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【ノベール】RED STONE 小説upスレッド 七冊目【SS】

1ルイーダ★:2008/05/03(土) 01:08:47 ID:???0
【重要】以下の項目を読み、しっかり頭に入れておきましょう。
※このスレッドはsage進行です。
※下げ方:E-mail欄に半角英数で「sage」と入れて本文を書き込む。
※上げる際には時間帯等を考慮のこと。むやみに上げるのは荒れの原因となります。
※激しくSな鞭叩きは厳禁!
※煽り・荒らしはもの凄い勢いで放置!
※煽り・荒らしを放置できない人は同類!
※職人さんたちを直接的に急かすような書き込みはなるべく控えること。
※どうしてもageなければならないようなときには、時間帯などを考えてageること。
※sageの方法が分からない初心者の方は↓へ。
http://jbbs.livedoor.jp/game/19634/storage/1117795323.html#562


【職人の皆さんへ】
※当スレはあくまで赤石好きの作者・読者が楽しむ場です。
 「自分の下手な文章なんか……」と躊躇している方もどしどし投稿してください。
 ここでは技術よりも「書きたい!」という気持ちを尊重します。
※短編/長編/ジャンルは問いません。改編やRS内で本当に起こったネタ話なども可。
※マジなエロ・グロは自重のこと。そっち系は別スレをご利用ください。(過去ログ参照)


【読者の皆さんへ】
※激しくSな鞭叩きは厳禁です。
※煽りや荒らしは徹底放置のこと。反応した時点で同類と見なされます。
※職人さんたちを直接的に急かすような書き込みはなるべく控えること。


【過去のスレッド】
一冊目 【ノベール】REDSTONE小説うpスレッド【SS】
http://jbbs.livedoor.jp/game/19634/storage/1117795323.html

二冊目 【ノベール】RED STONE 小説upスレッド 二冊目【SS】
http://jbbs.livedoor.jp/game/19634/storage/1127802779.html

三冊目 【ノベール】RED STONE 小説upスレッド 三冊目【SS】
http://jbbs.livedoor.jp/game/19634/storage/1139745351.html

四冊目 【ノベール】RED STONE 小説upスレッド 四冊目【SS】
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/game/19634/1170256068/

五冊目【ノベール】RED STONE 小説upスレッド 五冊目【SS】
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/game/19634/1182873433/

六冊目【ノベール】RED STONE 小説upスレッド 六冊目【SS】
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/game/19634/1200393277/

【小説まとめサイト】
RED STONE 小説upスレッド まとめ
ttp://www27.atwiki.jp/rsnovel/

491白頭巾:2008/10/25(土) 20:01:02 ID:CRd8ZrdY0
ハロウィンの準備といっても、仮装自体はもう準備してしまっている。飾り付けも古都の警備隊の皆々様がほとんど終わらせて、後は噴水付近の飾り付けのみとなっていたはず。
三日間も某邸宅で研究に付き合わされたというルフィエ(なんだかよく分からないが[エリクシル]という宝石の研究らしい)は、このタイミングになるまで解放してくれなかった少年に恨みの念を飛ばす。
仮装姿で町を散策するだけでも十分以上に楽しく、子供たちにとっては騒いでお菓子をもらってというオイシイお祭りなわけなのだが、
どうやら、ルフィエの方は仮装だけでは物足りないらしい。残ったケーキを目にも止まらぬ速度で平らげ、勢いよく立ちあがる。
ぐらりと揺れたお皿タワーが無残に崩れ落ちる光景をバックに、ルフィエは真剣そのものの表情でごしゅじんさまに言う。

 「メリィ、行こう!」
 「え――今から!?」
 「今から!!!」

頓狂な声を上げたごしゅじんさまの手を取り、片手で器用に財布から金貨を取り出して机に置く。ちなみにお亡くなりになられた50枚ほどの皿、その弁償代はもちろん含まれていない。
なんだか怖いルフィエに何か嫌な予感が過ったごしゅじんさまだが、残念ながら今のルフィエは誰にも止められそうになかった。




僕はふぁみりあいーえっくす! お肌がこんがり焼ける夏も終わって、食べ物のおいしい秋の到来!
食欲の秋、すぽーつの秋、読書の秋、あきまつりにうんどーかい、他にもたっくさんの楽しいいべんとがある秋だよー!
そんなわけで暇をもてあましたいけめんさん一行は、みんなでいけめんさんのお友達、つんでれさんのおうちに来てるよ!
数えきれないくらいたくさんお部屋がある、町でいちばんの大豪邸。こんなに広いお家を、つんでれさんはまだいくつも持ってるんだって!
今日は、いつも一緒のごしゅじんさまはどじっこさんとお出かけ中。れでぃー同士の大事なしょっぴんぐらしくて、僕はここでお留守番。

 「……あの、すっごく気が散るんですけど」
 「いいじゃないの。減るものじゃなし」
 「ちくしょう……うちのギルホが100つは入るくらいでけぇ……ちくしょう、市場のクッキーの100倍はうめぇ……」
 「どうせ部屋は余りまくってるわけだし……ていうか6人家族でこの広さは嫉ましい」

ぎるどのみんなが座ってもゆとりがある広いてーぶるで、ちぇすっていう遊びをしてるいけめんさんとつんでれさん。
おねぇさまとごきぶりさんはそれをじっと見ながら、ときどき「何やってんの」とつっこみを入れてる。
ごしゅじんさま情報だと、いけめんさん、ちぇすはぎるどの皆のなかで一番強いんだって。でも黒いのと白いのを交互に動かしてるだけで、つんでれさんと比べてどっちが強いのかはよくわかんないや。
はんらさんは、めいどさんが焼いたくっきーを食べながら涙を流してる。よっぽどおいしいのかな? そういえば、つんでれさんちにはお料理上手のめいどさんがにひゃくにんはいるらしいよ。
はんらさんが泣いてしまうほどおいしいくっきー。僕もひとつ食べてみたいけど、手が短くてとどかない……はんらさんお皿を自分の方に寄せすぎー!
それを見たつんでれさんがくっきーを取って、僕に渡してくれた。口では迷惑そうにしてるけど、中身はきっと優しい人なんだと思う。
こういう人のことを社会ではつんでれって言うんだって。普段つんつんしてるけどたまにでれる人のことなんだって。やっぱりよくわかんないや。

 「……そういえば、ジョスの妹さんはどうしました?」

ざっとみんなの顔を見まわしてから口を開いたつんでれさん。じょすっていうのは、いけめんさんのあだ名らしいよ。どじっこさん考案!
つんでれさんに言われてやっと気付いたみたいないけめんさん。いけめんさんもめんばーの顔を見まわして、うーんと首を傾げる。

492白頭巾:2008/10/25(土) 20:01:35 ID:CRd8ZrdY0
 「どうしたんだろうね……この部屋の前まで一緒に来たはずだけど」
 「チェック」
 「な!?」

つんでれさんの一声でぎょっとしたいけめんさん。ちぇっくっていうのはよく分からないけど、いけめんさんはどうやら負けそうなみたい。
途端にびしっとみけんにしわが寄ったおねぇさまはいけめんさんの頭をたたきながらやじを飛ばす。そんなに負けたくないのかな。

 「マスター頑張りなさい!、負けたら罰ゲームよ!!」
 「な、ちょっとストップ! ネルさんほんとに強いんですって!!」
 「言い訳はよくないぜ〜」
 「ケーキやばい……このケーキやばい〜……ぐすっ……」

おねぇさまにぺなるてぃーを付けられちゃったいけめんさん。髪をかき上げるのはいらいらしたり焦ったりしてる印!
でも今日の僕はつんでれさんの味方。僕はくっきーいちまいで買収されてしまいました。だけどつんでれさんはひざにだって乗せてくれるから僕も満足。



   「たっだいまー!!」
   「つ、疲れた……」

そんなこんなしてると、門の方から大きな声が聞こえてくる。ごしゅじんさまとどじっこさんが帰ってきたのかな?
僕をだっこしたまま椅子から立ち上がって、窓に歩いていくつんでれさん。
いけめんさんはおねぇさまとごきぶりさんから罵倒の嵐。はんらさんは号泣中。

窓から見下ろすと、目に入ったのは玄関まで歩いてくるごしゅじんさまとどじっこさん。なんでか分からないけど何かを目いっぱい積んだ台車を引きずってこっちに来るよ?

 「迎えに降りましょうか」

僕の方を見てにっこりするつんでれさん。僕がそわそわしてたのが分かっちゃったのな?




 「……これ、は……」

一階の広間に出た僕とつんでれさんが見たのは、扉の前にたくさん、たくさん、たっくさん積まれたかぼちゃ。
どれも僕の背の高さくらいはある大きなかぼちゃが、ごろごろ転がってる。

 「えへ、買っちゃった。全部」
 「え、えと、一応私は反対したんですよ? えっと、でもやっぱりこういうお祭りは盛大にしないとって――」
 「…………パンプキンジュースが何リットル作れるでしょうね。この代金はルフィエのお小遣いから差っ引いておきましょう」

眉をぴくぴくさせて、でも爆発しなかったつんでれさん……でもやっぱりお仕置きはしっかりするみたい。
ファミちゃんー! って駆け寄ってくるごしゅじんさまに手を振って、肩車してくれてたつんでれさんからぴょんと降りる。
ぎゅっと抱きしめてくれるごしゅじんさまにしがみついて、僕はかぼちゃの山をもう一回見やる。
きっと今日は、すごく楽しいことが起きる気がする!




みんながいるお部屋に戻ったつんでれさんとばいばいして、僕はごしゅじんさまとどじっこさんについていく。
二人ともなんだがそわそわしてて、心なしか盛り上がってるような気がする。ごしゅじんさまが鼻歌なんて歌ってるもん。

 「――じゃあ、私王子様やるね?」
 「お、王子様……? お姫様じゃないの?」

お部屋に入って陽気に笑うふたり。いつもより二割増楽しそうに見えるごしゅじんさまを見て、やっぱりお祭りってすごいんだなと思う。
ふたりが服を脱ぎだしたのを見て、あわてて目を隠す。えっちぃのはダメだよ!
可愛いー!って言いながら抱きついてくるどじっこさんにも負けない。お着替えしーんは覗かないお約束。

 「でもドラキュラの仮装かぁ……普段からミイラとか亜人を見てると、面白味がないのも否めないよね」

なんだかすごいことを言いながらがさがさと着替えるどじっこさん。
ふだんどじっこさんはつんでれさんと一緒に世界中を旅してまわってるんだって。

 「……ま、まぁ、ネリエルさんもきっとびっくりすると思うよ? なんならこっち着てもいいけど――」
 「ううん、王子様はたぶん柄じゃないと思うし」

本格的にがさがさっていう布がこすれる音がしてくる。どじっこさんに抱きつかれそうな僕はあわててお部屋から逃げ出した。

493白頭巾:2008/10/25(土) 20:02:15 ID:CRd8ZrdY0
お部屋の扉を開けると、いけめんさんとつんでれさんのちぇすはまだ決着がついてなかった。
他の三人がいないのを見ると、きっとおじょうさまを探しにいったのかな?

 「ん、おかえり」

と、僕を見付けてにっこりするつんでれさん。いけめんさんはちぇす盤を唸りながら睨みつけていた。
僕をおひざに載せて、分厚い紙の束を取り出したつんでれさん。貴族ってやっぱり忙しいのかな?

 「全く、あんな量のカボチャをどうするつもりでしょうね」
 「カボチャ?」
 「ルフィエとメリィが買ってきたんですよ。キャンドル用に」

いらいらしながら駒を動かすつんでれさん。どんどんつんでれさんが押しているのは、ちぇす盤の白と黒の数で僕にだってわかるよ!
いけめんさんは、おねぇさまの悪魔の罰げーむをなんとか阻止しようと半分やけになってるみたい。

 「……ネールくん?」

と、いつの間にかお部屋に入ってたどじっこさんがてーぶるに駆け寄る。いつ来たんだろう、まるで忍者だよどじっこさん。

 「何ですか、ルフィエ」

そんなどじっこさんにも全く全然驚いたそぶりも見せずに、つんでれさんはどじっこさんの声に適当に答える。
そんなつんでれさんの次の手を待ち受けていたいけめんさんが、つんでれさんの背後を見て、止まった。

 「……ルフィエ、さん?」

いけめんさんの表情と声に眉を細めたつんでれさんは、はあと溜息を吐いて体を曲げる。

 「ジョス、何驚いてるんですか。ルフィエなんか全然珍しくも何とも――」

   かぷ

 「痛ッ!?」

突然つんでれさんに噛みついたどじっこさん。これにはいけめんさんが顔をまっかにした。
何するんですか、とうめきながら振り向いたつんでれさん。でも、その体はいけめんさんと同じくぴったり止まっちゃう。

 「…………ルフィエ、ですよね?」

つんでれさんも、どじっこさんの豹変っぷりにびっくりしてる。
だって、綺麗な栗色の髪がましゅまろみたく真っ白になってるんだよ?
しかも無理やりかみのけを固めたみたいで、明後日の方向を向いてあちこちに逆立ってた。このお屋敷にいるシーフさん、ふくめんさんみたいだね!
服装もいつものわんぴーすじゃなくて、おとぎ話に出てくるどらきゅらみたいな、外側が黒に内側が赤っていう、派手なまんとを纏って立ってる。
僕にも負けないくらい尖った歯をがー、と見せて、どじっこさんはにっこりと笑う。
ほっぺに伝うつんでれさんの血がちょっぴりえっちぃ。

 「血、吸っちゃうぞ?」
 「まずその馬鹿げた格好を止めなさい」

でも、つんどらみたくクールなつんでれさんには効かなかった。つんでれさん改めつんどらさん。

494白頭巾:2008/10/25(土) 20:02:47 ID:CRd8ZrdY0
 「全く……」

リアルに噛まれた首を摩りながら、ネルはナイトの駒を動かす(いけめんさんがギョッとしたのは見て見ぬふり)。
それを楽しそうに眺めるルフィエに溜息を吐き、その真っ白な頭を指した。

 「それ、どうしたんですか?」
 「カツラだよ?」
 「ですよねえ」

そう言いながら視界を戻したネル。ルフィエはネルの背中にしなだれかかり、ふぁみたんの腕をばんざーいしている。
ネルとしてはチェス+書類という二つの難敵を相手にしてこの荷物はかなり邪魔なのだが、今日は御法度ととりえあえずしておく(カボチャは別ですけどね)。

 「マースタっ」

と、今度はいけめんさんの後ろから突然金髪の少女が飛び付いた。
その少女を見やったネルが書類の束をバッサーと落とし、ふぁみたんは顔を赤らめる。ルフィエは勝ち誇った表情。何故。
突然背中に受けた衝撃に手に持ったポーンを落としそうになったいけめんさんは、しかしなんとか踏みとどまって何事か振り向いた、

が、今度こそ手に持ったポーンを取り落とした。


王子様がいる。
長いブロンドの髪を三つ編みにし、頭の天辺にちっちゃな王冠をのっけた王子様が。
可愛いー、と目を輝かせるルフィエとキャッと顔を赤らめるふぁみたんに微笑みながら、メリィことごしゅじんさまはいけめんさんに笑いかける。

 「似合ってるでしょっ」

凄い勢いで頷くふぁみたんとは対照的に、赤面したまま固まるいけめんさん。
その反応にご満悦な様子のごしゅじんさまは、"予定通り"ルフィエへと駆け寄った。

 「ルフィエ姫!!」
 「ああ、メリィ王子!」

ごしゅじんさまが叫んだ瞬間、突然立ち上がるルフィエ。
いきなり手を離されたふぁみたんがネルの膝にボテッと落ち、唖然としながらネルはそのやりとりを見やる。

 「迎えにきたよ、私のプリンセス……」
 「王子……あなたがいない夜、私はどれだけ脅えて過ごしたか……」

吐息も触れ合う距離で言葉を交すルフィエとメリィに、いけめんさんは真っ赤になりながらあわあわする。
ちなみに、キャッとしているふぁみたんは既にネルが目隠し済みだ。返す手で慌てるいけめんさんにトドメの一手を打たんとビショップを取る。

 「もう離さないよ、私のルフィエ――」
 「もちろんですわ、王子――」

顔が近い!と手をぶんぶんさせるいけめんさん。ふぁみたんに至っては交される声だけでクラクラしてしまっている。
と、そんな中で。

 「チェックメイト」
 「なっっ!!?」

空気と化したネルが勝利を納め、いけめんさんの罰ゲームが確定した。




 「フェンリル――――っっっ!!!」

勝負が決まった直後、突如開かれた部屋の扉。
バァン、という音に目を白黒させた四人(+一匹)は、同時に部屋に飛び込んできた女性に目を白黒させた。
巫女さんだ。巫女さんがいる。
白と紅の巫女服を着、長い艶やかな黒髪を編んだ巫女さんが、突如部屋に飛び込んできたのだ。
その巫女さんは泣いているのか怒っているのか分からないが、とにかく真赤になった顔でネルへとしがみつく。ふぁみたんびっくり、四人は唖然。

 「フェンリルぅ……頼む、あのお転婆娘をなんとか止め……」
 「……カリン?」

泣きじゃくる声に聞き覚えのあったネルが恐る恐る聞き、巫女さんがこくりと頷く。
これには今度はルフィエがびっくり。あの、いつも鎧+マントの暑苦しいカリンが。
よりによって、一部の層にしか需要のない東方の神官服などを着て。
クールなイメージを叩き割ってしまうほど泣き崩れた顔をしている。

 「逃がさないんだからっ!!」

数秒遅れて、部屋へと飛び入りセミロングの髪を払うプリンセス。
一同はポカンとしながら、カリンと少女を交互に見つめていた。

495白頭巾:2008/10/25(土) 20:03:10 ID:CRd8ZrdY0
お部屋に突然飛込んできた、白と赤の女の人。
つんでれさんの反応からしてお友達みたい。そのお友達のこうはくさん(仮)は、同じく飛び込んできたおじょうさまから逃げるように机の後ろにさっと回る。
一体何事ですか、って渋いお顔をするつんでれさんは、ぐるると唸るおじょうさまに首を傾げた。

 「どうしたんです? カリンが何かしましたか?」
 「私は被害者だ!!!」

つんでれさんにぜろこんまさんびょうで反応したこうはくさん。目にうるうる涙を浮かべてるのはちょっと可愛そう。
どうしたんだろうかな? おじょうさまにあだ名を付けられて泣いちゃったのかな?
どじっこさんはこうはくさんを見て「きゃー、巫女さんだーv」ってぎゅっとし始めた。「ぎゅっ」の怖さを知ってる僕はつんでれさんの膝から動くまいと決めた。

 「あーもー、とりあえずルフィエはカリンから離れる。カリンは隣の部屋で着替えてきなさい。ジョス、とりあえず立て込んでるので一旦解散ということで」

こういうときはやっぱり流石なつんでれさん。僕を抱えたままこうはくさんをお部屋からぽいと追い出して、いけめんさんの首根っこを掴んでずるずると引きずっていく。
だけど、この次にもっとつんでれさんをいらいらさせるお客さんが。




   「カリンかっわいいー!!」
   「うぉああッ!!?」


 「…………今度は、何ですか」

お部屋の外から聞こえる、こうはくさんの悲痛な叫び声。
いけめんさんに捕まってぶーぶー言ってたおじょうさま、二人で盛り上がってたごしゅじんさまとどじっこさんもぴったり止まって、とびらの方を凝視。

   「え、なんで巫女服?! 超可愛いー!!」
   「ええい! 離れろ! 褒めるな! 胸を揉むなぁ――ッ!!」

今日いちばんの盛大な溜息を吐いたつんでれさん。お部屋の外にいるのはこうはくさんと……もう一人?
頭を抱えてとびらを開けたつんでれさんは、廊下でもみくちゃになっていたこうはくさんと、黒と白の髪の毛をした女の子の首根っこをむんずと掴む。
ちなみに、僕はとびらをあける前にはもうつんでれさんの頭の上へ避難完了。

 「サーレ……いつゴドムに戻ってきたんです? ていうかその手の動きをまず止めなさい」

つんでれさんに言われてやっとこうはくさんから離れた女の子。お人形さんみたいな顔つきで「昨日!」って言う姿にどじっこさん以外ぽかん。
ぐすっと涙を拭きながらお部屋から退室していったこうはくさんが見えなくなってから、つんでれさんはとびらを閉める。今日はこうはくさんの厄日みたい。

 「全く、いきなり来るなと何度言えば――ああ、紹介が遅れましたね。こっちが「シャーレーン。長いからサーレでいいよ。好きなものはお菓子で嫌いなのはネルぽん!」

ものの五秒で終わっちゃった女の子……もといおにんぎょさんの自己紹介。どじっこさんは苦笑いだけどみんなは頭に「?」を浮かべてる。
天使が通り過ぎた三十秒間の後、つんでれさんはコホンと咳払いをする。

 「三年ほど前に大戦があったでしょう? 敵の総大将のアジトから救出したんです、諸々の事情があって」

さんねんまえっていえば、僕がごしゅじんさまと出会うよりちょっと前の頃かな。
そういえば、そのころはなんだか外が騒がしかったような気がするけど、いまいち覚えてないな……?

 「とりあえず、さっき言ったとおり一旦解散しましょう。解散。ルフィエ、アーティさんを呼びに行ってくれますか?」
 「……あ、う、うん」

なんだかぐだぐだになってしまったお祭り前のつんでれさんち。
なんだかんだで、お祭りの時間は着実に近づいてきてる。

496黒猫:2008/10/25(土) 20:04:05 ID:JLWm9YSQ0

僕はふぁみりあいーえっくs(ry
え、それはさっきもやったって? いや、やらなきゃいけない気がしたんだよね……何でだろう?
まぁ、いいや! 僕は今、秋晴れの古都にいる。あーあー、本日は晴天なり。うんと、何で天気に拘るかって?
今日はね、はろうぃんってお祭の日なんだって! はろうぃんってね、素敵なんだよ!
皆で思い思いの仮装をして、「とりっくおあとりーと!」ってご挨拶。
「悪戯されるか、お菓子を出すか!」って意味なんだって。どっちに転んでも、楽しいよね!
さっきまで大きなお屋敷でお友達と遊んでいたごしゅじんさまも、王子様の仮装中。
一緒にお出かけの皆は先に帰ったんだけど、ごしゅじんさまは僕の仮装衣装が出来たってんで、寄り道こーす。
お店で早速お着替えした僕は、いつもの緑のふーどとまんとじゃなくて、黒いお帽子と黒いまんと。
お手々に持つのも、いつもの槍じゃなくて茶色い箒なんだよ!
よくわかんないけど、魔女さんの格好なんだって。
この格好なら僕も魔法が使えるのかなーって思ったけど、無理だったみたい。
両手を前にうーんって力を込めてみたけど、ふぁいあーぼると一つも出なかったや、しょぼーん。
そんなこんなで不思議な格好の人が溢れてるのは、今日も賑やかな古都噴水前、ふさふさわんこさんの格好のてれぽーたーさんに、ぎるどほーるに転送して貰う。
そこでは、何か地面に正座したいけめんさんと、それを皆が取り囲んでいるという光景が。
僕もごしゅじんさまも、お目々ぱちくり。
取りあえず、心配そうに眺めていたおどりこさんに詳しいお話を聞いてみた。
実はさっきのいけめんさんとつんでれさんのちぇす、豪華でぃなーをかけてたんだって。
豪華でぃなーを一番楽しみにしていたおねーさまは、大層ご立腹。
そふぁーに足を組んで座って、地べたに膝をつくいけめんさんを見下ろしてる。
怒りのおーらは……漫画家さんがお絵描きしたら、おねーさまの背景は網掛け指定なくらいだよ!

「……で、ソコの優男。この落とし前は如何つけるのかしら?」

右手に持った鞭を軽く左手の掌にぺちぺちしながら、おねーさまが詰問する。

「し、仕方がなかったんです! 二人があんな格好でいty」
「言い訳は男らしくないわよ」
いけめんさんの呟きをぴしっと切り捨てたおねーさまの背後の影、当社比で2倍2倍。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

恐怖政治ってこんな事を言うんだろうなあ。人間さんって恐いね。

「下僕一号、例の物を」
「は、はい!」

下僕一号と呼ばれたごきぶりさんが、蒼白な顔でおねーさまの横に傅く。
その手に捧げ持たれたのは、“?”と書かれた四角い箱。

「ロトBOX……?」

そう、伝説のあいてむ、ろとぼっくす!

「中身は違うけどね」

……の空箱だった、ちぇー。

「この中に、面白い罰ゲームを書いた紙をいくつか入れておいたの」

うっとりとした顔で言うおねーさまに、いけめんさんの顔色が白を通り越して青くなっていく。

「あくまでも……私が、“面白い”だけどね」

皆の脳裏には、今までの“おねーさまが楽しがった出来事”が過ぎってるんだろうね。
ごきぶりさんとはんらさんが、同情の眼差しをいけめんさんに送る。

「一つ、引いてくれるかしら? てゆーか、引け」

満面の笑顔で箱を差し出されたいけめんさんに、おじょうさまの応援が飛ぶ。

「おにーちゃん、がんば!」
「妹よ、今生の別れになるかもしれないおにーちゃんを許してくれ……南無」

ままよ、と突っ込まれたいけめんさんの右手が掴んだのは――。

「……はーい、発表しまーす」

紙を見て真っ白になったいけめんさんの手から紙を奪い取ったおねーさまが、うきうきと言った。

「『服はゴスロリ、頭にウサ耳、語尾は「ぴょん☆」で一日過ごす』でしたー」

うふふ、大当たり引いたわねーとご機嫌のおねーさまとは裏腹に、男性陣は涙を流していけめんさんから目を逸らした。
我に返ったいけめんさんは、引きつった笑顔を浮かべて後ずさる。

「に、似合いませんから……ね?」
「罰ゲームは罰ゲーム、でしょ? さっさと着ないと全裸に引ん剥くわよ!」
「わ、わかりましたから!」

おねーさまにうぃずだむかばーを剥ぎ取られたいけめんさんは、とぼとぼと更衣室へと向かった。

497黒猫:2008/10/25(土) 20:05:58 ID:JLWm9YSQ0
――数分後。
落ち着かなさそうに皆の前に引っ立てられたいけめんさんなんだけど……顔はいいし細いから、無駄に似合っているのが可哀想。

「……本当に一日この格好でいるんですか?」

すかーとがすーすーするのかもじもじする姿に、真っ赤な顔のごきぶりさんが「反則だろ……」と目を逸らした。
やったね、いけめんさん……可愛いもの好きのごきぶりさんをのっくあうとだなんて本物だよ!
満足げに頷いたおねーさまは、たった一単語を肯定代わりに口にした。

「語尾」
「……え?」

嫌なものを思い出した、という風に顔を顰めるいけめんさんに、畳み掛ける。

「語尾は何?」
「う……」

右へ左へ、いけめんさんの目が泳ぐ。

「……男に二言はないわよね?」
「わ、わかりました……ぴょん☆」

よく出来ました、とほくそ笑むおねーさまの前でいけめんさんは泣き崩れた。

「うぅ、色々大事なものをなくした気がします……ぴょん」

そんないけめんさんに合わせて、ふわふわのうさ耳もしょんぼり垂れてる。

「うさちゃんマスタ、可愛いーv」

めそめそ泣くいけめんさんの肩をぽんと叩いたごしゅじんさまの言葉は、振り向いた泣きべそ顔の幼馴染にさっくりととどめを刺した。






―― 一方その頃、古都警備隊の執務室に佇む二人の男女へと話は移る。
それは、先の大戦で活躍した英雄の内の二人。
二人の名は、[蒼き傭兵]アーティ=ベネルツァーと、[白の魔術師]カリアス=ハイローム。
アーティはソファーで悠々と寛ぎ、カリアスは手に布を持ったまま固まっている。……何やら、何処かで見たような光景に近い。
漸く硬直から脱したカリアスは、掠れた声で恐る恐るアーティへと声を掛ける。

「あ、アーティはん?」
「ん?」
「これ、何やの?」

これ――即ち、「着なさい」と渡された女物の衣装を指差しながら、引きつった笑顔のカリアスが訊く。

「何って、メイド服とネコ耳だけど?」

嗚呼、そんなことは痛いくらいにわかっている。聞きたいのは、思わず口から漏れた「何でこないな物を着れと……」という事で。
しかし、その言葉と同時に、辺りの気温が5度は下がった。冷気の出所は、ソファーからゆらりと立ち上がったアーティだ。

「……私のフランテル一周旅行計画を失敗させたのは誰?」

恐らく、先日の優勝賞品フランテル一周旅行の我慢大会に出場して準優勝に終わった事を言われているのだろう。
その我慢大会、カリアスに一言も断らずに勝手に申し込んだのはアーティであり、氷付けやら火達磨やら感電やらが恐かったカリアスが泣く泣く出場して必死に頑張った準優勝の賞品も勿論、カリアスが手にする事はないままアーティに持っていかれている。
因みに、準優勝の賞品はメインクエストでも御馴染みのネイブ滝産高級蜂蜜一年分。
健康や美容にいいと女性に大人気らしい。

「全く、根性ないんだから……普通あれくらいで失神する?」

並み居る屈強な挑戦者の中、荒事向けでないこの細い身体で頑張ったというのに。
もっと詳しく言えば、灼熱の優勝決定戦で脱水から失神するまで頑張ったというのに。
いくら何でも、これは酷い。……まぁ、こんな扱いも今に始まった事ではないのだが。

498黒猫:2008/10/25(土) 20:06:38 ID:JLWm9YSQ0
「そないなこと言うなら、アーティはんが出ればよかったやん」

無駄だと知りつつも思わずぼやいた言葉に、片眉を上げたアーティはただ冷たく返すだけ。

「か弱い女性にあんな酷い事やらせる気?」

そんな酷い事を他人にやらせたんは誰や! そう言いたくても、言えやしないのだ。
いくら[英雄]だの[最速の魔術師]だの[ブルンの守護神]だの持て囃されようとも、この同僚にして最恐の相方アーティ相手では、カリアスは所詮ヘタレなのだ。
ヘタレカリアス、略してヘタリアス。此処、試験に出るよ(何の)

「アーティはんは、か弱くなんて……」

それでも、ついうっかり本音が出たのは、無意識の反抗だったのだろうか。

「……何?」

アーティの周りの空気が、パチッと電気を放った気がした――いや、恐らく気の所為なんかじゃない。

「ごめんなさい堪忍してホンマ許してや」

アーティの満面の笑みに、慌てて謝罪を重ねるカリアス。
嗚呼、口は災いの元。
項垂れるカリアスの目の前に立つアーティの腕に、窓から入ってきた白い鳩が止まる。
その足には、手紙が括りつけられていた。
その手紙に目を通しながら、投げやりにアーティが追撃する。

「そうね……謝罪ついでに、今日は語尾に『にゃん♪』でもつけとくといいわ」

何たる屈辱。されど、逆らう事は即ち――死を意味する。

(あかん……命あってのものだねや……)

カリアスはメイド服とネコ耳を手に、心の中で男泣き。
そんなカリアスに、トドメとばかりにアーティが更なる追い討ちをかけた。

「あ、着替え終わったら、[影狼]の屋敷にこの手紙の返事と荷物を届けてきて」

示されたのは、床に無造作に置かれた重そうな荷物。確かに、鳩に括りつけて飛ばせないだろう。
いや、そんなことより何よりも。

「この格好でネルはん達と会えって言うん!?」

アーティは自分に何か恨みでもあるのだろうか――今回の我慢大会の件以外で。
カリアスの脳裏に、知り合いのファミテイマの少女メリィの言葉が過ぎった。

   「アーティお姉様のカリアスさんへの態度は、きっと……ツンデレね、ツンデレ!」

それはない、断じてない、あったら恐い。むしろ、何かもう勘弁して下さい。

「罰ゲームなんだから、行けって言ったら行きなさい。丁度ハロウィンだから目立たないわよ」

そんな問題なのだろうか――いや、違う。否定疑問文が脳裏に浮かんでは消えた。
いつまでも動かないカリアスに業を煮やしたアーティが、カリアスの目前に指を突きつけて言った。

「いい加減にしないと、一ヶ月間その格好と語尾させるわよ!」
「ほな殺生な!?」

鬼の如きアーティの言葉を受けたカリアスの悲鳴が、古都の秋の空に響いた。




秋晴れの空の下、とぼとぼ歩くゴスロリ魔術師。
あの角を曲がれば、後は遠目でも見える広大な目的地まで真っ直ぐの道程だ。
知り合いにこの姿を見られたくない一心で自然と早くなる足取りのまま角を曲がると、向こうから来た人とぶつかりそうになった。

「おっと、失礼……え?」
「いや、こっちこそ……ん?」

よーく見ると、知り合いにそっくりのような……目の前にいるネコ耳仮装の美人な女性は、まさか?

