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オリロワZ part3

1 ◆H3bky6/SCY:2024/03/13(水) 00:16:49 ID:QzrhQns60
【この企画について】
ゾンビだらけの村を舞台にしたオリジナルキャラクターによるバトルロワイアルです。

【wiki】
ttps://w.atwiki.jp/orirowaz/

【したらば】
ttp://jbbs.shitaraba.net/otaku/16903/

【予約スレ】
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/16903/1669810644/l50

【地図】
ttps://w.atwiki.jp/orirowaz/pages/10.html

【過去スレ】
初代
ttps://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1669975499/l50

part2
ttps://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1676547808/l50

328Z ―望み願い祈る― ◆H3bky6/SCY:2024/08/04(日) 12:11:57 ID:CAQRuEHA0
茶子は言っていた。
発信機の信号を追っている途中で女王と遭遇したと。
それが指し示す意味はひとつ。
茶子と女王を結ぶ直線上にハヤブサⅢの発信機を持つ人間、つまりはハヤブサⅢを殺した特殊部隊がいるという事だ。

女王を守護する光の巨人の存在は特殊部隊としても無視できないはずだ。
創は光点から狙撃可能な位置まで相手を誘導するとともに、マグライトによって観測手の役割を果たしていた。
伝えていたのは周囲の風向きと強さ、そしてその巨大さ故に遠近感が薄れてしまう巨人との正確な距離感である。

「くっ…………!?」

だが、大きな想定外が一つ。
その爆風は、巨人に挑んでいた少年にも容赦なく襲いかかった。
特殊部隊なら狙撃銃くらいの装備はあるだろうという想定の行動だったが、これは余りにも威力が高すぎる。
明らかに国際人道法に違反した破壊力である。

爆風と熱波に巻き込まれるだけで命を落としかねない。
創は匍匐体勢で目と口を守りながらなんとか爆風に堪えようとするが、あえなく小さな少年の体は吹き飛ばされ空中に舞い上がった。
暴力的な爆風に少年の身体は無力に翻弄され、地面に激しく叩きつけられた。

「っ……………ハッ………ッ!!」

もみくちゃにされながらもギリギリで受け身は取ったが、それでも衝撃で息が詰まり全身が痛みに包まれた。
熱風で全身の皮膚が火傷でもしたように赤くなり、喉の奥も僅かに焼けてしまったのか呼吸をするだけで小さく痛みが走る。
だが、それでも創は生きている。

爆風の影響が収まったのを確認して、痛みを堪えながら四つん這いの体勢で創は顔を上げた。
見上げた先、そこに在ったのは、上半身が弾け飛ぶように消滅したダイダラボッチの姿だった。

腰から下だけになった巨人は、炎煙を上げながらそのまま崩れ落ちるように倒れた。
大きな地鳴りと共に倒れた下半身が結合を失った光の粒子となって砕け散る。
そして、爆発によって天に打ち上げられた魂の破片が、無数の輝く粒子となって祝福の雨のように草原に降り注いだ。
白熱する光の残骸の一つ一つが星屑のように煌めきながら、降り注いだ大地の上で儚く光を放っていた。

その光の粒は焼き払われた草原の代わりに大地を覆い尽くし、幻想の世界を創り出した。
砕けた人間の魂で作られた星の草原。
それは、この世のものとは思えない、息を呑むほど美しい彼岸の景色だった。

「くっ………………ふぅ」

死後のような世界で眠ってしまいたい気もするが、全身が悲鳴を上がる体に鞭打ち、創は立ち上がる。
何故なら、まだ最後の戦いが待っている。

守護騎士は打倒した。
ならば、彼女はきっとここにやって来る。

待ち合わせでもするように、この美しく輝く草原でクラスメイトの少女を待った。



329Z ―望み願い祈る― ◆H3bky6/SCY:2024/08/04(日) 12:12:42 ID:CAQRuEHA0
「マズ、大前提としてダネ。今回発生したのはバイオハザードではナイ。女王の意思をもって行われたテロ行為であるという点だヨ。
 外部に漏れ出したのは我々の作り出したウイルスではなく、女王の先兵(ウイルス)だという事だネ」

山折村から離れた東京の研究所で、細菌学の権威たる老研究者は語り始めた。
女王が山折村から世界に向けて行ったのはバイオハザードではなく細菌テロである。
それだけ聞くと猶更まずい状況に聞こえるが、この場に居る彼らの理解は違う。

「つまりは、女王は事態を制御できるという事でしょう?」

それは奥津も考えた結論だ。
制御者がいるという事は、事態はアンコントローラブルではない。
それは捉えようによってはメリットである。
状況を制御できるのなら解決の算段も立てられる。

「ですが、女王がこちらの軍門に下ることなどありえないでしょう?」

根本的な問題はそこだ。
仮にも計画を仕掛けた敵の首魁がこちらに素直に従う訳がない。
実現不可能な方法は卓上の空論でしかなく解決策とは言えない。
ここにいる人間はそんな甘い絵空事を語るような連中ではないはずだが。

「ソウだろうネェ。ダガ重要なのハ、命令権限を持つ管理者がいるという事だヨ。コレは珍しいコトだよゥ……!
 細菌の繁殖や共生に相互作用がアル事はあっても、明確な上下関係があるなんてのはこのワタシでも聞いたことがナイ!
 何せ細菌には明確な意思がないからネ。細菌の動きは現象に伴う化学走性(ケモタキシス)でしかないのだから当然と言えル。
 ダガ、『HEウイルス』はその前提を覆す『意思』を持つウイルスだっタ。絶対的な命令関係が存在スル!!」

ゾンビたちが女王を守護るのは細菌の化学走性によるものだと考えられていた。
だが、女王の覚醒が第二段階に至った事により明確な命令系統がある事が女王の口からはっきりと語られた。
これ自体が学会を揺るがすとんでもない大発見である。

「女王の宣戦布告を信じるのであれば、感染源である[A感染者]の指定に加えて、正常感染率の調整まで行えるようですね」

女王の宣戦布告には女王の指定、正常感染率の申告が含まれていた。
感染者の指定が行われた事に関しては他ならぬこの女研究員が証明だ。
ウイルスを発する女王になったかは見た目ではわからずとも、異能の消失と言う明確な変化がある。

「素晴らしイィじゃないカ! ソレはウイルスの発症を操作できる証明に他ならナイ!
 バラ撒かれたのは細菌が生み出した細菌と言う訳ダ。イヤァ、面白いナァ、実に興味深いヨ!!」
「いきなりテンションを上げるな百之助。流石の俺も引くぞ」
「そもそも、正常感染の確率は制御出来ないものなのでは?」

それが制御できるのなら山折村のゾンビは生まれていない。
何より、研究所の導き出した正常感染率は過去の動物実験から統計的に割り出したものだ。
それでも2〜5%というブレがある。事前に言い当てられるものではない。

「イヤイヤ、ソレは昨日までの話サ。適合条件は先ほど判明しているヨ。
 詰まる所、正常と異常の判定は細菌タチの選り好みであったワケだけド。
 ウイルスと対話可能な女王であれば、正常感染率は制御できるはずだネェ」
「つまり、女王の宣言した1%は女王が明示的に設定した1%だという事ですか?」
「ふむ。そうなると一つ気になるところがあるな」

染木と奥津の話に終里が疑問を挟んだ。

「何故――――1%なのだ?
 本気で共存を望み自らの有用性を示すのなら100。本気で人間に敵意を示しただの苗床にしたいのならば0。
 それ以外になかろう。少なくとも俺なら0にする」

何故1%なのか。
女王が自分の意思で設定したのならそこには意図があるはずだ。
少なくともその設定値は終里の思想とは合わない。
この疑問に女王の姉妹たる長谷川が答える。

「山折村を再現したかったではないでしょうか。
 言動から[HE-028-Z]は山折村を自分たちの進化と繁栄の場と捉えている節があるように見受けられます」
「より良い進化のために、より過酷な地獄を。と言うことか。
 同じ環境を整えたところで同じ結果になるとは限らぬのだがな、かわいらしい発想ではないか」

その悪辣さが気に入ったのか終里は満足げに笑う。
細菌の未来のため、人間の地獄を作り上げる。
その思想はやはり人と相容れないものだ。

「ともあれ、正常感染率は奴の意図に沿った設定になっていると言うことだな」
「そのようですね」

感染者や感染率を制御できるのであれば、事態を収めることもできるだろう。

330Z ―望み願い祈る― ◆H3bky6/SCY:2024/08/04(日) 12:13:02 ID:CAQRuEHA0
「女王が状況をコントロールできるのはわかった。だが、奥津くんの懸念する通りだ。
 人間を自らの糧としか考えていない女王がこちらに従うことなどありえない。
 どうすると言うのだ? 考えを言え百之助」
「言ったダロウ? 命令権限を持つ管理者がいる事こそが重要なのダト。
 ソノ命令者は必ずしも女王である必要はナイ」

理屈としてはその通りだ。
だが、その制御権がこちらに渡らなければどうしようもない。
何かスイッチの様なものがあって無理やり奪い取ればいいと言う話でもないのだから。
疑問符を浮かべる3人に向かって染木は一つの問いを投げかける。

「考えてみたまエ。『HEウイルス』は何から生まれたものなのカ?」

その問いに、全員の視線が一点に集中する。
視線の集中を受けた男は楽しそうに不敵な笑みを浮かべた。

「――――――つまりは、俺か?」
「ソウ。理屈で言えば[HEウイルス]の大元である元くんは、女王よりも上位の命令権を持ってイルはずだヨ」

魂を確立した女王は魂を繋げ[HEウイルス]を支配する力を得た。
だが、その大元であり、元より人としての魂を持つ終里であればそれよりも大きな権限を持っていてもおかしくはない。
その方案を受けた奥津が口元に手をやり考え込む。

「つまり……女王の作ったネットワークにバックドアをしかけるという事ですか?」

奥津が自分なりの解釈をハッキングを行うための不正侵入口に例えて言う。
同じく研究者ではない終里はその例えになるほどと頷きを返した。

「なかなかいい例えだな奥津くん。
 その例えで言うならば、本気で自身の死後を想定するのであれば完全にリンクを切ってスタンドアローンにすべきだったな」

娘の失態を楽しむようにくつくつと笑う。
だが、すぐさま笑みを消して奥津の顔が真顔に戻る。

「とは言え、やりかたなど分らんぞ。あいにく細菌と対話などしたことなどないのでな」

出来る出来ない以前に試そうと思った事すらない。
染木と違って残念ながら終里は普段から細菌と会話しようと思うほど酔狂ではない。

「やっていただく。できないとは言わせない」

強い圧を込めて奥津が終里を詰めるように言う。
珍しく終里もこれには僅かにむぅと言葉を呑む様子を見せた。

「ナァニ。バラまかれた全ての[HEウイルス]を完全に制御しろとまではいわないサ。
 各地の女王ダケでも休眠状態にでもナルよう命じらればイイ。ヒトマズはそれで急場はしのゲル」
「そうですね。時間を気にしないのであれば後日改めてスヴィアさんの提示された処置を行えばよいかと」

0時のパニックさえ避けられれば、あとはどうとでもなるだろう。
時間制限を気にしないのであればスヴィアの提示した解決策が使える。
時間も設備も制限がなければどうとでもなる話である。

「そもそも。他の女王を制御できるのならば、山折村の女王そのものを制御すればよいのでは?」

これまでの話を聞いた奥津が一つの案を提示する。
より上位の権限を持つものが下位のウイルスを支配できるのであれば、大元である終里は女王も御せるはずだ。
それが実現可能であれば一発で全てが解決できる。

「ソレは難しいだろうネェ。今の『女王』は『魔王』の力を取り込んでいる。
 アレは1/3とは言え元くんの根源だからネエ。恐らく現時点ではソレを取り込んでいる女王の方が権限が強いダロウ」

『女王』と『魔王』の2つの権限を併せ持つ女王は『大元』である終里より権限が強い可能性が高い。
可能性だけで言えばもしかしたら制御が出来るかもしれないが、下手に触ってこちらの意図に感づかれても不味い。
こちらの意図を悟られれば、対策を取られる可能性がある。
実行するのは、事を成せると確信を得られた時だ。

331Z ―望み願い祈る― ◆H3bky6/SCY:2024/08/04(日) 12:13:59 ID:CAQRuEHA0
「そうなると、計画の実行に必要なのは――――」
「ああ、その通りだ。やることは変わらない」

事態は最初に掲げられた解決策に帰結する。

「話は最初に戻る訳だ――――――女王を殺せ、とな」

蓋となっている女王の排除。
自体の解決に必要な条件がそれだ。

「そちらの仕事だ、いかがかな隊長殿?」

先ほどの意趣返しのように終里が問う。
日が変わるまで1時間強。
それまでに事を成し遂げられるのか?

「――――問題ありません。現地の者が必ず成し遂げるでしょう」

ハッタリではなく世界を守護する組織の長として断言する。
48時間から大幅に時間制限は縮まったが、やることは変わらない。
彼らは秩序を守護する守護者。
世界を救うために成すべきことを必ず成し遂げるだろう。

「ソシて。女王の排除が完了した後は元くん次第というワケだネェ」
「わかっている。しかしだな。習得するにしてもどうしろと言うのだ?」
「ナァに。練習相手ならソコにいるじゃあないカ」

そういって染木がやせ細った指で差す先に居たのは、終里の血を引く娘の一人。
『巣喰うもの』が取り付いた対象である長谷川真琴だ。
女王の指定した新たな女王の一人である。
これ以上ない練習台だ。

「ですが、この場に居る長谷川博士のウイルスを制御できたとして、他のご子息たちの制御はどうするのですか?」
「問題ないサ。レポートにも書いているダロウ? ウイルスのつながりに距離は関係がナイ」

女王と子のつながりに距離は関係がない。
だからこそ、女王も世界各地にばら撒いたウイルスの命令権を維持できているのだ。
手法さえ確立できればこの応接室からでも全てを解決できる。

「ソウ言う事ダ。元くんも資金繰りばかりジャなく、タマには研究に貢献して貰わないとネェ。長谷川くんも頼んだヨ」
「了解しました。博士。ですが必要以上に近づかないでくださいね、終里所長」
「ふむ。年頃の娘にそう言われるのは意外とショックなものだな。しばし、別室で集中させてもらう。真琴も来い」

そう言って、観念したように終里が席を立つ。
長谷川も白衣を翻してそれに続いた。

「アッ。ソレ、ワタシも見学したいナァ…………!」
「お前は残れ百之助。研究者側も村の現状を確認する者が必要だろう」
「エェ…………そんナァ」

女王が死亡した場合、その影響を観測して事態を判断する人間が必要である。
それはウイルスの研究員にしかできない役割だ。
不満を漏らしながらも、納得したのか染木は席に腰を落ち着けた。
別室に向かう終里が、去り際奥津に向けて振り返る。

「では、互いに最善を尽くそうではないか。世界を救うために」



332Z ―望み願い祈る― ◆H3bky6/SCY:2024/08/04(日) 12:14:31 ID:CAQRuEHA0
息を切らした少女が、草原に向かって走っていた。
それは待ち合わせに遅れた少女が慌てて駆けだしているようにも見える。

だが、彼女は人ではない、人を超えた存在である。
世界を救うために作られた[HEウイルス]の女王。
彼女は人間の脚力を超えた凄まじい速度で草原を駆け抜けていた。

その表情には焦りの色が滲んでいた。
駆け抜ける中で様々な懸念が頭の中でめぐる。
何故? 何が起きた? どうしてこうなっている?

女王は常に余裕を持ち悠然としていた。
運命視を持つ女王は未来に対する不安などなかったからだ。
運命は確定された物であり、運命乖離者という僅かなノイズを取り除けば未来は彼女の望むとおりになる。
そのはずだった。

なのに、こうして汗水を垂らして女王は走っている。
女王は逃げるアニカを追う時ですら余裕を持った歩行をしていた。
戦闘時に疾走することはあっても、必死で走るなど生まれて初めての事だ。
日野光の中で幾度もループを繰り返して来たが、女王としての明確な意思が生まれ肉の体を得てから数時間しかたっていないのだからそれも当然と言える。

淡い光が花のように咲き誇る、風にそよぐ幻想の海。
生と死が入り混じった現世と幽世の狭間。
少女が輝く草原に辿りつく。

「――――やぁ、女王」

どこか穏やかな声で少年が少女を出迎える。
つい先刻とは出迎える側と出迎えられる側が入れ替わり、草原の様子は様変わりしていた。

「何をした……………………何をしたんだ天原創!?」

周囲に散らばる魂の残骸。
山折村最後にして最強、最大たる守護者の名残。
僅かに乱れた息を整え手の甲で汗をぬぐう姿はただの少女のようである。

「当ててみろよ、運命が見えているんだろう?」

突き放すような言葉に女王は押し黙った。
天原創は光の巨人に成す術なく殺される。
それが『運命』だったはずだ。

だが、起きた結果はまるで違う。
無敵であるはずの光の巨人は爆散して倒れ。
天原創はこうして女王の前に立っている。
まさか、創も運命乖離者だとでもいうのだろうか?

