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つなぎの神話

1言理の妖精語りて曰く、:2006/09/06(水) 23:32:57
原則として既存の記述・設定・登場人物のみを用いて断片・長篇問わず記述を行う場です。既存の設定を関連付けて内部の構造に深みを持たせることが目的です。
また、ある程度新たな設定を追加しても構いませんが、あくまで主軸は既存の設定を使うものとします。

9密室事件3.1:2006/11/09(木) 01:06:45
「という訳で行くぞっ!ジェリー君!」
窓から外へと飛び出したチルマフ。
「ちょっ、…あぁっもう!逃げたんでしょ、分からなくて逃げたんですねーっ!」

10密室事件3.2:2006/11/10(金) 01:32:52
誰もいなくなった室内
突然空間にわずかなゆらぎが発生し、そしてそれは歪みとなり裂け目へと変わった
「あぶないところだったわい」
裂け目から出てきた二人の男の人影。
そのうちの一人が額の汗を拭きながら呟く
メクセト「ふっ、なかなかどうして。まさか異空間に隠れた余の存在を当てる者がこの世に存在するとは……」
大臣「……(そうかぁ?。どう考えてもあてずっぽうだった気がするけど)
   それで陛下、今回はなぜにこのようなことをなさったので?(「暇だったから」とか言ったら、今度こそは本気でグーで殴る)」
メクセト「暇だったからじゃ」
大臣「……(うわぁ、あまりにズバリすぎて殴れない)」
メクセト「まぁ、人間も猫も見た目に騙されるということが分かったし、今回は良い暇つぶしだったわい」
そう言って、太陽の石の前から鏡をどけるメクセト
そう、最初から太陽の石は動いていなかったのである
大臣「なにやら外が騒がしいようです」
メクセト「太陽の石を開放して光が戻ったからな。それでは怪盗一味は撤収するか」
大臣「……(人も勝手に泥棒にするんじゃねぇ!)」
メクセト「また会おう、アケチ君」
大臣「……(誰?、アケチって誰?)」
かくして、メクセトは高笑いの笑い声を残しながら、また次元の裂け目へと消えるのであった

メクセト「ところで、これ推理小説のオチだったらぶち壊しだよね」
大臣「……(絶対ェ、今回もわざとだな!)」

11故郷アロモール村にて(3):2007/01/06(土) 10:52:08
アルズルフが歩いていると、頭の中に妙な言葉が浮かんできた。
『行き当たりばったりで初めたけれど、この先どうするか考えてなかったわ。
どうしよ。つーか、こいつの名前はマンサンでいいのか?
実在する雑誌への愛称と同じなわけだが。ま、同じ名前のミュージシャンも
いるからいいか??』
当のアルズルフは困惑するばかりである。頭の声はよくわからない理屈で親がつけてくれた
名前を否定しようとしているようで、腹が立った。
マンサンというのは郷土の勇士マヌスにちなんだ名前であって、何の悪いところもない。
アロモール村にも何人かマンサンがいた。マンサンの一人である自分の嗜好が明るみに
なってからは、この名を子供につける親はいなくなったが。

12故郷アロモール村にて(4):2007/01/06(土) 22:43:41
『こらぁ―――っ!』頭に響く声に別の声色が混じってきた。
『そんな扱いの難しそうな特徴を味付け程度の気持ちでくっつけてんじゃねぇよ禿!』
するとさっきの声がめんどくさそうに言い返す『いいだろ、どうせ減るもんじゃなし。
禁止されてるわけでもなし。他のと矛盾するわけでもなし。』
二種類の声は次第に罵声まじりの言い合いを始めた。
彼らに口論の場を与えているアルズルフにしてみれば、早く終わってもらえれば
どうでもよいことだ。『彼ら』にとっても実際はどうでもよいことだろう。
罵り合いにまで堕してきた二つの声の語らいを聞いていると、このふたりが
別に結論を出すことを目的とはしていないことがわかる。声を荒げて愚痴を垂れているだけだ。
…幻聴にしてもこれは低俗すぎる。自分の脳味噌に何が起こったのかはわからないが、
どんな内面が反映されてこんなつまらない雑言合戦が繰り広げられているのだろうか。
考える時間ができたら自分自身の品性というものを深く反省してみようと決めた。

13二題噺・三題噺の物語版として使えそう:2007/01/22(月) 11:54:33
「クロウサー家」「翼持つ者クロウサー」

14積層都市:2007/01/22(月) 15:43:02
黒々とした雲が大地を睥睨し、萎縮した大地は痩せて色を失っていく。
枯れ草ひとつ生えぬ荒野は連綿と続き、彼方に見えるのは薄く広がる地平線。
しかしその中で唯一つ、存在を主張するものが在った。
死の大地に屹立するそれの名前を、第七積層都市バベル。
クロウサー家が管理する、世界に残された数少ない居住区画の一つである。
十層で構成されるその建造物は、その途方も無い高さにも関わらず横幅のの方が広かった。
巨大な円盤を十枚並べたらこのような形状になるだろう。その出鱈目な縮尺と建造するために要した技術と資材、人材は想像もつかない。
ここは一層が丸ごと一つの都市として機能する人類の技術の粋を集めた場所なのである。

神話に拠れば。
翼持つ者クロウサー。そう呼ばれたかの神は、人々に大いなる知恵と、空を見渡せる精神と、何者にも屈しない好奇心を与えたといわれている。
それが本当だとしたなら、真に凄まじきは知識と技術を無尽蔵に求めつづける貪欲な人間の精神性なのだろう。
その都市は、無機質な様相を曝しながらも、間違いなく異形であったのだから。

15言理の妖精語りて曰く、:2007/03/06(火) 23:06:14
「覚悟だ」
老人は、その一言を漸く口に出すことが出来た。
鈍色の砂が舞う、鉄の荒野。その最中に、彼は立っている。
白く染まった頭髪は短く刈り込まれ、いかつい体付きは老いを感じさせる事が無い。
着流しの衣をなびかせるその姿は、今の世に絶えて久しい本物の侍だった。
七天八刀"第五位"、伐辰一刀斎は瞑目し、そっと息を吐いた。その手に提げられているのは妖刀【五重剋】。作はかの名工、観栄明。観栄明が走神の滝の麓で五匹の魔性を素手で絞め殺し、呪われた血を吸わせて作り上げたというその刀は、既に抜き放たれ鈍い漆黒の光を放っている。
そう、【五重剋】の刃は漆黒であった。 闇よりもなお黒い刀身は血を吸えば吸うほど研ぎ澄まされていく呪いの刃である。
伐辰一刀斎は、静かに目を開いた。
背後にある気配―――もはや抑えきれぬ程のその凄絶な殺気は隠す意図を持っていない。すなわちそれは、示威行為に他ならぬ。
「覚悟。 それこそが我が信念。 魂である」
ゆるり、と。彼は身を翻した。背後にある殺気、その正体を確かめる為に。
そして、それは予想通りの相手だった。
「そして・・・・・・汝が私を討ちに来るもまた、覚悟の内」
「彼を殺したのも、その覚悟の上であったと?」
細やかな声は思っていたよりもずっと通りが良く、そして高いものだった。
眼前に立つのは、一人の女だった。
細面に腰に届く長い黒髪、先端で束ねられた髪は風にたなびく度に飾りの鈴を小さく鳴らす。
手折れば呆気なく壊れそうな、そんな娘だった。だが。
老爺は慄いていた。
その娘から放たれる、圧倒的なまでの【武力】の威圧に。
あれはなんだ、と彼は思った。
あんなものは、見たことが無い。いや、自分の前に、いていいはずが無い。
彼はかつて十七の大蛇を斬り殺し、百の鬼の首を取り、五十の剣豪を討ち果たし、遂には青洋に棲む二つ首の龍を倒した。
彼は武家の生まれであったが、彼が生まれた時代、大陸では既に戦乱は収まりつつあった。誇りある家柄の嫡子として育てられていたにもかかわらず、その誇りを彼は周囲に見出す事が出来なかった。
この場所は自分がいるべき場所ではない。自分にはもっと相応しい生き方がある。そして、彼は東方の大陸を出て、西の大陸に向かった。
その大陸の東部で彼は多くの魔性を斬り、剣豪として名を上げた。そこには彼が求めていた戦と名誉があった。
力を試したかった。強くなり、ただ強くなり、自分と言う誇りを確かめたかった。
弟子も何人かとった。厳しく当たったが、生き甲斐を見つけた気にもなった。
ある時彼は自分の限界を試す為に二つ首の龍、業黒に挑んだ。
三日三晩戦い続け、とうとう彼は龍殺しを成し遂げた。
勝った、と思った。自分は誇りを見出したのだ、とも。
しかし、その数日後。よからぬ噂を耳にした。
曰く、龍を殺した者には龍神の巫女の裁きが下る。
龍神信教というものがあるらしい。龍の王たる九龍を崇め、龍に害為す者を邪悪とする辺境の新興宗教。
その第一の巫女は神なる龍より力を賜り、龍に害為す者を尽く滅ぼすという。
冗談に違いない、馬鹿馬鹿しいと一笑に付したが、再び力試しをするため旅に出た矢先、背後から声を掛けられ―――
・・・・・・今に至る。
馬鹿な、と思う。まさかこんなことが、とも思う。
しかし、現実は確かな形をとって目の前に立ち塞がっていた。

16言理の妖精語りて曰く、:2007/03/06(火) 23:06:28

「無論である。彼の龍を斬った時も、刃を抜いたその時も。 私にあるのは魂への、・・・・・・覚悟」
その言葉に、眼前の女はすうっと目を細めた。
まるで、その言葉で相手の内心を計ろうとするかのように。
実を言えば、今までの言葉は全てはったりである。
【覚悟】だの【魂】だの、自分でも大して考えて使っているわけではない。ただ、このような言葉を使うと周囲は自分をさも思慮深い大人物であるかのように扱ってくれる。尊敬の眼差しで視る。現に、自分の弟子たちは彼をそのように扱っていた。
適当にそれらしいことを言えば相手も臆するし、何より自分に自信が付くのである。彼にとっては、後者の方が重要であった。
しかし、それでも。
(なんという、恐ろしい気迫か・・・・・・!!!)
女はただ徒手で立ち尽くしているだけである。だのに、この気迫。まるで女の後方から突風が吹きつけてくるかのような凶暴な気配が彼に襲い掛かっているのだ。
これが、龍の巫女。
「そうですか。ならば、徒に秩序を乱し、海の守護者たる業黒を滅ぼしたその咎、しかと理解していると。 そういうことですね?」
「いかにも。 そして、私はまだ死ぬわけにはいかぬということも、また」
厳かなやり取り。しかし伐辰一刀斎は内心冷や汗をかいている。勝てるのか。この女に。 己がかつて戦った中でも最強であった龍。その龍をも凌駕せんというこの恐るべき女に、果たして勝てるのか。
「・・・・・・私は」
つと、女が踏み出した。開かれた掌を、ゆっくりと、確かめるように眼前に持ってきて、握る。
細く小さい拳は、しかし彼の目には鋼のそれに映る。
「貴方にどのような理由や信念があろうと、龍を殺すというその行為を、容認する事は出来ません。 それは秩序の崩壊。 平和の破壊。 正しき摂理への、反逆」
「ならば、私は反逆者となるだけである。 娘よ。汝が正義を掲げるならば、私は暴虐と覇道の力を以って悪を示そう。 その道にて見出される我が誇り、それだけが我が魂、我が信念の生くる意味」
考えなくとも言葉は出てきた。それは反射のようなものである。相手が正義を掲げるならばその正対の言葉を。但しそれでいて威厳と尊厳を誇示するのだ。
無論、逆もまた、しかり。
そうすることによって、彼は己が正当性を自分の心に確保した。
そう。
今の自分は、自分自身に誇れる自分である。
それだけで、充分だった。彼が戦うのに、充分だった。
歯を食い縛る。刀は正眼に、目線は相対する龍の如き女。
「正しき龍の意思に基づき、貴方を処断いたします。
・・・・・・徒手空拳、【鉄塊之武】竜神信教"第一位"界竜の巫女」
「・・・・・・七天八刀"第五位"【一脚閃覇】伐辰一刀斎」
名乗りを上げ、構えは同時に。互いの視線が交錯し、間にあるのはただ一つの意思。
即ち。
「「いざ!!!」」
討つ。

17立会い3:2007/03/06(火) 23:36:07
伐辰一刀斎は、かつて神と会った事がある。
幼い頃、自分自身でも覚えていない幼少の頃の話だ。周囲に話しても、誰一人信用してくれなかった話だ。
彼は武家の生まれだったが、山間にぽつんとあるその領地は控えめに言っても僻地であった。
彼は眠くなるような座学を抜け出して、よく山に遊びに行った。
その時、彼は神に出会ったのだ。神という認識に間違いはない。何せ相手がそう名乗ったのだ。
神は鋭い牙で鹿を狩っていた最中だった。怖いもの知らずだった幼子は、その鹿を自分にも分けてくれと頼み込んだ。
最初神は呆然としていたが、しばし考えてからにやりと笑うと、鹿の脚を引き千切り、其処から溢れ出た血を彼の脚に振り掛けた。
―――これで、お前の脚は神の脚だ。
そう言うと、神は笑いながら何処かへ去っていった。
それ以来。
彼の脚は、恐ろしいまでの力を獲得していた。
まず、如何なる雛よりも速く駆けた。そして、跳躍すれば鳥などよりも高く飛び上がれた。
彼はその健脚(という範疇ではないが)によって数々の敵を打ち倒してきたのである。
この度の立会いも、彼の脚は最大限に生きる筈であった。場所は荒野、何も無い錆びの土地である。鋼の大地は力強い踏み込みにしっかりと反発し、彼の身体を前へと進ませた。
その勢いは矢に喩えてもまだ適当ではない。ならば疾風かと言えば、それもまた遅すぎる。
それは、雷そのものであった。
伐辰一刀斎が上段に振りかぶった【五重剋】は漆黒の霧を纏わせながら紫電を閃かせている。彼が一度踏み込めば、その勢いは業火となりその気勢は雷電となる。妖刀の閃きと、神速の脚が組み合わさることによって完成したその初撃は、相手の反応すら許さずに前方の何もかもを消し飛ばす。
比喩ではない。実際に消し炭になるのだ。
幾多の化物どもを撃ち滅ぼした恐るべき一撃、正に疾風迅雷と呼ぶに相応しいそれを、迎え撃つ巫女はあろう事か素手を突き出すことで対処した。
刹那の時間の中、愚の骨頂であると伐辰一刀斎は思考する。
彼の一撃は素手でどうこうなるような次元のものではない。光の如き速度と巨木の如き重量の刃、そして甚大なる熱量が雷となって襲い掛かるのである。
龍の吐息を実際に切り裂いたその斬撃は、肌で触れれば消し炭になるは必定。
だというのに、この相手は躊躇いもせずそれを実行しようとしている。
一体、この女は何をするつもりなのか。
疑念を振り払えぬまま、一直線に刃を振る。刃を吸い込まれるようにして女の右肩に振り下ろされ、そして、
「速い」
彼の篭手に白い繊手が添えられ、
「が、軽い」
まるで横殴りに鉄槌を受けたかのような衝撃と共に腕が真横にずれ、一気につめられた間合いから女は右拳を一挙動で突き出す。
無造作に。まるで気負い無く。
とん、と伐辰一刀斎の胸に当たった細い拳は、そのまま停止し、
「う、お・・・お・・・!」
めりめりと音を立てて僅かに、数ミリ程肉体にめり込み、
「砕」
丁度その奥に位置していた肋骨が音を立てて先端から粉微塵に粉砕されていく!
ぞくり、と瞬間の時間の中で翁は恐怖した。自分の骨が、まるで岩石を叩きつけられたかのように粉々に砕けていく。さして力も込められていないような、些細な動作一つで崩れ落ちていく。
拳打とは、回転運動である。肩と腰の動きを合わせ、体重を拳の先に乗せ、打つ。故にこそ拳には威力が宿るというのに、しかしあろうことかこの女は拳を振りかぶる事もせず、拳を突き出しただけで自分の肋骨を砕いているのだ!
それは如何なる神技なのか。答えが出ぬまま、死の直感を避ける為だけに彼は全力で飛び退いていた。

