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ダンゲロスSSC3 雑談スレ

1スカーレット:2017/09/28(木) 00:32:43
ダンゲロスSSC3に関連し、プレーヤー同士の交流を深める場としてお使いください。。
執筆者としてのチームメンバー、協力者募集などにも使用してください。

wiki:tps://www65.atwiki.jp/dngssc3/
公式Twitterアカウント:tps://twitter.com/dng_ssc3

90狭岐橋 憂・エピローグ:2017/12/10(日) 19:26:32
見上げると、上層階の欠けたC3ステーション本社ビルが目に入ってくる。
そのバーには1組の男女がいた。
女は酒が飲めず、男は未成年である。
ロックのウーロン茶を一口あおり、女――露出卿は話を切り出した。

「運営から特別に聞かされた話であるが、『真の報酬』の対象者は吾輩となるらしい」

天問地文の復讐、鷹岡集一郎の暴走、人類チャンコ化事件。
長い長い1日であったが、この日、DSSバトルは全ての対戦を終了した。
6つの試合に決着が付き、支倉饗子は彼女のVRカードを持つ者がいないため、稲葉白兎は試合に現れなかったため、それぞれ不戦敗となった。
そして視聴ポイントの集計は既になされており、後は明日の表彰式を残すばかりとなっていた。
男――“スパンキング”翔は、やや神妙な面持ちで露出卿の言葉を聞いていた。
しかし、コーラのソーダ割を一気に飲み干すと、翔の表情は爽やかな笑顔に変わっていた。

「そうか、おめで「吾輩は次点のお主に権利を譲渡するつもりでいる」

翔は数秒考え、ゆっくりと口を開く。

「いいのか? お前にだって変えたい過去の一つや二つ、あるんじゃねえか?」

露出卿はまぶたを閉じた。浮かんでくるのはあのドラゴンの姿。救えなかった人々。しかし。

「今日の戦いで一つ思い出したのだ。あれはまさしく天災であったよ。
 あの時、吾輩はもっと救えたのかもしれぬ。だが、救えなかったことが今に繋がっている」

露出卿が基準にしたのはあくまで『今を生きる人間』の側だった。

「翻ってあの娘の場合、過去の行いを自分の『罪』だと認識している」

翔の頭に疑問符が浮かぶのを見て、露出卿は続ける。

「彼女の見せていた意志の強さは本当の強さではない。
 彼女は今も自らの『罪』に対する使命感で動いているのだ」

翔はそこでテーブルを叩いた。

「馬鹿なっ! そいつは俺が背負ってやるって!」

翔に着席を促しながら、呆れ顔で露出卿は言う。

「まったくお主という者は……。いいか、女はただ男に守られているだけを是とはせぬ。
 だが、彼女が願いを叶えられぬなら、その『罪』に押し潰されてしまう可能性があるのもまた真実」

聞いているうちに冷静さを取り戻した翔が答えた。

「要は、俺がありがたく受けとりゃそれで済むってことか」

91狭岐橋 憂・エピローグ:2017/12/10(日) 19:26:54
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翌日。

「それではC3ステーションDSSバトル、優勝者は――!」

鷹岡は堂々とした態度で表彰式に臨んでいた。
彼の身柄はこの後警察に引き渡されることになっている。
本来ならば現行犯逮捕も可能であったが、大会の影響力を考え、表彰式の終了までは確保しないこととなった。
彼はその信頼に応え最後の仕事を全うする。

「最多勝者、野々美つくね選手! 彼女には優勝賞金5億円!
 そして、C3ステーションから『現実世界で可能な限りの望みを叶える権利』を贈呈します」

何人か欠けた選手席から拍手が送られる中、つくねは鷹岡の前で手刀を3つ切り、恭しく小切手を受け取る。
彼女が壇上から降りると、また空気の張りつめ方が変わった。

「そして、視聴ポイントを元に独自の集計を行いました結果、本大会で最も支持を集めたのは――!」

鷹岡はそこでも一旦声を区切った。
唾を飲む音さえも許されない静寂にひとしきり酔いしれた後、鷹岡は続ける。

「“露出卿”ことアンナ・ハダカレーニナ選手! 彼女には賞金1億円が贈られます!」

彼女はこの場においても全裸であった。露出亜の魔人にとって全裸は正装なのである。
しかしこの時ばかりは彼女を咎める者はいなかった。
表彰式にミテランジェリ氏が関わっているというわけではない。
さらには映像処理も施さない完全生中継なのにである。
それは、この場の全員が、彼女の出身地・露出亜に敬意を払った結果なのだ。
そして鷹岡の刑期が1か月延びた。

「残念ながら『真の報酬』についてその詳細をこの場でお伝えすることはできません。
 ですがこれだけは申し上げておきましょう。必ずや! 『彼女』の人生は変わる、と!」

鷹岡は最後の台詞を前に、姿勢を正した。

「それでは皆さん、この放送をご覧いただき誠に有難うございました。また、どこかでお会いしましょう」

こうして、予選から数えることおよそ2か月に渡るDSSバトルはその幕を閉じたのであった。

92狭岐橋 憂・エピローグ:2017/12/10(日) 19:27:23
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翔は進道美樹の部屋に来ていた。
表彰式の余韻や後片付けの作業でざわめく会場とはまるで無縁な静けさがそこにはあった。

