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近世日本史スレ
1
:
■とはずがたり
:2003/01/21(火) 15:53
近世日本史を語る。
近世=江戸時代は明治期の宣伝のせいか遅れた封建制度として語られることが多かった。
しかし,国民経済が形成され,工場制手工業が発達し,江戸や上方では高度な都市文化が花開いた江戸時代はまさしく「近代」である。
重商主義としての田沼政権,絶対王政としての水野忠邦政権,市民革命としての明治維新。
経済学の嚆矢とも云える経世史家たち。ゴミを出さない循環型の環境都市。我々はもっと江戸期を肯定的に捉えるべきである。
234
:
とはずがたり
:2019/08/14(水) 17:06:21
好きだったのではない。米本位制とも云うべき経済体制の中で新田開発が進んで米価安の諸色高が進んで米の独歩安だったのだ。今みたいなクソ高い米食わされると自然と消費量減るわ。
こんなに違うの…江戸時代と今の「食文化」を比較してみた
江戸時代の人、白米好きすぎるでしょ。
https://www.buzzfeed.com/jp/mizkangroup/edofood?distro_platform=twitterA
2019/08/01 00:00
235
:
とはずがたり
:2019/08/14(水) 17:07:51
やっぱり経済制裁では? 対韓国輸出「適切な管理措置」と言うが…
https://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2019081002000175.html
2019年8月10日
7月に始まった半導体関連の対韓国輸出の規制強化。元徴用工訴訟問題などへの「経済制裁」だと韓国は猛反発するが、政府は「適切な輸出管理だ」との姿勢を貫く。だが、本当にそうか? 今年1月には自民党の部会で「フッ化水素」の供給を停止せよという声が上がっており、シナリオはできていたとの疑念はぬぐえない。半導体の専門家は、このままでは、日本の産業界にも大打撃があると警告する。 (片山夏子、石井紀代美、大村歩)
236
:
とはずがたり
:2019/08/14(水) 17:18:44
貨幣ではなく米を基準とする軍事政権の建前が最期迄徳川幕府を近代国家に脱皮させなかったねえ。。列強への脱皮に成功した明治国家よりも米の呪縛から解き放たれて近代化した徳川政権の方が平和だったかもしれない。その場合の国家像はタイの様な感じ?
諸色
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AB%B8%E8%89%B2
諸色(しょしき)とは、江戸時代において物価を指した言葉。一般的には米を除いた日常品の価格を指す場合が多い。
物価の高騰を諸色高直(しょしきこうじき)、低落を諸色下直(しょしきげじき)と呼んだ。江戸時代においては米価と諸色は連動すると考えられていたが、米の増産による価格低迷が享保年間には「米価安の諸色高直」の現象を招いた。
米価と諸色のバランスの調整は、いわゆる「三大改革」の一環として必ず取り上げられた問題であった。享保の改革では、米価が下がっているのに諸色が下がらないのは商人たちが不当に利益を得ているからだとして価格引下げを命じている。寛政の改革の際には価格監視を目的として江戸町奉行所の与力・同心と町役人による諸色掛(しょしきがかり)が結成されて幕末まで継続されている。天保の改革においては物価吊り上げの元凶とされた株仲間の解散を行ったが、株仲間がこうした行為を組織ぐるみで行っていたという証拠は無く、却って流通の混乱を生じさせて更なる諸色高直を招いた。なお、当時の大坂町奉行阿部正蔵は幕府に対して「諸藩の専売制」「一部商人の不正取引」「抜売買の横行(正規外の流通ルート)」を諸色高直の原因として対策を上申したが、採用されなかった。更に幕末の開国後の貿易は更なる価格高騰を招いた。そこで慶応年間には生活物資の流通機構を半国営化する「諸色会所」構想が唱えられたが、江戸幕府の滅亡によって実現しなかった。
備考
なお当時の対中国向け貿易において、いわゆる「俵物三品」以外の輸出海産物(昆布、ワカメ、テングサ、スルメ、干物、干貝、鰹節等)を諸色と呼称していた。
237
:
とはずがたり
:2019/09/22(日) 22:17:15
https://blog.goo.ne.jp/think_pod/e/591bf769e0126a1bfd98f8957f1fb882
朝鮮通信使の「鶏泥棒」はぬれぎぬ? 〜「鶏が逃げ、それを捕まえようとした可能性も」ー京都新聞
2010年04月10日 | 支那朝鮮関連
238
:
とはずがたり
:2020/07/02(木) 16:43:07
洒落たデザインだ♪
