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ダンゲロスSSドリームマッチ幕間スレッド

1冥王星(SSDMメインGK):2016/01/25(月) 21:26:36
ダンゲロスSSドリームマッチの幕間SSを投稿する掲示板です。

2ゆとりのぽこぺん:2016/01/27(水) 13:05:06
リプレイ風じゃないちゃんとしたサブイネンプロローグSS

「オカンー!起きろやー!ゴハン冷めるでー」
「今行く〜」

羽の生えたコタツがフワフワと浮いて食卓まで迫ってくるのを見て
サブイネンはため息をついた。

「オカン、とうとうコタツと一体化したんか」
「ふふふー、天使ぱわー」

サブイネンの養母須藤四葉は天使である。比喩的な意味じゃなく羽とか輪っかとかあるし
おまけに両性具有だ。サブイネンが子供の頃は天使の力で空を飛び触れた物を塩化したりして
梅田避難ビルの住民を守って来た。その活躍と見た目により地元民から神のように崇められ
現在は毎日届くお供えを食べてグータラ過ごす毎日を送っている。

「でもさオカン、コタツを背負って飛ぶのって逆に辛くあらへん?」
「コタツの持つ空を飛ぼうとする因子を加速させたから自動で浮くようになったの。楽ちん!」
「さよか」

四葉の魔人能力は視界に入った人及び物の状態を加速させるというモノだ。
寝付かない子供を眠らせるという平和的な使い方から人や建物を数秒で崩壊させるという
恐ろしい使い方まで可能なマルチで凶悪な能力だ。でも、今は主にこんな使い方をしている。

「っっっと、もうこんな時間や!仕事行ってくるわ!ゴハン食べたら食器は流しに置いといてな」
「うん、いってらー」

コタツに飛ぼうとする力なんてあったのか気になったが、時間が無いのでツッコミは
帰って来てからする事にした。今日はサブイネンが所属するバンドのライブが行われる日、
遅刻なんてしたらエライ事になる。

「おう、またせたなリーダー!サブイネン只今到着や」
「遅いでサブイネン!もうギリギリや」

到着して早々、ゴスロリ衣装を着たメインボーカルのツマランナーが声を荒げる。
サブイネンは時計を確認する。リハーサルまで後1時間以上あった。

「ツマランナー何怒っとるねん?ワイいつもこの時間に来るで」
「タイバンの時間がギリギリやねん!」
「またまた〜冗談が過ぎるでリーダー」
「本当だよ」

着替えを終えたカミマクリン(キーボード担当)がツマランナーの言葉を肯定する。

「タイバンの申し込みがあったんだよ。珍しいよね」
「カミマクリンが言うんならマジなんやな」
「何でワイの言葉は信じずにカミマクリンの言葉で信じるねん!リ-ダーショーック!」

バンド同士が演奏順や出演料の配分を巡って決闘する事をタイバンと呼ぶ。
サブイネンはアマチュア時代からタイバンで勝ち続けオモロナイトファイブを
軌道に乗せてきた。だが、今やサブイネンは魔人格闘界でも無敗のファイター、
最強の魔人は誰とアルタ前で聞いたら半分ぐらいがドラマー兼魔人格闘家のサブイネンと答えるぐらいに
強さが浸透してしまい、怖いもの知らずのバンドマン達ですら最近はタイバンを挑まなくなっていた。

3サブイネン幕間SS:2016/01/27(水) 13:15:29


「やってやるでマンボ。お前を倒してコミックバンド界のナンバーワンになってやるでマンボ」

タイバンを挑んできた共演者、ひな壇ノボルは威勢よく吠えるが、目が戦いに向かうそれではない。

(なんや、ただのワイのファンか)

相対した瞬間、ノボルの放つオーラが有名人のサイン欲しいガキのそれと気づくサブイネン。

「お、俺の魔人能力『マンボDEマンボウ』はマラカスの先端きゃ、から無尽蔵にマンボウを生み出す。
綿棒じゃなくてマンボウは何も考えて無いからお前の先読みは通じないマンボ!」
(セリフ噛むな。つーか能力説明すんなや。せめてもうちょい勝つ気みせんかいな)
「ウオオー!マンボマンボマンボボボボー!!」

マラカスから飛び出すマンボウ達はノボルの言う通り無尽蔵にして無軌道!
真っ直ぐサブイネンに襲い掛かるものもいれば、逆走するものも、
近くにいた他のマンボウと交尾するものもいる。

「確かに読めんけど・・・隙間だらけやないかーい!」
「傍を通る時はマンボウに触れない様に気を付けるでマンボ!マンボウ達は寄生虫だらけマンボ」
「何から何までありがたいわアホォ!!」

全く統制のとれていないマンボウの隙間を通り、能力を新設に説明するノボルを射程距離に捕えた。

「タイバンを・・・なんやと思っとんねんお前は」

勝負の場を汚されたサブイネンは激おこ。

「サブイネンさんと試合出来るチャンスでマンボ!」

ノボルは堂々と本音をぶっちゃける。一般人ならともかく同業者がコレではいけない。

「倒す気で来いゆうとんじゃボケェ!」
「お、俺なんかで勝てるとでも!?距離を詰められてマンボウも使えないし絶対無理マンボ」
「うん、無理や。取りあえず歯ぁくいしばらんかい!」
「うわああああでマンボ!」

ノボルがヤケクソで放つマラカスストレートを絡めとりそのまま一本背負い。

チリーン!

ダウンしたノボルの後頭部に即座にサッカーボールキック。

ゴーン!

跳ね上がった頭を後ろから両腕で包み込み一気に絞め落す。

シャーン・・・

錫杖の音が会場に響き渡ると共にノボルの意識は失われた。
ライブ本番直前に意識を取り戻したノボルは後に語る。

「あの人に投げられてから絞め落されるまであっという間だったでマンボ。
あんな継ぎ目の無いコンボ、相当の先読みもそうだけど、血尿流すレベルの
反復練習が必要なはずマンボ。やっぱサブイネンさんぱねえマンボ」

打撃に加え格闘家になりマスターした投げ・関節・絞め。
あらゆる格闘技術を相手の隙に合わせ最適のタイミングでぶち込んでいく継ぎ目の無い連続攻撃。
これが25歳になったサブイネンの実力である。
滅亡の連続で無法地帯になった梅田を守り続けた男の今である。

「サブイネン、ダメージは無いかいな?」
「心配すなやリーダー。練習量に不安のあった投げから絞めへのコンボの良いテストになったわ」

先程の戦いでサブイネンにダメージは無かった。
だが、この戦いが思わぬアクシデントを呼ぶ事になる。
今回のタイバンで賭けたのは演奏順。見事にトリを飾る権利を得たサブイネンは・・・。

「おいサブイネン!本番やぞ!!何をフラフラしとんねん!」
「あー・・・、うん。きょうやったわじかん・・・いそがしくてわすれてたわ・・・」
「サブイネーン!お前アレなんか!?もしかして流行りの睡眠病とかいうアレなんか?」
「しんぱいすんなすぐおわらせてもどるから・・・ごびょうぐらいね・・・る」

大スターのサブイネンは格闘、バンド、オカンの世話でスケジュールパンパンだったので
無色の夢が指定した日時をナチュラルに忘れてしまっていた。
ライブ中にふらつき倒れるサブイネンの映像は即座にニュースになり、
彼がこの後起き上がるか否かに関わらず大ニュースになるだろう。

「サブー!お前何しとんねーん!!」

(予選を突破したら)本編に続く

4ヤヅカズヤ:2016/01/27(水) 22:32:42
『矢塚白夜簡略キャラ説』

■▼■▼■▼■▼■

あー、他の参加者のプロフィールに関する情報を断片的に入手したんだが
どうやらキャラ説明って奴は他の奴らはもっとざっくりシンプルにやってるみたいだな。
いやー、なんや俺だけ一人で張り切り過ぎちゃって恥ずかしいな…いやホンママジで…

だが、だからといっていつまでも落ち込んでてもしゃーなしだし
既に手遅れかもしれんがパパっと手っ取り早く白夜の事について知れる
簡略版の説明でも書いてやろうって寸法よ!オッカムの剃刀!!
じゃあこっからね!

―――――――――――――――

『矢塚 白夜(やづか はくや)』
28歳、男性、167cm!
炎を操る魔人でいつもガスマスク被ってて素顔は美形。

普段はおとなしめだけどパイロマニアだから炎を見てるとテンションが滅茶苦茶になるし
炎をあまり長い間見てないと逆に炎見たくて仕方なくなって放火したくなったりする。

兄と妹がいて、すごいシスコン
眠ったまま起きなくなった妹を助ける為に無色の夢を見て夢の戦いに参加するぞ!
あ、そういえばこれプロローグで描写してなかった!スマン!!


お、白夜については結構短く纏まったんじゃないか?
前の奴はこの後に妹と俺について書いてたけど、今回は先に魔人能力の説明しとくぞ
そっちのほうが纏まってて解かりやすいだろうしな!


『因辺留濃(いんへるの)』

体力を消耗して炎を操る能力
有効射程距離はだいたい10mまでで離れれば離れるほど体力の消耗が激しくなる

具体的にどう操るかというと
概ね炎を思い通りに動かすみたいな感じだ。
あと炎を消えないようにしたり、炎の熱を失わせる事もできるぞ。


なんだ、こんだけで充分だったんじゃないか、あの長ったらしい説明文はなんだったんだ?
よしじゃあ次は妹と俺についてざっくりまとめてくぞオラァ!!


妹、愛頽千夜(めでちよ)
20歳、女性、178cm
開業医のダンナと5人の子持ち主婦兼イマイチ売れてない作家
いつもニコニコしてて楽天的に見えて意外としたたかでお金好き。

魔人能力は『シェヘラザード』あれ?もしかして前の説明のとき能力名忘れてた?
他人に話をするときに、相手をその話に魅入らせる能力
魅入っている間は相手は千夜に対して話を妨害するような行動ができなくなるぞ!気をつけろ!


よし、出来たぞ!
そもそも千夜は戦いに直接関係ないから説明自体いらなかった気がするがまあいい
次はいよいよ本命である俺だな!!


兄、矢塚一夜(やづかいちや)
俺だよ、イチヤだよ。
戸籍は30、見た目は20、176cm

『♪TIME』という『[時間と空間を操る能力]を作り出す能力(厳密には違うけど)』を持ってて
それを夢を操る魔人とコラボしてアレコレして無色の夢及び夢の戦いの世界に時空をこじ開けて突入したけど
なんか無色の夢なんだけど他のやつとはマッチングとかされない夢と夢の狭間に閉じ込められて
自分の能力で『夢の掌握』という『夢の狭間に自分専用のマイルームを作り出して増築させる能力』を作って
夢の戦いが文章によって描写されそれの評価でなんか戦いが有利になったりすることを知って
それで現世だったり夢の戦いだったりを観察する設備とそれらを描写する設備を整えて
この4畳半からこうやって描写を行って、弟の白夜を有利にしようとしてる訳だぜ。

おお、必要な情報が詰め込まれてていい感じなんじゃないか?
千文字超えてるが、三人分の説明でこれなら大分いい感じだろ?

よし、じゃあ俺たちのプロフィールざっくり知りたければこれ読めば充分だからヨロシク!
時間が有り余ってたり俺たちの事を詳しく知りたい、俺たちのファンになったって奴は
先に作ったほうの無駄に気合の入ったプロフィールをじっくり見てくれれば良い。
そんな感じで頼むぞ!

■▲■▲■▲■▲■

5不束箍女:2016/01/29(金) 07:27:58
俺はプロローグの簡易版なんてヤワなことはしねえッ!するのはただの補完だ!予選落ちしそうなので後悔だけはしたくねえ!
(以下幕間SS)

不束者を取巻く人間関係①(交友関係)
友人等を中心に日常が展開する。

・登場人物
不束箍女…【似喰い/スネークイーター】
教師の松岡…高校教師。
トモエ…箍女の友人。
ユキ…箍女の友人。

(あらすじ)
不束箍女は神奈川県立ダンゲロス高校の一年生だ。ごく普通のお淑やかなお嬢様だったが、事故からビッチ(あばずれのこと)の肝臓を移植されて以来、ビッチに変化してしまった。
この物語では彼女の人間関係を中心に、変わったものと変わらないものを追っていく。
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 不束箍女。
 箍。タガと読む。
 漢字が読みにくい為、友人からは様々な呼び方をされる。
 中でも、基本的な呼び名はタガメッピだ。
 これは最も多くの友人が使用し、また最も古くから使われている名でもある。彼女の名前を覚えるのに最適な呼び方と言える。
 気に入った人は是非タガメッピしよう。
 その他にもメガピッピやピッコロさんなどよくわからない呼び方をされることもある。人の呼称などというものは往々にしてよくわからないものである。
 しかも初対面の人から何故か和田アキ子などとも呼ばれる。流石のタガメッピも和田アキ子扱いされるとキレる。

 和田アキ子こと不束箍女は昼前の四限目、現代文の授業を受けて過ごしていた。
 勉学に励む姿は見目麗しい姫君のようであり、妖艶な目線を放つ魔女のようでもある。
 壁際の席で、窓枠に肘をついてツマらなさそうにしている姿は、悩める純情乙女にも見える。
 実は全然勉学に励んでない、授業はマジで退屈だった。教師の話も半分くらい上の空だ。

 こういう時はスマホの占いアプリをして暇をやり過ごす。
 占いは好きで、特に恋占いに興味を示す。
 大親友のトモエとユキも占いを信じるタイプで、これは十代の特定の女子特有の反応と言っても良いかもしれない。
 今は星占いアプリ、星フォックス占いを起動している。
 占いによると『A型のあなたは目の前にオシャレな男性が現れ「フォックス僕だよ〜」と言いながら爆発するかも☆』だって。

 タガメッピは、寝た。
 事件はこの時起こった。

6不束箍女:2016/01/29(金) 07:29:24
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 飛翔するような浮遊感。天に昇る高揚感。
 嗚呼、これは夢か現か。
 ずっとこのままでいたい。

 目の前に人の映像が流れる。
 否、映像かと思ったそれは、確かな質感のある生きた人間である。

 夢を見ているのか。

 質感ある顔がこちらを向く。表情は茫乎として読み取ることは出来ない。
 男女の区別も付かない。
 人影の輪郭が明確になるに連れ、身体は縮んで行きーー

ーー筋骨逞しい黒人の姿となった。

「えっ」

「鳳凰龍聖拳ッ!」

 黒人が叫ぶと、ワンボックスカーにトランスフォームした。夢とは混沌とした出来事が当たり前のように起こるものだ。
 ワンボックスカーはこちらに激突した。

「ぎゃああーッ!!」
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「ちょっとタガメッピ、寝てたら教師の松岡に怒られちゃうよ。」

 いつの間にか眠っていたようだ。タガメッピは目を覚ました。
 起こしてくれたのは教師の松岡だった。松岡は本名を松岡ハピネスと言う。本当はアフリカーンス語教師だけどスワヒリ語話者の肝臓を移植されて以来、バイリンガルになってしまった。俗に言う天才という奴だ。

 とはいえ先程はとても夢とは思えない不思議な感覚の体験だった。これは恋のトキメキにも似ていた。タガメッピの心はいつの間にか黒人のアプローチにゆり動いてたの?
 タガメッピは思い込みの激しい性格だ。なので、現実のどこかに存在するトランスフォーマーさんが、タガメッピにお近づきになりたいが為、夢の中に現れたのではないかと疑念を抱いた。
 全国から魔人の集うダンゲロス。他人の夢の中に現れる能力者がいてもおかしくはない。

「トランスフォーマーさん、ワタシと付き合いたくて殺そうとするのね。純情かも。」

 でもさっきの夢では、いつまでたっても告白してくれなかったネ…サミシィョ…
 ハラハラと涙を流した。

「タガメっピどっか調子悪いの?」

「そっか、わかった。私が、トランスフォーマーなんだ…」

 突如タガメッピはすべての答えを得た。

「タガメっピ、マジ偉人なんだね。気分良くなるおまじないしてあげよっか?」

 優しすぎかも。松岡ハピネスはキリンさんと一緒に修行してた時期があって、現地で色んな恋のおまじないを身につけたらしい。そのおまじないの精度は高く、女子生徒からは親しみを込めてアフリカマンと呼ばれている程だ。

「エボラッ」

  松岡ハピネスは角笛でタガメッピを殴った。タガメッピは気絶した。

7不束箍女:2016/01/29(金) 07:30:47
 結局授業はほとんど居眠りした。
 いろいろあったけどお腹がすいたので、カフェテリアへ向かう。お昼ご飯はいつも友達のトモエとユキと教師の松岡と一緒に食べる。
 トモエはいつも手羽先を食し、ユキはミソカツ定食。教師の松岡はボルシチをよく食べてる。
 そして、タガメッピはやはりダンゲロス定食が一番好みだ。めはり寿司が二つも入ってるからね。めはり寿司というのは紀伊半島南部の熊野地方を中心に広く食べられている高菜の葉に包まれたおにぎりであり、その中身は白米や酢飯、しょうゆ味、カツオ味など様々な種類が存在している。また、めはりという名の由来については、目を見張るほど大きく口を開けて食べるためや目を見張るほど美味しいなど諸説ある。

 でも今日は皆でお蕎麦を壁に打ち付けていた。

「これお土産に持って帰るけん。」

「新そばぞ、うまかよ。」

「うわぁ〜〜おいしそぅ〜〜。」

 そんな風に雑談をする姿は恋愛に敏感な女子高生のありふれた日常そのものだ。
 タガメッピの友人、ユキとトモエは二人とも大親友。ユキはロングヘアの金髪がチャームポイント。タガメッピ以上に異性と遊ぶのが好きなアバズレだ。
 反対に、トモエは快活な体育会系タイプだが大の男嫌いだ。これは過去に男子に裏切られた経験からくるトラウマらしい。
 その男子、いい迷惑かも。

