつぶやきながら階段を登り、自室の扉を開ける。
枕が飛んできた。
「おにいちゃんの馬鹿!!!何で今日先に学校行っちゃうの?!!」
「えーっと、ただいま」
「おかえり、ってそうじゃなくて!あたし言ったよね?一緒に行こうって」
「いや、わざわざあんなに無理して一緒に行こうとしなくたっていいのに。朝ごはんも食べないといけないし綾音はほら女の子だろ?支度にも本来もっと時間がかかるはずじゃないか」
「おにいちゃんだってあんなに早く学校いっても本しか読まないんだからあたしのこと待ってくれたっていいじゃない」
「大体なんでそんなに一緒に行きたがるのさ?」
「い、いいじゃないそんなこと!と、に、か、く!明日あたしのこと待ってなさいよね!いい?!」
「いや「いい!?」
「わかったよ」
「わかったならよろしい。じゃあおにいちゃん早く夕飯食べよ?あたしお腹空いちゃった」
「わかったから、引っ張らないでって」
太一と綾音。どうやらこの2人がいる限り僕の周りはどうも静かにならなさそうだ。
351
:
高嶺の花と放課後 第1話
:2018/01/08(月) 21:49:46 ID:pQx57MJ6
以上で投下終了します。保管庫凍結されていますがなろう等のサイトで作品を保管するかどうかは考え中です。できれば1週もしくは2週間ペースで投下したいのですが現在ストックが2話の分だけで1話1話が長文で少し様子見したいと思います。ではまた
352
:
雌豚のにおい@774人目
:2018/01/09(火) 00:11:49 ID:xAInuMQI
GJです!
2話も楽しみに待ってます!
353
:
雌豚のにおい@774人目
:2018/01/09(火) 19:27:14 ID:DN5MTvNY
GJです
なんていうかすごくスラスラ読めてった。続きが気になります
354
:
高嶺の花と放課後 第1話
:2018/01/09(火) 21:44:33 ID:j4KcJYus
時系列記入で高校1年6月と記載されていますが、正確には高校2年6月です。訂正します
355
:
高嶺の花と放課後の中の人
:2018/01/15(月) 15:52:24 ID:Z7HGjvEo
先週はペースよく書け3話目が書き終わったので今夜、第2話を投下したいと思います。
356
:
雌豚のにおい@774人目
:2018/01/15(月) 16:52:03 ID:ptw4Dg0c
ありがとうございます
357
:
高嶺の花と放課後 第2話
:2018/01/15(月) 20:30:37 ID:Rq7hZcyU
高校2年 7月初旬
「だぁー、あっちい」
「だらしないぞ太一そんなところで寝っ転がって」
「そういう遍こそこんなところでくふぶってないでさっさと参加してこいよ」
「僕は運動好きじゃないんだよ」
「わけわかんね、お前べつに運動苦手じゃねーじゃん」
「好き嫌いと得手不得手は必ずしも一致しないぞ」
太陽はもうすぐ真上にたどり着きそうな時刻。
僕らのクラスは体育の授業を行なっていた。種目はサッカーだ。
僕と太一はというと体育の苦手意識から校庭の端でサボっていた。
「それに」と僕は付け足す。
「サッカー部の連中や運動部の連中だけでもう楽しくやってるんだからあの中に入れってのは酷だよ」
「んなことぁ、みりゃわかるさ」
期末試験と夏休みが迫りくる日々でここ最近なにやらクラスが騒がしくなっていた。
ーーーまたね!不知火くん!