幕末にコレラ流行を予言、不思議な「ヨゲンノトリ」 相次いで商品化され福を呼ぶ
会員限定有料記事 毎日新聞2020年6月25日 11時53分(最終更新 6月25日 12時07分)
https://mainichi.jp/articles/20200625/k00/00m/040/099000c
239
:
とはずがたり
:2020/07/08(水) 16:10:02
日本史探険
全国統一を成し遂げた豊臣秀吉:社会安定化のために構造改革
歴史 2020.04.14
河合 敦 【Profile】
https://www.nippon.com/ja/japan-topics/b06906/
外交政策:キリシタン迫害と朝鮮出兵
外交政策について秀吉は当初、信長のキリスト教保護政策を継承したが、九州平定後の1587年、肥前国の大名・大村純忠が長崎を教会領としてイエズス会に寄進したり、日本人を海外へ奴隷に売ったり、キリシタンが神社仏閣を破壊している事実を知ると、突如、バテレン追放令を発して宣教師に国外追放を命じた。ただ、法令発布後も南蛮貿易は奨励したので、法令は徹底されず、しばらくすると布教活動が再会された。ところが1596年、土佐に漂着したスペイン船サン・フェリペ号の乗組員が「スペインは領土拡張に宣教師を利用している」と証言したことが秀吉の耳に入ると、宣教師やキリスト教信者26名を捕まえ、翌年、長崎で処刑した(二十六聖人の殉教)。これにより日本とスペインの国交は断絶した。
長崎市内の二十六聖人記念碑(PIXTA)
長崎市内の二十六聖人記念碑(PIXTA)
当時、国内の大名や豪商は、交易のため東南アジアに進出していった。秀吉も1588年に海賊取締令を出し、貿易船の海上通航の安全を図った。ただ、衰退した明国を征服し、日本を中心としたアジアの国際秩序をつくろうと思い描くようになる。そして朝鮮やインドのゴアのポルトガル政庁、フィリピンのスペイン政庁、高山国(台湾)などに朝貢を要求したのである。特に朝鮮に対しては対馬の宗氏を通じ「明国に攻め入るから先導役をつとめよ」と命じた。しかし朝鮮は求めを拒絶。すると1592年、秀吉は15万もの大軍を釜山から上陸させ、朝鮮半島の侵略を開始した(文禄の役)。
当初、日本軍は破竹の勢いて進撃したが、李舜臣率いる朝鮮水軍が亀甲船を駆使して日本軍の補給路を断ち、民衆を中心とした義兵も激しく抵抗するようになった。明の援軍も襲来してきたため、日本軍は苦戦を強いられ、戦線は膠着した。そこでいったん休戦して講和交渉に入るが決裂、1597年、秀吉は再び14万の軍勢を半島に上陸させ、朝鮮南部の占領を企てた(慶長の役)。だが今度も大いに苦戦し、結局、秀吉の死をきっかけに翌年、朝鮮から撤退した。この2度の朝鮮侵略(朝鮮出兵)は朝鮮に多大の損害を与えたが、国内でも莫大な軍事費と兵力を無駄に費やすことになり、豊臣政権を衰退させることになった。
240
:
荷主研究者
:2020/11/08(日) 14:00:20
https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/202010/20201004_15034.html
2020年10月04日日曜日 河北新報
東北大図書館が「狩野文庫」デジタル化 江戸学の宝庫、第1弾232点を公開
デジタル公開された狩野文庫の資料の一つ「四季献立式」
狩野亨吉
東北大付属図書館は、所蔵する「狩野文庫」の資料約2万点をデジタル公開する。明治期の思想家・教育者狩野亨吉(かのうこうきち)の旧蔵書で、9月24日に第1弾として江戸期を中心とした古典籍232点をネット上で閲覧できるようにした。文庫は「江戸学の宝庫」として国内外の研究者から注目を集めており、デジタル化で閲覧希望者の利便性を高める。
国文学研究資料館(東京)が運営するウェブサイト「新日本古典籍総合データベース」で公開する。江戸期の季節行事の供え物を描いた「四季献立式」、徳川吉宗の命で編さんされたとされる刀剣カタログ「名物刀剣記」などを画像ファイルで閲覧できる。
狩野は現在の大館市に生まれ、旧制一高校長などを務めた。旧蔵書は文学や哲学、自然科学など幅広い分野に及び、「古典の百科全書」とも称される。所蔵する東北大図書館には各地から研究者らが訪れていた。
デジタル化によって、資料の文字を拡大して読むことも可能になった。東北大は2024年度にかけて、狩野文庫の江戸期を中心とした蔵書を順次、画像ファイルを通じて閲覧できるようにする計画だ。
同図書館は「研究に役立ててもらうとともに、一般市民にも気軽に古典資料に親しんでほしい」とアピールしている。
241
:
とはずがたり
:2020/11/23(月) 19:22:54
【戦国こぼれ話】日本人奴隷は世界を駆け回っていた!?あまりに無慈悲な奴隷正当化の論理!
