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長年、悟り系真理探求してきた者だが質問あります?
421
:
幸せな名無しさん
:2025/11/27(木) 23:25:29 ID:.l17reJ.0
414です。カルマの話が続いているので私も加えてください。
スレ主さんの言うとおりで、様々な階層があり単純ではないので、善行悪行における因果応報という点に絞って説明してみます。
まず大前提として、
世界は認識から離れては存在し得ません。認識があって始めて心=世界があると見えます。
次に、この現象世界は、生じ回帰していく定めです。二元を超えたものへの回帰です。
世界と個人を説明する時に、大海と波としてよく例えられます。
波は心の動きです。波は決して定まることなくうねり続けます。どこかに境界があるわけでもありません。
それにも関わらず私達はある特定の範囲で起こる波に自己同一化します。これが個人、エゴ、一人の私という感覚です。
波は生じ消えるを繰り返します。心は静まったり活発に動いたりします。
仮にこの大海の波が全て完全に静まったらどうか?
平安そのものですよね?全ての生命が帰ることを望む、本当の幸福の源が確かにあるのです。
波への自己同一化が解消されればそれが見つかります。
さて、世界創造が起こり源へ回帰していくという有り難く嬉しい定めの下の法則(心の動きの決まり事)があります。
例えば、むしゃくしゃするという理由でウサを晴らすために誰かを殴ったとします。
これでスッキリしたと感じたなら満たされます。この満たされた思いを味わい続けたいと願う。これが欲望の本質です。
同じ満足を味わうには満たされない思いをする必要がある。不足、つまり苦しみです。
殴られる苦しみを得なければ殴ることの快感は得られない。
逆に良いことをして喜んでもらったとします。喜んでもらえたのが嬉しかったら同じことを繰り返します。そこで喜んでもらえない体験がどこかで起こります。
見返りを期待していたなら、失った気持ちがあるということなので、どこかで得する体験をします。
したことが返ってくるというより、心の動きが現象として現れている。
ただし、心の動きは自己完結しなくて、他の誰かの心との相互作用、連鎖反応であって複雑に絡み合っています。
波は何処かへ動いていき、別の波と融合したりぶつかり合ったり、そしてどこからかやって来る。
だから、いつ、どこで、何を体験することになるか本当にわからない。
わからないので個人は体験の一つ一つの理由を注意深く観察する必要に迫られる。それはもう不可能に近い大変な作業になります。
この理由でカルマの法則が当てはまらないと思えることが多い。
ということで、このカルマの法則があるおかげで、ひたすら苦楽を繰り返す訳のわからない一見不条理に見える人生に疑いを持ち、本当の幸福があったことを思い出して、そこに帰ることを願うようになるのです。
ここで別の疑問。何かの拍子に無私の行動が起こった時は?
謎です。笑
私の個人的な体験としては源から不思議な何か(恩寵)が流れ込んできます。
この話は真理探求に興味のあるひと向けです。苦楽の世界で学び生きることに充実を感じる人もいて、歩んでいる段階が異なります。
しっくりこない人はスルーでお願いします。
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