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二題噺スレ。

412/2 ◆hsy.5SELx2:2007/06/12(火) 22:58:45
「そうね……」
 アレプフィノは、今度は慎重に考えた。
「ひとりの小説家が、辺鄙な村に住んでいるの。その小説家は自分のことを小説に書くのだけど、どんなに写実的に書こうとしても、文章と現実の間に齟齬が生じる。その齟齬を生めようとして彼は色んな人のもとを訪ねまわるのだけど、そのうちに現実と小説の区別が曖昧になっていって……」
 再び、めまぐるしく景色が変わった。枯れた草の匂いがする畑がどこまでも続く。みすぼらしい家がまばらに立ちならぶ。村人はみな疲れた表情をしていながらも、憂鬱という風ではない。こういうものだと諦め、割り切っている。一軒の、とりわけみすぼらしい家の中へと場面は変わる。ろくでもない風体の男が机に向かって頭を抱えている。その内、男の家のなかには猫や竜が消えたり現れたり、その度に男はわけのわからないことを呟いたり、哲学的な思索を延々とノートに書きつけたり。
 アレプフィノは再び頭が痛むのを感じた。叫んだ。
「違う、違うわ!」
 そうしてまた、景色はみんな渦に飲まれて消えさった。まだらな色が染みついたキャンパスみたいな平板な景色だけが残った。
「おやおやおやっとこれも違う。一体全体どうしたの? なにか問題ありました?」
「わたしが書きたいのは、こんな小難しいだけで何の面白みもないような話じゃないの。そりゃ、こういうのを好む人もいるのはわかるけれど……」
「ふむふむなるほどもっともだ。さてはてこいつは困ったね。それじゃあ一つお試しに。あなたの心を映しましょう」
「え?」
 彼女がなにかまともなことを答える暇もなく、「それ」は始まった。
 風景。彼女がいままで暮らしてきた家がキャンパスに立ちあらわれる。失恋の記憶。初恋の少年。文字列がぐるぐると頭の周りを飛びかう。猫の姿を想像。そいつが鼻から口へにゃんと抜ける。祖父が死んだとき、魂のことを考えた。魂は彼女の足もとでぐずぐず泣いた。景色は空へと変わる。空へ落ちれたら素敵かな、なんて考えた瞬間もう墜落している。ぶよぶよの空で身体が跳ねた。アルセスってかっこいいのかな。アルセスが笑いかけた。そっと誰かの頬を撫でた。あれは誰? ああそうか。文字は炎竜みたいに火を吹く。家が燃えて、学校。男の子が使える魔法、そう、そういうこと……。
 景色はあとからあとから、まるで頭の中を全部塗りつぶすくらいの勢いでやってきて、段々アレプフィノはわけがわからなくなってきた。そのくせ全部わかったような気がした。脳味噌を全部ぶちまけて目の前に広げられ、それを凄い勢いで飲みこみ直していた。つまり、そういうことだと、わかったのかわかっていないのかもわからない頭でアレプフィノは考え、気付いたときにはもう、もとの居間に戻っていた。
「……あれ?」
 景色はいつもとなんら変わりない。ノエレッテとか名乗る変な女も消えていた。あれはわたしの幻覚だったのだろうか。そもそもノエレッテとはキュトスの魔女の名前ではなかったろうか。ぼんやりとそう考えたけれど、それどころではなかった。
「……なんだ、そんなことか」
 先程の記憶は早くも薄れ始めていたけれど、そんなことは本当にどうでもよかった。彼女は全速力で走って自室に戻り机の前に座ると、もの凄い勢いでペンを動かし始めた。
 書きながらも彼女は「つまり、そういうことだ」と呟いてみた。結局のところわたしはわたしの頭の中にある以上のものを生みだすことなんて出来やしないのだ。馬鹿みたいだ。そんなら、わたしはわたしの読みたいものだけ書いてやる。
 そうしてこのとき書きあげたアルセスと「三兄弟」との濃厚なカラミのシーンが、のちの【穴掘】の原型となったという。

 本当かどうかは、わからないけれども。


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