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Key Of The Twilight
792
:
ベルッチオ
◆Hbcmdmj4dM
:2017/05/12(金) 12:26:45
【ポセイドン邸】
出過ぎた真似をしてしまったばかりか、よもや当主にいらぬ気遣いまでかけさせてしまうとは。
ベルッチオは下げていた頭を上げると、申し訳が立たないとばかりにナディアに目礼で応じ、今だ震えの止まらぬ手を背後に回し、脇へ下がろうとする。
…丁度その時だ。
突如として広間の扉が押し開かれ、直後、斎場にどよめきが走る。
「…リト…坊っちゃん……?」
扉を潜って現れた人物に、ベルッチオは信じられない想いを抱いた。
他の参列者と同様に、リトとセナを交互に見比べては、その顔に動揺の色を浮かべている。
ただ平静を取り戻すのも早かった。それは彼がこの屋敷に長年仕え、そこに住まう人物の性分を少なからず把握していたからこそだろう。
屋敷に戻ってからというもの、アブセルが何やらこそこそとしていたことは気づいていた。
どのような術を用い、そこにどんな真意があるのかは定かではないが、恐らくはナディア達と一緒になって悪巧みでも企てたのだろう。
そしてこうして見比べてみれば、たった今現れた彼がリトだと、そう確信が持てる程には思うものもあり、
むしろなぜ気づけなかったのかと、恥じ入るばかりだ。
そんなベルッチオの脇をリトが通り過ぎる。
棺の中の父親と向き合うリトに、その口から発せられた言葉に意識を奪われる。
彼がヨハンを父と呼ぶのを初めて聞いた。いや、そもそもリトが一度だってヨハンと言葉を交わしたことがあっただろうか。
父親の死を静かに受け止めるリトの横顔は、湖の水を湛えているかのように澄みきっていて、何故だか全く知らない人のようで…。
不意にベルッチオはその顔を見ていて、思わず泣きそうになった。
今までに抱いたこともない感情が込み上げてきて、堪えきれず瞼の奥に熱いものが集まってくる。
何故そんな風に感じたのかは分からない。何故こんなにも胸が熱くなるのかも。
ただ強く目を閉じて、その波が過ぎるの必死に待った。
…この子はこんなにも堂々としていただろうか、こんなにも吹っ切れたような表情をしていただろうか。
ベルッチオの眼にはいつだって、部屋の片隅で一人、積み木を弄っていた幼子の姿が残っている。
死を待つばかりの儚い存在。もちろん可愛く思わない訳がない。
だがそんな子に下手に情でも抱いてしまえば、"その時"が来たとき、居ても立ってもいられなくなる。
故にずっと目を逸らし続けてきたのだ。
見ないようにして、見ないようして、真実からも現実からも背を向けて。
その間に彼はこんなにも美しく、立派に成長していたというのに。
その母親によく似た顔立ちの中に、確かに宿るヨハンの面影を垣間見て再び心が揺さぶられるのを感じた。
「…最期に、旦那様とお話されたのですね」
彼は努めて平静を装うと、静かな声でリトに語りかけた。
まさかそれが死後の世界でなど、想像にもしないが。
ただヨハンは最後に自身の想いをリトに伝えたのだろう。
だから、リトは今ここに、こうして立っているのだ。
「………」
何を思ったのか、ベルッチオはリトに向けて粛々と頭を垂れた。
言うべきことは沢山あったと思う。謝るべき言葉も、伝えるべき言葉も。
果たしてそれをする資格が自分にあるのかどうかも分からない。だがそうせずにはいられなかったのだ。
道具として生まれ、その存在を隠匿され続けた幼少期。そしてその存在が明るみになるや、今度は悪しきものとして害されることとなった彼の生を、17年という時を経て、ようやく表だって歓迎できることに…
「…お帰りなさいませ、坊っちゃん」
老人は溢れんばかりの感謝の想いを胸に、最大の敬意を込めてリトを迎え入れたのだ。
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