「そういやこの蕎麦粉はタクヤ君が挽いてくれたんだよ〜。」

 自慢するのはやはりユキだ。彼女の金髪は足元まで達している。これは男を一人惚れさせるたびに髪を1センチ伸ばすという信条に基づいており、タガメッピの目算ではユキの髪は160センチだ。

「それって新しい奴隷のこと?」

 逆に生粋の男嫌いであるトモエは男を見るなり喧嘩をふっかけることもしょっちゅうであり、敗北した男子は奴隷として支配されてしまう。今では元彼も奴隷の一匹だ。

「おおおおおおお」

 ユキの携帯が鳴った。

「その牛の鳴き声マジで着信音にピッタリかも。私も携帯に入れたいし〜。」

 トモエが羨ましがる。これがいつもの光景である。

「ウチの実家農家だから帰りに寄って帰るけえ。」

「マジで〜。ありがてェ〜。」

 トモエは破顔した。

「ところでさ〜アレ見た?超イケメンじゃない?」

 教師の松岡がカフェテリアの片隅に座る男性客を指差す。アレとは、男性客のことである。筋骨逞しい男で、おでんを食べている。中々の美丈夫だ。江戸時代ならかなりモテるだろう。

「あぁー。マジでゴリラ並みの握力ありそうだよねー。」

「独り身で主食はカップラーメンって感じの人だよね〜〜。」

「おおおおおおお」

「あっ忘れてた。」

 ユキは携帯に出ようとすると、美丈夫が近寄ってきた。

「君たち、ちょっと良いかな。私はヤンキーだ。この辺でたむろしている。」

 なんと男性客はヤンキーさんだった。確かに言われてみれば荒事に相応しい荒々しい風貌をしている。

「ヤンキーとは縄張り内で好き勝手する不届きな輩を懲らしめたり、滞納者に罰を与える職業なんだ。君たちからみかじめ料を徴収したい。」

 タガメッピ達はヤンキーに絡まれたのだ。見方を変えれば男子にナンパされてるということである。でも、男に貢ぐのなんて嫌。好きな物は自分の力で手に入れないと。

「もっしー?今カフェテリア的な?」

 ユキはヤンキーを無視して電話に出ていた。これにはヤンキーも気分を害したようだった。

「よろしい、懲らしめないと。」

 ヤンキーさんは嬉しそうにサーベルを抜いた。これってバトル展開ってやつ?
 この時タガメッピはオバァちゃんの言葉を思い出していた。
 戦わずして勝つ。それが不束の流儀である。平和主義者のタガメッピは機転と仕込みを巧みに利用し、戦闘行為に至る前に話し合いで決着をつける事を潔しとしていた。

「鳳凰流星拳ッッ!」

 先手必勝。
 これこそ一つの極致と言えよう。
 問答無用こそが最強の話し合いだ。
 鳳凰流星拳、簡単に言えば車(ワンボックスカー)の幻を身に纏い、邪魔者をぶっ飛ばす技だ。
 タガメッピの『似喰い/スネークイーター』は自らの記憶を虚像(オブジェクト)化する。
 今のは先程の夢で見たワンボックスカーを映像化したのである。
 ヤンキーはぶっ飛ばされてカフェテリアの食器返却口に突っ込んだ。

「ちょっと、食器以外のモノは返却せんといてや。」

 カフェテリアのおばちゃんに怒られちゃった

8不束箍女:2016/01/29(金) 07:31:19
❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎
「タガメッピって変わったよね。カッコ良くなった。」

 帰り道、タガメッピ達四人は仲良く談笑していた。いつもの光景だ。

「特別な人でも出来たんじゃないの〜?」

 教師の松岡が詮索を入れてくる。

「そんなんじゃないよ〜。ていうか松岡は仕事しなくて大丈夫なのかな。」

「あっヤバイ、校長に叱られる。」

「タガメッピ、小倉丸先輩とは仲直りできた?」

「タガメッピは計画を練ってるんだよね〜〜。」

「だからそんなんじゃないってば〜。」

 結局のところ親しい友人の中では誰もが普通の女の子なのだ。
(了)

9ぶらぼぅ(噴流 煙):2016/01/29(金) 16:05:17
噴流 煙についての補足SSを書かさせていただきます。


 * * * * * * * * * 


 魔人噴流 煙は、ニコチン中毒魔人である。とにかく、何時如何なるときも煙草を咥えていないと、その時間を正気のまま過ごせない。

 たとえ、それが彼の通う高校の中でも例外ではない。
噴流 煙は希望崎学園に通う一男子生徒である。学年は2年生。帰宅部。
「友」といえる人間は未だつくれていないが、それなりの交流を持ちそれなりの学園生活を楽しんでいる。

 噴流は、入学する前に学園側に1つ嘘をついた。それは、彼の能力『らき☆すと』が、「常時喫煙を行っていなければ周囲の人間に猛毒ヘドロを振りまいて自身が死ぬ」という制約を持つ代物だということ。
こうすることで、噴流はたとえ授業中だろうが昼休み中だろうが校長先生のお話中であろうが常に喫煙を許されることになった。

 だからといって噴流は、他の生徒や教員たちに迷惑をかけるような喫煙は決してしなかった。
自身が1人だけになれる昼休みや放課後、プライベート以外は専ら電子タバコを用いることで周囲の人間の健康への配慮を怠らない。
自分が消費した煙草の吸い殻は全て、ベルトで腰に巻き付けることができるポット型携帯灰皿に入れて自宅に持ち帰るようにしている。

 彼はニコチン中毒のどうしようもない魔人だが、自他共に対する喫煙による弊害は許さなかった。そして――――

10ぶらぼぅ(噴流 煙):2016/01/29(金) 16:06:33
 * * * * * * * * * 


 ――――噴流にとって煙草と喫煙は、「人生を彩ってくれる趣味」である。




 タバコを吸いながら迎える朝は最高だ。朝明けの神々しさとタバコの刺激が心身を奮わせてくれる。

 タバコを吸いながら食べる朝食は最高だ。タバコを吸いながら行く通学路は最高だ。

 タバコを吸いながら受ける授業は、元々勉学が苦手な自分でもやりがいがあるように思えてしまう。
タバコを吸いながらやる体育は少しキツいが楽しいもんだ。

 タバコを吸いながら食べる弁当は最高だ。学園の噴水広場がいつもの休憩場所。
タバコを吸いながら見る他の生徒の食事風景は最高だ。カップルが一緒に弁当を食べているのを見ると、思わず茶々を入れてしまう。

 タバコを吸いながら見る屋上からの放課後の学園の風景は最高だ。色んな生徒が部活に励んだり、友人と話しながら帰ったりする平和な時間を楽しめる。
夕日を浴びながら吸うタバコも格別だ。

 タバコを吸いながら行く帰路は最高だ。タバコを吸いながら食べる夕飯は最高だ。
特にラーメンがタバコと合うんだな。タバコ吸って飯食いながら見るテレビや漫画も乙なモンだ。

 タバコを吸いながらやるタバコ作りは最高だ。
自分の煙草を嗜む舌が如何に肥えているかっていうのを、買ってくれた人間に楽しませる形でわかることができる。
それを想像すれば作業が捗るってもんだ。

 水タバコを吸いながら入る風呂は最高だ。風呂上がりの一服も最高だ。

 タバコを吸いながら飲む寝る前のホットミルクは最高だ。
ヤニの刺激がミルクでマイルドになり、体の芯までふやかしてくれる。

 タバコの火がちゃんと消えているか確認してから、寝る。
夢の中でも吸えるよう、タバコを一本咥えてから眠る。

 明日とタバコを一緒に楽しむ。そんな未来を、また待つ。

11ぶらぼぅ(噴流 煙):2016/01/29(金) 16:06:59
 * * * * * * * * * 


――――オレが見る夢は、専ら現実の暮らし、特に学園でのソレそのものだ。


現在のオレの生活の大部分が、一学生としてのものだからかな。将来次第では内容もまた変わるのかな。


どちらにせよ、悪い夢じゃねえ。見るモノは現実とそう変わんないけど、それでいいんだ。


楽しいからな。学園の色んな奴らがダチや恋人同士と楽しく、笑い合っているとこをタバコをふかしながら眺める。最高だぜ。


夢ん中じゃあ、それがタバコの煙に乗りながら見えるのさ。ファンタスティックだぜ。


タバコはやっぱいいな。


悲しい時も、むなしい時も、辛い時も、絶対に心を折れないようにしてくれる。ちょうどいい能天気にさせてくれる。


楽しい時をさらに楽しく感じさせてくれる。他人と世間を見る目を変えてくれる。時間の流れを穏やかにしてくれる。


現実を明るいモノにしてくれるんだ。身体を害して寿命を縮めてる場合じゃねえし、迷惑をかけるモンでもねえ。オレのような人間の人生を、カラフルにさせてくれるんだ。




――――だから生き残んなきゃダメなんだよ。ま、死なない程度になやられるのもアリちゃあアリなんだけどな。


特別な夢を見たいヤツがいるなら手を貸すのもいい。俺なんかが役立つかどうかわかんねぇけど。


どっちにしろ、悪夢に唸らされながれてでも帰らせてもらうぜ。

12対馬堂穂波:2016/01/30(土) 17:59:39

対馬堂理玖は、夢を見る。
姉から奪った瑞夢(あくむ)ではなく、姉、穂波の夢の戦いを。


----


雲一つない快晴。
燦々たる陽光が、地平線までをくっきりと描き出す。
上下にはっきりと分かたれた、空の青と、地面の茶。
熱混じりの砂が、肌を叩くように吹き付ける。
日差しは地獄のように熱く、地面の砂もその熱を蓄え、炙り返す。

広漠な熱砂の空間。これは、現実の風景ではなく。


夢だ。二人の人間が、同時に見る夢の風景。
二人は相争う運命にある。


“夢の戦い”。
世界各地で昏睡事件として周知されつつある事件の真実。
“無色の夢”を見た者同士が相争い、勝敗に応じた夢を見続ける。


ここはその戦場。
戦場の名は、そして対戦する二人の名は。



----


幕間戦闘SS『夢はきっといつかの』


----

13対馬堂穂波:2016/01/30(土) 18:00:23



日差し降り注ぐ砂地には、一人の少女が佇んでいる。

黒い長髪をゆったりと結んだ、ゴシックドレスの少女。
過酷な環境には場違いなその出で立ちの少女こそが、夢の戦いの参加者の一人。
名を対馬堂穂波(ついまどう ほなみ)。

黒いロング・スカートは、この環境では熱を蓄えるのだろう。
涼しげな顔の少女の額にも、一筋の汗が伝う。
少女は少しばかり、苛立たしげに顔を歪める。手を翳し、額を拭った。


“無色の夢”が、対馬堂穂波に告げた、夢の戦いの場所。


――それが『蟻地獄』と言われた時は、どういうものかと思ったが。

熱射降り注ぐ、一面の砂漠に、巨大なすり鉢上のコロシアムが抉り作られている。

彼女の立つ位置はさしずめ、地獄の最外郭。
周縁から眼下を見下ろす。
角度のついて、日の差し込まぬ蟻地獄の中心は、視認することもままならない。

砂は徐々に中心に呑まれ、いずれは戦場全体が砂に沈むという。
実質的に制限時間があるということだ。

それまでに敵を殺すか、屈服させるか。すり鉢の外まではじき出すか、砂に沈めてしまうか。


これから踏み出すは、夢への一歩であり、地獄への片道切符。



それを彼女は、躊躇なく踏み出した。

流砂に乗るかのように、悠然とした所作ですり鉢を下っていく。

何歩か進み、日陰が生じたところで、その場に膝を折り、ゆっくりと腰を落とす。
スカートが地面を覆うように広がった。


「――解放(オープン)。では何某かの、お手並みを拝見いたしましょう」

対馬堂穂波は独り言つと、自らのスカートの下に手を伸ばした。
ぬっと、黒い棒が伸びる。

巨大なスコープに、長い銃身。
黒鉄が鈍く影色を湛える、大きなスナイパー・ライフル。

慣れた手つきでスカートから取り出す。それを抱えたまま、砂地にうつ伏せる。
瀟洒なデザインの洋服は、砂塗れに。


「服が汚れてしまって……汚れに見合うだけの価値が、あればいいのですけど」

口ではそう呟くものの、実際には行動を厭う様子はない。


彼女の能力、『スカートの中の戦争』は、スカートの中に古今東西の兵器武器を招来する。

そのような能力に目覚める以上、対馬堂穂波は、兵器に対し人並み以上の興味があるし、
普通に生活している限り、兵器を大手を振って扱う機会など来ない。
そして夢の戦いならば、殺しも夢の中の出来事である。
現実の罪を負うことはない。


――これはチャンスなのだ。

夢の戦いの報酬だけではない。
日頃、兵器をぶつけるべき場所に満足に揮えない、自分のフラストレーションを解消する機会。


身を伏せ、スコープに片目を覗きこませた対馬堂は、独り、薄く笑った。


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14対馬堂穂波:2016/01/30(土) 18:02:08



銃声が鳴った。
その少女がそれに気づいた時には、既に弾丸は到達していた。


「……つっ。狙撃かよ。どっちだ?」
タンクトップにホットパンツの、日焼けした少女は、音の方向に耳をそばだてた。
無骨なグローブを両手に嵌め、スコップを武器のように携行するその少女こそ、
夢の戦いのもう一人の参加者。平霧無綴(ひらぎり むすぺる)。


狙撃されたと嘯く彼女は、銃弾を受けた様子はなく。凶弾は、砂上にことりと転がった。


再び銃声。二撃目の狙撃。

「……つっ!そっちか!」

銃声から敵に目星をつけ、彼女は駆け出した。
砂に足を取られ、満足に動けぬはずのその地面を、苦にもせず駆け回る。
過たず、彼女に真っ直ぐ届くはずの銃弾は、やはり再び動きを止めた。
しばらく後に、砂へと自由落下していく。


平霧は砂上を駆け続け、敵の影を捉える。断続した狙撃は非常に正確だ。
接近の折にも、何度も撃たれた。
能力がなければ何度死んでいたのやら。


敵はゴシックドレスの少女。砂地にうつ伏せ、狙撃銃を構えていた。
年齢は、平霧と同じくらいだろうか?

「ご挨拶もなしに一方的たァ、いい性格してるじゃねえか姉ちゃん!」

平霧は叫び、名乗りを上げる。

「――オレは平霧無綴(ひらぎり むすぺる)!希望崎学園二年、雪合戦部部長!」

読者諸兄は御存知の通り、雪合戦部とは“新潟”探索を目的とした部活である。
いずれ来る突入の日に備え、日夜修練に励む集団の首魁が彼女、平霧無綴であり、彼女は雪合戦における、最強の盾である。
特に副部長の尼崎とは“冷静と情熱の間コンビ”の異名を取る名タッグだが、独りで巻き込まれた今となっては、
雪合戦においてほどに絶対強者ではなく、ただの一人の魔人ではある。


「妃芽薗学園、生徒会所属。対馬堂穂波と申します」
たおやかに腰を折り、少女は挨拶を返した。

「妃芽薗……ハッ、とんだお嬢様じゃねえか!そんな物騒なもん担いでないでよォ、寮に帰って姉妹(スール)とでも乳繰り合ってなァ!」
「そうしたいのはやまやまですけど――」

穂波は「解放(オープン)」と二の句を継ぐ。

スナイパーライフルが掻き消え、スカートの中からどさりと物の落ちる音。


「吼え猛る仔犬を躾てからでないと。煩わしくて困ってしまう」

足先で器用に蹴り上げ、それを拾い上げた。
スカートが大きくめくれあがり、白く艶やかな大腿が覗く。

取り出したるは、散弾銃。

「ヒラヒラめくりやがって……見かけよか、はしたねえ奴だなァ」
「それほどでも。先達にはまだまだ敵いませんし」
タンクトップ姿の少女を眺めながら、穂波は呆れたように応じる。

「オレの事言ってんのかテメッ……これは能力の……じゃねえ、もういいっ!」

平霧無綴はスコップを腰だめに構え、静止する。

「言っとくが、オレは戦いが好きなわけじゃねえ。痛い目見る前にさっさと――」


ドン、と鈍い爆音が響く。

銃声。
散弾が近距離からぶちまけられ、ジュッと焼けるような音が複数聞こえる。
対馬堂穂波のショットガンから、多数の子弾が放たれた。

しかし、その弾丸は全て、平霧の眼前でまったく停止して。
しばらくすると、地面にポトポト落ちていく。


「――っついな。話し聞く気、ねえみたいだなゴスアマァ……!」

「……焼き落とした?」
対馬堂は呟いた。熱による迎撃能力?それにしては妙な挙動をする。

「無駄だ、銃なんざ効くかっての……『帰化熱(ヒート・エンド)』!」

15対馬堂穂波:2016/01/30(土) 18:03:15
平霧はスコップを振りかざす。
その掘削刃は、じゅうじゅうと音を立て赤熱している。

再びショットガンをぶちかます。
平霧は地面を転がるように射線を回避。
数発がとらえたはずだが、それは全て焼けるような音とともに無力化される。

砂の斜面を転がりながら、平霧無綴は対馬堂穂波に肉薄していく。

対馬堂は距離を取ろうとしても、足を取られ満足には機動できない。

だが、平霧には問題ではない。
足場の悪い斜面は、過酷に吹雪く冬山に比べれば可愛いものだ。

「解放(オープン)!」
ショットガンが掻き消える。続いてスカートをめくり掴んだのは、フルオートの突撃小銃。

両手に構え、無数の銃弾が叩き込まれる。

じゅうじゅうとした音は、より激しく。
弾丸は相変わらず、平霧の身体には傷一つつけないものの、
彼女は不愉快そうに顔を歪め、スコップを地面に突き刺した。

「――さっきから、熱っちーんだよ!」

砂をすくい上げ、撒き散らす。即席の目潰しと煙幕。
対馬堂は仰け反り、尻もちをついた。

平霧はこれ幸いにと接近し、体制を立て直そうとする対馬堂に襲いかかる。


「――解放(オープン)」
スカートが翻り、雲霞のごとく白の群れが飛び出す。
それは大量の――鳩。

――古くは通信用途に用いられた、歴とした兵器の一種である。

その鳩が、スカートの下から大量にまろび出た。
ぶつかり合いながら羽撃き、あちこちに羽根散らし、不規則に飛び回る。

撹乱としては秀優なはずのそれも、平霧に近づくと全く動きを止める。

じゅうじゅうと音を立てなながら、辺りに肉の焼ける匂いが漂い出す。
鳩どもはボトボトとその場に落ちていく。
平霧はそれを踏み分け、なおも対馬堂への接近の手を緩めない。

