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それは連鎖する物語Season2 ♯2

143西口:2014/11/06(木) 09:37:47 ID:nCtYb.aA0
「あら、どうかしたの?」
伏神邸、自室。
伏神劔は開け放った窓から見える、茜差す伏神山の光景に目を細め、見入っていた。
じっとりと汗ばんではいるものの、薄手の甚平一枚という格好は妙に涼しげである。
それと正反対のような暑苦しいローブを纏った夕霧が、その後姿に声を掛けつつ、開け放たれた障子戸を閉めつつ入室する。
「物思いにふけるなんて、貴方らしくもない。耄碌でもしたのかしら?」
「いや、お前の手を取った日を思い出してな。そうか、あの日からもう四年も経つのか」
「走馬灯を見るには早すぎるわよ。まだ何も終わってはいないわ」
その傍らに寄り添うように座り、夕霧は忠告めいた口調でそう言う。
「ああ、そうだな。……チャンスは明日の夜。ソウジと朝霞ちゃんに気付かれる前に全てを終わらせよう」
「ええ、分かっているわ。そのためには、貴方の右腕の力が必要になる。ちゃんと使いこなせているのね、その竜の力」
劔は首肯のみで以ってそれに応じ、右腕を撫でる。
分厚い筋肉に鎧われたそれは、強靭ではあるものの、さしておかしな部分は見当たらない。
――今はまだ、であるが。
「しかし、まさかお前と結婚する事になるとはな。都合がいいとはいえ、流石に予想外だったぞ」
「それは私の台詞よ。伏神家は前々から嫌いだったけど、上が「ああ」じゃ腐ってて当然ね」
「耳の痛い話だ。全てが終わったら、婚姻関係を解消してくれて構わない」
「……して欲しいの?」
眉を顰めながら、不機嫌さの塊のような声でそんな事を言った夕霧に、劔は驚いた。
夕霧は劔の顔を真っ直ぐ見つめ、「私が妻じゃ迷惑かしら」と続ける。
「いや、そういう事じゃなくて、お前の自主性を重んじようと思ってだな」
「答えになってないわ。貴方はどうかと聞いているの」
ずずいと身を乗り出して聞く夕霧。その勢いに気圧され、仰け反る劔。その巨体を威圧する眼光はただ事ではない。
彼女は今、紛れもなく怒っている。
「あーと、それは、だな……」
「口ごもらない。好きか否かを、娶るに足るか否かだけを答えなさい。今すぐに。ナウ」
「す、あー。好き、だよ。お前が妻になってくれるのなら嬉しい」
「……そう、ならいいわ」
潮が引くように萎んで行く彼女の怒り。
睨んだ相手の心臓を鷲掴みにするかのような威圧感も、また同時に。
劔は心底からの安堵のため息を漏らした。
「貴方気付いていなさそうだから言っておくけれど、私貴方の事大好きなのよ。勿論恋愛的な意味で。
 突き放すような事言わないで頂戴。悲しくなるから」
「は、初耳なんだが」
「初めて言ったもの。ああ、恥ずかしい。顔から火が出そうだわ」
顔を逸らしながらそういうが、夕霧の声音は飽くまで平坦である。
だがそれが紛れない真実であることが分かる程度には、劔と彼女の関係は深い。
劔は無言のままその頭を抱き寄せ、夕霧もされるがままだ。
窓の外。伏神山に野鳥の声が木霊する。
少し紫がかった夕空に、沈み行く夕陽。徐々に降りてくる夜の帳が、それらを美しく演出する。
劔にとっては慣れ親しんだ光景だ。幾度となく流し見してきた光景だ。
だが改めて見ると、そのためいきでも出そうなほどに幻想的な風景はどうだ。
これで見納めかもしれない。
そう無意識かに思っているのだろう。二人はただ黙って、日が没するその時まで共にその光景を眺めていた。


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