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習志野原の掲示板2022-2
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そうそうエリア外で恐縮ですが、「うれしート」で毛色が違うのは奈良線ですね。全快速系列車に設定とあり、インバウンドなど観光客目当てでしょうか。ただうまく需要がかみ合わないと短距離で利用する観光客のせいで購入できない客が続出するかも。1列車当たり1回の利用はあるとしても、インフラを無駄にする格好です。
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三咲のマックが昨日開店し今日の夕方行ってきましたが、まあまあ盛況でした。
懸念していた混み方(ドライブスルーの待ち列が表にはみ出る等)までは行ってなかったですが、まあたまたまなんでしょうかね。
ところで、米ヶ崎のパチンコ店からコスモのガソスタまでの線路側が更地になりつつあります。
新駅関連か医療センターの移転関連といったあたりでしょうかね?
工事の表記は下水関連でしたが。
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登場時から異色のJRとのコラボだった「ファンタジアなごや」が事実上JRの一員になりますね。
「ドリーム知多」と統合のうえ千葉県内はTDRのみとなりますが、「ドリーム」は名乗らず「ファンタジアなごや」が2往復と、ここだけは意外です。
TDR乗り入れが「ファンタジア」でそれ以外が「ドリーム」とシンプルですが、分かりやすさという意味では全便「ドリーム」なんですが、ほとぼりが冷めたら統一でしょうか。京成が0.5往復残りますが、あとはJRとあって、予約サイトは高速バスネットに統一されますし。
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NHKの「あの日偶然そこにいて」という番組が明日1990年の有馬記念、というかオグリキャップのラストランを取り上げます。改装なった中山に18万近い観衆を集めた空前絶後のレースでしたが、実は私もその中の1人でした。
ゴール前に近い平場にいましたが、レース直前には文字通り「立錐の余地もない」状態で、群衆雪崩にもならない数で、自分で制御できない状態で身体が立ったり斜めになったりを繰り返した記憶があります。正面スタンドの画像が出てくれば、18万分の1よりは高い確率で映っているかもしれません(爆)
当日は感傷と勝負は別、と違う馬券を買って見事に外れましたが、未曽有の、いや、空前絶後の大観衆を集めて優勝というのは出来過ぎともいえる結果でした。翌年以降有馬は予約制になったため、詰め込めるだけ詰め込む、ということは不可能になったこともあり、あの日の入場者数は今もなお残るレコードになっています。
ちなみに全く違うイベントですが、1999年には幕張でGLAYが20万人コンサートを開いていますが、どちらも近隣の習志野市の人口を上回る動員でした。なおオープンスペースでの開催となる花火大会はさらに桁違いで、江戸川花火/市川花火は両岸合わせて139万人だそうで、江戸川区と市川市の人口よりも多いです・・・
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昨日静岡に行く用事があり、COVID-19以降は懇親会も激減し気の合う学会参加者と駅ビルの静岡おでんの店で
グラスビールを傾け30分程度の懇談、このくらいの方が適切かもしれずやはり昔のような大型の宴会というのは
数割程度までの回復に留まるのではないかと感じます。
特に早く帰宅する理由もなく、旅費は新幹線指定席の定額貰えますが時刻表を見るとHL沼津4号が間もなく発車するところで
在来線でもそう遅くならないかと思い、ホームに上がるとライナー券の券売機に行列ができていて発車直前まで次々と330円のライナー券が
売れていきます。座席指定もなく373系の窓側がさらりと埋まる程度の乗り、コンパートメント席は1人客がどこも占拠する感で、乗車率は5割弱か
反対の下りホームに停まる浜松行き835MはHL沼津4号と同時に出る島田行き459Mの6分後発ですが既に立ち客が目立ち、静岡市から西方への通勤需要の
旺盛さを物語ります。それに比べると東方は清水まで静鉄が並行しその先の庵原地域は狭隘なところでHLの利用率からも相対的に需要は小さいでしょう。
定刻に滑り出し、草薙付近では静鉄の電車をあっさり抜き去りましたがあちらも席が半分埋まる程度、始発便のない清水からの乗車が多いかと予想しましたが
意外にも3人しか乗って来ず(降車も1人いました)、清水自体の地盤沈下が激しいことの裏付けといえそうです。明るい時間なら海の景色が楽しめる区間も
夜間は並行するバイパスを行く光との競走に、110㎞/h程度出ているのか高速道路同然の整備がされたR1の車をどんどん抜いていくのは快感ですが
このくらいの速達性を提供しなければ地方都市で鉄道が生き残るのは困難といえます。
ライナー券はシートカバーにエドモン券対応サイズのホルダーがありここに挿しておけば検札はスルーですが
券を買わずに飛び込み乗車の客も多く車掌2人がかりで回りながら車補を出していました。しかし330円の料金券では人件費を考えると採算性はどうなのか
そして検札に人的資源を割く一方で接続列車の案内放送が全くなかったのは疑問です。富士で4割程度降り、終点の沼津では対面に静岡を26分早く出た482M が待機していましたが
車両はなんと転換クロスの313-300番台、座り心地、明るい内装とも上々ですれ違った列車なども大垣や神領から転属の転クロ車が目立ち静岡のロング地獄は過去の話になったのに
18きっぷは大改悪というのは皮肉なもの。静岡や熱海でもシーズンには相当数見かけたそれらしい客層は激減していて
熱海で482M から1932Eに乗り換えた客は20ないし30人程度と従前の18シーズンでは考えられない少なさです。
熱海で乗り換えた1932Eの最後尾のボックス席に座ると、座り心地、内装とも313系より落ちる感がありますが茅ヶ崎から乗車率が上がったものの
戸塚まで1ボックス占拠できましたが、戸塚で乗り換えた1930Sはまさかの11連で後方側の普通車は3両のため横浜で満席近く武蔵小杉の下車は
そこそこあったものの乗車も多いため、品川乗車では列の先頭でないと座れない様子、馬喰町でも想像以上の乗降がありましたが降りる方も一苦労
津田沼を発っても立ち客がいるという状態で、ロングシートでは1時間以上前に立つ人の視界ではE217のボックスが良かったと思えてきます。
それ以上にこの時間帯に11連はダメというのは言うまでもないですが。
実は1930Sが1931Fになる辺りで気付いたのですが前日までにjr-Eポイント交換なら600円相当で熱海〜稲毛のロザが利用でき
千葉市に住んでいれば対静岡県方面が最も得なパターン(北の方は通算できないので2枚のグリーン券が必要)なので
前日までに決めてぜひ利用すべきでした。
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静岡エリアのHLは平日限定ということもあり未乗車なんですよね。
夕刻の静岡からの上りというと、1時間ほど後の時間帯にはなりますが、かつては「ながら」送り込みの373系普通が定番でしたが、かえってヲタで混みあうという弊害も顕著でしたから、敢えて外すことも多かったです。
下りはその浜松行きのあとに出るHLが鍵でしょうね。用宗で追い越し、掛川で「こだま」乗り継ぎよりも9分遅いだけ。浜松行きでも17分差ですから、時給換算で4000円近い支出はコスパが悪いです。掛川から袋井、磐田と中堅都市が並ぶのも足が長い在来線客を集めていますが、それがゆえに「快速」の設定が難しくなっています。昭和時代の快速も用宗と天竜川だけ通過(安倍川など新設駅がなかった時代)というなんちゃってでしたから。
そうそう、3月改正で東京口の沼津直通がまた減りますが、本来は東京方面からは沼津か富士まで、静岡方面からは三島までとして、三島-沼津-富士の本数を確保する、というのが王道ですが、会社境界が需給バランスを著しく崩しています。
どの区間を見ても米原が目的地にならないのに同一会社の琵琶湖線〜北陸線しか直通しない米原とかもそうですね。そして関門間も毎時3本見当が2本見当に減便という情報も入っています。
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ちなみに関門間の減便を関門トンネルのメンテナンスを理由にしているのを鵜吞みにして忖度メディアが報じていますが、運転間隔が均等で20分が30分に10分延びるけど安全確認込みで実働何分なのか。貨物も走るんですよね。単線使用による長大間合いであれば現行ダイヤでも実施しているわけで、理由になっていません。
この区間はトンネル西側出口にあるデッドセクションの影響で415系しか対応できないわけで、SUS車とはいえいよいよ寿命が見えてきたということでしょう。運行本数減は運用本数減、すなわち所要編成減ですからね。この区間だけに交直車は新造出来ないというのでしょうが、設備投資をケチる会社のせいで一体的な経済圏で分断が生じています。両岸の事業所はそれぞれ対岸からの通勤によって支えられていますが、そのうち船で代替とでもなりかねませんね。あるいは彦島から小倉への架橋が決まりましたから、バスの出番でしょうか。
今後はBEC819系が本命のはずですが、4連バージョンを登場させて。ただもう5年も増備がないというのは関門間で使う気がさらさらないということでしょうね。小倉-下関の運行とすれば充電時間も確保できるでしょうに。
あるいはデッドセクションの移設で下関か門司のホーム1面を交流あるいは直流専用とし、交流車あるいは直流車での運行を可能にする、というのが長い目で見れば経済的でしょう。
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すみません、前2つは私です。なぜかクッキーが急に消えてました
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先週木曜、久々に総武線津田沼終に乗りました。
五反田からでしたが、あと20分早くでれば東葉の勝田台終間に合ったのですが
お酒入ると時間を忘れてしまいますね。京成の本線直通は23時過ぎで終わってしまうので少し早いです。
木曜でしたが津田沼終は、中間車両はドア付近まで立客ありましたがほぼ定刻で発車しました。
津田沼に3分遅れで着き、タクシー待ちは50人強なのですがタクシーが全然こないのでラーメン屋で時間調整しました(笑)
1時半回って再度タクシー待ちに並び15人程度なのですが、15分くらい待ちましたね。
コロナ前の終電時の津田沼の状況を知っている身からすると、タクシー台数もかなり減ってしまった気がします。
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オグリキャップの有馬記念は私は記憶にありませんが、父は管理職になった年で馬券も好調だったことから20万円を投じて見事に外したそうで
その馬券を見せてもらったことがあります。GLAYの幕張コンサートはまさに地元の高校に通っていたこともあり同級生に誘われて観にいきましたが
音楽そのものよりライブ会場の楽しさが印象的でそれ以降GLAYのようなロックではなくアニメ、声優系のライブに傾倒していくことになりました。
しかしこの時代までは人気催事の混雑など百も承知でいくもので混んでいてマイッタと言っても、そんなことを行く前から分かっていたで
終わりでしたが、01年の明石花火大会群衆事故やCOVID-19の時代になり密が避けられるようになると、過度の集客が否定されるようになり
TDRに代表されるような価格面のコントロールを行いその対価を払う価値があると思う人だけが来ればよい、その方が来た客の満足度も上がると
いう方向にシフトしてきています。今では信じられないことですが、舞浜周辺の住民にはTDRが定期的に無料招待券を配り、それ以外でも新聞購読の
謝礼とて貰えることもあったのですが。そう考えますとそれが万の声のお値段と聞くと一寸考えてしまいます。とはいえ時代が巡れば管理人様がブログで書かれて
いるようにそういった時代を知らない世代、即ちTDRは1度行けばパスポートに食事、物販で1人数万かけて楽しむところという認識の世代にシフトしていくので受け入れられるという
経営戦略なのでしょうが。
来年の大阪万博に7,500円という入場料の価値など私は全く感じませんが、これ擁護するとすれば
70年の大阪万博は1,200円だったところ、連日大混雑になり大会のテーマ、人類の進歩と調和を捩った人類の辛抱と長蛇という言葉
私の世代なら間違いなく視ていたタモリのボキャブラ天国でもこれ以上の傑作には出会えた記憶がないのですが、1,200円は安すぎて失敗だったという評価が可能で
物価や賃金の変動幅を考えると70年の1,200円は今の7,500円くらいでしょうからもっと高くしてもよいという解釈ができます。
もちろん万博の意味合いが当時と今でまるで異なるので実際には7,500円では集客に苦戦すると予想していますが。
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その2桁万人の大観衆というのは伝説の水準ですが、今世紀に入ってからこのような非再現性、参加性を
最大の特徴とする「トキ消費」は右肩上がりが続いています。その代表格はスポーツ観戦と音楽ライブであり
高校生の頃までチバテレの中継で映る平日のZOZOマリンなどこの客入りでは選手がかわいそう、これでは
ドラフトの希望球団がジャイアンツやタイガースになるのはやむを得ないかと思ったのですが、今は平日でも
ガラ空きということは殆どありません。
よくモノ消費からコト消費へと言われ、ある意味では当たっている面はありますが
コト消費でもゴルフ、スキー、パチンコは凋落御三家です。平成の初め頃はこの3つの経験が社会人になって全然ないと言うと
