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解離性同一性障害
1
:
ナフサ
:2008/12/01(月) 05:09:36 ID:FHIUVW2I0
信じがたい世界に生きている私には普通のことが「猟奇的病者の戯言」として扱われます。
同一人物内での会議など正しく病者の戯言でしょう。
今では生活に欠かせない工業技術者でもありますが、伝統工芸や音楽再生(音響機器)の分野でも、ある程度の功績を残しました。
超kyのアスペルガー副人格は意思も感情もない電子機器に詳しく、対照的に文明の利器とは離れた分野に秀でた副人格も存在します。
心の病や発達障害の相談事に応じる私と、対照的に福祉を蔑視する私がいます。
各人格の統合は進んでいますが、同一人物内での葛藤に疲れました。
統合が進んだとは云え8人の副人格を確認済みです。多角的見解が出来るのはメリットですが、反社会的副人格が暴走寸前です。
今でも思う「亡父の居住地に原爆投下されていれば善かったのに:ホロコーストの対象になれば善かったのに」
死人を裁くことなど不可能ですが、少なからず託された夢を実行してきました。
その世界から足を洗っても、法は厳格で未だに司法の監視下です。
外道の世界に戻れと云う誘いの声にうんざりです。
戻れば実刑が確定的で「執行猶予なしの10年」を通告されています。
表面は平静を装っていても、内側では大規模内戦勃発です。
無学粗暴を受け入れた自分が情けなく思われます。
病床に伏してしまえば何も出来なくなり、死に至ればそれで終わりです。
一副人格以外は未だに亡父の思想が理解できません。
家庭という名のカルトそのものの家庭で育った私がには聖なる空間は場違いで、時には恐怖すら感じます。
2
:
ぽんす
:2008/12/03(水) 11:21:20 ID:ZnjzLISQ0
お辛そうですね。
まったく、程度が違いますが、
先日、すっかり忘れて、自分では昇華されたはずだと思っていた過去の出来事を思い出すはめになり、心が乱れました。
「石を投げてやりたい。」「不幸になればいい。」そんな考えが幾度となく去来し、疲れました。
こんな思いだけでも相当な疲れですから、何十倍ものプレッシャーに耐えてこられたナフサさんの疲労はどんなにか大変なことでしょう。
自分の心の中で起きる善と悪の戦い、聖なるものと悪魔との戦い、その大きな葛藤はどんなに苦しいことでしょうか。
私の過去の体験も聖なるもの(そう見えるだけかもしれませんが)と繋がっており、大きな葛藤が生じますし、悪魔の声が自分の中で響く感じがあります。
今、それをはっきりとここに書くと、その悪魔の声に囚われてしまうのでかきませんけれども、隙を狙っているのを感じます。
聖なる場は聖画に描かれるような、美しい場所なのでしょうか。
美しい歌や詩も、時に私を苦しめます。
美しい歌や詩は本物なのでしょうか。。。
ただ、2000年前のある夜、ほとんど誰に知られることもなく起きたあの出来事は
苦しみ荒んだ所に生まれる、本物の証。
「この世に勝った」主の宣言は、ナフサさんの心にも私の心にもいつまでも鳴り響くでしょう。
悪魔の断末魔のおたけびを聞くのが怖い私を抱えながら。。。
3
:
みか
◆nRGSa190vc
:2008/12/22(月) 17:52:46 ID:kB3VaIFwO
>>ナフサさん
ご自分も、大変な時に
アドバイスして頂いてたんですねm(__)m ありがとうございます。
あたしには
想像もつきませが、ナフサさんは大変勉強をされてるみたいですね。無理をなさらないで下さいね。
4
:
ナフサ
:2009/01/01(木) 02:09:55 ID:wvSp5vMw0
他のスレで書いた<17歳の辞書>の頃から徐々に学びが始まりました。
20歳代前半に集中的に電子工学以外の分野の本を読みあさり、ようやく人並みの情緒に達した記憶があります。
転落してははい上がる、これを繰り返しています。
<ケツで椅子みがいて机で仕事するろくでなし>と亡父が嫌っていた人達と似た道へ進むのを阻もうとされても、一時的に誘惑に負けても再チャレンジです。
基本は健康、身体が資本ですが大前提は生き抜くこと、戦争経験者(主治医含む)からも多くを教えて貰いました。
満州で闘って感情すら稀薄になっても本能の命じるままに生還した兵士。
空襲で逃げ回り焼け出され職どころか食も珍しい時代を生き抜いた人達。
薄い醤油の汁に小豆くらいの小麦粉が2〜3個入っていれば「これで餓死は避けられる」
家を失いバラックに住み空爆が始まれば逃げ回る、絶望し混乱して自害を選んだ人もいたでしょう。
ボロキレみたいな服を着ていた人達がどんなに惨めで無様でも生き抜いて<生きていれば何とかなる>と自ら証となっています。
難治性鬱の友人の希死電話を受けて、数時間にわたり話しを聴き怒鳴るように
「生きろ!」と言ったことがあります。彼等は病気や家庭環境や経済難とも闘いを続けています。
生きているから闘える、生きているかぎり戦い続ける。
困難や艱難を乗り越えれば同志が集まります。終わりの見えない泥沼戦争に突入した気持ちになることもあります。
季節外れに購入したクリスマス讃美歌集に<歌声高らかに>と云う讃美歌の一節に
「その闘い激しく・・・」とありますが、多くの人の重ねられると感じました。
難しい宗教的解釈云々抜きで聴き考えて<全てを放棄して逃げたいこともあった、手強い苦痛や苦悩との長い戦闘だった>
困難や嫌なことは容赦なく次々とやって来ます。今でも手を変え品を変えやって来ます。
闘う術や回避法や待避所を見出す術や能力が身についた、見えなかった、気付かなかった同志や人脈が支えになる時が来ます。
生きているから伝えられます。
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