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長年、悟り系真理探求してきた者だが質問あります?
389
:
り改め りょうせい
:2025/11/24(月) 00:45:32 ID:UfUQ97Lg0
>>386
>蜘蛛は大丈夫です
→それは良かった。意識そのものへ移行していくと、好き嫌いとは別の次元で、自然に共通項が成立してくるんですよね。お互いが「存在」という名前の同じところから生まれているから。笑
>世界が消えている間は
→はい。私がしつこくお伝えしたいニュアンスは、「意識そのものの私/気づきそのものの私/存在そのものの私 」は「一度垣間見たら終わり」ではなく、そこから 深まり・深度・徹底 という 大切なプロセスの仕事が始まるということです。大げさに言うなら、ここからが本格的な内なる冒険の本番です。
古来から純粋意識についてはこう言われています。「それを一度見たら終わりではない。何度も会いに行かなくてはならない」
なぜか?
一度や二度の接触では、エゴは納得しないからです。
「私は個であり、身体である」という感覚は、あまりにも根深い。エゴは幻影をつくる、超プロフェッショナルな魔術師です。
車の運転、自転車、仕事、スポーツのように、
意識へのアイデンティティ移行の道にも、
それらよりはるかに長く深く、ゆっくり安定していくプロセスがあります。
くどいけど重要なので、何度でも言います。笑
>ただ十牛図については
>アドヴァイタによる解釈とは異なる点があるように思える
>私に与えられている指針とどのように合致するのか分からず疑問が生じます。
→まさかそこを指摘されるとは思わなかった。笑 あなた、いろいろ学んでますね。笑
確かに、十牛図は「悟り」のプロセス です。
個人が悟り、悟りの境地を深めていくための地図です。
そして私がここで伝えているのも、
純粋意識を知る、そこにとどまる、それを深める。この「純粋意識」という存在を、
まずは集合意識に、世界に、種として、植えている段階です。
なぜそこから始めるのか?
純粋意識こそ、すべての鍵だから です。
「まず悟ってもらう」
体験者が残っていてもいいから、その入口を開く。これが逃げても、断っても、しつこく私の中に起きている意図です。
アドヴァイタの道筋で言えば、
悟り → 全体意識 → すべてを超えていく。
つまり、「私は悟った」というアイデンティティすら超えていく方向です。
それが非二元・超越・絶対、有/無すら超えた領域です。
ここでは当然、その最深部の話は控えています。この話が必要なのは、「私は在る」に安定した者に対してだけです。
禅でも、純粋意識を超える領域を語る人物はごく限られています。(でも、あるっちゃあります)聖書でも「エゴ・身体の死と、最後の復活」とかなり象徴的に控えめに表現されています。
つまり、普通は 見性(小悟)だけでも超絶難しい、一瞥体験すら極めて難しいという、今はそういう時代です。(もちろん一部で例外は起こり得ます)エゴ、概念や想念との同一化、催眠の強さは宇宙の歴史を見れば分かる通り、圧倒的です。
そのため、アドヴァイタでもまずは、
「純粋意識を、″私″として思い出すところから」伝えられています。ここが主流です。
>まあ良く分からないので先のことは気にせず「意識としての私」を直接体験し続けることを目下のテーマとして歩んでいこうと思います。
→そう、それが一番です。
意識に安定することが、本当に大切。
シンプルだけど、非常に奥深く、そして最重要テーマです。
あなたは純粋意識と「たまに会う恋人」ではなく、10分のデートではなく、完全に結婚して、深く結ばれる、一つになる。
その準備段階として10分間の恩寵・祝福が起きたというお知らせです。笑
>大して重要な質問ではないと思ってましたが、訊いてよかったです。ありがとうございました。
→そういうプロセスの方、本人は意外と無自覚なものですが、・・これがどれほど重要なのか。(板のテーマと大きくずれてスレ削除されそうだけど。笑)
何かしらお役に立てたなら幸いです。
またいつでもどうぞ。
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