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【失敗】廃棄小説投下スレッド【放棄】

945鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/07/21(金) 19:26:16

……おい。

おいおいおいおい。ありえねーだろ、いやホント。

「俺、この特訓が終わったら結婚するんだ!」

わざわざ死亡フラグを立ててから突っこんだ有田が、一瞬で宙を舞った。
俺が知っている限り、松本が能力を使うのも今回が初めてだったはずなんだけど。
なに?能力者にも才能ってあんの?ずるくねえ?

「くっそ、もう1回だ!今度こそ「待て、もうげん……か……」

カルセドニーがふっと沈黙する。同時に、松本の体はドサッと地面に倒れこんだ。
10分の間に有田が何回やられたか考えて、俺は(こいつらは敵に回したくねえ)と背筋を寒くする。

そういえば特訓でも、勝てた試しはほとんどなかった。
だが、有田を転がすたびに松本はちょっと嬉しそうな顔になる。
元気になっていくのを見るのは、悪い気はしなかった。


□ □ □ □ □ 


あの一年のことは、再び石と巡り合った今は鮮明に覚えている。

ある日。


「助けて松本!ヘルプ、ヘルプー!!」

ケータイを耳に当てて走る俺の体を、ゴオッと炎がかすめた。
「おい上田、レスキューまだ……あっちぃ!?」
後ろ向きに走りながら石で出した消火器(中身は水)で対抗する有田が叫ぶ。

15分後。やってきたレスキュー(松本ハウス)は「次はない」と何回目か分からない
台詞を吐いたが、次の日、また呼び出したのは言うまでもない。


そしてまたある日。


「西尾はそっち持て、俺たちが上げとくから、その間にスマイリーは有田の体引っぱれ」
「行くで、いっせーの……「いだだだ!痛い痛い痛い!」おいバカ、早いっちゅーねん!」
「す、すみません、でもせーのって言いましたよね?」
「いっせーの、せや!こんな時にボケるな!「どうでもいいから早く助けて!!」

状況を説明しよう。

有田が「メジャー行かなくてもこの石で座布団なんか出せるぜ!」と調子こく

必ずどこか違うものが出てくるのを忘れてた

巨大な鉄製の座布団が出てきて潰される

X-GUNとスマイリーが救出作戦←今ココ!


「頼む松本!加賀谷のパワーなら一発だ、有田を助けてくれ!」
「おいやめろ、対価の支払いしとったら、俺ら収録出られへんて!」
「俺らが何とかする!一生のお願いだ!!」
「一生のお願い何回目や!ええかげんにせえ!!」

松本は怒鳴りながらも、有田を引っぱり出してくれた。
その後、対価で倒れた二人を見て救急車を呼ぼうとするスタッフと俺の攻防は言うまでもない。

そして一年目。どこか遠い所で白と黒の闘いを眺めていた、遊びのような日々が終わった。


□ □ □ □ □

946鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/07/21(金) 19:27:45

あの頃、俺が人のために能力を使おうとしたのは、その一回きりだった。

「……松本、ちょっといいか?」

カメラが止まったのを見計らって声をかけた。加賀谷はさりげなく相方の前に立って守ろうとする。
こうして見ると二人ともガタイがいい。おまけに石との同調率も高い。黒ユニットが欲しがるのも
分かる気はする。この二か月で考えた。まずはこいつを『変える』必要がある。

「アンタッチャブルと合同ライブやろうって話出たんだけどよ、お前らも来ねえか?」
「なんや、そっちか……てっきり石がらみの方や思たやんけ」

俺は心の中で山崎に「わりい」と謝った。もちろん、そんな話は出ていない。
白に協力的なアンタッチャブルの名前を出したおかげで、松本の警戒も解けた。

「収録終わるまでにはスケジュール確認しとくわ」
「んじゃ、待ってるぜ」

心の中で(かかった!)と思っていた俺は、この会話を成子坂の村田さんが聞いていたことにも、
村田さんが嵯峨根さんに耳打ちしていたことにも気づいていなかった。


■ ■ ■ ■ ■


方解石の持つ能力は、記憶操作。
ただし、相手の記憶を消去するたびに、等価交換として自分の記憶も消える。
リスキーな石に思えるだろうが、消せる『記憶の量』が多ければいいわけだ。
HDDで例えるなら、容量をいっぱいにしてやればいい。そうすれば。

「上田。今聞いてきたんやけど、スケジュールは空いて」

ゴチンッ!

