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フレイ様人生劇場SSスレpart5〜黎明〜

1迷子のフレイたま:2004/03/02(火) 22:57
愛しのフレイ・アルスター先生のSSが読めるのはこのスレだけ!
|**** センセイ、          ・創作、予想等多種多様なジャンルをカバー。
|台@) シメキリガ・・・       ・本スレでは長すぎるSSもここではOK。
| 編 )    ヘヘ         ・エロ、グロ、801等の「他人を不快にするSS」は発禁処分。
|_)__)   /〃⌒⌒ヽオリャー     ライトH位なら許してあげる。
|       .〈〈.ノノ^ リ))    ・フレイ先生に信(中国では手紙をこう書く)を書こう。
        |ヽ|| `∀´||.      ・ここで950を踏んだ人は次スレ立てお願いね。
     _φ___⊂)__
   /旦/三/ /|     前スレ:フレイ様人生劇場SSスレpart4〜雪花〜
   | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|. |    http://jbbs.shitaraba.com/bbs/read.cgi/anime/154/1070633117/
   |オーブみかん|/    
              既刊作品は書庫にあるわ。
             ○フレイスレSS保存庫 ttp://oita.cool.ne.jp/fllay/ss.html

              こっちも新しい書庫よ。
             ○フレイたんSS置き場 ttp://fllaystory.s41.xrea.com/top.html

762私の想いが名無しを守るわ:2004/07/21(水) 20:01
おお、新作!!
最近投下が無くて自然消滅してしまうんじゃないかと危惧していただけに感激。
そういえば今までキラ視点てあんまりありませんでしたね。
楽しみにしています!

763私の想いが名無しを守るわ:2004/07/21(水) 20:39
>>人為の人
その某作品の作者ですが、別に私の専売特許でも無いので、全然構いませんです。
二話のうちに、本編一話を過不足無くまとめて、かつ、キラの心情も追加しておられてますね。
題名が純文学みたいな感じで、これから、どんな話になっていくのか期待しています。

764人為の人・PHASE−2:2004/07/22(木) 18:58
それから後の戦闘では、もうずっと生きた気がしなかった。
僕はただただ死に物狂いで、自分の生きる道を探っていた。
住み馴れた居住区に出たところで敵のMS、ジンに遭遇した。
そしてそんな戦場にトールが、ミリアリアが、カズイが、
サイがいた。僕の友人があんな所で、死ぬかもしれない。
死ぬ。その一言の恐怖に支配され、僕はおぼつかない足取りの
ストライクを操縦するラミアス大尉からMSの支配権を奪った。
ほとんどが初めて見る機器だというのに僕の頭はそこから流れ出る
滝のような情報を一つ一つ手に取るように理解し、行動につなげた。
敵がこちらの駆動の異常な変化に戸惑う中、僕は戦うための怒りを
全身にこめて、唯一の武器をジンの肩口に突き刺した。
敵の兵士が死ぬことなく脱出したのを確かめると、僕は自分が死から
逃げ切ったことにほっとする気持ちでいっぱいだった。

でもその安心は長く続かなかった。傷を負ったラミアス大尉を
友人達と介抱してから、今度はその彼女に銃を突きつけられたのだ。
僕達は一列に並ばされ、一人ずつ名前を言った。
トール・ケーニヒ。いつも明るさをたやさない、楽しい友達。
ミリアリア・ハウ。トールの恋人で、つんと外に跳ねた髪が印象的。
サイ・アーガイル。みんなのまとめ役で、僕にとって頼もしい存在。
そして、彼はあの子と婚約の話が進んでいた。
カズイ・バスカーク。目立たないけど、根は優しい少年。
そして僕、キラ・ヤマト。
僕達は地球軍に拘束される形でMSの傍に留まる事になった。

僕はストライクの設定を確認しながらあちこちの操作系統を確認し、
またいつ来るとも分からないザフトの攻撃に備えていた。
町はあちこちがひどく破壊され、動いている人影も見えない。
僕はモニターに表示される「GUNDAM」の文字を見つめながら、
日常から離れすぎた現在の状況をどこか恐れていた。
そして心の影には、あの子の事も含めてついさっきまでの平和な
暮らしが過去の思い出のようにぼやけて浮かんでいた。
あの時、透明なバイザー越しに見たアスランの顔。彼は確かに
僕の事をキラと呼んだ。たくさんの人を殺して、その血を纏って。
ザフトが再び攻めてきた。真っ白なMSがこちらに向かってくる。
続いてオレンジ色の戦闘機のようなものが現れた。メビウスだ。
僕は必死に気持ちを奮い立たせてストライクを起動し、頑丈な
フェイズシフト装甲を展開させて敵の攻撃を防いだ。
僕が戦わなければ、みんなが死ぬ。その気持ちでいっぱいだった。
そしてその後に、僕にとって忘れる事のできない思い出をいくつも
作り出した戦艦、アークエンジェルが姿を現した。

765人為の人・作者:2004/07/22(木) 19:05
続編が迫ってきたのも投稿を決心したきっかけの一つでした。続編での
キラの性格が、この小説と結構似ているんじゃないかと考え始めたもので。

>名前の件
何だかそのまま使うのはためらわれたので、お伺いした次第です。
丁寧な心情描写や台詞回しが私的にとてもツボだったもので。

766人為の人・PHASE−3:2004/07/23(金) 21:29
現れた純白の巨大戦艦を警戒し、敵MSは去っていった。
あとには撃墜を辛くも免れたメビウスと、ストライク、
アークエンジェルが残され、僕達は町の片隅で一堂に会した。
戦艦を指揮していたのはナタル・バジルール少尉。誰かと思えば、
ゼミに行く途中に見たサングラス姿の女性だった。その時は
軍服姿で、軍帽を真っ直ぐにかぶって鋭い視線を投げかけていた。
メビウスに乗っていたのはムウ・ラ・フラガ大尉。少し変わった
名前だと僕は思ったものだが、彼は名前だけでなく行動にも
一風変わったユニークさがあった。飄々としていて言葉は軽く、
僕には初めあまり物事を深刻に考えないような人に見えた。
そんな彼が、僕を一目でコーディネーターだと見抜いたのだ。
周りの人の僕を見る目が変わった。
その言葉に反応してトールが僕の前に立った。キラは友達だから、
彼はそう言って僕のことをかばってくれた。他のみんなも、
しっかりとした眼差しで地球軍の人達を見つめていたように思う。
僕はその時、本当に救われる思いがしたものだった。
フラガ大尉はそんな僕達の姿を見て微笑むと、別にそんな事は
どうでもいいという感じでそれ以上の追求をやめた。
それだからか、彼が悪い人だという気持ちは起こらなかった。

ラミアス大尉は技術士官で戦艦操作の経験もほとんどなかったが、
バジルール少尉はそんな彼女に階級上一番適した場所を勧めた。
ラミアス大尉は、アークエンジェルの艦長になった。
そしてバジルール少尉はその副官をしばらく務める事となった。
この二人が次第に対立し、悲劇的な結末を迎える事など
当時の僕には知る由もない。ただ一つ言えるのは、死の悲しみを
背負って今を生きている人が僕だけではないという事だ。
戦艦のクルーには他に、アーノルド・ノイマン曹長を初めとして
みな経験の浅い、襲撃で生き残る事のできた人達が就いた。
そしてその中には、後に僕の友達も含まれることになる。

ザフトはまた襲ってきた。
僕はストライクに搭乗して、みんなを守るために戦った。
けれど戦うたびに、今までの平和な暮らしは確実に遠のいていく。
コロニーの外壁を突き破って侵入してくる敵はバズーカを撃った。
僕は使った事があるはずもないランチャーストライクのアグニで
応戦し、アークエンジェルは豊富なビーム兵器を駆使した。
その時の僕は戦うことに手一杯で、コロニーがどうなろうと
知った事ではなかったし、敵が僕に考える余裕を与えてくれる
はずもなかった。中立という名の揺りかごにいくつも穴が空いた。
僕はさらにソードストライクに切り替えてジンと相対し、
相手の気迫を全面に受け止めて跳ね返そうと試みた。
敵が人ではなく機械だとか、急所を外せば助かるとか、そんな事は
考えていられない。ただ自分が死ぬという事に脅え、そこから
抜け出すために必死で戦い、結果僕は人を殺した。
上下真っ二つになったジンを爆破して、僕は一瞬ほっとした。

アスランは僕の戦闘をずっと見ていたのだろうか。彼は奪取した
MS、イージスでコロニーの中にいた。人殺しでアスランの仲間に
なった僕は、通信から聞こえてくる彼の変わらない声を聞いた。
お互いの名前を確認しあう。僕達はMSで向かいあっていた。
頭の中を信じられないという単語が幾度も駆け巡り、操縦桿を
握る手に力がこもった。動けない体の真ん中に痛みが集まって、
脳天へと突き抜けていった。何故という言葉をひどく軽く感じた。
そして軸を失ったコロニー「ヘリオポリス」は大きな音を立てて
分解を始め、僕は漆黒の宇宙へと投げ出されていった。

767私の想いが名無しを守るわ:2004/07/24(土) 09:59
>>人為の人
キラが緒戦で、躊躇い無くミゲルを撃墜した部分の感情が補完されてますね。
人が乗っていると実感しだしたのは、確かデブリ帯のころなんでしたか。
しかし、今のところ台詞が、まったく無いんですね。作者さんのスタイルなの
かもしれませんが。

この次は、多分、フレイたま登場。キラの感情の変化の表現に期待します。

768人為の人・PHASE−4:2004/07/24(土) 23:39
寂しさに死んでしまうのではないかと思うほどの孤独な宇宙。
次第に冷静さを取り戻し始めていた僕の目が捉え続けていたのは、
今やただの瓦礫の塊となってそこら中に飛び散っているだけの
元・コロニーだった。僕は手の震えが止まらなかった。
ヘリオポリスが、僕達の家が、こんなにあっさり崩れてしまった。
その事実に圧倒され、僕は通信機から響くバジルール少尉の声を
無視すらしていなかった。当然だ、聞こえていなかったのだから。
そして僕はわずかな生命の輝きを見つけ出そうとするかのように、
あの子の乗った脱出ポッドを半ば運命的に拾い上げたのだった。

彼女がポッドから出てきた時はびっくりした。
僕の胸に跳び込んで本当に嬉しそうだった彼女は、サイの姿を見ると
再び僕の手を離れて彼に喜びの表情を見せていた。今思えば、
それは彼女の一種の特技と呼べるものだったのかもしれない。
どんな人に対しても同じ中身のない笑顔を振りまくような、そう、
短絡的に言えば八方美人のような所があった。でもそれも少し違う。
彼女は本当に美人だったのだ。見る者を惹きつけるようなオーラが
体中からあふれていて、その輝きに僕は何かを見失っていた。
けれどその時の僕に何ができただろう。僕は幸せそうな二人を複雑に
見守る、一人の取巻きでしかなかった。そして、変わっていく彼女を
僕が誤った方向へ導いた結果、誰もが傷つく事になった。
過去は何もしゃべってはくれない。あるのはただ、一つの現実だけ。

僕はストライクに搭乗するのを嫌がった。だんだん思考が冷静になる
につれ、なんで自分がはっきりとした理由も無いままMSに乗り、
地球軍に従い、ザフトと戦わなければならないのか分からなくなって
きたからだ。「大人の都合で」という、子供に都合のいい理屈を
振り回して僕は抵抗した。でも戦争はそんな事を許してはくれない。
トール、ミリアリア、カズイ、そしてサイ。友人達が少年兵の服装で
僕の前に現れた時、僕は自分一人だけが駄々をこねる子供のように
思えた。みんなの顔は決意と自信に満ちていて、当たり前ながら
ゼミにいた時よりも幾分引き締まって見えた。僕は取り残されるのを
恐れ、次に臆病な自分とそれなりに格闘した。そして答えが出た。
自分には戦うための力がある。そして、今がそれを使う時なのだと。
僕はそうして、今まで隠してきた自分の異常性を人々に知らしめた。

補給を得るため、月基地ではなくより近いアルテミスへの航路を
とったアークエンジェル。ダミーを見抜いて追撃するザフト艦。
僕はフラガ大尉に及びもつかない決心から、ストライクに搭乗した。
ノーマルスーツを着こみ、ヘルメットのバイザーを下ろした心に
迷いはもうないと思いこんでいた。だが動揺は確実に存在していた。
みんなを守る事ができれば、それでいいんだ。
僕は笑顔で話しかけるミリアリアの声にわずかな安心を得て、
再び広い広い宇宙へと自ら飛び出していった。

769人為の人・作者:2004/07/24(土) 23:43
なんかだんだん投稿する時間が遅くなっている……大丈夫かいな?

>セリフの件
この小説を書くにあたって、自分なりにいろんな制限を課してみました。
その一つに「カギカッコなしでどれだけうまく感情を表現できるか」
というのを入れてみたのですが、今更ながらに後悔w
最終的にどんな形になるのか自分でも楽しみな反面不安というか。

770私の想いが名無しを守るわ:2004/07/25(日) 03:07
>>人為の人
一人称語りだから、キラの感情は表現できますよね。挑戦してるのは、キラ以外の
キャラの感情表現かな。軍を手伝うことになったヘリオ組に対するキラの隠れた劣等感が、
彼らの純粋な思いを伝えているように思います。
でも、難しいよね…… がんばって。

771人為の人・PHASE−5:2004/07/25(日) 13:37
敵は奪った新型機を全て投入してきていた。
基礎的で格闘重視のデュエル、遠距離支援型のバスター、
偵察能力を高度に有したブリッツ、そして一撃離脱攻撃の可能な
高速可変MS、イージス。僕はほぼ他の三機をアークエンジェルに
任せる形で、アスランの駆るその赤い機体と交戦した。
アスランはなぜ僕が地球軍にいるのかと詰問した。彼は軍人だった。
そして民間人でずっと平和を貪ってきた僕に、その問いかけは
果てしなく理不尽で答えようのないものだった。僕は思い出の中の
アスランを探し求めようとした。けれどそこにはもう誰もいない。
戦争なんか嫌いだと言っていた「あの」アスランはどこかに消え、
一人のザフトの軍人が戦闘慣れしない僕を追い詰めていった。
そうして焦るばかりの僕に、宇宙はあまりにも無表情だった。

しばらくすると、無駄撃ちのせいでPS装甲が切れた。
それは自分がいつ爆死してもおかしくないという事を意味したが、
僕にそれを理解する余裕があるはずもなかった。僕は、いや
ストライクは変形したイージスの脚に捕らえられて運ばれていた。
アスランは僕をザフトヘ連れていくのだと言った。
僕は何のためにこんな宇宙にいるのかすら分からなくなった。
分からない事だらけで、ザフトに行くのか、ああそうなんだと
訳もなく納得し、直後そんな事は嫌だという思いが現れた。
脳裏にアスランが、続いてトール達が次々に現れては消えた。
僕の思考は混乱の極みを迎えてあちこちに錯綜していた。
もしあの時ザフト艦に一撃与えて戻ってきたフラガ大尉の声が
無かったら、僕はまた成り行きでザフト兵になっていたのだろうか。
ともかく、ストライクは決死の換装を行って装甲を取り戻し、
僕達は奇跡ともいう形でザフト軍を一旦は撤退させる事に成功した。

アークエンジェルに帰艦した僕は、依然としてまとまらない頭の中を
整理しようと一人で勝手にもがき苦しんでいた。
宇宙。それは想像していたよりずっと暗くて、寂しい所だった。
でも僕は戦わなければならない。そう決めた以上、後戻りができない
事は自覚していたし、楽じゃない事も分かっているつもりだった。
そんな僕に、フラガ大尉はストライクの操縦系統をロックしておく
ように言った。なぜそんな事をしなければならないのか。
その答えはこれから入港しようとしていた友軍基地、アルテミスの
中で初めて分かる事だった。僕はそこで、あまりに無知だった。
結局、何も分かってはいなかったのだ。そう、何も。

772人為の人・作者:2004/07/25(日) 13:38
>感情表現
度々の感想ありがとうございます。「まだ誰もやってないかな?」と考えたのが
会話無しでの描写をしようと思ったきっかけなのですが、誰もやらないのは
それが面倒だからなわけで……ともかくがんばってみます。

基本的にキラのいない場での出来事はスルーされてしまいますが、
それでもさりげなく出てくるかもしれません。さてどうなることか……

773人為の人・PHASE−6:2004/07/26(月) 19:16
食堂に集まっていた僕達の前に突如、銃を構えた軍人が入ってきた。
やっと一息ついて、快適な時間を過ごせると思っていた僕はやはり
甘すぎたのだ。物々しく張り詰めた緊張の中で、階級の高そうな
軍人がストライクのパイロットは誰かと尋ねた。立ちあがろうとする
僕を整備のマードック軍曹が止めた。代わりにノイマン曹長が
なぜそんな事を尋ねるのかと聞き返した。相手側の返事にはどこか
僕達を蔑むような口調が含まれていた。ミリアリアが腕を捕まれた。
彼女がパイロットのはずはない。軍人の目つきに僕は怒りを覚えた。
心が体を突き動かし、僕は立った。軍人は相変わらず不愉快な顔で、
なぜ子供がというような事を言った。するとあの子が口を開いた。
彼女の正直な一言は、僕がコーディネーターだという事を驚くほど
あっさり、そして確実に伝える事となった。

アークエンジェルには確かに「識別コード」がなかった。
でもそれはただの口実で、実際はもっと問題はこじれていた。
大西洋連邦とユーラシア連邦は仲が悪くて、僕達は大西洋、
アルテミスはユーラシアに所属していた。我々はMSの開発も
知らされていない。だから見せろというのが相手の要求だった。
戦争って何なんだろうと僕は思った。そんなこと今更考えるとは
思ってもみなかったのに、気がつけば僕はそこに囚われていた。
戦争の大義を一兵卒が知ったところでどうにもならない。
けれど僕はついさっきまで民間人だったのだ。それは嘘ではないし、
何の誇張もなかった。そこに甘えるつもりもなかった。
だが結局僕は自分が当然だと思っていた事を次々に否定され、
あげく「裏切り者」の「コーディネーター」の名を冠された。
僕は二重の意味で、軍人たるべき枠からはみ出ていた。

ブリッツは体を透明にする事ができた。
もちろん存在を消してしまうわけではなく、ミラージュコロイドと
呼ばれる特殊な粒子を撒いて姿を悟られないようにするものだった。
そしてそのたった一機のMSが、そんな「姿を消す」能力を使って
アルテミスの防御システムを破壊した。そう考えると皮肉なものだ。
ユーラシアが大西洋の開発したMSを知らなかったから、
それにやられた。そう言ってしまう事だってできる。
戦争とはつまりそんなものなんだろうと僕は思った。そんな事ばかり
繰り返して、その度にたくさんの人が死んで、ようやく気づく。
僕は基地内に鳴り響いた警報に反応してストライクを起動させ、
ブリッツと一瞬交戦し、そしてアルテミスの人間を完全に無視した。
拘束されていた艦長、副長、フラガ大尉も無事帰還し、
アークエンジェルは爆発し崩壊していくアルテミスを残して
第8艦隊への孤独な旅を続ける事となった。そう、孤独な旅だ。
もちろん僕は、ヘリオポリスの最期を見届けた時の喪失感など
微塵も感じてはいなかった。つまりはそれが戦争なのだ。

774人為の人・PHASE−7:2004/07/27(火) 19:36
フラガ大尉が一つの提案をした。
それは補給を受けられなかったアークエンジェルのため、
近くにあったデブリ帯で必要物資を探すというものだった。
僕は反対した。それは墓場を荒らす事に等しいと思ったからだ。
人が死んで、それを悲しんで、弔って、お墓に埋めたその亡骸を
蹂躙する「悪人」の姿が僕の目に浮かんだ。そんなのひどすぎる。
でも僕の考えはまたしても浅はかなものだった。

デブリ帯には戦争で傷ついたものが何でも「捨てられて」いた。
それは墓場というより、死んだ人を邪魔物のように遠ざけた
死体置き場の印象を強く与えた。僕はあまりの凄惨にただ驚愕した。
俺達は生きているんだ、だから生きなければならない。
フラガ大尉の言葉が痛いほど胸に染みた。僕達は生きているのに、
ここにいる死者達を弔う事さえせずただ放り出していたのだ。
そして漂う残骸の中でも一際目を引いたのが、ユニウス7。
地球軍のたった一発の核ミサイルによってバラバラに砕け散った、
ザフトのコロニーだった。その冷えきった中心部を僕は見た。

僕達は作業を始めた。トール達が物資を集め、僕がストライクで
哨戒活動にあたるというものだった。でも僕は少し油断していた。
こんな所に好き好んでやってくる「軍人」なんているわけがない、
もっと他にする事があるだろうから、と。少なくとも僕にとっては、
アークエンジェルの人達はそれとは何か違うもののように思えた。
その時、残骸の陰に一機のジンが見えた。僕はにわかに緊張した。
そして相手が気づいてくれない事をただただ願った。
でもその願いは届かなかった。ジンがこちらに目を向けた。
視線の先には友達の乗った作業用機械があった。攻撃される。
僕は精一杯の葛藤を抱えながらそれでも銃の引き金を引いた。
ヘリオポリスでジンを斬った時よりも遥かにあっさり、ジンは
爆発した。そうして僕はまた一人、人を殺した。
友達を守るために戦ったはずなのに、ひどく心が苦しかった。
アークエンジェルから放たれていく折り鶴の群れを眺めながら、
僕は弔いと懺悔に満ちた思いをそこに委ねようとしていた。

君はつくづく拾い物をするのが好きなようだな。
そう副長に言われた。実際そうなのだろう。僕はこの廃墟の中で、
やはり「捨てられる」ようにしてたたずむ一つの脱出ポッドを
見つけたのだ。そして僕は二度目の運命的な出会いをした。
相手は桃色の髪を持つザフトの歌姫、ラクス・クラインだった。

775人為の人・PHASE−8:2004/07/28(水) 16:07
ポッドの中からまず現れたのはピンク色の丸い変な機械だった。
自分からボールのようにあちこち跳び回ったり、随分とクセのある
言葉を甲高い音声で発したりして、なかなか愛らしいものだった。
そしてすぐ後から現れた一人の少女。戦争とはおよそ無関係の
ような幻想的な衣装、凍てついた心を溶かすような歌声、いつも
純粋な笑みを浮かべている完璧なまでの顔立ちがそこにはあった。
彼女は自分がどんな状況に置かれているのか全くわからない、
というような空気を振りまきながら僕達に挨拶をした。
やれやれ、おいおい、困ったな。そんな声が聞こえてきそうだった。

ラクスは戦場追悼慰霊団の代表としてやってきた所を地球軍に
見つかり、攻撃を受けて避難させられたらしい。そんな大変な事が
あったのに、彼女はまるでそんな素振りを見せなかった。
もちろん彼女の目にだって戦争は映っていたはずだ。人が人を憎み、
殺し合い、多くの犠牲を撒き散らしてなお続く無意味な争いの姿を。
でも当時の僕にそんな事を考えている余裕はなかった。僕は彼女の
非の打ち所のない外面に見とれ、浮わついた心に思考を寸断された。
天使のような微笑みの奥に潜む無限の苦悩を分かる事ができず、
ただ導かれるだけの存在に甘んじて無邪気に照れていたのだった。

あの子はラクスの手を振り払って、馴れ馴れしくしないでと言った。
そこには明確に拒否の形が現れていたし、それ以上のものがあった。
あの子はコーディネーターのくせに、とその時言ったのだ。
僕は二度目の衝撃を受けた。初めはアルテミスでの一言だった。
そしてこの時の態度が、僕にある一つの結論を導き出させた。
僕はあの子の考えの中にはっきりとした差別感情がある事を知った。
でもそんな感情は誰にでも備わっているものだと、僕は思っていた。
サイの何気ない一言が悪意から出たものでない事は明らかだったし、
僕の友達がナチュラルである以上仕方がないんだと考えていた。
だから衝撃は長続きしないものと思っていた。今は苦しいけど、
いつも通りに我慢すればいい。そうすれば大丈夫だと。
だがやはりそんな甘い考えは通用しなかった。

ラクスの歌声は美しい。そう僕は思った。戦争と全く無関係のように
紡ぎ出される響きには、それでも作り変えられた遺伝子を嫌悪する
人にしか感じ取れないような排他的な刺が含まれていたのだろうか。
少なくともコーディネーターの僕には全く気にならない事だった。
そんな彼女を乗せて、戦艦アークエンジェルは第8艦隊先遣隊との
接触の時を迎えつつあった。再び穏やかな空気が艦内に漂い始めた。
けれど悲劇の足音は確実に、僕と、そしてあの子に迫ってきていた。

776人為の人・PHASE−9:2004/07/29(木) 22:53
先遣隊の構成は、バーナード、ロウ、そしてモントゴメリ。
モントゴメリにはあの子の父親、ジョージ・アルスター事務次官が
乗っていた。僕は彼がどんな人だったかをよくは知らない。
サイなら知っていただろうが、それも今となっては尋ねようもない。
どこかで一度聞いた事があるのは、あの子は早く母親に死なれて
すごく大事に育てられたというものだった。でもその事で
苦労しているという様子は無かったし、彼女のお父さんは
とてもよくできた人なんだと何気なく思っていた。
僕の父さんと母さん―――ヤマト夫妻も僕の事を本当の息子のように
育ててくれたし、その時は僕も本当の息子だと信じて疑わなかった。
親子の仲は、その親密さが第一に重きをなすのではないかと思う。

接触間近になって、先遣隊がザフトの攻撃を受けた。
アークエンジェルは宙域から離脱するよう打電を受けたが退かず、
先遣隊の救援に向かう事となった。艦長と副長が少し対立した。
第一戦闘配備の放送で艦内がにわかに騒然とする中、ストライクの
もとへ急ごうとしていた僕はあの子に出会った。彼女はとても
動揺していて、怯えた声で僕にパパは大丈夫なのと尋ねた。
僕は彼女の気持ちを理解したつもりになった。僕が彼女の立場に
もし置かれていたなら同じ気持ちになっていただろう、と。
僕は彼女を安心させようとして、大丈夫だよと言った。
だってみんなを守りたくて、戦い始めた戦争だから。
守るべき命を守るために戦おう。僕はそう安易に決意して、
MS格納庫へと走っていった。不安げなあの子の顔が焼きついた。

ザフト艦からはアスランの駆るイージスと、数機のジンが
出撃していた。僕はジンをフラガ大尉に一手に任せる形で、
再びアスランとの辛い戦いを余儀なくされた。
彼の動きに以前のようなためらいは無いように思えた。何より速さが
前回とは段違いで、僕は彼の攻撃を受け止めるのに必死だった。
アスランは僕と違って、ずっと前から軍人としてMSに触れている。
だから何とか応戦できるだけでも充分だと思っていた。しかし彼は
いまだに本気を出してはいなかったし、その時僕は彼との戦いに夢中に
なりすぎて、先遣隊の事など考えにも及ばなくなってしまっていた。
彼と過ごした日々を振り切って前へ進む事に固執した僕の罪だ。
バーナード被弾、ロウ撃沈。フラガ大尉の専用機、メビウス零式も
損傷して帰艦し、戦局は悪化の一途をたどっていた。
僕はずっと、本気でもないアスランと一人よがりの「戦争」を
していたのだ。今となっては仕方がない事だけれど、胸が痛む。

ザフト艦の主砲がモントゴメリを貫き、爆発するのを僕は見た。
僕はそこで初めて守るべきものの存在を大きく直視した。
そこでアスランのイージスが動きを一瞬止めた事にも気づかなかった。
敵はさらにアークエンジェル目がけて攻撃を仕掛けてくる。万事休す、
その時副長の声がコクピットに響いた。ラクスを人質に取った、と。
続けてアスランの苦しげな叫び声が聞こえた。こんなもののために
お前は戦っているのか。ラクスは返してもらう。それは僕の心に
どうにもならないやりきれなさを残し、彼は引き揚げていった。
穏やかなラクスの微笑みと、あの子の不安げな表情が同時に浮かんだ。

777リヴァアス・作者:2004/07/30(金) 19:48
リヴァアスの作者の最新作。ついに登場!

