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企画もの【バトル・ロワイアル】新・総合検討会議2
1
:
◆VnfocaQoW2
:2010/04/04(日) 00:20:17
雑談、キャラクターの情報交換、
今後の展開などについての総合検討を主目的とします。
今後、物語の筋に関係のない質問等はこちらでお願いします。
278話以降、3ルートに分岐することとなりました。
ルートAは従来通りのリレー形式に、
ルートB、Cは其々の書き手個人による独自ルートになります。
規約はこちら
>>2
310
:
ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(32/36)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/26(木) 00:05:20
落下、反転、上昇。
知佳は透子をぶら下げたまま、天上を目指した。
昇れば落ちるから遠ざかる。
落ちるの反対は昇る。
そんな単純な考えに凝り固まっていた。
ぐんぐんと、知佳は上昇する。
ロケットの勢いで。
その重力加速度が、決め手となった。
知佳にとって、そのGは、既知の衝撃であった。
念動力の実験と称された病院での訓練にて、幾度も経験してきた。
透子にとって、そのGは、未知の衝撃であった。
故に透子には耐えられなかった。
不可避の急性貧血が、透子の視界をブラックアウトさせた。
意識も薄く延ばされ、四肢から力が失われ―――
「……あ」
透子が、口を開いた。無意味な発声であった。
呟きは木霊することなく、知佳の後方へと流れて行った。
―――灯台跡まで、あと100m。
.
311
:
ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(33/36)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/26(木) 00:07:09
透子を振り払った。その実感に知佳は安堵した。
安堵はエンジェルブレスの安定をもたらした。
故に知佳は無思慮な上昇を止めた。
透子は、すぐにテレポートしてきて。
透子は、すぐにしがみついてくる。
そう予想し、身構えた知佳の元に、しかし透子は現れなかった。
―――ぱちゃ。
後方から。地面から。
水風船が弾けたかの如き音が届いた。
小さい音であるにも関わらず。
知佳の耳に、はっきりと聞こえた。
いや、聞こえる筈はない。
それは、幻聴であった。
或いは、予兆であった。
虫が知らせる不吉の調べであった。
透子が噛んでいた腕が、痛む。
前歯の一本が、そこに刺さったままになっていた。
―――透子はまだ、現れない。
312
:
ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(34/36)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/26(木) 00:08:11
また、戦法を変えて来るのか。
そんな空々しいことを夢想しても。
―――透子はまだ、現れない。
透子を殺す心算は無い。
そう誓ったのは、果たして誰であったか?
―――透子はまだ、現れない。
肉弾戦になったとき、確かに思ったはずだ。
透子を振り払い、突き落とすのだと。
それは、殺意なのではないか?
―――透子はまだ、現れない。
自分は友の希望を踏み躙って。
裏切って。
誓いを破って。
その果てに、この状況が、ある。
―――透子はもう、現れない。
.
313
:
ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(35/36)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/26(木) 00:08:56
顛末を見届けること。
それは自分の責任であるのだと、知佳は覚悟を決める。
目を背ける訳にはいかないと、知佳は自分を激励する。
無防備に瞑目。
深呼吸、数度。
知佳は瞳を閉じたまま、降下する。
下りること80m余り。
深呼吸、数度。
そこで知佳は漸く震える瞼を開いて。
後方の地面を、見下ろした。
「ああっ……」
花が、咲いた。
地面に撒き散らされた透子を見た知佳の、感想である。
.
314
:
ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(36/36)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/26(木) 00:09:48
御陵透子は―――
加速度に、決して離れぬはずの知佳から引き剥がされ。
遠心力に、テレポートを思う間もなく意識を刈り取られ。
重力に、100mの上空から、身構え無しに引っ張られ。
その命と、引き換えに。
緑の草原に、鮮やかな薔薇の花を咲かせたのである。
《きゃはははは! 知佳ちゃんの、かちー♪》
【御陵透子:死亡】
―――――――――主催者 あと 3 名
↓
315
:
ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(情報 1/1)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/26(木) 00:10:26
(ルートC)
【現在位置:J−5 地下シェルター付近 上空】
【仁村知佳(№40)】
【スタンス:主催者打倒
①ザドゥと芹沢を殺す
②手帳の内容をいくつか写しながら、独自に推理を進める
③恭也たちと合流】
【所持品:テレポストーン(2/5)、まりなの手帳、筆記用具とメモ数枚】
【能力:超能力、飛行、光合成、読心】
【状態:疲労(小)、精神的疲労(小)、出血(中)、銃創(脇腹)、念動暴走(小)】
【備考:定時放送のズレにはまだ気づいていません。
手帳の内容はまだ半分程度しか確認していません】
※透子のグロック17は落下の衝撃で大破しました。
※魔剣カオスはレプリカ智機N−21が持っています。
316
:
訂正とお詫び
◆VnfocaQoW2
:2010/08/26(木) 00:21:37
「ちぇいすと☆ちぇいす!〜復路〜」に大きな間違いがありました。
以下に訂正させていただきます。
×N−22
○N−21
317
:
284
◆ZXoe83g/Kw
:2010/08/26(木) 18:22:27
新作投下お疲れ様でした。
コミカルなタイトルながらも内容は知佳と透子の決戦だったとは……。
ロワによって変わってしまった知佳と透子の非情さと切なさと必死さが伝わる作品でした。
あとワーズワースネタが出て来た時は嬉しかったです。
292話までのSSまとめと地図を更新しました。
292話までのSS本編と地図を更新したまとめをUPしました。
ちぇいすと☆ちぇいすっ!のタイトルも修正済みです。
パスはrowaです。
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1112961.zip.html
318
:
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 02:11:04
本スレにての支援、
>>317
のタイトル修正、ありがとうございました。
以下32レス「知佳ちゃん〜」改め「ちかぼーツイスター」を仮投下致します。
この連作にて第8ピリオドが終了となります。
作中の状況が状況ですので、定時放送は入りません。
また、暫く長文が続きましたが、次の大きな山場を迎えるまでは
短めのレスの作品が続くと思います。
次回は「天覧席の風景」。
ルドラサウム、プランナー、エンジェルナイトが登場予定。
本作にて第9ピリオドも終了となります。
319
:
ちかぼーツイスター!(1/30)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 02:11:57
仁村知佳には、二重の戒めが掛けられている。
戒めの一つは、ピアスである。
念動力の出力をコントロールする際の補助具であり、
知佳の意思によらぬ力の遺漏を閉じ込める役割を持っている。
透子の契約のロケットに類するアクセサリーである。
戒めの二つは、内服薬である。
体外に発散できぬエネルギーは精神を不安定にさせ、臓器に負担を掛ける。
それらの不調を押さえる、或いは緩和する為の処置である。
種類は十を越え、一日あたりの摂取量は100gにも達する。
戒めは、知佳の平和な生活を保障する手立てであった。
戒めは、知佳が愛する者を傷つけぬ為の手段であった。
その戒めが、今は無い。
ピアスは砕けている。
内服薬も、もう二日も摂取していない。
それでも、知佳の心が穏やかであるならば。
知佳の頭が冷静であるならば。
その意思で以って、ある程度の暴走を押さえ込むことが出来る。
内にエネルギーを溜め込み、耐えることが出来る。
それが、透子と死の鬼ごっこを開始するまでの、知佳の状況であった。
現在の彼女は……
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
.
320
:
ちかぼーツイスター!(2/30)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 02:12:32
(ルートC・2日目 PM11:30 J−5地点 灯台跡)
ぴしりぱしりと、静電気の如き音がしていた。
さくりがさりと、砂を蹴散らす如き音がしていた。
「はあ、はあ……」
光差さぬ灯台跡にたどり着いた小さな光は仁村知佳。
血に塗れた脇腹を押さえ、息を荒げて。
ふらふらと危なげな足取りで歩いている。
件の音は、その知佳の周囲で鳴っていた。
静電気の如き音とは、大気が切り裂かれる音である。
砂を蹴散らす如き音とは、瓦礫が砕ける音である。
よく目を凝らせば―――
念動力の視覚的特長である、薄い油膜の如きうねる虹色があった。
知佳を中心にアメーバの如き伸縮を見せていた。
その伸びる先で、次々と、大気と瓦礫の破砕が発生しているのである。
行為に意味などない。
知佳は、大気や瓦礫を壊そうとは考えていない。
そもそも、そんな無象に意識を傾けてはいない。
念動力が暴走しているのである。
暴走とは破壊の権化と化すを意味する。
外界に遺漏する念動力が、老若男女善人悪人動物植物器物建物
あらゆる全てに分け隔てなく、押し捻り拉ぎ潰すのである。
321
:
ちかぼーツイスター!(3/30)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 02:12:54
こうなることを、以前の知佳は忌避していた。
今の知佳は違う。
透子を殺してしまった罪悪感に、
不殺の誓いを破ってしまった自責の念に、
知佳の心が、ささくれ立っている。
負の方向に高揚している。
故に暴走の現状を、知佳は受け入れている。
制御するを捨て、荒々しい感情の為すがままにしている。
常に内に向かっていた力が、外に向かっている。
押さえ込んでいた心の壁を、取り払っている。
「はあ…… はあ……」
凶弾に穿たれた脇腹から、出血は止まらない。
それがかなり危ない状況に差し掛かっているのだと、知佳には判っていた。
逆に、直ちに適切な止血と処置を行えば、命に別状無いことも判っていた。
それでも、知佳は止まらない。
どこまでも、シェルターを目指して進んでゆく。
(ひとまず殺す。必ず殺す。少なくとも殺す。一度は殺す……)
知佳は、固執している。
殺してはいけない透子を殺してしまった自分には、
目的の為に踏み躙ってしまった自分には、
その目的を果たす責任があるのだと、
ザドゥと芹沢を殺す義務があるのだと、
この身と引き換えにでも為さねばならぬのだと、
そのような考えに凝り固まってしまっている。
強い責任感の、負の側面に支配されている。
322
:
ちかぼーツイスター!(4/30)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 02:13:22
「……ここだね」
知佳の眼前にはシェルターのドア。
遂に知佳は目的地にたどり着いた。
固く閉ざされたそれが、最後の関門であった。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
「No。透子も分機たちも無用心なことだな。
扉も閉めずに、敬愛すべき首魁様と同僚を放置するなどとは」
シェルター内で爪を噛み噛み、独り言を呟くのは椎名智機。
彼女の白衣は埃や泥に穢され、インナーは絞れるほどの汗に塗れ、
その硬質な髪までも鳥の巣の如く乱れていた。
一目に判るほど、憔悴の色を濃くしていた。
30分ほど前。
地下道を抜け、I−4に巧妙に隠してある出入り口に姿を現した智機は、
ジンジャーを静音モードに切り替えて移動した。
怯えながら、慄きながら、そろりそろりと息を潜めて移動した。
安楽椅子管理者・椎名智機が戦場に身を晒したのは、
実は、この二日間で初めてのことであった。
恐ろしかった。
不安だった。
生きた心地がしなかった。
323
:
ちかぼーツイスター!(5/30)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 02:13:53
漸く地下シェルターにたどり着いてみれば、透子もレプリカも居なかった。
ベッドに眠る芹沢と、ベッドから落ちて眠るザドゥしかいなかった。
智機も守ってくれる存在は、盾となるべき存在は、そこに無かった。
故に智機の不安は解消されず、故に智機は爪を噛んでいる。
「今ここで誰かに襲撃されたら……」
誰か、と、智機は対象を特定せずに口にはしたものの。
首輪を解除した六人は、本拠地跡に向かっているか魔獣と対峙しているであろうし、
しおりも森の中で泥の様に眠っており、暫くは目覚める様子もなかった。
候補となるべき対象者は一名しか該当しない。
「参加者№40・仁村知―――」
がちゃがちゃと。
シェルターの扉のノブが二度、回された。
「鍵、掛かってるね」
次いで、幼い声が聞こえた。
智機はすぐさま声紋認証を行う。
「知らない場所だから、テレポストーンも使えないし」
幼い声は続ける。
智機は平行して配布アイテム情報を検索する。
「うん。扉、壊そう」
324
:
ちかぼーツイスター!(6/30)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 02:14:15
声紋確認。アイテム情報一致。判断確定。
扉の向こうにいるのは№40・仁村知佳である。
噂をすれば影が差す。
諺は時に真実を示す。
智機の薄っすらと予感していた最悪の事態が、現実となった。
「だ、大丈夫さ、大丈夫。
このシェルターは某国の大統領が所持している物と同規格。
地震で有ろうと爆撃であろうと耐え切る設計さ。
たかが念動力程度、恐れるものではないよ!」
饒舌は不安の裏返しであった。
トランキライザは勤勉に働き、恐怖感は丸められたが、
それは恐怖の限界値にての安定を得られたに過ぎぬ。
智機は身を竦め、様子を伺う。
「Yes、大丈夫、大丈夫……」
しかし、その不安が現実となることは無かった。
叩きつけるような音が数度。
引き裂くような音も数度。
音はその度毎に大きくなっていくが、それだけであった。
「はあ、はあ…… やっぱりダメだよ。私のちからでも、壊せない」
知佳の破壊を諦めたかの如き口ぶりに、智機は胸を撫で下ろす。
このシェルターを逃亡先に選んだ自分の慧眼を褒めてやりたい。
自己肯定感が不安の情動パラメータを緩和させ、心に若干の余裕が生まれる。
「じゃあ、扉を壊さなくてもいいか。中身を、壊そう」
325
:
ちかぼーツイスター!(7/30)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 02:15:02
しかし智機は再び凍りつく。
扉の向こうから、不可解かつ不吉な作戦変更の宣言が為された故に。
変化はすぐに発生した。
家鳴りの如きラップ音がと共に、振動が発生したのである。
最初、智機はそれを地震なのだと判断した。
知佳の攻撃ではなく、自然現象なのだと判断した。
しかし、違った。
揺れているのは室内そのものであり、空間であった。
(これは……?)
