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SSスレッド

1板</b><font color=#FF0000>(ItaYaZ4k)</font><b>:2002/07/11(木) 00:39
支援目的以外のSSを発表する場です

 ・1つのレスの投稿文字数制限は
   IEで2000文字以内
   かちゅ〜しゃで1500文字以内(どちらも参考値です)

   以下のサイトで文字数をチェックできます
   ttp://www5.tok2.com/home/cau85300/tool/count_check.html

 ・エロSSについては各自の判断でお願いします

このスレッドで発表されたSSについての感想も、ここに書いて頂いて結構です

156(編集人):2002/11/01(金) 04:51
『それらを全て捨ててでも戻りたいかをもう1度君に、そして僕自身に聞きたい、そう思って僕はここに来たんだ』
『もし、お前が俺自身なら……そんなの聞かなくてもわかってるだろう……』
『そうだね、わかってる。でもあえて僕は聞きたい。僕と僕達自身のその思いの強さをもう1度確認するために……』
 そうか、そうだな。
『決まってるさ、そんな事。僕は全てを投げ捨ててでも、さつきの、弓塚さつきの為だけに、あの世界に戻りたい』
 決まりきったはずの答え。でも、少し前の俺だったらもしかすると迷ったのかもしれない。でも、今この瞬間、俺には一片の迷いも無かった。
『そうか……良かったよ。それじゃあこれでさよならだね』
『待ってくれ、ここは一体どこなんだ?』
『君、そして僕そのものだ、とでも言っておくよ。それじゃあ……』
 急に世界が真っ白になった。そして……


「志貴君、志貴君っ!!目をさましてよぅ……お願いだから……」
 俺が目を覚まして最初に見た物は……さつきの泣き顔だった。
「さ……さつき……」
「しきくんっ!!」
 どうしたんだろう……さつきが随分ふらふらしているように見える……あれ?
「どうしたんだ、その手首は……」
 手首には、なにかで切ったような傷があって……服は血だらけだった……
「なんでもないよ、これくらい……それより志貴君、動いちゃ駄目……だよ」
「おねがいだ、さつき。教えてくれ」
 俺には、何が何でもさつきに聞かなければいけない気がした。

157(編集人):2002/11/01(金) 04:53
「ただ志貴君に……私の血をのませただけだから……」
「!!」
 確かに……俺はさつきの血が入って吸血鬼になった。だから……さつきの血を大量に飲ませれば蘇生させられるのかもしれない。
 考えは間違ってはいない……けれど……どれだけの量が必要かもわからないし、成功するかどうかも全然わからないっていうのに……
「ばか……一歩間違えたら、さつきも死んでたかもしれないだろ……」
 そんな事になったら、何のために助けたのかわからないじゃないか。
「でも……でも志貴くんがいなくなるなんて……考えられなかったから……そんな事になるくらいなら……私が死んだ方がいいから……」
「大馬鹿だよ……本当馬鹿だ、救いようがないくらい……」
「ひどいよ……志貴君……」
 どうやら怒りたかったらしい……でも、その顔も涙で崩れてしまってる。
「こんな馬鹿な女の子……俺くらいしか欲しい奴なんていないだろうな……」
「うん……私は志貴くんだけのものだよ……」
「さつき……」
「し……しきくぅん……」
 そして、俺達は力強くお互いにキスをした……どんな事があっても二度と離れる事のないように。



「ほら、志貴君、ぶつぶついわない!!」
「だって、弓塚さん……もうここは離れるんだから外観なんか直さなくても」
「駄目!! あの時直すって約束したんだから」
 で、結局……全快したあと、俺達はもうすぐ離れる家の外を直している。しかも手作業で。なんだかなあ、絶対に意味無いと思うけど。
「それに! また、『弓塚さん』なんていってる志貴君には、これくらいやってもらわないとね!」
 ぐう……しかし、前と今とではもうその台詞の意味は違うんだ。今、面と向かってさつきと呼べない訳はただ……照れくさいだけなのに。
「もう、志貴君! ほら、作業作業!」
「はいはい、今やりますよ」
 俺達はこうやってずっと同じ道を2人3脚で歩いていくんだろう。
 これまでも、そしてこれからもずっと……。
 屋根を直しながら……俺はいま、この瞬間の幸せを体全体で感じていた。これからどうなるのかはわからない。きっと多くの困難もあるだろう。
 でも、2人一緒ならば例えどんな事でも乗り越えられると……俺達は信じている。



 日陰の夢      完

158(編集人):2002/11/01(金) 04:55
『さっちん支援SS③』弓塚さつき・支援
2002年7月17日(水)22時25分。
ROUND4.10レス目「七視さん」様によって投下。
 乾一子   (月姫)
 弓塚さつき (月姫)

159(編集人):2002/11/01(金) 04:56
さっちん支援SS③

最初は、何を言っているのか理解できなかった。
ちゃんと聞こえてはいるのに、脳がその意味を理解しようとしない。
コイツは、今、ナント言ッタノダ?
「ククク……俺の力に抗うだけの意志を持っているんだしなァ。ただ殺すなんてもったいないよなァ」
殺人鬼は、よくわからない事を言ってニタリ、と笑った。
その眼は、何か、得体の知れない期待に色付いていた。
私は、その妖しい輝きを放つ瞳に、言いしれない恐怖を覚えた。
それは、これまでの恐怖とはまったく違った種類のものだった。
「ひ―――」
それでも、私の喉からは引きつった音しか出なかった。
それを聞いて、殺人鬼はますます楽しそうな顔をする。
「そう怖がるんじゃねェよ。これから、すげーキモチイイコトしてやるんだからよ」
ぐいっ、と体が引き寄せられる。

―――全身が怖気立った。

首筋から言い表しようのない嫌悪感が溢れ出した。
舐められている―――!?
そう気付いたのはもう一度舐められてからだった。
もうそれだけで、身体中が汚された気分だった。
そして、これから行われる陵辱に全身で抵抗した。

いや―――

いやだ―――

いやだ――――――!


「いやああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」


その瞬間、頭の奥がスパークした。
視界が一瞬にして真っ白になる。
私は死にもの狂いで『突き飛ばした』。
「ぐあっ!?」
不意を突かれた殺人鬼は、無様にも尻餅をついて倒れた。
「はあっ、はあっ、はあっ……」
動いた―――?
さっきまでまったく動かなかった体が、急に思い通りに機能するようになった。
「―――っのアマぁ!」
驚いている暇はなかった。激昂した殺人鬼が憎悪の視線を向けてくる。
今度こそ逃げなくては―――
そう思って振り返った先には、絶望が立ちはだかっていた。
「ははっ。そうだよ、テメエにはもう逃げ場はないんだぜ―――!?」
「そ、そんな……」
行き止まりだった。袋小路だったのだ。
そして、その奥には―――
「ひぃっ!?」
もはや男か女か判別できないほどにバラバラにされた、おそらくは人間であったろう死体―――
「ひゃはははははは!!!」
殺人鬼が笑う。絶望に打ちひしがれている獲物を見て。
この世のすべてを嘲笑うかのように。

「そんなに楽しいか?殺人鬼―――」

そんな、およそこの場にはまったく相応しくないほどの冷静な声が聞こえたのは、その時だった。

160(編集人):2002/11/01(金) 04:57
『(某式乳祭り)』両儀式・支援
2002年7月18日(木)0時29分。
ROUND4.54レス目「七死さん」様によって投下。
 両儀式 (空の境界)
 スミレ (月姫)

外部リンク型。このURLは「式乳祭り」を扱っておられるHPにつながります。
ttp://www.geocities.co.jp/Bookend-Hemingway/7902/

161(編集人):2002/11/01(金) 04:58
(130)
『愛(謎)』両儀式・支援
2002年7月18日(木)18時20分。
ROUND4.88レス目「七死さん」様によって投下。
 両儀式 (空の境界)
 スミレ (月姫)

外部リンク型。このURLはHPのトップページにつながります。
作品へは「入り口」→「ぱそこん部屋」→月姫→◆SS◆→◆愛(謎)◆
という手順でたどり着けます。
ttp://www9.plala.or.jp/ntclub/

162(編集人):2002/11/01(金) 05:00
『(無題)』浅上藤乃・支援
2002年7月21日(日)17時8分。
ROUND4.395レス目「弐歳」様によって投下。
 浅上藤乃            (空の境界)
 アルクェイド・ブリュンスタッド (月姫)

163(編集人):2002/11/01(金) 05:02
「あ。そういえばこれの片付けを忘れたわ。どうしようかなー」

 二月になって、机の整理をしてる鮮花が一本の、パンを切る為にあるナイフ
を取り出す。それを見て、わたしは少し唖然となった。

「鮮花、どうしてそんな物を部屋まで持って来るんですか?一応、部屋での夜
食は禁止されてるはずですけど…」

「しないわよ、夜食なんか。これは式が勝手に盗んで、わたしに見破られて没
収したもの。でも流石に2本も盗んだのは思わなかったわ、あの異常者め。ま
あ、結局彼女も先生に勝てなかったからいいけど。」

 いきなり愚痴始める鮮花に、わたしはきょとんとしていた。話の経緯が全然
掴めないんですけど…

「あ。ごめんね、ぺらぺら喋ってて。ほら、去年の七月、藤乃の先輩を探すた
めにウチの兄さんに会わせようとしたじゃない。で、その人が出て、『今日は
これないとさ。すっぽかされたぞ、おまえ。』ですって。本当、腹立つわね。
藤乃も確か、式のこと嫌いとか言ったじゃないの?」

 …本当、兄や式さんのことになると性格が丸ごと変わるね、この人。

 ――去年の七月。忘れる訳が無い夏だった。ずっと何も感じないまま生きて
きたわたしが、「痛い」という感覚と、生まれつきの禁忌の能力を取り戻した夏
。わたしが、ただ「生きている」実感が欲しいから、何人も殺した――そして
、式さんと出会った。自分が殺人という罪を悦んだことを気付かせ、その眼の
力に圧倒させ、そして――

 ――彼女は、わたしを救った。

 その時は勘違いしたけど、わたしはナイフに刺されなかったらしい。腹の痛
みは腹膜炎によるものだった。しかも、致死末期まで悪化していた。そんなわ
たしを――彼女を凶(まが)ろうとしたわたしを、式さんは勝利の果てに、病
気だけ「殺して」おいた。

 今思えば運が良かったかもしれない。そのあと目覚めたから、わたしは何も
感じない、不自由だが「普通」の体に戻りました。確か、路地裏の時に言った
かな。「今のおまえなんか知らない」って。最後に感覚が薄れていくのは、死
んだではなく、戻ったのか…ああ、きっと「そんな浅上藤乃なんか殺す価値は
無い。仕方ないんで、ハラん中の病気だけ殺しておいた。」とか憎めそうに言
ったんでしょう、彼女は。

 それから一度も彼女と会うことが無かった。わたしも回復したら、やたらと
平和な学園生活に戻った。

 …わたしは、罪を重ね過ぎたのに。人を、何人も殺したのに。でも、わたし
はその罰を受けず、こうして平然と生きている。

 苦しい、悲しい、虚ろしい。

 眼を瞑ると、わたしが殺した人達の最期が映る。そしてその人たちの家族や
親友、友達の悲しい顔、嘆わしい言葉が浮かぶ。どうしようもなく苦しかった
。それは多分、生きる事を感じられないより苦しいでしょう。

 しかし、わたしはこうして生きている。周りを感じれないわけではない。わ
たしは確かに生きている。殺人はこれ以上ない虚ろしいことを、式さんは教え
てくれた。言葉ではない。彼女自身、その存在がわたしにそう告げた。だから
、もう迷わない。殺人なんかもう二度としない。わたしはきっと、答えを見つ
けたんだ――

164(編集人):2002/11/01(金) 05:03
「…っと。ちょっと、藤乃?もしもーし、生きてますかー?」

 鮮花に呼ばれて、はっと我を帰す。

「あ、うん。聞いてるよ。って…なんです?」

「やっぱり聞いてなかった…もう、何一人ぼーとしてるのよ。お陰でこっちが
ばかみたいじゃない。」

 不満そうに、鮮花がぶーぶー言ってる。

「えーと…すみません…」

 とりあえず謝っておく。

「まあいいわ。式のことなんかをこれ以上触ると本当に鬱になるから。で、問
題のこのナイフ…あっ!」

 ぽろり。

 ナイフを取り出して、鮮花は手を滑った。ナイフはそのまま落ちて――

「痛っ!!」

 わたしの足を、少しだけ劃(きずつ)いた。

「あ、藤乃ごめん!」

 慌てて謝って、劃いた足を見る鮮花がいきなり透けて、わたしはここにあら
ず、どこかも知らない風景を視えた。

 そこは雨風景の不気味な倉庫。雨に打たれて、式さん、そして先輩が抱き合
っているんだ。酷い怪我を負っている、泣いてる式さんに、同じ状態の先輩は
なにかを言い出したようだ――

「…そうですか。あなたも、答えを見つかりましたね。よかった――」

「え?」

 鮮花の声と共に、その風景が靄のように消えた。同時に、先一瞬感じた、足
の痛みも。

「ううん、なにもありません。それでは、おやすみなさい、鮮花。兄さんの事
、大事にして下さいね。」

 呆然とする鮮花から離れて、わたしは、意識を落ちた――

165(編集人):2002/11/01(金) 05:04
『目覚めて、のち』浅上藤乃・支援
2002年7月21日(日)19時44分。
ROUND4.408レス目「ぴーおー」様によって投下。
 浅上藤乃            (空の境界)
 アルクェイド・ブリュンスタッド (月姫)

166(編集人):2002/11/01(金) 05:05
「目覚めて、のち」

「なんで、そんなに白いの……?」
 目覚めて、呟いた私のその声は、かすれてそれはひどいものだった。でも仕方ない、と思う。
 だってほんとに白いのだもの。世界は白と白と白しかない。瞬きする短い瞬間だけ、黒色が少しだけ混じる。そんな世界。
「なんの、白さなんでしょう……?」
 今度の呟きは、少しましな声になっていた。けれど、胸が痛くて、私は咳き込んだ。
咳をすると、お腹の辺りが痛くなって、目を閉じてうめいてしまった。
 痛い。
 痛い。
 イタイ?
「い、たい……」
 痛みがある。お腹と、胸と、頭の奥の方が、痛い。それはとても確かなこと。
 なんとなく、胸が変な感じになった。よく、説明できない感じだけれど不快な気分ではない。懐かしいような、わくわくするような、そんな感じ。

 私は、痛みを感じることを、嬉しく思いました。それがいいことなのか、悪いことなのか、
 そして――誰のおかげなのか――はさておき。

 見ると、視界は白色ばかりではなくなってきた。白い色にはシミがあったりで、完璧ではなかった。横にはゴチャゴチャと沢山のなにかもある。ピン、ピンと電子音が鳴る機械もある。
「ああ、そう……ここは病院なのね」
 そして私はようやく全てを思い出した。罪の意識と罰の重みとともに。
 罪、それは殺人。罰、それは枷。
 私は人を殺してしまった。何人も殺してしまった。あまつさえ忘れていた。それは世間一般で許されざるべき。
 けれど、とも思う。それは両儀式に殺されて、私という存在といっしょくたになって全部消えてしまったのでは?