778燃える戦士:2004/07/30(金) 20:02
キラ・ヤマトはヒッチハイクしていたフレイ・アルスターを車に乗せた。
「ところで、エチオピアにはいつ着くの?」
「ああ、あと2時間くらい」
キラはコロニーから地球に来て、飛行機に乗り、モガディシュに行き
レンタカーの74年型いすゞジェミニを借りて、エチオピアに向かって
いった。そのとき、ヒッチしていたフレイに出会った。
「フレイは何しにエチオピアに行くんだい?」
「観光旅行よ」
「そう、なにもないけどさ」
キラはカーラジオをかけた、曲はジョン・レノンの
「スターティング・オーバー」だった。
「ねぇキラ、どっかで昼食とらない?」
フレイは言った。

779リヴァアス・作者:2004/07/30(金) 20:06
リヴァアスを書いていた作者です、とうぞ最新作「燃える戦士」
をご堪能してください。

780人為の人・PHASE−10:2004/07/30(金) 22:27
帰艦した僕は、まずそこにいたフラガ大尉に不満をぶつけた。
僕は人質に取るためにラクスを助けたんじゃない、そう言いたかった。
けれど大尉の返事は的確だった。そう、確かにあの時彼女を人質に
取らなければアークエンジェルは沈められていたかもしれないのだ。
僕にも大尉にも艦長や副長を責める資格はない。だったらどうすれば
いいのか。僕達が弱いからああせざるを得なかった。僕が弱いから。
「弱い」という言葉が頭の中で何度も僕を殴りつけ、あざ笑った。

僕は、あの子が分かってくれるだろうと思っていたのかもしれない。
戦争で人が死ぬのは異常な事ではないのだから、あの子は僕の事を
悲しみながらも分かってくれるんじゃないか。僕はそう考えていた。
それは辛い環境に置かれていた僕の、一種の防衛本能だったのか。
今となっても僕はそこに答えを見出す事ができない。
僕は友達とあの子がいる部屋の前で立ち止まり、中を見た。
そこには最愛の父を失った少女の、あまりにも痛々しい姿があった。
彼女は床に崩れ落ち、サイに泣きついていた。そして僕に気づいた。
こちらへ向けたその目は圧倒的な悲しみと僕への憎悪に満ちていて、
一瞬ひるんだ僕はようやく想像以上の事の重大さに打ちのめされた。
嘘つき。大丈夫だって言ったのに。彼女の言葉の刃が僕を襲った。
みんなから半分可愛がられるようにして育ってきた甘い僕に、
その切っ先は鋭すぎた。僕は何も言う事ができなかった。
やがて彼女の口から、残酷ながらも核心を突いた一言が飛び出した。
あんたコーディネーターだからって、本気で戦ってないんでしょう。
僕はその場から逃げ出し、自分の中に抑え込まれたあらゆる感情を
一緒くたにして吐き出すように泣いた。泣き続けた。

理性を失って泣き続ける僕の耳に、ラクスの声が聞こえた。
僕は見開かれた瞳に浮かぶ涙を拭って、彼女の整った顔を見つめた。
彼女はまっすぐに僕の目を見つめてくる。僕は切れかかっていた
心の糸が、再び元のしなやかさを取り戻していくのを感じていた。
僕とラクスはその後色々な話をした。とは言っても話題のほとんどは
アスランにまつわるものだった。ハロというボール状のロボットを
作ったのもアスランなら、ラクスの婚約者なのもアスランだった。
彼女と話していると不思議な気持ちになる。さっきまで戦っていた
イージスのパイロットとしての彼の姿が頭からすっかり消えて、
ちょっと無口で頑固だけど頼れる、親友だった少年の面影が
僕の心の中に現れ始めていた。僕は彼女に救われたのだと思った。
アスランがなぜあそこまで苦しげな叫び声を上げたかも分かった。
そして、このままではいけないと強く思うようになっていた。

向かい合ったストライクとイージスのコクピットが開いた。
僕は抱きかかえたラクスをそっと放し、アスランのもとへやった。
彼女はずっと、全てを包みこむような微笑みを絶やさなかった。
アスランが僕に向かって言った。お前も一緒に来い。
それはできなかった。あの艦には守りたい人が、友達がいるから。
ラクスを連れて無許可で発進する計画を立てた時、ミリアリアと
サイが手伝ってくれた。サイは僕に何度も、帰ってこいよと言った。
その時の必死に呼びかける彼の表情を、僕は今でも覚えている。
あの声が、あの気持ちがあったから、僕は地球軍に残ったのだ。
もしそうでなければ、僕は今度こそアスランを選んでいただろう。
彼は僕の返事に体を震わせ、今度会う時にはお前を討つ、
そう言った。僕達はもう戻れない道を別々に歩み始めていた。

真っ白なMSが視界の隅に映った。仮面の男、ラウ・ル・クルーゼの
駆るシグーだ。僕はその時大して気にも留めていなかったが、
やがて彼は僕の心に癒しがたい傷を残す事になるのだった。
本当に、世の中には後になってから気づく事が多すぎるのだ。

781人為の人・作者:2004/07/30(金) 22:28
>リヴァアス作者さん
どうも初めまして、最近ここを半占拠状態にしておりました者です(おい)
新作ということで期待が高まりますね。これから何が起こるのでしょうか。

782人為の人・PHASE−11:2004/07/31(土) 11:36
僕はアークエンジェルの一室で、小さな軍事裁判にかけられた。
フラガ大尉がさりげなく僕の事を擁護してくれたが、結果は銃殺刑。
その時は一瞬全身の血が凍ったかと思った。でも艦長の判断は、
僕を厳重注意に処するだけのとても優しいものだった。僕はほっと
して、僕の事を散々きつく問い詰めていた副長から目を反らした。
艦長と副長の対立は、その時から何となく感じていた。

外に出るとサイとミリアリアがいた。あの時僕を手助けした二人は、
罰としてトイレ掃除1週間を命じられたらしい。僕は自分だけが
何もお咎め無しだった事を申し訳なく思ったが、彼らは笑顔で逆に
僕を励ましてくれた。僕はここに残って本当に良かったと思った。

食堂で友達と食事をとっていると、あの子が現れた。僕はあの時の
彼女から僕に向かって発せられた、ほとんど殺意に近い憎悪を
その身に感じ取ろうとしたが、しかし入り口に立っていた彼女に
そんな気配は微塵も無かった。彼女は辛そうな顔をしていた。
あの子は僕の前に立ち、憎しみではなく謝罪の言葉を口にした。
僕はその一言一言に彼女の悲しみを共有しようとしながら、
彼女が僕を許してくれたのだと信じて疑わなかった。ついに彼女が
分かってくれたのだと、むしろ清々しい感謝の気持ちで一杯だった。
あの子はそんな態度を見せる僕を目にして、前以上の憎悪と嘲りの
感情とを高め続けていたに違いない。僕は全く気づかなかった。

第8艦隊との合流が目前に迫る中、ザフトが襲ってきた。
その中にアスランはいない。やってきたのは別の奪われた3機、
デュエル、バスター、ブリッツ。僕達は食堂を飛び出した。
そこへ艦内でよく見かけていた女の子が走ってきて、カズイに
ぶつかった。倒れた女の子をあの子が立たせた。僕は立ち止まった。
あの子が言った。大丈夫、このお兄ちゃんがみんなやっつけて
くれるからね。とても優しい響きをもって聞こえたその声は、
僕の心のどこかに急速に染みわたっていった。

バスターをフラガ大尉に任せ、僕はデュエルと1対1で切り結んだ。
相手のパイロット―――イザーク・ジュールは機体の特性もあってか
ほとんど射撃攻撃を行わず、ビームサーベルでひたすら押してきた。
僕はその動きからにじみ出る気迫に負けまいと必死に戦った。
でも敵は僕を倒すために襲ってきたのではなかった。残ったもう1機、
ブリッツがアークエンジェルへと向かった。ミラージュコロイドの展開
には対応できても、対空砲火でPS装甲を打ち砕くのは難しい。
たちまち取りつかれ、ブリッツのビーム兵器が直接船体を揺さぶった。
キラ、戻って。ミリアリアの声が聞こえた。
アークエンジェルが敵の攻撃を受けている。
目の前のデュエルは一向に攻撃を止めない。
フラガ大尉は性能ではるかに勝るバスターを相手に互角の戦いを
しているが、戻る事はできない。あの白い戦艦は、やがて沈む。
僕の脳裏に爆発するモントゴメリが映った。同じ事がアークエンジェル
で起こるのか。サイも、トールも、ミリアリアも、カズイも、そして
あの子も。いたいけな女の子に語り聞かせた彼女の声が蘇った。
弱いから守る事ができなかった。力がないから傷つけた。人が死んだ。
そして僕は極限状態の中に、はじけ飛ぶ一つの種子を目撃した。

頭の中で大量の情報が一度に訪れ、一度に処理されていった。
手と足はまるで自分のものではないかのように機能した。
世界が独り歩きを始め、駆け足の僕がそれを追い抜いていった。
視界には最大限の事実が誤りなく表示され、僕の感情を消し飛ばした。
僕はあっという間にブリッツを蹴散らし、続いてやって来たデュエルに
ナイフ型格闘兵器、アーマーシュナイダーを突き立てた。
コクピット近くに入り込んだそれがデュエルの内部を破壊する感覚を
催させたが、僕は何のためらいも感じなかった。これが力なのか。
僕の中の一部が戦いの高揚感に目覚め始めていた。敵は撤退した。
やがて、遠い宇宙の闇の中に第8艦隊の頼もしい明かりが見えてきた。

783燃える戦士:2004/07/31(土) 19:13
キラとフレイはレストランで車を止めて、昼食を
とることにした、二人はカレーを頼んだ。
「キラ、やっぱりカレーは辛いわ」
「うん」
後ろの席ではエチオピア駐屯の傭兵のジーン、スレンダー、デニムが
ニヤニヤ笑ってみていた。キラは無視した、ジーンはニヤリと笑って
コップの水をキラにかける。そして3人はレストランから出た。
キラは近くにいる棺桶屋に
「三つ用意しておけ」
キラは外に出た、ジーンはニヤニヤ笑っている
「おや?まだ居たのか!さっさと戻らねえと殺されちまうぜ」
「話があるんだ。カンカンなんだ」
「誰が?」
「僕さ」
「何に・・・」
「人に水をかけることさ、ここで、おたくが謝るって言うなら
 話は別だが」
「ギャハハハ」
ジーンは笑う
「笑うのもほどほどにしな!笑われるのが一番嫌いなんだ。このままじゃ
 気もすまねェ。どう片をつけるのか、ハッキリしてもらおう!」
ジーン、デニム、スレンダーがトカレフを取り出して乱射する。
しかし、キラが44マグナムと早撃ちで3人を撃ち殺した。
「行こうフレイ」
キラはフレイに言った。

784私の想いが名無しを守るわ:2004/08/01(日) 08:47
「燃える戦士」って、いくらなんでもひどすぎ。

785人為の人・PHASE−12:2004/08/01(日) 08:53
第8艦隊の総司令官、ハルバートン提督はとてもいい人だった。
彼は僕がコーディネーターである事を知っても特に不快感や
差別するような感情を見せたりせず、まっすぐに僕を見てくれた。
おかげであのアルテミスでの体験以来抱いていた、地球軍への恐れ
とでも言うべきものが僕の中でほんの少しばかり小さくなった。
そこに押し潰されてしまうような事になっていたら、僕はやはり
自分の帰る場所を失い心にまた傷を一つ増やしていただろう。
僕の心は弱い。どれほど強さを手に入れても、それは変わらない。

アークエンジェルは地球に降下し、一路アラスカを目指す事となった。
それに伴って、僕達民間人も降下用シャトルに乗り移る事が決まった。
僕は短い間だったけど色んな経験をしたストライクの調整をしつつ、
もうこの機体に乗る事も二度とないだろうという思いを馳せていた。
そこに艦長がやって来た。彼女は、一度あなたに謝りたかった、と
言って、僕の事を真正面から見つめた。わずかの微笑みがあった。
その姿がハルバートン提督に少し似ていたような気がした。
艦長もいい人だ。その意味合いは複雑だけれど、彼女はとても温厚で
母性を感じさせるような人だった。だから僕もむやみに腹を立てたり
する事は無かったし、そもそもそんな気持ちにはなれなかった。
彼女は僕がアークエンジェルに残る必要はない旨を伝えてくれた。
色々あったが、これでこの艦とも別れる事になる。そう考えて僕は
ほっとすると同時に、分不相応な戦力の心配をしてしまうのだった。
アークエンジェルはこのままアラスカまでたどり着けるのだろうか。
現に副長は僕を貴重な戦力として、戦艦に留め置く事を考えていた。

艦内でよく見かけていた女の子が僕に折り紙の花をくれた。
肩紐の片方が外れたオーバーオールをいつも着ていた彼女は、
すっとその小さな手であどけない作品を僕の目の前に差し出した。
守ってくれてありがとう。その無邪気な言葉に僕は励まされた。
こんな僕でも、誰かを守る事ができたんだ。良かった。
そしてあの子の事を思い、先程目覚めた力に無謀な勇気を覚えた。

一緒に艦を降りるとばかり思っていた友達が、まだ軍服を着ていた。
サイ、トール、ミリアリア、カズイ。みんな除隊許可証を破り捨てて、
アークエンジェルに残ってしまったのだ。理由はあの子だった。
あの子は戦争を終わらせるために自分ができる事をと言って、
自ら地球軍に志願したのだった。僕は後ろめたい気持ちに駆られた。
結局僕はみんなの優しさに甘えているだけではないのか?
友達を置いて僕だけが安全な所に避難していていいのか?
みんなの優しさに報いたい思いと、そうすればみんなの優しさに
背く事になるという矛盾した関係が暴き出され、僕は迷った。
そしてそんな中、敵が攻めてきた。
僕は結局、みんなを守る事ができたという直前の事実に満足し、
浮かされていたのかもしれない。ここで僕が出撃すれば大丈夫、と。
もちろんその時の僕はどうしようもないほどの切迫感を感じていて、
一瞬の逡巡の中に数えきれない種類の苦悩を抱えていたに違いない。
しかしいくら悩んでみたところで、僕にはMSを取る選択しか
残されていなかったのだ。僕はあの子の憎しみの内で踊っていた。
僕は踵を返し、ストライクの待つ方角へと駆け出していた。

786人為の人・作者:2004/08/02(月) 23:36
在庫が尽きてきたんで、しばらく投稿をお休みします。
再開まで、今しばしのお待ちを。

787人為の人・PHASE−13:2004/08/18(水) 22:32
信じられない光景が目の前にあった。
あの子はロッカールームで、僕のパイロットスーツを取り出していた。
何をするつもりなのかが一瞬でわかった。彼女は戦おうとしていた。
自分の父親を殺した、無意味な戦争を終わらせたい願いから。
あの時の彼女の表情、言葉、仕草。今でも嘘だったとは思えない。
確かに彼女は僕を待っていた。僕が来るはずだと確信していた。だから
芝居を打つためにそこにいたのだ。全て演技。そう考える事は簡単だ。
しかし僕は今思う。
彼女はあの時、本当に戦おうとしていたのではないか。
僕が来なければ実際にストライクに乗っていたのではないか。
結局、僕はそこへやって来た。やって来て、彼女の夢を叶え始めた。
私の想いが、あなたを守るから。
僕達は生まれて初めての甘く呪わしいキスを交わした。

僕は完全にその興奮に支配され、酔わされていた。
第8艦隊の艦艇が次々と沈黙し爆破されていく中、僕は笑んでいた。
あの子の偽りの愛情を全身に浴びて、新たな力を得た気がしていた。
出撃を止められたフラガ大尉を尻目に、僕はストライクに搭乗した。
ザフトが何だ。MSが何だ。みんな僕が守ってやる。
山のように出てきてはあっという間に壊されていくメビウスを尻目に、
僕は最深部にまで飛びこんできたデュエルと対峙した。
アスランのイージスは見えなかったが、バスターはすぐ近くにいた。

心なしかデュエルの動きは以前よりも大振りで、精密さに欠けていた。
それはこちらへ向かって来ようとする気迫ばかりが余計に増幅されて
いるようで、僕は内心冷や汗をかきつつも力強く対処しようとした。
ストライクがデュエルを蹴り飛ばす。ビームサーベルが火花を散らす。
僕は敵のパイロットが自分より必死である事にどこか気づいていた。
そしてそうこうしているうちに、次第に大気圏が近づいてきた。

信じられない光景が目の前にあった。
デュエルが射出された民間人のシャトルにライフルを向けていた。
なぜ。僕と戦っていたはずの敵が、どうして無関係の人に。
自分の中にわずかに生まれていた余裕が瞬時に消え去るのを感じた。
そして守るべきものが今まさに絶命の危機に瀕していることを悟った。
僕はスラスターを全開にして、シャトルに手を伸ばそうとした。
こんな所で、僕の目の前で、僕のせいで人が死ぬのは嫌だ。
利他的なようで限りなく自己中心的でもあった僕の気持ちが焦った。
結局、あれはどうしようもない事故と捉えるしかなかったのだろうか。
それとも、何か他に彼女達が救われる手立てがあったのだろうか。
いずれにせよ、それは僕に「守る」の限界を嫌というほど見せつけた。
そのシャトルには折り紙をくれた女の子が乗っていた。
デュエルのライフルから放たれたビームは僕より早くそこに到着した。
そして―――爆発が起こった。

僕は地獄のような高熱を全身に感じながらコクピットの中で一人、
その業苦を当然の報いであるように受け入れていた。
大気圏突入。その際にあれほどの熱が生じる事など、知らなかった。
ストライクの他にも、シャトルを「撃墜」したデュエル、そして
バスターが単独で地球へ落ちていこうとしていた。
僕を、と言うよりストライクを失わないようにアークエンジェルが
突入ポイントをずらして機体を拾い上げた。僕の責任だった。
第8艦隊は全滅。ハルバートン提督もザフト艦の特攻に命を散らした。
守れないものは必ずある。その事実が僕の心に消えない爪跡を残した。

788人為の人・作者:2004/08/18(水) 22:33
投稿再開しました。と言っても20日から遠出するのですぐに止まってしまいますが、
1週間後くらいからまた再開したいと思っています。

789私の想いが名無しを守るわ:2004/08/19(木) 12:50
フレイ様!こんなとこに居られましたか!

790人為の人・PHASE−14:2004/08/19(木) 19:54
僕はかぶりを振った。頭にもやもやとした霧が立ち込めている。
辺りを見回すと、がらんとした薄暗い部屋にただ一人。
気分を落ち着けるため少し水を飲む。冷たい感覚が喉を潤おした。
また気を取り直して机に向かう。机上には一枚の紙と、ペン。
僕は何かに取りつかれるように「自伝」のようなものを書いていた。

今どこまで書き進めていただろうか。そう、大気圏突入の所だ。
あの出来事は僕にとって本当に大きな意味を持ったのだと思う。
僕の目の前でよく知っている人が亡くなった、初めての体験だった。
不思議だ。戦争で数え切れないほどの命が奪われたはずなのに、
僕の中では自分に近しい人の死の瞬間ばかりが思い起こされる。
それも僕がストライク、やがてフリーダムに搭乗し、それでもなお
守る事のできなかった戦場の人々の死が特別な存在となっている。
人は自分の知らない他人の死を悲しむ事ができるのだろうか?
それは慈愛なのかもしれないし、あるいは偽善なのかもしれない。
ただ一つ言えるのは、僕にとってあの子の死ほど強烈な、そして
絶対的なものは他に無いという事だった。それもまた悲しい。

今僕は生者の世界にいる。そこにはアスラン、カガリ、ラクスが
いて、平和を築くために奔走している。みんなが目指すのは、
ナチュラルとコーディネーターが争う事なく暮らしていける世界だ。
僕はみんなの試みについていく事ができなかった。みんなのように
人の上に立つ資質、理解を求める心、強い信念、全てに欠けていた。
代わりに僕は、死者の世界と交わる日々を続けていた。
あの子は死者の世界にいる。あの子の他にもトール、ナタルさん、
ムウさん、クルーゼさん、会えなくなってしまった多くの人達がいる。
時々彼らの声が聞こえてくる。自分達が親しみ、愛し、憎み、
滅ぼそうとした生者の世界がどうなっているのかを尋ねてくる。
僕はこう答える。大丈夫です、みんなしっかり生きていますよ。
その「みんな」の中に、僕が含まれる事はおそらくないのだろう。
キラ・ヤマト、人間の営みから大きく逸脱した僕が取るべき道は、
生死を分かつ境目で本当の平和を迎えた世界に賛辞を送る事。
それが真実なのだと信じたい。

僕は再びペンを手に取り、戦争の記録を綴り始めた。
この行為に何の目的があるのか、それは自分にも分からない。
しかしキーボードを叩いて苦もなく仕上がる印刷物を目にするよりは、
紙に記されていく頼りない字を確認しながら果てしない時間を
過ごす方が自分にとってはずっと居心地がいいような気がした。
次は砂漠。忘れもしない記憶ばかりで彩られた、熱く冷たい大地。

791人為の人・PHASE−15:2004/08/20(金) 07:21
僕は熱く苦しい悪夢の中をさまよい続けていた。
アスランとの別離、血にまみれた再会、MSの戦闘、殺人の経験、
ヘリオポリスの崩壊、あの子との出会い、ラクスとの出会い、
戦艦の撃沈、戦闘能力の覚醒、そしてシャトル爆発。
それらがきちんと順番通りに再現され、そして永遠に繰り返された。
僕は頭の中で作り上げられたイメージの渦に放りこまれ、回され、
血を吐くような悲しみに声を上げる事ができなかった。
あげく自分が今何に苦しんでいるのかさえ分からなくなるほどに
意識は混濁し、それでもなお目が覚める事は無かった。
そんな僕の傍らに、あの子はずっと付き添っていた。

ようやく現実に戻ってきた頃には、様々な出来事が起こっていた。
まず、アークエンジェルの主だったクルーが1階級昇進した。
艦長とフラガ大尉は少佐に、副長は中尉に。その他の人達もみな、
それまでの立場より少しだけ高い所へ上る事になった。
サイにトール、ミリアリア、カズイ、そしてあの子も正式に軍属と
なり、もちろん僕にもMSのパイロットとして「少尉」が与えられた。
これで僕達は「民間人だから」という言い訳を使えなくなった。

少尉になった僕には個室が与えられた。
僕はその部屋で、周りの人の自分を見る目がどこか変化した事について
考えを巡らせていた。そう、並みの人間ではとても生き残れないほどの
高熱の中、コクピットから引きずり出された僕は生きていたのだ。
みんなはコーディネーターが「化け物」である事を改めて認識したに
違いない。そんな事を考えていると、つくづく自分が嫌になった。
なぜ僕はコーディネーターなのだろう。それは僕の意志がそうさせた
のではないし、他人にない力を持っていてもそれは当然と見なされる。
しかしそんな事を考えても何も始まらなかった。僕は依然として
遺伝子を調整された人間であり、その事実は一生ついて回る。それに、
僕には自分の事をよく理解してくれる友達がいる。今は恐れていても、
時が経てばまた分け隔てなく付き合えるだろう。僕はそんな希望を胸に
抱いて、前向きに生きる事に目を向けようとした。
そこにあの子が現れた。

あの子は手に折り紙の花を持っていた。
やや形の崩れたその物体を目にした途端、僕の顔は凍りついた。
夢で何度も再生された女の子の姿と、シャトルを貫く一筋のビーム。
「守ってくれたお礼」として手渡されたささやかな贈り物が、
「守れなかった現実」を僕に突きつける何よりの証拠へと変わった。
僕はそれをコクピットに入れ、そのまま忘れてきたのだった。
大気圏の熱にも消えない鮮烈な悲劇がそこにはあった。
いつしか僕は部屋の床に膝をつき、救いを求めるように泣いていた。
過ちに許しを乞う言葉は涙でほとんど意味を成さなかった。
あの子はそんな僕の前に座りこみ、私がいるわと言った。
優しく甘美な旋律が僕の耳を撫でた。顔を上げた先にはあの子の笑顔。
うるんだ視界は彼女を紅い聖女のごとく見立て、僕から理性を奪った。
二度目の口づけに僕は本能を止める事ができなかった。
僕達は絡まり合いながらベッドへともつれ込み、そして交わった。
あの子の復讐はまもなく頂点を迎えようとしていた。

792キラ(♀)×フレイ(♂)・47−1:2004/08/26(木) 18:36
二百海里水域。
堅苦しい条文を記載するなら、
『海洋法による国際連合条約(以下、「国連海洋法条約」)によって定められた沿岸国の
主権的権利その他を行使する水域として設けられた排他的経済水域』
と条約に明記されており、もっと簡潔に述べるなら、海に囲まれた島国が、主に漁業権や、
多国籍の船や飛行機(軍船含む)の侵入を規制する為の、海上の領土である。


かの条約に挑むかの如く、南太平洋に位置するオーブ首長国連邦の海域(二百海里水域)
に侵攻している一隻の大型の軍船がある。“足付き”のコードネームでザフトから追われ
ている、地球連合軍の強襲機動特装艦アークエンジェルだ。この艦を遠目からシルエット
だけ眺めれば、ショートケーキに四匹の蝿が集っているように映ったかもしれない。
アークエンジェルの周囲には、グゥルと呼ばれる無人輸送機の上に乗った四体の
モビルスーツが、執拗にAAに取り付いて、攻撃を仕掛けているからだ。

イージス、ブリッツ、バスター、デュエル。
ヘリオポリスでザフトが奪った地球連合製のMS隊で、この四者を率いるのは、
足付き討伐チームとして新たに結成されたザラ隊の隊長に就任したイージスのパイロット
であり、数日前、フレイ達と奇妙な無人島での共同生活を強いられたアスラン・ザラだ。
このザラ隊を迎撃する側のアークエンジェルの方は、AAの甲板上に、ランチャーパック
で出陣したストライクが陣取って、アグニ砲を連射し、フラガの乗るスカイグラスパーも
共に出撃してストライクを援護している。
ここ最近の戦闘で、AAの勝利に少なからぬ貢献を果たしてきたスカイグラスパー二号
を駆るカガリは、何故かこの会戦には参加していない。
その訳は、二人がキラに無人島から救助された地点まで遡る。



「二人とも無事に戻ってきてくれて何よりです」
事情徴収の為に艦長室へと呼び出されたカガリとフレイの二人に、艦長のマリューは
まずは労いの言葉を掛ける。AAきっての問題児(トラブルメーカー)二人の生還に
際して、彼らの息災を喜んだ者と密かに落胆した者、どちらが多数派を占めるのかは、
艦内アンケートを採ったわけでもないので、実に微妙な所ではあるが、少なくとも、
この時のマリューの笑顔からは、利害や打算を超えた暖かい思い遣りが滲み出ていた。
フラガが賞したように、子供たちの幸福を願う彼女の真心に嘘偽りはないらしい。
ただし、可愛げのない少年兵二人は、マリューの態度に特に感応した風もなく、
カガリは居心地悪そうにソッポを向き、フレイはそれと判る営業スマイルで、
形だけは恭しく頭を下げてみせる。
「さて、本来なら直ぐに休憩を取らせたいところですが、その前に二人に2、3、
お尋ねしたいことがあります」
マリューは軽く表情を引き締めると、そう前置きしてから、すぐさま本題に入る。
「遭難中の詳細報告は一先ず置いておくとして、何故、非戦闘員のフレイ君が、
カガリ君と一緒にスカイグラスパーで出陣する事態になったのかしら?」
今回の失踪事件における最大の疑問点について、マリューは単刀直入に質問する。
「そいつは僕でなくカガリ君に尋ねて下さい。
僕は彼に銃で脅され、無理矢理グラスパーに拉致された被害者の身分ですので」
多少の嫌味の篭もった口調で、フレイは自身の身の潔白を訴える。それに応じて、
室内に控えていたフラガ、ナタルの幹部二人と、カガリのお目付け役のキサカも、
カガリに好奇の視線を注いだが、カガリは不貞腐れたように俯いて無言のままだ。
今回の一連の事件に対して、事後的に査問会が開かれるであろうことはカガリも予測
していたはずだが、まさか、馬鹿正直に妹絡みの本音を語るわけにもいかないだろう。
とはいえ、フレイなどとは異なり、性格的にあまり嘘方便を吐くことに慣れていない
カガリは適当な言い訳の一つも思い浮かばずに苦悩し、得意の百面相を演じている。
そんなカガリの様子を見かねたフレイが、彼の弁護(んな訳ない)を買って出た。

793キラ(♀)×フレイ(♂)・47−2:2004/08/26(木) 18:37
「僕が愚考するに、カガリ君の動機は、彼の公人としての非戦闘クルーへの偏見と、
私人としての痴情の縺れとが融合した結果だと推測します」
黙秘権を行使する被告人(カガリ)の弁護を担当するかのようにフレイが口を挟む。
この場合、フレイはどちらかといえば原告に近い立場の筈なのだが、まるで弁護人
のように、被告人の情状酌量を求めるが如く、カガリの拉致動機について代弁する。
「華麗なる戦闘パイロットであられるカガリ君は、僕のような非戦闘クルーの、
日常エリアでの地道で下積み的な働きを随分と軽視しているみたいでした。
特に、彼が恋慕を抱いていると思われるキラが、過酷な最前線で戦っているのに対して、
恋人の僕が常に安全な艦内勤務である事実が気に入らなかったらしく、僕を最前線に
引っ張り出して、びびらせてやろうとかいう浅ましい魂胆があったように感じます。
勿論、今の測論は単なる僕の邪推に過ぎず、もしかするとカガリ君には、どうしても
僕を連れ出さねばならない正当な理由があったのかもしれません。
ここは是非とも、彼の意見を慎重に拝聴してみるべきでしょう」

カンニングペーパーも無しに、一息に見解を述べると、そのままフレイは貝のように
口を閉ざして、以後の答弁をカガリに丸投げする。親切にも、カガリが言えなかった
本心を代弁してあげたフレイだが、この行為は一層カガリを追い詰める効果を持っていた。
何しろ、フレイの憶測は、百点満点中、九十点はつけてもいいほどの、全くの事実で、
不備があるとすれば、キラがカガリの妹である点が抜け落ちている点ぐらいである。
完全に言葉に詰まり、蝦蟇蛙のようにダラダラと脂汗を流して沈黙するカガリの態度に、
どうやらフレイの与太話が真実だったらしいと悟らされたAA幹部三人のカガリを見る
視線が白けだした。思考もカガリに対する思い入れも大きく異なる三者だが、この時、
カガリを戦闘機のパイロットの任から解く事に、無意識に見解を一致させた。

90点の解答用紙の残り10点分の真実(シスコン的嫉妬心)を知っているキサカは、
強い失意の感情と共に内心で大きな溜息を吐き出しながらも、それでもフレイに
追い詰められた主君を救う為に、意を決して、強行手段に訴えることにした。


「カガリ様、お許しください」
スタスタとカガリの背後に廻り込んだキサカは、山男のようなゴツイ拳骨を振り上げると、
意味不明な謝罪の言葉と共に、そのまま容赦なく、カガリの後頭部をぶっ叩いた。
「ギャンっ!!?」
蛙が車にひき潰された時のような奇抜な悲鳴と共に、カガリは前のめりにぶっ倒れる。

「フレイ君と言ったね?カガリ様が迷惑をかけたようで申し訳ない。許して欲しい」
突然の下克上劇に唖然とする一同を尻目に、キサカが、ファンネルのビットのように
頭の周りにお星様を展開させて目を回しているカガリの代わりに頭を下げる。
「カガリ様は正規の軍人ではない故、ラミアス殿の側では処罰し辛いでしょう。
私の方から後できつく申し上げておきますので、カガリ様の処遇は私に一任ください」
キサカはそうマリュー達にも宣誓すると、コーディの男性に匹敵する膂力で、気絶した
カガリを軽々と抱き上げて、まるで米袋のようにカガリを左肩に背負と、そのまま
ノッシノッシと大股に歩んで部屋から出て行った。