「またびっくり手品か?次は何だ?」

平霧無綴が肉薄。
すでに手の届く距離。

対馬堂は無言でスカートを翻す。
飛び出すのは兵器ではなく、彼女の長く白い脚。
ロングスカート内から繰り出す、軌道予測困難の鋭い蹴り。

そしてインパクトの瞬間。
穂波は能力を解放(オープン)し、重厚な足甲を蹴りに纏う。

一瞬だけ展開する足鎧により、瞬間的に増した質量と硬度。
打撃の威力を突然積み増す、穂波の奇襲蹴撃。

彼女はこれを、“稲妻の脛当て(グリングリーブ)”と呼び愛好した。


しかし、その攻撃も。平霧の直前でピタリと止まる。
見えない壁にぶつかったとか、そういった風情ではない。
勢いを完全に殺されている。
遅れて、激しい熱が穂波の脚を襲う。


「……熱っ……!」

片足を上げた状態で一瞬静止した対馬堂穂波の隙を、平霧無綴は逃さない。
軸足に対し、スコップの金属柄が叩きこまれた。

穂波は砂を巻き上げながら、斜面を転がり落ちていく。



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16対馬堂穂波:2016/01/30(土) 18:04:33



「あー、暑っちい暑っちい。砂漠ってのは過酷だなァ」

平霧はタンクトップの胸元を掴んで、パタパタと扇ぐ。
「……流石に、全部マジでモコモコしまってたわけじゃねえよなァ。そいつが能力か」


対馬堂穂波は起き上がると、砂まみれのスカートを、手ではたく。

「……プッ」

砂を吐き出し、平霧を見上げる。

「ご名答。そういう貴方の能力は――」

わざわざ答えるのは、穂波自身も能力に確信を持ったからだ。話に乗せるため。
相手の99%の予想を100%にする代わりに、自分の80%の予想が90%にでもなれば儲け物だ。

「物体のスピードを。いえ、多分こういう言い方のほうが正確なのでしょう。
――“運動エネルギー”を、“熱エネルギー”に変える能力」


「ハッ!よく見てるお嬢様だ。だいたい正解だァ」

平霧無綴の魔人能力、『帰化熱(ヒート・エンド)』は、エントロピー増大能力。
自分とその体表近くの、力学的エネルギーを熱エネルギーに変換する。
銃撃の弾丸も、平霧無綴に近づいた瞬間に、自動的に運動エネルギーを0にしてしまえる。
無論、無尽蔵に弾丸を受け止められるわけではない。無尽蔵の運動エネルギーを変換すれば、同じだけの熱が至近に発生するためだ。
だからこそ、雪合戦――対雪球においては、最悪の防御能力たりえるのだが。


「――だいたい、な」

平霧はじゅうじゅうと音を立てるスコップを構えたまま、眼下の対馬堂へと跳びかかった。

この赤熱するヒート・スコップも、能力応用の一つである。
スコップをフルスイングする力をかけ続けた状態で、『帰化熱(ヒート・エンド)』を発動。
スコップを振り抜かせる運動エネルギーが全て熱エネルギーとなり、金属部に蓄積されるのだ。


飛び上がった平霧を、対馬堂は目で追う。
新たな武器を取り出し構え。


――見失う。


周囲を見渡すと、彼女の姿は見ていた場所のすぐ真下。
地表に既にあり。

「熱っちいー……!隙ありィ!」


対馬堂穂波へと突撃していた。


(見誤った……!)対馬堂は舌打ちする。


『帰化熱(ヒート・エンド)』が熱へと変換するのは、位置エネルギーもである。
平霧が空中で発動すれば、それは自身が加熱されることを制約とした、地表へのワープ能力のように機能する。


穂波が構えたのは、火炎放射器。
その空へ向いた射角を引き戻す前に、平霧に近づかれた。
スコップにかち上げられ、対馬堂は火炎放射器を手放す。

「解放(オープン)!」

追撃のスコップ斬撃を、鞭のようにしなる刃が絡め防いだ。

「火ってのはいい判断じゃねえの?たらたら遅くなきゃ、よ!」

平霧の攻撃の手は緩まない。
蛇腹剣を振りほどき、クローズ・レンジでの打撃戦に持ち込もうとする。

対馬堂は対して距離を取り、一歩一歩と下がっていく。
鞭剣の最大射程へと後退しながら応戦する。
刃同士が数度と交錯する。
蛇腹剣は白熱を受けてボロボロと崩れていくが、完全に破壊される前に、次から次へと新しい蛇腹剣がスカートから引き出される。

「万国旗かっての、曲芸女ァ!」

平霧無綴が叫ぶ。

『帰化熱(ヒート・エンド)』の濫用はない。
オートで効かせればよい防御運用に比較して、能動的に仕掛ける攻性運用には困難が伴う。
目まぐるしい攻防の中で、自分を巻き込まない形の巧妙な能力範囲で発動するのは、思考負荷が極めて大きいのだ。

17対馬堂穂波:2016/01/30(土) 18:05:33


だが、それでも。

――『帰化熱(ヒート・エンド)』。
穂波の鞭撃が、空中で静止した。
その隙を逃さず、腹部に拳打。
穂波の口から、苦悶の呻きが漏れる。

要所で使うことで、隙を産み出すことは十分できる。


――追撃。首を狙ったスコップの突き。

身を捩り穂波は紙一重でかわす。
ずれ込んだ一撃は肩口を大きく焼き削る。


「グッ……解放(オープン)!」
「させねえ!」

平霧は手首を手刀で打ち据える。次の武器を握らせない。
対馬堂の肩に刺さったスコップを引きぬく。
それを横薙ごうと一歩、踏み出した瞬間。


殻のようなものを踏み割った感覚。平霧は弾かれるように足元を見る。

「――蠍!」


――かつて、古代ローマ帝国では、蠍を詰め込んだ袋を投石機で飛ばし、敵陣の隊列を崩すために用いたと言われている。
つまりは、毒蠍はまごうことなく兵器である。
兵器であれば、対馬堂穂波が召喚できない道理はない。


地面を埋め尽くさん勢いで増産されていく蠍の群れ。
平霧は飛び退るように距離をとった。
数歩下がり、対馬堂穂波と、彼女の足元から湧き出る毒虫の群れを観察する。


蠍どもは、統率を持って平霧に襲いかかるわけでもない。
また、彼女の『帰化熱(ヒート・エンド)』の下では、蠍も一歩たりとも動けはしない。

だが、砂面を黒く染め上げ蠢く、その数が問題だった。

これだけ足場を奪われては、踏み出すのに何匹も踏み砕くことになるだろう。
その際に、自分から毒針を踏んでしまうことは、無視できる可能性ではないのだ。

方針を変え、この夥しい蟲どもを、弾丸として逆用するか。
スコップで掬い上げては、対馬堂に叩きつけていく。
雪合戦で鳴らした飛ばしの技術があれば狙いは正確。
あわよくば毒針でも直撃させられるやもしれない。



――ここまでの彼女の思考判断は、決して長いものではなかったが。

――それでも遅すぎた。夢の戦いはここに決した。

18対馬堂穂波:2016/01/30(土) 18:06:34

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「――感謝しないと。ようやく、私よりも下に立ってくれて」

穂波は勝ち誇るように、スカートの裾をつまみ上げてお辞儀。

「解放(オープン)。――貴方が私より下に来れば、その時点で私の勝ち」


蠍の群れが、一斉に消失した。



――どういう意味だ?

そう訊き返そうとしたが、声にはならなかった。



「ガエッ……!ガフッ!クフッ!ガ……ア……」

平霧は声にもならない、呻きを漏らす。


対馬堂穂波が解放(オープン)した兵器は、神経ガス。
彼女の能力は、スカートの中に兵器を産み出す。
取り出した際には、本来そこにある、周囲の空気は押し出される。
無限に神経ガスを生み出し続けるならば、無限に神経ガスを押し出し続ける。

一瞬にして急速蔓延した神経ガスが、呼吸困難に陥らせ、さらには、全身の筋神経を麻痺しきらせる。
無論、それは平霧のみに起こるわけがない。

「コ……カッ……」

対馬堂穂波も既に膝を折り、悶絶するように砂面に倒れこんでいる。


二人の少女は、もはや全身を動かせない。


これでは千日手――ではない。


蟻地獄は、徐々に中心へと獲物を滑り落ちさせる。
当然、飲み込まれればエリア・オーバー扱いだ。

どちらの蟻が、先に中心へと呑まれるか。立ち位置からして、それは明白だった。

動かぬ少女二人が、じりじりと砂に沈んでいく。
蟻地獄の戦闘は、既に決している。

砂の流れる音と、苦痛に咽ぶ少女らの呼吸だけが、すり鉢の戦場に幽かに響いていた。



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対馬堂理玖は、夢を見る。
姉から奪った瑞夢(あくむ)ではなく、姉、穂波の夢の戦いを。

思い返し、糧にするのだ。彼女には経験も素養も足りない。

――穂波(お姉ちゃん)の技を全部盗んで、穂波(あたし)になる。

対馬堂穂波は、密かに独り、決意した。


幕間戦闘SS『夢はきっといつかの』 終

19不束箍女:2016/01/30(土) 22:13:24
不束者を取巻く人間関係②(親子関係)
 不束箍女の両親を中心に展開する。
 
・登場人物
不束箍女…『似喰い/スネークイーター』
不束小浜…箍女の父親。
不束炎…箍女の祖母。

(あらすじ)
 不束箍女はごく普通の良家のお嬢様だったが、事故からビッチの肝臓を移植され人格がビッチに変貌した。以来、親との仲にも明確な変化の兆しが現れ…
❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎
 タガが外れた。
 タガとは何か。現代では馴染みが薄いかもしれない。桶の周りにぐるりと纏わりつく輪のことと形容すればピンとくる者もいるだろうか。
 元来ただの板の集まりに過ぎない桶を、容器足らしめているのがタガに他ならない。外側からの締め付けによって形を維持する力は秩序そのものだ。タガを嵌めることで初めて桶は完成する。
 そのタガが外れてしまっては纏まりがつかない。
 有り体に言ってしまえば、理性の箍が外れた。

 アスファルトの道路と無粋な電柱の只中にあるのは、古風な建築である。周囲を塀が囲み、門に入ればまばらに立つ木々に砂利の敷かれた無骨な庭が見える。所々に置かれているのは枯山水を意識した岩だろうか。片隅には申し訳程度に芝が生えている。
 荒涼とした印象のある建物だ。正面の石畳を進むと二階建ての屋敷が。
 木製の日本建築だが、窓枠に嵌め込まれているのは窓ガラス。明治大正の和洋折衷といった体だ。
 ここが不束箍女の実家だ。
 不束箍女は自室の片付けをしていた。
 以前は整然としていた部屋も、箍女が変わってから物が散乱するようになった。

 室内には随分と色んな物が無造作に置かれている。
 ネックレス、イヤリング、指輪、チェーン、宝石などのアクセサリー類やヘッドホン、ぬいぐるみ、カーディガンなど、今時の女子高生なら持っているであろう装飾品。
 古い人形やDVD、写真アルバム、日本刀、LSDなど、本来は奥に仕舞うであろう想い出の品々。
 ダルマ、額縁、マイク、自転車の空気入れや比較的新しい新聞紙など全く意味のない物まで。
 ありとあらゆる物がそこら中に散らかっている。現在の本人の性格を表しているようだ。締まりがなく、治めるべきものが治まっていない。中身が溢れ出している。

 この部屋の半分はごく最近手に入れた物だ。箍女は何かをする時、事前に情報を調べ上げ、仕込みを十分に行ってから挑むが、その際に対価としての報酬を求める性格である。
 例えば試験勉強するにしても、良い結果を得なければ意味がない。旅行するにしても、記念品を買わなければ実感が湧かない。要はそういう浅はかな物欲の延長線上である。
 箍女は戦利品の獲得に執心している。部屋の半分の品々は実際トロフィーである。
 もう半分は部屋の片隅に大事に仕舞っていた物をひっくり返したのである。

20不束箍女:2016/01/30(土) 22:15:11
「さて、何から片付けて行くべきか…」

 箍女は考え込む。このところ考えもなしに物を溜め込みすぎた。所有欲が強くなっている。
 ところで自宅での箍女は和装である。今は黒い小袖を着ている。

「タガメッピや、部屋の片付けをして居るのかえ。」

 箍女が悩んでいると、襖が開き奥から出てきたのは古墳時代の髪型をした老婆である。

「あっオバァちゃん!」

「ああ〜?」

 彼女は不束炎(フレイム)。会話をしていると一見ボケ老人のようだが、これは元々の性格である。

「ああああ〜タガメッピや。片付けとか奴隷〜?」

 炎(フレイム)オバァちゃんは愛情溢れる人柄で、戦術などをタガメッピに解き、一方で炎のように苛烈に己を律する大和撫子だ。以前は一歩離れた所から見ていたが、現在では一番の親友とも言える存在である。

「あっオバァちゃん!ワタシ部屋の片付けをしたいから手伝ってくれないかな。」

 実はタガメッピのオバァちゃんはお片付けの名手である。あまりに整理整頓が得意で、家内騒動や対警察などのゴタゴタなども粗方片付けてしまう。若い頃は地獄の掃除屋と呼ばれ、彼女の歩いた後にはぺんぺん草ひとつ生えないと恐れられていた。
 部屋の掃除をしたいタガメッピにとって、オバァちゃんの出現は渡りに船と言える。

「え〜?じゃあワシがお父さんに掃除をさせて良い〜?」

 オバァちゃんの提案はタガメッピにとっても実際魅力的だった。タガメッピにとって父親は厳格な存在だが、一方でそんな父のことを尊敬してもいた。そんな尊敬する父親が愚かにも自分の部屋の掃除をするという行為に被虐心と嗜虐心を同時に満たせると感じたのだ。タガメッピはビッチだった。
 そして、炎(フレイム)オバァちゃんは実は掃除などは奴隷身分の人間がする卑しい行為だと考えていたが、オバァちゃんは実はドMなので裕福な家柄出身である筈の自分がそんなはしたない行為をするという事実に激しい快感を覚えるのだ。そのため、若い頃から自宅や社会のゴミを掃除をする危険な任務を遂行してきたのだが、それが常態化した現在、厳格な息子が自分の代わりに孫の部屋ではしたない行いをするという事実に倒錯した笑みを禁じ得ないのだ。
 ここに二人の利害は一致した。

「じゃあワシがお父さん召喚するねああああ」

 言うや否や、炎(フレイム)オバァちゃんは懐から七輪を持ち出し、庭に出て魚を焼き始めた。
 すると、どうであろうか。魚は香ばしい香りを立て、煙を発した。そのまま煙は天高く昇ってゆく。
 魚が狼煙となったのか、20分もすると何処からともなく黒スーツの見知らぬ男が部屋にあがりこんできた。男はゴンドラを引いていた。

「ホラよババァ、所望の奴隷だ。」

 男はゴンドラに腕を突っ込むと、中から何かを引っ張り上げた。それは箍女の父親だった。
 これが、不束炎(フレイム)の『奴隷市場(ブラックマーケット)』。何処からともなく現れた悪人がゴンドラの中から知り合いを呼び出す召喚術タイプの魔人能力である。

「じゃあな。」

 黒スーツの男は帰ってしまった。

21不束箍女:2016/01/30(土) 22:15:55
「えっ何この状況?」

 箍女の父親は開口一番これである。彼の名は不束小浜(コフィン)。箍女より漢字の読みにくい名前なので自分の娘を名付ける時にもその読みの難解さに気づかなかった。渾名は勿論大統領である。ところでコフィンを日本語にすると棺桶となり、日本の棺桶は元来大きな桶の形状をしていたので、棺桶の娘の名前が箍なのは割と理に適ってると思う。
 タガメッピもまた、両親からは本名の箍女と呼ばれていることを悪しからず思っていた。それに可愛い。別に特別両親に愛着を持っている訳ではないが、両親が自信を持って変な名前で自身を呼ぶのが好きだった。

 気を取り直して小浜(コフィン)お父さんはタガメッピを見る。何故自分が呼ばれたのか。それは二人の決然とした表情を見れば明らかだろう。小浜(コフィン)お父さんもまた普段の厳格な態度に戻る。厳格。そう、小浜(コフィン)お父さんは酒造メーカーの社長をしているが、家長としての役目を果たそうとするあまり「今日は家でキリッとした表情で物書きとかしてた方が厳格な父親っぽいし。」という理由で有給を取得し、とりあえず自室で架空のリスを主人公にした森の話とかを書いていた次第である。そんなことをしている場合ではなかった。
 娘の決断を迫られた眼を見よ。アレは箱入り娘として育ててきたが、事故からビッチに変わってしまった。変わってしまった事自体は残念だが、娘は今必死に自己を確立しようとしているのだ。今もなんかそれに関係する話に違いないと父は思った。
 そして母の瞳を見よ。それはかつての掃除人時代の危うさを秘めた、尖った瞳である。箍女は母に良く似ている。
 ここは一つ、家長たる者の威厳を見せなければいけないとお父さんは思った。

「父上、実は折り入ってお願いしたい事があるの。」

 タガメッピは切り出した。

「…良いだろう。箍女、お前の好きにしなさい。」

 小浜(コフィン)お父さんは即答した。

「えっ!?いいの?」

「あ〜?〜?」

 驚く二人に対して、小浜(コフィン)お父さんは厳しい表情を崩さないまま話を続けた。

「私が今まで規律を以ってお前を縛ってきたのは観賞用に飾る為ではない。その方が安全だからだ。それでも、お前が自由な世界を渇望するのなら、私にお前を止める理由はない。」

 出来るだけ父親の威厳のありそうな言葉を選ぶ。娘が計っているのは恐らく自分を説得し、十代の若者としてもっと自由に青春を謳歌するのを許して欲しいとかであろうと父は考えた。なら、娘が取る策は何か?それは父との和解である。では、それに対して父が取るべき手立てとは?相手の出鼻を挫くことだ。

「本当に?本当にいいの父上?」

「ああ。ただし、全て自分の責任でやれ。」

 この時、小浜(コフィン)お父さんは初めて笑った。

「じゃあお父さん、部屋の掃除をお願いするね。」

「えっ!?十代の娘の部屋の掃除をしていいのか!?」

 突然の言葉に父は困惑したが、嬉々として受け入れた!父として娘の部屋の散らかりっぷりは見過ごせないと考えていたのだ!真面目な彼は、出来うるなら自分の整理整頓術を見せつけ、父の威厳を見せつけないと考えていた!そこに娘からのこの提案は棚からぼた餅である!父親は興奮のあまり着流しの袖を引きちぎり、三角巾にして頭に巻いた!