相当な変人扱いを受けたと聞くくらい誰もが嗜む遊ぶだったのかもしれません。
何だかんだ言えど豊かになりきった後で節約や緊縮が求められる、失われた〜の時代にあっては、いつでも買えると思うからいつまでも買わない
いつでも行けると思うからいつまでも行かないとう消費者行動が定着した面があり、その中で今しかないというトキ消費はそれなら
限られたお金を使う価値があること、取り返しのつくお金(本当に貧しい社会になれば一般の人はこんな言葉を発せません)よりも
取り返しのつかない体験という選択になったといえます。
実は高校新聞への寄稿で「映像技術の進歩で会場宛らの臨場感が家庭に居ながら体験できる時代が来る。そうなればわざわざ会場に足を運んでスポーツを観る、音楽を聴くという人は減るのではないか」という趣旨の寄稿を
したことがあったのですがその予想は見事に外しました。理由としてはトキ消費の2つ目の特徴である参加性はその場を共有した者同士しか得られず、映像の向こうではむしろ疎外感を感じることにあるといえます。
ライブのオンライン配信が定着しなかったのも、配信チケットの価格が強気すぎる感じがしたことに加え、参加性ではなく疎外性(人が辛いのは孤独ではなく疎外です、あのグルメドラマもグループ客で賑わう店で主人公が1人で食事という仕立てにしたら
見るのが辛いという声が相当数上がるでしょう)を感じるものにそもそも人は対価を払わなかったという面があるといえます。
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来週は多くの会社や官公署で仕事納めなので、今週が忘年会のピークのようです。
御多分に漏れず私も出席したんですが、普段はまったりとした空気が流れるお店が団体仕様にセットされて大賑わい、というのを見ると季節を感じますが、まあこの時期くらいはこうでないと景気が心配です。上京しているんですが、深夜急行がないので一次会で退散です。
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というわけで週中に空路上京したんですが、伊丹最終便がかなり空いていたのには驚き。後方は3-3-3の横9列で、左右真ん中のブロックに1人ずつという1/3では厳しいですね。前寄りは混んでいましたが、全部ならしたら半分も乗ってないでしょう。それなのにANAの荷物の球出しは最低で、降機が始まらない段階で飛んできたお知らせメールには20分近くあとの時間が記載されています。追い風に乗って飛行時間が40分程度と約20分の早着だったのですが、荷物を受け取ると津田沼リムジンがちょうど出たところで最悪です。津田沼リムジンも見たことがないような空きっぷりで、10人台前半でしたからね。2タミなんか5人です。
実はその時間、京急駅に走れば快特〜エア快〜通特の直通便に間に合ったわけで、羽田を16分早く出るおかげで、京成津田沼は10分程度のビハインドに落ち着くわけで、冷静に見れば30分近い所要時間差とはいえ、使える時間帯でした。
津田沼リムジンの時間が空く毎時15〜20分(次発は40〜45分)の直後にエア快をぶつければ、京成本線民だと乗り換え時間を考えたらさらに競争力が増すとして利用しそうですけどね。
ちなみに仕事絡みで高輪ゲートウェイを通ったりしたんですが、オーディオサービスの落語が「芝浜」という因縁がありました。
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1970年の大阪万博の入場料が1200円という話ですが、当時国電の初乗りが30円(1969年までは20円)ですから、まあざっくり5000円といったところでしょうか。2005年の愛知万博がその程度だったわけで、公共による国民的イベントが徴収し得るレベルという意味では落としどころはこんなとこでしょう。それを考えると2025年の関西万博の当日券7500円は足元の諸物価高騰を考えたら妥当かもしれませんが、負担力を考慮すると所得向上が置き去りのスタグフレーションですから「割高」でしょう。愛知万博も当初は散々な言われようでしたが、大人気のパビリオンが後押しして挽回どころか目標の5割増しの入場者数を数えたことを考えると、「目玉」を作れるかでしょうね。厳しそうですが。
リモートの話で思い出したのは、ありそうでなかったというか試したが散々だった「リモート飲み会」でしょうね。
Covid19になる前、年末の「納会」の日に出張というかわいそうな部員がいて、じゃあ納会に「リモート」(当時はテレビ会議)で参加、とやってみたんですが、本人曰く空しすぎてやらないほうがよかったと言っていました。
今でも「流行ってる」と強弁しているようですが、まあ普通の会社員の世界では聞きませんね。「宅飲み」をオンラインでつなぐというスタイルが主流なようで、「飲み会」とも言い難いのも理由でしょう。そのテレビ会議での飲み会は、缶ビールに乾き物という共通性があったので、変な意味で一体感は出せましたが、リモート参加側を端から見たら寂しさの極みです。
なお「コト消費」の凋落御三家は、負担力の低下でしょうね。ゴルフは個人というよりは企業の接待文化の変化、低迷がメインですが、そもそもプレーフィーだけで2万前後というのを自腹で楽しむというのはハードルが高く、本当はそんなに流行る要素はなかったといえます。スキーはクルマに乗ってスキーに行く、という負担とともに、いわゆる「Boy meets girl」の文化が廃れて草食化したのも大きいでしょうね。クリスマスの狂騒曲もそう。それこそ「X世代」から見たら馬鹿らしさの極みであろう行動も、経済効果という意味では甚大であり、だから「バブル」だったんですよね。
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福岡のローカルチェーンとして名高い資さんうどんが関東初出店という記事が出ていましたが、八千代店ってどこと思ったらまさかの新木戸でした。固定ファンも多いと聞きますが、新木戸に九州まで行けない巡礼客が来るのかな?
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新京成78年の歴史を振り返る企画が進む中、いよいよ京成化が目に見える形になっていますね。
各駅の乗車位置が青い京成タイプになっています。そしてドアの「ドアにご注意」シールも「しんちゃん、けいちゃん」から「京成パンダ」になっており、今後年が明けたらどんどん京成化が進むのでしょう。
N800系以降は京成と共通化している車両ですが、80000系ともども京成に召し上げで高年式車がくぬぎ山入り、とならないことを祈ります。民営化後、津田沼区の黄色い電車がどんどんボロに置き換わってましたが、こういうことがないとは言えないですから。
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いすみ鉄道の復旧が見えてきません。
復旧費用の捻出が困難、と思いきや、みなし上下分離を採用しているからこういう時の費用は公共持ちのはずですが、さすがに突発事態の支出は自治体も予算に織り込んでいないでしょうし、結局予算化できるまでは動けないのかもしれません。
あるいは近年立て続けに改善命令を受けたように、設備関係が致命的に悪いのか。これも公共の負担のはずですが、どうなってるんでしょうね。
例の公募社長が食い散らかしてこういう時の資金が枯渇していたのか、と思いましたが、みなし上下分離であれば自治体の胸先三寸のはずです。そうなると巨費を投じてまで復旧させるのか、という現実主義が台頭していると考えたほうがいいのかもしれませんね。
県の資料を見ると、補助金受給のタイムラグを補正した損益(損失)は毎年30百万円程度。決して安い額ではありません。
各種事業も決して損益を下支えしているわけではなく、赤字の積み増しになっていたり、原価が高くてトントンがやっと、という状態ですから、ローカル輸送に徹した縮小均衡と、それで確定した損失の補填のほうが実は傷が浅いでしょう。
久留里線も久留里以南の廃止がほぼ確定状態ですが、これは並行する高速バスなど利活用できる公共交通がありますが、いすみは厳しいですね。広域流動なら東京方面の高速バス、茂原への路線バスをどう死守するかですし。
ただ広域での公共交通の在り方を考えて、適材適所で死守するしかないんでしょうね。
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津田沼リムジン、身内が月曜夕方羽田からの帰りに乗ったところ
2ビルから京成駅まで1時間半越えでびっくりしたと
師走のせいか湾岸線の新木場までの渋滞いつもよりかなり酷かったといってました。
こういうタイミングですと鉄道有利ですが、帰宅なので時間より快適性ですとリムジンに軍配あがりますね。
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京成に共通化世代の形式を持っていかれる可能性ですが、まとまった数がいるので逆に京成から捻出する分があるのかが微妙そうなのと、共通化と言いつつも意外と差異はあるのでどうでしょうか。
どちらかといえば8800の機器更新対象から漏れた編成の代替を本線からの玉突きで賄う可能性はありますが、それにしても流石に先の明らかに短い3500の4+2や3600の非ターボ6連が回ってくるのは考えにくい気がします。
古くても3700の6連(2本)とか、あとはN800と共通性のある3000の6連とかでしょう。強いて言えば3000と80000でトレードの線ならまだありえなくもないですが、差異はやはりありますし。
ちなみに駅の乗車位置の青ステッカーはピンクの時と違い京成のドア間隔に合わせてあるようですが、「4両」とは書いてないあたりにとりあえず胸を撫で下ろしています。
新京成は復刻色がポンポン出てきていますが、普通にロゴなし現行塗装で出てきたのもいるようで、少なくとも年内にはフライングで京成色が出現はしなさそうな感じです。
一方、同日でなくなる泉北には色がそのまま「SENBOKU」を「NANKAI」に書き換えた個体が出現したようです。
京成の場合、グループロゴ制定後の新造からは例のやたら角ばった筆記体は車体からはなくなっていますが、まあ流石に新京成車に(色変えの有無に関わらず)わざわざ入れることはしないと信じたいところです。
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京成のバスとタクシーと茨城の各HDの吸収分割についての適時開示が出ました。
分割する資産と負債の欄がありますが、後者はバスとタクシーについては空欄な一方、茨城には表記があります。
バスとタクシーについては配下の個々の事業会社にあっても統括会社には負債がないという建前もあるのでしょうが、茨城のこれはどういうことやら。
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大人数で参加するようなものに対するリモート、はそれこそSFじゃないですが没入してあたかもその場にいるような感覚になれればゆかりんさんがかつて書いたようなものが実現できるのでしょうが、現状のせいぜい画面越しだと臨場感もへったくれもないですからね。
かと言ってスポーツ観戦やライブの類はともかく、飲み会の方は“禍中”よりは断然マシとはいえその前ほどまでの戻り方をしているとは言い難いようにも思います。おそらく(上がった物価とかの影響も含めた)「負担力」の問題もあるのでしょうけど。
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久しぶりの投稿です。
昨日船橋市郷土資料館の企画展「新京成電鉄の風景」を見てきました。
地元なだけあって結構にぎわってました。主な展示は昭和の写真ですが、昭和平成令和と3世代の航空写真を見比べできる展示が面白かったです。
去年は東西線の展示をしていたので、鉄道系の展示が毎年恒例になるんでしょうかね。
12/27(土)までなのでご覧になりたい方はお間違いなく。
余談ですが新京成で行きに新津田沼から習志野までに乗った編成に帰りも当たってしまいました。
常設展も含めそのくらいで見れる時間ってことですね。
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すみません。郷土資料館の最終日は12/28(土)でした。
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千葉の無料開放有料道路、というネット記事が出ていましたが、最近の無料開放を並べてみました、という感じですね。
市川松戸、流山、千葉外房、東総、房総スカイライン/鴨川、勝浦というラインナップを説明していますが、松戸野田がないのはどうか、というのはまず出てきますよね。さらに「橋」系が全く載っていないわけで、市川松戸の無料開放があるなら新行徳橋はどうよという話ですし、松戸橋も開放されましたよね。古くは境大橋、芽吹大橋や銚子大橋が道路公団所管の有料橋でしたし。(千葉はその地形上「有料トンネル」はないが、なぜか「スカイライン」はありますね)
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新京成のリバイバル塗装は塗り替え時期にきて京成塗装にするには早いから話題性も兼ねて、ということなんでしょうね。
ピンク組も「Shin-Kei-Sei」のロゴと文字が消されている編成が目に付くわけで、4月を越えて塗り替え時期になる編成はピンクで塗り替え時期まで残り、年明けの塗り替え組はここで京成塗装でしょうか。
気になるのは京成本体の形式で、新3000系にSA線対応の3050系という陣容に対し、新3100系はSA線対応の3150系だけが存在し、新3200系に飛んでいます。新3000系には細部の違いはありますが新京成N800系、北総7500系、CNT鉄道9200系という兄弟車がありますが、新3100系は京成本体に基本番台がなく新京成80000系だけが存在という異例な状態です。
北総、CNTは別法人ですが、新京成は吸収されますから、形式を分けるかどうか。
