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本スレに書き込めない職人のための代理投稿依頼スレ
「書き込めないの!?これ、書き込めないの!?ねぇ!本スレ!本スレ書き込めない!?」
「あぁ、書き込めないよ」
「本当!?OCN規制なの!?ODNじゃない!?」
「あぁ、OCNだから書き込めないよ」
「そうかぁ!僕OCNだから!OCNだからすぐ規制されるから!」
「そうだね。規制されるね」
捻りが無いとか言うな
<削除>
代理投下をしていただきありがとうございました
投下終了のしらせを書き込もうとした瞬間に規制が来ました。
みなさん、どうもすみません、とだけ本スレにお伝えください。
<削除>
Ⅷ中記念、LBです。
規制中の為、こちらに6-Dを投下します。
注意事項
相変わらずの大容量、45KBオーバー
かなりのオリ設定詰め込み
そしてD無双
其は、魔を討つ魔にして一人の騎士。
其は、数多を斬って乱舞する狂戦士。
其は、ただ一人だけを守る優しき少年。
其は、全ての敵を殲滅する冷たい兵器。
“双剣の騎士”、“戦いを嫌う臆病者”、“規格外の怪物”、“任務の出来ない落ちこぼれ”、“出来損ないの人形”。
僅か二年の間に呼ばれた、彼の者の代名詞が数々。
されどもそれは昔の話。怯えも迷いも失敗もない。
最強となる筈だった騎士剣の力と、決して揺らがぬ信念を備えた彼は、確かに騎士として完成したと言えるだろう。
“双剣の騎士”、“規格外の怪物”、“虐殺の狂戦士”、“生きた殲滅兵器”、“理不尽の権化”、“賢人会議の最終兵器”。
嗚呼、しかしてそれは喜ぶべきことだろうか。彼が強くなったことを賞賛する者は、知人を含め誰一人として存在しなかった。
一人殺せば犯罪者、百人殺せば英雄。しかして数百の人間を虐殺し、尚も世界から犯罪者と叫ばれる者。
優し過ぎるが故に、ある意味相応しくもある意味相応しくない力を生まれ持つ者。
――今、双子の騎士剣が振るわれる。
第六章:D-side 舞う者たち
〜Dream or Real〜
天井から突き刺さる照明を見上げ、ディーは眩しさに眉を顰めた。
時の庭園内で最も広いフロア。段差の無い床を複数のシャンデリアが照らしている。
視界を前方に戻せば、壁に程近い場所でこちらと向き合うプレシアの姿があった。
一方のディーも、数メートル後方には反対側の壁が存在する。
周囲は既に、不自然な空間の揺らぎが広がりつつある。これはプレシアが結界を作っている為だ。
プレシアの右手には杖型のデバイス、左側には立体表示されたコンソール。ディーの腰には鞘へ収まった二振りの騎士剣が既にある。
これから行うのは紛れもない模擬戦。プレシアの提案に対し、百聞は一見にしかず(Seeing is believing)ということでディーも合意したのだ。
情報制御と魔導に関してはお互いに情報交換はできるものの、魔法士or魔導師相手の効果は試してみないと分からない。戦闘もまた然り。
ディーとしても早めに対魔導師の感覚や対策を練っておきたかったので、願ったり叶ったりである。
因みに、お互いの“魔法”は情報制御と魔導に区別する事で話が纏まった。
前者は元々正式名称なので兎も角として、後者は過去の呼称とのこと。
今では魔力素によるエネルギー運用技術そのものを“魔導”、完全個人運用の技術を“魔法”と区別しているらしい。
魔導師と呼ばれるのはその名残なのだとか。
「……展開完了。これで結界自体が破壊されない限り、何を壊しても問題ないわ」
不定形に揺らいでいた空間が前触れなく整った直後、コンソールの操作から顔を逸らしたプレシアの声が響く。
そこまで派手な破壊能力など、ディーは持っていない。しかし突っ込んだら睨まれるので口には出さない。
「さて、早速始めるとしましょう」
(大規模情報制御を感知)
言葉と共に、床下から次々と“何か”が浮き出てくる。それらは見る間にディーの身長を追い越し、西洋に近い巨大な全体像を顕とした。
掃除ロボットや自動警備システム等は見た事こそあるものの、こういったものは魔法士の世界に無かった。
資源やエネルギー関係の問題は勿論、技術面の違いもよく分かる代物である。
「傀儡兵、ですか」
「誰も私だけとは言ってないわよ?」
妖艶さすら含んだ腹黒い笑みに、苦笑で答える。この人物、やはり一筋縄ではいかない。
というか、物を壊すのは傀儡兵の方が上ではなかろうか。突っ込んだら睨まれるのでやっぱり口に出さない。
決して出せない訳ではない。決して。
「ところで……例のあれ、解析できましたか?」
模擬戦の提案後、ついでとばかりに頼んだ事がある。
自分とセラが転移させられた、謎の現象。唯一の手掛かりは、表示されていたデータのみ。
賢人会議の参謀に伝わるよう砂浜に書き記しはしたものの、巻き込まれた自分がこのまま手を拱いている訳にはいかない。
違う技術を持っている魔導師達なら、何か別の事が分かるかもしれないとディーは考えた。
幸いプレシアは魔導師であると同時に研究者でもあったため、これまた願ったり叶ったりである。
「模擬戦の準備で忙しかったけれど、一目で大体分かったわ。もう少し暇な時に詳細なものを渡すから、待って頂戴」
「ありがとうございます」
期待以上の返事に安堵する。そういえばそんなこと言ってたわね、とでも言われたらどうしようかと思っていた。
最近になって人となりを把握し始めたものの、何やら精神的に追い詰められている様子。
娘に強く当たるのも関係しているのだろうが、原因が隠されていると思しきプレシアの研究室は立入禁止区域。
迂闊に危ない橋を渡る訳にはいかない。
「ルールは簡単よ。これらの防衛を突破して、私に一撃当ててみなさい。敗北条件はそちらも同じ。制限時間は十五分。何か質問は?」
律儀に説明と質問タイムを送ってくれる。
普段の態度からしてちょっと意外だが、実験である以上ちゃんと成果が出なければ納得しないのだろうと考える。
何にせよありがたい為、遠慮なく問う。
「プレシアさんへの直接攻撃は、どの程度まで有効ですか?」
「バリアジャケットを傷付ける程度」
「傀儡兵は壊してもいいんですか?」
「胴体を破壊されなければ数日でスペアと交換できるから、胴体の破壊だけは禁止よ」
「プレシアさんは戦うんですか?」
「ええ。こんなお人形ではできない事もあるから」
「わかりました」
それだけ聞ければ十分だ。
手にしてから既に二年ばかり、実質自分とほぼ同い年の騎士剣を掴み、両腰の鞘から引き抜く。
頭の中でスイッチを叩くのも、また同時。
(I-ブレイン、戦闘起動)
思考の主体を大脳新皮質上の生体コンピュータ――I-ブレインに移行。
五感の神経パルスだけでなく、自分を含めた周囲状況までもが数値データ化。
脳の通常部分へ余計な負荷がかかる事を防ぐため、フィルター処理を施されて漸く神経に戻される。
その思考速度、実に十億分の一秒(ナノセカンド)単位。何もかもを置き去りにする圧倒的な演算速度が、物理法則を超越する。
(「身体能力制御」発動)
発動するのは騎士能力の基本。体内の物理法則を改変して高速行動を可能とする能力。
ディー自身も騎士としての能力は非常に高く、騎士剣の補助がなかろうと七倍速で行動できる。
魔導師の感覚で言うなら、バリアジャケットを装着する作業に近いかもしれない。相違点を挙げるなら、あちらが防御でこちらは加速というところか。
次に、数と体格差を考慮し、音速をも凌駕できる出力を調整。敵数は二十。個体の大きさは前述の通り。
(運動速度、知覚速度を十五倍で定義)
周囲の全てが倍率分の一に減速し、自分だけがスローモーションの世界で極普通に動けるようになるという状況が作り出される。
正確には、周りが遅くなったのではない。自分が速くなったのだ。
……このくらいでいいかな?
出力は、自分より二段下の並以下――第三級(カテゴリーC)の騎士が発揮できる程度。
少し加減し過ぎかもしれないけれど、相手は“条件つきの”保護者。
敵でも味方でもない以上、手の内を隠すに越したことはない。いざという時も、後で出力を引き上げれば済むだろう。
それに、模擬戦の目的は勝利や瞬殺などでは断じてない。
互いに情報交換を行い、騎士の能力もある程度説明こそしたものの、能力の応用法や奥の手については伏せた。
プレシアも同じようなもの故、おあいこである。
細い両腕を、小振りな双子の騎士剣と共に翼の如く広げる。一対多、二刀流で全方位に注意を向ける構えだ。
準備完了。まずは後の先で迎え撃つ。
「――いつでもどうぞ」
*
構えた少年に対し、プレシアは強い違和感を覚えた。
ハスキーなアルトの声。思わず性別を間違えてしまいそうな声。今発したそれは、余りにも泰然として乱れがない。
銀色の瞳。人形染みた顔の中で唯一意志の強さを表していた瞳。今輝くそれは、冷たく鋭く尖っている。
全体的に頼りなさが――人間らしさが存在しない。まるで機械人形と入れ替わったかのようだ。
平常からのギャップを感じるその冷たさが、鋭利な刃物を連想させる。
……これは……
異様な雰囲気に、プレシアは狂気の瞳を鋭く細めた。
生まれて二年で任務続きだったとは聞いている。しかし、昔からこうだったのだろうか。
それとも短期間における非常識な戦闘経験と、それに伴って築き上げた精神が、少年を限りなく冷徹なものへと変えているのか。
後で聞いてみなければと心に留めつつ、情報交換で得た騎士・魔法士関連の知識を思い出す。
記憶・演算・出力。多少の違いはあれど、魔法がその三竦みによって発揮される技術でしかない点は、魔導も情報制御も全く同じだった。
大きな違いと言えば、魔力を媒介としているか否か。どうも魔法士の場合は演算のみでゴリ押ししているらしい。
能力発動の際、イメージは愚か詠唱も予備動作も不要と言えば、理不尽さも少しは分かるだろうか。
ミッドチルダの最新鋭CPUですら足元にも及ばない、圧倒的な演算速度。その数値を聞いた際は流石に頭を抱えた。
魔力に演算を施して何らかの効力を持たせられるなら、別の物も理論上可能なのではないか。
過去にそう考え、そして挫折していった者達はどうやら間違っていなかったようだ。
では何故魔力だけが操作できるのかを少年に問えば、情報強度の問題ではないかと返ってきた。
如何に出鱈目な演算能力を持つ魔法士でも、変質出来ない物は存在する。人間やコンピュータなどの“考える物体”がそれだ。
自身の肉体ならまだしも、他者の情報強度は非常に堅い。
物体に魔力を通してからだと演算出来ないのは、その魔力が既に対象の所有物となっている為ではないか。
無機物制御を例としたこの仮説がプレシアの研究意欲に火を点けたのは、また別の話。
何にせよ、“I-ブレインを備えぬ人であっても変質させることのできる唯一の物体”こそが魔力だった。
立体コンソールの操作を開始。二十を数える傀儡兵達をそれぞれの指示を与える。
配備されている傀儡兵は全六種類。この模擬戦で扱うのは、大型と空兵型を除く四種類。
杖を手にした魔導師型が四体、弩弓と翼と尻尾が特徴的な弓兵型が二体、剣や斧、盾等を装備した歩兵型が十三体。
残る一体は各フロアのボス役を務める中型である。
歩兵型・弓兵型は主に物理、魔導師型は魔導、陸戦AAランクに匹敵する中型は物・魔の併用で攻撃と防御を行う。
防衛時の自律行動では反応が良くても頭は悪い。よって、今回はプレシア自らが手動操作する。
庭園の駆動炉からエネルギー供給を受けて動いているため、傀儡兵のエネルギー切れを心配する必要はない。
ただし魔導の発動には別途で魔力が必要な為、予め貯蓄してある。
中型はプレシアの傍で待機、弓型はフロア上空から狙撃ポジションを取り、魔導師型を後衛・歩兵型を前衛に置く。
まずは歩兵を進める所だが、今回は模擬戦という名を借りた実験。魔導師型を先に動かす。
小手調べやその他の意味合いを込めて、四体中一体に高速直射型の魔力弾を生成させる。勿論演算は傀儡兵頼りだ。
発動魔法はフォトンランサー三発。一つは頭部、二つは胸部へ照準。
傀儡兵の前方に、逆三角形の並びでスフィアが出現。その上で傀儡兵の補助動力とされる魔力が固められ、弾殻が作られる。
魔力弾に関して講義を受けた際、騎士の少年は「炎使いみたいですね」と評していた。
分子運動制御特化型魔法士“炎使い”。
名前通り周辺の分子運動に干渉し、熱量や運動量を操作することであらゆる物質を銃弾・盾・槍、材料次第では爆弾にすら変える能力である。
対して魔導師が射撃や防御に使っているのは、魔力唯一つ。
空気分子などを直に操れないため、魔力そのものを分子運動制御の材料にしているようなものだ。
比較すれば魔導師の方が劣っているように聞こえるかもしれないが、伊達にミッドは汎用性を求めていない。
魔法士が持ち得ていないのは、運用する物質に別途で付加効果を追加する事だ。
所謂ウイルスのようなもので、ブースト魔法や防御魔法等が代表例として挙げられるだろう。
だからこそ、たった今形を整えた青紫の魔弾には非殺傷・非物理破壊設定という“ウイルス”が入っているのだ。
術式完成。スフィア・魔力弾生成完了。残るはトリガー唯一つ。
少年の隠してきた力を垣間見る。それは、閉ざされた箱の中身を覗く行為だ。
無論、空である事は決してない。ありとあらゆる方面からその証拠は挙がっている。
問題は、中身の価値が魔導師にとってどれ程のものなのか。
今や禁忌とされる人造魔導師や戦闘機人に次ぐ新たな可能性に、研究者としての好奇心が擽られる。
故に、躊躇も恐怖もありはしない。
「ファイア」
たった一つの号令を合図に、中身にも軌道にも一切の捻りなく、弾丸は少年へ牙を剥いた。
*
(攻撃感知)
先端の尖った魔弾が動き始めたのは、額の裏側に浮かぶI-ブレインからのメッセージと同時だった。
魔力の色に関しては既に学習済みなので、動揺は皆無。注視するべきは弾丸の形状・速度・性質である。
速度は実弾にこそ劣るものの、殺傷設定時の威力は弾体の大きさで補って尚余りあるだろう。
恐らく、単純な高速直射型。誘導性皆無の初歩的な魔力弾だ。引っ掛けは無いと見ていい。
突き進むは三発。うち二発はディーの胸部を、残る一発は額目掛けて迫る。
十五分の一に減速して見える魔の弾丸を冷静に見つめ、ディーは一歩踏み込んだ。
魔導師ならば、この時点で選ぶ選択肢は基本的に回避か防御である。
高い移動能力で躱すか、障壁を作り出して防ぐか。もしも魔弾を無力化できる攻撃手段があるのなら、“迎撃”を選んでもいい。
しかし、既に相手が弾丸を射出してきた時点では、同じ飛び道具による迎撃は難しい。
更に指定した方向へ一直線に向かう高速直射弾を三発も、完全同時に撃ってきたのだ。これでは武器を振るって撃ち落とすのもままならない。
並の人間でも、並の魔導師やあのフェイトであっても、この状況では回避優先が関の山。次点として防御に迷うだろう。
だがしかし、標的としてそこに佇んでいるのは誰だろうか?
只の人間? それとも魔導師? 何の力も持たない非力な少年? 手に持つ双剣を脅しにしか使えない憐れな優男?
答えは、全て否。
魔法士である。そして騎士である。魔法士を倒す為に作られた魔法士であり、魔法士達から化け物呼ばわりされる程の規格外である。
たった一人の少女を守るために満身創痍の身体を引きずり、二千の敵兵に単身立ち向かった騎士である。
両の剣を縦横に振るい、その戦いで何百もの兵を切り伏せ、“近接攻撃のみで敵を殲滅する兵器”と化した魔法士である。
そんな彼の思考からは、回避も防御も浮かばずに。
1+1=2を記述するように、迎撃を選択した。
非殺傷設定だろうとはいえ躊躇なく額を狙った一発を、僅かに屈み込むことで直撃軌道から外れる。
次に、この体勢だと両肩に命中するであろう残りの二発を照準。翼で身を隠すように両腕を折り畳む。
腕は脇の下を通り、剣は元々収めてあった鞘の上を通過し、更に後ろへ。
これから行う“実験”が失敗しても確実に受け流せるように軌道を調整し、迎撃。
完璧なタイミングと精度でバツの字に振り上げた双剣が、二つの魔力弾を過たず捉える。
(「情報解体」発動)
同時、騎士が所有する二つ目の能力を発動。
その能力は、騎士剣に接触した物体の存在情報に直接干渉し、消去するというもの。
情報の側から存在を全否定されれば、対象は物理的にも存在を維持できなくなり、原子単位に分解されて砂の如く崩れ落ちるのだ。
両肩を打ち据える筈だった青紫の弾丸は騎士剣によって軌道を逸らされつつ、形状をも崩される。
ディーの後ろを通り過ぎた時には、解体された魔弾は青紫の粒子――魔力素と化して散っていた。
一方、頭上を通った弾丸は勢いを止めず、後方の壁に着弾。
非殺傷・非物理破壊設定にしてあったのか、元から綺麗だった壁には傷一つ付いていなかった。
青紫の輝きを放っていた魔力の残滓は、空気に溶けて色を失う。
遅れて、大魔導師の表情が僅かに揺らいだ。能力は既に三つ目まで簡潔に話してある為、一驚以外の理由である事は確かだ。
対してディーは、確かな手応えを感じていた。
生まれてから二年。それはそのまま、ディー自身の戦闘経験とほぼ等しい。
チタン合金や電磁射出の銃弾、軍用フライヤーや単分子ワイヤー、窒素結晶や荷電粒子、時には捻じ曲がった空間まで。
普通の人間なら短いと言い切れる時間の中、それなりに色々な物を解体してきた。
その上で、内心に浮かぶ感想はただ一つ。
……やっぱり、脆い。
騎士剣を介して知覚した、魔力弾の情報強度が、呆れる程低い。ここまで情報強度の低い物質を解体したのは流石に初めてだった。
同時に、これはディーの予想を全く覆さない結果でもあった。
何せI-ブレインを持たない人間でも演算で運用できる物質だ。それ程までに変質しやすいなら、情報側で“堅い”道理など存在しない。
ディーが構え直し、配置されていただけの傀儡兵達も一斉に得物を構える。
両者にとって、魔弾と剣の衝突こそ開幕のゴング。お互いの拳と拳を突き合わせただけの、ただの挨拶だ。
ここからが、本当の小手調べ。炎使いと同じ、という先入観は以ての外。
魔導師側の手札は、大まかな分類を見ただけでも非常に多彩である。最初は眼を白黒させたものだ、と心の内で苦笑する。
パッと見の為まだ明言こそできないものの、既知の魔法士で最多の手札を持つカテゴリ“悪魔使い”よりも多いだろうとディーは踏んでいる。
数日程度しか学んでいない事も相俟って、油断は禁物。一つ一つ、対象の形から情報制御のパターンまで隈なく観察する必要があるのだ。
身構えるディーに対し、向こうも動く。杖を持った傀儡兵四体に、プレシアまでもが魔力弾の生成を開始する。
I-ブレインで視力を補正し、形作られていく総数二十以上の弾体を見やったディーは――
「……うわぁ……」
思わず顔を引き攣らせ、呻いた。
物量は脅威に値しない。第二級(カテゴリーB)の炎使いでも桁一つ多く氷の槍を展開できる。つまり、看過すべきでないのは質だ。
先程と一見してあまり変わらない槍状の高速弾は勿論の事、近い形で言うなら片刃の剣や球、果てには回転し続けるブーメランまで浮遊している。
これ程多種の魔力弾を一度に生成するのは、実戦において“無駄”の筈。
あらゆる飛び道具でこちらの反応を探り、効果のある魔力弾を探すつもりなのだろう。
勿論ディーも、プレシアがそういう考えで仕掛けてきた事は理解できる。できるのだが。
……これ、全部射撃……?
数が多いのではなく、種類が多い。デュアルNo.33、初めての体験である。
怯懦はない。ただ、余りの多彩ぶりに少々辟易しただけだ。
しかして相手は待ったを知らない。何とも言えない感慨を抱いている中、全体の三分の一を占めていた魔弾群の一角が射出され始める。
高速弾の群れに、幾つか別の弾体が混じった混成射撃。その上空で、弓兵型が弩弓を引き絞る。
遅れて歩兵達も前進開始。外見に似合わぬ俊敏性でフロアを駆ける。
気を取り直したディーは、更に前へ。騎士に防御の選択肢が存在しない以上、ここで後退など論外である。
*
湖の上を風が凪ぎ、視界の下半分を占める青が揺らめいた。
「フェイト……駄目だ、空振りみたいだ」
後方から声をかけてきたのは、狼の姿になっている使い魔。
水面から突き出た岩の上で、フェイトは短く「そう」とだけ返した。
「やっぱり、隠れながら探すのは難しいよ」
「うん。でももう少し頑張ろう」
ジュエルシードに管理局が関わり始めて、既に数日。
上辺は落ち着いていても、フェイトの内面は確実に焦っていた。
身を隠しながら何とか集めているものの、向こうは三つに対しこちらは二つ。芳しいとは冗談でも言えない。
だからと言って引き下がるつもりは毛頭ない。残る六つを一気に回収すればまだ何とかなる筈だ。
このまま一つずつ集めていったら、幾つかを管理局側に取られてしまう可能性が高い。それを防ぐなら、多少の無茶を覚悟しなければならない。
まずは地上に残っている青の宝石を探し、残りが全て海中にあると判断した場合、海に魔力を流して強制発動。そのまま一網打尽とする。
言葉にすると簡単だが、今まで一つ一つ封印してきたのを複数相手にするのだ。難易度は想像を絶している。
それでも、自分達にはこれしか方法が残されていないのだ。
「ところでフェイト、左腕はもう大丈夫かい? 大丈夫なら、外していいからね」
「うん。ありがとう」
使い魔の言葉に頷き、その場で左腕の包帯を勢いよく抜き取る。痛みは全くなかったので、もう問題ない。
問題だったのはその直後。何の前触れも無く突風がフェイトを襲い、その手から包帯を奪い去っていった。
解けた純白は風にのって飛び、青空の中へと溶けていく。
青に混じる白が、フェイトの中で一人の人間を思い出させた。
……あの人、今頃どうしてるかな。
雲になって掻き消えてしまいそうだった、銀髪銀眼の優しそうな少年。そういえば、昔の母も同じ位優しかった。
アルフはまだ完全に心を許した訳ではないらしいが、悪い人でない事に変わりはない。
寧ろ、最近の母に怒られていそうだ。後ろの使い魔に見えないよう、フェイトはこっそり頬を緩めた。
少年の言った通り、地上を探し終わったら一旦休もう。体力と魔力を回復して、万全の状態で海に魔力を打ち込むのだ。
多少疲れている時よりは、まだ封印出来る可能性もグッと広がるのだから。
それぞれに思い、それぞれに考え、それぞれに心を配り、それぞれに心を痛める。
己の疲労を測り切れていない魔導師には、隠された真実など知る由もない。
無知とは即ち、自由にして罪。この罪を償うことに必要なものは何なのか……今は、誰も知らない。
少女が持つ心配は正当であり杞憂。使い魔が持つ警戒は正解にして不足。
理由など、唯一つ。
少年は余りにも優し過ぎ、同時に余りにも危険過ぎる存在だった。唯それだけの話である。
*
――模擬戦開始から、どれだけ経っただろうか。
今のプレシアに、マルチタスクで時間を計る余裕など欠片も無かった。
気を抜けば少年の姿を見失いかねない。リアルタイムに兵達へ指示を与え続けなければ、あっという間に戦線が崩壊してしまう。
知る事と理解する事は、決して同義ではない。実体験の方が実入りが多い以上、分からない事は幾らでも存在する。
それでも、少年が未だ本気を出していないのは分かる。自己領域を使わないのが何よりの証拠だ。
でありながら、プレシア側は予想を上回る不利に陥っていた。
まず、飛び道具が通用しない。
手数と速度を重視した直射弾で一時的な弾幕を張っても、全て回避と迎撃のみで捌かれる。
秒速二百メートルの弾丸も、今の少年には時速五十キロメートルという子供が投げた石ころ程度にしか見えないだろう。
弾幕の中に誘導弾は言わずもがな、形状を変えて魔力刃やブーメラン等を混ぜたものの効果は無し。
最後のブーメランに至っては、態と避ける事で戻って来るかどうか確認する程の余裕を見せてくれた。
本当に戻ってきた際、少年はどう思ったのだろうか……いや、聞かないでおこう。
弓兵の矢で狙撃も試みたが、殆ど不意打ちでありながら視線も向けず弾いて見せた。後ろに目でもあるのか。
多少体勢は崩れたものの、隙を突かんと待機させていた歩兵は見事に反撃されてしまった。
次に、速過ぎる。小回り的な意味で。
加速自体は大したことでもない。高速移動魔法を使えば魔導師の方がもっと速いだろう。
問題は、それが永続効果であるという一点に尽きる。
一挙手一投足、体勢の立て直しや移動から攻撃への移り変わりも含め、全てノンストップ加速状態。
攻撃前後の僅かな隙も十五分の一に縮められては、迂闊に手も出せない。
優秀な高速戦魔導師でない限り、真似できない芸当だ。できても連続高速移動は負担が掛かるし、その状態で攻撃するとなったら高等技術。
ついでに言うなら、歩兵の攻撃も受け流していた。
話が違う。何が“加速してるだけで膂力は上がらない”だ。反作用打ち消しの効果だけで十分乗り切っているではないか。
三つ目に――情報解体。
剣の刀身に一瞬でも接触さえしていれば、持主の意思一つで発動できる物理防御無視の対象破壊能力。
飛び道具が通用せず、傀儡兵達が次々と脱落していく最大の原因。
反則である。並の魔導師相手ならこれだけで有利に進めるだろうと思える位反則である。
歩兵が張った防御魔法もあっさり解体していた。早急に対処法を考えねばなるまい。
何より、これでまだ自己領域という奥の手が存在するのだから恐ろしい。
この時点で、プレシアの内心には陸戦AAA+以上という評価があった。
跳びかかった歩兵達をあろうことか踏み台にして上へ登り、見事弓兵にとりついた銀の少年を見上げる。
辿り着けないだろうと高を括っていた矢先、狙撃手への接近を許してしまった。
しかし、弓兵はまだ一体残っている。片方を仕留めた所で、足場の無い空中では二体纏めて仕留める事など不可能だろう。
それは同時、攻撃回避の困難も意味する。勝機があるとしたら、今しかない。
すぐさま周辺の魔導師型に指示を送りつつ、自身も魔力弾を生成する。
魔力弾による支援射撃は、これで三度目。特殊弾体はプレシア自身が生成・射出している。
それを除けば全く変わらないように見えるが、前回と前々回を比較すれば対処の難易度は全体的に上がっている。
全スフィア中三分の一から放ってきた第一波、射出数を倍に増やした第二波、全スフィアから容赦なく撃ち出された第三波。
速度も威力も順に割増しており、特殊弾体もきちんと難易度を上げている。
足場や状況の悪さ、第一波以来号令をトリガーにしなくなった分も含めれば、流石に厳しくなってきた筈。
特殊弾体として、誘導操作型多重弾殻弾一発と直射型反応炸裂弾三発を選択。魔導師型達の魔力スフィアに混ざって生成を開始する。
狙いは上空、戦闘不能となった弓兵の上。
加速状態のまま、「これからどうしようか」と言わんばかりに頬をかいて“いた”、銀髪白衣の少年騎士。
こちらの魔力弾に気付いた瞬間気を引き締める辺り、油断はまるで見られない。
いや、特殊弾体の底が知れないからこそ油断できないのか。
こっちはそろそろネタ切れだというのに。マルチタスクで行われた余計な思考を中断しつつ、誘導弾一発のみを撃ち出す。
未だ弾丸を開放しない魔力スフィアの群れから、孤独に標的へ向かう特殊弾。
足場に制限がある上、誘導操作弾ときては回避不可能。迎撃以外術はない。
遠慮なく構えた少年の瞳――今や同一人物のものとは思えない程鋭利な銀の両眼が、更に鋭く細まる。
次の瞬間。多少の期待が込められた魔力弾は、一刀の下斬り捨てられた。
……これも駄目か!