18立会い4:2007/03/07(水) 00:06:10
果たして、骨の粉砕は肋骨の一本で止まっていた。だが。
(く・・・・・・腕が)
彼の左腕。その肘から先が、動かない。麻痺したようなその感覚は、恐らく、
「背骨に達したか」
それは剣術家として致命的な負傷を意味する。彼はいまや、超重量を誇る妖刀を片腕のみで持ち上げていた。
眼前の巫女は、拳を前に出し、半身を前に出した構えをとっている。
なんということのない、平凡な構えだ。
しかし、先の交錯で伐辰一刀斎は彼我の力量を正しく理解していた。
自分は、勝てない。
この相手は、格が違う。恐らく相手は、本気すら出していないのだ。自分が全存在を賭けて死闘を繰り広げた龍よりもなお強靭な、神の龍の巫女。
自分が相打ち覚悟で挑んだとしても、彼女の拳は自分の肉体を粉砕するだろう。
(ああ、自分は、敗れるのか)
彼は、敗北を知らなかった。
苦しい戦いを強いられた事は何度もある。その度に負傷し、困難に歯を食い縛ったものだが、その度に己が誇りにかけてと全力で勝ち越してきた。
だが、負けると思った事は、一度たりとて無かった。
その自分が今、敗北を確信している。
幾つもの死線を潜って来たからこそわかる。自分はもうすぐ死ぬのだと。
彼は自分の満足のために生きてきた。誇り、力試し、生きるのに相応しい場所、闘争・・・・・・。
彼の人生は思えばそれだけだった。来る日も来る日も戦いに明け暮れ、そうして至った先が七天八刀の第五位という称号だ。龍殺しという名誉だ。
充実していた。自信を持ってそう言える。彼は既に七十を迎えようとしている年寄りである。長く生きた方だと思うし、子こそ遺せなかったが弟子を迎える事は出来た。
ああそうだ、と彼は思う。今彼が死んだら、弟子はどうすればいいのだろう。
遺された弟子の事を思うと死ぬわけには行かない、と思うが、それは叶わぬ望みだろう。
巫女はじりじりと間合いを詰めてくる。その眼光は氷のように冷ややかであり、一分の隙も無い。ましてや、同情の期待など、抱けよう筈も無い。
伐辰一刀斎は、覚悟を決めた。
いや、既に決まっていたのだ。恐らくは、彼女がその姿を顕したその時から。
この身に降りかかる死の定めが裂けられぬのならば。
せめて、弟子達に恥じぬ、誇りある侍のまま、死のう。
唐突に、伐辰一刀斎は【五重剋】を振り上げ、動かない左腕に突き刺した。
鮮血が噴出すかと思われたが、しかし左腕の血液は黒ずんだ刀身に吸い取られ、溢れる事を許さない。
左腕が干からび、骨と皮だけになる。引き抜かれた刃は、光をも吸い込んでしまいそうな漆黒となっている。
ぐん、と右腕にかかる重みが増し、全身に虚脱感が走る。凄まじい勢いで自分から生命が失われて行くのが分かる。
相対する巫女はしばし呆然として老翁の行為を見ていたが、やがて目を細めると威嚇するように一歩を踏み出す。
伐辰一刀斎もまた、その無二の脚で踏み込もうとしていた。
それは、彼の生涯に於いて、ただの二度だけの敗北の踏み込み。
たった二度。戦いとすら呼べぬその交錯で、しかし彼は最大の満足を覚えていた。
今、自分は戦っている。
圧倒的に強大な相手と。自身の全霊を賭けて、その命を投げ出して戦っている。
踏み出したその速度は、やはり神速。
そうだ。
その脚力、その速力において、彼に追随するものなどいないのだ。それは眼前の巫女とて同じ。喩え戦いにおいて上を行かれたとしても、その速さ、一閃の極みだけは、確実に自分が勝利している――――!
振り下ろした刃を、女は真正面から受けた。
それは女なりの礼儀の尽くし方なのだろう。彼の神速の刃をかわす事無く、女はその両手の平でもって挟んだ。
真剣、白刃取り。
その絶技を事も無げに行った女は、刃を横に倒すと、無造作に放った一撃で伐辰一刀斎の胸を穿ち抜いた。

そうして、伐辰一刀斎の生涯の戦いは、幕を閉じた。

19立会い5:2007/03/07(水) 00:25:03
倒れ臥した老人に、細長い影が差した。
「なにか、言い残す事は」
龍神の巫女は、相手の死の瀬戸際にあってなお無表情を貫いていた。
透徹としたその表情の奥底は窺い知れず、その声もまた色を持たない。
伐辰一刀斎は全身の感覚が薄れ行くのを感じながらも、最後の力を振り絞って言った。
「この・・・・・・刀を。 預かって、くれぬか・・・・・・」
「私が・・・・・・?」
不思議そうに言い、彼の手に握られた黒塗りの刀を手に取る。すると、女は目を見開き刀を凝視した。
「妖刀、ですか」
「左様・・・・・・。それは命あるものの血を吸い力と為す魔性の刃。捨て置くには重過ぎる」
「責任、というわけですか。なるほど。確かに承りました」
頷くと、その柄をしかと握り締める。巨木ほどの重量を持つはずのそれも、超人たるものにとっては棒切れに程度の重さにしか感じないものだ。
「それと、これは汝の気が向いたらで構わんが」
「何か?」
「私の、不肖の弟子が仇討ちにくるやもしれぬ。 汝の足下にも及ばぬ赤子ゆえ、どうか情けをかけてやって欲しい」
それは嘆願だった。彼の最も若い弟子、そして彼に最もなついているあの少年ならば、自分の死を知れば義憤と激情に駆られて女を討ちにくるだろう。
だが、無論のこと勝ち目など万に一つも、無い。
巫女はだが、その頼みに対しては刀ほどの関心を示さなかった。
至極当然、という顔をして宣う。
「私は龍神の巫女。 正しき秩序の体現者たる龍を守る者。 その弟子が龍に害為すというならば容赦はしませぬが、そうでない限り、殺生など、けして」
生真面目な返答は、恐らく本心なのだろうと、短いやり取りの中で把握した女の性格から理解した。
「そうか、そうか。・・・・・・それを聞いて、安心した」
ならば、これで心置きなく眠る事ができる。
ゆっくりと、瞼を閉じる。
思えば、充実した生涯だった。やりたいことを思うがままに為し、自分が思い描くあるべき自分として振舞えた。これ以上の生が望めるだろうか。
「さようなら、凡庸の剣鬼。貴方の魂の行く先に、正しき秩序と平穏があらんことを」
女の声はどこか穏やかなようだった。ああ、この相手は信頼できると、何故か訳も無く思い、もし弟子がこの女と出会ったらどのように接するのかと妙な事を考えたりもした。
今際の時に彼が感じたのは安らぎ。穏やかな空気の中、彼は確かに満足していた。
最後に、弟子たちの姿を瞼の裏に想い描いて・・・・・・

伐辰一刀斎は、荒野の中でその生涯に幕を閉じた。

20言理の妖精語りて曰く、:2007/03/21(水) 09:48:07
僅かな例外を除けば、魔女同士の戦闘に不意打ちは存在しない。

頭髪、爪、眼球、口唇、装身具など、媒介とする物は様々では在るが、魔女がその術を行使する際に媒介に投入する魔術因率は度を外して高い。
睡眠中であったとしても魔術者ならば必ず気付く。

標的が―――シャーネスがゆらりと此方を向く。
数体の悪鬼で錯乱・誘導し、星見の塔から引き離したのが正解だった。
他の戦闘員は此方の放った悪鬼に釣られて散開、戦力を分散させている。
各個撃破とは戦況如何に関わらず戦場の定石である。こちらの手駒に遊撃要員がいるなら使うに越した事は無いし、悪鬼は霍乱に向いている。
状況は最善だった。
生体レベルを戦闘域にまで引き上げる。 魔女が魔女たる所以、ルスクォミーズの【逆瞳】が邪視を発言させる。
アールヴの膝元、暗く深い森が戦場へと塗り変わる。
【七つの風の主】シャーネスは白い長髪を掻き揚げ、不可解な眼で此方を見ている。当然だろう。

―――自分より弱いはずの者が、自分に向かって戦いを仕掛けようとしている。
悪魔の九姉―――絶対者として君臨する彼女にとってそれは珍しい事ではないが、自分の強さを良く知る筈の者がそれを行うという事。
それは、彼女ならずとも全ての姉妹が不可解に思う筈の事であった。
がきり、と歯を食い縛る。
己が深奥から這い出しそうになった【それ】を無理矢理意志の力で押さえ込む。肉体の変異には至っていないが、彼女の精神は内に押さえ込んだ獣の暴走で磨耗しきっている。
時間は無い。 一歩を踏み出した。
「・・・・・・ルスクォミーズ?」
鈴の鳴るような声は、【姉】の心情を良く表している。困惑と、動揺。
こちらに躊躇いは無かった。
好機と。 ただそう思考した。
ぎょろり、と。
漆黒の眼を煌々と光らせて―――ルスクォミーズは殺傷を開始した。

21言理の妖精語りて曰く、:2007/03/21(水) 11:35:20
先手を打ったのはルスクォミーズだが、より速く反応したシャーネスの反撃は即座に届いた。
予備動作は無い。「意識」のみで発動する簡易術式は総計七。 展開された七百六十四の圧搾された空気が弾丸となって襲い掛かる。
「これくらいなら死なないだろう」という推測を元に非常に大雑把な目測で練成・放出されたそれらは、それでも並みの亜竜程度なら即座に圧殺し肉塊に変えるだけの威力を持つ。
手加減されたその恐るべき反撃を、しかしながら妹は避けもせずに迎え撃った。
ルスクォミーズが媒介と為すのは「心臓」だ。
彼女のfinomが軋むような音を立てて「駆動」する。ポンプとしての機能が停止した心臓に注ぎ込まれるのは異界の摂理。生体が死に至る過程で発生するある種の活性力。踏み込みはあくまで軽く。全てを吸い取らんと脈動を開始した「新生した心臓」は彼女の血流から酸素を奪い去り、血の流れを滞らせる。
全身に酸素が給与されず、脳から意識が剥離する。
死に等しい須臾の間隙。その刹那に、彼女の「新生した心臓」はその機能を発現させる。
拳。ノンモーションで振り上げられた拳が圧搾した空気の弾丸を空間ごと弾き飛ばす。 それは拳を媒介にした魔術行使などといった代物ではない。
純然たる「衝撃波」。 拳を振るう動きに伴って発生する、空気の動き。
拳は十五分の一秒という恐るべき速度で千を超える動作を完了、前方に広がる弾丸を全て撃砕する。
空いた左手、空間が撓む。空気が屈折し光が揺らぐ。泥が沸騰したかのごとく、空間が泡を立てながらその柄を押し出している。
掴む。何も無い筈の虚無から、ルスクォミーズは有を出現させた。
ワレリィの得意とする【扉】の記述ではない。召喚はムランカやウィリアの得意とする所だが、それとは趣を異にする。
それは斧だ。
彼女が心臓に集め、消失せしめた全身の血液。
それがここに、形を為している。
赤黒い色は、それが血液で作られた斧であることを証明する。鍛冶を得意とするカルリアでさえこれを見れば感嘆するだろう、見事な斧。
無骨というイメージからかけ離れた優美な曲線、すらりと伸び、湾曲した柄は通常のハンドアクスのそれより短い。
上下に弓の如く伸びる刃は濁紅く、まさに血そのもの。
異質。その感触を、広がる【七感】より得たシャーネスが咄嗟に後退する。
彼女に五感は存在しない。上位精霊との契約の代償として失われた多くの機能は、しかし彼女に多大な恩恵をもたらしている。
異形と成り果ててまで得た力は、果たして彼女の生命を救った。
一瞬前まで彼女が立っていた場所。その大地が、突如として陥没した。
何が起きたかを理解するより前に、シャーネスは全方位に障壁を展開する。霊的に阻害された空間が軋みを上げて、ルスクォミーズから放たれる正体不明の攻撃を防ぐ。
何が起きている?
シャーネスは状況を把握しかねた。仲間である筈の―――少なくとも彼女の平和的な観点から見て―――妹が突如として攻撃を仕掛けて来る。その状況そのものが不可解である上に、よくわからない武器を持ちよくわからない攻撃を仕掛けてきた。

22言理の妖精語りて曰く、:2007/03/21(水) 11:58:57
【空間】を支配し理解するシャーネスは、対象の位置や動きを補足するのみならず、その性質や理念を解体し把握し得る。
何らかの攻撃が彼女の知覚領域で行われたのなら、それを彼女が理解できない筈がない。ないのだが―――。