N800系を3000系80番台、80000系は3100系80番台か。8800系は京成流附番なので、8900系を改番して統一するか。
今後の増備は3200系という話もありますが、新京成は6連固定で十分ですし増解結用の装備がコスト高なので、京成流の3100系0番台をここで新造するかも。8800系、8900系の置き換えまでは。あるいは3000系の玉突きもあるかもしれません。
ただ、召し上げて3700系の6連や、8連の6連化でN800系と80000系を捻出する可能性はあるでしょうね。
あとくぬぎ山の機能をどうするか。ちょうど外環が交差する位置にあるわけで、検査、工場機能は宗吾に統合して道路交差に備えるかです。
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飲み会も大箱での一次会とか会社系だと足元を見てコスパ最悪の居酒屋に行くくらいなら、まあ4桁後半レベルでお酒も料理も、というこじんまりとしたお店だとそれなりに払っても満足度は高いですね。二次会に行くというのもめっきり減りましたし、だから深夜急行が復活しないんだろうな、と思いを馳せたりします。
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新京成が定期券購入のクレカ対応から京成カード縛りをなくし、主要ブランド総てに開放します。京成がすでに開放しており、合併に伴う差異をなくす動きなんでしょうが、特にこだわりのないユーザーであればPASMO定期を新京成で購入せず、JRでSuica定期をカードで買っていたのは容易に想像がつくわけで、手数料の支払と会社間精算による資金負担が地味に効いていたんでしょうね。
北総や東葉ほどじゃないとはいえ、都心までの通勤6ヶ月ともなると10万超えの値段ですから、京成カード以外は現金という新京成での購入は普通選択肢に上がらないでしょう。PASMOでないと困る、という人以外は。私自身当時はずっとSuica定期でしたからね。ICOCAのように交通系は共通と言いながらSuicaグリーン券が買えないというような格差もないですし。(なおKitaca、TOICAは使えるが、モバイルPASMOは不可という謎ルールがある)
なおこうした差異があるからSuica、ICOCAの2枚使いが不可避ですが(フリー乗車券がICOCA専用のあとからポイント還元方式が多い)、ここで切り替えの信頼性もあるからモバイルでの2枚使いに踏み切れません。(ICOCAモードかどうかの確認がその場即座にはできないので、単にSuicaで乗ってるだけという大惨事を完全には回避できない)
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今日は厄日というか、東戸塚付近で朝は人身事故、夕は沿線火災で横須賀線が止まり、総武快速線も直通中止で混乱したようです。いつも思うのですが、単なる分断でなければ。東京の4線と品川の1線をフルに使って折り返せないのか。NEXを新宿方面へ全振りして運行する必要もあるとはいえ、東京地下駅の地下2番、3番と品川14番をフルに使えば折り返しに苦しむこともないはずですけどね。片方の見合わせ、両方運行だけど折り返しで分断、という感じでパターンは決まっているはずですから、シミュレーションは出来ていないとおかしいんですが、全然ダメですから。
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N800の改番は番号の埋まり方を考えると3080番台はなくはなさそうですね。80000は3080にするかしれっと基本番台にしてしまう手もなくはないですが。8800と8900は車体こそ違えど8連時代は構成は似ていたので空き番である3900と3950にするというウルトラCって手が(疑
もっとも未だ青砥と京成高砂で壊した3700(青砥のは正確には北総リース分の7800)で編成をニコイチして以降8連一本分代替新造が必要なはずなのを放置しているのは気になります(3400が一本残留しているのがその分です)。
3100の同型は本来なら北総か千葉NTのNスジグループにもいた方がいいはずでもあるのですが、北総はともかくNTは自社保有編成(9000)をリース(9800)で代替していたりもするので、自社保有に戻してリース編成を戻した上で代替に充てるという線もできなくはないはずなのですが。
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新京成のクレカブランド開放は今更感が強いのが正直なところですが、クレカ会社から見た加盟店という視点で見た場合にもしかすると先行して京成扱いに切り替えという可能性もなくはないのではと邪推してしまいます(それが可能なのかは別ですが)。
京成の標準軌三社では京成が先に開放、北総が続いて末期の土壇場で新京成がまさかの開放という流れではありますが。いずれも定期のみというのもあり私の場合鉄道での通勤から遠ざかっているのもありおいそれと検証できないのが残念なところではあります。
現状では私鉄側で買える以外にPASMOで買うメリットは考えつきませんが、バス特がある時代であればマイページサービスからそれの確認がしやすかったというのは唯一Suicaに優っている点でしたね。
ついではついでですが、合併後に従来の新京成発売分の継続定期が元からの京成側で(またはその逆も)扱えるようになるのかというのは気になるところです。
実は個札とかのロール紙も気にはなりますがそちらはまだ検証しやすそうなのでいずれしたいとは思います。
あとはどうせなら一部の他社局では可能な少額チャージ対応とかしてくれればありがたかったりするのですが。
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大晦日夜、幕張メッセのカウントダウンイベント帰宅客向けに
京成バスが終夜運転している幕張本郷駅までの終夜バス運行と出ています。
やる気あるな京成と思うじゃないですか
が総武線ダイヤ見ると東行き西行きとも、25時過ぎから27時まで2時間運転があくトラップが
この2時間の間に津田沼始発が3本あり、終夜バスを出すなら一部を津田沼行きに出来ればなと思いました。
免許の関係で難しいかもしれませんが、マリンスタジアム試合終了後に京成駅経由津田沼行き直通臨時バスとかあるので出来なくはなさそう。
これ幕張本郷までいって2時間待つなら海浜幕張のほうが、まだ店やってそうですし。
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JR-Eの値上げは山手線内、電車特定レートの廃止に加えて通勤6か月は割引率がダウンすることもあり
多くの区間で3割以上の値上げになります。
もともと通勤定期に関しては私鉄よりも割引率が高く、新価格を以てしても
東京〜池袋・新宿、渋谷〜上野といった区間では1万円以上上がりますがなお地下鉄より安いためそこまで切替はない
普通運賃の客は大半がICで数十円の差などいちいち意識しないからやはり影響は限定的という読みなのでしょうか。
京成船橋乗り換えもやはりJRに乗り換えない場合都営との合算になるのが痛く改定後でもまだ船橋からJRの方が安い区間が大半です。
ただし6か月でその差が2万円強だったものが1万円強に縮まりますからそのくらいの差なら京成側がダイヤを工夫すれば勝機はありそうですが。
逆転するのは錦糸町の北側の事業所に通勤するケースで押上利用でもよいエリア、そして通勤6か月の安さだけが利点であった
市川(市川真間)や船橋から成田空港へ通勤している場合です。ただしこちらは空港発着の一般列車の便数差から、これらの駅は
もとより2倍以上京成の方が高い成田からでも京成利用の通勤手当を払う空港関係事業所が多いそうですが。
成田〜成田空港は値上げ後でもJRが京成の半額強という安さです。
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エリア外で恐縮ですが、交通系IC離れが、といわれるなかで、PASPYという共通ICを捨てた広島エリアがまさかの方向性です。広電とそのグループ(芸陽、備北)は原則スマモ決済のモビリティデイズ(MOBIRTY DAYS)にシフトしますが、JRバス中国がICOCAを軸に据えるのはまあ当然として、広交がICOCA陣営に加わりました。残る市内大手の広島バスがどうなるかですが、広電が持分法適用にギリギリならないような資本参加をしているので(一時期経営統合して独禁法問題で再分離)、モビリティデイズに加わりそうですが、スタート時点で参加しないのが意味深です。
まあ今更地域限定かという話もあるわけで、汎用性もない地域カードでしかも地域内での共通利用もPASPY時代とは比べ物にならないほど限定的でどういう勝算があるのか。熊本のようにクレカのタッチ乗車を軸にしなかった時点で「不便」というしかないですね。
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昔東葉で通勤していた頃、ひと頃のように出張が多いわけでもなく事務所勤務でありながら6ヶ月定期でも元が取れない、という状況に回数券を買い込んで通勤していましたが、週休2日にテレワークと事務所勤務の回数が減少する中での定期券値上げは、定期券の購入手控えという「元も子もない」という事態につながるでしょうね。6ヶ月定期が安いから「実費精算」にしていないだけであり、「実費精算」が安くなれば企業は定期代の支給ではなく月単位で実績精算というようなやり方に変えるでしょう。実際Covid19の時期にはそういう精算をしていた企業は少なくありません。
そうなるとフィ●ンシャル●ィールドあたりが定期的に出してくる「おバカな質問をマクラにFPあたりの「ボク何でも知ってるよ」的なしょーもない解説をする」サイトの定番である、通勤定期を私用で使ったら問題でしょうか、というような間抜けな質問もそもそも成立しなくなります。
事業者側としては前受収入が消えるわけで、BS上は負債とはいえ、CFでのメリットが消えることを意味します。自社SFから共通ICになって前受が幹事会社への売掛になったことも一部事業者の経営難や破綻につながっていることは容易に想像がつく話ですが、JREのような巨大企業でも前受収益の減少は確実にマイナス方向に働くはずですが、それでも踏み切るのか。「金利がある社会」に舵を切っている中で、CFに大きなマイナスを呼び込むというのもリスク側ですが。
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「奇跡の9連休」初日の朝、中央道が一時大月ー勝沼で事故通行止と最悪の出だしになりかけましたが復旧しています。
東名が毎度の伊勢原渋滞もなく、午後にはほぼ全国的に順調と、冬型の予報があるとはいえ、「大型連休」と相反する混み具合といえます。まあガソリン代の高騰に休日割引の不適用と、スタグフレーションに耐える国民にとってはクルマでお出かけ、という選択肢がそれが帰省であっても回避方向に動いているようです。
来年には深夜割引の改悪も控えており、ガソリン税の暫定税率がまさかの廃止となったとしても、割が合わない移動手段になるんでしょうね。このあたりも、「帰省しない」でいいじゃない、という社会になったら「元も子もない」社会という光景が広がりますね。盆暮GWに拘らず、Webベースで会話できる、ということが定着していますし、高齢者も今後加速的にITに慣れ親しんだ世代が増加するので、余計に変わるでしょう。
同時に、帰省しないといけない地方の実家が「負動産」化している中、親世代が先導して「負動産」の処分や対処、墓仕舞いなど子供世代にツケを回さない動きもさらに加速するわけで、そうなると「帰省」というイベントもまた「昔話」になるのでしょう。一時期は地方で手厚い福祉、ということが称賛されている自治体も少なくなかったですが、そういう余裕もなくなり、地方に住むこと自体がリスクという時代ですから、親世代の苦境、それを支える子供世代の苦悩を踏まえて、ますます都市部への集住が進むでしょうし、それもまた「帰省」の消滅を推進します。
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2024年最後の夕日を車内から見送りました。
訳あってまさかの大みそかの大移動となってしまいまだ移動中なんですが、過去の大みそかや元日の大移動を思うと、景気のせいだけとは言えない利用自体の変化が顕著でしたね。
来年の新京成「消滅」を控え、徐々に新京成仕様が消えていくの目の当たりにしていますが、2025年はいよいよ「京成松戸線」として再スタートを切ります。
Covid19から立ち直れずに消えてしまったサービスもあり、シビアな環境が続きますが、エリア内の交通がどうなっていくのか。明るい話題もあればうれしいのですが、アナウンス効果というものもあるわけで、なにか「お年玉」が欲しいところですね。
個人的にはいろいろあってあまり楽しくない移動に時間もお金も取られることが多くなったり、健康面でもまさかの事態が連続するなど「歳相応」の事態を迎えてしまい、なんとか打開したいものです。
なんとか希望を持っていきたいものです。
それでは皆様、よいお年を。
2024年12月31日
Straphangers' Room
習志野原の掲示板 管理人
エル・アルコン拝
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今年は年末年始の曜日配列がベストに近いゆえ高速道路の渋滞はうまく分散されて深刻化しなかった一方、
昨年と変化した北陸新幹線関係では、かがやきやはくたかに満席便が目立った一方でつるぎは△すら皆無に近いという状況で
早くも北陸地方が関西や中京を捨てて東を向いてしまったのか、そうであれば管理人様の指摘するような首都圏一極集中はさらに
深化することを意味しますが。経済情勢の不透明(と毎年書いていますが)も次の当選を考える要がなく党内の不満分子も一層した
新トランプ政権は何をするのか、令和のプラザ合意という事態、猛威を振るうインフルエンザや新型コロナから
強毒化した新変異株出現、どちらか一方でもあれば外国人客の特需など一転霧消しかねず、価格決定は市場主義とはいえ
