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二題噺スレ。

47夜辻の影がささやく。:2007/08/31(金) 05:25:55
>>44その3

「お待たせ」
「そ、それはなんだ?」
 俺の声が震えていたのは、それが明らかに彼女の手料理だったからだ。学問一筋に生きる彼女は、その頭脳とは反比例して、極度の味音痴だった。幼馴染のよしみでよく手料理をご馳走になっていた俺は、そのことを誰よりも知っていた。
「あのね、不思議なことなんだけど、石板の表側には哲学について、裏側には、たぶん美食って意味の単語と、なぜかシチューのレシピが書いてあったんだ。さすがに人類史以前のレシピだけあって、足りなかたり正体不明の材料とかが書いてあったけど、そこは私の想像力を駆使して適当にそこらへんにあったモノで間に合わせたから。ね、いいものを持ってきてくれた貴方に、最初に味見してほしいんだ!」
 彼女にとっては、これは最大級のお礼なんだろうな。ああ、しかし、俺は彼女の殺人級の料理の腕を知っていた……。
「私さ」俺の心を知ってか知らずか、彼女はシチューを皿につぎながら、予想もしていなかったことを言った。「貴方がよろこんでくれる料理が作れるようになったら、貴方にプロポーズしようと思ってたんだ。本当はね、石板の表に書かれたことよりも裏に書かれたことを解読できたときのほうが嬉しかった。これでやっと、貴方にプロポーズできる料理が作れるぞ、って」
 そんなことをうっとりとした優しい眼差しで言われちまったら、男として後には引けないってもんだ。
 彼女が俺の前に置いてくれたシチューを見て、大きくつばを飲み込んだ。どす黒いスープの色と、鼻をつんとつく辛い匂いが命の危険を知らせてきたが、覚悟を決めた俺はスプーンをシチューに運ぶとともに、正面に座る彼女に無理に微笑んで、そして、――食った。
「おいしい?」
「おいしいよ」
「よかった。――ねえ、結婚しよ?」
 俺は勿論、頷いた。
 だらこそ、お前が今ここにいるわけだ。
 ん、そのときのシチューの味?
 ――そんなもの、プロポーズされた瞬間には忘れちまったよ。

 ……こうして長い昔話を経て、ゲシュタルトは自分が生まれるきっかけとなる挿話を知ったのだった。
 ただ、自分の最初の質問がないがしろにされていたことには少し傷ついた。そして、もう一度同じ質問を父親に聞いてみた。
「ああ、お前の名前の由来だったな。話の途中に出てきた、石板の表側に書かれてた学問の中にな、お前の名前が出てくるんだよ」
 全体性を備えた形態、という意味が自分の名前に込められているとゲシュタルトは知った。
 ゲシュタルトは自分の出自について、二重の知識を得たのだった。自分が生まれるきっかけとなる出来事と、自分を表す記号としての意味を。
 それ以来、ゲシュタルトは自我というものについて考えるようになった。それは自分一人について考えることだけでなく、自分の出自から、自分をとりまく世界そのものを俯瞰するように考える思索だった。全体性を持つことこそが、自分であると、ゲシュタルトは自然にそう考えるようになったのだった。しかし、それはまた別の話である。
「――さあ、話はこれでおしまいだ」父親はゲシュタルトにそう言って立ち上がると、家の中を食堂へと移動した。
「そろそろ晩飯だな。母さんの美味いシチューをはやく食いたいだろう?」
 ゲシュタルトは父親の言葉に頷きながら、それにしても、と思った。
 自分の出自が、ゲシュタルトという言葉と、グルメという言葉が表裏に刻まれた奇妙な石板によって作られていたなんて考えもしなかった。
 世界というのは不思議なものだと、子供心に彼は感じていた。


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