「カリアス……さん?」
「その声はまさか……ジョスはん?」

かくして、古都の中心でネコ耳男子とウサ耳男子は邂逅した。

499黒猫:2008/10/25(土) 20:07:40 ID:JLWm9YSQ0
――ウサ耳とネコ耳、この二人は同じく魔術師である為、それなりに面識も交流もあった。
高名なカリアス程ではないが、ジョスもまたそれなりには有名なのだ。
因みに、ジョスとは幼馴染のテイマのPにいけめんさんと呼ばれている魔術師の偽名兼通称だ。
生まれの所為で本名を名乗ると非常に面倒な事になるので、基本的に偽名で通している。

まぁ、ソレはまた別の話――。
「な、なんでそないな格好してはるん……」
「か、カリアスさんこそ如何して……ぎゃぼー」

イキナリ奇声と共に耳を押さえて蹲るウサ耳の魔術師。
まるで耳メテオでも喰らったような――仲間、いや、仲魔から、実際に喰らっているのだが。

「そんなに語尾語尾って耳メテオしなくても、ちゃんと語尾につけますぴょん!」

ヤケクソで叫び涙目の魔術師の姿は何故か自分を見ているようで、
カリアスは遣る瀬無く目を逸らした。
と、そのカリアスの目前を一本の槍が高速で飛んでいき、奥の民家の壁にめり込んだ。
本体とオサラバした前髪が数本、名残惜しげに宙を舞う。
ばちっと電気を放ちながらも反動でみょんみょん揺れるその槍は――とてもとてーも、むしろ嫌と言う程、見慣れた槍で。
衝撃に驚いて飛び出して来た不幸な民家の住人が、槍に括られた文を見て震え上がった。
「ぶ、ブルンの[蒼い悪魔]の筆跡……!」
[ブルンの守護神]が護るべき住人に怯えられて如何する。
恐怖に腰を抜かした住人の手から零れ落ちた紙は、空気を読んだ風に吹かれてカリアスの足元へと。
そこには簡潔に、「語尾、つけてるわよね?」と書いてあった。

「イエス、アイ、マム……にゃん」

背筋に冷たい汗が流れるのを感じたまま、直立不動のカリアスは呟く。
何とも言えない目でコチラを見ているウサ耳魔術師と目が合ったネコ耳魔術師は、お互いに肩を落とした。



仮装した市民でごった返す古都を、気を取り直したウサ耳とネコ耳が歩く。
二人ともなまじ顔がよいだけに、哀しいかな、目立っていた。
「今から諸悪の根源、ネルさんのお宅にお届け物に……ぴょん。

 いや、勝負に負けたのは私の所為なので、他人の所為にしてはいけないのですが……ぴょん」
「そっちもネルはんとこなんかいな……にゃん」
「はい、チェス勝負の罰ゲーム、ネルさんのお宅でフルコースを作成……ですぴょん」

――実はこのウサ耳魔術師、何故か古都の主婦に人気の魔術師ギルド機関紙『月刊ウィザード・増刊号』の『今の時代は料理が出来る男がモテる! 料理が美味い“イケメン☆魔術師”大特集』で紹介されていた事がある程の料理の腕前だ。
本人は真面目な記事だからと騙されて取材されたと嘆いていたのは、また別の話だが――。




――その頃、物陰では。
僕、ふぁみりあいーえっくすと愉快な仲間達……ごめんね、一回言ってみたかったんだ。
えっと、いけめんさんのぎるどめんばーが覗き見中。

「ふふ、ふふふ……」

先頭に立って覗くおねーさまは、大変ご満悦なご様子。かぎのついた尻尾がご機嫌にゆらゆら揺れてる。
その背後には、僕を抱き上げるごしゅじんさまと、僕のほっぺをつんつくするおじょうさま。おじょうさまは笑いを堪えるのに必死。

「ぷくくくく、白い人ってばネコさんになってる、ぷくくくく」

まっしろさんとおじょうさまの初対面の時、第一印象からおじょうさまが「驚きの白さだから、洗剤さん!」とのたまったのを思い出して、僕は噴き出しそうになった。
流石に、いけめんさんに全力で止められて結局落ち着いたのは、白い人。
他にも、ごきぶりさんの渾名の「カラスみたいだから、かーくん」と対の「白鳥みたいだから、はーくん」とか「郵便食べちゃう、白ヤギさん」とか「お好み焼きをオカズにご飯食べれるから、ご飯さん」とか「真っ白で清純なふりふりエプロン、新妻さん」とか「じゃぁもういっそ、チョークさん」って案もあったみたい。……どれも大概失礼だよね。
そんなおじょうさま、「れっつ、光合成ー!」とか言いながら、
僕に如雨露でお水かけてきた事もあったっけ……理由は「緑いから」だった筈。
緑=植物さんだったら、風属性攻撃武器も光合成出来るって理屈になっちゃうのになぁ。
物思いに耽る僕を現実に戻す、おねーさまの声。

「ふふ、このまま順調だと面白くないから〜♪」

パチンと指を鳴らしたおねーさまの前に、何処からともなく現れた子ども達が並ぶ。

「行くのよ、第一特殊部隊!」

びしっと指を指した先には、いけめんさんとまっしろさんの後姿。
おねーさまによる嫌がらせ第一弾、子どもの素直さ攻撃作戦開始だ!

500黒猫:2008/10/25(土) 20:08:11 ID:JLWm9YSQ0
――その一方、何も知らない魔術師ーズは。

「で、特化型ヘイストと通常型ヘイストの魔術展開時の魔力分布は――」
「成る程、その差異により通常ルートとは違う魔術回路が派生して――」

……学術的論議に夢中になっていた。
此処が魔術師ギルドの研究室だったなら、二人の格好がマトモだったなら……すれ違う人々がこんなに奇異の目を向けなかっただろうに。
そんな二人の前に、小さな影が立ちはだかり、一斉に声を上げた。

「わー、ねこさんだー!」
「きゃー、こっちはうさぎさんだー!」
「「かわいいー!!!!」」

大の大人、しかも男性が、女装に動物耳で可愛いと言われてグサグサこない筈はない。
忘れていた現実が再び襲い掛かり、二人を苦しめる。

「う、うあわぁぁぁぁ、可愛くありませんぴょぉぉぉん」
「ひぃぃぃぃ、堪忍してぇにゃぁぁぁん」

上がる悲鳴も何のその。

「ぴょんだって! かわいーぴょん!」
「にゃんだって! かわいーにゃん!」

無邪気に言われれば言われる程、追い詰められる二人。

「こうなったら、あれです……ぴょん」
「こうなったら、あれやな……にゃん」
「「……三十六計、逃げるに如かずーぴょん(にゃん)!!」」

子どもを振り切るように、賑わう古都を全力疾走する二人の魔術師。
その背には、カリアス謹製の移動速度特化型ヘイスト×二人前……非常に、大人げない。
恐ろしいまでの速度はまるで風のようで……不幸にも遭遇した通行人や露天商が驚きの声を上げる。
古都を駆け抜ける“風”は、まっすぐにヴァリオルド邸を目指していた――。

501白頭巾:2008/10/25(土) 20:08:54 ID:CRd8ZrdY0
ところ変わって、古都ブルン。

 「はいやぁッ!!」

普段は静かな南東区――そこから、凄まじい量の雷撃が空へと立ち上がった。
見間違えようのない、青と青の雷撃――アーティの放つ[ライトニングジャベリン]。
町行く人々は「またか」と唸り、商店の主たちは慌てて店じまいの準備を始める。
一週間に一度は見られるブルン名物[ジャベリン昇り]。アーティがカリアスに対して事あるごとに放ち、毎週町に甚大な被害をもたらすこの一撃は、
しかし、今日はさらにタチが悪かった。

 「ゼッッッタイ逃がさないんだから!」

次いで天に打ち上がった、目も眩むような金色の閃光。
アーティのライトニングジャベリンにも劣らないその閃光の正体は、やっぱりというかルフィエの得意術たる[スーパーノヴァ]verカステア。
それをぶっ放った張本人たるルフィエは、しかし命中しなかったのを見るや否や。

 「ッスゥ――……せいやぁっ!!」

特大の光弾を、視線の先にある"エモノ" へと放った。
が、そのエモノ――否、アーティも返す手で雷撃を放ち、ルフィエの放った光弾を軽々と打ち破った。
その、アーティが雷撃を産み出すのに費やした時間をルフィエは逃さない。即座に軽いステップを刻み彼女へと飛び掛った。
その、見る者たちを魅了してしまうほど見事な戦い。しかし、当人たちには余裕の欠片もなかった。

 「ゼッタイ着てもらうんだから、フリフリドレス!!」
 「着ないわよ! 私はあのバカの監視……じゃなくて、パトロールに忙しいのよッッ!!」
 「パトロールなんて一度もしたことないじゃない!」
 「なっ……私だってたまにはするわよ!」
 「毎日しなよ!!!」

この会話が交わされている間にも、数十本の雷の矢、数十発の光弾が双方の間を飛び交っている。なんとも荒々しい口喧嘩である。



事の始まりは数十分前。
いけめんさんの狼狽っぷりを見てご満悦なルフィエは、吸血鬼のコスプレをしたままの姿で町へと繰り出した。
さすがはお祭り数時間前といったところか。町中の人々が様々な仮装をし、街灯もパンプキンヘッド風にアレンジされている。
仮装する人々の中には仮面を付け、紅色のローブを被った少年の姿も見受けられる。恐らく大戦での[紫電狼]をモチーフにしているのだろう。
自分が直接戦闘に関わった回数は少ないので英雄に見られることもないが、「ネリエル」「アーティ」「カリアス」の三人の名は、ブルン中に知れ渡っていた。
三人が三人ともそれで天狗にはなったりしない性格だったため、特に前までの生活とは大差ないが。むしろ大戦が終結し、根強く残っていた差別意識が薄れてきているのは本当に良かった。
最も、差別意識が薄れたのは彼女と、今はここにいないもう一人のリトルウィッチが三年間、古都の復興に尽力し続けた故の成果なのだが。

やはりお祭り前の雰囲気とは、体中がムズムズしてしまうほど感情が昂ってくる。
その内「みwなwぎwっwてwきwたwww」とか言い出しかねないルフィエは、だが既に先ほどウルフマン姿のホールテレポーターにハグを食らわせ、町中に星型の紙吹雪を降らせていた。
大戦で英雄となった三人とは違い、ルフィエは祭事に現れては騒動を起こす、古都の名物のようなものにすらなっていた。

502白頭巾:2008/10/25(土) 20:09:16 ID:CRd8ZrdY0
と、

 「あれ」

町を行き交う仮装姿の人々たちの合間、アイテム商店の陰に自分の見慣れた姿を見かける。
青い髪に、細身で丁寧に手入れが施された意匠の槍を携えた女性――アーティ=ベネルツァー。
アーティさん、こんなとこで何やってるんだろう。もしかしてパトロール?
……ナイナイ、アーティさんがパトロールなんて、天地が三回転くらいしないとありえないんだから。
とりあえず直接聞いてみよう、と歩み寄ろうとしたルフィエは、
しかしその視界の端に、二人の女性を捉えた。

 (……あれ、あの二人)

遠くから故よく見えないが、一人は白と黒でデザインされた――いわゆるゴスロリ服に、ウサミミを付けた女性。
もう一人は、自分もヴァリオルド邸で給仕の練習をする際(ヴァリオルドのメイド達は自分より家事炊事が忌々しいくらい上手かった)に着るメイド服に、ネコミミをつけた女性。
ゴスロリの方はともかく、メイドの方はヴァリオルドのメイド服を着用していた。もしかしてネルが使いでも出したのだろうか。しかしネコミミ……?
と、
その二人が、突然無数の子供たちに囲まれる。子どもたちの無邪気な声に、しかしなぜか二人の女性は苦悶の表情を浮かべ、

 「――!」

一瞬後、凄まじい速度で明後日の方向へ飛び去ってしまった。
だがルフィエは、今の光景で理解した。どうしてアーティがあんなところにいいるのか。
視線を流せば、"やはり"アーティも慌てて商店の影から飛び出した。これは間違いない。
 (尾けてるんだ、アーティさん)
フフと(なぜか頬を染めながら)アーティへと忍び寄り、マペットの力で気配を洩らさないよう細心の注意を払いながら、

 「アーティーさぁ〜ん」

マペットの力を解いた瞬間、アーティへとしなだれかかった。
突然これをやられて、驚かない相手はいない。ネル相手に行ったときも、半時間口をきいてくれなくなったほど驚いていた。
これをやった後ネルとマペット、二人のカタブツにきつーいお説教を食らったわけだが、そんなことはどこ吹く風、全く反省していないルフィエである。
しかも、今度はネルのときのように抱きつくだけではない――「耳にふっと息を吹きかけ甘噛みする」というおまけつきである。反省しないどころか悪化している。
案の定、「はひゃわっ!?」という普段は絶対に聞けないような可愛い声を出し、アーティが地面に突っ伏す。ルフィエもろとも。

 「尾行はヨクナイですよ〜、アーティさぁん?」
 「そ、その声……ルフィエね? いったいこんなとこで何やってんのよ!」

最初こそその服装と髪にキョトンとしたアーティも、しかしすぐに我に戻って立ち上がる。首に手を回しているルフィエも引きずられるように立ち上がった。
そこでようやくアーティから離れたルフィエは、しかし人差し指を唇に当てて微笑む。

 「カリアスさんの後を尾けて、何か楽しいことがありますか?」
 「っな――バカなこと言うんじゃないわ。私はパトロールをしてるのよ、パ・ト・ロ・オ・ル!」
 「ふぅん……そういうことにしておいてあげるっ」

びし、とルフィエの言葉に青筋を走らせたアーティ。
だがそんなものは見えていないルフィエは、クルリとその場で一周回転し、言った。

 「アーティさん、たまには素直になってドレスとか、着てみたらどうですか?」

503白頭巾:2008/10/25(土) 20:09:39 ID:CRd8ZrdY0
その後、拒否し続けるアーティにだんだん意地になっていくルフィエ。
アーティの方もいきなり「お姫様のコスプレしろ」などと言われてはたまったものではない。
最終的にキレたアーティが雷撃をぶっ放ち、以下略。
古都の復興を誰よりも喜んでいたルフィエと、古都の平和を守る立場であるはずのアーティ。
その二人が古都を舞台に激闘を繰り広げるとは、なんとも馬鹿げた話である。

 「とーまーれー!!」

ひょいひょいと屋根から屋根へと飛び移るアーティに向かって、ルフィエは叫びつつ両の手を翳す。
一瞬後、これでもかと言うほど大量の光弾を彼女に向けてぶっ放ち、自身は遥か上空へと打ち上がった。
自分へと迫り来る光弾の数々。アーティは後ろを振り返ってそれを確認するや否や、

 「ッはいやぁー!!」

彼女の誇る細身の槍――レヴァンティンを"屋根"へと突き立て、小さな声で、しかし的確に呪文を紡ぐ。
それと同時に発動する術が槍へと稲妻を召喚し、一挙に光弾らへと放たれた。傍から見れば光と光のオンパレードである。
[ガーディアンポスト]、槍を媒体に雷を召喚する術であるが、民家の屋根に槍を突き立てて術を発動したのがアーティが初めてであろう。
光弾全てが稲妻で相殺されたのを確認し、アーティは槍を屋根から引き抜いて再び走り出す。家主が帰ってきたとき、大穴の空いた屋根を見てどう思うだろうか。

と、
 「!」

歩を進めようとしたアーティの足は、しかしすぐに止められる。十数人ものルフィエに囲まれたことによって。

 (ガルパラってあーた、ここ街中よ?)

などと自分のことは棚に上げて非難するアーティに、空中から舞い降りたルフィエはにっこりと笑って言う。

 「さ、フリフリドレス着ようか」
 「ふん、絶対嫌よ。やりたければ力ずくで――」

やりなさい、とアーティは言おうとして、しかし言えなかった。
前後、左右。自分を取り囲むルフィエから、凄まじい、とにかく凄まじい量の魔力を感じ取ってしまったから。
恐る恐る辺りを見回してみれば、アーティを取り囲むルフィエの内、四人のルフィエが"何か"の術を発動しようとしていた。
マズい。これはひじょーにマズい。
下手をすると古都が消し飛んでしまうかもしれない。ていうか消し飛ぶ。この威力はゼッタイ消し飛んでしまう。

 「ちょ、ちょちょちょちょちょっと待ちなさいルフィエ! そんなもの撃ったら古都が消し飛ぶわよ!!」

と両手をブンブンと振るアーティだが、しかし時既に遅し。
術をあっという間に完成させてしまったルフィエは、アーティの言葉に笑って言い放った。

 「乙女は一度決めたことは曲げないの」

その言葉と同時に、アーティの正面、背後、そして左右から"四発"のルリマがぶっ放たれ、アーティごと罪もない民家Aの家は跡形もなく消し飛んだ。
フリフリドレス>古都ブルンネンシュティング。後世に長く語り継がれるであろう伝説が生まれた瞬間であった。





 「…………ルフィエ、ちゃん?」

噴水前に来て、とルフィエに耳打ちされたごしゅじんさまは、魔法使いふぁみたんを抱えながら"それ"を凝視した。
黒い。とにかく黒い何か。人の形をしているのはたぶん気のせい。
これって一体何なのだろう。新種の亜人だろうか。
恐る恐るその消し炭みたいな亜人を指したごしゅじんさまに、ルフィエは笑顔で言い放った。

 「これ、アーティさん。例のフリフリドレスを着せにきたよ」
 「…………」




 「えっ?」



 「え、ちょっと待ってルフィエちゃ「大丈夫安心して! ちゃんとルリマぶち込んで気絶させてるから!!」
 「いやそういう意味じゃなくてね「フリフリドレスはヴァリオルドからちゃんと持ってきてあるから! はいこれ!!」
 「え? え?? えっ?? なんでこれ私に渡「じゃあよろしくね! 私はヴァリオルドに戻ってるから!!」

悉くごしゅじんさまの質問を一刀両断し、ルフィエはマシンガントークを華麗に披露してから彼女の手に消し炭と紙袋を押し付けた。
え――と声を上げるごしゅじんさまにも目もくれず、大空へと吸血鬼は打ち上がった。後塵に星の欠片を飛ばしながら。
星形の紙吹雪を唖然として眺めながら、ごしゅじんさまはその場で五分ほど立ち尽くした。

504黒猫:2008/10/25(土) 20:12:11 ID:JLWm9YSQ0

「……ええと、一体何が起きたんです?」

二人の目的地、広大な邸宅の主――ネリエル=ヴァリオルドⅣ世は、目の前で荒い息をしている二人の魔術師を前に、困惑の色を浮かべていた。
しんどいわーと言いながらも元気なのは古都警備兵時代から先の大戦まで苦楽を共にした仲間だし、体力の限界とばかりに頽れているのは数刻前まで自分とチェスをしていた相手だ。
二人ともおかしな格好をしていて、更には何かから逃げるように全力疾走して来た事をさえ除けば……普通の友人の訪問なのだが。

「ネルさんに……負け……罰ゲー……げふ、ごふ、がはっ!」

息も絶え絶えなのに無理して説明しようとしたウサ耳優男は、咳き込んだ。
乾いた喉か唇が限界だったのだろうか、真っ青な口元からたれーっと一筋の血が流れ落ちる。
何も知らない人が見たら、「死ぬ、このままじゃ死ぬ」と思う事だろう。

「……わかりましたから、何も言わずに水でも飲んで落ち着いて下さい」

ネルは本日何度目かもわからない溜息をつき、頭を抑える。

「ネルはん、自分が聞いたんに酷い……にゃん」

思わず突っ込んだカリアスを、ネルが容赦なく斬り捨てる。

「煩いですよ、バカリアス。バカだバカだと思っていましたが、まさか此処までとは。
 大体何ですか、そのふざけた格好と語尾は。夏は終わったというのに、今更脳に変な蟲でも沸きましたか、このバカリアス」

怒涛の勢いで厭味が返って来た――それも、総て一息で。

「ネルはん、酷い……にゃん」

ウサ耳魔術師相手とネコ耳カリアス相手の、この態度の差は何なのだろうか? アーティだけでなく、ネルも自分に何か怨みでもあるのか?
カリアスは泣きたくなった。




漸く落ち着いた魔術師をキッチンに案内したネルは、「では、バカリアスと一緒に応接室で待機しますね」と立ち去った――去り際に「期待してますね」という言葉だけを残して。
二人を見送った魔術師は、完全スキル装備で瞳を閉じて、深呼吸。
着替えたら仲魔に呪い殺されそうなので、ゴスロリ服の上から愛用の装備を羽織り、頭に乗せた王冠からはウサ耳がはみ出す、そんなかなりシュールな光景だが見るものはいないのが救いだ。
本気装備で挑むのは、たかが料理、されど料理。
いくら魔法料理人とは言え、本来なら大勢の料理人を集めてもかなり時間がかかる事だ。自慢のスキル装備でも速度が少々足りないだろう。
そこで、先程のカリアスとの会話を思い出す――そう、移動速度特化型ヘイストの構成理論だ。あれを応用すれば、理論的には攻撃速度特化型ヘイストも組み立てれるのではないか?
その後は、移動速度特化型ヘイストに攻撃速度特化型ヘイストを、重ね掛けすればよい。
速度上昇スキルの上書きは、移動速度と攻撃速度は別々に行われるからだ――スキルレベル40以下のヘイストが想起で攻撃速度だけ上書きされる、などがよく見るケースだ。

「……試す価値はありますね」

呟き、瞳を閉じた。カリアスから聞いた基本理論を自分なりにかみ砕いて、共感・理解する――まるでサマナーが自然と共感するかのように。
脳裏に描いた通常のヘイストの魔術構成に、少しだけ力の流れをつける。全体の魔力の流れが淀まないように慎重に組み込まれた、小さな小さな高低差。
魔法陣を循環する、広く普及したものと似て異なる魔力構成に、悪戯好きが多い風の精霊が興味深げに寄ってくる。
紡がれた祝詞により与えられた風の加護は、流石に本家には遠く及ばなかったものの――確かにいつもよりは移動に重点がおかれたモノだった。
「初めてなら、こんなものでしょうか」
まだまだ改善の余地はありますが。そう独り言を零し、再び集中する。先程とは真逆の方向で、小さな流れを乗せた。
風の精霊が、楽しくてたまらないと歓喜の声をあげる。
再び放たれた攻撃速度特化型の魔術は、先程の移動速度特化型よりはマシになっていた。
ソレは、先程の経験からなのか、攻撃速度特化の方が合っていたからなのか――どちらかはまだわからないけれど。

「後日、じっくり研究してみましょうか」

満足そうに頷いて、袖を捲くり上げた。「料理をするよ」との呼び掛けに、火・水・風と色んな元素の精霊が集まり辺りを飛び回る――さぁ、魔法料理人のマジックショーの始まりだ。
モーションさえない程のスキルレベルのフォベガで一気にチャージする。更に、水属性魔法や風属性魔法、火属性魔法――三元素をフルに使用し、恐ろしい速度で料理を作っていく。
その早すぎる速度はまるで……深夜のコロのように、素人にはモーションが見えなかった。

505黒猫:2008/10/25(土) 20:13:02 ID:JLWm9YSQ0

――その頃の古都では。
どじっこさんに託された“もの”に、呆然としていたごしゅじんさまだったけど、懸命に呼びかけたら我に返ってくれたよ。
でも、逆にごしゅじんさまってば慌てふためいちゃって、さぁ大変!

「如何しよう如何しよう! アーティさんが死んじゃう!!」

まだ生きてるのかな……とか思っちゃったけど、触ったらぽろぽろ崩れそうで恐くて触れないよ!
「取り敢えず、羽? いや、灰? あれ、灰ってば何処だっけ!?」
鞄をごそごそ探すも、慌ててるからべるとに入れてるのに気付いてない。
でもねでもね、もっといい方法があるよ、ごしゅじんさま!
ごしゅじんさまのお洋服の裾をくぃくぃして注意を向けて、僕は必死にすくわっと。
効果音にちゃーらーらーって鳴らないけど、ごしゅじんさまはやっと僕が言わんとしてる事に気付いてくれた。

「あ、おじさまのデスペナなしリザ!」

急いでまっするさんをお呼び出しだ!




――舞台はヴァリオルド邸に戻って。
食堂に並べられた晩餐を見たカリアスが、驚愕の声を上げる。

「こ、これは、まさか……伝説の、満漢全席!?」

驚きの余り、語尾を忘れている事にも気付かぬまま、目線は料理に釘付けだ。
ネルがそんなカリアスに説明を求めた。

「カリアス、満漢全席とは何ですか?」

――説明しよう、『満漢全席』とは!
ブルン王国の前身、遥か昔の古代王国の宮廷料理の事である!
全国津々浦々の高級品・珍品、総てを含め、その総数は数百品目に及ぶ。
古代王国では、一度催されれば三日三晩に亘り豪華料理を作り続けては食べ続けたという――。

「――ってとこですにゃん」
「成る程。一々語尾がムカつきますが、よしとしましょう」

一々発言がムカつくのはどっちや!
言いたいけど命が惜しいので我慢する、哀れなヘタリアス。
「ふふふ、流石に一人で全品は無理なのでプチですが。

 食費はヴァリオルド家持ちと言う事で、奮発しましたよ……ぴょん」

眼鏡を光らせて本日の料理人が指を振る。格好つけても、語尾がコレじゃ……。

「確かに、これだけの料理やと、食材だけで数十万しそうやにゃん」
「いいえ、一卓で数Mですぴょん」
「流石、宮廷料理……それなりにしますね」

真顔で言い切る魔術師もだが、一食数Mもの食材費を「それなり」の一言で済ましてしまうネルも恐い。
そんなネルは、食卓のど真ん中に鎮座する大きな塊が気になった様子。

「これは何です?」
「こちらは『紅焼熊掌』――キングクマーの巣産、最高級キングクマーの手ですぴょん」

キングクマー。
それは数々の冒険者を殺り、好物のハチミツより人間の血が染み付いた手を持つとまで言われる、クマーの王者。

「流石に市場に出回らないので、ギルメンに頼んでさくっと狩って来て貰いましたぴょん」

――その頃、クマー杖を手にホクホクの剣士がくしゃみをした。
隣で同じく、クマーベルトを手に涙目のシーフもくしゃみをした。
まぁ、本筋に関係なく如何でもイイ話なので割愛――。

「丁度沸いていてよかったですぴょん。やるからには完全な物を作らないとですぴょん」

不敵な笑みと共に、ウサ耳魔術師の眼鏡が妖しく光る。
この人、本気だ――カリアスはまるで恐ろしい者でも見る目で、先程まで同志だった筈の人物を見る。
マトモだマトモだと思っていたのに、この人は例の同僚と同じ側の人種なのかもしれない。
それは、カリアスの脳内に要チェック事項として刻まれた。

506黒猫:2008/10/25(土) 20:14:46 ID:JLWm9YSQ0

―― 一方、こちらは窓の外。

「くしゅ」
「いくしっ」

くしゃみをするはんらさんとごきぶりさんを眺め、おじょーさまが「あれれ、風邪?」と心配そう。
さっきね、けしずみさんを復活させた後、お屋敷の前でばったり合流したんだよ!
その復活も大変だったんだからね!
そう、こんな感じに――。
慌てて駆けつけたまっするさん、あまりの惨状にぽかーんとしちゃった。

「こんなに酷い怪我人は見た事ありませんよ……はぁ」

深呼吸、一つ。後は、目を瞑って神聖なお祈りを。

「神よ、彷徨える哀れな魂に正しき導きの手を――リザレクション!」

精神を集中して唱えられた祝詞と聖なる光がけしずみさんを包み込む。

「慈しみ深き主よ、か弱き民に癒しの光を――フルヒーリング! フルヒーリング! フルヒーリンg(ry」

続けてたたみ掛けるように放たれた綺麗な光が次々と注がれた。
光が余韻を残して消えた後には、若干煤が顔についてるけど、つやつやのお肌に戻った元けしずみさんの姿が。
流石に精神力を使い果たしたのか、まっするさんが肩で息をする。お疲れ様!
あんよをぽふんと叩いて労った僕に、にっこりと笑いかけてくれたまっするさん。かっこいいなぁ。
意識を取り戻した元けしずみさんが、身体を起こそうとしたら、あら大変。

消し炭になった鎧がぽろぽろと……きゃー!

僕がお手々でお目々を隠すその前に、顔を逸らしたまっするさんが大きなお手々で隠してくれた!

「きゃー、マントで隠すからコレ着てー!」

ごしゅじんさまががさがさと紙袋を渡したのかな?

「な、こんなもの……!」
「鎧、燃え尽きちゃってたから……これしか着替えないから、観念して着て!」

でも、ごしゅじんさまが重ねた言葉に、元けしずみさんは「くっ」っと声を詰まらせた。
その元けしずみさん――改め、ふりふりさんは、また何処からともなく飛んできたどじっこさんに捕まって連れ去られてしましたとさ。
その姿はまるで……そう、僕ぴったりな言葉知ってるよ!
うんとね、あぶだくしょん!
――お話を今に戻して。
いけめんさん、おどりこさん、おどりこさんのお迎えに行ったまっするさん――この面子以外は、ばったりとつんでれさんのお家の前で遭遇したんだ。
で、今に至る、と。
嫌がらせ大作戦総司令だったおねぇさまはもう、すんごくのりのりで――。

「あー、もう! ちゃんと第四弾まで用意した嫌がらせ作戦が台無しじゃないの!」

とか言いながら、逃げられた事にはんかちを噛み締めて悔しがっていたり。あーあ、後が恐そうだ。

「あら、こんなところで何を?」

突然の声に振り返ると、大きな包みを持ったおどりこさんとお迎えに行ったまっするさんの姿。
必死に窓から覗き込むおねーさまの姿に、まっするさんが「何をやっているんだ」と頭を抱えた。

「何って、見ればわかるでしょ? 観察よ、観察!」

何故か胸を張って威張るおねーさまに、おどりこさんも困ったようにふんわり苦笑する。

「で、そっちは何で此処に?」
「マスターに頼まれた食材を取ってきたんです。新鮮なバッファローのお肉ですよ」

おどりこさんは「久々に槍を回して弓で射ましたよ」とくすくす笑う。
ばっふぁろーさんは、うしさんなんだけど、おねーさまみたいにがぶがぶがお上手なんだよね。
近距離攻撃に発生するあれ、わーむっていうの? あー、思い出しただけで痛い痛い。

「俺達はクマーとラットキングで、そっちはバッファロー……明らかに俺達のが大変じゃねーか!」

同じく大きな包みを抱えたごきぶりさんが嘆く。
さっき届けたくまーさんの次に、らっときんぐさんを倒しに行くなんて、ぱわふるだよねー。

「まぁまぁ、距離的な問題だろ? それに、余ったらきっとお持ち帰りくらい……」

はんらさんがごきぶりさんを宥めたけど――。

「……ルフィエちゃんがいるのに、余るのかなぁ?」

ごしゅじさんまの言葉で、ごきぶりさんはしょんぼりして地面にのの字を書き始めた。
のがひとーつ、のがふたーつ、のがみっつー、のがよっつー、のがいつーつ――。

「あーん、あんなに豪勢なご馳走があるのにー! あの優男、もっとシメてやればよかったわ!」

おねーさま、みっともないです……。
あ、噛み締めてたはんかち、耐え切れずにぶちって千切れた。
見かねたまっするさんがおねーさまを窓から引っぺがそうとした、その時――何かに気付いたごきぶりさんが顔を上げる。

507黒猫:2008/10/25(土) 20:15:13 ID:JLWm9YSQ0
その目線の先には、黒服のがーどまんさんがわらわら。

「……この屋敷に何かご用でしょうか?」

そうにこやかに笑う一番偉いっぽいがーどまんさんに、引きつった笑顔ではんらさんが弁明しだす。

「あの、その……怪しい者ではなく……ええと、お届けモノです、はい」

背後で露出度の高いお仲魔が窓から覗き込んでいるんだもんね……しどろもどろになる気持ちもわかるけど、ひじょーに情けない。





「お客様で御座います」

食堂に案内された僕達を待っていたのは、つんでれさんといけめんさんと――予想以上に美味しそうな匂い。
誤解を解いたがーどまんさんが、ひつじさんに取り次いでくれて、食堂にご案内してくれたんだ。
あ、執事さんって言いづらくて噛んじゃうから、ひつじさんって呼ばせて貰ったよ!
ごきぶりさんとおどりこさんから包みを受け取ったいけめんさんがぴょこんとお辞儀。
「食材、ありがとう御座います……あれ、如何して貴女達まで一緒ですぴょん?」
お首を傾げたいけめんさんの動きに合わせて、うさ耳も揺れる。
勿論、おねーさまが覗き込んでいた事に気付いてたと思われるつんでれさんは、溜息を一つ。

「折角ですから、一緒に食べてって下さい。いくらルフィエがいても、この量は無理です」

さもありなん。
机の上には、てんこ盛りのご馳走!
途端に顔を輝かせたおねーさまは、「アンタ、見かけによらずイイヤツね!」と、つんでれさんの肩をべしべし叩いてた。

「見かけによらず、は余計です」

顔を顰めるつんでれさんに、まっするさんが「ごめんなさい、悪気はないんです」と必死に謝罪。
まっするさんって、ふぉろー体質だなぁ。
つんでれさんが「本当はお行儀が悪いので今日だけですよ」って僕をお膝の上に乗せてくれたよ。
ごしゅじんさまは、くすくす可笑しそうに笑ってる。
そんなごしゅじんさまを見ながら、僕もいただきまーすって両手をぱちん。
ご馳走は本当に美味しくてほっぺが落ちそうだった――本当に落ちたら困るけどね!