多重弾殻弾ならばあるいは、と思った矢先の結果に舌打ちを抑え切れない。
斬撃時に連続発動させたのだろうか、外殻と中身を順に解体されたようだ。
やはり生半可な射撃で仕留められる相手ではない。まずは何としても動きを止めなければ。
無論、その為の次善策は既に用意してある。
残りの炸裂弾を纏めて射出し、一拍遅れて魔導師型の弾丸を一斉に解き放つ。
足場こそ限られていながら、対する少年は回避を考えずに迎撃態勢である。
プレシア製の魔弾が特殊である事は、少年も認知済み。
だからこそ避けない。情報解体の通じない物がないか、確認する為だ。
しかし多重弾殻弾の次に期待していた炸裂弾は、当然の如く解体される。
予想通り。迎撃という一瞬の隙が、少年から退避の時間を奪った。
ディーに割り当てた炸裂弾は一発だけ。残り二発は狙い違わず、弓兵の両翼に着弾。
物理破壊設定で着弾した魔弾はそのまま炸裂。弓兵を空中へ留める為のパーツを破壊すると同時、粉塵を撒き散らして少年の視界を奪う。
無事な方の弓兵までもが覆い隠された直後、本命の直射弾幕が煙の中へ殺到した。
身体能力制御の弱点が一つ、飛行不可能。足場が落下していては、満足な体勢などとれる筈がない。
数も速度もこれで最大。如何に十五倍加速といえど、回避も迎撃もままならずに被弾するだろう。
もう一体の弓兵に飛び移る可能性も考えて、予想跳躍軌道に合わせてきっちり弾幕も張っている。
一発でも被弾すれば、此方の勝利。例え突破できたとしても、翼をもがれた弓兵の真下には歩兵達が集まりつつある。
現在、動ける歩兵八体の内、着地際を狙えるのは五体。
というのも、先程ディーに飛びかかった三体がディーに踏み台扱いされた時、無理に空中で対応しようとしてそのまま体勢を崩してしまったのだ。
結果として、仰向け・うつ伏せを問わず“頭から不時着(ヘッドスライディング)”した噛ませ犬三体のできあがりである。
それでも五体あれば十分。容赦も着地も許さない一斉攻撃で、この模擬戦を終わらせる。
まず落ちてきたのは、頭部と翼を無残に失くした弓兵。粗大ゴミよろしく床に叩きつけられる。
もし弓兵に取り付いた少年が隠れているなら、人形達は即座に反応している。それがないなら、次に少年が落下する筈だ。
反撃にも対応できるよう全機が身構え……そのまま二秒経過。
落ちて来るにしては遅い、と疑問に感じ始めた時、弓兵の不時着音がもう一つ。
両腕・頭部・両翼を無くしたもう一体の弓兵が、少年諸共別地点に落ちて来たのだ。
「な――」
予想の斜め上を行く展開に、流石のプレシアも虚を突かれた。
……何をしたの?
まさか、“使った”のだろうか。
もし使用したなら、既にこちらの懐へ潜り込んでいる筈だ。隣の弓兵に乗り移る程度で済ませる訳がない。
態々此方の視界に入らない状態でやってのけたのだ。“あれ”はそもそも視認できない以上、隠す必要性を感じない。
兎も角、此方に見せられない事は確実。タネは後で調べるとしよう。
一秒と掛からず冷静さを取り戻したプレシアは、全傀儡兵に対し新たなコマンドを下す。
“時間を稼げ”と。
「……煌きたる天神よ、今導きの下降り来たれ……」
マルチタスクにより、既に詠唱中。できるだけ規模は大きく、駒達も巻き込む範囲でなければ素で回避されかねない。
無論、二重三重なれど策はある。しかし同時に懸念もある。
一つ、策が通用するか否か。
二つ、少年はどこまで“使う”のか。
三つ、この攻防に、自分自身は保つのか。
それでも、撃たねばなるまい。自分以外に誰がやるというのか。
律儀に残りの歩兵達を相手取る、少年騎士。機動力に任せて兵達を振り切り、こちらへ向かう事も可能だろうに。
ならば、その余裕を敗因にしてみせよう。
直後、騎士と人形達が拘束機能を備えた紫の雷光に照らされる。鋭く保っていた少年の銀眼が、初めて驚愕に見開かれた。
ただし、拘束されるのも攻撃を受けるのも少年のみ。こと制御に関し、この魔法は元々性能が高い。
「――サンダーレイジ」
予想通りに拘束機能を破壊した少年へ放つは、非殺傷の巨大雷撃。
如何なる加速能力を以てしても、光速で飛来する広域攻撃は回避不可能だ。
紫の稲光に目が眩み、状況を視認できなくなったその時。
――“それ”は来た。
*
(運動速度、知覚速度を十五倍で再定義)
周辺の時間が、先程より約数倍速く流れる。
取り付いていた弓兵から降り、十数秒ぶりの床へ着地。そのまま残りの敵兵達へ向き直る。
既に狙撃の心配はなく、残る脅威は後方支援を残すのみであった。
あの時。上下左右前後と足場の不確かな粉塵の中、ディーが何をしたかというと。
“鬼の居ぬ間の洗濯(While the cat is away, the mice will play)”よろしく、銃弾を足場代わりに隣の弓兵へ乗り移ったのだ。
言うまでも無く、簡単ではない。対象となる足場は亜音速の魔力弾。接触しただけでもダメージを受ける可能性は残っていた。
とはいえ、元々後者を確かめる為の個人的実験。
その場の思い付きな上に本気も出せないとくれば、大魔導師に見せる訳にもいかなかった。
要は目撃されなければいい。視界を遮られるものの、こちらの位置を把握できなくなる点では相手も同じ。
出力を最大値にすれば、亜音速の弾丸も時速二十キロメートル超の移動物体である。
失敗した場合は、三つ目の能力を惜しみなく使って元の位置に戻ればいい。
問題は一メートル先も見えない中、どうやって魔弾の位置を正確に把握するかというと、一流の魔法士なら案外できたりする。
粉塵が撒き散らされる前の弾幕から速度と軌道をトレースしてしまえば、タイミングを合わせて飛び移るだけで済む。
幸い、敵後衛はもう一体の弓兵近辺にも弾幕を張っていた為、ありがたく使わせて貰った。
結果は大成功。最早魔力弾を警戒する要素は、八割以上ないと見ていいだろう。
歩兵も残り八体。開始から三分の二近くまでその数を減らしている。
……多いなあ……
対するディーは、うんざりしていた。
それもその筈、魔法士の騎士とは対魔法士・対個人戦を想定して設計された能力である。
ディーの切り札こそ例外ながら、一対多には全くと言っていい程向いていない。
しかも加速は十五倍と完全に手加減。本来の出力なら、数十体位秒殺出来る。
その気になればプレシアに直接攻撃こそできるものの、魔導師が持ち得る大量の引き出しは出来るだけ見ておきたい。
挙句現在の加速倍率でも十分倒せるときては、現状に甘んじる他ない。
次はどんな隠し玉が出るのやら。第四波を予感し、ディーは双剣を握り直す。
漸くプレシアからの指示を受けたか、歩兵型だけでなく、魔導師型までもが一斉に動き出した。
既に半数近くが腕や武器を失っている歩兵。通用しないのに捻りの無い直射弾を生成する魔導師兵。
黒衣の大魔導師ただ一人だけが、詠唱を始めていた。
これについても既知の情報。イメージ上昇と演算補助を兼ねた、大技の準備だ。
少し考え、兵達の相手を続ける事にする。魔弾と突進と格闘攻撃を躱し、壊し、受け流し、只管待つ。
待てば待つ程、人形達は犠牲となった。
挟みうちの突進を回避され、正面衝突から派手に倒れる者。
交錯時の情報解体で片足を失い、両手をバタつかせて抗うも、結局は倒れる者。
攻撃を受け流されたと思ったら退避され、真上から落ちてきた追撃役のもう一体に踏み潰される者。
魔導師型のサポートも虚しく、見る見るうちに戦える歩兵の数が減っていく。
やがて残り歩兵が三体となった頃、真上から紫の光が空間を差した。
同時、ディーの身体が縫い止められたように固定される。あっさり動きを止められた事実に、ディーは驚愕した。
捕縛魔法、という単語が頭を過ぎる。鎖や輪状、ケージ型などは知っていたが、こんなものもあるのか。
しかし、対処法は事前に幾つか考案してある。早速情報解体を発動し、拘束機能の解除に掛かった。
(情報解体成功)
予想通り、解体成功。しかし動かせるのは両肘から先。
より広範囲へ行わなければ、自由の身にしてくれないようだ。
……それなら!
(身体能力制御終了。情報解体発動)
身体能力制御に充てていたリソースを、情報解体に上乗せして何とか成功。全身の束縛が解ける。
本気を出せばこんな必要ない。これも手加減だとばれない為の工夫である。
しかし、あまり悠長にしていられない。周辺を隈なく照らす光を消しても、頭上の光が未だに潰えないのだ。
……雷?
見上げた第一印象が、それだった。天井に浮遊する巨大な魔力光から、文字通りの紫電が走っている。
魔力変換資質・電気を使った、広域攻撃だろうか。まもなくこちらへ降り注ぐ事は疑いない。
非殺傷かどうかは不明、というよりできればそうであって欲しいのはともかくとして、電気である。
その攻撃速度を予想するに、魔法関係である以上多少誤差が出る事を踏まえても、亜光速ぐらいは超えてのけるだろう。
即ち視認=ほぼ直撃を意味する。指向性もまばらだろうから、ほぼ面の攻撃と見て良い。
現在発揮しているI-ブレインの出力では、情報解体による迎撃も、身体能力制御による回避も不可能。
攻撃範囲外へ退避しようものなら、その前にあれを撃ってくるのも容易に想像できる。
向こうもそれを見越しているのだろう。ある意味、大魔導師からの合図でもあった。
三枚目のカードを切ってみろ、と。
しかしディーは、此の期に及んで自分より相手の心配をしてしまった。
言うまでもなく事前に能力を伝えてはいるものの、果たして対処できるのだろうか。
相手に対する不安を押し殺し、I-ブレインの回転数をこの模擬戦内で初めて“引き上げる”。
(騎士剣「陰陽」完全同調。光速度、プランク定数、万有引力定数、取得)
物理定数の中でも根幹を担う、三種のパラメータに干渉。
発動する為の、必要最低条件は二つ。
一、第一級(カテゴリーA)騎士の中でもある程度以上能力が高いこと。
二、己の能力に耐え得るだけの高性能な騎士剣を備えていること。
第三次世界大戦において、対魔法士戦闘において、騎士が圧倒的優位に立った最大の原因。
(「自己領域」展開。時間単位改変。容量不足。「身体能力制御」強制終了)
直後、半透明の膜がディーを包んだ。
自己領域。“使用者にとって都合のいい時間と重力が支配する空間”を作り出す、もう一つの移動能力。
使用者を中心に展開された球状フィールドの内外では、時間の流れが決定的に違う。重力も自由自在に変えられる。
今回は出力を抑えている為、客観的に観測できる移動速度は秒速約十万キロメートル。
最大で、光速度の約八十パーセントという完全な亜光速移動が可能。
何れにせよ、肉眼での捕捉は不可能である。
解体直後で空気中に漂う魔力素が未だ紫色を示す中、ディーは一直線に走る。
攻撃が来る前に安全圏へ逃げてしまえば、如何なる攻撃だろう脅威と成り得ない。
限りなく静止状態に近い世界の中、予想される攻撃範囲から難なく逃れ、それでもまだ両足を動かす。
周囲の兵も、前方に立ち塞がる兵も、仁王立ちしている一回り大きな兵も素通りして、目標はプレシア・テスタロッサ。
更に後ろへ回り込み、一切の妨害を受ける事無く背後をとった。大魔導師がこちらの移動に気付いた様子はない。
現実時間にして、発動から五百万分の一秒以下の出来事である。
(「自己領域」解除)
――この時点からの長い一秒間が、勝敗を分けた。
半透明の膜が消え去り、観測できる外界の時間経過速度が約一千万分の一倍から一倍まで加速する。
自己領域から身体能力制御までの、能力起動状態変更時に発生する僅かなタイムラグ。
騎士が持ち得る唯一の弱点。しかし、その隙は余りにも短い。魔法士ですら、突く事自体困難なのだ。
I-ブレインも無ければ知覚関係の強化も行っていない魔導師に、果たして対応できるのだろうか。
直後、巨大な落雷がディーのいた空間を叩いた。迸る雷光が思った程強くないのは幸いか。
後は一撃与えればいい。バリアジャケットで守られているなら、騎士剣で斬りつけてもダメージにはならない。
実戦なら情報解体で壊してもう一撃というところだが、これは模擬戦である。
(「身体能力制御」発動。運動速度、知覚速度を十五倍で定義)
漸く、自分以外の時間が十五分の一まで減速。
右の騎士剣を振り上げる。既に対策されていなければ、これを袈裟がけに下ろして終わり。
――と思った次の瞬間、攻撃対象が不意に崩れ落ちた。
「え――」
演技とは思えない。そこまで己の銀眼で見定めたディーは、全身を硬直させた。
それは、嘗ての光景。
戦闘中に発作を起こし、力無く倒れたあの人の姿。
娘の為、病の身体に鞭打って戦い続けた、母親の姿。
マリア・E・クラインの、姿。
――どうして、おかあさん死んじゃったんですか?
重なる姿。重なる状況。重なる光景。そして、重なる躊躇。
コンマ単位の空白は、魔法士どころか一流の魔導師相手でも十分命取り。それでも、ディーは止まってしまった。
それこそ、ディー最大のトラウマであるが故に。
彼女を傷付けたのは、他でもない自分なのだから。
「……ぁ……」
我に返った時には、捕縛魔法で拘束されていた。
首・両手首・両足首・腰。それぞれディーを空間に縫い止める、魔力製の輪状拘束具。
後の先で反応した訳ではない。恐らく、指定した空間に侵入すれば自動で機能するトラップとして準備していたのだろう。
本来なら幾つか迎撃していたかもしれないが、トラブルにより手首から足首まできっちり拘束。
遅れて、こちらに気付き振り向いた黒衣の大魔導師。狂気に塗れた瞳には、少なからぬ驚愕が見える。
差し出した掌には、拳大の魔力弾。
(情報制御感知。回避不能。防御不能。危険)
離脱不可能。敗北確定。そして最後の追い打ち。
正確に鳩尾へ直撃した魔弾は、拘束の解かれたディーを数メートル先へ吹き飛ばした。
「っと……!」
先程の精神状態ならともかく、騎士剣も所持したまま。すぐさま空中で体勢を立て直し、何とか着地。
模擬戦の最中だとか、傀儡兵がどうとか、今のディーには関係ない。
「プレシアさん――!」
脇目も振らず、全速力でプレシアのもとへと急いだ。
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*ここで前編と後編を区切って下さい
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模擬戦結果、プレシア側の勝利。勝因が勝因の為、甚だ不本意であった。
自分と少年のどちらかが攻撃を受けた瞬間、傀儡兵の動作は停止するようプログラミングしてある。
余計な事をされる前に見た目だけでも復帰の形をとり、傀儡兵達の自動修復作業を開始。
相手側からの強い要請で壁にもたれたまま、互いに質疑応答の時間。
それも終わって少年を個室へ戻し、自らも研究室に入ったところで、プレシアは呟いた。
「……まずいわ」
騎士が持つ三種類の能力について、ここで纏めてみよう。
身体能力制御。半永続の加速能力。反作用処理機能付属。
五感の数値データ変換まで備えている為、視覚・聴覚への攻撃は不意打ちでもなければ通用しない。
痛覚の遮断も凶悪だ。本人は非殺傷設定を羨んでいたようだが、痛覚感知の是非は魔導師にとって大きい。
例え気絶しなくても、痛覚によって体の動きに支障を出せれば、確実に戦闘能力の低下へ繋がる。
それがないとなれば必然、昏倒させる難易度が跳ね上がるのだ。相対する場合、殺傷設定で挑んだ方が楽だと断言できる程。
途中から半ば殺すつもりで攻撃してませんでしたか? と問われた通り、半分は半殺しにするつもりだった。
もう半分は少年へ答えた通り、あの位でも何とかしてしまうだろうと予想していたから。終盤までは自己領域すら使ってなかったし。
自己領域。特殊フィールド形成に伴う、超高速移動能力。
具体的な速度は測れなかったものの、身体能力制御で対応できない広域攻撃等には非常に有効と分かった。
とはいえどちらも一長一短と聞いた通り、とりあえず弱点は存在する。
更に“並どころか世界最強の騎士でも”この二つは同時起動不可能ときた。
ここまではいい。ここまでなら許せる。
問題なのは情報解体だ。はっきり言って凶悪過ぎだ。
対象の存在情報に直接干渉し、物理強度無視で破壊する能力。
物理強度無視の魔法も此方に存在するものの、発動速度は決して早くない。
いや、そんな事は問題にもならない。魔力製物質も瞬時に解体できる事実こそ、最も重要なのだ。
魔力弾や防御魔法の破壊、拘束魔法も接触さえすれば解除可能。
多重弾殻弾やバリアジャケットまで無力化できる辺り、ある意味アンチ・マギリング・フィールドより質が悪い。
実際に見ていて、生物に通用しないのは本当なのかと疑った程だ。
何故出来ないのかと聞けば、情報強度の問題になるらしい。
例えるなら、相手に与えた魔力を制御できないのと同じ、だそうだ。
言われてみればそうだ。リンカーコアへの直接干渉でもしない限り、相手の魔力を直接操るなんて出来っこない。
特定の例外を除き、情報解体を始めとした情報制御の直接干渉を、生物に対して行うのは至難の業。ほぼ不可能に近い。
理由は、対象の情報強度――情報制御そのものに対する防御力――にある。情報の側にも、物理強度と同様に“変質のし難さ”が存在するのだ。
特定の例外を除けば、物理強度と情報強度は決してイコールにならない。
物理的に強固なチタン合金は情報の側から見れば非常に脆弱であり、影響を受けやすい。
物理的に脆弱な人間や魔法士は情報の側からすれば非常に強固であり、他者からの情報制御を受け付けない。
故に、生身の敵本体には情報解体ではなく物理攻撃で叩く他ない。だからこその“騎士専用剣型デバイス”なのだ。
与える魔力に最初からプログラムが入っているブースト魔法。防御魔法のプログラムに干渉するバリア破壊効果等も似たようなものである。
そもそも魔力とは、次元空間という壁を凌駕し、次元転移をも可能とする唯一のエネルギー。
無論、次元空間から流れてくる魔力という存在そのものに環境が適応していない世界もある。ジュエルシードの落ちた地球などが典型例だ。
魔力を運用するリンカーコアの全容は未だ未知の部分が多く、地球等の魔法文明が存在しない世界でも備えている生物が稀に現れる。
何にせよ、魔力の存在を認知した一部の人類は時に独占し、時に広め、短い繁栄と衰退を繰り返した。
中でも二つの文明、汎用性を選んだミッドチルダと対魔導師戦を選んだベルカが大きく発展したのは決して不自然と言えないだろう。
何より、次元世界間の戦争でミッドチルダが生き残れたのは、この汎用性があってこそ。
射撃・防御・広域攻撃・砲撃・捕縛……挙げればキリがない。
これについて、少年は多彩と評価。ただし移動と格闘に関しては何も言わなかった、というより言えなかったのが正しいか。
――移動と格闘を忘れてもらっては……ああ、あなたにこれを言っちゃ駄目ね。
――いえ、そんなことは……ええっと……。
分かり易くて宜しい。
とりあえず何が言いたいかというと。この魔力が、汎用性の高さが、これ以上ない位少年に有利な方向へ働いている。
だからこそ、プレシア・テスタロッサは険しい視線で模擬戦の映像を見直していた。
フロア内の天井や壁際に設置してあった無数のモニター用サーチャーで記録された映像。
何か見落としはないのか、何か弱点は発見できないかと探せば探す程、思い知らされる。
吊るされしシャンデリアの下、端の廊下から静かに闇の差し込む大広間で、巨大な人形達を相手にたった一人で戦う、銀髪銀眼の若き騎士。
細い体躯から生み出される運動曲線には淀みがなく、決して狭いとは言えないホールの中を縦横無尽に駆け巡る。
襲い来る巨兵に対し振るわれる双剣は、敵と比べればあまりにも小さく、しかし外見からは想像もつかない程の鋭い孤を描く。
その一つ一つが、敵兵達の武器を、腕を、脚を、そして魔法を、一閃の下に粉塵へと帰していく。
最終的に存在を否定された魔弾は、魔導師に与えられた速度をある程度維持しつつ、空中で魔力素と化し霧散する。
本来金属だった物質は、霧散した状態から空中で再結晶し、床に落ちて暫くカラカラと転がり、やがて静止する。
幻想的で、交響的で、それでいて限りなく洗練された、銀(しろがね)の剣舞。
銀光が閃く度、プレシアに理解を促させる。
……これが、魔法士……!
知れば知る程、見れば見る程、“それ”が異常な力だと思い知らされる。
速い強いでは済まされない。剣を以て魔法を壊し、詠唱を許さずに懐へ入るなど、まるで、
――まるで、魔導師を殺す為だけに存在するような――
想像するに堪えない、いつもの自分らしくもない考えに、思わず唇を噛んだ。
奇しくも、プレシアの想像は当たっている。
魔法士の騎士が持つ能力は本来、個人戦・接近戦・そして対魔法士戦に特化している。
簡潔かつ語弊の無い言い方をすると、魔法士とは“異能を持つ人間”である。
魔導師も、簡潔かつ語弊の無い言い方をすると、“異能を持つ人間”である。
魔力やI-ブレイン等といった専門用語さえなくなれば、“魔法”を恐れる人間にとって大した違いがないように。
騎士にとっては、“騎士を含めた例外を除く多数の魔法士”と“あらゆる次元世界に存在する魔導師”に大した違いがないのである。
「本当に、まずいわ」
映像を再生していて、分かった事がある。
完全には把握できないものの、少年は間違いなく手を抜いていた。
身体能力制御も、どこまで本気だったか不明瞭。
魔導師との相性を始めとした実験の意味合いが強かったため、傀儡兵と対等に戦えるよう加減したのだろう。
それはつまり、裏を返せば傀儡兵ごとき相手にならないと断言しているようなもの。まるで底が見えなかった。
騎士能力は三種類のみ。それしかないと少年は断言したし、嘘とも思えない。
しかしまだ何か隠している……何を隠している?
右の剣にある結晶体については、聞いてもはぐらかされた。
奥の手だから滅多に使う事はないと言われたものの、それでなければ“あれ”はどう説明するのか。
足場の悪い空中、粉塵と弾幕の只中、隣の弓兵へ移動してみせたあの芸当は。
少年の発言が確かだと仮定するなら、既存の能力と手加減からして、消去法により身体能力制御で何かを起こしたとしか思えない。
計算上、不可能だ。対十五倍速の反作用処理では、亜音速で直進する銃弾の上を歩ける訳が――
……十五倍じゃ、ない?
研究者、プレシアの閃き。前提が間違っているのか。
数十倍、予想するに三十倍近い加速を発揮し、魔力弾を足場に空中を移動したと仮定すれば、辻褄は合う。
対策の内に考慮せねばならない事は、他にもある。
模擬戦後の質問から得た重要な情報が二つ。
一つ。情報の側から魔法士に“干渉”できる魔法士は常識的に考えてまず存在しない、という事。
数ヵ月後に“特定の例外・一番目”の二名に遭遇するなど、この時のディーには知る由も無い。言わずもがな、敵側の魔法士である。
二つ。身体能力制御は反作用処理付きの加速であり、加速ではなく肉体強化を行う魔法士は聞いた事も無い、との事。
その事件から更に二週間後、言った通りの能力を持つ“特定の例外・二番目”と戦う羽目になるなど、この時のディーには知る由もない。
あげく大苦戦させられる。想像もつくまい。
更に更に、肺結核の事まで知られてしまった。
気遣う声ばかりの少年に、何も聞かないのかと問えば。
――疑問には思ってました。何故貴女自身が行かず、フェイト達に任せるのかと。……時間が、ないんですね?
治す術はないと。余命はもう殆ど残っていないのだと。
病気で動けないからですか、という言葉を通り越して突かれるその核心に、肯定の意を示せば。
――分かりました。フェイト達には言いませんので、安心して下さい。その代わり、どういう病気か位は教えて下さいね?
前にもこんな経験があったと言わんばかりの対応。
しかし詮索した所でメリットがあるとは到底思えない。結局聞かなかった。
次に、本人の自己評価。曰く、“騎士という範疇でもかなり高い方”。
手加減しておいて高いと評価――いや、バレている事を前提に話しているのだろうか。
更に高いだけで最高とか最強とか言わない。上がいると理解しているのか、ただの謙遜か。
自惚れがない事はいい事である。本当に謙遜だとしたらどう反応しろと言うのか。
一番扱いに困るのは、少年の信念そのものだ。
組織や契約の枷を全く気にせず、必要なら敵対する、そんなスタンス。
部外者故に犯罪者にも管理局にも属さない為、半中立と言っても過言ではない。
更にこちらは、少年を元の世界へ送るつもりも余裕も無い。用が済んだらさっさと管理局に丸投げする気満々だ。
緊急用武力貸与と衣食住で成り立っているだけの、薄い関係。
探し人の少女を見つけたなら、どんな手を使ってでも合流を図るだろう。
プレシアとの契約を、切ってでも。
一応、根底への揺さ振りはかけてみた。
共に巻き込まれた少女が、安全な場所へ転移しているとは限らないと。
見つからず終いかもしれないし、見つかった所で無事ではないかもしれないと。
硬直の時間は如何程だったか。ご心配なくと騎士は前置きした。
――セラは、強い子ですから。
戦闘能力か、性根の問題か。その寂しげな笑みからは、真偽すら読み取れなかった。
自分も藁へ縋るように信じているものがある以上、これまた理由を聞けなかった。
結論。どうやら自分は、あらゆる意味でとんでもないものを拾ってしまったらしい。
個人戦……特に対魔導師戦において、絶大な戦闘能力を発揮できるということ。
敵に回った際は非常に危険な存在となるが、味方になってこれ程有効な駒はまず考えられない。
念入りに対策を打っておかねば、Sランク魔導師であっても勝ちの目はまずないと見ていい。
というか、このまま対策を練らずにいると限定SSの自分でも負けてしまう。
「何か……何か方法は……」
戦闘や魔導、デバイスなどのデータから脳内で対策を練り、次々と棄却されていく。
確実な有効策が見つからずに焦る中、ある一つのデータが目に留まった。
「これは……」
何の事はない、計器の観測データだった。研究の為には重要な代物、しかし少年から勝利をもぎ取るには関係がないとしか思えない代物だった。
有り得ない反応。有り得ない数値。記録されたそれらは、もう少し引き上がれば危険域を突破していたと容易に語っている。
一体いつ、どんな理由で?
「――まさか」
不意に浮かんだ、心当たり。同時に見出した、一筋の光明。
直後、飛びつくようにそれを調べ始めた。
フェイトが持ち帰ってきた、ジュエルシードを。
おまけ
対魔法士の騎士その1:空間トラップ
空間発動型のバインドや機雷など。視認されないバインドがお勧め。
相手にばれないよう仕込めば、並騎士の対策は万全。ただし、カテゴリーA騎士相手だと強引に突破されてしまう。
この場合、空戦に持ち込む等で自己領域を使わせるのが得策。
身体能力制御への切り替えタイムラグも手伝って、あっさり仕留める事ができる。
引っ掛かったとしてもバインドの幾つかは破壊しかねない為、多めに設置するべし。
弱点1:設置の際、微かに情報制御の反応はある為、気付かれる可能性はある。
弱点2:仕掛けられた空間そのものを情報解体されると、トラップ自体無効化される。
無論、並列処理発動中のディーには素で通用しない。
///
投下終了。
というわけで、初の魔法士戦闘&設定擦り合わせ回でした まる
六章は海上戦までの空白期に相当しますので、全っ然話が進みません。
理詰めの結果とはいえディー有利になった感は否めませんが、後悔なぞ皆無です。
ディーは存在が出鱈目、それがデフォルト。そうじゃないディー君なんて只の優男ですから(ぉ
七巻ディーの惚気発言には2828した。状況次第では賢人会議にも敵対しかねないと断言したも同然なディー君ぱねぇです。
因みに、開始数十秒分の戦闘シーンなら、手元にテキストがあります。長過ぎるので省略しました(←執筆が長引いた原因)
まあ、今まで戦闘書けなかった鬱憤は晴らしたので良しとします(ぉ
当初の予定だとこの後に幕間が入る筈だったのですが、改訂作業の副次効果で省かれました。
よって次回は第七章。
……まだ七章……しかも前にある程度書いて消えてたやつだorz
以上。
BGM:(妖)広有射怪鳥事 〜 Till When?
