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神の使い
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縁側の狸奴
:2018/02/09(金) 17:50:35 ID:pYHU.ieM0
最近思うのですが、キリスト教国の冷たい個人主義には情けも慈愛も無いって事です。
私は私、あなたはあなた。あなたと私に何の関わりがあるのか。この文言を人と人の壁にすれば氷で出来た厚くて高い強固な壁になります。
ダビデはかつての主君であったサウルを自分の手で剣にかけず「主が油を注がれた人を手にかける事は出来ない」と言って立ち去ります。サウルは感動して泣き崩れます。
日本の武士のような要素が随所に見られます。
特定の思想や理念に従って考え、そこには人の情や心の機微は何の意味も成しません。
国交のない隣国の旅人が強盗に襲われ重傷を負っているのを見て「助けが必要な状態だ」と認識しても「私には関わりのない人だ」と思って放置して去る。
襲われて重傷を負ったなら、自分で休養なり療養できる所まで行けばいい、私の仕事でも責務でもない。
自己責任論が遍く沁み込んでいると、上記のような冷徹さが当たり前になってきます。
そういう価値観の中に長くいて、少し前にその価値観を棄てたので、その冷たさが如何に人を傷つけ汚すのかがよく分かります。
何らの得や利益ももたらさない小さな手助けや人助けは、人が神から授かった尊い情に起因します。耶蘇的には贖いの愛に通じると思いますが、その超希釈版が人にもあると思います。
実際に情は大した利得をもたらしません。それでも条件反射に近いくらい自動的に発動するのが情だと思います。
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