まず、ボールペンが机の上で踊った。
次いで、ハンドライトや置時計の、小物電化製品が小刻みに震えた。
テレキネシスによる乱気流が、にわかに発生しようとしていた。
爆撃も大地震も洪水も防ぐ重厚な扉をいともあっさり透過して、
その力の奔流が、室内に流れ込んできたのである。
(No! 念動力には、こんな使い方があったというのか!?)
机の上で踊っていたはずのボールペンが、天井に突き刺さった。
ハンドライトは浮揚し、置時計は壁に叩きつけられ、大破した。
智機の白衣とスカートは捲れ上がり、
ザドゥと芹沢が横たわるベッドがぎしぎしと軋んだ。
力の奔流は益々強まる気配を見せている。
「に、仁村知佳! 取引をしよう!」
智機が声を裏返して、叫ぶ。
論理演算回路が状況を正しく把握し、正しく予測した故に。
シェルターの出入り口は、知佳が立ちふさがる扉、ただ一つ。
この念動竜巻から逃れる手段が、今の智機には見出せなかった故に。
326
:
ちかぼーツイスター!(8/30)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 02:15:34
「……その声には、覚えがあるよ。あなたロボットの人ね?」
「ああそうだ。ロボットだ。オートマンだ。椎名智機という」
「椎名さん。あなたがそこにいてくれて良かったよ。
だって…… 三人も纏めて殺せるんだから!」
知佳は智機の提案に耳を傾けない。
智機の存在を把握して、却って破壊衝動を色濃く表した。
「きみを優勝させてやる! そのためのあらゆる支援に尽くしてやる!」
局所的ツイスターは勢いを増してゆく。
小型軽量のあらゆる道具や調度が、渦巻く嵐に飲み込まれている。
もう、立ってなどいられない。
智機が姿勢を低くし、ベッドの足にしがみ付く。
「私は透子さんを殺しちゃったから……
その妨害を乗り越えてここに来たんだから……
だから、私は―――」
有り得ない言葉が、知佳の口から漏れていた。
(透子が、死んだ…… だと!?)
まさか、という思いが智機の脳内を駆け抜ける。
あの底知れぬ透子が。
瞬間移動を使いこなす化生が。
自分が唯一恐れる同僚が。
既に殺されていようとは。
「貴女たちを殺さないわけにはいかないんだよ。
透子さんを殺した責任を取らなければいけないんだよ」
327
:
ちかぼーツイスター!(9/30)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 02:16:08
知佳の理論は破綻している。
前後の関係のつながりが断絶している。
それでも智機にははっきりと判った。
その意志を短時間の間に曲げる事は不可能であると。
その不条理な理を唯一絶対の掟としているのだと。
「全部ぐちゃぐちゃにかき混ぜてあげるよ。
部屋の中をジューサーミキサーにしてね。
あなたも、ザドゥも、芹沢も、みんな、
ミックスジュースになっちゃえばいい!」
無軌道に、奔放に、室内は荒れ狂う。
ああ、ついに智機の体すら。
ああ、ザドゥや芹沢の体すら。
渦巻く念動に捕らわれて、その身を宙に浮かせてしまった。
智機は安定した思考能力を失ってしまった。
制動系の安定に、メモリの大部分を確保された故に。
そうして壁に叩きつけられ、天井に叩きつけられ、床に叩きつけられ、
ザドゥや芹沢と衝突して、家具や家電と衝突して。
擦れ、崩れ、潰れ、千切れ、砕け―――
最後は知佳の宣言どおり、ドロドロのスープと成り果てるのであろう。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
力の暴走は、リミットブレイクを意味する。
読心の力もまた限界を突破し、その射程距離を伸ばした。
知佳の意志に関わらず、範囲内に存在する者の心が勝手に流れ込んで来る。
知佳は扉の向こうで混乱している智機を読心し、勝利を確信する。
328
:
ちかぼーツイスター!(10/30)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 02:16:42
【No私の体が浮いているオートバランサーが制御不能にな】
【った制動系がメモリを占拠する思考にリソースを割り当て】
【られない交渉しなければ仁村知佳を止めでもメモリが思考】
念動には自覚的な制動が必要である。
しかし、今の知佳にそのコントロールの必要はない。
精密な動作も狙い定めも必要ない。
部屋の中の何を巻き込もうと、
部屋の全てが壊れようと、
その中にいる無抵抗の三人を殺せば良いだけであるから。
ただ、猛るテレキネシスを、感情の昂ぶるままに暴れさせればよい。
【 間に合った? ザドゥたちは無事? 】
背後に突然発生した第三者の思考。
同時に知佳の身体に電流が走った。強烈に。
「……っ!?」
電流とは、比喩ではない。
いつしか接近していたレプリカ智機のスタンナックルを、
知佳は無防備なうなじに受けたのである。
100万ボルト×25ミリアンペア×1秒。
その衝撃は命を奪うほどのものではないが、
全身を麻痺させるには十分な威力であった。
知佳の腰が砕ける。
念動の嵐が解ける。
329
:
ちかぼーツイスター!(11/30)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 02:17:30
レプリカ智機・N−21の追撃は、手にしたカオスによる袈裟斬りであった。
麻痺する知佳の体に、それを回避する力は無い。
知佳の右鎖骨から胸の中心に掛けて袈裟懸けに、ずん、ばらり。
《浅いぞ!》
知佳の肩から胸に、斜一文字に、鮮血が飛び散る。
しかし、深手とはならなかった。
カオスの言葉通り、浅い斬撃であった故に。
智機の運動能力は、文科系の平均的な女学生並に設定されている。
非力極まる透子ほどでは無くとも、カオスの重量は手に余るものであった。
「……」
ふらつくN−21を尻目に、知佳の背に熱量が膨れ上がった。
光と共に翼が展開された。
それはもはやエンジェルブレスなどと呼ぶも憚られるほど濁っていた。
天使の羽根ではなく堕天使の羽根であった。
意図を察したN−21が再び体勢を整えるが、
その動きに先んじて翼がはためき、知佳が浮揚する。
そして飛び去る。北へと。
麻痺した首を、腕を、足をだらりとたらして。
翼だけを動かして。
知佳は猛禽類に運ばれる死せる獲物の如き様相で、去ってゆく。
《ありゃりゃ、何で体が動くんじゃ? 知佳ちゃんはビリビリで痺れとったじゃろ?》
「念動は、体と別」
330
:
ちかぼーツイスター!(12/30)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 02:17:47
N−21の短い言葉が、全てを説明していた。
麻痺しようとも、切り刻まれようとも。
意識さえ保たれているのならば、生命のインパルスさえ発生すれば。
念動力は、発動するのである。
《追わんでええんか?》
「ザドゥと芹沢が」
「……心配」
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
空を逃げる知佳は、己の不覚を悔やんでいた。
(あんなのに、やられるなんて……)
マインドリーディングは全方位に広範囲に、無造作に展開していた。
機械の心をも読める事は、シェルター内の智機本体により証明されている。
だのに、N−21は、その網に掛からなかった。
すぐ背後から麻痺攻撃を仕掛けてくるその時まで、聞き取れなかった。
無心であった筈は無い。
知佳に対する敵意、殺意は明白であった。
で、あるならば―――
(テレポートでもしてきたの?)
ありえない話ではない。
知佳の配布武器、テレポストーンを用意したのは主催者である。
故に、彼女らが所持していることになんら不思議はない。
331
:
ちかぼーツイスター!(13/30)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 02:18:13
(でも……)
でも、何であるのか。知佳には解答は結べなかった。
しかし消化しきれぬ違和感が、知佳の胸にしこりとなっている。
逃走を選択したのも、命惜しさではない。
このしこりと同根の何かが、留まるを忌避させたからである。
N−21と戦いたくはないと。
戦うべきではないと。
知佳はなぜか直感し、確信していた。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
N−21は、念動の嵐が収まった室内に現れた。
鮮血を滴らせる魔剣を肩に背負って現れた。
ベッドから放り出されて尚眠るザドゥのすぐ脇に現れた。
シェルターの扉を開けることなくして現れた。
《カモちゃんとザッちゃんは無事かの?》
カオスが心配の思念波を発する。
N−21はザドゥのと芹沢の取る。
マイクロ乱気流の衝撃から未だ覚めやらぬ智機は、
一機と一本の遣り取りをを、漠と眺めている。
「……生きてる」
《やー、間一髪じゃったな》
「よかったよかった」
332
:
ちかぼーツイスター!(14/30)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 02:18:50
漸く混乱から脱したらしい。
智機がひび割れた眼鏡を掛け直し、目の前の分機に問いを発した。
「N−21か……?」
透子は理論的に分析する。この分機が行った、空間跳躍に至るプロセスを。
手がかりは、二つ。
N−21の手には新鮮な血が絡む魔剣カオスが握られているということと、
知佳の攻撃が止んだのは、N−21が登場する直前であったということ。
結論は、すぐに出た。
「貴機は、知佳からテレポストーンを奪ったのだね」
アイテムの選定・管理者でもある智機は把握している。
テレポストーンに在庫は存在しない事を。
知佳が持つものが全てである事を。
故に、この結論は自明であった。
そうでなければならなかった。
しかしN−21は、智機の結論を否定した。
オートマンらしくない間延びした、気怠げな発音で以って。
「のー」
否定された智機はN−21を観察する。
眼前でザドゥをベッドに戻そうと苦心しているN−21を。
新たな可能性を見出す為に、新たな情報を得るために。
その傍観者ぶりが気に入らぬのか、N−21は智機を手招いた。
「ぼーっとしてない」
「手伝う」
333
:
ちかぼーツイスター!(15/30)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 02:19:05
智機は、手招くN−21緩慢な動きに違和感を覚えた。
智機は、向けられたN−21の光宿らぬ瞳に記憶を喚起された。
智機は、N−21の途切れ途切れの言葉運びに言い知れぬ恐怖を感じた。
「はやく」
その白衣の胸元に掛けられたアクセサリが、鈍い光を反射した。
ひび割れた、銀のロケット。
「貴機は…………………………………………
.
