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それは連鎖する物語Season2 ♯2

142数を持たない奇数頁:2014/11/06(木) 09:37:25 ID:nCtYb.aA0
夜の森林は、月明かりすら遮る漆黒の要塞である。
人工灯のない人間界の奥地にあると来れば、それは言うまでもない。
獣すら近寄らぬそこに跋扈する魑魅魍魎は、はたして悪鬼の類か、それとも精霊か。
「彼」の容姿のみを見れば、誰もが前者だと答える事だろう。
草臥れた漆黒のスーツに身を包んだ、巌の如き頑健な肉体を持つ青年。
その眼光は右手に握る太刀のそれにも劣らぬほどに冷たく輝いており、その瞳で射竦められて正気を保てる者はそういないだろう。
地面に横たわり、首元に太刀の切っ先を突きつけられているローブ姿の女性は、その数少ない一人であった。
「届かせて貰ったぞ、キリ。些か手古摺ったがな」
青年――伏神劔は、普段弟に向けているそれとは打って変わったような、ゾッとするほどに冷たい声音で呟いた。
地面に横たわる夕霧を逃がすつもりなど毛頭無いのだろう。勝敗が決したと思しき場面でありながら、総身には未だ緊張が漲っている。
夕霧はその顔を無感情な目で見返し、やがて大きなため息を吐いた。
「……ええ、完敗ね。情けないことこの上ないわ、劔」
そうして彼女は恭順の意思を示すかのように両目を閉じる。
フードから投げ出された白雪色の髪は土に汚れ、見る影もなくなっている。
普段の彼女ならばこの上ない渋面を浮かべるだろうが、疲労の極致にいる今となってはそんな事言っていられないのか、何も言わない。
いや、ただ諦めているのだろう。
人は死ねば唯の肉。その見てくれを演出する必要などない。
彼女は死を覚悟しているのだろう。このような状況に陥ってしまったがゆえの、当然の報いだと。
「殺しなさい。一廉の戦士なら、敗者を辱める様な事はしないんでしょ? 私は守った事ないけど」
「そもそも尖兵たる露払いにそんな矜持は求められないものなんだが。というか、それ以前に――」
――約束をたがえる気か?
どこか砕けた声音で、劔は言う。
夕霧はいまさらといったタイミングで、この上ない渋面を浮かべた。
「ストーカー気質ね。何でまだ覚えているのよ」
「差し迫ってきたからだよ。早急に君が欲しくなった」
「斬新な婚活ね。まあ、貴方みたいな人間の所に嫁いでくる人間なんているわけないとは思うけど」
「……相変わらず、口が減らないな」
ぼやきながら刀を引き、納刀。
キン、という特徴的な金属音が、一瞬だけ夜のしじまを侵した。
「俺が勝ったら何でも言うことを聞くんだろう? 死ぬ事は許さんぞ」
手を差し伸べて、劔は言う。
渋々といった様子でその手を取り、立ち上がった夕霧は、「仕方ないわね」と本当に嫌々といった様子で呟く。
「14歳の頃から6年間、貴方に負ける日が来るなんて思わなかったけど、もうダメね。今後貴方に勝てるようになるヴィジョンが浮かばないわ
 よくもまあここまで鍛え上げたものだわ。何かきっかけでもあるの?」
「ああ、ちょっとな」
劔の顔に、微かに陰影が差す。その中に微かに灯るのは、憎しみの色だろうか。
夕霧が初めてみる表情だった。
戦争当時の機界人めいた冷徹さや無感動さを纏った彼の姿には慣れていたが、そこまで剥き出しの感情を面に出す劔の姿は、初めてだった。
「……本当に、何があったの?」
「――妹が死んだ」
表情を見られまいとしているのか、劔は天を仰いだ。
「母が死んだ。叔父が死んだ。祖母が死んだ。従兄弟が死んだ。使用人が死んだ。彼ら、彼女らの子供も死んだ。沢山、沢山な」
きつく握り締めた劔の右手から血が流れる。気付く夕霧だが、話の腰を折ることも出来ず、無言のまま続きを促す。
「父が、老害どもが見果てぬ妄執に取り付かれたせいで、皆死んだ。だというのに、伏神はまだ残り、そこにへばり付く老害どももまだ大量にいる」
「貴方、まさか……」
「伏神を潰す。あの死にぞこないどもを、一人残らず地獄に叩き落してやる」
劔の視線が、夕霧のほうへと戻る。
「夕霧。君たち雪女全体にではなく、君個人に頼む。力を貸してくれ」
そうして、頭を下げた。


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