――20分が経過した。
これだけの人数で食べても食べてもなくならない料理の山に、脱落者続出。
本日のシェフの魔術師は嬉々としてラットキングとバッファローを調理中だという事実に、既にお腹がいっぱいな面子は目の前が真っ暗になる。
やはりルフィエがいないのがかなりの戦力ダウンなのだろうか?
先程までネルの膝の上にいたファミリアは、お腹をぽんぽこぽんに膨らませて、すやすや夢の中。
お腹が一杯になると眠くなる辺り、まるで幼児にそっくりだ。
そんなファミリアが風邪をひかないようにセバスに言いつけて毛布をかけているネルは、やはり小さいモノ好きなのかもしれない。

「それにしても、ルフィエは何処へ行ったんでしょうk」

賢く少量ずつ色々な料理を堪能していたネルがそう呟きかけた途端――。

「とりっくおぁとりーとぉぉぉ!」

とぉの部分を雄たけびのよう様に叫びながら、ルフィエが天窓から飛び込んできた。

「ぴぎゃ!」

――尤も、着地を失敗して、頭から床と感動の対面を果たしていたが。

「い、痛い……」
「何やってるんですか……」

半泣きのルフィエを眺めながら、ネルは深い深い溜息を一つ。

「何って、吸血鬼ごっこだよ?」

吸血鬼は天井から現れるって相場が決まってるの! 自信満々に胸を張るルフィエに、ネルが言い返す。

「何処の世界に頭から墜落する吸血鬼がいますか」

ネルは「えー、いるかもしれないよ!?」と不満そうなルフィエを眺めて、一応無事を確認する。
そして、目線を食卓に戻して――そう、ルフィエの奇行に一々構っていたらキリがない。
因みに、ネルは落下するルフィエを受け止めようと思えば出来たのだが、敢えて見捨てた事を追記しておく。
『天窓からコンニチハ☆ドッキリ大作戦』は、ルフィエが自らやった事、つまりは自己責任。
何より、食事中に席を立つのは行儀悪いし。
閑話休題。
既にダメージから復活したルフィエは、食卓に並ぶご馳走に目を輝かせた。
救世主、現る。この瞬間、ルフィエは間違いなく“英雄”となった。

508黒猫:2008/10/25(土) 20:18:26 ID:JLWm9YSQ0

――そんな食堂を物陰から覗きこんでいたのは、一人の女性。
少し前まで、ルフィエに縛られた挙句に猿轡まで噛まされて監禁されていたアーティである。

「せっかく可愛い格好だから、カリアスさんに見せてあげないと♪」

そんな台詞を述べながら、抵抗する自分を笑顔で縛り上げたルフィエは、ご機嫌で部屋を出て行った。
このままでは、本当に対面させられてしまう!
あの同僚にこんな恥ずかしい格好を見られたら最後、何を言われるかわかったもんじゃない。例えば、「馬子にも衣装やな」とか――屈辱だ。
彼に見付からずにすむには如何すればいいか?
答えは簡単――ルフィエが帰ってくるまでに此処を抜け出せばいい、それだけだ。
かくして、[蒼き傭兵]アーティvs[N]麻縄の、世紀の対決が執り行われる事となった。
この対決に勝利したのは、アーティだった。辛うじて人間の面目は保った訳だ。
防御効率がついている訳も、加害者に技術がある訳でもない、ただ巻かれただけの縄からの脱出にこれだけ時間がかかったのは屈辱的だが、仕方がない。
何しろ、“本気”のルフィエが何束も使ってまるで芋虫のようにぐるぐる巻きにしてくれたのだから。
それでも、腹が立つものは腹が立つので、悔し紛れに敗者である縄をけちょんけちょんに踏んづけておいた。
後は、ルフィエとカリアス――出来れば、ネルなど他の身内にも会わずに脱出するだけだ。
ヴァリオルドの屋敷は広く、まるで迷路のよう。実際、敵の進入を防ぐ為、態と複雑な作りにしてあるのだが。
記憶の中の地図を辿り、誰かと遭遇しても安心の回り道が多いルートを選ぶ。
慎重に、慎重に。それこそ、カリアスを追跡していた時よりも当社比30倍の慎重さで。
行程の半分、食堂の近くを通りかかった時だった……中から物凄い音がしたのは。
腐っても警備兵であるアーティの習性なのだろうか?
凄い物音に思わず覗きこんでしまったアーティを待ち構えた光景は、地面からルフィエが生えているかのような……えぇー!?
何も見なかった事にして、回れ右を選ぶ。懸命な判断だ。
が、そんな人影を目ざとく見つけた少女がいた。
首を傾げた少女は、ピンクの煙と共に小さな兎に変身して駆け出した――目指すは、慎重に進むふりふりドレスの女性。
何かの気配を感じて振り返ったアーティが見たのは、そんな小さな兎で。

「うさぎ……?」

如何してこんなところにと疑問に思っている間に、兎は前に回りこんで再びピンクの煙を吐き出した。

「え、ちょ、何!?」

煙が消えたその後には、上品なドレスを見に纏った、まるで人形のように愛らしい少女の姿。
にっこりと笑った少女の口から紡がれた言葉は、その印象をまるっとぶち壊すもので。

「きゃぁぁぁ、やっぱり可愛いぃぃぃ!!!!!」

語尾にはハートマークが一杯つくであろう、狂喜乱舞振りだ。
見付かっては大変とアーティが少女の口を塞ぎにかかったのと、少女が抱きついてきたのは同時だった。
ばこっ!
屈みかけたアーティの顎に、タックルした少女の頭がクリーンヒット。

「〜〜っ!?」

流石のアーティの目にも、予想外の痛みに涙が滲む。
少女はと言うと、その衝撃にも全く動じていない。流石、健康が自動上昇のプリンセスだ。

509黒猫:2008/10/25(土) 20:18:59 ID:JLWm9YSQ0
「こんなに可愛いんだから皆に見せないと!」

痛みに蹲るアーティを無理矢理ずりずり引きずる少女。
プリンセスとリトルウィッチは表裏一体。それ故だろうか、ルフィエと思考パターンが同じだ。
我に返ったアーティがまずいと思った時にはもう手遅れだった。

「見て見てー! すんごく可愛いのー!!!」

満面の笑顔の少女の手により食堂への扉が開かれて、中にいた面子と目線が合う――嗚呼、終わった。
「あ、アーティさん! そんなに早くカリアスさんに晴れ姿を見せたかったんですか?」
流石ルフィエ、正反対に曲解した。彼女には、引きつったアーティの顔なんて見えていない。

「そ、そんな筈な「へ、アーティはん?」

慌てて否定しようとしたアーティの言葉も、呆然としたカリアスの声に遮られ。
しかし、カリアスが続けた言葉は、アーティを怒らせるには充分だった。

「何でそないけったいな格好してるん?」

ぴしっ。アーティの額に青筋が走るが、カリアスは気付かず続ける。

「アーティはんは、普段の鎧のままが一番や」

ばちっ。アーティの身体から小さな火花が散ったが、カリアスはまだ気付かない。
勿論、カリアスに悪気はない。むしろ、本人は褒めているつもりなのだ。曰く、「無理して着飾らなくとも、ありのままが一番綺麗だ」と。
残念にも、今のアーティには通じなかったが。

「五月蝿いわっ、このバカリアスゥゥゥ!!!」

真っ赤な顔のアーティの叫びと共に、本日何度目になるかもわからない“ジャベリン昇り”が、古都の空高く昇っては消えた。
女心のわからない男、カリアス=ハイローム。ヴァリオルド邸食堂と共に散る。





廃墟となった元食堂に佇む無傷のネルは、深い深ーい溜息と呟きを漏らす。自宅の一部壊滅とか悪戯ってレベルじゃねーぞ、って話だ。

「如何してこうなるんでしょうね……」

もう怒る気力すらない。力なく呟くその背中には、哀愁が漂っていた。
そして、決心する――もう二度とフルメンバーで家になんか呼ぶもんか、と。
頑張れネル、負けるなネル。例え――周りに目を回した黒焦げの人っぽい塊が沢山転がっていようとも。

「まずは治療師の手配から始めましょうか」

主の言葉に、いつの間にか背後に控えていた同じく無傷のセバスが頷いた。その服には、流石に若干煤がついていたけれど。

「ほらほら、起きて下さい」

その後、人っぽい塊を取り敢えず手近な所からぺちぺち叩いて回るネルの姿が見れたという。


無残に割れた皿50枚余 約26000ゴールド
市場から姿を消したカボチャ約100個 約40000ゴールド
吸血鬼のばら撒いた星型紙吹雪折り紙700枚分 約800ゴールド 
某魔術師シェフによる満漢全席 約3000000ゴールド(時価) 
消し炭になったドレスとメイド服 約250000ゴールド
某傭兵と某歌姫による南東区襲撃の被害 約18000000ゴールド
同じく消滅したヴァリオルド邸食堂(家具含) 約76000000ゴールド
ズタズタになったカリンのプライド プライスレス
――計、約9700万ゴールドの請求書は翌日、無事ヴァリオルド邸に届けられた。



Trick or treat!
――貴方なら、どっちを選ぶ?

510黒猫:2008/10/25(土) 20:20:16 ID:JLWm9YSQ0
あとがきみたいなもの


・白猫

どうも、白頭巾もとい白猫です。
ハロウィンですね、はい。いやまだ一週間ほどあるわけですが←
今回はハロゥイン風ということで、悪友くろっちもとい黒頭巾さんとの合作です。製作期間は一か月ちょい?
まあ今回のこの企画は、どこかのチャットの悪乗りで生まれてしまったと言いますか、最初は悪ふざけだったはずがいつの間にか企画小説にまで(笑)
さてさて今回の小説はふぁみたん×ネルぽんを全力で出したわけですが。黒頭巾さんの方がアーカリにやけに力を入れていらしたので「負けるか!」みたいなねぇ(笑)
とまぁいつもと違ったお話をお楽しみ頂けたと思います! ちょっと長いのがアレですけど←
個人的にごしゅじんさまを全力でプッシュする予定なのですが、ふぁみたんとネルぽんを絡ませる(?)となんといいますか、
こう、脳内汁が滴るほどの衝撃を受けました。路線変更でふぁみネルを全力プッシュ。
機会があればごしゅじんさまを全力でプッシュしたいと思います。今後コラボする機会があればですが(笑)

ということで、皆々様もよいハロウィンを!
とりっくおあとりーと!



・黒頭巾

皆様に、はっぴーはろうぃん!
黒猫もとい、黒頭巾です☆―(ノ゚д゚)八(゚д゚ )ノ―☆
今回は、昔SSスレチャットで盛り上がったコラボネタを形にしました。
二人とも長文になる傾向があるので、結局大変な長さに^p^
これでも削りました…ソレでもものっそ長いです、ごめんなさい。
その内何処かに別verのもっと長いのがうpされます、多分。
皆様への感想は後日改めてーで御座います…あ、50行制限は今はもうなさげですよ、とだけ私信を。
取り敢えず、最後に一言…黒頭巾は、アーティ×カリアス、略してアーカリを全力で応援します←

511◇68hJrjtY:2008/10/26(日) 08:04:03 ID:TGA7oD/s0
>スイコさん
おぉ、避難所への投稿もありがとうございます!
改めて後で避難所の方の作品も読ませてもらいますね。
思えばWikiも作ったのに多忙にかまけて放置してるなぁ…(´・ω・`)
時間のある時にちょいちょい編集作業していきますね。

>ESCADA a.k.a. DIWALIさん
相変わらず、幼女の書き方が上手い…っと、ハロウィン小説ありがとうございます(笑)
ハロウィンと聞くと楽しいという雰囲気を思い浮かべる私、このような悲しい話に仕立てられていると
意外ながら新鮮な気持ちです。でもちゃんとハッピーエンドで結んでくれたのは嬉しかったですけれど(´;ω;`)
リタがジャックと一緒に冒険に出たのはまた別のお話。それこそが彼女たちの本当の物語の始まりですね。

>黒猫&白頭巾さん (笑)
おおぉぉ、なんかすごいスレが伸びてるってか伸びすぎ!コラボ小説ありがとうございます(ノ∀`*)
なるほどなるほど、示し合わせた上でのコラボだったのですね。長編好き同士さすが、息が合ってますね!
長いとはいえギャグ小説みたいなノリで笑いながらサクッと読んでしまいました(笑)
ふぁみたん命名の「けしずみさん」にはホントに笑わせてもらいました…あわれアーティはん。
お二人の色んなキャラの色んな一面大公開ッ!小説でしたね(*´д`*) 本編でも見たかった…!(笑)
あ、私はいけめんさん×おねーさまの「いけおねさん(謎)」で!(何

512甘瓜:2008/10/27(月) 01:29:19 ID:hPdg4DVc0
落ちた知識人

駆け出しのウィザードの私は、宿代を稼ぐために古都で仕事を探していた。
すると、うしろから男に声をかけられた。
彼は、クレンドルと名乗った。
「研究材料の飛海月のサンプルを探してるんだけど、引き受けてくれないかな?」
私はその仕事を難なくこなし、報酬を受け取る。いくらかの金と<帰還巻物>だ。
「あの、良かったら研究のほうのお手伝いもさせてください」
研究やら、実験やらに興味のあった私はそう申し出る。
報酬は出せないよ、とのことだったが、問題は無い。私がほしいのは知識だ。

それ以来クレンドルの手伝いを頻繁にこなした。
そんなある日、
「君もそろそろ自分の研究を始めてみないか?」
そうクレンドルに言われたのをきっかけに、
私は自分の研究をするようになった。
いつか他人の役に立てるような研究家に…!
それが、このとき私が心に決めたことだった。

たくさんの研究をした。
実験材料の採取にも実験道具を使った。
そんな中で、私の実験道具が昔より力を増した。
これは、私の研究<愛着による道具への思念の憑依>の実例といえる。
そして、私はそれを複製する機械もつくりだした。

513甘瓜:2008/10/27(月) 01:31:14 ID:hPdg4DVc0
そんな私に目をつけた組織がある。
レッドアイである。
手荒な組織であるのは噂で聞いたことがあるが、
設備のよさにほれ込んで、入信した。
それからは、自室で寝食を忘れ研究に没頭した。

研究所に冒険家がはいってくると、
「私の邪魔ばかりしよって!もう許さないぞ!」
と怒り狂って得意の魔法を連射する。
ことわっておくが、私はかなり上級のウィザードだ。
この辺りで狩をするような奴らでは束になっても倒せないだろう。
研究の過程で材料採取などをするうちに強くなったのだろう。
「ちっ!撤退だ!皆逃げろ!!」
リーダー格の戦士仲間を逃がし、自分が囮になる。
「ふんっ、仲間は上手く逃げたが、お前はどうする気だ!?」
「こうするのさ」
 !!
戦士は<帰還巻物>を取り出したのだ。
別に、巻物に驚いたのではない。
昔を思い出したのである。
私に研究家になるきっかけをくれた人がくれた巻物。それが過去の記憶を思い出させた。
─いつか他人の役に立てるような研究家に…!─
戦士が去った後、私はちにひざをつけて倒れこんだ。
そうだ、大切なことを見失っていたんだ…研究の過程で!
だが、いまさら組織を抜けれるはずは無い。
こんなに大きな組織に狙われて逃げきる自信はない。
ならどうする?
答えの出ぬまま自室に戻る。
ぼーっとしていた所為で論文の山をひっくり返す。
…!!これだ。<愛着による道具への思念の憑依>…。

514甘瓜:2008/10/27(月) 01:32:40 ID:hPdg4DVc0
「私の邪魔ばかりしよって!もう許さないぞ!」
ククク。なにが人のために、だ。完全に私利私欲じゃないか…
自分がかつて言っていたセリフが今はとても可笑しい。
「止めだっ」
バタッとレッドアイ所長…もといその影武者が倒れる。
「手袋ゲットー」
「何もとれなかった…」
「指輪あったら買うよ〜」
「白衣しかないや><」
「杖と靴ひろったv」

私は、影武者をつくり、冒険者に試練を与えている。
もちろん、倒せる程度の強さだ。
それ故、実力の衰えと本部に判断され、減俸…
「どうか私の力が、彼らの力になりますように…」
そう聞こえない程度の声で呟く。
さて、ひさしぶりに古都にでも行くか。金も稼がなくてはいけないしな。

古都で<所長の実験道具>を売りさばくウィザードを見かけたなら、
もしかすると、それは本物のレッドアイ所長かもしれません。

Fin

実は所長のセリフもうろ覚えの癖にこんな話書いてしまいました。
間違っていたら教えてください
そして、改行下手すぎ…。文章も下手ですけどね…
お目汚し失礼しました

515ドワーフ:2008/10/30(木) 18:37:47 ID:AepyIIHk0
子供たちの夜

 エバンスはつい最近この村にやって来たばかりの自称文豪。街の喧騒を離れて新作の執筆に打ち込むためにわざわざ辺境の村に大きな別荘を構えた。
 実際のところ、エバンスの本は一冊として売れたことはない。ただ作家という職業の雰囲気が好きな彼が富豪だった親の遺産を食いつぶしているだけだ。常に琥珀のパイプを手放さず高慢な態度をとる虚飾家、村の人々は彼を"先生"と呼ぶ。
 ある日、近所に住むフランコがエバンスを訪ねてきた。フランコは大きな袋を抱えてのしのしと玄関に上がりこむと、その袋をどさりとエバンスの前に置いた。
「なんだねこれは」
「お菓子ですよ、先生。明後日はハロウィンですから。自分でお菓子を用意しない家には、こうして子供達に配る分のお菓子を私が用意して配分してるんです」
 フランコが朗らかな笑顔で言った。エバンスが袋の口を開けてみると、確かに袋の中には小さなキャンディーがいっぱいに詰まっていた。300個は詰まっているだろうか。
「これはまた、随分と多くないかね」
「いえいえ、まだありますよ」
 そう言ってフランコは外へ出ると、さらに同じ袋を二つ抱えてきてエバンスの前にどすんと置いた。
 エバンスは怪訝そうに3つの袋を見下ろすと、パイプを口にくわえて吸った。そして煙を吐いて落ち着いて計算を始めた。エバンスが見た範囲ではこの村の子供の人数は10人程度、目の前のキャンディーが900個として…。
「一人につき90個くらいかね」
「まさか!3個だけで十分ですよ」
 エバンスは眉間に皺を寄せ、パイプの口でフランコを指差すように示しながら尋ねた。
「ちょっと待ちたまえ、このキャンディーは全部でどれだけあるんだね」
「1000個です。余った分は召し上がっても結構ですよ」
「いらん!キャンディーなど何百個も食べられるか!」
「100個もあまる事はないと思いますが…」
 エバンスは口をぽかんと開けた。訳が分からない。
「待ちたまえ。どうも話があってないぞ。この村の子供の人数はせいぜい10人ぐらいだろう?」
「よく見ておいでですね。11人です」
「では、どうして1000個もキャンディーが要るんだね」
 エバンスの質問に、フランコは大きく頷いて納得したように手を打った。
「ああ!そういえば先生はまだこちらに来たばかりでしたね。この村ではハロウィンの夜に子供が増えるんですよ」
「増える?子供が?」
「ええ。増えるんです」
「何故だね」
「さあ」
 エバンスは不快そうに眉を吊り上げて、怒ったように声を張り上げた。
「君は私をからかっているのかね」
「いえいえ、滅相もない。ただ、私も理由をとんと存じないので」
「ふざけるな!そんな訳の分からないことで勝手に人の家の玄関にこんな邪魔な物を置きおって」
「まあまあ先生、落ち着いてください」
「うるさい!この邪魔な袋を片付けて、さっさと失せろ!」
 エバンスの言葉にフランコは驚いたように声を上げた。
「先生、それは困ります」
「うるさいと言ってるだろう。大体私は子供が大嫌いなんだ。うるさくて品がなくて、その上汚らわしい!」
「しかし…」
 何か言いかけたフランコを、エバンスはじろりと睨みつけて黙らせた。何を言っても無駄だと思ったのか、フランコは持ってきた袋を持ち上げた。
「イタズラされても知りませんよ…」
 フランコはそう言い残してエバンスの家を後にした。
「ふん、ガキのイタズラがなんだと言うんだ」
 エバンスはフランコが開けていった扉をバタンと大きな音を立てて閉じた。

516ドワーフ:2008/10/30(木) 18:38:56 ID:AepyIIHk0
 次の日エバンスが村の中を散歩していると、村人達が自分を見て何やらひそひそと噂をしているらしいのが目に付いた。エバンスが噂している村人達を不快そうに睨むと、彼らは白々しく明後日の方を向いた。
『まったく、何だと言うんだ』
 エバンスは内心毒づいた。彼の頭の中では、フランコの言っていたハロウィンに子供が増えるという件は自分の富に嫉妬した村人達の悪ふざけという事で完結してしまっていた。
『貧乏人の田舎者どもめ、こんな土地に別荘など建てたのが間違いだったな』
 エバンスは悪態の代わりに煙草の煙を口から吐き出すと、遠くで農作業をしている村人達を侮蔑するような目で見た。そのとき、背後の民家から子供の大きな声が響いてきた。
「あ痛っ!」
「こら!これは配る分だから食べちゃ駄目だって言ってるでしょうが」
 どうやら子供がつまみ食いしようとしていたらしい。
 気になったエバンスが窓から家の中をちらっと覗くと、母親が子供を叱りつけているのが見えた。どこにでもある光景だが、エバンスは目を見張った。そこにはなんと、テーブルの上に信じられない量のクッキーの山が鎮座しているではないか。
「ちょっとぐらい良いじゃないかよー」
「だーめ、外の子達にイタズラされたくなかったら、あんたも袋に詰めるの手伝いなさい」
 どうやらあのクッキーを小さな袋に小分けに詰めているらしい。あの量では夕方まであの作業をすることになるだろう。
 エバンスは少し気味の悪いものを感じつつも、平静を装ってその母子の家の前をゆっくりと通り過ぎた。
 エバンスは歩きながら考えた。果たしてあんな量のクッキーを作ってまで人をからかいたいものだろうか。そこまで手の込んだ事をするものだろうか。
 エバンスは不安になった。もしかすると、本当にハロウィンの夜に子供が増えるのかもしれない。もしそうだとしたら、その子供達はどこからやってくるのだろうか。
 エバンスはあの母親の言葉を思い出した。
「外の子達だって?」
 "外の子"とはどういうことだろうか。他の村から子供がやってくるということなのだろうか。だが一番近い隣村でもここまで歩いて2、3時間はかかってしまう。子供の足ならもっとだろう。
 なにより隣村だってそれほど子供は多くないし、ましてや何百人もの子供なんてこの村の周辺に居はしない。
「おや先生。お菓子の準備はもうお済みですか」
 エバンスが考え込んでいると、たまたま通りがかった村人が声をかけてきた。村人は大きな袋を抱えており、チョコレートの甘ったるい匂い漂ってきた。
「いや、まだだが」
「ええええ!?」
 否定するエバンスに村人は素っ頓狂な声を上げた。あまりの驚きようにエバンスはたじろいでしまった。
「先生、早く準備しないと間に合いませんよ!?」
「い、いや、私はハロウィンなどという行事には興味がないものでね」
「何を言ってるんですか!」
 村人が詰め寄ってくると、チョコレートの匂いがより一層強くなった。服に匂いがついてしまいそうだった。
「興味あるか無いかなんて事は、あいつらには関係ないんですよ!?」
「あいつら?」
「去年はお菓子が少し足りなかったばかりに、ベジェンの奴は……あぁ怖ろしい!先生、今すぐフランコの家に行ってお菓子を貰ってきてください。いいですね?忠告しましたからね!」
 村人はまくし立てるようにエバンスにそう言うと、エバンスの声を無視して怖ろしい怖ろしいと呟きながら早々に歩き去ってしまった。
「一体、何だと言うんだ…」
 その場に立ちつくして、エバンスはぽつりと呟いた。

517ドワーフ:2008/10/30(木) 18:40:23 ID:AepyIIHk0
 ハロウィン当日の夜、エバンスは別荘を完全に締め切って"あいつら"の襲来に備えた。結局エバンスはフランコからお菓子を貰わなかった。フランコの家の前まで行ってはみたものの、一度追い返してしまった手前、怖ろしくなったからといって頭を下げてお菓子を貰う気になどなれなかった。
 屋敷の中の明かりを全て消し、蝋燭一本の灯りの中でエバンスは毛布を羽織って小さくなっていた。
「く、来るなら来い。怖くなど…」
 明かりを消して居留守を決め込もうとしたのだが、それが逆にエバンスの不安を煽っていた。周囲の民家からも離れているため、外の音は虫の声しか聞こえてこない。
 長い長い時間が過ぎたような気がした。こんなことならフランコからお菓子を貰っておけば良かったなどとエバンスは後悔し始めた。
 ドンドン…ドンドン…
「うヒィッ!?」
 玄関扉が何者かによってノックされた。毛布をぎゅっと握り、エバンスは漏れかけた悲鳴を押し殺した。
 ドンドンドン…ドンドンドン…
 扉を叩く音が強くなっている。エバンスは早く行ってくれ、今は留守なんだよと祈るように心の中で声を上げていた。
「あれぇ?いないのかなー」
 ドンドンドンドン…
 小さな子供の幼い声が聞こえてきた。エバンスはふっと顔を上げた。なんだ、ただの子供じゃないか。
 エバンスはすっくと立ち上がると、燭台を片手に玄関へと歩いていった。なにやら無性に腹が立っていた。
『何でたかがハロウィンにこんなにビクビクしなきゃならんのだ?外に居るのはただのガキだ。やっぱり誰かが仕組んだイタズラだったに違いない。貧乏人どもめ!よくもこの私をここまでコケにしてくれたな』
 今頃自分のことを笑っているであろうフランコの顔が目に浮かび、エバンスの腹の中は煮えくり返っていた。
 ドンドンドンドンドン
「もしもーし?」
「うるさい!」
 エバンスは怒りに任せて外の子供に向かって怒鳴ると、ドアノブを掴んで扉を勢い良く開けた。扉の向こうでは小さな子供達数人がエバンスの怒った顔を驚いた顔で見上げていた。エバンスは子供達を見下ろし、大きな声で怒鳴り散らした。
「黙れクソガキども!いくら叩いても菓子はやらん。とっとと失せろ!」
 エバンスの激しい剣幕に驚いた子供の一人が、しゃくりあげ始めた。
「ウゥ…ヒック…」
「ふん、泣いたところで菓子は出ないぞ。さっさと……」
 エバンスはふと顔を上げた。暗くて気づかなかったが子供達の他にも、その後ろに誰かが居るようだった。エバンスと同じくらいの身長で、子供達の親かとも思ったがどうも様子が違う。エバンスは手元の燭台を顔の高さまで持ち上げた。
「うぐぐ…グルル……」
 そいつは小さく唸った。ごつごつとした岩のような肌、口から覗く涎に濡れた鋭い牙、それはオーガだった。
「…………」
 エバンスは口をあんぐりと空けた。
「キキッ」
 足元からした鳴き声を見下ろすと、そこには小さなコボルトがいた。それだけじゃない、大蜘蛛、蠍、狼、熊、ガーゴイル、原始人に鳥人間……etc。大量のモンスターの群れによってエバンスの別荘は完全に包囲されていた。
「…………はぅっ」
 エバンスは白目を向くと、その場に倒れて気を失ってしまった。

 フランコに介抱されてエバンスは自分の部屋のベッドで目を覚ました。フランコは説明不足だったと何度も謝ったが、エバンスは呆けたような顔で聞き流していた。
 すっかり風通しの良くなった部屋に秋の夜風が吹き込んできた。ギャアギャアとうるさい魔物どもの鳴き声も遮るもの無く響いてくる。
 すぐそばではフランコの妻がエバンスが配るはずだったキャンディーをモンスターたちに配っている。
 しばらくすると事情を知っている村長が玄関を通らずやってきて、ハロウィンにやってくるモンスターたちについて話し始めた。
 昔、この時期になると村にはロマの旅団が毎年立ち寄っていた。彼らは面白がって周囲のモンスターにハロウィンを教え込み、お菓子を配っていたのだがやがて来なくなってしまった。ロマの旅団が居なくなった後もモンスターたちはハロウィンの日を覚えており、以来この村には毎年ハロウィンの夜になると、村の子供達と一緒にモンスターの子供たちがお菓子を求めて民家を巡るようになってしまったという。
 しかし、やはりこれもエバンスの耳には入っていなかった。
 やがてエバンスは恐怖のあまり失っていた正気を取り戻すと、そそくさと村を出て二度と戻ってこなかった。彼は死ぬまで街で暮らし、絶対に外には出たがらなかったという。

518ドワーフ:2008/10/30(木) 18:49:30 ID:AepyIIHk0
あとがき

またミスって右端まで文章が延びちゃってますね。
読みにくかったらごめんなさい。

なんとかハロウィンに間に合いました。
なんだか楽しい感じの話でなくてすみません。

519ドワーフ:2008/10/30(木) 18:52:37 ID:AepyIIHk0
レムフェアバルターとドラケネムファンガー

お前はこの世のあらゆるちっぽけな命よりも下等だ
生きようと足掻く事もなく 生きたいと求める事もなく
操り糸に導かれるままに動くだけ
だがどうやら お前にも命はあるらしい
操り糸はお前にやろう その命もお前にやろう
生きられるかどうかは お前次第だ

 地下遺跡の奥深く、それはただただ立っていた。大きな人の形をした人形、ともすれば鎧を着た人間のように
も見える。それは両の手に剣と盾を持ち、まるで彫像のように立っていた。どれだけの時をその人形はこの場所
で過ごしたのだろう。何十年、何百年…、それは誰にも分からない。
 そこに一つの人影がやって来た。どうやら盗掘をしに来たらしい。その人物は人形を見つけると驚いたように
飛び退いた。
「な、なんでぇ、ゴーレムかよ。しかも動いてねーみてーだな……」
 盗掘者はゴーレムに近づくとコンコンとその外殻を手の甲で叩いた。
「ふん、脅かしやがって」
「…………」
 ゴーレムは微動だにせず、沈黙していた。
「ん?なんだこいつ。変わった剣と盾を持ってやがる。こいつは高く売れそうだな」
 盗掘者はゴーレムの手にある剣と盾に目をつけると、その手を無理矢理開かせてまず剣をもぎ取ろうとした。
だが、ゴーレムの手は固く握られており中々剣を奪えない。
「くそっ、この……んぎぎぎぎ」
 盗掘者はゴーレムの腕にしがみ付くと、力任せにゴーレムの指を引っ張った。すると少しだけ指が動いて剣を
持つ手が緩んだ。
「おし、あとちょっとだ」
「………う…」
「あん?」
 どこからか聞こえてきた声に盗掘者は手を止め、辺りを見回した。だが周囲には誰もおらず、何かが潜んでい
る気配すらない。
「空耳かぁ?」
 再び盗掘者はゴーレムの指に手をかけた。すると、今度は先ほどよりもはっきりと声が聞こえてきた。
「…う…う……うお」
 驚いた盗掘者が顔を上げると、今まで全く反応がなかったゴーレムが呻き声を上げていた。
「な、なんだぁ?」
「うお……おおぅ」
 ゴーレムは剣を持つ手を振るって、腕にしがみ付いて居た盗掘者を振り払った。盗掘者はもんどり打ってひっ
くり返ると驚いた顔で起き上がった。
「いてて…なんだよこいつ。動いてないんじゃなかったのかよ!」
 盗掘者は立ち上がってゴーレムに背を向けると、逃げようと駆け出した。
「うおお…ぉおおおおおおおおおお!!」
 ゴーレムは雄叫びを上げると、男の背中を追って走り出した。巨体を激しく揺らし、盗掘者との距離をあっと
いう間に縮めた。
「は、はやっ…ひ、ひぃぃぎゃああああああ!!」
 ゴーレムは盗掘者の背中めがけて剣を振り下ろした。
 盗掘者の死体をその場に置き去りにして、ゴーレムは遺跡の中を歩き出した。叫び声を上げながら。
 その声はどことなく生まれたばかりの人間の赤ん坊の泣き声のようだった。 

一週間後、地上の日差しの下に彼はいた。
己の中の"生"を自覚することなく過ごした永い時の果てに、彼はようやく自分自身に目覚めたのだ。
彼を操る剣と盾はもう彼自身のもの、もう誰にも彼の自由を奪う事は出来ない。
しかし、彼はまだ自分がどういう存在なのかを理解できていなかった。
温かい日の光を浴びながら、彼は動けなくなっていた。
その姿は、何かを地面から拾い上げようとしていたかのようだった。
剣があった筈の手に剣は握られておらず、伸ばした指の先には小さな花が咲いていた。
はじめて見る綺麗なものに心を奪われ、彼は自らの自由を地面に捨ててしまったのだ。

一ヵ月後、彼の元から剣と盾は無くなっていた。

520ドワーフ:2008/10/30(木) 19:10:26 ID:AepyIIHk0
あとがき
もう一つ、書きあがったユニークの話も出しておきます。

>甘瓜さん
初めまして。
新しい書き手さんが来てくれて大変嬉しいです。
最近はすっかり落ち着いてしまいましたから。
うーん、セリフはどうだったか…覚えてませんね。
かつての情熱を持っていた自分を思い出すくだりや、
街で商売を始めるところなど、よく出来た話ですね。
改行などについては、さほど気にかける必要はないかと思います。
>>1にも書いてある通りの場所ですので、これからも思いついたら是非書きに来てください。

521名無しさん:2008/10/30(木) 22:39:44 ID:uUxvekr20
赤石のアンソロ計画があるらしいですね。
どうやら小説も募集しているらしいですよ。

522◇68hJrjtY:2008/10/31(金) 08:22:30 ID:dglgdhAI0
>甘瓜さん
初投稿ありがとうございます♪
初心者向けクエのひとつである「クレンドルの研究」からスタートしたレッドアイ所長の物語。
<愛着による道具への思念の憑依>、つまりは人のためになる研究。彼はついにそれを発見できたのですね。
そういえばあのクレンドル研究クエ、サブキャラ以降で初体験したら帰還ばっかりだったのに辟易した事もありましたが
帰還一個の1000Gでもひぃひぃ言ってた頃をこの小説のレッドアイ所長のように思い出さなければなりませんね(ノ∀`*)
次回の投稿お待ちしております!

