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長年、悟り系真理探求してきた者だが質問あります?
379
:
り改め りょうせい
:2025/11/22(土) 17:51:36 ID:7vU1r8f60
>>371
ほんとにその通りです。
痛みは、物語の中で「個としての私」が確かに体験します。このスレで話している内容は、
その痛みを否定したり、「痛みは錯覚だから気にするな」みたいな乱暴な話ではありません。
そして、これはすごく大事なポイントですが、
真理探求は「痛みを無かったことにする道」でも、「痛みに動じない鋼のメンタルを作る道」でもありません。むしろ逆です。
痛みを感じられるということは、
個としての私がちゃんと物語を生きている証拠でもあります。
そして、実はここに
大いなる存在と個の私の最大のラブストーリー
が隠れています。
エゴ(個の私)は、痛みも喜びも混ざった「人生そのもの」を体験している存在。
大いなる存在(真のあなた)は、
そのすべてを包み込んでいる側。
やがてエゴは自然と気づきます。
「私はずっと一人で痛みと戦っていたわけじゃないんだ」と。
その瞬間から、エゴは大いなる存在に少しずつ寄りかかり、やがて抱擁されるように静まり、溶けていく。
痛みがあるからこそ、
その「溶けていくプロセス」の温かさや深さが生まれるんです。(これは言語化するととても陳腐になりますが。)
痛みそのものが悪でも、間違いでもなくて、
そこで起きている一つ一つの体験を通じて、
大いなる存在とエゴが再び出会う道ができている。
だから、痛みを無視する必要はまったくないです。痛かったら「痛い」でいいんです。
痛みは物語の一部であって、
あなたの本質を傷つけることはできません。
そして、強い痛みや苦しみが起きたとき、
個としての私たちにできることは、
ただ静かに、
「どうかその痛みが少しでも和らぎますように」そんなふうに祈り、願うことぐらいです。
その祈りも願いも、また「存在」の優しさの現れなんだと思います。
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