「どうした? 運命の女神様。いや、女王様だったか? この結果がそんなに意外だったか?
 これまで予想外はなかったのか? ここまで追い詰められている今は――――お前の予定通りなのか?」

その言葉の通り、運命視の結果は所々で外れている。
せっかく獲得した『幼神』の力を奪われ、願望機を奪われ、飛行も出来なくなった。
全ての運命が見えているというのならそんなことにはならない。
それは女王も認める。

「確かに予想外もあった。だがそれは、白兎どもの小賢しい妨害があったからだ」

その原因は因果を操る獣どもの暗躍に他ならない。
そこに運命の見えない相手の介入が加わり、運命を乱された結果だろう。

333Z ―望み願い祈る― ◆H3bky6/SCY:2024/08/04(日) 12:15:13 ID:CAQRuEHA0
「―――――本当にそうか?」

その結論に少年は疑問を呈する。
その言葉の意味が理解できず、女王が不思議そうに首をかしげる。
運命が乱れた原因などそれ以外に考えられるはずもない。

「……どう言う意味かな?」
「運命視。日野さんの異能を知った時から、僕にはずっと疑問があった。『運命』なんてものが本当に存在するのか」

創の抱えていた疑問。
創はアニカと白兎が運命の開放を謡ったあの時に、口にできなかった言葉を口にする。

「僕は信じちゃいないんだ。都合のいい『神様』も『運命』なんてものも」

創は運命なんて信じちゃいない。
だが、それは創個人の考えである。
創が『運命』を信じていからと言って、それを前提とした別筋の解決策を止める理由にはならないと思い、あの時は言葉を飲んだ。

「未来はいつだって白紙だ。不確定だからこそ自由なんだ。自由だからこそ無敵なんだ。
 白紙の未来をより良いものにするために、人間は頑張り続けることができるんだ。
 僕の未来は、僕自身の手で切り開いてきた、幸も不幸も僕のものだ。
 誰かの手を借りる事だって確かにあった、けれどそれは神様なんてものに決められた訳じゃないし、運命なんてものに縛られた訳じゃない。
 未来は人の善意と努力、強い意志で作り上げていくものなんだ。
 最初から決まってる『運命』なんてものを、僕は否定する」

未来を決めるのは何時だって自分自身の決断だ。
自ら未来を選び取ってエージェントになった。
だからこそ創はここにいる。
未来が運命なんてもので決まっているなどまっぴらごめんだ。

青い主張を女王はふん、と鼻で笑い飛ばす。
そんな言葉は運命を知らぬものの戯言である。運命は確固として存在する。
自らの手で選び取ったと思っている事こそが勘違いだ。
人は運命に縛られ、それを超える事など選ばれた一部の人間にしかできない。

「君個人の信条は勝手にすればいいさ。だが私には『運命』が観えている。これは如何ともしがたい事実だ」

女王の目に見える『運命』。
これこそが『運命』の存在証明だ。
だが、女王の言葉を創は一言に切り捨てる。

「確かに、お前に『何か』が見えているのは事実なんだろう。それは否定しない。
 だが、お前に見えている物は――――――本当に『運命』か?」

創は女王に指先を突きつけ。
爆弾を放り込むように、疑問を投げかける。

「当然だ。『運命』に決まっているだろう?」
「逆に聞くが、それが『運命』だと誰が決めた?」
「下らない言葉遊びだな。私の見えている物が『運命』でなければなんだと言うのか?」

女王が見えている物を別の何かに言い換えたところで何が変わる訳でもない。
多くの者たちは女王の――遡れば元となった珠の――見た『運命』通りの結末を迎えてきた。

「女王。お前はループしていると聞いた」
「その通りだ。誰から聞いたか知らないがよく知っているね」

唐突な話の転換のように思えたが、創は続ける。
何気ない当たり前の結論を告げるように。

「僕が思うに、それがお前の見ている『運命』の正体だ」
「―――――――」

334Z ―望み願い祈る― ◆H3bky6/SCY:2024/08/04(日) 12:16:05 ID:CAQRuEHA0
日野珠の持つ異能の根幹にあるのは、姉である日野光が157回のループで蓄積した膨大な情報集積だ。
日野光と共に157回のループを超えてきた女王ウイルスはその知識を共有しており、今回の女王である日野珠にその集積情報は引き継がれていた。

日野光の記憶を引き継いだ幼神は、この知識を生かすことが出来なかった。
それは余りにも膨大すぎる情報を瞬時にかつ適切に処理しきれなかったからである。

ループにより得た知識は山折村VHの攻略本のようなものだ。
その蓄積された知識から、どこで何が起きるかと言う未来のイベントマップと、膨大な個人情報からの行動予測を自動で解析を行い、結果を光として可視化する異能。
それが創の考える日野珠の持つ『運命視』の正体だ。

「100回以上もループすれば偶発的な出来事だろうとどこで何が起きるかなどおおよそ把握できるだろうし、特定の状況で誰がどんな行動をするかも分析ができる。
 だから、お前が見えないのは単純に、経験したループの中で一度も経験していなかった事だ」

特定の状況で人間は能力やパーソナリティに応じた行動をとるだろう。それが極限状況であればなおのことだ。
予測を裏切る限界を超えた活躍を見せる人間だって、パラメータで見ているのなら予測は不可能だろうが、ループで見ているのならそれすらもデータとして認識できる。

何度も繰り返された時間の流れの中で、偶然とされる出来事の裏にある微細なパターンや兆候だって見つけることができる。
1度だって目撃していれば偶然と見なされる出来事もまた、予測可能な未来の一部となる。

『運命』が外れるのは、ループの中で一度も起きなかった出来事が含まれていたから。
神楽春姫が運命予測から逃れていたのは、それでもなお予測不可能な突飛な行動をとる女だから。
アニカが運命予測から逃れられたのは光が収集したデータベースに存在しない高魔力体質を得たアニカと言う未知の値が入力されたから。

「下らない妄言だ。全てはお前の希望的観測だろう」

全ては創の予想に過ぎず、この場で事実であるかの証明できない。
だが、強気な言葉とは裏腹に、この瞬間。確実に女王の運命視への信頼が僅かに揺らいだ。
揺らいだ信頼を否定するように女王は首を振る。

「仮にそれが事実だとしてどうだというのだ? お前の『運命』は見えている」

天原創と言う人物が、この状況でどう行動するか。
その運命(よそく)は見えている。
運命の正体が何であれ、女王の有利は変わらない。

「言ったはずだ、それはただの高度な行動予測に過ぎない。タネは割れた。もはや無意味だ」
「ほざけ―――――ッ!」

残された女王の武器は先ほど拾い上げた聖刀のみ。
挑発に乗って明らかに冷静さを欠いた女王が刃を振り合上げ創に襲い掛かる。
その出鼻を挫く様に創がルガーの銃口を向けた。

引き金が引かれ、一発の弾丸が放たれる。
前がかりになった女王には避けられない。

だが、女王にとってそれは脅威ではない。
創が足止めの為に銃を撃つ『運命』は観えている。

魔力によって強化された女王の皮膚は対物ライフルすら弾く。
44マグナム弾が直撃した所で大した傷など付かないだろう。
女王にとっての脅威は右手だけだ。

しかし、油断はしない。
魔王に呪詛を撃ち込んだような”仕込み”がないとも限らない。
そう言った紛れを確実に防ぐべく、黒曜石の盾を展開する。

一瞬で展開された盾は三つ。
三重に重ねられた黒曜石の盾は戦車砲すら防ぐ強度を持っている。
どれほどの大口径であろうと弾丸など物の数ではない。

「――――――――な」

しかし、驚愕は刹那。
黒曜石の盾に触れた弾丸は盾をいとも容易く貫いた。
否。黒曜石の盾は貫かれたのでも砕かれたのでもない。
まるで、無効化されるように消え去ったのだ。

弾丸は一切の減速なく突き進むと、女王に直撃した。
魔力で強化された皮膚すらも突き破り、その腹部を貫く。

「ごふっ…………!! ハ、バカな…………ッ!! まさか、こ、これは……ッ!!??」

風に流れ、創の右手に巻かれた包帯がほどけてゆく。
包帯の効果により既に血は止まっているが、露になった右手からは、小指の先が欠けていた。

「――――――この手は読めたか? 女王」

これが創の用意した対女王の準備だ。
弾頭として打ち出されたのは、切り落した天原創の指先だった。

335Z ―望み願い祈る― ◆H3bky6/SCY:2024/08/04(日) 12:16:35 ID:CAQRuEHA0
雪菜のマチェットで自らの小指を斬り落として、それを弾丸の先端に加工した。
小指の第一関節から先とは言え、創の右手の一部である。
放たれたのは魔王の力を食い破る『魔王殺し』の弾丸だ。

異能とは、本人の人生が色濃く反映されるものである。
魔王によって人生を奪われた少年がその右手に宿した異能の本質は、魔王から派生した力を殺す『魔王殺し』。
『魔王』を否定するための異能。天原創に、魔王由来の能力は一切通用しない。
『魔王殺し』の弾丸は黒曜石の盾を無効化し、魔力の膜を突破した。

皮肉にもこの『運命』を乱したのは女王自身の存在である。
全てのループによって女王がこうして意志を持って顕現するのは初めての事だ。
157回のループにおいて女王に対するデータはどこにも存在しない。
すなわち女王に対する対策(アクション)は全て運命(よそく)の外になる。

「ぐっ………オオッッ! …………消、えるッッ! 消えていくッ!?」

腹部を抑えて女王がもがき苦しむ。
障壁ごと魔力による身体強化を打ち破った弾丸は女王の体内に深く食い込んでいた。
体内にとどまった弾丸――創の小指が、女王の内にある『魔王』の力に作用していく。
『魔王殺し』という毒が全身に巡り、『魔王』の力を消滅させてゆく。

急速に力が失われていく。
だが、その猛毒の効果はそれだけに留まらない。

[HEウイルス]は『魔王』の力によって完成した『不死の怪物』より生まれしモノ。
[HEウイルス]は由来を辿れば『魔王』へと辿りつく。
すなわち、細菌の女王すらも無力化する特効薬である。

「ぐぅあああああああああッッッッッ!!!?」

悲鳴のような絶叫を上げ、女王が自らの腹部を抉りだした。
最後に残った魔力で爪を尖らせ、弾丸を体外へと摘出したのだ。

「くぅッ…………ハァ……ハァ!!」

摘出された血に濡れた弾丸が、輝く草原に落ちる。
白く輝く花が赤に染まった。

無効化と言う毒が脳に達するまでに、なんとか切除できた。
だが、既に『魔王』の力の大半が失われ、女王は魔力すらも使えなくなってしまった。

創は首元に活性アンプルを撃ち込む。
最後の活性アンプルはここまで温存していた。
巨人との戦いは体力と戦略の勝負であり、反応速度はそれほど必要ない戦いだった。
何より女王戦を控えた状況で、副作用のあるアンプルを使う訳にはいかなかった。

創の投げ捨てた空になった瓶が地面に落ちて、転がりながら光を返した。
しかし、少年と少女は地面に転がるそんな光を見向きもせず、睨み合うように視線を交わす。

強い風が吹き抜ける。
草原に降り積もった光が浮き上がり空に舞った。
見つめ合う二人の間を、淡い光の粒が流れる。

「…………私たちはただ生きたいだけだ。共存を望んでいる」
「その言葉は誰も傷つける前に言うべきだった」

少年が一歩進む。
女王は無意志にわずかに後退した。
その一歩に何より驚いたのは女王自身だ。
故にこそ、女王としての意地がその場に足を踏みとどまらせた。

「しかたないじゃないか、私たちは殺されそうになったのだよ?
 人間様のために細菌は黙って殺されろとでも言うつもりなのかな?」
「だとしても、共存を望むのなら君が返すべきは悪意ではなく誠意であるべきだった」

殺されそうだったから殺し返した。
それが当然の反応だとしても、敵意を向けるのであれば戦うしかなくなる。
どれだけ理不尽であろうとも、そうなっては共存の道はない。

「傲慢だな。君たち人間に都合のいいように手のひらを差し出せと?」
「ああ。僕たちは傲慢で、そして臆病なんだ。お前の様に笑って人を傷つけるような輩と共存などできない」

女王は多くの人を傷つけてきた。
楽しむように笑いながら。
そんな相手と手を取り合える未来はない。
あるのは隷属と支配だけだろう。

「何を言う。笑って人を傷つける? それは君たち人間の事だろう」
「そういう人間が居るのは確かだ。だからみんな、少しでもましであろうと必死で足掻いている。
 少なくとも圭介さんも哉太さんも、君を殺そうとはしていなかったはずだ」

あの二人は宿主である珠を気にかけていた。
最後まで命を奪おうとせず解決策を模索していた。
その善意を踏みにじったのは誰だったのか。

「ああ、だから殺すことなく八柳哉太は私の忠実なる騎士にしてやったんじゃないか」
「相手の意思を捻じ曲げて、愛する人と殺し合わせてか?」
「そうだ。これ以上ない共存だろう?」
「話にならない」

精神があるだけで育っていない。
身勝手で他人を顧みれない。
自分の事しか考えられない子供の主張だ。

336Z ―望み願い祈る― ◆H3bky6/SCY:2024/08/04(日) 12:17:18 ID:CAQRuEHA0
「悪いが、僕は生まれたばかりのガキの我侭に付き合っていられるほど寛容(おとな)じゃないんだ」

最後まで珠を救おうとした圭介や哉太とは違う。
高校生とは違う中学生だ、大人になんてなれない。

「だから、お前を殺すぞ、女王―――――!」

意見が衝突して、相容れないなら戦争しかない
『助けたい』と『助けられる』。その線引きを見誤らない。
ここから先は、正真正銘の殺し合いだ。

創が地面を蹴りぬく、地面と共に足元の光が散った。
強化された創の異能は右手に触れる空気中のウイルスにすら反応して青白い光を放つ。
それは天を流れる流星に負けぬ。さながら地を駆ける蒼い流星。
最強のエージェントブルーバードの弟子が、光り輝く草原を駆け抜ける。

対するは少女の姿を象った女王[HE-028-Z]。
『魔王』の力が失われてようとも、細菌と魂を統べる『女王』の力は残っている。
咲き誇るように輝く周囲の光は、その全てがこの村で散った魂の残骸だ。
その中には、同胞たる[HEウイルス]たちの魂も含まれている。

全てを失った女王の最後の助けとなるのは、流行り同族たるウイルスたちだった。
周囲の光がまとわりつくように一斉に創へと襲い掛かった。

「無駄だ…………ッ!!」

だがそれを、右手を一振りして振り払う。
その動作は無造作のように見えて、まるで無駄がない。
アンプルによって活性化された動体視力が自らに降り注ぐものを的確に見極め、必要最低限の動きで撃ち落した。
人間の魂ならいざ知らず、魔王を由来とする[HEウイルス]の魂であれば創の右手で無力化できる。

しかし、右手一本で全身を襲う魂の残骸を振り払ったのだ。
走る体勢が崩れ、僅かに隙が生まれる。
その一瞬を勝機と見た女王が踏み込み、聖刀神楽を振り上げる。

女王にはもはや異能の助けはない、ただ力任せに振り下ろす。
聖刀の切れ味であれば、少女の力であっても相手の頭を真っ二つに裂けるだろう。
だが、女王が振り下ろすよりも早く、手首に強い衝撃があった。

「っ………………!?」

振り上げた聖刀の赤い刀身がどこかから放たれた弾丸により弾かれた。
反射的に衝撃の先に眼球が動き、女王の視線が移る。
そこには、銃を構える迷彩服の姿があった。

「ッッ…………特殊部隊ぃぃいいい!!!!!」

憎悪を込めた怨嗟の声。
それは、この村において唯一ウイルスに侵されていない潔白な存在。
女王が認識出ていないことすら認識できない本当の透明な男である。

女王斬首の命を帯び、驚異的な練度を誇る特殊部隊は村人たちにとって最大の脅威であった。
だが、この瞬間だけは違う。
彼らが真に世界の守護を任とする護国の守護者であるのなら。
女王を排除するという一点において、特殊部隊は最強の味方足りえる。

それが達人の動きであれば成田の様な名手でなければ捉えられなかっただろう。
だが、ただの大振りでしかない素人の棒振りなど、天でも十分に捉えられる。

厄を操る『幼神』の力は白兎によって奪われ。
同時に取り出された願いを叶える『願望機』はアニカに回収された。
彼女を守護する『ゾンビ』たちは茶子によって全滅させられ。
魂の集合体たる光の巨人は特殊部隊に撃破され『異能』は使えなくなった。
武器となる『二刀』を八柳哉太に、『一刀』をアニカとデセオに破壊された。
『運命視』すらも否定され、最後に残った『魔王』の力も天原創が消滅させた。
『聖刀』による最後の一撃すらも特殊部隊に防がれた。

「終わりだ――――――女王ッ!」

叫びと共に駆け抜ける。
もはや、女王を守護する物は何もない。

多くの人々の決死が、結実した今。

天原創の右腕が女王に――――届いた。

337Z ―望み願い祈る― ◆H3bky6/SCY:2024/08/04(日) 12:17:33 ID:CAQRuEHA0
「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおッ!!」
「ぐぅううううううあああああああああああああああああッ!!!」

二つの咆哮が夜の静寂に木霊する。
創は女王の顔面を掴んだまま止まることなく駆け抜ける。
小さな珠の体は光る草原を引きずられるように地面を這う。
足でブレーキをかけようとするが、異能も魔力もないただの少女の筋力では抗うことはできず、ただその道筋に光の胞子が浮き上がって行く。
壮絶な殺し合いとは思えぬ美しい光の線が浮かぶ。

「ぐぅぅううああああああぁぁぁっ! やめろやめろやめろやめろ、止めろッ! 手を放せぇっ!!?
 定着したウイルス(わたしたち)は宿主の生命活動にまで影響を及ぼす!!! 分るか!? 私を排除すれば、宿主であるこの娘も死ぬぞ!?」

頭部を掴まれながら必死の形相で女王が叫ぶ。
定着した[HEウイルス]を除去すれば宿主は死ぬ。
女王を排除せんとする天敵に、その残酷な真実を明かす。

「嘘じゃない……ッッ! 本当だ…………ッ! あのスヴィアも定着していたッ、分かるか……!? スヴィアを殺したのはお前だッ! 天原創ッッ!!!」

恩師を殺したのはお前だと、精神的動揺を誘う言葉を叩きつける。
だが、女王の頭部を掴む力は緩むどころか、さらに強まった。

「そうか――――――それを聞いて安心した」

握りつぶさんばかりの手の力とは対照的な、落ち着き払ったどこまでも冷めた声が聞こえた。
女王の全身に痺れるような寒気が奔った。

「つまり、この右手は――――お前を殺せるという事だな?」

その確信を得る。
女王の言葉は、他ならぬ女王自身の死を証明した。

「――――――――――――ひ」

女王の全身に味わったことのない初めての感覚が広がってゆく。
胸の奥底にある黒い淀みが全身に広がっていくような気持ち悪さ。
逃れられない何かが迫ってくるような、縋る物のない上空から落下していくような感覚。
曖昧な霧のように広がる不安感が、徐々に明確な形を取り始めた。
そうして、女王はあの時自らの足を引かせた正体を知る。