「いやはや、大した忠臣だね」
キサカという大型台風に匹敵するハリケーンの来襲にいち早く理性を回復したフレイは、
キサカの行動をそう賞賛した。彼はあの力業で主君たるカガリの名誉を救ったのだ。
非ある時は、己が主君にさえ手を上げる覚悟を持つとは真に武士(もののふ)の鏡である。
その昔、有名な武蔵棒弁慶は、敵の目から欺くために、主君である牛若丸をあえて棒で
鞭打ちしたという故事もあるが、彼の忠勤振りはそれに匹敵するかもしれない。
「それじゃ、僕もそろそろ失礼してよいですか?痛めた歯の治療をしたいので」
「待ちなさい、フレイ君。あなたには、彼とは別に聞きたい事があります。
それに今、自分の部屋に戻っても、あなたの部屋は使用出来ないわよ」
退出許可を求めるフレイに、マリューは意味深なニュアンスで、彼を呼び止める。
訝しむフレイに対して、マリューは、フレイの部屋から毒物が検出され、その瘴気が
未だに部屋中を蝕んでいる現状と、何故、そうなったかについての事情説明を求めた。

794キラ(♀)×フレイ(♂)・47−3:2004/08/26(木) 18:37
外見上、鉄面皮を維持していたフレイだが、内心は流石に動揺していた。
どういう了見で、彼の室内での毒物の保持が露見してしまったのだろう?
フレイの脳細胞は、創造性に恵まれていたし思考の柔軟性にも富んでいたが、
バレルロール(180度の宙返り)の結果、上下真っ逆さまになった部屋内に、
引き出しの奥の毒物の瓶が投げ出されたなどという発想は思い浮かばなかった。
それでも、聡い(狡賢い)フレイは、どうして発覚したかという経緯を尋ねるよりも
先に、まずは毒物を所持するに値する尤もらしい理由をでっち上げる方を優先する。

「僕には戦闘は出来ないけど、僕なりの遣り方でAAに貢献したいと思いましてね」
フレイはそう前置きすると、バラディーヤで買い集めた花類から毒物を調合したという
出所について申告し、さらには、それを兵器として応用可能な旨について簡単に説明する。
「具体的には、アルテミス要塞の時のように、AA内部を敵に占拠されたような場合に、
食事に毒物を混入したり、もしくは、敵の密集している区域にガスを流し込んだりする
なりすれば、武器を使わずに敵を無力化する事も十分に可能です」
健気にも、独自の路線でAAに奉仕する道を模索していたらしいフレイの力説に、
マリュー達は、感動したり感涙に泣き咽たりはしなかった。
むしろ、三人は得体の知れない物の怪でも見るような眼つきでフレイを睨む。
「フ…フレイ君、あなた、そのようなケースが発生した場合、本気で毒物の使用に
踏み切るつもりだったの?」
「当然です。味方を守り敵を殲滅する為には、手段など一切選んでいられませんから。
艦長だって、例のアルテミス要塞脱出の際に、「アルテミスと心中するのはゴメンよ!」
とか宣言して、景気よく要塞一つをポンと破壊してきたじゃないですか?」

澄まし顔で、堂々とそう答えたフレイにマリューは絶句する。彼女には、目の前にいる
少年が、つい先日まで、戦争とは無縁の平凡な学生であるという事実が信じられなかった。
まさか、その毒物を機会さえあればマリュー達の食事に混ぜようとフレイが企んでいた事
までは見抜けなかったが、フレイという少年の危険性だけは十二分に認識できた。
フレイがどうやら自分の良識とは異なる世界の住人であり、到底、彼女の手に負える相手
ではないと本能的に悟ったマリューは、「以後、艦内での毒物の生成、使用は禁じます」
という常人には恐らく一生縁がないであろう禁句事項だけを通達すると、そのまま
事情徴収を有耶無耶のまま打ち切って、フレイを退出させる。
毒物の件を上手く誤魔化し、さらには無人島内での、敵兵(アスラン)と遭遇した事実
についてまで隠蔽する事に成功したフレイは満足して艦長室から出て行った。
今現在、彼の寝床は使用不可能みたいだが、ここ最近、フレイはキラの処に入り浸りで、
自分の部屋で寝た記憶はほとんど無かったので、さして問題ではなかった。


カガリ、フレイという問題児共との査問を終了させ、大きな溜息を吐き出したマリュー
の横顔は何時もより五歳ほど老けて見えた。この時ばかりは、フラガだけでなく、
彼女と対立しているナタルの瞳にさえも幾分かの同情の要素が見て取れた。

それから、カガリがスカイグラスパー二号のパイロットから解任される旨の通達が
正式に届けられた。
以後、戦闘中は、カガリはキサカと共に室内での艦内待機を命じられる事になる。
元々、彼らは、AA幹部が密かに中間ポイントとして定めたオーブ首長国連邦に
辿り着くまでの期間限定の臨時戦力であったのだが、万が一の事態が発生した有事の
際には、彼らにしか果たしえない最後の役割を演じてもらう事になるだろう。

795キラ(♀)×フレイ(♂)・47−4:2004/08/26(木) 18:38
このような経緯で、グラスパー二号という貴重な戦力を欠いたまま、アークエンジェルは、
オーブ近海の海域でのザラ隊の挑戦を受ける羽目となる。
今回は水の中に潜る必然性が無いので、ストライクの換装装備の中では、最も使用頻度
が低いと思われているランチャーパックで出陣したキラは、AAの固定砲台として
アグニ砲を連射する。バッテリー部分をAA本体と連結し、エネルギーの供給を母艦
から受けているので、PS切れを起こす心配が無いのは良いが、一撃必殺の大出力砲
も当らなければ意味が無い。戦闘機顔負けの機動性能で空中を自在に駆け巡るグゥルを
駆る四機のMSは、大砲のアグニを避けて、執拗にAA本体に纏わりつき攻撃を敢行する。
ただ、アークエンジェル側が片手落ちの戦力で万全の防御態勢を敷いていないのと同様に、
攻撃側であるザラ隊にも、穴が無いわけではない。ただし、それはAAのような戦力
(能力)的な要因ではなく、むしろ、人為的要因(チームワーク)に起因していた。


「イザーク、出すぎだぞ!それ以上、近づくとストライクの射程圏内に入る。
それに、足付きのラミネート装甲の理論は、学んだ筈だ。
ここはビーム兵器よりも、実体弾で……」
「五月蝿いぞ、アスラン!俺に指図するな!」
イザークの視界には、足付きでは無く因縁深いストライクの姿しか映っていないようだ。
それ故にPSを無効化するビーム兵器の使用に拘っているらしく、エネルギーライフルを
構えると、ストライク目掛けてグゥルを突っ込ませる。それを見た、イザーク派である
ディアッカも、彼を援護するかのように、AA本体ではなく、わざわざストライクに
砲火を集中するが、艦首に背後を守られ、前面からの砲撃にだけ備えれば良いキラは、
対ビームシールドで、易々と二人のビーム攻撃をシャットアウトする。
「あ…あいつら……」
指揮官機(イージス)からの、隊長命令を無視した二人組にアスランは大きく舌打ちする。

ラミネート装甲は、艦体全体を一つの装甲に見立てて、点で受けたビームを面全体に拡散
する事でダメージを防ぐと、クルーゼ隊長がどこからか仕入れてきた情報に記されていた。
その為に、排熱が追いついている限りは無敵に近く、ビームで仕留めるには途方も無い
時間を必要とする。だから、PSとは逆発想で、実体弾中心の攻撃で、まずは足付きを
沈めるように、予め作戦を立てておいたのだが、実弾兵器の豊富なバスターとデュエル
の足並みが揃わないものだから、攻撃が非効率的に成らざるを得ない。
「どうするの、アスラン!?」
「仕方が無い、ニコル。俺達もビーム兵器で攻撃するぞ!」
イザーク達があくまで我が道を突き進む以上は、不本意だがこちらが併せるしかない。
アスランは、心配そうに尋ねる隊で唯一のシンパであるニコルにそう指示すると、
イージスとブリッツの二機は、ジン用のD型装備であるバズカー砲を放り捨てて、
それぞれの手持ちのビームライフルによる攻撃に切り替える。
こうしてザラ隊がモタモタしている間に、足付きは、オーブ領の海域に到着する。
領海の防衛ラインには、オーブ本土を守護する複数のイージス艦が、手薬煉引いて
マリュー達を待ち構えていた。


「何とか無事、ここまで辿り着けたわね」
ザラ隊の拙攻にも助けられ、相応のダメージを負いながらも、目的のポイントに到達
したマリューは軽く安堵の溜息を吐いたが、ノイマンをはじめとした艦橋のクルーは
依然、緊張したままだ。絶対中立国であるオーブ本土に軍船の寄港など簡単に認められる
訳が無く、これ以上侵攻すると、下手をしたらザフトではなく、オーブ艦隊の手に
よって沈められる危険性もあるからだ。
案の定、前方のイージス艦から、「貴官らの艦は、我が国の領海に近づきすぎている。
これ以上近づいたら撃つ」という旨の警告が通信で送られてきた。さらには、ご丁重
にも、威嚇発砲が行われ、アークエンジェルの周りに三つの巨大な水柱が炸裂したが、
後半歩まで足付きを追い詰めているザラ隊は、ここまで来て、引き返す意思は
さらさら無いらしく、オーブ側の存在を無視して執拗にAAへの攻撃を続行する。

前門の虎、後門の狼という絶対絶命のピンチだが、マリューには、この窮地を乗り切れる
秘策がある。その時、艦橋の自動ドアが開き、彼女の切り札となる人物達が登場した。

796キラ(♀)×フレイ(♂)・47−5:2004/08/26(木) 18:39
「だ…誰!?」
突如、艦橋に見知らぬ二人組の男性が乗り込んできて、ミリアリアは軽く息を呑む。
大柄な壮年男性と小柄な少年のコンビで、男性は、髪を七三に分け、見慣れぬ紫色の
軍服を着ている。ヘリオポリス組の少年達には判らなかったが、何人かの正規クルーは、
それがオーブ軍の軍服である事実に気づいた。もう一人の少年は、端正な顔立ちに、
金髪をオールバックに纏め、白を基調とした将帥服を着用し、貴族然とした神々しい
雰囲気を醸し出している。

「お待ちしていたわよ、カガリ君」
「えっ…カ……カガリぃ〜!!?」
唖然とする艦橋のクルーの中で、ナタルと二人、落ち着き払っていたマリューが、
あっさりと爆弾を投下し、艦橋のパニックがさらに拡散する。
ミリアリア達は、金魚のように口をパクパクと泡めかせながら、カガリを指差している。
最初、ミリィ達は本当にカガリだとは気づかなかった。頬の傷跡を消した今のカガリは、
普段の山猿のようなワイルドな姿からは程遠く、皇族の子女と偽っても、十分通じそう
なレベルで、キラの女装までしていた人間と同一人物だとは信じられないぐらいだ。
とすると、隣にいるエリート軍人っぽい将校は、例のランボー似の大男(キサカ)なの
だろうか。こちらも、かなりのシンデレラ(変身)振りであり、トール達は、普段はダサ目の
女の子が眼鏡を外すと美少女に生まれ変わるという、少女漫画のお約束を思い浮かべたが、
今回の笑劇(フォルス)はまだ半分しか消化しておらず、これからが驚きの本番である。


キサカ(と思わしき人物)は、通信を担当していたカズイから、インカムを借り受けると、
自分達を映像の範囲内に位置取らせた上で、さっそく演説を行った。
「前方のオーブ艦隊に告げる。私は、オーブ陸軍第21特殊空挺部隊に所属している
レドニル・キサカ一佐だ。そして、こちらにおられるのは、オーブ首長国連合代表
ウズミ・ナラ・アスハ様の嫡子であられるカガリ・ユラ・アスハ王子である」
自分達の正体を明かしたキサカの爆弾発言に、艦橋のドヨメキは最高潮に達している。
艦橋で私語は禁じられているが、ヘリオポリス組だけでなく、正規クルーの間でさえ、
ザワメキがおさまらず、厳格なナタルも、事態の急転性を考慮してか、それを鎮めよう
とはしなかった。

「おい、アスラン。これは一体どういうことだよ!?」
キサカの発言は、味方だけでなく、敵であるザフト側にも少なからぬ衝撃を与えていた。
困惑した表情で問い掛けるディアッカに、アスランも「お…俺にも判らん」と返すのが
精一杯であったが、彼には、通信スクリーンに映し出された人物に見覚えがあった。
忘れるわけが無い。数日前に、アスランは無人島で、その人物(カガリ)と命の遣り取り
をした上で、最後はキラを巡っての、奇妙なシンパシーを芽生えさせたのだから。
もし、あいつが本当にオーブの王子なら面倒な事態になるやも知れぬと思いながらも、
件のペテン師(フレイ)に対する不信感がMAX値にまで達していたアスランは、
「これも、もしかしたら、あの詐欺師のシナリオか?」との疑惑を拭えなかったが、
舞台はそんなアスランの思惑とは無関係にどんどん進行していった。

「私とカガリ王子は、某国とのとある外交交渉を成功させる為に、本国政府の密命を
帯びて、密かに某国を訪問中であったが、その帰り道、嵐に襲われ遭難していた際に、
こちらの軍艦に救助され、保護を受けている身である。
或いは、我々が身分を詐称していると疑われるかも知れぬが、特務コード「Z5B291-EQ」
で、本国政府に照会されたし。私たちの身の保証となるであろう」

キサカの演説はさらに続き、周りのヘリオポリス組でさえ、絶句するような嘘八百が
並べられたが、どうやら既に、オーブ本国とは話しが通っていたみたいである。
「コードを確認した。貴官らを本物のカガリ王子と護衛のキサカ一佐と認定する。
本国への軍艦の滞留は認められないが、カガリ王子をこちらで引き取る為の、
一時的寄港だけは特例的に許可する」
やがて、艦隊側から、上記の旨のメッセージが通達され、アークエンジェルは悠々と
周りをイージス艦に護衛されながら、オーブ領海の奥へと消えてゆき、後には、
未だに事態を上手く把握出来ていない、茫然自失状態のザラ隊だけが取り残された。

797キラ(♀)×フレイ(♂)・47−6:2004/08/26(木) 18:39
「「大西洋連邦艦(足付き)は、カガリ王子を降ろした後、即座にオーブ領海を離脱した」
だと!?ふざけるな!こんな馬鹿な話しがあるか!?」
「だよねえ。あれだけのダメージを負った足付きが、そう簡単に、すぐに動ける筈がない
じゃない。舐められてるんじゃないの、俺たちは。隊長が若いからさ…」
「ディアッカ。それは関係ないでしょ?すぐにアスランを貶す材料にするんだから」
ボズゴロフ級の作戦司令室に集まったザラ隊の四人は、オーブからの正式回答に対して、
それぞれの憤りをぶつけ合っていたが、なかなか建設的な意見は出てこない。
「大体、あんなどこの馬の骨とも判らない小僧を、いきなり王子ですとか言われても、
「ハイ、そうですか」と納得出来るか。オーブ側との出来レースに決まっている。
邪魔するなら、オーブ艦隊ごと、一緒に沈めてやれば良かったんだ!」
知的生物のコーディネイターの割には、妙に単細胞な意見をイザークは主張するが、
戦力比的に可能かは別にして、外交的な見地から、それは難しい問題だろう。
フレイあたりは、コーディネイターには知識は在っても、知恵は無いと見立ていたが、
彼らの問答を見ていると、それほど的外れの評価では無いのかもしれない。

「いや、案外、あいつがオーブの王子であるというのは、意外と事実なのかもな」
今まで黙っていたアスランがはじめて口を開き、他の三者の視線がアスランに注がれる。
アスランも当初は例の詐欺師(フレイ)の策略かと疑ったが、彼は無人島で出会った時
から、既にカガリ・ユラと名乗っていた。データベースに問い合わせた結果、ウズミ代表
に、カガリという嫡子がいるのは確かで、仮にアイツが偽者だとしても、あの地点で
わざわざ偽名を名乗らせる必要性は無かった筈である。
「まあ、そんな事はどうでも良いけどな。肝心なのは、それらがオーブ首長国連邦の
正式な回答であるという事実だけだ」
そう、それこそが重要な問題なのである。カガリの真偽は別にしても、イザークが主張
した通り、足付きとオーブが裏で繋がっているのは間違いないと思われるが、オーブは
れっきとした主権国家であり、下手をすると重大な外交問題にまで発展しかねない。

「それでは、どうするというのだ、隊長殿?このまま泣き寝入りか!?」
イザークが慇懃無礼な態度で、そう問いかけ、アスランは軽く思案する。
アスランの弱腰な対応にイザーク達が憤る気持ちは判るが、正直に本音を言うなら
アスランにも、彼らに不満がない訳ではない。そもそも、イザーク達が、アスランの
指示通りに足並みを揃えていたら、面倒な事態に陥る前に、そう、オーブ領海に辿り着く
以前の地点で、足付きを沈める事も十分に可能だった筈なのだ。アスランはそう考え、
彼らの造反を苦々しく思ったが、隊長の責務を与えられながらも、イザーク達を御しえ
なかった自分にも責任の一端はあるような気がしたので、それは主張しなかった。
彼が代わりに主張したのは、次のような提案である。

「とにかく、足付きがオーブにいるという確証が必要だ。
ここは単身、生身でオーブに潜入してみるというのはどうだ?」
このアスランの予期せぬ提案に、三人はキョトンとした表情を見合わせた。

798キラ(♀)×フレイ(♂)・47−7:2004/08/26(木) 18:40
「まさか、こんな形で、再びオーブに舞い戻ってくるなんてね」
ドッグに入港したアークエンジェルの甲板上にワラワラと、ヘリオポリス組&カガリの
子供達七人が姿を現した。未だに艦の外に出るのは禁止されているが、ここも一応は
彼らの生まれ故郷の一部なので、少しでも外の空気に触れてみたかったからだ。
キラは居心地悪そうな表情で、隣にいるカガリを見る。今のカガリは先の正装から
普段の軽装に着替えており、せっかくオールバックに纏めた髪もボサボサに崩してラフな
スタイルを取り戻していたが、それで、カガリの正体が有耶無耶になったわけではない。
「何だよ、キラ。俺のオヤジが国王だろうと宇宙人だろうと、俺は俺だ。関係ないだろ?」
キラの視線に気付いたカガリがムッとした表情で、そう主張し、キラも「そ…そうよね」
と愛想笑いを浮かべたが、未だに戸惑いは抜け切っていない。アスラン、フレイ、
そしてカガリまでも、彼女が惚れ込んだ男性は皆、やんごとない家柄の血筋なので、
パンピー(一般人)である自分に、キラは些か引け目を感じてしまったりするのだ。
「俺に言わせれば、俺なんかより、お前の方がよっぽど特別な存在なんだぜ、キラ」
妙に煮え切らないキラの態度に、カガリは内心でそう謙遜したが口にはしなかった。
キラの隣にいるフレイは、互いにコンプレックスを抱いているらしい非公認兄妹の
遣り取りを興味深そうに拝見している。カガリの正体について、実はどこぞのボンボン
ではないかと密かに当りをつけていたフレイだが、オーブの王子様とは想像以上だ。
まだ、彼にはキラを巡った秘密がありそうだが、それらも追々判ってくる事なのだろうか?


その頃、交渉の為に艦外へとキサカに連れられていった幹部三人と入れ違いになるように、
三つのシルエットが、密かにアークエンジェルの中へと忍び込み、探索活動を行っていた。
途中、AAのクルーに見咎められたりもしたが、三つの影は屈託のない笑顔で挨拶して、
堂々と彼らの詰問をやり過ごす。やがて、甲板の出口まで来て、目当てのブツ(者)を発見
した影達は、一斉に甲板に飛び出して、その本性を現した。



「「「カガリさま〜ぁ!!!!」」」
「ゲっ!!?お…お前ら!?」
突如、後方から黄色い声が聞こえてきたので、慌てて振り返ったカガリは表情を
引き攣らせた。お揃いの真っ赤な軍用のチョッキに、グレーのズボンをはいた
三人の少女が、猛牛のような勢いでこちらに突っ込んできたからだ。
直ぐに廻れ右したカガリは、脱兎の如く、その場を駆け出そうとしたが、

「ジュリ!、マユラ!、フォーメーション・デルタよ!!」
「「ラジャー(了解)!!!」」
彼女達の中でリーダー格っぽい、カガリと似た金髪の少女の掛け声の下、少女達は
陣形を定めると、カガリを基点とした三角形(デルタ)の形にカガリを取り囲んだ。
それから、三人は、グルグルと時計回りに回転しながら、ジワジワと包囲網を狭めてゆき、
カガリに離脱する一ミクロンの隙さえも与えずに、見事、カガリを捕獲するのに成功する。
手前勝手な攻撃を繰り返して、結局、足付きを取り逃がしてしまったザラ隊に比べれば、
彼女達の方が八百倍ぐらい統率が取れているみたいである。

「カガリ様、お久しぶりです。マユラ、本当に寂しゅうございました」
「ザフトとの戦闘交渉、見てましたよ。凛々しかったですね、カガリ様」
マユラと名乗ったボーイッシュな娘は自分の頬をカガリの頬に猫のように擦りつけ、
リーダー格の少女は瞳をキラキラと輝かせながら、カガリの手を強く握る。
「キャア!、見て、アサギ。おいたわしや。カガリ様の玉のお肌に傷が!?」
「それ所じゃないわよ、マユラ。御身体の方はもっと酷い惨状よ!」
マユラがカガリの頬の傷にツーっと指を這わせ、アサギはカガリの襟首を掴んで、
赤いシャツの下から見え隠れする夥しい数の傷跡に、目を瞬かせる。
「ま…まさか、下の方も!?」「………………確かめなくては」
「ひいっ!?何をする、お前ら!?や…止めろぉ〜!!」
少女達は二人掛かりでズボンを下ろしにかかり、カガリは悲鳴を上げて、必死に抵抗する。

799キラ(♀)×フレイ(♂)・47−8:2004/08/26(木) 18:41
「アサギ、マユラ。もう、止めてあげなよ。カガリ様、本気で嫌がっているよ。
それに皆さん、呆れてこっちを見ているわよ」
三人娘の中の良心っぽい眼鏡の子が、軽くはにかみながら、そう訴える。
「またジュリは良い娘ぶちゃって…」「そうそう……、ところで、皆さんって!?」
ようやく、少女達は外野(ヘリオポリス組)の存在に気づいたみたいだ。
「い…嫌だわ、私達ったら…」
唖然とした表情で、自分達の痴態を見つめていたヘリオポリス組の面々に、
アサギとマユラは、今更ながらに羞恥で顔を真っ赤に染めながら、カガリから手を離す。
危うく公衆の面前で、逆レイプされ掛けたカガリは、大慌てで三人から距離を取ると、
キラの後方へと逃げ込んだ。

「そうそう、自己紹介がまだだったわね。私達は学園時代のカガリ様ファンクラブの者で、
私は、ファンクラブの会長を務めていた、アサギ・コーデウェルでぇ〜す」
「同じく、副会長のマユラ・ラバッツよ」
「……書記のジュリ・ウー・ニェンです」
先の照れ隠しのつもりなのか、少女達は妙にノリノリで自分達の姓名を明らかにする。
どうやら彼女達は、カガリの学生時代の級友らしい。立場的には、明けの砂漠にいた
アフメと似たカガリの追っかけ(ストーカー)という事になるのだろうか。
ただ、カガリにゾッコンだったアフメと異なり、何となくだが、この三人はカガリを
玩具にして遊んでいる節があるように感じられる。もしかしなくても、カガリの女性不信
の原因には、学園時代の彼女達の存在が大いに寄与していたのかもしれない。


「こ…ここは、軍用基地だぞ。何で、民間人のお前らがいるんだ!?」
情けなくもキラの影に隠れて、慌ててずり落ち掛けたズボンを引き上げながら、カガリは
当然の質問をしたが、「私達、実は軍に志願したの」という突拍子もない返事が戻ってきた。
「ほら、オーブって、ユーラシアや大西洋連邦とかの他の軍事大国と違って徴兵制度を
敷いていないから、軍は慢性的な人手不足じゃない?
だから、エリカさんの口利きで、私達、今、M1のテストパイロットをやっているのよ」
「エリカって、あのシモンズの婆ぁか!?」
「またまた、カガリ様ったら、本当に口が悪いんだから。
とにかく私達が動かせるようになれば、どこへ出しても恥ずかしくない仕上がりになる
から…って、エリカ主任に拝み倒されたら、ちょっと断れないじゃない?」
「そうそう、ここで仕事していれば、いずれカガリ様とも再会出来るって言われたしね」
「それって、お前らでも動かせるようになれば、誰にも操縦可能になるって意味じゃないか?」
とカガリはシニカルに思ったが、意外とフェミニストのカガリは、持ち上げられて
舞い上がっているらしい三人に、敢えて冷や水を浴びせようという気にはなれなかった。


「おやおや、中々、コミカルなお嬢様達みたいだね」
三人娘のハイテンションなノリに順応出来ずに、呆然としていたヘリオポリス本家と
異なり、興味深くカガリとの漫才を見物していたフレイが早速アサギ達に声を掛ける。
「キャッ、美少年!?」
美形なら誰でも良さそうなミーハーっぽいアサギが軽く頬を染め、他の二人も興味深々
という顔つきで、フレイの透明感溢れる笑顔を食い入るように眺めている。
「僕はフレイ・アルスター。君達と同じ少年兵さ。一応、彼女持ちの身分なんで、
あまり深い仲になることは出来ないけど、良きお友達としてお付き合いできるかな?」
「え〜!?やっぱり、もう既に売却済みなんですか?あうっ、残念」
「はっはっは。駄目じゃないか、浮気っ気を出すと、カガリ君が嫉妬するだろう?」
「馬鹿野郎。んな事あるか!……って、おい、お前ら。
コイツにだけは絶対に近づかない方が良いぞ。マジで食われちまうぞ」
「キャア、もしかして、カガリ様。私に嫉妬してくれてるの!?」
「だから違うって言ってるだろう!俺は親切心から……」
「酷いな、カガリ君。僕と君とは無人島で、お互いに肌と肌とを寄せ合って、
共に一夜を過ごした仲じゃないか…」
フレイはセクシィーな流し目でカガリの耳に息を吹きかけながら、芝居掛かった仕草で
カガリの肩を抱き、身体全体に鳥肌を立たせたカガリは、反射的にフレイの手を払いのけた。

800キラ(♀)×フレイ(♂)・47−9:2004/08/26(木) 18:41
「き…気色悪い真似するんじゃねえ!」
「済まないね、カガリ君。君の本命は兄貴と慕っているフラガ少佐なんだよね?」
「だから、さっきから誤解を招くような紛らわしい言い方は止め……」
そこまで言いかけて、ふと、カガリが三人娘の方を振り返る。
フレイの発言に、ショックを受けた者、頭に?マークを浮かべている者、
瞳をキラキラと星のように輝かせている者と、三者三様の反応が見て取れた。
「カ…カガリ様。何度モーション掛けても全然反応がないから、もしや女性に興味が
無いのかと思いきや、まさかそっち側の人だったとは…」
「ねえ、聴いた!?兄貴だって!?キャア、ヤオイよ。ヤオイ!耽美すぎるわ」
「カガリ様、私は決して諦めません。私の愛の力で、カガリ様の男しか愛せない
という病気を癒やして……」
「だから違うって言ってるだろ!お前ら人の話を聞け!!」
再び三人娘はカガリの身体にしな垂れる。四面楚歌でホモ扱いされたカガリがとうとう
発狂したが、自分達の世界に填まり込んでしまったらしい三人には全く効果が無かった。

フレイの正体を知っているヘリオポリス組の面々は、カガリをダシにして、
さっそく三人娘を上手く懐柔しているフレイの手並みに呆気に取られている。
既に三人娘の中では、フレイはかっこ良くて、面白い男性と認識されているみたいだ。
例の悪魔的な本性をひた隠したフレイは実に爽やかで、博識で口当りも良いので、
初対面の女の子が、フレイの上っ面に騙されてしまうのは、無理からぬ事であろう。


「そんなに怒るなよ、カガリ君。この三人は君の物だよ。僕には、キラさえいてくれれば
十分だから、この三人娘に手を出すつもりはないさ。しかしまあ、女に興味が無いような
振りして、影でハーレムを拵えるなんて、やっぱり王子様は凡人とは遣る事が違うね」
ここぞとばかりに、フレイがカガリを畳み掛ける。
実際、フレイは、デート中に恋人(キラ)を連れ去られたり、戦場(無人島)へと
無理やり拉致されたり、危うく敵(アスラン)ごと撃ち殺され掛けたりと、
何だかんだ言っても、カガリへの怨み辛みがけっこう溜まっていたのである。
まあ、カガリの一方的な認識では、妹を悪魔の手から救うためにやった事ではあるが。

今まで、この場のペースに戸惑っていたキラも、呆れたようなジト目でカガリを睨み、
「誤解だ、キラ!」とカガリは大声で叫んだが、三人娘を身体中に侍らせている
今の状況では、説得力が無いこと甚だしかった。


「そう、あなたがキラさんだったね?例のMS(ストライク)のパイロットの」
自分達の世界にトリップしていた三人は、カガリの発した「キラ」というキーワードを、
復活の呪文として、現実世界へと帰参し始めた。
「実は私達、本当なあなたに用があったのよ。カガリ様の姿を見つけたら、
ついつい、そんな事は頭から吹っ飛んでしまったけど」
照れ隠しに軽く頭を掻きながら、三人娘はようやくカガリに絡めていた身体を離すと、
真正面からキラに向き直り、弛み切っていた表情を引き締め直した。
「キラ・ヤマトさん。エリカ・シモンズ主任がお呼びです。
是非とも、あなたにお願いしたい事があるそうです」
三人を代表する形で、アサギがキラにメッセージを伝え、キラは軽く瞬きしながら、
不安そうな目付きで、自分と歳の変わらない三人娘の顔を覗きこんだ。



その頃、断崖絶壁に囲まれた人気の無いオーブ沖に、ダイバーのスーツを着た四人の
少年少女が泳ぎ着いた。足付きの動向を探るために、オーブへの密入国を果たした
ザラ隊のメンバーである。
数日前の無人島でも為しえなかった、キラと生身で邂逅出来る日が近づいている事を、
この時、彼らを率いる隊長のアスランは、未だに気がついていなかった。

801私の想いが名無しを守るわ:2004/08/26(木) 19:35
>>キラ(♀)×フレイ(♂)

久々の投下乙です。もう続きは読めないのかなと思ってた
矢先だったので大変嬉しいです。

802人為の人・PHASE−16:2004/08/26(木) 22:12
目を覚ました僕の耳に、第一戦闘配備の警報音が飛び込んできた。
僕はベッドから起き上がった。「何か」が僕の中で変わっていた。
体のあちこちがガラスの切っ先のような自信に満ち溢れていた。
自分を押さえつけていた膜のようなものが壊れたのを僕は感じていた。
全てはあの子と寝た事がもたらした、羽のように軽い快感だった。
僕は大切なものを絶対に守る事ができる確信を得て、部屋を出た。
それは結局、傷ついた僕の一時的な闇への逃亡だったのかもしれない。
けれど、僕は今でもそれを憎んではいない。そうしなければ、きっと
僕は誰も守る事ができないまま消えてしまっていただろうから。
隣で眠っていたあの子の本当の気持ちを、僕は知らなかった。

すぐに出撃できるとの旨を伝えた僕は、ミリアリアにさえ乱暴な態度を
とった。敵が攻めてきてるのに、戦わないといけないのに、みんな何を
呑気にやっているんだ。さっさとハッチを開けろ。僕は怒鳴った。
僕は少しでも早く敵を滅ぼす事を望んでいた。そうすれば、多くの人が
助かるのだと考えていた。以前にもまして必死な心がそこにはあった。
僕はランチャーストライクで飛び立った。

砂の大地に落ちた僕は予想外の動きの悪さにてこずった。手に感じる
衝撃が宇宙とあまりに違う。そんな僕に敵は攻撃を仕掛けてきた。
地上を縦横無尽に動き回る事を目的として設計されたMS、バクゥ。
犬のような形をしたそれは、鈍いストライクに次々とミサイルを
撃ち込んでくる。PS装甲の頑丈さに守られながら、僕はストライクの
操作系統を自分でも驚くほど瞬時に修正した。生きるためではなく、
倒すための力。戦場で無力な者は失う事しかできない。砂への接地圧を
調整し、初めての環境に適応を開始していた僕はバクゥの軽やかな
動きに翻弄されつつも、確実に反撃を展開していった。
僕にはあの子の「想い」がある。託された気持ちが、僕の力となる。
一見正しいようでいて底知れぬ誤解を含んだ僕の信念が再び弾け、
未知の力が感情を支配し始めた。

僕はいつしか、敵のMSを生意気とさえ思うようになっていた。
砂漠を飛び跳ねるバクゥを僕はストライクの足で押さえつけ、そのまま
ヘリオポリス破壊の引き金ともなったアグニで容易く吹き飛ばした。
遠くから飛んでくる敵艦の主砲にはそれの一匹を投げつけて相殺した。
僕にはそれがただの機械でできた紛い物の犬としか思えなかった。
その気になればアークエンジェルを守るためにいくらでも壊してやる、
だからかかってこい。僕には力がある。そんな残酷な心があった。
しかし僕の黒い一面は長続きしなかった。PS装甲が切れたのだ。
これ以上の戦闘は危険だった。僕は正気に返り、生存の道を探した。
そこに有線通信でコクピットに声を入れてくる者がいた。
レジスタンスの一員らしく、敵に地雷を踏ませる作戦を僕に提案した。
やがて思惑通り、そのポイントを飛び越えた僕を追ってきたバクゥが
残骸となって空に舞った。僕は無責任なまでにそこに残酷さを感じた。
結局、戦闘はザフト側に多大な損害を残して終わった。
三度目の運命的な出会いがすぐそこに迫っていた。

803人為の人・作者:2004/08/26(木) 22:16
投稿再開しました。9月いっぱいの完結を目指して頑張ってみます。

>>キラ(♀)×フレイ(♂)
最初から拝見しておりました。濃厚な地の文とひねられた会話が
とても面白く、続きを期待していたのでうれしいです。
個人的に、例の夕焼けのシーンがどうアレンジされるのかが楽しみです。

804私の想いが名無しを守るわ:2004/08/26(木) 22:30
がんばって!