俺は松本の頭をつかんで、自分の額をぶつけた。

「いって!……おい上田、お前何し」

松本の脳が『ドクンッ』と大きく脈打つ。瞳孔が開く。体から力が抜けて、手足はだらんと垂れ下がった。
ポケットの方解石が青く光って、俺たちの体を包む。俺は目を閉じて、意識を集中させる。

(ここが、松本の脳内か……)

気がつくと、扉がいくつも浮かぶ真っ暗な空間にいる。何回か繰り返すうちに分かってきたが、
人は『辛い記憶』には無意識で鍵をかける。松本も例外じゃなかったらしく、扉の中に一つだけ、
南京錠と鎖で封印された扉があった。

(あれが原田さんを傷つけた記憶か……普通はそっとしとくんだろうけど、
 俺は"邪悪なお兄さん"だかんな。一気に行かせてもらうぜ)

封印された扉に手のひらを向けると、扉は小さくなって、俺の手の中に消えた。

(さて、これで終わり……あ?)

まずい。どんどん扉が吸いこまれていく。
まさか、俺は失敗したのか?いや、違う。これは、

(やべえ、いきなりトラウマを消しちまったもんだから
 松本の記憶が制御を失っちまったんだ!
 このままじゃ……)

そこで、俺の意識は強引に引き戻された。

947名無しさん:2017/07/21(金) 21:39:56
投下乙です。
男同志とかダーンス4とか懐かしいキャブラーが次々と登場しててわくわくします。
江頭さんカッコいい。
あと、キックさんの石ってカルセドニーじゃなくてカーネリアンでは?

948名無しさん:2017/07/21(金) 22:11:16
>>947 

ああああ後から気づいた...orz

949名無しさん:2017/07/21(金) 22:17:53
と、思ったけどカルセドニーで正解のようです。
男同志は白側、ダーンス4は北条さんがしっかり
メンバーまとめて白側というスタンスで書いてます。

950名無しさん:2017/07/22(土) 09:01:10
>>949

あああまたミスった、カーネリアンで正解と書こうとしたら...

この二組はあくまで中立のつもりです。白側だけど。

951境界原理のフラクタル ◆.4U5FmAuIw:2017/07/22(土) 13:47:59

「おーい松本―!どこやー!!」

ゴミ箱を覗きこんで叫ぶ西尾に、ツッコむべきかどうかしばらく迷った。
成子坂の村田さんに上田の嘘を教えられとったんに、松本を見失ってもたのは俺のポカや。

(ホンマ、俺ってなんでこうなんやろ……)