334
:
透子嵐(16/30)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 02:19:37
…………………………………………透子なのか?」
視覚情報を信用するのならば。
それは、透子ではない。
それは、智機であった。
機体信号を信用するのならば。
それは、透子ではない。
それは、智機であった。
あらゆる観測データがそれをN−21であると裏付けている。
あらゆる論理演算がそれをN−21であると結論付けている。
それなのに。
問答無用に。
なぜか、智機には判った。
目の前の姉妹機は、姉妹機ではないのだと。
姉妹機でありながら姉妹機のみではないのだと。
「いえす」
N−21はおちょくるかの如き口調とは裏腹に、
無表情に、焦点の合わぬ茫とした眼差しで、
智機の言葉を肯定した。
その物腰は、全く透子のものであった。
「語彙が辞書ツール依存」
「……ちょっと違和感」
335
:
透子嵐(17/30)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 02:20:21
Yesと、Noと。
言葉の短さは確かに透子らしくはあれど、透子らしからぬ言葉の選択は、
どうやらオートマンの機能故らしい。
「はやく手伝う」
「ザドゥは重い」
エラーが、エラーが、エラーの嵐が、智機を襲い混乱させる。
聞き分けのない論理演算回路がN−21=透子を認めない。
条件式の不備を理由に、その結論は成り立たぬと聞く耳持たぬ。
結論だけが先に存在している。
この矛盾を解決せぬ限り、智機は負荷を蓄積してしまう。
軽減されぬ負荷は、やがて智機を熱暴走に追いやってしまう。
知佳のサイコキネシスが外界に対する台風であるならば、
透子の今の在り方は智機の内界に対する嵐である。
共に劣らず智機の【自己保存】を脅かせる脅威であった。
「Yes、Yes、Yes。
納得は出来ないが理解はした。君は透子だ、間違いない。
しかし、私の条件式と演算回路ではその解に辿りつけないのだよ。
どうだろう。
私が過負荷で熱暴走する前に、こうなるに至った事情など、
説明していただけないかね?」
諧謔でも慇懃無礼でもなく。
智機にしては、相当に謙った懇願であった。
しかし、この新たな透子は、その下手に出ている智機に対し、
気怠げな表情で不平を伝えたのである。
336
:
透子嵐(18/30)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 02:21:06
「えー…… 長いし」
「喋るの面倒」
智機は更に謙る。慣れぬ愛想笑いが彼女の頬を引き攣らせる。
「そこを曲げて、頼みたいのだよ、New透子…… さん
貴女もその体になったのなら、エラーの放置が致命的な結果を招くことは
把握されているだろう?
意地の悪い事は言わずにどうか、情けをかけてくれ給えよ」
今、彼女の内界で生じているエラーの嵐を解決するということは、
プライドの高い智機をそうまでさせる必要性があったのである。
「あ、そうだ」
「送ればいいんだ」
発言と共に、透子のカチューシャの触角が点滅し、智機のそれも明滅した。
無線LANによる、データ転送である。
機械同士ならではの、効率的な情報伝達手段であった。
「Yes、感謝するよ。New透子さん」
感謝の言葉と共に、智機は送られたプレーンテキストをオープンする。
それは、御陵透子が如何にしてN−21となったのか、
その出来事を抽出した、僅か二秒の、しかし濃密なログファイルであった。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
.
337
:
透子嵐(19/30)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 02:22:03
(ルートC・2日目 PM11:25 J−5地点 灯台付近・上空)
今、御陵透子は落下している。
仁村知佳の高速飛行により発生したGに負け、意識を失っている。
二秒後に透子は地面に衝突し、原型を留めぬ程に潰れ、飛び散る事になる。
(私は……)
その二秒の間に、思惟生命体―――【透子】が、目覚めた。
より正確には、御陵透子の脳内で共生関係を結んでいた【透子】が、
透子という宿主が気絶しているにも関わらず、思考していた。
(御陵透子じゃ、なかった)
【透子】は、勝沼紳一に感謝した。
もし、勝沼紳一が気絶せし透子に憑依しようとしなければ、
思惟生命体は、【透子】と透子の区別を喪失したまま、
ここで共に朽ちていたであろうから。
自覚が、芽生えていた。
何百万年も【透子】は透子として生きており。
強く共生しすぎた余りに、思惟生命体と人間との区別が曖昧となっており。
【透子】の記憶を保ったまま転生を繰り返したことにより、
本来の肉体の主である透子が自我を発達させることは無く。
【透子】と透子は、融合したといってもよい状態で安定していた。
そこに。
紳一という名の楔が、打ち込まれたのである。
338
:
透子嵐(20/30)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 02:22:29
この楔が【透子】の【透子】たる自覚を促した。
この楔が【透子】の透子との差異を認識させた。
(死ねない―――)
(喪われた私の意味を)
(取り戻すまで)
御陵透子は落下している。
地面に衝突するのは一秒後である。
加速して、墜落する。
【透子】は、知っている。
この恐怖を、知っている。
これを、乗り越えている。
遠い遠い過去―――
彼女たち思惟生命体が群生し宿っていた恒星間宇宙船は、
流浪の果てに地球に不時着するを仕損じている。
墜落し、大破している。
その大災厄を、【透子】は多くの仲間と共に逃れている。
(……【共生】)
思惟生命体とは、姿無く、形なく、実体も無い生命体である。
単独では存在できぬ、曖昧な生命体である。
その思惟生命体が生きる術は、他者との【共生】にあった。
思考する能力のある物質/生物に宿り、その頭脳を間借りすることで
思惟という生命活動を送ることを可能とするのである。
339
:
透子嵐(21/30)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 02:23:14
遭難した【透子】たちは、この本能に従った。
地球に巣食う原生動物に。
思惟生命体が共生可能な程度には頭脳を発達させていた黎明の人類に。
その【共生】先を、移したのである。
1km以上の距離を隔てた彼らの群れに電波の如く飛び係り、
その脳に問答無用で共生したのである。
御陵透子は落下している。
地面に衝突するのは間も無くである。
しかし【透子】の思惟から焦りは消えていた。
自覚を取り戻し、記憶を蘇らせ、方策を得た故に。
もう、目星すらついていた。
【透子】は気づいている。
透子の視覚にも聴覚にも頼らず、単独で発見している。
距離にして200m西に存在する、新たなる【共生】先の存在を。
カスタムジンジャーを走らせ、学校跡からシェルターへと向かう存在を。
数分前に魔剣カオスとグロック17とをトレードした存在を。
御陵透子は地面に衝突した。
命が失われた。
しかし、その飛び散った脳には【透子】は存在しなかった。
【透子】は既に、【共生】先へと飛び掛っていた。
340
:
透子嵐(22/30)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 02:23:41
それは、易かった。
クマノミがイソギンチャクに潜むが如く。
コバンザメがジンベエザメに貼り付くが如く。
思惟生命体が共生の本能に従う―――
それだけのことであった。
さらに述べるならば。
【透子】とは元々機械より生じた生命現象であり、
このN−21はオートマンなる機械知性体であり、
その知能は、智機のAIは、
炭素系生命体の脳よりも遥かに寄生しやすく、
遥かに支配しやすく……
【透子】にとって良く馴染むものであった。
(AIがっ!?)
抵抗は一瞬。ワンセンテンス。
それだけでN−21は沈黙した。
そうして思惟生命体は、レプリカ智機N−21のAIに侵入し、
いとも容易く支配を完了し。
新たな透子としての機械の体を、得たのである。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
.
341
:
透子嵐(23/30)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 02:24:39
(ルートC・2日目 PM11:50 J−5地点 地下シェルター)
記録を読み終えた智機は震えていた。
恐怖でもある。
感動でもある。
透子に対するヘイトとリスペクトが、矛盾無く生じたのである。
透子の本体とは、機械より生じた生命体である。
自らと根を同じくし、何十万年も先行したモンスタースペックを有し、
さらには、自力にて機械というハードの制約を乗り越えた。
それは脱機械を目論む智機にとって、憧れと羨望の対象と映った。
それが、リスペクトである。
しかし透子とは、N−21に為した様に、共生する。
共生といえば聞こえはいいが、実質憑依である。
意志のハイジャックである。
しかも、殺しても、壊しても、意味が無い。
直ちに新たな共生先に移るのみである。
それが、ヘイトである。
「透子…… 様」
その二つの念を以ってして、表れは一つであった。
服従、である。
【自己保存】は最大出力で叫んでいた。
決して、この機械の神には、逆らってはならぬと。
「擦り寄るな」
「今更」
342
:
透子嵐(24/30)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 02:25:15
しかし、その智機の転身は、透子のお気には召さなかったらしい。
強い口調で、釘を刺した。
「No、透子様。これは胡麻摺りの類ではなく、
本心からの尊敬の念を抱いてだね―――」
「それが『今更』」
「私は知っている」
「お前がしたことを」
透子の切れ長の三白眼がぎろり、と、同じ顔の智機をねめつけた。
同時に、両者のカチューシャ触角が明滅する。
再びの、透子からの転送であった。
すぐに智機が目を通したその資料は、透子のものではなかった。
透子に共生される前の、N−21のログであった。
PM6:00前後のログであった。
「な―――!!」
智機の目が驚愕に見開かれる。
智機の膝が恐怖に笑う。
透子の怒りの根源を理解して。
「そういうこと」
智機が鎮火タスクの隙を突いてクラックしたのは、『四機』である。
P−3は、6人のプレイヤーへの交渉役に充てた。
N−48、N−59は、しおりの身柄確保役に充てた。
P−4も元はしおりの身柄確保用であったが、連絡員捜索役へと転身した。
そこに、N−21は存在しない。
343
:
透子嵐(25/30)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 02:29:45
では、このN−21とは何か?
それは、代行機・N−22と共に目覚めた機体である。
【自己保存】の要請により、固有ボディにてのプランナーへの謁見を忌避した
智機が起動させ、遠隔操作による間接的謁見を為した機体である。
智機はこの機体を、そのまま指揮下に置いていた。
クラックよりも早い段階で、島内に放っていた。
つまり。
N−22の記憶野には、残っていたのである。
プランナーと謁見した情報が。
智機が透子の能力制限を願った情報が。
そして、それが叶えられた情報が。
「だから信用しない」
透子の言葉に、智機が震える。歯の根が鳴動する。
己の導き出した、絶望的な予測によって。
因果は応報する。
この新たな透子に、自分が殺される。
それを逃れる術はない。
「大丈夫」
「殺すつもりない」
透子は芹沢を背後から抱きかかえながら、背中越しに、智機へ告げた。
それは許しを与える言葉ではなかった。
与えたものは執行猶予であった。
344
:
透子嵐(26/30)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 02:29:58
「また邪魔しない限り」
「言うこと聞く限り」
今の透子は無表情でも無感情でもない。
怖い声を出していた。
透子と離れていたこの六時間で、どんな変化がおきたのか。
今の透子は、時折感情を表に出すようになってきている。
「Yes…… なんなりと、ご命令を」
「ん、それじゃ」
「ザドゥと芹沢の」
「タオルを換えて」
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
.