「話は聞いています。『真の報酬』をあなたに譲渡すると」

「ああ、すまねえが頼む。俺を憂ちゃんの過去に送ってくれ」

翔がそう言うと、美樹はため息をついた。

「なんだ、できねえのか?」

「いえ、感心していたのです。迷わず他人のために行動するあなた、いえ、あなたたちに」

美樹は鷹岡に一番近いところですべての試合を見ていた。
だから16のカメラが映す選手たちの行動も、鷹岡の表情も、すべて知っていた。

「社長も私も妹も、あなたたちに救われました。もちろん直接、というのもあるのですが、精神的にも。
 本当にありがとう」

美樹は深々と頭を下げる。

「いや、いいっていいって、これから憂ちゃんとカナちゃんを救ってもらうんだから」

「それなんですが……」

美樹の顔色が不安げに変わる。

「まだあるのか?」

「私の『S・S・C』は、決して無条件に過去を変えられる能力ではないの。
 その過去の展開が『人々を魅了する』ものにならないといけない……」

翔はその不安を笑い飛ばした。

「そんなことか! じゃあ心配いらねえだろ!」

そして豪快な笑いから不敵な笑みに変えて。

「探偵の姉ちゃんじゃねえけど、俺は世界で2番目に面白え奴だぜ?」

93狭岐橋 憂・エピローグ:2017/12/10(日) 19:28:29
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星の綺麗な夜であった。
遥か上空に一つの影が見える。
翔はそれを全力で追いかける。

「あれからそんなに経ってねえのに、もう随分と懐かしく思っちまうな」

彼は第1ラウンドでの戦いを思い出していた。
この夜で彼がやらないといけないことは決まりきっていた。
あの戦いの再現だ。
例のマンションにまで狭岐橋憂より先にたどり着き、落ちてくる彼女を抱きとめる。

ただ、第1ラウンドの時とは違うところがあった。
あのとき彼は既に憂の攻撃によるスパンキングを受けていた。
しかし今、彼を強化するものは無い。

(不安が無いわけじゃねえ)

誰もが寝静まった深夜である。
例えば、適当な民家に入り込んで住民を叩き起こし、無理やりスパンキングを頼み込む。
そういうことも考えられないではないが、今、それを実行に移すことはできない。
なぜなら、『そんなのつまらない』からだ。
人命を天秤にかけるに当たっておおよそまともな理由とは思えないが、ここは『S・S・C』影響下。
面白さだけが絶対のルール。

もちろん、彼は能力に溺れるような魔人ではない。
自らのスパンキング道を極めるため、肉体の鍛錬は欠かさない。
その積み重ねと、あとは魔人としての基礎的な筋力強化。
これだけを頼りに、マンション15階の高さから落ちてくる人間を受け止める。

(五分五分、ってとこか)

考えているうちに、影が降下体勢に入り始めた。
まずい!
翔は走るペースを上げる。
ところで皆さんは翔の足の速さについてどうお考えだろうか?
もしかしてその巨体ゆえに走るのは苦手だと思っていないだろうか?
そうではない。
まず一つに、体が大きいということはそれだけストライド、つまり歩幅が広いということだ。
そしてもう一つが重要なのだが、走るという行為には太ももから尻にかけての筋肉が使われる。
全身を余すことなく鍛えている翔であるが、スパンカーとして当然、尻の筋肉は一番鍛えてある。
つまり翔は走るのもめちゃくちゃ速いのだ。

(間に、合えーーーーっ!!)

マンションにはたどり着いた。が、一呼吸置く暇なんてものは全く無かった。
もう既に眼前には憂の一糸纏わぬ姿が! そうだねこのとき全裸だったね。
反射だけで彼女の体を受け止める。
衝撃に骨がみしみしと音を立てている。

(くっ……!)

歯を食いしばるが、腕は地面に向けてずり落ちていく。
やはり、無謀だったのだろうか。

(ふんっ……がっ!!)

肩が、外れそうだ。
このままでは重力に負けてしまう……。

(無理……なのか……?)

94狭岐橋 憂・エピローグ:2017/12/10(日) 19:28:48
と、そのとき!
突如、翔の脳裏にある光景が走る。
それは、天問地文の事件によって混じり合った、第1ラウンド『失われた可能性』の記憶!

(こう……だぁーーーーっっ!!!)

体勢を落とし、後ろに倒れ込む。
その『尻餅』の衝撃で瞬時にパンプアップした翔は、再び憂をがっちりと抱え込む。
そして彼女の無事を確認し、ようやく一息ついた。

数秒して、気を失っていた憂が目を覚ました。

「ん、んん……」

「いてぇとこ、ねえか?」

翔が、あの時と同じ言葉を、あの時をまだ知らない憂に投げ掛ける。

「あなた……は?」

「おう、俺は“スパンキング”翔!」

「“スパン……キング”……翔……さん……」

憂を下ろしながら、翔は話を続ける。

「ヨシオカって野郎は俺がぶん殴っておいてやるから、憂ちゃんは家に帰んな」

「なんでそれを! それに、私の名前……!」

自分の上着を脱ぎ、憂に掛けてやる。
そしてぽんぽん、と憂の頭を軽く叩いた。

「詳しくは説明できねえ。けど、未来で助けを求められたからな」

「未来……?」

翔はこれ以上の追及を避けるため、憂に背を向けた。

「1年後、また会おうぜ!」

後ろ向きに手を振りながら、翔は歩き出した。
憂は呆気にとられ追いかけることができなかった。

「あ、お礼、言ってなかった! “スパンキング”翔さん……」

慌ててマンションの玄関まで行くも彼の姿は既に無かった。
そしてどうやってマンションを出たのか分からないが、憂が朝まで待っていても彼が再び降りてくることはなかった。