805人為の人・PHASE−17:2004/08/27(金) 12:03
戦闘を終えてMSから下りた僕に、一人の少女が駆け寄ってきた。
乱れるに任せた金髪と、見る者を愛情とはまた違った意味で惹きつける
瞳を持つ彼女の顔がたちまち怒りに満ち、僕を問い詰めた。
何であんなものに乗っているんだ。あまりに直接的な質問だった。
僕の中で過去の記憶が次々と呼び起こされた。それらはみな複雑に
絡み合い、巨大な力となって僕を追いたてているように感じた。
そして長く辛い説明をする事をためらううちに、僕はようやく彼女が
ヘリオポリスにいたあの時の事を思い出したのだった。
色んな出来事がありすぎてどこかへ置き忘れてしまったのだろうか。
そのせいか、彼女との再会はひどく新鮮なものに思えた。
訳も分からないまま結局彼女に殴られてしまったのもその一因だろう。
彼女の名はカガリ・ユラ・アスハ。僕の数少ない血縁者の一人だ。

アークエンジェルは地元のレジスタンス組織「暁の砂漠」に協力する
という形で、アフリカに駐屯するザフト軍を撃破し紅海へ抜ける事に
なった。そのザフト軍を率いていたのは、「砂漠の虎」と名高い
アンドリュー・バルトフェルド。僕はこの人と後々戦う事になる。
もちろんその時の僕はそんな事を知るはずもなく、ただただこれからの
旅路への不安とそれを押し殺すための歪んだ自信を抱え続けていた。

僕は岩場の間にカモフラージュされて横たわるアークエンジェルを
眺めながら、砂漠の熱い空気を苦痛に思うことなく肌身に感じていた。
そこへ金髪の少女、カガリが涼しげな恰好で上ってきた。
僕の横に座り、とても正直な言葉で先程の謝罪と弁明を行う彼女は
どこかおかしくて、自然と笑みがこぼれた。カガリのようにまっすぐで
偽りのない気持ちを持った人を僕は今までに見た事がない。傍にいると
顔の表情一つに注目するだけで退屈しないし、本当に癒されるのだ。
もちろん血の繋がった者の贔屓目もあるかもしれないが、少なくとも
カガリは、僕なんかが決して持ち得ていないような魅力を備えていた。
そんな彼女と話をしている時、僕はあの子の事を一時的に忘れた。

僕はその時、MSの調整を終えて外へ出てきたところだった。
昼とは打って変わって冷えこんだ空気が漂う中で、二人は争っていた。
あの子がまず僕に抱きついてきた。視線の先にサイが見えた。
腕の中であの子は小さく震えていた。サイは苛立っていた。
僕は彼らが何を問題にしているのかを悟った。
二人は深い関係にあったはずなのだ。すっかり忘れてしまっていた。
もし覚えていれば、あの子と寝る事も無かったのだろうか。
僕はあの子を抱いて、サイがどう思うかなんて考えもしなかった。
自分の辛く苦しい状況に溺れ、遠くにいる友人を思い出さなかった。

ゆうべはキラの部屋にいたんだから―――。
あの子の痛切な響きを伴った声が、僕の心を完全に狂わせた。
僕の腕にしがみつくあの子の温もりが、無意味な力を引き寄せた。
やめなよ、サイ。信じられないような冷たい自分の声が耳を打った。
強い衝撃を受けていたサイの顔が次第に怒りへと変わっていく。
しかし僕は全く動揺していなかった。すぐに小さくなって謝るはずの
僕が暗黒の僕に踏みつけられ、蹴飛ばされて泣いていた。
昨日の戦闘で疲れてるんだ。もうやめてくんない。
その言葉にサイは僕の名前を呼び、向かってきた。僕はその動きを
冷酷なまでに予測して、彼の腕をひねり上げた。
やめてよね。本気で喧嘩したらサイが僕に敵うはずないだろ?
彼を砂地に突き飛ばした僕は、圧倒的な優越意識に酔いしれていた。
自分がコーディネーターである事実を喜んで受け入れていた。
それは僕が僕自身を最も醜いと感じた瞬間だった。
僕はその時点で悪魔とも成り得ていたのだ。
やがて臆病な自尊心は切実で身勝手な言い訳へと変わった。
僕がどんな思いで戦ってきたか、知りもしないくせに―――。
首を僕の肩に傾けるあの子の優しさに触れ、僕は力を感じていた。
僕の人生に、逃れようのない罪の一点が築かれた。

806人為の人・PHASE−18:2004/08/28(土) 16:56
町のある方角から火の手が上がっていた。
僕はあの子に優しい言葉をかけ、戦闘に備えるべくその場を去った。
MS格納庫へ向かう僕の頭の中では、先程の出来事が幾度も頭を
かすめていた。僕はサイの手をひねり上げ、地面に突き飛ばしたのだ。
サイはヘリオポリスの工業カレッジで、僕の友人だった。
僕達のリーダー的な存在で、いつも頼もしく思っていた。
困った時にはお互いに助けあい、協力し、手を取りあって喜んだ。
僕達はお互いを理解しあっている。そう思っていた。
それなのに、僕はそれを裏切る酷い行為をしたのだ。
高揚が次第に罪悪感へと変わり、僕の胸を締め付け始めていた。

「砂漠の虎」はレジスタンスの家族の住む町を強襲した。
彼は事前に攻撃する事を予告していたらしく、皆命からがらで
逃げ出したものの死者は皆無だったという。不思議なものだった。
しかし住居、食料、武器弾薬は完膚無きまでに焼き尽くされ、
町の人は明日を生きる手段にも事欠く状態で呆然としていたそうだ。
もちろんそんな状況に「暁の砂漠」のメンバーが黙っている訳もなく、
カガリを含めて多くの男達がジープでザフト軍の跡を追った。
彼らは純粋な怒りのもとに敵に一矢を報いようとしていたのだった。
たとえその結果が何を意味するかを分かってはいても、止められない。

僕はストライクで待機していたが、レジスタンスの人々がそんな行動に
出たという連絡を受けて出撃した。砂塵の向こうでは柔軟に飛び回る
バクゥと、その下でおもちゃのように攻撃を加えるジープが戦闘を
繰り広げていた。その戦力差は一目瞭然で、犬が次々と車を破壊する
奇妙に恐ろしい光景が続いていた。僕はそこに乱入していった。
砂漠での戦闘に慣れ始めていた僕に対し、敵は独特の陣形を組みながら
襲ってくる。僕は心の奥に溜まったどす黒い感情を吐き出すように、
そんな技巧を凝らした相手の攻めをかわして反撃に転じた。
しかし、それでもなお続く戦いは僕を一層深い闇に落とし込んだ。
何物にも代えがたい想いに守られた自分の力をただ信じて、僕はまた
弾け飛ぶ種子の姿を瞳の奥に感じた。そうして敵を殺し、退けた。

戦闘が終わってストライクの眼下にあったものは、「結果」だった。
カガリが泣き叫んでいた。キサカさんが隣にいた。誰かが死んだ。
それはアフメドという名の少年で、カガリと活動を共にしていた
らしい。今度は僕がそんな光景に複雑な憤りを抱く番だった。
死にたいんですか?
僕は精一杯の怒りと軽蔑をこめて、自分の命を顧みようともしない
「勇敢な」人々に対する言葉を紡ぎ出した。拳に力が入った。
MSの前では、人はゴミのように蹴散らされ、踏み潰されてしまう。
その時僕は、自分の守るべき人々が自分から命を投げ出す事に
我慢できなかったのだ。そう、僕はただ庇護の意識に固執していた。
カガリの強い口調にも僕はたじろがなかった。誰かが誰かを
守るために必死になったところで、死んだらどうなる?
この少年は?カガリは?その代償は決して小さくはない。
気持ちだけで、いったい何が守れるって言うんだ―――。
僕はカガリが女の子である事も忘れ、無我夢中で彼女の頬を張った。

807人為の人・PHASE−19:2004/08/29(日) 11:04
あれから僕とカガリの間にはしばらく微妙な空気が流れていた。
険悪なものではないが、それでいて別段仲が良いというわけでもない、
そんな関係だ。それはきっと僕がいつまでも心の隅で気にしていたのに
対して、カガリの方はすっかり忘れてしまったような態度で日々を
過ごしていたからだろう。細かいことを気にしない彼女が羨ましい。
そうだ、僕はいつでも気にしている。そして都合の悪いことはすぐに
忘れる。でも僕は今も悲しい思い出を、忘れることなく気にしている。

そんな中、僕達は物資の調達のために大都市パナディーヤに赴いた。
武器商人との交渉に向かった大人達と別れ、僕とカガリは雑用品の
買出しに四方八方を歩き回る。買い物リストの中にはあの子の依頼品も
あって、カガリは少し顔をしかめた。行く先々で繁栄の陰に潜む戦争の
気配を感じ取りながら、僕は彼女の自由奔放さに振り回されつつ
ひと時の平和な安らぎを覚えていた。

僕とカガリが昼食をとろうとカフェテリアに落ち着いたときのことだ。
まず、注文したドネル・ケバブという料理にかけるソースをめぐって
一悶着あった。妙に派手な服装の、明るい声で話しかけてきた男性が
カガリのチリソースをかける嗜好に異を唱えたのだ。冒涜だ、邪道だ、
彼はそう叫んで僕のケバブにヨーグルトソースを注ごうとし、それを
止めようとしたカガリと激しい競争を繰り広げた結果、僕のケバブは
見事に紅白ミックスへと染め上げられてしまった。僕は軽く驚愕した。
だが、本当の恐怖はここからだった。
蒼き清浄なる世界のために―――そう叫ぶ一団が、先ほど現れた男性を
狙うようにして銃を手に僕達を襲った。刹那にテーブルを倒して防壁を
築いた男性は、さっきとは打って変わって周りにいた部下達に一団の
排除を命令していく。それはまさしく指揮官のものだった。
死角から僕達に銃を向けていた男を蹴り飛ばし、波乱の終結を悟った
僕の前で、男性はサングラスを外して名を名乗った。
「砂漠の虎」、アンドリュー・バルトフェルドその人だった。

襲われた時にチリソースを頭から被ってしまったカガリのため、僕と
彼女はバルトフェルドさんの屋敷へと連れて行かれることになった。
冗舌でコーヒー好きな彼の性格を知って敵とは思えない親近感を
抱き始めていたその時、汚れを洗い落としたカガリが現れた。
若草色のドレスを着た彼女はすっかり容姿を変えてしまったようで、
僕は素直に驚きの感想を述べて彼女を愉快に怒らせてしまった。
続くバルトフェルドさんの言葉は何やら意味深で、こちらはカガリを
普通に苛立たせたようだった。彼のふざけたような数々の言動に彼女は
純粋に怒りを覚え、彼を問い詰める。彼ははぐらかす。彼女は叫ぶ。
そして彼は冷たい銃口を向け、僕達に一つの問いを投げかけた。
どこで戦争を終わりにすればよいのか。全てを滅ぼして、なのか。
やや遅れて僕に衝撃が走った。僕達は今戦争のただ中にいる、それは
分かっているつもりだった。けれど僕は「今」を生きることに必死で、
戦争の終わるべき「未来」を見つめていなかった。ただ単に目の前の
危機を振り払おうとしてストライクを起動し、敵を滅ぼしていた。
「敵」の考えに触れることができたのは、それが初めてのことだった。
やがてバルトフェルドさんはどうでもいいことのように銃を下げ、
僕達に戻るべき場所へ帰るよう促した。僕達は殺されなかった。
その頃アークエンジェルでは、サイがストライクを起動させていた。

808人為の人・PHASE−20:2004/08/30(月) 11:01
それから「砂漠の虎」との決戦の時が訪れるまで、血は流れなかった。
しかしそれを本当に平和な日々と呼ぶことができただろうか?
僕がアークエンジェルに帰ったその時から、僕はあの子を抱くことに
心の底で言い知れない不安を抱き始めていた。表面上は何も変わらず、
外側から見れば何の変哲もない穏やかな日々。だがそこには、戦争を
生々しく感じさせないからこそ漂う甘い不吉な影があった。

僕とカガリのいない間に無断でストライクを起動させたサイは、
罰として営倉に入れられ食料を届けられる生活を余儀なくされていた。
彼はどんな思いで、僕がアークエンジェルを守るために多くの敵を
葬ってきたそのMSを起動させたのだろうか。僕が帰らなかったから、
自分を砂漠に突き落としたかつての親友が戻らなかったから、
僕にできることを自分も成し遂げようとして結局失敗したのだろうか。
いずれにしろ僕が彼を追い詰めたことは明らかで、そのことに対する
僕の苦しみはそのままあの子との関係に跳ね返ってきた。僕はあの子と
出会うことを避け、ストライクのコクピットで寝起きするようにした。
そうでもしなければ、僕自身が耐えられないという身勝手な理由で。

サイに食料を届けに行くところだったカズイと一緒に、僕はサイの
入れられている営倉の前までやってきた。カズイはいつもの力なく
静かな声で僕に扉の前で待つよう指示した後、一人で営倉の中へ入る。
戦争が僕達の前に訪れるまでは頼もしく聞こえていたはずのサイの声。
その声が、カズイとの会話から以前よりもずっと弱々しく響いて
僕の耳に流れ込んでくる。あれほどみんなの尊敬していたサイが、
今は屈辱的な立場に置かれて苦しんでいる。その時、僕はすべてが
自分の責任なのだと思った。僕のためにみんなが傷ついているのだと
思った。しかしそれが安易な思い上がりであることには気づかず、
この鬱々とした日々を何とか生き抜くことしか考えていなかった。
ふと、あの子の姿が瞳の片隅に映った。僕が顔を向けると、彼女は
通路の向こう側に姿を消した。不安は数え切れなかった。

久方ぶりに部屋へと戻った後、しばらくしてあの子が目の前に現れた。
あの子は僕に近づき、ベッドに腰掛けた僕に肩を寄せ、甘い声で僕を
混乱させる。サイの悲惨な状況に目もくれず、人を魅了する笑顔で
彼の行動を暗に非難する。違う。何かが違う。僕達は、僕とあの子は、
こんなことをしていい関係じゃない。突然心の中に明らかな拒絶が
生まれ、僕はベッドの上での空しい抱擁を求めてきた彼女を
振り払った。ほんの一瞬だけあの子を邪悪だと思い、直後にその考えを
打ち消し、そう考えた自分に嫌悪した。心はずっと泣いていた。

やがて「砂漠の虎」との決着を目前に控え、僕の中を新たな思いが
駆け巡った。ザフト軍。親友だったアスランもそこにいる。
彼は今どこで、何をしているのだろうか。急速に彼の姿を思い出す。
僕とは違う誰かにイージスの銃を向け、ただひたすら「戦争」に
徹しているのだろうか。僕はそう考えたくはなかった。

809人為の人・PHASE−21:2004/08/31(火) 09:35
ついにサハラ砂漠を抜ける時が来た。それはつまり、紅海への道を
閉ざしているレセップス、「砂漠の虎」との正面衝突を意味する。
戦争から少しでも遠ざかっていた間に考えていたあまりにも多くの
出来事を断ち切り、僕は戦いに専念することを決意しようとした。
アークエンジェルを、みんなを守れるのは僕しかいない―――。
だがやはりバルトフェルドさんの言葉は重くのしかかってくる。
一度見知って、ただの「敵」とは思えなくなってしまった人を
僕は容赦なく討つことができるのだろうか。自信などあるはずもなく、
必要以上のノルマを自分に与える身勝手さがまたしても僕を責めた。

出撃前、僕はフラガ少佐に問いかけた。あの時、バルトフェルドさんが
僕の戦いぶりを見てたとえた言葉、「バーサーカー」の指し示す意味。
返ってきた答えは、正にストライクに乗った僕そのものを表していた。
狂戦士。普段は大人しいのに、戦いが始まると狂ったように強くなる。
限界を超えたと思った瞬間に脳裏に浮かぶ、弾け飛んだ紫紺の種子の
イメージを想像して、僕はいつもの通り暗い気持ちになった。

「砂漠の虎」との決戦は予想通り非常に激しいものとなった。
敵はレセップス以外の陸上艦も動員して待ち伏せ作戦を行っていた上、
襲撃を避けようと廃墟に逃げ込んだアークエンジェルは瓦礫が艦体に
引っかかって離脱不可能に陥ってしまった。僕はバクゥとの戦いに
全神経に取られて援護することもできなかったし、
少佐のスカイグラスパーも空の戦いに集中せざるをえなかったため
どうすることもできない。もうだめか。そう思いかけたその時だった。
ストライクと同じく地上に降り立っていたバスターが、
アークエンジェルへの砲撃を誤射して何とか危機は回避された。
不思議な気分だった。後で聞いてみればカガリも参戦していた
というし、何だか今になって思うと幻のような戦いにも思える。
そう、まるで真実が砂塵の中へ埋もれるのを拒否したかのように。

バクゥを一通り蹴散らしたところで、ついに見たことのないMSが
現れた。バルトフェルドさん、そして彼の愛人だったアイシャさんの
搭乗するラゴゥ。オレンジ色に塗装された機体が砂漠を猛烈なスピード
で駆け回り、対砂漠用にOSを書き換えたストライクを翻弄する。
ためらいの気持ちを捨てきれないまま僕は戦闘になだれ込んだ。一撃、
また一撃。ビームライフルを巧みに回避し、ラゴゥが迫る。僕は通信を
開いて必死に言葉を伝えてはみるものの、彼の荒々しい返事は僕の
空しい理想を否定して現実を伝えてくる。戦うしかない。どこまで?
どちらかが滅びるまで。ストライクのビームサーベルがラゴゥの足を
切断する。まだ戦いは終わらない。ルールなどない。PS装甲が切れ、
無防備になるストライク。手負いで襲いかかるラゴゥ。これが現実。
覚醒した僕は―――狂戦士となった僕は、アーマーシュナイダーを
ラゴゥの額部分に突き立てた。殺したくなかった人が、爆炎に消えた。

長い長い悲しみの叫びは、こうしてまた僕を少しずつ変えていく。
僕の敵への対し方も、僕のあの子との関係も、何もかも。

810人為の人・PHASE−22:2004/09/01(水) 12:27
紅海へ出たアークエンジェルは、インド洋を経てアラスカへと向かう。
「砂漠の虎」は倒したものの、海洋にはザフト軍が潜水艦で息を潜めて
おり、油断することはできない。僕は戦争に巻き込まれて以来感じた
度重なる悲しみも癒えぬままに、ただ戦い続けなければならなかった。
戦うこと。その言葉が僕にとって、新たな意味を帯び始めていた。

僕はデッキに出た。澄み切った青空の下、カモメ達が楽しそうに空を
飛んでいる。自由な鳥。縛られた自分。僕はなぜ戦っているのだろう。
殺してしまったと思ったバルトフェルドさんの姿が繰り返し脳裏に
浮かび、僕はいつもの通り耐え切れなくなって涙した。自分の運命が
つらかった。コーディネーターだから、戦える。コーディネーター
だから、簡単に死なない。死なない?でも僕はあの人を殺した。
果てしなく自分を絶望に追い込んでいく思考の渦に囚われようとして
いたその時、目の前にカガリが現れた。いつになく優しい顔と声で
僕を抱き寄せ、静かに安心させてくれる。あの子の時とは違う、
何か懐かしくて温かいものが全身を駆け巡った。僕は癒されていた。
直後、急に我に帰ったように弁解をするカガリ。彼女の行動はいつも
短絡的で、それでいて情に厚くて面白い。僕がコーディネーター
だからといって差別しないとはっきり言ってくれた彼女は、どこか
他人ではないような気持ちを与えてくれたのだった。

ふと、あの子の僕を呼ぶ声が聞こえる。見上げるとタンクトップ姿で、
僕のことを甘く誘惑するような視線のあの子。カガリは不機嫌そうに
立ち去ってしまい、アークエンジェルのデッキには僕とあの子の二人が
残された。僕は困惑したものの、結局のところ嫌な気分ではなかった。
今となって思えば、あの頃のそんな思い出でさえ僕の中にしっかりと
息づいている。官能的で、扇情的で、でも心は傷ついていたあの子。
僕は今あの子の手にすら触れることもできない。

初めての水中戦闘。巨大斬艦刀、シュベルトゲーベルを装備して
ザフトのMSと対峙する。グーンがクローを振りかざす。速い。
いや、水中用ではないストライクが遅いのか。冷たい海の底で
緊張を最大限に高めながら、守るべき人のことを思う。思わなければ
戦えずに死ぬ。僕は最初の頃とは違う妙に落ち着いた恐怖心を
心に抱えながら、敵の動きを識別した。そこだ。最も効率的な運動を
はじき出して実行に移す。敵に近づく。やがて攻撃を受けた敵MSは
水圧で紙くずのようになって爆発し、勝負はついた。そう、爆発した。
またバルトフェルドさんの顔が頭をよぎる。なぜ彼は死んだのか?
僕が殺したから。何度でも繰り返してきた結論にまた直面した僕は、
誰にも見られることのないコクピットの中で一人空しく泣いた。
それがどれほど無駄で意味のないことだと分かっていても、
僕には決して止められない。なぜなら、僕は弱い人間だから。

811人為の人・PHASE−23:2004/09/02(木) 15:19
しばらく航海を続けるうち、あの子が船酔いにかかった。
僕の部屋で寝ている彼女は、甘えたような声で僕に様々な催促を
してくる。タオルの取り換え、飲み物の用意、その他色々。僕はそれに
忙しく応じながら、戦うことのつらさから少しでも目を背けようと
していた。少なくともあの子の相手をしていれば、平和でいられるのだ。
そして同じ理由から、僕はあの子との関係にも目をつぶって何も言わない
ことにした。少しでも僕があの子の気持ちに疑いを持っていることを
話したりしたら、今の平和な関係が崩れ去ってしまうかもしれない。
そんなことは考えたくはなかった。僕は純粋にただ怖かったのだ。
しかしそれも結局、あの子との破局を遅らせるだけにすぎなかった。

サイ。昔はいつも頼りにしていて、今でもとてもいい性格のサイ。
その彼が僕に一言、頼むな、と言った。あの子のことだった。僕はもう、
その言葉に対してうつむいたまま無言で返事をすることしかできない。
僕もサイもつらいし、苦しい。サイは何にも悪くない。悪いのは僕だ。
彼の悲痛な表情が、その奥にあるそれ以上の苦悩を表しているように
思えて、僕はそのまま立ち去るしかなかった。

第一戦闘配備の放送が鳴り、僕とフラガ少佐とカガリが出撃した。
空中を舞う無数のMS、ディンの相手を二人が、水中のMSを
僕が引き受ける。僕に襲いかかってきた敵は前回のグーンに加え、
隊長機らしい緑色の機体をしたゾノが新たに増えていた。前にも増して
激しい攻撃にさらされるアークエンジェル。僕が対処しきれなかった敵は
そのまま戦艦の攻撃に回ってしまう。僕はさらに覚悟を決めなければ
ならなかった。もう人を殺す云々を考える余裕もなかった。とにかく
敵を倒すこと、目の前の危険を取り除くこと、みんなを守ることだけを
考えて、僕はグーン、そしてゾノに対決を挑んでいった。もちろんその間
上空でどんな戦闘が行われていたかなど、僕には知る由もない。

バレルロールを行って水中の敵に直接ゴットフリートを照射した
アークエンジェルの戦略もあり、残るMSはゾノ一体。体当たり同然で
攻撃してくる相手に対し、追加武装をほとんど失っていたストライクは
備え付けのナイフ形兵器、アーマーシュナイダーを取り出そうとする。
しかし敵もその瞬間を見逃さない。ストライクがナイフを取り落とす。
僕は焦った。敵パイロットが捨て身なのがよく分かった。このままでは
道連れにされてしまう。僕は素早くもう一方のナイフを取り出し、
間髪いれずにゾノの装甲に深々と突き刺した。素早く離脱し、敵が
爆発するのを見届ける。僕はまた生き延びた。そう、死ななかったのだ。
戦いに勝ち、自分の死が遠い存在に思えてくるにつれて、少なくとも
戦闘中の僕は「戦争」という現実を素直に受け入れ始めていた。
要するに、人殺しに慣れてきたということだった。

この後帰艦した僕は、カガリがMIA、すなわち行方不明になったことを
告げられる。少なからず僕にとっても重要な意味を持つ運命の出会いが、
彼女とアスランを待ち受けていた。

812人為の人・PHASE−24:2004/09/03(金) 12:36
いつだったか、アスランとカガリの両方からお互いに初めて出会った時の
話を聞いたことがある。無人島に不時着した二人。相手がどんな人間か
分かるはずもなく、手持ちの武器で争い、そしてもう少しで悲劇を
生み出す所だったのだと。馬乗りになったアスランがもしカガリの悲鳴を
聞く前にナイフを振り下ろしていたとしたら、少なくとも僕の世界は
今よりもずっと暗いものになっていただろう。いや、ひょっとしたら
もうとっくに終わっていたかもしれない。運命は不思議で、切ない。

副長はカガリを見捨てて離脱するように進言したものの、結局艦長は
僕とフラガ少佐が捜索活動に出ることを認めてくれた。僕はそれが
全く軍人らしからぬ行為であることに薄々気づきながらも、カガリを
捜すことに全力を注げるよう手配してくれた艦長に心の中で感謝した。
マリュー・ラミアスさん。あの人は本当にいい人だ。年下の僕が言うのも
変かもしれないが、彼女は四方八方から吹き付ける風に翻弄されて、
最愛の人さえも目の前で彼女を守るために命を散らして、悲しんで、
それでも最後まで立ち続けることのできた可憐な花のようだった。
今、彼女はどこで何をしているのだろう。しばらく姿を見ていない。