167(編集人):2002/11/01(金) 05:07
突然、不意打ちのように腹部の痛みが高鳴った。
「ぐ、……あぅ、あ、ぅ……くぅ……」
 身動きさえ取れない私はただうめくしかなかった。体を丸めて転げ回ることもできない、ただ寝たままで痛みに耐えなければいけない。とても苦しい。清々しいまでに苦しい。
 はぁはぁ、と吸って吐く息は笛みたい。痛みはしばらくして薄まっていく。私は布団の下で全身がじんわりと汗ばんでいるのを感じた。
 こんなに痛いのは、両儀式のことを思い出したから。やっぱり、私はあの人が嫌い。初対面の時以上に私はあの人が、今では嫌い。

 あれ?

 そういえば、私は両儀式に胸を貫かれたというのに、

――どうして呼吸をしてるのだろう?
 
 
 まさか両儀式が手加減をした、ということはないと思う。そんな生易しいことをする人ではないことは、殺し合った当人の私が一番よくわかる。きっとヒドクたやすく私の胸にナイフを捻じ込んだに違いない。
 じゃあ何かの偶然で助かった? 死ぬ間際に違う誰かが私のことを救ってくれたのかもしれない。あの状況では限りなく可能性は低いけれど、ありえなくはない。
 
 私はベッドの上で、時折襲ってくるもどかしい痛みを感じながら、漠然とそのことについて考え続けた。
 けれど答えがでるわけなく、結論の変わりに浮かんできたのは、心からの、感謝の言葉だった。
 何はともあれ、私を助けてくれた人のおかげで、まだ私は生きている。心臓が動き、呼吸し思考できる。
 つまり、罰を受けることができるということ。 
 人を殺した罰を、受けることができる。涙がでてきそうになるくらい、切実にありがたかった。
 罪は償えない。けど罰は受けることができる。
 そう、私は今こそ罰を受けるべき。罪を自覚しつつ、

 死ななくちゃ。

 とにかく、死ななくちゃ。私は色の混じる世界を茫然と見ながらそう思った。
 まずはこの場から動かなければ。なにから始めればいいのか分からないけれど、ただ寝てるだけ、それは駄目なような気がした。
 けれど、手も、足も、首も、全身のどこもかしこもズキズキと鈍い痛みがするだけで一切動いてはくれなかった。

168(編集人):2002/11/01(金) 05:08
「くぅ、か、はぅぅ……っ!」
 ビキビキ、ビキビキと少し動くだけで不気味で嫌な音が耳に聞こえる。それは体の内側から聞こえて、痛みを伴って私に動くなと警鐘を鳴らしているよう。
 けれど、痛みというのは生きてるということ。とても生きてるということ。それは私の今の目的に反する状況。

 その痛みが、逆に私を死へと動かすエネルギーへと変わっていく。

 こういう表現、皮肉というのだろうか。鮮花あたりに聞いてみたいと、痛みに悶えながら私はなんとなく思った。
 何分くらい経ったか、私は全身を痺れさす痛覚をあますところなく感じつつ、ベッドにもたれるように半身を起こした。
 普通なら、こんな病人がこんな虚弱な体で自殺なんてできるわけがないだろうけれど、あいにく私は普通な体をしていなかった。
 ベッドの脇の、棚のようなところに置いてある鏡に手を伸ばす。そのとき腕についている点滴にはじめて気付いて、妙におかしくて、私は腕を動かすだけで痛いという状況のに、声をだして笑ってしまった。
 鏡は長方形でそんなに小さくないし大きくない。ポケットに入りそうで入りきらない、というような大きさだった。パカリと、開ける。
 姿をさらした鏡面にはわずかながらホコリがついていて、私はそれを白い袖で拭いた。はぁー、と息を吹きかけ、キュッ、という音がなるまで手を動かした。
 音がなるころには曇り一つない、完璧に光を反射するそれが、見たこともないびっくりするほど血の気のない私の顔を映し出していた。
 顔色は蒼白そのもの。死人と大差ないのだから、と。鏡が自殺行為を後押ししているのではないかと、錯覚してしまいそうになった。

169(編集人):2002/11/01(金) 05:09
 死ぬことを怖い、とは何故か感じなかった。
 そもそも、死ぬということは痛みから脱皮すること。つまりは、痛みを知らなかった前の私に戻ること。

――そこに、何の、恐怖も、あるわけなく――

 ねじる。ひねる。凶げる。
 やり方は、覚えているはず。自分に試してみたことはないけれど、多分できると思う。
 念のため、練習をすることにした。ベッドの脇の、肘掛のような手すりのような乳白色の鉄の棒。
「凶がって」
 確かに固いその棒はいとも容易く二方向に捩れ捩れて、最後には千切れた。
「ちゃんと、できる」
 声に出す。勇気を出すとかそんなことではなく、ただなんとなく呟いてみただけだった。

 いつの間にか声はまともに出るようになっている。

 鏡を見入った。そこには無表情な浅上藤乃の頭部。朝にいつも見ていた眉、目、鼻に口。髪。
 でも見るのもこれで最後。私は罪を償う。罰を受ける。楽になる。
「今から、浅上藤乃は死にます」
 声に出していう。なにか、自殺するときの約束事のようなものがあったような気がした。
「あ、遺書……」
 書けるはずもない。紙とペンがあったとしてもミミズのようになるだろう。
「じゃあ、なにが……」 
 遺言。
「そう、遺言……」
 聞いてくれる人もいないのに何が遺言なのか。でも、きっと何か、私には感じることの出来ない何かはきっと聞いていて記録して残してくれる、そんな気がした。
「お母さん、先立つ不幸をお許しください……」
 ありきたりだけれど、自殺時のノウハウのありきたり以上のものを私が知ってるはずもなかった。
「そして、」

――『痛いの?』

――『馬鹿だな、君は』

――『いいかい、傷は耐えるものじゃない。痛みは訴えるものなんだよ、
 
                               藤乃ちゃん』――

「先輩……」
 昔のあの日、この前のあの時、藤乃は死んでも忘れないでしょう。好きだという気持ちも忘れないでしょう。
 好きでした。ほんとに。
「じゃあ……」
 あとは鏡に映った自分を見つめて凶がれと念じるだけ。

――ああ、藤乃は最後まで罪深いです。こんなときまで貴方に会いたいと思うだなんて。

「さようなら」

170(編集人):2002/11/01(金) 05:10
「先輩……」
 昔のあの日、この前のあの時、藤乃は死んでも忘れないでしょう。好きだという気持ちも忘れないでしょう。
 好きでした。ほんとに。
「じゃあ……」
 あとは鏡に映った自分を見つめて凶がれと念じるだけ。

――ああ、藤乃は最後まで罪深いです。こんなときまで貴方に会いたいと思うだなんて。

「さようなら」

 凶って……

171(編集人):2002/11/01(金) 05:11
そうやって私がこの世との繋がりを断つ瞬間、電子音以外は神聖なまでの静寂に包まれていた辺りは、無粋な足音で派手に破壊された。
 それと声と。
「あのー、看護婦さん! 浅上藤乃さんの病室はほんとに402号室でいいんですか? 名札に何もかいてなんですけど!」
 どこかで聞いたような声。
「あ、すいません。病院では静かに、はい。すいません」
 気のせいか、そうであるはずだった。だってここに来るわけない。

 そうは、思っても。

――コンコン
 
 もしかしたら、あの人なら、優しすぎるようなあの人なら。

――ガチャリ

「えと、黒桐幹也です。失礼します」

 先輩……

「ってなに挨拶してるんだ。おきてるわけないのに……」
 
 コツコツと、近づいてくる足音。ベッドにはカーテンがかかっていて数秒後にあの人がそれを払いのける。
 痛い。痛いです。
 体はもちろん、心は、もっともっと痛かった。そのままショック死してしまうのではないかというほどの痛み。
 痛いということは生きるということ。
 私は、あの人を感じて、こんなに切実に生を実感している。
 ああ、お母さん。私の不孝はもう少し先になりそうです。
 あの人の顔を見れば、生きたいと、思ってしまう、絶対に……
 なんて罪深い私……
 ああ、でももっと貴方という『痛み』を感じたいんです。私は。
 罰は、もう少し後でも構いませんか? 背負って、払うのは後でいいですか? 
 生きたい……
 
 シャッ、という音とともにカーテンが取れて……

「な、なんで起きてるんだ! 大手術だったのに! ほら、寝ないと、あれ、なんで涙……痛いの? 藤乃ちゃん、大丈夫?」



 はい。とてもとても、痛いです、先輩――

172(編集人):2002/11/01(金) 05:13
『湯煙でいたずら』浅上藤乃・支援
2002年7月21日(日)22時57分。
ROUND4.441レス目「ぴーおー」様によって投下。
 浅上藤乃            (空の境界)
 アルクェイド・ブリュンスタッド (月姫)

173(編集人):2002/11/01(金) 05:14
「湯煙でいたずら」

 かぽーん……

 私はいまお風呂に入っています。
 女学院には、お風呂が各部屋と、離れに大きな露天風呂があって、私は今その離れの露天で入浴中。
 病み上がり、ということでシスターが半ば強引という形で私をここに入れるのには、もう慣れてきた。
 けれど、
「……ふ、ぅ……」
 ため息がでるくらい、気持ちよかった。体は疲れるということにひどく敏感になって、実は日常生活にもわずかながら支障が出ていた。
 退院してからそんなに時は経ってないのだ。事実、露天風呂に入るだけで体が芯から溶けていきそうな気分になるのは、その証拠だと私は思う。 
「は、ぁ……」
 しばらく、なにも考えずにお湯につかった。長い髪は気にしていない。湯の上で四方八方に広がりをみせている。
 黒い髪は、最近少しだけ好きになりかけている。
 がらがらぁ、と。ドアが開く音が聞こえたのはそんなときだった。

174(編集人):2002/11/01(金) 05:16
「藤乃〜、貴方いいわよね。いつもここの露天風呂に入れるんだもの」
 黒桐鮮花は、ヒタヒタと石の上を歩いてきながら、溶けそうな私にそう言った。
「え、でも皆さんも入れるとばっかり」
「知らなかったの? 普通の子がここに入るには一苦労いるのよ?」
 そう言いつつ、黒桐さんは右手の人差し指をくいっ、とまげて見せた。
 正直、それが何の意味なのかよく分からなかったけれど、私はとりあえず微笑んで、再び湯をたんのうすることにした。

 そうやって、しばらく。お互い無言のまま昼間のお湯を楽しむ。少なくとも私は。
 黒桐さんの刺すような視線はあえて気付かない振りをして。
 ほんとに刺すような視線、少し痛いです。
 私は耐え切れずに、聞いた。
「あの、なにか?」
「藤乃、胸いくつ?」
「……は?」
 黒桐さんは手を、わきわき、と動かして、ゆっくりとゆっくりと、近づいて……
 
 目が、怖い、です。

175(編集人):2002/11/01(金) 05:17
「ほら、見せなさい!」
「あ、ちょっと、そんな乱暴な、ぁ」
「み・せ・る・の! 藤乃!」
「見せます、見せますから……さ、触るのは……」
 恥ずかしい、という文字が頭を駆け巡った。同姓であろうと胸を見せるというのは、非常に恥ずかしい。
 黒桐さんは、なんでこんなことを私にさせるんでしょう?
 私は疑問をかかえつつ、ゆっくりと、湯が音を立てないように、ゆっくりと立ち上がった。
 
 黒桐さんは、茫然としたような、そんな表情でしばらく私をみて、というよりにらんで口を開いた。
「美しいわね」
 おもわず、顔が赤くなった。そんなことを言われるのはもちろん生まれて初めてだった。
「それに、小さくないし……」
 胸、のことだろうか。顔をまともに向けられなかった。自然と俯いてしまう。
「綺麗な形。きっと、殿方も喜んでくれるわ」
 はっきり言って、いい加減にして欲しかった。恥ずかしすぎて、熱が出そうだった。
 だから言った。
「あの、もう……」
 黒桐さんの視線は、なんというか、変だった。

176(編集人):2002/11/01(金) 05:19
「も、」
 ……え?
「も、」
 黒桐さんの言うことは良く聞こえない。
 そして、
「揉ませなさい!!」
「えぇ!?」
 飛び掛ってきた黒桐さんを湯の中ではねのけられるわけもなく、私にいとも容易く組み付かれてしまった。
 ふに。
「き、きゃ、ぁ……」
 手が、胸に強引によってくる。まったく容赦なかった。
「大きい、大きいわね! 藤乃!」 
 声まで変だった。けれどそれ以上に私まで変になりそうだった。
 手が、私の胸を掴んだ。
「ぁぁ、ん! ぁ! だ、……め、や!」
 もみもみもみもみ。
 しつこいまでに、情け容赦なく黒桐さんの手は私の二つの胸をもみしだいた。
「ぅぅん! 、あっぁん!」
 もみもみもみっもみもみ……
「ぁぁぁ!!」
  

 延々と。

177(編集人):2002/11/01(金) 13:08
『(無題)』浅上藤乃・支援
2002年7月21日(日)22時58分。
ROUND4.443レス目「七死さん」様によって投下。
 浅上藤乃            (空の境界)
 アルクェイド・ブリュンスタッド (月姫)

178(編集人):2002/11/01(金) 13:09
────冷えた空気を肺いっぱいに深く吸い込んで、天を見上げる。
 眠りについた街を照らし続ける人工の灯りだけが、静まり返った公園を照らす。
 見透かすような月もなく、射抜くような星もない。
 それだけのことで、酷く落ち着いた。

 あれから──どうしようもなくひとりになりたい時は、こうして時々寮を抜け出す。
 わたしも随分と不良さんになったものだなぁ、と思う。鮮花あたりが知ったら目をむくのではないだろうか。
 動揺する彼女の姿を想像すると、ほんの少しだけ笑えた。

 ……今座っているこのベンチは、わたしの夜の占有席だ。
 いつかあの人と隣り合わせて座れればいいなと思う、ささやかな願掛けのようなものなのだけど。
 夜空の下でひとりきり、たった一人の遠い人のことを考える。
 それだけでつらい気持ちはおとなしくなるから、だから一生懸命考える。
 あの人の言葉を。声を。姿を。
 鮮明に思い描いて、わたしはまた『人間』に戻る。

 瞼を開けばそこはまた現実だけど──だからこそ、つよくあれ。
 明日のわたしが笑顔でいるために。

179(編集人):2002/11/01(金) 13:10
『それあまり関係ない。むしろ燃えます』シエル・支援
2002年7月22日(月)22時47分。
ROUND4.551レス目「ぴーおー」様によって投下。
 朱い月のブリュンスタッド(月姫)
 シエル         (月姫)

180(編集人):2002/11/01(金) 13:11
「それあんまり関係ない。むしろ燃えます」

 
 天気は晴れ。それを形容する言葉なんて、世間に山ほど溢れすぎてどれも陳腐に思える。
 抜けるような青、雲ひとつない空、秋晴れ、快晴。
 どれもこれも、聞き飽きるほど聞いた。それでも、その数々の言葉たちを使いたくなるのは、
その空の蒼さが普遍的なまでに人の心を捉えて離さないからだろうか。
 特に俺の心は。あの空の青さは、条件反射のようにあの人の面影を浮かばせる。
 吸い込まれるようなブルー。まるで彼女の髪みたいだ。


 なんて、11月の日曜日。
 ぽん、ぽん、と外れたテンポでスキップしながら、そんな人に言えないような詩情を脳裏に漂わせて目的地にむかって坂道を下っていく。
 調子っぱずれの鼻歌でも出てきそうな勢いだった。
 だって、こんなにも空が青い。

181(編集人):2002/11/01(金) 13:12
 長い坂道を下り終え、ちょっとだけ冷え出した晩秋の空気に肺を湿らしながら、道を行く。
 時間は10時半。人通りは多くもなく少なくもなく。微妙にうきうきな気分は、たまにはいいものだった。
 公園を横切ってまた道を行く。冷たい風が吹いてきても、アップテンポな気持ちははやってばかりで止まりそうもなかった。
 もうしばらくの辛抱だ、遠野志貴。
 道を行く。走り出すのをこらえるのが大変だった。余裕を見せるのがカッコイイのだ。
 さてさて、先輩はどんな顔をするのだろうか、と内心にやける。
 気分はもう英国諜報員である。
 万全を期すため、もう一度今日の目的を確認する。 

 今日の主旨。
「びっくりどっきり! 志貴の突撃シエルの家〜」
 
 なにもかもダサいのは、うきうきしてるから、ということにしよう。
 要するに真っ昼間から先輩を驚かせたいだけなのだ。
 というわけでもちろんアポなし訪問。

 そんなわけで、俺はシエル先輩のアパートの部屋の前へ。
 一度だけ深呼吸をして、ベルへと手を伸ばす。

 ぴんぽん〜。
 は〜い。
 パタパタ。
 ガチャリ。

182(編集人):2002/11/01(金) 13:14
「遠野くん!」
「きちゃいました」

 都合15分。先輩が俺を追い出して再び招き入れるまでの時間。その間部屋の中からは凶暴なまでの音が間断なく響いてきていた。
 何事もなかったのように扉を開けて、こんにちは遠野くんどうしたんですかこんな早くから。といわれた時には何故かビリビリ背中に何かは知ったけれど、気にしないことにした。
 だって、ねぇ?
 