「見ておれ!父の勇姿を!ふおおおおお」

 父は部屋のゴミとかを袋に入れ始めた!

「ああああ〜父上がワタシの部屋を掃除してるわーッ!ああああ〜!」

「ああああ〜!魚野郎ッ!生意気なッ!」

 父親が娘の部屋を掃除するというはしたない事態に一同は興奮!父は娘に構わず要らなさそうな物品等をゴミ箱に捨てていく!

「ふおおおおお」

「ああああ〜!」

「ああああ〜!」

 父は想い出の物品等を別の袋に詰めていく!保存用に分けているのだ!

「ふおおおおお」

「貴方、何をなさってるのかしら…?」

 その時、襖が開いて外から入って来たのは箍女の母親だ!箍女の母親は無表情で夫を見つめていた。

「かっ母ああああああああああああーッさん!!」

「お母ああああああああああああーッさん!!」

「ああああ〜?」

 箍女の母親の顔は虚無そのものであったが、既に夫の顔面に膝蹴りを食らわせていた。

「娘の部屋を片付けるとは言語道断ッ!この軟弱者ッ!」

「うああああーッ!」

 父は一瞬で気絶した。流石に今の攻撃は見えなかった。母親は強い。そう思ったタガメッピだった。

22サブイネン幕間SS:2016/02/05(金) 14:02:02
【サブイネン幕間SS・テレビ番組オモロの時間より】


『対馬堂 穂波さんからの質問』

「サブイネンさんはブログでSSランクの魔人と書いていますが、
それって具体的にどれぐらい凄いんですか?」



「・・・って質問が来たんだけど」
「対馬堂ちゃん?ああ、ツマランナーみたいな格好でライブ来てた子やね」
「多分そう。ファンの為にも質問に答えてやってよ」
「せやけどスズハラさんが勝手に言うとるだけやからな。ワイにはサッパリやわ」
「うーん」

ジャーン

「はっ、このベースの音は!」
「リーダー!」

ジャカジャカジャカ

「番組後半の質問コーナー  サブイネン答えなきゃアカンネン〜
自分だけで答えられないなら〜 知ってる人に聞けばイインヤネン〜」

ジャーン!

オモロナイトファイブがメイン司会を務める30分番組『オモロの時間』。
番組後半の質問コーナーはいつも大体こんな感じで始まる。
そしていつも通りに画面が切り替えられるとサブイネンがマイクを持って外に立っていた。

「はい、つーわけでワイは今スズハラ東京本社に来ています。
スズハラ社ってのは魔人の研究をして魔人用の商品を作ったり魔人の能力の強さを
計測したりしとる会社なんやって!」

モロチン、スズハラ機関のやっている事業はもっと奥深いものであるのだが、
これは一般向けバラエティ番組。故にここでは『スズハラ社』として社会に提供している
情報のみを紹介するに止まった。
サブイネンが本社(とされているダミー会社)の前に立つと入口から広報担当の人が出て来た。

「お待たせしました。サブイネン様ですね広報担当のヒロサキサキヒロです」
「せやで、何かアンタんとこで勝手にSSランクとか言われとるサブイネンさんやで。
今日はこのランクについて質問しにきたんやけど」
「ええ、番組時間も少ないですし手早く説明しましょう」
「一言多いな君ぃ!」

オモロの時間は深夜の30分バラエティ、ゴールデンタイムへの移行はこれからの視聴率しだいだ。

23サブイネン幕間SS:2016/02/05(金) 14:05:14
「えー、わが社は希望崎や魔人警察と提携して中二力テストや魔人事件等のデータを集計し、
知名度の高い魔人達を脅威度でSSからDまでのランクに分類したんですよ」
「ほほう。んで、ワイはそれの一番上のランクって訳やな」
「はい、現在SSランクはサブイネンさんの他に10名前後の魔人が登録されております。
これは『スズハラ社が選ぶ最強魔人ベスト10』と言っても良いでしょう」
「どんなんがおるんよ?」
「情報を漏らしてはいけない魔人がいたりするので全員は紹介できませんが・・・」

広報担当者ヒロサキは両手で大きな紙を広げる。そこには数人の顔と能力が書かれてあった。

「これがランクSSの魔人達か。おお、ワイも書かれとるやんけ」
「はい、テレビの前の皆さんに紹介できるのはここの四人です。順番に紹介していきますね」

ヒロサキは用紙左上の電撃を身に纏った男を指さす。

「一人目、《天魔雷霆》絶轟田爆也。電気を自在に操る魔人で潜伏中のテロリストです」
「うちのカミマクリンと同じ能力やね。あいつはエレキ一刀流の使い手やねん」
「カミマクリンさん等の様に電撃使いの魔人は多数いますが、彼はその最たる存在です。
最大容量と精密性が他の魔人とは桁が違う彼は電磁波を利用して数万の人の心を操り
信者にしていると言われています。また、大気中の電流の微量の変化から数カ月先の気候を読み
農作物関連の投資で巨万の富を得たという記録もあります。彼個人の戦闘力は未知数ですが、
配下の数と資金の話が本当ならそれだけで圧倒的脅威と言えるでしょう」
「一人目からおっそろしいなあ」

ヒロアキは指を右下に動かし、ブタみたいな男を指す。

「二人目、《凝脂万固》白戸ロル。希望崎迷宮地下70階から来た人間とホワイトトロールの混血です」
「ワーオ、インパクトあるぶっさいくなオッサンやなあ。こいつは何使うの?」
「彼は皮脂を毛穴から自在に出す事が出来ます。皮脂をこねて様々な形にした後に硬化させます」
「地下70階から来たモンスターの皮脂を固めた武器かあ、臭そうやけど強そうやないか」
「いえ、こいつは皮脂を自分に塗り付けた後に硬化させ美女に化けてたんですよ。
希望崎学園の伝説の焼きそばパン目当てで女子生徒にとして転入して来たこいつは
あらゆる男子にラッキースケベを行い仲間を増やしていました」
「あの学校の焼きそばパン狙う奴はこんなんばっかりかい!!」
「しかし、販売当日激戦の中で皮脂が剥がれ落ちオッサンの見た目に戻ってしまった彼は
ブタ箱行きになりました。まあ、次の日には脱獄したんですけどね。
警察は変態性に気を取られて地下70階に生息するホワイトハーフトロールの腕力の事を
すっかり忘れていたんんです。そんな訳でコイツも潜伏中です」
「一人目とは違う意味で恐ろしい奴やなあ」

用紙右上、見慣れたスキンヘッドを指さすヒロアキ。

「三人目《神仏交差》佐分山珍念。喧嘩が強い。以上」

右下の四人目へ指を動かそうとするヒロアキの頭をどつくサブイネン。

「ちゃんと説明せんかい!」
「ギャフン!えー失礼しました。サブイネンさんが三人目です。
前の二人と違って犯罪者では無いのでテレビの前の皆さんはご安心下さい。
サブイネンさんの能力は正確な体内時計と先読みで良かったんでしたっけ?」
「おう、後は長年の戦闘経験に聖属性の肉体やな」
「サブイネンさんはこれらの能力を複合して戦う事で相手の攻撃をすり抜けながら
一方的に攻撃を加え続ける事が出来る訳です。格闘においては現環境最強の一角と言えるでしょう」
「ワイは何時でも誰からの挑戦でも待っとるでー」

改めて右下の四人目を指すヒロアキ。今度はどつかれない。

「最後はこの人《偶像伝説》天川宗理。知る人ぞ知る伝説のアイドルです」
「知っとるわこの人。ワイらがやっとるタイバン、アレの元はアイドルなんやで。
オカンや楽器屋のラトン先生と並んでワイの尊敬する人の一人ですわ」
「はい、天川さんはまだアイドルが今の形じゃ無かった時代に伝説となった人です。
現在は指導者として多くの弟子をとっていまsが、高弟達は今もなお天川さんの
最強を信じて疑っていません。武芸もさることながら保有戦力や人間力も強大です」
「伝説のアイドルにして偉大な指導者・・・もし敵になったらワイでもヤバイかもやね」

ヒロアキは紙を元の様に折りたたむと番組の締めに入る。既に放送時間は残り一分、
画面下ではスタッフロールが始っている。

「スズハラ本社では魔人の皆様のランク測定を無料で行っております。
自分の相対的な強さの指標が欲しいと考えている方は是非いらしてください」
「対馬堂穂波ちゃん、ランクSSってのは大体こんな感じなんやで〜」

(完)

24piers:2016/02/07(日) 22:47:38
Sの眷属であるパラシトス「ネルヴィア」がもつ最初のエピソードです。
ネルヴィアは、中世のヨーロッパに出現し、人間世界を侵食しますが、とある教団に捕われ、
現代に至っては、ネルヴィアたちの多くは、その教団の子飼いの兵隊として、他のパラシトスからの侵食を防ぐべく戦っています。
今後、「マダマテ」関連とも絡んでいきます。
R-18です。

tp://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6391004

25ヤマノコ:2016/02/12(金) 00:00:03
北アメリカ大陸の原住民、ネイティブアメリカンのとある部族に残る古き伝承に聞く――
その日、地上から宙へと向かう目映い流れ星が青空を紅々と染めた。
その光を見た狼は声を潜め、熊は身を隠し、鷲は大地を這ったと云う。



■□□□□□□□

26ヤマノコ:2016/02/12(金) 00:10:44



■□□□□□□□



「YHAAAA! いいか、お前ら!
 ルール、単純! この枕、頭、当たる、アウト! 身体、セーフ! 存分に、戦う!」

埃臭い山小屋の空気を震わせ、全身が筋肉で膨張しきった禿頭の男、『マッスル』が叫んだ。
両手には頑丈な麻袋に目いっぱいの土を詰め込んだ総重量50kgの枕を一つずつ掴んでいる。

家具など壁際の本棚と椅子しか無く、後は採掘用ツルハシやシャベルが幾つか転がるだけの広間。
その中央には枕がうずたかく積まれ、今や遅しと持ち主の腕に掴まれるのを待ちわびていた。

「アア! オレハ イツデモ準備デキテルゼ!」

赤銅色に日焼けした腕をむき出しにし、胸毛が豪快に飛び出したボロ姿の『キャッスル』が応える。

「そろそろ俺も連敗を阻止せにゃならんからな」
「ギターばかり、鳴らす、青ビョウタン! おれの、パンチ、躱せる? 楽しみだ!」

豊かなドレッドヘアーを2m超の身体に乗せた『アイアン』が枕をひとつ掴み取り、
マッスルは歯を剥き出しにしてアイアンへ威嚇の笑みを向ける。

「WOOOO! お前、早く、枕、取れ!」
「僕は朝から穴掘りで疲れてるんだよ。読書の邪魔だからそっちでやっててくれ」

他の男達より二回りも小さな身体の『ハッスル』は一人、広間の端で椅子に腰かけ、
サラリとした金髪をかきあげて言う。仕方ないとマッスルは肩をすくめて広間中央に向き直った。

「じゃあ、いくぞ! この枕、落ちたら、スタートだ!」

言うが早いか、マッスルは片手の枕を豪快に放り投げた。三人の視線が宙に放られた枕へ集中する。

マッスルの一千年を生きた巨木を思わす太腿が脈動し、隆起した筋肉の溝が影を濃くする。
キャッスルの全身からは湯気が立ち昇り、肌は燃え盛る業火の如く赤々と灼ける。
アイアンは両手に収まる枕を握り締め、きつく結んだ口の端から緊張の吐息を溢した。

数瞬後、枕が地響きを立てて床に落ちる。

「Ouch!」

直後、アイアンの顔面に二つの枕がめり込み、敢えなく黒光りする巨躯が床に沈んだ。

「YHAAAA! 連敗、記録、更新だ!」
「スマネェナ、アイアン! オ前ハ組マセルト面倒ダカラ、サッサト倒スニ限ルンデナ!」

筋肉達磨と赤銅色の熱塊が開始の合図と同時にアイアンの顔面へ正確無比の投球を終えていたのだ。

「WOOOO! まだまだ、いくぞ!」

残る二人の男達は息つく暇も惜しむよう、次の行動に移っていた。

マッスルの腕には既に第二投目の弾が握られ、
自慢の筋肉を十全に活かした瞬発力による加速で次なる獲物、キャッスルへと放たれる。

「喰ラウカ!」

しかしキャッスルもまた肉体を鍛えぬいた古強者。
マッスルの動きを見切り、最小限のヘッドスリップで凶器の土饅頭をかわす。

「だが、まだ、だ!」

しかしその枕に続き、筋肉が躍動し襲い掛かっていた。
今回の枕投げは枕を相手の頭に当てさえすれば良いルールだ。
つまり予め相手を殴り倒してから顔面に枕を押し付ければ話は早い。

「おれの、パンチ、躱せるか? お前の、自慢の、レンガ、でも、粉々に、できる、
 おれの、この、筋肉! この、最強の、肉体! 破壊力、喰らえ!」

回避動作で迎撃体勢の不十分なキャッスルへ跳び掛かるマッスルが拳を突き出しながら叫んだ。
マッスルの『仲間との会話を瞬時に成立させる』能力が無ければ一語を発する猶予すらも無い、
その電撃的な速度の拳は赤銅色の漢の頬を確かに、したたかに打ちすえた。

27ヤマノコ:2016/02/12(金) 00:11:19

だが、直後に広間に響いたのはツルハシで分厚い鉄板を叩いたかのような重厚な金属音であった。

「馬鹿メ! 煉瓦職人ノ身体ガ自分ノ焼ク煉瓦ヨリ脆イトデモ思ッタカ!」

キャッスルの、『自分の身体を硬くする』能力である。

「YHAAAA! やる! 危ない、危ない」

拳を弾かれたマッスルがゴム鞠のように飛び跳ね、キャッスルの硬化した髪による強烈な頭突きを
回避した。マッスルの脳内を麻薬物質であるプロテインが迸る。彼は愉悦の笑みを浮かべていた。

震える空気。揺れる床。
カリフォルニアの山間に建つ丸太小屋は嵐を進むガレオン船よりも危険な戦場となっていた。
この天地を揺らす雷雲はいつ過ぎ去るか、果たして過ぎる時は訪れるのか――その時である。

「もう少し静かにやってくれ。さっきから汗やら埃やらが飛んできて読書の邪魔だ」

肌色と赤色の肉塊がぶつかり続ける、硬直状態となっていた戦場の空気をハッスルの声が裂いた。

「ARRRR! お前、ばかり、澄まして! これでも、喰らえ!」

しかしマッスルは昂ぶりを衰えさせるどころか一層燃え上がらせ、お前も加われと言わんばかりの
一投を壁際のすまし顔へ放った。だが、まるで予めそこへ枕が飛来すると知っていたかのように、
本を読む男は椅子の位置をわずかにずらしただけで凶弾を回避していた。

「相、変わらず、だな! だが、未来を、知って、いても!
 対処、できない、速さと、量の、攻撃、なら、どうだ!」

それでもマッスルは怯まず、広間中央の枕の山をむんずと掴むと一気に大量の枕を弾き飛ばし、
続けて枕の弾幕との波状攻撃を仕掛けるべく、土が剥き出しの床を強く踏みしめた。
枕の散弾も、マッスルの身構えた先も、狙うはハッスルである。

