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漫画・ライトノベル以外の書籍スレ

92 修都 ◆7VC/HIVqJE :2017/03/29(水) 19:00:09 ID:MDyIz2QM
仲程昌徳「仲宗根政善(教育者、言語学者)」(『ひとびとの精神史5巻 70年前後』)
 1945年3月24日、教師であった仲宗根政善は沖縄師範学校女子部、県立第一高等女学校の生徒たちである準看護要員(ひめゆり学徒隊)を引率して陸軍病院へ向かった
 45年6月23日、仲宗根は生徒たちと共に米軍に包囲され、捕虜となり、収容所に連行された→収容所で、重傷を負い壕に残していった生徒が生き残っていたことを知らされる
 →仲宗根の戦後は、引率した教師の責任を自身に問うことから始まった
 仲宗根は、米軍統治下での教科書編集への参加を要請されたが、とても再び教育にたずさわる気にはなれなかった
 →チリ捨て場に子どもたちが群がっている姿を見て教育に戻る事を決意、教科書編集を行う
 48年、本土から教科書が送られてきたが、まったく沖縄のことが触れられていないことを知り、落胆する
 51年7月、生き残った生徒たちの手記を集めて『沖縄の悲劇―姫百合の塔をめぐる人々の手記』を刊行→戦争へと生徒たちを引率した教師の責任
 52年、琉球大学に就任、教壇に再び立つことになる。もともと仲宗根は方言を研究していた
 56年、第二次琉大事件(53年にも学生が退学処分になっている)→共産主義的学生を処分しなければ大学をつぶすとアメリカ側から警告され、退学処分学生を出した
 →この時期、仲宗根は副学長であり、学生を罰した罪を自身に感じていた
 63年、推薦があってハワイ大学で研究する機会を与えられる。80年、『今帰仁方言辞典』の原稿を入稿、83年に刊行
 89年、ひめゆり平和祈念資料館の館長に就任するなど平和のための運動にも尽力


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