偶然とも言える形で最悪の事態を免れたアスランとカガリが、その後
僕が迎えに来るまで何をしていたかについてはよく分からない。何しろ
当事者である本人たちが少し微笑みながら黙り込んだり、顔を赤くして
怒ったり、ほとんど内容を語ってくれなかったから。でもその方が
いいのだろう。きっとあの二人にとっては初めての出会い以上の意味が
あったのだ。決して殺し合おうとした事実や、今あるような相思相愛の
関係にまつわるものですらない、熱くぶつかりあった鮮烈な記憶。
彼らは無人島で、二人だけの「戦争」を繰り広げていたのかもしれない。

夜が明けて、ストライクのコクピットにカガリの声が飛び込んできた。
刹那に喜びで満たされる僕。ずっと探し回ってあの子には申し訳ないと
思ってはいたが、そんな心配も一気に吹っ飛んでしまった。水上から
その巨体を露わにするストライクに、満面の笑顔で手を振るカガリ。
僕は感動で胸が一杯だった。本当に良かったと心の底から思った。
その彼女のすぐ向こう側でイージスへと乗り込むアスランには気づかず、
僕はカガリを連れてこれ以上になく晴れやかな気持ちで帰艦した。
あの時、僕にとって特別な存在となり始めていた彼女を無事に助け出せた
ことは、間違いなく僕を明るくしてくれたように思う。現に僕は、
何か失ってはならないものを失ってしまいそうな気がしていて
ひどく焦っていたのだ。それはあの子への思いを既に越えていた。
しかし、運命はやはり分不相応な喜びを僕に長く与えてはくれない。
この後僕はアスランと、これ以上にないほど激しい憎しみを戦わせる
ことになるのだった。原因は、悲しい「死」という名の現実。

813人為の人・PHASE−25:2004/09/04(土) 11:55
襲い来る4機のガンダム。迎え撃つ僕、フラガ少佐、アークエンジェル。
かつて宇宙で繰り広げられた戦いは、ついに海上でも始まった。敵は
グゥルと呼ばれる飛行土台に乗り、空中を自在に飛び回りながら攻撃を
仕掛けてくる。逆にそのグゥルを壊してしまえば後は海中に沈むだけ
なので、僕はビームライフルで土台を徹底的に狙っていった。
3種類の装備を換装できるストライクは、エール形態で多少の飛行が
可能であるもののその機動力はどうしても敵に劣ってしまう。しかし
僕と幾多の戦場を駆け抜けてきたストライクは、これ以上にないほど
こちらの細かい操作に応えてくれる。右、上、前方左斜め45度後ろ。
自分でも信じられないほどの機動性が、4機のガンダムを翻弄した。
それでも、アークエンジェルの損傷は次第に大きくなっていった。

オーブの領海が近づいてくる。中立国のオーブには地球連合もザフトも
手を出すことはできない。オーブ側が離脱するよう警告を促す。
無理だ。この状況では先にアークエンジェルが沈んでしまう。もはや
取るべき手段は一つしかなかった。カガリが叫び、自らの身分を明かす。
エンジン部分に被害を受けたアークエンジェルは着水して、オーブの
艦艇群の中に入り込む。自衛と称した敵意のない砲撃が海に沈む。
ザフトは撤退し、僕達は「平和の国」オーブへと入港した。

カガリ・ユラ・アスハ。彼女はオーブの前首長、ウズミ・ナラ・アスハの
一人娘になっていた。かつて「オーブの獅子」と呼ばれ、中立国としての
尊厳を貫いたウズミさん。けれど連合のガンダム開発に協力した責任を
取って、首長の座を退いた人。カガリはそんな「父」の中立精神に疑問を
持ち、国を飛び出した。そして、偶然にも僕と巡り会ったのだった。
オーブは僕の育った国でもある。でもカガリが「オーブのお姫様」だった
なんて全然知らなかったし、まして後々明らかになる事実など、
どうして素直に受け止められただろうか。僕もカガリも、この頃はまだ
何も知らなかった。もちろん、この国がやがてたどる運命さえも。

美しく着飾ったカガリが、僕の前を通り過ぎていく。大半のクルーは
それを見て驚きにも似たため息をついている。僕は前に一度見たことが
あったけれど、僕の隣にいたあの子は嫉妬するような目で強く彼女を
にらんでいた。それを感じた僕は、あの子の僕に対する気持ちが
どうなっているのかますます分からなくなり混乱した。表面上は
困ったように微笑むだけの、複雑な心境が僕を支配していた。
あの子は僕を憎んでいる?それとも本当は―――
僕はその先を考えるのが怖かった。何か絶対に手を出してはいけない、
簡単に壊れてしまいそうなものがあるように思えたから。

オーブがアークエンジェルの入港を認めた理由には、僕たちを助けようと
いう意志も少しはあったのかもしれない。けれど結局、主な目的は
コーディネーターである僕のストライク搭乗経験から来る技術提供の
ようだった。中立を、平和を守るための力。僕は従った。

814人為の人・PHASE−26:2004/09/05(日) 12:43
ふと、ペンを持った手を止めてみる。たくさんの文字がびっしりと
書き込まれた紙。その上に乗っている僕の手は、小さく震えていた。
僕は少し感動した。ああ、僕も人間なんだ、と。神がかりのごとく
キーボードを叩いていた小さな指先が、コントロールスティックをほんの
数ミリ傾けて敵を撃墜していた自分の手が、今はこうして筆記に疲れて
カタカタと震えている。そんな当たり前のような光景が懐かしかった。
机の上にペンを置き、僕は目を閉じて大きく伸びをする。過去の記憶が
容赦なく僕の良心を襲う。それはもう慣れてしまった思い出。あの時
ああしていれば、こうしていれば、彼は傷つかなかった、彼女は
死ななかった。もう後悔で涙にむせぶこともない。慣れてしまったのだ。
そんな自分を悲しいと思いながらも、やはり涙は流れなかった。

世界は確実に平和の方向に向かっている。そう信じようとして、僕は
限りない安寧を享受できる孤島に住み着いた。毎日が穏やかに、優しく、
何事もなく過ぎていく生活。それでいて過去と常に向き合うような、
後ろ向きの暗い心。僕は何か途方もない矛盾を抱えて生きているかの
ようで、このままではいけない、そんな警告を受け取りながらもそれを
無視し続けている気がしてならなかった。なぜ?戦争はもう終わって、
平和が来て、ナチュラルとコーディネーターは仲良く暮らして―――
事実、争いは絶えない。戦争というのはただの入れ物であって、そこで
人々は殺し合いをして、滅ぼし尽くして、やがて離脱して、それでも
終わらない。また別の入れ物で争いあう。そして結局、また戦争になる。
ある時、僕は何のために戦ってきたのだろうと考えたことがある。
戦争を終わらせるため。そう即答した瞬間、僕は自らを軽蔑した。
―――確かに戦争は終わった。でも争いは終わらない。明日がある限り。
それ以来、僕は自分の戦った理由を考えないように努力してきた。

僕が「自伝」を書いている時、一つ一つの瞬間が僕を通り過ぎていく。
それは微笑む人であったり、蹂躙するMSであったり、破滅の光で
あったり、様々な姿を見せながらやがて遠ざかっていく。
時間はそんなごく小さな瞬間が何百、何千、数え切れないほど集まって
流れている。そこで何が起こり、誰がどうなるかは誰にも分からない。
分からないから「自伝」を書くのだろうか。僕は何とかそれを明らかに
しようとして、悪戦苦闘しているのだろうか。だとすれば、僕は今も
「戦争」を続けているのだ。これから始まろうとしている戦争では
ない、もう終わってしまった戦争を無意味な想像の中で繰り返して、
そうやって何かをしようとしているのだ。いや、実際は何もしていない
のかもしれない。「何か」が分からない以上、それは当然のことだと
割り切るしかないのかもしれない。でも、でも。
―――僕は書かないではいられない。

815人為の人・PHASE−27:2004/09/06(月) 12:00
オーブの技術主任であるエリカ・シモンズさんに連れられて、
僕はモルゲンレーテのMS格納庫にやってきた。
そこで見たのは、整然と一列に並ぶたくさんの「ガンダム」だった。
正確にはM1アストレイという名称で、ヘリオポリスで製造された
5機の量産型のようなものらしかった。確かによく見れば、
所々ストライクなんかより軽装という感じがする。
まあ、ストライクはもともと3種の換装が可能な機体なのだから
重装備になるのも無理はないのかもしれないけれど。そんなことを
考えながらMS群を見上げていると、横からカガリの声が聞こえた。
いつもよりやや苛立ったような声で話す彼女の、片方の頬が赤く
腫れ上がっていた。どうもウズミさんとの並々ならぬ意見の対立が
あって、最終的にぶたれたようだった。カガリは言う、こんなものを
作りながらよくオーブが中立だなどと言えたものだ、と。
守るための力とは言っても、それが軍隊であることには変わりがない。
彼女は彼女なりにオーブの外へ出て戦争の空気を肌で感じ取り、
そして確かな口調で強い意見を述べている。それを見て聞いた僕は、
いつまでも優柔不断なままに流されていくだけの自分を情けなく
思っていた。本当に、僕はこのままでいいのだろうか。
周囲の状況に慣らされていくだけの、毎日が殺し合いの日々。
その問いに対する答えの一つは次第に近づきつつあった。

マードック曹長が着ているような整備服に着替え、僕は黙々とOSの
作成に取り組む。自分にそんなことをする義務があるのかという
疑問からは目を背けていた。その答えは「軍務だから」の一言で
済むものであったし、考えたところで逃れることはできない。
せわしなくキーボードを動かしながら大量のデータを処理し、
有用なものだけをピックアップしていく。とんでもない単純作業の
積み重ねだが、集中力は一向に切れる気配がない。自分のことなのに、
自分の意志で行われてもいないような感覚だった。
僕はパソコンに向かうと自然と手が動くようになっている。さながら
ピアノを弾くように、しかし美しい旋律の代わりに無機質な打鍵音だけ
を残して、作業はどこまでもどこまでも続いていく。
不思議なことだが、そうしていると時々残像のようにあの子の姿が
目に浮かぶことがあった。僕はそのたびに頭を振って作業に徹した。
以前は限りなく癒されていたはずの笑顔に、邪魔されてしまうなんて。
そんな気持ちを引きずりながら、僕の目はモニターを追い続けた。
作業中にフラガ少佐がMSに興味を示していたり、時々見かけていた
カガリの友達的な立場にある3人の女の子がM1アストレイの
パイロットだったりしたことを、今となってぼんやりと思い出す。

やがて完成したOSは、地球軍の量産型MS「ダガー」に組み込まれる
ことになる。ザフト軍のMSに対抗しうる存在として後々大きな影響を
及ぼしていくこの機体は、結局のところ僕の手が加わったものだった。
最高のコーディネーター。その言葉は、今も僕を礼賛し罵倒する。

816人為の人・PHASE−28:2004/09/07(火) 12:27
艦長の計らいで、僕達は両親との面会を許されることになった。
サイ、トール、ミリアリア、カズイ。きっとみんな安心と喜びの笑顔に
満ち溢れながら、長く隔てられていた家族と再会したのだろう。
でも僕は決して会いに行こうとはしなかった。父さんと母さんのことは
オーブにたどり着いて以来ずっと気になっていたことだけれど、
それはもうどこか手の届かない遠い世界のことのように思えていた。
日常が崩れて戦争に追われ、闘争本能をむき出しにする狂戦士。
それが僕だ。コーディネーターであるがために大きすぎる力を
何の苦もなく使いこなし、結果妬まれ憎まれて疎外されていく。
他の多くの人が苦しんできたように、僕もまたどうして自分が
コーディネーターとして生まれてきたのかを両親に尋ねたいと、
そんな気持ちばかりが膨らんでいった。しかし、そんな問いかけを
してみた所で何の解決にもならないのだ。僕が依然として「異常」な
存在であることに変わりはなく、両親の苦悩を増すだけにすぎない。
家族に会えないことは涙の出るほどに悲しかったが、すでに僕は
涙に彩られた自分の運命に違和感を感じさえもしていなかった。

その日、久しぶりに作業が早く終わった僕はアークエンジェルの
自分用の個室へと向かっていた。扉を開けてみると、中には誰も
いない。てっきりあの子の名前を呼ぼうとした僕だったが、
どこかへ出かけているのだと考えて帰ってくるまで部屋にいることに
した。最近ずっと彼女には会っていなかったし、心配しているだろう
と思ったからだ。ドアを開けた先にいる、コンピューターに向かう僕を
あの子はどう思うだろう。久しぶりに会えたことを喜ぶだろうか?
それとも長く一人にされたことに怒りをぶつけるだろうか?
僕は二つの選択肢のどちらがあの子の本心を得ているかどうかを
考えながら、背後にスッと自動式の扉が開かれる音を感じた。
笑顔を見せて振り向く。できるだけ優しい声で、彼女に語りかける。
どんな考えを持っているか分からないあの子がどう応じるのか、
僕の中をやや一定した量の緊張が流れた。そして、返答の時間。
―――冗談じゃないわ。やめてよね。
返された答えは全く予想だにしないものだった。

僕があの子にかけた言葉は同情と受け取られ、彼女はなぜあなたに
同情されなければならないのかと強い調子で詰め寄った。そこには
怒りや憎しみだけでなく、愛情や悲しみですら織り込まれている
ように思えて僕はひどく焦った。これほどにまで複雑化した気持ちを
僕はとても理解してあげることができない。あの子の僕への思いは
いつの間にか言いようのないほどに大きく変化していて、その衝撃を
僕はまともに受け入れることさえ不可能だった。可哀想なキラ、
一人ぼっちのキラ。あの子が見ていた「僕」そのものがあふれ出す。
戦ってつらいことも、守れなくてつらいことも、すぐに泣くことも、
みんなみんな嘘なんかじゃない。間違いなく本当のことだった。
そして―――それが本当のことである以上、彼女が僕のそばにいる
ことは僕にとっても彼女にとっても悪い結果しか導かないのでは
ないか、そんな考えが急速に頭をもたげてくる。
悪くない考えだった。そして、第一に卑怯な逃亡手段でもあった。
―――何よ、そんなの。
あの子が悲痛な叫びとともに出ていく。僕はその後を追わない。
とうとう僕は、彼女との関係を「間違ったもの」として拒絶した。

あの子との関係を断ち切った後、僕がOS設定の作業している最中の
ことだった。ずっと肩に止まっていたトリィが動き出し、どこかへ
飛んでいってしまったのだ。まるで新たな主人を見つけたかのように
旅立っていったトリィを捜すべく、僕はモルゲンレーテの工場を出て
敷地内を歩き回った。そしてついに見つけ出したのだ。
フェンスの向こう側で静かにたたずむトリィと、それを肩に乗せた
青い作業服の青年、アスラン・ザラを。他に向こうには何人かいた。
僕は思わず駆け寄った。彼の方でもこちらに気づいたのか、そのまま
ゆっくりと歩いてくる。やがてフェンス越しに僕達は再会した。
君の、というアスランの声。差し出された手にはトリィ。僕にはただ
それを受け取ることしかできない。いや、本当にそれしかできない?
僕は必死の思いで言葉を探し、アスランへの言葉を他ならぬ彼自身に
よそよそしく伝える。昔友達にもらった、大事なものなのだと。
アスランは去っていく。後ろにいた同じ作業服姿の少年たちは
敵のガンダムのパイロットだったのだろう。
沈みかけていた夕日が、すでに遠く隔てられてしまった僕たちを
オレンジ色に染め上げていた。ひどく悪魔的な美しさだった。

817人為の人・PHASE−29:2004/09/08(水) 11:25
アークエンジェルがオーブを去るときがついに来た。艦体の修理も
終わり、再びアラスカを目指す旅が始まろうとしていたのだ。
僕はついに両親に会うことのないまま、出発の準備を始めていた。
「平和の国」で得られたものは結局、自分がコーディネーターで
あることから来る休まらない心がもたらした数々の悲しみだった。
これからどうなるかが全く分からない状態はヘリオポリスが崩壊した
時からずっと続いていたものだったが、その時僕はそれとはまた別の
不安を抱き始めていた。この先待ち構えているのは間違いなく、
かつての親友との何度目かの無意味な争いに他ならないのだ。
別れを悲しむカガリに抱擁されたことが、わずかな慰めになった。

オーブ近海。予想は完全な形で的中し、アスラン達が襲ってきた。
すっかり見慣れた4機のガンダムがグゥルに乗って空を舞う。僕は
自分と一体化したようなストライクを操縦して迎撃に当たった。
血気盛んなパイロットの駆るデュエルは土台を破壊して海の中へ。
むやみに近づいてくるバスターはフラガ少佐の戦闘機が応戦する。
イージスとの連携攻撃で攻めてくるブリッツにも苦戦することは
なかった。うまくいかないことは何もなく、全てが成功していた。
そう、トールも初めての出撃で「うまくやってしまった」のだ。
スカイグラスパーの助けを借りた空中換装、次々に戦闘不能に陥る
敵のガンダム達、残ったイージスもグゥル破壊で島に落とし、数の
差を覆した圧倒的な戦いが展開されていた。過去に何があったかは
今の戦いにはもう何の関係もないんだと、僕は自分に言い聞かせて
ビームサーベルを振り、アスランを追い詰める。俺を討てばいいと
彼は叫ぶ。僕がそう言ったのは自分でもよく分かっていた。でも、
そんなことできるわけがない。いくら実力でアスランを上回り、
彼を凌駕したところで、僕には彼を殺すことなんてできなかった。
月で僕と別れてから核がプラントに打ち込まれ、軍人となって
正義のために戦い続けた結果、ただの民間人だった友達に自分を
殺せと命じるアスラン。彼と自分への、思い上がった同情が一瞬
僕を包み込んだ。それをアスランの「今」の友達は見逃さなかった。

巨大な斬艦刀、シュベルトゲーベル。その刀身がブリッツの
コクピット部分を爆破するのに時間はかからなかった。
ほんのわずかな間の出来事。ミラージュコロイドを解いてイージスの
前に出た黒い機体が片腕で僕に襲いかかる。僕は敵の鈍い動きを
確実に捉えて、そのガンダムを真っ二つに―――できなかった。
思わず飛びすさった僕と、その場から動けないアスランが見たもの、
そして聞いたもの。半分だけ食い込んだ武器、火花を上げる機体、
僕よりも若かった少年の、断末魔の苦しそうな声。それは自分の
死の間際にあっても他の人を心配する優しさに満ちて―――爆発。
僕は彼のニコル・アマルフィという名前すら知らなかった。
もう後戻りできないことを示す楔が、荒々しく打ち込まれた。

818人為の人・PHASE−30:2004/09/09(木) 11:44
眼前で爆炎に消え去ったブリッツの残骸を眺め、しばらくの沈黙。
やがてアークエンジェル、敵の機体がその場に現れ、僕とアスランを
戦闘から切り離していった。アスランの慟哭の声がいつまでも耳に
残り、帰還した僕は敵機破壊を喜ぶ整備兵達の歓迎を嫌った。
痛々しい死を間近で体験した僕はひどく冷静で、それを知らない
人々の歓声は僕をますます罪悪感に駆り立てるだけだった。
俺たちは人殺しじゃない、戦争をしているんだというフラガ少佐の
言葉にも納得できないまま、僕は一人ストライクの前に立つ。
まだ笑っていた頃のアスランを想像しながら、彼の敵が誰なのかを
嫌というほど自分に分からせる。そう、僕だ、僕は敵なんだと。
それでも―――「全てを滅ぼす戦い」にはまだ足りなかった。
まだ、僕には決定的な憎悪が欠けていた。

暁光に照らされて3機のガンダムがアークエンジェルに迫る。
悲しみの癒えないうちに出撃を余儀なくされた僕は、廊下であの子と
すれ違った。何かを言おうと口を動かす彼女。でも僕はその時
彼女の顔を見るのがたまらなくつらかった。成すに任せていた様々な
出来事が今になって全て僕の前に立ちはだかるような感覚の前に、
僕は彼女との「決着」を先延ばしにした。ごめん、帰ってからと
言い残してデッキへ走る僕。不安そうな顔で見ていただろうあの子。
こうして僕は、永遠に彼女への言葉を失った。

怒りに満ちた敵の攻撃が僕達を襲う。まずはデュエル、強引な突撃と
同時にストライクを急襲。今までになく闘志をみなぎらせた機体が
僕に言いようのない焦りを呼び起こさせる。それでも撃墜されること
はなく、グゥルから切り離して海中に蹴落とす。まずは1機。
バスターにはフラガ少佐がスカイグラスパーで応戦している。すると
残っているのは―――アスランの駆るイージスだ。赤いMSに
渾身の憎悪をたぎらせてかつての友が迫る。思わず後ずさりしそう
になるが、逃げることはできない。こうなってしまった運命だから、
ニコルという名の少年が死んだのは仕方のないことなのだから、
僕達が敵なのはもうどうすることもできない事実なのだから。
出撃の前に固めていたはずの決心とともに、僕はストライクを操る。
―――その時だった。トールの声が聞こえたのは。
刹那に僕は恐怖を覚えた。だめだ、僕とアスランの戦いは誰の介入も
許してはくれない。これは僕達の戦いで、誰かがどちらか一方を
助けようとすれば―――今となって思うことはただそればかり。
イージスの放った赤いシールドの刃が、トールの首を跳ね飛ばした。
僕が斬艦刀を失った瞬間から決まっていたかのような、親友の死。
彼の名をひとしきり叫んでから、僕は飢えた野獣へと変化した。

もう何のために二人が戦っているかも分からない。戦争という大きな
枠組みの中で確かに行われているはずの「戦い」は、大義や名誉など
何の関係もない、単なる「殺し合い」に成り下がっていた。
元々戦いたくもなかった僕達をそこまで駆り立てたのは、
結局は「巻き込まれた者の死」という悲痛な惨劇だったのだろうか。
水上にぽつんと落ちた紫紺の種子のイメージはとても美しいのに、
そこから割れてあふれ出る力は僕を狂戦士へと導いていく。
僕とアスランはビームの剣を重ね合わせ、絶え間なく激突した。
友情、離別、再会、喪失。全ての思考が捻じ曲げられ、破壊への
道を突き進む。既にイージスは片腕と頭部を失い、ストライクも
コクピット部分を大きく切り裂かれていた。外気が入り込んでくる。
それでもまだ戦いは終わらない。終わらないのだろうか。
―――やがてついにその刻は訪れた。
変形したイージスがストライクに組み付き、自爆。アスランは直前に
脱出し、巨大な爆発は閃光となって曇天の空を駆け抜けた。
そしてキラ・ヤマトという少年は、確かに一度「死んだ」のだった。

819人為の人・作者:2004/09/09(木) 11:45
この辺りは書いていて何だかつらい……

820私の想いが名無しを守るわ:2004/09/09(木) 15:31
>人為の人
大作毎回楽しませていただいてます。
ニコル好きなので、キラ視点でどうなるのかとちょっと楽しみでした。
最後まで頑張ってくださいませ

821人為の人・PHASE−31:2004/09/10(金) 14:36
僕がMIAとなりアークエンジェルの戦列を一時離れた時、みんなは
一体何を考えたのだろう?同じくMIAとなったトールは本当に
死んでしまった。艦長、副長、フラガ少佐、サイ、ミリアリア、
カズイ、それにあの子、その他たくさんの人はどうしたのだろうか。
涙を流したり、声を押し殺したりして僕を悼んでくれたのだろうか?
それとも僕の死が信じられなくて、ただ放心していたのだろうか?
僕にそれだけたくさんの人から悲しまれる資格なんてないのかも
しれないけれど、何だか不思議な気持ちにとらわれる。
僕は「死んだ」。そしてその後、みんなの前に「蘇った」?
そう考えると、自分が自分でなくなるような気分と同時に
あの頃の自分が「何」だったのかを改めて問い直したくなる。
そう、もう誰も殺さない、泣かないと誓ったあの頃の自分を。

僕達の不毛な戦いが終わってからその場に残ったのは、
ばらばらに砕け散ったイージスと焼け焦げたストライク。バスターの
パイロット、ディアッカ・エルスマンは降伏したらしい。そして
アークエンジェルは敵の追撃をかわすために即座に離脱しなければ
ならず、傷を負ったアスランを発見したのはオーブの部隊だった。
その時カガリとアスランが何を語り合ったかは大体想像がつく。
あの二人のことだから、語り合う以上の激突があったのは確かだと
思うけれど。僕の「死」が二人を争わせ、何かを生み出したのだ。
もしかすると、僕はその為に「死んだ」のかもしれない。今の時代を
動かし、明るい方向に導いていける彼らを思いながら考える。

土砂降りの雨。冷たい水しぶきに打たれながら、その時僕は瀕死で
倒れていたのだと言う。それを見つけた島の住人、マルキオ導師は
僕を介抱し、プラントへと連れていった。僕が「SEEDを持つ者」
であり、それゆえに会わせなければならない人がいたからと。
目が覚めた時にはもう血塗られた戦場からは遠ざかっていた。
小鳥のさえずる声と暖かな日差しと美しい緑、爽やかな風が
僕を取り囲んでいた。それは今までの日常からかけ離れすぎていて、
しばらく僕は何が起こったのかを判断できなかった。
やがて聞こえてくる一人の少女の言葉。ずっと昔にどこかで会った
ような、そんな記憶を必死に手繰り寄せながら、僕は彼女を見た。
それはザフトの歌姫、ラクス・クライン。
あまりにも予想外の、そして定められたかのような再会だった。

822人為の人・作者:2004/09/10(金) 14:37
>キラ視点
彼がニコルの名前を知っているという前提で書いてみました。
あの話は本編のシナリオが大きく動き出すきっかけだったと思うので……。
励ましの言葉ありがとうございます。ようやく半分越えたくらいですが、
ここからが正念場と思って書き進めていきたいです。

823人為の人・PHASE−32:2004/09/11(土) 13:44
僕はクライン邸の庭にあるベッドに寝ていた。傍らには笑顔を
たたえたラクスと、以前と変わらずその回りを動き回るハロ。
ラクスの一挙手一投足はみな優しさに満ちていた。目覚めから
まだ意識がぼんやりしていた僕は、そんな彼女に引き込まれる
ような気持ちで話を聞いていく。彼女は多くを知っていた。
僕とアスランが「敵」と戦い、殺しあったことを平然と語って
静かに僕を見つめてくる。思い出したくなかった出来事が
ついさっきのことのように脳裏を支配し泣き崩れる僕を、
ラクスは神秘的とも言える微笑みで包み込んでくれた。
爆発するMSの記憶は次第に遠くへ追い払われるようになり、
僕は甘えという名の現実逃避への道をひた走った。今僕の
いる場所は信じられないほどに心地よくて、戦争とは無縁で、
何よりラクスという存在は僕にとっての何よりの「癒し」と
なりえたのだった。多くを知りながら多くを語らないラクスが
傍にいるということ。僕はただその優しさにすがろうとした。
それはアークエンジェルであの子を求めた時のように必死で、
切羽詰って、どうしようもないものを心に抱えたままで終わる
ものではなかった。時間と、空間と、そして僕そのものでさえ
ラクス・クラインという一人の少女の手に委ねられたかの
ような、圧倒的な心の平穏と満たされた感覚。
まるで夢を見ているかのようだった。戦いの狭間におかれた
人間が渇望する、現実と正反対の理想を体現した世界。
しかしそれは傷を抱えた僕の、紛れもない事実だった。

ギッという音がして、無我夢中にペンを走らせていた僕は
気づく。インクが切れたのだ。紙は破れずに残っていたが、
そこにはしっかりと筆圧の加えられた跡が見て取れた。
その直前に書かれた文字は人名だった。ラクス・クライン。
偶然のことながら、僕は思わず彼女に思いを馳せる。
目に浮かぶのは桃色の髪、曇りのない瞳、透き通った声。
「美しい」と素直に出てくる言葉は、それでも遺伝子を
改造したからという理由にもとづいていなくてはならない
のだろうか。そして独特の空気を振りまく愛らしい姿と、
凛とした司令官であろうとする姿勢が交錯する。ラクスは
自分が何をしようとしているのかを明確には言わない。
あくまで一人一人に自らの言葉の判断を任せ、行動を促す。
きっと僕はそれに「答える」ことはできたのだろう。
けれど、彼女の気持ちに最後まで「応える」ことは
できなかったのだと、今思う。プラントで再会したラクスの、
僕への期待とでも言うべきものが急速に膨らみ始めたのは
この時だったが、僕はまだ何も知らなかった。
彼女を愛する資格など、結局僕にはなかったのだ。

824人為の人・PHASE−33:2004/09/12(日) 13:49
突然雨が降り出した。既にベッドから起き出せるほどに回復していた
僕はその音につられて外に出る。雨は周りの景色を少しずつ
曇らせながら、シトシトと霧のように地面へ落ちていく。
ああ、ここは地球ではない場所で、降る雨も照らす太陽も美しい緑も
全て人間が作り出したものなんだ。頭の中をよぎった考えは僕の視界を
急速に固定しながら見えるもの全てに広がっていく。自分が今どれほど
奇妙な環境に置かれているのかを理解しているつもりなのに、
それを認めたくないような心の葛藤。僕は立っていることしかできず、
その間にも人工的な雨は淡々と己の役割をこなしていくようだった。
ふと、ラクスが僕の隣に立つ。雨はお好きですか、そう尋ねる彼女。
よく分からなかった。その時僕は彼女が何を求めているのかを
探そうとして、結局まともな返事を返すことができなかった。
―――ただ、不思議だなあと思って。
そんな漠然とした僕の答えにも彼女は微笑みを崩さずに、空を仰ぐ。
雨天は僕の心を見透かすかのような、限りなく白色に近い灰色。
暗黒に侵されてはいないのに、よく分からない大きなもやもやが
立ち込めて何も見えなくなってしまっている内心を象徴している
ようだった。こんな時間が永遠に続くのだろうか、そう考えて
僕は何かひどい焦りのようなものを覚えたが、それがどこから
来るのかは明確にならなかった。全ては見えているはずなのに、
何か「きっかけ」がなければ動けもしない、そんな自分がいた。