ここまで。どなたか代理お願いします
今更で恐縮ですが……orz
代理行ってきます。
案の定さるさん喰らいましたorz
申し訳ありませんが、前編の残り部分(868-877)の代理を
お願いします。後編部分は翌日投下したいと思います。
さるさん食らいましたorz
恐縮ですが残りの代理をお願いします
誰か、誰か頼む…
>>160 コピペミスして画面二回ひらいてます。すいませんOTZ
床に降りながらRXは血を振り払うようにリボルケインを振るう。
杖に残った破壊エネルギーがほんの僅かな間虚空に残り、RXと署名して消えた。
署名が消え、RXを内部に残したまま『聖王のゆりかご』は爆発した。
突然光を放ちだした『聖王のゆりかご』を見上げていた人々は突然の強い光に目を閉じ、爆発が収まるのを待とうとした。
どうなるか予想していたはやてとそれに習った者達が、サングラスをして見続ける中…RXらしき点が、爆発の中から落ちていく。
はやてのサングラスから光る何かが零れたような気がしたが気にする者は一人としていなかった。
まだ爆音が響く中で誰かがRXを呼んだ。
巨大な怪獣達が手を伸ばし、フェイトがいつかのようにRXを抱えるために飛び出した。
だが―RXの体は突如出現した何かに挟まれて、次元の壁を突き破って姿を消した。
「「「「「「「え…っ」」」」」」」
何が起こったか見えた者達は、すぐに気をとり直して呆れたり怒ったり、様々な反応を見せる。
『はやてごめん! 私、RXを助けに行ってくるから!』
『いや、アカンて。後始末あるんやから』
『そんな…セッテ!! 貴方はわからない!?』
『どうでしょうか…?』
『んもう…!』
・
・
・
幾つかの次元を突き抜けてから、ライドロンはアゴを緩めてRXを開放した。
加えられていたRXが、連行されたことなどに悪態をつきながら車内に乗り込む。
「拾ってあげたし、情報も教えてあげたでしょ。感謝の言葉は?」
「こんな真似が必要だったとは思えないぞ。ライドロンもだ! なんでウーノに協力してるんだ!?」
運転席にはウーノがいた。RXがドアを閉めるとウーノはライドロンを更に加速させ、更に追跡を困難にするために別の管理世界へとライドロンを走らせようとする。
南光太郎の姿に戻りながらRX・光太郎はライドロンの車内を叩いた。
「あのままあそこに残っていた方が面倒なことになるんだから、よかったでしょう?」
「それは否定しないけどさっ」
シートにもたれ掛かる光太郎に、ウーノが勝ち誇ったような顔で言う。
「予め『ゆりかご』からデータは取っておいたわ。ギリギリだったし、まだどれがどれだかわからないけど多分貴方の故郷に行くのに必要なデータもあるはずよ」
「どうして、そんな用意がしてあるんだ」
「退職金代わりに色々なデータを貰っただけよ。貴方との取引にも使えそうなデータが他にもあると面白いんだけど…」
ハンドルを握ったまま、ウーノは光太郎に流し目を送った。
光太郎は返事を返さずに座っているシートを後ろへ倒そうとしていた。
車内にため息が漏れる。ライドロンが次元の壁を超える。
次の管理世界は時間が少しずれているのか、辺りは暗く、静かだった。
「……セッテや六課のお友達のことを確認したくても、教会と管理局の反応を待ってからにするのね」
「わかった。わかってるけど、何かあれば俺は皆を助けに行くぞ!」
「チッ………それは諦めてるわ」
舌打ちがやけに大きく車内に響き、そこで会話は途切れた。
空気を読んでライドロンは静かに走り続ける。
故郷の地球へ向かうデータを探しながらの逃亡生活を考えて光太郎は少し憂鬱になった。
無表情でウーノは運転を続け、光太郎は早々と目を閉じていた。
車内は暖かく、微かな振動が二人の体を揺さぶった。少しすると、光太郎の寝息が聞こえ始めた。ため息がまた漏れた。
落胆からではなかった。
こうなるとわかっていてやったとはいえ落胆するかと思っていた自分が、奇妙な気持ちにウーノは襲われたことに対して、ウーノはもう一つため息をついた。
元々ライドロンが自走することも出来る為運転を任せてウーノは視線を向け、次に手を向けて助手席の光太郎が眠っているのを確認して唇を開いた。
「ホントに世話がやけるんだから………」
寝具を取ってやろうか迷って体が動いたが、それを決める前にウーノは不思議なことを思った。
普段なら考えもしないことで、後でかなり長い間後悔することは確実だったが、どういうわけかウーノはもう一度光太郎が眠っているかどうかを確認した。
念入りに手で肩に触れて、顔を近づけても寝息が変わらないことや反射的に顔を顰めるだけだということを確かめ…耳元に唇を寄せた。
「…………〜〜……………っ……………………………………………………あ……………………………………………………………………………愛してるわ」
車内灯は付いておらず、顔色は誰にも見えなかった。
ライドロンがふざけて蛇行し、ウーノが叱った。
光太郎の眠りが薄くなる前に彼女は運転に戻った。
目覚める頃には、窓から入る光に照らされた顔も普段どおりの白さに戻さなければならなかった。
「…? 今揺れなかったか?」
「道が、悪かっただけよ」
ED
以上でりりかるな黒い太陽は完結とさせていただきます
もう少し引き伸ばす予定だったけど間が開くばかりで進まないし内容的には増えるわけでもry
拙作にも関わらず投下時感想を下さった方やまとめページにコメントしていただいた皆様に感謝を
どうにか投下出来たのは皆様のお陰です。最初は創世王とか出てもっと酷い事になる分岐も考えていたので……内容についてもかなりいい意味で影響されたと思います
RXの性格が変わったことについては考えた上でのことだったのですが、最終話も含めなのは側のキャラをちゃんとかけなかった点については申し訳ありません
クロスなのになのは勢はスカが調子に乗っただけだったような…
本スレの方が規制でしばらく書き込めないのでこっちに書きます。
ハートキャッチプリキュアの完結と、スイートプリキュアの開始を記念して
プリキュアクロス(でもクロスと言えるのかな? これ…)をやりたいと思います。
ユーノが色んな意味で壊れてるので注意(ユーノスレに投下すると九分九厘アンチ扱いされる位)
ある月曜日の朝、ユーノが鬱病になって入院した。その報告を聞いたなのはは思わず飛び出し
ユーノが入院されていると言う病院へ走った。
「ユーノ君!」
「やあ…なのは……。」
「え…ユーノ君…なの……………?」
病室のベッドに横たわるユーノの姿を見た時、なのはは絶句してしまった。鬱病と話には聞いていたが
何があったのかユーノは別人の様にやつれ痩せこけてしまっていた。あらかじめユーノであると聞かされていなかったら
なのはですらユーノとは気付かない程。もはや鬱病と言うレベルの話では無い。一体何が彼をここまで追い詰めてしまったと言うのか…。
「ユーノ君どうしてこんな事に…。まさかアンチの誹謗中傷!? それとも男好きの司書からのセクハラ!?」
ユーノをここまで追い詰めてしまった原因に関して、なのはの頭ではその二つしか思い付かなかった。
なのはに最も近い男として嫉妬したアンチからの根強い叩きと、一方でユーノを嫁にしたがる男好きの司書からのセクハラと言う
二重の攻撃にユーノの精神は限界に達し、ここまで追い詰められたと考えたのだが…
「ははは…そんな事くらいで僕がへこたれるわけないじゃないか…。」
「えぇ!? じゃ…じゃあ…どうしてこんな事に…。」
アンチの叩きでも司書からのセクハラでも無いとユーノは言う。なのはは分からなかった。
ならば一体何がユーノをここまで追い詰めてしまったと言うのか?
「ハートキャッチプリキュアが……。」
「え? ハートキャッチプリキュア…確かにうちでもヴィヴィオがストライクアーツの
参考になるとか言って毎週楽しんで見てたけど、それがどうかしたの?」
「ハートキャッチプリキュアが完結しちゃったよ〜……僕はこれから一体何を
楽しみに生きていけば良いんだ〜? もう希望も何もあったものじゃないよ〜…………。」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッッッッッ」
なのはの全身に衝撃が走った。何と言う事か、ユーノは大友…つまり大きなお友達だったのである!!
そしてユーノは息も絶え絶えながらに語り始めていた。
「だって考えても見てご覧よ…。キュアマリンもキュアサンシャインもキュアムーンライトもキュアフラワーも
皆僕の嫁だったのに……彼女達とはもう二度と会えないんだ……そう思うと……生きていくのが辛くて……。
僕の心の花はすっかり萎れる所か完全に枯れてしまったよ…。今の僕がデザトリアンにされたら多分無限シルエットにも勝てるね…。」
「……………………………。」
悲しみの余りなのはの目に涙が零れ落ちた。しかしそれは決してユーノが大友だった事実に呆れたわけでは無い。
ここ数年におけるユーノを取り巻く環境を考えればこうなってしまう事も無理な話では無いと考えたのだ。
モンスタークレーマーのごときアンチの激しい叩きと、それに屈してユーノの本編登場を自粛した公式。
まるでウルトラセブン第12話の様に、語る事自体が禁忌にも等しい事にされてしまった今と言う状況を考えれば
ユーノがプリキュアに逃避…もとい心の支えを見出すのも仕方の無い事だとなのはは考えていた。
「笑うなら笑うが良いさ…所詮タンパク質とカルシウムの呪縛に縛られた俗人に今の僕の気持ちは分からないのさ…。」
「そんな…元気出してよユーノ君! 来月の三月には映画もあるし、フィギュアーツだって発売されるじゃない!」
「来月の三月…ね……。僕はその時まで果たして生きていられるかな…。と言うか、フィギュアーツも本当なら
1月に発売されていなければならない物だったんだよ…。それを三月に延期するなんて………うぅぅぅ………。」
「ユーノ君! ユーノ君しっかりして!」
呻き声を上げ苦しみ始めたユーノ。なのはは思わず駆け寄りユーノを支えようとしていたが、
ユーノはまるで枯れ枝の様に細く痩せこけた腕を小刻みに震わせながら天井へと伸ばしていた。
「ディ……ディケイドォォォ〜〜〜……お願いだから僕のこの命の炎が尽きる前に……どうか僕を
ハートキャッチプリキュアの世界に連れてっておくれぇぇぇ〜〜〜………。そこで僕は
キュアマリンもキュアサンシャインもキュアムーンライトもキュアフラワーも皆僕の物にするんだ〜……。」
「………………………………。」
なのはは涙しながらユーノの延々続くプリキュアに関しての想い語りをずっと聞いていた。
こうして聞いてあげる事が今のユーノにとっての何よりの薬になると考えたのだから。
なのは病院を出た後、本屋で売れ残っていたハートキャッチプリキュアの絵本や、玩具屋で
在庫処分セールが始まっていたハートキャッチプリキュアの玩具等を探しては買い集めユーノに送り、
時には自分自身がその絵本を読み聞かせたりもしたが…焼け石に水。ユーノは日に日に衰弱していく。
なのはは今回程自分の無力さを思い知った事は無かった。かつて世界を救うとすら言われた事のある
彼女だが、こうして目の前にいるユーノ一人救えないじゃないかと………悔やんだ。
しかし翌週の月曜日、そこには何事も無かったかの様に元気に無限書庫へ出勤するユーノの姿があった。
九十歳以上の老人と言われても信じるであろうと思われる程にまでやつれ痩せこけていたはずのユーノの身体は
かつての様な若々しく瑞々しい健康さを取り戻し、はつらつとしていた。
「ユーノ…君?」
「おはようなのは! どうしたんだい?」
確かにユーノが元気になったのは良い事だが、こうまであっさり元気になり過ぎるのも何処か不気味さを感じた。
一体彼の身に何が起こったと言うのだろうか?
「ユーノ君…元気になったんだね…。」
「うん。何時までもくよくよしていられないしね。今まで無限書庫の皆に迷惑をかけてしまった分バリバリ働くつもりさ!」
「そ…そう…頑張ってね…?」
こうして、元気に無限書庫へ向け走り去るユーノをなのはは呆然と見つめ見送っていた。
だが、このユーノの変わり様は一体何故…と、やはり気になっていたなのはは
昼休みを利用してユーノのいる無限書庫を訪ねてみる事にした。
昼休みの無限書庫。そこでなのはは驚愕の事実を垣間見る事になる。
「ユーノ=スクライア司書長はいらっしゃいますか〜? って……うぇぇぇ!!」
なのはは思わず叫んでいた。そこには昼休みを利用して弁当を食べながらニヤニヤしながらビデオ録画していた分を
再生する形でアニメを見るユーノの姿があったのである。しかもそれはただのアニメでは無かった。
「あ…あ…あれは…昨日ヴィヴィオが見てた…確か…スイーツプリキュア!」
「違うよ! スイートプリキュア!」
「あ…ごめん…。」
アニメ視聴をしながらもなのはの存在に気付いていたユーノに指摘され、思わずなのはは謝っていた。
そう。ユーノが見ていたのはハートキャッチプリキュアの後番組、スイートプリキュアだったのである。
そしてユーノが弁当を食べ終わると共に、スイートプリキュアの方も次回予告が終わった所だった。
「まさか…ユーノ君が元気になった原因…。」
ユーノが鬱病になった原因がハートキャッチプリキュアの完結によって生きる希望を失った事にあった様に、
彼を回復させたのもまたその後番組に当たるスイートプリキュアの開始によって生きる希望を見出したからであった。
「はっ! そ…そう言えば…去年やその前にも同じ事があった様な…。」
なのははここである事実を思い出していた。それは、去年の今頃にもフレッシュプリキュアが終わったとか言って
キュアピーチもキュアパッションも僕の嫁なのに〜とかうわごとの様に呟きながら鬱病になるも、後番組の
ハートキャッチプリキュア開始と共に元気になっていたし、さらにその前年の今頃にもプリキュア5GOGOが
終わったとか言って、キュアドリームは僕の嫁、ココは氏ねとかうわごとの様に呟きながら鬱病になるも
後番組のフレッシュプリキュアの開始と共に元気になっていた。この繰り返しだった事に今更気付いていたのだった。
「なのは…。キュアメロディこと響ちゃんは僕の嫁って事で良いよね? なのははどうしたら良いと思う?」
「仮面ライダー響鬼の音撃でも喰らって死んでしまえば良いと思うの。」
「ハハハハハ! 冗談キツイねなのはも!」
ユーノは笑っていたが、そんな時…ふとフェイトが彼の前に現れていた。
「あ、フェイトちゃん。」
「ねえユーノ…誰か一人忘れてない?」
「え? 別に忘れ物はしてないよ。」
「いや、大切なのを一人忘れてる。」
「?」
現れて早々に変な事を訪ねるフェイトにユーノもなのはも首を傾げる。しかし彼女の目は真剣だった。
「いや絶対忘れてる。ほら、最初に『ブロッ』って付く人がいるでしょ?」
「ブロッケン伯爵? それともブロッケンjr?」
「なのは…私も堪忍袋の尾を切っても良いかなぁ?」
END
やっぱりこのネタはこのタイミングじゃないとダメだと思いました。
ちなみに今も以前予告したディケイドクロスをちまちまと書き溜めてる最中なんですけど、
現在喰らってる規制がかなり長引きそうなのでp2の導入も視野に入れて色々考えたりしてますorz
>>890-894 は自分でセルフ代行出来たのでもう良いです。
全ては規制が悪いんですよ……orz
今回の災害で亡くなられた方々に哀悼の意をそしてご冥福をお祈りいたします。
ここで良いかどうか判断しかねますが、本スレが混雑の影響のためか繋がらないのでこちらにて生存報告をさせて頂きます。
幸い、一応都心住まいでしたので自室が初期の無限書庫並みに混沌とした以外に大きな被害や停電も無く無事でした。
次話の方も遅筆ですが半分は書きましたので近いうちに投下出来るかと思います。
保管庫住人及び他の職人の方々の無事を祈り、これにて失礼いたします。
サルサン食らってしまいました。どなたか代理投稿をお願いします。
タイトルの所は「幕間・地人弟の憂鬱」でお願いします
正直行きたくはないのだが、どの道断るわけにはいかないのも事実だ。
この不揃いな面子に拾われてから何だかんだで「食」だけは賄ってもらえているのだ。
この程度の頼みを断っては後々に遺恨を残しかねない。
不承不承といった風で立ち上がり、荷物袋の中を漁って先端にレンズのはめ込まれた棒状の機器を取り出す。
「じゃあ行ってくるね」
「おう。バカ兄貴はあたしが見張っといてやるから早く帰って来いよな」
すでに焚き火の中のスープしか目に入っていない兄を指し示しながら、アギトが言ってくる。
良かった。これなら兄から目を離しても夜食にありつけるかもしれない。
そう少し安堵すると、ドーチンは先ほどルーテシアの消えていった方向に適当にあたりを付け、森の中へ足を踏み出した。
「あ、そうだ。さっき旦那がこの辺野犬が出るかもって言ってたから気を付けて行けよ」
「……………………」
何とも言えず、とりあえず大声は出さずに見つけないとなぁ…などと思いながら、ドーチンは一気に重くなった気分を吐息に乗せて吐き出した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
背の高い木々の中、円形の光が照らす道を黙々と歩いていく。
道幅はそれなりに広いが、いかんせん足場が悪い。さっきから地面から突き出た石や木の根に何度も蹴躓いている。
視界ゼロで歩くよりは遥かにマシであるが、溜息を止めさせてくれるほどの慰めには程遠かった。
手に持った携帯型の光源に目をやる。こんな技術はキエサルヒマ大陸では見た事がない。
(やっぱり大陸の外まで飛ばされちゃったのかなぁ…。だから天人の遺跡なんかに寝泊りするのは止めようよって言ったのに…)
妙な事になったと、今更ながらにうな垂れる。
事の起こりは一月ほど前。当てもなく兄と共に大陸を放浪している最中、一夜の宿とした遺跡の中で起こった。
火事場泥棒みたいな真似をしたのがそもそもの間違いだったのだろう。―――――誓って弁解させてもらうがやったのは兄である。ボクは止めた。
元々大陸中の遺跡は大陸魔術士同盟の魔術士達によって粗方掘りつくされているのだ。
素人がどんなに一生懸命探った所で、食器の一枚も見つかりっこない…。
(…と、思ってたんだけどなぁ…)
そこがたまたま手付かずの遺跡だったのか、はたまた探索した魔術士が見落としていただけなのかは定かではない。
だが結果として兄は見つけてしまった。床に彫られたとある小さな『文字』。複雑に絡み合うように描かれたその文様には見覚えがあった。
『魔術文字(ウイルドグラフ)』。
かの『天なる人類』ウィールド・ドラゴンが用いたという「魔術」である。
効果の程は多種多様で、それこそ文字の数だけあると言われている。
加えて一時的な効果しか望めない人間の音声魔術と違い、魔術文字は媒体となる文字を傷つけられない限りその効果は、それこそ永続するものさえあるとかなんとか。
更に、魔術文字の最大の特徴は、条件さえ満たせば『誰にでも扱える』という事。
それが加工された特殊な道具ではなく、ただの魔術文字ならば、ただ軌跡をなぞるだけで効果を発揮するものさえあるという――――――
……ここでうっかり顔馴染みの魔術士のウンチクを思い出してしまった事、保身よりも好奇心が勝ってしまった事が運の尽きだった…。
文字をなぞった後の事はもうよく分からない。
ただなぞった文字が光だし、、次第にその光の文字が部屋全体に伸びていって最終的には目を焼かれるかと思うほどに発光しだした時点でもう後悔の極地に達していたのは覚えている。
逃げ出そうにも眼球が潰れそうなほどの白光にただただ両目を押さえてうずくまるしかなく…。
そして一瞬の振動の後、自分達が立っていたのは遺跡の石畳の上ではなく、満天の星空が輝く草原だった…。
…今思えばあの魔術文字はきっと転移の魔術だったんだろう。前にレジボーン温泉にあった遺跡で見たのと同じヤツだ。
その事自体はまぁいい、というか今更どうしようもない。命にかかわる類の魔術じゃなくて良かったと思うしかない。
問題は転移させられた場所がまったく見知らぬ土地だったという事だ。
いや、それだけならまだ楽観視していられただろう…。本当の問題は、「ここがキエサルヒマ大陸ですらない」という事だ。
アギト達に連れられて街に下りた時、本当に驚いた。
キエサルヒマ大陸に築かれていたモノとは桁違いなまでに進歩した文明の姿がそこにはあった。
(ルーテシアに聞いても「そんな所知らない」の一点張りだしなぁ。きっと大陸の外まで飛ばされちゃったって事だよなぁ…。参ったなぁ…。ちゃんと帰れるのかなぁ)
愚痴は抑えられてもため息までは止められない。
そういえば外の世界じゃ人間なんてとっくに絶滅してるみたいな事を誰かが言ってたけど
、あのクラナガンという街一つ見ても繁栄を極めているのは疑いようがない。
(まぁ実際に見てもいない人の話よりも自分の目で見た物を信じるべきだよね、普通は)
なんとも釈然としないが、現状で特に不利益を被っているわけでもないので無理やりにでも納得するしかない。
少なくとも聞き及んだとおりの無人の荒野に投げ出されるよりは百倍マシなのは確かなのだから。
と、ちょうど思考に一通りの区切りがついた所で、ふと気付いた。どこからか小さな音が鳴っている。
それが何なのか疑問に思うよりも早く、アギトの言葉が頭を過ぎった。
『旦那がさっきこの辺野犬が出るかもって言ってたから気を付けて―――――』
野犬が出るかもって……出るかもって……出るかも……
ぶわぁ…と一気に冷や汗が吹き出てくる。
唐突に震え出した指で慌てて懐中電灯のスイッチを切り、息を殺し、音の出所を探ろうと必死に耳を澄ます。
…今思えばあの魔術文字はきっと転移の魔術だったんだろう。前にレジボーン温泉にあった遺跡で見たのと同じヤツだ。
その事自体はまぁいい、というか今更どうしようもない。命にかかわる類の魔術じゃなくて良かったと思うしかない。
問題は転移させられた場所がまったく見知らぬ土地だったという事だ。
いや、それだけならまだ楽観視していられただろう…。本当の問題は、「ここがキエサルヒマ大陸ですらない」という事だ。
アギト達に連れられて街に下りた時、本当に驚いた。
キエサルヒマ大陸に築かれていたモノとは桁違いなまでに進歩した文明の姿がそこにはあった。
(ルーテシアに聞いても「そんな所知らない」の一点張りだしなぁ。きっと大陸の外まで飛ばされちゃったって事だよなぁ…。参ったなぁ…。ちゃんと帰れるのかなぁ)
愚痴は抑えられてもため息までは止められない。
そういえば外の世界じゃ人間なんてとっくに絶滅してるみたいな事を誰かが言ってたけど
、あのクラナガンという街一つ見ても繁栄を極めているのは疑いようがない。
(まぁ実際に見てもいない人の話よりも自分の目で見た物を信じるべきだよね、普通は)
なんとも釈然としないが、現状で特に不利益を被っているわけでもないので無理やりにでも納得するしかない。
少なくとも聞き及んだとおりの無人の荒野に投げ出されるよりは百倍マシなのは確かなのだから。
と、ちょうど思考に一通りの区切りがついた所で、ふと気付いた。どこからか小さな音が鳴っている。
それが何なのか疑問に思うよりも早く、アギトの言葉が頭を過ぎった。
『旦那がさっきこの辺野犬が出るかもって言ってたから気を付けて―――――』
野犬が出るかもって……出るかもって……出るかも……
ぶわぁ…と一気に冷や汗が吹き出てくる。
震える指で慌てて懐中電灯のスイッチを切り、息を殺し、音の出所を探ろうと必死に耳を澄ます。
「……こっち」
「え?」
悩んでいると、ルーテシアが無造作にある方向を指で示し、そちらに向かってテクテクと歩き出した。
慌てて懐中電灯のスイッチを入れて、彼女の隣に並ぶ。
「道、覚えてるの?」
「違う。教えてくれるの」
囁きながらルーテシアが前の方を指差す。
「?」
首を傾げつつ懐中電灯を向けると、何か紫色の小さな光が導くように自分達の前を先行していた。
あれについていけばいい、という事だろうか…。
「………………」
「………………」
サクサクと、無言のまま草を踏み分ける音だけが辺りに響く。
なんとなく気まずさ覚えて、ドーチンはチラリと自分の背丈とそう変わらない位置にある横顔を盗み見てみる。
白光に照らされた横顔は、相変わらず感情というものを全て削ぎ落とされたとしか思えないような無表情。
いや、あるいは比喩ではなく本当に感情というものを失っているのかもしれない―――そんな馬鹿げた考えが浮かんでしまうほど、この少女には人間的な部分が欠けているように思える。
なにせ食事をしている時も、アギト達と世間話に興じている時も、いや、思えば最初の出会いからこっち、自分はこの表情以外の彼女を見た覚えが無い。
「…なに?」
「え!?あ、あ〜…えーと、その…」
ぼー、と顔を覗きこんでいた所にいきなり声をかけられて思わず顔が赤くなる。
別にやましい気持ちは無いのだが、ただ単に顔を見ていたというのもなんとなく気持ちが悪く、別の事を口にした。
「その…ホラ、今日はずいぶん時間がかかったなぁって思ってさ」
「…?なにが?」
「何って…。定時連絡だよ。さっきの人との。いつもはワリとすぐ済むじゃない」
「…今日は、またドクターにお手伝いを頼まれてたから…」
「お手伝い?」
聞き返すと、ルーテシアは軽く頷き、繰り返してきた。
「おつかいの『お手伝い』だって…」
幕間「地人・弟の憂鬱」 終
これにて投下終了となります。お目汚し失礼しました。
十三話の落とし所がどーーーーしても上手くいかないので、先に出来上がったこちらの方を投下させていただきました。
…本当はこの話は十三話の次に投下するつもりだったのですが…。前回の投下からずいぶん経ってしまったのでやむおえず…。
内容としては地人兄弟の現状確認と酷く分かりにくい伏線だけで大して進んでません。
あと、実はこの話半年前にはもう書き上がっていました。なんかもうほんと色々すみません。
最後の最後でさるさんくらった……
申し訳ありませんが、気づかれた方代理の方をお願いします
それによって切り裂かれた以上は、マトモに済む筈もない。プラズマは何ものも例外なく切り裂き、その傷口そのものを焼いてしまうのだ。
後から振り返っても、それはえげつのない武器だったと、八神はやては正直に述懐する。
言いようにこちらをボコボコに蹴り飛ばしてくれたとはいえ、それでもこれは気の毒以前にやり過ぎだ。
殺す気でやったのか、とその下手人に思わず怒鳴りつけたかったはずだ。
……尤も、当人からすればそれこそが愚問だと、歯牙にもかけずに切り捨てたのだろうが。
「喧しい。喚くな」
自分でそれだけのことをなしておきながら、のた打ち回る東風へとその相手が吐き捨てるように告げたのは、冷酷そのものとすら思えるそんな短い一言だった。
「ス……ッ……スト……ッ……ライダァァァ………ッ!」
足を斬り飛ばされ、地面にのた打ち回る東風が、それでも最後の意地のように涙と汗とその他もろもろの、激痛と屈辱と怒りに満ちた表情で、その相手を見上げながら言葉を発する。
そこにいる相手――それこそ見たままの忍者そのままのような格好をした、はやてとそう年齢も大差ない青年は、しかしそんな東風の怨嗟に満ちた態度すら何ら歯牙にもかけはしなかった。
度胸が据わっているのか、それこそ本当にこれくらいのこと何とも思っていないのか、はやてには正直その判別がつかない。
鉄のような無反応の無表情。その青年は既に東風など見てはいなかった。
恐らくは、不意打ちで彼女の足を飛ばしたのも、決して殺されようとしていた八神はやてを助けようとしてしたわけではあるまい。
事実、それがありありと分かるくらいに、結果的に助けたことになったであろうはやてにすら一瞥さえくれずに、そのまま真っ直ぐに奥へ――重力制御室へと向かっていく。
はやてはハッと正気に戻ると共に、とにかく青年を呼び止めようと口を開こうとしたその瞬間だった。
「阿呆……がっ! あのお方に……ッ……まだ逆らい続ける……ッ……つもりかッ!?
