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それは連鎖する物語Season2 ♯2

609数を持たない奇数頁:2015/06/23(火) 21:44:41 ID:ss5gHwv.0
 涙すら出なかった。
ビチャリと湿った地面を踏みしめる音と、ヌチャリと血液その他諸々で出来た謎の液体が糸を引く音は、もはや一組のセットの様に、少女の耳朶を打っている。
下は見ない。自分がどれだけ死者を冒涜した行いをしているのか、それを直視するのが怖かったからだ。さりとて、視線を前方から逸らすわけにはいかないので、自覚はせざるを得なかった。
人の死には慣れている。「中身」が零れ落ちた状態の人の亡骸で、キャアキャアと驚けるような人生は、残念ながら送ってはいない。
だが同時に、それを踏みしめて平然としていられるような殺伐とした世界にも、彼女はいなかった。魔道に落ちかけたことは幾度もあれど、その都度、多くの人間が彼女を引っ張り、外道の道へと引き戻していたのだ。
――瀬戸さん。柏さん。
特に仲の良かった二人の名前が、喉下から出かかった。死人は皆仏であり、丁重に弔わねばならない。そう教えてくれた彼らは、この状況を見たらどう思うだろう。
――あるいはこの「中」に、彼女らは「いる」のだろうか。弔ってほしいと、そう願っているのだろうか。
そこは正に地獄だった。倒壊した家屋や建築物の上や下に、酷く悪趣味な色合いの、赤黒い液体・固体がベチャリと付着している。それが生き物のなれの果てである事、そして散らばる指や顔の半身などが目に付けば、押並べて人間由来の物であるという事には、容易に気付けるだろう。
元が何人であったのか。そんな予想すら寄せ付けぬほど、徹底的に砕かれ、潰されている。漏れ出た、あるいは搾り出された種々の体液は洪水のように溢れ、奇跡的に通行可能な程度には「綺麗」な道、つまり少女――祢々が走る道を隙間無く染めていた。
まさに屍山血河だ。そこが現実の世界であるなどとは、到底信じられそうにない程の、凄惨な光景。
眼を、耳を塞ぎたい。何もかも放り出して、平和な所に逃げ出したい。
如何な露払衆とて、祢々はまだ少女だ。そんな欲求が湧き上がってくるのは、当然と言えた。寧ろそんな物を抱えながら、なお足を止めていない方が、異常とさえ言える。
『ミス祢々、ストップ。二十秒後に上空を竜が通過します。良しと言うまで、近場の建築物の陰に潜り込んでください』
 あまりにも唐突に、あまりにも平坦なトーンの声が、祢々の耳朶を打った。それが誰の声であるかを認識するより前に、彼女の体は動いている。
道の傍らに建って「いた」建物の陰、その健在の隙間に素早く体を滑り込ませる。折り重なった建材は運よく安定しており、長方形の機材を抱えた小柄な少女が一人入った程度では、崩落を起こす危険性はなさそうだった。
機材、要するにノート型のパソコンだ。彼女にはそれが何なのかは一切分かっていないが、聡治とその友人らしい黒い鎧に、出来る限り守り抜く様にと言いつけられている。
命が危なくなったら置いてでも逃げろ、と言われた気もしたが、恐らくは気のせいだろう、と祢々は断じた。
自分は死守しろと命ぜられた。自分は劔様の命令通り、聡治様を守る為に行動している。方法は迂遠ながら、これが最も聡治様の安全を守る事に繋がるのだ。
何も考えず、命令に従って己の身命を賭す。そうしている限りは、恐怖や悲しみを脇に除けておける。だからこそ、この任務に志願したのだ。
胸に抱えたパソコンをギュウと強く抱きしめて、祢々は危険が去るのを待った。すぐ近くから漂ってくる濃密な死臭を、認識の外に追い出そうとしながら。
ややあって、バサリと天空を切り裂くかのような音が響き、やがて遠ざかっていった。
『OKです。再び道なりに進んでください』
 再び、耳元で声が響く。
つくづく、不思議な道具だなと、己の右耳に差し込まれた「無線機」だとかいう、黒い楕円形の機械に感心しながら、祢々は素早く路地に飛び降りて、どす黒く染め上げられた道を走り出す。


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