あの再会の約束の挨拶を交わしたあと、結局のところなんの進展もなかった。
それはそうだ。いままで彼女と接点がなかったわけだし、僕なんて大した男でもないからそこらへんの有象無象と変わらずに写っているのだろう。
ものすごく希望を持ってはいなかったがとはいえ少しばかりの希望は持っていたのでわずかに苦い思いをこの1ヶ月間味わってきた。
どうやら僕は初恋と同時に失恋を味わったようだ。
向こうは高嶺 華。その名前と容姿、様子で『高嶺の花』なんて呼ばれているが高嶺の花というのは手の届かない美しい花のことだ。
僕には憧れるしかできない存在なのだ。
とはいえ実のところ、それほどショックでもなく恋愛経験も皆無だった僕に良い経験を与えてくれたと思って感謝すらしている。
兎にも角にも僕もそろそろ彼女のことが気にならなくなり目の前に迫っている期末試験に本腰を入れられそうであった。
僕は運動も好きじゃなければ勉強も好きじゃないという何とも不良な生徒だ。
あまり成績も芳しくない。こんな成績ではただでさえ四苦八苦している父に説得することが難しくなると考えている僕は今回の期末には珍しく力を入れようと考えていた。
「体育なんてなくなればいいのにな」
「そうだね」
僕ら2人はただただ元気よく動くクラスメイトを1時間眺めていた。
358
:
高嶺の花と放課後 第2話
:2018/01/15(月) 20:32:31 ID:Rq7hZcyU
ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
ー
高嶺の花との進展はなくても小説の方はかなり進展していた。
よし、あと一息だ
いつも通り放課後に執筆を続けきた甲斐があり物語も終わりを迎えようとしている。
主人公とヒロインが山場を乗り越え、ウェディングベルの下で愛を誓い合うシーン
ーーー「誓います」
僕は主人公にこの言葉を言わせ物語を締めくくった。
「終わったぁ」
僕はおもむろに筆を置き伸びをする。
目の前に意識が戻るとそこには長い髪を靡かせるあの日の美しい少女が微笑んでいた。
「おつかれさま。その顔を見るとどうやらやっぱり私に気づいてなかったんだね」
「た、高嶺さん、どうして…」
「先月と同じ理由だよ」
「そっ、か。なんていうか久しぶりだね」
「うん!久しぶり、って同じクラスなんだけどね」
クスクスと上品に、でも子供ぽく笑う
「そうだよね、変だよね」
僕もつられて笑う
「本当は仲良くなりたかったんだけど…ほら、急に不知火くんと仲良くなったら不知火くんの本のことみんなにバレちゃうかもしれないしなんていうか話しかけづらかったんだよね」
「…そっか、僕も同じ理由だよ」
嘘をつけ、臆病者。
「でも1ヶ月で書き上げちゃうんだね。すごいな不知火くんって」
「いやいやノート1冊分くらいの短編小説だしプロの人たちに比べたらまだまだだよ」
「ね!」
「?」
「読んでいい?」
ドキッとする。それは彼女が可愛いからというのもあるが自分から人に見せるというのはまだだったからだ。
先月のは事故。やはり自分からだと勇気がいる。
だが
「駄文だけど読んでくれるかい?」
初恋の少女になら見せても良いかな、と僕は思ってしまった。
「やったぁ」
彼女は丁寧な手つきで僕の世界史のノートを取ると一呼吸いれそれを開いた。
高嶺さんの読書する姿は様になっていて普通なら惹かれても良い姿だったが、僕は自分の思っている以上に緊張してしまいそれどころではなかった。
しばらくの間緊張していた僕だったが、彼女の真剣に読む姿見てか少し平静を保ち始めていた。
特にやることもないので僕も本を読むことにした。
359
:
高嶺の花と放課後 第2話
:2018/01/15(月) 20:36:02 ID:Rq7hZcyU
ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
ー
「ーーーくん、ーー火くん、不知火くん!」
「うわ!」
「ごめんね、何度呼んでも反応しないからさ」
肩を揺さぶられ、僕の意識は現実に引き戻された。
「いやいやこちらこそ気がつかなくてごめん」
無理矢理、読書が妨げられたことによって僕は少々苛立ってしまったが、なるべく態度に出さないようにする。
「それで、読み終わったかい?」
「ううん」
ショックだった。それはつまり読了に至るまでもないという評価の表れだと思っていたからだ。
