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214とはずがたり:2012/09/13(木) 17:25:39

カワウソ「絶滅」 空振り続きの生息情報
http://www.kochinews.co.jp/?&nwSrl=292598&nwIW=1&nwVt=knd
2012年08月29日08時41分

 「戦後」に一つの区切りが付けられ、日本全体が高度経済成長を突き進んだ1960〜70年代。川には家庭や工場から排水が流れ込んだ。治水や生活環境の改善のため、護岸工事も大きく進んだ。水辺の漁も変化した。環境省が28日、絶滅種に指定したニホンカワウソの生息空間は見る見る狭まり、その愛らしい姿を消した。

 カワウソ調査に20年以上取り組んできた高知大学名誉教授の町田吉彦さん(65)。この間、県内各地からいくつもの目撃情報が寄せられていた。24時間動く監視カメラも設置して、生息確認に血道を上げた。しかし、ほとんどが〝空振り〟に終わり、この2、3年前からは情報もほとんど途絶えた。「生息を期待するのは無理ではないか」とも思った。
 が、昨秋、県西部で新情報を得た。「同じ場所で複数の人が目撃しており、信頼性が高い。これまで自分たちが参加してきた県の調査は範囲も狭い」。〝絶滅宣告〟を受けてなお、「今後、見つかる確率はゼロではない」とわずかな期待を持ち続ける。
 90年代、町田さんらと調査に加わった動物写真家の中西安男さん(56)は、カワウソが生きるにはあまりに厳しい自然環境の変化を思い知った。護岸工事で川は痩せた。カワウソが食べる魚が減った。沿岸にはたくさんの網も張り巡らされていた。
 ニホンカモシカの生態にも詳しい中西さんは「戦後の造林政策で天然林が伐採され、下層植物が増えた結果、ニホンカモシカは生き残った」とし、「カワウソには好転するような要素はなかった。国や県がもう10年早く保護に取り組んだとしても、やはり減少は止められなかったのでは」と話す。
 1995年から県環境保全課などでカワウソ保護に取り組んでいた坂本彰さん(63)も「県が保護事業に乗りだした70年代には既に生存の確率はかなり低くなっていた。行政が動いた時には既に遅かった」と唇をかむ。
 コンクリートの使用を極力避け、動植物に優しい河川改修法「近自然工法」を手掛ける西日本科学技術研究所(高知市)の福留脩文所長は、人と自然の共生の難しさをじくじたる思いで見つめる。
 「高知の自然のシンボルが一つ消えた。寂しいですね。ニホンカワウソは食物連鎖の頂点に近いグループ(の動物)。それが消えるということは、他の動植物はもちろん、人間の生存にもつながるということをしっかり認識しなければいけない。生物の環境を守る土木技術はあるが、現実にはまだまだ普及してないのが残念だ」と話した。
 県は28日午後、林業振興・環境部環境共生課長名で「ニホンカワウソに限らず野生の動植物には、厳しい生息・生育環境となっているが、県としてもできる限り生物多様性を確保するよう、引き続き自然環境の保全に努めていきたい」とのコメントを出した。

【写真】川辺を泳ぐニホンカワウソ。変わりゆく自然環境の中、生息地は狭まっていった(1979年、須崎市の新荘川)
ttp://tohazugatali.web.fc2.com/animal/0-th0.jpeg


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