頭を抱えたくなる。ネタでも収録でも小さな失敗ばかりで。それがいつか大きな綻びになって
しまうのではないかと、輝いている毎日の中でふと思う。

ヒマそうな奴に片っ端から声をかけて探してもらっているが、見つからん。
俺の不安が限界値まで上がった所でやっと、「いたぞー!」と江頭さんが叫んだ。

あわてて声のした方へ行く。
非常階段の角を曲がった所で、松本が倒れているのを男同志の二人が揺すっていた。

「あの、「まずはこいつを運ぶのが先だ!上田は後でいい!」

俺の言わんとしていることを察した江頭さんが、先回りして松本を背負う。
とりあえず大部屋へ運んで、寝かせた所で俺はやっと「なんかおかしい」と気づいた。

「……キックさん?」

加賀谷がおそるおそる名前を呼ぶ。しばらくあって、「あー」と無邪気な声で返事があった。
手足をぎこちなく動かして、なんとか体を起こした松本が、じっとこっちを見る。

「な、何急に気持ち悪いモノマネしとんねん」
西尾が手を伸ばすと、「ふえっ」と口が開いた。あ、なんか嫌な予感。

「ふぎゃあああーーー!!」

泣きじゃくる松本を囲んで、俺たちは呆然と立ち尽くすしかなかった。


■ ■ ■ ■ ■

952境界原理のフラクタル ◆.4U5FmAuIw:2017/07/22(土) 13:48:33


「……失敗した」

俺の呟きに、有田は組んでいた腕を解いて「どこまで覚えてんだ?」と聞いてきた。
「正直、今までの記憶操作の所為で大学に入るまでの記憶はほとんどねえ」
ふらついた頭をおさえて答える。

「たとえば、飯の食い方、ネタの作り方、仕事で会うスタッフの顔、生きるのに必要な
 記憶は後回しにされる。一回見た映画、昨日の天気、使わねえ英単語。
 こういう"あってもなくてもいい記憶"から消えて行くって寸法だ。
 ただ、俺以外の人間には"いらねえ記憶"なんてねえんだよ」

階段から立ち上がって、服のホコリを払う。

「松本の自我を制御するのに使われていたのが、原田さんを傷つけた記憶だったんだ……
 格闘で九割出来上がってるようなあいつに、知り合いを殺しかけた事実は深い傷として残った」

話しながら、あの日の混乱して暴れる松本を思い出す。
嵯峨根さんと俺の二人がかりでなんとか押さえていた。

「だから、俺たちとの特訓にも付き合ったし、助けを呼べば来た。あいつの行動原理に
 その罪悪感が深く、関わってたんだ」
「それで、松本の記憶は今どうなっちまったんだ?」
「俺が侵入したせいでコントロールを失って、多分……深層心理の深い所に沈んじまったんだ。
 原田さんとの記憶以外に手はつけてねえ。もう一回あいつの脳内に跳べば、元に戻してやる
 ことは可能なはずだ」
「できんのか?」

単純な問い。わざとではないが、それを説明してもさらに面倒くさいことになるのは分かる。
「……どうしたもんか」
考える俺の横に、黒い影が伸びる。それを辿っていくと、見慣れた顔がいた。

「いっそ、利用してしまったらどうですか?」
土田は俺のそばに腰を下ろして「松本さんの記憶を、身代金にするんですよ」と恐ろしい案を出す。
「いや、身代金……って、お前」
「記憶を返してほしければ、一日動くな……とか。白に協力的な芸人の名前を教えろ、とか。
 法に触れない範囲でも五つは思いつきますね」
「俺はそろそろお前が怖えよ」
「ここらへんで点数を稼いでおかないと、そろそろまずいんじゃないですか」

たしかに。
素直に返したところで、俺がドジったというだけの記録しか残らない。
だったら、ここで賭けに出てみるか。

「分かった、やってみる」
「何を?」

ぽかんとしている有田に、俺はぶん殴りたくなる衝動を覚えた。お前、今の話聞いてたか?

「X-GUNをおびき出すんだよ。白の切り込み隊長、ズッタズタにしてやるぜ」

953境界原理のフラクタル ◆.4U5FmAuIw:2017/08/01(火) 17:11:44


西尾はケータイを耳に当てたまま、固まった。

上田の指示に従って屋上まで来たが、そこで見たのは相方が倒れている姿。
「あ……」
驚きの声を上げる前に、上田が話し出した。

「西尾さん、石拾った時どう思いました?」

質問の意図が分からない。

「どう……って」
「俺は思いましたよ。こんなすげえ石、一回拾ったら手放せねえなあって。
 誰だって超能力には憧れる。空を飛んでみたいし、時間旅行もしてみたい。
 それが強すぎると黒になる」

こんな話は聞いていられない。早く相方を助けよう。
そう思って一歩踏み出した西尾は、ハッと何かに気がついて止まった。

「お前ら……」

怒りに両手が震える。嵯峨根の腕が、両方ともへし折れてあらぬ方向を向いていた。
気を失っているのがせめてもの救いだが、自分が来るまでどんな目に合っていたのか、
考えるだけではらわたが煮えくり返る。