「だからね、これ持って帰ってもいい?」
「え?」
「だめかな?」
「いやだめじゃないけど…」
どうやら勘違いしていたようだ。
僕はこの子を前にすると度々勘違いしてしまうみたいだ。これが俗に言う女心が分かってないってやつなのか。
「やった。じゃあもう暗くなって来たし帰ろうよ」
「え?」
まさか帰宅に誘われるとは微塵にも思ってなかった僕はその急な誘いに驚いてしまった。
「僕は羽紅駅とは逆の方だけど、高嶺さんは?」
「私も途中まで一緒だから、ね?いこ?」
そのまま彼女に付いてくように日が暮れて暗くなった教室を後にした。
ーーーーまずい、何を話したらいいんだ
あまり人付き合いも得意ではなく、こういう自分とは「違う」人間との会話に出せる話題なんて持ち合わせていなかった。
必然と無言で並んで歩くことになる。
「ねぇ、好きな食べ物ってなに?」
突然、彼女が話してきた。
「え、好きな…食べ物?」
「そう好きな食べ物。私、不知火くんのことなにも知らないの。だからね、まずは好きな食べ物」
一つずつ聞いてみたいの
そう続けた。
「好きな食べ物かぁ、きんぴら?」
「きんぴら!ふふ、渋いね」
「そういう高嶺さんは好きな食べ物なんだい?」
「んーとね、ハンバーグかな」
「意外だ」
「なんで?」
「なんていうか、そういった庶民的な食べ物が好きだなんて。高嶺さん普段からフォアグラとか食べてそう」
「なにそれ、ふふ。私がどこかのお嬢様に見えるっていうの?」
「少なくとも今まではそう思ってた」
「ざぁんねん。私の家はごく普通の家庭だよ?ご期待に添えなくてごめんね?」
「そうだね、もし僕が金目当てで君と仲良くなりたいと思ってる奴だったら今頃失望してるさ」
「あはは、なにそれ。面白い人だなぁ不知火くんは。…じゃあ2つ目の質問。祝日はなにして過ごしてるの?」
「祝日は本を読むか書くか、妹の買い物に付き合うか、かなぁ」
360
:
高嶺の花と放課後 第2話
:2018/01/15(月) 20:37:35 ID:Rq7hZcyU
「妹さんいたの?」
「うん、1人ね。高嶺さんは兄弟とかいないの?」
「ううん、私は1人っ子だよ。だから兄弟いる人って結構うらやましいんだよねぇ」
「うらやましいのかい?」
「うん!やっぱり兄弟いた方が絶対楽しいもん」
「結構大変だったりするけどね」
綾音は基本的に言うことを聞いてくれるがたまによくわからないことでわがままになって振り回されてることを思い出し笑う
「妹さんはどんな子なの?」
「優しい子だよ。突然わがまま言う時もあるけどね…あ、ぼくはここで曲がるけど高嶺さんは?」
「私は真っ直ぐだよ。ここでお別れだね」
「そっか。じゃあ高嶺さんまたね」
「まって。最後の質問」
「ん?」
「不知火くんて毎日あそこで書いてるの?」
「え?…うん」
「分かった!じゃあまたね不知火くん」
「うん、またね」
分かれ道にて彼女と別れた。
ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
ー
また、なんてことを言ったが前回と前々回の邂逅の間隔からして暫くは話すこともないだろうと考えていた。
「ねぇ、次はどんな小説書くの?」
それがまさか、翌日の放課後に彼女が会いに来るなど思いもしなかったが。
期末テストも本格的に近づく中、放課後に笑顔で昨日貸した僕のノートを抱え近づいてきた。
それも「面白かった」と感想を述べながら。
「今度は長いやつを書こうかなって思ってる」
「長い?」
「ファンタジーさ。ノート1冊じゃ足りないやつを書こうと思ってる」
僕はそう宣言すると彼女は不思議そうな表情を浮かべた。
「不知火くん、この間書いたのは恋愛モノだったでしょ?ジャンル全然違くない?」
「んー正直いうと僕自身どのジャンルに向いてるかって分かってないんだ。だから今はいろんなジャンルを書いて自分にあった小説を探してるところさ」
「だったら!」
「?」
「不知火くんは恋愛モノ向いてるよ!私昨日読んでてすっごく面白かったもん。普段本読まない私でも思ったんだから間違いないよ!」
まぁたしかに僕は恋愛小説は好んでいる
361
:
高嶺の花と放課後 第2話
:2018/01/15(月) 20:39:19 ID:Rq7hZcyU
「恋愛ものか…。夏休みに気合い入れて書いてみようかな」
「その前に期末テストだね」
彼女はなにやら含み笑いをしている