これは、何なのだろう?
上下左右隈なく張り巡らせた球形結界が突破される。正体不明の破壊は空間に溶け込ませたシャーネスの【腕】と絡み合い拮抗する。
仕方が無い、とシャーネスは、悪魔の九姉たる大魔女は思考する。
少しばかり、本気で戦う必要がありそうだ。
シャーネスは【指】を動かした。
白磁の義肢に命令(コマンド)と叩き込み、連動した【指】が彼女の存在する空間を削り取る。
その瞬間、大地の陥没するのと同時に彼女はその場から掻き消えた。



ルスクォミーズは瞠目した。確かに追い詰めた筈のシャーネスが、滅びの直前に消失した。
否、これは回避だ。そう判断したルスクォミーズは、背後から飛来した空間の断裂を振り向きざまに相殺し、それを囮として放たれていた本命の風の弾丸を冷静に防御した。
「空間を掬い取ると言って理解できる?」
眼前、大地から拳一つ分浮遊する女は、常と変わらぬ口調で呟く。
美貌揃いの姉妹たちにあって尚、女神のようなと形容されるその美貌は衰えを知らず。 相手の意識に直接送り込まれるビジョン―――フェーリムの翅は片翼だけはためいている。
網膜に投射される純白の翼、すなわち「風」を象徴する【空間に投影された魔方陣】。 
それこそが彼女、シャーネスの邪視。虚構の翼たる【翼瞳】である。
「空間を断ち切る・空間に穴を開ける・空間と空間を接続する・空間を置換する・あらゆる【空間移動】は様々な原理で行われるし・その難度や理論は様々・その中で私は空間を【流体】として捉えている」
断裂が襲う。七つの風を支配する女王は、刃と化した大気の渦を間断無く叩きつけている。 その尽くを撃墜するルスクォミーズは、奇妙な焦りを感じていた。勝算はあった。あった筈なのに―――。
「否・【空間】を【大気】として捉えていると云った方がより厳密でしょうか・私はその流動する大気を【腕】で掴み【指】で掴み取る」
消失・眼前に出現。同時に行われた動作と共に極小規模の【空間の圧搾】が発現。撃ち放たれた零距離の打撃を拳で相殺・拳が砕ける・蹴り上げた足が何らかの力によって停止・シャーネスの【眼】を媒介として放たれた【風】概念を練り上げた【槍】がルスクォミーズの左肩と脇腹を貫く。
跳び退り、【破壊】を放出する。大地が陥没し、ルスクォミーズの背後に気配が現出。振るわれた斧の一撃はしかし空振り。出現したのは【気配】だけ。
姉妹の一人、ノシュトリの能力を思い出す―――その応用・模倣。
上下に同時に出現するのは二人のシャーネス。幻影かと疑問に思うより速く、上下から放たれたのは無数の光線。
光学系の魔術だと気付いた時には、全身を焼き尽くされた後だった。

23言理の妖精語りて曰く、:2007/03/21(水) 12:02:02
―――【放射の誘導放出による光増幅】。
大気を屈折・光を歪める事によって生じる、太陽光レーザー。
幻影にも応用されるその魔術体系は、光速で放たれる破壊を齎す。

24言理の妖精語りて曰く、:2007/03/21(水) 15:26:35
ルスクォミーズの肉体に穿たれた無数の穴。
閃光は一瞬で彼女の肉に穿孔。破壊は速やかに行われていた。
反応は不可能・必殺の一撃である。
だが。
破壊されたルスクォミーズの肉体が、即座に復元する。空洞は周囲より肉が狭まり消失。埋まった肉は臓器に変質し再現。
それは再生や回復ではない。復元である。
ルスクォミーズの身体能力は自然界の生物として最高級の水準に達している。例え致死に相当する傷であっても、彼女が肉体を限界まで活性化させれば瞬時に回復させる事も不可能ではない。
だが、それは細胞分裂によって欠損したものを繋ぎつくり上げることだ。いわば有限の生体資源を食い潰す行為であって、存在そのものの寿命は確実に消耗している。
だが、この復元は違う。 回復することが未来へ進むことなら、この復元は過去へ逆転することだ。
ありえない事象。 【理を通さぬ論理】に裏付けられた魔術にはある筈の無い現象。
しかしシャーネスに動揺は無い。 理解は及ばない。しかし魔女の戦において、理解の及ぶものなど本来存在しないものだ。
逡巡は無い。次の一手を撃ち、その場から消失。
息も吐かせぬ乱撃。木々を引き裂き、無形の刃を飛ばし、不可視の弾丸を射出/それをルスクォミーズが撃墜。ルスクォミーズは着地、旋回しながら攻撃を排除。長くしなやかな脚が熱を帯びる。同時、【破壊】を撒き散らしつつ跳躍。
人の秩序無く・しかし木々の秩序に従って濫立/乱立する森林を蹴り飛ばし着地のない高速移動。
木から木へ。側面を蹴りながらの滞空。シャーネスへ接近。振るわれた斧は風の防壁に阻まれる。 撃砕。 血塊斧は煮沸し、泡を立てながら大気の壁を押し破る。その細い首筋に叩き込まれた斧の一撃を、シャーネスは身を逸らす事で回避。
後退しつつ放たれた風の衝撃は【破壊】で相殺。眼下の大地が陥没―周囲の地面が穴だらけに。 ルスクォミーズは空中で停止したまま、そこから空中を蹴って加速。 追撃をかわす為シャーネスは周囲一体の大気を消滅させ、その空間を完全なる真空に。
如何なる術式を用いたのか、シャーネスの右腕には唸りを上げる消滅した筈の大気。魔的に圧縮された大気は光すら閉じ込め【漆黒の風】を発生させる。
ルスクォミーズが斧を振るい/シャーネスが風を解き放つ。
赤と黒が交錯した。

25言理の妖精語りて曰く、:2007/03/21(水) 15:52:04

励起された【光子】が、義肢を発振器としてレーザー光を放出する。
爆裂した破壊の渦は互いの破壊を相殺し合ったが、シャーネスの一撃は確実にルスクォミーズの斧を砕いていた。空間的な認識力でそれを理解したシャーネスは、光学的魔術を以って追撃をかける。粉塵が光を拡散させるよりも速く・漆黒の風が拡散するより遅く・光の束が砕けた血塊の間を縫って標的に直撃。
しかし妹は不可解な手段でそれを【破壊】した。光が【解け】たのである。
そして瞬時に出現する斧。空中を蹴り連撃/斧の斬撃が高速で迫る/彼女の長い指は斧を手の中で旋回させ円形の斬撃は縦横無尽に空間を裂く・裂いた傍から大気の弾丸を放つがそれすら尽く切り裂かれ・【指】を全て動員/【掌】を展開=発動する【七つの風】=十二階位における最高位の自然災害・破壊が収束する。
ルスクォミーズは歯を鳴らした。自らへの鼓舞か、何らかの儀式か。それを契機に斧が形状を変える。長柄にしてより鋭利。重厚な手斧から、凶器じみた戦斧へ。 旋回し、真っ向から迎え撃つ。衝撃が走る。悪寒・回避=正解。風は断裂・破壊が逆巻く=シャーネスに返った風の衝撃波は明らかに彼女の支配を離れた風。不可解な事象がまたしても起こる。シャーネスは【脚】で空を蹴り、音速でルスクォミーズの背後へ回る。直接の打撃。【拳】を作り上げ旋風の如く打撃を打ち込む―後ろ回し蹴りと相殺。見ることもせずに蹴りを【拳】に命中させたルスクォミーズは戦斧を旋回させ背後に刺突。 空間を制御下においたシャーネスは【腕】を伸ばし【指】で斧の柄を掴む。停止する斧を掻い潜り、至近距離から放つ風の衝撃。
しかし、風は凪ぐ。 風が、彼女の命令を無視している。
今度こそ動揺で思考を停止させたシャーネスは、放たれたルスクォミーズの【破壊】を回避しきれなかった。
直撃した破壊が、シャーネスの胸から盛大に血を迸らせた。

26言理の妖精語りて曰く、:2007/03/21(水) 16:12:03
咄嗟に空間を掬い取った。
―――水に例えると分かりやすいだろう、とシャーネスは思う。
手で掬い取った水は隙間から零れ落ちていく。掌の僅かなくぼみに僅かな水が残り、手の表面に付着した水はやがて大気に溶けて消失するか、凝縮し零れ落ちていく。
しかし確実に【水】は残っている。手間と労力、燃費の悪さを考えればその空間の操作方法は最悪に近い。まだ空間を断裂させた方が効率がいい移動方法ではある。
だが、掬い取った空間は流れていくが故にシャーネスの移動は流動的であり、出現地点が固定されない。
多くの空間移動は消失と出現が同時―――ワンセットになっているのだが、彼女は【消失してから出現する】のである。この差は大きい。 故に彼女は支配下に置いた空間内では遍在し得るのだし、そのメリットがあればこそ非効率な空間移動方法を選択しているのだ。
だが―――掬い取れない。 支配している筈の空間/大気がまるで反抗しているかのように言うことを聞かない。
何故、と自問するより速く、シャーネスは【脚】を使って後退していた。
胸を血の色に染めながら。
シャーネスは【瞳】を用いて大気を収束させる。血流は大気圧によって外に漏れず、出血も停止する。
彼女の【瞳】は出力器である。眼球は受容体としての機能を疾うに失い、今や相手の意識に共感覚を植え付けるための発信機と成り果てている。
幻影なる片翼の魔方陣。相手の網膜に映っているはずの自分の姿を想像し、彼女は内心で苦笑した。
女神と謳われるまでになったこの力は、この相手にどれほどの意味を為しているのだろう。 ルスクォミーズは恐ろしく強かった。まだお互い本気である筈は無い。 だが妹の強さは常軌を逸している。 その速力はバイエルンなどの剣士たる妹と並び、その打撃力は完全に九姉に匹敵している。
ルスクォミーズと言う妹の強さの根幹は、その完全に近い生物としてのポテンシャルの筈だった。 その豪腕は巨岩を砕き、その健脚は千里を踏破し、その体皮はあらゆる環境に適応する。一部の妹達のような才覚には恵まれなかったものの、その広範な神秘の知識は彼女の手足を理論の網を潜るようにして動かした。 彼女は世界の法則を掻い潜って動く術を覚え、物理的な限界すら突破して動き回る事ができた。
しかし、今彼女がこのシャーネスと渡り合えている理由はそんなところには無い。それは、先ほどから彼女が放っている正体不明の【破壊】。
一撃が直撃し、シャーネスはその正体を漸く掴みつつあった。

27言理の妖精語りて曰く、:2007/03/21(水) 16:37:38
共生精霊・【#アエル#】に接続=【腕】【指】【掌】【脚】【足】【瞳】【翼】全機能一次待機・【七感】の接続/=継続・管理権限=二級勅旨・<主>及び<アエル>より<精霊>へ。<アネモス><アウラー><アエーマ><ヴィールヒ><カーム><ブーリァ>連結開始。

シャーネスは【ウィッチクラフト】と公称される業を発動。彼女が空間的肉体を放棄した代わりに得た能力は、あのヘリステラが驚愕し、ビークレットが賞賛し、かつて一度だけ、魔女喰いの竜プリムラルを退けた力だ。
【霊賜七槍】。七つの風の主シャーネスが振るう、不可視にして不定形、呪いと祝福を受けた七本の槍である。

シャーネスはここに来て漸く全力を出す気になっていた。
愛すべき妹がいかなる理由で自分を襲うのかはわからない。シャーネスは全ての妹たちに大いに愛を向けているし、半身に等しい一つ下の妹は愛情というくくりに入れることすら受け入れがたいほどに心情を傾けている。
ルスクォミーズに対してもその愛は同様に向けられている。過去に対立し、傷付けあった姉妹もいる。しかしそれでも、彼女の気質は殺し合う相手をも愛してしまう事を許す。
彼女が殺意と同時に妹に向けているのは、姉妹としての愛情。 シャーネスの思考の中で、両者は矛盾無く存在する。
「ルスクォミーズ」
名前を呼ぶ。 シャーネスは静かな微笑みすら浮かべて妹を見据えた。

28言理の妖精語りて曰く、:2007/03/21(水) 16:56:00

「ルスクォミーズ」
シャーネスの声を聞きながら、ルスクォミーズは脳内で静かに術式を構築していた。
現在、彼女の力はかつてないほどに高まっている。
極彩色の悪魔と契約を取り交わし、化かし合いにおいて見事悪魔を騙し切り契約を強制破棄。 成果だけをもぎ取った結果として得た魔術技能。 
古き獣・外界より飛来せし神を「とある儀式」により共生させ―――厳密には支配して―――得た絶対なる異能。
幾多の魔人と交わり掠め取った技巧の結集。
かの紀人との交合により完成した戦技。
そして、幾千の配下。
彼女の能力は、今や九姉を超越している。そう彼女は確信していた。
ふと疼く。 心臓ではなく、脳の奥、意識の最奥に潜み機会を窺う魔獣が、獣の性が、彼女の理性を波打たせる。
―――消えろ。  命じると、獣は動くのを止めた。
ルスクォミーズは僅かに苛立つ。「この」意識。今の意識。今現在の私は、確かに「私」である。
ほぼ完全に獣と同化したルスクォミーズが、過去の自分と同じ存在であるという保証は、実は全く無い。意識の連続性はある。ある筈であり、肉体を構成する部位も何もかも、完全に同一であると確証できる。
だが、霊魂や魔力の権威などという点に於いては彼女は完全に新生/否、再構築されている。ならば、果たして自分は【ルスクォミーズ】であるのか。
分からなかった。分からないから、彼女はそれを自ら規定した。
自分は、確かにルスクォミーズだ。

29言理の妖精語りて曰く、:2007/03/21(水) 17:17:05
「私は今から貴方を殺害します・不死なる妹・その眷属たる貴方であっても・私の風は過たずに貴方の【生】を絡めとる」
不死と生はイコールではない。
そんな当たり前の事を宣言して、シャーネスは【何か】を構えた。
動いてはいない。浮遊したまま、自然体で静止している。
だが、ルスクォミーズはその周囲に何かがあると直感した。
「滅ぼしはしません=復活は許します・貴方に与えるのは敗北――そして認識」
ルスクォミーズは術式を展開する。furelyが視界の隅を廻る。ルスクォミーズの周囲が、急激に【泡】立った。
まるで大気が液体にでもなったかのように。そこだけがシャーネスの支配下から逃れ、ルスクォミーズの支配する空間となる。
「認識するのは姉妹の一員であるという・私の【家族】であるという・その自覚―――その後話していただきます・貴方が戦う=その理由を」
姉の宣言が終わるや否や、ルスクォミーズは術式を展開した。