「うわっ」
 部屋に入って一呼吸。思わず俺は鼻をつまんでしまった。
 強烈なスパイス臭。当然のごとくカレーなのだろう。
「そこに、座っていてください。実は自慢の一品がもうすぐできるんですよー。ちょっと早いけどお昼にしましょうね♪」
 10時と少しという時間を先輩にとっては昼飯時の範疇らしい。いやいや、そんなことは分かって、覚悟はもちろんしてきましたが。
 俺は、テーブルにちょこんと腰掛けて鍋に向かう先輩を待った。

 あの、結論からいえばエプロンは素敵だ。はい。
 
 俺は立ち上がり、先輩の背後に近づいた。
 もちろん最初からその気。

183(編集人):2002/11/01(金) 13:15
 朝からなんだ、とは言うな。最近ご無沙汰だったんです。

「ちょ、ちょっと! 遠野くん!」
「何?」
「どこに手をやってるんですか!?」
「先輩のおっぱい」
 ふにふに。
「あ!」
「気持ちいい」
 もう、先輩ガマンできません。
「あの、先輩」
「だめ、だめだめ。今日はダメです!」
 先輩の態度は、不思議なまでに強固だった。
「……なんで?」
 瞬間、耳まで真っ赤。そしてぼそりと一言。


「あ、あの、あの日、なんです……」
 
 つまり、女の子の日。


 えと……


 むしろ全然OK!


 がばちょ。

「っぁぁあん、ん! ぁあ!」


 延々と。(終われ

184(編集人):2002/11/01(金) 13:16
『人形戯び』紅秋葉・支援
2002年7月27日(土)14時57分。
ROUND5.36レス目「(32)七死さん」様によって投下。
 蒼崎橙子(空の境界)
 紅秋葉 (月姫)

外部リンク型。
ttp://moongazer.f-o-r.net/akiha/ningyo_1.htm

185(編集人):2002/11/01(金) 13:18
『出逢いの庭で』紅秋葉・支援
2002年7月27日(土)14時57分。
ROUND5.36レス目「(32)七死さん」様によって投下。
 蒼崎橙子(空の境界)
 紅秋葉 (月姫)

外部リンク型。
ttp://moongazer.f-o-r.net/akiha/deai_1.htm

186(編集人):2002/11/01(金) 13:19
『(無題)』蒼崎橙子・支援
2002年7月27日(土)21時39分。
ROUND5.57レス目「ぴーおー」様によって投下。
 蒼崎橙子(空の境界)
 紅秋葉 (月姫)

187(編集人):2002/11/01(金) 13:20
秋雨が音もなく降る、とある10月の夜。蒼崎橙子は隣に黒桐幹也を乗せ、人気のない道をライトで闇を裂きながら事務所へと車を走らせていた。
 その日は、隣町でのアトリエの下見であったので、その帰りというわけになる。
 人気のない町、道。橙子はハイビームで車を滑らしていく。とりわけ楽しいことがあったわけではなく、とりわけ腹立つこともなかったから、
狭い車内は居心地の悪い沈黙に、幾度か支配されていた。
 そして何か話題は、と思案に暮れていた黒桐幹也が口を開いた。
「暗いですね」
「そうね」
 橙子の答えも味も素っ気もない。何しろ遠くまで来て大して何もなかったのだ。わずかに気だるい感じになってきていた。
「もしかして、眠いんですか?」
「今すぐにでも眠りの世界へ旅立てそうよ」
「違う所に旅立てそうなんで絶対にやめてください」
 残念、そう呟いて橙子は一つ、ふわぅ、と情けないあくびを漏らした。
 擦れ違っていくトラックが静寂を突き破る大音量のクラクションを鳴らしたのは、そんな時だった

188(編集人):2002/11/01(金) 13:21
ミニクーパーの車高よりも高いタイヤを装着した巨大なトラック。
 それが断絶魔のような響きを立てながら盛大に横転し、崖へと突っ込んで大破するのに、さしたる時間は必要としなかった。せいぜい5秒ほどだろうか。
「な、事故……?」
 目の前で事故が起きたのだ、当然のように車を止め、救急車や警察の一つや二つ呼ぶのが道理。黒桐幹也はそう思っていた。
 しかしその思惑とは裏腹に、小さな車はするりと迫ってくるコーナーを回ろうとしている。
「先に言うが、車は止めんぞ。黒桐」
 あぁ、と心の中で呟く。こっちの橙子さんが出てきたか。
「止めないにしても、救急車くらい呼んで下さいよ。運転手が危ないじゃないですか」
「運転手なら死んでるよ」
 本当に何気なく、新しく咥えた煙草に火をつけながら、橙子はそう言った。
「お前、今のトラックがなんで横転したと思ってるんだ?」
「そりゃ、どこぞの誰かさんみたいに居眠りしちゃったとか、脇見とか」
「違うね、避けたんだよ。人を」
「人、っていたんですか?」
「ああ、いたさ。紛れもない人、がね。死んじゃいるが」
 ふー、と煙を吐きながら、魔術師の女は車を止めた。面倒なことになったな、と内心思いながら。
 サイドミラーは絵を刻んでしまったかのように、さっきからずっと走る男の姿が映されている。

189(編集人):2002/11/01(金) 13:22
「死んじゃいるが、って幽霊ですか?」
 橙子はもう一度チラリとサイドミラーを見やった。影は止まっている。出方をみているのか、そんな風に思えるが知能などないのだ。本能に従ったまま追いかけてきたのだろう。あいにくこのオンボロな車はこれ以上スピードは出ない代物だった。
 動き出すまで黒桐につきあってやるか、そう思った。
「色々とね、ややこしい話になる。面倒で大嫌いな事柄なんで分かりやすく言おう」
 クスリ、と笑みを零しながら、
「ゾンビってやつさ」
 そう告げた。
 ポカンとした黒桐を放っといたまま、橙子は続ける。
「理解できないか? まぁそうだろうけど。ゾンビと一言で言っても色々とある。死者をそのまま使った人形もそう呼ぶし、ネクロマンシーの扱う媒体も時にはそう呼ばれる。さっきの――いや。この、か――やつはこの国では特殊でね。何を間違ったか紛れ込んでしまったようだ。吸血鬼は知ってるだろう? 血を吸う鬼さ。あれはその食べ残し。哀れにも、死んだのに他者の肉と血を求め、歩き続けなければならない、生きた屍。それがさっきの事故を引き起こした」
 黒桐幹也は話の半分についていけたことに、少しだけ誇りを持てた。さすがに吸血鬼やゾンビの名前は知っている。その他は聞いたこともなかった。
「じゃあ、さっきの運転手は」
「ああ。喰われた後さ。まぁあの事故じゃあその前に息絶えてたろうが……」
 さて、話は終わりだ。そう言って蒼崎橙子は細い雨が降り続ける闇の中、その細い足で降り立った。
 カツン、という音。優雅な、そして邪悪なまでに妖しい仕草だった。

190(編集人):2002/11/01(金) 13:23
 反射的に黒桐幹也も飛び降りる。雨は柔らかくてさして気にはならなかった。
 そして目の前に誰かいる。流石の僕でもわかる、あまり嬉しくない感情だった。
「当たり前だが、初めて見るな。じゃあ自慢してやるといい。この火葬の国でゾンビだぞ。ほら、もっと喜ばんか。結構、価値あるものだぞこれは」
 サラリーマンか、くたびれたネクタイを締めた『それ』は、不気味なまでに蒼白で、虚ろな表情のまま、虚空に視点を漂わせている。
 はっきり言えば得体の知れない物体であった。そして明らかに超常的な物体だった。
 黒桐幹也は、寒気を感じた。『それ』にではない。非現実的な物体を目の前にして、悠々としている目の前の女性に、正体不明の感情を抱いたからだった。
 
 それは、憧れか、羨望か、恐れか、憎しみか。
 どれも否であった。強いて言えば、名もなき画家が一生を費やして描いた、誰も知らない壮絶なキャンパスを自分ひとりだけ見た、そんなわけの分からない感情だった。
「さて、今更だがね、黒桐」
 雨で濡れてしまった煙草を吐き捨てながら、橙子は口を開いた。
「私は、あの類のモノが大嫌いなんだ。嫌悪とかそんなんじゃない。いらだつんだ。死してなお死を集め続ける歩く死体。この矛盾が嫌いだ。私にしては珍しく、哀れみの気持ちもあるかもしれない」
 だからね、と。
「そのままにしてやるつもりだった。だけど追いかけてきた。残念だよ」

 カツン。

「せめて跡形もなく消してあげよう」
 その言葉は黒桐幹也ではなく、目の前の名もなき死者への手向けだった。

 そして。

 カツン。

 黒桐幹也は思う。
 ああ―――――――――――――――――――――――

 ―――――――――――――――――――――――この人には、暗闇が怖いくらいに似合う。

 かくして蒼崎橙子は矛盾を内包した滅びたはずの肉体に、真なる死を与える。
 オレンジ色の魔術師は雨に洗われる闇の中で、笑った。

191(編集人):2002/11/01(金) 13:24
『(無題)』翡翠・支援
2002年7月29日(月)21時44分。
ROUND5.247レス目「ぴーおー」様によって投下。
 四条つかさ(月姫)
 翡翠   (月姫)

192(編集人):2002/11/01(金) 13:26
朝です。
 今日も今日とて翡翠は志貴を起こしに来ました。
 もちろん、翡翠は志貴のメイドでありますし、起床を手伝うというのは当然の仕事であります。
 けど、仕事だから、と翡翠は割り切って志貴の部屋に訪れたりはしません。
 たとえ寝ていても、たとえ寝ぼけて見ていなくても、身だしなみはいつもキチンとしすぎるくらいにキチンとするし、
 扉の前では聞こえないように何度もコホンコホンと声を整えます。

 なぜでしょう? 聞くまでもありませんね。
 そう、一日に一番早く、誰よりも早く彼に会えるのがとても嬉しいからです。
 
 今日も翡翠は志貴を起こしに部屋に来ます。身嗜みもきっちりと。

「志貴さま、おはようございます」

 さて、志貴の目には、窓から差し込んでくる朝日と彼女の笑顔、
                              どちらがまぶしいでしょうか?

193(編集人):2002/11/01(金) 13:27
『(無題)』両儀式・支援
2002年7月30日(火)0時1分。
ROUND5.303レス目「ぴーおー」様によって投下。
 弓塚さつき(月姫)
 両儀式  (空の境界)

194(編集人):2002/11/01(金) 13:28
猟奇殺人事件。式が先輩を殺してしまった事件、僕が片瞳を失った事件でもある。
 あの日から、二週間と少しが経った。
 世間ではまだ狂気の垢が拭いきれず、夜の街には防弾チョッキに身を固めた警官が、巡回を怠らない。
 三月初旬の空は例年より寒く、どんよりと暗く、下界の人の心を映し出しているように思える。
 それでも人々の心の乱れは終息にむかっているに、違いなかった。やがて春が巡ってくるように。
 片方の瞳を失った僕は、そうやってセンチメンタルにおちいりつつも、怪我による休養を認められずに仕事をこなす毎日である。
 いや、あの人には期待する方が無駄だったというのは言うまでもないけれど。
 ただ、それは僕と式を二人きりにするために気を使ってくれていると思うのは、考えすぎというやつだろうか?

195(編集人):2002/11/01(金) 13:30
「幹也、危ない。ボーっとするなよ。轢かれちまう」
 ガーッ、と音を立てながら車が通り過ぎていく。排気ガスに咳き込みながら僕は顔をしかめた。
「あれは、スピード違反だよ。危ないなぁ。前もここで事故があったんだ。知ってたかい?」
「知らない」
 式は不満気に口を尖らす。苦笑して、今度はちゃんと向いた。最近、彼女は僕の体調等にひどく敏感になっている。無論、そんな彼女を見ながら僕は内心喜んだりしてる。
「ほら、もっとこっちに」
 左腕を、式の手がつかんで引き寄せてきた。よろりとよろけて、彼女の肩にもたれるような格好になった。見える右目でちらりとのぞくと、式は耳まで真っ赤にして、それでも真っ直ぐ前を見ている。
 式、なんで顔が赤いの?
 そう聞こうとして、やめておいた。そのセリフは昨日も一昨日も放っていて、新鮮味にかけるような気がしたから。
 頭の中で言葉を巡らす。どうやったら、一番かわいい式を見れるだろうか、そんなバチあたりなことを考えながら。

196(編集人):2002/11/01(金) 13:31
「寒い、な」
 隣で呟くような声。僕は発作のように、式の手に、自分の手を絡めた。
 式は何も言わない。ただ一度こっちを見ただけだ。
 三月の空気はそれでも冷たく鋭い。キンキンと冷えたそれは吐く息さえ白く濁らせる。
 体は冷えている。その中で左手だけがとんでもないくらいに、温かい。びっくりしてしまうほど、体温が伝わりあう。
 そして僕は、かたわらで子犬のような仕草でもじもじしている彼女を、抱きしめたい衝動を必死にこらえるのだ。

 この日々は間違いなく幸せだ。支え、支えられ、そんな関係。
 両儀式。
 殺人衝動を内包している。だから何なのか。
 直死の魔眼を持っている。だから何なのか。
 人を殺した。だから何なのか。 
 黒桐幹也は何度目になるだろうか、もう一度誓った。

「式、僕は君が好きだ。周りが全部敵だらけでも、一生、離さないよ」

「……望むところだ」

 今は三月。寒い三月。それでもしばらくすれば、温かい春がやってくる。
 けれど、と思う。
 春でも夏でも秋でも冬でも、僕らは寄り添いあい、流れていく季節を、ともに暮らしていく。

 

 終

197(編集人):2002/11/01(金) 13:32
『さっちん支援SS④』弓塚さつき・支援
2002年7月30日(火)0時1分。
ROUND5.382レス目「七視さん」様によって投下。
 弓塚さつき(月姫)
 両儀式  (空の境界)

198(編集人):2002/11/01(金) 13:33
さっちん支援SS④

やはり、私はオカシクなっていたんだろう。
その、路地裏の入り口から聞こえてきた、透き通るような綺麗な声。
ここにはいる筈のない、でも私がずっと求めていた人の声。
ああ、なんですぐに気付かなかったんだろう―――
もうずいぶんと前から、一言一句聞き漏らすまいと思っていた声なのに。
「あ……?」
緩慢な動きで殺人鬼が振り返る。
そこには、ついさっきまで私が必死になって探していた人だった。
「志貴くん……!」
嬉しかった。やっぱり志貴くんは約束を守ってくれた。
私が本当にピンチの時は、彼は間違いなく助けに来てくれるのだ。
「テメエ……!まさか、そんな筈は……!」
殺人鬼は、突然の邪魔者に驚いている。しかし、それはすぐにくぐもった笑いに変わった。
「ヒヒヒ……ヒャヒャヒャヒャヒャヒャァ!!!そんなことはどうでもいいか!そうだよな、兄弟!」
狂ったように―――実際狂っているのだろうが―――大口を開けて笑い、殺人鬼は愉悦に満ちた表情を浮かべた。
しかし、私にはそんな殺人鬼の行動には見向きもできなかった。
兄弟―――?