それは恐怖だった。

生まれたばかりの命である女王に、初めて芽生えた明確な「死」の恐怖である。
微生物である女王にとって、死の概念は恐れるべきものではなかった。
自らの死など恐れてはいないからこそ、種の繁栄のため自らの死の先に続く策を講じたのだ。

だが、女王は自我と魂を得た。
この山折村で絶対的な力を思う存分振るって”気持ちよく”生を謳歌した。
魂が確立されたことにより生まれた生の執着と死の恐怖。

あるいはそれは独眼熊の野生に恐怖を覚えた『イヌヤマイノリ』のように。
野生に恐怖した巣食うものの末路に似た――――自らを殺す天敵への恐怖。

「や、やめ――――――――」

「――――――終ぁりだぁぁぁぁぁぁああああああッッッッ!!!!!」

草原を駆け抜けた創の腕が振り抜かれる。
右手の中で抵抗する力が弱まり、やがて力なく垂れ下がった。

「…………………」

魂の光が宙に浮かび上がってゆく。
完全に生命活動が静止したことを確認して、創はゆっくりと指を剥がす。
宿主の命と結びついたウイルスの活動が停止する。
それは同時に、その宿主となった少女の終わりを意味していた。

その体を、そっと魂の光る草原に寝かせる。

女王は死んだ。
創が殺した。
女王を廻る騒動はこれにて終決である。

一人の少女の犠牲を持って。

【[HE-028-Z] 消滅】



338Z ―望み願い祈る― ◆H3bky6/SCY:2024/08/04(日) 12:17:54 ID:CAQRuEHA0
「………………ここは、どこだ?」

気づけば、[HE-028-Z]は見覚えのない闇の中にいた。
周囲は夜闇とは違う黒い靄の様なもので包まれており、足元には汚泥の様な塊が生き物のように脈動していた。
どこからともなく伸びてくる幾つもの真っ黒い赤子の手が恨みがましい様子で蠢いている。

一時的とはいえ、厄を操る幼神の力を取り込んでいたからだろう、彼女にはすぐに理解できた。
ここは山折村の災厄が集まる厄溜まり。怨念と共に死して災厄となった魂の堕ちる場所だ。
一つの生命となって山折村に生れ落ちた[HE-028-Z]もまた、この災厄の渦たる厄溜まりへと堕ちていた。

だが、ここに墜ちた魂は厄溜まりに飲み込まれて周囲に漂う厄の一つになるはずだ。
如何に女王とは言え、今となってはただの墜ちた厄の一つに過ぎない。
こうして一つの個として意識を保っているのはどういうことか?

黒い手は恐れをなしたように女王から遠ざかっていた。
それは女王を恐れての事ではなく、女王の握る赤い刃――聖刀神楽を恐れているようだった。
死の寸前、最期に手にしていたからだろう、死後の世界に持ち込んでしまったようだ。

試しに刃を振るうと、目の前の黒靄が晴れる。
どうやらこの聖刀には厄を払う力があるようだ。
厄の溜まりに厄を断つ聖刀が持ち込まれてしまった、元となった神楽と同じくとんだ常識破りである。

女王は赤い刃で黒靄を切り裂きながら進んで行く。
それはまるでヤンチャな田舎の子供が鉈で藪を切り開きながら山中を歩いているかのようだ。
やがて霧中を進む女王の耳に、川が流れるような微かな水音が聞こえてきた。

だが、それはおかしい。
ここが本当に山中であるならともかく、この厄溜まりにそんなものがあるはずがない。
訝しみながらも音に向かって歩を進め、やがて彼女の前に川が広がった。

川は静かで穏やかに流れている。
川岸には枯れた草木がまばらに生えており、その上には黒靄とは違う薄い霜がかかっている。
水面には霧が立ち込め、ぼんやりとしか見えない川の対岸には淡く揺らめく影が立っていた。

女王はその川が何であるかを悟った。
これは常世と幽世を隔てる三途の川だ。
川の向こう側とこちら側は生死の狭間である。
つまり、川の向こうに立つ者たちは、すでに命を終えた彼岸へと旅立った者たちだった。

「貴様らは…………」

彼岸の先。
生死を分かつ川の向こう岸に神主服の男と巫女服の女が番のように仲睦まじく共に手を取りながら立っていた。

『どうしも気になってしまってね』
『ええ。私たちの村の事ですもの』

村の始祖たる陰陽師、神楽春陽。
村の絶対禁忌たる災厄、隠山祈。
あの世へと旅立ったはずの2人が、三途の川の畔まで来ていた。
絶望の詰まった災厄の奥底で、希望にも満たない亡霊に出会う。
これは現世に何の影響も与えない、何の意味もない出会い。

『そなたがわが村で猛威を振るった「ういるす」の首魁か』
「そうだ。それがどうした? 恨み言でも言うつもりか?」

祈に至っては直接殺しあった仲である。
恨みごとの一つや二つあるだろう。
だが、2人の人影はそうではないと首を振る。

339Z ―望み願い祈る― ◆H3bky6/SCY:2024/08/04(日) 12:18:07 ID:CAQRuEHA0
『確かに、そなたは我らの村を滅ぼす原因となった』
『そうですね。あの村であなたと私は命の奪い合いをしまいた』
『だが、我らはそなたの罪を赦そう』

恨みがない訳ではない。
許せぬ理不尽もある。
だが、それでも赦しは与えられる。

「下だらん」

女王はその赦しを一笑に付す。

「赦しだと? そんなモノ貴様に与えられるまでもない。
 我らはただ生きようとしただけだ。生きたいと願う事は罪なのか?」

人間と細菌の種としての尊厳と生存をかけた戦いだった。
それが罪だというのなら、こうして生を謳歌する人間こそが最大の罪ではないのか?

『その通りだ。だから、我らの罪を赦してほしい』
『共に祈りを捧げましょう。互いの罪が許されるまで』
「…………………」

一方的な罪ではなく、一方的な赦しではない。
互いに罪があり、必要なのは赦し合うこと。
己が為だけではなく、互いのために祈る。
祈りとは自身のためではなく他者のために行われることなのだから。
それがきっと本当に必要な事だったのだと、彼らはそう言っていた。

「…………やはり、下らないな」

そう呟くように彼岸から背を向ける。
背後には厄の手が蠢いていた。
聖刀を恐れて近づけないでいるようだが、光に群がる虫のように黒靄たちは濃くなっている。
いつその躊躇いを打ち破ってこちらに来てもおかしくはない。

『その刀、渡して貰えるだろうか』

彼岸の先にいる春陽がそう言ってきた。
厄からの守りとなる聖刀。
それを渡せと言うのは、夜の山を裸で歩けと言っているのに等しい。

だが、女王は赤い聖刀、背後の黒い厄、白い番を順番に見つめ。
どうでもいいと言った風にため息をつくと。
川越しに、対岸の春陽に聖刀を手渡した。

『ありがとう』

一つ礼を言って、春陽は受け取った聖刀の深紅の刀身をまじまじと見つめた。

『あぁ。見事だ春姫』
『ええ。あの娘は、素晴らしい神楽でしたよ』

神楽春姫の命によって生まれた、厄を払う聖刀。
歴代最高の神楽という白兎評も頷ける、素晴らしい出来だ。
誇らしげにその赤い刃を見つめると春陽は二つ立てた指先で五芒星を描いた。
最後に指先を突きつけられた聖刀が赤い光を放ち、厄溜まりの暗闇に光を灯した。

『これでしばしの間、厄どもは手出しできない』

彼らの娘によって正しき終わりがもたらされればこの厄溜まりは解体されるだろう。
これは、それまでの地獄に落ちるまでの泡沫の夢だ。

『さぁ。共にここで山折の終わりを見守りましょう』



340Z ―望み願い祈る― ◆H3bky6/SCY:2024/08/04(日) 12:18:29 ID:CAQRuEHA0
淡く輝く光の花が墓標のように咲き誇る。
風に揺れる光の海の中心に、息絶えた一人の少女が横たわる。
少年はそこに広がる己の行いの結果を受け止めていた。

戦いは終り、世界は救われた。
一人の少女を犠牲にして。

全てを救えればいいと思う。
けれど、現実は冷たく胸を抉るほどに非情だ。

少年の手は小さく全てを掴み取ることは出来ない。
創にできるのはこの右手でつかみ取る手を選ぶことだけだ。
恩師の命も奪い取り、彼女の手を取ることなくその命を終わらせた右手。
この手は無辜の人々を守護るために、愛する者の命を奪い続けてきた。

その決断に後悔はない。
運命などではなく、創が選び、創が行ってきた決断の結果だ。
だけど、この一時だけは、死者の安息を願う祈りを許してほしい。

目の前の彼女だけではない。
ここまでの道のりで犠牲になった多くの死者たちに。
安寧を望み、手を合わせ祈る。

だが、そんな死者への祈りを捧げる創の視界の端に、光の粒子が散った。
背後から草原を踏みしめる足音が響く。
その粒子の流れを追うように振り返ると、その視界に小さな人影が写った。

「ッ」

創が瞬時に立ち上がり身構える。
女王という最後の敵を倒したことに油断して周囲の警戒を怠っていた。
ここまで相手の近接を許したのはエージェント失格である。
だが、現れたモノの姿を見て固まったように創が動きを止め、その眼が驚きに見開かれた。

「……………………スヴィア先生」

創の右手が殺してしまった恩師。その成れの果て。
かつてスヴィアだった物から生まれた新たな怪異。
怪異は、死に彩られた輝く草原を幽鬼のような足取りで進んで行く。

「…………救わ、ねば」

緩慢な動き。
今の創ならそれを制圧するのは簡単だ。
だが、創は動けなかった。
いや、動かなかったという方が正確か。

少なくとも怪異からは創に対する敵意も悪意も感じなかった。
怪異の虚ろな視線は救われなかった少女、珠しか見ていない。
怪異はゆっくりと、だが確実に光の中で眠る珠へと近づいて行く。

――――怪異。
それは未練、あるいは心残りによって生まれた存在。
この怪異もまたこのVHで同じ未練を抱えた死者の怨念が集合して生まれた存在である。

では、スヴィア・リーデンベルグ。彼女の未練は何か?
彼女に集まり取り憑いた怨念たちの抱えた執着は何か?
その答えを、うわごとの様に繰り返し怪異は呟く。

「私の…………生徒を…………子供を…………救わねば」

怪異とは、全てが人を害する存在ではない。
姑獲鳥や産女、子育て幽霊と言った子を慈しみ育てる怪異は少なからず存在しており。
座敷童のように益をもたらす怪異も存在している。

どうしようもなく血塗られ呪われた山折村の歴史。
腐り落きった大人たち、救われぬ子供たち。食い物にされる弱者たち。
悪の根は蔓延り、数えきれぬほどの多くの悲劇を生んだ。

だが、それでも。

この山折にあったのはそれだけではない。
山折村、1000年の結実が醜悪な悲劇だけであったはずがない。
そこにはきっと、美しいものもあったはずだ。

341Z ―望み願い祈る― ◆H3bky6/SCY:2024/08/04(日) 12:18:41 ID:CAQRuEHA0
この村で生まれたのは悲劇と絶望だけではない。
実りある自然の中で多くの人々を健やかに育んだ。
多くの命を生み、多くの命を未来へと繋いでいった。

そんな山折村の死者たちが、生き残った者たちへ残す心は恨みや辛みばかりではないはずだ。
ほんの僅かでも、その意思は確かにこの村に根付いていた。

郷田 剛一郎が村の子供に未来を託したように。
嵐山 岳が健やかなる子供の未来を願ったように。

厄に墜ちるでも、女王の招集に応じるでもなく
それよりも自らの未練に従った僅かな魂がいた。

子の未来を願う未練の集合体。
未来を奪われた子供たちを救う怪異。
それこそが、スヴィア・リーデンベルグから生まれた怪異の正体だ。

救われなかった少女の前に怪異が跪く。
その奥底にあるのは強い使命感。
怪異の不気味な雰囲気とは対極な聖母のような慈悲と慈愛すら感じられた。

スヴィアは研究所との通信で定着したウイルスは生命活動にも結び付いている事を知った。
ウイルスを排除することは生命活動の終わりを意味する。
皮肉にも、その理論はスヴィアの死をもって証明された。

だが、その理論を聞いたスヴィアが頭の中で構築していた一つの仮説があった。
ウイルスが生命活動に結びついているのならば、抜けたその穴を何かで補完できれば、生命活動を維持できるのではないか?
だが、あの時点ではその『何か』が見つけられなかった。
異能の進化に可能性を見出し模索していたが、結局それを見つけられずその命を終えた。

祈るべき星の見えない輝く大地で、少女を見下ろす怪異が祈りを捧げるように両手を合わせた。
風に周囲の光が浮き上がる。
それと同種の光が怪異の体より浮かび上がり、横たわる少女の体に温かい日の光の様に注がれてゆく。

それは、隠山祈が死の淵を彷徨う八柳哉太の身を癒したように。
一つの役割を果たす怪異としての命が、救われぬ子供に注がれてゆく。

彼女は、全能の力で全てを救う都合のいい神様ではない。
願えば何でも叶う願望機なんかとも違う。

山折村の積み重ねてきた歴史、彼女の学んできた知識と発想。
そして、ほんのちょっぴりの奇跡。

奇跡が降るにふさわしい夜。
光と闇、生死の入り混じる草原で。
創はその奇跡をただ黙って見守っていた。

それは、最後まで諦めなかった人間の頑張りに見合うだけの報酬として与えられた。
ただ一人の少女を救うだけの。

とても小さな、とても大きいなハッピーエンド。

「…………こほっ」

息絶えていた少女が咳き込む。
死亡していた珠が息を吹き返した。
それを見届けた怪異が穏やかな笑みを浮かべる。

そして、本懐を遂げた怪異の体が粒子となって消滅した。
風の流された先、そこには何も残っていなかった。



342Z ―望み願い祈る― ◆H3bky6/SCY:2024/08/04(日) 12:18:55 ID:CAQRuEHA0
研究所本部。
応接室の時計は0時31分の時刻を指している。
日付が変わり、しばしの時間がたった。

「ひとまず、現時点で各地の異変は報告されていません」

奥津がそう報告する。
終里の子が滞在している各地に出来る限りの情報網を広げているが、今の所大きな異変は報告されていない。

「マァ。便りがないのはイイ便りというコトだネ」

染木はそう言って湯飲みから熱い茶をすすった。
日付の変更はおおよその目安だが、ここまで何も報告がない事を考えれば作戦は成功したと言えるだろう。

「元くんはお疲れさまだネェ」

老研究者が労いの声をかける。
そこには疲れ切った男が一人、身を投げ出すように応接室のソファーに座っていた。
脱ぎ捨てた白衣をソファーにかけて、絞った濡れタオルを目元においている。

「……まったく、年寄りに無茶をさせてくれる」

約束通り、終里は1時間強で細菌との対話を習得した。
そしてウイルスネットワークの繋がりを辿って、各地の女王たちを休眠状態にすることに成功した。
かなりの強行軍だったのか、さすがの終里もすっかり疲れ果てた様子である。

Aウイルスが活動を停止すればその影響下にあるCウイルスは沈静化する。
女王の巻いた山折村の種は花を咲かすことなく眠りにつくことになった、本体である女王と一緒に。

「一つ、お尋ねしたい」
「なんだ? 手短に頼む」
「では簡単に。女王の討伐に、あなたの干渉はあったのですか?」

魔王殺しの弾丸を喰らい『魔王』の力が排除された時点で、ウイルスネットワークにおける終里の権限は女王を上回ったはずだ。
干渉手段を習得した時点で女王にも干渉可能になったはずである。

その質問が愉快だったのか。
終里は濡れタオルを取って机に置くと、最低限の姿勢を正す。

「さて、どちらでもよいではないか。いずれにせよ女王の討伐はされていただろう」

いつもの調子を取り戻したように不遜な態度で曖昧な言葉を終里は告げる。
干渉があろうがなかろうが、村の生き残りと特殊部隊の連携によって女王は討伐されていただろう。

「かくして。一件落着、世は事もなし、と言うことだ」
「まだ、事後処理が残っていますが」

冷静に長谷川が指摘する。
女王の行った同時多発テロは不発に終わった。
だが、当面の危機は去っただけで、まだ休眠状態にした女王たちの処理や、山折村の事後処理は必要である。

「なぁに。後に起こることなど、世界の趨勢に何の影響も与えぬ蛇足だろうよ」



343Z ―望み願い祈る― ◆H3bky6/SCY:2024/08/04(日) 12:19:18 ID:CAQRuEHA0
奇跡の降る夜。
寄る辺を失い光の花が徐々に色あせてゆく。
村の終焉を告げるような終りの光景の中で、天原創は死者の蘇生と言う奇跡を目の当たりにした。

屈みこんだ創が珠の手首に手をやり脈拍を確かめる。
弱弱しいが脈はある、胸も呼吸で僅かに上下していた。
意識こそ取り戻していないが確かに息を吹き返しているようだ。

女王感染者の死なんてクソったれな運命は覆された。
あきらめず頑張り続けた人の意志によって。
その全ての成果として珠の命は救われた。

安堵の息を吐く創の元に、何者かが近づいてくる気配があった。
創はそれが分かっていたように、冷静にそちらに視線を向ける。
光を失い始めた草原を踏みしめ、迷彩色の男が姿を現した。
創は当たりを付けて、スヴィアから聞いていたその名を呼ぶ。

「乃木平だな?」

光の巨人を撃破し、女王の刃を撃ち落とした特殊部隊。
大一番である対女王戦においても、彼は徹底的に黒子に徹してきた。
一騎当千である特殊部隊の中で明らかに異質な動きでありながら、唯一の生存者として見事に任務を達成した。