>ドワーフさん
一度に二話分の投稿、ありがとうございます!
さてさて、まずはハロウィン小話。戦慄系ハロウィンでちょっと怖いながらも、童話のような語り口で
実際にハロウィンの夜に子供たちに聞かせてあげても問題ないような不思議なお話でしたね。
ハロウィンをバカにしてしまうとどういう事になるか。「イタズラ」の実態も含めて、どこかユニークで面白く感じました。
そういえばRSモンスターって結構お菓子落としますよねぇ、実は大好物なのかもですね(笑)
一方、ゴーレムを操る二つのユニーク装備をめぐる悲しいお話。
ゴーレムというと私もそう同感ですが「自然を愛する優しい心を持つ」というイメージがあります。
ほとんど無敵のようになったゴーレムが、剣と盾より大事に選び取ったもの…。心温まりました(*´д`*)
またの投稿お待ちしています。

523スメスメ:2008/10/31(金) 23:30:07 ID:ddy6MTJU0
小説スレ5 >>750
小説スレ6 >>6-7 >>119-121 >>380-381 >>945-949
小説スレ7 >>30-34
小説スレ7 >>349-352

私達のグループが解散してからの事はあっと言う間だった。
予め、俺達の様な子供でも良い、と言う働き口を探してくれていたようだ。
仲間達は二度と悪さを働かないと言う条件で仕事に就いていった。
元々食う為に盗みなどを働いてきた連中だ。
食える環境にあるならそんな事には手を出さないだろう。
みんなも年相応の表情に生き生きとしたモノをみせながら働いている。
私はと言うと……


「――なぁ、坊主。名前は何て言うんだ?」

あの人が、仲間を一通り就職口へ送り届けてからのことだ。
私はそのままどこにも紹介もされず、
「取り敢えずオレの家に来い」と言う事で、あの人の家までの道を二人で歩いていた。
そんな時にふと訪ねてきたのだ。

「名前なんて無い。別に今まで必要でも無かったし」
「なるほどな、じゃあお前はこれからクニヒトだ。クニヒト=エヴァーソンと名乗れ」
突然の話に、彼の言っていることが一瞬理解できなかった。

「俺の息子にならないか?」
この言葉を聞いたときの気持ちは今も覚えている。
物心付いてから初めて嬉しいと感じた瞬間だった。
もちろん、同意し私は以降クニヒトと名乗ることになる。


養子として迎えられた後、私は学問、戦闘技術、作法……とにかく様々な事を必死に学んでいった。
ただ義父に応えたい一心で。

少し前まで生きることにしか執着できなかった奴が本気で人に認められる為に何かをしたいと思ったのだ。
誰かに見て貰いたい、誉めて貰いたい。
心無い連中からは理不尽を強いられようと、その気持ちの前ではそれほど苦にはならなかった。
みんなもこんな気持ちなのだろうか?
だが、そんな努力も評価してくれる相手が居て初めて価値があるもの……。


あの人がそんな事なんて気にする訳がない。
私を養子した後も義母と私をおいて旅に出る事もしょっちゅうだ。
それも一度出かけると、半月程帰って来ないことも当たり前だった。
義母に、それを何度も問い質しても、
「あの人が納得するまで好きにさせてやって?」
と笑顔で返すだけだった。
あの人にも事情があってあちこちを巡り歩いている。
頭では理解出来る……、理解できるがどうしても納得がいかない。
そんな風に葛藤しつつ、生活にも徐々に慣れてきて、私がここの家族となってから季節が一回りしてきた頃だ。
あの人が1ヶ月振りに帰ってきた。

それも見知らぬ少女を抱き抱えて。
抱き抱えられた少女は、ここへどうして連れてこられたか判らないようだった。
歳は4・5才だろうか?義父を掴んでいる手は心なしか震えており、その琥珀色の瞳は怯えているように感じた。


「お〜、クニヒト。ただいま〜」
右腕で少女を抱き抱えたまま、片方の腕で髪の毛がクシャクシャになるまで私の頭を撫でる義父。
義父が久し振りに帰ってきたことよりも、どうしても意識せずにいられない腕の中の少女。

「その子、誰ですか?」思うままに義父に訪ねると、
「今日からお前の妹になる子だ。 仲良くしてやれよ?」
と、少女の琥珀色で透き通った頭を撫でながら答える義父。

妹と聞いても、私にはいまいちピンとこなかった。
そして、その時に芽生えた感情に当時の私は名前を付けることが出来なかった。

524スメスメ:2008/10/31(金) 23:34:05 ID:ddy6MTJU0
「……ソン。エヴァーソンッ!」
その呼びかけにハッと気づき辺りを見渡す。
非常に大きな円卓に椅子が整然と並べられ、それに腰を掛けた制服の面々がこちらを伺っている。

――そう言えば今は会議中でした。
私としたことが居眠りしてしまったようです。

「失礼いたしましたっ!」とっさに立ち上がり敬礼をしながら詫びる。
ドッと笑いが周りから聞こえる。
「らしくないぞ。……では次の報告を頼む」

ここは【古都王宮騎士団】中央会議室。
元は遙か昔の王政の時代より、ブルン歴4804年に王政が崩壊するまでの長い間、王族直属の親衛隊として構成されていた組織だ。
しかし【シュトラディヴァリの反乱】によって王政は瓦解し、当然騎士隊も解散されるはずと思われた。
しかし当時、時の人であったバルヘリ=シュトラディヴァリによって軍隊だけは残されたが殆どが退役してしまい、少数での遊撃隊としてでしか機能しなくなってしまった。だが、これが功を奏して数々の手柄を立てていった。
そして百年以上の月日が流れた今では古都唯一の戦力である【古都防衛隊】の精鋭部隊となっている。

昔は何千と言う規模の人員で構成されていたが、今では1小隊を約7人前後で構成され、全7隊で構成される。
少数精鋭と言う事で、当然求められる能力は高く、採用試験も非常に狭き門となっている。
仕事内容は古都周辺の治安維持や対抗勢力の情報収集といった工作員としての性格もあるが、ブルンネンシュティグ中央議会や要職の護衛を中心に果ては有事の際の各指揮官としてを命負う事にもなる。
そうした任務を円滑に行うため、定期的に会議を行い今後の方針を決めている。
「――以上で報告を終わります」
隊員の一人が敬礼して報告を締める。
すると円卓の上座に座り込み一人だけ風格のある男が、
「皆も知っての通り、ここ最近鉄の道周辺における強盗事件が多発している。
恐らくは『例の奴ら』だろう、近日中にこれらの追討命令が来るはずだ。
各員、頭に入れておいてくれ。
以上、解散」
全員が立ち上がりその男へ向かって敬礼をし、
そして一気に場の空気がさっきまでの張りつめたモノから一転して和やかな空気へと変わった。

何人かの隊員が、からかい半分に私の席へやってきた。

「おう、クニヒト寝不足かぁ?」
「真面目にお勉強も良いけど、寝ないと今日みたいなヘマをしちまうぜっ」
「勉学で寝不足でしたら本望ですよ」
今朝の事を思い出し、溜息が漏れる。
その様子を見て隊員の一人が、

「ま、まさかお前、彼女が……」
その後に出てくる言葉は容易に想像がつき、
「ははは、まさか居――」るはずないと、否定しようとした矢先だ。

「「「な、なんだってぇぇぇ!?」」」
普通、全隊員が反応しますか?


過激な反応を見せた直後、一人の隊員がポンと肩を叩き、何故かうっすらと涙を目に浮かべ
「やっとお前も目覚めたか」
「こんなヤツでも良いっていう娘がいるなんてなぁ」
「おい、今日は寮長に頼んでお赤飯だ!」
皆、一様に反応を示し異様に盛り上がる。


あぁ、もう! どうしてこうも『仲が良い』んですか、この人たちは!
うるさい人達ですねっ!
と目一杯机を叩き叫びたいのをどうにか堪え、笑顔の体裁を整えながら
「そう言った訳ではないですよ。ただ明け方に思いも寄らぬ客人が来た為に若干寝不足なだけです」

525スメスメ:2008/10/31(金) 23:36:33 ID:ddy6MTJU0
するとそんな喧噪の中、先程会議を締めた男が私の方へやって来た。
比較的線の太い隊員が多い中、それでも大きく見える

「御疲れ様」
「お疲れさまです、隊長」
声を掛けられ反射的に敬礼の格好になる。

この『隊長』こと、レオフ=エギハルド。
【古都王宮騎士団】の第一小隊の隊長であり、その団体全てを統括する騎士団長でもある。
戦闘面では他の追随を許さないのはもちろんだが、普段は食事と仕事内容以外で口を開くことは殆どなく、更に周りとは一歩遅れたテンポの持ち主だ。
しかもボケているのかと、聞き正したい程に会話にならない。
才ある者は常人と少し離れた処があるとはいうがこの人はその典型なのだろう。

「飯はしっかり食っておけ。いざという時に力を出せぬぞ」
この様な感じで会話にならない事が多々ある。

よくこれで歴史ある騎士隊の隊長が務まるものだと思うが、これも不思議な事に業務には一切支障がないのが凄いところなのだろう。
……そう言えば今朝は思わぬ客人が来た為、ロクに準備も出来ていない状態でした。今回はあながち間違ってはいないのかもしれませんね。
「失礼しました。以後気をつけます」とまた敬礼をすると、
うむ、と頷いて去っていこうとした。が、
「そうそう、一つ調査任務を頼みたい」

首だけをこちらへ向け、その威圧感のある顔を近づけて話を切り出してきた。
「な、何でしょう?」
この人の行動には大分慣れたつもりだが、突然に顔を近付けられるのだけはどうしても慣れない。
思わず引きつった笑みを返して答えると、
「昨夜、西部地区の地下墓地にて大規模な戦闘があった、と言う証言が多数出ている。それを確認してきて欲しいのだ」

どんな用事かと思えば、
「確かにあそこにはバインダーと言う要管理対象も居るので大事を見てと言う事なら分かります。しかし雑魚とは言え他のモンスターが居るのですし、戦闘はあっても不思議ではないと思いますが」
「そうだ。だが『大規模な』と言う点が気になってな」
すると、その大きくタコまみれの手が私の頭頂部を覆い被さり、
「頼めるか、クニヒト?」

この人の手を他人の頭に置く癖。
これはこの人がプライベートの時にする癖みたいなものだ。
どうも個人的に気になっているらしい。
『例の作戦』の準備もあるのだが、幸いなことに今日は本部待機だ。
「判りました。では早速他の隊員に仕事の引き継ぎをして、向かうことにします」
敬礼をし、受け答える私。
レオフ隊長も頷くと踵を返し、自分の席へと戻っていった。
そして自分も同僚に引継作業をしてから支度をし、現地へと向かった。



古都西部地区集合墓地、通称【地下墓地】
ここに一体のモンスターがいる。

名をバインダー、かつて古都にて最大の大富豪だった男。

だが同時に戦争によって身を滅ぼしていった人物でもある。


当時、戦争容認派であったバインダーは様々な物質、武器などを古都やその同盟国に提供していった。
しかしそれと同時に敵対国家へも同様に様々な物質を売り捌いていたことが判った。

彼は所謂『死の商人』と言われる人物だったのだ。

その死の商人の最期は呆気ないもので、商談の最中に戦火に巻き込まれ亡くなったそうだ。
それも自分の売り捌いた商品によって。

526スメスメ:2008/10/31(金) 23:37:15 ID:ddy6MTJU0
だが彼の死後、非常に不可解な事が起こる。

ここからの話は不確定な情報からの推測も入るが、彼はとある新興宗教にも属しており、多額の寄付をしていたらしい。
彼の死後葬儀も遺族の意志を無視してその宗教が行ったそうだ。
その宗教とは必ずと言って良いほど、今迄の歴史に関与していると言う話まである位その筋では有名な話だ。
しかしそこまで有名な団体ならばある程度の事が判りそうなものだが、不思議な事にその目的どころか名前すら不明と言う事らしい。
とにかく彼の葬儀が終わり、埋葬してから半年余りが経った頃にそれは起こったのだ。
ある日、息子が墓参りに行くと墓の中のモノが無くなっていた。
しかも外側から掘り返された形跡はなく、内側から這い出てきた感じで……。

数日後、定期巡回の為に地下墓地を見回りに来ていた兵士によって新種のモンスターが発見された。
いつの時代か不明な祭壇、その近辺に普段見る骸骨剣士より一回り大きな骸骨剣士が現れる。
更に数日後、このモンスターをバインダーと断定。

決め手は当時首から掛けていた家紋入りのミスリル製の首飾り。
これはバインダーが生前、職人に作らせたもので世界でただ一つのモノだった。
それを新種のモンスターが身につけていたのだ。

このバインダー性質は非常に獰猛で、同じモンスターにですら襲いかかるほどだ。
その所為で追いやられた他のモンスターが地上に現れ、一般人に危害を加える可能性が出てきてしまった。
その為、バインダーを討伐するために王宮騎士団の1小隊が派遣される事となる。

しかし知っての通り、バインダーは幾度となく復活・再生を繰り返し、その度に猛威を振るっていた。
そこでとある魔術師に調査・研究を依頼し、バインダーについて調べてもらった。
結果としてバインダーは体内に超高度な何らかのエンチャントが施されており、それによって復活・再生を行っているらしい。
しかもこのエンチャント、現在でも解明されていない未知の技術で構成されていると言う話だ。
だが何故か現在のバインダーの祭壇の付近からは決して外に出ようとはしなかった。
幾度始末しても復活する上、行動範囲に制限があるため、要管理対象とは認定したものの、それ以上には関わらないようにすると言う対処が決定した。
当然、若干名の人間が異を唱えたが、その決定がその後も覆ることはなかった。



そして現在の地下墓地。
現在では本来バインダーの付近に居たモンスターが追いやられ、入り口付近にかなり大規模な集団を作っている。
一体一体は大して驚異ではない。
実際に一般の冒険家でも倒すことの出来るモンスターだが、流石に何十体も集団で居座っていると厄介だ。
しかし、我々治安を守るものとしては、非常に危うい状況ではあるが、モンスター全てを一掃する訳にはいかず、対処方法が見つかっていないのもまた現実である。

私は廊下沿いに設置されている松明を手がかりに地下墓地へと入っていった。
石畳の廊下を少し進んでいくとすぐに仕切られた小部屋がいくつかある。
この小部屋に先ほどの集団が何組かあるわけだが、今では王宮騎士団の甲冑をみると攻撃してくるモンスターは居らずそのまま素通りできるのは楽な限りだ。

そして目的地半ばまで進んできたところで一つの異変に遭遇する。

一カ所だけ大きく穴が空いているのだ。
しかも反対側の壁にも同じ様なあとがあるように見える。

「……何でしょうか、これは?」
思わず一人心地に呟きつつ近づいて調べてみると、破片の飛び散り方や壁の痛み具合からどうも墓地の中心地、つまりは私の目的地から外側へ『何か』が削りながら飛んでいった様な形になっている。
中心へ向かう穴から覗くと何カ所か通路があり、その奥30メートル程からうっすらとだが例の祭壇が見える。
反対側の穴を見るとまだ勢いが止まらず削り取られ、筒抜けとなっている部屋がさらに奥に見える。


ちょっと待って下さい。
あっちからここまで勢いが衰えることなく破壊しているというわけですか?
そう考えた途端、背中に寒いモノを感じた。

「ハハ……、悪い冗談ですかね」
こんな破壊力を一個人で出せるわけがない。
かと言って兵器の類をここへ持ってきているなら道中に何かしらの運んできた痕跡が残っているはずだ。

仮に出せたとしても魔術以外に出せるはずがない。

527スメスメ:2008/10/31(金) 23:37:55 ID:ddy6MTJU0
その考えに至った瞬間、ある一つの事を思い出した。
そう、アルの話だ。
アルは助けられたと言っていた。

誰に?

通りすがりの魔術師に。

ある一つの結論に至ると、私は居ても立ってもいられなくなり、空いている穴から一直線に穴を作った元凶が居たと思われる祭壇へ駆けていた。
進む毎に強くなって鼻に突いてくる腐臭。
そして息を切らせながら辿り着いて見た光景は、

「―――ッ」
想像以上の惨状だった。


あちこちの壁や柱を彩っている血痕。
床の一部にも同様に血痕と血溜まりが出来上がっていた。
周りの壁はもちろん地中で存在する為に必要な強固な柱や、
何の装飾もされていない無骨な石畳の床までが粉々に粉砕されていた。
その大半の破壊され方が今まで通ってきた壁と同じ様になっている事から同一の手段であると考えられる。
しかし何事もないかのようにそこにある祭壇。
もはや灰となって何だが判別のつかないのモンスター。
何よりおぞましいのは、

血溜まりの中央に転がっていた、元は3メートルはあろうと思われる今まで見たこともないような巨大なモンスターの下半身だ。

ここまでならば魔術師が何らかの理由から、魔法を用いて破壊工作をしていた、と言う推論に大きく関わっているのは間違いないと考えられた。
だが、それを覆す確たる物証が目の前に転がっているのだ。

非常に強力な力で握りつぶされ、引き千切られた腕、無造作に転がっている腕に近づき見てみると。
握り潰された腕に残る手の痕から人間の、それも若干小柄な人間のものだと言う事が判る。

となると当然バインダーの仕業ではない。
奴は持っている得物でしか攻撃をしないからだ。
アルが会ったという魔術師?
いや、仮に壁などの破壊行為には説明がつくが魔術師も人間だ、これほどの身体能力を有する人間なんて有り得ない。
仮に肉体強化の術法があっても果たしてここまでの力を手にすることが出来るか?
しかし、この引き千切られた腕に残る痕は人間のそれだ。
考えれば考えるほど解らなくなる。


もはや唯、呆然と立ち尽くすしか他になかった。

528スメスメ:2008/10/31(金) 23:42:55 ID:ddy6MTJU0
とりっくぉあとりぃとぅ!
どうも、スメスメです。
本当はハロウィンネタも書きたいところですが……

ぶっちゃけもっと話が進行していないと書けないネタだったんですよ。

仕方が無いので隔離板に投稿しようかと思うのですがネタバレでも載せてよいものなのだろうか?
と、言う訳(どう言う訳?)でしばらく待ってみる事にしてみます。
今日はもう充電しないと自分のバッテリーが無くなりそうなのでこれにて失礼をば……

529◇68hJrjtY:2008/11/01(土) 17:07:29 ID:mG9qPNmA0
>スメスメさん
お久しぶりです!続きのほうありがとうございます。
アルを視点とした物語が一転、義兄であるクニヒトを主体とさせた物語になりましたね。
シリアスな流れに息を呑みつつ、調査官として祭壇へと赴いた彼の見るものに同様に驚きです。
そして改めて、キリエがいかに異常な状況に置かれていたのかが分かりますね。
何やら推理モノのような雰囲気を漂わせつつ、続きを楽しみにお待ちしています。
---
ハロウィンネタができあがっているということでしたらぜひ読みたい!とは思いますが
本編のその部分が終わってからじっくりという事にさせてもらいます(ノ∀`*)
投稿は隔離板で構わないと思いますよ。ツリー掲示板となってリニューアルしてます、隔離板(笑)

530名無しさん:2008/11/02(日) 19:22:19 ID:WrGT.WaE0
ESCADAが相変わらず酷いままなのでNGワードにしますたwww
名前変えないでねw

531名無しさん:2008/11/03(月) 21:41:26 ID:7Z2OWj9k0
もうひとつの赤石

俺は赤石を探す勇者だ。しかし目覚めるとPCなるものの前にいた、
そう、俺は勇者ではないニートだった(とほほ・・・

532ドワーフ:2008/11/05(水) 18:46:52 ID:AepyIIHk0
報告:

宇宙暦XXXXXX年XX月XX日

E-3TO星天上界最高管理責任 神

 去るブルン暦4423年6月(当該惑星時間)、E-3TO星の天上界最重要機密に属するレッドストーンを地下界の悪魔
に奪取された事をここに報告致します。

 これは、一部天使長の職務における怠慢が原因であり、また私の危機管理についての指導の甘さに因るもので
あります。現時点でレッドストーンは地上界にその存在を確認されており、天使を派遣しての大規模な捜索活動
を展開しているところであります。
 事件当時の具体的な被害は現在調査中でありますが、悪魔との交戦で多数の天使が負傷及び死亡し、また記憶
障害を負った者も一部確認されておりますが、天上界の管理・防衛に何ら影響はありません。また事件後の地上
及び地下界での悪魔の活動も以前より多少の活性化は見られるものの、問題として取り上げるほどの物ではない
と思われます。現時点での事件の影響は極めて軽微ではありますが、次第によっては星系内に重大な損害を与え
かねない不始末であり、星系及び関係各位に対し、心からお詫び申し上げます。

 今後は各天使長に注意を呼びかけ、警備システムの見直しを進め事件の再発防止に努めていく所存であります
。レッドストーンの捜索につきましても、所在地域の特定まで漕ぎ着け、その回収も時間の問題と思われます。
与えられた職務に対し自覚と責任を持つよう教育を促し、私自身も二度とこのような過ちを繰り返さぬことを誓
います。つきましては、何卒寛大なご処置のほどをお願い申し上げます。
以上

Re:報告:

 事件発生から報告までに500年以上経過していることについて説明を要求します。また事件当時の具体的な被害
状況についても、至急報告するように。
 委員会は本件を最重要緊急課題に指定し、近く会議にて対策を討議しますので、貴方も責任者として出席する
ように。

通告:

 先の会議での決定通り、E-3TO星に対し事件の早期解決のためE-3TC星より応援としてリトルウィッチを派遣し
ます。彼女達の地上における活動が円滑に進むよう、支援してください。

Re:通告:

 リトルウィッチの活動支援について報告致します。彼女達の地上における立場を人間の最高位に近いプリンセ
スとしました。これにより地上の如何なる場所への侵入も許可され、また地上での生活も保障されます。この通
り事件解決に向けて如何なるご命令にも誠心誠意取り組んで参りますので、解決後の私の処遇につきましては何
卒寛大なご処置のほどをお願い申し上げます。

Re:Re:通告:
 貴方の処遇については、事件解決後に話し合われますので、そのつもりで。

533ドワーフ:2008/11/05(水) 18:54:39 ID:AepyIIHk0
あとがき

今回はちょっと発想を変えまして、
人間でも悪魔でも天使でもなく神様の視点で書いてみました。
REDSTONEの世界では神様が確かに存在するようですので、
実体を持たせようと少し人間臭くしてみました。
人間臭いというか、かなり情けないですね。

星の名前や委員会だとかはただの思い付きです。

534◇68hJrjtY:2008/11/09(日) 19:31:32 ID:R/Ut8hFo0
>ドワーフさん
謎に包まれたプリンセス/リトルウィッチの実態がまたひとつ明らかに…。
神様の感覚からすれば、地球(RS世界)は管理するべき場所で、そこで紡がれる歴史や事象も
データや報告書にまとめられるようなものなんでしょうね…なんて、悟ったような事を言ってみます(ノ∀`*)
小説とは異なるSFチックな短編、ありがとうございました!

535FAT:2008/11/12(水) 22:03:03 ID:07LLjSJI0
    『水面鏡』あらすじ

 物に魔力を付加することを生業としているエイミーとラスのベルツリー親子。
ラスの父親は地下界の魔物であり、ラスを地下界へと連れ戻そうとしている。
 ラスの父親の存在を記憶から消そうとしていたエイミーはその男との再会に
強いショックを受け、寝込んでしまう。
 そんな彼女の姿に居た堪れなくなったエイミーの親友、レンダルとデルタは
その男より先に旅に出ているラスを連れ戻そうと決意。誰の居場所をも念じれば
見えるという水晶を求めて廃抗の奥深くにひそむというチタンを目指す!






第一部 『双子の天才姉妹』 二冊目>>798(最終回)

第二部 『水面鏡』

キャラ紹介 三冊目>>21
―田舎の朝― 三冊目1>>22、2>>25-26 
―子供と子供― 三冊目1>>28-29、2>>36、3>>40-42、4>>57-59、5>>98-99、6>>105-107
―双子と娘と― 三冊目1>>173-174、2>>183、3>>185、4>>212
―境界線― 三冊目1>>216、2>>228、3>>229、4>>269、5>>270
―エイミー=ベルツリー― 三冊目1>>294、2>>295-296
―神を冒涜したもの― 三冊目1>>367、2>>368、3>>369
―蘇憶― 五冊目1>>487-488、2>>489、3>>490、4>>497-500、5>>507-508
>>531-532、7>>550、8>>555、9>>556-557、10>>575-576
―ランクーイ― 五冊目1>>579-580、2>>587-589、3>>655-657、4>>827-829
>>908>>910-911、6>>943、7>>944-945、六冊目8>>19-21、9>>57-58、10>>92-96
―言っとくけど、俺はつええぜぇぇぇぇ!!― 六冊目1>>156、2>>193-194、3>>243-245
>>281-283、5>>385-387、6>>442-443、7>>494-495、8>>703-704、9>>705-706、10>>757-758
11>>759

536FAT:2008/11/12(水) 22:05:54 ID:07LLjSJI0
―12―

 鉄鉱山から潜り、はしごをいくつも下って気付けばもう廃坑地下十階。冒険者たちで賑
わっていた地下九階が嘘のように静まり返っている。無音。そこは生物など何も存在して
いないかのような静けさで、空気すら止まっているようである。
「嫌な静けさだ」
「なんだか不気味ですわ」
 長いこと誰も立ち入らなかったのか、足跡は一つもない。三人は新しい足跡をつけなが
ら、マップの端から端まで隈なく地下への道とチタンを探し歩いたがそのどちらも見つけ
出せなかった。
「廃坑って十階までだったのか。人間の足跡がないのは分かるけど、魔物の足跡の一つも
ない。こりゃ完全にジム=モリさんにやられたね」
「ガセ……だったのでしょうか」
 デルタがぽつんと漏らす。
「殺す……しかないでしょう」
 レンダルがデルタのまねをしてぽつんと漏らす。
 虚しくなった三人は、とぼとぼと来た道を引き返す。するとデルタが壁に光る鉱物に目
を光らせた。
「まぁっ! 見てください、お姉さま方! こんなにきれいな鉱石が壁にびっしりです
わ!」
「ほんとだ。廃坑になったとは言え、元々はかなりの鉱物が産出されたって話だからね。
これはなんの鉱石かな?」
「えらい濁った色だなぁ。銀かなんか、金属系の元か。それにしてもよ、廃坑にするんな
らこんなもの残しとくかね。もったいね」
 またもレンダルが無意識に放った言葉にマリスとデルタはハッとする。そうだ、ここは
廃坑。廃棄された鉱山。鉱物が残っているはずがない。
「二人とも、離れろぉ!!」
 マリスが叫ぶ。すると突如、壁が割れ、銀灰色の魔物が現れた。見た目はコロッサスそ
のもの。ただ、全身は銀灰色の金属で出来ているかのように鈍く輝き、重々しい。割れた
岩壁の破片が乾いた音を響かせ、地面に散らばる。銀灰色の魔物は三人を見下すように仁
王立ちし、暗い眼光を覗かせる。
「おおお、出た出た出たっ! こいつがチタンか! デルタ、いくぞっ!!」
 デルタは体を曲刀と二又の短剣に変化させ、レンダルの手に納まった。
「だぁりゃぁぁぁぁぁっ!」
 レンダルは大股で踏み込むと腕をしならせ、勢いよくチタンを切りつける。しかし、相
手はコロッサス以上の皮膚の硬さ、キィンッと火花を散らし、その肉体には傷をつけるこ
とも出来ない。
「あたしに任せてよっ!」
 マリスは気を込めた拳をチタンのみぞおちにぶち込む。しかし、チタンは微動だにしな
い。マリスは拳の感触に違和感を感じた。
「なんだこいつっ! まるで中身がからっぽみたいに軽い手ごたえだ。衝撃がうまく伝わ
らない」
 その言葉でレンダルは思い出した。チタンは体内の水晶で動いているとジム=モリは言
っていたことを。
「おい、ひょっとしたらそいつ、水晶の力だけで動いてるんじゃないか」
「あっ、なるほど。ラスちゃんみたいに水晶の力でコントロールされていれば、ただの金
属が形を作りあげて動くこともできますわね」
「つまりは、その水晶を壊せばこいつは止まるってことか。でも、その水晶がほしくって
こんな所まで来たんだろう?」
 おしゃべりを嫌うかのようにブォン! とチタンが壁を蹴り上げる。砕け、弾かれた岩
石が散弾のように三人を襲う。

537FAT:2008/11/12(水) 22:06:45 ID:07LLjSJI0
「くっそ、いってーな! 何とかしてよお、こいつを引き裂いて水晶をいただこうぜ! デ
ルタぁ、でっけー斧だっ!」
 レンダルはデルタを巨大な斧へと変身させ、両手で構える。
「よしっ、あたしが動きを止める。隙ができたらやってちょうだい」
「おうっ!」
 マリスは素早い動きでチタンの拳をすり抜けると、その背後に回り、両膝の裏を突く。
がくんと膝をついたチタンの首についた防護板に腕を回し、がっちりとホールドした。
「今だっ!」
 レンダルは地面をいっぱいに踏み締め、腰を捻り、全身をしならせて巨大な斧を振り下
ろした。ガギィンと鈍い金属音が響き一瞬の火花が散る。全力の攻撃もチタンの体には傷
の一つもつけられない。
「ちぃっ!」
 レンダルが斧を引きずり、再度振り上げようとした瞬間だった。がっしりと首を固定し
ているマリスを引っ付けたままチタンは立ち上がると、勢いよくバックステップし、壁に
マリスを叩きつけた。
「ぐはっ」
 少し坑道が揺れた。マリスはチタンの硬い背中とごつごつした岩壁に挟まれ、その小さ
な体は力なく、どさっとチタンの足元に落ちた。
「マリスぅぅぅぅっ!!」
 チタンはマリスの小さな頭を踏み潰そうと足を高らかに上げた。レンダルは焦りながら
も、手をマリスのくれたジム=モリの巻物に伸ばしていた。
「マリスを助けてくれ、ジム=モリぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」
 巻物を広げると、何の詠唱をしなくとも、火の鳥が飛び出した。ところ狭しと翼を広げ
た火の鳥は超高速でチタンに突っ込むと、チタンの頭を咥え、投げ捨てた。
「ぐごぉぉぉぉぉぉぉぉ」
 咥えられた頭部は熱で変形し、空洞の胴体からは悲鳴のように炎の燃え盛る音がこだま
し、空いた穴から漏れ出した。
「マリスっ!」
 レンダルはマリスに素早く駆け寄ると優しく頭を腿に乗せ、大きなポーションを口に流
し込ませた。
「ごっほごっほ、すまない、足を引っ張ってしまって」
 マリスは全身の痛みに耐え、顔をチタンに向ける。その眼前にはチタンを翻弄する火の
鳥の姿があった。
「すごい魔力だ。あんな完全な形の鳥を魔力で創り出せるなんて」
「ジム=モリおじさまは鳥が大好きなのです」
「腐っても、あいつはベルツリー家の人間だからな」
 火の鳥は相手の体内にあるものの重要さを理解しているかのように、チタンの頭、腕、
脚を熔かせた。そして鉤爪で胴をぱりっと引き裂くと、役目を終えたことを示すように空
気に溶けていった。

「なんだかジム=モリに全部持ってかれた感じだな」
 レンダルはどろどろに溶け、もはや原型を留めていないチタンの胴部から丸く透き通っ
た水晶を取り上げた。
「きれいですわねえ」
「ほんと、まるで澄んだ空気のように透き通ってるね」
 水晶は一度手を離れれば、もう見つけられなくなってしまうかと思わせるほど透明だっ
た。三人がその透き通った美しさに見惚れていると、突然その水晶の内部に半身獣、半身
人のあの男が映し出された。はっと息を呑んだ瞬間、それはすでに目の前の現実となって
いた。

538FAT:2008/11/12(水) 22:07:54 ID:07LLjSJI0

―13―

「どうした? エイミー」
 ジョーイは突然上半身を起こしたエイミーを驚いた青い瞳で見た。
「来るわ、来た、来たのよっ!! レンダル、デルタっ!!」
 怯えた表情で髪を振り乱すエイミー。また悪い夢を見たのかと思い、ジョーイは優しく
肩に手を当て、エイミーをなだめる。
「落ち着いて。大丈夫、レンダルもデルタも元気にしてるよ」
「だめっ! だめなのよ! 誰か、誰か助けてあげて! レンダルが!! デルタが
っ!!」
「おいっ! しっかりしろ、エイミー!」
「お願いお願いお願いお願い!! だれかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 激しさを増すエイミーの感情の高ぶり。壁にかかっている額をカタカタと鳴らせるほど
の激情。感情が魔力の制御を狂わせる。エイミーの魔力は目に見えるほどその体内から溢
れ出し、破壊を始めようとしていた。
「くっ! 龍よ、抑えてくれっ!!」
 ジョーイは左目を覆っている眼帯を外し、その窪みでエイミーを強く見た。奥深く、暗
い窪みの中から青い魔力が飛び出す。青い魔力はエイミーを包むと優しく、なだめるよう
に溢れ出した魔力をエイミーに戻した。そしてエイミーは再び眠りについた。
「ありがとう。戻ってくれ」
 ジョーイの目の窪みに青い魔力が吸い込まれる。いや、流れ込んでくる。眠ったエイミ
ーの白い顔を確かめると、ジョーイは一つ、大きく安堵のため息をついた。
「なんて奴だ。ここまでこの娘の心を不安定にさせるなんて。男の風上におけない奴だな」
 ジョーイは知らない。エイミーが発狂した本当の理由を。
 暖かな太陽が牛の食欲をそそる。町はいつも通り穏やかで、のんきな牛がエイミーの家
の裏に生えた草をむしりとってはもしゃもしゃと食べていた。ジョーイはそんな光景を窓
から眺め、そのうち、うとうとと浅い眠りに落ちた。
 エイミーの感知した危機は、ジョーイには伝わらなかった。