―――『なんだ、オマエ、あいつの女か?』―――

殺人鬼は、志貴くんの事を知っている―――?
そこまで考えて、ハッとなった。
ここは袋小路になっている路地裏で、深夜であり、人がまったく通らない。
そして、そこにいるのは、私と、志貴くんと―――殺人鬼。
結果は火を見るよりも明らかだ。
「に、逃げて、遠野くん!」
このままでは二人とも殺されてしまう―――
「―――大丈夫だよ、弓塚さん」
しかし遠野くんは、いつか私に向けてくれた優しい、それでいて壊れそうな笑顔でそう言った。
しかし、私は見てしまった。
夜の闇のなかでもはっきりと判るほど、遠野くんの顔色が悪い。息づかいも荒い。
こんな状態ではとても―――
「もう何年前だか忘れちまったが……長年の恨みだ、死ねよ」
そこで私は、信じられないものを見た。
殺人鬼の体が、「消えた」。
次の瞬間、3メートルは離れた所にいた遠野くんが「こちらに」吹っ飛んできた。
「きゃあっ!」
「がっ……!」
とっさに、吹っ飛んできた遠野くんを受け止め、そのまま倒れこんだ。
「うう……と、遠野くん……」
「ゆ、弓塚さん……怪我はない?」
怪我はないが、それよりも遠野くんの方が心配だ。
「大丈夫だから……それよりも遠野くん、なんで、なんで……」
自分の喉が恨めしい。こんな時に限って思うように動いてくれない。
「約束は、守らないとね……」
私の台詞を悟って、遠野くんは冗談めかして微笑む。
それはちょっと、私には致命的だった。

「……バカ……」

違う、そんなこと言いたくないのに。

「これじゃあ、私のせいで……」

こんな事言ってもどうしようもない。

「そうだね、自分でもバカだと思う」

こんな時でも、遠野くんはいつも通りだった。

「でも、それでも、約束は約束だ」

ああ、もうダメだ。私はもう、ダメになってしまう―――

「テメエら、何いちゃついてやがんだよ……!」
再び近づいてきた殺人鬼が、その禍々しい腕を振るう。
反射的に身を引いた遠野くんは、なんとかそれをかわした。

―――カシャン

渇いた硬質の音が響いた。
それは地面を滑って行き、壁に当たって止まった。
その時私は、一瞬だけゾクッとした。
音に驚いたわけではない。ましてや殺人鬼の攻撃に怖気づいたのでもない。
ただ、それがはずれた、という事実に、訳のわからない感覚が体中に走ったのだ。

私の視線の先には、遠野くんの眼鏡があった―――

199(編集人):2002/11/01(金) 13:35
『(無題)』両儀式・支援
2002年7月30日(火)12時45分。
ROUND5.388レス目「瀬尾的」様によって投下。
 弓塚さつき(月姫)
 両儀式  (空の境界)

200(編集人):2002/11/01(金) 13:36
彼女の目はひどく綺麗で、それでいてとても繊細だった。
自分という存在がちっぽけに思えてしまうぐらい、彼女の眼差しは凛としていて、
瞬きする瞬間に自分が殺されて、息もせぬ物体に成り果てることを
ただ単純にその瞳は示唆していた。
 「コクトー……。何でお前は」
 彼女の言葉は僕に届く前に、その瞳から流麗に滴り落ちる涙によって掻き消された。
彼女が何て言おうとしているのか、僕には漠然とわかる気がする。
だから、躊躇わずに、僕は無意識のうちに声を発していた。
 「違うよ。僕は式を邪魔しにきたんじゃない」
 穏やかな微笑を投げかけ、僕は一歩近づく。
 「頼むから、近づかないでくれ……コクトー」
 大事に握られているナイフが心なしか寒さに震えているような気がした。
 ……式がもう一人の自分と対峙し、式自身の為に
そいつを殺さなければならないことは僕にだってわかる。
だけど、僕は、式を、少女のように泣いている式を、止めなければならない。

201(編集人):2002/11/01(金) 13:37
『(無題)』弓塚さつき・支援
2002年7月30日(火)14時57分。
ROUND5.398レス目「鳥」様によって投下。
 弓塚さつき(月姫)
 両儀式  (空の境界)

202(編集人):2002/11/01(金) 13:38
夏になると、セーラー服の学校が羨ましく感じる。
 ブレザーのブラウスと違って、なんだか涼しそうなんだもの。

 職員室の扉を開けると、熱気を帯びた空気が漂ってきた。わたしは
うんざりしながら一歩外に出ると、失礼しました、と言って扉を閉めた。
 わたしは先ほど担任からもらった薄っぺらな紙を眺めた。『長期
休暇中の旅行届け』という見出しに、あとは氏名やクラスを書くための
スペースが数箇所記されている。
 まったく、こんな紙をもらうだけのために、なんで夏休みの学校に
来なきゃならないんだろ。そう思いながら、それを四つ折にして胸
ポケットに入れた。
 昇降口の前に冷水機に向かい、カラカラの喉を潤した。
 冷水機は学食の前にしかないので、嫌でも外に出なければならない。
水分を補給したばかりだというのに、夏の日差しは相変わらず強くて
ただれそうになる。
 風が吹いた。涼しげな風が足元をさらっていった。髪の毛の隙間から
入りこんだそれが汗ばんだうなじを撫であげる。気持ちいい。
 グラウンドからは運動部の掛け声が聞こえてきて、セミの大合唱と入り
混じる。ブラスバンド部の間延びした音がそれらのあとからついてくる。
 夏は好きじゃない。でも夏の学校は好き。
 わたしは唐突に学校中を廻ってみたくなった。

203(編集人):2002/11/01(金) 13:39
階段を上がって3階へ。教室棟の廊下はずっと奥まで続いている。
わたしの教室は、奥から2番目。
 夏休みの校舎ってどこか浮世離れしている気がして、冒険心がくすぐ
られる。
 リノリウムで敷き詰められた廊下を、ゆっくりと歩く。通り過ぎる教室
をひとつひとつ見ていく(夏休みの間中、窓は開けられているのだ)。
もちろん誰もいない。
 黒板の隅に書かれた『今日の日付』は一週間も前の終業式のままだった
り、既に2学期の始業式に合わせられていたり。その下に書かれた日番
の欄に見知った名前を見かけると、よくわからないけど嬉しくなる。
 そんな調子で自分の教室を覗いたときだ。
 わたしはドキリとして、思わず声を上げそうになった。
 そこに見知った顔が座っていた。知っているどころじゃない。一日たり
とも名前を忘れたことのないくらいだ。
 彼はただ何をするでもなく、窓から外を見ていた。
 時おり吹きこんでくる風に気持ちよさそうに目を細め、ひじをついて
この真夏の空気に身を委ねているようだった。
 見えた横顔があまりに綺麗で、わたしはその場から動けなかった。まる
で白昼夢のよう。
 やがて彼がわたしに気づいた。まるでわたしがそこにいるのがわかって
いたように振り向くと、柔らかに微笑んで言った。

204(編集人):2002/11/01(金) 13:41
「こんにちは、弓塚さん」
 そこでわたしは我に返った。
 なんでここに? どうしてわたしに声を? いろんな疑問が頭の中で
ぐるぐると混ざりあって、結局何も言い出せない。
「今日も暑いね」
「あ、えっと、うん。暑いね」
「弓塚さん、なんで学校に? ひょっとして補習?」
「え、違うよ。ちょっと職員室に用があって」
「そっか。そうだよなー。弓塚さん成績いいし、補習なんてあるわけないか。
俺、補習だったんだ。さっきまで」
「あ、そうなんだ」
 そう言うと彼は再び窓に向き直った。わたしはどうすればいいのかわか
らず、そのまま立ち尽くす。
「かき氷でも食べにいこっか」
 彼はそのまま言った。
 一瞬、頭の中のゴタゴタがピタ、と止まり、再び動き出した頃にはもう
わけがわからなくなっている。
「え?」
「かき氷。俺、今食べたいなーって思ってたんんだけど」
「え、え?」
「かき氷嫌い? あ、それともこれから用とかある?」
「え、あ、そんなことないけど」
「じゃ、行く?」
「あ、うん」
「それじゃ、決まり」
 彼はこっちを向いてにっこりと笑うと、ゆっくりと立ち上がった。
 鞄を手にとって廊下に出てくると、昇降口のほうに歩き出す。
「弓塚さん」
「え?」
「置いてくよ」
 我に返ったわたしは急いで彼の、遠野くんの背中を追った。

 −END

205(編集人):2002/11/01(金) 13:42
『(無題)』両儀式・支援
2002年7月30日(火)21時50分。
ROUND5.435レス目「七子さん」様によって投下。
 弓塚さつき(月姫)
 両儀式  (空の境界)

206(編集人):2002/11/01(金) 13:43
1/4
はじめて着た私服のスカートは足がすーすーして落ち着かない。
はじめて履いたハイヒールは歩きにくく、ひどくアンバランスな棒の上に立って歩い
ているかのよう。地面を全然噛み締められない。
習ったばかりの化粧を施した顔は、他人の視線を気にして真っ赤に染まりそうになる。
恥ずかしくて、俯きながら赤子のように覚束ない足取りで歩く。

----まるで拷問だ。
今まで他人(ひと)の目を気にしたことなんて無かったのに。
私の格好は周囲から見ておかしくないだろうか、なんて考えるなんて----

それに------------それに------------
----------------今の私を、幹也はどう思うんだろう?

どんっ!
「きゃっ!!」

頭がぐらぐらするほどの衝撃。

羞恥と煩悶で混沌とした思いに囚われていた私は、人にぶつかってしまったらしい。
どうしよう。
(化粧はずれなかっただろうか)
どうしよう。
(相手に謝らないと。幹也はこういう時ちゃんとしない女は嫌いだ)
どうしよう。
(でも、相手をしている内に待ち合わせに遅れてしまうかも知れない。
幹也が怒ってしまうかも知れない)
どうしよう-------!

207(編集人):2002/11/01(金) 13:44
2/4
「あ………」

------------------------なんて、無様。
何のことはない、私は電柱に激突したのだ。

信じられない。
どうかしている。
本当にどうかしている。
両儀式は洋服を着てデートになんて行く女じゃない。
周囲の目を気にしたことなんて金輪際無い。
こんなおどおどした私は----私じゃない。

それが、女のような悲鳴を上げるなんて------------!!

むかむかしてきた。
本当にむかむかしてきた。
憤然と身を起こすと、駅に向かってずかずかと歩き出す。
幼い頃からの訓練で培われた足腰は、慣れない履き物の違和感をでもまるで問題に
することなく歩道を進ませる。
こっぴどくぶつけた顔面は怒りで発する体温以上に熱を帯び、おそらくは軽い痣で
もできてしまっているだろう。

あいつのせいだ。
幹也のせいだ。
あいつが全部、悪い--------!

208(編集人):2002/11/01(金) 13:45
3/4
文句を言ってやる。
お前が悪いんだって。
どうしてくれるんだって。
謝ったって許してやらない。
そうだ、許してなどやるものか------!!

化粧なんて落ちてしまった。
こんな歩き方では、スカートもハイヒールも台無しだ。
かまうもんか。思えば中学の制服だってスカートだった。その時だって、歩き方に
気を遣ったことなんて無かった。

昨日は鏡の前で一晩眠れなかった。
それだけの苦労も、一瞬で台無しだ。なんて無駄で無意味なことをしてしまったん
だろう?
あいつのせいだと思うと腑が煮えたぎる。
あいつのせいで、私はあれほど心細い思いをした。殺してやりたい位むかむかする。
こんなに身体が震えるほど怒ったのは久しぶりだ。
だっていうのになんで------------私はこんなにも泣きそうになっているんだろう?

駅前にあいつの姿が見えた。
いつも通りの黒ずくめの姿。

こっちは一晩中悩み抜いたというのに。
あいつは平素のいつも通りだなんて。どうしてだ?
これじゃ私は莫迦みたいだ。
もう我慢できない。許せない。許せない。許せない。

だがあいつと目があった途端、私は金縛りにあったように動けなくなってしまった。

209(編集人):2002/11/01(金) 13:46
4/4
信号を渡ってくる式が見えた。

目を疑った。あの式が和服を着ていない。
スカートからすらりと伸びた足が覗くその歩みは颯爽と。
和服と比べれば式の女性らしい肢体の線が浮き出る洋装はとても-----

息が止まるかと思った。
僕の目には今日の式は神々しいまでに美しく見えた。

その眼差しが僕を見据え、刹那、もの凄い一瞥が僕を射殺した。
「ひっ!!」
こ、殺される?!
ドウシテ、ナンデ……
先ほどまでの天国からすさまじい高さを墜落し、僕は戦慄の地獄に叩き落とされる。
恐怖に心臓を鷲づかみにされた僕は、瞬時に氷の彫像と化した。

永遠とも感じられる瞬間が過ぎ、ふと急に式の顔がくしゃ、と歪んで…………

------------赤子のように泣き出した。

大通りの角に立つ雑居ビルの屋上では、二人の出刃亀が交差点を見下ろしていた。
横断歩道に立ちつくして身も世もなく泣き叫ぶ少女に、黒衣の青年が慌てて駆け寄る
姿が見える。

「式がこちらを見なくてよかったな。もし気づかれていたら結界ごと斬り捨てられた
かもしれん」
「驚きました。見せたかったいいものってこれのことですか、師匠」

集まりだした人だかりの中、少女は困惑する青年の胸をポカポカと殴っている。
しばらくおろおろとしていた青年は、意を決したかのように衆人環視の中、少女を
その腕に抱きしめた。

「……なんて、はずかしいやつらだ。そう思うだろう?鮮花」
「………やってられません」
言うと、鮮花は身を翻して去っていく。きっと、この著しい劣勢を立て直す起死回生
の策を練るために。その姿を見送った後、魔術師はつぶやく。
「伽藍洞だということはいくらでも詰め込めるという事だろう。この幸せ者め。
それ以上の未来が一体どこにあるというんだ」

210(編集人):2002/11/01(金) 13:48
『(無題)』両儀式・支援
2002年7月30日(火)22時13分。
ROUND5.445レス目「ぴーおー」様によって投下。
 弓塚さつき(月姫)
 両儀式  (空の境界)

