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長年、悟り系真理探求してきた者だが質問あります?
207
:
り
:2025/10/27(月) 14:38:42 ID:SxFZ8y8w0
>>205
どうぞどうぞ、全然ウェルカムですよ。
「 」には、素人も玄人もありません。笑
>今溺れている者に必要なものは悟りでも説法でもない。空気だ。
→まさに、その通りです。
だからこそ、昔からこう言われます。
「真理を求めるなら、水中で空気を求めるような切実さで求めよ」と。
真理探求は、誰にでも自然に起こることではありません。
しかし、もしそれが起きてしまったのなら──
それは、空気のように避けられない衝動です。
たとえば、前から車が猛スピードで突っ込んできているのに、
「それも完璧にただ起きていることです」と言っていたら、おかしいですよね。
そんなときは当然「危ない!避けろ!」と叫ぶべきです。
つまり、″完璧″や″悟り″という言葉を盾にして、現実から逃げ続けたり、感じることを止めてしまうのは、本当の意味での悟りではありません。(それが起きたなら起きてしまうけど)
悟りとは、空気の中で息をしている自分そのものに気づくことなんです。
私たちは二元の世界に生きている限り、
「願う」「満たす」「手放す」「苦しむ」──
その揺れの中でしか、生きることはできません。
だから私は、欲や願望もまた大切な道だと思っています。それを歩む人がいるからこそ、真理探求者もまた、自分の中に起きた″覚悟″を静かに認めていけるのだと思う。
なので、「で?」でいいのです。
すべてのことに「で?」という問いを深めていくと、
あるとき、反転が起きるかもしれません。
──「問いかけているのは誰なのか? 私なのか? 思考なのか?」
そして、ある者は思考に苦しみ、そこから解放されたいと願う。
けれど、探しているその″思考″こそが、
答えを覆い隠している。
だから、悟りや幸福は、思考の″外側″で静かに息づいているのです。
考えて見つけようとする限り、それは遠のくように見える。
けれど、ふと考えが止まったその隙間で、
すでに、それは在る。
悟りが救いとなる人もいれば、
まったく価値のないものとして通り過ぎる人もいる。
どちらであっても、″それ″はただ在る。
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