僕がいない間に、地球では本当に色んな出来事があった。
アークエンジェルは無事にアラスカへ到着したものの、虎の子の
ストライクを破壊してしまい戦闘データを提出できなかったことから
連合軍本部で査問会にかけられたらしい。それでも表立った処分が
下ったわけではなく、代わりに3人のクルーの転属が言い渡された
のだそうだ。それは僕と一緒にアークエンジェルを守ってきた
フラガ少佐、副長として厳格に任務を実行してきたバジルール中尉、
そしてみずから軍に志願したあの子。フラガ少佐は後々すぐに
アークエンジェルへ戻ってきたけれど、残る2人とはついに
「最期」まで直に対面することはかなわなかった。
以上の話は僕がフリーダムを駆って地球に降下した時にサイから
聞いたものだ。今彼はどうしているだろうか。もう長らく彼とは
会っていない。胸のうちに苦しみを抱えながら、彼も彼なりの
人生を送ることができているのだろうか。だとしたら、僕は
サイの幸せな行く末を願わずにはいられない。
そう言えば、以前ディアッカもこの頃ひどい目にあったと言っていた。
一体何だったのだろうか。聞けずじまいだったのが残念だ。

825人為の人・PHASE−34:2004/09/13(月) 14:32
いつまで自分はここにいていいのだろうか。そんな考えが繰り返し
脳裏をかすめる中、その日僕とラクス、それにシーゲルさんを
加えた面々はクライン邸の庭で「優雅」に紅茶を飲んでいた。
もう戦争は遠いどこかの話なのだと思い始めていた。できることなら
このまま逃げ続けて、楽をしたい。そんなふざけた考えすら頭を
もたげるようになって、僕はティーカップを取る手も進まなかった。
そんな中、目の前のディスプレイに衝撃的な事実が映った。
オペレーション・スピットブレイク。直前までパナマと告げられていた
攻撃の矛先は、その実行にあたって突然アラスカに変更されたのだ。
アラスカ。そこにはアークエンジェルが「いる」。僕のことを死んだと
思い、ザフトが攻撃を加えてくることも知らないたくさんの人達が。
僕は自分を呪った。結局そういう奴なんだ、きっと攻撃対象が
アラスカでなければ見向きもしなかっただろうと。それでもただ
思い出すのは懐かしい人々、そして最後にあの子の不安そうな顔。
ティーカップを取り落とし震え始めた僕を、ラクスが見つめていた。

確かに僕は何もできないのかもしれない。僕一人が戦場に突っ込んで
いった所で、急に戦争が終わるわけでもない。でも、このまま何も
できないからといって何もしなかったらもっと何もできない。
そのまま世界は僕の、平和を願う人達の手の届かないところへと
行ってしまう。だから、僕はまた戦わなければならない。本当に
戦わなければならないのが何かを見極めて、ただそのために。
ラクスは僕の決意に似た言葉を受け止め、僕を案内していく。
まだ心のもやもやは取れていなかった。けれど突き上げるような衝動は
それすら無視させていくようで、僕はとにかく行動することを望んだ。
ザフトのエリートの象徴である赤服を身につけて、僕は新たなる剣への
道を歩む。その先導者であるラクスがクライン邸で僕に言いたかった
のが何であるかを、僕は分かったつもりになっていた。

目の前に置かれたMSは「ガンダム」だった。そして僕の横にいた
女性の名はラクス・クラインだった。そして彼女の頬に口づけを
したのは、キラ・ヤマトという名の僕だった。僕の行く道に必要だと
言ってくれたラクスのためにも、平和を望む全ての人々のためにも、
そして何より僕自身のためにも、僕はすぐさまMSを起動させる。
そう、果てしなく矛盾する可能性を秘めた決心が揺らぐその前に、
僕はこの戦争を何としてでも終わらせたいと願っていたのだった。
そして事実、僕にはそのための力があった。フリーダム。
自由の翼を得た僕は、再び漆黒の宇宙へと飛び出した。
すさまじい機動性を持つ機体が僕の手で、迎え撃つザフトの
パイロットを圧倒する。コクピットを狙わないように、爆発しない
ように。これ以上の犠牲を出さないためにもそれが一番と考えた僕は、
敵の武器や移動手段だけを破壊していくことに集中した。
途中で一機のシャトルとすれ違ったが、その時の僕はそこにアスランが
乗っていたことなど気づきもしなかった。気持ちは前だけを見ていた。
やがて青い地球は次第に大きくなり、僕の目が北米大陸を捉えた。
ごく一部の人だけしか知りえない結末が、すぐそこに迫っていた。

826人為の人・PHASE−35:2004/09/14(火) 12:21
僕を乗せたフリーダムが大気圏を突き抜けていく。
かつて折り紙の花をくれた少女が命を落とし、僕を高熱と罪悪の渦に
飲み込んでいった空間を、今度はただ託されたMSの盾をかざし
通り過ぎていく感覚。しかし悲しみに浸る余裕などなかった。
彼女のような犠牲者をもうこれ以上出すわけにはいかない。
広大なアラスカの大地はもう目前にその荒涼とした姿を現していた。
互いに平和を作るべき人が、あそこで殺し合いをしている―――。
一瞬アスランとの死闘を思い出し、僕は暗い気持ちになった。
けれどそれはすぐに壮大な意義を持った。あれほど激しく争ったから
こそ、今の僕がある。それゆえに、僕は殺戮の空しさを知っている。
そうだ、僕はアークエンジェルだけではなく、全ての人を守りたい。
戦争という巨大な機械の中に放り込まれてしまった、罪もない人たちを。
思い上がった理想が砕け散る瞬間を目撃するのは、まだ先のことだった。

眼前に繰り広げられていたのは数えきれないほどの惨禍だった。
連合軍の基地に大挙して攻め込むザフト軍。迎え撃つ守備隊はその
高性能を誇るMSに蹴散らされ、次々と破壊されていく。
彼らの考えも及ばないほどの高所から状況を読み取った僕は、
改めて辺りをぐるりと見回した。悲しみ、怒り、そんな感情に
もう動かされない自分。この戦争を終わらせないと―――。
その時、僕の視界に敵の集中攻撃を受ける白い戦艦が映った。
アークエンジェルだった。
何かとてつもなく大きな不安に駆られた僕は、スラスターを全開にして
戦いの場へと急ぐ。苦楽をともにした戦艦―――いや、違った。
アークエンジェルと聞いて僕が思い出すのはつらい記憶ばかりだった。
それでも僕は守りたいと思った。あの艦が爆発する瞬間など、
絶対に見たくはないと強く心に願った。
不安は的中した。艦に取りついていたMSのうち、一機のジンが
対空砲火の雨を抜けてブリッジにたどり着いたのだ。
僕の手を一筋の汗が伝った。間に合ってくれ、フリーダム。
ジンが機銃をかまえる。もしこのまま発射されたら、みんな―――。
悲劇の引き金が引かれる瞬間、僕は剣とともに舞い下りた。
はじけ飛ぶ機銃。バランスを失って落ちていくジン。
僕を戦争へと導いた艦を背後に、フリーダムは空に静止した。

退艦を促した僕に対し、返ってきた艦長の言葉は驚くべきものだった。
アラスカ本部の地下に仕掛けられた、サイクロプスシステム。
電子レンジの要領でマイクロ波を発生させ、高熱で人はもちろん、
建物やMSを含めた機械さえも跡形もなく消し飛ばす装置だった。
僕はクライン邸で聞かされた事実を思い出した。攻撃目標を直前になって
変更し裏をかいたはずのザフトが、逆に連合の自爆にも近い罠に
はめられてしまうという皮肉。死ぬのは敵だけではないのに、
なぜこんなことができるのか。ともかく、ここから早く離脱しなければ
ならない。割れた種からあふれ出す力の胎動はもはや自在に操ることの
できるものとなっていた。この力があれば、きっとみんなを助けられる。
ニュートロンジャマーキャンセラーを装備したフリーダムの
全方位通信機能を最大限に生かし、僕は退避を呼びかけていった。
モニターに示される大量の機影にはビームを放ち、機体を破壊することなく
次々と武器だけを奪っていく。そんなことすらあの頃の僕には可能だった。
もちろんこちらに攻撃を加えてくる者もいる。そうなればビームサーベルを
かざし、人を殺す手段を剥ぎ取るだけ。何も問題はないはずだった。
そんな僕の前に、イザークの駆るデュエルの機体が立ちふさがる。激しい
つばぜり合いを行った後、フリーダムのビームサーベルがコクピットを
捉えた。僕に一瞬の逡巡が生まれる。今なら少女の命を奪ったこの男を
殺せるというのか。思い出すのはブリッツの最期。幸せなど訪れないのだ。
僕はポイントをずらしてデュエルの足を切断し、海中に蹴り落とした。

やがてサイクロプスは発動した。
中心部から猛烈な勢いで外へと広がっていく爆風から必死で離脱しようと
しながらも、多くの機体が地獄の熱気に飲み込まれていく。
同じように取り残されそうになっていたザフトのMSを救い上げ、
僕はアークエンジェルとともに脱出を急いだ。
やがて光が去っていった後、アラスカの方角に見えたものは無数の黒煙。
助け出せたはずのザフトの兵士は、僕への言葉とともに砂浜で力尽きた。
手に悔しさがにじむ。叩きつけた拳は、ただ砂を軽く舞い上がらせた。

827人為の人・作者:2004/09/14(火) 12:25
今回は長くなりました。あと、これから本編の内容と少し変わってくるかもしれません。
かなり記憶があやふやで細かい部分が飛んでいたりしますので……

828人為の人・PHASE−36:2004/09/16(木) 12:14
アラスカ近辺の砂浜にたどり着いたフリーダムと、アークエンジェル。
やがてその白い戦艦から、かつての仲間たちが続々と飛び出してきた。
守ることができると思った人の亡骸を残し、僕はそちらへ向かう。
たくさんの人が僕を出迎えてくれる中、中心にマリューさんがいた。
連合軍総本部から敵前逃亡した彼らはもう軍属ではなかった。
少尉、中尉、少佐といった肩書きは脱走兵となった時点で無意味と
なっていたのだ。そう言う僕もMIAとなった時点で連合の兵士では
なくなっていた。もちろん、ザフトのパイロットスーツを着ているからと
いってプラントのため「だけ」に戦うものでもない。僕は連合にも
ザフトにも属さない立場であることを彼らに強調した。そして、
核エネルギーを自由に使用できるニュートロンジャマーキャンセラー、
通称NJCを持つフリーダムは誰の手にも触れさせないことを主張した。
今思えば、僕はあの時の自分が僕そのものであるとはとても信じられない。
自分一人の力で戦争を終わらせられるとは思っていなかった。けれど、
あれほどのフリーダムという機体を駆る自分はそこに限りなく大きな形で
貢献できるのではないか、そんな甘い考えはずっと所持していた。
誰も殺さず、平和を作り出すためだけにフリーダムという兵器を使う。
どこか誤った方向性を持つその思想は、修正されるべき運命にあった。

駆け寄ってきた人々の中には、もちろんヘリオポリス以来の友人もいた。
サイ、ミリアリア、カズイ。けれど、やはりトールはいなかった。
誰よりもこの目ではっきりと彼の死の瞬間を目撃したからこそ、
疑念は生まれなかったのかもしれない。ミリアリアはスカイグラスパーの
爆発する様子を見ていなかった。彼女は大丈夫なのだろうか。
僕はそう思ったが、それにも増して気になる事柄がそこにはあった。
あの子が、いない。

どこにも属さないと言いながら再び連合の少年服に袖を通した僕は、
サイから詳しい話を聞くことができた。サイ・アーガイル、彼には
本当にいくつものつらい思いをさせてしまったと後悔している。そんな
彼からよりにもよってあの子の話を聞くのはためらわれたが、それでも
僕は聞かずにはいられなかった。サイからはすぐに返事が返ってきた。
―――転属したんだ。
連合の上層部は広告塔としての彼女の役割に目をつけたらしかった。
本当はムウさんもカリフォルニアの方へ異動することになっていたらしい。
彼は帰ってきたけれど、あの子の他に副長のナタルさんも転属していった
のだと言う。長く同じ艦でともに戦いをしのいできた二人。ナタルさんとは
ほとんど言葉を交わさなかったけれど、的確な指示はいつも艦の危機を
救った。そして、あの子。僕は彼女を裏切ったのだと思った。帰ってからと
いう言葉を残して僕は姿を消し、再び舞い戻れば彼女はすでにいない。
最悪、アラスカで転属のための艦を待っている間に巻き込まれて―――。
なぜ後回しにしたのかという思いが僕の胸を締め付け始めた、その時。
サイが苦しそうな声で僕に言った。俺はお前とは違う、キラのように
できない自分が悔しいと。その時僕は自分を棚に上げて彼を哀れみ、
ラクスから伝えられた慈愛の精神でもって彼を諭した。
君にできないことを僕はできる。でも、僕にできないことを君はできる。
人の心の痛みに触れては涙を流していた僕の、大きな変化だった。

アラスカを完全に離脱したアークエンジェルは、一路オーブに向かった。
もはや連合軍に帰順したところで、脱走艦は乗組員もろとも処分されるのが
目に見えている。そう考えた僕は、果てない希望を胸にオーブへの進路を
明るい未来へと続く道しるべだと信じて疑わなかった。
仕方なかった。あの時点で他に方法など、とても考えられなかった。

829人為の人・PHASE−37:2004/09/16(木) 12:15
オーブに到着した僕を最初に待っていたのは、カガリの熱烈な歓迎だった。
勢いに任せて飛びついてきた彼女に押され、思わず一緒に床へと倒れこむ
二人。見つめあえば何か大きな絆を感じていた僕たちの数奇な運命を、まだ
この時点ではオーブという国の悲しい結末とともに知ることはなかった。
僕の胸の上で再会に涙を流すカガリ。そうだ、彼女は僕のことをずっと
死んだとばかり思っていたんだ。途端に彼女を愛おしく思う感情が生まれ、
僕はそのまま成すに任せた。全てはラクスの慈愛の精神のもとにあった。
アスランとカガリは僕が死んだと思ったことで随分と激しくぶつかりあった
らしい。彼は僕を殺したと思って泣き、彼女は僕が生きていたと知り泣く。
二人の橋渡しになれたという意味で、僕も少しは人の役に立てたのかも
しれない。今思うことは、それ以外に何ができたのかという悔恨の気持ち。

オーブの前代表にしてカガリの父、ウズミ・ナラ・アスハに僕は会った。
大人たちが居並ぶ中、一人僕は戦争を終わらせるために何が必要なのかを
説いていく。僕の問いかけに返答するウズミさんの言葉は頼もしく、
力強く、ますます僕の決意を固めることとなった。もはや剣を飾っている
時ではなくなった、そう宣言する彼の決意もまた固かったことだろう。
そうやってみんなを「先導」しようとした僕の行動は、結局「扇動」でしか
なかったのだろうか。強く何かを信じていたかつての僕を思い出せば、
何を信じていたのかを問い直し答えの出なくなる自分が今ここにいる。

僕が平和を説く間にも、戦争は次々に人々を滅ぼしていく。
アラスカ攻撃の失敗にもザフトは動じなかった。それどころか、今度は
本来の攻撃目標であったパナマを急襲したのだ。格段に少なくなった
兵力で、それでも士気の高さからだろうか破竹の勢いで進軍していく
ザフト軍。またしても迎え撃つ連合軍の中には見慣れないMSの姿。
ナチュラルにも操作できるようOSに改良を加えた機体、ダガーだった。
統制の取れた動きでジンに襲いかかるダガー。争いは長く続くと思われた、
その時だった。空から降ってきたザフトの機械が恐ろしい威力を発揮した。
グングニールと名付けられたその機械は、極めて強力な電磁パルスを
放射することで防備が万全でなかった連合軍の機体を完全に無力化した。
機能しなくなったダガー、戦車、砲台、全てが無残に破壊されていく。
そしてパナマを攻めた目的である、マスドライバーも自然と瓦解した。
僕の目にその姿はまるで、軸を失い回転崩壊していったヘリオポリスの
ように映った。あの場所に、デュエルはいたのだろうか。もしいたと
すればそのパイロット、イザーク・ジュールは何を思っただろうか。
投降した連合軍兵士が憎悪に殺された瞬間を、目撃したのだろうか。
戦場からはるか離れたオーブで見る光景は、もはや他人事ではなかった。

ストライクに乗ることを決意したムウさんが、僕に模擬戦を申し込んで
きた。まだ早すぎると己の実力を過信しながらも、僕は嬉しかった。
たとえフリーダムは孤独に戦場を駆け抜けても、キラ・ヤマトという
一人の人間は多くの人に囲まれていたい。そう、コーディネーターである
ことなんか関係なく、一人の人間としてともに生きていきたい。
切実な願いを心の奥底に隠したまま、僕は平和な戦いを開始した。
やがてこの地に、禁断の災厄が急襲する。

830人為の人・作者:2004/09/16(木) 12:16
昨日は書き込めなかったので、今日は二話構成で。

831人為の人・PHASE−38:2004/09/17(金) 12:11
サイクロプスのアラスカ、グングニールのパナマ。連合とザフトが互いに
新兵器を持ち出しては人が死に、互いの憎しみは深まるばかりだった。
そしてその連鎖の一方の果てにいたブルーコスモスの盟主、
ムルタ・アズラエル率いる連合軍の大部隊が遂にオーブへと侵攻した。
正確には最後通牒という形で、条件を受け入れたなら攻撃を見送るという
ものだったが、パナマで失ったマスドライバーを欲する大西洋連邦は
到底受諾不可能な要求を突きつけてきたのだ。当然のごとくウズミさんは
これを拒否し、開戦まで一刻の猶予もならない事態が訪れた。
この状況にアークエンジェルはオーブ側として参戦する。艦を去る者、
残ってかつての所属軍に砲火を向ける者。除隊許可証を持ったカズイは
前者となり、サイにミリアリア、その他たくさんのクルーが留まった。
僕は自分の説いた理想が受け入れたのだと、強く信じて戦いに備えた。
その時はもうあの子のことなど、とっくに忘れたものと思っていた。

連合軍はオーブが要求を拒否するのを前々から分かっていたのだろうか。
規定の時間が過ぎると同時に、海上から大量のミサイルがオーブ本土へと
降り注ぐ。一面に並んだ迎撃装置がいくつかを撃ち落して破壊される。
僕はフリーダムに搭乗し、オーブ軍の先陣を切った。後にはムウさんの
ストライク、M1アストレイが続く。上空から降下したダガーの大群に
突っ込み、ビームサーベルの一閃が敵の武器を薙ぎ払った。行ける、
この状況でも。僕は敵機を最小限の損害で戦闘不能にできることを
確信しながら、激戦の続く戦地を点々としていた。しかし、その時。
見たこともないような巨大な鉄球が投げ込まれ、僕は思わず機体を
横にのけぞらせる。振り返った先には、空を飛ぶ黒いガンダム。
それは続けざまに高速で攻撃を仕掛けてくる。まるで僕だけを狙うかの
ように駆け回るその姿を的確に捉え、僕はフリーダムの足で海中に
蹴落とした。そこへさらにやってくるのは、くすんだ緑色のガンダムだ。
手に鎌を携えたその機体はやはり僕を狙ってくる。武器を警戒した僕は
距離をとってビームを放つが、敵機に装備されていた巨大な盾が
ビームそのものを弾いて曲げてしまった。さらに、地上から放たれる
大出力のビーム。とっさに見下ろした先には、暗い青色のガンダムの姿。
レイダー、フォビドゥン、カラミティ。3機は連合軍の新型だった。

戦闘を続けるうちにだんだんと僕の疲弊は増大していく。あまり連携が
取れているとは言えない3機のガンダムは、それでも機体の性能を
生かしてこちらの攻撃を無力化する。僕はだんだん焦り始めた。
アラスカで縦横無尽の活躍を遂げたはずのフリーダムが追い詰められつつ
あった。レイダーとフォビドゥンの手柄を争うような挟撃が、次第に
回避反撃の芽を摘むような隙のなさを生み出していく。このままじゃ、
危ない。地上からのカラミティの砲撃が真横をかすめる。フォビドゥンの
放ったプラズマビームが偏向し、すぐ下方を通り過ぎる。あまりの危険に
バーニアを吹かせようとした瞬間、レイダーの鉄球が命中した。
強い衝撃で機体の自由が利かない。隙の生まれた僕を見逃さず、上空の
2機が迫った。レイダーの口部ビーム砲が目の前に見える。
―――僕は、もう死ぬのか。
最悪の事態を覚悟した瞬間、視界を赤い機体が遮った。
見慣れたその色を持つガンダムから聞こえてきたのは、忘れられない
友の声。アスラン・ザラの駆るジャスティスの登場だった。

832人為の人・PHASE−39:2004/09/18(土) 14:43
何の前触れもなく突然現れたジャスティスに対し、僕は強く問い質した。
―――ザフトが、何のつもりだ。
それはかつて僕と殺し合った相手である彼の真意を確かめるものだった。
―――この介入は、俺個人の意志だ。
返答には一つの迷いも見られない。僕はアスランを信じることにした。
ともかく今はこの危機を乗り越える方が先だ。あっけに取られていた敵に
先んじて僕たちは反撃を開始した。赤と白二つのガンダムが、敵の新型を
圧倒していく。先ほどまであんなに劣勢だった僕の攻撃とアスランの
信念が、ただ暴れ回るだけの敵を確実に捉えていくように感じた。
しばらくすると、3機の新型は損傷が少ないにもかかわらず撤退した。
まるで早く帰艦しなければ命が危ないかのように、隼のごとく。

夕日が沈む頃、オーブに一旦の平穏が訪れた。もちろん、敵を撃退できた
わけではない。連合軍の一時撤退があっただけで、疲れきった兵士たちが
瓦礫の合間に横たわって休む姿があちこちに見られた。
僕のフリーダムはアスランのジャスティスと向き合ったまま降下した。
話がしたいと言った彼の声は落ち着いていて、僕はそれを受諾したのだ。
ワイヤーを伝って降りてくる赤いパイロットスーツの少年は、間違いなく
アスランだった。一方に海、もう一方に駆けつけた多くの人が見守る中、
僕と彼とは少しずつ距離を狭めていく。彼に銃を向けた兵士を牽制し、
2、3歩の距離を隔てて僕はついに彼と向き合った。そうだ、柵越しに
トリィを渡してくれたあの時のアスランと話したのも夕暮れのオーブだ。
そして僕の肩にはトリィが止まり、彼をじっと見つめている。
今、二人の間に遮るものは何もない。アスランが僕の名前を呼び、
拳を固めた。彼に殴られる準備はできていた。何があったのかは知らない
けれど、彼の目は複雑に僕を捉えていた。さあ殴ってくれ、アスラン。
覚悟を決めた瞬間、僕たちのもとに走り寄ってくる一人の少女がいた。
彼女はとても嬉しそうな声で僕たちを抱き寄せ、再会を祝してくれた。
僕は予想外の結果に戸惑いつつも、それはアスランも同じことだろうと
思いながらカガリの祝福にしばらく身を委ねることにした。
何だか、とても気分がよかった。

オーブの工場で彼と言葉を交わした僕は、かつての戦いを振り返った。
僕はニコルという少年を殺した。でも、僕は彼を知らない。
アスランもトールという少年を殺した。でも、彼もトールを知らない。
そう言って納得するなんて無理なのは分かっていた。でも、そう言って
納得するほかに今は仕方がない、どうしようもない、そんな風に
思っている自分がいた。全ては時が解決してくれるのだろうか。
いつかは何もかも受け入れられる気持ちになって、トールの墓に
落ち着いた気持ちで祈りを捧げることができるのだろうか。
自信などあるはずもなかった。僕はアスランと分かり合えたとは
思っていなかった。でも分かり合えたのだと自分に思い込ませることで
戦争を終わらせることができるのなら、それで充分な気がした。
アスランも僕の言葉に納得していないだろう。しかも、彼は僕よりずっと
真面目で信念の強い男だ。到底認められないのは目に見えている。
でも、真面目だからこそ彼は信じてくれる。今を生き抜くためには
そうするしかないということを。僕は笑顔を浮かべながら、止めどない
悲しみの気持ちが胸にたまっていくのを感じていた。
そしてそんな僕たちの気持ちを上回りながら、戦争は加速を続けていく。

833人為の人・PHASE−40:2004/09/19(日) 13:36
再び連合軍のオーブ攻撃が始まった。例の新型3機の姿も見える。
出撃前、アスランはオーブに勝ち目はないと言った。それは僕も
分かっていた。けれど、僕は彼に得意げに言った。大切なのは、
僕たちが何のために戦うのかを自分でしっかりと分かっていることだと。
愚かだった。いまだに頭の中でぼんやりとした像しか作り出せず、
かつて僕たちが何と戦ったのかにすら答えを出すことのできない自分が、
よりによってアスランを導こうとするなんて。認識できていなかったのは
僕も同じだった。そしてザフトの捕虜から僕たちとともに戦うことを
願い出てくれたディアッカも、僕の考えに賛同してしまったようだった。
分からない。オーブが占領されたのは僕たちのせいなのだろうか。
僕たちが理想を胸に宇宙へ旅立たなければ、オーブの人々は幸せで
いられたのだろうか。今、得体の知れない不安が胸をよぎる。

戦闘を中断し、僕たちはマスドライバーの設置されたオノゴロへと
向かった。ウズミさんが僕たちにオーブを離脱し、宇宙へと上がるように
指示を出したのだ。オーブが陥落するのも時間の問題だと言う
ウズミさんの顔は苦渋に満ちてはいたが、それでもその惨禍の先に見える
小さな炎をしっかりと見据える力強い目をしていた。小さくとも、
強い炎は消えない。ウズミさんはマリューさんの言葉に大きくうなずき、
僕たちのオーブ離脱に向けた準備を着々と始めていった。

世界は認めぬ者同士の際限ない争いへと突き進んでしまいかねない。
そう言ったウズミさんは、二人の危険人物の名を挙げていた。
地球の軍需産業理事にしてブルーコスモスの盟主、ムルタ・アズラエル。
マスドライバーとモルゲンレーテ取得の目的でオーブ侵攻を後押しした
張本人だった。彼もやがて僕たちを追って宇宙へ上がることとなる。
そしてプラントの最高評議会議長兼国防委員長、パトリック・ザラ。
その名前を聞いた時、アスランの顔に陰りが見えたのは明らかだった。
きっと彼の苦悩は察して余りあるものだったに違いない。
実の父親が、真に倒すべき「敵」のようになってしまっていたのだから。

ローエングリンを放出し、空への道を開くアークエンジェル。
マスドライバーにその白い艦体をあずけ、上へ上へと突き進んでいく。
やがてエンジンを最大に吹かせたアークエンジェルは彼方の空に消えた。
次はクサナギ、多数のオーブ国民とカガリたち軍関係者を乗せた艦が
旅立つ時だ。そしてまさにその時、連合軍の新型3機が襲来した。
このまま艦を行かせるわけにはいかないとばかりに速度を生かし、
クサナギの進路に立ちはだかるカラミティ、レイダー、フォビドゥン。
地上に残っていた僕たちはクサナギを守るため、また宇宙に向かうため、
彼らを迎え撃つ。マスドライバーに攻撃を当てるわけにはいかない敵は
動きが鈍く、僕たちは何とか厳しい状況の中を応戦していく。
やがてフリーダムの手をジャスティスの手がしっかりと握り締め、
僕たちはクサナギの甲板へと無事着地できた。急上昇を続ける艦体から
見えるオーブ本土の姿が、次第に遠くなっていく。
そして―――次の瞬間だった。最初は小規模の爆発、やがて巨大な連鎖。
暁のような炎がマスドライバーを焦がし、オノゴロの施設を次々と
飲み込んでいった。それは美しくもあり、悲しくもある喪失の景色。
たった今飛び去った場所のあまりの光景に、僕は声も出なかった。
その時ほどカガリの泣き叫ぶ姿をはっきりと想像できたことはない。
「オーブの獅子」ウズミ・ナラ・アスハさんは、たとえ死を前にしても
自分の信念を曲げることはなかったのだ。それが一方的に誉められるべき
ものでないことはよく分かっている。でも、彼はカガリに対して
最後まで、本当に最期まで「父親」としての役目を果たしたのだと思う。
僕にそれだけの誇りと理想を抱くことは不可能だけれど、カガリなら
きっと築いていける。生まれ変わった、想いを受け継いだオーブを。
―――「種」を乗せた2隻の艦は、広い暗黒の宇宙へと飛び出した。

834人為の人・PHASE−41:2004/09/20(月) 13:32
世界は揺れる。世界は変わる。そこに生きる全ての人々の運命を
翻弄しながら、世界は少しずつ少しずつその姿を変えていく。
宇宙に上がった僕たちは、退路を断たれた切迫感とこれから何を
すべきかという問いへの不安に駆られながら取るべき道を模索した。
アスランと、ディアッカ。彼らはもともとザフトの人間だったが、
もうとっくにそんなことを気にしていられる状態でないことはみんな
分かっていた。かつて敵だった者たちとの共闘に違和感はなかった。
そして、ウズミさんからカガリに託された写真の存在。実の父と思って
時に反抗しながらも慕い続けてきたであろう人物を亡くして涙に暮れる
カガリを慰めようとした僕はアスランとともに彼女のもとに出向き、
そして真実の一部を知った。写真の中で双子の赤ん坊を抱えながら
優しそうに微笑む茶髪の女性は確かにどことなく自分に似ていた。
でも、だからと言ってそのままその女性が僕の本当の母親であるなんて
とても信じられなかった。最初にその考えが浮かんだ瞬間感じた思いは
単純な驚きと純粋な疑問で、それだけでは僕たち三人が家族として
暮らしてきた平和な生活を怪しむものとは到底なりえなかった。
そう、あの人が僕に嘲りを込めて事実を伝えるその時までは、自分の
存在があれほど禁忌に彩られたものであることなど知るはずもなかった。