この後、元の時代に戻った翔は、また人知れず旅に出ることとなる。
もはや憂のそばには支えてくれるカナがいる。
自分が隣にいる必要は無い、と。
彼は知らなかった。
憂がなぜ表彰式にいなかったのか、その理由を。
この時の憂がまだカナの復活に気付いていないことを。
そして、露出卿が危惧した事態が進行していたことを。

95狭岐橋 憂・エピローグ:2017/12/10(日) 19:29:19
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時はさかのぼる。
露出卿と翔がバーで話していたのと同じ頃のこと。

『無茶なお願いしてすみません』

「ううん、恋語さんには前に相談に乗ってもらったから」

憂は恋語ななせとVRカードの通信機能を使って話していた。
全ての試合が終わった後ではあるが、ななせは自身の目的のためにVR戦場へのアクセスを試みようとしていた。
ただし、この特殊な戦場地形に向かうには『対戦相手』が必要だった。
それは、憂も第3ラウンドで戦った『出場選手に縁の深い場所、土地』である。

「なんなら、ついでにあっちのカナちゃんに会ってこようかなって」

憂はその試合で、憂の記憶を元に再現されたNPCのカナと出会っていた。
憂は彼女に対して、現実のカナとは違うもう一人のカナとして友情を築いていた。

『あっ、それはいいですね!』

カードを通してななせの笑い声が聞こえてくる。
VR空間での戦いとはいえ、ほんの2週間前に裏切り合い、殺し合った仲とはとても感じられなかった。

『では、30分ちょうどにアクセスということで』

「うん、また向こうでね」

通信機能を切って、時計を見ながらVRカードの戦場アクセス機能を起動する。
しかしここで予想外のことが起こった。
第4ラウンド、憂は対戦相手がいないためにVR空間にアクセスしなかった。
彼女のVRカードにはその戦場データがインプットされたままになっていたのだ。

彼女が降り立った先は『異世界』。
そこは憂の第4ラウンド本来の対戦相手、サイバーゴーストとなった支倉饗子がとある『実験』を行っている空間だった。

「ここ……は?」

いきなり頭痛を感じ、憂は頭を抱え込む。
そしてそのまま意識を失った。
この後1か月近くの間、憂はVR空間に囚われ続けることとなった。

96狭岐橋 憂・エピローグ:2017/12/10(日) 19:29:41
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………………

…………

……

わたし……。

わたし、は……。

そうだ、また、負けたんだ。

……。

ねえ、支倉さん。

「なあに?」

結局、私、乗せられてるばっかりだったんです。

恋語さんのときも、支倉さんのときも。

試合としては勝ったけど、稲葉さんのときでも。

「憂ちゃん……」

それどころか、きっと、私自身でさえ、翔さんに頼りっきりだったんです。

自分でカナちゃんを救いたいなんて、ただの見栄でしかなかった!

「それは……」

こんなことなら……もう私、いらないんじゃないかな?

自分で悩んで苦しんだつもりになったって、結局自分の意思で動いてないんだから。

私なんてもう、いなくなっちゃえば……!

「……いいのよ」

支倉、さん?

「もう、いいのよ。憂ちゃんは、私の中で眠っていてくれたら」

支倉さん……。

「疲れたでしょう? ゆっくり、おやすみなさい」

うん……。

なんだか……とっても……あったかい……。

……

…………

………………

97狭岐橋 憂・エピローグ:2017/12/10(日) 19:30:16
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「うーん、美味しくない、かな?」

やせ細った腕に、私は感想をつぶやく。
反対側の腕には点滴がつながっている。
どうやらここは病院らしい。
健康には気を使っていたのであまり馴染みが無い。
あの世界では医者をやっていたけれど、こんな現代的な設備なんて無かったもの。
そういえば、病院食というのは美味しいのかしら?
味が薄いという話もあるけれど、それは塩分を控えるべき病人に対してだけだという話もある。
この身体の場合、何も食べていないだけの単純な衰弱だろうから、おそらく普通の食事が出てくるはず。
残念ながら、その前に退院となる可能性の方が大きいのだけれども。

「ん……」

体を起こして眼鏡を掛け、鏡を見る。
鏡の中の憂ちゃんは辛そうな顔をしていた。
心配しないで、と私は彼女に笑い掛ける。

そこに、突然の来訪者が現れた。
知っている顔だった。
と言っても私の方ではない。憂ちゃんの方。
そう、たしか……。

「夢、さん」

「久しぶりね、ユウちゃん」

違う私になってから最初に名前を呼ばれるときはいつも、なんだか騙しているような気分になって、何も言えなくなる。
私が答えに詰まっている間に、夢さんは話を続けてきた。

「ごめんなさい、あなたを巻き込んで」

「いえ……」

あいまいな返事でごまかした。
ただ、ちょっと夢さんの言い方には引っかかる部分がある。
『巻き込んで』と言うからには、彼女自身にもこの大会で何か目的があった?
その疑問は、すぐに晴れることになる。