211(編集人):2002/11/01(金) 13:49
とある日曜日の昼。僕は橙子さんに頼まれていた調査に、なんとか一段落をつけた。
 まだまだ物足りないところはあるけれど、とりあえず簡易報告くらいは出来そうではある。
 少しだけ満足な気分に浸りながら、僕は一度部屋に戻ることにして強い日差しの中、歩いて家へと戻った。
「ただいま……って誰もいない……あ、式が来てるのか」
 開け放ったドアの向こう、散らかった玄関には式の履物が行儀よくキチンと置かれていた。
「おーい、式? 返事くらいしなよ。もしかして寝てる?」
 靴をぬぎながら式に呼びかけて見るけれど、どうやらホントに寝てるようで返事はない。はぁ、と一つため息を零しながら部屋へと入った。
 案の定、寝床の上には着物のまま、体を丸めた式が静かに眠りに落ちている。
 このとき、もう慣れてしまったとはいえ、僕はいつも心配になる。
 彼女の寝ている姿は、ひどく静かだ。寝息は聞こえない。身じろぎもしない。死人と見間違えてもおかしくないくらい、静かだった。
 今すぐ起こしたくなる。目をあけて名前を呼んで欲しくなる。けれどそれは彼女にあまりにも悪い。
 注意深く見て、傷一つない白磁のような美しい肌に朱色の血の気が帯びているので、ようやく無事だということに一安心をつけるのだ。
「けど、」
 一歩、近づく。
 何故か、頭の奥が痺れるような感じがした。それはまるで何かにとり憑かれたような……
「ほんとに、綺麗だ」
 中性的で、まるで抜き身の真剣のような、危うさを漂わせる美しい顔。
 
 導かれるように、僕は禁断のそれに手を伸ばした。

212(編集人):2002/11/01(金) 13:50
やわらかく、それでいて芯のしっかりした黒髪に手を伸ばす。
 さらりと触れて、ただそれだけの事なのに心臓は今にも爆発しそうなほど鼓動を繰り返している。
「式……」
 それでも、離れる気にはならない。離れたくない。
 ギシリとベッドを軋ませて、寝ている彼女の横に座った。
「君は、なんでそんなに綺麗なんだ」
 手を伸ばし、頬に触れる。一度だけ人差し指で押してみて、彼女は、うぅん、と初めて声を漏らした。
 とても可愛らしい声だ。もう一度押してみて、また、ぅぅん、と声を漏らす。
 なにかしら、背徳感のただよう秘密を手に入れたようで、僕は一人笑った。
 もっと彼女の顔を見たくなった。手を頬に添えたまま、顔を近づけていく。長いまつ毛に、またドキマギしながら。
「式」 
 小声で呼びかける。まぶたがピクリと動いたようだけれど、多分気のせいだ。
「式、僕は君を愛している」
 だから、
「だから、君が欲しい」

 もっと近づこうとして、やめた。自分がヒドイ愚か者のように思えてきた。寝ている女性に付け入るなんて、あまりに情けない行為だから。
 でも、正直に本音を言えば、もったいない。そう感じた。
 だから一度だけその頬に唇を触れて、僕は飛び跳ねるように彼女から離れた。
 心臓は口から飛び出てきそうで、寝れそうもないのに恥ずかしくて目を閉じた。
 式のほっぺたは、とんでもないくらい、柔らかかった。

213(編集人):2002/11/01(金) 13:51
 まだ鼓動が耳に届く。こんなことは生まれて初めてのこと。きっと耳まで真っ赤になっている。
 一度身を起こして、そっちの方を向いてみた。
 スヤスヤと、実に気持ちよさそうに眠っている。こっちの気も知らないで。 
 そして、まだ熱をもっている頬に手を伸ばして、そっと撫でた。
 ここに、唇が。
 しばらく眺めて、触れた指を、そっと、ペロリと舐めてみた。
 すぐに顔が真っ赤になる。私は何をしているのか。自分がヒドイ愚か者のように思えた。
 腹が立って、私は立ち上がった。なんであいつのために、こんな思いをしなくちゃならないんだ。
 ベッドから降りて近づく。毛布に包まった幹也はムニャムニャ言いながら夢心地を味わっている。
「このバカ。私の気も知らないで」
 はたして、私の気とはなんなのか。深く考えないようにした。これ以上顔が赤くなっては困る。
 ストンと寝ている幹也の横に腰を下ろした。覗き込んで見る。傷痕が痛々しかった。けれどそれ以上に、自分のドキドキする気持ちに困惑した。
 ゆっくりと、手を伸ばしてみる。触れた幹也の頬は、柔らかく、けれど男らしさを少しだけ感じた。
 私は一度だけ深呼吸し、唇を幹也の頬に近づけようとした。
 高鳴る心臓に、これはさっきの仕返しなんだ、と言い訳をしながら。
 そのとき、口は勝手に何かを口走っていた。
「幹也、愛している」
 そして、
「そして私も、お前を感じたい」
 意を決して、幹也の頬に口付けしようとしたのを、止め、
 素早く、幹也の唇に、キスをした。
 ほんとに、チュッ、という音がして、私は顔を真っ赤、頭の中を真っ白にさせながら、ベッドに飛び込んだ。
 毛布で頭をくるめながら、起きたら絶対に文句を言ってやる。そう思った。


 そっと唇に手を伸ばす。そこには、ずっと求めていた相手の温もりが……

214(編集人):2002/11/01(金) 13:52
『さっちん支援SS⑤』弓塚さつき・支援
2002年7月30日(火)22時32分。
ROUND5.454レス目「七視さん」様によって投下。
 弓塚さつき(月姫)
 両儀式  (空の境界)

215(編集人):2002/11/01(金) 13:54
さっちん支援SS⑤

空気が変わった、なんて生易しいものじゃなかった気がする。
もうすぐ夏も終わるというのに、いまだにねっとりと纏わりつく熱気が、凍りついたように止まった。少なくとも自分の感覚では。
その変化は、殺人鬼にも伝わったらしい。いぶかしげな表情でこちらを睨みつけていた。
「なんだ……?おい、テメエ何しやがった?」
答えられるはずもない。
ただ、どうしようもないほどに緊張した空気が三人の間を流れた。

「ハァ―――ハァ―――ハァ―――ハァ―――」

唐突に、荒い呼吸音が静寂を破った。
ハッとして見ると、遠野くんの顔色が今まで以上に悪い。
「ハァ―――ハァ―――ハァ―――ハァ―――ハァ―――ハァ―――ハァ―――ハァ―――!」
「ど、どうしたの遠野くん!?」
「ヒ、ヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!なんだよ、もう限界かァ?そうだよな、夜は俺の時間だ」

ひた―――

殺人鬼が、一歩近づく。
「ひっ!?」
「ハァ―――ハァ―――ハァ―――ハァ―――ゼェ―――ゼェ―――ゼェ―――」

ひた―――

殺人鬼がまた一歩近づく。
遠野くんの息は荒くなるばかりだ。
「とお―――志貴くん―――!」
私は、志貴くんの身体をギュッと抱きしめた。
どうしてそうしたかは自分でも分からない。ただ恐怖に怯えていたのか、助けてもらおうと思ったのか、助けようと思ったのか、諦めて覚悟を決めたのか―――
分かっていたのは、私の腕が震えていたという事だけだった。

ぽん―――

暖かい感触が頬に触れる。
「え―――?」
まだ息が荒いままの志貴くんは、ゆっくりと、優しく私の身体をほどいた。
そして、今まで私が見たなかで、最高に優しく、崩れ落ちそうな笑顔を向けると、ふらつきながらも立ち上がった。
「し、志貴くん―――」
「いいねェいいねェ、そうこなくちゃなァ」
「……」
志貴くんは応えない。
そこで私は気がついた。
呼吸が落ち着いている―――?
そう思った瞬間、志貴くんは目にも留まらないほどの速さで駆け出した。
「ぬあっ!?」
完全に不意を突かれた殺人鬼は体勢を崩し、志貴くんはその脇をすり抜けていく。
そのまま走り抜けるかと思いきや、袋小路の入り口で振り返った。片手にはいつの間にかナイフが握られている。

―――その蒼く輝く瞳に、ぞくり、とした―――

「―――んの野郎ォ!」
殺人鬼は腹部を押さえて志貴くんを振り返った。どうやら、すれ違ったときに一撃いれられたらしい。
殺人鬼が、まさに人外の動きで志貴くんに跳びかかる。
その一撃がとどく前に、志貴くんはすでに走り出していた。
殺人鬼は、志貴くんを追って駆け出していった。

袋小路には、腰を抜かして情けない格好をした。私、弓塚さつきだけが残された。
私はそのままの体勢で、
(そうだ、あの時の笑顔に似ているんだ―――私を助けてくれた時の笑顔に―――)
なんて事をぼんやりと考えていた。

216(編集人):2002/11/01(金) 13:55
『夢の名残』両儀式・支援
2002年7月30日(火)22時54分。
ROUND5.462レス目「七死さん」様によって投下。
 弓塚さつき(月姫)
 両儀式  (空の境界)

217(編集人):2002/11/01(金) 13:56
両儀式支援SS「夢の名残」

―――きみがいて、わらっているだけで幸せだった。

「黒桐だから、黒を着る? 莫迦じゃないのか、お前」
「別に、いいじゃないか、好きなんだから。黒。
 ・・・まあ、さっきの発言は、我ながらアレだったとは思うけど」

「じゃあ、式が選んでよ。僕の服」
「・・・いいぜ」
「え? ほんと?!」
「でも、いいんだな。俺は安物なんか選ばないからな?」
「え、あ、それは」



―――安心できて、不安なのに。

「そろそろ、ちゃんとご両親に会うようにしないと駄目だ」
「そんなこと、関係ないだろ。俺の居場所は、あそこじゃない」

「俺がここにいたら、邪魔なのか」
「あのね、誰もそんなこといってないだろ」

「じゃあ、別にいいだろ。幹也には関係ない」
「そんなことない」
「何で!!」
「式のご両親は、僕の義理の親になる人たちだから、関係なくなんて無い」
「・・・え、あ、それは」
 


―――君がいて、あるいているだけで、嬉しかった。


「ちゃんと、出席日数は足りてるんだ。えらい、えらい」
「どこかの大学中退者と一緒にするな」
「うっ、でも、僕も高校はちゃんと卒業したじゃないか」
「こんなとこに就職するぐらいなら、高校中退の方がましだ」

「ふむ、一理あるか」
「納得しないで下さい、所長」

「ちゃんと稼げよ、幹也。じゃないと――――」
「大丈夫。わかってる」
「・・・うん」




一緒にいれて、一緒じゃないのに。




「ねえ、式」
「何?」



「―――今、幸せかな?」


「何をいきなり、馬鹿なこと言ってるんだ、お前」
「あ、そんな言い方ないだろ!」
「馬鹿に馬鹿に言うのに、言い方なんて関係ない」
「・・・ますます酷いよ、それ」





――――それは、ほんとうに。




「――――幸せじゃないはず、ないだろ。馬鹿」





―――夢のような、日々の名残。


―――夢のような、日々の続き。

218(編集人):2002/11/01(金) 13:58
『(無題)』コルネリウス・アルバ支援
2002年7月31日(水)20時41分。
ROUND5.558レス目「ぴーおー」様によって投下。
 コルネリウス・アルバ(空の境界)
 三澤羽居      (月姫)

219(編集人):2002/11/01(金) 13:59
この計画に乗ったのは、アオザキへの復讐だ。
 私は、そう公言していた。彼にも、彼女にも、そして自分にも。
 否定はしない。ただ、真実ではない。
 アオザキに復讐しようと思ってたのは、魔術の実力による嫉妬なんかじゃない。
 私が彼女を嫌う理由は、唯一つ。

         
                  アラヤが、彼女のことを好いているから。

 
 昔からだった。いつも、彼の目には私など映っていない。きっとただの虫けらのように見えるのだろう。
 けれど、アオザキトウコは違う。あの二人が親密な関係だということなど、私の目から一目瞭然だった。
 不愉快極まりなかった。アオザキはきっと、私のアラヤに対する気持ちを知っていた上で、ルーンを専攻したのだ。そうに違いない。
 実力主義の世界観をもつ彼のこと。一番でない人間に興味を示すはずもなかった。
 かくして、私の思慕は伝えきれぬまま封印することにした。悔しいけれど、アオザキの能力の上を行くのは、不可能だったから。
 一時期はほんとに荒れた。アグリッパの末裔など何の関係もない。次期学院長がなんだというのか。
 一番、大切なモノが手に入らないのなら、何の意味もない。

 そして数年の月日。まさかの、アラヤからの連絡。
 それは、忘れようとして、ようやく重い枷から抜け出そうとしていた時だった。
 アラヤの言うことは、簡単で、根源にいたるための協力要請だった。
 嬉しかった。
 場所は日本。アオザキを始末させてやる。彼はそう言った。
 涙声を悟られないように私は必死に声を押し殺した。彼にもう一度会える。断る理由などどこにもない。
 正直アオザキのことなどどうでもよかった。ただ彼が望むのなら、そう思ってアオザキを殺すためという仮面を被って私は来日した。
 

 この仕事が終わったら、彼に気持ちを伝えよう。拒まれても仕方がないけれど、ケジメはきちんとしなければ。

 
『アラヤは、コルネリウス・アルバは、君が好きだ』



             終わっとけ(悶絶

220(編集人):2002/11/01(金) 14:00
『(無題)』アルクェイド・ブリュンスタッド支援
2002年8月1日(木)2時32分。
ROUND5.648レス目「七子さん」様によって投下。
 アルクェイド・ブリュンスタッド(月姫)
 シエル            (月姫)

221(編集人):2002/11/01(金) 14:01
1/3
「遠野くん…」
「その呼び方も久しぶりですね、"先輩"」
「どうしても、行っちゃうんですね」
「先輩には本当にお世話になったけど、もともとこのために俺は
 力を得たんです」

アルクェイドが眠りに付いた後、あいつをどうしてもあきらめ
られなかった俺は埋葬機関へと身を投じた。
千年城を探し出すため。そしてもう一つの目的を果たすため。
一つ目の目的は果たされた。俺はもう一つの目的を果たすため、
ここにいる。

「今の遠野君は私よりも強くなりました。それは認めます。
 でも、彼女は"真祖狩りの真祖"なんですよ!」
「だからさ、まずは軽く一度試したいんだ。大丈夫。逃げ足も
 あの頃よりもずいぶんと早くなったからね。」
「軽く試す………ですか?」
先輩が呆気にとられたような顔をした後、ほっと溜息を付いた。
「驚きました。あのアルクェイドを相手にそんなことが言える
 なんて。――――貴方ならもしかすると、本当になんとか
 してしまうのかも知れない。そう思えてきました……………
 ……正直、妬けますけどね。」

222(編集人):2002/11/01(金) 14:02
2/3
苦笑しながらシエルは言う。
そして瞬時にきりりと埋葬機関の上司となり、俺に命じた。
「代行者ウリエル。千年城へ潜入し、アルクェイド・ブリュンス
タットを眠りから醒ましなさい。使命を果たすまで、帰参報告
の必要はありません。神の意志を代行しなさい―――手段は
問わず」
「もとより………!」
「ナルバレックは私が押さえておきます。以前貴方と一千交えて
から、彼女もずいぶんとおとなしくなりましたからね。」
にんまりと"先輩"に戻ってシエルは笑う。
「でも、私がお婆ちゃんになる前に帰ってきて下さいね。
………行ってらっしゃい。遠野くん。
アルクェイドによろしく行っておいてください。」
「わかった。ありがとう。先輩も元気で。」
言葉と共に、俺は走り出す。山と見紛うばかりのゆらめく古城の
シルエットに向かって。

もうひとつの目的。
おれは生身のままアルクェイドを超えて強くなる。
吸血衝動を暴走させた"本気"のアルクェイドを止められる位に。

223(編集人):2002/11/01(金) 14:03
3/3
教会での"教育"を受けても、俺に他者を攻撃する魔力は一切身に
付かなかった。
だが、自分自身に掛ける術には、俺は適性があったようだ。
今ではかつてのシエル先輩のようにはいかなくても、「不死身」
と呼ばれる位には自分の肉体を自由自在にコントロールできる。
七夜として体得していた能力も多分に優利に働いたのだろう。

正直今の自分であいつの本気に立ち向かえるのかはわからない。
だが、俺は前に進むと決めている。打ちのめされても、死ぬまで
はあきらめない。あいつのことを。

だって。
彼氏であれば、彼女の"やんちゃ"ぐらいおさえてやれなくちゃ。
それぐらい出来なくて、どうするのか。
まだまだ先は永いんだから―――俺たちは!