フリーダム強奪と地球軍への情報漏洩。二つの大罪を押し付けられた
クライン派はプラント各地で追討の憂き目にあっていた。
その過程でシーゲルさんは死に、ラクスは電波ジャックによる地下演説を
続けながら居場所を転々と変えていたらしい。そんな彼女が僕たちと
合流することなど僕は夢にも思わなかったが、それでも僕たちが実際に
その結果への道を着実に歩み始めていたのは事実だった。アスランが
父ともう一度話がしたいと言い、プラントに向かうことを決意したのだ。
開戦以後、お互いに心から話し合うことができなかったという二人の関係
にあえてメスを入れ、自分の「正義」を示す。その証としてジャスティス
を艦に残し、彼はシャトルでプラントへと赴いた。僕は彼が自分から
危険に飛び込もうとしていることを知り、別れ際に笑顔で彼を励ました。
―――君は、まだ死ねない。君も僕も、まだ死ねないんだ。
「まだ」の部分に自然と力がこもったのを、今でも僕はよく覚えている。
初めてストライクに搭乗した時以来、僕は自分の死を意識したことは
数え切れないほどあった。その度に「ここで死んでたまるか」という
反発、自分の死への恐怖と遺された者たちの悲惨な結末を想像することで
僕は「死ねない自分」という虚像をいつの間にか作り上げていた。
そして戦争が犠牲者を限りなく生み出していく中、その虚像は姿を変え
「まだ死ねない自分」として僕を束縛した。目的を達成するために死力を
尽くして戦い、そしてそれが達成された後は―――悲壮感が全てだった。
そんな恐ろしい虚像をアスランに重ね合わせるほど僕は理想を追い求め、
自分がその実現に貢献できるという過信に酔っていたのかもしれない。
けれど今となっては―――それはただの夢幻にすぎなかったのだ。

対面の時は近づく。宇宙で、プラントで、そしてまた宇宙で。
ラクス・クラインという一人の歌姫が僕たちの指揮官となる時まで、
残された時間はそう多くなかった。そして彼女たちが加わった瞬間、
あてもなくさまよう二隻の戦艦は行くべき道を見出していく。

835人為の人・PHASE−42:2004/09/21(火) 14:15
プラント最高評議会議長兼国防委員長、ザフトの最高権力者、そして
実の父親。パトリック・ザラと話し合うためにプラントへと向かった
アスランだったが、一向に帰ってくる気配はなかった。
僕は最悪の結果が胸をよぎるのを感じ取ったが、そのことに対して妙に
醒めた視点で見つめているもう一人の自分がいることを発見した。
僕は彼の心配をする一方で、そうなっても仕方がないと考えている?
そんなはずはない、「まだ死ねない」はずのアスランは必ず生きて
帰ってくる。僕の親友として、またジャスティスのパイロットとして。
そう考えるようにして自分の中に潜む冷酷な人格を追い払った僕は、
来るべき時に備えてフリーダムのチェックを欠かさなかった。
フリーダム。それは自由の翼、戦場に平和をもたらす剣―――いや、
そんな美しい言葉で飾れるものではない。どれだけコクピットから
外してビームを当てようと、敵の攻撃手段を断つだけのサーベルを
振りかざそうと、それは大きすぎる力を持て余した者の偽善にしか
ならないのではないか。やがて慢心が衝撃とともに僕を脅かし、
悲劇を呼び起こし、真実を直視させるようになるのではないか。
当時の僕がそこまで考えていたかどうかは分からない。けれど、現在
心に傷を抱えたままの自分がそれでも生きていることを考えれば、
そんなはっきりとしない不安が見事に的中したのだと思えてくる。
思考の片隅に消えた彼女が再び眼前に現れる時まで、そう遠くない。

宇宙に飛び出したフリーダムが漆黒の宇宙に熱源反応を捉える。僕は
スラスターを全開にしてその場に直行し、ザフトのMSジンに
襲撃を受けている桃色の戦艦を目撃する。多勢に紛れても明らかに
それと分かるような配色に僕がある人物を思い浮かべた瞬間、
ラクス・クラインの喜びに満ちた声がコクピットに伝えられた。
間髪を入れずに僕は攻撃を開始する。フリーダムに取り付けられた
大量のビーム砲が火を噴き、敵の武器や手足を次々と奪っていく。
それを当然のように感じながら、僕は敵の機体が撤退した空間に
素早く到達して戦艦の無事を確認した。中にはアスランもいた。
ラクスはザフトの新造戦艦、エターナルを手中に収めたのだった。

艦から降りてきたのはラクスやアスランだけではなかった。
「砂漠の虎」アンドリュー・バルトフェルドさんもそこにはいた。
それでも若干の衝撃を受けただけで、僕は彼の憎しみに囚われない
思考に同意しながら隻腕義足の彼の体を静かに見守った。
間違いなく、この人と戦ったことで僕の何かは変わったのだ。
戦争が互いを滅ぼし尽くすまで終わらない殺戮ともなり得ることを
僕は彼との戦いで知った。そして世界は実際にそうなりつつある。
一時的とはいえ互いの過去を乗り越えることができた僕と彼は、
こうして戦争終結のため共に戦うこととなった。

僕との再会を本当に喜んでいるようだったラクス。僕は彼女の
気持ちを汲み取るように笑顔で接しようとした。ところが。
ラクスが僕を連れ、人目を避けるように場所を移した。
一体どうしたのだろうと不思議に思う僕の前で彼女の目から
流れ落ちたのは、一筋の涙。シーゲルさんが死んでしまったことを
悲しんで僕の胸に身を寄せた彼女の姿は、毅然とした衣装や
言葉からは想像もつかないほどに小さく、そして儚く見えた。
天真爛漫の中にどこか理解の及ばないものを含んでいたラクスが
流した涙、その冷たさに濡れながら、僕は彼女をいたわっていた。
自分にその資格があるのかという問いを、常に心に抱きながら。

836人為の人・PHASE−43:2004/09/22(水) 12:44
合流することのできた三隻の戦艦が当分の潜伏拠点として選んだのは、
廃棄されたコロニー「メンデル」。過去にバイオハザードを起こして
居住困難となり、既に無人となっているコロニーだった。
今思えば、僕があんな所に行くことになったのも何かの運命だった
のかもしれない。あそこへ行かなければ、そしてあの人から真実を
語られなければ。歴史に「もしも」は存在しない。けれどそれが
なかった時のことを空想してみるたび、知らない方が今よりも平和に
生きられたんじゃないかと思うことがある。でもそうやって考え出すと
そもそもヘリオポリスが襲われなければ―――と仮定の連鎖は
とどまることを知らなくなる。だから半分諦めたような気持ちで、
無気力になって、現実に目を背けて、笑いも泣きもしないで、
僕は今も重く暗い過去を引きずっている。

僕たちがメンデルに潜伏して間もなく、連合軍の戦艦が宙域に
現れた。その戦艦の名はドミニオン、アークエンジェルの同型艦で
より黒い艦体が特徴的だった。実質的な艦長として艦の指揮を
執っていたのは、アラスカで転属を言い渡されアークエンジェルを
離れたナタル・バジルール少佐。そしてオブザーバーとして
ブルーコスモスのムルタ・アズラエルも乗り込んでおり、同時に
オーブで戦ったガンダム3機も搭載されていた。
フリーダムとジャスティスのニュートロンジャマーキャンセラーを
手に入れる目的もあってやって来たドミニオンは、一旦こちら側に
通信を入れてきた。スクリーンに映ったのは間違いなくかつての
副官、ナタルさんだった。でももう彼女は僕たちとは違う陣営、
違う思想のもとにいたのだ。かつての同僚に降伏を勧められても
マリューさんは受け入れず、今の連合そのものに疑念があるのだと
言って退けた。そして、その言葉に残念そうな顔をしたナタルさんの
横から、金髪に空色のスーツを着た青年風の男が口を出す。彼こそが
ムルタ・アズラエルだった。挑発的な口調でコーディネーターへの
差別意識を隠そうともしない態度が僕の心を強くえぐったが、
かえって敵への対抗意識は高まった。絶対に、落とされはしない。
やがて話し合いの決裂した両者から、次々とMSが放たれていった。

場所がコロニー跡と言うこともあって、残骸が点々と漂う暗礁宙域が
主な戦場となった。その地形の特性を生かし、時間差でレーダーの
追跡を逃れたミサイルを連続してこちらに命中させてくるドミニオン。
一方こちらはエターナルが整備中で出港できないのに加え、開始早々
クサナギにコロニーのワイヤーが絡まり行動不能となってしまった。
急いでその切断が始まったものの、ナタルさんの統制のとれた指揮が
寄せ集めの僕たちの攻撃を乱し、そこに例の新型3機が思い思いに
襲いかかる。新型3機はとてもナチュラルとは思えない反応速度で
次々と攻撃を仕掛け、応戦するフリーダムとジャスティスを次第に
翻弄していく。そして物理的にも精神的にも全く余裕のない状況の中、
コクピット内に突然警報が鳴り響いた。一体何が起こったのか。
―――目前にドミニオンから放たれた大量のミサイルが迫っていた。

837人為の人・PHASE−44:2004/09/23(木) 11:10
僕は必死の回避を試みたものの、フリーダムに向かって飛んできた
ミサイルの照準は正確で数発が命中した。機体が大きく揺らぎ、
急いで立て直したところに敵の新型が迫る。相次ぐ危機の襲来に
僕は幾度となく繰り返してきた弾ける種のイメージを脳裏に構築し、
無重力の空間を掌握しようと努めた。ここで負けるわけにはいかない。
その意志の根拠にまで考えが回らぬまま、致命傷とはなりえない攻撃を
繰り返して反撃を続ける。切迫感から苛立ちが募り、僕は声を荒げた。
まだ終わらないのか。やがてようやくワイヤーの外れたクサナギが
動き始めると、敵は即座に退却。戦闘は一旦終わりを告げたかに見えた。
しかし戦場からは、ストライクとバスターの反応が消えていた。

消えた2機のMSはおそらくメンデル内部に向かったのだと推測された。
その時、事態は混迷を極めていた。先ほどのドミニオンに加えて
暗礁宙域の外にはエターナルを追ってきたザフト艦も控えており、
うかつな行動はできない。僕は自分がメンデル内部に向かうとラクスに
告げ、彼女はそれを了承した。アスランに外の警戒を任せた僕は、
のしかかる不吉な予感を振り払うようにコロニーへと突入していった。

視界が開け、荒廃した大地が目に飛び込んでくる。生命の存在を何も
感じさせないような冷え切った感覚をコクピットの中で体感しながら、
僕は周囲へと目を凝らした。いる。デュエルと向き合うバスターの姿が
モニターに映った。かつてザフトで同じ隊に所属していた者同士だと言う
ディアッカの言葉を信じ、僕はその場を去る。かつての僕とアスランを
見ているようで一瞬不安がよぎったが、そうならないことを祈りつつ
僕はもう一人の居場所を探した。いた。ムウさんの乗るストライクと、
そのストライクを追い詰める見たこともないザフトらしきMS。
僕はかつてのアラスカのようにその場へ急行し、速度を生かして
敵MS―――ゲイツに斬撃を加えた。行動不能となったゲイツを捨てて、
パイロットが地面に降り立ち走り出す。地表付近はまだ空気と重力が
残っているらしく、その足取りは地球と何ら変わりがない。
それに続いてムウさんがストライクを降り、彼を追い始めた。
思わず銃を手に取ってその後に続く僕を待ちかまえていたのは、
廃棄された地にあってなお負の遺産を保ち続ける巨大な施設だった。

僕はムウさんと二人、物陰に隠れて奥にいる敵の様子をうかがった。
銃のセーフティーを外し、MS同士ではない生身の戦いに緊張が走る。
やがて声とともにムウさんが銃を撃つが外れ、姿は見えないながらも
クルーゼさんは余裕に満ちた態度でこちらに一冊のアルバムを投げた。
その勢いで外に飛び出した写真、そして中に収められていた記録。
間違いなかった。僕たちは来るべくしてこの建物に来たのだ。
クルーゼさんは最初からそれを望み、そして実現させてしまった。
深い因縁に彩られた僕たち3人の真実が、容赦なく明かされる時だった。

838人為の人・PHASE−45:2004/09/24(金) 09:04
まだメンデルが快適な居住区としての立場にあった時代。
15年以上も前、そこではコーディネーターが次々と生み出されていた。
自分の子供が生まれながらに他者より優れていることを望み、大金を
払って思い通りの容姿と能力を子供に身に付けさせようとした親たち。
そして彼らが絶えることなく訪れていた研究施設がここであり、
ここで多くの研究者たちが愚かな見果てぬ夢を見たのだとクルーゼさんは
言った。確かに、見渡せば不思議で不気味な巨大試験管が所狭しと並び、
その中では今なお怪しげな物体がうごめいている様子を確認できた。
さらに彼は続ける。その研究者の中でもリーダー的存在であった男性と
その妻、さらには彼らに資金協力を惜しまなかったある一人の資産家の
話。彼らこそ、今の我々を存在せしめているのだと。彼の雄弁な口から
放たれる数多くの言葉は異常なまでの自信と説得力に満ち、戦闘中にも
関わらず僕とムウさんは彼の言葉に耳を傾け続けた。

「最高のコーディネーター」を作り出すこと。遺伝子技術を研究する人間
にとっての最大の夢とも言えるこの計画に乗り出した研究者がいた。
彼の名はユーレン・ヒビキ。彼は人工子宮の中で、妻ヴィアとの受精卵を
最高の条件の下育成させようとした。そして数多くの「失敗作」を経て、
一人の男の子が生み出される。その時ヴィアのお腹から産まれた女の子と
双子で、たった一つの「成功例」とされたコーディネーター。
名前を「キラ・ヒビキ」と言った。

資産家は自分の跡取りとなるべき実の息子が気に入らなかった。
いや、正確にはその息子の母親を気に入らなかった。そのためメンデルの
ユーレン・ヒビキに話を持ちかけ、自分のクローンを作り出そうとした。
その試みは成功し、全てがうまく行くかに見えた。だがしばらくして
資産家の住む屋敷は火事に見舞われ全焼、彼以下多くの人間が死亡し、
実の息子が数少ない生存者として生き残ることになる。
その資産家の名前は「アル・ダ・フラガ」、そして息子の名前は
「ムウ・ラ・フラガ」。アルのクローンは行方知れずとなった―――。

クルーゼさんは語る。そのクローンは自分自身であると。もちろん
ムウさんは言下に否定するが、それを上回る口調でクルーゼさんは
意見を封殺し、こちらの退路を断ってくる。僕はと言えば、あまりに
信じられない真実の連続に自分の存在意義さえ見失いそうになっていた。
自分が「最高のコーディネーター」?人工子宮で調整され生まれた人間?
いや、人間とさえ呼べるのかも怪しい。僕と双子であることが確定した
カガリとはあまりに異なる出生。彼女が「誕生」なら、僕は「発生」した
とでも言うべき存在だ。頭が奥底から熱くなり、銃を握り締めた手元が
震えだす。周りの風景が歪み、驚きと恐怖に全身から力が抜けていく。
クルーゼさんは得意気に言葉を重ねていった。間もなく最後の扉が開く。
私が開く。そして世界は終わる、この果てしなき憎しみの世界は―――。
また彼は世界で自分こそがただ一人、全人類を裁く権利を持つとも言った。
そこで僕ははっと我に帰った。世界が終わる?憎しみに包まれた世界が
何か強大な「力」に押し潰されていくイメージをその瞬間僕ははっきりと
想像できた。そんなこと、させるものか。自分でも何が起こったのか
分からぬままに体が動き、僕は物陰から飛び出すとクルーゼさんに
襲いかかった。そして―――彼の目を覆っていた仮面が外れた。
それを見た僕、あるいはムウさんの衝撃は計り知れない。なぜならそこに
あった顔は、恐ろしいまでに「あってはならない」ものだったからだ。
僕たちが気を取られた隙にクルーゼさんは素早く逃げ出し、そして静寂が
辺りを包んだ。もうそこには何もなかった。その場に留まる理由を失った
僕たちは、急いでMSのある建物の外へと向かっていった。

コロニーのさらに外では再び激しいMS同士の戦いが始まっていた。
休む間もなく戦線に復帰した僕はムウさんをアークエンジェルに預け、
新型3機との戦闘を開始する。真実を知ったことによる動揺が次第に
重みを増し、双肩にずしりと乗りかかってくるのを僕は感じていた。
それでも、ギリギリの状態ではあったがまだ戦うことはできた。
―――まさか、あの子の声を聞くことになるなんて。

839人為の人・PHASE−46:2004/09/25(土) 11:53
アークエンジェル、クサナギ、エターナルの三隻は連合とザフト両方から
攻撃を受けていた。このままでは次第に距離を詰められ、挟み撃ち状態で
一斉射撃を受けてしまう。ラクスはザフトの戦艦、ヴェサリウスに火線を
集中することでこの突破網を抜けようとしていた。ヴェサリウスは
クルーゼさんの指揮する艦だったが、彼はこの攻撃が成功して
ヴェサリウスが撃沈した後も生きていた。同じくそこにいたアスランや
ディアッカの親友、イザーク・ジュールも無事だったようだ。
その時僕はただひたすらこちらに襲いかかる敵を相手にしていた。心身に
かなりの負荷がかかっていることは分かっていたが、ここで帰艦するわけ
にはいかないという気持ちが辛うじて僕を戦線に留まらせていた。
そんな中、通信がある一つの声を捉えた。

最初は信じられなかった。こんな戦場に、しかもいつ撃墜されるとも
分からない小さなポッドに乗せられて漂っているとは思いもしなかった。
知っている人の名前をほとんど全て挙げて、必死に助けを求める声。
その多くを僕は知っていた。当然、死んだはずの僕の名前はなかった。
間違うはずもない。それは確かにあの子の声だったのだ。
僕はもう、彼女には二度と会うことはないだろうと思っていた。
そう決め付けて、確かにあったはずの心の迷いを断ち切ろうとしたのだ。
アラスカでは無事に脱出できて、今頃はどこか平和な場所にいる―――。
しかし、現実に彼女の声はフリーダムのコクピットに響き渡った。
僕はその声一つに、今まで築き上げてきたものが一瞬崩れ去るのを感じた。
そのわずかな迷いは僕に無謀な行動を起こさせるには充分な衝撃だった。
僕は周りの状況を顧みず、一直線に発信源へと急行していった。
もちろん、何の迎撃も行わずただ直進するだけのフリーダムを敵が見逃す
はずがない。僕は次々に敵の射撃を受けた。ビームが命中するたびに
僕はあの子から引き離され、頑丈を誇るフリーダムの機体にいくつも
傷が入る。だが、それでも僕は諦めなかった。魂を削るようにあの子の
名前を幾度も呼びながら、懐かしい声に向けて手を伸ばす。次の瞬間、
強い衝撃とともにフリーダムの頭部が破壊された。これ以上後を追うことは
命にも関わる危険があることもよく承知していた。それなのに僕は
まだ追いかけようとしていた。フリーダムが動けるのならあの子を、
僕が傷つけた、僕が守ってあげなくちゃならない人を助けないと―――。
けれども無謀な追跡は遂に親友のアスランによって引き止められた。
僕は彼の声すらどこか遠い世界から呼びかけているような気持ちで、
種の弾けた瞳を漆黒の宇宙に向けて何も考えることができなかった。

目が覚めると僕はエターナルのベッドにいた。フリーダムとジャスティスの
専用運用艦として作られたエターナル。最近はそこでずっと生活していた
のだから当然の景色のはずなのに、それはどこかいつもと違って見えた。
視線を上にやると、心配そうにこちらを見つめるラクスの顔があった。
いや、ラクスではなかった。その顔は微笑んでいた。魔性の優しさを
秘めていた。そして僕に覆い被さり、あの子と僕は―――。
心に激痛が走った。昔の記憶は自分の罪悪感を深めるだけだった。
そうする他に道がなかったなどとはとても考えられなかった。僕はあの子と
交わることで救われ、快楽すら覚えていた。事実として互いを傷つけた。
過去は戻らないのか。戻らないから僕はあの子を追い求めようとしたのに。
気がつけば景色は再びエターナルの中、ラクスが僕を見つめていた。

アスランやカガリも見舞いに来てくれたが、ラクスは彼らをそっと表に
出し、慈悲に満ちた優しい声と表情で僕を慰めてくれた。僕はその清さに
癒されながら、一方で後悔の念を抱かないわけにはいかなかった。
泣いていいのですよと彼女は言う。人は泣くことができる生き物だからと。
泣かないようにと張り詰めていた気持ちが途切れ、僕のひどく脆弱な一面が
さらけ出された。また僕は繰り返してしまった。自身で解決するすべを
知らず、自分に優しさを与えてくれる女性にただすがろうとする愚行にも
似た甘え。それが戦争という無慈悲な現実の中で続けられ、根のない草の
ごとく僕はふらふらとさまようことしかできなくなった。これが、こんな
生き物が「最高のコーディネーター」だと言うのだろうか。
安息の場所は見つからない。あの子を抱き、ラクスに癒される僕などには。

840人為の人・作者:2004/09/25(土) 11:54
今日は運命の再会、でした。
次回からはいよいよ最終決戦へ……。

841人為の人・PHASE−47:2004/09/26(日) 11:46
地球軍がニュートロンジャマーキャンセラーを手に入れてしまった。
あの子は「戦争を終わらせるための鍵を持っている」と言っていたけれど、
それが地球軍に核兵器を再び使うことを許すためのものであったとしたら。
僕たちが最悪の結果の回避に向けて動き始めたその時、あの子はドミニオン
の中で何を考えていたのだろうか。かつては行動をともにしていながら、
僕とあの子は手の届かない遠い場所であまりにも一方向な関係だけを
互いに持ち続けていたのだ。それは最後となるべき戦いにあって、
持たないほうがよいはずの「守護」の意識。その結末はじきに明かされる。

地球軍は物量でザフトを圧倒し、プラント防衛要塞の一つボアズへと迫った。
ザフト軍も懸命の抵抗を続けるが、やがてその防衛網をかいくぐった部隊が
彼らに恐るべき破滅の光をもたらすこととなる。
平和を作る者。文字通りピースメーカーと名づけられたメビウスの部隊は、
それぞれに一基ずつ搭載された核弾頭ミサイルを容赦なく発射した。
迎撃も間に合わず、悪夢の弾丸がボアズへと突き刺さる。そして爆発。
かつてユニウス7を解体した核の炎はボアズを無数の残骸へと変えた。
勢いづいた地球軍はさらにその奥の最終防衛拠点ヤキン・ドゥーエ、
そして最深部に位置するプラント群へと侵攻していく。僕たちは彼らの
見境のない行動を止めるためにその後を追う。もうこれ以上の惨禍を
呼び覚ますことはできない。戦争の一刻も早い終結、そして平和への道のり
に希望を見出しながら、僕たちは三隻の戦艦からMSを続々と発進させた。

宇宙に点在する得体の知れない生き物が住む砂時計を破壊すべく、
蒼き清浄なる世界というひどく漠然とした概念を達成させるべく、
核弾頭ミサイルを抱えたメビウスがプラントへ次第に迫る。対するザフトは
ヤキン・ドゥーエのMSを結集させての必死の抵抗。その中にはアスランの
友人でありクルーゼ隊でただ一人ザフトへの忠誠を誓い続けたデュエルの
パイロット、イザーク・ジュールもいた。彼らは生まれ育ったプラントを
死守するため地球軍の大部隊に向かっていった。それでも数に勝る地球軍を
止めることはできず、ピースメーカー隊は核ミサイルを発射。放たれた
一つ一つがプラントを焼き尽くす勢いのもと飛んでいく。もはや彼らに
止めるすべはなく、背後の故郷は失われようとしていた―――。

それはさながら英雄のごとく、現実にありもしない能力者のごとく、
明確な理想に近づこうとしながら最後まで形のないものに拠り続けた
弱い人間の駆るMSによって核ミサイルは撃破される結果となった。
プラントの目前でいくつも無意味な核の炎が宇宙を照らしては消える。
多くの人々が予期しなかった核兵器の末路を僕は踏みしめながら、
ピースメーカー隊の殲滅に向けてミーティア装備のフリーダムで
空間を駆け巡った。もう誰も殺させはしない、その誓いのもとで僕は
核搭載型メビウスに乗るパイロット、そしてそれを発進させる戦艦の
クルーを次々と殺していった。彼らがそんなことをしなければ殺さなかった、
僕は戦争を終わらせるために最小限の犠牲だけを望んでいる、そんな
身勝手な解釈を通用させる力によって核兵器はその数を限りなく
減らしていくこととなった。それは自由という名の驕りだったのか。
ジャスティスを駆るアスランは同じくミーティア装備のもと己の正義を
信じて人の乗る機械を切り裂き貫いていく。だからと言って僕と彼とは
違う、そんな理論は通用しない。やっていることは変わらないのだ。
最後に必要なのはやはり「犠牲」なのだと、今僕はそう思う。

地球軍の核攻撃はザフトの怒りを呼び、かつてない巨大な破壊兵器の使用を
実現させてしまった。その名はジェネシス、核を上回る史上最悪の人造物。
やがてその砲門から、膨大なエネルギーが解き放たれる時が訪れた。

842人為の人・PHASE−48:2004/09/27(月) 07:16
ジェネシスから放出された巨大な光の渦は、その第一射だけで地球軍の
戦力の大半を奪い去った。強力なガンマ線により、核をも上回る
破壊力を見せつけたジェネシス。ミラージュコロイドによって今まで
隠されていたその巨体は、同時にPS装甲を展開することでほぼ無敵と
化していた。僕たちの攻撃目標は核装備のメビウス撃破からジェネシスの
破壊へと次第に移行していく。そしてその激戦の途中、フリーダムや
ジャスティスさえ凌ぐ最強のMSと僕は戦うことになる。そのMSの名は
プロヴィデンス。操縦するのは、全人類に裁きを下すことを望むあの人だ。

ジェネシスの照射によって戦場が混乱したところを見計らい、僕たちは
一旦各々の所属する戦艦へと戻ってきた。初めはジェネシスの威力に
圧倒されていた僕たちも、段々とあれを撃破しなければならないという
使命のようなものへと駆り立てられていく。そしてそんな状況の中で、
ついにカガリがパイロットとして戦場に立つ時がやってきた。彼女の乗る
MS、ストライクルージュの整備が完了したのだ。僕はカガリが何度も
ウズミさんに戦争の危険を説かれていたことを知っている。きっと彼女も
そのことは充分承知しているのだろう。けれど、カガリの性格上安全な所で
いつまでもじっとしていることなどできなかった。彼女はみずから戦場に
出て、行動によって意志を示すナチュラルの少女だった。そして僕は、
その少女と血を分けた兄もしくは弟。僕の性格から推測するに、おそらくは
弟なのだろう。生きることそのものが戦いなんだと言ってのけたカガリを、
僕は心から尊敬したい。そうすることが、僕の生に意味を与えるのだから。

出撃の時が来た。MS格納庫へと歩き始めた僕を、ラクスが引き止める。
今や彼女はエターナルという戦艦を率いる艦長としてではなく、一人の
儚げな少女として僕の前に立っていた。必ず帰ってきて下さいねと、
シンプルな形状をした銀色の指輪を渡すラクス。彼女は僕が死も厭わない
覚悟で戦場へ飛び出し、そのまま二度と帰ってこなくなることを
恐れているのだ。事実僕はそうなってもかまわない、むしろ仕方がないと
さえ考えていた。僕は所詮作られた存在なのであって、人間として生きる
資格などないのではないか。しかしラクスの僕を見る目は心から僕を
心配、いやそれ以上の感情を含んでいるように見えた。彼女が僕のことを
愛しているのは分かっていた。でも、その気持ちに応えられるほど僕は
立派な男だと言えるのだろうか。目を閉じ、僕はそっと彼女の頬に口づけを
する。ラクスが他に望んでいたことがあったかもしれない、そんな思いを
胸の奥に秘めたまま、僕の足は最終決戦へ向けて動き出していた。

三隻の戦艦からMSが出撃する。それは地球軍でもザフト軍でもない、
戦争の少しでも早い終結を願う人々の集団。戦場へと駆ける僕の横には
アスランのジャスティス、そしてカガリのストライクルージュが見えた。
彼らには互いに守るべき者がすぐ傍にいる。僕の守るべき人は今どこに
いるのだろうか。ラクスはエターナルの中、ではあの子は―――。
混沌と破滅をひた走る両軍の中を、僕はただひたすら駆け抜ける。

843人為の人・作者:2004/09/27(月) 07:18
今日がフレイ様の一周忌のようですね。
少し遅れてしまいましたが、最終話まであと少し。

844人為の人・PHASE−49:2004/09/29(水) 19:03
誰も止める術を持たないまま、ジェネシスの第二射は放たれた。
今度の目標は地球軍艦隊ではなく、ヤキン・ドゥーエ宙域に戦力を
送り込み続けていた地球軍月面基地、プトレマイオス・クレーター。
長い年月をかけて築かれた人類の建造物は、一瞬にして崩壊した。
そして次にジェネシスの攻撃目標に設定されていたのは、地球軍の
中でも大西洋連邦首都であったワシントン。もしその膨大なガンマ線が
地球に向けて放たれていたならば、人類にとっての真の滅亡は格段に
近づいていたに違いない。人の住める環境ではなくなった地球と、
その地球に住む人々の恨みからじきに破壊されていただろうプラント。
最悪の結末は間違いなく、限りなく現実のものになろうとしていた。

ミーティアを装備したフリーダム、ジャスティスは戦場を駆け巡った。
もう核を搭載したメビウスはほとんど残っていなかった。しかし、
「少しでも戦争を早く終わらせること」を目的としていた僕たちは
いつしか目的を「人類の滅亡を止めること」にすり替え、そのための
「犠牲」を次々に増やしていった。巨大ビームサーベルは幾度となく
ジン、ゲイツ、ダガーを切り裂き、キャノンから放たれたビームの
奔流は戦艦一隻を簡単に沈めることができた。破壊すべきジェネシスへ
向かう途上にある両軍のMSは全て攻撃対象となった。「愚かな争い」
を続ける彼らは僕たちに協力することなく死すべき運命にあった。
その時僕は僕たちだけに「正義」があるのだと信じて疑わなかった。
カラミティがミーティアの巨大ビームサーベルを避けきれずに両断され、
フォビドゥンもカガリを助けたデュエルの捨て身の攻撃に貫かれて
消え果てる。誰に「正義」があろうと変わりはしない。あるのは延々と
続く殺し合いのみ。目的は違っても、それらの行動には「人類の滅亡」
を速めるか遅くするかの違いしか存在しない。みんな、同じなのだ。