その式は、悪夢のようであった、と後にその戦いを監視していたある姉妹は言う。

斧。
斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。斧。
 空中から無数に――無限であると錯覚する程大量に出現した斧。空間を・視界を埋め尽くす斧、斧、斧。
鈍い光を血の輝きと共に反射するハンドアクス。
【悪鬼】と術者が呼ぶその血塊斧は、百や二百ではきかない数で増えつづける。空間から這い出した悪鬼は千に達する。 それは悪鬼の軍団。
血の塊でできた、母親(ルスクォミーズ)の血肉より生み出された子(悪鬼)たち―――乃ち、斧(モロレク)。
それは個人が扱う【武力】ではない。まさしく軍勢。個人を殺害する為でなく、【敵】を鏖す為だけの【戦力】である。
鏖殺の斧が、旋回する。 回転し円形に空間を斬り裂くそれは、投げ斧としては余りにその速度が速すぎた。
「往け」
号令一下、斧の嵐が吹き荒れる。戦慄すべきその暴威を、しかしシャーネスは眉一つ動かさずに迎え撃つ。
「【七槍】よ」
そして【槍】と【斧】が激突した。

30言理の妖精語りて曰く、:2007/03/21(水) 17:51:19


吹き荒れる斧の旋風・射出する一つ目の槍は蛇の様にのたくり最前線に突出していた斧に接触―――激烈な反発を感じる・好感触。
【槍】は歓喜している。破砕・伝播・空間の崩壊。 周囲の空間を巻き添えにして破壊を撒き散らす【槍】は斧を砕くばかりでなくシャーネスの周囲を完全な無風地帯と化した。
二本目。 左右に周り追撃する円形の斬撃=斧。【槍】は空間を固定・【槍】が完全支配能力を発動した領域内に於いて全ての動体は凍結する=停止。
三本目。 停止した斧が空間に反発し―――否・反逆する。空間に罅が入り再び中空から動き出そうとするそれを【槍】は逃さない・まるで顎――牙は振り下ろされ角は突き上げられる・純然たる衝撃=斧の粉砕/竜王の顎。
四本目。 雨霰と降り注ぐ斧は連なり隊列を組みそれぞれが独立して詠唱を開始。 自律行動する斧たちは悪鬼そのままに奇声を発し風の呪縛を砕く/囮の部隊が四/突撃する部隊を【槍】で牽制・各個撃破しつつ挟撃する斧の群から撤退・敵は追撃―左翼が突出・一際大きな斧=戦斧の中隊=/迎撃。
その【槍】は腐敗と瘴気を撒き散らし・唸りを上げて戦斧を迎え撃つその様はさながら死神・その鎌は悪鬼の群を刈り取り=腐食させ磨耗させ石化に至らせ呪いを撒き散らす・・・敵の対抗呪文は間に合わない。
五本目。 最速の【槍】=縦横無尽に戦場を駆け抜ける。主たるシャーネスが知覚するよりも速く・【槍】と【槍】の間とを駆け抜け・空間をその軌跡が満たしていく―――/腐食の【槍】と竜王の【槍】の位置が置換される=破壊の【槍】と主シャーネスの位置が置換される=七つの槍とその主は陣形を一変させ、瞬く間に斧の軍勢の手薄になっていた右翼に回りこむ/好機/=突撃。伝令の【槍】。
六本目。 突撃した槍はしかし新たに空間から出現した斧の群と・敵の将たるルスクォミーズが振るう【破壊】の力によって勢いを削がれる=/敵軍の集団詠唱――炎熱の呪詛/時間退行の呪詛の並列行使=しかし【槍】の一本が対抗する/詠唱する大気/震える空間/歌うように・笑うように・高らかに歌い上げる【槍】は魔術の【槍】。 敵勢力の魔術式に割り込んだ魔術がその組成を変質させる=自爆/自壊した敵軍に隙ができる。
七本目。  風は流れるものである/吹くものである/静かなものである/猛るものである/巡るものである/疾くものである/そして伝えるものである。
されど=それらはシャーネスの知るものではない・彼女が知るのは唯一の風/感じるもの=それだけである風――全身で空間を体感する・自らが軽く薄い水に包まれているような心地良さ=シャーネスにとっての<可視の風>明滅する光・空間=同調・感応・支配=指向・風は【槍】となり武装となって標に従う。
シャーネスは・最後の槍を=七本目の槍を=彼女自身の【槍】を/
・射出―――撃砕。

圧倒的な破壊が、敵軍を駆逐した。

31言理の妖精語りて曰く、:2007/03/21(水) 17:58:28
抗う事すらできない、圧倒的な大気の奔流―――。
これをして【悪魔の九姉】と言わしめる必滅の一撃。
木々を薙ぎ倒し千の軍勢を粉砕し大地を断裂させ大気を穿ち霊魂どもを放逐し立ち塞がる全ての邪魔者を鏖し、遥か彼方の山脈すら貫通するであろう最大の奥義。
勝てるはずが無い。勝機はシャーネスにある。 戦いの趨勢は既に決した。戦場を支配するのはシャーネス。其処にいるのは紛れも無い絶対者【悪魔の九姉・七つの風の主シャーネス】である。
勝てるはずなど、無かった。ルスクォミーズの、完全なる敗北である。






「――――――だが、その流れに反逆する」

―――有向線分――――【それ】をそのような比喩で用いるのが適切かどうか、ルスクォミーズには分からない。
分からないが、彼女には【それ】を覆す力があった。
ベクトル。 【何か】が【何か】に向かう力。 それを逆さまにすることを可能とする力。
そして、ルスクォミーズは【反逆】を開始した。
そして、【弑逆】は確かに為ったのである。

32言理の妖精語りて曰く、:2007/03/21(水) 18:35:32
砕かれていた。
(なにを?)
肉体を。
(どうして?)
風の流れが変わったから。
(どうして?)
彼女の―――ルスクォミーズの能力によって。
(まけたの?)
負けちゃった―――負けちゃいました。
(やだよ)
そうですね。嫌です。
(しにたくない)
私は死なないし、貴方も死んだりしません。私たちは共に生きているのだから。
(きえたくない)
それは無理でしょう。私は敗北しました。趨勢は決した。諦める他無いでしょう。
(くやしいよ)
そうですね。悔しくて―――悲しいです。
(たすけてよ)
助けて欲しい―――ええ。その通り。 誰か、誰かが―――いいえ。ここからでは助けなど望むべくも無い。私はどうやら、随分離れた場所に来てしまったようです。
(あーざのえるは?)
え?
(あーざのえるなら、きづいてくれるよ)
嗚呼、なるほど。  ―――それなら、
(たすけてっていおうよ)
そうだ。
――――――私は、まだ――――彼女の理由を、聞いていない―――――。
嗚呼、嗚呼。アーザノエル、紀なる妹。どうか、聞こえているならばこの願いを受け取って。
お願いよ、アーザノエル。私にはできなかった事をして頂戴。
私たちの妹、可愛い可愛いルスクォミーズ――――
お願いです、私の姉妹。
どうか、きちんと彼女の話を聞いてあげてください。

33言理の妖精語りて曰く、:2007/03/21(水) 18:48:17
貪っている。
貪っている。
貪っている。
死体を、屍体を、四体を、肢体を、余さず残さず喰らっている。
交代だ、と獣が囁いた。
その通りだ、と反逆者は同調した。理解している。此処から先は獣の領分だ。
戦をするのは人だ。魔術を執り行うのは魔女だ。だから戦って勝利したのはルスクォミーズだ。
だが、狩りをするのは獣だ。標的を喰らい、貪り、血肉とするのは獣の役割だ。
だから今は獣の時間だった。歯を立て、牙を立て、爪を立て、腹を裂き、腸を抜き、飲み、呑み、咀嚼し、噛み、磨り潰し、引き千切り、舌を絡め、嚥下して吸収して消化して取り込んだ。
食事をした。
姉だったもの。姉であるもの。姉そのものを。
犯した。存在を犯している。肉体への侵犯。陵辱。肉を、辱める。尊厳を噛み砕く。美しいその魔女を、女神の肉を喰らっている。
血を啜り、吠える。
獣だ。
獣は歓喜する。
獣は思考しない。ただ貪る。その顎で、肉を食う。
生命を、咀嚼する。

ぐしゃり。

34言理の妖精語りて曰く、:2007/03/21(水) 21:12:03
瓦解しつつある姉妹は建て直しのため九姉評議会なる組織を設立。星見の塔を中心に有力な姉妹が体制の建て直しを計ろうとしている―――その不安定な時期に作戦は決行された。
目的は一つだ。姉妹全員を喰らい、自分を中心として姉妹を一なるキュトスへ統合する。下位の姉妹から狙えば九姉に露見した挙句総力を上げて殲滅されると理解している。 故に狙うなら九姉から。 電撃的に各個撃破を行い、弱体化した九姉を【協力者】各位と共に制圧し、喰らい尽くす。
キュトス再生の題目を掲げて槍神アルセスに接触したが、かの少年神は不干渉を決め込んだ。好きにしろ、というお達しである。 不可能に近い試みである事を理解している筈のあの神は、しかし彼独自の稚気と思惑で彼女の計画を看過した。アルセスが了承したならばその従者たるフラベウファもまた否は無い。彼女を喰らう事も考えたが、【一なるキュトスと瓜二つ】であるアルセスのお気に入りを喰らう事は神の反感を買う怖れがあった。現行の19位、カルリアを喰らえば問題は無いと判断した。
アルセスが看過すると判断した。なら神の側への心配は必要ない。紀神のうち下界に干渉したがるのは彼くらいなもので、他の神々は基本不干渉が原則である。それがキュトス再生に関する事項であろうと、自分達に直接関わらねば動かないのが彼らだ。
とすればあとは協力者を得るだけだった。各地の反姉妹勢力―――潜在的に九姉評議会への不満を持つ姉妹たちと交渉し、紀人ゲヘナの協力を取り付け、死神と呼ばれた殺し屋も雇った。
これらは自分が九姉の瓦解を成功させたら、という条件付の協力。つまり、初動で自分が失敗したと見れば彼らは動かない。 元々無謀な賭けだ。勝機が確かだと感じられなければ協力はしないと彼らは云った。しかし、彼らの協力が得られれば勝機は見えてくる。そして彼らの協力無くば勝ちは難しい。
条件は九姉のうち三名以上の撃破。 九姉の内半数が倒れれば協力者達は動き出す。これは簡単なことではない。―――が、不可能でもない。
九姉の内、新生したばかりの五番と八番は問題外である。彼女達は今だその力を成熟させておらず、ただ絶対的な力を振るうことしかできない。九姉はその全員が所謂「天才」である。既に存在している時点で凡百たる熟練の魔術者、一騎当千の達人級を凌駕する怪物たち。なんら努力せず労力を払わずに一軍を薙ぎ払う悪魔たち。そして、その恐るべき力は彼女達の努力次第で如何様にも成長する。そうなれば妹たちといえども太刀打ちは不可能である。だが、まだ磨かれていない原石―――新生したての天才ならば、努力に努力を重ね限界を突破した超越者ならば打倒し得る。
例えば―――とルスクォミーズは数人の姉妹を思い浮かべる。 イングロール、バイエルン、フィルティエルト、アリアンローザ、マリアフィーリス、そういった、結界の六十二妹でありながら上位の能力を持つ妹たちを。
尤も、イングロールは体制側であり、バイエルン・フィルティエルトは彼女達独自の行動基準―――「姫君」の意向に従って動く為、今回は動く事は無い筈だし、アリアンローザは単純な強さの基準が当て嵌まらず、且つ中立的な立場である。マリアフィーリスに至ってはノエリーやレーラと共に別の派閥を形成している。 今回の行動に乗じる事はあっても、邪魔をすることは無い。
とにかく、彼女達ならば新生したてのエトラメトラトンやビークレットに匹敵しうる。ムランカ、宵、ミブレルなどといった第一線級の姉妹もまた将来有望ではあるが、現状ではまだ届かない。それが根拠だった。自分は彼女達よりも強い。故にこの自分ならば勝利はより確実。そういう判断だ。
四番サンズは動かない筈だ。彼女の能力はこのルスクォミーズと組するのに向いていない。
三番カタルマリーナは潜在的な味方である。 厭世的な彼女はしかし滅びたディスペータを気に入っていた節がある。 敵の敵は味方、というわけではないが、事前に交渉した結果、灰色の返事が得られた。恐らく九姉の総意無くば動かない筈だし、他の協力者同様三人以上の欠員ができた時点で離反すると踏んでいる。

35言理の妖精語りて曰く、:2007/03/21(水) 21:15:13

六番ラクルラールは雑魚だ。九姉の中で最弱を挙げるとすれば間違いなくラクルラールである。
人形兵団だの巨人兵だの傀儡なる人間兵団だのとその勢力と影響力だけは大きいが、所詮は有線式である。 個々の能力は無線式たるカルリアやミヒトネッセには及ばないし、彼女の【軍隊】ならば自分の【軍隊】で駆逐できる。
そもそも、大規模戦力を投入される前にあの操糸術を掻い潜って本体を砕くだけの能力を自分は有しているという自覚がある。
ラクルラールは努力する天才だ。自身の能力を練磨し、昇華させ、極限の高みまで到達している。人形使いとしての実力は大陸一、否、世界一で間違いない。
だが、あれは努力したせいで慢心してしまっている。自分は努力し、成長しつづけている天才であるという自覚が驕りを生んでいる。 それは致命的な弱点である。 あれは自分が手を下さずとも、遠からず自滅する。ルスクォミーズはそう予測している。