貴様などに……ッ……あのお方は……決して、斃せんッ!」
先んじて、東風がそんな嘲笑も顕にその背中へと向かって叫びかける。
そんな気力がまだ残っているのかと、それこそはやてが驚いたほどだった。
「世界は……あのお方の……ッ……ものだッ!
あのお方に逆らった……ッ、貴様……などに……ッ……未来はない!」
まるで断言するとでも言うように。後悔しろと言わんばかりに。
青年の背に向かい、嘲笑と罵倒をまるで妄執するかのように続ける東風。
怨嗟の篭るその挑発の数々は、正直まるで関係ないはやてですら聞いていて思わずにゾッとしたほど。
この女がそれほどまでにグランドマスターに畏怖し、そして忠誠を誓っているのだということが、薄っすらとだがはやてにも察せられた。
しかし、そんな東風の罵詈雑言に対しても、それを言いたい放題に言われていた青年の方はといえば。
ただ静かに振り返ってきて、まるで蟲でも見るような目で、倒れ伏している東風へとたった一言。
「だから貴様は飼い犬なのさ」
たった一言。されど痛烈とも言える、皮肉の篭った斬り返し。
傍らのはやてですら、これは効くと思ったのだ。恐らくは忠誠心の塊とも思われる東風が、その侮辱同然の物言いを許せるとは思えなかった。
事実――
「飼い…犬……ッ……だとッ!?」
私の忠を。私のあのお方への献身を。
これまで誇りを持って続けてきた私のその全てを。
度し難くも、薄汚い、愚かな死に損ないに過ぎぬストライダー風情が。
――飼い犬、だと?
「ふざ……ッ……けるなぁぁぁぁぁぁ!」
殺す! 絶対に殺す! 必ず殺す!
許さん! 許してなるものか!
新世界に居場所を許されぬ、古き神の遺物ごときが。
あのお方の第一の臣たるこの私を飼い犬呼ばわり。
万死すらも生温い。絶死を下し、来世すらも許さん。
否! 今この瞬間、もはや一秒たりともその存在が永らえ続けること自体が冒涜だ。
故に殺す! 疾く殺す! この眼前の身の程知らずの不届き者を、私のあのお方への忠が完殺する!
「ストライダァァァァァァァァァァ!!」
故に躊躇も何もありはしなかった。
右足が無いなど関係ない。勝ち目云々そのものなど視野にも入れていない。
狂的なまでの忠誠と、そして怒りに支えられた東風は、地面についた両手をばねの様に叩きつけ、その反動で片足のみで宙へと跳んだ。
そしてそのまま、その残った足にプラズマを纏わせながら、眼前の絶死を誓った怨敵目掛けて容赦なく迫る。
そんな鬼気迫る突撃を敢行してくる相手に、飛竜は――
ただ無言でサイファーを構え、迫り来る相手を見据えながら、その蹴りを直撃寸前で、難なく見切り、躱す。
そして相手が驚愕や次手を打つことすらも許さずに――
「犬の茶番に付き合っている暇はない」
そんな一言を無情に告げると同時に、一閃。
最後まで屈辱と憤怒にその表情を歪めながら、東風のその切断された首が宙を舞った。
以上、投下終了
ミッドナイト氏、支援入れてくださりありがとうございました。
まだまだ長いので今回はここまでにしときます。久しぶりの投下で色々と不備が出てた場合は申し訳ありません。
まぁそんなわけでクロス元は『ストライダー飛竜2』。若干のナムカプアレンジ設定も使わせていただいています。(後、根も葉もない捏造設定もありますが)
マヴカプやナムカプでお馴染みとは言えやはり元ゲーがマイナー過ぎるかと危惧もしたんですけど……よくよく考えれば某界隈ですっかり汚い忍者呼ばわりで有名だから、そうでもないんですかね。
……ストライダーは忍者じゃないんだが
久しぶりに元ゲーとナムカプ再プレイして、マヴカプ3でまさかのリストラにあった腹いせで書いたんですけど、本当は3レス程度の嘘予告で書いてたつもりがいつの間にか短編ssになってました。
そんなわけでもう暫しお付き合いしていただければ幸いです。それでは、また
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またさるさん引っかかってしまった……
何度も申し訳ないですが、気づかれたどなたか代理投下お願いします
『Thunder Rage』
瞬間、今度は上空からカドゥケウスへと目掛けて叩き込まれたのは黄金の雷。
何事かと振り仰いだ時にはしかし既に遅く。
カドゥケウスの頭部――そこを目掛けて己がデバイスの矛先を向けていたのは二人の魔導師。
既に排除したも同然。そう高をくくり捨て置いたはずの死に損ないの小娘ども。
「やめろ……やめろぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
これ以上のダメージを与えられれば、それこそ本当にカドゥケウスは停止してしまう。
それが分かっていたから冥王は絶叫と共に二人の射線上へと何とか立ち塞がろうとするも――
「大型だ。防御も固い」
「うん……でも私とフェイトちゃんの二人なら」
かつて交わした憶えのある言葉を奇しくも今再び交わしあい、なのはとフェイトはそれぞれ構えるレインジングハートとバルディッシュの矛先を標的へと向ける。
チャンスは一度きり。これで押し切れなければ後はない。本当に負けだ。
だが彼女たちの表情には、不思議と焦りや不安の類はない。
当然だ。だって一緒に戦ってくれるのは他の誰よりも信頼できる――
「――いくよ、なのは!」
「――うん、フェイトちゃん!」
先に仕掛けたのはフェイト。三発のカートリッジロードと同時、先端に集束した雷撃を全力で解き放つ。
「サンダァァァ……スマッシャァァァァアアアアアアアアア!!」
黄金の雷撃。それは狙い違わずカドゥケウスへの頭部に迫り――
「やめろ……やめろぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
割り込むように現れた冥王が展開する障壁が、それをさせじと全力で受け止める。
驚くフェイト。そして防御ごと撃ち抜くべく更なる魔力を込めるも、流石に相手も次元世界屈指の巨魁。猛然と展開する障壁はそれを撃ち砕かれんと必死に踏ん張る。
ベストコンディションのフェイトならいざ知らず、今の彼女は消耗激しい重傷の身。余力の総てを振り絞ろうと足掻くも、それでも貫けない。
――そう、彼女一人だけならば。
だが――
「ディバィィィン……バスタァァァァァアアアアアアアアア!!」
彼女は一人ではない。
肩を並べ、一緒に戦ってくれる仲間が、友がいる。
全力を振り絞る高町なのはの加勢。桜色の砲撃がフェイトの黄金の雷撃と並行するように合わさって、冥王の障壁へと迫る。
「おのれぇぇ……ッ……おのれぇぇぇぇッ!!」
亀裂が走る冥王の障壁。
それでも尚、諦めることなく弾き返そうと迫る執念は、並々ならぬものである。
だがそれでも――
想いの強さならば、決して彼女たちも負けてはいない。
否、むしろ……
「なぁ……にぃ……ッ!?」
ありえぬと押されるように段々と亀裂が致命的になっていく冥王の障壁。
Sランクレベルの砲撃を二つ同時に相手取る驚異的なその力も……だがやはり、それはたった一人のものに過ぎない。
己を唯一絶対の神、そう信じて疑わぬ、他者を見下し道具のように利用するだけのただ一人の王。
けれど相手取る彼女たちは違う。そう、二人。互いを信じ合える強い絆で繋がった仲間であり友である二人だ。
それは例え個々の力において冥王に劣ろうと、
「なのは……ッ……行くよッ!」
「うんッ……せぇぇぇの――――ッ!!」
二人束ねたその力なら、決して冥王を相手にすら劣るものではない。
その事実を証明するように、黄金と桜色は合わさりあい、遂には巨大な極光となって冥王の障壁を穿つ。
最後に信じられぬと冥王が目を見開いたのは、いったい如何なる理由でか。
己が絶対と謳ったはずの力が破れたことか?
取るにも足らぬと捨て置いた相手にこうして破れたことか?
或いは――
「認めん……認めんぞぉぉぉおおおおおおおおおおお!!」
このような結末、敗北など断じて認めん。
そう叫びながらも、そのまま極光の渦へと貫かれ、背後の最高傑作たる被造物諸共に、冥王は吹き飛ばされた。
飛竜のブーストを用いたサイファーでの猛攻。
そしてなのはとフェイトの二人によるSランクレベルの集束砲撃。
弱点たる頭部にあらんかぎりのダメージを与えられたカドゥケウスは――
「―――――――――――――!!!」
生物として叫びにもならない……しかし明確な絶叫を上げながら、遂にその頭部が砕け散る。
「……余のカドゥケウスが……星への道が………」
中枢を司っていた頭部を破壊され、機能停止へと陥ったカドゥケウスはそのままその異形の巨体を制御を失ったように虚数空間への海へと沈めていく。
同じように砲撃で吹き飛ばされながら、外縁部に辛うじて引っかかりその場にしがみ付いていたグランドマスターは、そんな絶望の呟きを漏らしながら最高傑作の沈没を呆然と見ている他になかった。
神へ至る……そのために必要だったはずの最後の鍵。次元世界を制覇するために創り上げた無敵の生物兵器。
それが無残にも敗れ、撃ち砕かれていく。
その光景は冥王自身の二千年にも及んだ見果てぬ夢の終わりでもあり。
「貴様らにそんな玩具は必要ない」
その明確な幕引きを実行すべく、今死神がここまでやって来ていた。
振り返るグランドマスター。
絶望と恐怖と憤怒と憎悪……混沌とした感情の渦と彩られた老獪の視線が捉えたのは一人の男。
ゆっくりと歩くような速度で絶死を告げる死神の鎌を構えながら近づいてくる暗殺者。
「飛竜……ッ!?」
男の名を呼ぶ冥王のその声には、余人には凡そ測り知れぬ混沌とした感情が込められていた。
グランドマスターの脳裏に瞬間的に過ぎったのはある一つの光景。
“今”ではない“かつて”。
同じようにこの場所で。
一つの終止符を打ったはずの戦いがあった。
その時、冥王は確かにそれに勝利した。その結果を持って今を創り上げ、不完全ではあるが神の座へと至ったのだ。
憶えている……ああ、憶えている。
忘れない。忘れるものか。
あの光景を。あの勝利を。あの男を――――!
今でも勝利の愉悦と、そして相反する消し去れぬ恐怖と共にハッキリと憶えていた。
故に――
「貴様は本当に……“あの”飛竜なのか?」
問い質さなければならない。ハッキリさせなければならない。
あの日の勝利は、あの日の栄光は。
本当に己を永遠の神として祝福するものであったのか……
「二千年の昔。余の前へ立ち塞がった……」
飛竜の歩みは止まらない。
歩みながら鋭利に絞り、研ぎ澄まされていく殺気も。
何一つ窺え知れないその感情を消し去った眼は、何も告げることはなく――
「あの時果たせなかった任務を果たすため、今ここで余を殺そうというのか――!?」
――ただ……一閃!
己が身体を両断する刃の感覚。
二千年前に跳ね除けたはずのそれが、今回遂に逃れられなかったことを冥王は悟った。
言葉にならぬ呻きを搾り出しながら、それでもグランドマスターは残る執念で己を滅ぼした怨敵へと手を伸ばそうとするも……
しかし、それは届くことなく。
「飛竜より本部へ、任務――――完了」
神の頂に上り損ねた魔人がその生涯最期に聞いた言葉は、二千年越しの達成を告げる宿敵の総てを終わらせる呟きだった。
以上、投下終了
後はエピローグというか後日談というか、そういうのが少しだけで終わりです。
短編ssなんだからこんなに長くしてどうすんだって話ですが……兎に角、次で終わりです。
それでは、また
ネットショップサイトが開店です、コスプレ、着ぐるみ、ファション服、全身タイツなどの商品が備えております、 www.chinazonejp.com
投下中にさるさんを食らってしまいました。
申し訳ありませんが、代理投下をお願いいたします。
……ここは、何処だ。
アイクは真っ先にそう思った。何せ、自分が立っているのは真っ暗な森の中。
少しづつ、記憶がはっきりしてきた。確か、ここは親父と漆黒の騎士が戦った、因縁の―――――
そこまで思い出した瞬間、重苦しい金属音が聞こえてきた。
まるで、これからがショーの始まりだと言わんばかりの、鈍い音が。
アイクはその音に反応し、音のした方へと駆け出していく。
まさか、自分の考えていることが正しいとしたら―――
アイクは無我夢中で森の中を駆けていく。
あの悪夢を繰り返さぬために。大切な人が奪われる前に。
アイクがたどり着いた場所は、すでに戦場と化していた。
父、グレイルと漆黒の騎士が剣と斧をぶつけあっている。
グレイルがどれほど斧をぶつけようと躍起になっても、漆黒の騎士にはかすりもしなかった。
誰の目から見ても、グレイルは押されていた。かつての力、かつて使っていた武器を失い、「老い」が今のグレイルを見るも無残な姿に変えたのだ。
跪き、乱れた息を整えるグレイル。そんな彼に、漆黒の騎士は先ほどまで使っていた神剣「ラグネル」を投げて、グレイルの前に突き刺した。
「…何のつもりだ。」
「貴殿との戦いを楽しみにしていた。まともな武器で手合わせ願いたい。」
そう伝え、腰に差してあったラグネルと瓜二つの剣、神剣「エタルド」を抜く。
そして、グレイルに突きつける。
「…神騎将、ガウェイン殿!!!!」
その名はアイクが聞いたこともない名だった。
その名は、かつてグレイルがデイン王国に勤めていたころの二つ名。
デインを抜けた今となっては、その名を知る者はほぼいないと思われていた。
そんな、ほぼ機密事項扱いにも等しい名を知り、超人的な剣の腕を持つ。
その男が、この戦いを楽しみにしている、と言った。
それほどまでに、アイクの父親は強かったのだ。
「…昔、そんな名で呼ばれたこともあったな。」
ラグネルを地面から引き抜く。
「だが…」
と続け、ラグネルを投げ返す。
「その名はとうの昔に捨てた。今の相棒は…これだ。」
ガウェイン、いや、グレイルはこの世でたった一つの斧、「ウルヴァン」を構えなおす。
だが、その言葉を発した瞬間にグレイルは死を覚悟するべきであった。
騎士にとって名を捨てるということは、それまでの自分、それまでの戦いのすべてを否定することになるのだから。
そんなことを思いつつ、漆黒の騎士は、
「…死ぬ気ですか。」
と冷たく言い放つが、グレイルはそんなことは気にしていなかった。
そして、次に彼の口から出た言葉は意外なものだった。
「…その声、覚えているぞ。たった10数年で師であるこのわしを追いぬいたつもりか?…フン、若造が…」
さっきまで昔を懐かしむ表情が、突然こわばる。
神騎将としての本能が目覚めたのか、それともただ単にキレただけか。
「これでも、食らうがいい!!」
グレイルが斧を持って突進する。
今思えば、これが父を救う唯一のチャンスだったかもしれない。
だが、アイクは戸惑っていた。
今ここで出ていけば、確実に殺される。要するに、死ぬのが恐かったのだ。
だが、ここで躊躇っていればグレイルが死ぬ。
命を賭して身内を守るか、それとも未来を生きるために今ここで父を見殺しにするか。
それは、非常に残酷な問いだった。
(俺は…)
腰に差してある剣に手をかける。だが、抜くことができない。
自分の命と他人の命を天秤にかけるには、このころのアイクは幼すぎた。
そして、答えを出せぬまま―――静寂が訪れる。
エタルドに貫かれ、驚愕に目を見開くグレイル。
親父の生命は急速に失われつつあった。
「親父!!」
アイクは父親のもとに駆け寄る。抱きとめた父親の体は、ぞっとするほど冷たかった。
そして、そのまま二人は倒れこむ。
そして、何処からか声が響いてきた。あの少女の声で。
「あなたは、また見殺しにするつもり…?」
「ッ!!!」
飛び起きたアイクはぐっしょりと汗をかいていた。
トラウマの記憶をリアルに、そして鮮やかに思い出した自分に対して舌打ちをする。
原因は言うまでもなく、先日ルーテシアから言われた言葉だ。
「あなたはまた見殺しにするつもり…?」
頭の中でその声がはっきりとリピートされる。
本日のアイクの寝ざめは、最悪のようだった。
第14章「罪の意識」
そのころ、教会ではちょっとした事件が起きていた。
それは、先日保護した少女の姿が無い、というものであった。
「状況は?」
なのはが状況をシャッハから聞き出す。
なんでも、検査の合間に係員の目を盗んで脱走したとか。
「ただの」少女ならそこまで問題は無いのだが、それならば係員が退避したり魔法の感知をするわけがない。
魔力が十分にある(といっても、子供のレベルでそれなりの量である)ので、もしかしたら、の状況を考えて聖王教会は実質閉鎖状態にあった。
「早く見つかるといいですけど…」
シャッハがつぶやく。
実際、ここら一帯は隠れることができるようなものはほとんど何もないので、楽と言えば楽である。
「では、手分けして探しましょう!」
なのはのその一言を合図に、なのはとシャッハ、そして運転役でついてきたシグナムは少女を探しに行った。
案の定、一番最初に見つけたのはなのはだった。
だが、幸か不幸か懐いてしまった。
それもそうだろう。少女が怯えているときに優しい女性が手を差し伸べる。
それだけで、子供というものは懐いてしまうのだ。…もっとも、それに加えて外見が良ければ、の話だが。
その少女は、名前をヴィヴィオと名乗った。そして、母を探していることも。
それを見かねて、起動六課まで連れてきて、フォワード陣に相手をしてもらおうという魂胆だったが、それはいささか傲慢だったようだ。
「うぇぇええーーーん!!行っちゃやだーーーー!!」
駄々っ子のように(というかむしろすでに駄々っ子である)泣き叫ぶヴィヴィオ。
その様子をモニターしていたフェイトとはやてが、なのはとフォワード陣の所にやってきた。
無論、アイクとセネリオもいたのだが、二人はあえてヴィヴィオに近づかないでいた。
それを変と悟ったのか、スバルがこっそりと耳打ちする。
「アイクさん、セネリオさん、どうしてこっちに来ないんですか?」
「俺らが行ったら、泣くだろう。」
「右に同じです。」
つまり、ゴリラの様なムキムキの筋肉を持つ男と、人見知りで冷徹な物言いしかしない人物がヴィヴィオに接したら、泣いてしまうと思ったのだ。
と、そこになのはの声が入る。
「それじゃ、ライトニングの二人はヴィヴィオのこと、お願いね。スターズは、そろそろデスクワークの時間だから、行くよ。」
そう言ってティアナとスバルが部屋を出ようとした時だった。
「ティアナ、少しいいか。」
「……?」
アイクがティアナを呼びとめる。心なしか、その時のアイクの表情は迷っているような、苦しんでいるような気がした。
その雰囲気を察したティアナは、アイクの瞳を真正面から受け止める。
いまだに、じっと見つめられると頬が赤くなるのだが、この時ばかりはそうは言ってられなかった。
「………ティアナ。仮に、自分の犯した罪が誰にも裁かれないとしたら、お前は…どうする?」
その言葉の意味を真に理解することができるのは、あの時にルーテシアの言葉を聞いた者だけだろう。
だが、あの言葉がもたらす苦痛と苦悩はアイクにしか理解できなかった。
それを知ってか知らずか、ティアナが答える。
「うーん…私だったら、罪のことを忘れて生きるか、ひそかに償いながら生きると思います。」
「具体的に、どう償うんだ?」
「えと、例えば…人を殺してしまったときとかは、その人のことを忘れないようにして二度と殺人をしない…とか、です。」
それは、果たして正しいのか。それを尋ねたかったが、神ならぬ人の身にそんな抽象的な答えが出せるわけではない。
「ありがとう、ティアナ。」
素直にお礼を言っておく。
「いえ、どういたしまして。」
ティアナも笑顔で返す。
さて、と一息ついてティアナが立ち去ろうとした瞬間だった。
ドサッ
アイクとセネリオが倒れ始めた。
「アイクさん!?セネリオさん!」
ティアナとエリオ、キャロが駆け寄って体を揺らすが意識はない。
その様子をおびえた目でヴィヴィオが見つめていた
(ここは…)
暗闇の中。だが、意識がある。この感覚には覚えがあった。
(また女神ですか。)
――――――その通り。
朗らかな、しかし優雅な声でアスタテューヌが受け応えした。
――――――アイク、あなたの加護を封印しようと思って。
(封印?どういうことだ?)
――――――あなたの中に、女神の力を封じ込めるの。これで、女神の加護同士の反発は起こらないと思うけど…
(何かあるんですか?)
――――――これは、あくまでも封印。あなたがその封印を解きたいと願えば、いつでも簡単に解けてしまう、脆いもの。強い心でまたそれを封じ込めればいいんだけどね。
そういって、アスタテューヌは女神の加護の封印を施す。
――――――これでよし。あとは、何か聞きたいこととかある?
(…罪を償うには、どうしたらいい?)
先ほどの問いを、女神に尋ねる。その姿は、さながら懺悔のようだった。
――――――じゃあ、あなたは何の罪を許されたいの?
穏やかな声で尋ねる。
(俺は…?)
何を許されたいのだろうか。
父を見殺しにしたことか。それとも、戦争で多くの命を奪ったことだろうか。
あるいは、その両方か。
(…人殺しの罪だ。)
全てをひっくるめた、アイク自身の罪だった。
――――――…そうね。今は、まだ答えはあげられない。それは、私から与えるものではないわ。
(そうか…)
――――――でも、ヒントくらいならあげられるわ。「その罪で苦しんでいる人は、あなただけではない。」
(なんだって?)
そう尋ねるが、それがアスタテューヌに届くことは無く、視界は光に包まれた。
目覚めた場所は、先ほどのヴィヴィオ達がいた部屋だ。
どうやら、壁にもたれかかって寝ていたようである。
「あっ!目が覚めましたか!」
そう言って、エリオとキャロがヴィヴィオを置いて駆け寄ってくる。
「突然どうしたんですか?」
「どこか悪いところでもあるんですか!?」
目覚めた二人に質問を浴びせる。
その様子をおびえながらヴィヴィオが見ていた。
「…大丈夫です。ところで、あなたたちは何を?」
「え…と、なのはさんたちが、この子のことよろしくって…」
ずいぶんと災難な話だった。
「………もしかして、それは僕たちもですか?」
冷たい声でセネリオが聞く。
「えっと…そうしてくれると、ありがたいん、ですけど…」
苦笑を浮かべ、冷や汗を流しながら頼み込む。特にすることも無かったので、
「まあ、いいでしょう。」
と意外に乗り気であった。
だが、それで彼の人見知りは治るわけもなく、アイクの見た目が変化するわけでもないので、ヴィヴィオが彼らに懐くまでに2時間の時間を有したのだった。
目覚めた場所は、先ほどのヴィヴィオ達がいた部屋だ。
どうやら、壁にもたれかかって寝ていたようである。
「あっ!目が覚めましたか!」
そう言って、エリオとキャロがヴィヴィオを置いて駆け寄ってくる。
「突然どうしたんですか?」
「どこか悪いところでもあるんですか!?」
目覚めた二人に質問を浴びせる。
その様子をおびえながらヴィヴィオが見ていた。
「…大丈夫です。ところで、あなたたちは何を?」
「え…と、なのはさんたちが、この子のことよろしくって…」
ずいぶんと災難な話だった。
「………もしかして、それは僕たちもですか?」
冷たい声でセネリオが聞く。
「えっと…そうしてくれると、ありがたいん、ですけど…」
苦笑を浮かべ、冷や汗を流しながら頼み込む。特にすることも無かったので、
「まあ、いいでしょう。」
と意外に乗り気であった。
だが、それで彼の人見知りは治るわけもなく、アイクの見た目が変化するわけでもないので、ヴィヴィオが彼らに懐くまでに2時間の時間を有したのだった。すっかり暗くなった景色に浮かぶ満月と街のネオン。
それらをいつもの河原で眺めながらアイクは傍らにあるラグネルを握り締め、アスタテューヌが言ったことを考えていた。
―――――「その罪で苦しんでいる人は、あなただけではない。」
冷静に考えれば、その意味はおのずと理解できた。
(俺が共に戦った人たちは、この罪を抱えているんだよな…)
人殺しの罪を抱えて、なお生きる。誰がどこで暮らそうと、その事実は消え去ることはない。
それでも、あいつらは生きている。
ミカヤ、サザ、傭兵団の皆、クリミアの王宮騎士団――――
挙げたらきりがない。
彼らは罪と向かい合うなり、逃げるなりしているのだ。もしかしたら、答えを出していないのは自分だけではないか、と俯きながら思う。
(やはり…殺人の罪は…)
アイクの中に一つの答えが浮かぶ。償うでもなく、逃げるでもなく。
(「死」によって償われるのか?)
それはよくあること。多くの人を死に追いやった人物は死によって償われる。
そんな考えが頭をよぎった瞬間だった。
「アイクさん、またここにいたんですか。」
ティアナがやってきた。バリアジャケットを着ている姿からして、夜の訓練が終わったところだろう。
「なぜ俺がここにいると思ったんだ?」
「だって、前にもここに来たじゃないですか。」
笑顔でそう答える。そして、アイクの隣に座る。
「まだ…悩んでるんですか?」
「俺の罪はそう簡単には消えない。そこで、償う方法を考えていてな…」
なぜか、ティアナにはこの悩みを打ち明ける。
心のどこかで彼女を許している証拠だった。
「俺は、「死」をもって償うべきなのか…」
すみません、>>919 はミスしました。
無視してください…
すっかり暗くなった景色に浮かぶ満月と街のネオン。
それらをいつもの河原で眺めながらアイクは傍らにあるラグネルを握り締め、アスタテューヌが言ったことを考えていた。
―――――「その罪で苦しんでいる人は、あなただけではない。」
冷静に考えれば、その意味はおのずと理解できた。
(俺が共に戦った人たちは、この罪を抱えているんだよな…)
人殺しの罪を抱えて、なお生きる。誰がどこで暮らそうと、その事実は消え去ることはない。
それでも、あいつらは生きている。
ミカヤ、サザ、傭兵団の皆、クリミアの王宮騎士団――――
挙げたらきりがない。
彼らは罪と向かい合うなり、逃げるなりしているのだ。もしかしたら、答えを出していないのは自分だけではないか、と俯きながら思う。
(やはり…殺人の罪は…)
アイクの中に一つの答えが浮かぶ。償うでもなく、逃げるでもなく。
(「死」によって償われるのか?)