ふと脳裏に浮かんだ。
あいつがいて、俺の傍で笑っている。そんな未来の風景。

いつかだった瀬尾という子が言っていた。
「志貴さんが金髪の外人さんと仲良くしている未来を見た」と。
未来視は"変わる"とも言っていたけど。
俺にも見えたその風景は本当になると信じている。
否―――本当にしてみせる。

今から行く。アルクェイド。お前に会いに。
以上

224(編集人):2002/11/01(金) 14:05
『自演S(シエル)S(支援)』シエル支援
2002年8月1日(木)5時55分。
ROUND5.666レス目「七紙 散」様によって投下。
 アルクェイド・ブリュンスタッド(月姫)
 シエル            (月姫)

225(編集人):2002/11/01(金) 14:06
[自演S(シエル)S(支援)]

今回の戦いを傍観する私の元へ、一通の手紙が届いた。

「檄文
 親愛なる○○ ○○○(好きなキャラ名を入れよう!)ファン同士諸君、
 ここで奴が勝ち残ることは、我々にとって憂慮すべき事態だ。
 奴、正ヒロインたる真祖の姫君、アルクェイドが!!
 アルクが決勝まで勝ち進めば、世界の力が流れ込むばかりか、
 霊長の意思さえも奴を後押ししかねない。
 標を失った大衆がカリスマの元に集い、
 ファシズムの恐るべき圧力を行使するだろう」

…つまり、浮動票がアルクに流れると言いたいのか…?

「○○○○(好きなキャラの愛称を入れよう!)萌えの同士諸君!
 今は苦汁を飲み下し、踏絵のようなこの行為に耐えながら、
 <<シエル>>先輩に票を投じようではないか!!
 彼女にならあるいは、ヒロインの中でも彼女になら、
 我々はそう思い、日々を過ごして来た筈だ。
 このような発言が明るみに出れば、
 我々は再びシエルファンに蹂躙されるやも知れぬ」

面白そうだからコピペ準備っと

「しかし我々は、○○ ○○○(キャラ名)に己の萌えを捧げた我々は、
 ○○○○(愛称)がヒロイン達に打ち勝ち、
 晴れの舞台で祝福されることが望みだ!
 我々にとっての全てだ!!
 その為になら背骨すら残さず邁進しよう!!!」

アツイ…、うむ、賛同しよう、同調しよう(ノリで)

「さあ、今こそ声高に叫ぼう!! 我らが……」

そう、我らが、ゆ…

「ネロ カオスの為に!!!」

え?

「叔父さま(愛称)の為に!!!」

なっ

「真祖を打ち倒せ!!!
 尚、この手紙は我が固有結界であり、
 見た者は最低でも5人に同じ手紙を送らねば、
 萌えキャラ投票日に呪縛を受けるであろう」

不幸の手紙かよ!! 今時!!
…私は、怒りとも罪悪感とも取れる不快感を抱きながら、
伏字を「瀬尾 あきら」「晶ちゃん」と書きかえることを考えていた。

おわり

226(編集人):2002/11/01(金) 14:07
『(裏姫嬢祭)』?支援
2002年8月3日(土)16時30分。
ROUND5.933レス目「七死さん」様によって投下。
 瀬尾晶  (月姫)
 遠野志貴 (月姫)

外部リンク型。このURLはHPのコンテンツ、「裏姫嬢祭」につながります。
ttp://moongazer.f-o-r.net/himejou/himejou.htm

227(編集人):2002/11/01(金) 14:08
『(無題)』弓塚さつき支援
2002年8月5日(月)0時1分。
ROUND6.101レス目「Ryo-T」様によって投下。
 翡翠    (月姫)
 弓塚さつき (月姫)

228(編集人):2002/11/01(金) 14:10
その日、学校から帰ってきたさつきは、部屋に入るなりふらふらとベッドに倒れこんだ。
暖まっていない布団が妙に心地良い。
躯はいつも以上に疲れていた。それはそうだろう。
つい先程まで、彼女は生と死の境界線に立たされていたのだから。
だが、彼女は何故か眠る気にはなれなかった。
なんとなくどきどきして、そして、なんとなくぽかぽかする。

「遠野、志貴くん・・・」

頭から浮かんできた事をそのまま口にしてみる。
すると何故だろう。
さっき以上にどきどきして、ぽかぽかして、けど何だかそれでも安心している自分がいた。
こんな感じ、今まで味わった事がない。
けれど、それが一体何なのか、経験した事はなくても、見当はついていた。

「好き、なのかな・・・」

似たような事は少しはあった。
そういう事に疎いさつきではあったが、かっこいい同級生や先輩に友人と一緒に憧れたこともある。
けれど、今回は今までのものとは何処か違っていた。
ただのクラスメートだった彼。
特にかっこよくも、運動ができる訳でも、成績が良い訳でもない。
あまり目立たない、平凡な、男の子。

「だけど・・・」

多分、いや絶対に、自分は彼の事が好きになってしまった。
絶望の中から救い出してくれた彼を。
泣いていた私を、優しく慰めてくれた彼を。

「そうだ!!」

何か思いついたのかさつきは勢いよく起き上がった。

「お餅、用意しなきゃ」

そう言うと、さつきはパタパタとスリッパを鳴らしながら、キッチンへと向かった。
料理はあまり得意でないさつきであったが、
時間をかけながらも何とか望み通りのものを作る事ができた。
ほかほかのお雑煮。助けてくれた彼が、自分に勧めてくれたものだった。
とりあえず味見。それはなんだか体だけではなく、心まで暖めてくれるような気がした。
それにすごくおいしい。自分で作った物ながら、思わず感動してしまうぐらいそれはおいしかった。

「そう言えば、お礼も言ってなかったな」

お餅をつつきながら、ボソリと一人ごちる。
いつかまた言える日が来るのだろうか。
今のままでは多分無理だろう。
引っ込み思案な自分の性格は自分でもよく解かっていた。
けど、お礼を言いたい。もっともっとおしゃべりがしたい。
そのためには自分で話しかける勇気を持たないと・・・。

「うん。待っててね、遠野くん」

私の想いが。
彼への想いが。
いつか、彼へと届けられますように・・・。

229(編集人):2002/11/01(金) 14:11
『(無題)』弓塚さつき支援
2002年8月5日(月)0時43分。
ROUND6.122レス目「偽洗脳探偵」様によって投下。
 翡翠    (月姫)
 弓塚さつき (月姫)

230(編集人):2002/11/01(金) 14:12
―それは、ある1日の、遠野家での出来事



 「第1回!!着せ替え翡翠ちゃ〜〜〜〜ん!!ドンドンパフパフーー」

 …大変です。姉さんがおかしくなりました。頭でも打ったのでしょうか?心配です。

 「あ、あの…、姉さん?一体なにを…?」
 「はいそこシャラ〜〜〜ップ!!」

 ビシッ、と、音が響いたかと思わせるくらい見事に、私の鼻先に指が突きつけられました。…姉さん、ノリノリですね…。

 「いいっ、翡翠ちゃん。これまでの統計によれば志貴様はズバリ!!保護欲を掻き立てられるような子に萌…じゃなかった、愛を感じるのよっ!!」

 姉さん…自信を持って断言するのはいいのですが…今何を言いかけたんですか?
 しかし確かに姉さんの言うことには一理ありです。志貴様には、弱い人を放ってはおけないようなところは確かにあります。ですが…

 「…な、なるほど、確かに姉さんの言うことにも一理ありますが…それと私の着替えに何の関係が?」

 本気でわからない私に対して、姉さんは口元を指をチッチッと振ってみせると―

 「甘いわ翡翠ちゃん!!確かにメイドさんは強力な燃え属性の一つ。しかしそれはどちらかというと男の独占欲と征服欲などを満足させるものなの!!志貴様に関しては劇的な効果は望めないわ!!」

 と、強い口調で諭されます。…ですが、なにやらおかしな表現があったのは気のせいでしょうか?…属性?でも、そのような質問を投げかける暇もなく、次に姉さんが放った一言が、私の胸に突き刺さりました。

 「…志貴様のこと、好きなんでしょ?」
 「ね、姉さんっ!!」

 ぼっ、と顔が染まるのが自分でもわかります。あまりの恥ずかしさに下を向いてしまった私を見上げるように、姉さんは顔を近づけると、くすくすと笑いながら

 「もう、翡翠ちゃんってばホントに可愛いんだから。ほら、おねーさんが協力してしてあげるから、志貴さんをゆーわくしちゃいなさいって」

 頷くしかない私に対して、そういって笑う姉さんは、本当に楽しそうでした。





 「…で、それはいいのですが…これは一体なんなのですか」

 姉さんの差し出した衣装を”しかたなく”着こんだ私は、そういって頭の”ソレ”を指差しました。衣装そのものは普段と代わり映えしませんが、頭についているそれは…

 「何って…翡翠ちゃん、”猫ミミ”知らないの?」

 …それくらいは知っています。たまにアルクェイド様に生えていますし。ですが、これと先ほどの、保護欲がどうとかに何の関連があるのでしょうか?そう思っていると…

 「それじゃ仕上げに入るわね?」

 というと、姉さんがどこからか下がった紐を、おもいきりひっぱりました。

 バシャーーーンッ


 …えっと。情報を整理してみましょう。床は水浸しです。…後で掃除をするのは私なのですが…。
頭上にはバケツがあります。どうやらさきほどの紐はこれと連動していたようです。
そして…私自身も水浸しです…。いくらなんでも酷すぎるのではないでしょうか?状況を改めて認識すると、なんだか泣きたくなってきました。

 「こ、これよ!!翡翠ちゃん、アルクェイドさんを悪戯な猫属性、レンさんを仔猫属性とするなら、捨てられて雨の中震える、いたいけな仔猫っ!!これで志貴様のハートをGETなのっ!!」

231(編集人):2002/11/01(金) 14:13
『さっちん支援SS⑥』弓塚さつき支援
2002年8月5日(月)1時35分。
ROUND6.141レス目「七視さん」様によって投下。
 翡翠    (月姫)
 弓塚さつき (月姫)

232(編集人):2002/11/01(金) 14:15
さっちん支援SS⑥

数分後、私は全力で走って家まで帰った。
今まで、こんなに速く走れたことはなかったと思う。
後ろも見ずに駆け戻り、騒々しい音をたてて扉を閉めた。
我が家に帰り着いてほっとしたのか、気が抜けたのか、そのまま玄関でずるずると座り込んでしまった。

気がついた時には、もう夜が明けていた。いつの間にか、自分の部屋のベッドの中にいた。
いつもと同じように朝がきて、同じように日常が始まった。昨日と同じように太陽が昇り、昨日と同じように3軒隣で飼われている犬の源次郎が吠える。
昨夜の事は夢だった。
そう誰かに言われれば、そう信じてしまっただろう。それほどまでに、昨夜の事は現実離れしていた。
(そうよ、やっぱり夢だったんだ。だいたい都合がよすぎるよね。あんなに絶妙なタイミングで遠野くんが助けに来てくれるなんて)
そう思って、いつもと同じ時間に部屋から出た。
そこで気がついた。
「あれ、私、着替えなかったんだっけ」
しわになってしまった制服は、なぜかかなり汚れていた。

いつも通り朝食を食べている時に、何気なくテレビに目を向けた。
いつものニュース番組だった。少々はじけ過ぎの新人キャスターから、落ち着いた感じの女性にカメラが移された。
『今朝、早くに発見された死体は、損傷が激しく、男女の区別さえつかない状態だそうです。第一発見者の話によりますと……』

くらり、ときた。

落ち着いた感じの女性キャスターは、淡々とニュースを読み上げている。
次の瞬間、猛烈な吐き気を覚えて、トイレに駆け込み、今しがた食べたものをすべて吐き出した。
―――その日、私は学校を休んだ。

遠野くんの家に行こう、と思い立ったのはお昼を回ってしばらくしてからだった。
あのあと、遠野くんがどうなったのか、気になって仕方がなかった。
「よく考えたら、学校に行けば分かった事なんだよね」
まだ日が高い中、自分の間抜けさに呆れはてる。
ふと、足が止まった。
いつも通る、分かれ道だった。
―――右に行けば、学校へ。
―――左に行けば、遠野くんのお屋敷へ。
―――引き返せば、私の家へ。
数日前の事が脳裏をよぎる。
『私がピンチの時は、助けてね』
彼は、優しく笑って、OKしてくれた。
そんな夕焼けの中の出来事が、なんだかすごく嬉しかった。
同時に、とても不安になった。
「遠野くん―――!」
焦る気持ちを抑えられず、私は遠野のお屋敷へ続く坂道を走って登って行った。

233(編集人):2002/11/01(金) 14:16
『夏祭り(前編)』弓塚さつき支援
2002年8月5日(月)16時55分。
ROUND6.189レス目「はね〜〜」様によって投下。
 翡翠    (月姫)
 弓塚さつき (月姫)

234(編集人):2002/11/01(金) 14:17
弓塚さつき 支援SS  「夏祭り」(前編)


「あ、秋葉。ちょっと今日は用事があるから出かけてくる」
 いつも通りの朝食の後に、秋葉と一緒にお茶を飲みながら俺はそう切り出した。
「え? 兄さん、用事って乾さんとどちらかへ?」
 ティーカップをテーブルの上に置いて、秋葉が俺に尋ねる。
「いや、有彦は旅行中でね。そうじゃなくてちょっと野暮用さ」
 俺が遠野の屋敷に戻ってきてから秋葉と再開するまで色々とあったけれども、今ではかなり秋葉は素直になった。色々と口やかましいのは健在だが、俺の側にいる時は、本当に笑顔が多くなった。
 まあ寝るときの挨拶が、『兄さん、愛してます』なのは恥ずかしい事この上ないが。
「危険な事……ではありませんよね?」
 俺がはっきりと目的を口にしないせいか、秋葉が心配そうな顔をする。
「そういうのとは全然違うさ。ただ、さ。大抵の所なら秋葉やみんなと一緒でもいいんだけど、今日行く所は一人で行きたいんだ」
 今、俺は幸せだと思う。でも、そんな俺が唯一にして一番気にしている事。
 この一年、忘れた事は一度としてなかった事。
「そうですか……。わかりました、でも門限を過ぎて遅くなるようでしたら必ず連絡して下さい。兄さんは少しでも目を離すとどこか行ってしまいそうで怖いんです」
 そう言う秋葉の目を見ていると、例えどんなに危険な場所でも絶対に帰ってこなきゃいけないという気になる。でも、今日の目的は全然そんなんじゃ無いんだ。 
 俺は秋葉の髪をくしゃくしゃとなでた。
「大丈夫だって、心配しないで翡翠や琥珀さん達とゆっくり待っててくれよ。そんなに遅くもならないさ。じゃあ行って来るから」
 軽く秋葉へ笑いかけて、俺は翡翠の見送りで屋敷を出た。