フィスナやポルガーといった姉妹がいなくなり、索敵を一手に担うシャーネスを叩く必要があった。
頭であるヘリステラか、中心であるアーザノエルを叩けばより楽に計画を進められる筈だが、あの二人を倒そうとは初めから思っていない。
ルスクォミーズは確実に倒せる相手だけを選び、個別に撃破する腹積もりでいる。
シャーネスさえ叩けば、姉妹は目と耳を失ったに等しい。
そうすれば次に叩くべきなのは五番か八番、或いは六番。組みし易い彼女達を喰らい、一気に九姉を倒す。
問題は。
如何にして敵戦力を分散するかである。
ヘリステラが不在であるのは確認済みである。その隙を狙ったのだから当然と言えば当然であった。
悪鬼を先行させ、襲撃を行った結果炙り出せたのは数名の戦闘員と中位の魔女。 それとシャーネスとラクルラールである。
故に、常に塔の中にいる二番と九番、十二番に加え、【保護】されている最中の五番と八番は確実に塔の中。 四番・三番については積極的に動くとは思えない為、考慮はしない。
故に現状で優先的に倒すべきは単独で動いているラクルラール。
アーザノエルは既にシャーネスの死を感知している筈。ならば九姉が動く前にラクルラールを撃破し、半身の死に激昂し真っ先に駆けつけてくるだろうビークレットを叩き潰す。
ビークレットの性格から推測するに、彼女は単独で自分に挑んでくる筈だ。誇り高く激しやすい彼女は自分で半身の仇を討ちに来る。
そしてあの思慮深いが致命的なまでに情に深い二番は、ビークレットの蛮行を許すだろう。
あれらは「誇り」を重んじる。アーザノエルは最も建設的な意見を打診するが決定はしない。そして、彼女の理に適った最適解は大抵無視される。 それが九姉評議会の体質であることはルスクォミーズも承知済みである。
アーザノエルは最強であるが故に最弱であり、単独では何もできない。彼女は機能維持の為塔に残るだろう。そして塔を防衛するために二番と十二番は確実に残る。三番と四番は傍観するだろう。五番は予測できないが、誤差である、と断じることができる。
迅速に六番を撃破できれば、あとは八番を潰すだけだ。
仮に。三番と四番と五番が八番と共に攻めてきたとして、それがどうだと言うのか。四番なら手玉に取れる。 五番と八番なら同時にだって渡り合える。
そしてその機会を三番は逃さない筈だ。
そうなれば勝てる。挟撃すれば、恐らくは勝利が叶う。
そして、三名が倒れ、三番が離反したその時こそ―――
自分の勝利は確定するのだ。

行動は迅速に行われる必要がある。九姉がシャーネスの死に動揺している隙に、自分はラクルラールを倒す必要性があった。
配下の悪鬼たちと自分とは思考の一部を連結させている。 常駐させた思念体の使い魔たちが相互に行き来して状況は暫時報告される。
ラクルラールの位置は掴んだ。あとは其処に向かうだけである。
ルスクォミーズは走り出した。

36言理の妖精語りて曰く、:2007/03/21(水) 21:51:19

言語化するまでも無く、穴だらけである。
だが、その時のルスクォミーズは確かにラクルラールを凌駕する能力を持ち、未熟なエトラメトラトンとビークレットをまとめて倒すだけの技巧を持ち、カタルマリーナを懐柔していた。その状況は控えめに言っても相当な好機であり、彼女を逸らせたのも無理は無いといえなくも無い。
だが―――結果として彼女は失敗した。
それはラクルラールを即座に倒すのに手間取っただとか、ビークレットやエトラメトラトンを甘く見ていただとか、カタルマリーナが土壇場で裏切っただとか、そういったことではない。
恐らくルスクォミーズの青写真通りに事が運べば、状況はルスクォミーズに傾いていた筈である。
彼女は―――その瞬間まで確かにラクルラールを圧倒していた。無数の人形―――有機無機問わず粉々に砕き、彼女の切り札である殺戮人形や機動兵器をも破壊して不可視の殺人糸の斬撃をも容易く見切り止めの一撃を与えようとしていたのである。
だが、その直前であった。
その女は、まるで冗談のように颯爽と現れた。
ヘリステラ。
そいつは何らかの手段でルスクォミーズの力を相殺し、彼女と渡り合って見せた。ルスクォミーズとてただ一方的にやられる訳が無い。いくつかの手傷を与えたし、時間をかけ、運が傾けば優勢に持っていけると信じた。
だが。
ヘリステラと戦い、時間を浪費してしまった。その時点で、彼女の敗北は決定的だったのだ。
シャーネスの最後の願い―――その思いを余さず九姉に伝えたアーザノエルは、ここに至って初めて自発的に行動を起こした。
シャーネスの思い、そしてその感情すらも全員にフィードバックさせたのである。結果。動いたのは九姉全員だった。
のみならず、十三番コキューネー、十二番イングロール、そして、十一番【クレアノーズ】なる姉妹が彼女を包囲した。
クレアノーズ―――とは初めて聞く名前だった。そんな妹が新生したとは知らなかった。その妹が奇妙な能力を発現した途端、自分の中から【何か】が失われた。
そして、ルスクォミーズは敗北したのだ。
その後は伝説にも語られる通りだ。暴走した【獣】が制御を失いルスクォミーズの肉体を乗っ取る。
九姉の総攻撃によって獣は敗北し、クレアノーズのもう一つの力である封印能力とコキューネーの順正化処理によって【危険性】を取り払われ、彼女は九姉評議会の決定により亜大陸へ追放された。
姉妹の残党狩りが悪鬼の大半を始末し、協力者たちは姿を晦ました。
ゲヘナは何らかの処罰を受けたらしいが、既に【罪人】であるゲヘナにはこれ以上の罪は課されず、アルセスの恩情もあってそれほど心配はいらないらしい。使いのフラベウファは、それだけ告げて去った。
亜大陸を放浪するルスクォミーズは時折本大陸にいる姉妹たちのことを耳にする。
曰く、内部分裂が起こり内乱状態にある。
曰く、ヘリステラをカタルマリーナが暗殺し大空位時代が訪れている。
曰く、第二次図書館襲撃が決行された。
曰く、アルセスがキュトス再生の為に動き出した。
曰く、ヘリステラは無事であり、九姉評議会の下で再編が進んでいる。
曰く、【救世主】マービが誕生した。
曰く、マリアフィーリスが独自の勢力を形成し、大陸東部で反逆を決行した。
あとはラクルラールが死んだだの14番に魔王が誕生しただの、挙句の果てにはキュトスが復活しただの、本当か嘘かわからないような噂が耳に入ってくるのみである。
超次元戦術格闘攻撃要塞なるものが暴れていると聞いた時は流石に噴き出したが、亜大陸に来て実感したのはここの住人の本大陸に対する認識のいい加減さである。
情報は当てにならない。そう判断した彼女は、自らに課せられた罰―――百鬼斬りを果たす為、放浪を続けている。
だが――――

37ダウンバースト:2007/03/21(水) 23:54:47
そもそも。
ルスクォミーズの原点とはなんであったのか。
彼女はその理念に従ってキュトスの統合・再生を意図した。
姉妹の捕食による合一。
それにいたる経緯、其処に至る原因はなんであったのか。
そして、如何にして彼女は【反逆】なる異能を得るに至ったのか。
クレアノーズが吸い取ったものとはなんであったのか。伝承によればルスクォミーズはクレアノーズに結界の中枢たる権限を委譲したと言うが、それは事実なのか。
そして、結界とはなんなのか。中枢の権限とはいかなるものであるのか。
彼女は紀人ゲヘナと接触し、悪鬼の力を得たという。
ならばその時、彼女の思想に決定的な変化が齎されたのか。
姉妹たちは口を揃えて言う。
以前の彼女、反逆時の彼女、そしてその後の彼女。全て別人かと思うほどの豹変振りであったと。
ルスクォミーズに、そのような自覚はない。
彼女の身に、一体何が起こっていたのか。
その全てを把握するものは、今だ誰もいない。

38ダウンバースト 追補:2007/03/22(木) 11:02:23
後に、ヘリステラの命によってルスクォミーズを監視していた為に、この戦いの一部始終を覗いていたノシュトリはこう語る。


あれは戦闘というよりも戦争でした。
九姉の皆さんはその多くが戦術級の魔術を行使可能であると聞き及んでいますが、シャーネス様の七つの風の軍勢や、ルスクォミーズ様の斧の軍勢は個人が為し得る破壊の域を突破していたと確信しています。

何しろ、あの戦いの後、森の中に巨大なクレーターができていたのですから。
危うく巻き込まれる所でした。

39ターミナルポイント:2007/06/27(水) 01:38:38
とにかく、私はひどく巧妙に、そして確定的に濡れ衣を着せられたということなのだろう。
しかしながら私はコキューネーの殺害犯などでは断じてない。
何者かが、私を陥れんとした真の犯人がいるはずなのだ。

だとすれば、それは星見の塔に怪しまれること無く出入り可能な者か、
あるいはアーザノエルにすら気取られること無く塔に侵入できるほどの者。
アーザノエルの目は絶対だ。たとえ姉妹に扮して侵入しようとしても、けっして欺けるものではない。

前者ならば、それはキュトスの姉妹だ。
後者ならば、それは「紀」性を持つアーザノエルの目かいくぐれる存在・・・・・・
即ち同じく「紀」なる存在である。
竜か猫か、あるいは神か英雄か。

あるいは、姉妹の誰かの裏切りなのか。

いずれにせよ、彼女の手に負える相手ではない。
しかし。
彼女がその無実を証明するためには、その犯人を探し出さなくてはならない。
そして何より致命的な事が一つ。
彼女は、同じ相手から二度と意思を受け取る事が出来ない。
こちらの言葉が届いても、相手の言葉は理解できないのだ。

これでは、犯人を捜すどころではない。
エディは絶望し、しかしそれでも生への渇望が体を動かした。
今は、一歩でも遠くへ。

彼女を処刑せんと迫る姉妹たちから、逃げるために。

40かつての木戸野:2007/11/23(金) 02:38:50
/***
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/movie/7039/1192801775/431
上記のリクエストにより以下のテキストを作成した。
***/
 様々な世界を旅してきた。けれどもいつも同じことで困ったよ。あなたが考えている通りだ。旅費をどうやって工面するかだ。調べればすぐ判ることからいうけれども、ゆらぎ市に戻ってくる前の私は犯罪者だ。で当然、旅のあいだも犯罪者で食っていた。
 今の仕事を別にすれば、おれのやっていた仕事でまともな代物は大久保鱗の助手になる前、工場でスプーンを作っていたのくらいのものだ。あとは犯罪関係か、傭兵だ。傭兵に関してはまともな仕事だって反論はあるとおもう。おれも傭兵をやっていたから判るが、あれはまともな軍人もいる。当然、そうでない奴もいた。おれは比較的まともなほうだったつもりだ。おれはさ、戦場でラプソディを奏でて殴られたことがあるんだ。他に悪いことはしていないけれども傭兵としてはまともなセンスではなかったね。
 あるときのことだ。おれは金に困っていた。まあいつものことだが。そしていつも通りに悪い遊び場所に出入りして儲け話を探した。どうも大久保鱗のしつけは効いていたらしくてどんなヘンテコな世界でもそういう場所のありかはすぐにわかったよ。匂いを覚えた犬みたいなにね。
 そこで「酒神ビッガイと情欲の女神ウエイラナの交感」という書物の存在を知った。なにやら発行禁止処分を受けた色本らしくて手に入れたら一儲けできそうだった。それでおれは曖昧な情報をもとにこの本を取り扱っている組織のある街へいったのさ。
 向かった先は学園都市だったよ。この手の街は学術目的とか理由をつけて禁制品がよく出入りしているものだった。どこの世界でも似たり寄ったりだったさ。というわけでおれは例の鼻で悪い場所をみつけてさっそく故買屋と接触を図ったのだけども、いきなり銃を向けられたよ。
 参ったね。おれは正規のルートを踏んだのにね。禁制品に対して正規のルートってのはおかしく聞こえるけれども本当に正規ってのは裏社会にもあるんだ。力関係とか物の動きというのがあるからね。どうしてもここは正しいってのはあるんだ。空気を読めって変な言い回しがあるだろ、あんな感じに似ているかもね。たぶん。
 というわけで故買屋が仕掛けた罠におれはかかった。もちろん故買屋はおれでない誰かを狙っていたわけだけどね。まあ殺してから命中を確認しようかという勢いだった。仕方ないからおれも調子を合わせてぶっ放した。
 そのときの世界に鉄砲はあったかって。あったさ。でもゆらぎ市にあるものとは違った。この時代のおれは世界的にすごく不安定で一所に自分の意志でどうしてかとどまれなかった。だから銃なんて暴発しやすい武器は使わなかったよ。だからファイアスターターという道具を使っていた。手袋の形をしていたけれども機関拳銃や迫撃砲の代わりになる優れものさ。それでおれは故買屋とやりあったのだけど、関係共がやってきて、一緒に逃げて、戦って、一緒に指名手配を受けたさ。そうなるとおれは故買屋の人脈が欲しくなるし、故買屋もおれの火力や異能が欲しくなるってもので、おれたちは仲良くなってしまった。
 そうなると誤解も解けておれは商品の運び屋になった。運び屋ってのは販売員も兼ねているものだ。どこの世界の販売員も営業課の社員も商品知識ってのを持っている。というわけでおれも「酒神ビッガイと情欲の女神ウエイラナの交感」を読んでみた。まあ愉快な読書体験とはいかなかった。今でこそおれは文章で生計を立てているけれどもそのころは本なんて銃のマニュアルくらいしか読まない男だったからさ。で読み終わっていったのは「男同士よりも女同士でやるほうが好きで、できれば男と女でいいことするほうが好き」ってことだ。すると故買屋は目を丸くしたよ。