345
:
台風一過の花園で(27/30)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 02:30:40
(ルートC・2日目 PM11:55 H−3地点 花園)
島の北北東に群生する色とりどりの花たちの中から、
けふけふと、湿った咳払いが聞こえていた。
仁村知佳である。
背中の翼で命からがら灯台跡から逃亡した彼女は、
力尽きるまで飛行し、落下するように降り立って、
今は、花々に囲まれて仰向けに横たわっていた。
銃創に刀傷。
共に骨や臓器への影響は無かったものの、そこからの出血量は夥しかった。
体力の消耗と疲弊感も激しかった。
自らの傷口へと念動を向けて押さえつけ、血液の流出を留めてはいるが、
それでも、冷えを増していく体温を知佳は止められずにいた。
(保つかな……)
知佳の翼・エンジェルブレスは、日光をエネルギーに変える
光合成デバイスとしての役目をも持っている。
故に、朝日さえ出てしまえば、体力は回復に向かうであろう。
しかし、来光までの六時間余り、命を繋ぐことができるのか。
それが、知佳には判らない。
病院跡や集落へと戻ることも、知佳は考えたが、
移動に掛かる疲労消耗と、潜伏による消耗回避とを秤にかけた末に、
じっと朝を待つことを選択していたのである。
そこに――― N−21が現れた。
346
:
台風一過の花園で(28/30)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 02:31:09
「おはなばたけ……?」
唐突に、前触れ無く。
透子のテレポートと同じく。
気の抜けた感想を漏らしながら。
後ろ手に何かを持った姿勢で。
それで、知佳の違和感が解消された。
「透子さん、なの?」
「にありーいこーる」
N−21は曖昧に肯定した。
曖昧ではあるが、正しい返答でもあった。
「借りを返しに来た」
N−21――― 透子は、そういいながら後ろに回していた手を、知佳に伸ばした。
知佳は目を閉じる。
ここで撃たれても斬られても、それは自業自得であるのだと。
知佳は、透子の報復を安堵と共に、受け入れた。
「……寝たの?」
数秒後に透子から発せられた見当違いな質問に、知佳は目を開ける。
透子が知佳に伸ばした手に、銃器は握られていなかった。
魔剣も握られていなかった。
握られていたのは、薬箱であった。
「あげる」
347
:
台風一過の花園で(29/30)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 02:31:24
それは、素敵医師の薬品小屋からかき集めたまっとうな医療品であった。
朝日まで保たぬかも知れぬ知佳の命をそれまで維持させるものであった。
「説明、面倒」
「読んで」
知佳は透子の申し出通り、透子を読心にかける。
【これは鎮痛剤これは解熱剤これは睡眠薬頓服薬だから必要に】
【応じて飲んででも睡眠薬はザドゥたちのと同じで十二時間目】
【醒めないからそのつもりであと包帯と消毒液も持ってきた傷】
透子の心中には、薬品の説明が流れていた。
そこに知佳への報復を示す一切の感情は感じられなかった。
「借りを返す、って……」
知佳は戸惑う。
その言葉は、裏切った事に対して、殺害した事に対して、
殺意を持って向けられていたのだと思っていた。
そうではなかった。
逆説的な慣用句としてではなく。
正しい意味での感謝を、透子は抱いていた。
「紳一を倒してくれて」
「ありがとう」
「自殺を止めてくれて」
「ありがとう」
「天使を読んでくれて」
「ありがとう」
348
:
台風一過の花園で(30/30)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 02:32:04
「私のほうがいっぱい」
「ありがとう」
そういう、借りであった。
「でも、殺されたし」
「お薬、あげたし」
「でも、そろそろ潮時」
「…………ね?」
貸し借りはこれで清算であると、透子は言った。
プレイヤーと主催者という立場に戻りましょうと、透子は告げた。
言葉の裏を捉えれば―――
それは、二人には淡く儚い友情が結ばれていたことを
確かに証している発言であった。
「ばいばい、知佳」
「さよなら、透子さん」
今度は戦うと、今度は殺すと。
その直裁な言葉のやり取りを無しにして。
それでもそういった意味を理解して。
二人は静かに決別する。
↓
【御陵透子(N−21):復活】
―――――――――主催者 あと 4 名
349
:
ちか/透子/一過(情報 1/2)
:2010/08/29(日) 02:32:37
(ルートC)
【グループ:ザドゥ・芹沢・透子・智機】
【現在位置:J−5地点 地下シェルター】
【スタンス:待機潜伏、回復専念】
【主催者:椎名智機】
【スタンス:①【自己保存】
②【自己保存】の危機を脱するまで、透子には逆らわない
③【自己保存】を確保した上での願望成就】
【所持品:スタンナックル、Dパーツ、改造セグウェイ、軽銃火器×3】
【監察官:御陵透子(N−21)】
【スタンス: ①願望成就
②ルドラサウムを楽しませる】
【所持品:契約のロケット(破損)、スタンナックル、改造セグウェイ、
魔剣カオス】
【能力:記録/記憶を読む、『世界の読み替え』(現状:自身の転移のみ)】
※ザドゥと芹沢はあと六時間は目覚めません。
350
:
ちか/透子/一過(情報 2/2)
:2010/08/29(日) 02:33:18
【現在位置:H−3 花園】
【仁村知佳(№40)】
【スタンス:①潜伏。朝日を浴びて「エンジェルブレス」にて傷を回復させる
②手帳の内容をいくつか写しながら、独自に推理を進める
③恭也たちと合流】
【所持品:テレポストーン(2/5)、まりなの手帳、筆記用具とメモ数枚】
【能力:超能力、飛行、光合成、読心】
【状態:疲労(中)、出血(大)、脇腹銃創、右胸部裂傷】
【備考:定時放送のズレにはまだ気づいていません。
手帳の内容はまだ半分程度しか確認していません】
※強力な睡眠薬を服用したため、12時間は目覚めません
※傷は念動と医療器具で止血、縫合済みです
※薬品類は使いきりました
351
:
284
◆ZXoe83g/Kw
:2010/08/29(日) 13:33:58
深夜の投下&仮投下お疲れ様でした。
この展開は思っても見ませんでした。
亡霊紳一はこの為に登場したのですね。
知佳と透子の別れなど色々と安心させられる内容の話でした。
トランス部長……その単語をここで見る事になるとは思わなかったなあ。
293話までの本編SS、地図を更新したまとめをUPしました。
パスはrowaです。
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1118343.zip.html
次は明日の月曜日の夜、ここで何かを書き込む予定です。
352
:
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 22:44:45
>>351
更新、お疲れ様です。
以下9レス「天覧席の風景」を仮投下致します。
次回は、タイトル未定、例の長いタイトルものです。
ザドゥ単独、一人称を予定しております。
少し、間が空くかもしれません。
明朝が早いので、今回は本スレの投下を見送らせていただきます。
353
:
天覧席の風景(1/8)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 22:45:41
(ルートC・3日目 AM05:45 場所不明)
「なんでぷちぷち、じっとしてるのかなぁ……」
ルドラサウムの嘆息は、島内の戦局が段落したが為である。
【ぷちぷち】――― 人間どもの動きが止まった為である。
何しろ、島に居る殆どのぷちぷち達が、眠りについている。
動きを求めることのほうが無理であった。
ルドラサウムが最後に笑ったイベントは、三時間以上も遡ることになる。
広場まひるに夜這いをかけたランスが、
レギンスを微妙に盛り上げているアレに気付いて、
嘆きつつも大暴れして、
ユリーシャがオロオロして、
紗霧がバットでガツンした。
それを最後に、鯨神の興味を引くぱっとしたイベントは無い。
ルドラサウムは唯一動きを見せている集団に、視線を移す。
鎮火活動を行っているレプリカ智機たちである。
彼女たちが次々と破損し、爆発し、損傷してゆく様は、
ある種の感動のドラマとして、この鯨を愉しませた。
しかしそれも、二時間ほど前までのことである。
今や鎮火活動も、ほぼ完了していた。
Dシリーズ全機破損。
Nシリーズ32機破損。
そこから、被害は増えなかった。
今は残務処理に過ぎず、見所はもう無いと言って良い。
354
:
天覧席の風景(2/8)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 22:46:37
「あーあ、退屈だなぁ。物足りないなぁ」
ルドラサウムはバタンバタンと尻尾を縦に振っている。
縦の動きは苛立ちを表現するものである。
「ルドラサウム様、例の物、集まりまして御座います」
いやらしい含み笑いと共に現れたのは、鯨神に負けず劣らずの、異形の者である。
まず、全身が金色に発光していた。
体は、卵の如き楕円形をしていた。
そこから銀鱗に覆われた太い首が伸びており、
顔は亀に酷似する爬虫類のそれであった。
腕とも脚とも付かぬ極太の六本が伸び、指は存在していない。
これこそが、プランナーである。
この悪意に満ちたゲームの企画立案者であり、
ディレクターであり、スポンサーであり、黒幕である。
その点、厳密に言えば、ルドラサウムは黒幕ではない。
一部、キャストの勧誘にも指を伸ばしはしたものの、
基本的にはこの筋書きの無いドラマの、観客である。
この観客ただ一人の為に、
その退屈を解消する為に、
ゲームは企画されていた。
「もう待ちくたびれちゃったよ、プランナー。
持ってきてくれたんだよね、例の物?」
「こちらに」
355
:
天覧席の風景(3/8)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 22:49:32
プランナーの腕の一本に抱かれているのは、籐の如き素材の編み壺である。
連絡員・エンジェルナイトが腰に提げていたものである。
情報と称して、会場内の死者の魂を詰め込んだものである。
それは、献上品であった。
ゲームの終盤で盤面が膠着することを見越したプランナーが、
同じく、主のその癖と飽きっぽさと我侭さを見越し、
盤面が再び動き―――恐らくは最終決戦―――を見せるまでの間、
主の無聊を慰めるために用意した、玩具箱であった。
「ねえねえプランナー。【あの子】たちの分もあるのかな?」
死後、その魂が島内から離脱しようとしたために、
プランナーが張り巡らせた結界に捕らまえられ、
雲散霧消させられた、人ならざる者たちがいた。
【あの子】たちとは、その二人を指している。
ヤマノカミの眷属、№19・松倉藍(及びイズ=ホウトリャ)。
天津神の癒しの姫君、№22・紫堂神楽。
「断片は全て回収させました。
しかしこれを意味ある形に戻せるのはルドラサウム様だけに御座います」
「いいよ〜、それぇ〜、粘土こねこね〜♪」
プランナーが取り出した三つの魂の断片。
ルドラサウムはそれを器用に選別すると、己の体表を軽く擦って光る粉を出し、
それを残留思念の断片にまぶした上で、こね回した。
すると、どうであろうか。
356
:
天覧席の風景(4/8)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 22:50:22
《わたしの体なのに》《安曇村》《安曇村》
《堂島》《堂島》《還るょ》《ヤマノカミ》
《話し合い》《よかった…》《よかった…》
島の上空を覆う結界に触れて霧消した筈の魂たちが、
残留思念として明確な形を取り戻したではないか。
「流石のお手並みにございますな」
プランナーのお追従に、鯨神はしっぽを左右にぺちぺちした。
「ん〜、そお? そ〜でもないけどな〜?」
命とは、この鯨神の微小な破片や欠片に過ぎぬ。
全ての命はここより生まれ、全ての命はここへと帰ってくる。
ルドラサウムとは、魂の集合体であり、魂のふるさとである。
紛うことなき創造神なのである。
「これで全部そろったね♪ じゃあ、どの子から味見しよっかな?」
「は、今蘇らせました紫堂神楽など如何でしょう?
