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長年、悟り系真理探求してきた者だが質問あります?

385り改め りょうせい:2025/11/23(日) 15:49:04 ID:DwQ1vmLc0
>>384
素晴らしい体験です。

たとえば蜘蛛がいるとして(苦手だったらすみません)、
蜘蛛本体を「意識としての私」としましょう。

蜘蛛は糸を出します。その糸が「心」です。
糸の動きが、想念・思考・概念・観念・信念といった心のあらゆる動きです。
そして糸がどんな形になるか、それが潜在意識の中身であり、「世界・世界観」として表現されます。

蜘蛛本体に糸がシュルシュルと巻き戻り、完全に本体だけになったら世界は消えます。
世界観も消えます。
あなたのように直接体験するのが一番話が早いのですが、その状態を言葉で表すなら「私は在る」「・」のようなニュアンスになるでしょう。

ただし、思考よりもさらに微細な認識(気づき)という糸があります。
これは糸の出入口付近の繊細な層です。
そのため「意識─気づき(認識)─存在(在る感覚)」という三位が、ひとつの性質として重なっています。

>意識としての私は、心の動きを眺めるだけで影響されず幸福でした。
→はい、それが存在・意識・気づき・至福・愛・平和などと呼ばれる「それ」の平和・愛・至福の側面です。
影響されないとは、すべてを包み、許し、あるがままにさせている「母体としての立場」にいたということです。

>多分1分くらい。体を動かすうちにエゴに戻ったと思います。行ったり来たりを繰り返しますか?
→結論から言えば 行ったり来たりは普通です。
入口までは努力が起きますが、「努力者の私 → 意識そのものの私」への転換の瞬間はただ起きる非努力・非行為です。
だから恩寵・祝福と呼ばれています。

そして実は、誰でも日常で1〜2秒なら普通に「在る状態」になっています。
静かにボーッとしている時などね。
その自覚がなく、覚えていないだけです。
あなたの場合はそれを自覚的に体験した。それが「私は在る」という立場です。

あなたの1分間は、とても貴重な1分間でした。
「意識そのものの私として在る」これが安定するまで、どれだけ時間をかけようとも、何度も何度もそれ自身から呼ばれることになります。

ここから自然に安定していく方向へプロセスが進んでいきます。参考までに、禅の十牛図(悟りのプロセス)に当てはめると、
・牛を探す
・牛の足跡を見つける
・牛を見る(見性)
このあたりまでは来ています。

ここから先は、行ったり来たりしながら、
やがて「牛を飼いならす段階」へ自然に移行していきます。その過程では、あたかも
意識としての私と、エゴとしての私が
主導権を交替しながら前に出たり下がったりするように感じることがあるかもしれません。

でもこれは争いではありません。
古い私の慣性がふっと顔を出したり、
意識そのものの視座が再び前に出てきたりする、ただの自然な揺れです。
プロセスが進行している時ほど、この揺れが起きます。これは浄化です。
何も間違っていません。むしろ今の流れ良いものです。
ぜひ「私は在る」として在る時間を、
一日のうち1分でも5分でもいいので、日常の中で増やしていってください。それが、もっとも直接的な道です。


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