「はぁ……前にも話しただろう? 中国明代の思想家、王陽明はこう言った。
 『知りて行わざるは、ただこれ未だ知らざるなり』。知っているということは、だ。
 対処も可能だということなんだよ。マッスル」

冷静な言葉と共に弾幕のわずかな隙間を針穴に糸を通す精緻さで潜り、枕を躱したハッスルは、
その時、既に持っていた分厚い本をマッスルの顔面へと投じていた。

「WOW!」

鍛え抜かれたマッスルの肉体であれば本の一冊や二冊、顔面に受けたところで問題はない。
だが、本を投げたのは『未来を視る』能力を持つハッスルである。マッスルは彼を良く知っていた。
ハッスルが投げた以上、その本にはマッスルを打倒する何かがあると考えるべきである――と。

「オ前ノ相手ハ オレダロウガ!」

然してその一瞬の硬直、踏み込みの甘さを突いたキャッスルの両腕がマッスルの胴体を掴んでいた。
クラッチを組み、瞬時に硬化された紅蓮の鉄環はマッスルの剛力を持ってしてもびくともせず――

「今夜ハ オレノ夜ダッタナ!」

背後からマッスルを抱え上げたキャッスルの、美しいアーチを描くブリッジが――
華麗なるバックドロップが、マッスルの汗で光る頭を床に転がる枕へ深々と突き立てた。



■■□□□□□□

28ヤマノコ:2016/02/12(金) 00:20:52



■■□□□□□□



夜明けにほど近い時刻。
ツルハシやシャベルが転がるばかりの山小屋の広間で、その男は目覚めた。

男は無言で床に落ちている手ぬぐいを掴みあげると、顔をぬぐった。
懐かしいはずの、しかし未だ昨晩の出来事のように思い出す、四人が揃っていた最後の夜。
あれから15年の歳月が経った。
だが、あの日、身を裂かれる程に痛感した己の無力さを思う度に厳つい両肩を震わせている。

ドレッドヘアーを揺らす黒い巨漢、ヘヴィ・アイアンは手拭いを放り投げ、立ち上がった。
指先、腕、足、胸、腹、首と、全身の筋肉を蠢かせ、身体の調子を確認する。
15年――鍛え抜き、虐め抜いたヘヴィ・アイアンの肉体は主の意志に応え、沸き立っていた。

「フゥッ!」

人の領域を外れた強度、機動性をミッシリと筋肉に詰め込み、ヘヴィ・アイアンは身支度を始めた。

ジャマイカンの朝は早い。

顔を洗い、服を着替え、素早く準備を終えて玄関へ向かう。
玄関先で靴紐を確りと結わえると、靴箱の上に置かれた写真立てを数秒間凝視した。
金が掘れたら記念の写真を飾るぞ(注1)とキャッスルが作り、以来、空のままの写真立てである。

「行ってくるぜ。待っていろよ?」

山小屋の扉を開け、清冽な暁の空の下へ、ヘヴィ・アイアンは走り出した。
今日こそがヘヴィ・アイアンの15年の練磨を解き放つ一日目となるのだ。



■■■□□□□□

29ヤマノコ:2016/02/12(金) 00:30:28



■■■□□□□□



「マッソォォォーッ!(筋肉)」「ハッソォォォーッ!(ゴリ押し)」



上腕二頭筋を振るい、下腿三頭筋を弾ませ、男は獣道を走る。
伸びのあるバリトンボイスの掛け声が森の枝々を震わし、零れた朝露がキラリと朝日を弾く。

男はあの日から15年、早朝のランニングを欠かさずに行っていた。

「ランニング、いいぞ! ランニング、全ての、筋肉、通じる!」

共に金鉱脈を追った戦友、“真なる脳筋の賢帝”マッスルはかつてそう言った。
荒野で気ままにギターをかき鳴らしていた昔日。
毎朝、ランニング中のマッスルを見かけている内に、いつしか二人は声を掛け、意気投合していた。

やがて赤銅色の巨漢が加わり、威容が目立つ三人組に興味を惹かれた金髪の物書きが加わり、
ゴールドラッシュにざわめく田舎町に最高で最強のチームが出来上がっていた。

成程、確かにランニングは人との出会いにすら通じる、偉大なものなのかもしれない。



「ハッソォォォーッ!(ゴリ押し)」「キャッソォォォーッ!(砦)」



森を抜け、岩場へと差し掛かる。
もしこのまま走り続けていたならば、とヘヴィ・アイアンの脳裏に淡い色彩のイメージが浮かぶ。
空から筋肉の権化が降って湧かないだろうか。
大地を割って灼熱の似姿が登場しないだろうか。
振り返れば音もなく金髪の陽光が軽やかに駆けていないだろうか。

パァン――と、乾いた音が薄白い空に響いた。

両の頬を張り、表情を引き締めたヘヴィ・アイアンはランニングの速度を上げた。
あの日の夢を見て、心が弱くなったなどあってはならない。
足を捕られてなるものか。男には進むべき道があった。



■■■■□□□□

30ヤマノコ:2016/02/12(金) 00:40:34



■■■■□□□□



「キャッソォォォーッ!(砦)」「タッソォォォーッ!(悲劇と勝利)」



大胸筋を揺らし、大腿四頭筋を肥大させ、男は砂地を走る。
森を抜け、岩場を抜け、砂地になったこの辺りはもう湖畔である。

ヘヴィ・アイアンの前方には青く艶やかに凪いだ湖面が広がっている。
五年前のランニングコースでは、ここは迂回地点であった。
しかし今のヘヴィ・アイアンは足を止める事無く、むしろ加速させ、湖へと突き進む。

左足が湖面に触れる。その左足が沈むより早く右足が湖面を捉える。
右足が沈むよりも早く次の一歩を踏み出す。その次も、その次も、足を踏み出す。

スピードを極めたヘヴィ・アイアンの足は、今や水の上すらランニングコースと成していた。



■■■■■□□□

31ヤマノコ:2016/02/12(金) 00:50:31



■■■■■□□□



「タッソォォォーッ!(悲劇と勝利)」



僧帽筋が膨らみ、広背筋が引き絞られ、男は断崖を登る。



「マッソォォォーッ!(筋肉)」



高所を吹き荒ぶ突風が男の身体を攫おうと爪を突き立て、しかし強靭な筋肉に弾かれ霧散する。

一手、一足、一手、一足。
薄紙一枚程の突起を指先で掴み、重心を操り、姿勢を制御し、男の身体は垂壁を滑るように進む。

ロッククライミングは腕力がモノを言うと思われがちだが、その実、技に依るところが大きい。
この絶壁を登り切るには、全身の隅々まで神経を張り巡らし、繊細な身体操作をこなす必要がある。
10年前のヘヴィ・アイアンはこの長大なルートを踏破するに至らなかった。
ここがランニングコースの終着点であった。



「ハッソォォォーッ!(ゴリ押し)」



今のヘヴィ・アイアンは違う。
技を極めた一手、術を極めた一足。
掛け声と共に伸ばされる所作は淀みなく、着実に己の身体を高みへと運んでいった。



■■■■■■□□

32ヤマノコ:2016/02/12(金) 01:00:02



■■■■■■□□



「ハッソォォォーッ!(ゴリ押し)」「キャッソォォォーッ!(砦)」



大臀筋を締め、腹直筋を堅め、男は万年雪の積もる雪原を駆け上がる。
崖を越えた後はこの斜面を抜ければ山頂である。

ここまで来れば高度はかなりのものになり、目線の高さに巨大な雲が浮いている。
風が吹き付け、雪の表面を巻き上げると共に、頭上から分厚い雲が伸し掛かってくる。

ヘヴィ・アイアンは躊躇い無く、雲の中へ跳び込んだ。
視界がホワイトアウトし、天も地も見えない、現実とも夢ともつかない世界を男は駆けた。

――あの日の夜、差し出せなかった己の足を、もう一歩を踏み出すために。



■■■■■■■□

33ヤマノコ:2016/02/12(金) 01:10:29



■■■■■■■□



――枕投げの激闘が幕を閉じた後。
皆でキャッスル謹製の暖炉を囲み夕食を取った。
アイアンがギターを鳴らしマッスルが朗らかに祖国の歌を唄った。
賑やかな食事を済ませると、いつも通りハッスルが教鞭を執る語学の授業が始まった。
金を追ってこの地に集ったマッスルとキャッスル、彼らと流暢に、存分に語り合えるのも、
ゆくゆくは世界に名を轟かす大文筆家になると豪語するハッスルの教養の賜物であった。

やがて、暖炉の薪も燃えさしばかりとなった。
薄暗い山小屋で、四人は思い思いにボロ布をかぶり、一日の終りを迎えた。

その後――どれだけの時間が経ったか。
アイアンはふと目を覚ました。
深夜の山小屋に灯りは無く、視界は右から左まで墨を塗ったように黒一色に染まっている。
妙な時間に起きたものだと、アイアンは寝返りを打って再び目を閉じた。

「アイアン?」

不意に、アイアンの横合いから静かな声が聞こえた。

「もしかして、起きているかい?」
「ハッスルか。どうした?」

夜の帳に包まれた闇の中、しばし二人の男の声だけが行き交った。

「少し、いいかな? 重要な話をしたいんだ。君にとっても、僕にとっても」
「なんだ? 勿体ぶって」
「ああ……実は、さ。視えたんだ。君を一人残して、僕達が死ぬ未来が」
「……冗談だろう? どうやったらお前や、キャッスルやマッスルが死ぬってんだ?」
「くだらない話さ。大きな金の鉱脈が見つかる。所有権を巡って争いが起こる」
「そんなもの関わらなきゃいいだろう」
「まあ、そうだね」
「いつもお前のお陰でそんな馬鹿話は避けられたじゃないか」
「だが、今回はそうもいかないんだ」
「何が違うって言うんだ?」
「キャッスルの奥さんはこの辺の土地に『元々住んでいた人々』だ。『僕ら』が来る前からの」
「……まさか」
「僕達が命懸けで止めなければ、金鉱脈目当ての奴らが彼らを皆殺しにする。奥さんも含めて」
「馬鹿な!」
「ああ、馬鹿な話だ」
「逃げられ……ないんだろうな。お前がそう言うって事は」
「ああ」

沈黙が続いた。アイアンは無言で身を起こした。
気配を頼りにハッスルへにじり寄ると、自分の手と比べてあまりに小さなその肩を掴んだ。

「俺はお前や、マッスルや、キャッスルより余程弱いかもしれん。だが――」
「皆まで言わなくていいさ。君はそういう男だ」
「……そうか」
「それに、君ならいずれ僕達よりも強くなれる。誰にも負けない、最強の男になれる」
「そんな未来が視えたのか?」
「いや、全く」
「HA! こんな時にジョークを言うなんて流石はハッスル様だな!」
「おいおい、君は僕を誰だと思っているんだ? 僕は未来の……未来の大文豪になる男だよ?」
「ああ。ああ、そうだな」
「たとえアーカーシャ(注2)の何処に記されていなくても、僕がそう一筆したためてやるさ」

男達は背中を合わせ、闇に向かい語り合った。

「――お前はそれで良いのか?」
「どうしてそんな事を聞くんだい?」
「お前は……大文豪になるんだろう?」
「そうさ。皆が仰け反る冒険譚を綴る男さ。だからだよ」
「だから?」
「キャッスルの口癖と同じさ。彼は言ってるだろう、『レンガ職人の身体はレンガより硬い』って」
「ああ」
「僕も人々を救う英雄を、救国の英雄をこの手で書くんだ。自分の手で創る子供達に負けられない」
「HAHA! それだけか! お前もやっぱり馬鹿な男だな!」
「キャッスルに出来て僕に出来ないなんて癪じゃないか。男の意地を見せてやるさ」
「俺も付き合うぞ」
「そうだね……そうだ。金鉱脈が見つかるのは三日後だ。覚えておいてくれ。今夜はもう寝よう」
「三日後……か」
「黙っていようかとも思っていたけれど……最期に話せて良かったよ」



■■■■■■■■

34ヤマノコ:2016/02/12(金) 01:20:07



■■■■■■■■



「タッソォォォーッ!(悲劇と勝利)」「ヨイショォォォーーーッ!」



ヘヴィ・アイアンは山頂に到達した。
槍の穂先のように切り立った一本の巨石が道標の、空に最も近い場所。
風に舞う粉雪が朝日に煌めき、白く棚引く雲海は地平の彼方まで伸びている。只々、壮大で美しい。

15年前のあの日、ヘヴィ・アイアンが目覚めた時には全てが終わっていた。
マッスル、キャッスル、ハッスルの三人はヘヴィ・アイアンを一人置いて死地へと向かったのだ。

ヘヴィ・アイアンは歯噛みした。
地団駄を踏んで悔やんだ。
何故、彼らは一人の男を置いていったのか。
その理由が痛い程に分かっていた。拳を岩に何度打ちつけても誤魔化せないくらい痛い程に。

ハッスルと知り合ったばかりの頃に、彼はヘヴィ・アイアンに言った。

「ジャマイカ生まれかい? たしか彼処は10年位前に黒人奴隷解放があったと思うけれど……
 現実はそう甘くないだろう? 音楽が趣味で、こうして国外旅行まで出来ているだなんて、
 君、実はかなり良い生まれじゃないか? 国に帰ったら、人を導く立場なんじゃないか?」

それは事実であった。ヘヴィ・アイアンは彼らとは生まれが違った。
黒人でありながら、白人社会で気ままに振る舞える地位を持って生まれていた。

自分の命を守る際には効果が発揮されない『何かを守る時に強くなる』能力を持つという事、
それはヘヴィ・アイアンが己の身を守る必要性を感じぬ環境で生まれ育ってきた証左であった。

マッスルも、キャッスルも、ハッスルも、根っからの風来坊であった。
己の命に掛かる責任の量がヘヴィ・アイアンとは決定的に違った。

たったそれだけの事で、男の覚悟は踏み躙られた。

実際、三人は正しい選択をしたとヘヴィ・アイアンも理解している。
この胸を焦がす辛さも、馬鹿な男の我儘に過ぎないと理解している。

それでも、人は損得勘定でのみ動く訳ではないのだ。

以来、ヘヴィ・アイアンは必死で肉体を鍛えた。
あの日、もしも自分にもっと力があったならば。
あの三人を超える程に力があったならば、違った未来を歩めたかもしれない。
悔しくて、悔しくて、男は走り続けた。

そして、走り続けた先にこの未来があった。

『よく来たな。ヘヴィ・アイアン』

山頂にはヘヴィ・アイアンの他に、もう一人の存在があった。
全身を見たこともない金属の鎧で覆い、奇妙な駆動音を鳴らす機械仕掛けの人間。
否、人間かどうかすら怪しいその存在は、『時の総督』と呼ばれていた。

『私を召喚した男よ。今一度、問う。覚悟は良いのだな』
「当然だ」
『私の力で時を駆けるという事は、平凡に生きる者では到底味わう事の無い、
 他の人間の千倍、万倍の労苦を身に刻み、煉獄の苦しみを覚える事となる。
 それでも、走り続けるというのか』
「何度でも応えよう。当然だ」

ヘヴィ・アイアンは天を突かんと伸びた巨石へ向き直った。
太古の巨木が化石となり、山の頂に残されたというものである。

男は腕に満身の力を込めた。
素手でありながら、巨大な斧を構えたが如き威圧感がその腕に充ちた。

「ARRRR!」

咆哮と共に、腕が振り抜かれる。
猛烈な速度で放たれた『手斧』は真空波を生み出し、巨石の胴を輪切りにした。

「今の俺ならば! 触れずともこの手を届かせる事が出来る!」

山の頂から切り離された巨石を軽々と片手に担ぎ、ヘヴィ・アイアンは叫んだ。
15年前のあの日の夜も、今の自分の力ならば――

35ヤマノコ:2016/02/12(金) 01:30:50



■■■■■■■■■



「やっぱり騙されてはくれないか」
「当たり前だ。何が三日後だ。お前の考えなんて分かっているぞ」

月明かりに照らされた森の中で、三人の男達と一人の男が対峙していた。

「お前、連れて、行けない! お前、分かって、いるだろう?」
「アア、ソレニオ前ノ実力ジャ オレ達ニツイテ来レナイ」

山小屋を抜け出そうとした三人を追い、アイアンは彼らの前に立ち塞がっていた。

「そう思うなら――」

どうあっても、自分を置いて行くと言うならば、

「俺がその勘違いを正してやろう!」

力づくでも我を通す。それが四人の流儀であるのだから。

アイアンは彼我の戦力差を理解していた。
真っ当に戦ったならば、自分が打ち負かされるという事は骨身に沁みて理解していた。

マッスルの会話能力はチームプレイにおける最強の能力だ。
キャッスルと連携して襲われれば対処など出来はしないだろう。
敵に銃口を向けられた状態で冷静な作戦会議を行える情報伝達の力は数々の窮地から四人を助けた。
そこに当人の尋常では無い身体能力が加われば手がつけられない。

キャッスルの硬化能力はシンプルでいてどうしようもない程に強力だ。
防御能力だなどと勘違いしてはならない。彼に掴まれたら最後、その指は逃走不可の枷になる。
凶器となる髪や体毛は勿論、肌が触れたら汗を硬化させるだけで接着剤のように何でも貼り付ける。
マッスル程の反射神経が無いならば、ほぼ、接触即決着に繋がる凶悪極まりない力だ。

ハッスルの未来視など、わざわざ言うに及ばない。問答無用の強者の能力である。

だが、アイアンは無策でこの場に臨んだ訳では無かった。

「WOOOO! そこまで、言うなら、見せて、もらおうか!」
「掛カッテキナ!」

奥に一人、離れて立つハッスル。

巨体を揺すり、マッスルとキャッスルがアイアンへ向かって一歩を踏み出した。
その瞬間、アイアンはキャッスルの懐へ跳び込んでいた。
そしてキャッスルに迎撃の姿勢を取らせるよりも早く、手に持った布袋を頭に叩き込んだ。