539FAT:2008/11/12(水) 22:15:00 ID:07LLjSJI0
皆様お久しぶりです。初めましての方もたくさんいらっしゃいますね。
また半年以上も間が空いてしまいました。読んでくれていた方々には
本当に申し訳ないです。
またしばらくお世話になりますが、どうぞ宜しくお願い致します。

540◇68hJrjtY:2008/11/14(金) 15:40:02 ID:.AHgCHoA0
>FATさん
うわーい、FATさんお久しぶりです!この物語の続きが読めるとは(´;ω;`)
エイミーやデルタ、レンダル然り、面々も懐かしくて画面が見えないよママン。
でもでも、物語はしっかり続いているようで安心しました。チタンも撃破完了ですね。
ジム=モリさんのあの性格が見れると思うと…そこにマリスを加えたカオスが見れると思うと楽しみです(笑)
ラス&レルロンドの方も楽しみにしつつ続きお待ちしてます♪
---
私信ながら、チャットイベやらのお知らせでFATさんのブログに何回か書き込みしてしまいましたが
ちょっとコメントをすべき記事が分からなかったもので一番新しい記事のほうにコメしてしまいましたorz
「イベント開催なんて知らなかった!」って事になってましたら、私の不手際です。申し訳ありません<(_ _)>

541防災頭巾★:削除
削除

542柚子:2008/11/16(日) 14:44:24 ID:JNF/MKiM0
前作 最終回 六冊目>>837-853
登場人物 
・イリーナ 今作の主人公。魔導師の女性。バトンギルドに所属する。
・ルイス 美貌の戦士。バトンギルドに所属する。
・アメリア バトンギルドの若き女性ギルドマスター。
・アルトール バトンギルドの副ギルドマスター。
・グイード ブランクギルドのギルドマスター。重剣士。
・ディーター ブランクギルドの副ギルドマスター。武道家。
・マイア ブランクギルドの副ギルドマスター。召喚士。
・コルネリウス 古都ブルンネンシュティグの国王。
・ヘルムート 古都聖騎士団の隊長を務める戦士。
・エレナ 近衛師団の一員。魔獣使い。
・リュカ 近衛師団の一員。大魔導師。
・トール 近衛師団の一員。大天使。
・ダグラス 砂漠都市アリアンの国王。
・エルネスト 元古都聖騎士団の隊長。
・カルン ピーシング盗賊団の一員。
・バジル ピーシング盗賊団の党首。
・ノエル 街を回る獣医。
・ソロウ 謎の子供。
・ミシェリー イリーナの前に現れた少女。2ヶ月前に死亡した。

543柚子:2008/11/16(日) 14:45:41 ID:JNF/MKiM0
Avengers

5年前――

燦々と照らしつける太陽。
砂混じりの風は火薬の臭いを乗せて人々に吹きつける。
絶えず鳴り続ける爆音と剣戟の音が、この一帯で何が起きているのかを存分に語っていた。
ここは砂漠都市アリアンから数キロ程離れた砂漠。
そこでアリアン軍とブルン軍との小規模の戦闘が行われていた。
小規模と言っても、動員数は数百人数千人単位で、時々村で起きる紛争などの比ではない。
そういった戦闘がいくつにも合わさって1つの戦争となっているのだ。
無論、ここで行われている戦いもその内の1つ。
「第二防衛線、突破されました!」
様々な怒号が乱れ飛ぶ中、兵士の声が響き渡った。
「3番隊はどうした!」
「だめです、連絡が取れません!」
次々と送られてくる厳しい状況報告に、指揮官である男の表情が歪む。
戦いは既に激しい交戦状態にあった。
しかし戦況は一方的でアリアン軍が有利だ。
「エルネスト隊長、ご指示を!」
魔石を媒体にして魔力で言葉を伝達する魔力通信で指示を求める声が届く。
それも1つや2つではない。
その1つ1つにその指揮官――エルネストは的確な指示を与えていく。
この状況にありながら、まだ保っていられるのは彼のお陰だと言っても過言ではなかった。
彼らは古都聖騎士団と呼ばれる、数ある集団の中でも名実共に1位のエリート集団だ。
様々な武器を操り、時には馬も駆る。
男なら必ず一度は憧れると言われる最強の集団。
その集団を束ね頂点に立つのがこのエルネストであった。
そんな彼らが、今初めての窮地に立っていた。
それも無理はない。なにしろ相手は初めの情報より10倍以上の兵士量なのだ。
「く、王国からの増援はまだか……!」
エルネストの表情に苦渋の色が浮かぶ。
連絡は既に取ってある。彼らの本拠地である古都からの援軍はそろそろ来るはずだ。
そうすれば形勢逆転の契機はいくらでもあるだろう。
『隊長!』
「どうした」
魔力通信越しに兵士からの連絡が入る。
兵士は少しばかり声を震わせながら応えた。
『たった今、古都からの連絡が入りました』
「本当か!」
待ちに待った連絡。だが、その期待は簡単に裏切られた。
『増援は検討中。聖騎士団は最後まで奮闘せよ。とのことです……』
「何だと!」
それは、増援は来ないと言っているに等しい。
彼らは国から切り捨てられたのだ。
「そうか。そういうことですか、国王……」
その伝令を聞いたエルネストは絶望に暮れるのでもなく、なんと笑い出した。
人の何倍も頭が回る彼は気づいてしまったのだ。
彼らの君主は初めから彼らを切り捨てていたことに。誤りの情報を持たせて。
そしてそうする真意さえも。
それはこうして今も思惑通りに進められている。
ならばやるべきことは1つ。
「我が軍に告げる。これより一点突破を計る。敵の陣形を崩すのだ!」
『応!』
無理のある作戦であるにも関わらず、騎士たちは従順に従う。
そんな部下たちにエルネストは胸中でこれ以上ないほどの感謝と謝罪をした。
「全軍、我に続け!」
そしてエルネストたちは必死の特攻を始めた。

544柚子:2008/11/16(日) 14:46:53 ID:JNF/MKiM0
「へえ、そんな訳で入団をねえ」
「ええ。以前ふと皆さんの噂を小耳に挟みましてね」
古都ブルンネンシュティグから東に位置した荒野。
そこで若い男女が歩きながら親しげに会話を交わしていた。
2人は草木を避けながら人気のない方へと歩いていく。
「でもあんた、今まででこういった経験は? とてもそういう風には見えないが」
「こう見えても腕には自信があるんですよ」
そう言って若い女性が外套を捲り上げてみせる。
現れた細い腰の脇から、鈍い光を放つ鋭い剣が顔を出した。
「まあ、期待しているさ。それに」
「何です?」
男は急に言い淀み、女の顔を吟味するように眺め回す。
「あんたくらいなら、他にも役所はありそうだしな」
そう言って、男の細長い顔がいやらしく弛む。
そんな男に、女が笑顔で応える。
「ええ。私で良ければいつでもお相手致しますよ」
「へへ……」
照れているのか、男は歩む速度を上げた。
しばらく歩き続けると、小さな木造の小屋が見えてきた。
「ここですか?」
「そうだ」
男は先ほどの表情から一変し、鋭い雰囲気で周りを見渡す。
誰もいないことを確認すると、男は安堵の息をついた。
「やけに慎重ですね」
「俺たちがやっていることはそういう職柄だからな」
男はそのまま小屋に入ろうとするが、ふと立ち止まった。
「そういや忘れていたが。あんた、名前は?」
意外だったのか、女は少し驚いた後すぐに笑顔に戻した。
「イリーナって言います。イリーナ=イェルリン」
「良い名だな。では歓迎するよ、我々盗賊団一味へ」

545柚子:2008/11/16(日) 14:48:11 ID:JNF/MKiM0
小屋の中は盗賊のアジトとは思えない殺風景な内装だった。
それどころか、全く人の気配が感じられない。
イリーナが不可解に感じていると、見透かしたように男が口を開いた。
「二重のカモフラージュだよ。本命はこっちだ」
そう言って、男は足で床を叩いた。
男はそのまま奥へ進むと、何の変哲もない床に手を当てた。
「こっちだ」
男が手招きをする。
イリーナが近づくと、男は手に当てていた床を掴み、ゆっくりと持ち上げた。
すると、なんと階段が現れたではないか。
イリーナが思わず感嘆の息を漏らすと、男は得意げに笑った。
「へへ、驚いたかい。これが今でも俺たちが捕まっていない理由さ」
階段を降りると、更なる驚きがイリーナを待っていた。
「広い……上の数倍はありますか?」
「そうだ。ちなみに更に下が倉庫となっている。後で案内しよう」
地下の空間は上の数倍に値する広さを誇っていた。
驚くべき所はそれだけでなく、ここが迷路状の造りになっている所だ。
「なかなか凝っているだろう。仲間があんたを待っている。急ごう」
幾度にも渡り角を曲がると、ようやく人の賑わいが聞こえてきた。
どうやらイリーナのために待っているらしい。
最後に細長い道を曲がると、小広い空間に躍り出る。そこが盗賊達の溜まり場になっていた。
イリーナ達にいち早く気づいた団員が2人に手を上げた。
「来たか。待っていたぜ!」
それを発端にして、次々と他の団員も歓迎や労いの言葉を掛けていく。
「よく来たな、歓迎しよう」
党首らしき男が人々の間から躍り出る。
野蛮そうだがどこか落ち着いた気風を見せる、悪党共を束ねるに相応しい人物だった。
「初めまして。イリーナ=イェルリンと申します」
イリーナが丁寧に頭を下げようとすると、それは手で制止された。
「悪党に堅苦しいのはいらん。まあ、飲もうや」
党首が言うと、どっと周りが沸いた。
「ほらほら、こっちに来いよ!」
「さあさあ、飲もうぜ」
次々と掛けられる温かい言葉に応えようとイリーナが踏み出すと、奥の方で鉄塊が落ちるような音がした。
いや、それは比喩などではない。本当に鉄塊よりも重い物が落下してきたのだ。
続いて悲鳴が沸いた。
その悲鳴の中心にそれは居た。
全身を纏う銀色の鎧。その頂上に位置する深い青髪。
そして何よりも象徴的な物が鮮血で染まった大剣であった。
その大男は剣を一閃して血糊を払う。
その迫力に盗賊たちは思わず後退した。その瞬間、大男は一歩を踏み込んだ。
さらに一歩踏み込み、獰猛な一撃が盗賊たちに向けて振るわれる。
巨大な刃は前方の2人の胴に絡み、そのまま分解した。
「う、うわぁあああ!」
盗賊たちが悲鳴を上げる。広場は一瞬にして混乱に陥った。
しかし大男は止まらず、1人、また1人と死体を積み上げていく。
訳が分からない団員達は無抵抗のまま次々と絶命していく。
「敵に好きにさせるな、足を止めさせろ!」
党首からの一声で怯えきっていた盗賊達の目に闘志が宿った。
流石はこの大人数をまとめるだけはある、威厳のある声だった。
盗賊達はそれぞれに短剣や手裏剣、手斧などを構え、大男に狙いを絞る。
それでも構わず、男は走りを緩めずに突進してくる。
「斉射っ!」
党首の号令と共にそれぞれの獲物が一斉に放たれる。
男は大剣を盾にして頭を守る。飛来した刃物は鎧を貫けず床に落ちる。
男は全くの無傷。外れた短剣や手裏剣が虚しく壁や床に刺さるだけだった。
「それだけか」
男の顔に初めて感情が表れた。それは残酷な笑み。
男は跳躍し盗賊達の目の前に着地。そのまま大剣を振り抜いた。
刃は前列にいた数人の首を刈り取りながら回転、床に突き立てられる。
続けて放った斬撃の勢いを利用した中段蹴りが脇に居た盗賊の肋を砕く。
痛みに悶え倒れた盗賊の顔面を踏み潰し、さらに男が前進する。
「後退、後退!」
党首の指示で盗賊達は短剣を放ちながら後退した。

546柚子:2008/11/16(日) 14:49:15 ID:JNF/MKiM0
イリーナはさらに後方の場所で立ち尽くしたままだった。
急すぎる殺戮に動くことができない。
「おい、新人。お前も援護してくれ!」
道案内の男だった。
男の声でやっとイリーナは我に返る。
「は、はい!」
イリーナは腰から銀色に光る細身の剣を抜く。
柄には複数の魔石や補助魔石が嵌り、剣というよりも杖と呼べる代物だった。
イリーナは剣を強く握り締め、前を見据える。
眼前では地獄の光景が広がっていた。
息を吸い、吐く。覚悟を決め、イリーナは走り出した。
突き出した剣が背中から胸に抜ける。刀身はイリーナに道案内をした男の胸から生えていた。
剣の根元はイリーナが握っていた。
「な、ぜ……」
何故刺されたのかも分からず、疑問を浮かべたまま正確に心臓を貫かれた男は絶命する。
「すまない」
男の疑問に答えるかのように呟き、イリーナは刺さった剣を抜き取った。
空いた穴から一気に赤い血が滝のように流れる。
絶命した男は自立出来ずに自らの血で作られた血の池に沈む。
しかしその音は他の団員達の怒号や悲鳴でかき消された。
イリーナはさらに呪文式を紡ぐ。
呪文が完成。魔法陣の代わりとなった、剣に嵌められた魔石が光を発し空中に魔法陣を描く。
イリーナが紡いだ呪文は難易度3のジャベリンテンペストだった。
剣の周りに不可視の風の刃が発生、発射。風の刃は後方で奮闘している盗賊の胸を貫いた。
苦鳴と血を吐いて男は絶命する。隣に居た他の盗賊が悲鳴を上げた。
その男の胸にもジャベリンテンペストが放たれ、男が倒れる。
連続して団員が倒れることで、ようやく誰かがイリーナの無謀に気がついた。
「お前、何をして……」
最後まで言えずに、首を失った死体が後方に倒れる。遅れて首が床に落ちた。
倒れる死体は後ろに居た他の団員を巻き込んで転がる。
その光景を見て、残りの団員達もイリーナを敵と認識し始めた。
尚も魔術を紡いでいるイリーナに対して短剣や手裏剣が放たれる。
予想していたイリーナは予め紡いでいた難易度3、トルネードシールドを展開。
イリーナの周囲に発生した風の防護が飛来してきた投擲物を弾き返す。
弾き返された投擲物はそのまま盗賊達に突き刺さった。
苦鳴を上げる団員の間を抜ける影。一味をまとめる党首だった。
「この騒ぎの原因はお前か」
党首は刃の視線でイリーナを睨む。イリーナは全く臆せずに剣を向ける。
「慣れない演技は苦痛だったよ」
イリーナは続ける。
「向こうで馬鹿みたいに暴れている馬鹿をここへ誘導したのは、な。私達は依頼されてここへ来た」
党首の顔に苦い物が浮かんだ。追い詰められた犯罪者の顔だった。
「ここへ辿り着くのにはなかなか苦労した。だが、お偉いさん達を敵に回したのが間違いだったな」
古都のような冒険者やギルドが集まる国ではその数に比例して有能なその手の情報屋も多くなる。
いくら拠点を隠そうが、数人の情報屋に狙われればこんな小さな一味の拠点などすぐに見つかってしまうのだ。
「お前達は今まで通りにこそこそとしていれば良かったんだ。あれと組むべきではなかった」
言葉の刃が党首に突き刺さる。既に表情は違っていた。
「そうか。全て見透かされていたか。ならば」
党首の足に力が籠もる。
「ここで貴様らを倒すしか、生き残る道はあるまい!」
党首が疾走する。
いくら高位の魔術師とはいえ、近接戦闘では盗賊である党首の方が有利。
イリーナは動けない。党首の顔に勝利の確信が浮かぶ。
その時、2人の間に金色の羽毛が舞い降りた。いや、羽毛のように無音で着地したのだ。
党首は咄嗟に疾走を止める。だが、慣性の力が働き止まらない。
疾走は棒のような物にぶつかることでようやく止まった。
棒は胸に刺さっていた。
「ごふっ……」
小さな咳のようなものをこぼし、次に大量の血液を吐き出す。
棒のような物が抜かれる。
支えを無くした党首は呆けた表情のまま後方に倒れた。

547柚子:2008/11/16(日) 14:50:13 ID:JNF/MKiM0
「分かっていても心臓に悪いな」
呆れたようにイリーナが胸を撫で下ろして見せた。
「あら。こういう登場の方がインパクトがあるでしょう?」
そう話すのは女の声だった。
金色の軽鎧に包み込んだ身体は女性らしいラインを描き、同じく金色の髪が光を反射する。
その下から見せる容貌はまだ若く、美しかった。
手にはその容姿とは似つかない、鋭い光を発する短槍を握っている。短槍からは未だに血が滴っている。
「半分はルイスに任せるとして、こっちは私がやるわ。イリーナは端っこで驚いていなさい」
言いながら槍を軽く振るい、血糊を払う。
「支援ならしますよ。ルイスはともかくマスターになら」
「いらないわ」
女が自信満々に言い放つと、イリーナは大人しく下がった。
反対側では大男のルイスが盗賊達を圧倒していた。
「おい、半分はこっちを応戦しろ!」
「あの党首がやられたのか!?」
「くそ、化け物め!」
盗賊達は党首がやられたことにより統制が乱れていた。
それでも何人かは女の方へ向かってきた。
「では、行きますか」
女は爪先を何度か床に叩く。それを両足交互に行う。
その足が止まる。瞬間、女は短剣を投げようとしていた男の眼前にいた。
腕が閃き、高速の接近よりも速い刺突が放たれ、引く。
男は投擲の姿勢のまま死んでいた。
「は、速い!」
一瞬の殺人に盗賊達が怯む。それでも勇気のある数人が短剣や手裏剣を投擲する。
女は槍を縦回転。槍が綺麗な円弧を描き投擲物を弾く。
「遅いわ!」
「え?」
盗賊達の背後には数人の同じ容姿、風貌の女が5人ほど立っていた。
5人は一斉に同じ動きで短槍を放つ。それぞれが正確に心臓を貫かれ即死した。
女が指を弾くとそれらは霧散して消えた。
偶然狙われず生き残った内の1人が女に無謀の特攻をする。目は焦点が合っていなかった。
女は短槍を捻る。すると柄の部分が倍近く伸び、2メートル大の長槍となった。
一瞬の間合いの変化に対応し切れずに男は長槍の餌食となる。
「その分身術にその槍、あんたバトンギルドの虚勢のアメリアか!」
女の戦闘を見ていた1人が絶望にも似た声で叫んだ。
「そうだけど。知る必要はないわ」
アメリアの返答に盗賊達がどよめく。
「ならこっちの男は狂戦士ルイスか!」
名の知れた戦士達に盗賊達は動揺する。
統制が崩れ、戦意を失った盗賊達は2人の脅威とはなり得なかった。
アメリアが正確無比の槍の射撃で確実に心臓を貫いていけば、もう一方ではルイスの獰猛な刃が盗賊達の体を分解する。
イリーナは見ているだけでよかった。
光景は一方的な虐殺にも見えた。

548柚子:2008/11/16(日) 14:51:33 ID:JNF/MKiM0
最後の1人がアメリアの槍に貫かれ倒れる。
「戦闘終了。開始から3分52秒ってところね」
アメリアが歯車細工の時計を取り出し呟く。
「この場所を突き止める時間と労力を考慮すると馬鹿らしくなるな。
ルイスが事故か何かで死んでいれば少しは有意義になるかもしれないってことで、試しに死ね」
「イリーナよ、貴様もこの中に入るか?」
美貌の剣士がイリーナを睨む。
辺りは盗賊達の死体で埋め尽くされている。生きているのはイリーナ達だけだった。
その光景を眺め、アメリアの表情に翳りが差す。
「こんな任務……」
何かを言いかけ、止める。
「いえ、これは誰かがやらなくてはいけない任務よ。悪党に同情はいらないわ」
言い聞かせるようにアメリアは呟いた。
「敵に同情などかければ死ぬのはこちらの方だ」
ルイスが嫌みたらしくイリーナを見る。
「私は同情などかけていない」
「ああ、だが俺もイリーナに騙され殺された哀れな男だけには同情しよう」
「なんだと」
イリーナが剣に手を掛ける。ルイスは微動だにもしない。
「はいはい、喧嘩すんな。まだ仕事は終わってないわよ?」
アメリアは笑顔だった。いつもの彼女だった。
2人は鼻を鳴らし、イリーナも剣から手を離す。
「イリーナ。貴方が炎魔法を使えない理由だけど、聞き出したのよね?」
アメリアが婉曲的に意思を伝える。イリーナは頷く。
「ええ。ここのさらに下にあるらしいですよ。燃えやすい場での炎魔法は不便に過ぎる」
イリーナは足で床を叩いて隠し倉庫の場所を示す。
それを聞いてアメリアは少し驚く。
「地下迷路も驚いたけどさらに下とは驚きね。どこもそうなのかしら」
「いや、ここは特殊だと言っていたな」
依頼には拠点を破壊せず位置を報告することも含まれていた。
盗賊が残した財宝が欲しいという依頼主の汚らしい思想が目に見えていた。
「それにしても貴方の演技なかなかだったわよ。会話と魔力通信を同時にこなすとか普通できないわ」
「ああ、迫真の演技だった」
「え、だからこそ私がその役になったのでは? あとルイスに言われるとむかつく」
イリーナの疑問にアメリアは不思議そうに首を傾げる。ルイスは皮肉げに鼻を鳴らした。
「いいえ、貴方がそれ以外に役立ちそうもなかったからだけど」
「……そうですか」
本気でそう言っているようなので、イリーナは少し落ち込んだ。
ルイスが軽く笑ったのが不快だった。
確かに後衛の魔導師であるイリーナと、槍術師のアメリアや戦士のルイスとでは体の構造は大きく違う。
魔術や知識に長ける魔導師に対し槍術師は速さ、戦士は頑丈さや筋力に長ける。
さらに前衛は体中に身体強化の魔術を恒常的に施しているので驚異的な体術が可能となる。
確かにこれは妥当な采配と言えるだろう。
しかし理解はできても納得がいかない。明らかにイリーナが1番苦労役だからだ。
イリーナが反撃の言葉を考えていると、後方で足音。
イリーナに言われずとも前衛の2人は即座に反応する。
「誰だ」
ルイスの無機質な声に足音が怯える。数瞬後に影が飛び出して来た。
飛び出して来たのはまだ幼い少女だった。両手で短剣を握り、小刻みに震えている。
「よ、よくもお父さんを」
震える声で倒れている男を見据える。アメリアが殺した盗賊の党首だった。
次に他の団員達を眺め回し、最後に3人に戻る。
瞳に映るのは憎悪だけだった。
「許さないっ!」
少女が走り出す。狙われたのは前方に居たルイスだった。
少女がルイスに衝突し、甲高い金属音が鳴る。
短剣は空中に舞っていた。
呆気に取られる少女をルイスが組み伏せる。衝撃で少女の口から苦痛が漏れる。
「哀れだな」
押さえつけながら、ルイスが嘲笑う。
少女は痛みと悔しさから声にならない悲鳴を発していた。
「悪党の父親を持ったことが不運だったな」
「違うっ!」
少女の否定の言葉を無視し、ルイスの手が背中の大剣へと伸びる。
「ルイス!」
イリーナの制止も聞かずルイスは大剣を片手で振り上げる。
「楽になれ」
「ルイス、私たちの任務は関係者全ての抹殺よ」
アメリアの声でルイスの手が一瞬止まる。そして振り下ろした。
大剣は少女の顔の隣に刺さっていた。少女は極限の恐怖で気を失っている。
「分かっている」
ルイスが剣を戻し、少女を担ぐ。
アメリアは満足そうに頷き、イリーナは胸を撫で下ろした。
「そうする気なら先に言え、心臓に悪い」
「イリーナにいちいち報告するなど苦痛作業だ」
返そうとするイリーナの言葉をアメリアの声が遮断した。
「さて」
アメリアが槍を仕舞う。
「帰りますか」

549柚子:2008/11/16(日) 14:52:38 ID:JNF/MKiM0
古都ブルンネンシュティグの極東に位置するバトンギルド事務所本部。
本部と言っても支部は存在しない。
古めかしい造りの建造物の扉をアメリアが勢い良く開けた。
広がる景色は外面とは違い清潔感が漂う内装だった。
「ただいまー」
アメリアが奥の客間に座っている人物に声をかける。
その人物は胸に十字が象られた聖職者の格好をした男だった。手の上には本が置かれている。
その男はアメリアに気づくと読んでいた本をそっと閉じた。
「お帰りなさい、マスター。おや、その子は?」
落ち着いた男の声。男はアメリアの背中を見ていた。
アメリアの肩から覗く幼い少女の顔。表情は安らかとは程遠い物だった。
「拾ってきちゃった」
「猫や犬とは違うのですから」
アメリアの返答に男は苦笑する。
アメリアは少女を長椅子に寝かすと自らも椅子を引いて座る。
「色々あって。アルトール、後でこの子を孤児院に預けてきてくれない? 流石にここで引き受ける訳にはいかないし」
アルトールと呼ばれた男は軽く頷く。
「それはそうと他の2人はどうしました?」
「古都に着くなり寄るところがあると言ってどっか行っちゃったわ」
困ったようにアメリアは息を吐く。様々な疲労を感じさせる重い息だった。
それがギルドマスターに課せられた性なのだろう。
アルトールはそんな若きギルドマスターを案じるように見つめる。
「あの、大丈夫ですか?」
アメリアの表情が固まる。そして自嘲するように微笑む。
「こんな子に刃を向けられると……ね」
アメリアは横目で少女を眺める。
少女は依然としてうなされていた。
「少し休んだらいかがですか?」
アルトールの気遣いに、アメリアは首を振って断った。
「ありがとう。でもすぐに出るわ。報告を済ませないとね」
アメリアは立ち上がり雑多に並べられている書類の中から1枚の用紙を取り出した。
それから扉に向かおうとすると何かを思い出したように立ち止まる。
「あ、それと」
疑問顔のアルトールに悪巧みを考えついた子供のような笑みを向ける。
「この前ちょっと大きな仕事が入って。後で会うことになっているのよ」
「マスターのちょっとは信用なりません」
アルトールは深い苦味の入った溜め息を吐いた。

550柚子:2008/11/16(日) 14:53:32 ID:JNF/MKiM0
透き通るような蒼穹。空から伸びた光輪を1番背の高い十字が跳ね返していた。
続く下には様々な装飾、七色の硝子。
そこは大陸一大きな教会だった。
この大聖堂を中心に聖都アウグスタの街並みは広がる。
アウグスタは古都とは違い、商人の宣伝も都民同士の喧騒も聞こえない。
あるのは決まった聖堂の参列者と世間話をする人々、子供の走り回る姿だった。
「ここはいつも通りに平和だな」
軽く皮肉を込めたように話すのは女の声。
「祈るだけが能の国だ。全く居心地が悪い」
青髪の美貌の男が呟く。背中には大きな剣を背負っている。
「思考しないことが能のルイスに言われてはアウグスタも憤慨するだろうな」
「ではよく考えて貴様を斬ろう」
方向性のない会話は続かない。会話はすぐに途切れた。
イリーナとルイスはアウグスタの街を並んで歩いていた。
盗賊の件が終わり古都に着いた後、すぐに街のポーターを使い向かったのだ。
2人の足が止まる。目的地に着いた。
眼前に広がるのは無数の十字架。そこはアウグスタ集合墓地だった。
「行くぞ」
ルイスが静かに頷く。
踏み込む足は僅かに抵抗が有るように思えた。
数々の尊大な墓石を素通りし2人は奥の方へと向かう。
立ち止まった前には小さな墓石があった。
墓石には家名は無く「ミシェリー」とだけ彫られていた。
イリーナは脇に抱えていた花束を前に捧げた。
「もう2ヶ月か。いや、ようやくと言うべきか」
2人はあれから定期的にこの場所に訪れていた。
イリーナは独白を続ける。
「初めは希望を持ちここへ目指していたのだがな。今では違う目的で訪れている。皮肉なものだな」
「そうだな」
ルイスが短く返す。双眸は墓石に注がれていた。
イリーナは屈むと手を合わせ黙祷する。ルイスもそれに倣う。
暫く黙祷を捧げ、ようやくイリーナが立ち上がる。
瞳には強い意志が籠められていた。
「この場は私達の戒めだ。忘れてはいけない、許されない」
ルイスは何も言わない。冷たい風が青髪をさらっていく。
この街は彼女等にとって辛い記憶の塊だった。
正確にはこの近くの森がそうだった。あの時の傷痕は未だに森に深く残っている。
そこで2人は少女を守り切れずに死なせてしまった。
その事実は2人を深く傷つけている。
しかしイリーナは決して涙を流すことはしなかった。
涙を流すことも、彼女を哀れむこともしない。
そのような行為は少女を殺したも同義なイリーナに許されることではない。
そうイリーナは思っていた。
「帰るか」
「ああ」
身を貫くような痛みに堪えながら墓石を背にする。
1度も振り返らずにイリーナはその場を後にした。
墓地から出るとすぐにポーターが居る場所へ向かう。
途中でイリーナが歩を止めた。
「どうした、貴様も墓の中へ入りたくなったか」
「ルイスより先に入る気はない。ここは葡萄の名産地だったよな」
イリーナが遠くにある本格的な農地を指す。
「そうだが、それがどうした」
「いや、マスター達の土産に葡萄酒でもと思って」
その言葉にルイスが軽く驚く。
「何を企んでいる?」
「ただの美しい善意だ。でも、見返りが無さそうなのでやめておく」
ルイスが鼻で笑う。
「言葉が前後で矛盾している」
「私は限りなく現実主義者なだけさ」
そう言って会話は途切れる。
この会話の意味を2人共理解した上で実行しただけだ。
こんなくだらない会話でもしないととても耐えられなかった。
今度こそ2人は古都へ向かった。

551柚子:2008/11/16(日) 14:54:20 ID:JNF/MKiM0
イリーナ達が去ってから数分後。
再び墓地を訪れる小さな影があった。
その影は他の墓石には目もくれず、イリーナ達が通ったのと同じ道を進んでいく。
影が踏んだ草花が枯れる。見れば影が通った道には生命という生命が死に絶えていた。
立ち止まった前には同じ墓石があった。
「ミシェリー」と名前だけ彫られた墓石の前に影が立ち尽くす。
「花……」
墓の前には花束が添えられていた。
呟いた声は少年とも少女とも取れる幼い声だった。しかしその声から子供が持つべき無邪気さは全く含まれていない。
影が添えられた花束を持ち上げる。
血のように赤い花々はみるみる色を失い、やがて枯れ果て地面に落ちた。
それを影は無言で見つめていた。
影は掌を1度強く握り締め、脱力したように下ろす。
「……ミシェリー」
声は死者のように暗かった。

552柚子:2008/11/16(日) 15:01:07 ID:JNF/MKiM0
お久しぶりです。半年以上ぶりなので、初めまして。
続かないとか言っていた気がしましたが、曲がりなりにも続かせてみました。
話の内容は新しいので、前作読んでなくても大丈夫なはずです。
これからこそこそと連載していこうと思います。

>FATさん
お帰りなさい! と自分が言うのもおかしいですね。
また続きが読めてうれしいです。お互い頑張っていきましょう。

553名無しさん:2008/11/17(月) 01:47:28 ID:WcNvBC2g0
ROM専のものですが、初めて書いてみました。
テストみたいな感覚でプロローグ的なものですので、ヤマもオチもありまry

もうそろそろ12月も近い。大陸の中でも比較的温暖なこの土地にもついに、今年初めての雪が降って来た。
今の時刻は午前8時だが、基本的にかなりスローライフなこの小さな町の住人は、今頃になってやっと起床し始める頃だろう。
静まりかえっていた民家の中からやがてポツポツと明かりが灯っていく。
数時間遅れて、この町にもやっと朝がやって来たようだ。

そんな村の風景の片隅にひとつ、いつまで経っても眠ったままの家がある。

薄く雪の積もった路地に足跡を点々と残しながら、そこに急ぎ足で向かう少女の姿があった。
ウェーブのかかったセミロングの髪を揺らしながらずかずかと家の前までやってくると、
少女は遠慮無しに窓から中を覗き込む。
次にコンコンと軽く窓ガラスを叩き、反応が無いと見るや、勝手に窓を開けて「よっこらせ」と中に乗り込んだ。

その現場を目撃した人々も数人いたが、その家に限ってはそれが当たり前のことらしい。
特に誰も驚いたり警察に通報したりする様子もないようだ。

「ねぇ、いる?……もしかしてまだ寝てる?久しぶりに来たのに」

(悪い意味で)生活感が無い部屋に、今度は埃の足跡を残しながらドアを開けて進んでいく。
ドアを二回開けて階段を上り、廊下を少し歩いたあと、またドアを一回開ける。
たどり着いた部屋のベッドに、目当ての人物が無防備に眠っているのを見つけ、彼女は鞄の中から分厚い重そうな本を取り出した。
それを開いて読む……のではなく、おもむろに本を高く掲げ、力一杯布団に叩きつけた。

ボフッ

意外にも軽い音と手応えに首を傾げ、はっと何かに気づくと勢いよく布団を捲る。

かかったなアホがッ!