これまでの商法からその時点で交通事業者、宿泊事業者が公助を求めても世論は冷たいのではないか。
米(首脳会談延期)中(外相訪問中の経済水域侵犯)といった諸外国の態度からも、少数与党の現政権が長くないと判断されていそうで
そうなると国益を損ねる事態を招く危険もあり、旅行収支の黒字を守りたいんですなどと日本が言ってどこがウンと言うのか。
人口構造の変化から、生産性の向上は不可欠ですが掛け声倒れで終えないのであれば、宇都宮LRTのペナルティなき信用乗車方式が定着しているように
国民の倫理観の高さはまだまだ日本の強みといえ、やはり管理人様の大嫌いな性善説の対応によっての生産性向上(もちろん技術革新も必要ですが)が
その強みを活かす道ではないか、あまり後ろ向きな話ばかりでは気が滅入るところ前向きに捉えられる点として推進すべきなのでしょう。
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本年もよろしくお願い申し上げます。
小生の年明けは、大晦日夜のTV番組を見ながら寝落ちしてしましい、年が明けた時点で覚醒、という情けない次第。
毎年恒例の徒歩5分ほどの禅寺に初詣し、これも恒例のミニだるま奉納、本年分だるまを頂きました。
帰途途中、ユーカリSTで終夜運転の状況を見ながら帰宅1:30。
毎度の年越しながら、今回はいつもより30分後倒しでした・・・。
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あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
大みそかは夜半に至るまでの長丁場の移動でしたが、何とかたどり着くと紅白ではB'zの独壇場と年末一番の見どころに間に合った格好。元日はあれこれ「イベント」もあり最後は寝落ちと締まらない格好でした。
大みそかの移動事情は、金融機関をはじめ30日が最終営業日という企業も少なくないわけで、そういう勤務の場合は大みそかが移動日になるのですが、本来ふたコブ型になるはずの帰省ラッシュピークがある意味平準化というか「ピーク」らしい「ピーク」がないというのが現実でした。そして大みそかも在来線は「通常運転」に近く、名阪間くらいですかね、移動で混みあっていたのは。それも絶対数としてはさほどでもなく、すれ違いざまに見た「しらさぎ」「ひだ」もそこまでは混んでいませんでした。
まあ湘南新宿ラインから垣間見た渋谷の街頭は警官隊の集結シーンも見えましたが、そこまでの話題にならなかったあたり、羽目を外すことすらなくなったということでしょうか。山手線はじめ各線も空いている感じでしたからね。ゆく年くる年で中継されていた増上寺もまあそこそこの人出で、初詣という風習もCovid19を経て衰退化したんでしょうか。終夜運転もなくなってきているのもわかる感じです。大幅値上げで「年賀状仕舞い」が「流行」していましたが、「日本の正月」も様変わりしていきます。それがいい方向なのかどうかは歴史が判断するのでしょうが。
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あけましておめでとうございます。
システム切替対応の為、年明け早々終夜運転で京成経由で五反田まで出社しました。
6時までに出社する必要があり、八千代台3:55の上野行きに乗りましたが、次の電車が4:35で総武快速始発間に合うかと思いましたがこれが津田沼初電になるようで使えず、3:55の各停で浅草線経由で五反田まで行きました。
時代的に終夜運転はスカスカと思いきや、八千代台到着時点で各車両40〜50人は乗っており八千代台で下車は50人程度、乗車は20人〜30と意外と利用ありました。成田山初詣帰りと思われる人が多かったです。
船橋到着時にちょうど下り成田行きが発車直前でホームには100人近く待ってました。意外と需要がありますね。高砂までの各駅で降りる客が多いですが、乗車もすこしありました。旅行や初売り対応でしょうか。
青砥で金町からの押上行き4両に乗り、押上で浅草線の初電へ乗り換えようとしたら18分待ちでした。高砂始発羽田行きなんですね。
浅草線初電も押上で座席埋まり、浅草で初詣帰りの初電待ち乗り込みがありドア付近まで混雑しましたが、東日本橋、人形町でまとまった降客がいましたが立っている人はいました。三田、大門と今度は羽田へ向かう旅行客で混んでいき泉岳寺で西馬込行きに乗り換えました。
終夜運転は少なからず需要はあります、浅草線も終電繰り下げ、初電繰り上げ程度でも運転してもいいのではと思いますが労働環境の観点からするとこのまま廃止はやむを得ないですかね。
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八千代台4時前というと、前の電車から40分開いていることもあり、新勝寺初詣の帰路の最初のピークかもしれませんね。昔だったら押し合いへし合いで本堂に至り、混み過ぎて大本堂に上がれないでしょうから大護摩法要を垣間見て再び駅へ、となると、この1本前だと2時台ラストでしょうからちょっと厳しいけどそれと分け合う格好でしょうか。
各車50人程度だとざっくり座席定員程度ですから、多いとみるか少ないとみるかですね。八千代台での降車も結構あったようで、だとすると地元の初詣客がメインなんでしょうね。
東京近郊区間の「2年越し」の大回り乗車というような特殊な需要は別として、深夜帯は初詣に限定されるのでしょうが、早朝という時間帯になると羽田などからの遠距離客が出てくるんでしょうね。電車があるから利用する、という客はあるわけですが、無ければ利用しないからと費用対効果で決めるんでしょうね。
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三連休最終日、東京西郊から習志野原の一角にクルマで移動しましたが、外環も混んでました。
漫然走行で追い越し車線に居座る惨ドラに大型と塞栓状態が続き、時間は無駄に費消しフラストレーションも溜まる、という状況。漫然と居座ることでその鈍足が処理台数を律則することに気がつかないわけで、年末年始はそういう惨ドラが多数出没するのは不可避とはいえ、なんとかならないのか。高速道路会社側も「速度回復願います」とかスピードダウンさせしとけばいいというような無能警察のいうことを聞いてられない、という方向性は見せていますが、「加速」とか「スピードアップ」とか即物的な表現にすべきでしょう。婉曲な表現が理解できない低レベルな層が増えてますから。
千葉県内では市川中央と京葉JCTの間で3台の追突事故。路肩に寄せてあり本線部は2車線通行が可能でしたが、ガラスなどが散乱しており減速することもあり渋滞してました。まあ必要な減速というよりは見物渋滞で、起伏やカーブのある掘割内での見物渋滞は二次的な事故を招きかねないだけに、このあたりも惨ドラです。
なお最低の惨ドラは、漫然と追い越し車線を延々と走り、出口や分岐直前で走行車線に戻るという連中です。
妨害でなければ「追い越し車線にいれば早い」と勘違いしている低脳ですからね。その速度なら走行車線にいてもほとんど変わりません。急に出てきて、そしてなかなか戻れずに減速してブレーキを踏ませる走行は邪魔以外の何物でもありません。
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1月3日には、「休日お出かけパス」を利用して、久々の鉄分補給。エリア外ですが、木造や古い駅舎を訪ね、大磯→北茅ヶ崎→倉見→社家→高尾→大月→初狩(FP外で往復乗車券購入)と廻ってきました。
大磯では箱根駅伝復路走者通過後だったようで、駅ホームもごった返しておりました。
相模線は南半分は寒川神社初詣もあり混雑してましたが、海老名以北は閑散と。
帰路の初狩→高尾は211系ロング車6連でほぼ満席、大月からは立ち客ありと登山や行楽帰りの客が多かったですが、たまにキャリーバックを前に置いた「特急券取れなかった組」を思しき客も。
さて、今回ルートの目玉(笑)、中央快速線開放G車ですが、高尾→大月と高尾→御茶ノ水で試乗。
高尾→大月は、山間部を行き、ちょっとした旅行気分。帰路の高尾→御茶ノ水は2階部に乗りましたが、新宿辺りでちょっとした既視感が・・・。
かつて215系の「しんせんやまなし」で戻った時と同じような景色でした。
3月改正後は正式にG料金課金されますが、他線区とのG料金通算しないという塩対応は、どうなんでしょうかねぇ・・・。
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なぜに初狩、というか、私も去年の6月に行ってたりします。個札で東海道幹、中央西、東、北陸幹と一周きっぷで回った際に笹子から藤野までの各駅に立ち寄りました。スイッチバックと研修施設しかない駅ですが、スイッチバック施設が残っているので見どころはありますね。このほか、笹子で笹子餅、四方津で斜行エレベーターなどいろいろ楽しみました。
中央線のお試しグリーン車は年末の中央特快で試しましたが、朝一の特快とあって見事に空いていました。確かにホリ快での215系と同じですけど、新鮮な視線でした。まあそこからの甲府行き、松本行きというありがちな乗り継ぎで特段混んでいなかったわけで、いかに「乗り鉄」が減ったかということなんでしょう。
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運賃収受を性善説に任せるというのはあまり期待できません。宇都宮のライトラインの場合は定期利用者が多いですし、通勤先への利用で不正がバレた日には人生終わりますから、不正に踏み切る人も少ないという事情があります。
民度という意味では今よりもはるかに高かったはずの平成期においても、大手事業者のやる気がない運賃収受と不正やり放題状態を、地域が引き取って厳格な収受に改めた途端に収入が増えたという笑えない事態もありましたし。
JR各社で気になるのは、ICカード対応駅ではワンマン列車であっても全扉開放となっていること。車側での運賃収受を行わないため、降車客が駅改札できちんとICをタッチしているかを確認することなく降ろしてしまっています。橋上駅で改札は車側からぜったに見えないのに、改札は簡易改札機という駅が多いのですが。
もっとも拠点駅ではきちんとガードしているので、降車時に不正をしたらフェアライド発動でICが使えなくなる、というつもりなんでしょうが、ここまで何もしなければ不正やり放題といっていいでしょう。ICカードをみんながみんな使うとは限りませんから。
まあJRなど大手事業者の発想は、20年ほど前に流行った「食い逃げされてもバイトを雇うな」を地で行く対応なので、零細事業者には決してまねができませんし、社会正義上も問題でしょう。そういう「放置」は古くは「割れ窓理論」、近年では「不正のトライアングル」として社会や企業を蝕む原因とされており、足元の費用対効果だけで見ては失敗します。
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いよいよ今年は「京成松戸線」のスタートですが、ダイヤがどうなるかですね。
京成乗り入れ開始時に直通可能編成が限定されたこともあり、松戸と京成津田沼での折り返し時間が長く非効率な状態が続いています。京成と運用を共通化して日中の完全直通化とすれば松戸の折り返しを含めて運用がいくつか浮きますから、直通非対応の8900系を淘汰する格好で車両の共通化が図れそうです。8800系は直通対応ですが、基本ラッシュ要員となり、京成線側で新車を投入することで淘汰されていく感じがします。そのころには新3000系も入線するとか京成化がさらに加速するのでしょう。
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年末年始の利用状況がJR各社から発表されましたが、全般的に増加しているなか、「しらさぎ」だけは前年比7割弱と激減したままです。数字を出した断面では北陸新幹線開業による転移はないので、首都圏から北陸への移動の相当分が北陸新幹線経由にシフトしたということでしょうか。北陸新幹線の輸送量は突出して増加していますし。
しかし金沢までは既に北陸新幹線経由がデフォになっているわけで、そこまで減るか、もともと米原回りでは、というエリアだけに、シフトというよりも手控えの可能性を強く疑うしかないですね。乗継割引廃止、全車指定席化とはなはだしく値上がりしたうえに、乗り換え回数は増加ではそりゃ誰だって二の足を踏みますよ。米原ー敦賀が近いので普通列車にシフト、と言いたくなりますが、特に日中は長浜と近江塩津乗り換えになり、米原、敦賀と合わせて4回乗り換えなんて志向は普通は無いでしょう。
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「しらさぎ」の利用者激減の件、対首都圏が完全に北陸新幹線経由になったということなんでしょうね。
福井も延々と停まる「はくたか」と米原経由が時間は同等でお値段は約1000円米原経由が高い、というのが全てでしょう。なんなら「はくたか」は自由席でさらに安くあげられますが、米原経由で自由席となると「ひかり」区間のみですから。時間帯によっては「のぞみ」を使うとさらに高くなります。
横浜にしても、新横浜に出るのが東京に出るより有意に速いというエリアは実は狭く、逆に首都圏では大宮からSSLや埼京線で池袋や新宿にアクセスできますから、東海道新幹線よりも便利、となっては勝負ありなんでしょうね。
でもそれで4割も減るというのもなかなか信じられないわけで、敦賀開業前から金沢は北陸新幹線一択でしたから、毎時1本の「しらさぎ」が福井で持っていたとも思えず、やはり中京圏からの逸走が相当数ないと説明がつきません。
あるいは西方向から京都で「サンダーバード」乗り換えではなく米原乗り換えという流動が一定数あったかでしょうね。これは確実に「サンダーバード」に移行しますから、「しらさぎ」を減らし「サンダバ」を増やします。これが「しらさぎ」激減、「サンダバ」横ばいという「明暗」を演出したのかもしれません。
