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長年、悟り系真理探求してきた者だが質問あります?

240:2025/11/01(土) 14:09:58 ID:iiYlgNP20
>>235
こちらこそありがとうございます。
読むたびため息が出るというのは、それだけ思考では追いつけない何かが触れられている証拠かもしれません。笑 
個人の私からしたら、内側の気づきに触れられると、心身ともに本当にさまざまな反応が起こります。

>一元論ではなくエゴ目線で世界に自分一人しかいなかったら、今ほど焦らないしもっと流れに任せていた気がします。ここだけ、ちょっと気になりました。

→お、鋭い。笑
″世界に自分が一人しかいない″というこのフレーズはとても深淵なテーマを含みます。
もちろん、″エゴ目線での自分ひとり″という意味ではありません。ここを掘り下げると、集合意識や全体性の話に入っていく必要が出てくるので・・ここではあえて展開を控えました。

>思考はいつも比較して甲乙つけたがりますが、道の現れも流れに任せてよさそうですね。

→ええ。思考は常に「分ける」働きを持っています。けれど、思考そのものも意識から現れ、やがて意識に還っていく。
それを観ている側、つまり、気づきそのものが、すでに流れの中にあります。

明け渡しとは、その気づきの側に「個人的な」いろんなもの(想念・観念・信念)をそのまま還していく。
その構図が、絵自体が、「何かを掴まない、抵抗しない」ということです。
現れたものは必ず消えていく。
それをただ見送り続ける。
それが構図・絵として「手放し」とも言えます。

あなたの言う通り、これはメソッドというより、生き方そのもの、生命そのもの、といってもいいですね。
個人の私も、心も、人生や世界の出来事も、すべてが源へと還っていくプロセス。
それが進むにつれて、自然と「目に見えない・大いなるものへの信仰」や「運命それ自体への信頼」といった感覚が自然と芽生えます。
(「はからずとも、自然と芽生える」これがキーポイントです)

そのため根本的な恐れや疑念が日に日に溶けてくる。「流れに任せよう」という表現はあくまで言葉の都合です。
実際には、私たちはすでにその流れとして現れている。任せる以前に、任せきられています。
幸運をお祈りします。


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