「こんな事しても、無駄やで」
「へえ、相方のこんな姿見ても、まだ冷静に喋れるんですか」
有田が挑発する。それにも、西尾は乗らない。この太い体は心も強くしていると、
自分で信じているからだ。

「すごいですよね、西尾さんは。怒りにまかせて俺たちをどうにかしようとか、
 絶対考えない。だって白のユニットだから。正しい事しかしちゃいけないから。
 俺たちを傷つけたら、その時点で西尾さんは"悪い奴"になっちまう」
「何を……」
「西尾さんは結局、それが怖いんでしょ?」

上田の言葉が、理解できない。立ち尽くしたままの西尾に、上田がさらに言葉をぶつける。

「白のユニットなんてものを作ったのもそう。悪いことできないけど、
 だけど石の力に魅力を感じる、そんな小心者の西尾さんはぁ……
 その矛盾をごまかしたくてしょうがない。
 自分は正しい事をしている、それを、力を使う言い訳にしている」

否定したかった。なのに、西尾の口は動かない。

954境界原理のフラクタル ◆.4U5FmAuIw:2017/08/01(火) 17:12:22
「結局、西尾さんは、そのちっぽけなプライドが一番大事なんですよ。
 本音は、白のユニットにもバラバラなままでいてほしい。
 白に共感した奴らを引っぱって戦うなんて、そんな器じゃない」
「そんな……」
「どっちつかずなまま、白のリーダー気取ってる。その状態が一番楽なんだ。
 黒に抵抗する奴らが、自分のふがいなさを責めないから、西尾さんは
 内心ホッとしてたんじゃないですか?」
「そんなこと、あるわけないやろ!勝手な憶測で話すな!」
「だったら、なんで嵯峨根さんをほっとくんですか?」

まだ床に転がったままの嵯峨根を指さして、上田が言う。

「俺たちなんか簡単に倒せる力があるのに。それで相方を助け起こしてやらない。
 たった一つ、自分を許してくれる大義名分を失うのが怖いから」
「ちゃう……俺は、ほんまに……」

何も言い返せない西尾の前で、有田は嵯峨根の首に手をかける。
ぎり、と力がこもって、嵯峨根が苦しそうに眉をよせた瞬間。

「やめろぉぉぉ!!!」

涙と共に、西尾の絶叫が響いた。


□ □ □ □ □ □


静かな大部屋。扉を開いてみると、寝かされた松本が
無邪気な笑みでごろんっと寝返りを打つ所だった。
世話をしていた芸人たちが収録で出て行ったので、部屋にはこいつ一人だ。

近づく足音にも、起きる気配はない。
俺は眠る松本の上にかがみこんで、額にかかった髪をどけてやる。
のんきな寝顔してやがんな、有田にバッシングさせてやるか。

「お前があんまり辛そうだからよ……丸ごと記憶を消しちまえば、
 楽になれるかと思ったんだよ。まあ、半分だけだけどな。
 お前の中から罪悪感を消して、黒に染めちまおうってのも、まあ、あった」

俺は言葉を切って、少しずつ自分の顔を近づけていく。

「お前はこんな結果、望まねえんだろうな。……物騒な能力だからよ。
 誰かのために使おうなんて、多分今回だけだ。だから、人助けと思って、
 俺のエゴに付き合ってくれ」
額を合わせて、目を閉じる。俺たちの体を、青い光が包みこんだ。

955境界原理のフラクタル ◆.4U5FmAuIw:2017/08/01(火) 17:13:12

「西尾か?……ああ、ここにおるけど。なんや、さっきまで泣いとってな。
 話にならんかったわ。えっ?ああ、海砂利と会ってたらしいけど。
 白のリーダーやる資格がないとか、なんとか」
大部屋の村田からの電話を受けている桶田は、「ちょっと待て」と10円玉を追加する。

