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漫画・ライトノベル以外の書籍スレ

142 修都 ◆7VC/HIVqJE :2017/05/28(日) 17:06:39 ID:z68wRE6o
高遠菜穂子「イラク支援の現場から」(『ひとびとの精神史第9巻 2000年以降』)
 高遠菜穂子は2000年、30歳でインドでボランティア生活を始めた
 アフガニスタン空爆が開始されるとアフガニスタンに行きたいと思うようになったが、イラク戦争が始まるとイラクに行きたいと思うようになった
 03年5月1日、大規模戦闘終結宣言の日、イラクに初入国した。入国2日目、何者かに部屋を発砲された。戦争は終結していなかった
 ファルージャには行かない方がいいと言われたが、最も危ないところこそが支援が必要ではないかと思い、行くべきだと判断した
 ファルージャに到着すると、小学校を占拠して拠点にした米軍に抗議した結果、乱射されたイラク人達に出会った。高遠は住民に支援物資を届ける活動を行っていた
 →米軍の蛮行や米軍に対する不満を住民から数多く聞かされた。高遠は報道関係者にその話をしたが、日本の報道関係者はあまり真面目には聞いてくれなかった
 米軍に銃を突きつけられて、パスポートや車を調べられたり、カメラのデータを削除されたこともあった→米軍はファルージャで起きていることが外に知られるのを警戒していた
 小泉政権がイラクに自衛隊を派遣すると決めた時、バグダッドの小学校校長等から激怒された→日本には平和ブランドイメージがあり親日家も多かった分、怒る人達がいた
 自衛隊派遣前のサマワでは、日本企業が来るのだと思われていて大盛り上がりだった。就職できると思って引っ越してきた人もいた→美しき誤解
 →自衛隊が来るのだと言っても納得いっていない人達が多かった
 米軍がファルージャに総攻撃を行った04年4月、高遠はヨルダンにいた→車でイラク国境を越えて進んでいると、覆面をした男に拘束され連れ去られた
 →日本人男性2人とともにスパイ容疑の尋問、軟禁を受けた。自衛隊撤退要求の人質になっていたと知ったのは、解放されてからだった
 拘束した抵抗勢力は、何度も子どもたちが殺されたと繰り返していた→怒りは理解できるが、あなたたちのやっていることは米軍と同じだと高遠は言った
 解放直前、ある戦闘員から「もうこれしか方法がない」と繰り返された→高遠は、一緒に支援活動を行っていた旧イラク軍兵士の話をした
 →対話が可能だったのは、地元の遺族からなる抵抗勢力系武装勢力だったから。アルカーイダ系武装組織であったら、対話することは難しかっただろう
 自衛隊派遣以降、美しき誤解は正された。日本が米国追随の国だということが理解された
 05年、イラク新政府が発足して以降、多くのスンニ派市民が殺害された。新政府で実権を握ったのはイランのシーア派至上主義に傾倒する政党だった
 →スンニ派狩りが行われた→IS勢力拡大の最大原因。もともとイラクはフセイン時代、婚姻は自由で異なる宗派同士の婚姻も普通だったしクルド人とアラブ人の結婚もあった
 →このような共存社会は、イラク戦争後にやって来たスンニ派原理主義のアルカーイダ系組織とイラク新政府のシーア派至上主義によって破壊された
 →ISはこのアルカーイダ系組織が原型。スンニ派市民はISにも殺され、シーア派民兵にも殺される
 →米軍にひどい目にあわされたイラクの人々が米軍の助けを待望するほどの状況になっている。ただ、武力行使では一向に解決に向かわないのは世界を見れば明らかである
 日本はその中で何ができるのか?戦争をしない国から進んで戦争を止める国になるべきでは


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