36ヤマノコ:2016/02/12(金) 01:42:23

「ッ!?」

キャッスルが押し殺した驚嘆の声を溢した。
驚くのも無理は無い。
まさかアイアンが既にその能力を発動して身体能力を強化しているとは思っていなかったのだ。
彼らが死ぬ未来を知った今ならば、彼らの為に、アイアンは超人的な力を発揮出来た。

キャッスルもマッスルも、アイアンより格上である自覚を持っていた。
だからこそ、アイアン以外の不測の事態にも対処出来るよう、余裕を持って構えていた。
それこそがアイアンの付け入る隙になった。

流石にキャッスルも無防備に攻撃を喰らってはいない。
既に硬化能力によって全身を硬め、頭部もきっちりとガードしていた。
だが、硬化した髪に布が絡まり、視界は塞がれている。
もし視界を取り戻したければ能力を解除しなければならず、それは頭部を危険に晒す事になる。

「お前、能力か! 不意打ち、見事! キャッスル、硬化を、キープだ!
 おれが、アイアンを、引き離す! タイミング、良い時を、知らせ――」

そして何より、こういった事態にはマッスルという頼れる耳目がある。
キャッスルは迂闊に動くよりも、能力で絶対防御を維持し、マッスルの指示を受けたほうが良いと、
経験から知っている。
マッスルもまた己の役割を知っている。だから四人は完璧なコンビネーションを発揮してきたのだ。

だからこそ、アイアンの策は功を奏した。

アイアンがキャッスルに叩きつけた布袋には、有事の際にと予めキャッスルが皆に配っていた、
キャッスル自身の頭髪を結って作った紐が混ぜられていた。
今、キャッスルの身体に触れたその紐はこの世のどんな糸よりも強靭な鋼線となっていた。
そして袋の端から、その鋼線がほつれた糸のように長く伸びていた。
鋼線の先は、牛を捕らえる投げ縄さながらに、マッスルの身体へと投げられていた。
マッスルは情報伝達役たる自分の、戦闘中の優先順位を知っていた。
キャッスルが窮地に陥ったならば、まず自分の脳力を発動して状況を伝える事を優先させる、
それが彼の当然の選択であった。
その判断が、回避行動を優先したならば充分に躱せたであろう速度の縄を、身体に食い込ませた。

37ヤマノコ:2016/02/12(金) 01:52:06

「ハッソォォォーーーッ!」

戦闘開始から数瞬。アイアンは二人の男の動きを封じていた。
だが、それも僅かな時間稼ぎにしかならないと理解していた。
ただ、ハッスルの下へ到達する為だけの、僅かな時間さえ手に入れば良かったのだ。
アイアンは咆哮した。
腕を掲げ、全力の『手斧』をハッスルに叩き込んでやろうと疾駆した。

ここまでは全て、アイアンの作戦通りであった。
だが、アイアンにはハッスルの未来視を破る術は思いつかなかった。
アイアンは愚直に駆けるしかなかった。

ハッスルならば、既に負けると分かって駆ける一人の男の思いを理解しているだろう。
何故ならば、それはハッスル自身でもあるからだ。

――ならば、ならば!

死ぬと分かって前へ進むと決めた男ならば、同じ志を持つ男の思いを遂げさせてくれないか。
ただ、その思いでアイアンは駆けた。
ハッスルの下へ、あと一歩。

その腕が振り下ろされる事は無かった。
アイアンが踏み出した一歩が、突如として地面を崩落させたのだ。
ハッスルを目前にして、アイアンは深い奈落の底へと身を落としていった。

最後にアイアンが見聞きした光景は、沈痛な表情で、無言で目を伏せたハッスルの顔と――
脳内で再生された、枕投げの際、「朝から穴掘りで疲れてる」と言ったハッスルの言葉であった。

38ヤマノコ:2016/02/12(金) 02:00:04



■■■■■■■■■■



「マッスル!
 キャッスル!
 ハッスル!
 今の俺ならばお前達に拳を叩き込む事も出来る!
 待っていろよ! 俺は今度こそ間違えないぞ!
 負けるつもりでなぞ、そんな馬鹿な思いで突っ込みはしない!
 必ず勝つ!
 こんな糞喰らえな悲劇を創った奴を!
 誰だろうがブン殴ってやるぜ!
 だから――見ていろよ大馬鹿野郎共ォーーーッ!!!」

空へ、青々と広く、何処までも深い蒼穹の宇宙へ、ヘヴィ・アイアンは叫んだ。
その豪腕から撃ちだされた巨石は天を貫く槍となり、雲を裂いて翔び立った。
それはヘヴィ・アイアン自身にも預かり知らぬ事。
その巨石は第二宇宙速度を超え、地球の楔を離れ、成層圏で赤熱する一つの流星となった。

39ヤマノコ:2016/02/13(土) 00:00:01





――――――






――――――
――――――
――――――

――これ以降にヘヴィ・アイアンの足取りはさっぱり分からなくなる。
つまり、この時に彼の身辺に大きな変化があった事だけは確かだろう。

――――――
――――――
――――――

――手元の資料だけでは100年も昔の事など詳しく分かりはしない。
ただ、少なくともゴールドラッシュ当時、金を求めてこの地を訪れた白人達が原住民を迫害し、
時には一つの部族を根絶やしにした記録もある。
きっと、ヘヴィ・アイアンと彼の仲間達はそんな争いの中で生きようとしていたのだろう。

――――――
――――――
――――――

――さて、こうしてヘヴィ・アイアンについて思いを馳せて筆を走らせるとどうにも止まらない。
最後に、私が思い至った一つの仮説、或いは世紀の発見について記しておこうか。

彼の半生を語る上で絶対に外せないのが、ジャマイカに革命の嵐を起こした『時の総督』だ。
君も歴史の授業で習っただろう。
人の世の折々に姿を表し、社会に変革をもたらしては唐突に姿を消す、かの怪人物を。
彼――性別があるのかは分からないが便宜上そう呼ばせてもらうよ。
彼は前触れ無く表れ、突如として消える。
時には人智を超えた存在としても扱われるね。
時空を操るという噂以外、その全てが謎に包まれた人物にだよ。

ヘヴィ・アイアンはどう接触したのか。

この点を私はずっと探っていたんだが――先日、とうとう思わぬところから天啓を得られたんだ。
この考えが確かならば、歴史に潜む巨大な謎、『時の総督』について、
そしてヘヴィ・アイアンのその後について、
この二つが一気に解決するんだ。

封筒に写真を入れておくから、それを見てくれ。まずは一枚目。
それはエジプトのピラミッド内部に彫られた壁画を撮った一枚だ。
そこに写っているだろう――恐らく資料として残る世界最古のドレッドヘアーの男が。
よく見て欲しい。その巨体。黒い顔料で染められた肌。
そうだ。君の想像する通りの事を私は考えている。
もしかすると、これこそはヘヴィ・アイアンその人ではないだろうかと。

お次はマヤ文明の先古典期前期の遺跡の出土品だ。
この石細工は当時の指導者的立場の人物を模したものと思われている。
このドレッドヘアーを靡かせる姿は、ヘヴィ・アイアンを髣髴とさせないか。

続く一枚はアケメネス朝ペルシアの勇壮な将軍の姿絵だ。
どうだろう。そこに写っているドレッドヘアーの巨漢は。
ヘヴィ・アイアンはもしやここでも戦士として戦っていたのではないだろうか。

今度の写真は中国の兵馬俑だ。
見よ! この一際大きな身体を誇る猛々しい髪型の土人形を!
彼は――ここにも居た!

40ヤマノコ:2016/02/13(土) 00:10:08

そうだ。彼は時を駆ける力を得て、彼の残した言葉、「過去現在未来全ての救うべき人を救う」を
実践しているのではないだろうか。真に世界を救うべく、過去を戦い抜いたのではないだろうか。
彼は神代の時代から現代、そして恐らくは遠い未来に至るまで、今も戦い続けているのではないか。

そうだ。彼こそがその手に人々を導く旗を持ち、世界を変えようと戦う闘士になったのではないか。
彼こそが、そう、彼こそがその永劫の戦いの末に人を超え、『時の総督』となったのではないか!

私は確信する!
久遠の過去から人々を助け、永劫の未来まで人々を助ける。
ヘヴィ・アイアンは成ったのだ! その言葉の体現者に!

――そう考えれば自然と気付くだろう。

この世界には、そんな風に人々を救う存在を説く教えがある事に。
この世界には、世界平和を説く教えがある事に。
この世界には、彼の生き様そのものを伝えんばかりの教えがある事に!

もしや、その教えとはヘヴィ・アイアンの生き姿をなぞったものではなかったか。

衆生が迷い世が乱れる時代に姿を表し、人々を救う存在――そうだ!
彼こそはブッディズムに謳われる『地涌の菩薩』(注3)そのものではないか!
久遠の過去に仏性を開き、56億7000万年後に全ての衆生を救済する『弥勒菩薩』(注3)ではないか!

――のみならず!

そうだ! 彼こそが西方浄土の菩提樹の下で悟りを得た、ブッダその人だったのではないかと!

思い出してくれ! 東方の島国に飾られたビッグ・ブッダ像を!
あの金色に輝く頭に乗った、縮れた髪型を!
あれこそは彼のドレッドヘアーを現代に伝える確かな証拠ではないか!

私は昔から思っていたんだ。
もしもこの宇宙の何処かに、世界を創りたもうた神が存在するとして。
もしも神が描いた台本に文句をつけて、あまつさえ神を殴り飛ばす存在があるとするならば。

――その役目を実践する者は、『仏』以上に相応しい存在は無いとね。

ああ、駄目だ。
ヘヴィ・アイアンの事を考えていると楽しくて筆が止まらない。
流石にインクも尽きそうだ。
そろそろお別れの挨拶としておこう。

今、私は文机の上に手紙を広げ、横に置いておいたマグカップでコーヒーを楽しんでいる。
窓から見える空は快晴。雲ひとつ無い青空だ。今日も一日、きっと良い天気だろう。
君の住む街もこの空のように晴天である事を祈っているよ。それじゃあ、また。

Cheers.












アイアン:本名不明
能力:誰かを守れるよ
性格:単純一途
武器:筋肉

マッスル:本名不明
能力:いつでもお喋りできるよ
性格:豪快、自信家
武器:筋肉

キャッスル:本名不明
能力:身体が硬くなるよ
性格:明るい、お調子者
武器:筋肉

ハッスル:本名不明
能力:未来が視えるよ
性格:夢想家、情熱家
武器:知恵

(注1)
1800年代中盤は写真撮影に専門の技術者を雇う必要があり、貴族の遊びであった。

(注2)
現代で言うアカシックレコードの語源。アカシックレコードという呼び名が広まるのは後の話。

(注3)
仏教用語。人々を救う為にこの世に現れる存在。

41鳥河貫太郎:2016/02/15(月) 19:55:51
『敗犬温泉サスペンデッド』

古くからの伝承には、このように言い伝えられています。
―-「SS勝負で負けたら温泉」と。

ここは希望崎から程近い、江ノ島アイランドスパ。
いままさに、惜しくも予選落ちした選手たちが、特別招待されてゆったりと骨休めしているのであった。
では、少し中をのぞいてみるとしよう。

江ノ島アイランドスパは、直下1,500mから湧き出る江の島唯一の天然温泉を楽しめるレジャー施設である。
大浴場の大きな窓の外には相模湾が広がり、天気がよければ富士山の雄大な姿を楽しむことができる。
思い思いに温泉を楽しむ選手たちの姿は、一糸纏わぬ裸、裸、裸、裸!
それはもう温泉なので当然なことに裸なのである!

「せやけど男湯やないかーい!」

そう。サブイネンが言う通り、残念なことにここは男湯だ。
なにしろこの幕間の作者は男性キャラなので、女湯を書く権利がないのだ。
見渡す限り男の裸だらけ!
……まあ、それなりに需要はあるかもしれない。
サブイネン25歳は格闘家らしく引き締まった肉体で、なるほどこれは男色をたしなむ者ならパッケージホールドしたくなる肉体美!

視点を移すと広い湯船では、野球帽をかぶった青年と、目の下に隈のある青年が湯に浸かりながら談笑している。
ここの源泉は深緑色に濁っているが、内湯は濾過によって完全な無色透明だ。
野球帽の青年は長身で、アスリートのようによく鍛えられた体つき。
目の下に隈のある灰色の髪の青年も、細身ながら筋肉質の逞しい体型。
二人は希望崎学園の1年生同士、顔見知りである。

「なあ、なんでお前、風呂なのに帽子かぶってるんだ?」
「俺、キャラ薄いから帽子かぶってないと誰だかわからないと思ってさ……」
「誰に対する配慮だよ」
「それよりさ、こうしてゆったり湯に浸かってると、今夜はぐっすり寝れそうな気しないか?」
「ああそうだな。せっかく泊まりで招待されてるんだから、今夜はたっぷり寝たいもんだぜ……」

宇多津転寝は、緑がかった湯を手にすくって見つめた。
かなりしょっぱいこの ナトリウム塩化物強塩温泉は、特に睡眠不足解消の効能は謳われていないが、入浴が安眠に効果的なのは泉質を問わない。
転寝の掌の上にある湯を、鳥河貫太郎も見て――ごぼりと血を吐いた。
続いて、転寝も吐血。
緑色に変わった湯に、赤い色が混じり、拡散し、溶けていった。

42鳥河貫太郎:2016/02/15(月) 19:56:16
「アハッ! ナイス・アハ体験! この温泉には興味深いサンプルが沢山集まってるので、眠り病の研究が一層進むことでしょう!」

たるんだ腹肉を揺らしながら現れたのは、脳科学教師・茂木デュ一郎!
50半ばの年齢相応に崩れた体型は美しいものではないが、そのような趣味の人には堪らないのかもしれない! 知らんがな!

(茂木先生!? なんだこれは? ボールを……ボールを探さないと……!)
貫太郎は立ち上がり、ぐらぐらと揺れる頭で考える。
丸腰では能力は使えない。
だが、相手の体格は貧弱――逃げ切れるか?

「これは先生、噂は聞いてますよ。先生は俺に安眠をくれそうにはないね……!」
転寝も戦闘態勢! 空手ベースに独学で組み立てた総合格闘術の構え!
2対1ではあるが、転寝・貫太郎サイドは膝まで湯に浸かった足場の悪さに加えて先制アハ体験で脳が揺れている――やや不利か?

ポクポクポクポク、チーン!!

その時、横合いから茂木デュ一郎におどりかかり連撃を決めるものあり!
湯面と並行にフッ飛びパノラマウィンドウに激突するデュ一郎!
仏具の如き珍妙な打撃ヒット音は……サブイネンだ!

「おう! 三代目を殺ったんはアンタやな? 仏罰うけさらせや!」

「アハ! アハアハ! 自らの手で殴ることを仏罰と称するは如何なるクオリアのはたらきか! 興味深い!」
自らの血糊によって巨大アクリル窓に張り付いたままデュ一郎が哄笑する。
その背後には駿河湾と……真っ赤な富士! 激しく吐血するサブイネン、転寝、貫太郎!

ドゴオッ!!!

その時、垂直のリングを伴った巨大な球体が出現し、四人の予選敗退者に激突した!
「ギャーッ!?」サブイネンが弾き飛ばされて窓に叩き付けられる!
「ギャーッ!?」転寝が弾き飛ばされて窓に叩き付けられる!
「ギャーッ!?」貫太郎が弾き飛ばされて窓に叩き付けられる!
「アハハハハァッ!」デュ一郎が更に窓に押し付けられ血糊が色を濃くする!

巨大球体に見えたものは……パジャマ姿の少女だった。
彼女は、転寝の姉である宇多津泡沫と同等以上の実力を持つ睡拳の達人にして太陽系第七惑星、天王星ちゃんだ!

「むにゃむにゃ。キーパー様からの伝言をお伝えするよ〜。皆さんに相応しい戦いの場については今検討中なので〜、ひとまず勝手な戦闘は控えてくれると助かるかな〜?」

眠い目をこすりながら天王星ちゃんは言うべきことを言い終わると、ドボン。
湯船の中に倒れ込み、お風呂の底でスヤスヤと寝息を立て始めた。

ああ、なんて安らかな寝顔なのだろう。
パジャマ姿の少女が男湯の中に沈んでいる異常性はさておき、どこでもぐっすり眠れる彼女のことを心底うらやましいと感じる転寝くんであった。

(おわり)

追伸:予選落ち女性陣の誰かが女湯編を書いてくれたら嬉しいな!