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新京成のジェントルピンク編成から「shin-kei-sei」のロゴが消えている件、N800系までは残っている編成もあるのに、80000系はきれいに消えています。ひょっとして最初からなかったと思いましたが、自分が撮ったロゴ入りの80000系の写真を見つけており、意図的な差が出ているようです。
こうなると80000系は「本体」召し上げで、N800系と同形の新3000系とトレードもあり得なくはない感じですね。
あとはバスの塗装。旧習志野の緑色系と船橋の基本カラー、そしてジェントルピンクとありますし、大仏には松戸カラーまでいますから。松戸と大仏は「千葉ウエスト」なので最終的には統一されるでしょうが、併存してもおかしくありません。習志野は「千葉セントラル」ですが、習志野新京成時代の緑色系から船橋の基本カラーに揃えつつあるのをどうするか。
余談ですが、昔から気になっていることとして、習志野カラーに既視感があると思っていたある日、知人から「あれは某社のショベルカーの塗装とそっくり」と指摘を受けたことがあります。色味は青味がかっていますが、腰とアームに紺と黄色の斜めストライプが入っていると知って驚きました。習志野カラーが世に出るはるか前から使っていたショベルカーのほうは特に問題視もしていなかったようで、さらに習志野カラーが出たころに塗装を変更しており、街中での塗装かぶりはほとんど起きていないようです。
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JTBから出ている88年3月改正の復刻版時刻表を眺めていていますが、37年経てば隔世の感は当然のことでしょうが
価格面に着目すると、1,000円突破と話題になった横浜のシウマイ(88年版ではシュウマイと表記)弁当は600円でした。
その横浜からの運賃に着目すると、京急品川が230→320円、相鉄海老名は210→330円、地下鉄新横浜は170→250円と概ね5割増程度であり
シウマイ弁当の8割は高い上昇率ですが、東急渋谷が160→310円と2倍近い上昇が目を引きますが東横線はハード面で巨額投資がされたので
受け入れられたということでしょうか。なお京成は上野〜千葉中央で500→620円と2割強の上昇であり88年当時の水準が他の関東大手に比べて
相当高かったのも事実です。
営業案内のページでは北海道ニューワイド周遊券の学割5日が9,900円などの安さに驚き、北海道のJR線延長が今の倍近く、道内夜行も健在でしたら
実質的な価値はさらに差があります。一方飛行機の方はLCCなど影も形もなく、バブル崩壊後に旅行会社で団体運賃扱いの格安航空券が増加するまでは
せいぜい1割強の往復割引や回遊割引(対北海道・九州でのオープンジョーで往復に準じた割引があった)程度でしたから東京〜札幌の実勢運賃は
最繁忙期以外の安値は今よりずっと高かったのも事実です。また高速バスはダイナミックプライジング化で比較が難しくなっていますが
通常期の比較では概ね1割ないし2割の上昇と小幅に留まっています。
一方で賃金の方は学生のアルバイト時給の相場はほぼ2倍、公務員や大企業の初任給が2倍弱になっていますから
全体としては物価より伸びているので健全と言えますが。
なお営業案内にあるTDL往復きっぷによればパスポートが3,900円ですから今は2倍ないし2.5倍になっていて
東京〜TDLの急行バスは600円と今の水準でも少し高いと感じ当然当時はなかった京葉線より割高というのも興味深いですが
四国や九州各地からの寝台特急利用可という設定があり、鹿児島からの往復はB寝台利用可で40,400円はTDLに行かなくても割安な水準で
有効期間が18日と妙に長く、首都圏の親族宅等に滞在しての学生の就職活動にも利用されたのか(もちろん空いている日にTDLに行ってもよいですし)と
想像してしまいます。なお飛行機は往復割引で56,880円でしたので、当時は九州内で昼行特急に抜かれるようなダイヤでなかったはやぶさに利用価値がありました。
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新京成の「千葉線乗り入れ可否」は付帯設備(無線機、運行番号表示器や急行灯etc)が関係していたわけですが、逆に言えばこの辺をクリアさせれば全編成対応もできるわけで、このうち無線に関してだけはデジタル化で京成対応化は済んでいます(といっても京成車のような四直対応機ではないですが‥‥まさかの載せ替え?)。
将来的には現新京成区間からの千葉線以遠直通が終日化(といっても流石に早朝深夜は‥‥?)するのがベターでしょうが、やはり京成津田沼と新津田沼の間と京成津田沼6番という2つのボトルネックをどうにかしないことには、といったところでしょうか。
支障するゴミ集積場と組合の建物をどうにかしないことには(少なくとも駅自体にメスを入れないのなら)始まらないように思えます。
ロゴの消去は(貼ってあるだけなので)その気になればすぐできる、というのもあり鉄道・バスともにバラつきがあるようですが、バスは新規導入したピンク車にてロゴを省略した部分をピンクで埋めた個体も入っているようです。
一方で松戸ではすでに社名表記を暫定化した個体もいるらしいですが、結局再編後の色が未だ不明なのでこれもどう転ぶか。将来のことを考えれば現京成バス含め統一するのがベストですが。レインボーのような直営分社勢には分社直後のような京成塗装に分社社名入れた個体が再び増えているみたいですけども。
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ニューワイド周遊券はのちの周遊きっぷと一緒で往復の乗車券(鉄道or航空)と同時購入で、その価格は自由周遊区間のみ有効です。一般的な北海道ワイドだと学割で2万円はしていたはずです。(1986年に使っています)
ニューワイドはその前は「立体ワイド」で片道のみ航空という商品で、当時は航空運賃が決まっていてエンドーズ可能だったので、空路区間別に定額になっていました。
ワイド周遊券には別売りのオプション券があり、北海道の十和田経由、北陸の能登エリア券、九州の関西汽船経由券がありましたね。だからA券(往路)、B券(自由周遊及び復路)のほか、KとかLまでの券種がありました。
航空や関西汽船はオプション券でしたが、ドリーム号や東名高速線、名神高速線は本券での乗車が可能で(ドリーム号は要バス指定券)、昼行便は始発駅で便指定するため本券にバス便の記録が入りました。
国鉄時代の「神」きっぷとしては、広鉄局限定の「東京SSSきっぷ」でしょうね。片道新幹線グリーン車、片道B寝台で新幹線普通車指定席往復とほぼ同額。のちに首都圏側からの往復もできるようになって「グリーンきっぷ」となりましたが、当然というかお得感を大きく削ぐような恰好で値上げされています。
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エリア内の話だと「データイムグリーン料金回数券」でしたね。4券片で2000円、区間指定なしで3ヶ月有効。のちに1ヶ月有効と大改悪されましたが、土休日終日と平日日中というかラッシュ方向の朝夕以外と使い勝手が良かったです。ただし総武快速線と横須賀線は直通先が適用除外になる列車は始発から適用不可でした。
もともと区間指定で半額だった(料金700円区間は350円)のが、区間指定なし500円均一という「神」きっぷに変身しています。確か国鉄末期に登場して、JR化後に「神」になったはずです。
こうした「神」への進化はJR初期にはよく見られたわけで、今のシブチンを見るにつけ嘆息しますね。
久里浜から浜金谷で東京湾岸を一回りし、東京湾フェリーと久里浜駅連絡の京急バスに乗り放題。2日間有効が発売当日限りと大改悪されていますが、そもそもの商品だった「東京湾周遊券」からは値上げを気にしないくらいの大進化でした。1周のみ利用だったものが、全区間フリーになって山手線内(除く赤羽線関係)と根岸線もフリーとなりましたから。急行自由席もOKでした。(1982年11月改正で房総急行は消えましたが)
余談ですが、普通列車のグリーン券は100㎞まで700円、それ以上は1500円でした。物品税の一種である通行税1割を含む金額でした。ですから50㎞までの料金新設の際に事実上据え置かれ、その後の消費税転嫁を経て足元の50㎞まで750円というのは、「5割値上げ」の時の料金大幅値上げ以降半世紀ほとんど上がっていません。まあその大幅値上げまでは等級制の名残で最大2日間で乗り継いでも1枚のグリーン券で通算できましたから、名実とものグリーン券制度移行後は全く上がっていないに等しいです。
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千葉線直通はゴミ捨て場と組合建物の問題がネックですね。どちらも「自社施設」というのが微妙で、自分で自分の手を縛ってどうする、という状態です。安直な対応としては大昔のように新津田沼から京成線に合流するところでそのまま京成下り線(4番)に入れる渡り線を作り、京成津田沼で「交換」が可能にすることでしょう。
機器の問題は逆にいずれ京成方式に統一しないと非合理を永遠に引きずることになりますから早晩統一するでしょう。新京成生え抜きの8800系と8900系以外は共通化しないと逆に無駄が発生します。
そうそう、京成と新京成の「鉄道むすめ」のコラボをするようですが、まさか「五香たかね」の引退の第一歩じゃないですよね。ドアステッカーからの消滅からして、「しんちゃん、けいちゃん」は引退が既定路線のようですが。
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千葉線の新京成ホーム発着は「本線を支障しないため」という大義名分も確かあったかと思います。それを踏まえると今更4番に捩じ込む線はどうなんでしょう。もっとも、新京成ホームからシームレスに繋がると千葉方面からの本線直が壊滅レベルに減るもありえますが。
鉄道むすめについてはプレス上では「現行の制服」とあるので無難に編入でしょうね。元からいる京成のとは一応肩書きも別ですし。
そういえば、米ヶ崎の焼肉店とパチンコ屋の間で残っていた最後のガソリンスタンド(コスモ)が今年に入って半年以上の一時休業と出ていましたが、理由が区画整理とのことです。
道路から線路側は東葉の新駅とか医療センター移転でやるので分かりますが、道の現医療センター側もやる、というのは旧医療センター線沿線含めて何か大きな動きでもあるんでしょうかね。
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往復割引等の廃止まで1年あまりですが、最後に使いましょうかね。
まあ往復割引は明石以西からの往復としての内方乗車、あるいは津田沼までの往復にすればいいので、e特急券併用で使えます。神戸側で市内駅制度も使えますしね。(新神戸経由で舞子〜甲南山手から三ノ宮、元町、神戸、新長田までのJR神戸線に乗れる)
連続乗車券は実は未利用だったのですが、これも一回は使いましょうか。前回は9の字にした北陸新幹線を片道使うきっぷを、山科から先も同時購入すれば連続乗車券になります。前回は山科-京都、京都-大阪とICで乗ることで特定区間運賃を享受しましたが、連続乗車券を買う、というミッションであれば少々割高でも連続乗車券にしましょう。
前回は名古屋から中央西線、東線経由だったので芦屋→山科の片道券でも110ミリ券でしたが(東海道、東海道幹、東海道、中央西、中央東、山手、赤羽、東北、上越幹、北陸幹、北陸、湖西)、単純な東海道、北陸経由(東海道、東海道幹、東北幹、上越幹、北陸幹、北陸、湖西と東海道)なら85ミリ券で出るでしょうから途中下車の際に改札機も通れそうですし。
(70条区間は改札機通過不可。そのせいか有人改札で下車印押印が徹底されている)
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周遊券には北海道ワイド(含む道南ワイド)の十和田経由C券のような定額定区間のオプション券と、いわゆる周遊船車券と言われていた関連発売としてのオプション券がありました。一般周遊券のルールと区間が一緒で発売されますが、一般周遊券のような連続性は問われなかったはずですし、準指定地関係でも発見できました。北海道と九州で使いましたが、周遊券を駅で買うと船車券の発行ができないため(旅行センターは可能)、JTBに行って船車券の発売をしてもらっています。
概ね観光地へのアクセス区間ですが、「ちりつも」じゃないですが1割引(10円未満切り上げ)は積もり積もれば大きく、知床遊覧船や摩周、阿寒の定観といった「高額区間」での適用は助かりました。九州でも佐多岬への定観を買いました。
一般周遊券は伊豆方面で周遊指定地2ヶ所と国鉄201㎞以上を充足できる行程が組めたので購入しましたが、諸般の事情で旅行が流れてしまい払い戻して使わずじまいで終わりました。あとは知る人ぞ知るのルート周遊券。上諏訪から国鉄バスで小諸に抜ける中部高原ルートを使ったことがあります。急行「アルプス」「信州」を有効に使えました。
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駅弁も高くなりましたね。「シウマイ弁当」が1000円オーバーになるというのがニュースになりましたが、先日乗り歩いているなかで駅弁購入が可能な駅で唯一時間があった米子の駅弁コーナーをみると、みんな税込1700円オーバーとさすがに手が出ません。駅弁には駅弁の良さがありますが、さすがにこの価格だとデパ地下とかでおなじみの有名店のお弁当が2000円台で出しているのと比較してしまうわけで、ちょっと手を出すのに躊躇します。
ワンコインで食べたいとは言いませんが、1000円なら1000円の、2000円なら2000円の価格に期待する内容があるわけで、バランスが悪かったです。駅弁が「デパ弁」となって久しいですが、旅行中に食べる、というシチュエーションを大前提にすれば、イベントで飛ぶように売れるからと高値の値札をつけることがどうかという話になります。鉄道会社自体が駅弁大会を実施したり、常設の駅弁大会のような売店を作るとかやってますが、食中毒事件を起こした輸送駅弁とか、実はデパートの近所で委託製造とか、「駅弁」というには難があるケースが大半になっています。おりしも米原の駅弁屋が撤退しますが、寂しい話です。