「私の本当の名前は、ユメス」

「ユメ……ス?」

「そう、昔ゴメスと共に暮らしていたゴ人のメスのうちの一人。
 私は彼を貶めた国暗協がこの大会の裏に絡んでいることを突き止めた。
 そこで私は復讐のため、コミュニティの人脈を使ってVRカードを手に入れ、出場してくれる子を探していたの。
 国暗協が関わる以上、盤外戦は避けられない。あなたを現実の危機に巻き込むことになると知っていながら。
 それどころか私は、国暗協壊滅のために、あなたを報酬に『転校生』を呼ぶことまで考えていた」

彼女はそこで一息ついて、

「だから、私が今からやることをユウちゃんには気にしないでほしいの。これは、私の償いだから」

上着を脱ぎ始めた。

「支倉饗子は、私が引き取るわ」

98狭岐橋 憂・エピローグ:2017/12/10(日) 19:30:36
「なっ……!」

気付いていたというの?
でも、『引き取る』って……。

「その意味が分かってるの?」

私を『引き取る』というのは、私、つまり憂ちゃんの体を食べるということ。
私は別にそれでもいいけど、あなたはそれで納得なの?
そういうつもりで聞いたのだけど、彼女の答えは私の予想外だった。

「私は、ユウちゃんと違って『完全な』サキュバスになることができる。
 『食欲が性欲に変換される』なんて、そんな程度じゃないの。
 うふ、完全なサキュバスにとって、セックスとは『食事そのもの』なのよ」

彼女の姿が禍々しく変質を遂げていく。

私が怒りというものを感じたのは生まれて初めてかもしれない。
繰り返すけど、私は彼女がこの体を食べてくれるなら別にそれでいいと思っていた。
まだ痩せてるからあんまり美味しくはなさそうだけど。
でも、この人は肉体を食べることなく『私』だけを奪おうとしている。
私にとってそれは、何よりも屈辱だった。
それに、憂ちゃんがあんなに思い詰めたのも……。
憂ちゃんを最初に舞台に『乗せた』のは、あなたじゃない!
今さらまた、憂ちゃんをこの世界に放り出そうっていうの!?

「あ、あなた、なんかに……!」

けど、言葉とは裏腹に私の腰はすっかり抜けてしまっていた。
それに全身の感覚が鋭敏になっている。
こんなに強いなんて。サキュバスの催淫効果……。

「ふふ、強がってもムダよ」

「ひゃう!」

い、今の感覚……VR空間で何度も体を重ねた憂ちゃんの比じゃなかった。
まるで、肉体じゃなくて、むき出しになった『私』そのものに触れられてるような……。

「あ……ぁああ……だめえぇぇぇ……」

吸い寄せられる……何か大きな力に……。

「んっ……わかる? これが、私の、食事」

「あっ……!」

心外ながら、その意味は解ってしまう。
魂が少しずつ千切られて取り込まれていく、いつもの感覚。
これは紛れもなく『食事』なのね。

早くも、彼女の食事は既に半分くらい終わっていた。
そうは言っても、このままなすがままにされている私ではない。
彼女が半分私だというのなら……『食べ返す』までよ!

「むぐ……」

だけど。

「あら? 甘噛み? 可愛いのね」

文字通り、歯が立たない。
あごに力が入らない。
必死で喰らいつこうとするものの、彼女の食事は最終段階に入ろうとしていた。
最後に彼女は私の耳元に、優しい声でささやいた。

「ユウちゃん、『皆』があなたの幸せを望んだの。
 それだけは、誰が仕組んだでもなく、あなたが自分で勝ち取ったもの。
 だから、帰っておいで」

「んむぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーっ!!」

一番、大きな波が襲ってきて、そして私は、支倉饗子を、手放した。

99狭岐橋 憂・エピローグ:2017/12/10(日) 19:30:56
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うう、腰が……。

「うーん、『前の私』を自分の目で見るのは初めてね。なんだか新鮮」

「支倉、さん……」

「そんな顔しないで。私は止めようとしたんだから」

「そう、でしたね」

夢さん、ごめんなさい。
あの人はそんな言葉を望んでいないだろうから、心の中だけでつぶやいた。
そのかわりの言葉を口に出して言う。

「ありがとう、ございます」

夢さんも、支倉さんも。
方向は違っても、2人とも私を守るために戦ってくれたから。

「……あ、そうだ! あっちに」

支倉さんは嬉しそうに病室の入口の扉を指さした。
つられて私はそちらに目を向ける。

「彼からの贈り物が待ってるわよ」

彼? 贈り物?
言葉の意味を考えていると、急に後頭部に風を感じた。
振り返ると、窓が開け放たれて、カーテンがはためいている。
そこにもう支倉さんの姿は無かった。
まるで、最初から夢だったみたいに。

100狭岐橋 憂・エピローグ:2017/12/10(日) 19:31:39
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おそるおそる扉を開く。
すぐそばに、長椅子をベッドにして、私と同じくらいの歳の女の子が眠っていた。
……お行儀悪いよ。

「ん……あ、ユウ……?」

彼女が目を覚ました。
やっぱり、ずっと、追い求めてきた人だった。
今度こそ、夢でも、仮想空間でもない。
彼女の名前を、私は確かめるように呼ぶ。

「カナ、ちゃん」

私は必死で涙をこらえる。なぜか向こうのほうも泣きそうな声だった。

「この馬鹿っ! なんであんな危ない大会に……」

そうだった。カナちゃんの方からしてみれば、私の方こそ1か月眠りっぱなしで、心配だったんだ。
改変された記憶を紐解いて、適当な答えをでっちあげる。

「ごめんね。もう一度、翔さんに会いたくて」

「もうっ!」

おかしいな。責められてるのに、嬉しさしか感じない。
『喧嘩』がしたかったはずなのに……。
このまま雰囲気に飲まれて私がごめんなさいして終わりになりそう。

(いやいや)

違う。それだと今までの私と一緒だ。
言うべきことはちゃんと言っておかないと!