「いやなこと思い出させるなぁ、高嶺さんは」
「普段から勉強してれば問題ないはずだよ?不知火くんはちゃあんと勉強してる?」
「まさか。普段から駄文を書くことしかしてないさ」
「おほん、そこで提案なんだけど…」
「?」
なんだろうか
「期末テストまでの間、放課後に勉強教えてあげよっか?」
「ありがたい話だけど、またなんで急に?」
「面白い文章を見せてもらったお礼だよ。不知火くん、勉強苦手らしいからそこでお礼になればいいなーと思ったの」
「お礼だなんていらないのに」
「ううん、私がお礼したいの。だめ…かな?」
普通の人なら似合わないような上目遣いで小首を傾げる動作を彼女は可愛らしくやってのけた。
「だ、だめだなんてとんでもない!僕の方からお願いしたいくらいだよ」
「そう?よかったぁ。…じゃあ今日から期末テストまでの間みっちり、教えてあげるね!」
「えぇっ、きょ、今日から?」
「当たり前よ!善は急げって言うしねっ」
「その諺、なんか使い所違くない?」
「文句言わない!さぁ、やるわよ」
高嶺さん、なんでそんな嬉しそうなんだ…
ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
ー
「はぁ、疲れたな…」
高嶺さんに言葉通りみっちり教わった後帰宅した僕はへとへとに疲れていた。
「おかえり、お兄ちゃん」
「ただいま」
僕の部屋に入ると、いつも通り妹の綾音が僕のベッドでくつろいでいた。
「悪いけど綾音、僕ちょっと疲れているから夕飯までの間仮眠したいんだ。ベッドを空けてくれるかい?」
「へ?いいけどお兄ちゃん大丈夫?仮眠取りたいほど疲れているなんて、そんな…」
「大丈夫、…大丈夫。本当に大丈夫だから。夕飯になったら起こしてくるかい?」
「うん分かった…。おやすみお兄ちゃん」
心配そうな表情でベッドを空けてくれた綾音を尻目にすれ違うように僕はベッドに飛び込んだ。その時
「……くさい」
綾音が何か言ったようだが、豆腐に包丁を入れるように簡単に睡眠に落ちた僕は結局夕飯までどころか、朝まで目覚めることはなかった。
362
:
高嶺の花と放課後の中の人
:2018/01/15(月) 20:43:23 ID:Rq7hZcyU
以上で2話の投下を終えます。登場人物プロフィール等需要があれば書きます。4話も良いペースでかけているのでとりあえず3話は来週の月曜に投下予定です。
363
:
雌豚のにおい@774人目
:2018/01/17(水) 08:21:31 ID:.iOshxbQ
>>362
GJです
364
:
高嶺の花と放課後の中の人
:2018/01/22(月) 19:36:32 ID:aK4NrKjs
投下します
365
:
高嶺の花と放課後の中の人
:2018/01/22(月) 19:36:56 ID:aK4NrKjs
高校2年7月末
「いってきまーす!」
「いってきます」
「はい、いってらっしゃい」
母さんに見送られながら僕と綾音は登校のため家を出た。
「あっついー、あついよーお兄ちゃんー」
「夏だからね、朝とはいえ確かに暑いね」
「夏かぁ、夏といえばもうすぐ夏休みだ!」
「その前に期末テストがあるけどね」
「うぅ、嫌なこと思い出させるなぁ。そういうお兄ちゃんはどうなの?」
「僕?僕は最近放課後に学校で勉強してるからね。自信はないけどいつもよりは点数取れるって確信はあるよ」
「自信はないのに確信はあるの?へーんなの」
他愛のない会話を歩みと共に進める。
「…。…………。で、ところでおにいちゃん。パパとはいつまで喧嘩してるの?居心地悪くてかなわないよ」
父親と将来の夢で揉めて2ヶ月、未だに和解せず我が家は冷戦状態となっている。
「あはは、ごめんね。何度が話し合ってみてるんだけどなかなか父さんが首を縦に振ってくれなくてね。僕としてもなんとか許しが欲しいから折れるわけにもいないしね」
そう。2ヶ月の間何度か話し合ってみたが、互いに互いの主張を譲らないのだ。
蛙の子は蛙
親も頑固であれば子も頑固。
まったく、嫌なところは似たものだ。
「いい加減仲直りしてよねー。おにいちゃんがパパに顔会わせたくないからっていつもより早起きしてるせいで私も早起きしなくちゃいけなくて大変なんだから。これ以上喧嘩するようなら期末テストの成績、ぜんぶおにいちゃんとパパのせいにするからね!」
「綾音…それとこれは」
関係ないんじゃあないか?