「平気やって。嵯峨根?あ、ひどいケガやったけど、桜井がな。あ?
 ダーンス4やダーンス4。半拍遅れの。そうそう、右端でオチ言うとる、
 おもろい顔のあいつや。その桜井がな、治してくれる言うねんけど、北条がおらんから」

また10円玉を入れて、桶田はちらっとボックスの外で頭を抱える西尾を見る。

「せやから……おう、そういう事や。北条見かけたら頼むわ。
 嵯峨根はまだ眠らしとくわ。うん。……ほな、またあとで」
受話器を置いて、桶田はボックスを出る。
これが相方の村田なら、優しくなぐさめる所だったが。

「動かんデブはただのデブや。下りるか、戦うか、はっきりせえ」
厳しい言葉だけを吐き捨てて、桶田はさっさと大部屋へ帰っていった。


一週間後――。


「加賀谷、これどないした?」

顔の傷を目ざとく見つけた村田さんは「ちょお、待ち」と持ち前の
世話焼きを発揮して絆創膏を貼ってやる。

「なあ松本、お前こいつにどんな事させとんねん」
聞いた村田さんの声には、わずかな怒りが見える。
「しゃあないやないですか。誰かさんが俺に石を使わすから……」
答えた松本は、それっきり加賀谷も視界から外してネタ作りに戻る。
まだ何か言いたげな村田さんを、加賀谷は「いいんです」と止めた。

俺はその光景をじっと見ていた。
松本の中で何かが確実に変化している。それがどう転ぶかはまだ分からない。

ただ一つ言えるのは、罪の意識から解放された松本は、
また別のものに囚われたということだった。


【終】

956境界原理のフラクタル ◆.4U5FmAuIw:2017/08/01(火) 17:13:44
一旦終わりです
補完というにはいろいろハンパですみません

957名無しさん:2019/11/15(金) 01:11:32
こんな時期にチュート関連のものを投稿するなんてどうかしてるぜという話ですが、空気を読まずに投稿。
Last Saturdayで、吉田氏ならギリギリ意識を保っているのでは?と思い、書きました。徳井氏がトイレに立っている間の話です。
ブラマヨの能力を考えた方の『石がなんなのか分からず、人助け的に戦っている』という設定が微かに登場します。
山も落ちもない稚拙な文章です。


◇ ◇ ◇


(何をしとんねん、自分……)

酒の席ならではの盛り上がりを余所に、彼――吉田敬は自らの言動を咎めた。
自分たちが持つ不思議な石の事は誰にも言わないでおこうと小杉と決めたのに。それを徳井の前で露呈してしまった。
テーブルへ両肘を突き、頭を抱えるようにこめかみへ手を伸ばす。すると、徳井の石を未だ握っている事に気が付いた。手をさげ、拳を見下ろす。

掌の中の石は、自分が持つべきでない物。一刻も早く返したい。しかし、徳井は席を立ったきりだ。この果実に似た石を、預けたまま――。
拳を眺めてから数秒後、彼は忌々しげに目を細めた。

(クソッ、いつまで持っとんねん俺)

同期が使っていた割り箸の側へ、果実ことプリナイトを置いた。即座に手を引き、果実から顔を背ける。この石は今の吉田にとっては眩しく、あまり目に入れたくない物だった。
何故、高揚に任せて徳井の石を見たいなどと口走ったのだろう。石を他人へ見せる事がどれほど危険かは戦いの中で学んでいる筈なのに。
徳井には悪い事をした。

思えばこの一週間、妙に気が引き締まらない。物憂げにぼーっとし、何度も名を呼ばれてから我に返る――そんな場面を幾度と繰り返した。肉体が自分のものではないような、気味の悪い感覚。判断力が鈍った、とも言える。
しかし今日、息を潜め続けた感情が一気に爆ぜた。何が起爆剤となったのか、吉田自身にも分からない。
ただ、今は夢から醒めたような心持ちだった。苦悩こそしているが。悪夢から解き放たれた気分にある。徳井がトイレへ立つ前までのテンションとは違い、妙に冷静だった。
やはり何かがおかしい。身も、心も。