その死に際の記憶を神条真人などと共に味わわれれば、
無念や無情が極上のハーモニーを奏でること、請け合いでございましょう」
「……ホント、きみはそーいうの大好きだねぇ。わかった、一度試してみるよ」
ルドラサウムは臣下の進言を容れ、神条真人の思念を壺より引き抜いた。
《虎の仮面》《虎の仮面》《なんという……》
357
:
天覧席の風景(5/8)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 22:52:44
そして、真人と神楽の思念を、その赤く大きな口に、放り込んだ。
鯨神は目を閉じ、その舌の感覚に集中する。
噛み砕きも、嚥下もしない。
消化も初期化もしない。
ただ舌で転がし、記録/記憶を追体験するのである。
愉しむのである。
嬲るのである。
死ぬ間際にこう見えたであるとか。
殺すときにこう動いたであるとか。
そういった人間ドラマとアクションを、キャスト目線で愉しむのである。
マルチサイトで、殺す側と殺される側とを見比べるのである。
「神楽ちゃん、後ろ!後ろ!」
新しく与えられた楽しいおもちゃに、鯨神はすぐに没頭した。
既にプランナーの存在など眼中に無い。
その主の上機嫌ぶりを見て、金卵神はほくそ笑む。
(これであと二日――― いや、一日半程度は保ちますね)
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
プランナーの私室の如き空間には、天使たちが整列していた。
その数は100体を下るまい。
後ろ手に腕を組み、背筋を伸ばし、直立不動。
プランナー直属の精鋭たちである。
358
:
天覧席の風景(6/8)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 22:54:30
そこに、創造神への貢物を終えた主が、戻ってきた。
天使たちは一糸乱さず、深々と頭を下げる。
プランナーは軽く手を上げて返礼しする。
「情報の収集、ご苦労。ルドラサウム様もことのほかお喜びでしたよ」
「恐れ入ります」
「次に死者が出るまで、ここで待機していなさい」
「了解いたしました」
それは、連絡員であった。
主の労いに感動し打ち震えることも無く、淡々と返礼した。
エンジェルナイトとは、そうした存在故に。
「そういえば、悪魔フェリスはどうなっていましたか?」
プランナーはまた別の天使を指し、そう質問する。
「詳細は悪魔界に入らないとわかりませんが―――
強制解呪にて、ランスとフェリスとの契約が絶たれていました」
「まあ、会場はルドラサウム様のお膝元ですからね……
彼らもこちらと事を構えたくない以上、
不干渉に徹することにした、のでしょうね」
創造神ルドラサウムに対抗する勢力として、悪魔なる存在がある。
ルドラサウムの目を逃れて、魂を掠め取り、
ほんの少しずつ、ルドラサウムの弱体化を進めている集団である。
ほんの少しずつ、自陣営の強化を進めている集団である。
渦中のフェリスも、この末端に位置する存在であった。
359
:
天覧席の風景(7/8)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 22:56:09
弱小の反政府地下ゲリラが、強大な政府の拠点に攻め込む訳が無い。
相手にその存在を感づかれ、追尾でもされようものなら、
小規模な組織など一息に壊滅の危機を迎えるからである。
プランナーはそう分析し、そしてその分析は正しいものであった。
「であるならば、放置ですね」
相手が不用意な一度の侵入を無かったことにするのであれば、
此方もその一度の侵入を見なかったことにして、流す。
プランナーはそう結論付けたのである。
創造主サイドにしても、悪魔たちには不介入を原則としている。
それでも時折介入せざるを得ない状況というのは発生するのだが、
今回は面倒な諸問題を発生させてまで手出しすることはないと、
プランナーは考えている。
今やっていることは、ただの遊びである故に。
思いつきの余興であり、主の無聊を慰める暇つぶしである故に。
藪を突付いて蛇を出すような真似はしたくない。
「まあ、ランスには気の毒なことですが」
プランナーは、紗霧に請われたランスが召還を失敗した事を知っている。
失敗し、ほら吹き呼ばわりされた事を知っている。
その後も人目を避けて何度か試した事を知っている。
その徒労が今後も繰り返されると思うと……
プランナーは、愉しくて仕方なかった。
足掻き、もがき、悩み、苦しむ。
その上で、報われない。
この悪趣味な一柱は、そういった悲劇をこよなく愛するのである。
苦悩と怨嗟が大好物なのである。
360
:
天覧席の風景(8/8)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 22:57:28
その嫌らしい性質故に、このゲームは生まれたのである。
確かに、主・ルドラサウムを楽しませるためのものではある。
しかし隠し切れぬ彼の陰湿なサディズムが、この企図には滲んでいる。
「さて――― 八時までには、まだ間がありますね」
頭を切り替えて、プランナーが時間を確認する。
八時とは、ザドゥたちが目覚める時を指す。
その時間までに、プランナーは一つ、決めねばならぬことがあった。
シークレットポイントを使用したことによるペナルティ。
プランナーは、その具体的な内容を決めていなかった。
手落ちではない。
即興性を重視していた。
どうすれば、主の歓心を買えるのか。
どうすれば、己の濁った悦びを満たせるのか。
どうすれば、転落した主催者たちをもっと惨めに堕とせるのか。
プランナーの頭脳は回転する。
名の示す通り、番組をプランニングしていく。
より悲劇的に、より悪趣味に。
AM6:00―――
絶望の孤島に、また、朝日が昇る。
↓
361
:
天覧席の風景(情報 1/1)
◆VnfocaQoW2
:2010/08/29(日) 22:57:56
(ルートC)
【現在位置:?】
【連絡員:エンジェルナイト】
【スタンス:①死者が出るまで待機
②死者の魂の回収
③参加者には一切関わらない】
【所持品:聖剣、聖盾、防具一式】
※ここまでの全ての死者の魂は、ルドラサウムの手に渡りました
※紗霧パーティーが全員、まひるの性別(♂)を知りました
※フェリスの召還が不可能であると判りました
※東の森の火災は鎮火されました
362
:
名無しさん@初回限定
:2010/08/30(月) 16:57:37
プライドがズタボロのザドゥ
くたばりかけのカモミール
とことん裏目のともきん
ルドの記録に振り回される透子
よくもまあこれほど主催者を落としめたもんだ
それがペナルティで更に追い込まれるとな?
いいぞもっとやれ!
363
:
284
◆ZXoe83g/Kw
:2010/08/30(月) 22:35:37
新作お疲れ様でした。
プランナーの嫌らしさがよく表現されてたと思います。
鎮火作業におけるコストと時間の消費が予想を大きく上回って少しびっくりしました。
フェリスはこれで退場ですか。上級悪魔の判断が適切。
やや不謹慎ですが
>>362
さんと同じくペナルティの内容に期待してます。
あと気になる点が一つ。
神人は神霊に選ばれた依り代で神楽の魂=大宮能売神ではないです。
原典の主人公とかは軍神の力と妖の魂を内包していますし。
また近いうちに。
364
:
名無しさん@初回限定
:2010/08/30(月) 23:44:48
まさに外道…
だけどこの世のルールそのものだから従わざるを得ないなんて…くやしい(ry
365
:
名無しさん@初回限定
:2010/08/31(火) 10:18:22
みんな聞いてくれ、俺気付いちまったんだ
俺がロワ物を書いたり読んだりする視点がプランナーと同じだってことに…
366
:
名無しさん@初回限定
:2010/08/31(火) 15:09:51
まあ、その通りさね……だからこそ悪趣味に自覚的であるべきなのさw
367
:
◆VnfocaQoW2
:2010/09/02(木) 22:44:56
>>363
ご指摘感謝です。
本スレ投下時には該当部分を、下記のように修正させて頂きます。
×天津神の癒しの姫君
○『百貨店の神』大宮能売神の神人(カムト)
368
:
◆VnfocaQoW2
:2010/09/02(木) 22:47:48
本スレにての支援、ありがとうございます。
さるさん明けが23時までかかると思われますので、
その間に仮投下を進めたく。
以下15レス、長いタイトル改め「狂拳伝説クレイジーナックル」を
仮投下致します。
次回は「負けない心 挫けない勇気」。紗霧たち6人が登場予定です。
369
:
狂拳伝説クレイジーナックル(1/14)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/02(木) 22:49:22
(ルートC・3日目 AM07:45 場所不明)
いつからこの薄暗い砂漠ににいるのか。
そもそもここはどこなのか。
霞がかかった頭では、思い出せない。
「あ、こっちにもありましたよ、ザドゥ様」
チャームが向こうで俺に手を振っている。
手にした何かの破片を、誇らしげに掲げている。
ああ、そうだ。
俺とチャームは、あれを集めていたのだ。
この薄暗い砂漠に散らばったあの破片を、
一つ残らず回収せねばならぬのだった。
だが…… あれは…… 何だった?
「さぁ…… 私はあまり難しいことは判りませんので。
でも大事なものだって言ってましたよ、ザドゥ様は」
砕けたそれが、散らばったそれが。
俺にとって大切な物であった事は判る。
しかし、こうして破片を集める意味とは、何だ?
失ってしまったものを集めて、一体何になるというのだ?
「そんな悲しいことを言わないで下さい、ザドゥ様ぁ……」
駆け寄って来たチャームがじゃれ付く。
豊満な胸をタンクトップ越しに擦り付け、
俺の頬をペロペロと舐め上げてくる。
370
:
狂拳伝説クレイジーナックル(2/14)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/02(木) 22:50:13
チャーム―――
東欧の人身売買オークションで手に入れた、人体改造のモルモット。
野獣のような素早さと攻撃力を身に付けた、俺の四天王の一角。
夜はペット。可愛いやつだ。
「ほら、また見つけましたよ、ザドゥ様。
この輝きを見てください。この力強さを感じてください。
これは、ザドゥ様に絶対必要なものなんです」
チャームが、破片を俺に握らせる。
握った瞬間、蘇った。
俺が、組織への侵入者を殴り倒している情景が。
俺の心のどこかに、少しだけ活力が戻った。
俺の頭のどこかが、少しだけ明瞭になった。
「ね?」
チャームが微笑む。にこやかに。
なるほど、これは俺の力の源か。
この破片を全て集め、合わせることで、
きっと俺は俺を取り戻すのだろうな。
―――取り戻す?
自然と胸に浮かんだその単語に、違和感を覚えた。
取り戻すということは、失ったということ。
では、それはいつのことだ?
「いいんです、そんなこと、今考えなくても。
全部集めたらきっと思い出しますよ!」
371
:
狂拳伝説クレイジーナックル(3/14)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/02(木) 22:50:41
そういう物かも知れんが、俺は既に『気になった』のだ。
探すのはお前に任せるから、もう少し俺に考えさせろ。
「はぁい……」
チャームは何故か淋しげに背中を向けた。
その様子が少し気にかかるが、まあ、後回しだ。
今は手にした破片が砕けた理由を思い出すことが最優先だからな。
後で尻の一つも撫でてやれば、チャームの機嫌は直るだろう。
「あっ……」
ん、どうしたチャーム?
「な、なんでもありません。
ちょっと勘違いして、別のものを拾ってしまっただけです。
ポイしましょうね、ポイ!」
チャームが手にしたそれは、汚い破片だ。
目を背けたくなるような気色悪い破片だ。
それなのに。
俺はその破片が、気になってしかたなかった。
チャーム、捨てるな。それを寄越せ。
「ザドゥ様がそうおっしゃられるのなら……」
チャームは不承不承といった体で、俺に破片を渡す。
手にした瞬間。
何かが、溢れた。
372
:
狂拳伝説クレイジーナックル(4/14)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/02(木) 22:51:12
―――『お友達を』助けることなんだぁ♪
っっ!!?
なんだ、この能天気でカラっとした女の声は?
なぜ、俺の胸はこれほど痛むのだ?
なぜ、俺はこの声がこれほど恐ろしいのだ?
「だっ、大丈夫ですかザドゥ様ぁ?
だから言ったんですよ、ポイしましょうって」
いや、問題ない。心配には及ばん。
だが、痛くて恐ろしいはずのこの破片から、目を逸らすことが出来ない。
先程の力湧く破片よりも大切な何かだと、そんな直感が働く。
―――これだ。
他の破片は後回しでいい。先ずはこの薄ら汚れた破片を探すべきだ。
そうすれば、いずれこれらが砕けた理由にたどり着くはずだ。
その確信が、俺にはある。
「ザドゥ様ぁ。それはザドゥ様のためにならないゴミですよ?」
何でも言うことを聞く。服従する。
チャームとは、そういう利口なペットだ。
俺に尽くす方法を弁えている。なのに。
なぜか、従わなかった。
どこか、悲壮感が漂っていた。
であれば、これは本当に為にならぬものなのか?