その昔の時刻表だと、欄外に各駅の名物駅弁を記載しているのは一緒ですが、お土産品のマークがあり名物を列挙してたり、どんぶりの絵に「そば」と書かれた立ち食いそばのある駅の案内もありました。
さすがにそうした多彩な表記は復刻版でよみがえる昭和中期の世界ですが、赤帽がいて電報が打てて、救護所があり、SL時代らしくホームに洗面台があるとか、そうした情報も時刻表に記載されていました。まあこうしたインフォメーションは高速道路のSA、PAガイドに引き継がれた格好でしたが、紙ベースの案内自体が消えるご時世になってしまいました。
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しょいか〜ご〜実籾3丁目間ですが立ち退いた家部分が一部舗装されてました。
千葉土木事務所の事業概要見ると進捗率40%で、まだ数年かかりそうです。
正直、京成アンダーパス4車線化はこっちの4車線化完了してから着手してほしいです。
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しょいか〜ご以北の拡幅ですが、東側に偏っている感じですね。
ここからは、完全に本線をr262側にするということが見て取れます。位置的に見てr57はY字分岐からT字分岐になりそうですね。まあ将来の幕張千葉ニュータウン線の整備を考えると、京成アンダーから東習志野方面本線への「直進」が本線ですから。
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昨日船橋方面へ電車で行ったのですが、ちょうどシティライナー上りが来るタイミングでした。
ざっと2割程度乗ってました。八千代台、津田沼、八幡とか止めてもいいのではと思いますが、それだと快特成田と変わらないですね。
休日日中も平日夜間でも成田空港行き乗ると、本線系統でもインバウンド客、スーツケースが目立ちます。
本線快速だと結構時間かかると思うんですが、最終日に成田泊とかもあるんですかね。でも大概のホテル、空港駅から送迎ありそうですしどうなんでしょうね
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成田周辺とか、R29沿いだと空港駅まで行かなくても十分なのでは。
TDR関係が新浦安にも協定ホテルを置いているように。
シティライナーは成田山初詣用といいながら、微妙にダイヤがあってないんですよね。
前も指摘しましたが、護摩法要を軸に、お札の申し込み、受け取り、お土産の購入とか、駅から新勝寺までの往復もありますし、標準的な時間が確保できているのか。
かつての「開運号」が車内で護摩札の申し込みを受けていたという話がありますが、それくらいの「サービス」があってこそ「成田山開運号」でしょうに。
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総武快速線のE217系が3月改正で撤退します。公式発表前ですが、組合提案資料に掲載があったようで、それがネットニュースになっています。ヲタの執念という内容の記事でしたが、会社側からの提案資料は最低でも「社外秘」ではないのでしょうかね。JREは上場企業ですから、経営の数値に関係する場合、適時開示前に社外に流出する体制となれば、取引所規則類の違反となるわけで、ヲタが勝手に公表できる配布は再考すべきです。
確かにこの年末年始はE217系を見る機会が少なかったわけで、実際に乗車したのはE235系のみでした。あの鬱陶しいサイネージもさらに「悪化」しており、寒いバラエティと、不動産担保ローンの繰り返しが光の暴力となって目に突き刺さるわけで、これがG車にない時点で「迷惑設備」と理解していることは必至なだけに腹が立ちます。
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なんか中途半端というか、はっきり言えば間抜けな記事ですね。昨年3月改正で各停化された京葉線から東金線直通の利用記がネットの記事になっていますが、まんべんなく乗り降りがあるから通過できない、という結論にはあきれるばかりです。
快速がないから近距離から長距離までこの電車に乗らざるを得ない。遠近分離になっていないうえに所要時間は絶望的に伸びる、と最悪の結果になっています。武蔵野線も含めて本数が確保されている新浦安あたりまでは完全に分離し、改正前の段階で蘇我まで立客多数だったのですが、詰め込み合理化にも配慮するとしても、新木場から海浜幕張まで通過して以遠各駅でしょう。幕張新都心の通勤需要を踏まえると、旧通快が停車して内房線、外房線(東金線)への直通というのは妥協点としてある対応です。(海浜幕張だけ停車としたら、おそらく海浜幕張か新浦安で「通快」が追い越しとなるので、検見川浜、稲毛海岸、千葉みなとの3駅の需要も結局「通快」に乗る)
新木場-新浦安間の輸送力逼迫(実際には増発余力は十二分にある)を踏まえたら、西船橋止まりの区間運転を先行させ、海浜幕張まで通過する「通快」が追い上げることでの「遠近分離」が正解なんですけどね。あるいは「通快」の直後に西船橋行きを入れるという方法も。間隔が空いたところに空いた電車を入れるほうが効果的でしょうね。
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船橋新京成が船橋GH線と海老ケ作線のダイヤ改正をします。海老ケ作線は微妙な時刻修正ですが、船橋GH線は経路の変更です。まあどちらも大勢に影響はないのですが、船橋GH線は西警察署経由を米が崎経由に振り替えて、船51の系統廃止となります。東50は存続するので吹上から芝山団地入口の交差点間の路線が消えることはないですが、船橋駅から駿河台経由で船取線というルートは大成運輸時代からの伝統あるルートであり、既に夜間片道1本になっていたとはいえ、それがついに消滅します。(当初は船橋グリーンハイツ入口-(桜ヶ丘)ー(金杉町)-(駿河台)-(天沼)-船橋駅入口でした)
ちなみに東50も中途半端で、上下とも朝から夕方前までの運行と、往復での利用を想定していないダイヤなんですよね。朝の東船橋行きがあるのなら、夜の東船橋発が対になるはずですが。対という意味では豊富線の土休日ダイヤもおかしく、北習志野駅行きは船橋駅発がまんべんなくあるのに、船橋駅行きは朝方のみで残りは東船橋駅止め。午後は夕方の1本だけという偏在ぶりです。
こういうおかしなダイヤを見ると、使ってほしくないようにも見えますね。分断で松が丘から高根木戸へのアクセスを消したうえに、芝山方面の使い勝手もダメにしてますから。聖人塚、大慶山や高根木戸駅の利用は結構あったはずですが、強引に消し去るんでしょうか。
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いつも思うのですが、新東名、東名、東北道などの片側3車線の高速道路で交通量多い時は仕方ないけど、
適度に空いてる場合でも何故真ん中車線を延々と走行する車ばかりなのでしょう?
みんなが時々遅い車や合流者が連なってる時だけ真ん中車線に移動して
落ち着いたら左へ戻るの繰り返しで走行すればかなり円滑になって後続が詰まって連なる危険も減少していいと思うのです。
交通需要を想定して片側3車線で建設したのであって、真ん中ズボラ運転させるためではないんだけどねえ。
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3車線の真ん中というと第2走行車線かな?
そこだったらまだマシで、追越車線(内側)に滞留だけは絶対にやめてほしいです。追越でない場合は違法ですし。
ICやPA、SAの出入りを考えると、第1走行車線(外側)も適度に空けてほしいし。
とにかく、追越車線を漫然と走るのは最悪。速く走るから追越車線なのに、追越車線にいれば早く着くと勘違いして漫然と塞栓状態になってる惨ドラがあまりにも多いです。年初も外環外回りで漫然と追越車線を走り、草加の出口ギリギリで車線変更して降りて行ったド迷惑な惨ドラがいました。
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サグで漫然と走って速度低下となり渋滞の原因という高速あるあるに対して、「ここは上り坂」「速度回復願います」とかようやく看板が立つようになったけど、もっとストレートに「スピードアップ」と書いてほしいですね。
あと、ちょっとでも速度差があると追越車線に出てくる大型も撲滅してほしいです。速度差がほとんどないのに出てくるから、ややもすると抜き返されたりして延々と並走して塞栓になるから。
一般道だけど、かつて深夜の豊橋市内のR1でこれを食らい、片側1車線になる前にようやく抜けたら前方は誰もおらず、追いついたのは当時は潮見坂経由で下って浜名BPに入るあたりと、どれだけ時間を無駄にしたんだという感じでした。
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船51にしろ東50にしろ短絡路シフトした分、船橋GHから駿河台方面の救済のイメージがありましたが、見込んだほどの区間利用がなかったんでしょうかね。
いずれにしろ東船橋は行き先としては半端な印象しかありませんでしたが(いっそ津田沼とか北習志野の方が需要自体はありそうです)。
東50もいずれは整理される気はします。
職場の二和在住の大先輩(おそらくボンネット沢庵の現役時代をご存知です)から聞いたのですが、マックの跡地にケンタッキーが来るらしいです。
完全居抜きで建物流用なのか、建て直しするのかまでは知らないそうですが、r57の容量にとっては一難去ってまた一難とはいえ、何もないならないで空洞化を危惧するところなので難しいところですが。
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年末に関越乗って高崎まで行きました混んではいましたが渋滞はないくらいの混雑でした。
第一走行車線はガラガラで第二走行車線と追い越し車線に集中していました。追い越し車線で100キロ以下で流す車もいました。
特に急いでいなかったので、第一走行車線クルーズコントロール90くらいで走っていると詰まっている第二走行車線を
抜きそうになってしまいます。
あと外環の地下区間も80キロくらいで追い越し車線走る車に遭遇します。
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R51の絶望的な状況への対応が局所的な改善しかないという批判記事が出てましたが、それでもやらぬよりはましでしょう。記事に出ていた吉岡交差点は大昔から難所で改良が始まってからもかなりの時間が経ちますが、用地買収の段階で折り合いがつかないままというのも。
王道はバイパスなどの抜本的改良というのは誰もがわかる話であり、じゃあ現実を踏まえてどうするかという話です。
そういう時に局所的改良は案外と効き目があるわけで、よほど抜本的改良が迫っていない限り、局所的対応をとっとと済ませるべきでしょう。
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局所的改良で思い出しましたが、三咲三叉路のr57二和方面からの突き当たり部分は結局建物解体後も歩道並みの道が拡幅されそうな気配はないですね。
まあ抜けたところで、という場所ではあるのと、どうせ抜くなら反対側(ディーラーとガソリンスタンド側)の方がいいと思うのでアレですが。
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今回茨城空港へのアクセスで感じたんですが、スーツケースの場合、クロスシートの通路側だと通路を塞いでしまいますが、ロングシートのように左右の着席者に迷惑をかけることはありません。たまたまですがボックスの通路側に私ともう一人スーツケース持ちが着席して、窓側が空いていたのですが、あまり見ないパターンに立客が「空いてますか」と聞いてきましたね。なおスーツケース持ちは結構いましたが、茨城空港へのアクセスというよりも、千葉東葛や茨城県南に帰ってくる流動でしたね。石岡で降りたスーツケース持ちはわずかでしたから。なお荒川沖までは特急は使えませんし、土浦、石岡も普通先着なんですよね(松戸で水戸までノンストップの「ひたち」、羽鳥で「ときわ」退避)。使わざるを得ない流動の存在が少なくないのです。
JRWの新快速だとスーツケースやベビーカーの客は正座席が空いていても補助席を志向するケースが少なくなく、利用者側もなんとか折り合いをつけようとしています。その意味では長期滞在の旅行者が乗ってくるという想定が新幹線を含めてない事業者の問題でしょうね。一般列車でもあと少し網棚の奥行きを深くすればスーツケースが載るんですが。載せたはいいが、1/3近い微妙なはみだしに大丈夫か思案気なインバウンドをよく見ますが、海外では鉄道持ち込みの限界とされるサイズですらそれなんですよね。新幹線はなんとかおさまりますが、二次アクセスとしての利用を全く考えていないわけです。
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ありゃ、二和のマックは閉店したんですか。居抜きでケンタだったら笑いますよね。まあマックとケンタでは客数も違うから渋滞の減少には寄与するでしょう。マックとカスミ、ウェルシアにビッグエーとここの出入りが渋滞の原因でもありました。その昔は西側のマルエツとミヤマがメインでしたけど、流れが一変しています。
この突き当りに例の住宅街ができるわけですが、変にクルマが入ると生活道路のはずが抜け道になるからわざと不便にするのでしょう。古和釜方面のr57としんわ会、さつき台バス停あるいはランドローム方面を結ぶルートへの抜け道になりますからね。そして西向き直進が増えたら二和から三咲駅方面に右折するクルマが流れなくなって破局ですし。
あと、東船橋関係は1981年の開業当初からバス路線のシフトをしては減少していく、という悪循環を繰り返していますね。