「ありがちなパターンだろ!!」

一瞬の間のあと部屋中に響き渡った甲高い叫び声に、外にいた人々は何事かと振り返る。
少女は「かかったなアホがッ!」と胴体に書かれたダミー人形(布に綿を詰めただけの塊である)を窓の外に放り投げた。


(今日中に探し出して一発殴ってやろう)
息を切らしながらベッドの上に倒れ込んで、布団にまだ体温が残っているのに気付く。
それに人形に書かれた字は几帳面な彼にしては粗末な走り書きだったし、
もしかしたら彼女の訪問に直前で気付いて慌てて逃げ出したのだろうか。

「あいつ…まだ近くにいるのね」

それから何気なく視線を横に移して、そこにあったものを見つける。そして少女は拍子抜けしてがくりと脱力した。
視線の先の、現場から2メートルも離れていないソファで爆睡しているのは紛れもない、
彼女が殴ってやりたいと思っている“あいつ”。もちろんダミーではなく本物である。

もちろん、この直後に殴られた。

554名無しさん:2008/11/17(月) 02:06:34 ID:WcNvBC2g0
一応主人公っぽい二人組の職と名前までは考えてありますが、肝心のストーリーはすっからかんでどうなることやら…。
女の子の方は髪型でジョブが大体バレてるとは思いますが、王道というかありきたりな組み合わせの二人ですw
勢いだけで書いてしまいましたので推敲…していません、すみませんorz

一日置いてからチェックしてみると良いとよく聞きますが、
一晩おいてから冷静なアタマで見てみると恥ずかしくなっていつも削除してしまいまs


もう夜も遅いので感想は直前のレスの柚さんにだけさせていただきます。短いですが…。
多分絶対きっと朝に起きられなくなるので!

ルイスの野生児っぽいところが好きだったので、また会えるのが嬉しいです!
前回の話が悲しい終わり方だったので、楽しそうに喧嘩する二人をまた見られるように祈っています(笑)

555◇68hJrjtY:2008/11/17(月) 06:02:58 ID:oSOQoEBQ0
>柚子さん
わぉ、FATさんに続いて柚子さんまで…お帰りなさい!(*´д`*)
イリーナとルイスの皮肉合戦も久しぶりでもう嬉しい限り。いきなりトバしてますけどね(笑)
前作では顔出ししかしなかったアメリアの戦闘シーン、バトンギルドの他の面々の活躍もなるかっ!?(笑)
拾われた盗賊の子供ですが、ミシェリーをどうしても連想してしまいます。ちゃんと墓まであるようで嬉しい(´;ω;`)
その墓に忍び寄る一人の影……まったく展開が見えないイリーナとルイスの新しい物語、続きお待ちしています。

>553さん
モノを書いたらあなたはROM専ではなく、立派な書き手さんです!というわけでデビューおめでとうです♪
雪の降るRS世界が非常に見たい私にはなかなか良いシーン…っていきなり本で叩かれてますが(笑)
少女の目的も気になるところながら、撲殺されかかった誰かさんがぼかされてて興味津々!
このままでは私の脳内で「撲殺され君」とか名前付けちゃいますよ!(こら
続きお待ちしてます(笑)

556ESCADA a.k.a. DIWALI:2008/11/17(月) 15:13:34 ID:OhTl4zsk0
>>448からの続きです〜・・・100スレ近くも空いちゃった;;;


 ミカエルは怒っていた・・・それはもう文字通り、拳に燃え盛る炎を纏うほど怒っている。
 対するはラティナの父親である燈道。鬼のような形相を浮かべるミカエルに動揺すら見せず
 それどころか彼を小物扱いするような表情で彼は仁王立ちのままだ・・・

「消し炭になりてェか?おっさんよォ・・・」
「その言葉、そのまま貴様に返してくれるわ・・・若造、名を何と言う?」
「てめぇに名乗るくらい、俺の名はそれほど安くはないんでね。」

 一触即発、一歩も引かない静かな舌戦が繰り広げられる中、ティエラはファミィとミリアを保護していた。
 彼女の華奢な腕に抱かれるミリアは親指をしゃぶっている。泣きそうな声で「うみゅぅ〜」と愚図っている。
 ティエラは彼女をなだめながら、さらに灼熱の炎を纏うミカエルを見ながら震えていた・・・

「(ヤバい・・・ミカっちの奴、ぷっつん来てるじゃない!!あそこまでくると止められないし・・・くそっ!!!)」
「おう、ティエラ。悪いけどミリアとファミィを頼んだぜ・・・俺の"炎帝"としての姿、見せないでやってくれ。」
「・・・え?わ、わかったわ!ミリアちゃん、ファミィくんっ、逃げるわよ!!?」
「ふぇ!?いやだいやだぁ〜!!いやなのぉ〜!!!ミリアはお兄ちゃんと一緒にいるの〜!!」

 泣きじゃくって兄と共にいることを叫ぶミリア、小さな体を懸命に動かすもティラに抑えられてしまう。
 しかしミカエルはそれを拒んだ。ミリアは彼にとってはかけがえのない大事な妹・・・彼女を巻き込みたくないがため
 彼は唇を噛み締めて、叫んだ・・・!!!

「ミリアっ!!!・・・頼む、兄ちゃんはお前が無事ならそれでいい。
 ・・・だから、だからはお前はティエラと一緒に逃げろ!!俺は誰にも負けないから!!!」

 兄の叫びに、ミリアは泣く一歩手前の顔でありながらも無言で頷く・・・
 ティエラもその様子に頷くと、そのまま跳躍して場を離れた。彼女が踏み台にした木の枝がガサガサと揺れる。
 そのせいで落ちてきた木の葉が途中で燃え尽きる・・・ミカエルの周りには既に灼熱の炎が燃え盛っていた!!
 彼の傍らには無詠唱で召喚された炎の霊獣、ケルビーもいる。『グルルル・・・』と獣のような唸り声を発していた。
 そしてミカエルが指をパチン!と鳴らすと、ケルビーは瞬時に第三形態となって人型の姿をとる。


「はじめようぜオッサン・・・フランデル大陸十三大冒険者、第7位『炎帝』はミカエル。俺の炎はハンパねぇぜ、灼熱に抱かれな」

 炎を纏った手で中指を突き立て、彼は燈道を挑発し返す・・・!!
 言い返さないまま燈道は槍を旋回させてミカエルとケルビーもろとも吹き飛ばそうと突撃した!!!

557ESCADA a.k.a. DIWALI:2008/11/17(月) 16:43:34 ID:OhTl4zsk0

 ――――・・・トラン森の中。木漏れ日が差し込む森の小道を二人の少女が走っている。

「はぁ・・・はぁっ、もう〜お父さんてばァ!!!ティエラさん大丈夫かな、お父さんあれでも一応バカ強だから・・・」
「それよりも早く急ぎましょうラティナさん!!あの方は暴れだすと見境なく壊し尽くすタイプですわ、早く止めないと!!」
「う、うんっ!!(それに・・・わたしが急にいなくなったんだもん、トレスヴァントが追いかけてきたり・・・っ//////)」

 恋人トレスヴァントが自らを追いかけに来てくれたのでは?と妄想して頬を赤らめるのは槍使いラティナ。
 そしてその隣を走るのは、ついさっきまで彼女と激闘を繰り広げて仲直りしたリトルウィッチ、エレナ。
 森の中へと持ち込まれた燈道とティエラの戦いを止めるためにひたすら走り続けているのだ・・・
 すると彼女達の目の前に何者かが降りてきた!!無意識のうちにラティナたちは身構えるがその者の姿を確認すると構えを解除した。
 褐色のキャラメル色の肌、銀髪の長いポニーテール、そしてスレンダーな肢体と露出度の高い部族的な衣装。
 そして流通の少ない希少な槍『ホースキラー』・・・間違いない、ティエラ本人である。

 ・・・が、しかし。

 彼女の腕には一匹のファミリアと一人の幼女が抱かれていた。
 エレナはこの状況に目が点になっていたが、ラティナは抱かれている小さな少女に目を丸くした。

「え・・・まさかこの娘、ミリアちゃん!?何でまた子供に戻ってるのよ〜!!?!」
「うにゅ〜、ミリアにもわかんないの〜・・・おひるねしてたらちっちゃくなっちゃてたのよ〜」

 困った顔で、そして子供らしいあどけない声でミリアが話すが、傍ではエレナが鼻血を出して悶えていた・・・
 
「あぁラティナちゃん・・・実はミリアちゃんね、何か変な物を食べさせられたせいで若返っちゃったみたいなの。
 さっきここから少し行ったところで、ミリアちゃんのお兄ちゃんと、さっきあたしが戦ってたおっさんとで
 いきなりバトルになっちゃって・・・で、お兄ちゃんが若返ったミリアを保護してくれって、こういうことなのよ。」

「そうなんですか・・・あ、じゃぁティエラさん!!わたしのお父さんは向こうで戦って・・・」

 ラティナが話すその時、ティエラが指した向こうから巨大な火柱が挙がった・・・!!!
 轟音を響かせて燃え上がる炎が木々の間から見えてくる。ミリアはティエラの胸にうずくまって震えていた。

「・・・っ、言い忘れてたけど、ラティナちゃんのお父さんと闘っているのはあの『炎帝』ミカエル。まさかここまで怒ってるとは
 予想の範囲外だったわ、やっぱり止めないと森全体が焼け野原になっちゃう!!!ラティナちゃんっ、行くよ!!?」
「え、あ、はははいっ!?あ、でもエレナちゃんはどうしましょ・・・」
「今はそれどころじゃないってぇの!!エルフの皆が怒り心頭になる前にまるごと『鎮火』するのが先っ!!!」
「はぁ・・・わかりましたっ!!(なつかしいなァ・・・また『アマゾネス』に戻ってきたみたい。)」

 鼻血を垂らしたまま
 「あぁ、なんて可愛らしい娘なんですの?この愛おしさは一体何?どうしてあんな小さな幼女に萌えてしまうの?」
 と、ぶつくさ一人問答をするエレナをその場に残して、ミリアとファミィを抱いたままのティエラとラティナは
 爆炎に怒りを任せるミカエル(と彼を怒らせた燈道)を止めるために急遽引き返すのであった。

558ESCADA a.k.a. DIWALI:2008/11/17(月) 16:44:02 ID:OhTl4zsk0

 〜同時刻、エルフの集落・バスルーム〜

「やっ、ダメぇ・・・恥ずかしいよぅミゲルぅ////////」
「何言ってるんだ、こうしてまた一緒になれたんだぜ?これくらいどうってことないだろ?な?」
「やぁ〜んっ//////////」

 ・・・・別にイヤらしいことじゃありません、バカップルがただ背中を流し合ってるだけです。
 ミゲルとニーナは同じ大浴場にいた。ミゲルが恋人ニーナの背中をゴシゴシと洗っているのだが、ニーナは勝手に恥ずかしがっている。
 妙にもじもじとした彼女だが、気にもかけずにミゲルは泡立ったタオルを彼女の背の上で往復させていた・・・
 二人きりの幸せな時間・・・だがそこへ急な知らせが入るのもまたお約束。
 ダダダダと何者かが走ってくる音が徐々に大きくなる。すると・・・

ガラガラピシャァーンっ!!!!!
 
 勢いよく開けられた戸から、エルフのクレイグが姿を現した・・・が、飛んできた桶が彼の顎にクリーンヒット!!
 風呂場ではニーナがパニクって「ひゃ〜んっ!!いやぁ〜んっ///////」と喚いているが、ミゲルはすぐに何事かと身構える。

「おうクレイグ・・・そんなにバタバタしてどうしたよ?何か緊急の事態でもあったのか?」
「う・・・う〜ん、あ!そうだよそれそれ!!実はさっき、郊外の森から火柱が上がって火事が起きたんだよ!!
 だからその・・・そうだニーナさんに用があったんだ、彼女の水を操る力で消火して欲しいんだけど・・・」

 ミゲルの背後で未だ混乱状態のニーナは『力を貸して欲しい』という言葉に目を輝かせ、瞬時にクレイグの目の前に現われた。

「くくくクレイグくんっ!!?!わわわわたわたわたしの力が必要なのねっ!!?!!!」
「う・・・うん。」
「ふわぁ〜、わたしもついにこの力を役立てるときが来たのね〜!?スーパーガールになれるのね〜!!?」
「いや、だからそう大した話じゃないんだけど・・・」
「オッケー!!そうと決まれば出動しちゃうんだからっ!!スウェルファー、カモォ〜ンっ☆」

 指をパチンと鳴らして、水のエレメントを持つ霊獣スウェルファーを彼女は召喚した。
 裸の上にタオルを巻いただけの姿で、彼女は事の詳細を確認しないまま飛び出していく・・・
 ミゲルやクレイグの突っ込みすら許さないほどのテンションとスピードを伴って、だ。

「人の話聞こうよ・・・ってか服、着ていかないんだね。」
「あぁ思い出した・・・あいつ、スイッチが入れば人の話は聞かないしこの世のドジ成分を集めても足りないくらいの
 天然系ドジっ娘なんだよなァ。あ、クレイグ?」
「ん?なに?」
「せっかく風呂場に来たんだ、入っていけよ。」
「そうだね、猛ダッシュしたせいで汗かいちまったし。」

 暴走する水のサマナーに唖然とした二人は、森での状況がどれだけカオスなのかも知らずに風呂に入るのだった。


to be continued・・・・

559ESCADA a.k.a. DIWALI:2008/11/17(月) 16:48:57 ID:OhTl4zsk0
なんだ、この名前でも書き込めるじゃねぇか。お久しぶりですDIWALIです。
そろそろ本編も進めないとな〜と重い腰を上げて頑張ってみました;;;
最近は某モンスター狩猟アクションゲームにハマっていてREDSTONEから遠ざかっていましたが・・・
やっぱり慣れ親しんだ場所には戻ってきちゃうんですよね。

ここしばらく他のサイトでの小説板などを回りながらスキルを磨いてきました・・・そう変わってませんけどorz
昨日新しいノートPCが我が家にやってきたDIWALIでした。

そしてFATさん、おかえりなさい!!

560名無しさん:2008/11/17(月) 23:06:31 ID:WcNvBC2g0
冷静になったアタマで読み返してみたらやっぱり恥ずかしい事この上無し!ですね。精進します…

>柚子さん
あちゃーすみません…
前の書き込みで名前が「柚さん」になっていました。馴れ馴れしい…

>68hJrjtYさん
早速感想をありがとう御座います。登場人物がぼかされてるのは別に伏線というわけでもなく、
単純に細かい設定をまだ決めてないので書こうにも書けなかっただけだったりします。(笑)

>ESCADA a.k.a. DIWALIさん
「くくくクレイグくんっ!!?!わわわわたわたわたしの力が必要なのねっ!!?!!!」
あ、あれ?ニーナさんこんなキャラだったっけ?と軽く吹き出しかけました(笑
その後のテンションがどことなくあの人のお姉さんに似(ry


今思えば最初の書き込みの時点で挨拶もろくにしていませんでした…すみませんorzそしてはじめまして!

561FAT:2008/11/18(火) 22:42:39 ID:07LLjSJI0
第一部 『双子の天才姉妹』 二冊目>>798(最終回)

第二部 『水面鏡』

キャラ紹介 三冊目>>21
―田舎の朝― 三冊目1>>22、2>>25-26 
―子供と子供― 三冊目1>>28-29、2>>36、3>>40-42、4>>57-59、5>>98-99、6>>105-107
―双子と娘と― 三冊目1>>173-174、2>>183、3>>185、4>>212
―境界線― 三冊目1>>216、2>>228、3>>229、4>>269、5>>270
―エイミー=ベルツリー― 三冊目1>>294、2>>295-296
―神を冒涜したもの― 三冊目1>>367、2>>368、3>>369
―蘇憶― 五冊目1>>487-488、2>>489、3>>490、4>>497-500、5>>507-508
>>531-532、7>>550、8>>555、9>>556-557、10>>575-576
―ランクーイ― 五冊目1>>579-580、2>>587-589、3>>655-657、4>>827-829
>>908>>910-911、6>>943、7>>944-945、六冊目8>>19-21、9>>57-58、10>>92-96
―言っとくけど、俺はつええぜぇぇぇぇ!!― 六冊目1>>156、2>>193-194、3>>243-245
>>281-283、5>>385-387、6>>442-443、7>>494-495、8>>703-704、9>>705-706、10>>757-758
11>>759 七冊目12>>536-537、13>>538


―14―

 レンダルの胸には沸々と、様々な感情が沸きあがっていた。恐怖、怒り、憎しみ、恨み、
殺意。そして、絶望。ここが地下深くにあるという証明のような息苦しさ。
 突如現れたラスにレンダルはもちろんのこと、デルタも、そして初対面であるマリスも
時が止まったかのように硬直してしまった。殺意ではない。だた、そこに居るだけ。それ
でもラスの放つ空気は威圧的で、体重の何倍もの足枷を嵌められ、尚、地中に埋められた
ようだった。
「わざわざ門に寄ってくるとは、お前たちとは余程縁があるのかもな。いや、お前の案内
のおかげか、闇の魔力を持つ者よ」
 ラスはマリスの芯を指差す。レンダルもデルタも驚きの目でマリスを見る。しかしマリ
スはきっぱりと、力強い声で否定する。
「あたしは闇の魔力なんて知らないよ。あたしのは気って言うんだ。あんたたち地下界の
汚れた力と一緒にしないでくれ」
 ラスはあごに手を当て、考える。
「確かに。その魔力はお前のものではないな。与えられたもの。ふむ、ネクロマンサーの
生狂操術とやらの被検体か」
「あのネクロマンサーを知っているのか!?」
「奴は落ちこぼれ。一度は俺たちの世界から追放された。しかし人間を生きたまま操れる
術を開発したと意気揚々、戻ってきた。俺にとってはあんなもの、何の価値もないがな」
「なめやがって!」
 怒りを露にし、怒気を纏うマリス。しかしレンダルが腕を掴み、それを抑える。ラスは
もうマリスには興味が無さそうに顔を背けると、デルタと向き合った。
 デルタの胸に湧き上がる懐かしさ。心の奥に温かな火が灯る。その灯火はレンダルやマ
リス、エイミーの与えてくれるものよりももっと深いところで灯っていて、ふいにデルタ
は表情を緩めた。ラスに対するデルタの異変にレンダルは気付いたが、どうにかしたい衝
動をじっと抑え、マリスの腕を放した。
「お前は何だ」
 ラスはデルタに問いかける。ラスもまた、デルタに特別な感情を抱いているようだった。
「私は、あなたが嫌いです。エイミーお姉さまにあんなことをして、レンダルお姉さまを
殺しかけ、ラスちゃんを連れ去ろうとする。私の大事なものを全て奪おうとする人。だか
ら私はあなたが嫌いです。嫌い……なのに」
 デルタの大きな目からぽろぽろと涙が零れる。抑えたいのに、抑えられない。流れ出る
涙に悔しさを感じ、どうか、どうか止まってほしいと願う。
「そのセリフ、その姿。俺には見覚えがある。そいつは俺の産み親。お前はそいつの親縁
の者か」
 ラスの言葉に思いがけなく、レンダルはハッとする。デルタは里子。本人はゴッドレム
夫妻の本当の子供だと思っているが、実際には出生の知らない里子なのである。ただ、誰
もそのことをデルタには話していなかった。デルタを囲む環境は恵まれていたし、デルタ
はまだ十六歳。真実を語るには早いと思われていた。

562FAT:2008/11/18(火) 22:43:33 ID:07LLjSJI0
 レンダルが知っているのはデルタが里子だということだけ。どこの誰の子だなどという
ことは知らされていなかったし、恐らく町中の誰も知らない。ラスの言葉が真実ならば、
デルタの親族の内、誰かが犠牲になっている可能性が高い。神の悪戯な縁はデルタとラス
を結ぶのか。
「一緒にくるか? そうすればそいつに会わせてやろう」
 ラスは大きな手を差し伸べた。デルタにはその手が悪魔の手にも、天使の手にも思えた。
悪魔についていけば悲惨な運命が待ち受けているだろう。天使についていけば真実を知る
ことができるだろう。デルタは何もかもを忘れ、ただその手をじっと見、考えた。
「迷うな! デルタっ! お前は行っちゃいけない、そっちに行ったらお前がお前じゃな
くなっちまう!!」
「そうだ、デルタ、あたしからも頼む! 元気なエイミーさんに戻ってほしいんだろ! な
ら、あなたがそっちに行っちゃだめだ!!」
「なに、エイミーも直に連れて行く。それに、お前がいたほうがエイミーも喜ぶだろう」
 まるで魔法でも掛けられたかのように、デルタの瞳はまっすぐにラスを見つめている。
栗色の瞳が揺れ、ラスの眼が応える。それはレンダルたちの知るものと遥かにかけ離れて
いて、デルタの心の天秤が振れる。
 デルタの手が動いた。
「デルタぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!! 思い出せっ!! 俺たちと、エイミーをぉ
ぉぉぉぉぉぉっっ!!」
 叫びはただ坑道を虚しく突き抜けていくだけ。ぼーっとしたような、まどろんだ表情の
ままデルタの腕がラスのほうに伸びていく。レンダルはもはや何を言っても無駄だと悟り、
ジム=モリの巻物を一枚広げた。
「野郎! デルタから離れろっ!!」
 ジム=モリのかけた魔法は氷の鳥。空気を切り裂くように鋭く飛びかかり、ラスを突き
飛ばそうとする。が、ラスはデルタに差し伸べている手をそのままに、もう片方の手で闇
を創り出すとジム=モリの鳥は押し縮められるように吸い込まれ、消えてしまった。
「なかなかの魔力だが、俺の前では無に等しい」
 デルタとラスの手が触れる。デルタが行ってしまう。デルタがいなくなってしまう。
「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
 レンダルは最後の巻物を広げた。瞬間、景色が変わり、見慣れた家具と二羽の小鳥がデ
ルタの代わりに居た。
「あ……? ああっ!!」
 突然現れたレンダルに小鳥が慌てて羽ばたき、悲鳴を上げる。レンダルの隣には呆然と
したマリスがいた。青い顔でレンダルはぐるっと部屋を見回した。どこにもデルタの姿は
ない。
「ああっ!! あああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ぁ!!!!!!!!」
 取り返しのつかないことをしてしまった。
 力だ。己の力を信じずに、ジム=モリの力を頼った結果だ。何て無力で、何て情けない
んだ。
 レンダルは自分への怒りから激しく床を叩いた。拳を握り、繰り返す。皮がむけようと
も、血が噴き出そうとも、拳が砕けようともけっして力を緩めることはなかった。
「よせ! やめろ! そんなことをしてなんになる!」
「ちくしょう!! ちっっっっっくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ
ぉ!!!!!!!」
 マリスの言葉はレンダルには届かない。なぜ、なぜ巻物を開いてしまったのだろう。ジ
ム=モリの愛する小鳥は二羽。当然、残りの一枚には何か別の魔法が掛けられているのだ
と、冷静に考えればわかったことなのに。ジム=モリをよく知っているレンダルだからこ
そ、分からなければ、気付かなければいけなかったのに。
「自分を責めるな! レンダル!! 自分を責めることで何が生まれる! こういうとき
だからこそ、冷静になれ!」
 似たような経験をマリスはしている。だからこそ、レンダルを止めたい。こんな姿は見
たくない。しかし、レンダルの自責の念を止めることはできない。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ
っ!!!!!!!!」

 もう戻ってこない。デルタの、あのかわいらしい笑顔が、あの甘ったるい声が、あの妹
のようなデルタが……。

「デルタぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 レンダルは泡を噛む思いで自分を責め続けた。ジム=モリが帰ってこようとも、レンダ
ルの怒りは治まらず、床を叩き続ける痛々しい音がデルタのいないハノブの夜空に虚しく
響いた。

563FAT:2008/11/18(火) 22:47:05 ID:07LLjSJI0
こんばんは。今夜は雪が降るみたいですね。指がかじかみます。

>>◇68hJrjtYさん
お久しぶりです!春はPC触れなかったのでイベントの開催も知りませんでした(。。)
でも68hさんのせいじゃないので、気にしないで下さい。もし次回がありましたら、そ
ちらでは参加させていただきたいです。

>>柚子さん
ただいまです!ミシェリー篇の最後、感慨深いものでした。愛らしいミシェリーの姿が印
象的で、なのにそれを守れなかったイリーナたちの悲しみ、国という存在の大きさに対す
る無力感、でも、日常を紡いでいく……そんなイリーナたちに感動しました。
今作では前作活躍の場がなかったアメリアの活躍を早速みれたり、またも国王の悪巧みが
裏で動いていたり、ミシェリーを知る不気味な影が現れたりと、今回も期待が高まってま
す。

>>553さん
初めまして。初めての投稿はすごく緊張しますよね。ようこそ、いらっしゃいです(笑)
意外と(?)王道ストーリーはない気がしますし、書き進めていくとだんだん個性がでて
くるものなんですよね。これからも投稿期待してます。

>>ESCADA a.k.a. DIWALIさん
ただいまです!熱くなってる森にニーナは飛んで火に入る夏の虫状態になってしまうので
しょうか?次回もハプニング期待してますよ!
新しいノートPCうらやましいです。私のはまだ2003年物で、いろいろ限界を感じてます(。。)

564◇68hJrjtY:2008/11/20(木) 04:47:18 ID:/kfbotLU0
>ESCADA a.k.a. DIWALIさん
お久しぶりです〜!なんだか懐かしい面々が揃ってきて嬉しいですよ〜。
ミカエルと燈道という押しも押されぬ強者のぶつかり合い、どちらが勝つのかまったく分かりませんね。
思えばミカエルもまだ本気バージョンを見ていませんし、燈道も隠し技がありそうな予感。決戦とはまさに。
そこへラブラブ中(笑)だったニーナが参戦なるか!?うーん、鎮火には適任と見ましたが…さてはて。
怒涛のバトル展開に終結は来るのか…続きお待ちしています。

>FATさん
なにやら不穏な様子のラスの登場もそこそこに、デルタとの離反。
いつレンダル&デルタ編とラス編が繋がるかと楽しみにしていましたが、これは予想を覆されました。
エイミーの予感然り、ラスに起きた変化の原因こそが全ての黒幕なのでしょうか…。
レンダル、マリスの苦悩が痛いほどに伝わりました。ラスたちを取り戻せるのはもはやこの二人だけなのでしょうか。
続きお待ちしています。
---
過去ログを読んでもらえたら分かると思いますが、イベントはなかなか楽しく終わりましたよ。
FATさんもお忙しそうでしたし、お手を煩わせまして申し訳ないです<(_ _)>
Wikiのほうにまでコメしに来てくれてありがとうございましたー、リンクの件など了解しました。

565名無しさん:2008/11/22(土) 00:04:53 ID:HzJ9owLQ0
553続きです。


初雪と共に乱入してきた少女はまるで嵐のように過ぎ去っていった。
2、3㎏はあろうかという分厚い本で、文字通り「叩き」起こしたばかりの可哀想な彼をソファから引きずり降ろし、
「5分後に街の西口まで来ること、時間厳守!」とだけ残してさっさと出て行ってしまったのだ。
……ふと時計を見ると既に4分経過している。
彼は重い溜息をつきながらやっと身支度を始めた。

そして約束の時間から20分後。
彼が少女の元にようやくたどり着いた時には、彼女は肩と頭に雪を積もらせてすっかり凍えてしまっていた。

「で、用件は何?フラン」

フランと呼ばれた少女はやや呆れた表情で彼を見た。
積もった雪を払い落として詰め寄ると彼の襟首を掴んで口元に耳がくるように引き寄せる。

「……用件なら一週間前にブリッジヘッドで会ったときに言ってた筈だけど?」
「あ」

そこまで言われてようやく彼は何かに気付いたようだ。
彼女の深緑の瞳から目をそらしながら気まずそうに呟いた。

「オオカミ駆除の依頼ね…あぁ……スマン、今思い出した」
「フラッツ…あたし二日前からこの街に来て待ってたわ…。あんたってほんとにマヌケね」

フランはあまり反省の色がない彼をジトリとした目で睨み付けると街の外に向かって歩き出した。
彼フラッツも素直にフランのあとに従う。

「人里に侵入してくるようになったんだって?」
「そうね。いまのところ人に危害は加えてないらしいけど、やっぱり危険だからね」

山の麓に位置するこの街は少し歩くとすぐに林や森の中にさしかかる。用心のため、フランは愛用の笛を取り出してしっかりと手に握った。
街から離れるにつれて深くなっていく雪を踏みしめながら会話を交わす。

「冬だからなぁ……餌でも漁りに来たのかな。……いや……それも無いか」

彼の街では今日が初雪だが、山の方では一週間前からとっくに雪は降り積もっている
深い雪の中では狩りの成功率も下がるし、何よりも草食動物の餌である草が雪に埋もれてしまうことで獲物自体の数も少なくなる。
それでも、狩りの名手であるオオカミ達が、わざわざ人里に餌を求めてくる程に飢えるとは考えづらい。

「……」

フラッツが急に黙り込んで足を止めた。
それを見てフランは笛を口元に持って行きながら彼の方に目配せする。

「オオカミかしら?」
「いや人間みたいだ。山賊か追い剥ぎ強盗じゃない?」

遠くでビィン、と弓の弾ける音が響いた。

566名無しさん:2008/11/22(土) 00:06:26 ID:HzJ9owLQ0
フラッツは片足を引いて半身をずらし飛んできた矢を避ける。
背後の軌道上にはフランがいるが彼女なら放っておいても大丈夫だろう。

「ひゃー!!あの野郎ぶっ殺す!」

一方、てっきり彼が矢を防いでくれるとばかり思っていたフラン。
情けない悲鳴を上げながらも笛を振ると、燃え上がる炎と共に赤い大きな犬が出現した。

フランのように自然元素の神獣を呼び出し自在に操る能力を持っている者をサマナー、または召喚師と呼ぶ。
今彼女が出現させた赤い犬は火の召喚獣であるケルビー。
彼女らが扱える四種類の召喚獣のなかでは一番初歩的な技術でも呼び出せる神獣だが、
炎に関しては上級のウィザードはもちろん、地下界の悪魔でさえ足下にも及ばないほどの力を誇っている。

犬はまるで召喚される前から自分のやるべき事を把握していたかのように、彼女が命令を下すまでもなく長い尻尾を振るって矢を弾いた。
今度は続け様に放たれた矢に素早く反応し、赤い犬は全て体で受け止める。
彼(彼女かもしれないが)の体に傷をつける事も出来ずに鉄製の矢が焼け落ちるのを見届け、フランは前方に笛を突き出す。

瞬間、火の神獣は弾かれたように駆け出した。
たった二回の跳躍だけで10メートル前方の藪に飛び込み姿を消す。すぐに藪の中から悲鳴が上がった。

「よし!いい子よ」

駆け寄ってきたケルビーの頭を撫でてやりながら油断無く辺りを見回す。
あの怠け者の相方はフランをたった一人残してさっさと逃げ出してしまったようだ。

「まだ居るの?あなた達の目的は何?」
「ただ小遣い稼ぎに来ただけのシーフさ、あんたもテイマーなら金目の物ぐらい持ってるんだろう?」

「あたし?テイマーでも低マでもないわ。……サマナーよ」

フランが笛を口元に構えた。同時に四方から短剣を持った男達が次々と飛び掛かる。

「ケルビー、死なない程度にね」

すっと息を吸い込み笛を鋭く吹き鳴らす。
それを合図にケルビーの体から膨大な熱が発生し、一瞬にして膨れあがり熱風と化した空気は数人のシーフ達を巻き込み吹き飛ばした。

「っ……第一段階でこれほど……なんて力だ!」

なんとか踏みとどまった残りの数人にも次々と尻尾の一撃を食らわせ昏倒させていく。
しかし相手も全員馬鹿ではない。残りの二人は接近戦は不利と判断すると巧みに尻尾の攻撃をかいくぐりケルビーの射程外まで飛び退いた。

「シーフをなめやがっ…!!」

すぐさま彼女がケルビーに指示を与える隙も与えず、二人同時に短剣を投げつける…筈だったが。

「……」

一人は短剣が自分の足下に勢い無く落ちるのを見て、自分の手首がおかしな方向に曲がっているのにやっと気付く。
もう一人は急に軽くなった手に違和感を感じて見ると手首から先が無い。痛みよりも先に驚愕の表情を浮かべている。

「いえ、シーフなんかじゃないわ。ただのゴロツキよ」

混乱しきって言葉も出ない男達を尻目に、フランは落ち着き払って呟いた。

567名無しさん:2008/11/22(土) 00:34:42 ID:HzJ9owLQ0
553番で初投稿した者ですがID変わってるような気もしないでもないような…
まだコテハンをつけていないので分かりづらくて申し訳ないです(_ _;