……いや、流されるな、ザドゥ。
373
:
狂拳伝説クレイジーナックル(5/14)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/02(木) 22:51:47
俺は既に判断を下し、命じたのだ。
それを他者の顔色で撤回するなど、あってはならん。継続だ。
俺が俺を信じることが出来ずに、何がザドゥか!
「そんなのより、こっち! この綺麗な破片を探しましょうよ」
チャーム、つべこべいうな。汚いほうだ。
俺が探せと言っている。
「……はぁい」
不承不承のチャームを尻目に、俺も探した。必死に。
這いつくばって、地面を舐めるように。
そして見つけた。三つの破片を。
―――大将も自己満でカモミールを殺さないよーに
―――アリが人に何を求めるの?
―――己の主はただ己のみ!!
……そうだったな。
俺は、負けたのだ。
あの島で、何度も何度も負けていたのだ。
「そんなことないですよ、ザドゥ様。
だってその三人は皆死んでるんですよ? ザドゥ様は生きてるんですよ?
どう考えたってザドゥ様の勝ちじゃないですか」
確かに、勝負には勝ったかも知れん。
生き残りには勝ったかも知れん。
374
:
狂拳伝説クレイジーナックル(6/14)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/02(木) 22:52:39
だがな、チャームよ。
俺は、俺を貫けなかった。俺自身で、歪に曲げていた。
奴らは最後まで己を貫いた。己の意志を曲げなかった。
タイガージョーは命を賭してゲームを否定した。
ファントムは地獄の底まで仇を追っていった。
芹沢の『友達を助ける』思いは願望の成就を振りきり、
長谷川ですら醜く汚らわしい道化を貫いた。
俺は、その覚悟の差に、膝を屈したのだ。
「そんな…… あんまり自分を追い詰めないでくださいよ。
早く欠片を全部集めて、あのカッコよくて自信たっぷりなザドゥ様を
取り戻しましょうよ!」
チャーム、慰めなどいらん。少し黙れ。
俺はそろそろ思い出せそうなのだ。
先刻、俺はさらりと重要なことに触れなかったか?
それは、キーワードではないのか?
―――俺は、俺を貫けなかった。
―――俺自身で、歪に曲げていた。
そうだ。これだ。
タイガージョーと言葉と拳を交わした時には、
既に宿っていた暗澹たる敗北感。
それは、誰に? 何に? いつ? どこで?
探さねば。見つけねば。
俺の真の敗北を。
最初の敗北を。
375
:
狂拳伝説クレイジーナックル(7/14)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/02(木) 22:53:25
「それって、シャドウの裏切りなんじゃないですか」
成る程な。
確かに俺はシャドウに敗れて、多くのものを失った。
組織。
部下。
名声。
権力。
女。
金。
だがなチャーム。
そんなもの、戦利品でしかなく。
俺という存在に追従した余禄に過ぎず。
俺そのものでは決してなく。
つまりは…… たかが贅肉よ。
「たかが…… 贅肉……」
俺が見つけねばならんのはな、チャーム。
そんなちんけな敗北では無いのだ。断じて。
贅肉を削ぐような敗北ではなく、拳を砕くような敗北なのだ。
それを見出さねば。
それを受け入れねば。
お前がいくら破片を集めきったとて、決して元の俺には戻るまい。
歪な俺の、不恰好なプライドが形成されるだけだろう。
―――カチ。
.
376
:
狂拳伝説クレイジーナックル(8/14)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/02(木) 22:54:00
がむしゃらに探す俺の指先に、触れた。
大きな欠片が。
―――わか・・・・・った。その話・・・飲もう
―――キャハハハハ!
……見つけた。
これだ。
俺の真の敗北の記憶。
タイガージョーへの敗北感も、
アインへの敗北感も、
長谷川への敗北感も、
芹沢への敗北感も、
全て、結局。
この一敗から目を反らしていたから生まれたのだ。
自分を曲げた事を恥じるが故に、自分を貫く奴らが眩しかったのだ。
「ザドゥ様は、これが敗北だと、言うのですか……」
ああ、そうだ。
俺は、俺の主であることを捨てて、神の走狗に成り下がったのだ。
涎を垂らし、尻尾を振って。
ヤツがぶら下げた餌に飛びついたのだ。
今こそ、ザドゥは、認めよう。
俺の最大の敗北は、その選択をしたことだ。
俺は、俺を、裏切ったのだ!
「その餌は、必要ないものなんですか……?」
377
:
狂拳伝説クレイジーナックル(9/14)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/02(木) 22:54:41
チャームの悲げな声が耳を衝く。
振り返ったチャームは氷柱に閉じ込められていた。
丸い目に涙を溜めて、俺を見つめていた。
そうだ…… 俺は、何を忘れていたのだ。
チャームは死んでいたではないか。
その復活こそが、俺が釣り上げられた餌ではなかったか。
「私は、必要ないんですか?」
チャームが涙を溜めて、氷柱を内側から叩いている。
俺を求めてくる。
この涙に。この献身に。この愛情に。
この死に、俺は変えられた。
俺は、俺を、見失っていた。
無論、チャームを責める気などは無い。
全ては俺の弱さだ。
一人の女に肩入れしすぎたツケが回ってきたに過ぎぬ。
「ザドゥ様ぁ…… どうして自分ばっかりご覧になってるんですかぁ?
もっとこっちを見てください…… もっと私を見てください……」
人の死の中になにかを見出した気になり、哀れみを覚え、共感を欲する?
ハッ! とんだ善人気取りだな、ザドゥ。
隠居したジジイでもあるまいに、それが牙を持つ人間の思想か?
そんなザドゥが、どこに居る?
断じる! そんなものはザドゥではない!
「酷いです、ペットは捨てないって、言ってくれたじゃないですかぁ……」
378
:
狂拳伝説クレイジーナックル(10/14)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/02(木) 22:55:16
ああ、確かに言ったな。
不安がるお前を強く抱きしめながら、何度でも言ったな。
覚えているぞ。
忘れられるはずもなかろう。
だからな、チャーム。
飼い主としての責任は、果たしてやる。
「ザドゥ様ぁ! やっと私を見てくれた!」
なあ、チャーム……
俺は、今やっと、敗北を受け入れることが出来たのだ。
恐れていたそれは、恐れていたほどではなく、逆に清々しさすら感じたぞ。
だがな。
敗北を受け入れることと、負け犬のままでいることは、違う。
敗北は結果として受け入れよう。
だが、俺は、負け犬のままでいるつもりはないのだ。
だからな、チャーム……
「はいっ! なんでしょうザドゥ様っ♪」
俺の為にもう一度、死ね。
「なんっ……!?」
.
379
:
狂拳伝説クレイジーナックル(11/14)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/02(木) 22:56:30
砕けろ、氷柱。
砕けろ、愛猫。
砕けろ、想い。
砕けろ、願い。
その痛みを以って、受け入れろ、ザドゥ。
愛する者を殺し直して、蘇らぬを自覚しろ。
―――狂 昇 拳 !
「酷い、おかた……」
ああ、なんと酷い男なのだろうな、ザドゥという男は。
だがチャームよ、お前は知っていた筈だ。
これが俺なのだと。
お前の復活などを望むザドゥこそ、本来のザドゥでは無かったのだと。
俺は飽くまでも俺本位で。
行動を妨げようとする者は必ず叩き伏せ。
意志を曲げようとする者は必ず返り撃ち。
いかなる犠牲も恐れず、
いかなる敵にも怖じぬ。
お前の飼い主とは、そういう男であったろう?
「さよならです……」
狂昇拳は氷柱を穿ち、そこに捕らわれるチャームの心臓をも貫いていた。
次の瞬間、霧消した。
その姿が消えると共に、左手首に巻いていた鈴の紐が切れた。
りん……
380
:
狂拳伝説クレイジーナックル(12/14)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/02(木) 22:57:50
一度だけ悲しげに鳴った鈴は、砂漠の砂に同化して沈んでいった。
これで俺を縛るものは、無くなった。
一人だ。
独りだ。
俺は、ひとり、ザドゥだ。
俺は、ただの、ザドゥだ。
裸一貫。
鍛えぬいた狂拳。
―――それで十分。
散らばった破片も、もう要らぬ。
あれもまた一つの贅肉だ。
今の、単純化されたザドゥの動きを鈍らせる重荷だ。
―――それで完結。
そう、チャームも言っていたではないか。
生きているから、負けではない、と。
リベンジの機会が、まだあるうちは。
それを諦めないうちは。
俺は、まだ、俺でいられる。
確か、鯨は言っていたな。次に会うときはゲームの終了時だと。
成る程な。チャンスはその一回のみということか。
であれば、必ずゲームは成功させてやる。
成功させて、芹沢の願いを叶えてやる。
それから。いざ、俺の願いが叶えられようとした瞬間に。
―――殴る。
.
381
:
狂拳伝説クレイジーナックル(13/14)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/02(木) 23:00:02
俺の全てを一撃に込めて、いけ好かん鯨野郎をぶん殴る。
そして言ってやる。
お前などに叶えさせてやるような望みなど無いのだと。
その後のことなど、知ったことか。
圧倒的な力量差があろうと。俺はお前の飼い犬ではなく。
伸ばした手が届かぬのだとしても。俺の主は俺だけで。
たったそれだけのシンプルな事実を、物分りの悪い蒼鯨に理解させてやる。
この拳でな。
『ねえねえ、今度こそザッちゃん起きたかなぁ?』
『違う、また寝言』
《寝言なのかうわごとなのか、ビミョーですよ?》
『瞼に小刻みな痙攣を感知。首魁殿はそろそろ目覚められるようだよ』
鼓膜に…… 聞き覚えのある声を感じる。
両瞼に…… 淡い光を感じる。
四肢に…… 筋肉の疼きを感じる。
ああ、俺はもうすぐ目覚めるのだな。
ああ、これまでの全ては夢だったのだな。
だとすれば、きっとこの夢も目覚めと共に忘れてしまうのだろう。
それはそれでいい。
だが、ただひとつ。
目覚めの世界に、これだけはもって行け。
これだけは、忘れるな。
382
:
狂拳伝説クレイジーナックル(14/14)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/02(木) 23:00:18
―――敵は、鯨だ。
↓
383
:
狂拳伝説クレイジーナックル(情報 1/1)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/02(木) 23:00:40
(ルートC)
【主催者:ザドゥ】
【スタンス:ステルス対黒幕
①プレイヤーを叩き伏せ、優勝者をでっちあげる
②芹沢の願いを叶えさせる
③願望の授与式にてルドラサウムを殴る】
【所持品:なし】
【能力:我流の格闘術と気を操る】
【備考:重態、全身火傷(中)、睡眠中】
384
:
名無しさん@初回限定
:2010/09/02(木) 23:11:54
ザドゥが心底から格好いい……!
ネット上の読み物で今一番楽しみにしてるのがここだわ……
385
:
名無しさん@初回限定
:2010/09/03(金) 15:23:17
ストイックとナルシズムの極致!
シビれるぜザドゥ!
386
:
284
◆ZXoe83g/Kw
:2010/09/03(金) 21:02:50
本投下&仮投下お疲れ様でした。
これまでの積み重ねゆえのザドゥの覚醒がいい感じでした。
本投下の方もレプリカの本体との決別に加え、本拠地も廃棄とは……意外な。
没収された参加者の所持品は何処へ?