都内などへの総武線乗り換えにはいいんですが、日常的な船橋駅への流動にとっては乗り換えで高くなってと踏んだり蹴ったりでした。
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紺屋の白袴を地で行く話をやらかしてしまいました。
先日北陸3県の並行在来線3社フリーを使った際、チケットレス専用商品だったので会員になったんですが、Westerに登録してTabiwaで買うというややこしい手続と、その後間断なく来る商品メールに辟易していました。
全くノーケアだったんですが、Westerに登録したらe5489も使えるのは理解していましたが、さらに年齢のおかげで「おとなび」会員にまでなっていました。登録後けっこう山陽新幹線を使っており、EX-IC一択だっただけに、7日前縛りはありますがおとなび割引のチケットレスはアウトオブ眼中で、けっこうな損をしていました。相生岡山のワープと同水準で姫路福山の「こだま」に乗れていましたから。あとe5489が使えるので、Aシートや「らくラク」を安く使えるのですが、それでも高いですからね。
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r57の話題が出ていますが、朝7時台のr57西向きの渋滞ポイントは鎌ヶ谷大仏交差点、新たに北初富交差点が
ダントツですね。各々500m程で計1km渋滞することもあります。
三咲三差路の渋滞はそれほどでもありませんね。
今後の直線化は宅地化が進んでしまったので難しいでしょうね。
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今年度中に海老川新駅が着工され、2029年3月付近の開業となるようです。
東葉公式にも1月31日に近隣住民向けの説明会を行う旨告示が出ています。
市公式にも出てないかと探しましたが出てませんでしたが、ついでにと地域公共交通活性化協議会の資料を見たら、3月でトランジットの海神線、原木線が廃止になるんですね。原木線は妙典橋経由の支線が設定されていますが、敢え無く廃止です。
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気になって探してみましたが、
ttps://www.city.funabashi.lg.jp/machi/kaihatsu/005/p118214.html
ttps://www.city.funabashi.lg.jp/machi/kaihatsu/005/p126941.html
市の資料はこの辺でしょうかね。
地味に初めて見るのですが、新医療センターが思ったより北にあったのと、新駅が思ったより西にあった、っていうのが正直思ったところです(医療センターが駅の位置、駅がローソンがあった交差点とパチ屋の間のブロックぐらいと思ってました)。
新たに道もできるようなのでなるほどこれだとあの近辺で最後に残ったガソスタであるコスモ(うる覚えですがセルフの日本初か黎明期のだからと取材が来てて、テレビに思いっきり短絡路経由の船橋バスが映っていたのと、黎明期ゆえに当時はフルの計量器みたくロックできるタイプのトリガーだったのを覚えています)も区画整理に巻き込まれるのも頷けるわけですが、両隣の整備店と焼肉屋はそうでもないのか今の所休業の表記の類はないようです。
そういえば、新駅の仮称は「船橋中央」とかだった気がしましたが、今回の発表ではさらに仮称ぽさが増した「海老川新駅」としか出ていませんね。
北総末端部の牧の原と日医大も正直草深と松虫でいいじゃんと思うタイプなのでここも米ヶ崎でも構わないですが。
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廃止ついでですが、バスシステムの東船橋ららぽーと線も廃止されていました。が、路線図はそのままなのでおそらく再編までこのままなんでしょう。
セントラルというよりウエストにして鎌ヶ谷の車庫にした方がすっきりしそうなレインボー白井同様、セントラルになるとされているバスシステムも最低でも船橋発着路線では市内線はウエストの方がしっくりきます(あるいは東船橋線だけセントラル)が、船橋を境目にするとするなら切れ目をどうすべきかは悩ましそうです。
臨港線はウエスト、南船橋線はセントラル、とすっぱり分けるには末端部が難しそうですし。
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昨日家族が葛西臨海公園へ用があるとのことで、京成沿線から京葉線は船橋、西船橋と乗り換えが距離の割に多いという
謎の理屈で、朝方海浜幕張まで送ってきました。
r262空いてることもあり17分弱で着いてしまいました。
特にしょいかーごから先は快適です。長作町から4車線化となれば日中でも20分〜25分程度で行けそうですね。
今でもお台場方面へ用がある場合、海浜幕張まで車もありだなと思いました。
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遠近分離も良し悪しであり近年はこうした形態のダイヤを採る路線は減少傾向です。
問題点としては有効な列車が減ってしまい、乗れば速くても待ち時間が増大すること
中間部に利用者の多い駅がある場合その駅を志向した流動に対応しにくいことにあります。
京葉線の場合は海浜幕張の発展が大きいこと、さらに後述するリモートへの代替がされにくい
商業やサービス業、倉庫といった業種への通勤流動が相対的に増加しこれらの業種であれば中間駅への通勤需要は一定程度ある(TDR
TDRは周辺施設を含めリモート化されない膨大な雇用を生じさせていますね)といった点が大きいといえます。
京葉線をはじめJRーEは平成初期にラッシュ時の長距離通勤用として盛大に駅を飛ばし遠郊区間から速達性を確保する種別を
新設しました。常磐線に土浦以遠で通過運転をする種別があったことなど信じがたいですし、東海道線の通勤快速が在来線特急の全盛期から
全種別絶対停車駅であった横浜通過としたことに横浜市長が不快感を現したという例さえありました。
当時は不動産価格が高騰する一方で、自己所有志向、戸建志向が強く、戸建を自己所有することが社会的成功の証という
考え方が今よりはるかに根強かったこと、人口自体が首都圏では大幅な増加傾向という旺盛な実需に支えられていたこともあって
通勤圏が郊外へ伸び続け100㎞までは通勤圏と言われた時代です。
そこから一世代が回転しもはや50㎞以上の郊外から毎日の通勤はあり得ない、
ただしリモートという働き方の普及で完全ではないにしても週に1日、2日ならという考え方が広がったこと
子世代は通勤に便利な都心に近い所、特に都心部のオフィスに毎日出勤し時間がカネになるという生き方であれば
少々高い住居費でも山手線の駅から徒歩圏がマスト(特権階級ダーと言い出す手合いがいますが単身者向けの物件なら大企業勤務なら
強ち非現実的な家賃ではありません)という流れがある一方で、親世代と異なり実家からの通勤時間が短い働き方を選択する例も多くみられます。
例えば親が大企業のサラリーマンで毎日長時間通勤をしてプライベートを犠牲にするという働き方を見ていた子は、
有名大学進学までは親の生き方をトレースしても、社会人としてのステージでは都心の大企業より地元市役所を選ぶといったケースです。
あるいは以前書いたように高根台団地のサラリーマン家庭出身の学生がアパレル業界への就職が決まり津田沼の商業施設にある店舗に勤務するという
例もあり、郊外都市と都心のオフィスの関係は30年前に比べて薄らいできています。
このような社会情勢の変化を背景に一昔前に比べると長距離通勤者は確実に減った面があり
ラッシュ時の着席前線駅からもその傾向が明確ですから結果として見直される傾向にあるといえます。
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今年は14位にランクダウンです。
ttps://diamond.jp/articles/-/348290
習志野原の住民としては喜ばしいことです。
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ブログにも書きましたが、鉄道ジャーナルが休刊(廃刊)します
A松堂(爆)での早出しを競って購入して掲示板で紹介した紙と電子が共存していた時代は遠い昔ですが、電子化という道すら取れずに退場するしかないところまで追い込まれた格好です。前号の2025年2月号は通刊700号の節目でしたが編集後記での言及だけで特段の特集コーナーもなかったのも余裕がなかったんでしょうね。あるいは「着地」時期を図っている段階でそれどころじゃないと。そうそう、背表紙の「月」のところは年ごとに色を変えていましたが、2025年は2024年と同じ銀鼠で、しかも特集表示の部分は2024年から月表示と同じ色と、コストダウンが露骨でしたが。
創刊が1967年ですから58年目の退場です。我が国における鉄道趣味誌の歴史は昭和初期を源流としますから、戦時中の物資統制による廃刊期を含めたその過半を歩んできたことになります。「第三の鉄道雑誌」として新参者の扱いでしたが、大学鉄研や鉄道友の会といったバックグラウンドを持たないだけに、閉鎖性を感じない雑誌でした。
編集長交代から18年、身売りから15年、創設者で初代編集長の竹島氏の死去から10年。オーナー編集長と雇われ編集長の違いもあるでしょうが、結局方向性を確立することも貫くこともできずに朽ち果てた格好です。2代目編集長の宮原氏も有能な実務者なんでしょうが、「編集長」としての個性は打ち出すことなく終わった格好です。「編集長」というと、どのジャンルでも実務者というだけでなく、そのジャンルにおける個性が光っていますから。
(続く)
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(承前)
まあライターが全く育ってませんからね、この業界は。銭が取れるレベルは片手で数えられる程度でしょう。ネットメディアでは固定メンバーがいますが、こたつ記事に毛が生えた程度ですし、媒体がパブリシティまがいですし。ジャーナルでもお馴染みのライターが寄稿していた時期もありましたが、最近は見ませんね。ジャンルが被る「運輸と経済」も必ずしも書き手の層が厚いとは言えないわけですが、まあアカデミズムとコンサルと業界各社と所管官庁系、というのはジャンルを問わず専門雑誌の定番(仕事で目を通すその手の雑誌はたいていこのパターン)ですからそれはそれで確立しています。
往年の鉄道ジャーナルがそれこそ戦前の鉄道雑誌黎明期を築いた伊藤東作氏や、稀覯本出版の佐々木桔梗氏の寄稿など誌面の奥行きが深かったのですが、そういう「厚み」を担保する書き手がいなくなったのも終刊の一因でしょう。それでもコラム的記事とか文化的な取り組みに積極的だったのに、確立できる前に力尽きました。強いて言えば別会社で「復刊」したがどう見ても苦戦している「旅と鉄道」がジョインしたら往年のような厚みを出せたんでしょうが。
(続く)
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(承前)
投稿のみならず目次に名前を並べさせていただいたこともありましたが、ここで力尽きるとは思いませんでしたね。
投稿にしてもネット界隈の「ぼくのかんがえた最強の・・・」系の書き込みと違い、エディターが目を通し判断しているという最低限の品質管理はなされていたわけです。それでも救えなくなって投稿欄を廃止していますが、一時はそれに須田氏が目を通して直々に回答、というキャッチボールもあったんですけどね。一回、論旨は良いが文章が拙いので全面改稿しました、と赤面ものの返信を頂いたこともありましたが、そういう作り手の「熱」や「意気」もなくなったんでしょうね。
須田氏の訃報から約1ヶ月、それを聞いて気持ちが折れたのでは、というような休刊宣言ですね。暦年での上半期末を区切りにする格好ですが、そこまで持つなら金銭面での問題でもないでしょうし、年末でも年度末でもないタイミングでの休刊というキリの悪さをみるに。
主筆格だった種村氏の死去から11年、また編集部員でカメラマンの沖氏の死去から19年ですが、ライターだけでなく、編集長以下カメラマンだった沖氏も含めて編集部員の記事が読ませる品質だったというのも特徴でした。最近過去の鉄道風景をテーマにした南正時氏の記事をネットでよく目にしますが、南氏も御年80近いというのに「読ませる」文章です。このジャンルでそういう記事が書ける人が正直いないわけで、危機感を抱く時期もとうに過ぎてしまい、出版史の中に消えていくのを待つのみなんでしょう。
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RJの休刊、昨年あたりから10年代のリバイバル記事が目立つようになり
もう10年以上の歳月が流れたのかと思う一方で、費用をかけた取材記事が減り
東京近郊か、遠隔地も凋落のメインラインのようにさほど交通費がかからない内容が中心でしたから。
一方で非取材記事は経済や工学の専門的な知識に踏み込む内容も多く、小学生の頃は理解し難かったかのは当然でしたが
学生時代以降は非常に勉強になる内容も多かっただけに無駄なところが余りない、カネを出して買いたい雑誌
ぶっちゃけてしまうと大学教員になってからは経済財務系の記事がありCiNiiの対象誌なので個人研究費で買ってもセーフな雑誌でした。
故青木氏も趣味誌だからといって侮ってはいけない、学術書以上の内容がある記事も少なくないと述べたこともあり
鉄道ファン向けでありながら必ずしも鉄道至上主義ではない(最近では佐藤氏の鉄道による貨物モーダルシフトの困難を訴える記事など)という点でも
論争を巻き起こすことが多かったのですがやはり時代の趨勢か。
管理人様が書かれている通り取材対応に事業者が厳しくなってきており、大昔は一ファンがふらっと車両基地に行っても
立ち入らせてもらえたという信じ難い時代から、取材なら所定の申請をせよ、それを明らかにせず一利用者として運賃を払っての