そう言おうと思ったが綾音は完全に聞く耳を持たない姿勢になった。
こうなった綾音に逆らえた記憶がない。
困ったものだと僕は苦笑するしかなかった。
366
:
高嶺の花と放課後 第3話
:2018/01/22(月) 19:39:26 ID:aK4NrKjs
ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
ー
「ね〜ね〜、華〜。今日一緒に帰ろ〜」
「ごめんねー私今日も用事があって一緒に帰れないの」
一通り期末テスト前最後の授業を終え、帰りのホームルームをした後、クラスメイトの女子が高嶺さんを帰路に誘っている様子が見受けられた。
「え〜、華ここ最近ずっと用事あるね〜。一緒に帰れなくて寂しいよ〜」
「あはは期末テスト前だからね、先生とかに色々頼まれちゃって」
「う〜ん、それなら私も手伝おうか〜〜?」
「いいや、いいのよ。そんなに大変な仕事じゃないし。奏美(かなみ)もテスト勉強大変なんじゃないの?」
「あぁ〜、そうだった〜〜。私早く帰って勉強しなきゃ〜〜。バイバ〜イ、華〜」
「うんバイバイ、奏美」
小岩井 奏美(こいわい かなみ)
いつも気だるげでマイペースなクラスメイトの女子だ。
高嶺さんと一番仲が良く、よく一緒にいる姿が見られる。
「バイバイ!華!」
「華ちゃん、またね!」
「うん、また明日ー」
次から次へと彼女へ別れの挨拶をするクラスメイトたちに対応する高嶺さん。
人望の高さが目に見える。
そんな光景を見ていると太一が席を立ち、僕に別れの挨拶をしてきた。
「ほんじゃ、明日がんばろうな遍」
僕に別れの挨拶をしてくれるのはせいぜい太一くらいだが、僕にはそれで十分だった。
「あぁ、また明日」
いつもは期末テスト前で図書委員の活動もなくなると帰路に誘ってくれる太一と共に帰るのだが、僕が一度「今回のテストでは点数取れないとまずくて放課後勉強している。太一もどうだ?」という旨の話を伝えたら太一はあからさまに嫌な顔して、それ以来僕を帰路に誘ってこないのだ。
そしてクラスメイト達が1人を除いて全員教室を後にした。
「ふぅ、さ・て・と。じゃあ今日も始めよっか、不知火くん」
「よろしくお願いいたします、先生」
そして今日も帰路につかなかったクラスメイト、高嶺 華との放課後の個人授業が始まった。
「明日から期末テストだからねー、大方不知火くんもできるようになってきてるし今日は確認テストだけで十分だと思うの」
「確認テスト?」
「んふふー、じゃん!高嶺 華特製テスト!」
彼女は嬉々として僕によくできた印刷物を渡してきた。
「…もしかしてこれ高嶺さんが作ったの?」
「そうだよー。あっ、誤字脱字があったらごめんね?」
「えっ、いやそれはいいんだけども…」
ここまで甲斐甲斐しく世話をされると逆に不安になってくる。
なにか裏があるんじゃないかと。
「これすごく手間がかかったんじゃあないのかい?」
「ううん、別にパソコンでちょちょっと作っただけだよ」
ちょちょっとでこんなによくできたものが作れるのか?