それはよくあること。多くの人を死に追いやった人物は死によって償われる。
そんな考えが頭をよぎった瞬間だった。
「アイクさん、またここにいたんですか。」
ティアナがやってきた。バリアジャケットを着ている姿からして、夜の訓練が終わったところだろう。
「なぜ俺がここにいると思ったんだ?」
「だって、前にもここに来たじゃないですか。」
笑顔でそう答える。そして、アイクの隣に座る。
「まだ…悩んでるんですか?」
「俺の罪はそう簡単には消えない。そこで、償う方法を考えていてな…」
なぜか、ティアナにはこの悩みを打ち明ける。
心のどこかで彼女を許している証拠だった。
「俺は、「死」をもって償うべきなのか…」
その言葉に、ティアナは激怒した。
「そんなことあるわけないじゃないですか!!」
いきなりの怒号に、アイクは目を丸くする。
「死んで償うなんて、そんな悲しいこと、言わないでください…」
そして、涙目になっていく。
「ティアナ…」
「お願いです、死なないで…」
どうやら、慰める立場と慰められる側が入れ変わってしまったようだ。
アイクは、最初の方こそ驚いたものの、少しづつうれしさを感じていた。
これまで傭兵として生きていたアイクにとって、ここまで自分の心配をしてくれることがありがたかったのだ。
「落ち着いたか」
「はい……」
アイクに泣きついて、8分ほどが経過した。
「すみません…」
顔を真っ赤にして謝るティアナ。対して、アイクは穏やかな気持ちになっていた。
「でも、とにかく死んで償うのはなしですよ?」
「わかったさ。」
ぶっきらぼうに告げる。
そして、戦いの中で見せる微笑とは正反対の柔らかい微笑みを浮かべた。
「ティアナ…ありがとう。」
その言葉と微笑みを受け取り、ティアナはさらに真っ赤になる。
「はい…」
俯きながらも、その顔はとても嬉しそうだった。
「さて、そろそろ戻るか。」
そう言って、アイクが立ちあがる。
それに続き、ティアナが立ちあがろうとしたところ、
「ッ…」
ぐらり、と体が揺れる。立ちくらみだろう。
「おっと…」
その体をアイクが抱きとめる。とっさにティアナは離れようとするが、立ちくらみが抜けきっていない。
「あ…」
「部屋まで送ってやろう。」
そういって、ティアナをお姫様だっこする。また顔が真っ赤になったが、アイクはそんなことには気づかない。
そうして送り届けられたティアナは数日の間、スバルにその手の話題でいろいろとつつかれることになるのだった。
時は少し前にさかのぼる。
デイン王城:王室
「サザ、ベグニオンに行くわよ。」
「ミカヤ、何を―――」
「ひとつ、確かめたいことがあるの。」
To be continued……
以上、終了です。
本当に申し訳ありませんが、どなたかお願いいたします。
書き込み規制がされていた為、こちらに投下します。
申し訳ありませんが、どなたか代理投下して下さると助かります。
明朝、桜台登山道。。
まだ陽も昇りきっていない時刻の中、高町なのはとヴァッシュ・ザ・スタンピードは相対していた。
なのはの手中にはレイジングハート。
ヴァッシュの手中には無銘のリボルバー。
互いの手中にはそれぞれの得物が握られていた。
「いきますよ、ヴァッシュさん」
「お手柔らかに」
両者は僅か2メートル程しか離れておらず、殆ど手を伸ばせば届く距離だ。
静けさが場を包む。
僅かに汗ばんだ手でレイジングハートを握り締め、なのはが動いた。
まるで槍を扱うかのようにレイジングハートをヴァッシュへと突き立てる。
―――カチン
が、レイジングハートの矛先は横殴りに叩き付けられたリボルバーにより、横へと流される。
代わりとして、なのはの眼前へと突き立てられるリボルバーの銃口。
なのはは体勢を整え、再度レイジングハートを振るう。
金属音が鳴り、今度はリボルバーが横へと流れた。
そこからは断続的に金属音が鳴り続ける。
カチカチカチと、レイジングハートとリボルバーとが火花を散らし、互いの射線を奪い合う。
小気味よいテンポで繰り広げられる応酬は、とてもゆったりとしたもの。
まるで舞踊の如く緩やかで、だが本人からすれば全力全開の攻防が、一定のリズムで続いていく。
なのはの額に雫が溜まり、足元へと垂れ落ちる。
流れる汗はそのつぶらな瞳にも侵入するが、なのはは拭う事すらしようとしない。
高まる集中力が、行動を一本化させていた。
それは近接戦闘をイメージした訓練。
なのはの苦手とする、近接の間合いでの砲撃戦の訓練であった。
近接戦闘での『砲撃を当てる方法』をなのは風に考えた結果が、この訓練である。
相手の武器を払いのけて射線を取り、砲撃を撃ち込む。
先の模擬戦でヴァッシュがなのはにしてみせた攻防が、発案の切欠となっていた。
とはいえ、近接戦を不得手とするなのはには、この訓練は過酷の一言。
中距離、遠距離での訓練は順調な経過を見せているにも関わらず、近距離を主とするこの訓練は遅々として進展していなかった。
「はい、ここまで。なかなかやるようになったじゃん、なのは」
ヴァッシュの一言になのはの動きが止まる。
時間にして十分ほど続けられた射線の取り合いが、音もなく終わった。
金属音が鳴り続けていた周囲に、久方振りの静寂が舞い戻る。
「うー、何で上手くいかないんだろ。イメージではもっと早く動かせるんですけど」
「焦っても仕方無いって。こういうのは慣れと経験だよ」
滴る汗を拭いながら、なのははレイジングハートをスタンバイモードへと戻す。
紅色の宝玉と化したレイジングハートを首に掛け、ヴァッシュの方へと視線を向けた。
疲労の欠片すら見せず、飄々と笑顔を浮かべてタオルを差し出すヴァッシュがそこにいた。
差し出したタオルを受け取り、更に汗を拭うなのは。
動作による疲労というより、極度の集中状態からの疲労が主といったところか。
「それに相当よくなってきてると思うよ。訓練を始めてまだ何日と経ってないんだ。これだけできりゃあ凄いもんさ」
ヴァッシュの言葉に偽りはなかった。
あの模擬戦から数日しか経過していない今、それでも目に見える成果が上がっているだけでも驚嘆に値する。
天才の一言では語りきれない才覚が眼前の少女には眠っている。
そうヴァッシュは確信していた。
「そうですか? そう言われると嬉しいですけど……ヴィータちゃん達がいつ現れるか分からないからなぁ」
なのはは、守護騎士達を止める力が欲しいと言っていた。
世界に崩壊をもたらす魔導書・『闇の書』。
『闇の書』を完成させる為に活動する守護騎士達。
守護騎士達の活動は世界の崩壊をもたらし、数多の命を呑み込んでいく事となる。
そんな守護騎士達を、止める。
倒すでも、殺すでもなく、止める。
心中に宿る優しさが、その言葉を選択させたのだろう。
「……最近は探知にも引っかからないしね。蒐集活動もどうなってる事やら」
しれっと語りながらも、ヴァッシュはなのはに虚言を飛ばした。
結局、ヴァッシュと守護騎士達との繋がりも断裂してはいない。
相変わらず敵意まるだしの守護騎士達だが、実質弱味を握られている現状ではヴァッシュを無視する事ができない。
何度か蒐集活動に参加し、それなりの戦果はあげている。
どさくさ紛れに攻撃される事も多々あったが、そこら辺はヴァッシュにとって慣れた物。
飄々と受け流して無事に帰還を果たしていた。
「……ヴァッシュさんは、どうしてヴィータちゃん達が『闇の書』の完成を目指しているんだと思います?」
ボンヤリと道場を眺めていたヴァッシュへと、なのはが唐突に問い掛けた。
守護騎士達の戦う理由、『闇の書』を完成させたがる理由。
ヴァッシュはその問いの答えを知っていた。
八神はやて。
それが守護騎士達の戦う理由にして、全てであった。
強大な力を持つ管理局と対立してでも、過酷な蒐集活動をこなしてでも、救いたい存在。
守護騎士達には引けない理由がある。
そして、引けない理由はなのは達にも、管理局にもある。
ヴァッシュはそのどちらの事情も知っていた。
「どうしても引けない理由が、あるんだと思う。彼女達の覚悟は相当なものだ。そりゃもう世界を敵に回す覚悟だってあるだろうね」
「ヴァッシュさんも……そう思いますか」
こう見えてなのはは中々に鋭いところがある。
薄々、守護騎士達の覚悟の度合いも察していたのだろう。
顔を俯かせながら、少し物思いにふけるなのは。
なのはが何を思考しているのか、何となくではあるが、ヴァッシュにも予測がつく。
「世界を敵に回してでも守りたいものって、何だと思います?」
「……難しい質問だね」
「私も、そう思います。でもヴィータちゃん達の気持ちを知るには必要な事だと思って」
「世界を敵に回してでも、か……」
世界を敵に回してでもという言葉に、ヴァッシュはふと仇敵であるナイブスの姿を思い出す。
世界を敵に回して同種の解放を目指す男。
ナイブスはこの世界に於いても人類の滅亡を望んでいる。
ヴァッシュにすら分からない強大な力を使用して、そして世界を滅ぼす力を持つ『闇の書』を利用して、人類を根絶やしにしようとしている。
絶対に止めなければいけない敵であった。
「質問の答え、考え付きました?」
「そうだね……僕だったら、できるだけ誰とも対立しないような道を目指したいな。守りたい人も守れて、世界も敵に回さないような道をね」
「それが出来なかったらって、前提があっての話なんですけど。……でも、ヴァッシュさんらしいかも」
「そうかい? なのはだって同じ道を目指すと思うよ」
「そうですかね?」
「そうさ」
闇の書、八神はやて、守護騎士、ナイブス、時空管理局。
様々な要因が組み合わさって引き起こされた今回の事件。
世界の滅亡を賭けた、余りに大規模な戦い。
あの砂の惑星で繰り広げられた銃撃戦とは、何もかもが違う。
しかし、ヴァッシュは誰も死なない魔法のような解決を望む。
誰もが幸福となる奇跡のような解決を。
「……なのはは、守護騎士達が戦う理由を知りたいかい?」
朝日が差し込み始めた道場にて、ヴァッシュはなのはへと視線を向けて問い掛けた。
「知りたいです。まずは話を聞かなくちゃ、話を聞いて貰わなくちゃ、何も始まらないと思うから」
問い掛けになのはは微塵の迷いもなく答えた。
紡がれた答えに、ヴァッシュは笑顔を浮かべる。
「話を聞かなくちゃ、聞いて貰わなくちゃ、か。うん、そうだ。そうだよ、なのは」
ヴァッシュはなのはの言葉を嬉しそうに反唱し、立ち上がった。
何処か晴れ晴れとした表情でヴァッシュはなのはに振り返る。
「今日の放課後、またここにに来てくれないか。大事な話があるんだ」
「大事な話?」
「そうだな、出来ればフェイトも連れてきて欲しいな。大事な……本当に大事な話があるんだ。必ず来てくれ」
「えと、分かりました」
ヴァッシュはそう言うと練習場から去っていった。
「大事な話かあ。何だろう?」
赤色のコートを朝風にたなびかせて歩き去るその背中を見詰めながら、なのはは笑顔で呟いた。
ヴァッシュ・ザ・スタンピード。
優しく、お調子者で飄々としていて、でも数え切れない傷を心身に負ってきた男。
なのはにとってヴァッシュは憧れに近い存在であり、そして守ってあげたい人の一人であった。
とある世界にて深い深い悲しみを背負い続けてきたヴァッシュ。
とある世界にて最強のガンマンとして君臨し続けたヴァッシュ。
その全てが、話に聞いたに過ぎない。
実際にヴァッシュがどのような生活を送ってきたのか、なのはは見たこともないし、想像するにも限界がある。
でも、分かる事だってある。
ヴァッシュが傷ついているという事実だけは、なのはにも理解できていた。
初めて出会った時のボロボロな様子、時折見せる暗く儚げな表情、そして―――ある一定のライン以上に他人を踏み込ませる事のない心。
なのはは、気が付いていた。
「……もっと人を頼っても良いんですよ、ヴァッシュさん」
呟きは誰に聞こえる事もなく消えていった。
大事な話とやらに僅かに心を踊らせながら、一抹の寂しさに心をくすぶらせながら、なのはは家路に付いた。
◇
シグナムは八神家のソファに腰掛けて、暗闇に染められた世界を眺めていた。
深夜の蒐集活動を終えたばかりという事もあって、身体は膨大な疲労感に包まれている。
だというのに、眠れない。
疲労に満ちた身体とは裏腹に、意識は鮮明に覚醒していた。
(闇の書の完成が世界を滅ぼす……か……)
シグナムは考えていた。
数日前、ヴァッシュから伝えられた言葉。
闇の書が完成すれば世界を滅ぼしかねない力が暴走するという事。
主の死と共に幾数の転生を繰り返してきた『闇の書』。
確かにこれまでの主の死が如何なるものだったかの記憶は薄い。
『闇の書』の覚醒の時は覚えていれど、それ以上の記憶があやふやなのだ。
その空白の記憶が疑惑に信憑性を持たせる。
信じられない、信じたくない言葉であった。
「シグナム、起きてたのかよ」
思考に没頭しているシグナムに声が投げ掛けられた。
声のする方に視線を飛ばすと、そこには片手にうさぎのぬいぐるみを握った鉄槌の騎士の姿があった。
彼女も蒐集活動から帰還したばかりだというのに、寝付けずにいるようであった。
幼い顔には僅かにくまが浮いていた。
「……早めに寝ておけ。日中の生活に支障をきたすぞ」
「人のこと言えねーだろ。シグナムも早く寝ろよ」
ヴィータは言いながら、シグナムの横へと腰掛ける。
ポスン、という音が響きソファが僅かに沈んだ。
隣に座る、という事は何らかの会話でも求めてきたのだろうが、ヴィータが口を開く様子はない。
ヴィータは主から貰ったぬいぐるみを抱き締めながら、険しい顔で床を睨んでいた。
何かを考えているようであった。
沈黙が続く。
ヴィータは視線を下に向け、シグナムは視線を上に向け、沈黙する。
「……なぁ」
どれ程の時間が経過したのであろうか、ヴィータがポツリと呟きを零した。
視線は動かさず、床を見詰めたままに放たれた言葉。
シグナムは無言で先を促す。
既にカーテンからは淡い朝日が差し込んできており、空は白み始めていた。
「シグナム……何か、私たちに隠し事してねえか?」
続いで出たヴィータの言葉に、シグナムの心臓が跳ね上がった。
愕然の表情で、シグナムはヴィータの方へと顔を向ける。
床を睨んで言葉を紡ぐヴィータの姿が視界に映った。
「最近、なんか変だ。落ち込んでるっていうか、ふさぎ込んでるっていうか、悩んでるっていうか……とにかく変なんだよ、シグナム」
一度動き始めた口は止まらない。
溜め込んだ想いを吐露し続ける。
「シャマルも、ザフィーラも、ナイブスも……はやてだって心配してた。あん時からだ。お前がアイツと二人きりで喋ったあの時から、何か変だ」
語尾が段々と荒がっていく。
理性の歯止めが効かなくなってきていた。
「どうしたんだよ、シグナム……どうして何も言ってくれねえんだよ!」
そして、爆発する。
シグナムへと振り返ったヴィータの顔には、怒りと悲しみがない交ぜになった不思議な表情が張り付いていた。
「私達は家族だろ。何で相談しねえんだよ、何で一人で背負い込もうとしてるんだよ!
シグナムがアイツに何を言われたのかは分かんねーよ。でも、一人で背負い込む事はねえだろ! 少しは私達を頼ってくれよ! アタシ達はそんなに頼りねえのかよ!」
語りきったヴィータは、瞳に涙を溜めながらシグナムを睨んでいた。
その瞳をシグナムは呆然と見詰める。
再び、沈黙が流れ始める。
重い、重い、沈黙が。
「……ごめん、感情的になりすぎた」
沈黙を破ったのは、やっぱりヴィータであった。
涙の溜まった瞳を下に向け、ゴシゴシと手で擦る。
ヴィータはそれきりシグナムに背中を見せて、寝室の方へと歩き去ってしまう。
その背中に声を掛けようとして、だが掛けるべき言葉が浮かばない。
ヴァッシュから聞かされた『闇の書』の事実は、絶対に語る訳にはいかない。
真実かどうかも怪しい所だし、聞いた事でヴィータもこの苦悩を味合わう事になる。
それだけは嫌であった。
だが、此処まで自分の事を心配してくれたヴィータをこのまま見送るのは嫌であった。
何か言葉を掛けてあげたい。
だがしかし、考えれどシグナムの脳裏に気のきいた言葉は浮かばない。
沈黙のまま、ヴィータはドアノブへと手を掛ける。
そして、ドアノブを下げる。
ガチャリという音が、いやに大きく響いた。
そこで―――何かを叩くような軽い音がなった。
音はリビングの一角にある窓から聞こえたものであった。
誰かが窓を叩いている。
こんな時間に、玄関からでなく裏窓の方から現れた時点で、怪しさは全開であった。
ヴィータの動きが止まり、不審気な表情で振り返る。
シグナムも警戒態勢に入り、レヴァンティンを発現させ装備する。
窓からはノックの音が鳴り続いていた。
シグナムが窓へと近付き、カーテンを引き上げる。
「や、おはよう」
其処には、鮮やかな金髪を天へとトンがらせた男・ヴァッシュがいた。
片手を上げ、親しげに挨拶を飛ばす男に、思わずシグナムの理性が吹き飛びかける。
このまま窓越しから、斬り伏せてしまいたかった。
それだけで頭痛の種の半分は消化できるように思う。
「……何の用だよ」
ヴァッシュへと声を投げたのはヴィータであった。
嫌悪の感情を隠そうともせず、敵意に満ちた瞳でヴァッシュを見ている。
手中の人形には指が食い込んでいた。
「伝えたいことがあってね」
ヴァッシュの視線がヴィータからシグナムへと移る。
シグナムの姿を見たヴァッシュは一瞬、目を細めた。
「……夕方、そうだな4時位にでも桜台の登山道にある広場へ来てくれ。この事はシグナムとヴィータとだけの秘密にして欲しい。待ち合わせにも二人できてくれ」
その時ヴァッシュの瞳に宿った感情が如何なるものなのか、相対しているシグナムにだけは理解できた。
恐らくは、謝罪の念。
口には出さねど、瞳は語っていた。済まない、と。
その瞳がどうしようもなくシグナムを苛立たせる。
謝るくらいなら、知らせなければ良い。
知らねば何も苦悩せずに済んだのに。
何も苦悩せず、主の救済に専念する事ができたのに。
思わず心が沸騰する。
心中を占めるその感情は、久しく感じていない『 』であった。
レヴァンティンを握るシグナムの手が震えていた。
「頼む、大事な話があるんだ。絶対に、絶対に来てくれ」
シグナムは感情を隠そうとしなかった。
『 』を表情に張り付けて、シグナムはヴァッシュを見る。
ヴァッシュにもシグナムを占める感情がひしひしと感じ取れた。
感じ取れて尚、口を動かす。
「……頼む」
シグナムもヴィータも、返答はしなかった。
ヴァッシュも返答を期待していなかった。
ヴァッシュはそれきり無言で歩き去っていく。
二人の守護騎士を、痛いくらいの静寂が包み込んでいた。
◇
「……やはり動き出したか」
そして、とあるビルの屋上にてナイブズが一人呟いた。
徐々に活動を始めた海鳴市。その全てを見下ろすような形でナイブズは立ち尽くしていた。
表情に感情はない。無表情でただ海鳴の街を見下ろす。
何処へ向かうのか、車を走らせる人間。
携帯で誰かと会話しながら街を歩く、スーツ姿の男。
わらわらと人々で溢れかえる。
人々は時間の経過と共に、急激な勢いで増えていく。
まるで害敵の到来に巣穴から飛び出す虫螻のようだ。
ナイブズの表情が僅かに険しくなる。
「分かっているな。先に伝えた通りに動け」
次の呟きは決して独白ではなかった。
何時の間にやらナイブズの後方には二人の男が立っていた。
男達の姿は瓜二つで、顔に装備した奇妙な仮面が印象的な男達である。
男達はナイブズの言葉に無言で頷き、蒼色の発光現象に包まれて消えた。
転移魔法であった。
「……ヴァッシュ、お前の足掻きももう終わりだ」
そしてまた、独白が続く。
人々を見下ろし、人外の種は呟く。
「知れ。そして絶望しろ」
終焉を告げる宣告がなされた。
無表情の鉄仮面は愉悦の色へ。
ナイブズは歪んだ笑みを浮かべながら、訪れる未来に思い出してを馳せていた。
◇
同日、昼過ぎの喫茶店・翠屋。
平日という事もあってか客はまばら。
現在、そんな翠屋のレジに高町士郎は立っていた。
とはいえ客もいないので行う事はない。
クリスマスに向けてのケーキ仕込みも順風満帆で、特別昼の時間を削ってでも行わねばいけない事などなかった。
現状を端的に現すならば『暇』の一言である。
監視役の桃子も今は買い出し中だ。
客入りが激しくなる午後まではノンビリ過ごそうかと考えながら、士郎は視線を窓の外へと向ける。
そこでは箒を持った箒頭が欠伸をしながら、店先を掃除していた。
彼が高町家に来てから既に1ヶ月程が経過している。
付き合った時間はそう長くはないのに、彼は面白いほどに周囲に溶け込んでいた。
身体を傷だらけにしながらも、地獄のような世界を旅してきた男。
『人間台風』の異名で、国家予算並みの懸賞金をその首に懸けられた男。
今の彼からは想像もできない、というのが士郎の正直な感想であった。
「士郎さ〜ん、店先の掃除終わりました〜」
間の抜けた声が響く。
温和な笑顔で入店するヴァッシュが目に入った。
そんなヴァッシュに士郎はハァ、と溜め息を吐く。
思わず呆れ顔で士郎は口を開いていた。
「ヴァッシュ君。君、また何か思い詰めてるだろう?」
虚を突かれたヴァッシュはポカンと口を開けてその言葉を聞いていた。
そんなヴァッシュに構わず、士郎は言葉を続ける。
「君は楽観的に見えて、中々に悩み易いようだね。せっかく良い表情になったと思ったのに、最近また何かに悩んでる。今日は特に、だ」
言葉を区切り溜め息一つ。
首を左右に振って、両手を掲げる。
やれやれ、とその動作が語っていた。
「……今日、何かを決心したんだろう? 僕には何も分からないけどさ、でもアドバイスくらいは出来る。
―――自分が後悔しないようにすると良い、それだけさ」
そして、満面の笑みで士郎はヴァッシュに言った。
その言葉はヴァッシュの心に、どのように届いたのだろうか。
ただヴァッシュは茫然と士郎を見ていた。
「応援してるよ。全てが終わったらまた酒でも飲もう、月でも見ながらね」
ヴァッシュの表情が徐々に変化していく。
茫然に段々と感情の色が灯る。
表情を覆う感情は喜びだった。
いつもの満面の笑みとは違った、薄い薄い微笑み。
でもそれは、士郎が今まで見て来たヴァッシュの笑顔の中で最も中身の籠もったものに思えた。
「楽しみにしてるよ」
「僕も……楽しみにしてます。ああ、楽しみだ」
男二人の昼過ぎはこうして経過していく。
魔法少女と守護騎士との約束の時まで、あと数時間であった。
◇
「……大丈夫、これで上手くいく筈だ」
そして、夕刻の桜台登山道。
毎朝、魔導師の練習場として活用されている場所に、ヴァッシュ・ザ・スタンピードはいた。
ベンチの一つに腰掛け、祈るように手を組みながら前方を睨む。
魔法少女と守護騎士との邂逅の場は整えた。
全てを知り合う邂逅の場。
互いの気持ちを通じ合わせ、誰もが助かる道を歩む。
八神はやても、この平穏な世界も救える、そんな魔法のような道。
それを、歩む。
魔法少女と守護騎士、全員でだ。
その第一歩、最初の邂逅を此処で成す。
ぶつかり合うだろう。苦悩もさせるだろう。明確な対立すら起こるだろう。
その道を歩むという事は苦難の連続なのかもしれない。
でも、それでも、この選択がエゴでしかないとしても―――その道を歩みたい。
それがヴァッシュ・ザ・スタンピードの選択であった。
「や、待ちかねたよ」
来訪者の登場に、逡巡と謝罪の念を胸の奥へと仕舞い込む。
ヴァッシュは朗らかな笑みを浮かべて、前を見た。
来訪者に視線を合わせて、ヴァッシュは軽い挙動で立ち上がる。
白銀の拳銃が陽光に照らされ、光った。
「来ると思ってたよ、ナイブズ」
淡い夕焼けを背に登山道から現れた者は、ナイブズであった。
人類の滅亡を夢見る、ある意味では至極純粋な心を持った男。
ヴァッシュとナイブズ、二人の人外が対峙する。
「此処でシグナム達を懐柔される訳にはいかんからな。少しの間、眠っていて貰うぞ、ヴァッシュ」
「ご自由に。俺も全力で抵抗させて貰うけどね」
返答と共にヴァッシュが拳銃を抜いた。
ナイブズも溜め息混じりに左手を掲げる。
「……考えを改めるつもりはないようだな」
「もちろん」
ナイブズの言葉にヴァッシュは笑みで応える。
ヴァッシュの言葉にナイブズは失意をもって応える。
次元を越えた世界にて対峙する二人の兄弟。
一世紀半にも及ぶ因縁に終わりを告げるべく、ヴァッシュは拳銃を握る。
此処で倒れても構わない。
この男さえ止めれば、彼女達は自らの足で先に行ける筈だ。
少なくとも高町なのははそうだ。
必ず最良の道を歩んでくれる筈だ。
そう信じられるから、ヴァッシュは拳銃を握れる。
ナイブズという底知れぬ強敵とも立ち向かえる。
「いくぞ」
「ああ―――」
自分は、命に換えても、この男を倒す。
何があろうと絶対に。
ヴァッシュは自身の右手に全ての神経を集中させる。
勝利を託すは、何千何万と引き金を引き続けてきた右腕。
数多の危機を救ってくれた早撃ちに全てを賭ける。
そして、ヴァッシュは右腕を動かそうとし、
「―――だが、今日お前の相手をするのは俺じゃあない」
直前、光が発生した。
白色の光の輪っか。
唐突に出現した光の輪が、ヴァッシュの四肢を空間に縫い付ける。
驚愕に染まった顔で見詰めるヴァッシュに、ナイブズは一言だけ告げた。
「眠っていろ、ヴァッシュ」
バインドから逃れようと必死に身体を動かすヴァッシュへと、衝撃が走った。
後方からの一撃であった。
身体の芯から力を抜き取られるような薄気味悪い感覚が、ヴァッシュを襲う。
脱力と共に意識が遠のいていく。
薄れる意識の中でヴァッシュは見た。
身体を貫通したかのように生えたる誰かの右腕と、右腕が握り締める光球。
この光景をヴァッシュは見た事がある。
闇の書の蒐集活動だ。
「目を覚ました時、そこは既に―――」
首を回し後方を覗くと、其処には見知らぬ男が二人いた。
顔に被った仮面が印象的な、瓜二つな二人組の男。
その内の一人が伸ばした手が、リンカーコアを抜き取っていた。
「―――終わりの始まりだ」
ヴァッシュは漆黒に染まる意識の中、ナイブズの言葉を聞いた。
彼の言葉通り、終わりの始まりが、始まった。
これにて投下終了です。
タイトルは「始まりの終わり」です。
前回はご指摘ありがとうございました。
細かい設定がちょくちょく抜けちゃいますね…気をつけるようにします。
申し訳ありませんが、どなたか代理投下をお願いします。
お久し振りです
1年振りとなりますが、R-TYPE Λ 第三十三話を投下させて頂きます
それでは、宜しくお願い致します
約15分。
衝突警報の発令、そしてコロニー全体を強烈な衝撃が襲ってから、これまでに経過した時間だ。
警報音が鳴り響き、赤と黄色の回転灯の光に埋め尽くされた、ベストラ内部セクター間連絡通路。
其処を、居住区シェルターより脱したなのはを含む数名の魔導師達は、自身等が発揮し得る最高速度で以って翔けていた。
大型車両での通行を想定して建造されているのであろう通路は、魔導師が飛翔魔法によって高速飛行するに当たり最適な空間である。
構造物が崩落している地点は多々在れど、それらもなのは程の技量を有する空戦魔導師の前には、全く障害たり得なかった。
しかし、物理的障害は存在しないも同然であるとはいえ、彼女達の飛行経路は平穏という表現から程遠い状況である。
『一尉、これは・・・』
『考えるのは後だよ。飛行に集中して』
戸惑う様に発せられた念話に、なのはは鋭く応答した。
彼女の視界には、崩落した構造物の残骸と共に散乱する無数の肉片と、床面から天井面までを赤黒く染め上げる大量の血痕が映り込んでいる。
そして、壁面に穿たれた無数の弾痕、明らかに砲撃魔法によるものと判別できる大規模な破壊痕。