41かつての木戸野:2007/11/23(金) 02:39:57
 ここには私のちょっとした勘違いがあったよ。「酒神ビッガイと情欲の女神ウエイラナの交感」は私にはありふれたポルノグラフィティだったけれどもこの世界の住人にとっては政治的な文書だったようだ。春本と思い込んでいたのが思想書だったんだよ。生物の多くは雄と雌が交わって子をなす。人間も同じだ。男と女が交わって子をなす。そして社会は保たれる。しかし男と男が交わって、また女と女が交わって子をなすとしたら社会はどうなる? 答えは無数にあるだろう。私にはどれが正解か判らない。しかし確実にいえることはひとつだけあって、それは確実にそれまでの社会が変化するということだ。だからこの本はただのやおい本でなくて思想書なんだ。
 もっともこれ警察や政府に追われる理由だ。故買屋が罠を張った相手は別にいた。どういうわけか知らないが、故買屋が取引直後に斬り殺される事件が続発していたんだ。というわけでおれは火力を頼られてボディガードについた。すると1人の女の子が現れたよ。宵ってことだ。ああ懐かしい名前だ。このことを他人に話していると知ったら宵は起こるかな。きっと柳眉を逆立てて起こるだろうよ。ホモ好きくらいどうってことはないのに。まあ潔癖性で見栄っ張りの可愛い女の子だったから仕方がないか。
 君も知っているとおもうけどキュトスの魔女とかキュトスの姉妹って連中が汎世界的に存在する。宵はそのキュトスの姉妹の一員だ。似たような連中がいて、どいつもこいつも剣の腕が立つ。ゆらぎ市にも伝わっているが沙羅双樹という技はどこかの世界の宵が生み出したものなんだ。
 この宵ってお嬢さんが取引の終わった故買屋を殺して回ったのさ。金はちゃんと支払って、でも春本しかも男色物を買ったなんて他人に知られたら恥ずかしいからってね。
 さて宵と顔を合わしてどうなったからって。そりゃ例の沙羅双樹でサイコロステーキにされそうになったのを異能で防いで、ファイアスターターでぶっ飛ばしたのさ。可哀想に、今だから可哀想っておもうけれども、宵お嬢さんは髪の毛をちりちりにされて逃げていったよ。
 で怖いお姉さんの登場だ。知っているだろう、ゆらぎ物産の女傑、あそこの社長さん。ムランカ姐さんのお出ましだ。うちのかわいい妹をどうしてくれたってすごい剣幕で迫ってきて死ぬかとおもったよ。いやはや本当に死ぬかとおもった。あんなのはメクセトって王様と魂取り合ったとき以来だよ。まあ宵が取りなしてくれたんで死なずにすんだ。なに宵だって親しい人に秘密の趣味を知られたくなかったのさ。まあ最終的にはばらしてやったけどな。どうせムランカにはばれていたさ。姉妹の親交をお節介焼いて深めてやったのさ。
 まあムランカと宵には世話になったからそれくらい当然だ。なんせあの2人の助けがなかったらおれは南アメイジア市にたどり着けなかったし、だったらゆらぎ市にも帰れなかったからさ。あの程度たいしたこと無い。まあ結局ムランカから罰食らって核爆撃くらったけれどな。まあ4Dブラスターを食らわなかった分だけ優しいね。きっとムランカ、照れていたのさ。
 変な顔をするなよ。文化人類学に冗談関係って言葉があるだろう。あんなものさ。
 さてもうあなたも行きなさい。時間になったから。
 どこにいくかって。そりゃゆらぎ不動産さんだよ。ムランカの娘さん、アンリエッタちゃんの誕生日に呼ばれているんだ。
 可愛い子だぜ。ありゃ美人になるな。ふふふ、どうだ、おれがうらやましいだろう。
 ふふん。笑ったって無駄だぜ。十年経ったら、いや五年たったらあなたは頭を下げに来るんだ。アンリエッタさんとの仲を取り持ってくださいってね。
 そのときになってから後悔しな!

end

42沐浴中に致命的失態を演じた男が幼女を誘拐する話:2008/02/25(月) 18:24:37
曇ったレンズの向こう側を透して見る、という形容があるように、そのときの私には物事の正確な形というものが見えていなかったのだと思う。
いや、曇っていようが湿っていようがレンズはレンズである。眼鏡がいかに正確な視界を提供しようともそこに映るのは虚像でしかないのだ。

43沐浴中に致命的失態を演じた男が幼女を誘拐する話:2008/02/25(月) 18:49:50
歪曲した事実と言うものは、然るにどのような後手を回してみてもそれが歪曲していたという事実に気付きようもないものだ。
兎にも角にも私は言うも情けない理由から転落と凋落を繰り返し、気付けば風俗店に出入りする身分となっていた。無論、悠々自適に女を買うなどという客の立場ではない。
私自身が、身体を売る羽目になったのだ。
一応念のために言っておくと私は男である。では有閑なマダムの憂患でも慰めるために雇用されているのかと言うと、そうでもない。
その前に私の簡単な容貌を記しておこう、というのも一言で済ませられるからだ。
私はベビーフェイスで、更に非常に華奢な身体のつくりをしていた。有体に言えば年齢不相応に幼げなのだ。私が社会に出てそれなりの経験を積み重ねていく過程は省くが、それだけの人生経験を持つ大の男に対する世間の評価や風当たりはそれなりに強かった。全てこの容姿のせいだと、常より確信していた。
そしてまた、己が破滅するとすればこの容姿によってだろうとも。
上司からの誘惑、友人の裏切り・・・・・・これだけ列挙しても何のことやら分からないだろうが、しかしここではその二つの事実を並べるだけで私のこれまでの境遇を想像してもらうほかない。
あの過去は、正直思い出すのも忌まわしい出来事の渦なのだ。
話を戻す。 こうした一部の客層にとってはとてつもなく魅惑的に映るらしい私の身体は、そういうわけで同性相手に興味を持たれる一定傾向の趣味の方々に対して需要があるわけであった。
その店では私と同じような線の細い青年たちが沢山いた。たまに年端も行かない少年の影が見え隠れしていたが、そういった種類の「商品」は定期的にやってくる特別な客の為に店の奥に秘されているようだった。
店では、大自然の中での「遊び」が可能であるという謳い文句で客を寄せていた。
それはこの店特有のサービスで、いわゆるイメクラ風の、擬似体験的なプレイを行うと言うものだった。
我々「商品」は店内のスペースに用意された小さなセット(中々手の込んだもので、舞台に詳しい人物が手を加えたらしい)の中で、ある時は芝生の上で蝶々を追い掛け回し、ある時は湖で沐浴をする。
そうして無防備に「遊んで」いる我々に、訪れた顧客が「遊んで」あげるというわけだ。
さて、こうしたシステムを聞いたあと、まず私は先輩の仕事ぶりを室内の監視カメラから観察する事になった。
その様子は、正直筆舌に尽くしがたいものだった。しかし先輩氏は事の後平然とした顔で客を見送り、夜が明けた後もはつらつとした顔で金の勘定をしていたのだった。
それが私の胸に、抉り出すかのような衝撃を与えた。
吐き気がする、というような生易しい情動ではない。この身を決して委ねたくないという嫌悪感を催させる、凄まじい悪臭と汚濁を含んだ流れだった。
腐ったドブ川に嵌ってしまった。私は、ここにいてはきっと腐ってしまう。
恐ろしさは仕事そのものに対する恐怖ではなかった。自分がこの腐臭に慣れ、変質してしまうであろう確定的な未来に対しての恐怖だ。
私はちゃちな森のセットの中、川で水浴びをしている設定で部屋に待機することとなった。いわゆる初仕事ということもあって、先輩諸氏からは微妙な視線で送り出されていた。
不安に打ち震えながら、私は裸体を川に浸していた。・・・無論、水道から組み上げた水でしかない。
かちゃりと音がして、入ってきたのは五十絡みの男だった。 頭髪はやや薄くなっていたものの、それなりに壮健そうで、生真面目そうな男性だった。
質のいいスーツを脱ぎつつ入ってきた男は、私の姿を見るややにわに息を荒げ始めた。
その時の私は、至極冷静にものごとが見えていたように思う、少なくともそのはずだと思っていたい。
頭上で監視カメラが光っている事も、部屋の様子を先輩やオーナーらが眺めている事も知っていた。ここに着てから世話になりっぱなしで、何度も慰めてくれた気のいい先輩もいるはずだった。
この仕事を終えれば、飲みにいくなり潰れて寝るなり、なんとかして明日からの日々や生活が続けていけるはずなのは明白だった。
だが。その時私は、酷く自然に、それを当然のこととして、致命的な失態を演じてしまったのだ。
かちゃかちゃと小刻みな金属音を響かせてベルトを外しズボンをパンツとまとめて下ろした男の足の付け根を、渾身の力で蹴り上げてしまったのだ。
あの時の、ぐにゃりとしていて芯の通った感触は今でも右足の甲に残っている。
なんにせよ、あの時私の人生は、更なる転落を始めたのだ。

44沐浴中に致命的失態を演じた男が幼女を誘拐する話:2008/02/27(水) 01:09:06
こうして、店からも追い出された私は文字通り丸裸となって寒々しい夜空の下に放り出された。狭い空は、路地裏から見上げた夜だ。
閉塞感が私の胸をぎゅうぎゅうと締め付けていた。
路頭に迷う、なんて状況を私は数週間前まで想像だにしたことがなかった。
このような苦境が自らの身に訪れるなんて、誰が考えるものだろうか。いや、例えそれが高い蓋然性を持って訪れることが予想されたとしても、だれが信じたがるだろうか。

45沐浴中に致命的失態を演じた男が幼女を誘拐する話:2008/03/08(土) 19:02:56
進退窮まった人間が思いつくようなことなど、昔から碌な事ではないと相場が決まっている。
私の場合もその例に漏れず、切迫した思考は常識的に考えたならばありえない結論へと突き進んだ。
犯罪を犯そう、と私は決意した。
まっとうでない手段によって、金銭を得ようと思ったわけである。だが私は自分の要領が悪いことにようやく気づき始めてきた頃合でもあり、確実な成功率でもって犯罪が達成できるなどとは露にも思わなかった。
故に、仮に失敗して官憲に捕らえられたとしても、懲役刑程度で済む罪を犯そうと決めた。
それならば仮に捕らえられたとしても寝床と臭い飯が与えられるのだ。このまま野ざらしで死ぬよりはいくらかマシである。
どう転んでも自分に悪いようにはなるまい、とそのときはそんな愚にもつかないことを考えていたのである。
火付け殺人は古来より獄門さらし首と相場が決まっている。となれば、こそ泥か強盗かあるいは詐欺か。
しかし盗みや騙しといった、専門的な技能が必要な犯罪はどうにも私向きではないように思える。専門のプロフェッショナルが捕まるご時勢だ、駆け出しのひよっこ風情が家宅侵入も糞もないだろう。
ならばなんだ。私に出来る犯罪というのはいったいどのようなことだろうか。
と、思い悩む私の視界に、丁度そのとき天の助け(のようにその瞬間は確かに思えてしまったのだ)が現れた。
ふわりと流れる髪は淡い金。白々とした肌は夜闇を照らすかのように鮮やかに月に照りつけられていた。
これ以上ないというほどに見目麗しき少女だった。
いや、そのあどけなさはどちらかといえば幼女の域である。こじんまりとした体躯が夜の街の奥、人気の無い路地裏に立ち尽くしていた。
身に纏う豪奢な服は、明らかに上流階級のご息女かなにかといった風情だ。

その時私の思考の中心に躍り出たあまりにもアホらしい閃きを、しかし誰がどう非難できるだろう。
いや非難されない理由などないのだが、それにしてもあまりにも当然自然と現出したアイディアは私にとって唯一無二の真実となってと裸の矮躯を突き動かしたのだ。
突如として暗闇から現れ出た全裸の童顔男に、幼女は一瞬理解できないものを見たかのように目を大きく開き、ぽかあんと口をあけた。
私は彼女が事態を正確に把握するのに先んじて、一言のたまった。
のたまってしまった。
「お、おじょうちゃん。 アメあげるから、僕と一緒においで」

46沐浴中に致命的失態を演じた男が幼女を誘拐する話:2008/03/13(木) 15:33:21
アーデル・アルカンダイットは天運を味方に付けた女だと、常日頃からそう評価され続けてきた。
彼女の進む道に困難は無く彼女の為すことに不可能は無い。
障害は自ずから取り払われ足す来るものたちはどこからともなく集い彼女を支える。気がついたとき、彼女は当時の女性としては異例の地位と権力を恣にしていた。
前代未聞。
空前絶後。
いや、絶後かどうか、その時に断ずることなどけっしてできはしないのだが・・・しかしその時代に生き、そして彼女を知りえた人間は皆口をそろえて言うのである。
アーデル・アルカンダイットは神に愛された女であると。
さて、そんなアーデル・アルカンダイットは目の前に運び込まれた一枚の書類について頭を悩ませているところだった。
これは、きわめて稀有なことである。有能を通り越して万能極まる彼女にとって、困難な案件など数えるほども無い。不可能や不具合など。直面したことも無いのである。
その彼女が、初めて直面した頭を悩ませるほどの事案。
その場に彼女以外の人物がいたなら・・・たとえば秘書であるヘブニン・リクセンティスなどに知られたなら、その噂はたちまち広まって大騒ぎになるだろう。
それほどの、大事なのである。
さて、その時彼女がその文書の何にそんなに頭を悩ませているのかというと。
「・・・・・・おかしい」
その書類の、異常性にであった。
それは委嘱状であった。それも極めて高い、最上級レベルの機密に属する、あらゆることに先駆けて行われるべき、最優先の中の最優先、至上命令といっていい代物だった。
つまり、彼女に拒絶の権利は無い。
アルカンダイット空輸は、大陸どころか世界規模で展開される航空事業の雄である。空を制するものは世界を制す。
世界最大の大富豪にして先代アルカンダイット空輸の社長、リーナ・ゾラ・アルカンダイットは常日頃からそう言っていたと言う。
あらゆる航空事業、先端技術の粋を凝らした精密航空機、その他大規模な『天空魔術』に至るまで、惑星全天のシェアを独占するアルカンダイット空輸は実質的に世界の覇者といっても過言ではない。
その頂点たる現社長、アーデルはつまり、そういうポストに座っているのである。
その彼女をして唸らせる困難怪奇とは一体何か。
「ありえない」
委嘱状には、署名が無かった。
というか、どこから紛れ込んできたものなのかが、全く特定できなかった。
彼女の眼前に、突如としてまるで虚空から浮かび上がるように、ぱっ、と現れ出たのである。
現出したのである。
それだけなら、まあどこかの魔術師が「転送」でもしたのだろうと驚くようなことではない。
だが彼女が驚嘆したのはそれがありえない事だったからだ。
その委嘱状の、紙が問題だった。紙質、紙種、つまり紙の材質そのものが以上だったのだ。

それは、人皮で編まれていた。
人の皮で紙を作り、その上に書面を記していくというのは極めて困難である。何しろ、文字を書こうとして書けるものではない。人の皮は筆だのインクだの・・・・・・そういった記録媒体への干渉道具、もっといえば『記述道具』への絶対的な耐性を持っている。
人間に、記述は出来ない。
強固な個性に彩られた人間に、用意に記述を加えることは出来ない。それを束ね、髪とするだけでも困難であるのに、それに記述を加えて魔術的な干渉を行い転送するなどと、正気の沙汰ではない。
不可能である。
しかしその不可能性こそが、この委嘱状の異質さ、ひいては重要性を示しているのだった。
さらには、現在彼女がいる執務室にはありとあらゆる攻撃や暗殺、侵入や魔術的干渉に対抗するための無尽蔵の防壁が幾層にも重ねて張り巡らされている。それを突破することなど確実に不可能であるとまでされた、難攻不落の要塞の中に立てこもっているようなものだ。
その彼女に、障子紙を破るようにしてたやすく届けられた異常な書面。
その事態、驚嘆すべき状況だけでもそのありえなさのあまりアーデルはうめいているというのに。
その内容、肝心要の、彼女に託された用向きがなおさらその頭を悩ませているのだ。
一言。文面は、たった一文に要約された一言が簡潔に記されていた。