 ジー、ジーと。
 外は、蝉の大合唱でかなりうるさかった。
 そして、屋敷の中は涼しいものの一度外に出れば、もの凄い暑さと熱気で嫌気がさす。 
「暑いな……」

235(編集人):2002/11/01(金) 14:18
夏祭り(前編)2/3

 暑いのも当たり前か。今は8月の真っ只中だものな。
 そんな中を、俺は彼女の両親から聞いた場所へ電車を乗り継いで行く。場所は隣町だから、それほど時間がかかるわけでもない。
 本当はもっと早く行きたかった。でも、いざ行くとなるとどうしてもためらってしまい、今日まで延び延びになってしまった。
『ピンチの時は助けてね』
 彼女の言葉が脳裏をかすめる。俺は、彼女の気持ちに気が付いて上げられなかった。そして、その約束も守れず、挙句にこの手で彼女を殺してしまった。
 弓塚さつき。
 俺のクラスメート。そして、俺の事を好きと言ってくれた女の子。
 俺に彼女の……弓塚の墓参りをする資格があるのかはわからない。でも、行かなければいけない。行って弓塚の前で謝らなければいけない。
 その内に、電車は30分もしないで目的の場所についた。

 さあ行こう。彼女が待っている場所へ。



 駅から降りて少し行った時、俺の目に神社がうつった。どうやら夏祭りの真っ最中らしい。でも、俺はそんな喧騒を通り抜けて目的の場所に急ぐ。
 今の時期だからだろうか、やっぱりかなりの人がいる。
 寺の入り口で花を買いながら、俺は大事な事に気が付いた。
「あ。考えてみたら、寺の場所は聞いたけど、お墓の位置を聞くの忘れた……」
 はは、我ながら馬鹿だな。まぁいいや、一つ一つ当たっていこう。きっと見つかるさ。
 それから、周囲を回る事しばらく。
 やっと見つけたときは、俺はすっかり汗だくになり、既に空は赤くなっていた。
『弓塚家之墓』
 そして横にある墓誌には、弓塚さつき、享年17歳という文字が確かに刻まれていた。
「は……はは」
 俺の頭の中では本当は認めたくなかったんだ、弓塚が死んだという事実を。けれど、その文字が嫌でもそれが事実だと俺に伝えてくる。

236(編集人):2002/11/01(金) 14:19
夏祭り(前編)3/3

「すっかりしおれちゃったな、花……ごめん」
 しばらく探しまわったのと暑さのせいで、手の中の花はかなりみすぼらしくなっていた。でも、正直もう一度戻って新しい花を買って、また迷わずにここに来れる自信は全く無い。
 近くにあった水くみ場で桶と柄杓を借りてきて、持ってきた布で墓をきれいにして……。そして、花を供える。
 とんだ偽善だ。こんな事をやってどうなるんだ。弓塚を殺した等の本人がこんな事をやって、一体何になるんだろうか。
 でも、俺はその手を止める事が出来なかった。
 そして、持ってきた線香にまとめて火をつける。
「…………」
 目をつぶって、手を合わせながら俺は考えた。
 一体、何て言えばいいんだろうか。いくつもいいたい事はあるのに、そのほとんどが細い糸のように絡み合って、俺は何も言う事ができない。
 その中で、ただ一言はっきりと言いたい事があった。
「会いたい……もう一度弓塚と会って、話がしたい……」
 心の中で留めるはずの思いは、知らないうちに口に出ていた。
 その時。
「私もだよ、遠野君」

237(編集人):2002/11/01(金) 14:21
『(無題)』翡翠・支援
2002年8月5日(月)20時17分。
ROUND6.206レス目「ぴーおー」様によって投下。
 翡翠    (月姫)
 弓塚さつき (月姫)

238(編集人):2002/11/01(金) 14:23
結論から言えば、俺は翡翠を愛してる。
 それは間違いのないことで、きっと彼女もそうなのだ。

 小鳥の鳴き声で目が覚めるなんて、なんて贅沢なんだろう。
 そう思いながら、俺はまどろみから目を覚ました。まぶたをこすり、左腕を額の上に乗せた。
 全身を気だるい感じが包んでいるけれど、それ以上の幸福感が俺を支配していた。
 隣で、すぅ、という吐息が聞こえる。
 心が充足で満たされていくのが、わかった。口がにやけていくのを止められそうもない。
 愛しさなのか、嬉しさなのか、ただ満たされていくという事しかわからないけれど、それだけでよかった。
 きっとこれが、誰かを真剣に愛することなのだと思う。
 右腕の重みと、かすかな痺れに、俺は酔う。
 翡翠はそんなことも知らないで、俺の右腕に頭を乗せたまま、微笑を浮かべてまどろんでいる。
 ぅん、と。翡翠が寝息を漏らした。ひどく色っぽいと感じたのは、言うまでもない。もうすぐ起きるだろう、と思った。
 いつも翡翠はこんな寝息の後に目を覚ます。

239(編集人):2002/11/01(金) 14:24
「ぁ……」
 予想通り、翡翠はそのあとすぐに目を覚ました。まだ少し眠たそうな目で、虚ろな視線で見つめてくる。
 それも、ひどく艶かしくて、俺は不覚にも、ドキリとした。
「志貴、さま……?」
「うん、おはよう。翡翠」
 ほんのり赤くなってる頬、そしてピンと癖のついた髪が面白くて、俺は声を上げて笑ってしまった。
 翡翠は首を傾げるだけで、なんで俺が笑ってるのかよくわかっていない様子だった。
「志貴さま?」
「うん、ハハ。なんでもないよ、うん」
 いまだ翡翠の頭の下の右手で、軽く頭をなでてあげた。思ったより小さい頭が可愛いくて、もう一度笑った。
「あ、志貴さま……その、右腕が」
「うん? ああ、うでまくら、ってやつ」

 瞬間、本当にガバッという勢いで翡翠が飛び起きた。
「も、申し訳ありません。その、あの、昨夜は……乱れたとはいえ、こんな朝まで腕まくらをさせるなんて」
「いや、俺としては全然いいんだけど。もしかして寝心地悪かった?」
「いえ……とても、気持ちよかったです、けど……」
「そう、ならいいじゃないか。俺もすぐそばで翡翠の寝顔を見れて嬉しいし」
「ぁ、ぅ」
 翡翠は頬を真っ赤に染めて、うつむいた。朝から何度目なのか、俺はまた声を押し殺して笑ってしまった。
 なんで翡翠はこんなにかわいいんだ。
「ところでさ、翡翠」
 ただ、一つだけ問題があった。
「はい」

240(編集人):2002/11/01(金) 14:25
「あのさ、隠してくれないかな。目のやり場に困る」
 つー、と翡翠の胸に視線を走らせる。
 愛し合ったので、もちろん翡翠は生まれたままの姿であって、俺の視線の先はもちろん何もさえぎる物がなくて、肌が露になっている。
 とても綺麗な胸は、いつ見ても綺麗だった。
 よく、わかっていない翡翠は、パチクリと目を瞬かせた後、ゆっくりと顔を下ろして、
「あ、や――!」
 すごい勢いでシーツを被った。
「その、あ、志貴さま、最初から……」
「いや、うん、まあいいじゃないか」
「……志貴さま、Hです」
 プイッ、と目を背ける。
 翡翠、それは油に火を注ぐと言うんだよ。 

 もちろん、朝からそんなイイモノを見せてもらったこちらとしては、
 耐えられずに翡翠を抱きしめて、押し倒してしまうわけだけれども。

「ぁ、うん……あ!」

 どっとはらい。

241(編集人):2002/11/01(金) 14:26
『君去りし後』三澤羽居・支援
2002年8月6日(火)20時17分。
ROUND6.362レス目「七死さん」様によって投下。
 三澤羽居            (月姫)
 アルクェイド・ブリュンスタッド (月姫)

外部リンク型。
ttp://moongazer.f-o-r.net/himejou/kimi_1.htm

242(編集人):2002/11/01(金) 14:27
『(無題)』三澤羽居・支援
2002年8月6日(火)22時57分。
ROUND6.419レス目「はね〜〜」様によって投下。
 三澤羽居            (月姫)
 アルクェイド・ブリュンスタッド (月姫)

243(編集人):2002/11/01(金) 14:29
「ね〜、秋葉ちゃん〜。知ってた? 今日、わたしの試合だよ〜」
「知ってるわよ、もちろん。今日はあんたの応援でしょ? そして明日は瀬尾」
 あ、秋葉ちゃんちゃんと知ってたんだ。でも、もうそろそろ試合が終っちゃうよ〜。
「あ、あの……遠野先輩。そろそろ投票をするならしないと、時間の方が……」
「晶ちゃん、いらっしゃ〜い。一緒に上にいけるといいよね〜」
「はい、そうですね! あ、でもそうなると次は先輩と私に……」
 えーと、日程表日程表……あっほんとうだ〜。
「しかしねえ、闘争心から無縁のこの2人がどうしてこんなに強いのかしら」
 うーん、どうしてだろう?
「あ、羽居も瀬尾もあんまり気にしないでいいぞ。遠野は自分が早めに落ちていらいらしてるだけだからな」
「失礼ね蒼香! だれがいらいらしてるですって!」
 わ〜、本当に秋葉ちゃん、いらいらしてる〜。
「駄目だよ、秋葉ちゃん〜。そんなに、怒ってると怖い顔がもっと怖くなっちゃうかも」
「三澤先輩……それは火に油を……」
「だれが怖い顔よっ!! 全く。<<三澤羽居>>に1票、と。これでいいかしら?」
 えへへ〜、それでも結局入れてくれるのが秋葉ちゃんだよね〜。
「ねえねえ、蒼香ちゃんも、晶ちゃんも〜、やっぱり秋葉ちゃん照れてると思う?」
「え、ええと……はい、多分」
「遠野は素直じゃないからな、まあ予想通りか」
 うんうん、2人ともよくわかってる。
「こら! あんたら人で遊ぶんじゃない!!」

完だよ〜(By羽ピン)

244(編集人):2002/11/01(金) 14:30
『(無題)』ネロ・カオス支援
2002年8月13日(火)0時17分。
ROUND6.684レス目「(不明)」様によって投下。
 ネロ・カオス (月姫)
 弓塚さつき  (月姫)

245(編集人):2002/11/01(金) 14:31
ぽぉん。
 鼓動。
 ぽぉん。
 鼓動。
 ぽぉん。
 鼓動……
 人の鼓動。
 食餌の鼓動。
 時間だ。

* * *

 ――ネロ・カオス支援SS

* * *

 足りぬ。
 足りぬ。
 それでも、まだ、足りぬ。
 この飢えを満たすには足りぬ。
 この渇きを満たすには足りぬ。
 人が、人が、足りない。
 足りない。
 夢遊病者のよう、夢を傀儡するように、私は夜を闊歩する。餌食を求めて闊歩する。

 そうして私は巡り合う。極上の素材、卓越した存在に。
 だが。
「そうか、貴様の」
 私はひとりごちる。意を越えた偶然/必然に。運命めいたものさえ、私は覚えた。
 邂逅したもの。それは血を祖とするもの、それは死してなお追従するもの。
 目の前の形骸は、つまるところ“蛇”の血族だった。私はらしくもなく逡巡した。
 たとえ唾棄された落し子とはいえ、その命は根本に通ずる経路を穿たれている。
 暗闇の中で黙考する。死徒は既に私を発見しているが、警戒を続けるだけで挙動はない。一切を断ち、佇んでいる。
 まるで、私を待望するように。
「解せぬな。何故、踵を返さぬ」
 死徒へ、私は投げかける。答えは無い。答えに見合うだけの殺意も無い。
 無様なそれらの人間的感情は、既に排されているということか。分からない、が、代わりに私の葛藤は消え失せた。
 逃亡は既に否定された。交戦、そう、交戦の盟約は交わされた。死に合いの密議は成立したのだ。
 故に我は、容赦も無く、慈悲も無く、間断も無く迅速に。
 その身体を、喰らうとしよう。

246(編集人):2002/11/01(金) 14:32
 踊る踊る踊る、私が踊る。私が蠢く。
 三つの視界、一の私が駆けて行く。一の私が跳んで行く。一の私が飛んで行く。
 到達は瞬時、時は要らぬ、咀嚼に要する絶頂だけが、私の持ちうる時間感覚。
 捕捉に秒はいらない、三つの私が死徒へと触れる。三つの私があぎとを開く。あとはただ、砕いて、ゆくだけ。
 だが。
 眉をひそめて私は見る。末端に生じた異様に、私に生じた怪異に。
 それは私が揮発していく感覚。それは私が渇いていく感覚。三つの私が、どうしようもなく急速に干乾びてゆく違和感――
「――不可解だ。何をした、“蛇”の子よ」
 問う。
 少女の姿を模したその吸血種は、奇妙な、ひどく不愉快な笑みと、両の手を自らの眼前に掲げたままの体勢で、私を直視している。
「遠野くんはね……ううん志貴くんはね、あなたになんか殺されちゃだめなんだ」
「なに」
「志貴くんはね、わたしが……わたしが殺してあげるって、決めたんだ」
「戯れ言か」
「だから」
 死徒が、笑みを引きつらせた。ある種の嫌悪さえ引き起こす戦慄は――ひどく、禍々しい。
「あなたはちゃんと、殺してあげないと」
 余韻と共に、死徒が失せる。瞬間に私が反応するのが分かる。
 右後方、人智を越えた速度で迫りつつある異形に、私は私を解き放った。
 背が蠢く。排出された系統樹は、死徒を刹那の内に磨り潰す。
 ――筈。
 否、否。違う。この現実は、想定とは異なる未来を如実に映し出していた。
 わたし、が、涸れる。涸れていく。いとも簡単に涸れていく。
 水を失い、生気を失い、今まさに変色し萎えていくだけの雑草のように。
 わたしがかれていく。
 渇いてゆく。
 それは、何だ。
 次々と、次々と、復元呪詛を断たれていく私、私に還る事も叶わず崩れていく私、わたし。
 ――わたしの残骸、私の残骸が、並んでいる。それはまるで、まるで。
 枯渇の、庭園。
「――ク」
 私の顎が震えている。上下に、上下に、私は震えている。言いようも無く震えている。
 愉快だ。愉快だ。とてもとても、ユカイだ。
 何故に世界は、こうも愉悦に満ちているのだろう。何故に世界は、こうも歓喜に満ちているのだろう。
 私の退屈を、紛失させてくれるのだろう。
 了承した、“蛇”の子よ。

「――よかろう。おまえを、我が障害と認識する」

 加減は要らぬ。
 最大最速最高の密度てもって、貴様に滅びを与えよう。
 “巣”は、開いた。
 ――往け。

 枯れる。枯れる。私が枯れる。次々と、次々と、私が枯れていく。枯れる、枯れる、私は、枯れる。
 だが続く、だが延々と続く、私の疾走は続く。果てるまで、標的が果てるまで、私の駆動は限りなく。
 死徒へと迫る。その間合いは腕二つほど、充足と枯渇の狭間に私が踏み込む、瞬間、私は絶命する。命を枯らして地へ伏せる。
 だが往く。私は行く。途切れる事無く私は駆ける。
 彼の者に混沌を教示するまで、カオスを――原初と共に存在した未知という名の黎明まで、この内なる慈愛の洞へと導くまで。
 私は行こう。尽きる事無く教授しよう。終わる事無く示唆しよう。
「我が名は混沌、ネロ――ネロ・カオス」
 この混沌を。