101狭岐橋 憂・エピローグ:2017/12/10(日) 19:31:58
「でも、カナちゃんだって私に危ないこと隠してるでしょ」

「えっ?」

動揺してる動揺してる。
こっちは全部知ってるんだからね!

「その、ふぉ、ふぉー……ゅぅ……」

うぅ、口にするの恥ずかしいよこの能力名。
ビシッと決めてやろうと思ったのに……やっぱりズルい!

「なんで!? パパとママにしか言ってないのに! バラした!? でも、え〜?」

あ、効いてた。顔真っ赤だ。
あっちもあっちで私にバレるなんて思ってなかったんだろうなぁ。
よし、今が攻め時だ。

「私はこんな恥ずかしい能力明かしたのに、自分だけ隠すの酷くない?」

「それは……」

「例えばもしそれで、私の知らないところでカナちゃんが勝手に死んだりしたら許さないんだから!」

「でも……」

うん、分かってる。そんな勝手な言い方無いよね。
勝手に死にかけたのは私の方だし。だから。

「だから私は、もう絶対にその能力を使わせない!」

カナちゃんの、次の反論を用意していただろう口が途中で止まる。

「ユウ……」

『皆』が作ってくれた奇跡は、今度こそ、今度こそ! ちゃんと私の手で守っていかないといけないと思った。
けれどそれは、私1人では到底背負えそうになかった。
さっきの支倉さんのことで、それがよーく分かった。

「何でも話すから、何でも話してよ」

だから、2人で。そのための親友なんだから。

「……ユウ、なんか成長したね」

「何その上から目線!」

「ごめんごめん。でも、これが大会の影響なら、出て良かったのかもね」

本当に、いろいろあったんだから。
落ち着いたら全部包み隠さずに話してやろう。
自分が死んでたなんて知ったらこの子、どんな顔するかな?

「そうだね」

さてさて、『喧嘩』はこれでおしまい!
カナちゃんとやりたいことはまだまだ山のようにある。
まずは……、

「ところでさ、カナちゃんに会わせたい人がいるんだ」

「へぇ、どこに?」

「VR空間!」

約束を果たしにいかないとね!



―― Fin. ――

102qaz:2017/12/18(月) 07:57:21
>>86
遊びました、楽しかったです。

ヴィピアンさんのイラストをもとにもう1枚作りましたのでこれも混ぜてみてください!
tps://twitter.com/qazdng/status/942190682889842689

103夕二(ゆうじ)@がちゃどくろ:2017/12/19(火) 19:37:46
>>102
遊んでいただきありがとうございます!!
報告を受けて修正しました、また遊んでください
tps://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=66355959

【変更点】
・狐薊イナリ(LV2,3)、阿久津ミカ、稲葉白兎、進道ソラ
 先に山から除けてプレイを始めるのでわかりやすくレベルの色を黄色に
・侍べる少女
 後ろに居たらどこでも使えたので直前のカードが戦闘中のみに
・ゴメス
 色のムラ修正
・可愛川ナズナ
 探索での対象は他のプレイヤーを選べない事を追記
・刈谷融介
 決戦での能力使用を追記
・<私>
 机からダイスを落としてしまった時の処理を追記
・鷹岡集一郎
 除外リサイクルでのLV3回収が強いため、1プレイヤー1度のみの記述を追記
・露出卿
 アイテムがランダムでの除外だったので、ダイス目により選べるように上方修正
・フルチン三刀流
 せっかくなので『勝利時』の能力に強いように上方修正
 金玉にはフルチンをぶつけんだよ!!!
・ねさる崎ニルニール
 相手が選ぶ仕様からこちらが選べるように上方修正
・一七八十
 自分が捨て札になるのではなく、後ろで昼寝してしまう仕様に上方修正
・毒島薫子
 作戦会議後から作戦会議前に変更

・魔技姫ラクティ☆パルプ
 気持ちプロモカード、やったー!!

104蜜ファビオ:2017/12/31(日) 06:56:56
ファビオさんや出場者が全然出てこない(出ていないわけではない)SS後編その2です。



====================================

SS「拘束と衝突〜ラストレシピ〜」(後編)」その2




「大当たりだ。
進道ソラの【Cinderella-Eater】は『物語』を味わうことができる。
テイストの結果、彼女は、一連の事件を”同じ書き手”による”連作”の『物語』であると断言した。

そして、こう言い切った。

この『三ツ星シェフ』が作ったモノなら、一口食べただけで作り手が一発でわかるわ。たとえどんな
畑違いのジャンルで腕を振るおうとも絶対に違えない、絶妙にして巧智、こんなミステリアスな味、
一度味わったら絶対忘れられないわ。