M1アストレイに乗っていたというカガリの友人の少女は3人とも
死んだ。そして、損傷の激しいストライクを何とかアークエンジェルに
近づけていたムウさんも、愛する人を守るため盾となり散った。
彼を消し去ったのは、ナタルさんの指揮していたドミニオンの兵器、
陽電子砲ローエングリン。ドミニオンから脱出艇が放たれ、戦闘意志の
ないものとしてアークエンジェルが接近した矢先の攻撃だったらしい。
ムウさん、ナタルさん、そしておそらくドミニオンに乗っていただろう
ブルーコスモスの盟主ムルタ・アズラエル。どれほど優れた能力を
持っていても、それがMSの操縦技術や、戦艦の指揮管制や、
人民の統率指導における才能であっても、人は死ぬ時はあっさり死ぬ。
そう、どれほど常人よりも優れた能力で守ろうとした人であっても、

―――死は彼女を僕の手の届かない所へと運んでいってしまう。

845人為の人・PHASE−50・1:2004/09/30(木) 14:14
ジェネシスへと向かうラクスの艦隊。その中にミーティアを装備して
同行していたフリーダムのモニターが、1機の見慣れないMSを捉えた。
黒を基調とした、全体に不吉な雰囲気を漂わせたその機体の名は
「プロヴィデンス」、神意を司るもの。ラウ・ル・クルーゼさんの駆る
そのMSに言いようのない不安を覚えた僕は、アスランやカガリたちと
離れアークエンジェルの位置する空域へとフリーダムを走らせた。
今ここに、僕とクルーゼさんとの最初で最後の死闘が始まる。

満身創痍のアークエンジェルとバスターに襲いかかるプロヴィデンス。
その機体の背部に取り付けられた無数の小型ビーム射出ポッド、
ドラグーン・システムが僕のよく知る人々に向けて容赦なく放たれていく。
僕はミーティアをフル稼働させて迫り、巨大ビームサーベルをかざすものの
その小型兵器の縦横無尽に張り巡らされたビームの雨を前にして次々と
武装を破壊されていくこととなってしまう。そしてその雨の中、
クルーゼさんは全てを高みから見下ろした口調で僕に絶望を語りかける。
僕の必死の否定の反論は全て打ち消され、その度に彼の攻撃はますます
鋭さを増し僕へと刃を向ける。僕はあってはならない存在で、もし僕が
「最高のコーディネーター」であると知れば、誰もがそうであることを
望むゆえに僕は許されないのだと彼は言う。力だけが僕の全てじゃないと
いう魂の叫びすら、彼はそんなものなど誰も分からないと切り捨てる。
彼の想像を絶する動きの連続でついにミーティアは行動不能となり、
僕はミーティアを切り離してフリーダム単体での戦闘に切り替えた。
かつてないほどの緊張と死に対する恐怖感が僕を支配し始めていた。
だがここで退くわけにはいかない。ここで敗北すれば、世界はこの人の
望んだとおりの結末へと突き進んでしまう。僕が決意を固めた、その時。
僕のあまりにも優秀すぎた視力は、宇宙に漂う脱出艇、その中にいた
あの子を確実に視界へと招き込んだのだった。

守らなければ。僕が傷つけたあの子を、こんな所でその儚い命の危険に
さらされているあの子を、何としてでも守らなければ。ミーティアを
失って速度の落ちたフリーダムに例えようもないもどかしさを
抱きながら、僕はただひたすら彼女のもとに駆けていく。あと少し、
あと少しで彼女を守ることができる。視界の隅ではクルーゼさんが
ビームライフルをこちらに向けている。速く、早くしないと。ついに
引き金が引かれ、光線が一直線に目標を目指し走り抜けてくる。
あと少し、もうほんのあと少し―――僕は間に合うことができた。
フリーダムの盾に弾かれたビームが威力を失い、空しく拡散する。
脱出艇の中に見ることのできたあの子の笑顔。何の偽りもない、真の
微笑みがそこにあった。僕の顔にも安堵の表情があったのだろう。
でもその行為は無意味だった。クルーゼさんは初めから知っていたのだ。
僕たちがたとえ微笑み合うことができたとしても、それは一瞬の出来事に
すぎないのだと言うことを。そしてその後に必ず悲しみが訪れることも。
後ろに回り込んでいた小型兵器が一つ、あっさりと脱出艇を爆破した。
みるみるうちに表情を変えた僕が見たものは、もう爆炎だけだった。

あの子は僕の目の前で、本当にすぐ手の届いたはずの場所で、
命を落とした。もう触れようとしても、その温かさにすがろうとしても、
永遠にそれは叶わない。洪水のようにとめどなくあふれ出る悲しみが、
僕の心の何かをそのまま押し流していった。それは封印された笑顔の記憶、
受け取ることのできた優しさのかけらとでも言うべきものだったのか。
それらは全て、永遠に、もう決して取り戻すことはできないのだ。
僕はどこか遠い世界の中で彼女を守れなかった自分を責めた。責め続けた。
目の前に広がるぼんやりとした光の中には、ひょっとしたらあの子が
いたのかもしれない。僕には見えなくなってしまったあの子が、それでも
僕を許してくれたというのだろうか。僕のような人間は、それでも
本当のあの子の想いで守られていたというのだろうか。彼女を守ることの
できなかった僕を守る、遺されたあの子の気持ちを心に秘めた僕。
僕の今すべきことは、あの子を死へ追いやった、僕に絶望を見せつけた、
そして全人類に破滅をもたらそうとしている人物を「殺す」こと。
それは紛れもなくラウ・ル・クルーゼ、その人に他ならない。
自由の翼が再び力を取り戻し、倒すべき「敵」へと動き出す。
―――種は弾けた。

846人為の人・PHASE−50・2:2004/09/30(木) 14:17
ジェネシス破壊を目指し進むエターナルを攻撃したMS、プロヴィデンス。
機体が限界を訴える中、僕はフリーダムでその前に立ちはだかった。
―――もう誰にも、あなたの手で悲しい思いになどさせはしない。
僕の最後の怒りの矛先が今までにないほどに鋭く、しかし切なく、
世界を滅ぼすことだけを生きる糧としてきた人に向けられようとしていた。
なぜそんなことを。問いかけられた彼の心には夢も希望も、平和を願う
人々の想いも届かないのか。彼は人の業の罪深さを延々と説き、滅ぶべき
「理由」をそこに作り出そうとする。違う、人はそんなものじゃない。
決死の思いで希望を捨てずにいる僕の心をあざ笑うかのように、
彼は僕の言葉をまた否定する。憎しみの目と心、そして引き金を引く指しか
持たぬ者たちの世界で、何を信じ、なぜ信じるのかと。クルーゼさんは
それしか知らない、だからそんなことを言えるのだ。僕はなおも反論する。
それでも、彼の暗黒の思考回路は人の愚かさを如実に示してみせた。
―――知らぬさ。所詮人は己の知ることしか知らぬ。
もう僕は何の言葉も返すことができなかった。そうだ、その通りなのだと
考える他に道はなかった。己の知ることしか知らぬ者同士が互いを認めず、
互いを理解せず、互いを愛せずに凶行へと走り、結果訪れた破滅の危機。
暗い嘆きに満たされた彼の仮面の奥をわずかでものぞき見た僕は、その
どうしようもない感情に彼自身のもどかしさを重ね合わせることさえできた。
この世でただ一人全人類に裁きを下すことができると豪語する、それが彼、
人ならぬ存在。クローン。生まれながらにして短命を余儀なくされた運命。
結局は僕もそんな彼を生み出した罪深い世界に生きる人々の業、その一部に
過ぎないのだ。最高のコーディネーター。全てを調整され完成した一作品。
偽りに覆われ、長く真実を知ることのなかった僕の、本当の存在意義は
何なのだろうか。いつかは分かってもらえる、いつかは信じてもらえる、
いつかはつらい時が終わる。そうやってただ思い続けるという甘い毒こそが
僕を苦しめ、戦場でない場所でさえも僕を戦わせ続けてきた。自分の行動で
傷つき、自分の思いで悩み、自分の境遇に涙する、それが僕の人生だった。

いつしか僕たちの背後では、ジェネシスが最後の時を刻み始めていた。
ヤキン・ドゥーエの自爆と連動して設定されていた、ジェネシスの第三射。
地球へと向けられた想像を絶する砲火が放たれようとする中で、僕たちは
まだ戦っていた。すでに僕はプロヴィデンスの持つドラグーン・システムの
ほとんどを撃破していたが、同様にフリーダムも片足と盾を失っていた。
それでもクルーゼさんは語り続ける。地は焼かれ、涙と悲鳴は新たなる
争いの狼煙となるだろうと。彼は既にジェネシスが照射された後のことを
頭に描いていた。だが、それは早かったのだ。僕はアスランとカガリの
存在を忘れてはいなかった。そんなこと、絶対に起こりはしない。
彼らがいる限り、多くの人の想いがある限り。そして僕も、守りたい世界を
持つ者の一人として、あなたを倒してみせる―――。
両腕を切り落とされたプロヴィデンスを、ビームサーベルを一心に抱えた
隻腕のフリーダムが一直線に貫いた。小爆発を起こし動きを止める
プロヴィデンスに続き、ジェネシスの膨大なエネルギーが僕へと迫る。
それを大きく回避した後、ジャスティスの核爆発でジェネシスは崩壊した。
ラウ・ル・クルーゼ。彼は死に際に何を思っただろうか。もし彼が
微笑んでいたのだとしたら、僕は誰にも勝ってはいないことになるのだろう。
理想を追い求めたはずの僕が結局彼を殺したという事実は変わらないのだ。

パトリック・ザラは死に、地球とプラントの間に停戦協定が結ばれた。
そして死んでいった人々の想いを乗せたかのような幻想的な宇宙を、
フリーダムから投げ出された僕は静かに漂っていた。死の恐怖はもうなく、
ただ目の前の宇宙の神秘的な情景に僕は感動すら覚えていた。
―――僕たちはどうして、こんなところに来てしまったんだろう。
バイザーの前でゆらゆらと揺れるラクスの指輪が輝き、こちらへと
向かってくるストライクルージュの姿を僕は見てとることができた。
涙と微笑みと喜びと、何もかもが入り混じった表情のアスランとカガリが
僕を迎えてくれる。僕も涙にあふれ、しばらく宇宙という名の海に
その身を委ねることにした。目を閉じれば浮かんでくる、たくさんの顔。
―――僕たちの世界は、ここにある。

847人為の人・エピローグ:2004/09/30(木) 14:21
僕はペンを机の上に置き、両手を広げて大きな伸びをした。
終わりだ。これでようやく「戦争」は終わったんだ。そう考えようとする
自分とは裏腹に、こんなことをしても何にもならないという諦めの気持ちが
ふつふつと湧き上がってくるのを僕は感じていた。こんな「自伝もどき」を
書いたところで、失われたものは何も戻らないなどと言われればそれまでだ。
―――自分の行為が何の役に立った?どれだけの大切なものが失われた?
でも僕はどこか満足感を感じずにはいられなかった。それはもしかすると、
今こうして僕が生きている環境に由来するのかもしれない。かつて僕を
助けてくれたマルキオ導師のもとに、ラクスと生活する僕。ここは確かに
平和だけれど、どこか大事なものを失くしてしまったような静けさがある。
その中で自分の系譜とでも言うべきものを書き上げたことは、僕にとって
何か特別な意味を残してくれるのではないかと思えるものだった。

あえて紙には記さなかった名前が一つある。彼女は僕の手からこぼれ落ちた
存在だから、僕の手で記される必要はない。彼女は僕の中で生き続ける。
そしてそれがある限り、僕はラクスの気持ちに応えることはできないのだ。
僕は彼女を愛してもいなかった。いや、愛情を超えた想いで結ばれていた。
それが何なのかを理解するすべは僕にはない。だからこそ、分からないまま
そっとしておいてほしい。それでいいだろう?―――フレイ。

―――世界がこれ以上戦争に巻き込まれないことを祈りながら、
偽らざる人、「人為の人」は生きる。

848人為の人・作者:2004/09/30(木) 14:32
以上で「人為の人」全話終了です。
キラの思いとは裏腹に戦争がまた始まる―――そのまさに直前に
過去の出来事を思い出して筆記していく、という形式をとってみました。
先日最終話を見たせいか、PHASE−50はえらく描写が細かくなっているような……
ともかく最後まで読んでくださった皆様、どうもありがとうございました。

849私の想いが名無しを守るわ:2004/10/01(金) 20:48
連載終了おめでとうございます。
放送終了してから種を見返す機会が無かったので、50話全体の流れを思い出すことが出来て非常にありがたかったです。
2ヶ月にわたる長期連載は大変だったと思いますが、多分このスレ最後になるだろう作品にふさわしい出来だったと思います。本当にお疲れ様でした。

850人為の人・作者:2004/10/02(土) 11:43
>>849
丁寧なレスありがとうございます。
どうも自分が小説を書いた所はやたら閉鎖されていくというジンクスみたいな
ものがあるので心配だったのですが、ともかく最終話まで続けられたことには
ほっとしています。2ヶ月……長いようでいて短かったです。
内容はあくまで自己流の解釈ですが、読んだ人が何かそれなりのものを
感じることができたらいいなと思っています。

851私の想いが名無しを守るわ:2004/10/05(火) 00:20
連載お疲れさまです。
最終回の色々な問題が綺麗に片づけられていて良かったです。
断片的にしか映らないキラの心情もうまくつなげられててなるほどと思いました。

852前作でラクスが死んでフレイが生きてたらスレの4:2005/08/29(月) 00:22:34
お借りします
http://anime.2ch.net/test/read.cgi/shar/1124899669/からの出張です


第09話「驕れる牙」

<ユニウス7落下により、プラント連合の間には不信感が増した。そしてついに連合はプラントに対して宣戦布告。核を発射するも、ジュール隊の奮戦によってプラントは守られたのだった>

アスランは正装に身を包みながら、脇に映っていたテレビを見た
デュランダル議長が会見をしているのが見える
「済みません、ちょっと顔を洗ってきます」
案内の背広の男に断りを入れると、洗面所に足を運んだ
わずか数時間。アスランがここに来るまでのそのわずかな間に情勢は怒涛の展開を見せた
連合によるユニウス7落下の犯人達の公表、デュランダルによる説明と災害支援、連合の宣戦布告、そして……オーブの連合との同盟締結
何故だ!?とまでは言わない。どのみち避けられない事態であっただろう。しかしあまりにも早すぎた
蛇口を捻り、勢いよく放出されていた水を止めると、アスランは鏡に映った自分に自問した
「また戦う場所を失った……」
舌打ちを打つと、アスランは身を翻した。自分の顔を見ていたくなかった


「ええ、大丈夫。ちゃんと解ってますわ。時間はあとどれくらい?」
「ん?」
公式の場にはやけに似つかわしくない、若い女性の声が聞こえたから、アスランは思わず視線を合わせてしまった
「ならもう一回確認できますわね……ぁ…ぁ…あぁ…!?」
「ハロハロ、Are you O.K.?」
「ラ……クス…?」
初めは幻でも見てるのかと自分を疑った。しかし、走りよって手を握ってきたラクスの温もりは本物だった
舞台衣装を着たラクスは、感極まったようにアスランの顔を覗いてまくしたてた
「あぁ…アスラン!うれしい!やっと帰って来て下さいましたのね」
「ぁ…ぇぇ?…ぁ…」
帰った?どこに?ここはプラントで、自分はアレックス……
動転するアスランに、ラクスは畳み掛けるように話続けた
「ずっと待ってたのよ、あたし。貴方が来てくれるのを!!」
「どうして……ラクスは……死んだ筈じゃ……」
そう、死んだ筈だ。アスランは、ジェネシスに向かって散っていったエターナルも、そのエターナルの中で歌っていたラクスの声も聞いていた。忘れようも無い
「死んだ?ふふっ、おかしなアスラン。私はここにおりますのに。貴方の目の前に」
「………」
「ずっと……お待ちしてましたわ。貴方のお帰りを」
俺は帰ってきてなどいない…そう言いかけたアスランより先に、ラクスの付き添いらしい男がラクスを咎めた
「ラクス様」
「ああ、はい解りました。ではまた。でも良かったわ。ほんとに嬉しい。アスラン」
「Hey,hey,hey! Ready go!!」
「まぁ!ハロも喜んでいるのね」
ピョンピョンと跳ねるハロに語りかけるラクスの仕草は、アスランには懐かしいものであった
しかし、アスランはあのような色のハロを作った記憶もなければ、ハロの言語にそのような言語登録をした覚えは無かった
「君は本当に……」
ラクスなのか?という問いは、低い男の声に遮られた
「おや、アレックス君?ああ君とは面会の約束があったね。いや、たいぶお待たせしてしまったようで申し訳ない」
「デュランダル議長……」
カツカツとなる足音が、アスランの前で止まる
「ん?どうしたね?」
「あ…いえ…ぁぁ…」
訊ねながら、デュランダルは返答を許さない空気を持っていた
アスランはまるで父を相手にしたときのような錯覚を感じた。これが政治家というものなのだろうか
「いえ、なんでもありません…」
「そうかね?……あぁ、ラクス、仕事が終わったらまた行政府においで?私とアレックス君の話も終わっている頃だろうから」
「まぁ!はい!わかりましたわ。キングさん、早く行きましょう!私、お仕事頑張りますわ!」
「っ!!?」
戸惑いと、少しの畏怖を含んだ目で、アスランはデュランダルを見つめた
デュランダルは張り付いたような微笑と崩さず、アスランを逆にその黒い瞳で覗き込み、飲み込むようであった

853前作でラクスが死んでフレイが生きてたらスレの4:2005/08/29(月) 00:26:51
第10話「父の呪縛」


大人たちは皆、俯き、気力を失っていた
ただ、子供たちはフレイ達が作るスープの匂いにワクワクし、声を上げながら並んでいた
「……どうしたの?早くいきなさい、後ろ並んでいるんだから」
「もっと注いでよぉ」
「……アンタね、欲張らないの。沢山食べたかったらおかわりすればいいでしょ?」
「やだ。無くなっちゃうもん」
きかん坊な顔をした男の子は、口をへの字に曲げて、フレイに対抗している
「……」
フレイは黙って、お玉で男の子のお椀からスープの具を取り返した
「ああ゛ーーー!!お肉ーーー」
「……冗談よ。ホラ、これでいいでしょ?大盛り」
「……人参ばっかりだよーぼく食べれない!!」
「 リ ク エ ス ト 通 り 大 盛 り で し ょ ? 」
「……はい」
はぁ…とフレイは溜息をつくと、次の子のお椀を受け取った
しかし、流れていたラジオの緊急速報を聞き思わずそのお椀を落してしまった
『大西洋連邦をはじめとする地球連合各国はプラントに対し、宣戦を布告し、戦闘開始から約1時間後、ミサイルによる核攻撃を行いました。
 しかし防衛にあたったザフト軍はデュランダル最高評議会議長指揮の下、最終防衛ラインで此を撃破。現在地球軍は月基地へと撤退し攻撃は停止していますが、
 情勢は未だ緊迫した空気を孕んでいます』
「……どうしたの?」
子供たちは変わりなく、ご飯を求めている
大人たちは沈黙を守ったまま、動こうともせずにいる
ボランティアの仲間たちだけが、この速報にたいして反応を見せた
「核だってよ……」
「信じられない…」
「開戦?」
「ぶっそうなもんバカスカ撃ちやがって……これならニュートロンジャマーで核使えない方がマシだったな」
「それは……でも、そうかもね」
「馬鹿言わないでよ。アレが撃ち込まれて、エネルギー不足で何億人が死んだと思ってるのよ」
フレイは胸を締めつけられるようだった
生きているのが辛かった。こうしてボランティアで各地をめぐるたび、そう思った
ニュートロンジャマーキャンセラーを運んだのは自分なのだと思うたび、アークエンジェルにいたことすら、自分が戦争を長引かせたような気すらして
「キラ……」
昨日、もっと話せばよかった。泣きついて、甘えればよかった……本当は近くに居たいと言ってしまえば良かった
そうすれば、キラは受け入れてくれただろう。言葉じゃなくて、暖かいその両手で私を抱きしめてくれただろう
「でも……許せないもの」
落したお椀を拾って、別のお椀に変えて、女の子にスープを注いであげた
フレイは俯かないことにした

854前作でラクスが死んでフレイが生きてたらスレの4:2005/08/29(月) 00:34:47



同じニュースを、アスランも聞いていた
デュランダル議長と共に
「そんな…まさか…!」
「と言いたいところだがね、私も。だが事実は事実だ」
テレビのニュースキャスターはこの異常な事態を繰り返し、繰り返し報じていた
プラントのテレビだからであろう、キャスターは噴気に耐えれぬ声で、読み上げている
「君もかけたまえ、アレックス君。ひとまずは終わったことだ。落ち着いて」
そういうと、デュランダルはスッとその手をソファに向けて、アスランを促した
この男の、こういった間こそ、若くしてプラント最高評議会議長に上り詰めさせた天性の才能であった
「…んッ…」
「しかし…想定していなかったわけではないが、やはりショックなものだよ。こうまで強引に開戦されいきなり核まで撃たれるとはね」
自分は想定すらしていなかった……アスランは自分の甘さに歯噛みをした
「隠しきれるものではない。プラントには事実を全面的に公表している。当然、市民の感情は……」
「 しかし…それでも、どうか議長!怒りと憎しみだけでただ討ち合ってしまったら駄目なんです!
 これで討ち合ってしまったら世界はまたあんな何も得るもののない戦うばかりのものになってしまう…。どうか…それだけは!」
悲痛な、それは芝居がかったと言っていいくらいの顔をしてみせたデュランダルに、アスランは懇願する
「そうだな。この状況で開戦するということ自体、常軌を逸しているが……我々がこれに報復で応じれば、世界はまた泥沼の戦場となりかねない。
 解っているさ。無論私だってそんなことにはしたくない。だが市民は皆怒りに燃えて叫んでいる。許せない、と」
デュランダルは薄暗い応接室の窓を開いた。窓からはプラント市内を一望出来る
この行政府の下に集まる市民のデモも
「私が只一人のギルバート=デュランダルならば、あそこに混じりたい気分だがね
 既に再び我々は撃たれてしまったんだぞ、核を。ここからでも彼らが何を言っているか充分に聞こえるよ、私には
 「報復を!」 「守る為よ、戦うわ!」 「犠牲が出てからでは遅いんだぞ!」 「もう話し合える余地などない!」
 ………どうかな?君も聞こえるだろう?アレックス君」
振り向いたデュランダルの視線に耐え切れず、アスランは声を荒げ、否定した
「俺は…俺はアスラン・ザラです!」
テーブルに置いていたサングラスを拳で叩き割りながら、アスランは叫ぶ
「二年前、どうしようもないまでに戦争を拡大させ、愚かとしか言いようのない憎悪を世界中に撒き散らした、あのパトリックの息子です!
 父の言葉が正しいと信じ、戦場を駈け、敵の命を奪い、友と殺し合い、間違いと気付いても何一つ止められず、全てを失って…なのに父の言葉がまたこんなッ!」
「ではアスラン、その血塗られた手で私を殺し、あの民衆に迎えられるといい。そしてザフトの兵を率い、弔いの戦いの先頭をゆくがいい」
感情を込めない声で、デュランダルはアスランを見下ろし、そして自分は代弁者であるかのようにアスランを促して見せる
「違う!絶対に繰り返してはいけないんだ!あんな…!」
アスランはこれでもかと、きかない子供みたいに首を振った

855前作でラクスが死んでフレイが生きてたらスレの4:2005/08/29(月) 00:37:27
「アスラン…ユニウス7の犯人達のことは聞いている。シンの方からね。
 君もまた……辛い目に遭ってしまったな」
デュランダルはゆっくりとしゃがむと、サングラスの破片が突き刺さって、血を流すアスランの手をとって父親のような優しさで包み込んだ
「いえ違います。俺はむしろ知って良かった。でなければ俺はまた、何も知らないまま…」
「いや、そうじゃない、アスラン。君が彼等のことを気に病む必要はない。君が父親であるザラ議長のことをどうしても否定的に考えてしまうのは、
 仕方のないことなのかもしれないが。だが、ザラ議長とてはじめからああいう方だったわけではないだろう?」
「いえそれは…」
否定しようとして、出来なかった。アスランの知ってるパドリックは……あの頃の、父も母もいたザラの家族は……優しかった。大好きだった
それをずっと否定したかった。忘れようとしていた。その自分に、アスランは……気づいた
「彼は確かに少しやり方を間違えてしまったかもしれないが、だがそれもみな、元はといえばプラントを、我々を守り、より良い世界を創ろうとしてのことだろう
 想いがあっても結果として間違ってしまう人は沢山居る。またその発せられた言葉がそれを聞く人にそのまま届くともかぎらない。受け取る側もまた自分なりに勝手に受け取るものだからね」
「議長…」
「ユニウス7の犯人達は行き場のない自分達の想いを正当化するためにザラ議長の言葉を利用しただけだ」
断言したようにデュランダルは言った。それは矛盾を孕んでいた言葉だったが、アスランに気づくだけの余裕は無かった
「だから君までそんなものに振り回されてしまってはいけない。彼等は彼等。ザラ議長はザラ議長。そして君は君だ。
 例え誰の息子であったとしても、そんなことを負い目に思ってはいけない。君自身にそんなものは何もないんだ」
「議長…」
「今こうして、再び起きかねない戦火を止めたいと、ここに来てくれたのが君だ。ならばそれだけでいい。一人で背負い込むのはやめなさい」
アスランが幼い頃、彼の父がしてくれたように、デュランダルは肩に置いた、
「ぁぁ…」
「だが、嬉しいことだよ、アスラン。 こうして君が来てくれた、というのがね
 一人一人のそういう気持ちが必ずや世界を救う。夢想家と思われるかもしれないが私はそう信じているよ」
それは我が子の成長を喜ぶような言い方であったと、アスランは記憶している

856前作でラクスが死んでフレイが生きてたらスレの4:2005/08/29(月) 00:39:45



アスランはデュランダルについていきながら、二年ぶりのザフトの軍事基地内を歩いた
「……」
「どうかしましたの?」
隣を歩くラクス=クラインが話しかける
「何でもない、ミーア」
君には隠しきれるものではないだろうと、デュランダルはこの少女の正体を明かしたが、実を言えば、それほど彼女と深い関わりは無かったとアスランは思った
この少女はラクス=クラインの身代わり。笑ってくれてかまわないとデュランダルは言った。小賢しくプラントに強い影響力をもつ彼女の虚像を使うことを
そして、君の力も必要としているのと言われた時、心が躍ったことを、必要とされたことを、
だが、この前をいく男の背中を、そこまで信用していいのだろうかとも、アスランは思う
「ここだ」
厳重にロックされ、警備されたドアが、デュランダルによって開かれる
おそらく、ザフトの基地が変わっていなければここはMS格納庫であった筈だと、アスランは思い、足を踏み入れた
「ぁぁ…これは…」
「まぁ…」
アスランとミーアは息を呑んだ
冷たい、無機質な格納庫の中で、主を待つ鉄の剣が仁王立ちしていた
「ZGMF-X23Sセイバーだ。性能は異なるが例のカオス、ガイア、アビスとほぼ同時期に開発された機体だよ。この機体を君に託したい、と言ったら君はどうするね?」
切れ長の、自信に溢れた目が、アスランに注がれた。自分に無い、この目にアスランは弱い
「…どういうことですか?また私にザフトに戻れと」
怪訝そうな顔をアスランは向けてみせた
そうでもしなければ、自分はこの状況を何も疑わずに受け入れてしまいそうだったからだ
「ん…。そういうことではないな。ただ言葉の通りだよ。君に託したい。
 まあ手続き上の立場ではそういうことになるのかもしれないが。私の想いは、先ほど私のラクス・クラインが言っていた通りだ。だが様々な人間、組織、そんなものの思惑が複雑に絡み合う中では、願う通りに事を運ぶのも容易ではない。
 だから想いを同じくする人には共に立ってもらいたいのだ。出来ることなら戦争は避けたい。だが、銃も取らずに一方的に滅ぼされるわけにもいかない。
 そんな時のために君にも力のある存在でいてほしいのだよ。私は。ミーアにはその立会い人になって欲しくてね」
「議長…」
「先の戦争を体験し、父上の事で悩み苦しんだ君なら、どんな状況になっても道を誤ることはないと信じてる。我等が誤った道を行こうとしたら君もそれを正してくれ。その為の力だ
 ……急な話だから、直ぐに心を決めてくれとは言わんよ。今日はミーアと一緒に食事でもして、休んでくれたまえ。そして考えてくれ、君に出来ること。君が望むこと」
デュランダルは灰の鉄の巨人に手を触れると、アスランに言った
「それは君自身が一番よく知っているはずだ」

857私の想いが名無しを守るわ:2005/08/29(月) 01:08:34
>>852-856

フレイはキラに依存しない様にしてるみたいだね
その辺りが「成長したんだな」って感じで良い
最初の二人の関係が依存から始まったし

それと、アスランは無意識の内に両親って存在を求めてるのかなと
新シャアスレのカリダとのやり取りや
今回の議長とのやり取りにふっとそう思った
今はいない父親の姿を議長に求めて、認められたい…ってね
その辺り、シンとも似てるのかもしれないが

858私の想いが名無しを守るわ:2005/09/03(土) 22:47:40
乙です。

ラクスが死んでいたらというIFのせいで、
ミーアと会ったときのアスランの動揺ぶりが切実そうでなるほどなぁと。
そうすると議長がやってること(ラクスという偶像が必要)の正当性って強くなりますしね。

まぁそれはそうとフレイのこれからの役割がどうなるか期待。

859私の想いが名無しを守るわ:2005/09/24(土) 10:16:22
フレイ・・・

860私の想いが名無しを守るわ:2005/10/23(日) 14:59:23
他キャラが死んでいたらな過程での話自体が、どうかとオモ。

861私の想いが名無しを守るわ:2005/12/26(月) 22:08:43
人いな杉
過去ログ見て結構良いSSとかあったりしたのになぁ


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