「作戦行動中なので、forget-me-notと呼んで欲しいですね」

本気で行っているわけではないのだろう。
冗談めかした様子で肩を竦める。

ヴィアを廻るファーストフード店の攻防で、戦術上の衝突はあったが直接顔を合わせるのは初めての事である。
互いに何気ない会話を交わすような調子で、臨戦態勢のままいざとなれば戦える間合いで構えていた。

「女王は死んだぞ。僕が殺した。彼女はもうその影響下にない」
「そのようで。こちらとしても研究所側のジャッジ待ちです」

だが、目に見えない細菌の話だ。
完全に解決したかと言う確信までは持てない。
完了の判断を下すのは上役の役目だ。

「その後は、そちらの動きはどういう運びになっている?」

創の問いに、天は顔をそらして小声で何かを話し始めた。
どうやら通信先に確認しているようだ。

「女王の死亡に伴い、これから感染者たちからウイルスの影響が消失するでしょう。
 しかし、ウイルスが定着したB感染者はその限りではありません。
 しばし様子を見て正常感染者の中にB感染者がいないかの確認をします。
 問題なく生存者全員の消失が確認できれば我々は撤退します。後はご自由に」

その判断を現在、村を監視している研究所が行っているのだろう。
感染者本人からすれば異能の消失と言う形でウイルスの影響の消滅は自覚できるのだが、まさか自己申告で通すわけにもいくまい。

「ご自由に、か。随分と杜撰な管理なんだな」
「我々は存在しない部隊ですので。事後処理は表の災害処理班にお任せしますよ」

事情を知らない通常の自衛隊が通常の災害として処理される。
生存者を保護するのもそちらの役割なのだろう。

「口封じはしないのか?」
「無用でしょう。もうそれだけの生き残りもいない。何より誰が信じます?」

ここで起きた出来事は荒唐無稽すぎる。
余程の説得力がない限りただの妄言扱いされて終わるだろう。
それにしたって口止めの一つもしないのは妙だが。

「なら。勝手に引き上げさせてもらう」
「構いませんよ。貴方に関しては」

創の背景に関しても既に裏が取れている。
諜報局の諜報員(エージェント)。
放置した所で余計なことはしないだろう。

「ただし、そちらの少女の身柄を預からさせていただきます」

天が指すのは元女王、蘇生を果たした日野珠。
その言葉に、創の視線が睨むように細まる。

「彼女をどうするつもりだ?」
「研究所からの要請ですので、詳細はお答えしかねます」

元女王という検体を研究所が求めている。
それに関してはそうなるのだろう。
だが、連れていかれた検体がどうなるかなど想像に難くない。

344Z ―望み願い祈る― ◆H3bky6/SCY:2024/08/04(日) 12:19:36 ID:CAQRuEHA0
「嫌だと言ったら?」
「あなたの許可を得る案件でもないでしょう?」

空気が張り詰める。
創がジリと距離を取るように歩を広げた。

「止めておいたほうがいい。女王の死亡に伴いこの村のウイルスの影響は薄まりました。既にこの村には部隊をいくらでも送り込める状況にある」

銃に手を懸けようとした創を静止する。
ある意味でこの村はウイルスによって守護られていた。
その守護がなくなった以上、いくらでも戦力を投入できる。

「賢明な判断を」

女王は消滅し感染拡大(パンデミック)の脅威は去った。
これ以上彼らが殺し合う理由はない。

「…………いいだろう。そちらの要求に従う」

そう言って、そうは手にしていた銃を地面に落としてポシェットを外して荷物を投げ渡した。
そして、降伏の意を示すように両手を上げる。

アンプルの効果はまだ残っている。
ここで殺し合いになっても1対1なら創が勝つだろう。
だが、目の前の天一人を殺すことはできるだろうが、それだけだ。

命を懸けて戦えば珠が助かるのならともかく、珠の身柄は奪われ創も死ぬのでは何の意味もない。正しく無駄な抵抗だ。
エージェントとして感情に任せたそんな判断はできない。
合理的に、珠の身柄の引き渡しに同意する。

「ただし、条件付きだ」
「伺いましょう」
「僕も同行する。構わないだろう? 研究所だって女王以外の元感染者も欲しいはずだ。彼女には指一本触れさせない」

どこかのエージェントのように自らを検体して差し出す。
他の生存者も気にかかるが、彼らは彼らで離脱するだろう。
今は元女王として狙われる珠の身を守護るのが最優先だ。

創であれば組織と言う後ろ盾はあるし、捕虜の扱いについて交渉もできる。
珠をただ差し出すよりはましだ。

「……まあ、いいでしょう。
 研究所に辿りついてからの処遇に関しては私の立場では約束しかねますが、道中の身の安全は保証しましょう」

特殊部隊とエージェントは条件に合意する。
下手な約束をしないのは彼なりの誠意だろう。
何かを受信したのか、天が耳元を抑え短い受け答えをする。

「上の確認がとれました。この村から[HEウイルス]の影響は晴れたようです」

特殊部隊の口からバイオハザードの終息が宣言される。
戦いはこれで本当に終わったのだ。

「西の山麓に迎えをよこしていますので、あなた方はそちらに向かってください」

天の案内を受け、創が意識のない珠の体を背負う。
そろそろアンプルの反動が来る頃だが、気合で意識を保たせる。

「あんたは同行しないのか?」
「まだ事後処理がありますので。それが終わり次第私も同行しますよ」

そういって創を見送る。
そして、珠を背負った創が立ち去るのを見届けた後、その場に残った天が創の投げ渡した荷物を回収する。
その中身を確認して、司令本部への通信を行う。

「本部。例の作戦関してですが、実行前に一つ回収いただきたい物が出たのですがよろしいでしょうか?」

例の作戦とは天が提案した流出作戦についてだ。
荷物の中に、作戦を補強する道具を見つけた。
申請を行ってから程なくして、回収用ドローンが天の下に舞い降りる。

夜の空に舞い上がっていくドローンを見つめながら、天が息を吐く。
地上の光は消え、天には光が満ちていた。

これで、天の成すべきことは終わった。
多くの犠牲払った大変な任務だった。
実行部隊の中で一番の未熟者である天だけが生き残ったのは何の因果か。

その意味を考えるには、今の天の頭は少し疲れすぎている。
防護服を脱ぎ捨て、自宅のベッドで休みたい気分だ。
ともあれ、任務完了である。

「任務完了しました。forget-me-not。帰還いたします」

【日野 珠 生還】
【天原 創 生還】
【乃木平 天 任務完了】



345Z ―望み願い祈る― ◆H3bky6/SCY:2024/08/04(日) 12:19:53 ID:CAQRuEHA0
「何だ…………外で何が起こっているんだ?」

研究所とは違う村に秘匿されたもう一つの地下施設。
資材管理棟と言う名の監禁室に未名崎錬は閉じ込められていた。
ずっと房の中にいた錬ですら感じられるほどの異変が外の世界で起きている。

まるで巨人でも暴れたのではないかと言う、余震が続いたかと思えば、ピタリと収まり恐ろしいまでの静寂が訪れる。
既に外の世界は終わっていているのではないか?
そんな疑念が頭をよぎり、まるでこの独房がノアの箱舟にようにすら感じられた。

外の様子はどうなっているのか?
自分たちの計画は上手くいっているのか?
指示通りスヴィアは動いてくれているだろうか?
ここを訪れた哉太たちはどうなったのだろう?

そんな疑問と不安が膨れ上がり、錬の心を埋め尽くす。
彼の双肩には世界の存亡がかかっているのだ。
こんなところで閉じ込められているのは耐え難い。
無駄とわかっていながら錬は扉に近づき開閉窓に手にかけた、ところで。

「鍵が…………開いてる?」

地震の拍子に外れたのか、扉が開いている事に気づいた。
余りにも都合のいい偶然である。
恐る恐ると言った様子で重い房の扉を開く。

久方ぶりの外の空気が流れ込む。
と言ってもまだ、地下の資材管理棟の中ではあるのだが。
長らく閉じ込められていた狭い独房から出るのはやはり解放感がある。

だが、そんな呑気な感想を抱いている場合ではない。
外がどうなっているのか分からない
研究所の連中に見つかる前にこの場を離脱する必要がある。

外に出るべく廊下を進み、地上に続くエレベータに向かう、
だが、その途中、足元に転がる板の様な何かに気づいた。

まっさらな白い廊下にこれ見よがしに転がるソレを拾い上げる。
それはスマートフォンだった。

なぜこんなところにスマートフォンが落ちているのか。
数時間前にここを訪ねてきた哉太かアニカが落としたモノだろうか?
そう思いながらスマホを拾い上げ何気なくスイッチに触ってみる。
すると、ロックはかかっていないのか画面がオンにされた。

確認程度に目を通すだけのつもりだったが、一つのテキストデータを開いた瞬間その目の色が変わった。
足を止めて夢中の様子で読み漁り始める。
そのテキストの中には、この村の暗部についての告発文が書かれていた。

それは小説家、袴田伴次のスマートフォンだった。
つまりそこに書かれていたのは告発文ではなく、単なる小説のネタ。
この村の伝承について様々なある事ない事が記述されていた。

何故そんなものがこんなところに?
そんな疑問よりも早く錬は理解した。
己が『天』に与えられた『運命』を。

使命感に駆られながら、固い廊下を駆けだした。
外の世界に続くエレベータに向かって。

彼は感染力を持たない[HE-004]の感染者である。
[HE-028]に感染せず、村外に出たところでパンデミックの原因にならない。
女王の死を知らずとも、村の外に出ることに躊躇いはない。

村の外へと事の顛末を伝える必要がある。
それこそが世界を救わんとした錬に与えられた天命である。

これが、天が司令部に提案した流出計画の保険である。

錬の閉じ込められた房の鍵が開いたのは、もちろん偶然ではない。
隠密行動を得意とする隊員――婆が工作員として資材管理棟に侵入させていた。
女王死亡後であれば山中の封鎖要因を借り出してもよいと言う判断である。

そしてしかるべきタイミングで潜入した工作員が鍵を開ける。
地面に落ちていたスマートフォンも工作員が用意したものだ。
天が預かった創の荷物にあったものをドローンによって運んで工作員によって配置された。

未名崎錬という男は、テロリストを手引きしてこの村を地獄に突き落とした実行犯の一人だ。
ただの身勝手な犯罪者であれば自分の保身に走るだろう。
だが、世界救済のために動いた思想犯であれば、そのような行動に走らない。
彼には世界の為に自らの命を投げ出す覚悟がある。

未名崎錬は研究員の一人であり、実行犯の一人として多くの情報を持っている。
そして自ら世界を救おうとする行動力を持ち、それなりに名の売れた研究者としての影響力もある。
『Z計画』の詳細の告発者としてこれ以上ない人材だ。

ヒロイズムに酔う人間は、都合よく転がっていた情報を『天命』だと思い込む。
都合のいい情報を都合よく解釈して、この情報を元に面白おかしく尾ひれを付けて喧伝してくれるだろう。
彼の脱出は見逃され、平穏無事に成し遂げられるだろう。

勘違いの使命感を抱えながら。
告発者は地上に続くエレベータに乗った。



346Z ―望み願い祈る― ◆H3bky6/SCY:2024/08/04(日) 12:20:16 ID:CAQRuEHA0
「……終わったな」

誰となくつぶやかれた言葉は風に流れた。
診療所の中庭でもみ合うように絡み合っていた3人の男女は、遠く離れた草原で行われた決着を感じ取っていた。

抵抗と拘束を続けた結果、三角締めからポジションを変えバックチョークの体勢に移行しており。
アニカの放つ魔力紐もその動きを支援するように哉太の両足を引っ張っていた。
それでもなお無限の耐久力と再生力で暴れまわる哉太を押さえるのに精いっぱいだったが、その動きも今となっては完全に静止している。
哉太の抵抗は既に止み、それを抑える2人の少女も何かに気を取られるように力を抜いていた。

感染者の頭の中で響く声が完全に消え去った。
心の中に終りを告げるような虚しさがある。
その結末を見届けることはできなかったが、感染者たちは実感として理解していた。

――――女王は、死んだのだと。

女王の死に伴い、己が脳内を侵すウイルスが活動を停止し始めた。
ただの寄生関係でしかなかったとしても、自分の一部だった存在の消失である。
寂しさを感じるのは、寄る辺となる女王を失い、自らも消えゆく[HEウイルス]の心なのか。

「ああ…………もう、大丈夫だよ二人とも」

仰向けに寝転がりながら、自らを押さえていた2人に告げる。
哉太の中からも、自らを突き動かすような衝動が消えていた。

それに伴い、彼女たちの異能も徐々に消え去り始めていた。
高魔力体質の消去によって魔聖剣の魔力放出も途切れはじめた。
哉太の拘束も解かれてゆき、抑え込みを行っていた茶子も技を解いて身を放した。

「あぁ……くそ、情けねぇな」

解放された哉太は悔し気にそうつぶやく。
衝動はなくなってもその記憶は残っている。
情けなさと気恥ずかしさが襲ってきて立ち上がれないでいた。

ともあれ、これで山折村で発生したVHは終わったのだ。
多くの犠牲を出し、取り返しのつかない被害をもたらしたが。
これ以上何かが失われることはないはずだ。

だが、アニカの託された為すべきことはここからだ。
山折村の正しき終焉のため、呪われた歴史に正しき終わりを。

その為に、白兎が願望機に託した願いを、正しき名で願いなおす。
白兎の望んだ「神楽うさぎ」こと、デセオの完全なる蘇生。
白と黒に分かれた肉体と魂を一つにして正真正銘の『運命』の女神の子による、因果の解体だ。

「Ms.チャコ。御守りを」
「ああ」

ようやく訪れる終りの時。
1000年の呪いより解き放たれる時が来た。
未来へのプラチナチケットを届けるためにアニカへ茶子が近づく。

「…………え」

少女の口から間の抜けた声が漏れた。
気付けば、いつの間に拾い上げたのか、茶子の手には藤次郎の刀が握られている。
その刃はアニカの腹部を拭き破り、背から鋭く突き出されていた。

時が止まったかのような静寂。
少女の血を吸った剣先から、赤い雫が滴り落ちる。

手首をひねった茶子が乱暴にアニカの体を蹴りだし、刃が勢いよく引き抜かれる。
小さな少女の体から信じられない程大量の血が噴き出した。
倒れた体は2、3度ビクビクと痙攣しながら血を噴出した後、完全に動かなくなった。

「……………………茶子、姉?」

目の前で繰り広げられた信じられない光景に哉太が言葉を呑む。
その声を無視して、茶子はアニカの手元から零れ落ちた血濡れの盃を拾い上げる。

最大の邪魔者である女王は消え去った。
手には願いを叶える願い星がある。
ならば、すべきことなど一つだ。


「―――――――願望機は、あたしが使う」


ゆらりと、終りを拒む亡霊のように、山折村の生み出した被害者(かいぶつ)は己が祈りを口にする。




「あたしは、この山折村を――――永遠に残す」




【天宝寺 アニカ 死亡】

347Z ―望み願い祈る― ◆H3bky6/SCY:2024/08/04(日) 12:20:52 ID:CAQRuEHA0
女王の消滅が確認されたためルールに従いオリロワZはこれで完結となります。
ここまでお付き合いくださいまして、みなさまありがとうございました。

蛇足戦&エピローグは3週間後の

8/26(月) 00:00:00

までに投下予定です

348 ◆H3bky6/SCY:2024/08/25(日) 19:01:12 ID:fyYMDBK20
お待たせしました
これより蛇足戦&エピローグを投下します

349Z' ―永遠の山折― ◆H3bky6/SCY:2024/08/25(日) 19:01:55 ID:fyYMDBK20



終りの先に何があるかって?



そもそも、本当に終わると思ってた?