何らかの恐ろしい力学的干渉により無惨にも引き裂かれた、人体であったものの成れの果て。
それら全ての周囲に散乱する、ランツクネヒト装甲服と多種多様な衣服の一部、質量兵器とデバイスの破片。
『しかし、一尉。明らかにこれは、ランツクネヒトと魔導師による交戦の跡です。これまでに確認した痕跡から判断できるだけでも、間違いなく数百人は死んでいる』
『我々が察知し得ぬ内に、ランツクネヒトと被災者の間で大規模な衝突が在った事は間違いない。此処に来るまでランツクネヒトは疎か、魔導師の1人とさえ遭遇しなかった事も異常だ。一体、戦闘要員は何処へ消えたんだ?』
前方から後方へと過ぎる、破損した大量の臓器と骨格が積み重なって形成された、肉塊の小山。
通路上に数多の血流を生み出すそれを明確に視認してしまったなのはは、腹部より込み上げる嘔気を必死に堪える。
周囲の魔力残滓と構造物の損壊状況から推測するに、恐らくは非殺傷設定を解除した近代ベルカ式による攻撃を受けた人間達の成れの果てだろう。
これまでに幾度となく向き合い、時に敵対し、時に教え導き、時に良き戦友であった者達が有する戦闘技術。
敵対すればこの上なく恐ろしく、味方であればこの上なく頼もしい、近代ベルカ式という近接戦闘主体魔法体系。
気高く義に満ちたその技術が、非殺傷設定という制約を解いた、唯それだけの事で目を背けたくなる程に凄惨な殺戮を生み出したというのか。
或いは、あの肉塊は魔導師によって生み出されたものではなく、逆にランツクネヒトが運用する質量兵器群によって殺戮された魔導師達のものなのだろうか。
『きっと、外殻に出ている。衝突警報が出たって事は、要因は外に在るんだもの』
『其処に誰かが居たとして、それは本当に味方なのか? 次元世界の連中ならば未だしも、敵対を選択したランツクネヒトだったら?』
余計な思考を振り払おうとするかの様に発した念話は、更なる疑問によって上塗りされる。
果たして、外殻には誰かが居るのか。
何物かが存在したとして、それはこちらにとって味方か、或いは敵対する者か。
なのはとて最悪の事態、それに遭遇する可能性を考えなかった訳ではない。
外殻に展開する勢力がランツクネヒトであり、彼等がこちらに対し明確に敵対を選択しているとすれば、魔導師達は忽ち質量兵器による弾幕に曝される事となる。
際限が無いと錯覚する程に魔導資質が強化され続けている現状でさえ、ランツクネヒトが有する携行型質量兵器群、そして何よりR戦闘機群は、未だ魔導師にとって絶対的な脅威そのものなのだ。
散弾と榴弾の暴風に呑み込まれる事も、波動砲の砲撃によって跡形も無く消し飛ばされる事も、どちらも御免であった。
しかし現段階では、外殻の様子を知る術が無い。
如何なる理由か、こちらからの指示に対し、システムが全く応答しないのだ。
システムが沈黙した訳でない事は、鳴り響く警告音と明滅する回転灯群の光が証明している。
汚染の可能性も考えはしたが、それを確かめる術すら無かった。
そして如何なる理由か、居住区シェルター内部からの指示ならば、システムは正常に応答するのだ。
この事実が意味するものとは、何か。
『何で、私達はあそこに居たんやろうな』
『・・・はやてちゃん?』
はやてからの念話。
呟く様に放たれたそれに、なのはは問い掛ける様に彼女の名を呼ぶ。
B-1A2によるコロニー襲撃時、はやては自身の左前腕部と共にザフィーラを失った。
その直前にはシャマルまでもが死亡しており、彼女の精神が危うい処まで追い詰められている事は、誰の目にも明らかだったのだ。
だからこそ、なのはは彼女にシェルターへ残るよう言い聞かせた。
この場に残る被災者達を護って欲しいと頼む事で、負傷者であるはやてを可能な限り前線から遠ざけようとしたのだ。
だが、そんななのはの願いは、当のはやてによって拒絶された。
広域殲滅型魔法の行使に特化した自身が、戦線に加わらないという訳にはいかない。
バイド、又は地球軍を相手取るならば、手数は少しでも多い方が良い。
そう主張し、はやてはなのは達と共にシェルターを発った。
リインと融合し、夜天の書を胴部に固定した上で、残された右腕にシュベルトクロイツを携えたその姿。
そんな鬼気迫るはやての様相に、なのはは圧倒されていた。
幽鬼の様な無感動さで戦場へと赴かんとする彼女は、思わず目を背けたくなる程の鬼気と、今にも崩れ落ちそうな危うさに満ちている。
『ヴィータは、シェルターに居らんかった。キャロも、エリオも、セインも』
続いて放たれる念話。
唯、事実のみを続けるその内容に、なのはは疑問を覚えた。
一体、はやては何を謂わんとしているのか。
『魔導師にせよ兵士にせよ、あのシェルター内に居った戦闘要員の数は100名足らずやった。そして、そのほぼ全員に共通する点が在る』
『共通の・・・?』
『皆、ランツクネヒトとの協調体制に肯定的やった』
瞬間、後方のはやてを見やるなのは。
前方認識はレイジングハートに一任している為、障害物へと激突する心配は無い。
彼女の視界の中央には、シュベルトクロイツを携えて宙を翔けるはやての姿。
虚ろな紺碧の双眸がなのはを、或いはその先に存在するであろう何かを、射抜く様に見詰めていた。
なのはの身体を奔る、冷たい感覚。
はやては、続ける。
『この場に居るのは、ランツクネヒトと・・・延いては、第97管理外世界との敵対を選択する事に、否定的な見解を示していた人間ばかりや』
数瞬ばかり、なのはは思考へと沈んだ。
そうして、はやての言葉が正しいものであると気付く。
確かに、この場に存在する面々は協調体制を重視し、被災者達の間に蔓延していた第97管理外世界に対する強硬論について、否定的な立場を取っていた者達だ。
結論に至るまでの経緯は各々に異なってはいるであろうが、第97管理外世界との戦端を開く事が事態の解決に結び付くものではない、との思想は全員に共通している。
だが、それだけでは理解できない点も在った。
『アンタ等はどうなんだ。少なくとも、第97管理外世界に対する強硬論に反対している様には思えなかったが』
1名の魔導師が、なのはが抱いていた疑念そのものを念話として放つ。
はやての推察が正しいのならば、何故なのはと彼女までもが、あのシェルターに「隔離」されていたのか。
当たっていて欲しくはない推測が、なのはの思考を占めてゆく。
だが、はやては無情にその答えを述べた。
『私達が、第97管理外世界の・・・地球の出身者だからやろ』
知らず、唇を噛み締めるなのは。
聞きたくはない言葉、認めたくはない推測。
だが、はやての言葉は続く。
『このベストラで「誰か」が「何か」をしようと企んだ時、私達はソイツ等の目に邪魔な存在として映ったんや。ランツクネヒトと地球軍を肯定的に見ている人間、地球を故郷とする人間・・・だから、あのシェルターに私達を隔離した』
『邪魔っていうのは、どういう意味での事だ。護る為に手間が掛かるという事か、それとも潜在的な脅威となるって事か』
言うな、聞きたくない。
そんな声ならぬ声が、念話として紡ぎ出される事はない。
なのはの意思の外、交わされる念話が無機質に、淡々と事実を浮き彫りにしてゆく。
『前者なら「誰か」はランツクネヒトね。なら、後者は・・・』
『シェルターに居た連中を除く被災者達か。じゃあ「何か」ってのは何なんだ?』
前方、新たな肉塊の集合体。
その周囲に大量の薬莢が散乱している事を確認し、なのはは叫び出しそうになる自身を必死に抑える。
自身達が知り得ぬ間に、このベストラで発生した「何か」。
なのはは既に事態についての推測、その内容に対する確信を得ていた。
だからこそ、自身の後方にて交わされる念話を、何としても遮りたかったのだ。
『この死体の山を見れば解るやろ? 結論を出したんや・・・私達の、知り得ないところで』
轟音が、振動となって肌へと響く。
レイジングハートを強く握り締め、通路の先を睨むなのは。
振動は更に大きくなり、防音結界を突破した騒音が微かに鼓膜を震わせる。
『結局、連中は私達と・・・』
その瞬間、なのはの前方約100m。
構造物の全てが崩落し、床面下へと呑み込まれた。
顔面を襲う、強烈な風圧。
『止まって!』
咄嗟の制止。
危うく崩落地点へと突入する、その寸前で一同の前進が止まった。
唐突に眼前へと現出した惨状に、なのはは唖然と周囲を見回す。
「何が起こったの・・・?」
「おい、あまり近付くな」
崩落跡は、惨憺たる有様だった。
連絡通路に沿う形で数十m、更に両側面方向へと100m以上もの範囲が完全に崩壊していたのだ。
デバイスを用いての走査により破壊の規模は判明したものの、粉塵が周囲を覆い尽くしており、視覚的に崩落箇所の全貌を捉える事ができない。
そして数十秒ほどが経過して、漸く破壊痕を詳細に観察する事が可能となった。
「上は・・・何も見えないな。真っ暗だ」
「何処まで続いているの?」
ベストラは居住型に見受けられる様な、円筒形型の構造を有するコロニーではない。
17層もの層状構造物が重なる様にして構築され、更にそれらの間隙を埋める様にして無数の各種構造物が配されている。
外観的には、巨大な箱型構造物という形容が最も相応しいだろう。
第1層上部より第17層下部まで15.8km、最小規模である第4層の面積が291.6平方km、最大規模である第12層の面積が543.4平方km。
表層部の至る箇所に無尽蔵とも思える数の防衛兵装を配し、各種センサーを始めとする機能構造体が無数に突出した、一見するとデブリの集合体にも見える軍事コロニー。
なのは達の現在位置は、第4層のほぼ中央だ。
第1層上部から現在位置までは、3km前後もの距離が在る筈である。
「外殻から此処まで貫通してる・・・なんて事は、ないよね・・・?」
「だとしたら、その原因なんて考えたくもありませんね」
「おい、あれ!」
何かを見付けたのか、1名の魔導師が声を上げた。
見れば、彼は足下に拡がる空間、崩落した構造物が積み重なる其処を覗き込んでいる。
なのはは彼が指し示す先、其処彼処から白い煙が立ち上り続ける地点の中心へと視線を移した。
そして、それを視界へと捉える。
「・・・戦闘機?」
「R戦闘機か」
「いや、違う・・・見た事も無いタイプだ。バイドの新型かも」
「待て、待ってくれ・・・目標、魔力を発しているぞ。何だ、これは?」
崩落跡の最下部に横たわる、白に近い灰色の装甲。
損壊した表層の其処彼処から内部機構を露にし、大量の火花を散らす金属塊。
無惨に折れ飛んだ三角翼が、数十mほど離れた地点で業火を噴き上げている。
形状からして、明らかに戦闘機類に属する機動兵器であると判るも、しかし何処か確信する事を妨げる半有機的な外観。
そして何より異常な点、その戦闘機から膨大な量の魔力が検出されているという事実。
「例の、クラナガンの機体と同類か?」
「何とも言えませんが・・・何だ? 振動して・・・」
更に、異常な点。
灰色の機体が、微かに霞んで見える。
見間違いかとも思われたが、そうでない事はすぐに解った。
落下した構造物の破片が機体に触れるや否や粉砕され、一瞬にして細かな粒子となって消失したのだ。
機体表層部、超高周波振動。
良く見れば、機体下部の構造物も徐々に粉砕が進んでいるのか、機体は少しずつ瓦礫の中へと埋没してゆくではないか。
その光景を目にしたなのはの脳裏に、在り得る筈のない可能性が浮かぶ。
「・・・振動破砕?」
「あれを知っているのか?」
先天的固有技能「振動破砕」。
即ち、なのはにとって嘗ての教え子であるスバル、彼女が有するISである。
四肢末端部から接触対象へと振動波を送り込み、対象内部にて発生する共鳴現象によって目標を破壊するという、実質的に防御不可能とも云える格闘戦特化型ISだ。
それによって為される破壊の様相と、眼下の不明機によって構造物が粉砕される様相。
双方が、余りにも似通っていた。
片や戦闘機人とはいえ魔導師、片や所属不明の戦闘機。
共通点など在ろう筈もないというのに、何故こんな事が思い浮かぶのだろうか。
「ランツクネヒトと地球軍の連中が、スバル達の解析結果を流用して作り上げた機体、とは考えられんかな」
「まさか。こんな短期間の内に?」
「在り得ない事とは思わんけどな。連中の事なら、何をやっても不思議とは思わへんよ。寧ろ・・・」
「足下、退がれ!」
突然の警告。
反射的に後方へ飛ぶと同時、数瞬前まで立っていた床面が、呑み込まれる様にして階下へと消えてゆく。
なのはは驚愕に目を見開きつつ、20mほど後方の地点へと降り立った。
そして、新たな崩落地点を見据える。
奇妙な感覚だった。
崩落の前兆となる振動どころか、崩落の瞬間でさえも衝撃を感じなかったのだ。
宛ら流砂の如き静かさで、床面は下方へと呑み込まれていった。
通常の破壊ならば、断じてあの様には崩れまい。
一体、何が起こったのか。
その疑問に答えたのは、警告を発した者とは別の魔導師だった。
「あの崩落際・・・何なんだ?」
その言葉に、なのはは気付く。
崩落地点周囲の破壊された構造物、その断面が飴細工の様に溶け落ちているのだ。
状況からして高熱による融解かと思われたが、しかしこれといって熱は感じられない。
ならば何故、構造物が溶解しているのか。
其処彼処から白煙の立ち上る崩落跡を見つめつつ、一同は焦燥を含んだ言葉を交わし始める。
「どういう事だ、未知の攻撃か? これも、あの不明機がやったのか」
「あの煙は炎じゃありませんね。もしかすると、酸かも」
「酸か。酸で溶ける様な材質なのか、此処の構造物は?」
「知りませんよ。波動粒子か何かが関係しているのでは?」
なのはは周囲で交わされる言葉を意識の片隅へと捉えつつ、白煙を上げ続ける崩落跡を見据えていた。
何をどうすれば、この様に奇怪な様相の破壊を齎す事ができるというのか。
粉砕とも、消滅とも異なる、溶解という余りにも異常な破壊。
魔導師がこの様な破壊を起こすとは考え難く、よって地球軍かランツクネヒト、或いはバイドが関わる攻撃の結果であろう。
そんな事を思考しつつ、彼女は視線を天井面へと投じる。
其処で漸くなのはは、天井面へと拡がりつつある染みの存在に気付いた。
5mほど前方、不気味に泡立ち始める構造物。
新たな崩落か、と身構える彼女の眼前、天井面が4m程の範囲に亘って溶け落ちる。
そして、その異形は姿を現した。
「え・・・」
衝撃。
穿たれた穴から零れる様に落下したそれは、前方の床面へと叩き付けられた。
溶解した構造物の成れの果てに塗れ、生々しい音と共に構造物から跳ね返る異形。
床面で弾んだ後に静止した落下物を視界へと捉えたなのはは、その余りにおぞましく醜悪な全貌に言葉を失う。
それは、巨大な胎児にも似た存在だった。
母親の胎内、人間としての姿を形作る途上のそれ。
しかし、そうでない事はすぐに解った。
先ず、その異形には四肢が存在しない。
両腕部が存在する筈である箇所からは、抉れた表層部の下より電子機器の集合体らしき金属部位が覗いているのみ。
両脚部も同じく存在せず、下部からは蛇腹状の尾らしき器官が延びていた。
胎児ですらない、発生初期の胚としか形容できぬ異形。
だが、その存在は更に、胚としても在り得ぬ奇形を有していた。
前後へと不自然に伸長した2mは在ろうかという頭部、その至る箇所へと埋め込まれた金属機器。
胚には在る筈のない口腔、無数に並んだ鋭く歪で不揃いな歯。
前側頭部に穿たれた巨大な眼窩、本来は其処に存在していたであろう眼球が消失し、今は黒々とした闇だけが満ちている。
そして何より、眼窩より40cmほど離れた位置に穿たれた貫通痕、20cm程も在るそれが実に6箇所。
止め処なく噴き出し続ける赤黒い血液、脳漿らしき液体に圧され流れ出る肉片。
異形は、既に絶命していた。
済みません、行数を計算しておりませんでした
次のレスより、改めて投下を開始します
ご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありません
お久し振りです
1年振りとなりますが、R-TYPE Λ 第三十三話を投下させて頂きます
それでは、宜しくお願い致します
約15分。
衝突警報の発令、そしてコロニー全体を強烈な衝撃が襲ってから、これまでに経過した時間だ。
警報音が鳴り響き、赤と黄色の回転灯の光に埋め尽くされた、ベストラ内部セクター間連絡通路。
其処を、居住区シェルターより脱したなのはを含む数名の魔導師達は、自身等が発揮し得る最高速度で以って翔けていた。
大型車両での通行を想定して建造されているのであろう通路は、魔導師が飛翔魔法によって高速飛行するに当たり最適な空間である。
構造物が崩落している地点は多々在れど、それらもなのは程の技量を有する空戦魔導師の前には、全く障害たり得なかった。
しかし、物理的障害は存在しないも同然であるとはいえ、彼女達の飛行経路は平穏という表現から程遠い状況である。
『一尉、これは・・・』
『考えるのは後だよ。飛行に集中して』
戸惑う様に発せられた念話に、なのはは鋭く応答した。
彼女の視界には、崩落した構造物の残骸と共に散乱する無数の肉片と、床面から天井面までを赤黒く染め上げる大量の血痕が映り込んでいる。
そして、壁面に穿たれた無数の弾痕、明らかに砲撃魔法によるものと判別できる大規模な破壊痕。
何らかの恐ろしい力学的干渉により無惨にも引き裂かれた、人体であったものの成れの果て。
それら全ての周囲に散乱する、ランツクネヒト装甲服と多種多様な衣服の一部、質量兵器とデバイスの破片。
『しかし、一尉。明らかにこれは、ランツクネヒトと魔導師による交戦の跡です。これまでに確認した痕跡から判断できるだけでも、間違いなく数百人は死んでいる』
『我々が察知し得ぬ内に、ランツクネヒトと被災者の間で大規模な衝突が在った事は間違いない。此処に来るまでランツクネヒトは疎か、魔導師の1人とさえ遭遇しなかった事も異常だ。一体、戦闘要員は何処へ消えたんだ?』
前方から後方へと過ぎる、破損した大量の臓器と骨格が積み重なって形成された、肉塊の小山。
通路上に数多の血流を生み出すそれを明確に視認してしまったなのはは、腹部より込み上げる嘔気を必死に堪える。
周囲の魔力残滓と構造物の損壊状況から推測するに、恐らくは非殺傷設定を解除した近代ベルカ式による攻撃を受けた人間達の成れの果てだろう。
これまでに幾度となく向き合い、時に敵対し、時に教え導き、時に良き戦友であった者達が有する戦闘技術。
敵対すればこの上なく恐ろしく、味方であればこの上なく頼もしい、近代ベルカ式という近接戦闘主体魔法体系。
気高く義に満ちたその技術が、非殺傷設定という制約を解いた、唯それだけの事で目を背けたくなる程に凄惨な殺戮を生み出したというのか。
或いは、あの肉塊は魔導師によって生み出されたものではなく、逆にランツクネヒトが運用する質量兵器群によって殺戮された魔導師達のものなのだろうか。
『きっと、外殻に出ている。衝突警報が出たって事は、要因は外に在るんだもの』
『其処に誰かが居たとして、それは本当に味方なのか? 次元世界の連中ならば未だしも、敵対を選択したランツクネヒトだったら?』
余計な思考を振り払おうとするかの様に発した念話は、更なる疑問によって上塗りされる。
果たして、外殻には誰かが居るのか。
何物かが存在したとして、それはこちらにとって味方か、或いは敵対する者か。
なのはとて最悪の事態、それに遭遇する可能性を考えなかった訳ではない。
外殻に展開する勢力がランツクネヒトであり、彼等がこちらに対し明確に敵対を選択しているとすれば、魔導師達は忽ち質量兵器による弾幕に曝される事となる。
際限が無いと錯覚する程に魔導資質が強化され続けている現状でさえ、ランツクネヒトが有する携行型質量兵器群、そして何よりR戦闘機群は、未だ魔導師にとって絶対的な脅威そのものなのだ。
散弾と榴弾の暴風に呑み込まれる事も、波動砲の砲撃によって跡形も無く消し飛ばされる事も、どちらも御免であった。
しかし現段階では、外殻の様子を知る術が無い。
如何なる理由か、こちらからの指示に対し、システムが全く応答しないのだ。
システムが沈黙した訳でない事は、鳴り響く警告音と明滅する回転灯群の光が証明している。
汚染の可能性も考えはしたが、それを確かめる術すら無かった。
そして如何なる理由か、居住区シェルター内部からの指示ならば、システムは正常に応答するのだ。
この事実が意味するものとは、何か。
『何で、私達はあそこに居たんやろうな』
『・・・はやてちゃん?』
はやてからの念話。
呟く様に放たれたそれに、なのはは問い掛ける様に彼女の名を呼ぶ。
B-1A2によるコロニー襲撃時、はやては自身の左前腕部と共にザフィーラを失った。
その直前にはシャマルまでもが死亡しており、彼女の精神が危うい処まで追い詰められている事は、誰の目にも明らかだったのだ。
だからこそ、なのはは彼女にシェルターへ残るよう言い聞かせた。
この場に残る被災者達を護って欲しいと頼む事で、負傷者であるはやてを可能な限り前線から遠ざけようとしたのだ。
だが、そんななのはの願いは、当のはやてによって拒絶された。
広域殲滅型魔法の行使に特化した自身が、戦線に加わらないという訳にはいかない。
バイド、又は地球軍を相手取るならば、手数は少しでも多い方が良い。
そう主張し、はやてはなのは達と共にシェルターを発った。
リインと融合し、夜天の書を胴部に固定した上で、残された右腕にシュベルトクロイツを携えたその姿。
そんな鬼気迫るはやての様相に、なのはは圧倒されていた。
幽鬼の様な無感動さで戦場へと赴かんとする彼女は、思わず目を背けたくなる程の鬼気と、今にも崩れ落ちそうな危うさに満ちている。
『ヴィータは、シェルターに居らんかった。キャロも、エリオも、セインも』
続いて放たれる念話。
唯、事実のみを続けるその内容に、なのはは疑問を覚えた。
一体、はやては何を謂わんとしているのか。
『魔導師にせよ兵士にせよ、あのシェルター内に居った戦闘要員の数は100名足らずやった。そして、そのほぼ全員に共通する点が在る』
『共通の・・・?』
『皆、ランツクネヒトとの協調体制に肯定的やった』
瞬間、後方のはやてを見やるなのは。
前方認識はレイジングハートに一任している為、障害物へと激突する心配は無い。
彼女の視界の中央には、シュベルトクロイツを携えて宙を翔けるはやての姿。
虚ろな紺碧の双眸がなのはを、或いはその先に存在するであろう何かを、射抜く様に見詰めていた。
なのはの身体を奔る、冷たい感覚。
はやては、続ける。
『この場に居るのは、ランツクネヒトと・・・延いては、第97管理外世界との敵対を選択する事に、否定的な見解を示していた人間ばかりや』
数瞬ばかり、なのはは思考へと沈んだ。
そうして、はやての言葉が正しいものであると気付く。
確かに、この場に存在する面々は協調体制を重視し、被災者達の間に蔓延していた第97管理外世界に対する強硬論について、否定的な立場を取っていた者達だ。
結論に至るまでの経緯は各々に異なってはいるであろうが、第97管理外世界との戦端を開く事が事態の解決に結び付くものではない、との思想は全員に共通している。
だが、それだけでは理解できない点も在った。
『アンタ等はどうなんだ。少なくとも、第97管理外世界に対する強硬論に反対している様には思えなかったが』
1名の魔導師が、なのはが抱いていた疑念そのものを念話として放つ。
はやての推察が正しいのならば、何故なのはと彼女までもが、あのシェルターに「隔離」されていたのか。
当たっていて欲しくはない推測が、なのはの思考を占めてゆく。
だが、はやては無情にその答えを述べた。
『私達が、第97管理外世界の・・・地球の出身者だからやろ』
知らず、唇を噛み締めるなのは。
聞きたくはない言葉、認めたくはない推測。
だが、はやての言葉は続く。
『このベストラで「誰か」が「何か」をしようと企んだ時、私達はソイツ等の目に邪魔な存在として映ったんや。ランツクネヒトと地球軍を肯定的に見ている人間、地球を故郷とする人間・・・だから、あのシェルターに私達を隔離した』
『邪魔っていうのは、どういう意味での事だ。護る為に手間が掛かるという事か、それとも潜在的な脅威となるって事か』
言うな、聞きたくない。
そんな声ならぬ声が、念話として紡ぎ出される事はない。
なのはの意思の外、交わされる念話が無機質に、淡々と事実を浮き彫りにしてゆく。
『前者なら「誰か」はランツクネヒトね。なら、後者は・・・』
『シェルターに居た連中を除く被災者達か。じゃあ「何か」ってのは何なんだ?』
前方、新たな肉塊の集合体。
その周囲に大量の薬莢が散乱している事を確認し、なのはは叫び出しそうになる自身を必死に抑える。
自身達が知り得ぬ間に、このベストラで発生した「何か」。
なのはは既に事態についての推測、その内容に対する確信を得ていた。
だからこそ、自身の後方にて交わされる念話を、何としても遮りたかったのだ。
『この死体の山を見れば解るやろ? 結論を出したんや・・・私達の、知り得ないところで』
轟音が、振動となって肌へと響く。
レイジングハートを強く握り締め、通路の先を睨むなのは。
振動は更に大きくなり、防音結界を突破した騒音が微かに鼓膜を震わせる。
『結局、連中は私達と・・・』
その瞬間、なのはの前方約100m。
構造物の全てが崩落し、床面下へと呑み込まれた。
顔面を襲う、強烈な風圧。
『止まって!』
咄嗟の制止。
危うく崩落地点へと突入する、その寸前で一同の前進が止まった。
唐突に眼前へと現出した惨状に、なのはは唖然と周囲を見回す。
「何が起こったの・・・?」
「おい、あまり近付くな」
崩落跡は、惨憺たる有様だった。
連絡通路に沿う形で数十m、更に両側面方向へと100m以上もの範囲が完全に崩壊していたのだ。
デバイスを用いての走査により破壊の規模は判明したものの、粉塵が周囲を覆い尽くしており、視覚的に崩落箇所の全貌を捉える事ができない。
そして数十秒ほどが経過して、漸く破壊痕を詳細に観察する事が可能となった。
「上は・・・何も見えないな。真っ暗だ」
「何処まで続いているの?」
ベストラは居住型に見受けられる様な、円筒形型の構造を有するコロニーではない。
17層もの層状構造物が重なる様にして構築され、更にそれらの間隙を埋める様にして無数の各種構造物が配されている。
外観的には、巨大な箱型構造物という形容が最も相応しいだろう。
第1層上部より第17層下部まで15.8km、最小規模である第4層の面積が291.6平方km、最大規模である第12層の面積が543.4平方km。
表層部の至る箇所に無尽蔵とも思える数の防衛兵装を配し、各種センサーを始めとする機能構造体が無数に突出した、一見するとデブリの集合体にも見える軍事コロニー。
なのは達の現在位置は、第4層のほぼ中央だ。
第1層上部から現在位置までは、3km前後もの距離が在る筈である。
「外殻から此処まで貫通してる・・・なんて事は、ないよね・・・?」
「だとしたら、その原因なんて考えたくもありませんね」
「おい、あれ!」
何かを見付けたのか、1名の魔導師が声を上げた。
見れば、彼は足下に拡がる空間、崩落した構造物が積み重なる其処を覗き込んでいる。
なのはは彼が指し示す先、其処彼処から白い煙が立ち上り続ける地点の中心へと視線を移した。
そして、それを視界へと捉える。
「・・・戦闘機?」
「R戦闘機か」
「いや、違う・・・見た事も無いタイプだ。バイドの新型かも」
「待て、待ってくれ・・・目標、魔力を発しているぞ。何だ、これは?」
