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漫画・ライトノベル以外の書籍スレ

284修都:2022/03/17(木) 21:59:45 ID:AY2wDrvM
吉本道雅「「中華帝国」以前」『岩波講座世界歴史5』
前2500年ころに始まる龍山期には階級分化、都市・文字の出現などがほぼ出そろっている→前1900年からの二里頭文化は中国本土全域に影響力
→夏王朝は二里頭期以降の諸王権に関わる伝説が春秋戦国時代に一個のイメージに結晶したもの
→前1600年頃、殷王朝成立→前1350年頃から甲骨文出現。甲骨文で殷王朝は大邑商と自称→邑とは城壁で囲まれた集落
殷王の支配が及ぶのは河南北部・南部(内服)、諸侯に対する支配は緩やか→殷王朝は王位継承が不安定だった→2大支族が交代で王位
天の観念は周人にはじまり、周王は天子を称する。周公旦は中原支配の拠点として成周(洛陽)を建設、天下の中心
王が諸侯に賜与すべき邑田の枯渇→権益や家産の分配→権益創出のため外征→内紛や紛争の中で西周王朝滅亡→東遷(東周)
→中原の有力諸侯国は小国を併合して領域を拡大→有力諸侯国の紛争慢性化→諸侯は最有力の諸侯を盟主に戴く同盟を結成し、紛争停止を図る
→前中原的な覇者(盟主)体制と各同盟国の世族支配体制→中原覇者晋が中原外の斉・楚・秦に対抗するという構図が前4世紀戦国中期まで持続
中原諸国は晋に貢納することを義務づけられていたが、前546年晋楚講和の結果、根拠が失われる→内乱続発。晋の覇者体制解体の危機
孔子は客観的規範(道)に基づく君臣関係を主張、君主が道を逸脱した場合、臣下は自由にやめることができるとした→官僚制
前453年晋の正卿知伯敗死→ここから戦国とする研究者が多い
趙・韓・魏(三晋)は晋から実質的な独立→それぞれ斉・楚・秦と提携。趙・韓は周を東西に分裂される→周王朝・晋侯を奉じて覇者体制を維持することは不可能
春秋期から郡・県はあったが、秦漢的郡県制の形成は戦国中期
前349年、晋断絶→周王朝は秦を覇者に認証→前334年、斉と魏は王号を相互に承認、周王朝と秦の覇権を否定。前325年、秦は独自に王号を称す
孟子が新たな政治的秩序(王道)を提唱。王の1人が天下を統一し、新しい王朝を開くことを期待
秦の独走→前256年、周王朝が断絶すると昭襄王は周に代わる王朝樹立を宣言し、秦を天子とする封建制を志向→統一はなかなか進まなかったが前221年天下統一
→郡県制施行、全領域を皇帝の直轄領とした→前206年、秦滅亡で封建が復活
中国→官僚制が編成、礼によって秩序づけられた支配層、高い農業生産力、他国との外交関係を持続しうる存在→夷は政治的文化的未成熟
『論語』は異民族にも適応しうる儒家的倫理の普遍性を強調、異民族同化の可能性を主張


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