350Z' ―永遠の山折― ◆H3bky6/SCY:2024/08/25(日) 19:02:32 ID:fyYMDBK20

――――2012年初春。

季節は新たな出会いを予感させる春。
山折村を取り囲む山々は色とりどりの鮮やかな色彩に彩られていた。
風が吹くたびに様々な花弁が舞い、空から虹が降り注ぐようである。

『怖い家』から逃げ延びた少女は虎尾夫妻に保護され虎尾茶子になった。
保護された直後の茶子の腕はまるで枯れ枝の様に細く、肩や肋骨は骨が浮き出るほどに肉付きが悪い。
痩せこけた体は本当に風が吹いただけで折れてしまいそうであった。

『怖い家』で食事を与えられなかったわけではない
ただ、そこの顧客は極端な少女性愛によって骨張った体を好んでおり、管理者からすれば少女たちの抵抗力を削げて両得だったのだろう。
茶子の体は年齢にしては小さく、栄養失調に近い発育不良な状態となっていた。

虎尾夫妻の献身的な介護と山折村の自然がもたらす豊かな食事環境により、ある程度は肉付きが良くなっていた。
だが、健康的な肉体を手に入れるためには、やはりある程度の運動も必要となってくるだろう。
健全な精神は健全な肉体に宿るとも言う。そう考えた虎雄夫妻は茶子を村にある剣術道場に通わせることにした。
本格的に学校に通わせる前に茶子を心身共に鍛えておこうという虎尾夫妻の配慮である。

彼女が通うことになった八柳流の道場は、基本的には村の大人たちが健康体操を行うために通う場所である。
虎尾夫妻もたまに通っているような、この山折村におけるジムのような物だった。
本格的な浅葱の道場とは違い、運動不足の子供を通わせるにはちょうどいい緩さである。

虎尾家で過ごす日々で茶子の心は徐々に癒されていたが。
義父以外の大人の男に対しては当時をフラッシュバックする心的外傷を抱えていた。
道場に通っていたのはほとんどが村の大人ばかりであるのだが、小さな村だ、そんな茶子の事情は村全体におおよそだが共有されていた。
ひたすらに周囲の視線を気にせず棒振りに励む墨の入った男もいたが、良識のある大人たちは適切な距離感を保って茶子に接してくれていた。

そうして過ごしていくうちに、茶子にとって八柳道場は居心地の悪くない場所となっていた。
そんな風に虎尾の家以外にも徐々に彼女の安心できる場所が増えて行動範囲が広がって行けばいい。
そんな山折村の優しさに彼女は見守られていたのだ。

だがある日、そんな彼女の安息の地に侵略者が現れた。
いつものように両親に見送られ剣道場に向かうと道場が奇妙な騒がしさに包まれていることに気づいた。
その騒がしさの正体は、道場を訪れた村の子供たちであった。

今年から小学生に上がるという子供たちで、話によれば今年から道場に通い始めるという事だ。
害意のない年下の子供たちと触れ合わせることで慣らして行こうという虎尾夫妻と八柳翁の粋な計らいだったのだが。
子供たちは道場に現れた見慣れない年上の少女に興味を持ったのか、茶子を取り囲むようにして遠慮のない質問攻めを行った。

「みない顔だな。だれだよお前」

リーダー格の少年は生意気な子供だった。
茶子が発育不良気味であるとは言え、明らかに年上の相手に向かって自分が偉いと言わんばかりの態度で突っかかってきたのだ。
だが、性根にある反抗心だけはその時から一人前だったのか、茶子はとりあえず拳で分らせてやることにした。
その生意気なガキが村長の孫だと茶子が知ったのは、その後の事である。

茶子と少年は互角の戦いを演じたが、すぐに周囲の大人たちに引き離された。
小さな子供に勝てなかったと恥じるべきか、男の子に引けを取らなかったと誇るべきか、難しい所だ。
ヤンチャな子供たちのグループから引き離され、両親に慰められていると師範である藤次郎が近づいてきた。

「哉太。来なさい」

そう言って、子供たちの方から一人の少年を呼び込んだ。
身内であるからだろう、他の子どもより厳しく礼儀を叩きこまれた少年は頭を下げた。

「初めまして! 八柳哉太です」
「………と、虎尾……茶子、です。よ、よろしく……お願い、します。哉…………くん」

おどおどとした様子で返す言葉が途切れる。
先ほどまで少年と殴り合っていた態度はどこへやら、年下相手に敬語で返してしまった。
持ち前の反骨精神から逆境や敵には強いが、まともな相手になるとこうなってしまう。
誘拐される前(まともだった頃)の自分がどう友達と過ごしていたのか、そんな事すら今の茶子には思い出せない。

「それなら、茶子姉だね」

そんな年上女子の挙動不審も気にせず、笑いながら少年は少女を受け入れた。
茶子も差し出された手をおずおずと握り返す。

床がひんやりとした剣道場。
外には祝福のように花弁が舞い散る。
新たな出会いを予感させる春に2人は出会った。
そんなことがあった。



351Z' ―永遠の山折― ◆H3bky6/SCY:2024/08/25(日) 19:03:19 ID:fyYMDBK20
日本の片田舎で発生した未曽有の危機。
それは小さな村の過去から始まり、異世界と複雑に絡み合いながら魔王と旧日本軍の人体実験によってかき乱され、災厄の歴史と言う一つの紋様を編み上げて行った。
絡まった糸のように複雑に絡まったその因果は、人間とウイルスによる世界の存亡をかけた戦いにまで発展して行き、今を生きる多くの人たちの努力と献身によって終息を迎えた。

世界の危機は去った。
全てが終わった小さな村に取り残されたのは、世界の行く末を左右しない蛇足のような戦いだけである。

山折村と言う外界から隔絶された閉ざされた世界には死が満ちていた。
周囲に封鎖網を敷いていた特殊部隊も徐々に撤退をはじめている。
村に残った命はアダムとイヴの如く男と女の2つだけ。
だがそれは創世神話における最初の命とは違う、この山折村に残された最後の命だ。

世界を輝かせていた魂の輝きも風に流されるように消え去った。
残るのは死者にすら見放されたような闇だ。
何もかも死に絶えたような荒野を、太陽の光を返した死んだ月の光だけが照らしていた。

女の手には血濡れの杯。
それは死と破壊を尊ぶ魔王によって造られた、願いを叶える願望機だ。
女は血と理想に酔うように、夜の空に杯を掲げていた。

「あたしは、この山折村を――――永遠に残す」

そんな茶子の宣言に呆然としていた哉太が、ハッとしたように意識を取り戻す。
そして何よりも先に、茶子ではなく、倒れた少女に向かって駆け寄った。

「ッ…………アニカッ!?」

力なく倒れたアニカの体を抱えて、激しく肩を揺さぶる。
だが、血で汚れた青白い顔をして首をガクガクと揺らすだけで何の反応もない。

「アニカ! アニカッ!!」

何度その名を呼ぼうとも返事はない。
あれほど雄弁だった口も開かれることはなく、愛らしかった表情も永遠に変わる事はない。
もう二度と彼女が動くことはない。そこにはただ冷たい死と言う現実があった。

「…………アニ…………カ」

その現実に押しつぶされるように哉太の両肩から力が失われる。
全身を震わせながら、アニカの死体を地面に置いた哉太がゆらりと幽鬼のように立ち上がった。

「………………どう、して?」

叫び出したいほどの衝動を抑えて、震える喉から声を絞り出す。
聞きたいことは山のようにあった。
だというのに、上手く言葉にならず、そんな曖昧なことしか聞けなかった。

「言ったでしょ、あたしはこの村を永遠に残す。そのために願望機を先に使われるわけにはいかなかった」
「意味が分からねぇよ! この村を残すって何だよ!?」

当たり前のように回答する茶子に、責めるような強い語気で哉太は叫ぶ。

「だったら何でみんなを殺したんだよ!? 全部殺したのは茶子姉じゃないか!?」

このバイオハザードによって多くの住民は死に絶えた。もう、この村で生きているのは自分たちだけだろう。
自衛のためのだと、仕方ない事だと飲み込んだ感情が堰を切ったように吐き出されていた。
僅かに離れた草原には、他ならぬ茶子が築き上げた死体の山がある。
多くの人間を殺した人間の吐くべき言葉ではない。

「違うよ。あたしはこの村の汚れを綺麗にしただけ」

彼女が切り捨てたのはこの村に木の根のように蔓延る闇だ。
仮に朝景礼治や木更津組の残党が生きていたとしても、全員殺せば確実に死んでいるだろう。
ローラー作戦のように全てを切り捨て、この村を奇麗にしただけである。

「綺麗に…………? あの血と泥にまみれた死体の山が!? アニカを殺す事がか!? あんたはそんな事の為にアニカを殺したってのかよッ!?」
「そうだよ」

何の迷いもなく即答する。
村に沈殿する泥も汚れも全て掻き出された。
このVHで村に巣食った災厄や偽りの神様も排除された。
全部リセットして最初からやり直すにはいい土壌だ。

352Z' ―永遠の山折― ◆H3bky6/SCY:2024/08/25(日) 19:03:37 ID:fyYMDBK20
「ッッ! そんな方法で何が残るって言うんだ!? 村を残すってのは、そうじゃないだろ!?」

こんなやり方は違う。
山折村を忘れない事。語り継いでいく事こそが、山折村を残すという事ではないのか。
哉太は全身を振り乱して、荒廃した何もない闇を指す。

「見ればわかるだろ!? この村はとっくに終わったんだよ!!」

喉から血が出るような叫びをあげる。
少しでも考えればわかる。もはや山折村はどうしようもない。
村とはそこで生きる人々の生活そのものだ。人が居なくては立ち行かない。
全てが死に絶えたこの村が立ち行くわけがない。

「…………終わらないよ――――あたしが終わらせない!
 終わったんならまた始めればいい、そうッ! あたしの祈りがこの村を救うんだよ……!」

そう言って、血濡れの願望機を掲げる。
だが、その杯の中に満ちているのは希望などではない、多くの死を飲み込んだ呪いの杯だ。

理屈や理論など関係ない。
茶子はただ『山折村を終わらせない』と言う、その結論にしがみ付いていた。
子供の我侭以下の現実逃避、だが、彼女は現実を超越して願いを叶える手段を知り、手に入れてしまった。

希望を唱えるその目は夜よりも暗く、闇よりも深く、泥の底よりも濁った色をしている。
茶子はもう壊れている。壊れてしまった。
哉太にもそれが、痛いくらいに分ってしまった。

「…………俺のせいか? 俺が……この村を離れたから」

茶子がこうなってしまったのは自分が村にいなかったから。
哉太が村を離れずそばに居れば、こんな事にはならなかったのではないか。
そんな深い後悔が哉太の全身を重く沈める。

「――――――それは違うよ哉くん」

だが、それは違うと。
これまでにない穏やかな声ではっきりと否定する。

「あたしは最初から壊れていたの。あなたと出会った時から、いいえ、出会う前からあたしはとっくに終わっていたんだよ」

哉太と出会った時点で茶子はとっくに終わっていた。
奪われ汚され壊され弄ばれて、救いようがないくらいに手遅れだった。
だから、きっと最初からこうなることは決まっていたのだ。

「ツギハギだらけでやってきたけど、それももう限界……。
 何が正しくて何が間違っているのかなんて、最初からあたしにはわからなかったの」

酷く疲れたように空っぽの息を吐く。
彼女が居るのは最初から手の届かない奈落の底。
自分がいれば救えたかもしれないなんて考えは自惚れでしかない。

哉太では茶子の救いにはなれなかった。
それが、あの日出会った2人の答えだった。

「だから、哉くん。それが間違いだと思うのなら、止めればいい。
 間違いだったあたしをどうか――――」

――――終わらせてね。
そう聞こえた気がした。

茶子は止まらない。
彼女にはもう自分自身でも止まり方など分からなくなっている。
それこそ死ぬまで止められないだろう。
止めるにはもう、殺すしかない。

壊れてしまった少女の抱いたたった一つの願い。
その一瞬だけが真実だったのではなかったか。

哉太は地面に落ちていた魔聖剣を手に取る。
それがこの女に与えられる唯一の救いであるのならば。
決着を望むその動きに応えるように、茶子が願望機を投げ捨て、両手で刀を握り絞めた。

「茶子姉ぇええええ――――――――ッッ!!!」
「哉――――――――くぅぅぅううんッッ!!!」

2人は互いの名を呼びあった。
いつかの春。
あの出会いの日のように。



353Z' ―永遠の山折― ◆H3bky6/SCY:2024/08/25(日) 19:04:28 ID:fyYMDBK20

――――2012年初夏。

日差しも強くなり始めた夏
山折村は慌ただしい雰囲気に包まれていた。

今日は年に一度の鳥獣慰霊祭だ。
何もない小さな村で行われる唯一の大きなお祭りである。
都会(そと)から見れば打ち上げ花火のような派手な催しをするような予算もない小さな祭りでしかないのだろうけれど。
それでも村中が飾り付けられ、商店街には屋台が立ち並ぶ年に一度のお祭りである。
村の子供たちはその日ばかりは皆一様に心を躍らせていた。

「あれ、哉くん」

日も暮れてきた夕暮れ時。
友人たちとの待ち合わせに向かう途中、昼間の稽古でお小遣いの入った財布を道場に置きっぱなしにしていた事に気づいた哉太が八柳の道場に向かうと、そこで茶子と出会った。
茶子は一人で道場に座り込み、遠くに浮かぶ提灯の明かりをぼうと眺めていた。

「何してんの茶子姉? お祭り行かないの?」
「……ん。ちょっとね。哉くんこそどうしたの? お祭りに行ってたんじゃないの?」
「うん、今から行くところだよ。ちょっと忘れ物をして。茶子姉も一緒に行こうよ」

そう言って哉太は座っていた茶子に向かって小さな手を差し伸べた。
だが、茶子は視線を遠くから動かさなかった。
その手は取られることなく、茶子は拒否するようにゆるゆると首を振った。

「うーん。そっか」

茶子が手を取る気がない事を理解したのか、素直に哉太が手を引っ込める。
だが、哉太は剣道場から立ち去ることなく茶子の横まで移動するとその隣に腰を下ろした。

「じゃあ俺もここでいいよ」
「いいの? お友達と一緒に回るんじゃないの?」
「うーん。約束すっぽかしたら圭ちゃんは怒るかもだけど……。
 まあ今日は光ちゃんや珠ちゃんを案内するんだって張り切ってたみたいだし、俺が居なくても気にしないよ」

リーダーである圭介は引っ越してきたばかりの日野姉妹に初めての鳥獣慰霊祭を案内するんだと妙に張り切っている。
みかげや諒吾もいるだろうし、むしろ今は自分がいない方がいいまである。

圭介たちは自分が居なくても大丈夫だ。だけど、今の茶子はどうだろう。
なんとなく哉太はここにいないといけないような気がした。
遠くを見つめる茶子の瞳には大人びた達観と一抹の寂しさの様なものが混じっているように見えた。
何より、誰もが楽しい祭りの日なのに、一人でここにいるのは酷く悲しい事のように思えた。

何をするでもなく2人並んで遠くの祭りの明かりを見つめる。
時折吹き抜ける静かな風が頬を優しく撫でてゆく。
穏やかな時間、だが、哉太の心は妙にどぎまぎしていた。

この村の子供たちは一緒に生まれ育った家族のようなものだ。
だが、突然現れた年上のお姉さんである。
日野姉妹も同じような立場だが、彼は年上のお姉さんと言う存在に憧れのような感情を抱いていた。
そんな相手と2人きりと言う状況は少年心に落ち着かないものがある。

「知ってる? 屋台って木更津組の奴らがやってるんだよ」

沈黙を破るように、茶子がそんな事を言い出した。

「え、う、うん。木更津組って沙門さんの所でしょ?」
「そ、悪い人たち」

商店街に並ぶ的屋の殆どが木更津組のシノギだ。
都会ではもうあまり見かけなくなった光景だが、この山折村では未だにその手の輩が幅を利かせている。
その売り上げは反社会的活動の活動資金となる。

だが、それはお日様の匂いはダニの死体の匂いだとかと同じ知らなくてもいい話だ。
的屋に関してはシノギと言ってもアガリは大した額ではないし、荒事の起きやすい祭りに睨みを利かす治安維持の意味合いが強い。
この嫌悪感自体が、子供の浅慮に過ぎない。子供はそんな事を考えず無邪気にお祭りを楽しんでいればいいのだ。

だというのに無邪気に楽しむ気になれないのは茶子が子供ではないからなのか。
子供ではない、大人でもない。けれど、思春期で済ませるには少し行き過ぎた潔癖症である。

いずれにせよ、子供である哉太にはよくわからない話だった。
悪の組織が運営する悪いお店なんだと、朝の特撮番組に準えてそんな理解をした。
確かにそれはよくない気もしてきた。

354Z' ―永遠の山折― ◆H3bky6/SCY:2024/08/25(日) 19:05:12 ID:fyYMDBK20
「そうだ…………!」

何かを思いついたように哉太が声を上げた。
突然の大声に、茶子は少しだけ驚いたようにビクリと肩を震わせたが、すぐにお姉さんらしく「どうしたの?」と問い返した。

「なら、来年から俺たちもやればいいんだよ! この道場のみんなでさ」
「有志の屋台ってこと?」
「ゆうし……? よくわかんないけど俺から圭ちゃんに話とくよ!
 大丈夫、圭ちゃんなら何とかしてくれるからさ!」

友人への無邪気な信頼を感じさせる言葉。
茶子からすれば生意気なガキだが、哉太からすれば何よりも信頼できるリーダーなのだ。
実際、彼に頼めばこの村の中では大抵の無茶は叶う。

薄暮の空に広がる微かな夕焼けが、静かに夜の帳へと移り変わてゆく。
遠くから聞こえてくる祭囃子の音が、村全体に賑やかさを届け始めた。
どうやら、神社の方で祭りの本番である慰霊祭の儀式が始まったようだ。

「お祭り、始まったみたいだね」
「そうね」

遠くの光に照らされて伸びた影が覆う剣道場。
祭りが騒がしければ騒がしい程、取り残されたような寂しさが訪れる。
そんな寂しさが嫌で、哉太は勢いよく立ち上がった。

「茶子姉、俺たちも踊ろうよ」
「ここで?」
「うん、祭囃子が聞こえるから、お祭りはここでもできるよ」

そう言って哉太は無邪気に踊り始めた。
拙い盆踊りのような作法も何もない踊り。

「……ぷ。ははは! へたっぴだなぁ。哉くん」

それが、あんまりにも下手くそで拙い踊りだから思わず茶子は笑ってしまった。
見てなさいと、彼に見本でも見せるように茶子も裸足のまま踊り始める。

「何だよ、茶子姉だって下手くそじゃん」
「何だとぉ〜?」

お祭りの夜。
遠い喧騒に包まれながら、たった2人の道場で拙い踊りを踊る。
メチャクチャなステップを踏む度、擦り傷だらけで色あせた木板の床が微かにきしむ音が響く。
オンボロ道場で踊ってるのがなんだかおかしくて2人して笑った。
提灯の揺れる明かりが2人を照らし、彼らの笑顔が輝いていた。

夏を目前にした水無月。
遠く祭囃子の聞こえる剣道場で。
そんなことがあった。



355Z' ―永遠の山折― ◆H3bky6/SCY:2024/08/25(日) 19:06:03 ID:fyYMDBK20
あの夏の日のような夜の下、2人は踊る。
だが、あの時の拙い踊りとは違う、洗練された動き。
流麗なるそれはさながら美しい演舞である。

演奏に使用される楽器は真剣。鳴る音は八柳新陰流の剣術。
雀打ち、乱れ猩々、空蝉、鹿狩り、三重の舞、天雷。
歴史の刻まれた古い剣道場で、幾度も繰り返されてきた掛かり稽古。
哉太が村を離れるまで幾千、幾万と毎日のように打ち合ってきた。
違いと言えば一つだけ。それは稽古ではなく互いの命を奪いあう真剣勝負であるという事だ。

それは決別に向かう儀式のようでもあった。
彼女に人生で一番幸せだった、共に汗を流した輝かしい日々。
その在りし日の思い出が、剣がぶつかり合う度に火花と共に弾けて消える。

灼熱の様な刹那。
互いに愛し合いながら、互いの死を望む。
殺さねば止まらぬ相手、殺さねば前に行けぬ相手。
理由は違えど、もう殺すしかない。互いにそんな所まで来てしまった。