「全裸の男娼に誘拐された、セラティ・ドミナントスターを奪還せよ」

47沐浴中に致命的失態を演じた男が幼女を誘拐する話:2008/03/13(木) 15:58:24
「セラティ・ドミナントスター?」
聞いたことの無い名前だ、とヘブニンは思い、次いで目の前の自分の上司がその名前をいかにも苦々しげに口走ったことに意外な感触を得ていた。そういった彼女は、初めて目にする。
執務机の向こう側で一枚の書類をひらひらと揺らすアーデル・アルカンダイトはたった一文だけの文面の下に貼り付けられた写真をそのたおやかな指で差す。彼女の動作にはいちいちわざとらしさのない優雅さが伴うが、そのことにヘブニンが動じることは無い。
もう慣れた。
「この、金髪の少女・・・・・・というか幼女だね、いたいけで可憐な美幼女を攫って、まあなにか良からぬことをしようという全裸のしかも男娼がいないかどうか、調べてみてくれ」
「なんでそんなことせねばならないんですか」
意味が解らなかった。そんなことは警察が天営騎士団あたりにでも任せておけばいいことであって、自分たちの仕事ではない。
そもそも、
「その委嘱状、どこから出たものなんですか?」
「んー、それがどうにも」
と首をかしげた麗人は、そのやや厚めの、見ているだけでおぞましさが直接伝わってくるような不気味な雰囲気を持つ神をひらり、と振って。
「これは紙それだけで小さな国くらいなら余裕で買い取れるくらいの価値を持った代物だ。何しろ『人皮紙』だなんて、遺失古代の魔道書か超先端の新技術かといった風情だろう?
科学者でも歴史学者でも魔術師でも、それより大きな国家レベルで持ち主を殺してでも欲しい品だよ。
そんなもので送りつけてくるほどの事なんだ、無視するというのも、そうそうできない」
はあ、とヘブニンは相槌ともつかないため息を漏らす。それは答えになっていないというか、つまりどこから来たものなのかはアーデルにも全く見当がつかないということだろう。
静かにまぶたを閉じて、敗北を認める剣闘士かなにかのように嘆息するというアーデルの姿は、少なくともヘブニンにとっては始めてみる雇用主の姿である。今日はつくづく彼女の珍しい一面を見てしまう日だ、と恋する若い男のような感想を抱いてしまったヘブニンだが、彼が彼女に対して何らかの若い熱情を抱いているとかそういったことはまるでない。
「これがどこから来たものなのか・・・・・・F.S.R.の理事会とか、ウチの重役連中とか、あるいは『国』からとか・・・・・・適当にそれらしいところは探っておいて。 多分そうそう尻尾は出さないと思うけど、いや物理的な意味で尻尾を出している種族連中もいるけれど、このまま誰かの掌で踊らされるのは・・・正直、気分が優れない」
「またなんか熱を測ったほうがよさそうな言い回しをなさるんですね・・・・・・ていうか踊らされるつもりなんですか。既に決定事項ですかそれ」
「既定事項、ね。 ここまでも代物を送りつけてくるヤツだもの・・・・・・なんというか。面白そうでしょう?」
ヘブニンはそのときの彼女の顔を終生忘れなかった。
表情が、愉快さに満ち溢れている。
このどこか超然としたところのある女性が、割と長い付き合いになるヘブニンに見せることになった、またしても初のそれは笑顔だった。
満面の笑み。普段笑わない女性が笑うと可愛らしい、などとよくいわれるが、アーデルに関してそれは当てはまらなかった。
極端に整った、麗しき美貌。
その卓越しすぎて超越した能力と天運と才覚に見合うだけの、優れたる容姿。美しさの申し子。
そんなアーデルが誰にも見せたことの無い、その笑みは。
笑み・・・・・・つまり頬の筋肉を動かし、顔を歪めるというその行為が生み出したのは。


見るに耐えない、醜悪な顔だった。

48沐浴中に致命的失態を演じた男が幼女を誘拐する話:2008/04/02(水) 23:45:32

「それで、その、セラティちゃんは確かに”あの”ドミナントスターの家の子なんだよね?」
「うむ。その通りじゃが、わらわを呼ぶにつけ一々愛称的縮小辞をつける必要なぞ皆無じゃぞ。 そうさな、そちは軽い敬意と親愛の情を込めて『セラティ様』とか呼ぶことを許してやる。これはそうないことだ。喜べ」
幼い声が傲然と響き渡った。反響し続ける幼女の声は薄暗くそして広大な空間に拡散していく。
繁華街から外れて、主要街道からもそれた場所に乱立する工場団地。その一角、打ち捨てられた廃棄倉庫の中で、全裸の美男と豪奢な幼女は向かい合っていた。
幼女は意思の強そうな視線できりりと男の裸体を直視しつつも、まるで恥らう様子は無い。
男の方もやや気恥ずかしさをその面にあらわしてはいるものの、前を隠すことも無く堂々としたものだ。得体の知れない気安さが、両者の間にはあった。
二人が出会ってから、実に十五分ほどである。
「さて、おぬしの言う通りここまでついて来たが、飴玉はいつになったらもらえるのじゃ?」
その無垢さは驚嘆すべき域のものだった。幼い思考に悪意や邪心といった雑物は未だ閃きを宿さないのか、あるいは単に愚鈍なだけなのか、男の浅薄な罠にものの見事にひっかかっている幼女である。
「なんともまあ、食い意地が張っているんだねえ」
男の反応する点もどこかズレている。傍から見ているものが居たならば、それはイラついたことだろう。
否。事実、その一部始終を眺めていた男、ギボール・ベルモンドは苛立ちのあまり怒気を露わにしかけた程であったのだ。じっと息を潜め、余人にその気配をさとられぬように努めなければならぬ身としては、それは致命的な気の緩みといえる。
幸い彼が醜態をさらし、観察する両者に気取られるようなことは避けられた。彼の「任務」を遂行するためには最後まで誰にも察知されないことが何よりも重要だった。
任務、と言い捨ててしまう事には、いささかの不満が残る。なぜならばそれは、彼の祖父の代から受け継がれる宿命にも似たものだったからだ。

49沐浴中に致命的失態を演じた男が幼女を誘拐する話:2008/04/02(水) 23:45:42
ベルモンド家は探偵を生業とする一族である。元来はとある複合企業の下請けの情報部員であったのが祖父の代で独立して現在に至ると言う。
アークベルモンド探偵会社といえばその筋ではそれなりに有名な大手の探偵社だ。(頭に余計な文字が付いているが、電話帳で最初に掲載されるようにとの小細工である。探偵社のイニシャルの多くがAで占められる)
探偵業務というのは一つの案件に長々とかかわずらっていられるほど暇ではない。人の懐疑心は底を知らず、人と人とを隔てる距離と壁は存外に多い。
だがそれでいてなお、多忙な社長と言う業務を信頼の置ける社員に代行させてでも務めなくてはならない責務が存在する。
それは正しく使命や宿命というに相応しいものだ。彼が物心付いたころには既に親から幾度と無く言い聞かされ続けてきた、生涯の責務。
それが、これだ。
ある一人の少女、その徹底的な身辺情報の調査。
セラティ・ドミナントスター。その少女の足跡を、余さず捉え記録し続ける事。
記録は探偵社の母体となった旧情報部を抱える巨大複合企業へと送られる。つまるところ、これはアークベルモンド社の古巣からの依頼なのであった。
独立の際には多大な援助を受けたと言う経緯からその頼みを断る事は到底出来ず、ないがしろにすれば社の沽券に関わる。
探偵としてのプライド。それよりなにより、恩義を受けた人としての矜持。
ギボール・ベルモンドはその理由も知らぬ、数代前から予知された奇妙きわまる依頼を、一切の疑問をはさむことなく遂行する事を誓っていた。
依頼人の意思は絶対だと、彼の信念は疑念を抱く事を許さなかった。
疑念に根ざす理由での依頼が多い職種であるからこそ、その職務を果たす探偵自身は疑念を抱かずに行動しなくてはならない。
社訓であり彼自身の信念であるそれを、忠実に実行しようとするギボールは、しかしここにきてその信念にいささかのゆらぎが生じているのを認めざるをえなかった。
眼前で繰り広げられる痴呆じみた会話のやりとりは、彼の鋼の忍耐力をもってしても耐え難いほどにばかばかしいものである。
対象の会話は純然たる情報として割り切れればいいのだが、そしてそれこそが探偵と言う業務においては不可欠な要素なのだが、それでもあふれ出る頭痛の波は止めようが無いという、そういった次元のくだらなさなのである。
音を立てぬよう、深々と溜息をつく。無音での呼吸、無音での感情の発露。
こんな職業に就いていると、自然とそういったスキルを習得してしまう。
仕事の意義などにかんして考えをさしはさむような愚挙はしまい。
だが、それでも徒労という単語が頭上を踊っているような気がして、ギボールは滅入る気分を上向きに出来ずにいた。
ふと、ギボールは奇妙な感触を覚えた。
どこに、という具体的な近くではない。ただなんとなく、勘や霊感といった超感覚的な領域で、何かがおこりそうな感覚を捉えたのである。
果たして、それは直後に証明された。
(何だ、あれは)
ギボールは瞠目し、そしてその未曾有の事態に対応を惑い、・・・・・・次いで自分の任務内容が観察と記録だけであることを思い出して何もしない事を決定した。
だがしかし、仮に彼が何らかの行動を要求される任務を言い渡されていたとしても(例えば少女の護衛などといったような)何かが出来たとは考えがたい。
なぜならば。

観察対象、少女セラティと全裸の男の目の前に出現したのは、見上げるような巨体を赤々と燃え上がらせた巨竜であったからだ。

50沐浴中に致命的失態を演じた男が幼女を誘拐する話:2008/04/03(木) 00:30:34
私が気がついたとき、その「でかぶつ」は既に私の目の前にまで迫っていたわけであり、その時点ですでに状況をどうこうできる段階はとうに過ぎ去っているのは明白であるのだが、状況の明白さ、などというものは所詮第三者視点、冷静な客観的意見以外のなにものでもなく、当事者たる我々にそのような冷静沈着で妥当な思考を行え、というのは然るに無理難題に等しいのだと言う事をここでひとつ主張しておきたい。
つまり何が言いたいかというと、八方手詰まりな窮地の中、再び無様にも無意味な行動を繰り返して醜態を晒した全裸の男がいかにみっともなくとも、笑う事なかれと言う注意である。
まあ重ねて言うが、このとき私は動転していた。
それはもう、この上なく。
何しろ気がついたら立ちはだかっていたその巨大な生物は、私の身の丈を三倍にしようかという体躯である。深紅の外皮は硬質にして鋭利、甲殻の鎧に覆われ肌を焦がす熱波を撒き散らす兇悪な生理機能。
脚は六つ。強靭で節くれだったそれは巨大な爪を備え、私の柔肌など一撫ですれば神のごとく引き裂かれてしまいそうなほどである。
流線的なフォルムから伸び上がる頭頂部に、巨大な一本角。その下に備えられた小さな眼と牙が、真っ直ぐに此方を見据えている。
聳え立つ巨大なる外骨格の怪物。
人はその偉大にして惧れを伴う姿を見て、彼らをこう呼んだ。
竜、と。
「あひぃっ」
私は情けない声を上げて即座に尊大なる幼女の陰に隠れた。
全裸で、全身がその小さな体躯の影に入るように身を小さくして、這い蹲ってである。
床が冷たかったのが印象的だった。
幼女セラティは頼もしい事に竜の巨体を前にしてもまるで怖れることをしない。私は強く彼女の背中にしがみついた。
「外道め。拉致監禁のみでは飽き足らず、人質までとるか」
竜は至極尤もな事をのたまった。竜は節足動物の中で唯一人語を解するが、その発音はひどく聞き取りにくい。地の底から響き渡る悪魔の怨嗟とでも形容すべきだろうか、とにもかくにもおどろおどろしい重低音は私を萎縮させ反論の一切を封じ込めた。いや、抗弁が可能だったとして、しかしこの状況下では反論の余地は皆無であったわけだが。情けない限りの身の上である。
さて、盾にされたことに全く気付いた様子の無いセラティ・ドミナントスターはこっくりと首をかしげて、平然と竜に尋ねる。
「これ、そこのでかいの。 おぬしが怖い声を出すから、こやつがすっかりおびえてしまっておるぞ」

51沐浴中に致命的失態を演じた男が幼女を誘拐する話:2008/04/05(土) 21:26:28
その幼い繊手が、無造作に竜の腕の付け根に触れる、途端。
「っ?!」
鎧袖一触、としか言いようの無い、異様な光景が展開される。竜の甲殻の巨体が、幼女の手の一振りで大きく揺らぎ、ひっくり返ったのである。即座に起き上がり姿勢を取り戻す竜ではあるが、しかし。
恐るべき膂力と技量、それらを内包した強靭さを小さな身体に秘める幼女を見る竜の視線が、明らかに変質していた。
未だ驚愕覚めやらぬといった風情の相対者を観察しつつ、私はひょっとして「これ」はとてつもない拾い物をしてしまったのではないだろうか、と下賎な考えを捨てられぬ私である。
私の中にとりついたその黒々とした思いは瞬く間に良心や倫理といった役立たずな余裕を貪りつくし、やがて自らの窮地を打開するための最善手を模索し始めた。
この幼女は、使える。
あらゆる意味で、有用なはずなのだ。
私は、後ろから幼女の方にぽん、と手を置くと中腰になり、なるたけ怪しげな声色を作りながら言い放った。
「失礼ですが、そこの方。これ以上あなたが余計な動きを見せたり、余計な言葉を発したりしたら、
私はこの女の子に名状しがたいものを名状しがたい過程を経た後名状しがたい作法によって名状しがたい具合に名状しがたいコトをします」
私が息を飲んだのは、更に大きい竜の動揺の呻きによってかき消されたはずだった。
案の定セラティは私の言っている事が理解できず、無垢らしく小首をかしげている、だが。
相対する竜には、全裸の状態で幼女の至近距離に立つ私の危険性が十全に理解できたはずなのだ。
私の名状しがたい意志が名状しがたい電気信号となって肉体を名状しがたく動作させ、名状しがたい物体がセラティに接触し名状しがたい状態に至るまで、現在の距離から考えても一秒と掛からない。その極小の時間で、あるいは私に反応させる暇もなく幼女と裸男の間に入るというのは至難の技だ。仮に私を一撃で昏倒あるいは殺害できたとしても、倒れ臥した私が情操教育上よろしくない状態を晒すのは明白である。
つまるところ、私がセラティに直接的な危害を加える事は彼女の強靭さからして不可能ではあるのだが、しかし間接的、迂遠で陰湿で倫理的に望ましくない影響を与える事は可能なのである。
そうした諸々を盾にとっての、脅迫。
つまり私は、幼くも輝かしい彼女の未来に泥を塗るぞと宣告したのである。
私が彼女とこの距離を保つ限り、竜は私に手出しが出来ない。
否。
この絶対の領域が存在する限り、私には手出し不可能だ。
誰も。