崩落跡の最下部に横たわる、白に近い灰色の装甲。
損壊した表層の其処彼処から内部機構を露にし、大量の火花を散らす金属塊。
無惨に折れ飛んだ三角翼が、数十mほど離れた地点で業火を噴き上げている。
形状からして、明らかに戦闘機類に属する機動兵器であると判るも、しかし何処か確信する事を妨げる半有機的な外観。
そして何より異常な点、その戦闘機から膨大な量の魔力が検出されているという事実。
「例の、クラナガンの機体と同類か?」
「何とも言えませんが・・・何だ? 振動して・・・」
更に、異常な点。
灰色の機体が、微かに霞んで見える。
見間違いかとも思われたが、そうでない事はすぐに解った。
落下した構造物の破片が機体に触れるや否や粉砕され、一瞬にして細かな粒子となって消失したのだ。
機体表層部、超高周波振動。
良く見れば、機体下部の構造物も徐々に粉砕が進んでいるのか、機体は少しずつ瓦礫の中へと埋没してゆくではないか。
その光景を目にしたなのはの脳裏に、在り得る筈のない可能性が浮かぶ。
「・・・振動破砕?」
「あれを知っているのか?」
先天的固有技能「振動破砕」。
即ち、なのはにとって嘗ての教え子であるスバル、彼女が有するISである。
四肢末端部から接触対象へと振動波を送り込み、対象内部にて発生する共鳴現象によって目標を破壊するという、実質的に防御不可能とも云える格闘戦特化型ISだ。
それによって為される破壊の様相と、眼下の不明機によって構造物が粉砕される様相。
双方が、余りにも似通っていた。
片や戦闘機人とはいえ魔導師、片や所属不明の戦闘機。
共通点など在ろう筈もないというのに、何故こんな事が思い浮かぶのだろうか。
「ランツクネヒトと地球軍の連中が、スバル達の解析結果を流用して作り上げた機体、とは考えられんかな」
「まさか。こんな短期間の内に?」
「在り得ない事とは思わんけどな。連中の事なら、何をやっても不思議とは思わへんよ。寧ろ・・・」
「足下、退がれ!」
突然の警告。
反射的に後方へ飛ぶと同時、数瞬前まで立っていた床面が、呑み込まれる様にして階下へと消えてゆく。
なのはは驚愕に目を見開きつつ、20mほど後方の地点へと降り立った。
そして、新たな崩落地点を見据える。
奇妙な感覚だった。
崩落の前兆となる振動どころか、崩落の瞬間でさえも衝撃を感じなかったのだ。
宛ら流砂の如き静かさで、床面は下方へと呑み込まれていった。
通常の破壊ならば、断じてあの様には崩れまい。
一体、何が起こったのか。
その疑問に答えたのは、警告を発した者とは別の魔導師だった。
「あの崩落際・・・何なんだ?」
その言葉に、なのはは気付く。
崩落地点周囲の破壊された構造物、その断面が飴細工の様に溶け落ちているのだ。
状況からして高熱による融解かと思われたが、しかしこれといって熱は感じられない。
ならば何故、構造物が溶解しているのか。
其処彼処から白煙の立ち上る崩落跡を見つめつつ、一同は焦燥を含んだ言葉を交わし始める。
「どういう事だ、未知の攻撃か? これも、あの不明機がやったのか」
「あの煙は炎じゃありませんね。もしかすると、酸かも」
「酸か。酸で溶ける様な材質なのか、此処の構造物は?」
「知りませんよ。波動粒子か何かが関係しているのでは?」
なのはは周囲で交わされる言葉を意識の片隅へと捉えつつ、白煙を上げ続ける崩落跡を見据えていた。
何をどうすれば、この様に奇怪な様相の破壊を齎す事ができるというのか。
粉砕とも、消滅とも異なる、溶解という余りにも異常な破壊。
魔導師がこの様な破壊を起こすとは考え難く、よって地球軍かランツクネヒト、或いはバイドが関わる攻撃の結果であろう。
そんな事を思考しつつ、彼女は視線を天井面へと投じる。
其処で漸くなのはは、天井面へと拡がりつつある染みの存在に気付いた。
5mほど前方、不気味に泡立ち始める構造物。
新たな崩落か、と身構える彼女の眼前、天井面が4m程の範囲に亘って溶け落ちる。
そして、その異形は姿を現した。
「え・・・」
衝撃。
穿たれた穴から零れる様に落下したそれは、前方の床面へと叩き付けられた。
溶解した構造物の成れの果てに塗れ、生々しい音と共に構造物から跳ね返る異形。
床面で弾んだ後に静止した落下物を視界へと捉えたなのはは、その余りにおぞましく醜悪な全貌に言葉を失う。
それは、巨大な胎児にも似た存在だった。
母親の胎内、人間としての姿を形作る途上のそれ。
しかし、そうでない事はすぐに解った。
先ず、その異形には四肢が存在しない。
両腕部が存在する筈である箇所からは、抉れた表層部の下より電子機器の集合体らしき金属部位が覗いているのみ。
両脚部も同じく存在せず、下部からは蛇腹状の尾らしき器官が延びていた。
胎児ですらない、発生初期の胚としか形容できぬ異形。
だが、その存在は更に、胚としても在り得ぬ奇形を有していた。
前後へと不自然に伸長した2mは在ろうかという頭部、その至る箇所へと埋め込まれた金属機器。
胚には在る筈のない口腔、無数に並んだ鋭く歪で不揃いな歯。
前側頭部に穿たれた巨大な眼窩、本来は其処に存在していたであろう眼球が消失し、今は黒々とした闇だけが満ちている。
そして何より、眼窩より40cmほど離れた位置に穿たれた貫通痕、20cm程も在るそれが実に6箇所。
止め処なく噴き出し続ける赤黒い血液、脳漿らしき液体に圧され流れ出る肉片。
異形は、既に絶命していた。
異形の死骸、その余りに凄惨な様相。
なのはは、無意識の内に後退っていた。
彼女が怯んだ要因は、何も視覚的なものばかりではない。
死骸より漂う鼻を突く刺激臭、酢酸臭と死臭を混ぜ合わせたかの様なそれ。
眼窩の奥に泡立つ漆黒の液体、強酸に蝕まれた傷口の様な口腔。
それら全てが生理的嫌悪感を煽り、物理的とすら思える不可視の圧力となってなのはを遠ざける。
しかし直後、それらの嫌悪感はより現実的な脅威となり、なのは達へと襲い掛かった。
「う・・・!?」
知らず、声が漏れる。
死骸が、痙攣を始めていた。
否、痙攣などという生易しいものではない。
宛ら何かに突き動かされているかの様に、四肢の無い胴部を中心として繰り返し床面から跳ねているのだ。
反射的にレイジングハートを構えるなのはの背後で、他の面々が同じく各々のデバイスを構えた事が分かった。
総員が警戒する中、異変は更に進行する。
「ぐ、うっ!?」
「今度は何だ・・・?」
死骸の胸部から、大量の血液が噴き出したのだ。
分厚い肉質を内側から「何か」が突き上げ、腐肉の塊にも似た表層部が裂け始めていた。
死骸の胸部が不自然に膨らむ度に、何かが千切れる異音が周囲へと響く。
そんな事が数度に亘って続いた後、卵が割れる様な音、そして噴き上がる大量の血飛沫と共に、死骸の胸部を喰い破ったそれが遂に姿を現した。
鮮血と肉片を纏い、死骸の内より現れた、それは。
「ッ・・・! 退がってッ!」
死骸のそれをも凌駕する異形、もうひとつの「頭部」だった。
「ひ・・・!」
「あの化け物、寄生されていたのか!?」
「警戒を・・・ッが!?」
直後、死骸より現れた頭部が、鼓膜を破らんばかりの絶叫を上げる。
それは猛獣の咆哮にも似て、しかし同時に女性の金切り声にも似たものだった。
断末魔の悲鳴、或いは赤子の産声とも取れるそれは、頭蓋の内を反響しているかの様になのはの意識を蝕んでゆく。
防音結界など、何ら用を果たしていない。
一瞬でも気を緩めれば即座に意識を奪い兼ねない絶叫が、崩落跡を中心とする一帯を完全に支配していた。
掌で耳部を押さえ、必死に耐えるなのは。
そんな彼女の視界に、こちらへと向けられた異形の頭部が映り込む。
瞬間、全身の血が凍ったかの様な錯覚。
胸部より現れた寄生体の口腔、並んだ歪な歯牙の間から、赤黒い泡が溢れ出している。
吐血しているのか、との思考は一瞬にして掻き消えた。
血泡の量が数瞬の内に膨れ上がり、死骸の周囲を埋め尽くしたのだ。
漆黒の泡は、成長する細胞群の如く爆発的に増殖、瞬く間に周囲の構造物を侵蝕し始める。
異様な刺激臭を放ちつつ、恐るべき速度にて溶解してゆく構造物。
その光景になのはは、崩落の原因は眼前の異形であると悟る。
異形の口腔より溢れ返る血泡は、恐らくは未知の極強酸性液体なのだ。
無数の血泡が弾ける音と共に、異形の口腔を中心として赤黒い塊が膨れ上がる。
前進の血が凍ったかの様な悪寒を覚え、なのはは2歩、3歩と後退さった。
レイジングハートの矛先は、血泡を吐き出し続ける口腔へと向けられている。
彼女には、予感が在った。
異形が何らかの攻撃行動を起こすという、確信めいた予感が在ったのだ。
そして、その予感は直後に的中する。
『起きた・・・化け物が起き上ったぞ!』
死骸が、その体躯を起こしていた。
頭部に穿たれた貫通痕から夥しい量の血液と脳漿を溢しつつ、尾のみを床面へと接した状態で佇んでいる。
否、それは立っているのではない。
何らかの方法、恐らくは重力制御によって、3mは在ろうかという巨躯を浮かばせているのだ。
だが、その現象は明らかに、死骸の意思によって制御されているものではない。
死骸の胸部に宿る、異形の寄生体によって操られているのだと、なのはは確信していた。
寄生体の口腔より溢れ返る血泡が、更にその量を増す。
赤黒い奔流は、今や通路の床面を覆い尽くさんばかりに拡がっていた。
そして数瞬後、血泡に覆われた範囲の床面が、音も無く溶解し崩落する。
反射的に身を強張らせるなのはの眼前で、微かな音と振動のみを残し、床面が跡形も無く消失したのだ。
その下の構造物を含めた何もかも、破片さえも残さずに全てが溶け落ちてしまった。
異様な光景を前に、湧き起こる怖気を抑え込もうと腐心するなのはだったが、新たに視界へと飛び込んできた異変が彼女の意思を挫く。
血泡が、球状に膨脹していた。
口腔より零れ落ちる事なく、その前面に止まり膨れ上がる、赤黒い球体。
注視すると、その球体は赤黒いだけでなく、黄金色にも似た色彩の水泡をも含んでいる。
それが、宛ら魔力集束時に形成される魔力球の様に、異形の口腔前の空間に浮かびつつ膨張しているのだ。
異形が、何をしようとしているのか。
この場に存在する誰もが、恐らくはなのはと同様の結論に至った事だろう。
『逃げて!』
砲撃だ。
『壁を!』
なのはを含めた数人の叫びと念話が、総員の間を翔け抜ける。
咄嗟に放ったショートバスターと、同じく他の面々が放った砲撃が壁面を破壊。
一同が飛翔魔法を発動させ、壁面に穿たれた穴へと飛び込むとほぼ同時、背後の通路を赤黒い奔流が埋め尽くす。
轟音、衝撃、異形の絶叫。
恐怖に抗うかの様に歯を食い縛りつつ、なのははベストラが幾度目かの悪夢に襲われている事を理解する。
飛び込んだ隣接する連絡通路、その薄闇の中に外殻へと続く扉の存在を願うも、視界へと映り込むは延々と続く通路壁面のみ。
背後、何かが蠢く異音。
『追ってきた・・・!』
『構えて! 此処で迎撃するよ!』
崩壊した壁面跡へと振り向き、レイジングハートの矛先を突き付ける。
壁面に穿たれた穴の奥から近付く、排水口が詰まった際にも似た耳障りな異音。
なのはは掌に滲む汗ごと、レイジングハートの柄を固く握り締める。
闇からの脱出口は、未だ見出せなかった。
* * *
4体目の異形、その胸部にストラーダを突き立てた時、エリオはそれを目の当たりにした。
矛先に貫かれた寄生体の頭上、異形の頸部から胸部に掛けて、虫食い痕の様な無数の穴が開いている。
これまでに得た情報から推測するに、恐らくは極強酸性の体液を噴霧する為の器官であろう。
エリオはストラーダを引き抜く為の動作を中断し、即座にサンダーレイジを発動。
瞬間、ストラーダの矛先を中心として、雷の暴風が吹き荒れる。
否、それはもはや暴風などという生易しいものではなく、雷光の爆発と呼称するに相応しいものだった。
時間にすれば、僅か3秒足らず。
巨大な紫電の球体が掻き消えた後、其処にはエリオとストラーダを除き、何物も存在してはいなかった。
『Watch your back』
ストラーダからの警告。
エリオは咄嗟に、矛先を頭上へと向けて魔力噴射を実行する。
ブースターノズルより噴き出す圧縮魔力の奔流、視界の一部を埋め尽くす金色の閃光。
急激な加速により、弾かれた様に頭上方向へと移動するエリオ。
その足下の空間を、背後より飛来した2条の赤い奔流が貫いた。
泡状極強酸性液体による砲撃。
サイドブースター推力偏向、作動。
瞬時に後方へと振り向くエリオ、その視界に映り込む2体の異形。
四肢の無いそれらが、もがく様にして宙空を漂っている。
そして発せられる、聴く者の鼓膜を破壊せんばかりの絶叫。
金切り声と呼称するに相応しいそれを聴くエリオは、何をするでもなく無表情のまま。
彼の視界は既に、異形の背後より振り下ろされる巨大なハンマーヘッドを捉えていた。
直後、異形の1体が風船の如く弾け飛ぶ。
加速された大質量の鉄塊は、対象を吹き飛ばすだけに止まらず、その存在を微塵に打ち砕いたのだ。
大量の血飛沫と肉片とが、無重力の宙空内へと花火の如く拡がってゆく。
残る1体が背後の敵の存在に気付いたか、相も変わらず緩慢な動きで前後を入れ替えんとしていた。
だがそれよりも、ハンマーヘッドが横薙ぎに振るわれる動作の方が、圧倒的に早い。
1体目の異形に続き、2体目もまた鮮血の爆発となって消失する。
遠心力によってハンマーヘッドから振り払われる、大量の血液。
伸長した柄の先、それを振るっているであろう人物までを視界に捉える事なく、エリオは頭上へと視線を移す。
彼の視界に映るは、ベストラ第5層側面、外殻構造物。
表層には数十機の機動兵器が展開し、絶え間なく誘導型質量兵器と長距離砲撃とを放ち続けていた。
それらの攻撃はエリオ達から幾らか離れた空間を突き抜け、彼の足下に拡がる広大な闇の中へと消えてゆく。
その数瞬後、彼方にて無数の閃光が炸裂するのだ。
機動兵器群による長距離迎撃は、順調に機能している。
そして、エリオを始めとする魔導師達の任務は、迎撃を掻い潜って接近してきたバイド体の撃破だ。
『E-11より応援要請。複数のバイド体が外殻に取り付いている』
念話を受けた直後、エリオは金色の閃光と化した。
ブースターノズルより圧縮魔力を噴射、一瞬にして最大推力へ。
推進機関に火の入ったミサイルの如く、緩やかな曲線軌道を描きつつ加速する。
2秒と掛からずに音速を突破したエリオが向かうは、応援要請を発した外殻E-11。
ベストラは完全独立型自己推進機能を有する、超大型の宙間軍事施設である。
通常艦艇とは比べるべくもない鈍足ではあるものの、搭載された102基もの大規模ザイオング慣性制御システムにより、あらゆる空間中に於いて柔軟な機動を実行する事が可能だ。
施設内外に対して偏向重力場を発生させる機能をも有しており、施設中心から80km以内の空間に於ける重力作用は完全制御下となる。
更に、外殻には各種長距離迎撃兵器が無数に設置されており、それらの弾薬についても核弾頭を始めとする各種弾頭が供給されていた。
そして、施設は通常航行時に前方となる側面を北として、東西南北に区画が設定されている。
応援要請を発した部隊の位置は、第11層の西部区画だ。
目標地点到達までの所要時間、約60秒。
サイドブースターの間欠作動により進路を微調節するエリオの視界に、自身の後方より現れた複数の白い影が映り込む。
それらの影は一瞬にしてエリオを追い抜き、輝く青い粒子の尾を引いて彼方へと消えた。
一拍ほど遅れてエリオの全身を襲う、衝撃と轟音。
体勢を崩すという事はなかったが、当初の進路より僅かに軌道が逸れていた。
すぐさま進路を修正し、彼方へと消えた影に思考を巡らせる。
影の正体は、所属不明の機動兵器だ。
殆ど白に近い灰色の装甲に覆われた2機種の戦闘機、ランツクネヒトとの交戦中に突如として出現したそれら。
流石に警戒を解く事こそないものの、エリオ達がそれらを敵ではないと判断するに至るまで、然程に時間は掛からなかった。
戦闘機群は先ず地球軍とランツクネヒトが有するR戦闘機群へと襲い掛かり、圧倒的な物量を背景とする濃密な弾幕、そして魔力素と波動粒子とを用いた砲撃の一斉射によって、波動砲を放つ暇さえ与えずに潰走させたのだ。
恐らくは、ほぼ同時に被災者達がアイギスとウォンロンの制御を奪取した事も影響してはいたのであろうが、R戦闘機が為す術も無く逃亡する様は、俄には信じられない光景であった。
所属不明戦闘機群は更に、ベストラからの脱出を図るランツクネヒトと第88民間旅客輸送船団の艦艇、及び強襲艇群への攻撃を開始。
被災者達に奪取されたウォンロンに対する攻撃を阻止し、更に敵艦および敵機を瞬く間に殲滅して退けた戦闘機群は、その後もベストラ周囲に留まり続ける。
明らかにベストラを守護せんとするそれらの行動に、被災者達は不審を覚えつつも頼らざるを得なかった。
何よりも、蜂起に際して最大の障害となっていたR戦闘機群を排除した事実が在る為、味方であると断ずるには到らないが明確な敵でもない、との認識が被災者達の間に定着している。
更には不明戦闘機群が有する武装の性能が、被災者達が有する如何なる戦力のそれをも凌駕していた事も、判断に大きな影響を齎していた。
数千機の所属不明戦闘機群という、圧倒的な物量による強襲で以って排除された、ランツクネヒト及び地球軍艦艇、そしてR戦闘機群。
ウォンロンの制圧とアイギスの制御権奪取、更にはベストラ内部に於ける第97管理外世界人員の殲滅に成功した事も在り、状況は順調に推移しているかに思われた。
しかし、比較的優位であった状況は、実に呆気なく崩れ去る。
中央管制室に立て篭もっていたランツクネヒト隊員が、最後の抵抗として非常推進系を稼働させた上でシステムをロックしたのだ。
設定された進路は、あろう事かシャフトタワーを通じ、人工天体の更に深部へと向かうものだった。
自身等の敗北を悟ったらしきランツクネヒトは、被災者達をベストラ諸共バイドに喰らわせんと試みたのだ。
無論、被災者達は状況の打開を図った。
システムの再掌握、更にはウォンロンによる推進系の破壊まで、ベストラの航行を止める為にあらゆる手段を模索。
だが、それらの試みは、全て失敗に終わった。
システムの制圧は成らず、全102基ものザイオング慣性制御システムの内21基を破壊したところで、航行に微塵の支障も生じはしなかったのだ。
遂にはシャフトタワー侵入口の破壊による物理的阻止すら試みたものの、衝突の際にベストラが崩壊する可能性が在る為、結局は断念せざるを得なかった。
その後、ベストラは第4層を通過、第4空洞へと侵入。
更に第5・6・7・8・9層を通過した時点で、汚染された機動兵器が徐々にベストラへと群がり始めた。
だが、ベストラの航行阻止に際しては無力であったウォンロン、そして不明戦闘機群がそれらの接近を見落とす筈がない。
敵の大半が全領域対応型機動兵器「CANCER」を中核とした集団であった事もあり、迎撃は比較的容易に進行した。
敵機動兵器群による防衛線突破は成らず、ベストラは脅威を乗り切ったかに思われたのだ。
しかし、第12層通過直後。
シャフトタワー構造物が途絶え、ベストラが広大な空洞内部へと侵入した瞬間に、それは現れた。
彼方より放たれた無数の砲撃、瞬く間に400機前後の不明戦闘機を撃墜したそれら。
即座にウォンロンが反撃を開始し、闇に潜む何者かへと魔導砲撃を撃ち込む。
更に不明戦闘機群の砲撃が放たれ、彼方にて無数の閃光が炸裂した。
強烈な光を背に浮かび上がる、無数の小さな影。
そして、砲撃の合間を縫う様にして、それら影の内1つがベストラへと取り付いた。
四肢の無い胎児、奇怪な形状の頭部。
醜悪という言葉以外に表現する術の無い、おぞましい外観。
悲鳴の様な咆哮と共に極強酸性の体液を撒き散らし、更には胸部に宿した寄生体の口腔から、同じく極強酸性体液による砲撃を放つ異形。
周囲の構造物を溶解させつつ、のたうつかの様に荒れ狂うその異形の姿に、エリオは見覚えが在った。
今は無きリヒトシュタイン05コロニーにて、ランツクネヒトより提示された情報の中に、その存在についての報告が在ったのだ。
「BFL-011 DOBKERADOPS」
22世紀の地球に於いて対バイドミッションが発令された後、地球人類が最初に遭遇したA級バイド。
環境適応力および進化多様性に富み、これまでに14もの変種が確認されている。
無機物を素材として短時間の内に発生した個体も在れば、既に死滅した細胞群を再活性させた上で、腐食したまま活動を再開した死骸そのものの個体も在った。
そして、更には地球軍により撃破された個体の残骸を回収し、蘇生させた上で戦略級機動兵器として重武装化と機動力の付加を施された個体まで存在するという。
なのは達と交戦したという個体、即ち「ZABTOM」だ。
ベストラへと取り付いた個体もまた、大きさこそ3m程度とはいえ、外観の特徴からしてドブケラドプスの一種である事は疑い様が無かった。
施設に残されていた研究記録から、現在はドブケラドプスの幼体であろうと看做されている。
外殻へと取り付いた個体は19、その全ては機動兵器群および外殻へと展開した魔導師達によって、瞬く間に排除された。
しかし、その後も敵性体の飛来が止む事はなく、それどころか飛来数は秒を追う毎に増加し続けている。
必然的に、防衛線を突破し外殻へと到達する個体数も増加し、魔導師達と機動兵器群は休む間も無く戦闘を続行する事となった。
ベストラ外殻に配備された防御兵器群の起動に成功した事で、一時は窮地を脱したかに思われたものの、敵性体の飛来数が更に増加した事で結局は危機的状況が続いている。
不明戦闘機群とウォンロンも凄まじい迎撃戦闘を展開してはいるのだが、しかし全方位より飛来する敵性体群の殲滅には至っていない。
一方で、ベストラ内部では朗報も在った。
施設機能の完全奪取を模索していたチームが、コロニー航行機能の掌握に成功したのだ。
彼等は即座に航行設定を破棄し、ザイオング慣性制御システムを用いてコロニーの減速を開始した。
これ以上、人工天体内部へと進攻する事態を避ける為に。
しかし、その努力も完全に報われた訳ではなかった。
漸く減速を開始した矢先、進行方向上にて網目状に張り巡らされた、巨大有機構造体の壁面が確認されたのだ。
ベストラに搭載されたザイオング慣性制御システムは、大規模施設に搭載されるタイプとしては極めて柔軟かつ、大出力による機動を可能とするものである。
しかし、飽くまで大型艦艇にも及ばぬ機動性であり、当然ながらR戦闘機群のそれとは比較にもならない。
況してや、瞬間的な減速や静止など不可能である。
余りにも巨大な質量より発生する慣性を、瞬時に0へと引き戻す事など出来得る筈もない。
よってベストラは、衝突によって致命的な損傷を受ける速度ではないものの、北部区画より有機構造体へと突入する事態となってしまったのだ。
突入後に判明した事実だが、壁面はニューロン状の巨大有機構造体、腐食した肉塊の如き色のそれが無数に連なって形成されたものであり、更に幾重にも折り重なる様にして分厚い層構造を構築していた。
数十から数百mもの穴が至る箇所に開いてはいるものの、それらの奥には網目状に拡がる有機構造体、そして迫り来る無数のドブケラドプス幼体以外には何も確認する事ができない。
すぐにでも離脱したいところではあったが、しかし信じ難い事に有機構造体は既に外殻へと侵食を始めており、ザイオング慣性制御システムの最大出力を以ってしても引き剥がす事は叶わなかった。
そして、有機構造体は柔軟性と耐久性に富み、膨大なベストラの質量をいとも容易く受け止める程に強靭である。
更には常軌を逸した再生能力を有しているらしく、不明戦闘機群とウォンロンが幾度となく砲撃で以って破壊せんと試みてはいるものの、それらは損傷する端から高速増殖を繰り返しては、数十秒程度で構造体の修復を成し遂げてしまうのだ。
前方へと突破する事もできず、後方へと離脱する事もできず。
ベストラの機動を完全に封じられたまま、被災者達は決死の迎撃戦を展開する事となった。
際限なく押し寄せる敵性体の群れを前に、徐々に沈黙してゆく防御兵器群。
魔導師を始めとする人員の被害も、既に40名を超えた。
このままでは徒に戦力を消耗するばかりであり、何らかの方法で状況を打開せねば生存は望めないだろう。
しかし現状では、有効な打開策を見出すに至っていない。
『E-11、バイド体の殲滅を完了した。不明戦闘機群による攻撃だ』
『第1層上部外殻中央付近、敵性体と不明戦闘機が施設内部に突っ込んだ。約200秒前だ。仕留め損ねたのかもしれん』
状況の変化を伝える念話を受け、エリオはE-11へと向かう進路を変更、第1層を目指す。
現在位置から最大速度で向かえば、40秒程度で不明戦闘機の突入地点へと到達できるだろう。
ストラーダの矛先を足下へと向け圧縮魔力を噴射、再加速。
弓形の軌道を描き、金色の魔力残滓による軌跡を曳きつつ空間を引き裂くエリオ。
そして、第1層へと到達するや否や身体の上下を反転させ、足下を外殻へと向ける。
ストラーダを介し、不明機体突入地点を視界へと拡大表示。
第1層上部外殻中央付近、直径20mを超える歪な形状の穴が穿たれている。
不明戦闘機は高速かつ、何らかの方法で構造物を破壊しつつ突入したのだろう。
穴の縁は工作用機械で以って切り取られたかの如く、不自然なまでに整然としていた。
突入した不明戦闘機とは恐らく、特殊突撃機能を備えたタイプなのだろう。
三角翼と鋭利な針にも似た砲身を備えたその機体が高速で敵性体へと突撃し、体当たりで以って目標を完膚なきまでに粉砕する様子が、これまでに幾度となく確認されている。
その映像を確認した技術者達による解析結果は、機体表層部を高速振動させる事により攻撃対象の構成材質を分解しつつ破壊しているのであろう、との事であった。
そして、その報告こそがエリオに、とある確信を抱かせるに至ったのだ。
あれは、あの不明戦闘機群は、スバル達だ。
彼女達は見付けたのだ。
自身本来の肉体を奪われ、R戦闘機という歪な戦略級戦闘特化個体へと変貌させられながら、バイドと地球軍を打倒する術を見出したのだ。
不明戦闘機群を建造した存在とはバイドでも地球人でもなく、双方が有する技術を吸収したスバル達である可能性が高い。
突撃時に観測される機体表層部の高速振動は、恐らくはスバルのISである振動破砕を応用した技術であろう。
そして、不明戦闘機群の砲撃は波動粒子のみならず、それ以上に大量の超高密度圧縮魔力を用い放たれている。
間違いない。
彼女達は遂に、次元世界が生存する為の糸口を掴んだのだ。
『管制室よりライトニング01、現在位置を知らせよ』
『ライトニング01より管制室。現在位置、第1層上部外殻。不明機体突入地点へと向かっている』
『ライトニング、其処に魔導師の一団が居ないか? 厄介な連中が迷い出たかもしれん』
管制室からの念話。
エリオは突入地点の周囲に、複数の人影を認める。
不明戦闘機の突入跡から次々に現れ、20名前後にまで数を増すそれら。
魔導師だ。
『・・・確認した。第2シェルターの人員だ』
集団の中になのはとはやての姿を認め、居住区シェルターに隔離されていた一団が現状を認識したのだ、と判断するエリオ。
接近する彼に気付いたのだろう、集団の中の1名がこちらを指し、何事かを叫んでいる。
エリオはストラーダの矛先を後方へと向け、メインノズルより圧縮魔力を噴射。
自身の全身運動に急制動を掛け、集団から50m程の距離を置いて宙空に静止する。
『エリオ、聞こえてる? これはどういう事、何が起こっているの?』
『あの化け物と戦闘機は何だ? バイドの襲撃を受けているのか!』