これは女王の声に促されていた時とは違う。
誰かに操られるでも誰に強制されるでもない、純粋なる己の意思で戦っている。
子供のように、歯を食いしばって泣き出しそうになりながら、されど決して譲れぬ何かのために。

山折村を存続させる
それが茶子の譲れぬ願い。

山折村さえ続くのならば、きっと全てがうまくいく。
山折村を存続させるためならば、現在(いま)を全て切り捨ててもいい。
それほどまでに茶子の山折村に対する信仰は深い。

だって、山折村には死者(終わったもの)を蘇らせる力があるのだから。
全てが砕けてバラバラになってとっくに終わってしまった茶子を、ここまで救ってくれた。
だからきっと、すべてうまくいく。

本来であればそれも終わるはずだった。
だが、願望機と言う都合のいい存在を知り、御守りと言う手段を手に入れた。
あの瞬間から茶子の心は決まっていた。

終わっても壊れても、叶うのならば動かなければ。
終わったものが空っぽのまま動く、それはまるでゾンビのようだ。
茶子はきっと――――山折村の生んだゾンビだったのだ。

カァンと、ひと際大きな火花が弾けた。
全ての思い出を打ち尽くし、名残のような火花が消える。
未来のために、己が過去と現在の全てを焼き尽くす。

焼き尽くした全てを糧とするように、茶子は動く。
全てが消え去った後、最後に残るのは決着と言う名の結晶だ。
――――恐らく次が、最後の攻防となるだろう。

月明かりが反射し、まるで一筋の涙の如く刃が煌めいた。
万感の想いを乗せ、最後の未練を断ち切るように哉太へ向かって刀を一閃する。

猛然と打ち込んできたその剣を、逃げることなく哉太は見つめる。
憧れに目を曇らせて自分が見てこなかったもの、目を背けてきたもの。
それらに正面から向き合うために、乗せられた想いごと受け止めるように哉太は剣を合わせた。

衝突する刃。
その力を哉太は巧みに八柳流『空蝉』にて受けとめる。
刀を受け止めた体勢から足を半歩引き、体重を微妙に後ろへ移動させると、自身の体を軽く回転させた。
まるで水が岩を回避するかのように茶子の剣が進行方向をずらされ、哉太の肩を僅かに掠める。

茶子の剣はまるで導かれるようにそのまま地面に向かい、刃が大地に深く突き立てられた。
瞬間。哉太の手は稲妻のように閃き即座に剣を逆手に持ち替えた。
そして、敵の握りと地面によって固定された刃の中心に向かって渾身の力で刃を叩きつける。

八柳藤次郎の刀は戦国時代より戦場を渡り歩き、この地においても最も多くを切り殺した妖刀である。
されど、その出自は聖剣でも魔剣でもないただの日本刀であることに変わりはない。
折れず曲がらずと称される日本刀も、手入れもなくここまで使い潰されればヒビの一つも入るだろう。

哉太が狙ったのはその切れ目。
その歪んだ理想ごと叩き折るように、小さなヒビに向かって哉太は正確無比の一撃を叩きこんだ。
乾いた音とともに、日本刀の刀身が絶ち切られる。

二刀『狗噛み』と並ぶ八柳哉太が開眼した武器破壊の極地。
山を描くように3点を利用し刃を断つ。
故に、その名は――――八柳新陰流・奥義、一刀『山折』

「茶子姉――――――――ッ!」

哉太は止まらず、身を捻る。
武器を失った茶子に向けて魔聖剣を振るう。
もはや茶子は殺さねば止まれない。
ならば、この一刀こそが救いである。

刃は迷いなく降りぬかれ、決着を告げる赤い飛沫が舞った。



356Z' ―永遠の山折― ◆H3bky6/SCY:2024/08/25(日) 19:07:01 ID:fyYMDBK20

――――2017年初秋。

茹だるような暑さだった夏が終り、季節は秋の口に入った。
村を取り囲む山々は赤や黄、橙といった鮮やかな装飾に彩られ始めていた。

茶子が山折村の住民となって幾年かの時が過ぎ、彼女は高校生になった。
高校生になったと言っても、山折村の校舎は一つしかなく小中高一貫であるため、環境的には何が変わる訳でもないのだが。
変わらないのが田舎のいいところだ、なんていう人もいるが、ここまで変わらないのは流石の茶子もどうかと思う。

茶子はいつものように竹刀袋を肩にかけて、八柳の道場へと続く道を哉太と共に歩いていた。
学校から直接道場に向かう道すがら山々の紅葉を眺める。
その美しい景観に変わらぬ良さも感じられてしまうのだが。

その道すがら、前の方から複数名の作業着の男が歩いてくるのが見えた。
2人は会釈をしてその脇を通りすぎる。
しばらく歩いて、その背が遠ざかった所で言葉を交わし始めた。

「あれ。見ない顔だったね」
「工事の人でしょ? 外から来た」

こんな交通の弁が悪いだけの何もない小さな村に外から人が来ること自体が珍しいことである。
そんな時が止まったように何も変わらない山折村の時間は徐々に終りを迎えようとしていた。

村長が代替わりして村の開発計画が動き始めたのだ。
村には開発を嫌う派閥があって、すぐに大きな変化がある訳ではないだろうけど。
今は小学生である哉太と高校生である茶子が同じ校舎で授業を受けているが、噂では新しい校舎が建つなんて話もあるらしい。

「まあ、早くてもあたしが卒業した後の話だろうけど。哉くんが高校生になる頃には新校舎が出来てるかもねぇ」
「新しい校舎増やしたところで、生徒が居なきゃ意味ないんじゃねぇの。トラとタヌキのカワハギってやつ(?)だろ」
「捕らぬ狸の皮算用ね。これから村に人を呼び込んで学校に通う子供も増えるって事なんじゃない?」

開発に合わせて新しい住民の呼び込みも積極的に行われているようだ。
先ほどのように知らない人が村に足を運ぶことも増えてきた。

「こんな何にもない田舎に人が来る訳ないよ」

哉太は新村長の方針に否定的だ。
自分のテリトリーに知らない人間が土足で踏み込んでくるのが嫌と言う気持ちが半分。
閉鎖的で娯楽もない村に人が集まる気がないという諦め半分の擦れた意見だった。

だが、その意見にも一理ある。
仕事で訪れる人が増えたところで、居住となれば話が別だ。
確かに最近で言えば、浅葱碧と言う少女が転校してきたが山折村に住んでいる親族に引き取られてきたからだ。
そんな事情でもない限り、こんな何もない村にわざわざ引っ越してくる変わり者なんてそうそういるわけがない。

「あら、哉くんだって仲良くしてる日野さんたちが居るでしょ?」
「そうだけど、光ちゃんや珠ちゃんたちは圭ちゃんのおじさんが招いたって話だろ?」

日野家は現村長が未来を見据えて、事前に外部から招いた山折村移住者のモデルケースだ。
外の人間がこの村に溶け込み幸せに暮らすことが出来るかどうかを試す、いわば試金石である。
彼女たちこそ山折村の未来。外の世界との『融和の象徴』と言える存在である。

357Z' ―永遠の山折― ◆H3bky6/SCY:2024/08/25(日) 19:08:04 ID:fyYMDBK20
「この村はいい所だよ。あたしは好きだなぁ山折村」

茶子はこの村を愛している。
季節によって色とりどりの顔を見る風景が好きだ。
漂う穏やかな空気が好きだ。
優しい人々が好きだ。

「なら、いいのかよ。山折村が変わっていくんだぜ?」
「いいんじゃない。より良くなるって言うんなら」

見慣れた光景も新しいモノに変わっていくのだろう。
より良くより便利に、よりよい未来を迎えるために。
変わっていくことは寂しいことだけど、在り続けるためには必要な事だ。

「それに、中身がどれだけ変わっても。山折村は山折村だから」

テセウスの船のように、その全てが入れ替わっても山折村はここにある。
彼女にとってはそれが重要で、それだけで十分だった。

「あたしはこの村に、返しきれないくらいの恩があるから。この村の為になるんならどんなことでしたいと思ってるよ。
 いつか、その恩を返せる人間になりたいなぁ」

この村を良くしたい。
それが茶子の願い。

将来はこの村でこの村を良くする仕事に就きたいと思っている。
この村の発展に寄与して、自分に幸せをくれたこの山折村に幸せを溢れさせたかった。
そうして、山折村の歴史の端にでも自分の名が刻まれるのなら、これほど嬉しいことはない。

「知ってる? あたし受けた恩は忘れない女なの」
「知ってるよ。茶子姉の執念深さは。昔のちょっとしたイタズラも絶対わすれないもんなぁ」
「そ。情の深い女なのよ、あたし」

愛も憎も誰よりも深い。
受けた恩も仇も必ず返す。
それが虎尾茶子という女だ。

「この村がずっと続くよう。きっと、よくするから」

小さく、誓いを口にする。
流れゆく何気ない日々。
学校から道場へ向かういつもの道で、愛(みらい)を語った。

そんなことがあった。



358Z' ―永遠の山折― ◆H3bky6/SCY:2024/08/25(日) 19:09:10 ID:fyYMDBK20
温い風が吹いた。薄雲が月を覆い隠す。
月すらも見放されたように闇が包み、決着の時を覆い隠す。

2人の剣士は互いに攻撃を終えた体勢のまま固まっていた。
ただ血の滴る音だけが夜に響く。
まるで命が地面に吸い込まれてゆくように、濁った赤が黒い草に染み込んでいく。

薄雲が流れ、月光が差し込む。
露になった茶子の左腕から大量の血液が零れ落ちていた。
左腕は前腕部から完全に切り落とされており、切り捨てられた傷口から排水管みたいにドボドボと血が流れていた。
放って置けば確実に出血多量に至る致命傷である。

だが、その命運はまだ尽きてはいない。
茶子はまだ生きている。

更に雲が流れ、その先の哉太の姿を照らす。
次の瞬間、哉太の体がゆらりと揺らめいたかと思うと、その首がイチョウの葉のようにパクりと割れて大量の血が噴き出した。
頸動脈を切り裂かれたのだろう、噴水のように夥しいまでの赤が周囲を染め上げ、浮かぶ月すらも赤に染まる。
草原に冷たい夜風が吹き抜け、切り裂かれた肉と血の生々しい鉄臭さが漂っていた。

見届ける者もなく、誰にも知られることない勝負の決着。
届いたのは喉笛を食い破る虎の刃だった。
少年の正しさを女の妄念が上回ったのである。

哉太の放った斬撃には、ここまで積み重ねてきた彼の全て。鍛錬と経験そして想いが乗せられた間違いなく人生最高の一撃だった。
女の命を絶たんとするそこに一切の躊躇いはなく、何一つ曇りなく放たれた完璧なる一撃が破れる道理はなかったはずだ。

だが、茶子は防いだ。
武器破壊の直後と言う最大の隙を突かれたにもかかわらず。
まるでそう来ると分かっていたように、振るわれた刃を左腕を盾にして防ぐと、左腕を跳ね飛ばされながら敵を食らいつくす報復の刃で哉太の首を切り裂いた。

哉太の最高。哉太の全て。
故に――――――読みやすい。
知っているからこそ、愛しているからこそ、その一撃は彼女にとっての必然だった。

これぞ、茶子の至った奥義である。

それは技そのものではない。
無防備を晒して相手の油断と一瞬の隙を誘う。
この駆け引きこそが八柳新陰流・奥義、無刀『讐虎』の正体である。

相手の心理を読み取ることに長けた茶子の至った境地。
茶子はかつてこの奥義で藤次郎より一本を取り、皆伝を授かった。

剛力怪物――気喪杉 禿夫。
剣術無双――八柳 藤次郎。
狙撃手―――成田 三樹康。
魔王――――アルシェル。
戦鬼――――大田原源一郎。
女王――――日野珠。

この地において最も激しい戦闘を生き残ってきたのは間違いなく哉太だろう。
命を削るような実戦を潜り抜け、彼の剣士としての実力は大幅に成長し奥義の開眼にまで至った。
だが、そこには一つ大きな落とし穴があった。

この地においての戦闘は通常とは勝手が違う。
その成長は『異能』と言うあり得ない力を前提としたものだった。

確かに、勝負の機微を読み取る力や刀を操る技術は上昇しただろう。
だが、無意識に異能の回復力に頼り、避ける意識が紙一重の所で欠如するようになっていた。

359Z' ―永遠の山折― ◆H3bky6/SCY:2024/08/25(日) 19:09:34 ID:fyYMDBK20
何より、この地で数多くの修羅場を潜り抜けたのは茶子とて同じである。
100以上のゾンビを相手にしたのだ、殺した数と戦闘回数で言えば間違いなくNo.1だ。

対して、茶子に与えられた異能は実戦において殆ど役に立たない精神攻撃を跳ね返すと言うごく限定的な異能である。
序盤で重傷を負い、常に死と隣り合わせの状態でも不屈の精神と己が実力のみでここまで切り抜け細い綱を渡り切った。
生死を分かつ嗅覚を磨いたのは間違いなく茶子の方だ。

その差は紙一重。
だが明暗を分けるには十分な紙一重だった。

「…………ごふっ!?」

裂かれた頸動脈から血を流した哉太が口から塊のような血を吐いた。
二人の血が混じり合ってできた血の海の中にその体は沈んで行った。
救いの剣は届かず、哉太の意識は深い奈落に墜ちる。

互いに、磨き上げてきた剣技と奥義が衝突した。
生きるため、生かすために剣を学んだ哉太の活人剣はその本分を果たし、殺すために剣を学んだ茶子の殺人剣はその本分を果たしたのだ。

【八柳 哉太 死亡】

「…………ごめんね。哉くん」

血だまりに沈む物言わぬ死体にそう告げて、最後の敵を切り捨て不要になった刀を投げ捨てた。
片腕になってしまった以上、刀でふさがっていては願望機が手に取れない。
茶子は血に濡れた手でポケットから御守りを取り出すと、地面に赤い一本線でも引く様に大量の血を零しながらゆらゆらと歩いて行く。
そして地面に転がる願望機の前にまで行くと、もはや誰の血なのかすらわからぬほどに薄汚れた願いの星を拾い上げた。

―――――成就の時だ。

師に売られ、全てが壊れたあの冬の日が脳裏をよぎる。
あの日に立てた誓いは、今ここに果たされる。

殆どの血液を失い紫かがった唇が深く吊り上がる。
願望の成就を目前としたその眼には熱狂と死に瀕した闇が入り交じっていた。
そうして、失われた片腕を気にせず、垂れ流す血液を振り乱しながら、彼女は勢いよく願望機を天に掲げた。

周囲には死と絶望しかない。
血と泥に塗れた世界の中心で――――願い星に希う。











「―――――――――あたしの山折村に、美しき永遠を―――――――――ッ!!」












360Z' ―永遠の山折― ◆H3bky6/SCY:2024/08/25(日) 19:10:05 ID:fyYMDBK20
『そんな…………ッ!?』
『な、なんという』

厄溜まりの中から、その光景を見守っていた村の始祖たちは絶句していた。
捧げられた祈りは、終りではなく永遠。
山折の消滅を願う春陽たちとは対極の願いが捧げられた。

その願いに呼応するように、この厄溜まりにも変化が生じた。

厄溜まりの中心に巨大な白い渦が出現したのだ。
黒の中に浮かぶ異質な白。それは世界を穿つ特異点であった。
城を恐れるように、聖刀の生み出した結界の周囲に漂う厄が虫のように蠢く。
清廉潔白なる正しさの象徴のようであり、闇を許さぬ独善的な暴力のようでもあった。

穢れなき白だけが満ちた美しき世界。
茶子の望む山折村に災厄の居場所などない。

渦が蠢く。
漆黒の闇が飲み込まれるように白に堕ちる。
渦は奈落の底に存在する厄溜まりをさらなる深淵へと誘うように、漂う黒い靄と赤子の手を次々と飲み込んでいった。

女王や春陽たちのいる場所は聖刀による結界に守護られている。
だが、対厄に特化した結界ではこの渦の引力は防げないだろう。
ここも飲み込まれるのは時間の問題である。

自身の故郷の愁嘆場に、始祖たちは慌てふためく。
彼岸の手前に立つ女王は彼らとは対照的にどこか達観した表情でその光景を見ていた。
ただの人間でしかない一人の女の妄執によって世界が飲まれてゆく。
女王は何かに納得したようにふっと笑う。

「…………これが人の業か、敵わぬ訳だ」

渦の奔流を防いでいた結界が限界を迎え、音を立てて瓦解する。

全てが渦の中に飲み込まれていった。



361Z' ―永遠の山折― ◆H3bky6/SCY:2024/08/25(日) 19:10:20 ID:fyYMDBK20
死と破壊の魔王の作成した願望機は願いの第一歩として厄溜まりの消滅という願いを果たした。
手始めの厄溜まりの消滅を果たしたのは、願望機の方向性が破壊に特化されているからである。

捧げられたのは村の永遠と言う真逆の願い。
運命の女神の加護を込めた御守りによってその方向性は捻じ曲げられたが、本来の機能から無理矢理に行っている事に変わりはない。
必然、そのために必要とする魔力も膨大になる。

本来であれば、願望機の発動には願望機自体に蓄積された魔力が消費されるため、使用者の魔力を必要としない。
だが、崩壊寸前の願望機の残存魔力のでは村の永遠と言う真逆の願いを叶えるにはリソースが足りなかった。

ならばどうするのか?
簡単な話だ。

――――――足りないものは他から補えばいい。

願望機が最初に求めたのは純粋な魔力だった。
だが、魔力を持った人間などこの山折村に居るはずもない。
高魔力体質のアニカも死亡した、それ以前に生きている人間などもういない。
一つの例外を除いて。

魔王と女神の娘『デセオ』。
白兎の願いによりその『肉体』だけは復活させられている。
完全復活が成し遂げられるまでの間は通常の方法では見つけられるはずがない安全圏に退避されている。