今は、過去に遡って類似の事件がなかったかを洗い出し中だ。真犯人にとって
”腕があまりにも良すぎた”のが仇になった形だ。

そして阿摩羅識は遅まきながら一連の転校生の不審死を『連続殺人事件』と断定。
お前があの世界で繰り返し行った『実証実験』及び『臨床試験』のデーターと鑑みた結果、
お前の提案するプランを採用することとなった。
以上が現状の報告だ―――――――――――――――だが、本気で実行する気か?」

耳飾りからの報告は事務的な調子で続いていたが、最後は、なんともいえない口調で終わっていた。
本気というより、よほど正気かといいたかったのかもしれない。

果たして、次の物語、誰が望んだ結末に落ち着くのか。



●乙女心と秋のソラ

それは、きらめくような眩しい夏だった。

進道ソラはアイドルコンテスト決勝戦で惜敗した後、事務所との契約更新を行わず、アイドル活動の
無期の休止宣言を行った。それは事実上の引退宣言といえるものだった。突然の引退劇にファンの
間からは惜しむ声も多かったが、
「夏の戦いで全てを出し切りました。今度はまた新しい別のことに挑戦してみたいと思っています」
という本人のコメントを受け、周囲もやがてそれを受け入れていった。

一度、そうなると時の流れははやい。まるで潮を引くように彼女の周囲からひとの渦が消えていった。
彼女の活動といえる活動はアイドルの一環としてやっていた個人ブログぐらいになっていた。

しばらくして彼女は料理と文芸に関する投稿するようになったのだ。
自身の足で巡ったお店の料理の感想、またある時は書評を味に例えながら、自分の言葉で綴っていく
フォローするひとはがくんと減ったが、反応はそこそこ好評――だと思う。
実際に自分で料理にもチャレンジしている。実践、実行、それはまるで『何事も勉強』という感じで―――


〇〇〇

「まなかちゃんの最新作、決め手はやはりオーロラソース!使用していたのは通常のトマトピューレ
でなくなんとイチゴ! あまおうによる甘みと酸味でかつてない仕上がりに…
意見を聞かれたので”オーロラ”はフランスで明け方を意味するので、今後このソースに
『〇〇のヨアケ風』と名付けるのはどうかと提案してみた。…まさに新時代『ヨアケ』の味…っとと」

今ではなじみの洋食屋から新作の試食をお願いされることもある。進歩だ。
レポートを書きつつ、体が左に傾きつつあることを意識した私は、大きくのびをし、矯正を行った。

おいち、にい、ぐぎぎぃ

いつの間にか変な癖がついていたらしく椅子に座っていると、どんどん姿勢が悪くなっていく。
どうも一度ついた悪い癖はなかなか治らないようだ。整体師さん曰くデスクワーク長いヒトだと
なりやすいデスヨネとのこと。
うーむ、事務方はどちらかといえばお姉ちゃんの方であるはずなんだけど(ただ彼女の姿勢およびスタイルはすごくいい。流石やりて秘書だ。)

姉の美樹とは今は離れて暮らしていて、今はちょっと距離をおくようにしている。
別に仲が悪くなったわけではない。むしろ美樹姉が、いつまでも妹離れしない相変わらずべったり
仕様なので、しびれを切らしたこちらが対処療法として行っている感じだ。なにせ自らの天職と
言い切る小説に至っても油断すると私好みの味付けで書き始めるくらいだから(そして真っ先に私
にメールで読んで読んで感想頂戴とよこす!)困ったことだ。
おかげで「いい加減に自分の書きたいお話を、読者側をむいて書きなさい!!」とお尻を叩くのが最近の日課となっている。

最近はようやく妹中心主義を諦めたのか、寓話を基にした創作物を書き始めている。
うんうん、もう一押しだろう。元々、デザート向きな作風なのだ。カスタードクリームのように
甘さをぎゅっと中に押し込め、周りをサクサクとした歯ごたえのあるパイの皮で包み込めば、
甘いけれどしつこくないあの作風はより際立つはず、きっと万民に受け入れられていくだろう。

105蜜ファビオ:2017/12/31(日) 07:00:53
(つづき)

自分にはその手のことには『確信』があった。
”そういうこと”に最初に気づいたのは、プログで書籍と料理の批評を始めたとき。
熱心に感想を述べてくれるひとがいたので、その人に私はこう返信を返したのだ。

「現役時代から変らず応援ありがとうございます。励ましのお便り、いつも楽しく読ませて
いただいてました。あの時はお返事することができず心苦しかったのですが、今は〜」

現役時代一番熱心にファンレターを送ってくれていた相手と『同じ味』がしたから無意識で”つい”
そう返してしまったのだが、メールの返信相手はさぞかし驚いただろうと思う。なにせ彼は
ずーと匿名で応援の手紙を書き続けてくれていたのだから。
でも、私にとって話の書き手を取り違えることはもはや茶碗と花瓶を取り違えることがないように
ごく当たり前のことになっていた。
茶碗は茶碗だし、花瓶は花瓶だ。それが今の私には手に取るようにわかる。

「貴方のための物語」(メルヒェン・マイネス・レーベンス)

『物語』はドラマや小説だけではない。あらゆる創作に息づいている。手紙もその人の『物語』の一部なのだ。
私は一度味わった味は忘れない。ただまあ、それで返ってきたメールが「脱兎。。。。」の一文
だったのには笑ってしまったけど。それはもう実に”味のある”文章だった。その人とのやり取りは
今も続いている。折を見てオフ会に誘おうと画策しているが、いつもするりと逃げられている。