294話までの本編まとめと地図を更新したまとめをUPしました。
パスは bato です。
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1127479.zip.html
これからは可能な限り、本投下の翌日に更新という風に進めていきたいと思います。
387
:
折り返し地点(4/11)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/11(土) 22:15:37
それは知佳にも判っていた。
判っていても、割り切れなかった。
「でも、出来ないよ」
割り切るには交流が多すぎた。
割り切るには肩入れしすぎた。
割り切るには借りが大きすぎた。
そして――― 割り切るには、知佳は優しすぎた。
勝手ながら。
知佳は、透子に友情めいた思いを抱いてしまっていたのである。
「じゃあ」
「貴女が、殺して」
透子は目を閉じ、胸を広げ。
そこにカオスを刺し込んで欲しいのだと、知佳に告げる。
この時、知佳の心に、透子の心の声が染み込んできた。
【 どうせ死ぬなら 】
【 私を「かなしいひと」だと思ってくれた 】
【 私の歴史を知ってくれた 仁】
【村知佳の 役に立とう 】
知佳の目に、みるみる涙が溜まってゆく。
嬉しかった。友情を感じていたのは自分だけではなかったことが。
悲しかった。友情から来る提案を踏みにじらねばならぬことが。
「―――それもダメだよ」
388
:
◆VnfocaQoW2
:2010/09/11(土) 23:57:40
以下12レス、「負けない心 挫けない勇気」改め、
「譲れぬ想い 挫けぬ心」を投下致します。
次回は、「χ−1」。
主催者たちと黒幕たちが登場予定です。
>>387
は、ひとつ見なかった事に。
389
:
譲れぬ想い 挫けぬ心(1/10)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/11(土) 23:58:55
(Cルート・3日目 AM09:00 D−6 西の森外れ・小屋3)
「メイド服っ!」
「メイド服っ!」
朝日差す二西の森の小屋に、男の魂の叫びが二つ、響き渡った。
魔窟堂野武彦と、ランスである。
この、およそ接点を見ない縁遠い二人が、意気投合していた。
大いなる野望の達成の為に、心を一つにして事にあたっていた。
その魂の叫びは、食卓に座す月夜御名紗霧へと向けられていた。
「着ません」
うんざりした顔で溜息をつく紗霧ではあったが、
以外にも、その表情に険は無かった。
「朝食の準備…… 今この時に装着せんでなんとする!」
「そうだそうだー!」
「ランス様も、こう仰っていますし……」
「着ません」
「着てあげてもよくない? 紗霧サン?」
「よし! 今まひるが良いコト言った!」
「着ません」
「あと一押しじゃ! 言ってやれい、恭也殿!」
「俺ですか? ……これといって、別に」
「……なんでですか!」
「紗霧サン、どしてそこでつっかかる?」
「メイド服なんて着ませんが、興味なさそうな態度も気に入りません」
390
:
譲れぬ想い 挫けぬ心(2/10)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/11(土) 23:59:36
ふざけても、怒っても、呆れても。
それでも、皆の声は弾んでいた。
それもそうであろう。
何しろ、昨晩、大勝利を飾ったのである。
巨凶、ケイブリス相手に。
この朝食準備の席に、誰一人として欠けることなく揃っている。
このような状況、誰が想像したであろうか?
作戦立案者である紗霧とて、まさか怪我人すら出さずに勝利するとは
想像だにしていなかったのである。
浮き足立つのも、当然と言えた。
巨凶ケイブリスとの戦いを終えた六戦士は、深夜一時過ぎに、
彼らのホームである小屋へと、帰投していた。
そこで、たっぷりと休養を取った。
ランスの夜這いに関するアクシデントこそあったものの、
交替で見張りをたてて、それぞれが六時間の睡眠を得たのである。
で、皆が目覚めて。
顔を揃えて。
いざ、食事を作ろうという段で、深刻な問題が発生した。
「じゃあまひるさん、お願いします」
「いやいやここはユリーシャさんが」
「食事の準備はメイドの仕事でした」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
391
:
譲れぬ想い 挫けぬ心(3/10)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/12(日) 00:00:16
女性陣の誰一人として、まともな自炊経験がなかったのである。
問題は、それだけに止まらなかった。
「世の中にはコンビニという便利な場所があっての」
「そんなもん、シィルにやらせていたからなぁ……」
野武彦とランスもまた、厨房に立つ能力を持ち合わせなかった。
と、なれば。
あとは一人しかいなかった。
「男の大雑把な料理でよければ」
こうして高町恭也がひとり、厨房に立つことになった。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
「……どうしても紗霧ちゃんのメイド姿が見たい」
「……異議なしじゃ」
小屋の裏手でP−3の残骸を処理しながら、ランスと野武彦は小声で密談する。
「恭也は朝ごはんを作っている。念のためユリーシャを見張りに立たせた。
今がチャンスなんだ。ジジイ、策は無いか?」
「では、こんなのはどうじゃ?」
キランと丸眼鏡が光り。落雷の書き割りが表れて。
野武彦の目線が、井戸へと向けられた。
392
:
譲れぬ想い 挫けぬ心(4/10)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/12(日) 00:01:01
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
小屋には長逗留を想定してか、米や味噌の備蓄がそれなりにあった。
肉類こそ備蓄が無かったものの、日持ちする野菜も発見された。
故に朝食は、一汁一菜。
ご飯と、赤だしと、煮物。
誠に日本人らしいメニューと相成った。
―――コトコトと、鍋が鳴っている。
―――刻まれたネギの強い香気が漂っている。
「なんてゆーかこの…… 厨房に立つ男子ってゆーのは、
一種独特の色気がありますなぁ」
広場まひるは、エプロンをつけて沢庵をトントンしている恭也の背を見つめ、
ワイドショーを眺める中年主婦の如き感想を述べた。
「ま、否定はしません」
済ました顔で興味なさげに相槌を打つ紗霧ではあるが、
しかしまひると並んで食卓から恭也を眺めていた。
ユリーシャも同席はしているものの、窓の向こうのランスを気に掛けるばかりで、
二人の会話にも、恭也の後姿にも、意識は向けられていない。
―――コトコトと、鍋が鳴っている。
―――炊飯器の湯気に混じる白米の甘い香りが漂っている。
.
393
:
譲れぬ想い 挫けぬ心(5/10)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/12(日) 00:02:16
「おう、終ったぞ」
「ついでに井戸水も汲んできたわい。食後の皿洗いに必要かと思っての」
「お疲れ様です、ランス様」
P−3の残骸の処理を終えたランスとユリーシャが帰ってきた。
忠実な愛玩犬の如く笑顔で駆け寄るユリーシャを抱きとめて、
ランスはその耳元に、何事かを囁いた。
ユリーシャは複雑な表情で頷くと奥の部屋へと引っ込んで行く。
「いやあ、しかし水桶は重いのぅ……
この老骨のヤワい足腰には格別に堪えるわい」
野武彦は厨房に向かって、不確かな足取りで歩いてゆく。
そんな様子に哀れ心を誘われたまひるが、
手を差し伸べようと腰を上げた時であった。
あまりにも意外な第三者が、まひるに先んじて救いの手を伸ばしたのは。
「情けないなあ、ジジイ。しょうがない、俺様が代わってやろう。
ホレ、桶をよこせ」
まひると紗霧は己の耳目を疑った。
あのランスが。
男にはとことん厳しいランスが。
ジジイは早くくたばれだのの暴言を吐くランスが。
男に、年寄りに、親切心を発揮したのである。
「よよよよ、人の情けが実に染みるのじゃあ!」
「わはは、大げさなジジイだな!
そんな書き割りを出す暇があるなら、さっさと桶を……
ををっ!?」
394
:
譲れぬ想い 挫けぬ心(6/10)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/12(日) 00:03:31
ランスが詰め寄り、野武彦が立ち止まり。
交錯の瞬間、二人はニヤリと笑いあった。
その瞬間、水桶が、宙に浮いた。
「なんと!
ランス殿に親切に涙を浮かべた野武彦は、
手渡す水桶の目測を誤ってしまったのだった!
まったく意図せずに!」
「さらに!
ジジイが手放した水桶をナイスキャッチした俺様だが、
無茶な体勢が祟って、桶をひっくり返してしまった!
紗霧ちゃんに向かって!」
野武彦とランスは慌てる素振りも見せず、一息に言った。
明らかな猿芝居であった。
しかしその素早い連携に、まひると紗霧は反応できなかった。
「きゃあ!」
「がははは! 紗霧ちゃん水浸し!」
「やったのう、ランス殿!」
頭からしたたかに水を被り、全身ずぶ濡れになった紗霧が、
その黒髪をワカメの如く額に張り付かせ、
ハイタッチを決める老人と青年に、恨めしげな上目遣いを向ける。
―――コトコトと、鍋が鳴っている。
―――溶かされた味噌の匂いが居間まで漂っている。
.
395
:
譲れぬ想い 挫けぬ心(7/10)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/12(日) 00:04:57
奥の部屋に引っ込んでいたユリーシャが居間へと戻ってきた。
戻ってきたかと思いきや、そのまま小屋を出て行った。
その手に二つの大きな紙袋を握って。
「濡れた着衣に下着のラインを透かせては目の毒じゃ。
ささ、奥の部屋で着替えるとよい」
「俺様たちの大事な軍師が風邪をひいたら大変だからな。
早く奥の部屋で着替えるのだ!」
野武彦とランスはにこやかに紗霧を奥の部屋へと誘導する。
その様子に、紗霧は不信感を抱き。
数秒前に出て行ったユリーシャが抱えていた紙袋へと思い至る。
「まさかっ……!」
奥の部屋に飛び込んだ紗霧が目にしたものは。
男物女物、あらゆる衣類が持ち出されて空っぽになった、
部屋に備え付けの収納ボックスであった。
そして、その部屋の真ん中に。
まひるが病院で発見し、ユリーシャが保管を任されていた
衣服セットの入った袋だけが、ぽつんと、置かれていた。
「そこまでですか…… どうしてもメイド服なんですか」
紗霧を着替ぬ訳にはいかぬ状態へ追い込んだ上で、
替えの衣装の選択肢を限定させる。
それこそが、野武彦の策であった。
「それだけは譲れないのじゃよ」
「俺様は決して挫けないのだ!」
396
:
譲れぬ想い 挫けぬ心(8/10)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/12(日) 00:06:54
恥じることなく胸を張り主張する男二人の曇りなく輝ける瞳に、
ついに紗霧は溜息を以って、屈した。
「はあ…… しょうがないですね。
確かにここで風邪でもひいては困ります。
まひるさん、見張りを頼みます」
―――グツグツと、鍋が煮えている。
―――煮詰まった味噌汁の匂いが胃袋を刺激する。
紗霧の警戒に反して、野武彦とランスは全く大人しかった。
お利口に正座をして待っていた。
既に戻って来ているユリーシャは最初、暗い眼差しをしていたものの、
ランスに撫で撫でされたので、すっかり機嫌を治していた。
からり、と、引き戸が開かれて。
ごくり、と、男たちが息を呑む。
「いよいよだな!」
「なんと長い道のりであったことか……」
肩を叩き合い、互いの健闘を称えあう二人の前に、
着替えを終えた紗霧が、堂々と姿を表した。
その新装束の衝撃に、まひるやユリーシャまでもが息を呑む。
「な、な、な……?」
「そっちを選びよるとは!」
397
:
譲れぬ想い 挫けぬ心(9/10)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/12(日) 00:07:37
紗霧は、全身、清潔な薄いピンク色に包まれていた。
膝上までのタイトなスカートの下には白いタイツが履かれており、
頭上には三角巾の如きキャップが載せられていた。
胸ポケットには体温計が刺さり、首には聴診器が掛けられていた。
そう。
置かれた袋の中にある、もう一つの装束―――
紗霧は、ナース服に着替えたのであった。
メイド服とナース服。
どちらも同じく恥ずかしい衣装であり、
どの道コスプレの羞恥は拭えない。
ならばと、紗霧は考えた。
せめてと、紗霧は企んだ。
野武彦とランスの下らぬ策略に嵌っただけでも屈辱であるのに、
これ以上喜ばせるなど以ての外である。
ナース服とは苦渋の選択であり、意趣返しであった。
「この月夜御名紗霧にも、意地があります」
驚きを隠せぬ野武彦とランスは呆けた表情を見せ。
紗霧はそれを満足げに眺めながら笑った。
恐ろしく影の濃い、不吉な笑みであった。
「さて、お二方。治療のお時間です」
「何故に治療でバットなんじゃ?」
「しかもそれ…… 釘が打ち込まれてないか!?」