だが、願望機の創造主である魔王の血脈であったからだろう。
女王と終里の子との関係性に近いそれらは同じような繋がりを持っていた。
その繋がりを辿って願望機は『デセオ』の肉体をあっさりと発見した。

そうして、デセオの体がその魂である影法師のような幼神と共に、白い波に飲み込まれる。
魔王と女神から生まれたその存在は最高のリソースとして願望のために消費される。

だが、まだ足りない。
永劫の命を持つ魔王が生み出した超越者の玩具。
願望機は空腹の子供のように、貪欲なまでに次を求める。

願い星を掲げる茶子の体が、ふっと電源を落としたおもちゃのように力なく倒れた。

うさぎが干支時計の発動を魔力の代わりに生命力で補ったように、生命力は魔力の代替品になる。
全てが死に絶えたこの村の最後の命は、願望の成就のために捧げられた。

茶子の命は彼女の望み通り、村を永遠とする最後の礎となったのだ。

【虎尾 茶子 死亡】

白い渦が巻く。
血も肉も、光も闇も、生も死も。
呪いの杯はその全てを飲み込み。

そして、



――――全てを吐き出した。





362Z' ―永遠の山折― ◆H3bky6/SCY:2024/08/25(日) 19:10:49 ID:fyYMDBK20
「なんだ………………?」

その異変に最初に気付いたのは、撤収を始めていたSSOGの隊員の一人だった。
オオサキの進言により事前に撤収準備を進めていたため、特殊部隊は迅速に行動を完了しており。
後はスケジューリングされたドローンの帰還を待つだけと言う段階になっていた。

だが、その帰還するドローンの最後の一台がそれを捕らえていた。
妙な雰囲気を感じて、隊員の一人がトラックに回収されたモニターに映し出された映像を見つめる。

そこに映し出されていたのは終焉した山折村の風景。
全ては死に絶え、生者など一人もいない。
死した村、終わった村の景色である。

最後の生き残りであった虎尾茶子も今は倒れ。
その手から零れ落ちた呪いの杯から汚濁のような白い液体が止めどなく溢れ出ていた。
汚泥は草原を埋め尽くし、あっというまに村全体を白く汚染するように広がっていった。
小さな人間の中に詰め込まれていた愛情と憎悪が吐き出され山折村(せかい)を満たす。

その汚泥は四方にある山の麓に差し掛かったところで流出をピタリと止める。
まるで山折村と世界を区切る境界線のように。

その光景は確かに異様である。
だが、異能に始まり、魔王の出現、女王の覚醒、光の巨人と、不可思議の連続であったこの村においては殊更驚くほどの事ではない。
危機でれば対処するし、命令であれば特攻も辞さない、それが彼らの仕事である。

それよりも隊員の目を引いたのは、その汚濁の中心で倒れ込んでいた茶子の死体が、むくりと立ち上がった事である。
上空からの監視では出血多量で死亡したと言う認識だった。
だが、そもそも上空の監視だけでは詳細な茶子の死因などわかるはずもない。
それだけなら、確認は間違いで生きていたのだろうという事で話は落ち着く。

だが、次にその脇で倒れていた八柳哉太の死体までもが立ち上がった。
流石にこれは無視できない異変である。
哉太は頸動脈を裂かれて確実に死亡したはずである。異能が消えた以上回復することもあり得ない。

そんな隊員の困惑をよそに、異変はそれだけにとどまらなかった。
更に、少し離れた位置で倒れていた小さな少女の首なし死体もむくりとその身を起こしたのだ。

隊員は慌てて撤退を始めていた周囲に異変を報告する。
その報告に周囲の隊員は迅速に動き、再度ドローンによる状況確認を再開した。

異変は村全体に発生していた。
いたるところで死体が起き上がり始めている。
何より異常だったのは、山のように積み上げられ、光の巨人の行進によってばらばらになったゾンビの死体たちまでもが動き始めた事だ。
無事だった部位同士が中に糸を通されたみたいに繋ぎ合わされ、継ぎはぎだらけの死者たちが起き上がる。

そうして、死体たちが動き始める。
舞台の中心で、空から吊るされた見えない糸で操られる人形のように茶子の死体が踊り始めた。
哉太とリンの死体もそれに応じるように楽しそうにカタカタと踊る。
動き始めた村の死体たちも、我先にと茶子たちの下に集うと彼女たち周囲を取り囲んで愉快な踊りを始めた。
王子さまとお姫さまを取り囲んで踊る様子はさながら眩い舞踏会のようである。

いつの間にか多くの隊員が目を奪われ食い入るように画面を見ていいた。
死体が動き、死体が踊る。余りにも悍ましい死者たちの宴。
そして、画面越しにその光景を見ていた、隊員の一人がぽつりと呟いた。


『――――――ゾンビだ』




363Z' ―永遠の山折― ◆H3bky6/SCY:2024/08/25(日) 19:11:13 ID:fyYMDBK20
少女は踊る。
喜びを舞うように、くるくると。

少女は笑う。
夢見た世界の中心で、くるくると。

目の前には素敵な王子様。
手を取って、お姫様を優しく導くようにエスコートする。
ステップは軽やかに、ターンは華やかに。

いつだって、少女は誰かにそうしてほしかった。
だけど状況が、世界がそれを許さなかった。
少女が少女であるために、強くあることを強要していた。
けれど、そんなものはここではもう必要ない。

すぐ近くでは自分を慕う小さな少女が愛らしい花のような笑顔で笑っている。
何者にも汚されず子供が子供らしく居られる場所。
そうあってほしいと願い追い求めた理想の世界。
穢れのないその笑顔がここにある。

その周りでは大好きなお義父さんとお義母さんが優しい笑顔で見守ってくれている。
はすみや碧といった仲のいい友人たちの姿も見える。
役所の同僚、商店街の人々、多くの山折村の良き隣人たちが笑っている。
生意気な圭介やその子分たちは、ちょっと嫌いだけど存在することを許そう。

優しい大人たちに見守られ、大好きな男の子に、大好きな女の子と穢れのない白の世界で、少女は踊る。
嫌いを遠ざけ、穢れを消去し、好きだけを詰め込んだおもちゃ箱。
少女にとっての幸せの国。

星々が満たす夜空の輝きは、豪華なシャンデリアが会場を照らし出す光のように煌めいている。
その舞台を囲むように立ち並んでいる山の稜線に青々と茂る木々の影が会場を縁取る絹のカーテンのように優雅に揺れている。
草の上を滑る風の音は、会場に響く低く優雅なバイオリンの音色のようで、その調べに合わせて夜の影が舞い踊る。
そこは田舎の夜景ではなく、まるで壮麗な舞踏会の会場のようだ。

それは――――無垢で汚れを知らぬ少女(アリス)の夢。

終わることない永遠に続く、死者たちの踊る永遠の国(ネバーランド)。
ここには、つらい事もこわい事も何もない。
ただ、楽しくて愛にあふれた美しき世界。





山折村は永遠になった。

364 ◆H3bky6/SCY:2024/08/25(日) 19:11:48 ID:fyYMDBK20
蛇足戦の投下を終了します
続いてエピローグを投下します

365エピローグ ―new A― ◆H3bky6/SCY:2024/08/25(日) 19:12:46 ID:fyYMDBK20
澄み渡る青空の下、海風が穏やかに吹き抜けていた。
巨大な船の甲板からは、広がる水平線が目に飛び込んでくる。
波は船の横腹に優しく寄せては返し、柔らかく白い泡を立てていた。

風と波の音が刻む心地よいリズムに目を閉じる。
大きく息を吸うと潮の香りが肺に満ち、べたついた風が頬を撫でる。
かつての激しい戦いの名残は、この清らかな波に浚われて消えていくようである。

――――山折村の騒動から7年の時が過ぎた。

僕、天原創は空と海に囲まれる青い世界に居た。
僕が立っているのは200mを超える巨大船の甲板である。
潮風に吹かれるたびに失われた小指の先が僅かに疼く。
誤解しないでいただきたいのだが、僕は別に優雅なバカンスに来ているわけではない。

では、何故僕がこんな青に囲まれた世界に居るのか?
それを説明するにはまずこの7年の世界情勢を語る必要がある。
この7年で世界の情勢は大きく変容していた。
まずはあの騒動から世界がどうなったかの話をしよう。

山折村の騒動が終息して一ヵ月ほど経過した頃の話だ。
未名崎錬による『Z計画』と『山折村の闇』に関する告発が行われた。

『Z計画』の自体が全世界的な機密事項である。
その告発ともなれば告発者が事前に消されてもおかしくはない事態である。
しかし、未名崎錬の行った告発は、どういう訳かどこからも差し止められることなく公表された。
それ自体がかなり不自然な出来事だが、何も知らない世間がそこに気づくはずもなかった。

この告発関して、ネット上では陰謀論に狂った男のよくある与太話と言う意見が大多数であり、そういった方向である程度の盛り上がりを見せたが。
あまり注目を集めることは出来ず、真に世間を動かすような大きな流れを作ることはなかった。

その折り目が変わったのはそれから程なくして。
山折村のバイオハザードを上空から映した動画がどこからか流出したのである。
動画はすぐさま削除されたようだが、今の時代、公開された情報はあっという間に拡散されるものだ。
むしろ、その迅速な削除が動画の信憑性を煽ったのか、動画は爆発的に拡散された。その情報がセンセーショナルであればなおさらだ。
はたから見れば、その動きまでが計算尽くのようでもある。

世論は大きく変わった。
すぐさま未名崎錬の告発と動画が照らしあわされ、どこからかそれを裏付けるような情報が次々と飛び出していった。
中には山折村の位置を調べあげ、突撃するものまで出てきた。そうして行方不明になる配信者が続出する事となり一種の社会問題にまで発展する事態となる。

国内の世論の波はもはや制御不可能な大きさまでに膨らみ、その余波は海を越え世界を巻き込んでいった。
世界の滅びを伝える『Z計画』の情報流出は世界に多くの混乱を生んだ。
滅びに絶望した人々や情報を秘匿していた不審により暴動にまで発展して流血沙汰に発展した国も少なくない。
その混乱で生じた負傷者は数え切れず、死者は8000万名以上とされている。

この事態に対する厳しいマスコミの追求に日本政府は追い詰められるように『Z計画』の存在を暗に認める事となった。
同時期、示し合わせたように日米間で共同研究に関する協定を表明。
日米地球保護協定(JU Earth Protection Pact 通称:JUEPP)が結ばれた。

暴動の広がる中、その他の国もこの流れを無視する事はできなくなり。
滅びと言う絶望に対して否定し続けるよりは、希望と言う特効薬を掲げる明確なヴィジョンを打ち出した方がいいと判断する国も出始めてきた。

EUではまずドイツとイタリアが『Z計画』の存在を認め、JUEPPへの参加を要請。
国民の世論に押されイギリスを始めとしたEU各国も追従する動きを見せ、その動きは中東、中南米にまで広がっていった。
これによりJUEPPから世界保存連盟(Global Preservation Alliance 通称:GPA)に名を改められる。
国連加盟国の半数以上がGPAへと参加した段階で、大国のなかでは最後まで『Z計画』の存在を否認していた中露も観念したようにGPAへの参加を表明した。

GPAは治安維持を目的とした国際連合軍を結成。
各国で行われる暴動の大半は治安維持部隊によって鎮圧され、維持活動が行われることとなった。
この動きに対する反発する動きや抵抗組織も生まれたが、結果として世界の治安はそれなりに落ち着いたようだ。

366エピローグ ―new A― ◆H3bky6/SCY:2024/08/25(日) 19:14:02 ID:fyYMDBK20
そうして、研究所の思惑通り世界は滅びと言う共通の敵に対して手を取り合うことなった。
各国で秘密裏に行われていた研究も大半が表向きには公開される運びとなった。
それで表沙汰にできない非人道的な実験や研究がやりにくくなったというデメリットはあったのだろうが。
『Z計画』立ち上げから8年、既にその手の研究だけでは煮詰まっている段階であり、新たな風を呼び込むこの流れは各国の研究機関にとっても渡りに船だったようだ。
水面下で行われていた非人道的実験で得た裏のデータもふんだんに生かされているようで、最初から表で手を取り合うよりある意味ではいい状況だったようである、これも思惑通りなのだろうか。

当然の流れとして、その発端となった山折村で発生したバイオハザードの存在も世間に知られる所となった。
同時に、研究所の存在が公になった事により、第二の山折村になるのはごめんだと周辺住民から研究所に対する大規模な反対運動が巻き起こった。
流石に自分たちの命がかかった研究目的からして取り壊せとまでは言わなかったが、研究所は転居を余儀なくされた。

世論の後押しによって目論みが叶った代償に、世論の圧力によって移転を余儀なくされたのはままならないモノである。
そうして、騒動を受け研究所は拠点をいくつか転々と移し、最終的に落ち着いたのがこの青い海の上である。
つまり、この船こそが現在の研究所の活動拠点なのだ。

そして山折村から研究所に移送され、東京の研究所での軟禁生活が始まって1週間ほど経過した時の話だ。
上でどういうパワーゲームが行われたのか知らないが、研究所を通して所属する諜報局から研究所の警備及び協力員として働くよう辞令が下った。
そんな訳で現在の僕は研究所の協力員と言う名の立場で殆ど軟禁されているような状態であり。
蟹工船のような過酷な環境ではなく、太平洋のど真ん中で停留する豪華客船のような巨大な船舶での暮らしは快適であるのだが、ここ数年陸地を踏んだことがないと言う海の男もびっくりな生活をしている。

だが、ここに居るのはエージェントとしての仕事だけと言う訳ではない。
元女王である彼女が不当な扱いをされないかの監視と牽制と言う個人的な騎士(ナイト)の役割もあった。

研究所に運ばれた後も珠さんは意識を取り戻すことはなかった。
しばらく眠り続けた後、意識を取り戻したのは三日後の事だった。

状況を理解していない彼女に事情を説明する必要があった。
彼女の意識が女王に乗っ取られてからこれまでに起きた出来事は誤魔化せるような話でもない。
見知らぬ研究所の大人が行うよりも、顔見知りが行った方がいいだろうという判断もあり僕は自ら説明役を買って出た。
元女王の精神的負荷を考えてか、研究所側もこの提案を受け入れた。

研究者たちに退席願い、研究所の一室で僕は山折村で起きた出来事の顛末を彼女に説明した。
事情の説明を受けている間、彼女は取り乱すでもなく凜とした様子でその事実を受け入れていた。
女王に乗っ取られていた際の彼女の意識がどうなっていたのかは分からないが、もしかしたら最初から彼女は知っていたのかもしれない。

同じ経験をした人間として彼女に故郷の滅亡を伝えるのは心苦しかったが、同じ経験をした人間だから伝えられることもある。
少しだけ、自分の話をした。潜入調査員としての偽りの経歴ではなく、本当の自分の話を。

そして、研究所に軟禁された現在の状況、元女王として研究材料にされる未来も伝えた。
研究所には伝わらないよう、自由を望むのであれば絶対に何とかするとも伝えた。

彼女にとって研究所の連中は僕にとっての魔王と同じ恨むべき存在だ。
別派による犯行であり直接的な関与は否定しているが、世界を救うと言う大義の為に村を犠牲にしたことに変わりはない。
そんな相手に協力するなんて、耐えがたい精神的苦痛を被る行為だろう。

だが、彼女は恨み言一つ吐くことなく、自ら研究への協力を申し出た。
自分が世界を救う一助になるのであればと彼女は言った。
あの村で起きた出来事が意味のある事であったと、スヴィアに貰った命は意味があったのだとその価値を証明するために。
それこそが、喪われたモノを残す事だと、そう言っているようでもあった。

彼女の実際の心情までは慮れない。
だが、強い人だと、素直にそう思った。

367エピローグ ―new A― ◆H3bky6/SCY:2024/08/25(日) 19:14:22 ID:fyYMDBK20
その後、元女王の体に念入りな身体検査が行われ、彼女の生命活動は人間とは違う法則で行われているという結果が出た。
これは女王になった後遺症と言うより、怪異によって命を蘇生された影響であるという事らしい。
その体を嘆くでもなく、彼女は怪異となってまで自分を生かした恩師に感謝をするように命を抱きしめていた。

それから、元女王の協力と山折村で獲得した多くの成果もあり、[HEウイルス]は数年で[HE-031]と言う完成品へと到達した。
そこにアメリカが行っていた遺伝子操作による極限環境でも生存可能な人類を作るという『超人計画』が合流され、[HEUウイルス]と名を改めより先へ向けた研究開発が現在も行われている。

その他の国の成果としては、アメリカとロシアが共同開発した宇宙壁によってガンマ線バーストの被害は4割減と言う予測が出ている。
中国の掲げる地下都市計画とバイオシールドの構築技術は各国に共有され、南米で行われるバイオプラントによる持続的なエネルギー開発と食料供給に生かされていた。
イギリスの進めていた遺伝子バンクとクローンによる人類再生計画は凍結されたが、そこで培われた遺伝子工学は[HEU計画]にも多大な影響を与えている。
オセアニアではガンマ線が海水に遮られる特性を利用して、海洋ベースとなる深海基地を作成して生態系維持に勤しんでいる。
インドの行う瞑想と意識進化による精神的防衛も、異能の実在が明らかになった今となってはバカにできない話である。

巨大な共通の敵に一致団結するのもまた人の本質だ。
一つでは足りなくても、多方面から相互作用を及ぼし、滅びの回避に向かって一致団結している。
多くの混乱あったけれど世界各国が手を取り合って、世界はいい方に回っているのだろう。

世界を巻き込む大きなうねりを前に、小さな村の行く末など気に留める者はいない。
あの地獄はきっと、人類史と言う大きな視点で見れば正義だったのだろう。



368エピローグ ―new A― ◆H3bky6/SCY:2024/08/25(日) 19:14:48 ID:fyYMDBK20
海を眺めて物思いに耽っていると、海に照り返された日の光が目に入り、太陽が頂点に近い事に気づいた。
それでランチの約束があった事を思い出して僕は少しだけ足早に食堂に向かう。