とりあえず二人のジョブをはっきりさせないと、と思いましたのでいきなり戦闘シーンです。
噛ませ犬のシーフ達はおそらくmobのシーフだと思います。はい。
中二病っぽくならないように頑張ってはみたのですが、案の定です。はい

>FATさん
うわああ、大好きなデルタがついに…
レンダルが痛々しくてもう……レンダルはデルタが帰ってくるまでずっとあの調子なのかな…心配でたまらないですorz
デルタの声って本当に甘ったるいようなイメージがありますよね。
なんかこう…猫撫で声というか…いや上品な猫撫で声というか…なんだろう(笑)

568柚子:2008/11/23(日) 18:32:24 ID:JNF/MKiM0
Avengers
前作 最終回 六冊目>>837-853
登場人物 >>542
1. >>543-551


冷たい風が頬を撫でる。
生まれるように男は目覚めた。
「あ」
間が抜けた女性の声。
視界から様々な情報が飛び込む。
1度目を閉じ、再び男は目を開いた。
眼前で顔を覗き込んでいる女の顔が双眸に映る。
「目覚めました……よね?」
不思議な物でも見るような表情で女性がさらに顔を覗き込んでくる。
視界が焦点を取り戻してきたことにより女性の顔も鮮明に映った。
黒曜石の瞳に漆黒に染まる肩下まで流れる髪。
浅く焼けた健康的な肉体。顔立ちは未だ少女の面影を残していた。
「あの……」
「ここはどこだ」
戸惑う女性に男の鋼の声が刺す。
男は周りを見渡した。
周りでは見知らない人間達が談笑をしている姿や武器の手入れを行っている男達が見えた。
「……私は何を」
男は寝ていた半身を起こす。直後に激痛。
あまりの激痛に男は身を折り曲げる。
「まだ起きちゃいけません!」
女性が男を押さえつけて無理矢理に寝かせる。
「すごい怪我なんですから。それも死んでもおかしくないような」
「私は……」
男は目覚める前の記憶を辿る。脳裏に現れたのは地獄のような戦場だった。
「私は生きているのか」
男は呟く。そして大事なことを思い出した。
「他の仲間はどうした!」
女性は静かに首を振った。
「あの場で息をしていたのは貴方だけでした」
「そうか」
男も静かに返した。握り締めるにも手に力が入らなかった。
男は最後の特攻を思い出す。
眼前に迫る10倍の兵力。正面からアリアン軍とぶつかった彼等は散った。
「私は……生きているのか」
もう1度彼は呟いた。
気づくと彼の手は自然と震えていた。
「そうです。生きていますよ」
女性が優しく男の手を握り締めた。手の震えが止まる。
「そういえば、お名前を聞いていませんでしたね。私はカルンと言います。ただのカルン」
女性が微笑み、男に同じことを問う。
「エルネストだ」
彼も名乗り返す。
「そして、ここは?」
エルネストは初めの質問をする。
カルンはにこやかに答えた。
「ここは盗賊団の拠点。私達は盗賊団の一味です」

569柚子:2008/11/23(日) 18:34:28 ID:JNF/MKiM0
平衡感覚を失った体が再び重力を取り戻す。
目を開けると既に視界は古都ブルンネンシュティグの街並みを映し出していた。
タウンポータルによる魔術によって2人は古都に戻ってきていた。
強力な魔術による魔力干渉からの魔力の逆流は防げたが体は未だ平衡感覚を失ったままであった。
こればかりはどうしても防ぎようがない。
ふらふらと揺れる体に力強い手が掛けられる。
「立ち方を忘れたのか?」
見上げると嘲弄するようなルイスの眼があった。
イリーナはこのときばかりは前衛の頑丈さを羨ましく思った。
「新しい拷問を思いついた。タウンポータルをかけ続けられるんだ」
軽口を叩きながらイリーナはルイスの手を退ける。
高位の魔術師であるイリーナだからこそこの程度で済むが、力も魔力も持たない一般人はそうはいかないらしい。
一般人は専用の防護道具を使うと聞く。それでも初めは吐くらしいのだが。
2人はポーターに礼を言い薄暗い路地裏を進む。
古井戸を通り過ぎ、明るい中央広場へ躍り出た。
目に飛び込む無数の人間。思い思いの場所に露店を立てる商人にPTの募集やギルドの勧誘。
視界の隅には喧嘩が殺し合いに発展していた。周りには野次馬が取り囲んでいる。
それはいつも通りの街の景色だった。
その景色に飽き飽きしながらイリーナは中央広場を横断する。目的地である事務所はここを越えたさらに向こうにある。
通りがかるごとに掛けられる露店商の声を無視しながら歩く。
近くで露店商と話す見知った声が聞こえた。
「良い品だ。どこで仕入れた?」
「それは商業的に秘密さ」
イリーナは耳を疑うが、何度聞こうとそれはルイスの声だった。
「おい。勝手にはぐれるな。商談を進めるな」
「何だイリーナか。悪いが取り込み中だ」
今気づいたようにルイスが顔を向ける。
手には小さな指輪が握られていた。
「これはかの有名な鍛冶職人の逸品でね。魔力抵抗を4.38%上昇させるだけでなく筋力も2.87%上昇させるんだ」
さらに続く商人の熱弁にルイスは興味深そうに頷く。
遠くでは先ほど殺し合いをしていた人らが警察団に連行されるのが見えた。
熱弁が止み、ルイスが意を決したように目を見開く。
「いくらだ?」
「やめろ!」
イリーナが半ば飛びかかるように指に摘まれた指輪を奪い取る。
「何をする、返せ」
「よし、返そう」
イリーナは指輪をルイスの手を越えて商人の手に返した。
「どういう気だ?」
憮然とした双眸がイリーナに訴えかける。
「金銭的に余裕がない。現在のお前の手持ちはある程度知っているし、何よりお前が銀行を利用している姿を不思議と見たことがない」
「利用したことがないのだから当たり前だろう?」
ルイスの返答にイリーナの方が面を食らう。
「金の利用は計画的にしろよ!」
ルイスがつまらなそうに鼻を鳴らし、再び指輪に手を伸ばそうとする。
「数秒前の記憶を忘れた?」
「貴様の金がある。俺の分を足し、それで足りる」
ルイスがあっさりと言い切る。
「お前に投資する価値がこの世に1ミリも存在しないのだが?」
「酒に投資しようとした金があるだろう?」
イリーナはアウグスタでの会話を思い出す。
「その理屈が理解出来ない以上にルイスがそんな大昔の会話を覚えていることにびっくり」
「そういう訳だ。貸せ」
どこ辺りがそういう訳なのか理解出来なかったが、ルイスがせがんでくる。
無論、渡す気は毛頭ない。
「仕方ないな、条件を呑むなら貸してもいいぞ」
「良いだろう、言ってみろ。今日の俺は心が広い」
懐は狭いけどね、という言葉を飲み込み、イリーナは言ってやる。
「私から金を絶対に借りない、という条件を呑めば貸してやるぞ」
つまり、この条件を呑めば今借りようとしている金も受け取れないことになる。
期待させて落とす。嫌がらせの基本テクニックだ。
その代わり相手を選ばないといけない危険な技でもあった。
「仏の顔も1度までだ」
ルイスの瞳が怒りで震える。
「ほぼ鬼じゃねえか! 広い心はどうした! それと借金返せ。ついでに死ね」
イリーナは今のうちに言いたいだけ言っておく。
「良いことを閃いた。貴様が死ねば借金も消える」
本気でそう思ったらしいルイスが背中の大剣の柄に手をかける。
危険を察知したイリーナも脳内で呪文を全力で紡いでいた。

570柚子:2008/11/23(日) 18:36:00 ID:JNF/MKiM0
「お、良い品じゃん」
背後から若い男の声が聞こえた。
振り返ると、青年が先ほどの指輪を摘み上げて吟味していた。
そんな青年に商人がルイスにしたのと同じ説明をしていく。
数瞬後、青年が意を決したように目を見開いた。
「いくらだ?」
青年は既に目が指輪に釘付けであった。
「待て、小僧。それは俺が先に目を付けた品だ」
イリーナに向けられていた殺気はそのまま青年へと向けられていた。
「あ? 何だテメー」
圧力のあるルイスの殺気を向けられながらも臆することなく青年も睨み返す。
チンピラだと思ったが違うようだ。それともただの馬鹿なのか。
「それは俺が購入する物だ。返せ」
「嫌だね。買ったもの勝ちだ」
ルイスと青年の視線が空中で激しく絡み合う。
「まだ買っていないだろう。買うから、寄越せ」
「嫌だね。馬鹿かお前」
互いが互いの自己主張をぶつけ合う。
驚くほどどうでもよいことだったので、イリーナは空を眺めていた。
古都の昼の空模様は曇り。夜には雨が降りそうだ。
「じゃあ、強いほうが勝つ」
「良いだろう」
いつの間にそんな結論が出たのか、2人は街中で喧嘩を始める気らしい。もはや止める気も起こらない。
イリーナは、馬鹿と単純さは等号で結べるのではないのかと考えた。
「やめるのじゃ、ディーター。勝手に騒ぎを起こそうとするでない」
離れた場所から老人、のように話す少女の声があった。
「げ、マイア!」
威勢の良かった青年が一歩下がる。
青年が見つめる方向には赤いフードを被り、金髪で可愛らしい少女が腕を組んで立っていた。
周囲には召喚獣が居ることから召喚士のサマナーだろう。イリーナの目算では歳は10代半ば辺り。
その歳とは釣り合わない魔力から、少女が相当のやり手であることが窺えた。
「またギルドの仕入れの途中ではぐれおって。見つけたと思ったらこれじゃ」
マイアと呼ばれた少女が老人言葉を流暢に紡ぐ。
明らかに普通ではなかったが、ギルドに入るような人間はどちらかというと変人の比率の方が高いのでこの際気にしない。
「だってよ、そもそも何で俺達がそんな仕事しないといけないのさ」
ディーターと呼ばれた青年が居心地悪そうにぼやいた。
「今は多忙で人手が足りないのじゃ。ゆくぞっ!」
マイアは争いの元となった指輪を店主に返すとディーターの襟首を掴んだ。
ディーターは子供が玩具を取り上げられたような目で指輪を眺めていた。
途中で目が合う。
「まさかとは思うけど、お前もギルドの人間?」
「そうだ。悪いかよ」
心外だと言わんばかりにディーターが不機嫌そうに返す。
見てみれば、ディーターの服装は漆黒のマントの裏から覗く短剣に各種防魔装備と戦闘用の物だった。
両腰には他より数回り大きい短剣が差してある。
物騒だが、黒い帽子の下から見せる整った顔はまだ幼い。成人はまだだろう。
落ち着きのなさから気付かなかったが、確かにディーターはそっちの世界の人間だった。
「別に悪いとは言っていない。もう会うことはないだろうしな」
ディーターが不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「身内の者が迷惑をおかけしました。ゆくぞ、ディーター」
マイアはディーターの襟首を引っ張って元の道へ戻り、人ごみの中へ消えた。
イリーナは息を吐いた。随分と無駄なことで疲れた気がする。
ただ、ルイスは満足そうだった。
「これで敵は消えた。イリーナ、金を出せ」
「私具合が悪くなったので帰ります」
イリーナは事務所の方へと歩き出す。
「おい、どこへ行く」
ルイスが引きとめようとするが、無視する。
イリーナは、馬鹿は構わなければいいということに今更気がついた。
露店の前ではルイスだけが立ち呆けていた。

571柚子:2008/11/23(日) 18:39:16 ID:JNF/MKiM0
ようやく事務所に着く。
古めかしい造りの扉を開くと聖職者の格好をした男が迎え入れた。
「お帰りなさい。ご苦労様でした」
男が穏やかな笑顔で2人を労う。
「ただいま、アルトールさん」
イリーナもつい微笑んで返してしまう。
アルトールには相手を穏やかな気持ちにさせる不思議な力がある。
しかし穏やかそうに見える彼はイリーナを超える実力の持ち主だ。
そんな彼だからこそ、このギルドの副ギルドマスターという大役を務めることが出来るのだろう。
返事を言わず、イリーナを追い越してルイスが椅子に腰をかける。
様子からしてまだ指輪が買えなかったことを根に持っているのだろう。
ルイスの態度にもアルトールは全く気に留めない。
変人揃いのギルドでも彼は常識人で善人なのだ。
「まだ気にしているのか。その内もっと安くて良い品も見つかるだろうさ」
イリーナ自身は全く同情していなかったが、後で根に持たれるのも面倒なので気を使っている風に振る舞っておく。
「いや、そんなことはどうでもよい」
「へ?」
ルイスは気にしないどころか全く違うことを考えているらしい。
イリーナは自分が馬鹿らしくなってきた。
「じゃあ何を考えていたんだよ。興味は微塵もないけど」
「これだ」
ルイスは鞘から大剣を抜き放ってみせる。
分厚い刀身から鋭い光が反射した。
「次はこれを強化する武具を買おうと思ってな。さて、何が最適か」
ルイスが男臭い笑みを浮かべる。この男の金の使い道は武具と食費以外に向くことはないのだろうか。
イリーナは無意識的に大剣に目を落とす。
ルイスの話によれば、この剣は無名の鍛治士に打ってもらった逸品らしい。
柄の中央に3つの三角形型に並べられた魔石が鎮座し、その中心には補助魔石が嵌め込まれている。
柄の先端には最重要とも言える重力機関があり、刀身の周りに軽い重力効果が働き威力が底上げされている。
切れ味より破壊力を重んじる戦士にとって理想的な剣だろう。
しかしこれ以上どう強化しようというのか。
「剣は分野外なのでよく分かりませんね。マスターに聞いては?」
アルトールが答える。
確かに改造好きのアメリアなら何か良いアドバイスをくれるかもしれない。
現に彼女の槍は1メートル弱から2メートル超まで伸縮自在の改造が施されている。
他にも何かあるかもしれないが、イリーナは知らない。
「確かにアメリアなら何か良い方法を知っているかもしれんな。後で聞いてみよう」
「そのマスターは今どこに?」
アメリアは現在不在のようだった。
「マスターは依頼の報告と、ある打ち合わせに出掛けましたよ」
アルトールが苦味を含んだ笑みを浮かべる。
「それに私も後でその子を孤児院へ預けてきます」
アルトールの指は近くの長椅子を差している。
そこでは随分穏やかになったとはいえ、未だ苦しそうに眠る少女が居た。
ここまで連れてきたことをすっかり忘れていた。
「孤児院に預けるんですか?」
「ええ、色々大変でしょうが、ここよりはましでしょう」
「確かに、仇と住めるわけがない」
イリーナは、2ヶ月程前にそこで同じように眠る少女を思い出した。
イリーナは孤児院に預けようとしたが、結局引き取ることにした。
その結果、少女を死なせることとなってしまった。
あの時、少女を孤児院に預けていれば違う結果になっていたのかもしれない。

572柚子:2008/11/23(日) 18:40:01 ID:JNF/MKiM0
「どうかしたのですか?」
アルトールが顔色を窺うように見つめていた。
「あ、いいえ、大丈夫です」
イリーナが表情を取り繕う。
イリーナが決して話そうとしないため、ルイスを除く団員はミシェリーのことを詳しく知らないのだ。
「俺は少し出る」
ルイスが椅子から立ち上がった。
「どこ行くんだ?」
「資金集めだ」
「方法は?」
ルイスが固まる。
「アルトール、何か良い依頼はないか?」
「そうですね、最近話題の殺人犯を追っては? 懸賞金もかけられていますよ」
アルトールが提案したのは、最近古都を賑わせている連続殺人犯だ。
ただの無差別殺人ではなく、古都の重役人のみを狙った犯行なのが懸賞金を吊り上げる種となっている。
「なるほど、行ってくる」
ルイスが事務所を出る。
情報も無しにどう探すのか全く不明であった。
「馬鹿は元気ですね」
イリーナが言うとアルトールは軽く笑った。
「私もすぐに出ますし、イリーナさんも休んでは?」
アルトールが付け加える。
「疲労は美貌の敵とも言いますし」
「あれ、口説いてます?」
「そうかもしれませんね」
アルトールが笑ってみせる。
これもアルトールなりの励まし方なのだろう。
イリーナも微笑んで、アルトールの言う通り休むことにした。
「では、お言葉に甘えて」
階段を上がり、自室に入る。
内装は女性らしくない、質素な物だ。
イリーナは外套を脱ぎ、ミシェリーの唯一の形見である白いリボンを解いた。
肩下まである髪が一気に解放される。
寝台に体を預けるとすぐに眠気が襲ってきた。疲労が溜まっている。
イリーナは眠る為、目を閉じた。

573柚子:2008/11/23(日) 18:40:55 ID:JNF/MKiM0
古都に夜が訪れる。昼に溜まった雨雲はついに夜になって降り出した。
「ふう、ひどい雨だね」
エドアルドは濡れた額を袖で拭った。脇には2人の部下を従えている。
連日の残業で彼は酷く疲弊していた。
最近、革命軍やら、連日殺人事件などの騒ぎで古都の役人やギルドは多忙を窮している。
特に、殺人犯は重役人だけを狙っているというではないか。
古都の西区長である彼にとってはたまったものではなかった。
だからこうして武闘派の部下を連れている。
「だいたい、どうしてこう事件が続くのかね」
エドアルドは曇天の空に愚痴を吐いた。
「時間が解決してくれるでしょう」
脇に長剣を差した男が答える。
「革命軍はともかく、殺人事件は早急に片付けないといけませんね」
「そう言ってもう5日が経つのだがね」
そう言われ、もう1人の長い杖を持った男が苦笑する。
「ああ、早く帰って妻と子供に会いたいよ。そこだけが私の癒しの場だ」
思い出したようにエドアルドは歩を早める。
3人は角を曲がり、住宅街へと繋がる路地裏へ出る。
「ん?」
エドアルドは目を疑う。
路地裏の真ん中で小さな子供が道を立ち塞いでいた。
子供は傘も差さず、全身を覆う大きな外套を雨に濡らしている。
「君、こんな時間に外に出ていると危ないよ」
エドアルドはなるべく圧力的にならないように話しかけた。
「危ないのはおじさん達だよ」
「え?」
思いもしない言葉にエドアルドは思わず聞き返した。
「……ここは最近、人殺しが出るから」
影が差すような声。声色には子供が含まれるべき無邪気さの成分が全く含まれていなかった。
「ああ、そういうことかい」
エドアルドは引きつった笑顔を浮かべる。
エドアルドは、目の前の子供に何故か怯えている自分に気が付いた。
「……西区長のエドアルドだな?」
子供の物とは思えない陰鬱で残酷な声が目の前の子供から発せられる。
瞬間、子供の周りの圧力が増した。
「な……」
エドアルドは声を失う。
子供は外套の顔の部分だけを捲り上げる。表れたのは死者を象ったような白い仮面。
エドアルドは、ようやく自分が噂の事件に遭遇しているのだと理解した。
「区長、お下がりください!」
部下の2人が飛び出す。
剣を持った男が仮面の子供に斬りかかる。子供は片腕を出して受け止める。
細腕を両断して進むはずの剣は、何故か止まっていた。
「下がれ!」
後方の杖を持った男が叫ぶ。剣士が離れると同時に男は難易度2、ファイアーボールを放った。
3つの火球が空中に顕現し、弾丸となって子供に殺到する。
しかし、3つの火の玉は子供の前方で霧散して消えた。
雨で威力が軽減されているといっても、ありえない現象だ。
再び剣士が仮面の子供に斬りかかる。子供の腕が閃き、拳で剣を粉砕する。
驚愕する剣士の顔へもう一方の手が伸び、顔面を掴む。
子供の手に触れた瞬間、男は壮絶な叫び声を上げた。
やがて痙攣する体が止まり、男が絶命する。
怯える魔導師がもう1度火球を放つ。しかしまた火球は3つとも寸前で霧散した。
さらに魔術を紡ごうとする魔導師に死の手が伸びる。
手は杖を掴むと、一気に破砕。そのまま魔導師の顔を掴む。
魔導師は同じようにして絶命した。
「ひ、ひい……」
エドアルドが後ずさる。仮面の子供は早足で近づいていく。
「な、何が目的だ。わた、私には妻と子供が……」
「死ね」
無情な死の手がエドアルドの頭を掴む。手に触れるとエドアルドは全身から激痛を感じた。
搾り出すようにエドアルドは絶叫する。しかし、絶叫は雨音にかき消される。
絶叫は長く、長く続いた。

574柚子:2008/11/23(日) 18:43:59 ID:JNF/MKiM0
こんばんは。毎日のように雷が鳴ってます。雪も降り始めそうです。

>>553さん
感想ありがとうございます。前作も読んでもらっていたと分かるだけで嬉しいですね。
呼び方など何とでもどうぞ。自分も掲示板で敬語を使うのはあまり慣れていないですし。
王道は好きです。王道の中でも個性は出ますしね。
これからお互いに頑張っていきましょう。

>FATさん
前作の感想を聞けて嬉しいです。
あの終わり方ではいけないとも思ったので、今回は何とか救いのある終わり方にしたいですね。
ラスからしてみるとあのネクロも小物ってめちゃ強そうですね。底が知れない。
デルタと次会うときはいつものように明るく話せそうもないですね。
それでも何とか取り戻してあげたいですね。
これからの展開を期待しています。

>68hさん
感想ありがとうございます。
自分も再びここへ戻ってこれて嬉しいです。
文章では会話を書くのが1番楽しいのでそういった会話は無駄に増えるかもしれないです。
それとこれも避難所に載せたほうが良いのでしょうか?

575◇68hJrjtY:2008/11/25(火) 17:31:57 ID:VtW6eWEg0
>558番さん (笑)
とか勝手にコテハン(?)つけちゃいましたが、いずれ正式なコテハンがつく日を楽しみにしております(笑)
さて、雪深い村里のちょっとしたオオカミ事件…という予想を裏切ってのシーフたちの襲撃!
予想を裏切ってと言えばヒーロー(?)であろうフラッツ君がいの一番で逃走してる(ノ∀`*)
サマナ主役ということでワクテカなのですがしかし「手首から先が無かった」とか恐ろしい。。
ほんわか風味なお話な印象でしたがこれは何か別の展開になりそうですね。
続きお待ちしています!

>柚子さん
辛辣な二人のジョークにちょっと憧れてます、こんにちは68hです。こんな友人(?)が欲しい(笑)
一作目冒頭も同様ですが、新登場ということでいいのかどうか、エルネストとカルン。
イリーナとルイスの物語にこの二人がどうリンクしてくるのかが大変楽しみになってきました。
政府や軍隊が背景ににおいますが、そういえば前作のミシェリーの物語も国家が裏にありましたよね。
もしかして今回の連続殺人犯も何らかの深いつながりがあるのでしょうか。ワクワク。
ルイスは金銭管理が苦手という新事実が判明しながら(笑)、続きお待ちしています。

576◇68hJrjtY:2008/11/25(火) 17:37:23 ID:VtW6eWEg0
スレ消費申し訳ないですorz
書き忘れ。

>柚子さん
> それとこれも避難所に載せたほうが良いのでしょうか?
避難所の管理人さんの意向では「どちらに載せるのも書き手の自由」とのことでした。
つまりはこちらに載せてもあちらに載せても両方に載せてもなんら問題はありませんよ、って感じですね。
避難所は保管庫的な意味合いもありますし(Wikiとは別の)、ツリー形式なので書きやすい&見やすいのはあります。
まあぶっちゃけ、柚子さんの方針に任せます(笑)

577蟻人形:2008/11/27(木) 21:05:24 ID:/PV5lAOo0
  赤に満ちた夜

 前話 >>466-469(七冊目)

 0: 秉燭夜遊 Ⅰ … Are you still glowing?


「実に幸運でしたね、あなた方は。今日という日に感謝すべきでしょう」
 剣士がその言葉を耳にしたのは、口を開いた男が剣士の砕かれた右肘を治療していたときだった。今にも崩れてきそうな天井の下、瀕死の仲間が皆彼と同じように簡易ベッドに寝かされていた。
「どういう意味だ?」
 苦々しく毒を吐く剣士。先程の己の無力さが許し難く、堪らなく悔しかった。
「もし訪れたのがこの日でなかったのなら、ここがあなた方全員の死地となっていた。そういうことですよ」
 男は渋ることなく自分の見解を述べた。過去の経験から導いた、適切で正確な『事実』を包み隠そうとはしなかった。更に男は淡々と続けた。周囲にその声を阻むものは何もなかった。
「西に墓地があります。ここで人間が活動していた頃の被験者は勿論、不運にも厄日に訪れてしまった冒険者たちもそこに眠っているんですよ」
 彼は物理的な治療を終え、すぐに魔力による治癒を施した。みるみるうちに負傷した肘は癒えた。その時の剣士はただ、黙することしかできなかった。


 崩壊した要塞の門が開かれる。
 あの戦闘から約半年、十六人いたメンバーは五人にまで減っていた。四人の同志を引き連れた剣士は表情を固くし、相手側の対応を待った。
 やがて一般的な女中の格好をした背丈の低い女性が早足で五人の前に現れた。女性は深々とお辞儀をし、さわりの良い挨拶で五人を出迎えた。
「遠方よりはるばるお越しくださりありがとうございます。主人が中でお待ちです」
 言い終えると女性は踵を回らし、もと来た道を辿った。剣士たちもそれに続いた。

 一行は無言で歩みを進めた。五人が皆何かを考えていたのか、それとも何も考えられなかったのかは分からない。
 崩れかけた家の前で、女中は唐突に立ち止まった。剣士たちはそれに倣った。しかし理由を聞くには至らなかった。彼らがそうする前に、彼女は何かに溶けるように姿を消してしまったからだ。彼女の在った場所に残されていたのは蝋が尽きて火が消えた蝋燭、それを支える受け皿の二つだけだった。
 一行がそれに驚く間もなく、何者かがそれらを優しく拾い上げた。剣士は今まで以上に表情を強張らせた。
 彼の目の前には男がいた。剣士を始めとした半年前のメンバーを治療したあの男が。
「大変失礼しました。手の空いた者がいなかったので、彼女に向かわせたのですが……」
 後半は寧ろ独り言のように、男は話した。直前の出来事についての細やかな説明はそれ以上続かなかった。しかし、彼の表情は飽くまで友好的だった。
「ようこそ御出でくださいました。お休みになられますか?」
「いや。すぐにでもお手合わせ願いたい」
 剣士は振り向くことなくそう答えた。しかし意義を唱える者はいなかった。

 夕映えは深く、日輪は既に大部分が地平下に没していた。即時の決戦を当然の如く期待している、その五人の意思を感じたのだろうか。男は僅かに自らの表情を正した。
「そうですか。私も、それが賢明だと思いますね」
 彼は実に静かに同意した。間もなく闇に包まれるはずの要塞は静寂な空気の中で、六名の会話の成り行きをひっそりと見守っていた。

578蟻人形:2008/11/27(木) 21:06:30 ID:/PV5lAOo0

 灯火が室内の夜を照らしていたため、その部屋は存外くっきりと映し出されていた。一方外界の残照は内の光に掻き消され、小さな枠の向こう側の闇はますます鮮明になっていた。
 部屋の壁には等間隔にランプが設置され、各自が無心に周囲を明るませていた。また、訪問者と住人を二つに分かつ境界には火の灯った蝋燭が一本だけ置かれていた。

「久しぶりね、来てくれると聞いて楽しみにしていたの」
 深く腰掛けた揺り椅子から立ち上がる少女。にこやかに一行の到着を迎える態度は特に異質を感じさせるものではなかった。敢えて不自然な点を挙げるとすれば、歓楽の声色の中に妙な落ち着き様を見出せることくらいだろう。
 彼女は着席を促すが、剣士は座らなかった。彼の背後に控えていた四人の仲間も同様であった。ギルドの長として、彼は眼前の存在に正面から挑戦状を叩き付けた。
「その男が何を言ったのか知らないが、俺たちは遊びに来た訳じゃない」
 軽く男に視線を移しつつ、剣士は口を開いた。平素よりもずっと低い声だった。
 少女の傍らに控えていた男はそれを聞くと、顔にちらりと不安を見せる。一方その主人はというと――早くも椅子に腰掛けており、少々残念そうに肩を落としただけだった。
「なら、今回も?」
 トーンを少し下げて言葉を返した彼女に対し、剣士は攻める態度を崩さなかった。男が警告めいた視線を送っていることすら気づいていない。彼の全てが眼前の蝋燭の火を越えて、正面の少女に向けられていた。まさに何者も恐れぬと言わんばかりの大胆さで、剣士は言い放った。
「そうだ、一刻も早く始めたい。そっちの用意は?」

 予め言っておこう。男は悟っていたということを。
 剣士は努めて平生に近い声色を意識していた。それに、彼は人間なのだから、憂さを晴らすことに悦びを覚えるのは仕方のないことだと。
 完全に理解していて、一瞬にして成った思索も含めての行動だった。この場にいる己以外の全員を重んじて、彼は動いたのだ。

「アドラー!」
 今度は少女から鋭い警告が飛んだ。
 男の挙止は主人の発声と共に止み、直後に他四名が止まった。彼の掌は剣士の鼻先一寸というところで静止していた。
 五人と一人は数秒の間、互いに視線を逸らそうとしなかった。その後各々が渋々、男を阻まんと出した手を解いた。主人の冷静さに内心胸を撫で下ろし、男は在るべき場所へと戻った。
 何事もなかったかのように、何もかもが元通りの場所に収まった。……火が消え白煙を天に昇らせている、対立の中央に置かれた蝋燭以外は。
 その部屋では、古いテーブルを挟んで七名が対峙していた。

 最初に口を開いたのは当然の如く少女だった。彼女以外の人間が静寂を破ることは叶うはずもない、その中での再構築が開始された。
「……こちらの手落ちね。すぐに準備させるわ」
 初めの一言を拾った瞬間から、六名は何か得体の知れないものに肌膚をチリチリと蝕まれるような感触を覚えていた。
 泰然とした挙措。古雅の原点を彷彿とさせる尊厳。彼女の態度には最早あどけなさなど欠片もなく、容姿にそぐわない理性的な物言いが際立って不相応であった。

 だが。
「待ってくれ!」
 打って変わって真摯な態度を声に示す。その主は対岸の剣士。特異な存在に向かう気構え、不可解な恐怖に臆しない精神は賞賛に値するものであろう。
 同様の考えを持ってか少女は彼の提言を許し、自らは傍聴の側へと移った。剣士は躊躇う事無く続けた。
「戦う場所のことだ。要塞から出た場所、ドレム川の河口にしてほしい」
 心なしか、後方に下がった四人の表情が険しさを増したようだった。男はほんの僅かに顔を俯けただけで、他の一切の所作を差し控えていた。
「いいわ。そうしましょう」
 相手の真意を把捉した少女は表情を和らげ言った。口元からは歓迎時のような温かみを見受けることができない代わりに、控えめな待望が目に見えて広がっていた。
「そちらは準備万端のようね。十分程度、私たちに時間を頂けないかしら?」
 微かに、彼女の声色は揺れていた。
 無言の了承があった後、五名は速やかに戦地へと向かった。五人が五人共、自分の感情を抑えられないような疾走であった。

579蟻人形:2008/11/27(木) 21:07:25 ID:/PV5lAOo0

 訪問者が退出した後、部屋は平素の在るべき雰囲気を取り戻しつつあった。
 少女はおもむろに腰を上げ、火の無い蝋燭に歩み寄った。受け皿ごと床に移し置き、その芯を優しく摘むように指で撫でる。途端に芯の先から滾々と湧き出るように炎が生まれ、客人を待っていた時のように再び燃え上がった。
 更に彼女は燃える火を覆うように諸手を真っ直ぐ差し出す。するとそれまで普遍的なものに止まっていた火勢が忽ち猛り立ち、熱を帯びた旋風が少女の銀髪を激しく靡かせた。
 ようやく少女が双手を戻して立ち上がった頃、火炎は少女の身の丈を大きく超える程に膨大な火球の塊となっていた。球形の猛火は大きく揺さぶれていたが、次第に温順さを取り戻していった。
 そして輪郭が完全不変のものとなると共に渦巻いていた炎が取り払われると。火球の在った場所に一人の青年が、何の不自然さも無く直立していた。
「彼を手伝ってあげて」
 少女は男を手で示し、青年に向かって静かに命じた。
「お任せください」
 青年はなめらかな口調で答え、男の始動を待った。
「その前に、少しよろしいでしょうか?」
 それまで黙然としていた男が青年の返答を足掛かりとして口を開いた。

 一瞬の空白。部屋中のランプの火が一斉に、同じように揺れ動いた。
「……これ以上待たせるのは失礼よ。手短に済ませて」
 相変わらず悠然とした口調ではあるが、その言葉には柔らかい棘が込められていた。男は慣れた様子ではあったが、それでも多少の緊迫を含んだ声で話した。
「一つだけ。決して冷静さを失わないように、くれぐれもお気をつけ下さい」
「分かってる。そう簡単に殺されたりしないわよ」
 彼は返事に閉口した。その憂慮の面持ちが胸中の苦悩を映し出していた。
 それが終わらぬうちに、少女は再び男に向けて言葉を発した。

「あ、言い忘れたけど――」

 たった一言に、彼の胸中は大きく波立った。
 直前と比べても明らかに鋭く磨がれた棘。冷静さを超えた冷ややかさ。自らの役割を果たすため、男は己の足を地に着け離さぬよう辛労しなければならない程であった。
「何があっても黙って見てなさい。手出しは許さないからね」
 やはりか、と言わんばかりに眉間に皺を寄せる男。恐怖と葛藤に苛まれながらも、男は言わないわけにいかなかった。
「しかし――」

