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漫画・ライトノベル以外の書籍スレ

222 修都 ◆7VC/HIVqJE :2018/07/21(土) 17:38:02 ID:/XJTTU3k
武田知己「日本外務省の対外戦略の競合とその帰結」(「年報日本現代史」編集委員会『検証アジア・太平洋戦争』2011年)
 30年代の外務省の主流はアジア派。メンバーの中核は有田八郎と重光葵→アジア派と対立したのが革新派、白鳥敏夫が中心
 アジア派以外の主要メンバーは欧米派。幣原喜重郎や広田弘毅など
 白鳥は満州事変拡大の過程で幣原外交と訣別し、事変の拡大を支持した
 欧米局長東郷茂徳の国際情勢判断→東郷はリアリスト、イギリスとの協調に可能性を見出し、日英関係を通じて対米関係の改善を構想
 東郷はソ連との不可侵条約締結を強硬に主張→これを締結すればアメリカの警戒心も緩和されると考えていた
 重光の構想→東郷が中国本土への進出を戒めていたのに対し、重光は満州国周辺への勢力拡大を目指していた。アジア・太平洋をアメリカと分割することも考えていた
 重光路線への批判→中国通の外交官は中国の国家統一を日本は援助すべきだとしていた。東郷も重光を批判
 ただ、重光らアジア派の路線は、欧米派や革新派と緩やかに提携していく→アジア派と欧米派は英米協調・反ソで共通性。東郷もイギリスとの協調で共通性
 →革新派は対ソ戦争を辞さないという点以外で重光の路線とほぼ同じ
 →重光の路線は日中全面戦争開始で挫折する→英米を敵に回してしまった。重光は中国との戦争など想定していなかった
 →重光の路線は、ソ連・中国内部の共産勢力との対立を利用して英米と協調すること


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