ぐぬぬ、さすがのHN:逃走王。何処まで行っても捕まらない。


〇〇〇〇〇


秋が深まり、冬の音連れを待とうかというころ
私は、某けやき通りにいた。

始まりは家の書斎で書棚のファイルを取ろうとしたときだ。 ひらり と今年さいしょの初雪がまいおりてきたのだ。

それは一枚の白紙の用紙。
無地の中、『思い出ラーメン』という文字と通りの住所が手書きで書き綴ってあった。
字は私の字体だった。一瞬、首を傾げたけど、
大丈夫、間違いないこれは私の物語だ。とすぐに思い直した。

『思い出ラーメン』

ネット検索で言葉を調べると「食べると人生の思い出がよみがえる、その人の物語が味わえる
”うわさの”ラーメン」とあった。一種の都市伝説のようだった。
こうなると物語と味に関しては一家言ある私である。もうもう見過ごすことはできない。

ということで、私こと進道ソラは秋仕様コーデに身を固めるとすることにした。
駅を降り、スマホのナビに従って路地を回る。そこに映った風景に思わず口から感嘆の声が零れ落ちた。


「わあぁ  …」

黄色い銀杏の葉が一面絨毯のように道を舗装していたのだ。
思わず写メを一枚とってから、銀杏拾ってかえろうかしらという考えがちらっと浮かぶ。
頭をぶんぶんふっとふりその考えを追い出す、。
そんなことをしたら折角お気に入りで固めてきたのに匂いが移ってしまう。あと今からそんなこと考えているとまた食い意地がはっていると思われてしまいそうだ。

―――――――――――――――――――
―――――――誰に?

OTIBAFUMI OTIBAFUMI

小気味よい音を立てつつ道を進む。お店は黄色の絨毯の先、こじんまりした佇まいで立っていた。
『白蘭』と書かれた看板を横目に、白樺でできた扉を私は開ける。

カランコロン、ベルの音と外の気温とは温かい空気が新規のお客を出迎えた。

「――――――――――――――」

店にはテーブルが一つとカウンターがあるだけだったが、その分、贅沢に間取りを取っており、
置時計や絵画などが置かれ、とてもラーメン屋には見えなかった。
内装はどちらかといえば個人の洋食専門店といった感じだった。少々、服に気合い入れ入れすぎ
たと感じてた自分は逆にこれにほっとした。

メニューに目を通し、目当てのものを注文する。

「―――――――。」

注文した後、調度品に目を移す、アンティークの中でひときわ目を引くのは肖像画だろうか、
女の人の油絵が飾ってある。生憎絵にはそこまで詳しくないが、確か印象派?
こってりとした絵の具の乗り方が目を引いた。でも絵具のにおいはしない。においが移らない
ようしっかりコーティングをされているようだ。 


やがて、良い香りが届き始め、鼻孔を刺激するようになる。――

おそらくはブイヨン・ド・レギューム。

フランス料理の「野菜の旨み」だけで作るだしだ。
残り野菜や調理に使用しない端切れなど、普段捨ててしまうものを有効活用して作る。

香りを嗅ごうと無意識に眼を閉じると、今度は耳元にコトコトとスープを煮る音が届けられた。
眼を閉じ、しばしその音に耳を傾けることにする。併せて聞こえる包丁のおとが、心地よい。

106蜜ファビオ:2017/12/31(日) 07:06:01
(つづき)

「――――。」

こと。気づいた時には目の前に料理が置かれていた。

それは「塩ラーメン」だった。透き通ったスープに。水晶のような細麺。

その上に上品におかれたもやしとハーブ、あとマロン? 私はレンゲでスープを掬い、一口、口に含んだ。

能力「Cinderella-Eater」が発動する。

〇〇〇〇〇

―――それは一人の青年の物語だった。

物語としてはよくある話。父親に反発した少年はある日、家を飛び出す。
少年には特殊な才能があった。世間を騒がせることになる少年。増長する少年の前に現れる壁。

「貴方は世界の敵なんかではありませんヨ。ちょっとオイタが過ぎた唯の悪ガキデス。CHOKUZUKI」

やがて知る、父親の過去、想い、そして死。暗転。安易に逃げたしっぺ返しは大きかった。

暗雲。新宿で出会ったもう一つの出会い。絶対独立。暗転。新世界。ホールでの予期せぬ出来事。出会い。

お店でお菓子をぱくつく女の子は、扉をあけ書生風の男性が入ってくると喉を詰まらせ急き込む。暖かな笑い声。

暗転。

死の知らせ。暗転。死の知らせ。暗転。続く、死の知らせ。暗転―――

暗闇を歩きながら、彼は灯りを灯す方策を探す。弔いの灯を求めてではない。彼はその時、私に光を見出した。
わたしはその時、闇を見つめていた。

わたしは―――


「――――――――――このペテン師!