ランチの時間にも関わらず食堂の席はまばらだった。
研究員と言う生き物が規則正しい生活を送る訳がない、と言うのを差し引いても今日は少ない。
食堂の外の廊下はバタバタとしており本日の研究者たちは特別忙しそうである。

世間がせわしなく働く平日に一人休日を楽しんでいるような不思議な気分である。
ガラガラの食堂を悠々とカウンターまで移動して、日替わりランチを2つ注文した。
本日のメニューは鮭のムニエルのようだ。

食事の乗ったプレートを両手に持って食堂のテーブルを通り過ぎ船の食堂から移動する。
待ち合わせ場所はここではなく海を望むバルコニーである。
待ち合わせ相手は周囲を一望できるそこでの食事を好んでいた。

「お食事ですか。天原さん」
「長谷川博士」

その途中でスーツの上から白衣を纏った妙齢の美人と鉢合った。
現在の研究責任者である長谷川真琴である。
慌ただしい様子からして食堂に向かう訳ではなさそうである。

「お忙しそうですね」
「ええ。いよいよ明日ですから」

明日。その言葉に僕も表情を引き締める。
来るべき日に向けて、研究所は忙しく働いているようだ。

「明日、ですか……」
「ええ。染木博士の悲願ですから。その人が誰よりも、この日を楽しみにしていたでしょうから」

そう思いを馳せるように長谷川博士は手にしていた書類の束を胸元で強く握りしめた。
[HEウイルス]開発の最高責任者、染木百之助博士。
染木博士は研究の完成を目前とした昨年、死亡した。
特に何の裏も陰謀もない老衰、つまりは寿命である。131歳だった。

旧日本軍が山折村にて行った不老不死実験の関係者である染木は祖母と同じように実験室で未完成の細菌を二次被害的に感染していた。
だが彼らは、人よりも老化が遅いというだけで彼らは不死ではない。
老化現象が常人の半分の速度だったとしても戦後から85年、常人だとしても90前後の肉体年齢という事になる。大往生である。
直接見たわけではないが、所長である終里も80年来の友人の死にすっかり気落ちしているという話だ。

そう言えば、山折村から研究所に連行された僕たちを出迎えたのも老研究者だった。
珠さんは目覚めることなく眠り続けていたが、彼女を背負ったまま研究所の門をくぐったところで食わせ者の老人と対峙する。
処遇に関して警戒心を全開にして応じていた僕に対して、老研究者は実にあっけらかんとした様子で額にある火傷の様な跡を掻いて。

『拷問? 人体実験? シナイシナイ。ナンか意味あるソレ?
 無駄なストレスかけても実験結果のノイズにしかならないヨ。ソリャ、スト耐実験も必要な時はヤルけどサ。
 ストレス反応に関してはアノ村で十分すぎるほどデータは採れたからネェ。暫くは必要ないかナァ』

暗に必要であれば非人道的行為も辞さないと言っているようなものだが。
少なくとも、当面はその手の実験は行なう気はないようであった。

『アァソウなの? キミ桜宮くんのお孫さん? 懐かしいナァ。ワタシねぇキミのお母さんのおしめ替えた事もあるんだヨ』

そして事情聴取なのか雑談なのかよくわからないやり取りをしている中で、こちらの出自を知った染木老人はそんな何とも微妙な情報を伝えてきた。
ともあれ老研究者の言葉に偽りはなく、定期的な投薬と問診、血液採取と全身検査を行うくらいのもので、少なくとも非人道的な扱いを受ける事はなかった。

「お忙しいところ足止めしても申し訳ないですし、それでは僕はこれで」
「ええ、珠ちゃんにもよろしくお伝えください」

簡単な挨拶を交わして分かれる。
研究員たちとの関係はこんなところだ。
相容れぬ相手でも、数年を同じ釜の飯を食って過ごせば少しは気安くもなるだろう。



369エピローグ ―new A― ◆H3bky6/SCY:2024/08/25(日) 19:16:14 ID:fyYMDBK20
「あ、こっちこっち」

海を臨む船のデッキから元気よく手を振る少女が一人。
そこには、7年と言う歳月ですっかり伸びた髪を潮風に靡かせた少女――――日野珠が待っていた。

「お待たせしました。珠さん」
「いつも。ありがとうね、創くん」

すっかりこの呼び方にも慣れてしまった。
少女らしいかわいらしさは、成熟した女性の美しさに変わっていた。
外見は彼女のお姉さんに似てきたように思えるが活発な性格は相変わらずだ。

「また魚かぁ。お肉食べたいなぁ」
「それは次の補給がくるまで我慢ですね」

物資は2週間に1度ヘリで運ばれてくる。
補給の直前になると色々と不足する物資も出てくる。
海上での軟禁生活も慣れたものだが、食事環境に関しては不満があるようだ。

「それに、もうじきこの生活もおしまいですから」
「そっかぁ。別に名残惜しくはないけど。普通の生活に戻るのかぁ」

明日。全てが終わる運命の日。
研究員たちがバタバタと忙しそうにしているのもそれが原因だ。

世界崩壊の日『Zディ』を翌年に控えGPAは計画のマイルストーンを公開した。
その中で『Zディ』に備えるための『Xディ』として[HEUウイルス]の散布日が決定された。
国連の行った意思調査によって全世界の8割弱がGPAの計画を支持。
反対する過激派組織なんてのも生まれてしまったが、実施しなければ世界が滅ぶのだ、実質的に他の選択肢はなく計画は実施される運びとなった。

その『Xディ』が明日である。
今日は文字通り世界の変わる前夜だ。
それが完了すれば協力員である僕らはお役御免となる。

「珠さんは、どうするんですか?」
「どう、って言われてもなぁ、故郷もないわけだし」

彼女の故郷である山折村は滅んだ。
あの地で戦った者として、その結末に疑う余地はない。
少なくとも僕らを輸送した特殊部隊の男からそう聞いている。

特殊部隊の連中との接触はあれが最後だった。
山折村に派遣されていた特殊部隊の連中も同じく研究所と連携を取っているらしいが一度も接触はない。
船上に缶詰になっている自分の立場では知れる情報は少ないが、共に提携している研究所の本拠地という事もあり、風の噂を伝え聞く事もある。

その噂によると、あの事件を担当した隊長は独断専行の責任を取って辞任。
現場で成果を上げた男が新隊長として着任したという話だが、事実関係は定かではない。
詳細を確認するすべはないし、別段確認するつもりもない。
元より存在しない組織である。もう会うこともないだろう。

ともあれ故郷が滅び、それからの7年を研究所で過ごした彼女に帰る場所などない。
僕も同じ立場だが、エージェントとしての立場と師匠に叩き込まれた一人で生きる術がある。
残酷な質問だが、彼女の前途を思えば確認しない訳にもいかない。

「協力員として報酬は出ているはずですので当面の金銭面は心配いらないと思います。
 機関から住居の支援や生活の補助を受ける事も出来ますので、必要であれば僕に言っていただければ」

珠さんはため息をつく。
今後の身の振り方について真面目に離したつもりだったが、どういう訳か不満げだ。

「情緒がないなぁ、創くんは」
「?」
「ま、その辺は頼らなくても働き口くらいなんとかなるでしょ、これでも短大卒だかんね。通信教育だけど」

幸いと言うかなんというか、検査の時間以外は自由時間であり船内での行動の自由は認められていた。
もちろん外出は許されないが、そもそも海の上では逃げようもない。

船内には研究員の運動不足解消のためにジムと言った設備も充実している。
だが研究者は基本的に運動嫌いなのか普段は閑散としており、利用者は僕と珠さんくらいのものだった。

それ以外だと正直、勉強くらいしかすることがない。
様々な学術書が取り揃えられており、周囲には天才的な研究者だらけのこの船は学習環境としては最高と言っていい環境だった。
特に長谷川博士は意外に面倒見がよく、彼女の勉強をよく見てくれた。
そうして、船上からの通信教育で大学に通い見事昨年卒業を果たした。
彼女はこの状況にあってもしっかりと未来を見ている。

370エピローグ ―new A― ◆H3bky6/SCY:2024/08/25(日) 19:16:38 ID:fyYMDBK20
「まさかいきなり一人で暮らすつもりですか? 世界がどうなるのかもわかりません、ある程度は機関の支援を受けた方がいいかと」
「こらこらマイナス思考はいかんよぉ、創くん」

[HEUウイルス]が散布されれば人類は異能と言う新しい力を得ることになる。
滅びを回避した所で、良い方に転がっていくのか、それとも悪い方に転がっていくのか。
世界がどう変化するのか、少なくとも僕には予測もつかない。

「きっと、いい未来が待ってるよ」

そう言って、水平線を望むバルコニーから世界を端まで眺める。
そう確信しているのではなく、そう彼女は信じているのだ。
それは願いのようでもあった。

「強いですね」
「まあ、信じるだけならタダだかんね」

そう言って、シシシとイタズラに笑う。
出会った時のまま、彼女らしい太陽のような笑顔で。
やはり彼女にはそのような顔が似合っている。

それから自然と山折村の話になった。
意識的に避けていたわけではないが、7年間この話題について殆ど話すことはかなった。
世界の犠牲になった悲劇の村の話ではなく、楽しかった思い出や仲の良かった友人たちの話。
そんな、どうでもいいような大切な話をした。

「そういえばさぁ」

珠さんが鮭のムニエルにナイフを入れながら、何気ない様子で、山折村に残された最後の謎に切り込んだ。

「春ちゃんは春陽さんと誰の子孫だったのかな?」

普通に考えれば後妻を取ってその間に生まれた子供というコトになるのだろうが。
伝え聞く春陽の人柄を思えば、妻である祈に操を立てて後妻などとらなかったという印象もわかる。
その疑問に、僕は自分なりの考えを述べた。

「それは、祈さんでしょう」
「けど、2人の子供は義理の娘であるうさぎさんだけだったんだよね?」

それでは血縁関係ある春姫は生まれない。
勝手な想像ですが、と前置きをして話始める。
語りは名探偵から諜報員にバントタッチして7年前にバスで語られた推理の続きを行おう。

「八尾比丘尼の肉で隠山祈は蘇らなかった。
 それは蘇生に失敗したのではなく、別の命を蘇らせたとは考えられないでしょうか?」
「どいうこと?」

珠さんは首をかしげる。
よくわかっていない彼女に向けて、はっきりと答えを告げた。

「彼女は春陽さんの子を妊娠していたのではないでしょうか?」
「つまり、蘇ったのはいのりさんじゃなくて、腹の中にいた子供だったって事?」

そんな事実はどこにも記録されていない。
つまり、自覚症状すらない妊娠初期であった可能性は高い。
その意見を受けて、珠さんは考え込むように腕を組んで、うーんと唸った後。

「…………ちょっと無理がない?」
「僕もそう思います。まあ、素人推理なんてこんなものですよ」

胎児が蘇ったところで、母体が死んでは助からないだろうとか。
その後の記録が一つも残っていないのはどうしたのだとか。
少しでも考えればボロボロと矛盾点がでてくる。

名探偵ではないのだ。快刀乱麻を断つ名推理とはいかない。
そうであったらいいな、と言う希望を語っただけである。

371エピローグ ―new A― ◆H3bky6/SCY:2024/08/25(日) 19:16:52 ID:fyYMDBK20
「ごちそうさまでした、と」

昼食と一緒に話題も終り、珠さんが空になったプレートを持って立ち上がる。

「創くんのも片付けておくね」
「ありがとうございます」

一人取り残されて、彼女に倣って水平線を臨む。
山折村から続く物語もこれで本当にひと段落する。
これより先、古い世界は終わりを告げて、異能が当たり前の新しい世界が待っている。

結果だけ見ればあの女王が望んだ細菌との共存であるのだが。
皮肉にもあの女王の反乱が細菌の意思を明らかにし、人間はそれを制御する方法を生み出した。
細菌の自由意志と言う物は剥奪され、人間の都合のいい道具になった。それが本来の正しき形であるかのように。

その現状に、明確な意思を持った細菌と言葉を交わした唯一の人間として思うところはある。
だが、彼女を殺した自分に、何も語るべき資格はない。
そこに後悔などあるはずもないが、そうまでして手に入れた未来は素晴らしき未来になるのだろうか。

「終りの先に何があるのでしょうか?」

両手にプレートをもってバルコニーを後にしようとしていた彼女に問いかけていた。
彼女は足を止めて首だけで振り返り、当然のように言ってのける。

「次の何かが始まるんじゃない?」

世界の変わる前夜。
不安と希望を胸に抱いて僕ら眠る。
未来がより良いものであるといいと祈りながら、新しい世界を出迎える。



372エピローグ ―new A― ◆H3bky6/SCY:2024/08/25(日) 19:17:11 ID:fyYMDBK20




































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...
.....
..........XX年後。

373エピローグ ―new A― ◆H3bky6/SCY:2024/08/25(日) 19:17:36 ID:fyYMDBK20
とある小学校の朝。
授業前の教室の騒がしさはいつの時代も変わらない。
とりとめのないお喋りの声が教室の外まで響き渡り騒がしい空気に包まれていた。


     「ふぁ〜お〜っす」       「おはぁ〜」
                                     「おはようございます!!」

    「おはよう〜」            「ケンちゃんおはよう」

               「おはよう」
      「なんか顔青くね?」         「お〜す」

                        「あ、宿題忘れちゃった! ゆっくんの宿題コピーさせてよ!」
 「やべっ腹痛くなってきた」
                             「ダメだよ、って言うかコピーガードされてるしょ」
               「今度の休みどこいく?」
   「うんこマンじゃん」                   「実は3組にそれを突破できる異能をもってるやつがいてさ」

      「なぁ、昨日の配信見た?」
                    「俺ん家でよくね?」     「えぇ? そんなの異能検診で見つかるしょ?」

「ちげぇよ! うんこじゃねえよ! けど保健室行くわ」
                            「へっへ、実はさぁ、俺の異能と組み合わせればできちゃうんだよ、コンボだよコンボ」
  「見た見た、あの都市伝説ってマジなのかな?」
                       「お前んち飽きたわ」
     「バカだなぁ、ホントじゃないから都市伝説なんだろ?」            「マジぃ? 激アツじゃん」

                     「はぁ? 新しいゲーム落としたけどお前にはやらしてやんねぇ」
 「あれはマジっぽかったけど。山奥の川に居るって言うカッパ、動画もあったし」
                                         「昔は異能もなかったんでしょ?」
              「いや、嘘だって怒んなって」

「変身型の異能使ったどっか変態でしょそれ、1000年生きてる不老不死の研究者の方がマジっぽくね?」

       「よかった、ギリギリセーフ」                  「うっそ〜、どうやって暮らしてたの〜?」

 「1000年は流石に嘘でしょ、じゃあ悪名高い犯罪者だけが閉じ込められる秘密の刑務所があるとか」

      「せんせー、おそいねー」                  「なら最初に異能が確認されたのがどこか知ってる?」

  「それはあんじゃない? アルカなんとかってのも昔あったらしいし」        「知らない〜。アメリカのどっかじゃないの〜?」

 「あと、そう。山の奥深くにあるっていう、迷い込んだら二度と出られない村」       「ぶっぶー。日本なんだって」

   「あ〜。あれはマジっぽかったね、個人の異能って感じでもなかったし」     「へぇ〜。そぅなんだ〜」

         「村の名前も言ってたね、たしか……」   「なんか、なんかどこかの田舎らしいよ、名前はえっと……」



             「「――――――――山折村って言うんだって――――――――」」

374エピローグ ―new A― ◆H3bky6/SCY:2024/08/25(日) 19:17:59 ID:fyYMDBK20
投下終了です
これにてオリロワZは終了となります、ありがとうございました
改めまして、これまで作品を投稿してくださいました書き手の皆様、ここまでお付き合いくださいました読者の皆様に感謝を
この企画に関わった皆様が少しでも楽しんでいただけたなら幸いです、それでは!

375名無しさん:2024/08/25(日) 19:39:56 ID:66IbuOnY0
完結おめでとうございます!!
茶子が作り出した澱みの発生は残念で吐き気がするものだったけど、世界はちゃんと存続できたし生還者が少なからずいたのは安心しました。
オチのお約束も見事!
次回作がありましたら、また応援させていただきます。

376 ◆dxXqzZbxPY:2024/08/25(日) 21:31:48 ID:QHzxWZco0
世界的には存続していく平和になったみたいだし、巻き込まれた人達の中で生還者もいた

だけど山折村はZombieによる『永遠』が続く終焉...Zになったという...甘くて苦い終わり方...こういうのをビターエンドというのでしょうか...

今日最終回を迎えた仮面ライダーガッチャードのラスボスであるグリオンは、永遠の美しさに固執していた

だが彼のもたらそうとした黄金の永遠というのは事実上のその先...何も変わらない...終わりそのものだった

仮面ライダーガッチャードでも、このssでも気づかされましたね、永遠というのは終わりそのものであるという事を、茶子は永遠に気づかないのだろう、事実上彼女の世界での山折村は多くの人達に『終わり』と認識されている事を...まぁそれでも彼女にとっては続いているからどうでもいいかもしれないが...

...まさか私が彼女に与えたフリータイムがこうも影響を与えるとは予想外にも程がありました...あの頃も私に教えてあげたいですね、マジで

もし茶子が蛇足の行動を起こさなければ...何年か経ったら村に訪れる人がいて...村がどういうものだったのかを詳しく伝える人が現れたのかもしれない、アニカや哉太等が色々頑張ったかもしれない、そしてそれが繋がっていけば...多くの人達の中で...しっかりと様々なものが...続くはずだったんですけどね

生き残った2人の関係者や、タイミングよくたまたま村の外にいた...村に住んでいた人達が何を思ったのか、少し気になりますが...まぁこれは下手したら蛇足になるかもしれませんし、触れても触れなくても、どちらでもいいかもしれませんね

H3bky6/SCYさん、そして他の作品を執筆した皆さん、長きに渡る執筆、お疲れ様でした!!

377 ◆dxXqzZbxPY:2024/08/25(日) 21:33:26 ID:QHzxWZco0
永遠の美しさに固執していた→永遠に続く金の美しさに固執していた

でした、すみません


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