「なんだか申し訳なさすら感じてきたよ、僕のためにわざわざ…」
「いやいやほんとに簡単に作っただけだから気にしなくていいんだよ?」
「本当にありがとう、高嶺さん。このプリント無駄にしないようしっかり解かせてもらうよ」
「えぇ、どういたしまして」
そして確認テストプリントを受け取った僕は発言通り、無駄にしないよう感謝の気持ちと僅かな罪悪感を胸に問題を解いてゆくことにした。
書いては止め、悩み、書いては止め、悩む。
その繰り返しを十と数回繰り返した後、僕は胸にある小さな罪悪感のもとを取り除いてみることにした。
367
:
高嶺の花と放課後 第3話
:2018/01/22(月) 19:41:58 ID:aK4NrKjs
「高嶺さん。本当にごめんね」
「ん?」
「今日高嶺さんが小岩井さんに帰路に誘う様子が見えたんだけど高嶺さんの人付き合いっていうのかな、そういうのを僕は邪魔をしているんじゃないかって思ってね」
「えぇー!全然そんなこと思わなくていいのに。私がやりたいからやってるの。不知火くんは罪悪感なんて感じなくていいの」
「うーん、そうかい?あの様子だと僕に勉強を教えるようになってから何度も断ってる様子に見受けられたけど…」
「本当に気にしなくていいのよ。奏美も分かってくれるわ」
そういって彼女は僕に柔らかく微笑んできた。
「…高嶺さんは」
「ん?」
「高嶺さんはどうしてここまで僕に尽くしてくれるんだい?」
胸の奥で燻っていた疑問。
「どうしてって、不知火くん。私に素敵な物語をみせてくれたじゃない」
なんの躊躇もなく、歯痒い言葉をこの少女を言ってのける。
「…す、素敵かどうかは置いといて。逆に言ってしまえばそれだけだ、僕のやってあげれたこと」
「私だって勉強教えてるだけよ」
「労力が違うよ」
「労力で言ったら、小説書くほうが大変よ?」
「僕は好きでやってるから大変に感じてないさ」
「私も好きでやってるから大変に感じてないよ」
「僕に勉強を教えることがかい?」
「ええ、不知火くんに教えることが」
ーーーーーかなわない。
素直に僕はそう思った僕は
「…優しいんだね。高嶺さん」
こんな陳腐な台詞しか言い返せなかった。
すると彼女はガタッと音を立て
「私、お手洗いにいってくるね」
無理矢理に話を中断するようにその席を離れた。
「…。なにかまずいこといったかな」
ここ数日放課後に彼女から勉強を教わり、わずかながらも高嶺 華という人が分かってきた気もしていたが、その一握りの自信を崩すには十分な行動だった。
僕はひょっとして鈍いのかもしれない、そんな考えが頭をよぎる。
卑屈になっていてもしょうがない。
彼女から貰ったプリントの解答を進めることにした。
それから最後の問題までは順調に解いていったが、その最後の問題が文字通り「問題」となっていた。
368
:
高嶺の花と放課後 第3話
:2018/01/22(月) 19:43:42 ID:aK4NrKjs
『問24 あなたは高嶺 華に対してどのような印象もしくは高嶺 華がどういう人間だと思うか。答えよ』
「…、…、…は?」
一体なんなんであろうかこの問題は。
突拍子もない質問が目の前に飛んできたものだから僕は何度もプリントが間違ってないか確認した。
自分の眼がおかしくなったんじゃないかとも思ったがそこには確かに
『問24 あなたは高嶺 華に対してどのような印象もしくは高嶺 華がどういう人間だと思うか。答えよ』
と記載されていた。
ーーーーー頭を抱える。
「これは一体なんの質問なんだ高嶺さん」
今まで勉強してきたことは忘れるような、そんな質問をそれでも僕は答えようと結局プリントの解答欄に手を伸ばした。
ここまで勉強を見てもらい尚且つ、せっかくプリントを作って貰った身分である自分が問題を無視する立場にないと思ったのと、高嶺さんがお手洗いで離席中の今が書きやすいのではと思ったからだ
「高嶺さんの印象か…」
ーーーーーー『容姿端麗、八方美人、才色兼備』
真っ先に思いついたのは、この学校の生徒10人に聞いたら10人が答えるような印象だった。
思いついたそれを回答しようと思ったが、筆をつけた時点で手が止まる。
このままこれを答えたらまるで僕が彼女を口説いているようにならないか?
実際のところそんな風には捉えられることなぞないのだろうが、一度よぎった思案はなかなか拭えない
やめよう、別のことを書こう
そう考えもう一度筆を紙につける。
そして止まった。
僕は一体彼女のことをどう思っているんだろう。
「…悩んでるね」
「うわっ!」
すっかり思考に耽っていたので彼女が僕の方から解答を覗き込んでいることに気がつかなかった。
369
:
高嶺の花と放課後 第3話
:2018/01/22(月) 19:45:04 ID:aK4NrKjs
「驚かさないでよ高嶺さん」
クスクスと彼女は笑う。
「不知火くんが勝手に驚いただけでしょ?」
少なくとも驚いたのは僕だけのせいじゃないと断言できる
そういえば…
僕は何度か彼女に脅かされてきた。
はじめの頃は心配する素振りなんてしてたが今ではこうやって僕を笑う始末
ああ、そうか僕は『才色兼備』なんて誰でも答えられる答えじゃなくて僕にしか答えれない答えを求めていたのかもしれない。
そう思うと自然に筆が動いていた。
筆を置くと彼女はプリントを僕から取り上げて読み上げた。
「『悪戯好き』…?」
「うん。だって高嶺さん、驚いた僕を見て笑ってたでしょ」
「うん、でも『悪戯好き』ってなんだか子供っぽくない?」
「子供っぽいってのは思ってないさ。でも高嶺さん誰かを驚かせるのが好きなのかなって。今の僕の高嶺さんへの印象」
「悪戯好き…、…へぇそっかぁ、…ふぅん」
彼女は唇に手を当て興味深そうに目を細めた。
「…やっぱり、不知火くんは面白いや」
「え?」
「予想の斜め上の回答をしてきたものだからそう思っちゃった。…ところで問題全部解けた?」
「あ…、うん」
「よし採点してあげるね」
そう言って彼女はおもむろに採点を始めた。
僕が面白い?