ルポルタージュをするのもケシカラン(特に撮影関係)という姿勢になってきており結果として事業者無謬の記事ばかりが蔓延りやすく
出版元も実質的には宣伝であるアゴアシ記事なら取材コストもかからないという出版社と事業者の間ではwin-winの関係が成立するという
図式になってしまいます。
とはいえこれは趣味誌全般に言える問題であり、実際のところアニメ誌や声優誌などは読者が欲するのは、キャストやスタッフが発言した内容であり
声優の写真であってそれらに対価を払っているのであって辛口の批評などというのは今更オールドメディアがやらなくてもweb上でいくらでも可能
権利者も個人の批評であれば著作権云々で騒がない(実際には「批」にもまずは視てもらうという宣伝効果がありますから)ということになりますが。
鉄道誌の場合はただの宣伝なら今や4桁の金額を払って読む価値はなくRPのようにより専門的な分析(その代わりRJに比べ昔から足で稼いだ情報の記事は多くない)という
立ち位置で生き残っていくのでしょう。あるいは旅鉄で見かけるようなその方面のタレント(木村裕子、伊藤桃など)を前面に出した記事であれば
声優誌やアイドル誌に近い性質の需要を取り込んでいくことも可能ですが。
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趣味誌として趣味に徹する雑誌が生き残った格好ですね。ピクも結局は学究的な面はありますが趣味の延長線ですから、硬派のピク、軟派のファンという感じです。ジャーナルは社会人として鉄道(交通)だけでなく経済活動その他の「日常生活」を経ることで味わいが出てきますし、いい意味での物足りなさ、要は記事の出来の良しあしがわかるようになります。
あるいは経営的には百も承知だけど、という立ち位置で論じることもできますし、公共インフラという素材を趣味の対象とする面白さを切り開いてくれた存在でした。
1980年代のローカル線の記事のように、区間別の輸送密度の図示と、並行する、あるいは関連する交通機関(バス路線)を必ず地図に落とし込むことの徹底は、議論の基礎となる資料ですし、その時代を示した史料となります。基本データに取材時のルポという仕立ては非常に貴重ですから。おそらく故青木栄一氏のこだわりというか、資料性を担保するためのルールを定めたんでしょうが、侮りがたしというよりも、どこに出しても大丈夫なように作ってあるわけです。
それと並行して連載されていた「シリーズ 日本の鉄道」もグラビアや特集としての華々しさがなくなっても、地域の路線の歴史をきちんと示しており、これも貴重な史料です。その意味では青木栄一氏という「参謀長」の存在が大きかったわけで、それを十分に引き継ぎ、発展させられる人がいなかったというのが最後まで祟ったんでしょう。
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文字通りの「悪貨は良貨を駆逐する」でしょうね。
ネット時代になって誰もが情報を発信できるようになった反面、それがノーチェックで世界中に流れます。
手軽になったことと質の低下がセットになってしまい、エディターの手と目を介する出版物は一定の水準を担保しているが敷居が高いことで敬遠されています。しかも紙ベースの出版物でも「薄い本」のように比較的手軽に発表できる時代です。
結局、交通や趣味の世界に限らず、この手軽さと質の悪化の問題が深刻化しているのをみると、あまり言いたくはないですが、過去の書き手は経歴や社会的地位を見ると、表現における一定の水準の担保はそれと連動するという評価に行きつくわけで、表現にしろ分析にしろ一定のトレーニングを受けてクリアしている人が情報を発信し得る、という暗黙の了解が崩壊したこともまた出版に悪影響をもたらしています。
そして騙しに簡単に引っ掛かり、煽られれば脊髄反射で騒ぎ立てる。知の衰退が行き着く先は無残なものです。
このあたりは、本来間口が非常に広いネットの世界では、虚偽が紛れ込んでもどこからか必ず真実が告げられて駆逐されていたんですが、掲示板からSNSに移行すると狭い集団の集合体となってしまい、集団の中で裏書がされたように見えてしまうようになってしまったことが大きいのでしょうね。真実の指摘が「正常化」ではなく「集団の否定」のような相対化にされてしまいますから。
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あとは「ふてほど」じゃないですが、コンプラもあってお上品になりすぎたか。個人情報を盾に取材を制約する中で、ルポでありながら無味乾燥というか人畜無害というか、面白みも特徴もないものになっています。
それこそ創刊期のルポで竹島氏が寝台特急で乗り合わせた家族連れのマナーに怒り、誌面でゴキブリ呼ばわりしたとか、有名な「東西論争」の発端となった「東男は東電車に乗っときなはれ」という煽りに「近鉄電車でお伊勢参りでもするのがお似合いです」と叩き返したタブレット欄とか、特にタブレット欄のこれは紙ベースでも「炎上」したくらいのエネルギーがありましたが、いまは内容よりも形式で排除してしまいますからね。だから無味乾燥です。
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幕張へのアクセスは船取線から海浜大通りがもっぱらですが、北行きは若松がネックなので武石経由にすることが多いですね。r57とr262の分岐まで4車線化されたら往復とも武石経由一択でしょうが。
ネックなのは武石周辺で、r57と交差する京葉出口が結局4現示なので1回あたりの通過時間が短いこと。r57側は4車線とはいえ、北行きは左車線に絞られるからと武石手前から左車線に集中し、それにロードサイドの飲食店への出入りが重なって停滞します。北行きは住宅地の中を抜ける新道区間で車線を絞るようにして、そこまでは片側2車線で流せるようにしてほしいです。現状はあの短い時間で何台捌けるかがカギになっていますから。
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ネットのポータルに鉄道コムの京成3200系の記事が出てましたね。プレス向けのお披露目で記者が質問して補完しています。2両単位のユニットで増解結が可能、というのは発表されていましたが、Mc-Mの組み合わせで4〜8連を組むだけでなく、分割併合を念頭に置いているという回答を引き出しています。これが記事にあるような支線系との分割として、京成でどういう列車を念頭に置くかというと実際には難しく、芝山鉄道などの末端区間を踏まえた2連をつくれば展開も見えてきますが。
あるいはかつての阪神のように2+2の4連で日中走っていた普通(ジェットカー)を夜半過ぎになると2連にする、というような運用か。しかし8連を4+4ならわかりますが、6連を4連だと2連がない限り、簡易運転台でも持たないと2両組をどう動かすか、という話になります。
あとは自重制限でハイバックシートを断念とか、運転台直後のヲタ席が消えたとか小ネタもありましたね。
そうそう、車両が入れ替わることを考えて編成番号+号車のハイフン方式の車番をあきらめて連番方式にしたそうです。
これだと新京成の8900系も「消えゆく付番法」じゃなくなります。
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京成系のバス路線を船橋市近辺で東西に分けるとしたら、本来なら船橋-西船橋間でしょうね。現実には東船橋-津田沼間で切ろうとしていますが。船橋-西船橋間で切れば、レインボーの白井車庫を西側にして、馬込沢から大仏までが重複という感じ。新京成の西白井系統が食い込み、逆にKBSの西船橋が乗り込む格好です。
その意味では船橋新京成をどっちに付けるかで悩んだんでしょうね。そして船橋新京成(大仏)抜きでは収支が心配ということなんでしょうか。松戸市川の京成バスがそこまで稼いでいないとは思えませんが。
レインボーと船橋新京成(習志野)を西にすればすっきり分かれるとも言えますが、西が大きすぎるということなんでしょうね。
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3200の記事は読みましたが、現新京成車の代替も(現80000ではなく)3200で行う、という記述もありましたが、分割の必要性のなさを考えれば直接入れるわけではなく本線からの玉突き代替は普通にありそうに思われます。
連番方式は京成では3500以来、新京成では8連時代の8800以来です。800と8000は電動車が基本番台でそれ以外は百位か十位に5が足されていたので純粋な連番ではなかったですね。
逆に編成別番号は京成は通勤形では3600以降、新京成は8900以降ですが、3600は組み替えで中間車は崩壊、8900も6連化で末尾4・5(89*4・89*5)が脱車の憂き目となっています。
ちなみにどういうわけか新京成は8900以降の編成別番号世代は1本目が0ではなく1からスタートしてたりするので直感的に何本目というのがわかりやすい反面、0で始まる先入観があるとミスリードしやすかったりします。
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RJの休刊理由をあれこれ邪推するのはどうなのかと思いますが、不自然なタイミングの背景は
取次との契約期間が6月いっぱい(暦年主義であれば上期)までで、年々返本率が上昇していたため
取次から契約更新の拒否、もしくは大幅な手数料率の引き上げといった通告があったことが引き金であったと考えれます。
契約期間が6月末ですと、雑誌は発売日から45日が新刊扱い流通をさせられる期間ですので4月21日発売の6月号が
期間内流通をさせられるリミットの号になります。
周知のとおり出版物の流通は取次の立場が非常に強く新興の出版社はまず契約を結べるまでのハードルが高いと言われますし
一誌だけで運営しているのでは、他に人気品目があるからということいならず、これまでの安定した刊行実績から
これまでは売上不振を大目にみてもらえたところ、紙の出版物の衰微で取次もこれ以上は余裕がないということかもしれません。
RFやRPも出版業界では中小企業が発行元では先行きはあまり明るくないと言わざるを得ないのが気がかりですが。
もう一つ考えられるのは雑誌コード自体が高額で取引されるものである故、コード売却の商談がまとまり
既に累積赤字が増加している財務状況で、今撤退すればコードの売却収益で、スタッフへの十分な退職金や買掛金の約束通りの支払いを行ない
迷惑をかけないクロージングが可能という判断であったか、そうであればこれはこれで英断と評価できます。
もともと管理人様のような長年の固定ファンが多い雑誌ゆえそこまで急激に売上減が生じるかという意見もありますが、
この頃ラーメンで話題になる1,000円の壁は月刊誌にも当てはまり、これを超えると目立って売上が落ちます。
表記される外税価格が2年半前まで3桁を維持していましたふぁ、壁を突破してから惰性で買い続けてきた層が
昔に比べて記事も面白くないしここいらが潮時と相当数離れていった。それに加えて年代別で最多勢力である団塊世代は
もう小さい字の雑誌を読むのが辛い、福祉施設に入り買いに行けない、あるいはお迎えが来たという方も多くなってきたという事情もあったと思われます。
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8900系は編成単位の付番でしたね。勘違いしていました。
となると新京成の完全連番制は8800系(6連化前)だけですね。8000系までは京成伝統のM車とT車の連番が異なるパターンでしたから。
ただ京成も赤電から3500系は全MなのでT車があったらどうだったかは不明ですし、新3200系もT台車はあるとはいえ全Mですから。
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暇つぶしにディーラーで車やカタログ見物していて思ったのですが、ヘッドライトのハロゲンがなくなりつつあるのは残念。
特に田舎の夜間ドライブではLEDは明るいがカットオフの明暗さで照射範囲外が見えずらくて運転しにくい。
ハロゲンのように適度に薄暗いほうが、暗順応した眼にはかえって広い範囲が見えるので運転しやすいし、
純正補修パーツも安くて入手性も良くて好きですね
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なるほど、雑誌コードですか。もともと鉄道ジャーナルが成美堂に身売りされた直後にもともとの雑誌コードが外れ、成人雑誌だった雑誌コードに移行しており、こうした売買には「長けている」親会社のようです。現行コードも成人雑誌由来とはいえ、十分ロンダリングされているでしょうし。
取次の問題となると、他誌も五十歩百歩でしかも後ろ盾も無いですから。神戸市内のスーパーにある書店でも扱いがあるし、平積みされている店もあるので、そこまでひどくはないでしょう。以前でもファンとジャーナルは平積みや表紙を見せて棚に置いてましたが、ピクはややもすると背表紙だけ見せる格好でしたし、そこまで売れていない感はなかっただけに。
1000円の壁はどうでしょう。ご指摘の通り高齢化が進んでいるであろう読者層とはいえ、月100円200円に困るような層であればとうの昔に買うのを止めている気が。
逆に「お迎え」とかはあるでしょうね。
リッチな50代をターゲットにしていた旅行系の雑誌も見る影がないのも、出歩く体力もない、鬼籍に入った、という読者の次の世代はそんな余裕がない、ということで代替わりできない焼き畑農業になってしまったからでしょう。鉄道雑誌はこたつ記事じゃないですが、家で読んで楽しむ、という分だけリタイアの時期が遅そうですし。
余裕があるうちに撤退、というのであれば英断ですが、キネマ旬報社から出ていた「蒸気機関車」誌(隔月刊)が1981年にその最後を「終刊号」として「大団円」としたのを当時ジャーナルでも有終の美として取り上げていましたが、3ヶ月前に終刊の予告をしたジャーナルはどう有終の美を飾るんでしょうね。
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