それが譬え神様の手であったとしても。
この距離がある限り、私はそれを未然に防いでみせる。

52沐浴中に致命的失態を演じた男が幼女を誘拐する話:2008/04/05(土) 21:53:40
耳が遠い、という言い回しがあるが、なかなかに興味深い表現ではある。
果たして古い人々はこの表現を如何なる意図のもとで生み出したのか、尋ねてみたいものだと思う。
当然では在るが、音とは大気の振動、即ち流体の波という形で感知され、情報として認識される。
物理界での現象とは乖離して、脳と言う個人の内部で生成されるスパークが遠いか近いかで言えばそれは至近であるとしか言いようが無いが、入り込む情報の大小から逆算された「発生源」の距離を測るのならばそれは遠いと表現するのが的確であろう、しかしだ。
人々はフィルターにして集音装置アンテナである耳を音を感知する直接の器官であると認識していた。
それはつまり、万人に二つ備わった迷宮付きの皿が音を認識する際の中心として捉えられていたということだ。
難聴、あるいは老化した聴覚を指して「耳が遠い」とは、聴く能力の主体である耳が意識としての主体である自己から遠ざかって感じられる、という意図の下で生み出された表現であるのだろうか?
興味は尽きない所ではあるが、この長い前置きの後、私が何を言わんとしているかそろそろ説明をすべきであろう。

背後に、立たれた。

かつり、という足音が、至近距離に突如として出現したのである。
一秒が経過し、そして眼前のセラティが一切の反応を示さないことに気がついた途端、私の全身に凄まじい悪寒が走る。
背後の存在に、私だけしか気付いていない。
あるいは相対する竜には気付いているのかもしれないが、しかしいきなり背後に立つような相手のこと、まず私の利にはならないと断言して良いだろう。
そして、先刻聞こえた音との距離からして、相手は私の至近距離に立っている。
あるいは、私がセラティに影響を及ぼすよりも速く私を排除可能かもしれない距離に!
絶対領域が、いきなり打破される―――?!
ありえない、という理性の声と、殺される、という本能の声がコンフリクションを起こしながら私の心臓をガリガリと削っていく。
私はその瞬間、次に執るべき行動の一切を忘れ、完全に混乱した状態で忘我の状態となった。
致命的な間隙を突いて、一旦距離をとり始めた眼前の竜がこちらにむけて一気に突進をかける。
反射的に身構えるセラティは、しかし私と共に感じた奇妙な感覚に戸惑いを露わにした。
地を蹴る音が、竜のいる前方からだけでなく、左右両方から同時に聞こえてきたのである。

敵対者が三人、あるいは後方にもう一人いる。
そう認識せざるを得ない、その絶望的な状況の中、私は刹那の間正常な思考を取り戻した。
目に見える敵は、竜一体のみである。
左右は確認していないし、背後の敵もまた未確認である。
ここで左右の敵の有無について検討してもどうしようもない、私が一瞬ひっかかったのは、背後の敵と思われる物音についてである。
何故、わざわざ足音を鳴らしたのだ?

気付かれないうちに至近距離まで接近したのなら、そのまま無音で私を排除すればいい。なぜ最後の瞬間に自らの位置を晒すようなまねをした?
最後の最後で詰めを誤った? 油断の産物? いいやありえない、そんなはずはない。
考えても見れば、あの音のせいで私は一瞬冷静な思考を・・・・・・すなわち精神的優位を崩されたのだ。
なんの捻りもない、精神的な揺さぶり。
何故そんなものが必要なのか、誰がそんなものを必要とするのか、状況を考えればそれは歴然としていた。
決定的なのは、タイミングを図ったかのように左右から感じた同時音。逆にヒントとなってしまうくらいわかりやすいその演出効果は、恐慌状態に陥った私の精神を一回転させて正常に戻してしまったのだ。
私は敵の狙いを正確に把握すると、迷い無くセラティに言いつけた。
「セラティ! 前の竜だけ蹴り飛ばしたらあめちゃんあげるぞ!」
幼女の蹴撃に、一切の躊躇は存在しなかった。

宙に、快音が響き渡った。

53沐浴中に致命的失態を演じた男が幼女を誘拐する話:2008/04/05(土) 22:14:54

竜という種族は節足動物でありながら人語のみならずありとあらゆる言語を操るが、それはなにも声帯を使ってのことではない。
口蓋を用いて発声を行う竜種も存在するが、大半の竜は異常発達した翅を多様に振動させて音を作り出す。
竜翅はあらゆる音楽を奏でる楽器であり、あらゆる言語を発音する事のできる優秀な喉である。
背中という部位に付属するため、彼らの声は周囲に振りまかれ指向性を持たせ難いと言う欠点ともいえない欠点が存在するが、こと音という一点に関して竜はこの世界で最も優れた能力を保有する。
その竜たちの中で、とりわけ音の扱いに秀でた種族がいる。
響竜と呼ばれる種族である。
彼らは音波が受信される事によって生成されるあらゆる化学反応を完全に本能として掌握しており、その概念を生まれた瞬間から理解していると言う。
響竜たちは眼球と甲殻で微細な発光現象を起こす事によって、視覚を解した音の生成を可能とした。

光学情報として発信させた複雑なパターンは外部の視覚受容体、すなわち眼球を介して脳に達した瞬間、ある種の共感覚を引き起こし、脳内に音を認識した、という錯覚を生み出させる。
耳を通してではなく、眼球を通して。
純粋な脳内での音の発生。視覚から聴覚に置換させるその能力は全世界中で唯一音波を介さぬ音を対象に認識させる響竜特有の能力である。
音の位置、質、大小、あらゆる音としての情報を微調整として送り出すその能力は「立体聴覚(ホロフォニクス)」と呼ばれ、響竜の希少価値を高める要因となっている。
今しがた吹き飛ばされた竜もまた、響竜の一体である。
名を、ジャムジーという。
彼はとある巨大複合企業の依頼を受け、悪漢からとある幼女、セラティ・ドミナントスターを救出するために派遣された。
だがしかし、セラティ本人からの予想外の反発と悪漢のおぞましい奸知のために一瞬にして退けられる事となる。

天高く舞い上がった竜の巨躯は、廃工場の屋根を突き破って遥かに回転飛行、錐揉み落下しながら何処とも知れぬ空き地に墜落した。
それでも甲殻には傷一つ無いのは竜族の屈強さに感嘆する他ないが、しかし「鱗」とも賞賛されるその鎧の下、柔らかな本体は甚大な被害を被っていた。
呻きつつ、ジャムジーはのろのろと起き上がる。
なんとしても、あの悪辣な変質者から幼女を救い出さなければ。
騙されている事にも気付かず、いいように利用される哀れな幼女。
無垢なその心をなんの躊躇いも無く利用してのけるその吐き気を催す邪悪な心根の男。
一度見てしまったあの光景を、ジャムジーの高潔な精神は決して許す事はできなかった。
自分ひとりでは無理であった。
ならば、とそこまで考えて、他力本願に傾きかけた自分の思考を諌める。
竜はあくまで孤高であらねばならない。決意を新たに、竜は闇の中に姿を消した。

54沐浴中に致命的失態を演じた男が幼女を誘拐する話:2008/04/13(日) 20:55:24

提示された要求は、およそ馬鹿げたとしかいえないものであった。

「棒つきキャンディー一年分を用意せよ」

報告のあった廃工場に残されていたのは、放置されていた塗料を用いて書かれた簡素な文面のみである。
床にでかでかと記されていたのは見逃されぬようにとの配慮か、とにかく全裸の悪漢といたいけな幼女の姿は何処にも無く、響竜ジャムジーに導かれた数名は無駄足を踏む事となる。

「おいおい、勘弁してくれよ」
ジャムジーが所属する戦闘能力者集団「スカイドライブ」のサブリーダー、アルフレッド・トイレスレイヤ−はくたびれた溜息をついた。
彼の保有する魔術技能・「アーリーモーニング・スウィートサンド」はその手で掴んだ相手を絶対服従させる能力を持つ。
彼にとってみれば、自分が赴いていれば楽に捕獲ができたのだと言いたいのだろう。
見れば周囲の仲間達も同様に、徒労に終わった行動を、あるいは虚言で自分らをたばかった同僚を嘆き責める眼をしていた。
竜はあえてその視線を無視すると、状況を把握するために工場内を見渡した。

寂れた雰囲気は昨日のままだ。メッセージはひとつだけで、時間や場所の指定は無い。
ならばこれは相手が相当におろかなのか、或いは実際に要求を満たす意思がないかのどちらかだろう。
ジャムジーは、判断を保留にした。
「とにかく、一旦本部に戻ろう。 まずは対策を練らないと」
「ケッ、えっらそうに。 ヘマして逃げられた癖によう」
聞こえよがしに呟くのはもう一人のサブリーダーである、ビーリーキーパー・スプレッド。神滅具『成しえぬ盾』を保有する英雄能力者である。
スカイドライブ内で最も優れた戦闘能力を持つにもかかわらず、リーダーの座を得られないことが不満らしい。
リーダーであるジャムジーにつっかかるのはいつものことだ。
「落ち着きなさいよ、ビーリー。 私たちはチームでしょう。 仲間の失敗は即フォローが基本。忘れたの?」
穏やかにビーリーを諭す女。 エステラ・フォーサイト。 彼女の『無限虚構』は相手に虚構を現実だと錯覚させ幻惑する無敵の能力だ。彼女にまともに相対して無事で居られる生命は存在しない。
流石のビーリーも気まずげに目を逸らし、舌打ちをしてごまかした。 エステラは仲間内でもっとも厄介な女だと認識されていた。あらゆる意味で。
『スカイドライブ』はジャムジーを筆頭として総勢12名からなる最強の武力集団であり、その全力をもってすれば排除できない敵は存在しないとまで謳われていた。
ジャムジーには絶対の自信があった。
一度は油断したが、全ての戦力を持ってすれば敵の制圧などわけは無い、と。
それは、どうしようもないくらい間違った認識ではあったのだが、しかしその時のジャムジーにとってはそれだけが真実であった。
彼らは秘匿された集団であるが故に目立たぬよう普段は清掃員の姿をして街中を移動する。
作業車に乗って移動した先、そこは何の変哲も無い雑居ビルだが、その実体は彼らが所属する組織の本拠である。
そして、

55沐浴中に致命的失態を演じた男が幼女を誘拐する話:2008/04/13(日) 21:04:45
私は躊躇せずセラティに命じた。
すなわち、「あの連中が飴ちゃんを独り占めしている悪い奴らだからこらしめなさい」とかなんとか適当な事を吹いてみた。
延々と連中を付回す事小一時間。私は裸、しかも誘拐犯な身の上であるからして、人目につくわけには行かなかった。
そこで私は同じく一目についてはまずそうな連中の後をついていくことを思いついたというわけだ。
一目に付きにくいルートを先行してくれたお陰で私もあまり目立たずに行動する事ができた。
路上でクラクションを鳴らされたり、三回ほど警察に追い回されたりしたが、全てセラティが撃退したので多分大丈夫だろう。

こちらの存在に気付いた連中は全部で十二人いた。
昨晩の竜は勿論。老若男女取り揃えて様々な風体の連中。統一感が無く個性を際立たせるような集団である。
「ハ、飛んで火に居る夏の虫ってな! 喰らえ!『アーリィィィモォーニング・スウィィィィトォサンドォッ!!』」
「俺の『成しえぬ盾』はあらゆる攻撃を「未然」に無効化する。この意味が分かるか・・・? 
てめぇは何も出来ず、ただ俺にいたぶられる運命なのさぁ!」
「ふ、スカイドライブの中でも『夢弦三装士』と謳われた私たちの連撃、果たして受けきれるかしら・・・?
喰らいなさい!『無限虚構』」

セラティがぶつと、皆死んだ。

最初に挑んできた三人のみならず、その後ろに居た9人、昨夜の竜含めてみんなぶっとんだ。
完璧だった。

これでぼくらは自由だ。
そして僕はこれから人の上に立つ男になれる。
僕は、君臨するんだ!


第一部、完。

56言理の妖精語りて曰く、:2008/04/29(火) 01:02:24
第二部は幼女誘拐犯がライバルのヒモと出会う話がいい。

57ガヤール神話・創世編:2009/01/02(金) 15:29:58
嘗て宇宙は原形質の塊で、アス(東の方角?)の果てから遣ってきた混沌たるハツワシュ(一種の創世神か?)が原初の水、海を吐き出した。
その後、ハツワシュは七の七乗の年月を漫然と海を漂って過ごし、そして海が蒸発した雨雲(クオア)、つまり天空神クオアと出会った。

意気投合した二人は共に行動をし、やがてクオアが生き物を作り始めた。それを見たハツワシュはその生物達の為に大地(クヘバ)を、つまり女神クヘバを創造した。
そうして安住の地を得た人間達にクオアは気候の恵みを与え、クヘバは穀物や家畜を生み出した。やがて驕った人間達によって大地は削れられ地力を衰え、クヘバは実りを失った。

これに激怒したクオアは火の雨、洪水、大嵐で人間を滅ぼそうとしたが、肝心の人間共はその度にしぶとく生き残り、過去の過ちを繰り返した。
現在、神々は現世に嫌気が差し、その姿を消した。しかし、このままでは四度目の大災害が起こる前に、我々人類は自らの手によってその首を絞めることになるだろう。

嘗てこうした伝説が語り継がれていたガイラ諸島では、人類の宿業を救済し、滅びの時を少しでも遠ざける為、生贄を捧げるという風習が残っていたとか。

58言理の妖精語りて曰く、:2018/03/08(木) 19:43:49
つまり、生贄を要求するハツワシュは、幼女誘拐犯である


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