「何?」

 部屋の空気が大きく震え、十数ある火が一斉にその姿を晦ました。闇と共に外気が流れ込んだかのように寒気が部屋を占拠し、窓から飛び込む月明かりは少女の影を浮き彫りにすることさえ遠慮しているようだった。
 青年は暗がりに溶け込み所在すら分からない。漆黒の中で少女の紅い眼精が二つ、まるで姿が見えているかのように、男を不動の視線で捕らえていた。男は懸命に耐え忍び、やがておずおずと苦言を呈した。
「……相手は人間です。それをお忘れなく、と……」
 一瞬にして、透き通った双眼が大きな円となる。やがて円が緩やか且つ柔らか味を帯びたものに変わるとようやく、男はそれまでの絶望的な重圧から解放された。
「さあ、もう行きなさい」
 少女の紅が暗闇の中に沈むと同時に、冷静で穏やかな平素の声が部屋に響いた。
 全てが伝わったことを知り、男は部屋から立ち去った。闇に紛れた一人分の足音も彼の軌跡を辿って行った。

580蟻人形:2008/11/27(木) 21:08:00 ID:/PV5lAOo0
お久しぶりです。
Avengers編の真っ最中でしたが、どうしても書きたくなって書いてしまいました。
ハロウィンに関係した話を書いてみようと思い立ったところ、そもそもハロウィンがどんなものか知らないことに気づいた次第で……。
結局自分の作品に走ってしまいました。なんとも申し訳ないorz

581白猫:2008/11/27(木) 22:39:04 ID:RqcjKFjo0

小さなパートナー



今日、私は久々にアリアンの土を踏んだ。実に二週間ぶりの懐かしい感覚し、張り詰めていた緊張もようやく解れる。
今回のシア・ルフト討伐はなるほど、確に厄介な依頼だった。
こちらは選りすぐりの腕利きを集めたのにも関わらず、一人の死者を出し私もまた傷を負った。
だがそれ相応の報酬も受け取った。しばらく旅の費用は心配せずに済みそうだな。

しかし、久々のアリアンはやはり暑い。流石は砂漠の町だろうか……暑さに慣れていない私には少々辛い。
早く旅館へ行き疲れたきった体を休めたかった……が、私にはまだやることがあった。




アリアンの町中、至るところで開いている露天商の数々。
この露天商で並んでいる品々。これらを歩きながら眺めるのが、私の数少ない楽しみの一つだ。
特別探している品があるわけではない。ただ並んでいる品を眺める、それだけ。
商人にしてみればいい冷やかしである。だが、これくらいは誰でもしているので多目に見て欲しい。
もしも何か必要になった時、品の値段が分からなければ話にもならないという理由からも、私はこの習慣を欠かさなかった。




アリアンの北区、倉庫の立ち並ぶ地域に入ることは滅多になかった。
柄の悪い者たちも少なくなく、冒険者も滅多に立ち入ろうとしないからだ。そんな場所に、わざわざ出向くほど私も暇ではない。
だがどうしてだろうか、私の足は何故かそこに向かっていた。
そして、襤褸布で全身を覆ったシーフが開いていた露店に並ぶ品の中、見つけたのだ。奇妙な品を。

噂に聞いたことはあったが、実物を見たのは初めてだった。
手で掴めてしまいそうなほど小さな、深い緑色の小袋。
ミニペット――異世界の妖精が封じ込まれた、魔法の込められしポーチ。
市場には滅多に出てこない、かなり珍しい品だ。
興味をそそられた私の視線に気付いたのか、露天商のシーフが私に笑いかける。

 「どうした旦那。ミニペットが気になんのかい?」

そうだ、私は正直に頷く。はっきり言って、かなり興味深い品であった。
精霊の封じ込められたポーチだ。金に余裕のある今なら、値段次第では購入してもよかった。
私に買う気があるのが分かったようで、シーフは満足げに笑う。

 「ふふん、おいらはミニペット大商店っていう名前で有名でね。
 旦那もミニペットが欲しいなら、是非是非この店を利用してくれ!」

このシーフはククルと名乗った。
彼の後ろに大量に積まれたミニペットポーチは、全てウィザードの友人から安く仕入れているという。
時間が経つと消えてしまうらしいポーチを軽々と仕入れるのだから、相当な商売上手なのだろう。とても私には真似できない。

 「旦那は剣士だろ? ならこいつだ!」

と言いながら取り出したポーチを、シーフは私の鼻先に突き出した。正直、この暑さでこの陽気っぷりはかなり鬱陶しい。

 「こいつは風の精霊シルフィーだ。攻撃速度や敏捷性を高めて、攻撃の補助や回復までしてくれる便利な奴だぜ!」

と自慢げに話すククル。確に話の内容からすると便利なものだろう。
回復もしてくれるとなると、もしかするとポーションを持ち歩く必要すらなくなるかもしれない。
いくらだ? と首を傾げた私に、ククルは目を細めた。何か妙な質問をしただろうか?


 「旦那は――……声が出ないクチかい?」

ククルの問いに、私は頷いた。頷きつつ、内心驚いていた。
今までこれほど早く、私の喉に気付いた者はいなかったからだ。
私は幼少の頃、事故で喉を潰した。今でもその傷痕が深く残り、声を出すことができない。
だが、私はこれをコンプレックスに感じたことは無かった。
あざ笑われようとも、蔑まれようとも――どんな仕打ちを受けようとも私は強く在らんとしてきた。
今までも、当然これからもだ。

 「そうか……なら、特別にサービスだ!」

そう言うが早いか、彼は私の手にポーチをぐいと押し付ける。
ククルの突然の行動に、私は呆気にとられる。結局いくらなのだ? これは。
だがククルが笑いながら腰に手を当てる姿を見、ようやく頭が追いついてくる。つまり――これを私にサービスする、と?
……このポーチは、確か数先万の価値があったはずである。私も当然、それくらいの値は出すつもりであった。
しかし彼は、なんの躊躇もなくそれを私に手渡したのだ。

 「そいつを大切に育てる。それが旦那に求める代金だ」

ニカッと笑うククル。その顔は「金は受け取らない」と語っていた。
この天晴な彼の好意に、私は甘えることにしたした。ポーチを片手で抱え、私はククルに頭を下げる。
感謝と、必ずそうするという意を込めて。

582白猫:2008/11/27(木) 22:39:28 ID:RqcjKFjo0

旅館の部屋、固いベッドに倒れ込んだ私は、手に持ったポーチゆっくりと眺める。
確に、奇妙な魔力を感じるポーチである。今まで見てきたどんなものでもない。
鬼が出るか蛇が出るか――いや、出てくるのは精霊だったな。
そんな薄い思考を流し、私はポーチの口を止めている紐をゆっくりと解いた。

瞬間、部屋中が光に包まれた。私にはその表現が限界だった。
とにかく、目も開けていられないほどの光が部屋中に溢れたのだ。
混乱しなかった、と言えば嘘になる。むしろ半ばパニックになり、思わず腰の剣に手を据えてしまったほどだ。

だが、眩い閃光は一瞬で収まった。ミニペットのポーチとは、開く度にこれほど閃光が辺りを包むものなのだろうか。
不意の光から視力が戻ったのを感じ、私は特別な変化がないか辺りを見回す。
白い壁に、特別広いというわけでもないがとにかく固いベッド。バスローブの入ったクローゼットに……緑色の紐。

さて――これは何だ?
空中にぷかぷかと浮かぶ、長く緑に染まった紐。
ちょいちょいと突いてみようとするが、紐は嫌がるように私の指をひょいと避ける。
なんなんだ、これは? ひょっとしてこれが精霊なのか?
どう見ても紐です。本当にありがとうございました。

……と、冗談はさておいて、だ。
問題は紐の先っぽに付いてるコレだ、コレ。
逃げる紐をひっつかみ、引っ張った先っぽに付いている小人。
体表が黄緑色なので少々不気味だが、よくよく見れば少女の姿をしている。後耳が異常なほど長い。頭二つ分はあるぞ?
この紐のようなものは少女(?)の後頭部から伸びている――ということは、これは髪か? いやいや、触覚という可能性も捨て切れない。
うーむ、と唸る私の眼前で少女はパタパタと紐を私の手から引き抜こうとしている。なるほど、これがどうやら精霊らしい。
名は確かシルフィーだったか。確か、古い文献にあった風の精霊の名はシルフィードだったと記憶している。このシルフィーも、きっと

風属性なのだろう。
ここでシルフィーが本気で痛がってきたので、紐から手を離してやる。
安心したようにふわふわと浮かぶシルフィーを見、私は部屋の端へと歩く。
そこに乱暴に置かれた(私が置いたには違いない)袋の中から、一振りの剣を取り出した。
薪割り斧。幼い頃から使い続けたものの、最近エンチャントに失敗し無残に壊れた私の元相棒だ。
その斧をシルフィーに差し出してみると、シルフィーは子供のように斧に飛びついてカリカリと刃をかじり出す。
本当に武器を食べている。いや、逆か。シルフィーは武器しか食べないんだったな。
確か食べると、死にはしないもののシルフィーに深刻な問題が起こるんだったか? これは気をつけなければ。
さて……いい加減疲れた。今日のところは眠るとしよう。


朝だ。久々の旅館で迎える朝は、どうしてこうも清々しいのだろう。アリアンの固いベッド万歳だ。
少々分厚い上着を脱ぎ、昨日洗ってから干してあったシャツに袖を通す。
太陽に照らされたシャツの方が着心地も良いのだが、この砂漠の町で日干しなどしたらとんでもないことになる。
……そういえば、日干しにした後の「おひさまの香り」というのは、ダニなどの死骸が放つ臭いだったか? 知らないというのは怖いも

のだな。
私の上で眠っていたシルフィー(冷たいベッドが温まるまでいい湯たんぽ代わりだった)もごそごそと這い出て、うーんと両手(と紐)を伸

ばす。
とりあえず朝食を取ろう……そうしたら、久々にあの厄介な塔を登ることにしよう。


アリアンを出いつものタクシー屋を使った私は、ものの数分で目的地へと到着した。
テレポーターを使って最寄りの町から出ても丸一日はかかる距離にある、恐ろしく高く……そして、大量の魔物を飼う塔。
通称は「スウェブタワー」。ようやくこの塔で狩る実力になったのがひと月ほど前。今となっては六階まではなんとか狩ることができる


ちなみに、今日は一人ではなく右肩にシルフィーが乗っている。朝食のランスはどうやらお気に召しているようでカリカリと一生懸命か

じっていた。
お前は喋るのか? とシルフィーをじっと眺めるが、精霊に人間の言語を話せというのは少々無理があるか?
というか、私が喋れないのだからコミュニケーションが取れん、と私は小さく溜息を吐いた。

583白猫:2008/11/27(木) 22:40:08 ID:RqcjKFjo0

スウェブタワー七階――とうとう私は、今日その階層へと足を踏み入れた。
といっても、六階と大した変化は見られない。生息している魔物たちが六階と変わらないからか?
愚鈍な動きで振り下ろされる斧を左手の盾で鋭く弾き、無様にバンザイをした斧兵の胸を斬り払い、蹴り飛ばす。
私の攻撃の合間に背後から飛び掛かってきたレッドアイ所員、その鞭を私は騎兵刀で斬り捨てる。
奴らとの戦いは、既に体に刻み込まれている。この階層では、相手にすらならないだろう。
だがやはり被弾することにはする。避けきれない、ブロックしきれない一撃に傷を負うことも確かだ。
そんなときに、シルフィーはかなり役に立ったといえる。
まるで狙い澄ましたかのように、的確にヒーリングを飛ばしてくる。いや、正式にはリゼネイションだったか。
とにかく、シルフィーの飛ばす回復魔法のお陰で私はベルトのポーションを使わずに済んでいた。ククルの言うことに間違いはなく、私

の予感もまた外れなかったようだ。
今度は比較的素早い速度で斧槍を振り下ろしてくる斧兵、私はその体を上下真っ二つに両断した。

何時間敵を薙ぎ払い続けただろう、そんなとき。
地面に崩れ落ちた剣をシルフィーに食べさせていると、足元に古ぼけた羊皮紙が落ちているのを見つけた。
どうやらこの階層に眠る宝を記した地図らしい。しかも比較的近い場所にある。ここから向かえば数分もかかるまい。
私は背後の所員には全く目もくれず、剣を納めて走り出す。シルフィーは勝手についてくるため、無視しておいた。

やはりそう甘くはないか。
空の宝箱を忌々しく思いながら、私は手に持った地図を握り潰す。
このように偽物の地図があることは珍しくない。現に、魔物が持っている地図の三割ほどは偽物か、たとえ入っていたとしてもハシタ金

しか入っていない。
運がなかった、と諦めて狩場に戻ろうと剣に手をかけた、

その時だった。


   ――――――!!


恐ろしいほど巨大な雄叫びと、遅れて上がる男性の悲鳴。
一つ上の階層から響いたその音に、私は数センチ飛び上がった。シルフィーに至っては剣の残骸を喉に詰まらせている。
しばらく続いたその二つの音も、やがて収まり何事もなかったように消え、静寂が再び訪れた。
一体、今の悲鳴は何だ? それにあの雄叫び。剣士の[ウォークライ]にも劣らないほどの衝撃だった。
疑問に思う一方で、私はもう一方で結論を出しつつあった。

Zinだ。

この先に、Zinの力を持つ魔物がいるのだ。
スウェブタワーの八階に棲む――血に塗れた不死の剣闘士が。
行くべきではないだろう。私ひとりの力では、恐らく不死の力を持つ剣闘士には勝てない。
だが、一方で震えていた。歓喜していた。
ようやく私の実力が試せる――シア・ルフトのときではない、純粋な私の力が。
気付いた時にはもう、私は階段を上り始めていた。魔物の血で染まった剣を片手に。




   やはり――でかい。

初めて"それ"を見たときの第一印象が、これだった。
凄まじく大きなアンデッドだ。これほど大きな魔物は、正直初めて見た。
私の肩に乗るシルフィーが、一生懸命クロークを引っ張っているのを感じる。だが、こればかりは譲るわけにはいかなかった。
素早く盾に魔力を注ぎ込み、宙へと放り投げる。普段は使わないこの術だが、格上の相手となれば話は別だ。
宙をフワフワと舞い私を保護する盾――シマーリングシールド。これで、通常の物理攻撃はよっぽどの威力を持たない限り私には届かな

い。

584白猫:2008/11/27(木) 22:41:09 ID:RqcjKFjo0
が、

剣闘士の炎を纏った斧の一撃。
その一撃は、難なく盾ごと私を遥か後方まで弾き飛ばした。


   強い――一筋縄どころか、一瞬でも油断すれば命はない。

壁に激突し、ようやく止まった私はポーションを喉に流し込みながら軽く思考を流す。
シルフィーが逆風を起こしてくれたお陰か、思ったほど激突のダメージは少ない。だが、今の一撃で分かった。
奴には、ブロックはあまり期待できない。通常の一撃程度なら防げるだろうが、今のように特殊な攻撃に対して私のシマーはまだ無力だ


だが、勝てないわけでもないはずだ。迫り来る剣闘士を睨み、私は両手で騎兵刀を握る。
久方ぶりだ。たった一人でZinを相手に死闘を繰り広げるのも……以前はルルリバーのドラゴンタートルだったか? 大分時間が空いてし

まったな。
さあ――見せてやろう。剣士の剣士足る所以を。

軽く、しかし鋭いステップを連続して刻んで剣闘士へと飛び掛かる。
が、剣闘士は軽々しく2mはあるであろう斧を振り上げ、私へと物凄い勢いで振り下ろしてくる。
その、巨獣をも両断するほどの一撃をしかし宙に浮いた盾が受け止める。一瞬盾が砕けるかとも思ったが、シマーの発動中に盾が大破す

ることはない。
斧の一撃を凌ぎ、私は空中で十字斬を剣闘士へと放つ。右腕の上腕に直撃するが――やはり、大した傷を与えるには至らない。
だがそれは想定の範囲内だ。そもそも[十字斬(サザンクロス)]にダメージは期待していない。
地面に着地し、剣を構える。同時に魔力を体内で練り上げ、術を発動させた。
瞬間、剣闘士を半円状に囲むように無数の分身が生成される。[パラレルスティング]――剣士の技能の中で最上級の威力を誇る一撃。


   ――ギャリィイインッッ!!


全ての剣が剣闘士に直撃したのを見、私は即座にその場を退避する。
今攻撃したのは奴の右足に過ぎない。こんな一撃で仕留められるほど、奴も甘くはないはずだ。
だが慢心もしていた。自身の決め技を足に受けたのだから、もう速い一撃は放てないだろう、と。
そして、その甘すぎる考えが。
次の剣闘士の一撃へ反応するのを、ほんの一瞬だけ、遅くした。






 「全く――びっくりしちゃった。ZINに単騎で飛び込むなんて」

次の瞬間、私の目の前には女性が座っていた。その後ろには、地に倒れ絶命している剣闘士の姿が。
一体何なんだ、どうして剣闘士は既に倒れている?
半ば混乱していた私に、ちょっと落ち着いてと女性が両肩を掴んでくる。というより、この女性は誰だ。
 「えっとね。いっこずつ説明しよう。いっこずつ」
明らかにどう説明しようか悩んでいた様子の女性は、とりあえずと私にそう言う。だが、私も説明してくれなければ何が何だか分らなか

った。


話を要約すると。

私のパラレルで足を負傷した剣闘士は、しかし即座に炎を纏った斧で一気に私との距離を詰め。
油断した私へと斧を振り抜いたが、咄嗟に割って入ったシルフィーがなんとか私の致命傷を防ぎ。
しかしやはり腹を切り裂かれた私は、同時に気絶して。
そこへ通りがかったこの女性が、傷ついた剣闘士を倒して私を施療したのだという。

なるほど、そういうことか。だがあの剣闘士を倒せるとは、彼女は相当手練のようだ。

……待て、シルフィーはどうなった? シルフィーは一体、どこへ行った?


辺りを見回す私に気付いた女性が、少しバツの悪そうな顔で脇のバスケットに手を伸ばす。
そこから取り出されたのは、小さな体をズタズタにして眠るシルフィーだった。
慌てて彼女の手からシルフィーを取り、その顔をそっと撫でる。

 「精霊だから死ぬことはないわ。大丈夫。きっと三日くらいで起きると思うから」

585白猫:2008/11/27(木) 22:42:23 ID:RqcjKFjo0
なんてこったい、sage忘れたorz


――女性の言葉を信じ、アリアンへと戻ってから二日が経った。
一向に目覚めないシルフィーをじっと眺めながら、私は目を閉じて思考を流す。
たった一日一緒にいて、たった数時間共に闘った。それだけだった。
だが、それでも私にとって。
シルフィーは私にとって大切な、初めて出来たパートナーだ。
それなのに私は何をしているんだ。

シルフィーの回復魔法を当たり前の顔をして受けて、
シルフィーが一生懸命止めようとしてくれたのにも関わらずそれを聞かず、
挙句の果てに、シルフィーに無駄な怪我をさせてしまった。

すべて私の責任だ。一体私は、何をやっているんだ?
シルフィーが起きたら、とびきり高い武器を食わせてやろう。あいつはどうやら槍が好みらしいから、ホースキラーあたりが喜ぶんじゃ

ないだろうか。
私としては青龍偃月刀が好みなのだが、まぁ高級と言えばホースキラー一択だからな。明日なんとしても露天商を捕まえなければ。
ひょっとするとククルとも会えるかもしれない。またあの、治安の悪い倉庫街へ足を運んでみるとしよう。
そんなことを考えているうちに、私の思考はいつの間にか深い眠りに落ちていた。



朝だ。あっという間に朝になってしまった。
未だに私の体から疲労はぬぐい切れていない。やはり少々無理をしすぎたのだろうか?
と、
ふと利き腕を見ると、そこには自分で巻いた覚えのない包帯が不器用に巻かれていた。自分で巻くならここまで歪にはならない。
ならば誰が? ――その私の疑問は、ぴょろんと飛び出た細い紐で全て解決された。
私の枕もとに寝そべる形で、なぜか包帯でぐるぐる巻きな姿のシルフィーが気持ち良さそうに眠っていた。

その姿を見た途端、体中の力がフッと抜け私は壁にもたれかかった。
そうか、この包帯はシルフィーがやったのか。どうりで下手糞なわけだ。あんな小さな手では包帯など巻ける筈がない。
こうしてはいられない。シルフィーが起きる前に、早く町で武具商人を見つけなければな。
眠ったままの小さなパートナーを起こさないように忍び足で扉の前まで歩き、私は静かに部屋の扉を開いた。

---
どうも、白猫です。
ハロウィン企画が終了して真黒に燃え尽きた白猫が帰ってきましたよ!←
今回は主人公の剣士さん視点のお話。ミニペットを題材にしたSSはそういえばまだ書いてなかったなぁと。
そういえばRSのSSでは未だにテイマ物を書いたことがありませんね……ビスルのSSは書き始めて5行で挫折しましたし……(・ω・`)
今度機会があれば書いてみようと思います。でも次はコテコテのバトルものが書きたいなぁ、アクションいいよアクション←
そしてsage忘れ申し訳ないです、エンターキーめorz
そしてさらに前半、メモ帳の保存形式をミスって改行がおかしいことになってます。なんというgdgdorz

586白猫:2008/11/27(木) 22:43:24 ID:RqcjKFjo0

前回コラボでやりそこねたコメ返し

>◇68hJrjtYさん
サマナ話の長編化はいまのところ考えてなかったりします。長編は今は書き上げる自信がありませんorz
実のところサマナものも今回が初めてなので、初めてなら意外性を求めて男の子採用。ヘタレな男の子こそ至高←
ケルちゃんは粋がって[煉獄悪魔]なんて名乗ってますが実際のところアレだったりします。通称「お湯屋(笑)」。
---
コラボ作品は終盤になって「あれ? 長すぎじゃね?」ってことになり終盤の集合写真まくら投げetcが削られていたりします。削られて

なおあの長さだから異常。
たぶん避難所にもっと長いのが投稿されるはずです。燃え尽き症候群真っ只中なので確実に年は越しますけど←
もともとギャグ小説の方が書くのは好き(下手の横好きレベル)なので、ギャグ小説として書く方が楽しかったりします。ツンデレ天然関

西弁ゴスロリなんでも揃ってるよ!←
パペットはこれからイベント要員として使おうとかもくろんじゃったりしてます。
---
何かお手伝いできないかとwikiの方もときどき覗いてたりしますが、
うーむ、やっぱり初心者はいぢらない方がいいですね。そっとしておきます(・ω・`)


>>476さん
ROM専だけど感想しちゃう→ROM専だけどSS投下しちゃうですね分かります。
変化としてはしばらく指示語を減らすことに重点を置いて行くつもりなのです。だから実際のところ書き方はあまり変わらないっていう(

笑)
長編は大きな物語が書けるのが売りですが、数スレにまたがるととっつきにくくなるのがネックですね、私も最近感じるようになりまし

た。
サマナものの第二弾とはなかなかハードなリクエストだぜ兄貴……期待しないで待ってほしいんだぜ。
399さんはぜったいにツンデレ。


>黒頭巾さん
精霊じゃなくて悪魔と契約するなんてほんとかわいそうなサマナ君・゚・(ノД`;)・゚・←
まぁ所詮お湯屋(笑)ですし、きっとお風呂の沸かし方に厳しいだけだと信じる、うん。
あとコラボおつかれさま! 燃え尽き症候群ゆっくり回復していってね!!


今回は若干脳内がgdgdになってしまいました、次回からは気をつけることとしましょう。
それでは、白猫の提供でお送りしました。

587◇68hJrjtY:2008/11/28(金) 04:01:58 ID:VtW6eWEg0
>蟻人形さん
小物短編になるのでしょうか、はたまたまだまだ続くのでしょうか、ともあれ執筆ありがとうです!
読む者に展開を予想させない、突然起きるさまざまな事件と物語。
剣士を主体とする五人、そして少女とアドラーと呼ばれた男…謎だらけなのがミステリアス。
剣士たちの目的が戦いに向けられているようですがさて、真相を含めて続きお待ちしています。
もちろん、いいところで切れた本編の方も待ってますよ♪

>白猫さん
ハロウィン小説ぶりですね、短編ありがとうございます!
なるほどサマナ少年君のお話も短編なのですね、しばらくは短編屋さんとして書いてくれるのでしょうか(ノ。・ω・)
そういえばパペットのほうでもアーティ、カリンなどはいましたが、また違うタイプの剣士殿。
ミニペットも好きですが、剣士殿の朴訥な性格がなんだか好みです(*´д`*)
無骨な剣士と可愛い風のミニペットが繰り広げる冒険にさちあれ(笑)
---
Wiki編集はそんなに怯える(謎)ことなく、気軽にどうぞー(笑)
もしなんかミスっても消しちゃえばいいですし、私が気がつけば適当に修正しますし。
というより私がやれって話なんですけどねorz 面目ない。
コラボ小説はもっと長かったんですか!?うーん、全部を読んでみたいと思いつつ(笑)
次回アップ予定という避難所小説も楽しみにしております〜!

588防災頭巾★:削除
削除

589蟻人形:2008/12/04(木) 13:38:27 ID:/PV5lAOo0
  赤に満ちた夜

 前話 >>577-579 (七冊目)

 0: 秉燭夜遊 Ⅱ … Savage friction


 各々が己に合った下準備を行っている様子を、少女は無感情に眺めていた。
 剣士は自分の甲冑や短剣に目もくれず、四人から離れた場所で専ら巨大な盾の手入れに精魂を傾けている。
 軽度を重視した木製の鎧を着用する槍遣いは準備体操やストレッチで体を温めている。
 短刀のような杖を持ったウィザードは徒に魔方陣を描き、杖に魔力を移動するタイミングを確かめている。
 非常に美しい撓りを保った弓を背に負う射手と闇に溶け込むような黒のコスチュームを身に纏う武道家は、お互い身振りを交えながら真剣な話し合いを繰り返している。
 彼ら五人の姿を浮き彫りにするのは約二十メートル四方、そして正方形の中央に設置された五つのランプの光であり、それらを準備したのは男と青年であった。
「今の時間は?」
 唐突に男に対して問いかける少女。男は主人の質問を受け取ると速やかに明かりの傍に赴き、懐から袂時計を取り出した。
「二十時五分前ですね。大体約束の時間です。彼らにも伝えましょうか?」
 男は時計をしまいながら、配意して尋ねた。少女は数秒間唇に指を当て考えたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「ええ、そうね。私が教えてくるわ」
 男が異論を唱える暇を与えず、彼女は単身、何の躊躇いも無く敵陣に踏み込んでいった。
 行く末を按じて主人を阻もうと踏み出した男だが、十も歩まぬうちに思い留まり足を止めた。彼は自分を諭し、憂えるような表情で主人の動向を見守ることを選んだ。

 突然の相手方の接近により、ギルド側は静かに動揺していた。少女が近づくと二名は口を噤み、二名は各々の手を止めた。
「……何か?」
 短髪の槍遣いが言葉少なに尋ねた。その場にいた何名かは彼女の槍を持つ手に力が入る様子を捉えていた。
「あと五分程で八時になるの。切りもいいし、その時間に始めてもいいかしら」
 言葉が周囲に響くと共に、ふっと緊張が途切れる。空気の変化を瞬時に悟り、少女は密かに眉を顰めた。
「ちょっと待って」
 武道家が言って剣士に向き直る。一瞬の間を置いて剣士が顔を上げた。恐らく魔力の通信を用いて意見を示し合わせているのだろう。
 どうやら剣士は即答したようだ。五人が顔を見合わせていた時間はものの十秒程であった。
「オーケーだ、こちらは構わないよ」
 今度は槍遣いが、剣士に代わって返事をよこした。
「本当に? 彼、まだ調整中みたいだけど」
 再び盾に注意を戻した剣士から視線を外さず、少女は他の仲間に念を押した。
「そっちこそ、そんな格好で闘うつもりかよ?」
 胡坐をかいていた射手が素早く切り返した。
 確かに指摘は的確だった。彼女が身に着けているのはなんと短いドレス、靴も外貌を重視したものであり、腕や脚に至っては素肌を晒す程に無防備であった。
 少女の視線が射手に飛んだ。対して射手は怯まず少女を睨み返した。
 やがて彼女は不敵にも、眼前の男に穏やかに微笑んだ。その笑みは間違いなく優しさを醸し出していたが、それと同じくらい切なげでもあった。
 彼女はそのまま無言で踵を返し、自陣へと戻っていった。四名はその様子をゆっくりと目で追っていった。

「如何でしたか?」
 敵の陣営から何事も無く帰還した主人を出迎え、男は言った。そうやって質問することも彼の役目の一つであった。
 半ば失望した様子で、少女は男に鈍い視線をやった。男は困惑しつつも主人の気持ちを汲み取った。
「行かなきゃよかったわ」
 シルバーブロンドをのろのろと掻き撫でながら、少女はやるせなさそうに呟いた。

590蟻人形:2008/12/04(木) 13:39:54 ID:/PV5lAOo0

『開始二分前です。任意の位置に移動してください』
 男の非常に物静かな声が、魔力によってハンヒ山脈を揺るがすほどのものに拡声される。しかし、それほどの大声が必要とされる場面ではない。
 声帯を中心とした発声器に魔力を集中させることで爆発的な空気の振動を起こし、広範囲に自分の声を届ける『叫び』の技術。男がそれを使用する場面は滅多に無いため、魔力の分量の調整を誤っただけのことであった。
「もっと音量抑えてよ。煩くて堪らないわ」
 少女が静かに怒りを示した。落胆から平常心が崩れ、転じて些細な出来事に対して敏感になっていた。
 男はこれまでになく焦っていた。残された道は深謝しかなかった。
 残念なことに、彼は主人の機嫌を取り戻す術を持ち合わせていなかったのだ。幾つか彼女の好む事柄は把握していたが、どれもこの場面で役立つものではなかった。
 彼の謝罪を受け取ると、少女は早くも戦場に足を向けた。
 男は風船のような不安を自分の中に押さえ込んだまま、主人を戦場へと送り出した。

 一方ギルド陣営では、既に全員が場所割を済ませていた。
 剣士は自分の場所に移動した後も気にかかる箇所があるのか、座り込んで盾の調整を続けていた。
 槍使いや武道家は軽く体を動かし、射手は精神の統一に耽っていた。それは三人にとって普段と同じ行動なのだろう。
 ただ一人、ウィザードだけが違った。青い液体が満たされた瓶を開け、内容物を一気に飲み干す。
 そして蓄えた魔力を一気に、仲間に対して付与した。槍使い、武道家、射手、自分、最後に駆け寄り剣士に。それは風の魔力を用いる最上級の魔術、行動速度上昇の魔法であった。
 掛けられた者が次々に、驚愕の表情を示す。ウィザードはそれを眺め、皆に向けてしたり顔で微笑んでみせた。
 唖然としていた四人の中で逸早く我に返った射手が足早にウィザードに歩み寄った。
「どういうことだ?」
 声色から先程の瞑想の効果が完全に失われているのは明らかだった。そんなことは一切気に掛けず、ウィザードが得意げにニヤッと笑った。
「無いよりマシな程度だけどな。持って二分だ」
 立つと一回り大きい射手がウィザードの目の前に立ちはだかった。彼の拳が勢い良くウィザードの胸に伸びる。
「タコ、そんなこと言ってるんじゃねぇ!」
「な……何すんだよ!?」
 胸倉を取られ、彼は驚き入って叫んだ。どうやら何故自分に怒りの矛先が向けられているのか全く理解できないらしい。
 全員の視線がウィザードに釘付けで、開始一分前を告げる男の叫びが耳まで届いたメンバーはほとんどいなかった。

 早くも平常心を取り戻した剣士が二人の間に割って入った。
「時間がないんだ、コイツを責めてる場合じゃない。もう定位置に着けよ」
 声を潜めながら剣士は二人を諫めた。
 射手は暫くウィザードを睨み付けていたが、掴んだ右手を解くと同時に肩を落とした。
「あぁぁもう、どうして練習中に出さないんだ、お前って奴は……」
 悲痛な呻きだった。ウィザードは平然としてそれに答えた。
「お前らを驚かせたかったんだよ。今ここで公開するなんて、最高に美味しいじゃないか!」
 射手は僅かに血の気を取り戻しウィザードに殴りかかろうとしたが、それを剣士が懸命に阻んだ。震える射手の右拳が振り下ろされ、音も無く空を裂いた。
 彼はもう一度、思い切りウィザードを睨み付けた。
「畜生っ、だから持続時間が伸びねぇんだよ。当然のことじゃ――っ」
 持続時間という言葉に剣士が反応し、咄嗟に射手の脇腹を小突いた。
「後にするんだ、さっさと準備しろ!」
 射手の悪態を妨げて剣士が声を張り上げた。剣士は喋り過ぎだと射手に囁き、指で背中越しに少女を指差した。
 小競り合いを無言で観戦していた少女は相変わらず、微かに顰めた眉だけで感情を表していた。
 呆れた様子で三人を見守っていた槍遣いと武道家も、剣士の怒号を聞くと我に返り、各々の定位置に戻っていった。
 全員が定まった位置に戻る頃、試合三十秒前を告げる男の叫び声が響き渡った。


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