                               ――了。

247(編集人):2002/11/01(金) 14:34
『さっちん支援SS⑦』弓塚さつき支援
2002年8月13日(火)18時1分。
ROUND6.765レス目「七視さん」様によって投下。
 ネロ・カオス (月姫)
 弓塚さつき  (月姫)

248(編集人):2002/11/01(金) 14:35
さっちん支援SS⑦

「申し訳ございませんが、お引取り下さい」
私の前にいる同じ(だと思う)年頃の女の子は、そう言って深々と頭を下げた。

遠野くんの家へ続く長い坂道を必要以上に息を切らせて駆け上がり、聞いていた以上に圧倒的な存在感と威圧感を放つお屋敷に気圧され、やっとの思いで扉を叩いた。
出てきたのは、時代錯誤なメイド服を着た、少し冷たい感じのする女の子だった。
「あっあのっ!と、と、遠野くんはご在宅でしょうか!?」
まさかメイドさんが出てくるとは思ってもいなかったので、動揺した私はおもいっきりどもってしまった。
その言葉に対する返答がこれだ。身も蓋もないとはまさにこの事だろう。
しばし呆然としていると、メイドさんが怪訝そうな目でこちらを見ている事に気が付いた。
「あの……ご用件はそれだけでしょうか?」
「い、いえっ!じゃなくて……その……遠野くんはいないんですか?出かけてるんですか?」
ようやく落ち着いてきた心臓をなだめすかして、再度尋ねてみる。
「その前に、どちらさまでしょうか?見たところ、志貴さまのお知り合いのようですが」
「志貴さまぁ!?」
頭の上から素っ頓狂な声が出た。この娘は、遠野くんのことを『志貴さま』と呼んでいるらしい。
もしかしたら、遠野くん付きのメイドなのかもしれない。つい、頭のてっぺんから足の先までじ〜っと見てしまった。
「……あの……」
「あっ!?ご、ごめんなさい!私、弓塚さつきといいまして、遠野くんのクラスメイトなんです」
「クラスメイト……?ああ、ご学友ですね」
……?どうやら『クラスメイト』という単語を知らなかったようだ。
「!!」
そこでハッとなった。時刻はまだ昼過ぎ。授業はまだ終わっていない。
もし、遠野くんが学校に行っていたら、まだ帰ってきていないのである。
しかし、メイドさんはその事にまったく気が付いていないようだった。
「それでは、志貴さまのお見舞いでしょうか?」
「は、はい!そうです!」
お見舞い。
つまり、遠野くんは学校を休んだ、といった所だろう。
やはり、どこかに怪我をしたのだろうか。どれくらいの傷なのか。

昨夜の光景が脳裏をよぎる。
初めから顔色が悪かった遠野くん。
ニタニタと狂った笑みを浮かべる殺人鬼。
そして、おそらく私を救うためにあの場を離れた遠野くん。
その時に見た、あの笑顔が、痛かった。

「あ、あのっ!遠野くんの怪我の具合はどうなんですか!?」
その時の私の顔は、よっぽど切羽詰っていたのだろう。メイドさんはかなり引いていた。
「怪我……?志貴さまは、持病の貧血でお休みになられていますが……?」
「え……?」
貧血だって……?
確かに、遠野くんは貧血持ちだ。中学の頃からしょっちゅう倒れている。そのたびに、乾くんが保健室まで運んで行っていたのだ。
「なんだ……そうなんだ……」
気が抜けた私は、メイドさんが見ている前でへなへなと座り込んでしまった。

249(編集人):2002/11/01(金) 14:37
『夏祭り(後編)』弓塚さつき支援
2002年8月13日(火)19時18分。
ROUND6.771レス目「はね〜〜」様によって投下。
 ネロ・カオス (月姫)
 弓塚さつき  (月姫)

250(編集人):2002/11/01(金) 14:38
【夏祭り】後編1/4

 一瞬耳を疑った。その声は確かに俺の知っている、懐かしい声だった。
 ゆっくり後ろを振り返ると。
「こんばんは、遠野君」
 弓塚の姿が俺の目にうつっていた。
 これは夢だろうか、それとも幻だろうか。もしそうならば消えないで欲しい、いつまでも。
「ゆ、弓塚……さん?」
「ありがとう、私のために来てくれたんだよね。嬉しいなぁ、私、ずっと遠野君に会いたかった」
 くるん、とふりかえってツインテールを揺らしながら俺に笑いかけてくれる弓塚。
「夢や幻……じゃないよね」
 違う、そんな事を聞いてどうするんだ。
「うん。遠野君は聞いた事無いかな? 死んだ人はお盆にだけこっちに帰ってくるって。私もなんだ。でも遠野君にここで会えるなんて思わなかった」
 そうか、じゃあここにいる弓塚は……幽霊みたいなものなのか……。
「ゆ、弓塚さん。俺は君に謝らないといけない事がたくさんあるんだ! 俺はどんな理由があれ君を」
 君を殺してしまった。そう言おうとした俺の言葉を弓塚は遮った。
「遠野君、謝らないで。そうだなぁ……今日1日だけ私に付き合って欲しいな、ね? せっかく会えたんだもん。私、ずっと遠野君と一緒に行きたいと思っていた所があるんだ」
 そう言って微笑みかけてくれる弓塚を見ていると、俺は何も言えなくなった。
 そうだ。俺がいくら彼女に謝ったところで、到底許されるものじゃない。だったらせめて彼女がしたい事があるなら、その為に一緒にいてあげよう。
「……こんな俺で良ければ、喜んで」
「ううん、遠野君じゃないと駄目なんだよ。ありがとう、それじゃあ行こう遠野君!」
 そう言って、弓塚は俺の側に寄り添ってくる。
 夕陽に照らされて俺と一緒に歩く弓塚の表情を見ていて……俺は、あの時一緒に学校から帰った時の表情と今の顔がダブって見えた。
 そして気が付くと、俺は弓塚の顔を見ていて涙が流れて止まらなかった。
「ど、どうしたの遠野君!?」
 そんな俺の姿を見て、弓塚が驚いたように俺のほうを見た。
 何やってるんだ俺は。
 俺が泣いてどうするんだ。俺なんかより、弓塚はあの時もっと泣きたかっただろうに。

251(編集人):2002/11/01(金) 14:40
後編2/4

「ごめん、なんでもないよ。で、どこに行こうか」
 俺は腕で涙を拭って弓塚のほうを見て笑った。
 そんな俺を心配そうに見上げながら……俺の質問に、弓塚がそっと答えた。
「あのね……実は私、ずっと前からお祭りに行きたかったんだ、遠野君と一緒に」
 ちょっと口ごもりながらそう答えた弓塚の顔が赤かったのはきっと、夕陽のせいだけじゃないんだろう。正直、俺もそれを聞いて、少し自分で顔が赤くなったような気がした。
「あ、うん。それだったら、近くの神社で丁度やってるからね。行こうか」
「うん!」
 そして……俺は弓塚と一緒に夏祭りに出かけた。



 神社に着いた頃には、日はかなり沈んできていて空も暗くなってきていた。
「わあ、見て見て遠野君。盆踊りをやってるよ」
「本当だ。結構多くの人が踊ってるね」
 太鼓の音が響きながら、多くの人が踊っている。まあ、とりあえずカップルが多いみたいだけど。
 その時、弓塚が俺の方をじっと見ているのに気が付いた。
「……遠野君、もし……良かったらなんだけどね」
 おずおずと、さっき以上に恥ずかしそうに
 う。なんていうか最後まで聞かなくてもわかる。いくら俺が鈍感でも。
「わ……私とその……ええと……」
 もう日は沈んでいるのに、弓塚の顔はどんどん赤くなっていく。ついでに俺の顔も。
「あ、ゆ、弓塚、さん。お、踊ろうか一緒に」
 口に出してみたら、恥ずかしいせいか俺までどもってしまった。こんな時に気の効いた言葉の一つもいえない自分が嫌になる。でも、弓塚はこくんと首を縦に振って。
「……うん」 
 小さな声でそう答えてくれた。

252(編集人):2002/11/01(金) 14:41
後編3/4

 ダンスだの踊りだのというのは、俺は何も知らなかった。
 けど、そんな作法なんか二人の間にはどうでもよかった。この限られた時間の中、一緒にいられればそれだけで幸せだったから。
『おい、なんだあいつ。一人で何やってるんだ?』
『さあ?』
 そんな声も聞こえてくるけれど、そんな周りの声もすぐに耳には入らなくなった。
「本当は私ね、ずっと前から、何年も前から遠野君と一緒にこんな風に出来たらいいなぁって考えてたんだ。うん、私の夢だったんだ。バカみたいだよね、もっと早くに自分の思いをうち明けていれば良かったのに」
「いや、むしろ気が付かない俺の方が問題だよ。よく妹に言われるよ、鈍感だとか朴念仁だとか」
「あは。でもそこが遠野君らしいところでもあるよね。私、遠野君のそういうところも含めて全部が好きなんだ」
 もし俺がもっと早くに弓塚の思いに気が付いていたら。そしてもし俺があの路地裏で秋葉ではなく、弓塚を選んでいたらどうなっていたのか。
 でも、その言葉を俺は決して言いはしなかった。
 それを口に出すのは、あまりに彼女にとって酷な事だから。
「それではお姫様、引き続き踊りのお相手を勤めさせていただきます」
「はい、とお……王子様」 
 二人でそんな冗談を言いながら踊る。今の時間が少しでも弓塚の思い出になるように。
 そして。
 最後に花火が打ち上げられて、祭りは終わりを告げた。
 あたりの人はどんどんと帰っていく。周りにある出店もどんどん片付けられていく。それを二人で黙って見つめていた。
 そして、ついに俺達以外には周りには誰もいなくなった。
「終っちゃったね」
「ああ……」
「今日は楽しかったよ、ありがとう遠野君」
「喜んでくれて……良かった」
 でも、そう言う弓塚の横顔は悲しそうだった。
 俺は何となくわかっていた。この祭りの終わり、今日という日の終わりが別れを意味する事が。

253(編集人):2002/11/01(金) 14:43
後編4/6

「本当に、楽しかったんだ。どのくらい楽しかったかって、帰らなきゃいけないのが……凄く悲しくなるくらい……でも、これは今日……1日だけなんだ」
 俯いてぽつぽつと喋る弓塚は、本当に今にも泣きそうなくらいの顔をしていた。
「弓塚……」
 何て言ったらいいのかわからない。けど、何か言わないと。
 そう思った時、弓塚が急に顔を上げた。
「でもね! 1日だけでも、今日が最高に楽しかった事は変わらないよね。だから、私の心から遠野君にありがとう、って言わせて下さい! 遠野君、本当にありがとう!」
 その顔は笑顔だった。
 それは見ていて悲しくなるくらいの笑顔。
「弓塚さん……どうしてそんな無理して笑うんだ……」
 俺は今日まで知らなかった。
 泣き顔よりも笑顔の方が悲しい事があるなんて事を……俺は知らなかったんだ。
「そんなこと、ない、よ。私……悲しくなんかないよ」
 嘘だ。こんなに側から見ていて心が痛くなるくらい辛そうに見えるのに。
「ごめん遠野君。もう時間なんだ、そろそろ帰らないと……」
 そう言って弓塚は後ろを向いてしまう。
「ばいばい、遠野君」
 駄目だ! 弓塚をこのまま行かせてしまったら……もう俺はきっと、二度と弓塚に会えない!
「待ってくれ! 一つだけ約束してくれ! これから毎年……今日と同じ日に会いに来て欲しいんだ」
 それは考えて言った言葉じゃなくて、自然に俺の口から出ていた言葉だった。それがどうしてなのか俺には分からない。けれど一つ言える事がある。
 俺にとっては、弓塚も大事な人であるということなんだ。
 その時、弓塚がゆっくりとこっちを向いたとき……俺は驚いた。
 弓塚が目に涙を溜めていたんだから。

254(編集人):2002/11/01(金) 14:45
後編5/6

「遠野、くん。そんな事いったら、私本気にしちゃうよ? それでも、いいの?」
 一言一言をゆっくりと、それでいてちょっとかすれそうな声で。
「俺は……冗談でこんな事言ったりはしないよ」
「今度の約束は……信じて、いいんだよね?」
「信じて欲しいんだ。俺にそんな事いう資格なんかないのかもしれないけれど」
 でも、俺は弓塚を放っておくなんて、そんな事できるわけがない。
 そして。
 とうとう弓塚は地面に座り込んで泣き出してしまった。
「私……泣きたくても泣けなかった……。悲しい事ばっかりで泣きかた忘れちゃったくらい……。それに、一度泣き出しちゃったら……もう止まらないんじゃないかって……」
「泣きたい時は泣いていいんだ……泣いていいんだよ」
「うっ、うっ……」
 弓塚がどれだけ辛かったのか、それはこの涙を見てるだけでわかる気がする。
 そして……泣いている理由が俺にある事も。気が付くと、俺も涙を止める事ができなかった。



 どのくらいそうしていたんだろう。
「ごめん、なさい。泣いたりしちゃって。恥ずかしい所見せちゃったね」
「いや。俺も同じだし」
 普通こういう時は胸を貸してあげたりするものだって言うのに、一緒になって泣くやつなんて俺くらいだろうか。
「あはは……。じゃあ本当にそろそろお別れなんだ。今日までだからね、ここにいられるのは」
 その言葉に俺は時計を見た。11時55分、あと5分で今日が終る。
「私、ひとつだけ黙ってた事があるんだ。今日が何の日なのか」
「え?」
 そう言って俺のほうを見ながら笑う弓塚。
「今日はね、私の誕生日。知ってたかな?」
「いや、全然わからなかった……」
 何て俺は情けない奴なんだ。そのくらいも俺は分からなかったなんて。

255(編集人):2002/11/01(金) 14:46
後編6/6

「だから……一つだけ欲しいかな、遠野くんから私へのプレゼント」
 そして、弓塚はゆっくり目を閉じた。
「弓塚……」
 一瞬頭に秋葉の顔が浮かんだ。けれど。
 秋葉、ごめん。俺は……弓塚も好きになっちゃったみたいなんだ。
 そして、俺はそっとキスをした。
「ありがとう、嬉しいよ……」
 その弓塚の言葉が、俺も嬉しかった。
 でも、今日はもう終ってしまう。
「どうして時間って言うのは止まってくれないんだ」
 もし時間が止まってくれたなら、ずっとこうしていられるのに。
「そうだね……私もそうなってくれたらいいのにって思う。でもね、今のこの気持ちはずっと消えたりなんかしないよ。だから、今はさよなら。じゃあね、ばいばい……志貴君……」
 そして。弓塚は俺の前からいなくなった。だけど、その心は俺の中にある。
「終電は……もう無いな。まぁいいさ、歩いて帰ろう」
 俺は絶対に忘れない。8月の15日を。
「また、必ず会いに来るよ。来年の同じ場所で、同じ時に……」
 そして、俺は神社を後にする。蝉の声がジージーと鳴く中を、ゆっくりと。
 そろそろ夏の暑さも終わりかな……。



【夏祭り】   完


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