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漫画・ライトノベル以外の書籍スレ

98 修都 ◆7VC/HIVqJE :2017/04/06(木) 20:07:32 ID:MDyIz2QM
早野透「田中角栄(首相)」(『ひとびとの精神史6巻 70年代』)
 1918年5月4日、田中角栄は新潟県刈羽郡二田村(現柏崎市西山町)で農家(牛馬商)の家に生まれた
 小学校高等科を卒業後、土方の仕事についたが東京に勉強に行けるといわれた→34年、上京するも住み込むはずだった家にあしらわれ、東京で職を転々とする
 39年、徴兵されて満洲に向かう→新兵いじめにあう→肺炎になり生死の間をさまよって41年除隊
 その後、坂本はなと結婚し、田中土建工業株式会社を設立。終戦時、朝鮮にいたが、全資産を朝鮮に寄付すると宣言して日本に帰った
 戦後、事業の顧問にしていた政治家大麻唯男に誘われて立候補する→落選→47年4月の衆院選で新潟3区を3位当選
 角栄は衆院建設委員会で国土総合開発法づくりに取り組んだ→政府提案の形で成立。角栄の議員提案で公営住宅法、住宅金融公庫法改正が成立
 角栄は議員立法で道路法を改正させた→旧道路法では東京と由緒ある神宮や師団司令部を結ぶ路線が国道だった
 →交通の発達に寄与すること、公共の福祉を増進することを道路の目的とするように変えさせた→国家のための道路から国民のための道路へ
 議員立法で「道路整備費の財源等に関する臨時措置法」(ガソリン税が道路財源に)も成立させた→道路総延長はぐんぐん伸びた→ガソリン税は臨時ではなく半世紀にわたって延長
 48年、炭鉱を国家管理する法案に反対していた時、業者から収賄したとして逮捕された→49年1月、衆院選で2位で当選。この時の選挙運動の中核が後の越山会につながる
 収賄事件に関しては2審で無罪となった
 もともと新潟では農民運動が盛んで共産党や社会党の支持は強かった→角栄が登場するとその支持層が越山会に変わった→抵抗より陳情のほうが話が早い
 57年、角栄は岸信介内閣で初入閣、郵政大臣となった→特定郵便局拡大(地域の名望家を特定郵便局長にする)、テレビの大量免許公布(テレビ局の増大)
 池田勇人内閣になると62年、大蔵大臣として入閣(44歳、史上最年少)、在任3年→65年、自民党幹事長に就任→71年、佐藤栄作内閣の通産大臣に
 アメリカは日本の繊維を輸入制限しようとしていた→角栄はアメリカが輸入規制すれば余剰織機を政府が全部買上げるとした
 72年6月20日、『日本列島改造論』が初版発行。7月5日、自民党総裁になる→7月7日、田中角栄内閣
 →日中国交正常化は成功。しかし石油危機で経済は不調、立花隆の「田中角栄研究」で金権政治を指弾され退陣に至った→石油危機で角栄の列島改造の夢は打ち砕かれた
 角栄は石油のためにアラブ寄りになろうとしたが、アメリカが反対、さらにアメリカは石油もまわさないとした→ロッキード事件アメリカ陰謀説
 74年12月、首相辞任、2年後、ロッキード事件で逮捕→83年、一審判決で有罪、懲役4年。85年、脳梗塞で倒れ、93年12月16日に死亡した
 地方創生は角栄の夢の続きなのか。角栄が生きていたら、原発は無くてもいいんじゃないかと言うのか、安全確保をすればいいと言い続けるのか


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