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○試論 釈尊の説かれた縁起の法・空・無我について

287Leo:2005/12/25(日) 21:49:19
Libraさん、くまりんさん、わめさん こんばんは。

『ブッダの実践心理学 アビダンマ講義シリーズ―物質の分析』を便宜のため抜書きしました。

アルボムッレ スマナサーラ、藤本 晃『ブッダの実践心理学 アビダンマ講義シリーズ―物質の分析』サンガ、2005年
一部抜粋(1)

○アビダンマと対象とする入門テキスト『アビダンマッタサンガハ』について。
および(スマナサーラ長老が語るところの)仏教の考え方。

「仏教心理学というタイトルで、ここではアビダルマを勉強するつもりなのです。
 経・律・論の三蔵経典の三番目のアビダルマ(論蔵)は、七つのテキストで
 構成されています。」(p.4)

「正直なところ、論蔵は本棚を立派に飾るという役割だけを果たしています。」(p.4)

「上座仏教では、三蔵経はまことの仏説だと徹底的に信仰しているので、こんなことを
 言ったら破門されてしまうかもしれません。しかし、論蔵は分かりにくいということは
 まぎれもない事実です。」(p.4)

「これから勉強する『アビダンマッタサンガハ Abhidhammattha-sangaha』なら、私たちにも
 いくらか分かる可能性はありますが、本物のアビダンマのテキストは、本当にわかりません。
 いきなり、心はこれ、などと説明が書いてあるだけです。ですから仏説ではないだろうという
 感じはあります。」(pp.27-28)

「我々の俗的レベルで聞きたいことは何も説明しません。その代わり解脱の必要なことは言って
 います。アビダンマは、修行者のために必要な論理・心理学なのです。」(p.33)

「仏教、特にアビダンマには、簡単に「全知」になって「ああ、もう勉強は完全に済んだ、
 楽になった」と重荷を下ろしてもらおうという狙いがあります。」(p.55)

「atmanとかpursaとは、普遍的な、全てを支配している精神的なエネルギーだと言うのですけど、
 我々がどこまで探し求めても、そんなものはどうしても見つかりません。見つからないのですから、
 捨てて忘れてしまえばいいのです。仏教が他のどんな宗教、哲学、思想とも違うところは、
 見つからないものは、考えから外すというところです。」(p.110)


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