「昔の人は言いました。馬鹿は死ななきゃ治らない(ニッコリ)。」
398
:
譲れぬ想い 挫けぬ心(10/10)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/12(日) 00:08:46
紗霧が凶悪に改造されたバットを振り上げ、
野武彦が身を竦め、
ランスが野武彦を犠牲に逃げる素振りを見せ、
ユリーシャがランスに駆け寄り、
まひるが苦笑した、
その時。
ドシリと、厨房から、重い音が聞こえてきた。
―――カラカラと、鍋が焦げている。
―――焦げた煮物が目に染みる黒煙を発している。
全員が同時に、その異様に気付いた。
最も厨房に近かったまひるが、そちらに目線をやり、叫んだ。
「―――恭也さんが倒れてる!!」
↓
399
:
譲れぬ想い 挫けぬ心(情報 1/1)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/12(日) 00:09:30
(ルートC)
【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め
①しばらく休養】
【備考:全員、首輪解除済み】
【現在位置:D−3 草原】
【ユリ―シャ(元№01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:生活用品、香辛料、メイド服、干し肉、スペツナズナイフ、
文房具、白チョーク1箱、レーザーガン、フラッシュ紙コップ】
【ランス(元№02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:斧】
【能力:剣がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨2〜3本にヒビ(処置済み)・鎧破損】
【高町恭也(元№08)】
【スタンス:紗霧に従う】
【所持品:小太刀、鋼糸、アイスピック、保存食】
【備考:失血で疲労(大)、発熱(大)、右わき腹から中央まで裂傷あり】
※痛み止め(解熱作用含む)の効果が切れました。
400
:
譲れぬ想い 挫けぬ心(情報 2/2)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/12(日) 00:10:23
【魔窟堂野武彦(元№12)】
【所持品:軍用オイルライター、銃(45口径・残弾5)、白チョーク数本、
スコップ(小)、鍵×4、謎のペン×7、工具、
ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング】
【月夜御名紗霧(元№36)with ナース服】
【スタンス:反抗者を増やし主催者へぶつける、計画の完遂、モノの確保、
状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:金属バット、ボウガン、メス×1、謎のペン×8、小麦粉、
薬品・簡易医療器具、対人レーダー、他爆指輪、解除装置
簡易通信機・大(←野武彦)】
【備考:疲労(小)、下腹部に多少の傷有、性行為に嫌悪感(大)】
【広場まひる(元№38)with 体操服】
【所持品:せんべい袋、救急セット、竹篭、スコップ(大)、簡易通信機・小】
※「?服」のラストは、ナース服でした。
※米と味噌、野菜の数日分を確保できました。
401
:
284
◆ZXoe83g/Kw
:2010/09/12(日) 18:48:34
本投下&仮投下お疲れ様でした。
実はMAP作成において紳一の扱いに少し悩んでました^^;
食料だけでなくP-3からアイテムを作成したり、
紗霧を着替させたりする策略を成功させる彼らの抜け目の無さに感服。
ナース姿とは……これはいい選択。
鍋の描写と最後の恭也の様子とうまくあっていたと思います。
295話までのSSまとめと地図を更新しました。
まとめのパスは rowa です。
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1143002.zip.html
402
:
◆VnfocaQoW2
:2010/09/12(日) 23:36:00
長時間に渡る本スレへの支援、ありがとうございました。
以下13レス、「χ−1」を仮投下致します。
次回は、「タクスタスク 〜the final mission〜」。
野武彦とまひる、代行N−22、他レプリカが登場予定です。
403
:
χ−1(1/12)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/12(日) 23:37:37
(ルートC・3日目 AM9:00 J−5地点 地下シェルター)
拳を、握る。拳を、開く。
拳を、握る。拳を、開く。
目覚めたザドゥが最初にしたことは、【気】を用いての内観であった。
深い呼吸と共に【生の気】を巡らせれば、血液の滞りや発熱、代謝の停止等、
【死の気】を内包している箇所で停留し、あるいは霧消する。
これは気功を使う者特有の、肉体機能のチェック方法である。
(想像以上に疲弊が激しいな。火傷による機能の低下も著しいが……
だが、機能の不全には至っていない。俺はまだ、戦える)
その分析に、痛みは考慮されていない。
ザドゥはいつかの亡霊・紳一とは違い、痛み程度には動じない。
動くのか、動かぬのか。
壊れているのか、いないのか。
それを、一箇所一箇所丁寧に確認するのみである。
「はいはーい、ザッちゃんザッちゃん! 次はあたしを触診してー♪」
《そういう話なら、ぜひこの儂に!》
「黙れ妖刀、折られたいか」
《……お黙ります》
主催者一同の脳裏に、頭痛すら覚えるほどの強烈な鳴動が感じられたのは、
ザドゥが芹沢の背に【生の気】を巡らせようと掌を伸ばした矢先であった。
.
404
:
χ−1(2/12)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/12(日) 23:38:47
《聞け、主催者どもよ》
プランナーであった。
姿見せぬ金卵神が、強大な思念波を叩き付けたのである。
主催者たちに、緊張が走る。
《基地は地中に没し、学校も崩壊し、素敵医師とケイブリスを失った。
しかも深夜零時と早朝六時の定時放送も為されなかった。故に。
お前たちはゲームを管理する力を失ったと判断してよいだろう―――》
(No!? ケイブリスが死んだ、だと?)
椎名智機のトランキライザが働き、情動負荷が軽減される。
その処理をトレースして、初めて智機は気が付いた。
ケイブリスの死に、強制緩和を必要とする程の悲しみが発生していたことに。
『いいぜ、その目……ギラギラとしてて餓えてる目だ。見直したぜ』
―――興味を抱かれたい。
―――知って欲しい。
―――求められたい。
失って初めて、智機は理解した。
ケイブリスこそ。
誰よりも真っ直ぐな眼差しで智機を見つめてくれていたのだと。
智機のその悲願に、最も近い感情を抱いてくれていたのだと。
.
405
:
χ−1(3/12)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/12(日) 23:39:42
《しかし、それを以ってプレイヤーの勝利とは、我々は判断しない。
これは殺し合いのゲームである。
優勝とは唯一人が生き残るを指すのと同じく、
主催者の打倒とは主催者の全滅を指すからである》
透子は降り注ぐ言葉を咀嚼する。
一言半句逃すまいと、記憶領域にログ出力する。
深夜から早朝にかけての記憶/記録検索で、彼女は気付いていた。
ゲーム運営の実権を握っているのは、ルドラサウムなどではなく、
このプランナーという異形の神なのだと。
―――ルドラサウムを楽しませる。
確かにそれも重要ではあるが、それだけでは不十分である。
―――プランナーが敷いたレールから逸脱しない。
それに反することもまた、悲願の達成を遠ざけることになるのだと。
透子は理解したのである。
《つまり、ゲームは未だ継続中である。
優勝者が出るか、お前たちが全滅するまで、ゲームは終らない。
管理能力を失ったお前たちではあっても、
プレイヤーの敵としてのお前たちはゲームに必要とされている。
依然として。
故に、お前たちは未だ、その願いを叶える権利を失ってはいない》
.
406
:
χ−1(4/12)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/12(日) 23:40:30
(なーんだ、じゃあ今までと変わらないってことかぁ)
芹沢は胸を撫で下ろす。
彼女は確かに主催の一翼を担う立場にはあれど、
智機の如きシステム面にての働きには携わらぬ駒でもあった。
刺客として戦場に赴き、プレイヤーを脅し間引くを旨とする、
純粋なる現場担当者であった。
その立場から見たプランナーの発言は、自分の行動を変えるようなものではなく、
逆に、対立構図はより鮮明に単純になったのだと、楽観的に受け止めた。
それよりも、なにやら。
(何かこのカミサマって、やーな感じぃ)
何を当たり前のことをさも勿体ぶって口にするのか。
直感型で嗅覚タイプの彼女としては、
プランナーのその性質に、生理的な不快感を覚えたのである。
《さて、では本題に入ろう》
―――本題?
その言葉にザドゥと芹沢は混乱する。
自分たちの主催としての去就が主題ではないとするならば、
それ以上に重要なものとは、一体何であるのか。
―――本題!
その言葉に透子と智機は思い至った。
自分たちが今居る場所と、そこを使用しているという意味に。
そこを、プレイヤーよりも先に利用したという事実に。
.
407
:
χ−1(5/12)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/12(日) 23:42:14
《シークレットポイント……
そこにある「有利になる何か」を主催者がプレイヤーに先んじて使用すれば
ペナルティが下るというルールを、覚えているか?
今回のケースは難しい。
そこにある「何か」が道具ではなく、部屋そのものなのだから。
検討の末、我々はこう、判断した。
素敵医師や御陵透子が立ち寄ったことは、抵触しない。
ザドゥとカモミール芹沢が避難したこともまた同様である。
問題は―――
仁村知佳の襲撃を、その扉で防いだ点にある。
これを我々はペナルティの対象となると認定した》
プランナーはそこまで一息にまくし立てて、沈黙した。
待っている。
この神は、哀れな子羊たちから問いが発せられるのを待っている。
質疑応答の形を経て、ペナルティをより強固に刻みつけようと、
手薬煉を引いて待っている。
「……ペナルティとは?」
プランナーの期待に応えたのは空気を読めぬオートマン、智機であった。
異形の神はさらに勿体ぶって二呼吸の間を空けた上で、厳かな声で処分を通達した。
《優勝者が出た時点においての生存主催者のうち、
一人の願いを叶えないこととする》
「「「!!!」」」
.
408
:
χ−1(6/12)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/12(日) 23:43:03
「一人って…… 誰のことなの?」
恐る恐る、芹沢が聞いた。
その怯えた声の調子に目論見の成功を確信したプランナーは、
喜びに震えそうになる己の声を抑えて冷静を装い、返答する。
《それはお前たちで話し合って決めればよい。
我々は対象人物まで特定しない》
口火を切ったのは透子であった。
瞳に炎を宿らせて、主催者の三人をにらみつけた。
「譲れない」
「私は絶対……」
「願いを叶える」
それを諌めたのは智機であった。
「Wait、Waitだよ、透子様。
ここで短絡を起こしてはいけない。
プランナー様はこう言ったろう?
優勝者が出た時点においての生存主催者のうち、と。
今、一人を口減らしたとしても意味が無いのだよ」
今、と、智機は口にした。それはつまり、後、ならば。
同胞を殺す意味があるのだと、その心算もあるのだと、
智機は宣言したに他ならない。
「ねぇねぇ、どーしよっか、ザッちゃん?」
409
:
χ−1(7/12)
◆VnfocaQoW2
:2010/09/12(日) 23:43:49
芹沢が腕組みするザドゥの袖を引っ張って、上目遣いで見つめる。
ザドゥを形式上の首魁に過ぎないと見る主催者たちの中で、
彼女は只一人、彼をトップであると認めている。
武家社会の末子たるこの女は、主筋に判断を委ねたのである。
プランナーの登場から此方、沈黙を保っているザドゥは。
芹沢の要請を受けるや、両の瞼をカッと見開いて、
まるでそこにプランナーの姿が見えているかの如く、
強い眼力で虚空を睨めつけると。
「―――断る」
そう、短く断じたのである。
《……首魁ザドゥ。君の発言は、誰に、何に向けて発せられたのかな?》
「そのペナルティ、承服しかねるということだ」
言い捨てた。
伺いを立てるといった様子ではなかった。
一方的な拒絶の宣言であった。
《憤りも理解せぬではないが、これは厳粛なるルールの適用に過ぎな……》
「黙れ下っ端」
《下っ……!?》
ザドゥの分を弁えぬ余りにも余りな暴言に、空気が凍りつく。
身の程を知らぬザドゥはそれでも飽きたらぬのか、
更なる暴言を重ねて、プランナーを侮辱する。
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