まぁ確かに人間予想の斜め上のことをされると面白く感じるかもしれない、それはいい。
やっぱり面白い?
やっぱりってことは僕のこと前々から面白がっていたのか?
……分からない
「うん!全問正解!これなら明日のテストは大丈夫だよっ」
彼女のその綺麗な指先からプリントは返された。
「あのね、不知火くんに謝らないといけないことがあるの」
「?」
なんだろうか
「わたし実はこの後、その…告白の呼び出しがあってね、……行かなきゃいけないの」
「なんだ、そんなことか」
胸がざわつく
「行ってきなよ、僕ならもう大丈夫だよ。明日のテストは高嶺さんの期待に応えてみせるよ」
「ほ、ほんと?ごめんね…」
「高嶺さんは悪くないよ、ほら待ってる人がいるんでしょ?早く行かなきゃ」
この胸のざわめきの原因も正体も知ってる。
だからにも雑にも感じられるような送り方をしてしまった。
「じゃあ、明日。がんばろうね不知火くん」
「うん、ありがとう」
彼女は僕を背に教室を出て行った。
…が、またひょっこり顔だけ教室に戻ってきた。
「不知火くん!私っ、別に誰かに悪戯するのが好きなんじゃなくて不知火くんのびっくりする姿が好きなだけだから」
「へ?」
「またね!」
……開いた窓と扉の間を、蝉の音と湿った夏風が通り過ぎて行く
胸のざわめきはもう消え、今では踊り出しそうなくらい高鳴っている。
この高鳴りの正体と原因も知っている。
こんなにも簡単に彼女は僕の心をかき乱せる。
頭を抱える。
「……苦手だ」
特に何かをするわけでもなく、僕は机に突っ伏した。
あとで気づいたことだが、問24にはマルでもバツでもなく三角がつけられていた。
370
:
高嶺の花と放課後 第3話
:2018/01/22(月) 19:46:33 ID:aK4NrKjs
ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
ー
教室に忘れ物がないか確認し、扉を施錠した。
僕のクラスというか、僕の学校は生徒一人一人に係が与えられる。
そんな僕は『施錠係』になっている。
放課後に教室で執筆したい僕にとってはうってつけの係であったし、クラスメイトが全員帰らないと帰れない『施錠係』をやりたいと思う人もおらず、なんの競争もなくこの係を取れたことも大きかった。
「失礼します。2年B組、不知火 遍です。教室の鍵を返しにきました」
職員室の扉を開け、いつものように鍵を返しにきた時、そこには担任の教師 太田(おおた)先生がいた。
「おう不知火、お疲れ様。こんな時間まで残って勉強か?」
「はい」
「そうか、精がでてるな。おまえ入学してから成績が右肩下がりだったから少し心配してたんだぞ」
「あはは…、今回はなんとか負の連鎖が打ち切れると思ってます……」
「そうか、なら期待して待ってる。ほら明日はテストなんだから早く帰りなさい」
「はい、失礼しました」
職員室を後にし、廊下を歩き、昇降口に着き、靴を履き替え、学校を出て、校門を抜ける。
その間に巡る思考は一つ。
彼女の言い残した言葉の真意だけだった。
だがいくら逡巡しても答えなんてものは見つからない。
「さっさと答え合わせしてくれよ……」
明日から期末テスト。
そんな答えの出ないものをいくら考えても時間の無駄だし、そもそも考えるべき時間じゃないというのは分かっている。
分かっているが…
「駄目だ、頭から離れない」
誰かに聞いてみるか?
誰に?