43minion:2016/02/19(金) 22:11:05
黒須花火。
tp://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=55375819
化け猫探偵にゃーん。

44サブイネン幕間SS:2016/02/20(土) 23:00:40
【敗因がよくわかるような話】

敗退者ルーム。サブイネンは敗因を考えていた。傍では他の敗退者がソバを打っている。

「いやー、何で負けたんやろなあ」
「そばばばばばばば」
「やっぱSSが挑戦的すぎたからか?それとも新参の人達にワイの特徴を伝えきらなかったからか?」
『どちらでも無い』
「あ、天の声やん、おひさー」
「そばばばばばばば」
『ぶっちゃけると、SSの出来よりもキャラの実力が足らなかったのだと思うゾ』
「ハア?ワイむっちゃ強いキャラ設定になってもうたんですけど?」
『アッハイ。でも、そういう事言うけど実際それほど強くはないんだなこれは。
お前の要素ってプロローグを確認した感じこんなとこだよね?』

・接近戦で他の追随を許さない強さ
・攻撃はほぼすべて聖属性
・ランクSS魔人
・女の子には甘い(オカンやカミマクリン相手にすんのは勘弁という発言より)

「ん。大体そんなトコや」
『これじゃあ勝てない。予選を勝ち抜いた14名のほとんどが相対的にお前より強い。
通常キャンペーンではないがこれもダンゲロス。ダンゲロスってのは強い奴がスタメンになるものなの』
「ホンマか?ホンマにワイ本戦出場したのより弱いのか?」
「そばばばばばば」
『本戦出場者みてみ』

・聖属性バリアー持ちシスター
・フィジカルエリート対策万全の喧嘩屋
・人間を・・・舐めるな!!(ランクSSキラー)
・見た目とかはどうあれサブイネンが本気出せ無さそうな設定の女子達

「ホンマや!ほとんどの奴にワイが圧倒的不利!」
『な?』

そういう事だった。特に『ランクSS=かませ』という流れが出来ていたのが痛かった。
仮に本戦に出れていてもこれでは勝てない。このキャンペーンのサブイネンは弱キャラだと
認めざるを得ない。

(ピーンポーンパーンポーン)

そんな訳でサブイネンが敗退者の一人と戦う野試合風SSを書く事が決まりました!
モロチン、全部ダイス振った結果に即したSSとなります。
でもまだ書かないです。先にこのスレに投下した私のSSと本戦のSSの展開が被ったりしたら
迷惑かかるもんね!!

野試合風SS『サブイネンVS????』
ドリームマッチ全日程終了した頃にこのスレに投下予定!
「そばばばばばば」

(ピーンポーンパーンポーン)

45ヤマノコ:2016/02/21(日) 00:29:51
『おお、友よ! 心地よく歌い始めよう、喜びに満ちて!』


晴れ渡った青空に陽光をはじき白く輝く雲がただよう。
木々の梢には小鳥が遊び、軽やかな音色を奏でている。

今日は麗らかな小春日和の良き一日。
一人のむくつけき巨漢が豊かなドレッドヘアーを揺らし、傍らに座る少女に語っていた――


「昔、俺の友が言っていたんだがな」
「そいつは本をいつも読んでる頭の良い奴だった」
「そいつが言うにゃ気楽に生きる秘訣があるんだとさ」
「リッスン・リル・ガール」

「この世にゃ決して壊れなかったり無くならない物なんてない」
「つまりこの世に絶対なんてものは無い」
「そう考えるだけで気が楽になるんだとさ」
「ヨー・プリティ・リル・ガール」


大男と少女、二人の座る丘は花が咲き誇り、少女は伸び伸びと風を浴びていた。
花の絨毯を揺らす風は穏やかに、暖かな陽射しと共に会話する小さな影を包んでいた。


「ぜったいがないと気がらくになるの?」
「かなしいとか、つらいとか、そういうのがなくなるから?」
「かなしいとか、つらいとか、そういうのもうれしいとか楽しいとか」
「なんにだってなれるから?」
「かなしいからって泣いているわたしも、泣かなくなるから?」
「そうおもえば気がらくになるのかな?」

「絶対に、未来永劫変化しない物が無い以上、何だって何にだってなる」
「だからどんな悲しいことも、それを悲しいと思う心も、何にだって変わる」
「だからくよくよすんなって、世界の果てが見える友は言ってたぜ」

「なんだってだいじょうぶ?」「ああ、大丈夫だ」
「なにがおきても?」「ああ、そうなんだとさ」
「あんしんしていいのかな?」「ああ、気楽にすりゃいい」
「いいのかな?」「ああ、いいさ」


笑顔を交わす二人の姿に、花咲く丘を訪れた諸人が喝采を贈る。
少女の顔に浮かぶ安堵の笑顔を称え、丘の上は祝いの言葉で満ちた。


――おめでとう
――おめでとう
――すばらしい
――すばらしい


「そいつはいつでも澄まし顔で、いつも冷静な奴でな」
「そいつが言うことはいつも当たっていた」
「俺はいつでも自信満々だろう? そいつの言葉を聞いているからさ」
「だから大丈夫だ。怖い思いなんてどっかにすっ飛んでいくさ」

「どんなときでも?」「ああ、どんな時でもだ」
「そのおともだちもあんしんしてた?」「憎らしいくらいにな」
「そっかあ。すごいんだね」「そうさ。凄いんだ」
「わたしもがんばれるかな?」「頑張れるさ」

「リピート・アフタ・ミー・リル・ガール!」

「俺が言ったことを覚えておきな」「うん」
「それさえ忘れなきゃいつでも安心だ」「うん」
「さっき言った言葉はこれ以上無いってくらいのおまじないだ」「うん」
「それだけ覚えてりゃ他は何も覚えてなくてもなんとかなる」「うん」
「安心しな」「うん」
「この筋肉に誓って嘘じゃない」「うん」
「後はそうだな。だからその気持ちを忘れないようにだ」「ように?」


「歌うか!」
「いくぜ!」


「カモン・ベイベー・プリティ・リル・ガール」(Come On Baby, Pretty Little Girl)
「アイ・ノウ・ユー・ノウ」(I Know, You Know)
「ウィー・ラブ・SA・TO・RI!!!」(We Love SA・TO・RI)

「カモン・ベイベー・プリティ・リル・ガール」(Come On Baby, Pretty Little Girl)
「アイ・ノウ・ユー・ノウ」(I Know, You Know)
「ウィー・ラブ・SA・TO・RI!!!」(We Love SA・TO・RI)


こうしてよろこびの歌は歌われ、いつまでも花舞う丘に響き渡っていた。
いつまでもいつまでも、その旋律は悠久の時を越えて――

どうだろう? 耳を澄ませば、貴方にも聞こえてはこないだろうか?
今一度、耳を澄まし、心に響く音に乗せて彼らの声を聞き返してみてはいかがだろうか?

※BGM
tps://www.youtube.com/watch?v=EB-bYJoqvQQ

46不束箍女:2016/02/21(日) 01:36:13
敗北SS
「この先平安京!!命の保証なし!!」

 つやのある美しい烏帽子である。朱雀大路をひた走る牛車に平安貴族がいる。
 入京ラッシュの時間から外れているとは言え、二条通りとは思えない程に閑散としている。

「どうして平安京を見るとトキめくの?」

 政治の中心地、平安京。
 広義に朝廷といえば、美しい自然と高い技術力で知られる日本の国土全体を指す言葉である。平野や盆地などはそれなりの都市、人口も多い。
 平安京は人々から親しみを込めて伏魔殿と呼ばれる。その荒廃ぶりは遷都から数百年の時を経て政治が乱れた為である。

 牛車に乗る平安貴族は見た目が三十代半ば、黒髪に黒束帯を着ている。平安京に牛車、それだけで完成された芸術品のような組み合わせだが、それに平安貴族が加われば千年の京だろう。

 この者の名は在原業平。
 ありわら、の、なりひら。後世の人はそう呼ぶ。まさか間違ってもありはらと発音する理系のダンゲロッサーはいないよね。だが平安時代の女性は漢字が書けず、在五中将とか蔵人頭とか伊勢物語の主人公など好き勝手に呼ぶのであった。
 母校は勿論、山城国立平安京高校。長岡遷都が藤原種継暗殺で山城まで流されたのは今は昔のことだよね。京都市民にとっては超ハッピーなことに、これにより観光業の盛り立てが可能になった。

「だめだっヤバイ。興奮してきた。」

 誰も見ていない牛車内で興奮した平安貴族がすることと言えば一つだよね?
 平安貴族は懐から何かを取り出した。一見、板のような何かを。
 …詩吟だ!短冊にしたためた和歌を読み上げもせずに、直接懐の中に仕舞い込んでいたのである!業平は短冊をおもむろに壁へ打ちつけはじめた。
 ビッチとは人を支配する力!!!

「ちはやぶる 神代もきかず 竜田川 からくれなゐに 水くゝるとは」

 奈良県生駒郡斑鳩町竜田川トレーニングだ。紅葉の季節だもんね。

「ちはやぶる 神代もきかず 竜田川 からくれなゐに 水くゝるとは」

47不束箍女:2016/02/21(日) 01:37:05
 大学寮、短冊まみれになった頃合いに、乗り込んで来たのは同じ平安京の貴族だ。
 その貴族は美しい朱雀門を遮り、業平の前に座る。思わず短冊を打つ手を止める。視界を侵犯する貴族。着てるのは同じ束帯。でも業平ッピと違って、長い黒髪を三つ編みにして、土佐日記が凄く綺麗だよ。体から重低音雅楽を流したり、お笏を平安ビッチ特有の外から見えないカンニングペーパーに気崩して、お香などのフレグランスを飾ってるドリームマンとは似ても似つかない。
 あんな真面目そうな紀貫之でも遅刻するものかと思い、つい目を遣る。

 しばらくの間、業平ッピは興味深げに土佐日記を見つめていたが、やがて席を立ち上がると、妖しい笑みを浮かべつつ、貴族に歩み寄った。

「紀貫之先輩じゃん、おはよう。」

 ちゃんと挨拶出来ましたね。でも紀貫之と呼ばれた貴族はちょっと不機嫌そう。名前でも間違えたのかな?
 すると紀貫之は返事をした。

「男もすなる日記と言うものを女もしてみんとてすなり。」

 紀貫之はオカマだったのだ。男性である。彼はあまりにも文学の道を極め過ぎた為にひらがなに女口調、十二単で文学作品を公開するという最強の執筆法を編み出すに至った。そんな紀貫之のことが業平ッピは昔から大好きだった。

「仮面ライダーオーズのタジャドルコンボってマジカッコ良くね?」

 業平ッピはそう言いながら微笑み、紀マリーの隣に座る。

「やまとうたは人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける」

 女好きの平安貴族にしては、比較的男性との会話に慣れている様子が見て取れる。二人とも三十六歌仙だからだろうか?だが、対する紀マリーは初対面の不審者と出くわしたかのように怪訝な顔だ。

「ちくわァァァァァァア!!」

 紀貫之が突如叫んだ。

「えっなんなの。」

 在原業平は冷淡だ。紀貫之は牛車のドアを開き、業平を車外に蹴り出した。しめじは肋骨を骨折した。

「えっマジ有り得ない。」

 業平は吐血した。意識が朦朧とする。

「ちくわァァァァァァァァァァ」

 突如目の前に現れたのはちくわだ!牛車はちくわに飲み込まれ爆発した。紀貫之は即死!

「えっちくわ」

 業平は気絶した。

❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎

48不束箍女:2016/02/21(日) 01:38:48
❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎

 その頃江ノ島アイランドスパの女湯では名も無き敗北者(the people with no name)達が温泉に浸かっていた。女湯は一部のマナーのなっていない客がそばを打ち付けており、湯気と相まりそば粉で視界が悪くなっていた。

「どこからきなはったん?」

 大阪人が気さくに尋ねる。

「東京湾からでござる。」

 湯気のせいでよく顔が見えないがまだ若いようだ。あとなんとなく三つ編みの気がする。何気ない会話が続きそのうちにパパン達は達と話し込んでいた。そして誰が言い出したのか男湯を覗いて見ようと言う話しになった。

「面白そうじゃない。見ようよ。」

「バレたら強盗の仕業にでも見せかけようぜ。」

「ワイもやるで。」

「これは初里流武術の訓練の為だ仕方ない。」

「それよりお嬢様のご容態は?」

「わんわん」

「石見銀山って結構凄いよね。」

「僕も行くよ。行くよ僕も。うん。」

 僕っ子の女は湯煙を通しても分かるほど体は枝のようにやせ細るも超高密度の筋肉が凝縮されているシルエットをしていた。

「これは」

 皇すららは悟る。このような手練れまでもを引き付けるほどの一物がこの仕切の向こうにあるのだと。皇すららは覚悟を決めた。全員が仕切に取り付いた。

「行くぞ」

 仕切の向こう、そこにあったのは眩し過ぎるほどに光輝く仏像だった。

「これは、菩薩像さまじゃぁ!」

 その時後光が注して男達の顔を照らした。

「あぁッ!!」

 女達は一斉に声を上げ驚愕した。それもそのはず、今の今まで女としていた客の大半が男達とは気付かずに意気投合していたのだから。

「覗き魔か、殺るか。」

 と叫んだのは松羽田かの子。
ここで裸操坐八見割折牙が提案する。

「待て待て、御仏の前で殺り合うとはあまりに無粋。ここはひとつ通報と行こうではないか。」

「それもそうだな。」

「さぁウィスキーでも飲もう。」

 全員の思いは一つになり、男達はリンチされ敢え無く御用となった。たとえ相憎しみ合う者達であっても御仏の前では皆、互いに酒など酌み交わすとは真にめだたきことかな。
 正義の力ここに降臨。

49ヤマノコ:2016/02/22(月) 00:43:49





――――――





(摩訶般若波羅蜜多心経)


「昔、俺の友が言っていたんだがな」(観自在菩薩行深)
「そいつは本をいつも読んでる頭の良い奴だった」(般若波羅蜜多時)
「そいつが言うにゃ気楽に生きる秘訣があるんだとさ」(照見五蘊皆空度一切苦厄)
「リッスン・リル・ガール」(舎利子)

「この世にゃ決して壊れなかったり無くならない物なんてない」(色不異空空不異色)
「つまりこの世に絶対なんてものは無い」(色即是空空即是色)
「そう考えるだけで気が楽になるんだとさ」(受想行識亦復如是)
「ヨー・プリティ・リル・ガール」(舎利子)

〜間奏〜

「ぜったいがないと気がらくになるの?」(是諸法空想)
「かなしいとか、つらいとか、そういうのがなくなるから?」(不生不滅)
「かなしいとか、つらいとか、そういうのもうれしいとか楽しいとか」(不垢不浄)
「なんにだってなれるから?」(不増不減)
「かなしいからって泣いているわたしも、泣かなくなるから?」(是故空中)
「そうおもえば気がらくになるのかな?」(無色無受想行識)

「絶対に、未来永劫変化しない物が無い以上、何だって何にだってなる」(無限耳鼻舌身意)
「だからどんな悲しいことも、それを悲しいと思う心も、何にだって変わる」(無色声香味触法)
「だからくよくよすんなって、世界の果てが見える友は言ってたぜ」(無限界乃至無意識界)

「なんだってだいじょうぶ?」「ああ、大丈夫だ」(無無明亦無無明尽)
「なにがおきても?」「ああ、そうなんだとさ」(乃至無老死)
「あんしんしていいのかな?」「ああ、気楽にすりゃいい」(亦無老死尽無苦集)
「いいのかな?」「ああ、いいさ」(滅道無知亦無得)

〜間奏〜

「そいつはいつでも澄まし顔で、いつも冷静な奴でな」(以無所得故菩提薩垂)
「そいつが言うことはいつも当たっていた」(依般若波羅蜜多故)
「俺はいつでも自信満々だろう? そいつの言葉を聞いているからさ」(心無圭礙無圭礙故)
「だから大丈夫だ。怖い思いなんてどっかにすっ飛んでいくさ」(無有恐怖遠離)

「どんなときでも?」「ああ、どんな時でもだ」(一切転倒夢想究境)
「そのおともだちもあんしんしてた?」「憎らしいくらいにな」(涅槃三世諸仏)
「そっかあ。すごいんだね」「そうさ。凄いんだ」(依般若波羅蜜多故得)
「わたしもがんばれるかな?」「頑張れるさ」(阿耨多羅三藐三菩提)

「リピート・アフタ・ミー・リル・ガール!」(故知般若波羅蜜多)

「俺が言ったことを覚えておきな」「うん」(是大神呪)
「それさえ忘れなきゃいつでも安心だ」「うん」(是大明呪)
「さっき言った言葉はこれ以上無いってくらいのおまじないだ」「うん」(是無上呪)
「それだけ覚えてりゃ他は何も覚えてなくてもなんとかなる」「うん」(是無等等呪)
「安心しな」「うん」(能除一切苦)
「この筋肉に誓って嘘じゃない」「うん」(真実不虚)
「後はそうだな。だからその気持ちを忘れないようにだ」「ように?」(故説般若波羅蜜多呪)

「歌うか!」(即説呪曰)
「いくぜ!」(即説呪曰)

「Come On Baby, Pretty Little Girl」(羯帝羯帝波羅羯帝)
「I Know, You Know」(波羅僧羯帝)
「We Love SA・TO・RI」(菩提僧莎訶)


(般若波羅蜜多心経)

fin.