『下に在った死体の山は、あれは何や! エリオ、答えんか!』
自身へと向けて放たれる複数の念話、その悉くを無視しつつ眼下の集団を見下ろすエリオ。
質問に答える暇も、状況を説明するだけの猶予も無い。
何より、説明を行ったとして、彼等がそれを受け入れるという確証すらも無い。
最悪、地球人に対する殲滅を実行したこちらに反発し、敵対を選択する事も在り得る。
此処は彼等からの呼び掛けを無視し、敢えて何も知らせぬまま敵性体との戦闘に引き摺り込む事が、最も望ましい展開だろう。
『エリオ!』
『エリオ、答えて! 聞こえているんでしょう!?』
眼下の一団から視線を外し、エリオはストラーダを介して周辺域に対する索敵を行う。
ドブケラドプス幼体は極強酸性体液による砲撃こそ脅威ではあるものの、それを除けば霧状体液の散布以外には、取り立てて見るべき攻撃手段を有してはいなかった。
不用意に接近すれば、噛み付かれるか尾に打たれる事も在り得るのであろうが、当然ながら無意味にそんな事を実行する者は居ない。
精々、エリオを含むベルカ式魔導師が、近接攻撃を繰り出す為に接近する程度のものだ。
そして、彼等が標的への接近に成功したのであれば、既に戦闘の趨勢は決している。
幼体は満足な迎撃も反撃も行えぬまま、アームドデバイスによる一撃を受けて絶命するのだ。
形勢は未だ予断を許さないものの、幼体に対する攻略法は既に確立しつつあった。
周囲に敵性体が存在しない事を確認し、エリオは再び眼下へと視線を落とす。
飛翔魔法を発動したなのは達が、すぐ其処にまで迫っていた。
その場より離脱すべく、エリオは幾度目かの魔力噴射を実行せんとする。
直前、管制室より念話が飛び込んだ。
『管制室より総員、緊急! 新たな敵性体と思しき複数の反応が接近中、北部区画外殻到達まで80秒!』
エリオは咄嗟に、ストラーダの矛先を北部区画の方角へと向け、メインノズルより圧縮魔力の爆発を推進力として解放。
驚愕の表情を浮かべるなのは達を置き去りにし、瞬時に音速を超え北部区画を目指す。
そんな彼の視界へと、ストラーダを介して表示される映像。
其処には、網目状に拡がる有機構造体の間を縫う様にしてベストラへと迫り来る、巨大な異形の全貌が映し出されていた。
未知の敵性体、全長200m前後の多関節生物型。
長大な体躯先端および尾部に、頭部らしき部位が存在している。
左右へと鋏状に位置する巨大な牙、上下に位置する複眼らしき一対の巨大な器官。
体躯側面には極端に小さな、多足類の脚にも似た器官が無数に並んでおり、その数は優に1000を超えるだろう。
蛇の如く身体を捩りつつ宙空を進むそれは、しかし然程に高速ではないらしい。
『バルトロより管制室、敵性体の排除に向かう』
『管制室よりバルトロ、攻撃は不許可。目標の詳細不明につき、接近を禁ずる。総員、現在位置にて待機せよ』
管制室からの指示。
妥当な判断だと、エリオは内心にて納得する。
バイド生命体の異常性には、これまでにも幾度となく辛酸を舐めさせられてきた。
確固たる対策も無いまま迂闊に手を出せば、こちらが多大な犠牲を払う事となる。
先ずは敵性体の特性を見極め、それを熟知してから反撃に臨むのだ。
約30秒後、第1層上部外殻北端付近へと到達するエリオ。
彼の視界には既に、網目状有機構造体の奥より接近する、複数の敵性体の全貌が映り込んでいた。
個体毎に大きさが異なるのか、全長30m程度の個体も在れば、優に400mを超える個体も存在している。
2箇所に位置する頭部の内1つをこちらへと向け、徐々にベストラへと接近してくるそれら。
自己保存など微塵も考慮していない突撃、施設への体当たりによる突入か。
『目標、体当たりを仕掛けてくる模様。遠距離攻撃手段を用いる様子は無い』
『接触時に特殊な攻撃手段を用いる可能性も在る。外殻への接触を待ち、攻撃行動を観察せよ』
周囲に現れる、複数の魔導師の姿。
後方を見やれば、其処には1km程の距離を置き、魔導師と機動兵器が続々と集結を始めている。
今頃は第17層下部外殻北端、そして東部および西部区画外殻にも、同様に魔導師と機動兵器が集結している事だろう。
更には、無数の白い影が周囲の空間を飛び交っている。
不明戦闘機群もまた、有機構造体の周囲へと集結しているのだ。
準備が整った事を確認し、エリオは前方へと視線を戻す。
敵性体は、数秒で外殻へと到達する位置にまで迫っていた。
『目標、接触!』
敵性体群の一部が、有機構造体に面した北部区画外殻へと喰らい付く。
僅かに遅れて届く、衝撃と振動。
上部外殻末端部はエリオの足下から緩やかな斜面となっており、其処彼処に各種センサー群を始めとする構造物が存在していた。
現在、迎撃機構は意図的に停止されており、兵器群は外殻内部へと収納されている。
それらは敵性体に対する情報収集が完了した後に展開され、一斉砲火による弾幕を浴びせ掛ける事だろう。
外殻装甲および封鎖されたハッチ等の上、数十体の異形が牙を突き立てている。
膨大な質量を活かした突撃は、しかし外殻を突破するには至らなかったらしい。
無数の鋭い脚による攻撃も、僅かに装甲を傷付ける程度だ。
予想外の光景に我知らず眉を顰めるエリオ、交わされる念話。
『何をやっている?』
『外殻装甲を突破できなかったんだろう・・・多分。こいつら、失敗作か?』
『こちら管制室。目標に特異な変化は見られるか』
『管制室、見ている通りです。連中、這いずり回るだけで特に何もしてこない。攻撃しますか?』
即答は無い。
管制室にしても、判断を下し難い状況なのだろう。
事実、エリオ個人の思考としても、眼前の光景は理解し難いものが在った。
これまでに遭遇してきたバイド生命体は、外観こそ醜悪なだけの歪な存在であったものの、一方で単一機能面を徹底的に突き詰めた非常に合理的な脅威でもあったのだ。
スプールスにて交戦した生命体群を例に挙げれば、攻撃を受ける事によって体内に存在する無数の寄生体を散布し、それらの物量で以って周囲の生命体群を圧倒し汚染するといった具合である。
よって、眼前にて外殻上を這い回る敵性体についても、何らかの特性を有していると思われた。
しかし、その特性が発現する様子、それが無い。
無様に外殻へと張り付き、牙と脚を忙しなく動かすだけのそれらは、とてもではないが脅威であるとは思えなかった。
『外殻に重大な損害は確認されない。目標、低脅威度と認識。距離を置き、長距離砲撃にて攻撃を実行せよ。管制室より総員、攻撃を許可する』
管制室、攻撃許可。
エリオの左右、砲撃魔導師達が自身等のデバイスを構える。
甲高い異音と共に集束する魔力素、魔法陣の中心へと形成され肥大してゆく魔力球。
様々な色の光球が膨れ上がる様を暫し見つめ、エリオは眼下の敵性体群へと視線を戻す。
相変わらず単なる蟲の様に這い回るそれらは、こちらへと接近するでもなく外殻への攻撃、意味の無いその行動を継続していた。
『・・・呑気な奴等だ』
エリオの右隣、念話にて呟きながらも照準を定める砲撃魔導師。
彼が手にしているデバイスの先端では、白色の光球が破裂せんばかりに膨れ上がっている。
視界の殆どが複数色の閃光に染め上げられる中、エリオの意識に攻撃の引き金となる言葉が木霊した。
『撃て!』
閃光。
衝撃と轟音が壁となって襲い掛かり、左右からエリオを圧迫。
思わず細めた目、狭められた視界の中で、胴部中央に砲撃の直撃を受けた敵性体が、体躯を半ばから切断される。
直後、砲撃そのものが分散炸裂し、無数の魔力爆発が外殻上を覆い尽くした。
外殻そのものを破壊せぬよう、貫通力に特化した砲撃魔法ではなく、範囲殲滅型のそれを選択したのだ。
数秒ほど爆発が続き、それらが発する閃光と轟音が掻き消えた後には、光り輝く魔力残滓のカーテンのみが残されていた。
業火の如く立ち上るそれらはエリオの視界を覆い尽くし、その先に拡がる光景を完全に遮断している。
だが、これ程の規模での一斉砲撃を受け、その上で敵性体が生存しているとは考え難い。
暫し無言のまま、眼前の光景を睨み据えていたエリオであったが、やがて緊張を解くと息を吐く。
『反応消失・・・敵性体は全滅だ。皆、良くやってくれた』
周囲の砲撃魔導師達が、大きく息を吐いた。
彼等もまた、緊張に曝されていたのだ。
構えていたデバイスの矛先を下ろし、周囲を見渡す。
幾ら索敵を実行しても、生存している敵性体を発見する事はできなかった。
僅かな痕跡すら残さず、消滅してしまったのだろう。
『管制室より総員、所定防衛地点に戻れ。北部区画外壁への配置については追って連絡する』
『第2シェルターの連中はどうする?』
自身の意識へと飛び込んだ問いに、エリオは後方の一団に紛れ込んだ、嘗ての上官達を見やる。
断片的にではあるが、状況を理解し始めているのだろう。
彼等は、困惑と猜疑の滲む表情を浮かべ、周囲を見回していた。
管制室は、其処に居るキャロ達は、如何なる対処を取るのか。
『管制室より総員、連中には手を出すな。状況説明も不要だ。ウルスラ、彼等をW-01物資搬入口へ誘導せよ』
『始末するのか? 今なら格好の状況だが・・・』
『いや、こちらから部隊を向かわせる。説得は彼等が行うそうだ』
説得とは何とも可笑しな話だと、なのは達を見据えつつエリオは思う。
その様な生易しい状況でない事は、誰の目にも明らかである。
デバイスの矛先と質量兵器の銃口、そして迎撃兵装の砲口を突き付けて行う状況説明を説得などとは、平時であれば口が裂けても言えはしまい。
だが今は、それが必要とされる状況なのだ。
『ライトニング01より管制室、S-04に・・・』
『管制室よりライトニング01、W-02へ向かえ。不測の事態に備え、指定地点にて待機せよ』
『・・・了解』
自身の所定防衛地点に戻ろうとするエリオへと、新たな指令が下される。
どうやら管制室は彼を、なのは達に対する説得時の保険として配備する心算らしい。
魔導資質強化の結果、現時点でエリオはオーバーSランクに匹敵する魔力保有量、瞬間最大出力、変換効率を備えるまでに至っている。
とはいえ、元々がオーバーSランクである上、極めて強力な砲撃魔法を有する魔導師が2名以上、それらを同時に相手取るのだ。
果たして、近代ベルカ式を用いる自身の戦術が、何処まで通じるものか。
冷静に思考しつつ現在位置を離れんとするエリオだが、すぐに動作を中断し有機構造体の方角を見やる。
危機的状況は、未だ過ぎ去ってはいないらしい。
『管制室より総員、警告! 新たな敵集団が接近中、警戒せよ!』
有機構造体の遥か奥、視界へと拡大表示される蠢く影。
また、あの敵性体だ。
多足類そのものの体躯を波打たせ、徐々にこちらへと接近してくる。
視認可能総数、約30体。
『またか。管制室、敵性体総数は?』
『総数183体。余り多くはないな、各地点に於いて多くても30体前後の計算だ』
『迎撃する』
『いや、こちらで高出力光学兵器による狙撃を行う。総員、現在位置にて待機せよ』
外殻各所にて、警告灯の黄色の光が明滅を始める。
開放されてゆくハッチ、迫り出す迎撃兵器群。
一見するとミサイルコンテナの様にも思える形状のそれらは、複数種の大出力光学発振機を内蔵している。
砲口となる前部装甲板上に照射用の力場を形成する事により、脆弱な内部機構を外部へと曝す事なく砲撃を可能とした超長距離狙撃型純粋光学兵器群。
そして数瞬後、有機構造体の方角へと向けられた兵器群の力場形成面に、微かな光が灯った。
超高出力光学兵器の砲撃は、余りにも強烈かつ一瞬である。
砲撃が実行された、その瞬間には焦点温度1400000Kの光条が目標を貫いているのだ。
砲撃対象は疎か、距離を置いて観測する第三者であっても、光条そのものを視認する事は不可能に近い。
攻撃照準波を検出する、或いは予測回避を実行する等の対策は存在するものの、実質的に完全な回避を確約する手段は存在しないのだ。
尤も、目標装甲素材の耐熱限界値が焦点温度を上回っていた事例、各種障壁からの干渉により光条が拡散してしまう欠点などが存在する為、今や純粋光学兵器の殆どは主力兵器の座から転落している。
事実、このベストラ外殻に配置された迎撃兵器群の主力は、純粋光学兵器ではなく電磁投射砲だ。
純粋光学兵器群が有する問題としては、アンチレーザー・コーティングが施されている目標に対しては殆ど無力、空間歪曲を用いた防御手段に対しては全く為す術が無いという点が挙げられる。
発振または集束時の触媒に波動粒子を用いる事で各種干渉手段の突破は可能となるものの、そんな対策を取るよりは初めから波動兵器を用いた方が効率も良い。
更に付け加えるならば、光学兵器による攻撃に波動粒子を付加するよりも、実体弾頭に対してそれを実行する方が遥かに容易かつ実用的である。
例外として、フォースを介しての出力増幅を用いるR戦闘機群が存在するが、あれらが実装する光学兵器は他のそれらとは根本的に異なる代物だ。
光としての性質そのものが変容する程の波動粒子を内包した光条と、通常の純粋光学兵器群より照射される光条が同一のものである筈がない。
ほぼ回避不能という攻撃能力を有しながらも複数の対策が存在し、それらを実装している目標に対しては徹底的に無力となってしまう兵器群。
それが、純粋光学兵器群だった。
だが、今回の様な有機敵性体に対しては、絶大な威力を発揮する事だろう。
『射線上からの人員離脱を確認。砲撃まで5秒』
背後に出現した砲台を一瞥した後、彼方の敵性体群を見据えるエリオ。
それらがベストラへと到達するまで、あと15秒というところだろうか。
どうやら、先程よりは速力を増しているらしい。
迫り繰るそれらが蒸発する様を観測せんと、エリオが微かに目を細めて。
『照射』
瞬間、後方へと弾き飛ばされた。
「ッ・・・!?」
肺より圧し出される空気、瞬間的に麻痺する感覚。
直後、更なる衝撃。
視界が赤く染まり、全身が激しく打ち付けられる。
四肢を引き裂かんばかりの強大な力、エリオの身体を翻弄するそれ。
数瞬か、或いは数秒か。
2度に亘り襲い掛かった衝撃を経て、エリオは漸く自身が静止した事を認識した。
視覚が、聴覚が機能していない。
身体の何処かしらを動かす事もできず、声を発する事すらできない。
唯、痛覚だけは徐々に回復していた。
全身を襲う、痺れにも似たそれ。
漸く回復した感覚に従い、エリオは身体を動かそうと試みる。
瞬間、全身を奔る激痛。
「ッぎ・・・!」
零れる呻き。
自身の声を認識した事で、エリオは聴覚の機能が回復した事を知る。
視界が閉ざされているのは、瞼を閉じている為だろう。
顔面の筋肉を引き攣らせつつ、エリオは閉ざされていた瞼を徐々に見開いた。
先ず、視界へと映り込んだものは、赤黒い液体。
視界の殆どを埋め尽くす、血溜まりだった。
何処からか溢れ返る血液は、黒に近い鈍色の構造物上にて不気味に波打っている。
自身が外殻上に、うつ伏せの状態で張り付いている事を、エリオは漸く理解した。
そして、身体の右側面に感じる、冷たく硬質な金属の感触。
外殻上に突出した、何らかの構造物か。
恐らくは、衝撃によって弾き飛ばされ外殻装甲へと打ち付けられた後、宙空へと放り出される途中で突出した構造物に衝突し、それが幸いして外殻上に留まる事ができたのであろう。
「ぐ、うッ!?」
外殻に手を突き、軽く力を込めるエリオ。
僅かな力ではあったが、低重力下ではそれで十分だった。
反動で身体を浮き上がらせると同時に、球状となった血液が周囲へと拡散する。
右手に、金属の感触。
視線を右手へと落とせば、其処にはストラーダの柄が確りと握り締められていた。
どうやら、衝撃に翻弄されながらも、自身のデバイスを手放す事態は避けられたらしい。
その事実に僅かな安堵を覚えつつ、エリオは周囲へと視線を巡らせる。
そして、絶句した。
「何だ・・・」
外殻が、抉れている。
否、抉れている等という、生易しい程度の破壊ではない。
外殻が、完全に崩壊していた。
クレーターに酷似した巨大な穴が其処彼処に穿たれ、それら全てから異様な白煙と、破壊された構造物の残骸が噴き上がっている。
視界を巡らせるも、人影は無い。
全員が退避したのか、或いは吹き飛んだのか。
周囲の空間は漂う無数の残骸に埋め尽くされており、それらの中を飛行できる状態ではない。
人間の頭部ほどの大きさも在るそれらは明らかに、飛翔魔法発動時に展開する障壁程度で弾ける代物ではなかった。
無論、それはエリオにとっても同様であり、現状ではストラーダによる高速移動など望むべくも無い。
そんな真似を実行に移せば、彼の身体は瞬く間に挽肉となる事だろう。
「くそ・・・!」
何が起きたのか。
全身を襲う激痛に呻きつつ、思考を加速させるエリオ。
新たに出現した敵性体について脅威度は低いとの判断が下された事、管制室により超長距離狙撃型純粋光学兵器群を用いての砲撃が実行された事は覚えている。
だが、其処までだ。
その後に何が起こったのか、全く理解できないのだ。
砲撃の瞬間、彼の身体は一切の前兆もなく、唐突に吹き飛ばされていた。
その事象が、強烈な衝撃波によって引き起こされたものであるとは理解しているが、では何処からそれが発生したのかが解らない。
何らかの攻撃が外殻に着弾したのか、或いは光学兵器群の異常か。
エリオは咳込みながらも、ストラーダのノズルより微弱な魔力噴射を行い、外殻へと降り立つ。
構造物表層から僅か2mの作用域とはいえ、外殻上には0.2Gの人工重力が存在していた。
エリオの脚部に掛かる荷重は、通常の20%程度。
しかし、明らかな重傷を負っている彼の身体にとっては、その程度の荷重でさえ危険なものであった。
「ぐ、あ!」
接地の瞬間、自重に耐え切れずによろめく身体を、咄嗟に突き出したストラーダの柄を杖とする事で支えるエリオ。
荒い呼吸を繰り返す彼の頭上を、衝撃波を撒き散らしながら通過する存在。
何とか持ち上げた視線の先、闇の奥へと消えゆく複数の白い影。
不明戦闘機群だ。
少なくとも数機は、先程の状況を掻い潜る事に成功していたらしい。
その光景を認識し安堵の息を漏らすと同時、エリオの意識へと飛び込む念話。
『・・・応答を・・・聴こえるか・・・誰か・・・』
「・・・管制室か?」
『被害状況・・・駄目だ、応答が無い・・・呼び掛けを・・・』
「こちら、ライトニング01・・・管制室、聴こえるか?」
『・・・応答せよ・・・状況不明・・・』
応答せよとの言葉、こちらからの呼び掛けに対する無反応。
エリオは、管制室が外殻の状況を把握していないと判断する。
先程の衝撃、恐らくは爆発によるそれが発生した際に、外部観測機器の殆どが沈黙したのだろう。
他方面の外殻でも、同様の事態が発生しているのだろうか。
「誰か、誰か居ないのか? 聴こえるなら応答を・・・」
エリオは自身の傍らへとウィンドウを展開し、音声にて全方位通信を試みる。
受信の確立を少しでも高める為、念話ではなくこちらを選択したのだ。
だが、ウィンドウ上に表示されるはノイズのみであり、音声に関しても正常に接続される様子は無い。
当然ながら、未だ呼び掛けを続ける管制室が、エリオからの通信に気付く様子も無かった。
回線は、受信のみが辛うじて機能している。
エリオは震える手で暫しウィンドウを操作し、やがて諦観と共にそれを閉じた。
管制室からは、変わらず呼び掛けが続いている。
恐らく彼等は、外殻の人員が全滅したのでは、との危惧を抱いているのだろう。
こちらの存在を知らせる術が無い以上、このまま現在位置に留まる事に意味は無い。
軽く外殻を蹴り、身体を浮かばせ重力作用域を脱した、その直後。
『撃つな!』
突如として意識へと飛び込んだ全方位通信に、全身を強張らせるエリオ。
知らず、彼は周囲を見回す。
人影は無い。
他方面の外殻より発せられたものか。
『攻撃中止! 攻撃中止だ! 総員、撃つな!』
再び飛び込む、全方位通信。
殆ど絶叫と化したその様相に、エリオは再び身体を強張らせる。
様子がおかしい。
攻撃を中止せよとの指示は、如何なる理由により発せられたものか。
恐らくは繋がるまいと思考しつつも、エリオは状況確認の為に呼び掛けを試みる。
「こちらライトニング01、応答を・・・」
『撃つなと言ってるんだ、撃つな! あれは生体機雷だ!』
唐突に意識中へと飛び込んだ聞き慣れない名称に、エリオは続く自身の言葉を呑み込んだ。
生体機雷。
言葉通り、生体組織を用いて形成された、炸裂式の範囲制圧兵器なのであろうか。
彼の思考に浮かぶ疑問を余所に、通信は続く。
『W-12、サルトンより警告! 敵性体、有機質機雷としての性質を有している! 起爆条件は頭部に対する攻撃だ!』
通信越しに放たれる、緊迫した叫び。
エリオは反射的に、そして無意識に周囲へと視線を巡らせている。
敵性体、視認できず。
『まるで地雷だ! 1発でも頭部に着弾すると、次の瞬間には体節が砲弾みたいに突っ込んでくる! 速過ぎて視認も回避もできない!』
「・・・畜生」
悪態を吐くエリオ。
彼方を睨む彼の視線の先に、複数の長大な影が蠢いていた。
先程の敵性体が群れを成し、三度ベストラへと接近しているのだ。
『射撃および単純砲撃による攻撃は避けろ! 範囲殲滅型魔法か、空間制圧型兵器による攻撃で消滅させるんだ! 体節の1つでも残ったら、それが突っ込んできて爆発するぞ!』
敵性体群、加速。
同時に、エリオの遥か頭上を翔け抜ける幾つかの光条、白亜の光を放つ砲撃魔法。
それらは高速にて敵性体群へと突入し、直後に閃光を放ち炸裂した。
無数の魔力爆発が連なり、空間を埋め尽くしてゆく。
恐らくは、古代ベルカ式直射型砲撃魔法、フレースヴェルグ。
少なくとも、はやては無事であったらしい。
かなり後方まで吹き飛ばされた様だが、直射型砲撃を放てる程度には健在なのだろう。
「流石・・・」
無数の白亜の爆発、瞬く間に視界を埋め尽くしたそれに、エリオは微かに声を漏らす。
はやても、先程の警告を受信していたのだろう。
その内容を直ちに理解し、範囲殲滅型砲撃魔法を放ったのだ。
指揮官という立場上、前線に出る事は稀である筈の彼女ではあるが、咄嗟の状況認識力と判断力は突出しているらしい。
しかし残念ながら、敵性体の殲滅には至らなかった様だ。
消えゆく魔力爆発、その先より迫り来る数十体の影。
「くそッ!」
悪態をひとつ、エリオはストラーダより魔力噴射を実行。
軋む身体を無視し、瞬時に200mほど上昇する。
眼下を見回すものの、周囲に他の人員は見当たらない。
遥か彼方で閃光が瞬いているが、あれらは不明機体群が敵性体との戦闘を行っているものであろう。
後方から砲撃が放たれる様子も無い。
はやてが砲撃を連射できる訳ではない事はエリオも承知しているが、なのはは何をしているのだろうか。
もしや、戦闘への復帰が不可能な程に負傷しているのか。
圧縮魔力再噴射、敵性体群へと向け加速を開始。
比較的小型の1体に狙いを定め、軌道修正と共に更に加速。
迫り来る異形の頭部、不気味に光を照り返す巨大な牙と複眼。
左右に開閉を繰り返す異形の顎部を見据えつつ、エリオは思考する。
頭部への攻撃は、致命的な反撃を誘発してしまう。
極めて強力な範囲殲滅型の攻撃で以って、跡形も無く消滅させてしまえば問題は無いが、自身はそれに分類される長距離攻撃手段を有していない。
しかし、後方から新たな戦術級砲撃が飛来する様子は無く、周囲に他の人員の存在を見出す事もできない。
不明戦闘機群は遠方にて大規模な戦闘を展開しており、こちらに対する支援は望むべくもないだろう。
だが、それでも眼前の敵性体群、それらとの交戦を回避する事はできない。
施設外殻は先程の爆発によって既に、其処彼処に巨大な穴が穿たれている。
それらの内の幾つかは、施設内部の大規模アクセスラインにまで達している事だろう。
其処に敵性体が侵入すれば、どれ程の被害が発生するであろうか。
間違い無く、凄惨な事態となるだろう。
仮に、敵性体の侵入後に施設内の戦闘要員が迎撃に当たったとして、攻撃が敵性体の頭部へと直撃してしまえば、更に凄惨な被害が齎される事となる。
最悪の事態を回避する為にも、自身が此処で敵性体群を排除せねばならない。
策と呼べる程のものですらないが、考えは在った。
頭部への攻撃が起爆の条件であるのならば、胴部へのそれはどうか。
1箇所を切断した程度で、バイド生命体が活動を停止する等という甘い思考は有していないが、ならば絶命するまで斬り刻むまでだ。
胴部の切断が起爆の条件を満たしてしまう虞は在るが、眼下の外殻上に人影が認められない以上、大して問題は在るまい。
精々、自身が消し飛ぶ程度のものだろう。
ブースター、出力最大。
メインノズル、最大推力へ。
対空気抵抗・対衝撃魔力障壁、展開。
あらゆる感覚が研ぎ澄まされ、急激に引き延ばされる体感時間。
加速する思考の中、エリオは改めて敵性体の胴部中央に狙いを定める。
「着弾」まで、1秒。
「・・・ッ!」
衝撃。
視界を埋め尽くすまでに接近した敵性体の体表面が、紫電を纏ったストラーダの矛先によって穿たれる。
異形の強固な体組織を瞬時に気化させ、分解してゆく鋼の牙。
瞬間、最大出力での放電。
リンカーコアの強化に伴い、劇的に増大した魔力容量および瞬間最大出力、機械の如く精密化した制御能力および変換効率。
それら全ての機能を限界まで発現させ、発生した膨大な電力を破壊槌と成し、敵性体へと打ち込む。
メインノズルより噴出する圧縮魔力は業火を発し、更に高圧の電流を帯びる破壊的な奔流と化していた。
エリオに纏い付くそれは周囲のあらゆる存在を瞬時に焼き尽くし、更に超高速機動に伴い発生する衝撃波が全てを粉砕する。
今やエリオは、標的へと向け飛翔するミサイルそのものであった。
防音障壁により無音となった意識の中、視界を遮る存在が消滅してなお、エリオが速度を緩める事はない。
急激な軌道修正を行い、魔力残滓による放物線状の軌跡を描きつつ、次なる標的へと向かう。
全身の負傷など、既に意識外へと追い遣られていた。
エリオの思考を埋め尽くすは、敵性体の排除という目的のみ。
業火と紫電を撒き散らし、往く手を阻むもの全てを滅ぼす、金色の魔弾。
巨大なバイド生命体でさえ、その進攻を止める事は叶わない。
全長数十mにも達する異形の体躯、それらの中央部を次々に貫き、蒸発させてゆくエリオ。
時に弧を描き、時に稲妻の如く折れ曲がる軌跡。
荒れ狂う雷撃による無慈悲な蹂躙が終焉を告げたのは、敵性体の全てが体躯を分断された直後の事であった。
「・・・ッく!」
ストラーダの矛先を進行方向の逆へと向け、メインノズルより圧縮魔力の噴射を行うエリオ。
急激な減速と共に、彼の全身を覆っていた魔力の暴風、業火と紫電によって形成されていたそれが、凄まじい衝撃波と化して拡散する。
膨大な量の圧縮魔力、極限まで凝縮されていたそれが一瞬にして開放され、炸裂したのだ。
エリオを中心として巻き起こる、巨大な魔力の爆発。
周囲に浮かぶ構造物、或いは敵性体の残骸が残らず消し飛び、後には高熱に揺らぐ大気のみが残された。
虚無と化した空間の中心、エリオは荒い呼吸を繰り返す。
手応えは在った。
ストラーダは確実に敵性体を穿ち、その体躯の一部を消滅せしめたのだ。
確認した敵性体の総数は34体。
その全てを貫き、引き裂き、焼き払った。
衝撃波による周囲への副次効果も考慮すれば、敵性体が生命活動を維持している可能性は極めて低い。
恐らくは、体躯の両端に位置する2箇所の頭部、その周辺を除く殆どの部位が消失している事だろう。
「ストラーダ!」
『Impossible to detect』
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