958名無しさん:2019/11/15(金) 01:12:33
なんだか考えれば考えるほど沼にはまって行く感覚になる。こんな時はタバコでも吸おう。
気分を変える為に彼は、少し離れた所にある灰皿を引き寄せようと手を伸ばした。その時だった――。
横から別の手が伸びて来て吉田の手首を唐突に掴んだ。突然の出来事に体をビクリと震わせて横を見上げると、そこには小杉が立っていた。
なんだ小杉か、と空気が抜けるように息を一つ吐く。

「タバコ吸い過ぎやっていつも言うてるやろ?」
「うっさいわ、お前俺のおかんか。って、お前福田と飲んでたんちゃうん?」

小杉の手を振り解きながら尋ねる。

「ああ、飽きたからこっちに来たんや」
「飽きたって……」

そう言いつつも吉田は助かったと思った。福田には悪いが、今は徳井の石から意識を遠くに置きたかった。小杉が話し相手になってくれるなら最良だ。

「すまん、小杉……俺、石のこと徳井に話してもうた」

これは報告しておくべきだろうと考え、正直に打ち明ける。

「うん、俺もやで」

若干縮こまって話した吉田とは対象的に、小杉は平然と大っぴらに言ってのけた。それが当然であるかのように。

「お前も?」

やはり自分は――いや、自分たちはなにかがおかしい。

「なんか、ここ一週間の俺ら変やないか……?」

正直な思いが口を突いて出る。それを聞いた小杉の目にほの暗く鈍い光が宿った事に吉田は気づかなかった。

「変やないで、むしろ嬉しいくらいや。……それより」

その瞬間、小杉の声が一段低くなる、

「お前、自分のやるべき事分かってるか?」

なにを言われているのか分からず、きょとんとして『なにが?』としか返せない。
そんな吉田に小杉は眉間に皺を寄せ深い溜め息を吐き、徳井の石の方を一瞥した。

「……ほんなら思い出させたるわ」

そう言う小杉の声は地を這うように低かった。そこで気づく、こいつは自分の知っている小杉ではない、と。
それでも吉田は哀れにも思い過ごしであってくれと願い『どないしたんや? 体調悪いんか』と精一杯取り繕った。情けない話だがその声は震えていた。
小杉はその問いに答えず、無言でドロマイトをはめた方の手を吉田の首元へ伸ばし始める。
『避けろ!』と自分の石が叫んだような気がした。しかし出来なかった。小杉の手が目の前に迫った時、吉田は見てしまった。小杉の石に渦巻く、くすんだ濁りを。
それに気を取られた時にはもう遅かった。小杉の手が吉田の首元へ到達すると、チョーカーに付いたアクアオーラを握り込んだ。

その瞬間、二人の石と彼らに仕込まれた黒い欠片が共鳴し、吉田の最後に残った正常な意識を呑み込んだ。
先ほどまでの悩みも苦悩も、全て黒く塗り潰された。全部が悪夢の中へ帰って行く。
頭を支配するのは一つだけだった。
“石を、奪う”
ただそれだけだ。

「思い出したか?」

小杉が暗く淀んだ声で訊く。
吉田は同じ声色と光を失くした虚ろな目で答える。

「ああ……お陰でな」

そして先ほどまで眩しく思い見るのも嫌だった徳井の石へ目を向けると、それを手に取る。

「まずは一つ、やな」

小杉にプリナイトを渡し、歪んだ笑みを浮かべた。
こうして、悩める一人の男は黒き闇へと堕ちて行った。悩みは晴れた訳ではなく、大いなる黒き力に呑み込まれる形で消えた。
もう一つの石も手に入れるべく、彼らは行動を起こす。自分たちを操る者へ捧げる為に。

戦いが始まるまで、もうまもなく――。

959名無しさん:2019/11/15(金) 01:14:54
以上です。お目汚し失礼しました。


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