50弥永 家子:2016/02/23(火) 20:57:14
『弥永 家子 プロローグSSのプロローグSS』

「竹を割ったような性格だ」と氷堂 萌華は昔から言われてきた。

小さい頃から男の子達に混じってチャンバラごっこに興じ、通っていた近所の剣道場では同年代の相手に負け知らず。
魔人への覚醒も小学校の中学年頃と比較的早い時期だったが、持ち前の明るさゆえか困ることも特になかった。
魔人になった自分を迫害してきた連中は自分の手で黙らせたし、魔人になってからも元から仲の良い友達とは特に変わることなく仲が良かった。

そんな男勝りの彼女であったから、恋、というものも特に知ること無く中学に上がった。
運命の出会いはそこで訪れた。

「ハアッ……ハアッ……、まだ間に合うかな……?」

4月、春風の舞う頃。
多くの学生にとっては記念すべき入学の日、新たな希望へ胸躍らせる日――だが、今の萌華にその余裕は無かった。

「お婆さんが無事なのは良かったけど、私の入学式も無事じゃないとーー!」

氷堂 萌華は割とまめな性格である。当然、入学式の日などに遅刻するような事などないよう、充分に余裕をもって家を出た。
しかし通学途中、足を挫いて倒れたお婆さんに出会い、病院に連れて行ってから学校に向かったため、すっかり遅刻ギリギリになってしまった。

「このペースなら、2〜3分早く……うわっ!」

魔人の脚力を持ってそれなりの速さで走れば何とか間に合うだろうという算段であったが、萌華の目の前にはまだ大きな障害があった。
校舎へと続く非常に長い坂道。萌華が通うことになる学校の名物である。
坂道沿いの公園にはこの季節桜が咲き誇っており、ゆっくり歩く分には退屈のしない名スポットであったが、今の萌華にそれを眺める余裕はない。

「これはギリギリ……かな?」

遅刻を防ぐにはこの坂を全力で駆け登るしかない。
そうなれば息も絶え絶え、汗びっしょりの状態で新しいクラスメイト達と初対面を迎えることになるが、転校初日からの遅刻とどちらが良いかを天秤にかけた場合、前者の方がマシなように思えた。

「諦めてたまるかーーっ!!」

萌華は基本的に真面目な性格である。如何な理由があろうとやはり遅刻は良くない。
意を決し、駆け出そうとした時――。

「ちょっと……そこの君……!」

不意に後ろから声がかかった。

「……っ!??」

思わぬ不意打ちに、萌華の身体が反動で固まる。
突如、巨大な白い影が、風の様に萌華の隣に現れた。

「その制服、同じ学校でしょ? 待って、まだ走らないで!」

車道の上に立つ巨大な白い影を見上げる萌華。その白い姿は萌華より一回りも大きい。
見るとその白い体はふさふさとした体毛であった。体毛の節々からは茶色い鋼鉄の素肌が覗く。それは――。

(イエティ……だよね、これ)

これまでの十数年で得られた知識を総動員した結果、主にTVとか漫画とかで見聞きした情報から、萌華はその姿に対する言葉を捻り出した。
要はそれ程はっきりとその生物はイエティでしかなかったのである。
萌華自身もまた、魔人という異能の存在ではあったが、それでもその時はただ驚きしかなかった。

「違う、こっちこっち……、よっ、と」

ふと、萌華は声のした方を向く。
さっきから萌華に呼び掛けていた声は、しかしそのイエティから発せられたものでは無かった。
良く見ればイエティはその巨体に似合う大きな自転車に乗っていた。声の主はイエティの後ろのサドルに跨っていたのだ。

「君、今ここを走って登ろうとしてたんでしょ? 駄目だよ、せっかくの制服が汚れちゃう」

少年の年は萌華と同じぐらいか。まだあどけなさの残る、とても温和で優し気な少年であった。

「後ろに乗ってよ。僕たちもギリギリで……でもこのイェーガー号なら、まだ間に合うからさ。あと一人ぐらいなら乗せられるし……、ねっ、家子ちゃん」

少年の声にイエティ……家子と呼ばれたその巨体が頷いた。

「さっ、急ごう。早く乗って」

少年が差し出した手を取り、萌華は言われるがままイェーガー号……イエティが駆る巨大な自転車のサドルに少年と一緒に跨った。
少年がイエティにしがみ付き、萌華はその少年にしがみ付く。こんな風に男の子と密着した経験はこれまで萌華にはなかった。

「いこう、家子ちゃん」

イエティの白い巨大な二つの足が車輪を勢いよく回しだす。
イェーガー号はまるで突風のようにあっという間に坂道を登っていった。
桜吹雪が舞い散る中、その風が萌華にはとても心地よく感じられていた――。

51弥永 家子:2016/02/23(火) 20:58:06
その少年、白田まさしとイエティ――否、少女、弥永家子が、萌華と同じ魔人であることはそのすぐ後に分かった。
萌華の中学は魔人の受け入れに対して積極的な学校であり、彼らは萌華の新しいクラスメイトであった。
新しいクラスでの自己紹介時……萌華も含め、魔人が数人いた中でも家子はやはり注目の的となったが、不思議と萌華には彼女に対して異質な印象を持たなかった。
初対面があのような状況だったからか、それとも――。


「えっと……家子ちゃんだっけ……? 何をしてるの?」

入学式の翌日。
萌華は魔人剣道部への入部届を提出し、さらに初日から早速道場で一汗流したところであった。
既に日も暮れかけていた頃、練習場の裏手にて、その白い影を見つけた。

「ハ……ナ……カレ……ル……」
「え?」

見れば家子が見下ろす先には、小さな白い花があった。
しかし校舎の物陰に隠れたその花は、陽が当たらない中、弱々しく下を向いていた。

「そっか、移してあげようとしてるんだね」
「…………」

家子は大きなスコップを持って、その花が生えている土を掘り起こそうとしていた。
しかし彼女の大きな手で、小さな花のみを丁寧に摘まむのは難しい。更にイエティの低い体温の問題もある。彼女には可憐な花を優しく扱うことすら難しいのだ。

「まったまった、そんな乱暴なやり方じゃ駄目だよ。ちょっと待って、私が移してあげるわ」

萌華は見かねて自分の手で花を掘り起こし、陽の当たる場所へと移した。

「これで良しっと……ここなら大丈夫でしょ」
「ア……アリーーガーートーー……」

萌華の頭上で、家子が大きく首を垂れる。
その様が、萌華にはなんだか無性に可笑しかった。

「どういたしまして……、ところで、こんな遅くまでここで何してたの?」

胸を張って家子のお礼に応えながら、萌華は疑問を口にする。

「ヨーーゴーーレーー」
「……ん?」

萌華が目をやると、家子の周りには彼女が握っているスコップ以外にも箒やちり取り、その他諸々の掃除用具があった。

「そっか、掃除、してたんだ」

コクコク……と家子が大きな首を上下する。

「優しいんだね」
「ア……」

家子が照れるような仕草を見せる。
この時萌華は彼女が自分と同じ普通の子……いや、自分よりもずっと素直な女の子なのだな、と分かった。

「手伝うよ。二人なら早く終わるでしょ」

夕暮れの中、二人の少女の影が緩やかに交差するのだった――。


萌華と家子はそれからいつの間にか仲良く行動するようになっていた。
家子の幼馴染である白田まさしも多くの場合、彼女達と一緒にいた。


〜〜 中学一年の秋、林間学校にて 〜〜

「グオゴゴゴ……ウラメシ……死ね!!」

「ゾンビ!? お化け!? キョンシー!!? 何この見境の無さ!」
「ジョーーブツーーシテーー」

襲い掛かる死霊軍団を家子の冷気と萌華の炎で薙ぎ払う。
彼らの狙いは白田くんが現地で知り合った少女だったらしい。なんか良い雰囲気になる前に別れたが。


〜〜 中学二年の夏、臨海学校にて 〜〜

「ウジュル……ウジュル……タコタコ〜〜」
「チョキチョキ……チョキチョキ……カニカニ〜〜」

「蟹の化け物に、大蛸の怪物!!? って、何この触手! きゃあっ!」
「シーーメーーツーーケ――ラ――レーールゥーー!!」

迫りくる蛸の足と蟹の鋏の前に、あれやこれやいやんなことになる萌華と家子! あとクラスメイトに海で知り合った女の子達!
何とか家子の剛力で触手を引きちぎって深海へお帰り願うも、その後場に居あわせていた白田君が出血多量になったことは言うまでもない!


〜〜 中学三年の夏、修学旅行にて 〜〜

「わしは奈良、京都、あと神戸ぐらいまでを修める予定の神仏番長、大々金銀銅々角寺様じゃーーーい! わての街でわいの女に手え出そうとしてただで済むとは思ってないじゃけんのう!!」

「突っ込む気も無いっ! 雑魚は任せて家子っ! 私が許す! 遠慮なくぶちのめして!」
「……ウ、ウン……」

家子や萌華達が現地にて助けた少女と白田君が仲良くしていた時、突如現れ因縁をつけてきた現地の番長とその舎弟数十匹!!
そろそろ慣れてきた二人のコンビネーションに、哀れ時代劇の殺陣の時間ぐらいで番長たちは瞬殺された!
瞬殺に巻き込まれて白田君は気絶し、現地の少女との諸々はうやむやになった!

52弥永 家子:2016/02/23(火) 20:58:31
家子達と一緒に過ごす内、萌華は流石にこれらのトラブルは白田君の持つ魔人能力が影響しているのだろう、と気づいていた。

「ま、良いけどね。退屈しないから」

萌華にとって家子、そして白田君といる日常は既にすっかり当たり前のものとなっていた。
そんなわけだから、高校も二人と共に魔人学園である希望崎学園へと進む、と決めたのも自然な流れであった。


「――でもやっぱり僕は不安もあるかな……。希望崎学園は魔人の数がもっと多いらしいし。これまでのようにいかないこともあるかもしれない」

冬の夕暮れ。
希望崎学園への進学も決まり、中学の卒業が近づいたある日。
萌華はこの日、珍しく白田まさしと二人だけで一緒に下校していた。
家子は今日はアルバイトである。家子はボランティアだけでなく、様々なアルバイトにも日々精を出していた。
何でもイエティである自分は生活費も諸々かさむため、少しでも足しになれば、と家族のために働いているらしい。つくづく家子らしい話だと萌華は思う。

「うん、それは私もね。でも希望崎学園にはもっと変わった人……言い方は悪いけど、人間じゃないみたいな魔人も珍しくないみたいだし。家子も今よりもっと自分の事を気にしないですみそうだよ」

「うーん、僕はそこはそんなにあまり心配していない、かな」

「どうして?」

「ん? だって僕は別に家子ちゃんの姿がどうとかは気にしていないから」

「え?」

「萌華ちゃんだって、そうでしょ?」

「そ、そうね……」

「僕にとって家子ちゃんは昔から変わらない、可愛い女の子だよ」

「うん……そうだね」

「だから嬉しかったんだ。中学に入って萌華ちゃんと会えて。僕と同じように家子ちゃんのことを見てくれる子がいて」

「白田くん……?」

「ありがとう、萌華ちゃん」

「う、うん……」

「高校に入っても、よろしくね」

白田は笑顔で萌華に話しかける。
萌華はその笑顔をぼおっ、とした表情で見つめていた――。

53弥永 家子:2016/02/23(火) 20:58:47
そうして高校に入った萌華達三人。
しばらくは中学の時と変わらない日々が流れた。
だが――。

「ひっ、化け物っ……」

少女が家子の差し伸べた手を払って逃げていく。

「家子……」

希望崎学園に入ってからの何度目かのトラブル時。
暴れる不良魔人に巻き込まれた幼い少女を助けたのだが……その少女は家子の姿に驚き、走り去って行ってしまった。

こうしたことはもちろん今回が初めてではない。
だが家子にも、そして萌華にも、こうした出来事の方が、これまで何度出くわしたか分からない不可思議なトラブルより未だに慣れないものであった。

「気にすることないよ、家子」
「うん……」

萌華は家子の背に顔を埋め、彼女を慰める。
こんな時の家子の背中は、とても小さく感じられるものだった――。


「う……大分きつくなってきたな……」

萌華は自室にて下着を着け、一人ごちる。
萌華の魔人能力は、使うと自分の衣服が燃えて溶けて無くなってしまうという女の子として大変困った問題がある。
今日もトラブルを解決するため服を消費したので、部屋のクローゼットから古い下着を出して身に着けてみたのだが……。

「サイズがもう合わないのかしない……新しいのを買ってくるか」

家子は自分の全身を鏡で見つめる。
「最近は随分、身体つきが女らしくなったね」と中学からの知り合いにも言われたりする。男子学生の目線を感じることもある。希望崎学園には正直、下劣な魔人も多い。
だが、中学から一緒にいる白田君にはそういう言葉はかけられたことがない……。

「白田君はそういう目では、見ないのかな」

鏡の前でポーズなど取ってみる。
悪くないのではないか、とも思う。これでも普段から部活で鍛えていて、それなりのプロポーションだと思う。別に自慢する気は無いけど。

(白田君の目には誰が……あっ)

鏡の前に、白い姿がふと浮かぶ。
萌華は首をぶんぶんと振って、その姿を振り払う。

(今、何を考えた? 私!?)

鏡の前の幻は消え、ただ自分の姿だけが再び映る。
その顔は青ざめ、生気が消えている。
それは先程映った巨大な姿よりもとても――。

54弥永 家子:2016/02/23(火) 20:59:27
「おお、萌華殿。これは奇遇」

希望崎学園に入ってから一年が過ぎ、学内の一大イベントの一つである文化祭が近づいたある日。
萌華は部活帰りの放課後、同学年の調達部の女子、三条 鷹美と校庭で出くわした。

「鷹美……どうしたの、それ」

見れば鷹美は大きな滑車を引き、大量の食材を校舎に運び込もうとしているところだった。
萌華には見慣れぬ食材が多かったが、いずれも物珍しそうな冷凍食材である。家子が好みそうだろう、と思ったところ。

「おや、異なことを。これは萌華殿のクラスの要望で某が仕入れたものというのに」
「……うちのクラスが?」
「うむ、何でも今度の文化祭のイベント用に、とのこと。特に家子殿が好む食材を大量にとのことであったでな。某を含め、家子殿や萌華殿には調達部も色々お世話になったこともある候、こうして気合を入れて大量に調達したというわけでござる」
「……へえ。私は聞いていなかったな」
「おや、もしやサプライズ要素であったかな……。これは拙者、失敗したかもしれぬ……。萌華殿、この事はぐれぐれもご内密に……」
「うん、黙っとくよ」
「かたじけない! この礼はいずれ……。この食材は楽しみにして下され。いずれも、腕によりをかけて調達したもの。家子殿は勿論、萌華殿が食べてもほっぺたを落とす程でござろう! ふはーーっはっはっは!」

鷹美はそう言って哄笑しながら場を後にし、楽し気に滑車を校舎まで運び入れていった。
だがそんな鷹美とは対照的に。

(ふうん……家子が好む食材、か)

萌華の表情は、暗い。
単純で間抜けたところの多い(そこが良いところでもあるが)鷹美は全く気付いていないようだったが、萌華はこの依頼が単純に家子を喜ばすためではないということに勘付いていた。
萌華と家子のクラスの出し物は、シンプルなコスプレ喫茶的なものを行うことが既に決まっているが、おそらくそれでは足りないと考えた誰かが、家子を使ったショーを考えたのだろう。
人が良い家子は、頼まれれば断らないだろうが、家子をそんな見世物的に使うことが企てられていることに、萌華は実に不愉快なものを感じた。

(家子は……今日はまだ学園にいるかな)

萌華は家子の姿を探し、夕暮れの中を歩き出した。

55弥永 家子:2016/02/23(火) 20:59:38
「やっぱり、ここにいたか」

家子は校舎裏の広場にいた。
出会った頃のあの日と同じように、掃除用具一式を持って。

<<うん、文化祭も近いし、校舎周りの掃除を丁寧にしようと>>

家子は道具を置き、タブレットに素早く文字を打ち込んで萌華に答える。
四年前に比べ、世の中どんどんと便利になっている。今では普通のコミュニケーションで家子と困ることはあまり無い。

「文化祭……か。家子はクラスの手伝いをするんだよね」

<<うん、出来るだけ。邪魔で目立つようだったら引っ込んでるけど>>

「そんなことは無い、と思うよ。クラスの皆もそこは考えてくれているんじゃないかな」

<<そうだと、嬉しい>>

「……まあ、でももしクラスから抜けられるタイミングがあったら……」

「白田君と一緒に文化祭、回ってきたら?」

萌華は意を決して、その言葉を口に出してみる。
家子はしばらく、沈黙する。
やがて、再度文字を打ち込み始める。

<<萌華も一緒なら>>

「ううん、家子と白田君の二人が良いよ」

<<二人抜けちゃのは難しいと思う>>

「それなら、私がその時間は二人の分も手伝うようにするよ。 剣道部の方もあるけど。なんとか時間作れるよう聞いてみる!」

<<ううん、そんな悪い>>

「気にすること無いって、今更。白田君も喜ぶんじゃないかな〜」

<<本当に、そう思う?>>

「勿論、当たり前じゃん!」

「…………」

再び、沈黙。
萌華も次第に訝しがる。
やがて、家子の指がゆっくり文字を打ち込み始める。

<<私は、そうは思わない>>

「……なんで?」

<<私と二人で一緒に周ったら、やっぱり白田君に悪い。萌華も、一緒じゃないと>>

「……どうして?」

<<目立つもの。白田君が変な目で見られちゃう>>

「…………」

「萌華も本当は、そう思うでしょ」

夕陽は深く沈み始め、辺りは薄暗くなっていく。
今度は萌華が沈黙し、家子の指だけがカタカタと文字を打つ。


<<最近、良く夢を見るの>>

「夢……?」

<<白田君と一緒にいる夢。私は今のこの姿じゃない。人間の女の子の姿になっている夢>>

「…………」

<<でも、それは夢。叶うことは無いの。もし叶ってもそれはほんの少しの時間>>

「そんなことはない……よ。家子は白田君と一緒にいられるよ」

<<ありがとう、萌華。でもいいの>>

<<私は、萌香と白田君が友達でいてくれるだけで嬉しい>>

「家……子」

いつの間にか、日はすっかり沈んでいた。
夜の闇が辺りを支配し始め、その事に気づいた家子が、家へと帰るよう萌華に促す。
校舎からの明かりが、家子の影を大きく伸ばす。
その背中を見つめ、萌華は一人ごちた――。

「夢じゃない……よ、家子。そんなの私が許さない。」


「私が、夢で終わらせない」


<<弥永 家子 プロローグSSへ続く >>


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