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それは連鎖する物語Season2 ♯2

598数を持たない奇数頁:2015/06/23(火) 21:39:22 ID:ss5gHwv.0
ゾル、と、「それ」は生えてくる。
光を反射して青白く煌くそれは、鱗だ。竜の皮膚を覆いつくす、蒼い鱗。それが苗木の枝のようにゆっくりと、伏神劔の胸部から「生えて」いるのだ。
――先刻、口から吐き出した物体か!
放心から立直った劔は、即座にその事に気付くがもう遅い。うちで猛り狂う竜と、体内に打ち込まれた楔――崩れぬ群のベイバロンの「種子」の強制力が、彼の膝を強制的に折らせた。
「がっ、……ぐ、ああ……!」
 獣染みた呻き声を上げて、劔は身を捩る。しかし、何も出来ない。ベイバロンの「種子」は謂わば即効性の毒であり、先刻の激しい運動でそれが回りきった状態となってしまった劔は、竜を押さえつけるので精一杯なのだ。
胸から顔を覗かせ、根を張って皮膚にへばり付き、肉を喰らってどんどんと皮下へ侵蝕していく鱗を、如何する事もできないのだ。
ベイバロンが、愛しい妹の面相を宿した竜が、呵々と笑う。
「露払衆が聞いて呆れるのう、伏神劔。己が軽挙を誹られて、怒り心頭に発してみれば、妹に似ているから、という理由でその斬撃を止めてしまう。半端、全くもって中途半端極まりない。昔の貴様は、もう少し芯のある男であったと思うが、何ゆえそこまで鈍った?」
 ――ああ、嫁か。
瞳に嘲笑の色を浮かべながら、吐き捨てる様に言う。顔を上げた劔の、満腔の憎しみが込められた眼光を涼しげな顔で受け流し、竜は笑声を交えながら、続ける。
「あの女、夕霧と言ったか? あれが貴様に、人としての心を残してしまった。しかし、奴は貴様から復讐心を抜き去るほどの存在足りえなかった。故に貴様は、過去を捨て去る事も、復讐を徹底する事も出来ず、そうまで中途半端になってしまった。……皮肉、よのう。復讐の為の同志が、結局は一番の足枷とは」
 ベイバロンの口唇が、三日月の如く引き裂ける。劔は荒れ狂う竜の力を必死に押さえ込みながら、「黙れ」と声を絞り出す。だが、蚊の鳴く様なそれに他者を威圧する力はなく、徒にベイバロンの嘲弄を煽るのみであった。
鱗の「枝葉」は、既にびっしりと鱗に覆われており、それは徐々に背、首、腹を侵していく。その速度は、先ほどのそれに倍するほどの物であり、劔への圧力も、秒刻みに強まっていた。
ああ、もうすぐだ。
もうすぐで、こいつの心は折れる。
ベイバロンはこの上ない歓喜の念を覚えると共に、嗜虐心を募らせていく。この男が、「もう止めてくれ」と泣き叫ぶ姿は、どれほど滑稽なのだろう。想像するだけで涎が出そうだ。
見たい、見たい。どうしても。この半端者の泣き顔が。

頬を上気させ、喜悦に表情を歪めるベイバロンは、「竜」という常識の埒外たる絶対者は、しかし知らない。
 己の抱いている感情が、戦場では等しく「油断」と呼ばれる類の物であるという事を。

「足枷なんかじゃないさ」
 空間そのものを喰らい尽くしたかのような漆黒。それは馬上槍めいた円錐形を取り、空を裂いて飛来する。
微かに耳朶を打つその音に反応し、その槍へと視線を回らせたベイバロンは、咄嗟に防御しようと両腕を交差させ、掲げた。
しかし槍は、ベイバロンの腕に叩きつけられるその瞬間、まるで花が開いたかのように、その穂先を広げ、瞬く間に暗幕めいてベイバロンの周囲を覆った。暗幕は酷く狭い範囲で展開し、劔とベイバロンとの間に壁を作る。
「小賢しいッ!」
 襲撃者の正体など、わざわざ確かめるまでもなく分かる。そして、その実力の程も。「元」神童の無能の分際で、この竜を止められると思うな。
魔力の篭った怒声。およそ少女の見た目には似つかわしくない、万象をなぎ払う魔竜の咆哮が、暗幕を一息に吹き散らした。間を置かず、ベイバロンは足下の地面が抉れるほどの力を込めて、吶喊。槍の射線上で、呆けたように突っ立っている襲撃者に、一瞬で肉薄した。
驚愕の表情のまま固まる、伏神聡治。それは己の必殺を、あえなく弾かれた事へのものなのか、「敵」と見定めた者の面立ちが、亡き妹と同一の物であったことに対する物なのか。
どちらにせよ、敵対者の接近に何の対応も出来ない木偶人形と、彼は化していた。
やはり、とベイバロンは笑う。
「芸が無いのだ。失せよ、無能」
 そして勢いのまま、右拳を振りぬく。
聡治の、兄とは似ても似つかないほどの矮躯は、その一撃の下に無残に砕かれる――筈であった。
そこにいたのが、本当に伏神聡治であったのならば。


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