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それは連鎖する物語Season2 ♯2
483
:
数を持たない奇数頁
:2015/03/23(月) 15:27:21 ID:wPzqGEho0
耳朶を打つ微かな風切り音。
それが徐々に近付いてきている事に気付いた時、黒刀を握り締めた右手は既に動いていた。
ギィン、と金属音と共に弾かれたそれが何であるかを考える余裕はない。
日の光を遮り、中空に躍る「何か」。返す刀でそれを斬り捨てんとしたが、しかしそれは叶わなかった。
剣閃に視線が追いつき、劔は驚愕する。
黒刀。竜鱗すら両断するその一斬を阻んだものは、握り固められた拳だった。
「何か」。ヒトの女性に酷似した容貌をしているが、それをしてヒトだと形容できる人間などいるだろうか。
空気を震わせるが如き、威圧感。
翠緑の双眸の奥に、「獣」などという言葉では到底表現しえない獰猛さが光っている。
艶めく黒い髪と、楚々とした細面にそれは驚くほど不釣合いで、まるで趣味の悪いキグルミを着込んでいるかのように思えた。
甚だ不気味。度し難い不自然さ。
無理にヒトを装おうとしているそれは、しかし逆にその異形が「何」であるかを大声で喧伝しているかのようであった。
竜。
今しがたの在り得ないほどの弱敵とは、比較にならない量の濃密な存在感を振りまくそれが、一体他の何であるというのか。
反作用で弾かれた刀を腰溜めに構え直しつつ、劔は大きくしゃがみ込む。
と、その頭部のあった場所を、致命的な威力を伴った「竜」の蹴りが通過した。
――空中でこの威力だと……!
驚愕しつつ、しかしそれを身体制御とは切り離す。動揺や恐れは、この場においては即ち死である。
視線の先で、蹴りの勢いに振り回されたらしい「竜」が、こちらに背を向けていた。
好機。
体を引き絞るように力を込め、居合の要領で黒刀を抜き放つ。
空間をも断つかのような一撃。だがそれは、何者をも断つ事は出来なかった。
ガキィ。
下から救い上げる蹴撃が、力任せに刀を弾く。「竜」は、空中で逆立ちでもしたかのように反転し、逆しまの状態で劔と対面していた。
物理法則を全く無視した動きだ。しかし現実として、劔は刀を無理矢理持ち上げられ、両腕を大きく開き、この上なく無防備な状態である。
口唇が、軋みを上げそうな程ゆったりと持ち上がり、乱杭歯が露になる。
竜が、笑った。
浮かべた笑みを一瞬で消すと、竜は口を閉じる。その唇の肉が、内部から少しだけ盛り上がった。
それが何であるかは、すぐに分かった。
「竜」は口に溜めた空気を推進剤に、先ほど弾いた「鏃」をプっと吐き出す。
それは機械的な直線軌道を描き、過たず伏神劔の胸に、服を突き破ってザクリと突き立った。
だが、それだけだ。
そのチクリとした痛みなど気にも留めず、劔は体勢を整えると間を置かずに踏み込み、黒刀を振りぬいた。
が、「竜」は劔の方へと向けた足で虚空を蹴り飛ばし、後退。刀は空を切るに留まった。
「カカ、元気じゃのう」
空中に「立ち」、劔に背を向ける「竜」は、しわがれた声で言う。束ねた長髪が、ユラリと揺れる。
その声に、劔は覚えがあった。
喚起された様に、彼の脳裏を絶望の記憶が埋め尽くす。彼の全てが失われた、五年前のあの日の記憶が。
「貴様、あの時の……!」
「『あの時』では分からんぞ、伏神劔。儂はあの雪女の様に、貴様と夫婦になった覚えはない」
言いつつ、「竜」はクルリと振り返った。
その顔立ち。逆光に遮られない、精細なディテールを目の当たりにして、伏神劔は稲妻に打たれたかのような錯覚を覚えた。
「もしや、『これ』が死んだときの話か?」
、、、、
己の顔を指差して、「竜」は、「伏神聡里」は嗤う。
と、それに呼応したかのように、周囲の森林から飛び出した何かが、蒼穹にその大翼を広げた。
澄み渡る蒼い竜鱗が、陽光を受けて微かに輝く。
数にして、四十七。蒼竜『達』は、その威圧的な巨体で陽光を遮断し、極大の闇を伏神劔に投げかけた。
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