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漫画・ライトノベル以外の書籍スレ

96 修都 ◆7VC/HIVqJE :2017/04/02(日) 12:04:29 ID:MDyIz2QM
高峰武「川本輝夫(水俣病患者)」(『ひとびとの精神史5巻 70年前後』)
 水俣病の補償制度は本人の申請で始まる→被害者自ら手を挙げねばならない→魚が売れなくなると、申請に対し漁協から圧力。子どもの結婚のために申請を自粛することも起きた
 川本輝夫は68年に申請。翌年、棄却されたため再申請。さらに棄却されたため、厚生省に行政不服審査請求を行った
 水俣病の認定患者は60年度末で85人。71年度末で181人だった→川本らの行動の後の86年度末、認定患者は2161人になる
 71年8月7日、新しい環境庁長官の医師大石武一は川本の認定申請を棄却した熊本、鹿児島両県知事の処分を破棄、差し戻した
 →有機水銀の影響が否定できない場合、主要症状のいずれかがある場合も水俣病の認定に含むとした。疑わしきは認定と説明
 →これに対し、水俣病認定審査会委員たちが猛反発。大石が出した裁決と通知の精神の徹底は不十分なものとなった
 水俣病と認定された川本らは、71年10月、チッソと交渉を始める。チッソは川本らを新認定と呼んだ→チッソが取り合わなかったため、水俣工場前で座り込み
 →12月6日、東京のチッソ本社に乗り込む。水俣に戻るのは約2年後になる。要求は患者に対する補償として一律3千万円
 →「チッソを守れ」の住民大会も企画されるようになる→水俣はビラ合戦となった。チッソ擁護の意識は、患者支援のために水俣に来た若者に対してよそ者という視線になった
 73年3月、熊本地裁は患者勝訴の判決を言い渡した→チッソの責任を全面的に認め、1800万円、1700万円、1600万円の三ランクの賠償を命じた
 →チッソは本社を放棄、移転したりなどしたが、73年7月9日、補償協定書が結ばれた。補償額は判決と同様、年金や医療費などの恒久対策がついた
 川本はチッソ社員に傷害を負わせたとして72年に起訴されているが、川本もチッソ幹部を殺人と傷害罪で告訴している
 →76年、チッソ元社長と元工場長は業務上過失致死傷害で起訴され、88年に有罪が確定している
 川本の方は75年、東京地裁で罰金5万円、執行猶予一年という判決を出されている→77年6月、東京高裁は本件公訴を棄却した→司法が患者側に立った
 83年、川本は水俣市議に当選。以後、1回の落選をはさみながら、3期務める
 川本は90年、「昭和」を終わらせるために天皇に水俣に来てもらう請願を出すことを考えた→不発に終わったが2013年、天皇皇后が水俣訪問。川本の長男愛一郎が面会した
 2015年、水俣病認定患者は2981人。認定はされていないが一定の症状があり一時金の対象になる人は約4万人


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