なにが通りがかりの転校生よ。偶然装っているだけで、完全に能力目当ての仕込みじゃない。
嘘つき!変態!ストーカー! 全く『EURIKA!』(見つけた!)じゃないわよ!
あと話や登場人物の表記がごじゃごじゃして全体的に分かりにくい、一見さんにも分かり易く書く
とかいう気配りや目配りする気はないの? 
しかも黒歴史といいつつ、やってる演出は怪盗そのものじゃないの!ぜんぜん昔のくせ抜けてない、
主題ももう少しはっきり!
そして”相変わらず”おいしくない! 
何よりこの物語、全然、完結していないじゃないの!全くこんなの出すなんて何様のつもり……」

吹き出た言葉の勢いのまま、どん!とどんぶりを置く、
そこは一粒の涙もなく、全てが綺麗に飲み干されていた。
あふれんばかりの涙でも飲み干せば最後には笑いに変わることもある。アレはどこで聞いたのだろう。

カウンターの向こう側にいたシェフは、私の罵声と酷評に帽子を取ると謝意を示した。

「うーん。僕が今出せる精いっぱいだったんだけど、お客様にはご満足いただけなかったようで。
じゃあ、約束のお代は頂けないかな。」

全然、謝意を感じない。笑ってるし。わたしはえへんえへんと2度ほど咳払いをした。

「そういうわけにはいかないわ。代金を支払わないなんて、進道ソラという人間の沽券にかかわる。
働かざる者”くう”べからず。ソラは働き者、ゆえに食べた分はきちんと働いて返す。


―――――――――――――だって貴方、・・・『私』が必要なんでしょ?」

ふいに風が吹いた。目の前に突如として無限の荒野が広がる。先ほどまで目の前にいた
彼がひどく遠くに映った。

「これから…
これから、君が選ぼうとしている道は安穏と平凡から程遠い異邦の旅路だ。
僕は君の安全を担保できない。選択後のすべての宿痾は君自身が受けもたなければならないからだ。それでも新しい挑戦に歩を進めるかい?」

真実の言葉。それは事実であり同時に呪いの言葉でもあった。
私は答えた。質問を質問で返さない、と。

「こちら側に踏み込めば、後戻りできない。それは君が今までいた世界の因果から外れることを
意味するんだ。
今まで築きあげた大切な関係、想いをすべて置き去りにして、君は後悔しないでいてくれるかい?」

それを無視し続く真実の言葉。それは彼の責任逃れの言葉であり同時に彼の優しさでもあった。

私は答えなかった。
代わりにカウンターに手をかけるとひらりと飛び越え、向こう側に着地してみせた。
RASAHAI!
相手の心の距離や垣根なんて関係ないとばかり、詰め寄る。そして店主に向き直ると手を胸に当てて宣言した。

「いい、私は”みんなに愛されるアイドル”になりたくて頑張ってきたんじゃない。
ただ『アイドル・進道ソラ』というこの世に一つしかない綺羅星になりたくて、切磋琢磨してきた。
同じように”姉さんの作品の主演女優になる”のが夢だったじゃない。
姉の作品に妹として主演ができる人間が、私一人だけしかいなかったから、それを『夢』にした。
私は、私を優先する。私は私だけにできることを探している。そういう人間なのよ。」

「うん、それはよく知っている。」

男はうなずいた。
彼女は見つめる先は空高く、常に上を向いていた。進む道は、空。二つとない唯一。
そしてもし更にその先があるなら、彼女は当然のようにそれを目指すだろう。傷つき、折れた翼は癒えたのだから。

107蜜ファビオ:2017/12/31(日) 07:08:28
(つづきラスト)


「もう一度聞くわ。きちんと答えなさい。私じゃなきゃ駄目なんでしょ。
私にしかできないことが”そこ”にある。そうよね? 」


男は―――

「あと返事するときはうんじゃなくハイ。こういう大事な返事の時くらい、もっとシャキッとしなさい」

男は音もなく爆笑した。全く反論の余地がなかった。

「『はい』、世界中どころか三千世界を探しても君に変わる人間なんていない。
君でなくては駄目なんだ。是非、僕の仕事を手伝ってほしい。」

そういって彼は手を差し出した。その差し出された手は救いの手でも憐憫でも同情でもなかった。
ただ、対等な関係を示すモノ。自分の欲していたものとはたぶん”ちょっとだけ”ずれているけれど――


―まあ、今回はこれで及第点としますか―

この出会いは偶然で会ったかもしれない、そして、その出会いの別れがいつとなるか、人たる身で知ることはできない。けれども


「よろしい。では契約成立。」


けれども、私がこの手をとったことを後悔する日がくることは決してないだろう。








「じゃ、あらためて。ハッピーバースディ、進道 ソラ。

――――――――――――――――――――――転校生の世界にようこそ。」







●スズハラ本社ビル地上”存在しない”130階 ― 存在しない時間にて ―


蒼い空の中、テーブルを挟み、一組の男女が向かい合っていた。


「はぁ『未来探偵』を殺す方法ですか…」

定時報告の後、不意に投げられた問いに対し女はテーブルに置かれた紅茶を手に取り、ひとくち口に含む。
そして舌の上でアッサムを転がすように味わった後、世界第一の名推理を披露した。

「なるほど、それは遠回しに

『お前のことを殺したいほど愛しているんだ』という意思表示、つまりプロポーズということですね。

判りました。そこまでおっしゃるなら仕方ない。寿退社一直線、早急に準備に取り掛かります。
大丈夫有給はくさるほどありますから…え、違う?

どちらかというと『スタローンとジャン・クロード・バンダムはどっちが強いと思う?』的な
お遊び的な質問?

ははぁ、なるほど、ではそんな感じで。少しお話していきましょうか? どうやったら『私』を殺せるかに関して。」


無論、この物語、綺麗ごとのみで終わるはずもない。


 
                             『進道ソラの自力本願』(了)

                      (「インタビュー・ウィズ・スズハラZERO」につづく)


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