渡邊大門 | 株式会社歴史と文化の研究所代表取締役
11/23(月) 10:05
https://news.yahoo.co.jp/byline/watanabedaimon/20201123-00209166/
242
:
名無しさん
:2021/04/03(土) 08:00:14
日本の城郭
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/2246/1063013969/415
幻となった不遇の城・江戸城4代天守はなぜ再建されなかったのか?
4/3(土) 6:09配信
サライ.jp
監修・文/菅野俊輔
早稲田大学政治経済学部卒業。江戸文化研究家。早稲田大学エクステンションセンター講師。現在、江戸のくずし字や江戸学など“江戸を楽しむ講座”の講師を務めながら、講演、著述、テレビ・ラジオ出演など多方面で活躍。主な著書に『図説世界を驚かせた 頭のいい江戸のエコ生活』『古地図と名所図会で味わう 江戸の落語』『江戸の長者番付』(以上、新書、青春出版社)、『書いておぼえる 江戸のくずし字いろは入門』(柏書房)、『江戸っ子が惚れた忠臣蔵』(小学館)などがある。
サライ.jp
243
:
荷主研究者
:2021/08/08(日) 14:03:58
https://kahoku.news/articles/20210625khn000002.html
2021年06月25日 06:00 河北新報
奥羽越列藩同盟の拠点「松の井屋敷」跡に案内板 古地図や写真添え解説
設置した案内看板を見る角田さん(左から2人目)ら
戊辰戦争(1868〜69年)で奥羽越列藩同盟の拠点となった「松の井屋敷」の案内看板が、仙台市青葉区片平1丁目の跡地にお目見えした。県内でレストラン「HACHI」を展開するオールスパイス(仙台市)がグラフィックデザイナーらと製作。同盟で中心的な役割を担った仙台藩の歴史を伝えようと設置した。
看板は縦80センチ、横140センチの鉄製。奥羽25藩が新政府軍に対抗する「仙台盟約書」を交わし、その後、同盟本部が置かれた松の井屋敷に関し、江戸時代末期の地図や昭和20年代の写真を添えて紹介している。
5月上旬、跡地に建つマンションの入り口に完成した。オールスパイスが7月、マンション内に本社を移転させるのに合わせた。
看板製作は、社長の角田秀晴さん(57)=青葉区=が昨年11月、街歩きイベントに参加したことがきっかけ。幕末の絵図に詳しいデザイナーの厚綿広至さん(52)=泉区=が松の井屋敷の説明に「架空案内看板」という解説資料を使ったのを見て、思い付いた。
本社移転に向け、自社看板の設置費として確保していた30万円を活用。看板に記した解説文は厚綿さんの資料を基に作成し、郷土史家の木村紀夫さん(81)=同=に監修してもらった。
今月15日に現地であった設置発表会で、角田さんは「戊辰戦争ゆかりの地は市内に点在する。看板を見て、幕末の仙台に関心を持ってほしい」と話した。
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