父さんは喧嘩してるから聞けないな。とすると義母さんか綾音か
…そういえば綾音は好きな人あるいは彼氏はいるんだろうか
そこら辺も含めて綾音に聞いてみようか
その結論に至った時には自宅の前までたどり着いていた。
「ただいまぁ」
ーーーーガタッ
「ん?」
僕の部屋の方からなにか大きな物音が聞こえた。
綾音がなにか物でも落としたのか
そのまま自室へ向かい、扉を開ける
ガチャ
「ただいま」
「お、おかえり…お兄ちゃん。は、早かったね…」
「ん?あぁ確かにいつもよりかは早いかもね。…なにしてたんだい?」
「へ?あ、あたし?あたしはーそのー、なにもやっていないというか、なんというかー」
「綾音、顔赤いよ。夏風邪かい?」
綾音の頬はこれ以上ないくらい紅潮しており、少しばかりの汗をかいていた。
「う、ううん大丈夫だよお兄ちゃん。あたしは別に風邪ひいてないし熱もないよ」
「うーん、それならいいんだけど」
本人が大丈夫と言っているとはいえ、無理している可能性も無視できない。
綾音に相談するのはまた後にしよう
「じゃあ綾音、僕着替えたいから出て貰ってもいいかい?」
「うん。はい。分かった。自分の部屋に戻るね」
いつもと様子の違う綾音は、わざとらしく僕に視線を合わせず部屋を後にした。
「…やっぱり体調悪いのかな?」
我が義妹の心配をしつつも手短かに部屋着に着替えた僕はリビングへと向かった。
371
:
高嶺の花と放課後 第3話
:2018/01/22(月) 19:48:28 ID:aK4NrKjs
「あら、おかえりなさい。遍くん」
「ただいま義母さん」
リビングには洗濯物をたたむ義母の姿があった。
「手伝うよ」
「あら、助かるわ」
洗濯物を畳んでゆく
なにか作業をしているとゆっくりと思考ができる。
そういえば義母さんの恋愛経験ってどうなんだろう。
というか前の旦那さんってどんな人だったんだ?
もう家族になってから10年経つが今まで一度も聞いたことなかった事実がふと気になってしまった。
それもこれも全部、一人の少女のせい
「ねぇ、義母さん」
「ん?」
「義母さんって今までどんな恋愛をしてきたの?」
普段活字にしか興味のない息子から突飛な質問が投げられたのが面白かったのか、目を見開いた後に義母は優しく微笑んだ。
「恋愛話?遍くんって結構堅い子だからまだ女の子に興味ないかと思ってたなぁ、ふふ。そっかぁそんな年頃かぁ」
どうやら突拍子のない質問で全てを察した様子だ。
「んーそうね。遍くんの期待に応えられそうな話は1つくらいしかないわよ?」
「それって前の旦那さん?」
「ええ」
そう言うと彼女は、ぽつりぽつりと語り始めた。
「前の夫に出会ったのはもう今から30年近く前になるかしらね。中学生の頃よ、出会いはねーーーーーー」
そこから語られたのは僕の小説なんかよりよっぽど酸っぱい物語だった。
ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
ー
「ーーーーでね、いよいよプロポーズされたわけなの。もちろん私は受け入れたわ。そこからは両家の両親に挨拶して、結婚式開いて、結婚して、そして綾音が生まれたの」
物語はいよいよ、僕の義妹の誕生まで語られた。
しかし僅かに義母の顔に影が刺さった。
「…だけどね。綾音が生まれた年と同じに年に夫が癌て宣告されたの。余命3年って」
初めて知る義母の元旦那の末路。
「最初はこの残酷な運命にこれでもかというくらい神様を恨んだわ。でも彼は少しでも綾音といたいって運命に必死に抗おうとしてたの。その姿を見て私も恨む暇があるなら支えてあげようって、そう思ったの」
でも、と義母は続けた。
「必死の抵抗も虚しく余命宣告通り、綾音が3歳になった時に彼はそっと息を引き取ったわ。綾音はまだ幼かったから人が亡くなるってことがわからなかったみたい。私もその当時は悲しみに暮れなかったわ。覚悟はしていたしそれよりも綾音の将来の方が心配だったからね。亡くなった彼にも綾音を頼む言われたしね」
義母と家族になってから10年目にしてようやく知った真実がそこにはあった。
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